ワニ狩り連絡帳 このページをアンテナに追加 RSSフィード

       

■ 2006-09-30(Sat)

[] 『補欠』イデビアン・クルー 振付:井手茂太 @世田谷パブリックシアター  『補欠』イデビアン・クルー 振付:井手茂太 @世田谷パブリックシアターを含むブックマーク

●井手茂太さんの振付けで記憶に残ってるのは、森下スタディオでの浴衣で踊る旅館宴会芸みたいなの、アレはなんだったかな、『不一致』?? あと、ウェールズのカンパニー、ダイバージョンズに振付けた『Unspoken Agreement』はめちゃ楽しかったし、去年の井手茂太さんのソロも素晴らしかった。

●その、「イデビアン・クルー」の舞台を特徴づけるのは、一種、舞台への日常の侵犯というか、そこで舞台空間が異化して行くさま、その井手茂太さんの優れた振付け技術が、ダンス的な展開と並行して侵入してくる日常世界とうまくコンバインされて、ま、それは「イデビアン・クルー」でしかありえないような舞台空間が成立する。

●「舞台への日常の侵犯」などと書いてしまったけれど、これはちょっとまちがい。そうね、例えばダンスというのがとっても西欧的なイディオムだとしたら、そんなダンス空間に、非西欧的な、きわめてドメスティックな世界が忍び込んでくるんだけれども、そんなドメスティックな空間というのは決して「日常」と呼べるものではなくて、それはなんて言うんだろう、ドメスティックな祝祭空間とでも言うんだろうか?

●今回の『補欠』は、ま、一種のバックステージもの、というか、これはTVとかミュージカルの舞台、どうもその後の展開とかを見ると、これはTVの番組っぽい、というか、こりゃあれですね、「夜のヒットスタジオ」みたいな歌謡番組? そこで、出演者のひとりが落下する照明にブチあたり(いや、照明が変な位置に吊られてるなとは思っていたけれど、意表を突かれました)、その代役を決定するための、「補欠」な人たちの代役争奪戦。

●まるで表現主義の演劇のような、奇妙な舞台装置。これがよくわからない。この舞台のコンセプトが一種60〜70年代的なTVの歌謡ショー、なのであれば、もっとチープでかまわないから、そんな舞台構成の方がインパクトあったような。わたしならそうする。

●「声」。ダイバージョンズの『Unspoken Agreement』でも、巡り巡って「声」という要素が楽しいファクターを提供していて、それは記憶に残っているのだけれども、今回も、BGMのなかにうまく「声」が生かされていて、その綿密な振付けぶりを楽しんだりする。

●しかし、「ジャンル」のことなど考えてはいけないのだけれども、これは「演劇」なのか? 「ダンス」なのか? その、最近のわたしのオブセッション、「具象」とか「抽象」とかいうくだらないオブセッションに影響された見方で言うと、ちょっとあまりに「具象」的すぎて、そこから突き抜けて次の段階へ登れない。

●ある瞬間に気持ちが切れてしまって、そのまま戻れなかった。これはたしかに「ウェル=メイド」な楽しい舞台なのだろうけれど、そして、ダンサーの伎倆もたしかなものなのだけれども(ある場面では、これはバカテクな「身体表現サークル」なのではないか? などと思ってしまった)、今のままでは、ある契機を自分達の舞台に回収出来ました、という「おさらい」発表会に見えてしまう。

●実際、舞台からいかにはみだしてしまってくれるのか? そういう希求が、いまのわたしが舞台を見る時に強くなっていて、そういう意味ではなんというか、ステージステージした今回のイデビアン・クルーの舞台、そもそもが「ステージ」こそが命題であったとは言え、「どうだろうなぁ〜」という疑問は残ってしまったのでした。

●しかし、次回作のタイトルは『政治的』??? ううん、TVのモニターの中の「政治」の世界のことかな? ちょっと期待。(9月24日観劇)


 

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■ 2006-09-27(Wed)

[] 砂連尾理+寺田みさこ ダンス公演『I was born』テキスト−松田正隆 構成・演出・振付:砂連尾理+寺田みさこ @こまばアゴラ劇場  砂連尾理+寺田みさこ ダンス公演『I was born』テキスト−松田正隆 構成・演出・振付:砂連尾理+寺田みさこ @こまばアゴラ劇場を含むブックマーク

1.この道はあなたを目的へと導いていく
2.真っ赤な嘘
3.風景の裏側
4.トカゲ女/ラッコ男
5.お散歩
6.助けてくれ!助けてくれ!
7.石なんか投げないで
8.廃棄場

●松田正隆さんの戯曲(『Jericho』および『石なんか投げないで』)、というかテキストをもとにした「砂連尾理+寺田みさこ」の新作。もともとこの人たちは、テキスト/言葉から紡ぎ出されるイメージからその作品を構築されているのだから、こう、見た目にいつもと違っていることをやられていた、という印象はない。

●しかしながら、『Jericho』はこの春に「地点」の内田淳子さんの舞台で観ているとは言え、『石なんか投げないで』は観ていないし、その「テキスト」とこの日の舞台との連関は、これははっきり言ってわたしにはわかるものではない。いったいこの公演は、そんな、松田正隆さんのテキストと突き合わせて解釈しなければならないのか?

●『Jericho』に限って言えば、その、男と女の二人舞台、その関係性、たとえば顔に巻く「包帯」と言った意匠から、その関係を読み解こうと思えば読み解けるのだけれども、それはこの日の舞台の見方として期待される見方なのだろうか?

●そういう見方をぬきにしても、このところの「砂連尾理+寺田みさこ」の舞台には、どこかフリーキーな要素が垣間見られていたわけで、そんな二人の舞台の、前回からの発展形の舞台として、充分に楽しめるものであって、わたしは観ていて特に、先行する松田正隆さんのテキストについて、あまり思いを巡らせたわけではない。

●まずはアゴラ劇場の黒い壁面に、二人がチョークで描いていく線。線を描く身体。みごとな空間の定義付け。

●デュオのダンス、だからといって、ここのあるのは、たとえば小柳ルミ子&大隈ケンヤみたいなデュオではない。って、我ながらなんて古いたとえなんだ。そこに相手が居ることで成り立つような、相手に重心を預けることで成り立つようなダンスではない。そこにはある意味では反目しあうような身体のせめぎ合いがあり、デュオでありながらも、個々の身体の孤独を想起させられてしまったり。

●特に、この日の寺田みさこさんの踊りはすごかった。な、な、な、なんてすごいダンサーなんだろう。寺田みさこさんという人は。

●つまり、ある意味ではこのお二人のダンスというものは、あらゆる日常的な身ぶりをすべてダンスの側に引き付けて異化するような、そんな出発点があったのではないかと思うのだけれども、もう今ではそうではなく、この日の舞台では、およそ日常ではあらわれてこないような身体の動き、一種「奇矯」と言ってしまっても良いような、つまりカタカナで書けば「フリーキー」というの? そんな独特の動きを垣間見せてくれたわけで、それはたしかに松田正隆sんの戯曲から読み取れるような世界ではあったような気が、しないでもない。

