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2016’04.29, Fri

#049 クリスマスの本当の意味...絵本「賢者のおくりもの」

 大切な人への贈り物。プレゼント。

 「何が欲しい?」と相手に聞いて、そのものズバリのものを贈れば間違いはありません。だけれども、内緒にしたままプレゼントを贈りたい。相手に喜んで欲しい・・・と思うのは普通の感覚。

 とはいえ、自分がもらって嬉しいと思うものを、相手が同じように嬉しいと思うとは限らない。・・・それは身近にいる親しい間柄だったとしても、100%知ることはできないと思います。

 でも、一緒にいるときに相手のことを観察していれば、理解していれば、意外と7割ぐらいまでは分かるのではないかなぁと思ったりもします。なんていう気持ちをどこか頭の隅に置いたままにしてみるのも、何か新たな発見があるのではないかと思うこの頃。

 みなさんは如何ですか?

 ということで、本日紹介する絵本は「賢者のおくりもの」です。



賢者のおくりもの


 ここからはネタバレを含みます。ご注意下さい。


 1ドル87セント。それですべてでした。しかも、そのうち60セントは1セント銅貨。それも雑貨屋や八百屋や肉屋で、むりやり値切っては、よくもまあけちんぼと無言でなじられて、顔から火がでるような思いをしながら、1まい、2まい、とためこんだものです。デラは3度もかぞえなおしました。1ドル87セント。そして、あしたはいよいよクリスマスなのでした。



 これでは、古ぼけた小さいソファに身をなげだして、泣くよりほかはありやしません。デラは、そこでそうしたのでした。すると、なんだか人生なんて、泣くか、わらうか、しのぶか、のくりかえしみたいな気がしはじめてきました。わけてもいちばん多いのが、しのんで、すすりあげているときです。

 この家の女あるじがこうしてゆっくりと、<泣き> から <しのび> の段階にもどってゆくひまに、ざっと室内を見わたしておきましょう。家具つきで週8ドルのアパートです。言語に絶するとまでは申しませんが、これではたしかに浮浪者狩りの警官隊にお目こぼしねがうのがやっとでした。

 階下の玄関には、便りなどめったにおとずれそうもない郵便受けと、人間の指ではどうなだめすかしても、鳴ってくれないベルとがありました。もうひとつ、そこには「ジェイムズ・ディリンガム・ヤング」という名刺もはられていました。

 その「ディリンガム」も、さきごろの好景気で名前のぬしが週30ドルもらっていたころは、微風にひらめいていたものです。それが週20ドルにおちぶれてしまったいまでは、「ディリンガム」のつづりもぼやけ、まるで頭文字のDだけをのこして、ひっそりと消えいりたいと、本気でかんがえているみたいでした。とはいっても、そのジェイムズ・ディリンガム・ヤング氏ですが、ひとたび帰宅して、2階のわが家にたどりつきさえすれば、とたんに「ジム」にかえって、さきほどデラとしてご紹介ずみのジェイムズ・ディリンガム・ヤング夫人にぎゅっと抱きしめてもらえるのでした。それはそれで、おめでたいかぎりではありませんか。



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 さて、泣くだけ泣いてしまうと、デラはパフをたたきなおし、窓ぎわに立って、灰色のねこが灰色の裏庭の灰色のへいの上をあるいてゆくのをぼんやりながめました。あしたはクリスマスです。だのに、ジムへのプレゼントを買うお金が、1ドル87セントしかないんです。ここ数ヶ月、1セントのむだも惜しんでためた結果が、このとおりです。週20ドルではどうにもならないんです。支出が予算をはみでたのです。いつだって、そうなってしまうのです。ジムのプレゼントのためにのこったのは、わずか1ドル87セント。あたしのジムに、です。ジムになにかすてきなものを、とあれこれ思いめぐらすだけでも、さんざんたのしい時をすごしたものなのに。そう、なにかすばらしい、めったにお目にかかれぬような、ほんとうの値うち物___なにか、すこしでもジムの持ち物となる栄誉にふさわしいものを。

 窓と窓とのあいだには、姿見がかかっていました。週8ドルのアパートにある姿見といえば、ほぼおわかりでしょう。よっぽどやせて、すばやい身のこなしのひとならば、そこに映った細長い断片をすばやくつづりあわせて、自分の全身像をどうにか正確にとらえることもできましょう。やせっぽちのデラは、その芸当をこころえていました。

