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川合典子ブログ

2018-01-19

グローバル化に対応した学校教育 中学、高校の場合(最終回)

昨日、グローバルな世界でやっていくための学校教育について述べました。  グローバルな社会でやっていくにはもちろん英語も必要になります。  ただ、英語教育については、小学校からやらなくてもこちらのように勉強していただければ、十分な英語コミュニケーション能力が身につきます。  この中の最終段階に行う、大量のインプットについて、今日は大学教育の関係者の方々にお願いしたいことがありましたので、それを書かせていただくことにしました。
 
アメリカイギリスの7歳から14歳くらいの生徒が読むレベルの英語の本を大学の図書館においていただけないでしょうか。  具体的に言うと、私が「帰国子女に見る世界に通用する英語力の作り方」の中に書いた、オリジナルセブンのレベルの本です。

それと、アメリカやイギリスの高校生が課題図書として読む英語の本を揃えて、大学の図書館においていただけないでしょうか。  そして、学生がそれらの本を自由に手に取って中を見て読みたい本を選んで読める環境を提供していただけないでしょうか。  大学には、「難しい、大人の読む英書」は揃えてあると思いますが、こういう初歩からの英書はおそらく置いていないと思います。  けれども、英語をスラスラ読めるようになるには、こういう初歩のレベルの本をたくさん読んで、目や頭を英語に慣らしていかなければ読めるようにはなりません。

いきなり大学の授業で使うような原書を読んでも、なかなか英語をスラスラ読めるようになりません。  (これは、私の経験から申し上げています。)

英書をスラスラ読めるようにすることは、自分の言いたいことが英語でスラスラ頭に浮かんでくるようになるために必要なことです。  大学3年生で、専門分野の英書を読んだり、英語で講義を聞く前に、こういうやさしい英書を1,2年生でたくさん読んで、頭の中で、英語がスラスラ処理できるようになっておくことが必要です。

英語のニュアンスもこういう大量の読書によってわかるようになります。

例えば、Freedom を日本語に訳さないでFreedom, Freedom と言ってもアメリカ人にとってのFreedom がどんなものかわかりませんけれど、学生が、アメリカの高校の課題図書であるジョージ・オーウェルの「Nineteen Eighty-Four」を大学の図書館で読んだとします。  

この作品を読むと全体主義の中で生きる人間の生活がどんなものかよくわかります。  個人の自由というのがどれほど人間にとって、大事なものかわかります。  自由がない生活というのは、とても「人間として生きている」とは言えないのではないか、ということを考えさせられます。  それほど、「自由」 − 身体的な自由ばかりでなく、心の中の自由、思想の自由も含めて − 「自由」は人間にとって、大事なものだということが、作品を通して、迫ってきます。

そうすると、こういう作品を高校生の段階で、読む国の人々の価値観や考え方がわかります。  高校の課題図書というのは、ある問題意識をもたせて何かを学ばせるために読ませるわけですから、その英書の世界に一定の期間、没入して大量に読んでいくと、英語を使う国の人々の価値観や社会の問題など、様々なことを知る手掛かりになります。 

大量の読書によって、英語のニュアンスも分かるようになりますし、言いたいことが英語で頭に浮かぶようにもなりますので、大学生の英語力を上げるには、大量の読書は不可欠です。  

それほど重要なのに、今までは、大量の英文読書を可能にする材料(やさしい英語の本)やそれを自分で選べる場所は、ありませんでした。  大人が読む難しい本なら、おいてありますが、日本の高校を卒業した段階でもスラスラ読めるやさしい本を学生がたくさん手に取って選べる環境はありませんでした。  ぜひ、大学の図書館で、そういう英書のコーナーを設けて学生が自由に英書を読めるようにしていただきたいと思います。  

大学生に「Magic Tree House」? などと思うかもしれませんが、いきなり難しい本で挫折して英書を読むことをあきらめてしまうより、やさしい本から読んで徐々に英語力を上げていく、という方法を取ったほうが、学生にとって無理なく英語力を高めて行けます。  その次に、英語を母国語とする国の高校生が課題図書として読む英書(例えば今例に挙げましたジョージ・オーウェルの「Nineteen Eighty-Four」や「カッコーの巣の上で」などは、アメリカの高校の先生からもらった課題図書のリストにありました。)を読んでいくと英語を母国語として使う人々の価値観や英語のニュアンスなども分かるようになります。

大量のインプットは自分の言いたいことが自然に英語で頭に浮かんでくるようになるのに不可欠です。  けれども今まで学生にそういう本を提供できる場はありませんでした。  ぜひ、大学の図書館でそういう場を学生に提供してくださるよう、お願い致します。




私は、最初の本を出版した時、一つの夢を持っていました。  

アメリカにいた時、私は娘のリーディングの課題をするために現地の図書館の小、中学生が利用する本が置いてあるコーナーをよく利用しました。  そこで、自由に、本を手に取って中を見て、面白そうな本を見つけてはよく読みました。  やさしい本は、スラスラ読めました。  物語だけでなく、理科の本や社会の本もたくさん置いてありました。  理科で習う現象や、大統領選挙の仕組みなどが、小、中学生にもよくわかるやさしい英語で書いてありました。  

辞書を引きながらやっと読んだ、大学時代のゼミの本とは全然違う読み方ができました。  まるで、日本語の本を読むように本の世界に入れました。  私のその経験が、後の大量の読書につながりました。

日本には、こういうやさしい英書を手に取って、中身を見て、好きな本を選んで読める、という環境はありません。  だから英書を読むことの重要性を言っても、難解な英書をやっと読んでいたら、その重要性もわからないのだろうと私は思いました。

それで、最初の本を出版した時、私は、もし本が売れて、お金がたまったら、英語学習者に、私がアメリカの図書館で経験したことと同じ経験ができる場を提供したい、と思いました。  小さい部屋を借りて、アメリカの図書館にあった本と同じ本を揃えて、その図書室を皆さんに開放したい、そう思いました。  本をたくさん売ることが大変なことは知っています。  でも、日本にそういう場が一つもないのですから、作って、皆さんに利用してもらいたい、と思いました。

