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「全体map」の方は正常に表示されますので引き続きご利用下さい。(2008/7/31)

お知らせ:2007年3月のCoSTEPウェブ実習の終了にともない、今後当サイトでは定期的なコンテンツの更新は行われません。
ただし今後も実習チームOB有志が、時折新しい記事を追加していく予定ですのでよろしくお願いします。(2007/6/21)

【News】(2008/2/6)優れたブログを紹介する「スゴブロ2008」ベスト20の第3位に選ばれました!
【News】(2007/3/14)『クックブック サイエンス観光マップのすすめ』の配布を開始しました。
【News】(2007/3/1)日経BPのサイト「セカンドステージ」に当サイトの紹介記事が載りました。
【News】(2007/2/7)2月1日の記事にて、公開記事数が100本になりました。
【News】(2007/1/5)はてなの 「こんな人も書いています」コーナーに掲載されました。



2007-10-10

[][] ドングリ虫、ふたたび 〜月寒公園〜  ドングリ虫、ふたたび 〜月寒公園〜 - さっぽろサイエンス観光マップ を含むブックマーク



暑かった2007年の夏が終わり、豊平区の月寒公園はすっかり秋になりました。



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  • (左)初秋の月寒公園 (右)コナラの木には青いドングリが (撮影2007/9/11)

【 昨年、ドングリ虫は・・・・】

 昨年の11月7日、『どんぐりころころ、「こんにちは」と言ったのは・・・〜月寒公園〜』というタイトルで、サイエンス観光マップに次のような記事を書きました(詳しくはこちら)。

『月寒公園で拾ったドングリから22匹の「ドングリ虫」が出てきました。ドングリ虫は体長1cm弱の芋虫で、シギゾウムシの幼虫です。親虫がドングリに卵を産み付けると、やがて孵った芋虫はドングリの実を食べて成長します。その後ドングリから脱出して土の中で冬を越し、シギゾウムシになります。ドングリ虫たちがシギゾウムシになるのを見届けたいと思い、土を入れたガラスびんに移したところ、みんな次々と土にもぐっていきました・・・』

あれから約1年、ドングリ虫たちはどうなったでしょうか。


【 ドングリ虫、冬を乗り切る 】

 びんのガラス越しには、ドングリ虫が自分の体の周囲につくった「蛹室(ようしつ)」という小部屋のような空間が見えます。ドングリ虫を越冬させるには、外にいるのと同じように乾燥を避け、低温を保たなければなりません。そこで、びんの土に霧を吹いて口をしっかり閉め、発泡スチロールの保冷箱に入れて自宅の地下室に置きました。地下室の気温は真冬でも零度以下にはなりません。また、湿度も60%前後に保たれています。

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  • ガラス越しに見える蛹室 (撮影2007/9/27)


【春になり夏になって・・・ 】

 雪がとけた4月、地下室からびんを取り出しました。びんの壁面近くにできた蛹室では、相変わらずドングリ虫が時々動いているのが見えます。待つこと数ヶ月、7月の末にびんを開けたところ、灰色がかった茶色いシギゾウムシが土の上を歩いているのを発見しました!

 長い口吻、黒く大きな丸い目、拡大してみると足には細かい毛がたくさん生えています。ガラス面を難なく登って来られるのは、つるつるしたドングリの表面を自由に歩ける脚を持つからでしょう。 



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  • ドングリ虫の成虫、シギゾウムシ(右は腹側から見たところ) (撮影2007/9/27)

 月寒公園で拾ったドングリはコナラの実だったので、私はドングリ虫を「コナラシギゾウムシ」の幼虫だと思っていました。一般にコナラシギゾウムシはコナラを、「クリシギゾウムシ」はクリを餌とするという資料が多かったためです。ところが、専門家に調べてもらったところ、この成虫はコナラシギゾウムシではなく、クリシギゾウムシであることがわかりました*1

コナラシギゾウムシが、やや幅広の体型で体に斑紋があるのに対し、クリシギゾウムシは細長く、体に帯状の模様があるのが特徴です*2。『クリシギゾウムシは北海道には分布しない』と書いてある図鑑や資料もありますが、最近は札幌でも見つかっているそうです。

 8月末までに合計5匹の成虫を確認しましたが、その後はいっこうに羽化するようすがありません。しかし、びんの壁面近くにはまだたくさんのドングリ虫が見えています。シギゾウムシは、土にもぐった翌年にすべてが羽化するのではなく、2年後、3年後にようやく地上へ出てくるものもいます。これほど長期にわたって幼虫期を過ごす理由や羽化のきっかけについては、まだわかっていない部分も多いようです。羽化の時期をずらすのは、ドングリが不作の年に一斉に羽化して共倒れになることなく、子孫を確実に残すための知恵なのかもしれません。


 さて、計算では、まだ17匹のドングリ虫がびんの中にいるはずです。もう一冬、ここで過ごすつもりなのでしょうか? 

続きは、また来年の秋にご報告します。




(文・写真 原林 滋子)


アクセス

月寒公園 豊平区美園10〜12条7〜8丁目、月寒西2〜3条4丁目

地下鉄東豊線「美園駅」下車,徒歩10分

地下鉄南北線「平岸駅」又は東西線「白石駅」から中央バス白石平岸線[白30]乗車,「美園11条7丁目」下車,徒歩5分  など

取材協力

札幌科学技術専門学校 自然環境学科


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*1:クリシギゾウムシはクリだけでなく、コナラも餌とし、産卵する。

*2:シギゾウムシの触角は途中で折れ曲がったようになっている。根元に近い方と折れ曲がった先にある”節”の長さの比が種類によって決まっているため、ここも見る必要がある。

2007-03-21

[][]謎いっぱいの地底世界「根圏」 〜北大第一農場〜 謎いっぱいの地底世界「根圏」 〜北大第一農場〜 - さっぽろサイエンス観光マップ を含むブックマーク

◆第一農場にある、コンクリートで区切られた珍しい畑

 北海道大学の札幌キャンパスには、夏の間、たくさんの観光客が訪れます。クラーク博士の像を見た後で、次に向かうのが、ポプラ並木です。数年前の台風でかなりの被害を受けましたが、それでも、多くの観光客がポプラ並木を背に写真を撮ります。そのポプラ並木がある場所が、北海道大学の第一農場です。

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写真 創成科学共同研究機構 星野洋一郎先生撮影


 一般の方にはほとんど知られていませんが、この第一農場には、大変珍しい貴重な畑があります。家庭菜園ほどの大きさですが、土が混じり合わないようにコンクリートでいくつかの区画に分画されています。

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写真 創成科学共同研究機構 信濃卓郎先生より提供


 この畑を上から見ると、こうなっています。畑の区画を説明するラベルには、−(マイナス)Nとか、−(マイナス)Pとか書いてありますが、これは何を意味するのでしょう?

