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■ 2010-01-31(Sun) 「フラワーズ・オブ・シャンハイ」、一月のおさらい

[]Lazy Sunday Afternoon [Small Faces] Lazy Sunday Afternoon [Small Faces]を含むブックマーク

 ミイの姿を見ない一日。ユウはもうしょっちゅうベランダに滞在していて、もう半分ぐらいはベランダが自分の家だと思っているんじゃないかと思う。ミイが子離れしてユウは住処から追い出され、このベランダがいちばん手っ取り早い落ち着き先になったということじゃないのか。部屋の中に入って来るのも以前に比べると平気になって来たようだけれども、わたしが動いたりすると、サッと外へ飛び出して行く。少しずつ、食事のトレイを部屋の奥の方に置くようにして、部屋に慣れるように工作したりしてるんだけれども。

 ナボコフの「ディフェンス」をもういちどザアッと読み直してみたけれども、主人公の名前に関してのトリック(?)はわからないまま。まあその他に「なるほどね」という仕組みに気が付いたところはあるけれども。
 図書館へ行き、稲垣足穂の本をリクエストしたら、初めて見る受付の中年女性が、リクエストの内容も確認せずに「ご希望にそえない場合もありますので」といきなり切り出して来たので、キレる。なんという言いぐさ。何度もリクエストはして来たけれども、こんなことを言われたのは初めて。
 刊行から一年以内の、つまりは新刊書だと、ほかの図書館からの相互貸し出しが出来ないから、新規購入の検討対象になり、この場合は予算などもあるわけだから、「購入しない」という結論になる場合もあることは仕方がないし、わたしもそのことは承知している。しかし、わたしがリクエストした本はもう刊行されて一年以上経っているし、自館になければ他館から借りればいい話ではないか。もちろん、それでも「他館でも見つからない」というケースも出て来るかもしれないが、図書館は利用者のために図書館の機能を使って、全力でそのリクエストされた本を用意しなければならない。それが図書館というものだ。それをいきなり、「ご希望にそえない場合もありますので」と切り出すのは、図書館の機能の放棄だわさ。
 わたしはリクエストの用紙に、書名、著者名のみならず、出版社、ISBNコード、出版年度まで書き入れている。その出版年度の欄を確認すれば、この本が他館からの相互貸し出しで探すべき本だということはわかるはずで、そこでいきなり「ご希望にそえない場合もありますので」と言い出すのは職務怠慢。利用者がどのように感じようが閉館の心配のない図書館は、勝手に運営されて行く。その女性館員の発言は、面倒なことはやりたくないという態度に見えた。
 まあ、ちゃんとそのような苦情を言えば良かったのだけれども、めんどくさくなりそうだし、窓口クレーマーというのも苦手なので、視線をそらして「ご面倒ならば、リクエストは取り下げましょうか?」と言うだけにしてしまった。「いえ、なんとかなんとか‥」と言っていたけれども。この女性館員はこれからは避けるようにしようか。

 帰宅してからあとはDVD、ホウ・シャオシェン監督の「フラワーズ・オブ・シャンハイ」を再生して、そのセリフを書き取る作業。何でこんなことをやるかというと、わたしは中国版DVDでこの「フラワーズ・オブ・シャンハイ(海上花)」のソフトを持っているわけで、これは以前、とあるアジア系DVDのネット通販でDVDをまとめて2〜3枚買ったとき、おまけ特典で一枚無料で差し上げますというキャンペーンの中に、このソフトがあったから選んだもの。で、この中国版のソフトには中国語の字幕しかついていないので、国内版のDVDを借りて字幕を書き写す、こ〜んな作業を思い付いたわけ。
 イヤこの作品、思いのほかセリフ量が多くて、再生〜一時停止を繰り返しながら3〜4時間かけて、やっと映画の半分しか進まなかった。

 この「フラワーズ・オブ・シャンハイ」という作品、一般の評価はさほど高くはないのだけれども、わたしはあらゆる映画作品の中で、もしかしたらこの作品がいちばん好きかもしれない。これは今見返してみると、「ホウ・シャオシェンによる溝口健二」とも言いたくなるような作品で、リー・ビンピンによる、とてつもなく美しいカメラと複合された、ストーリーから自立した、映画それ自体の美しさに満ちた作品だと感じられるわけです。この陶酔の長回し!って感じで、何度観ても、その夢のような映像に酔ってしまう。
 で、今回こうやってセリフを書き取るようなことをやってみると、この映画の舞台になっている、19世紀末の上海の遊廓が存在する背景が、説明ではなくして、うまく登場人物のセリフの間から読み取れるようになっているのね。これはかなり日本の遊廓にも似た背景で、よりこの作品と溝口健二の作品との親和性を感じさせるのだけれども、そんな遊廓の女性と客の男との関係、女将との関係、「身請け」という事象、まん延するアヘン中毒などのちょっと複雑な背景が、物語の中にスムースに織り込まれているのだな、という感想。膨大なセリフ量もあるし、これは字幕が読めないとわからないや。明日もこの作業の続きになるだろう。

 今日の一曲は、そういう上海の曲にしてもいいんだけれども、ちょっとすぐに思い出せない。まあ今日は日曜日だったし、物憂げな気分でもあったので、Small Faces の1967年のヒット曲、「Lazy Sunday Afternoon」で。
 このSmall Faces は、アメリカでのBritish Invasion 真っ最中に活動していたにも関わらず、アメリカでなかなか人気の出なかったグループで、この曲もアメリカではまるでヒットしていない。Small Faces の唯一アメリカでのヒット曲は、翌1968年のちょっとサイケデリックな「Itchycoo Park」だけ(逆にこの曲はイギリスではヒットしていないのだけれども)。どうも、The Who にしてもアメリカで人気が出るのはちょっと遅くなってから(もう彼らを「モッズ」とは呼べなくなった頃)だし、イギリスのモッズ系の文化というのは、アメリカにはうまく伝わらなかったのだろうと思う。

 

 

[]二○一○年一月のおさらい 二○一○年一月のおさらいを含むブックマーク

 新しい年も一ヶ月過ぎて、食費をセーブしようという計画はけっきょく、従来の月と変わらない決算に終ってしまった。ただ、二月以降の舞台とかのチケットの購入をしていないので、前月よりも残高は微増。二月三月でどうなるのか。
 美術展などそれなりに観て、フィルムセンターで大島渚監督の作品をいくつか観たり。読書のはかどった月だったかな。

  観劇:
●1/15(金)SePT独舞Vol.20 『ソコバケツノソコ』黒田育世:振付・出演 飴屋法水:演出 @三軒茶屋 シアター・トラム

  映画:
●『鏡の中のマヤ・デレン』(2001) マルティナ・クドゥラーチェク:監督
●『絞死刑』(1968) 大島渚:監督
●『少年』(1969) 大島渚:監督
●『儀式』(1971) 大島渚:監督

 美術展:
●内藤礼『すべて動物は、世界の内にちょうど水の中に水があるように存在している』@神奈川県立近代美術館 鎌倉
●レベッカ・ホルン展『静かな叛乱 鴉と鯨の対話』@東京都現代美術館
●『G|tokyo|2010』 @六本木 森アーツセンターギャラリー

 この他に、神奈川県立近代美術館別館での「イギリス版画展」、鏑木清方美術館なども。

 読書:
●『ドン・キホーテ 後編 下』セルバンテス:著 荻内勝之:訳
●『ナボコフのドン・キホーテ講義』ウラジーミル・ナボコフ:著 行方昭夫・河島弘美:訳
●『ディフェンス』ウラジーミル・ナボコフ:著 若島正:訳
●『告白』町田康:著
●『猫のあしあと』町田康:著
●『待つこと、忘れること?』金井美恵子:文 金井久美子:絵
●『ノミ、サーカスへゆく』金井美恵子:文 金井久美子:絵
●『富士日記』(上・中・下)武田百合子:著
●『生きてるだけで、愛。』本谷有希子:著

 DVD/ヴィデオ:
●『地獄門』(1953) 衣笠貞之助:監督
●『白鷺』(1958) 衣笠貞之助:監督
●『野菊の如き君なりき』(1955) 木下恵介:監督
●『張込み』(1958) 野村芳太郎:監督
●『好色一代男』(1961) 増村保造:監督
●『妻は告白する』(1961) 増村保造:監督
●『黒の試走車』(1962) 増村保造:監督
●『黒の報告書』(1963) 増村保造:監督
●『卍』(1964) 増村保造:監督
●『切腹』(1962) 小林正樹:監督
●『霧の旗』(1965) 山田洋次:監督
●『氷点』(1966) 山本薩夫:監督
●『もののけ姫』(1997) 宮崎駿:監督
●『菊次郎の夏』(1999) 北野武:監督
●『ジャーマン+雨』(2007) 横浜聡子:監督
●『ヒズ・ガール・フライデー』(1940) ハワード・ホークス:監督
●『レベッカ』(1940) アルフレッド・ヒッチコック:監督
●『フレンジー』(1972) アルフレッド・ヒッチコック:監督
●『ファミリー・プロット』(1976) アルフレッド・ヒッチコック:監督
●『忘れじの面影』(1948) マックス・オフュルス:監督
●『黄金』(1948) ジョン・ヒューストン:監督
●『白鯨』(1956) ジョン・ヒューストン:監督
●『雨の朝巴里に死す』(1954) リチャード・ブルックス:監督
●『現金に手を出すな』(1954) ジャック・ベッケル:監督
●『イントゥ・ザ・ワイルド』(2007) ショーン・ペン:監督
●『東のエデン(1)』(2009) 神山健治:監督

 あと、TVとかで観たものに、「その街のこども」、イギリスBBC製作のドキュメンタリー、「ソウル・ディープ」、それからKraus Voorman に関するドキュメンタリーなど。

 この他に、ニュー・リマスター音源によるBeatles のCDをひととおり聴いて、ちょっとばかし (Pretty much) 、胸踊らされた。

 

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■ 2010-01-30(Sat) 「G|tokyo|2010」 「Hollow」「張込み」

[]The Servingman And The Husbandman [Young Tradition] The Servingman And The Husbandman [Young Tradition]を含むブックマーク

 ベランダから啼き声が聞こえて来て、朝はまたユウの来訪から。和室の方から食事トレイを出してやろうとすると、ユウといっしょにまた初めてのネコが来ていた。おっと、こいつはかわいい子ネコ。これはもう野良ネコではありえないし、雑種なんかでない純血種に見える。日本種ではないだろう。目が大きくて、ちょっと栗色がかったグレイの毛並みが美しい。わからないけれども、顔の模様とかはアメリカンショートヘアっぽい感じ。こんなかわいいネコが近所にいたのかと驚いた。ハリセンボンとか森三中みたいなのが揃っている田舎の冴えない学校に、突然スカーレット・ヨハンソンが転校して来たみたいだ。ユウとかミイを放り出してでもこのネコを飼いたいものだなどと、いっしゅん思う。しかし、ユウといっしょにすぐにどこかへ逃げて行ってしまった。そのうちにまた、ユウといっしょにやって来ることもあるかもしれない。ユウもなかなか発展家に成長しているようだ。

 今日はまた東京、六本木ヒルズでのコンテンポラリー・アート・フェア、「G|tokyo|2010」というイヴェントで、コンテンポラリーアート系の15のギャラリーがいちどに展示するというものに行く。むかしのNicafみたいなイヴェントというか、この種のギャラリーが集まってのイヴェントというのは、いろいろなかたちでずっと継続している感じ。まあ、今そういうギャラリーがいちばんプッシュしようとしているのは、どんな作家のどんな作品なのか?などと、コンテンポラリーアートの現在の動向を知ることが出来るといえるのか。

 地元の図書館が去年から「美術手帖」を買わなくなったこともあり(これはある意味大変な事件なのだけれども)、最近の美術界の動向についてはあんまり知ることがない。多少は知り得ている範囲でも、ものすごく停滞しているという印象はある。これに国際的な不況という要因も加われば、こういうギャラリストが表面に出る展覧会では、どうしても売れるような作品、作家をプッシュするということになり、実験的な売れそうもない作品はあまり出て来ないだろう。そういう先入観で出かける。

 交通費節約で渋谷駅から歩いて六本木へ向かい、ヒルズ到着ちょうど正午。ベンチに座り、作って来たおにぎりで昼食を。晴天で暖かい日和がうれしい。チケット(千円)を買って、エレヴェーターで森美術館の上にある「森アーツセンターギャラリー」という会場へ。
 ‥‥‥なんだか、ほとんど記憶に残らないであろうような作品群、だったかな。残念。けっきょく、ゲルハルト・リヒターの「Overpainted Photographs」の新作(?)展示だけが素晴らしく、これを観ることができて良かった、ということにしよう。
 ちょっと、満腹感が足りないので、会場を出て銀座に移動して、先日見つけられなかった小谷元彦の「Hollow」の展示を観に行く。会場はメゾンエルメスつうところで、入り口とかにホストのにいちゃん風の人間が立っていたりして、ドアを開けてくれたりとかしている。それがイヤで、どこか別の入り口を探そうとしたら、余計にめんどうな所を通ってしまった。さらに、出る時にまたそれを避けようとしたら出口がわからなくなってしまい、わたしなどにまったく似つかわしくもない商品ディスプレイのあいだを右往左往してしまう。こんな建物、来たくもないのに、さらに出られなくなってしまうというのも、「Hollow」の呪縛であろうか。
 作品は、これはこれで面白かったというか、SFと心霊現象を合体させて形象化したみたいな、こういうのは昨年観たマイク・ケリーの作品にもあったけれども、一種、ポスト・サイバーパンクというような空気もあって、やっぱ、先に森ビルで観たようなアートのマテリアリズムみたいな傾向(否定するわけではないけれども、特に西尾康之のギーガー的な作品などが、この「Hollow」とまさに対になって思い出されてしまう)のあとは、これは神秘主義の登場なのかも知れんな、などと。

 まだまだ全然明るいうちに電車に乗って帰路に。ひとつ手前の駅で降り、また古本チェーン店に寄り、まだずらりと並んでいる「昭和文学全集」から、花田清輝や吉本隆明、江藤淳などの評論の巻と、梶井基次郎、牧野信一、中島敦、森茉莉などの、ちょっとマイナーポエト路線の巻とを買ってしまう。とにかく一冊で普通の単行本十冊分ぐらいの情報が詰め込まれているわけだから、買ってしまいたくなるのは仕方がない。これを読むと一冊集中して読んでも一ヶ月はかかりそうで、だらだら読んでいたら半年はかかりそう。また積んで置くだけになるのかな。まだ二冊ぐらい持っていたい巻がある。

 となりの駅から歩いて帰宅。本が重たかった。夕食は簡単にラーメンを作って、白菜や人参をぶちこんですませる。またいつのまにかユウがベランダにいる。こんどはチビといっしょに来ている。チビではなくて、朝にいっしょだったプリティちゃんと来てほしい。悪いけどチビは追い出す。ユウもいっしょに逃げて行った。

 図書館から借りているヴィデオで、松本清張原作の「張込み」(1958) を観る。監督は野村芳太郎で、宮口精二と大木実が張込みをする刑事役で、手配されているモトカレの男が訪ねて来るだろうと見張られているのが高峰秀子。
 その刑事二人が東京駅から列車に乗り込んで一昼夜かけて佐賀まで赴任、そこで一週間張込んで容疑者を逮捕、また列車に乗って、その列車が出発するまでを描く。労働者としての刑事の側面にスポットを当てたドキュメンタリー・タッチ。
 これが観ていてその展開にあまり興味が持てなくて、どうしてかと考えていたら、つまり、この作品って、監視カメラの視点からの作品だからじゃないのかと思う。高峰秀子の住まいの向かいの二階から彼女を監視する刑事役の大木実が、「なんて生気のない女性だ」などと感じながら、だんだんに彼女にシンパシーを持ち始める。カメラはそういう刑事たちの視点から高峰秀子の生活を俯瞰するわけで、つまりは盗み見して勝手に想像するだけで、その視点の根本には「監視」という構造がある。ラストに刑事(大木)は、かなり近くからその高峰秀子と容疑者との会話を聞き、今までの視点が間違っていたと思うのだけれども、それは「監視」という構造を否定するわけではない。ある意味、こんどは「盗聴」という要素が加わって、「監視」を補強修正するわけ。その結果、(間違った認識から)生活を変えようとした高峰を、またもとの生活に戻してやろうとする刑事の「配慮」はどうなのか。それは「慈悲」のふりをした、権力構造の行使だろうと思う。イヤな映画だと思った。

 このヴィデオを観ているあいだ中、ときどきベランダを覗いてみると、ずっとユウがベランダに座っておとなしくしていた。わたしの姿を見るとミャアミャア啼き始める。わたしもユウを監視している。それだけしかしない。

 今日の一曲、ギャラリー主催のイヴェントを観て来たので、ギャラリーというもののことを思っていたら、Young Tradition というイギリスのトラディショナル・ソングを歌っていたグループに、「Galleries」(1969) というアルバムがあったのを思い出した。このYoung Tradition は、アカペラ・コーラスで主にイングランドの伝承歌をレパートリーとし、その選曲の妙と好アレンジのアルバムを何枚か発表していた。メンバーはPeter Bellamy と、Royston Wood 、Heather Wood 夫妻の三人で、(どうでもいいことだけれども)このHeather Wood さんは、ジャケットで見ると、ヴィクトリア朝時代を彷佛とさせる、ラファエル前派的な美しいお方でありました。
 この「Galleries」を発表後に彼らは解散、それぞれ別の道でキャリアを継続していたけれども、Royston Wood は1990年に交通事故死、その翌年にはPeter Bellamy が自殺(理由は知らない)と、悲劇的な経路を辿っている。
 今日選んだのは、その「Galleries」収録の伝承歌、「The Servingman And The Husbandman」だけれども、いかにもイングランドのトラディショナル・ソングらしいメロディを持つ、美しい曲。

 

 

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■ 2010-01-29(Fri) 「生きてるだけで、愛。」「卍」

[]The January Man [Christy Moore] The January Man [Christy Moore]を含むブックマーク

 線路を渡ると、昨日のガスタンクの撤去作業は終ったようで、あのタンクが平たく解体されて伸ばされて、ただの鉄板になってしまっているのが見えた。
 右手の指のケガは、寒さがしみる。冷たい空気にさらすと痛みが増す。水洗いで冷たい水にふれても痛い。いつまで経ってもなかなか痛みが取れない。

f:id:crosstalk:20100130202952j:image:right 昼ご飯を食べようとしているとミイが来て、いっしょに昼ご飯。夕食の時にはユウが来て、ユウといっしょの夕食。ユウはずっとベランダにいるみたいで、わたしがベランダの窓を開けたりするとミャアミャアと啼く。相変わらず、何を求めて啼いているのかがわからない。部屋に入って来るかなと思い、窓を開けているとわたしが寒いだけ。またユウの写真を撮ったり。

 本谷有希子の「生きているだけで、愛。」、読了。既読感のあるシチュエーションとキャラクター造型で、そんな中でちょっと無理して面白そうな文章を作ろうとしている感じがしてしまう。途中のレストランでの(一日だけの)アルバイトの展開で、金原ひとみの「憂鬱たち」を思い出してしまった。「憂鬱たち」の方が後出だけれども。
 そういう、「なんだかなー」という作品ではあるんだけれども、なんとなくちゃんと地に足が着いているあたりに回帰して来る印象で、終盤はちょっと面白かった。これはやっぱり、舞台空間を立ち上げる仕事をずっとやっておられるからこそなのだろう。ラストの男のセリフが、過去形なのがポイントなのだね。

 食事の話。しばらく大量にカレーを作ってしまっていたので、ずっとカレーばっかりだったけれども、それもようやくなくなって、今夜は白菜と豆腐で湯豆腐。それとイカの塩辛。今回の塩辛は今までで最高の出来で、とにかくうまい。

 夜のDVDはついに増村保造監督の「卍(まんじ)」(1964) 。原作はもち谷崎潤一郎で、これを岸田今日子、船越英二が園子と孝太郎の夫婦役、若尾文子が光子、川津祐介が綿貫という、ひじょーに気味の悪い配役でやる。脚本は新藤兼人だけれども、これはほとんど原作のまんまの印象で、原作の、園子が「先生」に語り聴かせる物語という構成そのまま。苦虫を噛み潰したような顔で、「あきれたね〜」って感じで話を聴いている、谷崎潤一郎みたいな人物も写ってる。
 原作の「バカのスパイラル地獄」みたいな、欲情優先原理で行動する男女がお互いを巻き込んで行く、モラルなき世界の雰囲気がよく画面に定着されている感じ。モラルはなくっても美しいものにはあこがれるのよ、ってなところが、園子と光子の交わす極彩色挿し絵付き手紙の過剰さに出ていたり。
 最初に船越英二が妻の岸田今日子を問いつめる場面が面白くて、ダイニングから問答しながら二人が移動して行って、階段を二階まで上がってしまう。これを、先に行く岸田今日子が船越英二を振り返るたびにショットを切り替える。なんとも観ていてぐんぐんと引き込まれてしまうのだけれども、これって、溝口健二の「お遊さま」の、乙羽信子が夫に告白するシーンを意識してるんじゃないだろうか。どちらも谷崎の原作だし、どちらもどんどんと部屋を移動しながら問答が続いて行き、一種尋常ではない精神が語られる/暴かれるという場面になる。これは溝口監督の「お遊さま」では、強烈なワンシーンワンカットで撮られているわけだけれども(これが、わたしがあらゆる映画作品の中でいちばんすごいんではないかと思っているシーン)、同じようなこのシーンを、増村監督は絶妙のショットの積み重ね、編集でみせる。ここはもう、増村監督の渾身の演出なのではないかと思う。しっかし、濃い作品だこと。

 寝る前に「昭和詩歌集」の斎藤茂吉。カタカナを歌の中に最初に詠み込んだ人は誰なんだろうか知らないけれども、ひょっとしたら、この斎藤茂吉あたりなのだろうか。「一様(ひとざま)のごとくにてもあり限りなきヴアリエテの如くにてもあり人の死(し)ゆくは」のヴァリエテに、思わずヴァレリーのヴァリエテを連想してしまう。

 今日の一曲だけど、もう一月も残り少なくなって、今になってその「一月」を唄った曲と云うのを取り上げていなかったことを思い出し、そういう「一月」の曲を。
 この「The January Man」という曲は、スコットランドのフォーク・リヴァイヴァリストDave Goulder によって書かれた曲で、実に多くのフォーク・シンガーに歌われている、現代の伝承歌。わたしのフェイヴァリット、Bert Jansch などもアルバム「Moonshine」でこの曲を取り上げているけれども、今日はアイリッシュ・シンガーのChristy Moore の歌唱で。Christy Moore は、アイルランドの画期的なグループ、Planxty の創設メンバーのひとりとしても著名だけれども、ソロのシンガーとしても、実に味わい深いシンギングを今なお聴かせてくれている人。そのすばらしい歌唱を、この名曲で。

 

 

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■ 2010-01-28(Thu) 「ディフェンス」「菊次郎の夏」

[]Mannish Boy [Muddy Waters] Mannish Boy [Muddy Waters]を含むブックマーク

 線路の向こう側にあるプロパンガスの会社支店が営業をやめたようで、その建物の解体作業をやっている。直径三メートル、高さは五メートルぐらいはありそうなガスタンクを、シャベルカーみたいな作業車がぐんと動かして横倒しにしちゃったりしている時に、そばを通りかかった。作業している車は見えなくて、ガスタンクだけが横に傾いでむずむずと動いている。地中から巨大モグラ怪獣が出て来てタンクを壊しているみたいで、ぞくぞくした。

f:id:crosstalk:20100129111135j:image:left 朝、ユウが来たところを近くから写真に撮れた。これだけ近くで目を合わせても逃げなくなった。鼻の下の黒い斑点が見えるだろうか。目のかたちなど、ミイとは全然似ていない。ミイの、あの切れ長の目が美しいのに。
 ユウはまた夜にやって来て、和室に置いたトレイから食事をする。これが、ちょっと目を離してまた見ると、急に体が大きくなってしまったように見えた。あれれれとよく見ると、いっしゅんのうちにチビと入れ替わっていた。チビはわたしの視線にぶつかるとあわてて逃げて行く。まいった。ユウとチビは体の大きさと顔以外はそっくりだからなあ。大きい方が「チビ」というネーミングはよろしくないな、などと思う。ユウはチビに追い出されたのか、いなくなってしまっていた。

 「昭和詩集」、少し読み進んで、窪田空穂、会津八一、川田順は読了。助詞の使い方などわからないのが多く、自分の国語能力の低さが悲しい。特に会津八一など全部仮名書きだから、どこで区切って読んだらいいのかさえ解りにくい。窪田空穂はスナップ写真(スナップ写真的な作風というのは、このあたりの作家の初期の歌に共通している感じ)、会津八一は仏教美術、川田順は「老いらくの恋」か。窪田空穂は、それでも戦死した息子を思って詠んだ歌が重たい。「いきどほり怒り悲しみ胸にみちみだれにみだれ息をせしめず」などという歌がある。川田順のはアホらしくて笑ってしまう。「相触れて帰りきたりし日のまひる天の怒りの春雷ふるふ」だもんな。
 次の、斎藤茂吉を読み始めて、やっと、しっくりくる歌の群れに出会う。いきなり、「一月の二日になれば脱却の安けさにゐて街を歩けり」。もう、これまでの作家とまったく、云っていることが違う。斎藤茂吉は、あしたゆっくり読んでみよう。

