#20-3.ゴス道のパフォーマンス

 このところ、ようやく卒論面接が終わったのでいろいろ足を運べるんですが、ゼミOG依田由布子君が出演した昭和傑作戯曲選(現代制作舎+グループ虎)は、昔なつかしい清水邦夫の戯曲二作をリメイクしたもので、そこにもゴス風味が混ざっていて、ちょっとした掘り出し物でした。じつは安部公房寺山修司唐十郎に比べると、清水邦夫はあんまり観る機会がなかったのですが、高橋征男氏による演出がとにかく見事だったな。
 「ぼくらは生まれ変わった木の葉のように」(1972年)のほうは安部公房の「友達」にも通じる家族のモチーフだったし、依田君がリストカット症候群の娘を演じた「いとしいとしのぶーたれ乞食」(1971年)のほうは筒井康隆の「ベトナム観光公社」とも通じるスペクタクル時代への皮肉が強烈。後者はとにかく主人公のS的なお陰参りのツアコン役(?)とM的な看護婦役が目立ちまくる演出で、四半世紀近く前に見たつかこうへい劇団「熱海殺人事件」を思い出したぐらいパワフルな舞台でした。

小谷 「ぼくらは生まれ変わった木の葉のように」って、ルキノ・ヴィスコンティの「家族の肖像」だなあ、と思って観てたんです。清水作品が1972年で、ヴィスコンティ作品が1974年だから、日本のほうが早いけど、一種の同時多発なのかなあ。『家族の肖像』を初めて観たのは大学生の時だったと思うんですが、当時はあの映画の意味がぜんぜんわからなかった。今はやっとモノがわかる年になり、家族というのが、しょうもなくうざいけれどもなつかしくいとしいものであるという感覚もわかってきた。
 もうひとつの「いとしいとしのぶーたれ乞食」に出た依田さんの役は、ほんとうに典型的なリストカット少女で、ありゃ今で言うならゴスですよね。白ゴスの衣裳とかだったら、けっこうステキじゃないかなぁ。

 うん、乙一の『GOTH』みたいなばりばりハードコア・ゴスよりも、ジェフリー・ユージェニデスの『ヘビトンボの季節に自殺した五人姉妹』(ハヤカワ EPI文庫)や、ソフィア・コッポラによる映画化『ヴァージン・スーサイズ』みたいなノリに近いかな。BBSにも書いたけど、新人ミステリ作家ほしおさなえさんの『ヘビイチゴサナトリウム』(東京創元社)も、ポール・オースターとユージェニデスへのオマージュで書かれたゴス・ミステリの秀作でしたよ。
 ちなみに、お陰参りというのは、江戸時代に60年周期で突発的に大量の人々が伊勢神宮へ詣でた現象ですが、これがいわゆる「えんじゃないか運動」にまで発展したのは倒幕派の大衆操作、破壊工作という説があるので、60年代反体制文化の渦中でそこに注目した清水邦夫は先見の明があったのかな。というのも、最近になって、梶尾眞治の長編小説『OKAGE』(1996年)も、大ヒットした『黄泉がえり』(2000年)の原型みたいなかたちですが、ずばりお陰参りをSF的に再解釈したものだし、昨年、第15回日本ファンタジーノベル大賞受賞に輝いた森見登美彦の『太陽の塔』も、お陰参りとええじゃないか運動に現在的意味を施しているでしょう。そうそう、小谷さんは選考委員だったわけだけど。

