ワニ狩り連絡帳 このページをアンテナに追加 RSSフィード

       

   
200403040506070809101112
2005010203040506070809101112
2006010203040506070809101112
2007010203040506070809101112
2008010203040506070809101112
2009010203040506070809101112
2010010203040506070809101112
2011010203040506070809101112
2012010203040506070809101112
2013010203040506070809101112
2014010203040506070809101112
2015010203040506070809101112
20160102030405

■ 2016-05-21(Sat)

 今日明日はしごとは休みの連休。今日は中野へ行き、まずは中野ブロードウェイで開催中らしい清水真理さんの人形の展示をみて、それからAさんと会って居酒屋へ行く予定。そのあとはテルプシコールでのアベさんのダンス公演。目いっぱいの日程である。ほんとうは中野へ行く前に上野でカラヴァッジョ展を観るとか出来るといいのだが、などと考えていて、十一時ごろに家を出ればそのカラヴァッジョを観ることも可能だろう。しかし、やはり十一時になっても出かける気分ではなく、カラヴァッジョ展はまたいずれ。出かけるタイムリミットの午後一時にようやく家を出た。

 四時に中野駅に到着。中野というところに来るのは五年か六年ぶりになるだろうか。そのあいだにわたしは記憶が消えてしまっているので、中野というのがどういうところだか、まるでわからない。おそらくは大きな駅ビルがあるのだろうと思っていたらそういうものはなく、高架のホームから下の改札に降りるだけの駅だった。

    f:id:crosstalk:20160521170645j:image:w360

 まずは「中野ブロードウェイ」というところへ行くのだけれども、北口に出ると目の前にアーケイド街があるのでそこを進んでいくと、自動的に中野ブロードウェイに吸い込まれてしまうのだった。ゴキブリホイホイみたいな街。
 その中野ブロードウェイの四階に上がり、小さなスペースでの清水真理さんの人形作品の展示を観る。点数は少ないけれども彼女の作風をよくあらわす作品が並んでいて、見ごたえのある展示だったと思う。

       f:id:crosstalk:20160521162353j:image:w280

 中野ブロードウェイというところはマニアックな店の並んだところのようで、中を歩いていると面白い。古い映画のポスターがたくさん売られている店や、プロ用のヴィデオカメラなどが並んでいる店もある。古本屋に入るとスティーヴンソンの怪奇短編集というのをみつけ、面白いことにこの本は二冊あったのだけれども、きれいな本の方がずっと安かった。初版とかそういうことが関係しているのか。とにかくはスティーヴンソンはボルヘスのおすすめの作家でもあるし、この本を買った。
 一階には中古パソコンの店もあり、MacBook の中古が四万五千円ほどで置かれていた。OS は10.6.8。わたしのと同じである。MacBook の中古はまだあまり安くなっていないというか、わたしが持っているMacBook は、今考えてもいい買い物だったのではないかと思う。

 Aさんと待ち合わせの時間が近づいたので、駅の改札口に戻る。無事にAさんと遭遇し、居酒屋で飲んで語る。まあわたしはこのあと観劇の予定があるのであんまり飲むことは出来ないけれども、久しぶりのAさんと話すことはいっぱいあり、楽しいひとときだった。

 次はテルプシコールでのアベさんのダンス公演。アベさんのダンスを観るのも、ほんとうに久しぶりのことになる。そもそもが「テルプシコール」という小屋がどこにあるのか、どんなところだったかまるで記憶が失せている。
 JRの線路のすぐ脇にあるテルプシコールは、思ったよりも古びた、小さなところだった。靴を脱いでビニール袋に入れ、中に入る。入り口のすぐそばにEさんのお姿もあり、ちょっとあいさつした。

 久しぶりに観るアベさんのダンス、とにかくはとってもよかった。アベさん健在なり、という感じ。舞台がはねて客席を出ると、舞台を終えたばかりのアベさんがいた。「久しぶりぃ〜」とか声を掛け合い、「とってもよかったよ」と、かんたんな感想を伝えた。「飲みに行こうよ」と誘われたけれども、行けなくってごめんなさい。次は泊まりがけ覚悟で来ますから、そのときに飲みましょう。

