一日駄文、本当は絵本日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2016’05.04, Wed

#053 本当の強さって...絵本「かたあしだちょうのエルフ」

 いまもあるのか分かりませんが、私が子どもの頃、小学校では「課題図書」なるものがありました。

 夏休みになると、課題図書をクラスメイトの名簿順に回して全員が読みます。その課題図書に対して夏休みの宿題の読書感想文を書く・・・ということだったかと思いますが、いろいろ調べてみると、意外と覚えていそうで覚えていない課題図書。


 課題図書・・・学校における読書指導の一環として、休暇期間中などを利用して読むことを推奨した図書。個別の学校で選択する場合もあるが、読書団体や図書館関係団体が指定し、読書感想文の対象とすることも少なくない。


 面白そうなので、過去の課題図書はまた別の機会に紹介するとして、本日は、1971年に小学校低学年向けの課題図書になった絵本「かたあしだちょうのエルフ」を紹介します。



かたあしだちょうのエルフ (おはなし名作絵本 9)


 ここからはネタバレを含みます。ご注意下さい。


 はげしかった 雨の きせつが すぎると、くさはらの とりや、けものたちは いっせいに げんきを とりもどしはじめました。

 くさや 木のめが ぐんぐん のびていきます。

 のはらいちめん 赤や きいろの 花が さきます。みが なります。たねが おちます。どうぶつたちの ごちそうは そこらじゅうに あふれています。

 おひさまが しずむまで、かもしかも しまうまも、だちょうも そして とかげたちまで、みんな たのしくて たまらないのです。



 エルフも なかまと いっしょに ここで くらしていました。

 エルフは わかくて つよくて すばらしく 大きな おすの だちょうです。なにしろ、ひといきで 千メートルも はしったことが あったくらいです。それで みんなは、エルフ、エルフと よぶように なったのだそうです。エルフとは アフリカの ことばで、千の ことなのです。

 エルフは とても 子どもが すきでした。



 子どもたちは エルフの せなかに のせてもらって、 ひろい くさはらを ゆっさゆっさ ゆられながら、ドライブするのが だいすきでした。それに とちゅうで、ながい くびを のばしては、木のみや たねの おべんとうを くばってくれるのです。だから、エルフは いつも みんなの にんきものでした。

 「エルフが いてくれるから ほんとうに あんしんね。」

 おかあさんたちは、たのしそうな 子どもたちの ようすを ときどき ながめては じぶんたちの しごとを していました。



 ところが あるひのこと。

 むこうの おかの かげに、なにか あやしいものが うごきました。

 みんな いっせいに おしゃべりを やめると、はなを ひくひく うごかしたり、みみを そばだてたり しはじめました。

 ジャッカルだ。ジャッカルが おそってきたぞ。」

 エルフは すぐに きがつきました。そして、とくいの ライオンの なきごえを まねしました。

 「オオオーン。」

 「やっ、これは まずいや ライオンの やつが いるとは きがつかなかったぜ。」

 ジャッカルは しっぽをまいて いわの かげから とびおりると、すたころ 森の なかへ にげて いってしまいました。

 「はっはっはっ・・・。」

 くさはらに ひとしきり、みんなの おおわらいの こえが ひびいていました。



 さるが ぶらんこあそびの つづきを はじめ、しまうまたちが、フォークダンスを やりはじめたとき、また へんな ものおとが きこえました。

 「また きたな、ジャッカルの やつ。」

 エルフは こんどは もっと のどを ふくらませて、

 「オオオオーン、オーン。」

 と ほえかけると、いきなり すぐちかくに あらわれたのは たてがみを ふりみだした ほんとうの ライオンでした。

 「ひゃー たすけてー。」

 さあ たいへん、おおさわぎに なりました。なかには おそろしくて、そのばに うごけなくなったものも います。

 「みんな はやく にげるんだ。ライオンは ぼくが ひきうけるっ。」



 エルフは すっと くびを のばして ライオンの まえに たちはだかりました。

 ライオンは うしろあしで たつと、エルフめがけて つかみかかりました。エルフ がんばれ。エルフは うまのように つよい あしで、ライオンを けり、おのより こわい くちばしで つつきます。ライオンは するどい きばと つめで エルフの からだを いまにも ひきさきそうです。

