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alacantonade

2016-03-20

古代史劇映画の誘惑


 このほど Dictionnaire du western を著わしたクロード・アズィザは、ほんらい古代史劇(“ペプロム”)のオーソリティとして知られていて、この分野の著作として、前号でも言及した『想像の中の古代世界案内:小説、映画、コミックス』(Guide de l’Antiquité imaginaire : Roman, cinéma, bande dessinée, Les Belles Lettres, 2008)のほか、『古代史劇、悪しきジャンル』(Le péplum, un mauvais genre, Klincksieck, 2007)、『歴史上の憎まれ役ネロ』(Néron, le mal aimé de l’histoire, Gallimard, 2006)があり、ブリュワー=リットンの『ポンペイ最後の日』のほか、フローベールやアレクサンドル・デュマの古代史小説に注をつけたり序文を寄せたりしている。

 『想像中の古代世界案内』は、最初の章において『ポンペイ最後の日』『ベン・ハー』『クゥオ・ヴァディス』『グラディーヴァ』といった小説が扱われ、第2章でサイレント期から『300』に至るまでの古代史劇映画の変遷がたどられ、第3章では、1948年にジャック・マルタン原作・作画により開始された Alix シリーズ(マルタン没後の現在も続いている)にはじまって今世紀までの古代史ものBDの歴史をふりかえり、第4章以下は主題ごとに三つのジャンルを自在に横断したクロスレフェランスといった体になっている。『古代史劇、悪しきジャンル』は、「50の質問」シリーズの一冊で(ピエール・ベルトミュによる同シリーズの『映画音楽』は名著だとおもう)、「衣服の名称がアートのジャンルの呼び名になっているのはなぜですか?」といった初歩的な質問にはじまり、「トルコやインドや中国にも古代史劇はありますか?」「チャップリンは古代史劇に手を染めましたか?」のようなマニアックなテーマにいたるまで、その政治的・教育的価値、ジェンダーや宗教の表象、オペラ・絵画・広告・考古学など隣接諸領域との関係といったさまざまな切り口からこのジャンルを明解に定義している。

 アズィザがいみじくもその著書のタイトルで mauvais genre(下品なふるまい)と形容してみせたごとく、このジャンルにたいする無理解と偏見はなお根づよい。わが国においても古代史劇映画はおよそ本格的な研究や真摯な熱狂の対象とはなってこなかった。なるほど時代劇映画がヨーロッパにおける古代史劇映画の役割を果たしているのだと考えることはできるだろうが、だとすればいまひとつの時代劇映画の等価物である西部劇の人気をどう説明すべきなのか。マカロニ・ウェスタンのマニアは多くても、その血を分けた兄弟であるイタリア製古代史劇映画のファンにはめったなことではお目にかからない。ジャーロやゴシック・ホラーの撮り手としてのマリオ・バーヴァの名前に反応する人はいても、古代史劇映画へのバーヴァの計り知れない貢献はろくに認識されていない。そのバーヴァと並ぶこのジャンルの中興の祖ともいうべきヴィットリオ・コッタファーヴィやリッカルド・フレーダにたいしてフランス人が捧げてきたような熱狂は日本のムーヴィーゴアにはついに無縁であり、かれらの作品がわが国でソフト化されたためしさえない。かつてフィルムセンターで催され盛況を博した「イタリア映画大回顧」でわたしがもっともたのしみにしていたのはコッタファーヴィの『ヘラクレスの復讐』であったのだが、会場はガラガラを通り越してほとんど無人状態であった。ちなみにこの企画を監修したアドリアーノ・アプラは、その若き日に『オトン』で主役を張り、コルネーユの由緒正しきフランス語にイタリアふうのアクセントをつけ、スクリューボール・コメディーばりの早口でブレッソンの「モデル」さながらに棒読みしていた人であり、ボローニャのシネマテークにおけるコッタファーヴィ・レトロスペクティブの大部のカタログ Ai poeti non si spara : Vittorio Cottafavi tra cinema e televisione(Cineteca Bologna, 2010)の編者にも名を連ねている。わが国にもストローブ夫妻に色気を出してみせる御仁は少なくないが、夫妻が現代におけるもっとも精力的な古代史劇映画の撮り手のひとりであるという事実をどれだけの人が認識しているだろうか。そもそもイタリア映画はこのジャンルとともにはじまり、このジャンル抜きには語ることさえ不可能である。このジャンルにたいするフェリーニの偏愛ぶりはよく知られるところだし、パゾリーニやロッセリーニ(Il MessiaSocrates)は言わずもがな、アントニオーニさえこのジャンルに関わったことがある。さいわいなことに二階堂卓也氏の『剣とサンダルの挽歌』(洋泉社)という貴重な労作があり、イタリアの文献を渉猟しつつ余計な思い入れを排したクールな視点からかの国の古代史劇映画を通覧しておられるが、これすらも絶版状態である。ましてハリウッドならびに他の地域(『テルマエ・ロマエ』正続篇を戴くわが国ももちろんふくまれる)をカバーした日本語文献はわたしの目の届く範囲にはみあたらない。こと日本にかんするかぎり、古代史劇映画は「貶められている」というよりも、いまだ暗黒大陸であるといったほうが正確であるのかもしれない。

