ワニ狩り連絡帳 このページをアンテナに追加 RSSフィード

       

■ 2018-05-19(Sat)

 土曜日。昨夜遅くから雨が降り始めたようで、目覚めたとき、窓の外ではまだ雨が降っていた。テレビの天気予報では、この雨は午後にはあがるといっている。今日は手賀沼のところで午後から、Bさんがパフォーマンスをやられることになっている。雨がやむようならば、やはり行ってみようかと思う。

 まずは洗濯をして、とりあえず室内干し。雨がやんだら外に出そうと思っていたら、意外と早くに雨もやみ、窓の外は日の光が明るくなった。洗濯物を外に出し、「ではBさんのパフォーマンスに行こうかな」と思った。それで、かんたんな昼食をとって、そのあとにベッドで本を読んでいたら、案の定、眠ってしまった。
 目覚めたら一時を過ぎていて、わたしの記憶ではパフォーマンスは一時半からだと思い込んでいて、「まだギリギリ間に合うか」と、大急ぎで出かける。我孫子の駅前まで歩き、駅前にちょうど出発を待っていたバスに乗る。もう時間はほとんど二時。そこでBさんからのメールを確認すると、パフォーマンスは一時開始の予定だということ。「あららら、もう終わってるかな」と、その場所付近のバス停で降りて、手賀沼の方に行ってみる。それなりに散策している人の姿は多いのだけれども、そういうパフォーマンスめいたことが行なわれている、行なわれていた雰囲気はなく、Bさんはもちろん、知っている人の姿も見えなかった。「もう全部終わってしまって、撤収も完了したあとだったか」というところだろう。

     f:id:crosstalk:20180520091929j:image

 しょうがない、せっかく出てきたことだし、雨上がりの天気も快適だし、散歩いたしましょうか、などと手賀沼のほとりを歩いてみる。新緑が気もちいい。そんな茂みのなかに、おや、ハクチョウの姿をみつけた。木立ちのあいだの草むらで、つがいでくつろいでいる。よく見ると、そのおとなのハクチョウ二羽のあいだに、まだグレーっぽい羽毛の残っているヒナが二羽、親に守られるようにして、コロコロと動いていた。

     f:id:crosstalk:20180520092003j:image

        f:id:crosstalk:20180520092036j:image

 ‥‥これは、めったに見られない、いいものを見た。さすがにハクチョウは大きいから、そのヒナといってもけっこう大きい。わたしはハクチョウの繁殖するのは日本ではないと思っていたのだけれども、このヒナはどうみても、この地で生まれたもののように思う。

 せっかくだからこのあと、目の前にある「鳥の博物館」に、久しぶりに行ってみた。

     f:id:crosstalk:20180519160520j:image

 もう死んで、はく製にされた鳥たちの姿は、いくら羽根を拡げて飛ぶ姿勢を見せていても、どこか悲しい。それでもやはり、美しい。

     f:id:crosstalk:20180520092135j:image

 帰りは我孫子駅までゆっくりと歩き、ショッピングプラザに寄り、激安の「まぐろの血合い肉」とか豆腐とかを買う。ニェネントにあげると喜ぶんじゃないかと思う。
 ウチに帰って、まずはニェネントにネコ缶。そのあとに買った「まぐろの血合い肉」から肉をほぐして(けっこう骨がごっつい)、ニェネントの皿に盛ってあげる。ニェネント喜ぶ(多分)。明日はわたしが、この「血合い肉」を調理して食べよう。


 

[](8)「プラチナの翳りのように信じがたく美しく」〜宮澤壯佳氏によるライナーノーツ(1) (8)「プラチナの翳りのように信じがたく美しく」〜宮澤壯佳氏によるライナーノーツ(1)を含むブックマーク

 わたしは昔のLPレコード時代から、このバンドのLPはすべて買っていたのだけれども、当時はバンドが新譜をリリースするごとに、間髪を入れずに国内盤もリリースされていた。当時は、このバンドのことを知るには、そんな国内盤LPのライナーノーツだけがたよりだったし、どのライナーノーツも優れたものだったと記憶している。
 そんなLPコレクションも今では皆処分してしまったのだけれども、その中で、バンドの1972年リリースのアルバム「Earthspan」(邦題「夜明け」)のライナーノーツは、当時の美術手帖の編集長、宮澤壯佳氏によって書かれたもので、わたしはこれは「名文」と思っていて、処分する前にコピーを取っておいた。そのライナーノーツを、ここに再録させていただきたい(著作権とかの問題が発生するだろうか?)。いちどに全文を載せるには長文過ぎるので、3回ぐらいに分割して掲載したいと思っています。
 宮澤壯佳氏はもちろん「ロック批評家」などというものではなく、だからこそ、このライナーノーツには<クロスオーヴァー>の魅力にあふれていると思う。わたしは当時ずっと「美術手帖」も購読しつづけていたわけで、その編集長がISBのアルバムのライナーノーツを書かれたということは、意外なよろこびをわたしにもたらせてくれたものでした。なお、宮澤壯佳氏は、たしかこのほかに、ルー・リードのアルバムのライナーノーツを書かれたこともあったはずだと思いますが、それ以外での彼の書いたライナーノーツの存在は知りません。

