ワニ狩り連絡帳 このページをアンテナに追加 RSSフィード

       

■ 2011-08-31(Wed)

 さいきんずっと、髪を伸ばしている。というか、ずっとカットしていない。鏡なんかほとんど見ないので、どれだけ汚らしい風貌になっているのかあまりよくわかっていないのだけれども、うしろの髪は束ねようと思えば束ねられる長さはある。こんなに長い髪にするのは、はたちぐらいのころ以来のことである。このくらいの長さで止めておこうかなと思っているけれど、ロケンロールな長髪にしてみてもいいかな、などとも思ったりする。わたしの長髪の理想はFairport Convention のSimon Nicol ぐらい(いいかえれば、Blue Cheer の連中の髪の長さなんだけれども、どちらも一般の認知度はかなり低いだろう。わかりやすくいえば、ロケンロールである)なんだけれども、Simon Nicol とわたしとでは顔の造作がまるでちがうので、これをマネしてもしかたがないことは、ちゃんとはたちぐらいのころに理解している。まあだれかに「その髪は何とかならんのかね」といわれるまで放っておこうか。

 きょうは四連休のふつかめ、家でお休みする、なか休みの日である。きのうなどはまた台風が近づいているということで、外を歩いてもなかなか清々しい風を感じたりしたのだけれども、こうやって家のなかでゴロゴロしているとやはりむし暑い。もう最近はニェネントがいるので、窓を開け放って外の風を入れるということをまるでしていないので、よけい室内はむし暑い。このごろまた人懐っこくせまってくるニェネントといっぱい遊ぶ。あまり本を読む気も起きず、ただベッドに横になって、せんじつ買ったCDをリピート機能で百ぺんがえしに聴きながら、いつのまにか昼寝のモードになってしまう。

 

[] 「川の底からこんにちわ」(2010) 石井裕也:監督  「川の底からこんにちわ」(2010) 石井裕也:監督を含むブックマーク

 きのうOさんと話していて、ちょうどOさんが前日に園子温監督の「愛のむきだし」を観たという話から、この作品では主演している満島ひかりのことに話題が移って、そういえばさいきん彼女の主演していた映画を録画していたはず、と思い出して観たのがこの作品。ぴあフィルムフェスティバルのスカラシップ作品で、石井裕也監督のデビュー作。おまけに、この監督は主演の満島ひかりと結婚しちゃってるのだね。

 そういうわけで、なんだか久しぶりに観るような、ちょっとブラックな味わいのコメディ、だった。「中の下」だからなにごとも「しかたがない」と投げ出して、屈辱的な状況も受け入れてしまうヒロインが、なぜかとつぜん「中の下」だからせいいっぱいがんばらなくっちゃいけないと一念発起、病に倒れた父のあとを継いだしじみのパック詰め工場を立ち直らせると。ひとつのキーワードが「中の下」なら、もうひとつのキーワードは「あたらしいお母さん」。ヒロインが父から「あたらしいお母さん」を押し付けられそうになって田舎から逃げたのに、当人もまた「あたらしいお母さん」にされてしまう。まあいったいなんで急にヒロインががんばり出しちゃうのかよくわからないんだけれども、それでもあんまりそういうことはすっ飛ばして観れるいきおいがある作品で、たたみかけてくる脚本も楽しいし、コメディ路線をきわだたせるカメラもいい感じ。震災後の時点で観れば、この作品に勇気づけられる人もいるだろうと思うし、それはいいことだと思う。

 とにかく、満島ひかりのどこかたがのはずれたような存在感をまずは楽しむ作品で、無力感もエネルギー燃焼感も抜きん出ていて、ちょっとほかの女優さんにはない独特の魅力がある。あとは田舎の保守性と粗野なエネルギーを丸出しにしたような叔父役の岩松了がすっばらしい。お父さん役は青年団の志賀廣太郎なんだけれど、社員のおばさんたち皆に手をつけてしまうスケベさは、ちょっと希薄だったような。ロケ地が茨城っぽいな、と思って観ていたけれど、やっぱりそうだったみたい。うまく東京と茨城の距離感が出ているようで、じぶんでもそういうことを考えるヒントになった。


 

[] Robin Williamson & His Merry Band「Journey's Edge」DELUXE EDITION (1977/2008)  Robin Williamson & His Merry Band「Journey's Edge」DELUXE EDITION (1977/2008)を含むブックマーク

 Robin Williamson が、Mike Heron とやっていたIncredible String Band を解散したのが1974年で、その解散後にさいしょにリリースされたのがこのアルバム。こんかいのリイシュー盤には、ボーナストラックとして1975年録音のマテリアルが10曲も収録されている。すごい。録音はすべてロサンゼルスで行われていて、Robin Williamson の長い長いキャリアのなかで、もっともふつうに聴けるというか、アメリカンミュージックへ近接してしまった一枚ではあると思う。ただし楽器編成はかなりケルティックなアイデンティティーを保持していて、Robin Williamson は基本的にGuitar とVocal なんだけど、これにWhistle やFlute でChris Caswell、Fiddle にJerry McMillan ときて、さらに当時のIrish(Celtic) Harp の第一人者だったSylvia Woods をメンバーに加えているあたりが、さすがにRobin Williamson という感じなのである。ところが音自体にはケルティックな要素はほとんど感じられないわけで、まずはRobin Williamson のシンギングからして、彼のIncredible String Band 時代での「素っ頓狂」な飛び跳ね方はまったく聴かれない(いや、聴く人によってはこれでもまだ「変」だと思うのかもしれないけれど)。まさにちょっとアダルト向けな、この時代のアメリカ西海岸のシンガー・ソングライターの歌唱であり、バックバンドの音も基本はクラシックなオーケストレイションを模した、つまりは重厚なアレンジの、しかし楽器編成の毛色の変わったロックバンドとして耳にとどく。そのバックバンドの音のなかでも、派手派手しく響くCeltic Harp の音が気になることは気になるのだけれども、これもなんだかふつうにクラシックな奏法に徹しているというか、それほどにディープなケルティックというふうには聴こえてこない。まあ当時でも、隠し味にケルトをちょっとまぶした(ケルト色全開のインストゥルメンタル曲もあるのはたしか)、あたらしいシンガー・ソングライターの登場です、というような感じだったのではあるまいか。まさかこれがIncredible String Band であのかったるい音を聴かせてくれていた、あの同一人だとはちょっとばかし想像がつきにくい。
 まあだいたいからのこのアルバムのコンセプトが、はるばるロンドンからカリフォルニアに、愛しの彼女に逢いに来たのだよ、彼女はオレを待っていてくれたもんね(一曲目の「Border Tango」の大意)、なんだから、Robin からのカリフォルニアへのラヴコール、そういうもんなんだろう。おどろいたことに、ほんとうにかつてRobin の彼女だったはずのLicorice 嬢(表記だと姓が変わっているので、このときは誰かと結婚しているんじゃないだろうか)が、このレコーディングの何曲かにコーラスで参加しちゃってるんだから、もう勝手にやって下さい、という感じである。いや、それでも、Robin Williamson の全キャリアのなかでも特異な位置を占めるこのアルバム、わたしはときどき聴きたくなってしまうのである。これ以降のRobin Williamson の作品からはポップな要素はほとんど消えてしまうこともあり、ある意味では「さいごの楽しめるRobin Williamson」という感じではある。
 このMerry Band は、これ以降「American Stonehenge」と「A Glint at The Kindling」というアルバムをリリースしてるけれど、わたしには印象がうすくってほとんど記憶に残っていない。ただ、この「Journey's Edge」で聴かれたポップ性が、すっかり失せてしまったことはたしかである。

 こんかい聴きたいと思って楽しみにしたボーナストラックだけれども、バンドとしてのアレンジが薄い分、よけいに西海岸のシンガー・ソングライターという感じなのだけれども、その分よけいにIncredible String Band 時代からおさらばしようとする、つまりはクセのないRobin Williamson のシンギングを楽しむことができた。これはこれでよし。


[]二○一一年八月のおさらい 二○一一年八月のおさらいを含むブックマーク

舞台;
●8/6 (土)TOYOTA CHOREOGRAPHY AWARD 2010 受賞者公演 プロジェクト大山「キャッチマイビーム」 古家優里:構成・演出・振付 @三軒茶屋・シアタートラム
●8/7 (日)ダンスがみたい! 13 大橋可也&ダンサーズ+空間現代「ウィスパーズ」 大橋可也:振付 @日暮里・d-倉庫
●8/30(火)少年王者舘 第35回公演「超コンデンス」天野天街:作・演出 @下北沢 ザ・スズナリ

読書:
●「半七捕物帳 巻の三」岡本綺堂:著
●「半七捕物帳 巻の四」岡本綺堂:著
●「オブ・ザ・ベースボール」円城塔:著
●「レンブラントの目」サイモン・シャーマ:著 高山宏:訳

DVD/ヴィデオ:
●「必死の逃亡者」(1955) ウィリアム・ワイラー:監督
●「ニュールンベルグ裁判」(1961) スタンリー・クレイマー:監督
●「ラ・ジュテ」(1962) クリス・マルケル:監督
●「ファニー・ガール」(1968) ウィリアム・ワイラー:監督
●「あの胸にもういちど」(1968) ジャック・カーディフ:監督 アンドレ・ピエール・ド・マ ン デ ィ ア ル グ:原作
●「アンツィオ大作戦」(1968) エドワード・ドミトリク:監督
●「ザ・ディープ」(1977) ピーター・イエーツ:監督
●「ブロンコ・ビリー」(1980) クリント・イーストウッド:監督
●「愛と青春の旅だち」(1982) テイラー・ハックフォード:監督
●「スコルピオンの恋まじない」(2002) ウディ・アレン:脚本・監督・主演
●「エクスペンダブルズ」(2010) シルヴェスター・スタローン:監督
●「プレデターズ」(2010) ニムロッド・アーントル:監督
●「にごりえ」(1953) 今井正:監督
●「銭形平次捕物控 まだら蛇」(1957) 加戸敏:監督
●「名もなく貧しく美しく」(1961) 松山善三:監督・脚本
●「丹下左膳」(1963) 内川清一郎:監督
●「手討」(1963) 田中徳三:監督 岡本綺堂:原作
●「宵待草」(1974) 神代辰巳:監督
●「スローなブギにしてくれ」(1981) 藤田敏八:監督
●「この子の七つのお祝いに」(1982) 増村保造:監督
●「蛇にピアス」(2008) 蜷川幸雄:監督 金原ひとみ:原作
●「川の底からこんにちわ」(2010) 石井裕也:監督




 

 

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/crosstalk/20110831

■ 2011-08-30(Tue)

 政権与党のあたらしい代表がその党内選挙で決定し、つまりは彼があたらしい日本の首相になる。もう誰も、長いこと日本の政治を牛耳ってきた前与党から脱却した、「あたらしい」政治政策なんか期待していない。ただ、ちゃんとまともな政策を実現してほしいと思うだけだろう。前の首相がやろうとしていつのまにか放棄した社会保障政策とか、どうするんだろう。あと二年すればまた総選挙。よほどのことがなければ現政権与党は敗北するだろうし、そのまえに党として分裂してしまうかもしれない(おそらく、総選挙後には分裂するだろう)。だったらまた前与党の復活、という展開はいちばんイヤだけれども、それいがいの選択肢は与えられていない。むかしプロレタリア独裁を標榜していた党に、とにかく政権を取らせてみたらどうだろう。

 きょうはOさんと下北沢で「少年王者舘」の舞台の観劇である。このところまいねん、夏の終わりはこの「少年王者舘」の舞台、ということになる。きんねん王者舘もなにかふっ切れたような、新しい作劇に突入しているようでもあって、こんかいの舞台「超コンデンス」も楽しみ。これで、またあさってにはおなじ下北沢のおなじ劇場で、またおなじOさんと、「鉄割アルバトロスケット」を観るわけである。そんなもんで、しごとはきょうから四連休とってある。ちょっとおそいわたしの夏休み。

 昼のマチネの舞台(きょうが楽日である)なので、Oさんと会って食事をして、すぐに劇場へ行く。開演のころには満員。追加席も設けられた。いままでは年輩の方の姿も目立った観客席は、もうすっかり若い観客に埋められている。あたらしい客層を開拓できているということだろうか。感想は下に書くけれども、いぜんにも増してスピーディーな展開で、たしかに若い客層の感覚にフィットする舞台なんじゃないかと思う。

 終演後、劇場のわきの坂道をのぼって、また「G」へ行く。行ったときはオーナーのBさんひとりで、あとからCさんも加わる。またひとしきり映画の話などをして、「ツィゴイネルワイゼン」のサウンドトラックのドーナツ盤などみせていただくけれど、これは聴かないでOさんと飲み屋へ移動。また坂道を降り、さきほどの劇場のとなりの角にある居酒屋で飲むことにした。外はパラパラと雨が降ってきている。久々にホッピーで焼き鳥などをたしなみ、なかなか経済的な会計であった。

 

[] 少年王者舘 第35回公演「超コンデンス」天野天街:作・演出 @下北沢 ザ・スズナリ  少年王者舘 第35回公演「超コンデンス」天野天街:作・演出 @下北沢 ザ・スズナリを含むブックマーク

 この二、三年は少々おとなのテイストを感じさせる、あたらしい展開をみせてくれていた少年王者舘だけれども、ことしの上演作品はちょうど十年まえの作品「コンデンス」の発展系とのこと。ところがわたしはこの時期、しばらく少年王者舘の舞台をパスするという、とってももったいないことを三、四年やっていたわけで、この原形の「コンデンス」も観ていない。それで、その原形にくらべてどう変化したのかとか、まるでわからないわけだけれども、とにかくは舞台空間で自在に時間軸をあやつるという一点に特化したような舞台で、近年の作品群とはやはり印象はちょっとちがう。はなしを引っぱっていく演出手法などもしばらく以前の王者舘を思い出させるもので、「そうそう、こういう感じだった」と、なつかしく思うことになった。
 アルコール依存症の男の妄想をそのまま演出したような作品で、時間軸のあいまいさ、自己分裂、自己増殖、幻覚(幻視)という不可思議な世界が、あっとおどろくような演出で現前化され、不思議な笑いをさそわれる。役者の役割分担もうまく機能して、たのしい舞台だった。いぜんにも書いたかもしれないけれど、こういう演出ならば独自のSF世界を舞台上に創造することもできそうで(というか、ある意味でこれはいつもSF世界なのかもしれないけれど)、そういう思いっきりSFした作品を観てみたいような気もする。レトロなSFを。

 



 

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/crosstalk/20110830

■ 2011-08-29(Mon)

 きょうのしごとから、システムが変更されることになるのだけれども、結果としていったいどういうふうになるのか、よくわからない。せんしゅうから予行練習的に新しいシステムにじゃっかん移行していたのだけれども、やはりよくわからないままだった。それで、どうなるのかと思っていたきょうのしごとは、ほとんどやることがないままに終わってしまった。実動三十分もなかった感じ。これまででいちばんヒマなしごとだった。あしたからいったいどうなるのか。あしたからわたしは怒濤の四連休を取っているので、連休明けに出勤してみるとすべてがまるでかわってしまっているかもしれない。

 しごとのあと、全社員対象の会社での健康診断を受ける。せんじつ血液検査も胸部レントゲンも受けていて異常なかったんだからパスしたかったけれど、証明書のたぐいがなければもういちど受けてくれとのこと。医者に行って、いちいち何々の検査を受けたという証明書を交付してもらうなんて考えたこともない。当日わかる範囲ではとくに異常なし。視力検査が両目をあけたまま出来るというのは初体験。「目が悪いですね」といわれる。そんなこと、何十年も知っている。

 帰宅して、まだ明るいうちに風呂に入り、また風呂の近くでウロウロしているニェネントをつかまえて、シャワーをやってあげた。シャワーのさいちゅうは抵抗なし。顔面にシャワーを浴びせても平気な顔をしている。まあ隅っこの方に逃げるようにするので、シャワーが好きというわけでもないみたいだけれども、死ぬほどイヤということはないようである。ただ、シャワーのあとにタオルでからだを拭いてあげるときに、「ヒャー」とかいって、ちょっといやがる。これからは定期的にシャンプーをやってあげることにして、猫シャンプーを買ってこよう。

 

[] 「宵待草」(1974) 神代辰巳:監督  「宵待草」(1974) 神代辰巳:監督を含むブックマーク

 脚本は長谷川和彦で、音楽は細野晴臣という気になる作品。撮影は姫田真左久。大正時代のアナーキスト青年ふたりと、アナーキストグループに誘拐された財閥の孫娘と、この三人の奇妙な逃避行が中心になる。のんびりとしながらも荒唐無稽な展開の脚本はやはり、「太陽を盗んだ男」へと繋がっていくようではある。カメラはあきらかに姫田真左久の手持ちカメラ一台のみで全編撮影されていて、切り返し編集は皆無で、すべて基本はワンカットの長廻し。引いた画面から、カメラを移動させることで演出していくわけで、意識的なワンシーン・ワンカットの長廻し演出とは異なる印象がある。ゴダールの「勝手にしやがれ」でのラウール・クタールの撮影に近いようなところも感じるけれど、ここでみえてくるのは「カメラ一台ですべて撮る」ということへのこだわり、のようなものなのではないかと思う。

 男二人と女一人での逃避行ということで、どうも「明日に向かって撃て!」を思い出したりするし、「俺たちに明日はない」に影響を受けているのではないかというような展開もある。そのころのアメリカ映画の潮流への返答というところなのか、細野晴臣の音楽からもカントリー・フレイヴァーあふれるナンバーも聴かれるし、日本の民謡をアレンジしたような音も聴かれる。ぜんたいにどのシーンでもその「宵待草」のメロディーをだれかが唄っているようなところがあって、これはひじょうにゆるい大正ロマンミュージカルなんじゃないの、なんて思ってしまう。

 革命への情熱というよりも、「なにか行動したい」という意志にのみ突き動かされているような男たちの、その空転する行動が「宵待草」の歌に収束され、ラストではじっさいに女性に待ちぼうけをくらわせることになる。こっけいで切ない映画だった(まさにこっけいな、銀行強盗の演出が素晴らしい)。せんじつ観た「蛇にピアス」なども、こういう演出感覚でやればよかったんじゃないのかな、などと思ってしまった。


 



 

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/crosstalk/20110829

■ 2011-08-28(Sun)

 さくやはLさんの都合もあり、あまりおそくまでは飲まなかったので、また新幹線で帰宅というような事態にもならず、あさまでアルコールが残っているというようなこともなかった。ちょっと寝不足ではあるけれども、ふつうに起きてふつうにしごとに出る。

 ニェネントのこんかいの発情期も終わった。やはり発情期のあとにはひとなつっこくなるような気がするのだけれども、遊びたがってわたしの足もとにまといついてくる。ネコフーズも、なんでも食べるようになったのがうれしい。ただ、ニェネントはむかしっから煮干しのたぐいを食べなくって、ネコ皿に「猫ちゃんふりかけ」をかけてあげても、そのふりかけのなかの煮干しだけはまるで手をつけないで残してしまう。ししゃもを焼いてあげてもそのあたまの部分だけは食べないで残すので、骨っぽいものは好きじゃないのかなと思う。

 昼食はまだ残っているつくりおきのミートソースでスパゲッティを食べ、夕食はお好み焼き。寝るまえにマクルーハンの「グーテンベルグの銀河系」を読みはじめた。

 