 フランス語圏を省みれば、アズィザの仕事のほかに、昨年 Napoléon, l'épopée en 1000 films : Cinéma et télévision de 1897 à 2015 (Ides et Calendes)を刊行、ナポレオンをめぐる映画史を文字どおり総まくりしてみせて読書界を驚かせたエルヴェ・デュモン(ローザンヌのスイス・シネマテークの元館長で、ロベルト・ジオドマークやフランク・ボゼージのモノグラフィがある)による浩瀚な概説書があり(Antiquité au cinéma : Vérités,lédendes et manipulations, Nouveau Monde, 2009)、すでに入手困難で復刊待ちの状態だが、さいわいネットで全頁が閲覧できる。サイレント期から今世紀の作品まで、歴史上の人物ごとにそれをモチーフにした作品のデータが網羅的に列挙され、重要作には詳細な解説が付されており、BFI の Companion to The Western にも増して参照のし甲斐のある文献だ。わたしがつねづね不思議におもうと同時に不満に感じているのは、わが国においてこれに相当する時代劇映画事典の類いが存在していないことだ。どこかの出版社で出しませんか?

 さて、同じく仏語文献でよりハンディなものとしては、叢書 CinémAction の一冊 Peplum, l’antiquité au cinéma (Corlet-Télérama, 1998)が、やはり網羅的な古代史劇映画版「世界史年表」、監督・俳優小事典、およびアズィザの作成になるコンパクトな文献案内を付して資料価値が高い。また、「ポジティフ」が過去にイタリアとハリウッドそれぞれの古代史劇に捧げた Dossiers(特集)もいまなお貴重な文献のひとつでありつづけている。ロラン・アクナンの Le péplum(Almand Colin, 2009)は図版主体の簡潔な通史。このジャンルの特権的なフォーマットであるシネマスコープを模した横長サイズがおしゃれ。各論では、戦後におけるイタリア古代史劇映画の第二の全盛期にかんして フローラン・フーカールという人が博士論文をもとに上梓した Le péplum italien 1946-1966 : Grandeur & décadence d’une antiquité populaire(Editions Impo, 2012)が、いわばマカロニ・ウェスタンの露払い的な役割を果たした徒花的ないちムーヴメントの興亡を、毒々しくも美麗なカラー図版をふんだんにあしらったマニアックな視点から記述して鮮やかである。リュック・ムレの中編 Les Sièges de l'Alcazar からもうかがわれるヴィットリオ・コッタファーヴィの神格化についてはミシェル・ムルレの Sur un art ignoré (Henri Veyrier, 1987 ; Ramsay, 2008)、および上述のカタログに伊訳のあるムレ自身の『ヘラクレスの復讐』評を参照。英語圏ではジャンル研究に先鞭をつけたジョン・ソロモンの The Ancient World in The Cinema (A.S.Barns & Co,, 1978)以外にはこれといった文献がみつかならいらしいことから、やはり古代史劇映画が貶められたジャンルでありつづけていることがしのばれる。


 さいごにわたし自身の古代史劇映画ベスト10をたわむれに選んでみた。

1. 『十戒』(セシル・B・デミル、1956年)
2. 『剣闘士の反逆』(ヴィットリオ・コッタファーヴィ)
3. 『ローマ帝国の滅亡』(アンソニー・マン)
4. 『キング・オブ・キングス』(ニコラス・レイ)
5. 『クレオパトラ』(ジョゼフ・L・マンキウィツ)
6. 『雲から抵抗へ』(ジャン=マリ・ストローブ&ダニエル・ユイレ)
7. Spartacus(リッカルド・フレーダ)
8. 『ピラミッド』(ハワード・ホークス)
9. 『ペルシャ大王』(ラオール・ウォルシュ&マリオ・バーヴァ)
10. 『アレキサンダー大王』(ロバート・ロッセン)
次点『エジプト人』(マイケル・カーティス)

