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老兵は黙って去りゆくのみ

2018-04-30

じじぃの「偽の真空・真空は何もない状態ではない?理系の話」

06:05

宇宙ヤバイ】宇宙は真空なの?そもそも空間って何? 動画 YouTube

https://www.youtube.com/watch?v=S2gS3Y0knl4

 真空 (asahiseiki.co.jp HPより)

なぜ宇宙服を着なければ外に出られないのでしょう? 2011/10/16 Yahoo!知恵袋

回答

地球上では、1気圧と言う空気の圧力で周りから体が押さえられています。

宇宙ではこの1気圧が無く0気圧になってしまうので、周りから押さえられなくなった体は風船のように膨らんで破裂してしまいます。

https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1073459150

「低真空」から 「極高真空」まで 真空の5つの分類 ULVAC

●真空は、圧力に応じて「低真空」から「極高真空」まで5段階に分類されている

Vol.3では、「真空を表す単位の圧力は、移り変わってきた」というお話をしました。今回はその「圧力」の範囲に応じた分け方についてのお話です。

通常の大気圧は105Paを示しますが、これより低い気圧の場合が「真空状態」ということにされています。現在、技術的につくれる最も低い圧力は「10-12Pa」とも言われていて、ひと言で真空と言っても、なんと104Paから10-12Paまで17桁にも及ぶ範囲に広がっているんです。

https://www.ulvac.co.jp/wiki/vacuum-lesson4/

『世の中の裏が面白いほど見える理系の話』 話題の達人倶楽部/編 青春出版社 2011年発行

真空の裏 何もない状態ではないって本当? より

空気をすっかり抜いた状態は「真空」状態とされる。世の中には「真空パック」入りの商品もよく売られているが、じつはこの”真空状態”は、厳密には何もない状態ではなく、「空気が低密度になった状態」にすぎないといえる。

いまのところ、真空を「まったく何もない状態」と定義するなら、その状態を人為的につくりだすことは不可能なのだ。密閉した空間から真空ポンプを使って空気を完全に抜き取ったつもりでも、そこにはまだ物質が残っている。

1立方センチの空間には、1気圧下、1兆の3000万倍という桁外れの数の分子が存在している。最新式の真空ポンプで、それらを全部吸い込んだつもりでも、3万個程度の分子が残ってしまう。そこには、窒素分子もあれば、酸素分子、二酸化炭素分子などが、まだウヨウヨしている。真空というよりも、高レベルの低密度空間と定義したほうが正しいのだ。

市販の真空パック食品ならなおさらで、単に空気を低密度状態にしたにすぎず、空気に含まれる物質がまだまだ残っている。

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どうでもいい、じじぃの日記。

真空にもいろいろあって、空間中に分子が1つも無い状態を「絶対真空」と言います。

真空度の単位はPaパスカル)で表されます。

JISでは、10-5Pa以下の真空を「超高真空」、10-9Pa以下の真空を「極高真空」と言います。

人工に作り出せる真空状態は10-12Paが限界とされ、この圧力下でも1cm3に約1,000個の気体分子が存在します。

国際宇宙ステーションISS)は高度約400kmを周回していますが、この付近の圧力がちょうど10-5Paぐらいです。 また、気象衛星ひまわりがある静止軌道は高度約35,000kmとなり、圧力は約10-15Paであり、この圧力では1cm3に約30個のガス分子が存在しています。

銀河銀河の間でも気体分子は存在するとされています。

我々は最低のエネルギーを持つ真空、つまり「真の真空」の中で生きています。

エネルギーの真空が「偽の真空」と呼ばれるのは、我々の真の真空と違って不安定だからです。ほんの短い時間、通常数分の1秒の偽の真空は崩壊し、真の真空へ変わります。そのとき余ったエネルギー素粒子の火の玉の中へ放出されます。