 図書館本、ウラジーミル・ナボコフの「ディフェンス」(若島正:訳)読了。読了は読了だけれども、最後の一行まで読んで、「しまった!」と。この一行で、物語に隠されていた、それまで見えなかった側面があらわれてしまうのに、そのつながりを記憶に残していない。
 この「ディフェンス」の主題もまた、多くのナボコフの作品と同じように「記憶」をめぐる物語なのだけれども、その記憶とは、作品を読む読者の「記憶」をも含めてしまう記憶のことなのだ。失敗。もういちど読み直したい。
 チェスの「プロブレム」(将棋でいえば「詰め将棋」みたいなものらしい)問題をその構造に含む作品ということらしく、わたしはチェスについて知ることはほとんどないから、そのあたりからの読解はそもそも投げ捨てている。それでも充分に楽しめる作品であることは確かで、その「記憶」をめぐるポイントを逃して読んでもなお、読書の楽しみに浸ることはできた作品。それはつまり、プレーヤーがチェスの駒の運命を握っているように、この小説の作者こそが登場人物の運命を握っているのだという構造の、ひしひしと感じ取れる作品になっているからだろう。主人公ルージンもまた、チェスの駒の運命を思い描くことで、一種の「作家の苦しみ」のように、気付かずに駒の運命と自分の運命を同化してしまっている。そのことに気が付いているのが、この小説を書いているナボコフなのだけれども、そういう作家の意識の取り入れ方の見事さを、いくらでも楽しめる作品になっている。だから、最後の一行まで読んで、そこから最初に戻ってまたもう一度読めば、また別の楽しみが得られるだろう。

 夜は図書館から借りたDVDで、北野武監督の「菊次郎の夏」(1999) を観る。「観てイヤな作品かもしれない」と思っていたけれども、すくなくとも前半は、そんなことはない。もう彼の素晴らしい画面の組み立て方、映像だけで物語を展開させて行く語り口の見事さを堪能出来る。バスの来ないバス停での二夜などは、ほんとにステキだ。
 しかしこの音楽はイヤだ。それに、「天使の鈴」なんて、何で持ち出してしまったのか。趣味が悪いにもほどがある。バス停以降の「遊び」は、つまりは「天使の鈴」と結び付いているのだろう。「癒し」ということなのだろうかと思う。ああ、少年の存在は、監督自身を描くための「ダシ」なんだな。そもそもタイトルがそうなっていたか。自分の映画で自分を癒してどうするんだろうと思ってしまう。「ソナチネ」の浜辺での「遊び」の、死の影を感じさせながらもほんとうに宙ぶらりんのすばらしいシーンには、及ぶべくもない。残念。

 今日は「ディフェンス」を読んで、知りもしないチェスのことを考えていたりしたので、チェスと云えばチェス・レコード、チェス・レコードと云えばMuddy Waters 、というこじつけで、もうほんとに素晴らしいMuddy Waters のライヴでもって、名曲「Mannish Boy」を。この曲は、Yardbirds の演っていた「I'm a Man」の原曲だし、何よりもRolling Stones の最高のライヴ・アルバム「Love You Live」のエル・モカンボ・セッションの一曲目として記憶されていることでしょう。

 

 

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■ 2010-01-27(Wed) 「儀式」

[]That Was Only Yesterday [Spooky Tooth] That Was Only Yesterday [Spooky Tooth]を含むブックマーク

 ユウがミルクをたくさん飲むので、買ってあるミルクがなくなってしまう。これからは週に二パック買わなければならないかも。ユウは和室の方から食事を出してあげるのがいいようなので、トレイを和室の中に移動させてある。するとミイが来てベランダにいるんだけれども、和室の方には入ってこないでじっと待っている姿勢。「なんだよ」と、トレイをいつものリヴィングに移動してやると、リヴィングに入って来て食べて行く。
 もうミイとユウはいっしょに行動していないのだろうか。ミイがいなくなるとユウが来る。また食事トレイを和室側に移動する。ユウはもうほんとうに近くにまで寄って行っても逃げないのだけれども、そこからもう一歩近づくと逃げてしまう距離がある。

 今日はまたフィルムセンターに、大島渚監督の「儀式」を観に行く。夜はイメージフォーラムに移動して、ヴィターリー・カネフスキー監督の「動くな、死ね、蘇れ!」を観る予定。帰りはおそらく終電ギリギリになってしまうだろう。お弁当を昼と夕の二食分作って持って行く。カバンの中は食糧だらけで、サヴァイヴァル感覚がする。

 で、「儀式」。1971年のアートシアター・ギルド作品で、この年のキネ旬日本映画一位になっている。わたしもいちおう公開当時観ているけれども、まあめんどうな映画だったような印象しか残っていない。「テルミチシス テルミチ」という、電報の文面とかは憶えているけれども。
 で、約40年ぶり(!)に見返してみて、これは「日本春歌考」のリメイクではないのか、と思えるような、酷似したイメージの映像と、同様コンセプトのロジックが語られている印象がある。それと、「絞死刑」でも描かれた、コミカルなまでに不条理な形式主義の戯画。
 戦後日本の軌跡を家父長制度を基点として捉え、それを一家族の歴史と重ねて、その家族の儀式を通じて描く、という壮大な計画はわかるのだけれども、これでは針金細工ではないのか、という印象もある。肉付けが足りない。足りな過ぎるのではないのか。ストーリーもあまりにティピカルすぎるというか、個の人物が見えて来ない。「日本春歌考」の方が、より鮮烈ではあった。この作品がキネ旬一位になったというのは、この「企画」に対して与えられたのではないのかという感想。こんな壮大な企画を、無視するわけにはいかないだろうという。
 実は(睡眠は充分に取っているはずなのに)途中眠くなってしまい、主人公が何かを目にする重要なシーンで、何を目にしたのかを見落としてしまったりしている。まあいいや。
 「歴史」から排除され、行動すら起こせない主人公が、ラストに「家」からその道を閉ざされていた「野球」を思い出し、海岸で投球フォームをとる。そこに、「家」に抵抗して死んで行った親族たちの幻影が立ち上がる。わかるようなわからないようなラスト。

 フィルムセンターを出て、時間があるので少し銀座を歩き、たしか今、銀座のどこかで小谷元彦の作品が展示されているはずだと思い出して、探したけれどもわからない。ファッション関係のビルだったはずだけれども(これは帰宅して調べて、メゾンエルメスだったとわかる。すぐ前を歩いていたのに!)。
 電車で渋谷へ移動する途中で猛烈に眠くなり、電車の中でちょっと眠る。すぐに目がさめるけれどもなんだか急に疲労感におそわれてしまい、このあと映画をまた観るのがいやになってしまう。映画なんてどうでもいいんだ。予定を変えて帰宅する。

 部屋に戻り、しばらく本を読んだりし、そろそろ寝ようと思って部屋のライトを消していると、外でネコの啼き声。ユウだ。ずっとベランダにいたらしく、部屋の方で何か変化を感じると、啼いて存在を知らせようとするのだろう。窓を開けて食事を出してあげる。ベランダに出てすぐ近くまでいっても、逃げたりしない。部屋に入って来るだろうかと誘うけれども来ない。それでもいつまでもベランダにいるので、何か遊んであげようかと、スチールの巻き尺を伸ばして先っちょをユウの近くでぶらぶらさせてやったり。ユウは巻き尺の動きを一所懸命に目で追っている。こんどは巻き尺の先にぼろ布をぶら下げて、同じようにユウの鼻先でぶらぶらさせる。じゃれついて来るかと思ったけれども、そういうことはしないのだな。ユウの足元にそのぼろ布を放り出してやると、前足で、きゅっと押さえ付けたりはする。あとはずっと香箱つくって座り込んで、こっちを見ている。う〜ん、あと一歩。もうちょっとだなあ。なんだかんだと、三十分ぐらいユウと遊んでしまった(これが「遊び」なのか?)。いいかげんにして「おやすみ」と云って、窓を閉めて寝る。

f:id:crosstalk:20100128095342j:image:right 今日は「儀式」という映画を観たので、英語の「Ceremony」から、Spooky Tooth の昔のアルバム「Ceremony」(1970) を思い出してしまった。元祖プログレというか。YouTube で検索すると見つかったけれども、また静止画像なので、別に見つけたそのSpooky Tooth のライヴ映像を。これはこれで、なかなかいい感じのライヴ。Spooky Tooth というのも、いいバンドだったなあと。

 

 

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■ 2010-01-26(Tue) 「雨の朝巴里に死す」

[]Poetry In Motion [Johnny Tillotson] Poetry In Motion [Johnny Tillotson]を含むブックマーク

 注文していた本が届いた。「昭和詩歌集」。千ページ以上ある分厚い本に、二百人以上の歌人、俳人、詩人の作品が網羅されているというもの。あまり内容を知らないまま買ってしまったので、すぐに開いて目次とか確認する。ちゃんと種田山頭火あたりが入っているのがうれしいし、世の中にはこんなに、名前もまったく聞いたこともない詩人たちがたくさんいたものなのだなあと驚いたり。ただ、読みたいと思っていた詩人の富永太郎が入っていなくて、どうしてだろうとチェックしたら、富永太郎は大正十四年に亡くなっているのだった。「昭和」には入らない。
 最初のページから少し読み始め、窪田空穂の短歌。見たままの風景や人々の姿を描写するような、スナップショット写真を思わせる作風で、あまりピンとこない。それでも、最初に収録されている歌集「鏡葉」の後半には、作者の関東大震災の体験が詠まれている歌が続く。これも見たまんまの世界を読んでいるのだけれども、ちょっと生々しさは感じる。「昭和」とは、(特に関東の)庶民レベルでは、関東大震災の混乱から始まるのだろう。「昭和」のスタートは、「戦後」のスタートに似た風景だったのだろうか。そうすると「平成」のスタートって、どんなだっただろうか。思い切りバブル真っ最中で、まだ阪神淡路の大震災もオウムのテロも起きていないとき。
 しかし二百十二人の詩歌集成。一日にひとり読んでいっても、全部読むのに九ヶ月かかるわけになる。読み始めた今日でも窪田空穂は読み終わってないというのに。まあ出来るだけ毎日読み進めて行くことにしよう。

 レンタル店に行き、Beatles のリマスターCD、最後の四枚を借りて来る。「Magical Mystery Tour」、「Yellow Submarine」、「The Beatles (White Album)」、そして「Let It Be」。ざあっとほかのことをしながら聴いたけれど、まずは「White Album」の音の印象が、ずいぶん違う。それとやっぱり、「Let It Be」。おお、ロック・アルバムだなあ!という感じ。最初の「Two Of Us」のイントロからして素晴らしい。荒々しさと繊細さがベスト・コンディションでミックス・ダウンされているような。「White Album」にしても、「Let It Be」にしても、Beatles の、ギターバンドとしての素晴らしさが出ている(「Let It Be」のピアノをフィーチャーしたPaul の曲はやっぱり苦手だけれども)。George Martin との共同作業での、(あまりロックとは言えないような)レコーディング技術を駆使した楽曲群だけで終らなくて良かったではないか。まあ、「Magical Mystery Tour」の中の奇怪な楽曲群(「Blue Jay Way」、「I Am The Walrus」、「Baby, You're A Rich Man」だとか)も、大好きなんだけれども。

 ミイが来て、リヴィングで食べた後に部屋の中にぐるっと入って来て、キッチンから和室までやって来る。和室でわたしの顔を見上げて、ミャアと啼く。何を言っているんだろう。いっしゅん、このままリヴィングの窓を閉めてしまって、部屋の中にしばらくミイを置いておこうかと考える。今日はそんなことはやらないけれども、いつかやってしまうかも知れない。
 暗くなってユウが来る。今日は駐車場に車が入って来て、長いこと人が行ったり来たりしていたので、いつの間にかいなくなってしまった。

 DVDで「雨の朝巴里に死す」(1954) を観る。監督はリチャード・ブルックスで、原作はスコット・フィッツジェラルド。当時22歳のエリザベス・テイラー主演というのが売り、らしい。
 リチャード・ブルックスという人は、テネシー・ウィリアムズだとか、カポーティだとか、コンラッドだとかが原作の、つまりは「文芸もの」作品が多い人。カポーティの「冷血」などは相当の名作と評価されてると思うけれども、このフィッツジェラルドものは、相当ダメだと思う。ひとつには、演出/演技面での、躁鬱状態とでもいえるような極端な感情の振幅で、特に、さっき悩んでいたかと思うと次にはもう大笑いしているようなヴァン・ジョンソンの演技はコミカルでさえある。この役、作家志望で新聞社に勤め、セレブな社交界に飲み込まれてしまうという人物設定と読めば、フェリーニの「甘い生活」のマストロヤンニと相似形。この二作の落差は、マストロヤンニとヴァン・ジョンソンの役者の差なのか、フェリーニとブルックスの演出の差なのか、どっちも責任ありそう。
 だいたい、原作は読んでいないけれども、フィッツジェラルドの原作で、このような男女が出てくれば、フィッツジェラルド自身とゼルダとの関係から出て来ていると考えて間違いないと思う。この二人がいっしょに生活するのだから、ホームドラマなどになるわけがない。反ホームドラマと云えばいいのか、そういう世界なのではないのか。ところが、この「雨の朝巴里に死す」には前提として幸せなホームドラマがあるとして、そこから転落して行く二人、という描き方になっているようにみえる。それはおそらく、フィッツジェラルドの原作の誤読ではないのだろうか、などと、原作を読んでもいないのに考えてみる。フィッツジェラルドの世界は、もっと空っぽで、すきま風が吹き抜けて行くはず。それがフィッツジェラルドの作品の魅力だと思う。
 パリを舞台にしていながらも、あまりヨーロッパらしさを感じられない絵だった。

 今日の一曲は、そんな膨大な詩歌集成を読み始めたりしたので、古い記憶から「Poetry In Motion」という、1960年のヒット曲を。これはJohnny Tillotson のデビュー曲で、おそらくは彼の最大のヒット曲でもあると思うけれども、甘いルックスと甘い声で、日本でも相当に人気のあった歌手。本国アメリカとは別に、日本独自のヒット曲もたくさんあったし、60年代中頃には日本市場用に日本語で歌ったりもしていた。だから日本ではこの「Poetry In Motion」よりも、「プリンセス、プリンセス」(のちのガール・グループは、この曲のタイトルからグループ名を採った?)だとか、「キューティ・パイ」なんて曲の方が知られているかも。
 このライヴ映像、60年代してます。踊ってる観客が素敵や。

 

 

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■ 2010-01-25(Mon) 「東のエデン」(1)

[]Each And Every One [Everythig But The Girl] Each And Every One [Everythig But The Girl]を含むブックマーク

 最近はネコたちも新しいキャットフードをよく食べるようになった。「もうこれしかないのだから仕方がない」と思って食べているのかもしれない。今日もユウとミイが交互にやって来て、わたしのネコライフはそれなりに充実している。
 昼間、ネコのための段ボールハウスを造って、ベランダの隅に置いた。ただ段ボール箱の下にネコが入れるぐらいの穴を開け、中に古いバスタオルを敷いただけ。これは最近ベランダ滞在時間の長くなったユウのためのつもり。このハウスに居着いてくれれば、もう飼いネコだ。

 このところ、日ざしの暖かい日が続いている。外を歩いても気持がいい。昨日ネットで注文した本の代金をコンビニに払い込んだら、夕方にはもう「発送した」というメールが届いた。今はナボコフの「ディフェンス」を読んでいるところ。チェスのゲームについて知らないので、この小説の面白さのポイントはわからないで読んでいるわけだなあ、などと思うけれども、面白い。

 夜、ユウがベランダに来る。和室の方に食事トレイを置いて窓を開けておくと、和室に入って来て食べている。すぐにミルクが空になってしまうので、補充してあげる。和室に入って行くとベランダに出て行くけれども、そこでじっとして待っている感じ。最近は急にミルクの消費量が増えてしまい、一週間に一パックでは足りない。しかもわたしはほとんどミルクを飲むこともないのに。
 リヴィングの方から和室を見ていると、ユウと並んでもう一匹ネコがやって来て、二匹並んでトレイに首を突っ込む。これはチビ。ユウと並ぶとさすがにユウとそっくりだけれども、ユウよりもひとまわりは大きな体。あまり「チビ」と云うネーミングは似つかわしくはないな。
 チビにはあまり来て欲しくはないんだけれどもなあ。でも、こうやって、仲良く並んでしまっているのは仕方がないと云うか、どうやらユウはノラとチビの仲間に取り入れられつつあるのだろうか。ここでチビを追い払うとユウも逃げてしまうだろうから、臆病なユウは来なくなってしまうかもしれない。和室を覗き込むと、わたしに気が付いて、チビだけ外へ逃げて行った。これでよし。
 しばらくして、ベランダを見てみると、こさえた段ボールハウスの中にネコがいて、こちらを覗いているのが見えた。どうやらユウが中に入っているみたい。ハウス作戦成功か。しかしところが、それから一時間ほどしてからベランダをみると、ハウスの中にみえるのはチビの姿だった。ありゃりゃ、ということでチビを追い出し、こりゃダメだと思って段ボールハウスを室内にしまう。う〜ん、チビとユウは顔のブチの模様がそっくりだから、先にハウスの中に入っているのはユウだと思ったのも、あれもチビだったのかも知れない。
 チビとユウの違いは、その鼻の下の模様。最近わかったのだけれども、ユウはまるでチャップリンのヒゲのように鼻の下が丸く黒になっている。チビはその黒い模様が口のまわりをだんだらにしてしまっているというか、まだらなカールおじさんのようになってしまっていて笑える。でもその鼻の下が見えなければ、この二匹、けっこう似ているわけで、それはどう見ても血縁関係があるのだろうと思ってしまう。
 けっきょく、ユウと仲良くしようと思ったら、チビとも付き合わなければならないことになるのか。難問。

 夜、DVDでアニメ「東のエデン」(神山健治監督)の第一話、第二話分を観る。妙にナマな現在の政治的状況が反映されているように見える部分が、どうなのか。「世界の中心」がアメリカのワシントンDCだという認識が、屈折なくストレートに出て来ているように見え、幼稚ではないかとの疑問。まだ第二話までではわからないけれども、ここまでのところはまるで面白くない。会話などの演出も間延びして、ゆるい。

 その「東のエデン」を見ながら、そのタイトルならば杉浦日向子の作品にあったのではないか、などと思っていて、「エデン」とは? と考えていたら、Everything But The Girl のデビュー作、「Eden」を思い出してしまった。当時はニューウェイヴ以降に出て来た「新しいボサノヴァ」という感覚で聴き、かなり何度も聴いていたアルバムだった。今日はその一曲目、「Each And Every One」をライヴで。このライヴ会場はどういう場所なんだろうか。

 

 

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■ 2010-01-24(Sun) 「富士日記」(下)

[]Sitting In The Midday Sun [Kinks] Sitting In The Midday Sun [Kinks]を含むブックマーク

 キッチンの下の収納を開けるときに、指をはさんでしまったようで、右手の中指、薬指、小指が痛む。いつはさんだのか記憶にないのだけれども、だんだん痛くなって来て、米をとぐのなんか出来ないくらいに。小指には傷のあと、かさぶたが出来ていて、まわりが赤黒くなってしまっている。痛い。

 朝はユウが来る。昼はミイ。日ざしが暖かいので、また自分もベランダに出て椅子に座って、ミイといっしょにひなたぼっこをしながら本を読んだりする。日のあたるところは暖かいのだけれども、一歩室内に入ると、フッと寒くなる。

 武田百合子の「富士日記」読了。下巻にはネコのタマ登場。ネコにとっては遊びのつもりなのだけれども、山荘のまわりのモグラや小鳥、兎などみんな殺してしまうすばらしいキャラクター。ときどき山荘にやって来る「村松さん」というのは、まだ作家になる前の村松友視だな。
 読んでいて、おわりが近づいて来ると心が痛くなって来る。だんだんに旦那さんの健康がおもわしくなくなって来て、食べるものが変わって来るし、行動にも変化が出て来る。だんだんに山荘に来なくなる(記述が少なくなる)。この本が終るところで武田泰淳は死んでしまうんだな、などと思いながら読み進めるのがつらくなる。それでも、武田泰淳と同じように体の調子が悪くなって来る大岡昇平の、妙に明るい姿の記述に救われる思いもする。「おれはあと五年とわかったよ」などと云っているけれども、大岡昇平はまだまだ長生きしたんだよな。
 どんなに精神は健康でも、肉体が弱って来ると精神も弱ってしまう。精神がそんな肉体の影響を受けずに、いつまでも元気でいるための必読書。武田百合子のように、毎日の夕焼けを見て、星空を見上げることを学びたい。

 急にあれこれ本が読みたくなって、前にとなり駅の古書チェーン店で見つけて、買おうと思っていたのに人に先を越されてしまった本がまた欲しくなる。昭和文学全集の「昭和詩歌集」の巻。定価だと五千円近くになるのでとても手が出ないけれども、古書チェーン店で見たときは五百円だった。そのくらいだったら全然OKだ。Amazon で中古だとどのくらいの値段がついているのか、調べてみたらなんと99円だった。送料を入れても五百円にならないではないか。さっそく注文してしまう。
 しかし、自分で買ってしまうと、なかなか読まなくなってしまっているのが最近のこと。どうしても、まず図書館の本を優先して読んでしまう。なにか考え方を変えて、時間の割り振りをして図書館本、自宅本を並行して読めるようにしなければ。
 などと考えながらも、稲垣足穂を通して読みたくなってしまい、図書館に全集のリクエストを出すことを考えたりしている。

 暗くなって、またユウが来てるかしらんとベランダを見ると、やっぱり来ていた。なんだかとなりの空き部屋のベランダにずっと居るみたいだ。わたしがベランダに姿をみせるとミャアミャア啼いて来る。そうするとわたしは窓を開けて、ユウが室内に入って食事出来るようにする。いつまでも窓を開けていると寒いし、ユウはいつまでもベランダにいるので、いいかげんのところで食事のトレイをベランダに出してしまう。ユウがベランダにいるあいだはそのままにしておき、いなくなったらトレイを室内に引っ込める。今日もししゃもをあぶってからユウにあげた。

 今日の一曲は、ミイと昼間にやった、ひなたぼっこの曲。この曲はKinks が1973年にリリースした大コンセプトアルバム、「Preservation: Act 1」に収録されていた曲で、日本などではのちにシングルでもリリースされた。その時の邦題は「日なたぼっこが俺の趣味」。
 Kinks のリーダー、Ray Davies はこの演劇的プロジェクトに過剰に入れ込んで、翌1974年には続編の「Preservation: Act 2」を二枚組で発表。このプロジェクトは合計三枚のアルバムになってしまう。しかしレコードの売り上げはまったく伸びずに、当時所属していたRCAレコードともうまく行かなくなるわ、奥さんとは別れるわと、まったく踏んだり蹴ったりの状況にはまってしまう。日なたぼっこなどやっている場合ではないのだ。それはわたしにしても同じか。
 今日も静止画像ですいません。

 

 

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■ 2010-01-23(Sat) 「黒の報告書」

[]Come Back When You Grow Up [Bobby Vee & Strangers] Come Back When You Grow Up [Bobby Vee & Strangers]を含むブックマーク

 フィルムセンターの大島渚特集、あと出来れば「儀式」を観たいのだけれども、大島渚の特集として「儀式」の上映は、今日23日でおしまい。でもフィルムセンターで開催中の別プログラムの方で27日に上映される。これに行く計画をたてておきたい。

 ミイが来て、いつものように食事をして行く。ちょっと目を離したあいだに姿が見えなくなったので、もう出て行ってしまったのかとベランダに出てみても見当たらない。リヴィングを振り向くと、キッチンの方にいた。ミイが部屋の中、奥の方まで入って来るのはとても珍しい。ひょっとしたら、ユウが居るかと探していたのかもしれない。またベランダでミイとしばらくひなたぼっこして、「ユウが見当たらないのか?」とか聞いてみる。
 なんだかもう、ユウの姿を見ることもなくなるのかもしれないなどと考える。

 昨日見た、ノラがユウの体に乗りかかって首を噛むしぐさは、特に攻撃的意志があるとか、排除しようとしているのではないらしい。まあ交尾の姿勢に似ているし、ネコの社会の中で新入りへのあいさつと云うか、上下関係を確認させてる意味もあるような。ノラがユウをかまいたいのならば、わたしが邪魔をすることでははない。排除しようとしたのでなければ、ユウは戻って来るかもしれない。

 そんな夕方に和室でパソコンをいじっていて、ふとリヴィングを見ると、そのユウがいつの間にか入って来ていて、ミルクを舐めていた。やっぱり戻って来たか。ホッとする。そのうちに姿が見えなくなったのでベランダに出てみると、ユウの啼き声が聞こえて来る。わたしのすぐそばにいて、わたしを見ながら啼いている。近づくと逃げる。冷凍庫にあったししゃもをトースターにかけてトレイにのせ、ベランダに出しておいたら、いつの間にかししゃもだけなくなっていた。またユウの啼き声がする。今日はずいぶんと長い間ベランダに滞在していた。近づいても逃げなくなればもうわたしのネコなんだけれども、あと一歩か。部屋に入って来たら閉じ込めてしまって、強引に飼いネコにしてしまおうか。

 夜、増村保造監督の「黒の報告書」(1963) を観る。「妻は告発する」に続いての法廷モノで、「黒」シリーズ二作目(この「黒」シリーズは、大映で監督を変えてかなり継続されることになる)。残念ながら、この作品は主人公がクリーンすぎる。「自分も手を汚してしまう」、「自分も潔白なわけではない」という中での葛藤が見られず、策略に破れる正義という、上っ面だけの演出で終ってしまっている印象。殿山泰司の刑事役が良かったけれども、ちょっと残念な作品だった。