 この偉大な10本(+1)のうちのすくなからぬ部分がもっぱら失敗作扱いされているのは示唆的ではないだろうか。この事実はもしかしたら古代史劇映画というジャンルの本質にかかわっていることかもしれない。とくに5と8はそれぞれの監督の唯一の失敗作とされることが多い。純粋な傑作はおそらく1と2、それに6だけである。なお、1と2はそれぞれ同じ監督の『サムソンとデリラ』、『クレオパトラ』(1959年)に差し替えてもまったくかまわない。次点はきわめてムラのある作品ながら、『深夜の銃声』で「知られざる女」ミルドレッド・ピアースのメロドラマをちゃっかりフィルム・ノワールにすり替えてしまったカーティスが、ここでは古代史劇映画にたいしてまったく同じ所業をはたらいている。ジーン・ティアニーの最後の輝きを記録した作品であることもこのチョイスの大きな理由である。










 

2016-03-17

西部小説の復権のために


 2015年のフランス出版界が西部劇の当たり年であったと前号に書いたけれども、重要な言い落としがあったので補足しておきたい。
 「ポジティフ」編集長ミシェル・シマンがパーソナリティを務める Projection privée という France Culture のラジオ番組があって、わたしも Podcast で愛聴しているのだが、去る5日、この番組がベルトラン・タヴェルニエとDictionnaire du western の著者の一人クロード・アズィザを招いて「西部劇 特集」というのを組んでいた(ゲストの紹介に際して、Encyclopédie du western の著者パトリック・ブリオンの不在を残念がる一言がしっかり添えられた)。

 シマンの盟友タヴェルニエはここ数年、アーネスト・ヘイコックスやW・R・バーネットといった作家による西部小説のクラシックを鋭意翻訳紹介する l’Ouest, le vrai (「これが西部だ!」)という企画をお膝元の Acte Sud において監修しており、昨年もヘイコックスの Le passage du CanyonCanyon Passage, 1945)、バーネットの Mi amigoMi Amigo : A Novel of The Southwest, 1959)、Saint Johnson(1930)、および既刊 Terreur apache Adobe Walls : A Novel of The Last Apache Rising, 1953)の文庫化、A.B. ガスリーの連作 The Big Sky 完結篇にあたるDans un si beau paysThe Way West, 1949)、ハリー・ブラウンの Du haut des cieux, les étoilesThe Stars in Their Courses, 1960)、トム・リーの L’aventurier de Rio GrandeThe Wonderful Country, 1952)を立て続けに刊行した。

 『駅馬車』『大平原』の原作者としてその名を轟かすヘイコックスは、ヘミングウェイやガートルード・スタインにもリスペクトされた大作家。このほど仏訳成った Canyon Passage はジャック・ターナーの『インディアン渓谷』の原作。
 W・R・バーネットは、『暗黒街の顔役』『ハイ・シエラ』の脚本、および『犯罪王リコ』『廃墟の群盗』『死の谷』『アスファルト・ジャングル』などの原作で知られる犯罪映画および西部劇の巨匠。 Adobe Walles は、チャールトン・ヘストン主演による『アロウヘッド』の原作。
 ハリー・ブラウンは『激戦地』として映画化された A Walk in The Sun(脚色ロバート・ロッセン)でピュリッツァー賞を受賞した作家で、The Stars in Their Courses はホークスの『エル・ドラド』の原作。『硫黄島の砂』『凱旋門』『陽のあたる場所』『オーシャンズと11人の仲間 』など多くの名作(迷作)の脚本も手がけているが、そのなかには『怒濤の果て』(エドワード・ルドヴィク)や Apache Drums (ヴァル・リュートン=ヒューゴ・フレゴネーゼ)という大傑作もふくまれる。
 やはりピュリッツァー賞の受賞歴があるA・B・ガスリーは、 ダドリー・ニコルズが脚色した『果てしなき蒼空』の原作(The Big Sky の最初の巻に基づく)のほか、あの『シェーン』(原作ジャック・シェーファー)の脚本を担当。
 ムーヴィーゴアーにとってはこれらの人にくらべて知名度において相対的に劣るが、トム・リー(Tom Lea)はメキシコ革命時代のエル・パソ市長の息子で、もともとは戦争を題材にした壁画で知られる画家。第二次大戦中に Life の特派員として発表したイラスト入りルポルタージュが評判になり、後に作家に転向。前号で紹介した The BFI Companion to The Western でもしっかり項目化されている。 The Wonderful Country はロバート・パリッシュの同名映画の原作。

