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「コープふくしま」&「コープおおいた」交流ブログ

2016-05-20 義捐金贈呈式

新地町の皆さん、ありがとうございます。


熊本・大分地震に対する義捐金贈呈式が
5月18日(水)に福島県新地町役場正庁で行われたと、
新地町教育委員会さまより
コープおおいたにご連絡をいただきました。

新地町の3つの小学校の生徒さんが
災害義援金の募金活動をしてくださり、
総額30万円を超える募金をしてくださいました。

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東日本大震災において、日本中に助けていただいたので
 恩返しがしたかった。この義援金を役立てて欲しい。」
          各校の代表児童さんより

生徒さんたちが書いてくれた、
お手紙もコープおおいたに送ってくださるそうです。
届きましたら、真っ先に皆さんにお知らせいたします。

↓贈呈式の様子はこちらへどうぞ↓
新地町教育委員会 
https://goo.gl/oL8jcy
・新地小学校
https://goo.gl/EX0MSc
・福田小学校
https://goo.gl/dITbIs

2016-05-19 ふくしま訪問 2016/3/22〜24

ふくしま訪問2日目…その2

前回の2日目…その1
ふくしま訪問 2日目…その1 - 「コープふくしま」&「コープおおいた」交流ブログ

2日目の後半は、
帰宅困難区域と居住制限区域、避難指示解除準備区域の
3つの区域がある富岡町へ。
その後は、ひとつの集落ごと津波の被害にあった
いわき市の薄磯地区へ視察へ向かいました。

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この写真が意味すること、
お分かりになるでしょうか。
道を挟んで左と右、帰宅困難区域と居住制限区域の境目なのです。

左の家々にはバリケードが張り巡らされいますが
右の家には自由に出入りができるようになっています。
家の片付けでしょうか、車も停まっていました。

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線量計をかざすと、もちろんどちらも同じ値。
この道を境に、向かい合った家に違いがあるとは思えませんが、
しかし確かにここが境界線なのです。

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いわき市へ移動中の道路沿い。
ふくしま滞在中、幾度となくこの黒い袋の山を目にしました。
ふくしまの地に残された数万もの黒い袋は
いままでもこれからも、人のくらしの中に決して溶け込むことのない、
異質な存在です。

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薄磯地区に車が入りました。
海岸からおよそ500メートルの地点に
災害復興住宅が建っていました。
平薄磯の住民の皆さんがお住まいとのこと。
南向き、5階建ての住宅の位置から、海は見えませんでした。

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蟷穫惨儻の震災語り部の男性の言葉です。

「潮が引いて、見たこともない位置まで砂浜が現れました、
 次は沖のほうから波が押し寄せ続けてました。
 波は、寄せて返す。この返すが無くなってしまっていました。
 海の水が、どんどんふくらんで、恐ろしくて。
 
 第2波が薄磯に来るまで、1波から40分ありましたから。
 もうこないだろう、家に帰ろう。
 そう言ってみんな、帰ってしまっていたんですね。」

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避難していた住民の多くが、自宅に戻り
第2波が町を襲いました。
海岸線沿いの宅地は平たく、手前は木々の茂る高台になっていたため
押し寄せた海水は高台にせき止められ、水かさがみるみる増したそうです。

津波は来ないと思っていた』

ふくしま滞在中に、何度も聞いた言葉です。
自分自身も、地震後に十分な危機感を持って対処できているかというと
やはり、疑問が残ります。
絶対ないなんてことはない。この気持ちを常に持ちつつ、
誰しもが防災・減災のファーストペンギンになる必要があるのです。


役員室 広報課

2016-04-27 ふくしま訪問 2016/3/22〜24

ふくしま訪問 2日目…その1


2日目の23日は、強風の晴天。
北陸の冷たい風は私たちの頬をなで、
こちらは暖かい日差しに目を細めます。

1日目は震災に対する町の取り組みを学習し、
ふくしま訪問 2016/3/22〜24 - 「コープふくしま」&「コープおおいた」交流ブログ
2日目は原発事故とふくしま全体の問題を中心的に学びました。

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新地町を南下し、福島原発に近づきます。
地図に並ぶ市や町の名前は、ニュースやドキュメンタリー番組で
何度も聞いたことのあるものばかりですね。

まさにこの一帯が、原発事故により放射線被害を受け
そして今も、5年前から終わらない震災を受け止め続けています。


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福島原発近く、居住が許されている地域には
このような工事関係者専用の宿泊施設が道路沿いに建設されています。
原発作業員、除染作業員、復興工事関係者
宿泊施設からそれぞれの勤務地へ
作業員たちを送迎するシャトルバスが何台も行きかいます。

相馬市の松川浦大橋に到着しました。
大橋のこちらの部分は、津波に完全にのまれたそうです。
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下に男性がいるので、津波の恐ろしい高さが
お分かりいただけるかと思います。

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橋の一番高い部分。
この橋と同じ高さの津波が、街を襲ったのです。
津波の高さ、無情さ、恐ろしさ
そして数えきれない「いのち」を奪ったことを間近で感じました。



車は南下し、帰宅困難地域の双葉町
ここから先、町には誰も住めません。
主の消えた家々の間の交差点には
進入禁止のバリケードと警備員の姿・・・。

ものものしい出で立ちに
ここは本当に日本なのだろうかと不安に似た、何とも言えない気持ちになりました。

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双葉町に入り、5分ほど走ったころ、線量計を確認すると
車内で9.93マイクロシーベルト/時間

