ワニ狩り連絡帳 このページをアンテナに追加 RSSフィード

       

■ 2011-04-30(Sat)

 三連休パートワンのなかび。財布のなかみがこころぼそくなり、なんとかいまの手もちで月曜まで乗り切ろうと、まったく外へも出ないでいちにち室内ですごす。ニェネントをかまって、いっしょにゴロゴロしてネコ毛だらけになるけれど、ゴム手袋でネコ毛はかなり手軽に除去できるから、平気なのだ。

 荷風の「断腸亭日乗」をずっと読む。どうも日記というのはそれぞれの日にちの記述が濃厚で、しかも連続しないせいか、いつもなかなか読み進まない。カフカの日記など、なんど読みはじめてもすぐに中断してしまう。こんかいもはかどらないことは同じで、きょうでようやく二百ページぐらいまで。やはりとちゅうでやめて自宅本を読んだ方がいいんじゃないかと思ったりする。とにかく、自宅本連続毒破計画はまた中断したままになっている。
 関東大震災のあと、巌谷小波らとの句会「木曜会」についての記述。

(‥‥)小波先生震災の紀念にとて、被害の巷(ちまた)より採拾(さいしゅう)せし物を示さる。神田聖堂の銅瓦の破片、赤坂離宮外墻(がいしょう)の屋根瓦、浅草寺境内地蔵堂にありし地蔵尊の首等なり。地蔵の首は避難民の糞尿うづだかき中より採取せられしなりといふ。先生好事の風懐、災後の人心殺伐たるの時一層敬服すべきなり。

 ‥‥何をかいわんや。孫の代へとつづく巌谷家代々の悪趣味ぶり、恐れ入ったり。荷風も荷風である。敬服してしまうのかよ、と。

 ひるま、ヴィデオを一本観た。


 

[] 「グリーン・ゾーン」(2010) ポール・グリーングラス:監督  「グリーン・ゾーン」(2010) ポール・グリーングラス:監督を含むブックマーク

 せんじつ観たトニー・スコット監督とともに、いまのアメリカ映画でとんがった演出をみせてくれているのが、このポール・グリーングラスという監督ではないか、などとは思っていた。評判をとった「ボーン・アイデンティティー」のシリーズはたしかにおもしろかったし、そのシリーズで主演していたマット・ディモンがこの作品でも主役をはっているわけで、ちょっと期待して観た(ほんとうはロードショー中に映画館にも行こうかと思っていたのだけれども)。

 たしかにスピード感あふれる演出ぶりは健在で、クライマックスの、追うもの、追われるもの、さらに両者を追うものとをとらえた映像、編集ぶりなど、まさに息つかせぬ展開で堪能させられる。

 2003年のイラク戦争時のバグダッドを舞台にして、フセイン政権崩壊時にそのもんだいになった「大量破壊兵器」探索にあてられた捜査班の長(マット・ディモン)が、なぜガセネタばかりで「大量破壊兵器」がみつからないのか、ということを追求するというおはなし。そりゃあ見つからないよ、だってそんなのアメリカ(ブッシュ)がイラクに侵攻するための口実にすぎなかったんだから、ということはもう観るひとはみいんな知っているわけだ。それで背後にアメリカ政府高官から発せられる陰謀ありき。さらにフセイン政権時代のイラク高官の存在がからんできて、陰謀を成立させようとする側はそのイラク高官を抹殺しようとし、陰謀を暴こうとするマット・ディモンは、CIAの助けを借りたりしながら彼の身柄を無事に拘束しようとする。さらにこれにイラク人の思惑がからんできたりするわけで、というわけで、映画としてはこのマット・ディモンを案内するイラク人の存在がかなめ、という感じではあって、彼の行動のなかにイラクの意志を読み取れよ、というわけである。

 このあとのことはせんじつ観た「ハート・ロッカー」につながるわけだけれども、フセインが排除されて無政府状態におちいったイラクを救うのは誰だ?という、この「グリーン・ゾーン」からのどうどうめぐりになるわけである。その最大の元凶は、この作品でほのめかされているように、「大量破壊兵器」の存在を口実にイラク派兵を決定したヤツにあるわけだろうが、どうもこの作品はそのあたりの追求がなまぬるい。「悪の枢軸」はどこにあったのか、もうイラク戦争から何年もたっている時点で製作された作品なのだから、(誰でも知っていることだけれども)ハッキリ描いてほしいところではあった。


[]二○一一年四月のおさらい 二○一一年四月のおさらいを含むブックマーク

舞台;
●4/17(日)奇妙な物質のささやき II 大倉摩矢子「Mr.」@中野・テルプシコール
●4/29(金) 平田オリザ演劇展 vol.1「さようなら」平田オリザ:脚本・演出 @駒場東大前・こまばアゴラ劇場
●4/29(金) 平田オリザ演劇展 vol.1「ヤルタ会談」平田オリザ:脚本・演出 @駒場東大前・こまばアゴラ劇場

映画:
●「ランナウェイズ」(2010) フローリア・シジスモンディ:監督
●「ブンミおじさんの森」アピチャッポン・ウィーラセタクン:監督

読書:
●「1995年1月・神戸 「阪神大震災」下の精神科医たち」中井久夫:編
●「時代が病むということ 無意識の構造と美術」鈴木國文:著
●「日本人の戦争 作家の日記を読む」ドナルド・キーン:著 角地幸男:訳
●「ヴェネツィアで消えた男」パトリシア・ハイスミス:著 富永和子:訳
●「変身の恐怖」パトリシア・ハイスミス:著 吉田健一:訳
●「ラム・パンチ」エルモア・レナード:著 高見浩:訳

DVD/ヴィデオ:
●「三人の妻への手紙」(1949) ジョセフ・L・マンキーウィッツ:監督
●「陽のあたる場所」(1951) ジョージ・スティーヴンス:監督
●「タイタニックの最期」(1953) ジーン・ネグレスコ:監督
●「月蒼くして」(1953) オットー・プレミンジャー:監督
●「私は死にたくない」(1958) ロバート・ワイズ:監督
●「ジャッキー・ブラウン」(1997) クエンティン・タランティーノ:監督
●「ミリオンダラー・ベイビー」(2004) クリント・イーストウッド:監督
●「カティンの森」(2007) アンジェイ・ワイダ:監督
●「幸せはシャンソニア劇場から」(2008) クリストフ・バラティエ:監督
●「ハート・ロッカー」(2008) キャスリン・ビグロー:監督
●「(500)日のサマー」(2009) マーク・ウェブ:監督
●「アバター」(2009) ジェームズ・キャメロン:監督
●「サブウエイ123 激突」(2009) トニー・スコット:監督
●「シャッター アイランド」(2010) マーティン・スコセッシ:監督
●「グリーン・ゾーン」(2010) ポール・グリーングラス:監督
●「日本の熱い日々 謀殺・下山事件」(1981) 熊井啓:監督
●「火の魚」(2009) 渡辺あや:脚本 黒崎博:演出(NHK広島)


 

 

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■ 2011-04-29(Fri)

 さくやは帰宅してすぐに寝てしまったけれども、けさ起きてキッチンへ行ってみると、きのう出しておいたキャットフードの袋がひっくり返され、中身があたりいちめんにぶちまけられていた。そりゃあそうだ。そういうことはやるだろう。袋を立てておいておくのではなく、ちゃんと袋をねかせておいて、ニェネントがそのまま袋に首をつっこめるようにしておかなくってはいけないのだ。

 またあしたは上京して「青年団」の舞台を観るんだな、などという予定のつもりで、あしたの開演時間などを確認しておこうとすると、なんと予約してあったのはあしたではなくてきょうだった。ちょっとあわてるけれど、まだあさも早いじかんなので余裕で準備して間に合うことはできる。短編の舞台作品をふたつ観る予定で、さいしょの開演は午後いちぐらいからになるので、倹約のためにひさびさにお弁当をつくって持って行くことにした。あまりお弁当のおかずに合うような惣菜の買い置きはないけれど、ひとにみせるわけではないからなんでもいい。レタスとウィンナと、冷凍庫にあったさんまの味醂焼きをカットして火を通して出来上がり。ニェネントの食事の準備、きょうはちゃんと袋をねかせておいてやって、出発。きょうもいい天気である。

f:id:crosstalk:20110501103601j:image:left ひさしぶりの「駒場アゴラ劇場」での観劇、思いのほか観客の数も多くって満員だった。ふたつの舞台の合間に一時間いじょうの空き時間があったので、駅の方まで歩いてさらに奥へ行き、駒場野公園とかいうところにはじめて足を踏み入れた。雰囲気としては井の頭公園に近いものがある。公園のなかにはバーベキューとかをやっている子ども連れの家族など、それなりににぎわっている。
f:id:crosstalk:20110501103729j:image:right かたすみのベンチでお弁当をひろげて、目のまえの樹木の枝ぶりがおもしろいなあなどと思いながら昼食。これで劇場へ戻るのに道に迷ったりしてね、などと考えていたら、ほんとうにわけのわからないところに出てしまった。駅への案内表示がなければ戻れなかったかもしれない。で、ふたつめ観劇。楽しかった。

f:id:crosstalk:20110501103803j:image:left 舞台がはねてもまだ四時ごろで、となりの駅の方まで歩いて、きょうは「G」へ行ってみようというわけである。
 線路ぞいの道を歩いていると、「近代文学館」というのが近くにあるようで、ちょっと寄り道してみようと、案内にしたがってう回する。こちらは駒場公園というのがあって、そのなかに日本近代文学館の建てものがある。さっきの駒場野公園よりも木立がうっそうとしていて、きのうみた「ブンミおじさんの森」の森をちょっとだけ思い出す。文学館に着いてみると開館時間は四時半までということで、じかんはもう四時二十分をすぎている。なあんだということで引き返す。
 このあたりはなんというか、そうとうに高級住宅地で、まあ世の中にはこんな家というのがあるわけだ、などと貧乏人らしい感想を持ちながら、きょろきょろしながら歩く。貧乏人というよりも、空き巣泥棒のたぐいの下見で歩いているのと怪しまれるのではないか、などと思うことになる。目線を左右にふらないようにして、まっすぐまえをみて歩くことにする。
 風景は変り、また変な、路地のような道に迷いこんでしまう。道はせまくなり、両側にはモルタルの二階建てアパートなどが並ぶ。「G」に近くなっているのはたしかだけれど、いったいどのあたりを歩いているのかわからなくなる。ふっと角を曲がると、「G」に近い、知っている道に出た。

 きょうの「G」はCさん、オーナーのFさん、そしてGさんなどの顔ぶれ。キャンディーズのはなしなどで、Fさんは当時はスーちゃんが好きだったと。わたしとCさんはミキちゃんのファン、なのであった。
 いつも「G」ではハバナ・クラブばかり飲んでいるわたしだけれど、きょうはさいごに何かちがうものを飲みたくもなり、すすめられて、はじめてアブサンを飲む。これはたしかにめちゃ美味で、この酒のために身を持ち崩す人類が多くいたというのもうなずけるわけで、草っぽい味と香りがたまらない。溺れないように、そうそうと店を出て帰路についた。


 

[] 平田オリザ演劇展 vol.1「さようなら」平田オリザ:脚本・演出 @駒場東大前・こまばアゴラ劇場  平田オリザ演劇展 vol.1「さようなら」平田オリザ:脚本・演出 @駒場東大前・こまばアゴラ劇場を含むブックマーク

 「平田オリザ演劇展」と題して、この期間に中・短編作品が八編ほど連続上演される。短編だとチケットも五百円だし、気軽な気もちで観ることができる。というか、このところ、演劇としてどうもわたしにフィットしないタイプの観劇が続いてしまったので、演出のタイプとして平田オリザのものならば、まあ安心して観ることができるだろうと、厄落としみたいな気分での選択ではある。
 まずは「アンドロイド演劇」と銘打たれた小品で、15分ほどの短いものではある。登場するのは寝椅子に横たわったブロンドの女性と、「ジェミノイドF」というじっさいのロボット(アンドロイド)だけという、ふたり芝居(?)である。アンドロイドは別の女性(アンドロイドの声も担当)の動きに合わせて動くらしいけれど、まあ坐ったままなわけで、立ち上がって歩き回るようなことはしない。ただ、外見はそうとうにリアルにつくられていて、まばたきや微小な肩の動きなど、つまりはみていて「よく出来ているなあ」と、素朴な感想をもつわけである。設定としてはその横になった女性は不治のやまいで死をむかえようとしているらしく、アンドロイドがそんな彼女をあれこれの詩を朗読することでなぐさめようとしている、というもの。読まれる詩は谷川俊太郎、ランボー、若山牧水の短歌、カール・ブッセなど。アンドロイドは主人である女性に仕えて、彼女の役に立つことが使命なのだけれども、つまりアンドロイドには「死」というものがわからない、というあたりがテーマになっているふうではある。そこで、アンドロイドは女性に対して(「死」ということがわからないので)「すまない」という気もちがあるわけで、そのことがことばにも、その微小な動きにもあらわれるだろう、ということである。
 ここでなんでまた「詩」の朗読をやるのか、といえば、この声の女性がまあ「美しい」日本語を発することができるわけで、それがネイティヴな日本語スピーカーではないブロンドの女性の発する日本語との差異、となる。つまり、「美しい日本語」というのではそのアンドロイドの声の方が観客のこころに響くわけだろうけれども、じつはじっさいに生きているのは、一本調子の発音の日本語になるブロンドの女性の方なのだ、ということになる。まあまさかそこに私の嫌いな「声に出して読む美しい日本語」なるものへの批判があるということでもないだろうけれども、「生きている」=「感覚に訴える」というものでもないだろう、ということになるのだろう。「生きている」≠「完成度の高いアンドロイド」ということは感じるけれど、じつはアンドロイドじしんがそのあたりを自覚しているのがいかにもあわれ、とでもいうような舞台だった。


 

[] 平田オリザ演劇展 vol.1「ヤルタ会談」平田オリザ:脚本・演出 @駒場東大前・こまばアゴラ劇場  平田オリザ演劇展 vol.1「ヤルタ会談」平田オリザ:脚本・演出 @駒場東大前・こまばアゴラ劇場を含むブックマーク

 権力者の言動を笑い飛ばすというのは芸能のとっても重要な役割のひとつで、じっさいにこの作品は当初「新作落語」として書かれたもの。まあ現在形の権力を槍玉にあげるのではなく、過去にさかのぼっての舞台というのはちょっと毒も薄い気もするけれど、時を経てそれだけの普遍性は得ているわけで、やはりこの「ヤルタ会談」で話題にされたことがらは今もなお世界の動きを規制しているわけでもあり、たしかに舞台を観ながら笑いながらも痛切な批評意識は感じられる。「で、ポーランドをどうする?」なんていうのはじっさいにもこんな調子で語られていたんじゃないだろうか、などと想像もするわけだ。机上で世界の歴史を左右するもんだいを決定し、そこにその決定に運命を左右されるひとびとへの想像力のまったく欠除している戦勝国(になるであろう)の指導者たち。
 ふっくらとしたペコちゃん人形のような容姿で、「原爆」のことをニコニコと語ろうとする(語るまいとする)ルーズベルト役の高橋緑さんがよかった。まあこのところのわたしのなかでつづいた観劇ハズレ体験も、このあたりで払拭できた感じではある。この平田オリザ演劇展は、もう一本ぐらい観てみたい気分でいる。




 

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■ 2011-04-28(Thu)

 ついにあしたから連休がはじまる。まあわたしの場合は労働時間もみじかいのでいつも休んでいるようなものだけれども、とにかく次のあさに早起きしなくてはいけないという制約から逃れられるのがうれしい。つまり、実質、けさのしごとが終わった時点から連休がはじまる。それできょうは映画でも観に行こうということになり、観ようと思っていていままで行けなかったアピチャッポン・ウィーラセタクン監督の「ブンミおじさんの森」に行くことにする。この日がロードショー上映最終日である。

 ニェネントにししゃもを焼いておいてあげ、もしもわたしがいないあいだに大きな地震が起きてわたしがしばらく帰れなくなったりしたらいけないと、キャットフードの袋をキッチン下の収納から外に出しておき、バケツに水をくんでキッチンにおいておく。気休めではあるけれども。
 ひさびさにとなりの駅まで行き、電車の来るまで古本チェーン店の棚をみてまわる。それで、ついに、1995年の西洋美術館で開催されたギュスターヴ・モロー展の図録を発見する。しかも、ぜんたいに汚れが目立つとはいえ、なんと300円というウソのような値札がついている。よろこんで買う。このモロー展はもちろん観に行っていて、図録も買ってもっていたのだけれども、つまりは貧乏路線生活のなかで処分してしまっていて、やはり取っておけばよかったかなあと、ことあるごとに古本屋の棚などをながめていたわけである。まあ本腰をいれて探そうとしていたわけではないけれども、あるていど充実したコレクションを持つ古本屋でもコレにお目にかかったことなく、それがようやく、きょうのご対面ということになった。この古本チェーン店では二、三ヶ月まえにもBunkamura で開催されたモロー展の図録も買っているし、ありがたいことである。
 どうも美術展の図録というのはあまり読みもしないで本棚におさまってしまうだけになってしまうことが多くって、たまに引っぱり出しても図版をながめるだけ。こんどはちゃんと一ページ目から通して読んでみよう。

 電車を乗り継いで渋谷到着。開映まで映画館近くの書店でじかんをつぶし、映画を観る。ちょっと予想を裏切るような、とてもすばらしい作品だった。感想は下に。

 映画館を出て、もう暗くなった渋谷の街を歩いて、ちょっと時間があるからまた「G」にでも行こうか、などと思うけれど、連休中にはまた「G」に行く機会もありそうだし、この日はまっすぐに帰ることにする。とちゅう、通りの角のタバコ屋の喫煙コーナーで一服していると、タバコを買いにきたお客さんに店員が「360円です」とこたえているのが耳にとまった。え、360円のタバコなんてあるのかよ、いまは国産のタバコは品切れのはずだし、外国タバコでそういうのがあるのだろうかと気になる。店頭の取扱いタバコの写真と価格と表示してあるのをずっとながめて、その360円のタバコを発見。どれ、買ってみよう。そんなにひどい味でなければ当面このタバコにしてもいい。
 帰宅してからそのタバコをためすと、そこらのライトなたばこより充足感のある感じで、これなら充分である。ただおそらくはこのあたりには売っていない銘柄なので、また東京に出るときにまとめ買いしておくひつようがあるだろう。


 

[] 「ブンミおじさんの森」アピチャッポン・ウィーラセタクン:監督  「ブンミおじさんの森」アピチャッポン・ウィーラセタクン:監督を含むブックマーク

 まず、このタイの映像作家、アピチャッポン・ウィーラセタクンというひとの映像作品は、谷中のSCAI THE BATHHOUSE で二度ほどその個展で観ているし、映画作品に関しても、早くから彼の作品を観ているAさんに輸入盤のDVDをお借りして、二本ほど観ている。こんかいはカンヌ映画祭でのパルムドール受賞ということで、ついに一般公開という運びになっている。

 わたしが観た彼の映画作品は「Blissfully Yours」(2002) と「Tropical Malady」(2004) の二本で、「Blissfully Yours」はラオスからタイへ越境してきた青年と、タイの少女、その母親とのドラマだったと思う。青年は何かの病気なんだけれども、医者へ行ってもタイ語がしゃべれないので意思の疎通ができない、そういう内容だったと思うけれど、わたしの英語字幕解析能力もあって、あまりよくおぼえているわけでもない。「Tropical Malady」に関してもはっきりおぼえているわけではないけれど、前半がタイの荒野を舞台にしたふたりの兵士のはなしで、これが後半になると、兵士のあとをずっとつけねらう虎と兵士とのはなしになる。この虎はある男が姿を変えたもの、らしいのだけど、という作品で、英語字幕という制約はあったけれど、とても印象に残るものだった。

