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片岡ヒロシ(cplf)の日記

2018-02-16

仲間が亡くなった!

 滋賀青い芝を一緒に築き上げ、30年程一緒に活動してきた仲間が2月13日の夕方にあの世へと帰って入った。

 まだ3日しか経っていないが、時が経つにつれ、寂しさが増して来る。

 昨日の葬儀の時に、その前日に通夜の帰り際に弔辞を読んでくれないかとそのお連れ合い(喪主でもある)から頼まれ、何を言葉にするかと、その仲間との思い出を振り返り、ボヤッとながら、ああいうことも言おうこういうことも言おうと一応考え、前へと促され、マイクを握り、弔辞を語った。

 前に出た時、紙を置く台が用意されていたので、「弔辞を読む」という言葉を思い出し、書いて来るものなのか?と少し思ったが、マイクを握り亡くなった仲間の遺影に語りかけようと思い、喋りはじめた。

 すると、涙が出てきて、声を出して泣きそうになり、我慢するのに少しの間詰まってしまった。

 その後、ホンマの実感としての「心の中の柱が1本折れたような感覚だ」と言葉が出た。

 亡くなったのは、仲間といっても13歳上の先輩で結成当初から滋賀青い芝の会長を務めてきた人だ。

 ホンマに長い間お疲れ様でしたと言い、ゆっくり休んでくださいと言葉を結んだように思う。

 お棺に花を入れる時、ほっぺたに触れた。ホンマに冷たかった!

 今、「柱が折れた」どころか、穴が空いて、大きくなってきているような感じだ!

 後を頼むという声なき声が聞こえるように思う。

2018-01-19

2018年も もう19日過ぎた!

 歳を重ねるとともに時の過ぎ行くのが速く感じられる。

 その速さは年々猛烈な勢いで加速していく。

 不思議なもんだ!

 これから先、60、70とどれくらいまで生きられるか分からないが、あっという間に人生が終わっていくんだろうなぁ〜と思う。

 自分が死んだ後は、その短い足跡が少しは残るが、時と共に薄らぎ、消えていくのは、誰でも皆同じかな?余程の偉人でないかぎり。

 時々思うのだが、時を川の水の流れのように考えると、川に流れない重さの石がオレで、勝手に川の水が流れているだけで、オレはただ何も変わらずここに居るだけと。けど、見てくれはドンドン老けていき、肉体的にもドンドン衰えていっているのだが。

 この今を生かしてくれている時に報いるためにも、己の命を使い、この今を、未来を少しでも良くしていきたいと思う。オレのできる範囲で。

2017-10-23

きのう、投票に行ったが、

 ウチの地域の投票所は、近くの幼稚園なのだ。

 入口に何段か段差があるため、その横のスロープ状になっている所から入るのだが、そこは「出口」と書かれた看板があり、文字通り投票所の出口とされている所なのだ。

そしてそこには出口調査とおぼしき連中が2・3人立っていて、出て来た人に何か質問をし、それを記録しているようなのだ。丁度スロープのさ中に。

 たしか「誰に入れましたか?」とか聞いていたような記憶があるが・・・

 それで、オレも連れ合いと一緒に雨の中その「出口」から入り、またその同じ「出口」から出て質問をを受けやすいようにゆっくりとスロープを下って聞かれたら答えようと心構えをしていたが、なんと、あっさりとスルーされた。続いて後ろから2台目の車イスに乗った連れ合いが同じく通過したが、これまた同じくスルーだった。

 確か前の投票の時も同じくスルーされた記憶がある。

 障害者だから聞かないのか、何故なのか分からないが、今度機会があれば、こっちから話かけてみようかと思う。「何されてるんですか?」とかしらじらしく。^^v

2017-09-29

障害のない人の定義

 3年ほど前に「障害者差別のない大津をめざして」というシンポジウムで、京都から呼んだYさんが冗談半分で「健全者の定義はどんなんだ?」というような事を言ってられ、なるほどなぁ〜と皆と言い合っていたが、最近になって真剣に考えてもらいたいなぁと思うようになった。なぜ「考えたい」ではなく、「考えてもらいたい」というのかというと、障害者の立場から考えるのではなく、障害のない人(健全者)の立場にあると思っている人の立場から「なぜ障害がないと思っているのか?」「その特徴とは何なのか?」ということを考えてもらいたいからだ。

 「人間の定義」ではなく、「障害のない人の定義」だ。

2017-08-18

一歩の積み重ねが

前に一歩また一歩と、歩いている人の後ろ姿を見ながら電くるに乗って道を行くんですが、電くるの方が速くて追い抜かす人もいるけど、オレが止まったら、先を歩いている人はドンドン・ドンドンオレから離れてだんだん遠くへ行ってしまう。どんなに遅い人でもそれは同じ。

 一歩を出すのをやめたら、止まってしまうが、一歩ってすごいなぁって思う。