 今日の一曲は、ユウが戻って来たので、そういう曲。ユウも少しずつ成長して来ているのだろうし。
 歌っているBobby Vee はBob Dylan と同郷で、たしかBob Dylan は、学生の頃に彼のバンドに加入していたことがあったんじゃないかしらん。とにかく彼はBob Dylan の若き日のヒーローだったらしい。
 Bobby Vee がデビューしたのは、あのBuddy Holly 航空機事故死のあと、彼の代役でステージに立ったことがきっかけで、60年代を通して、特にその初頭にヒット曲を量産していた。この「Come Back When You Grow Up」は、彼のヒット曲がちょっと途絶えていた1967年に、彼自身のカムバック曲としてヒットしたもの。時代はすでにビート・グループの隆盛の時期になっていて、Bobby Vee もバックバンドStrangers を配して、ソフト・ロック路線で巻き返しを図ったんだろう。この曲はヒットしたけれども、このあとはもうあまり続かなかった。

 

 

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■ 2010-01-22(Fri) 「絞死刑」「少年」

[]Anybody Seen My Baby [Rolling Stones] Anybody Seen My Baby [Rolling Stones]を含むブックマーク

 朝、ミイが来てトレイに向かうけれども、ほとんど食べないですぐに出て行く。ベランダでいつにない啼き声で啼きながら、マンションの裏側の方へ消えて行った。あれはぜったいにユウを探してるんだろう。やはりユウは昨夜あのままどこかへ消えてしまったのではないだろうか。ミイは「うちの子を見ませんでしたか」とたずねに来たのか、ずっと啼いて子供を呼んでいるのか。ユウはやはりノラに追われて、行ったことのない場所まで行ってしまい、戻って来られないのではないのかなどと想像する。そんなことになってしまったのだとしたら、ノラが憎くなってしまうな。でもわたしにはどうすることも出来ない。ユウを探し歩いて、仮にどこかでユウを見つけたとしても、つかまえて抱き上げて連れ戻すことは出来ないだろうし。それに今日は出かける予定をつくってある。家にいてもユウの心配ばかりしてしまいそうで、かえって、出かけてしまって家を空けている方がいいような気もする。

 今日はフィルムセンターで開催中の大島渚監督の特集、その「絞死刑」と「少年」を観るつもり。大島渚監督の作品はほとんど皆DVDになっているし、都心のDVDレンタル店で借りて来て観てもいいのだけれども、借りて来て、また返しに行くことで、二回交通費がかかってしまう。それは大変な出費になってしまうし、やはり安い入場料でスクリーンで観ることが出来るのであれば、そういうチャンスを生かしたい。またおにぎり弁当をつくって、カバンに詰めて出かける。ネコの食事はいちおうベランダに出しておく。

 東京駅から歩いて京橋のフィルムセンターへ。平日のフィルムセンターは予想したとおりに年輩の方が多い。一階のロビーで入場を待つあいだに、おにぎりで昼食を済ませる。

 最初の作品は「絞死刑」(1968) 。大島渚の最初のATG映画だと記憶するけれども、この作品はリアルタイムにもその後にも観ていない。これまでDVDで観てきた作品、だんだんに大島渚という人の実験精神がわかって来たような気がして、ずんずん観るのが面白くなって来ていたのだけれども、この「絞死刑」には、やられた。ここでは「映画」というのはもう武器みたいなもので、古典的な美しさなどを追い求めるような姿勢は見い出せない。どのように映画館の外の現実とスクリーンをリンクさせ、観るものの精神を揺すぶるか。その闘争の記録を見せられる感じ。
 この映画の前半こそは、まるで三谷幸喜が死刑執行室を舞台に選んで作ったような、ブラックなシチュエーション・コメディともいえる世界なのだけれども、蘇生した死刑囚Rに彼の犯罪を思い出させるために、死刑執行棟から皆が飛び出すあたりから、ほとんどアナーキーともいえるぶっ飛んだ展開に突入する。このあたりのぶっ飛び方は前に観た「日本春歌考」を思い出す感じで、こういうあたりに、この時期の大島渚監督の真骨頂があるのだろう。ここから「在日」の問題、「貧困」の問題を行き来しながら、ついには国家そのものをしっかりと標的に据えて、スクリーンからダイレクトに攻撃するあたりは「強烈」のひとこと。
 「ぼくを有罪にしようとするものがある限り、つまり国家というものがある限り、ぼくは無罪です」
 ここまでダイレクトにスクリーンから国家を攻撃した映画を、わたしはほかに知らない。
 映画に詰め込まれた情報量も多いので、いちどの鑑賞では咀嚼出来切れない。もう一度でも観てみたいと思う。渡辺文雄のアホな演技に感銘したし、やはりアホな佐藤慶とのやりとりはほんとに三谷幸喜の舞台。蛭子能収みたいな石堂淑朗にも笑えた。

 ワンブレイク置いて、続けて今度は「少年」(1969) を。この作品は公開当時、わたしも日劇文化のスクリーンで見ている。これが公開された当時、淀川長治氏が大島渚に「今までのあなたの作品に感心したことはなかったけれど、これで初めてあなたの作品を素晴らしいと思えた」などと云っていたというのを何かの記事で読んで、鮮明に記憶している。まあこの発言はわたしなどがいま考えると、「大島渚が、きわめてオーソドックスに映画的な美しい作品を撮った」という、表面的な意味合いから外れ、そうではない、映画作品の力についての別の考えが想起されてしまうけれど、そのことはまた別に考えましょう。別に淀川さんになどほめられても仕方がないことだ。
 とにかくまずにはこの作品、淀川長治にそのように云わしめただけの美しさにあふれた極めて印象的な作品なのだけれども、観ているとここにも「黒い日の丸」が写し込まれ、父である渡辺文雄が従軍体験を少年に語ることで、やはり国家への攻撃姿勢が垣間見られる。この映画の中にモノクロ映像が取り入れられているのは、まるでその「日の丸」を「黒い日の丸」に転身させて写すための方策だったのではないのかとも思ってしまう。
 それでも、そのモノクロ映像の挿入によってより鮮明に美しく感じられるカラー映像の中で、少年のかぶる黄色い野球帽、そして、交通事故死する少女のはいていた赤い長靴、この色彩が極めて象徴的に使用されていることに気が付く。そう考えてみると、特に後半では雪景色の白一色になってしまう色彩に乏しい風景の中で、この帽子の黄色と長靴の赤だけが、まるで「シンドラーのリスト」のあの赤い色のように鮮明に目に焼き付くようだ。特に黄色い帽子は、少年がおもちゃ屋の店頭の青いロボットの上にあるのを見つけて欲しがる、数少ない彼の望んで手に入れたもののひとつである。のちに少年は腕時計を欲して義母に買ってもらうけれども、そちらはその義母に捨てられてしまう黄色い帽子の代替品という性格が強いのではないかと思う。何よりも、その帽子を捨てられ、家族からの離脱を計画して果たせなかったあとの少年が、「白い」帽子を被せられているシーンからも、この作品での、そういう色彩が意味するところが読み取れるのではないか。黄色い帽子の代わりに家族に押し付けられたであろう白い帽子は、黒い日の丸の別の表現なのではないのかと思えてしまったりする。そうするとその白い帽子にこそ、この少年の悲劇の実体が力強くスクリーンに定着されているのだろう。
 「日本最北端の地」にまで行っても、そこから先へは行けない。ここで少年はたしか「日本がもっと広ければいいのに」と、云っていたはず。この少年が望んだ「広さ」は決して、地理的な広さに止まらない。
 少年はいつも「アンドロメダ星雲からやって来る宇宙人が自分やチビ(いっしょに旅している彼の腹違いの弟)を救助してくれる」のを夢想する。この夢想は赤い長靴の見知らぬ少女の死で砕かれることになるけれども、この作品の半ばでいささか唐突に日本地図でこの家族の逃走(?)経路が示されるとき、その「日本地図」を見る視点はどこにあるのだろう。そこに「アンドロメダ星雲からの宇宙人」の視点が示されているのではないのか?などと考えてしまう。

 しかし、体制から離脱した犯罪者たちは、この日本でいったいなぜ日本海側に渡り、北上しようとしてしまうのだろう。その風土とは何なのだろう。そうするとこの「少年」という映像の中に、ひとつの「風景論」をも読み取れる気がしてしまうのだけれども、残念ながら、この作品の製作から四十年経ってしまった今、この作品でみられる「風景」が同時代的に、どのように特殊であったのかを見極める術はない(すべては過去へのノスタルジー的な視線に呑み込まれてしまうだろう)。
 この「少年」役の、阿部哲夫クンという子の演技が、素晴らしいのだけれども、Wikipedia でこの作品を検索して読むと、孤児施設の子だったということ(チビ役の幼児も同じらしい)で、この映画公開の後に、養子に迎え入れられるはなしもあったらしいのだけれども、本人の意志で断っているらしい。ああ、この映画での彼の表情は、ホンモノだったのか、という印象を抱き、彼の映画での最初のセリフ、「(涙が)出たよ、おとうさん」を思い出して、泣く。

 「少年」の映写が終って外に出ると、もうすっかり暗くなっている。東京駅まで歩いてJRで帰宅。地元の駅で降りると、時間が遅くなったせいもあるだろうけれども、空気が東京よりも相当に寒く感じられた。部屋に戻ってベランダの窓を開けると、ネコご飯もミルクも、そっくりきれいになくなってしまっていた。これはミイでもユウでもない、ノラの仕業ではないかと思うけれども、ノラが全部平らげてしまう前に、ミイなりユウなりが、少しでも腹の足しにしてくれていればいいと思う。

 今日の一曲は、朝にやって来たミイが歌っていた曲。この「Anybody Seen My Baby」は、Rolling Stones の1997年のアルバム「Bridges To Babylon」に収録されていた曲で、シングルカットされてかなりヒット。これ以後のヒット曲というのは記憶にないので、今までのところ、Stones の最後のヒット曲になってるんではないのかな(違っていたらゴメンなさい)。
 Mick とKeith のいつものコンビ共作作品なのだけれども、この曲はなぜか、k. d. lang の名前などが共作者としてクレジットされている。Mick とKeith とk. d. lang の三人が同じスタジオで顔を突き合わせて共作していた、なんてことがある訳ないのだけれども、これはMick とKeith がこの曲を作った後になって、あまりにk. d. lang の名作「Ingenue」収録の「Constant Craving」にそっくりさんな曲になってしまっていたにスタッフが気付き、面倒な騒ぎにならないように、その「Constant Craving」の作者も、この曲の作者にしてしまったということ。Mick とKeith は「Ingenue」なんて聴いたことなかったらしいけれど、まあこれだけサビの部分がそっくりだと、云われるわな。k. d. lang は、きっとそんな騒ぎに笑っちゃったことだろう。

 

 

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■ 2010-01-21(Thu) 「白鷺」「忘れじの面影」

[]Bella Notte [Original Soundtrack] Bella Notte [Original Soundtrack]を含むブックマーク

 午前中から午後にかけて二本の映画を観た。まずは衣笠貞之助監督の「白鷺」(1958) 。原作は泉鏡花で、主演は山本富士子。物語は溝口健二の「祇園囃子」に似た「芸者の悲劇」なのだけれども、「祇園囃子」では、芸者という職業自体の悲劇性がよりクローズアップされていたとすると、この「白鷺」は、よりパーソナルな、ヒロインの運命の描いた悲劇という感じがする。しかし、このヒロインが、没落した江戸から続いた老舗料亭の娘だったというあたりから、明治末期に消えて行こうとする江戸文化への哀歌という色彩が強く感じられる。これは前に観た「地獄門」が滅び行く平安文化を描いた作品だったということと対になっているのではないのか。ヒロインの思う人が日本画家であるあたりにもその辺りの背景を感じさせられるし、何よりその例証になるのは、その川崎敬三演じる日本画家が絵心のないパトロンにまことに無礼な振舞いを受ける場所が洋館であること、ラストにヒロインが陵辱される部屋がまた洋間になっていること、この描写でもって、日本が「洋風化」されることで失われるものがあることを訴えているのだろうと。
 そもそも、この作品がつくられたのが昭和三十三年なのだけれども、この作品の冒頭、「明治四十年ごろ」という字幕のあとに、カメラが移動して塀を越え、日本家屋の中を外から覗き込むような視点をとる。これは戦後(この作品の公開された時点)にはもう失われた明治の世界を観客に覗き見させるという、外からの視点であることを知らしめるものなのだろう。作品中、この家屋を外から眺めるという視点は頻繁に登場するわけだけれども、それ以外の場面でも、このカメラの構図(源氏物語絵巻から採られたであろうような構図も出て来る)、そして美術、色彩の、息を飲むような美しさは、もうほかに例えようがない。まさに極上の日本画の世界の映像化といえるのではないか。これにまた、山本富士子という女優さんの、和服姿の美しいこと。山本富士子という女優、わたしがガキの頃には「美人女優」の代名詞のように語られることの多かった女優さんだけれども、ガキだったわたしにはこの女優さんが「美人」なのだなどとはとても思えずに、そのまま今日まで生きて来てしまった。ごめんなさい。いやもう、和服を纏わせればこんなに美しい人というのもそんなにはいないだろう。特にこの人の芸者姿での、襟足というかうなじの美しさ、ほんとうに「絵に描いたように美しい」。
 この作品には、溝口作品にあるような社会的視点はないだろうけれども、ただただ、はかなく消えて行く美しいものを捉えようという意志に満ちている。わたしには素晴らしい作品と思える。

 もう一本は、マックス・オフュルス監督の「忘れじの面影」(1948) 。観終って気が付いたのだけれども、この作品、ちょっとばかし、先に観た「白鷺」に似ているところがある。ここでヒロインが愛する男性は画家ではなく音楽家ということになり、その背景にはウィーンという、江戸のように独自の文化を持った都市がある。いちばん大きな共通点は、どちらの作品でも、恋人たちは一夜だけは結ばれることになることか。しかし、「忘れじの面影」では、ヒロインの心を蹂躙するのはその恋人その人であり、二人を引き裂く粗野な魂は二人の外にではなく、男の中にこそ潜んでいたことになる。考えてみるとこの作品は一種逆転したアーティスト映画で、つまり、アーティストにとって、その堕落とは、古くからのファンの存在を忘れるあたりから始まるという見方。そのアーティストの堕落を、ファンである女性の視点から描いたのがこの作品ではないのか。この背景に、アーティストのちやほやされる街ウィーンの存在がある。
 昨日そばにいた女性と、今日これから出会う女性との区別がつかない軽薄な男性の街ウィーン。その都市の歴史の中で、女性たちは所詮男性の引き立て役でしかないかもしれない。しかし、そんな女性の中に存在するひたむきな恋心。そのひたむきな恋心から、究極の一夜限りの逢瀬を徹底的に美化すると、この作品が生まれる。
 しかし、その美しい逢瀬の背後には、男への感謝と共に批判の視点がいつも存在している。実はすべてを記憶していて、すべて承知の上で男にこの手紙を読ませる執事の男が、いちばん怖い気がする。自分の仕えるアーティストへの批判がひそんだ行動だろう。
 しかしやはり、美化された一夜の、その限りなく美しいこと。

 さて、ネコたちの世界がその後も急変というか、えらいことになって来た。夕方になって、外からまたネコの啼き声が聞こえるので窓の外を見てみると、ちょうどわたしの部屋の真向かいの駐車場のフェンスのところで、ノラがユウの体の上に馬乗りになって、ユウの首のあたりに噛み付いているような体勢。なんということ、一大事。すぐに玄関から駐車場へ降りて行ってノラを追っ払おうと近づくと、いっしゅんノラがユウから離れた隙に、ユウはアパートのあいだの通路を走って逃げ出す。ところがノラはユウのあとを追って行ってしまう。わたしもぐるりと廻ってアパートの反対側に行くと、またそこでノラがユウに襲いかかろうとしていた。ここでわたしが近づくと、ユウは自分の住処の方へ逃げ、ノラは反対側へ逃げる。ようやく二匹が離れたのでノラの方をちょっと追って行き、その姿が見えなくなるところまで見届けてから部屋に戻る。なんてこった。どうしたらいいのかしらん。ノラがこのあたりに出入りしている限り、こういうことはこれからも起こることになるだろう。ようやくユウが一匹だけでこのベランダに来ることが出来るようになったというのに、それが裏目に出てしまったか。

 しばらくすると、また駐車場の方からネコの声。見るとユウが車の下で、こちらを見ながら啼いている。ああ、すぐに戻って来たのか。「こわかったんだよぉ」と云ってるんだろうけれども、こちらからどう返してやればいいのか。「こっちへおいで」ぐらいしか云えない。ネコのことばが話せるなら、「怖がらないで、これからはこの部屋の中で暮らせばいいんだよ」と、云いたいところ。いつものように姿を隠して、ユウがベランダに来て食事をして行くのを見守ることしか出来ない。もう今ではユウの前に姿をみせても逃げて行かなくなっているのだけれども、だからといってわたしの方に寄って来ることはしない。ユウから見えないところに引き下がって、しばらくしてベランダに出ると食べ物にもミルクにも手を付けないまま、いなくなっていた。
 それからまたしばらくすると、またユウが来る。ベランダに上がって来て啼いている。どうしてあげたらいいのかわからない。つかまえて部屋の中に閉じ込めてしまえたら、この場合いちばんいいように思うのだけれども。

 外はもう暗くなって来ているけれど、それからも外でユウが啼いている声が聞こえて来るようで、何度もベランダから外を見る。何度目かの時に外を見ると、またノラの姿が見えた。そのノラの少し前をユウのようなネコの姿が見えて、ノラがそのネコを追いかけているように見える。でも外はだいぶ暗くなっていて、ノラの前にいるネコはチビのようにも見える。ノラとチビはつるんでいるので、その二匹がいっしょにいることは何の不思議もないけれども、チビでなくてユウだったとしたらまた大変だ。二匹のネコが進んで行く方向は、ユウが今までは行ったことはないはずの方角だから。ユウだとしたら、ユウがノラに追われて、知らないところへ逃げて行っている姿だということになる。もうこの窓からは距離があり過ぎて、わたしにはどうすることも出来ない。まだユウは幼い。知らない土地に迷い込んでも平気なんだろうか。とにかく心配。

 ユウのことはとにかく心配だけれども、今日の一曲は、「忘れじの面影」の、究極の一夜のデートから思い出した曲。小さい頃に親に連れて行ってもらい、最初に記憶に焼き付いたディズニー作品が「わんわん物語(Lady and The Tramp)」(1956) で、やっぱこの作品でも、一夜の究極のデートが描かれるわけで、その時にイタリアン・レストランで歌われるドリーミーな曲が、この「Bella Notte」。「忘れじの面影」を観ていても、自然にこの曲が思い出されて来た。
 この「わんわん物語」の音楽にはPeggy Lee が絡んでいて、この「Bella Notte」もPeggy Lee がつくった曲らしい(作詞だけかもしれないけれども)し、他にも「シャム猫の歌」などという楽しい曲もあった。まあ、この曲は、ひと皿のスパゲッティを二人(二匹)で食べるシーン、ですね。人間ではこうは行きません。

 

 

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■ 2010-01-20(Wed) 「富士日記」(中)

[]Family Affair [Sly & Family Stone] Family Affair [Sly & Family Stone]を含むブックマーク

 朝、六時四十分起床。ネコのご飯をセットしてベランダの窓を開けると、ちょうどユウがフェンスにぶら下がっている姿が見えた。乗り越えてこちらへやって来ようとする、まさに真っ最中。わたしを見つけて、啼きながら駆け寄って来る。それでもわたしがいるとベランダへは上がって来ないのだ。また布団にもぐって二度寝。布団の中から様子を見ていると、今朝はミイといっしょに来ていたようで、ときどきミイの姿も見える。

 昨日今日と暖かく、室内のクレソンがどんどん伸びている。前になんとか生き長らえていた頃の茎はムラサキ色していたけれども、今伸びている茎は、もうすぐにでも食べられそうな緑色。
 昨日大量につくったイカの塩辛も、ひと晩たっていい味になって来た。タッパーからあふれる量なので、インスタントコーヒーの空き瓶に移し替える。こちらでもちょうど満杯。瓶は充分洗ってあるけれども、これでコーヒーの味が移ったりしたらどんなだろう。

 午後からレンタルヴィデオ店へ行く。歩いていると汗ばむくらいの暖かさ。Beatles のリマスターCD三回目は「Help!」、「Rubber Soul」、「Revolver」、そして「Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band」の四枚。「Help!」なんつーのを聴くのはホント実に久しぶりのこと。このあたりの音は、最初にCD化した時のリマスターを踏襲しているのらしいけれども、何か新鮮。「Revolver」冒頭の「Taxman」の、あまりに過剰なベース音に笑ったりする。

 「富士日記」中巻を読了。犬のポコが死んだ。冒頭の、門のペンキ塗りの仕事をやっているかじ屋と武田泰淳との対話が、あまりにおかしくって笑ってしまったり。しかし、こういう奥さんが身近に存在していたら、どういう感じだっただろう。「武田さんの奥さんはちょっとプッツンというか、天然というか、変わってる」という感じ? この中巻の終ったところでロシア旅行へ行くわけになっていて、絶妙の分割になっている。ロシア旅行記も読みたいけれども、図書館に置いていない。

 夕方に外でネコの啼き声がした。なんだろうとベランダから駐車場の方を見ると、駐車場の左側の方、わたしの部屋のすぐ前のところで、ユウが座り込んでいる。その前に向き合ってチビがいて、ユウの後ろ側にノラがいる。何やってるんだ。かつ上げかよ。まだガキのネコを相手に二匹がかりで、なんてたちの悪い奴らだ。
 ベランダに出て、ネコたちからわたしの姿が見えるようにすると、ユウがベランダに駆け上がろうとするようにわたしの方に寄って来た。「おじさん、助けて!」って感じではないのか。ところがここで、白ネコのノラがユウに飛びかかって来る。その瞬間がベランダの下で見えない。ベランダの手すりまで進むとどちらのネコも離れて後退し、ユウは右側の車の下へ、ノラは左側へと別れる。「とんでもない奴らだ」と、玄関から出て駐車場へ行き、まだ駐車場の入り口あたりにたむろしていたノラとチビ、二匹のネコを追い払う。
 二匹ともミイにはかなわないクセして、弱い子ネコを二匹がかりで虐めようとするなんて、犬畜生にも劣る奴らだ。だからネコなのか? もう二度と来ないように出来ないものか。

 ユウは逃げないで車の下に隠れていて、しばらくするとベランダに上がって来た。いちおうね、助けてあげたんだからね、などと恩をきせながら、キャットフードとミルクをベランダに出してあげる。ユウが食べに近寄って来て、わたしの姿が近くにあっても逃げはしない。こんなに近くでユウを見るのは初めてになるだろう。って、ユウの顔を見てびっくりする。今まで気が付かなかったけれども、黒白ブチのユウの顔の、その鼻の下に、まるで書き損ないのヒゲみたいに黒い斑点模様がある。この鼻の下のヒゲのような斑点はチビにもあるものだし、先日ミイのそばにいた老猫にもあったものだ。
 ということは、ユウとチビは血縁関係にあるというわけだろうか。どちらにも先日の老猫の血が入っているのは間違いないのではないのか。おそらく、ユウはあの老猫とミイとのあいだの子だと言えるのではないだろうか。そうするとチビもまた老猫とミイの子で、ユウとは兄弟関係にあるのかもしれない。いや、でも昨夏にはミイがチビを追っ払っているところを見たことがあるしなあ。どうもそのあたりの確証はないけれども、つまり、このあたりに棲息している白黒ブチのネコたちは、みな血縁関係にあるということ。考えてみれば当然というか、当たり前みたいなことだけれども、今まで思ってもみなかった。それでも、少なくともミイだけは外から来たネコというか、お嫁さんみたいなものだろう。ミイを中心に見ていたので気が付かなかった。ちょっとばかりショック。

 そういうわけで、今日の一曲はSly & Family Stone の1971年の大ヒット曲「Family Affair」で。
 おお、このライヴ映像は、一昨年夏の来日公演の映像ではないですか。テロップが入っているというのは、TV放映されたということなのか。

 

 

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■ 2010-01-19(Tue) 「黒の試走車」、浅川マキ

[]夜が明けたら [浅川マキ] 夜が明けたら [浅川マキ]を含むブックマーク

 朝にはユウが来る。リヴィングの中に食事の用意をして放っておいたら、リヴィングに入って来て食べて行った。少しずつ慣れて来る。午後にはミイが来る。最近はもうずっと親子別行動なのか。昨日の変な顔のネコの姿は見かけない。

 スーパーに行って、またスルメイカ。二杯パックにされているのが安かったので、それを買う。今日は二杯いちどに塩辛にしてしまうと、小さなタッパーにいっぱい、あふれてはみ出すほどに出来てしまった。

