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■ 2007-03-31(Sat)

[]二○○七年三月のおさらい 二○○七年三月のおさらいを含むブックマーク


 3月の「おさらい」です。

 助成金がらみのかけこみ公演も3月いっぱいなので、4月からは急にがくりとダンスの公演が少なくなります。それでも、なんだか今度は演劇関係であれこれと観たいのが重なっていて、4月〜5月も結局は観劇が続くようです。

 そんなこんなで、3月は10件も舞台公演を観てしまいました。ダンスが4つ、演劇が6つになるのでしょうか。指輪ホテルはどっちになるのでしょう。勘定は演劇に入れちゃいましたけど。

3月 4日(土)『踊りに行くぜ! Special in Tokyo』@アサヒアートスクエア
3月 5日(日)Port B(ポルト・ビー)『雲。家。』@にしすがも創造舎
3月10日(土)『吾妻橋ダンスクロッシング』@アサヒアートスクエア
3月11日(日)ポツドール『激情』@本多劇場
3月18日(日)Kudan Project『美藝公』@ザ・スズナリ
3月24日(土)スリーポイント・プロデュース『伴侶』@下北沢「劇」小劇場
3月24日(土)山賀ざくろ『卒業』@Studio Goo
3月25日(日)ラドママ・プロデュース『しあわせな日々』@江古田ストアハウス
3月30日(金)指輪ホテル『Please Send Junk Food/CANDIES』@森下スタジオ
3月31日(土)BATIK『ペンダント・イヴ』@世田谷パブリックシアター

 美術関係は3件。

ロマン・ソロコンブ展 @ヴァニラ画廊
笠井千鶴展 @十一月画廊(これはちゃんとしたタイトルがあるはずだけれども忘れました)
Lab☆Motion @Tokyo Wonder Site Hongo

 映画は4本、いづれも国産品。『それでもボクはやってない。』は、自分の基準では映画作品と言えない気がします。つまり、好きではない作品です。

周防正行監督:『それでもボクはやってない。』
山下敦弘監督:『松ケ根乱射事件』
蜷川美花監督:『さくらん』
大友克洋監督:『蟲師』

 本はたぶん6冊読んだのです。阿部薫以降を「無」とするような『戦後日本のジャズ文化』の記述に、ちょっと憤慨しました。自分をマッカーサーだとでも思い込んでいるような、いまだ占領意識濃厚な、この程度の意識の低い本に「サントリー学芸賞」をやることもないでしょうに。表現者側ではこんな本などドブに捨ててしまってかえりみないぐらいに先へ進んでいるのに、そんなことはなかったとするような本に賞を進呈する。なさけない国です。いや、『闇の左手』には泣きましたけど。

金井美恵子『彼女(たち)について私の知っている二、三の事柄』
アーシュラ・K・ル・グイン『闇の左手』
星野智幸『植物診断室』
パトリック・ジュースキント『香水〜ある人殺しの物語』
金井美恵子『快適生活入門』
マイク・モレスキー『戦後日本のジャズ文化』

 DVDも時々観ています。ついに、成瀬巳喜男監督のDVD、『浮雲』以外でわたしの環境でレンタル可能な作品を全部観終りました。ほんとうにこの監督のことをよく知らないで「一発屋」などと言ってしまったことを、いまさらながら恥入ってしまいます。素晴らしい作品群でした。機会があればまた見直してみたい作品ばかりです。

成瀬巳喜男監督::『山の音』
成瀬巳喜男監督:『めし』
成瀬巳喜男監督:『流れる』
成瀬巳喜男監督:『娘、妻、母』
(監督名なんか知らないけれども):『パイレーツ・オブ・カリビアン/デッドマンズ・チェイスト』

 てなところの3月ではありました。

 

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■ 2007-03-30(Fri)

[] 『叫(さけび)』 黒沢清:監督  『叫(さけび)』 黒沢清:監督を含むブックマーク

 近年の黒沢清監督の作品の多くは、端的にみると、「ホラー」という枠組み、ジャンル分けのなかで、いかにそのような枠組み/ジャンル分けから逸脱して行けるのかという、その試みのように思えてしまうのですが、つまりその「逸脱」のしかたの面白さ、というのでしょうか、特に前作『LOFT』での、横滑りしてメロドラマ(もしくはコメディー、もしくは‥‥)へ脱線し、そんな地平からも墜落してしまうような、一種破格な映画造り、その面白さはまさに「快楽」と言ってしまってもいいくらい、大好きな作品でしたが、そんな「快作/怪作」のあとに、間を置かずにたてつづけに公開された新作です。