 タヴェルニエはジョン・フォードやジャック・ターナーの西部劇がいかにその原作に多くを負っているかを説き、出版者や批評家がこれらの西部小説を蔑視してきたと嘆いてやまない。フェニモア・クーパー(アズィザによればアメリカのシャトーブリアンもしくはルソー)にはじまる西部文学という領域が同じく西部の写真史や絵画史(F・S・レミントンはもとより、ジャクソン・ポロックの師として知られるトーマス・ハート・ベントンなど。ベントンについては昨年 American Epics : Thomas Hart Benton and Hollywood という研究書がアメリカで刊行されている)と併せて今後の西部劇研究の重要な課題となることは間違いのないところだろう。さいわいBFI の Companion にはこのテーマに捧げられた充実した記事がみつかるが、アズィザもその Dictionnaire において、 Guide de l’Antiquité imaginaire : Roman , cinéma, bande dessiné (Les Belles Lettres, 2008)の著者らしい博覧強記ぶりを発揮して、ブレット・ハート、マーク・トゥエインからコーマック・マッカーシーに至るまでの西部文学史を、先住民サイドの書き手たちやフランスにおける受容史にも目配りしつつ、明解な筆致で一覧している。それによると、こんにちスクリーンでは影の薄い西部劇が、意外なことに文芸の世界では「百花繚乱状態(extrêmement vivace )」なのだそうだ。モンタナ州(The Big Sky!)のミスーラ大学で詩人リチャード・ヒューゴーが主導してきた文芸講座から数多の才能が輩出し、Nature Writing という文芸の分野が生み出されているという。

 さて、くだんのトークは『レヴェナント』のフランスでの大ヒットの話題を枕に振り、タランティーノらが西部劇をもっぱら搦め手から( au second degré) 参照しているのにたいし、いわば正面から( au premier degré) ジャンルを継承せんとするイニャリートの野心が讃えられる。ちなみにこの監督をほぼ黙殺してきたライバルの「カイエ」にたいし、「ポジティフ」の方は一貫して高い評価を与えており、その最近の号においても『レヴェナント』におけるディカプリオの勇姿が表紙にフィーチャーされていた。
 『レヴェナント』が奇しくも少し先立って公開された『ヘイトフル8』とともに雪景色を舞台とする西部劇であるという事実も手伝って、自然とその元ネタ探しがはじまり、タヴェルニエがアンドレ・ド・トス、アズィザがセルジオ・コルブッチ、シマンがリチャード・C・サラフィアンと、それぞれの口にいかにもの固有名詞が呪文よろしく上せられ、さらにはだれの口からともなく、『大いなる勇者』、『北西への道』と列挙がつづいて話題はありし日の西部劇へとおもむろに移っていき、近年発見されたジョン・フォードの第六作目にあたる作品がサイレント時代にあってペキンパーをはるかに先取りするかのような西部への挽歌をすでに高々と歌い上げていたことへの驚き(あるいは先住民の描き方においてもサイレント期のあるしゅの作品が時代に先駆けて現代的であった事実)、同じフォードが『誉れも高きケンタッキー』から『駅馬車』に至る十数年ものあいだ西部劇に手を染めなかったという謎、個人の運命を重視してきたこのジャンルにおける共同体という主題の位置づけなど、興味のつきない話題が展開される。
 トークの終盤にいたってやっと Dictionnaire du western が話題にされ、「括弧つき(entre parenthèses)」の西部劇である『アメリカン・スナイパー』が項目化されていることを突っ込まれたアズィザは思わず苦笑、イラクの砂漠が西部の風景を思わせるしィ……などとあいまいに呟いたあとでけっきょく責任を共著者に押しつけていた(笑)。

