ワニ狩り連絡帳 このページをアンテナに追加 RSSフィード

       

■ 2010-12-31(Fri)

 ついに2010年もきょういちにちでおしまい。2009年は「まいっちゃうなあ」ということもあったけれど、2010年はそれでも「いい年だった」などと、いってみたくもなってしまう。そして、ニェネントの誕生とミイの死のことでも忘れられない年になる。
 ミイのことを考えていて、いつもクールだったミイだから、虚心に遊んでいたすがたなんて見たおぼえはないなあなどと思っていたら、道路の向こうの駐車場でミイが飛んでいる蝶々をかまってジャンプしていたすがたが急に思い出されて、ああ、あのときにだけ、ミイが遊んでいるといってもいいすがたを、わたしは見ていたのだなあと考えると、「なんでまた今になって」というぐらいに、わたしの目からなみだがいつまでもポロポロとこぼれてきて、止まらなくなってしまった。わたしはこれからはその、ミイが蝶と遊んでいた光景を思い出してしまうと、どんなときでも大泣きすることができるだろう(いまこうして書いていても、またなみだがこぼれてしまうのだ)。

 きょうは夕方から、日暮里の「d-倉庫」での、11回目の「透視的情動」の二日目を観に行く。つまりむかしはわたしもこのイヴェントの実行委員をやっていたわけだけれども、しょうじき、「なんかちがうかなあ」という感覚もあって、協力するのをやめてしまった。この世界でよくあるようにけんかして絶交したわけではなく、主宰者の向井千惠さんともその後もよくお会いしている。なぜか本イヴェントの「透視的情動」を観に行く機会がなく、こんかいはかなり久しぶりに訪れることになる。毎回わたしの知人などもあれこれ参加されていて、さくじつの一日目にもあれこれとお会いしたかった方も出演されていた。きょうも、MさんやNさんなどが出演されているのも楽しみにしていたわけだけれど、じつは、きょうの出演者のなかに、倉地久美夫の名前があったのをいちばんの楽しみにしてのことである。たしか倉地久美夫さんはきょねんの「透視的情動」にも出演されているけれど、まあきょねんは観ることはできなかったし、とにかくわたしは倉地久美夫さんのファンであるのに、彼のライヴをまだいちども体験したことがない。
 倉地さんは福岡在住のミュージシャン。ギタリストであり、自作自演の歌をうたう。奇怪な歌詞のうたを奇妙な間合いでうたうけれど、そのギターはときに、Captain Beefheart のバックで変なことをやっているGary Lucas の音みたいであったりする。わたしは彼のファースト・アルバムしか持っていないけれど、これはだいじなアルバム。そういう倉地久美夫さんの音の、ライヴ初体験が楽しみなのである。

 会場に着いて、何人かの知人顔見知りの方々にあいさつして、MさんやNさんとも話をする。Mさんと、舞台照明の相川正明さんがお亡くなりになられたニュースを語る。わたしもきのうかきょう、ネット上で相川さんの訃報は存じ上げていたけれど、相川さんの舞台にかける情熱の大きさは、相川さんをご存知の方だったら誰もが認めるところのものだっただろう。わたしもちょこちょこお会いしてお話しする機会もあったし、「大きなひとだったなあ」という感想が浮かぶ。三ヶ月前にこの「d-倉庫」での黒沢美香さんの公演での相川さんの照明が、わたしにとってさいごの相川さんだったことになる。スポットをほんとうに巧みにつかう方だったなあ。さいごには、その相川さんにスポットをあてて追悼されますように。合掌。

 さて、その「透視的情動」だけれども、第一部は、登場する三十人以上の出演者から、毎回ふたりとか三人を抽出して、それぞれ7分ぐらいタイマーで区切っての、ぶっつけ本番のインプロヴィゼーションを展開するわけ。第二部はむかしは全員での即興を延々と繰り拡げていたわけだけど(わたしはこれにちょっと疑問があった)、いまは、十人ぐらいずつ三組に分けて、時間も十分ぐらいに制限しての展開らしい。わたしはその第二部まで観てしまうと帰れなくなるので、第一部を観たところでおいとまするつもり。さあ、その第一部が始まる。

 いきなり、入間川正美さんのチェロと伊藤まくさんのギターという組み合わせで、音楽としてはこのふたりの組み合わせが、いちばん即興の緊迫感があってよかった。というか、すばらしかった。次が中村公美さんと中西晶大というひと(このひとは知らなかった)のダンス。関係性というのではちょっとベタな展開ともいえたかもしれないけれど、いちばん真摯にじぶんと他者の身体にたがいに向き合っていたという感じで、やはりダンス同士の即興ではもっとも見ごたえがあったと思う。どうもカードをシャッフルして抽出される組み合わせがあまり異質な組み合わせに行かず、同ジャンル間でのちょっと出来すぎの組み合わせが連続してしまった印象もあるし、あとはしょうじきいって「おたがいにくすぐりっこ」をするような、軽い感覚のパフォーマンス/音が多かったように感じた(「笑わせてもらう」というのではけっさくの回がたくさんあった。年忘れとしてはほんとうに楽しかったネ)。そんななかでは、相良ゆみさんという舞踏の方が、Erehwon の石川雷太の音との組み合わせでいちばん得をしていたし、また、印象に残る舞踏/ダンスを観せてくれたと思う。

 さて、わたしのお目当ての倉地さんはいちばんさいごの登場となって、これは紅白歌合戦のトリ、みたいなものと解釈して、わたし的には大満足。組み合わせ的には「声」のパフォーマンスの方とだったと記憶しているけれど、失礼してしまって、わたしは倉地さんしか観てないし、倉地さんしか聴いてない。う〜ん、彼独特のギター・ストロークとか(決して即興としてのものではなかったと思うけど)楽しませていただいたし、とにかく何よりも、(これも即興でも何でもないのだけれども)彼がなんと「蘇州夜曲」を通して歌ってくれるという、すばらしいプレゼントをいただいてしまった。わたしがいかに「蘇州夜曲」という曲に惚れ込んでいるか、ずいぶんむかしに須山久美子さんのことを書いたときに、彼女がやはりライヴでこの「蘇州夜曲」を歌ったときのことをちょっと書いた気がするけれど、まあそのときの須山久美子さんのヴァージョンの「蘇州夜曲」がものすごく印象に残っているわけだけれども、こんや、2010年の12月31日の夜に、倉地久美夫さんの歌でまた、「蘇州夜曲」を聴くことになった。これはもうわたしへのとくべつのプレゼントに違いなく、だって、おそらくは即興プレイをこそ望んでいるほかのお客さんのなかに、どれだけ倉地久美夫さんを目当てでこられた方がいらっしゃったかわたしは知らないけれど、まあそんなにおおぜいいらっしゃったということもないだろうし(いったい、どれだけの方が倉地久美夫さんのことを認知しているかということもあるかも)、さらに、その倉地久美夫さんの歌で、まさに「蘇州夜曲」が聴けたということを、だいいちばんに喜んでいたのは、まさにわたし、わたしだけだろうと思う。なんというすばらしいプレゼント。

 ここで第一部が終わり、知人などにおいとまを告げて、倉地久美夫さんの「蘇州夜曲」をこそ、この2010年のしめくくりにこころにしまって、電車に乗って家路についた。2010年はまさに、これでおしまいである。




 

[]二○一○年十二月のおさらい 二○一○年十二月のおさらいを含むブックマーク

舞台;
●12/3(金)ih 舞台製作所「哲学」 福田光一:テクスト・演出 @渋谷・ポスターハリスギャラリー
●12/4(土)維新派 <彼>と旅をする20世紀三部作 #3「台湾の、灰色の牛が背のびをしたとき」松本雄吉:作・演出 内橋和久:音楽 @彩の国さいたま芸術劇場大ホール
●12/31(金)第11回 透視的情動 @日暮里・d-倉庫

映画:
●「ドアーズ/まぼろしの世界」 トム・ディチロ:監督

美術展:
●ファンタスマ:ケイト・ロードの標本室 @東京大学総合研究博物館 小石川分室
●古谷利裕展 @現代HEIGHTS GALLERY DEN + st.

読書:
●「乙女の密告」 赤染晶子:著
●「都市を飼い慣らす アフリカの都市人類学」松田素二:著
●「少女」アンヌ・ヴィアゼムスキー:著 國分俊宏:訳
●「抵抗の快楽 ポピュラーカルチャーの記号論」ジョン・フィスク:著 山本雄二:訳
●「ルポ 生活保護 貧困をなくす新たな取り組み」本田良一:著
●「民族という虚構」小坂井敏晶:著

DVD/ヴィデオ:
●「極北の怪異」(1922)  ロバート・J・フラハティ:監督
●「流網船」(1929)  ジョン・グリアスン:監督(サイレント作品)
●「糧なき土地」(1932)  ルイス・ブニュエル:監督
●「グランド・ホテル」(1932) エドマンド・グールディング:監督
●「産業英国」(1933)  ロバート・J・フラハティ:監督
●「グラントンのトロール船」(1934)  ジョン・グリアスン:監督
●「エデンの東」(1955)  エリア・カザン:監督
●「タイタンの戦い」(1981) デズモンド・デイヴィス:監督
●「インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア」(1994) ニール・ジョーダン:監督
●「ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア」(1997) トーマス・ヤーン:監督
●「ミスティック・リバー」(2003) クリント・イーストウッド:監督
●「ゴシカ」(2003)  マチュー・カソヴィッツ:監督
●「ブラッド・ダイヤモンド」(2006)  エドワード・ズウィック:監督
●「忠臣蔵」(1958) 渡辺邦男:監督
●「大怪獣ガメラ」(1965) 湯浅憲明:監督
●「大怪獣決闘 ガメラ対バルゴン」(1966) 田中重雄:監督
●「大怪獣空中戦 ガメラ対ギャオス」(1967) 湯浅憲明:監督
●「弾痕」(1969) 森谷司郎:監督
●「ガメラ 大怪獣空中決戦」(1995) 金子修介:監督
●「ガメラ2 レギオン襲来」(1996) 金子修介:監督
●「ガメラ3 邪神<イリス>覚醒」(1999) 金子修介:監督
●「悪霊島」(1981) 篠田正浩:監督
●「ピンクリボン」(2004) 藤井謙二郎:監督

[]二○一○年のおさらい 二○一○年のおさらいを含むブックマーク

 二○一○年全体のおさらいです。

●舞台関係:ダンスの舞台10、そのほか演劇12、演劇の映像4など
 少ないといえば少ないけれど、貧乏人のクセによくこれだけ観たもんだと。

●映画:ロードショーにかかった新作12、フィルムセンターや回顧上映などで観た旧作22、映画祭などで上映された未公開作:11
 ことしはわたしには、何といってもアラン・レネ再発見の年で、アラン・レネ、すごい!と。あと、ことしからフィルムセンターに通ったりして、旧作を観る機会が増えた。池内淳子と池部良の共演した川島雄三監督の「花影」がいい、などと思っていたら、池内淳子も池部良も亡くなられてしまった。小林桂樹も、暮れには高峰秀子も亡くなられた。合掌であります。

●美術展:11
 印象に残ったのはレベッカ・ホルン、かな。それから、ウィリアム・エルグストンなど。

●読書:53冊
 後半、なかなかはかどらなかったけれど、それでも平年並みの週一冊ペースは守っている(ただし、文学全集収録の作品は単独の作品ひとつで一冊扱いしたのもあるから、ちょっとインチキ)。ことしは、アフリカにめざめた年である。

●TV、Video など:なんと380本
 まあ「ひかりTV」に契約して、古い作品をいっぱい観た。印象に残ったのは「恐怖の足迹」、「ナイト・タイド」など、その存在も知らなかった作品群の面白さ。いわゆる「B級映画群」もまた、楽しかった。「月のキャット・ウーマン」や「死なない脳」などなど。

 二○一一年の抱負など書いても、どうせ守れないのだからやめておく。




 

 

kurachikumiokurachikumio 2011/01/01 21:11 感謝。

crosstalkcrosstalk 2011/01/02 04:12 あ、ご本人さま。恐縮であります(わたしは少し失礼なことを書いているような)。そして、ありがとうございました。
あけましておめでとうございます。こんどはぜひ、倉地さんのライヴに行きたいと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。

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■ 2010-12-30(Thu)

 あさから曇天で寒い。あさといっても、わたしの場合はほとんど深夜というじかんに起きるので、寒さもいちだんときびしい。これでしごとでも冷蔵の品以上に冷凍品がたくさん来るので、寒さのダブルパンチである。といっても、まだしのげないような寒さではない。しごと量もいちだんらくして少なくなり、休憩時間が多くなる。ケータイで天気予報をみていたひとが、「今夜は雪になるらしい」という。たしかに雪が降ってもおかしくないような暗い空と空気の寒さ。車で通勤しているひとたちは、もしも積雪したときに、安全に早く通勤できるルートの情報を交換しあっている。わたしは雪など平気である。しばらくちゃんとした積雪などみたことがないので、じゃんじゃん雪が降ってもかまわないし、せっかくの年の瀬(なにが「せっかく」なのかわからないけれども)、そういうのをみてみたいとも思う。

 しごとを終えて、すこし部屋の掃除をする。窓ガラスをふいていたらニェネントがあたらしい遊びだとでも思ったようで、わたしの手にじゃれついてくる。わたしがベランダに出て外から窓をふくと、部屋のなかでわたしの手の動きを追ってくる。窓をあけて部屋にもどろうとしたときに、ニェネントに外に飛び出されてしまった。あせる。となりの部屋のベランダに行ってしまう。変に追うとまた遠くへ行ってしまうので、知らんぷりをしているとこっちへもどってくる。でもそれからつかまえようとすると逃げられて、ニェネントはベランダの下におりてしまう。これがいちばんやばい。道路の方に行ってしまって、車にひかれてしまったりする可能性もあるし、変な方向に走っていくとわたしには追っていけないせまいところへ入ってしまうこともある。ニェネントはベランダの下をうろうろしているので、わたしもベランダのしきいの柵を乗り越えて下へ降りる。なんとかニェネントをつかまえて玄関のドアへまわると、しまった、鍵がかかっている。ええ〜、ニェネントをかかえてベランダの柵を下から乗り越えるのか。それはちょっとむつかしいな。どうしよう?と迷っていたら、ラッキーにも上着のポケットに鍵が入っていた。ニェネントを無事部屋にもどす。

 やはり手持ちの現金も少なくなったのでATMから引き出しておくことにして、ついでにATMのあるスーパーに寄ってみる。地場野菜のコーナーに行くと、「ロマネスコ」がいくつかおいてあった。去年の暮れもロマネスコを買ったのだけれども、それはとなりの駅のスーパーだった。ことしはこちらにも進出であった。去年はそのロマネスコを「おそなえ」にして、お正月のあいだ部屋に飾っておいたので、ことしも同じようにすることにした。ロマネスコはたしかに「おそなえ」にぴったりの風格をしていて、円すい形の形状も安定がいいので、これからはまいとし「おそなえ」はロマネスコにしようか。ただ、年末にいつもロマネスコを売っていてくれなければならないけれど、去年のことも考えて、ひょっとしたらこれからは「お正月にはロマネスコ」というのが、この地域では定着したりする可能性もある。とりあえず、ちょっとはお正月を迎える気分になった。

       f:id:crosstalk:20110101092307j:image

 お米も残りが少なくなったので、家のそばの米屋さんで、いつものいちばん安い米を買う。毎月いちどはこの米屋さんで同じ米をかならず買うので、わたしももうすっかり顔を覚えられてしまっていて、さいきんはちょっとした雑談もする。きょうは気候のあいさつで「寒いですねえ」というあたりからはじまって、「天気予報では雪になるらしいですよ」とわたしがいうと、「このあたりは降らないでしょ」と、軽くいなされた。けっきょく、たしかに雪が降ったりすることはなかった(ちらちらと降ったということもきいたけれど)。

 部屋にロマネスコを飾り、ヴィデオを観てから寝た。

[] 「インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア」(1994) ニール・ジョーダン:監督  「インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア」(1994) ニール・ジョーダン:監督を含むブックマーク

 ニール・ジョーダンはかなり好きな監督さんで、「モナリザ」も「クライング・ゲーム」も大好きな作品だし、「プルートで朝食を」もすばらしかった。かなり複雑なプロットもするりとまとめて観せてくれる手際のよさも彼の持ち味だし、彼の多くの作品でのビターな感覚のハッピーエンディング(といっていいだろう)というのは、彼の作品でしか味わえない独特の味わいがある。登場人物の「色気」を描くということでも手腕を発揮するわけだけれども、それが女性の色気だけではなく、男性のそれもまたじょうずに描けるんだよ、というあたりに「クライング・ゲーム」や「プルートで朝食を」の成功のカギもあっただろう。で、この「インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア」でも、トム・クルーズやブラッド・ピット、そしてアントニオ・バンデラスたちを、まさに色気たっぷりに描いてますねえ、ということになる。これで当初の予定どおりリヴァー・フェニックスがクリスチャン・スレーターの役を演じていたならば、ちょっとたいへんなことになっていただろう。
 とはいっても、この作品でそんな男たちの「色気」を際立たせるのはそれぞれちょっとしか顔をみせないでヴァンパイアの犠牲になってしまう女性たちであったりするし、何よりもまだ幼いキルスティン・ダンストの際立つ存在感ゆえ、なのかもしれない。

 おはなしとしては「誘惑(Seduction)」こそがテーマという感じで、吸血鬼という(偽装)で見えにくくなっているけれど、やはりこれはひとつには同性愛(まあBLだな)の物語だろう。ブラッド・ピットはじぶんのなかのそのような指向を意識では否定するけれど、彼を永久に求めるトム・クルーズから逃れられない。そして、キルスティン・ダンストにはこのふたりのあいだにはいりこむ余地はないだろう。少女マンガ的な演出や美術もすばらしいのだけれども、いまいちカルトな人気を得ていないように思えるのはなぜだろう。





 

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■ 2010-12-29(Wed) このエントリーを含むブックマーク

 ミイがうちで死んでから、一ヶ月がたった。さいきんベランダにどこかのネコが糞をしていったのだけれども、これはきっとジュロームのしわざにちがいないと思う。寒くなって、ジュロームは無事にどこかで生活しているんだろうかと、すこしは心配だったけれど、とにかくその時点で生きていたという証拠。それでも、それがきょうもまたどこかでジュロームが元気に生きているということは意味していない。ミイを知ったころにはこのあたりにはずいぶんたくさんの野良ネコがいたものだけれども、もうすっかり野良ネコのすがたをみかけなくなってしまった。ミイの子どもたち、ジュロームを含めて、すがたをぜんぜんみかけていない。それでも、いまでもベランダにネコえさを置いておけば、隠れている野良たちが集まってくるのかもしれない。とにかくニェネントだけでもうちで確保してよかったと思う。勝手に野良ネコにえさを与えることはやはり、不幸なネコの数をふやしてしまうことになる。いつまでもそんなネコたちにえさをあげつづければ「不幸」ということでもなくなるだろうけれど、つまりは数がふえて、このあたりの住民に迷惑をかけてしまうということになる。やはり、わたしとミイとの出会いとは、わたしが「ニェネント」という贈り物を受け取るための出会いだったとしか思えない気がする。

 きょうはつとめ先の上司のLさんと、夕方から飲む約束をしている。駅の向こう側、せんじつ飲んだ居酒屋の近くに、焼きとりのうまい店があるのでということ。その店はわたしにもなんとなく心当たりがあって、市の美術館の裏手、この町ゆいいつ営業している銭湯の近くに、「焼きとり」と書かれた赤ちょうちんの下げられた、バラックのような飲み屋があったのをおぼえている。きっとそこだろうと思う。

 あさ起きて、いつものようにTVをつけると、もういつもの番組はやっていなくって、どこのチャンネルもTVショッピング番組や、深夜から放映している映画のつづきだったり。それで1チャンネルにすると、うれしいことにイギリスの田舎町を取材した番組をやっていた。美しい風景と歴史を感じさせるれんが造りの家、そこに住んでいるひとびとなど。あさから気もちの浮き浮きする番組を観ることができた。
 しごとの方も一時期のいそがしさも一段落し、ゆったりと楽勝。いまは、この日曜日からはたらきはじめた新人のひとに、しごとを教えたりしている。はん、えらくなったもんだ。
 しごとが終わって、きょうもいい天気なのでおそらくはことしさいごの洗濯をし、買い物に行く。水曜日はたまごとバナナの特売日なのである。年末なのでということでもないけれど、たまごは二パック買った。先週買ったばかりのごま油がきょうは特売で百円ぐらい安くなっていて、がっくりする。まだ買ったごま油の封も切っていないのに。あとはもうお正月価格になっているものが多い。ことしはもうお正月らしいことは何もやらないでおこうという感じ。帰宅して洗濯物を干し、本を読んだりしているとやはり眠くなってしまい、夕方のLさんとの約束の時間ちかくまで寝てしまった。

 Lさんに連れていってもらった焼きとり屋はやはりわたしが思っていた店だったけれど、もちろんわたしはこの店で飲むのははじめて。店にはいるとカウンターだけのせまいスペースで、七〜八人で満員になってしまう。それでもカウンターのなかの調理場はかなり広いつくりになっていて、まんなかにで〜んと、れんが造りの焼きとり台がすえられている。カウンターは店の奥の方にも別にあるようで、あとから来た客は奥の方に消えてしまう。
 まず席に落ち着くと、お通しの「雑煮」が出される。これがワイルドなつくりの、まさに「雑煮」で、なかにおもちを入れればもうお正月気分になれそう。これがからだが暖まって、とっても美味だった。おかわりしたくなるおいしさ。店はもう六十代のなかばに見える主人と、手伝いのもう少し若い男のひとと、ほとんどふたりで取り仕切っている。この店のなじみのLさんからあとで聴いたけれど、主人はつまりはおやくざさんだということで、わたしなども主人のいそがしいときに注文を出したら、怒られそうになった。「いま忙しいんだから、どなりつけるところだぞ!」ときた。それでもそのことを反省したのか、あとでサーヴィスのお新香を出してくれたけど。
 出される「焼きとり」もまたワイルドで、あの、ちょっとなかの方はナマなんですけど、というわけだけれども、もちろんそんなことを主人にいったりしてはいけないし、それでもこの焼きとり、とってもおいしいのである。まあこの土地に来てからというもの、この土地独自のおいしいものを出す店には巡り会わないなあと思っていたのだけれども、「焼きとり」というのが郷土料理ではないにせよ、「雑煮」といっしょに、ひじょうに満足できる味だった。Lさんがウィスキーの水割りを注文するのでわたしも合わせて同じのを飲んだら、ひさしぶりのウィスキーもまたのどにおいしい味だった。Lさんはスロースターターで、さいしょのうちはわたしが切り出す話もつながらずに「こまったな」という感じだったけど、そのうちにどんどんと口が軽くなってくるというタイプの飲み方だった。
 かなりLさんに勘定を持っていただいて店を出て、駅前の通りでパン屋をやっている、Lさんの実家の店に寄らせていただく。喫茶店でもある店内でコーヒーをごちそうになり、お礼のつもりにパンを買ったら、またおまけをつけていただいてしまった。