アメリカから200冊も英語の本を持って帰ってきたのも、日本に帰って英語を教えるようになったら、こういう本を読んだことのない生徒さんにぜひ読んでもらおうと思っていたからでした。  そして、予想したとおり、読んでくれた生徒さんは、「英語の本にこんなに面白い本があるなんて初めて知りました。」とおっしゃいました。  「やっぱり、夢中になって読める本があれば、大量のインプットも、そんなに大変ではなくなる」そう思いました。  それで、ますます、私は、図書室を作って、皆さんに開放したいという思いを強く持つようになりました。

アマゾンで私の本のランキングの妨害を続ける松澤喜好氏にあんなに怒ったのも、その夢を邪魔しないでもらいたかったからです。  でも、もうそれができなくなりました。

去年私は無理をして、股関節を傷めてしまいました。  最初は、痛くて、駅までも歩いていけなくなりました。    医者に炎症を抑える薬をもらい、脚の筋肉を鍛える体操を続けて、今は夕食を作る間ぐらいは、立っていられるようになりました。  外出も、電車がすいている昼間に、手に物を持たず、キャリーバッグを引いて、駅のエレベーターを利用すれば、出来るようになりました。

けれども、無理をするとまた痛くなりますので、長い時間歩かないように気を付けています。

こういう状態では、たくさんの本を書棚に置いたり、返却された本をあちこちに運んで戻すような作業はもう自分ではできないと思いました。  なかなか、長い間の夢は、あきらめられなかったのですが、去年の暮れ、窓拭きも障子の張替えもできないまま、新しい年を迎えなければならなかったとき、「自分で、図書の管理もできないなら、図書室は、開けない」と納得しました。  残念ですけれど、仕方ありません。

今までの英語教育では、やさしい英語の本を高校教育を終えた人にたくさん読んでもらうことは、まったく考えられてきませんでした。  やさしい本なんて、大学生の読むものではないと思われていたからでしょう。  でも、いきなり難しい本から読むとほとんどの人が挫折してしまいます。  また、読むことは、話すこととは関係ないと思われてきた事もあったでしょう。  けれども、大量の英語のインプットは、英語で言いたいことがスラスラしゃべれるようになるためには絶対に必要なことです。  これについては2013年6月3日のブログを読んでいただければわかります。  

いわゆる英語脳も大量のインプットによって出来上がります。  少なくとも「英語脳」というくらいですから、英語の言語体系ができるくらい大量のインプットが必要なのです。  そして英語脳が聞くことと話すことだけでは出来ないのは、「帰国子女に見る世界に通用する英語力の作り方」を読んでいただければわかります。  (読まなくてもお分かりになる方もいらっしゃるでしょう。  夫に「言語体系というのは、話す聞く、だけではなくて、読む書くもしないと出来ないらしい」と言ったら、「当たり前だ」と言われましたから。) 

大学生の英語力を上げるために、やさしい英書と、アメリカやイギリスで高校生が課題図書として読む英書をぜひ、大学の図書館に揃えていただきたいと思います。  学生が好きな英書を自由に手に取って選んで読める環境をぜひ大学生に提供していただきたいと思います。   一定の期間、英書に没入して読むことによって 英語を母国語とする人々の考え方や社会の価値観を吸収してもらうことは、英語力の向上に非常に役に立ちます。  多読をすれば、必ず、大学生の英語力は上がります。   

国を挙げて、子供たちの英語力向上に取り組んでいるのですから、そのための環境を整えることも、プランの中に入れていただきたいと思います。




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高校入試で子供たちが親の収入によって差別されない為に以下のお知らせを書かせていただきます。

高校入試のスピーキングテストについて(大学入試のスピーキングテストについても同様です)

高校入試のスピーキングテストは本来文部科学省が学校教育で正しい発音を生徒に教えてから行うべきものです。  しかし、文部科学省が教科書にCDもつけず、正しい発音の仕方も学校で教えないまま、高校入試でスピーキングテストを実施する動きが都立高校などで始まっています。 (大学入試でもスピーキングテストが行われようとしています)  これは、スピーキングスキルの習得を塾や予備校、会話学校に丸投げするものです。  学校で教えていないスキルを入試でテストすることはあり得ません。

これでは経済的に余裕のない、塾や会話学校にいけない家庭の子供は誰にも正しい発音を教えてもらえず、練習するCD(音声モデル)も与えられないまま、高校入試でスピーキングテストをされることになり、明らかに親の収入による進路の差別が始まります。(詳しくは2018年3月8日のブログ「高校入試のスピーキングテストは子供を親の収入で差別するもの」をお読みください。)

皆さんの身近に教育関係者がいらっしゃいましたら、ぜひ「高校入試のスピーキングテストは子供を親の収入で差別するもの」であることをお伝えください。  (大学入試のスピーキングテストについても同じことです)  
15歳で親の収入のために進路を差別されるのでは子供たちがあまりにもかわいそうです。

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英語教育については、下のブログも併せてご参照ください。  日付をクリックすると移動できます。
2017年10月12日
文部科学省 新中学校学習指導要領 英語 「4技能」は全く効果がない(子供たちが通じる発音でスラスラ話せるようになる学習指導要領の見本付き)




この後は、いつも書いていることですが、今回は、
(1)次の石渡誠氏のパートに「私の子供たちが全文和訳をして宿題をやっていた理由」という文章が付け加えてあります。
  
(2)2番目の松澤氏のパートの最後にKADOKAWA/アスキーメディアワークスについて付け加えた文章があります。(2月に太字で書き加えた文章があります。)
(3)最後の「発音練習について」という項目の最後に付け加えた文章があります。

* * *

7月30日以降、私は、いつもブログに書いている3つのことの2番目、「英語で考える」を提唱した松本亨氏の主張について」という項目の最初のほうに文章を付け加えました。 

それをお読みになると私がこの4年間、全く名前を出すことのなかった石渡誠氏の名前をなぜ書くようになったのか、その理由がお分かりになります。

英語で考える指導法の提唱者、石渡誠氏は、その方法が有効であるならば、日本語訳を使わず、アラビア語をアラビア語で学んで、アラビア語が堪能になるかどうかご自身でやってみて、その結果を公開してください。  「英語を英語で教えるということが、中高でも広まってきて、良いことです」(2017年7月30日のブログ)などとおっしゃるのは、それを自分で証明してからにしてください。
  