●この日の舞台がそんな、戯曲をもとにするような「物語性」を帯びていたかどうかなどというのはわからないんだけれども、そんな、出発点として「言葉」から作品を組み立てるような立場からすると、この作品のように、いちどすべてのテキストを他者からのものにゆだね、そこからトータルな一貫した舞台を生成させるような行為、その行為が産み出す成果はしかと受けとめたし、一種のコラボレーションとしても、それはたしかに有効なものだろうと思った。

●だから、記憶にとどめるべき素晴らしい舞台だった、という印象はある。次回の作品にまた期待したいです。

●って、次は寺田さんのソロですか。これはものすごく期待してます。え、その前に砂連尾さんのソロも? え、えっと、期待してます!(9月16日観劇)


 

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■ 2006-09-21(Thu)

[] 『オートフィクション』 金原ひとみ:著  『オートフィクション』 金原ひとみ:著を含むブックマーク

   オートフィクション

 最近、読んで困ってしまった本のことばかり書いているよね。そういうのも精神衛生上やっぱり良くないし、いや、おかげさまでステキな本に巡り合えました。いやぁ、金原ひとみちゃんを追いかけてきてよかった!! とりあえず、わたしにとっての、「小説」の傑作であります。

 前作『AMEBIC(アミービック)』 について書いた時に、ストーリーがつまらないとか、貧困だとか書いてしまったけれども、いや、ごめんなさい。この新作を読むと、そんなことは百も承知の上で書かれていることがよ〜くわかりました。ほんとにごめんなさい。だから、最初の『蛇にピアス』を読んだ時に、その物語から距離をおいた、作者の醒めた視線について、ちゃんと認識していたつもりなのに。ま、『AMEBIC(アミービック)』については、その「死を想像して背中に悪寒が走る事もあれば、その未知の想像に夢膨らませる事もある。私の未知、それは誰も知らず、私も知らない。」から始まる一種の美文、おまえはアンリ・ミショーかよ!(たとえが古くって申し訳ありません)みたいな、その文章への惚れ込みがまずあったのだけれども、この新作『オートフィクション』を読んで、やはりこの人の小説世界は、ものすごくコントロール(制御)された結果としての世界であって、作者の金原ひとみさんは、いつもいつも、半身ぐらいこの小説の主人公から身をおいていて、その「半身ぐらい」という微妙さこそが、彼女の小説の第一の魅力であって、それはいわゆる「知性」とか「教養」(この教養ってぇヤツがわからんのだけれども)とかいうのとはまったく別な、小説という世界を成立させるための才能だ、というしかないのだと思ってしまうのだ。いや、もちろんわたしは、金原ひとみちゃんには「知性」などない、なんてことを言っているのではないということは、これは言うまでもないと思うけれども。

 えっと、伝え聞くウワサでは、彼女は実際に結婚されてしまわれたらしくって、それではわたしの残りの人生は「無」かよ、と嘆くのではなくて、そんな新婚旅行の旅客機内での痴呆的な妄想から始まる、時間を逆行していく、22歳から18歳、16歳、15歳への道のりの記録は、ただひたすら「堕ちて行く」、ある意味では神話的な物語であって、通読すればわかるように、この小説の最後の章、主人公のいちばん若かった15歳の時において、彼女はいちばん分別をそなえ、こう言ってよければ「理性的」でもあるのだ。そして、逆行して堕ちて行く。ひたすらに。

 その、まるで台風による竜巻き、または土石流のような、大雪のあとの表層雪崩れのような、または強烈な自爆テロのような崩壊感覚は、これまでどのような表現でもなし得られることのなかったものではないかと思ってしまう。そして、とにかくも、それは虚構としての自伝、「オートフィクション」と題されているのだから。

 世界が破たんしているとして、その世界とは「わたし」の世界であるだろうし、そこから救済され得るのは、それはここでは、彼女が徹底して、世界そのものを所有しようとしているからではないのか。それはよくあるような、「小説」を私有しようとするような、ちんけな試みからはほど遠い試みであって。

 特にその第二章かな、18歳の時の新宿の狂躁、DJオタクとの出会い、そして第三章のパチスロ男との同棲の描写の生々しさはそれこそ「強烈」なもので、とりあえずはこの作品は彼女の今までの最高傑作(いや、まだ23歳にして、この作品がほんの4作目に過ぎないのだけれども)であるだけでなくって、ライトノヴェルなどという、よくわからない作品のもてはやされる今の書店の、その本棚に密かに置かれた爆弾、いやそれ以上に、人/世界を破滅させようとするような何かがただよう、ギリギリの不穏さ。


 

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■ 2006-09-20(Wed)

[] 枇杷系 新作ダンス公演 『FOOL’S PARADICE』 @吉祥寺シアター  枇杷系 新作ダンス公演 『FOOL’S PARADICE』 @吉祥寺シアターを含むブックマーク

構成・振付:枇杷系〔尹明希、天野由起子、有田美香子、オカザキ恭和、服部晴子、加藤奈緒子〕
出演:尹明希、有田美香子、オカザキ恭和、服部晴子
客演:十亀脩之介、竹内英明
Creative Cooperate:山田せつ子

 枇杷系久々の公演は、正直言って「あれもあり、これもあり」という感じのとりとめのなさ、そういう感想がまっ先に浮かんでしまった。

 それはつまりは、カンパニーとしての共同制作という部分、そして、個々の参加ダンサーの「個」としてのパフォーマンス、それらを十分に突き合わせて一つの舞台に統一しようとしながらも失敗してしまった、というか、要するに一つの舞台作品として納得できない。

 その出だしはちょっとインパクトがあって、それはこの、かなり奥行きのある吉祥寺シアターの奥の方まで使って、奥から手前ににじり寄ってくる三人のダンサーの姿が、つまりここはフォーサイスを彷佛とさせられるのだけれども、その、最近のわたしの貧弱な語彙でいえば「抽象的」ダンスと見えて、かなり期待を持たされたのだけれども、結局そのあとは実のところ、また最近のわたしの語彙でいえば、個々のダンサーがいかにダンスを「所有」するか、と奮闘する姿に変質してしまい、また、そういう表れ方が「具象的」なかたちを取ろうとする、というか、そういう部分では正直いって観るべき成果は感じ取れなかった。うん、ダンサーひとりひとりの力量は伝わっては来るのだけれども。