 それでこの「ブンミおじさんの森」になるけれど、英語のタイトルは「Uncle Boonmee Who Can Recall His Past Lives」で、前世であるとか精霊であるとかの超自然的存在がフィーチャーされるという意味で、「Tropical Malady」を思い起こさせられる作品ではあるし、ラオスからの越境者も登場するという点では「Blissfully Yours」で扱われた主題もまた顔を出している、という印象はある。Aさんにきいたところでは「Tropical Malady」には中島敦の小説からの影響があるということだったのだけど、この「ブンミおじさんの森」で猿の精霊がじぶんの履歴を語るシーンもまた、中島敦の「山月記」で、虎になった男の語りを想起させられてしまうことになる。しかし作品全体はナラティヴな叙述で展開するものではなく、映像そのものの力が作品を展開させる。ひじょうにスタイルの異なるいくつかのパートで全体は構成されていて、それは主人公ブンミおじさんのもとに亡き妻や行方不明の息子があらわれる晩さんのシーン、ブンミおじさんの経営する農園(タマリンドの栽培をしている)のシーン、とつぜんはさみこまれる顔をヴェールで隠した女王とその従者とのはなし、亡き妻に導かれてのブンミおじさんの森の奥への道行と洞窟での死、そしてブンミおじさんの葬儀と、その甥の体験する超常体験、などである。ぜんたいの雰囲気はひじょうにファンタスティックなものといってもよく、一面でこれだけの低予算ですばらしいファンタジーを観客に体験させる手腕に感嘆するわけでもあるけれど、演出技術としても卓越したものを感じさせられ、その映像を堪能するわけでもある。すばらしい作品だと思う。

 とくに、ラストのシークエンスでの、ブンミおじさんの死後に仏門をくぐった甥が、寺院を抜け出してその家族の宿泊するホテルを訪れての、彼がシャワーをあびるシーンの効果がすばらしい。シャワーから出た甥は、彼と母との身体がそれぞれ分離して別行動を取る体験に遭遇するわけになるけれど、この驚くべきラストを支えるのは合理的叙述ではなく、やはり監督の映像演出のみである。よけいなことだけれども、こういう演出姿勢を「シャッター・アイランド」のスコセッシにも見習ってほしいところではある。

 おそらくはタイの都市部で執り行われるブンミおじさんの葬儀シーンも印象的で、その葬儀壇を飾る原色のネオンの点滅に驚かされるけれど、このネオンは甥の身体分離後に母と行くカラオケ店(?)の窓を飾るネオンに反映され、さらに、ブンミおじさんが死をむかえる森の奥の洞窟でつぶのようにかがやく光をも想起させられる。そうすると、この映画の印象的なラストの背後には、ブンミおじさんの存在が暗示されているようでもある。

 また観たい。おそらく次に観たらまたぜんぜん異なった感想を持つことができるだろうから。




 

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■ 2011-04-27(Wed)

 きょうは午後から風が強くなり、きょう洗濯して干してあった洗濯物が飛ばされそうに風になびいている。ハンガーごと物干しからはずれてベランダに落下してしまったものもあった。外へ飛んでいかなくってよかった。気温も高くなってきたので、せいぜい二、三時間干しただけですっかり乾いている。

f:id:crosstalk:20110429084929j:image:right ベランダのプランターにほとんど放置してあるクレソン、ことしはときどき思い出したときに水をやるだけなんだけれども、まいとし虫にやられてしまっていたのがことしは虫もつかず、思いのほかぎっしりと成長して、ついに、三年目にしてはじめて、白い花が咲いた。さいしょに発芽させて根付くまではちょとたいへんだったけれど、あるていど成長してしまうと強い植物である。もっと水をたくさんあげて、茎をやわらかく成長させないと食べられないだろうけれど、ついにことしは自家製のクレソンが食べられそうである。ということで思い出して、となりのバジル用のプランターにもあたらしい種をまいた。

 ネコの抜け毛対策をしらべると、台所用のビニール手袋がいいのだということである。これで抜け毛をかぶった布地やネコ本体のボディなどをなでてやると、あらあらというぐらいネコの毛だけが丸まってくると。ビニール手袋なんか安いものだから、さっそく買いに行く。ネコ缶も残り少なくなったし、しごとで使っているゴム引きの軍手も買い替える時期なので、ついでに買うためにホームセンターまで。ネコ毛を掃除するためにハンディクリーナーとかもほしいなあとみてまわり、そんなに高くはないので近いうちに買おうと思う。ビニール手袋はすぐそばの100円ショップで買えばちょっとだけ安いから、そっちへ移動する。手袋は台所用品売り場に各種並んでいるけれど、おかしいのは左手用を一枚サーヴィスにつけて売っているのがあることで、これは左ききのひとにはうれしいサーヴィスだろうけれど、ふつうに右ききのひとにはちっともサーヴィスとは感じられないだろう。なんだか燃えないゴミをよけいに増やすだけみたいなものである。それでもなにか使い道があるかもしれないと、この手袋を買う。
 園芸コーナーをみて、ことしはベランダにゴーヤとかをいっぱい育てるのもいいな、などとばくぜんと思うけれど、種まきはまさに今の時期で、やるんなら急がないといけない。あれこれそろえているとそれなりに費用もかかってしまうだろう。こんげつは出費がかさんでしまっているので、よけいな出費はひかえたい。ということで、ゴーヤの栽培、ことしは断念するだろう。

 帰宅して買ってきた手袋で抜け毛除去のテストをする。なるほど、毛がまるまって取りやすくなるのはたしかだけれども、買ってきた手袋が「ゴム」手袋だったことに気がついて、ネットで調べた「おすすめ」はビニール手袋だったので、ちゃんとビニールのを買ってやれば、もっと抜群の性能を発揮するのではないかと思ったりする。こう思いはじめるとやはりビニール手袋を買わないと気がすまない性格なので、近日中にちゃんとビニール手袋を買いに行くことになるだろう。

 「断腸亭日乗」を読み、ヴィデオを一本観た。大正八年五月に、荷風は梅蘭芳の舞台を観て(荷風は「聴く」と書いている)、「断腸亭日乗」には以下のように書いている。

余は日本現代の文化に対して常に激烈なる嫌悪を感ずるの余り、今更の如く支那及び西欧の文物に対して景仰(けいこう)の情禁じがたきを知ることなり。これ今日新に感じたることにはあらず。外国の優れたる芸術に対すれば必この感慨なきを得ざるなり。然れども日本現代の帝都に居住し、無事に晩年を送り得る所以のものは、唯不真面目なる江戸時代の芸術あるがためのみ。川柳狂歌春画三味線の如きは寔(まこと)に他の民族に見るべからざる一種不可思議の芸術ならずや。無事平穏に日本に居住せむと欲すれば、是非にもこれらの芸術に一縷(いちる)の慰藉(いしゃ)を求めざるべからず。


 

[] 「私は死にたくない」(1958) ロバート・ワイズ:監督  「私は死にたくない」(1958) ロバート・ワイズ:監督を含むブックマーク

 実在の死刑囚をモデルにしてロバート・ワイズが監督した作品。ほとんどスーザン・ヘイワードにのみスポットをあてての展開で、彼女の代表作ということになる。
 この映画ではこれは「えん罪」ではないか、ということになっているけれど、まあ先週観た「下山事件」をテーマにした日本映画でもみていて感じたことだけれども、こういうドラマ的展開では「ここに描かれているのが真実なのだ」と納得するのはむずかしい、というか、どういうふうにでも描けてしまうではないかと思ってしまうことになる。この作品では冒頭とラストの二回、同じテロップで「これはフィクションだ」といっているわけだからかまわないけれども。

 この主人公は生い立ちの不幸な気のいい女性として描かれていて、その「気のよさ」がわざわいして殺人事件の実行犯にされてしまう。TV、ラジオ、新聞での報道には彼女も不信感をもっているわけだけれども、この作品ではそのスーザン・ヘイワードの演じる主人公のじっさいと、報道で示される犯人としての彼女とのギャップに注目しているようである。どんなケースにせよ、報道される犯人像をうのみにしてはいけない、といっているようである。
 これが終盤になるとガス室での死刑執行というもの、報道陣立ち会いの「公開処刑」というかたちの非人間性を浮き上がらせる演出になる。ガス室での無慈悲な執行準備の過程の描写に、ロバート・ワイズの演出の手腕が光る。




 

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■ 2011-04-26(Tue)

 だんだんに日の出のじかんがはやくなってきて、どうじにとうぜん日の入りのじかんもおそくなるのだけれども、いまのしごとにつとめはじめたころには、出勤のために家を出るころはまさにまっくらだったのだけれども、さいきんの出勤時間はひごとに明るくなってきた。いちにちでも非番の日をはさむとその非番まえの朝との差はじぶんでもおどろくほどで、きょうのあさなどの明るさは、もうすっかり日がのぼりきっているような感じがする。

 カレンダーどおりではないけれどもわたしもそろそろゴールデンウイークで、金曜日から三連休、二日出勤したらまた水曜から三連休なのである。そのほか合わせても二週間で八日間の休みなので、この期間ははんぶんいじょうお休み。だからどうするかなどという予定もあまり立っていないけれど、まあ映画を観に行って演劇も観て、それで東京の友だちと会って飲む約束などの予定はある。それだけ予定があればじゅうぶんか。

 忘れているあいだにニェネントも十ヶ月の月の誕生日がすぎてしまった。ひさびさにからだの大きさをはかってやると、鼻先からおしりまで45センチぐらい、それでしっぽの長さがちょうど20センチある。ネコとしてなかなかりっぱなしっぽで、生まれてしばらくはまんなかあたりでカクッと折れていたのだけれども、いまではちょっと節のような折れ目は残ってはいてももうほぼまっすぐにのびていて、自在に動かすことができるようになっている。あいかわらずというか、まえに増して抜け毛がおびただしく、ほんとうに何か対策を考えなくてはいけない。

 「ラム・パンチ」を読了し、その映画版の「ジャッキー・ブラウン」も観る。ちょっとだけ永井荷風の「断腸亭日乗」を読みはじめる。大正六年、荷風数えで三十九歳のときから日記ははじまっているけれど、大正七年の正月二日の記述、この日は荷風の父の命日らしいのだけれども、夜になって芸妓のひとりが荷風宅を訪ねてきて、いっしょに出かけて酒をかわすことになる。そのあとに、「されど先考の忌日なればさすがに賤妓と戯れる心も出でず、早く家に帰る」とあるのにちょっと笑ってしまった。というか、いっぱんにそういう感覚はみな共有しているんだろうか。わたしにはない。


 

[] 「ラム・パンチ」エルモア・レナード:著 高見浩:訳  「ラム・パンチ」エルモア・レナード:著 高見浩:訳を含むブックマーク

 むかしはけっこうエルモア・レナードの本をおもしろいと思って、それなりに何冊か読んだりしたものだったけれど、こうやって久しぶりに読んでみると、なんてのんびりしたお話なんだろうと、なんだかあきれてしまう。おそらくはむかし読んでからいままでのあいだに、映画などの表現ではもっともっとスピード感のあるクールな作品がたくさん出現したせいではないだろうか、などとは思うのである。
 だいたいこの作品に登場する間抜けな悪玉が過去に微罪でいちど逮捕されているだけで、それで武器の密売で五十万ドルもためこんでいるなんて、そもそもからして信じられないのである。それで思ったのはつまりこれはファンタジー小説であって、もちろんそこにリアリティなんて求めてはいけないのである。どうも、パトリシア・ハイスミスの小説を続けて読んでいるあいだに、はさんで読むような作品ではなかったのだ、ということである。


 

[] 「ジャッキー・ブラウン」(1997) クエンティン・タランティーノ:監督  「ジャッキー・ブラウン」(1997) クエンティン・タランティーノ:監督を含むブックマーク

 タランティーノはそのエルモア・レナードの大ファンだったらしく、つまりは自分のリスペクトする小説家の作品を映画化してしまったわけだ。そりゃあ気持ちはわかるけれど、おかげでエルモア・レナードに失礼にならないように緊張してしまったというか、ガチガチに呪縛されたような作品になってしまっている。タランティーノのキャリアをみると、彼のオリジナルではない別に原作のある作品というのはこの「ジャッキー・ブラウン」だけのようで、そもそも彼は原作があるとこういうふうにしかつくれないのかもしれないけれど、いつものわき道へわき道へとそれていくタランティーノ作品独特の味わいは、ここにはまったくない。というか、ここまで原作に忠実にやらなくてもよさそうなものであって、設定こそフロリダからカリフォルニアに変えて、よけいな登場人物をあれこれ削って(これは原作でもページのむだになっているので、時間的な制約という理由でなくても削って正解だろう)の映画化なのだけれども、原作の展開、セリフなど多くをほとんどなぞるような脚本(もちろん、タランティーノが書いている)になっている。そのおかげで、タランティーノの持ち味である「くっだらなさ」というものが失せ、ちょっとキマジメな正統派サスペンスという仕上がりに感じられる。
 まあそれでも原作よりおもしろいよと思ってしまうあたりは、さすがにタランティーノ、ではある。そういうところはやはり、原作にはなかったような部分であって、たとえば音楽の使い方などはやっぱりいい。Delfonics の使い方とかすばらしく、これが同時進行でクライマックスに向かう三台の車の、カー・ステレオから響く音楽の違いで、うまくシチュエイションの違いを描き分けることにもつながっている。

 ラストが、原作とはちがうことになるわけだけれども、ここは原作にあったつまりは「濡れ場」をぜんぶオミットしてしまったおかげもあって、女の誘いを断る男の気もちが、どうも伝わりにくい。というか、ここで原作にあった男女関係とはまったく別モノになってしまうわけで、そう描くにしてもなんだか薄いなあ、という感じを受ける。やっぱ、タランティーノにシリアスな男女の情感の演出など期待してはいけない。ここにかんしては、やっぱエルモア・レナードの原作に軍配をあげたいのである。




 

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■ 2011-04-25(Mon)

f:id:crosstalk:20110426120711j:image:right 知らなかったけれど、さくやはこのあたりははげしい雷雨にみまわれていたらしい。わたしが帰宅したときにはすっかり雨もあがっていたので、まるで気がつかなかった。
 きょうはまた抜けるような晴天で、どうもこのところ天候の変動が大きい気がする。近所の家のそばのきれいな梅の木も、まだ花を残したまま葉が出てきたし、歩道の植え込みにはチューリップの花も咲いている。春まっさかり、なのである。こういうのどかさと、この2011年春という現実、そのギャップをうめるのがむずかしい気がする。

 しかしながら、きのうのデモ参加者の数の少なさとか、いささかなりとショックである。日本の原発事故を受けての海外での反原発デモの方が参加者も多くて、ずっと盛り上がっているらしいというのは、どういうことなんだろう。旧態依然とした市民運動のありさまだとか、変わってほしいところはあれこれとある。でも、わたしのばあいは「だからデモには参加しない」ということにはならなかった。デモに参加していたひとたちも、あれこれとそういうことを模索しているひともいるだろう。まえにわたしが参加した、アメリカのイラク派兵に反対するデモには、演劇関係者などからの合意もあって、かなり広範囲な参加者があったと思う。そういう合意というのは、こんかいは取るのがむづかしいんだろうか。やはり既成勢力が牛耳ってしまうようなところから党派性がおもてに出てしまって、統一されたものとして誰でも参加できるという空気が生まれないのだろうか。もっとふつうに、気軽に、「じぶんは原発に反対だからデモに参加する」というふうになれないんだろうか。報道にみるアンケート調査では原子力発電の全廃を求めるひとの割り合いはかなりあって、それだったら何十万単位でのデモということもありえるように思う。ネットをみていると、デモのあり方を批判するような意見も散見するけれど、どうも元ネタに作為的な空気を感じる。それでもそういう批判に「もっともだ」と同調するひとも多いわけだろう。「そうじゃない」ということを、どうやってつたえひろめればいいのか。そちらの方から先にやっていかなくちゃいけないのか。

f:id:crosstalk:20110426120744j:image:left 閑話休題。この部屋に住むようになって二年が過ぎ、契約の更改で不動産屋へ行ってきた。いっきに金がなくなり、がっくりする。帰宅するとインターネットの方の契約更新の払込用紙も郵送されていて、「どうするのよ」という感じである。まあまだ遊び歩く金は確保してあるんだけれど、いまほしい液晶TVモニターだとか、あたらしいパソコンを買えるのはまだまだとうぶん先のことになる。郵便物にいっしょに「ひかりTV」とWOWOWの五月の番組表も送られて来ていた。ざっとながめるけれど、がっくりすることに、五月はとくに観たいという番組も映画の放映もまるでないわけで、こんなんなら契約を止めてしまいたくなる。せいぜい「木靴の樹」と「リスボン特急」、ぐらいかな。「ひかりTV」の契約料も生活を圧迫していることはたしかなのだけれども、「来月にはきっと」とか考えて、契約を打ち切ることもしないわけである。これではゆとりある生活もほど遠く、「東日本脱出」など夢の夢、である。

 読んでいる「ラム・パンチ」はあともう少しで、きょうはヴィデオを一本。


 

[] 「シャッター アイランド」(2010) マーティン・スコセッシ:監督  「シャッター アイランド」(2010) マーティン・スコセッシ:監督を含むブックマーク

 冒頭の船上の映像からして、わざとスクリーン・プロセスみたいな非現実的な撮影になっていて、まあ作為たっぷりだなあと思うわけだけれども、みていて、ああこれは「ドグラ・マグラ」なんだなあと、気づくわけである。そうするとこのスコセッシの演出は雰囲気たっぷりで、つまりはすこぶる面白いわけで、監督の手腕をみせつけるわけである。ただ残念なのはこの結末の「モンスターとして生きつづけるか、善人として死ぬか」という選択肢の提示で、このあたりにスコセッシという監督の、カルトになれない限界もまたあらわれているように思うのだけれども、つまりこういうところに理性というか、理性による二元論を持ちこむのがスコセッシの悪いクセで、そんなことはことばで説明しないでみせるのが映画というものではないのか、ということになる。そこに、たとえばキューブリックの「シャイニング」や「時計じかけのオレンジ」などとの差異が生ずるわけだろう(これらのキューブリックの作品を手ばなしで賛美するわけでもないけれども)。



 

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■ 2011-04-24(Sun) このエントリーを含むブックマーク

 キャンディーズの田中好子さんが亡くなられて、ショック。書くことばもない。

 きょうは市議会選の投票日。好天である。しごとを終えたあとに投票所へ行き、投票をしてしまった。まえに市議会を傍聴したときに「このひとがいちばん支持できる」と感じたひとへ投票。

