「コープふくしま」&「コープおおいた」交流ブログ

2016-06-27

新地町の生徒さんから届いたお手紙

5月20日の記事で紹介しました
新地小学校の皆さんからお寄せいただいたお手紙を
掲載させていただきます。
http://d.hatena.ne.jp/coop_fukushima_oita/20160520/1463710682

全部で57通
心あたたまる文面に感謝の気持ちでいっぱいです。
ありがとうございます。

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募金活動のようすです。
30万円を超える募金をお寄せくださいました。

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57通のお手紙です。
「絶対に大丈夫です、安心して待っていてください。」
という一文がとても印象深かったです。

経験があるからこそできる、
伝えられる励ましの言葉があると思います。

安心して待っていてと言ってくれたことが
とても心強く感じ、ほっとする思いでした。


ほんとうに、ほんとうに
ありがとうございます。
また皆さんとお会いできる日を楽しみにしております。


生活協同組合コープおおいた
広報課 原田

2016-05-31 ふくしま訪問 2016/3/22〜24

ふくしま訪問3日目



震災発生から5年が経過した2016年。
街の景色はじわりじわりと変わりつづけ、
人々のくらしは、仮の場所、元の場所、新しい場所で定着しつつあります。
津波が浜辺のくらしを海へ葬り、
放射能物質は人々の生活の中へ気付かぬうちに降り注いだことを、
私は果たして正しく受け止めていたか、理解しているか。
いま、次世代の子どもたちに繋げる行動を起こせているのか。
常に自らに問いかけ続ける訪問となりました。

3日目の朝はしんとした寒さ。
冷たい空気に飛び込むように最終日をスタートさせました。

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遠くまで澄んだ景色の中
2日目に観た吾妻小富士の「種まきうさぎ」を思い出しながら
飯館村の皆さんが暮らす、松川第2仮設住宅に到着しました。

「こんにちは、お世話になります。」

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炊き出し献立
・だんご汁
・吉野の鶏めし

サロン活動の内容は
・童謡の合唱
・手あそび

準備をしていると、
コープふくしまの移動店舗「せいきょう便」が
楽しい音楽を奏でながら登場しました。

店舗の開店準備の間に
買い物の列がのびていきます。
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「あまりお買い物に行けないので、本当に助かります。」
と皆さん話してくださいました。

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くらしに寄り添うだけでなく
くらしに寄り添いつづけることが重要であると再認識しました。

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集会所でのサロン活動が始まり、
約40名の皆さんがお集まりくださいました。
懐かしい童謡を声合わせて歌い、
手あそびには思う存分手こずり
『ひと時も笑いの絶えない』
素敵な時間を過ごすことが出来ました。

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だんご汁にはお好みでゆず胡椒を添え、
からだの中から温まる、出来たての郷土料理を召し上がっていただきました。


東日本大震災は自然災害と
人工物のもたらした致命的な被害が重なり
複合的な巨大震災となりました。
時の経過とともに、多くの人の記憶が色あせて
恐怖心が薄れていくようでなりません。

今年で6回目になる「ふくしまっ子プロジェクト」では
4月14日から発生した熊本・大分地震で被害を受けた
おおいたの子どもたちとふくしまの子どもたちの
交流の時間を大切にしたいと考えています。



全ての人の、安心で安全なくらしのため
コープおおいたは、変わらぬ支援を続ける努力を
組織全体で意識付け、実践しています。
今後もコープおおいたの震災復興支援を
見守りくださいますよう、よろしくお願い申し上げます。


コープおおいた 役員室広報課 原田

2016-05-20 義捐金贈呈式

新地町の皆さん、ありがとうございます。


熊本・大分地震に対する義捐金贈呈式が
5月18日(水)に福島県新地町役場正庁で行われたと、
新地町教育委員会さまより
コープおおいたにご連絡をいただきました。

新地町の3つの小学校の生徒さんが
災害義援金の募金活動をしてくださり、
総額30万円を超える募金をしてくださいました。

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東日本大震災において、日本中に助けていただいたので
 恩返しがしたかった。この義援金を役立てて欲しい。」
          各校の代表児童さんより

生徒さんたちが書いてくれた、
お手紙もコープおおいたに送ってくださるそうです。
あたたかい心の支援に、深く感謝申し上げます。

↓贈呈式の様子はこちらへどうぞ↓
新地町教育委員会 
https://goo.gl/oL8jcy
・新地小学校
https://goo.gl/EX0MSc
・福田小学校
https://goo.gl/dITbIs



コープおおいた 役員室 広報課 原田

2016-05-19 ふくしま訪問 2016/3/22〜24

ふくしま訪問2日目…その2

前回の2日目…その1
ふくしま訪問 2日目…その1 - 「コープふくしま」&「コープおおいた」交流ブログ

2日目の後半は、
帰宅困難区域と居住制限区域、避難指示解除準備区域の
3つの区域がある富岡町へ。
その後は、ひとつの集落ごと津波の被害にあった
いわき市の薄磯地区へ視察へ向かいました。

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この写真が意味すること、
お分かりになるでしょうか。
道を挟んで左と右、帰宅困難区域と居住制限区域の境目なのです。

