ワニ狩り連絡帳 このページをアンテナに追加 RSSフィード

       

■ 2011-12-31(Sat)

 おおみそか。しごとは非番で休みだけれども、あしたの元日にはもう、年末年始も関係なく、さっそくしごとである。ここのローカル線はおおみそかの終夜運転をやっているわけでもなく、遅くにどこかへ出かけて、しごとに間に合うように電車で帰ってくることもできない。なにをするでもなく家でいちにちをすごすことになる。午前中はきのうの日記を書き、ひるにはそばをつくって食べる。そのあとはまた、一時間ぐらい昼寝をする。

 年末年始ぐらいはふだん食べないおいしいものを食べたくなって、スーパーにことしさいごの買い物に行く。それほど「食べたい」と思うものもなく、チーズケーキとおつまみなどを買っただけ。スーパーを出たところでつとめ先の方に出くわし、しごとのことなど立ち話をする。きっと、これがこの年さいごの、ひととの会話になるんだろうなあ、などと思いながら、「よいお年を」などとあいさつしてお別れする。

 二、三日まえに放映されていた「AVO Sessions」というイヴェントでの、Joe Jackson と、Ray Davies のライヴを観た。Joe Jackson も、けっきょくは「Night and Day」のあたりのサウンドに舞い戻っているように思えた。わたしには、趣味の良さと趣味の悪さがひとりのミュージシャンのなかで共存しているのが、Joe Jackson というひとのように思える。Ray Davies はいきなり「Autumn Almanac」というマイナーなところから始まり、観客にコーラスを求める。「ノリが悪いな」みたいなこというけど、そりゃあ一般の聴衆は「Autumn Almanac」は知らんだろう。そのあとも「Dedicated Follower of Fashion」とか。わたしゃうれしいけれど、聴衆に唄わせるのはムリっぽい。このあたりまではアンプラグドという感じで、リズムセクションが入ってからは「Celluroid Heroes」とか「Till The End of The Day」とかいう、涙がこぼれそうな選曲。ちょうど観ていてAlex Chilton がむかし「Till The End of The Day」をカヴァーしていたなあ、などと思い出して、「Till The End of The Day」をやってくれるといいのになあ、などと思っていたらやってくれた。なんだか、うれしかった。どうやらKinks はもう自然消滅してしまったようで、ここではキーボードだけがKinks のかつてのメンバーで、ギターはBill Shanley というアイルランドの人。さいきんのRay Davies はこのひとといつもいっしょにやっているようだ。さいごに「Lola」もやってくれて、うれしいライヴ映像だった。

 このあとヴィデオをいくつか観て、夕食にはきのうの残りの鍋を食べ、ニェネントとちょっと遊んでからベッドに入る。あんまり眠くもないのでベッドから出て、TVをつけて「紅白歌合戦」をみたりする。ちょうど審査員として松井冬子がコメントしていたのでおどろいた。すっごいすべったコメントだったのも(わたしはなぜか)おどろいた。Lady Gaga のパフォーマンスをみたりしてから、あとは面白くもないようだったので、寝る。

 

 

[]「現代インチキ物語 騙し屋」(1964) 増村安造:監督 「現代インチキ物語 騙し屋」(1964)  増村安造:監督を含むブックマーク

 ほとんどストーリー展開もなく、さまざまな詐欺、だましのテクニックをいくつもいくつもみせていく、詐欺手口集みたいな作品(なかに「半七捕物帳」で読んだようなネタもあった)。その場その場のカメラワークの多彩さも楽しめるし、どこまでも堂々とひとをだましていく曾我廼家明蝶、伊藤雄之助、船越英二らの怪演に溜飲を下げる。年末にふさわしい作品、だったかも。


 

[]「じゃじゃ馬ならし」(1967) フランコ・ゼフィレッリ:監督 「じゃじゃ馬ならし」(1967)  フランコ・ゼフィレッリ:監督を含むブックマーク

 ちょっとまえに観た「ロミオとジュリエット」の前年にゼフィレッリが監督した、やはりシェイクスピアもの。カタリーナをエリザベス・テイラー、ペトルーキオをリチャード・バートンと、主役を当時もっともセレブだった夫婦で演じている。

 この「じゃじゃ馬ならし」の舞台ヴィデオは以前観たことがあるけれど、この映画版を観ると「え!こんなにつまらない劇だったっけ?」ってな感じになる。これはまあゼフィレッリ監督のせい、ともいえるけれど、つまりはどうも、あまりに主役のふたりにスポットをあてすぎてしまっている印象になる。わたしが観た舞台版ではもっともっと、妹のビアンカとの結婚を望む男たちの争奪戦の展開が楽しくて、これとカタリーナとペトルーキオとの結婚とが並列されることにこそ、この劇全体の楽しさがあったように思う。残念だった。
 あとはまさに「舞台空間」と「映画空間」とのちがい、というか、そもそもが舞台で上演されるために書かれた原作はその舞台空間のなかで最高の効果を発揮するように書かれているわけで、おなじ監督の「ロミオとジュリエット」を観たときにも感じたことだけれども、そういう原作を舞台空間から解き放つということに、ほとんど成功していない(納屋でのカタリーナとペトルーキオの追いかけっこはよかったけれど)。


 

[]「六つの心」(2006) アラン・レネ:監督 「六つの心」(2006)  アラン・レネ:監督を含むブックマーク

 このあいだ買ったDVDを、ことしさいごに観る作品に選んだ。このDVDのパッケージにも「ハートウォーミングドラマ」と書いてあるし、わたしも前回この作品を観たときに「ハリウッド製のハートウォーミングなラヴコメに近似している」などと書いたのだけれども、こうやって観なおしてみると、「どこがハートウォーミングやねん」などという感想になる。ものすごくシヴィア、というか、ひたすらこころが痛くなる作品だと思った。みながじぶんのなかに「地獄」をかかえていて、それを克服するではなく、ただそれぞれの「地獄」をみつめることに終わるラスト。この「地獄」を「孤独」といいかえてもいいのだろうけれども、つまり、そういう「孤独地獄」ということがより切々と感じられるようになってしまった、この2011年、ということなのだろうか。

 さいごにわたしのことを書いて、わたしは別に他者に何かを期待するわけでもないし、ひとりで生活する方がわたしには性格的にあっていると思っている。他者の「孤独地獄」などということは理解できても、わたしはあまりそういうことでどうこう、という考えはない。ひとを愛するようなことがあっても「共に生きよう」という思いもない、そのていどのものだし(「薄情」といわれたことがあるけれども、その通りなのだろうと思う)、死ぬときはひとりでいいじゃないかと思っている。不十分ではあるけれどもやることはやったし、「I'm not like everybody else」という自尊心も「わたしならまあこんなとこだろう」ていどには満足させている(これ以上はわたしのキャラではムリだな、と思ったわけである)。思い残すことがないというわけではなく、これからのいまの生活でやりとげてみたいこともある。もちろんこの生活は模範的な生活にはほど遠く、そういうことで批判されることもあるだろう。しかたがないとも思う。まあ「枯れちゃってる」のかもしれないけれども、こうやっていま生きていることへのうっぷんも屈折もない。もちろん、そう思うことのなかに「屈折」がひそんでいるのかもしれないけれど、そういう「屈折」なら、どのような生き方を選んでもついてまわるものだろう。ただ、いまやりとげたいと考えていることを、やりとげるちから(とじかん)はほしい。そんなことを、このDVDを観終わって考えていた。

 さいしょに「六つの心」を観たときの感想はこちらに(このとき、「登場する六人の一人はその声と足でしか登場しない」などと書いているけれど、人数をひとりカウントしそこなっている。七人登場して、そのうちのひとりが声と足だけ、なのである)。



 

[]二○一一年十二月のおさらい 二○一一年十二月のおさらいを含むブックマーク

映画:
●「風にそよぐ草」アラン・レネ:監督

読書:
●「日本美術の再検討」矢代幸雄:著
●「谷崎潤一郎伝 堂々たる人生」小谷野敦:著
●「猫とあほんだら」町田康:著

DVD/ヴィデオ:
●「ボー・ジェスト」(1939) ウィリアム・A・ウェルマン:監督
●「飾窓の女」(1944) フリッツ・ラング:監督
●「白い恐怖」(1945) アルフレッド・ヒッチコック:監督
●「キー・ラーゴ」(1948) ジョン・ヒューストン:監督
●「ジャイアンツ」(1956) ジョージ・スティーヴンス:監督
●「狂ったバカンス」(1962) ルチアーノ・サルチェ:監督
●「おかしなおかしなおかしな世界」(1963) スタンリー・クレイマー:監督
●「アメリカ上陸作戦」(1966) ノーマン・ジュイソン:監督
●「じゃじゃ馬ならし」(1967) フランコ・ゼフィレッリ:監督
●「奴らを高く吊るせ!」(1968) テッド・ポスト:監督
●「ロミオとジュリエット」(1968) フランコ・ゼフィレッリ:監督
●「仁義」ジャン・ピエール・メルヴィル:監督
●「太陽の果てに青春を」(1970) トニー・リチャードソン:監督
●「シノーラ」(1972) ジョン・スタージェス:監督
●「マリア・ブラウンの結婚」(1979) ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー:監督
●「ワイオミング」(1980) リチャード・ラング:監督
●「友よ、風に抱かれて」(1987) フランシス・フォード・コッポラ:監督
●「ヒート」(1995) マイケル・マン:監督
●「六つの心」(2006) アラン・レネ:監督
●「アニー・リーボヴィッツ レンズの向こうの人生」(2007) バーバラ・リーボヴィッツ:監督
●「ボーダー」(2008) ジョン・アヴネット:監督
●「安城家の舞踏会」(1947) 吉村公三郎:監督
●「原爆の子」(1952) 新藤兼人:脚本・監督
●「荷車の歌」(1959) 山本薩夫:監督
●「第五福竜丸」(1959) 新藤兼人:脚本・監督
●「人間の條件 第一部 純愛篇」(1959) 小林正樹:監督
●「人間の條件 第二部 激怒篇」(1959) 小林正樹:監督
●「人間の條件 第三部 望郷篇」(1959) 小林正樹:監督
●「人間の條件 第四部 戦雲篇」(1959) 小林正樹:監督
●「不知火檢校」(1960) 森一生:監督
●「人間の條件 第五部 死の脱出篇」(1961) 小林正樹:監督
●「人間の條件 第六部 曠野の彷徨篇」(1961) 小林正樹:監督
●「続・悪名」(1961) 田中徳三:監督
●「鬼婆」(1964) 新藤兼人:美術・脚本・監督
●「現代インチキ物語 騙し屋」(1964) 増村安造:監督
●「大魔神」(1966) 安田公義:著
●「竹山ひとり旅」(1977) 新藤兼人:脚本・監督
●「落葉樹」(1986) 新藤兼人:原作・脚本・監督
●「blue」(2001) 安藤尋:監督
●「座頭市」(2003) 北野武:監督
●「白夜行」(2011) 深川栄洋:監督


 

[]二〇一一年のおさらい 二〇一一年のおさらいを含むブックマーク

●舞台関係:19(演劇っぽいもの15、ダンス4)
 いよいよ、ダンス関係を観ることの少なくなってしまった一年。演劇もあたらしいものへの興味が薄れたっつうか、ふるつわものばかし、である。

●美術展:12
 印象に残ったのは小谷元彦さんのだとか、シュルレアリスム展だとか。

●映画:40(新作ロードショー19、回顧上映などの旧作21)
 いまになって思い返せば、ウインターボトム監督の「キラー・インサイド・ミー」のことが印象に残っている。あとはやっぱグラウベル・ローシャ、であった。

●読書:64(うち上・下巻を一冊ずつで数えたものが5)
 なんだかんだいっても、ことしも50冊台はキープしたということで、このところずっとこのくらいの読書量がつづいている気がする。ことしはそりゃあピンチョンの「逆光」である。らいねんはこんどこそあれこれと自宅本をかたづけたい。

●DVD、ヴィデオ:270
 印象に残るのは、照明の佐野武治というひとの仕事。作品では、はじめて観たヴィスコンティの「山猫」、あたり。

 せんじつ、寒くなったのでオーヴァーを出して着たら、ポケットに三月九日付けのレシートが入っていた。ああ、十一日よりもまえの世界だ、などと思ってしまった。なにもかもがちがう世界だったような気がする。そういう、あまりに大きな断裂のある一年、だった。あたらしい年にはそういう断裂を埋めるのではなく、もっとそれをはっきりさせてみたい、という欲求がある。



 

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■ 2011-12-30(Fri)

 ことしのしごともきょうでおしまい。って、ことしはあしたまでしかないのだけれども。

 家に帰ると郵便がとどいていて、わたしの使っているケータイというか、PHSの会社からだった。あけてみると、千円の図書カードがはいっていた。そう、ずいぶんまえにメールで来ていたスピードくじで当っていたのを、すっかり忘れていた。ちょっとうれしくなって、何の本を買おうかとか考えたりする。しかし、いまどき文庫いがいで千円で買える本などないのである。まあ買い物の足しにするぐらいのもの。けっきょく、また出費が増えるということで、これが底辺にテコ入れする資本主義のメカニズムである。

 線路の向こうのスーパーも年末になってから、千円の買い物で補助スタンプを一個くれる歳末福引きをやっている。このスタンプが五個たまると一回、福引きがひける。これも底辺にテコ入れする、資本主義のメカニズムである。わたしはふだんめったなことでいちどに千円以上の買い物などしないので、無縁のサーヴィスと思っていたのだけれども、せんじつ蛍光灯を買ったりしてスタンプをもらってしまい、つい乗せられて欲を出し、ときどき千円ギリギリになる買い物をくりかえしてしまう。なんとかきょうスタンプが五個たまったので、福引きをやった。ガラガラと福引きマシーンをまわすと、白い玉がコロッと転がり落ちてきて、末等のティッシュボックス(ふつうの半分ぐらいの大きさしかないのが悲しい)をもらった。フン、って感じである。歳末である。

 夕食はスーパーで買った小型の白菜をまるまる一個使い、冷凍庫にずっと埋葬されていた鮭の切り身を発掘し、これをいれた鍋にした。うまかった。

 

 

[]「ヒート」(1995) マイケル・マン:監督 「ヒート」(1995)  マイケル・マン:監督を含むブックマーク

 せんじつ観た「ボーダー」と同じく、デ・ニーロとアル・パチーノの共演作品。もちろんこの作品の方がずっと古く、ふたりも若い。このふたりにプラスしてヴァル・キルマーやジョン・ヴォイト、アシュレイ・ジャッドや、まだガキンチョなナタリー・ポートマンなども出演。

 これは、わたしにはめっさ面白かった。たんじゅんにクライム・アクションものというだけでなく、「生き方が似ている」と互いに自覚する犯罪者と捜査官とが、いったいどこで明暗が分かれることになったのか(ここで、デ・ニーロの弟子格のヴァル・キルマーと、その妻のアシュレイ・ジャッドとの挿話が活きることになる)、などというあたりまで、面白く観させていただいた。

 観ていて、これは香港映画のクライム・アクションものを意識しているんじゃないかという気になったのだけど、中盤のヤマ場の、銀行襲撃後の市街での銃撃戦の演出など、まさに香港アクション映画である。リアリティからの距離の取り方がすばらしい。やはりマイケル・マンという監督はただものではなく、これまでまったくスルーしてきたことを後悔する。




 

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■ 2011-12-29(Thu)

 しごとの帰りにコンビニでタバコを買うと、年齢確認なんですといわれて、レジのディスプレイをこちらに向けられた。画面には「あなたは20才以上ですか?」とか書かれていて、その下に「はい」と大きなボタンが描かれていた。つまり、じぶんが20才以上だということをじぶんで申告するということ。おそらくはコンビニ店員の手間と責任を軽減するためにこんなことになったんだろう。ばかばかしいけれど、「はい」のボタンを押す。いちいちこんなボタンを押してタバコを買いたくもないので、これからは別のところで買おうと思ったしだいである。

 きょうは木曜日で、西のスーパーの一割引の日のはずなので、年内さいごの買い出しのつもりで行ってみる。もう年末なので一割引というのはやっていないかも、などと思っていたけれども、ちゃんとやっていた。べつにお正月というのであらたまってとくべつなものを買うということもない、いつも通りの買い物。

 ひるまヴィデオを観て、また昼寝をしてしまう。暗くなってから起きだして、冷凍してあったブロッコリーなどでサラダをつくり、ありあわせのもので夕食にする。ブロッコリーを冷凍すると、ふにゃふにゃになってしまってダメ。なにかいい冷凍保存法はあるんだろうか。
 食事を終え、例によってニェネントとひとしきり遊ぶ。ニェネントは抱かれなれていないので、だっこすると「ふにゃあ」とかないて逃れようとする。よそのネコはじぶんからひざの上にのってきたり、だっこされるのを喜んだり、というのを読んだり聞いたりすると、なんか育て方をまちがえたのかなあ、などと思ってしまう。

 TVをみてもどのチャンネルもまったくおもしろくなく、BSにすると「世界のドキュメンタリー」で「世界を変えた日」というタイトルの、2001年9月11日の一日をとらえた番組をやっていた。ぜんぶ観てしまった。あの日から十年が経った今年に製作されたものらしい。みていると、この日、まさにアメリカ本土が「戦場」になってしまったのだったととらえられてもおかしくはない。「この日を境にして、すべてが変わってしまった」と語るひとたち。アメリカの惨事は、人対人の悲劇だったけれども、今年の日本の惨事は、自然からの、いつどこで誰がおそわれるかわからない惨事だった。‥‥わたしもまた、のちにいうだろう。「2011年9月11日を境にして、すべてが変わってしまった」と。その2011年が、もうすぐ終わろうとしている。

 

 

[]「友よ、風に抱かれて」(1987) フランシス・フォード・コッポラ:監督 「友よ、風に抱かれて」(1987)  フランシス・フォード・コッポラ:監督を含むブックマーク

 原題は「Gardens Of Stone」で、これはアーリントン墓地のことをいうらしい。「Garden Of Stones」ではないのだな、と。そのアーリントン墓地で軍葬にたずさわるのは「第三歩兵隊」ということで、その歩兵隊のクレル曹長が、かつての朝鮮戦争での戦友の息子ジャッキーを、上官として、また戦友の息子として教育する。ジャッキーはヴェトナム行きを志願しているが、クレルはジャッキーがヴェトナムから生きて帰って来られることを望み、そのための教育をするわけである。ちょうどきのう、「ジャイアンツ」でもこういう軍葬の様子が描写されていたのを観たばかりだった。

 登場人物がけっきょくみんな優等生ばっかりで、ケンカをしてもそれはやはり優等生のケンカ。登場する女性たちもみんな異様にものわかりがいい。世のなかがこんなだったら、楽なもんだろう。あとはすべて「運命」のせいである、という感じ。

 ジャッキーと結婚するのがメアリー・スチュアート・マスターソンで、そういうえばこういうかわいい女優さんがいたなあと、なつかしい気分で観た。ちょっと頑固な上官役でディーン・ストックウェルが登場するけれど、これはミスキャストだろう。




 

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■ 2011-12-28(Wed)

 きょうになってふと思い出したというか、そのときに書きわすれていたのだけれども、まえに西の方のスーパーに買い物に行ったとき、野良ネコの群れに出会った。どれもとても飼いネコにはみえないネコたちが、枯れ草ぼうぼうの空き地に、おたがいにそれなりのきょりをとってひなたぼっこしている。数えて六匹。これはやはり「群れ」と呼んでしまいたくもなるけれども、たがいにそれなりのきょりをとっていたというのは、それぞれの野良が単独行動をしているということなのだろう。まだこんなに野良が棲息しているんだなあとおどろいたわけだけれども、その六匹のうちの五匹までが黒白のぶちネコで、その感じがミイに似ていた。きっとみんなミイの親族なのだろうと想像する。ひょっとしたらそのなかにミイの子どもたちもいるのかもしれないけれど、ミイがさいごにわたしの部屋で育てて連れて行ってしまった、ニェネント以外の四匹のネコたちのすがたはないようだった。ニェネントのきょうだいたちはもっとからだが黒かったし、ジュロームに近いすがたのネコはいたけれど、それはジュロームではなかった。その西のスーパーのあたりは空き地も多いし、古い家が多いのでネズミとかもいそうな気がする。野良ネコが生きていくのにきっと快適な環境なのだろう。ジュロームたちもそこまで移動していればなあと思うけれども、わたしの家からは一キロ近くははなれているので、わたしの家のあたりで育った野良ネコがそこまで移動するのは困難なことだろう。