 彼女はふいに身をひるがえして、窓からはなれ、姿見のまえに立ちました。目はきらきらかがやいてはいますが、わずか20秒ほどのひまに、ほおから血の気がうせています。デラはすばやく髪をふりほどき、いっぱいにたらしました。



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 それはそうと、ジェイムズ・ディリンガム・ヤング夫妻には、なにより自慢にしている品物がふたつありました。ひとつはジムの金時計で、祖父から父へと代々つたわってきたものです。もうひとつは、デラの髪の毛でした。もしもかのシバの女王さまが、通りをへだてたあちら側にお住まいだとしたら、デラはきっといつかその髪をかわかしついでに窓からたらして見せて、さしもの女王の宝石や貢物のお株をうばってやったことでしょう。もしもかのソロモン王が、地下室に財宝をつめこんでこの家の管理人におさまっておいでだとしたら、ジムはそのまえを通るたびに自分の時計をみせびらかしては、王様にねたましさのあまり歯ぎしりさせてやったにちがいありません。

 そのデラの美しい髪が、いま、栗色の滝のように波だちきらめきながら、彼女のまわりにたれています。さながらひざ下までとどくガウンです。デラはそれからいらただしげに、手早くまた髪をゆいあげてしまいました。そして一瞬、ひるんだように立ちつくし、いたんだ赤いじゅうたんの上にぽた、ぽた、なみだをこぼしました。

 古ぼけた栗色のうわぎをはおり、古ぼけた栗色のぼうしをかむる。スカートをくるりとひるがえし、目にはまだ光るものをやどしたまま、デラはドアを出て階段をおり、街へでていったのです。



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 行きついたところには、こうしるされていました。「かつら類とりそろえ。マダム・ソフロニィの店」デラは階段をかけあがり、はあはあいいながら落ちつきをとりもどしました。大がらで、やけに色が白くてつめたい感じのマダムは、聡明(ソフロニィ)という印象には、どうもそぐいませんでした。

 「髪を買っていただけるかしら?」デラはたずねました。

 「買いますよ」とマダム。「ぼうしをとって、ちょっと拝見」

 栗色の滝が波うってこぼれだします。

 「20ドルね」マダムは、なれた手つきで髪を持ちあげながら言いました。

 「すぐいただきたいんですけど」

 おお、それからの2時間ほどは、ばら色のつばさにのってふわふわと___などと常套句をもちいるのはやめておきます。ジムへのプレゼントをもとめ、デラは店という店をあさりあるき、そしてついに見つけたのでした。まさしくジムのために、ジムのためにこそつくられたものでした。どの店にだって、こんなものはなかった。彼女は1軒のこらずさがしたのですから。それはプラチナの時計鎖で、簡素でしかも高雅なデザインは、ごてごてしたかざりよりも品質こそが身上であることをじゅうぶんに物語っていました。ほんものとは、なべてこうあるべきものなのです。あの時計に見合うだけのことはあります。ひと目見たとたんにデラは、これこそジムのものだとさとったのでした。まるでジムみたいです。ひかえめで、品のある___その形容がジムにも鎖にもぴったりです。



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 値段は21ドルでした。のこりの87セントをふところに、デラはとんで帰りました。この鎖をつければ、ジムはもうだれのまえでも平気で時刻をたしかめることができます。せっかくのりっぱな時計なのに、鎖のかわりに古い革ひもで間にあわせているものですから、ときによっては、こっそり時計をのぞくようにしていたのでした。

 家につくと、うかれ心地はすこしずつ分別と理性に席をゆずりました。デラは髪ごてをとりだし、ガスの火をつけると、愛情と気前よさゆえの、この惨状の修復にとりかかりました。あと始末というものはいつだって大仕事なのです。ねえ、みなさん、たいした大仕事ですよね。

 40分がかりで、デラの頭はびっしりこまかなカールずくめになりました。まるで学校ぎらいのふてくされた男の子そっくりです。デラは、鏡の中のわが面影を長いことためつすがめつしました。



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 「こんなざまだからって、まさかいきなり殺されることもないだろうけど、コニイ・アイランドのコーラス・ガールみたいだ、ぐらいは言われそうだわ」デラはひとりごちしました。「でも、どうしろっていうのよ。1ドル87セントじゃどうにもならなかったんですもの」