 午後から東京へ出かける。この日はじつは反原発のデモに参加するための上京。四月二十六日がチェルノブイリ原発事故からちょうど二十五年になるということで、この日に集会とデモが行われる。じつはまいとしやっているらしい。こんかいは芝公園を出発して東京電力本店まえを通過するというコース取りだし、やっぱ意思表示はしておかんと、という感じで行くことにして、なんだか政治っぽいいちにちである。で、とくに誰と連絡を取ったわけでもなく、おそらくは行ってみれば誰かは知人がいることだろうという見込みだけで出かける。誰にも会えなければそれはそれでよし。

f:id:crosstalk:20110425184205j:image:left すでに出発時間も近くなった集会場所へ行ってみると、なんだかわさわさと人が群れているけれども、まえに行ったイラク派兵反対デモほどのひとかずではないと感じる。主催者が、四千五百人集まったとアナウンスしている。そんなものかという印象。ぜんたいに市民運動叩き上げの方々というか、年輩の方の参加者が多いようで、これからデモへ出発するにしては静かだなあ、などと思ったりする。公園からじゅんばんに出発していくデモの行列を、知っている人がいないものかとみわたせる場所からながめる。なかなか知人などいないものである。黒旗のあとにでもついて行こうかなどと思っていると、なんだかにぎやかな集団が近づいて来て、そのときに目のまえにいる変なかっこうしてる男性と目があうとそれが誰だか思い出した。Bさんはわたしのイヴェントに参加してもらったアーティストであって、当時は多摩川の河川敷のビニールシートでつくられたおうちに住んでいて、その河川敷でレイヴ・パーティーだとか運動会などを開いたりしていたのであった。彼の方もわたしを思い出したようで、「久しぶり」などといいあって握手する。「いまはちゃんと家に住んでて、子どももいるわけで、出世したのだ」ということ。彼のグループといっしょに歩くことにした。
f:id:crosstalk:20110425184300j:image:right しかし、さすがにBさんのグループで、このデモ行進ぜんたいのなかでもいちばんうるさいグループのようである。拡声器もパーカッションもギターもいるし、バグパイプまで鳴り響いているではないか。まあおかげで楽しく歩くことができたけれども、なんだか目立っているのではないかとか、警戒したりするわけだ。

f:id:crosstalk:20110425184358j:image:left 日曜日のビジネス街をデモっても、歩いているひとびとの数も少ないし、あまり張り合いがあるというものでもない。どうせ報道されることもないだろうし、「魚が食べたい!」などとどなっていても、じっさいには魚が食べられないわけでもないのだからな、などという感じ。しかし、これがTEPCO本店に近づくと警備の機動隊の数がいっきに増える。道路の向かい側には旭日旗がいくつもゆらいでいて、どうやら右翼の方々がデモをけん制しているらしい。このあたりの右翼の方々のお考えは、わたしにはよくわからないのである。
f:id:crosstalk:20110425184434j:image:right TEPCO本店まえでは規制がはげしくなり、機動隊員は「あなたがたのデモは都の公安条例に違反しています」とかなんとか書いてあるボードをもって、こちらに示している。機動隊員に背中を押されてむかつくが、あれでも混乱を起こさないように、さらにまた、参加者を挑発しないようにしているわけだろう。主催者はぎゃくに機動隊らを挑発しようとするのはむかしと変わらない。解散地の日比谷公園入り口でまた軽くひと悶着して、ようやく公園に到着。そのままだらだらと解散である。
f:id:crosstalk:20110425184528j:image:left 公園内にテントの出店が並んで出ていて、酒やビール、かんたんな焼き鳥類などを出すところで、「澤の井」を紙コップで飲む。うまかった。わたしの目のまえに、(よほどの他人のそら似でなければ)わたしもその著作を読んでいる高名な批評家の方のすがたがあった。彼がこのデモに参加されることもきいていたけれど、ほんとうだったわけだ。

 そろそろ薄暮になってきた空を見ながら公園のなかを歩き、メトロに乗る。あしたはしごとも休みだし、まだ帰るには早いので、また下北沢の「G」へ行こうというわけである。小田急線の駅を降り、「G」へ行くまえに、中古CD店でBob Dylan の「Blond on Blond」なんか買ってしまう。そういう気分だったのである。「Blond on Blond」、アナログ盤ではむかし持っていてよく聴いたけれど、CDとして聴くのははじめて。つまり、二十年ぶりぐらいに聴くことになるな。
 日曜の夜もはじまったばかりの「G」は、まだ混んでいない。店のCさんと震災後の話などをして、買ったCDをかけてもらったりしていると、ぼちぼちとお客さんもやってくる。いつもお会いするDさんや、これは久しぶりのEさんなど。Eさんについてはまえに来たときにCさんから「ペルシャ猫を飼いはじめた」ということをきいていたので、ネコ談義になってしまう。名まえをきかなかったあたらしい店のひともやはりネコを飼っているということで、「G」の店内は、ネコとBob Dylan。楽しい夜であった。



 

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■ 2011-04-23(Sat)

 ニェネントがベッドのまくらもとにある洋服ダンスの上から、ベッドに寝ているわたしの上にとびおりてくることがよくあるんだけれども、けさはまともにわたしの顔の上にとびおりてきた。痛いというのではなかったけれども、とにかくおどろいた。
 パソコンに向かっているとまたニェネントがパソコンの裏側にまわりこみ、ケーブル線をいじりだす。ついに、ハードディスクのUSBケーブルを抜いてしまった。ちょっとばかし怒り心頭して、ニェネントのあたまをぶつ。ニェネントはベッドの方へ逃げていき、ベッドの上でまるくなっておとなしくする。なんだか怒りすぎたような気がして、ニェネントのところへいっていっぱいかまってあげる。きょうは外は雨である。

 「日本人の戦争」を読み終わり、ヴィデオを一本観た。

 

[] 「日本人の戦争 作家の日記を読む」ドナルド・キーン:著 角地幸男:訳  「日本人の戦争 作家の日記を読む」ドナルド・キーン:著 角地幸男:訳を含むブックマーク

 なぜ、「作家の日記」なのか。もちろん一般市民の日記というものがかんたんには読めないということもあるが(著者のドナルド・キーンは当時アメリカ軍において戦死した日本兵ののこした日記などを解読するというしごともしていたわけで、そこでそれらの日記に感銘を受けることになるのだけれども)、それら作家の見聞きしたものを一般市民の目線で書き残したものとしての価値と、いわゆる知識人の思考を記録したものとしての価値と、双方があるだろうと思う。永井荷風や内田百里覆匹瞭記には前者の性格がつよく感じられるように読んだし、高見順、伊藤整、渡辺一夫らの日記には、やはり知識人としての自覚があると思う。それと、まだ文学者としてのスタートも切っていない若き日の山田風太郎の、熱い血による思索を感じさせる日記もある。書物全体としての重点は高見順の日記と山田風太郎の日記の並列にあり、このふたりの対照的な日記のあいだに示唆されるものはおおい。ここに、たとえば渡辺一夫の書いた「国民の orgueil (高慢)を増長せしめた人々を呪う。すべての不幸はこれに発する」というような、まだ戦時中の時点で書かれた日記が挿入されたりして、この書物に深みをあたえることになる。
 山田風太郎の戦時中の日記には「うへえ」と思うことが多いのだけれども、戦争終結の年の九月一日に書かれた日記で言及される、報道などの急激な方向転換への批判などは痛烈である。

 新聞がそろそろ軍閥を叩きはじめた。「公然たる闇の巨魁」といい、「権力を以て先制を行い、軍刀を以て言論を窒息せしめた」といい、「陛下を盾として神ががり信念を強要した」という。そして。——
「われわれ言論人はこの威圧に盲従していたことを恥じる。過去の十年は、日本言論史上未曾有の恥辱時代であった」
 などと、ぬけぬけと言う。

 さて、この新聞論調は、やがてみな日本人の戦争観、世界観を一変してしまうであろう。今まで神がかり的信念を抱いていたものほど、心情的に素質があるわけだから、この新しい波にまた溺れて夢中になるであろう。——敵を悪魔と思い、血みどろにこれを殺すことに狂奔していた同じ人間が、一年もたたぬうちに、自分を世界の罪人と思い、平和とか文化とかを盲信しはじめるであろう!

 じつは戦後の民主主義導入によってもたらされた価値観は、またもや戦時中と同じく「盲信」によるものになるだろう、という指摘。この場合、新聞論調はその「盲信」へと導く役割を果たすことになる。このことは、いままさに表面化しようとしているのではないのか。わたしも、そんな流れにのまれてしまうような存在なのだろうか。



 

[] 「三人の妻への手紙」(1949) ジョセフ・L・マンキーウィッツ:監督  「三人の妻への手紙」(1949) ジョセフ・L・マンキーウィッツ:監督を含むブックマーク

 マンキーウィッツ監督の、「イヴの総て」の前年に撮られた作品。三組の夫婦像をそれぞれ、まるでオムニバス映画のように紹介し、夫婦生活というよりも、当時のアメリカ市民の生活のうえの虚栄心みたいなものをあぶり出すような作品。上流階級をめざす生活のこっけいさ、というようなところだろうか。
 さいしょに紹介される夫婦のストーリーで、この夫婦役のふたりの演技がちょっとわたしにフィットしなくって、演出も段取りっぽくって「もう観るのをやめようか」と思うぐらいたいくつしていたんだけれども、ふた組目のストーリーで、家政婦役としてセルマ・リッターが登場してから、がぜん面白くなる。このセルマ・リッターという女優さん、せんじつ観た「タイタニックの最期」にも出演していたし、いままで観た映画ではヒッチコックの「裏窓」でのひょうひょうとした演技が印象に残っている。この作品でも「裏窓」での役柄の原形のようなキャラクターで、家政婦の立場からそういう雇い主の虚飾をその存在でもって批判する。というか、彼女が画面に登場するだけで楽しいことこのうえない。セルマ・リッターという女優さんを楽しむにはこの作品がいちばん、だと思う(「イヴの総て」にも出演されているらしいけれど、情けなくもわたしは彼女を記憶していない)。それと、さいごのストーリーの主役である、「ツンデレ」の元祖のようなリンダ・ダーネルという女優さんも、また印象に残った。




 

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■ 2011-04-22(Fri)

 空は暗くくもっていて、いまにも雨の降りだしそうないちにち。タバコの在庫切れで、ついにこのあたりでも、国産のタバコが店頭から消えてしまった。だいたいこのごろは「酒でも飲まないとやってられないよ」という感じで、家でアルコール類をたしなむことも多くなってしまっているし、タバコ代にいままでいじょうに出費がかさんだりもするし、嗜好品代がかさむ。

 TVで放映される映画など、録画しておいてから、翌日とかあとになってゆっくりと観るようにしている(とちゅうで一時停止にしてトイレに行けたりするから)のだけれども、震災の影響で放映スケジュールがあれこれと差し換えになることが多い。楽しみにしていた「渚にて」の放映も、中止になってしまった。世界の終末という内容からの放映中止だろうけれど、ブラザーズ・クエイの「ピアノチューナー・オブ・アースクエイク」も放映中止になってしまった。これはもうただタイトルだけのもんだいで、内容はそういう災害などとまったく無関係なのになあ、などと思ったりする。WOWOWの四月の番組表が送られてきたとき、韓国映画の「TSUNAMI-ツナミ-」の放映予定が載っていて、「まさか、本当に放映するのか」と思っていたら、あんのじょう中止になっている。そういえば、震災前に映画館で観たクリント・イーストウッド監督の「ヒア アフター」なども、震災直後に上映中止になってしまったらしい(このことはまえに書いていたかもしれない)。

 「日本人の戦争」を読み進める。ついに八月十五日を迎える。このあたりで紹介されるのは、高見順と山田風太郎の日記でほぼすべてになる。主義としては対照的なふたりだけれども、戦争が終わって浮かれ出すひとびとへの批判的なまなざしは共通している。きゅうに「いままで言えなかったけれどもずっと思っていたんだが」などと反戦論をぶちはじめるひと、占領アメリカ兵にこびを売るひと。

 並行して読んでいるエルモア・レナードの「ラム・パンチ」は、かったるい。むかしはそれなりに楽しんで読んだ作家だけれども、ぬるま湯につかっているような感じ。

 「ロマン的魂と夢」もしばらく放置してあるけれど、これも思想家ハインリヒ・フォン・シューベルトの記述のあたりでつまづいている。これはこの本のせいではないのだけれども、シューベルトというひとの思想が甘ったるくって、読んでいて背中とかがムズムズしてくる。まさに砂糖漬けのロマン派。立派なものである。ここを乗り越えれば何とか読み通せるとは思うのだけれども、難関である。

 午前中録画したヴィデオを、夕方に通して観た。

[] 「サブウエイ123 激突」(2009) トニー・スコット:監督  「サブウエイ123 激突」(2009) トニー・スコット:監督を含むブックマーク

 じっさいに、こんかいの震災で海外では「円」の売り買いで莫大な利益をあげてしまったひともいるらしいけれど、この「地下鉄ジャック」映画でも、犯人は現場で手に入れる身代金よりも、事件のせいで上昇する金相場で得る利益にこそ目的があるらしい。トニー・スコットの演出というのはいつも、独特のスピード感とスタイリッシュな映像とで、彼独特のジャンルを築いているという感じで、まあ「ドミノ」みたいな「行きすぎ感」のただよう「どうよ!」というのもあるけれど、いつもそれなりに楽しませてもらっているわけで、この「サブウエイ123 激突」も、演出としてはまあヘヴィメタルみたいなもので、こういうものとして楽しく観ることになる。おそらくはインターネットなどのインタラクティヴな画像みたいなものを映画に取り込もうとしているんだろうけれど、みじかいカットのつみかさねでもって「ちょっと見ればわかるだろう」的なすっ飛ばし方が爽快ではある。ただ、この作品に関しては脚本がちょっとばかし甘ちゃんで、「そういう展開はないだろう」とか、「そこまで犯人がサーヴィスしてどうするの」などとは思ってしまう。犯人役のジョン・トラヴォルタと、地下鉄運行指令室で犯人と交渉することになるデンゼル・ワシントンとの、間髪おかないセリフ量の多いやりとりは見ごたえがあるし、そこにからむニューヨーク市警(?)のジョン・タトゥーロもいいんだけれども。




 

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■ 2011-04-21(Thu) このエントリーを含むブックマーク

 線路の北の方を歩いていて、うすよごれた白い野良ネコをみかけた。栄養状態も良くってコロコロしていて、不細工である。しっぽがほとんどなくって、歩いて行くうしろ姿をみると、うしろ足のあいだでちょっと大きなふぐりが左右にゆれているのがまるみえなのである。まだまだ歩いてみると野良ネコというのはいるもんだなあ、と思った。

 ミイの住処だったあたりは、まるでネコたちのすがたはみられなくなった、ということはちょっとまえに書いていた。きょう、自分にはめずらしく夕暮れどきになって買い物に出て、そのあたりを歩いたとき、まさにミイの住処だったあたりから、白いネコが歩いてくるのが目にはいった。ちょっとみてこれはノラなんじゃないかと思ったのだけれども、どうもノラよりもひとまわりは小さいように思えるし、ぜんたいにほっそりしていてスマートである。こいつはノラとはちがうんじゃないか、と思った。わたしが追いつくよりも先にそのネコは道路を横断して、向かいの家のかげにはいってしまったので、しかとは確かめられなかったけれど、あれはノラとはちがう別のネコで、おとといのあさうちのベランダに来ていたネコも、つまりはこいつだったんだろうと思うわけである。きょねんミイが産んでうちで育てた五匹のネコにはこういう白ネコはいなかったから、ミイの子どもではないだろう。でも、白ネコということでノラではないんだったら、ノラが別のメスネコに産ませたノラの子どもかもしれない。もしもノラとはちがうネコなのだったら、これはやはり「ジュニア」と命名してやろうか。ニェネントに会いに来たのなら、おそらくはオスネコだろうし。

 空にヘリコプターの飛ぶ音が響くこともなくなり、いまはこのあたりは市議会選挙のまっさいちゅうで、それなりに宣伝カーは行き交っている。スーパーのまえで街頭演説をやっている候補者がいたけれど、あたりで立ち止まって聴いているひとはだれもいなかった。

 家で、「日本人の戦争」をつづけて読む。1943年のアッツ島玉砕(「玉砕」ということばがはじめて報道で使用された)の報道を聞き、伊藤整は以下のように書く。

 ‥‥傷病者の自決した後に突撃全滅したというアッツ島の兵士たち、何という一筋の美しい戦いをしたことであろう。これは物語でなく、行為であり、肉体をもって示された事実なのだ。これが今後の日本軍の戦闘法の典型になるだろう。

 たしかにこの戦闘法はその後の日本軍の戦闘の典型になるわけで、伊藤整の思考はとくに片寄っていたわけではないのだろう。いま読むと「とんでもない思考」と思うわけだけど、社会の空気のなかで、こういう思考から逃れることのできなかったひとが大勢いる。ここでいまの時点から伊藤整を責めることはたやすいけれども(だったら自分で戦場へ行って玉砕しろよといいたくなるが、かれは徴兵されることを心配し、なんとか徴兵から逃れようとしているわけでもある)、はたしてそのときにもしじぶんがいたら、そういう思考経路からじぶんだけ逃れることができただろうかと、問うてみることがひつようだろう。このとき、日本人は、戦争に向けて「同じ日本人として、気もちはひとつ」であることが求められていた。
 この、まさに同じとき、永井荷風は愛用のリプトン紅茶のストックが残り少なくなったことを心配し、そのあとに「鎖国攘夷の弊風いつまで続くにや」と、日記に書いている。




 

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■ 2011-04-20(Wed) このエントリーを含むブックマーク

f:id:crosstalk:20110422112724j:image:right いぜんならきょう水曜日は、西の方のスーパーで玉子とバナナが安い日である。もうそろそろいぜんの特売状態に復帰しているところが多いので、買いに行ってみる。スーパーへの道のとちゅうにちょっと整備された児童公園があるのだけれども、そこの桜の花がいま満開だった。ここの桜の木だけちょっと遅れている。桃色の濃い八重桜の木も満開になっていて、つい公園のなかに足を踏み入れて、あたりを見まわしてみた。ここがこういうスポットだというのは知らなかったけれど、さいきん見た桜ではここがいちばん美しい。お花見をやるならここだな、などと思った。
 で、スーパーへ行って、玉子は十個で148円とそれほど安くはなかったけれど、それでもふだんよりは安いので買う。バナナも77円と、いぜんの安売り価格になっていた。それ以外にもとにかくやはり、茨城産の野菜が安く、白菜やほうれん草などをまた買ってしまった。もうここのところずっと、夕食のメニューは白菜がらみ一辺倒である。

 本を読むじかんもヴィデオを観るじかんもずいぶん少なくなってしまって、こんかい図書館から借りていた本も、まったく読まないままに返却日になってしまった。まあ一冊の方は読むまでもない本だと思って、あえて読まないで放置したのだけれども。
 それで、この二、三日、非常時のひとびとの生活というのを知りたくなり、ひとつは内田百里戦災時の生活をつづった「東京焼盡」を読みたいと思ったのだけれども、これは図書館には置いていないのだった。それで、返却ついでに図書館の書棚をずっと見まわして、永井荷風の「断腸亭日乗」と、ドナルド・キーンの「日本人の戦争 −作家の日記を読む」という本とを借りた。この震災後に日本への帰化の意志を表明して、ちょっとしたニュースにもなったドナルド・キーンのこの著作は、2009年刊行だからかなりさいきんのものになる。国が危機にひんして国民の団結が叫ばれ、皆が同じ方向を向いていたと思われるときに、作家などの知識人らはどのような考えを持っていたのか。また、目のまえの惨状にどのような感慨を抱き、どのような生活をおくっていたのか。そういうことが少しでも知ることが出来れば、と思ったわけである。

 帰宅して、「断腸亭日乗」はあとまわしにして、「日本人の戦争」をパラパラと読みはじめる。国家が危険な方向に挙国団結を促すとき、個人としてそういう動きの危険性を察知して、ひとりででもあらがうことができるのだろうか。大戦のとき、それらの危険性を察知して日記に残していたのは、その永井荷風(かれは戦後にその日記を改筆したという噂もあるのだけれども)、そして高見順、清沢洌など。ぎゃくに時流にのみこまれて、ほとんど軍国主義者としての生を選ぶのは伊藤整、山田風太郎らである。ちょっと読んだ感じで、主義主張ではなくてまっとうな考えを日記に残しているのは大佛次郎あたり、という感想。内田百里砲弔い討呂垢海靴世噂个討るけれど、「さすが百痢廚箸いΥ兇犬任△襦やはり、「東京焼盡」は読んでみたい。

