ワニ狩り連絡帳 このページをアンテナに追加 RSSフィード

       

■ 2007-05-31(Thu)

[]二○○七年五月のおさらい 二○○七年五月のおさらいを含むブックマーク

 5月ももうおしまいです。そのおさらいをやっておきましょう。

 舞台は3つだけ。

5月12日(土)花上直人『歴史』@新小岩劇場
5月20日(日)アラン・プラテル・バレエ団『聖母マリアの祈り』@オーチャードホール
5月27日(日)水族館劇場『花綵(はなづる)の島嶼(しまじま)へ
〜FROWERS OF ROMANCE』@駒込大観音境内特設野外劇場「風の栖」

 花上さんのソロ公演、そして水族館劇場の久々の本公演にはね、心打たれました。アラン・プラテルも、考えてみたいことはあれこれとあります。

 で、なにゆえか美術展をあれこれと観てしまいました。

5月4日(金)『夏への扉〜マイクロポップの時代』@水戸芸術館
5月13日(日)『靉光展』@竹橋・国立近代美術館
5月13日(日)『リアルのためのフィクション』@竹橋・国立近代美術館
5月13日(日)『TOKYO ART AWARD』(ほとんど通過しただけ)@丸の内行幸通り地下通路ギャラリー
5月20日(日)『ヘンリー ダーガー 少女たちの戦いの物語−夢の楽園』@品川・原美術館
5月27日(日)『蕗谷虹児展』@根津・弥生美術館

 現代のハイ・アートとでもいうような動向の迷走ぶりにうんざりしてしまい、その対極にあるようなヘンリー・ダーガーの作品とか、現代への扉の前で倒れてしまった靉光とか、甘美なモダニズムの幻影の裏にふっと時代状況が垣間見えるような蕗谷虹児の作品などに心惹かれたのです。とりわけ、ヘンリー・ダーガーには打ちのめされた思いです。『リアルのためのフィクション』には、ホッとしましたけれども。

 映画は『バベル』一本だけですが(あ、ちがった、2本観ていたか。寝てたけどね)、「イメージフォーラム・フェスティバル」に二日間通い、7プログラム30本以上の作品を観ました。

5月1日(火)『バベル』:アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督
5月1日(火)『クロッシング・ザ・ブリッジ〜サウンド・オブ・イスタンブール』:監督名失念
5月3日(木)『イメージフォーラム・フェスティバル』より4プログラム
5月5日(土)『イメージフォーラム・フェスティバル』より3プログラム

 とにかく、ブリュノ・デュモン監督の『フランドル』を見逃したのは、大失策でした。『イメージフォーラム・フェスティバル』での若い作家の受賞作品とか、マリナ・アブラノヴィッチのパフォーマンスのドキュメンタリーとか、記憶に留めます。こういうの見ると基本的にもう劇映画とかあまり見る気がしなくなっちゃいます。あ、でも6月はデヴィッド・フィンチャーの『ゾディアック』かぁ。デヴィッド・リンチの新作ももうじきですね。

 DVDは以下の通り。今月は連休もあったのでかなり観ましたね。

『太陽』:アレキサンドル・ソクーロフ監督
『タイム・オブ・ザ・ウルフ』:ミヒャエル・ハネケ監督
『女のみづうみ』:吉田喜重監督
『情炎』:吉田喜重監督
『炎と女』:吉田喜重監督
『ミッドナイトムービー』:監督不明
『パーフェクトブルー』:今敏監督
『立喰師列伝』:押井守監督
『さらば箱舟』:寺山修司監督
『煉獄エロイカ』:吉田喜重監督

 途中で見るのやめたと書いた『立喰師列伝』は、結局あとで全部見たんですけれども、やはりそれは違うと思いました。『タイム・オブ・ザ・ウルフ』は、すごかったです。もういちど観たい。吉田喜重監督作品も、日傘さす岡田茉莉子さまに毎回出合いながら、佳境に入ってまいりました。

 読書。

マルティン・ハイデッガー『存在と時間』(上巻)
長嶋有『夕子ちゃんの近道』
金原ひとみ『ハイドラ』
トニ・ネグリ『芸術とマルチチュード』
「群像」六月号

 「群像」六月号をかなり読んでしまいました。とりわけ、広小路尚祈さんの『だだだな町、ぐぐぐなおれ』、諏訪哲史さんの『アサッテの人』の「群像新人賞」作品がものすご〜おもろかったです。ま、わたしも「だだだな国」に住む「ぐぐぐなおれ」なんだよな、って、アサッテの方に履いていた靴を蹴飛ばしてみて、さあ表になるか裏返るか。

 

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/crosstalk/20070531

■ 2007-05-29(Tue)

crosstalk2007-05-29

[] 水族館劇場『花綵(はなづる)の島嶼(しまじま)へ〜FLOWERS OF ROMANCE』 作・演出:桃山邑 @駒込大観音境内特設野外劇場「風の栖」   水族館劇場『花綵(はなづる)の島嶼(しまじま)へ〜FLOWERS OF ROMANCE』 作・演出:桃山邑 @駒込大観音境内特設野外劇場「風の栖」を含むブックマーク

 例えばビル・ヴィオラの『ラフト/漂流』、そして『クロッシング』などの作品での圧倒的な「水」の力、それはたしかに「浄化」という言葉こそふさわしくも思えて来たりするのですが、つまり、すべてを洗い流す無差別なパワーの中に、超越した存在の意志を読み取るような人々の心を理解することも出来るでしょう。

 その「水」、水のパワーを最大限に舞台上で活用する劇団、「水族館劇場」の、東京での久々の公演『花綵の島嶼へ』です。あぁ、なんだか自分の好きな劇団とか、そういうことを書くのは、やはりホッとしますね。ちょうどこの劇団をはじめて観てから今年で十年になるでしょうか。当時はたしか雑司ヶ谷の鬼子母神境内でのテント公演だったと記憶していますが、その次に観たのは、亀有の廃館になった「亀有名画座」を使っての公演、そのあとに、現在の駒込大観音境内にその本公演地として、すでに4〜5回の公演をここで開催しているはずです。

 とにかく、そのスケールもアップして、いかにも現在の「水族館劇場」らしい舞台が完成したのは、やはりこの駒込大観音に移って来てからのことで、まずはその圧倒的な水量、そして重層的な(ちょっとわかりにくい)作劇、くるりと回転してたやすく舞台転換する大がかりな舞台装置の効果、おきまりのラストのスケールの大きな借景など、毎々毎回楽しませてもらって来たものです。

 その駒込大観音の改築にともなって、ここしばらく東京での本公演をお休みしていた「水族館劇場」の、3年ぶりでの本拠地での公演です。そのお休みしていた間に北九州での公演がかなりの成功を収めたとの噂は聴いていたのですが、同時に、劇団存続さえ危機的状況になるような多くの団員の脱退もあったと聞きました。確かに今回のチラシを見ると、今までのなじみの役者の名前が見えなかったりもして、少々の不安もあったのですが、それは杞憂でしたね。

 ちょっとスケールが縮小された感もありますが、ストーリーもあまり複合的な要素を排除し、ある意味では単純にストレートな作劇にしたのは成功していたと思います。それでも、しっかりと彼らのライトモティーフである日本近代史での虐げられた民衆へのシンパシーは読み取れます。男にとっても女にとっても過酷だった戦中戦後を通じて、また、高度経済成長への道を進み始める日本を背景に、まだ戦争の影から逃れられない男と女の冥界めぐりです。

 今回はその自在な舞台転換の舞台装置が登場しなくって、全三幕というのでしょうか、幕間の見世物芸とか空中舞踊(!)、紙芝居の間に、幕の裏側では、スタッフに出演者も加わって大道具、小道具を転換して、幕の開く時にはまったくの別世界を現前させます。拍手ですね。

 新しい俳優さんたちも良かったのですけれども(とりわけ今まで適任の居なかったヒロイン*1役[吉田ミサイル]とか、道化役の河童の三平さん[入方勇]とか)、これを成功させたのは、今までにまして、その脚本段階での、それぞれの役者に合わせた「あて書き」の成果だったのではないかと思います。

 そして、お決まりの大カタストロフ、客席の後方までもしぶきの飛び散って来る、天から降って来る大量の水とともに舞台は破壊され、大団円へとなだれ込みます。これはもうお約束。それは「死」と「再生」の交換されるその時であって、「革命」と言い換えてもいいのでしょう。今回も、そのラストで、翼あるものが命を得ることが示される瞬間は、やっぱりハッと驚いてしまうのです(まだ続演中ですからはっきり書かないんですよ)。

 さて、そんな「水族館劇場」の魅力なのですけれども、これはひとくちに言って、「舞台芸術」としての完成された魅力などではありません。これはこのあたりのアングラなテント芝居に共通したことがらではありますけれども、一般演劇ファンとは別のコアな客層、情報誌などに掲載されない口コミ的告知とか、あれこれあるのですけれども、それはつまりは江戸時代の町民文化の生んだ「河原芝居」の伝統を、今に引き継ぐものなのではないかと思うのです。虐げられた弱者との連帯意識、反体制的な反骨精神(ぜったいに公的な助成金なんか受けないし〜って、もらえっこないのか)、見世物小屋的な下世話な演出、日常の場の中に設置される芝居小屋など、ま、ある意味では江戸時代から引き継がれる民衆の娯楽の延長として存在するものではないかと、わたしには思えるのです。

 とりわけこの「水族館劇場」、つまりは山谷のドヤ街の人たちとの共闘とか、ホームレスの人たちへの支援とかもその活動の中に含まれているようで、わたしも彼らの別行動、「さすらい姉妹」による街頭劇を上野公園のホームレスの人たちの間に混じって観たこともあるのですけれども、単純に「左翼的演劇人」というのを超えた、実践に裏付けられた活動を繰り広げられているようです*2。この駒込大観音での公演にしても、地元の人たちとの友好関係とでも言うのでしょうか、近所の商店とかには彼らの公演のポスターがあちこちに貼ってありますし、いつも近所の親子連れらしい観客が何組か観に来られています。駒込大観音では7月にその境内で「ほおずき市」とかが開かれるのですが、その時にも水族館劇場のメンバーによるお手伝い、そんな姿が見られます。