 しごとはなかなか作業量がへらない。きょねんはもっと早くにヒマになってしまっていたはず。それでもいちじほどのいそがしさはないので、いつも今ぐらいの仕事量があればちょうどいい、ともいえる。ヒマはヒマでつらいのである。

 ひるまから延々とヴィデオを観てすごしたので、遊んでもらえないニェネントはわたしの気をひこうとするのか、ついにはTVモニターにちょっかいを出してきたり、TVの上にとびあがったりとびおりたりしてあばれまわる。ちょっと待っていなさい。ヴィデオを観たあとは、ニェネントと追っかけっこなどをして遊ぶ。

 ヴィデオを観ていて食事の準備を忘れていて、かんたんな食材はないかとキッチンの棚をチェックすると、震災まえに賞味期限になっているという、おそろしい「親子丼のもと」のレトルトパックが出てきた。まあレトルトパックはかなり日もちはするはずだから、開けてみてよほどようすがおかしくなければだいじょうぶだろう。そう勝手に解釈して、こんやは「親子丼」。レトルトを開封して玉子をといてまぜ、電子レンジでチンする。完成。まあだいじょうぶでしょう。


 

[]「ジャイアンツ」(1956) ジョージ・スティーヴンス:監督 「ジャイアンツ」(1956)  ジョージ・スティーヴンス:監督を含むブックマーク

 三十年にも及ぶテキサスの一家族の歴史を描いた作品。結婚式や葬儀のようすがなんども、ばかていねいに描かれる。大河ドラマのダイジェスト版みたいになってしまうのを避けたのだろうか。

 冒頭、鉄道の列車と馬とが並走し、その列車がとまると自動車が待っている。いっきに馬から鉄道、そして自動車という、アメリカの交通手段の変遷が出てくる感じ。そのいちばん古い「馬」にたよっているのが主人公一家で、広大な牧場を経営している。時代は「石油」へと移行し、まさにテキサスは「放牧」から「石油」の州へと変遷していく。

 メキシコ系の住民への差別問題もあつかわれているけれども、どうも保守的な描き方というか、「しょうがないか」という雰囲気は、差別告発というにはほど遠いものがある。監督のジョージ・スティーヴンスは、のちにベルリン映画祭の審査委員長をまかされたときに、アメリカ兵のヴェトナムでの残虐行為を描いた西ドイツの作品を審査からはずすように提案した人物である。

 ジェームズ・ディーンの遺作として名高い作品だけれども、光るものは感じさせても後半のドランカー演技はわたしは好まない。

 大きなスクリーンで観たらさぞかし壮大だろうというような、広大な自然を引いてとらえたロングの映像は魅力的だった。


 

[]「blue」(2001) 安藤尋:監督 「blue」(2001)  安藤尋:監督を含むブックマーク

 音楽を大友良英が担当していたからというだけの理由で、この作品はむかし映画館で観ている。安藤尋という監督さんのことは、まるで知らなかった。‥‥観て強い感銘を受け、この監督の別の作品も観たけれど、そちらはあまりピンとくるものではなかった。久しぶりに観なおしたけれども、やはり、すばらしい作品だと思った。

 魚喃キリコのマンガが原作で、百合モノっていえば百合、である。主人公の桐島を市川実日子、その相手の遠藤を小西真奈美が演じていて、どちらも作品の空気感をリードするいい演技をみせてくれる。小西真奈美という女優さん、このあいだ青山真治監督の「東京公園」を観るまではそれほど意識したことはなかったんだけど、「東京公園」でいい女優さんだなあとあらためて認識。この「blue」でも、ちょっとしたこまかいところで惹きつけられるところがあった。

 ロケは新潟市と富山の高岡市で行われたそうだけれども、あらゆる場面がすばらしく美しく、高校時代の夏休みという独特のじかんの流れを感じさせる演出がいい。さいごのふたりのデート、その夜明けどきのひかりのなか、コーヒーの自動販売機のまえのシーンにジーンとするし、ラストの遠藤の撮ったヴィデオの映像の、波のきらめきはこころに残る。

 ちょっとはずしたタイミングではいってくる、大友良英による、素朴ともいえる音世界もこの作品にぴったりで印象に残る。ラストのクレジットのときにようやく、フルメンバーによる演奏を聴くことができる。とにかく、いい作品だった。



 

 

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■ 2011-12-27(Tue)

 きのう買った「みづゑ」のポール・デルヴォーの号は、「G」にあげて来た。帰宅して、もう一冊のジム・ダインの作品写真をぱらぱらとみる。なんとなく、やっぱりこれは「マイナー・ポエット」だなあという感じを受ける。でもやはり、ジム・ダインは好きだ。

 ニェネントがいちいち、「ねえ、遊ぼうよお!」って感じでわたしにからんでくる。部屋のなかを歩くさき、どこまでもついてくる。外に出かけようと玄関に立つと、わたしが外に出ようとしているのがわかるんだろう、先にたたきにおりてドアの下にうずくまる。「連れていってよお!」なのか、「外へ行っちゃわないでよお!」なのか。トイレに行くとトイレのドアの外まできて、わたしが出てくるのを待っている。トイレのドアをまえ足でカリカリやっている。キッチンでまな板の上を包丁でトントンやっていると下から伸びをしてきて、まえ足をできるだけキッチンの上の方にかけ、わたしのやっていることをのぞきこもうとする。首をひょこひょこうごかして、好奇心全開状態。「おまえはまたかわいいネコになったねえ」という感じで、あれこれとかまって遊ぶ。でもわたしのやる「遊び」は、わたしが面白がるだけの乱暴なものなので、ニェネントには迷惑なんじゃないかと思うんだけれども、それでもニェネントはうれしいのかもしれない。とにかくわたしはうれしい。わたしは、ニェネントのお母さんのミイからニェネントを引きわたされるがために、ここに引っ越してきたんだろう。だからいっしょけんめいニェネントを育てる。

 きょうもまた午後から昼寝してしまう。図書館に、借りている本を返しに行きそこねてしまった。もうあしたからは図書館も年末年始の休館時期になってしまう。ちょっと失敗だった。
 昼寝から起きたあと、「さあ、やらなくっちゃ!」と、年賀状を一気に仕上げた。住所録をひらいてあて名とか書いて、それぞれにちょっとした文章を書く。もうながいこと住所録の更新をしていないというか、名刺とかもらいっぱなし、メールでいただいた転居の知らせとかもそのまんまになっているので、「あのひとに出さなくっちゃ」と探してもみつからなかったり。ずっとメールでのやりとりがメインになってしまっているので、出したくっても住所のわからない方も多い。メールで「年賀状を出したいので」と住所をきくこともできるけれど、そういうメールを受け取っても「何、それ」って感じになるんじゃないかとか、もう年賀状の時代でもないだろうとか、考えてしまう。


 

 

[]「A Hard Day's Night」The Beatles 「A Hard Day's Night」The Beatlesを含むブックマーク

 Beatles の全キャリアのなかでこのアルバムだけが、全曲がLennon-McCartney コンビによって書かれているということ。Beatles 人気の世界的、爆発的ブレイクのなかで自信も得たのだろう、グループの一体感もずいぶんと向上したプラスの側面が強く感じられるキッチリとした仕上がりの一枚(つぎの「Beatles For Sale」になると、ちょっとツアー疲れが感じられることになる)。二重録音などが増加して、どんどんスタジオワークにも慣れてくるわけでしょう。ただ、はみ出してる部分がないというあたりがもの足りない、という感じがしないでもないことになる。

■A Hard Day's Night
 たたみかけるような、間をおかない展開がよくって、そりゃあいっそがしい曲だねえ、と。

■I Should Have Known Better
 わたしがさいしょに洋楽に興味を持ちはじめたころ、日本の洋楽チャートではこの曲がトップを走っていた。だから、わたしの記憶のさいしょのBeatles はこの曲。John のヴォーカルがかわいくって、どこかセクシー。

■If I Fell
 さいしょ聴いたときから、超絶ハーモニー、って感じだった。John とPaul のデュオの、最高峰でしょうか。Ringo のドラムが入ってくるところも好きだった。

■I'm Happy Just To Dance With You
 このアルバムではここだけ、みたいなGeorge のヴォーカル。切々と唄っております。

■And I Love Her
 Paul の趣味全開の曲、でしょうか。映画でのこの曲のところ、映像がきれいだった。

■Tell Me Why
 「She Loves You」と、構成が似てる気がする。こういうのって、当時のBeatles はいくらでも書けそうな気がした。

■Can't Buy Me Love
 Paul の独演会、って感じがした。

■Any Time At All
 なんかこのアルバムには「すきまがないようにヴォーカルで埋めよう」って感じの曲が多い気がするけど、この曲も。

■I'll Cry Instead
 ニューウェイヴなBeatles、って感じで、好きな曲。Paul のベース音がおもてに残るサビのところがいい。

■Things We Said Today
 フォーク・ロック、って感じもある。

■When I Get Home
 うわ、なんでここまできて急にテンション上がるんでしょうね、って感じ。そうか、ここまでの曲はそんなに「ロック」してなかったかも。熱い一曲。

■You Can't Do That
 これまた熱い一曲で、大好きな曲。コーラスの部分でのGeorge の声が目立つところがいいし、間奏のコーラスもいい感じ。Ringo のドラムも。

■I'll Be Back
 そういうわけで、クールダウンの一曲。この切々とした哀愁もたまらない。

 ‥‥しかし、この映画「A Hard Day's Night」もまた、記憶に残るステキな音楽映画だった。よくもまあここでリチャード・レスターという才人を起用したものだと、ビートルズの幸運に恐れ入ってしまう。まずはブライアン・エプスタインという好プロデューサーに恵まれ、レコーディングではジョージ・マーティンというすばらしい存在と出会う。そしてこの映画。まあ二作目の「Help!」はどちらかというとどうでもいい映画、という感じにはなってしまったけれど、この「A Hard Day's Night」は、すっばらしい映画だった。



 

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■ 2011-12-26(Mon)

 あしたはしごとも非番で休みなので、しごとが終わってから出かける。おそらくは年内さいごのお出かけになるだろう。神保町の岩波ホールでアラン・レネの「風にそよぐ草」のロードショーを観て、そのあとぐるりと下北沢にまわって、「G」に寄って、というつもり。

 まずは新宿に出てチケットショップをみてまわり、映画のチケットを探すついでに、ほかの美術展などのチケットをチェックする。もうはじまっている歌川国芳展のチケット、それから二月からのポロック展のチケットを買っておく。ほかにも写真展とかで気になるもののチケットも売っていたけれど、ちょっと予定いじょうに支出がかさんだし、行けるかどうかもわからないので、きょうは見送り。地下鉄に乗り、神保町へ。

 「岩波ホール」というのも、さいきんはほとんど入ったことがない(むかしはここで鈴木忠志の演劇とかみたけれど)。こういうなんとも「文化」の香りのする、カルチャーセンター的な空気のスポットは苦手というか、「岩波ホールでやっている映画」というだけで、足が遠ざかる気分にもなる。映画なんてもっとカジュアルな気分で観たいのだけれども、映画館の座席にすわると、ホール全体から「いっしょけんめいに観なさい」といわれているようなプレッシャーを受ける。まあわたしは「風にそよぐ草」は二回目なので、気分も多少はリラックスしている。窓口でパンフレットを買い、並べられている原作(クリスチャン・ガイイ)の翻訳文庫本を買おうかどうしようかと、ちょっと迷う。

 開映。とにかく二回目ということで、さいしょに観たときの衝撃も、ちょっとはやわらいで受け止められる。感想はまた下に書くけれども、映画技術的なお遊び、いたずらごころ満載という感覚をたっぷりと受けた。

 映画が終わってホールを出て、ちょっとだけあたりの古本屋をみてまわる。タバコが吸いたくなってこまった。ここは千代田区、喫煙コーナーも設置されていないのである(どこかにあるのだろうか)。つらかった。ずらりと並んだ古本屋の店頭のエサ箱をみていると、美術雑誌が山積みにされている店があって、1970年代の「みづゑ」とかがどっさり。じつは当時「みづゑ」はたいてい毎号買っていて、みていても「ああ、これは読んだな」とか記憶がよみがえる。いまはほとんどかえりみられなくなってしまったジム・ダインの特集号があって、ジム・ダイン、けっこう好きだったなあとか思い出して、百円だし、買っちゃおうと手もとにおいて、おなじ「みづゑ」のポール・デルヴォーの特集号とかをみていると、わきから初老のおっさんが手をのばしてきて、その積まれている「みづゑ」をつぎつぎと手にとってパラパラとめくりながら、どんどんと自分の手もとに積み上げはじめた。じぶんの手もとにあるポール・デルヴォーの号、あんまりほしいというわけでもなかったんだけれども、おっさんがいつまでもわたしのまえで本の山を切り崩し続けていて、その山にもどすにもどせず、しょうがないからジム・ダインのといっしょに買ってしまった。山の上にさりげなくもどして、そのおっさんに買わせればよかった。そういうことが出来なかった。
 店のなかに入ったりしてまた「ほしい」っていう本を発見してしまったりするのもこまるので、きょうはこれで切り上げ。そうだ。「風にそよぐ草」の文庫を買っておこうと、新刊書店に入ってさがし、ようやくすみっこにあった一冊をみつけて買う。すぐ近くでロードショー公開されている映画の原作で新刊文庫本なんだから、平積みしろよ、という感じだけれども、そういうあたりも、ここいらでの「岩波ホール」の位置付けなのかもしれない。

 地下鉄などを乗りついで下北沢に移動。すっかり暗くなった道をあるいて「G」へ。なかに入ると、むかしこの店のカウンターのなかにいたGさんと出くわした。きょうはお客さんで来ていたらしいけれど、彼女にはきょねんもやはり十二月ごろに出くわしているのを思い出した。あれこれ話していると彼女も昼に岩波ホールのあるビルに行っていたという。面接を受けていたらしい。いつもファニーでオウルモスト・クレイジーなGさんが面接を受けているすがたなど、想像も出来ない。
 Gさんがバタバタと帰ったあと、店のHさんやIさんと静かな会話をしながら飲んでいると、わたしが来るまえから奥の席にいらっしゃった方がカウンターに近づいてきて、それがJさんだった。女優さんであり(さいきんはもう女優業はやられていないようだけれども)ミュージシャンであるJさんの、わたしはつまり大のファンであって、ずいぶんまえにこの「G」でJさんと知り合って、サインをもらってしまったり、懇意にしていただいておる次第である。このところ、まったく彼女のライヴにも行けずに申し分けないのだけれども、ほんとうに久しぶりにことばをかわし、とにかくJさんがあいかわらず信じられないほどにお美しいので緊張してしまうわたし、ではあった。きょうは悪酔いするかもしれない。
 しばらくするとKさんがあらわれた。Kさんがわたしのとなりにすわられ、ちょっとお話する。Kさんはわたしの名まえをまちがえておぼえておられた。店でかけていたレコードが終わったので、何にしようかとレコード棚を探っているHさんの手もとをみていると、思いがけずにIncredible String Band の「U」のジャケットが見えたので、「え、そういうモノも置いてあったんだ」と、かけてもらう。これはやはりむかしカウンターのなかにいたLさんの趣味だということで、そう、そういうところでわたしはLさんと趣味が合って、この店であれこれとよく話をしたものだった。Hさんによると、Lさんもこのところしばらくは店に来ないということだったのだが、おどろいたことに、その「U」がかかっているあいだに、Lさんがふらりと店にやって来たのである。こういう偶然の出会いの連続では、もうきょうは家に帰れないのではないか。なんだかバカみたいにLさんと音楽の話などを延々とやる(もちろん、バカみたいなのはだいぶアルコールのまわっているわたしの方だけである)。もうほんとうに帰らないといけないというときにPatti Smith の「twelve」の話になり、そのなかの、Stevie Wonder の「Pastime Paradise」でのピアノがすごいんだとわたしが力説し、これをかけてもらう。ちょっとこの店の音環境ではあれこれの音を聴き分けるのも困難で、どこがどうすごいのか証明することにもならないのだけれども、とにかくはこの「Pastime Paradise」が終わったところで急いで店を出て、帰宅の道をとる。これでわたしにはことしの「G」もこれでおしまい。そのさいごの曲が「Pastime Paradise」というのは、出来すぎな気がしないでもない。

 小田急線で新宿の駅に着き、ケータイの乗り換え案内でみるとどうやらとちゅう大宮で乗り換えればギリギリ、ローカル線の最終に間に合うじかんのようだった。ところが、大宮駅について乗り換えようとすると、その電車はもう、五分ほどまえに出て行ってしまっている。いったいどういうこと? という感じなのだけれども、どうやらおなじ線で新宿駅をおなじ時刻に発車する、「各駅停車」と「快速」との二本の電車があるようで、わたしはその「各駅停車」の方に乗ってしまったのかもしれない。しょうがないので、ここからはまた新幹線を利用する。また余計な支出である。

 なんとか帰宅できたけれども、きょうはずいぶんと散財してしまった。まあこれでこの年のラストなんだから、「そういうこともあるさ」と割り切ろう。


 

 

[]「風にそよぐ草」アラン・レネ:監督 「風にそよぐ草」アラン・レネ:監督を含むブックマーク

 前回この作品をアラン・レネのレトロスペクティヴで観てから、この原作者の「さいごの恋」を読んだ。その「さいごの恋」もまた、映像化したら楽しいだろうと思えるような、いろいろな仕掛けがしこんであった気がした。こんかい翻訳されたこの原作も買ったのだけれども、はたしてこの映画をどのようにけん引しているのか、また映画がどれだけ原作からはなれているのか、それだけを目的にしても楽しめる気がする。

 どうもわたしは、「スピットファイア」をめぐってヒロインのマルグリットを手助けしたという五人のメカニックのことが気になって、しかたがない。どうみたってありゃあ白雪姫をとりまく小人たちって風情だし、じぶんで勝手に、マルグリットと五人のメカニックをめぐる、それはまた別の楽しいおはなしを想像してみたくなってしまう。
 そういう、映画では描かれていなくって、観客が勝手に想像するしかないことがこの映画にはいっぱいあって、たとえばジョルジュはなぜ引越すことも出来ず、選挙権もないということになっているんだろうか。「むかしの失敗を忘れるな」とじぶんでも独白しているけれど、やっぱ女性がらみのことで犯罪をおかした過去があるんだろうか(まあそう考えるのが妥当に思えるけれど、「アルジェリア戦争」に関連した過去があるのだと、なにかの解説に書いてあったような記憶がある)。

 前半はそのジョルジュの妄想の暴走に観客はつきあって、後半は、これはマルグリットの妄想につきあわされるのだろうか。どうじに観客もまた、この映画を観ながらじぶんが抱く妄想とつきあっていかなくっちゃいけない。ラストはまさに、この映画すべてが「不思議の国のアリス」のアリスがみた白昼夢みたいなものだ、といっているようであり、その白昼夢をみているのはわたしにほかならない、ということになる。

 ‥‥なんてすてきな白昼夢。

 まえにこの映画を観たときの感想はこちらから。



 

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■ 2011-12-25(Sun)

 寒いのだけれどもこのところ晴天がつづき、ひるまの日だまりはあたたかい。ちょっと厚着をして出かけ、暖房のきいた店のなかに入ったりすると汗ばむようである。しごとはようやく一段落したのだろうか、だいぶ楽になってきた。こんどは一気にひまをもてあますようになってしまうのだろう。それもつらい。

 風邪をひいていらい、昼寝ぐせがついてしまったようで、午後になるとなんだか眠くなる。せっかくつくりかけの年賀状を完成させ、あて名を書いて投函しなくちゃいけないんだけれども、「世のなかはまだクリスマスで、正月という気分ではないや」という感じで、また先送り。あさってにしごとも休みなので、そのときにやればいい、などというもくろみである。