 帰宅して、ちょっと酔ってもいるのでニェネントを乱暴にかまったりして、まだそんなにおそい時間ではないのだけれども、服を着たまま寝てしまった。





 

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■ 2010-12-28(Tue)

 ニェネントの教育のかいあって、わたしが和室でパソコンに向かっていても、床をトントンと叩いて、「ニェネント、おいで!」と呼ぶと、ちょっとばかし警戒しながらもよってくるようになった。まずは耳を低くして「ふせ」の状態になり、例によって「寄り目」になってこちらの様子をうかがう。それでなおも「おいで!」と呼ぶと、ほふく前進でちかよってきたり、ぴょんととんでやってきたりする。わたしが呼ぶということは遊んでくれると了解しているようで、ちかよってきたニェネントに手をちかづけると、ゴロンと横になっておなかを上にして、前足でわたしの手にじゃれついてくる。ニェネントにとって「じゃれつく」ということは、わたしの手にかみついてくることなので、まずは「がぶり」と攻撃をうける。かまわずニェネントを抱き上げて、鼻先を手のひらでおおってやる。ニェネントは前足をわたしの腕にまわしてかかえこんで、どうにかしてわたしの手にかみついてこようとする。「じゃあ、かんでみな」と手の位置をかえてやるとまた「がぶり」。「いててて!」と、ニェネントを放り投げる。それで、こんどはわたしがニェネントを攻撃する番になる。さくやは寝るときにベッドの上でニェネントを抱えこんで、しつっこくかまって(わたしがニェネントの)前足にかみついたりしていたら、いいかげんしつこかったということで、久しぶりにニェネントに「シャー!」と威嚇され、逃げていかれた。それでも、わたしがあさ起きるときには、いつのまにかわたしの足もとのふとんの上で丸くなって寝ているニェネントである。

 近所のドラッグストアで、賞味期限が切れそうになったサルサソースが半額になっていたのを買ってきた。ちょっと「お買得」感は強い。みてくれはけっこうスパゲッティのソースっぽいので、スパゲッティにちょっとトッピングして昼食にする。まあまあという味で、これからとうぶんはサルサ・スパゲッティばかりになるだろう。そのうちにタコスライスなどもやってみよう。

 ひきつづき「バウドリーノ」を読む。バウドリーノの王妃への恋ごころなどなど。「東方の三賢人」についての展開など、あいかわらず面白し。きょうはハリーハウゼンの特撮のさいごの作品、「タイタンの戦い」のヴィデオを観た。

[] 「タイタンの戦い」(1981) デズモンド・デイヴィス:監督  「タイタンの戦い」(1981) デズモンド・デイヴィス:監督を含むブックマーク

 レイ・ハリーハウゼン(特撮)とチャールズ・H・シニア(製作)コンビのさいごの作品で、「アルゴ探険隊の大冒険」に引き続いてのギリシア神話モノ。俳優陣がものすごいことになっていて、ローレンス・オリヴィエがゼウス役のほか、マギー・スミスだとかクレア・ブルーム、そしてウルスラ・アンドレスなどが女神役、それからバージェス・メレディスなどなどということで、こりゃあシェイクスピア劇をやれる布陣でギリシア劇をやろうとしていたのかという感じだけど、そもそも「そんな話だっけ???」というぐらい、ふつうに知られているギリシア神話からは改変されてしまっている。監督のデズモンド・デイヴィスというひとはどうやらトニー・リチャードソンの作品の撮影監督をつとめてきたひとらしいけれど、残念ながらこのひとの演出はまったくもって凡庸そのものとしかいえない。これはつまりは、ハリーハウゼンの特撮をこそ映画の前面に出したいという製作側の要求に押し切られたのかもしれない。「そこを省略するか?」というところをばっさり削っていたりする場面も多い。せっかく並んだ名優たち、その演技力をほとんど活かしてはいない。ただ、賞賛しておけば、メデューサとペルセウスの対決シーン、影を活かした演出はなかなか楽しかった。
 神から遣わされた金属製のふくろうがペルセウスの従者〜案内役として活躍するのだけれども、「これって、ぜったいにスターウォーズのC-3POだよね」という感じで、「あれ?ハリーハウゼンの時代とスターウォーズの時代というのは交錯していたんだろうか?」と調べたら、「スターウォーズ」第一作は1977年で、この「タイタンの戦い」は1981年。じゅうぶんに影響を受けることはできるのだった。まさに手作り特殊撮影のSFとCG合成主体になるSFとの転換期に製作された、あるいみ手作り特殊撮影でさいごに製作されたメジャー大作だった、という感じである。





 

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■ 2010-12-27(Mon) このエントリーを含むブックマーク

 さいきんはまた音楽をよく聴くようになり、いちにちずっとCDをかけているようなこともある。きょうは風呂に入るときも風呂のドアを開け放ってCDを聴いていた。そうするといつもは外に閉め出されていたニェネントが風呂のなかにもうれつに反応して、いっしょに浴室に入りこんできたりする。いぜんから浴槽に湯をはっているときにはドアは開けてあったので、蛇口から浴槽に流れ落ちる湯をしばらくじっとみていたりはしていたけれど、わたしが風呂に入るとおどろいたような顔をして、浴槽のふちに背をのばしてなかをのぞきこんでくる。前足をちょっと湯につけてみたり、わたしの肩にさわろうとしたり、前足についた湯をなめてみたりする。さいきんのニェネントはなんでもわたしと同じことをやらなくては気がすまないようなので、こういうケースでもやはりわたしと同じに風呂に入るべきかどうか迷っているのだろうか。ついには浴槽のへりにのぼってきて、へりをぐるぐると歩いて回ったりする。おっと、足をすべらせて後ろ足が半分ぐらい湯に落ちてしまった。思いのほかニェネントは落ち着いていて、からだが濡れてしまってもとび出していってしまうわけでもない。わたしが指で湯をはじいてニェネントにひっかけるとさすがにいやがって、バスルームの外へ逃げていく。そこでからだをふるわせたり、濡れてしまった後ろ足をぴゅんぴゅん振って、水を切ろうとする。でもしばらくするとまたバスルームに入ってくる。ひょっとしたらニェネントは風呂に入るのも平気だったりするかもしれない。また浴槽のへりにあがってきたニェネントを、湯のなかに引きずりこみたい誘惑にかられてしまう。びしょ濡れになって風邪などひかれてもかわいそうなのでやらない。さすがにわたしが浴槽から出てからだを洗いはじめたりすると外へ逃げていってしまい、そのあとはもうバスルームに入ってこなかった。
 聴いていたCDはRichard Thompson の「Henry The Human Fly」。そうそう、Richard Thompson は、らいねんの四月にひさびさの来日公演があるらしい。行ってみたい気もするし、行けないわけでもない。ただ、さいごにRichard Thompson の公演に行ったときの印象はそれほどでもなかったし、つまりさいきんのライヴでやる曲などはしょうじきあまりインスパイアされないんだよな、などと思う。

 きのう読み終えた「民族という虚構」について雑感。「無縁社会」とかいうことについてときどき感想を書いているけれど、つまり、「民族」が虚構であるように、あれこれの共同体、ミニマムには「家族」という共同体もまた虚構のうえに成り立っているということも「民族という虚構」には書かれていた。いまの社会は、たとえばそういう「家族」とかいうのが虚構だということに、無意識的に気づいているのではないのか。そしてそれが「虚構」ゆえに無視する/排除する。これは「会社」などでのひととひととの関係性でも同じで、会社から退職した人間はその時点で縁はなくなるということなのかと思う。「家族関係」、「会社での人間関係」が希薄になっているということだろう。それで、そういう「虚構」をあれこれと無視したり排除してみたら、じぶんには共同体との関係性がなにひとつ残っていなかったということで、「寂しい」とか「ひとりで死にたくない」とか急にいいだすわけだ。なるほど、「民族という虚構」に書かれていたように、「虚構」だからと捨て去ればいいというものでもないのだろう。どんどん捨て去っていけば何も残らなくなるのは当然のことで、まず、何かを残したければ残すような努力をしなければ、放っておけば潮勢としてはまわりが「捨てよう」としているわけで、意図せずに「捨てられる」側にまわってしまうというのが現実だろう。それなら、「共同体」が虚構のうえに成り立っているのなら、いくらでもとっかえひっかえするとか(たとえば結婚〜離婚をくり返す)、新たにみつけた共同体にじぶんから入っていったりすりゃあいいわけだ。せんじつ読んだ「都市を飼い慣らす」というケニアのフィールドワークの本によると、ケニアのひとびとはじぶんの意志で勝手に、じぶんの所属する「民族(部族)」を離脱したり、新たにほかの「民族(部族)」に加入したりということをかなり自由にやっているらしい。これはケニアに限ったことではないらしく、こういうことがなおさらアフリカの「民族(部族)」問題をややっこしくしているわけだ。つまり、ケニア/アフリカのひとびとは「民族(部族)」など虚構だということをひゃくも承知していて、まさに「民族という虚構」で書かれていたように、そういう「虚構」をうまく活用して生きているということにならないだろうか。そういう「知恵」とでもいえるものを、「無縁社会」だとかなんとかいっているひとたちも、生き残りたければ学んでみるべきだろう。たんじゅんに考えれば、いまの日本では「家族」、そして「会社」を通じての共同体意識は崩壊しつつある部分があるのだろう。だったら、「家族」、「会社」以外の共同体意識をもてるだろうものをつくりなさいよ、ということだろう。これは、「生活保護」とかの、福祉のもんだいとも結び付いているだろう。「いじめ」のもんだいも関係しているだろう。「無縁社会」とかいう状況を嘆いてばかりいるTV番組なんかみていても、なにも解決しないし、いまの行政に期待できることもない。じぶんでやらなければいけないことである。

 それで、図書館から借りたウンベルト・エーコの「バウドリーノ」を読みはじめた。(またしても)中世である。当然のことながら‥‥。これ、めちゃくちゃに面白い。読んでいて何度も笑い出してしまうという面白さでもあるし、物語の仕掛けの面白さでもある。とにかく主人公のバウドリーノの語ることばから、それを聴くひとびとはそれら語られることばはすべて「まこと」であると思い込んでしまうという。そのバウドリーノの一代記を当人から聴かせられている宮廷の高官ニケタスは、「あんたは大嘘つきだ」といいながらも彼のはなしを聴いているわけだ。バウドリーノの師匠であった歴史家のオットーは、はるか東方の「司祭ヨハネの王国」という理想郷を探すようにとの遺言をバウドリーノにのこし、「もしもその国についての情報が見つからなければ、おまえがそれを発明せよ」という。すばらしい!





 

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■ 2010-12-26(Sun)

 ミイが亡くなってもうすぐ一ヶ月。むかしミイが行き来していた道を、ノラがいっぴきで遡行していた。ノラはけっきょくはミイといちばんのなかよしネコになっていたんだけど、ミイがいなくなったことをちゃんとわかっていて、寂しく思っているのだろうか。ニェネントはもうお母さんのことなどおぼえていないだろうし、いまではミイのことをおぼえているのは世界でわたしだけなのだろう。いまでもときどき、ふっとミイのことが思い出されて、涙がこぼれてしまうことがある。

 きょうはしごとは非番で、年内さいごの休日になる。つぎの非番の日は元旦。大掃除をしたいのだけれども、ついでにちょっと模様替えもしたい気がする。それにはちょっと予算がかかるので、いまそういう金を使ってだいじょうぶなのかどうか不安が残っていて、どうもふみきれないでいる。掃除でいちばん欲しいのは掃除機で、いまもっている掃除機は安かったこともあって、吸引力がかなりおそまつなのである。ネコの毛をクリーンアップすることさえむつかしい。しかし掃除機を買うのはとうぶん先のことになるだろう。はたらいて増収になる分をどのように使えるか、まだはっきりとわかっていないのである。来年一月の末になれば、あるていど(どのくらい使っても平気なのか)わかるようになるだろうと思う。

 TVをみていたら、また「無縁時代」みたいなことをやっていて、世界じゅうで希望のもてない時代になっているようにいっていた。家族のきずなさえ崩壊して来ていると。そういう、縁がなくなることを恐れるのではなくて、もともと縁なんてないんだと考えれば、もっと気楽になれると思うのに。まあわたしの場合は家族の縁がはやくになくなってしまったから楽だったけれども。そういうことに関係していないともいえない本を読んだ。

[] 「民族という虚構」小坂井敏晶:著  「民族という虚構」小坂井敏晶:著を含むブックマーク

 アフリカのことを考える過程で「民族」というもんだいにぶっつかったこともあって読みはじめた本だけれども、思いのほか根源的なところまでさかのぼって考察した本で、想像していたのとはまたちがう刺激を受けた。目次は以下の通りになっている。

 第1章 民族の虚構性
 第2章 民族同一性のからくり
 第3章 虚構と現実
 第4章 物語としての記憶
 第5章 共同体の絆
 第6章 開かれた共同体概念を求めて

 この、それほどページ数が多いというわけでもない「民族という虚構」という本は、それでも、社会心理学から脳生理学、生物学、物理学などさまざまな分野の研究成果を取り入れながら、かなり内容の濃い論旨を展開している。論点もまた「民族」というもの/概念は「虚構」であるから捨て去ればよいというものではなく、「個」として完結することのできない「にんげん」という存在は、それら「虚構」をうまく活用しながら生きているのだということを解き明かすものになる。あとがきに著者は次のように書く。

 民族問題を扱う類書とは異なり、この小著は、どのような社会を構築すべきかという倫理的な問題意識から書かれたのではない。「哲学者たちは世界をいろいろ解釈してきたにすぎない。大切なのは世界を変革することだ」とは、マルクスの有名な言葉(フォイエルバッハ・テーゼ11)だが、そのような意図はそもそも初めから私にはなかった。異文化の中で少数派として暮らす者が、民族というテーマをめぐり、人間は日々どのように生かされ、社会はどのように機能しているのかを少しでも理解したいと願ったにすぎない。

 また、第6章には以下のような文を読むことができる。

 文化というモノが実在するのではない。社会に侵入する異質な文化要素を受容したり、拒否したりするのは社会に生きる実際の人間であって文化自体ではない。集団同一性や集団的記憶を実際に支え、維持し、変容させているのは相互作用におかれた人間たちに他ならない。その事実を忘れて、まるで集団的記憶や文化が一人歩きをするように錯覚している限り、その変化がどうして起きるのかを説明することはできない。

 著者は世界変革への視点を提供するものではないというが、それでも、この書物には「全体主義」への道をいかに回避するかというおおきな視点が存在し、そういう意味で、たとえば柄谷行人の「世界史の構造」を補完するような、重厚な切り口で世界を語る書物だといえるように思える。
 ただ、わたしには第6章で解説されている「社会の真の変革は少数派によってのみ可能」という、モスコヴィッシというひとの「少数派影響理論」というのは、印象として「ちょっと違うんじゃないのかなあ」と思っている。ここで解説されているのは、脳生理学的に「ひとはある実験でどんな色が見えたということを、同時に答えるひとの数とその返答に影響を受ける」というものなのだけれど、たとえば色彩の認識などという直感的な判断ならば、そういう少数派の意見の方が影響力が強いということになるだろうけれど、あるていどのロジカルな展開をもつ「意見」というものでも同様な結果になるのかということに疑問もあるし、まずは多くのひとはそれが「少数派」の意見ということだけで、きちんと耳を傾けるまでにいたらないのではないのか。そういうひとは同じく「多数派」の意見もまた聞いているわけではなく、たんに「多数派」だからということだけでそちらに組するのではないのか。モスコヴィッシの原典(「Social Influence and Social Change」)を読んでみたいけど、翻訳はでていないようだ。

 そんなことをいっても、先日読んだ「抵抗の快楽」などくらべものにならないくらい読みごたえのある本だった。こういう本なら家において、いつでも何度も拾い読みをしたくなるだろう。





 

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■ 2010-12-25(Sat)

 しごとのうえで、ドライアイスを使ったりもするわけなのだけれども、きょう、ドライアイスについ素手でさわってしまったりしたら、やけどと同じ痛みを感じた。低温というのは低温ですごいものだ。ドライアイスうんぬんではなくっても、いちにちを通して冷蔵されている品物ばかりをさわっていると、いいかげん手が冷たくなってしまう。もっと、こころまで冷たくなればいいと思う。

 帰宅して、エアチェックしておいたFM放送、ピーター・バラカンの「ウィークエンド・サンシャイン」を聴いていると、Captain Beefheart の訃報が伝えられた。またひとり、わたしの敬愛したミュージシャンが去っていった。もうちょっとで70歳の誕生日というところ、だったらしい。もうずいぶん以前にミュージシャン活動はやめて、美術の方での活動だけになっていたけれど、やっぱ彼の音楽は唯一無二、だれにもマネできない驚異の音楽だった。なぜか国内盤がリリースされた「Mirror Man」を発売されてすぐに買って、たちまちとりこにされて以来、彼はながいこと、わたしの王様のひとりだった。「この一曲」といえば、「Shiny Beast」のなかの「Tropical Hot Dog Night」がものすご好きだった(ちょっと彼の音楽のなかではポップだけれども)。Bruce Fowler のトロンボーンがほんとうにすばらしかったわけだ。そういえば、たしかFrank Zappa の亡くなったのも十二月だった。
 ゴンチチの「世界の快適音楽セレクション」をつづけて聴くと、しょっぱながなんと、Residents の「Eskimo」の一曲め、「The Walrus Hunt」だったりして驚く。まさかこの曲をラジオで聴くなんて。しごとで望んでいたように、こころもちょっと冷たくなるような曲だった。また「Eskimo」を通して聴きたくなったけれど、どこにいってしまったのか、所在がわからない。

 きのう図書館でリクエストを出して、それは市内の図書館には蔵書していてわたしが行く図書館には置いていない本だったのだけど、さすが市内のネットワークは充実しているようで、きのうのゆうがたには「リクエストいただいていた本の準備ができました」との連絡を受けた。本を受け取りに行き、ついでに近くのアルコール特売店で焼酎を買ってしまい、帰宅してその本を読みながら焼酎を飲み、ちょうど読み終わったあたりで眠ってしまった。TVドラマで「忠臣蔵」をやっていて、観るでもなくチャンネルを合わせてつけっぱなしにしていたけれど、これはほとんどせんじつ観た大映の「忠臣蔵」のリメイクだった。せんじつの「忠臣蔵」でわたしが気に入っていた垣見五郎兵衛と大石内蔵助との対面の場も、垣見五郎兵衛を立花左近として同じように再現されていたけれど、ここでは大石が白紙の「手形」を立花左近に見せるという展開で、より「勧進帳」に近い演出になっていた。映画版の、切腹刀を「手形」として見せるというのがよかったけれども、まあここは演出手腕でどっちでもOKになるわけで、このTVドラマ版の演出は大映映画の渡辺邦男の演出をそっくり踏襲していたので、それはそれでいいということになる。「役者の力量が落ちたことよなあ」などと感じてしまうのは、わたしがオヤジ化していることしか意味しないから、このさいいわないようにしよう。って、書いてる。

[] 「ルポ 生活保護 貧困をなくす新たな取り組み」本田良一:著  「ルポ 生活保護 貧困をなくす新たな取り組み」本田良一:著を含むブックマーク

 中公新書。ルポルタージュ的な新書の書き方をこえるものではなく、読んでそれほど新しい知識を得るというものでもない。著者は釧路市に関係が深いようで、それで釧路市の生活保護のあり方を紹介したかったというのもあるのだろう。ここではつまり、「生活保護」とは、経済的自立への道をどこまでも支援する(逆にいえば、経済的自立のみを救済と考える)ものなのか、それとも、まずは日常生活の自立、そして社会生活の自立をも助けるものなのか、という設問がある。たとえばわたしなどは生活保護受給者にヴォランティア活動をやってもらえばいいじゃないか、ということを考えたりもしていたのだけれども、つまりは釧路ではじっさいにそういうことをやっているということの紹介。健康で就業に支障のない受給者は、いっぱんに求職活動のみを要求され、経済的に自立することで「保護廃止」にいたることを目標とされるわけで、ヴォランティア活動などの求職活動にはよけいな動きはまったく奨励されない。これはげんざいの日本の雇用状態をみれば、めでたく就職を果たしてすぐに経済的に自立できるひとなどそれほど多くはないわけで、ではそういう受給者にいつまでも見込みのない求職活動を続けろとばかり指導するしかできないげんざいの多くの自治体での福祉のありかたは、問い直さなければならないだろうというのがわたしの考えで、やはりそういうことをやっている自治体は存在したということ。
 あらためていうまでもなく、げんざいの日本という国は「貧困大国」のひとつであって、このような貧困に行政は拍車をかけるような政策しかとっていない。たとえば、「課税〜福祉」の所得の再分配という、国家の基本的命題において、日本はなんと、その再分配後に、社会からの貧困層の格差はよけいにひらいてしまうのである。げんざいの政権が福祉国家への道を選択しているとはとうてい思えないし、このような状況はこれからもっと悪化していくだろう。では貧困層を救うセーフティネットとして、「生活保護」とはどのようなものであるべきなのか。けっきょく、この「ルポ 生活保護」という本でも、釧路市の具体例をあげるほかは、現状分析と原則論をくりかえしているにすぎないという印象。まあ気休めは、げんざいは「給付付き税額控除」が検討されているということを知ることができたということぐらい。






 

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■ 2010-12-24(Fri)

 「ひかりTV」から、らいねんの一月の番組表が送られてきた。代わり映えのしないラインアップで、目玉はヴィスコンティの「ルートヴィヒ」、ルイ・マルの「好奇心」、シュヴァンクマイエルの「アリス」、それと黒木和雄の「とべない沈黙」ぐらいのものか。らいねんは「読書の年」と決めたのだから、もういいかげんに「ひかりTV」はまだ観ていないクラシック映画をさっさと観てしまって、解約したほうがいいだろうと思う。