今までの街では最高でも0.3や0.5マイクロシーベルト/時間でした。
比べ物にならないほど高い値でした。

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車を降りて、道端に茂る枯草に線量計をかざすと
ピーーー、ピーーー、という警告音とともに
13.20マイクロシーベルト/時間の表示が映し出されます。

「この数値だからこうだ」という事ではなく
目には見えないものがそこにあり、
それを完全になくすことは人間には出来ない
しかし確実に、命あるものに影響を及ぼす。

これが原発事故なんだと、再認識しました。


車はさらに南下します。

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除染した土を入れた黒い袋の山
この様なフレコンバック置き場が至る所にあります。

どこへ持っていくともできない。

そう訴えている気がしました。

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こちらは双葉地区の仮設焼却施設

がれきや除染で発生した廃棄物を焼却し、体積を減らし、
最終的には工業用資材の状態にする。という施設です。

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大きな理想を掲げて稼働しているこちらの施設の手前には
大量のフレコンバックが黒い大地を作り上げていました。

写真を撮ったこの場所。
後ろには新築の家が建っていました。
白のコンクリートが張られた駐車場は
タイヤの跡が付く間もなく、新しさだけを残し、
住民は一人も居なくなっていました。



2日目はまだまだ続きます。
前半をこのあたりで終わりたいと思います。


役員室 広報課

2016-04-26 ふくしま訪問 2016/3/22〜24

ふくしま訪問 1日目


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コープふくしまのお店 CO-OP MART

2016年3月11日、北三陸を襲った東日本大震災から5年が経過しました。
5年経過というと、小学1年生は6年生になり、大学1年生は社会人になります。

津波被害と原発事故で家も故郷も消失した街の人たちは今どうしているのだろう。」
「ビルの上に乗り上げた大型船や、
流されて地面に横たわった列車はどうなっただろうか。」
除染作業や、復興工事の進捗状況も・・・。」

きっと皆さん気にかけていることと思います。
このブログを通じて、ふくしまの近況をご報告します。


2016年3月22日から24日の3日間
毎年恒例の被災地訪問と、ふくしまの皆さんとの交流を行いました。

1日目は新地町

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新地町福島県宮城県の境にあります。
新地産のひとめぼれを使った地酒純米吟醸 鹿狼山」や
同じく新地産の大豆を使用した「しんちゃん納豆・しんちゃん味噌」など、
豊かな北陸の農産品はもちろん、
ライブや屋台村、流しそうめん花火大会などで楽しむ
復興イベント「やるしかねぇべ祭り」にも注目です!


訪問の最初は新地小学校です。
次の日(23日)が卒業式とのことで
非常にお忙しい中、訪問を受け入れてくださいました。


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渡邊校長先生が、ふくしまの震災直後から
現在に至るまでを説明してくださいました。
目を覆いたくなるような痛ましい写真に、胸の詰まる思いでしたが、
「悲しくても、泣かない。しっかり学んで帰ろう。」
そう決めた瞬間でした。

校庭では子どもたちが放課後を大満喫中!
聞くと6年生とのこと。
卒業式を明日にひかえ、小学校生活を名残惜しんでいるようでした。
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校庭の隅には、3メートルにまで成長した豊後梅が。
ピンク色の花をつけて風にそよいでいました。




次に新地町役場へ伺いました。
まず佐々木教育長にお会いしました。
小学校が再開した後も何か月もの間、
窓は閉め切られ、校庭で遊ぶことがなかったそうです。
校庭で遊べるようになってしばらく経ち、
遊具が無いことに大人たちは気づいたそうです。
数は少ないが、遊具を設置すると、
ジャングルジムは子どもたちで鈴なりに・・・
このような出来事をふまえ、佐々木教育長
「子どもたちの求める、『学ぶ・遊ぶ・くらす』環境は
大人目線ではなかなか足りない部分もあり、
整備するまではまだ時間が必要だが、
将来を担う子どもたちの事を最優先で考えていきたい。」
と話してくださいました。

そして副町長さんは、屋上の展望ブースに案内してくださり、
役場の海側の復興工事の様子を説明してくださいました。

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海岸線まで続く工場地帯は異様な光景です。
一面黄土色の工事地帯は、今後、緑地公園へと姿を変えるそうです。
町の皆さんの憩いの場になるのですね。

そして寸断されていた交通機関についてもお話がありました。
震災で被災して運休している常磐線相馬(福島県相馬市)〜浜吉田(宮城県亘理町)間で
2016年の12月末に運行が再開できる見通しとのこと。
常磐線全線運転再開が近づいています。


屋上の展示ブースには、
震災前の新地町のジオラマが製作されていました。

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懐かしい思い出と、震災時の状況が入り混じった
たいへん貴重な展示物でした。

新地にいらっしゃったら、ぜひ役場の屋上から海岸線を眺めてください。
そしてジオラマに、ところせましと並ぶプレートを読んでください。
震災とは、復興とは、町の皆さんの思いとは、
その全てを訴えかけてきます。


震災によって、ひとつの「町」という単位で
どのような被害と課題が生じるのかを学んだ1日目でした。

2日目以降の様子は後日掲載します。


役員室 広報課

2016-04-24 ささえあおう!ふくしまinホルトホール

ささえあおう!ふくしまinホルトホール

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福島県新地町立福田小学校長 森 仁市校長先生より、
コープおおいたへお礼の手紙をいただきました。
お礼の手紙(森校長より).pdf 直


送らせていただいたキャンパスノートに
新地町の小学生の皆さんが
お勉強やお絵かき、自主学習などなど
いろいろなことを書き込み、吸収して
素敵な大人になることを、楽しみにしています。

森校長先生、お手紙ありがとうございました。


コープおおいた 役員室 広報課