 ま、いちどぐらい、その「美術手帖」でIncredible String Bandのことを取り上げて下さればうれしかったのですが。以下、よろしくです。

 「ぼくは音楽のなかに絵を描きたい‥‥」、このロビン・ウィリアムスンのことばをどう解釈すべきだろう。ごく単純にいえば、絵を描くためには絵具と画布がいる。だが、音楽は絵具や画布などではない。もともと音楽と絵画は素材と形式を異にするものであることぐらいだれにでもわかっている。にもかかわらず、「音楽のなかに絵を描く」ということは、それほど不自然には聞えない。案外、あたりまえのこととして聞いてしまう。
 「見るとは、眼を閉じることだ」といったのは、異色画家ヴォルスだった。また、「絵画とは、見えないものを見させるものだ」といったのは、かの有名なパウル・クレーである。この矛盾した文脈が、今日ぼくたちには矛盾などではなく、ごくあたりまえのことになっている。
 「想像力は、知られざるものに見えるかたちをあたえる」とシェークスピアがいったとき、すでにぼくたちの眼の前に実際見えている現実は信ずるに足るものではなく、人間の想像力によって見たものこそ真実なのだという発見があった。だから「眼を閉じる」ことによって、瞼の裏側でものの姿を見ることは、もうひとつの現実を発見することであったはずである。別ないい方をすれば、ものの形や外観によって認識される世界のイメージのほかに、非合理な想像力の眼によってとらえられる世界のイメージがあるということである。だからこそ「音楽のなかに絵を描く」ことが可能になってくる。そうしてみると、インクレディブル・ストリング・バンドは、その名前のように、“信じがたいことを実現する夢の楽士”ということなのかもしれない。
  ところが、はじめて、このグループの名前をきいたとき、自分たちの名前を「信じられない」とか「どえらい」とかいった形容詞でよぶこと自体、ちょっと変わった連中だなと思ったものである。よく薬の名前に「不思議膏」だとか「健脳丸」とか、なにか売らんかなの意図まる見えのものがあるけど、つい口上商人めいた手口を連想したものである。だが、薬の効き目が効能通りならば、だれも文句をいわない。詐欺、ペテンも、口上に反するからそういわれるのであって、内容がその通りならば額面通りうけとって不思議はない。
 しかし、こと芸術的ニュアンスが加味されてくると、その判定基準ははっきりしないものだ。インクレディブル・ストリング・バンドが本当に「インクレディブル」なのかどうかは聞き手の耳にかかっているところが、実はやっかいなのだ。ぼくは彼らの音楽をはじめて聞いたとき、正直なところ、グループの名前はちょっとオーバーだと思ったものだが、長い間、折にふれ度重ねて聞いてくると、はじめの反応がだんだん変わってきた。時間とともに、ぼくの耳は修正作業をはじめ、いまでは、このバンドは、やはり名前通り、正真正銘いつわりない個性をもっていると思うようになっているのだ。そして、ロビン・ウィリアムスンのことばを借りれば、ぼくはインクレディブル・ストリング・バンドの音楽を聞きながら、鼓膜の裏側に絵を描くことをたのしみにしている。
 そういういい方は、たしかにこのグループの音楽を聞くひとつの方法にはちがいないが、はたして多くのひとにとって納得できるとは思われない。その最大の理由は、このグループの音楽が、聞き手によって実にさまざまな反応をよびおこすからなのである。ということは、その音楽がさまざまな要素をもっているからだといえよう。
 表面的にとらえれば、彼らの音楽はかなり雑多な性格をもっている。スコットランドの伝統的なバラードからアメリカのカントリー・ミュージックにいたる民族音楽的要素に、考えられるかぎりのポップ・ミュージックの断片がさまざまなアクセントを附加し、さらに、中近東、インドの雰囲気をのぞかせたり、まことに捉えどころがない。いろいろな曲を聞いて、思い付くままに記すと、カリプソ、ワルツ、ロックン・ロール、ボサノバ、ブギウギ、アメリカン・フォーク・ソング(とりわけ、ボブ・ディラン)、アメリカン・オールド・タイマー・ミュージック、ブルーグラス・ミュージック、ジャグ・バンド的スタイル……ときりもなく思いつくしまつである。さらに、最近の曲では教会音楽的な雰囲気もでてきた。
 そういえば、このグループは性格のはっきりしない支離滅裂な行き方をしていると思われてしまう。事実、彼らにたいする最大の誤解はそのようなものだった。
                                   (つづく)