[] 「プレデターズ」(2010) ニムロッド・アーントル:監督  「プレデターズ」(2010) ニムロッド・アーントル:監督を含むブックマーク

 さいしょの「プレデター」は、楽しく観た。そのプレデターがロサンゼルスに現われたという続編は観ていない。それで二十何年ぶりのこの続編。リメイクと続編との微妙なスタンスをとった作品で、ジャングルでの武装戦士とプレデターとの戦いという構成は第一作と同じだけれども、ただその「戦場」は地球ではなく、地球上のさまざまな「暴力」の地から、さまざまな「戦士」がワープされ、どこかの惑星(狩猟場)に連れてこられてしまうのだよ(日本からはスーツ姿の「ヤクザ」が登場する)、という設定。もう、物語を構成するためには「何でもあり」というか、「うへっ」と嘆息する導入部である。
 そんな、とんでもない設定からはじまるんだったら、もうせいいっぱいディテールを楽しませて下さいよ、というような作品なのだけれども、この脚本も演出も、わたしをほとんど楽しませてくれない。とにかく第一作では、さいごの決戦に向けてのシュワルツェネッガーの作戦をじっくりと追い、これにうまいことプレデターの視線映像を重ねていくあたりの演出が印象に残ったし、ついにその容貌をあらわしたプレデターに、シュワルツェネッガーが「なんて醜いヤツなんだ」と語るのを、プレデターが同じことばをオウム返しにいうわけで、それが頭脳回路を駆使しないただの「オウム返し」なのか、それともプレデターの美意識からすれば人類など実に醜い存在に見えるという、プレデター自身のことばなのかというのがわからんわけで、そこにプレデターというキャラクターへのうまい肉づけを感じたりしたわけである。しかし、まずこの新作にはそういうミスティフィケイションが皆無である。それに、それぞれの戦士とプレデターとの戦いなど、もっともっといくらでもおもしろく演出できる設定なんだから、この「空振り」は残念である(ヤクザさんはがんばるけれど、画面は暗いし、演出もそれほど感心できなかった)。

 主役はエイドリアン・ブロディというわけで、わたしなどは彼に対してはなんとなく「ひよわ」そうな印象があって、そういう存在がこういう戦場で生き残るにはどうするか、というあたりには興味があったわけだけれども、なんのことはない、ラストの対決で上半身裸になるエイドリアン・ブロディは、筋肉ムキムキの、シュワルツェネッガーにも拮抗できるぜ、というマッチョぶりなのであった。まあ彼が地球では「人間狩り」をなりわいとする、もうひとつの「プレデター」であるというキャラクターには似合っている部分もあるけれど、もうちょっとやはり、ラストも「演技派」として戦ってほしかった気がする。

 



 

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/crosstalk/20110828

■ 2011-08-27(Sat) このエントリーを含むブックマーク

 現首相がようやく辞めるそうで、辞めるにあたって首相としての自己評価を述べたらしい。まずはそういうことをおこなうという神経がわからない。じぶんのやったことをじぶんでどう考えて評価するかなんて、精神分析の対象にされるぐらいのものだし、そもそも、「何もやっていないじゃないか」と皆がいっているのに「いや、やるだけのことはやった。あとは後世の評価にゆだねる」みたいなことをさいごっぺのようにいわれてもあきれるだけ。「市民活動家」としての前歴から首相になったことを強調していたけれど、たしかにわたしなどもそういう面でさいしょはこのひとに期待してしまったところもある。ひょっとしたらミッテランのような抜本的改革をやりのけてくれるのではないかとか。そういうことをやろうとしてくれてさえいれば、あとになって苦しいことになってしまってもいいだろうと思っていた。しかし、その後のかれの行動にはことごとく幻滅させられた。被災地の避難所を訪れて、わずかな時間の滞在でさっさと帰ろうとして被災者に「もう帰るのか!」といわれたのが、「被災者らと充分な対話をおこなった」と自己評価する。自衛隊の被災地での活動を異様なまでにほめあげ、市民ヴォランティア活動への言及はいっさいなし。これが「市民活動家」なのか。権力の頂点の座にすわったにんげんが、いかに「市民」を見捨てるかの格好の見本であったと、後世に評価されることを期待する。

 きのう書いたように、きょうはLさんMさんと新宿で飲むのである。約束のじかんよりすこし早く到着し、待ち合わせ場所の近くの中古CD店に行き、店内をぐるりとみてまわる。ほんとうはAmy Winehouse のCDを探していたのだけれどもみつからず。かわりにRobin Williamson & His Merry Band の「Journey's Edge」の再発盤をみつける。もちろんこの音源は持っていたのだけれども、未発表音源がなんと十曲もボーナストラックで収録されていたので、これを買ってしまった。
 Robin Williamson というのは、わたしのベスト・フェイヴァリット・バンドであったところのIncredible String Band の創立メンバーだったミュージシャンで、そのIncredible String Band が解散してのちにさいしょにリリースされたのがこの音源。1977年のことである。まあそのうちにゆっくりとしてから、このCDを聴いた感想でも書きましょう。とにかくきょうは飲み会。

 約束のじかんに三人集合して、いつもの居酒屋「T」へ行く。ちょうどこの日は隅田川の花火大会や、高円寺の阿波踊りの行われる日でもあって、街なかにはゆかた姿の若い女性の姿も目立つ。この夏もいよいよファイナル・イヴェントになった。居酒屋の方もこの日はハイボールのジョッキが百円というサーヴィス。ほとんど氷水のようなハイボールだったけれどもこの値段には勝てない。わたしはこればかり飲んだ。きょうは世間ばなしに終始して、飲んでいるハイボールのようにちょっと薄い飲み会ではあったけれど、まあ気のおけないなかまと飲むのは楽しいものなのである。




 

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/crosstalk/20110827

■ 2011-08-26(Fri)

 もうこんげつの給与は振り込まれたのだけれども、まずあしたは新宿でLさんMさんと暑気払いの飲み会の予定があるし、らいしゅうになると二回連続して下北沢で観劇の予定。ほかにも観劇の予定はあるし、すでに観ることを決めている十月の舞台の前売りを先に買うと、なんだ、やはりこんげつもすっからかんじゃないか。観たいと思っていた舞台のいくつかはやっぱりあきらめなくっちゃならない。残念。

 ひるごろに買い物に出ると、曇り空からぽつぽつと雨が落ちてきた。ひるすぎからは大雨。夕方には雨も小やみになったので、図書館に本を返却に行く。「半七捕物帳」はあと一冊で完読になるところなのだけれども、借りようとしたさいごの一冊は、貸し出し中になってしまっていた。磯崎憲一郎の「赤の他人の瓜二つ」などを借りて帰る。

 放送大学の「表象文化研究」をまたみる。きのうの回のことは書かなかったけれど、第三回はマネとボードレールをめぐる十九世紀についての回。続いての第四回はマラルメとソシュールをめぐる詩と記号について、だった。きょうの第五回は、ルーヴル美術館の歴史から「文化装置の誕生」という話。みているとちゅうで電話がかかってくる。久しぶりの娘のNからで、あれこれと長話になってしまう。いつまでもわたしが受話器を持って声を出していたせいか、ニェネントが不思議がってわたしを遠巻きにしてウロウロしている。「ひとりでいつまでもおしゃべりして、いったいどうしたというんでしょう」、という感じなのだろう。一時間ぐらい話し続け、けっきょくTVの講義は聞き逃してしまったかたちになる。

 

[] 「蛇にピアス」(2008) 蜷川幸雄:監督 金原ひとみ:原作  「蛇にピアス」(2008) 蜷川幸雄:監督 金原ひとみ:原作を含むブックマーク

 画面に出るタイトルに、「蛇にピアス」の文字の下に英語題として「Snakes and Earrings」というのがいっしょにあらわれる。もちろんこれはこの映画に先行するだろう英訳書のタイトルでもあるのだろうけれど、これでは原作タイトルで使われている、「に」という助詞の多義性が失せてしまっている。「蛇ピアス」ではなく、「蛇ピアス」、というあたりの言語感覚が、わたしが原作の好きなところでもある。もちろん作者がこのようなタイトル「蛇ピアス」をこそ選んだということは、その作品の内容にも深く反映しているはずで、つまりそれは、ストレートに「Snakes and Earrings」とは訳せない魅力である。わたしならば、ここは「Piercing for The Snake」とかにしてみたい気もちがある。

 こういうことはちょくせつこの映画作品とはまるで関係がないように思われてしまうかもしれないけれど、どうもわたしが観た感じでは、その英語タイトルを「Snakes and Earrings」にしてしまったように、「蛇にピアス」の「に」を並立の「and」とし、そのような視点から演出してしまったように感じてしまうことになる。
 「並立」とは、乱暴にいってしまえば「並べてみせる」みたいなもので、そのとおりにこの映画は近年の東京あたりの裏ユース・カルチャーをみせるというか、暴力的な、ウィアードでフリーキーな志向をもつ現代風俗の描写にこそ力点をおいているようなもので、原作の小説作品としての魅力を観るものに伝えるというにはほど遠いものがあるのではないかと思ってしまう。だから、たとえばそういう、渋谷のどこかの地下にあるらしいシバの店などは、とても魅力的に美しく撮られている印象はある。でも、「じゃあこの原作の小説は何なのか」ということはほとんどこの映画と関係ないんじゃないか。もっと、原作にあった、作者のテクストへの距離の取り方など、もちろんまるでこの画面にはあらわれていない。
 まあそういう、作者のステータスまでも映画に取り込むような作品を期待するというのにもムリがあるだろうし、「こういうストーリーなんだよ」というのでは、このあたりの演出でよろしいのかもしれない。
 しかしながら、こういう観方はあまりしたくはないのだけれども、役者の力量の差が目立ちすぎる気が、どうしてもしてしまう。シバを演じているARATAの存在感に、ほかの役者がまるで拮抗できてはいない印象。これはどうでもいいんだけれども、若い女の子が日本酒の一升瓶をラッパ飲みするということをやらせるのは、いくらなんでも絵としてムリがある(だいたい女性の力では持ち上がらないだろう。こういうことは、三船敏郎にでもやらせるしかないのである)。ジンとかウォッカでいいじゃんか(そもそも原作が日本酒だったんだっけ?)。

 



 

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/crosstalk/20110826

■ 2011-08-25(Thu)

 ニェネントが、「フニャッ!」とか変ななきごえをあげて、トイレのまえあたりからドドドッと走ってくる。玄関のまえを通り、キッチンのところで急カーブしてリヴィングを突っ切り、そのまま突進してリヴィングの窓ぎわにおいてあるパイプ椅子に飛び上がり、そこからまたジャンプして窓のカーテンに飛びつく。カーテンにつめをたててよじのぼり、カーテンレールの上にのぼる。これがニェネントの気晴らしというか、かのじょのやることができるいちばんハードな運動だろうと思う。スタートするトイレのまえから、飛びつくカーテンまでの距離はおそらく七、八メートル。直線ではないけれど、この家のなかでいっきにかけ抜けられる距離としてはこのコース取りが最長になるだろう。かんぜんに室内飼いなので、こういう運動をやらないとからだがなまってしまうんじゃないか。いまは発情期まっさいちゅうというせいか、この運動をひんぱんにやっているけれど、発情期でないときにもたまにやっていたはずである。
 きょうしごとから帰ってみると、いちおうネコ皿に出しておいたドライフーズをニェネントがきれいに食べてしまっていた。しばらくネコ缶ばかりだったのが、久しぶりのことである。ドライフーズもネコ缶も、どちらもたくさん食べて下さいね。

 長くかかってしまった「レンブラントの目」を、ようやく読み終えることができた。感想は下に書くけれど、いまのわたしにはそこまでムリをして読むべき本でもなかった気もする。おかげでまた、自宅本の読破計画がおくれてしまった。どうしてこう、図書館本を優先してしまうのか。まえにも書いたことだけれども、自宅にいつもいる「本妻」よりも、外にいる「めかけ」の方に情がかたむくということに似た心理があるんじゃないかと思う。ちがうか。九月は自宅本をしっかり読もうと誓うのであった。

 

[] 「レンブラントの目」(2)サイモン・シャーマ:著 高山宏:訳  「レンブラントの目」(2)サイモン・シャーマ:著 高山宏:訳を含むブックマーク

 おおまかにいえば、ひじょうに精緻で膨大な量をもつレンブラントの伝記であって、じつはひそかに期待してしまっていた、レンブラントを通してみた芸術家の「目」=視覚についての考察があるというものでもなかった。まえにちょっと書いたように、翻訳文の印象からも講談調というか、「ルーベンスを越えようとした男、レンブラントの一代記」を読んでしまったという印象はある。ひとりの男の伝記を書くのにここまで調べなければならないのか、ということも感じてしまうところもあって、レンブラントを庇護した市の役人が愛犬のために書いたという墓碑銘まで引用されている。はるかバダヴィアの地でゆりかごにゆられるレンブラントの孫の描写で終わる結末など、長大な小説を読み終えたような感覚にもとらわれてしまう。

 ただ、わたしの場合、そのレンブラントの業績についてはバカげた無知かげんであったことはたしかで、この本のおかげで「なるほど、レンブラントとはそういう作品を制作していたのか」と認識を新たにし、これまで何気なく観ていたにすぎない「夜警」などをあらためてじっくりと観察させられ、その唯一無二のすばらしさを、ようやく今にして認識できた次第である。
 レンブラントの作品にはいくつかのジャンルがあり、つまりそれは肖像画、その延長にあるともいえる数多くの自画像、そして風景画、神話や歴史的逸話に題材に取った肖像画、群像画、集団の肖像画として請け負った群像画(「夜警」などはこの範疇になる)、そしてまた別の視点からながめることを求められる版画作品などが存在するわけになる。わたしの場合、「レンブラント」という名まえの先入観が、これらの作品のそれぞれのユニークさを認めることをじゃましていたというか、たとえば彼の自画像のたぐいと、群像画のたぐいとを、歴史上のほかの画家の作品群を観るようには同一の視点からながめることはできないというようなことを痛感するわけである。

 やはりレンブラントの群像画のたぐい、それが神話や歴史を題材にしていようが、肖像画として請け負われたものであろうが、とにかくそこでの人物の重ね方、驚くべき光の取り入れ方というのは圧倒的なもので、そこにはまさに時間が動いているなかから切り取られた、物語の「瞬間」というものがあり、タブローのなかでは「時間」が動いているのである。ここで、わたしなどはじつは、レンブラントとは世界最初の「映画作家」だったのではないか、などとバカなことを思ってしまうのである。このことはちょっとまえに書いたように、この本を読んでいるときに観た増村保造監督の作品からふと思ったことなのだけれども、ぐうぜん増村監督の得意な人物の重ね方、このとき観た「この子の七つのお祝いに」での美術/照明のしごとなどから連想されたものではあるけれど、これ以外にも、あれこれの映画作品のなかに「レンブラント的」なものというのは数多く見い出されるのではないかと思っている。それはたんじゅんにレンブラントの絵を映画作家が参考にしたというよりも、「物語」を動かすための人物配置、光線の取り入れ方などを追求することで、どうしようもなく同じような手法を産み出してしまうのだ、ということがいえるのではないかと思う次第なのである。

 



 

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/crosstalk/20110825

■ 2011-08-24(Wed) このエントリーを含むブックマーク

 夕方になって線路の向こう側のスーパーへ買い物に行く。空をみると、南からこのあたりの真上まで青い空が拡がっているけれども、北の方の空が暗く曇っている。晴れ間とのさかいめをみると積乱雲がかさなって暗くなっている感じで、その積乱雲の下の方、つまり北の方からは雷鳴がきこえてくる。スーパーのまえに着いてまた空をみると、西の方でいまにも太陽が雲に呑み込まれようとしていた。このまま太陽が雲のかげにかくれたらきっと、雲の隙間から日の光が線をひいて伸びるような、空から神が降臨するときみたいな光景がみられるんじゃないかと思って、しばらくそこで立ったまま、雲の行方をみつめていた。日の光は黄色くきらめいて、雲のふちも黄色く染まっている。青い空との対比もあざやか。こういうときには、きっと光というのはこまかい黄色い粒の集まったものなんじゃないだろうかなどと思ってしまう。
 このあたりはまわりに高い建物がないので空が広い。きっとじぶんはこういう光景を見ていたくってこんな地方へやってきたんじゃないかなどと、いっしゅん思うのだけれども、でもこの「いま」という時制は、すでに二千十一年三月十一日以降の世界なのだと気づくことになり、もうこの世界に美しいものなど存在しないのだという気もちにとらわれてしまう。Louis Armstrong が歌った「What a Wonderful World」なんて、もう絵空ごとになってしまった。サザンの「TSUNAMI」がオンエアされることもなく、「崖の上のポニョ」が放映されることもないだろう。しかし「TSUNAMI」も「ポニョ」も、地震とそれにともなう津波に関連することだから、復旧、復興とともに地震も津波も過去形のものにすることもできるようになれば、また電波にのせられるようになる日も来ることだろう。どうしようもないのは「原発事故」のことで、これから何十年もひとの近寄れないエリアが出現し、それ以外のエリアにいても、これから何年ものあいだ、外的にも内的にも被曝のおそれをかかえて生きて行かなければならない。悲しいことと言うしかない。空をみてそういうことを思ってしまうことも、また悲しい。やはり、もう「What a Wonderful World」なんて存在しない。

 津波の被害を大きくしたのが、「そんな大きな津波はほとんどあり得ないだろう」という想定だったということで、これからの防災計画の見直しがなされるなら、起こりうる原発事故の可能性に対して、「あり得ない」という予断もまた排除されるべきではないのか。であれば、原子力発電というシステムにたよることをやめるべき、という結論にいたるのがノーマルなのではないかと、ずっと思っているわけだけれども。

 けっきょく、そうやってしばらく空をみていても太陽は雲から逃げてばかりで、いつまでも雲のかげにはならない。わたしもいいかげん飽いてしまい、スーパーの建物に入ってしまった。

 TVでは、某タレントのとつぜんの引退騒動についての報道ばかりがくりかえされている。わたしはTVをみていて、その顔があらわれたら即座にチャンネルをかえることにしているタレントがふたりほどいる。そのひとりがその、こんかい引退したタレントだったので、すこしTVをみる制約が解除されたことになる。ただ、きょうなどはニュースでこのタレントの顔ばかり映されるので、どこもみることができない。
 TVが地デジ化されて以降、みることができるチャンネル構成が変わったわけで、そういうなかできょうは「放送大学」のチャンネルでちょうど「表象文化研究」という講座の再放送がはじまったところだったので、これをみる。いちにちに二回ずつ、一週間ぐらいで終わるのだろう。最後までみてみようか。きょうの第一回はミシェル・フーコーの「言葉と物」の解説からはじまり、その「言葉と物」にそってベラスケスの「官女たち」をめぐっての討論。この時代(十七世紀)、劇場もまた「額縁構造」だったということで、「あ、そうか」と。続いて放映された第二回は、ディドロについてで、つまり十八世紀である。ポンパドゥール夫人がディドロを擁護していたということは、もちろん知らなかった。そもそもディドロについてなんて「あ、百科全書ね」ですましちゃっていたので、わたしには興味深い講義だった。

 あとは「レンブラントの目」の今週中の読了をめざして、これをひたすら読む。多少すっとばし気味の読書である。



 

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/crosstalk/20110824

■ 2011-08-23(Tue)

 きょうは、ターミナル駅にある病院に行かなければならない。七月のはじめにおきた胸痛のその後の診断のためだけれども、あれからあのような胸痛はおきていないのでもう平気なんじゃないか、病院の予約をすっぽかしてもいいんじゃないかなどとも思うけれども、やはりここはきちんと、「もういいでしょう」といわれるまでは病院のお世話になっておくべきであろう。これからはもう、どこもかしこもガタが来るばかりのからだである。メンテナンスはだいじです。

 空は曇っていて、やはりそれほど暑いという天候でもない。ターミナル駅を降りて病院まで歩く。ことしはちょっと鳴きはじめがおそかったセミが、今このときこそとばかりに鳴いている。木立のとなりにある古びた鉄筋の病院のたてものが、いかにも「地方」の病院というたたずまいである。待合室にはおおぜいの年輩の方々が、じぶんの順番をまってすわっている。わたしもそのなかのひとりになって、椅子にすわって本を読む。このときばかりは、わたしが待合室のなかでもっとも若いもののひとりである。
 診察の番がまわってきて、まあ胸痛についてはその後再発していないのでとくに治療とかいうのではないけれど、ちょっとばかし血圧が高いので、こっちに関しては自宅の方の病院、さいしょに診察してもらった病院の方で診てもらいましょう、ということになった。これでまたしばらくは病院通いになるわけか。