 夕食に白菜とほうれん草、えのきだけ、ネギ、そして豆腐などをぶちこんだ鍋をはらいっぱい食べ、そのまま早くに寝てしまった。




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■ 2011-04-19(Tue)

 ニェネントがTVの上にあがって、窓から外をみている。上の階に住んでいる方が子どもを保育園に迎えに行き、子どもを連れて帰ってきたときには、駐車場に子どもの声がひびいたりするので、ニェネントも外をながめようと窓ぎわにやってきたりするけれど、いまはまだ午前中で、そんなじかんではない。いったい何がみえるんだろうと、わたしも窓の外をみてみると、ベランダに白いネコがいるのだった。おそらくはノラだと思う。そうか、ノラはやはりまだ元気で、ちょくちょくこのベランダにやって来ているわけなんだ。そうすると、せんじつ網戸を破いて行ったのもこいつのしわざにちがいない。ミイの晩年にはミイのだんな気取りで、たしかにミイの子どものうち何匹かはノラがお父さんなのだろうけれど、その子どもにまでちょっかい出そうとしやがるか。ニェネントはあきらかにノラの子ではないが、だから許されるというものではないとわたしは考えるわけである。親子二代にわたって手を出そうとするのはふとどき千万。しかも網戸を破きやがって。もうベランダに野良ネコが上がって来られないように、何らかの対策を取りたいものである。といいながらも、ノラがまだ元気でいたということには、感情が動かないわけではない。

 なんとなく、そろそろTVが原発擁護の方向に振れて来たような気がするんだけれど。そもそもが、「計画停電」などというのが、「原子力発電の電力がなければ受容がまかなえず、大変なことになるんですよ」という一大キャンペーンだったのではなかったのか、と思ったりもする。その効果は絶大で、この夏は「節電の夏」になるだろうし、早く電力供給を回復しなければ経済の回復もままならないということになり、原子力発電というのはこれからも継続しなければしかたがないのだ、という声を導き出そうとしているのではないのか。そういう方向への世論誘導もあらわれて来るだろうけれど、この夏は、原子力発電に頼らなくても生活できる、ということを証明できるチャンスでもあるだろう。「オール電化」ということの災害時の危うさもみえてきたわけだし、たしか現在の日本での総電力消費での原発依存率は20パーセントちょっと、ではなかったかと思うけれど、その20パーセントなにがしかの電力をセーブすればいいんだったら、出来るんじゃないかと思ったりする。
 わたしは東京の現知事のことはおぞましく思っているけれど、彼が自動販売機やパチンコ店で消費される電力について語ったのには、いやだけれども同意してしまう。
 ちょくせつ節電ということではないけれども、パチンコ業界と政界・警察・検察庁とのゆ着については、だれもが知っていても何の方策も出すことができないでいて、パチンコというのはますますギャンブル性を強めるばかりではないのかと、よく知らないけれどそう思っている。ありゃあ「あっていい」という範囲を、とうに逸脱してるんじゃないかと思うんだけれども。法律で賭博行為が禁止されているのに、なんでパチンコはいいの?という感じ。賭けマージャンだって違法だというのに。

 で、きょうはヴィデオを一本観た。

 

[] 「日本の熱い日々 謀殺・下山事件」(1981) 熊井啓:監督  「日本の熱い日々 謀殺・下山事件」(1981) 熊井啓:監督を含むブックマーク

 「下山事件」については、いぜん森達也氏の著作を読んで、戦後の混乱期(占領期)の、キャノン機関だとか亜細亜産業だとかの魑魅魍魎(ちみもうりょう)の行き交う世界をかいま見た思いで、まあ楽しんで読んで、その影響で、キャノン機関の置かれていた湯島の旧岩崎邸(ジョサイア・コンドルの設計なんだよね)までも見に行ったりしたんだけれども、それでもってこの「下山事件」というのはもちろん陰謀がらみの「他殺」だね、などと思い込んでいたわけである。ところが、その後ちょっと立ち読みした関係書では、ぎゃくにまったくもって「自殺」以外に考えられない、という結論になっていた。で、そのときにちょっと調べた範囲では、森達也氏の著作については、情報の信頼性はあまり高くないだろうという感じだった。
 それでこの、1981年の熊井啓の映画だけれども、これはもうこの事件に関しては基本の著作、当時の朝日新聞記者の矢田喜美雄氏による「謀殺 下山事件」を映画化したもの、と考えていいんだろうと思う。もちろんつまり謀略による他殺説をとる映画で、その他殺説を追求する新聞記者の執念こそが主題になっている。脚本は黒澤明の「野良犬」などを書いた菊島隆三で、どうも「野良犬」の夢よもう一度、という感覚はあると思う。熊井啓の演出もたしかに力強いというか、コントラストを強くしたモノクロ画像の強度と、仲代達矢ら俳優陣の熱演もこころに残る(わたしには大滝秀治の怪演が印象に残る)。しかし、なにかをどこかに忘れてきたままにしたような作品という感じを受けることも確かで、まあ他殺説を取るなら取るでいいんだけれども、そのつまりは陰謀の背後には、当時のGHQとかの存在があるというほのめかしもあるのだけれども、ひとつにはそのあたりの主張が弱いというか、まあ迷宮入り事件で、主人公はとっかかりぐらいはつかめたのに残念、というぐらいの仕上がりで、コスタ・ガブラスの「戒厳令」だとか「ミッシング」などと比べてはいけないのである。もうちょっと足を踏み込んでもいいだろうに、とは思う。
 それと、とにかくも下山国鉄総裁というひとりの人物が、真相はどうであれ、そのいのちを失っていることは事実(ひょっとしたら、たったひとつの事実)なわけだけれども、そういう「失われたいのち」に対する追悼の気もちが、この作品にはまるであらわされていないあたりに、わたしなどはひっかかりを感じてしまう。

 いまのわたしは、この事件の真相が「自殺」とも「他殺」ともいい切れないという考えだけれども、「他殺説」に附随してくる陰謀というのは(この時代の「三鷹事件」、「松川事件」などとあわせても)リアリティがあるわけで、この事件の「他殺説」をくわしく知ることで、前記の「キャノン機関」だとか「亜細亜産業」などの存在を知り、のちの総理大臣になるような人物も関与していたことを知ったのは戦後史理解の上でおおきなプラスになったことは確かである。でも、この映画作品であたらしく得た情報というものはまるでなかった。時代的な制約もあったのかもしれないけれど、残念ではある。




 

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■ 2011-04-18(Mon) このエントリーを含むブックマーク

 ということできょうはしごとは非番、それできのうは出かけているから、例によっていちにち寝てばかりになる。

 夕食をつくるのにキッチンの収納からお米を出して仕込んで、またベッドにもぐって本を読んでいて、ニェネントのすがたが見あたらないのに気がついた。部屋じゅうまわってみて、「おーい、ニェネント」と呼んでも、すがたをあらわさない。いつもならキッチンでガチャガチャ音をたてていると「わたしにも食べるものちょうだい」とばかりにキッチンにすがたをあらわすのに、そういうことをやってみても出てこない。まさか何かのひょうしに外へ出てしまったとか、などと考えてベランダの外もチェックする。いない。いったいどうしたんだろう。ひょっとしたら、わたしが米を仕込んでいるあいだにキッチンの下の収納にはいってしまったのかもしれない。それで、わたしが気づかずに収納のとびらを閉めてしまったと。収納をあけてみると、ニェネントが「ふにゃぁ」とかいうなさけない声をだして這い出てきた。バカネコが。

 よる、電灯の光を反射するニェネントの目が赤い。いち時期はオレンジ色っぽかったのだけど、このごろまた赤みが強くなって、朱色というか、ヴァーミリオンみたいな色で光っている。ネコの目が赤いのはまだ目の組織が成長しきらない子ネコに特有なものだと読んだおぼえがあるけれど、まだまだニェネントは子ネコということなのだろうか。このごろちょっと、お母さんネコのミイに似てきたような気もする。二、三ヶ月のころは父ネコに似たのか、ラグドールなんかの外来種にちかい容貌で、それはもうかわいらしかったものだけれども、いまはもう、ちょっと変な毛色をした和ネコでしかない。というか、栗毛のぶちでちょっと寄り目のニェネントをみていると、こいつは天竺ネズミとかハムスターの大型種なんじゃないかと思ったりする。
 ニェネントをひっくりかえして、その顔というかくちもとに手のひらをあてると、まえ足でわたしの手を抱えこんできて、わたしの手のひらをなめたりかんだりする。わたしの手を抱えこむまえ足がかわいくって、しつっこく押さえつけると、いやがってうしろ足でわたしの手にネコキックをかましてくる。それでも決してわたしには爪をたててくることはない。

 ハイスミスの「変身の恐怖」を読み終えて、またハイスミスをつづける前に、せんじつ買ったエルモア・レナードの「ラム・パンチ」を読みはじめる。ほかにも読みかけの本があれこれあるけれど、ちょっとそちらはお休み。「ラム・パンチ」、「変身の恐怖」とはそもそも文体からしてまるでちがうので、そのギャップがつらい。読んでいるとすぐに眠くなってしまう。



 

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■ 2011-04-17(Sun)

 あしたはまたしごとが非番なので、きょうも出かける。JRがまだこのあたりはいぜんの時刻表どおりには運行していないはずなのでネットで調べると、ちょうどきょうから、従来どおりの時刻表での運行になったということ。これでもう、このあたりも非常時ということでもなくなると考えていいんだろうか。農作物の放射線被害がなくなり、とにかく福島の原発事故が収束、安定するまでは落ち着かない。

 きょうの予定はみっつほど。まず、ゴールデンウイークのイメージフォーラム・フェスティヴァルに行くつもりなので、その前売チケットを買っておくこと、それで、チケットを買いに行くイメージフォーラムに近いスパイラルガーデンで、ちょっとしたダンスの公演をついでにみておくこと、そして六時からは中野のテルプシコールでの大倉摩矢子さんのソロ・ダンスを観るという予定。

 渋谷駅で下車して、宮益坂をのぼる。右側の古いビルの外壁にネットがかぶせてあるのが目にはいる。都内でも古い建物は外壁が崩落するようなところもあっただろう。九段会館などは天井が崩落したりという事故もあったし。それでも歩くひとも多くて街中に活気があって、つまりは街が、一ヶ月まえの大地震の影響なんてまるでなかったような顔をしている。イメージフォーラムへ行き、フェスティヴァルの前売券を二枚買う。この二年ほどはこのフェスティヴァルに足を運ぶことがなかったけれど、ことしはブラザーズ・クエイの新作やワン・ビンのドキュメンタリーなどが上映される。このふたつのプログラムはかならず行きたいし、ほかにも観てみたいプログラムもある。

 それで、そのまま足をのばして、ほんとうに久しぶりにスパイラル・ビルまで行く。「アートのちから」という震災支援のプログラムがこのところひらかれていて、ダンスのプログラムも組まれている。ちょうどこの時間なら、ひっさしぶりに「プロジェクト大山」のパフォーマンスが観られるはずなのである。
 ところでわたしは、震災支援のチャリティ・プログラムというのに関してはいいたいこともあるんだけれども、まあまた火ダネをこさえるのもアレなので書くのは自粛。とにかく、じかん的に「プロジェクト大山」を観るのにちょうどいい時間だから行ってみたわけ。

 「プロジェクト大山」はかなり気に入っていた。つまりはフェイクをカマした脱力系ダンスというか、彼女たちのようなダンスがはびこっていた時期の、いわゆる「コンテンポラリー・ダンス」というものはとても面白かった。わたしの記憶に残っている「プロジェクト大山」の作品は、どこかの社会主義国の国歌をながしながら、某国のマスゲームのパロディのようなダンスをくり拡げていたもので、そのなかにたんにユーモアを越えた、たしかな批評精神も息づいていると思えたし、それを支える演出の力にも可能性を感じていた。それが時代がかわってしまって、彼女たちのようなダンスはなかなか表面にあらわれなくなってしまった。そういう「プロジェクト大山」をひさしぶりにみることができるのだから、チャリティだろうがなんだろうが関係ないという気もちである。
 で、彼女たちのパフォーマンスは5分ほどの短いものだったけれど、やはり期待どおり、これがなかなかに楽しめるものだった。ブルーのレオタードに、あたまからすっぽりとセーターをかぶったような奇妙な衣装でもって、しかとはわからないけれど、おそらくはアフリカ系の音楽をバックに、アフリカ系のノリとは無縁な、いってみれば日本の「どじょうすくい」のようなダンスが展開される。こういう「非」体育会系といえるようなダンスが、わたしは好きだったわけである。日本人がアフリカン・ミュージックで踊るという、いわば身体的越境をめざすようにみせかけながら、まったく身体的越境などなしとげられはしない。アフリカに身体を投入するのではなく、ぎゃくに日本的身体がアフリカを日本化するように感じられてしまう。この可能性を見捨てていいのだろうか。やはり、彼女たちはいまでも注目に値する、と思った。パフォーマンス後の観客から募金を集めるときの、なんというのか、へりくだった姿勢にも、こういってはなんだけれども、こころから共感してしまったではないか。

 というか、ここまで書いて「プロジェクト大山」で検索して、いまごろ知ったのだけれども、きょねんの「トヨタコレオグラフィーアワード」の「次代を担う振付家賞」を受賞した古家優里というのは、「プロジェクト大山」の主宰者なのだった。もう「トヨタコレオグラフィーアワード」とかいうものに興味も失せていたので知らなかった。ということは、ちかぢか受賞者公演も行われるということなのか。それはぜひ行かなくてはならない。

 ということで、本日の予定はのこりひとつ。大倉摩矢子さんのソロ・ダンス。感想は下。会場でAさんにお会いして、終演後にちょっとだけ、近くの焼き鳥屋で飲んだ。いつも中野に来たら行く店は、この日は休みだったのだ。行った店、焼き鳥屋のくせして焼き鳥はうまくはなかったけれど、いちげんさんで文句をいってはいけない。Aさんの地震体験などお聴きしたり、けっきょく震災のはなしばかりになってしまった。

 

[] 奇妙な物質のささやき II 大倉摩矢子「Mr.」@中野・テルプシコール  奇妙な物質のささやき II 大倉摩矢子「Mr.」@中野・テルプシコールを含むブックマーク

 やはり大倉さんらしい、ワンシーン・ワンカットの長まわしともいえるような舞台で、たくみなバックの音の変化が、空間を拡げる。こんかいも真ん中で暗転をはさんで大きく二部に分け、そのラストがさいしょのシーンにつながるような構成。やはり彼女の舞台を観たあとの充足感というものは大きくて、舞台とひとつの時間を共有したという感覚になる。観終えてから「変幻」などということばを思い浮かべたのだけれども、考えてみたら「変幻」ということばは、たちどころに姿を変えたり消したりすることをいうのであって、わたしが思い浮かべていたのはそういうのではなく、じっくりと変ぼうしていく彼女の姿から「変」という文字が浮かび、そこに「まぼろし」としての「幻」という文字をつなげたのだった。まあ情緒的な感想にはちがいないけれど、なにか、確とした表現に出会った感覚である。現在のコンテンポラリー・ダンスというもののあり方に疑問を感じているいま(「プロジェクト大山」には期待しているのだけれども)、やっぱり、「舞踏」というものの方にこそ、まだ可能性があったりするのではないかと、さいきん思っていることをまた再確認してしまう夜、だった。




 

■ 2011-04-16(Sat)

f:id:crosstalk:20110418092736j:image:right きょうもちょっと大きな地震があった。三月十一日の余震ではないとのことで、震源地はちょうどこのあたりの真下。いきなりの縦揺れからはじまる地震というのも久しぶりで、「地震というのはこうでなくっちゃ」などとふらちなことを思ったりする。これからも余震があったりするのは避けられないとして、あまり大きくない規模の余震でもって剰余エネルギーを分散してくれるといいのだけれども。

f:id:crosstalk:20110418092824j:image:left 陽気もいいので、午後から買い物ついでにすこしお散歩をする。桜の花も散りはじめ、緑の葉が拡がりはじめている。もうすっかり春気分。いつもは通らないJRを越す陸橋をわたり、おおきく別の道を歩いて帰ってきた。向かいから来た自転車を押しているひとに、道をきかれたりしてしまう。知っている道なのでうまく答えられた。ちょっと地元民の気分になる。

 「変身の恐怖」を読み終わり、ヴィデオを一本観た。


 

[] 「変身の恐怖」パトリシア・ハイスミス:著 吉田健一:訳  「変身の恐怖」パトリシア・ハイスミス:著 吉田健一:訳を含むブックマーク

 もしもハイスミスが「わたしはいつもミステリー小説を書いているつもりはない」というのなら、まさにこの小説はそういう作品の代表的なものになるだろう。警察関係者はいっさい登場せず、そもそもが犯罪というものが成立していないともいえる。

 どういう内容かというと、作家であるインガムという主人公が映画プロデューサーとの契約で、アメリカからチュニジアを舞台とした映画の脚本を書くことになり、チュニジアのホテルのバンガローのような離れ家に長期滞在しているのだけど、ある晩、その宿泊する部屋に地元民らしい男が忍び込もうとする。インガムはドアから侵入しようとする男にタイプライターを思いきり投げつけ、タイプライターは男のあたまに命中する。男は叫び声をあげてドアの外に倒れ、インガムはとっさにドアを閉めるのだけど、ドアの外に複数のひとの声がして、それはおそらくはホテルの従業員らなのだけれども、倒れた男のからだを運び去ってしまう気配がする。インガムはおそらく自分が男に致命傷を負わせたと思うのだけれども、翌日ホテルの従業員にきいても、なにも知らないというわけだ。まあ、この小説がミステリーだとしたらこのプロットがいちばんミステリーっぽいのだけれども、じつはこの作品の主題はそういうのではなくて、インガムがチュニジアで知り合うデンマーク人の画家イエンセン、そしてソ連向けの反共演説放送をしごとにしているらしいアメリカ人アダムス、そして事件のあとにインガムに会いにくるアイナという女性らとインガムとの、それぞれの心的葛藤のようなものこそがテーマ、ということが出来ると思う。そのなかで、インガムが「男を殺したかもしれない」ということは、それぞれの人間とのあいだの葛藤をあらわにするきっかけ、ぐらいの意味しかない。
 ハイスミスの作品にはめずらしく、この作品には当時の世界情勢もあれこれ書き込まれていて、アメリカはヴェトナム戦争のまっさいちゅうだし、舞台となるチュニジアはブルギバ大統領のもとで西欧化路線を歩みはじめたところで、しかしこの小説のなかで書かれた時期に起こる第三次中東戦争の影響もまた、この小説の背景のひとつにはなっている。デンマーク人の画家イエンセンはどうやらビートニクといっていいような存在で、ホモセクシュアルでもある。反共活動をしごとにしているらしいアダムスの価値観はまさに保守的アメリカ人のそれで、主人公のインガムはかれのことを「OWL」(Our Way of Life)と揶揄している。インガムはそういう意味で進歩的というか、ヴェトナム戦争は愚行だと思っているし、世界にアメリカ的価値観を(他人に自分の価値観を)押し付けようとするアダムスをけむったくは思っている(しかし、インガムが食中毒で苦しんだときにアダムスは親身にインガムの世話をしてくれるのだ)。
 離婚歴のあるインガムはアイナと親しく交際していて、かのじょと結婚してもいいと思っている。ところが、インガムがチュニジア滞在をはじめた直後にかれにしごとを依頼した映画プロデューサーは自殺して、それはアイナに恋いこがれてのことらしいのだが、アイナはチュニジアでインガムと会って、そのプロデューサーと肉対関係があったことをインガムに告白する。
 ここにおせっかいなアダムスが介入してきて、かれは騒動の夜に騒ぎ声をきいていて、それがおそらくはインガムが地元民(泥棒ではあるのだが)を殺害したのだろうと推測し、インガムに事実を語るようにしつように問いつづけ、あとから来たアイナにもその憶測を語るわけで、アイナもまた事実を知りたいとインガムに真実を求める。これらのこと、それ以外のいろいろな事象がトータルになって、インガムはいちどはアイナに求婚しようとするのをくつがえす。だから、ほんとうの意味でのこの作品のこんぽんのストーリーは、インガムがアイナと結婚したいと思いながらも、自分がひとを殺したかもしれないということをめぐるアイナの反応も引き金になって、彼女との結婚を断念する、というものといえるかもしれない。というわけで、この作品にはミステリー色は希薄であり、「ほんとうはどうだったのか」ということはまったく解明されないし、そんなひつようはない作品である。主人公はこのことの解決をつけているし、イエンセンにとってはまるでもんだいではないことがらである。ただ、アダムスとアイナはそうは考えていないということにはなる。