 いつになく自分の過去作品からの引用が目立つ作品なのだと言いましょうか、言ってみれば、黒沢清が黒沢清作品をリミックスしてホラー映画を造ってしまったという印象で、そう書いてしまうと、実はとっても面白い作品だったではないかと思い直してみたりもするのです。観た当初は、それまでの黒沢作品に比べて、あまりに自己完結し過ぎているような印象もあって、そのディテールにはあまりにも楽しませ過ぎてもらったとはいえども、ひとつの作品としては外に拡がらない、そういう印象もあったのですけれども、これは一種中間報告とでもいうのでしょうか、『CURE』以降の黒沢作品の、「ホラー」をキーワードとした、批評的再構築として成立した作品だったのではないかと、思いなおしてみます。

 物語はほとんど、『回路』の裏返しになっていまして、『回路』の中での、「自分の外でなにかとてつもないことが起こっている」という感覚が、この『叫』では「その、とてつもないことが起こっているのは他ならぬ自分の中なのだ」として提示され、まるで『カリスマ』での「世界の秩序を回復せよ」のように、命題(というほどのものでのないでしょうが)「あなただけ許します」と提示された啓示は、まさしくそのラストでその言葉通りに実行されてしまって、それは『回路』と同一地平からの、客観世界と主観世界とのズレの象徴化にたどり着くのでしょうけれども、とりあえず、物語としては、『回路』での、スクリーンの外にまではみだしてしまうような、観客の想像力さえも作品の中に取り込んでしまうような広がりではなく、逆に、外的な事象が実はすべて個人の内面に収束されなおしてしまうような展開、それはスクリーン上の出来事がスクリーンの中ですっかり自己完結してしまうような印象でもあって、観終った時にはちょっと消化不良といいますか、なんだか完結してしまっているなぁという感覚がちょっと、この作品の評価に関して否定的に機能したような気持ちもあったのですけれども、こうしてその感想をココで書いていると、なんだ、やっぱりめちゃ面白かったではないですか。

 ミクロコスモスを内世界と解釈し、マクロコスモスを外世界とすれば、キューブリックの『2001年宇宙の旅』や、ケン・ラッセルの『アルタード・ステーツ』ではそんな、ミクロコスモスとマクロコスモスが競合した世界解釈の映像化としての成果、そういうのが達成されたといいますか、それは『惑星ソラリス』でもそうなのですけれども、この時代には「SF」という枠組みから達成された映像作品としての成果、それがこの時代になって、黒沢清監督によって「ホラー」という枠組みから、『回路』&『叫』という対になる作品で提示されたと言うべきでしょうか。それは「ホラー」という構造自体も、「内的」世界と「外的」世界の競合、というか、「ズレ」からこそ生まれるものでしかないのでしょうし、それをクリント・イーストウッド監督の『父親たちの星条旗』&『硫黄島からの手紙』という対と比較しても仕方がないのですけれども、そういう、ひとりの映像作家の作品をひとつの作品だけを切り出して解釈するのではなく、この『叫』は、当然、黒沢清という映像作家のトータルな作品の連続、歴史の中でもなお解釈されるべきではありましょう。

 さすがに黒沢清監督作品らしく、その、この作品単独でのディテールの面白さとかあれこれ書いてみたくなる誘惑には勝てません。ここではやっぱり「水」とか、そして、役所広司の住んでいるアパート、勤める警察署の破格、そういう魅力にあふれていますし、なぜかハリウッド的な葉月里緒菜の亡霊のアクションとか、それはそれでこの作品独自の魅力なのではないでしょうか。


 

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■ 2007-03-24(Sat)

[] 黒沢美香のソロダンス 『薔薇の人「登校」』 ダンス:黒沢美香 @中野テルプシコール   黒沢美香のソロダンス 『薔薇の人「登校」』 ダンス:黒沢美香 @中野テルプシコールを含むブックマーク

 そこへ行くと、黒沢美香さんは、したたかです。いや、「そこへ行くと」というのは、前回書いた上村さんの公演に比べて、ということではあるのですけれども(誤解のないように書いておきたいのですけれども、このような書き方をするからといって、黒沢さんのそれに比べて上村さんの公演が「ダメ」なのだということを言うのではありません。<ダンス>というモノのあり方の例証のひとつとして書いているだけです)。

 ここでも、チラシに掲載された黒沢さんの文章を転載させていただきましょう。

「薔薇の人」
不思議なもので身体から「ダンス」が漏れ出すと、その時点から空間に花が咲きだす。当の本人の身体はそれ迄とは別人で、花の精に化したようになるのだが、いつもそう思う。誰が踊ってもそう見える。そこで「ダンス」を「花」にたとえ、花の中でも豪華で香しい魅惑に満ちた代表ともいえる薔薇を花の代名詞とし、タイトルの「薔薇の人」とは言い換えれば「ダンスの人」、ダンスする人そのものである。ここでモチーフになっているのは「無為」を謳歌することだろうか。勤勉と怠惰、溺愛から放棄、羞恥と溶解、混濁と清潔、という言葉が対で思い浮かぶが、それらの両層に片足づつ浸しながら部屋中を歩き回るダンスと言える。 −黒沢美香−(このシリーズに踏み込む99年に記)

