ワニ狩り連絡帳 このページをアンテナに追加 RSSフィード

       

■ 2005-11-27(Sun)

[] バンドバトン:The Incredible String Band   バンドバトン:The Incredible String Bandを含むブックマーク


   f:id:crosstalk:20051127224939j:image

 しばらく更新が滞っていて、いや、映画も見たし、観劇もした、本も読んでるんだけれど、なんだかココに書くタイミングを逃してしまって、どうしよう? 好きな音楽のことでも書いてみてはずみをつけようか? などと漠然と考えていたら、絶妙のタイミングで、id:hibikyさんからバトンが廻って来ました。そういうわけで、今日はわたしのAll-Time Best Favourite Band、The Incredible String Bandのことを、愛情を込めて、プレーヤーにCDを順繰りに乗っけながら、だらだらと書かせていただきます。

 人の生涯ベストテン楽曲は、多くの場合、その人の10代後半に聴いた音楽に集中すると言うけどね。わたしの場合も、基本的にはそんな説の例外ではないのだけれど、わたしは30ぐらいになって、もう一度リセットして10代後半を迎えているので、その時代に聴いた曲も好きなんよ。ちゅうことで、このThe Incredible String Bandに出会ったのは、高校を卒業した頃ではなかったのだろうかね。その頃、某Disk Unionという輸入レコード店で、新聞のタブロイド判ぐらいの大きなチラシに、店であつかっている全レコードの、バンドごとにリストにされたものを、おまけで(っちゅうか、販促だが)つけてくれた時期があって、ま、文字はかなり小さかったんだけれども、そのタブロイド判のペーパーの表裏だけで、当時容易に手に入るロックのレコードは全部網羅されちゃってたのね。大した数じゃないよ。今では考えられないことだけれど、ま、70年代に入ったばかりの頃ね。あ、極端にマニアックなのは当時は輸入されたりしてませんからね。Red Kreyolaとか、13th Floor Elevetorsとか、そんなのは自分で輸入しなくっちゃ手に入らない時代だったのよ。そういうのを聴きたいマニアックな人は、銀座の山野楽器に行って、そこに分厚い海外レコードのリストが置いてあって、それを見て船便で注文したりするのね。ふふ、わたしもそーゆーことやったことあるよ。あー、脱線するとセンテンスが長くなる。そーゆー話はまた今度。

 その「入手可能全レコードリスト」ね。ま、そのリストを、家に帰って、オタクっぽく、最初から最後まで目を通したりするわけですよ。ほうほう、このバンドはこんなタイトルのアルバムを出してるのか、知らんかったな。どんなんや?とか、ね。で、そのリスト見ていて、要するにそこに載っていたほぼすべてのバンドは、聴いたことがあったり、どんなバンドなのか知っていたり、ま、フンフン、って感じだったんだけれども、そんな中で、コイツらだよ。The Incredible String Band。知らねぇっつーの。オレが知らねぇのに、コイツら、すでに6〜7枚のアルバムを出してる。バンド名も、なんかストレートに変だし。オレが知らねぇバンドが存在するなんて許せねぇ。だから、レコード店の術策にはまっただね。わたし。それでしばらくしてそのレコード店で、そのThe Incredible String Bandのレコードを買ってしまったのは、あらためて言うまでもないことでしょ。

 その時に買ったのは、「Changing Horses」というアルバムだったけれど、とにかく、A面とB面を通して聴き終えて、わたしはすっかり平常心を失ってしまっていた。もう、B面に盤面をひっくり返す時など、A面の音がこっち側にもつながっているかと思うと、「そんなことがあっていいのか?」などとハラハラドキドキしていた記憶がある。で、そのB面が、A面にもましてぶっ飛んだ内容だったわけで、つまりは、それから2〜3ヶ月のうちに、わたしは彼らの全アルバムを買い漁って、全部集めてしまった。要するに、感染した。その瞬間、わたしは人生の道を踏み外したのだろう。