 例えば、実のところ、この舞台でいちばん印象に残ったのは、二人の客演の男性ダンサーの絡みの部分であって、その、サスペンダーにグレイのシャツの十亀さんとか、白いワイシャツ姿の竹内さんとかが絡むさまは、その見てくれとかが、やさぐれたナイトクラブの用心棒とか、かたや熱血森田健作青年とかに見えてしまって、なんだかそれを、60年代とかの日活映画とか松竹映画とかみたいな雰囲気で見てしまったわたしなんだけれども、これが次に例えば服部さんとかの女性ダンサーが登場すると、その衣装とかが、なんて言うんだろう、ま、つまりはそれは山田せつ子さん的なんだけれども、非日常的な装いと言うか、こう、それまでの男性のダンスとつながらない。ま、それは鈴木清順監督の映画とかのナイトクラブのシーンだよ、みたいにつながればそりゃぁおもしれえんだけれども、「風間るり子」は出て来ないのです。そういう跳び方は決してしないのが「枇杷系」のダンス、と、言ってしまってもいいかも知れない。

 そう、つまり言ってしまえば、その「場」が非日常的な祝祭を期待されるようなセッティングでも、なにゆえか、そういう時にこそ、ダンスが個人の内部で解釈されて提出されてしまう。そこがつまりは、一所懸命ダンスを所有しようともがいているように見えてしまうのであって、こういう感想は、実は前回の「枇杷系」の公演でも同じようなことを感じてしまっていたのを思い出したりした。

 う〜ん、せっかく力量のあるダンサーがそろっているのに、そういう風にもがかなくってもいいのにな。そう思ってしまった。でも「枇杷系」には、ずっと期待しているんです。(9月10日観劇)


 

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■ 2006-09-16(Sat)

[] Peta Webb / I have wandered in Exile ペタ・ウェッブ/アイ・ハヴ・ワンダ−ド・イン・エグザイル   Peta Webb / I have wandered in Exile ペタ・ウェッブ/アイ・ハヴ・ワンダ−ド・イン・エグザイルを含むブックマーク

   f:id:crosstalk:20060916112606j:image 

 そういうわけで、今日は古い音源を引っぱり出してきてしまった。このオリジナルは、1973年にイギリスのトラディショナル・フォーク専門レーベルのTOPICからリリースされたもので、4年前の2002年に、日本のVivid Sound Cooporationがイギリスを差し置いて初CD化して再発したもの。

 わたしは73年のオリジナルのアナログ盤も愛聴していたので、このCD化はちょっとした驚きと歓びで、当時は「信じられない」という気持ちもあったのだけれども、つまり、その70年代に細々と存在したブリティッシュ・トラッドのファン、そんな人たちが渋谷の「ブラックホーク」を拠点にして、「ブリティッシュトラッド同好会」なるものとかをつくっていたんだけれども、そんなコミュニティでもこのPeta webbの存在が話題になったことなどはなかったし、実のところ、当時このアルバムを持っていたりしたのは、日本中あわせても、両手両足の指の数ほどの人しか存在しなかったのではないかと思っている。

 で、なんで2002年によりによってこのアルバムがCD化されたのか、これが全然わからなくって、この時に同時に、その当時のTOPICレーベルから合計6枚のアルバムがCDになって発売されているんだけれども、トラディショナル・フォークのレパートリーとして豊かな音源を大量に抱えるレーベルからの選択としては、「???」と疑問符が浮かぶような選択がこの時の6枚であって、多分それはTOPICレーベルとの契約の問題もあったのだろうけれども、正直言って、この時にリリースされた6枚で、聴くに値するのは(異論もあるだろうけれども)このPeta Webbと、そして英国フォーク界の重鎮家族、Fisher Familyのアルバムぐらいのものだった。

 この「ブリティッシュ・フォーク名作選」がどのくらい売れたのかは知らないけれど、いや、売れるわけないって。でも、だまされてこのPeta Webbとか買ってしまった人、おめでとうございます。これはやはり傑作です。

 先日その大倉摩矢子さんの舞踏公演に触れて、「オーセンティック」な英国伝承歌謡の歌唱について、ちょっと書いたんだけれども、そのひとつの代表的な例がこのレコーディングでしょう。えっと、このPeta Webbさんはイングランドのエセックス出身ということだけれども、ここでのシンギングは、先日ちょっと紹介した「シャン・ノース」というアイルランドの歌唱法に、極めて近いところにある歌唱でしょう。それはひとつにはこのアルバムに集められた歌曲が基本的にアイリッシュの歌曲によって構成されている、という理由にも拠るのでしょう。そのあたりはこのアルバムのタイトルからも類推できるのだけれども、つまり、アイルランドの人々の歌う、その移民、流刑の歴史、そんな悲しい、国を捨てた人々の歌で構成されたアルバム。

 ちょっと脱線すれば、何年か前に公開されたマーティン・スコセッジ監督の『ギャング・オブ.ニューヨ−ク』という作品の背後のテーマは、このアイルランドからの移民として新大陸に渡った人たちの運命のドラマで、この映画のサウンドトラック盤は、山ほどのめったに聴かれないアイルランドの古曲に占められていた。そんな中でも、Richard Thompsonの元夫人、Linda Thompsonの歌うバラッドが、その古きニューヨークの街角をさまよう人たちの映像をバックに流れるあのシーン、あそここそがあの映画の最も素晴らしくも感動的なシーンであって、それからパブのシーン、それ以外はもうなくってもよかったンだけれどもね。で、Linda Thompsonというシンガーもまた、実は希有な力量を持った伝承歌謡唄いなのだと、あの映画でもって新たに認識したりするわけだけれども。

 さて、このCD自体の音の話に戻って、このアルバム全9曲。そのうちの5曲が無伴奏歌唱で、残りの4曲もせいぜいFiddle(つまりはヴァイオリンなんだけれども)かMelodeon(アコーディオンみたいなの)の控えめな伴奏がついているだけで、普通考えられるような、フォークと言えば生ギター、みたいなセッティングは皆無。声はただ、FiddleやMelodeonの音とともに、時間軸を逆行させるように。声の力、声の技、その声の力/技によって、伝統の中に滅私しようとする、というか、「個」を埋没させようとするかのような歌唱。そんな地平から、作曲者名のクレジットなど不要な、「Traditional(伝承)」という、歌の世界が立ち上がってくる。作者がいなければ、その歌を唄う人もまたカーテンの陰にその存在を消してしまうだろう。そして、その現場にはただ「歌」だけが残されて、唄い継がれて行く。そこにこそ、「ルーツ・ミュージック」の偉大さが、どんな天才も超えられない偉大さが存在する。

 ここでの、ゆったりとした時間の流れを持つ歌曲の中で、Peta Webbのシンギングは、それこそただ歌唱技術だけの中に彼女の姿が消えてしまうような、そういう魔法のような時間でもあるのだけれども、微妙な声のヴィヴラート、裏返りそうで裏返らないでとどまるようなコントロール、その背後にはたしかにアイルランドの人々の何百年にわたる声なき声が聴こえてくるような、ひょっとしたら自分の祖先って、アイルランドの人だったんじゃないの? そんな錯覚に陥ってしまう。うん、わたしも炭坑町の生まれだからね、そういうルーツは共有できる何かがあるのかも知れん。わたしの知らない世界へのノスタルジア。