 7時にはコーヒーをいれ、ストーヴの火にフライパンをのせて、肉料理の手はずもととのいました



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 ジムはおくれたためしがありません。デラはくだんの鎖を二重に折ってにぎりしめ、ジムのいつも入ってくるドアのそばの、テーブルのはしにこしかけました。やがて階段をのぼる足音がし、デラは瞬間さっと青ざめました。日頃からほんのささいなことにでも、ぶつぶつ口の中でお祈りをとなえるくせがありましたが、このたびは声にだしてつぶやいたのでした。

 「神さま、あのひとにいつまでも、あたしを美しいと思わせてやってください」

 ドアがあき、ジムが入ってきて、ドアをしめました。やせっぽちで、ひどく思いつめた表情です。かわいそうに、たった22歳で世帯もちだなんて。オーバーも買いかえたいし、手袋だってしていません。

 部屋に入るなり、ジムはうずらのにおいをかぎつけたセッター犬さながら、ぴたりと動きをとめました。目はデラにくぎづけで、なにやらなぞめいた表情をうかべています。それがデラをぞっとさせました。怒りでも、驚きでも、不満でも、恐怖でもない、デラの予想していたどんな感情ともちがっています。そんな奇妙な表情をたたえて、ジムはただデラの顔をあなのあくほど見つめるばかりでした。

 デラはよろよろとテーブルからおりて、ジムにあゆみよりました。

 「ジム、ねえ、そんなふうにあたしを見ないで」デラはさけびました。



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 「あたし髪を切って、売っちゃったの。だってクリスマスなのに、あなたへのプレゼントもなしですますなんて、しのびなかったんですもの。またすぐにのびるわよ。気にしないで。どう? しかたなかったんですもの。あたしの髪って、すごくのびやすいんだから。ねえ、クリスマスおめでとうって言ってよ! ジム、ゆかいにやりましょうよ。いいこと、あたしがどんなにすばらしい___どんなにきれいなプレゼントを買ったか、わかりっこないわよ」

 「髪を切っちまったのか」ジムがやっと口をききました。いかに頭をはたらかせても、この明々白々な事実を納得しがたいとでもいったふうに。

 「切って、売ったの」とデラ。「もう、まえみたいに気にいってはくれないの? あたしはあたしよ、髪がなくたっって。そうでしょ?」

 ジムは室内をふしぎそうに見まわしました。

 「髪がなくなっちまったってわけなんだね」まるで腑抜けみたいなもの言いです。

 「さがしたってむだよ。売ったの、いいこと、売りとばしちゃったの。さあ、クリスマス・イヴじゃないの。やさしくしてよ。だって、あなたのために手ばなしたんですもの。あたしの髪の毛、なん本あったか、神さまだけがごぞんじでしょうよ」そういうと、ふいに甘美なものがこみあげてきて、「でもあたしのあなたに対する愛は、だれにもはかれっこありません。さ、お肉をあっためるわね、ジム」



 ジムはにわかに我にかえったのかのようでした。彼はデラを抱きしめました。ここで十秒ほど目をそらし、たいした問題ではないけれど、ひとつ、じっくりと考えていただきたいものです。週8ドルと年百万ドル___そのちがいはなんぞや、ということです。数学者や才人では正しい解答はのぞめません。最初のクリスマスの使者である、かの東方の賢者たちは、数々の価値あるおくりものをたずさえてきましたが、この答えだけではその中にもふくまれていませんでした。こんなことを申しあげて、いまのところは意味不明でも、いずれわかっていただけることでしょう。

 ジムはオーバーのポケットから小さな包みをとりだし、テーブルの上にほうりだしました。

 「見そこなっちゃこまるよ、デラ。髪を切ろうが顔をそろうが、シャンプーしようが、そんなことで恋人に愛想をつかすようなぼくじゃない。ただ、その包みをあけたら、ぼくがどうしてはじめとまどったか、わかるさ」

 白い指がすばやく動いて、ひもと紙をのりのけます。それから思わず歓声がもれ、そして、ああ、次の瞬間には女の常で、ヒステリックな泣きわめきがそれにとってかわったのです。部屋のあるじは、妻をなんとかしてなぐさめようと、やっきでした。



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 なぜって、くしが入っていたのです。横髪用とうしろのまげ用のくしのセットで、デラがブロードウェイのウインドでみつけて、かねがねあこがれていたものでした。美しいくしです。ほんもののべっこうで、縁に宝石がちりばめてある___消えうせたあの美しい髪にぴったりの色あいでした。もちろん、値の張ることはわかっていましたし、まさか手に入るあてはさらになく、ただやみくもにほしくてあこがれていたまでです。それがいま、こうして手中にあります。でも念願のそのかざりをいただくべきゆたかな髪は、もはやないのでした。

