一日駄文、本当は絵本日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2016’07.29, Fri

閑話休題024 上には上がいる

 

 前置きはあえて控えます。

 タイトルの「犠牲打」。これの意味をよく考えながら読んでみるのがポイントです。


 「犠牲打」  オー・ヘンリー


オー・ヘンリー傑作集〈2〉二十年後 『ハースストーン・マガジン』の編集者は掲載原稿の選択に彼独自の考えをもっている。彼の理論はべつに秘密でもなんでもない。じじつ、彼はマホガニーのデスクに坐り、にこやかな微笑をたたえ、金ぶちの眼鏡で静かにひざをたたきながら、喜んで開陳してくれるだろう。

 「わが『ハースストーン』は原稿の選者をスタッフに雇うということはせんのです」と、彼は言うだろう。「わたしどもは編集部にもちこまれた原稿の意見は、いろんなタイプのいろんな階層の本誌の読者から直接得ておるのです」

 これがこの編集者の理論である。その実際はつぎのとおりにやるのである。


 原稿の束がとどくと、編集者はこれを服のあらゆるポケットにいっぱい突っこんで、あちこち一日中とびまわりながら、それらの原稿をばらまく。会社の事務員、受付、管理人、エレベーターボーイ、メッセンジャーボーイ、編集者がいつも昼食をとる喫茶店の給仕、いつも夕刊を買う新聞売店の売り子、食料品店、牛乳屋、五時三十分の山手線の高架鉄道の車掌、六十何丁目の駅の改札係、わが家の料理人兼女中___こういう連中が『ハースストーン・マガジン』にもちこまれた原稿の判定をする選者である。

 もし彼が一家団らんのわが家に帰りつくまでに、ポケットの中がすっかりからにならない場合には、残った原稿は、赤ん坊が寝ついたあとで読むように、細君にわたされるのである。数日後に、編集者はいつものきまった巡賂をまわりながら原稿を集めこんで、この種々雑多な選者の評決を考慮する。

 この雑誌編集のシステムは大いに当った。発行部数も、広告の割合からみると、じつに驚異的な伸び方のレコードを作っているのだ。

 『ハースストーン』社はまた単行本も出版している。いくつかの大当りをとった著作には、本の扉にすべて記されている___いずれも全部、『ハースストーン』のあまたの篤志家的選者のすいせんになったものだ、とは編集者の言だ。ときおり(編集部のおしゃべりな部員の話によると)この雑多な選者の忠告にもとづいて、『ハースストーン』は原稿を没にして取りにがすこともあった。そういうのが後で、他の出版社から出ると、有名なベストセラーになっていたりした。


 たとえば(と、うわさ雀は言うのだが)『サイラス・レイサムの興亡』(アメリカの作家W.D.ハウエルズの長編「サイラス・ラバムの興起」をもじったものであろう)などは、エレベーターボーイの不評を蒙ったし、給仕は『ボス』を文句なしに却下した。『主教の馬車にて』は市電の車掌がはなもひっかけなかった。『釈放(デリバランス)』(分娩という意もある)は予約購読係の一事務員がはねつけたのだが、彼の家にはちょうど細君の母親が二か月の滞在にやってきたばかりであった。『女王の本(クィーンズ・クエア)』(英国の作家モーリス・ヒューレットに同盟の小説[1904]がある)は小使から「この本もまさに然り」という評がついて戻ってきた。

 だが、それにもかかわらず、『ハースストーン』はその理論とシステムを固守しており、今後も有志の選者にこと欠くことは決してなかろう。というのは、編集部の若い婦人速記者から、石炭をシャベルですくいとる男(この男の反対意見で『ハースストーン』社に『下界』の原稿をふいにする損失を与えた)にいたるまで、広く散在するスタッフの一人一人が、いつかは雑紙の編集者になる期待を抱いているからだ。


 『ハースストーン』のこの方法は、アレン・スレイトンが『恋はすべて』という題の短篇を書いたとき、彼はすでによく承知していた。スレイトンはありとあらゆる雑紙の編集室のあたりを、ねばりにねばってうろつき回ってきたので、このニューヨークのあらゆるものの内部のやり方には精通していたのだ。

 彼は『ハースストーン』の編集者がいろんなタイプの人々に回して読ませることはいわずもがな、センチメンタルな恋愛小説類は編集者の速記者をやっているパフキン嬢のもとにいっていることも知っていた。も一つ、この編集者の一風変わった慣習は、作者の名を原稿の選者たちには必ずかくしておくということだった。これもつまりは、輝かしき名が彼らの報告の真意を左右しないようにという狙いだったのである。

