■ 2006-01-30(Mon)
■[演劇] 地点第10回公演『沈黙と光』 松田正隆:作 三浦基:演出 @三軒茶屋 シアタートラム 
えっと、今週は安部聡子さんです。ま、こうやって2週連続して同じ作家の戯曲、そして同じ演出家で公演をぶたれると、どうしても主演の俳優を比べたくなってしまうんだけれども、そういうことはちょっと後回しにして。
って、今回の戯曲は、ほとんど以前観た『天の煙』。架空の九州の離島でもって、そこの廃虚になった教会が舞台だというのはまったく同じではないですか。あ、連作なんですか。で、出てくるのが、司祭と、20年ぶりに島に戻ってくるその妹、島の分校の教師とその妻、下僕のような義手の男の5人だけ。というか、5人も出てくる、というべきか。その、妹というのが安部聡子さんなんだけれども、これが、大逆事件と連合赤軍事件を合わせたような体験をして来たテロリストだったという設定。教師夫妻は信仰の危機に瀕して、教師は自殺しようとしているし、あぁ、な〜んておどろおどろしい世界な〜んでしょ。
‥‥はっきり言って、ここまで極端なケースをてんこ盛りにしてくれなくってもよさそうなものなのに、正直、観ていて疲れます。全体にことばの意味が異様に重たいので、この「地点」の演出方法をもってしても、ついつい頭の中に語られたことばが反芻されて浮かんでしまい、けっきょく、自分の頭の中でこんな風になってしまうんだったら、なにもこんな演出でなくても良かったんではないか、などと思ってしまうのであった。
ただ、このなかで、教師の妻の役の山本陽子さんだけが、演技としては(マイクなどは使いはするけれども)ごくノーマルな、というか、いわゆる「新劇」的な演技で通されるわけで、そんな中で「わたしに救いはあるのでしょうか?」などと朗々と語られるのは、ちょっと、三浦基さんが、そういう「新劇的な演技」それ自体に、「救いがあるのでしょうか?(いや、ねぇよ!)」と問いかけさせているようで、ふふふ、てな感じではあった。
安部聡子さんの演技に関してはそりゃあすごいもので、その前半に、脇のスプーンの山からスプーンをつかみ取り、「こうしてわたしは島に戻って来たのです」と、長い自分語りを朗唱する場面こそは圧巻。だから先週の内田淳子さんと比べてしまうんだけれども、安部さんはより情念を感じさせる演技の質であるようで、内田さんの方がもっとコラージュ的、というか、ノイズを含んだ、振幅の大きな演技を見せてくれた気がして、いや、そんな比べっこをしたりしてると申し訳ないのだが、というか、人のモラルとしてはこういうことはやりたくないのだけれども、今回の2作に関しては、わたしは内田さんの演技の方に、より「地点」の可能性を感じてしまった。ま、これは戯曲の内容に自分がどう反応したのかということも絡んでくるので、そんな、俳優さんの演技だけを取り出してどうこう言ってはいけないのだよ。ごめんなさい。って、消しゃあいいのに消さないわたし。(1月28日観劇)