 わたしなど、同じようにイヴェントを仕掛ける立場として夢に見る(つまり果たしていない)、地元の人たちとの友好関係、彼らはどうやらみごとにそれをやってのけているようです。そこにはこの駒込大観音の住職さんの理解も大きな力になっていると思いますけれども、前回に観た時も、終演後に、観に来られていた住職さんがコメントを寄せられたり、なんだかかなり理想的な関係を周辺の人たちと築かれているように見えるのです。その関係は、大げさに言えば、表現する側と享受する側との<共>意識として、多様性を保持した主体、観客との関係として、つまりは「マルチチュード」というのは、こういう関係にあらわれる主体のことを言うのではないかと、うらやましくも思ってみたり、これがモデルケースなのだとリサーチしたくもなるのです。

 『花綵の島嶼へ』は、昨日今日とのお休みをはさんで、また明日(5月30日)から6月4日(月)まで毎日、午後七時からその駒込大観音境内で開催されます。このような興行のまだ存続する、この時の、この東京という街に住む幸運を、皆さんもぜひ体験していただきたいものだと、わたしはそう思います。

 詳細はこちらから。 http://www.suizokukangekijou.com


 

*1:6月1日追記:「ヒロイン」じゃないよ!男だから「ヒーロー」だね。

*2:何年か前のあの「ピースパレード」の時、その列の中に行進する「水族館劇場」主宰者の桃山邑さんのお姿を見かけた記憶もあります。もっとも、あの時には演劇人は大挙参加していたのですけれども

モクモク 2007/06/01 01:32 crosstalkさん、こんにちは。
以前から気になりつつ見逃し続けてきた「水族館劇場」でした。
ここを読んで、背中を押された形で観て参りました。
噂には聞いていたものの「実際にはどんな風に使われるんだろ??」と思っていた水の使い方、幕間の見せ物芸、舞台転換 等々・・驚きと共に堪能致しました。
学生の頃には、アングラ芝居なぞも観に行ったものですが、しばらく遠ざかっておりましたので、何だかやけに懐かしい気分にもなり、またお客さんも馴染みの方が多かったのでしょう、幕間の雰囲気なども独特な楽しさがあり、とっても良い時間を過ごせました。
とりあえず、ここのおかげと言う事で、報告とお礼です。

crosstalkcrosstalk 2007/06/01 06:48 モクさん、どうもです。ほかならぬモクさんに「水族館劇場」を観ていただいたというのは、うれしいかぎりです。なんだか書いた甲斐があったなって気になりました。堪能していただけたようで、自分のことのように喜んでます。
来年の公演を今から期待して、次はやはりいちばん前の席に挑戦してみようかな、なんて野望を抱いています。モクさんも来年は最前列で観ませんか???

モクモク 2007/06/01 17:44 おっ、最前列ですか!? 大いなる野望ですねぇ。。
案外楽しいのかも…と思いつつ、実際にはちょっと勇気がいりそうですね…。1年間じっくり考えておきましょう。
そういえば、幕間での河童の三平さんの風船を使った芸。あの芸が雨もあって湿度の関係で余計に割れ易い状況で、結局成功しなかったんですよね。結局あれはどうなるのか?それが非常に気になってます。

crosstalkcrosstalk 2007/06/01 21:29 やっぱ、この時代を生き抜くには「勇気」と「愛」ですよ。だから最前列。あの席、左右に移動するんですよね。昔「新宿梁山泊」(やっぱりテント)観た時、そういう「動く座席」に座ったことがあって、突然座ってる座席がガクンって動いたりするのって、ものすごく楽しいんですよね。もうTDLのアトラクションなんかメじゃないよって感じです。
あ、河童の三平さんの「風船芸」、そうですか、出来なかったんですね。わたしが観た時も、「土曜日は全部割れてしまって出来なかった」って言ってましたけれど、この日は最後の3本目でみごと成功したんですよ!
あの長い風船、アレをですね、割らないでそのままスッポリと呑み込んでしまうんです! 長さ7〜80センチは充分あったと思いますけれども、その根元まで、すっかり口の中におさめてしまわれました! 大喝采。でも、ああいう芸って、いつごろ誰がはじめたんでしょ。ぜったい江戸時代にはないでしょうから(ティッシュがうどんになる「手品」は、歴史が古いみたいですね)。
でもモクさんとわたしは嗜好性が似てるから。モクさんの観劇とかは平日中心だからなかなかお会いする機会もありませんけれど、何かオススメのがありましたら教えて下さいね。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/crosstalk/20070529

■ 2007-05-26(Sat)

[] 「ART AWARD TOKYO」に対する疑問   「ART AWARD TOKYO」に対する疑問を含むブックマーク


 先に書いた『ヘンリー・ダーガー展』を観た時に、図録を買わないでこの「美術手帖」を買ってしまって、それを読んでいて、また、それに関連した事柄を思い浮かべて、これは当面日本の美術はダメでしょうと。最低五年間はダメなんじゃないかな。十年とか二十年のスパンでダメなのかも知れない。そういう考えになりまして、そういうことを書いてみます。

 まずはずっと執着している「マイクロポップ」問題、というのがあるんですけれども、それとは別に「ART AWARD TOKYO」という奇怪なコンペに遭遇して、その実際にみた時にも「なにこれ?」って感じでいたわけですが、この「美術手帖」に、このイヴェントがインフォメーションとして紹介されていたりしたので、それを読んで、そのHP( http://artawardtokyo.jp )とかに行ってみたりして、やはり奇怪なのです。そのことをまず書いてみたいと思います。

 その「ART AWARD TOKYO(以後"A.A.T."と省略)」のHPのコンテンツに「STATEMENT」というのがあって、これが珍妙で理解に苦しむ文章なわけです。しっかりとコピーライト・マークがついてますけれど、承知の上でここに写します。

A.A.T.設立趣旨

1) 東京発、世界へ − 新たなアートの才能を発掘するシステムをA.A.T.は構築していきます。

 日本には多くの美術大学があります。そして、美術大学に属してはいなくてもアーティストを目指す多くの若者、新しい、すぐれた才能を持つ若者がいます。しかし、才能があったとしても、育成されていくシステムがないという大きな矛盾が存在します。
かえり見れば、90年代以降の世界のアートシーンは、インターネットに代表されるグローバリゼーションの動きもあり、アートシーンはきわめて活性化された状態にあります。にもかかわらず、日本の若き才能に、積極的に評価を与えるクリティクや世界へはばたかせるシステムが不在であるというギャップは年々大きくなるばかりです。
このA.A.T.は、主要な美術大学の卒業制作展をリサーチ、選抜、ノミネートし、このたび新たに丸の内に開設されるスペース(行幸通り地下通路ギャラリー)に一同に展示します。そして、評論家、キュレイター、教育者からなるコミッティメンバー(審査員)による公開審査、公開討議により、賞を与えます。賞は、あくまでも今後の制作費をサポートする意図のもとに行なわれます。

 以下、2)、3)と続くのですけれども、まぁやはり怪々奇々なのはこの1)の部分ですね。疑問はただひとつ、いったいなぜ、「主要な美術大学の卒業制作展」のみを「リサーチ、選抜、ノミネート」の対象にするのか、そういうことにつきるのですけれども、そのことについてのコメントはこの文章、2)、3)まで読んでもどこにも見出せません。のみならずこの1)の前半に書かれていることと、まったくつじつまが合わないではありませんか。というか、この前半の文章それだけで奇妙ですね。

 日本には多くの美術大学があります。そして、美術大学に属してはいなくてもアーティストを目指す多くの若者、新しい、すぐれた才能を持つ若者がいます。しかし、才能があったとしても、育成されていくシステムがないという大きな矛盾が存在します。(前掲「A.A.T.設立趣旨」より)

 ここで、「新しい、すぐれた才能を持つ若者」というのは、どうもわたしの読解力では、「美術大学に属してはいなくてもアーティストを目指す」若者のこととしか読めないのですけれども。もしも美術大学の学生とかもこの文で「新しい、すぐれた才能を持つ若者」に含めるのであれば、冒頭の文は「日本には多くの美術大学で美術を学ぶ若者がいます」でなければなりません。それにしても「新しい、すぐれた才能」という修辞がどこにかかってくるのか、よくわかりませんが。いえ、わたしはここで文章添削教室をやろうとしているのではなくて、こういう奇妙な文章には、奇妙になってしまった原因がある、そう考えるからです。

 次の「しかし、才能があったとしても、育成されていくシステムがないという大きな矛盾が存在します。」っていうの、「育成されていくシステム」それこそ「美術大学」じゃろうが!それが「ない」ってどういうこと??? って思ってしまうのですけれども、この文を素直に読んで、「美術大学に属してはいな」いアーティストを目指す多くの若者のことを言っているのだとしたら、留保つきではありますけれども、納得することは出来なくもありません。つまり、美大に在籍してないとそれは育成システムから外れてるということですよ、それはまぁ当然なことですけれども。

 ところが、この「設立趣旨」の後半では、いきなり、わけもわからず「主要な美術大学の卒業制作展をリサーチ、選抜、ノミネート」してしまう*1。ではいったい「美術大学に属してはいなくてもアーティストを目指す」若者たちは、どうなってしまったのでしょう??? この強烈な自己矛盾は何なのでしょう?