 

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■ 2006-09-14(Thu)

[] 大倉摩矢子舞踏公演 『明日へ。』 @中野・テルプシコール(その2)  大倉摩矢子舞踏公演 『明日へ。』 @中野・テルプシコール(その2)を含むブックマーク

(承前)

 ひどい文章だな。通読する人なんかいないだろうけど。

 その、テルプシコールでの大倉さんの舞台がどんなだったか、というと、つまりそれは、乱暴に言えば、スローモーションのように引き延ばされた、ゆっくりとした動きでもってして、舞台にあらわれて中央に進み、そこでこけて、というか横たわって、また立ち上がる。そんなの、いやとにかくこんな乱暴な書き方はないのだけれども、この日の大倉さんの舞台は、これだけの行為を、途切れることのない持続的な一つの「連続」として遂行する、実際にただそれだけの舞台だったとも言えるわけで、その背後になにか「表現」への希求などというものが見えてくるわけではないのであって、それでもなおかつ、いや、おそらくはそれだからこそ、希有なすばらしい舞台が成立していたのだとも思うんだ。それはある意味で、メソッドだけで出来た舞台だと言うことも出来るかも知れないけれども、しかしこの「力強さ」はいったい何なのか。それはまさに、「個」が消滅した地平からだけ、見えてくるものだったんではないのか。

 先にわたしは「自己表出」という言葉を何度も使ったけれども、これは言い換えれば、「私有化」とか、「所有」とか言い換えても良いかも知れない。つまり、ダンスを契機として、「わたしがわたしが」と、そうだな、「個性」の発露とか、そのダンサー特有の本質とか、そういうのに重きを置くような姿勢であれば、それはここでは「ダンスの私有化」と呼んでしまって良いと思うのだけれども、それはもうまったく、「ダンス」というジャンルの拡張、多様化からは遠いところにあるものだとわたしには思えるのであって、もしも今、例えば「コンテンポラリー・ダンス」などという呼称のもとに、ある種の表現が総括されうるものだとしたら、そこに求められるのはその拡張であり、また、(進化ではなく)深化であり、多様性をあわせ持つことであって、そのような過程から初めて、ジャンルとして、<共>なる存在には成り得るのではないかと。

 「舞踏」というジャンルがあるとして、そこに話を戻すと、何ゆえに人は「舞踏」を過去のもの、もう終ってしまったジャンルと認識しがちなのか。それはそれこそ、その「舞踏」なるものが、いろいろな舞踏家たちによって「私有化」されてしまっていると、観客が感じるからではないのだろうか。そうだな、例えばわたしは田中泯さんを否定するわけではないのだけれども、彼の舞台を見るとなれば、それはもう田中泯さんというパーソナリティーを抜きにして観ることは不可能なのであって、それこそ、そういう意味での「私有化」ではあるのだけれども、ただ、田中泯さんはそのように所有した「舞踏」なるものを、もういちどそこから解放しようとなされているわけで、だからこう、否定するのではないの。

 でも、例えば、その「舞踏」なるものの生成する現場の、潔さにあふれたような大倉さんの公演はやぱり強烈なインパクトなのであって、それはもうちょっと掘り起こして考えてみれば、時間軸の制御というか、舞台上に立ちあらわれる時間のパースペクティヴをあらわにするような公演で、もちろんそれは(たぶん)何か強靱なモノによって裏付けられる種類のモノで、そう、それはもうすでに舞踏なるものを「伝統」と捉え、そんな世界の中に、先に触れたような、現代のミュージシャンが英国伝承音楽に立ち向かうような姿勢で対峙して成立した舞台なのではないかと。つまりそれは、表現の歴史的時間の中に自我を消滅させるような、そんな舞台だったのではないかという感想が浮かぶので。

 特にこの日の大倉さんの舞台を、「舞踏」とことさらにジャンル分けする必要もないようにも思えるのだけれども、やはり、あえて「舞踏」として見なければ見えてこない部分がある。そしてなおかつ、「舞踏」というジャンルの持つ可能性は閉ざされてしまったわけではないのだという、当たり前の認識。そこからこそ、先に書いたような「コンテンポラリー・ダンス」の多様性が多くの人に共有できるのではないだろうか。「コンテンポラリー・ダンス」などという呼称などほんとうにどうでもいいのだけれども、その呼称が一部の人が「私有」するために使用されるのであれば、わたしはそんな一派に組しようとは思わない。

(付記)今ちょうど図書館から「筑摩文学大系」の「イエイツ エリオット オーデン」の巻を借りているところで(どうせあまり読まないで返却するんだけれども)、その中に、エリオットの有名なエッセイ『伝統と個人の才能』というのが収録されていて、さっきザッと読んだンだけれども、あ〜、ちょっとココでわたしが書いたことを補完してくれているようで、おいおい、エリオットに自説を補完させるのかよ、えらそ〜に。なんだけれども、えっと、先に「ダンサー特有の本質」と書いたのは、エリオットの文の「詩人特有の本質」という言葉を流用させていただきました。ここだけ盗作。ここでそのエリオットの論点を要約して紹介して、あれこれ補強したくも思うんですけれども、もうね、ちょっと疲れてしまったので、そのうちに機会があればエリオットのエッセイの事はあらためて書きましょうか。

 あ〜〜、終った終った書き終えた。さ〜、寝ようっと。あ、大倉さんの来年の公演が今から楽しみです。もうちょっと書きたいこともあったけれど、もう寝。(9月9日観劇)



 

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■ 2006-09-12(Tue)

[] 大倉摩矢子舞踏公演 『明日へ。』 @中野・テルプシコール  大倉摩矢子舞踏公演 『明日へ。』 @中野・テルプシコールを含むブックマーク

 ちょっと、わたしにとっては、この舞台は5年に一度とかのレヴェルの、記憶にとどめるに値するような公演ってな認識で、で、この、「観た」という歓びはいったい何なんだろうと、歩きながら考えていて、それが自分の好きな音楽とかのジャンルの事とかに横断/脱線して行って、そうすると、やはりこの公演について先日書かれていたmmmmmmmmさんのブログと、その内容が重なってきて、わたしは彼のような文章の力は持っていないのだけれども、いちおう、シンクロしました、と告知しながらも書いてみようかなっと。だから、今日は思いっきり脱線します。