 

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/crosstalk/20180519

■ 2018-05-18(Fri)

 金曜日になった。"Thank God! It's Friday!"である。明日のことを気にせずに遊び歩ける金曜日、やはり出来るだけ好きなことをして過ごしたい。先週は「ザ・スクエア」という映画を観たけれども、今週もまた映画を観ようかと思う。今日は東映のヤクザ映画、「孤狼の血」を観てみたい。もちろんわたしも、「仁義なき戦い」も「アウトレイジ」も全部観て、それは楽しんだものだけれども、そこまでに「ヤクザ映画」大好き!というわけでもない。ただ、この作品の評価はかなり高いようなので、「やはり観ておこう」という感じ。
 それで、「どこの映画館で観ようか?」と調べたら、前にも行った亀有のシネコンで上映しているのがわかり、上映も二時十五分からと、ま、ちょうどいいスケジュールでもあり、また亀有行き決定。

 仕事を終えて、また飯田橋の駅前の「B」のバーガーセットで、ゆっくりと昼食。わたしの仕事は十一時半までなので、昼休みで混雑する前に店に入れるのが助かる。で、図書館で借りたナボコフを読みながらバーガーを食べていたら、本にケチャップをこぼしてしまった! ぎゃーっ! 大変! あの我孫子の図書館は本を汚されることに怒りまくる図書館だし、このナボコフの本はわたしがリクエストで買ってもらった本だから「まっさら」。汚したらそれはまちがいなく「わたし」のせいなのだ。すぐにナプキンで拭き取ったけれども、小口にしっかりとケチャップの赤いシミが残ってしまっている。ううう、図書館に返却するときに、担当のおばさんが本をチェックして、「このシミは何ですか!」とわたしを責めつけるさまが想像される。しつっこくシミを拭き取ってだいぶ薄れたし、ウチに帰ったら紙ヤスリでこすり取ってやろう。そう思うのだった。

 悲しい思いで食事を終え、店を出て亀有へ。亀有の駅で下車してシネコンのあるショッピング・モールへ歩いていて、急にニェネントのことが思い出され、「いや、映画なんか観るのではなくって、早くウチに帰って、ニェネントといっしょにいる方がいいんじゃないのか?」と思い、いちどは引き返そうかと思ったのだけれども、ぜったいあとで映画を観たくなるだろうと思い、けっきょくモールへと行くのだった。

 まずはシネコンで席を決めてチケットを買い、まだ時間が一時間ぐらいあるので、モールのなかをいろいろと歩いてまわった。「なんかいいTシャツがあれば買いたいな」という気分だったのだけれども、いまいちピンと来るものもなく、もう季節が終わって価格の下げられている、長袖のボタンダウンシャツを買った。うむ、あんまり堅気のオヤジが着るようなプリントのシャツではないのだが、これからヤクザ映画観るんだからいいか、という気分(あとになって、「こんなの買っちゃって‥‥」と後悔するかもしれない)。

 さて、開映時間になる。映写室にはやはり、ヤクザ映画が好きそうなオッサンたちの姿が多くみられる。‥‥It's alright!
 映画が始まり、そして終わる。むむむ、面白かった!(感想は下に)

        f:id:crosstalk:20180519093200j:image

 スーパーに寄り道したりして駅に着くともう時計は五時近くを指していて、帰りの千代田線もかなり混み合っていた。でも亀有を過ぎると車内は駅ごとに空いて行き、けっこう早くに座席にすわることもできた。ウチに帰り着いて五時半。ドアを開けると、待ちかねていたニェネントくんのお出迎え。「ごめんごめん、遅くなってしまったね」と、ネコ缶をニェネントに出してあげ、テレビをつけると大相撲。この日は白鵬に黒星がついてしまい、ついに栃ノ心がただひとり全勝。

 夕食はまた近くの中華の店に行くことにして、今日は金曜日だからドリンクはみんな半額。「レバニラ炒めライス」と瓶ビールにしたが、やはり、いつもの「台湾焼きそば」の方が、ボリュームがあってよかったか。


 