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写真 創成科学共同研究機構 信濃卓郎先生より提供


 Nは元素記号の窒素のことで、Pはリンのことです。Kはカリウム、Sはイオウ。しかし−(マイナス)が前に付いています。Fert.は、Fertilizationの略号で、畑に肥料をやることを意味します。

 実は、この畑は、区画によって与える肥料の種類を変えているのです。


◆植物の成長に必要な養分は何か?−腐植栄養説から無機栄養説へ−

 19世紀に、植物の養分は何なのか?という大論争が起こりました。

 古代から18世紀末まで、植物についての科学ができる前に、人々が信じていたことは、植物は、根から生物の死骸や落葉を分解した有機物を吸収することによって生育するという考え方でした。これを、腐植栄養説といいます。

 この説に基づいてテーヤというドイツ人が、多量の堆肥(たいひ:落葉やわらを腐らせてつくったもの)や厩肥(きゅうひ:家畜の糞尿を腐らせたもの)を作り、それらを農地に入れることによって、当時としては驚くべき生産量の向上を実現させました。この成功により、当時の人々は腐植栄養説を信じて疑わなかったのです。

 そんな時流の中、1840年にドイツの化学者であったリービッヒが、腐植栄養説を否定し、無機栄養説(植物は、養分として有機物だけでなく無機物も吸収できる)を提唱します*1。リービッヒは、19世紀に入って解り始めた光合成の仕組み(植物は、二酸化炭素と水から有機物を作り出せる)や、それまでに研究されていた研究文献を丹念に調べることから、当時の常識をくつがえす無機栄養説に至ったのです。

 このリービッヒの説が元になって、現在に至る化学肥料の発達がはじまりました。


◆植物の3大栄養素 −N(窒素)、P(リン)、K(カリウム)−

 現在では、植物の生育に必要な元素は17種類といわれています。このうちの3つ、炭素(C)と酸素(O)と水素(H)は、水や空気中(空気中には窒素分子(N2)も存在しますが、窒素分子のまま取り込んでも、植物は生体内で窒素原子を利用することができません。)から得られますので、残りの14種類を主に根から吸収しなければなりません。14種類は、多量必須元素*2と微量必須元素*3の2種類に分けられます。多量必須元素の中で、土壌に不足しがちで、肥料として大量に補う必要のある元素が、窒素(N)、リン(P)、カリウム(K)の3つです。この3つが、植物の3大栄養素と呼ばれています。

 窒素(N)は、酵素をつくるタンパク質の材料として必要ですし、成長のための細胞分裂にも必要です。特に葉の成長に関わっているので、「葉肥(はごえ)」ともいわれます。

 リン(P)はリン酸(P2O5)の形で取り込まれます。遺伝子をつくるDNAの材料として欠かせません。また、花の開花や、実の結実に関わるので、「実肥(みごえ)」ともいわれます。

 カリウム(K)(肥料としていう場合はカリと呼ばれます)は、細胞の浸透圧や蒸散作用を調節します。特に根の成長に関係するので、「根肥(ねごえ)」ともいわれます。


◆農学における近代的実証試験法−圃場(ほじょう)試験−

 さて、無機栄養説にたどりついたリービッヒは、その後の肥料の発展に対して、大きな進歩をもたらしたのですが、一方、現在の科学から見ると誤っていることも主張しました。それが窒素に関することです。「植物は、空気中のアンモニアを吸収してタンパク質を合成できるから、窒素肥料は必要ない」とリービッヒは言いました。

 この主張の誤りを明らかにしたのが、イギリス人のローズとギルバートという二人です。この二人は、1843年から小麦やカブなどを使った圃場(ほじょう)試験を始めました。圃場とは、作物を栽培する田畑のことです。

 彼らは、圃場を小さな区画に分けて、肥料をやらない区画や、厩肥(きゅうひ)と窒素とリン酸とカリウムの混合割合を様々に組み合わせた肥料区を複数区画作って、その効果を調べる試験を長期間にわたって行いました。彼らの圃場試験場は、農学の世界では大変有名なローザムステッド農業試験場へと発展し、この方法によって、ローズとギルバートは、植物にとって窒素も肥料として必要なことを明らかにしたのです。この二人が始めて以降、圃場試験は、農業における最も重要な実証的試験方法になりました。


◆世界的な歴史を持つ圃場試験場

 北海道大学の第一農場にあるコンクリートで区切られた畑は、このローザムステッド農業試験場の流れを汲む圃場試験場です。

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写真 創成科学共同研究機構 信濃卓郎先生より提供(先ほどの写真を再掲)


 −(マイナス)P、−(マイナス)N、−(マイナス)K、−(マイナス)Sと書かれた区画は、それぞれの元素を肥料として与えない区画です。−(マイナス)Fert.は、一切の肥料を与えていません。そのかわりにCont.(連続の意味)とかかれた場所では、継続して化学肥料が与え続けられています。

 特筆すべきは、その期間の長さです。1914年に圃場の管理がはじまってから、現在まで90年を超えているのです。世界でも3番目か4番目に古い圃場試験場だそうです。

 90年以上も、植物の3大栄養素を入れずに栽培する畑でどういう研究が行われているのでしょうか?