 ニェネントは、寒さにめげずに騒ぎまくっている。またスピーカーを落下させ、しばらくはわたしと追いかけっこをくり拡げた。もちろんさいごにはわたしがニェネントをつかまえて、抱き上げて鼻先をペンペンやりながら、とくとくと説教してきかせることになる。

 「ひかりTV」と「WOWOW」の、一月の番組表が送られてきた。ひかりTVではトリュフォーの特集があるみたい。三が日は「次郎長三国志」の一挙放映も。WOWOWはまえから楽しみにしていた黒沢清演出のドラマがはじまるし、その黒沢清監督作品の特集、キューブリックの特集などもある。中谷美紀の舞台「猟銃」も、放映される。

 夕食はお好み焼きをつくってすませる。あれこれの本をあっち読んだりこっち読んだりしているうちに寝てしまう。

 

 

[]「ボーダー」(2008) ジョン・アヴネット:監督 「ボーダー」(2008)  ジョン・アヴネット:監督を含むブックマーク

 ロバート・デ・ニーロとアル・パチーノとの共演作品。じつはマイケル・マン監督の「ヒート」と、勘違いしていた。原題は「Righteous Kill」で、なんでこれが「ボーダー」になるのか不明。

 冒頭からごちゃごちゃした、トニー・スコットばりの、というか、予告編映像のようなすかした映像、演出になるんだけれども、これはしばらくしてちからつきたのか、おとなしくなってしまう。

 とにかくわたしはきのう、メルヴィルの「仁義」とか観ちゃってるので、「なんでこんなに説明ばっかしくどくど続くんだろう」とか、「かったるいなあ」とか思いながら観てしまう。なんでこんな作品にデ・ニーロとかパチーノが出ちゃったんだろうって感じだけど、脚本のなかにおたがいにキャラクターをごまかすようなポイントがあるので、そこに演技を賭けたのかな、などと想像する。いっしゅ「あれ?」っという、どんでん返しが用意されているんだけれども、演出に工夫がないからだろう(ただ、隠そう隠そうとするだけの演出)、「だからどうなんだ」という程度の感想しか出て来ない。



 

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■ 2011-12-24(Sat)

 全快。このタイプの風邪は鼻づまりがのこるとかいうことがないので、なおってしまえば「あれはなんだったのか」ぐらいに元気さがもどる。きょうからはまたしごと。

 しごと先でおなじ職場のひとにきいたはなし(きょうきいたのではないけれども)。市議選がちかづいたころ、ある候補者をひぼう中傷する内容の(もちろん匿名の)手紙がとどいた。ところがその手紙は「幸福の手紙」になっていて、「これとおなじ内容を五通書き写して投函しなければ、あなたは不幸になる」と。

 しごとで支店から分室へ車で移動するときに、道沿いにある古着屋の看板がみえ、「古着半額セール」とあるとその都度「行ってみようかな」ということになる。きょうも半額セールの看板が出ていたので、しごとのあと行ってみることにした。それプラス、きのう年賀状をつくって、ちょっとばかしニェネントに手助けをしてもらったんだけれども、どうもその出来上がりが想像していたのとちがう感じで、少々やり方を変えるためにあたらしいマテリアルがひつようになった。その材料がホームセンターにあればいいのだが、というわけで、しごとを終えてからホームセンター、そしておなじ方向にある古着屋へと足を向けた。

 ホームセンターは、おそらくはこれから大掃除をしようとするひとたちが、いっせいに掃除用具を買いに来ているようで、ずいぶんと混雑している。年賀状用の道具を無事にみつけたついでに、わたしも少し、掃除のための買い物をしておいた。その足で古着屋へ行く。

 いまわたしが着ているものはもうほとんど古着屋で買ったもので、上から下までぜんぶ合わせて二千円にもならない。というか、わたしが着ているものでいちばん高価なものはパンツではないかと思うくらいである。で、とにかく安いということで、デザイナーズブランドのものもびっくりする価格で並んでいるし(デザイナーズブランドのものは、つまり生地も縫製もしっかりしている)、バーゲンがあるとついつい買いに行ってしまう。このごろはタンスに収まりきれないぐらいの衣料が部屋にあふれるぐらいなのに。

 きょう買ったのはベージュのタートルネックのセーター250円に、なんとかサイズの合った黒のボトムス(COMME CA ISM)250円、50円なのでまよわず買った厚手のシャツと、イタリア製のプリントシャツ150円。合計700円である。ちょっとイタリアのLサイズは大きくってだぶだぶだったけれど、着れないというわけではない。ボトムスがサイズが合ったのがうれしくて、帰ってからすぐにはきかえて、スーパーに買い物に行ってみたりする。

 夕食はきのうの残りの味のしみたおでんを食べ、そのあとはニェネントとひとしきり遊んでから寝た。

 

 

[]「続・悪名」(1961) 田中徳三:監督 「続・悪名」(1961)  田中徳三:監督を含むブックマーク

 第一作を観てからずいぶんじかんがたってしまったけれど、「ああ、そういう話だったな」と思い出しながら楽しく観た。なんだかわたしはどんな映画でもいつも、宮川一夫の撮影をほめてばかりいるようだけれども、いややっぱり、この映画での彼の撮影は見事なもので、集団の出入りでの、俯瞰撮影とアップでの下からあおるような撮影との組み合わせがすばらしくって、観ていてドキドキしてしまう。しかしやっぱりこの映画ではラスト近くの、田宮二郎が雨のなか刺殺される場面で、この、真上からうつされる蛇の目傘の映像、ちらっとうつる刺殺犯の幼いともいえる表情、雨に流れてくる赤い血と、倒れる田宮二郎、そこに泣いてすがる藤原礼子と、もう、何もいえない。

 この作品のラストではついに勝新太郎の朝吉も徴兵されるのだけれども、「オレも兵隊に行くんだからオマエもカタギになってくれ」と田宮二郎の「モートルの貞」をさとすけれど、貞は「戦争だって国の縄張り争いじゃないですか」と反論するあたりが、面白いかな。

 貞も死んじゃうし、朝吉も「こりゃヤバい」という前線に送りこまれちゃうし、ほんとうはここまでで「悪名」は終わりのはずだったらしい。それがヒットしちゃったんで、まだまだ続編がつくられることになって、いっかい死んだ田宮二郎は、その「モートルの貞」のいとこだかなんだか、ということで再登場するらしい。いっかい死んだヤツがそうやって「いとこ」だかなんだかで復活してしまう映画って、ほかにもあったようだけれども、なんだったか思い出せない。

 余談になるけれど、原作の今東光、僧侶になってからの貫禄ある写真でしか知らなかったけれど、せんじつ読んだ小谷野敦氏の「谷崎潤一郎伝」で、「いい男だったのよ」という、若いころの写真をはじめてみた。へーえ、という感じ。小谷野敦氏は、たとえば佐藤春夫なんかも、いっぱんに流通しているのが晩年の写真ばかりなので損をしているみたいなことを書かれていた。今東光もまさに、という感覚。これが稲垣足穂なんかだと、「若いころはイイ男だった」伝説も流通しているので、なんとかなっているだろう。たとえば夭逝した中原中也などは、あたりまえだけれども若いころの写真しかないから、ずいぶん得をしてる。太宰だって芥川だってそうだろう。サリンジャーみたいに、若いころの写真だけ残して歳とってからはいんとんしてしまえば、やっぱり得するだろう。わたしも、若いころの写真をもっと保存しておけばよかった。


 

[] 「仁義」(1970) ジャン・ピエール・メルヴィル:監督  「仁義」(1970)  ジャン・ピエール・メルヴィル:監督を含むブックマーク

 ‥‥いやあもう、堪能。すっばらしい。これを録画したテープは永久保存版としてツメを折っておきたい(って、VHS時代の名残りの死語でありますが)。

 わたしはだいたい映画をみるとき、ほとんどストーリーのことなんかどうでもいいというか、ストーリーなんて演出をきわだたせるための方便ぐらいに思って観ているのだけれども、まさにこの作品などは、そういうメルヴィル流の(撮影のアンリ・ドカエとのタッグによる)演出術を楽しむため(だけ)の作品。とにかく、「次はスクリーン上で(わたしはヴィデオで観ているからブラウン管上で、ということになるけれど)どんなことをやってのけてくれるのか」という楽しみで、二時間半があっという間、だった。

 冒頭の、列車のなかのマティ警視(ブールヴィル)をその列車の外からとらえ、並行してズームアウトしてしばらく並走するショットとか、「リスボン特急」でもこういうことやっていたなあ、などと思うし、この作品にはあれこれと「リスボン特急」を想起させられるシーンが多い。でも、列車と並走する俯瞰ショットというのは、たしかノーマン・ジュイソン監督の「夜の大捜査線」のタイトル部でやられていたはずで、「夜の大捜査線」よりもあとにつくられたこの「仁義」、メルヴィル監督が「アレをオレもやりたい」と思ったのかもしれない。

 元警官で、銃の達人ジャンセン(イヴ・モンタン)が登場する場面、ほとんど「スキャナー・ダークリー」の実写版という雰囲気で、このあとにジャンセンが弾丸をじぶんで鋳造する場面ではどうしても、「やっぱりコイツはジャンキーなんだ」と思わせてはぐらかせるところなど、これはメルヴィル流のユーモアなんだろう。

 クライマックスの宝石強奪の場面では、数十分にわたってセリフも音楽もない(途中で、「ジャンセンだ」という、イヴ・モンタンのひとことだけが挿入される)。それを、「リスボン特急」の冒頭の銀行強盗シーンを思わせるち密な演出でみせる。もう最高である。

 わたしがDVDで観たときの日本語字幕と、この「ザ・シネマ」で放映されたものの日本語字幕は、ちがうものだった気がする。DVD版ではどこかに、「仁義だ」というセリフがあったはずである。まあこの邦題は微妙なところで、原題は「赤い輪」である。これは監査局長が「ひとはみな、罪人になるのだ」ということばがラストにつながるあたりに反映される。じつはこの監査局長が、かつて警官だったイヴ・モンタンに銃の弾道計算などのことを教えている存在で、この教えがなければイヴ・モンタンがアラン・ドロンらの犯罪に組することはなかっただろう。ちょっと乱暴な脚本だというのはたしかかもしれないけれど、それでもメルヴィル監督がこの作品に仕組んだ「しかけ」は、なかなかに奥深い。

 こまかいところでも目を楽しませてくれる演出満載で、そういう小ネタをあれこれと書いていると、いつまでたってもこの文が終わらない。ただひとつ、これはいぜんDVDでこの作品を観たときに気がついていたことかもしれないけれど、この映画のなかで、アラン・ドロンが腕時計を右腕にはめ、その文字盤を腕の内側に来るようにはめているのが、「サムライ」と同じなのである。これはやっぱりメルヴィル監督の演出なのだろう。




 

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■ 2011-12-23(Fri)

 体調はずいぶんと回復した。もう平熱だろうし、鼻水もほとんどとまった。ちょっと咳が出るようになったのは気をつけなくっちゃいけないだろうけれど、ほぼ健康体であろう。ただ、さすがに体力が落ちてしまったのか、だるい。かったるい。ひるすぎから横になって本を読んでいてまたいつの間にか寝てしまい、目がさめたらもう外は薄暗くなっていた。このみっかほどで、あわせて四十時間ぐらい寝ているんじゃないだろうか。

 また夢をみた記憶がよみがえって、どうやらわたしは知人たちと飲み会をやっているらしいのだけれども、終電の時刻がせまっているので帰らなければならない。夢のなかではタイムリミットは午後十一時四十分ということになっていて、わたしはとなりのひとに腕時計をみせて、「もう帰らなきゃ」といっている。
 どうやらビルのなかの一室だったらしい飲み会の会場からそのビルのエントランスに出ると、ビルへの道をタクシーがやってくるのがみえた。しゅんかん計算して、ここでタクシーに乗ればよゆうで終電に間に合うだろうし、そのもより駅までの距離もたいしたことないので、サイフの負担にもならないだろうという考えで、タクシーに手をふる。ところがわたしの周囲には、黒い服を着た法事での集まりのようなひとたちがおおぜいいて、いつのまにかわたしをとりかこむようなかたちになっている。彼らもタクシーをとめるために手をあげていて、わたしはそのなかにのみこまれてしまう。とうぜんタクシーはわたし以外のひとたちを乗せて行く。
 わたしは終電に乗ることをあきらめたのか、つぎの記憶ではまたどこかの飲み会に加わっている。まわりの雰囲気がいぜんほかの夢でみた記憶があるような、どこの記憶とも当てはまらないけれどもなんだかなつかしい雰囲気である。このあとまだまだわたしの彷徨はつづいたような気もするけれども、断片的なイメージが、ふっとよみがえるだけである。

 ヴィデオを観ようとしてもなんだかかったるくて、とちゅうでよしてしまう。もういいかげん年賀状をつくりはじめないといかんな、などと思って、夕食におでんをつくって食べたあと、ついに年賀状つくりに着手。作業しているとニェネントが近づいてきて、「なにやってるの?」と興味しんしんなんだけど、あんまり面白そうでもないと思ったのか、しばらくはパイプ椅子のうえでわたしのやっていることをみていたけれど、プイとどこかへいってしまった。

 きょうもBeatles の初期のアルバムを聴いたりして、また早くに寝てしまった。

 

 

[]「With The Beatles」The Beatles 「With The Beatles」The Beatlesを含むブックマーク

 このアルバム、むかしは、シングル盤でリリースされたヒット曲も入っていないので、ファーストアルバムにくらべてちょっと弱いかな、などと思っていたのだけれども、とんでもとんでも、そんなことはない。グループとしてのまとまりもガッチリして、コーラスワークも深化し、聴きごたえのあるアルバムだった。

■It Won't Be Long
 つなぎのGeorge のギターが好き。Paul の、ネコがふんづけられたような「Yeah!」も好き。ドライヴ感最高。「Want」じゃなくって「Won't」だっていうんで、中学時代に英語の勉強になりました。

■All I've Got To Do
 このあたり、Smokey Robinson 趣味だよな、というのはいま聴くとわかる。バックのサウンドがみごとにまとまった印象で、このあたりはRingo がグループの一員として、みなにとけこんだことにもよるんだろうか。

■All My Loving
 小さいころ、さいしょにBeatles が好きになったきっかけの曲のひとつ。ジャジャジャジャジャというJohn のギターがすばらしい。メロディー最高。

■Don't Bother Me
 ついに出たGeorge の作品。これも中学のころ好きだった曲。歌詞へのメロディーのつけ方が、やっぱりJohn やPaul とちがうのね。ちょっと哀愁。

■Little Child
 どこかMotown Sound。間奏のJohn のハーモニカが、がんばってるし、George Martin のピアノも、「オレだってグループの五番目のメンバーよ」とばかりにとけこんでいる。

■Till There Was You
 小さいころは、George って、すっごいギターがうまい!って思っちゃった曲。

■Please Mister Postman
 コーラスワークということでは空前絶後、天下一品でありましょう。Ringo のドラムもすばらしい。これも世紀のパフォーマンスではありましょう。涙。

■Roll Over Beethoven
 George の、ヴォーカルもギターも大好き。ちょっとへたっぴいなんだけど、とにかくいっしょけんめいな切々としたシンギングとプレイに打たれてしまう。

■Hold Me Tight
 曲の入り方が好き。ここでは、なんかかわいいPaul のヴォーカルに打たれます。

■You Really Got A Hold On Me
 めずらしい、John とGeorge のデュオ(たぶんこの曲だけなんじゃないのか)。このふたりが唄うとねちーっとした空気になって、おつなものである。もっとふたりのデュオを聴きたかった。

■I Wanna Be Your Man
 ごぞんじ、John とPaul がRolling Stones に、彼らの目の前でつくってプレゼントした曲。Stones は感激はするし、「これからはオレたちも自分で作曲を」とインスパイアされるわと、たいへんだったんだけど、のちにJohn は「捨て曲だよ」なんていうのね。捨て曲を唄うRingo というのもかわいそう。まあやっぱりどうってことない曲かな。ハモンドオルガンがきこえるとこがちょっといい。

■Devil In Her Heart
 知らなかったけれど、オリジナルもまったくヒットしていないこの曲を、やろうといったのはGeorge だったということ。だからヴォーカルもGeorge(これも、わたしはずっとJohn だと思ってた)。やっぱちょっと哀愁で、いちじき、わたしはこの曲が大好きだった(もちろんいまでも)。エンディングのギターのからみ、そのさいごのGeorge の声がたまらない。

■Not A Second Time
 John が全曲唄いあげている、って感じで、ちょっとあついものがある。

■Money
 ファーストアルバムの「Twist And Shout」よもういちど、という感じの選曲とプレイだけど、どうでしょう。ちょっとピアノがうるさいし、コーラスがずっとおなじだからなあ。Ringo のドラムが好き。




 

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■ 2011-12-22(Thu)

 夜なかの二時ごろに目がさめて、このところ睡眠の取りすぎだからなあ、などと思って、体調も良さそうなので起きだしてみた。パソコンの電源を入れ、パソコンをみたりして、しばらくするとまた鼻水が出はじめた。どうも横になっていればだいじょうぶなのが、起き上がってあたまを縦にすると、どこかにたまっている鼻水の源泉があふれてくるような感覚である。やはりきょうはしごとは休ませてもらおうかと考えて、もういちどベッドに横になり、そのまままた寝てしまった。

 つぎに目ざめたのがいつもしごとに行くときに起きるぐらいのじかんで、起きてみると、二時ごろよりもずいぶんと調子がいいように感じられた。ほら、なおったじゃないかと、このいそがしい時期に欠勤するのもわるいように思ってもいたので、出勤することにした。

 しごとをはじめてみるとやっぱり、まだ本調子ではないなあという感じでもあったけれど、四時間の勤務はなんとかやりすごせる。これはまちがいなく風邪なんだけれども、咳も出ず、のどにはまったく異変はないので、風邪声というのでもなく、はたからは健康そのものに見えたりするんじゃないかと思う。いえいえ、つらいのよ。

 しごとを終えて帰宅して、ニェネントとベンナに食事を出し、じぶんも朝食をとってきのうの日記を書いたりして、スーパーへの買い出しに出る。きょうは西のスーパーは一割引の日だし、あれこれと食材で切れてしまったものもある。クリスマスをすぎるともうお正月価格になってしまうだろうし、まあ年末へのさいごの買い出しである。店内をみてまわり、こういうときにはおでんでもやってみようと、おでんの具などもあれこれと買った。

 買い物を終えて家にもどると、一気に体調が悪くなった。どうも発熱もあるようで、きつい。動けないということでもないからついつい起きていてしまうけれど、やっぱり寝ていようと横になって、本など読んですごす。あしたはしごとも非番で休みだから、きょうあしたでしっかりなおそう。

 

 

[] 「猫とあほんだら」町田康:著  「猫とあほんだら」町田康:著を含むブックマーク

 あたらしく飼いネコになったシャンティーとパンクの紹介と、著者の伊豆への転居にともなう、たくさんのネコたちのお引っ越し騒動。よくもまあ、ひとつのことがらをながながと引きのばしてこれだけの文章にできるものだと感心する。これはある意味でプルーストとかの「意識の流れ」なんじゃないかしらんと。

 読んでいると、やっぱりさいしょに人になつかないネコは、いつまでたっても人にこころを許したりしないものなのかなあ、などと思う。ウチに来たユウも、ちょっとのあいだでも外に出て、野良ネコ化してしまったジュロームも、まったくわたしになつかないままとびだして行ってしまった。そうすると、いつまでもわたしを威嚇しつづけているベンナも、決してなつくことはないんだろうか。そういう気がする。


[]「Please Please Me」The Beatles 「Please Please Me」The Beatlesを含むブックマーク

 そういうわけで、体調もわるくて横になってるし、きのう「Past Masters」を聴いたのが新鮮だったりもしたので、ちょっとCDの在庫をほじくり返して、Beatles のデビュー作を聴いてみることにした。

●I Saw Her Standing There
 まあこのまえにシングル盤でデビューしているわけだけれども、ある意味名刺がわりの一曲目。One,Two,Three,Four! のかけ声ではじまる。名曲だと思う。しっかし、Paul はこのベースラインを弾きながら、同時に唄っていたわけだろうか。すごい。

●Misery
 この初期のころは、John とPaul が全曲を通してツイン・ヴォーカルをとる曲がけっこうあって、この曲もそういう一曲。エンディングのコーラスでアドリブっぽくなっていくというのも、こういう初期の曲ならではのこと。

●Anna (Go To Him)
 切々としたJohn のヴォーカルがすてき。George のリードギターも、Paul とGeorge のふにゃふにゃしたコーラスもいい感じで、アメリカの音ではない、まさにイギリスの若者の音になっているという印象。この時期のイギリスのバンドでは、こういう音づくりがちょっとした規範にされたような気がする。

●Chains
 わたしはずっと、この曲のリード・ヴォーカルはJohn だと思い込んでいたけれど、どうやらGeorge だったらしい。イントロのハーモニカのメロディがわたしにはアラビアっぽく聴こえて、「こりゃあアラビアで鎖につながれていた奴隷の歌だ」なんて思ってた。

●Boys
 いつのまにかはじまってしまうような、この曲の独特の空気は好きだった。「パプシュワ、パプパプシュワー」っていうコーラスも。なんか、小さいころはこの曲に、東京の夜の歓楽街のイメージを勝手に抱いていた。とちゅうRingo のヴォーカルが「トーキョーバンボーイズ」って聴こえて、やっぱ東京の歌だよな、などと。

●Ask Me Why
 すっごいリリカルでメロディックというか、Beatles がこういうのも唄うんだというのも驚きだったし、コーラスワークに感動もした。ちょうどわたしは中学の林間学校に行った前後にこの曲をはじめて聴いたので、いまでもこれを聴くと、林間学校でのことが思い出されてしまう。

●Please Please Me
 いいけど、いま聴くと、なんかむりやりベースの音数を増やしているような印象もある。

Love Me Do
 ずっと、あんましピンとこない曲だったけれど、久しぶりに聴くと、なんだかよかった。

●P.S. I Love You
 これもメロディックな曲というか、好き。Paul のヴォーカルの、さいしょの単語にだけからむコーラスにも、なんかしびれた。

●Baby It's You
 そりゃあもう、さいしょの「シャラララララ」につきる一曲。Shirelles のオリジナルもその後聴いているはずだけど、どうしてもこのBeatles の音に印象がかき消されてしまう。 John の「Cheat, Cheat」とかくり返されるところが、切なくって。間奏の低いギターの音になにか別の音がかぶさっているようだけど、何だろう?