 蛇足だが、個人的に『ヘイトフル8』で釈然としなかったのは、巻頭近く、馬車のシーンでの、捕虜収容所へのきわめて中途半端な言及だ(すべてが中途半端な残念至極な作品ではあるのだが)。サミュエル・L・ジャクソン演ずる北軍将校あがりの賞金稼ぎが捕虜収容所で味方の北軍兵をも含めて虐殺のうえ逃亡、おたずね者になったとかいう設定であったと記憶する。周知のように、南軍が運営していたアンダーソンヴィルの捕虜収容所はアウシュヴィッツになぞられられることさえあるアメリカ史の汚点であり、じゅうらい西部劇におけるタブーと見なされてきた。セルジオ・レオーネはアンダーソンヴィル以外にも北軍の運営する同様の施設が存在したはずだという歴史学者の説に依拠して『続・夕陽のガンマン』(タラのフェイヴァリットでもある)で捕虜収容所を正面から描いてみせたが(皮肉にもめっぽう美しいシーンに仕上がっている)、サー・クリストファー・フレイリング教授の名著『セルジオ・レオーネ——西部神話を撃ったイタリアの悪童』(鬼塚大輔訳、フィルムアート社)などによると、実際にはサイレント時代にすでにアンダーソンヴィルからの脱走兵を描いた作品があり、フォードの『騎兵隊』でもアンダーソンヴィルの名前がちらっとだが言及されている。BFIの Companion にも アズィザの Dictionnaire にも、南北戦争に長い記述が割かれてはいるが、ざっと眺めてみたところでは捕虜収容所についての言及はみつからない。『ヘイトフル8』のタラには、賞金稼ぎだのゲリラ団だのレイシズムだの ”frontier justice”(相手に先に抜かせて正当防衛を装った殺人)だの、とにかくどぎつさをもとめて西部の悪という悪をこれでもかと数え上げてみせたいという意図がありありで、そのうちのひとつとして捕虜収容所への思わせぶりなほのめかしをちりばめておいただけであるとおもわれるが、いずれにしても西部劇が今後、このテーマにどう向き合って行くのか(あるいは行かないのか)にわたし個人は興味津々でいる。

2016-02-20

フランスで刊行された二冊の西部劇事典

*Patrick Brion : Encyclopédie du western 1903-2014, Télémaque, 2015.
Claude Aziza et Jean-Marie Tixier : Dictionnaire du western, Vendémaire, 2015.