 これらの区画を使って実験を行っている創成科学共同研究機構・流動研究部門 未踏系 (大学院農学院 兼任)助教授の信濃卓郎先生に伺いました。

 「特定の養分が不足している土壌を用いた植物の生理的な研究に使っています。世界的にはそういう問題土壌も多いですし、その他にも実際に土壌を利用した特定の養分に対する植物の応答機構を解析する研究や微生物の研究に利用しています。植える作物は年によってかわります。」とのことでした。


◆「窒素固定」ができるマメ科植物

 さて、圃場試験によって、窒素が植物にとって必要な肥料であることがわかりましたが、リービッヒが間違ったのには、それなりの理由がありました。リービッヒは、アルカリとリン酸を施した牧草地では、土中の窒素が増加することを知っていました。またハンガリーの畑やオランダの牧草地の中では、窒素肥料を与えなくても肥沃度が落ちないことがあることも知っていました。これらのことからリービッヒは、<すべての植物>が<空気中のアンモニアを吸収して>窒素源にしているという考えに至ったというのです。

 リービッヒは、大変重要な現象に気がつきながら、科学的には間違った結論を導いてしまいました。過度の一般化をすることでリービッヒが間違ったのは、<すべての植物>と<空気中のアンモニアを吸収する>という2点です。

 当時の牧草地ではクローバーなどのマメ科の植物が植えられることがよく行われていました。正解は<すべての植物>ではなくて、<マメ科の植物>だったのです。

 マメ科の植物は、<空気中の窒素分子を取り込んで、アンモニアに合成する>ことで、利用可能な窒素原子を植物体内に取り込むことができます。このためマメ科植物は、窒素肥料がなくても、育つことができます。

 このように空気中の窒素を植物が利用できるアンモニアに変換することを「窒素固定」と言います。


◆マメ科植物は根粒菌と共生する −共生のメカニズム−

 しかし、マメ科の植物は、この窒素固定を自分自身で行っているのではありません。実は、マメ科の植物は、根粒菌という微生物と共生関係を結びます。光合成による栄養分を根粒菌に与える代わりに、根粒菌が窒素固定したアンモニアをもらうのです。驚くべきことに、根粒菌は、自分だけでいるときには窒素固定をしません。マメ科植物と共生したときのみ、窒素固定を行います。

 マメ科植物の根と根粒菌の関係は、分子・遺伝子レベルでの大まかな仕組みが明らかになっています。

  1. まず、マメ科の植物の根がフラボノイドという誘引物質を出して、根粒菌を引き寄せます。
  2. すると、根粒菌はフラボノイドを取り込んで、自らの遺伝子に作用させ、Nodファクターと呼ばれる物質を作り出します。
  3. このNodファクターがマメ科植物の根に作用して、感染糸という根粒菌の通り道を作り、それが根粒菌を住まわせる場所に導きます。
  4. 根粒菌が根の中に入ると、ホルモンが出て根の一部が丸くなります。これが根粒です。根粒は、根の途中にいくつかあって、5mmぐらいの大きさでぷくっと丸く膨らんだ形をしています。

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大豆(品種名「エンレイ」)の根粒写真:農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)高橋幹先生撮影


 話はさらに続きます。根粒の中に入った根粒菌が窒素固定をするには、実は酸素濃度が高いと都合が悪いのです。窒素分子をアンモニアに変換する酵素は、ニトロゲナーゼといいますが、高濃度の酸素があると、ニトロゲナーゼがうまく働きません。このためマメ科の植物はレグヘモグロビンという酸素と親和性の高い物質で根粒菌を囲むことによって、内側の根粒菌付近の酸素濃度を低くします。こうしてニトロゲナーゼの環境を整えてあげて、ようやく窒素固定が行われます。


◆謎に満ち溢れる地底世界−根圏−

 根粒菌のように土の中にはたくさんの微生物が存在します。土1gの中に存在する微生物数は、107から109と見積もられています。種類で言うと約4000種類もいるといわれており、このうち詳細に調べられているのは、わずかに1%程度です。土壌中の細菌は培養することがとても難しいのです。例えば、絶対共生菌といわれる種類は、共生環境でしか生きられないので、菌だけを独立して培養することができません。

 また病気に関係する菌はよく調べられていますが、役に立つ菌は、これまであまり研究の光があたってきませんでした。大量の化学肥料を撒けば、微生物の力を借りなくても、植物は養分を取り込むことができるからです。

 さらに根は、土や微生物に対して、フラボノイドのような様々な化合物を出しています。その数200種類ぐらいと言われていますが、どのような物質なのかわかっているのは、ごく一部にしかすぎません。

 こうした微生物と根との物質がやり取りされるのは、根からわずか0.1〜1mmの範囲の領域で、この領域のことを「根圏」*4といいます。根圏は、様々な謎に満ち溢れている地底世界なのです。

 植物の根が分泌する化合物の他に、人間が古くなった皮膚細胞をアカにして捨てるように、根はそのまわりに、不要になった細胞を脱落させます。その量は合わせて光合成で養分に代えた炭素の量の10%から40%にもなるともいわれており、微生物にとっては、願ってもない食環境になっています。しかし、根が水分や養分を取り込むので、それらが不足しがちな領域でもあります。そんな環境の中で、植物の根と微生物たちは、共存したり、敵対したりしながら、一生懸命生きているのです。

 根圏エリアの理解が進むと、肥料の与え方や、それをどのように植物の根が取り込んでいるかなどがより精密にわかってきます。そうすると、今よりももっと環境にやさしい農業ができる可能性が出てきます。

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図 創成科学共同研究機構 信濃卓郎先生より提供*5


 北大農場の分画された畑を見ながら、地上には見えていない、根とその周りの根圏について思いをめぐらせるのもよいかもしれません。考えてみれば、根圏は、陸上における食物連鎖の一番最初の入り口の一つになっているということができます。私たちの食生活の重要な部分はここから始まっていると言っても過言ではないのです。思い出されるのはサン・テグジュペリの『Le Petit Prince(星の王子さま)』の一節です。


「Ce qui est important, ça ne se voit pas...(たいせつなこと、それは目に見えない・・・。)」


(文 : 中村滋)


【謝辞】

今回の記事作成にあたり、創成科学共同研究機構の信濃卓郎先生から、写真、図表、情報提供及び取材協力をいただきました。

また、農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)の高橋幹先生並びに、創成科学共同研究機構の星野洋一郎先生には、写真の提供をいただきました。

御礼申し上げます。

北海道大学 第一農場

(立ち入り禁止区域があり、自由に見学できるわけではありません。)