 デラはそれでもくしを胸に抱きしめ、そしてやっとの思いで面をおこすと、うるんだ目でほほえんでみせました。

 「あたしの髪って、すぐのびるんだから。ジムさん」

 それからふいに、やけどした子ねこみたいにとびあがってさけんだのです。「あっとっと!」ジムはまだ、せっかくの美しいプレゼントを見ていないのでした。デラはそれをてのひらにのせ、いそいそと彼にさしだしました。プラチナのしぶい光沢は、デラのかがやかしい熱っぽい心を映して、ぱっときらめいたみたいでした。

 「ね、しゃれてるでしょう、ジム。町じゅうさがしまわってみつけたの。これならもう、日に百ぺんも時間を見ちゃうわよ。さ、時計をかして、ぶらさげたところを見たいわ」

 うなずくかわりに、ジムはどっとソファにねそべると、手を頭のうしろにまわしてほほえんだのです。



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 「デラ、おたがいクリスマス・プレゼントはかたづけて、しばらくそっとしておこう。いますぐ使うにはもったいなさすぎるよ。じつは、くしを買うお金をつくるんで、時計を売っちゃったんだ。さ、肉料理にとりかかってくれよ」

 ごぞんじのとおり、まぶねの中の幼な子イエスにおくりものをもたらした東方の賢者たちは、かしこい人でした。___すばらしくかしこい人々でした。クリスマス・プレゼントの風習はここにはじまったのです。かしこい人々のことです、そのおくりものもかしこい品々だったにちがいないし、おそらく重複すれば、とりかえたってよいとおもう特典も、そなわっていたことでしょう。それにひきかえ、わたしがここにつたなくも物語ったのは、アパート住まいの、ふたりのおろかなる人の子の、変哲もないエピソードです。おたがいのために、わが家のなによりの宝を犠牲にしてしまった、愚の骨頂ともいうべき人々です。だが、最後に現代のかしこい人々にひとこと言わせていただくとすれば、およそおくりものをする人々のうち、このふたりこそは、もっともかしこかったのです。なべて贈答のやりとりをする人々のうち、彼らみたいな人々こそが最高です。どこに住んでいようと、かしこさにはかわりありません。彼らこそ賢者なのです。



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 おしまい。


 もともとこのお話を知ったのは、むかし、子どもの頃、まんが世界昔ばなしというアニメの「クリスマスの贈りもの」として放映されていたのを観てから。多少設定は違いますが、やはり活字版のほうが心に染みいります。

 互いに宝物と思っていた物へのクリスマスプレゼント。贈る相手が大切にしているものをさらに彩るものだから、ずっと大切に使ってもらえるような質のよいものを贈りたい・・・という気持ちからお互い妥協しません。クリスマスプレゼントを買うために、自分の大切にしていたものを手放し手に入れます。

 ふたを開けてみれば、お互いの宝物のために贈ったプレゼントが必要のないものになってしまった。デラの髪はすぐに伸びるとして、ジムの時計は・・・。

 でも、自分の大切なものを手放してでも、相手のために、相手が喜ぶ顔を見たくて選んで手に入れた贈り物だからこそ、かけがえのないもの。実際にはいますぐは役に立たなかったとしても、お互いにモノではない「ココロ」を贈りあうことができたのだから、デラとジムの夫婦はきっと素敵なクリスマスを送ったと思うのです。

 これがまた微妙に価値観の違う2人だとしたら、それはまた悲劇かもしれません。お互いにそんな間抜けなところを受け入れ合い、笑いとばすことができたのだから、お互いの心は何よりも満たされていたのではないでしょうか?


 「賢者のおくりもの」の作者は、オー・ヘンリー。

 この物語の最後にでてくる「東方の賢者」という言葉が気になり、いろいろ調べてみることにしました。


 原作者のオー・ヘンリーは、1862年にアメリカ合衆国ノースカロライナ州で生まれました。いくつかの職業についたのち、テキサス州で銀行の出納係になりました。ところが横領の罪で銀行検査官の告発をうけ、裁判で有罪になり服役しました。

 オハイオ州刑務所の中短編小説を書きはじめ、出所後はニューヨークで作家として成功しました。生涯に約三〇〇の短編小説を残し、1910年に亡くなっています。

 タイトルになっている『賢者』とは、聖書にでてくる三人の天文学者(星占い師)のことです。この賢者たちは、イエス・キリストが生まれたとき、星のかがやきにみちびかれて誕生のおいわいをささげにきました。これが、クリスマス・プレゼントのはじまりといわれています。 

 デラは、オー・ヘンリーの最初の妻がモデルになっているそうですが、もっともたいせつなものを、たがいのために犠牲にして、贈り物をしたふたりを、オー・ヘンリーは賢明な人といっています。あなたは、どう思われますか?