 このように自己の行為を文章化できる人というのも希有な存在で、これは表現者による<ダンス>の定義、というか、そういう「批評行為」としてもとても興味深く読むことのできるすてきな文章なのですけれども、ここには、「身体になにができるというのか」と「身体は知っているのか」という、(上村さんの文章にあったような)<ダンス>の創造行為のなかに潜む二律背反の影は見受けられません。その二律背反は、言い換えれば、それが表現者にとって、内在的なものなのか外在的なものなのかという問題でもあるのかとも思うのですけれども、ここではあとのことはどうでもいいとして、この黒沢さんの文章で読むべきは、“身体から「ダンス」が漏れ出すと、その時点から空間に花が咲きだす。”というセンテンスこそであって、特に、「漏れ出す」という、ある意味で微妙な言い回しのなかに、つくり手側からの、<ダンス>の創成される瞬間への言及があらわされていると、わたしには思えるのです。

 「漏れ出す」、そこにはダンサーとして膨大な時間のキャリアを持つ黒沢さんだからこそ言えるような、自然と沸き出してくるような創造の神秘、そういうものが盛り込まれているのかも知れませんが(わたしはこういう「創造の神秘」なんつーのをあまり信じてはいないのですけれども)、そこから咲きだす「花」として<ダンス>を捉えられ、その「花」を、「花の中でも豪華で香しい魅惑に満ちた代表」としての「薔薇」と定義されること、そこにこそ黒沢美香さんの「薔薇の人」シリーズの魅力があるのではないかと思ってしまうのです。それは踊る本人が、いってみれば「花の精」へと変身することこそがダンスなのだと、そのように読むのですが、しかし、何という「花」、何という「薔薇」でしょう!

 「無為」を謳歌するダンス。この「薔薇の人」シリーズには、たしかにそう言ってしまえるような不思議な魅力にあふれています。ぎゃくに、その、「無為」を踊るということの中に、一種、「ダンス批評」としての<ダンス>、的な側面を内包しているのでもあって、それは<ダンス>、とりわけ「コンテンポラリー・ダンス」の、マージナルな領域をさらに拡張していくような実験性をもあわせ持つ、実に刺激的な舞台を創出することになるわけだと思うのです。

 で、今回の「登校」篇ですが、これはもう、舞台装置といいますか、大道具、小道具と一体化したトータルな、疑似古典芸能、フェイクな伝統芸能としての学芸会といってしまうと誤解を招くでしょうか、意外なほど細部までつくりこまれた、誰もが持つ追憶(ノスタルジー)をひとつのメルヒェンにまで昇華したような、何よりも遊び心にあふれた、とにかくも観て楽しい舞台作品ではあったのです。

 舞台には「気象師」(って何なんでしょう?)とチラシで名付けられた栲象さんと高見亮子さん(かもねぎショット)のお二人が、なんというのか、孔雀の羽根とかの立てられた置き物のような舞台装置? そういうのをしずしずと能の舞台のように設置されて、さらに片付けられて、さらに大事そうに桐箱じゃないけれども宝物を収納するようなケースに丁寧にしまわれたりする、そんなのをバックにして、黒沢さんが道草をしながら、なかなかたどり着かない登校風景を通り抜けていかれるわけです。リコーダーをふいてみたり、蛙を虐待したり、おせんべをボリボリ食べたり、蛇と遊んだり、それではいつまでも学校へたどり着けませんよ。

 ダンスというよりは、どちらかというとキッチリと構成された演劇的な作品で、そうう意味ではいつもの黒沢さんの作品でのパフォーマンスとの肌触りの違いはあったのですけれども、そう、一面、今回はそんな演出家としての黒沢美香さんの魅力にふれたようにも思いました。そして何よりも「空間に花が咲きだす」瞬間を、堪能いたしました。(2月12日観劇)



 

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■ 2007-03-21(Wed)

[] 上村なおかソロダンス2007 『ニューホライズン』 構成・振付・ダンス:上村なおか @ベニサン・ピット   上村なおかソロダンス2007 『ニューホライズン』 構成・振付・ダンス:上村なおか @ベニサン・ピットを含むブックマーク

 サブタイトルに年号が含まれているのは、毎年、年に一度、公演をやるのだという意志のあらわれでもあるのだろうと思いますが、たしか去年(2006年)には、彼女はソロ公演をやっていないのではないかと思います。