●Do You Want To Know A Secret
 George のヴォーカル。このファーストアルバムにはまだ自作曲は入れてもらえなかったのね。アコースティック・ギターでやっていると思う。

●A Taste Of Honey
 こういうのもやっている。こういう趣味はまさにPaul のものだろう。

●There's A Place
 これもツイン・ヴォーカル。めずらしく、Paul が低い方のパートを唄っていて、サビの部分で逆転するのかな。

●Twist And Shout
 世紀のパフォーマンス。この一曲だけでもBeatles は永遠に不滅、でしょうね。聴いていて泣けてくるぐらいにすごい。

 

 

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■ 2011-12-21(Wed)

 きょうはしごとも休み。きのうのよるは七時ごろにはもうふとんにもぐって寝てしまい、あさは五時に目がさめた。十時間睡眠したのにまだ足りなかったのか、朝食をたべて日記を書いたりしたあと、八時半ぐらいから、ニェネントといっしょに早いお昼寝をしてしまった。十一時半ごろに目覚めたのだけれども、起きるとくしゃみの連発で、また鼻水がずるずると出はじめた。せんじつとおなじ症状。のどの痛みもないからこじらせないようにすればわりと早くなおってしまうだろうけれど、いったいなぜ、ふとんで寝ていたのに風邪っぽくなったりしたんだろう。寝ていてもとくに寒いとかいう意識もなかったのに、ふしぎである。あまり長いこと寝すぎたせいかもしれない。きょうかあしたには出かけてみようかとも思っていたけれども、これはやめておとなしくしていた方がいいだろう。おとなしくしていればあしたには快方にむかうことだろう。あしたはしごとがあるけれども、休んだ方がいいかもしれない。

 というわけで、いちにち一歩も外に出ずにすごした。CDを聴いて、ヴィデオを一本みて、夕食には鍋。ところが、土なべによそったあつあつのを食卓に運ぼうとして、思いきりこれをひっくりかえしてしまった。あぶなく足にかぶってやけどをするところだった。がっくりである。あわてて始末して、しょうがないので缶詰とかをあけてわびしい夕食にする。はやく風邪をなおそうと、また七時にはふとんにもぐりこんだ。

 そういうわけで、きょうはニェネントの一歳半になる月の誕生日だったんだけれども、何もしてあげられなかった。

 

  

[]「Past Masters Vol.2」The Beatles 「Past Masters Vol.2」The Beatlesを含むブックマーク

 なにか聴こうかな、などと思ったら、プレーヤーのそばにこのCD(正確には自炊CDR)が転がっていたので、トレイに突っ込んでみた。なんだか聴いていて「懐かしい」というよりもアクチュアルな気分で、楽しく聴けた気がする。つまらないことだけれども、一曲ごとの感想を書いておく。

● Day Tripper
 Beatles 中期ってこういう感じだね、という曲で、Paul のベースがリードするあたりが面白いのかな。

●We Can Work It Out
 途中で三拍子に強引になだれ込むメランコリックな曲で、こういう感覚はのちの「Sgt. Peppers」の「Being for the Benefit of Mr. Kite」を思わせるかな。

●Paperback Writer
 じつは大好きな曲で、これと次の「Rain」とのシングル盤カップリングこそ、Beatles 最強の一枚だったんじゃないかとわたしは思っている。すばらしいコーラスワークとエフェクト。これ以上細工しすぎるとダサくなりそうだし、絶妙なところで寸止めされている感覚がある。60年代レコーディング技術と楽曲の兼ね合いのベスト・コラボレーションかな。George Martin 、偉大なりという感想。ほんとうはもうワンコーラス追加して、さらにヴァリエーションを聴かせて欲しかった気はする(そういう構成は、もうちっとあとの「Hello, Goodbye」で、より完成されて楽しめるのね)。

●Rain
 そりゃあもう、Ringo Starr がいかにすっごいドラマーだったのかという証拠物件でしょう。オルタナティヴな雰囲気の曲調も、三、四十年は時代を先取りしているのでは。

●Lady Madonna
 いま聴くと、こういうのつまらない。

●The Inner Light
 George Harisson を、嫌いになることは出来ない。「Within You Without You」と並んでインドべったりな作品だけれども、やはり「Arrive without Travelling」だとか、「See all without Looking, Do all without Doing」なんて歌詞にはヤラれる。ある面でほとんどIncredible String Band なんだけど、George はIncredible String Band のことをどう思っていたんだろう。

●Hey Jude
 え、だから、こういうのって、「Beatles」という存在への「裏切り」でしょ、というパート・ワン。

● Revolution
 好きではありません。

●Get Back
 Paul は好きでないけれど、これは好きですね。リードギターはたしかJohn で、George のリードが嫌いとかいうのではないけれど、「Rock」というイディオムでは、John のギターの方が「ロック」している感覚はある。

●Don't Let Me Down
 パンキッシュで、コーラスとかもベタベタしていい。ここでもJohn のギターがねちっこいのと、George のギターとの対比がいいです。ちょっと抑えたRingo のドラムも、Paul のベースもいい。もしかしたら、末期のグループとしてのベスト・テイク?

●The Ballad Of John And Yoko
 よくわかりません。

●Old Brown Shoe
 基本的にBeatles って孤高の音づくりというか、あまり同時代のほかのバンドと通底する音づくりを聴かせてくれないんだけれど、これ聴くとこの時期のBeatles も60年代後半のバンドだったんだなあと痛感させられる。そういう、同時代とのリンクというのではやはり、George という存在がクローズアップされるよね、という一曲。好きですが、Paul のベースはどうなんですか。出しゃばりすぎでは?

●Across The Universe
 まあ、George Martin ならぜったいにこういう仕上げはしなかっただろうな。テープ回転が速すぎるというか、もっとゆったりと唄うべきだろうし、キキ奇ッ怪なコーラスが興をそぐ。名曲なのに。

●Let It Be
 いつ聴いてもBeatles 最悪の一曲。こんな、S&Gみたいな、さぶいぼが立ちそうな曲が今でもBeatles のベストとされるような国に、わたしは住んでいる。「裏切り」のダメ押し。

●You Know My Name (Look Up The Number)
 ひゃひゃひゃ、という別世界への一曲。「トリップ」とはこういうことよ、というのか、すべての価値判断をぶっこわされてしまうような、くっだらない一曲。あまりにくっだらないので、ほめるしかなくなってしまう。Beatles をずっと通して聴いて、さいごの一曲がコレ、だったりしたら、ショックだろう。

 こうやって、Beatles の全曲を聴きなおして、それぞれの感想を書いてみるのもおもしろいかもしれない。


 

[] 「アメリカ上陸作戦」(1966) ノーマン・ジュイソン:監督  「アメリカ上陸作戦」(1966) ノーマン・ジュイソン:監督を含むブックマーク

 この邦題だと戦争映画かいなと思ってしまうけれど、原題は「The Russians Are Coming, the Russians Are Coming」である。映画の時制は公開時リアルタイムぐらいのもので、つまり米ソ冷戦中。アメリカのどこかの人口何百人という小さな島に、ソヴィエトの潜水艦が座礁しちゃうのである。乗組員は潜水艦をえい航するために住民からボートを借りようとするんだけれども、「ロシア人が来た!」という知らせは、伝達ゲームのようにだんだんにオーヴァーなものになって伝わって行くという映画。基本的にコメディーなわけだけれども、「博士の異常な愛情」みたいに、ブラックに大爆笑させられるようなものではない。「ロシア人だって友だちになれるさ」みたいな、ヒューマン・コメディーというか。ラストには米空軍まで出撃するんだけれども、ロシア人たちと友好関係をむすんだ島民たちが、出港する潜水艦の回りをボートで囲んで護衛する。

 みていると、ロシア兵たちの島の住民へのコンタクトが、なんというか、「間男」的なアプローチにみえてしまう。ついつい攻撃的になってしまって、いく人かの島の住民をしばりあげたりしてしまうんだけれども、その被害にあうのがだいたい女性、しかも老女といってよく、これは夜ばいに来た男たちがもうだれも相手にしない老人のところへ行っちゃったみたいなもので、「攻撃」としてはいちばんなさけない成果でしかなかっただろう。ただひとり、若くてハンサムなロシア兵(ジョン・フィリップ・ローが演じている)だけがちゃんと若い女の子と接触して、みじかいあいだにふたりで海辺を散歩するなんていうデートも、もちろんキスもなしとげる。米ソ友好である。

 こういう作劇が可能なのも、すでに「キューバ危機」もすぎたむかしのことで、一触即発の危機的状況ではないだろうといういっぱんの認識があったということだと思う。たとえばですよ、こういうシナリオをいまの日本の状況に合わせてリライトすることもできるでしょうと。もちろんロシアからのお客さまではなくて、将軍さま(お亡くなりになられたけれども)の国からのお客さまだとすると、そりゃあリアリティありすぎというか、この「アメリカ上陸作戦」みたいな展開をもたせると、たいていの観客は「じょうだんじゃないよ」って感じになっちゃうんじゃないだろうかと。「博士の異常な愛情」が、まだキューバ危機の記憶もなまなましい1964年の作品として、ああいうブラックな作品になったのだろうと推測すれば、まあこの日本と将軍さまの国とは、ブラックな処理でしか笑い飛ばせない状況なんかしらんねえ(これは多分に「情報操作」のおかげだろうと思うし、きのうきょうと、あちこちのTVがそういうさらなる「情報操作」にあけくれているという国に、わたしなどは住んでいるわけです)。

 ノーマン・ジュイソンって監督さんの作品、あんまり観てないけれど(「夜の大捜査線」とか「シンシナティ・キッド」ぐらい?)、きっとシリアスなものだとその手腕を発揮されるような気はする。この作品なんか、もっと大爆笑させてくれてもいいような気もするけれど、そういう「ヒューマン」な部分をこそ大事にされてのこの演出なのかなあ、などと思う。

 アラン・アーキンはこの作品がデビューらしいけれど、ここでもう、もうすっかり出来上がっちゃっている俳優さん、という印象がある。セオドア・バイケル(ビケル?)がいかにもロシアの艇長って感じでおかしかったし、ジョン・フィリップ・ローって、イイ男なんだけれども、ちょっとサイコっぽいところもあって、これは使いにくい俳優さんだったんだろうなあという印象。つまり、トニパキに近いところがある印象。エヴァ・マリー・セイントも出てるんだけど、こういう作品だとすっかり家庭の主婦におさまっちゃう人なんだなあと。



 

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■ 2011-12-20(Tue)

 また夢をみて、夢のなかでわたしは電車に乗っていて、おそらくは下北沢に行こうとしているのだけれども、どこかでまちがえて、地下鉄の駅らしい見知らぬ雰囲気の駅で降りてしまう。ホームはかなりのひとごみで、わたしはなぜこんなにひとがいるんだろうと考えている。ホームの壁をみると「恵比寿」と書いてある。どこかで日比谷線に迷ってしまったんだな、などと思うけれど、駅の雰囲気は知っている恵比寿の駅とまるでちがう。わたしはいつのまにか外を歩いていていて、舗道には色づいた落ち葉がつもっていて晩秋の空気。いつしかいっしょに並んで歩いているFさんとなにか会話をかわす。おぼえている夢に空白があって、次にはわたしは文房具店で店員をやっているようだ。赤と黒の鉛筆の芯のようなものがパックされた商品をもった中年の背の低い男が、わたしに「この糊はどうやって使うのか」ときいてくる。「ちょっとまって下さい」と答えたわたしは、その商品の置かれた平台を見に行くのだけれども、そのコーナーはわたしの文具店とはちがう店の区域だった。おなじフロアにふたつの文具店が並んでいる。わたしはお客さんに「それは向かいの店のものですから」とか答えている。

 目覚めるときょうも寒くなりそう。セーターの下にもう一枚、薄いセーターを着込んでしごとへ行く。やはり寒いあさだったけれど、きのうのような冷たい思いは回避できた。それでも冷たくなった指先を、自動販売機で買ったホットの缶コーヒーで温める。ずっと缶コーヒーを両手でにぎりしめていて、飲むときにはすっかりぬるいコーヒーになってしまっていた。

 しごとを終えて帰宅して、室内のニェネントとベランダのベンナにネコメシを出してあげる。寒くなったせいか、このごろはニェネントも外へ出たがるようすを見せなくなった。ひるごろにベランダに小鉄が来ていたのを窓からのぞいて見る。あらためてきょうは小鉄のからだの大きさにおどろいてしまった。ニェネントよりもかくじつにひとまわり大きい。ついさいきんになって見かけるようになった野良だけれども、もうあれで成猫なんだろうか。あるていど大きくなっていた飼いネコが捨てられたものなのか、どこかで野良として成長したのが、テリトリーを移動してきたのか。

 注文してあったDVDが到着したのでパソコンで再生しようとしたら、パソコンがDVDを認識しなかった。しばらくパソコンのDVDプレーヤーは使っていなかったけれど、たしかにいぜんから調子が悪いところはあった。どうもDVDのトレイの位置が正常でないのか、それともプレーヤー内にニェネントの毛とかが入りこんで悪さをしているのか、そんなものだと思う。こういうメカ的なものなら分解すればなおせる場合もあるし、プレーヤー内部の掃除もしておこうかと、パソコンを分解する。内部の基板の上に、茶色くなったわたぼこりがぎっしりつもっている。筆で掃いてわたぼこりを取る。DVDプレーヤーが本体カヴァーの上側に固定されているのを外そうとしてみるけれど、プレーヤーはプレーヤーで一体化されていてブラックボックス状態のように見えるし、プレーヤーを取り外すにはまわりのコード配線も外さなければならないようで、手をつけるにはリスクが大きすぎるようなので、作業は中止した。どちらにせよ、もうこのパソコンもそろそろ買い替えどきだろうなあ。YouTube も見ること出来ないし、ちゃんと表示されないサイトの数は日ごとにふえている。

 じつはFacebook もTwitter も、いまはこのパソコンからはちゃんと閲覧できないのである。まだだいじょうぶだったころにFacebook にはID登録してあったのだけれども、そのまま放置した。ところが友だちリクエストがあれこれ来るようになって、放置しても悪いので、ケータイからFacebook にアクセスして、リクエストの承認だけはまめにやっている。友だちが友だちを呼んで、いまではそれなりの数の知己の方々がわたしをエントリーして下さっている。わたしはFacebook をなんにも活用していないけれど、ありがたいことであります。

 それでTwitter の方もID登録してあるはずなんだけど、こっちはいまでもほとんど使う気がない。かしこくない文章をアップするのはこのブログだけでじゅうぶんだし、字数が少ないと、じぶんはもっとバカっぽい文章しか書けないことは知っている。情報を得るのにもっと活用してもいいけれど、ケータイでしかアクセスできないし、やはりケータイではじゅうぶんに使いまわせない。

 

  

[] 「谷崎潤一郎伝 堂々たる人生」小谷野敦:著  「谷崎潤一郎伝 堂々たる人生」小谷野敦:著を含むブックマーク

 その作品についてはほとんど触れられない評伝なので、谷崎が文学になにを求め、なにが評価されたのかというあたりはほとんどわからない。そういうのは谷崎の作品自体や、別の作家論で読みなさいということだろう。

 著者の小谷野敦氏の著作は一、二冊読んだことはあるようだけれども(このブログで「小谷野敦」で検索すると、いちおう二冊読んだことになっている)、読んだころはブログに読んだ感想を書く習慣もなかったので、どんな本だったかまるでおぼえていない。それでもじつはひそかに小谷野敦氏のブログは愛読していて、過去の文献からの文壇ゴシップめいたことがらへの解釈などを楽しませていただいている。この著書もまさに、そういう著者のブログの拡大版というもので、つまりこの本は過去の文献、書簡などから、いままで書かれなかった谷崎潤一郎の生涯の、そのゴシップめいたぶぶんに再解釈をくわえているということではないのだろうか。
 ところがわたしはちょこちょこと谷崎作品をかじってはいるのだけれども、彼の生涯に関してはそのあまりに有名な佐藤春夫への妻譲渡事件の、そのうわべのぶぶんを多少読み知っているぐらいのものである。そういう意味ではこの著作で「松子神話」への反ばく、などと書かれても、そもそもがその「松子神話」に関してまるで知ることがないわけである。ああ、あんまりいい読者ではないなあ。でもまあ、その「妻譲渡事件」にもまた、いわくいいがたい長い時の流れの上での、あの「妻譲渡」ということになるわけだ、などと了解いたしました。そう、この評伝を読んでいると、つまりはひとりの人物の生涯で、たとえば突出したスキャンダルめいた、つまりは醜聞が流布されることがあっても、そこにいたるには「いわくいいがたい長い長いいきさつ」があるのだ、というあたりを、この評伝で「堪能」させていただいた、という感覚である。

 ただ、膨大な数の人物の登場するこの評伝、いささか記憶力の減退して来ているらしいわたしには、読んでいて「この人っていったい誰だっけ?」という感じで、ページを前にくくってみることひんぱんではあった。時系列も一直線ではないところもあって、著者はまずはこの評伝を谷崎の「詳細な年表」をつくることから始まった、と書かれているけれど、やはりこの書物、あるていど書き込まれた谷崎潤一郎の年譜を手もとに置きながら、比較検証しながら読んだ方がよかったのではないかと、読み終わってから気づいたしだいである。
 いまわたしの手もとには、小学館の「昭和文学全集」の第1巻の巻末の「谷崎潤一郎 年譜」がある。たしかにこれと読み比べると、あれこれと興味深い箇所がみつかったりする。たとえば昭和十六年に谷崎が「日本芸術院会員になる」という、小谷野氏が「ありえない」とした記述が、この「昭和文学全集」版の年譜にも踏襲されている。こういうあたりに異議をとなえられ、調査して反ばくされるあたりが小谷野氏がブロクでもやられているところの、彼の真骨頂ともいえるところで、ある意味ではスリリングでもある。「台所太平記」と谷崎家の「女中」の変せんとを二段組で比較した章は、ちょっとばかし紙数が足りなくって細工してしまった印象もあって読む気が失せたけれど、これも「台所太平記」を読んでいれば、興味ぶかい章だったかもしれない。