 メリー・クリスマス!(坂本のこ)



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Wikipediaでさらに調べてみれば、「東方の三賢者」または、「東方の三博士」と言われるそう。


 『マタイによる福音書』2:1-13に博士たちについて記されているが、「占星術の学者たちが東の方から来た」としか書かれておらず、人数は明記されていない。

 彼らはヘロデ大王に「ユダヤ人の王としてお生まれになったかた」について尋ね、ベツレヘムへたどりつく。彼らはイエスを見て拝み、乳香、没薬、黄金を贈り物としてささげた(この贈り物の数から「三人」とするのが定着した)。ヘロデ大王は幼子を見つけたら、自分に知らせるようにと彼らに頼むが、彼らは夢のお告げを聞いてヘロデ大王のもとを避けて帰った。



 もう少し調べてみると、スペインのクリスマス行事に到達。


スペインのクリスマスに欠かせない東方の三賢王って?


 日本には馴染みがないけれど、スペインのクリスマスには欠かせない存在。

 それが東方の三賢王(三博士、三賢人、三賢者とも)です。

 三賢王とされるメルチョール、ガスパール、バルタサールは遠い東の地の占星術師で、12月24日の夜にひときわ輝く星を見つけ、“ユダヤ人の王(救世主)”の生誕を知ったとか。

 早速贈り物を持って拝みに行くことを決めたものの、場所がわからなかったためにエルサレムのヘロデ王(在位:紀元前37年〜紀元前4年)に「ユダヤ王としてお生まれになった方はどちらにいらっしゃいますか?」と尋ねに行きました。キリストの誕生に脅威を覚えた王は動揺し、識者たちを集めます。

 そして、ベツレヘムで救世主の誕生が予言されていたことを知り、三賢王にそう伝えるとともに自分も拝みに行きたいので必ず場所を知らせるようにと念押ししました。

 キリスト誕生の際に輝いた星が再び現れて3人を導き、1月6日の明け方に生まれて間もないイエス・キリストのもとへ到着します。

 王達は幼子を拝み、メルチョールは王権を象徴する黄金、ガスパールは受難の死を象徴する没薬、バルタサールは神性の象徴である乳香を贈り物として捧げました(象徴の解釈には諸説あり)。

 三賢王は「ヘロデ王のもとへ帰るな」という夢のお告げを聞いたので、行きとは異なる道を通り東方へ帰って行ったそうです。それを知ったヘロデ王は怒り、ベツレヘムとその周辺の2歳以下の男児を全員殺すようにとのお触れを出しました。夢の中で「ヘロデがキリストを殺そうとしている」という天使のお告げを聞いた父ヨセフは、妻マリアと幼子を連れてエジプトへ逃げます。

 これでキリストの命が助かったわけです。

 と、まあ、これが三賢王のお話なのです。キリストに贈り物を捧げたことから、スペインでは子供にクリスマスプレゼントを届けてくれるのはこの三賢王(最近はサンタクロースに押され気味ですが^^;)。

子供たちは公現祭(※三賢王のキリスト礼拝を、異邦人に対する主の顕現として祝うカトリック教会の日で、スペイン全国的に祝日)前夜の1月5日までに三賢王に「いい子にしていたので○○をください」という手紙を書きます。

商業施設などには特設ポストが出、王たちの使者が手紙を回収に幼稚園や小学校へ行くことも。そして1月6日の朝起きるとプレゼントが届いているというわけです。



 クリスマスにはプレゼントを贈る・・・だけの行為に終わらず、クリスマスにどうして贈り物をするようになったのか、その本質をオー・ヘンリーは伝えたかったのかも知れません。

 東方の三賢者たちがイエス・キリストに与えたものは物質的な贈り物だけではなかったはずだということが、これらのことからも分かります。

 「相手を想うこと、愛すること」からの行動こそが最高のプレゼント・・・とでも伝えたかったのでしょうか?