 で、わたしにとって、上村なおかさんという人は、笠井叡さんが10年ほど前に若手ダンサーのために振付けた作品、『青空』の「生き残り」、そういうイメージがあります。あの『青空(せいくう)』という作品は、笠井さんが自分のところの「天使館」の女性ダンサーと、それから木佐貫邦子さんのところの「Neo」のダンサーのために振付けた「白鳥の湖」で、これがまた乱暴というか、アナーキーというか、ただひたすらダンサーを疲労困ぱいさせるためだけのためにつくられたような作品で、その時にはわたしの知っているダンサーの方も出演されていたりしたのですけれども、この公演がきっかけだったのかどうか知りませんけれども、結局彼女もそれ以降第一線から退いてしまわれたりもして、ま、その公演で印象に残っているのがこの上村さん、であったりします。ある意味で、親ライオンに千尋の谷に突き落とされてなお、這い上がって来て生還した子ライオン、ってな感じもあって、実際、それ以降の彼女の活動にはどこか笠井叡の後継者めいた部分が垣間見えて、何て言うんでしょう、力ずくで身体をねじ伏せてしまうようなところがあって、つまり、そこでは「身体」というのは、自在に操れるような、ダンサーその人のものではなくて、なにか外にあって制御する対象のようなもので、それを彼女はコントロールするというよりも、制圧するような踊りを見せてくれたような感じで、そういうのがある意味で爽快でこれまで観続けて来ました。

 で、今回の公演なんですけれども。

果たして。
今ここに、同じ地平に立って私たちは存在しているだろうか。
積み重ねられた時間の地層の、同時代として。
親密であり、冷酷であり、抜き差しならない、愛する、すべてのもの。
無関係なことはひとつとして、ない。
この星を一巡り。次は、どこへ行くのか。
視線の熱。
−−もう見て見ぬ振りはできないこの頃の出来事たちについて。
曖昧なままのこの身体で一体なにができるというのか。
それとも身体は知っているのか。
震える感覚に耳をすまし、不様にも立ち上がる。

 唐突ですけれども、これが今回の彼女の公演のチラシに掲載されていた文章です。おそらくは上村さんが自分で書かれたのではないでしょうか。そのようなダンサーの、決意の生々しさのようなものが伝わって来ます。そしてそれこそ、この文章の中に彼女の舞台のこと、その踊る姿も読み取れるように思えます。ただし、正直言って、何を言っているのかわたしにはよくわからないのです。

 ここでそんな文章をあげつらうようなことをするのではありませんが(そういう、不備のある文章として読むのではありません)、つまり、単純に言って、この文の中でいささか唐突に出てくる「視線」と言う言葉、ま、その事は置いておいても、そして、「身体」、そういう言葉が出て来てしまう、それこそが上村さんのダンスなのだと、言い切ってしまいたくなる衝動にかられてしまいます。

 まずは、「曖昧なままのこの身体で一体なにができるというのか。」という行と、次の行の「それとも身体は知っているのか。」という文の中の分裂、と言っていいのでしょうか、最初の行では、その「身体」と言う単語に、自己の制御下にある、道具としての身体、というような意味合いが含み持たれているようにも思うのですけれども、次の行、「それとも身体は知っているのか。」では、その「身体」はまるで他者になってしまいます。

 う〜ん、わたしはですね、今まで上村さんの公演を観て来て、ある場面とかで、そこにはダンサーの意志に関係なく動きだしてしまう身体、みたいな印象がありまして、なんだか、「舞踏病」のダンス? そんな印象があったりしたのですけれども、それを自分の制御下にある身体と、他者としての身体との分裂としてとらえれば、それこそいかにも彼女の舞台をあらわす言葉として、ぴったりだと思ってしまったりもします。そういう意味では、わたしにとって、彼女の舞台の魅力とは、「この身体で一体なにができるというのか」という意識と、「身体は知っているのか」という意識とのせめぎあいと言うのでしょうか、一種、そのような自己分裂としての身体表現、そういう面白さ、刺激をわたしなりに感じていたのではないのだろうかと思うのです。で、だからこそ、そこに「視線」という、これはやはり観客の「視線」でしかありえないと思うのですけれども、そういうのが入ってくるのもわかる気がします。

 でも、なにゆえに「もう見て見ぬ振りはできないこの頃の出来事たちについて」一体なにができるというのか、ということを考えなければならないのか、わたしにはわからない、というのが今回の上村さんのこの公演、やっぱりよくわからなかったのですけれども、そういうのの根底にあったりするのではないのかな、そう思ったりするのです。

 あ、そうか、今回の舞台はなにかのメッセージだったのでしょうか。その、舞台の上のダンスがそういうメッセージだったとしたら、正直、わたしはいつも、そんな「メッセージ」は受け取る意志はなくて観ています。わたしにとって、舞台の上でおこなわれることは、一種の方法論の具現化として観ています。その方法論の導く先として何らかのメッセージが内包されているならば、もしくは最初ッからそんなメッセージに奉仕するための舞台だったりしたら、すなおにそんなメッセージを受け取ろうとしているでしょう。

 そう、メッセージの発信だったのでしょうか。いままで上村さんの舞台から受け取ったもの、それは単純に「力」とか「パワー」とか、いささか陳腐な語彙ですが、そういうふうに自分で受けとめて楽しんで来たのですけれども、今回はなにか力ではない、それ以外にこう、無理して構築されたようなものを感じとってしまって、え、そんなに作品作品してしまうのですか、などと思ってしまったのです。