 ‥‥どんな音だったか、と言うと、要するに生楽器とヴォーカル、つまりは「フォーク」だね。でもね、中近東の民族音楽みたいな奇っ怪なメロディー。素頓狂に調子っぱずれな、ふらふらするヴォーカル。ただ別々のメロディーを並列して唄っているだけのような、ハモっていないとんでもないコーラス。sarangとかgimbriとかの、聞いたこともないような楽器の名前と、その不思議な音。曲の構成など無視されて、延々と続く反復で引き延ばされた、10分以上続く長い曲。そもそもコイツらは演奏が達者なのかへたっぴぃなのか。そんな音だよ。でも、聴いたあとの感覚では、今までに知っていたフォークという概念からははるか遠くに飛び離れた、それはやはり、電気で増幅されてはいないけれども「ロック」と呼ぶしかないような、それも思いっきり脳みそに麻薬を直接注射されてしまったような、そんな音ではあった。このバンドの名前を日本語にすれば、「摩訶不思議弦楽団」としか訳せないだろう。いや、いやね。とにかくわたしにとっては、そのバンド名そのまんまの音だったのです。

 このバンド名については、彼らの「Earthspan」というアルバムが「夜明け」(なんでや!?)という邦題で発売された時、そのライナーノーツに、当時の美術手帳の編集長だった宮澤壮佳氏が、実に的確に書いておられたので、ココで引用してしまいましょう。

(‥‥)はじめて、このグループの名前をきいたとき、自分たちの名前を「信じられない」とか「どえらい」とかいった形容詞でよぶこと自体、ちょっと変な連中だなと思ったものである。よく薬の名前に「不思議膏」とか「健脳丸」とか、なにか売らんかなの意図まる見えのものがあるけれど、つい口上商人めいた手口を連想したものである。だが、薬の効き目が効能通りならば、だれも文句をいわない。詐欺、ペテンも、口上に反するからそういわれるのであって、内容がその通りならば額面通りうけとって不思議はない。
 しかし、こと芸術的ニュアンスが加味されてくると、その判定基準がはっきりしないものだ。インクレディブル・ストリング・バンドが本当に「インクレディブル」なのかどうかは聞き手の耳にかかっているところが、実はやっかいなのだ。ぼくは彼らの音楽をはじめて聞いたとき、正直なところ、グループの名前はちょっとオーバーだと思ったものだが、長い間、折にふれ度重ねて聞いてくると、はじめの反応がだんだん変わってきた。時間とともに、ぼくの耳は修正作業をはじめ、いまでは、このバンドは、やはり名前通り、正真正銘いつわりない個性をもっていると思うようになっているのだ。

 ま、ここで宮澤壮佳氏がライナーを担当された「Earthspan」というアルバムは、このバンドの後期、ちょっとその「摩訶不思議さ」ぶりが希薄になってしまって、すこし普通のロック・バンドっぽい展開になってしまった頃なんだけれども、そのライナーノーツの中で、宮澤氏は、彼らの音楽を「一種のコンバイン・ミュージック」なのだ、と規定されていて、その意見には今のわたしも激しく同意するわけで、つまりは、イギリスの伝承音楽(トラッド・フォーク)を原点としながらも、そこに世界各地(まさしく「世界各地」)の民族音楽、ロック、教会音楽(!)、ラグタイム・ミュージック、そのほかの要素を文字どおり「コンバイン」させて、出自も国籍も不明な、まるで「アジアン無国籍オリジナル料理」みたいなのを創り出すわけ。

 で、彼らの音楽がかもし出す音世界の基調にあるのもはなにか、というと、いちばん大きな要素としては、彼らが活動していた時代の、ヒッピー的世界観の代弁であり、その上に、イギリス的な、とりわけラファエロ前派の絵画的要素、そして、キーツとかシェリー、ブラウニングなどの詩的要素を取り込もうとした試みとして解釈していいんではないかと思う。それは、ひらたく言えば、「浮き世離れ」ということだったりして、「勤労意欲を失わせる音世界」という評価も正しいよね、と。「ヒッピー的世界観」という見方をすれば、彼らの無国籍音世界の根底にあるアジア趣味は、当然、ヒッピーのアジア志向と通底しているだろうし、「詩」という観点からは、当時の「ロックの詩」などというアンソロジーには、たいていこのバンドの歌の詩が転載されたりしていたわけで、ボブ・ディランも、当時のインタヴューで、(その歌詞を重点において)好きな曲として、このバンドの「October Song」をあげたりしてるの。ま、たとえば、これは詩としてはやり過ぎな詩かも知れないけれど、こんな歌詞を読めば、わたしぐらいの英語の読解力の人間でも、なんとなく雰囲気はわかるかも知れない。