 まだローカル線の終電には間のある電車で帰路に着いてターミナル駅で下車し、改札の外すぐのところにある吉野家で牛丼の夜食にした。いろいろと充実した楽しい一日だったと思う。



 

[]Abe"M"ARIA ダンス公演「サイコ・カナリア」〜既知夢を掘り起こす〜 Abe"M"ARIA:構成・出演 @中野・テルプシコール Abe"M"ARIA ダンス公演「サイコ・カナリア」〜既知夢を掘り起こす〜 Abe"M"ARIA:構成・出演 @中野・テルプシコールを含むブックマーク

 わたしはアベさんのソロ公演かと思っていたのだけれども、男性二人、女性ひとりの共演者あり。まずは男性ソロからはじまった舞台はアベさんともうひとりの女性との左右対称のフォームのデュオからアベさんのソロへ、暗転からもうひとりの男性のソロ、男性同士のデュオへと移行。籠の中のカナリアのシルエットが大写しにされてアベさんのソロになる。

 背後にある「物語」を想起させられるような楽しい構成の舞台で、その中でやはりアベさんのアナーキーなダンスが際立っていた。ぶっ壊れたコッペリアのようなアベさんに、観る側の想像力も拡がる思いをした。筆力がなくてうまく伝えられないけれども、すばらしい公演だったと思う。



 

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/crosstalk/20160521

■ 2016-05-20(Fri)

 今朝みた夢。わたしは友人ら六人ぐらいのグループで山のホテルに宿泊している。他にもおおぜいのグループ客がいる。その夜はパーティーがあるようで、ホテルの中の映画館のような劇場のようなところで、皆が飲んだり食べたりすることになるらしい。劇場の入り口でまずは酒をもらうことになり、わたしはビールにする。最初にもらったグラスが小さいので、大きいジョッキに代えてもらう。
 Dさんといっしょに劇場の中で席を探すのだけれども、中央の部分はずっと傾斜がついていて、横に座席が並んでいるだけなので、パーティー会場としては不向きだと思う。しかし右の方をみると、そこは平らな床でボックス席になっていて、六人で座れる。わたしたちグループが座るにはちょうどいいと考え、その席を取ろうとするのだけれども、どのボックス席にもすでに衣服とかが置かれて席が取られている。空いている席をみつけるけれども、そのテーブルの上には職員がクリップされた伝票を置きっぱなしにしている。Dさんと職員を捜し、その席を使ってもかまわないかどうか聞こうとするけれども、そのあいだにもう誰かがその席に服を置いてしまっていて、どの席もふさがってしまった。
 わたしは持っていたビールのジョッキをどこかに置き忘れてしまい、探して劇場の外に出る。外は夜で、雪が降っていた。夜空に雪の舞う様子が美しい。歩いていて道に迷ってしまい、ホテルはわたしのずっと下の方にみえるようになってしまう。そのホテルへ通じる下りの細い坂道があり、わたしはその坂道をすべり台のようにしてすべり降りる。うまい具合にホテルの前に戻り、グループの皆と再会する。どこへ行っていたか、どうやって戻ってきたかを話すと、「そんなに遠くへ行っていたのか」と皆におどろかれる。
 Dさんからメールが届くのだが、そのメールを開こうとしても、宛先がグループ化されていてうまく開くことができない。

 今日は休みの中日で一日だけしごとにでる。で、帰宅してみるとまたまたニェネントはキッチンの下の扉を開けてしまっていた。しかしネコご飯はもう別のところに保管してあるので、ニェネントとしては「空振り」だったわけである。
 そのニェネントに「発情期」の気配はないようなのだけれども、部屋の中を啼きながら彷徨することを繰り返している。発情期でもなければ啼き声をあげるコではないはずなので、「どうしたんだろう」と思ってしまうけれども、実のところは軽い発情期なのかもしれない。
 このごろはどうやら先日買ったキャットタワーが気に入ってくれたようで、そのいちばんてっぺんで丸くなっていることが多い。キャットタワーのてっぺんは丸くなっていて、人間用の丸椅子のように低い背もたれのようなものがついていて、その背もたれのような部分に背中を合わせると、ニェネントが丸くなって寝るときの背中の弧にぴったり合致するようで、それが気に入ってるのかもしれない。

