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2005-12-05 速度の現前

Webを覗いていると、ミース・ファン・デル・ローエがデザインした椅子に腰掛けてオペラを鑑賞しているところだ、なんていうご機嫌な日本語に出くわしたりすることもあって、ドイツから摩天楼の合衆国へ渡ったあの伝説的なガラス高層ビルの建築家の人気は、この極東の地でもまだまだ衰えていないのだなと感じさせられる。


ミースが活躍を始めるのは第一次大戦敗戦後のドイツ。既にブルーノ・タウトが組織していた「ガラスの鎖」グループには合流しそこなったが、ワイマール共和国の知識人がこぞって高層建築にソヴィエト経由の、そして後のナチスの国家社会主義につながる反資本主義的な包括的全体性の体現(「都市の冠」*1)を夢見ていた*2のに抗うように、ミースはガラスのカーテンウォールを張りめぐらせた高層ビル案を公表して建築界に鮮やかに登場した。ミースの高層建築がしばしば「零度の建築」と呼ばれたり、ヴィトゲンシュタインの言語論に類比されたりするのは、ガラスに対する徹底した唯物論的な思考を用いて、その透明性によって建築構造を明示的に現出させ、同時にその反射性によって「都市の鏡」という虚像を構築したことに拠っている。


やがてヒトラーが「全権委任法」を成立させて、ワイマール憲法を事実上の停止に追い込み、独裁的な「例外状態」の現出に成功すると、ナチズムから逃れるためにミースはアメリカへ渡り、ブルーノ・タウトは日本へ移住した。タウトが数年間の日本滞在中に、伊勢神宮桂離宮の建築の美しさに心酔して、数々の印象的な日本論を書き残したことは、よく知られた話だ。


残念ながら、ガラス建築で名を馳せたタウトはこの国の保養地に和洋折衷の別荘一つを遺すのみに終わったが、それから半世紀の間に、東京は世界にも類例のないほどガラスを自在に使いこなした建築物が林立する都市となった。個人的には、バブル経済の熱波の中で建築計画が巨大化して膨らみ、バブル経済がはじけた後の沈滞した東京に、桁違いの巨躯をぬっと露わにした有楽町の東京国際フォーラムが忘れがたい。外観も曰く言いがたい奇矯な形をしているが、中に入って天を見上げると、白骨化した恐竜のような骨組みが宙吊りにされていて、周囲をガラスの壁に取り囲まれているのが、あたかも巨大な遺骨の陳列ケースのようでもある。この白骨見たさに、地下鉄を乗り継ぐのにわざわざ地上に這い出て、恐竜の腹のあばらを見上げながら、有楽町まで歩いたことも何度かあった。そうするうち、ラファエル・ヴィニオリという設計者の名も脳裡に焼きついた。


ヴィニオリの名に再会したのは、9・11から一年半くらい経った頃だったと思う。World Trade Centerの跡地利用を決定づける設計競技が早くも開かれ、ヴィニオリを含む設計チームが惜しくも次点で敗れたという一報が舞い込んできたのだ。設計競技の勝者は、ポーランド出身のユダヤ人であるダニエル・リベスキンドで、過去にベルリン・ユダヤ博物館を設計した輝かしい業績がある。けれども、リベスキンド案の内実の是非はともかく、濃いユダヤ人脈で構成されたアメリカ政界の一派(ネオコン)が、9・11における物議を醸した不透明な危機管理から、アフガニスタン侵攻の「不朽の自由」作戦、イラク戦争の「衝撃と畏怖」作戦までを主導したことを思えば、「戦争の記憶」をどのような形態で国家として保存すべきかの戦後問題までが、落ちるだろう政治的な場に落ちてしまった感は否めない。


このような建築の持つ政治性や思想性について、いくらか饒舌すぎるほどにもっとも雄弁でありつづけているのは、最新の著作に『les objets singuliers―建築と哲学』を持ち、9・11後に「ツインタワーのためのレクイエム」という小文を寄せたボードリヤールだろう。建築に宛てた追悼文の冒頭で、ボードリヤールはミース・ファン・デル・ローエの遥か先まで来ていたWTCの高層建築を、巧みに自身のシミュラークル論と世界システム論に取り込んで、こう読み取ってみせる。