自分で、その証明ができないなら、「英語で考える指導法」は、本当は実在しない「英語で考える詐欺指導法」であり、「英語を英語で理解する指導法」は、本当は実在しない「英語を英語で理解する詐欺指導法」ということです。この詐欺指導法を提唱する石渡誠氏は、自分が日本中の高校生、中学生(「英語で授業」は決定されましたが、まだ実施はされていません)にどれほどひどいことをしてきたか、真剣に自覚されたほうがいいと思います。 

教師としての良心があるなら、自分の商売を拡大する前に、今もなお石渡氏の「英語で考える詐欺指導法」の犠牲になっている日本中の高校生、中学生にすることがあるでしょう。

石渡氏の2015年5月7日のブログを読むと、文部科学省にこの「英語で考える詐欺指導法」を持ち込んだのが石渡氏であることが分かります。  私たち国民は、この「英語で考える詐欺指導法」がどうやって文部科学省に持ち込まれたのか、知る権利(国民の知る権利)がありますので、このことを書き添えました。

私は、その数か月後、頭の打撲が治ったころ、インターネットで検索して、石渡氏のブログに書かれていたこの会合についていくつかのブログを読みました。  そこには、「この会合には英語界の重鎮中の重鎮の方々が集まっている」とか「英語教育界の大御所の方ばかり」とか書かれてありました。(「2015年5月5日 ついに変わる! 英語教育改革の全貌」で検索すると現在でもいくつか出てきます。)

石渡氏の5月7日のブログを読んだ私は、「どんなに立派な肩書をお持ちの英語教育の専門家の主張であっても、私の経験に照らし合わせてその主張が間違っていたら、私は一歩も引いてはならない」と決意しました。  そうしないと、日本中の子供たちが、「英語で考える詐欺指導法」の犠牲になってしまう」と思いました。

それで、2015年6月1日のブログを書きました。  どれほど、中学の英語の授業を英語ですることを阻止したかったかといえば、頭を打って、容体が急変した時は、知人にこのブログのアップを頼むほど、私は、それを阻止したいと思いました。(その時のことはこちらのブログに書いてあります)

石渡誠氏は、日本中の子供たちに誤った指導法をさせて、教師として、良心が痛むことはないのでしょうか。  今日も一生懸命、学校で勉強しているたくさんの子供たちのことを考えたことはないのでしょうか。

* 私の子供たちが全文和訳をして宿題をやっていた理由 *

石渡誠氏の2017年1月23日のブログに書かれていた「無料学習法プログラム レッスン1 英語脳の構築法」のビデオを見せていただきました。(こちらで見せていただきました。)  

石渡誠氏は学習者にまず、インプットではなく、アウトプットをすることを勧めています。  つまり、英文を声に出して言うことを勧めています。  私はこれがよく理解できませんでした。

学習者が「英文を声に出して言える」ということは、すでにその英文のインプットが終わっているということです。  英語のinput という単語の意味は「入力する」とか、「投入する」という意味です。 つまり「入れる」ということです。  学習者が「その英文を声に出して言える」状態であれば、すでにその英文のインプットが終わっているという意味です。  石渡誠氏は英語のinputという単語の意味を間違って理解しています。  英語のinputという単語には、「苦行のように勉強する」というような意味はありません。  

もし、アメリカの学校で、「外国語習得におけるinput と output の関係をのべなさい」 という宿題が出て、石渡氏のように、「アウトプットをするとインプットが出来る」と書いたら、先生は、この生徒はinput の意味を正しく理解していない、と思うでしょうし、input と output の関係を正しく理解していない、と判断するでしょう。  そうするとせっかく宿題をやって提出しても、宿題の評価がAでも、Bでも、Cでも、Dでもなく、F(Failure 落第点)になってしまうのです。  input という一つの単語の意味を正確に把握しなかったために、せっかくやった宿題の評価がF(Failure 落第点)になってしまうのです。  だから私の子供たちは、宿題をするときに、単語も文も自分が分かる日本語に訳して、細部まで正確に理解してやっていたのです。

宿題というのは、何かを読んで、理解すればおしまい。というものはほとんどなく、それを読んだ後、先生のプリントの質問に答えたり、図解して説明したり、何らかの作業をしなければなりません。  その時、最初の英文を間違って理解していると、せっかくやった宿題がみんな無駄になってしまうのです。  あるいは、やりながら、「この先の作業がよくわからない」という問題にぶつかります。  ですから、子供たちは宿題をするときは、英単語も英文も自分が分かる日本語に訳して、正確に理解してからやっていたのです。

こちらのブログにある表を見てもわかるように、学校でまったく新しい事柄を勉強していくときに、単語の意味が正確にわからなければ、説明されても理解できません。  語の意味が正確にわからなければ勉強はできないのです。


仕事や学問で英語を使おうと思ったら、英語の意味は正確に理解することが必要です。  初級、中級の段階で、正確に英語の意味を理解するから、上級になったとき、英語のまま理解しても何の問題も起こらないのです。  どんなに英語をペラペラしゃべっているように見えても、意味が間違っていたら、高い英語力は持てません。  だから初級、中級の間は母国語に訳して正確に理解するのです。

石渡誠氏がこのビデオ「無料学習法プログラム レッスン1 英語脳の構築法」の後半で、言いたいのは、「何回も声に出して英文を言えば覚える」ということでしょう。  そんなことは英語学習者はみんな知っています。  昔からみんなやっています。  それが「英語脳の構築法」だったら、今頃日本人はみんな英語脳を持っていたはずです。  そうではなくて英語脳は大量のインプットによって出来上がります。

石渡誠氏は松本亨氏の言うことをどうしても正当化したいのでしょうが、「アウトプットが先でインプットが後だ」とか、あまり強引な理屈は、どうかと思います。  松本亨氏の言うことを正当化するためなら、英語教育において事実として確立されている方法(インプットとアウトプットの関係)も違うというわけですから、無理があります。  松本亨氏の方法を正当化するためなら、事実もねじ曲げるということは、松本亨氏の方法は、事実を捻じ曲げなければ、正しいと証明もできない方法だということです。  つまり、もともと間違っているということです。