 ダンス自体については、やはり笠井さんの弟子的、と言いますか、中盤、笠井さんの「花粉革命」を想起させられるようなシーンもあったのですけれども、そうだとしたら(つまり、笠井さん路線を踏襲されようとなさっているのなら)、まずはちょっと衣装の感覚が違うと思うし、その、メッセージと今まで書きましたけれども、意味性の問題と言うのでしょうか、そういうあたりを曖昧にされないで(「曖昧なままのこの身体」などと言わないで)、その地点から、不様にでも何ででも立ち上がってほしいと思ったのでした。結局、今回の上村さんの舞台は、「不様」でもなんでもなく、しっかと作品としてまとまっていたのではないでしょうか。そこにこそ、わたしの不満があるのでした。(2月11日観劇)



  

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■ 2007-03-17(Sat)

[] 『愛しきベイルート アラブの歌姫』 ジャック・ジャンセン:監督  『愛しきベイルート アラブの歌姫』 ジャック・ジャンセン:監督を含むブックマーク

 その「MUSIC DOC. FES.」からもう一本。結局、3回券を買っていたのに、この2本しか観ることが出来ませんでした。このフェスティヴァルのラインナップをみると、そのどの作品も面白そうで、というか、音楽という切り口を通して、現在の<帝国>支配のグローバリズム下の世界、その情況といいましょうか、世界のありさまが見えてくるように思えるラインナップだと思いました。音楽、特に大衆音楽(ポピュラー・ミュージック)というものは、その生まれ出る文化圏の背後の情況が投射されるものでしょうし、そのような大衆音楽(ポピュラー・ミュージック)を聴くことは、つまりはカルチュラル・スタディーズへの第一歩、そのようにも思います。

 結局、新宿や渋谷の大きなCDショップなどに出かけても、つまりはそこは国産音楽、そしてアメリカもしくはイギリスの英語圏音楽だけでおそらくはその80パーセント以上の在庫になっているのではないかと思うのですけれども、つまりそれ以外の音楽、これはあえて言えば日本、米国、英国以外の音楽の事ですけれども、そういうのはつまりは「ワールド・ミュージック」とひっくるめられて、ま、「ラテン」とか、「アジア」とか、そういう風にくくられてちょっとだけ置かれているわけで、それはアメリカのカントリー&ウエスタンとかイギリスのトラッド(伝承音楽)もそんな感じで別枠扱いになっているわけなんですけれども、つまりはその「別枠扱い」とか、「ワールド・ミュージック」の面白さ、なんですね。

 かつて、つまりは60年代から70年代にかけて、この日本でも、フレンチ・ポップスとかカンツォーネが英米音楽に匹敵する人気を持っていた時期があったりしたのは本当に遠い記憶ですけれども、脱線ついでに話しておけば、先日観た『吾妻橋ダンスクロッシング』に出演されていた康本雅子さんが、その音楽にミーナの「砂に消えた涙」を使われていて、よくそんな古い音源を知っているなと思って、あとで「あの曲どうして知ってたの」と聴いてみたのですけれども、思いがけなくも、彼女はその曲がかつて日本でも大ヒットしたことも、そのミーナの、日本語歌詞のヴァージョンも存在することもご存知なかったのが驚きではありました。彼女は音楽への造詣も深いですから、まったく独自のルートでこの「砂に消えた涙」にたどり着かれたらしいのですね。あ、それが現在形の音楽の享受のあり方でもあるのだろうと思いました。そこでは「砂に消えた涙」は「懐メロ」ではなかったのだ、ということでもあります。

 思いっきり脱線してしまいました。この『愛しきベイルート』というドキュメンタリーの話をいたしましょう。

 このドキュメンタリーの主役は誰なんでしょう。主題は何なのでしょう。基本的にベイルートの市井の人たちから聞き出される話はすべて、ここで言う「歌姫」ファイルーズをめぐる話を中心に据えているわけなのですから、つまりはここでの主役はファイルーズであって、主題はレバノン、ひいてはベイルートの人たちにとってのファイルーズという存在、その享受のされ方、そんな作品だと言ってしまっていいのでしょうか?