 病院からの帰りは駅とは逆方向に歩き、近いところにあるショッピングモールへ行ってみる。ここからなら駅までの無料送迎バスも出ているし、しばらくウィンドウ・ショッピングを楽しもうと。ここにあるシネコンの看板をみると、ちょうどいまテレンス・マリック監督の新作「ツリー・オブ・ライフ」を上映している。観たいと思っていた作品なのでいま観ちゃおうかなどと思ったりしたけれど、つぎの回の上映は三時間ぐらい先なのであきらめる。来週の月曜ならメンズデーで安く観ることが出来るから、また出直してこようと。
 ホームセンターをのぞき、ペットコーナーへ行ってみると、ここには子ネコや子犬なども売られているわけだけれども、きょうはアビシニアンの子ネコがケージに入れられていた。かわいい。ニェネントなどもんだいにならないかわいさである(ニェネント、ごめん!)。ニェネント、やっぱりお母さんに似てしまったせいか、スタイルが悪い。胴体がボテッとしてしまってるもんな。まあ子ネコというのはみんな異様にかわいいものだけれども。

 送迎バスに乗ってターミナル駅に戻り、電車のじかんまで三十分ぐらいじかんがあるので、駅ビルの店などのぞいてみる。地下の大規模雑貨店でネコ缶がすごく安く出ていたのをまとめて買い、あとはパスタやジャムなど、地元ではここまで安くは売っていないぞ、というものを買っておく。まだじかんがあったので、上の方にある書店にも寄ってみる。しばらく図書館いがいで新刊とかチェックしていなかったのだけれども、磯崎憲一郎の新作がずいぶんまえに出ているし、金原ひとみの新作も出ていた。図書館でさがしてみよう。

 帰宅して、きのうつくったミートソースでスパゲッティのおそい昼食。また昼寝をして、目覚めてから夕食の準備をし、ニェネントと遊んでからさっさと夕食。本を読みながら寝てしまう。

 

[] 「半七捕物帳 巻の四」(3)岡本綺堂:著  「半七捕物帳 巻の四」(3)岡本綺堂:著を含むブックマーク

●「ズウフラ怪談」
 「ズウフラ」とはなんぞや。これはらっぱのようなかたちをした声を遠くにとばす道具らしく、これでとばされた声を聴いたにんげんは、「声はすれども姿は見えず」という体験になるということ。オランダ伝来で正しくは「ルウフル」といわれていたものらしい。
 まあ事件の発端にはそんな道具が使われているなどとわからずに、あるところを歩いていると「おうい、おうい」と呼ぶ声が聴こえて、あたりには誰の姿も見えないという、いっしゅの怪談話が広まったあたりからはじまる。駒込の道場主が「ちゃんちゃらおかしい、退治してくれるわ」と発言し、「誰かついて来るものは来い」と、道場生ふたりを引きつれて夜仲に出かけていく。たしかに聴こえてきた呼ぶ声の方にひとり踏み込んで行った道場主はそのままもどらず、斬殺死体で発見される。はたして幽霊のしわざなのか、というわけである。これも別個のふたつの事件が組合わさったたぐいの筋立てで、当時の道場などに通うようなひとたちの、その背景などが書き込まれている。

●「大阪屋花鳥」
 タイトルの「大阪屋花鳥」というのは、当時の高座や芝居のネタにもなった吉原の遊女の名で、毒婦というか、悪党なのである。このストーリーでは、その背後でぜんたいをあやつっていたのがこの大阪屋花鳥だったという設定。
 浅草観音のご開帳(天保十二年)に日本橋から参詣に出かけた金物屋の親子連れが、すりの被害にあいそうになったところを、見知らぬ美しい娘の機転で難を逃れる。その娘と知り合いになった親子は、「息子の嫁にこのひとがいい」と、縁談をまとめて娘を嫁にとる。しばらくたったころ、嫁はからだの具合を悪くして床についてしまうが、ある夜、とつぜんに起き上がり、髪を振り乱して亭主をかみそりで切りつけて家を飛び出し、隅田川に飛び込んでしまう。亭主は死亡。はたしてほんとうに嫁は乱心したのか、はたまた、ほんとうに川で溺死したのか。背後には五、六人の犯罪グループの存在があった。

●「正雪の絵馬」
 和田の大宮八幡宮に今も伝わるという、由井正雪の描いたという絵馬をめぐる事件。これがコレクター心理の弱味に付け込んだというか、江戸の世でもやはり熱狂的なコレクターというのはいたのだなあと、感心してしまう一編。つまり「絵馬」のコレクターというのがそれなりにいたようで、趣味の嵩じたひとりが、その大宮八幡の正雪の絵馬をニセモノとすりかえて盗んでしまうわけである。しかし、ニセモノの作成もじっさいにすりかえるのも同じヤツにやらせるもんだから、そのコレクターはしっかりだまされちゃうんだね。かれが手に入れた絵馬の方がじつはニセモノで、大宮八幡にはちゃんとホンモノが残っている。当人は自慢タラタラでコレクターの集まりでご開帳したりするんだけど、その件で恐喝されたりもしてしまう。まったくアホである。

●「大森の鶏」
 半七とその子分が川崎大師の縁日に参詣に出かけるんだけれども、その帰りに寄った小料理屋で、客の女がその店にいた鶏に襲われるのを目撃する。いったいなんでまたあの女はあの鶏に襲われたんだ? こりゃあ背後に何かあるとニラんだ半七親分の手にかかっちゃあおしまいだ。

 



 

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/crosstalk/20110823

■ 2011-08-22(Mon)

 よなかに、ニェネントがないている声で目が覚める。ニェネントはあまりなかない静かなネコなんだけれども、やはり発情期には吠える。みょうな抑揚をつけてふりしぼるような声を出し、まるで歌を唄っているように聴こえたりする。そのうちにニェネントの歌が子守唄になったのか、わたしはいつの間にかまた寝てしまった。

 きょうからあしたまで、二日間だけれどもしごとは連休。経済的に不安定というか、どれだけ余裕があるのかわからないので家でおとなしくしている。あしたは病院へ行かなければならないし。あさから外は雨で、涼しいいちにちだった。
 せんじつレトルトのスパゲッティ・ミートソースを買ってあったのを開けて、ひき肉やナスを炒めてくわえ、さらにトマト缶をひと缶足して、大量のミートソースをつくった。おそらくは七、八食ぶんはあるんじゃないだろうか。しばらくはスパゲッティ三昧になる。

 

[]「この子の七つのお祝いに」(1982) 増村保造:監督 「この子の七つのお祝いに」(1982) 増村保造:監督を含むブックマーク

 増村監督が亡くなられたのは二十五年前の1986年のことだけれども、映画監督としてはこの作品が遺作ということになる。当時まだ五十八歳なわけだから、映画としては衰弱など感じさせない元気な映画、という感覚はある。いわゆる「角川映画」絶頂期の作品で、横溝正史作品の映画化のヒットを追って角川書店が設立した「横溝正史ミステリ大賞」の第一回受賞作(斎藤澪)が原作。脚本は増村保造と松木ひろしとなっているけれど、ほんらい松木ひろしというひとはコメディ専門の脚本家なので、いったいどこから彼のもとにこのしごとが回っていったのだろうかというのはちょっと気になる。

 まずこの作品でフィーチャーされているのは、「鬼畜」や「悪霊島」などで定着した岩下志麻のクールで残虐なキャラクターを引き継ぐという戦略なのだろうと思うのだけれども(この路線は「極道の妻たち」シリーズへと継続する)、それをポイントポイントでクセのある脇役たちがひき立てているという感覚。
 ぜんたいのストーリー展開は、記者である根津甚八の視点から進行するのだけれども、その根津甚八が事件の全貌を解明するとはいえ、彼はあくまでも傍観者というあたりの存在にとどまることになる。映画のさいしょにタイトルが出て、スタッフやキャストを知らせることもなく作品は進行し、わたしもまったく予備知識などなくって観ていたわけで、ストーリーの展開につれてとっかえひっかえ登場してくる出演者の、その渋い豪華さにおどろいたり喜んだりしてしまった。

 やはりまずはさいしょに登場する岸田今日子のまがまがしさというか、おどろおどろした存在感がすばらしいのであって、彼女の登場するシーンのセット美術のまさにホラーっぽい雰囲気などあわせて、とにかく物語も映画も支配してしまうことになる。これに次は畑中葉子が登場してすぐに殺されちゃって、室田日出夫、小林稔侍、根津甚八、杉浦直樹と事件の捜査陣が続く。杉浦直樹の役は事件の解明の上で重要なんだけれど、露骨に「この人、死んじゃうな」と思わせるあたりが楽しい。それで岩下志麻の登場になるけれど、「あれ?脇役じゃん」と思わせられるような登場。これが根津甚八と杉浦直樹の会話をうしろから聞き耳を立てて覗き込んだりしているあたりの演出がいいのです。やっぱり岩下志麻、怪しいと。
 それから順繰りに村井国夫、神山繁、戸浦六宏、名古屋章と登場して来て、わたしは彼らが登場するたびに「ほおー、ここでこの俳優さんかよ」と喜ぶ。いったい次は誰が出てくるのか楽しみになるわけで、そうすると坂上二郎さんだったりするんだな。それから中原ひとみが続いて、ついにトリは芦田伸介ということになる。ほんとうに楽しい(辺見マリも出ていたのだけれども、これはさいごのクレジットをみるまで、わたしはわからなかった)。

 じつはいま、何度も書いていることだけれども、レンブラントに関する本を読んでいるさいちゅうなのだけれども、観ている途中で、「これって、レンブラントじゃん!」などと変なことを思ってしまった。それはとくに岸田今日子の登場する古アパートの一室での、光の取り方や縦に重ねていく人物の配置などであったりするわけだけれども、それはつまり、絵画のなかに物語的なムーヴメント(動き)を取り込もうとしたレンブラントの視線とは、つまりはじつに「映画的」なものなのではないかという、わたしなりの発見で、まあこのことはレンブラントの本を読了したらあらためて書き留めておきたいことだけれども、レンブラントって、世界最初の、映画作家的な目を持ってして作品を残した人だったのではないだろうか、ということ。

 岸田今日子の自殺した姿から、以降もずっと、何度も何度も鮮血に赤く染められた画面が登場するわけだけれども、じゃあラストもそうなるのかと思って観ていたら、ラストはその鮮血の赤が窓の外の夕焼けの赤に取って代わられ、岩下志麻と、彼女のいる部屋ぜんたいとが赤く染まるのであった。お見事。(岩下志麻の、なんともバンプな、セーラー服姿の写真の登場がキョーレツ、だった。)

 



 

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/crosstalk/20110822

■ 2011-08-21(Sun)

 いつも土曜日にしごとのあるときにはFM放送をエアチェックしておいて、その日のうちにか翌日にこれを聴くことにしている。タイマーのセッティングがわからんので、しごとに行く直前から長時間モードでまとめてぜんぶ録音する。だから五時ごろからの番組はみな収録されている。邦楽番組やクラシック番組も、ニュースもはいっているけれど、だいたいのお目当てはピーター・バラカン氏の番組「ウィークエンド・サンシャイン」である。先週の邦楽の琵琶特集のように、思いがけずに聴き入ってしまう番組もあるけれど、メインは「ウィークエンド・サンシャイン」。先週はプレスリーの特集だった。きのうエアチェックしたものをきょう聴いていたけれど、エイミー・ワインハウスの追悼で何曲か流されていた。彼女が亡くなられたときにちょっと書いたけれど、彼女の曲などそれほど聴いていないなかでも、素晴らしい歌手だったんだなあという感想は持っていたけれど、こうやってまとめて聴くと、思っていた以上にスゴい歌手だったよなあと、認識をあらたにする。久々に音楽を聴いて鳥肌が立つ思いをした。かのじょのセカンド、「Back to Black」が欲しくなった。

 発情期というせいもあってか、ニェネントがわたしにまとわりつく感じである。いつもわたしの様子をうかがっているようなので、「かくれんぼ」をやって遊んであげた。まずはニェネントからわたしのすがたのみえるところに立ち、それからニェネントをみながら部屋のかげにかくれる。そのままかくれているとニェネントが部屋のなかを移動してわたしをさがしている気配がある。それで、急にとびだしてニェネントをびっくりさせてやる。なんのことはない、ニェネントがわたしにやっていることである。わからんけど、楽しんでくれたようではある。

 きょうも昼寝をしてしまい、また起きてから頭痛に悩まされてしまう。

 

[]「半七捕物帳 巻の四」(2)岡本綺堂:著 「半七捕物帳 巻の四」(2)岡本綺堂:著を含むブックマーク

●「仮面」
 ちょっと前回これを抜かしてしまって、じゅんばんからいうと前回の「一つ目小僧」のあとにある作品。その「一つ目小僧」のような、ちょっとした詐欺ばなしというか、これは仮面を売ろうとした古物商がずるいことを考えるものだから、かえって大損してしまうという、イソップ物語のようなものであった。

●「三つの声」
 ミステリー(謎解き)としては、これはシリーズ中白眉の作品ではないかと思う。川崎大師へ参詣しようとする三人の男が早朝に待ち合わせするけれど、そのうちのひとりが待ち合わせ場所にあらわれない。行方不明の男の家には、男が出かけたあとに戸外から三度、それぞれ異なるような男の声がする。どうやら待ち合わせした三人それぞれの声のようであったのだが。男はその日の夕方にでき死体で発見される。事故だったのか、のこるふたりのどちらかの犯行なのか。

●「十五夜御用心」
 これも「一つ目小僧」で出てきた「古屋敷」ならぬ「古寺」、「廃寺」を舞台とした悪党どもの内紛事件。犯罪のかげに女ありき、である。

●「金のろうそく」
 (「ろうそく」はほんとうは漢字。)安政二年の有名な「御金蔵破り」のはなしから端を発した、金塊をめぐる事件のはなし。両国橋から身投げした女性は、そのたもとにしっかりと五本のろうそくをかかえていた。そのろうそくのなかには金が仕込まれていたと。



 

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/crosstalk/20110821

■ 2011-08-20(Sat)

 あさから空は厚い雲におおわれていて、ほんとうに予報どおりに涼しくなった。この天気はしばらくはつづくそうで、まだ残暑というのがぶりかえしてくることもあるだろうけれど、そろそろことしの夏もおしまいである。いつもの年とおなじように、まったく夏らしいこともしないまま過ぎてしまう夏。

 ニェネントがいやにわたしにすり寄ってくるなあと思ったら、またも発情期の到来であった。ぜんかいの発情期にニェネントの腰のあたりをペットボトルでポン、ポンと叩いてあげたのがお気に召したようで、わたしのすぐそばで腰をこちらに向けてすわりこんだニェネントは、わたしの方に顔を向けて「にゃぁ〜ん」と、おねだりのなきごえを出す。こんかいはペットボトルが手もとにないので、スプレー缶でもって、しっぽのつけねのあたりをペン、ペンと叩いて差し上げる。わからんけど、これがほんとうに気もちがいいらしい。いいかげんなところでストップすると、わたしを振り向いて「もっとやってよぉ〜」となく。たくさんやってあげて満足すると、わたしの手の指をペロリとなめてくれる。お礼のつもりなのか。なんかニェネントのお夜伽に奉仕しているようで、ちょっと複雑な気分であるけれど、これもまた飼い主のつとめ、なのかもしれない。

 WOWOWをみていると、九月にはロベール・ブレッソンの特集上映があるというので喜ぶ。でも、放映される五本のうち四本は観ている作品。まあポピュラーなところはやはりそのあたりの作品なので、しかたがないだろう。きょねん「罪の天使たち」を観損ねてしまったのがやはり残念。

 やはり読書をしているとねむくなって昼寝、ということになってしまい、きょうも午後にたっぷり寝てしまった。目覚めてから頭痛。かなりはげしい頭痛で、睡眠の取りすぎが原因だと思っていても、いままでになく痛むので不安になったりする。


 

[]「あの胸にもういちど」(1968) ジャック・カーディフ:監督 アンドレ・ピエール・ド・マ ン デ ィ ア ル グ:原作 「あの胸にもういちど」(1968) ジャック・カーディフ:監督 アンドレ・ピエール・ド・マ ン デ ィ ア ル グ:原作を含むブックマーク

 じつはいままで観る機会がなかった作品で、これが初見のはずなんだけれども、冒頭のレベッカの幻想でのサーカスシーンは観たおぼえがある気がした。むかし深夜TVとかでちょっと(寝るまえにとか)観たのかもしれない。

 原作はもちろんマ ン デ ィ ア ル グで、まあわたしもむかしは彼の作品はあれこれと読んでいるけれど、この原作の「オートバイ」は未読。いま思い出すとマ ン デ ィ ア ル グの作品もそれほどに面白いものでもない気がして、たいして思い出せるわけでもない。よかったのは「大理石」ぐらいだろうか。この映画は「赤い靴」とかの撮影で知られるジャック・カーディフが監督したもので、公開当時もマリアンヌ・フェイスフルとアラン・ドロンの共演とか、あれこれと話題になった作品。原題は「The Girl On A Motorcycle」と即物的なものだけど、この邦題は観客動員に貢献したことだろうと思う。まあマ ン デ ィ ア ル グにこのタイトルかよ、と怒るムキもあるかもしれないけれど、映画じたいマ ン デ ィ ア ル グの小説のテイストとはほとんど無関係だろうと思われるので、いいんでないの。

 冒頭からフランス郊外の古っぽい屋敷に黒い鳥が飛んでいる映像で、こりゃあすぐにロジェ・ヴァディムの作品とか、ロジャー・コーマンの「古城の亡霊」とか思い出してしまう。そのあとのドラマ展開もこれはやはりロジャー・コーマンのAIP映画っぽい。映画の製作された1968年という時代背景のぷんぷん匂ってくるサイケデリックなカラー・エフェクトなんかも、ロジャー・コーマンだなあと。マ ン デ ィ ア ル グ流のエロティシズムをメインに演出したというよりは、フランスからドイツへの楽しいバイク・ツーリング映画といったおもむきで、そこはジャック・カーディフ。空撮だとかバイクとの並走だとかクローズアップだとか、さまざまな手法でツーリング映像を楽しませてくれるわけである。ただ、残念ながら、ニコニコと満面笑みを浮かべてバイクに乗っかっているマリアンヌ・フェイスフル、どうみてもバイクを運転操縦しているようにはみえない。みえっこない。もうちょっと真剣味のある表情と力を込めた瞬間をバイク上でみせてくれてもよかったのではないか。

 あとはやっぱ、アラン・ドロンがこの「自由恋愛(フリー・ラヴ)」を説く大学教授の役に合っているかどうかだけれども、マ ン デ ィ ア ル グの作風を考えるならばこの教授はもっと中年の、きっとミシェル・フーコーみたいなはげ頭(ミシェル・フーコーははげだったわけではなく、あれはスキンヘッドと呼ぶべきだけれども)をした男であるべきではないのか。やはりまだ若いアラン・ドロンあたりが大学で生徒を相手にそういう恋愛哲学を説いても、「そりゃああんたの<趣味>だろうが」という感じで、とても<哲学>というまでに昇華しきれないのである。

 もうひとつ残念なのがこのちゃらちゃらした音楽(これもロジャー・コーマン的)で、せめてこれをストーンズのロックなどで埋めていたならば、もっとカルト作品としての価値は高まっていたことだろう。バイク乗りのひとはどう観るのか、わからないけれども。




 

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/crosstalk/20110820

■ 2011-08-19(Fri)

 暑さのせいなのか、どうにも読書がはかどらないで困っている。とにかく「レンブラントの目」がまだ三百ページ近く残っているので、「半七」もハイスミスもうっちゃって「レンブラントの目」ばかり読んでいるのだけれども、これが読みはじめるととたんに強烈な眠気をもよおすことになる。どうもページのあいだに睡眠薬かなにかが仕込んであるのではないかと疑っているのだけれども、そういうことで図書館に訴え出ても取り合ってもらえないのでだまっている。暑いのもきょうまでという予報も出ているので、なんとかきょうをしのげば快適な日々になることを期待している。


 

[]「にごりえ」(1953) 今井正:監督 「にごりえ」(1953) 今井正:監督を含むブックマーク

 もちろん樋口一葉原作の映画化なのだけれども、「にごりえ」だけではなく、「十三夜」と「大つごもり」も含めた、一葉作品のオムニバス映画という体裁。
 今井正監督の作品というのをちゃんと観るのもはじめてなんだけれども、このころはレッド・パージで映画五社からは締め出され、独立プロと文学座との手によって制作されたのがこの作品。だから出演者は当時の文学座総出演で、芥川比呂志、仲谷昇、宮口精二あたりがわたしの知っている男優。女優は丹阿弥谷津子(「十三夜」のヒロイン)、荒木道子、杉村春子、そしてちょい役で岸田今日子などなど。この顔ぶれにプラスして、「大つごもり」のヒロインみねに久我美子、「にごりえ」のお力には淡島千景、そのお力の客に山村聡などが出演している。脚色は水木洋子(「浮雲」「おとうと」など)と井手俊郎(「洲崎パラダイス 赤信号」「流れる」など)で、脚色全体の監修を久保田万太郎が手がけたらしい。豪華である。撮影は中尾駿一郎で、美術は平川透徹。