  • 【住所】

札幌市北区北11条西10丁目周辺

北海道大学構内 農学部、理学部、工学部の西側に広がる地域。ポプラ並木のある場所。

  • 【アクセス】

JR札幌駅から北西へ徒歩15分

地下鉄北12条駅から西へ15分

【参考文献】

  1. 北海道大学創成科学研究機構  Top Runners Café 根と微生物と土が生み出す根圏の解明
  2. 2006年11月2日開催サイエンスカフェ:北大de Night Café 第一夜「根」
  3. 『植物栄養学』 森 敏 編 文永堂出版2001
  4. 『細胞工学別冊 植物工学シリーズ8 分子レベルから見た植物の耐病性/第1章1.共生窒素固定と根粒形成のメカニズム』 河内宏著 秀潤社 1997
  5. 『土壌生化学』 木村眞人他 朝倉書店 1994
  6. 『植物栄養・肥料学』 山崎耕宇 他 朝倉書店 1993
  7. 『エコロジカル・ライフ 土のはたらき』 岩田進午 著 家の光協会 1991年
  8. 『科学全書17 土のはなし』 岩田進午 著 1985 大月書店
  9. 『Le Petit Prince(星の王子さま)』 Antoine de Saint-Exupéry(サン・テグジュペリ)著 1943

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*1:誰が最初に無機栄養説を提唱しはじめたのかについては、リービッヒではないという説が最近持ち上がっています。スプリンゲルというドイツの科学者がリービッヒよりも前にほとんど同じ説を論文として発表しており、リービッヒがその後発表した内容に関して撤回するように求めていたことが近年明らかになってきたからです。米国などでは無機栄養説はリービッヒではなくスプリンゲルの業績として記載されるようになってきています。日本の教科書ではまだリービッヒの業績とされています。

*2:多量必須元素は、窒素(N)、リン(P)、カリウム(K)、イオウ(S)、カルシウム(Ca)、マグネシウム(Mg)です。

*3:微量必須元素は、鉄(Fe)、マンガン(Mn)、銅(Cu)、亜鉛(Zn)、ニッケル(Ni)、モリブデン(Mo)、ホウ素(B)、塩素(Cl)です。

*4:「根圏」は、1904年にヒルトナーという科学者が定義した言葉で、「植物の根が影響を及ぼす土壌領域」という意味です。0.1-1mmと範囲に幅があるのは、土の種類でも変わりますし、植物の種類と根の場所によっても異なるからです。

*5:図中の「土壌病害菌の抑制効果」を示すのは、根から出る化合物の場合もあり、微生物の場合もあり、さらに、植物の分泌物が微生物を制御して、その微生物が他の微生物の抑制効果を発揮している場合もあると考えられています。

さなっぴさなっぴ 2007/03/22 08:52 [◆マメ科植物は根粒菌と共生する]の章に”?”と文字化けと思える箇所がありますよ.

shigerunashigeruna 2007/03/22 10:33 さなっぴ様。番号のフォントが文字化けしていました。チェックが行き届かず失礼しました。修正しました。ご指摘ありがとうございます。

ecochemecochem 2007/03/24 21:36 興味深い記事をありがとうございました。以下のページからリンクさせていただきました。
・生体分子の構成元素
http://www.ecosci.jp/s/bm_all_j.html

shigerunashigeruna 2007/03/26 23:41 ecochem様。リンクありがとうございます。
3月26日に、大豆の根粒写真を記事中に追加しました。再度、ご覧いただければ幸いです。

たろきちたろきち 2007/05/07 19:26 非常に面白い内容でした。ありがとうござい巻いた。ひとつ知りたいのですが、植物は根から炭素源も吸収するのでしょうか。たとえばアミノ酸のような形で。植物が取り込む炭素源は空気中の二酸化炭素のみなのか知りたいのですが。お答えいただけるとうれしいです。

信濃信濃 2007/06/14 17:34 レスが遅いですね。すみません。
植物が根から炭素源を吸収するかについては実は19世紀に大論争がありました。腐植説というドイツのワーレニウス、ターレという学者達が唱えていた物で、これに対してスプレンゲル、リービッヒ、ローズらが最終的に無機栄養しか根は吸わなくても普通に生育が可能であるということを明らかにした経緯があります。そのため長い間根からの炭素の吸収は考えられてこなかったのですが、数十年前頃からアミノ酸を吸収することが可能であることが報告され、最近では、このアミノ酸の吸収がツンドラのように植物の分解速度が遅い地帯などで実は結構植物とって重要な栄養源(窒素のみならず炭素骨格としても)になっていることが報告されるようになっています。ただ、根からの炭素骨格の吸収が植物の生育にとって必要な炭素源のどのくらいを構成するのかなどに関する研究はまだまだですね。また、温帯の野菜の中にも結構有機態の窒素化合物(つまり炭素骨格を持っている)を吸う現象も報告されるようになってきました。

信濃信濃 2007/06/14 17:40 間違い訂正です。ターレではなく、前述のテーヤです。

CoSTEP石村CoSTEP石村 2007/06/28 03:58 信濃先生、丁寧なご回答ならびにブログでのサイトの紹介、どうもありがとうございました。今後ともよろしくお願いします。

たろきちたろきち 2007/07/05 12:52 信濃様、ご回答いただいていたのに気づくのが遅く、御礼が遅くなり寸?し訳ございません。興味深いご回答をいただきありがとうございました。参考にさせていただきます。ありがとうございました。

たろきちたろきち 2007/07/05 12:54 すみません、タイプミスもありまた変な変換をしていました。もちろんここは「気づくのが遅く、お礼が遅くなり寸?し訳ございません。」と書くべきところでした。失礼いたしました。

たろきちたろきち 2007/07/05 12:55 あれ?「寸?し訳ございません」がうまく書き込めないのかな?「もうしわけございません。」

2007-01-25

[][] いろいろな昆虫がいるのはどうして?〜札幌市北方自然教育園〜  いろいろな昆虫がいるのはどうして?〜札幌市北方自然教育園〜 - さっぽろサイエンス観光マップ を含むブックマーク


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 札幌市北方自然教育園は、札幌市南区白川の豊平川の北側・硬石山の西側にあります。ここには、約5ヘクタールの敷地に学習館・昆虫館や体験農場や果樹園・観察林などがあり、自然観察や作物の栽培体験などができる施設です。園内にある昆虫館は、240平方メートルあり昆虫に関しての解説展示や生きた昆虫をみることができる生態展示があります。また、学習館には世界中のいろいろな種類の昆虫の標本の展示があり、地球上にさまざまな形をした昆虫がいることがわかります。