とか、どっかの本に書いていました。

じじぃの「科学・芸術_473_古代インド・バラモン教」

06:03

Ancient India 動画 YouTube

https://www.youtube.com/watch?v=Mw3mYH1zTvc

自然信仰 ヤクシー(女神

バラモン教 世界史の窓

インドアーリヤ人社会に生まれた原始的多神教インド社会に定着し後のヒンドゥー教の母胎となる。

アーリヤ人の自然崇拝から起こった多神教で、『ヴェーダ』を聖典として成立した。アーリヤ人インドを征服する過程で生じた身分制度であるヴァルナ制と、それを基本に形成された多数のジャーティから成るカースト社会とむすびついている。祭祀を司るバラモンの権威が強く、しだいに形式的になり、前5世紀頃から改革運動が起こり、ウパニシャッド哲学という独自のインド思想が生まれる。またバラモン教の形式化を批判して、仏教ジャイナ教がおこるが、民衆の日常生活の中ではなおもバラモンの教えは存続し、後のヒンドゥー教につながっていく。

https://www.y-history.net/appendix/wh0201-026.html

NHKスペシャル 四大文明[インダス』 近藤英夫/著 NHK出版 2000年発行

インダス文明以降の南アジア より

インダス文明は前2000年頃から前1700年頃にかけて、衰退あるいは解体していく。衰退の意味は都市が消滅する点にあり、解体の意味は急進的な都市が失われた結果、地域文化へと別れていく点にある。都市の消滅は広範な地域統合の消滅を意味し、都市文明たるインダス文明の最大の特徴が失われたことを示している。一方、地域文化の成立は、地域統合が崩壊すり一方で、各地で新たな文化の形成が活発化したことをあらわしている。

一方、インダス文明の衰退後、南アジアの動向に大きな影響を与えたと考えられてきたのが、インド・アーリア語族である。そもそもインド・アーリア語族とは、黒海からカスピ海を原郷としたインド・ヨーロッパ語族の一分派であるインドイラン語族から、さらに分派して南アジアへ移入してきた言語集団である。北インドを中心としたサンスクリット文化や南アジア全域に影響を及ぼすヒンドゥー文化の根幹をなしており、インド文明の形成を考えるうえで欠かすことのできない存在である。

彼らはいつ南アジアに移住してきたのか。この問題に関しては、言語学歴史学考古学を含めた諸々の観点から検討されてきた。インド・アーリア語族が残したヴェーダ文献類の中で最古に位置づけられる『リグ・ヴェーダ』の編纂年代を前1200年頃において、それに先行する前1500年頃をインド・アーリア語族の移住時期にあてる見解が一般的であったが、近年はそれをさかのぼる時期に南アジアに彼らが存在していた可能性を示唆する考古資料が得られている。さらには、インダス文明盛期の段階にすでにインダス川西側のヤン額地帯に居住していたとする考えすらある。

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それでは、北インドにおいて早くも都市化・国家形成をもたらした要因は何であったろうか。それにはさまざまな要因が絡み合っているが、1つには前1500年以降、インド・アーリア語族を含めて、人々の移住が活発化してそれまで未開発であった地域を開墾、居住地化していったことが大きな要因となっている。人々が頻繁に移住を繰り返すことによって、異なる地域の文化要素が接触し互いに影響を及ぼすようになると、1つの文化へと収斂・統合をめざすようになる。また、社会・政治あるいは経済といったさまざまな分野で統合が進むと、社会は複雑化し、秩序化へと向かう。それが都市化であり、国家形成の本質をなすものであると考えられる。

北インドは当時森林によって覆われていたが、鉄器の導入が進むことによって開発が容易になった。一方で、河川が著しく発達し、山地などの地理的障害がない北インドでは、人の移動が比較的容易であるという利点もある。開発地では小麦と稲を主体とした二期作が行なわれることによって、食料生産も増大したことであろう。こうした要因が複雑に絡み合って北インド社会派統合へと歩を進めることになったのである。

インド・アーリア語族がもたらしたヴェーダ聖典とするバラモン教は、長期間にわたって北インド土着の宗教観念と融合することにより、より広い範囲に普及していくことになる。ヤクシャ・ヤクシーといった自然崇拝から発生した神格はまさに北インド土着の宗教観念に由来するものであるが、それは仏教ジャイナ教あるいはバラモン教(後世にヒンドゥー教として発達)に取り込まれている。そこには宗教の厳密な狭義の差異を超えたインド通有の宗教観念とでもいうべきものが通底しており、インド世界の重要な構成要素として存在している。

こうした社会・文化的な統合のプロセスは、インダス文明の解体後に生じたものであり、前1000年代の北インドの都市化の時期を通じて徐々に進行したものであった。