 第一話の「十三夜」はそれほど長くはなく、ちょっとサラリと流しすぎてしまったような気がしないでもない。このパートですばらしいのは当時の東京市の夜の情景の美しさで、セットの造型と月の夜空の濃淡、コントラストがすばらしい。つまりこれは、江戸の浮世絵が明治の時代に西洋美術の影響を受けて生まれた小林清親あたりの作品を彷佛とさせられる美しさで、まさに一葉の時代を思わせるものになっている。美術担当の平川透徹という方は、せんじつ観た五所平之助監督の「猟銃」などの美術もてがけられていた方で、いい仕事をなされていた方だと思う。

 第二話は「大つごもり」で、これはやはり久我美子がすばらしいんだけれども、下女奉公の非人間性がきっちりと浮き彫りになりながらも、ちょっとしたハッピーエンドで終わるというテイストが原作でも好きだった作品。その不人情なおかみさん(長岡輝子)がまた憎たらしくていいし、ヒロインのみねの同僚の下女のお松(ちょい役なので役者さんの名まえはわからない)の減らず口、表情がとってもすばらしいのである。寝転がっているだけの仲谷昇もいい(というか、このドラマのキモである)。奉公先の娘のひとりを岸田今日子が演じていて、羽根つきが上手。

 第三話が「にごりえ」。これは原作の冒頭の書き出しの文章なんかほんとうに大好きな作品だったのだけれども、その原作の冒頭の、威勢のいい雰囲気をきっちりと出しているあたりはステキである。舞台になるのはいわゆる銘酒屋というようなスポットで、ヒロインのお力は淡島千景が演じているわけだけれども、その同じ店のあれこれの女性たちが、まえの「大つごもり」での下女のお松をグレードアップしたような雰囲気で、こういう下層社会の女性たちのへこたれないエネルギーみたいなものを描き出すあたりに、この今井正監督の真骨頂があるように感じた。淡島千景はいいんだけれども、わたしには「麦秋」の淡島千景なんかの方が彼女らしい気がするし、やはり淡島千景は森繁久弥の連れ合い役とかの、洒脱な空気を匂わせるような存在としての印象が強いので、こういう「やるせなさ」の世界はちょっと、これは違うような気がしてしまう(大好きな女優さんなんだけれども)。飲んでも紳士然とした姿勢を崩さない山村聡もいいし、お力の腐れ縁である源七(宮口精二)の妻を演じる杉村春子も、じとじとと困ってしまうのである。

 それぞれの話の冒頭に、おそらくは一葉の日記からではないかと思われるナレーションがはいるのだけれども、それが効果があったのかどうか、よくわからない。まあ樋口一葉の作品だというだけで三つをむりやりつなげた空気もあるので、こういう処置もひつようだったのだろう。ただ、わたしには、なかなかほかの作品ではみられない明治初期の東京の姿、そこで暮らすひとたちの生き生きとした姿を観ることができたのがうれしかった。銘酒屋というのはつまりは吉原などとはまた異なるものだし、これが時代が下るともっとうらぶれた娼窟めいたものになってしまうだろう。原作のイメージを崩さずにこうやって映画化してくれたのはありがたい。今井正監督のほかの作品も、もっと観てみたい。




 

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/crosstalk/20110819

■ 2011-08-18(Thu)

 きょうもまた暑いいちにちだったけれど、気分的にはきょうがこの夏最悪の暑さだったように思える。昼から外に出ると汗がじわっと吹き出してくる暑さで、これは体温よりも外気の方が温度が高いとしか思えない。TVをみていてもずっと画面の外側にテロップ枠が表示されていて、こんやおそくまで気温が30度以上の状態がつづくだろうということである。それでも、天気予報をみると、あさってあたりからがくりと気温が下がって涼しくなるといっている。

 ベランダのクレソンはわさわさと成長を続け、もういくらでも取り放題である。クレソンの茂みに指を入れ、かきわけてみるともうどこまでもクレソンがぎっしりで、さいしょにクレソンを植えた土の姿が見えない。重なり合ったクレソンの葉の下に蛇行したクレソンの茎がからまっていて、その下には白いクレソンの根がぐちゃぐちゃになっている。今の状態はもうかんぜんに水栽培で、ほぼまいにちプランターからあふれる量の水をクレソンの上からぶちまけてやっている。
 もういっぽうのバジルの方も順調に成長し、献立のちょっとしたアクセントに役立ってくれている。こちらはいちにち水をやらないで放置してしまうともう、ぐったりと葉がうなだれてふにゃふにゃになってしまう。水をやるとすぐにシャンと元気になる。もう白い花が咲き、ことしのバジルの季節はあとちょっとである。


 

[]「ブロンコ・ビリー」(1980) クリント・イーストウッド:監督 「ブロンコ・ビリー」(1980) クリント・イーストウッド:監督を含むブックマーク

 イーストウッド監督の次回作は、FBI長官のエドガー・フーヴァーの伝記映画、らしい。わたしの家には読書とちゅうで放り出してしまったエドガー・フーヴァーの伝記本がある。エドガー・フーヴァーというのはほんっとうにイヤなヤツなんだけれども、その映画ではディカプリオがフーヴァーを演じるらしい。公開までにちゃんと伝記本の方は読んでおこう。

 イーストウッドって、いったいいつごろからいわゆる「B級映画」ではすまない問題作を撮るようになったんだろうかと、彼のフィルモグラフィ—を眺めてみると、これはどうやら1988年の「バード」あたりから、じゃないだろうか。90年には「ホワイトハンター・ブラックハート」を撮り、92年には「許されざる者」ということになる。この「ブロンコ・ビリー」は1980年の作品で、「ダーティハリー」の「3」と「4」のあいだの作品。私生活のことはどうでもいいんだけど、つまりはこの作品でも共演しているソンドラ・ロックとのハッピータイムのどまんなか。もちろんこの作品でもふたりがラブラブなところを観客に見せつけている。

 イーストウッド監督は「ペイルライダー」や「許されざる者」の頃から、スクリーン上でのセルフ・イメージを叩き台にしたような作品をあれこれと撮りはじめ、まあその集大成が「グラン・トリノ」だったかな、という感想を持つのだけれども、この「ブロンコ・ビリー」を観ると、そういう自己言及の端緒はこの作品にもあれこれと見い出されるわけで、西部劇スターとして売り出していたじぶんを、その私生活までを含めてメタ化してしまったような気配がある。
 じぶんのやっていることはもうすでに存在しない「西部劇」への郷愁だろうが、というあたりから、たとえスクリーン上であっても、それはつまりはドサまわりの「ワイルド・ウエスタン・ショー」と大差ないだろう、という意識がこの作品の原点というか、現実の世界とショーの世界とのギャップというのが主題になっているんだろうか。まあのちの苦い味わいの傑作群を産み出すイーストウッドはまだここにはいなくって、ハッピーな雰囲気に包まれた楽しい作品だねえ、というあたり。
 しかし、すべて星条旗のパッチワークでつくられたテントとは‥‥(あんまりではないですか)。

 映画のさいしょの方に出てくる、ガソリンスタンドのメカニックのおじさんの顔をどこかでみた記憶があり、はたしていったいどなただったかと一所懸命考えてしまったのだけれど、やっとわかった。「ツインピークス」でホテルの給仕をやっていたすてきなおじいちゃんだったのだけれども、このハンク・ウォーデンという方、ジョン・フォードの時代から数多くの西部劇に出演されていたすばらしいキャリアの持ち主なのだった。こういうところにも、イーストウッド監督の「西部劇」への想いがかたちをとっているのだろう。




 

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/crosstalk/20110818

■ 2011-08-17(Wed)

 暑い。こんな暑い夏の日には、冷凍庫でキンキンに冷やしたウォッカをストレートで、やはり冷たいチェイサーを並べて飲んだりするのがいちばんだと思うけれど(あとはフローズン・ダイキリとかがいいなあ)、これはへたをするといちにちでボトルを一本空けてしまったりしてしまうわけで、それは身体的にも経済的にも負担が大きくなりすぎる。それに、まさかしごと先でこういうことをたしなんでしまうというわけにもいかないわけで、この夏はアイスティーをたくさんつくり、たくさん飲んだ。
 わたしのアイスティーづくりは乱暴なもので、2リットルのヤカンにいっぱいに水を入れ、これにティーバッグをふた袋ぶちこんで、そのまま火にかけてふっとうさせる。これを冷やして冷蔵庫で保存。もちろんシュガーだとかミルクだとか入れたりはしない。無糖のストレートである。これがうまい。しごとにはこれをペットボトルに入れて持参する。まいにちまいにち、きっちりと2リットルずつ飲んでいる勘定になる。ウォッカとはくらべものにならない経済効果がある(ウォッカをいちにちに2リットル飲んでいたら人間ではなくなってしまうが)。

 震災後(原発事故後)の生活について、また考える。こんな被災地と離れたところに生活していても、途方にくれてしまうことがあれこれとある。その「途方にくれる」ということを考えていると、「じぶんに落ち度はなかったのに」とか、「今はどうしようもない」だとか、つまりは「わたしはまちがっていない」という無為な自己肯定に陥ってしまう。自己肯定は加速される。でも、日本のエネルギー政策に対しては、「いますぐストップしなければたいへんなことになる」などとは思っていないで、つまり口では「反対」といっていても、容認していたのと同じである。だから、ことしの春に地震が起きるまでのわたしの生活は、まちがっていたのだ。つまり、わたしにもまた、落ち度はあった。だったらこれからどういう生き方を選ぶのか、ということ。


 

[]「ラ・ジュテ」(1962) クリス・マルケル:監督 「ラ・ジュテ」(1962) クリス・マルケル:監督を含むブックマーク

 クリス・マルケルという監督はひじょうに多くの作品を撮っている。日本に関連した作品も多く撮っているにもかかわらず、その作品が日本で公開されることはほとんどない。ずいぶんまえになるけれど、ちょうどベルリン映画祭開催中のベルリンに行ったとき、彼の「Level Five」という作品を観た。日米の沖縄戦を主題としたヴィデオ・ゲームの開発に関する作品だったと思うけれど、とにかくことばがわからないという決定的な理由もあって、いったいどういう展開なのかさえ読み取れずに終わってしまった記憶がある。とにかく、いつまでも「実験的」な作品を撮り続けられている作家、というイメージがある。そのクリス・マルケル監督の作品としていちばん知られているのが、この「ラ・ジュテ」だろうと思う。久しぶりに再見。

 こんかいこの「ラ・ジュテ」を久々に観るまでのあいだに、テリー・ギリアムの「12モンキーズ」を観ているわけだけれど、ここまで「12モンキーズ」が「ラ・ジュテ」を忠実になぞっていたとは意外だったというか、「12モンキーズ」を観たときには「ラ・ジュテ」のことはまるでおぼえていなかったので、比較するも何もなかった。「12モンキーズ」はさらにオリジナルな展開を織り込み、鮮明な印象を残す作品になっているので、こうなってしまうと「12モンキーズ」との関連を無視して「ラ・ジュテ」そのものを観るという行為が、これはひじょうにむずかしいものになってしまったのではないかという印象がある。
 もちろん、「ラ・ジュテ」は「フォト・ロマン」と呼ばれた独特の演出によってつくられた作品として有名なわけだけれども、ある意味簡潔、シンプルな演出はどうしても、この作品が「12モンキーズ」の原形なのだという意識のもとで観られてしまうことを、さまたげるものではないように思える。しかし、常識的な観方とはいえ、やはりこの作品のナレーションのいっしゅ独特の美しさ、そしてスチル映像のモンタージュの、ハッとするような美しさに、聞き惚れ、また見惚れてしまうことだけは、「12モンキーズ」の存在もこれをさまたげることはできないものだろう。

 震災後の現状を思い浮かべながら、悲痛な気もちとともに観た。




 

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/crosstalk/20110817

■ 2011-08-16(Tue)

 ニェネントが、部屋のなかをのっそりとわがもの顔で移動している。わたしがいようといまいとかまわないような動きに見えるけれど、それでもわたしが家のなかで移動するたびにわたしをフォローしてじぶんのポジションも移動し、そのうえでちいさな範囲で動きまわるわけで、ニェネントはわたしのフォロワー、なのである。
 わたしが家にいるときはエアコンを効かせたりしているから涼しいだろうけれど、出かけるときにエアコンのスイッチは切ってしまうので暑いだろう。ネコがどのくらい暑がりなのか知らないけれど、犬のように舌をだらりと出してハアハアやるわけでもない。なんとなくネコは寒がりなのだという通念があるというか、「雪やこんこ」と歌われる歌でも犬は喜んで庭をかけまわっちゃうけれど、ネコはコタツで丸くなってしまうのである。きっと冬よりは夏に強いんじゃないかと勝手に思ってしまっているけれど、さいきんのニェネントがあまりたくさん食べないのはいっしゅの夏バテなのかと、多少はしんぱいになったりもする。とにかくネコ缶しか食べないし、出してあげた分ぜんぶ食べてしまうこともなくネコ皿に残してしまう。ネコ缶のなかみというのはミンチみたいなものだからものすごいスピードでいたんでしまい、けっきょく捨ててしまうことになったりするのである。飼い主がじぶんの食べ残しを捨てたりということをまるでしない経済生活をおくっているのにとんでもないことだと思い、あまり甘やかしたりはしたくないのだけれども、食べないものはしかたがない。いっかいに出してあげる食事量を少なくするしかないのである。

 高校野球などを見ていると、勝った方のチームの校歌などがかならず流されるわけで、これは私立の学校にとってまたとない宣伝の機会にもなるということなのか、およそわたしなどの通念にある校歌らしくはない音楽を聴くことがけっこうある。「なにこれ」と思ったら作曲が南こうせつだったりして、このあいだ聴いたのは作詞が大林宣彦で作曲が久石譲などというものだった。ま、ご詠歌の延長のような辛気くさい校歌なんかよりよほど。

 またヴィデオを一本観て、「レンブラントの目」は睡眠剤として寝てしまう。


 

[]「スローなブギにしてくれ」(1981) 藤田敏八:監督 「スローなブギにしてくれ」(1981) 藤田敏八:監督を含むブックマーク

 むかし、元妻といっしょに観た記憶があるというのがヤバい作品である。そのときわたしはこれはとっても面白いと思ったものだったけれど、元妻は「最初はつまんない映画だと思ったけれど、だんだん良くなった」という感想なのであった。こんかい久しぶりに観て、わたしもそう思ってしまったよ。‥‥それは、映画の内容とも合わせて、なおいっそうヤバいんじゃないの、ということになる。

 たくさんのネコちゃんたちが乱暴に放り投げられて、ネコちゃん危機一髪!というシーンが満載ということもこまった映画で、やはりネコはもうちょっとだいじにあつかってほしいところであるし、もしもネコをつかんで放り投げるなら、「流れる」の岡田茉莉子のような、すさまじくもみごとな投げ方をみせて(魅せて)ほしいものである。

 そういうことはさておいて、どうしても藤田敏八監督の70年代のあれこれの作品の、それから二十年はたったあとのすがたという空気もあって、ところがその70年代からはまだ十年もたっていないわけだから、藤田敏八監督はその時計を進めすぎたということになる。藤田監督のその後のキャリアを考えると、そうなっちゃうのかな、という感想ももってしまうので、このあたりはちょっと悲しい(悲しいというのは、先日亡くなられた原田芳雄氏をはじめ、伊丹十三氏、鈴木ヒロミツ氏、室田日出男氏、古尾谷雅人氏などという、今はもうこの世にいらっしゃらない出演者の方々が多すぎることでもある。そこまで古い映画でもないのに)。前半の、おそらくはこの時代の空気だったであろうAOR(アダルト・オリエンテッド・ロックの略で、こういうものがクリスタルに流行ったのだった)がBGMに流れると似合いそうな、けだるくも退廃的な空気にはさすがにげんなりしてしまう。彼女のせいじゃないけれど、赤座美代子が、イヤ、だな。ただ、70年代に発見された秋吉久美子を追っての、(少なくともこの作品での)浅野温子という「発見」は、これはやはり成功だと思う。

 けっきょく、山崎努の演じる、行くところのなくなった中年男に思いきり感情移入してしまうことになるわけで、ラストに海からムスタングが引き上げられてくるシーンはよかったんだから、そのラストはごたごたやらないで簡潔にみせてほしかった気はする。南佳孝に、「弱いとこを見せちまったね 強いジンのせいさ お前が欲しい」などと歌われると、まあたしかにじぶんのはずかしいところを見せつけられるような気分にはなってしまう。ただ、ソルティドッグは、ジンベースではなくってウオッカベースだけれどもね。




 

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/crosstalk/20110816

■ 2011-08-15(Mon)

 きょうはしごとは非番で休み。きのうはしごとのあとほとんど寝てばかりいたけれど、きょうもまた寝てばかりいる。

 いまごろになってもまだ、あの震災のことはぜんぶ夢で、ふっと目が覚めたら三月のまえの世界からそのままものごとは継続されていて、壊れたり失われたりしたものはなにもない世界に戻るんじゃないかと思うことがよくある。いまいるのは、長い長い悪夢のなか。

 震災後、じぶんのメンタリティとして、危機的状況への想像力が敏感になったとは思っていた。そのことで、たとえばいろいろな表現のなかで「震災以後」という表現の可能性はあるように思っていたけれども、じつはここに危ういぶぶんもあるのではないかと、このところ考えるようになっている。さきの阪神大震災後のひとびとの反応にふれて、中井久夫氏は「震災という名のプリズム」ということを書いていて、それを読んだときのことはわたしのこの日記にも書いたけれど、その「プリズム」はいまなおしっかりと存在しているのではないか。それがたんにメンタリティを越えて、たとえば個人的信念、政治的態度においてよけいに、「プリズム」として機能しているのではないかと考える。つまり、さいきんのRight Wing のひとたちの行動について、ネットなどで読んでもあきらかに過激になってきている。もちろんRight Wing のひとたちに限らず、「過激さ」ということはその「震災」というプリズムによって拡大されているのではないかと思う。じぶんがそのプリズムのなかで、浮かされた気分になってしまっているのかどうか、たとえそれが表面的には「過激」な方向には向かっていないにせよ、とにかく冷静に、自省しなくっては。

 「レンブラントの目」がなかなか読み進めない。読みはじめるとすぐに眠くなってしまう。こんしゅうは50ページも読めていない。ヴィデオは一本観た。


 

[]「手討」(1963) 田中徳三:監督 岡本綺堂:原作 「手討」(1963) 田中徳三:監督 岡本綺堂:原作を含むブックマーク

 市川雷蔵主演の大映映画。ちょうどせんげつ観た「大江戸五人男」を補完するような作品で、つまり「大江戸五人男」では悪人集団のように描かれた、江戸初期の旗本たちの視点から彼らの苦渋を描いたもので、こちらにも「番町皿屋敷」が織り込まれている。というか、こちらは岡本綺堂による戯曲をもとにしており、これは意外にも怪談ではなく、旗本の青山播磨(市川雷蔵)と腰元のお菊との悲恋物語として書かれているもの。脚色はその「大江戸五人男」の脚本にも参加していた八尋不二で、なるほどね、という感じである。岡本綺堂版の「お菊と播磨」の背景に、旗本の置かれた状況をうまくミックスさせ、つまり、旗本の狼藉の責任を取らされて切腹を申し付けられた青山播磨は、その切腹のまえに道連れのつもりで、まあ皿を割ったことを口実にしてお菊を手討ちにするのである。お菊の方は播磨の愛情を確かめたくてわざと皿を割っている。精神的には心中ですね。