And twelve yellow willows shall fellow the shallows

Small waves and thunders be my pillow

    ("Maya" from the Album "The Big Huge")

 このバンドを聴き始めた当時、高円寺に「ジェファーソン」というロック喫茶があり、この店で、ある時に毎週連続して、一つのバンドにスポットをあててそのアルバムをかけまくるイヴェントがあって、そのなかにこのインクレディブル・ストリング・バンドの名前があり、わたしゃ行きましたね。一人で。で、その夜の客はわたしただひとりでした。今となってはほろ苦い思い出です。ちなみに、他の夜は、キンクス、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドなどがかけられたようでしたけど。どっちも好きだよ、わたし。

 The Incredible String Bandは、(たしか)13枚のアルバムを残して、1974年だかに解散しちゃいました。


☆好きなメンバー2人

 いや、ここまであえて書かなかったけれど、このバンドの全盛期の基本メンバーは、2人なの(解散した時にはなぜか5〜6人に増えてたけれど)。Robin Williamson(似たような名前の歌手とか俳優がその後出てきたけれどもね)とMike Heronの2人。2人とも鳥の名前かよ!って、ほぼすべての楽曲をこの2人が半分づつ作詞作曲しておりますね。演奏も、この2人があれこれの楽器をマルチ・ダビングしてあれこれの楽器を演奏してるの。Robinはフォーキーな人で、ギター、ヴァイオリン、ピアノ、アイリッシュ・ハープ、あちこちの民族楽器と、マルチぶりは相当なものですね。Mikeはどっちかというとロック野郎。でもシタールとかはこっちが担当。わたしはRobinが好きだね。あと、全盛期には、この2人のそれぞれのカノジョがメンバーでありまして、ま、ヒッピーバンドですからね。LicoriceとRoseって、こんどは植物系かよ。この2人がコーラスつけて、たまに楽器も弾くけれど、いや、どっちかの弾いたベースなんか、どう聴いてもドしろうとの音ですねん。Roseちゃんは早めに抜けて(別れたのか?)、その後、イギリスのどこかの市の市長さんになっちゃいました。って、ミュージシャンから政治家になって成功した人ってあんまりいないよね。で、もうひとりのLicoriceちゃんは、写真で見ても、いかにもヴィクトリア朝的なイギリス美人にも見えますし、その声は「けがれない子供のようなソプラノ」(by宮澤壮佳)です。っていうことで、好きなメンバー、と問われれば、RobinとLicoriceですね。


☆好きなメンバーに一言。

 f:id:crosstalk:20051127225043j:image → f:id:crosstalk:20051127225138j:image

 Robinさん、あの頃は女の子の服を着たりして、そのすっとんきょうなヴォーカルも合わせて、かなーりエキセントリックの見本のようなお方としてわたしの目には写っておったのですが、ど、ど、ど、ど、どうしてそのようにお太りになってしまったの‥‥。しかも、あの「声」もまったくダミ声のしわがれ声になってしまわれて‥‥。いまだに音楽活動を続けられていらっしゃるのには敬服いたしますが、英語の先生の歌みたいに、ものすごくアカデミックになってしまわれた音楽からは、かつての音楽の歓びを受け取ることも出来ません。今のRobinさんは、かつてわたしの知っていたRobinじゃないなぁ〜。あ、でも、ソロ・アルバムはたいてい買って聴いてますよ。

 あとね、「再結成」なんかしなきゃいいのに。やめちくらはい。Please Stop!


☆思い入れのある曲を3曲ほど

 いや、ホントは30曲ぐらいあるんだけど、泣く泣く3曲にしぼらさせていただきます。

1.「A Very Cellular Song」(from the Album "Hangman's Beautiful Daughter)

   Hangman's Beautiful Daughter

 わたしの個人的クリスマス・ソング。作ったのはマイクの方だけれど、三つの曲のモティーフを持ち込んで一つの曲にして、例によって延々と反復を繰り返す、いかにも彼ららしい曲です。ゲスト・ミュージシャンのドリー・コリンズのフルート・オルガンと、ロビンのGimbri(アフリカの弦楽器、らしい)のコンビネーションの美しさ、だれが弾いてるかわからないハープシコード、間奏のマンドリン、マウス・ハープなどの様々な音、子どもの心を瑞々しく歌い上げた、気持良い歌。冬がきて、まわりが寒くなってくると、この曲で暖をとります。

