ワニ狩り連絡帳 このページをアンテナに追加 RSSフィード

       

■ 2006-01-24(Tue)

[] 地点第10回公演『Jericho(エリコ)』松田正隆:作 三浦基:演出 @三軒茶屋 シアタートラム  地点第10回公演『Jericho(エリコ)』松田正隆:作 三浦基:演出 @三軒茶屋 シアタートラムを含むブックマーク

 

 「青年団リンク−地点」という呼称から、京都に本拠地を移して独立した*1、三浦基さんの主宰する「地点」。その独立後のはじめての公演は、松田正隆さんの戯曲を2本続けて上演する企画。その最初が、内田淳子さんとピエール・カルニオさんとの二人芝居『Jericho(エリコ)』*2

 ま、『地点』という劇団の現在形は、三浦基さんのアグレッシヴで野心的な演出と、それを支える、内田淳子さんと安部聡子さんという、見た目には対照的な二人の強力な演技、この三本柱から成り立っているだろう、と、言ってしまっていいのだろうと思う、ぞ(歯切れの悪い言い方だなぁ)。

 で、松田正隆さん。この人の作品は、2年ほど前に「青年団」がやった『天の煙』を観たっきりで、ま、あの時の平田オリザさんの演出には違和感があった、というか、こう、一筋縄では行かない種類の戯曲って感じなんだけれども、さてさて、今回はどんなんでしょう。

 事前に得た情報では、この松田正隆さんの作品には、内田淳子さんが絡んでいることが多い。この日の『Jericho(エリコ)』も、やはり内田淳子さんの主演で何度か上演されているし、先に書いた「青年団」の『天の煙』にも彼女は出ていた、って、彼女の舞台歴をみると、圧倒的に松田正隆さんの作品が多い。一種独特のパートナーシップがあるようだ。

 この日の舞台。開場は開演の10分前で、すでに舞台では、内田淳子さんもピエール・カルニオさんもスタンバっている。不動。舞台前方にはキャスターのついた机の上に坐って、白い服にストローハットを深くかぶった内田さん。奥には、顔に包帯を巻いて兵士のようななりをしたピエールさん。ここからはじまる。

 三浦さんの演出姿勢は、今では多くの人に知られているように、テキストの読みを解体して、区切りやアクセント、時には読み方さえも変えて再構築する方法で、それはたとえばドゥルーズのいう「逃走線」としての、「自国語でどもること」などを想起させられるのだけれども、ややっこしく言えば(こういう自分でもよくわけのわかっていないことを書いてしまうのもよくないのだけれども)、パロールとエクリチュールの臨界線が表出されるような感覚でもあり、その独特のコラージュ感覚もあって、いつも深く印象に残ってしまう舞台なのだけれども*3、この『Jericho(エリコ)』の中に示される、ストーリー展開ではないところの、舞台上の時間を支配するテキストの、幾重にも重なりあった意味性、それを強烈に裏づけする舞台上の二人の身体。これはやっぱり、見る前から想像していたとは言えども、ちょっとしたショックで、ラストの二人の身体の絡まりようへと到る時間の濃密さは、約束された事とは言えども「事件」への過程。

 袋の中の数多くの靴、語られる床下の無数の眼鏡の話、ポーランドからイスラエルの「エリコ」への道という設定などから、20世紀のユダヤ民族の受難の歴史について思いをめぐらせるのは容易だけれども、この舞台の上には、それのみでは終わらせられない、インディヴィデュアルな男と女の記憶、少しねじまがった精神の軌跡が厳然と描かれていて、要するに、すごい。って、ずいぶん月並みな言葉で終わらせようとしているな、わたし。あんまり書いちゃうと来週の2作目を観て書く事がなくなっちゃうし、このあたりで。(1月21日観劇)


 

 

*1:独立ついでに、「青年団」から安部聡子さんも連れて行っちゃったけど。

*2:皆さんのことを直接知っていたりはしないけれど、これからは、舞台作品などでの人の名前には、たとえ知らない人でも敬称をつけることにしました。映画とか本とかは、眼の前に本人がいるわけではないから、どうしようかな。

*3:その舞台を支えるのが、先に書いたように内田淳子さんであったり、安部聡子さんであったりするわけで、つまりは演出家と俳優との、舞台上での幸福な出合いがあるんだな。

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