 いってみれば、これはちょっとばかし実存主義的な純文学で、たとえばカミュの「異邦人」が逆立ちしたような小説だということもいえる。まさに、チュニジアという異邦の地で、チュニジア人やデンマーク人、アメリカ人らのさまざまな異なる価値観のなかで、ひとつの生き方を確認する男のストーリーということになる。そのことには「アメリカ的な生き方」からの脱却、という要素がつよいと思う。その「アメリカ的生き方」はアダムスという男に体現され、アイナもまたそのなかで生きているのかもしれない。主人公の態度表明は、評価されない故国アメリカに愛想をつかし、ヨーロッパでの生活を選んだハイスミス自身の価値観の表明でもあるだろうし、いま読んでみても、世界のなかで変わることのない、いや、いっそう強化される「アメリカ的生き方」の地球規模の押しつけ、つまりはグローバリズムと呼ばれるものへの、精神的叛旗ともいえる小説ではないかとさえ思えてしまう。

 主人公のインガムを中心に、まだ辺境といえるチュニジアの地を舞台に、アダムス、イエンセン、そしてアイナらのくり拡げる対話、会話のドラマはひじょうにおもしろい。ここでハイスミスは主人公の視点を選びながらも、主観べったりではない客観描写に近い描写で、それまでのかのじょの作品にはないパースペクティブをこの作品にもたらしている。まあまちがいなくハイスミスのベスト、だと思う。

 タイトルについてだけど、原題は「The Tremor Of Forgery」というもので、これは文書を偽造するときにその文字にふるえが出るという、まあ「ウソ発見器の反応」みたいな意味らしく、「変身の恐怖」というのはまったくのウソというか、誤訳というか、ではある。おそらくはこのタイトルは翻訳した吉田健一氏によるものだろうけれど、なんとなく、その戦略はわからないでもない気がする。いったいなぜ、吉田健一氏がハイスミスなんかを訳してしまったんだろうというのは謎だけれども、すばらしい「訳者あとがき」などを読むと、吉田健一氏じしんが、この小説をほんとうに面白いとは思っていたようである。それで、この訳文がいわゆるミステリー小説の翻訳とはまるで異なる文章というわけで、その翻訳によって受けるイメージというのはまったくちがうものになるだろうな、ということは想像できる。ひっかかるような不思議な文体だけれども、やはり誰もマネできない名訳、なのだろう。


 

[] 「陽のあたる場所」(1951) ジョージ・スティーヴンス:監督  「陽のあたる場所」(1951) ジョージ・スティーヴンス:監督を含むブックマーク

 モンゴメリー・クリフトとエリザベス・テイラー、そしてシェリー・ウィンターズ主演で、観ていて浦山桐郎の「私が棄てた女」を思い出したし、こういうテーマは日本人の方が描くのは得意なんじゃないかと思ったりする。しかし原作はドライサーの「アメリカの悲劇」という小説で、アメリカの資本主義路線の発展のなかで起きた悲劇、という社会的な視点からのとらえ方なのらしい。映画にはそういう社会的側面は希薄で、あくまでもあたらしい女性を得るために過去の女性を捨てようとする男のはなし、という感じ。ただ、主人公は会社のなかで出世して行くし、あたらしい彼女はリッチでセレブである、というあたりにそういう背景は描かれているわけだろう。あたらしい会社(主人公はその会社の社長の甥なのだけれども)へ面接に行くために主人公が田舎からヒッチハイクしてくる冒頭のシーンで、主人公の背後にその会社(水着メーカー)の大きな広告看板がみられるあたりに、アメリカらしさを感じる。
 あまりにティピカルな展開というか、バッドな大人用のおとぎばなしをみているような気分になる。それぞれの登場人物がどんな個性をもっているのか、そういうことは伝わらない。監督のジョージ・スティーヴンスというひとは、アシスタント・カメラマンとして映画界でのキャリアをスタートしたひとらしく、特にこの作品前半での「たての構図」というか、奥行きのある画面やカメラの動きなどに注目させられた。撮影監督はウィリアム・C・メラーというひと。




 

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■ 2011-04-15(Fri)

 国産たばこの出荷が停止されていることは知っていたけれど、近所のドラッグストアには品切れの気配がなかったのでとくに買い置きを多くしておくとかしていなかった。ちょっとまえから、コンビニのたばこコーナーからは多くの種類のたばこのすがたが見えなくなっていたけれど、ドラッグストアではあいかわらず買うことができた。これが、きょう行ってみると「品切れ」になっていた。しょうがないので、ちょっと高い銘柄のを買ってしまった。ぜんかいの大幅値上げのときにつづいて、「この際だから禁煙するか」とならないところが情けない。しかしきょうはセーターを着てそとを歩くと汗をかく。桜の花も散りはじめ、むさくるしい春がやって来る。

 ニェネントは、あいもかわらず綿棒で遊んでいる。楽しそうだし、かたづけてしまうのもかわいそうなので、二、三本は床に転がしたままにしておいてあげる。

 きょうはヴィデオを一本観た。ハイスミスの「変身の恐怖」は、あともうちょっと。

 

[] 「カティンの森」(2007) アンジェイ・ワイダ:監督  「カティンの森」(2007) アンジェイ・ワイダ:監督を含むブックマーク

 ワイダ監督の父親もこの事件の犠牲者だったという「カティンの森事件」を描いた作品。「カティンの森事件」の犠牲者、その家族らの戦中戦後の苦難を追うことで、スターリンのソヴィエト連邦、ヒットラーのナチス・ドイツという全体主義国家にはさまれ、第二次世界大戦中、またそれ以後も両国からじゅうりんされたポーランドという国の悲劇をこそ主題としたもの。戦後のワルシャワ条約機構傘下のポーランドで、登場人物のひとりが「この国に自由は二度と訪れない」との諦観を語るのが痛い。
 ワイダ監督はおそらくは、みずから当時の資料を探し出した上での映画化だったのだろうけれど、それら「事実」の重みから、あれこれの挿話をカットしてしまうことができなかったのだろう、後半に少々焦点がぶれてしまったのは残念である。
 音楽はペンデレツキで、撮影は「戦場のピアニスト」のパヴェル・エデルマンで、カメラを移動させながらの、奥行きのある画面みずからが語り出すような撮影が印象に残る。

 わたしはいぜん、この作品の舞台であるクラクフを訪れたことがあるけれど、クラクフの街並はワルシャワと違って戦火で破壊されることもなく、この映画で観ることの出来るクラクフの風景はもちろん、わたしが訪れたときに見た景観とおなじである。それは現在のクラクフで撮影されたのだからあたりまえのことだけれども、世界遺産のひとつでもあるクラクフ市街は、何百年もそのすがたを変えていない。しかし、そこに生きたひとびとは、あまりに激烈な歴史の変化と転換のなかでじゅうりんされてきた。この三月、東北では市街がすべて消えてしまうような激烈な災害に見舞われてしまったけれど、それは人的な歴史の転換ではない(副島の原発事故は別にして)。生きる人たちの精神は守られていると信じる。「この国に自由は二度と訪れない」ということばなど発せられようもないことのなかに、救いを見い出したいと思う。やはり、最大の人的災害とは「全体主義国家の誕生」と、この映画を観たあとに断定する。




 

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■ 2011-04-14(Thu) このエントリーを含むブックマーク

 どうもどこかへ出かけたよくじつというのは過剰に寝てしまう習慣ができてしまったみたいで、この日も昼寝をしてよるもはやく寝て、十二時間いじょう眠ってしまった。そとは日ざしもポカポカとあたたかそうだったけれど、午前ちゅうに買い物に出かけただけでずっと部屋にこもりっぱなし。

 きのう観た映画のこと思い出したりして、ダコタ・ファニングはなんだか安達祐実に似てきたんじゃない?とか思ったり。ああいう実在のバンドとかをモデルにした映画というのも面白いもので、さいきんはJoy Division をモデルにした「コントロール」とか、レーベルのFactory 創設者のTony Willson を主人公にした「24 Hour Party People」とかあったけど、どれもわたしはそれなりに楽しんだ(過去に「ドアーズ」というひどい映画はあったけれど)。わたしはたんじゅんに音楽映画が好きだから、そういうのがまたつくられたらまた観に行きたい。希望としては、Factory レーベルが映画になったんだから、やっぱGeoff Travis を主人公にしてRough Trade の映画とかつくってほしいし、Runaways のようなガールズ・バンドの存在が題材になるなら、それはやっぱりRaincoats の映画とか。あ、ドラマがないから映画にならないか。そういえば、きのうRunaways のことを調べていたら、バンドの後期にはCherry Red レーベルと契約していたことを知った。「Cherry Bomb!」つながり、だったのだろうか?

 きょうは従来なら近くのスーパーでは玉子の安売りの曜日で、どうやら先週からそういう安売りも再開されていたようなので、はやい時間に行ってみた。ところが、たしかに一パック128円と安いのだけれども、千円いじょうの買い物をされた方に限ると書いてある。そんな商法に乗せられるのはイヤなので、別のスーパーまで足をのばして、先週につづいてちょっといい玉子を買ってきた。まあげんざいは消費をのばさなければ景気が停滞したままだからというのはわかるけれど、たくさん買った方を優遇しましょうというのは好きではない。スーパーも東北物産のコーナーなどつくれないのだろうか。酒を買おうとしてもつい、生産地の表示をみたりする。それで、やっぱり高いので買わなかったりするんだけれども、酒のコーナーでも東北で醸造された酒のコーナーなどをつくってもいいのに、などと思う。そういうことやれば、ちょっとムリしても東北の酒を買うようにする。別のスーパーの方では野菜の特売をやっていて、アメリカ産らしいけれども玉ネギ一個三十円とか、かなりでっかいキャベツひと玉七十七円とか、そうとうに安いのであれこれ買ってきた。このごろ全般に茨城産のものを含めて野菜があれこれ安くって、ついつい買ってしまうわけで、冷蔵庫のなかが野菜だらけになってしまった。なにかあたらしい料理のレパートリーを開発したいものである。

 ニェネントが、どこからか綿棒を引っぱり出してきて遊んでいる。口にくわえてあたまを振り、どこかへ綿棒をふっ飛ばしてやって、それをじぶんで追って行く。けっこういつまでもやっている。楽しそうである。あたらしいトイレにもなれてくれて、さすがに大きいのでそとにネコ砂をはじき飛ばすこともなく、掃除も楽である。きょうは余震もあまり起きないで、平和ないちにちだった(地震なんかまるで起きないのがふつうなんだけれども)。



 

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■ 2011-04-13(Wed)

 しごとがあさ早いので、しごとが休みの日に出かけるよりはその前日に出かける方が快適である。あしたは休みだし、うごきはじめたローカル線にひさびさに乗ってみたいし、桜の花も見てみたいし、それで映画でも観たいものだという気もちで、きょうは出かけることにした。それが、あさになってまた余震があったので気もちがくじけそうになり、ま、きょう行かなくてもいいか、という気分になりかけたのだけれども、それで買い物にでも行こうとそとに出ると、ちょっと気もちの良さそうな陽気になっているので、やっぱり出かけることにした。お留守番のニェネントにまたししゃもを焼いてあげ、よろしくね、と外へ出る。

 ほんとうに久しぶりに乗る地元のローカル線。となりの駅のあたりから、むかしわたしも入院してお世話になった市民病院がみえる。この病院はこのあたりでもっとも被害の大きかったところのひとつで、建物内が使用できなくなり、駐車場にテントを仮設してそこで往診などを行っていたときいた。電車からみえる建物の壁がたしかに大きく崩落していて、たいへんだったんだろうと勝手に想像する。ターミナル駅についてみると、これもずっと運休していたはずの湘南新宿ラインがもう動いていた。このあたりではまだ電車内もがらあきなので、しばらくは四人がけのボックス席をひとりで占領して、そとの風景をながめる。日の光がきらきらしていて、美しいと感じる。線路ぞいの桜並木も花が咲ききっていて、こういう光景を電車のなかからでもみることができたことを喜ぶ。それでも、線路ぞいの建物の屋根瓦が落ちてブルーシートをかぶせてあるのが目にはいったりする。そんな地震の被害は利根川を越えるあたりまでときどき目にとまったけれど、川を越えるとほとんど見えなくなった。小さな川の岸にそって桜の花が咲きつくしている風景が美しく、途中下車してそこまで歩いて行きたくなったりする。

 映画を観るのにちょうどいい時間に渋谷に到着し、チケットを買って上映館へ行く。この日は水曜日でレディース・デーらしく、ほとんどが女性客。上映前の場内アナウンスでも、地震のために上映を中断する場合もあることが告げられたりする。世の中はたまにグラグラ揺れるものだということになったけれど、きょうこれから二時間ほどは、そんなことがありませんように。
 予告で流された子ども用のアニメ作品のなかに、ダムが崩壊して水の流れが家屋をのみ込むシーンとかがあって、そういうところでやっぱり身体が反応してしまうんだな。それで、「キッズ・オールライト」という作品の予告があって、それってひょっとしたらKids Are All Right と違うのか、とみていたら、やっぱりそうだった。なんで「キッズ・アー・オールライト」じゃダメなのか、まるでもって不思議な気がする。ちゃんと「キッズ・アー・オールライト」という邦題だったら観に行ってもいいのに、こんなわけわからんタイトルなら行かない。配給会社の担当はThe Who なんか聴いたこともないんだろう。

 それで、きょうのお目当て、「ランナウェイズ」を観る。余震も起こらずに無事終映。感想は下。
 もう一本映画を観てもいいんだけれども、ローカル線の運行本数も少なくなっているし、きょうは明るいうちに帰ることにする。ちょっと街をぶらついて、古本チェーン店をのぞき、先日とちゅうまでヴィデオで観ているタランティーノの「ジャッキー・ブラウン」の原作、エルモア・レナードの「ラム・パンチ」を買ってしまう。そう、エルモア・レナードもいまの気分にいいよな、などと思って、「ゲット・ショーティ」もいっしょに買ってしまった。これも映画になっているヤツだ。帰りの電車で、ハイスミスの「変身の恐怖」を読み進める。



 

[] 「ランナウェイズ」(2010) フローリア・シジスモンディ:監督  「ランナウェイズ」(2010) フローリア・シジスモンディ:監督を含むブックマーク

 Runaways のことはけっこう記憶に残っている。来日当時はほとんど社会現象になり、TVでずいぶん彼女たちのライヴをみたものだった。そのときはヴォーカルのCherie Currie の名まえしかおぼえなかったけれど、当時のわたしの妻はJoan Jett がいいといっていて、そのJoan Jett は後年大ブレイクするわけになる。これはそのRunaways の伝記映画で、監督はこの作品が初長篇作品となるらしい女性監督。Cherie Currie の書いた自伝をもとに、さらにJoan Jett が映画のプロデューサーに名まえを連ねているから、いろんな意味でフィクショナルになってしまうだろうことは想像がつく。じっさい、バンドのベーシストは(あまりにひんぱんにメンバー交代してるんだけれども)この映画に自分の名まえの出されることを拒否したらしく、この映画では架空の人物名で紹介され、セリフひとつない。Cherie Currie をちょっと成長したダコタ・ファニングが演じ、Joan Jett をクリスティン・スチュワートという配役で、まあこのあたりもわたしの食指をそそらせられたということ。それと、彼女たちのプロデューサーがKim Fowley だったというのもさいきんになって知って、ちょっとそのあたりをみてみたいという気もあった。Kim Fowley という名まえは、Frank Zappa というかMothers Of Invention の偉大なるデビュー・アルバム「Freak Out!」のジャケットの、彼らに影響を与えた人物リストのなかにも書かれていた人物で、当時のポピュラー音楽の仕掛人として、つまりはサイケデリック・ミュージックへの道を拓いた人物という評価も出来る人物である。そういうことでのこの映画の鑑賞。ほんとうはもっと早く観たかったけれど、震災のおかげで延び延びになって、ようやくこの日の鑑賞。

 とても楽しい作品だった。Runaways の事実に則した演出などというのは適当に放棄していて、まあ基本はCherie Currie を主人公としての「ロック業界の虚飾」のなかで崩壊する精神という、誰でもが聴いたことがあったり想像することもできるあたりの着地点で、Cherie Currie の家族関係の描写あたりはそれなりにきちんとやっているわけだけど、Runaways というバンドの歴史なんて、ポイントポイントを押さえているだけで、そんなにち密なものではない。それで、この演出がいいのは、そういうストーリーとしてバンドのユニークさを語ろうとするのではなく、もうバンドの歴史なんか類型のなかに押しこめてしまって、ヴィジュアルでもって何かを語らしめようという演出姿勢がいい、ということになる。Kim Fowley なんかの描写もかなり類型化して、商売人としての側面をおもてに出しているあたり、正解だと思う。トレーラーでのバンドの特訓、彼女たちのステージ、そして圧巻の日本でのライヴ、その後の分裂への道をしめす混乱のレコーディング風景と、つまりはアラン・パーカーの「ザ・コミットメンツ」と同じような展開(かなり参考にしていると思う)なのだけれど、「じっさいにはどうだったかなんて、追求したってしょうがない」といっている感じ。ライヴの映像のカメラとか、彼女たちのバンドの規模にあわせたというか、あまりパースペクティヴを効かせずに、それでもいい効果を出していたと思う。わたしは楽しめた。
 この映画でここ、というシーンを書けば、彼女たちの日本でのステージの冒頭のシーンで、ダコタ・ファニングの演じるCherie Currie が、そのはいている高いヒールで床にちらばるドラッグの錠剤を踏み砕き、床に突っ伏してその飛び散ったかけらを舐め取ってから起き上がり、歌いはじめる場面こそ、であって、その場面でこそCherie Currie の音楽に賭けた根性をおもてに出すと同時に、ダコタ・ファニングという女優がその、もう子役ではないのだという女優根性を見せつけるわけになる。演出もみごと。
 そう、来日時のステージ衣装とか、わたしも記憶を呼び戻されて、たしかにこの映画と同じジャンプ・スーツを着ていたわけだ。Joan Jett が赤で、Cherie Currie がシルヴァーだったのもこの映画の通りだった。ラストはJoan Jett のブレイク後の曲でしめるんだろうと思っていたけど、「I Love Rock'n'Roll」でもって一気にバンドの消滅とJoan Jett のブレイクを簡潔に描いていて、そのあとはやっぱりJoan Jett 大会だった。ラストのラジオ局の生放送にゲストで出てくるJoan Jett のピンクのジャケットは、彼女がアルバムのジャケットで着ていたものと同じジャケットだった。クリスティン・スチュワート、よかった。Joan Jett & Blackhearts を何かいっぱい聴きたくなってしまったではないか。欲をいえば、バンド解散後恵まれず、多くのミュージシャンのレスペクトを集めながら近年亡くなったドラマーのSandy West に対して、もうちょっとレスペクトがあってもよかったような気はした。