 増村保造監督の「黒の試走車」(1962) を観る。ここまで増村保造監督の作品を観て来ると、「この日本で、いかに<個>は周囲(社会)からの軋轢に抵抗し戦い、あるいは勝利し、あるいは敗北するのか」というような、彼の作品に通底するテーマが見えて来るように思える。この「黒の試走車」は、具体的には前の「巨人と玩具」に連なる、「企業の論理」と「<個>の生」とのせめぎ合いのストーリーといえる。ティピカルに「企業スパイ」というテーマを扱いながらも、つまりは「<個>の生を犠牲にして企業戦士として生きよ」という命題にいかに対処するか、ということと捉えれば、この作品の(否定すべき)命題は、実際にこの日本という国で、物質的に豊かな生活をエンジョイしようとすれば、(特に「大」企業社員にとって)「当然」の、避けられない選択肢となって行く。しかしその生は、他者を出し抜くための、人間性を否定された「ウソ」と「裏切り」の生となってしまう。
 この作品で、その世界から逃れた田宮二郎と叶順子の、ラストの海岸での人間性を回復したキス・シーンを観ると、つい涙がこぼれてしまう。1962年の時点でもう、この作品では「物質的な豊かさよりも人間性を」と訴えているのだろうに、このメッセージはどうやら伝わらなかったようで、日本はその後、多くの「企業戦士」の力で、圧倒的な経済的発展を遂げるけれども、同時に、「空っぽ」の人間だらけになってしまったのではないのか。この映画の中での、ライヴァル会社の大物企業スパイの前身が関東軍出身というのが、日本の軍国主義は1945年の敗戦で終焉してしまったわけではないのではないのか、というサジェッションと受け止められる。
 演出面では、前回観た「妻は告白する」に続いて、人物を横に並べるのではなく前後に並ばせたり、手前に大きく人の体の一部などを写し込むといった、つまりはタテの構図が多用されるようになっている。中心を画面の片側に寄せたような構図も多く、また吉田喜重監督の作品を思い浮かべてしまった。

 さて、今日の一曲だけれども、実は今日、浅川マキ死去のニュースを聞いてしまった。

 最初に浅川マキを聴いたのは、わたしがおそらく高校生の頃に、TVの「夜のヒットスタジオ」に出演して「夜が明けたら」を歌ったとき。番組の明るい雰囲気に対して、ヌウっと出て来た浅川マキの容貌と声、「夜が明けたら」という曲とかの暗さがまったくミスマッチしていて、この(おそらく彼女にとってそれほど多くはない機会だったであろう)TV出演が、かなり強烈に記憶に残った。それから何年かして、なぜ行ったのか記憶に残っていないけれども、紀伊国屋ホールでの彼女のステージに出かけた記憶もある。会場に、客の誰かが赤ちゃんを連れて来ていて途中で泣き出し、浅川マキは「すみません、わたし、赤ちゃんが苦手なので」と、外へ出てもらっていた。そのあとは、いつごろか、毎年大みそかにピットインあたりでライヴを行っていた時期があって、わたしはこれにも二回ぐらい行っていたのではないかと思う。
 最後に彼女のステージを見たのは、おそらく1980年代の中頃、池袋文芸座ル・ピリエでのステージだった。この時の共演者にはヨーロッパから帰国して間もない近藤等則なども加わっていて、いっしょに観に行っていたわたしの友だちは、近藤等則に誘われステージに上げられて、何かちょっとしたお手伝いをやらされていた。浅川マキと近藤等則なんて、ソリが合わないも甚だしい組み合わせだと思うけれども、この二人は何度か共演して、この二人をメインに「CAT NAP」というアルバムも出していた(わたしも買った)。歌はああいう歌だけれども、アヴァンギャルド精神のある人だったのだろう。
 先日YouTube で「浅川マキ」で検索して、彼女の古い曲を聴いたりしていたばかりで、「浅川マキもまだライヴ活動を続けているんだろうな」などと、ぼんやり思っていた矢先の訃報だった。自宅ではなく、公演先でのホテルで亡くなられていたそうで、そういうのが浅川マキさんに似合っていると思ってしまった。死んで発見される前の夜までライヴをやっていたそうだ。

 今日は「夜が明けたら」を。ああ、彼女も、夜が明けて「いちばん早い汽車」に乗って、行ってしまったわけか。やっぱり切符は一枚だけしか買わなかったのだなと。あちらに着いてからも、「今まで居たところも、わりかし良かったんだけれどもね」などと云っているんだろう。追悼。

 

 

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■ 2010-01-18(Mon) 「もののけ姫」「黄金」

[]Funny Face [Kinks] Funny Face [Kinks]を含むブックマーク

 冬、晴天の日の午後は太陽がずんずんと下へ落ちて行くので、昼下がりと云う言葉はそういう意味なのだろうかと思ってしまうけれど、そういう昼下がりにまたベランダで、ミイと並んでひなたぼっこをした。ミイはのんびりと毛づくろいなどを始め、わたしは椅子に座って陽を浴びながら読書する。誰も道を通りもしない、静かな時間が過ぎる。ミイやユウといっしょの、こういう時間が毎日のようにあればいいのだけれども。などと思っていると、駐車場の向かいのアパートの方からネコの啼き声がした。今さっき思っていたようにユウも来たのかと駐車場の方を見ていると、白いネコが車の下からはい出して、こちらへ向かって来る。おや、またカイかノラかな、と思って近づいて来るネコをよく見ると、これがまた新顔。からだは真っ白で、これだとカイやノラと見分けはつかないのだけれども、その顔の左側の上の方だけが、まだらに白と茶のトラネコ模様になっている。トラネコ模様のバンドエイドを二〜三枚貼ったみたい、というか、部分的に皮膚移植を受けて、その皮膚が自分の皮膚の色と違うのですよ、みたいな。かなり滑稽な感じで、おまけにその顔の造作もなんだか、チェシャ猫が笑わないでむりやり真面目な顔をしようとがんばっているみたい。これはまたおかしな顔なネコくんだこと。
 しかし、このあたりにはいったい何匹のネコが棲息しているのか。寒くなって来て、野良ネコくんたちはほかの地域から移動して来ているのか。次から次にと新手が登場して来る。この新顔はどうやらやはり野良ネコのようだ。ベランダにいるミイのことを気にしている。また闘争が巻き起こるのか、読書をやめて成り行きを見守るけれども、ミイの方はそのネコの存在などちいっとも気にかける様子もなく、相変わらずのんびりと毛づくろいを続けているではないか。
 変な顔の新顔ネコはミイと少し離れたあたりからベランダに上がって来て、隣の部屋との境の壁の向こう側に座り込み、境の下のすき間からじいっとミイの方を見ている。なんか、縄張り争いとか云う雰囲気でもないな。
 二匹のネコはお互いにそんな体勢をしばらく続けていたけれど、そのうちにミイは毛づくろいも終ったのか、フッとベランダから跳び下りて駐車場を横切り、フェンスを越えて向かいのアパートの陰へ消えて行ってしまった。その間新顔ネコの方は一瞥もしない。ここで新顔の行動はというと、あわてたようにミイの後を追って駐車場に降りて行く。駐車場の真ん中あたりで立ち止まり、そこで行ってしまうミイの後ろ姿をじいっと見ている。ミイの姿が見えなくなっても、かなり長い間そのままじいっとしていた。ははは、かわいそう。これはどう見ても、彼女にフラれた男の姿だわさ。その後ろ姿哀れ。ミイに仲良くしてもらいたくて、それで離れたところでうじうじしていたんだな。そしたら彼女は彼(オスと決まったわけではないけれども)を無視して、サッサとどこかへ行ってしまった。キミはフラれたね。

 ミイ、ごりっぱ。もう完璧なシカトぶりでした。なんという気高い態度。また改めてミイに惚れ直した。
 しかし今日はユウの姿を見なかった。

 午後から、図書館ヴィデオでなぜか「もののけ姫」など観てしまう。1997年の作品だから、もういつの間にか、ひとむかし前の作品になってしまった。いちおう昔映画館で観ているけれども、あんまり憶えているわけでもない。
 で、観直してみての感想。う〜ん、疑問がいろいろ出て来るのだけれども、これでは、製作者に作品をまとめあげる能力または時間がなかったのか、わざとあいまいに描いているのか、どうもよくわからないけれど、脚本はもう少し練った方がいいのではないかと云う印象。まず、呪いを解くための旅だったはずのアシタカは、なぜ呪いが解けたあとに(長の地位を継ぐモノとして責任のあるだろう)故郷へ帰らないのか、彼がタタラ場にどういう役割で、なぜ残らなければならないのか、わからない(どうとでも理由は云えるだろうけれども、映画の中でそのことを語らないのは欠陥だと思う)。その旅への出立の時、恋人みたいな女性からもらった「玉の小刀」の、その後の扱いがあまりにぞんざいではないのか。そして、肝心のタタラ場の存在はいったいどのような形で森を侵略しているのか、視覚的な描写がなかったように思う。
 だいたい、「神の死」と思える大事件を描いたこの作品の結末が、「はい、ニュートラルな均衡状態に戻りました」と流すだけなのが、この状態でエンディングとしてふさわしいのか。アシタカはこの後、サン(=もののけ姫)側とエボシ側の調停役を受け持つことになるのか(この疑問は先に書いた)。
 どうも、宮崎駿という人は、「ヒトは自らすすんで苦行を背負い込み、精神を高めるべきだ」というような精神主義がお好きなのではないか。もちろんわたしは、苦行などゴメン被る。

 夜にもう一本ヴィデオで、ジョン・ヒューストン監督の「黄金」(1948) を観る。これはとても楽しめた。三人の男が山にこもって砂金を掘り、ある程度掘りつくして「もうこれまで」と山を下りるとき、ハワードおじさん(演じているのはヒューストン監督の実父、ウォルター・ヒューストン)は「組んだ足場など解体して、山を元の状態に戻してから山を下りる」と云う。「山を傷つけてはならない」と。こんなところで昼間観た「もののけ姫」と繋がっている。
 ヒューストン監督はそのデビュー作「マルタの鷹」で、この「黄金」にも出演しているハンフリー・ボガートに模造品の「鷹」を手に取らせ、「それは何」との質問に、「夢が詰まっているのさ」と答えさせていたけれども、「黄金」でのドブズ(=ボガート)は、自分がそんな「夢」に巻き込まれ、自分を見失って自滅して行く。冒頭から、このボガートの頭の悪さの描写が徹底していて、同じところから出発していながらも、どんどん学習して賢くなって行くカーティンという男との好対照になっている(ラストで彼が、手に届きそうな幸福に向かうであろうことを知り、ほんとうにうれしくなってしまう)。ハワードは世知に長けた賢人(もちろん、カーティンは彼から多くを学ぶけれども、ドブズは何も学ばない)というところで、このトリオがいいですね。まあ、ドブズのバカっぷりにイライラさせられっぱなしになるのだけど。
 メキシコの荒れ地、荒野の描写が素敵で、ヒューストン監督はこういうロケ撮影が好きなんだろうか。とにかく、とても楽しめた娯楽作品だった。

 今日の一曲は、またまた変な顔(その顔じゃあミイの相手は無理さ)の新顔ネコがやって来たので、Kinks の「Funny Face」という曲を。この曲は彼らの初期傑作アルバム「Something Else By The Kinks」(1967) に収録されていたもので、Ray の弟のDave Davies の作品。

 

 

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■ 2010-01-17(Sun) 「レベッカ」「その街のこども」

[]Cold Cold Cold [Little Feat] Cold Cold Cold [Little Feat]を含むブックマーク

 土曜の夜、帰宅した部屋は異様に寒く、手や足が冷たくてたまらなくなってしまう。一昼夜部屋を空けていたので、普段は人の体温で暖まっていたのがすっかり冷えてしまったのではないか。使ったことのないエアコンのスイッチを入れてみるけれども、これがちっとも暖まって来ない。風呂に給湯して飛び込んで、ようやくじわじわと身体が暖まって来る。
 やっぱりこの部屋は寒い。地域的なこともあるだろうけれども、今まで住んで来た住居の中でもいちばん冷える。部屋の中で凍死するようなことにならなければいいが、などと湯舟に浸かりながら考える。吾妻ひでおの「失踪日記」に、ほんとうに凍えると寒さを通り越して身体が痛くなって来ると書いてあったのを思い出し、まだそこまでは来ていないな、などと思う。何でも上には上がある。
 室内が寒いとは云っても、室内に移したクレソンはがぜん元気になって来て、つやつやとした濃い緑の葉が、いっせいに真上に向かって伸びて来ている。この季節、この寒さの中で成長するなんて、強い生命力だなあと驚く。今ではもう、すぐにも食べることが出来そうに見える。

f:id:crosstalk:20100118103544j:image:right 日曜の昼はほとんど何もしないで、TVなど見ているうちに外は暗くなって来る。一歩も外に出なかった。暗くなって来た頃に外でネコの啼き声が聞こえ、ベランダに出てみるとユウが来ていた。わたしの姿を見ても逃げて行かないけれど、「おいで、おいで」と呼んでも、近寄っては来ない。ベランダでのユウの定位置は隣の部屋との境界のあたりなので、そちらに近い和室の窓の外に食事のトレイを出してあげる。すぐにミルクを全部舐めてしまう。おかわりを注いであげてもまたすぐ。これから今までよりミルク代がかかりそう。ユウはこの日は三十分以上ベランダで過して行った。

 金曜にレベッカ・ホルンを観たからというわけではないけれど、DVDでヒッチコックの「レベッカ」(1940) を観る。これはレンタル屋に置いてあるのを気が付かずにいたもので、ずいぶん昔に一度観てはいるけれど、後半のレベッカの素性が明らかにされるあたりの記憶は、まるで残っていなかった。そういう後半の「実は‥‥」的な流れがなければ実にゴシック・ロマン的な展開で、没落する貴族階級の末路に外から来る新妻が巻き込まれ、そこに亡き先妻の亡霊の影が‥‥、などというだけの話でも充分に面白いだろう。というか、実際、わたしはそういうストーリーだと誤解していた。ヘンリー・ジェイムズの「ねじの回転」とかに通じる世界だけど、そういうゴシック・ロマン的な流れは、ヒロインが仮装舞踏会で知らずにレベッカの姿に仮装してしまうあたりで、そのクライマックスになると同時に終わりを告げ、予期しない別のミステリーが始まる。原作がそうなのかもしれないけれども、この作品でも、ヒッチコックは「二つのストーリー」を組み合わせて演出している。
 わたしには、この前半のゴシック・ロマン的展開と、アンリ・ド・レニエを思わせる世紀末の退廃の空気だけで充分に満足で、後半のミステリー解明はなかったことにして考えたくって、その観方はむかし最初に観たときも同じもので、それで映画の後半の記憶がすっ飛んでしまっていたのだろう。後半の展開がなければどのようにこの物語は決着をみるだろうか。そんなことを想像するのが楽しい。
 もちろんこの後半のミステリーは、それ自体としてこれまた楽しいもので、「自分の不治の病を知って他者に自分を殺害させる」という展開は、去年観た「湖のほとりで」でも使われていたものだなあ、などと思い出したりする。
 映画で、新しい環境の中でおどおどするジョーン・フォンティンの姿がほんとに痛ましく、つい、線の細い彼女のシルエットに感情移入してしまい、彼女が例の召使いに、レベッカの遺品を「全部捨ててちょうだい!」と命じるところなど、「そうだ! がんばれ!」と、声を出して応援してしまう。

 今日は阪神淡路震災から15年の日で、夜遅くにTVでその「震災15年」をテーマにした「その街のこども」というドラマをやっていた。脚本が渡辺あや、音楽が大友良英ということなので、チャンネルをあわせてみた。この地域は電波障害があるのだろうけれども、この日本放送協会の地上波の映りが極端に悪い。前の住居でもそうだったし、このマンションの共同アンテナでもよく映らないのだから、地域的な障害なのだと思う。そういうわけでほとんど細部の見えない粒子の粗い画面で観る。震災から15年経った現在(一月十六日の夜から十七日夜明け時まで)の設定で、15年前に神戸で被災した二人の男女が新神戸の駅前で知り合う。いろいろあって翌朝の追悼式典の時間まで同行することになり、同じ罹災者同士として、反撥もしながらも少しずつ互いの体験を語り合い始めたりする。
 やはりまずは渡辺あやの脚本が秀逸で、現代若者の日常会話の言葉を紡ぎ合わせて、ドラマを織り上げて行く(「だって、スリーサイズ、聞いたでしょう?」みたいなセリフに笑えたり)。これを、ドキュメンタリー・タッチの手持ちカメラによる映像がうまく支えている印象。特に、最初の方の居酒屋でのシーン、まるでインタヴュー映像のように俳優の顔をアップで捉えるカメラや、その居酒屋のテーブルの上をずるりと写す映像がとても新鮮だったし、よく脚本の持つ空気を映像に引き出していたと思う(主人公二人が二人とも、居酒屋でプカプカ煙草を吸いまくり、というのが今どき放映に困難であろう映像として、とっても感激してしまう。周囲の圧力に負けずに抵抗したのであろうスタッフにエールをおくりたい)。とにかくわが家での画面映りが悪いので何とも云えないけれども、映画作品とは異なる、テレビドラマとしての新しい映像を堪能出来た思いがする。演出は井上剛という人。安易に二人がいっしょにならないラストが、とてもとても良かった。
 TVを見ていて、わたしも15年前に被災地を訪れたことを思い出し、崩壊していた家屋などの、今でも鮮明なイメージを思い出したりした。たくさんの屋根を覆っていたブルーシートの色彩、歩いていて平衡感覚を失ってしまう傾いた家々。ヴィジュアルなイメージはいつでも鮮明に思い出すことが出来るけれども、そのイメージの背後にあった人々の苦しみや悲しみは、忘れてしまったりする。家にはこの震災関係の本は一冊、中井久夫のまとめた「1995年1月・神戸」という本がある。また読み返したくなってしまった。

 今日の一曲は、寒かったので、Little Feat の1972年のセカンド・アルバム「Sailin' Shoes」から、二曲目の「Cold Cold Cold」を。動くLowell George の姿が観ることの出来るすばらしいライヴ映像があったので。しかし、このライヴの演奏は素敵だ。Little Feat はやっぱりいい。

 

 

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■ 2010-01-16(Sat) 「鏡の中のマヤ・デレン」、世田谷ボロ市

[]Song To The Siren [This Mortal Coil] Song To The Siren [This Mortal Coil]を含むブックマーク

 金曜の夜のことで書き忘れていたこと。「役に立たないもの」の話で、Cさんが去年中東へ旅行に行った時、イラクの博物館で見た展示物の「百徳ナイフ(?)」。とにかく図体からしてかなり大きめのナイフなのだけれども、そこに付けられるだけのありとあらゆる道具が付けられているもの。しかしそれぞれの用途に使おうとしても、本体があまりに大きくふくらみすぎていて、手に持つことすら出来ない。結果として何の役にも立たないだろうと。スプーンなどもついているというから、それは王様が食事の時に、召使いに使わせて食事をしたのではないかという想像。つまり王様がピクニックなどに行くときに、それこそサヴァイヴァル・ナイフとして持って行ったのではないか。召使いは大変だ(そもそも、召使いがいればサヴァイヴァルにならないのだけれども、召使いにとっての、その地位を守るサヴァイヴァルだったのではないのか)。

 土曜日は今年の映画館での映画観初め、シアター・イメージフォーラムで「鏡の中のマヤ・デレン」(監督:マルティナ・クドゥラーチェク)というドキュメンタリー映画。音楽がジョン・ゾーンということで期待してもいいのではないかと思い、マヤ・デレンそのものに興味もあるので、新年はまずはこの映画からと選んだもの。
 睡眠不足がたたり、しょっちゅう瞼が落ちて来て、ほとんどポイントを観損ねていたのではないかと思うけれども、どうもマヤ・デレンの経歴を編年体でざあっと紹介しただけの印象。わたしが知りたかったのは、例えば傑作「午後の網目」の分析、フィルム制作事情などの話だったりするのだけれども、せっかく当時のパートナーでフィルムの共作者、アレクサンダー・ハミットなども出演しているのに(このフィルムにはその他にもずいぶん多くの彼女の関係者、フィルムの出演者が出て来るし、ジョナス・メカスやスタン・ブラッケージなどの大御所も出て来る)、ちっともそのあたりのことは掘り下げられない。結局、なんだか彼女に関するゴシップ集映画みたいなフィルムになっている印象。
 それでもちょっと意外だったのは、リヴィング・シアターのジュディス・マリーナが出て来て、少しだけリヴィング・シアターとマヤ・デレンとの関係を語っていたこと。まあこういうことを意外と思うのはわたしが不勉強なだけなのだけれども、つまりはこの後、50年代後期から花開くであろうアメリカのアヴァンギャルドの前史として、マヤ・デレンの活動ぶりなどを、そういう歴史の中で見てみたくなるのだ。この映画に圧倒的に欠けていたのは、そういう根本の歴史的視点ではないのかと、眠くって目をこすりこすり観ていたとはいえ、強く感じてしまった。
 ジョン・ゾーンの音楽はピアノ中心の美しい旋律を聴かせる音楽で、特にラスト・クレジットでの室内楽曲は印象に残る美しさだった。

 そういう少し不満の残る映画鑑賞を終え、あとはもう帰ればいいのだけれども、昨日三軒茶屋に貼ってあったポスターで、この日までが世田谷のボロ市だということを知っていたので、なんだか行ってみたくなってしまった。それで行ってしまった。

 また三軒茶屋へ出て、実に何十年ぶりに世田谷線に乗る。この線を昔は、短期間だったけれども通勤に使っていたこともある。始点終点以外は基本的に無人駅なので、途中から乗るときには、遠くからでも車掌さんに定期券を上げて見せてから乗っていた。そういうシステムは今でも同じなんだろうか。三軒茶屋で乗るときにも、運賃を払っても切符などは手渡されなかった。
 この三軒茶屋の駅で、もう思っていた以上の人の数で、ちょっとイヤになってしまうのだけれども、ほとんどの人が降りる「世田谷駅」を避けて、「上町駅」で下車してから行く。けっきょく、ボロ市に入ってしまえば、人の群れが多いことはそんなに変わらなかっただろう。
f:id:crosstalk:20100117155908j:image:left わたしは「ボロ市」というのに来たこともなく、そんなに明確なイメージを持っていたわけでもないのだけれども、ある程度フリーマーケット的な、ガラクタ市的なイメージでいたわけで、ひょっとしたらわたしなんかでも買って有益なものも売っているかも知れないという気持ちはあった。ざっと見てまわった感じで、目立ったのは和服の古着を売る店が非常に多かったこと。安いのはどれも500円ぐらいから売っている。もちろん男物もいろいろあって、帯と合わせて1000円ぐらいでそろえられる。これからは自宅では和服ライフもいいなあと思うけれども、和服は股下が風通しが良くて寒そうだ。ちゃんとした着付けもわからないし、もちろん買わない。
f:id:crosstalk:20100117160003j:image:right 普段使っているショルダー・バッグがもうボロボロになっているので、代わりを欲しいとはずっと思っていたのを、ちょっと見た目の良いバッグを売っている店を見つけて、なかなかちょうど良さそうなサイズのものもあって、買おうかどうしようか、かなり迷う。でも、わたしの場合、バッグの中に本などを入れるので、かなりの重量になる場合が多い。するとストラップとの繋ぎの金具から壊れてしまうのがいつものことなので、買おうとしたバッグの金具をチェックする。これが予想外に貧弱で、不買即決。そう、歩いているとなぜか、ヒゲで長髪のおとうさんが、おかあさんといっしょに小さな子どもを連れている家族連れに、何組も出会ってしまった。そもそも、こういうヒッピー家族は今でも東京には多いのだろうか。ほかにも、バンダナを巻いたヒッピーなおやじさんの姿も多かった。わたしも最近はカタギではないことだし、髪が伸びたりしてしまってるし、サングラスして歩いたりしてるので、こういう空気に引き寄せられて来てしまったのかもしれない。考えてみたら今のわたしのライフスタイルは、かなりヒッピーしている。CO2の個人としての排出量など自慢出来るほど少ない(ホームレスの人たちを抜かせば、日本でもトップクラスだと思う)し、かなり自然食に近い食生活もやっている。食物を無駄なく(生ゴミなどを出さずに)摂取するという点でも褒められていいんじゃないだろうか。あ、エコライフとヒッピーは違うのか。
 そんなことを考えながら、けっきょく何も買わずに会場を離れる。帰りは混んでいる世田谷線をやめ、どうせ渋谷まで行くのだから渋谷駅へ行くバスに乗る。空いていて、楽に座れた。渋谷から湘南新宿ラインなど使って帰宅。すっかり暗くなってしまっていた。

 今日の一曲は、マヤ・デレンの映像で選んだもの。この映像は彼女の第二作「At Land」の冒頭の部分。曲は4AD のプロジェクト、This Mortal Coil の1984年のファースト・アルバム、「It'll End In Tears」から、Tim Buckley のカヴァー曲「Song To The Siren」。当時の国内盤では、「警告の歌」などというバカな邦題が付けられていた。アルバム発売当初からこの曲は評判になって、Tim Buckley のプチ・リヴァイヴァル・ブームになったりしたけれども、この曲にとって決定的だったのは、デイヴィッド・リンチが、「ロスト・ハイウエイ」の絶頂のシーンでこの曲を使ったこと(それでも版権の関係で、映画のサウンドトラック盤には収録されなかった記憶があるけれども)。

 

 

■ 2010-01-15(Fri) 「レベッカ・ホルン展」「ソコバケツノソコ」

[]Wood Beez (Pray Like Aretha Franklin) [Scritti Politti] Wood Beez (Pray Like Aretha Franklin) [Scritti Politti]を含むブックマーク

 今日からまた東京へ出かける。予定ではまず木場の現代美術館で「レベッカ・ホルン展」をざっと観て、三軒茶屋へ移動して、Aさんと合流してから黒田育世×飴屋法水の「ソコバケツノソコ」を観る。
 借りていた本を珍しく早々と全部読んでしまったので、まずは図書館へ行って返却、新しいのを借りて来る。「富士日記」の残り、昔読んでるけれどもナボコフの「ディフェンス」などと、衣笠貞之助監督の「白鷺」、ジョン・ヒューストンの「黄金」、それとなぜか「もののけ姫」のヴィデオなど、借りて来る。帰宅して、昨日炊いてあったご飯でおにぎりをつくり、昼食の用意をして、ネコたちの食事をベランダに出してから出発。そういえば今朝も、ユウは早くに来ていたみたいだった。あまり啼かなくなったので助かる。