 その前に、このファイルーズ(Fairuz)というシンガーの事をちょっと書いておかなくてはなりません。ファイルーズ、わたし、聴いたことはありました。えっと、20年ぐらい前の、最初のワールド・ミュージックの流行の時、と言いますか、「ワールド・ミュージック」という、あいまいでわけの判らない呼称が生まれた時に(この呼称はやはりヤバいですよね)、このファイルーズの音楽も日本に紹介されました。彼女のアルバムの国内盤も発売された時期もあったはずです。

 ファイルーズの音楽は、見事なまでにポップスなのだといいますか、そんな音の中に中近東のアイデンティティーを期待して聴いたりすると、それこそ肩透かしをくってしまいます。いや、それほど語れるほどにわたしはファイルーズの音楽に親しんだわけではありませんけれども、中近東特有のうねるような弦楽器をバックに唄われるとはいえ、彼女の唄う歌曲、シンギングは、むしろ英米のポップスにより近いものだという印象はあります。

 彼女のことはレバノンの美空ひばり、みたいな言われ方もしているようですけれども、この比喩はそれなりに正統なものなのかも知れません。そういいながらもわたしには美空ひばりが日本人にどのように影響を与えたのか、美空ひばりの歌がなんだったのかなどわかりもしていないのですけれども。

 前置きが長くなってしまいました。で、本題は前置きよりずっと短く終りそうですけれども。

 このドキュメンタリーの主役は、むしろ、ベイルートという街、その都会にふさわしいBGMとしてのファイルーズの歌、そういうものこそが主役なのではないでしょうか。そしてインタヴューを受ける人たちは皆、ファイルーズのことを語りながらもやはり、ベイルートのことを語っているのです。そのことを裏付けるように、映像には美しいベイルートの町並みが映し出され、その肝心の主役だと思っていたファイルーズの映像は、この作品のいちばん最後に、わずかに、そのライヴ映像が流されるにとどまります。

 しかし何という街でしょう! キリスト教もイスラム教も左翼も右翼も混沌とほとんど情況も不明になってしまうまでに戦い、物心ついたころから銃を手に戦って来た人たちの胸にはファイルーズの音楽が響き、この地では無知であることはまたそのまま罪でもあるらしく、情況を知らずにただ空港に出かけて逮捕され、8年間牢獄に送り込まれてしまう人もまたファイルーズを語り、戦火で思い出の品をみな無くしてしまった人の、その思い出の品にはファイルーズのアルバムや、ファイルーズといっしょに撮影してもらった写真なども含まれていて。

 特に、最初に登場するタクシーの運転手、レバノンの国は愛しているけれども、もうこれ以上レバノンで生きて行くことは出来ない、亡命出来なければ自殺したいと家族の前でも語る男の姿に、深い絶望の横顔をみてしまうし、ベイルートの街の建物に残された銃弾の痕、これがまた半端な量ではないのだけれども、それでも、海に面して起伏のある美しい町並みにも心動かされるものがあります。

 して、岡本公三もまた今では、そのベイルートでファイルーズの音楽を聴いていたりするのでしょうか。わたしには想像することも出来ません。世界には想像することも出来ない事柄があるのです。そんなことを教えられた作品でした。


 

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■ 2007-03-07(Wed)

crosstalk2007-03-07

[] 『12タンゴ ブエノスアイレスへの往復切符』 アルネ・ビルゲンシュトック:監督  『12タンゴ ブエノスアイレスへの往復切符』 アルネ・ビルゲンシュトック:監督を含むブックマーク

 とても素敵な企画、「MUSIC DOC. FES.」の一環として公開された音楽ドキュメンタリーです。ドイツで制作された作品のようですけれども、原題は「12 Tangos Adios Buenos Aires」で、この作品を観終ったあとで、邦題のサブ、「ブエノスアイレスへの往復切符」というのを思うと、これはちょっと皮肉とかを通り越して、無神経なタイトルだという気になってしまうのです。往復、それはないのです。行ったら行ったきり、もう帰れない。また、観光気分で「明日は東京に戻ればいいのだ」などということではすまされない。そういう思いこそがこのドキュメンタリーの根底にはあるのではないでしょうか。

「ブエノスアイレスの歴史を知りたければ、まずは電話帳をめくることだ」という、印象的なナレーションから始まるこのドキュメンタリーからは、あらためてアルゼンチンの歴史を知り、現在の国家的破産以後の状態を生々しく体験するように見ることができるように思います。そしてその語り部は、まさしく、「タンゴ」という音楽なのです。

 このドキュメンタリーでクローズアップされるのは、二人のタンゴ・ダンサー、74歳になるというロベルトさんと、まだ20歳のマルセラとの二人で、そんな、ダンスとしてのタンゴをも垣間見ることができるのはこれは当然の展開なのですけれども、この作品ではそのあたりにはあまり力を入れていないといっていいのでしょうか、ダンスのシーンの撮影とかには、ちょっと物足りない思いを抱いてしまいました。でも、いちどだけ間近で映される、踊る二人の顔の表情、二人とはつまりおじいさんと孫娘ほどに年の離れたロベルトとマルセラなんですけれども、その踊りながらの顔の表情のアップからは、まさしくタンゴというダンスの持つパッションがにじみ出ていたばかりでなく、そこにこのドキュメンタリーで描かれる現在のアルゼンチンの姿も投影され、そのわずか5〜6秒のカットには、良質のドラマのクライマックスに匹敵するような強靱さ、いとおしさ、美しさにあふれていたと思ったのでした。それはまさに、タンゴという踊りの持っている生々しい「表情」なのではないかと思いました。

