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老兵は黙って去りゆくのみ

2018-09-10

じじぃの「豊島・不法投棄!もうゴミの島と言わせない」

06:05

産廃撤去完了 豊島事件の教訓を考える 動画 Youtube

https://www.youtube.com/watch?v=PY1RnNFuKK8

ゴミの島

大量廃棄の時代 豊島・島の学校

●豊島事件を見る

日本で最大級の産業廃棄物不法投棄事件が、瀬戸内海の豊かな自然に恵まれた豊島で起こりました。先人から受け継いだ豊かで美しいふるさとを守るために、住民たちは立ち上がり、香川県知事の謝罪と原状回復の合意が成立したのは2000年6月でした。

http://www.teshima-school.jp/ask/period/

『もう「ゴミの島」と言わせない 〔豊島産廃不法投棄、終わりなき闘い〕』 石井亨/著 藤原書店 2018年発行

エピローグ もう「ゴミの島」と言わせない より

2016年5月、「開拓村のわが家をきれいにしよう」と友人に請われて、豊島へ泊りに行くことになる。豊島で眠るなど何年ぶりだろう。

八十八ヵ所巡礼で知られる四国だが、香川県高松港はその四国の玄関口として栄えた港であった。岡山県宇野港との鉄道連絡船が往来し、四国鉄道との結節点だったのだ。子供の頃の記憶では、当時は賑わいとともに生活感に溢れ、風情の感じられる見ナチであったように思う。

その後、結節機能を瀬戸大橋にとって代わられ、後のウォーターフロント開発で近代化が図られて、西日本1、2の高さを争うシンボルタワーが建てられた。個人的にはあまり好きになれない。生活感を感じない空間は、建設の借金だけを次世代に残して。あまり役に立たないものと思えてしまうからだ。

高松港県営第2桟橋に立つと、目の前に女木島、男木島が見えていて、その向こうに、山の上が平らに見えるひときわ大きな島がある。

豊島だ。

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わずか7年とはいえ、島の様相は一変している。急速に過疎化は進み、すでに限界集落に達していて、住民会議も組織としては完全い金属疲労を起こしている。まるで私は浦島太郎である。

やらねばならぬことは山積している。さて、一体どこから手をつけるべきか……

一方で産業廃棄物は、帰島から6日目の3月28日、その全量の撤去を終えた。私は100人ほど集まった島民と共にその船を静かに見送った。調停上の最終期限まであと3日を残して……前人未踏の巨大な一里塚である。

2003年9月18日の本格操業から13年半を要した産廃撤去は、その途上において、他のダイオキシン汚染土の処理や、土壌洗浄技術の取り組みの失敗、処理方針の変更要求など多くの脅威にさらされながらも、当初目的の達成にこぎ着けた。

溶融処理も2017年6月12日には終了し、エコセメントの原料として処理される粗大スラグや汚染土壌は、完全な処理完了時期に見通しがついているわけではないが、同年度中には完了を予定している。

しかし、全てが終ったわけではない。豊島の方では、施設群の撤去が始まる。その前に施設の徹底した洗浄が必要となる。地下汚水処理については、今後相当の年数を要することになる。そして、どのように修景して緑化していくかは、いまだに結論が出されていない。あと5年〜10年あるいはそれ以上とも言われる作業が待ち構えているのだ。

1993年に調停を起こした549世帯主は、すでに320人以上が他界している。生きてその日でこの事件の終結を見ることができる申請人は、ごくわずかである。

豊島事件とは、巨大産業廃棄物不法投棄事件に対して、全国の支援を受けながら、住民運動で島の人々が知恵と汗を結集して美しい島を取り戻す歴史である。そのために一丸となって闘った。そして多くの人が、自分の代で全てが終るわけではないことを知っていた。まさに、前代未聞の快挙として語りつがれるべきことである。

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豊島の住民は、科学者集団の会合から実験、その他すべてに立ち会い、意見を述べる。こうしたことから、香川県による豊島廃棄物の処理に関して、豊島住民は監視するという立場で協働するという理解が県と住民の間で共有されている。世界でも最も先進的なリスクコミュニケーションと言えよう。さらに豊島住民が香川県を監視するに当たり年間数百万の経費を要しているが、これは豊島住民自らの負担で実施されている。

また、こうして事業を実現するために、被害住民である豊島住民が原因事業者を破産させ、管財人を通して裁判所から有償で土地を買い取っている。これも世界に類を見ない。

「もうゴミの島と言わせない」

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