[]「孤狼の血」柚月裕子:原作 白石和彌:監督 「孤狼の血」柚月裕子:原作 白石和彌:監督を含むブックマーク

 「仁義なき戦い」とか「アウトレイジ」とかの名作ヤクザ映画を彷彿とさせられる、ヤクザ抗争劇。「ヤクザ映画」といえば「東映」という、そんな東映映画。「仁義なき戦い」の「指つめシーン」を踏襲してなのか、そんなドイヒーな「指つめ」から始まる。「仁義なき戦い」ではニワトリ小屋だったけど、ここでは豚小屋。

 昭和六十三年。広島の架空の市、「呉原」(って、思いっきり「呉」だ!)が舞台にされ、その呉原東署の役所広司がヤクザと癒着した「悪徳警官」なのでは?という疑惑から、県警から役所の部下として松坂桃李が配属される。彼はつまり県警から「役所の<悪徳>の証拠を探り出せ!」との使命を受けた<スパイ>なのだけれども、これは映画が始まってしばらくしてからわかること。その呉原市ではふたつの暴力団が抗争をつづけていて、一方の暴力団がらみの金融会社の社員(暴力団員ではない)が失踪する。もちろん彼は対立する組に消されているのだけれども、役所と松坂がその捜査を始める。一方の組から「付け届け」を受領し、強引というか、それは「犯罪」ではないかという捜査をやってのける役所に、松坂はあきれ果てるのだけれども、その中で重要な手がかりも得ることにはなる。ここで描かれる「ヤクザ抗争」の非情さ、非人間性は、やはり「仁義なき戦い」や「アウトレイジ」で見知った世界ではあるけれども、この作品ではそこに真木よう子や阿部純子という女性を配し、ま、一面的ではあるけれども、「女性」のドラマも絡めて行くし、そんな非情の世界のなかに、「やはり<情>というものはあるのだ」という世界観を示したことに特色があるのだろうか。もちろん、そのことがある面で<通俗>な感情描写になっていることも否めなくて、このあたりでこの作品への評価も分かれるかもしれない。しかし、やはりわたしには、めっちゃ面白い作品だった!(もう一回観に行きたいぐらいだ)

 ま、石橋蓮司などは「また<アウトレイジ>かよ!」というところもみせてくれるわけだけれども、このあたりは「アウトレイジ」からはるかにグレードアップしてるだろう! 「ビックリ、ドッキリ、クリ×××」である。

 演出も卓越した作品で、ここに撮影のみごとさ、そして(特に夜のシーン、そして室内シーンでの)照明の技、「こりゃすごい!」という美術と、しばらく観ないで知らなかった「日本映画の底力」をみせつけられた気分にもなった。
 もちろん、この演出の白石和彌という監督がすごいのだけれども、わたしは彼の名は何かで聞いたような気がするけれども、彼の作品を観るのはコレが初めて、なのだろうか。若松孝二や犬童一心の下で仕事をしていた人ということで、去年の映画で気になっていた「彼女がその名を知らない鳥たち」の監督も、この人なのだった。「彼女がその名を知らない鳥たち」はやはり、観てみたい。


 

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/crosstalk/20180518

■ 2018-05-17(Thu)

 日曜の夜に強い雨が降ったあと、晴れがつづいている。昨日は相当に気温も上がって、ほぼ「真夏日」になったとか。今日もやはり、かなり暑い。ピンチョンをひととおり読み終わり、こんどはまたナボコフを読む。今日からは、図書館から借りた「ナボコフ・コレクション」を読みはじめ、この本を読み終えれば、もうとりあえずは図書館の本を借りる必要もなくなり、ようやく、自宅本の読破にかかれることになる。まさに「ようやく」という感じ。

 駅から自宅へ帰る道に、「この花は知っている」という、よく見かける野の花がいっぱい咲いていた。よく見かける花だけれども、何という名なんだろう。

        f:id:crosstalk:20180519071108j:image

 撮った写真から画像検索してみると、この花は「ヒメジョオン」、もしくは「ハルジオン」という雑草らしい。多分「ヒメジョオン」だと思うけれども、「ハルジオン」とはとても似ていて、混同されることが多いらしい。でもこれだけの花が集中して咲いているのが「ヒメジョオン」の特徴で、ま、「ヒメジョオン」の方だろう。
 この雑草は「貧乏草」と呼ばれ、この花を折ったり摘んだりすると貧乏になるといわれていたらしい。わたしも小さい頃からよく見かけた花だけれども、「貧乏草」という呼び方は知らなかった(それできっと、知らずに折ったり摘んだりしてしまって、結果として今のわたしがあるのだろう)。