 どうもわたしには、このイヴェントは、最初から美術大学生のみを対象として企画されていたのではないかと思えるのです。それが、それではアーティストを目指すのは美大生だけみたいでおかしいじゃないかと、どこかから横やりが入ったのではないでしょうか(審査員のどなたかなんじゃないかな?)。さもなければ(ありえないけど)、まったく逆に、美大に所属していなくってアーティストを目指す、ニートな若者たちをのみ対象にしたコンペを企画していたとか。「設立趣旨」の前半だけ読むと、こっちの方がストレートに納得出来ますけれども。

 だから、この「設立趣旨」はおそらく後から手の加えられたものでしょう。もしくはこのコンペ自体が当初の計画から方針を変更してしまった。つまり、そういうことが読み取れるわけです。

 しかし、なんという安易なコンペでしょう。というか、「反動的」です。ここしばらく現代美術のフィールドで、特に東京芸術大学卒業生の活躍が目立つのはたしかなのですけれども、そんな新しい人材を美術大学卒業生のみに限定して発掘するのは、それはもちろん制度としてナンセンスですし*2、作品の公募もせずに、ただ「卒展」を観て回って決める(もちろんそれ以降はあれこれと手順があるのでしょうが)という安易さには、ちょっと呆れ果ててしまいます。で、そういうのに 「ART AWARD TOKYO」などという大それたタイトル付けますか。ま、「TOKYO」はたしかにこういう街でしょうと。

 実はわたしは知らないでこの会場に迷い込んで、大急ぎでそこを駆け抜けてしまっていまして、このイヴェント、行ってるんですけれどもね。つまりは、地下街のショーウインドウですよ。そこに美術作品を並べましたと。当然奥行きはありませんし、回り込んで作品を観ることも出来ません。展示される作品を選ぶ空間でした。で、この通路、「行幸通り地下通路ギャラリー」っていうんですか、わたし丸の内のことよく知らないですけれども、この区域って交通量の少ない区域ではないでしょうか? わたしが行った時も、他の地下通路には人が溢れていても、ここにはほとんど人がいませんでした。つまり、推測ですけれどもね、ショーウインドウ造ったけれども、「交通量少ない」と判断されてスポンサーがつかなかった区域だと。だからしょ〜がないからギャラリーにしました。だから展示の中身にお金のかからないように、現代美術のコンペとかにして、話題をつくるようにしました。その程度でしょう。

 つまり「すきま」なんですけれども、そんな「すきま」も、制度的に活用されるとこんな「反動」になってしまう。もうほんとうに、今の美術をとりまく状況には、こうやって絶望するしかないのでしょうか。


 

 

*1:途中の、「インターネットに代表されるグローバリゼーションの動き」という記述にも反応したくなりますけれども。

*2:文学賞の応募条件に「大学文学部卒業のこと」とするような、バンドのオーディションで「あなたがたは音大とか出てられますか?」と質問するような。

ムトウムトウ 2007/05/26 11:06 これの主役はアートとかアーティストよりも、「美大」なんじゃないですか、要するに美術における産学協同モデルを促していこうと。いま大学も大変だから、美大は人材の「育成」に寄与してるよ、というアピールが必要なわけでしょう。字義通りの「保守」主義的な発想ではありますが、他方で「ミシュラン」とか「次の動き」なんていうのがツボでした。

crosstalkcrosstalk 2007/05/26 15:50 そうか、これは新丸の内と美術大学の共同事業なんですね。それをごまかそうとするからわけがわからなくなる。あ、審査員のコメント、読むの忘れてました。後藤繁雄さん、ツボですね。長谷川祐子さんの「勇気と根気のいる仕事」というのも、勇気にあふれたコメントでした。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/crosstalk/20070526

■ 2007-05-22(Tue)

[] 『ヘンリー ダーガー 少女たちの戦いの物語−夢の楽園』 (A STORY OF GIRLS AT WAR-OF PARADISES DREAMED) @品川・原美術館   『ヘンリー ダーガー 少女たちの戦いの物語−夢の楽園』 (A STORY OF GIRLS AT WAR-OF PARADISES DREAMED) @品川・原美術館を含むブックマーク

f:id:crosstalk:20050107161458j:image:right なんだか「あーそりゃだめだなぁ〜」みたいなことばかり書いていると思われてしまうのもアレですし、久々にこう、ほとんど「ショック!」とでもいうような体験をしましたので、興奮の醒めないうちに一気に書いてしまおうと思います。ヘンリー・ダーガーという人と、その作品について。

 ヘンリー・ダーガーの名前は知っていましたけれど、それほどに格別の興味があるわけでもなく、「あ、生涯孤独な引きこもり生活をしながら人知れず膨大な作品(一万五千ページを超える物語と、多数のその物語の挿画)を作り続け、生涯童貞だった彼は、自分の作品の少女の裸像にかわいいペニスを描いてしまっていた人ね。」その程度の認識でした。いわゆる知的障害をともなう「アウトサイダー・アート」の代表的な作家のひとりという認識でもありました。

 そのヘンリー・ダーガーの、かなり大規模な展覧会ですね。ま、会場である原美術館もしばらく行っていないし、この陽春の穏やかな気候のもと、ああいう美術館でちょっと息抜きしてみたいなという気持ちもあって、おおよそはちょっとした好奇心から出かけたわけです。

f:id:crosstalk:20070522020931j:image:left その美術館のエントランスを抜け、そのしょっぱな、最初の展示室の右側ですね、そこにはかなり大きな作品、「カルヴァーハイン(もしくはカルヴァリン)の戦い(The Battle of Calverhine)」という作品が展示されています。だからわたしはまず、この作品を観て度胆を抜かれるわけです。強烈でした。縦1メートル、横3メートルぐらいのかなり大きな作品ですけれども、つまりこれはコラージュのようですけれども、その全体は暗褐色にくすみ、どうもよく見ると作者によるドローイングも施されているように思えるのですけれども、こう、全体の印象は「抽象表現主義」の絵画作品のように見えます。いや、「のように見えます」ではなくて、ほとんどこれはポロックです。中心のないオールオーヴァー。ポロックのそのドリッピング作品のように、わたしはこの作品を一瞥して、つまりは何一つイメージの原型らしきものを認識出来ませんでした。

 今思えば、この作品はヘンリー・ダーガーが執着した気象現象、その嵐の雲の具象化という読み取り方も出来るかも知れません。いや、そういうことはないでしょう。わたしはまずその作品を観て、それはイメージの墓場、イメージの殺りく現場のように思えました、いや、思えたのではありません。瞬時にそのように受け取った(了解した)のです。その瞬間にわたしには、この展示されているヘンリー・ダーガーの作品、それこそが希有な表現の極北として眼に映り、その作品が指し示す地点のとりこになっていたのです。あ、これはポロックがやろうとしたのと同じ、「イメージの表出の否定」、「自己表現の否定」なのだと思ってしまったのです。これは、決して「妄想」の産物などではありえないのです。

 その展示の最初の作品がこの「カルヴァーハインの戦い」であったことは、なんという素晴らしいことでしょう! おかげさまで以後の作品群を見る目が変りました。そう、この「カルヴァーハインの戦い」という作品は、ヘンリー・ダーガー自身が彼の部屋の壁に飾っていた作品でありまして、彼にとってもそれはモニュメンタルな作品であったであろうことが伺えます。わたしはこの作品こそが、彼の膨大なヴォリュームの作品群を読み解く鍵なのではないかと考えるのです。

 この「カルヴァーハインの戦い」とは、「イメージ」、「表現」、「自己表出」、そのように書き伝えられるような、つまりは「個」の表現ですね、そういった総体の、トータルな「墓標」ではないでしょうか? もしくは、そのタイトル通りに、「戦場」としての区切られた平面空間なのではないでしょうか。そう思ったのです。それはつまりは、「個」と「外界」、ま、「世界」でもいいですけれども、その闘争の現場に見えるのです。つまり、この作品には、彼が書き溜めた一万五千ページを超える「ヴィヴィアン・ガールズ」の物語り、およびその一部がこの会場に展示されていた挿画すべて、言い換えればヘンリー・ダーガーその人すべてが塗り込められ、ある意味で「封印」された平面なのだと思ったのです。

 それはある意味で極めて「私的」な空間であると同時に、究極を極めるまでに「普遍的」な空間でもあるように思いました。それは言い換えてわたしの陳腐な表現力に頼れば、「自己否定」の空間です。その一点において、この空間はジャクソン・ポロックの表現と通底すると思ったのです。そして、ヘンリー・ダーガーにおいて極まる一点は、彼がそもそも自作を世間に発表する意志などこれっぽっちも持ち合わせていなかったという、まことに希有な一点に尽きます。つまり、最初から人に見せる意志など持ち合わせていなかった作品をこうやって観ることができる、これはそういう意味では「奇蹟」にほかならないのです。それは、表現における究極の「自己否定」なのではないでしょうか? つまり、一瞬でもその作品を外界に向けて発表しようと、束の間でも考えでもしてしまった瞬間、その瞬間に消え失せてしまうものとしての「自己否定」であり、「表出の否定」なのです。

 その一点から、彼の他の作品を観ることができるのですけれども、それはさておいて、今ここでは彼の作品が決して「アウトサイダー・アート」などという範疇には属さないということを書いておきましょう。

 わたしの理解するところでは、「アウトサイダー・アート」と呼称されるジャンルとは、つまり何らかの認識障害、言い方は悪いですけれども欠損を抱え持つ人がものした美術作品と言うことが出来るのではないかと思います。もちろん、郵便配達夫シュヴァルのつくった宮殿のように、つくった本人にとってはそれは美術作品だという認識などなかったのではないかと思われるようなものもありますが、一般に多くの場合、それは平面絵画作品として「空間恐怖」のような体裁をとって表われる、装飾過多な描写として顕著にあらわれるような作品という認識があります。うん、ちょっと古い認識でしょうか。

 そういうポイントは、ヘンリー・ダーガー氏の作品には、これは皆無といってしまっていいでしょう。逆に、今回の展示の中で、例えば日本の浮世絵のような、色彩遠近法をたくみに取り入れたような作品に出くわすと、まずはその美的享受の問題として、そこにある完成度の高さに驚くのです。そして、基本的に雑誌に掲載された写真などからのトレースを原型とする作品群で、その「倍率」の問題ですね。わたしはまずはずっと彼の作品を観ていて、当然それがトレースされた輪郭をもとにした「ぬりえ」的な作品であることは了解するのですけれども、その「原画」の大きさがいつも非常に適切であることに驚いて、よくもまぁこんなにぴったりな写真原版がいつもいつもあったものだと感心しながら観ていたのですけれども、そうではなくて、それはヘンリー・ダーガー自身がそれらの「原図」をどういう仕組みでか「写真ネガ」化して、それを思う大きさに拡大縮小してトレースしていたらしいわけであって、それはまさしく正常なパースペクティヴの持ち主でなければなし得ない行為で、わたしの考えではこのヘンリー・ダーガーという人、正規の教育は何も受けてはいないにせよ、その知的レベルは低いものではなかったはずだと思います。

 しかしこの色彩! 夢のような美しさにみちています。 このヴィヴィアン・ガールズの制服の、紫と黄色のコンポジション。木の葉の緑、空の青。そしてトレースはトレースとしての、その輪郭線の震えるような繊細さ。で、偏愛しているのでしょう、雲の形に込められた遊び心。思いっきりわたしの目を遊ばせてくれるのです。

 その作品の中で、子供の奴隷たちが虐待されるさまをモニュメンタルな彫像作品として設置した、その前で少女たちが遊ぶさまを描いた作品、それはおそらくは永い戦いが終焉したあとの平和な時期をあらわしたものなのでしょうけれども、そんなのを観ながら、わたしは昔観たアニメーション映画、ビートルズの『イエロー・サブマリン』などを思い出していました。似ていないでしょうか?