塔が二つあるという事実は、起源に関するあらゆる準拠の喪失を意味する。ひとつしかなかったら、独占状態をこれほど完璧に体現することはできなかっただろう。記号の二重化だけが、記号が何かを指し示すことを、ほんとうに終わらせることができる。そして、この種の二重化には、特別の魅惑がひそんでいる。(…)ロックフェラーセンター・ビルは、まだニューヨークの果てしない鏡となって、ガラスと鋼鉄のファサードをキラキラと輝かせていた。ツインタワーのほうは、もはやファサードを持たない。顔がないのだ。垂直性のレトリックとともに、鏡のレトリックも消滅する。完璧に均衡の取れた、窓のないこれらのモノリスとともに残されたのは、ある種のブラックボックス、分身となって閉じられる一組のセットだけだ。まるで建築そのものが、システムの現状を反映して、もはやクローン操作と不滅の遺伝子コードからしか生まれないかのように。ボードリヤール『パワー・インフェルノ』

けれども、双子の塔の思想性については思考の冴えを見せてくれたこの記号論系の社会学者も、WTCがなぜ旅客機によって崩壊させられなくてはならなかったのかに論が至ると、にわかに概念操作の手綱捌きが繊細さを失い、事あるごとに「世界システム」の名を呼び出して、結論の座に据え付けようとする。「アメリカの幻影とイスラムの幻影をつうじて、勝ち誇ったグローバリゼーションがみずからと格闘している場面なのだ。」「グローバリゼーションに抵抗しているのは、じつは世界そのものなのだ」「現実とはつねにシステムの戦場なのである。」等々。


尤も、「湾岸戦争は起こらないだろう」という論説をリベラシオン紙に発表した直後に、世界中のTVが「クリスマスツリーのような」バグダッド空爆を映し出す事態となり、その悲喜劇的な予測外れをもって「湾岸戦争最初の犠牲者」と揶揄されたボードリヤールのことだ。往時、すぐさま機敏に軌道修正して、「湾岸戦争は本当に起こっているのか?」とメディア・コントロール論に軸足を移すと、もはやクラウゼヴイッツ云うところの古典的な戦争は起きないのだとして『湾岸戦争は起こらなかった』という挑戦的な書物を世に問うたように、この9・11の衝撃を受け止めた思想書*3も、時局に合わせて根幹とは異なる場にある枝葉を急伸させていくこともあるかもしれない。


そんな可能性を思いつつ『パワー・インフェルノ』を読み返してみると、戦争の世紀をこれ以上ないほど煮詰めて濃縮した一文に、反芻して味わいたい含蓄を見出すことができる。「第一次世界戦争が帝国主義を終わらせ、第二次世界戦争が反ユダヤ主義を終わらせ、第三次世界戦争(冷戦)が共産主義を終わらせた。第四次世界戦争はグローバリゼーションを終わらせるだろう。(大意)」……


管見では、9・11とイラク戦争を貫いている最も大きなヴェクトルは、世界システムに内在する反グローバリゼーション勢力ではなく、(やはり世界恐慌直後のナチスドイツの独裁的台頭を思い出さずに入られない)、WTC崩壊の衝撃によって反テロリズムを口実とする「全権委任」を取り付けて、軍産複合体が「例外状態」においてだけ可能な「戦争商品」のグローバルな大量消費を狙ったところにありそうなのだが、もちろん話をこれで終わらせていいわけではない。続けなくてはならない。