左の家々にはバリケードが張り巡らされいますが
右の家には自由に出入りができるようになっています。
家の片付けでしょうか、車も停まっていました。

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線量計をかざすと、もちろんどちらも同じ値。
この道を境に、向かい合った家に違いがあるとは思えませんが、
しかし確かにここが境界線なのです。

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いわき市へ移動中の道路沿い。
ふくしま滞在中、幾度となくこの黒い袋の山を目にしました。
ふくしまの地に残された数万もの黒い袋は
いままでもこれからも、人のくらしの中に決して溶け込むことのない、
異質な存在です。

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薄磯地区に車が入りました。
海岸からおよそ500メートルの地点に
災害復興住宅が建っていました。
平薄磯の住民の皆さんがお住まいとのこと。
南向き、5階建ての住宅の位置から、海は見えませんでした。

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蟷穫惨儻の震災語り部の男性の言葉です。

「潮が引いて、見たこともない位置まで砂浜が現れました、
 次は沖のほうから波が押し寄せ続けてました。
 波は、寄せて返す。この返すが無くなってしまっていました。
 海の水が、どんどんふくらんで、恐ろしくて。
 
 第2波が薄磯に来るまで、1波から40分ありましたから。
 もうこないだろう、家に帰ろう。
 そう言ってみんな、帰ってしまっていたんですね。」

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避難していた住民の多くが、自宅に戻り
第2波が町を襲いました。
海岸線沿いの宅地は平たく、手前は木々の茂る高台になっていたため
押し寄せた海水は高台にせき止められ、水かさがみるみる増したそうです。

津波は来ないと思っていた』

ふくしま滞在中に、何度も聞いた言葉です。
自分自身も、地震後に十分な危機感を持って対処できているかというと
やはり、疑問が残ります。
絶対ないなんてことはない。この気持ちを常に持ちつつ、
誰しもが防災・減災のファーストペンギンになる必要があるのです。


コープおおいた 役員室 広報課 原田

2016-04-27 ふくしま訪問 2016/3/22〜24

ふくしま訪問 2日目…その1


2日目の23日は、強風の晴天。
北陸の冷たい風は私たちの頬をなで、
こちらは暖かい日差しに目を細めます。

1日目は震災に対する町の取り組みを学習し、
ふくしま訪問 2016/3/22〜24 - 「コープふくしま」&「コープおおいた」交流ブログ
2日目は原発事故とふくしま全体の問題を中心的に学びました。

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新地町を南下し、福島原発に近づきます。
地図に並ぶ市や町の名前は、ニュースやドキュメンタリー番組で
何度も聞いたことのあるものばかりですね。

まさにこの一帯が、原発事故により放射線被害を受け
そして今も、5年前から終わらない震災を受け止め続けています。


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福島原発近く、居住が許されている地域には
このような工事関係者専用の宿泊施設が道路沿いに建設されています。
原発作業員、除染作業員、復興工事関係者
宿泊施設からそれぞれの勤務地へ
作業員たちを送迎するシャトルバスが何台も行きかいます。

相馬市の松川浦大橋に到着しました。
大橋のこちらの部分は、津波に完全にのまれたそうです。
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下に男性がいるので、津波の恐ろしい高さが
お分かりいただけるかと思います。

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橋の一番高い部分。
この橋と同じ高さの津波が、街を襲ったのです。
津波の高さ、無情さ、恐ろしさ
そして数えきれない「いのち」を奪ったことを間近で感じました。



車は南下し、帰宅困難地域の双葉町
ここから先、町には誰も住めません。
主の消えた家々の間の交差点には
進入禁止のバリケードと警備員の姿・・・。

ものものしい出で立ちに
ここは本当に日本なのだろうかと不安に似た、何とも言えない気持ちになりました。

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双葉町に入り、5分ほど走ったころ、線量計を確認すると
車内で9.93マイクロシーベルト/時間

今までの街では最高でも0.3や0.5マイクロシーベルト/時間でした。
比べ物にならないほど高い値でした。

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車を降りて、道端に茂る枯草に線量計をかざすと
ピーーー、ピーーー、という警告音とともに
13.20マイクロシーベルト/時間の表示が映し出されます。

「この数値だからこうだ」という事ではなく
目には見えないものがそこにあり、
それを完全になくすことは人間には出来ない
しかし確実に、命あるものに影響を及ぼす。

これが原発事故なんだと、再認識しました。


車はさらに南下します。

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除染した土を入れた黒い袋の山
この様なフレコンバック置き場が至る所にあります。

どこへ持っていくともできない。

そう訴えている気がしました。

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こちらは双葉地区の仮設焼却施設

がれきや除染で発生した廃棄物を焼却し、体積を減らし、
最終的には工業用資材の状態にする。という施設です。

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大きな理想を掲げて稼働しているこちらの施設の手前には
大量のフレコンバックが黒い大地を作り上げていました。

写真を撮ったこの場所。
後ろには新築の家が建っていました。
白のコンクリートが張られた駐車場は
タイヤの跡が付く間もなく、新しさだけを残し、
住民は一人も居なくなっていました。



2日目はまだまだ続きます。
前半をこのあたりで終わりたいと思います。


コープおおいた 役員室 広報課 原田