 さて、その美術館でカタログは買わずに「美術手帖」の5月号、そのヘンリー・ダーガーの特集号を買ったのですけれども、その中で会田誠氏が、昔聴いたダーガーに関しての講演会で、ヘンリー・ダーガーは幼女を実際に絞殺した体験があるのではないか?という話を聴かれたことを書いておられました。ちょっと想像が飛躍しますけれども、わたしもその可能性は充分にあり得ると思うのです。あまりくだくだと書くのはやめますけれども、そこにこそ、このヘンリー・ダーガーの作品のアンビバレンツな魅力、ひいてはその「カルヴァーハインの戦い」の極北の地点、その立脚点があるように思えてならないのです。しかし、なんと魅力的な極北の一点ではあることでしょう。じつはわたしがずっと探していたポイントではあるのです。*1


 こうしてこの展覧会を観たことになにか運命的なものまで感じる、そんな強烈な体験でした。わたしにとってはポロックがいて、そのとなりにジョセフ・コーネルがいて、そうしてその裏側には、この日から、このヘンリー・ダーガーが存在するようになるのでした。


 

*1:*後記:だから彼の作品は決して欲望のあらわになった「密室の快楽」としてのオナニズムの延長にあるのではなく、むしろ供儀、捧げものとしての意味合いをも持っているように思え、自己を浄化するための祈りにも似た行為の記録、という捉え方も出来るのではないでしょうか。ここに描かれた幼女たちの姿は、欲望の対象と呼ぶにはなんとイノセントな姿であることでしょう!

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/crosstalk/20070522

■ 2007-05-12(Sat)

[] 『戦後日本のジャズ文化 映画・文学・アングラ』 マイク・モラスキー:著(青土社)   『戦後日本のジャズ文化 映画・文学・アングラ』 マイク・モラスキー:著(青土社)を含むブックマーク


f:id:crosstalk:20070510003320j:image:right 「あーそりゃだめだなぁ〜」というカテゴリーでも作ってみたくなるんですけれども、この本はだいぶ前に読んでいて、その内容に圧倒的に疑問を抱いていまして、連休中にでもそのことを書くつもりもあったのですが。でもね、他の「あーそりゃだめだなぁ〜」ってぇの先に書いてしまいました。

 この書籍が刊行されたのは2年前の夏、奥付を見ると「2005年8月15日第一刷発行」とありまして、これは終戦記念日60周年に合わせた日付けでしょうね。2006年のサントリー学芸賞とかいうのを受賞されていて、わたしの買った本についている帯には、「各紙絶賛!」とかって、朝日新聞、日本経済新聞、東京新聞、週刊朝日からの賛辞文が載ってます。その「東京新聞」からの文章がすごいです。「前衛ジャンルの全貌に光をあてた傑作」だって。「全貌」って‥‥。

 ではどんなことが書かれているのか、サブタイトルの「映画・文学・アングラ」ってえのも気になりますし、その「目次」をちょっと書き出してみます。

第1章 自由・平等・スウィング?−終戦前後の日米ジャズ再考
第二章 大衆文化としてのジャズ−戦後映画に響くもの
第三章 占領文学としてのジャズ小説−五木寛之の初期作品を中心に
第4章 挑発するジャズ・観念としてのジャズ−一九六〇−七〇年代ジャズ文化論(1)
第5章 ジャズ喫茶解剖学−儀式とフェティッシュの特異空間
第6章 破壊から創造への模索−一九六〇−七〇年代ジャズ文化論(2)
第7章 過去の音楽へ−近年のメディアとジャズ文化

 ま、こんな感じでその内容も想像できる部分もあるかとは思いますけれども、その、特にこの書物の後半、60年代以降の記述に対して、わたし同時代人(この著者のマイク・モラスキーさんより上だけれども)ですから、そのあたりに「違うだろ〜」って気分ね、そういうのがあるんです。そのなかでも第6章から第7章ですね、70年代の「創造への模索」が、80年代になると急に「過去の音楽へ」になってしまう。では「創造への模索」は挫折して何の実も結ばなかったのでしょうか? そんなことはねぇよ、ですね。この著者はそのあたりの意識がまったく欠けていらっしゃるというか、この日本で、60年代から現在にかけて、いったいどのように「ジャズ」という音楽が発展/変ぼうして来て、この著者の考えられているような「ジャズ」から逸脱した音楽に変異して来たか、マイク・モラスキーさんにはきっと理解出来ないのですね。その視点は、つまりは植民地に自国文化が導入され、「この野蛮人たちも、オレたちアメリカ人の文化の良さはわかるようになったか」と驕っていたのが、そんな「自国文化」が植民地の中で勝手に変形され、およそ「別モノ」になってしまったとたんに「そんなのはジャズじゃねぇだろ〜」と無視しているだけですね。サイードぐらい読みなさいよ、って感じですけれども、とにかくこのポスト・コロニアルの時代にまだこんな著者がいて、こんな本を書いていること、そしてそんな本が「学芸賞」などを受賞してしまうという驚き、ですね。

 わたしはそんなに熱心にジャズ音楽に親しんだ「マニア」ではありませんが、いちおう、新宿の歌舞伎町とかに軒並み「ジャズ喫茶」が看板を列ねていた時代になんとか間に合った世代ですし、毎年夏に日比谷の野外音楽堂で開催されていたジャズ・フェスティヴァル、そのタイトルは忘れましたけれども、とにかく日本の主だったジャズメン総出演みたいな、「ウッドストックかよ!(うそ)」みたいな、長時間ライヴとか毎年とりあえず行ってましたし、フリージャズ台頭の頃は、実は実地体験してないんですけれど(阿部薫のライヴとかみてません)、80年代以降の、つまりフリー・インプロヴィゼーション以降の時代にはそうとうはまってますからね、そんな時代が「なかった」みたいなこの本の記述は「かんにんしてくださいよ」といいますか、「あーそりゃだめだなぁ〜」ということであります。

 そんな自分の聴いて来た音楽とか、観たライヴ、ま、映画とか小説とかTVとか含めて、この『戦後日本のジャズ文化』という本に反証して行きたいという気持ちです。

 おそらくはこの出版元の青土社も、そういうヤバさには多少気付いているのでしょう、今年の春の「ユリイカ」の特集でまさしく「戦後日本のジャズ文化」というのを組んで、そのマイク・モラスキーさんの著作の補足資料的な役割を持たせ、そんな80年代以降の日本のジャズの発展について、何人かの人(例えば大友良英さんとか)が執筆されていました。それらのエッセイにはドキュメントとしても貴重なものが多く含まれていて、補足資料以上の(モラスキーさんの著作よりずっとおもしろい!)内容を持っていたと思います。それでもなおかつ、わたしはわたしで、この場であらためて自分なりの反証をやってみたいと思っているのですけれども、どうもね、悪いクセで、長くなりそうなんですよ。だから、今日はですね、メモ(覚え書き)程度に問題点をら列して、時をおいてあらためてちゃんとまとめてみようかな、などと考えたりいたします。まとめたりしない可能性もありますけれども。


■まず第一に、この著者は「ジャズ」という呼称で包括される音楽をせいぜい「ハード・バップ」ぐらいまでの範疇でしか理解していないのではないのでしょうか。ほんとうは「フリー・ジャズ」なんて興味ない、というか、理解していらっしゃらない。だから最終章で「ジャズは博物館に行ってしまった」などと書いてしまわれる。

■そのことは、70年代以降の「ジャズ」の変遷への無理解として、この『戦後日本のジャズ文化』に収められなかったのではないでしょうか。例えば「フュージョン」への言及は、この本の中にまったくありません。それはイギリスやヨーロッパのジャズについても同様です。

■ジャズ喫茶での音楽享受のされ方への皮肉っぽい記述は、著者はその表象をみているだけで、そこでの「音楽を作品として真摯に聴き込む」という姿勢こそが、享楽としてではなく音楽を聴く聴衆を育て、それ以降のこの国での音楽の発展を支えた「オーディエンス」を生み出したのではないでしょうか?

■「TV」とジャズとの関係、この本を一種の大衆文化論として読むならば、「TV」に関してなにも書かれていないのは疑問。ま、この著者はアメリカ育ちの方で、日本を訪れたのは80年代になってからのことのようですから、60年代とかのTVでのジャズの受容のされかたを書けないのは仕方ありませんが。

■しかし、日本のTVのバラエティー番組を支えた、支えている巨人、過去では大橋巨泉、現在ではタモリという人物が、ジャズとの深いかかわりを持つ人物であることは無視したくないですね。もちろん植木等だってそうですし、フランキー堺とか、名前を上げて行くとキリがないくらいです。ちなみに、わたしの山下洋輔初体験はTVを通してです。それも彼のデヴュー早々の頃ですね。「ミナのセカンドテーマ」演奏してましたから。

■80年代以降、日本のジャズは独自の変ぼうを経て、もはや「ジャズ」とは呼べないような音楽の中にも拡散している、それがわたしの考えですけれども、阿部薫以降のミュージシャンへの記述がゼロというのはいくら80年代以降無視という執筆姿勢であっても、あんまりではないでしょうか。

■ほとんど観た人もいないであろう、足立正生の『略称・連続射殺魔』という映像作品にかなり突っ込んだアプローチをされているのに、そのディープさがこの一点に留まってしまっているのは、単に偶然この『略称・連続射殺魔』を観てしまっただけ、その結果なのではないでしょうか。「裾野」がないのです。