松本亨氏の方法は、「英語で考える指導法」というよりは、「英語でしゃべる指導法」とおっしゃったほうが良いのではないですか。  初級者や中級者は自分の言いたいことを和文英訳してしゃべるしかないのですから。(こちらのブログに説明してあります)

けれども「自分の言いたいことを英語でしゃべる指導法」も問題がないわけではありません。  松本亨氏の学校の理事長先生は「校内日本語禁止は松本先生が達成された素晴らしいことです」とおっしゃっていましたが、最初に2年くらいかけて、正しい発音を定着させてから行わないと、生徒は日本語発音のまま話すことになります。  自分の言いたい文章を正しい発音で言えるようになるには、2年間くらい音声モデルのある文で徹底して発音練習しないとできるようにならないのです。  「ワタービッグトゥリー」の発音のひどさは今でも忘れられません。 (こちらのブログに私の松本氏の学校での体験が書いてあります。)  これでは日本人の英語が通じないという問題は解決できません。  やはり松本亨氏の指導法は机上の空論でした。

英語で考えるようにもなりませんし、単語の意味は正しく習得できませんし、発音は日本語発音になりますし、松本亨氏の指導法は机上の空論でした。

そして、この「机上の空論 − 英語で考える詐欺指導法」を提唱する人々によって、持ち込まれたのが、文部科学省の方針「英語で授業」です。  高校では2013年からもう5年も行われています。  私は2013年からずっとこの方法は効果がない、と言い続けています。  効果がないだけでなく、「日本語発音になる」「生徒の理解が不十分になる」など様々な害悪があります。  なのに、2017年3月31日に公示された中学校の新学習指導要領でも、「英語の授業は英語で行う」と記されています。(こちらのブログに書いてあります)  英語習得について何も知らない文部科学省が「英語で考える詐欺指導法」に騙されて、日本の英語教育の方針を決めているのですから、日本人の英語力が上がるはずはないでしょう。  文部科学省にアドバイスしている「英語教育の専門家(?)」も「机上の空論 − 英語で考える詐欺指導法」に騙されて、高校の先生方の強い反対を押し切って、5年も「英語で授業」をやらせているのですから、生徒の英語力が上がるはずはないでしょう。

* * *

私は随分長い間、アマゾンの自分の本のランキングを妨害されていますが、おそらく、やっている人は、私が英語教育の分野からいなくなるまで、妨害を続けるのでしょう。

ただ、私は、英語教育の分野からいなくなるわけではないようです。

こちらのブログに書いた外国人の方が、1999年11月にこのことの後、どういう結末になるのか、私に教えてくれました。  少なくとも、私は妨害されて、英語教育の分野からいなくなる、とは言われませんでした。

18年前、その結末を聞かされていたので、私は、「英語耳」の松澤喜好氏盗作されようと、妨害されようと、日本人が誰も聞けない音について本を書いていようと、今日まで、頑張って来ることが出来ました。  どんな立派な肩書を持つ英語教育の専門家の言うことも自分の経験から見て、間違っていたら、一歩も引かない、という決意ができたのも、文部科学省の方針に正面から反対したのも、50年間信じられていた松本亨さんの主張を否定したのも、この後、どういう結末が訪れるのか、あの時、その人から聞いていたからでした。  

なぜ、その人が、私にそんな先のことを教えてくれたのか、その時は分かりませんでしたけれど、今は、わかる気がします。

たぶん、その方は、2008年以降、私がどれほど苦しい思いをするかご存じだったのだと思います。 2008年以降、私が「英語耳」の松澤喜好氏と、KADOKAWA/アスキーメディアワークスのためにどれほど泣くことになるか、ご存じだったのだと思います。(詳細はこちらです。)  その時にくじけないように、その苦しさの先にある結末を教えてくれたのだと今は、思っています。

もう私の本のランキングを下げるなどという行為はおやめください。

KADOKAWA/アスキーメディアワークス社長塚田正晃氏は「著作権法に抵触するのは犯罪行為だ」と言っています。(こちら) 松澤さんは、「松澤は盗作!というのはすごーい!」とHPに書いていましたが、塚田さんの主張によれば、盗作は犯罪行為です。  

他人のランキングを妨害するのも、営業妨害ですから、犯罪行為です。   

もう妨害はやめてください。

KADOKAWA/アスキーメディアワークスは、著者が自分のホームページで、盗作を豪語するような悪質な出版はやめてください。  いくら著作権法に「アイデアに対する規定」がなくても、他人のアイデアを盗って書いたのなら、盗作は盗作でしょう。 「著者自身がその実技が出来ない」ということ自体「盗作」の何よりの証拠です。  だから松澤氏も、「松澤は盗作!というのはすごーい!」と自分のホームページに書いたのでしょう。  
(詳細はこちらです。) 


2008年、読者から盗作だと批判を受けて、「英語耳ボイトレ」と本の題名を変えた時、KADOKAWA/アスキーメディアワークスは、「本当に声楽と英語の発声法の類似点を言ってきた一個人」を葬(ほうむ)ってしまえば、松澤氏の盗作の事実など、誰も知ることはなくなると思って、読者からの批判を徹底的に無視して、「英語耳ボイトレ」を売り続けたのでしょう。  本の題名も、表紙も松澤氏の前作と同じにすれば、読者に本当のことを知られることなく、一個人など簡単に葬れると判断したのでしょう。 

今、松澤喜好氏がアマゾンの私の本のランキングを下げ続けているのは、あの時のKADOKAWA/アスキーメディアワークスと同じ論理ですね。  川合典子を葬(ほうむ)ってしまえば、自分の盗作の事実はなくなって、前のようにベストセラーの著者として、人々からもてはやされる、そう思っているからでしょう。

だから2年近くも毎日のように、私の本のランキングを下げ続けるのでしょう。  (2月14日には、本のランキングを前日より、20個近くも下げられていましたので、あまりにもひどいと思い、このパートを書き加えました。)  そういう意味では、出版社でありながら、商業道徳も省みず個人を葬り去ろうとしてきたKADOKAWA/アスキーメディアワークスの責任は大きいと思います。