 快晴で日ざしは暖かい。湘南新宿ラインで渋谷へ出て、メトロで清澄白河駅、そこから歩いて現代美術館へ。
 美術館のとなりの公園で、おにぎりを食べる。ハトがおこぼれを目当てで集まって来る。以前はハトなど好きでなかったけれども、ネコなどと近しい生活をしているせいか、ハトのことも動物として眺めて、これはこれであれこれ考えて行動しているように見えて、ちょっと親近感がわく。梅干しの種を投げてやって、からかってみるけれども、やはり食べない。集まっても来ないのは、匂いか何かで「食べられない」とわかっているんだろう。スズメも寄って来て、スズメはかなり好きなので、食べていたゆで卵の黄身を投げてやる。投げたかたまりがスズメには大きすぎて、おこぼれをハトに取られてしまった。別なハトが足元にやって来て、落としてしまった黄身を拾って食べる。「おお、キミはいいものを見つけたねえ」などと、声を出してしゃべりかけてしまい、やばい! などと周りを見回してしまう。どうもネコとおしゃべりしている日常なので、こういう時いけない。「あぶないおじさん」に見えてしまうだろう。

 さて、美術館で「レベッカ・ホルン展」。美術館のロビーには学生っぽい女の子たちの姿が目立って、いっしゅん、「レベッカ・ホルンも若いコに人気だなあ」などと思ってしまったけれど、そういうわけではない。どうやら同時に開催されているファッション関連の展示を観に来ているらしい。
 オブジェ中心の展示作品の数はあまり多くなく、基本的にはどの作品もモーター仕掛けで動く。コンセプトはわりかし単純なことでやってる作家だという印象で、この展示のために製作されたプールのように水を張った部屋などは、まさにどこかのクラブのアンビエント・ルームという雰囲気で、ここでそういうアンビエント系の音楽が流れていれば、一晩でもまったりして過してしまいそうだ。
 やっぱり今回の展示のメインは映像作品の方で、一回のスペース全部を四つの映写室にしてしまって、常に何かの映像を上映している。この展覧会にはもういちど来る予定とはいえ、今日ももう少し時間を取って、ゆっくりと映像作品を見られるスケジュールにすればよかった。
 上映システムは一つの作品ごとに区切って上映しているわけではなく、どの上映スペースも何本かの映像作品を切れ目なしに流し続けている様子。今は映画館で映画を観てもたいていは途中入場出来ないから、こうやって「途中からしか見始められないのが基本」というような上映システムは奇異に思えたりする。全映像作品を観ると八時間を超える長さになるし、そういうシステムと合わせても、とにかく限られた時間内での鑑賞は難しい感じ。上映スペースに入る前に、各部屋での上映スケジュールをチェックして、計画をたててから観始めることが必要。次回はそうしよう。「バスターの寝室」という作品にはドナルド・サザーランドなども出ていて、かなり商業映画に近い作品のようだ。

 Aさんと待ち合わせの時間になるので、美術館を出てメトロ〜東急で三軒茶屋。今年も新年が明けて初めて合う知人はAさんになった。「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。」
 お茶でもということで、キャロットタワーの最上階にある展望スペースで。西日がひどくまぶしく、おまけに暖房が効きすぎて暑い。それでも晴天の展望はとてもひらけていて、美しい日没と富士山のシルエットを見ることが出来た。Aさんは先日「どですかでん」を観て、めちゃ面白かったという話。美術が鉄割の舞台を連想させられるなど。話していて、早くもわたしは「どですかでん」の細部をかなり忘れてしまっていることがわかる。また観てみたくなった。
 同じキャロットタワーの地下のそば屋で食事をしてから、会場のシアター・トラムへ。シアター・トラムの座席は全部撤去されて、まったくのフラットな状態。観客はオール・スタンディングで、またまたクラブ・イヴェントを思わせられるし、わたしはベルリンで観たジェーン・バーキンのライヴを思い出した。そのライヴでもステージのないフラットな会場で、ジェーン・バーキンは立っている観客の後ろから、観客をかきわけて会場の真ん中に出て来たりしていた。
 今回の公演、わたしは飴屋法水さんの演出の仕事を観たかったというのがいちばん大きいのだけれども、これがうまく機能すれば、タイトルにあるような「黒田育世×(かける)飴屋法水」の通り、それぞれの作家性がかけ合わされて相乗効果が生まれることになるだろうと。うまく行かなかった場合の黒田さんのソロ・ダンスならば、近年の黒田さんの方向性からは、あるていどその内容の想像は付く作品になるだろう。そうではなく、想像出来ないような舞台が観たかった。

 けっきょく、残念ながらわたしの印象では、一面では想像していたような内容の公演で終ってしまった感がある。飴屋さんの芝居がかった演出と、黒田さんの芝居がかった部分とが、相乗効果ではなく、どこかでマイナス要素として働いてしまったような印象もある。いわゆる「ソロ・ダンス公演」という枠組みから距離を置こうという意志はあったのだろう。例えば空間/美術の考え方、捉え方は、藤田康城/安藤朋子のユニット、「ARICA」的なものと共通するものが見えて来る。しかし、それに対峙する身体の方を、これはおそらくは黒田さんに任せっぱなしにしてしまったのではないか。黒田さんにこの問題が処理出来なかったというのではなく、共同作業として不十分なところが残っている印象。惜しい公演だったと思う。
 終演後、黒田さんだとか、じろさん(彼女のダンナさん)とかにあいさつして行こうと思ったけれども、見当たらないので劇場を出て、近くの喫茶店でAさんとお茶。前回飲み過ぎたので、今回はその反省の上でのことである。しばらく会話して喫茶店を出ると、偶然にもちょうどじろさんと黒田さんと遭遇(店を出たところで先に出ていたAさんが立ち止まってこっちを振り向き、そのそばに怪しい風采の男が立っていたので、わたしはAさんがヤクザなおにいさんに絡まれているのかと思い、Aさんを置いて逃げようと構えたら、その怪しい男がじろさんだった)。とにかくお会い出来て、かんたんにでもあいさつが出来て良かった。明日明後日あと二日間、がんばってください。

 さて、三軒茶屋の駅でAさんとも別れ、わたしは久々に「G」(今はまた週末は遅くまでやっているという情報を得ていた)まで行ってみることにした。まだバスが動いていたので、最終バスで下北沢へ移動し、坂を上って「G」へ。スタッフはBさんとCさん、ちょうど客でカウンターにDさんが。この顔ぶれは五年とか前と同じなんだろう。久しぶりになる皆さんにあいさつし、飲む。Dさんがわたし用にと持って来てくれていたというアルバムがあり、それがなぜかScritti Politti の「Cupid & Psyche '85」。聴かせてもらう。Cさんと映画の話などして、Cさんが田舎の図書館で、エリセの「マルメロの陽光」を、持参したノートパソコンに取り込もうとしていて館員に見つかってしまった「事件」の話など聴いて笑う。わたしは最近、地元では人間の知り合いよりもネコの知り合いの数が多いという話をして、笑われる。
 あとからみえた常連らしいお客さんが隣に坐り、Bさんとの話で、学校の課題で、生徒に「役に立たないもの」を考える/つくるというのを与えているという話。鉛筆削りで真ん中の芯だけが削れずに残り、まわりの木の部分だけが削れてしまう鉛筆削りのアイディアが秀逸だったと。「役に立たないもの」だったらわたしの存在だよ、とまぜかえしたら、役に立たなくても「おもしろいもの」はダメなのだと、一応の評価を得たりする。「役に立たないもの」、「Useless Thing」か、面白いな。考えてもすぐには思い浮かばない。アートの分野はそういうのが多いというか、アートの存在そのものが「役に立たないもの」っぽいけれども、例えば今日のレベッカ・ホルンでの、頭にかぶる格子状のマスクに鉛筆が直立して取り付けてあって、壁に貼った紙に向かって頭を振り、その鉛筆で紙にデッサンするという「くだらない」作品など、そういうのに入れられるかも。ちょっとこれから、頭の老化を防ぐためにも、何か考えてみたくなる。考えても何も浮かばず、そうしているうちに15日は終ってしまった。

 今日の一曲は、Dさんがわたしに用意してくれていたというScritti Politti の「Cupid & Psyche '85」の中から、わたしが選ぶのならこの一曲ということで、「Wood Beez」にする。タイトルの「Wood Beez」というのは、「(Would Be)s」ということ。「あすなろ」、みたいなもんですか。

 

 

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■ 2010-01-14(Thu) 「猫のあしあと」「ノミ、サーカスへゆく」「現金に手を出すな」

[]Little Child [Beatles] Little Child [Beatles]を含むブックマーク

 ユウは今朝も暗いうちにやって来る。外で啼いている。これから毎朝、こんな時間に起こされるようになるのだろうか。早く次のステップに進みたい。町田康のネコ文集「猫のあしあと」を一気に読了。ネコの習性、生活、その飼い方で勉強になること多し。ネコを飼うというのは、ネコの生命を預かるということなのだと云う。ノラネコの寿命は長くて五年、平均三年ぐらいだろうと書いてあるけれども、これは東京とか都会でのノラネコの話だろうか。このあたりは野生の環境にいくらか恵まれていると思うので、もう少し長生き出来るようにも思えるけれど、それでも家ネコにしてあげれば、もっともっと長生き出来るんだろう。ミイとかユウは長生きさせてあげたい。「猫のあしあと」を読むと、ケージで飼うのもそんなに悪くないように思えるし、「そうか、まずは段ボールででも、ネコの入れるネコハウスをつくってあげればいいのかな」などとも思い付く。

 最近、読書ペースが上がっている。もう一冊、これもネコ絡みといえるのか、金井美恵子(文)/金井久美子(絵)の「ノミ、サーカスへゆく」も読了。絵本だと思って子供に買ってあげるとちょっとアレだけれども、小学校も中〜高学年あたりの子あたりに、少し背伸びさせながら楽しく読ませることが出来るかもしれない。後半の豚の話二つは、ヴェジタリアンならば怒るかもしれないけれど、食卓に出される料理の背後を想像させることになる、わたしには楽しい話だった。ノミのような害虫にも、豚のような食べられてしまう動物にも、ストーリーはある。

f:id:crosstalk:20100115090644j:image 昼はミイが一匹で食事に来た。またベランダでごろりと寝転がって、わたしにお腹丸出しにしてみせるのは、やっぱわたしへの親愛の情をあらわしてるんだろうな。「ユウのことをよろしく頼みます」とか言ってるかもしれない。

 夜は図書館から借りたヴィデオで、ジャック・ベッケル監督の「現金に手を出すな」(1954) を観る。なんだか先日観たメルヴィルの「ギャング」に酷似した状況が描かれるけど、この作品がデビュー作らしいリノ・ヴァンチュラは、ここでは悪役。いかにも娯楽作品という撮り方で、それこそケレン味たっぷり(主役のジャン・ギャバンがモテ過ぎ?)なのだけれども、夜を主体とした撮影は「ノワール」という感じで美しい。これで主人公のナンパな部分をハードにして、整理して行けば、メルヴィルになってしまうだろう。

 Beatles のリマスター盤を聴いている中から、「With The Beatles」(1963) 収録の、ユウに聴かせてあげたい「Little Child」を今日の一曲に。まあユウとダンスするのは無理だとしても、足元に絡み付いて来るとか、してくれるといいと思う。
 この曲で聴かれるピアノはずっとGeorge Martin のモノだと思っていたけれども、Paul が弾いているらしい。このアルバムの音もとても素敵だ。

 

 

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■ 2010-01-13(Wed) 「富士日記」(上)

[]Don't Cry Sister [J. J. Cale] Don't Cry Sister [J. J. Cale]を含むブックマーク

 目が覚めたらまだ外は暗くて、時計を見ると六時前だった。早く起きてしまったな。とりあえずネコの食事だけ用意してまた寝ようと思い、ベランダの窓を開けるとユウが来て啼いていた。また一匹で来てる。ずいぶんとまた急速に慣れて来たものだ。ユウはわたしがいると部屋には入って来ないので、ベランダに食事を出してやる。どうやらわたしの姿を見ても怖くなくなったのか、逃げて行ったりしなくなった。そのままベランダの隅でミャアミャア啼いている。ユウ、ちょっとうるさいよ。こっちへ来て早く食べな。ベランダに身を乗り出して、「ユウ、こっちへおいで、ほら、食べるものがあるよ」と誘うけれど、こちらを見て啼き続けるばかりで、ちっとも寄って来ない。やっぱりわたしがいるとダメかと、わたしは部屋の中に引っ込んであげるよ。
 それでもしばらくユウは啼き続けてばかりいて、なかなか静かにならない。ようやく静かになったので食事してるんだろうと想像し、しばらくしてからベランダに出てみるとユウはまだベランダにいて、トレイのミルクだけすっかりなくなっていた。よっしゃよっしゃ、ミルクのお代わりをあげよう。
 ミルクを注ぎ足しているところで駐車場に車が入って来て、ユウは駐車場の陰に逃げて行ってしまい、そこでニャアニャア啼いている。車から人の気配がなくなればまた来るかもしれないと、トレイを出したままにしておく。
 外が明るくなって来て、ベランダに出てみると、ミルクだけがまたきれいになくなっていた。

 そうかあ、ユウくんもついにここへひとりで通って来るようになったかね。わたしの姿を見ても、近づいては来ないけれども、逃げて行くこともなくなったようだし。かなりうれしい。次の段階は、ミイのようにいつでも勝手に部屋に入って、食事して行けるようになること。

 昨日買ったスルメイカがすっかり解凍されたので、塩辛をつくれるかどうか解体してみる。‥‥つくったあとの味のことはわからないけれども、どうやら問題なくつくれそうだし、ワタもかなり大きくて塩辛向き。ワタを塩漬けにして、解体した胴体を二時間ほど酒に漬けておく。このあと胴体を布巾掛けにひっかけて干したままにして、ちょっと外出。いつもならミイとかのために食事の用意をして窓を開けて出かけるのだけれども、先日読んだ金井美恵子の本で、ネコはイカが大好きと書いてあったので、留守の間に上がられて食べられてしまってもつまらない。ちゃんと戸締まりをして出かける。
 レンタルヴィデオ店へ行き、今週はDVDの借りるのを減らして、先週気に入ってしまったBeatles のリマスター盤を四枚借りる。「With The Beatles」「A Hard Day's Night」「Beatles For Sale」、そして「Past Masters」と。しかし、どうしてデータ量で比べたら問題にならない大きさのDVDよりも、CDの方がレンタル料が高いんだろう。ジャケットも貸してくれるからなのか。それよりも、レンタルDVDというシステムは、メーカーも協力して一つの商業分野になっているけれども、CDのレンタルというのはCDメーカーの協力は得られていないからなのだろう。

 帰宅して干してあった胴体を刻み、タッパーにあけたイカワタに混ぜこんで、イカの塩辛を作成。これはなんだか美味しくなりそう。

 夕方、ミイが来た。ちょっと食べてすぐにいなくなり、入れ替わるようにユウがベランダに来ている。あれ? いっしょに連れて来たりしたわけか。自分はあまり食べないで、ユウのために残してやったような。またユウはニャアニャアと、子ネコのように啼き続ける。ミルクばかり舐めてキャットフードには手を出さないので、「よし、待ってな、おいしいのをあげるから」と、冷凍庫の肉のストックからひとかけら取り出して、ガス台に網を乗せて火であぶる。そうやってユウの特別メニューをつくってやっている最中に、また駐車場に車が入って来る。ユウはまた駐車場の隅へ逃げて、そこでニャアニャア啼き続ける。あまり泣かないでほしい。人に「何をやっているのか」と思われてしまう。

 図書館から借りている武田百合子の「富士日記」、上巻読了。山荘での生活という、日常と非日常とのすきまのような場所での浮遊するような時間と空間。いや、そんなことよりも、この武田百合子の愛すべき文章の力に、どんどん引き込まれてしまう。山荘近辺の地元の人たちとの交流、毎日の天候と季節の移り変わり、山荘周辺の動物たちの話、何よりも、東京と山荘との間、そして山荘から近郊のスポットへと車で移動するときの描写に、ヴィヴィッドな描写が多い気がした。
 トンネルの中で、タイヤのホイールが外れて飛んでしまったのを取りに戻ろうとする夫(武田泰淳)の背中を、それが夫との永劫の別れになってしまうのではないかと思いながら見つめる視線。メチャ乱暴な運転の自衛隊の車とすれ違う時に、著者が吐いた罵倒の言葉をきっかけに、助手席の夫と繰り拡げる大げんか。このあたりが印象に残ったり面白かったり。
 しかしさすがに山荘を持つ家庭の経済はリッチで、毎日の買い物額の記述を読んで驚いてしまったりする。その当時(45年ぐらい前?)の物価を今の物価と比べたりするのも面白いけれど、玉子の値段は、今でもこの近くのスーパーの値段の方が安いぞ。

 今夜はまたユウが来るかもしれないし、DVDを見ないで過す。そうするとやはり、十時をまわった頃に、外で啼き声がして来た。やって来たユウは隣の部屋との境のあたりから動こうとしないので、いつもとは逆に、和室の方の窓の外、ユウのいるすぐそばに食事のトレイを出してやる。夕方焼いた肉もいっしょにトレイに乗せて。わたしはリヴィングへ待避。相変わらず啼き続けている。夜なんだからもう少し静かにしてほしいな。
 静かになってからしばらくして、ユウもいなくなったベランダのトレイを覗いてみると、またミルクだけなくなっていて、焼いてあげた肉も手付かずのままだった。

 なんだか、これから、生活のリズムが変わってしまいそうだ。

 今日の一曲は、ユウのために「啼くでない」という曲。前に紹介したJ. J. Cale の「5」(1979) から。ライヴの映像もあったけれど、今日はバック・コーラスの密やかな感覚がたまらない、オリジナル・アルバムの音源で。

 

 

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■ 2010-01-12(Tue) 「妻は告白する」

[]Call Me [Blondie] Call Me [Blondie]を含むブックマーク

 天気予報では今日は雨。場合によってはこのあたりも雪になるかも知れないと云っている。朝目覚めて、ネコのご飯をセットしてベランダの窓を開ける。外は曇り空でまだ薄暗い。またベッドにもぐり込んでいると、リヴィングにミイがやって来て食事をして行くのが見えた。何か声をかけてやればよかったな、と思ったりしながら、また一時間ほど眠ってしまう。

 お昼前にまたミイが来た。朝何も声をかけなかったので、和室から「おはよう」とか、「寒いね」とかしゃべりかける。ミイが食事を終えてベランダに出て行くので、後を追ってベランダに出てみる。こちらにお尻を向けて、隣の部屋との境の方へ行こうとしていたミイは、わたしの気配を感じて振り向いて、わたしの方にやって来る。ミイは飼いネコだったことはないみたいだから、人にすり寄って来たりしないし、人にさわられるのも嫌がって身をかわす。それでもこうやってわたしの方に寄って来てくれたりするのが、ミイといていちばんうれしくなる時。ミイはわたしから一メートルぐらいのところに坐ってベランダの外を見て、「ミャウ」と啼く。ベランダの外を見ると雨が降っていた。ミイは「雨だよ」と言ったんだと思って、「雨だね」と返事する。ミイはそこでゴロリとからだを転がしてお腹を見せて、起き上がって行ってしまう。行ってしまったミイの転がったところを見ると、ミイのからだのあとが濡れて残っていた。

 火曜日はスーパーの特売日。特売日というのはくせ者で、「安いから」というので、ついいらないもの、なければないですませるものを買ってしまう。これが最近の食費の増大につながっているのがわかっているので、気をつけなければいけないと思っている。今日は冷凍のスルメイカが一杯77円で売っていたのを、「これを解凍して塩辛をつくることが出来るか?」という実験のつもりで買ってしまった。これはヤリイカではないけれども、ほんとうに槍先のようにまっすぐ尖ったまんま、カチカチに凍っていて、このままで棍棒の代わりになりそう。帰宅して冷蔵庫に放り込んで、ゆっくりと解凍させる。

 夜は、増村保造監督の「妻は告白する」(1961) をDVDで観る。先週観た「好色一代男」で「日本の女たちは不幸なんだなあ」と言っていたのを、やっぱりこのあたりで追求し始めたんだなあという感じがある。特に後半の結審後の展開が強烈な密度で進んで行き、若尾文子のすばらしい演技もあって、ぐんぐんと引き込まれて行く。映像的なクライマックスはラスト近く、その若尾文子が川口浩の会社にやってくるシーンだと思う。ちょっと強めにあてられた照明で影のふっ飛んだ若尾文子の顔とその目線、絶妙に曲げられた首の角度、雨で濡れた髪、観ていてぞぞっとしてしまう。この映像は強烈に記憶に焼き付いてしまうだろう。
 カメラ構図で、手前に大きく人の姿を配して、その奥を透かし見るような奥行きのある画面を多用しているのが印象的で、この作品では若尾文子の存在が常に「見られる人」という位置にあることを強調しているように見える。音楽がこの作品にマッチした現代音楽風というか、なんだかATG映画の音楽っぽいな、などと思っていたら、音楽の真鍋理一郎という人は、初期の大島渚監督作品などを手掛けている人だった。そんな音楽を背景に、映画後半の若尾文子と川口浩の姿を見ていて、つい吉田喜重監督の作品を思い浮かべたりしてしまう。「女性の、女であることの悲しさ」が描かれていたからだろうか(ラスト近くに、川口浩の婚約者役の馬淵晴子が、同性として若尾文子を援護するとてもいいセリフを語る)。いままで観て来た増村監督の作品でも、これがいちばん印象に残るなあ。

 そんな素晴らしい映画を観終え、風呂に入ろうとしていると、ベランダからネコの啼き声が聞こえて来た。いったいどのネコなんだろう。ミイはあまり啼かないし、こんなに遅い時間に来ることなど今までなかったし、他のネコなら追い払った方がいいかもしれない。
 ベランダに出てみても、真っ暗で何も見えない。懐中電灯を取って来て、ベランダを照らしてみる。隣の部屋との境になっているボードの下のあたりに、黒いネコがこちらを見ているのが、懐中電灯の明かりの中に浮き上がる。いっしゅんどのネコだかわからなかったけれども、口のあたりが白い感じとか、これはユウだとわかる。懐中電灯に照らされても逃げて行かない。懐中電灯の光でわたしの姿は見えないからだろう。
 こころが浮き上がって、ドキドキしてしまった。ユウが一匹でこのベランダにやって来て、誰かを呼ぶように啼いている。ユウにはこのベランダが、夜中にわざわざやって来るに値する場所になったんだということ。
 窓を開けたままにしてもユウが部屋の中に入って来るとはあまり考えられないので、ネコのご飯をセットしてベランダに出してやる。しばらくしてからベランダを覗くと、ユウの黒い影がサッと逃げて行くのが目に入る。トレイを見るとミルクが全部なくなっていたので、またミルクを注いでやり、そのままにして室内に戻り、わたしは風呂に入った。
 風呂から上がってベランダを見ると、もうユウらしい影は見えない。トレイのミルクは、また全部なくなっていた。キャットフードにはまったく手をつけていないようで、やっぱり、このフードはあまり美味しくないのかな。
 それにしても、ついに、という感じ。これからもっと、ユウと親密になれるかもしれない。今夜のように、ユウがベランダに来て啼いて、それを聞いてわたしが食事を出してあげることをユウが学習してくれれば、何ていうのか、飼いネコへの道がひらかれて来るような気がする。これからどうなるんだろうか。

 今日はそういうことで、ユウがベランダで啼いて、わたしを呼んでくれたということにして、Blondie の懐かしい「Call Me」を今日の一曲に。この曲は1980年にヒットした曲。映画「アメリカン・ジゴロ」でも使われていたので、このPVの最初にリチャード・ギアの姿なんかが見えたりする。
 この曲のデータを調べていて気が付いたのだけれども、Blondie には79年から82年にかけて、何曲かヒット・チャートに昇った曲があるんだけれども、そのうちでトップ20以上まで昇った曲四曲はすべて、ナンバーワン・ヒットにまでなっている。どうでもいいことだけれども、Creedence Clearwater Revival があれだけヒット曲を連発しながらも、ついに一位になる曲を出せなかった(これはよく知られた話)のとは対照的に、実に効率のいい活躍ぶりだったことよと、彼女たちのことを懐かしく思い出したりする。

 

 

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■ 2010-01-11(Mon) 「ファミリー・プロット」「氷点」

[]I'll Be Your Mirror [Velvet Underground] I'll Be Your Mirror [Velvet Underground]を含むブックマーク

 今日はずっと曇天で寒く、このまま雪が降って来てもおかしくないだろうと思う。去年の暮れにとっちめて、もう来ないと思っていた白い飼いネコがまた来た。ちょっとしたスキをつかれてミルクを舐められてしまう。追い出して、ネコがミルクを舐めたあとを見ると、まわりにいっぱいミルクをはね散らかせている。昨日ミルクを舐めて行ったのもあの飼いネコだったのか。飼いネコのくせになんてお行儀の悪いネコなんだろう。思い切り甘やかされているんだろうか。もう来続けてほしくないこともあって、この飼いネコだけ呼び名をつけていなかったのだけれども、来てもいいと存在を承認する意味ではなくて、呼び名を「カイ」とつける。飼いネコの「カイ」。またこうやって来るようになったというのは、ネコの恐怖心とかそういう体験の記憶は、十日ほどしか持続しないということなのだろうか。