2.「Job's Tears」(from the Album "Wee Tam")

    Wee Tam

 この曲では、変なことやってません。ロビンのギターと歌、それにリコリスの歌のデュエット。これはロビンの文学趣味全開の歌で、約束の地への憧憬が、実に美しいメロディーに乗せられて朗々と唄われます。いかにもヒッピーっぽいですね。また歌詞を紹介したくなってしまうけれど、ここではリコリスの無垢の歌声を堪能するのです。こんなストレートな曲ばかりやっていたら、彼らへの評価もずいぶんと変わっていただろうに。

3.「Saturday Maybe」(from the Album "No Ruinous Feud")

   No Ruinous Freud


 たいていの彼らのアルバムは皆大好きなわたしだけれども、このアルバムだけは首をかしげざるを得ない出来映え。ま、ビートルズの「Let It Be」みたいなもんかね。でも、そのビートルズの「Let It Be」に「Across The Universe」があるように、このアルバムには、ロビンのこの曲がある。ヒッピーの夢は消え、バンドの解散もそれほど先の事ではなくなったこの時(1973年)に、ロビンは、暗い工場街で、のんだくれの旦那が留守の間に不倫をする女性のやるせない気持を、かつてなく暗うつな声で聴かせてくれる。この曲では珍しくも、マイクがストリング・アレンジで協力していて、この弦のアレンジもまたおみごと。プログレしてる。え?そういう終わり方か?と、ちょっと驚かされるのよ。


☆ちょっと浮気

 まぁね。彼らを足掛かりにブリティッシュ・フォークの世界にどっぷりとはまりまして、ペンタングルのバート・ヤンシュなんかは、若い頃にロビンと同棲、じゃない、同居してたりしたらしいけれど、そんなフォーク/トラッドの世界はひとめぐりさせていただきました。考えてみたら、60年代はブリティッシュ・インヴェイションの連中、70年代はブリティッシュ・フォーク/トラッド、80年代はパンク/ニューウエィヴ、90年代はブリットポップ(と言うほどにハマってはいないけれど)と、けっこうわたし、イギリス勢に弱いっすね。でもでも、いつどんな時でも、本命はオマエたちだったぜ!


☆バトンをまわす人

 いません。いや、バトンの欲しい人は言って下さい。て言っても、言ってくる人などいないんだけど。

 

hibikyhibiky 2005/11/28 00:33 おお、突然のお願いにもかかわらず、「大作」を書いて頂いてしまい、誠にありがとうございます!
民族音楽というキーワードでゼップとつながってる感じで、個人的には嬉しいチョイスでございます! 実はあまりちゃんと聴いたことのないバンドだったので、ぜひとも参考にさせて頂きます、ハイ!

crosstalkcrosstalk 2005/11/28 06:55 いやぁ、久しぶりに書いてみました。ちょうどこのバンドの事でも書こうかと思っていたので、チャンスを下さってありがとうです。バンドの歴史、各アルバムの紹介とか書いてると、この2〜3倍の量になっちゃうので、コンパクトにまとめました(どこが?)。
そう、Mike Heronの最初のソロ・アルバムには、Jimmy Pageが参加してる曲もありましたよ。Incredible→Bert Jansch→Pentangle→Danny Thompson→Donovanとたどれば、John Paul Jonesにたどりつけます。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/crosstalk/20051127

■ 2005-11-01(Tue)

[] 『ジュスティーヌ』(005) ロレンス・ダレル:著 高松雄一:訳  『ジュスティーヌ』(005) ロレンス・ダレル:著 高松雄一:訳を含むブックマーク

 第005回:そろそろ本腰を入れて読み始めたいけど。


 下級領事館員ジョルジュ=ガストン・ポンパルは、ネビ・ダニエル街の小さなフラットでぼくといっしょに暮らしている。

 やぁ、やっと物語が動き始めたみたいだ。今現在は、主人公である「ぼく」は、どこかの島で女の子供といっしょに暮らしているはずだから、ここでやっと過去の時制を現在型で語り始めたことになる。ここで紹介されるガストン・ポンパルと主人公の関係はよくわからないけれど、「彼の成功の秘密は、その超自然的なといっていいほどとほうもない怠惰にあるとぼくはみている。」ということになる。