 

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■ 2011-04-12(Tue) このエントリーを含むブックマーク

 きょうも、強い地震があった。きょうはあさのしごとちゅうの揺れで、ちょうど職場の外を走っていたJRの電車も、わたしたちの職場のすぐそばでストップしてしまった。ほとんど揺れとどうじにストップした感じで、たんじゅんに、こういうJRの技術はすぐれたものだなあなどと思う。三月十一日に新幹線に事故がなかったのも、本震の一分ほどまえに前兆を検知してブレーキがかかったためときいている。TEPCOとは大きな、大きすぎるちがいだと思うけれど、じっさいのところはどういうことなのかわたしもわかってはいないけれど、こういう技術というのはもっと国家レベルで共有できないんだろうか。
 しかし、ほんとうに余震はたくさん起きる。このところいっそう回数がふえたようで、まさにスリリングな日常はげんじつのもの。余震がおさまるのには半年ぐらいの時間がひつようなのか。原発の方はいつ落ち着くのかまったく見当もつかないし、廃炉にして放射性物質の拡散を封じ込めるには、十年以上の単位で考えなくちゃいけないんだろう。そろそろことしの田植えの季節になるけれど、いったいどうなってしまうのか。

f:id:crosstalk:20110414084314j:image:left このあたりは、東京の方から被災地へのヘリコプターの飛ぶ経路なのだろう。震災のあとからはずっと、パタパタと音をたてて双発の大きなヘリコプターが北の方へ飛んでいくのがしょっちゅうみられる。このところまた、その数が増えたような気がする。

 CDをなにか聴こうかと、Nitty Gritty Dirt Band のベスト盤をひさしぶりに聴いてみた。むかしは好きだったんだけど、あまりフィットするものではなかった。
f:id:crosstalk:20110414084354j:image:right ベッドにもぐりこんで本を読んだりするけれど、あまり進まない。ベッドのふとんのうえにニェネントも上がりこんできて、わたしが本を読みながらのばした片手を動かすと、その手にじゃれついてこようとする。おもしろいので本を読むのをやめてニェネントをかまう。ニェネントの鼻先で手をぶらぶらさせるとねらいをつけてきて、手のひらにかみついてきたり、まえ足をかたほう出してきて、わたしの手にちょっかい出そうとする。かみつかれるとそれなりに痛いんだけど、それでもニェネントとしてはあまがみしているつもりなんだろう。まえ足を出してくるときには爪をたてたりしていないので、攻撃の意志はまるでないのがわかる。
 大きな揺れがくるとニェネントもいっしゅん上をみあげて、きょろきょろしたりするけれど、おびえたようなようすをみせることはない。まだ一歳にもなっていないんだから、「世の中というのはこういうものなんだ」と、納得しているのかもしれない。

 あさってはしごとも休みなので、あしたにでも東京に出て映画でも観たいと思う。あれこれと上映スケジュールなど調べたりして、早くに寝てしまった。




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■ 2011-04-11(Mon)

 三月に震災のため、公演日程なかばにして帰国せざるをえなかったという指揮者のズービン・メータが、日本のために再来日。きのうサントリーホールでチャリティ・コンサートをおこなったらしい。そして、Richard Thompson は来ないことになったけれど、Johnny Winter は、初来日ライブを予定どおり十三日からおこなうらしい。わたしはJohnny Winter とかちゃんと聴いていないけれど、彼のライブにいけるひとたちは楽しんで来てほしいです。

 情報不足でまるで知らなかったんだけれども、きのうは高円寺で「反原発」のデモがおこなわれたらしい。参加者一万五千人とのこと。行けばよかったかも、である。やはりTwitter をやるべきだろうか。それがよるになったら都知事選の開票結果が出て、まあ書いてしまえばブッシュが再選されたときの気分というか、もちろんわたしなどの暮らしにも影響は出てくるだろうから、個人的にはもっとタチが悪い。

 きのうのことだけれども、ベランダに出ると、窓の網戸の下半分がおおきく破れていて、ほとんど枠からはずれてベローンとたれさがっている。こういうことは自然になってしまうようなことではなく、おそらくはベランダにネコが来て、網戸に爪をたててぶら下がったりしたためだろう。そうとしか考えられない。つまり、部屋のなかにニェネントがいることを知った野良ネコが、ベランダでさわいだ結果ということだろう。よくニェネントも窓ぎわで寝ていることが多いんだけれども、ああいうときに外に野良ネコが来ていたりするわけだろう。網戸はもうどちらにせよボロボロで、この夏には張り替えなければならないとは思っていたからいいんだけれども、張り替えても、またこんかいのように破かれてしまったりしたらたまらない。ベランダにネコの嫌うものを何か、ききめがあるようなものがあれば置くようにしようか。

 ひるま録画してあったヴィデオを観て、ひとつはNHKのドラマの「火の魚」というやつで、これを観おわって続けてタランティーノの「ジャッキー・ブラウン」を観ていたら、また揺れはじめた。これがでかい。ニェネントも、部屋のなかをあちこち走り回る。「もういいかげんにしてくれ」という感じになる。外をみると空に黒い雲が拡がっていてぶきみ。外で何かが光ったように思え、なんかとんでもない天変地異がやってくるのかよ、などという雰囲気になった。これがすぐに雷鳴がとどろいて、つまり、地震と雷とがいっしょにやってきたのだった。余震が十分おきぐらいにいつまでもつづく。こんな生活、イヤ! 風呂に入るのもやめて、もう早めに寝ることにした。イヤだといっても、とうぶんはこういう事象を日常として生きていかなくてはならないわけだ。スリリングな日常。

 

[] 「火の魚」(2009) 渡辺あや:脚本 黒崎博:演出(NHK広島)  「火の魚」(2009) 渡辺あや:脚本 黒崎博:演出(NHK広島)を含むブックマーク

 わたしがずっと注目している脚本家の渡辺あやの脚本。原作は室生犀星というからそうとう古い作品だろうと思うけれど、設定は現代にされている。調べると、この「火の魚」、室生犀星本人と装填家の栃折久美子との、おそらくは実話から書かれた小説なのらしい。栃折久美子ならわたしだって名前ぐらいは知っているけれど、この作品では出版社の編集部員として登場する。瀬戸内の島に隠とんしている作家役は原田芳雄で、編集部員は尾野真千子が演じている。じつはわたしはちょっと、この尾野真千子という女優さんが好きなのではある。ほぼ全編、このふたりだけのドラマで、まあいってみれば、世捨て人のような生き方を選んでいた作家が、彼を担当する出版社の編集部員の女性と出会うことで、もういちど生の炎を燃え上がらせる。などと書くとかなりふやけた「老いらくの恋」みたいなものを想像させてしまうかもしれないけれど、もっとこのふたりの関係はのっぴきならぬところまで踏み込むというか、つまりは作家が書き終えた小説の装丁を、作家がその女性に「やってくれ」と頼むのだけれども、それが、作家が彼の分身のように飼っている金魚のリュウキンを「魚拓」にしてくれ、と彼女に頼むわけである。魚拓にするということは、その金魚の「死」を意味する。それはある意味で、作家が彼女に「オレを殺してくれ」といっているようなものかもしれない。そこにのっぴきならないドラマがある。そしてそのあとに、彼女の癌の再発と入院という事態が続く。
 やはり渡辺あやというひとにはまぎれもない才能があって、この脚本はきっと室生犀星の原作なんか軽く凌駕しちゃってるんじゃないかと想像できる。ちゃんとヴィジュアルなことまで想定して書き下ろしているようで、そのあたりは彼女自身が映像作品をも製作することからも来ているのだろう。その、魚拓のシーン、そして作家が彼女を病院に見舞いに行ってあうシーンとの、「ことば」としての密度には、驚嘆するものがある。演出についてはよくわからないけれど、TVドラマとしてはこんなものだろうと思う。音楽がこういうものでよかったのかどうかも、よくわからない。とにかく「脚本」(そして尾野真千子)、である。




 

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■ 2011-04-10(Sun) このエントリーを含むブックマーク

 桜の花が、このあたりでも満開になった。きょねんはずいぶんと桜の花をみたなあと思い出して、あれは飯田橋の日仏学院のアラン・レネの上映会に足げくかよったせいだった。ことしは桜が咲いてから上京することもないし、あたりを歩いたりもあまりしないので、桜の花をまぢかでみた気がしない。わたしは桜の花というのは好きなので、ほんとうはお花見とかいつもやっていたいクチではある(たんに飲みたいだけなのかもしれない)。
 花というのはたしかに目にしてこころのなごむもので、「1995年1月・神戸」の本でも、被災地へ贈られた花束が避難所や事務所の空気を一変させたようなことが書いてあった。これからは、被災地の方でも桜の花が開き始める。

 ニェネントの抜け毛は、気候が暖かくなってきたための季節的なものらしい。「ころもがえ」というところ。
 わたしが台所に行くと、いつものようにニェネントも台所についてくる。つまり「わたしにも食べるものを出してちょうだい」ということなのだけど、いつもだったらわたしの足もとでにゃあにゃあないてさいそくするのが、きょうはしずかにまっている。「なんだよ、なかないのか」と思って、「ニェネント、ないて!」と声をかけると、「にゃあああん」とないた。おや、わかるのだろうかと、もういちど、「ニェネント、ないて!」とやると、また「にゃあん」となく。ニェネント、ひょっとしたらわたしのことばがわかるのかいな、と思って、また声をかけるとまたないた。「ないて!」というとちゃんとないて答えるのはちょっとした「芸」だな。ニェネント、えらいぞと、あたまをなでてやる。
 しかし、よるになってまた、ニェネントに「ないて!」と声をかけても、反応はまるでなかった。利口なんだかバカなんだか。

 きょうはハイスミスの「変身の恐怖」をすこし読んだあと、アルベール・ベガンの「ロマン的魂と夢」を読み進めた。トロクスラーというスイスの哲学者について。かれの著作活動はドイツ・ロマン派よりも時代的にはすこしあとになるけれど、神秘主義的な、彼岸と此岸との二元論の統一をめざす、神智学的な思想家。「夢はあるときは現世における現世を超えた世界の反響であり、あるときは現世を超えた世界における現世の反映である。」




 

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■ 2011-04-09(Sat)

 あさから雨。ずいぶんむかし、アメリカのビキニ核実験のときに「放射能雨」などというのがもんだいになったことがあったけれど、こんかいもそういうことが騒がれることになるんだろうと思う。「放射能マグロ」なんていうのもあったような。

 ニェネントの抜け毛がすごい。というか、ひどい。ぼそっとかたまりで、綿玉のように床の上に落ちていたりする。服など脱ぎすててあるとたちどころに毛まみれになってしまう。なるほど、ネコを飼うと黒い服が着られなくなるときいていたのは真実で、そのことはいぜんからわかっていたけれど、ここまでひどいとは思っていなかった。いまわたしの手もとのキーボードの上にも、そうとうな数のニェネントの抜け毛がのっかっている。まさか放射線の影響ではあるまいよな。

 パトリシア・ハイスミスの連続読破が興にのってきて、ついに、いちど処分してしまっていた「変身の恐怖」を、またAmazon を使って買ってしまった。きょう到着。やはり、ハイスミスのベストワンは、この「変身の恐怖」ではないかと思う。すぐに読み始めるけれど、きょうはあまり読みすすめられず。

 きょうはWOWOWで録画してあったヴィデオを二本観て、それでほとんどいちにち終わってしまった。


 

[] 「ハート・ロッカー」(2008) キャスリン・ビグロー:監督  「ハート・ロッカー」(2008) キャスリン・ビグロー:監督を含むブックマーク

 邦題がカタカナ表記で「ハート・ロッカー」ということで、これは誤解のタネだと思う。これでは「Heart Rocker」という意味にとられかねないし、まあふつうに日本語表記で「ハート」といえば「Heart」と結び付いてしまう。じっさいの原題は「The Hurt Locker」で、「痛みを格納するロッカー」、転じて「棺桶」などという意味でもあるらしい。
 ‥‥よくわからない(ちょっと屈折した)映画だけれど、インパクトは強烈。ドキュメンタリータッチで演出されたいくつかの爆発物処理場面、そして荒野のまっただなかでの銃撃戦闘シーンなど、観ている方の心臓が持たない。いったいどこまでこんなに緊迫した画面が続くんだと、たえられない思いもしてしまった。冒頭に「戦争は麻薬だ」というテロップが流されるわけで、たしかに、この爆発物処理班で先頭に立って爆発物処理にあたる主人公にはランナーズ・ハイのようなところはあるし、前半はとくに「ジャガーノート」でリチャード・ハリスが演じたファロンのような造型を感じさせる。それでも、DVDをアメリカ兵に売るイラク人少年の安否を主人公が心配して、夜のイラクの街を捜し回るあたりから、この主人公はたんじゅんなランナーズ・ハイではないと見えてくる。いってみれば、この主人公は、アメリカによるイラク派兵の大義名分をそのままに行動する兵士なのである。フセイン政権崩壊後のイラクの無政府状態から、爆弾テロの犠牲をひとりでも減らすこと、そのために全力をつくそうとするのが主人公は自分の使命だとさとった存在として、いちど帰国して家族と再会した主人公は、ラストではふたたびイラクの地を踏む。

 アメリカに帰った主人公が、倉庫のような巨大なスーパーのなかにずらりと並べられたシリアルのまえに、ひとりだけでたたずむシーンが強烈で、もちろん、ここで主人公のこころはイラクへ飛ぶわけだろう。
 どんな見方をするにせよ、現在のイラクの状態、そこへいたるイラク戦争などの背景をきちんと認識していることが求められている作品で、この作品を観たから「戦争」一般の本質が理解できるとか、イラクの現状が理解できるとかいうようなものではないと思う。
 ガイ・ピアーズやレイフ・ファインズに似たやつが出てくるなあ、などと思っていたら、本人だった。


 

[] 「(500)日のサマー」(2009) マーク・ウェブ:監督  「(500)日のサマー」(2009) マーク・ウェブ:監督を含むブックマーク

 監督はミュージッククリップ出身らしく、近年はGreen Day とかのクリップなんか製作している。その長篇劇映画第一作で、いかにもミュージッククリップの出身らしい洒脱な演出スタイルをみせてくれる。冒頭に、これは「ボーイ・ミーツ・ガール」ものだけれども、ラブストーリーではない、と述べられるわけで、(男性の側からは成就しない)一年ちょっとの男女の関係が、うれしがったりがっかりしたりの男性の視点から、時系列を前後させて描かれる。女性の方がさいしょに「恋人はつくらない主義」と宣言しているわけだから、どんなに進展しても、振り返ってみればそれはラブストーリーではなかったということか。つまりはセックス・フレンズまでだったと? ちょっと、主人公の「この人じゃなきゃ」という「運命の人」感の表現が、いまいち類型的のような気もしたけれども‥‥(観ているわたしの方が、そういうことがホントはどうでもいいことだったりするからいけない)。




 

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■ 2011-04-08(Fri)

 さくやの十一時半ごろ、揺れを感じて目がさめた。ゆっくりとした横揺れで、ベッドのなかでしばらく身をひそめていたけれど、揺れがなかなかおさまらない。三月十一日の揺れがちょうどこういう感じで、あのときはその揺れが徐々に大きくなったのを思い出して、「また大きいのが来るのだろうか」と、こころもすくませた。揺れは大きくはならずにおさまったけれど、目がさえてしまって、起き出してTVをつけて速報をみたりする。やはり宮城の方での余震だったようす。「もうこれからは余震が続くだけだろう」というきもちと、「あれだけの地震のあとだから、なにが起きるか予測できない」というきもちの双方がある。余震といっても、もとがマグニチュード9なのだから、マグニチュード8ぐらいのがきてもおかしくないのかもしれない。8だって、ふつうの感覚でいえば大・大地震だ。震源地も移動することもあるだろうし、このマンションもヒビだらけになってるから、大きいのがきたら崩壊するかもね。などという考えはいつもあたまをめぐっている。ただ、このあたりは歴史上大きな地震災害の記録はない(818年の大地震ではこのあたりも被害があったようだけれど、その被害の程度はわからない)。茨城沖も地震多発地帯だけれど、このあたりからの距離はそれなりにある。関東大震災のときでも、茨城県内での全壊、半壊の家屋は南部を中心に1147棟、死者5名、負傷者40名である。

 まああれこれ災害のことを考えてもしょうがない。運がよければ生き延びて、運が悪けりゃそれでおしまい。大災害にまきこまれて死ぬるというのはわたしの理想的死に方のひとつでもあったはずなのに、だらしがないことである。

 あさ起きてしごとに出かけ、帰宅してから朝食。トーストにはさむ目玉焼きを焼く。茶色をした殻の、値段が高い玉子なのだけれども、これがたしかに(わたしなんかでも味の違いがわかるくらいに)美味なのである。きっと、こういう玉子を産むニワトリというのはいいエサをいっぱい食べて、それなりにけっこうだいじに育てられているんだろうなあ。というか、いつも買っていたような安い玉子を産むニワトリはきっと、劣悪な条件で飼育されてるんだろうなあ、だとか、勝手なことを考えてしまう。そうするとなんだか、身動きもできないブロイラーのなかにとじこめられて、まいにち無精卵を産むためだけに生かされているだろうニワトリの、それでも何も考えてなんかいないあたまの悪そうな表情がこころに浮かんできたりして、あわれなものよ、などと考えてしまう。
 さいきんはTVの震災後の報道などをみていても、飼われていた犬などのペットのニュースをみるたびに(ほんとうは犬はたいして好きでもないのに)涙ぐんでしまって、被災者のことをさしおいて、やっぱりわたしは(このブログのコメントで糾弾されたように)情けのないにんげんだよなあ、などと思うのである。そうそう、ニェネントはあたらしいトイレを使ってくれたので、ひと安心、なのである。さくやの地震のあとでもとくにおびえたようすも見せず、すぐにわたしにじゃれついてきたりしたし、精神状態良好、なのだろう。

 読んでいる近代フランス詩、ピエール・ルヴェルディをとりあえず読み終え、フィリップ・スーポーに突入。スーポーにはブルトンとの共作での「磁場」という詩集があるのでその名前は記憶にあるけれど、詩人としてエリュアールやアラゴンほどに知られているわけでもない。「羅針盤」という詩集を読むけれど、やはりダダイズム以降の詩人というか、ことばの修辞に凝るようなものではなく、即物的な言葉をスピード感をともなって重ねていく感じ。読んでいて気もちがいいのはたしか。

   

きみの声の記憶が留まるのに
ぼくは気づいた
ぼくのからだがぼくの思考をゆさぶった
電線が疾走していった

小石の衝突が正午を告げた

   詩集「羅針盤」より 江原順:訳

 きょうは、録画してあったヴィデオで「アバター」を観た。

 

[] 「アバター」(2009) ジェームズ・キャメロン:監督  「アバター」(2009) ジェームズ・キャメロン:監督を含むブックマーク

 冒頭の宇宙船、そこから降り立つ兵士たち、そして未知の惑星というイメージが、「SF」、「戦争」、「秘境」という感じで、まさに大衆路線というか、わたしはジャスト小松崎茂のイラストの世界を思いうかべてしまった。
 本筋はケヴィン・コスナーの「ダンス・ウィズ・ウルヴス」の翻案みたいなものらしいけれど、わたしはその「ダンス・ウィズ・ウルヴス」は未見。でも、これをみればだれでもが「ナヴィ」と呼ばれるその惑星に住む先住種族からアメリカ先住民族を思いうかべるだろう。あとはきっと、宮崎駿のアニメ作品のあれこれから持ってこられているものも多いと思う。「ゲド戦記」みたいな要素も感じられる。