 午後から図書館へ借りていた本を返しにいき、アルトーの本はやはり(予想通り)読めなかった。とちゅうまで読んでいて読み終えられなかった「民族という虚構」は、延長貸し出ししてもらう。本棚を見ていると、せんじつ書店でみつけて「読みたいな」と思っていたウンベルト・エーコの新刊「バウドリーノ」が置いてあった。これはもうぜったい読みたいので、「もう図書館本は借りない」という誓いを、あっさりと破ってしまう。そういうものである。二十世紀から二十一世紀への橋渡しに「前日島」を読むことはかなわなかったけれども、2010年から2011年への橋渡しには「バウドリーノ」を読もう。ペラペラとめくってみても、これはものすごく楽しそうな本だ。胸がワクワクする。

 このところ、夕食はれんぞくして白菜ばかり使ったおかずですませてきた。豆腐といっしょに鍋にするか、削り節と炒めるか、どちらにしてもめちゃかんたん料理である。きょうは豆腐があまっているのが賞味期限をだいぶ過ぎてしまったので、鍋はきのうやったばかりだし、白菜はお休みして、キャベツ(せんじつ、スーパーでひとたま50円で売っていた!)ともやしと鶏レバーと豆腐とを炒めて、たまごをからませて簡易チャンプルーにした。満腹になった。夜はヴィデオを観て寝る。

[] 「悪霊島」(1981) 篠田正浩:監督  「悪霊島」(1981) 篠田正浩:監督を含むブックマーク

 なんと、脚本は清水邦夫、撮影は宮川一夫である。しかし、「心中天網島」からあとの篠田正浩はもうどこまでいっても篠田正浩で、「仏作って魂を入れず」の見本みたいな作品、という印象。映像的にはひじょうにカッコイイわけだし(さすが宮川一夫!)、たいまいはたいてBeatles の楽曲の使用権を買ったのもまあいいと。しかし、これは清水邦夫の脚本に根本的に欠けるものがあるのか、それとも篠田正浩の演出が悪いのか(まあ勝手に書けば後者が原因だと思うのだが)、きわめてそしゃくが悪い。篠田正浩という監督がこまるのは、映像のクオリティに拮抗するような一貫性のある「情動」を通して描くことができないということではないのか、と思ったりするわけで、これはまだ「乾いた花」や「心中天網島」などでは、ヴィジュアル面と情念とのスクリーン上での拮抗がうまく行っていた印象はあるのだけれども、天保六花撰を主題にして寺山修司が脚本を担当した「無頼漢」の惨々たる出来のレベルを、以降ずっと引きずることになる。う〜ん、篠田正浩監督にとって、「心中天網島」での、美術の粟津潔との奇跡的な共同作業の成果が、それ以降すべてマイナスにはたらいてしまうようになってしまったのではないだろうか。それはつまり、ヴィジュアルにさえ力をそそげば、それ以外の問題はおのずからヴィジュアルに附随してどこまでも付いてくるであろうという「信仰」なのではないだろうか。「乾いた花」は、よかったなあ。


 

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■ 2010-12-23(Thu)

 きのうはついつい本を買ってしまって、まあ買おうとは思っていた本なのだけれども、これ以外にもちょくちょく105円とかの本も買ったりしているわけで、また部屋にころがっている「読んでいない」本が増えてしまった。もう、こんどこそ、図書館から本を借りるのをやめて自宅の本を読むようにしないといけない。だいたい、ことし買いためた「昭和文学全集」の端本、ウチにあるぶん(十一冊ぐらいある)だけでも、読み通すのに一年はかかってしまいそうである(とにかく一冊三段組みで千ページはあるんだから)。で、来年の抱負が決定。「図書館で本を借りず、家にある本をどんどん読むこと!」。これしかないのである。がんばろう。とにかく、2011年は読書年間にする。

 ニェネントがときどき、にゃあにゃあなきながら部屋のなかをかけまわったりする。あれはいったいどういう情動のあらわれなんだろうか。なにか不満があるんだろうかと気になる。そうそう、「ガメラ」のヴィデオを観ていたとき、ガメラのなきごえに感応するのか、それともカメの容姿に惹かれるのか、ニェネントもわたしといっしょにTVの画面にずっとみいっていた。ときどき画面に前足をのばしてちょっかい出そうとする。そのうち「ゴジラ」をいっしょに観てみよう。きょうは、カレンダーではちょっと「討ち入り」から遅れてしまったけれど、「忠臣蔵」のヴィデオを観た。

[] 「忠臣蔵」(1958) 渡辺邦男:監督  「忠臣蔵」(1958) 渡辺邦男:監督を含むブックマーク

 大映のオールスターキャストによる大作。豪華な配役ときらびやかな美術、つねに引きの画面での重厚な演出など、こりゃあすげえや、という感じ。ストーリーの流れよりはさまざまのエピソードをあれこれとくり拡げることに重点をおいた脚本で、つまりは「忠臣蔵」なんて観客は誰でもストーリーは知ってるんだからということで、観客サーヴィスにつとめたという意味でただしい脚本だろうと思う。こういう「忠臣蔵」伝説というのはどこに典拠があるのかよく知らないけれど、とにかく、歌舞伎の忠臣蔵とかからは離れた逸話がいっぱいあるものだなあと。
 もちろん大石内蔵助の長谷川一夫の出番がいちばんたくさんなんだけれど、あと目立つやくどころは岡野金右衛門の鶴田浩二だとか、赤垣源蔵の勝新太郎とか。女優陣では、こんな登場人物はまるで知らなかったけど、女間者のおるい役の京マチ子が、かなり出番が多い。瑤泉院は山本富士子が演じ、内蔵助の妻のりくは淡島千景。岡野金右衛門を慕う町娘役で若尾文子が出ていて、これが初々しい魅力だし、しっとりとした悲恋の場面を盛り上げている。あと浅野内匠頭が市川雷蔵で美しくって、吉良上野介を滝沢修が演じて憎ったらしい。

 とにかくわたしがいちばん感服したのは、中村鴈治郎演じる垣見五郎兵衛と、大石内蔵助の対面のシーンで、これはちょっとした「勧進帳」なんだけれども、大石内蔵助が垣見五郎兵衛と偽って江戸へ下る道中にあるときに、当の垣見五郎兵衛本人が出会ってしまうというわけで、垣見五郎兵衛としては赤穂の浪士に同情する気もちはあるわけだけれども、大石のでかたひとつでは「この騙りめが!」という展開にもなりうるところ。ここでのふたりのやりとり、とくに中村鴈治郎の演技のすばらしさに、それこそ眼がくぎづけになってしまった。やっぱ中村鴈治郎、すごい。
 クライマックスの討ち入りの描写はかなり淡白で、このあたりは、東映映画と競うのはやめとこうと思っていたのかもしれない。討ち入り後は泉岳寺へ向かうところで幕になるわけで、ひとつの作品のエンディングとしてはちょっとポイントが不足している感じがないでもない。まあ映画技術の粋を感じさせる、わたしにとっての大傑作、溝口健二の「元禄忠臣蔵」とはまたぜんぜん異なった娯楽作品として、これはやはり楽しさも豪華さも感じさせられる、「お祭り」映画だなあという感想になる。もうこういう「お祭り」映画というのも、姿を消してしまったわけだ。




 

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■ 2010-12-22(Wed)

 ついに、ニェネント生誕から六ヶ月の月の誕生日。よくまあ大きく育ってくれたものだけど、ニェネントが生まれてからのこのはんとしで和室のふすまはバリバリに破かれ、トイレのパイプの防音もボロボロにされてしまった。部屋のなかはネコの毛だらけで、「けっこう毛だらけネコ灰だらけ」という地口は、ネコを飼っていたひとが部屋のなかがネコの毛だらけになっちゃったあたりからの連想で、「毛だらけ」といえば「ネコ」だろうという発想で出て来たんじゃないだろうかとか思ってしまう。このごろは、リヴィングに置いたパイプ椅子にとびあがったりして遊ぶのが好きなようで、まあ高いところが好きというのはやはり、あまりあたまがよくないのだろう。飼い主に似ているわけだ(わたしは高いところはダメだけれど)。

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 きょうはまたしごとは非番で、水曜日なので恵比寿の映画館はサーヴィスデーで、千円で映画を観ることができる。アルノー・デプレシャンの新作「クリスマス・ストーリー」がいま公開中なので、これを観に行こうと。それと、日暮里のd-倉庫での公演に知人が出演するのも観に行こうと、これも予約してある。それなりに早い時間に家を出る。ニェネントにはお留守番のごほうび/誕生六ヶ月のお祝いにししゃもを焼いて置いてあげる。
 駅に行くと、なんだか東北の方で強風とか吹いている影響ということで電車がかなり遅れている。ここのローカル線はいちぶ常磐線に乗り入れているので、常磐線の遅れはダイレクトに影響してしまうことになる。まあなんとか予定の時間には東京へ行けそうなので、それでもいちど家に帰ってから出直して遅れてやって来た電車に乗る。あとは予定通り恵比寿到着。

 ところが、映画館の前に行ってみると、開演一時間前に着いているというのに、もう座席はぜんぶうまってしまっていた。その次の回は六時過ぎになってしまうので、そこまで待つことはできないし、終映後帰って来れなくなるおそれもある。ざんねんだけれどもきょう観るのはあきらめた。やはり、クリスマスまぢかにクリスマスの映画を観るというのは誰もが考えることというか、デプレシャン監督にそこまでの人気があるはずもなく、やはりここはカトリーヌ・ドヌーヴ主演というのがきいているのだろう。
 さて、どうしよう。現在公開中の映画で観てみたいのは、あとはハネケの「白いリボン」とかあるけれど、一昨年の暮れにやはりハネケの作品を観たら、つぎのとしの春に財布をなくしたりひどいめにあったわけで、あれはハネケのせいだとわたしは思っているので、としのさいごに観る映画がハネケの映画、などということは避けた方がいいだろうと。まあ「クリスマス・ストーリー」はまだらいねんまで公開されているようなので、また出直してくればいい。きょうは本でも買って帰ろうという感じで、それでも銀座まで出て本屋に立ち寄る。上巻だけ買ってそのままにしてあるドゥルーズ/ガタリの「千のプラトー」の中巻を買おうか、それとも岩波文庫でさいきん復刊されたばかりの「迷宮としての世界」の上巻を買おうか、ちょっと迷う。さいきん岩波文庫のラインアップはなかなか強烈なものになっていて、ル・クレジオの「物質的恍惚」も欲しいところだし、こんげつはその「迷宮としての世界」のほかにも、ジュネの「女中たち/バルコン」などというのも出ているわけだ。まああとで考えれば「千のプラトー」と「迷宮としての世界」のりょうほう買って何の問題もなかったんだけれど、けっきょく「千のプラトー」の中巻だけを買った。駅に行くと、まだ常磐線は強風で遅れているような。これはわたしの帰宅への電車にも影響しているのはまちがいないので、予定していた夜の公演を観て帰ると、ひどい目にあってしまうかもしれない。あしたはしごともあるし、いろいろ考えて夜の公演には行かずに家へ帰って来た。つまり、わざわざ本を買うだけで上京したわけか。交通費を考えるとバカな買い物みたいだけれど、何も買わないで何もしないでただ上京して帰ってくるよりは、とにかく何かを買っておけば上京したことにも意味が生じるではないか。

 電車のなかで本を読了。

[] 「抵抗の快楽 ポピュラーカルチャーの記号論」ジョン・フィスク:著 山本雄二:訳  「抵抗の快楽 ポピュラーカルチャーの記号論」ジョン・フィスク:著 山本雄二:訳を含むブックマーク

 せんじつ読んだケニアのフィールドワークの本、「都市を飼い慣らす アフリカの都市人類学」からの延長で、ではわたしたちにはどのような都市の飼い慣らし方の可能性があるのか、という興味から読んだ本。著者はイギリスとオーストラリアでカルチュラル・スタディーズの影響下に著作/編集活動などをされているひとなのだろうか。ほんとうはこの本とどうじに「ポピュラーカルチャーとは何か」という姉妹本も出版されていて、そちらは邦訳されていない。どうも「ポピュラーカルチャーとは何か」の方が総論っぽくって、この「抵抗の快楽」は各論なのではないかという感じ。で、あまりに具体的な分析に傾きすぎている印象もあるし、その分析対象が著者の論法の展開に都合がよすぎるものばかり選ばれている気がしてならない。
 ようするにこの著者のいいたいのは、ポピュラーカルチャーとは、従属的立場にある階層のひとびとが、「いまあるものでなんとかやっていく」技術なのだということらしく、まあこの一行さえ読めば、あとはどうでもいい書物だったなあという感想になる。つまり、従属的立場にある階層のひとびとが、「いまあるものでなんとかやっていく」ということは、「都市を飼い慣らす アフリカの都市人類学」でもウガンダに出稼ぎに来ていたケニアのひとびとがやっていたことでもあるわけで、そういうことに類したことも、わたしたちはあれこれとやっているわけだよということ。
 ただし、この本に書いてあること、たとえばショッピングモールやビーチに関する論考はつまりはプチ・ゲオポリティクスだろうし、マドンナやロック・ミュージックの分析はまったく参考にならない。TVのニュースの分析はつまりはニュース演出への批評でしかなく、たんじゅんにメディア・リテラシーへの道をひらくと考えれば、読者対象は中学生とか高校生ぐらいのものだろうとしか思えない。そもそも、ニュース番組の構成を批評してそれがどうなるのか、よいニュース番組を期待しているだけのようにしか読み取れないのは、きっとそれはわたしのリテラシー欠除ゆえなのかもしれない。どうも、カルチュラル・スタディーズ関係の書物には、このたぐいのものが多い気がしてしまうのだけれども。




 

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■ 2010-12-21(Tue)

 けっかとして連休になってしまったので、きょうは久しぶりの出勤。どうもわたしの考えでは日曜に休んだのはやはり正解だったようで、いい役回りがめぐって来たりする。それほどの重症にまで持ちこまなかったこんかいのインフルエンザ菌に感謝するべきかもしれない。

 このところ連続して買ったCDを聴き、エアチェックしたMDを聴く。これだけ音楽まみれの生活というのもほんとうに久しぶりのことで、なにか新鮮な気分。また音楽を聴き、ヴィデオを観て、そしてニェネントと遊んですごした。ニェネントの鼻先を指でピンピンはじいて乱暴なかまい方をすると、後ろ足で立ち上がってわたしの手に攻撃をしかけてくる。ニェネントの出かたをうかがって、飛びかかってくるな、というときにカウンターパンチでニェネントをふっとばす。ニェネントはこりずにまたわたしの手に攻撃してくる。‥‥こんなネコの育て方でいいのだろうかと、自分ながら疑問に思う。
 しごとを終えて帰宅してからトーストを食べているとかならず、ニェネントがわたしの手のトーストにちょっかいを出してくる。わたしが食べるものはすべて、じぶんにも食べる権利があると思っているようだ。つまり、じぶん(ニェネント)はわたしと同格だと思っているんだろう。同格にやってあげたいけれども、そうもいかないところもあるのだよ。

[] 「ガメラ3 邪神<イリス>覚醒」(1999) 金子修介:監督  「ガメラ3 邪神<イリス>覚醒」(1999) 金子修介:監督を含むブックマーク

 ケヴィン・スミスの映画のなかで、登場人物が「『スターウォーズ』でデス・スターが爆破されるとき、デス・スターのなかには突貫工事をやらされている悪人ではない工事関係者もいっぱいいたはずだ」みたいな話をするけれど、この「ガメラ」では「あれだけ怪獣があばれれば、一般市民でまきぞえをくらって死んでしまうひとがおおぜいいるよな」ということがもんだいにされる。それでまあ、ガメラとギャオスがどっちが悪いか(自衛隊としてはどっちを攻撃すべきか)みたいなことになる。観てる方は「ガメラは正義の見方だ!」みたいな刷り込みができてるから、ガメラ攻撃という判断には「バカな判断を下してる」と思うことになるわけだろうけれど、観ていても「それはガメラのせいだろう」というような場面とも受け止められないので、ちょっと設定じたいにムリを感じる気がする。

 オリジナル昭和版の「ガメラ対ギャオス」のかなり荒唐無稽なストーリーを、ちゃんと取り入れてリアルに活かした脚本はやはりうまいんだろうけれど、少年少女のおはなしはやはりちょっときつい。「イリス」の造型はバロック的というか、森万里子の「天女」みたい。やはりわたしは、「レギオン襲来」がいちばん!

 




 

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■ 2010-12-20(Mon)

 書くのを忘れていたけれども、土曜日はFMのエアチェックがうまくいって、ちゃんと録音できた。これで生活はより豊かになるだろうけれども、総四時間を超える録音ディスクを聴きとおすのはなかなか大変。わたしのプレイヤーのMDディスクの早送り機能はかなり手間がかかり、よけいな番組を乗り越えて聴きたい番組の録音までたどり着くのは、ちょっとした労力を要することになる。十分ごとにでも録音内容にインデックスが付加されればいいのだけれども(なにかいい機能があるのかもしれないけれど、マニュアルがどこかへ行ってしまってわからない)。

 きょう月曜日はふつうに週休で、しごとは休み。きのうとの連休になってしまった。これであした出勤すると、またあさっては非番の休みになる。天気もいいけれど、まだからだが本調子ではないし、やはりせんげつこんげつとやたら出費がかさんでいることもあるし、家でおとなしくしている。CDを聴き、ヴィデオを観て、ニェネントと遊んですごす。って、きのうとおんなじである。

[] 「ガメラ 大怪獣空中決戦」(1995) 金子修介:監督  「ガメラ 大怪獣空中決戦」(1995) 金子修介:監督を含むブックマーク

 さいしょはきのうのつづきで昭和ガメラ第三作「ガメラ対宇宙怪獣バイラス」を観はじめたのだけれども、冒頭からちょっとあまりに子供向けすぎて、そういうのを観る気分になれない。もう昭和のガメラはいいや、ということでとちゅうで切り上げて平成ガメラシリーズにワープ。おもしろい。あるしゅのゴジラ映画とかから感じた恐怖感はあまり感じなかったけれど、「実際にこの世界に怪獣があらわれたらどうなるのか?」ということをリアルに追求した脚本(「攻殻機動隊」や「パトレイバー」シリーズの伊藤和典)がすばらしい。これは先行した「ジュラシック・パーク」の成果をたくみに取り入れた結果、ともいえると思う。もうガメラにせよギャオスにせよ、ほとんど先史時代の神話的事象の具現化という設定にしたのが、のちの平成シリーズの継続にもプラスになっている印象。しかし、ギャオスがただただ繁殖する「子宮」的存在(「エイリアン」との類似もあるのかな)であるのに対して、まさにカメさんであるガメラがこれをせん滅するというのは、なんというか、母権性と父権性との限りなき戦いのように読み取れてしまうのがいやはやなんとも。
 キャストの豪華さも特筆ものだけど、さいしょに怪獣に遭遇した人物がさいごまで関わってしまうという構成は昭和のガメラシリーズへのオマージュなんだろうか。蛍雪次郎の大活躍(?)がうれしいし、松尾貴史のタクシー運転手もよかった。映像も美しく、特撮でこれだけ美しい映像を残した作品というのも、ハリウッドでもあまりないと思う。とくに、東京タワーに巣作りしたギャオスをとらえた東京の夕景の美しさ。
 でも、染色体のはなしはまちがっている(わたしでもわかった)。

[] 「ガメラ2 レギオン襲来」(1996) 金子修介:監督  「ガメラ2 レギオン襲来」(1996) 金子修介:監督を含むブックマーク

 ちょっとだけ、脚本に強引さを感じないわけでもないけれど、おもしろいっていうんじゃあ前作「ガメラ 大怪獣空中決戦」をしのぐんでないのか(ドラマとしては、前作の方に一日の長があるかもしれない)。まるで実写版「エヴァンゲリヲン」という空気もあって、レギオンはほとんど「使徒」という雰囲気。そう思うとまえの「ガメラ 大怪獣空中決戦」でも、ギャオスが狂暴化するシーンでも、エヴァが暴走して狂暴化するシーンにそっくりなところもあった。
 やるんだったら徹底してやるといういさぎよさというか、仙台という町が消滅してしまったりもする。あと、とにかくは自衛隊の兵器の映像的紹介という点でも、この作品はトップクラスなんじゃないだろうか。ヘリや戦車などが実際に動くのを楽しめる、という意味では最高レベルなのではないか。ここでもレギオンは「子宮」的な存在で、産めよ増やせよというのが至上命題という存在であることは、ギャオスとかわりはない。わたしがいままでに観た特撮怪獣映画ではこれがいちばん、だと思う。またくりかえして観たくなる。

 




 

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■ 2010-12-19(Sun)

 風邪はかなり快方に向かっている。しかし、きょうはしごとの出勤日なのだけれども、あえて欠勤することにした。くわしく書かないけれど、つまりはズル休みなわけになる。これはきょうしごとを休んだ方がほとんどのことがらでプラスになる、ぎゃくにいえばきょう出勤するのはマイナスにしかならないとの判断から。それに、風邪をここでしっかりとなおしておくことも大切である。そういうわけできょういちにちじゅう、まったく外に出ないですごした。CDを聴き、ヴィデオを観て、ニェネントと遊んですごす。

[] The Red Crayola with Art & Language「Black Snakes」  The Red Crayola with Art & Language「Black Snakes」を含むブックマーク

  1. Black Snakes (Version)
  2. Ratman, The Weightwatcher
  3. The Sloths
  4. The Jam
  5. Hedges
  6. A Portrait Of V.I. Lenin In The Style Of Jackson Pollock, Part 1
  7. Future Pilots
  8. A Portrait Of You
  9. Words Of Love
  10. Cafe Twenty-One
  11. Gynaecology In Ancient Greece

 1979年の「Soldier Talk」、1981年の「Kangaroo?」という、大勢のゲストミュージシャンを招いての大作二作につづいて、1983年にリリースされたRed Crayola の六作め。おそらく現在はかなり入手困難ないちまいで、Amazon をみると中古品で一万二千円以上の値がついているわけだけれども、まあAmazon の中古相場というのはちょっと狂っていると思うので高価なレア品を入手したとよろこぶ気分はない。じっさいわたしは千円ぐらいで買ったわけで、入手困難とはいえ、中古ならこんなもんで買えても不思議はないだろう。
 ここで、「Corrected Slogans」ではアーティスト名義はArt & Language and The Red Crayola となっていたのが、この「Black Snakes」では順序がぎゃくになり、The Red Crayola with Art & Language となっている。これは前作「Kangaroo?」でも同様なのだけれども、おそらくは「Corrected Slogans」ではArt & Language 側がアルバム製作の主導権をもっていたのが、それ以降はRed Crayola、つまりはMayo Thompson 側の主導権のもとで製作されたのではないかと想像する。まあ主導権といってもリーダー争いではなく、Art & Language のアートからのアプローチを前面に出すか、Mayo Thompson の音楽面からのアプローチを前面に出すかというような違いではないかと思う。このアルバムではパーソネルがはっきり明記されていて、以下のようになっている。

 Ben Annesley : Bass
 Allen Ravenstine : Synthesizer, Saxophone
 Chris Taylor : Drums
 Mayo Thompson : Guitar, Vocals

 All Songs by Michael Baldwin, Mel Ramsden and Mayo Thompson
  Except: "The Jan" by Annesley, Taylor and Thompson

 ここで曲の作者としてクレジットされているMichael Baldwin とMel Ramsden こそが、まさにArt & Language の構成メンバーということになる(Art & Language には、その歴史につれて数多くのアーティストが関係しているけれども)。ミュージシャンのうち、Ben Annesley は「Kangaroo?」などに参加しているLora Logic のバンドEssencial Logic (わたしの大好きなバンド)のメンバーで、Allen Ravenstine はこの時期Mayo Thompson が在籍もしていたPere Ubu のメンバーだった。Chris Taylor については、わたしにはわからない。「音」として聴けば、このアルバムは「Corrected Slogans」と比べて、たしかにへヴィーなロック・サウンドになっている。まずはまるでリードギターのようにあばれまわるベースの音にはおどろかされるわけだけれども、おとかずは少ないながらも四人のミュージシャンのからみ合うサウンドはきわめて刺激的で、90年代以降の、Red Krayola としての精力的な活動を予感させるものではないだろうか。

f:id:crosstalk:20090305192614j:image:right 収録された曲のなかには「Kangaroo?」で初演された「A Portrait Of V.I. Lenin In The Style Of Jackson Pollock, Part 1」の再演も含まれていて、これとタイトルソングの「Black Snakes」あたりに、Art & Language との共同作業としての、「アート」とのかかわりが示されているように思える。
 「Black Snakes」という曲は、このアルバムのジャケットについての曲である。ブックレットにはこのジャケットが誰の手になるものか書かれていないけれど、つまりはArt & Language の作品ということだろう。曲で歌われている歌詞によれば、これはまっくらな部屋のなかで、そこになんびきもの黒いヘビがとぐろを巻いている。その胴には蛍光色で数字が描いてある。いっぴきのヘビにいくつの数字が描いてあるかはわからない。さて、ここにはなんびきのヘビがいるのだろうか?