 冬のかなり長いあいだ、彼は休暇をとって旅行する。ぼくは小さなしめっぽいフラットで、ひとり、夜おそくまで練習帳の点をつける。そばではハミドがいびきをかいて寝ているだけだ。この頃、ぼくはすっかり袋小路にはいりこんでいた。自分の生活をどうしようという意志もなかった。一生懸命に働いて昇級しようとも、小説を書こうとも思わなかった。女をくどこうとさえ思わなかった。どうしてこんなことになってしまったのか自分でもわからない。生きのびようという意志がすっかり消え去ってしまったのはこれがはじめてだった。時おり原稿の束や、小説や詩集の古い校正刷をなげやりにひっくりかえして見たが、古い旅券を調べているみたいに悲しかった。

 少し前に出てきたハミドという片目の下男は、この時もいっしょにいるわけなのだな。主人公は教師で、小説や詩を書いたりもしていたらしい。ここでは主人公の現在も過去もどうでもよくって、ただこのアレキサンドリアにおいて、これから先においてのみ、生活がはじまる。そういう前触れ。

 ガストン・ポンパルは、ときに街の娼婦に前金を払って、自分のいない時に主人公の所に行かせて「元気づける」ようなこともしてくれる。良い友だちではないか。

 貧窮のために惨めさにおいやられた、あわれな疲れきった女たちとの出合い、それは興味深いものだ。感動的だといってもいい。しかしぼくは自分の感情を分類する興味を失ってしまった。だから彼女たちはただのひらたい影となってスクリーンに映しだされるだけだ。

 「彼女たちはただのひらたい影となってスクリーンに映しだされるだけだ。」って、どういうことだろう?自分に起きていることではなく、まるで映画の一場面の主人公の視点に、自分がすっぽりはまってしまうような感覚なんだろうか。それはまるで自分固有の(視覚)体験のようだけれど、そのスクリーン上に自分の感情を投影することは出来ない(しない)とか、そういうことなのか。

 で、このあとに続いて、わたしがこの本を再読しようという気にさせてくれた一節、きっとそれなりに有名なのだろう一節が、こんなにページの浅い所で出て来る。

「女に対してすることは三つしかないのよ」そうクレアはある時言った。「女を愛するか、女のために苦しむか、女を文学に変えてしまうか、それだけなのよ」
 ぼくはこれらの感情の領域のすべてに挫折しかけていた。

 う〜ん、さすが作家、うまいこと言うよね。っちゅうか、でも、このロレンス・ダレルの「文学」への思い込み、というのは、時には鬱陶しく感じられたりもするんだけれども、この三つ、どれも難しそうだ。愛するのも苦しむのもいやだったら、文学するしかないのか。そうか、ロレンス・ダレルってそういうヤツか。

 こんなことを書きしるすのも、メリッサが選んで細工をほどこし、鼻の穴にいくらかの命の息をふきこもうとしたぼくという人間的素材のろくでもなさを示すためだ。彼女が自分の貧しさと病気のうえに、もうひとつ重荷を負うのは容易なことではなかったろう。彼女の重荷にぼくという重荷をのせるためには真の勇気が必要だった。たぶんその勇気は絶望から生まれたものだったのかもしれない。なぜなら彼女もまた、ぼくと同じように最低線までゆきついていたのだから。ぼくたちはおたがいに破産者だった。

 どーもこう、男性作家と言うのは、無頼ぶるのか、こういうことを書くよね。これもロレンス・ダレルのちょっと鼻につくところ、かな。

 このあとに、そのメリッサを、主人公と同じく愛した、老毛皮商人の話が続くんだけれども、このわずか1ページほどの素描からでもちょっとした小説が生み出せるように思える。愛情と嫉妬、そんな感情をどうしたらいいのかわからなくなってしまった悲しい老人の話だ。

 ぼくがメリッサを見いだしたとき、彼女はアレキサンドリアの淋しい海岸に、性の翼を破られて溺れかかった鳥のようにうちあげられていた……。

 ‥‥22ページまで読んだ。


 

 

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/crosstalk/20051101
   3234484