 物語。まずは上覧能の席で、ひとりの旗本が退屈のあまり大あくびをしたのをとがめられ、これがまあ旗本と大名の対立のなか、切腹を申し付けられるわけで、このさいしょに切腹する旗本を若山富三郎が演じていて、これが豪快な切腹。ここのものものしくも壮大な演出は、とっても見事であります。ラストの青山播磨がお菊を手討ちにするシーンも、桜の枝がぱらりと切り落とされるイメージショットを挿入され、ここはちょっと大島渚の「御法度」を思い浮かべた。でも、それ以外のドラマはちょっとアップ映像の多用がすぎる気がしたし、これはどうでもいいことだけれどもどうしても書いておきたいんだけれども、お菊の兄の役で当時のコメディアンでブイブイいわせていた佐々十郎が出ていて、これは料理人というか包丁職人という設定らしいのだけれども、その彼が包丁を使うシーン、しろうと目にみてもあまりにあぶなっかしくって、ひやひやしてしまう。おそらく生まれてはじめて包丁を手にしたのだろうけれども、演技指導とかダメ出しとかしないんだなあと、みょうな感心をしてしまった(まあ本筋の悲恋物語とは関係ないからね)。




 

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/crosstalk/20110815

■ 2011-08-14(Sun)

 目覚しの音で目が覚める。外はまだまっくらで、つまり午前四時。ものすごく眠くって、これからしごとになど行きたくはないと思うのだけれども、そういうわけにもいかないので気もちをふるいたたせてベッドから出る。さくやはかなり飲んだ記憶があるけれど、そんな二日酔いというような状態ではない。とにかくきょういちにちがまんすればあしたは非番の休みなのだからがんばろうと、軽くシャワーを浴びて気分をしゃんとさせて家を出る。

 もうお中元のシーズンも終わったはずで、しごともひまになってもいいはずなんだけれども、なぜかしごと量はいつまでも多いまま。お中元の品物のような小さなものはさすがに少なくなり絶対的な個数は減っているのだけれども、みょうに大きな品物が増えたわけである。疲れる。

 帰宅してTVで高校野球を観たりヴィデオを観たり、まったりとときを過ごす。


 

[]「スコルピオンの恋まじない」(2002) ウディ・アレン:脚本・監督・主演 「スコルピオンの恋まじない」(2002) ウディ・アレン:脚本・監督・主演を含むブックマーク

 わざわざ設定を1940年ということにして、その時代の娯楽映画の演出を彷佛とさせるような作品に仕上げている。催眠術で意中の異性をなびかせたいというというのはいかにも童貞少年的な夢想だけれども、この作品ではおたがい犬猿の仲のふたりがパーティーの余興の催眠術によって、あるキーワードを聴くとその相手に惹かれてしまうということになる。まあこの催眠術が宝石泥棒とからんでくるわけで、たんじゅんなラブストーリーというわけではない。

 多くの場面で舞台になる保険会社のオフィスで、ウディ・アレンが移動しながらそれぞれのデスクのまえでさまざまな無駄口をはさんでいくというような展開はどうもビリー・ワイルダーっぽいわけで、ウディ・アレンのキャラもジャック・レモンっぽいように思えてしまう。そうするとさすがにもう普通に「おじいさん」役が出来るだろうウディ・アレンに、これだけモテモテの役をあてがってしまうという演出の神経が、わたしにはどうもよくわからないわけで、わたしはやはり、こういうところのウディ・アレンの神経も好きになれない。


 

[]「名もなく貧しく美しく」(1961) 松山善三:監督・脚本 「名もなく貧しく美しく」(1961) 松山善三:監督・脚本を含むブックマーク

 わたしはずっと、この作品の監督は木下惠介だとばかり思い込んでいて、観ているときも、観終わってからもしばらく、そう思い続けていて、「なんだ、木下惠介もいい作品を撮るじゃないか」などと勝手なことを思っていた。

 この作品は脚本家・松山善三の監督デビュー作で、すでに妻であった高峰秀子、そして小林桂樹のろうあ者夫婦と、その血縁者らの戦中戦後の歩みを描いたもの。健常なものにはないハンディを背負ったふたりは、「ともに支え合って生きて行かなければならない」と、より強い夫婦愛、家族愛をめざすことになる。やはりわたしにはいちど家を飛び出す高峰を小林桂樹が追い、列車のなかでひとつ車両を隔てた窓ガラスごしに手話で長い会話をするシーンがすばらしかった。この会話の終りに高峰が小林にのこした手紙を小林が破き、鉄橋を通過する列車の窓から捨てる。美しかった。
 親のハンディを受け入れられずに反抗的になる息子がいつのまにか「いい子」になってしまっていたり、戦中に高峰がめんどうをみた戦災孤児の男の子の存在の意味がよくわからなかったりはしたけれど(ただ単に高峰の交通事故のきっかけのための存在にみえてしまう)、夫婦愛にも家族愛にも無縁なわたしは、つまり「いいなあ」と思いながら観てしまったわけである(タイトルの趣味はあまり好きではない)。




 

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/crosstalk/20110814

■ 2011-08-13(Sat)

 きょうは、Fさんが銀座のギャラリーでパフォーマンスをやられるというメールをいただいていたので、これを観に出かけることにしている。あさは最近のようにしごとがいそがしく、また最近のように暑い。しごとを終えてから出かけるのだけれども、もうへばってしまっていて、体力を回復するのにじかんがかかる。予定外に昼食も家で済ませてから出かけ、これでもなんとか四時からの二回目のパフォーマンスにはまにあうだろう。ジリジリと焼きつけるような陽射しのもと、電車を乗り継いで有楽町まで。

 予想外に早く到着して、まだ三時をすこしまわったあたりで古いビルの地下にある小さなギャラリーに着く。ギャラリーのまえにFさんやGさんが待機しておられるのにあいさつして、先に展示を観させていただく。舞台照明なども手がけておられる美術作家の方の作品(インスタレーション)ということで、六帖ほどのあまり広いとはいえないギャラリーのその白い壁面をスクリーンにして、プロジェクターからの光で手まえに置いてある鳥かごなどの影を投影する。プロジェクターからは上からひらひらと舞ってゆっくりと落下する鳥の羽根の影の映像が投射され、その鳥かごの影と重なって見える。正面の壁面には白く塗られた大きな額縁が置かれていて、そのなかにやはりプロジェクターからモノクロの写真が投影されたり。キリッとした美しい清楚な空間。
 まだじかんがすこしあるので、あたりをぶらついてみる。以前よく行ったことのあるギャラリー、そしてときどき行ったことのあるおもむきのあった食堂など、その姿が見あたらなくなってしまっていた。ほんとうにしばらくこのあたりには来ていないので、わたしが場所を勘ちがいしているのかもしれないけれど、どっちにせよ知っていたスポットが見つからないのはなんだか淋しい。

 ギャラリーへ戻り、そのせまいスペースに二十人近い観客がはいっての、Fさんら三人の出演するパフォーマンスがはじまる。音楽はHさん。白い壁の部屋のなかに拡がる、たゆたうようなことばと身ぶり。プロジェクターの光源から壁に写されるろうそくの炎の影が美しい。雰囲気はちょっと「去年マリエンバートで」。

 パフォーマンスが終わったあと、皆は近くでちょっと飲むというのでもちろん参加する。久しぶりにお会いする方たちばかりで、考えてみれば皆、地震のまえにお会いして以来になる。IさんJさんKさんなど。おおぜいで飲むのが楽しいのでついついおそくまで飲んでしまい、最終に間に合わなくなりそうであわてておいとまする。このあたり、ちょっと飲み過ぎで記憶はもうろうとしてしまっている(そんなに酔っていたというわけでもないと思うけれども)。ちゃんとあいさつなどしてお別れしたのか心配。

 有楽町の駅まで急ぎ足で歩くけど、もう九時半は大きくまわっている。これはひょっとしたらもうローカル線の最終に接続される電車には乗れないんじゃないかと危惧する。ようやく駅から電車に乗ったときにはもうその危惧はげんじつのもので、どんなにがんばっても間に合わない。いぜんだったらもうこういうときにはどこかに宿泊してしまうのだけれども、あしたのあさはしごとがある。これは東京からの始発電車に乗っても間に合わないことになっている。これはどうしても帰らなければならないので、いままでやったことのないさいごの手段、新幹線に乗車するという技を使う。財布のなかみが心配だったけれども、どうやらギリギリ大丈夫なようで、十時半ちかくに上野を出る新幹線に乗る。‥‥なんだ、なぜいままで新幹線という手段を使わなかったのか。特急料金は二千円かからないし、あきらめて宿泊するよりもよほど経済的負担は少ない。まああくまでも普通電車だけを利用することをこころがけるのはもちろんのことだけれども、非常のときにはこういうことでもかまわないではないか。
 新幹線のなかでゆったり、本を読んだりしながら帰宅。


 

[]「半七捕物帳 巻の四」(1)岡本綺堂:著 「半七捕物帳 巻の四」(1)岡本綺堂:著を含むブックマーク

●「異人の首」
 幕末ならではの犯罪で、攘夷の志士をかたる無頼漢らが、その攘夷の軍資金名目で商人らから金をまきあげるというのはじっさいに江戸を横行したらしい。しかしこの事件の手口は「まずこいつを血祭りにあげた」ということで外国人の生首を持ち出すというものだから物騒である。そりゃあホンモノの生首なのか? というわけで半七らは横浜へ飛ぶ。不良外人もからむチンケな犯罪ではあった。

●「一つ目小僧」
 小鳥屋が引っかかった詐欺もどきの犯罪。鶉(うずら)というのが一羽で十五両という値がつくような鳥だとは知らなかった。詐欺の手口は「雨月物語」の「蛇性の婬」を思い浮かべさせられる。怪しい女性(にょしょう)が現われるわけではなく、かわりに一つ目小僧が登場する。

●「柳原堤の女」
 神田の柳原というところにある小さな堤に、毎夜のように怪しいおんなの姿があらわれるという評判が立ち、肝試しに夜なかに出かけたものは暗やみで誰かにとつぜんひっぱたかれたりする。狐のようなけものもあらわれるようでもあるけれど、そこに薄幸の女性の悲恋の物語があると。岡本綺堂はこういう話がうまいのです。

●「むらさき鯉」
 これはわたしの好きな一編。神田の江戸川(葛飾の江戸川とは違う)という川は「御留川」、つまり殺生禁断、網を入れることも釣りをすることも禁じられていたそうで、その川で鯉を釣っていた男にまつわる奇怪な事件。男の留守にびしょ濡れの見知らぬ女がたずねて来て、留守番の妻に「昨晩不思議な夢をみたもので」と、つまりはお宅に鯉がいるのではないか、その鯉は高貴な鯉で、その命はお宅の旦那の一存にかかっていると。さらにこれとは別に、その旦那は帰宅して妙なことを妻に口走る。


 

 

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/crosstalk/20110813

■ 2011-08-12(Fri)

 また、「あつい」「いそがしい」のリピート。世間はそろそろ盆の入りということで、スーパーに行ってもそういうお供え物の野菜果物などがいっぱい並んでいるし、ホームセンターには盆ちょうちんに淡い灯がともされて置かれていたりして、この盆ちょうちんというものには幼いころの追想もかさなるし、見た目にも涼しげな感じを受けるものだと思う。

 そろそろお盆ということで、それではわたしの心霊体験のラストワンを書いておきましょうか。例(霊?)によって、大したお話でもありませんが。

 これはもう十何年かまえ、時期としてはちょうどいまのころだけど、焼津に住んでおられたEさんのところへ遊びに行き、二、三日泊めていただいたときの体験である。
 その泊めていただいた部屋がお仏壇の置かれた二階の部屋で、お盆ということでご位牌などの置かれる場所もふだんとは違っていたのかもしれない。とにかくふとんのわきにすぐお仏壇があり、その手前の方にご位牌と供え物が白い布の上に置かれていたと思う。食事などは一階の居間でEさんとEさんのご母堂さまといっしょにいただき、そのあとはEさんと話し込んだりしていたのか、それとも夜の焼津の町を案内してもらったのか、とにかくずいぶん遅くなってからEさんに案内されてその二階の部屋へ行き、わたしはその部屋のふとんでひとりで寝たわけである。

 それでまたわたしは夜なかに金縛りにあい、ぴくりともからだを動かせない状態になってしまったわけである。目ははっきりとさめていて、じぶんのすぐわきにお仏壇やご位牌が置かれているのは視界にはいっているわけである。とにかく金縛りで動けない、まいったなあと思っていると、またわたしのあたまに強烈なヴィジョンが現われ、それはあたまを動かせないわたしには見えるはずのない光景なんだけれども、そのわたしのあたまの側、下から通じている階段のそのいちばん上の段あたりに男の人が立っているのである。髪を角刈りっぽく短くした、頬のこけてやせた初老の男性で、白地に紺の縞模様の入った、ちょっと丈の短い浴衣を着ておられ、深夜だから真っ暗なはずなんだけれども背後には明るい光があり、その男性の輪郭がはっきりと浮かび上がっている。その逆光のせいで、顔の表情などはわたしには見えない。男性はちょっと斜めを向いたような体勢で足を開き、左腕を上にあげて階段の壁にその手をついている。
 先に書いたようにこれはわたしに見えるはずのない光景なのだけれども、そういう男性の姿をはっきりと、神経のどこかで認識してしまったわけである。こわかったかというと全然そういうことではなく、わたしとしては「あららら」という感じであった。

 そういうヴィジョンに囚われた状態というのは長いじかんではなく、たぶん二秒だか三秒くらいのものだと思うけれど、とつぜんにわたしはそのヴィジョンから解放される。するとまさに現実の光景として、寝ているわたしの目から見える現実の光景、部屋の天井やお仏壇などが薄暗やみのなかで認識できるようになるのだけれども、その視界の片隅、天井に近い空中を、まさに青白い丸い光が宙に浮いて見えたわけである。その青白い光はそれほど遅くないスピードでまっすぐにわたしの視界をよぎり、お仏壇の方へと進んできた。そして、はっきりとわたしの見ているまえで、ご位牌を中心にして渦を描いて進み、その位牌に飲み込まれるようにして、ご位牌のなかに消えてしまった(それは、とっても美しい情景ではあった)。
 ここでわたしもようやく金縛り状態から解放され、からだを動かせるようにはなったわけである。やはり恐怖感というものはまるでなく、わたしの見たヴィジョンとしての浴衣姿の男性はきっとEさんのお父上だとか祖父にあたる方だったのだろうと想像し、「お盆だというのに仏壇の部屋に見知らぬ男がふとんを敷いて寝ているので驚かせてしまっただろうな」などと考えていた。そのときは「お会いしてしまったなあ」とか思っていたけれど、こんな夜なかにそのことで大騒ぎしても仕方ないし、その夜はそのまままた寝てしまったのであった。

 翌朝になって、もちろんEさんに「お父さんだかがいらっしゃったよ」と、ことの次第を伝えたわけである。Eさんは「そうか、来たのか」といったっきりで、昨夜のわたしの体験についての会話は、それですべてになってしまった。まずはなにもわたしがお客としてお邪魔しているところで「霊」だとかなんだとかごちゃごちゃ語るのもはばかられるような気もしたし、そういうことがあったと最低限の情報をつたえれば、それでEさんにはくみとれることもあっただろうし、もっとくわしく聴きたいと思えばEさんは問い返してくるだろう。それはわたしに直接かんけいのあるはなしではないだろう。
 まあわたしとしては「あの部屋で寝ていて失礼だったのではないか」ぐらいのことはたずねたと思うけれど、それで翌日から部屋を替えてもらったとかいうのでもなかったし、それからしばらくの滞在で、そのような体験は一度きりのことだった。

 あとになって思い出してもこれは興味深い体験だったと思うのだけれども、だいたいわたしは不信心というか、お盆という習慣や、位牌というものの存在について深く考えたこともなく、お盆には亡くなられた方がその時期だけ戻ってこられるとか、その魂の宿るのが位牌なのだなどということについて、「ひとはそういうことをいうらしい」以上の認識などもっていないわけで、ちょうどあの時期がお盆だったからとか、目のまえにご位牌があったからとか、じぶんがそういう暗示でそんな幻覚をみてしまったとはじぶんのなかで考えにくいところがあって、あとになって「やはりあれはお盆の時期だったからなんだろう」とか、「ほんとうにご位牌には霊的なものが入って行ったりするものなんだ」と、じぶんの体験を驚いてしまうだけだったのである。


 

[]「ファニー・ガール」(1968) ウィリアム・ワイラー:監督 「ファニー・ガール」(1968) ウィリアム・ワイラー:監督を含むブックマーク

 バーブラ・ストライサンドの主演でヒットしたミュージカルの映画化で、やはりもちろんバーブラ・ストライサンドの主演。いったいどうしてこのしごとがウィリアム・ワイラーのもとに転がり込んできたのか知らないけれど、ワイラー監督らしい空間の拡がりを感じさせる演出で、これはこれで楽しめる作品だった。とくにバーブラの相手役に、いっしゅ天性の賭博師みたいな役を演じるオマー・シャリフが配されているんだけど、この、ニコニコしているばかりで何を考えているんだかよくわからない男を、オマー・シャリフはよく演じていたと思うし、つまりあくまでもバーブラ・ストライサンドが主役中の主役というこの作品で、彼の演技も監督の演出も作品に見合ったものだっただろうと、わたしは思う。

 作品がはじまってすぐに、バーブラが鏡に写ったじぶんの姿をみて「ゴージャス・ガール」とじぶんを呼ぶシーンがあったと思うけど、とにかくそういう意味で、いかに彼女をゴージャスに見せ、作品全体をいかにゴージャスなものに仕上げるかということに演出姿勢は一貫していたように思う。それをつまりは「ブロードウェイの舞台では出来ない、映画ならではの表現で見せよう」というような作品だったのではないかと。とくに、前半のラストに唄われる「Don't Rain On My Parade」での、ふたつの空中からの撮影、ひとつは走行する列車を俯瞰撮影して近づいて行き、車窓内にみえるバーブラの姿をしばらく捉えるショット、もうひとつも同じようなものだけれども、自由の女神像のそばを航行する小さな船をカメラが追って行き、そのキャビンに立つバーブラの姿をほとんどバストショットぐらいまでアップで捉えるショットなど、やっぱりみていて「うわぁ」という感じである(そのちょっとまえの、夕陽をバックにしたバーブラとオマーのラヴ・シーンもいいのである)。



 

 

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/crosstalk/20110812

■ 2011-08-11(Thu)

 きのうのじかんを巻き戻してまた再生したようないちにちで、暑いし、しごとはいそがしい。それでも夕方からは空が曇って、遠くで雷鳴がひびいている。TVのニュースによるとこのあたりからちょっと東にいったあたりではげしい集中豪雨になっているらしい。雲の範囲がせまいせいか、西の夕陽を雲が反射して空が一面すっかりオレンジ色に染まる。

 ニェネントをかまって遊ぶけれど、ニェネントのまえで手を振って注意を引きつけても、いぜんのように耳をキュッと横にして身を伏せて、目がグンと寄り目になるようなことをしなくなった。もう子どもじゃないのよ、ということですか。ニェネントというのは飼いネコのせいなのか、つねに周囲に警戒して動いているわけでもないようで、わたしのすぐそばを通り抜けるときなどにわたしがニェネントの胴にタッチしたりすると、ふいをつかれてびっくりして、ピョンと跳び上がるのである。いちどはその場で50センチぐらい跳び上がったりして、そのさまが見ていてみごとでもあり、愉快でもある。

 よるはTVでほんとうに久々に「ブラタモリ」を観る。こんやは「渋谷」の特集だけれども、江戸時代までは渋谷なんてつまりは田んぼだったので、そういう土地の歴史みたいなものは渋谷川の過去をたどるぐらいのもので、ちょっともの足りない。あとはまじめな「社会見学」である。ただ、「水琴窟」というものをわたしはまったく知らなかったので、お勉強になりました。どこか、水琴窟のあるところに行ってみたい。


 

[]「エクスペンダブルズ」(2010) シルヴェスター・スタローン:監督 「エクスペンダブルズ」(2010) シルヴェスター・スタローン:監督を含むブックマーク

 わたしは有名な俳優でその作品をまるで観たことがない、というようなケースがふたつぐらいあって、それは石原裕次郎とシルヴェスター・スタローン、だったわけだけれども、きょう、ついにシルヴェスター・スタローンを観てしまった。やっぱり観なければよかったな。残る石原裕次郎は、これからもなんとか観ないようにがんばってみよう。