Count black snakes and feel secure
That you know what's good, what's poor.

 ということになる。この曲は、部屋のなかになんびきもの「ナマケモノ」を見てしまう男を歌った「The Sloths」にもエコーする。よくわからないけれど、このアルバムのコンセプト、そういう個人の幻視が政治的な意味に回収され、未来を幻視する視線へと収束していくような構成なのではないかというように思ったりする。よくわかってないけれども。ちゃんと歌詞を読まなくっちゃと思っておりますが。


[] 「大怪獣決闘 ガメラ対バルゴン」(1966) 田中重雄:監督  「大怪獣決闘 ガメラ対バルゴン」(1966) 田中重雄:監督を含むブックマーク

 なかなかダークな犯罪がらみの怪獣映画というか、東宝映画にも「宇宙大怪獣ドゴラ」という似たような作品があったし、南海の島の住民の娘が、怪獣についての情報をもって日本に来るというのはやはり「モスラ」だろう。この娘役をなんと江波杏子が演じているというあたりがおどろきであり、またこの作品の魅力でもあるということになる。しかし、こういう「南方への夢」というか、せんじつの維新派の舞台でも描かれたような「南へのロマン」というのは、たしかにこの1966年とかにもまだ、しっかりと日本に存在していたわけだろう。ガメラは北極圏生まれというのはゴジラを意識してのぎゃくの設定だっただろうけれど、こうして二作めで早くも「南方」が登場する。
 どうもこの「ガメラ」シリーズというのは、ぐうぜんにでもさいしょに怪獣を目撃してしまったにんげんがなぜか無条件に撃退作戦にも関わり、さいごまで活躍するということになっているようだ。

[] 「大怪獣空中戦 ガメラ対ギャオス」(1967) 湯浅憲明:監督  「大怪獣空中戦 ガメラ対ギャオス」(1967) 湯浅憲明:監督を含むブックマーク

 前作で「こども」が出てこなかった反省から、まさに「こども」を主役にした第三作。ガメラがこどもを助け、こどもを背中にのせて空を飛ぶんだから、観ていたこどもたちは喜んだだろうな。ギャオスという怪獣は、ドラキュラからのパスティーシュらしい。シリーズが進行すると特撮がチャチになっていくという法則でもあるのか、ちょっとなさけない感もただよいはじめる。高速道路建設工事にからんで村落の住民が保証金目当てに反対運動をやるという設定は、三里塚闘争の激化した当時、いくらなんでも無神経だったろう。というか、それがこの映画製作者の意見だということか。ここでの意外な役者は上田吉二郎。熱演だった。

 




 

■ 2010-12-18(Sat)

 風邪の状態が心配だったのだけれども、あさ起きても想像以上に悪化していることもなく、しごとにもちゃんと出た。しごとちゅうもほとんど風邪の症状も出ずに、多少からだがだるいというぐらい。ところがしごとを終えて帰宅したとたんに鼻水がどわっとふき出してきた。こういうのはどういうことなんだろう。きょうはEさんFさんと新宿で忘年会の予定なので、悪化するとこまる。やはり病院へ行った方がいいのかとも考えたけれど、とくに熱っぽいわけでもなく、まあ鼻水ぐらいならたいして支障もないかと、ようすをみることにする。にんげんの風邪がネコにうつるなどということもないだろうと、ニェネントといっぱい遊ぶ。ニェネントのあたまを平手でぴしゃぴしゃ叩いたり、鼻先を指ではじいたり、ほとんどネコいじめみたいな遊び方ではあるけれど、そんな仕打ちにめげるニェネントではない。わたしに果敢にたちむかってくるのだ。

 風邪のときには怪獣映画とかがいいよなと「ガメラ」のヴィデオを観て、それで調子がよくなったのか夕方には鼻水もとまった気配になり、ちょっとあたたかい格好をして出かける。
 EさんFさんと遭遇し、ふたりとも店を決めているふうでもないので、わたしがネットで調べておいた居酒屋へ行くことにする。ときどき読んでいる某氏の居酒屋レポートに出ていた店で、サブナードの地下商店街の一角にあるということだけれども、そんな店あったっけ?って感じである。三人でサブナードへ降りて案内板をみても、そんな居酒屋のあるようすはない。わたしは「サブナード商店街に加盟していないから案内板には出ていないんだよ」とか推理するけれど、EさんもFさんも懐疑的である。まあこだわる理由もないので、「では地上に出て探そう」ということで、地上への出口に行くと、その奥にちゃんと目的の居酒屋は存在していた。そこだけ、サブナードの空気からかんぜんに逸脱している。なんだか楽しそうな店である。

 席についてあれこれ注文するけれど、アルコール類は標準よりすこし安いだろうか。すごいのは料理類のメニューの豊富さで、店の入り口にも「メニュー500種類!」などと書いてあるのだけれども、ナポリタン、ペペロンチーノからカツカレーなどまで、「ここって食堂か?」というようなメニューもある。うれしいのはホッピーにあわせてキンミヤ焼酎があることだけれども(わたしはさいきんはホッピーばかり飲んでいる)、これが安いというか、一升瓶のボトルキープなどというのがある。一升瓶で四千円だったかな。Eさんとふたりで、これからもこの店で飲むことにして、次回は一升瓶でボトルを入れよう!などと盛り上がる(Fさんはどちらかというと下戸なので)。海鮮ちゃんこ鍋そのほか、かなりの量を食べてかなりの量を飲んだけれど、三人あわせても一万円でおつりが来た。やはり安い店だと思う。
 店を出てもまだすこし時間があったので、三丁目の方へ足を伸ばして「N」に顔を出す。ここでひとしきり盛り上がって、時計をみるともう帰らなければならない時間。あわてて「N」を出る。とちゅうでFさんに「間に合うのか」と心配され、また時計をみると、直通のわが家への最終電車の出発時間にもう一分しかなかった。とりあえず別れをつげて駅まで急いだけれど、やはり間に合わなかった。あしたはしごともあるのにこれは大変。もしかしたら次の電車でも赤羽とか大宮で乗り換えれば上野方面からのなんとか間に合う電車に乗れるかもしれないと、やって来た電車に乗ってみる。電車のなかで乗り換え案内で調べると、これがなんとか間に合いそうだった。ほっとする。大宮駅で無事乗り換え、なんとか帰宅できた。

 すこし酔っぱらっていて、ニェネントをむりやりベッドに引きずりこんだりしていたら、思いっきり左手の甲をひっかかれて出血した。

[] 「大怪獣ガメラ」(1965) 湯浅憲明:監督  「大怪獣ガメラ」(1965) 湯浅憲明:監督を含むブックマーク

 ナレーションをいれて手際よくストーリーを進行させているけれど、基本のストーリー構成は東宝の怪獣モノ(つまり「ゴジラ」とか)からの流用という雰囲気(船越英二演じる生物学者が、「ゴジラ」での志村喬の役どころにそっくり相当する)で、「ガメラ」としての独自性は、少年とのちょっとした交流ぐらいしかない。置いてきぼりにされてしまったポイントがあれこれ残るのが気になるところで、冒頭の原爆を搭載した国籍不明機とか、あれっきりでいいのだろうかとか、「ガメラはひとりぼっちでさみしいんだよ」とガメラに理解を示す少年が、ラストで宇宙へ放出されるロケットにガメラが閉じ込められて発射されても、「よかった」と不可解な納得をしているところなどは、どうかと思う次第。後ろ足だけで二本足歩行するカメさんは、かわいい。

 




 

■ 2010-12-17(Fri)

 ということできょうはしごとが休み。昼ごろに買い物に出て、帰宅するとくしゃみが十連発ぐらい出た。くしゃみ三回でルルなら三錠なんだけど、十回で十錠だと過剰摂取だろう。しかしこれはあきらかに風邪(インフルエンザ)の前兆で、さくやは寒いところを外出して歩いたりしたからなあなどと後悔するけれど、風邪をひくときというのはそういうもので、じつは避けようがないのだと思う。
 しばらくすると鼻水が大量に出るようになり、熱っぽい感じであたまが痛くなり、まさに風邪。ただ、この種の症状だとあまり悪化せずにやり過ごせるのではないかと、これまでのじぶんの風邪の症状から思いはかることができる。それでも風邪は風邪、具合はよろしくないわけで、うまい具合に先日買ってあった日本酒ののこりでたまご酒をつくって飲む。ドラッグストアへ行って葛根湯とマスクを買い、きのう買ったCDを聴きながら、きょうは早めに寝ることにした。

[] Art & Language and The Red Crayola「Corrected Slogans」  Art & Language and The Red Crayola「Corrected Slogans」を含むブックマーク

  1. Maharashtra
  2. Keep All Your Friends
  3. Imagination I & II
  4. Coleridge Vs Martineau
  5. An Exemplification
  6. Postscript To SDS' Infiltration
  7. War Dance I & II
  8. An Harangue
  9. Ergastulum
  10. The Mistakes Of Trotsky…Thesmophoriazusae
  11. Louis Napoleon
  12. Seven Compartments
  13. Petrichenko
  14. Don't Talk To Sociologists
  15. What Are The Inexpensive Things The Panel Most Enjoys?…An International
  16. History
  17. Organisation
  18. It's An Illusion
  19. Penny Capitalists
  20. Plekhanov
  21. Natura Facit Saltus 

f:id:crosstalk:20090305192952j:image:right 1976年にリリースされたRed Crayola 名義でのサード・アルバムであり、現在にいたるArt & Language との共同作業の、これが最初の成果になる。じゃあどういうメンバーがこのレコーディングに参加しているかというと、これがまるっきしわからない。ジャケットには「Drums : Jesse Chamberlain.」という記載があるだけ。たしかに楽器の音としてはMayo Thompson のギターと、そのJesse Chamberlain のドラムの音(二、三曲で聴かれるだけ)、そしてピアノ(だれが弾いているのは不明だけど、やっぱMayo Thompson なのだろうか)が時に聴かれるだけであるから、楽器担当についてはCDの記載以上のものではないのだろう。ただし、ヴォーカルに関しては、女性ヴォーカルを含めて複数の声が聴こえてくるわけだけれども、それらヴォーカリストの名前の記載はない。そもそもMayo Thompson の名前からしてもどこにも書かれていないのだから、「Red Crayola」の名義の下にMayo Thompson の名前も不要になっているということだろう。同じように、「Art & Language」という名の下に、そういう複数のヴァ—カリストが包括されているということなのだろう。
 音的には1970年のMayo Thompson の唯一のソロアルバム「Corky's Debt to His Father」をまさに引きつぐかたちなのだけれども、そのソロアルバムよりもさらにおとかずは少なく、こちらの方がまさにMayo Thompson の弾き語りソロアルバムという印象になるんじゃないか。だいたいRed Crayola 名義のアルバムというのが1968年のセカンド・アルバム「god bless the red krayola and all who sail with it.」以来という長い休止期間をおいてのことになるし、それがそれまでのいわゆるフリー・フォームのサイケデリック的なバンド音から、ほとんどアシッド・フォークの世界に足を踏み入れたこの作品、復活というよりも、新生「Red Crayola」の誕生を告げる作品なのだと思う。それはつまりはMayo Thompson のしごとはつまりはすべて、これからは「Red Crayola」という名前で発表されるのだ、ということでもあっただろう。じっさい、これ以降のMayo Thompson のしごとは、Pere Ubu のメンバーとして活動した時期、そしてデレク・ジャーマンの「ラスト・オブ・イングランド」でのサウンドトラックでわずかにMayo Thompson 名義での曲を一曲提供している以外は、すべて「Red Crayola」として(1994年のアルバム「Red Krayola」以降は「Red Krayola」として)発表されることになる。

 もうちょっと踏み込んでこのアルバムを聴くと、ここにはあきらかに1981年の傑作アルバム「Kangaroo?」への予感が読み取れる。というか、ダイレクトに「The Mistakes Of Trotsky」や「Plekhanov」などの曲は「Kangaroo?」で再演されているわけだし、「Kangaroo?」での女性ヴォーカル・ゲストの起用というのも、このアルバムでの成果からひきつがれたものだろうと思う。
 で、このアルバムに収録された曲は、まさに「政治」をテーマにした曲の連続で、おそらくはこれらの歌詞の製作にかんしてこそ、Art & Language の意志がはたらいているのだろう。CDのスリーヴの中央ページには「MUSIC-LANGUAGE」との表題の下に「Corrected Slogans」のタイトルと全曲のリストがあげられ、その下には「Written, performed and produced by Art & Language 1973-1976」とプリントされている。「MUSIC-LANGUAGE」という表題は、当時Art & Language が発刊していたマガジン「ART-LANGUAGE」の、これは「MUSIC」版だということをあらわしているだろうし、ここではMayo Thompson もまた、Art & Language の一員ということになっているようである。
 わたしもあまり集中して聴いたり調べたりしたわけではないけれど、たとえば4曲目の「Coleridge Vs Martineau」という曲は、サミュエル・コールリッジと、当時の女権拡張論者であったハリエット・マーティノウとの論争を曲にしたもののようで、わたしはハリエット・マーティノウというひとの存在を知らなかったけれど、なんだか興味深そうな人物である。それと、「Kangaroo?」でも取り上げられた名曲「The Mistakes Of Trotsky」の曲名に、このアルバムでは「Thesmophoriazusae」ということばが付加されているけれど、これはアリストパネスの「女だけの祭り」のことらしく、つまりはこの曲でのコーラス、「Tio-tio-tio-tio-tinx.」というのがギリシア劇のコロスのことばから採られていることを示すものだろう。歌われていることにはわたしなどにはわからないことも多いけれど、たとえば「History」の出だしの歌詞は次のようなもの。

The misery of being exploited is nothing compared to the misery of not being exploited at all - from day to day.

the history of not being exploited is nothing compared to the history of being exploited day to day ecomonically.

The misery of consumers is nothing compared to the misery of non-consumers.
but, consumer activity derived from property is subsidiary.




 

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■ 2010-12-16(Thu)

 あしたはしごとが休み。ということはきょうの夜はあしたのことを考えずにゆっくりできるということで、実質の休日はきょうなのだと考えてもいい。それで、ゆうがたからまた東京へ出て、下北沢の「G」で、ちょっと飲むことにした。げんざい「G」のギャラリーでやっている展覧会も観ておきたかったというのもあるけれども、これからはもうすこし「G」にひんぱんに顔を出してもいいと考えているわけである。わたしは知人と連絡して会って飲んだりとかするようなことをあまりやらないので、ふらりと出かけて知っているひとに会って話をしたいときには、こういうスポットが重宝する。

 しごとを終えて家でヴィデオを一本観て、けっこうゆっくりと、おそい時間に家を出る。また古本チェーン店に寄ってみると、せんじつ探せなかったメイプルソープの展覧会の図録がみつかった。うれしいことに500円に値が下がっていた。こいつを買ってから電車に乗る。電車のなかでぐっすり寝て、もう下北沢についたときには暗くなっていた。思いのほか寒くて、ちょっとばかし薄着で出て来てしまったかなと、後悔する。時間はゆっくりあるので、「G」に行くまえに茶沢通りのCDショップへ寄ってみる。また店内の模様替えがされていて、わたし好みの音はどこにあるのかわからない。店内を半周する。ようやく目的の棚をみつけ、アーティスト名のAから順に並んでいるのを、ざぁっとZまでみる。で、大発見。いままでどこを探してもめぐりあうことのなかったRed Krayola のArt & Language との共作、「Corrected Slogans」と「Black Snakes」の中古盤をみつけてしまった。これはもう、買わないわけにはいかない。二枚買って二千円と、これはわたしには劇安である。ほかにも、リリースされたことさえ知らなかった同じRed Krayola with Art & Language の新作もあったけれど、これはまたの機会に買うことにする。とにかく、二十年探してきたCDを、ついに手にすることができた。しかし、こうやって急にCDばかり買ってしまうじぶんがこわい。

 「G」に到着し、カウンター席でひとり飲む。どうもさいきんは客の数が少なくなってしまったようで、ひとごとながら心配してしまう。内装を変えたのがマイナスになったんじゃないのかなどと思うけれど、店のひとにはいわないでおく。けっきょくカウンター席で終電になるじかんまでひとりで飲み、店のJさんやKさんとネコのことや映画などのはなしなどをする。Jさんもドアーズのドキュメンタリー映画を観たそうで、店になにかドアーズのレコードはないのかと聞くと、「Absolutely Live」ならあるそうで、ちょっとかけてもらう。Jさんによると、このアルバムの、ジム・モリソンが観客に「シャラップ!」と叫ぶところがいいのだということで、そのあたりの音を聴く。曲は「When The Music's Over」。キーボードがリズムをきちんとキープしているので、ドラムズはかなり勝手なことをできるのだということがわかった。
 店のギャラリーでは古谷利裕さんという方の個展で、これはやはり、絵画が生成するその原点を捉えたような作品群で、とても印象に残る展示だった。ちょっとばかし、わたしがやっていた作業と共通するような方法もかいまみえるような気がして、会場には作家の方もいらっしゃったのだけれども、あえて声をかけることはしなかった。というか、できなかった。

 帰ろうと店を出ると思いのほか寒さがきびしく、わたしが寒さに強いなどという思い込みは、やはりデタラメだったということがわかった。自宅駅で降りるとさらに外は寒く、家までの距離はそれほどないのだけれども、かなりきびしかった。部屋に帰って、玄関にわたしを迎えに出てきたニェネントを抱くと、ほかほかとあたたかかった。そのままニェネントを抱いて寝ようとするけれど、ニェネントはいやがって逃げてしまった。

[] 「ピンクリボン」(2004) 藤井謙二郎:監督  「ピンクリボン」(2004) 藤井謙二郎:監督を含むブックマーク

 アップリンク製作。日本の「ピンク映画」というジャンルの歴史と現在を、多くの証言と資料をもとに構成した、まっとうなドキュメンタリー。いきなり、「神田川淫乱戦争」でデビューした黒沢清監督の証言から始まったりする。1962年の小林悟監督の「肉体の市場」に始まるといわれるピンク映画。そもそも「ピンク映画」とは何なのか、どのような監督がかかわってきて、その歴史はどのようなものなのか、現在はどのような状況下に存続しているのか、そしてその未来は?ということが、いろいろなエピソード、現在の女池充監督による現場のようすなどをまじえて、てぎわよく演出されている。ピンク映画界のふたりの雄、若松孝二監督と渡辺護監督との確執(らしき雰囲気)も紹介され、足立正生の証言も。
 黒沢清監督の「ドレミファ娘の血は騒ぐ」が、じつは「女子大生恥ずかしゼミナール」として日活ロマンポルノの一本として製作され、「これでは公開できない」とお蔵入りになったのを再編集して「ドレミファ娘‥‥」として公開した、というのは知らなかった。黒沢清監督の「ロマンポルノとはまさに『ロマン』が期待されていたわけで、日活にはそれまでの日本映画の良質な部分を継承しようという意気込みがあったのではないのか、わたしはそれを踏みにじっていたわけで、『何でもOK』という世界ではなかったのだった」という証言が印象的。そして、おそらくは、「ピンク映画」という世界には、そういうてらいは存在しなかったのだろう。予算300万円ほどという「超」低予算で、とにかく「映画」を仕上げるということ。若松孝二監督や大和屋竺監督らが時代の寵児的に人気をさらったように、そこには反権力の意志があり、カウンターカルチャーの表現を代表するものでもあった。しかし、このドキュメンタリーで語られるように、映画産業の衰退やアダルト・ヴィデオの隆盛、業界人の高齢化などから、十年後には消滅してしまうジャンル、なのかもしれないということ。