 Cさんから連絡があり、来週のDさんの個展にいっしょに行くことになった。前にCさんのグループ展のときにはじめてお会いしたDさん、その作品の現物を観るのははじめてのこと。とっても楽しみだし、前回CさんDさんと三人での居酒屋でのおしゃべりはとっても楽しかった。って、やっぱり飲みたいのか、わたしは。
 娘からもメールをもらい、新作が某公募展に入選したということで、その新作のフォトも添付されていた。それがなかなかにイイ感じというか、花の絵なのだけれども「妖しさ」に満ちていて、ま、親族のことを褒めても「うちわ褒め」と思われてしまうだろうけれども、才能は感じる。いろいろとアドヴァイスしたいこともあるけれども、今後が楽しみなのであります。

 相撲中継。今日の遠藤と逸ノ城との取組みは、見ごたえがあった。逸ノ城は図体デカイから、重戦車みたいに前に出る圧力は相当のものだろうけれども、横への動きの敏捷さがないかな。なぜか古いキングコング映画の、キングコングとティラノザウルスとの決戦を思い出したよ。それで栃ノ心は危なげなく今日も勝ち、もう優勝候補だ。おそらく大関に昇進するだろう(だって、今いちばん強いのは、ぜったい栃ノ心だもの)。

 まとめてつくったカレーを、意外と早くにぜんぶ食べ終えた。「8〜10皿分」のルーを使って、いっぱいつくったつもりだったけれども、6皿ぐらいしか食べてないんじゃないか。たしかに味が濃かったから、入れる水の分量が少なすぎたのか。これから毎日、また「今夜は何にしようか」と、考えなければならない。


 

[](7)48年の時を経て、"U"の映像上映! (7)48年の時を経て、"U"の映像上映!を含むブックマーク

 これは、このコラムを始めてすぐにも伝えなければならなかったニュースだったけれども、つまりIncredible String Bandの1970年の<問題の>ライヴの、秘蔵映像が、48年の時を経て、先週12日にロンドンの劇場で公開されたのだというニュース。‥‥いや、もう、これは、かつてのファンにとってはたいへんなことでござりまする!

 1969年のウッドストックへの出演がひとつの「汚点」となってしまった感のあるISBには、さらに翌1970年にさらなる「問題公演」が待ち受けておりました(って、こっちはバンドが自分たちで企画したわけだけれども)。

 この"U"と名付けられた連続公演は、Stone Monkeyというダンス集団とのコラボレーションとして企画され、それはロビンによって"A Surreal Parable in Dance and Song"とされた企画で、70年の4月にロンドンの劇場でスタートします。しかしその公演はそれまでバンドに好意的だった批評家らからも酷評され、アメリカでのいくつかの公演はキャンセルされ、フィルモア・イーストでの公演はバンドが自腹を切ってなんとか実現。プロデューサーでマネージャーのジョー・ボイドは、この窮地を救うために、バンドに48時間で二枚組アルバムの"U"をレコーディングさせることになる。英語版Wikipediaによれば、ジョー・ボイドはこのショーのことを"a disaster"(「大惨事」?)と語っていたようで(このあたり、注文してあるジョーの自伝の到着を待ちましょう!)、長年のバンドとの関係を解消するに至るわけです。

 おそらくはそのショーの構成に従ってレコーディングされたであろう、その"U"というアルバム、実はわたしは長年愛聴したアルバムでもあったけれども、先日久しぶりに聴くと、たしかにこの時点でのバンドの問題点がいろいろと聴き取れるわけで、これはのちに改めて書こうと思っているのだけれども、ひとつには、おそらくはこのプロジェクトを牽引したロビン・ウィリアムソンの「暴走」ぶりであって、そして、「そこを何とか」というか、バンドの存続のために尽力するマイク・ヘロンの努力のあとがうかがえる作品ではないかと。

 しかし、その問題の公演のライヴ映像が観ることが出来るのならぜひ観たい!と思うのは当然だけれども、これを観たマイクもロビンも、「これはとてもDVDとかでリリース出来る画質ではない(もともとがモノクロ映像らしいし)」と語っているらしい(画質ではなく、その内容が「観るに耐えない」ということだったりして)。‥‥でも、ひょっとしたらそのうちにYouTubeとかにアップされる可能性も、なきにしもあらずか。ま、長年のファンとしては、どんなものであれ、バンドのその後の命運を左右した問題の公演、やはり観てみたい代物ではあります。


 

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/crosstalk/20180517

■ 2018-05-16(Wed)