 わたしが音楽のジャンルで英国の伝承歌曲(いわゆるブリティッシュ・トラッドだけれども、これはもちろん和製英語)のファンであることは、時々書いていることだけれども、つまり、この日の大倉さんの舞台を観て思い出したのがそんな音楽、英国の伝承歌謡であったりして、で、それはなんでだろう? という事と、つまりわたしはなぜそんな音楽、英国の伝承歌謡とかに惹かれるのか、という事とか。そこから書いて初めて、なんでわたしがこの日の大倉さんの舞台に惹き込まれたかという事が、自分でも了解できるから。

 えっと、音楽のことをしばらく書くんで、ダンスのことを読みたい人はしばらく寝ていて下さい。よろしく。きっと、寝てる間に意味不明になってしまうと思いますけれども、もちろんそれはわたしが悪いんです。いや、だから最後にはちゃんとダンスの話に持っていきますから。

 わたしが「音楽」と言う場合、それはつまりはロックの事なんだけれども、そういう音楽を中学/高校の時代に熱心に聴いていた時は、それはつまりは60年代後半の、ロックというジャンルが、まるでカンブリア紀の生命の大爆発のように発展/拡張していた時代なんだけれども、これが70年代に入ると、例えばそれはキャロル・キングなんかがいけないんだろうけれども、ちょっとした落ち着きを見せて、つまり音楽表現というのは一種の「自己表出」の場になってしまい、それはつまりmmmmmmmmさん(くそ! わけのわからんHNだな)の言うところの「シンガー・ソングライター」であって、つまり、このあたりの「自己表出」の爆発の、そのきしょい感覚というのは、つまりは後期印象派からエコール・ド・パリとかいわれるあたりのフランスの美術みたいな、これは世界史的に見ても、その「自己表出」のクレイジーな暴走の時代だとわたしは思っていて、自分が自分である事の「自同律」(あれ?この字でイイのかな?)だけで無反省に世界を横断出来た。というか、ゴッホにしろモディリアニにせよ、当人はそんな横断は出来てないんだけれども、その「挫折」を含めて、「自己表出」の伝説になってしまって。

 だからロックなんかもそういう時代になってしまって。それは「パンク」が到来するまで続くんだけれども(ここで先走って書いておけば、「パンク」とは、契機としての「自己否定」です)、でもね、そんな「パンク」が来るまで待ってられますかってんだ、って、わたしが見つけたのはそんな英国伝承歌曲の世界。ちょうどこの時期はそんな歌世界からエレクトリック・トラッドなどというものが勃発した時期でもあったせいで、わたしなどもこのジャンルの音を聴く事が出来たんだけれども。

 ‥‥なんか、長くなりそう。いいや、突っ込んで書きましょう。寝てていいよ。

 「エキセントリック」に対する言葉は、「オーセンティック」、と言うのかな。つまり、いったい「ロック」という音楽ジャンルはどこまで発展してイッてしまうんだろう? って、エキセントリックなるものを追い求めていたわたしだったんだけれども、それがことごとく「自己表出」の自家中毒的なまん延に結実していき、「あ、もうロックなんてどうでもいいや」という空気。そこで出会ったのが英国伝承音楽の世界だったんだけれども、これはもう「オーセンティック」の極地のような音世界なんだけれども。あ、一応、寝ないでここまで読んで来て退屈している人に言っておくと、今、わたしは今の「コンテンポラリー・ダンス」と呼ばれるジャンルの発展とのアナロジーで語ってますので。

 で、英国伝承音楽。作者不詳。アノニマス。特にここで英国の伝承音楽を特徴付けるのは、「バラッド」と呼ばれる音楽の集体で、つまりは「物語歌」。当時はブロードキャスト・ソングなどと呼ばれた、ニュース瓦版などの代理を果たしたような歌。そこにある、ある種の残虐さをも唄い込むような姿勢。そんな歌が歌い継がれる。そこであらわれるのは、歌い手の無名性への希求とでもいうのか。

 例えばアイルランドの伝承歌謡には、「シャン・ノース」と呼ばれる歌唱法が、今日に到るまで伝達されていて、それは英国伝承音楽でも、スコットランドあたりは同じケルト圏内として同様の影響/伝承があるはずなんだけれども、つまり、ここでは、そのような歌唱法が先に立つ事によって、歌い手の出自とかは問題にされないような世界が現出するわけで。

 わたしはアイルランドの伝承歌謡はあまり聴かないのだけれども(ちゃんとしたのを見つけるのが大変なのよ)、英国の伝承歌曲のシンギングでも、そんな「シャン・ノース」に対応するような音世界はある。それはどういう世界かというと、つまりは、「伝承」という契機の前に、歌い手はそれ特有の一種の「無名性」というか、「匿名性」に到達する。つまり、今歌っている歌の前で、歌い手の存在は一種の「無」に到達する。

 例えばそんな「物語歌」に潜むような残虐さを歌う場合とかでも、感情移入を排してシンギングに徹する事で、より歌自体のパワーが際立つ。それこそが伝承歌謡の魅力であるとも言える。これがいかに「自己表出」というような世界からかけへだっていることか。それは言葉としていえば「オーセンティック」という事になるのだけれども、つまりは、パンクなどの「自己否定」の志向する先は、こういう「滅私」の世界なのだと思った。それは、おまけに脱線すれば、例えばジャクソン・ポロックの希求した「自己否定」に通ずるモノであって、ヘボ美術作家としてのわたしも、なお同じ事を希求するものでもあるのだだだだだ。

 ううん、やっぱうまく書けないな。だから、こういうことがどうやって今回の大倉摩矢子さんの公演に絡んでくるのか。つまり、わたしは、「舞踏」の中に、きわめてオーセンティックな、「自己否定」というか、いや、それ以上に「滅私」という契機を観たいと思っていて。

 今、例えば「コンテンポラリー・ダンス」とか呼ばれている世界がどのくらい盛況なのか知らないけれども、つまり、そんな、「コンテンポラリー・ダンス」と呼ばれるような世界が一体どこから始まったのかと問えば、それは80年代から90年代にかけての「舞踏」的世界の発展の結果、なんではないだろうか。ハイ、ダンスの話をしますから、そろそろ起きて下さいね。

 個人的な話をすれば、ちょうどわたしが自分のイヴェント「crosstalk」を始めた頃が、そんな、日本のシーンの中で、「舞踏」が「コンテンポラリー・ダンス」に移行するような時期だったのではないだろうか。それは例えば笠井叡さんがドイツから帰国して公演を始められた頃でもあり、伊藤キムさんがそれこそ「舞踏」から「コンテンポラリー・ダンス」への橋渡しになるような公演を始められる頃でもあったし。手前味噌でで言いたいのだけれども、そのわたしの「crosstalk」の舞台でも、そんな過度期的な表現にわたし自身立ち会ってきたわけで、そういう意味で、「わたしは知っている」みたいな話をしようとは思っていないけれども、それでも内緒で言いながら、そんな、90年代の中ごろは、「舞踏」というファクターが変質をとげようとしていた時期だと思う。