 最良の読者ではなかったわたしだなあ、という読後感ではあるけれど、このところ不調だった読書体験では、ひさしぶりに堪能させられた読書だった、という感じではある。さあ、もっと谷崎を読みたいぜよ。



 

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■ 2011-12-19(Mon)

 寒い。しごとでは冷蔵や冷凍の荷物を担当してしまっているのだけれども、外気の寒さプラス荷物の冷たさのダブルパンチはきびしい。いくらわたしのこころが冷たくってもたちうちはできない。きょうは冷凍の荷物がいつもにましておおくって、ドライアイスを長いじかんあっちへやったりこっちへやったり、梱包をといて小分けにして包みなおしたり、指先が凍傷になってしまったのではないかという感覚になった。

 もうことしも残りは二週間を切ってしまった。いろいろあって、ことしは年賀状なるものをしたためるつもりでいる。どういう年賀状にするかコンセプト(大げさな!)は決まっていて、材料もとりそろえているのだけれども、それがなんというか「お手軽」に製作できそうなので、かえっていつまでも製作にとりかかれない。いいかげんそろそろ取りかからなくてはいけない。ニェネントにも手伝ってもらうつもりである。

 そのニェネントはこのところ「わたしにかまってちゃん」状態がはげしくて、ちょっとわたしが動くとついて来てからんでくる。わたしがなにか食べているとわたしの手もとにちょっかいを出してくる。なんだかさいきんはちょっと成長して美人になってきたような気がして、抱き上げて「かわいいねえ、かわいいねえ」とかまっていると、いきなり指をガブリとかまれた。あまがみではない。流血の惨事にはいたらないものの、かなり痛い。このところわたしがベッドでニェネントを抱き上げて、まえ足にかみついて「シャーッ!」っと怒らせて遊ぶのが日課になってしまっているので、きっとその復讐というか、いや、愛情表現がはげしくなってきたというか。

 西にあるスーパーは、毎月曜日に「50円均一セール」などというのをやっているのだと知り、きょう行ってみた。おつまみ系だとか、カップ麺などあれこれと50円。もやしも一袋15円。カップ麺は外装デザインとかなんとなくまずそうだったけれど、「50円なんだから」と、いくつか買ってきた。帰宅してためしにひとつ試食してみると、これが意外に食べれる味だった。TVでコマーシャルをしょっちゅうやっているようなある種のカップ麺よりおいしいのではないのか。まあふだんカップ麺を食べるという習慣がないので、なんでもおいしく感じるのかもしれない。まずいものでもおいしく感じるという味覚音痴は得である。
 きょうでようやくビーフシチューの在庫をなくした。昼食のスパゲッティ用のミートソースはまたあと一食分ある。そろそろお正月。なにか食卓を豪華な献立で飾りたくもある。

 

  

[] 「不知火檢校」(1960) 森一生:監督  「不知火檢校」(1960) 森一生:監督を含むブックマーク

 「座頭市」シリーズへの引き金となった、勝新太郎主演のピカレスク時代劇。脚本も「座頭市」シリーズを手がけた犬塚稔である。

 冒頭からの、主人公杉の市の、盲目というハンディキャップを越えたさまざまな悪事の連続の語り口が楽しく、これはまさに「噺」という感覚であるけれど、思いをよせる女性をレイプするあたりから、「ちょ、ちょ、ちょっと」という感じになる。まさに極悪犯罪人である。こういう極悪犯罪人を描いた映画作品というと、今村昌平監督の「復讐するは我にあり」とかを思い出したりするけれど、「復讐するは我にあり」の根底にあったのは、ヒューマニズムを希求する情念のようなものであった記憶がある。しっかし、この「不知火檢校」の主人公、あっけらかんと大悪人である。ほしいのは「金」と「女」と「地位(権力)」で、これらを手に入れるために、人が死ぬことになったりしてもいっこうに気にかけはしない。その悪人ぶりには彼とタッグを組む悪党一味も「そこまでやるか」とあきれるぐらいである。

 しかし、映画のなかにいちどだけ、主人公のみる「夢」のシーンが描かれる。その夢では主人公はちゃんと目が見えていて、彼のまえの美しい女性の舞いに、彼が三味線で伴奏をつけているという、おだやかな夢である。夢がそれをみるものの願望のあらわれだとするならば、主人公はじつはその夢のような「おだやかな」世界を希求していたことになる。目が見えて、自分が愛する女性といっしょに、美しい世界を産み出したいと願っていたのだろうか。力づくで女性を屈服させても、その女性からの愛は得られない。彼の内面にはそういう絶望があり、その絶望が、彼に人をふみつけてかえりみない悪事に走らせているのだろうか。

 まあそういう主人公を擁護するような見方はよして、ただひたすら主人公の悪事に叫喚し、目をそむける。そういうことを楽しむ映画なのかもしれない。

 冒頭の祭りのシーンから、ラストの同じく祭りのシーンへと、演出は軽快でここちよいテンポで進行する。ラストの手持ちカメラで主人公の破滅を追うシークエンスで、観客はそれまでのやりきれない気もちからのカタルシスを得る。それでも、「悪」というのはこういうものだという、冷徹な視線がいつまでも印象に残る作品ではあるだろう。


 

[] 「キー・ラーゴ」(1948) ジョン・ヒューストン:監督  「キー・ラーゴ」(1948) ジョン・ヒューストン:監督を含むブックマーク

 むかし、レンタルしたDVDかヴィデオで観た記憶はある。脚本にリチャード・ブルックスが加わっているのは知らなかった。どうみてもこりゃあ舞台劇の映画化だろうと思っちゃうわけで、そうするとラストの船上の対決というのはおそらくこの映画版でのオリジナルだろうということになるけれど、あんまりうまくいっているという印象はないのね。こうやって久しぶりに観ると、やはりそういう、ここは舞台では別のやり方でうまくまとめちゃったんだろうな、と想像できる部分が、この映画でそのまま描写不足のように感じられる部分になるし、やっぱり全体は舞台舞台している。つまり、映画のいいところは舞台でもきっと観客をとらえたことだろうと。

 もちろん、この映画でいちばんすばらしい場面は、アルコール依存症のかつての歌手を演じるクレア・ハワードが、エドワード・G・ロビンソンに酒とひきかえにいやいや唄わされる場面で、舞台になるホテルのバーがこのときに、まるでちがうじかんの、まるでちがう場所にワープする。

 夜が明けて嵐も去ってすべてが解決し、ローレン・バコールが部屋の窓を開けると、外のあさの光が部屋にさしこむ美しいシーンもまた、舞台的ではある。



 

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■ 2011-12-18(Sun)

 夢をみた。わたしは関西の方に旅行に出ているようである。見知った人たちとの合宿という雰囲気で、宿は共同宿泊施設らしいのだけれども、幅がせまく奥行きのある四階建てのビルで、各階の中央は広い倉庫のようになっていて、その両側は大きな二段の棚になっている。はじの方には個室のドアがあり、そういう個室には男女のカップルとか三、四人のグループが宿泊しているらしい。わたしはひとりで来ているので、ほかの知人たちといっしょに中央の大きな部屋ですごす。部屋に入っていくとEさんがいて、仲居さんみたいに部屋の皆に食事を出してあげている。わたしの顔をみて「ひさしぶりだね、なんか、ちょっと太った?」と話しかけてくる。それをきいた誰かが「ほんとうだ、頬から下がふっくらしているよ」などという。どうやらアート系のイヴェントの合宿のようで、それぞれが作品の計画を練っている雰囲気である。
 わたしが持ってきたはずのバッグが見あたらなくなり、探し回ることになる。建物の一階の下駄箱をあけてみるけれど、下駄箱のなかは仕切りもない大きな物置みたいなもので、そのなかに空気でふくらんだような黒いビニールのかたまりがいっぱいつっこまれている。そのビニールの上にわたしの靴は置いてあるけれど、バッグは見つからないので、四階から一階ずつ降りながら、あちこち探し回る。声をかけて個室のなかに入ると、奥にすりガラスの引き戸があって、その奥は浴室になっているようである。その部屋にいる男女が入浴していたようで、誰何されてしまう。別の個室でも男女のカップルに出会うけれど、その女性の方はどこかでお会いしたことのある舞踏の人ではないかと思うし、男性の方もわたしの見知った人ではないかと思う。そのほか、奥深いデティールがあれこれとあったようだけれども、あらかた忘れてしまった。じっと思い出そうとしていると、いくつかの断片的なイメージがよみがえってくるように思えるけれど、すぐに霧が晴れるようにイメージが消えてしまう。

 きょうもしごとは休み。また晴天で、午前中に洗濯をする。午後になってベランダにネコの小鉄が来ていた。窓ごしにみる小鉄はほとんどグレーの毛の、かなり大きなネコだけれども、とてもきれいでかわいい顔をしている。もちろんニェネントも負ける。小鉄も、野良ネコを卒業させてやりたいものだと思う。

 ニェネントは、わたしが昼寝だとか、よる寝るときなどにベッドに横になると、しばらくしてかならずベッドの上にかけ上がってくる。わたしのからだのうえを乗りこえて、わたしの足のあたりの横で丸くなる。ゴロゴロとのどをならしているときもある。わたしのとなりで寝るのがうれしいんだろう。きっとわたしのことを親みたいに思ってるんじゃないだろうか。このごろはわたしのからだを乗りこえるときにかなりの重さを感じる。ニェネントももうちょっとで一歳と六ヶ月になる。

 「谷崎潤一郎伝」をかなり読み進んだ。あとふつかぐらいで読了したい。そう、きのう観た「安城家の舞踏会」で、ラストに滝沢修演じる家長の妻になる女性が、石川千代という名だったけれど、この名まえは谷崎のさいしょの妻の名まえである。ぐうぜんの一致、ではないだろうと思う。

 アラン・レネの未公開作品(きょねんのレトロスペクティヴでは上映されたけれど)「六つの心」がなんとDVD化されたので、これをわたしへのクリスマス・プレゼントとして、Amazon で注文してしまった。

 

  

[] 「マリア・ブラウンの結婚」(1979) ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー:監督  「マリア・ブラウンの結婚」(1979) ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー:監督を含むブックマーク

 西ドイツの戦後の経済復興を、マリア・ブラウンという女性の半生とダブらせるという映画だった。どっぷりと悲劇にもなりそうな題材をシニカルに、ちょっぴりコミカルに描いた演出がなんだか新鮮だし、戦後日本を舞台にして同じようなものが出来そうだな、などとも思いながら観ていた。

 女性であることを武器に、策略と打算で男を征服し、社会的、経済的にものし上がっていくマリア・ブラウン。「わたしは経済復興時代のマタ・ハリよ」とうそぶく彼女には、その姿をあらわさない「夫」の影が重たくのしかかっているわけで、それはおそらくは自分の行為が「夫のため」なのか、「夫を裏切る」ことになっているのか、彼女にも答えが見つかっていないということに思える。

 ラストに、サッカーのワールドカップ決勝、ドイツ対ハンガリー戦のラジオ実況中継の音声をバックに、マリア・ブラウンの豪華邸宅に夫やその他の人物があらわれ、その状況がまさにサッカーの戦いの実況と奇妙なシンクロをみせるあたりは抱腹絶倒というか、これはゴダールもまっ青の、アクチュアルな政治コメディであろう。と同時に、「男性原理の復権」をも思わせる痛烈な演出でもあって、そのじつ、やはりこの作品が描いたのは「一女性の悲劇」でもあるという作劇に、打ちのめされることになる。ファスビンダーの作品などほとんど観ないで来てしまったけれど、やはりもっと観ておきたい。

 いくつかのシーンが、まさに舞台演劇的な演出になっているあたりとか、ものすごく効果的だった印象がある。そう、さいきんはクエイ兄弟の作品でわたしにはおなじみのゴットフリート・ジョン(ヨーン)の、若き日のすがたを観ることができた。「この人、どこかで観たことあるなあ」とずっと思っていて、なかなか思い出せなかった。




 

VALERIAVALERIA 2012/12/07 12:26 こんにちは。
12月15日(土)より渋谷シアター・イメージフォーラムにて
「ファスビンダーと美しきヒロインたち」を開催します。
『マリアブラウンの結婚』
『マルタ』
『ローラ』
ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー監督の三本を上映!
スケジュールはこちらからご確認ください。
http://mermaidfilms.co.jp/fassbinder30/schedule.html

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■ 2011-12-17(Sat)

 出かけた日のよくじつはぐったりしてしまうのはいつも通り。だから、出かけるのはなるべく、しごとが非番になるまえの日を選んでいる。だからきょうは非番である。あさから久々にピーター・バラカンのFMを聴き、そのあとは「カーネーション」の総集編をみる。戦時下だけれどもみんな明るく生きている。このところ糸子の店ではたらく昌子という存在が楽しくて、ちょっと彼女のファンになる。でも、お父さんの小林薫が死んでしまう。こんしゅうは栗山千明の出番はなし。

 きょうからは東京ではアラン・レネの「風にそよぐ草」の公開がはじまるし、歌川国芳没後百五十年展の東京での展示もはじまる。横浜では松井冬子展がきょうから。きのうCさんとはなしていて、わたしが訪れるまえにちょうど翻訳のしごとをされている方がみえられていて、Cさんとあれこれと映画のはなしをされていたとのことで、そのときにその方がCさんにおすすめされた映画のなかにその「風にそよぐ草」があったのだけど、あとでそれらのタイトルをメモしていたCさん、その「風にそよぐ草」のタイトルだけ思い出せなくなっていて、「あれはなんだっけ?」と思っていたところだったそうな。わたしが「風にそよぐ草」がいいよ、とおすすめして、「あ、それだ!」と、符合したわけである。連続してふたりにすすめられたんだから、Cさんはきっとこれを観に行くだろう。わたしも年内にいちど観ておきたい(複数回観ようかなと思っている)。

 きょうも晴天で気もちがいい。スーパーに行くと蛍光灯、電球類が二割引きになっていた。じつはこの日がくるのを待っていたのである。ようやくリヴィングの蛍光灯を買い替える。賞味期限の近いスープ餃子が半額で売られていたので、きょうはまだ残っているビーフシチューはお休みして、このスープ餃子を買って夕食にする。スープ餃子にはもう一種類あって、そっちはなかなかヴォリュームもあって食もすすむのだけれども、きょうのは違うメーカーのだった。価格もだいぶ安い。‥‥これは、ダメだった。なかの具が異様に少なくて、ぜんぜん餃子と呼べるようなものではない。ワンタンでもこれよりはマシだろう。やはり安いものは安いなりのものである。多少高くっても食がすすむようなものであれば、けっきょくは安いものを買うよりも経済的だということは、せんじつのビーフシチューでも学んだ。

 ニェネントはときどき、固定電話の置いてある台のうえにあがって受話器においたをして、受話器をはずして落っことしてしまう。きょうも二回ぐらいやった。だれか電話したい相手でもいるのかね、という感じである。もうすっかり発情期はおさまったのだけれども、あいかわらず「ひとり運動会」はつづいている。

 

  

[] 「安城家の舞踏会」(1947) 吉村公三郎:監督  「安城家の舞踏会」(1947) 吉村公三郎:監督を含むブックマーク

 脚本は新藤兼人で、「あれ、こんな話、なんかあったなあ」と思ったら、チェーホフの「桜の園」の翻案らしい。

 いきなり原節子のうしろ姿、背なかが画面いっぱいに拡がっていて、進んでいったその原節子がキッ!とふりむいて、映画がはじまるまえからつづいている会話のとちゅうからの、唐突なセリフになる。カメラがしゃべっている人間をオフにして、テーブルの上の花瓶の花をしばらく写したり、いきなり画面の手まえにタバコのけむりをまき散らしたり、そういうちょっと実験的なことをあれこれやってるんだけれども、そういう実験の意欲だけが先走りしているようであまり面白いとは感じられない。

 製作年に重なる華族制度の廃止にともなって没落する一華族のようすを「家がなくなる」ということに象徴的にとらえ、その家での最後の「舞踏会」の一夜をメインにくりひろげられる。とにかく製作は日本の敗戦直後からはじまっているはずで、観ていると「これからは日本映画もアメリカさんのものを勉強しなければならない」ということでやってるんだろうなあ、ということを強く感じる。観ているとここで吉村監督がその規範としているのはウィリアム・ワイラー監督の演出手法のようで、ワイラー監督が得意としたタテの構図をさかんに取り入れている。ところがざんねんなことに、そういうタテの構図をせっかくやっても、これは機材の性能の限界だったのか、とてもパン・フォーカスということにはなっていないで、つまりピントの合っている範囲がせまい。あと、まるっきり「モロッコ」のさるまねとかもやっているんだけれども、ここは観ていて大笑いしてしまう。それでもたとえば象徴的に扱われるよろいかぶとの扱いだとか、ラストの父娘でのふたりのダンスにいたるシークエンスの演出はみごとなもので、ちゃんと設定を洋館にしていることも効果的になっている。ただ、ふたりのダンス(タンゴ?)は親子のわりには濃厚すぎる気がしないでもない。

 出演者では滝沢修が重厚な演技をみせ、森雅之がいかにもアメリカ的なニヒルさをただよわせる演技をみせるけれど、森雅之のくわえタバコはうまくいっていない。もちろんこの映画の空気を支えているのは原節子のイメージで、こういうもんだいを抱えながらも明るくふるまって事態をなんとか好転させようという役どころは、彼女の独壇場という感じがする。ちょっとヒネた出戻りの長女を演じていた、逢初夢子という女優さんがよかった。あとはまだ若いだろうに初老の執事を演じている殿山泰司がもうけものの役で、「殿山泰司、いいなあ」と思っちゃうのである。


 

[] 「白夜行」(2011) 深川栄洋:監督  「白夜行」(2011) 深川栄洋:監督を含むブックマーク

 TVドラマ版が大ヒットして原作もベストセラーだというんだけど、そういうのをみたことも読んだこともないわたしである。もっともっといっぱい登場人物があって、サブストーリーが山ほどあるのを刈り込んでの映画化らしい。

 全編がまったく同じようなゆっくりしたテンポで演出され、一秒もあればじゅうぶんではないかというショットも、いつも五秒とか十秒とかたっぷりとじかんをかけて観せられる。ゆっくりと対象にズームしていくショットが好きなようで、いくどもいくどもこれが使われる。アダージョだかレントだけで構成された長い長い曲を延々と聴かされている感じで、もう終わりのころには「いいかげんにしてくれ!」という感じになってしまった。

 これで、それがたとえばヒロインの内面を描くための演出で、ちゃんと機能していればそれなりに観るものを惹きつける画面にもなったかもしれない。しかしこの脚本では、そういうヒロインなりそのパートナーなりの内面はまったく描かないというものになっているから、観ていても何を観ていればいいのよ、という感じになる。だいたい一連の事件を解明することになる刑事が、ほとんどセリフでみんな説明してしまうのだから、いよいよ観るものなんかなくなってしまう。ラストにはもう説明を受けたことがらがもういちど映像でくりかえされる。BGMのピアノがうるさくって、これはきっと映画の「砂の器」の変な影響なんだろう。うんざりする。とにかくもっと演出にアレグロとかヴィヴァーチェを取り入れてスピーディーに処理すれば、これは一時間三十分か四十五分ぐらいで収められるんじゃないだろうか。「人間の條件」全六部を観とおすよりも長く感じた、苦痛の二時間半だった。

 ひとつ書いておけば、ハサミで人を刺殺したものが、自分の行為におののきながらも、そのハサミを活かした趣味をずっとつづけているというのに違和感をおぼえた。まあ連続殺人犯だからいいのか。原作を読みたいとは思わない。




 

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■ 2011-12-16(Fri) このエントリーを含むブックマーク

 あさはちょっと雨も降ったけれど、しごとが終わるころには快晴になり、ほこほことあたたかい。さあ、あしたから休み。しごとはきょうもいそがしく、いいかげん肩が重くなったけれども、おそらくはもう峠はこえたことだろうと思う。