 わたしもむかしは若松監督の作品を観たりして(あまり好みではなかったけれど)、これはカミングアウトになるかもしれないけれど、知人らとピンク映画風の作品をつくろうとしていたこともある。クランクインまでしたけれど、女優さんが逃げてしまってまずは頓挫、つぎはちゃんとピンクの女優さんをやとって、十分ほどの実験映画風の短編作品を完成させた。ただし予算がなくてサウンドトラックをつけることができず、映画のコンペに出品したけれど(おそらくきっとサイレントだったから)落選、作品はその後どこでも上映されることもなく、わたしたち映画製作グループもいつか解散してしまったわけである。わたしは監督ではなくて美術担当だったけれども、あれはいい仕事だったんだけれどもなあ、などと遠い眼になってしまう。その後も瀬々監督やサトウトシキ監督の作品などは映画館に観に行ったし、「ピンク映画」とは、なにかその向こうに「夢」が透けて見えるようなジャンルだと、いまでもわたしには思える。そういう透けて見える「夢」を解き明かすような、わたしにはファンタジックなドキュメンタリーだった。

 




 

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■ 2010-12-15(Wed)

 さくやもまた早いとこベッドにもぐり込み本を読みながら、八時頃には寝てしまったようだけれども、眠りにつくまえに玄関のブザーが鳴ったのがきこえた。こんな時間にわたしをたずねてくるひとがこのあたりにいるはずもないし、ちゃんとした用があるのならもうちょっとしつこくブザーを鳴らしそうなものなのを、一回鳴らしただけでとまってしまったので、あまり気にもとめずにそのまま眠ってしまった。あさ起きてしごとに行こうと玄関のドアをあけると、ドアのわきにボール紙の包みがおいてあった。ああ、Amazon に注文してあったCDが届いたんだ。さくやのブザーはこれを配達したひとが鳴らしたものだったわけだ。包みを部屋のなかにおいて、そのまましごとへ行く。はやく帰って聴いてみたい。

 そういうわけで帰宅してからそのCDを聴き、ヴィデオをまた一本観た。

[] PO' GIRL「home to you」  PO' GIRL「home to you」を含むブックマーク

  1. Skies Of Grey
  2. Go On And Pass Me By
  3. Til It's Gone
  4. Angels Of Grace
  5. Drive All Night
  6. To The Angry Evengelist
  7. Home To You
  8. Green Apples
  9. 9 Hrs To Go
  10. Old Mountain Line
  11. So Lazy
  12. Texas
  13. Ain't Life Sweet 

 2007年リリースの、Po' Girl のサード・アルバム。Po' Girl は、カナダの女性四人のユニットらしい。レコーディングはヴァンクーヴァーだから、そのあたりで活動しているのだろうか。このアルバムのレコーディング時のメンバーと、その担当楽器は以下の通り。現在はTrish Klein とDiona Davies はバンドを抜け、かわりにふたりの男性がメンバーになっている模様。

 Allison Russell : vocals, clarinet, acoustic guitar, banjo
 Trish Klein : vocals, electric guitar, banjo, acoustic guitar
 Diona Davies : vocals, violin, wurlitzer, acoustic guitar
 Awna Teixeira : vocals, electric bass, wash-tub bass, acoustic guitar, harmonica

 このアルバムのプロデューサーの、John Raham というひとがエンジニアでもあり、またこのひとがドラムも叩いている。ほかに曲によってトランペットやハープのゲスト・ミュージシャンが加わったり。「wurlitzer」というのはつまり「ウーリッツアー」で、フェンダー・ローズと並んで有名なエレクトリック・ピアノのことだった。

f:id:crosstalk:20101217100124j:image:right あちらのWikipedia をみると、「よく比較されるミュージシャン」としてThe Band、Tracy Chapman、Natalie Merchant、そしてNorah Jones などの名前があげられている。なるほど、ルーツ・ミュージックを背景にもつタイトなサウンドからはたしかにThe Band の音を思い浮かべることもできるだろうし、それぞれのメンバーがエモーショナルで繊細なヴォーカリストとして、上にあげたような女性ミュージシャンと比較されることも理解できる。banjo を前面にフィーチャーしているあたりがこのバンドのひとつの持ち味ということがいえるかもしれないけれど、このアルバムを聴いたかぎりでは、しょうじきいってこのドラムはなんとかならんかったのかな、という印象はある。ほかの音のタイトさに拮抗するようなドラムではないといえる。しかし、このバンド,このアルバムのいちばんの魅力は、それぞれがソロをとることが可能な複数のフィーメール・ヴォーカルの、そのコーラスのたとえようもない美しさ、ということになるように思える。この魅力がもっとも発揮されたのが、やはりFMでもオンエアされた「Angels Of Grace」だろうと思う。ゴスペルを思わせるソウルフルなリード・ヴォーカルがまずはすばらしいのだけれども、それにささやくようにかぶさるふたりのコーラスの高音と低音のバランスも最高で、これはわたしがこの十年ぐらいのあいだに聴いた音楽のなかでもとくべつな曲のひとつになるだろう。そして、もうひとつのこのバンドの魅力は、Diona Davies というひとのviolin のすばらしさで、トラディショナルな味わいを現代的なサウンドのなかに取り込む演奏は、わたしがかつてなれ親しんで聴いてきたイングランドやスコットランド、アイルランドのアーティストのフィドル奏者でも、これだけの音を聴かせるひとはそうそうとはいなかったと思う。アルバムのなかで彼女のviolin を楽しめる曲は多いけれど、「To The Angry Evengelist」でのはげしい演奏、ボーナストラックの「The Partisan」でのロックする演奏などがこころに残る。
 曲のほとんどはメンバーのオリジナルだけれども、バンドとして四人で曲をつくるというのではなく、それぞれのメンバーがじぶんで書いた曲をもちよって、それをバンドで演奏するというコンセプトらしく、そういう意味でもやはり、有能なソロ・アーティストが集まってできたスーパー・グループという側面が感じられる。

 メンバーがかわってからの最近のアルバムの音は、彼女たちのホームページやMyspace で試聴することができる。わたしはこのすばらしい「home to you」いちまいがあればいい。

 http://www.pogirl.net/index_bliss.php

 http://www.myspace.com/pogirls

[] 「ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア」(1997) トーマス・ヤーン:監督  「ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア」(1997) トーマス・ヤーン:監督を含むブックマーク

 ドイツで大ヒットした作品らしく、「ラン・ローラ・ラン」などよりも先行する作品だった。難病で余命いくばくもないと診断されたふたりの男が、死をむかえるまえにまだみたことのない海をみるために、ふたりで病院を脱走するけれど、そのときにギャングだか何だかが高額の現金を積んでいたクルマを盗んで逃走する。とちゅうで銀行強盗もやってのけるふたりは、警察とクルマを盗まれたギャングに追われることになる。かなり無茶なたのしいアクションとユーモア感覚の合体した軽快なテンポの佳作。
 やはり、ラストになって「海」の登場する映画というのは、観ている方でもスクリーンにその海を観て、なにかが解放されるのだろう。印象に残ることになる。「天国の門」や「ショーシャンクの空」とかをいま思い出すけれど、ほかにもあるのかしらん。冒頭にかかるのが「I Will Survive」という選曲がいいし、「ベイビー・ブルー」ベンツ、そしてピンクのキャディラックの楽しさ。

 




 

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■ 2010-12-14(Tue)

 きょうはしごと。天気予報では気温があがるといっている。じつはわたしのしごとでのおもな担当は冷蔵・冷凍品の処理であって、この時期その処理量も多いのだけれども、ふだんは季節てきに気温も低いので、冷蔵品などはそとに出しっぱなして作業している。これが気温が上がるとかいうことだと、せまいチルド・ルームを使わなくてはならなくなる。げんざいあつかっている品物の量はチルド・ルームにはいりきらないおそれもあるし、とにかく身うごきがとれずに作業がやりにくいことになってしまう。だから気温はあがってほしくない。
 さいわいにも天気予報はみごとにはずれ、あたたかいとかいう日にはならなかった。いつもどおりにしごとを進めることができ、快適であった。しかし、いちにち連続して冷たい品物ばかりあつかっていると、しごとの終わるころにはいいかげん手が冷たくなってしまう。これからの時期しもやけには要注意であるが、このままこの担当をずっと続ければ、夏の暑いさかりにはそれこそ快適な気分でしごとができるのではないだろうか。夏が楽しみである。

f:id:crosstalk:20101216120745j:image:left しごとを終えて帰宅して、パソコンのまえにすわっていると、いつの間にかニェネントがわたしのすぐそばに来て、すわりこんでいる。背なかをなでてやると、のどをゴロゴロいわせている。抱き上げて、ニェネントの鼻のあたまを指先でトントンとかるく叩いてやると、目を細めてじっとしている。こういうのが好きなのだろうか。

 きょうも古い映画を一本観た。

[] 「グランド・ホテル」(1932) エドマンド・グールディング:監督  「グランド・ホテル」(1932) エドマンド・グールディング:監督を含むブックマーク

 よく「グランドホテル形式」とジャンル分けをする原点になった群像劇の古典。とにかくグレタ・ガルボ主演ということで記憶にあるのだけれども、ジョン・バリモア、ジョーン・クロフォードなど、当時の超オールスター・キャストだったらしい。まあ、ジョン・バリモアとライオネル・バリモアの兄弟が主役という感じもする。
 希望と絶望が交差するストーリーはとっても面白いんだけれども、カット割りとかがスムースではないというか、いまの眼でみるとほとんど稚拙で、これはきっと舞台の演出をしていたひとが監督したんだろうと踏んだけれど、やはりその通りだった。

 




 

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■ 2010-12-13(Mon)

 しごとは休みの日なのだけれども、ぼうっとしているうちにふだんのしごとの終わる時間の九時なんかすぐにすぎてしまい、いったいどこが「休み」だったのかということになる。つまり、あさの四時に起きなくてもいいということが休日の特権で、それ以外はたいして休んでいるという実感もないままに終わってしまう。休みの日が有効なのは、休みの当日よりもその休みのまえの日のすごし方に影響するということでしかないとさとる。

 ニェネントの顔つきがまたすこし変わってきたような気がする。さいきん撮っていないのでここにアップする写真もないけれど、とにかくどんどん父がたの「ラグドール」からはなれていく。つまり、高貴な血統をひいているという容姿から遠ざかっていく。かといって、母親のミイに似てくるというのでもない。ただのやんちゃな雑種の野良ネコである。二ヶ月とか三ヶ月のころの、発狂しそうにかわいらしかったニェネントは、いったいどこに行ってしまったのか。
 それでもさいきんは、わたしが床をとんとんと叩いて「ニェネント、おいで!」と呼ぶと、獲物を狙うように姿勢を低くしてスルスルと近づいてくる。目が笑っちゃうぐらいに寄り目になって、このときのニェネントがいちばんかわいいと思う。近くに来たニェネントをつかまえて、ニェネントの鼻をペロペロなめてやる。

 きょうは、クリント・イーストウッドの監督した映画を観た。

[] 「ミスティック・リバー」(2003) クリント・イーストウッド:監督  「ミスティック・リバー」(2003) クリント・イーストウッド:監督を含むブックマーク

 それまで一貫して主人公のいちずなストレートさを強調するような作品をつくってきたイーストウッドが描いた、めずらしくも屈折した苦い世界の物語。このあとにイーストウッドは「ミリオンダラー・ベイビー」を監督、その後も「2000年代(ゼロ年代)のイーストウッド」といえるような、豊穣な作品群を連続して監督することになるわけで、その皮切りともいえるようなこの作品で、イーストウッドは監督として得るものが大きかったのかもしれない。ゼロ年代のイーストウッド作品を振り返ると、つまりそこには、理不尽な暴力にさらされるひとびとの運命を描くような作品群が連続しているではないかと、わたしなどには思えてしまう。その「理不尽な暴力」とは、個人の力をこえた運命的なものとしてひとを襲う暴力で、それはまさに理不尽な犯罪としてあらわれたり、スポーツでの予期せぬ事故、戦争、誘拐事件などとなってスクリーンにあらわれることになる。
 この「ミスティック・リバー」にはイーストウッド自身は出演せず、ショーン・ペン、ティム・ロビンス、ケヴィン・ベーコンらが主演、これに夫人役としてマーシャ・ゲイ・ハーディン、ローラ・リニーらの女優陣、事件をただひとり客観的にみる視点をもつローレンス・フィッシュバーンらが、すばらしいサポートをみせる。

 25年まえにはいっしょにボストンの街路で遊んでいたおさななじみの三人が、そのひとりが小児性愛犯罪者に誘拐される事件をさかいにばらばらになる。誘拐されて生還したティム・ロビンスはそのTPSDに苦しみ、25年経っても立ち直ることができていないように見える。ショーン・ペンはチンピラから町の裏社会を多少は牛耳るくらいの存在にはなっていて、ケヴィン・ベーコンは殺人課の刑事。ショーン・ペンの夫人ローラ・リニーとティム・ロビンス夫人のマーシャ・ゲイ・ハーディンとは親族で、なにかと助け合っているようである。いっぽう、ケヴィン・ベーコンの夫人は夫のもとから出奔してしまっている。そういうときにショーン・ペンの娘が殺害され、ケヴィン・ベーコンがその捜査にあたることになる。殺人事件の起きた夜にティム・ロビンスはおそくに血まみれの姿で帰宅し、マーシャ・ゲイ・ハーディンは夫の行動に疑いと不安を抱く。
 ストーリーはじつに巧妙に展開され、男たちのドラマはさいごにはそういう男を支える/支えられない女たちのドラマまで移行するし、ラストの市街のパレードの描写からはそれこそ「アメリカ」という社会の生んだ犯罪/悲劇という空気も感じさせられる。イタい作品である。

 冒頭からの、いささかギミックなカメラの動きにのせてドラマティックな展開をみせる演出もすばらしいのだけれども、わたしにはこの作品が、イーストウッドの監督作品としてはちょっと異質なものにうつることになる。それはたんてきには俳優たちの「熱演」で、こういうしゅるいのアドレナリンを発散させ、顔を赤くして涙をながすようなたぐいの演技を俳優にやらせる、というのはまったくイーストウッドっぽくはない、という感想になる。これでクールなローレンス・フィッシュバーンとか、押さえた演技でみせるマーシャ・ゲイ・ハーディンなどがいるおかげで救われていたりもするけれど、ほんらい「熱演」など似合うわけでもない(そこがいいのだけれども)ケヴィン・ベーコンまでが、顔を赤くさせて汗を飛ばす熱い演技をみせてくれちゃったりしている。なんとなく俳優たちが競い合って暴走してしまったという雰囲気があるけれど、監督のイーストウッドさんには、そのあたりのブレーキをかけてあげてほしかった気がしてしまう。そういう作品だった。

 




 

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■ 2010-12-12(Sun)

 きょうは、横浜で開催中の美術展の会場で、知人らのパフォーマンスがあれこれと行われるとの案内をいただいていたので、しごとを終えたあとからお出かけする。考えてみればきょうは日曜日なのだけれども、そういう曜日感覚がもう失せてしまっている。日曜日ならば、古本チェーン店が十一時までは10パーセント引きというセールをやっているはずなので、ちょっと寄ってみた。まえに来たときに気になっていたメイプルソープ展の図録1000円というのを探したけど、さすがにもう売れてしまっていた(貧乏なので、500円以上のものはおいそれと買えない)。そのかわり、五年まえにBunkamura で開催されたギュスターヴ・モロー展の図録が1000円だったのを買う。ほんとうは1995年の西洋美術館でのギュスターヴ・モロー展の図録がいちばんなんだけれども、これはどこの古本屋でも見たことがない(たいして見てまわっているわけではないけれども)。清算しようとレジへ行き、ちかくの棚をみると、ドミニック・フェルナンデスの「天使の手のなかで」が無造作に放り出されていた。これはいぜんにちょっと欲しいと思っていたパゾリーニの生涯を書いたもので、こんなところで出会おうとは思ってもいなかった。もちろん値段は105円。ちょうどアンヌ・ヴィアゼムスキーのブレッソンをモデルにした本も読んでいるので、映画つながり。二冊買って千円札でちょっとおつりが来た。

 電車のなかでパラパラとモロー展の図録を見たりするけれど、この展覧会は行ったはずだけれどもあまり記憶に残っていない。彼の油彩画の完成度の高い代表作はほとんど来てなくて、水彩やデッサン中心の展覧会だったのだ。しかし、しょうじきいって、モローはデッサンがめちゃ下手である。そういうデッサン力とは別の次元で作品を構築して独自の世界を極めたということでは、美術史のなかでもさいしょの人物なのではないだろうか。抽象絵画への道をひらいたといわれるようになるのも、そういう水彩画を描いたからというのではなくっても、当然の成り行きだったのかもしれない。

 横浜に着き、会場は日本大通りの近くで、いつもはみなとみらい線に乗り換えて日本大通りとかの駅で降りていたけれど、きょうは関内駅から歩く。関内駅から日本大通りまではそんなに距離があるわけでもなく、いままでムダな電車賃を使っていたことよなあ、などと思う。

 会場の近くにたどりつくと、そこにGさんとHさんがいて呼びとめられた。GさんとHさんもきょう出演するひとくみで、じつはわたしはGさんとHさんのユニットを観るのを楽しみにしていたわけだけれど、まだ開演時間に間があるので「さきに食事に行ってきて、また来ますよ」というと、「そうじゃなくって」という。聞いてみると、この日のパフォーマンスの上演は、いろいろ事情があって「中止」ということになってしまったと。まあその「事情」についてはわたしなりの感想もあるけれど、部外者が生半可なことをここに書いてもしかたがない。とつぜんの中止なので、GさんとHさんとはそうやって会場入り口付近にいて、やってくるお客さんに事情を話しているそうだ。何人かそういうお客さんもやってきて、たいていはわたしも知っている方だったりするので会場のまえでおしゃべりしたり。やはり客でやってきたIさんに、着ているジャケットを「これがそのアーミージャケットですね」とかいわれてしまう。このブログを読んでいて下さっているわけだ。いや、つまりはひとに読まれることもあると想定してこのブログを書いているわけだけれども、読まれているということはやっぱりなんだか恥ずかしいものである。いままでも、わざわざひとに「ブログを書いています」などとじぶんから宣伝などしたこともない。書いているときも「ひとに読まれる」ということよりも、まずは「じぶんが読む」ということで書いているわけで、備忘録みたいな意識。そういうことであります。それでも、読んでくださってありがとうございますです。

 まあせっかくのイヴェントが中止になったのは残念だけれども、GさんとHさんともお合いできたし、それはそれでよかったことである。そう、Gさんにネコの話をすると、Gさんにも野良の母ネコの連れてきた子ネコを育て、それを母ネコが取り戻そうとしたという、わたしとミイがやったのと同じような体験をされたことがあったそうな。

 しばらく会場をぶらぶらして、付近をかるく散歩気分で歩きまわってから電車に乗る。思ったよりも混みあっていたけれど、さすがに横浜から栃木方面まで乗るひとなどそんなにいるわけもなく、新宿駅からはすわって帰ることができた。電車のなかでヴィアゼムスキーの「少女」を読み終えた。

[] 「少女」アンヌ・ヴィアゼムスキー:著 國分俊宏:訳  「少女」アンヌ・ヴィアゼムスキー:著 國分俊宏:訳を含むブックマーク

 「女優」アンヌ・ヴィアゼムスキーは、出演作品こそ少ないものの、それらの作品で圧倒的な印象を残している。「バルタザールどこへ行く」のはかない少女、「中国女」でのフランシス・ジャンソンと対話するパリのマオイスト、パゾリーニの「テオレマ」では、「男」(テレンス・スタンプ)と出会ったあと、身体が硬直してしまうブルジョワ娘だっただろうか。そして、ニコを思わせる女性を演じた、フィリップ・ガレルの「秘密の子供」。どの作品も映画史(こういうことはよく知らないけれど)のなかでとくべつな位置をしめる作品だろうと思う。それらの作品への出演を決めた/決められた女優というのは、やはり、とくべつな存在だろう。

 この「少女」は、そのアンヌ・ヴィアゼムスキーがロベール・ブレッソンによって「バルタザールどこへ行く」の主役の座をあたえられ、女優としての一歩をふみだしはじめると同時に、「少女」から「女」へと成長する過程をもとらえた、つまりはそんな「とくべつな」女性による自伝的色彩の強い「フィクション」ということになる。ストーリーは彼女が「バルタザールどこへ行く」の主役に決定し、親族の承諾を得るところからはじまり、「バルタザールどこへ行く」撮影期間中のあれこれのできごとがつづき、撮影が終了して彼女がパリに戻ることで終わる。当時ヴィアゼムスキーは17歳で、この本でもっとも重要な登場人物であるロベール・ブレッソンは63歳。祖父と孫ほどの年齢差があるけれど、ここでのブレッソンは、じつに不器用な「誘惑者」として描かれている。映画を撮ることで特権的に彼女に近づき、彼女を世間から隔離して独占しようとするが、しかしそのさいごの一線は越えることがない。たとえヴィアゼムスキーがそれを待っていてさえも。ヴィアゼムスキーはそんなブレッソンの「誘惑」にあらがい、そして屈し、またさからいながら、そのなかで女としても女優としても成長していく。すべてがヴィアゼムスキーが過去を回想して語るモノローグのようなかたちをとりながら、不安におどおどするただの高校生から「とくべつな」女優へと脱皮していくさまを語る語り口は絶妙である。あるいみ、おんなのこはいったい何を待ち望んでいるのかということをお勉強させてもらうような語り口でもあって、ブレッソンだとかのことを知らなくてもじゅうぶんに、一冊の小説としての魅力をもっている。

 彼女の母と、そしてあるひとり(「彼」とだけ書かれる彼女の初体験の相手なのだけれど、これって、クロード・ミレールなんじゃないの?って推理してみたくなる)をのぞいてすべて実名で書かれている登場人物たちは、そう、きらめくような「セレブ」ばかりである。ヴィアゼムスキーの祖父のフランソワ・モーリアック(わたしもおおむかし、「テレーズ・デスケルゥ」とか読んだよ〜何もおぼえてないけれど)、叔父でやはり作家のクロード・モーリアック、そしてブレッソン、撮影監督のギスラン・クロケ(この本では「ギラン・クロケ」と表記されている)、「バルタザール」に出演していたピエール・クロソウスキー、そして撮影中にブレッソンへのインタヴューにあらわれる、ヴィアゼムスキーのまた次の話の主人公になるであろうゴダールなどなど。ブレッソンがゴダールのインタヴューを受ける場面など、ちょっと笑っちゃうというか、いったいこのときにゴダールはどんな表情だったんだろうかねえなどと、つい空想してみたくなる。