 ‥‥演出もいちおう、シルヴェスター・スタローン名義になっているけれど、まあこれはきっと「ボーン・アイデンティティー」なんかのポール・グリーングラス風の演出スタイルをまねているわけで、めちゃ細かいカット割りだとか、スローモーションではなく早送り気味の映像の多用だとか、つまりはスタイリッシュな映像にしたかったんだろうな。しかしそうするとせっかくのあれこれのスターの共演、そのスターのアクション・シーンがじっくりと観られなくなるわけで、いったい誰がどういうふうに動いているのかわからない。何のためにこのメンツをそろえたのか、ということになってしまう。しかもストーリー展開はめちゃ粗いというのに、遊びの部分ではそんなスターたちにじっくりと遊ばせている。つまり、本筋やメインのアクション・シーンを一所懸命追いかけて観るひつようはまるっきりなくって、余興のようにはさみこまれているゲストらの「お遊び」さえ楽しめば、それでいいのだ、という作品なのだろう。



 

 

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/crosstalk/20110811

■ 2011-08-10(Wed)

 いちどは台風に寄り切られてどこかへ逃げていたはずの「夏」の、復讐劇という感じになって来た。おまけに、お中元シーズンが終わって一段落したはずのしごとの方も、なぜか異様にいそがしくなってしまった。ふだんいちにちに二便到着するだけの荷物が、臨時便が出されて三便になった。まさにひたいから汗を流しながらのしごとになる。
 それでしごとを終えるともう、いちにちのカロリー消費のほとんどを終えてしまった感じで、帰宅してもなにもしないでベッドで本を読んでいるわけで、そのまま昼寝に突入してしまう。外に出ると焼け死ぬので、しごとから帰ってからはもう一歩も外に出ないで過ごす。昼食は作りおきのバジルソースでちょっとインチキなバジリコ・スパゲッティ。夕食はこれもまえに炊いてあったごはんのお茶漬けですませる。冷してある日本酒をちびっと飲みながら、ヴィデオなどを観る。まあこんなもんでしょう。

 ニェネントはほんとにネコ缶しか食べないのだけど、まだドライフーズの在庫がかなり残っているので、ネコ皿にはドライフーズをいつも盛っておく。なるべく食べてほしいんだけれどもニェネントはそんなもんに目もくれないでネコ皿をまたいでいく。それでもときどきはどういうわけかすこし食べた形跡があったりする。別にネコ缶を出し渋った結果で食べるものがなくなったから、というわけでもなく、さっきネコ缶食べたばかりじゃないかというタイミングでドライフーズ食べていたりする。それで、さいきんに限らず以前からそうなのだけれども、わたしが台所に立つとニェネントもやって来て、おなかがすいているときには「なんかちょーだい!」とわたしの顔をみてニャアニャアなくわけだけれども、とくにおなかがすいていないらしいときにはそうやってないたりはしないで、さいきんはネコ皿にあたまをつっこんでドライフーズをぼりぼりかじったりするようになった。「ほら、ちゃんとドライフーズもちゃんと食べてるでしょ!(マズいけど)」とアピールしている感じである。



 

[]「アンツィオ大作戦」(1968) エドワード・ドミトリク:監督 「アンツィオ大作戦」(1968) エドワード・ドミトリク:監督を含むブックマーク

 どうもノルマンディー上陸作戦のかげにかくれて、こちらヨーロッパ南側のローマ解放までの戦史というのはわたしも全然把握してないんだけれども、つまりは1944年1月の連合軍のアンツィオ上陸から、その6月のローマ解放まではなかなかきびしい戦いであったようである。

 この映画「アンツィオ大作戦」はそういうアンツィオの戦いの全貌を俯瞰するような作品ではなく、連合軍が上陸後に満を持して(持しすぎたのだけれども)さいしょにかけたレンジャー部隊の攻撃の失敗、そのレンジャー部隊に参加して生き残った従軍記者(ロバート・ミッチャム)ら七人の兵士の運命を中心に描いたもので、その生還したロバート・ミッチャムらの情報によってローマが解放されるまでは、映画の上ではわずか一分ぐらいですんでしまう。けっきょくこの作品で知ることができるのは、連合軍は指揮官のあまりの慎重さのためにみすみすドイツ軍に態勢を整えるじかんを与えてしまい、そのファーストアタックで大敗北を喫してしまう、というくらいのものでしかない。映画ではそのレンジャー部隊はずいぶんと戦死しているけれど、Wikipedia の「アンツィオの戦い」をみると、このときのレンジャー部隊767名のうちなんと743名が捕虜となり、帰還したのはわずか6名ということになっている。まあほとんどの兵士が帰還できなかったというのはまちがいではない。映画の戦闘シーンの大半は、その帰還をめざす7人の兵士の彷徨と戦闘を描くもので、これはTVドラマでヒットした「コンバット」の焼き直し、みたいな感じで、「大作戦」というタイトル(邦題)には「だまされた」という気がする。まあ「アンツィオへぼ作戦」という感覚ではある。

 登場人物の内面描写についてはほとんど、主人公のロバート・ミッチャムと、疾病をかくしてまで従軍している軍曹のピーター・フォーク(彼も今年他界された)、このふたりのパーソナリティーを描くだけで、けっきょくはロバート・ミッチャムがその従軍体験でいったい何を見極めようとしているか、ということが主題になり、そのテーマをピーター・フォークらの存在が補強するわけである。めでたく帰還したロバート・ミッチャムはその答えらしきものをみつけ、語ったりもするわけだけれども、「アホかよ!」という感じである。トータルにいえば、「戦場には(日常では体験できない)生の充足があるもんな。戦争は面白いよ!」ということらしい。負けました。それじゃあアメリカがこれからのちもヴェトナムでも中東でも戦うわけだ。そうそう、靴職人の方の気分を害するだろうセリフもあるので、きっと靴職人の方はこの映画は見ない方がよかっただろうな、などと思う(いまさら手遅れだけど、「それなら」と、靴職人の職を捨てて従軍したひとがいなかったことを祈る)。



 

 

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/crosstalk/20110810

■ 2011-08-09(Tue)

 きのうあたりから、また夏が戻ってきた。陽がジリジリと照りつけ、青空が高い。洗濯物を室内に干してもすぐに乾いてしまう。こういうときこそエアコンに活躍してもらうけれども、また食欲が落ちてしまい、プチ夏バテがやってくる。TVで高校野球などをみて、これでスイカにでもかぶりついたりできれば「日本の夏」という感じになるのだけれど、スイカなどというものはもう何年も食べていない気がする(ひとり暮しでスイカをまるごと一個買ったりしたら、それはたいへんなことになってしまう)。

 きょうはしごとは非番。午後から暑い陽射しをあびながら図書館へ行く。図書館は冷房も効いていて、天国のようである。いちにち図書館で本を読んで過ごすというのも悪くはないけれど、ニェネントのすがたを見ていたいし、ヴィデオを観たいというのもある。「半七」の四巻めと今村夏子の「こちらあみ子」、それと「レンブラントの目」は延長で借りてくる。帰宅してからヴィデオを一本観た。

 

 

[]「愛と青春の旅だち」(1982) テイラー・ハックフォード:監督 「愛と青春の旅だち」(1982) テイラー・ハックフォード:監督を含むブックマーク

 現代は「An Officer and a Gentleman」と、これは教訓的なタイトル。邦題は「愛と青春」などというシリーズ邦題の口火を切ったわけである。
 冒頭から「フルメタル・ジャケット」の訓練シークエンスを彷佛とさせられるわけで、リチャード・ギアのちょっと反抗的でスレた造型もまた「フルメタル・ジャケット」のマシュー・モディーンにかぶってみえたりするけれど、「フルメタル・ジャケット」が「軍隊教育を通じて人間性を捨てて<タフ>になる」という作品だとすると、こちらはぎゃくに軍隊教育を通じて人間性を獲得するというストーリー。レーガンが大統領だった時代の保守気分全開である。ちょっとした<ワル>でもりっぱな軍人になれる、居場所のないにんげんにもここに居場所がある、と。

 ものすごティピカルな展開がつぎつぎと連なって行く作劇だけれども、演出がとくにいいわけでも撮影がいいわけでもない。よくわからないけれどもこりゃあ編集がいいんじゃないだろうか。どの挿話もユニークなものではないけれど、その積み重ねがみごとという感じで、なんとなくどんどん<いい子>になっていくリチャード・ギアに肩入れして観てしまう。精神的に「人生を転落して行く」ドラマの真逆というのもやはり魅力的、ということなのだろうと思った。

 彼女役はデブラ・ウィンガーだけれども、その母親役をやっていたのは、ツインピークスのローラ・パーマーの母親役でもあったグレイス・ザブリスキーだった。


 

 

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/crosstalk/20110809

■ 2011-08-08(Mon)

 線路を越えたところの駐車場、車のほとんど駐車していないその駐車場のアスファルトの上に、一匹の犬が寝そべっていた。というよりも、倒れていた。ひさびさに戻ってきた夏の暑い陽射しの下、その犬はぴくりとも動かない。呼吸している気配もない。ちょっとまわりこんで、道からは見えないその犬の顔をのぞきこむと、うすく目は開いて黒目が見えているけれど、それが何かを見ているとは思えない光のない目をしていた。足のあたりの毛がみょうに乱れていて、それがその犬がすでにもう生きていないか、そうでなくてもじきに死んでしまうことを示しているようにみえた。首輪をしていないので、このあたりにまだときどきはみかけることのある野良犬の一匹なのだろうと思った。和犬の血をひいた顔つきが愛らしくみえたけれど、もうわたしにはなにをすることもできはしない。ただただ、悲しい光景。

 図書館から借りて読んでいた分厚い本、「レンブラントの目」は、もうとちゅうで貸し出し期間中に読み終えられないとあきらめて、ほかに借りている二冊を集中して読んで返却することにして、とりあえずあしたの返却日に間に合わせて読み終えた。「レンブラントの目」はもういちど借りなおして読了をめざす。まあ図書館の貸し出し期間なんて、りちぎに守らなければならないようなものでもないけれど、ダラダラと借り続けるというのもクセになってよろしくない。「この期間のうちに読み終えよう」という目標があるのは、いいことだと思う。

 きのうおとといと舞台を観て、それでこれからの公演などのチラシもあれこれと受け取って目を通し、やはり「秋」というか、観たいと思うものがあまりにめじろ押しなので、「どうしようか」と迷うわけである。観たいものをあれもこれも全部観られるという身分ではないが、九月はじゃっかん経済的な余裕はあるというのがまた、困ったところではある。
 これから観る舞台、観たい舞台を覚え書き的に記録しておく(忘れてしまうことがあるので)。

●少年王者舘「超コンデンス」8/25〜8/30(「キッカケ」いのちの、それでも演劇的にはまるで鍛練されていないような、なかなか強靭な身体による日本流シュルレアリスム演劇? これは年中行事なのでかならず観に行く)
鉄割アルバトロスケット「鉄割あっ!」9/1〜9/4(彼らも、「演劇的身体」とはまったく別のところで、強靭な舞台上の身体を信条にしているのだろう。これも予約済み)
●ポツドール「おしまいのとき」9/8〜9/25(これを観ると、ザ・スズナリには三公演連続して通うことになる。でも観たい)
●大橋可也&ダンサーズ「OUTFLOWS」9/17〜9/19(きのう観た。だからまた行く)
●self23「赤色反応」10/3・4(伝説のself23。たしか七、八年前にもやっていたけど、そのときは見逃したのでこんどは行きたいと思ってる)
●フェスティヴァル・トーキョーの野外公演三つ。(これをどうしようか、困った。とりあえず維新派はかならず行くけれど)
天野天街:演出「赤色エレジー」10/8〜10/12(「少年王者舘」を主宰する天野天街氏の演出。「少年王者舘」から外に出ると、ケレン味たっぷりにエンターテインメントする。緒川たまきとあがた森魚を観たい)
●イデビアン・クルー「出合頭」10/25〜10/30(行くかどうかわからない)
●ジェローム・ベル「ザ・ショー・マスト・ゴー・オン」11/12・13(まあこの時期はちょっと落ち着いてるだろうから、たぶん行けると思う)

 あとは笠井叡の振付けになる舞台があるのを、ちょっと行きたい気分もあるけれど、この時期はあまりにほかの企画とのバッティングが多すぎる。



 

[]「半七捕物帳 巻の三」(2)岡本綺堂:著 「半七捕物帳 巻の三」(2)岡本綺堂:著を含むブックマーク

●「張子の虎」
 捕り物を助けた品川の遊女がそれで評判になるけれど、自分の部屋で殺害されているのが発見される。疑わしいのはそのときの客ということになるが‥‥。起承転結のはっきりしたドラマでミステリーとしても傑作。半七を映像化するんならこの作品がいちばん向いてるような気がする。

●「海坊主」
 江戸時代の潮干狩りは船を雇ってやったらしい。その潮干狩りに現われた奇怪な大男の正体は?というわけで、海賊の犯罪がからむあたりが面白い。

●「旅絵師」
 「捕物帳」ではなく、当時の隠密の行動の記録。利根川の渡りから古河のあたりがちょっと登場する。隠密の悲哀というのでもないけれど、虚しさを感じさせる佳篇。わたしはこの作品は大好き。

●「雷獣と蛇」
 「雷獣」と「蛇」にまつわる短編をつなげたもの。どうも商家につとめる女中は悪人が多い。「蛇」は当時の不良少女の一団にまつわる話だけど、彼女たちが渋谷で召し捕られるというのが、「やっぱり渋谷なのか」という感じである。

●「半七先生」
 親たちに隠れて密会する男女は、それぞれ同じ寺子屋(江戸では「手習所」といったらしい)に通うそれぞれの妹に文を持たせ、連絡を取り合っていた。その妹のひとりがある日行方不明になる。手習所の先生に叱られたせいとも考えられたのだけれども。

●「冬の金魚」
 江戸では冬になると温水で生きるという金魚が高値で売られたりしたとか。事件はその金魚とまるで関係なく、俳諧師とその女中との色恋のもつれ。このふたりを「こんにちのお医者にみせたら、みんな何とかいう病名がつくのかも知れませんよ」と半七は語るけれど、そりゃあサディズムとマゾヒズムだろう。岡本綺堂はそう書きたかったかもしれない。

●「松茸」
 江戸時代、松茸の産地から幕府への松茸の献上というのはちょっとしたイヴェントだったらしい。女中の犯罪が続いたので、こんどは善人の女中を登場させて活躍させる。半七のような岡っ引きの収入とは、事件を解決した「お礼金」ということもあるのだというのもわかる。。

●「人形使い」
 人形浄瑠璃で仇同士の人形を操る仲の良いふたり。そのひとりが夜なかに人形同士がけんかしている<怪異現象>をみてしまい、じぶんの人形に加勢していっぽうの友人の人形に傷をつけてしまう。これがもとで仲の良かったふたりは不仲になる。まわりの仲裁にもかかわらず、ついにある夜ふたりは死体で発見される。しかし凶器の刀は発見されず、別に下手人がいるのではないかという疑いが。

●「少年少女の死」
 少年少女が酷い犯罪の犠牲になったものとして、ふたつの短編をならべたもの。少女篇。踊りの稽古ごとのおさらいの会で少女が殺される。自分の子を取り上げられた女が、かわいい女の子をみて自分の子もこのくらいに育っているころと思い嘆き、つい首を締めてしまう。同情された犯人は極刑にはならなかったけれど、牢死してしまったという話。少年篇。「水出し」という江戸時代の玩具から、ふたりの少年が相次いで死亡する。別の家で後妻の女がその継子を殺害しようとし、玩具の口をつける部分に猛毒を仕込んでいたもの。自分ではやはり使うことが出来ずにそのまま玩具も放置していたのを、女中が近隣のひとに知らずにゆずってしまう。後妻は死罪、その女中も遠島という厳しい判決になる。


 

[]「オブ・ザ・ベースボール」円城塔:著 「オブ・ザ・ベースボール」円城塔:著を含むブックマーク

 うーん、まあどこかでこういうブッキッシュ(なつかしいことば!)な世界を机上で紡ぎ出す作家がいても不思議はないわけで、やはりそうきたか、という感じはする。標題作の「オブ・ザ・ベースボール」と、やたらと(注)のつけられた「つぎの著者につづく」の二作。

 わたしの読書傾向はかたよっているので、さいしょの「オブ・ザ・ベースボール」が既存のあれこれの作品とどのようにリンクしているかわからないけれど、「つぎの著者につづく」の方は、(注)などをみるかぎり、だいたいヒットしているのであった。それでも麦畑のある「ファウルズ」という町を舞台にした「オブ・ザ・ベースボール」の方で、その空から墜ちてくるという人間がつまりは、サリンジャーの「ライ麦畑でつかまえて」で主人公のホールデン少年がなりたいとのたまっていた、(この幸せな子供時代から)墜ちて行く少年をキャッチする役割、そのキャッチする手からすりぬけてしまった人たちらしいわけだけれども、だからどうこうだ、というような作品でもない(と、思う)。「ファウルズ」という町の名まえがジョン・ファウルズがらみということでもないだろうし、どうも同じことをなんどもなんども繰り返してばかりいる文章がその、じっくりと読みごたえがあるという感覚から遠いわけで、文章上での吃音的効果というか、そういうものからは距離があるあたりでわたしなどはこう、どうでもよくなってしまうのである。

 「つぎの著者につづく」もまた、同じことをなんどもしつっこいぐらいに繰り返して書かれているけれど、どうも文章の上で主題になっているらしい事柄と、その文章とがまるで無関係ではないかというあたりに疑問を感じてしまうわけで、まあその主題というものが「どういうふうに書いてしまっても次につづくのだよ」とも取れないこともないから、何を書いてもかまわないっちゃあかまわないんだろうけれど、なんかこう、もうちょっとスリリングな展開というのは期待できないものだろうかと思う次第である。「生前にその著作を残さなかった存在」ということでヘンリー・ダーガーが出てくるのはわかるけれど、カフカ(著作を残さなかったわけではない)というのはあまりに直球勝負というか、わたしなどはまだロートレアモン伯爵(こちらも残さなかったわけでもないけれど)なんかの方がいいんじゃないかと思うけれど、そういう取捨選択もまた「時代」のものなのだろう。ウンベルト・エーコ、そしてボルヘスから導かれた「図書館」宇宙という付随するテーマも、これもまた直球勝負で、普通だったらちょっと気恥ずかしい。それをあえてやっちゃうんだから、著者は度胸のある人なんだろう。ラストに何もかもなしくずしに崩壊して行くだろうというのは、わたしには「きっとそうなるだろう」と、先に読めた。




 

 

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/crosstalk/20110808

■ 2011-08-07(Sun)

 あさTVをみていると、某東京都知事と某数学者とが対談されておった。おどろくほど粗雑な愛国主義を説くベストセラー書の著作のある数学者は、ここでもその著書で書いていたこととおなじようなことをしゃべっていて、つまり民衆というのは愚鈍であるから優秀な指導者が出現して民衆をひっぱって行かなければならないという。「チャーチルのいたイギリスでは空襲をうけても国民は防空壕のなかでニコニコ笑顔だった(指導者への信頼があるからニコニコしていたということらしい)」などと、みてきたようなことをいう。そういうことならおそらくおなじときにドイツでもみんなニコニコしていたんだろうし、もしも空襲を受けながらもニコニコしているひとが存在したなら、まずはそのひとの情緒面を心配してあげなければならないだろう。数学者はさらにヒートアップされ、あの都知事といっしょになって「日本は軍事大国になるべきだ」と、のたまっておられた。数学者の情緒面への心配はべつにしても、ひとりの指導者がけん引する軍事国家というものがどういうものなのか、想像するだに恐ろしいものがある。まあこういう時期にいまの政権政党の次の芽はないわけだから、放送局の誘導でこの際いいたいことをいっておこうというキャンペーンである。国会中継をみていても、前政権をとっていた党がどさくさまぎれにすごいこといいだしたりして驚かされたりする。