 Cさんから個展の案内状がとどいていたので、きょう行くことにした。Cさんの作品はこれまでもいつもとてもすばらしいもので、ちゃんと名まえを出して紹介しておくべきなのかもしれない。でもパーソナルなことも書くことになるから、「Cさん」とイニシャルにする。ちょうど二年前のこの時期にも、同じギャラリーでのCさんの個展におうかがいした。ギャラリーのあるビルのエントランスに、大きなクリスマスツリーが飾られていたのをおぼえている。

 Cさんには、わたしがやっていたイヴェントにずっと参加していただいていて、参加していただいたほかの多くの作家と同じように、いまでもちゃくちゃくと活動を発展させられているわけである。ことしの夏に、Cさんにも暑中見舞いのつもりのはがきを出して、その文面不在のはがきに(おそらくはわたしの精神状態を)心配されて、わたしに(ほとんど安否確認の)電話してこられたのがCさんだった。

 電車に乗ってまた眠ってしまい、目が覚めたらもう池袋の手前。Cさんの個展のギャラリーは湯島なので、上野から歩いていくつもりで赤羽で上野へ行く電車に乗り換えようと思っていたのに、けっきょく山手線で上野へ。上野から御徒町にかけては、もう何となく歳末気分になっているように感じた。もと聚落のあった公園下のビルがすっかりとりこわされていて、ちょっとおどろいたけれども、もう聚落は営業をやめてずいぶんなとしつきがたっているはずで、いままで残されていた方がおどろきかもしれない。

f:id:crosstalk:20111217132528j:image:left 公園の南のはじっこに、奇怪な噴水をみつけた。むかしからあったんだろうけれど、きょうはじめて気がついた。なんでカエルが水を吐いているのかわからない。テッポウウオという、エサになる小動物に水を吐きかけて命中させ、落として食べる狩猟魚が存在するので、このカエルもエサを射おとしているのかもしれない。
 不忍池のほとりを歩いていると、池のほとりにカモが集っているのに遭遇した。いろんな種類のカモがいるけれど、どれもこれもあんまりあたまの良くなさそうな顔をして泳いでいた。見上げると不忍池の対岸の東天紅あたりの建物が見えるのだけれども、たしかそのあたりに異様に細長い孤立するペンシルビルみたいなのがあったはずなのが、見あたらない。まえからあれは大地震が来たらポッキリ折れるな、などと思っていたのだけれども、こんかいの震災でおそれをなして解体したのだろうか。たしか名の通った建築家の設計したビルだったと思ったけれど。

 ギャラリー到着。ことしはギャラリーのまえにクリスマスツリーのすがたはなかった。Cさんと再会。Cさんにハグされる。わたしはテレ症だから、きっとからだが逃げているのがCさんに感じられてしまっただろう。
 ぜんかいの個展から日本画の顔料を使いはじめたCさんの新作は、そういうマテリアルにも慣れられて、ちょっと幽玄な世界をも構築されていた。ほとんどモノクロにちかい面構成のなかに、赤や青系統の印象的な色面がかさなる。有機的な形態が組み合わされて、どこか夢玄的な世界が生まれて立ち上がるしゅんかんのような、とても印象に残る作品だった。

 あれこれとCさんと会話する。Cさんはわたしの生活とかを心配されているのか、ほとんどわたしがインタヴューを受けているような感じである。そういうふうになんというかあれこれと質問されると、じぶんの生活で意識していない部分についてもあれこれと自省することになるのだけれども、げんざいの生活にはマイナス要因もあるけれどもそれが逃避の結果というものでもないし、じぶんのなかでは、ある意味では理想的にすごしているではないかと感じられる部分もある。生活の目標が見極められていないかもしれないけれど、そういうものが見失われているわけではない。見方によっては「没落」の人生にもみえるかもしれないけれど、とにかくそれはわたしがいちばん恐れていた「没落」ではない。こういってよければ、これでも生活をエンジョイしているわけである。などなどとあらためて思ってしまったけれど、自重のこころを忘れてはいけないよな、などと。

 外はすっかり暗くなってしまい、またの再会を約してCさんと別れ、その足で下北沢に向かって「G」へ行く。この夜もカウンター席はかなりのお客さんでうまっていた。お客さんの持ってきたというBeach Boys の「新譜」、「SMILE」などを聴く。店のDさんも歓待してくれて、たのしい一夜だった。年内にもういちど訪れるかもといって、すっかり寒くなった帰路につく。思いのほか早くにすわることのできた電車のなかで、「谷崎潤一郎伝」を読み進めた。



 

 

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■ 2011-12-15(Thu)

 きょうもずっとしごとがハードで、日曜日の休みのあときょうで連続四日の出勤。そんなことふつうに考えればどうってことないのだけれども、ちょっと疲れがたまってきた感じがする。あしたしごとに出れば、ふつうのひとのカレンダーとおなじに連休になる。もうちょっと、である。

 帰宅して部屋にはいると、またオーディオのスピーカーが転がり落ちていた。前面のカヴァーをとめているプラスチックの部分が折れてしまったし、カヴァー枠も破損している。ぼろぼろ。犯人はまちがいなく、お留守番をしていたニェネントくんである。
 発情期もおさまりつつあるニェネントは、部屋じゅうでひとり運動会をはじめている。家のなかをドドドッとあちこちかけめぐり、とび上がれるところがあればとび上がる。玄関のたたきに降りて、にゃーにゃーとなく。さいきんのお気に入りのおもちゃは、わたしがあげたペットボトルのキャップで、これをまえ足でけっとばしてはかけて追っていく。キャップが床をころがる音と、ニェネントの足音がひびく。うるさい。このごろちょっと掃除をしていないし、ニェネントは荒らしまわるわけだし、部屋のなかはすごいことになっている。ニェネントも外が暗くなると疲れたのか、ベッドの上で丸くなってずっと寝ている。おかげで、わたしが寝るときにはふとんがちょっとばかしあたたかくなっている。

 昼食はスパゲッティ、夕食はビーフシチューと、この三日間おなじメニューが続く。つくってから日にちのたったビーフシチューは、スジ肉をつかっているし、味もしみてきたし、ほとんど「煮込み」みたいな味になってきた。さいしょは買った肉がスジ肉で失敗したな、などと思ったけれど、これはこれでオツなものである。こんどもまた、スジ肉でつくってみようか。

 

  

[] 「人間の條件 第五部 死の脱出篇」(1961) 小林正樹:監督  「人間の條件 第五部 死の脱出篇」(1961) 小林正樹:監督を含むブックマーク

 ここではもう全編、サヴァイヴァルをかけた彷徨になり、これだけ長いじかんさまよい続ける作品というのもあんまりないんじゃないだろうか、と思ったら、せんじつ観た「ザ・ロード」を思い出したりした。ちょっと近いものがある。

 第四部で梶の部隊の生き残りは梶と寺田、そしてもうひとりのあわせて三人だけ。しぜん状況判断にひいでた梶がリーダー格になる。ソ連軍の警備を突破するときに、梶はソ連兵を刺殺することになり、この体験がのちのちまで梶を苦しめる。第四部ではまるで思い出さなかった妻のことが急に彼の支えになり、妻のもとにもどるまでは死なないと、強くこころに思うわけである。三人はべつの敗残兵の集団に出会ったり、森のなかでまよったときに、やはりまよっている民間日本人の集団と出会ったりする。森からの出口はなかなかみつからず、ほとんどの民間人、そして兵士たちも脱落して死んでいく。病院で知り合った丹下とも再会して、丹下も行動を共にするようになり、あとはいまでは梶をいのちの恩人と思っている寺田と、梶についていけば助かるだろうと執念でついてくる娼婦(岸田今日子)、もうひとりべつの兵士の四人になる。しばらく彼らを攻撃してくるものには出会わないけれど、中国人農民が武装していて、かれらの畑を荒らす逃亡日本人を攻撃してくる。

 梶はつまり関東軍の兵士ということになるけれど、関東軍上層部は民間の日本人たちをまったく保護救出しようとせずに勝手に闘い、勝手に敗北して、生き残ったものは勝手に逃げたわけである。そういう歴史にしるされた状況の一端が、この一人称描写からも伝わってくる。もうここでは梶もひたすらただ自分が生き延びることを考えるわけで、ヒューマニズムもなにもないサヴァイヴァルゲームが続くのだけれども、体力も強く、状況判断にもすぐれていて、いままでとは別のスーパーヒーローぶりをみせつける。ときどき思い出したように左翼的な能書きを語ったりするけれども、それは映画のアリバイ工作のようで、この篇のなかでは浮いている印象になる。まためぐりあった敗残兵部隊に、桐原伍長(金子信雄)という卑劣な男がいた。この桐原が民間避難民の美しい少女(中村玉緒)を「送っていく」といって同行し、途中で彼女を陵辱したことを知った梶が、はげしい怒りを桐原にぶっつけるところで第五部はおしまい。


 

[] 「人間の條件 第六部 曠野の彷徨篇」(1961) 小林正樹:監督  「人間の條件 第六部 曠野の彷徨篇」(1961) 小林正樹:監督を含むブックマーク

 しばらく彷徨をつづける梶たちだけれども、またべつの敗残兵と合流し、かなりの人数にふくれあがる。そこでもやはり、梶はリーダー格をまかされることになる。まだ生活をつづけている日本人たちの集落にたどり着くけれど、その集落には老人と女たちばかりである。長老格は笠智衆、女のひとりを高峰秀子が演じている。集落にはいくども敗残兵たちが通過していったようで、そんな敗残兵たちに集落の女たちは慰めを与えている。それは自分たちもまた生き延びるための方策なのだろう。そんな生活のありさまを高峰秀子が梶に語るシーンがあるけれども、ここでの高峰秀子はちょっともったいぶった、「うまい演技」というのが先に感じられて、わたしはあんまり感心しなかった。

 集落にソ連兵一隊が近づいてきて、梶たちは隠れて戦闘準備をとっているけれど、一触即発というときに高峰秀子がとび出して来て、「ここを戦場にしないで」とうったえる。これを聞いた梶は日本兵全体に投降を呼びかけて、全員で捕虜になることを選ぶ。ちょっとばかし観念の先走りした脚本ではないかという気がしないでもない。これから先は俘虜生活である。

 ここで、梶がいかにも当時の左翼的に、ソヴィエトロシアという社会主義国に過大な夢と期待を持っていることがわかる。なんだ、めっちゃ左翼マルクス主義者だったんじゃないかと、ちょっとばかし鼻白らむ。第一部や第二部のあたりでのヒューマニストぶりは右翼左翼とはかんけいなく、根源的なぶぶんで梶という男が持っていたものではないか、という気がしていたんだけど、第三部の、新城というあきらかに左翼マルクス主義者との出会いで、あれ?梶もやっぱりマルクス主義者なのか?という疑問を持ったのだけれども、ここにきてあまりに明白に、梶もまたマルクス主義に期待をかけている左翼だったと了解される。つまり、ある意味でこの連作でうったえられているのは、「ヒューマニズム=左翼」という図式でもある。

 この映画が製作、公開されたのは1959年から1961年にかけてのことで、まさに六十年安保の前後である。そういう社会的空気を感じるなあ。ぐうぜんにも、さいきんは新藤兼人監督の「第五福竜丸」、そして山本薩夫監督の「荷車の歌」と、どちらも1959年公開の映画を観てしまっている。いったいどんな年なんだと、この年の「キネ旬ベストテン」を調べてみると、第四位に「荷車の歌」、第五位がこの「人間の條件」の第一部/第二部、第八位が「第五福竜丸」で、第十位にまた「人間の條件」が、第三部/第四部でランクされている。なんだ、わたしは、一気にそういう1959年の空気にみちた作品を連続して観ていたわけだったのか、という感じである。ちなみに、この1959年のキネ旬が選んだ日本映画の一位は、今井正監督の「キクとイサム」、二位が市川崑監督の「野火」で、三位が今村昌平監督の「にあんちゃん」だった。どれもわたしは観たことがないので、どうこうということはできないけれど、このころが政治的な空気にみちていたことにはまちがいはない。翌60年には山本薩夫監督の「武器なき斗い」、大島渚監督の「日本の夜と霧」などがリストに上がっていて、この「人間の條件」第五部と第六部は、1961年の四位にリストされている。このことでわたしはやはり、「日本の夜と霧」がターニングポイントになっているのではないかという考えもあるのだけれども、そのあたりをここで書いているとどんどん脱線していって終わらなくなってしまうので、このあたりまで。

 とにかく映画の方はまだつづき、捕虜収容所内で桐原にまた会ってしまうわけである。彼は将校待遇という地位を利用して、梶と、梶といっしょに捕虜になっている寺田に苦役を与えつづける。梶は捕虜規律違反としてソヴィエト軍の会議に呼び出される。そこにソヴィエト共産党員らしき人物をみとめ、「彼になら、わたしは語りたいことがいくらでもある」と思うのだけれども、彼の存在をこころよく思わない日本人通訳の意図的誤訳もあって、つまりは絶望的な結果になる。ほのかにスターリン主義への批判を感じさせる演出ではあるけれど、そのことはこの作品からははなれた、1961年の時点からの批判だろう。梶の絶望とスターリニズムとは、むすびつくだろうか。

 桐原の卑劣な課役で病床にあった寺田が、さらに桐原によってリンチ的な苦役を課されて死亡する。梶は夜中に桐原を呼び出して撲り殺し、収容所を脱走するのである。

 わたしがむかしTVでみた記憶のある、その加藤剛主演のTV版「人間の條件」の記憶は、どうやらこの最終部分のようだった。襤褸を着た加藤剛がまんじゅうを盗み、雪原をどこまでも歩いていくシーンが記憶からよみがえった。そして、「こういうの、最近なにかで観たなあ」と思ったのだけれども、考えてみるとそれはイエジー・スコリモフスキ監督の「エッセンシャル・キリング」の予告の映像だった。映画本編がどのようなものか、観ていないのでなんともいえないけれど、なんか「エッセンシャル・キリング」と、この「人間の條件」第六部とをみくらべてみたいなあ、という気分にはなった。

 全編終了。たとえどのような結末を迎えようとも、梶はスーパーヒーローである。戦時中にこのような生き方をつらぬいた存在もあったかもしれないけれども、やはりわたしにはこの作品、「もしも汝がヒューマニストを自認し、また(もしくは)マルクス主義者としてでも、反戦の意志、もしくは人権を守る意志をつらぬこうとしているとして、戦時下、そして終戦時の混乱の困難な状況のなかでもまた、(たとえその結末がどのようなものであろうとも、この映画の梶のように)その生き方をまっとうできるのか」という問いかけを、観るものに痛烈につきつけるもののように思えてならない。敗戦後の、敗残兵としてのサヴァイヴァルを賭けた逃避行での「じぶんが生き残るため」のちから、というのはヒューマニストとは無縁の、あくまでその人の力量のもんだいではあるように思えるから、ちょっとこの第五部と第六部は別もんだいかな、という気はするけれど、まあ彼はスーパーヒーローである。観ているわたしなりあなたは、どこまで彼にちかづけるか。これはつまりこの映画の公開された日米安保条約締結というときに、あなたはどんな行動ができますか、という問いかけでもあるだろう。あなたも梶のように行動しましょうと。

 この映画でわたしがちょっと感銘を受けたのは、先にも書いたんだけれども、そういう行動がじぶんだけのことではなく、その家族のこともまた考えたうえでの行動であるべきというあたりで、新珠三千代の「それではわたしは犬ですか」ということばが、わたしには重たかった。たとえば自分が反戦主義者で徴兵忌避をして監獄に入れられるとして、自分はそれでよくっても、残された家族もまた自分の行動のせいである種のはく害を受けるとしたらどうだろう。そういうことである。まあつまりは家族もまた「同志」であらねばならない、ということに落ち着ければいいけれども。

 わたしは決して梶のようなマルクス主義者ではないし、なにもかも梶の行動や考えに同調するわけでもない。梶が桐原を撲殺するのはつまり「暴力革命」かいな、などと思ったりする。また、ぜんたいにとてもリアルにもんだいを追求している印象のこの映画、それでもやはり映画的「きれいごと」もふくまれていることもたしかだと思う。それでもあれこれと思うところの生まれる作品だった。ここには書いていない、わたしのかんがえていることもたくさんある。ちょっと急いで書いたので混乱してるかも。あ、混乱はいつものこと。



 

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■ 2011-12-14(Wed)

 まためちゃいそがしいしごとを終えて、家へのかどをまがって駐車場に足を踏み入れると、駐車場のすみからベンナがとび出してかけてきて、うちのベランダへかけあがった。どうも「食事を出してくれるヤツが戻ってきたぞ。すぐにベランダにネコメシを出してくれるだろう」みたいな感じである。そのくらいわたしのことを認知してくれているとしても、あいかわらずわたしには「シャーッ!」と、敵意むきだしなのである。きょうも「おいで、おいで」と手招きして、かかってきたベンナの爪むきだしのネコパンチをあびてしまい、また流血の惨事になってしまった。なんだかなあ、という感じである。

 うさばらしにニェネントを抱き上げてベッドに寝ころがり、ニェネントのまえ足にかみついてニェネントを「シャーッ!」と怒らせて遊んだ。下から見上げるニェネントの「シャーッ!」と歯をむく顔が、かわいいのである。
 きのうは読むのをお休みした町田康の「猫とあほんだら」を読みつぐ。さいしょ読んだときに思ったのだけれども、町田康のあたらしい飼いネコのシャンティとパンクの写真が、生まれたてだったころのニェネントとジュロームによく似ている。町田康はシャンティとパンクとでは毛並み、色合いがまるでちがうので、きっと母ネコはべつのネコだろうと書いてるけれども、ネコは複数の父ネコの子を同時期に受胎して、同時に出産するわけで、ミイもまたニェネントとジュロームというまるで色合いのちがう子ネコを産んでいる。シャンティとパンクもやはり、おなじ母ネコから生まれたきょうだいネコだろうと思う。
 そんな町田家のあれこれのネコの写真をみていると、やっぱりニェネントってかわいいネコなんじゃないかしらん、などと思ってしまうのである。って、こんなことを書くと町田康氏が「それはわが家のネコがかわいくないということか!」と怒って、このわが家に殴り込みをかけてこられるのではないかとおそれるので、そのことをはっきりと書こうとは思わないしだいである。

 昼食はせんじつのミートソースでのスパゲッティ、夕食はつくりおきのビーフシチューと、このところおなじ献立の日が続く。まだ四、五日はおなじ献立がつづけられそうだ。よるは小野谷敦の「谷崎潤一郎伝」をひきつづいて読む。「汽車恐怖症」というものがあることを知ったけれど、どういう心理でそんなことになるのか、わたしにはわからない。

 

  

[] 「人間の條件 第三部 望郷篇」(1959) 小林正樹:監督  「人間の條件 第三部 望郷篇」(1959) 小林正樹:監督を含むブックマーク

 第二部で憲兵にはむかい、結果として徴兵免除処置を取り消されて入隊することになった梶への、まずは初年兵教育という試練である。ここでちょっとばかし、キューブリックの「フルメタル・ジャケット」でのマシュー・モディーンのすがたが思い出されれたりもする。いや、ぜんぜんちがうか。というより、同期の小原(田中邦衛)という存在の、そのダメダメ新兵ぶりが、どうしてもヴィンセント・ドノフリオにかぶってしまう。ついにはトイレで銃を使って自殺するのもおんなじだし、「フルメタル・ジャケット」の脚本担当のだれかがこの「人間の條件」を観ていて引用流用したということは、じゅうぶんにありえることだと思う。

 第二部まででは中国人捕虜への非人間的あつかいに抵抗した梶だけれども、こんどは自分自身が、軍隊のなかで非人間的あつかいをうける被害者になるわけである。彼ひとりならつらいだろうけれども、自分よりもひどい目にあっている小原はいるし、三年兵の上等兵でどうやら左翼的な思想をもっているらしい新城(佐藤慶)という男もまた、上官から目をつけられている。これで梶は「俺一人ではない」という気分ではいられただろう。新城はとかく暴走しそうになる梶をいさめたりもする。あるとき妻が兵舎に面会にやって来て、ふたりだけのひとばんを持つことができる。このあたりの演出は、これと同時代の上質のヨーロッパ映画をもほうふつとさせられるというか、特にふたりがよくあさに別れるシーンなんか、その映像だけでジーンとさせられてしまう(たぶん、これがふたりの永遠の別れになるんだろう)。兵舎があるのはソ連との国境近くで、新城は「この川を越えれば自由な世界がある」と、ついには脱走していく。梶もまた、その「川向こうの世界」への夢をいだいているらしいことが推測される。このあたり、第二部までの梶は「ヒューマニスト」といわれるだけで、思想的背景は映画からはつかめないのだけれども(憲兵が押しかけた彼の家には大量の蔵書があったけれども)、ここではより左翼的な背景を持っていたわけだと推測できもする。またはそれが、はっきりと左翼であった新城からの感化だったとも解釈はできる。