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昆虫は地球上で最も多くの種類がいる生物

 地球には多くの種類の生物が暮らしています。しかし、その中でも昆虫は現在知られている生物種の約55%を占めています。しかも、未だに発見されていない種類も多いと推測されていますから、種類から考えてみると地球上で最も繁栄している生き物は昆虫であると考えられます。それでは、どうして昆虫には多くの種類がいるのでしょうか? 昆虫の特徴からその秘密を探ってみましょう。

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その1:空を飛べる

 今、見つかっている最も古い昆虫の化石は、約4億年前のデボン紀中期のトビムシの化石といわれています。この当時は、まだ翅(はね)がなかったようですが、約3億年前の石炭紀には翅をもった昆虫が出現します。この時代に空を飛ぶことができたのは、昆虫だけだったようです。この時代には、翅を広げた大きさが70cmにも達する巨大トンボもあらわれました。

 鳥やコウモリの羽は手が進化した器官で、骨や筋肉の助けをかりて羽ばたくことができます。それに対して、昆虫の翅は背中の外骨格が薄く伸びたものです。この翅には翅脈(しみゃく)と呼ばれる筋が葉脈のように広がっています。この翅脈は、表側にふくらんだ面と裏側にふくらんだ面がほぼ交互に配列しており、強度を保っています。

 昆虫が空を飛べる秘密は、翅のついている胸部にあります。昆虫の胸部には2種類の筋肉が体壁についています。この筋肉を運動させることによって背中の硬い表皮がくぼんだりふくれたりすることで、翅が上下し飛ぶことができます。空を飛べるようになったことが、昆虫の活動範囲を大きく広げました。

その2:小さなからだ

 昆虫は体の表面が硬くなっており骨の役割をはたしています。このつくりはまるで外から枠をはめたのと同じようなもので、外骨格といわれています。昆虫は、外骨格であるために体を大きくすることができません。それは、体を大きくしていくと、外骨格では体を支えることが出来なくなり、つぶれしまうからです。また、表面を厚く丈夫にすると体が重くなるので、筋肉や内臓などの器官を収納できなくなります。このような理由で、ほとんどの種類の昆虫は、脊椎動物よりも体が小さくなりました。

 しかし、小型の種類が多い昆虫にとってはこの外骨格は、体から水分が蒸発することを防いでくれるという効果があり、陸上生活に適していました。また、小さな体は少ない食料ですみます。ですから、狭い場所にたくさんの昆虫が一緒にくらすことができ、枯れ木の間や樹木など、陸上のさまざまな空間を利用するためには便利だったようです。


その3:植物との共進化

 昆虫にとって植物は、非常に魅力的な食料です。それと共に生活する場所を提供しています。そこで、植物を食料とする昆虫が、たくさん現れたと考えられます。

 しかし、植物も食べられてばかりではなく、「身を守るために葉を硬くする。」「毒のある物質をたくわえる。」などができるものが出てきます。それに対して、昆虫はある特定のグループの植物が持つ毒に強い種類が現れます。このように昆虫が植物が身を守る仕組みを発達させる。するとそれをうち破る技を昆虫が身につけるというようにして、お互いが進化してきたようです。

 また、被子植物は花という器官を持ちました。花の出現は昆虫にとっては、花から蜜という食物を得ることができるというメリットがあり、植物にとっては、昆虫に花粉を遠くの仲間に確実に届けさせるというメリットがあります。このように、被子植物と昆虫は互いに依存し合う関係(共生関係)を持つことで、両方のグループは、繁栄したようです。

 

おわりに

 今までのことから、昆虫の種類がたくさんいるのはどうしてかまとめてみましょう。それは、多様な資源の利用と環境変化への適応がずば抜けて良かったことが理由のようです。

 昆虫は、翅を獲得したことで行動範囲が大きくに広がり、多様な棲み場所や食べ物などを利用できるようになりました。また、小さく成長が早いので世代交代のスピードも速くなり、地上の変化に富む環境や気候変化などに適応した種の出現(種分化)が素早かったことが大きな理由のようです。

 更に、環境への適応性や種分化能力の高さは、植物との競争や共生関係などお互いに影響を与え合うことで強められ、たくさんの種類を生み出したと考えられます。

(文責:菊田 融)

アクセス

札幌市北方自然教育園 (札幌市南区白川1814)

じょうてつバス 定山渓・豊滝方面 十五島公園前下車 公園内のつり橋を渡って徒歩約30分

参考文献・HP

  1. 札幌市教育委員会文化資料室 編, 1990, 札幌昆虫記,北海道新聞社
  2. 鷲谷いずみ 大串隆之 編集, 1993, 動物と植物の利用しあう関係 シリーズ地球共生系5,株式会社 平凡社,
  3. 水波 誠,2006,  昆虫 驚異の微小脳,中央公論社
  4. 虫を飼うための豆知識 http://www.afftis.or.jp/konchu/breeding/1_1.html
  5. 昆虫ワンダーランド(愛媛県総合科学博物館) http://www.scimuseum.niihama.ehime.jp/special/konchu/data/kon/indexa.htm

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2007-01-16

[][]お米のサラブレッド、「おぼろづき」。もう食べましたか?〜北海道農業研究センター〜 お米のサラブレッド、「おぼろづき」。もう食べましたか?〜北海道農業研究センター〜 - さっぽろサイエンス観光マップ を含むブックマーク

 クラーク博士の像が建つ羊が丘の一角に、北海道農業研究センターがあります。ここ(当時の名称は、北海道農業試験場)で育種され、2006年秋から一般に販売され始めたお米が「おぼろづき」です。

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 おいしいお米の代名詞であるコシヒカリに負けないおいしさであるというふれこみの「おぼろづき」。皆さんは、もう口にされましたか?