 で、今回の大倉さんの公演もまた、堂々と「舞踏公演」と名乗っておられるのだけれども、実のところ、考えてみて、その90年代から以降、正統な「舞踏」と呼べるような活動は、この日本ではどこにもなかったのではないか? という素朴な感想がある。というか、「舞踏」の創始者ともいえるような土方巽氏の死後、「舞踏」という世界は、極端な「自己表出」の世界になってしまった。もしくは、そのお弟子さんたちによる、パーソナルな解釈での「舞踏」の発展形の提示。もちろん、そんな中には豊かな舞台空間も産み出されたりもするわけだけれども、では、ティピカルに、「舞踏」と呼ばれるようなメソッドを体現するような公演がどこにあったかと問えば、それはおそらくは、なかったんだよ。今あるのは、一人一派的な、「吾こそは舞踏の体現者」みたいな、どうも「自己表出」の総和としての「舞踏」という解釈、みたいなの。そうでなければ、アーティスティックに、「土方以降」を体現されるような方策。いやいや、ちょっと語り口が否定的になってしまったけれども、そういうかたちで「舞踏」なるものが存続することに異を唱えるような気持ちはありませんし、そういう中でとっても好きな、とっても啓発されるような公演に出会う機会も多いのです。

 疲れて来たな。だから、その大倉さんの今回の公演。


 これは、わたしにはある意味で規範的な「舞踏」の公演と捉えられるように思えて。それは、ここに来てやっと「英国伝承音楽」とつなげることができるんだけれども、だから、乱暴でもイイと思うけれど、ココで、そんな「舞踏」を、伝承すべきものと捉えて、だから、「伝統芸能」でもいいですよ。だからそういうのを、「自己表出」とは異なる次元で舞台を創出した成果、というか。その、技のなかで「個」が消滅するような、それは、オーセンティックでありながらも、でもエキセントリックでもあり得るという、極めて希有な舞台表現が成立していたという。

 長い。長過ぎ。続きはまた今度と言いながら書き逃げしたいな。でもまだオチがついてないぞ。続く(予定)。


 

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■ 2006-09-07(Thu)

[] 夏休みの課題、いっきに消化したいものだ。    夏休みの課題、いっきに消化したいものだ。を含むブックマーク

 さてさて、ちょっと前に、「いっぺんにたくさんの読書感想文を」などと書いてしまって、その後いっこうにそんな気配も見せないでいて、そんなことやっているうちに学校の夏休みも終ってしまった。

 で、今現在のわたしの課題は、だから、「教養」っていったい何の役にたつの? って感じのことで、とにかく、今年はそんなことに疑問を持ってしまう読書体験が多かったんですよ。それが例えばジョン・ファウルズの『ダニエル・マーチン』であったり、磯田光一の『思想としての東京』であったりした経過は、ココの前の記述にやってしまったことだけれども、つまりはまぁ、「教養」というよりも「知識人」とかいうの? そういうのがどうもよくわからないですね。ジョン・ファウルズは、多分に自分自身を投影させた主人公にイギリスの知識人の苦悩を代弁させながら、しっかりとワーキングクラスのやつらを排除して、東方の国の住民に対しても「低開発国の嘆かわしい無知」などという言葉を投げかける。磯田光一にしても、いつも間違った道ばかりを選択する大衆の前で、本来の道を代わって模索する知識人こそが日本なのだ、な〜んて本気で思ってるようだし、それは要するにずいぶん前に読んだ三崎亜記の『バスジャック』なんかでも、「わたしゃ出版業界に関わってるんだから、田舎の回覧板の文章なんか最悪だと言ってしまうよ!」などという視点を主人公にとらせて、それはきっと間違いなく作者の三崎亜記の視点なんだろう。そういうのもどこか共通して、やはり「知識人」の問題。うん、他にもそういう類いの本を心ならずもあれこれ読んでしまった経緯をまとめておこうと思ってるんだけれども。

 で、あれだね、やっぱこの本のことは今さらながら一度書いておこう、と決めていたのは、藤原正彦の『国家の品格』なんだけれども、いざ書こうとするとやっぱ、あまりにも馬鹿馬鹿しくって‥‥。ま、このお方はやはりつまりは「大衆なんていつも間違えるんだから、民主主義なんてとんでもなくって、つまりはエリートに任せるに限るのだよ。」なんて考えで、そこから突然「武士道」とか「神道」とかにいっちゃう国粋主義者なんだけれども、ま、大雑把にいって磯田光一なんかと大差ない。藤原正彦によれば、「国民は永遠に成熟しない」んだそうです。だから、どんな権利もあげないよって。

 で、とりあえずこの本で、ただ一つのことだけ、ちょっと書いておきたいことがあって、つまりはこの著者藤原さんは、「弱者に対しては惻隠の情を」などと書いておられるのだけれど、このひとは弱者のことなんか何にも思ってはいない。本当の意味の弱者なんか、彼の目にはまったく映っていないんだという記述。

 とにかく論理の飛躍、論理の誤謬ばかりで出来ているようなこの本で、ひときわ面白い部分があるので、ココに引用します。

 いま世界中の人々がかかっている悪疫があります。英語で「ポリティカリー・コレクト(政治的に正しい)」と言われるもので、実は「弱者こそ正義」という考え方です。弱者とは通常、女性、子供、高齢者、障害者、マイノリティなどを意味します。このあまりに素朴な哲学は、現代人の偽善を触媒にして、ここ十数年間で世界に広がりました。だからO・J・シンプソンやマイケル・ジャクソンが無罪になるという、誰もが首を傾げるような判決が出ました。
 日本では、日亜化学工業の元社員が「青色発行ダイオードは自分が発明した」にもかかわらず、「それに見合った報酬を受けていない」として会社を訴えました。一審の東京地裁は、法外な二百億円もの支払い命令を出しました。企業は強者だから悪、一研究者は弱者だから善という、マスコミをはじめとする「ポリティカリー・コレクト」の気運に迎合したのでしょう。だから、冷静さを取り戻した二審の判決では、約六億円での和解勧告に落ち着きました。

 ‥‥面白い文章ですね。この文には少なくとも二つの大きな間違いがあると思うんですけれども、それ以前に、この藤原さんがいかに「弱者」が嫌いなのか、というのがよくあらわれているのではないかな。つまり、弱者はいつまでも弱者で、ただ情けをかけてやればいいのであって、弱者の自立なんかとんでもないよ、という考えがみてとれるよね。

 で、その、間違い。「ポリティカリー・コレクト」(正確には「ポリティカリー・コレクトネス」ではないかな?)は、ここで藤原さんが書いているようなものではないのよね。わたしの記憶ではね。つまりこれは一種の「言葉狩り」というと語弊があるけれども、たとえば「ちび黒サンボ」が廃刊に追い込まれるような、「ウォークマン」では男しか表わしていないから、「ウォークパーソン」にするべきだ、といった、言葉としての差別構造を問題にするような姿勢をいうのであって、藤原さんは拡大解釈している。これは編集者は指摘すべきだったと思うな。