私は、2年近くも毎日のようにランキングを下げられて、非常に理不尽な思いがします。
KADOKAWA/アスキーメディアワークスは、それでも、社会で企業活動を行う会社なのですか。  個人を葬(ほうむ)り去ろうとするような企業があるなど、信じられないです。

「他人のアイデアを盗る」「隠ぺい工作をする」「個人をつぶす」「批判は徹底的に無視して一切対応はしない」  これがKADOKAWA/アスキーメディアワークスの社長の方針ですか?  随分反社会的な企業ですね。 株式会社KADOKAWAは、東証一部上場企業なのでしょう?  東京証券取引所で一部に上場されるには、企業として様々な基準をクリアーしているからでしょう。  でしたらなぜ、KADOKAWA/アスキーメディアワークスは、こんなに汚いビジネスのやり方をするのですか。


(2018年5月、私は下のようなニュースをこちらのサイトhttps://www.excite.co.jp/News/entertainment_g/20180509/Cyzo_201805_post_161065.html?_p=2で読みました。

「2018年4月、KADOKAWAの組織再編で、「組織名としてのアスキー・メディアワークスは消滅することになりました。さすがに伝統のある名前だけに組織名から外すのは社内でも様々な意見があったそうです。(出版業界関係者)」

私は、出版業界のことは何も知りませんので、真偽もわかりませんが、こういうニュースを読みました。
  
ただ、もし本当でしたら、組織変更にはそれなりの理由があるのでしょうが、10年間、アスキーメディアワークスの被害を受けてきた私にとっては、結果的には、隠ぺいと同じです。  誠意ある対応をする前に当事者がマネジメントによって、消滅させられたからです。  

問題の松澤喜好氏の著作「英語耳ボイトレ」も何事もなかったかのように消滅させるのですか。  これも松原眞樹社長の方針ですか。  相手が一個人なら、どんなにひどいことをしても世間に知られることはない、とお考えですか。

たとえ、世間に知られなくても、もしそのニュースが本当だとしたら、事実は事実として残ります。  

2008年、アスキーメディアワークスは、本の表紙を変え、題名を変えて、他人のアイデアを盗って本を出版したことの隠ぺいを図った。

2018年、株式会社KADOKAWAは、アスキーメディアワークスを消滅させて、かつて隠ぺい工作を行った当事者を消した。  


組織変更の理由を私は知りませんが、何が理由であっても、結果として残った事実は、そういうことです。

アスキーメディアワークスは隠ぺい工作を行い、株式会社KADOKAWAは隠ぺい工作を行ったアスキーメディアワークスを消滅させた。  そういうことです。

前出と同じ記事(よって私には真偽は分かりませんが)の最初の部分を引用します。

4月に大規模な組織再編を行ったKADOKAWA。その再編の理由をめぐりさまざまな憶測が流れている。 今回の組織再編のもっとも大きな動きは、アスキー・メディアワークス事業局の解体だ。




こちらに2018年2月27日に株式会社KADOKAWAから出された「KADOKAWAアスキー事業の移管について」というプレスリリースがありました。https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000004239.000007006.html

これを見ると「アスキー・メディアワークス事業局のアスキー事業を本年4月1日に株式会社角川アスキー総合研究所に事業移管いたします。」と書いてあるので、私はアスキーメディアワークスは、解体されたと思いました。

これに関連するニュースがいろいろ削除されているようですが、これは貴社が行ったプレスリリースですので、削除しないでください。  (4つ前の文にリンクを付けたBiglobe ニュースも削除されたので、リンクを付け替えました。)




最後に、私が、5月30日、知人に宛てたメールを転載いたします。( )の部分はそれまでのメールを全部書けませんので、解説を入れてあります。

。。。。(前略)。。。。。。(もし、隠ぺいのためにアスキーメディアワークスを解体したとしたら、)

ここまでくると隠ぺいのために本の表紙を変えたり、題名を変えたアスキーメディアワークスは、まだ、ましだったという気がします。  隠ぺいするために何か月もかけて準備をして、本当の理由は誰にも気づかれないように、組織そのものを解体するという株式会社KADOKAWA(松原眞樹社長)のやり方は、恐ろしいと思います。(だから組織がなくなったのに、アスキーメディアワークスのサイトは削除されず残っているのですね。  私は、ブログ「7年前の出来事」にリンクを入れた塚田正晃氏の「当社出版物等の不正コピーについて」というページが、塚田氏がやめて、半年もたつのになぜ削除されないのかあるいは社長名も変えないのかずっと不思議に思っていました。  今思えば、「アスキーメディアワークスに何か問題があった」と一切気づかれないように(サイトがなくなれば何かあったと気づかれてしまう)、綿密に計算された上でのことだったのですね。  そして、この計画は、もう半年以上も前から密かに進められていたのですね。)

もし、株式会社KADOKAWAが隠ぺいのために組織変更をして、アスキーメディアワークスを解体したとしたら、それは、お金を払って本を買う読者の信頼を裏切るものであると同時に、会社にお金を出してくれている株主の信頼も裏切るものだと思います。

。。。。(後略)。。。。




アスキーメディアワークス解体の理由が明らかにされれば、こういうことは誤解だと、読んだ方々は納得されると思います。

でも記事には「その再編の理由をめぐり様々な憶測が流れている」と書いてあったので、私は理由が明らかにされていないのだと思いました。

ただ、明らかにされたとしても、読者から盗作だと批判されて、表紙を変えたり、題名を変えるなどの工作をしたり、著者自身がその実技もできないで、「松澤は盗作!というのはすごーい!」と豪語するような本を読者の批判を無視して10年間も売り続けるのは、日本を代表する出版社のすることではないと思います。  読者の信頼も株主の信頼も裏切るものだと思います。









6月1日(金曜日)、私は夫に「社長の株主に対する責任について教えてほしい」と頼みました。  そうしたら、夫が「今、忙しいので、自分で取締役善管注意義務について調べてみて」と言いました。