 朝、夢を見ていた。その夢に人物は登場せず、ただ図形が出てくるだけの「幾何学」の夢だった。長方形があり、その長方形の長辺と短辺、そして対角線との比率とが、夢の中で「図」として思考されていく。これはきっとピンチョンを読んだ影響ではないかと思うけれども、「奇妙な夢を見たものだ」と思いながら目覚め、そういう奇妙な夢だったもので、起きたあとも忘れ去られることもなかった。

 五月になってずっと、EPAとDHAを含有するサプリメントを飲みつづけているのだけれども、それ以降は今のところ、「あらら、観たばかりの映画の筋をもう忘れちゃったよ」とか、「読んだ本の内容忘れた」とか、そういうことがなくなったような気がする。効いてるのかしらね? それで、けっこう考え方も何だかポジティヴになったというか、「やりたいこと」がいろいろと出てきたような(例えば、先週とかから、この日記で始めた"Incredible String Band"についての散策だとか)。今朝見た夢も、ひょっとしたらそんなサプリメントの影響だったかもしれない、などと思ってもみる(これでは、そのサプリメントの宣伝だ!)。とにかくは、「いい変化」が起こっている。

 ニェネントくんの「悪い変化」、おトイレのしくじりは、今日はやらかしてないみたいだ。昨日の処置がうまくいってるのかどうかは、まだはっきりとはわからないし、どこかわたしの見えないところで「粗相」をしているのかもしれない。しばらくは様子をみるしかありません。

 去年わたしがこの我孫子に転居してくる少し前、我孫子で幼い女の子が殺されて死体が川辺に遺棄された事件があったけれども、そんな事件が新潟でも起きて、23歳の青年が逮捕された。殺されたのは小学2年の女の子だった。報道をみると、逮捕された男は先月にも女子中学生を連れ回して書類送検されていたらしい。幼い子と遊ぶのが好きだったようで、「今にして思えば不気味だ」という同僚の話もある。
 ‥‥わたしは勝手に想像するだけだが、先月の中学生の件でも「わいせつ行為」に及んだわけでもないようだし、この男はほんとうに幼い子と仲良くなりたかったのではないだろうか。‥‥毎夜毎夜、彼はそんな幼い女の子と仲良く過ごす自分を夢想する。彼はたぶん、女の子といっしょにドライヴし、それで仲良くなって、「友だちだね!」となることを<夢想>していたのだろうか。「そんな<夢想>も、こうすれば実現出来るのではないだろうか?」と、何度も何度もシュミレートする。そのうちに、自分のシュミレーションに錯誤はない、ぜったいうまく行くと思い込む。それはシュミレートを繰り返す過程で、「ぜったいに考えから除外してはならないこと」を、いつしか除外してしまうのだろう。「ボクは女の子に<ボクの車に乗らないか?>と誘う。女の子は<うん、いいよ>と答え、ボクの車の助手席に乗ってくれる。そしていっしょに、幸せなドライヴに出発するのだ。きっと、そうなる」と。
 その<夢想>が、いともかんたんに壊れたとき、男が幾夜も幾夜もかけて組み立ててシュミレーションを繰り返した<夢の世界>が、一気に崩壊する。その<崩壊>の心象風景は、わたしなどの想像を超えるものだろう。それが<暴力>というかたちをとる。あまりに不幸だ。(誤解しないでいただきたいが、わたしは、犯人を擁護しようなどとは、これっぽっちも思ってはいない。ただ、おそらく「わいせつ行為」目的だった我孫子の事件との差異を考えただけのこと。まっ先に、こんな不幸なかたちで殺された女の子のご冥福をお祈りいたします。そして、変な反響があれば削除します。)


 

[]「競売ナンバー49の叫び」トマス・ピンチョン:著 佐藤良明:訳 「競売ナンバー49の叫び」トマス・ピンチョン:著 佐藤良明:訳を含むブックマーク

 読んだ。読んだピンチョンの作品の中では、いちばん重苦しい空気を感じたりもする。それは結末が不明確なまま終わるせいもあるだろうし、作品全体が、どんどんと「世界」の深みにはまって行くエディパの一人称で書かれているせいもあるのだろうか。

 この作品が発表されたのは1966年。あらためて読んだ感じ、ピンチョンの作品で「同時代性」をいちばん感じさせられたのがこの作品だろうか。

(‥‥)エディパは覗き役、聴き役を続けた。デフォルメされた顔の溶接工が、彷徨うのを見た――宿無しの男が、自分を見捨てた社会の、静かな日常の空虚(ブランク)を愛おしむかのように。片方の頬の膨らみに大理石のような模様の傷を持つ黒人女にも会った。毎年一度、異なる原因で流産を繰り返す彼女は、その流産の儀式を、出産のそれに劣らぬ真剣さで、社会ではなく、社会の空隙(インテレグラム)に向けて捧げていた。年老いた夜警がアイボリー石鹸を齧っているのも見た。鍛え上げた胃袋に、ローションもエア・フレッシュナーも、布きれも煙草もワックスも、何から何まで詰め込もうとしている。この老人はそうやって、すべてを、それらが約束するものを、生産性も裏切りも腫瘍も、なにからなにまで摂取しなければ手遅れになるとでも思っているのだろうか。