 昨年のフランスの出版界は、西部劇のちょっとした当たり年であったといえる。一昨年、タッグ・ギャラガーの名著 John Ford : The Man and His Films の仏訳を刊行した Capricci が、シネマテーク・フランセーズにおけるサム・ペキンパーのレトロスペクティブにあわせるかたちで、おそらくかの国ではほぼ最初のものであろう映画作家の研究書(著者にクリス・フジワラらを迎える)を出版し、レンヌ大学出版局から Le western et les mythes de l’Ouest という浩瀚な研究書が出されたほか、これも本格的な類書が存在しなかった西部劇事典が三種類、ほぼ同時に刊行された。
 これまでこのジャンルの事典としては、すぐれたものが英米で少なくとも三点出ていた。まず、英国映画協会が出した The BFI Companion to The Western(1988年)があり、編者はこのジャンルのスペシャリストとして高名なエドワード・バスコム。“教養篇”(西部の歴史・地理・人物・史料)、“作品篇”、“監督・俳優篇”からなり、とくにもっとも多くの頁が割かれた教養篇が大いに重宝する。そのぶん、重要なものだけにかぎられ、コメントもおざなりな作品篇は物足りなかったりするのだが、それを補ってあまりあるのがフィル・ハーディによる The Overlook Film Encyclopedia : The Western (1994年)、およびハーブ・フェイゲンの The Encyclopedia of Western (2003年) というアメリカで出版された本格的な作品事典だ。ハーディのものは1990年までの作品から1,800本をエントリーさせて年代順に並べており、紙の質もよく、モノクロだがスチール写真も豊富に掲載されている。コメントは質量ともに標準的。一方、フェイゲンの本はアルファベット順で、図版はすくなめだが、見出し数3,500を誇るもっとも包括的な作品事典。データ以外にコメントがついているのは比較的重要な作品のみだが、そのコメントにしばしば発見がある(たとえば『地獄への逆襲』におけるヘンリー・フォンダの演技に向けられた鋭い批評眼、あるいは『復讐の荒野』の撮影を一部リー・ガームズが務めているといったトリヴィアの類い)。それぞれに個性がちがう事典なので、愛好家であれば座右に置きたい三点。このたびフランスで出版された事典たちもこれらを大いに意識し、参考にしているはずだ。
 すでにジャンル別の豪華本を何冊も出しているフランスの淀川長治(?)パトリック・ブリオンの Encyclopédie は、いつものように上質紙を使った大判の album(英語で言う coffeetable book)で、二分冊の作品事典。合わせて800頁を優に越え、事典類についてよく言われる「ずっしりと重い」どころのレベルではなく、二冊同時にはほとんど持ち運び不可能。これまでのかれの本と同じく年代順に編纂され、上巻は1955年まで、下巻はそれ以降を扱う。エントリー数は1,100で、基本データとあらすじに加えて、字数の多少はあれほとんどの作品に的を得たコメントを付し、大きくて美麗なスチール写真をふんだんにちりばめたゴージャスなレイアウトというスタイルはこの人のいつもの本と同じ。色鮮やかなロビーカード、あるいはリチャード・ブルックス「最後の銃撃」のロケ隊の来訪を大々的に特集した地元新聞の完全復刻版といった変わり種のおまけも封入。いわゆる名作からカルト作までジャンルのカノンとなっている作品にはそれに見合ったスペースが割かれる一方、ロバート・パリッシュ、ロイ・ローランド、レイ・エンライト、ゴードン・ダグラス、そしてリチャード・ソープといった御贔屓の監督たちの作品をさりげなく目立たせているのも微笑ましい。また、英米の事典で黙殺されている Salomé, Where She Danced(ジェームズ・エイジーの絶賛した隠れた逸品)をしっかりエントリーさせているのにはうならされた。惜しむらくはセルジオ・レオーネ作品以外の“スパゲッティ”ウェスタン(わが“マカロニ”ウェスタンとは異なる純然たる蔑称)への冷淡さだ。これは先行する英語圏の事典にも共有されている態度であり、フェイゲンの事典にいたってはマカロニ作品が一括して巻末のリストに追いやられているという扱い(リストじたいは便利だが)。
 一方、映画のみならず小説、BD、ゲームをふくめた古代史劇(「ペプロム」とよばれる)の第一人者であるソルボンヌの教授アズィザ、およびアズィザと共同でペサックにあるその名もジャン・ユスターシュという映画館の支配人を務めているというジャン=マリ・ティクスィエというもう一人の学者による Dictionnaire は、ずっと学究的(むしろ衒学的?)かつ急進主義的で、西部劇の受容史やイデオロギー的な側面(先住民・女性・暴力の表象、とくにアメリカ史および世界状況との関連におけるそれ)を重視するものとなっている。西部の歴史や文化(人物・出来事・職種と類型・史料)を重視するといった項目の立て方には BFI Companion の影響を窺わせるが、むしろ先行する事典との違いをはっきり打ち出そうとする意識が盛ん。なにしろ最初の頁をめくるといきなり「11・25 自決の日 三島由紀夫と若者たち」という項目が出てきて、これは乱丁で別の本の頁が紛れ込んでいるのではないかと目を疑ったほどだ。記事はアルファベット順に配列されているのだが、これはタイトルが数字ではじまっているために「A」のコーナーのさらに前に置かれているというわけであったのだが、案の定、三島家の居間のシーンに映り込んでいる日本刀と先住民およびカウボーイのオブジェの共存、あるいは全学連との会見にあたって作家がジーンズとポロシャツという「アメリカ式ライフスタイル」を諾う服装をまとっていることをもって、三島の国粋主義が新大陸征服の野心を継承するものであるといった安易でこじつけめいた解釈が披瀝されているのだが、いみじくも巻頭のこの記事が、この事典ぜんたいのコンセプトを雄弁に伝えるものとなっている。「A」のコーナーに入ると、まず「黄金時代(l’Age d’or)」というテーマのもとに、ジャンルの変遷(アンドレ・バザンによるジャンルの「進化」論やジャン=ルイ・ルートラらによるその批判といった文献学的な考察が交えられる)が展望されたかとおもうと、それにつづけて「アメリカン・スナイパー」という項目が来るといった具合(記事の内容については言わぬが花だろう)。他ジャンルの作品および他ジャンルとの境界線上にある作品としてはほかに「イントゥー・ザ・ワイルド」「見知らぬ医師」「カッコーの巣の上で」「ディア・ハンター」「ブロークバック・マウンテン」といった作品が項目化されている(それこそ「ブリッジ・オブ・スパイ」が本書の刊行前に公開されていたら項目化されていたのではないか)。また、先の「黄金時代」以下、「大いなる外部(Grand dehors)」「軽蔑(Mépris)」「サプライズ(Surprise)」といった確信犯的にゆるい縛りのテーマのもとに主として政治的な内容の長大な議論が展開される。一方、先行する事典においてあからさまに軽視されていたヨーロッパ製西部劇(とくにその政治的意味あい)に然るべき位置づけをあたえ、故ルートラ教授の衣鉢を継いで近年の地味な秀作(「Homesman」「オープン・レンジ」etc.)にも目配りし、アラン・ドワン、ジャック・ターナー、アンドレ・ド・トスに長い記事を捧げることでさりげなくシネフィリーへの忠誠をアピール。映画史家ジャン=ルイ・リューペルーが項目化されているあたりは、よくも悪くもアントワーヌ・ドゥ・ベック編『映画思想事典』(PUF, 2012)における編集上のアナーキズムに近づく。なお、この事典の歴史学的な側面はアズィザ、一方政治的な側面は西部劇における法というテーマで博士号をとったというテクスィエの貢献が大きいと想像される。
 これらと並んでもう一冊、Alexandre Raveleu という人が、作品・監督・俳優別の見出し語250からなる Petit dictionnaire du western (Hors Collection)という本を出しており、アマゾンフランスの読者レヴューなどから判断するに、それなりによく書けたスタンダードな内容であるようだ。それにしてもこの三冊、よくもタイトルがかぶらなかったものだ。
 