 47歳で生涯を閉じたオー・ヘンリー。短編小説家として活躍したのは10年あまりとも言われていますが、約280編もの作品を残しました。服役中の3年3ヶ月の間にペンネームを使い出版社や雑紙社に作品を投稿。出所したときにはプロの作家になり、「エインズリー・マガジン」の編集者ギルマン・ホールに才能を認められ、短編作家としての地位を確立しました。

 服役中に執筆した作品のうち、日本語で読めるものは以下だそう。(参考元:オー・ヘンリー1ミステリ資料室)by 中原行夫の部屋))



「あやつり人形」

「口笛デイックのクリスマス・プレゼント」
O・ヘンリー・ミステリー傑作選 (河出文庫) あやつり人形/虚栄と毛皮/X嬢の告白/不貞の証明/二十年後の再会/少年と泥棒よごれた十ドル札の物語/とりもどされた改心/リンチ異聞/天の声/女を探せ/隠された宝/キャロウェイの暗号/赤い酋長の身代金/感謝祭の二人の紳士/地獄で敵に/ある列車強盗の告白/平和の衣/口笛ディックのクリスマス・プレゼント/死刑囚の夢/シャムロックジョーンズの冒険/シャムロック・ジョーンズ対名探偵/怪盗、名探偵を探す/詐欺師の良心/ブロードウェイのお人好し/狼の毛を刈れ/孤島の事業主/豚の教え
ブラックジャックの売渡し人」 O・ヘンリ短編集 (3) (新潮文庫) 最後の一葉/愛の使者/一ドルの価値/天窓のある部屋/ブラックジャックの売渡し人/煉瓦粉長屋/伯爵と婚礼の客/にせ医師物語/人生の回転木馬/釣りそこねた恋人/心と手/黄金の光/都会の敗北/荒野の王子さま/都市通信
ハーグレイブスの一人二役」 O・ヘンリ短編集 (1) (新潮文庫) 警官と賛美歌/赤い酋長の身代金/振子/緑の扉/アラカルトの春/運命の衝撃/ハーグレイブスの一人二役/善女のパン/ラッパのひびき/よみがえった改心/自動車を待つ間/多忙な仲買人のロマンス/黄金の神と恋の射手/桃源郷の短期滞在客/馭者台から/水車のある教会



 ・・・もしや、服役中に彼はさまざまな話を見聞き、聖書を含めてあらゆる書物を読み、知らないうちに作家としての修業を積んでいたのかもしれません。無駄な3年3ヶ月ではなかった、ということでしょうね。


 また、オー・ヘンリーの作品が日本に紹介されたのは意外と早い時期。1920年(大正9年)に、雑紙「新青年」に「運命の道」が掲載されたのが初めてだったそうです。オー・ヘンリーが亡くなってから10年後のこと。

 Wikipediaによると、


 新青年(しんせいねん)は、日本で1920年に創刊され、1950年まで続いた日本の雑誌。発行は博文館など。

 1920年代から1930年代に流行したモダニズムの代表的な雑誌の一つでもあり、「都会的雑誌」として都市部のインテリ青年層の間で人気を博した。国内外の探偵小説を紹介し、また江戸川乱歩横溝正史を初めとする多くの探偵小説作家の活躍の場となって、日本の推理小説の歴史上、大きな役割を果たした。また牧逸馬夢野久作久生十蘭といった異端作家を生み出した。平均発行部数は3万部前後、多い時は5〜6万部に達していたと言われている

モダニズムの時代

 探偵小説愛好家であった江戸川乱歩は馬場孤蝶に創作作品「二銭銅貨」を送ったが読んでもらえなかったため、雨村に送り直して1923年に掲載され、怪奇幻想色の濃い後年の作風とは異なる論理性の高い探偵小説を続けて発表する。これに刺激を受けて、横溝、水谷の他に、角田喜久雄山下利三郎らが執筆、さらに新人として甲賀三郎大下宇陀児城昌幸渡辺温、牧逸馬、国枝史郎、夢野久作などがデビューした。文壇作家では片岡鉄兵佐々木味津三平林たい子、戸川貞雄、林房雄佐藤春夫なども探偵小説を寄稿した。

 翻訳では、ビーストン、コナン・ドイルバロネス・オルツィアガサ・クリスティ、メルヴィル・デイヴィスン・ポーストらの探偵小説、その他にジョンストン・マッカレー、P・Gウッドハウス、オー・ヘンリーらのコントが人気を博した。