小谷 もう、とにかくおかしくて、かわいくて。久々に悩殺〜って感じの文体でしたね。すごくおすすめの小説です。あ、<ファウスト>2号に出てた乙一さんの短篇「F先生のポケット」も良かったので、両方、すすめておこう。
 ゴスといえば、先日、押井守監督の新作アニメ『イノセンス』を観たら、これが完全にダナ・ハラウェイのサイボーグ・フェミニズム、ギネス・ジョーンズやリチャード・コールダのガイノイドSFなのね。ちょうど、ガイノイドやサイボーグやペットや犬といった話題を入れた拙著『エイリアン・ベッドフェロウズ』 (松柏社)が刊行されたばかりだったので、びっくりしました。だから、というわけではないのですが(笑)、あわてて東京都美術館でやってる球体関節人形展へゴー(笑)。そこで、なぜか初めて深川めしというものを食べることになるのですが、これがえらい美味しかった、というのは余談です。えーと、球体関節のほうは、恋月姫さんとか、とにかくホントに美しかった。今回は、どちらかというと、四谷シモンの男性作家の描くエロティシズムより恋月姫さんらの少女マンガ的な繊細さのほうに心惹かれましたね。ふたごのお人形がゴージャスで美しくて気味が悪くて、すばらしかったです。
 先日、<読売新聞>の連載でいっしょに仕事をしている版画家の大野隆司さんとお話していたとき、やっぱりこの展覧会のことが話題になり、大野さんが、「人形もきれいだけど、お客さんがふだんとちがって、お人形みたいにきれいなヒトが多いんですよねえ」と仰っておられました。さすが版画家さん、視点がちがう。
 連載は、毎週土曜日「子どもパーク」欄で、SFやファンタジーの名作を子どもたちに紹介する、というもので、一昨年に出した『ハリー・ポッターをばっちり読み解く七つの鍵』(平凡社)のノリでやっているんですが、毎回、大野さんのかわいい版画がカラー挿し絵でつくんですよね。木版なのですが、毎回新作という贅沢さ。ネコがモチーフですごくかわいいうえに、大好きなSFやファンタジーの版画なんで、毎回どんな挿し絵かな、とわくわくしながら待っているのです。今のところのマイベストは、『アルジャーノン』かな(笑) なごみますよー。
 そのあと2月16日に銀座の画廊ペッパーズ・ロフト・ギャラリーで、キルシェの歌姫みとせのりこ嬢がキーボーディスト多田遠那氏(エナ、男性です)とデュオを組んだ「疑似少女楽園廃墟」ミニライヴへ行ったら、そこもまたドールハウス・ノア&フェデリコの展覧会ともども、ゴスでキマってましたねえ。

 みとせのりこ嬢はいま、キルシェのほかにもいまいろんなミュージシャンとのセッションを行ってるけど、こんどのライヴでは、とにかくヴィジュアル系の多田エナ氏が華麗なキーボード・ワークを堪能させてくれましたね。その作曲も編曲もすばらしい。アリ・プロジェクトはどちらかというと黒ゴスで「コッペリアの柩」という名曲をヒットさせてるけど、今回のみとせ&多田のユニットでは白ゴスならぬ「cercueil blanc白い柩」というすばらしく表情豊かな曲があって、これなんか相当広くアピールするんじゃないかな。ちなみに、多田氏自身のバンド、カレリア・ラヴ・フォーレストの名曲「フェニックス」をカバーしており、あまりにもかっこよかったので、当日販売していたポップ・アルバム「ダイヤモンド・ガーデン」(AtoNO)を買ってしまいましたが、これもまたキーボード・マニアにはこたえられない傑作です。何とも優雅な品格を感じさせるのですね。じつにポップなのに、どこか初期のクリムゾンを想わせるところもあったりする。
 その晩は、以前から気になっていた銀座のプログバーへも立ち寄り、なかなか濃い一晩をすごしましたね。この店は、先日、朝日新聞社の週刊誌<AERA>2004年2月2日号が「甦るプログレ」特集を組んださいに紹介されていたもの。わたしは年末に同誌記者の大鹿さんから取材を受けたさいに「とにかくマスターがおもしろいから」という話を吹き込まれて、行きたい行きたいと思っていた場所なんです。拙著『プログレッシヴ・ロックの哲学』(平凡社)巻末のベスト20ではパトリック・モラーツのトリオによる『レフュジー』をトップに選んで、ELPからは『恐怖の頭脳改革』を選んだわけですが、このセレクション自体がマスターの趣味とまったく同じというんだから、ほんとに驚きました。位置は、資生堂博品館劇場の裏手といえばいいのかな。
 扉を開けると、なにしろ、いきなりイル・バレットがリクエストされ、しかもライヴ・アルバムが最高の音響環境で流れ始めたのですから、たまりません。居合わせた女性のプログファンが、某有名出版社の編集者さんと某有名企画でおなじみの漫画家さんというのも、何かの因縁かなあ。女性漫画家のかたは、PFM にハマったあげくイタリア語を始め、イタリア旅行にもやみつきになったとか。ただこのバーは、どんなにつめこんでも5,6人も入ったら満杯になってしまうところで、いざとなったら扉を開放しっぱなしで立ち飲みになるんだそうですけど。

小谷 マスターがいい人でしたねえ。髪が長くて、プログレ美形です。カクテルもグー。とにかくあんな最高の音響で聞けるとは思わなかったので、驚きました。あの音は、すごいです。
 イル・バレットってこんなにセクシーで透明感あったっけ? もうちょっとダサめというか、ツメのあまいバンドじゃなかったっけ? というイメージがくつがえってしまった。こんどキンクリやABWHも聞いてみたいな。