◆「赤毛」から「坊主」へ

 明治の頃、北海道は低温のため、米作には適さないといわれました。道南地方にわずかの水田がある程度で、札幌農学校でも、米作ではなく、畑作を奨励していました。

 そんな中、明治6年に、中山久蔵という人が、札幌市郊外の月寒村島松(しままつ)で、「赤毛」という耐冷性にすぐれたコメの栽培に成功しました。この「赤毛」の中から、さらに優良なものを選抜したのが、明治28年の「坊主」という品種です。この「坊主」によって、旭川を含む上川地方や、それ以北の地域にもコメ栽培が広まりました。

 「坊主」によって、北海道の広い範囲でもコメを作ることはできるようになりましたが、まだまだ課題は残っていました。それは、「平年の収量が少ない」、「天候不順に弱い」、「味が劣る」という課題です。この当時のコメの育種は、在来種の中から優秀な集団や個体を選抜し分離して育てる「分離育種法」というやり方でした。


◆交配育種法による「富国」の誕生

 大正10年に、秋田県の国立農事奥羽試験場で、「陸羽132号」という品種が育成されました。この育成には、「交配育種法」という技術が使われています。

 「交配育種法」は現在でも主要な方法として用いられている育種法です。互いに補いあう優秀な特性をもつ両親品種を人工的に交配して、両特性をあわせ持つ新しい品種を育成します。

 「交配育種法」は、「交配」「選抜」「固定」という3つのステップが必要です。「交配」は、かけあわせたい2品種を用いて、おしべの花粉をめしべに受粉させる作業です。うまく交配できた種(たね)には、両親から受け継いだ様々な性質が混ざりあっています。その種、1粒を育てると約1200粒の兄弟ができます。この兄弟種を数世代育てて、その中から、望ましい性質を受け継いでいるものを「選抜」します。数十個ほどの種を選抜したら、再び育てて選抜を繰り返します。こうすることで、元の親の性質とつねに変わらない子ができるようなります*1。これを「固定」といいます。固定のためには、選抜を6回から8回は繰り返さねばなりません。こうした長いプロセスを全てくぐりぬけたものだけが、新しい品種として世に出ることができるのです。このため、交配育種法は、かつては10年以上、現在でも7年ほどの時間がかかります。

 この技術を使って、昭和10年に、北海道の主力品種であった「坊主六号」と、東北地方の優良品種であった「中生愛国(なかてあいこく)」が交配されて、「富国」が生まれました。「富国」はコメの平年収量を大幅に改善しました。そしてこの「富国」以降、北海道のコメは新品種が発表されるたびに、耐冷性が改善され、平均収量を伸ばしてきました。このような数々の努力が実って、ついに昭和36年には、北海道は都道府県別のコメの生産量で日本一の座を手にするのです。

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◆おいしいコメの条件とは?

 こうしてコメの生産量は日本一になった北海道でしたが、コメの味となるとその評価は散々なものでした。お米の好きな鳥ですら食べないという意味で「鳥またぎ米」とさえ言われたこともあったのです。元々北海道の品種改良は、いかに冷害につよく、収量を上げられるか、という点に重点が置かれ、味は二の次でした。冷害を避けるには、できるだけ短期間に実をつける早生種(わせしゅ)が望まれます。これに対して秋の遅い時期まで時間をかけて実をつけた晩稲(おくて)の方が、一般に味はよいとされています。このため、早生種の性質を高めていった北海道の品種改良は、味を犠牲にするものだったのです。

 しかし、そんなことは言っていられない状況がやってきました。昭和40年代になると、全国的にコメ余りの状態となり、政府は減反政策(生産可能な水田を、生産量調整のために休田させること)をとるようになりました。量よりもおいしくないと生き残れないコメ市場に変わってしまったのです。

 ご飯のおいしさを決める要因としては、「つや」、「粘り」、「硬さ」、「香り」、「うまみ」があります。このうち、「粘り」と「硬さ」に関しては、でんぷんの成分とタンパク質の量が関係することがわかっています。

 コメの70%は、でんぷんから成り、残りの30%が、タンパク質、脂質、ビタミン、ミネラルからできています。でんぷんには、アミロースとアミロペクチンという2種類のでんぷんがあります。この2つの割合によって、コメの「粘り」が決まります。もち米は、アミロース0%で、粘りが最高となります。一般的な日本のお米は17%〜24%ぐらいのアミロースが入っています。「コシヒカリ」のアミロースは17%で、お米だけを食べる場合は、適度なモッチリ感を日本人は好みます。アミロースの数値が上がるほど、食感としてはパサパサに感じられていきます。

 ご飯の「硬さ」に影響を与えるもう一つの指標がタンパク質の量です。タンパク質含有量が低いほど、ご飯が柔らかくなります。しかし、低すぎてもよくないとされ、おいしいと感じる下限は5.5%で、6.0%前後がおいしいとされています。標準米とされる「日本晴」は7.4%。「コシヒカリ」関東産は、6.5%。「コシヒカリ」魚沼産は5.8%です。(このタンパク量は、品種によって決まっているのではなく、肥料を与える量など栽培方法によっても変化します。)

 北海道産の米は、タンパク質(7.8%−8.6%)とアミロース(24%)の値がいずれも高く、このためおいしくないといわれてきました。

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◆ついに誕生、北海道産ブランド米「きらら397」。続いた「ほしのゆめ」と「ななつぼし」

 昭和50年代から、北海道におけるおいしいコメの品種改良が本格的に目標として掲げられました。そして昭和55年に交配された組み合わせの一つが、「しまひかり(コシヒカリを祖父母に持ち味はよいが、耐冷性にかける)」と「キタアケ(味は悪いが、耐冷性に強い早生種。典型的な北海道米)」の交配でした。ここから8年の長い選別、固定過程を経て、平成元年秋から販売されたのが、「きらら397」でした。(アミロース値19%、タンパク値6.8%)「きらら397」は、初めての北海道のブランド米となり、冷害に強く、しかもおいしい味のコメでした。このコメは、粘り気が少ない分、丼もののご飯に適していることがわかり、大手の牛丼チェーンではほとんどが採用するほどの人気となりました。「きらら397」に続いて、平成9年には「あきたこまち」系の「ほしのゆめ」、平成14年には「ひとめぼれ」系の「ななつぼし」が発表され、この3品種が、現在の北海道産米の主要品目になっています。


◆そして「コシヒカリ」にせまる「おぼろづき」

 おいしいコメへの品種改良は、従来の品種に突然変異*2を起こさせることによって、アミロースの割合を低くする方向にも向けられました。全国初の低アミロース米となった「彩」が平成3年に発表されます。これ以外にも、「はなぶさ」、「あやひめ」などの低アミロース米が開発されますが、いずれもアミロース値が10%を少し超える程度の値にまで下がってしまい、粘り気が強すぎて単独で食べるには向かないコメになってしまいました。このためこれらの低アミロース米は、ブレンド米として利用されています。

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 しかしこの低アミロース米系統に、「きらら397」から培養変異を起こした「95晩37」と呼ばれる品種があり、これと「空育150号」が平成7年に交配されました。そして、それから8年の育種期間を経て誕生したのが、「おぼろづき」(アミロース値14%、タンパク質値7.3%)なのです。アミロース値が「コシヒカリ」の17%に近づき、ついに「コシヒカリ」と並ぶ味の評価を受けるまでになりました。

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◆美味しい北海道産米を食べよう!