 これは例えば、ボブ・ディランの"A Hard Rain's a-Gonna Fall"を想起させられるというか、わたしはこのところいつも、ボブ・ディランはピンチョンの代理でノーベル文学賞を授与されたのだと思っているのだが、この「競売ナンバー49の叫び」はとりわけ、ディランの掘り下げた「アメリカの恥部、暗部」に、もっともっと、(文学的に?)肉薄していると思う。
 ピンチョンは基本的に執筆時の同時代のことは書かない作家で、後の「ヴァインランド」や「LAヴァイス」で70年代のことを書いたのも、執筆時点からさかのぼって俎上に上げているわけで、そういうところからも、まさに「今起こっていること」を書いたこの作品、その時代へのピンチョンの「ナマ」の声、ということを強く感じる(だからこそ、この結末になったのだろう)。

 今見えている、目の前の「現実」と思い込んでいるところの背後に、実は「見えない何か」が動いているのではないのか、このようなピンチョンの世界への視線は、それが過去の問題にさかのぼっても、常にピンチョンが書きつづけてきていること、そのことがこの作品ではダイレクトに読むものに突きつけられるようで、「むむむむ」と思いながら読むのであった。

 そういえば、この作品の中でも当時流布しはじめたLSDのことも書かれていたのだけれども、わたしたちがさいしょに「LSDって何?その幻覚効果は?」などということを知ることになった「クール・クール LSD交感テスト」の著者であるトム・ウルフが、昨日亡くなられたらしい。彼の著書「現代美術コテンパン!」はわたしも読んだことがあるけれど、この人はけっきょく共和党支持者になってしまったのだったな。


 

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/crosstalk/20180516

■ 2018-05-15(Tue)

 Bさんが、この週末に某所でパフォーマンスを行なうという知らせを、FBの紹介で知った。その「某所」はウチからそんなに離れたところではないし、やはり近郊に住むBさんとは、以前はよくお会いしていた。普通に考えれば行くべきだろうけれども、わたしにはいろいろと「わだかまり」がある。書くと長くなることだし、書いても詮無いことでもあるだろう。
 夜になって、そのBさん本人からも案内のメールをいただいた。観に行くだけでも行くべきだろうか、とは思う。気は重い。

 ‥‥さてさて、わたしの部屋では、たいへんなことが起こっていた。ニェネントくんがやはり、ちゃんとトイレでおしっこをしていなかったようだ。今朝、リヴィングに放置していたチラシの束を手に取ろうとしたら、ニェネントのおしっこでぐっしょり濡れていた。あああ、今設置してあるネコトイレでは、どうやら、うんちしかしてくれていないようだ。幸いにも、このところのニェネントくんのおしっこは、そこまでも匂いがキツいということもないようだけれども、これはそんな部屋の中でわたしの鼻がバカになっているだけで、仮によそから人がこの部屋を訪ねてきたら、「クサい!」となるのかもしれない。
 しかし、これからどうしたらいいのか。おそらくは、ニェネントもまた、「どこでおしっこすればいいのよ!」と迷っているところもあるのだろうか。とにかくはふたつぐらいの対策法はあるのだけれども、まずはかんたんにできる対策でやってみよう。ニェネントくん、お願いします!

 大相撲の中継が始まってしまったので、どうやら「カーネーション」の再放送はしばらくお休みになるみたいだ。それは残念だけれども、ま、相撲も好きですから、いいです。今場所はやはり栃ノ心! そして久々に上位にもどってきた勢も、それこそいきおいがあるみたいだ。別に見ている方は「国技」だなんて思っていないし、エンターテインメント興行として、妙な因習とかに囚われずに、すっきりしたスポーツの姿を見せてほしいだけ。

 

[](6)「賛辞」 (6)「賛辞」を含むブックマーク

 バンドのウッドストックでの「失敗」をつづけて書いてしまって、このバンドのネガティヴな面ばかりを強調してしまった気もするので、今回は褒めちぎりましょう。昨日までは「惨事」だったけれども、今日は「賛辞」。