 で、さらに大きな、驚愕の読み違え。O・J・シンプソンやマイケル・ジャクソンが弱者だから、そんな情勢に迎合して無罪になったという捉え方。ここにこの人のズレさ加減の偉大さがあるというか、いったい何をみてるんだこのひとは真性のバカなのかビョーキなのか正気の沙汰かと驚いてしまうんだけれども、ここにあるのは彼が言いたいのとまったく逆のケースではないか。彼は、これらの裁判のことを、いったい何が取り上げられた裁判だと認識しているのか。基本的な認識が欠けているではないか。

 O・J・シンプソンに殺害されたとされる女性の存在、マイケル・ジャクソンに性的に陵辱されたとされる少年たち、そんな存在(それこそ「弱者」であるよね)は、この藤原正彦っちの脳みそには、その影さえ過りもしていないモンだから、こんな奇妙奇天烈な文章が書けるんだろう。これは、「強者」が、その力で弱者を牛耳った判決ととるのが普通だろ? どう捉えたらO・J・シンプソンやマイケル・ジャクソンが「弱者」になるのか。この部分でも編集者は「あのぉ、藤原さん、ちょっと、」と言うべきなのだけれども。

 日本の例にしても、どうも、「企業の社員ごときが図々しくも」みたいな視点しか読み取れないんですけれどもね。「青色ダイオード」の発明は、それこそ「青い薔薇」以上の、企業レベルでの大発明であって、過小評価してはいけないよ。ま、このあたりはここで簡単に書いてしまう以上にあれこれと複雑なことがらではあると思うんだけれども、ここでも「弱者」が報われることが実は大ッ嫌いな藤原正彦の、面目躍如ですね。

 この点以外の、この『国家の品格』のトンデモな部分は、すでにあちこちで問題にされているはずなので、もう書きません。ここに書いた問題だけはまだどこでも眼にしていないので、あえて今ごろ書いてみましたけれどもね。わたしもこの本のことはもう忘れたい。あ、一つだけ書いておこうっと。愛すべき藤原っちによれば、

どうしても必要な自由は、権力を批判する自由だけです。それ以外の意味での自由は、その言葉もろとも廃棄してよい、廃棄した方が人類の幸福にとってよい、とさえ私には思えます。

 ‥‥だそうです。かっこいいこと言ってるみたい(いや、言ってないが)だけれども、いったい人が、思想、信条の自由、結社の自由、集会の自由、出版の自由を勝ち取るまでに、どれだけの血と汗と涙を流して来たことか、こういう言葉を聞くと、はっきり言って藤原っちへの殺意さえ覚えるよ。権力を批判するための前提となる、これらの自由を勝ち取るのが、いかに大変な道のりだったことか。きっと藤原正彦さんにはまったく興味のないことがらなんでしょう。


 さて、まだもう少し、(わたしにとって)困った本が残ってるな。またいずれ書きましょう。


 

 

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■ 2006-09-02(Sat)

crosstalk2006-09-02

[] 『プライスコレクション 若冲と江戸絵画展』 @東京国立博物館・平成館    『プライスコレクション 若冲と江戸絵画展』 @東京国立博物館・平成館を含むブックマーク

 六本木ヒルズの森美術館、そのこけら落としの『ハピネス』展だったっけ? もうタイトルとか思い出せないけれど、そこに展示されていた若冲の「鳥獣花木図屏風」を観た時には、ほんとうにびっくらこいた。画面を全部、方形に仕切って描いた「タイル絵」。しかも、その中央には白い象が真正面を向いて立っている。そんな描き方、そんな構図を思いつくような絵師、実際にそれを実現する絵師が存在したことがとても信じられない気がした。

 若冲は、ちょっと以前に、地元京都の博物館で大きな展覧会が催されていたはずだけれども、おそらく東京で、これだけの若冲の作品がまとまって展示されるのは久しぶりのことなんじゃないだろうか? って言っても、若冲の作品自体は20点そこそこの展示ではあったのだけれども。

 基本的には、アメリカ人のプライスさんが財力にモノをいわせて買い集めた日本美術のお披露目。若冲の評価がいつごろ定まったのかよく知らないけれども、辻惟雄氏がそれまでの日本美術史の系譜から離れて、その著書『奇想の系譜』で若冲を紹介したのが1970年のことらしいから、その前には傍系の作家という評価にとどまっていたのではないだろうか。わたしはこのあたりに詳しくないのでわかんないけれど。

 そういう意味では、プライスさんにとっては、若冲のコレクションを広げるのにはあまり障害はなかったのか、まだ公立の美術館なども「若冲? いらないよ」みたいな空気だったのか。プライスさんは美術を専門的に研究している人というわけでもなく、本当に趣味で集めたのだというあたりも、彼のコレクションの性格を良くあらわしているようで、今回の展覧会を観てもそれは決して江戸美術の最良の部分というわけでもなく、一種雑多な趣味性をもあらわしていて、それは文学に例えても、専門家ではない趣味の人の書斎に並ぶ本を眺めているようで、「こんなのも持ってるんだ!」みたいな、ま、その中での若冲は、わたしの家の書棚のナボコフみたいな、「ちょっと特別、ね!」みたいな。結局、そんな、正統な(?)美術史に頼らない趣味の目で作品を選んでいるのがよくわかるというか、だからこそ、そのコレクションの中に曽我蕭白(面倒な漢字だな。探すのに苦労したよ)とか、歌川国芳とか、長沢芦雪などの、先にあげた『奇想の系譜』で取り上げられていた作家の作品を含む、ある意味「奇想の系譜展」とでもいった色彩を持っている。

 個人コレクションだということは、その展示方法にもちょっとした「遊び」を持ち込ませて、ガラスケースを外して、照明の光量を変化させながらその絵の見え方の変化を体験してもらうような一室、たとえば白の顔料とか金箔なんか、その光の変化で確実に見え方が変わって来る。こういうのは個人コレクションの展示でその持ち主の意向がなければ決して実現されることもないだろうし。おもしろかった。

 しっかしやっぱ圧巻はその若冲コレクションで、ま、本当に若冲のすごいのは、例えば大傑作シリーズ「動植綵絵三十幅」などの博物誌的な作品にはあるのだけれども、こうしてバラ売りされた若冲からも、その独自の画狂人ぶりはうかがい知れるというか、やっぱ鶏だね、って、晩年はただ庭の鶏を眺めるだけで過ごしていたとも聞く若冲の、その真骨頂というか、鶏の絵。「おい、みてみろよ、庭には二羽にわとりがいるぞ!」とか、「すもももももももものうち」とか、唐突につまんないこと言い出すんじゃないよ、おまえさん。いや、冗談いってる場合ではなくって、このにわとりの、そのとさかとか、羽根の描写の、それはもう一種の空間恐怖とでもいうか、なんだっけ、むかしいたシュルレアリスム系の偏執狂の画家、マックス・ワルター・スワンベルグだっけ、あんな人の絵も思い浮かべてしまいますね。