 こうして北海道におけるコメの育種の流れを見てくると、まさにコメの育種は、速い馬を作るサラブレッドの育種と重なってきます。苦労に苦労を重ねて、冷害に対する強さと、おいしさの両方を獲得してきたサラブレッド米たち。しかし、その成果は、北海道内であまり認識されていないようです。道内の総米消費量の内、道内産米の割合は2004年の統計で60%にしか過ぎません。山形県の100%にははるか及ばず、主要な他府県の平均80%にも20%の開きがあります。これまでの美味しくなかった北海道産米のイメージから抜け出せていないのは、他ならぬ地元住民の私たちかもしれません。さあ、まだ食べていない方は、美味しい「おぼろづき」を味わってみませんか。

(文・写真・図 : 中村滋)

独立行政法人 農業・食品産業技術総合研究機構 北海道農業研究センター

【住所】

北海道札幌市豊平区羊ヶ丘1

TEL/011-857-9260 FAX/ 011-859-2178

「見学を希望される団体は、事前に日時・人数・目的等をお知らせ下さい。」とのことなので、上記センターまで、お問い合わせください。また、毎年夏に一般公開日が設定されています。詳しくは、http://ss.cryo.affrc.go.jp/まで。

【アクセス】

●札幌駅から中央バスを利用(乗り場は東急百貨店前)

○バス停「農業研究センター」下車(約45分)+徒歩1分 利用路線??74番

○バス停「日糧パン」下車(約40分)+徒歩10分 利用路線??80・85・86・88番

●地下鉄(東豊線)福住駅から中央バスを利用

○バス停「農業研究センター」下車(約10分)+徒歩1分 利用路線??74番

○バス停「日糧パン」下車(約5分)+徒歩10分 利用路線??80・85・86・88、福85・86・87・88、平50、真104番

○タクシーを利用(約10分)

○徒歩(約35分)


【参考文献】

  1. 元井麻里子・嶋田直純・片岡麻衣子、『うまいぞ!道産米 躍進の秘密を追う』、北海道新聞企画連載記事、2006年10月31日−11月6日
  2. 中條学、『ブランド米登場 上・下』、読売新聞企画連載記事、2005年8月30日・9月1日
  3. 桜井考二、『おぼろづき 道優良品種に 上・下』、読売新聞企画連載記事、2005年2月15−16日
  4. 第7回道南農業新技術発表会 発表資料、『良食味水稲新品種「北海292号(おぼろづき)』、北海道農業センター稲育種研究室、2005
  5. 足立紀尚、『牛丼を変えたコメ−北海道「きらら397」の挑戦−』、新潮選書082、2004
  6. 石谷孝佑編、『米の事典−稲作からゲノムまで−』、幸書房、2002
  7. 大内力・佐伯尚美編、『日本の米を考える3 米生産の試練と未来像』、家の光協会、1995

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*1:交配した1粒の種には、両親からの様々な性質が、2つの遺伝子がペアになった形(2倍体)で継承されます。たとえば、父親(花粉:1倍体)の中に、A遺伝子(望ましい性質:寒冷に強い)が入っていて、母親(卵細胞:1倍体)の中に、a遺伝子(望ましくない性質:寒冷に弱い)が入っていて交配したとしましょう。すると、新しくできた種(2倍体)には、Aa遺伝子が入ることになります。このAaという異なる遺伝子が組み合わさった状態をヘテロ接合体といいます。このときA遺伝子が優性で、a遺伝子が劣性だった場合、Aaの組み合わせでは、A遺伝子の性質が発現します。しかし、Aaというヘテロ接合体では、その次の世代になると、1/4の確率でaaという組み合わせが生まれてしまい、A遺伝子とは異なる性質が発現してしまうのです(これに関するわかりやすい説明図が、「ねぎぼうずの咲くところ 〜丘珠の玉ねぎ畑〜」 d:id:costep_webteam:20060812 にあります)。これでは、同じ種をまいても、バラバラな性質が出てしまうので育種の観点からは望ましくありません。そこでAaというヘテロ接合体の状態から、数世代自家受粉(自分のおしべの花粉を自分のめしべに受粉すること)を繰り返すと、AAという遺伝子の組み合わせの種を作り出すことができるのです。AAという同じ遺伝子が組み合わさった状態の事をホモ接合体といいます。ホモ接合体になれば、自家受粉を行う限り、世代を重ねても、A遺伝子の性質しか発現しません。望ましい性質を、ヘテロ接合体からホモ接合体によって発現するようにすること。これが「固定」です。

*2:突然変異育種法のやり方としては、放射線や薬剤等の突然変異誘発源処理を行う方法と、組織培養時などに起こる突然変異を利用する方法などがあります。例えば低アミロース米の「ミルキークイーン」は、イネの開花後25時間目に、穂をMNU水溶液(N-メチル-N-ニトロソウレア)という薬品にひたすことで、イネの根や葉のもとになる胚のWx遺伝子に突然変異がおき、アミロース含量が少ないコメが作られました。

こうじこうじ 2007/10/06 12:07 おぼろづきは人為的な突然変異による品種とのことですが、遺伝子組み換え作物とどう違うのでしょうか?

2006-12-13

[][][] 雪降る街の不思議なビル 〜読売北海道ビル〜  雪降る街の不思議なビル 〜読売北海道ビル〜 - さっぽろサイエンス観光マップ を含むブックマーク



札幌駅の南口にあるガラスのドームの脇を曲がって、紀伊国屋書店に向かって南口広場を西へ歩いてゆくと、左側にそのビルは建っています。


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  • 雪舞う中に建つ不思議なビル

このビルを見ているとめまいのような不思議な感じがしてきます。よく気をつけて見てみると、普通のビルでは平行に並んでいるはずの窓の列が、たがいちがいに斜めに傾いて並んで見えます。


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  • 上から数えて奇数番目の列は右側、偶数版目の列は左側が広がって見えませんか?