テロリスト自身さえ想定しなかったツインタワーの同時崩壊は、旅客機衝突の損傷よりも、気体から溢れたジェット燃料の火災に因るところが大きかったという。衝突したのは二機とも、ボストン発ロサンゼルス行き。補備燃料も含めると、およそ6500km/6時間飛行分の膨大なジェット燃料の多くが、塔の裂け目に注がれた計算になる。この事実は、世界貿易センターが、衝突時の時速1000km超の旅客機の「速度」によってだけではなく、「速度」に変換されるはずの膨大な化学エネルギーが熱エネルギーへ誤変換されたために、崩壊に導かれたことを意味している。同時多発テロは、いわば「速度」が現実を捩じ伏せてしまう凄まじい力を現前させたのだ。したがって、テロ直後に真っ先にドロモロジー(速度学)の提唱者ポール・ヴィリリオの名が呼び出されることになったのだが、当のヴィリリオの方は冷静な口調で、8年も前からこの惨事の可能性をある論文中で取り上げていたと指摘して、世界の耳目を引いた。

1993年に世界貿易センターに最初に攻撃がおこなわれた時点で、「ニューヨークの譫妄」という論文ですでにかなり正確に記述しています。もちろん予測があたったからといって、満足しているわけではありません。でも9月11日の出来事は、わたしが当時恐れていたことを確認する結果となりました。中山元・編訳『発言』「予測が的中して残念だ(ポール・ヴィリリオ)」

都市計画家でもあり、建築家でもあり、思想家でもあり、『カイエ・デュ・シネマ』に携わっていたこともある多面体のヴィリリオを、最初にドゥルーズ=ガタリによる熱烈な言及が表舞台に上げた*4ことはすでに伝説になっているし、批評対象の多彩さの割には思想上の主軸が貫徹しつづけている―――つまりは同じ思想が反復されていることにも、すでに多くの指摘がある。ここでは、目下の自分の興味に合わせて、ヴィリリオの思想を切り揃えて「テクノロジーと資本の論理によるグローバリゼーションが時空間を圧縮し、リアルタイムという遮蔽膜上に人間を釘付けにして、その地政学的な眩暈の中で国内外同時植民地化が進行しつつある」という一文にまとめておく。


より少なく言い直すなら、こうだ。この十年という時間を言葉で表そうとして、その手前で、自然にそこにあるはずだと感じていたものが崩落していく感覚、足元を踏みしめ損なって不意に内臓をひやりと涼しくするような危機と喪失の感覚が、思考の底のキーノートになっていることに気づく人は多いのではないだろうか。この譬えにある不安定な空間の感覚を、速度にまつわる時間の感覚に翻訳し戻して、何が失われたのかを正確に把握しようとするとき、ヴィリリオの著作群はこの上ない知的刺激に満ちた触媒となるだろう。


その思考の行方とは別に、ヴィリリオがナチスドイツ占領下の戦禍の中で幼少期を過ごしたことが思想の原点になっていることと、都市が瓦礫と化していくのを目撃した精神的外傷をステンドグラスを作るガラス職人となって解消しようとした若い時代を持っていることを、結びとして付け加えておきたい。




ニッポン ヨーロッパ人の眼で見た (講談社学術文庫)

ニッポン ヨーロッパ人の眼で見た (講談社学術文庫)

*1ブルーノ・タウト

*2:この辺りの事情は、『球と迷宮』「ワイマールドイツの社会政策と都市」の項に詳しい。

*3:9・11という世界的事件への夥しい言及の中に、わたしたちは優れた文学の言葉をいくつか見出すことができる。WTCの惨劇をわずか一マイルほどの距離から夫婦で目撃したジョン・アップダイクは、二つの直喩を使った簡潔な一節を含む文章を、早くも一週間後に発表した。「一マイルの空中を悲鳴のようなきしむ音と鈍い打撃音がわたってきて、それはエレベーターのようにまっすぐに崩れた。数千人もの死をいま目の当たりにしたのだ、と気づいた。自分たちが落ちていくかのように、わたしたちはおたがいにしがみついた。」 いくつか、とは書いたものの、9・11以降の「崩落の感覚」に関わる文学作品がさほど多くあるわけではない。ここでは、軽はずみな言及を慎むために、それらの数少ない貴重な作品とそれを読む機会に恵まれたことに、敬愛と感謝の念を抱くことができる平衡感覚と臓腑の温かさを、渝わらず自分が維持しているとだけ記すことにしたい。

*4:ヴィリリオとガタリの交流については、つい先日松岡正剛こちらで興味深い言及を行った。

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