 「タンゴ」とは、ヨーロッパからこの南の地へと移民して来た人々の、ヨーロッパという土地に抱くノスタルジアのあらわれであり、その狂おしいまでの人恋しさからこそ、あそこまで熱烈にその相手を求めあうようなダンスの表現になったこと、そういうことがらをあらためて認識させられてしまうこともあります。このドキュメンタリーでは、そんなタンゴの音楽を奏でる場所として、「ラ・カテドラル」という、工場の跡地のような不思議な構造を持つタンゴ・ホールでのライヴ演奏を中心にして、マルセラのようにもはや国外へ逃れることでしか活路を見出せない人々、ロベルトのようにアルゼンチンに残らざるを得ない人々の視点から、破たんした国に生きるひとたちのやるせない思いを、つよく観る人に訴えかけて来るようです。そんな中で、ほとんどダンス音楽としてしか知らなかった(ピアソラ? あんなのは聴くに耐えませんよ! 「タンゴ」の面汚しでしょう)タンゴとして国政批判を歌うシーンなんか、やぱりここにはポピュラー・ミュージックがあるんだなぁ、などと、中村とうよう(支持しません)ではありませんが、そんなことも思ってしまいました。

 音楽はルイス・ボルダ。このライヴ・シーンだけでも、このドキュメンタリーからは、音楽を見ながら聴くという喜びを体験させてもらえるのです。

 この作品のラストで語られるのですが、ブエノスアイレスの自宅を売り払って隠居してしまったというロベルト、ヨーロッパでのタンゴ・ダンサーへの夢が叶わなかったのでしょうか、ふたたびブエノスアイレスへ戻って来ているというマルセラ、そのほかのアルゼンチンのひとたちに、平安な日常を感じ取れるような日がまた訪れることを望まずにはいられません。というか、タンゴは不滅であるべきなのです。


 

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■ 2007-03-06(Tue)

[] 日仏国際共同制作公演 『遊*ASOBU』 振付・演出:ジョセフ・ナジ @世田谷パブリックシアター  日仏国際共同制作公演 『遊*ASOBU』 振付・演出:ジョセフ・ナジ @世田谷パブリックシアターを含むブックマーク

 もう4〜5年前のことになるんですけれども、夜、中央線の上り電車に乗っていた時、吉祥寺駅から乗って来た4〜5人のスキンヘッドのひとたちに、わたしの座っていた席を囲まれてしまったことがあります。彼らが着ていたスタジャンだかトレーナーには、『大駱駝艦』と大きく刺繍だかプリントだかされていたので、わたしはそれまで見ていたあれこれのダンス公演のチラシを、あわててバッグの中に隠しました。だって、こわいもん。「お、オッサンよぉ、アンタ、『珍しいキノコ』なんか興味あるのかよ、あんなタルイのよぉ、スケベ心おこしてみてンじゃねエよ! 観るならオレたちを観ろ!」って、オヤジ狩りに会いそうですもん。

 いや、わたしだって「大駱駝艦」観たことありますよ。なんか、フェリーニの『サテリコン』の、実演みたいで、面白かったですよ。実は皆いいひと、なんですよね。いや、今日は「大駱駝艦」ではなくって、ジョセフ・ナジの公演です。「大駱駝艦」のことは忘れましょう。というか、とりあえず先に書いたことは無関係です。

 ジョセフ・ナジは大好きですよ。出演している日本からのダンサー、先に書いた「大駱駝艦」さんたちとか、黒田育世さんとか、斉藤美音子さんとかにも期待はしていました。でも、何て言うんでしょう、例えばウォン・カーウァイが木村拓哉を使って新作をつくるみたいな*1、侯孝賢が小津監督へのオマージュ映画を日本人スタッフとつくるみたいな、ちょっとね、そういう雰囲気。正直言って、そんなことやらなくても良かったのに、そういう気持ちが先にあります。

 でもでも、日本人ダンサーだからと別枠を設けたり、特別扱いしたりしないで、ひとつの作品の中ですっぽりとヨーロッパのパフォーマーと共演させられていたのは、それは良かったと思いますよ。作品の出来はともかくとして、とりあえずはわたしの好きなジョセフ・ナジのテイストは、充分に堪能させていただきました。

 その、ジョセフ・ナジのテイスト、というのは、何というのでしょう、東ヨーロッパという風土、でしょうか、こういう言い方はちょっと感覚的すぎて、それはいかんではないかと思ったりはしますけれども、でもやはり、その舞台から、そんな土地の空気とか風土のようなものを醸し出して下さるような舞台というのは、やはりそれ独自のものとして引き込まれてしまいます。とりわけ、わたしはヨーロッパというのはおもに東の方しか行ったことがないので、よけいに「こういう空気は知っている」という気にさせてもらえるのかも知れません*2