 スレイトンは『恋はすべて』にいわば畢生の努力をかたむけた。心魂をくだき、智能の限りをつくし、それに半年をついやした。それは純粋な小説であって、精美、高尚、ロマンチック、情熱的なものであった___恋の神聖な恵みこそは(これは筆者がその原稿からうつしとっているのだが)世俗のいかなる贈りものや名誉よりもはるかに勝るとし、恋こそは天の最上の報いの目録の中にあるという散文詩であった。

 スレイトンの文学者たらんとする野心は熱烈なものだった。このみずから選んだ芸術で名声を獲得するためには、他のいっさいの世俗的財産を犠牲にしてもいとわなかったであろう。自分の力作の一つが『ハースストーン』に発表されるのを見るという夢が実現するなら、右手を切り棄てても、あるいは、盲腸炎愛好者のメスにわが身を捧げかねまじきほどだった。


 スレイトンは『恋はすべて』を完成すると、さっそく『ハースストーン』にじかに持ちこんだ。雑誌社は大きな雑居ビルの中にあって、下にいる管理人がビルを管理していた。

 この作者が入口をはいってエレベーターのほうへ行きかけたとき、マッシュポテトのすりこ木が入口のホールをすっ飛んできて、スレイトンの帽子をたたきつぶし、さらにドアのガラスをぶちこわした。この台所用品の飛んできたすぐあとから、図体の大きな、体具合の悪そうな管理人が、ズボンつりは外れ、きたならしい恰好で、あわてふためき、息を切らせてとびだしてきた。

 と、だらしないデブの女が髪をなびかせて、さっきの飛道具のあとを追ってかけてきた。管理人の足がタイルの床にツルリとすべったと思うと、絶望の叫び声をあげて彼の山のような体がどっと倒れた。女は彼にとびかかって、髪をひっつかんだ。男は景気よくわめき声をたてた。

 女は恨みを晴らすと、ミネルヴァローマ神話の戦術・知恵の女神)のごとく勝ちほこって、どこやら裏の人目につかぬ家庭の奥へと、この女丈夫はゆうゆうと引き上げていった。男はふうふう息を切らせ、恥をかかされて立ち上がった。

 「結婚生活なんてこんなもんだね」と、彼はいささか仏頂面でスレイトンに言った。「あいつもねえ、わしが夜もおちおちねむれねえで、思いこがれておったこともある娘だったんですよ。お帽子を、どうもすんません、旦那。ね、こんなこと、ビルの中の人たちに言いつけんでくださいよ。失業すると困りますんでな」

 スレイトンはホールの奥でエレベーターにのると、『ハースストーン』社へ上がっていった。『恋はすべて』の原稿を編集者にあずけた。一週間したらこの原稿が使えるかどうか返事すと、編集者は約束した。

 スレイトンは階下へおりながら、素晴らしい勝利の計画を図式化した。この名案はぱっと頭にひらめいたのである。名案を思いついたわが天才ぶりには、われながら感嘆せずにおれなかった。善は急げ、さっそくその夜から実行に着手した。


 『ハースストーン』の速記者であるパフキン嬢は作者と同じ家に下宿していた。やせた、偏狭な、枯れしぼんだ、センチメンタルなオールドミスであった。スレイトンはいつだったか以前に紹介されたことがあった。

 この作者の大胆にして自己犠牲的な計画はつぎのごときものだった。彼は『ハースストーン』の編集者が、ロマンチックなセンチメンタルな小説の原稿には、パフキン嬢の判断を大いに頼りにしていることを知っていた。彼女の好みは、そういう種類の長篇や短篇を耽読する一般ふつう女性の大部分の平均を代表していた。

 『恋はすべて』のテーマと主調は、一目惚れいうやつだった___男だろうと女だろうと、心と心が語り合うや、たちまち相手をおのが心の配偶者だとみとめずにはおれない、あの恍惚とした、抵抗しがたき、魂のふるえるような思いというやつだ。もし彼がみずからこの神聖な真理をパフキン嬢の心にきざみつけるとしたらどうか!___きっと彼女はあの短篇『恋はすべて』を『ハースストーン』の編集者に口をきわめてすいせんして、彼女が初めて経験する有頂天の興奮を裏書きしてくれるのではあるかいか。

 スレイトンはそう考えた。そこで、その晩、パフキン嬢を芝居につれていった。つぎの晩は、下宿屋のうす暗い客間で、彼女を猛烈にくどいた。彼は自由自在に『恋はすべて』の文句を引用した。かくてついに、パフキン嬢は彼の肩に頭をもたせかけ、彼の頭の中では、文学的名声の夢がおどるといったとこで結末をむすんだ。

 だが、スレイトンは、求愛の段階でとまらなかった。これはおれの人生の転換期だ、と心中ひそかに言った。そこで、真の勝負師らしく、とことんまでやった。木曜日の夜に、彼とパフキン嬢とは「町の中央にある大きな教会」へ出かけていって結婚した。

 勇ましきスレイトンよ!

