Hatena::ブログ(Diary)

crea555 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2005/03/21

Vermilion::text F22 「青い薔薇と騎士」

 そこにはむせ返るような香りと、見渡す限りの薔薇園。

 無限の朱塔・Vermilion。その第二十二階層。石畳の螺旋階段が続く、その傍らにある小さな扉の奥に、その花園は広がっていた。

「ここに青い薔薇があるって聞いたのだが」

 やってきたのは、一人の旅人。背中から鉄管の伸びた黒い甲冑に身をまとって――否、その甲冑こそが男の肉体である――いる。鉄鎖を巻きつけた旅行鞄を背負い、その中にはサブマシンガンが仕込まれている。

「お嬢さん、ご存じないかね?」

 旅人と三十センチの身長差で眼前にいるのは、一人の少女だ。

 歳の頃は、十を過ぎたほどだろうか。絢爛に咲き誇る薔薇の中で、ただひとつの咲き誇らぬ未熟なつぼみの美しさをたたえた少女だ。白い肌と黒い髪、純白のロングエプロンに黒いロングスカート。手には如雨露とスコップを持っている。

 そして、青い瞳は、真っ直ぐに旅人を見据えている。

「赤、白、黄色に黒、緑。薔薇の色なら数ありますが、青い薔薇など――」

「ありはせぬ、か」

 目に見えて落胆。

「何ゆえに青い薔薇を?」

奇跡はある、と信じたかったのだ」

 男は、裏社会では知らぬ者の無い、巨大企業の非合法工作員であった。

 火器管制システムを搭載した電脳と、戦闘用にカスタマイズされた全身義体。極限までブーストされた反射神経に、生物の限界を超越した人工筋肉と、あらゆる攻撃から身を守る皮膚装甲と強化骨格。そして、サイバネティック手術とコンバットドラッグ副作用による重度の記憶障害。

 そして、廃棄。

「私は、何もかも失った。肉体に生命の残り香はなく、血と骨は油と鋼に変わり果てた。あらゆる情動は制御され、あらゆる感覚は電子化される。そして、記憶と地位さえも失った。そして、その残滓だけが、こうして何かを取り戻すことができやしないかと、ここへ来たのだ」

「ねえ、旅の方。青い薔薇があったとして――それであなたの肉体、精神は元に戻るものなのですか?」

「いや、無理だ」

 男は、小さく首を振る。

 その境遇、経験を思いやって憂いの顔を浮かべる少女に、男の無表情な鉄面皮が小さく笑った。

「私は治療のすべを求めてきたわけではない。奇跡を見にきたのだ」

「ごめんなさい」

 少女は俯き、その碧眼には朝露のような涙の粒を浮かべている。

「君が謝ることではない」

「ううん。私が青い薔薇を咲かせていれば、あなたに奇跡を見せることができたのに」

「だが、自然に青い薔薇が咲くことなどない」

 男の気持ちは、不思議と晴れやかなものになっていた。

「そして、それでいい。無理に色を弄ることなど必要無い……してはいけない」

 少女の涙を、人差し指でそっと拭う。単分子鞭を仕込んだ金属製の義指が、少女の頬に触れる。やわらかな白と、硬く冷たい黒。その温もりが、熱伝導する。心と心の間にある、熱力学の第二法則。

「本当によかったのですか?」

「ああ。私が真に求めていたものは、すでに得ることができていたようだ」

 すべてのメモリーが消え去っても失われることのない想い。

 消えたものを取り戻すこと。消えないものを手に入れること。叶わない希望と、叶えられる希望。ふたつの願いは等しく貴い。

「……もう、行かれるんですか?」

「既に目的は果たしたゆえに」

 頷く男に、少女はそっと懐から一枚のハンカチーフを取り出した。

「青い薔薇の祝福をあなたに」

 少女は手渡した。ハンカチーフを器用に折り重ね、淡く青い造花を作る。幾重にも重なる花弁を模した、小さな薔薇を。まるでつぼみのように小さく、男の手の平に納まるほどの、小さな薔薇を。

「……これを、私に?」

「奇跡だなんて、言えませんけど。今はそれが精一杯」

 少女は微笑む。

 朝露のような、涙が零れた――青く輝く瞳から。

 

 彼女に名は無い。

 いつから、どうして、ここにいるのか。誰も知らない、薔薇の園の少女。

 人は彼女をこそ、青い薔薇と呼ぶ。

スパム対策のためのダミーです。もし見えても何も入力しないでください
ゲスト


画像認証