 内科医への通院日。まるで異常なし。



 

[]「書を捨てよ町へ出よう」(1971) 寺山修司:製作・脚本・監督 「書を捨てよ町へ出よう」(1971)   寺山修司:製作・脚本・監督を含むブックマーク

 まあある意味で「困ったちゃん」映画で、めちゃくちゃなところの多い作品なのだけれども、そもそもが「書を捨てよ」というよりも「映画を捨てよう」というような作品でもあり、「映画館を出て町に出よう」というタイトルの方がいいような。そういう「映画の否定」としてみてみれば、面白いところのある作品。音楽に関して寺山修司周辺のミュージシャンがおおぜい協力しているようで、そのような「天井桟敷」っぽい音楽はいっぱい聴くことができる。

 スタッフ、キャストのクレジットのいっさい出ない作品で、ラストにはクレジットの代わりにそれらスタッフ、キャストの正面からの画像が続く。観ていると見知った人物の顔も多く、「こんな人が関わっていたのか」と思ったりする。どうやら撮影は鋤田正義が担当していたようだけれども、まあムリしてワンシーンワンカットでおさめようと、カメラを左右に動かしながらの撮影だったりするから、映画シーンとしてどうのこうのといえるようなものでもない。ただ、「人力飛行機」のシーンは美しかったし、そういうカラーフィルターを多用した絵というのが、この作品のちょっとした特色になっているだろうか。



 

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/crosstalk/20160520

■ 2016-05-19(Thu)

 朝目覚めたときに、何とももの悲しい気分におそわれた。こういう気分は長く感じたことのなかったものだけれども、きっとしばらく知人に会わないでいたのを昨日Bさんにお会いして、それで人恋しさみたいな感情を持ったのだろうか。

 昨日帰宅したときキッチンをみると、またニェネントが流しの下のネコご飯の収納場所に侵入し、思いっきり食い散らかしていた。流しの下からつづいているレンジの下の収納の扉が壊れていて、閉めたつもりでもニェネントが開けようとすれば開けられてしまうのである。もうニェネントは「おなかがすいたらそこへ入れば食べるものがある」と学習してしまったので、置く場所を考えなくってはいけない。

 今日は木曜日なので、南と西のスーパーでは一割引の日、そして北のスーパーは玉子の安売り。もう玉子の在庫がなくなってしまったので、北のスーパーには行かなくてはならない。ついでにレタスとインスタントの焼きそばとを買った。いちど南のスーパーへ行って買い物しようと思ったのだけれども、西のスーパーに行った方がいいように思い直し、今日はその西のスーパーへの近道の陸橋を越えて行った。陸橋の下にはJRの線路とふたつの私鉄(第三セクター)の線路が並んでいて、東側には駅舎が見える。いい眺めだと思ったけれども、電車の写真を撮るための人が陸橋の上で三脚をセットしているのをみた。彼にとっては、風景よりも電車の走る姿の方が美しいのだ。その気もちはわたしにもわかる。
 スーパーではウィンナの大きな袋とか買ってしまったけれども、食べ切るのがたいへんそうで、あまり必要のない買い物だったかと反省している。



 

[]BS世界のドキュメンタリー「ヴィスコンティVSフェリーニ」(2014) Flair Production(フランス):制作 BS世界のドキュメンタリー「ヴィスコンティVSフェリーニ」(2014)   Flair Production(フランス):制作を含むブックマーク