 いやいやいや、クライマックスはこれからですよ。おまえさん。もちろんそれは「鳥獣花木図屏風」の双曲そろいが並べられて展示されたコーナーで、こんなにも、遊園地のように観る人の目を楽しませてくれるような作品が他にあるだろうかねぇ、おまえさん。これはもう江戸美術のアミューズメント・パーク。描かれた動物、それと、その描く手法というか、方眼の中に塗り込められた顔彩の、色と図形の楽しさ。正面を向いた象のその瞳が、観る人の心を天国へ誘うように。

 きっと江戸時代のニートで、ひきこもりで、鶏オタクだったかもしれない「心遠館」館主、若冲さん。こうやって長い時間彼の作品と向き合って眺めて、ちょっと、時を隔てて、そんな絵師と心が通ってしまうような気になってしまった。楽しい展覧会だった。



 

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■ 2006-09-01(Fri)

[] 大橋可也&ダンサーズ|新作公演 『明晰さは目の前の一点に過ぎない。』 大橋可也:振付 @吉祥寺シアター   大橋可也&ダンサーズ|新作公演 『明晰さは目の前の一点に過ぎない。』 大橋可也:振付 @吉祥寺シアターを含むブックマーク

 別のところで、この公演の印象を「路上の惨劇」と書いてしまって、今こうやってちゃんと感想を書こうとしてそのチラシをじっくり見てみると、山田せつ子さんが、前回の『サクリファイス』の公演に触れて、「劇場でダンスを見ているというよりは、街頭で、路上で私自身のからだが言いがたい危機に晒されているような感覚が繰り返し起こって来たのだ。」と書かれていらっしゃって、その「路上」というフレーズは、無意識にそんな山田さんの文章が心のどこかに引っ掛かっていたのかな? などと思ってしまったんだけれども、もともとあまりちゃんとチラシの文章とか読まないし、どちらにせよ意識的に憶えていた言葉ではないので、そこは、わたしも山田せつ子さんと同じように大橋可也さんの舞台を読み取っていたということなんだろうか。ま、後発として同じ言葉を使ってしまうのは、「模倣」と思われても仕方がないのだけれども。

 大橋さんの近年の作品には、「暴力」という問題が大きな要素を占めていると思うのだけれども、いや、その「暴力」というのも、外に発散されるのではなく、内攻的な、一種の「狭さ」、としてあらわれるような暴力性で、その、暴力を通じで人と人とが感応していくような世界。そういうのが大橋さんの作品。ある意味で、観客を挑発し、覚醒させる。覚醒? わたしは眠っていたのか?

 それは例えば、『シンセミア』の阿部和重、『隠された記憶』のミヒャエル・ハネケなどでも共通して描かれるような暴力の世界で、そのおぞましさに目を閉じたくなりながらも、それでも観客席からも感応してしまうような、これは言ってみれば「いやな舞台」であって、同じようにストロボとベッドの上に横たわる人物などという、同一の素材を使った作品であったと記憶するダムタイプ(Dumb-Type)の『メモランダム』のように観客席は安全ではないし、舞台上での暴力の交差というニブロールの舞台の表現も、この公演の前では、あまりに舞台上の約束事に収束してしまうだろう。同じように内攻する暴力と狂気を描いたOM−2の作品にしても、その暴力は舞台の上の虚構に、というか、佐々木敦さんの個人パフォーマンスの中に閉じ込められたままではあったわけで、舞台から観客席へ、その暴力がこちらへ侵入してくるようなおぞましさはなかったと記憶する。いや、わたしは、ダムタイプもニブロールもOM−2も、どれも否定しているわけではないんだけれども。

 幾組かの、交差することのない暴力の発露がそれぞれのかたちをとり、最後にその暴力が交差しながら、誰もいなくなってしまった舞台からは、観客席に向かって、そんな、姿をとどめないみえない暴力が放射されているようで。危険だ。感染する。わたしは今暴力の中に生きている。感付いてはいたけれどもね。

 ダンサー(宝栄美希)が(ここで出演者を「ダンサー」と呼ぶのはまったく意味がないことだけれども)、バケツをかぶった姿で、スイッチを入れたチェーンソーをわきに抱え、兵士のように登場する。ここは戦場なんだ。

 ただひたすら舞台上を駈け、ひたすらダンサー的身体を浪費するダンサー(古館奈津子)とか、痙攣を繰り返す男女(ミウミウ/皆木正純)とか。そんななかでやはり印象に残ったのは、観客席に坐っていた出演者の二人(神村恵/垣内友香里)、この二人のありさまをハンディカメラを使って舞台のスクリーンに拡大してみせたシークエンスで、つまり、観客席からは、基本的にはその映像が同じ観客席に坐っている人物の映像ということは了解できると思うのだけれども、その現実に見える姿と、カメラを通してスクリーンに拡大される姿とのあまりのギャップ、というか、舞台空間でのリアリティの問題を考えてもいいんだけれども、これはちょっとしたインパクトで、ま、そういうことをやっている舞台を初めて見たわけではないけれども、ここでの成果はやはり、かつてイメージフォーラムで映像表現も学ばれているはずの大橋さんの、映像というメディアへの知的蓄積の結果でもあるんだろうな。それはあるカップル(男女のカップルに見えたけれど、実際には二人とも女性なのだ。)の愛情表現、そして、逃げては追いかける修羅場、とはとれるのだけれども、劇場から外に飛び出し、実際に外の路上にまで到る映像は、単純に言っても、そのリアルタイムな切迫感はパワフルだし、ま、おぞましさもピカいちでもあるし。

 音楽が今回は舩橋陽さんで、彼は前にニブロールの音楽などもやっていたはずだけれども、無音状態からだんだんとリズムの反復でヴォリュームを上げていきながら、その頂点で自分のサックスをブロウするこころいきは確かに舞台空間に「劇」的な緊迫感をもたらし、久しぶりに聴く彼のサックスの音はじつに朗々として、いや、わたしは、これはウェイン・ショーターか渡辺貞男かよ、って思ってしまった。そのクリアな音がこの日の舞台にマッチしていたかどうかは別として、無性にまた彼のサックスの音が聴きたくなってしまって。近いところでは10月の前橋、『踊りに行こうぜ!』での「ポポル・ヴフ」での参加。即座に行くことに決めた。

 次の大橋可也さんの公演は来年の1月、こまばアゴラですか。楽しみに待ってます。また「いやな舞台」を。(8月27日観劇)


 

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