 わたしにとってのジョセフ・ナジ、それは少しセピア色をしたモノクロームの世界で、今回の公演もそういう色彩は楽しませていただきました。また日本に来てほしいですね。もちろん違う作品で。(2月3日観劇)


 

 

*1:あ、これじゃ、らくだかんの人とか、黒田さん、斉藤さんがキムタクみたいで、ダンサーの方々に失礼ですよね。

*2:実際、わたしが初めてジョセフ・ナジを観たのは、そのヨーロッパ旅行中、ベルリンでのことだったのです。

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■ 2007-03-04(Sun)

[] 神村恵カンパニー第一回公演『山脈』 @こまばアゴラ劇場  神村恵カンパニー第一回公演『山脈』 @こまばアゴラ劇場を含むブックマーク

 とても興味深くも観て楽しい作品で、そういうふうにこの作品のような体裁をとった舞台を観て、それで楽しいと感じてしまうのが、自分としては「意外」という感じでもありまして、その、いわゆるダンス的なグルーヴ感とか、それともスペクタクル性とかって言うのですか、そういうものが丁寧に排除されてしまったかに見える舞台は、ともすると観念的なアート系のパフォーマンスかよ!みたいに受け止められかねないのではないかと思うのですけれども、それでもなお、「からだ」が目の前にあるということ、その、およそ既成のダンスとは縁遠い(とわたしには思えたのですが)ような、つまりは「動き」、英語で言えば「Movement」、そういう作品のあり方を徹底的に追求したこの『山脈』、名は体をあらわすというのでしょうか、そのタイトルにぴったりはまるような、すてきな作品でした。って、センテンスが長いですね。

 だから、問題は『ダンス』ではなくって、『身体』なんでしょうね。ぼん!と置かれた身体、自分がかかえこんでしまった身体にどのような場所をあたえるのか、身体それ自体のためだけを考えたらどのような動きが可能なのか。ほら、こういうふうに感想を書き出すと、とたんになんだか観念的な見方になってしまうのですよ。ま、舞台の上で展開されたことを逐一書いていけばいいのでしょうけれど、実はもう観てから一ヶ月も経ってしまったので、そういうこまかいところまで覚えてないのね。ダメじゃん!

 それでまぁ、観ているときに思い出していたのが、去年の11月に観た映像作品『GOSHOGAOKA』で、そのときの感想はこちらに書いてありますけれど、あちらは女子バスケ部の練習がアレンジされて、一種ダンス的な展開を見せてくれた作品でありまして、あちらもそんなダンス的なグルーヴ感とかが出発点ではありえないながらも、でもあえて呼称を与えるならば「ダンス」と言ってしまうしかないのかな?というものだったのですけれども、そうですね、この『山脈』も、ひと昔前ならば「この作品のどこがダンスなんだ?」と、物議をかもし出した可能性もあるのですけれども、この今現在、このような作品がすんなり受け入れられるというか、狭いこまばアゴラ劇場が満員の客で埋まってしまうというのも、いわゆる「コンテンポラリー・ダンス」と呼ばれる表現分野が示すもの、その指し示す先がはっきりと多くの観客に認識され、支持されている結果なのでしょう、と思うのです。もちろんそれはすばらしいことで、わたしはこの神村さんのカンパニーの持っているラディカルな実験精神(というのはいかにも60年代オヤジ的な語彙ですけれども)に惹かれると同時に、その表現を支持する多くの観客が存在することを喜ぶのです。

 そういう、舞台での身体の置き方で、わたしがちょっとコレスポンダンスを感じたのは、つまりわたしはその昔画学生だった頃がありまして、その、女性のモデルさんを使っての、デッサンとかクロッキーとかね、毎週のようにやっていたんですけれども*1、そのときのポーズというのは、特にクロッキーという短時間のポーズの場合とかはモデルさんが自分でポーズを決定されるのが基本だったのですけれども、で、何が言いたいのかといいますと、この日の神村さんのカンパニーの公演の中で、出演者が順繰りにポーズをとるように位置決めしながら連なっていく、連鎖していく面白いシーンがあったのですけれども、その時のポーズとか、つまりはそういうクロッキーのポーズ集みたいなところがありまして、これは実際にその、ダンサーの皆さんのそういった副業から引用されたものなのかなぁ、などと思ってしまっていたのでした。

 とにかくもそういうふうに楽しめた舞台で、彼女たちの次の公演がもう、今から楽しみでなりません。(2月3日観劇)


 

*1:実際、多くの場合、ダンスとか舞踏をやってらっしゃる方がアルバイトでモデルをやっておられるケースが多くて、当時の思い出で言えば、笠井さんの「天使館」の方がモデルで来られたり、この時にはクロッキーの終わった後に、ちょっとリクエストでそのクロッキー台の上で踊っていただいたこともあったりしたんですけれども、あ、山田せつ子さんではなかったですよ。でも、今でもダンスとかやられる方がそういうモデルをやってらっしゃるという伝統はかなり残っていると思いますよ。

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