 きのうの久々の舞台鑑賞はがっくりさせられた。わたしのなかでの「コンテンポラリー・ダンス」なるものの失墜はさらに加速されてしまったわけだけれども、それに懲りずにきょうは「ダンスがみたい!」などと題されたイヴェントに出かけることにしている。もう、べつに「ダンス」などみたいわけではないけれど、きょうの出演は大橋可也&ダンサーズどいうことで、これは格別なのである。ただ、ほかにもうひと組ブッキングされた今夜の舞台で、これはぜんぶ観ていると最終電車に間に合わなくなるおそれがあり、どちらの組がさきに舞台に立つかということがわたしの場合重要な意味をもつ。それでさきに確認をとって、大橋さんの方がさきということを承知してのお出かけである。申し訳ないけれども、もう一方の出演者の舞台はパスさせていただく。

 舞台が夜なので、もう夕方になってから出かけることにするけれど、これがなかなかかったるいというか、腰が重くなるというか、家でゴロゴロしていたいよぉ、なのである。昼間ずっと夏空だった外の天候も夕方になると曇天になり、またひと雨来そうだったりする。それでも「きのうの損を取り戻すのだ」と自分を叱咤激励して、ニェネントに夕ご飯をいっぱい出してあげてから出かける。

 電車を乗り継いで日暮里へ着くとまたすこし雨模様の空。会場でDさんにお会いして、さいきんは「G」とか行かれないんですか、などと聴かれ、きのう行きましたよと答えると、Dさんもきのう行かれたのだということ。彼が行かれたのは九時半ごろだというからニアミスというほどでもないけれども、お会い出来ていればよかったのにとは思うわけである。

 舞台を堪能し、ほんとうはこのじかんならば後半のもうひとつの舞台も観ちゃってもだいじょうぶそうだったけれど、まあせっかくきのうの損を取りかえした気分でいるところ、そのままの気分で帰ることにした。きのう乗ったのとおなじ電車で帰宅。



 

[]ダンスがみたい! 13 大橋可也&ダンサーズ+空間現代「ウィスパーズ」 大橋可也:振付 @日暮里・d-倉庫 ダンスがみたい! 13 大橋可也&ダンサーズ+空間現代「ウィスパーズ」 大橋可也:振付 @日暮里・d-倉庫を含むブックマーク

 大橋可也&ダンサーズの公演を観るのは、きょねんの春の「春の祭典」いらい。その「春の祭典」は、きのう行った三軒茶屋のシアタートラムでの舞台だった。きょうはもうちょっと小じんまりした会場での公演。共演する「空間現代」はギター、ドラム、ベースのスリーピースバンドで、バンドとの共演ということでも、おととしの吉祥寺での公演「深淵の明晰」、また、その前の新国立劇場での「帝国、エアリアル」につらなるものだった、と思う。バンドの音をバックに踊るなどというのではなく、そのバンドの音に拮抗する身体のあり方を提示しようとするような舞台。それはとうぜん既成のダンス/舞台的身体からは距離をとり、音と身体とが一体となった舞台になる。ロックのグルーヴ感とはことなった、オルタナティヴな音から受け止められる無機質な質感と等価な身体。

 こういうことを書くのも「いまさら」なんだけれども、舞台的身体ということについて、この春にNODA MAP の公演を観て、そのあたりの役者の所作に非常に違和感をもって観たという体験があり、「舞台空間に立つ」という「お約束」のうえに成り立つ身体というものにいまさらながらに疑問を抱いたりしたわけで、そのあたりが、きのうの舞台でもやはり払拭できない大きな違和感として残ったわけである。そういうところから、わたしが舞台を観るという視点にもそういう、いまさらながらのことがらへの興味ということがまたまた浮上してきているわけで、「いまごろそういう視点でなんて」といわれてもしかたがないけれど、とにかくいまはまたそういう舞台の見方が先に来ることになる。それだけ、「舞台空間での身体」ということがもう問題にならなくなっているような空気を感じているわけで、そのNODA MAP の公演のあとでひさびさに青年団の舞台を観て納得し、「やはりこのあたりから」という気分にはなっている。べつに大橋可也&ダンサーズを青年団に結び付けようなどと思ってもいないけれど、じぶんのなかではそういうふうにつながっている。
 たとえば、舞台上でダンサー(というよりパフォーマー)が、観客席に向かって「何か言ったら?」などとボソッと語ったりすれば、それは舞台とは役者やダンサーが演じる場所で、観客は観客席からそれを「見る」存在だというお約束をおびやかすことになる。観客はその観劇中は「何も言わない」という了解がある。それを「何か言ったら?」と挑発されれば、舞台空間というものに亀裂が入り、観客はそこに不穏なものを感じとることになる。

 じつはこんかい、この大橋可也&ダンサーズ+空間現代を観て思い出していたのは、せんじつBSで放映されていたのを録画して観たビル・T・ジョーンズの演出になるミュージカル「FELA!」のことで、つまりはその「FELA!」の舞台も、わたしの眼や耳には、音楽と身体とが等価に取り扱われている舞台として認識されていたわけである。そこでのビル・T・ジョーンズの振付けはもちろんフェラ・クティの音楽からインスパイアされたものだけれども、たんじゅんにアフリカ回帰でもなく、フェラの時代のディスコ的再現でもなく、ましてヒップホップ的なものとして時流に迎合したものでもなかった。それは決して当時一世を風靡したわけではないフェラ・クティの「アフリカン・ファンク」のためにあたらしく創造された身体表現であって、その「あたらしい創造」のライヴ感覚によって、この「FELA!」というミュージカルはブロードウェイを席巻する大ヒットミュージカルになったわけだろうと思う。その「ライヴ感覚」が、このよるの「ウィスパーズ」からも受け止められたものだったと、わたしには思えている。「娯楽作品」、である。もちろんわたしは、たっぷりと楽しんだ。




 

 

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/crosstalk/20110807

■ 2011-08-06(Sat)

 まだ空には雲が多いけれど、ようやく、行方不明だった「夏」が戻ってきたようないちにち。暑いといえば暑いけれども、その暑さになんだかなつかしさを感じてしまう。

 きょうは久しぶりの舞台鑑賞。六月に「大人計画」を観て以来のことで、一ヶ月半のブランク。ダンス/舞踏関係の舞台というと四月の大倉摩矢子さんのソロ以来だから、四ヶ月ぶりぐらいのことになる。そういうわけで三軒茶屋にある会場のシアタートラムに足を運ぶのも、ずいぶんと久しぶりのことになる。調べるときょねんの五月の大橋可也&ダンサーズの公演以降、このスポットに来たことはない。会場へ向かうと、その劇場まえにあった東屋のような喫煙スポットに囲いが設置され、閉鎖されている。あらら、ここまで喫煙は制限されることになったのかと、じゃあこの空中の放射線はどうするんだと思うけれど、壁に掲示されている文言では世田谷区の条例によりこの六月から閉鎖されたとのこと。ちょっと歩いてすずらん通りまで行けば、店のまえに灰皿を置いた居酒屋やファーストフードの店はたくさんあるんだけれども、まあそのうちにこういう置き灰皿も次のターゲットにされるのだろう。喫煙の自由はない。

 舞台のことは下に書くとして、終演時で午後三時をまわったところ。ゆっくりとあたりの古本屋などをひやかしながら、下北沢まで歩く。この道を歩くのもとうぜん久しぶりになるけれど、「こういう店があったはず」というのが見あたらず、知らない店があれこれと増えている。居酒屋だとかバーっぽい、あたらしい店が多い。

 また下北沢から坂をのぼって「G」へ行く。ずっとまえにも書いたことだけれども、わたしはこの店ではハバナクラブの7年のを飲む。ほかの店で飲んだりしたことはないけれど、この店での基本はこのハバナの7年と決めている。むかし、もっといろいろな店にいっていたころには、それぞれの店で飲む酒を変えて、それぞれ決めていた。あっちではジェイムソン、こっちではバランタインだとか、節操もなく酒の種類を変えていたけれど、わたしのなかではその店の空気とそれぞれの酒のテイストを結びつけていたわけで、それぞれの店とそこで飲む酒とがトータルになって、あの当時の夜の記憶になってしまっている。
 それで、つまりはこの店「G」でハバナクラブの7年など飲む客はわたしいがいには誰もいないわけで、そうするとわたしはもうめったなことでは「G」に足を運んではいないし、店の方では「ハバナの7年、どうするよ?」ということになるらしい。というはなしを偶然に聞いてしまった。それはつまり、「Aさん(わたし)は来るのかよ?」ということであって、まあ「いつ来るかわからないけれど、置いておかなくちゃ」ということでストックしてくれているわけである。感謝というか、ストックしてあたりまえだろうということではある。
 きょうはオーナーのBさんが自宅で苦心惨憺してつくられた本格カレーに店で手を加えられていて、その味見をさせていただいたりする。店のCさんによれば、ヨーグルトの使いすぎということ。けっきょくわたしは八時ぐらいまで店に居座ってしまったけれど、そのあいだずっと、客はわたしひとりだけだった。土曜日の夜なのに、いいのか。BGMは、John Fahey & His Orchestra のアルバムなど、だった。



 

[]TOYOTA CHOREOGRAPHY AWARD 2010 受賞者公演 プロジェクト大山「キャッチマイビーム」 古家優里:構成・演出・振付 @三軒茶屋・シアタートラム TOYOTA CHOREOGRAPHY AWARD 2010 受賞者公演 プロジェクト大山「キャッチマイビーム」 古家優里:構成・演出・振付 @三軒茶屋・シアタートラムを含むブックマーク

 ダンス/舞踏の公演は四月に観た大倉摩矢子さんのソロ公演以来だと書いたけれど、その大倉摩矢子さんのソロを観た日に、青山のスパイラル・ガーデンで思いがけずに観ることができたのが、この「プロジェクト大山」の、短いけれども楽しい舞台だった。そのあとになって、「プロジェクト大山」がきょねんのTOYOTA CHOREOGRAPHY AWARD で受賞していることを知り(もうダンス関係の情報にまったく疎くなってしまいましてね)、じつはこのこんかいの受賞公演は楽しみにしていたのである。

 (そのときの日記はこちら。)

 前にもどこかで書いたかもしれないけれど、いまのわたしはいわゆる「コンテンポラリー・ダンス」などといわれるものに興味が失せてしまっているわけで、そのことにかんして「どうして?」と自問もした。それは要するにわたしなどが何年かまえに観ていた「コンテンポラリー・ダンス」なるものが、この二、三年で急速に変質してしまったと思えるぶぶんがあるわけで、それでその「変質」の原因について考えるわけである。
 その、ない頭をしぼって考えた結果をさきに書けば、そういう当時の「興味深かった」コンテンポラリー・ダンスというのは、つねに既成価値からはみ出して行こうという活気があり、一面でカウンター的な要素を強く持っていたと思う。つまりそれはまずは「舞踏」へのカウンターであり(わたしにはその端緒において、これがいちばん大きかったと思っている)、その他もろもろの「ダンス」と呼ばれるものへのカウンターであり、ひいては舞台上の「身体」のあり方へのカウンター(ここでいちばん、いわゆる「コンテンポラリー・ダンス」が機能したと、わたしは思っている)であったのではないか、と思うわけである。もちろんわたしがそもそも「美術系」という出自であるところから、そういう美術の分野からのフィジカル系への興味の抱き方というのは、前提としてあっただろうと思う(例えば「具体美術協会」のパフォーマンス、例えば「ゼロ次元」、そしてアングラ演劇などなど)。ものすごく大雑把にいって、これがつまりは、わたしにとっての「面白かったコンテンポラリー・ダンス」である。
 で、その「変質」とは何か、ということになるのだけれども、いまになって考えて、けっきょく「身体能力に優れたダンサーがいちばんです」というような批評の横行(バレエとかモダンダンスの批評だけしていればいいのに)があって、そういう保守性を別の方向から裏付け補強するように機能した、この「TOYOTA CHOREOGRAPHY AWARD」というものの登場、ということが大きい意味をもっただろうと思うわけである。これは、それまでせっかく面白く発展してきた「コンテンポラリー・ダンス」なるものの根本を否定するものではなかったかと思う。

 つまりこのプロジェクト大山の受賞公演、まさにわたしにはそのような「TOYOTA CHOREOGRAPHY AWARD」自体のもつ、いっしゅの「保守性」の現前、としてしか映らなかった。まあわたしには冗談話のようなものに「コンポラ(コンテンポラリー・ダンス」の略、らしい)の振付け方を教えて下さい」という質問コーナーへの質問だとか、同じように「コンポラの踊り方を教えて下さい」というようなものがじっさいにあって、「アホか」と思うわけであるけれど、こういう今日の舞台などを観てしまうと、たしかにこういう路線での「コンポラの振付け」、「コンポラの踊り方」というのを定式化することもできそうだなどと思ってしまうわけである。せっかく期待していたのに残念ではあった。

 もうすこし、こういう「コンテンポラリー・ダンス」について考えるところはあるのだけれども、今日はこのあたりで(どうせあしたもこの続きになるだろう)。



 

 

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/crosstalk/20110806

■ 2011-08-05(Fri) このエントリーを含むブックマーク

 きのうはようやく夏らしい青空が拡がり、雲がおおいとはいってもちょっと暑苦しくも夏らしい天候がカムバックした。それがけさ起きてみると、外の駐車場のアスファルトが雨でぬれ、水たまりもできていた。もう雨はやんでいたけれど、まいにちまいにち降水という記録を続けるつもりなのだろうか。きょうもしごと中に雨が降り出したけれど、しごとが終わるじかんにはやんでいた。

 こまかい理由は書かないけれど(犯罪をおかしたわけではない)、とつぜんにとりあえずの経済的窮地から脱することができた。またらいげつからどうなるかはわからないとはいえ、喜ばしいことである。ついつい日本酒を買ってきたり、週末にもうひとつ観劇の予定をたてたり、浮かれ気分満開になってしまった。
 六月から七月にかけて多少は浪費もしたおぼえはあるけれど、そんなにいつもより突出して金づかいが荒くなったという自覚もなく、「おかしいな、なんで金がないんだろう」とは思っていたんだけれども、まあほんらいの収入がここにきてようやく入ってきたということである。しかしこんかいの窮状はちょっとキツかった。もうふだんの生活のサイクルはしっかり身についていたので、「このあたりで映画を観に行けるはず」とか、「このくらいつかってもだいじょうぶ」という計算がたたなくなってしまったのにはあせったし、「この経済的困窮は身におぼえがないぞ」という感じでもあった。まあこれで油断してつかいまくると、来月以降にまた苦しくなってしまう可能性もある。あまり浮かれないようにしなくては。

 しかしそれでも八月の末から九月、そして十月にかけては、観たい舞台などがあれこれと連続していて、どうもまた困ったことになってしまいそうである。
 いろいろな分野で同じことがいえるのだけれども、どうも近年はあれこれの表現がどれもこれも停滞してしまっているという感じで、けっきょく観たり聴いたりしたいと思うのはみな、その分野での活動をもう十年も二十年も継続してきているような「古顔」ばかりになってしまった。これから観たいと思っている舞台も、みなそういうベテランばかりである。なんだかこの十年ぐらいに出現した「あたらしい動き」は、このところ二、三年のあいだにみなポシャってしまったように思えてしかたがない。それがわたし個人の感覚で、つまりわたしの老化ゆえなのか、それとももっと普遍的に確認できることなのか。とりあえずこの週末に観るふたつの公演でたしかめられる部分もあるかもしれない。

 きょうはそんな浮かれ気分で、本も読まずヴィデオも観ないでいちにちが過ぎてしまった。




 

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/crosstalk/20110805

■ 2011-08-04(Thu)

 夏至もすぎて、もう日ごとに日は短くなっていくばかりである。ちょっと前にはわたしが起きる午前四時でも外はほの明るかったのだけれども、いまはもう暗い。それがだんだんに明るくなってくるのが、わたしの出勤まえのじかんである。その、ほの明るくなってくるころに、外ではコウモリが飛び交っているのがみえるようになる。これがそうとうな数で、ベランダのまえの駐車場の上を、あれこれの方向からびゅんびゅんと飛びまわっている。ちょっとばかし無気味ではある。きょねんにはこんな数のコウモリはいなかったのではなかったかと思うのだけれども、思い出してみると生前のミイがよくコウモリを捕っていたわけで、これはあくまでも推測だけれども、ミイはあれでコウモリの数を抑えるというだいじな役を果たしていたんじゃないかと思うのである。野良ネコには野良ネコの社会的存在理由もあるのではないのか。もうこのあたりではすっかりネコの姿をみることもなくなってしまった。

 そういうわけでコウモリの数は増えたけれど、まいとしまいとしこのあたりの桜並木を中継基地にしていた大量のムクドリが、ことしはすっかりその姿を消してしまった。いつものとしならば、とくにホームセンターのまえの信号のあたりなどは、歩道がムクドリのフンでまるでポロックの作品のようになり、歩き抜けるのもきついぐらいの異臭がたちこめていたものだった。それがことしは、たとえ一羽でもムクドリの姿をみつけることはできない。市役所はまいとしムクドリを追い出すためにいろんな方法をためし、ムクドリがとまる電線のうえに並行して細いワイヤーをはわせてムクドリがとまれないようにしたり、桜並木の枝は夏になると大幅に剪定したりしていたものだった。でも桜並木は存続させなければならないから枝を全部落とすわけにもいかず、けっきょくはその桜並木がムクドリの基地になってしまっていたわけである(ムクドリのねぐらというのは別にあり、昼間のじかんだけその基地に移動して来ているのだということ)。そのムクドリが姿を消したというのは、けっきょくながねんの役所の駆除作戦が功を奏したのか(そのねぐらの方をなんとかしたのかもしれない)、それとも原発事故以降の大気中の放射線にムクドリが敏感になり、安全な地域に逃げたわけだろうか。とにかく、ことしムクドリはいない。

 録画してあった時代劇のヴィデオを二本観て(嵐寛寿郎の主演する「右門捕物帖」も観はじめたのだけれども、時間のムダになりそうなので観るのをやめた)、「レンブラントの目」は270ページぐらいまでしか読めなかった。


 

[]「銭形平次捕物控 まだら蛇」(1957) 加戸敏:監督 「銭形平次捕物控 まだら蛇」(1957) 加戸敏:監督を含むブックマーク

 長谷川一夫主演の銭形平次映画というのはおもに大映の製作で二十本近くあるらしい。映画が娯楽の王様だったころ、こういうヒットシリーズというのはあれこれと存在したわけである。まあ娯楽作であるからしてシリアスさには欠けるというか、この作品でもゲストの美空ひばりの唄うシーンなどが複数回挿入されている。ほかに山本富士子や木暮実千代などなどが出演しているけれど、山本富士子はちょっと印象が薄い。脚本はせんじつ観た「大江戸五人男」では監督をやっていた伊藤大輔。ここでの監督の加戸敏というひとは戦後は時代劇を専門に、たとえば「怪猫」シリーズなどを多数撮っていたお方。こういう娯楽作ならまかせておいて下さいな、というケレン味たっぷりな演出をみせてくれる。こまかいことを気にしていてはみていられないけれど、江戸の町並みをきれいにつくったセットなんか、素晴らしいものである。茶色みがかったカラーの色彩も、いまではレトロな感覚がして「これはこれで美しいんでないの」という感じもする。
 ストーリーは、勘定奉行や岡っ引きまで加担するという、あまりに大規模なニセ金つくりの一団を捜査する銭形親分のお話。タイトルの「まだら蛇」というのは、ニセ金の鋳造のために監禁された男たちの腕に彫られた入れ墨の絵柄。脱走してもこいつでわかるのよ、というわけで、ほとんどこれは国家犯罪である。まあいいか。


 

[]「丹下左膳」(1963) 内川清一郎:監督 「丹下左膳」(1963) 内川清一郎:監督を含むブックマーク

 まあなんと、丹波哲朗が右ききの丹下左膳を演じるという、しかも丹下左膳は柳生家の血をひいているという、これは怪作というか珍作というか、「こけ猿の壷」を乾雲丸、坤竜丸という名刀に変更してしまい(丹下左膳の原作の端緒にはこの刀の争奪戦が出てくるらしいけど、この映画の脚本はあくまで「こけ猿の壷」からの改編のようである)、なんとも不自然なものになってしまっている。監督の内川清一郎というひと、助監督時代に市川崑、小津安二郎、溝口健二などなどの助監督をつとめている(溝口監督とは「西鶴一代女」でとちゅうまで助監督だったけれど、溝口監督と口論になって降板。このときに溝口監督がこの内川氏に「女に斬られるようにならないと女は描けませんよ」という有名なセリフを吐いたのだ、ということがWikipedia に書いてあった)。