■マンガとジャズ、交差した瞬間はあります。それは逆に「マンガ論」に逸脱してしまうでしょうけれども、かつての「少年サンデー」だったか「少年マガジン」だったかに、ジャズ・トランペッターを目指す少年が主人公の連載漫画が存在した記憶があります。そして宮谷一彦*1。もう忘れられた存在かもしれませんが、そのスタートで、ほとんどセリフの吹き出しもない、少年のけだるい一日を描いた作品のバックにはジャズが流れていました。って、マンガだから音なんか聴こえないのにね。でも、その少年の部屋の壁にはマイルズとかのポスター貼ってあったし、明らかに「ジャズ」を目指した作品でしたね。マンガでは、伊藤重夫という人の作品での「音楽」についても語りたくなります。ジャズ喫茶とか、破滅型のジャズ・ミュージシャンとか、出て来ました。でもその伊藤重夫を知ってる人がいないし。宮谷一彦もですね。「インディペンデント・漫画史」みたいなの、誰かちゃんと書いて欲しいですね。

■日本のフリー・ジャズは、「フリー・インプロビゼーション」とか呼称される時代を経て、ノイズ・ミュージックとしても勝手に発展して(ま、これに限らずあれこれと勝手な発展はしているのですけれども)、おそらくはこのジャンルでは日本のミュージシャンは世界をリードするような豊穣さと多様さを抱えていると思います。そういう意識を抜きにした「前衛」はありえないですから、先に書いた「東京新聞」の書評を書いた人は、つまりはボンクラです。「前衛」とか、体験しようという気持ちも持ち合わせていない人はこういう本を喜ぶのでしょう。

■逆に言えば、今でも、植民地に生きる隷属を快楽と考える人もいるのでしょうか。ちょっとオーバーな解釈ですけれども。

■演劇とジャズの関係を、ただ「演劇関係者にジャズ関係者が含まれていた」ぐらいしか書いていませんね。わたしもそのあたりは詳しくないっすけれど、ま、今で言えば「渋さ知らズ」と小劇場演劇との関係みたいなの、わたしもあまり知らないけれども、継続しているはずです。あ、マイク・モラスキーさんは現在型で継続している事柄には興味がないんでしたね。


 とりあえず、今気にかかっているのはこんなことでしょうか。この背後に、わたしの考える、80年代以降の「フリー・ジャズ」の発展の歴史があると思います。ちゃんと総括して書いてみたいけれど、わたしの頭脳は不自由ですからね。どうなることでしょう。


 

*1:5月13日、「和彦」と誤記していたのを修正いたしました。

crosstalkcrosstalk 2007/05/23 00:03 礼節を欠く「トラックバック」は削除させていただきます。何が「礼節」か、って、言わなくてもわかりますよね。二件削除させていただきました。

■ 2007-05-10(Thu)

[] 『夏への扉「マイクロポップの時代」』@水戸芸術館・現代美術ギャラリー(補足)   『夏への扉「マイクロポップの時代」』@水戸芸術館・現代美術ギャラリー(補足)を含むブックマーク

f:id:crosstalk:20070510003320j:image:left あまり粘着質にかかずりあうのはどうかと思うのですけれども、書き足りない思いもありますし、「たむ」さんからのコメントもいただいたので、もう少しだけ補足させていただきます。えっと、画像は古屋兎丸さんの「Palepoli」から勝手に借用いたしました。著作権法に抵触していますが、指摘されるまでは使わせていただきたいと存じます。どうぞよろしく。「あーそりゃだめだなぁ〜」ってぇの、使いたかったんです。




 今日はまずはチラシに書かれた文章を紹介いたします。

美術評論家・松井みどりは、1995年から2006年に至る約10年間のアートシーンの中に「マイクロポップ」的表現の出現と実践の現場を読み取ってきました。
「マイクロポップ」とは、歴史が相対化され、様々な価値のよりどころである精神的言説が権威を失っていく時代に、自らの経験のなかで拾い上げた知識の断片を組み合わせながら、新たな美意識や行動の規範をつくりだしていく「小さな前衛」的姿勢です。
本展覧会は「マイクロポップ」というコンセプトのもとに15人の日本人作家を集め、彼らの新旧作品250余点を通して、個人の独自な創造として発生しながらもひとつの共通性を持つようになった、ある芸術的創造力の姿を提示し、その芸術表現と同時代の若い人々の生き方や感性との共通点や、後の世代への影響力について考えようと試みるものです。

 「後の世代への影響力について考えよう」なんて試みに出会うのは、これが初めてですけれども、なんですか、予知能力???

 まずは、本質的な問題として、その展覧会の展示を観たわたしなりの感想、それを書いておきましょう。

 とりあえず野口里佳さんの作品は、この全体の作品展示の中で明らかに異種といいますか、“子供のような想像力によって、しばしば使い棄てられる日常の安い事物や「とるにたらない」出来事をシンプルな工夫によって再構成し、忘れられた場所や、時代遅れの物や、用途が限定されている消費材に新たな使い道を与え、人を自らの隠れた可能性に目覚めさせる。”などという松井さんのマイクロポップ定義のどこに合致するのか、彼女の「写真」という表現形態への問いかけを「主要な文化」に対しての「マイナー」とカテゴライズする視点がわかりませんでした。

 それ以外の作品に共通するのは、総じて表現への信頼といいますか、「表現」によりかかることによって表出する作品は、作者の意図がストレートにあらわれたものであって、作品の中に作者そのものを観てもらってもかまわないとでも言うような、ある意味で素朴な表現信仰のようなものでしょうか。

 しかし奈良美智さんは、実際はそんな地平からかなりずれ込んだ人であって、そのキャンバス上にダイレクトにあらわされたイコン的な少女像は、逆説的に「表現」への不信をもあらわしているとも言えると思いますし、これを松井さんの「マイクロポップ」にあてはめてしまうと、彼の作品が本来持っている、ある種パンキッシュなアナーキーさが読み取られそこなう(読み取られない)のではないかと思ったりもします。

 大木裕之さんの作品が入っているのも妙と言いますか、近年の彼の表現は、それこそストレートに写されてしまうものを疑わないような作品造りをしているように思えますけれども、“人々や物を新たな関連性の連鎖のなかに置き換えながら、コミュニケーションを促すゲームや集いの場をつくり、共同体への新たな意識が育つきっかけをつくっていく。”ように見えながら、彼はそんな場所に居留まったりしないで、つねにそんな共同体をご破算にしてしまうような、いわば「負」のエネルギーに満ちた祝祭空間をこそ、ここでも「逆説的に」求めているのではないかと、そう思ってしまうのです。

 そういう、松井さんの濃厚にオプティミズムの匂い溢れるような「宣言」からなる展覧会で、その「宣言」自体を裏切るような作品がこうしてそろっているのも、なかなか諧謔の限りで楽しい気もいたします。

 しかし、作家名は出しませんが、あからさまにアキバ系「萌え」ギャルのアニメ/コミックを意識して描かれたというか、そのまんまの作品まで展示されてしまっているとなると、その「宣言」はどこまで厳密なものなのかと、もう完全に疑ってかからないわけには行きません。わたしはこの作家の作品展示がなければ、とりあえずはこの場のキュレーションとしてはこんなものでしょう、次回はないでしょうけれども、そんな「ま、いいや」的な気分で通り過ぎても良かったんですけれども、こんな作品を選んでおいて何が“「主要な文化」に対しての「マイナー」”かよ、“文化の制度的な思考の枠組みやグローバルな資本主義や情報網による物神崇拝に抵抗して、「いまここ」の実質的な条件や要求に答えながら、独自の知覚や創造の場を見いだし、確保しようとするその姿勢は、個人の自発的な決定能力の、つつましいが力強い主張”ってえのがコレかよぉ!って、いささかなりとも呆れてしまったわけです。ここにあるのは、そんな「制度的な思考の枠組み」に安易によりかかって、「こんなの描けば誰かの眼にとまるでしょ」程度の、何らの批評意識も持ち合わせない作品なのでありまして。こういう作品を選出してしまうようでは、キュレーターの根本的な批評意識を疑わざるを得ません。

 だから、こういう作品も並べてしまう「マイクロポップの時代」というのが、いかに空疎なお題目であることか、いったいなぜこんな「宣言」がなされてしまうのでしょうか。


 松井さんが、チラシの文章にあるように1995年からアートシーンに関わってこられたのだとしたら、それはちょうどわたしが熱心にギャラリーなどをまわりはじめた頃と一致しますし、実際にわたしはギャラリーで、その松井さん当人と遭遇したこともあります。で、彼女もそれこそ当時の「オルタナティヴ」なスペースをも、かなり熱心に巡回されておられただろうことも理解出来ます。そして、そのような空間のなかで、たとえメジャーではなくても、強烈な表現への意志/欲求を持つ作家群に遭遇したであろうことも、了解出来るのです。それはわたしにしてもそうであったのですから。そして、そういう作家群にスポットを、という気持ちもわかるのです。

 彼女がわかっていないのは、おそらくは、先日わたしが書いたような形での日本の美術という世界の構造なのではないでしょうか。しかも彼女はその構造のなかで、(前述のチラシの冒頭にあるように)美術評論家という肩書きから、キュレーションを行うような立場に立ったわけでしょう。おそらく彼女は自分の立ち位置が見えていないのではないかと思います。もしも彼女がそういうことを承知の上で何かをやろうとしているのであれば、そうですね、今回に限って言えば、「水戸芸術館」などというエスタブリッシュメントでの開催はやめるべきだったのです。これに比べれば、あれこれと問題を抱えていたとはいえども、横浜のZAIMでの増山麗菜さん企画の「ART LAN@AZIA」展の方が、少なくとも「マイナー」ではあり得たのです。だから本当は、松井みどりさんが場所も探して決めて、段取りを整えて、なにもかも自分でやってのけるような覚悟がなくってはそもそも成功しっこないイヴェントなのです。そのような形であれば、その、アキバ系だろうが何だろうが、もっと異なる形のパワーになり得たのです。わたしはそれをやろうとして、ある意味でちゃんと実現したのですけれども(少し自慢させて下さい)。