 ストーリーや、そのストーリーを展開させる演出は、とにかくエンターテインメントとして楽しめるもので、とくに、主人公がイクランと呼ばれるドラゴンのような鳥類(?)に乗って空を飛ぶシーンはすばらしく、空飛ぶシーンといえば宮崎駿、みたいなものも凌駕しているんじゃないかという印象。わたしはTVで観たのでもちろん3Dではないけれど、これはちゃんと劇場で3Dとして観たかった気がする。たとえばどうしてもボーイスカウトだったり、「家族の絆」だとかあれこれのうんちくを入れようとして妙なテイストの作品にしてしまうスピルバーグ作品に比べて、主義主張もあっさりしていて娯楽に徹するあたりに、観客動員数が結び付くんだろうとも思う。ただ、それがつまりはあまりに底が浅いというか、うわべだけ、というのはいつものジェームズ・キャメロン節で、ラストの大戦闘シーンがけっきょくは近代兵器戦になってしまうあたりで「やっぱりこうなってしまうのか」とも思ってしまうわけだし、ストーリーの落としどころも「それでいいのか」というものになる(まあ、三部作にするらしいのだが)。

 CG画像満載というみどころもあるんだろうけれど、「ナヴィ」の身体の肉づけとか、動きとか、観ていて「まだまだだよな」というところはいっぱいある、と思った。




 

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■ 2011-04-07(Thu)

 きょうからやっと、JRの電車も走りはじめた。これでほとんど旧来の生活パターンに近いものが復旧することになるけれど、生活リズムとしてはまだ狂ったまま。いちばん大きいのは買い物に関してで、いぜんだったら月曜は買い物ポイント二倍、水曜は玉子の安売り、木曜は全商品10パーセント割引の日などというのに合わせて買い物をしていたのが、もうそういう割引セールがなくなってしまったので、とにかく冷蔵庫の在庫がなくなったら買いに行くというパターンになった。三月いっぱいはほとんど備蓄していた食品ばかりでしのいだので、そういう意味ではほとんどお金を使わないという生活だったのが、このごろはいつもより(震災前より)割高なものばかりを買っている気がする。ウィンナーもいままで買ったことのないような価格のものを買わざるをえなかったし、玉子もいぜんの安売りのときの倍の価格のものを買っている。ただ、喜んでいいのか、現地茨城産の野菜だけは安くなった。
 もう季節は春になって、スーパーの店頭から白菜が消えつつある。わたしはこの冬のあいだにすっかり白菜にたよる食生活になってしまい、白菜がなくなると何をつかって献立しようかとなやんでしまう。とにかく白菜があれば安上がりに満腹になれるわけで、ネギや豆腐といっしょにかんたんな鍋にしたり、レバーなどと炒めて削り節としょうゆで味付けしたり、あっという間に出来てしまうのもいい。きょうスーパーに行くと、久々に白菜がまるごとで売っていた。150円。よろこんで買う。ついでに鶏レバーなどいっしょに買う。レジに行くと、大きく宣伝はしていなかったけれど、この日から10パーセントの割引が復活していて、ちょっとうれしくなった。帰りにもう一件のスーパーへ行くと、こちらでも玉子の安売りが復活していたけれど、わたしが行ったときにはもうぜんぶ売り切れてしまっていた。らいしゅうからは、生活にもいぜんのリズムがとりもどせるかもしれない。

 帰宅して、買ってきた野菜などを冷蔵庫のなかへしまっていると、ニェネントが横にきて、冷蔵庫のなかにあたまをつっこんでくる。これがなかなかうるさい。冷蔵庫のまえから追っぱらって冷蔵庫のドアを閉めると、そばにいたニェネントが「ふぎゃあ」とないた。ドアにしっぽをはさんでしまった。
 さて、わたしのばあい、肉類というのはすべて先にカットしてから冷凍保存しているので、買って帰った鶏レバーをカットする。血のかたまっているぶぶんや筋っぽいところは切り分けて、しっぽをはさんだおわびにニェネントにあげる。ニェネントがっつく。そう、あたらしいネコトイレ、まだニェネントが使った気配がないのが気にかかる。どこかわたしの目の(鼻の)とどかないところで用をたしているのではないのか。

 ゆうがたからヴィデオを一本観て、きのう読みかけでやめた「関東大震災と戒厳令」にふたたびトライしてみる。‥‥やっぱりダメで、もうこの本はうっちゃることにした。とにかく、本文の80パーセントから90パーセントぐらいが過去の文献からの引用で成り立っている本で、これが当時の軍の記録だったりするから、文章としてじつに読みにくい。しかもえんえんとそういう引用がつづくわけで、まあ「引用の織物」といいますか。よほどの根性がないと読みとおせる本ではないと思った。

 

 

[] 「幸せはシャンソニア劇場から」(2008) クリストフ・バラティエ:監督  「幸せはシャンソニア劇場から」(2008) クリストフ・バラティエ:監督を含むブックマーク

 ちょっと「天井桟敷の人々」の設定を思わせられるバックステージもので、世界不況下に閉館に追いこまれた劇場を、かつてのスタッフたちが復活させようとする。さいごには劇場は大入り満員札止になるけれど、スタッフたちを待ち受けていた運命はちょっとビターなものだった、というお話。中盤の、ぜんぜん面白くない出しもの(コント)が続いて客がどんどん帰っていくあたりが、じつは面白かったりする。音楽監督が復帰してコントをやめてミュージカル仕立ての舞台にして大成功にいたるけれど、やはりこのミュージカル場面がじつに楽しい。画面はいつしか劇場の舞台から逸脱して、もっと大がかりな映画的な世界にはいりこんでしまう。全体の演出がもうちょっとキレがよければという気がしないでもないけれど、楽しめる作品だった。
 たんじゅんなハッピーエンドにしなかったのは、この映画の設定された時代が1936年で、まさにナチスの影がまぢかにせまってきた時代の空気をあらわすため、でもあったのだろう。この映画に描かれるように、1936年のフランスとはレオン・ブルムの人民戦線政府の成立した年ではあるけれど、その未来は明るいものではなかったし、すぐそばにはナチスの軍靴の足音がきこえていたわけで、1940年にはヴィシー政権が誕生することになる。この1936年からの十年間は、フランスにとって決して明るい時代ではなかったということになり、この映画でまさにその十年間を監獄ですごすことになる主人公は、そのフランスの困難な時代を映したものなのだろう。ラストはつまり1945年冬、第四共和制のスタートした時点で、刑期を終えた主人公がシャンソニア劇場へ行くと、彼の息子が看板スターとしてやはり大入り満員なのであった、というわけである。




 

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■ 2011-04-06(Wed) このエントリーを含むブックマーク

 きょうはあたたかい。せんげつまでのように着こんで外に出ると、汗ばんでしまう。読んでいた本を仙台へ送った。何かの役に立ってくれればいいと思う。買い物をしようと思ってまだ動いていない鉄道の踏み切りを越えようとすると、線路のわきにネコがいるのが目についた。あれ、野良ネコがまだこのあたりにはいるんだろうかと立ち止まってみていると、その線路わきの草むらから、黒白のぶちのネコがこっちのほうにはい出てきた。口から細いひものようなものをぶらさげていて、なあんだ、トカゲをつかまえたわけですね。黒のまさったぶちネコで、鼻の下がひげのように黒くなっている。これはミイの血縁なんだろうと思うけれど、まえ足の一方のうらがわが黒くなっていて、これはきょねんミイが産んだネコたちにはなかった特徴。ミイの子ではない。まだ若いネコのようにみえるけれど、ひょっとしたらニェネントよりも若いかもしれないようにもみえた。じっとみているとそのネコも立ち止まってこちらをみて、「なんだよ、トカゲ喰っちゃ悪いかよ」みたいな表情をした。そのときにそのネコにすごく愛着を感じ、ニェネントといっしょに家で飼いたくなってしまった。その野良はさっさとどこかへ行ってしまったけれど、なんだか、まだこのあたりにそういう野良がちゃんと生活しているのをみて、ホッとした気分になった。まああのネコを飼うというのは現実的な考えではないけれども。

 図書館へ行って借りていた本を返却し(ベンヤミンはまったく読まないで返却してしまった)、きのうちょっと関東大震災時の世相をしらべたくなって、あまりぴったりなのはなかったけれど、「関東大震災と戒厳令」という本を借りる。あと、シュルレアリスム関係でオクタビオ・パスの「三極の星 アンドレ・ブルトンとシュルレアリスム」というのを借りる。

 ホームセンターの方まで足をのばし、ネコ缶を買ってから店内をみていて、ネコ用のトイレを買わなくっちゃという気分になって、買ってしまった。ニェネントのトイレはずっと段ボール箱を切断したものを使っていただいているのだけれども、このごろはニェネントも大きくなってしまって、とにかくネコ砂をトイレの外にまき散らすわけだ。ちゃんとしたのを用意してあげなくっちゃなあとずっと思っていたのが、地震とかもあったし、のびのびになってしまった。
 買ったネコトイレを片手にぶらぶらさせながら帰り、ドアを開けて、「ニェネント、喜べ!」と、ネコトイレをみせてあげる。床に置くとそのトイレのなかにのりこんでうずくまり、ゴロゴロのどをならせている。そうかそうか、気に入っていただけましたか。でも、まだネコ砂を入れてないんですけれどもね。

 図書館で借りた「関東大震災と戒厳令」をパラパラとめくってみるけれど、どうも書いたひとは旧的な「左翼ちっく」なひとのようで、なんつうか「謀略史観」という視点があるみたいだし文章も読みにくいし、読む気が失せてしまった。

 そういうわけできょうは本もあまり読まず、ヴィデオも観ないで早くにベッドに入った。ニェネントのトイレも、セットしないで放ったらかしである。いちど寝てよなかに目覚め、なんだか寝られなくなって、きのう読んでいたピエール・ルヴェルディの詩のつづきを読んだ。ピエール・ルヴェルディの詩はいつもたいてい、ひとを時のなかの旅人ととらえている。そのこと自体は多くの詩人がもちいる手法だけれども、かれの詩に描かれる、宇宙観を含みもつような「時間」というのは魅力的だと思う。ときどき、稲垣足穂の「一千一秒物語」のような宇宙観があらわれる。

 偶然と時の運命

 風のまにまに数字がまわる文字板。正規の太陽。終了する時間。かれは出発する。みんながすべてをわすれる。測定と時期。精神はさらに低くすべってゆく。いくつかの明確な映像。と、屈折光線がしずかに足踏みをする。水はねむる。またあらわれる翼。当り番号のところで色がぐっとひろくなる。

   詩集「はずむ球」より 高村智:訳



 

 

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■ 2011-04-05(Tue)

 四月二十日から予定されていたRichard Thompson の来日ライヴが、やっぱり中止ということになった。このさい景気づけに行ってやるぞ、という気分になっていただけに、やはり残念ではある。まあいまの日本の状態では「もんだいはないから来てくれ」ともいいがたいわけだし、しかたがない。

 図書館から借りて読んでいた、鈴木國文というひとの「時代が病むということ 無意識の構造と美術」という本のなかに、関東大震災当時の時代の空気にふれた部分があった。ちょっと長くなるけれど、引用しておく。

 (‥‥)当時、多くの論評がこの災禍をそれまでの浮薄な文化的驕慢に対する一種の天罰と見たようである。たとえば、永井荷風は『断腸亭日乗』にこう書いている。「されどつらつら明治大正現代の帝都を見れば、いわゆる山師の玄関に異ならず。愚民を欺くいかさまものに過ぎざれば、灰燼になりしとてさして惜しむには及ばず。近年世間一般奢侈傲慢、貪欲飽くことを知らざりし有様を顧れば、この度の災禍は実に天罰なりという可し」。一九〇〇年代はじめ、アメリカでオペラ三昧に耽ったあの荷風にしてこの反応である。こうした見方は荷風に特殊なものではなかった。実業之日本社の社長増田義一などはこう書いている。「大震災前の日本はいかなる生活をなし、いかなる精神状態であったろうか。一般の風潮は勤労をいとうて安逸を貪り、驕奢に流れ淫靡に陥り、自由恋愛を唱え三角恋愛を説き、いたずらに享楽主義に傾き、カフェは繁盛し、舞踏は流行し、惰気満々、無責任のやから多く、賄賂公行し、実に不真面目の状態であった」。大正時代は特殊な甘さであったという自省、この先は異質で困難な時代が待ち受けているという予感を、この時多くの人がもったのである。

 当時の空気はともかくとして、この引用文の著者による結論部分は、わたしにはかなりの誤謬を含んでいるように思えてしまう。つまり、これら震災を「天罰」ととらえたひとたちには、「自省」というよりは、機に乗じた「糾弾」という姿勢の方が強いのではないかと読み取れることがひとつ。でなければ荷風も「灰燼になりしとてさして惜しむには及ばず」とは書かないだろうし、まさか実業之日本社の社長が「自由恋愛」や「三角恋愛」に夢中になっていたことを自省しているとは思えない。どうもこの部分は、あきらかに当時震災の混乱で虐殺された大杉栄や伊藤野枝らを指していて、この文そのものが軍部の「虐殺」を擁護しているものとしか受け止められないわけである。そして、「この先は異質で困難な時代が待ち受けているという予感」といういい方もおかしなもので、こういう発言によって、それまでの「個」の称揚という空気に水をさし、十年ののちにひかえる軍国主義への道ならし、つまりは全体主義への誘導をはたしていたのではないかと、わたしには思えるし、そのことを「予感」といってしまうのは大きな読み違いではないかと思えるのである。
 本としての感想は下に書くけれど、この本はそういうおかしなところの散見される本だったわけで、どうもこの本を選んだのは失敗だったような。

 上記の本を読んで、シュルレアリスムについてはその美術作品のみでなく詩作品も読んでみなくっちゃわからんよな、という気分になり、うちにあった古い本を引っぱり出してきた。むかし平凡社が出していた「世界名詩集大成」という本の、「フランスIV」という巻。二十世紀前半のフランスの詩人、ピエール・ルヴェルディからフランシス・ポンジュあたりまでが網羅されている中身の濃い書物で、きょうはそのピエール・ルヴェルディをちょっと読んだ。彼はシュルレアリストよりはちょっと年長で、その詩はシュルレアリスムというものではないけれど、ブルトンらシュルレアリストたちを熱狂させたとある。いい。とてもいい。「それから、突然、だれかが出発すると、世界がかわる。」など、時間のうつろいを読み取らせてくれる。

 みじかい人生

 いつの日か、阻止された線よりはるかにとおく、ひとびとはゆく。地のはてへ。青とみどりの一角の、かくれた穹窿の方へまがっていくのは、かのきまぐれな道だ。ひとの背中で、さかさに着た仕立てのわるい服の奇蹟。あたまが三度お辞儀をする。とおくから膝がまがり、手があがる。白い手袋のいろはあせ、木の葉ははなれる。風がとびたつ馬のように西空におそいかかる。泡にまみれて、夕暮はくらくなる。声々がまえをはしり、岸にそってかなしい灯がともると、河は微笑する。鐘がしらせるべつの時間の上をすぎてゆく。一杯な時間。旅びとのあゆみはすでにはるか彼方をいそぐ。わたくし。わたくしはあいかわらず神が赦してくれるのをまっている。だが、ひとのうるさい指図におしつぶされて、じぶんの時をあがなうこともできないのだ。

   詩集「はずむ球」より 高村智:訳

 

 

[] 「月蒼くして」(1953) オットー・プレミンジャー:監督  「月蒼くして」(1953) オットー・プレミンジャー:監督を含むブックマーク

 なんだかいまの感覚でもそらおそろしい「ロマンティック・コメディ」で、ウィリアム・ホールデン、デヴィッド・ニーヴン、そして前に観た「愛の泉」に出ていたマギー・マクナマラらの共演。ウィリアム・ホールデンはほとんど性欲まる出し状態でマギー・マクナマラをナンパしようとし、夜の自分のアパートまで連れてくるのだけれども、マギー・マクナマラはカマトト演技でもって、さかりのついたウィリアム・ホールデンをうまくかわす。ここにホールデンのまえの婚約者も登場し、ホールデンのアパートの階上に住むその婚約者の父親(デヴィッド・ニーヴン)まで、男性原理まる出しでマギー・マクナマラにせまる。なんやねん、コレ。
 むかし、サミュエル・リチャードソンの「パミラ」という大古典作品を読んだことがあるけれど、貴族の邸宅に下働きで勤めることになるパミラという主人公が、スケベ心まる出しでせまってくるご主人さまをうまくあしらって、けっきょくは「玉のこし」にのっかってしまうという楽しい(爆笑モノの)小説だった。この映画、ちょっとばかりそういう味わいがあって、ああ、男ってバカだよねえ、そういう感じ。しかし、こんなカマトトおんな、さいしょの五分でおことわりですけれどもね。
 あちこち動くカメラとか楽しいし、犬だとかタクシーの運転手らの脇役の存在も楽しい。ま、いいか、という感じにはなる。そうそう、映画のなかで、雨のなかを外に買い物に行こうとする男に、女が「長靴をはいていけ」といい、男が「それには及ばない」といい合うシーンがあるのだけれども、この作品だとまさにこれはコンドームに関しての暗喩だろう、ということになる。規制のはたらく時代に暗喩は発達する。


 

[] 「時代が病むということ 無意識の構造と美術」鈴木國文:著  「時代が病むということ 無意識の構造と美術」鈴木國文:著を含むブックマーク

 

 著者はラカンなどの翻訳もある精神病理学者で、シュルレアリスムからドイツ表現主義、そしてアメリカの現代美術、プラスして青木繁以降の日本の美術の流れを、標題のように「時代」の背景を読み取りながら、精神分析の手法を駆使しながら解明しようとするもの。序文に宮川淳への言及もあったので期待したのだけれども、ちょっとばかし裏切られた気分。
 まず、作品そのものへの分析ではなく、作家の伝記的事象からの分析がほとんどということに失望する。第一章は「シュルレアリスムと女性画家」とされ、シュルレアリスムと女性との関係を読み解こうとしたのかと思うのだけれども、そこで紹介される女性画家たちへの分析はほとんどスキャンダラスな逸話の連続ばかりのように読み取れ、これでは興味本位だけではないのかという感想になってしまう。作家はどんな生を生きようとも、その作品こそをまずは観られなければならないというのは当然だと思うのだけれども、そういう視点がまずは弱い。シュルレアリスム自体にしても、「精神錯乱」との関係の読み取りなど、まずはその作品を読まなければ何ともいえないではないか、ということになる。現象面だけ見れば、そりゃあシュルレアリストなんかみぃんな「痴れ者」ですよ。「シュルレアリストであることとシュルレアリスム理論の提唱者であること、さらにはシュルレアリスムの消費者であること、この三つの立場の間には、おそらく、越え難いいくつかの溝がある。」などといきなりいわれても、困ってしまうんですけれども(その「越えがたい溝」を越えるのが「批評」行為ではないのでしょうか)。
 そういうことで全体にいえるのが、この著者の「超越者」的な視点であって、つまり、シュルレアリスム、ドイツ表現主義、そしてアメリカ美術、日本の近代美術を一冊の本の中で同時に論じるというときに、著者の視点は何ら「ぶれ」を感じないのか、ということ。これらおそらくは百年にまたがる美術の流れを展望して、カンディンスキーの抽象画からシンディ・シャーマンの写真まで、どうやって見渡せるのか、そこにこそ美術をながめる視点のもんだいもあるのではないかと思うのだけれども、著者はあくまでも超越した視点からノー・プロブレムとして論を進める。しかし、けっきょくのところ(これはわたしが精神分析に対して知識がないためだろうけれども)、そういう絵画の歴史と、そこに「時代の病」を読み取る精神分析的な読解とが、まるでわたしのなかでは咀嚼できないことになる。