それで、インターネットで取締役の善管注意義務について調べて見ました。  

 会社法上、株式会社の取締役は会社から経営の委任を受けていると考えられており、その関係には、民法の委任に関する規定が適用されます(会社法330条)。民法は、委任を受けた者は「善良な管理者の注意をもって、委任事務を処理する義務を負う」(民法644条)と定めており、これを「善管注意義務」といいます。(http://j-net21.smrj.go.jp/well/law/column/2_5.html)こちらのサイトにそう書いてありました。


会社に損害を与えた場合などが主に書かれてありましたけれど、「善良な管理者の注意をもって」ということは、もし隠ぺいのための組織変更なら、そういうことは取締役はやってはいけないのではないですか。

また、同じサイトに 「取締役が他の取締役の不適切な行為を監視・監督しなかったという、いわゆる「監視義務」の違反」についても書かれていました。  隠ぺいのための組織変更だとしたら、他の取締役も見逃してはいけないのではないですか。

アスキーメディアワークスのサイトはそのまま残してありますから、世間の人々はその解体にも消滅にも気づきません。  その裏で、アスキーメディアワークスを解体して、組織として消滅させる、というのは、株式会社KADOKAWAは、ある意図をもって操作をしている、ということです。  操作をして、世間の人々に気づかれないように、かつて隠ぺい工作を行ったアスキーメディアワークスを消滅させたということです。  株式会社の取締役は、情報操作をしてはいけないのではないですか。

こちらhttp://ir.kadokawa.co.jp/company/outline.phpの表を見ると株式会社KADOKAWAには、取締役会長角川歴彦氏をはじめたくさん取締役の方々がいらっしゃいますね。  皆さんで、アスキーメディアワークスの解体をお決めになったのですか。  もし、隠ぺいのためでしたら、それはイリーガル(違法)です。

特に(この場合は関係ないかもしれませんが)株価などに影響を与える場合もありますから、取締役は世間をだます目的で組織変更などしてはいけないのではないですか。  私は会社経営のことは全く分かりませんが、東京証券取引所に上場されている企業は不祥事の当事者を消滅させるような組織変更はしてはいけないのではないですか。


もし、隠ぺいのための組織変更だったら、という仮定で書かせていただきました。


たとえ隠ぺい目的の組織変更でないとおっしゃっても、事実として、株式会社KADOKAWA(松原眞樹社長)は、アスキーメディアワークスの解体・消滅が終わったわけですから、後は何年か、時期を見てアスキーメディアワークスの消滅を世間に浸透させれば、私が何を抗議しようと「それは、昔あった会社がやったことですから」と言って、何の責任も取らなくて済むわけですね。

つまり、アスキーメディアワークスを実際に解体・消滅させた時期と世間がそれを認識する時期にタイムラグを作ることで「隠ぺい工作をした当事者を消滅させた」という非難を受けることなく当事者の消滅を図れるわけです。  

そしてもし私もこのニュースを読まなかったら、解体・消滅の事実を知らぬまま、ある日、「それは昔あった会社がやったことですから」といわれて、あんなにひどいことをされたのに、何もなかったかのように終わりにさせられたのでしょうね。

株式会社KADOKAWA(松原眞樹社長)は、一個人など、どんなにひどいことをしてもかまわないと思っているからこういうことができるのでしょう。  どんな情報操作をしてでも自分さえ逃げ切れればいい、と思っているからこういうことができるのでしょう。

こんなやり方は企業としてひどすぎます。
株式会社KADOKAWA(松原眞樹社長)は、
取締役の善管注意義務にも違反しています(法令遵守意識の欠如)。
公正な企業活動に対する意識もありません(企業倫理の軽視)。







太字の部分の文章は2015年12月19日のブログ「7年前の出来事(隠ぺい工作までして、10年間も「著者が盗作を豪語する本」を売り続ける悪質出版社、KADOKAWA/アスキーメディアワークス)のブログの最後に転載いたしました。)

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私の2冊目の本「続・英語発音、日本人でもここまでできます。」(緑色の本)を購入された方で、CDトラック6,13,18,19にある生徒さんと私の子音の長さの比較がよくわからない方は下のブログを参考にしてください。

2016年7月3日のブログ  子音を長く言う「川合メソッド2」「L」の練習 4週間後 (長いSの例)
2016年9月1日のブログ  RとFの練習 1か月後 マライア・キャリー (長いLの例)
2015年2月1日のブログ  「続・英語発音、日本人でもここまでできます。」付属CDトラック6 例文 Where's my bag? 川合典子には生徒のWの発音はどう聞こえたか。

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ここから先は、毎回掲載している3つのことです。「なぜ毎回3つのことを掲載するのか」その理由については、こちらのブログをご覧ください。 



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英語教育について

文部科学省の英語教育の方針は、効果がありません。

今年3月に発表された中学校の学習指導要領(英語)は全く効果がありません。  理由は、2017年10月12日のブログをご覧ください。


以下、効果のないものを列挙します。
1)現在、高校生が行っている「英語で授業」は効果がありません。  (理由はこちら
2)「CAN-DOリスト形式」は効果がありません。 (理由はこちら
3)「4技能」は効果がありません。  (理由はこちらこちら
4)現在、小学校の英語教育で子供たちが話しているのは、英語の発音ではありません。 (理由はこちら
5)大学教育を英語で行うと日本の学問は壊滅的な打撃を受けます。 (理由はこちら
以上の理由により、文部科学省の方針は効果がありません。

「発音」、「語順」、「英語で考える」、それぞれを習得する方法は2015年10月19日のブログ「川合式英語学習法」をご覧ください。

これは全部私自身がやってきたことです。  こうすれば、生徒たちは必ず通じる英語で話すようになります。
英語で考える指導法を提唱する人たちのように、「自分は日本語訳を使ったけれど、生徒たちは使うな」というような、誰も実際にはやっていないような指導方法ではありません。  私は全部自分でやっています。


「英語で考える」を提唱した松本亨氏の主張について

松本亨氏の「英語で考えるためには日本語訳を使ってはいけない」という主張は2006年、私の子供たちが全文和訳でバイリンガルになった事実によって否定されました。 

「英語で考える指導法」は詐欺である可能性が高いです。


松本亨さんの書いた「英語で考える本」「英語で考えるには そのヒケツと練習」という本に書いてある練習をしても英語で考えるようにはなりません。(2月4日のブログ「英語の思考活動」、3月1日のブログ「先生の宿題のプリント「英語で考える」ってどういうこと?」を参照してください)