 新城が脱走するときに、じつは梶もともに脱走しようとしていたようでもあるが、小原を自殺に追い込んだ責任があると梶が思っている上官が追って来て、梶とともに沼に落ちる。梶はその上官を助けるかわりに、小原を自殺に追い込んだことを認めよと取り引きしようとするけれども、ちからつきてその上官とともに沼に沈んでしまう。こういう取り引きをしようとするのはロクな結果を生まないのは想像がつくわけで、わたしなどは上官を溺れさせちゃえ!なんてふらちなこと考えて観ているわけである。このあたりの演出もうまいなあと。梶が気づくとそこは病院で、看護婦から、その上官の方は助からなかったという<幸運な>知らせを聞く。この病院(キョーレツな軍隊的看護婦長もいる)で治療を受けているあいだに、丹下という「さしずめおぬしもヒューマニストじゃな」というような男と知り合う。彼とはすぐにいったんは別れることになるが、これがまた再会することになるのをわたしは知っている。丹下は「会いたいと思う人間にはまた会えるものさ」ということばを残して戦地へ去っていく。これはフィクションなんだから、そりゃあ「会わせたい」と思う人間どうしは、いくらでもまた会わせることができる。わたしには「また会いたい」と念じていて、おそらくはもう決して会うことのないだろう人間があれこれと思い出されるわけである。

 とにかく梶もまた回復し、こんどは戦場へとおもむくことになる。

 佐藤慶はこの作品が映画デビューらしいけれど、眼光鋭く不敵さをたたえ、どこか筋金の入ったような印象的な演技、面構えをみせてくれている。この後、大島渚が気にいって彼を自分の作品に使うようになるのもわかる。


 

[] 「人間の條件 第四部 戦雲篇」(1959) 小林正樹:監督  「人間の條件 第四部 戦雲篇」(1959) 小林正樹:監督を含むブックマーク

 回復した梶は、ついに戦地に送り込まれる。すでに二年兵、上等兵に昇進する。赴任先はやはりおそらくはソ連国境近くであり、すでに戦況は沖縄戦での敗北がみえているころであって、つまり次にはソ連の参戦ということになるだろう。

 前線基地には、第一部でちょっと顔を見せていた梶の友人というか先輩の影山(佐田啓二)が、少尉として赴任している。そこで影山は梶を助手に任命し、初年兵の教育を担当しないかともちかける。梶は条件を出し、初年兵の宿舎を上級兵らから分離独立させることを要求する。もちろん不条理な私的制裁から初年兵を守るためで、ここでふたたび第一部、第二部とおなじように、梶は人権を守るという使命をいだくことになる。もちろん上級兵たちは初年兵にダイレクトに制裁を加えることが困難になるが、かわりに梶個人に対しての制裁でうっぷんを晴らすことになる。閉鎖的空間での鬱屈した精神はより理不尽で陰湿な制裁に向かい、第一部、第二部での差別構造とはべつのもんだいをはらむことになる。影山もつまりはそういう梶を救うことはできない。

 戦争も末期になり、初年兵のなかには年輩の人らも含まれている。やはりそういう人のなかから、第三部の小原二等兵のような落伍者があらわれるし、また、鳴門(藤田進)という気骨のある存在が梶にシンパシーをよせたりもする。一方で、親もまた軍人だったという寺田(川津祐介)などは、梶のやり方が軟弱だと反感をあらわにする。

 ついにソ連軍戦車隊が陣地にせまってきて、実戦になだれこむ。日本軍の前線本部は壊滅し、前線で待機していた梶は、影山も鳴門も戦死したことを聞く。前線部隊も戦車隊に蹴散らされ、梶はどんなことがあっても生き抜くことを望む。ラストのソ連軍も去った荒れ地で、さまようのはひとり、梶の影だけである。

 こういう、一人称視点での戦場の展開を描いた映画というのもわたしはあまり観ていなくって(「プライベート・ライアン」ぐらいは思い出すけれど、あれは本質は「勝ちいくさ」だからなあ)、観ていても記憶からとんでいて、この映画のように、ある一点にだんだんに戦闘がせまってくることがひしひしと感じられる展開というのはこわかった。おそらくは戦争体験のある小林正樹監督の実体験も生かされているのだろうけれども、なんというか、まるで津波のように、押し寄せたソ連軍の攻撃が通り過ぎてしまうと、なんとか生き残ったもののまわりには、「屍」ばかりが音もなく残されて拡がるばかり。
 大局的な戦争の経緯を描くような戦史ものの映画にはない、一兵士の視点からの演出はわたしには強烈だった。わたしは追いつめられると攻撃的になる性格だと思うので、危機におちいるとみょうなクソ度胸でとび出してしまって、すぐに撃ち殺されてしまうことになるだろうな。

 ちょっとわからないのが、ここではもう梶はほとんど妻のことを思い出さないのか、という感じもあって、手紙の返事も書こうとしないようで、そのことで影山に意見もされるわけだけれども、そのあたりの内面が見えないではないか、という疑問はある。とてもそれどころではなかったのかもしれないけれど、「それどころではなかった」というのは、これまでの展開でも同様ではなかったのか。

 とにかく、生き残った梶の彷徨は続く。



 

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■ 2011-12-13(Tue)

 きょうもしごとはハードにいそがしかった。年末のそういう時期ではあるのだけれども、きょねんのいまごろはそろそろしごと量も減って落ち着いてきたころだったのに、ぎゃくに日ごとに増えてきているようである。わたしの予測では、それでもこんしゅういっぱいで落ち着くのではないかという気分なんだけれども、どうなんだろう。

 しごとを終えて家へ戻り、マンションへの入り口からうちのベランダをみると、小鉄がベランダにいるのがみえた。わたしの姿をみて逃げていった。その手まえ、洗濯機のかげにはジュニアもいた。ジュニアもわたしをみて逃げた。なんだ。小鉄とジュニアは大げんかしたんじゃなかったのか。もう和解したのだろうか。部屋に戻ってベランダの窓をあけると、入れ替わりにベンナがどこかからベランダにとびこんできた。なんだかこのベランダが近所の野良ネコの集会所になりつつあるのだろうか。読んでいる町田康の「猫とあほんだら」にも、「野良猫に餌をばら撒き、無闇に子を産ませて猫の数を増やす人」という文章があったのだけれども、これではまさしくそれがわたし、ということになってしまう。
 ジュニアはわたしの好みではないので飼いたいとは思ってもいない。しかしベンナはまだ子猫のようだしかわいいし、ウチで面倒みてあげたいという気もちもある。そして近くでみる小鉄はやはり精悍でかっこよくって、グレーの色合いもすてきなので惚れてしまうのである。つまり、小鉄も飼いたい気もちがある。しかし、ベンナがいつまでも人を威嚇するのをやめないのは、飼おうとしても人には馴れないということかもしれない。いち時期部屋に入れて飼おうとしたユウもジュロームも、けっきょくぜんぜんなつかなくって、すきをみて部屋をとび出ていってしまった。ベンナも同じことになりそうである。それなら、いつまでもベランダにネコメシを出してやるというのはよろしいことではない。しかしそれでも、小鉄はひょっとしたら馴れるかな、などと勝手なことを思ってしまうのである。

 せんじつつくったイカの塩辛はちょっとしょっぱくなりすぎて、これはちと失敗だったかな、という気がする。お茶漬けにでもつかえばいいだろうか。まだまだ保存はきくので(これだけしょっぱいし)、そのうちにお茶漬け、やってみよう。
 きょうは昼食用にスパゲッティのミートソースをまた大量につくった。夕食用のビーフシチューもまだいっぱい残っているし、これでとうぶんは昼はスパゲッティ、よるはビーフシチューというメニューが続くことになりそう。

 ひるまはヴィデオを観て、よるはベッドにねころがって「谷崎潤一郎伝」を読む。きのう、むかし焼いたCDRがいっぱい再発見されたので、そのなかからきょうはLee Wiley の50年代のレコーディングをあつめた三枚組の、その一枚目を聴いた。この一枚目、要は「Night in Manhattan」である。ちょっとポップな、いわゆる白人ジャズヴォーカルだけれども、わたしにはこの「Night in Manhattan」はまた格別な一枚である。聴いているとしぜんに、こころが暦(こよみ)も地図もとびこえて、わたしが知らないとき、知らないところへと運ばれてしまう。こういうのを聴くと、ノスタルジーというのは自分の記憶にある過去にさかのぼるのではなく、自分が知りもしない場所、不明だけれども過去だろうと思われる時制をかいまみてしまうことなのではないか、という気になってしまう。これが「未来」であってもべつに不思議ではない。そういう感覚を味わせてくれる音楽というのもそんなに数多くもないけれど、このLee Wiley の「Night in Manhattan」は、まちがいなくそういう一枚だろう。このアナログ盤のジャケットを部屋に飾りたくなり、どこかで入手できないだろうかなどと考えたりしているうちに、わたしは寝てしまったようである。

 

  

[] 「人間の條件 第一部 純愛篇」(1959) 小林正樹:監督  「人間の條件 第一部 純愛篇」(1959) 小林正樹:監督を含むブックマーク

[] 「人間の條件 第二部 激怒篇」(1959) 小林正樹:監督  「人間の條件 第二部 激怒篇」(1959) 小林正樹:監督を含むブックマーク

 むかし、わたしがまだ小さいころに、TVでこの「人間の條件」が放映されたのを観た記憶があるのだけれども、どうやらこの映画版がTV放映されたのではなく、加藤剛主演のTV版の方を観ていたのらしい。記憶にあるのは物語の後半の方だったようなので、映画版ももっと先をみれば「ああ、これはTV版ではこうだった」とかいう、記憶との比較もできるかもしれない。

 映画版ではこの第一部と第二部は同時公開されたようで、出演者もだいたい同じ、その区切りも「すぐに続きがはじまりますからね」というような途切れ方で、第一部の方ではどうこう、第二部ではどうこうというような感想の書き方もむつかしい。まとめて書くことにする。

 たとえばわたしなんかでも、自分の生きる時代があの日中戦争の頃だったりしたらどんな生き方をつらぬけるだろうか、やはり時流に流されて戦争を賛美する人間になっていたのだろうか、などと自問することもあるわけだけれども、まさにこの映画の主人公の梶(仲代達矢)は戦後の反戦平和思想、ヒューマニズムを体現するような存在で、そういう存在が戦時中にどのような試練に直面したか、というあたりをめちゃシビアに描いた作品、という感じ。こりゃあある意味でタイムスリップものというか、戦後の人々が身近に感じたヒューマニズムは、戦時中にどのように通用し、また通用しなかったかを検証するような感じがある。

 主人公の梶は、徴兵を免除されるという条件のもとに、新婚早々に中国の鉱山の労務管理に赴任する。鉱山で労働する中国人労働者たちは苛酷で差別的な条件で就労しているけれど、そこに中国人の捕虜たちが「特殊工員」として送りこまれてきて、さらに非人間的な取扱いを受けることになる。ここで梶は彼らに人間としての最低限の権利を復権させようと尽力するけれど、そのまえに立ちはだかるのが同胞の日本人たちということになる。梶は「俺が日本人なのは俺の責任ではないけれども、そもそも悪いのは俺が日本人だということなのだ」などと独白する。たとえばわたしは、こういう視点(国家の犯罪を透視するが、そのことが自らの存在によって具現化されてしまうという視点)をこういう状況下で持てるだろうか。たとえばわたしがげんざい、どこかの電力会社の社員だったとして、トップから「原子力発電継続に賛成する、市民からを装ったメールを出すように」という指令を受ければ、「じょうだんじゃない」と拒否して、会社をやめることもやらかすかもしれない。でも、この状況では、そもそもの諸悪を具現化する日本人であることをやめることはできないではないか、ということである。たとえばある人はすべてに絶望して、自死の道を選ぶかもしれない。しかし彼には愛して愛される妻がいるとしたら。この映画ではその妻を新珠三千代が演じていて、これが情熱的な演技でこころ打たれるのだけれども、夫が「ここで行動しなければわたしは人間ではなくなる」と語り、ある意味で世俗の幸福を捨てようとするとき、その妻が「それではわたしは犬ですか」とすがって、飛び出そうとする夫をとめようとする。自分だけ「人間でなくなる」ことを回避しても、そのパートナーの気もちを無視することになれば、それは妻をまた見捨てることになる。「わたしは犬ですか」というのは、「妻であるわたしは。夫のあなたの行動に右往左往するだけの存在ですか」という痛烈な問いかけであって、ここの玄関先でのからみをとらえた小林正樹監督の演出もよくって、わたしゃ泣いたね。

 まあわたしゃ今はそういう妻とか愛する人とかいないわけだから、こんなめんどくさい状況におかれたら、さっさと自死しますね。そういうことが出来んのだからこの主人公もつらい。

 印象に残るのが鉱山で同じ労務管理を担当する沖島(山村聡)という存在で、赴任してくる梶のヒューマニズムに感化されて彼を応援するのだけれども、にっちもさっちもいかない状況下ですさんでしまい、左遷させられる。鉱山を去るときに梶に、「俺はこのトラックのドアをあけて乗り込むけれど、おまえはヒューマニストというドアをあけて乗ろうと必死になってるんだなあ」と、キザなことをいう。映画だからいいんだけれども、観ていて、わたしはせいぜいこの沖島になれるかどうか、そういうあたりかな、などと思ってしまった。

 この篇のクライマックス、中国の捕虜たちがちょっとした決起をみせる場面には「ああ、やっぱり映画だからなあ、きれいごとだよね」というような非現実性も感じさせられるけれど、でもそのあとに主人公を待ち受ける残酷な展開は、この映画がそういう非現実で安易な解決とは無縁な立地点を持っていることを、あらためて認識させてくれる。

 中国人慰安婦をたばねる娼婦役で、淡島千景も出演している。おやおや、という役どころで奮闘しているけれど、雰囲気はいいんだけれども、どこか決定的ななまめかしさがないんじゃないかとか、生意気な感想も持ってしまった。やっぱ彼女はもっとライトな役どころが適任、って感じがした。いっぽうで強烈な情念を感じさせるのが、同じく中国人慰安婦を演じる有馬稲子で、これまでの彼女の出演作を思い出しても、この人はこういう「じっとり」というのがうまい人だと、あらためて感心するのであった。で、その恋人になる南原伸二(宏治)という役者がかっこいい。この人の出ている映画はそれなりに観ているはずなんだけど、ぜんぜん記憶にはひっかかっていない。

 当時の国交状態で中国ロケなど不可能な時代だっただろうけれど、ぜんたいにもうちょっと引きの画面がたくさんあって、風景の雄大さを感じさせられたりすれば、そうとうにグレードアップされた印象を持てる作品だっただろう、などという印象はある。それに、そもそもが日本人俳優たちが中国人を演じて、無理して中国語をしゃべっているというのがいかにも不自然で、理想をいえば日中合作として、ここは中国の役者さんたちに演じてもらいたいところではある。宮口精二の演じる、理想化されたような中国人の役もあるわけだし。しかし、中国からすれば、これでもやはりけっきょくは日本人を美化するものではないかと非難してくるのだろうか。これはかなり国際的にも評価された作品で、中国でもこの作品を観た人はそれなりに存在するだろうと思うのだけれども、中国ではどのような評価を得ているのだろうか。知りたい。

 さて、第三部からは、梶も徴兵されてしまう展開になる。どこまでつらいことが続くのか、こりゃあマゾヒズム映画だろうか。




 

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■ 2011-12-12(Mon)

 ほらやっぱり、あさ起きると鼻水もとまっていて、まったく健康な目覚めである。全快。ふつうに出勤して、ふつうにしごとがこなせる。しかしきょうもしごとはいそがしい。

 ニェネントはまだ全快にはほど遠いというか、きょうも発情期まっさかりである。「うぎゃお、うぎゃお」となきながら、部屋のなかをかけまわっている。わたしの足もとでうずくまって、わたしの顔をみあげてにゃあにゃあとなく。わたしに惚れてはいけません。

 ここのところ読書が不調で、そもそも本を読むという習慣からしてとだえがちになる。おもしろい本との出会いがない、ということもあるし、しょうしょうヴィデオなど観すぎではないか、ということもある。なんか軽いものでも読んで習慣をとりもどしたいと、きのう図書館で町田康のネコ本のいちばん新しいの、「猫とあほんだら」を借りたのを読みはじめた。おもしれえのであっというまに半分読んでしまった。まえに読んだ町田康のネコ本、楽しんで読んでいたらさいごに泣かされたので、こんどはあんまり悲しい展開にならなければいいと思う。ちょっと読書のいきおいがついたので、いっしょに借りた小野谷敦の谷崎潤一郎伝も読みはじめた。

 本を読みながらCDでも、と思ってあれこれあさっていたら、Steeleye Span の「Please to See The King」の紙ジャケ二枚組からCDRに焼いたのが出てきたので、ひさしぶりにこれを聴いた。売りに出せるようなCDはもうすべてCDRに焼いて売却してしまったので、どこになにがあるのかわからなくなってしまっているし、「あれはどこだろう」と探してもおいそれとは見つからない。このCDもいぜん必死で探したりしていたのに見つからず、きょうになっての発見である。
 CDプレーヤーにCDRをのみこませ、Playボタンを押す。‥‥うーん、やっぱりSteeleye Span はいい。とくにこのころ、初期のSteeleye はかくべつである。ふと気になってAmazon でSteeleye のCDを検索してみると、初期のものはほとんどすべて廃盤になってしまっている。Fairport Convention は旧譜がなんどもなんども再リリースされるのに、ずいぶんな差である。Amazon ではSteeleye のファーストアルバムの紙ジャケ盤は中古ですごい値段がつけられている。このセカンド、「Please to See The King」の二枚組なんか中古盤もリストに出ていないけれども、もしも市場に出てくればかなりおどろきの価格がつけられることだろう。というか、そういう骨とう品あつかいしないで、だれでも聴けるように再リリースした方がいいんじゃないかと思う。ちょっとクオリティの低いボーナストラックはいらない。二枚組にしないでオリジナルと同様の仕様でじゅうぶんだと思う。

 

  

[] 「奴らを高く吊るせ!」(1968) テッド・ポスト:監督  「奴らを高く吊るせ!」(1968) テッド・ポスト:監督を含むブックマーク

 マカロニ・ウェスタンなどイタリア映画出演が続いたクリント・イーストウッドが、アメリカに帰ってさいしょに出演した作品だと思う。いちおうさいごにマルパソ・プロダクションの文字も読めるし、内容的にイーストウッドも深くかかわっていることが想像できる。とにかく、演出の随所にセルジオ・レオーネっぽさが全開だし、音楽もまたエンニオ・モリコーネのものにそっくりである。つまり、イーストウッドがイタリアでの成果をアメリカの観客にあらためて紹介する、みたいなものだったのだろうか。そういうモティヴェーションにくわえて、ではアメリカのウェスタン映画らしさをどこに求めるか、というあたりを主題にしている印象もある。