 かのシャトーブリアンフランスの作家にして政治家[1768-1848])は屋根裏で死んだ。かのバイロンは後家さんをくどいた。かのキーツは餓死した。かのポーはチャンポンに酒をのんだ。ド・クィンシー(イギリス随筆家アヘン吸引者の告白」の著作がある)はパイプに耽溺した。エイド(ジョージ・エイド、アメリカのユーモア作家[1866-1944])はシカゴなんてとこに住んでおり、ジェイムズ(アメリカの作家ヘンリー・ジェイムズを指すものと思われる)も相変わらず遠くに住んでおり、ディケンズは白靴下をはき、モーパッサンは狂人拘束服をつけたし、トム・ワトソン(アメリカの政治家にして歴史家[1858-1922])は人民党員になり、エレミア(旧約聖書「エレミア記」及び「アレミア哀歌」の筆者)は悲嘆にくれた。

 以上のごとき著者もみんなの文学のために、そいういうことをやったのだ。だが、汝はそのすべてに勝る。彼は名声の宮に汝みずからを祭る壁龕を彫らんがために妻をめとれりである!


 金曜日の朝スレイトン夫人はこれから『ハースストーン』社へ行って、編集者から読むようにといってあずかった一、二本の原稿を渡して、速記者のほうも退職してきますと言った。

 「あのう・・・何か・・・そのう・・・返す小説の中に、特にあなたの気にいったものがあった?」スレイトンは胸をどきどきさせてきいた。

 「一つありましたわ___短篇が。とっても気にいったわ」と、彼の妻は言った。「この半分も巧みで真に迫ってると思ったものは、ここなん年か読んだことがなかったわ」

 その日の午後、スレイトンは『ハースストーン』社へ急いでかけつけた。苦心が報いられるのも、もう目の前だと感じた。『ハースストーン』にのる一作で、文学的名声をつかむのも、もうすぐだと思った。

 社の給仕が外側の事務室の手摺のところで彼を迎えた。不首尾な作者が編集者とじかに面談するということは、ごくまれな場合を除いては、ふつうないことだった。内心うれしくてたまらないスレイトンは、今にみてろ、こんな給仕なんかおれの成功でべしゃんこにしてくれるぞという、何ともいえぬ楽しい希望をひそかに抱いていた。

 彼は自分の短篇のことをきいた。給仕は神聖は奥の院にはいりこんでいったと思うと、やがて千ドルの小切手のかさより厚ぼったい大きな封筒をもってきた。

 「編集長から、残念ですがあなたの原稿は雑紙には使えないとお伝えしてくれということでした」

 スレイトンは呆然とした。「あんた、知らんですかねえ」と、彼はどもるようにして言った。

 「ミス・パフ・・・つまりぼくの・・・いやミス・パフキンが選定をたのまれていた短篇を、けさ、渡さなかったですか?」

 「たしかに渡しましたよ」給仕はしたり顔に言った。「素敵な作品だってパフキンさんが言ったと、うちのおやじさんが言うのを聞きましたよ。その題は『金ゆえの結婚、あるいは働く女性の勝利』というんでしたがね」

 「や、あなたは!」と、給仕は内密にといった調子で答えた。「あなたのお名前はスレイトンさんですね。そうでしょ。ついうっかりして私がまちがえちゃったらしいんですよ。渡してまわるようにといって、大将から原稿をあずかったんですがね。パフキンさんと管理人に渡す分をまちがえちゃったんです。でも、それでもかまわなかったらしいですね」

 そこでスレイトンがよく見ると、自分の原稿の表紙の『恋はすべて』という表題の下に、炭でかきなぐった管理人のつぎのごとき寸評がついていた。


 「何言ってやがんだ!」



 おしまい。


 最後、見事というようなぐらい落としてくれました。

 ふつうに読んでいくと、妄想癖のあるスレイトンのハチャメチャな行動が招いた結末だとは思うのですが、でも、このタイトル「犠牲打」があとになってきいてきます。

 私は野球のルールはあまりよく知らないので、「犠牲打」について少し調べてみました。goo辞書によると、以下の通り。


 野球で、バントまたはフライによって、打者自身はアウトになるが、走者が進塁または得点しえた打撃で、打数に算入されないもの。犠打サクリファイス‐ヒット。


 ということは、スレイトン本人はアウトだけれども、『ハースストーン』社にとってみたら「勝利」ということ?

 ・・・何やら会社ぐるみで、スレイトンはいいようにされてしまった感じがします。

 その辺がまったく書かれていないのも、読んでいる人間の想像力をかき立てます。