2016-01-14

セルジュ・ダネー評論集 La maison cinéma et le monde を読む(その15)

* Serge DANEY : La maison cinéma et le monde, tome 1. Le temps des Cahiers 1962-1981, P.O.L., 2001.

 昨秋、Traffic 時代(1991-1992年)の文章を集めた第4巻(さいしょの3巻とはちがってずいぶんと薄い)が刊行され、めでたく完結をみた著作集をひきつづき繙いていく。

 モーパッサンの有名な怪奇小説を原作に戴くジャン=ダニエル・ポレの「オルラ」はまちがいなく映画史上もっともうつくしい中篇映画の一本といってよい。ダネーは「カイエ」1967年3月号にレビューを書いている。これは「ガイドがわりもしくは日記がわりに一冊の本を携えて夜の果てへの旅をくわだてる者たちのケーススタディー(症例)」であるとのただし書きではじめられる。

 ロメール、レネ、ドゥミ、ルーシュ、ポレ。フランス映画の一群の新鋭作家たちは「地理学への愛」に憑かれている。かれらにとって映画とは旅。そこでは地図と土地、約束の地と現実世界、観念と感情とのたえざる照合(照応)が起こっている。かれらの映画は水に飛び込む人間の眼にうつる——スローモーションの——ながめである(これこそおよそ映画作家たるものに望まれることのいっさいだ)。ポレがカメラに収めるものはかれの作品などではなくかれじしんの驚き。かれは美の製作者などではなくその讃美者。かれはじぶんから語り出さない。物が語りはじめるのをただじっと待つ。そのうちに当の物が腐敗してしまう危険を冒しつつ。そこでは真理と死が結びついている。そこに悲劇性がやどる。ポレは肯んぜないもの(l’inexorable)の映画作家である。「〜しないうちに」という最後の瞬間の映画作家だ。かれは死刑宣告と死のあいだをカメラにおさめる。来るべき末期の叫びと臨終の言葉のあいだの執行猶予のときを。映画を撮ることはそれゆえわずかな時間をかせぎ、来るとわかっている最後の瞬間を引き延ばすこと。そのかぎりでポレにとっての旅とはもっとも厳粛な旅、すなわち彼岸への旅立ちをもいみしている。生そのものから毒のように滲み出す必然的な死。これはゴダールにとっての偶然的で不条理な死の対極にある。ポレにとっての死はむしろリルケ的である。ポレが存在感のない身体(たとえばフランソワーズ・アルディのそれ)をこのむのは、そこに来るべき死体を透かしみるためだ。こうしたヴィジョンはポレをまた Evariste Galois のアストリュックに、「家族日誌」のズルリーニに、「ガン・ホーク」のエドワード・ルドヴィグ(!)にちかづける。すなわち運動と物体の崩壊を主題とする死姦的な映画たち。ポレの主人公たちの魅力はじぶんが死にゆくことを知っていることからうまれているが、死をみすえているひとの特権として(ダネーはここで唐突にジュネの名前を挙げている)かれらの内面世界へカメラをけっして立ち入らせない。それゆえかれらの魅力には一抹の疑念(かれらの虚飾、芝居っ気にたいするそれ)がまといついている。致命傷を負わされてから生まれてはじめてひとにかまわれたことをさめざめと悟る『大砂塵』の人物のように。あるいは谷崎の『秘密』の主人公のように。かれらは詐欺師なのだろうか。俳優はそれを理解しないまま演じ、監督もそれを問いつめない。かれらは理解されるためではなく、ただ見つめられるためにカメラにおさまる。かれらはみずからの死が<人間>そのものの終焉であると任じている。ポレにとって、文明はすでに死滅している。『地中海』をいろどる廃墟は意味を喪失した記号である。およそ墓まで持ち込まれる秘密だけが価値をもち、沈黙を守る証人だけが正直者だ。ポレは人間を撮るように石(廃墟)を撮る。ポレにとって<人間>とは[悠久の歴史の]風景のなかに一瞬映り込んだ石ころにひとしい。とはいえそれは旅行者の夢想を花ひらかせる路傍の石のようにかけがえがない。