   ギャオ— ワォー

 あたりの 小えだや くさが とびちり、もうもうと たつ すなけむりの なかで、エルフが さいごに けった いっぱつが きいたのか、ライオンは よろよろしながら おかの むこうへ かえっていって しまいました。



 「わーい、かった かった。ぼくらの エルフ。」

 「えらいぞ エルフ。」

 「つよいぞ、ぼくらの エルフが かった。」

 みんなは おどりあがって よろこびました。

 ところが たたかった エルフに ちかづくと、たいせつな エルフの あしの いっぽんが くいちぎられてしまっていたのです。

 「みんな ぶじで ほんとに よかった。」

 エルフは いたみを こらえて それだけ いうと、しずかに そのばへ うずくまって しまいました。



 それから くさはらは また、へいわな 日が つづきました。

 けれども、エルフに とっては くるしみの 日が はじまったのです。

 かたあしでは 子どもたちとも あそべません。みんなの しごとの おてつだいも できないし、だいいち まいにちの えさを さがすのだって たいへんな くろうです。

 はじめのうちは、いのししが 木のねを、しまうまは くさを、なかまの だちょうは 木のはを わけてくれました。けれども それぞれ じぶんたちの かぞくの ことだけでも たいへんなのです。

 エルフは 日がたつに つれて、なんとなく みんなから わすれられて いきました。



 みんなに とっては、あかるい おひさまも、エルフには ただ あつく、くるしすぎます。まわりには だんだん たべものが なくなっていきます。ひょこたん ひょこたん 一日に いくらも あるけない エルフは、ひからびた 木のねっこや、なにかの ほねや 石ころなんかを たべて すごす 日のほうが おおくなりました。そのせいか、エルフの からだは かさかさに ひからびて、ただ せいばかり たかくなってしまうようでした。



 月の あかるい ばんには、ハイエナが ぞろぞろ やってきて、

 「こいつ、まだ いきてるぜ、たおれれば おれたちの えさに なるのにな。」

 と、ぶつくさ いって とおりすぎます。

 よが あければ、はげわしが あたまの うえを わになって とびながら、

 「エルフ、はやく おれたちの えさに なってくれや。」

 と いいます。



 エルフは もう このごろは、一日じゅう ひとつのところに たったまま、じっと 目を つぶっているばかりでした。なみだが ひとつぶ、かわいた くちばしを つたって、ぽつんと あしものと すなに すいこまれました。

 いまの エルフに とっては、子どもたちの あそんでいる こえを きいていることだけが なぐさめなのです。

 ある日、エルフが まひるの そらを うとうと ながめていたときの ことです。とつぜん、森の はずれに、なにか くろいものが はしりました。あっ!!



 「くろひょうだぞー。」

 エルフは かすれるこえで さけびました。

 「わーっ こわーい。」

 みんなは いっせいに にげましたが、おくれた 子どもたちが ねらわれました。

 エルフは じぶんの からだのことなど わすれて、なんとか たすけてやらなくてはと おもいました。けれど もう まにあいません。

 「みんな ぼくの せなかに のれっ。」

 子どもたちは むちゅうで エルフの せなかに はいあがりました。



 くろひょうは まっかな 口を ひらいて、とびかかってきました。エルフは からだを かたくして じっと がんばります。そのちからづよい かおを みていると、みんなは なんだか とても たかい、あんぜんな ところに いるように おもえました。いえ、ほんとうに エルフは 大きく なっていたのです。くろひょうが いっぽんの あしに とびついても、そのたびに くちばしで めだまや はなを つつかれるので、ばたんと じめんに おちてしまうのです。

 エルフは さいごの ちからを ふりしぼって たたかいます。せぼねは みんなの おもみで いまにも おれそうです。いっぽんあしには くろひょうの きばと つめで、ちの すじが いくつも できました。