気になって調べてみると、このビルの窓の並びと似た、このような図形を見つけることができました。


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  • この図も右側が広がって見えませんか?

白と黒の四角の列を灰色の境界線で区切って、上下で少しずらして並べたこの図形は、「カフェウォールの錯視」と呼ばれています*1。この図では、二本の灰色の境界線が右に向かって広がっているように見えますが、実際には、この二本の線は平行です(二本の線の間隔はどこでも同じです)。


「錯視」とは、図形や物体の見た目の大きさや位置、方向などが実際とは異なって見える現象です。「カフェウォールの錯視」では、水平線が傾いて見えます。この見かけの傾きの大きさは、白と黒の四角形の重なり等が変わると変化して見えます。


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  • 四角形の重なり量の違いによる錯視の見え方のちがい*2

錯視を専門に研究している立命館大学の北岡明佳先生にこのビルの錯視についてお尋ねしたところ、より正確には、先生が以前見つけられた「ずれたグラデーションの錯視」が見えているとのお答えをいただきました。


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  • 左:「ずれたグラデーションの錯視 」(北岡先生の図を改写)  右:読売北海道ビルの壁の見え方の模式図

北岡先生によれば、「ずれたグラデーションの錯視」と「カフェウォールの錯視」は同じ原理に基づいていると考えられるそうです。「ずれたグラデーションの錯視」は、白と黒の四角の間に中間色の部分がある点が「カフェウォールの錯視」と異なります。札幌駅近くのこのビルも、白と黒の間に別の色があるグラデーションの列が、上下で位置をずらせて並べられています。


このビルの、色のグラデーションはどのように作られているのでしょうか。このビルに近づくと、境界線はアルミサッシ、白い部分はコンクリート板、窓は光の反射の割合が異なる二種類のガラスで作られていることがわかります。反射率の高い窓は鏡のように空の色が映って見えますが、反射率の低い窓では、光がビル内へ透過するため窓が黒く見えます。このため、同じガラス窓でも違う色に見えます。


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  • 繰り返しの1ユニット(二枚の窓と一枚のコンクリート板)

ビルを見る角度によっては、窓の色の違いや境界線がはっきりと見えず、錯視は見えなくなります。例えば、ビルを真下から見上げると、ガラス窓の色の区別がつかなくなり、錯視が消えます。


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  • 下から見上げると錯視が消えます

「カフェウォールの錯視」で線が斜めに傾いて見える理由については、いくつかの考察がなされています。


錯視の中に、同じ形と大きさの図形を白と黒に塗ると、白く塗った方がより大きく見える、というものがあります。「カフェウォールの錯視」でも白い四角形の部分がより大きく見えるため、境界線が傾いてみえるという考えがあります。また、四角の角と境界線のコントラストにより見かけ上の傾きが生じるという考えもあります。その他、人間の脳が目で見た情報を処理する時の様々な機能の特性と、錯視とを関連づけた説明がいくつか提案されています。しかし、錯視の明快さに比べて、その原因に白黒をつけることはなかなか難しいようです。


普段は正しく物が見えているのに、とても単純な図形で錯視が起こってしまうことは不思議なことです。でも、よく考えてみると、私達の目と脳が様々な図形や物の大きさや形を、瞬時に正しく判断できることの方が、実は本当に不思議なことだと気が付きます。錯視は普段は合理的に働く人間の視覚の仕組みが、「ほころび」を見せているところです。錯視が起こる仕組みを調べることは、私達が普段どのような仕組みで物を「見ている」のかを知ることでもあり、人間の脳の研究に大きな役割を果たしています。


ところで、札幌駅前のこのビルに見られる錯視は、設計者がデザインに込めた想いとは別に、偶然に生まれたものでした。


設計者は北海道の冬にきらきらと舞い落ちる粉雪をイメージしてこのビルをデザインしました。このため窓に光を反射するガラスを用い、窓ごとに光の反射率を変えました。また、コンクリート板の中には雪をイメージした白い小石が埋め込まれています。ビル内の店舗や事務所の採光を確保しつつ、窓が映えるデザインを色々と考え、窓の反射率と配置が決められました。はじめて錯視が見られることに気付いたのは、ビルの外観の設計を終え、CGで完成予想図を描いた時だったそうです。


小さな偶然から不思議なことがおこり、そこで抱いた小さな疑問から新しい発見が生まれることがあります。生活の中で時折感じる「あれ?」とか、「おや?」といった感覚を心のなかに大切にしまっておき、ちょっと考えてみたり、調べてみたりすると、意外な発見があるかもしれません。


札幌ではいよいよ本格的な冬が始まりました。この季節には、ビルの窓に映し出される、きらきらと舞い散る雪の姿と、偶然生まれた錯視の不思議とを、ここでは同時に楽しむことができます。


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  • ビルの窓に映る雪の札幌駅(JRタワー)と雪をイメージしたコンクリート板

(文、図、写真:佐藤登志男)

【所在地】

札幌市中央区北四条西4−1

【アクセス】

JR札幌駅南口広場を西へ1分


【参考文献】

  1. ジャック・ニニオ 『錯覚の世界 古典からCGまで』 新曜社(2004)
  2. 後藤 倬男, 田中 平八 編 『錯視の科学ハンドブック』 東京大学出版会(2005)

【参考リンク】


【取材協力】

立命館大学 文学部人文学科心理学専攻 北岡 明佳 様

株式会社 三菱地所設計 建築設計部 渡辺 顕彦 様


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*1:「カフェウォール」とは喫茶店の壁、Cafe Wallのことです。この呼び方は、イギリスのブリストルにある喫茶店の壁に貼られたタイルの模様が、平行に並んで見えないことに研究者が偶然気づき、研究を行ったことで広まりました。その喫茶店の写真はここで見ることができます。http://www.richardgregory.org/papers/cafe_wall/cafe-wall_p1.htm

*2:「カフェウォールの錯視」はエクセルなどの表計算ソフトのワークシートのセルに色を塗り、境界線をひくことで簡単に作ることができます。四角形の重なり量や色、境界線の濃度や太さをいろいろ変えて、錯視の見え方がどう変わるのか、いろいろ試して遊んでみるのも楽しいです。

ishimuraishimura 2006/12/18 19:09 北岡先生のウェブページでも紹介していただきました。
http://www.psy.ritsumei.ac.jp/~akitaoka/machika3.html


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