 しかし、ついブレッソンに対して「不器用な誘惑者」などという感想をもってしまったけれど、ブレッソンという映画監督にとっては、これが理想的な「女優」の育て方だったんだろう。彼の不器用さは、彼のような映画をつくる作家にとっては「宿命」なのかもしれない、などと思う。それは、対象を「愛(め)でる」ということで、最良のものを引きだす手管(てくだ)ということなのだろう。本のなかでヴィアゼムスキーの親族が語るように、彼(ブレッソン)はロジェ・ヴァディムではないのだから。

 



 

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■ 2010-12-11(Sat)

 らいしゅうの土曜日は、EさんとFさんとで忘年会ということになった。おそらくこの時期、チェーン店の居酒屋などでは時間制限がされていることだろう。そういう店に行かなければいいだけのはなしだけれども。
 土曜日が休みでなくなってしまい、まえに書いたようにラジオが聴けなくなるのがつまらないので、録音しておいてあとで聴くようにしようかと考える。じつはいままでずっと、もっているCDプレイヤーのチューナーでFMを聴いていたのではなく、むかし流行した短波放送も聴けるBCLラジオ、なつかしいナショナルのクーガってヤツで聴いていた。とにかく感度がいいので重宝していたけれど、エアチェックまでできる種類ではないので、まずはCDプレイヤーでFM放送を受信できるように、アンテナをセットすることからはじめる。アンテナといっても、プレイヤー本体のアンテナ口に長い針金を差し込むだけ。これをきのう実験してみたけれど、「なんだ」というぐらいに良好である。プレイヤーを買ったときにFM用のアンテナもついていたのだけれども、これがまるで役立たずでまったくFMを受信できずに、ずっとあきらめていた。なんだ、ただの針金がこんなに有能ではないか。ばかばかしくなった。
 つぎはエアチェックだけれども、テープではなくてMDの方が長時間録音できるのでMDを使う。これをけさセットして、テストしてみた。録音状態にセットしたつもりでそのまましごとに出かけ、帰宅して聴いてみると、これがみごとに録音失敗していた。どうもMDの使用方法が使うたびに思い出せなくなっていて、こんかいも録音までの手順をひとつ忘れたまま「よし」としていた。らいしゅうの土曜の「ウィークエンド・サンシャイン」はRichard Thompson の特集なので、そのときにうまくエアチェックできればよい。よい予行練習になった。

 セットしたままのFMは、ゴンチチの「世界の快適音楽セレクション」を流していて、そのまま聴いていたら「おっ」という音楽を聴いて、久しぶりに興奮してしまい、そのグループを調べたり、Amazon で在庫をみたりしているうちに、いきおいあまってそのままAmazon で注文してしまった。せんじつは維新派の公演で内橋和久さんのCDを買ったし、もうずいぶん長いあいだCDなど買わなかったのがここにきて暴走している。
f:id:crosstalk:20101213162205j:image:right きょう買ってしまったのは、カナダのPo' Girl というグループの3枚目か4枚目のアルバム、「Home to You」というもの。三人か四人のメンバーはドラムズ以外は女性で、それぞれがマルチ・ミュージシャン。自分たちの音楽を「Urban Roots Music」と呼んでいるらしいけれど、フォークの要素にブルーズやジャズをミックスさせたような音で、思いがけない楽器の取り合わせの音が新鮮だったし、ゆるいコーラスの重なり方がわたしのツボにはまってしまった。まあ手元におけばすぐに飽きてしまうのかもしれないけれど、しごとをはじめたお祝いということで「無駄遣い」をよろこぼうと思う。

 さいきんはニェネントにかまれてもあまり痛くないぞ、などと思っていたけれど、またちかごろ強くかんでくるようになった。きょうも流血騒ぎである。そんな騒ぎはわたしのせいじゃないとばかりにベッドの上で丸くなって寝ているニェネントをむりやり抱くと、その前足の肉球がぽっかぽかにあたたかかった。にんげんの子どもとかでも、眠っているときとかにはそのからだ(手のひらとか)がぽかぽかあたたかく感じられるけれど、ネコでもやはり同じなのだった。

 きょうは古い劇映画を一本観た。

[] 「エデンの東」(1955)  エリア・カザン:監督  「エデンの東」(1955)  エリア・カザン:監督を含むブックマーク

 ジョン・スタインベックの原作はもっともっと長期にわたるある家族の物語を描いていて、この映画化された作品はその一部の映画化にすぎないということ。原作はかなりエグそうで、いつも読んでみたいと思っているけれど、長さも半端ではないし、なかなかおいそれと手が出せるものでもない。で、この映画版だけれども、そういうわけでかなりの量の会話でもって、この映画の枠の外で起こったことなどを説明する。つまりはアダムという父と、その双子の息子のひとりキャルとのあいだの愛憎劇という色合い。双子の兄のアロンは父に信頼される「いいこちゃん」の優等生だけれども、現実の醜さ、残酷さを知らないおぼっちゃん。逆にキャルはアロンにないネガティヴなものばかりをもっていると、じしんでも思っているわけで、それは双子を産んだあとに父に発砲する事件を起こして出奔した母から受け継いだものではないかと思っている。父は母の行方はわからないといっているけれど、ついとなり町で酒場(おそらくは娼館でもある)を経営していることをキャルは知っているわけ。野菜を冷凍して運搬する技術を開発しようとして失敗した父のために、キャルは母から金を借り、大豆相場に投資して父の損害分を稼いで父の誕生日祝いに贈ろうとして、「汚れた金」と拒絶されるのだね。アロンには恋人のアブラがいるけれど、アブラにも父から愛されなくなったと思った時期があったところから、ただ清くて正しいだけの愛情を寄せてくるアロンよりもキャルに同情し、惹かれはじめる。
 ひとつには、そのアブラが語るように、「清くて正しいだけの愛情」というものがいかに現実から目を背けることで成り立っているか、もっと汚れたもののなかにこそリアルなものがあるのではないのか、というあたりをズバリと描いている作品だと思うけれど、だったら、この映画での母親の描き方はちょっと中途半端なのではないかという気もする。とくに、さいしょに「話したいことがある」と母をたずねて追い払われてしまうキャルが、つぎに母と出てくるシーンではおたがいを認知してしまっているわけで、ではいちどはキャルを追い払った母はどのようにしてキャルを認知したのか、キャルがいった「話したいこと」とは何だったのかということが、この映画ではふっ飛ばされてしまっている。わたしなどはその飛ばされた部分にこそ、この作品のかなめの部分があるように思ってしまうので、いささかなりと不満である。

 キャルを演じているのはジェームズ・ディーンで、このひとの映画をちゃんと観るのははじめてだけれども、なるほど、ちょっとそこらにない魅力をもっていたひとなんだなあ、とは思う。とくに、アブラと移動遊園地の観覧車のうえでキスするときの、顔の角度とか、宙に浮く腕の位置だとか動かし方なんかはゾッとするものがあるし、父に差し出した紙幣を受け取ってもらえずに泣き崩れる演技なども印象に残る。

 




 

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■ 2010-12-10(Fri)

 きょうもまた、ぽかぽかとあたたかい陽気だと思う。「だと思う」というのは、どうもさいきんわたしの寒さへの耐性がまた強くなったようで、職場でほかのひとが「寒い」といっていても、じぶんではあまり寒いと感じていない。だからきょうがあたたかい陽気だと思っているのはわたしぐらいのもので、ほかのひとは「きょうも寒い」と思っているのかもしれない。

 しごとを終えて帰宅したあと、ドラッグストアへ買い物に行こうと家を出て、ちかくの公園のまえにさしかかると、道路に近いベンチのわきに、ひとがデ〜ンと倒れていた。ベンチからころげおちてそのまま動いていないようなかっこうで、ものすごく不穏である。病気なのか、もう死んじゃってたりするのかもしれない。この公園はミイがよくうろついていた公園でもあったので、その公園でひとが倒れているなんて見たくないと、わけもなく思う。近くに寄ってみると、大きないびきがきこえた。死んでいたりとかいうようなことではなかったのでホッとするけれど、いびきをかいているというのは脳卒中で倒れているという可能性もあるわけで、あたりにひともいないし、しかたなくわたしが公園のなかに足を踏み入れて、倒れているひとのそばに寄り、かがんで「もしもし?」と声をかける。反応がないので、倒れているひとの胸に手をおいてゆすって、「だいじょうぶですか?」ときく。六十がらみのおじさんで、顔はちょっと赤らんでいる。「だいじょうぶですか?」と何度かきくと何か返事をされたので、よく耳をすませると小さな声で「だいじょうぶ」といっていた。ほんとうにだいじょうぶなのか? つまり、ただ酒に酔って寝ているだけなのか? 「じゃ、このままにしておいていいんですね?」ときくと、「いい」という。じゃあほんとにほっとくよ、って感じで立ち上がると、うしろの道路ぎわに車がとまっていて、中のひとが心配そうにこちらのようすをみていた。っていうか、ウチのマンションの上の階の方だったんだけれども、「だいじょうぶだそうで、このままにしといていいっていってるんですよ」と話すと、「酔っ払いなのね、びっくりした」といって車を発進させていった。
 わたしもそのまま買い物に行こうと思ったけれど、気になっていちど帰宅して警察に電話した。かくかくしかじかと話すと、「その男のひとはどんな服装ですか」とかきかれる。近くに自転車がおいてあったというと、「どんな自転車でしたか」ときかれる。自転車は自転車で、「どんな」ときかれてもこまってしまうわたしなのである。で、場所をきかれて、どこそこのコンビニの裏の公園だというと、「それはあなたの家の南側にある公園ですか」ときかれる。つまりむこうでは、通報を受けた時点でその通報者がどこから電話しているのか把握しているということだろう。それはそれで緊急のときなど役立つこともあるだろうけれど、いまはわたしの家がどこにあろうが、わたしの通報の内容にはまるで関係ないだろう。それをどこから通報しているのかわかっているみたいに匂わせるのは、あまり愉快ではないと思った。いたずら電話の可能性を考えて牽制しているのだろうか。いま出かけて公園に警官が来るのとはちあわせとかしても何だかイヤなので、しばらく部屋でじっとしていた。プチ犯罪者気分? あとで外に出ると、もう公園にはだれもいなかった。

 いまこのあたりは県議会選挙戦のまっさいちゅうで、きょうはひるすぎからM党の前党首、というか政府の前首相だったH氏が、線路の向こうのスーパーの駐車場に同党候補の応援に来るという。たんじゅんな好奇心で見にいくことにした。というか、アーミージャケットを着て、「タクシードライバー」のデ・ニーロのマネをしに行った。モヒカンにはしないけれど、「オレに用か? オレに話してんのか?」というセリフは、口のなかでつぶやいて練習してから出かけた。
 もう演説会の場所の駐車場には何百人かのひとが集まっていて、その入り口近くの車のわきに立っていると、そばのひとたちが「スナイパーはあっちの建物の屋上にいるんだよ」とか話している。このひとの群れのどこかに警護のひとたちがまぎれているのだろうか。H氏といっしょに車でやってくるのだろうか。
 しばらくすると黒い普通車が駐車場に入ってきて、わたしのけっこう近いところにとまると、運転席、助手席、そして後座席のドアが四方いっせいに開き、同時にそれぞれのドアから四人のひとが飛び出すようにおりてきた。そのなかのひとりがH氏で、まったく表情を変えずに、わたしのそばの群集に近づいてくる。両手を前に差し出しながら歩いてきて、やはり表情を変えないまま、どこを見ているでもないうつろな目つきであたりのひとたちと握手をはじめた。そのまま横へ移動しながら、あたりのひとだれかれかまわず握手していく。まるで握手ロボットみたいだった。ちょっとばかし感銘を受けてしまった。H氏はぐるりと握手してまわってからあたりさわりのない応援演説をして、そのあとどこかに姿を消してしまった。かんじんの候補者と握手することもなかったと思うし、候補者とふたり並んでアピールするようなパフォーマンスもなし。ふうん、という感じ。まあ党内情勢もたいへんらしいからね。ぼうっとしていたら、思いがけなくも巡回してきた候補者の方に手を差し伸べられ、握手してしまった。ダメダメな「タクシードライバー」であった。

 きのうブニュエルのドキュメンタリーを観たもので、きょうもいくつかのドキュメンタリーを観た。

[] 「極北の怪異」(1922)  ロバート・J・フラハティ:監督(サイレント作品)  「極北の怪異」(1922)  ロバート・J・フラハティ:監督(サイレント作品)を含むブックマーク

 この邦題はどうよ、と思うのだけれども、原題は「Nanook of the North」。Nanook(クマ)とはつまり、このドキュメンタリーの主役であるイヌイットのハンターの呼び名である。さいきんはちゃんと「極北のナヌーク」という邦題も並行して流通しているようだけれども、「極北の怪異」というのは捨てられないのか。
 ドキュメンタリー映画の始祖として知られるフラハティ監督の、さいしょに注目された作品がこの「極北のナヌーク」だけれども、観ているとつまりは製作者(フラハティ)自身が、しばらくの期間被写体に選んだひとたち(ナヌークとその家族)と生活をともにした上で、ストーリーボードを描いて撮り上げた作品だろうということが想像される。この方法はドキュメンタリーのひとつのあり方として、現代にいたっても継承されているものだろう。フラハティ自身もこの「極北のナヌーク」のあとも、有名な「アラン」(1934) などでこの方法を繰り返している。
 で、フラハティはこのドキュメンタリー映画でなにを撮っているかというと、この映画を観るような環境の人たちがもちろん見たこともない世界、想像もつかないような辺境の地で、自然の脅威のもとで生活するひとびとの姿をとらえることだろう(「アラン」もわたしはずいぶんむかしに観たけれど、方法論は同じ、だと思う)。そしてそのような苛酷な条件下で生活するナヌークのファミリーの、ある意味底抜けの明るさのようなものをみごとにフィルムに定着しているということになるだろう。もちろんその「明るさ」を引き出して記録できたのは、彼らとともにある期間生活し、被写体のファミリーからの信頼を得ることができていることの、その証でもあるだろう。それは、吉田喜重監督が彼の短編「夢のシネマ 東京の夢」で描いたような「映画の暴力」から逃れるための、ひとつの方策ではあっただろう。

 しかし、たとえばきのう観たブニュエルの「糧なき土地」を観てしまったあとになっては、こうした映画つくりへのオプティミズムさえ感じさせる対象へのアプローチでは、何かを隠ぺいしてしまうおそれもまた存在するのではないかという気がしてしまう。また逆に、このようなアプローチが生み出す害悪もまた存在するのではないのか、ということも考えるべきかもしれない。
 そういうこととどう結び付くかわからないけれども、わたしなどが現在この作品を観て抱く違和感があることはたしかで、それはイヌイットとの交易のために設けられた交易所での描写ということになるかな。そこで主人公のナヌークは狩りで得たキツネやアザラシの毛皮を「文明の利器」と交換したり、蓄音機に耳を傾けたりする。
 イヌイットに「文明の利器」が必要ないなどとはいわないけれども、こういう交易の結果としてイヌイットが貨幣社会に巻き込まれてしまうのはまちがいのないことで、そのことはイヌイットの互酬性経済原則を破壊することになってしまうだろう。つまりそもそも、この映画製作者がナヌークと生活を一時期でもともにするだけで、ナヌークらの生活の何かが外からの攻撃を受けていることを意味してはいないだろうか。時代的な制約もあっただろうが、監督のフラハティはそれらのことにあまりに無自覚すぎるのではないか。つまり、いまこの作品を観るということは、そういうことだと思う。

[] 「流網船」(1929)  ジョン・グリアスン:監督(サイレント作品)  「流網船」(1929)  ジョン・グリアスン:監督(サイレント作品)を含むブックマーク

 原題は「Drifters」。そのロバート・フラハティ監督の「極北のナヌーク」に深く影響され、イギリスのドキュメンタリー映画運動の中心的人物となったのがジョン・グリアスン監督で、「流網船」はその代表作といわれているらしい。映画技術としてエイゼンシュタインにも多大な影響を受けたらしく、「モンタージュ」理論の応用とみても興味深い作品。彼はイギリスの産業にスポットをあてた作品が多いようで(「帝国通称局」という部署の映画部門に在籍していたらしい)、この作品はイギリスのニシン漁に従事するひとびとを描いた作品。きっちりとしたストーリーボードがまずは存在して、そのストーリーボードからまったく「ずれ」をみせずに完成させているだろうという印象。フラハティ監督がストーリーボードを基本にしながらも、撮影中に起きる予期せぬ突発事態も作品に取り込んだ製作姿勢とはちょっと違う。
 まずは海などとは関係のないイギリスの田園のなかの住宅地の俯瞰から作品がオープンし、その住宅地から出勤する労働者の姿が写されると、つぎのカットではもう漁港に並んだ漁船の映像になる。港から漁船が出航し、そのなかではたらく船員の姿があれこれと描写される。網の手入れをするひと、船を目的地へみちびくひと、エンジンを動かすひと。労働のさまざまな形態を記録しようとする強固な意志が感じられ、出航から操業、そして帰港、それ以降の流通の段階でそれぞれのさまざまな労働者の姿が描かれる。ストーリーボードのためにはカメラの前で起こることを時系列にそって撮影し、その順で編集するようなことは放棄され、たとえば海中を泳ぐニシンなどの魚の映像は、もちろんカメラが同行した漁船が遭遇する魚ではなく、水槽などで別撮りされた映像である。また、たとえば船中の漁師たちが朝に目覚める前にに、短いイギリスの田園の風景が挟まれ、それは漁師たちがみていた夢なのだろうということになる。ある種の状況を示す映像は時系列に関係なく使い回しされ、いっしゅの映画的ドラマトゥルギーが発揮された作品だろうということで、劇映画的な演出姿勢もまた感じとれることになる。やはり「マスターピース」だと思う。

[] 「グラントンのトロール船」(1934)  ジョン・グリアスン:監督  「グラントンのトロール船」(1934)  ジョン・グリアスン:監督を含むブックマーク

 十分ほどの短編で、ほとんど「流網船」のダイジェスト版。サウンドトラックがついているけれど、それがBGM的な音楽ではなく、じっさいの船のなかで聞かれたであろう汽笛の音だとか、ひとびとのしゃべり声などの「ノイズ」だというあたりがすばらしい(ただし、同時録音ではないだろう)。

[] 「産業英国」(1933)  ロバート・J・フラハティ:監督  「産業英国」(1933)  ロバート・J・フラハティ:監督を含むブックマーク

 そのジョン・グリアスンがプロデューサーとして、尊敬するロバート・フラハティを呼んで、撮影、監督を依頼したのがこの作品「Industrial Britain」。ジョン・グリアスンも共同監督的な立場にあったらしいけれど、ハイ・テクノロジーを信奉するモダニストのジョン・グリアスンと、労働者の職人的手仕事に惹き付けられているロマンティストなフラハティとの衝突だと。
 石炭を採掘する労働者やガラス職人、高性能エンジンをつくるひとびと。ガラス工芸はいまでもイギリスの職人技術の代表産業だし、石炭もいまでもなお採掘しているだろう。エンジンを駆使した航空機産業がどのくらいのものか知らないけれど、いささかなりと大英帝国の衰退を感じさせる作品になってしまったのが哀しい。エンジン製作技術など「他国の数世代は先行している」とのナレーションもあったけれど、どうなんだろう。日本のハイテク技術も危うい。
 ジョン・グリアスンというひとは、「流網船」でも船舶エンジンとかの描写が好きだったみたいだけど、メカフェチなのだろうか。「未来派」の機械礼讃、「メトロポリス」のメカ描写などと合わせて、この時代の時代精神を感じればいいのか。

 




 

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■ 2010-12-09(Thu)

 すぐにやんでしまったけれども、あさ、出勤するじかんにはすこし雨が降っていた。

 タバコの喫煙本数をへらすのがこの秋の課題だったわけで、それでしごと先にはタバコをもっていかずにいて、勤務中は休憩時間にも喫煙しないようにしている。「ああ一服したいなあ」ということは休憩のたびに思うことだけれども、手元にタバコがないのだから吸わない。これで喫煙本数は減るはずなのだけれども、あさ起きて出勤するまでのあいだにモーレツに喫煙してしまう。クセになってしまった。だいたい四時に目覚しで起きて、四時五十分に家を出るまでに四本は吸ってしまう。これはいくらなんでも過剰だと思う。さらに仕事を終えて帰宅して、また続けざまに吸ってしまうから、しごとちゅうに禁煙していることは何にもならない。こうして日記に書いておけば書き手は反省して、いくらか喫煙量を減らそうとするかもしれないので書いておく。

 さいきんの食事はひるがスパゲッティ、よるは白菜を使ったかんたんな料理と定着している。スパゲッティはミートソースのレトルトパックを買って、これにカットトマトの缶詰をひと缶まぜ、ちょっと調理して保存しておく。六〜七回分のミートソースになる。白菜はとにかくいまは安い。スーパーの地元農家産のコーナーにはまるごとで百五十円とかで売っている。これを買って、さいしょのうちの四、五回は外からむいていって料理する。そのあとは四等分して、一回にひとつずつ使っていく。つまり一個あればうまく使えば十日分の食糧になる。だいたい削り節としょう油で炒めるとか、ただ鍋仕立てに煮込んで酢じょう油でいただく。鍋にはポン酢だろうとこのあいだ買ってみたけれど、わたしにはポン酢というのはそんなにおいしいものではない、というか、たんじゅんな酢じょう油のほうがずっとおいしいと思っている。安あがりの味覚をもっているというのは助かる。