 松井さんは「マイナー」などと言いながらも、ちいっとも自分自身は「マイナー」な場に身を置こうとなさっておられない。それがいちばんの問題ではないでしょうか。「マイナー」などと商標のように連呼しながら「メジャー」への道を登ろうとしておられる。つまりは、人を踏み台にしないで下さい。ま、もっとひどい連中は日本に溢れていますから、少なくともこうやって企画して行動されたということだけでもまだましなのでしょうか。わたしは椹木野衣さんの匂いを追いかけて彷徨していた豚が居るのを知っていますよ。その豚は日本語をしゃべるんです。で、有名な(すでに評価されている)人は皆偉い人で、それ以外(新人とか)は「だめ」で済ませられるらしいんですよ。豚なんだけれども、首から「評論家(志望)」という鑑札札をぶら下げていたりするもんだから、これは「食べられない(食べても不味い)」という判断で、屠殺されないで電車に乗っていたりするんですよ! わたしは電車に乗っている豚は見たことありませんが、豚なんだけれども、ふだんは人間に擬態する能力があるらしいんですね。目の前に作品とかちらつかせると、とたんに豚に変身するからわかります。

 松井みどりさんにとっては、これはメジャーへの階段の一歩だから、外の社会がどうなろうと構わないんでしょうけれども、まぁね、例えばこう、これから美術の世界で作家とか目指そうという人とかが居て、「マイクロポップ」とかね、視野に入れて、「なんだ、それでいいんだぁ!」とか、作家は批評意識も反省意識も美術界の動向も視野に入れなくていいんだ、ただおのれの好き嫌いとかの感情にさえ忠実であればそれでいいんだ、それが「マイクロポップ」ということだ!などという素晴らしいストレートな読解(というか、作家側からはそうとしか読めません)でもって、淘汰されて行く。

 いや、昔からわたしは思うんですけれども、昔だったら坂崎乙郎みたいな名前の(東野芳明という単語に入れ替えても同様ですが)、無責任な評論家がおったのですよ。で、そういう無責任な人の言うことを聴いて、こう、若い作家志望の人たちは道を踏み外して落っこちていくこととか想像できるんですね。でも、そういう安易な踏み外しにひっかかってしまう人がいるのは、自然淘汰のサイクルを多少回転を速くしているだけで、そういうところで躓くヤツは遅かれ早かれ躓いてしまうのではないでしょうかね、などと思ったものです。今もずっと、美術評論家というモノが空席になっているような状況は、なんとかならんもんでしょうか。宮川淳さんが、もうちょっと長生きして下さっていれば、ずいぶん違っていたでしょうに。

 美術の世界で作家とか目指す人とか、ある意味で皆シンデレラ・ストーリーのとりこの部分はあるのですよ。個展とかやって、目が覚めたら突然世界のトップ・アーティストになってしまっていたとか。

 先日ちゃんと書けなかったけれど、美術の世界での出世双六はあります。まずは自腹を切って貸し画廊で個展を開くのね。この時にちゃんと記録を取って、ファイルを作成すること。で、一回個展開いたぐらいで次のドアにたどり着けるわけでもなくて、ま、まだ貸し画廊個展は続くでしょう。その都度ファイルは作ります。それで、一般公募のコンペにはその内容を吟味して、自分に合っていると思ったら応募しますね。グル−プ展とかイヴェントへの出品のチャンスは逃してはいけません。とにかく、それまでの自分の知己でなく、今発表している自分の作品を通じて人と出会うような機会を逃さないようにします。そして、ファイルを持って企画展をやるようなギャラリーをまわって、売り込みしますね。そうやって企画展で個展とか開催出来るようにならなくっちゃいけません。ここから先はギャラリーの営業能力とか、もう自分一人の力ではどうにもならないようなところに踏み込みます。そこで運が味方すればきっと‥‥。ま、わたしにも未知の世界ですけれども。

 で、松井みどりさんの「マイクロポップ宣言」には、この真っ当な(???)出世双六を狂わせてしまうような要素がある気がするんですね。つまり、「オレはオレなんだからいいじゃねえか!」という、いわば「自同率」の世界ですね。「オレ」は「オレ」なんだから、世界に配慮する必要はない、「マイクロポップ」を探したいんだったらオレのところに来てみろってんだ。ま、そこまでバカが居るとも思えませんけれども、こう、作家たらんとする時に、「世界への配慮」など必要ないのではないのか、おそらくわたしがアホな作家志望の青年だったらそう考えるのではないでしょうかね。

 ま、こういうことを、先日書いた「エスタブリッシュメント」の中に「マイナー」を育成させることは出来ないというのと合わせて考えて下さい。渾沌とした書き方になってしまいました。って、気持ちがエスカレートしてしまって、うさばらしですね、これでは。ごめんなさい。


 

たむたむ 2007/05/10 10:33 えっと・・。わたしの書いた疑問に対するお答えと
受けとってもよいでしょうか。そうであれば、とて
もうれしく思います。長い文章をありがとうござい
ます。

松井は、ネグり&ハートの「帝国」から政治性を
骨抜きにして、まるで、イーグルトンが「ポスト
モダニズムの幻想」の中で揶揄しているような人
達をアーティストとして持ち上げているように思え
てなりません。なにも政治・政治というつもりはあ
りませんが、前のコメントでおめでたいと言った理由
のひとつではあります。

crosstalkcrosstalk 2007/05/11 00:51 どうもコメントありがとうございます。
たむさんのコメントを拝読して、やはりダメなものはダメと、はっきり書いておかなくてはと思いまして。

ドゥルーズ/ガタリの「マイナー文学のために」という本に書かれていたことを、もうすっかり忘れていたのですけれども、その本でドゥルーズ/ガタリが言っていたのは、母国語を捨てて作品を書いた文学者たち、カフカとかジョイスとかべケット、そういう人たちのを「マイナー文学」と呼んでいたので、だからよけいに松井さんの「宣言」はわけわからんです。その本に書いてあったのはたとえば「自国語で吃ること」とか、「逃走線を設置する」とか、彼らの考えのポイントになるような記述が含まれた本だったことも思い出しました。わたし、それっててっきり「記号と事件」という本だと思い込んでました。とにかく松井さんの宣言はわかりません。

だらだらと文章力ないまま書いてしまったので、また明日あたり書き替えてしまいたくなりました。どうもでした。

あ、id:sdtさんからのトラックバックもありがとうございました。「ひらづみ」、いつも読ませていただいてます。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/crosstalk/20070510

■ 2007-05-08(Tue)

[] 『夏への扉「マイクロポップの時代」』@水戸芸術館・現代美術ギャラリー   『夏への扉「マイクロポップの時代」』@水戸芸術館・現代美術ギャラリーを含むブックマーク

 で、わたしはその松井みどりさんの著書、「マイクロポップの時代:夏への扉」という本は読んでいないのですけれども、当日会場で配られていたパンフに彼女の「マイクロポップ宣言」というのが掲載されていましたので、その「宣言」と、この会場での展示を観た感想とから、わたしなりの考えをここに書きたいと思うのです。その『夏への扉「マイクロポップの時代」』展は、まさしくわたしがこの文章を書き始めようとしている5月6日、午後6時30分にはすでに、その全日程を終了したばかりなのではありますけれども。

マイクロポップ宣言     松井みどり

マイクロポップとは、制度的な倫理や主要なイデオロギーに頼らず、様々なところから集めた断片を統合して、独自の生き方の道筋や美学を作り出す姿勢を意味している。

それは、主要な文化に対して「マイナー」(周縁的)な位置にある人々の創造性である。主要な文化のなかで機能することを強いられながら、そのための十分な道具を持たない人は、手に入る物でまにあわせながら、彼等の物質的欠落や社会的に弱い立場を、想像力の遊びによって埋め合わせようとする。

マイクロポップは、また、人から忘れられた場所や、時代遅れの事物に目をつける。その場所で見つけた小さな事物−−場所の隠れた意味を表すような−−をもとに、人々や物を新たな関連性の連鎖のなかに置き換えながら、コミュニケーションを促すゲームや集いの場をつくり、共同体への新たな意識が育つきっかけをつくっていく。

マイクロポップの概念は、フランスの哲学者ジル・ドゥルーズとフェリックス・ガタリによる「マイナー文学」の定義と、フランスの歴史学者ミシェル・ド・セルトーが主張した「日常性の実践の戦術」の理論に触発されている。ふたつとも、移民、子供、消費者など、常に「大きな」組織に従属している周縁者と見なされている人々が、その一見不利な条件を利用して自分たちに適した環境や新たな言葉を作り、メジャーな文化を内側から変えていく、「小さな創造」の革命的な力についての方法論なのだ。

マイクロポップの「ポップ」という言葉も、ドゥルーズとガタリの言い回しから採られている。それは、アメリカのポップ・アートとは関係のない小文字のポップだ。それは、大衆文化のメジャーなスタイルを指すのではなく、制度にたよらず自分の生き方を決めていく、普通の人の立ち位置を示している。知や価値の体系の絶えまない組み替えを現代の状況として受け止めながら、彼らは日常の出来事の要請にしたがって自らの思考や行動の様式を決めていく。それは、高等文化と大衆文化の階層にかかわらず、様々な体験から情報を得、必要に合わせて知識を採り入れ組み替えることのできる、大都市の住人やインターネットのユーザーの姿勢と同じだ。

この意味で、「マイクロポップ」は、マイクロポリティカルでもある。文化の制度的な思考の枠組みやグローバルな資本主義や情報網による物神崇拝に抵抗して、「いまここ」の実質的な条件や要求に答えながら、独自の知覚や創造の場を見いだし、確保しようとするその姿勢は、個人の自発的な決定能力の、つつましいが力強い主張を示すのである。

それは、子供のような想像力によって、しばしば使い棄てられる日常の安い事物や「とるにたらない」出来事をシンプルな工夫によって再構成し、忘れられた場所や、時代遅れの物や、用途が限定されている消費材に新たな使い道を与え、人を自らの隠れた可能性に目覚めさせる。マイクロポップな姿勢はこのようにして、凡庸な事象に潜む美を見い出し、人と物が新たな関係性を結び意味を得る文脈を作り出していくのである。

マイクロポップな立ち位置とは、ポストモダン文化の最終段階において、精神的生存の道を見いだそうとする個人の努力を現わしている。それは、60年代に始まり、現在その非人間化の極限に達しているかに見える「進歩」の過程への抵抗なのだ。過度に工業化され、組織化された今日の世界を、視点の小さなずらしやささやかな行為を通して生の柔軟さやその複雑な多様性をつかまえることで変形しながら、マイクロポップな人間は、人間の生きる世界の価値の再生の可能性を広げていくのである。