 もういちど書けば、シュルレアリストとして「自動筆記」にその才能を発揮したというロベール・デスノスの、その作品を分析もしないで、「なろうと思って狂人になることはできない」という、きわめて常識的な結論ですませていいのだろうか?ということである。
 そういうわけで、わたしはシュルレアリストたちの詩作品をまとめて読みたくなってしまった。




 

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■ 2011-04-04(Mon)

 前日書いたように、読んでいた本、おそらくは被災地の現場でこそ役に立ちそうな本を被災地の救援活動されている方に届けたく、いったいどこへ送ればいいのか探していたのだけれども、いまごろになって、かつて接触のあったアーティストの方がいまは仙台で活動されているときいていたことを思い出し、安否を確認するためにも彼の名前で検索すると、げんざいまさに現地で救援活動に従事されていることがわかった。

 村上タカシさんは、わたしが杉並に住んでいたときに「crosstalk」として参加させていただいた地域アートプロジェクト、「IZUMIWAKU Project」を主宰されていた方で、当時はミーティングなどあれこれのディスカッションにわたしも参加して、村上さんとも会話を交したりした。その後ながくごぶさたしていたけれど、二、三年前に浅草のギャラリーでばったりお会いして、そのときに現在は仙台でのアート活動にたずさわっておられるということをきいていたのだった。検索したかぎりではげんざい「MMIX Lab」という法人組織を立ち上げられ、仙台を拠点として地域の芸術文化事業の発展に尽力されているらしい。その組織が震災後、緊急支援プロジェクトとしてまさに活動されているらしい。

 どういうふうに使われるのかわからない顔の見えない救援組織に寄付するより、こういう知っている方をこそ、わたしは支援したいし、もっと早く村上さんの活動に気がついていればと、くやまれる部分もある。また、芸術文化振興のための組織が、こうやって救援活動をくりひろげられているということがうれしくもあり、彼らの活動を支援したくなるというものである。
 この地の不通のままのローカル線もようやく七日には復旧するようで、いまならバスを使えば仙台へ行くこともできる。手伝えることがあれば、わたしも仙台へ行く。ニェネントのことはなんとかなるだろう。

 このブログの過去を見返してみると、写真類が消えてしまっている。どうしたんだと調べると、その写真を格納していた当時の無料インターネット・サーヴィスが有料化され、更新手続きをしないサイトのデータはすべて消滅したらしい。じつはものすごいショックであるが、消えてしまったものはもうどうしようもない。ほとんど災害にあったような気分だけど、当時その情報に気がつかなかったわたしが悪いのだ。

 

 

[] 「1995年1月・神戸 「阪神大震災」下の精神科医たち」中井久夫:編  「1995年1月・神戸 「阪神大震災」下の精神科医たち」中井久夫:編を含むブックマーク

 「精神科医」という、あるいみで特殊な職のひとたちの震災下の救援活動のドキュメント、救援活動にたずさわった方々の、震災後三週間後ぐらいに書かれたであろう<現在進行形>の文章の集積だけれども、震災下の救援活動の立ち上げ、そして拠点を設定しての活動の進行には、そのたずさわる分野のへだてなく参考になる部分が大きいだろうし、まさに書かれたのが精神科治療にあたる方々であるということから、「大災害下の精神の健康」という大きなもんだいこそが、この書物がいままさに(救援現場で)読まれるべき本なのではないのかという感想になる。いぜん書いたように、この書物は四月二十日に「災害がほんとうに襲ったとき」というタイトルで、あたらしく編まれたものが再刊される。



 

 

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■ 2011-04-03(Sun)

 わたしがベッドで寝ていてニェネントがベッドの下で動いたりしていると、あんなちっちゃいからだなのにベッドが揺れるのがわかる。寝ているわたしのふとんの上にあがってくると、これがかなりの重量感もある。かのじょの発情期は、二、三日まえから沈静化した。これでまた、変な顔のネコにもどってしまった気もする。きょう、腰をなでようとするといやがったから、もうかんぜんに平常にもどったのだろう。それでもわたしがパソコンに向かってマウスを動かしたりしていると、「サカリノさん」だったころのように、わきからわたしの右手にかみついてきたりする。きっと、ふつうに「遊んでよ」ということだろうと思ってニェネントに近づくと、じぶんからゴロリと横になって、やっぱり遊んでほしいのだった。しばらくはニェネントをかまって遊んだりする。

 「1995年1月・神戸」の本は、わたしがここで読んでいるよりはずっと、現場で救援活動を続けている人たち(たとえ精神科医ではなくても)にこそ読まれるべき本だと、いまごろ気づく。ではどこへ送ればいいのか。検索中。

 三月までBS1、BS2、そしてBSハイビジョンの三つのチャンネルのあったNHKのBS放送が、四月からはBS1とBSプレミアムの2チャンネルだけになってしまった。スポーツや報道を中心のBS1はそのままだから、実質はBS2とBSハイビジョンとの統合になる。つまり、番組数は半減する。半減するのだからあたりまえだけれども、放映される映画の本数も減り、ドキュメンタリーも少なくなる。せっかくBSハイビジョンも「ひかりTV」経由で視聴可能だとわかったばかりなのに、なんだかとっても残念。製作側とすればタイムリーな節電効果にはなるだろうけれど、この時代にチャンネル数が減るというのが意表をつくところではないか、という気もする。というか、このご時世でほんとうに七月から、アナログ放送をやめてオール地デジ化するんだろうか。

 きょうはヴィデオを二本。

 

 

[] 「ミリオンダラー・ベイビー」(2004) クリント・イーストウッド:監督  「ミリオンダラー・ベイビー」(2004) クリント・イーストウッド:監督を含むブックマーク

 どうして、モーガン・フリーマンの語りで進行していくのだろうという問いへの答えは、いちばんさいごまで明かされない。そして、この作品の魅力は、そのモーガン・フリーマンの語りで進行する部分と、客観的に描かれるストーリーとの「あいだめ」にこそあることが、やはりラストで納得させられる。ラスト・ショットは、過去にクリント・イーストウッドがヒラリー・スワンクといっしょにレモンパイを食べたレストランの、ドアの外からのショットなのだけれども、そのレストランのなかにはイーストウッドの姿は(おそらく)見えない。この、ラスト・ショットの「不在」の強烈さには、おののきさえおぼえる。いや、「不在」と断定することもできない、ということが強烈なのかもしれない。とにかくそこには「気配」は存在する。映画のラスト・シーンとしてはもっとも印象に残るショット。


 

[] 「タイタニックの最期」(1953) ジーン・ネグレスコ:監督  「タイタニックの最期」(1953) ジーン・ネグレスコ:監督を含むブックマーク

 ちょうど先月「愛の泉」を観たジーン・ネグレスコ監督の、「愛の泉」のまえの年の作品。アカデミー脚本賞を受賞している。カタストロフ映画というよりも、タイタニック号に乗り合わせた一家族の運命を描く人間ドラマという側面が強く、そういう意味では、あまりにも平然と沈んでいくタイタニック号に、あぜんとしてしまうかも(日本での公開がなかったのはそのあたりに理由があるのかもしれない)。いうまでもなくタイタニック号はヨーロッパからアメリカへ向かっていたわけで、乗客のひとびとにも「ヨーロッパからアメリカへ」というドラマがある。そのあたりのドラマとしてたしかに巧みで、後年の同主題の大ヒット映画で、主人公が「絵を学ぶために(1912年の時点で)アメリカに渡ろうとする」という、荒唐無稽としかいいようもない設定など、この作品と比べようとするのも失礼である。
 タイタニックの船底ボイラー室が爆発し、船内に海水が押し寄せてくるシーンで、ちょっと胸がキュッとなった。



 

 

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■ 2011-04-02(Sat)

 スーパーで、茨城産のレタスが77円で売られていた。ちょうどレタスのストックが切れたので買ったけれど、この価格は農家の方々にとってどういう意味になるのだろう。さいきんのレタスの価格はだいたい200円ほどだったから、三分の一に近い価格になる。利益を度外視して「棄てるよりは」というものであったとしたら、「もちろん買いますよ」という気もちもあるし、済まない、という感覚もわきあがる。同じスーパーの地場野菜コーナーに、ほうれん草も置かれていた。しばらくまえのTVでもこのあたりの農家が取材されていて、「ビニールハウス栽培だからもんだいはないのに売ることができない」と語られていた。こうして、小さなスペースでも売り場に並べられるようになって、すこしは状況は改善されてきたのだろう。
 食パンのコーナーも、かなりふつうの量のストックが並んでいるようになった。わが家の在庫もすべてなくなってしまったのでどうしようと思っていたのだけど、ようやく買える気もちになって、一斤買った。

 ゆうがた、風呂にはいっていたら、遠くの方から電車が近づいてくるようなかすかな振動と、わずかな地響きのような音がきこえてきた。「来るんじゃないかな」と思って身構えていたら、やはりかなりの揺れが来た。近くにいたニェネントがあわてて走って行った。「もう大きいのは来ないだろう」という気もちと、「震源地を変えて大きいのが来る可能性もある」という気もちがなかばする。とにかく入浴中だから、揺れが大きくならないよう願いながら身をすくめるしかない。なんとかそのままおさまって、ホッとして風呂から上がりニュースをみると、震源地はまさにちょうどこのあたりの地下だった。「もうこれでこのあたりを震源としてきょうより大きいのは来ないだろうな」などと、勝手に判断する。しかし、いつまでも、という感じである。

 「1995年1月・神戸」に書いてあったのだけれども、当時報道もされた五階だけが圧壊した神戸西市民病院では、その五階にいた入院患者四十六人は、ひとりをのぞいて全員救出されたそうだ。病院の鉄製ベッドに寝ていたのがよかったらしい。亡くなられたひとりは、立って廊下にいて被災された。わたしも病院の鉄パイプベッドを使っているので、寝ているときにこの建物の一階が崩壊しても助かるだろうか。

 その「1995年1月・神戸」を読んでいると、震災から三週め以降、ヴォランティアとして神戸に来ていたひとびとに、「急性発症の躁状態のように精神障害の発症」がみられるようになったようなことが書いてある。このことは複数の方のレポートで確認できるのだけれども、こんかいの震災も三週間が経過したいま、このもんだいは阪神大震災のとき以上に深刻になるような気がする。TVなどを観ていても、「いま、わたしたちができること」というメッセージにあふれていて、まるで強迫観念のように「何かをしなさい」と押し付けられるようである。この状態はたしかにだんだんに増幅されてきているようにも感じられ、「何かをしなくっちゃ」という観念、気負いが、これから空まわりし始めるように思えてしまう。このことにかんして、神戸大震災のときに関東の病院からヴォランティアで神戸に行かれた精神科医の方が、だいじなことを書いておられる、とわたしは思う。

(‥‥)ボランティアでありながら(volunteer <voluntary:自発的に、という意味ですよね)、何をしたらいいのかよくわからず保健室でぼんやりしていた私にも、そこにいていいよ、というように雰囲気をつくってくれました。横浜を出るときに抱いていた「何かしなくちゃいけない」といった気負いをゆるめてくれ、少しの間だけれども、あなた方のお仲間にしてもらえそうに用意してくれました。実をいうと、そのあとに神戸大学医学部精神科の中井久夫先生をはじめとした医局のみなさんが言ってくれた「せっかくこんな大震災があったのだから、みんな集まってもいいじゃないか。そしてただ居てくれるだけでもいいんだ」という言葉も、気負った心をほぐして下さいました。てなわけで、存在していることに意味があるとすれば、そのときの私も役に立てたのかなとも今はなぐさめています。

                「大切な贈り物」阿瀬川孝治

 これはわたし自身も当時同じような体験をしていて、震災後の片付け、転居を手伝うために当時の知り合いのもとへ駆け付けたわたしは、たいした役に立ったとも思えず、ぎゃくに豪華な夕食のお相伴にあずかってしまったりして、「いったい何をしに来たんだか」という気分にもなってしまった。そんなとき、当事者の神戸の方々から、「来てくれてありがとう」「助かったけれど、来てくれるだけでもいいんですよ。被災地の様子を、よくみていって下さい」ということばをいただいたことが、どれだけわたしのがわの励み、なぐさめになったことだったろうと、立場が逆のようだけれども、今でも思い出すことができる。
 わたしはそういう知己をたずねてのお手伝いだったから、そういうフランクな会話もできたと思うけれど、ただ「何かしなくっちゃ」という使命感とかから、親戚知己もない地へとヴォランティアで飛びこんで行かれる、行かれた方々は、そういうなぐさめも得られずに、ある意味でじぶんを追いつめていく危険があると思う。そして、こんかいのきわめて広範囲の震災においては、被災地にかぎらず、どんな場所ででもこういう「急性発症の躁状態」が発生するのではないのか、というのが、いまわたしが危惧していることである。

 きょうは、ハイスミスの「ヴェネツィアで消えた男」を読み終えた。

 

 

[] 「ヴェネツィアで消えた男」パトリシア・ハイスミス:著 富永和子:訳  「ヴェネツィアで消えた男」パトリシア・ハイスミス:著 富永和子:訳を含むブックマーク

 原題は「Those who walk away」と、ちょっと抽象的だけれども、観光地ヴェネツィアを印象的に描いた心理ミステリー。主人公の画商レイは若い妻に自殺されたのだけれども、その妻の父の画家コールマンは、娘の自殺の責任はレイにあるとして、レイへの殺意をつのらせる。レイはじぶんと妻との関係をなんとかコールマンに伝えて誤解をといてもらおうとする。で、深夜のふたりだけのボートで、コールマンはレイを海に突き落とす。レイはそのまま迷路のようなヴェネツィアの街のなかに身をかくして、コールマンの様子をさぐる。警察もレイの行方を探して動きはじめる。しかしレイが生きていることを知ったコールマンは、ぎゃくにレイの居所をさぐり、ふたたびレイを襲う。ところがレイの逆襲を受けて倒され、夜のひと気のない道に置き去りにされたことをいいことに、こんどはコールマンの方が身をかくすのだ。なんやねん。というはなしである。
 ほとんどがレイの視点からの描写で語られ、後半に視点はコールマンにも移行する。この視点の分散はこの作品ではとうぜんの展開で、なぜか同じような行動をしてしまうふたりの、その差異というのも面白く読むことができる。

 ようやくわかったのだけれども、ハイスミスというひとは、主人公の根本の行動原理というのは説明しないで流していく作品群もあるということ。これは「殺人者の烙印」でわたしの読みそこねたところで、「なぜその行動の理由を書かないんだ」と思ったものだけれども、そこにこそポイントの置かれた作品が、あとの「ガラスの独房」、この「ヴェネツィアで消えた男」と続くわけである。まあいまでもあんまりフェアな書き方だと思えないところもあるけれど、この作品では、キーワードとして「騎士道精神」ということばが、とちゅうから二、三度使われていたあたりがポイント、だったかな。
 ひとつには、このレイとコールマンとの対決、というのは、主人公のレイにとってそういう「騎士」による「決闘」と考えられているようで、そこに世俗(警察など)の介入を許さない、ふたりだけのもんだいなのだという意志があり、このレイの行動を読み取る鍵になっているようだ。それは、自分に殺意を持つコールマンに対して、それでも彼を一個の人間として彼の意志を尊重するような意識、ともいえる。

 レイもコールマンもアメリカ人で、舞台であるヴェネツィアでは「旅人」にすぎず、ヴェネツィアの人々に知り合いがいるわけでもない。そこにコールマンのとりまきのやはりアメリカ人ツーリスト、フランス人のコールマンの愛人などがからむけれど、このあたり彼ら、彼女らをとらえるハイスミスの視線の冷ややかさがいい。それと対象的に、レイをかくまうことになるヴェネツィアの住民たちはみな、ハイスミス作品にはめずらしい、善意にあふれた人間味のある存在として描かれている。この、レイとヴェネツィアの住民たちとの交流と、同じような行動をするコールマンと住民たちとの関係の対比もおもしろい。おそらくはヴェネツィアの地図を拡げながら読み進めると、もっと面白さが増したことだろう。レイの行動をコールマンがそっくり再現したりするあたり、ちょっとばかしムリがあるんじゃないの、という気がしないでもないけれど、ハイスミスらしくも、ひとの「心のゆがみ」をクローズアップしながらも、ちょっと「いい話」的な読後感は、やはりハイスミスの作品ではめずらしい気がする。そう、誰も殺されたりしないし。



 

 

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■ 2011-04-01(Fri) このエントリーを含むブックマーク

 きのうのこの日記にコメントがついていて、あさ起きてコメントを読んで、まだぼんやりしていたこともあって、すぐに削除してしまった。あとで思うとなにも削除しなくてもよかったように思う。べつにあえて火だねをこさえるつもりはないけれど、『もっともらし訳知り顔のコメントの2011−03−31君、こういう人に限って義捐金もださだないし舌も出さない人でしょう。所詮被災者の苦しみもりかいできないのでしょう。可哀そうに、、、、、。』という文章(原文のまま)だったことは、「はてな」からのメールでわかった。このコメントについて、ここに書く意見はなにもない。ただ、時事的なこと、そのときの社会的なことはあまりこの日記には書かないようにしていたのが、震災以降にはわたしの生活の次元の事象が社会的なことと密接になってしまったのだろうか、とは思う。舌は出さないように自戒したい。

 福島の方で水を大量にまいて大気を冷やしているせいか、もう四月になるというのになかなかあたたかくならない。まあきょねんまではいまのような早朝に起き出すこともなかったので、いつのとしでもこの時期もこんなものなのかもしれない。このあたりでも、桜の花が咲きはじめている。

 せんじつ観た野田地図(NODA MAP)の「南へ」がまた、かんぜんに満足できるものでもなかったので、うちに保存してあったヴィデオで、同じ野田地図のかなり古い作品、「TABOO」を観はじめたのだけれども、さいしょの三十分ぐらいでもう、どうでもよくなってしまった。やっぱじぶんはこういうタイプの演出だとか、演技だとか、どうも受けつけられないようである。このところずっとながいこと、舞台作品でほんとうに満足できたようなものを観ていない気がする。きょねんの維新派とかARICA とか以来? クリストフ・マルターラーのがわたしには良すぎたせいなのだろうか。さいきんの劇団で注目すべきもの、と紹介されるものにもあまり食指がのびない。なんか、ちゃんと満足できる舞台が観たいな、などと考えていて、それだったら「青年団」かもと思いついて、ネットで検索すると、ちょうど四月末から、青年団の過去の短編などの再演が連続するのだった。まえから観たいと思っていた「ヤルタ会談」もまたやる(これはしょっちゅうやっているけれど)。つぎはこれを観に行こうと決めた。

 ベッドにもぐりこんで本を読んでいると、たいていニェネントがベッドにあがってきて、グルグルとのどをならせながらわたしの足元に寝ころがり、そのまま寝てしまう。ぐっすり寝入っているニェネントをいじくってむりやり起こし、あお向けにして押さえこんでやり、鼻をペロペロなめてやったりして遊ぶ。まあ遊んでいるのはわたしの側だけで、ニェネントは遊ばれてめいわくしているのだろう。それでも、ベッドから下に逃げ出したニェネントに向けて手を動かしてかまっていると、じゃれついてきたりするから、ニェネントも楽しんでいるのかもしれない。ニェネントを放っておいて本を読んでいると、いきなりベッドの下から髪を引っぱられたりする。
 きょうは、ハイスミスの「ヴェネツィアで消えた男」を半分ぐらいまで読んだ。おもしろい。


 

 

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