 今日は鏡開きの日で、どんど焼きだとかだるま市なども今日だったような記憶が。今年はついでに成人の日ということ。わが家のお供え、ロマネスコも鏡開きすることにした。
f:id:crosstalk:20100112113618j:image:right まずは花蕾の部分を茎から切り離し、ちょっと裏側を撮影。裏返すとブロッコリーやカリフラワーと変りはない。

f:id:crosstalk:20100112113716j:image:left 次にこれを縦にまっぷたつに開いてみる。みごとな三角形構図。花蕾の房をひとつもぎ放してみると、つまりこれが全体の形状と相似形になっているというのがフラクタル。

f:id:crosstalk:20100112113828j:image

f:id:crosstalk:20100112113908j:image:right ちょっと塩を足してレンジでチンして、じゃがいも、ニンジン、ウィンナ、お正月の売れ残りで半額になっていたかまぼこといっしょにして、温サラダにしてみた。ブロッコリー、カリフラワー類はその茎がまた格別に美味しかったりするので、これもレンジを通していっしょに皿に盛る。いただきまぁす。

 ふむ、味はカリフラワーにきわめて近いけれども、噛んでいると甘味が出て来るね。この甘味がカリフラワーにない特徴なんだろう。それと、花蕾の形がでこぼこしているわけだから、舌触りが違う。おいしい。茎の方はちょっとレンジにかける時間が短すぎて、少し硬いままだったけれども、ブロッコリーの茎などと同じに食べられるみたい(シチューなどに入れると良いと思う)。これがカリフラワーと同じ値段なのだったら、その形だけではなく、味の上からもロマネスコの方を選ぶね。
 ちょっとサラダの量が多すぎて、全部食べて満腹になってしまった。それでもロマネスコは今日食べたのは半分だけで、半分は冷凍室にぶち込んで保存してある。こんどシチューに入れてみよう。鏡開き終了。

 DVDで、ヒッチコック監督の遺作「ファミリー・プロット」(1976) を観る。ここまで観て来て、ヒッチコックという人は作品の中で二つの物語を並走させるのが得意なのだというのはわかったけれど、この「ファミリー・プロット」もそういう二つの物語がからみあう面白さ。しかし、この二つの物語があまりにストレートにうまく噛み合ってしまっている印象もあって、例えば「鳥」などのような、異様な不条理感といったようなものはない。
 全体に、ブルース・ダーンとバーバラ・ハリスというマイナー感漂う滑稽なコンビ(すばらしい!)に合わせたサイズの作品という印象があるけれども、もちろんそれはマイナス要素などではなくて、いろいろな意味でマイナー規模の作品としての面白さがにじみ出て来る作品で、まだまだこういうサイズのヒッチコック作品を観たかった。これが遺作になってしまったのが惜しい気がする。
 これでいつも行くレンタル店に置いてあるヒッチコック作品はおそらく全部おしまい。まだいくつも在庫がなくて観られなかった作品がある。別のレンタル店で探してみようと思う。

 夜、図書館ヴィデオでもう一本、山本薩夫監督の「氷点」(1966) を。
 おそらくこういうドラマが、今も平日昼間やっているドラマなどの源流になっているのか、「出生の秘密」とか家族間の確執とか、エグい題材がてんこもり。原作はベストセラーになったらしい(わたしはこれを借りて見るまで、井上靖原作のベストセラーになった「氷壁」と混同していた)。
 この作品、そのエグい物語の核心となる養女の安田道代への演出が、何があっても、何をされても、へらへらニコニコしている太陽女みたいに描いていて、これではこの女の子は先天的に何かの感覚が欠如してる異常児なのではないかと思ってしまう。この娘が最後に真相を知り、180度向きを変えて真っ暗女になる。笑ってしまった。
 そもそもラストの解決にしても、その養女は殺人犯の子ではなかったから問題ないのだ、という決着。それだったら、皆が思っていたように彼女が殺人犯の子だったとしたら、彼女はやはりその当人に何の責任もない運命を背負って生きていかなくてはならないのか、それまでの家族の彼女への態度はそれで正当化されるのかということになる。解決を示したようなラストだけれども、なにも解決していない。演出面でも、ぐうんとカメラが人の顔へズームアップする画面が多出するのがうるさかった。

 今日の一曲は、ロマネスコの鏡開きをやったので、「鏡」からの連想でVelvets の「I'll Be Your Mirror」で。まあVelvet Underground の曲というよりは、Nico の曲、という印象ではあるけれども。

 

 

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■ 2010-01-10(Sun) 「ナボコフのドン・キホーテ講義」「地獄門」

[]The Impossible Dream [Elvis Presley] The Impossible Dream [Elvis Presley]を含むブックマーク

f:id:crosstalk:20100111110834j:image:right わが家の出入り口、つまり玄関は、普通にベランダとは反対側にあって、こちら側の通路の向かいには隣家の和風の庭があり、庭木や石灯籠、小さな竹やぶなどがこじんまりと配置されている。今日、買い物に行こうと玄関を出ると、その隣家との境界のブロック塀の上にミイがいた。その塀の下に別のネコがいて、ミイを見上げている。この下にいるネコはチビにそっくりなのだけれども、どうもかなり年老いたネコのようで、からだもひとまわり大きいし、妙に落ち着いている。チビではないと思う。チビならわたしの姿を見れば逃げて行ってしまうけれど、このネコはわたしを認めても泰然と塀の下でじっとしているし、やはりわたしとは初対面のネコだと思う。でもそのネコの顔を見ると、まるでチビと同じ、変な黒白ブチになった滑稽な顔。これはきっとチビの親なんだろう。そうに違いない。
f:id:crosstalk:20100111110916j:image:left ミイとその下にいるネコは、にらみ合って、お互いに牽制し合っているようにも見えないこともないけれども、どうもそういう緊迫した感じではない空気。わからないけれど、どちらも黒白のブチだし、この二匹は血縁関係にあるんじゃないだろうかと想像する。塀の下にいる老猫は、ひょっとしたらミイの親だったりするのかもしれない。そうするとミイとチビはいとこ関係になるわけか。このあたりのノラネコの関係もなかなか複雑で、「地域ネコ」という呼び名がふさわしい。そういえば先日のグッドルッキンは、もうあれから姿を見せない。やはりどこかの飼いネコが越境して、この地域に紛れ込んで来てしまったんだろう。

 ウラジーミル・ナボコフの「ナボコフのドン・キホーテ講義」読了。当時コーネル大学の教職に就いていたナボコフは有給休暇を与えられ、ハーバード大学客員教授として(1951〜1952)、この「ドン・キホーテ講義」を、一般教育過程の人文科学の一環として講義している。その残された講義ノートを後日編集し、1983年にアメリカで出版されたのがこの本。
 この講義の題材に「ドン・キホーテ」を選んだのは、当時のハーバードのハリー・レヴィン教授の意見によるもので、小説の発展を論じる手始めとしてこの「ドン・キホーテ」を選択。ナボコフもその意見に賛成だったそうだけれども、ナボコフはこの「残酷で粗野な」作品を好きではなかった。その「ドン・キホーテ」を講義のために読み直し、ナボコフらしく見事に解体してみせたのがこの講義。
 一般に考えられる作品分析の方法から自由に、ナボコフらしい実作者の視点から分析された「ドン・キホーテ」は、近代の「ヒューマニズム」文学批評で過剰に持ち上げられ付与された、人道主義作品という衣を剥がされ、特にその残酷性がクローズアップされる。この小説は、あくまでも騎士道小説の読みすぎで頭のおかしくなった老人と、粗野なその従者を徹底的に嘲笑するために書かれた小説なのだ。しかしながらナボコフはこの「ドン・キホーテ」の中に、同時代にイギリスで書かれた「リア王」との興味深い暗合を認める(ついでに、シェイクスピアとセルバンテスのそれぞれの国の暦による「命日」は同年同月同日なのだ)。備忘録としてその目次を記録しておく。

第一回 序論
第二回 二つの肖像、ドン・キホーテとサンチョ・パンサ
第三回 物語のしくみについて
第四回 残酷さと瞞着について
第五回 セルバンテスと偽作者
第六回 勝利と敗北

 わたしが「ドン・キホーテ」を読んだときに気になっていた「小説自体が小説中の別の作者による作品」というメタ構造は、どうやら当時の騎士道小説の常套とするところだったらしく、ナボコフはまったく問題にしていない。でも、当時まかり通っていたニセのドン・キホーテ後編の問題で、無計画にこの小説を書いていたセルバンテスは、そのかなり終盤に差し掛かったあたりでニセ作品の存在を知ったのだろうと推理し、とってつけたように終りまぎわになってそのニセ者問題が取り上げられることへの違和感を書いている。どうせならそのニセのドン・キホーテと本物との決闘を書けば良かったのにと。なるほど、ほんとうだ。
 しかしとにかくこの「講義」で圧倒的に楽しいのは、その第六回の「勝利と敗北」で、小説の中のドン・キホーテの関わった「戦い」(これには「口論」も含まれる)において、ドン・キホーテの勝ち負けをカウントして記録して行く記述。ごていねいにも、小説中に出て来るむかしのテニスゲームに模して、セットカウントまで計算している。これがおかしいのはその勝敗の記録が、まさに二十勝二十敗の互角同数になること、全編後編に別けても、テニスのセット取得数でも、どれも同数互角になってしまう。このカウントをしたのちのナボコフの感想が、また楽しい。

本書のような、構成らしい構成のない、無計画としか思われないような物語において、勝利と敗北の、これほど完璧な均衡は驚くべきことである。執筆における一種の勘、芸術家の、調和に対する直覚の成せるわざである。

 まとめとして、ナボコフは「増殖するドン・キホーテ」にふれ、本編の中でさえ(ニセモノを含めて)少なくとも七種類のドン・キホーテ(の亡霊)が存在していることに読者の注意を喚起し、この騎士が今や世界中で成長し繁殖し、あらゆる場所に等しくなじんでいること、書物「ドン・キホーテ」とは、それ自体の本質的な価値よりも、その並々ならぬ普及ぶりにおいてより重要な書物であると結論付ける。最終節。

 ここにあるのは、一つの興味深い現象である。文学上の主人公が、自分を産んだ書物との接触を次第に失い、祖国を、そして作者の机を離れて、スペインを放浪、その後には虚空をさまよっているのである。その結果、今日ではドン・キホーテは、セルバンテスの胸中にあった時よりも大きい。三百五十年の間、人間の思想というジャングルやツンドラを旅して来て、体力をつけ、身長も伸びたのである。われわれはもはや彼のことを笑わない。彼の紋章は哀れみであり、かれの旗じるしは美である。やさしさ、わびしさ、純粋さ、他人への思いやり、女性へのいんぎんさ——そういうすべてのものを彼は意味しているのだ。風刺が模範となったのである。

 ここで興味をひかれるのは、この書物の冒頭におかれたガイ・ダヴェンポートという人物によるこの「講義録」の解題で、その中でナボコフが「ドン・キホーテ」を読んで影響を受けたとは考えにくいとしながらも、「ロリータ」と「ドン・キホーテ」に潜む共通項に目を向ける。「ロリータ」での、ロリータとのアメリカ横断旅行、書物全体を「狂人のたわごと」として出版されたものとするそもそものメタ構造、そして何よりも、ロリータの本名のドロレスはドゥルシネーアにつながり、「ロリータの祖母はドゥルシネーア・デル・トボーソである」と書いている。
 なるほど。そう考えて読むと、先に写したこの講義録の最終節、これを「ドン・キホーテ」を「ロリータ」と読み替えた時にあらわれるであろう結論を、自分で考えてみたくなってしまうのだった。

 夜は、衣笠貞之助監督の「地獄門」(1953) をヴィデオで観る。衣笠貞之助監督の作品は初めて観るけれど、この作品は時代劇としては日本初のカラー作品だったということが、ヴィデオのパッケージに強調されている。面白いことにカラー指導という役割があり、これに画家の和田三造があたっている。和田三造といえば、竹橋の近代美術館にある船上の漁師を描いた大作しか知らないが(特にカラリストという印象はない作品だった)、まあ画家としては妙な役を引き受けたものだと思う。それでもたしかに、この作品での原色の配置など、その色彩設計は絶妙で、今になっても、これだけの色彩設計による作品はそうめったに観られるものでもないと思う。
 ストーリーは「平治の乱」後の平家勢の増長の時代を背景にしていて、それこそ「おごりたかぶる」直情型の平家側の男が、その権力で人の心をも我がものに出来るものと増長してしまう悲劇。主人公は公卿の女房につまりは横恋慕するのだけれども、「あの女が欲しい」と公言し、それが成せるものと強引に行動する。女房の夫はいかにも公卿らしくやさしい男で、争いを好まない。女房は権力の増大する武士の欲を拒否し続けることは出来ないと思ったのだろう(夫である公卿階級の没落も予見していたかもしれない)、悲劇的な結末を用意する。観終って誰の行動も肯定出来ないような、時代の悲劇を描いた素晴らしい作品。琴をつまびく女房の袈裟の君を平安文化の象徴と考えれば、この作品は、そういう平安文化の終焉を描いた作品ともいえるのだろう。
 終盤の夜の公卿の屋敷の撮影が素晴らしく、特にこの場に登場する三人の人物が、それぞれ廊下を歩むシーンの背景の、歩く人物の心理をあらわすような光と影、色彩の美しさに見惚れてしまう。
 これ以外に、衣笠貞之助監督の作品があまり簡単に観られそうもないのが残念。ひょっとしたら図書館に「白鷺」が在庫していたかもしれない。こんど確認のこと。

 今日の一曲は、理想化されてしまったドン・キホーテを主人公としたミュージカル、「ラマンチャの男」でいちばん有名な曲「The Impossible Dream」を。演っているのは、あまりドン・キホーテとは関係なさそうに見えるElvis Plesley(そもそもポップ・スターという存在とドン・キホーテ的精神とは相容れないように思えるけれど、ガレージ・パンクの時代には、誇大妄想狂的なミュージシャンはそれなりに存在していた〜例えばSyd Barette とか)。

 

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■ 2010-01-09(Sat) 「イントゥ・ザ・ワイルド」

[]Life in a Northern Town [Dream Academy] Life in a Northern Town [Dream Academy]を含むブックマーク

 今朝は窓を開けるとベランダにミイとユウが待っていた。例によってユウは窓の開いた瞬間におびえて逃げてしまう。ミイひとりで食事。ミイはユウの来るのをしばらく待っていたけれども、けっきょく待ちあぐねて駐車場へ降り、ユウといっしょに帰って行った。
 いつものようにベランダの窓を開け放ち、リヴィングの中にネコの食事を置いておくのだけれども、ちょっと目を離していた間にミルクが空になり、その皿のまわりにミルクが飛び散っていた。このお行儀の悪いミルクの舐め方はミイやユウではない。ノラかチビのどちらかだろう。

 昨日金井美恵子の本でイカの塩辛のレシピを書いてあるのを読んで、さて、次にイカの塩辛をつくるのはいつのことになるやら、などと思っていたのだけれども、今日スーパーに行くとスルメイカが一杯150円。おとといの約半値だし、胴が丸々としていて、イカにもワタがいっぱい詰まっていそうに見えたので、買ってしまった。塩辛五杯目作成。想像したとおり大きなワタで、前回、前々回に解体して失望したイカのワタの二倍ぐらいの大きさがある。まあワタの大きさでいえば、二回目に買った大きなイカのものが今までで最大で、味も最高だったのだけれども。今回は金井美恵子のレシピに習って唐辛子を刻んで入れてみた。冷蔵庫の中にはイカの塩辛のタッパーが二つ重なることになった。

 「ナボコフのドン・キホーテ講義」と、武田百合子の「富士日記」を並行して読み始める。ナボコフは「ドン・キホーテ」はこれまでの文学史で持ち上げられすぎだし、人道主義などとは関係のない、むしろ残酷な物語だという。本編読後間もないわたしも、その本編の方を人道主義的に評価されていたことがよく理解出来ずに読んでいたし、ナボコフが云うように挟み込まれていた挿話もちっとも面白くなかったわけだし(「デカメロン」の方が百倍面白い!)、読んでいてもナボコフの視点にすんなり入って行ける。

 夜はショーン・ペンが監督した「イントゥ・ザ・ワイルド」(2007) を見る。

 わたしは、ショーン・ペンという俳優の、「どうです、わたしは演技が巧いでしょ?」という空気を、匂いたつように全身で発散させる演技が好きでない。だからイーストウッドの作品でも「ミスティック・リバー」を観て楽しめなかったりするし、監督としての手腕も評価が高いことは知っているけれども、今まで見たことはなかった。
 この「イントゥ・ザ・ワイルド」は、大学を卒業したのちにすべてを捨てて放浪を始め、アラスカを目指した男の、実話にもとづくベストセラーを脚色したものらしい。見初めて、まずは画面が汚いのでイヤになってしまう。それにやたらとスローモーションを入れる演出も、この映画ではイヤだ。このスローモーション、見ているとこれは自己美化、自己憐憫のためにしか機能していないのではないかと思ってしまう。というか、この作品そのものが、そういう自己美化、自己憐憫の映画に見える。
 この主人公の放浪へのきっかけに理由が必要なのか、その放浪への理由が愛情の欠けた両親の存在にあると、ここまで執拗に語らなければならないのか。
 この映画では主人公は「北へ」と向かい、北を象徴するアラスカを目指すのだけれども、なぜ「北」なのかというのは、この映画ではわからない。いちどはメキシコに行こうとしていることから、そのあたりはどうでもいいのかなと思うけれども、放浪の理由を語るよりも、放浪の目指すもの、それが目的のない放浪であったとしても、この作品だとそちらにこそ焦点を当てるべき内容に思える。
 例えば先日観たヴィクトル・エリセの「エル・スール」は、主人公は「南」を目指そうとする。彼女は別に放浪をするわけではないけれども、表面的には彼女の両親もまた冷え切った関係で、父親には別に愛人がいたということになる。比べても仕方がないけれども、「エル・スール」の主人公の探すものと、この「イントゥ・ザ・ワイルド」の主人公の目指すものを考え合わせれば、もう最初の製作構想から、そしてこの演出では、「イントゥ・ザ・ワイルド」は面白い作品になどなるはずがないのだと思えてしまう。「北」とは何か、ということこそ観たかったし(この作品でいえば「北」とは「荒野(=Wild)」でもいいのだろうけれど、この作品での「Wild」の描写はプラクティカルな次元に留まっているように見える)、わたしにはこの作品は面白いものではなかった。

 今日の一曲。これは「北」への放浪の曲ではないけれども、「北」での生活の曲。演っているDream Academy というユニットのことはほとんど知らないけれど、この曲は好きで、当時(1984年ごろ)よく聴いていた。この曲がNick Drake に捧げられた曲だったというのは最近まで知らなかったけれども、そうすると、この「Northern Town」というのは、Nick Drake の生まれ育った北イングランドの町で、この歌で歌われている情景は、Nick Drake がハイスクールを卒業して、その北の町から汽車で(おそらくはロンドンへ)出発するところなんだろう。たしかにNick Drake の曲を思わせる凍てつきそうな冷たい空気を感じさせる曲で、北に故郷のある人には追憶を呼び覚ますような曲なのではないのか。それがわたしなどには「北」への憧憬となるのか。つまり、ノスタルジアの歌。今日久しぶりに聴いたけれども、やはり好きな曲。

 

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■ 2010-01-08(Fri) 「待つこと、忘れること?」「野菊の如き君なりき」

[]I Get Along Without You Very Well [Chet Baker] I Get Along Without You Very Well [Chet Baker]を含むブックマーク

 外のネコたちの騒動は次々に起こる。今朝もいつものように窓を開けてネコご飯を置いたのだけれども、しばらくしてそのベランダからネコの啼き声が聞こえて来た。どうしたんだろうと思ってベランダを覗くと、ミイと知らないネコがベランダで向かい合っている。知らないネコは全体が茶色がかった白で、しっぽに茶色の縞模様入り。かなり毛並みが良さそうで、首輪はしていないけれどもどうみてもどこかの飼いネコに見える。体格も良くって、ミイが並ぶとミイはちょっと見劣りしてしまう。先日あの飼いネコを追っ払ったと思ったらまた別口か。これも追っ払わなくっちゃな、と思ってベランダに出て追おうとしたら、このネコ、するりとわたしをかわして開いている窓から部屋に入ってしまった。こりゃ間違いなく飼いネコだな。わたしもネコを追って部屋に入り、ネコに近づいても人慣れしているようで逃げようともしない。すんなり抱え込むことが出来た。いっしゅん気持ちがそのネコに移って「かわいい」などと思ってしまうけれど、そんな場合ではない。ベランダから外へ放り出す。ミイはベランダに居てその様子を見ている。ミイ、よく見ておきな、わたしはミイの味方なんだからね。
 ところが駐車場に放り出されたネコはまったくめげなくて、またベランダに飛び上がって来る。ベランダにいたミイは、となりのベランダへ走って逃げる。わたしはその見知らぬネコをまた駐車場へ追い落とす。するとミイもベランダから降りて行ってそのネコに近づき、二匹のネコがベランダの前で向かい合う形になった。どちらからともなく、相手を威嚇する「フゥ〜」といううなり声が聞こえて来る。あ、ミイの方が逃げた。ミイは後退してベランダから離れた駐車している車の下に入り込んだ。どうしたんだ。ミイはそんなに弱くないはずなのに。もう一方の闖入ネコはそのミイの方へゆっくり追って行く。すると、ミイが車の下から姿勢を低くしてそのネコの方に近づき、敏しょうに飛びかかった。いっしゅんにして闖入ネコは後退して、その姿はどこかへ見えなくなってしまった。すごいぞミイ! えらい! わたしが惚れただけのことはある。
 ミイは別に何も起こらなかったように、平然とまたベランダに戻って来る。いいねえ、このクールさ。その直後、さっきミイがいた車の下からネコの啼き声が聞こえて来て、そこにはユウがちょこんと座っている姿が見えた。そうか、ミイはユウがいたから、まずユウを守ろうとしたんだろうな。それがいったん後退したりした理由なんだろう。ミイはすばらしいネコだ(ネコなら当たり前の本能なのだろうけれども)。

 しかし今日闖入して来たネコは、ほんとうにどこかの飼いネコだったんだろうか。この近辺で、飼い主がネコに首輪をつけないで外飼いするというのは、ちょっと考えられない気がする。捨てネコとかはぐれネコだったんではないだろうか。ものすごく人慣れしいていたから、あのネコをそのままここで飼ってしまうのは非常に簡単なことだったのではないか。しかも(ミイには失礼ながら)グッドルッキングのかわいいネコではあったし。
 いや、そんなことをしたら、今までのミイとの関係はどうなってしまうのだ。ミイもユウもこの家の飼いネコのようになってはくれないかもしれないけれども、ここであのグッドルッキンに乗り換えて、ミイとユウを閉め出してしまうようなことはわたしには出来ンぜよ。グッドルッキンを飼いネコにして、そこにミイもユウも仲良くなって遊びに来る、なんて都合のいいことは考えられない。それにやはりあのグッドルッキンはよその飼いネコという可能性がいちばん高いのだから、向かい入れることはそもそもやってもしょうがないこと。ミイの勇敢な姿も見れたし、まあこれでよしとしよう。

 午後になって、ふとベランダを見ると、こんどはチビが部屋の中を覗き込んでいるところだった。わたしがベランダに出ると逃げて行くけれども、その逃げて行く先にノラの姿があった。チビはノラのそばに行って、まるで二匹で何か話し合っているみたいに見える。「アニキ、やっぱあそこのシマはヤバいぜ」とか言っている雰囲気。しかし、あの二匹がつるむようになったのは意外。

 ネコつながりというわけでもないけれども、金井美恵子:文、金井久美子:絵の「待つこと、忘れること?」読了。この金井姉妹(「かないしまい」と打ち込んで変換かけると「叶い姉妹」になってしまい、それではほとんど別の巨乳姉妹になってしまう)と、彼女たちの愛猫トラーをめぐる雑記に、毎回ちょっとした料理の話を交えたエッセイ/イラスト集。七〜八年前の本で、金井美恵子の「目白雑録」ほどの毒はないけれども、ちょっとスパイスの効いたスナックという感じ。そのスパイスの効き加減が絶妙で楽しめた。書かれている料理のつくり方で簡単で安価に出来そうなのもあって、自分でも作ってみたいなどと思うのだけれども、この本のあとがきに、「私の文章を読んで、作ってみようと思って作れなかった、という人がいたとしたら、その人は「生活」というもののあれこれに対する基本中の基本が身についていない、というだけで、私の文章のせいではありません。」などと書かれていて、「あ、そりゃ間違いなくわたしのことになるだろうわ」と、レシピを覚えたりするようなことはしない。でもちょうど、イカの塩辛について書かれているのがあって、彼女のレシピではタカの爪をまぜるような。こんどやってみよう。その文で彼女は、イカの塩辛は2〜3日寝かせてから食べるものであって、そんな、半日ぐらいしか置かないものを「おいしい」と食べだすのは昨今の若者の好みと、暗にそういう食べ方に批判的。そういえば去年の暮れにつくったイカの塩辛はとても美味しくなって、まだ冷蔵庫の中で熟成を続けている。一ヶ月は保存出来るようなのでまだまだ大丈夫だけれども、最近はスーパーでスルメイカが一杯300円近くするようになってしまい(スルメイカに限らず、正月以降食料品全般が高値になった)、うかつに手を出せなくなっている。次の塩辛製作はいつのことになるやら。