 ゆうがた、窓ぎわにすわっているニェネントのむかいの窓の外に、白と黒のブチのネコの影がうつった。いっしゅん、ミイの幻影があらわれたような気分になってしまったけれど、これはおそらくジュロームだろうと思ってそっと窓を開けると、やっぱりジュロームだった。わたしの姿をみてか窓が開いたのにおどろいたのか、跳んで逃げていってしまった。それでも台所でみているとまたベランダにやってきて、ニェネントと窓ごしに向き合って、しばらくそのままじっとしてた。
 そうか、ジュロームは元気だったのか。わたしが知らないところで、このベランダにはしょっちゅう来ているのかもしれない。ニェネントが窓のまえにゴロゴロしていることも多いけど、そういうときにいつもジュロームとご対面しているのかもしれない。
 もう、ネコのことはニェネントのことだけ考えていればいいのだと思っていたけれど、まだまだ「ネコたち」のはなしは続いているわけだ。ニェネントがメスでジュロームはオスというのもやっかいで、もうじき六ヶ月になるネコたちは、じきにさいしょの発情期を迎えることになるらしい。ジュロームがニェネントに反応して外でうるさくなくことは考えなければならない。もうわたしはジュロームをこの部屋で飼おうという考えはまるで持っていないけれど、ベランダに来るのを追い払うのは、感情の問題でなくともむつかしい気がする。いや、感情の問題もある。ジュロームはミイがこの夏に産んだ五ひきの子ネコのなかで、いちばんにミイのおもかげを引きついでいる。きょうもちらりとジュロームの顔をみて、ミイに似ているのでドキリとしてしまった。いったいどうなることやら、わたしが決めることでもあるけれども、わからない。

 きょうはブニュエルのドキュメンタリー、「糧なき土地」を観た。

[] 「糧なき土地」(1932)  ルイス・ブニュエル:監督  「糧なき土地」(1932)  ルイス・ブニュエル:監督を含むブックマーク

 ブニュエルの、「アンダルシアの犬」「黄金時代」に次ぐ第三作は、スペインの山岳地帯のあまりに苛酷な状況下に生活するひとびとをとらえたドキュメンタリー。ただ教会だけが豪華な集落には、「生きることの苛酷さ」を耐え忍ぶためだけに生きているようなひとたちがしがみついて生活している。なぜか学校教育のレベルが「世界水準」であることが描かれるが、ではその教育が、この地で生きるひとたちにとってどんな役に立っているのかと、まずはブニュエルは問いかけているようでもある。そして何の機能もはたしていない教会。この地に生活するひとたちには、宗教心も知識も役立てる機会はないように見える。ここに、ブニュエルの「近代」もしくは「現代」への批判がこめられているのではないだろうか。いったいなぜ、この村びとたちはこの苛酷な土地にしがみついているのか。ほとんど村以外の土地と交易もなく、近親婚の弊害もあらわれているとフィルムは伝えている。考えてみれば、ずっと過去からこのような状態がこの村に続いているのであれば、とうに住民も絶えて村自体が滅びてしまっているはずではないかと想像がつく。そうではなく、いままさにこのような「滅亡」への道を歩んでいるこの村は、ごく近接した時代に、何か根本的なものが断ち切られてしまったのだろうということになる。そして、救いの手はいまだにどこからも差し伸べられてはいないということ。そして、いまこの作品を観て、わたしなどは現在形のアフリカの国々のことを思い浮かべてもしまうことになるのだが、つまりここに描かれているのはひとの手でつくり出された災厄なのではないか、この約八十年まえのスペイン山岳地帯の悲劇は、アフリカという大陸全体をおおうような形で、いや、世界中のいたるところで、現在にいたっても大規模に再現されているのではないのか、ということになる。この作品でブニュエルが告発する何かが、現在もなお世界を徘徊している。





 

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■ 2010-12-08(Wed)

 先月から少々躁状態ではしゃいでいたのも先週でひとつ盛り上がりを終え、ミイの死ということもあって、いまはなにも手につかないような状態。いちにちニェネントと遊んでばかりいる。まあネコと遊ぶといってもじかんてきに持続するのはせいぜい二、三分のことで、いちにちのじかん配分でかんがえるとそれほど長いじかんではないだろうけれど、ニェネントが動いているのをみると、かまってしまいたくなる。

 ずっとつけていた収支明細、つまり家計簿をつけるのをやめた。べつにつとめはじめたからというのでもないけれど(しごとをはじめたからこそ収支明細がひつようかもしれない)、だいたいの倹約のしかたはもう身にしみついているというか、収支明細をつけたからなにかが変わるとか、ふりかえってみてどうこうとか考えることが、最近はまるでなくなってしまったものだから。

 あさ起きたらまた雨だったけれど、職場はちかいのでやはり傘をささずに出勤する。雨はすぐにやんで、職場から雲のきれまに筑波山がうっすらと冠雪しているのがみえた。職場のひとたちもみなおどろいていた。そんなに寒いという実感はまるでない。

 きょうもヴィデオを一本観た。

[] 「ゴシカ」(2003)  マチュー・カソヴィッツ:監督  「ゴシカ」(2003)  マチュー・カソヴィッツ:監督を含むブックマーク

 純然たるアメリカ映画だけれども、監督は「クリムゾン・リバー」以来のマチュー・カソヴィッツだった。製作にロバート・ゼメキスの名前も見えて、ゼメキス監督の「ホワット・ライズ・ビニース」ばりの過剰なサイコ・スリラーになっていた。ものすごくウソっぽい話なんだけれども、それでも過剰な演出でさいごまで引っ張ってしまう。こういう過剰さは好き。要所要所に「リング」などの日本のホラー映画の影響みたいなものも感じさせる。ロバート・ダウニー・Jr がじつはやっぱりワルいことやっているヤツなんじゃないかと引っ張っておいて、ラストにあれれとうっちゃるあたりは強引だけど、とちゅうまで観客に展開を読ませておいてのうっちゃりだから効き目はあるという感想。その後エンディングでもすっかり無視されるロバート・ダウニー・Jr あわれ。
 Limp Bizkit というバンドの音を聴いたことはなかったけれど、エンド・ロールにかぶさるThe Who のカヴァー曲、「Behind Blue Eyes」はとてもよかった。





 

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■ 2010-12-07(Tue)

 しごとは休み。ニェネントといちにち遊び、ときどきミイのことを思い出す。図書館に本を返却してあたらしく借りてきて、ゆうがたに久々にひかりTVのヴィデオ配信を観る。なんだか今月はほとんどヴィデオとか観ていなくて、安くはない契約料がほとんど捨てるようなものになりそう。そんなに観たいという作品もあまりなくなってしまったし、かなり多くの同じ作品が、あるていどのサイクルでくりかえし放映されたり配信されたりしている状況もわかった。それでもけさはシュワンクマイエルの短編集の放映を録画するのを忘れ、これはたぶん待っていても再放映とかされそうもないので、ちょっとがっくりしている。

 図書館で借りた本は以下の四点。
   ●「少女」アンヌ・ヴィアゼムスキー:著
   ●「アルトー 思考と身体」宇野邦一:著
   ●「抵抗の快楽 ポピュラーカルチャーの記号論」ジョン・フィスク:著
   ●「民族という虚構」小坂井敏晶:著

 アンヌ・ヴィアゼムスキーはこの本の翻訳出版に合わせて先日来日もして、彼女の出演した映画もまとめて上映されたりしてわたしも行きたかったのだけれども、しごとをはじめたりしてしまった時期でパス。この本は、彼女がブレッソンの「バルタザールどこへ行く」に主演した時代の回想のような作品らしい。
 アルトーについては、じつはあまりよく知っていないではないかということで。
 「抵抗の快楽」は、たとえばケニアのひとたちが「都市を飼い慣らす」のであれば、わたしたちの都市の飼い慣らし方のヒントはポップ・カルチャーのなかにあるのではないか、ということで読んでみようと。書物としてはカルチュラル・スタディーズの一環、らしい。
 「民族という虚構」は、アフリカの勉強、そして「世界史の構造」のつづき。ネーションとトライブのことをもう少し知りたい。また読めない本が出てくるのではないかと思う。

 ヴィデオで観たものもアフリカ関係。

[] 「ブラッド・ダイヤモンド」(2006)  エドワード・ズウィック:監督  「ブラッド・ダイヤモンド」(2006)  エドワード・ズウィック:監督を含むブックマーク

 シェラレオネの「紛争ダイヤモンド」をテーマとした作品。おそらくはシェラレオネの漁師(ジャイモン・フンスー)こそを主人公としてつくるべき作品だと思うけれど、まあ興行的なこともありますのでディカプリオを主役にし、ジェニファー・コネリーを相手役に考えて脚本を練ってみました、という感じの作品。で、ディカプリオをローデシア出身としてバランスをとっているのだろうけれど、アフリカ生まれの白人という彼のアイデンティティーの問題を描くというわけでもなく、「善行」に目覚めてしまった男、というあたりにとどまる。監督は「ラストサムライ」を撮ったひとだそうで、視点としても「ラストサムライ」をなぞるようなところもある。ディカプリオとジャイモン・フンスーが対峙して立っているところでカメラがふたりにまわりこむと遠景で砲弾が炸裂して、戦争状態がはじまるという描写のあたり、演出の力を感じる。ただ、「ブラックホーク・ダウン」でのソマリアのゲリラの造型と、この「ブラッド・ダイヤモンド」での統一革命戦線(RUF)幹部の造型とがまったく同じみたいなもので、このあたりがハリウッドのステレオタイプ的造型とすると、どうも困ってしまう。その背景まで描く余裕はないのだろうけれども、この映画でいえば「シェラレオネ紛争」とは何だったのか、というのはほとんどわからない造りだろうと思うが、西欧の企業などにも責任があるのだということは匂わせる描写(「ナイロビの蜂」での「告発」には届かないだろうけれど)。ただ、主人公の漁師が西欧的な「知」を有し、西欧的な価値観を「是」としているあたりは、都合がよすぎるのではないかということになる。
 このようなレア・メタル、貴金属の採掘が国家の内戦にとてつもない拍車をかけたことといえば、コンゴでのタンタルの採掘のことも思い出される。まえにも書いたことがあるけれど、タンタルという鉱石はタンタル・コンデンサの材料であって、そのコンデンサは携帯電話機にいくつも使われていた。携帯電話一台の内部には、虐殺されたコンゴのひとたちの血が閉じ込められていたわけだ(Wikipedia を読むと、「紛争ダイヤモンド」とはちがって、この問題は解決されているとはいいがたいように思える)。





 

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■ 2010-12-06(Mon)

 きょうは久しぶりにしごと。二日連休があっただけなのに、ずいぶん長いこと休んでいたような気がする。月曜日ということもあってしごとも久々にヒマで、「さあやりがいのあるしごとがきたぞ!」などと思っても、ほかのしごとにあぶれたひとたちがワッと集まってきて、あっというまに終わってしまったりする。あしたはまたいそがしくなるだろうけれど、わたしはまたあしたは休みなのである。ちょっと悪いような気になってしまう。

 部屋のなかがすっかりちらかってしまっていて、つまりその原因のほとんどはニェネントの狼藉のせいなのだけれども、「もうすぐどうせ大そうじをやるわけだから」と、放置してしまっている。
 もうニェネントには部屋をこわす以外なら思いきりわがままをやってもらってもいい。ニェネントはミイの、つまりは忘れ形見である。きょうはミイが死んでから七日目。とにかくそれこそニェネントをネコっかわいがりにかまってやって、いつまでもわたしの腕にかみつかせて遊ぶ。ほんとうはミイとこうやって遊べたら、どんなにか楽しかっただろう。ニェネントは前足でわたしの腕をかかえこんでかみついてきて、さらに後ろ足でわたしの腕をキックしてくる。ちょっと痛いけれども、流血騒ぎにはいたらないでいる。

 図書館から借りている本を、読み終わった。

[] 「都市を飼い慣らす アフリカの都市人類学」松田素二:著  「都市を飼い慣らす アフリカの都市人類学」松田素二:著を含むブックマーク

 はたしてアフリカは、西欧の支配によって、どこもかしこもただ一方的にボコボコにされてきただけなのか?という、いってみれば素朴な疑問もあってこの本を読んだ。扱われているのはケニアの都市ナイロビ周辺に住むひとびとの、彼らの出身地である「村」での生活と、「都市」での生活、意識についてのフィールド調査。アフリカのなかのピンポイント地域一ヶ所での調査にもかかわらずタイトルに「アフリカ」とうたうあたりに、すでにアフリカ問題とでもいうものがあるのだろうと思ってしまう。本書のなかに散見する「アフリカ人」という記述にも疑問を抱いてしまうわけで、この書物で調査研究された事象は、ではエチオピアの都市にもセネガルの都市にも、コンゴにも南アフリカにも共通するものなのかということになる。いったい、「アフリカ人」とは誰なのか?

 そういう疑問はさておいて、これはケニアという国でのフィールド調査として、やはり興味深くも新しい見方を提示してくれる書物ではあった。著者の調査したひとびとはケニアの同じ集落/村地域からナイロビに「出かせぎ」に出てきているひとびとなのだけれども、彼らは一様に「ナイロビでの生活は金銭をかせぐための仮の生活であり、故郷の村での生活こそがリアルな生なのだ」と語ることになる。彼らのナイロビでの生活は、日やといのしごとにありつければ万々歳、職にありつけずにいちにちが終わってしまうひとの数の多い、決してかんたんに「金」をかせげるような環境ではない。それでも、村に生まれた男たちは成長するとかならずナイロビへと出かせぎに出ていく。これはもはや貨幣なくしては生活が不可能になってしまった、西欧化されたケニアでの強制された生き方ゆえなのだけれども、そのなかでインフォーマルな生き方を創造し、つまりは「都市を飼い慣らす」生活をあみ出すことになる。ナイロビで死をむかえる同じ土地出身の仲間たちのために葬儀の互助会ネットワークを創出し、その互助会が国家によってフォーマルな組織へと改組をせまられても、さらにしたたかにインフォーマルな「逃げ道」を用意する。いったい彼らにとって、都市に生きるとはどういうことなのか。

 こう考えてみると、彼らが「都市の生は仮、村の生は真」というワンパターンの語りにこだわり続ける理由は、きわめて戦略的なものであることに気づく。ワンパターン化された語りは、一方に苦難と混乱の都市生活、他方に安定と調和の農村生活を、対照的に対比させる。これらは見た目には対立しているように見えながらも、じつは対称的な一対の静的な論理世界を構成している。都市生活の混沌と無秩序がいかに強調されようとも、本当のところそれは定型化され固定化された形象である点で、調和的な農村生活の形象とは、ネガとポジの関係にあるといってよい。いわば美と醜をセットにした美しき仮象がそこにはある。彼らは、この一見分裂したように見える二つの仮象の中で、自己の本来の居場所を、後者の調和的世界の側に設定することによって、精神的な安住の地を獲得してきた。都市生活の極悪非道ぶりを語れば語るほど、また農村生活のパラダイスぶりを強調すればするほど、この美しき仮象は全体として強化され、後者に依存する彼らの安定はますます計られるというわけだ。

 これを著者は「象徴実践」と呼んでいる。この象徴実践にそって現実を変革するために、彼らは「おびただしい人間的努力に基づいた生活実践」をなしとげる。そのために、都市内で有効性をもつ同郷出身者が互いに親族意識を抱くようにしたり、さきに書いた互助会の創設などを行う。これを「生活の都合」に合わせた現実の微修正だと著者は書いていて、つまりはこれらの生活実践とは「ヨーロッパ近代が強制した枠にいったん飲み込まれながら、受容し屈服するなかで、内部からその仕組みを組み替え、ついには喰い破っていく力を秘めた抵抗の形態」ということになる。

 つまり、わたしの感想ではこれは実践的「不合理の超越」とでもいった感覚で、彼らケニアのひとびとは、その共同体のなかで負け犬のように屈服しているように見えながら、じつはしたたかに苛酷な状況を生き抜いているわけだ。それは「どん底」の陽気でしたたかな生命力とはまるで異なる、いっしゅ革命的な意志につらぬかれたものとも読み取れる。わたしはさいきんは共同体からいかに離脱して、孤立することのなかに意味を求めるかという視点を探しているわけで、そういう意味では、あたらしい共同体の創出ともいえる彼らの生き方からはちょくせつに影響を受けるものではなかったけれど、「Way of thinking」としては、あれこれのサジェスチョンを受けるものであった。




 

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■ 2010-12-05(Sun)

 きのうおとといの上京はとても楽しいものだったけれども、それだけ散財もしてしまった。帰宅して財布のなかみをたしかめて青くなったりする。これでらいしゅうもまたぜひ行きたい知人の公演もあるし、友だちと忘年会もやりたいし、いったいどうなってしまうのか。

 ニェネントの食事量がさいきん増えたようで、出してあげたキャットフードがすぐに空になってしまう。食べる分だけ運動量も増えたというか、室内を縦横無尽にかけ回り、乱暴狼藉のかぎりをつくす。もうふすまはみるかげもなくボロボロになってしまっていて、カーテンはすぐにレールから外されてぶら下がってしまい、ほとんどボロ屋敷である。この状態ではとてもひとを招くこともできない。

     f:id:crosstalk:20101206163837j:image

 きのうずいぶんと歩き回ったせいだろう、足がちょっとつっぱってしまっているようで、違和感がある。まあかるい疲労というところで、たいしたことはないけれども、「くたびれた」という感じできょういちにちほとんど何もしないで、そのまま夜になってしまった。きのう書かなかった「維新派」の舞台の感想を書いて、きょうはおしまいにしよう。

[] 維新派 <彼>と旅をする20世紀三部作 #3「台湾の、灰色の牛が背のびをしたとき」松本雄吉:作・演出 内橋和久:音楽 @彩の国さいたま芸術劇場大ホール  維新派 <彼>と旅をする20世紀三部作 #3「台湾の、灰色の牛が背のびをしたとき」松本雄吉:作・演出 内橋和久:音楽 @彩の国さいたま芸術劇場大ホールを含むブックマーク

 三部作のラストだけれども、琵琶湖での#2、「呼吸機械」をわたしは観ていない。さいしょのブラジル移民をテーマにした「nostalgia」が、維新派としては思いがけずに「おとな」の世界を描いた、「風と共に去りぬ」のような一大ロマンを構成していたのにはちょっと驚かされたものだったけれど、「呼吸機械」ではまた維新派らしい少年少女の世界にもどっていたらしい、といううわさはきいていた。ではこのラストはどう締めるのかと、期待して観に行った次第。
 タイトルの「台湾の、灰色の牛が背のびをしたとき」というのはジュール・シュペルヴィエルの詩からの引用らしく、このあとに続く「同じ瞬間にウルグアイの牛が、誰かが動いたかと思って、うしろを振り返る」という詩句も、劇中で引用される。こんかいは明治からの日本のアジア進出、そして逆ルートとして90年代からのアジアからの難民がテーマ。太平洋の島々へ、国策として、または国から逃れて漂流するひとびとの、複数の視点によるさまざまなストーリーが展開する。

 ちょうど二ヶ月ほどまえに、川島雄三監督の1956年の作品「わが町」(原作は織田作之助で、「佐渡島他吉の生涯」のタイトルで舞台にもなっている)を観ていたのだけれども、その「わが町」の背景になっていたフィリピンのベンゲット道開発工事のことが、この維新派の舞台でも語られることになる。辰巳柳太郎の演じた「わが町」の主人公は「ベンゲットのターやん」と呼ばれ、その多くの死者をだした難工事を完遂させたことを誇りに帰国し、その後に娘や孫娘に恋人ができると「フィリピンへ行け」とたきつける。いっしゅのノン・ポリティクスの哀しさをテーマにしたような作品で、映画のラストでは主人公がプラネタリウムでフィリピンの夜空にひかる南十字星をみながら息絶える。
 この映画に出てきた孫娘の恋人が潜水夫であったことや、ラストの星降る夜の描写など、きょうの舞台とかぶってしまうシーンも多く、松本雄吉さんもまたこの「わが町」を観ていて、インスパイアされた部分もあったのではないかと想像してしまう。

 この、ベンゲット開発の挿話と並んで印象的だったのは、戦前にサイパン島にわたって財を成した山口百次郎をめぐるストーリーで、三十年かけて彼がサイパンに築いた王国は太平洋戦争によって一夜にして灰燼と化し、山口百次郎は子を宿していた現地人の妻とも別離させられ、命からがら日本へと帰ることになる。

 この舞台で描かれるひとびとは皆、軍人ではなく民間人という立場から、日本の環太平洋開発に乗ってしまったといえるひとたち。三部作のさいしょの「nostalgia」でのブラジル移民と共通するシチュエーションもあるけれど、ここでは太平洋戦争とその敗戦という、暗くて重い影がのしかかってくる。アジアの島々でひと旗揚げようと渡航する男たち、そして現地で男たちと出会う女たちを待ち受ける運命は暗い。日本の敗戦の後はまた、アジアの政治的不安定がボート・ピープルを出現させることになる。

 で、こんかいの舞台の演出について観れば、「維新派にこういう面もあったのか」という驚きを、強く感じさせられた。「nostalgia」でも「いままでとは違う」という感想を持ったりしたけれど、こんかいの舞台をおおう重さ、そして哀しさのようなものは、いままでの維新派の舞台で観られなかった種類のものではないかと思った。「移民」の問題は過去に「水街」などでも取り上げていたし、「nostalgia」もまた、もちろんそうである。しかし、大阪に移住した沖縄人の抱くノスタルジーや、ブラジル移民の抱くノスタルジーでもってこんかいの舞台を押し切ろうという視点、演出姿勢はない。維新派の舞台でおなじみの、ケチャ的な音楽にのせて歌うように語られる、「ジャンジャン・オペラ」の延長にこの舞台があることはたしかで、内橋さんによる音楽にも、いままでと共通するガムラン的な音づくりが聴けるわけだけれども、こんかいはどこかへヴィーな音づくりで、聴くもののこころにズシリとのしかかってくるように聴こえるのである。その音楽にのせて演じられる「群舞」的な部分にしても、やはり何かがちがう。男たちと女たちにはっきり分けられての「群舞」で、男たちは苛酷な労働にひしげていくようであり、大きな帽子を目深にかぶった女たちは、じぶんたちを押しつぶす哀しい運命を嘆いているように見える(この、帽子の女たちの登場シーンは、わたしにはとてもうつくしく感じられた)。この重苦しさ、そして、もの哀しさ。
 「nostalgia」のときも、ジャングルジムのようなところにとまった鳥を擬したような男たちが、「これはなんですか?」と問いかけていく印象的なシーンがあったけれども、こんかいも、「ここはどこですか?」「いまはいつですか?」という、(おそらくは)カバンを下げた少年の発することばに、裸電球の街灯(維新派的な意匠ではあるけれども)の下に立つ男たちが答えていくという展開になる。ここでストレートに発せられることばは、いままでの維新派の舞台では聴かれなかったしゅるいの「ことば」だった。それは、まさに「語ろうとして発せられることば」であって、いままでの維新派の舞台でここまでに「語られる」ことに重きをおいた舞台を、わたしは知らない。それは、「語らねばならないこと」があるのだという、松本勇吉さんの意志であるだろうし、その「語らねばならないこと」を、たくみにいままでの維新派の様式を使いながらもアレンジし、まさに「語っていく」という演出に、つまりは「こういう面もあったのか」という感想を抱いたりしたわけだけれども、それは新しい側面をみせてもらったという以上に、維新派の新たな可能性をみせてもらったという感想になる。わたしの観た回はしょうじきあまり客の入りがよくなかったようだったけれども、これからも関東での上演は続けてほしいものだと、切に願う。