 もらったパンフ全文ここに写しました。著作権の問題があるようでしたら言ってね。長くなりそうなので覚悟して読んで下さい。

 ま、あまりだらだらと長く書いても仕方がないので、まずは要点から書きます。つまり、今の日本には、松井さんのおっしゃるような「マイクロポップ」な美術、上記の「宣言」で書かれているような“主要な文化に対して「マイナー」(周縁的)な位置にある人々の創造性”を提示出来るような環境はないのではないか、そういうことです。ひらたく言えば、日本には「周縁的な表現」が現出するような空間はない、そう言い切ってしまってもいいのです。

 わたしも不勉強ですからあまり大風呂敷は広げられないのですけれども、まずは、日本での美術ジャーナリズムの不在もしくは怠慢、そういう問題があると思います。「不在」とまでは言えないとしても、少なくとも、発表の現場にある多様性を包括するようなキャパシティは持ち合わせていないでしょう。現在そういう「美術ジャーナリズム」と呼べるようなフィールドがあるとすれば、それは「美術手帖」であり、「ART IT」であり「芸術新潮」であり、メジャーなところではこれだけではないでしょうか? あとは突然、公募団体の動向を中心に据えたような、時代錯誤な、作家からまきあげる写真掲載料で運営しているようなわけのわからない雑誌群とか、とにかく価値判断せずに情報としてなにもかも載せてありますみたいなのとか、逆にメジャーなのだけ載っけましたという「ぴあ」*1みたいなの、このあたりは単に情報ですけれども、そんなものではないでしょうか。それと美術館が発行しているような館報みたいなの。

 つまり、さらにここで問題なのは、例えば美術という場で、現在形で複数の潮流が存在して、それらの潮流が交錯しあうパースペクティヴのなかから「現代美術」というようなテーマが浮き上がってくる、そういう構造が存在していない、そう思われるのです。それは例えば、映画(映像作品)だとか文学、音楽、舞台作品と比較すると、その範疇の狭さは眼に見えてくるのではないでしょうか。つまりはそれが公営の美術館が商業的アニメーション関係の企画展に力を注いでしまう国の実情でもあると思うのですけれども、「主要な文化」としての美術こそが、不在なのではないでしょうか。というか、そういう極端に突出した「主要な文化」が存在する(例えば村上隆なんかを代表格として)としても、それに対抗するような、もしくはその周辺にひろがるような裾野が見当たらないのではないでしょうか。そのような「場」に「マイナー」がどうやって存在出来るのか、そういう問いかけです。

 そして、松井みどりさんの言うような、「制度的な倫理や主要なイデオロギーに頼ら」ない姿勢という事になると、ある意味でそれはナイーヴさと同義でもあって、それはこの松井さんの「宣言」を通読すると、ほとんど「アウトサイダー・アート」との差異も不明になってしまうような微妙な立ち位置とも読み取れてしまうのです。ま、そこまではいかなくっても、ヴァン・ゴッホさんもモディリアニさんもお待ちしております、という事にもなりそうなのですが。ちょっとここでの「制度的な倫理や主要なイデオロギー」というのが、良く読み取れないです。わたしはここで松井さんは戦略を混同されているのではないかと思うのですけれども、つまりは作家の志向するものと、その作家の作品が発表される構造との分化がなされていないように思えるのです。それはドゥルーズ/ガタリの「マイナー文学のために」の読み違えのような気もするのですけれども。

 例えばこの春に木場の東京現代美術館で開催された「MOTアニュアル2007 等身大の約束」展などで定義された問題は、多少なりとも、松井みどりさんの「マイクロポップ」と近接したものと了解されるような所があると思うのですけれども、それはあくまでも「ひろいあげられた(チョイスされた)」表現であって、つまり現代美術館がキュレーションの一環として集めた作品として、それらの動向がムーヴメントであるような、つまり「宣言」されてしまうような動向ではないでしょう。

 今の日本の美術の動向は、つまりは「エスタブリッシュメント」に拾い上げられるかどうか、表面的にはそこでしか存在していないという事ではないかと思うのです。ここで言う「エスタブリッシュメント」とは、そういう狭いキャパシティのなかのジャーナリズムであるか、ごく一部の商業ギャラリーとか公立の美術館の企画展であるかどちらかでしかないと思うのですけれども、つまりは例えば一時期の日本のロックなどの発展を支えた自主レーベルなどの活動(それは今でも継続していますが)に匹敵するような動きは、少なくとも今の美術界には無いように見えるのです。いや、実はとにかくまずは作家がギャラリーで個展をやって、という、美術の世界での基本となる作品発表の形態はそれこそ「自主制作」なのですけれども。えっと、つまりそのことは、美術の世界においては、その出発に関しては基本的に皆「マイナー」なのだという事も言えてしまう。

 では、そんな「エスタブリッシュメント」のみが流通する業界で、「マイナー」を拾い上げることが、どのようにして可能になるのでしょう。それはつまり、「エスタブリッシュメント」のただなかに「マイナー」を生育させることであって、それはジャンルとしての多様性を現在持ち得ていない、この美術というジャンルでは不可能なことではないでしょうか。

 つまり、今、松井みどりさんがおっしゃるような「マイクロポップ」、そういうのが松井さんのおっしゃるように「マイナー性」を保持しながらも現出するような「場」を生み出すのは、とっても困難なことではないかと思うのです。「場」、それはこの場合まさしく場所のことであって、それは作品発表の「場」のことです。そうですね、10年ぐらい前には何と言うんでしょう、「オルタナティヴ・スペース」とか言うんでしたか、こう、ギャラリーの垣根を超えたような「場」がそれなりにあったと思うんですけれども、どうなんですか。わたしが不勉強なのか、近年はそのようなスペースの存在する話をあまり聴きません。

 例えば当時(つまり10年前)で言えば、三宿にあった「NGギャラリー」、青山の「PAP Factory」、和泉の「シナプス画廊」とかね、その、作家に近い立場からギャラリーが運営される場があちこちにあったりして、そういう空気に刺激されてわたしも自前のイヴェントを立ち上げた部分もあるのですけれども、ソのような空間に作品を提示していた作家の中には、今回の『夏への扉』で展示されていたような「同種」の作品をはるかに凌駕するような作品を発表されていた作家もいましたし。いや、実は今回のこの『夏への扉』を観て、その作品から思い浮かべたのは、その当時そのような場所に作品を発表していた作家の作品のことで、ほとんど、生きていくことと、作品を作る/描くこととが同義性を持っているかのような人がいて、とにかく彼女の持っているスクラップブックに毎日貼り込まれてコラージュになっていく紙類、彼女の描くドローイング、その膨大な量と膨大なメッセージを、こうして今思い出したりしてもいたのです。それはもう、ここに展示された同類の作品など、問題になり得ないものだったと思います*2

 ドゥルーズ/ガタリの「マイナー文学のために」は、カフカについて書かれたエッセイであって、ご承知のように、カフカという人は、自分の死後自分の書いたものをすべて焼却してしまうように遺言した人でもありまして、つまり、「後に発見される」ということが、彼の文学を規定する条件でもあったわけです。それゆえの「マイナー」でもあって、それはまぁ、ヴァン・ゴッホでもモディリアニでもヘンリー・ダーガーでもいいんですけれども、それらをどのようにして「発見」し、どのようにして現在形事物として「発表」されるのか、そのあたりの明確な流通が示されない限り、つまり、わたしには「マイクロポップ」は現出し得ないものとして映るのです*3。わたしが言いたいのは、松井みどりさんの言っていることはちがうよ! などと言うことではなくて、そうではなくて今の日本の美術界の状況についての問いかけ、そういうことを書きたかったのです。文章をまとめる力がないので、ちゃんと書き切れた気がしませんが。

 現在の美術をとりまく状況について、わたしはちょっと不勉強なところがありますので、ここで書いたことは認識として不充分な箇所もあるかと思います。補足されるような事柄をご教示していただけましたら幸いです。


 

*1:「ぴあ」という情報誌も、かつてはかなり「マイナー」な美術情報を掲載していた時期もありました。これは当時「ぴあ」の美術欄を担当していた、白坂ゆりさんという人の存在が大きかったと思います。

*2:強烈に彼女のことを思い出してしまったので、ちょっと書いておきます。彼女は中林千穂さんという人で、10年ほど前に「シナプス画廊」で個展を開き、後に京都に転居されたあとに「PAP Factory」のグル−プ展にも参加されたと思います。どなたか彼女の現在の消息をご存知の方はいらっしゃらないでしょうか???

*3:つまりここでも、その中林千穂さんの「不在」を思い浮かべるのです。

たむたむ 2007/05/09 11:39 はじめまして。なんか、松井の書いたものを読むと
おめでたいのひとことにつきるね。まさに遅れてきた、
ポストモダニストだな。

いまの社会に対してなんら批判的視点がないと感じます。

松井の言うことは、それこそフリーターみたいに、いま
の世の中にとって都合のよい感性の使い捨てを勧めてい
るようにすら感じます。彼女は、
体制にとって心地よい暇つぶし感性を提供したいので
しょうか?