 夜は、木下恵介監督の「野菊の如き君なりき」(1955) を見てしまう。だから、わたしはローティーンとかの男の子が苦手なんだと言ったでしょ、などと自分に言っても何にもならない。もう見初めてすぐに背中がむずむずして来てしまって、よほど途中で見るのをやめようと思ってしまうけど、ガマンして最後まで見てしまった。全編の九割以上を占める回想シーンには画面のまわりに白いだ円形の枠がつき、レキントギターか何かのめちゃ感傷的な音楽が大音響で流れっぱなし。背景は懐かしの絵はがきコレクションなどで見てしまえば「ああ、いい風景だなあ」と思ってしまうような風景の連続で、砂糖漬けのスミレの花びらのお菓子を、シャベルカーで目の前に山積みにされてしまったような感触。
 そもそも、この若い(幼い)二人の交際がどうして許されないのか、その理由が判然としない。旧的な家族制によるものなのか、いとこ同士という血縁によるものなのか(これはあまり問題にされていないようだったけれども)、周囲の人間のいやがらせによるものなのか、女性の方が二歳年上という年齢差ゆえなのか(ヒロインが嘆くのはこの問題だけのようだし、すべての背後にはこの「年齢差」ということがあるのかもしれない)。つまりはこういうことあれこれの複合なのだろうけれども、それだけに物語としての焦点がとらえにくい。いちばんわからないのはこの主人公の男の子の家庭で、父がなくて母が一家を取り仕切っているというのはわかるけれど、主人公の兄は何をやっているのか、何も出来ないぼんくらなのか、最後にちょっと出て来て家長のような振る舞いを見せるあたりが全然わからん(この主人公の家はその後没落したらしいので、やっぱりぼんくらだったのだろうか? 最初の方の説明を聞き漏らした)。
 まあ主人公カップルの仲をさまたげる要素があっちゃからもこっちゃからもてんこもり、不幸なヒロインが死んじゃうんだよというのは、近年のケータイ小説だとかその映画化作品の、その元祖みたいなものなのだろう。日本人のメンタリティには昔からこういうのが潜んでいたのだということ。そう、主人公カップルをいつもからかっていた男が後に馬から落ちて死んでしまうというのには、ついつい笑ってしまった。そんなことで(映画の中で)殺されてしまうとは、彼の方こそまったく不幸な一生だ。

 そのあとは連続して観ているBSのドキュメンタリー、「ソウル・ディープ」。おっと、昨日の第3回のことを書き忘れていました。昨日は「サザン・ソウル」と題して、オーティス・レディングを中心としてスタックス・レコード、マッスル・ショールズなどのこと。ダン・ペンやスプーナー・オールダムが登場するあたりが、わたし的にはツボだった。ここでもオーティスとゴスペルの関係が語られていた。
 この日の第4回目はファンク。ジェームズ・ブラウン〜スライ〜ブーツィ・コリンズの系譜。ジェームズ・ブラウンやスライのライヴ映像に心ときめくけれども、ブーツィ・コリンズあたりになると、わたしはどうでもよくなっちゃう。もうこのあたりはリアルタイムに熱心に聴いていないし。

 今日の一曲は、ミイにあらためて惚れ直したりしたので、スタンダードに「I Get Along With You Very Well」という曲があったはずだと検索してみたら、なんと、わたしはずっと記憶違いをしていて、この曲のタイトルは「I Get Along Without You Very Well」という、With ではなくWithout な、正反対のものだった。まあいいや。今日はこの曲を聴きたくなったので、けだるいChet Baker の歌声で。

 

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■ 2010-01-07(Thu) 「Please, Please Me」「白鯨」

[]Moving [Kate Bush] Moving [Kate Bush]を含むブックマーク

 CD無料レンタルのクーポン券を手に入れていたので、昨秋にリリースされたBeatles のニュー・リマスター盤を借りる。2枚レンタル出来るクーポンだったので、どのアルバムにしようかと考えてしまったのだけれども、やはりファーストアルバムの「Please, Please Me」は外せない。もう1枚はセカンドの「With The Beatles」にしようとも思ったけれど、「Abbey Road」のデータをなくしてしまっていたので、そちらに。期せずしてBeatles のファースト・レコーディングとラスト・レコーディングを選んでしまう。帰宅してうちのあまり音質など期待出来ないミニ・コンポで聴く。正直、「Abbey Road」は、記憶にある音からそれほど印象が異なるわけではなかったけれども、「Please, Please Me」の音にはぶっ飛んでしまった。
 ステレオになったことにはさほど意味はない。もともとの音源がモノラルにバランス良くミックスダウンするための2トラックしかないので、このリマスター盤でも、すべてのボーカルとセカンドギターの音だけが右スピーカー、その他の楽器が左という、今では考えられないような分離の仕方になっている。こういう乱暴なステレオ盤というのは昔のLPには時々あって、Beatles の「Rubber Soul」の当時のLP盤も、まさにそういうカラオケみたいなステレオ盤だった記憶がある。いや、この新しいリマスター盤がすばらしいのはそんなことではなく、この音には温度がある。いままでのBeatles のCDは、正規盤でもディスカウント・ショップで売っているバッタもんCDとまったく変わらないシャカシャカした音だったのだけれども、この新しいCDの音からは人肌の温もりのような暖かさが伝わって来るようだ。音の輪郭もくっきりして、ひとつひとつの楽器の音が視覚的に聴き取れる感じがするし、何よりもヴォーカルが格段と艶っぽくなったと思う。初めて聴くBeatles であり、また、これらの音源を最初に聴いたときの心のときめきがよみがえって来るようでもある。そしてBeatles の四人の、このレコーディングの時の「けなげさ」のようなものまで伝わって来る。なんてすばらしいんだろう。「Twist And Shout」なんか、あらためて鳥肌もんで、涙が出た。
 やはり「With The Beatles」を借りればよかったし、「Past Masters」も絶対聴きたい。いや、少なくとも「Revolver」あたりまではこのリマスター盤でちゃんと聴き直してみたい。
 まだライナーノートなどあまり読んでいないけれども、さすがに「Abbey Road」の中の「Sun King」のデタラメな訳詩(というか、もともとの歌詞がデタラメなのに、なぜかマトモな日本語訳になっていたという不可解な超訳)は割愛されていた。

 「ドン・キホーテ」読了。最後にドン・キホーテが死んでしまうのは、これ以上他人が勝手に「ドン・キホーテ」の続編、続々編をでっちあげて出版してしまうのを防ぐためなんだろう。今年はナボコフを読もうと決めているので、次は「ナボコフのドン・キホーテ講義」を読んでみよう。

 ロマネスコを水を張った小皿に入れ、TVの上に鏡餅と並べてのせて置いたら、そのことを忘れてTV台を動かしたときに落下。突起のひとつがへこんでしまった。しかし、いつ、どうやって食べようか。包丁で二つに切り分けて、その断面も早く見てみたい。

 夜のDVDはジョン・ヒューストン監督の「白鯨」(1956) 。言うまでもなくハーマン・メルヴィル原作で、この映画での脚色にはレイ・ブラッドベリーの名前が見える。ちょうどこのDVDを観始める前に、TVで反捕鯨団体シーシェパード」に関するニュースをやっていた。CG技術の発達した今こそ、このアメリカ文学の最高峰(と言っていいんだろう)の再映画化をやってもいいんじゃないかと思ったりしたけれども、反捕鯨運動も高まるなか、もうこの小説の忠実な映像化は無理だろう。海外の反捕鯨団体のことはともかくとして、わたしも捕鯨という行為には賛成はしない。例えば象を殺りくして食用などにする人などを考えたら、多くの人は陸上で最大の動物への畏怖の気持ちゆえ、「それはひどい」と思うだろう。クジラは言うまでもなく地球上で最大の動物で、わたしはそんなクジラへの「畏怖」の気持ちを持ち続けることを大切にしたい。
 メルヴィルの原作は、そのような巨大なクジラへの「畏怖」から成り立っているとわたしは思う。それはつまり自然への畏怖であって、モンスターになってしまった人類の「奢り」の、ブレーキとなる感情ではないかと思う。この映画版「白鯨」も、メルヴィルの原作のそういう読み取り方をしているのではないだろうか。まさにエイハブ船長を神を恐れぬモンスターとして描いている。
 映画の中に二回ほど実際のクジラ漁の場面が出て来て、これはほんとうにクジラを屠っている映像。銛で突かれ、血を吹き上げて海を赤く染めるクジラの姿を捉えた映像は、今観るとほとんど「残虐映像」だけれども、四つ足ではない海中生物のクジラの容姿は、海上をたゆたう丸い塊にしか見えないようでもあり、それゆえに撮る側も観る側も残虐さを感じなかったということもあるのだろう。
 その漁のシーンはちょっと眼を背けたくなるリアリズムだけれども、この作品、港町の街並や人々、捕鯨船や乗組員などのリアルな描写が心に残り、船が出航する時の、その出航を見守る暗い服装の女性たちの顔の執拗な描写など、すでにこの時点で船乗りたちの葬儀を行っているように見える。
 原作のテイストを損なわずにとても手際良くまとめた脚色と演出という印象で、観終ってから、また猛烈に原作を読みたくなってしまった。わたしが前に読んだのは阿部知二訳のものだったけれども、今は新しい翻訳もいろいろ出ているようで、今度はそういうので読んでみたい。

 今日はBeatles の「Twist And Shout」あたりを今日の一曲に選びたかったけれども、ポイントの音質面で期待出来るわけでもないYouTube の映像を選んでも無意味なので、クジラの方で選ぶことにする。Kate Bush の1978年のデビュー・アルバム「The Kick Inside」、その冒頭にクジラの啼き声が聴こえて来るのを思い出し、そのクジラの啼き声に続く「Moving」という曲にしようと検索したら、思いがけなくもKate が当時行われていた「東京音楽祭」のために来日したときの、ライヴ・ステージの映像が出て来た。これは初めて観る。マイクの影が見えないし、その音からも口パクのライヴだと思えるけれども、こういう初期のシンギング・パフォーマンスを観ることが出来るのはちょっと貴重。当時ほとんど無名だったKate Bush のこのステージ、当時の観客の眼にはどのように写っていたのだろう。

 

ビーチビーチ 2010/01/08 11:16 今回のBeatlesのリマスターは素晴らしいと思いました。
一番びっくりしたのはLet it beでした。
さほど好きなアルバムではなかったのですが、大好きなアルバムになったほどです。

crosstalkcrosstalk 2010/01/08 15:43 ビーチさん、お久しぶりです。
そうか、Let It Be、わたしも全然聴いてみようとも思っていなかったけれども、ああいうオーヴァーダビングしてない一発取りのような音の方が、このニューリマスターで印象ががらりと変わるんでしょうね。コメントありがとうございます。きっとわたしもLet It Be を聴いてみます。

kakokako 2010/01/25 23:09 口パクではなく、マイクはケイトが首から下げている花束のような袋の中にあるのです!
当時音楽好きの人達の間では彼女の登場は衝撃でした。
パフォーマンスでも音作りに関しても、誰もやっていないことを次から次にやってのけた人です。

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■ 2010-01-06(Wed) ロマネスコ、「切腹」

[]Arrivederci, Roma [Mario Lanza] Arrivederci, Roma [Mario Lanza]を含むブックマーク

 5日の続きだけれども、帰りにとなりの駅で下車して古本チェーン店などに立ち寄ってみたりする。めぼしい掘り出し物もなく、隣のスーパーへ入ってみると、野菜の地元農家コーナーに「あれ???」というものの姿が。おお、これはまさしくナマの「ロマネスコ」ではないでしょうか。ロマネスコ、名前は知っていたし写真もあれこれ見ていたけれども、実物を見るのは初めてのこと。包装には「珊瑚カリフラワー」などという名前のシールが貼ってあるけれども、これはまさにロマネスコ。あまり珊瑚カリフラワーなどというネーミングが似つかわしいとも思えないのだけれども。思ったよりも安い価格(150円)だったし、とにかくこれを買わないでいてどうしよう? レジで支払いして、かなり浮き浮きした気分で帰宅。アートずくめの一日の終りにふさわしいような、芸術的な野菜との出会いではあった。

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 ロマネスコはヨーロッパ原産で、カリフラワーとブロッコリーの掛け合わせで産まれた野菜という説もある。要するにカリフラワーやブロッコリーのように中央の盛り上がっている部分が食用になるわけだけれども、この部分はつまり花蕾という部分。蕾が重なって円錐状の形になり、さらにその円錐がより大きな円錐の一部になる。逆にいえば、大きな円錐の本体から、その本体の形状を模した小型の円錐が生まれ、その小型の円錐からもさらに小型の‥‥、と。つまりこういうのをフラクタル形状(その全体の形状が細部に無限に反復される)というのだけれども、これはむかし澁澤龍彦がそのエッセイに書いていたメリー・ミルクの缶の話、そのパッケージに描かれているそのメリー・ミルク缶を手に持った少女の絵の中に、またその少女の描かれたメリー・ミルクの缶が描かれているという無限の反復から、めまいのような感覚を抱いていた(この話の元ネタはミシェル・レリスのエッセイからなのだけれども)というのを思い出させられるのだけれども、メリー・ミルクの缶はフラクタル形状というわけではない。
f:id:crosstalk:20100107122014j:image:right 自然界にはフラクタル形状をとるものが豊富にあり、木の枝などもそのように言えるらしいのだけれども、このロマネスコが偉大であるところはその形態の幾何学的正確さで、これはこのロマネスコのフラクタル本体の描く渦構造が、いわゆる黄金比によって形成されているということもあるんだろう。この黄金比を突き詰めて行くとこれがまたフィボナッチ数列となって‥‥と、思索までも無限に連なって行ってしまう。とにかくそんなマ ン デ ィ ア ル グ的蠱惑的幾何学的植物との初対面。どうしてくれようか。すぐに食用にしてしまうのはなんだか惜しい。型取りをして標本模型を造って保存したいところだけれども、お正月でもあるし、鏡餅のようにしばらくは部屋に飾って置こうと思う。

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 帰宅してベランダに出してあったネコの食事トレイを見てみると、これはあきらかにミイたちの食べ残し方で、どうやらあの白の飼いネコもチビもノラもここのところ来てはいないようだ。ちょっとホッとする。

 BS放送の「ソウル・ディープ」2回目は、サム・クックに焦点を当てたもの。サム・クックはわたしが洋楽を聴き始めるようになる直前に射殺されているので、つまりリアルタイムに聴いてはいないわけだし、彼の音楽の源泉についての解明を読んだり聞いたりしたこともなかったので、これはわたしには新鮮なドキュメントだった。ここでもゴスペル音楽からの系譜が取り上げられ、このシリーズではブルーズからソウルへの系譜という視点は取らないようで、それがこれまでのありきたりの系譜とは異なる視点として面白い。冒頭の、モハメッド・アリ(カシアス・クレイ)とサム・クックとのTV番組でのデュエット映像に驚いた。

 ということでやっと6日の水曜日。たいして書くこともないけれど、午後にリヴィングのちゃぶ台テーブルで書きものをしていて、ふと目線を上げるとミイがわたしのすぐ目と鼻の先で食事しているところ。まったく気配がなかったのでびっくりしたら、ミイもびっくりして後ずさりする。わたしがいるのに構わずにいつでも来てくれるのはうれしいけれど、あいさつぐらいは出来ないものかね、などと勝手なことを思ったりする。

 夜は図書館ヴィデオで小林正樹監督の「切腹」(1962) を観る。小林正樹監督の作品をちゃんと観るのはたぶんこれが初めてだけれども、みごとな脚本(橋口忍)や演出、撮影(宮島義勇)以外にも、美術(戸田重昌)、音楽(武満徹)の素晴らしさを堪能できる傑作だった。ほとんどの屋内シーンでの「闇」の扱い方が巧みでなお美しく、カメラの動きとともに重厚な奥行きを画面に与えている。
 観ていて抱かされる「いったいなぜ?」という疑問が、その都度思いもかけぬ方向に展開して行く脚本は本当に素晴らしく、体面をつくろう「武士道」のばかばかしさを痛烈に批判している一面、主人公の仲代達矢には「武士」らしい死に場所を与えるという慈悲をも感じさせる。今までに観た時代劇の中でも格別の、記憶に残る作品だった。すばらしい!

 ヴィデオのあと、また「ソウル・ディープ」の3回目。この回はモータウン・レコードの隆盛を描いた「Sound of Young America」。シカゴのチェス・レコードとモータウンとの対比など見ていて新しい視点を示されたようだったし、モータウンのアーティストでもほとんどSupremes にだけ焦点を当てた構成が良かった(Supremes のブレイク前の映像など珍しい)。しかし、Mary Wilson は今になってなお、昔よりも美しい! モータウンのサウンドが特にアフリカ系の人たちの意識を反映していたではなかったこと、そのことゆえにあれだけの人気アーティストを量産出来たのかもしれないけれど、アフリカ系の人たちからの「モータウン・サウンドはオレたちの現実を見ていない」との批判も出て来る。デトロイトの暴動を契機としてモータウンは変ぼうして行く。

 今日はロマネスコを入手したので、それにちなんでロマネスクな曲をひとつ、と思ったのだけれども、ローマを歌ったという曲が思い出せない。検索して思い出して見つけたのがこの「アリデヴェルチ・ローマ」。この曲なら小さな頃に聴いたことがある。のちに作られてヒットした「ウナセラディ・東京」は、この曲からインスピレーションを得て作られたのではないかと思う。多くの人がこの曲を歌っているけれど、今日紹介するのは、おそらくはこれがオリジナルのマリオ・ランツァ。彼は歌唱力が自慢の映画スターだったけれども早死にしてしまい、多くの人が熱望したオペラ界での活動は果たせなかった。ピーター・ジャクソン監督のデビュー作品だったか、「乙女の祈り」で主人公の二人の少女が憧れるのが、このマリオ・ランツァだった。今日の映像は何かの映画のシーンなのか、ローマ市街の中で撮影したかなり今風な演出になっているけれども、もう50年は前の映像。

 

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■ 2010-01-05(Tue) 「すべて動物は、世界の内にちょうど水の中に水があるように存在して

[]Come With Me [Incredible String Band] Come With Me [Incredible String Band]を含むブックマーク

 鎌倉へ行く。何年ぶりのことになるのか、前回鎌倉へ行った時がいつになるのか記憶にない。今日は、八幡宮の境内にある神奈川県立近代美術館で開催中の内藤礼の展覧会、「すべて動物は、世界の内にちょうど水の中に水があるように存在している」というのを観に行くのが目的なのだけれども、ついでに八幡宮に詣でて、材木座海岸にも行ってみたい。(書いてしまってから気がついたのだけれども、この展覧会についてちょっと書きすぎてしまったのではないかとも思えるので、これからこの展覧会を見に行かれる予定の方は、これから先を読まない方がいいのかもしれません。)

 ここから鎌倉へ行くというのはかなり簡単で、ローカル線の終点で乗り換え出来る湘南新宿ラインの逗子行きを使えば、そのまま東京や横浜を通過して鎌倉へ連れて行ってくれる。つまり乗り換えは一度だけ。ただし時間は三時間近くかかるけれども。

f:id:crosstalk:20100106113103j:image:right 朝六時半に起き、昼用の弁当を作り、ネコたちのご飯をベランダに出して戸締まりをして出かける。夜中に雨が降ったようで道路が濡れているけれども、空はもう晴れている。八時近くの電車に乗り、湘南新宿ラインに乗り換える。車中は読書タイムで、「ドン・キホーテ」がかなりはける。鎌倉に到着したのは十時五十分頃。思いのほか大勢の下降客で改札はごった返している。これらの人たちが皆鶴岡八幡宮へ参拝に行くのかと思うと、その人混みを想像してちょっとめげる。改札を抜けるとたしかに小町通りは八幡宮へ行く人でいっぱいで、途中で傍の路地に逃れて進む。いつも来ていた喫茶店「ミルクホール」の前を通るけれども、この日はまだオープンしていない。こんな路地裏でもレストランやビストロなどが増えた印象。しかしこのときはこの狭い路地を通る人もなく快適。しばらく歩いてけっきょくまた小町通りに戻り、途中の古本屋へ避難する。外の人の群れに比べ、店内に客が誰もいないのがまた不思議な気がしてしまう。静か。鎌倉らしく、古典芸能の古書がいっぱい置いてある古本屋だった。

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まずは鶴岡八幡宮参拝。相当の人の数で、本殿への正面階段は上りの参拝客だけと規制されている。誘導する警備員の制服がなぜかえんじ色の丈の長い、憲兵隊のようなアーミーっぽい感じで、「あれはなんなんや」と、ひとりぼやいたりする。「金持ちになって鎌倉に別荘を持てるようになりますように」とお願いの参拝。わきに下がるとお神酒をふるまうコーナーがあるのだけれども、そこだけ人が避けるように誰もいないので、人がいないところが好きなわたしはついふらりとそこへ吸い寄せられ、そのお神酒をいただいてしまう(タダではない)。いただいた白皿を返して去ろうとすると、呼び止められて、その白皿(平瓮〜ひらかと言うのだろうか)はそのままもらって帰れるとのこと。まあ死ぬほどたくさんの参拝客がこのお神酒を召されるとすると、その皿をまた洗ったりして使い回しするというのも大変だし、衛生面でも問題になったりするんだろう。いただいた皿の中には鶴の紋が浮き彫りになっていて、こりゃあ縁起もん。有り難くいただいて帰りましょう。

f:id:crosstalk:20100106113507j:image:left 参拝客の喧噪から逃れて別のわき道から下へ降り、ようやく近代美術館の内藤礼展へ。
 内藤礼は以前からわたしの好きな作家で、わたしの中ではエヴァ・ヘスの系譜につながる空間演出作品を紡ぎ出す作家として注目しているわけで、ここで言っても仕方がないけれども、わたし自身のエヴァ・ヘスへの傾倒から、このたぐいのオブジェを使った空間演出といえるような作品を造ろうとしていたり、実際に造って発表したつもりでいたこともある。そういう意味で、彼女の作品を観る時には、ちょっとしたジェラシーにかられてしまうこともある。彼女の個展、それから「地上にひとつの場所を」シリーズの作品もいくつか観ていて、特に直島での古い民家を使った作品には感銘を受けた記憶がある。そんな内藤礼の、今まで観た中ではもっとも大きな規模の展示であるような今回の展覧会は、ずっと観るのを楽しみにしていた。
 会場の近代美術館は観客もまばらで、外の参拝客の列がうそのような静かさ。この静かさは内藤礼の作品の置かれる環境に必要なものであり、過去にも彼女は観客一人ずつしか鑑賞出来ないシステムで作品展示を行ったりしている。今回のこの展示は、あとで触れるけれども、自分以外の観客が存在することが不可欠でもあり、しかもその観客の数が多過ぎても作品の意図は伝わらないだろうし、あとで考えるとベストとも言えるような観客数と天候のもとで鑑賞することが出来たと思う。ラッキーだった。
f:id:crosstalk:20100106113647j:image:right 展示された作品の数は決して多くはなく、入り口でもらった案内を読むと、大きくくくって九点の作品群。二階の作品はそれぞれ二つの展示室を丸ごと使っての作品なのだけれども、展示室の床にプリント布を敷き詰めた《地上とはどんな場所だったか(母型)》という作品の傍らには、《恩寵》という持ち帰り出来る小さな(直径78mmとある)丸い紙が積まれている(《恩寵》というタイトルの作品は、この他に三種類展示されていた)。この作品の意図は、たいていその場で了解されることはないだろう、というか、その場で了解するよりもあとでわかる方が面白い(わたしも一枚もらって帰ったのだけれども、まずはその場で、先に八幡宮でもらって来た平瓮と、その白い色の相似、ほぼ同じ直径の大きさの相似と、偶然の暗合が気に入ってしまった)。
f:id:crosstalk:20100106113740j:image 《地上とはどんな場所だったか》という作品の展示される最初の部屋はそうとうに照明が落としてあり、光源はガラスケース内に展示されて置かれている輪になった白色電球(シンプルなクリスマスのオーナメントのようなもの)からだけのように見える。これがチラシに掲載されている作品で、観客はその展示ケースの中に入って作品の鑑賞が出来るということになっている。まあ展示ケースの中に入るという体験はめったやたらと出来るものではないけれども、実は展示ケースの中に入るということは、中に入った自分が作品の一部として「観られる」存在になるということ。というか、この展示ケースの中に入った他の観客の存在を含めて眺められる作品なのだと了解。思索の材料を与えられるユニークな作品だけれども、まずわたしは単純に、ケースの中に入って内側で作品を眺めるひとたちの姿を、奇妙に美しく感じてしまった。この美しさは何だろう。まずはそのことを考えた。
f:id:crosstalk:20100106113905j:image:left 一階に降りると、この近代美術館の建物と融合したような作品群を目にする。《精霊》という作品は、美術館の中庭の上方高いところに、「吹き流し」のように長い白のリボンを吊り下げ、風にたなびかせるだけの作品(この作品は二階からも観ることが出来る)。この日は風もかなり強かったし、空は抜けるように青空だし、この作品にとっては格好の日和だったことだろう。
f:id:crosstalk:20100106114017j:image:right この他、彫刻室内の天井から床ギリギリまで、テグスに小さな透明のビーズを通したものを吊るした作品《恩寵》があり、外の池にそった手すりの上に置かれた何の変哲もないガラス瓶に水を入れただけの作品(《無題》)、大谷石の壁の窪みに二つのボタンをはめ込んだだけの《精霊(わたしのそばにいてください)》と。う〜ん、わたしも、ガラス瓶に水をはっただけの作品というのは考えたこともあるので、ここでやはりちょっとしたジェラシーが湧いて来たりもするのだけれども、作品タイトルで使われる「精霊」だとか「恩寵」などというのは、ちょっとばかし「ぶりっこ」過ぎるのではないかという気もしてしまう。内藤礼の作品には前からそういうナイーヴぶった「ぶりっこ」テイストが垣間見られたのだけれども、これらの作品でこういうタイトルとなると、「臆面もなくやってくれちゃいますねえ」という感想も出て来る。そう、この展覧会のタイトル、「すべて動物は、世界の内にちょうど水の中に水があるように存在している」というのは、ジョルジュ・バタイユの著作の一節からの引用らしいのだけれども、まあその書物「宗教の理論」の中で、どのようにこのことばが語られているのかはわからないけれども、こういうところも内藤礼らしいといえば内藤礼らしい。そんなことを思いながらも、近代美術館の建築をうまく取り込んだこの展覧会はわたしには心地の良いもので、なんだかんだと思いながらもやはりわたしは内藤礼の作品のことは気に入ってしまっているし、この冬の日の、太陽が高く空の真南に位置する頃にしばらくこの空間にたゆたっていられたことは、わたしの精神にとっても、よい時間のすごし方だったと思う。美術館の池に面したベンチに腰掛けて弁当を平らげ、精霊も恩寵も吹き飛んで行ってしまっても構わないと思う。