2015-03-03

『明晰な作品』:ジャン=クロード・ミルネールのラカン論(了)

*Jean-Claude MILNER : L'Œuvre claire, Seuil, 1995.

 承前。『アンコール』におけるボロメオの結び目の導入の直後、ラカンは「無意識に影響されている個人とシニフィアンの主体とは同一」という「仮説」を提出している。「主体の方程式」においてはその峻別が前提されていた「主体」と「個人」とがイコールでむすばれるにいたるわけだが、ここからミルネールはつぎのように結論する。「精神分析はその実践において、偶然の一致によって主体と出会う」。かくして「主体の方程式」は、成立すると同時に廃棄される。それまで方程式として記述されていたものが「一致」「出会い」として再記述されるからだ。「一致」、「出会い」とは、現実界(主体)、想像界(個人)、象徴界(シニフィアン)のあいだに結び目がおりなす関係性にほかならない。結び目において主体と個人はまったく異質であるかぎりで重ね合わされる。かくして主体の規定のためにはシニフィアンの規定があればじゅうぶんであるということになり、すでに主体の「公理」はひつようなくなる。さらには形而上学的主体への参照もひつようない。デカルトへの参照と同時に[質なき]「思考」への参照も不要になる。コギトは「われあり」に接収され、「根源的なデカルト主義」が放棄されるにいたる。ここにラカンの「反哲学」は根拠をみいだす。ミルネールは精神分析をあるいみで哲学のネガとしておもいえがいている。「現代科学と完全にシンクロする哲学はない」のにたいし、精神分析は現代科学と完全にシンクロしている。精神分析は主体の特異性を必然的で偶然的で絶対的な法に転換するかぎりで政治的であるが、この身ぶりを発明したのは哲学である。ただし哲学は宇宙の外部という観念を捨てていない。精神分析はそれを放棄することで現代科学と非歴史的で構造的な関係をむすぶ。

 かくして『アンコール』において数学への参照は結び目理論に吸収される。結び目は文字(マテーム)を支えるが、結び目じたいは文字化されない。「結び目は数学化されず、数学化しない」。「結び目は結び目にとどまる」(“メタ言語の不在”のニューヴァージョン)。ラカンが結び目にみいだすのは、完全な数学化への抵抗である。「結び目の理論はない」(トポロジーとのちがい)。
 
 「みちのりの到達点において結び目は文字の迂回(横領 détournement)となる。ただしこの迂回によって、文字[=手紙]はその宛先に届くのである。結び目は本質的に反数学的になった」。『アンコール』において第二の古典期は第一の古典期から切り離されると同時にふたたびそれに合流する(「脱構築」)。
 『アンコール』以後のセミネールにおいて、ラカンは「言う」ことを放棄し、結び目を「見せる」ことしかしなくなる。第二の古典期の産物である結び目の意義はいまだ未確定。いまひとつの偉大な唯物論的作品『事物の本質について』と同じように、ラカンの「作品」は未完である……。