 1925年から横溝が編集に加わり、当時のモダニズムを取り入れてユーモア小説を掲載するようになり、1927年3月号から編集長となって、この誌面を乱歩は「日本娯楽雑誌中の最も上級な新味のあるものになりきった」と評した[2]。乱歩が1928年10月号に書いた「陰獣」は、掲載号が売り切れて3刷まで発行するほどの人気となったが、探偵小説以外に重点を置く本誌からはその後遠ざかった。1928年10月号からは延原謙が3代目編集長となり、巻頭漫画がカラーとなり、またヴァン・ダインの紹介が始まって人気となった。この時期には、稲垣足穂海野十三浜尾四郎渡辺啓助なども掲載。葉山嘉樹村山知義らの左翼作家作品もあった。

 ・・・(略)・・・

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 作家陣がもの凄いメンバーでびっくりです。翻訳版の作家もそうそうたるメンバー。私はオー・ヘンリーの作品をそんなに読んだことがなかったのですが、初めて掲載された「運命の道」のストーリーを知ると、納得。


 オー・ヘンリーが出所後の1902年にニューヨークへ移り住み、執筆活動を開始します。翌1903年に雑紙「エインズリー・マガジン」に掲載されがのが「運命の道」でした。オー・ヘンリーの作品のなかでは最も長い作品です。まだ読んだことのない作品ですが、内容は以下から。


海外ミステリを読む」

 ・・・(略)・・・

 初期の作品の「運命の道」は月刊誌ですから新聞よりは語数の余裕があり、彼も自分の思っていることをストレートに出せたのだと思います。

 現在では評価の低いこの作品ですが、私は作家オー・ヘンリーの内面を知るには最も重要な作品だと思っています。(中略)日本語のオー・ヘンリー論をすべて読んだわけではありませんが、これまで私が読んだ限りではこのことに着目しているのは、角川文庫で彼の作品を訳した飯島淳秀氏だけのようです。作品を読み、私のこの論と飯島氏の論を比較して頂くのがいいでしょう。

 1902年にニューヨークにやって来て、これから小説家としての自分の花を咲かせるぞと張り切った時、彼は40才でした。48才で死んだ男にとって残りの時間は9年しかないわけです。彼はこの作品で明らかに、それまでの自らの人生を振り返ったと思います。作品の主人公はフランスのヴェルノワという田舎で羊飼いをしながら詩を書いている男です。

 『ヴェルノワは、おれのいるべきところじゃない。おれと考えを分けあえるものなんかひとりもいない。この道のむこうにおれの運命と未来があるのだ。』(飯島淳秀訳・角川文庫)

 主人公が自らにそう言い聞かせて家出をする場面から、この小説は始まります。

 村のこの道はパリに通じているわけですから、彼はパリを目指して家出をしたわけです。その道は村から10マイル程先で、もっと大きな道に合流しています。その道はT字路になっていますので、歩く人は三つの選択を迫られるわけです。

 つまり、左に行くか、右に行くか、それとも行くのをやめて戻ってしまうかです。この小説は、主人公の詩人がこの三つを全部辿ったら、どうなったかを描いているのです。

 最初に彼は左に行きます。馬車がぬかるみにはまりこんで困っているのを助けて、その馬車に同乗させて貰います。乗っていたのは侯爵とその姪です。宿に着き、侯爵とトラブルになり、決闘する羽目になり、彼は相手の拳銃に撃たれて命を失ってしまいます。

 次の章では右に行きます。なんとかパリに辿り着き、屋根裏部屋を借りて落ち着き、本格的に詩作に取りかかります。ですが、そのアパートに住む女性に誘惑され、王の暗殺を計画している連中に利用され、殺されてしまいます。

 最後の章では、分岐点で立ち止まった詩人は思い直して村に戻るのです。そして恋人と結婚し、親から受け継いだ羊を飼いながら詩を書いていました。ですが、家業にはあまり力を入れずに詩作に没頭するので、羊の数が減り家計が苦しくなり、奥さんの怒りが爆発するのです。それを見かねた知り合いの老人が、都会に住む学者に自分の詩を読んでもらうように勧めます。

 しかし、彼が得た忠告は「詩を書くのをやめて家業に精を出しなさい」というものでした。詩人はそのアドバイスを聞いたあと、狼から羊を守る為にピストルが必要だと言って、買って帰ります。家に戻った詩人は自分の詩集を火にくべると、自分の部屋に入り買って来たピストルで自殺してしまうのです。