 書いたように音楽がいままでになく印象に残ったので、終演後にCDを買った。演奏のみで「ことば」が入っていないことに思いいたらなかったけれど、気に入ってリピートして聴いている。




 

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■ 2010-12-04(Sat)

 もうあさに近い深夜に散会してひとりになり、二十四時間営業している書店で、電車が動きだすまでの時間をつぶす。動きだした山手線に乗り、車両のなかで眠ったまま山手線を何周もする。目が覚めたときには、始発の時間から五時間近く経っていた。つまり山手線をほとんど五周。新宿駅で下車し、いぜん知っていたころとはすこし様相が変わっていて驚いた三越の近くでタバコを一服する。新宿にはめずらしい野良ネコらしいうすよごれたネコが、ものかげに隠れていた。見覚えのないコンビニ店鋪が営業していたのでパンを買い、軽い朝食にする。きょうは昼からDさんと待ち合わせ、小石川の東大博物館の展示を観る。そのあとはさいたま芸術劇場で維新派の舞台を観る予定である。きのうほどの暖かさはなく、わたしにはちょうどよい気候だった。

 十二時にDさんと新宿駅でおちあい、Dさんと新宿で会うときにはいつも行く店で昼食をとる。この店も夜になると居酒屋になるのだと思うけれど、適度に照明を落としていて気もちが落ちつく。メニューもボリュームがあって満足度は高いということになる。食べ終わっても長居できるのも気にいっているけれど、きょうはあとの予定があるので早めに店を出て池袋へ行き、丸ノ内線で茗荷谷まで行く。ここから小石川植物園まで歩いて十分ぐらいになる。
 茗荷谷という駅で下車するのはわたしにははじめてだと思うけれど、駅から小石川植物園方面へ下りていく坂道がとても気もちがいい。並木と、大きな公園がたくさんある。湯立坂という名前のようだ。都内でも、こういうところなら住んでみたい気がした。
 Dさんとは、いぜんからこの小石川の東大博物館分室に来てみたいものだとはなしをしていたのだけれど、スケジュールがなかなか合わなかった。こんかいはちょうどケイト・ロードという作家の展示もかさなっていて、この展示が明日までなのだけれども、ギリギリにようやっと博物館来訪である。まあしょうじきな感想ではケイト・ロードという作家の力量もそれほどのものでもなかったのだけれども、全体に楽しい展示だったとはいえるだろう。たいした感想ではないけれども、感想は下に書く。

 小石川の博物館を出て、また茗荷谷周辺を歩いてお茶を飲めるところを探すけれど、これがなかなか見つからなかった。おかげでこのあたりをずいぶんと歩き回ってしまったけれど、快適なスポットだという印象はある。用事もなんにもなくっても、このあたりをブラブラと散策するだけで気もちが落ち着きそうで、時間があまってしまったときなど、ふらりと来てみてもいい気がする。
 これもなかなか快適な喫茶店をようやくみつけ、しばらくDさんと会話を楽しんでからさいたまへ出発。維新派の最新作、「台湾の灰色の牛が背のびをしたとき」を観る。きょねんの維新派の東京での公演は「標本」をテーマにしたものだったから、きょうのコース取りはきれいにつながって、ぴったりマッチしていたとDさんはよろこぶ。維新派の新作は「こういう演出もやるんだ」という驚きも感じさせられ、いままでの維新派とはまた異なった、ほんとうにすばらしい舞台だった。これも感想は下に。

 終演後、駅へもどり、駅の反対側にある居酒屋でちょっとだけ飲む。この居酒屋にはさいたま芸術劇場に来るたびに寄っているわけになる。いままであまり意識しなかったけれど、この店の串焼きは、わたしがいろいろなところで食べた串焼きでもトップクラスのおいしさとボリュームだと思う。モツ煮も美味である。

 わたしの終電にまだ時間を残しておひらきにし、駅でわたしは下り方向、Dさんは上り方向とおわかれする。おかげで終電よりも一時間近く早く帰宅できた。たしかにきょうは自画自賛できるすてきなコース取りで、博物館の展示も舞台公演もとても楽しめるものだった。家で待っていたニェネントはさすがにずっとひとりで寂しかったのか、帰ってきたわたしに大よろこびしてはしゃぎまわるようす。しじゅうのどをゴロゴロならしてわたしにまとわりついてくる。食事も多めに出していったつもりだったけれど、ぜ〜んぶ食べ尽くしてしまっていた。空腹でもあったんだろう。わたしはふとんのなかで、公演で買った内橋さんのCDを聴きながら、いつのまにか眠ってしまった。

[] ファンタスマ:ケイト・ロードの標本室 @東京大学総合研究博物館 小石川分室  ファンタスマ:ケイト・ロードの標本室 @東京大学総合研究博物館 小石川分室を含むブックマーク

 この東大博物館の小石川分室には、まだわたしが東京に住んでいたころに、森万里子が巫女さんパフォーマンスをやった「トランスサークル展」のときにいちどきて以来になる。森万里子の展示以降は「驚異の部屋」という展示がほとんど常設展示になっていままで続いているけれど、その「驚異の部屋」の展示にあわせてオーストラリアの作家ケイト・ロードの作品を展示したのがこの「ファンタスマ」展。ケイト・ロードという作家について知っていることはないけれど、まあフェイク標本を作成する作家なのだろう。こんかいの展示も、じっさいに「驚異の部屋」の展示を見たうえで、それに合わせた作品を製作したものらしい。しかし作家の資質がどちらかといえば「カワイイ」系に傾きがちなところもあり、「フェイク標本」としての強度には疑問もいだいてしまうところがある。ガラス容器に入れて置かれた作品よりも、壁にちょくせつ掛けられた作品の方がクリスマスのデコレーションっぽくもあって、会場にはマッチしていた気がする。動植物系の標本と対峙させた作品に比べると実験器具展示に合わせてつくられた作品はほぼ完敗で、資質的にはこのあたりはどうにもならなかったのだろうという印象。
 そこでまあ、常設展示の「驚異の部屋」の面白さにどうしても眼がいってしまうのだけれども、これがやはりなかなかの面白さで、たんなる「博物館展示」を越えた楽しさがある、ということになる。なにが楽しいかといって、つまりここに脈絡なく展示された標本や建築模型、そして実験器具などの展示物にはほとんど説明的なキャプションが付加されていないわけで、それに対峙した観客はみずからの知識、そして想像力を駆使して、受動的に展示物を受け入れるのではなくして、もっと主体的に展示物を解釈し、組み伏せてやるぐらいの気構えがあってはじめて楽しむことができるのだと思う。もちろん「お手上げ」状態になってしまう「わけのわからない」展示物も多いのだけれども、それでもかんたんにギブアップしてしまうのではなくして、やはり出来るだけ解釈の努力の労は払ってやっていいだろうと思う。こんかいわたしたちは展示二階の実験器具コーナーを楽しんで観て歩き、その窓際に並んだ、回転させるハンドルのついたさまざまな器具について、それが回転運動を別の運動(たとえば上下運動など)に変換するための装置であることに気付いたりする。ひとつのヒントに気がつけば、そこに並べられた器具装置についてのイマジネーションが拡がって、あたらしい視界が見えてくる。ある意味では美術作品を観るのに似ていて、ある意味では逆に美術作品を観るのとはまったく違う観方が浮かんでくる。いい頭脳回路の運動になるという感じである。また観に来てもいい。

 「維新派」の公演については、あした書きます。




 

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■ 2010-12-03(Fri)

 あさから雨が降っている。しごと場は近いので、傘をささないで出勤する。きのうよりもなお暖かく、半袖でしごとをしているひともいる。あさいちばんからいそがしく、職場内をあちこちととんでまわっているうちに、ひたいから汗がながれおちてきた。外では雨がはげしくなり、雷まで鳴るようになった。ちょうど小学生とかの通学時間で、パートではたらく職場のおかあさんたちが心配している。
 雷がいちど鳴ったあとは急速に雨脚がおとろえ、しごとが終わるころにはすっかりやんでしまい、雲のあいだから陽射しまでさすようになった。これではきょうはよけいに暑くなってしまうだろう。きょうは、いままで手こずっていたしごとをスムースに処理する方法がわかったので、気もちよくしごとを終えた。

 あしたからはとうぶんさいごになる連休で、しごとを終えてもまだいちにちは始まったばかりだから、きぶん的には三連休にちかい。こんやから東京に出て宿泊し、あしたはまた舞台とか観てよるおそくに帰宅する予定。それであさっても終日休みである。しかしきょうはこうやって暑いぐらいの気候だけれども、あしたはこの季節らしい寒さがもどってくるかもしれない。いったい何を着ていけばいいのか迷ったりして、けっきょくまた仕事着のアーミー・ジャケットで出かけることにする。なんだか四六時じゅうこの服装ばかりである。出かけるまえにまた半額セール中の古着屋へ行き、セーターとTシャツを買った。もう冬の衣服に心配はないだろう。

 もうほとんど空が暗くなってから電車で渋谷に向かい、Bunka村通りの奥にあるギャラリーへ行き、ih 舞台製作所の「哲学」と題された公演を観る。
 終演後、会場で演出の福田さんらとしばらく話をして、そのまま打ち上げに参加する。ミイのことを思い出して泣けたりして、ヤバいことになってしまうことを心配したけれど、ミイのはなしなどを積極的にすることで、ぎゃくに悲しみには距離をおけることがわかった。初対面のかたも、野良ネコが死に場所にひとの家を選んだというはなしに驚かれていた。
 電車が動いているうちにいちど散会し、音楽のAさん、コーディネーターのBさん、写真家のCさんとの四人で近くのバーへ移動して、ほとんど電車が動きだすころまで、楽しく灰皿でテキーラを飲んだ。

[] ih 舞台製作所「哲学」 福田光一:テクスト・演出 @渋谷・ポスターハリスギャラリー   ih 舞台製作所「哲学」 福田光一:テクスト・演出 @渋谷・ポスターハリスギャラリーを含むブックマーク

 ih 舞台製作所の福田さんの演出はさまざまな書物のテクストや映画のイメージからの引用を得意とし、そのなかから出演者の非日常的な身体がふいに立ち上がってくるような、ストレンジな感覚の舞台空間をいままでに何度も楽しませていただいた。今回もフーコーのテクストなどを引用し、打ち上げに参加されたみなさんの感想も好評のようだったけれど、わたしにはいくつか疑問を感じざるを得ない舞台ではあった。いちばん大きな疑問は、それら引用されたフーコーのテクストなどの「ことば」が、それこそタイトルをあらわす記号的なものとしてつかわれているのか、それともその内容についての突っこんだ解釈へと踏み込んだものなのか、ぼんやりと観てしまっていたわたしには、どうもわからないものだったということになる。おそらくはわたしのなかに、「哲学」という概念を思考する回路が不在だった、というせいなのだろう。





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■ 2010-12-02(Thu)

 おそらくわたしは、ほんとうのミイのすがたの、何パーセントも知ってはいなかっただろうと思う。それでもミイはわたしに、ただ可愛いだけというネコというものへのみかたを越えた、あれこれと思索して行動するかしこいネコの一端をみせてくれた。ミイのあたまのなかではどんな思索がかけめぐっていたんだろう。もっともっと知りたかった。おそらくわたしなどよりずっと的確に状況を読み、判断を下して行動していたのだろう。それでもミイの限界もまた、わたしにはわかっていた。野良ネコとして生きるしかなかったミイの哀しさを思うと、またなみだがこぼれてきてしまう。もっともっとしあわせな生をあじあわせてあげたかった。

 きょうは十二月と思えない暖かさで、しごとはきのうほどのいそがしさはなかったけれど、すこし汗をかいてしまった。帰宅してからはセーターを脱いでいちにちすごした。本を読みヴィデオを観て、ミイがいなくなった寂しさがそれでもすこしまぎれてきたように感じる。

[] 「乙女の密告」 赤染晶子:著   「乙女の密告」 赤染晶子:著を含むブックマーク

 前回芥川賞受賞作だけれども、単行本ではなくて「文芸春秋」に掲載されたもので読んだ。各選考委員の選評もそれぞれ面白く、選考委員会でかなりつっこんだ論議が行われただろうことが推測される。作品を読み終えて、あまりに作者の意図がその文体をふくめての作品全体をおおいすぎているように思ってしまうところもあって、つまり「作為的」すぎるんじゃないかという感想もあるけれども、ある種のイメージを焼きつけられてしまっている(であろう)「アンネの日記」という書物を再読し、ひとつの証言としてのこの書物を救済する試みではないのかと思った。そこに「乙女」というキーワード、「密告」というキーワードを配置した構成は、スリリングな展開もあって興味深く読むことはできた。ただ、小説技工として「読む」ことではなく「朗読」する、ということにしたのはわからないでもないけれど(というかそうしなければ小説として成立しなかっただろうけれど)、先行するひとつの作品を読むことについての小説として、なんだかじゃまくさい余計な要素が入ってしまっているような印象はあって、そのあたりがうざったいのではないかという気がした。

[] 「弾痕」(1969) 森谷司郎:監督   「弾痕」(1969) 森谷司郎:監督を含むブックマーク

 加山雄三がアメリカ諜報機関のスナイパーを演じている。恋人の彫刻家に太地喜和子、敵役に佐藤慶、中国のスパイに岸田森など。加山雄三はこの作品のまえに「狙撃」という作品でやはりクールなスナイパーを演じていたはずで、むかしわたしが飲み屋でよくお会いしたシネフィルの方が、その「狙撃」をかなりほめていらっしゃったのが記憶に残っているけれど、わたしはまだ観ていない。「狙撃」の監督は堀川弘通らしいけれど、この「弾痕」は森谷司郎。日米ふたつの国のあいだで引き裂かれた男のアイデンティティーを描きたかったのかなあと思うけれど、それを「エゴイスト」ということばで表現しようとするのは、ちょっと無理がある気がした。ラストに唐突にあらわれる男の語る「愛」など、わたしなどは笑いをこらえちゃってしまう。
 ひとつ注目すべきポイントは武満徹の音楽で、めずらしくジャズっぽい音を聴くことができるし、ハードボイルドにマッチしたヨーロッパ的な音ではないかと思う。劇中にちょっとだけ当時の新宿西口のフォーク・ゲリラの映像が出てきたりして「おや」と思ったりするわけだけれども、人通りのとだえたその新宿西口通路を歩く加山雄三と太地喜和子にかぶせて、通路にすわってギターをひく高石友也の「死んだ男の残したものは」が流れる。そうか、この曲は武満徹の作品で、つまりはこの映画で使われたものだったのか、と。





 

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■ 2010-12-01(Wed)

 ミイの形見として、ミイの左右のヒゲのいちばん長いのを、一本ずつもらった。紙につつんで、いちばん大事なものをしまっておく場所にしまった。

 ミイとわたしの蜜月はやはり、ことしの六月から七月にかけて、ミイがわたしの部屋でニェネントたち子ネコを育てていたころだった。あのときの状態がいつまでも続いていくことを夢想もしていたけれど、あのときからわたしは五ひきぜんぶを育てようとは思っていなかったのだから、わたしはミイの気もちをさいしょから裏切っていたんだと思う。ミイにはひとのこころを読むちからがあったんではないかと過大評価もするけれど、そういうわたしの気もちを察していたのかもしれない。子ネコたちを外に連れていこうとした。かろうじてわたしがニェネントとジュロームが連れ去られるのは阻止して、しばらくのあいだミイは外の三びきのネコと部屋のなかの二ひきを交互におとずれて、母乳を与えていた。ミイにとっては不規則な子育てだっただろうけれど、こうやってさいごのときにまたこの部屋にきたのだから、わるい思い出でもなかったわけだろう。わたしはニェネントとジュロームの二ひきは両方ともわたしの飼いネコとしていこうと思っていたから、わたしには二ひきの子ネコがいて母親のミイが通いで育てにくるという、理想的な展開だった。だから、かなり大きくなったジュロームを、ミイがとうとう連れ出してしまったときには、ほんとうに悲しかった。ミイとはいっしょにやっていけないんだなあと思い知ったというか、母ネコの性(さが)とでもいうようなものを、痛烈に感じさせられた。連れ去られた子ネコたちがまた野良ネコになるしかないという運命が悲しかった。あのときにわたしは、ミイを部屋に入れるのをやめて、ミイの食べ物さえベランダに出すこともやめてしまった。ミイを扶養することは、またつぎの野良ネコへの運命をもった子ネコたちが生まれてくることに責任をもつことになる。もちろん最善の処置はミイに不妊手術を施してあげることだったけれど、わたしにはそれだけの経済的な余裕はなかった。あのときわたしはミイを見棄てたといわれても、弁解はできない。しかし、いま考えると、ミイはわたしに「あなたは二ひきのネコは飼えないでしょう」ということを予知して、ニェネントだけをわたしのもとに残したのではないかと思えたりする。というか、あのときのミイとわたしとの衝突のなかから、ニェネントがわたしの手元に残されたということはたしかなのだ。それは衝突の結果ではあるけれど、合意の結果だったといいかえることができる。つまり、ミイとわたしは、ニェネントをわたしが育てることで了解しあったわけになる。もちろんこれはわたしの勝手な言い分、詭弁ではあるけれど、もしもミイがさいごのときにわたしを信頼していたのなら、その信頼するにんげんにニェネントを託したということになるだろう。もちろんミイの死を代償としたこの選択は最善とはいえなくても、つまりはよい結果になったのではないだろうか。

 ニェネントを残してこの部屋から閉め出されたミイは、さいしょはわたしをうらんだことと思う。あのころ、わたしの部屋の玄関のまえにネコが糞を残していたことがあった。あんなことをするのはミイ以外考えられず、それはわたしにはミイがただのネコではなかったということのひとつの例証だったけれど、つまりはわたしへのうらみを、そのようなかたちでわたしに伝えようとしたのだろう。

 ミイという野良ネコが死んでしまったということをほかのひとに語ってきかせるとすると、そしてそのミイがいかにすばらしいネコだったかをわかってもらおうとすると、それは五分や十分のはなしでは語りつくせないだろうと思う。

 きょうはしごと。ついにめちゃいそがしい時期に突入したようで、しごと量はおとといまでの五〜六倍はある。ひとときも休むひまもなく終わった感じである。おかげで、しごとちゅうにミイのことを思い出すひまもなかった。しごとを終え帰宅して、気分転換に午後から新宿へ映画を観に行った。すこし、ミイのいなくなったという悲しさはいやされてきたように思える。

[] 「ドアーズ/まぼろしの世界」 トム・ディチロ:監督   「ドアーズ/まぼろしの世界」 トム・ディチロ:監督を含むブックマーク

 ドキュメンタリー音楽映画は、どうしても観たくなる。とくにやっぱ60年代のバンドに関しての作品となるとなおさら。しかも監督はトム・ディチロ。このひとはジム・ジャームッシュの「ストレンジャー・ザン・パラダイス」の撮影監督だったひとで、「リヴィング・イン・オブリヴィオン/悪夢の撮影日誌」という面白い作品を監督していたりした人物。ほかにも監督作があるらしいけれど、わたしは観ていない。ナレーションをジョニー・デップが担当し、過去の映像だけを編集して製作したとのことで、むこうでも「あたらしい音楽ドキュメンタリーのあり方を示す」と絶賛されたらしい。
 わたしはドアーズに大きな思い入れはないけれど、ファーストとセカンドの二枚のアルバムはもっていて、かなりすり切れるほどよく聴いた。ジム・モリソンというにんげんはむさっくるしくって苦手だったけれど、ロビー・クリーガーのピックを使わないやわらかくて神秘的なギターの音は大好きだったし、レイ・マンザレクのしっかりとリズムをキープするキーボードにも魅力を感じていた。まあドアーズといえばどうしてもジム・モリソンを中心として考えてしまうのはしょうがないだろうけれど、いぜん誰かが監督してつくった「ドアーズ」という劇映画は、ほんとうに「クソ」のような映画だった(わたしがいままでに観た映画でも最悪の一本だった)。それで、このドキュメンタリーである。
 作品は、ジムが友人と69年に制作したという未発表映画、「HWY」の映像をうまく活かして始まる。ジムがハイウェイを走る車のなかでラジオを聴くと、そこでジム・モリソンの死を告げるニュースが流れる。ジムがそのニュースを聴いている。テープが逆回転するように、ドアーズの活動の断片的イメージ画像が過去に向かって高速でモンタージュされ、少年時代のジムに逆戻りしたところから編年体で語り始められる。この「HWY」の映像の力が大きくて、このフィルムがなければ、ここまでの完成度の作品にはなりえなかったのではないかと思える。
 観終えた感じでは、この作品は1968年の革命、そしてそれ以後の革命の挫折を描いた作品のようにわたしには感じられた。ドアーズというグループ、もしくはジム・モリソンという人物がいかにして自己形成をし、いかにして1968年の革命に参加したか、そしてどのように挫折していったかというストーリーである。たんなるあの時代のロックバンドの歴史をたどる作品にとどまらず、ひとつの時代の証言足りえているということで、このあたりに監督のトム・ディチロの意志は生きていると思う。ジムのステージでの挑発的パフォーマンスが、当時彼が目にしたリヴィング・シアターの舞台からの影響だったという指摘に「なるほど、さもありなん」という感想を持ったし、短いショットとはいえ、そのリヴィング・シアターの映像が流されたのには身震いした。まあいまならYouTube などで検索すれば、リヴィング・シアターの映像などかんたんに観ることができるのかもしれないけれど、わたしのはじめて観る、動く「リヴィング・シアター」の映像だった。

 きょう、12月1日はメンバーのジョン・デンズモアの誕生日でもあって、劇場で記念にフィルムの断片をいただいた。ドアーズを聴いていたころはドラムズの力量とかにあまり注意を払わずに音楽を聴いていたけれど、いま聴きなおしたら、ジョン・デンズモアのドラムはわたしにはどのように聴こえるだろう。またドアーズのファーストやセカンドを聴いてみたくなった。




 

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