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 美術館を出て五分ほど歩き、同時に観ることの出来るこの近代美術館の別館の方でこの日から始まった「所蔵品による イギリスの版画」という展示を観る。この別館に来るのはこれが初めてだけれども、それほど広くはない庭に窮屈そうに彫刻作品が並んでいるのが、何だか痛々しい。イギリスの版画を展示するといってもそこに何か通底するコンセプトがあるわけでもないのだけれども、そんなことはいちいち気にしない。ウィリアム・ホガースの連作版画が三組ほど並んでいたのが、観て楽しかったし、リチャード・ハミルトンの描いたジョイスの「ユリシーズ」の挿画的な連作「祖国アイルランド」という作品が並んでいて、これは先日「ユリシーズ」を読んだばかりだったので、作品の背後にある事情は読み取れた。他にブレイクの「地獄編」からの版画数点に、ヘンリー・ムーアがストーンヘンジを描いた作品など。

 外へ出て駅の方に歩き、途中にあった鏑木清方記念美術館にも寄り道する。鏑木清方の絵には「うへぇ」と思う部分もあるけれども、彼の描画線は好きだったりする。美しい下絵などを観ることが出来た。眼福。

 材木座海岸まで歩いて行き、海辺をしばらく歩く。こういう砂浜に、何か作品を設置してみることを考えてみたりする。風が冷たくて強い。砂が飛んで来る。波打ち際にフグ(ハリセンボン)が打ち上げられていた。

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 時間も三時をまわり、駅へと引き返して、また湘南新宿ラインに乗る。わたしのようにほぼ始発駅から終点近くまでずっと乗ったりする人間もあまりいないだろう。この後にしたこともあるのだけれども、今日は長くなるので書くのは明日に回してしまおう。ただ、帰宅して、もらって帰った内藤礼の作品をよく見ると、会場では気が付かなかったのだけれども、その中央付近になんだか赤い小さな文字のようなものが印刷してあるのを見つけた。虫メガネなどを取り出して来て拡大して見ても、どうも読めない。文字ではないのか知らん。暇なのでスキャナーで拡大してパソコンに取り込んでみたりしたら、わかった。「おいで」という文字が裏返しに印刷してあった。やってくれるなあ、ぶりっこの内藤さん。

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 今日はそういうことで、その「おいで」という曲を選びます。わたしの贔屓、Incredible String Band が1970年に発表した「Be Glad For The Song Has No Ending」の一曲目、「Come With Me」。奇怪な楽器編成と奇怪なコーラス、メンバーのLicorice のぶりっこ歌唱が楽しめる、わたしにはこの一日にふさわしい曲。

 

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■ 2010-01-04(Mon) 「告白」「好色一代男」

[]Soul Deep [Box Tops] Soul Deep [Box Tops]を含むブックマーク

 今日はミイもユウも来ない。チビもノラも白の飼ネコも来ない。白の飼ネコは先日の閉じ込められに懲りたのだろうか。

 町田康の「告白」、一気に読了。とても面白かった。この本は谷崎潤一郎賞を受賞していて、そのことは、この小説での町田康の語り口が、文学の中の日本語として優れたものとして認知されたということにもなるのだろう。主人公熊太郎の想起することなど、つまり彼の脳内描写の文は信じられないほどにアホっぽいのだけれども、それをつなげて行く地の文の部分は、たしかに精緻ですばらしい「書かれた日本語」だとの印象を受ける。
 ちょうど今「ドン・キホーテ」も並行して読んでいるところだけれども、夢想の中に現実を見失い、従者のサンチョ・パンサと共に愚行を重ねて行くドン・キホーテと、思考として自己と現実との乖離を埋められずに、舎弟の弥五郎と共に破滅行為に突き進む「告白」の主人公熊太郎には、共通するところがある。どちらも読みながら主人公の信じられないバカっぷりを笑うのだけれども、「ドン・キホーテ」において実際に俎上にあげられて嘲笑されているのは、(おそらくその当時)行き先を見失っていた(のであろう)「文学」という容器そのものであるだろうと考えれば、「告白」で笑われているのは、明治維新以降芽生えようとした「近代的自我」への志向なのではないかと思った。その青年期に主人公はまずはその思考をストレートに言語化出来ないことに悩み、屈折して行ったりするのだけれども、これは、「わたしとは何か」と問いかける自我の目覚めだと読むことが出来ると思う。主人公は以降も常に自己の存在を問う思考に囚われるのだけれども、偏向した自意識の殻に閉じこもるばかりで、自我の実現は阻まれたままラストの崩壊へなだれ込んでしまう。
 ドン・キホーテにせよ城戸熊太郎にせよ、希代の「痴れ者」なわけだけれども、その痴れ者の存在理由をラディカルに問うという意味で読みごたえのあった作品。
 しかし、タイトルの「告白」とは、どこから来ているのだろう。客観描写から書かれたこの作品全体を「告白」とは呼べないだろうし、そうすると主人公がそのようなことを他者に語るのはラスト近く、弥五郎に弁明する部分あたりになるけれど、そうではないだろう。おそらく、主人公の「告白」を探すなら、彼が自決の引き金を引く前に洩すひとこと、「あかんかった」という、わずか六文字でしかないのではないか。これこそが主人公のすべてを語る告白なのであって、七百ページに近いこの大著がすべて、その「あかんかった」という告白を裏付けるための記述なのではないのかという思い。何が「あかんかった」のか。それは、先に書いたように、明治維新以降の近代的自我の萌芽を成長させられなかった、ということではないのだろうか。ここで問題にされる「自我」の問題は今になって古びてしまっているわけでもなく、それぞれの「個」が、その自我を社会に適応させながら生きて行かなければならない状況が変わっているわけでもないだろう。「あかんかった」というのは、今でも誰でもが(わたしもね)その終末に告白し得る言葉だろう。
 わたしはもうドストエフスキーなどほとんど忘れてしまっているけれども、この「告白」をドストエフスキーと並べて考えてみたい、とも思う。

 夜、増村保造監督の「好色一代男」(1961) を観る。もちろん井原西鶴の原作で、その原作はわたしは当然読んでいないけれども、主人公の世之介が最後に女護ヶ島へ行っちゃうんだぐらいのことは聞いている。これまたある意味「痴れ者」物語で、常識的社会人の見地からみれば、世之介の行動は「大バカもの」以外の何ものでもない。それでも西鶴の原作が江戸の庶民に圧倒的に迎え入れられたのは、つまりは「大バカもの」と呼ばれても構わないんだったらやってみたいこと、ある意味庶民の最高の夢を具現化した物語だったからだろう。「告白」の城戸熊太郎などの脳内にもこの世之介幻想はつねに渦巻いていたわけで、このあたりにも「告白」を読み解く手がかりは転がっている。
 だいたい、「情緒なんてくそくらえ」という増村保造の演出にかかれば、これはほとんど溝口健二の「西鶴一代女」(1952) への叛旗みたいな作品でもあって、市川雷蔵演じる世之助はもう内面もヘッタクレもないアッパラパーな存在。それでも「日本中のおんなたちはみな不幸せなんやなあ」などと言わせ、その通りに彼に関わる女性たちは皆幸せそうではないし、悲惨な最後を迎えたりもする。それでわざわざ日本の古地図など持ち出して、「女護ヶ島」を日本から遠く離れた太平洋の南に想定したりする。一種のユートピアとしての南島論なのだけれども、つまりは増村保造監督なりの「日本脱出」と読み取れるわけだろう。とことん快楽を求めようとすれば日本から外に出よう。これは1961年という時代にはひとつの真理であったことだろう。では不幸せな日本中の女たちはどうするのか、けっきょく増村保造監督もそのあたりのことを宿題として、以後のテーマのひとつに残しておくわけだろう。

 DVDを観終ったあと、BSでイギリスBBC製作のドキュメンタリー、「ソウル・ディープ」というシリーズが始まったのを観る。第一回の今夜はレイ・チャールズにスポットをあてて、シリーズ(六回)全体でブルーズ、ゴスペル以降のアフリカ系アメリカ人の音楽の変遷をたどる。ゴスペル音楽をポップ・ミュージックの世界に取り入れることに、教会に近い人々からの抵抗があったということを、わたしは意識していなかった。わたしの場合、ほとんどブルーズからの発展でのリズム&ブルースへと至る経路を主に考えていたので、このドキュメンタリーの視点は新鮮だった。番組はさすがBBCという感じで、あいだに挟まれる当時のニュース・フィルムなどの断片などに目を惹かれる。これからのシリーズの展開が楽しみ。

 今日の一曲は、その「ソウル・ディープ」という番組に因んで、そのものずばり「Soul Deep」という曲を。演っているのはAlex Chilton がリード・ヴォーカルをとっていたBox Tops で、彼らはいわゆる「BlueEyed Soul」と呼ばれていた。Alex Chilton は後々も現在に至るまで、そういったリズム&ブルースやソウル・ミュージックへのリスペクトに満ちた音楽活動を続けている。この「Soul Deep」はシングルとして1969年にリリースされ、彼らにとってほぼ最後のヒット曲になってしまう。Box Tops は翌1970年に解散し、Alex はBig Star を結成することになるのです。

 

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■ 2010-01-03(Sun) 「フレンジー」

[]Now Be Thankful [Fairport Convention] Now Be Thankful [Fairport Convention]を含むブックマーク

f:id:crosstalk:20100104104815j:image:left 朝、まだ薄暗いうちに窓を開けると、ベランダでミイがこちらを見上げて来る。今日もユウを連れて来ているようなので、和室に身を隠して様子をみる。なんで自分の家の中でこんなにこそこそ隠れたりしなければならないのか。ユウは相変わらず警戒して、駐車場からベランダへ上がって来るのにも時間がかかる。先に食事を終えてしまったミイはベランダに座って、ユウが来るのを辛抱強く待っているように見える。ようやくユウもベランダに上がって来て、また時間をかけて用心深く部屋に入って食事をして行く。この親子いっしょの姿を、いつごろまで見続けることが出来るんだろうか。

 去年から二年越しに読んでいる本が二冊あって、「ドン・キホーテ」の最後の巻と、町田康の「告白」と。「ドン・キホーテ」の方はちょっと休止して、今日は「告白」の方を集中して読む。河内音頭で聴いたことのある「河内十人斬り」の主人公、熊太郎の一生を描いた長篇だけれども、圧倒的に面白い。どうしようもないダメな男のダメダメな内面を、扮飾せずにストレートに描写すればこういう感じになるだろうか。落語っぽい語り口。

 夜はヒッチコック監督の1972年の作品、「フレンジー」のDVDを観る。うわあ、70年代だなあという登場人物の口ひげやもみあげ、長髪ぶり。というか、うわあ、ロンドンだなあと。前の「トパーズ」のヨーロッパ・タッチを引きずっての脱アメリカ感覚。脚本は「探偵(スルース)」のアンソニー・シェーファーで、ヒッチコックお得意の「間違えられた男」ストーリーなのだけれども、前半のディテールがあれこれと主人公が犯人とされる材料になってしまうあたりの描写がすばらしい。これに、「サイコ」(殺人シーン)だとか「ハリーの災難」(死体を巡るブラック・ユーモアな描写)、「ダイヤルMを廻せ!」(捜査する警部の描写〜ラストシーンの待ち伏せ)だとか、その他あれこれとヒッチコックの過去の作品からの自己引用があり、ヒッチコック自身、この作品に自分の作品の集大成的な意味合いを持たせようとしているような。
 冒頭のヘリコプターから死体発見までの演出だとか、誰もいない階段をゆっくりとカメラが後退して外へ出てしまう素晴らしいショットだとか、見どころは多いのだけれども、個人的な印象としてはどうも居心地の良くない作品。ちょっとグロテスクな描写や露骨な描写が多いあたりが、どうもわたしにはヒッチコックっぽくない感じがする。これはひとつには、この作品の製作された時期にはヘイズ・コードなどの検閲が実質的に撤廃されていたことと関係があるように思えてしまうわけで、たとえば「サイコ」でのシャワー・シーンの圧倒的なインパクトは、裸体を見せないための工夫の上から産まれて来たものだろうし、コード(検閲)が実質上撤廃されれば、それまで描けなかったモノを映像化してみたいという気持ちは分かるけれども、わたしは何もかも写して観せてしまうことが映画表現の可能性を拡張することにはならないと考えているので、そういう面でこの「フレンジー」には、ヒッチコック作品として違和感を覚える。

 それでもこの作品で楽しいのは、いかにもヒッチコックらしいひねったユーモア感覚で、特に警部の家庭での食事のシーンのおかしさといったら。こういう捜査する側のちょっとすっとぼけた家庭の雰囲気の描写というのは、のちのコーエン兄弟の「ファーゴ」に引き継がれていたりするんじゃないかと思う。
 真犯人のラスクがトラックの荷台で死体と格闘するシーンもおかしいのだけれども、特にこのラスク役の俳優が髪型も容姿も少しジーン・ワイルダーに似ているように思えたし、ジーン・ワイルダーもこういうマジメに奮闘して笑わせる演技が得意だし、どうしてもここはジーン・ワイルダー主演コメディーとしてしか見えて来ないので困ってしまった。

 今日の一曲はほんとうは昨日選ぼうと思っていた「初詣」ソングで、Fairport Convention が1970年にシングルのみでリリースした美しい「祈り」の曲。このライヴ映像では、このあと脱退してしまうRichard Thompson の姿も見えるし、とにかくSimon Nicol がカッコイイっす。

 

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■ 2010-01-02(Sat) 「霧の旗」「ジャーマン+雨」Kraus Voorman

[]Whatever Gets You Thru The Night [John Lennon] Whatever Gets You Thru The Night [John Lennon]を含むブックマーク

 ここへ越して来た時に百円ショップで買って換えた蛍光灯がもうダメになった。引越しの前からここの蛍光灯器具についていた、まだ使えた方の蛍光灯はまだまだ明るい。価格はたしかに普通の蛍光灯の半値以下だったかもしれないけれども、その寿命は六分の一も持たなかったわけで(普通、三年は持つだろう)、これでは実質普通の何倍ものの価格になってしまう。百円ショップの商品では、乾電池の寿命の短さもわたしの中では語り継ぐべき伝説になっているけれども、そういう明らかに寿命のあるものはちゃんとした店で買わないと、けっきょく損をする(こんなことを書くと百円ショップが「ちゃんとした店」ではないみたいだけれども)。そういうわけで新年の初消費は蛍光灯。半額になっていた酢ダコもけっきょく買ってしまう。これから二〜三食分のおかずになりそう。

 ミイがいちど、ちょこっと食事に来るけれどもすぐに行ってしまう。やはり新しいキャットフードをあまり食べて行かないので、きっとまずいんだろう。

 昼から図書館ヴィデオで、松本清張原作で山田洋次監督の「霧の旗」(1965) を観る。脚本は橋本忍。主演が倍賞千恵子で復讐するクール・ビューティ役。後半にみせる冷たい笑顔など素晴らしい。つまりは典型的な「社会派ミステリー」と呼ばれる作品で、去年観た井土紀州監督の「行旅死亡人」で学んだのだけれども、たしかにリアリズムでは割り切れないような信じられない偶然に支配される物語になっている。非リアルな枠組みをこさえた中で映画的リアルさを創作するという原理なのだろう。わたしは正直あまり好みではない山田洋次監督だけれども、観ていると劇を構成するシリアスな登場人物群と、傍に出て来る状況を理解しないバカっぽい人物群との演出/演技付けの落差が大きすぎる気がしてしまう。きっとこういうあたりがわたしはイヤなんだ。それでも、終盤のクライマックス、弁護士の滝沢修が酒を飲まされて倍賞千恵子の罠にはまってしまう場面では、滝沢修が杯を重ねるごとにだんだん「バカ面」になって行くわけで、これはもちろん滝沢修の演技がすごいのだけれども、ここでは演出面での「シリアス」vs.「バカ」という構図は、これはこれでうまく機能してしまっていたといえると思った。
 倍賞千恵子が(このあとに殺害される)川津祐介のあとをつけて行くシーンの、トンネルを抜けてからの非現実的で迷宮のような街並、道筋が、ちょっとカフカ的というか、素晴らしかった。

 夜にもう一本、去年映画館で観た横浜聡子監督の「ジャーマン+雨」(2007) をもういちど。レンタル店に在庫はないと思っていたのが置いてあったのだ。
 観直してみてやはり素晴らしい作品なんだけれども、背景に日本的で家父長制度的な「いえ」の問題、そして「戦争」の問題を、この映画内で終らせるという意志が垣間見れるわけだけど、それは映画の外へ向けた作品のメッセージなどではない。あくまでも映画内での行動推進原理として働いているあたりに映画作品のあり方を考えさせる契機があり、ベタに映画の中に没入していない製作態度にあらためて感心してしまう。「これは映画である」という意志の強さだろうか。

 「ジャーマン+雨」のあと、BSでKraus Voorman(クラウス・フォアマン)を主人公とした、ドイツ製作のドキュメンタリー番組を観る。「後編」と出ていたので、どうやらわたしは「前編」を観逃してしまったらしい。それでも、Beatles 解散からのちの時代の彼の音楽活動の軌跡を描いたこの番組は、わたしには充分に楽しいものだった。Kraus Voorman はBeatles のメンバーの古い友だちで、名作「Revolver」のジャケットのイラストは彼のもの。わたしが知っているKraus Voorman の音楽キャリアは、第二期Manfred Mann のベーシストとしての存在からだけれども、Beatles 解散後はJohn Lennon のPlastic Ono Band のトロント・ライヴのメンバー、George Harrison の「All Things Must Pass」への参加などと続いている。この番組ではちょうどそのPlastic Ono Band 参加あたりからのことが回想され、Carly Simon との三十年ぶりの再会のドキュメントなどから、70年代の音楽シーンが、Kraus Voorman の視点から見直される。それは多くのミュージシャンが自己を見失う乱痴気騒ぎの70年代であり、新しい音楽が創造された70年代でもある。
 プロデューサーのRichard Perry や、ミュージシャンのRandy Newman 、Jim Keltner などが次々と登場して興味深い話を語るけれど、つまりはKraus Voorman は状況に流されることなく、あえて表面に立つこともなく自己に誠実に時代を乗り切った人物なのだろう。彼自身はこのドキュメンタリーのラストに、「わたしは漂っていただけだ」と謙虚に語っていたけれども、おそらくは「floating」と言っていたのだろう、その「漂う」ということばが心に残った。

 今日はそのKraus Voorman のベースが聴ける音源から、John Lennon の「Whatever Gets You Thru The Night」を。John Lennon の曲でもこの曲はかなりお気に入り。そういえば、昨日紹介したBert Jansch の「L.A. Turnaround」にも、実はKraus Voorman は参加していたのでした。なぜか、Kraus Voorman で始まった2010年になってしまいました。

 

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■ 2010-01-01(Fri) 「ヒズ・ガール・フライデー」

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 新しい年の初日は日の出とか見ることもなく普通に寝ていて、アラームの音で目が覚める。いつものようにネコご飯をセットして、今日はそのまま起き出して自分のご飯(トースト)を準備する。そのうちにミイが一匹でやって来て食事。やあ、あけましておめでとうだね。今年もどうぞよろしく。ミイは午前中にもう一度やって来て、後ろを気にしているからユウも連れて来てるんだなとわかる。和室の窓から駐車場を見るとたしかにユウが来ていたけれども、わたしが見ているのを気付いてしまったようで、警戒している。ユウはしばらく「行こうか行くまいか」迷っていたようだけれども、わたしがカーテンを動かしたのに驚いて逃げて行った。

 昼食はイカの塩辛を使ったスパゲッティを作ってみる。ワカメとほうれん草をプラス。これはなかなか美味で、バジリコスパゲッティの次はこれでしばらく行こうと思う。
 すっかり枯れてしまったベランダのバジリコは年末に抜き取って処分したけれども、クレソンの方は冬を越せるので、そのまま青い葉をつけて拡がっている。これもさすがに霜が降りるような低温には弱いそうなので、リヴィングの中に移して越冬させることにした。まだ一度も食用にしていないので、この春にはがんばって大きく育って欲しい。

 しかしリヴィングを掃除して片付けたせいか、寒い。シンシンと冷えて来る。せめてコタツが欲しいと思うけれども、寝袋をリヴィングに拡げ、足を突っ込んでコタツみたいにして凌ぐ。ゴミというのはある程度散らかしておく方が保温効果があって、部屋が冷えないのではないかと思ったりする。ゴミ屋敷にも効用はあるんだろう(もぐり込むとすごく暖ったかそう)。

 TVのチャンネルをBSに合わせると、昔のお笑い番組のアーカイヴ特集をやっていて、「東京コミックショウ」(「レッドスネーク、カモン」の人たち)のを観ていると、これがやたら面白かった。この人はたしかショパン猪狩とかいう人だったけれど、ルーチンで流しているようなゆるいトークやチープな芸からにじんで来る日常感と、舞台、観客席の微妙な非日常的な空気とのギャップが素晴らしい。TVスタジオなどよりも公民館だとか体育館、そういう場所で観るとすごく楽しそう。もうこういうゆるい笑いをやる人は、TVの世界からは出て来ないだろうと思う。

 天気がいいので、ちょっと羽黒神社へ軽く初詣というやつに行ってみようと外に出ると、かなり風が強くて冷たかった。神社の境内には屋台も焼きそば屋が一店やっているだけだし、それほど参拝客も多くなく、田舎の初詣という感じが心地よい。
 どうもわたしはどう考えてもこの土地の虜になっているようなので、この際改めてよろしくお願いいたしますと、何をよろしくお願いするのかよくわからないまま参拝し、ぐるりと辺りを歩いてまわって帰宅。夕方になって黒いネコが来たので、ユウか?と思ったらチビの方だった。ほんとに紛らわしい容姿はやめてほしい。それでも今日はあの白い飼い猫は来なかったので、もう懲りてしまったのかもしれない。チビもいつか同じ目に会わせてやろうか。

 夜はおでんを温めて夕食。DVDでハワード・ホークス監督の「ヒズ・ガール・フライデー」(1940) を観る。お正月の最初の一本にはこんなのがいいだろう。飄々としたケイリー・グラントの軽妙な演技もいいけれど、電話を二本同時にかけたり適当に人をあしらったり、世界中を仕切ってしまいそうな勢いのロザリンド・ラッセルという女優さんがすごい!(実はこの映画、ケイリー・グラントとロザリンド・ラッセルの二人で世界を取り仕切ってしまう映画なのだろう)
 物語はほとんど新聞社のオフィスと刑務所の記者詰め所だけで展開して行き(ランチ時間のレストランもちょっと出て来るけれども)、会話だけでネコの目のように目まぐるしく展開が変わって行く。その会話にはジョークやウソも混じっているから、観ている方もうっかり騙されてしまっていたり。まあ道議的にみたらいかがなものかと思ってしまう結末(何も悪くないのに放り出されてしまう婚約者が哀れ)だけれども、こういう、すべてに公平ではないという展開も、この時代の映画のひとつの大きな力なのだろうと思う。机や受話器をうまく使って、人々を横に並べてしまう演出がいい。こんなに電話での会話でものごとが進んで行く作品というのももう今では作られることもないだろうけれども。

 今日は新年の一発目ということで、そういう曲を選ぼうとしてBert Jansch の「Bright New Year」という曲を思い出し、Youtube で検索したけれども見つからなかった。そのかわり、思いもかけずにそのBert Jansch が1974年にリリースした佳作「L.A. Turnaround」のレコーディング風景の映像を見つけてしまった。このアルバムはロンドン郊外の民家、及びカリフォルニアのスタジオでレコーディングされているのだけれども、ここで見ることが出来るのはイギリスの方での、民家内をスタジオにしたレコーディング風景。スタッフやミュージシャンたちがいっしょに朝食をとっているアットホームな場面もあるけれど、ここで演奏されている「Fresh As a Sweet Sunday Morning」が、今日の天気にもふさわしいかなと思い(この好天は関東地方だけで、実は日本中大荒れだったそうだけれども)、日曜日ではないけれども元旦という休日だからいいだろうと、今日はこの曲で。
 Danny Thompson と共にこのアルバムのプロデューサーをやっているのは元Monkees のMike Nesmith で、サイドギターでミュージシャンとしても加わっている(映像に出て来るヒゲもじゃのちょっとイイ男)。アメリカとイギリスのルーツ・ミュージックをブレンドさせようとしてかなりの成功をみたアルバムで、わたしの大好きなアルバムでもあったし、この「Fresh As a Sweet Sunday Morning」の清涼感はすばらしい(印象的なペダル・スティール・ギターを演っているのはRed Rhodes)。

 

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