 このようにどう行動したところで死んでしまうという作品です。難解で、どう解釈していいのか苦しむ作品と言っていいでしょう。

 最初の死は決闘ですから助かる確率は5割です。でも、弾が命中して死んでしまいます。二つ目は女性を好きにならなければ避けられた死です。

 しかし、男が女を好きになるのは生きている証であり、自分の生を貫いたと言えるでしょう。最後が最も悲惨な生き方であり、死に方ではないでしょうか。恋人と家を捨て切れずに、都会で自分が本当にしたいと思ったことも諦めて、家業を継いだものの、結局は諦め切れずに家業にも身が入らず、詩作も中途半端になり、挙げ句に才能がないので詩は諦めた方がいいと言われたわけです。「じゃあ、自分の選択は何だったのだ?」彼はそう思い、絶望の余り自殺したわけです。

 問題はニューヨークに出て来て、やっと小説家としての出発点に立った男がどういう気持で、こういう暗く、難解な作品を書いたかということです。

 一つの視点として浮かぶのは、裁判所に出頭せずに逃げたことが彼の人生の上でいかに大きな曲がり角だったかという事です。この小説に出てくるT字路はヘムステッドでしょう。

 彼は当時ヒューストンに住んでいて、裁判はオーステインで行われる為に列車に乗って行かなければならなかったわけです。所が、直通列車ではなく、ヘムステッドで乗り換えなければいけない列車だったのです。彼はそこでオーステインに行く列車ではなく、ニューオーリンズ行きに乗ってしまったわけです。彼は「あの時、別の列車に乗ったら、俺の人生はどうなっていたのだろうか」と考えたのではないでしょうか。

 では一体彼はこの作品で何を言いたかったのでしょうか。

 今日、彼の代表作として残っている作品は最初からオチを考えて読者を頭に置いて書いていますが、この作品は読者よりも自らの心の中を見つめているような気がします。

 この作品では、どの道を歩んでも主人公の詩人は死んでしまいます。この詩人は作者自身でしょう。最初の二つの死は作者の暗い人生感が現れているのでしょう。人間はトラブルが何もなくても寿命があるわけですから、必ず死ぬのは分かっているのです。

 彼がこの作品で言いたかったのは最後の道を選んだ場合のことです。家を捨てて逃げずに家業を継ぎ、親や恋人を裏切らずにまじめに生きたところで、結局は自分の才能を開花させずに虚しい人生を生きるだけだということだと思います。娘を義理の両親に預けて単身ニューヨークに出たわけですから、彼自身はこの小説の中の最後の生き方を選んではいないわけです。右へ行く道も左へ行く道も彼が辿って来た過去を象徴的に描いているのでしょう。

 主人公の死は作者の失敗を意味しているのだと思います。

 この作品は彼の開き直りの宣言だったと思います。彼はニューヨークに出るまでの自分の人生を肯定しているのです。自らの失敗の部分もあったけれど、自分は道を選んでしまったのだからと自分自身に言い聞かせているのです。ニューヨークに出てきたのだから、決闘だろうが、陰謀だろうが、何でも来い。そう言っているような気がします。

 最初にこれを書いたから、彼はあとは迷わずに自分の才能を信じて書き続けることが出来たのではないでしょうか。自分を信じずに何を信じるのか。俺にはこれしか出来ない。そう言っているような気がします。



 気になってしまったので、飯島淳秀氏翻訳のオー・ヘンリー短編集を購入手配かけました。



オー・ヘンリー傑作集〈1〉最後の一葉 警官と聖歌/賢者の贈りもの/忙しい株式仲買人の恋物語/美服のあだ/御者台から/第九十九隊の外交方針/一文おしみの恋人/桃源郷のはかなき客/ハーグレイヴスの二役/アイキイ・シェインスタインの惚れ薬/福の神と恋の神/緑の扉/マックの身代金/振子/最後の一葉/自動車を待たせて
オー・ヘンリー傑作集〈2〉二十年後 献立表の春/二十年後/改心回復/犠牲打/パンのあだしごと/水車のある教会/運命の衝撃/新聞ラッパの響き/催眠術師のジェフ・ピーターズ/運命の道/都市通信/赤い酋長の身代金



 雑紙「新青年」のこと、オー・ヘンリーの生涯のこと、作品のこと・・・また別の形で紹介できればと思います。