さわらぎの発言もそうだけど、アートとかに興味のある
人は、あの程度の発言を読んで理解者を得たと感じるの
でしょうか?不思議でたまりません。

riu3oriu3o 2007/05/23 02:42 はじめまして。制作者の立場から興味深く読ませて頂きました。マイクロポップとは美術として表現されたグローバル時代における『「現代思想」が終わった後の「思想」』であるというのが私の考えです。文化としては主要文化としての美術がほぼ不在である日本現代美術の現状ではマイナー性が成立しえないと同感です。あるいはマイナー性が主流となるのではないかと動向を注目していましたが、どうやらマイナー世代である私どもの地道な努力なしにはありえないようですね。ありがとうございました!

crosstalkcrosstalk 2007/05/23 22:36 riu3oさま、どうもです。わたしはおっしゃられるように「マイナー性が主流となる」可能性は、あると思いますよ。少なくともそれが松井みどりさんのようなやり方ではないのは確かで、だからこそわたしは腹立たしいのです。まずはもうちょっとアーティスト側からの自覚と行動も欲しいのです。
riu3oさんは制作に携わっておられるのですね。何か開催される時とか、よろしければメールとかででもお知らせ下さればうれしいです。では。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/crosstalk/20070508

■ 2007-05-02(Wed)

[] 3月とかのダンス公演などをまとめて。   3月とかのダンス公演などをまとめて。を含むブックマーク

 こちらに何か書くモティヴェーションがすっごく低くなってしまっているんですけれども、いちおう継続させましょう、というか、もう先々月のことあたりから書いてないんですね。だからこの際、まとめて書いてしまいます。

 ま、まずはここでなぜ「ダンス」の公演だけとりあげて書くのか、それはそれで、わたしが「ダンス」と呼ばれるジャンルにそれなりの思い入れがあるからですけれども、あいだが空いてしまったりしたので、その、思い入れのあたりからちょっと書いてみようかなと思います。すっごい昔に、そんなわたしなりのダンスの楽しみ方みたいなの、ココに書いた記憶もありますけれども、基本的にはあまりその時と変っていません。って、自分で書いておいて、この時の続きがどこにあるんだかわからなくなっちゃった。

 その、過去に書いたことに付け加えて何か書くならば、ま、平凡な意見ですけれども、「コンテンポラリー・ダンス」と呼ばれる表現には、その表現それ自体の根本を否定することで成立するような、そういうラディカルな部分がまだまだ表現として、表現の可能性として残されている、そう思うところがあってのことです。もちろんそういう契機は美術にも音楽にも演劇にも文学にも映画にもあるわけですし、そういう意味ではわたしのこのブログ全体が、そのような場の検証、結局それはつまりは自分自身の検証として存続させているわけなので、いわゆる批評行為ではないつもりでいるのです。いやついついそんなことを忘れてしまってつまらない感想文を書いてしまうこともありますし、自分でコレは感想文です、などと言ってしまったりもしますけれども、つまるところは自己否定の契機として外の世界と交渉を持つ、そういうことをやろうとしているのです。ついつい単純な「好き嫌い」で書いてしまうことも多々ありますけれども、そういう脱線は許して下さい。

 ということで、まずは3月でなくって2月の公演で書いてないのがありましたので、そのあたりから書いておかなくっては。



time and locus『迷宮クリイム』@アサヒ・アートスクエア 振付け・構成・演出:高野美和子(2月17日観劇)

 そういう意味で、高野さんはまず「好き嫌い」で言って、とにかくわたしの好きなダンスを繰り広げられるお方です。で、いままで観た彼女の公演はいつもちょっとフェチっぽい、といいますか、主にアレですね、「かつら」というモノに対するフェティシズムの形象化、といいますか、それにちょっとフリーキーな動きが加味されて、彼女独特のダンスがあったのだと思います。そんな彼女の作品を見るのも、かなり久しぶりのことになります。

 今回は彼女のカンパニー、「time and locus」としての公演で、今までせいぜい彼女たちの公演は3〜4人での公演、そういうのを観てきていたのに、今回は突然の大所帯、数えてみたら9人もいらっしゃって。

 で、衣装なんかもかなり本格的に、いかにも舞台用、ジプシーたちが着ているような原色の衣装で、何と言うんでしょう、その衣装とか、そのダンス作品の原型のフォーメーションなんかは、よくわからないけれど、モダンダンスっぽいと言いますか、なんだかそういうダンスの発表会的な、そ〜んなイメージではあるのですけれども、でも、舞台で繰り広げられるダンスはやはりどこか奇矯で、こう、スマートではなくあれこれとひっかかりのあるような、そういうひっかかりこそが、彼女のダンスの面白さなのではないかと納得するのです。それがダンスというジャンル全体へ波及するような批評的な奇矯さではないのは確かかも知れませんけれども。

 で、3月ですね。なんだか網羅的になってしまいそうです。



『踊りに行くぜ!!vol.7 Special in Tokyo』@アサヒ・アートスクエア(3月3日観劇)

出演者は以下の通り。

江藤由紀子(山口)
Ko&Edge Co.(東京)
酒井幸菜(茅ヶ崎)
坂本公成+佐伯有香(京都)
納谷衣美+山下残(京都)
康本雅子(東京)

 最近は新しい人のダンスとかあまり観る機会がなくなってしまって、そういう意味で、この『踊りに行くぜ!!』のシリーズはいつも新しい人たちを紹介してくれていて、しかもなかなかに刺激的な表現を見せてくれる人が多いので、毎回楽しみにしています。どうしても地方には行ってられないので、せいぜい前橋とか、この東京の公演ぐらいしか観られないんですけれども、特に今回ははじめて観る人が多いので楽しみでした。

 月並みなことを書けば、「ダンス生成の現場」というのでしょうか、その、ダンスがダンスとして立ち上がってくる瞬間のようなもの、だからまだ未分化な状態も含めて、「なま」な舞台のダイレクトさを体験する、そういうゾクゾクするような楽しさがありました。それは特に、はじめて観る江藤さんや酒井さんの作品とかに顕著な、ダンスというモノの捉え方とか、その観客との対峙の仕方とか、そこにはたしかにわたしなどが今までに観たことのないダンスなるものの萌芽、そういうのが観ることが出来たのこそがうれしい体験で、また、坂本公成さん+佐伯有香さんの作品の、これはスタティックな静かな作品ですけれども、削り込んで作成されていく、その作成過程の痕跡のようなものまでが垣間見えるような、心に残る作品でした。

 制作者の制作意図を含めて、「コンテンポラリーダンス」なるものをより魑魅魍魎な世界に引き込もうとする(ではないか?)こういう試みがあってこそ、わたしにはダンスの世界の可能性がまだまだ尽きないものと映るのです。すでに評価されたものだけを誉めてやりすごすような風見鶏批評家は、こういうイヴェントは観なくてもいいでしょうが。



『吾妻橋ダンスクロッシング The very best of AZUMABASHI』@アサヒ・アートスクエア(3月10日観劇)

 またまたアサヒ・アートスクエア。出演者は以下の通り。

Off Nibroll
KATHY
ボクデス&チーム眼鏡
ほうほう堂×チェルフィッチュ
身体表現サークル
康本雅子

(ゲスト)宇治野宗輝&ザ・ローテーターズ

 今回はいままでにこの『吾妻橋ダンスクロッシング』で上演されたものの再演が基本とはいいながらも、美術畑から宇治野宗輝さんの乱入もあり、会場全体になんとかという(チラシをなくしたのでわからなくなった)ユニットによるインスタレーションとかもほどこされて、なかなかと渾沌とした雰囲気になっていて、そのジャンルの横断ぶりに親近感を持ちました。

 このイヴェントはつまりはエンタテインメントとしてお客さんに楽しんでもらいましょう、そういうサーヴィス精神が基本にあるのですけれども、それでも「コンテンポラリーダンス」の鵺のような性格を、その実験性を含めて提示しようとする精神こそ共感しますし、そこで既存のジャンルからはみ出して異分野のモノさえ取り込もうとする姿勢にも共感しています。あ、ないしょだけど大きい声で言いますけれど、前回「鉄割アルバトロスケット」をこのイヴェントに推薦したのはこのわたしなんですよ。ふふ、評判よかったでしょ! 彼らを呼んでくれた桜井さんに感謝です。今ごろ。

 いままでダンスとか観なかった人が、このイヴェントを通じてダンスに興味を持ったり、そういう観客への誘いかけの成功したイヴェントですよね。コレからも期待します。



山賀ざくろ『卒業』@南烏山Studio Goo(3月24日観劇)

 で、そんな観客の問題ですけれども、ちょっと小耳にはさんだ話では、実際のところは、そんな「コンテンポラリー・ダンス」などと呼ばれるジャンルの観客が、最近になって増えて来ているというわけでもないらしいんですね。実質あまり変っていないとか。それで、ついつい小さな公演ではまわりの観客のほとんどが顔見知り、そんな光景がね、あるんですよ。それは、ふっと入って来たそういうのではないお客さんの目にはちょっと内輪ノリといいますか、あまり居心地の良いものでもないようなんですけれどもね。そういう気持ち、わたしはわかるな。例えばアニメーションとか実験映像とかの発表会とか、それほど大きくないイヴェントに、昔何度か足を運んだことがあるんですけれども、その時のお客さんはそのイヴェントを主催しているサークルのメンバーの皆さんなのか、皆が知り合いのようで、その雰囲気はものすご〜く排他的に感じてしまって、こう、わたしなんかひとりで行ってると、ちょっといたたまれなくって、そういうイヴェント自体にあまり足を運びたくはなくなってしまうんですね。これは当人たちにそういう排他的な気分がなくってもね、そういう空気になってしまったりするから難しいです。自分のやったイヴェントでも、スタッフが会場で談笑しているだけでもある種の雰囲気になってしまうなと、その時は自分でも感じましたから。だからスタッフだとわかるバッジとかプレートとか、そういうの付けさせなかったけれど、ま、そういう問題でもありませんし。

 この山賀ざくろさんの公演も、実際のところ、観客のほとんどが顔見知りみたいな、そういう公演ではあったのですけれども、どうなんでしょう、その山賀さん本人がそういう状態に甘えていた所はなかったでしょうか。まともにダンスを踊ったのはせいぜい10分、あとは聴きたくもない彼のギターと歌ばかり、これではチケット代を返して欲しくもなります。出演者自ら内輪ノリを演出してしまうようでは、もう新しい観客は生まれては来ないでしょう。猛省を促すためにも、今ごろではありますけれども、ココにこうやって書いておきます(ま、ここに書かれたからと言って何の影響もないでしょうけれども)。



BATIK新作公演『ペンダントイヴ』@世田谷パブリックシアター 公正・演出・振付:黒田育世(3月31日観劇)

 まとめていっぱい書いて疲れてしまった。手短に。

 この公演もある意味では内輪ノリだと、わたしの目には映りました。叫び、喚き、ぶっ倒れそうになるまで駆けずり回って、その事で舞台の上のダンサーの中ではなにかが解放されるのかも知れないけれども、客は観客席に置いてきぼりでしかなくって、「勝手にやって下さいよ」って感じです。まったく観客を挑発出来てないんだもの。がっかりしました。ステージの空間造りとか照明の仕事としては見ごたえのある所もあっただけに、残念です。


 てな感じで、3月までのダンス公演をまとめてみました。まだ3〜4月に観た演劇とか、書きたい題材は残ってますけれども、ちょっとそういうのは飛ばして、そろそろ現在型に近い所で書き継いで行きたいな、斯様に思っておりまする。


 

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/crosstalk/20070502
   3223879