英語で考える指導法を掲げる英語学校FORWARDの指導者、石渡誠さんは、松本亨さんの「英語で考える本」「英語で考えるには −そのヒケツと練習−」という本で勉強すれば英語で考えるようになると2017年1月19日のブログで言っていますが、この2つの本で勉強しても、英語で考えるようにはなりません。  「この方法を26年教えてきた」と書いていますが、26年間も効果のない方法を教えてきたというのは驚きですね。  

私は、この件について、松本亨さん(著作を含めて)以外の固有名詞を入れることをずっと避けてきました。  けれども、石渡誠さんの2017年7月30日ブログの冒頭の

日本の英語教育界もようやく変革の時が!英語を英語で教えるということが、中高でも広まってきています。良いことですが、

という部分を読んで、明記することにしました。  日本中の高校生を犠牲にしておいて、まだこういうことを言っていることに怒りを覚えました。  文部科学省でさえ、もう、中学校の英語の授業を英語で行うとは、言わなくなったのに、と思いました。  

石渡誠さんは、26年間も授業料を取って、「効果のない方法」を「効果がある」と偽って教えてきて、謝罪損害賠償もしないのですか?  そうやって、「何を言っても何の責任も取らなくていい」と思っているから、いまだに「英語を英語で教えるのが良い」などとおっしゃるのでしょう。  

でしたら、ご自身がアラビア語をアラビア語で学んで、アラビア語が堪能になるかどうか示してください。  それが出来ないのであれば、「英語を英語で理解する指導法」が間違っていたと認めてください。  そういうけじめをつけないからいつまでも「英語を英語で理解する」などという指導法を主張し続けるのでしょう。

日本中の高校生が迷惑していますので、自分もできない指導法を提唱するのはやめてください。

自分の商売のために子供たちを犠牲にするのは、もうやめてください。

Je suis Charlie. と母国語で言うフランス人が I am Charlie.という言語を学ぶとき、母国語の意味を参考にしていないはずはないでしょう。  日本人は誤った指導法を50年も信じて、大きく後れを取りました。


私は、英語で考える指導法の提唱者が、「Freedomを日本語に訳すとニュアンスが分からなくなるから英語のまま言わせる」とブログに書いているのを読みました。  でもそれでは何も教えていないのと同じです。

生徒から、アメリカ人にとって自由というのはそんなに大事なものなのですか?と質問されたら、アメリカ史がご専門の先生なら、「建国の歴史を勉強してみるとその理由が分かってきますよ」とお答えになるでしょうし、時事英語がご専門の先生なら、ニュースの中から、アメリカが個人の自由を制限する国に対して、非常に厳しい外交政策をとり、しかも大多数の国民がそれを支持しているというニュースを選んで、生徒と一緒に勉強していくでしょう。

Freedomを日本語に訳さずFreedom. Freedom と生徒に言わせる、などというのは何も教えていないのと同じことです。

それは、次のような例を想像してみるとよくわかります。

もし、アメリカで、日本語を学んでいる生徒が「日本の武士道とはなんですか?」と教師に質問した時、「日本人にとって武士道が、どういうものなのか知りたかったら、武士道を英語に訳さず、日本語のままブシドウ、ブシドウといいなさい」 などと指導する教師は一人もいないでしょう。   

仮に先生が「これが、日本語を日本語で理解する指導法だ」「日本語で考える指導法だ」などと言っても、生徒はばかばかしくてする気にもならないでしょう。  保護者からは「まじめに教えろ」と言われるでしょう。 

これが英語で考える指導法の正体です。

教える方は何も教えていない。
学ぶ方は何も学んでいない。
これが英語で考える指導法の正体です。

だから私はこの方法は詐欺だと言ったのです。(こちらのブログ

以前、この「英語のままFreedomと言わせる」と言っていた学校のブログで、車を売って受講料を払って学んでいるという生徒の例が紹介されていました。  それほどの高額の授業料をとって、「だますつもりはなかった」「知らなかった」では済まないです。  
詐欺は犯罪です。

詐欺は、刑法で刑罰が定められている犯罪です。

また、そのブログで、英語で考える指導法をする人々が、生徒の英和辞典を取り上げたり、生徒に英和辞典を窓から捨てさせたりする、ということも読みました。  中には最後まで生徒に英和辞典を返さなかったこともあったそうです。

「帰国子女に見る世界に通用する英語力の作り方」を読んでいただくとわかりますが、英語のわからない生徒にとって、英和辞典は命綱です。  英和辞典があるから、英語の意味が分かるようになります。  これを取り上げるなど、間違った指導法を盲信する指導者の誤りです。  英和辞典を取り上げれば生徒の英語力が上がるなどということは絶対にありません。

この詐欺商法を、中学や高校に持ち込んだのが文部科学省の「中学、高校の英語の授業を英語で行う方針」です。
だから、私は、「学校で詐欺を行わないでください」と申し上げたのです。
税金を詐欺に使わないでください、と申し上げたのです。
高校英語教育はいまだに詐欺ですね。
学校で詐欺教育をするために、車一台売るどころではない、莫大な税金が使われています。

早くやめてください。
高校時代は、高校時代にやらなければならない訓練があるのです。
複雑な英語を読み始めるときにどうしてもやらなければならない訓練があるのです。
この時を逸すると、取り返しがつかないのです。  高校生がかわいそうですから、「学校で詐欺」はやめてください。

発音練習について

学生時代、私はアメリカのセルフヘルプの本を読むのが好きでした。  当時、そういう本は翻訳しか入手できませんでした。  その中にこんな話が書いてありました。

チャーリーさんが自動車の調子が悪くなり、修理工場に持ち込みました。  修理が終わって取りに行ったとき、調子が悪かった原因を尋ねると「OOのネジが一つ壊れて、不具合が生じていたので、新しいネジに変えました」と説明を受けました。