 まあそういう苦しいところのある作品だけれども、わたしは冒頭のスタッフのクレジットで時代考証に甲斐庄楠音の名まえをみていたので、これは期待できるぞと、ちょっと本気を出して鑑賞した。甲斐庄楠音というひと、日本画家ではあるけれども(かれの日本画作品はいささか気味が悪いが)、「元禄忠臣蔵」いらい、いくつかの作品で溝口健二監督の作品で時代考証を担当されている方なのである。そうするとやはり、美術なり衣装なりのちからの入り方も楽しめるし、丹下左膳がねじろとする寺院の五重塔(これは引きの画面がないので確定できないのけれど、おそらくは五重塔だろう)の使い方なども、これがいいわけである。ただ、撮影はもうちょっとぜんたいに(先に書いたことを含めて)引きの画面があるとよかった気はする。

 しかしこの作品で特筆すべきは闇の描き方のすばらしさで、つまり闇が美しくとらえられているというのは光の使い方が巧みだということ。これは照明のしごとである。照明さんのことなどふだんこころに留めたりはしないのだけれども、この作品で照明を担当された佐野武治という方のことを調べると、やはり日本を代表されるような映画照明の大家で、この方のかかわった作品のリストはそうそうたるものであった。Wikipedia では「約5,000本の映画作品の照明を手がける」とも書かれているけれど、残念なことにことしの三月にお亡くなりになられている。その佐野武治氏のかかわられた作品のリストで、たしかに照明が卓越していたと思いあたるのは吉田喜重監督の「鏡の女たち」や、黒澤明監督の「影武者」、「乱」など。しかしそんな一般に「名画」といわれているわけでもないこの「丹下左膳」だけれども(これからもこの作品を「名画」だなどといい出すひともいないだろう)、こと照明に関しては、佐野武治氏のすばらしい仕事ぶりを堪能できる、氏の代表作といってしまいたい気持ちにかられるわけである(そんなことを書くと冥界の佐野武治氏は「冗談じゃない」とおっしゃられるかもしれないが)。

 書くのを忘れていたけれども、丹下左膳の情婦(カノジョ)を演じているのが瑳峨三智子で、「小粋」というのはこういうのをいうんだよ、といわんばかりの味わいのある演技を見せてくれる。丹波哲朗はともかくとして、そんな彼女の演技を観ることができるのも、この作品を観ての収穫のひとつであった。もうひとりの女優、鰐淵晴子は、どうしても日本人には見えない(つまり日本髪や和装に違和感ありすぎ)ので、わたしはパス。



 

 

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/crosstalk/20110804

■ 2011-08-03(Wed)

 ニェネントがすっかりドライフーズを食べなくなって、つまりそのかわりにネコ缶の消費量がグンとあがってしまった。「この経済的ピンチのなかを」とうらめしくもなるのだけれども、しょうもなくまたホームセンターまでネコ缶を買いに行く。ぜいたく病のニェネントはネコ缶でもいちばん安いものなどは食べなくなってしまったので、ちょっと上のクラスのものを買う。
 帰りにぐるりとあたりの公園のまわりを歩いていると、その公園にはえている大きな木の下でカブトムシがひっくりかえって死んでいた。はたしてこのカブトムシ、このあたりの野生のものなのか、それとも近所の子どもがどこかで買ってきたカブトムシだったのか。さっき買い物をしたホームセンターでもカブトムシは売っているけれど、木立の多いこの周辺ならカブトムシぐらい棲息しているかもしれない。
 そんなカブトムシの死骸などをみると、ことしの夏ももう終わりなのかという気分にもなるけれど、もうひとつの夏の主役、セミの方はじつはまだその鳴き声もあまり聞かれない。

 

[]「半七捕物帳 巻の三」(1)岡本綺堂:著 「半七捕物帳 巻の三」(1)岡本綺堂:著を含むブックマーク

●「化銀杏」
 狩野探幽の掛軸をめぐる事件。本郷の「化銀杏」と呼ばれる、いまでいえば「心霊スポット」で、まずはその掛軸が紛失する。ここでじつはその軸は贋作ではなかったかとの疑いが出てくる。複数の事件がからみあう、半七ものお得意の一編。

●「雪達磨」
 正月に江戸に大雪が降る。あちこちに雪だるまがつくられるが、陽気がゆるんで融け出した雪だるまのひとつから、男の死体があらわれる。その死体の袖のなかに南京玉が残っていた。偽金づくりの一団の計画があらわになる。

●「熊の死骸」
 弘化二年の江戸の大火のおり、じっさいに町内に出現したという熊のはなしを織り込んだもの。湯屋の三助が客の娘に惚れちゃうんだね。それに熊の死骸の肝を取ろうとする連中の話がからむ。ちょっとあんまりな偶然から事件は解決するけれど。

●「あま酒売」
 「蛇神のたたり」が起こす奇怪な事件。あま酒売りの老婆とすれちがうと、熱を出して蛇のようにのたくり、あげくに悪くすると死んでしまうという奇病がはやる。その老婆は西の国の蛇神の血統をひくものであって、江戸へ駆け落ちした娘を探しているのであった。


 

[]「ニュールンベルグ裁判」(1961) スタンリー・クレイマー:監督 「ニュールンベルグ裁判」(1961) スタンリー・クレイマー:監督を含むブックマーク

 ゲーリングやルドルフ・ヘスらが裁かれた現実の「ニュールンベルグ軍事裁判」そのままではなく、ここではナチス・ドイツで法務関係にたずさわっていたという人物四人への裁判が描かれる。すべて実在の人物ではない。アメリカから現地へ来ている判事をスペンサー・トレイシーが演じ、被告の核となる人物、法務大臣だった世界的な法学者ヤニングをバート・ランカスター、アメリカ軍人である検事をリチャード・ウィドマーク、そしてヤニングの弁護にあたるオーストリア人弁護士をマクシミリアン・シェルが、それぞれ演じている。ほかにモンゴメリー・クリフト、マレーネ・ディートリッヒ、ジュディ・ガーランドなど出演。

 わたしなどが幼いころ、ナチスのユダヤ人収容所の残虐さはアラン・レネの「夜と霧」によってではなく、この「ニュールンベルグ裁判」の映画のなかでのフィルムによって知られていた。マイナーな記録映画ともいえる「夜と霧」などではなく、大スターの出演したメジャー作品のなかで実写フィルムによってホロコーストの実体が知らされたわけで、より多くのひとにその衝撃が伝えられたわけだろう。
 この映画のなかで、その収容所の映像を裁判所内でみせることの是非が論じられたりもするわけだけれども、このあたり、映画のなかでその映画内の映像について語るということで、少々「メタ映画」っぽい空気がただよう。そうするとこの作品、映画館の観客席を裁判所の傍聴席に見立てようとする構造が、よりあらわになる。

 じっさいの戦争裁判でもんだいになるのは、まさに戦勝国が敗戦国を裁くという構造で、この作品のモデルになったニュールンベルグ裁判でもこの点がもんだいになったわけである。このポイントについてこの作品はまるでもんだいにしていないようではあるけれど、ただすでにあらわになったソヴィエトとの対立構造の衝突地点としてのドイツ、という地政的な視点を持ってくることにより、正統な(普遍的な)判決への圧迫があったという描き方になっていて、ここで、何が正統で何が普遍的かということは棚上げされているようで、ただスペンサー・トレイシーの判決(全員終身刑)を支持するような演出になっている。東西の対立を考えればドイツを西側の味方にするためにも恩情的な判決が期待されていたのに、というわけである。まあここではそういう判決も妥当だろうというような被告ばかりなのではあるけれど、もっと判断の難しい「ナチス協力者」というあり方は、あれこれとあっただろう。はなしは飛ぶけれど、たとえばユダヤ人収容所のシャワー室の、そのシャワーから毒ガスが出るように配管工事をした配管工は、戦争犯罪者ということになるのか。

 法廷場面では弁護士のマクシミリアン・シェルのファナティックな熱弁と検事のリチャード・ウィドマークの軍人らしい攻撃というふたりの「動」に、「静」として聴き入るスペンサー・トレイシーの、受けの演技が印象に残る。マレーネ・ディートリッヒが、町なかで唄われる「リリー・マルレーン」をスペンサー・トレイシーに説明するシーンも。



 

 

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/crosstalk/20110803

■ 2011-08-02(Tue)

 もう夏らしいジリジリと焼きつけるような陽射しにはすっかりごぶさたしてしまって、猛暑というイメージからへだてられた夏になってしまっている。
 週末に行く舞台の前売りをやはり買ってしまい(いぜん書いた、当日券よりも高くなってしまうというのとはちがう購入ルートがあったのだ)、財布のなかみはいよいよ涼しい。別に買い物をして千円札で支払おうとして、あれ? 二枚かさなっているよ、というわけで、ピン札がぴったりくっついていたのを、一枚で数えてしまっていた。計算よりも千円増えた勘定で、別に得をしたわけでもなんでもないのにうれしいのであった。


[]「レンブラントの目」(1)サイモン・シャーマ:著 高山宏:訳 「レンブラントの目」(1)サイモン・シャーマ:著 高山宏:訳を含むブックマーク

 「レンブラントの目」をなんとか250ページぐらいまで読み進む。要するにレンブラントの評伝なのだけれども、ものすごい情報量。レンブラントのはなしに移るまえに、150ページくらいはルーベンスについての記述にあてられている(ルーベンスが生まれるまでにもずいぶんページがさかれている)。訳文もいまではほとんど目にすることもないような古い言い回しなど多用され、ピンチョンの「メイスン&ディクスン」を思い出すというか、これはほとんど「講談」の面白さがある。主役はレンブラントなわけだから、ルーベンスの作品についてはちょっとばかしちゃかしちゃっているような文章があって楽しい。面白いので、そのルーベンスの「ヘロとレアンドロス」という作品を説明する文章を写しておく。ちょっと長いけれど。

  f:id:crosstalk:20110803113810j:image

 他のことなら全てができたこの画家は泳げたのだろうか。彼がスペインから戻って完成した『ヘロとレアンドロス』を見る限り、どうもそうは思えない。ヘレスポントの大浪深く、長い距離を泳いで愛する女との逢瀬(おうせ)に来ていたレアンドロスは溺れて沈みかけている。この夜、ルーベンスの絵の中でなお吼え続けている感じさえする大嵐が、恋人ヘロが塔に置いた導きの灯明(みあかし)を吹き消し、レアンドロスは命を落とす。レアンドロスの顔は既に血の気失せているが、まだ完全な肉付きをしている五体はオウィディウス流シンクロナイズド・スイミングの泳者然たる海精(ネーレイス)たちによって運ばれていく。海の女精たちを先導する二人のみ、泳法というものをよく知っているらしく、巧みな横泳ぎでレアンドロスの体を曳(ひ)いて行く。二人の姉妹はルーベンス好みの浮くのにぴったりの肥(ふと)り肉(じし)を利して、波の山と谷の間(あわい)でボードなしのサーフィンをしていて、大きく撓(たわ)みながら画面を横切る装飾的な人間-波となって繋がる。左側の海精のように、ミケランジェロ、そしてルーベンス自身の『レダ』から取りだされ、流れに立体感を与えるふうに見える者もいれば、波浪をふわふわの長椅子ともして横たわる者もいる。薔薇色の衣装の女神官ヘロが、ならばもろともにと自死を覚悟して海に身を投ずるのを、水の上を歩みつつ驚いて見ている者もいる。左下隅には石炭バケツのような顎(あご)を開いて餌食が入ってくるのを待つ海獣が見える。

 ‥‥楽しい。


 

[]「必死の逃亡者」(1955) ウィリアム・ワイラー:監督 「必死の逃亡者」(1955) ウィリアム・ワイラー:監督を含むブックマーク

 晩年のボガートが珍しく悪役をやっているけれど、さすがにこういう役はもう名人芸と、感心してしまう。アメリカ郊外の典型的な中流家庭に押し込んだ脱獄犯三人組のリーダー格がボガートで、ひとりはボガートの弟という設定、もうひとりは直情型のあたま悪そうな大男。さいしょは三人組で看守から奪った銃が一丁だけなのが、その押し行った家でもう一丁。銃を誰が持っていて、弾が何発残っているかというあたりがポイントになり、それでさいごにもう一丁の銃が持ち込まれる。

 ウィリアム・ワイラーらしさ満載の演出で、とにかく押し行った家のなかの間取り、二階への階段などが、重要な演出のキーになる。家の長女が気を失って段差のところに倒れ、そこにボギーの弟が近づくのを低いアングルからとらえたカメラがかっこよく、また、その弟のこころの動揺もうまく伝えることになる。きわめつけは母親が娘を外に送り出す(逃がす)シーンで、画面の手前、階段のとちゅうにたたずむ母親に対して、一階のドアのところから大男が、そして二階の渡り廊下からボギーがその母をみつめる。これだけ立体的に構成できればいうことないだろう。ただスゴイなあと思う。ラストに、ボギーがライトに空の銃を投げつけて割り、銃撃されるなかを庭を走り抜けようとし、とちゅうで撃たれて倒れるまでのやはりローアングルからのワンショットも、短いけれども強烈なものであった。

 ラストいがいはまったく音楽を使わないというのもうまいもので、映画音楽なんかなくったってこれだけ観るものを惹き付けられるじゃないかと、やはりただワイラー監督の手腕に見とれてしまうのであった。





 

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/crosstalk/20110802

■ 2011-08-01(Mon)

 ついに八月に突入。じつはげんざい、近年にない経済的厳しさで、最悪の事態は逃れ得たようだとはいえ、八月の終盤まできびしい状態が続くことになるだろう。きょうあしたと連続してしごとは休みを取ってあるのだけれども、どこに出かけるわけにもいかず、家でおとなしくすごす。ただ、この週末には東京に出かける予定は立てている。これだけが夏の外出予定になるかもしれない。

 きょうもまたおなじようなすっきりしない天候で、台風六号通過以降はずっとこういう感じ。猛暑が緩和されているのは歓迎だけれども、梅雨みたいである。

 きのう、小さいころに観た映画のタイトルがわからない、思い出せないみたいなことを書いて、そういう、ずっとトラウマになっていた映画のことを思い出したので、ちょっと書いておく。
 小さいころに親に連れられて観た映画のシーンが、トラウマになるほど怖かったというような体験は、多くのひとが持っていると思うけれど、わたしにもそういう体験はある。しかしそれがホラー映画だとか怪談ものだったというわけではない。そして、そのトラウマ映画のタイトルがいつまでも不明のままだったのが、何十年も経ってから思いがけないところで判明したという話。

 その映画はモノクロの日本映画で、サスペンスものというか、ミステリーものというようなものだったと思うのだけれども、映画のなかである男がバンガローのわきの空き地を掘り返し、何かを埋めているところが目撃される。おそらくはそれが映画の主題の殺人事件と関係していて、その男はそこに死体を埋めたのではないかと疑われることになる。関係者の目の前で男がみずから埋めた穴を掘り返すと、そこには犬の死骸が埋まっていたわけである。男は愛犬が死んだのでここに埋めただけなのだみたいなことをいって、いったんは容疑がはらされる。しかしそれは偽装工作で、じつはその犬の死骸の下にひとの死体を埋めていたのだ、というような内容だった。いや、この偽装工作についてはとうじの年少のわたしにわかる内容でもなく、あとで知ったストーリーである。わたしにはこの映画はただひたすら、「死んだ犬が埋められている映画」として記憶されていただけではある。
 とにかくわたしは掘り返された穴の底に犬の死骸がアップでうつされるシーンが怖くって、あのころはじっさいに動物の死体をつかって撮影していたかもしれないし、その怪しい男が穴を掘って犬を埋めるという行為も想像するとおそろしくて、こころに強く焼きつけられてしまったわけである。それが「バンガロー」という、そのときのわたしには聴きなれない単語とセットになり、それ以降わたしは、「バンガロー」ということばを聴くたびに、その映画のモノクロのトーン、森の奥にひっそりと建つそのバンガローといっしょに、埋められた犬の死骸のイメージもセットにして思い出すようになったのである。その犬の死体の下にはにんげんの死体も埋められていたのだと想像するともっと恐いけれど、さいわいにも、まだ小学校にもあがっていなかったはずの当時のわたしは、そこまでストーリーについていく頭脳の成長には達していなかったわけで、ただその「バンガロー」のシーンだけを、いつまでも記憶していたわけである。
 それからずいぶんと時を経て、読んでいたある文庫本がまさに、その「バンガロー」映画の原作ではないかと気がつくことになるわけである。その小説のなかにまさに、わたしが記憶していた「バンガロー」のわきでの、犬の死体を埋めた偽装工作が出てくるではないか。その小説は中公で出されていた久生十蘭の遺作「肌色の月」で、久生十蘭はものごころついてから愛読していた作家だけれども、その全集にも遺作の「肌色の月」は収録されていなくて、そのころにポコリととつぜんに、この遺作が文庫になって刊行されたものであった。「ついに見つけた! これぞまさにわたしのトラウマ映画の原作ではないか!」とその文庫の「あとがき」を読むと、まさにまさにこの小説はとうじ映画化されたものであると書いてある。タイトルもそのまま「肌色の月」。そのころはインターネットが普及していたわけでもなく、それいじょう調べることもできなかったものだけれども、のちになってその作品は東宝で杉江敏男によって監督されたもので、乙羽信子、千田是也、淡路恵子、そして仲代達矢なども出演した、ちょっといまでも観てみたくなるような作品だったことがわかった。映画館で観ているのでデータ上の公開年度に観たことはまちがいないと思う。そのデータでは、この映画が公開されたときわたしは五歳。ながいながいあいだわたしにとって「謎」の映画ではあったけれど、その謎はようやく解決した。願わくばもういちどその映画を観てみたいものではあるけれど、残念ながらいまだソフト化はされていないようである。

 そういうわけで謎は解決したけれど、トラウマの後遺症はつづいている。いまでもなおわたしは「バンガロー」ということばを聴くたびに条件反射的にこの映画のシーンを思い出し、さらには埋められた犬の死骸を思い出してしまって、ちょっとだけ背なかに冷や汗をかくのである。


 

[]「ザ・ディープ」(1977) ピーター・イエーツ:監督 「ザ・ディープ」(1977) ピーター・イエーツ:監督を含むブックマーク

 「ジョーズ」と同じピーター・ベンチリーの原作で、「ジョーズ」と同じロバート・ショウも出ているし、公開当時のポスターも「ジョーズ」にそっくりだったという、「二匹めのドジョウ」をねらったとしか思えない作品だけど、「ジョーズ」にはなかった「お色気」担当でジャクリーン・ビセットが出演、いわゆる「Wet T-Shirt」をご披露して下さっている。ほかにニック・ノルティなど。
 「ジョーズ」はいってみればホオジロザメを主役にしたモンスターものだったけれど、この「ザ・ディープ」は、正統な海洋アドヴェンチャー・ロマン。海底に沈む財宝を求めての冒険である。その「財宝」が、十八世紀のスペインの宝船と第二次世界大戦時の医薬品を積んだ船とが同じポイントに沈んでいるというのがミソで、それが舞台になるバミューダ海域の歴史なのである。悪党どもは医薬品のなかの何千本もあるモルヒネのアンプルを狙い、主人公たちはそりゃあスペインの財宝よ、というズレがあるけれど、探すポイントはおんなじ。

 ピーター・イエーツ監督としては、やはりここは水中撮影に力を入れたわけだろう。じっさいに俳優が水中で演技しているのがはっきりわかる撮影もポイントだろうし、会話のない画面の演出/編集で流れを引っぱっていくという難作業にトライしているわけである。しかしさすがにクライマックスでのセリフなしには持ちこたえられず、シュノーケルを外してマスクのなかで大声を出して、海中でも会話するという荒技を採用してしまっている。

 どうも悪党どもの行動がよくわからなくって、ロベール・アンリコの「冒険者たち」のシチュエーションみたいになってしまっているけれど、ラストには爽快感はある。水中撮影もいい感じで、夏向きの一編ではありました。





 

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/crosstalk/20110801
   3234224