 まずは、今まで紹介の遅れていた、バンドの持ち味の十二分に発揮された曲を紹介しましょう。これはIncredible String Bandのセカンド・アルバムの"The 5000 Spirits or the Layers of the Onion"のオープニング・チューンの"Chinese White"という曲。この曲はマイク・ヘロンの書いた曲。

      D

 曲の中でギターの他に、何か聞き慣れない妙な弦楽器の音が聴かれると思いますが、これが前にバンドの紹介のところでも書かれていた"Gimbri"という北アフリカの楽器で、メンバーのロビンがモロッコ周辺を放浪したときに持ち帰ったモノらしい。それで本来はこのGimbriという楽器、ギターと同じように弦をはじいて音を出す「撥弦楽器」のところを、ここではヴァイオリンのように弓を使っての「ボウイング」でプレイしているわけです。こういう、「本来の演奏法を逸脱して演奏する」というのも、このバンドの持ち味でもありました(いろいろ詳しいことはまたいずれ)。

 このアルバムはポール・マッカートニーによっても賞賛され、このアルバムの中のロビンの曲"First Girl I Loved"は後にジュディ・コリンズやジャクソン・ブラウン、その他多くのミュージシャンによってカヴァーされました。また、土曜日の朝にピーター・バラカン氏がナヴィゲーターをつとめるFM番組「ウィークエンド サンシャイン」でも、先々月だったか、バラカン氏が思いがけずも、この"5000 Spirits"のアルバムが大好きだったというお話をされていました。

 次のアルバム"The Hangman's Beautiful Daughter"はバンドのキャリアでも最大のヒットアルバムとなり、前にも書かれていたように、ロバート・プラントによってレッド・ツェッペリンのアルバムにも影響を与えたということ。これにより、このバンドのロビン・ウィリアムソンとマイク・ヘロンとの二人のソングライターは、レノン/マッカートニーのコンビに比されるようなことにもなりまして(ま、ロビンとマイクは基本的に「共作」という形態は取らなかったのだけれども)。

 今日はもう一曲、バンドのデビュー・アルバム"The Incredible String Band"から、ボブ・ディランも賞賛したという、こちらはロビン・ウィリアムソンの曲、"October Song"を、拙訳と共にお送りいたします(この頃はまだ、普通のフォークっぽい曲調ではあります)。

      D

I'll sing you this October song, Oh, there is no song before it.
The words and tune are none of my own, For my joys and sorrows bore it.

あなたにこの、十月の歌を歌って聞かせよう。この歌の前には、歌などはなかった。
歌詞も旋律も、わたしのものではない。わたしの喜びも哀しみも、退屈なものにすぎないから。

Beside the sea, The brambly briars, in the still of evening,
Birds fly out behind the sun, And with them I'll be leaving.

夕暮れの静けさの中、海のそばの茂みから、
鳥たちが陽の後ろへと飛び立って行く。それと共に、わたしもここを去るだろう。

The fallen leaves that jewel the ground, They know the art of dying,
And leave with joy their glad gold hearts, In the scarlet shadows lying.

落ち葉たちが地を飾る。彼らは死ぬことの技を知ってる。
緋色の影の横たわるなか、その黄金の心を喜びと共に委ねる。

When hunger calls my footsteps home, The morning follows after,
I swim the seas within my mind, And the pine-trees laugh green laughter.

空腹がわたしの足を家へと呼び、朝がその後につづく。
わたしは心の中の海を泳ぎ、松の木は緑の笑い声で笑うだろう。

I used to search for happiness, And I used to follow pleasure,
But I found a door behind my mind, And that's the greatest treasure.

わたしは幸せを探し、喜びを追っていた。
しかし、わたしの心の後ろに扉をみつけた。そしてそれこそが、最大の宝だった。

For rulers like to lay down laws, And rebels like to break them,
And the poor priests like to walk in chains, And God likes to forsake them.

支配者は法をつくろうとし、反逆者はそれを破ろうとする。
貧しい僧侶は鎖につながれて歩こうとする。そして神は彼らを許そうとする。

I met a man whose name was Time, And he said, "I must be going,"
But just how long ago that was, I have no way of knowing.

わたしは「時間」という名の男と出会った。彼は「わたしは行かなければ」と言った。
あれはどれだけ昔のことだっただろう。もう知ることもできない。

Sometimes I want to murder time, Sometimes when my heart's aching,
But mostly I just stroll along, The path that he is taking.

時にわたしは「時間」を殺したくなる。時にわたしの心が痛むとき。
でもつまりたいていは、わたしは彼がたどった道を彷徨うだけなのだ。


 

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/crosstalk/20180515
   2910092