 1950年代から70年代にかけて、イタリア映画を代表する巨匠として名を馳せたふたりの監督の、その強烈なライヴァル関係を描いたドキュメンタリー。

 このふたりは「ライヴァル」というのを越えて、「犬猿の仲」だったらしく、長年たがいに口をきかず、すれ違っても挨拶もしなかったという。たしかにヴィスコンティは貴族の出自でゲイでもあり、庶民階級の出で女好きだったフェリーニとは対照的だったということはわかる。同じ時代に活躍し、同じ映画スタジオを使い同じ俳優を使って映画を撮ったふたり。同じようにマフラーを好んで着用したふたり。そのフィルモグラフィをみても同じ年に問題作を発表し、たがいに競い合っていたかのようである。クラウディア・カルディナーレは同じ時期にふたりの監督の作品(「山猫」と「8 1/2」)に出演しているが、ひとりがブロンドにしろといえばもうひとりはブルネットにしろといい、苦労したと話す。

 このドキュメンタリーをみると、ヴィスコンティはジャン・ルノワールから、フェリーニはロベルト・ロッセリーニのスタッフとなって映画を学んだという。ふたりはその映画人生をネオリアリズモからスタートするけれども、ふたりの立ち位置は少しずつ異なってくる。1954年にフェリーニは「道」を発表し、ヴィスコンティは「夏の嵐」を発表。このときにヴィスコンティのファンが「道」にブーイングを浴びせた、というあたりがふたりの対立の始まりらしい。1957年にフェリーニが「カビリアの夜」をチネチッタで撮影していたとき、同じチネチッタでヴィスコンティは「白夜」を撮っていて、たがいに無視し合うことになるし、このとき「白夜」に関わっていたマルチェロ・マストロヤンニやニーノ・ロータはフェリーニ組に乗り換えてしまい、よけいに対立は明白になる。次の「甘い生活」と「若者のすべて」での衝突は「甘い生活」が絶賛されることになるけれども、ヴィスコンティは「甘い生活」での貴族の描かれ方を酷評する。その貴族の世界を、ヴィスコンティは「山猫」でみごとに描くことになるけれども。

 どこまでもリアリズムを追求したヴィスコンティ、即興も取り入れながら、現実から離れたファンタジーともいえる世界を映画で実現しようとしたフェリーニ、どこまでも対立するかにみえるふたりの監督だけれども、ついに1970年のとある芸術祭で和解する。フェリーニがヴィスコンティにちょくせつ会い、彼の作品への賛辞を述べるのである。それ以降、ふたりの監督はたがいの作品の試写会に足を運ぶようになる。けっきょく、このふたりの対立はふたりの監督の取り巻きの対立ではあったようだ。

 このドキュメンタリーでは、「甘い生活」対「若者のすべて」では「甘い生活」の圧勝、「8 1/2」対「山猫」は引き分け、そして1969年の「サテリコン」対「地獄に堕ちた勇者ども」では「地獄に堕ちた勇者ども」に軍配を上げ、バランスを取っている印象。
 以降、ヴィスコンティはオペラの世界へ、フェリーニはサーカスの世界へと進んで行く。ドキュメンタリーは、「最後には、勝者も敗者もありませんでした」と結ぶ。まあ、無理してどっちが勝ったかなどと比較しなくてもいいのだけれども。



 

[]「バベル」(2006) アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ:監督 「バベル」(2006)   アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ:監督を含むブックマーク

 モロッコと、アメリカ〜メキシコ、そして日本でのドラマがリンクして、まさに「バベル」として、ことばの意思疎通の問題が絡んでくる作品ということだろうか。モロッコの話、そしてアメリカ〜メキシコの話は、ある偶然の不幸というような展開で、そんなことに巻き込まれてしまった出演者が助かるかどうかというあたりが主眼になるだろうけれども、日本の話だけはちょっと異なっていて、人の心の中の「砂漠」のようなものを描き出した部分があり、ストーリーとしても演出としても、この日本のパートがいちばん心に残ることになる。東京の夜というものがリアルに描かれていると感じ、その点でもこのパートには惹かれる。

 ただ、このパートで健聴者が聾者を演じたことへの批判があったようだけれども、その批判は妥当なものだと思う。これは俳優が盲目を演じるのとはわけがちがうだろう。



 

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/crosstalk/20160519
   2492118