 くるひょうは さんざん いためつけられて、よっぱらいのように ふらつきながら にげていって しまいました。

 「たすかったー。」

 「ばんざーい。」

 みんなの こえが ゆめのなかで きこえたような きがしました。そして、だんだん きがとおくなって、なにもわからなくなって しまいました。

 子どもたちは たかい エルフの せなかから やっと おりました。

 「エルフ ありがとう。」

 と、さけんで ふりおあおぐと、みんなは あっと おどろきました。



 そこには かたあしの エルフと おなじ かっこうで すばらしく 大きな木が そらに むかって はえていたのでした。

 そして、エルフの かおの ちょうど ま下あたりに、きれいな いけが できていました。そう エルフの なみだで できたのかも しれませんね。


 木になった エルフは その日から のはらに 一年じゅう すずしい 木かげをつくり、どうぶつたちは いずみのまわりで いつも たのしく くらしました。


 おしまい。


 一番最後に、おのきがく氏直筆のあとがきがあります。


 あとががき

 その時、私の眼はある地理書の、黒っぽい写真にそそがれていました。アフリカの草原、中央に屹立したバブオブの大樹と雲だけの単調な風景でした。

 と、急に頭の中で小型映写機がチカチカまわりはじめたのです。一匹のだちょうがいろいろなことをしています。大きな樹のシルエットがくり返しくり返しでてきます。断片的にさまざまな獣たちが吠えたり、あらわれるとみるやあとずさりして消えます。そうです、映写機は逆回転しているのです。私はあっけにとられ、時をわすれていました。瞬間、エルフの絵本はできたようでした。

 ところがこの逆回転フィルムを正常に戻すのに八ヶ月程かかってしまいました。その間、友だちの画家や詩人たちも大切な支えでしたし、編集部の関口さん、小峰さんなどにも、とてもお世話をかけたようでう。特に多摩自然公園の子守厚氏からは貴重な意見をかずかずいただきまし。

 関係者のみなさん、有難うございました。

 おのきがく

絵本「かたあしだちょうのエルフ」あとがきより


 私自身、この絵本を読んだのは小学校1年生ぐらいのとき。

 でも、もっと驚きなのは絵本の裏表紙に「5才〜8才向」と書いてあります。

 大人になった今の自分が思うと、「小学校低学年には少し難しすぎるのではないか」と思いがちですが、全然そんなことないのでしょうね。


 アフリカ。勇敢で、強くて、仲間思いで、子どもに優しくて人気者だったダチョウのエルフ。

 仲間がライオンに襲われたときに片足を食いちぎられてしまいます。名誉の負傷を負い、みんなのお手伝いや、子どもたちと遊ぶことはおろか、エルフ自身の日々の生活も思うように行かなくなってしまいます。最初こそは餌を分けてくれた仲間たちですが、みんな自分の生活だけで必死。いつしか、エルフは気にかけられなくなり、忘れられていきます。

 そんなある日、クロヒョウが仲間たちを襲おうとしているなか、片足のエルフは勇敢にクロヒョウに立ち向かっていきます。見事クロヒョウを退治したエルフ。

 でも、仲間たちが振り向いてみると、エルフの姿はなく、そこにはバブオブの木とその木の下に池が・・・。


 いくつもの思いが過ぎります。

 片足になってまで仲間を救ったエルフは幸せだったのだろうか?

 仲間は自分たちの生活で精一杯。仲間のために頑張ったエルフが忘れ去られていくとき、エルフは何を考えていたのだろうか?

 最後、木になってしまったエルフを仲間たちはどう思うのか?


 5才〜8才向けの絵本とありますが、絵本が訴えかけてくるテーマは非常に深いです。

 エルフの行動は、無償の愛?・・・それとも、自己犠牲? この絵本のなかで、仲間に対する思いほか、エルフの深い部分での心情は一切語られていません。それだけに、作者のおのきがく氏は読む手にそれを委ねたのかもしれません。


 みなさんは、どう考えますか?

 私は・・・エルフはきっと仲間のことが大好きでのではないかと思います。本当にシンプルな感情で、「大好きだった」「みんなの役に立ちたかった」「みんなの笑顔が見たかった」・・・。それらがエルフの勇敢な行動、優しさの源だったのでは?

 エルフは見返りも期待していなかったし、ヒーローにもなりたいと思っていなかった。ただ、仲間たちと一緒にいたかった・・・それだけではなかったのかなと。

 だから、物語の最後。仲間たちの憩いの場となるよるよう、バブオブの木と(もしかしたらエルフの涙でできた)泉へと姿を変え、ずっとずっと仲間たちと一緒に居たかったのかもしれません。

 本当の強さ、本当の勇気・・・とは何でしょうか?

 いまだにその「答え」は見つかっていません。まだまだ、その答え探しの旅が続きます。