請求書を見てみると、とても高い金額でしたので、チャーリーさんは、「ネジ一つ取り換えただけなのに、これでは金額が高すぎます」と文句を言いました。  そうしたら、修理をした人が、「最初は、何が原因となって不具合が生じているのかわかりませんでした。  それで、私は自動車の内部を全部調べました。  そしてOOのネジが壊れていることを発見したのです。  自動車内部をすべて調べるのに何時間もかかりました。  請求書はその労働の代金を含んでいるのです」と言いました。  チャーリーさんもその説明で納得しました。

この話は、どこを直せばよいかわかっているものを直すのは、簡単ですが、どこが悪いかわからないものを直すのは大変だ、ということを例えた話でした。

私は中学時代に英語のきれいな発音に魅了されて発音練習を始めました。  中学生でしたから一生懸命練習すればお手本のアメリカ人と同じ発音になると信じていました。  一年半くらいはちっともうまくなりませんでしたが、その日の練習が終わると、自分が今日練習した分だけお手本の発音に近づけたと思えて、とても、心が満たされていたのを覚えています。  一年半くらいは目に見えてうまくなってはいませんでしたが、毎日練習が終わって、テープレコーダーの手あかを白いハンカチできれいにふき取ってしまうときは、とても気持ちが充実していたのを今でも覚えています。

だから発音練習は大変だ、とかつらいとか思ったことはありませんでした。(決してうまくはなかったのに、です)

最初の本「英語発音、日本人でもここまでできます。」(赤い本)の原稿を書いていた時、私は編集してくれた人に次のような心配をお話ししたことがありました。

「読者の皆さんに、私は何の苦労もなく、発音を習得した、と思われると困るのですが、、、」
そうしたら、編集をしてくださった方からこういわれました。

「川合先生の本を読んで、川合先生が何の苦労もなく発音を習得した、と思う人はいません。  そんなことを心配するより、むしろ、こんなサイボーグみたいな練習をしなければ発音はうまくならないのか、と思われることをご心配なさった方がよろしいんじゃありません?」

編集をしてくださった方は、スタンフォードでの留学経験もありますので、英語がとても上手な方でした。  こういうユーモアのセンスもお持ちでした。

私は苦笑しながら「はい。。。。」と言って、すぐひき下がりました。

確かに文全体をお手本と比べて違いを探すにはサイボーグみたいな能力がないとだめだ、と思ってしまう方もいらっしゃるかもしれません。  (先日夫がチャンネルを回していたら、ターミネーター3でシュワルツネガーさんが人の着ている洋服を見て、一瞬で、それが自分に合うかどうかをピピピピ。。。と判断する場面がありました。  サイボーグと言うとそういうイメージが浮かんできますね。)  

けれども、発音を直すときは、最初は、気づいたところから直していけばいいので、本当はそういうことはないのですが、人によってはそんなことはとてもできないと思ってしまう人もいるかもしれません。

しかし、その2年後、私は、「続・英語発音、日本人でもここまでできます。」(緑の本)を出版しました。  そしてその本に、どこを比べて何を直したらよいか書きました。  漠然と、文全体を比べたら違いは分からないかもしれませんが、「この音のこの違い(例えば、長さ)を聞いて下さい」とピンポイントで言われれば、誰でもそれは聞けます。

先ほどの自動車修理工場の例でいえば、どこに原因があるのか車の内部全体を調べるのはとても時間がかかって大変ですが、「ここのネジを変えてください」と言われれば誰でも出来るのと同じことです。  具体的に言われたことはやりやすいです。

「続・英語発音、日本人でもここまでできます」にはどこを聞いて何を直せばよいのか、書いてあります。  そのポイントは日本語のくせから来るものがほとんどです。  それは日本人に共通する発音の問題点ですから、そこを聞いて直していただけば通じやすい発音になっていきます。

「ここのネジを取り替えてください」というのと同じように、努力すればだれでもできることです。  サイボーグのような能力はいりません。

読者の方から、「続・英語発音、日本人でもここまでできます。」は、「英語発音、日本人でもここまでできます。」付属のDVDで発音練習するときの参考書のように使っています」というメールをいただいたことがありますが、この2冊は一緒に活用してください。  

「なぜそういう練習をするのか」その原理もわかりますし、理解が深まると、相乗効果となって皆さんの発音がとても上達します。  発音は、口の練習だけではうまくなりません。  上手な人の発音って何か違いますでしょう?  体になじんでその音がでてきていますでしょう?  耳はもちろん、たくさんの感覚を使って習得すると上手になります。

表面的な練習だけやっていると表に現れないことが、その原理や仕組みを深く掘り下げて理解していると、口の動きに現れてきます。 

お手本の発音を聞いたとき、「どうやって発音しているのか手に取るようにわかる」この状態になるわけです。  この深く掘り下げる役目ををするのが、「続・英語発音、日本人でもここまでできます。」に書いてあることです。  

「上手な人の発音が何か違う」と感じるのは、口の動きの後ろにある、さまざまな感覚の関連性を意識して、練習しているからです。  「自分の体をどうするとあの音が出てくるか、体が知っている」この状態になっているからです。  表に現れたものだけ練習する場合、長く練習しても、あまり変化はありませんが、深く掘り下げて、練習していると、だんだん、音を捕まえる能力も向上しますので、長い間には、口の動きだけ練習してきた人とは随分違う発音が出来上がります。  発音練習の基本姿勢のブログに出てくる生徒さんみたいにですね。  「英語発音」と「続・英語発音」の本は一緒に活用してください。

私のDVDで発音練習をするときは、耳に注意を集中して音を聞いて下さい。
最初はテキストを見ながら練習していただいて結構ですが、文字に気を取られていると、実際の音よりも自分がこうだと思っている音のまま発音していることが多くあります。

私はDVDの単語の発音の練習のところで、Life や Leg のLの音をほんの一瞬ですが、日本語化しない「長さのあるL」で発音しています。  そういう音をできるだけよく聞いて、同じように言ってください。

Fight や Fin の Fの音も長さをもって発音しています。  Way や Wet の W の音も長さを保持して発音しています。  それを耳でよく聞いて同じように言ってください。

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ブタさんが持っている旗については、こちらの「きのこの山とたけのこの里」というブログの後半を読むと、私がどうやって、子音の長さが聞けるようになったのか、書いてあります。