 イタリアでの、セルジオ・レオーネによるイーストウッド主演の三本の作品はどれも、正義も法も不在の無法地帯、無法状態を描いたような作品だったけれど、ここでは法と正義、そして権力のあり方のもんだいが前面に出てきている印象がある。「オレが法律だ」と絞首刑を連発する判事に、保安官のイーストウッドは反撥もするけれども、イーストウッドにしても、じぶんをリンチ縛り首にしようとした男たちを探して復讐しようとしているわけで、たんじゅんに彼らを見つけ出してその場で射殺するのではセルジオ・レオーネの世界と同じになってしまう。そうじゃないだろう、というのがこの映画だろうか。判事自身、「オレがいつも正しいとは思っていないけれども、オレが法を代理しなければならない期間がある。そのあいだはオレが法なのである」というようなことをいう。裁判のようすがあまり描かれないので彼が勝手に判決をくだしているような印象になるけれども、ちゃんと陪審員とかはいるようだったので、絞首刑の連発が判事ひとりのせいだとはいえないのかもしれない。いちどは保安官バッジを判事にもどそうとしたイーストウッドが、けっきょくふたたびバッジを引き受けて、残った犯人を探しにいくところで映画は終わる。って、これは「ダーティハリー」の逆、ではないのか。そうすると考えてしまうのだけれども、「ダーティハリー」のシリーズはセルジオ・レオーネの世界を現代ニューヨークに置き換えてやったけれど、ここでイーストウッドがアメリカで西部劇をやるというときには、セルジオ・レオーネ的なものからは脱却してみようとこころみたのではないのか、という感想になる。つぎの彼の西部劇、せんじつ観た「シノーラ」のラストで、イーストウッドが裁判長席から仇を射殺するシーンと、この作品とはそういうところでつながっているとも思えてしまう。


 

[] 「飾窓の女」(1944) フリッツ・ラング:監督  「飾窓の女」(1944) フリッツ・ラング:監督を含むブックマーク

 ようやく観た、フリッツ・ラングのハリウッド時代の名作と評判の作品。エドワード・G・ロビンソン演じる大学の教授(さいしょは助教授で、そのあとに教授に昇格するという展開)が、友人たちとあうクラブの外の窓に飾られた肖像画をみていると、その肖像画のモデルの女性が彼のうしろに立っていて‥‥、という導入部のはなしは知っていたのだけれども、もっと「老いらくの苦い恋ごころ」とか、そういうものを描いた作品だと思っていた。そういうのではなくって、これはコーエン兄弟のデビュー作「ブラッド・シンプル」みたいな、ふと犯してしまった殺人を隠ぺいし、完全犯罪をもくろむ男が、あれこれと思わぬ障害に出会い、あれこれと不用意なドジを踏みそうになって、情況は二転三転していくというお話で、「果たして彼は隠しおおせるんだろうか」という緊張感でさいごまでひっぱっていく。女性(ジョーン・ベネット)がもっとファム・ファタールぶりを発揮するのかと思っていたけれど、犯罪隠ぺいという主題の影で、主人公の女への執着はあまりおもてにはあらわれて来ない。どちらかというとその「犯罪隠ぺい」という目的を達するためのパートナー、という存在であって、主人公が彼女に惹かれているのかどうかということはどうでもよくなってしまう展開だった。

 事件の真相を知る脅迫犯に脅迫された女が主人公に知らせて、どこかのビルのエレヴェーター・ホールで密会するところの、しょっちゅうエレヴェーターが上下するシチュエーションの演出などおもしろいし、ラスト近く、女が主人公に電話するために夜道をかけるシーンでは、観ている方も「はやく、はやく。間に合わないよ」と感情移入してしまう。ラストは、ありゃりゃりゃりゃ、というおなじみのオチになるけれど、しかし、「ソロモンの雅歌」みたいな官能的な書物を読みながらうたた寝して、こんないろごとにかんけいのない夢をみるのかねえと、主人公がかわいそうになってしまうのであった。ってわたし、ラストのオチをばらしてしまいましたね。





 

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■ 2011-12-11(Sun)

 きょうもあさから鼻水ズルズルで調子がわるいのだけれども、のどに痛みとか違和感がないので、いままでのこういう体験からしても、はやく回復するんじゃないかと思っている。きょうもしごとは休みなので助かった。しかし発情期のニェネントがうるさい。鼻をかむのにトイレットペーパーを一ロール、手もとにおいていたら、ちょっとしたスキにトイレットペーパーに爪をかけ、ぼろぼろにしてしまった。あたりいちめん、やぶれたトイレットペーパーでまっ白になった。冬景色である。
 わたしがベランダの窓をあけると、ベンナがどこからか飛んでくるように近寄ってくる。しかしわたしにはまだ「シャーッ!」と威嚇するのをやめない。「おまえのことはきらいだ。だけどちゃんと毎日ネコメシは出してほしい」と、ムシのいいヤツである。きょうもベランダに小鉄が来ているのがみえた。小鉄もどうやら、わたしのことがきらいのようである。

 きのう録画しっぱなしの古いヴィデオテープをチェックしていて、カール・ドライヤーの「奇跡」などが録画されているのをみつけてびっくりしたんだけれども、けさになってまちがえてそのテープに上書き録画してしまった。あとで気がついて、ものすごいショックだった。けさのはべつにムリして録画するほどのものでもなかったのに。

 このあいだ、賞味期限まぢかのビーフシチューのルーが激安で売られていたのを買っていたので、きょうはスーパーで安い牛肉を買って、またビーフシチューをつくることにした。買った牛肉のパックをあけるとみょうにすじっぽいので、よくみると「牛スジ肉」と書いてあった。安いはずである。またショックである。まあいいやと、肉だけはすこしじかんをかけて炒め、酒でしばらく煮込むようにして、予定通りシチューにする。せんじつはもともと安い値段のシチュールーでビーフシチューをつくったんだけれども、やはりもとがいいと味がぜんぜんちがう。たとえスジ肉だろうが食がすすむ。味がいいと量が少なくてもごはんがすすむので、つまり経済的ということになる。カレーのルーなどはそんなに極端な味の差もないと思うけれど、ビーフシチューなどはものすごいギャップがある。これからはちょっといいのを買おうと思う。ホワイトシチューはルーを買うよりも金をかけないで自分でつくれるけれど、ビーフばかりは、いちから自分でぜんぶつくるとものすごい金がかかる。カレーもおなじである。

 

  

[] 「太陽の果てに青春を」(1970) トニー・リチャードソン:監督  「太陽の果てに青春を」(1970) トニー・リチャードソン:監督を含むブックマーク

 わけのわからない邦題だけれども、19世紀後期にオーストラリアで活動した「義賊」ネッド・ケリーの伝記映画である。だから原題はシンプルに「Ned Kelly」。のちにソフト化されたときには「ミック・ジャガー/ネッド・ケリー」というタイトルになったようである。だから主演はミック・ジャガーで、たしかこの映画が映画初出演(まあそんなにたくさん映画出演しているわけではないが)だったと思うけど、この撮影中に、ミックを追ってオーストラリアに渡っていた当時のミックの愛人マリアンヌ・フェイスフルが、ホテルでドラッグのオーヴァードゥースで意識不明におちいり、緊急搬送されたりして大スキャンダルになったりしたわけである(ほんとうはマリアンヌもこの映画に、ミックの愛人役で出演するはずだったらしい)。しかし映画そのものの方はまったく評判にならなかった。ミックは映画公開のあとに、この映画を「クズ」と呼んでいる。「ほかにすることがなかったからやったまでで、映画がクズかどうかなんて、出来てみなくちゃわからないものだ」と。いっぽうの監督のトニー・リチャードソンも、「生まれてくるまえに死んでいた映画だった」みたいなことをいっている。そんな映画である。

 ‥‥観た感じでは、監督のトニー・リチャードソンの、こじんまりしてしまったような演出にももんだいはあるかもしれないけれど、とにかくミックの演技、その見てくれはひどい。馬に乗ってすすむ場面ではおっかなびっくりなのがみえみえだし、馬から降りるときもへっぴり腰、なさけない限りである。そもそも気弱そうなその表情が全オーストラリアを震撼させたなんてとても思えないし、ひょろひょろしたからだは、銃を撃った反動だけで二、三メートルはうしろにふっ飛んでしまいそうである。ヒゲもまるで似合わない。トニー・リチャードソンもミックの反逆児的イメージがネッド・ケリーにぴったりと思ったのだろうけれど、ステージでのパフォーマンスと大自然のなかでの演技とは別モノだった、というところだろうか。とにかくは、ミック・ジャガーよりはネッド・ケリーの方がよほど「大物」だろう、というあたりが証明されたのではないだろうか。

 そのネッド・ケリーという人物のことを調べると、これがとっても興味深いというか、彼にくらべるとアメリカのビリー・ザ・キッドだとかジェシー・ジェイムズなんかホンのチンピラだよな、って感じになる。この映画でも「共和国を!」といっているように、革命家としての相貌を感じさせる存在である。アイルランド出自の島おくり罪人、その子孫の人権を主張した存在であるところから、まさに「大英帝国」を相手にした反逆児というイメージではある。ちょっとジョン・デリンジャーを思わせるところもある。

 もちろん1970年という製作年度からも、監督のトニー・リチャードソンが「アメリカン・ニューシネマ」的なものを意識していたことはまちがいない。しかしここではそういうネッド・ケリーの内面に近づくことも出来ず、ただ上っ面だけ彼の活動(犯罪)歴をたどっているだけのように見えてしまう。もちろんここに、ミックという役者にそこまで要求できなかったということもあっただろう。

 まさに「アメリカン・ニューシネマ」的なものをめざしてか、全編にわたってカントリー風の唄がフィーチャーされる。この唄を書いたのはあの「おおきな木」のシェル・シルヴァースタインで、唄っているのはウェイロン・ジェニングスである。わたしはこのあたりも気に入らない。なぜここでアメリカ的なカントリー・ミュージックがフィーチャーされるのか、もっとオーストラリア独自の音世界を見つけられなかったのか、もっとアイルランド風味をきかせてもよかったんじゃないかということになる。

 この、「アイルランド風味」ということに関しては、ちょっとばかしこの映画で楽しむことができる。いや、あるいみで、この映画で楽しめるのは、そのアイルランドの伝承歌が二曲、映画のなかで唄われているところだけ、ということにもなる。

 まずひとつは、映画の冒頭、刑務所から出所したネッドが居酒屋で友人たちと祝杯だかをあげているときに、そのバックで女性がアイルランドの伝承歌「She Moved Through The Fair」を唄っているシーンである。これはアイルランドの歌曲のなかでもとりわけ美しいメロディを持つ曲で、初期のFairport Convention もこの曲を取り上げているけれど、いろんなミュージシャンがこの曲をレコーディングしている。そう、映画でいえば、アイルランド出身の監督であるニール・ジョーダンがアイルランドの英雄を描いた作品、「マイケル・コリンズ」のなかで、主人公のマイケルが車でアイルランドの草原を走る印象的な俯瞰映像のバックに、Sinead O'Connor のすばらしい歌唱による「She Moved Through The Fair」を聴くことができるはずである。そして、皮肉にもというか、Marianne Faithfull もまた、ずっとのちにこの曲をレコーディングしている。この映画のなかでのこの女性ヴォーカルもまたすばらしいもので、映画のさいごのテロップでちゃんとその歌手の名まえも読むことができた。これはGlen Tomasetti というオーストラリアの歌手のようで、オーストラリアでPete Seeger のような活動をされていたフォーク・シンガーだったらしい。まあ曲の良さもあるのだけれども、この映画で流される彼女の歌声を聴くかぎり、もうすこし彼女の歌声を聴いてみたくなったりしてしまう。

 もう一曲、この映画で聴かれる伝承歌は、ミック・ジャガーによって唄われる「Wild Colonial Boy」である。この曲もアイルランドのもので、ジョン・フォードの「静かなる男」のなかで、皆がこの曲を大声で合唱する場面がでてくる。この曲はタイトルからして「Colonial Boy」なわけで、どうもアイルランドからオーストラリアに移民したひとたちによって唄われ、それがアイルランドにまた戻って唄われるようになったものらしい。「静かなる男」で聴かれるアイルランドのヴァージョンと、この映画で聴かれるオーストラリアのヴァージョンとではずいぶんとちがうという印象もあるけれど、まあこの歌曲の精神からいえば、もっとおおらかに、勇壮に唄ってほしいところではある。

 そういうわけで、この映画のテーマにぴったりなアイルランドからオーストラリアに渡った音楽というのはそれなりにあるのだから、もうちょっとこのあたりの音をフィーチャーして、ここではあまり根拠もなく使われている印象のカントリー音楽と、さしかえていただきたかったものだと思うわけである。


 

[] 「狂ったバカンス」(1962) ルチアーノ・サルチェ:監督  「狂ったバカンス」(1962) ルチアーノ・サルチェ:監督を含むブックマーク

 ちょっと自身過剰ぎみの中年にさしかかった男(ウーゴ・トニャッツィ)が、ドライヴのとちゅうで遭遇したバカンスへ向かう若者の集団とすったもんだがあり、けっきょく彼らのバンガローまで行ってしまう。その若者たちのなかの、男とは親子ほどとしのちがうフランチェスカ(カトリーヌ・スパーク)に男はほんろうされ、そんな彼女にホレてしまうのであった。

 いかにもイタリアらしいライトな感覚のコメディで、男が若い女性にほんろうされるとはいっても、それで破滅するわけでも、立ち直れないほどにボロボロになってしまうわけでもなく、ホロ苦い夏の想い出よ、ぐらいのものである。タイトルからはすごい乱痴気/乱交パーティーとか想像してしまうけれど、それほどのものではない。若者たちもつまりはこのバカンスの期間だけ青春を謳歌しているというか、バカンスのあとの試験のことなんかを心配はしていたりする。1962年ごろは、みんなおとなしかったのね、なんていう感想にもなる。このくらいのことについていけないオヤジというのも、かわいいものである。この映画を叩き台にすれば、もっといろんな、エグいヴァージョンがうみだせそうな気もする。

 女の子を演じるカトリーヌ・スパーク、このころは日本でもすっごい人気があったけれど、たしかにかわいい女優さんである。さいしょの登場から、出てくるたびにちょっとずつ露出度合いが進行していくけれど、それでもたいしたことないあたりで落ち着いてしまう。ざんねんである。

 音楽がエンニオ・モリコーネで、どうやらこの作品がデビュー作らしい。



 

 

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■ 2011-12-10(Sat)

 しごとは非番でやすみ。このところしばらくニェネントの発情期が来ないなあと思っていると、そう思ったことを引き金のようにして彼女に発情期がやってきた。めんどい。

 BSで「カーネーション」の一週間分をみる。戦時下モード全開になり、糸子の夫もついに徴兵されてしまう。しかし岸和田の町はなんだか明るい。父の小林薫が配給券シールをちまちまと台紙に貼っているのがおかしい。徴兵されるまえに夫が浮気していたことがわかるけれど、まわりの男たちは「浮気のひとつやふたつぐらい」みたいな意見で、糸子にはおはなしにならない。「国防婦人会」というのがグループで糸子の店にやってきて、「兵役に出たのなら、死んで骨になって国のためにつくすべき」と語り、糸子を激怒させる。激怒する尾野真千子が、とてもよかった。

 ベランダの窓にうつる影で、ちょっと黒っぽいネコのすがたがみえた。ベンナだろうかと思ったけれども、どうもベンナよりはからだも大きい気がする。窓の上からベランダをのぞくと、ネコ皿にあたまを突っ込んでいるのはグレーのブチネコで、おお、小鉄ではないですか。しばらくすがたをみなかったのでジュニアに追い出されたかと思っていたけれども、健在だった。近くでみると思いのほかデカいネコだった。ネコが増えるのはにぎやかで楽しいけれど、また野良ネコに食べるものをあげることのジレンマにはさまれてしまう。

 ひるまえにスーパーに買い物に行って帰ったら、くしゃみの連発がとまらない。くしゃみ三回で風邪のご注意だけれども、これが三十連発ぐらいくしゃみがでた。あんのじょう悪寒がはじまり、鼻水が出はじめた。しかしのどの痛みはないので、じぶんの予感としてはあまりこじらせないでなおってしまうんじゃないかと思う。しかし、鼻水がとまらずに悪寒もいつまでもつづき、たぶん発熱もあるんじゃないかと予想する。いっぱい着込んでマフラーを首にまき、玉子酒をつくって飲んでおとなしく安静にする。こんやは皆既月蝕もあるのだけれども、おそいじかんに外にそういうのをながめに行くなんてとんでもない。はやく寝ることにして早々にベッドにもぐりこんだ。

 

  

[] 「白い恐怖」(1945) アルフレッド・ヒッチコック:監督  「白い恐怖」(1945) アルフレッド・ヒッチコック:監督を含むブックマーク

 原題は「Spellbound」。初見。イングリッド・バーグマンとグレゴリー・ペックの主演で、これはバーグマンの危機をグレゴリー・ペックが救うのだろうか、もしくはペックが悪いヤツで素性をかくしてバーグマンに近づき、おそらくは刑事とかの役どころのレオ・G・キャロルが解決するんだろうかとか想像したんだけど、まるでちがう映画だった。記憶喪失で殺人犯の疑いのあるグレゴリー・ペックを、彼に恋をした精神分析医のバーグマンが助けるというような映画。ベン・ヘクトが脚本に参加していて、このひとはやはり精神分析的な映画だった「疑惑の渦巻」でも脚本を担当していた。ペックのみる夢のシーンでサルバトゥール・ダリが協力していて、ちょっと彼のタブローをそのままセットで再現したようなおもしろいシーンがある。

 精神分析で抑圧され忘却された記憶を呼び戻し、いったい何が起ったのかを究明していく。実に恣意的でご都合で展開する分析で、だいたいわたしはシュヴァンクマイエルの最新作「サヴァイヴィング・ライフ」でもうんざりしちゃったわけで、映画でダイレクトに「精神分析やってみました」なんていうのは、つまりやらなくっていい「種明かし」をホラ、ホラと観客におしつけるもので、面白くもなんともないということになる。

 なにかで読んだヒッチコックの発言で、「引き裂かれたカーテン」でのポール・ニューマンのこれ見よがしの演技には困った、というようなのを読んでいたのだけれども、この「白い恐怖」を観ると、なるほど、役者に過剰な演技は抑えさせているわけだな、というのは納得できる気がする。さいきん観たイングリッド・バーグマンの出演作での彼女からは、万華鏡のように変化する多彩な表情をみせるという魅力を感じたのだけれども、この「白い恐怖」では演技を抑え、どちらかというと無表情ともいえる演技に終始している印象がある。これはグレゴリー・ペックではもっと徹底していて、「無表情」プラス「記憶を失っての苦悩」のふたつの表情でこと足りている、という感じでもある。なるほど、である。

 グレゴリー・ペックがミルクを飲むときのグラスごしのカメラとか、ラストで犯人の持つ銃ごしのカメラとかが面白かった。


 

[] 「アニー・リーボヴィッツ レンズの向こうの人生」(2007) バーバラ・リーボヴィッツ:監督  「アニー・リーボヴィッツ レンズの向こうの人生」(2007) バーバラ・リーボヴィッツ:監督を含むブックマーク

 アメリカではTVで放映されたドキュメンタリーということで、監督はアニーの妹のバーバラ。

 まさに「ローリング・ストーン」誌のスピリッツを体現したような初期の写真から、ハリウッド映画的手法を写真に持ちこんだ近年の作品まで、じつはわたしはそういう彼女の作品は嫌いではない。その、「ローリング・ストーン」誌のカメラマンだったころの作品とは「いかに状況にはいりこんでいくか」ということが彼女の命題だったとすれば、近年の作品は「いかに状況をつくりだすか」ということに移行しているように思える。その転機がいったいどのようにやってきたのか、それがたんに「ローリング・ストーン」誌から「ヴァニティ・フェア」紙に活動の場を移したからではなく、彼女のパートナーでもあったスーザン・ソンタグとともに、リーボヴィッツがサラエボを訪れた体験があるのではないのか、というのがわたしの推測である。それはもちろん、ソンタグのサラエボでの「ゴドーを待ちながら」の公演こそが契機になっているのではないかと、わたしは想像する。そういう意味ではリーボヴィッツはソンタグの「ゴドー」公演に込められた意志を、いまでも引き継いでいるのではないだろうか。もちろん、そんなことはこのドキュメンタリーではこれっぽっちも触れらてはいないのだけれども。

 面白かったのは、リーボヴィッツがローリング・ストーンズのツアーに同行することに対し、「ローリング・ストーン」誌編集長のヤン・ウェナーは反対していたということで、つまりおそらくこのツアーというのは、「ローリング・ストーン」誌がライターとしてトルーマン・カポーティに同行してもらい、「ストーン」誌にルポを書いてもらうはずだったのが、カポーティがばっくれて記事を書かなかった、そのツアーのことのはずだから面白いのである。ヤン・ウェナーはこのドキュメンタリーのなかで、そのときのストーンズのツアーはとにかくドラッグまみれ、セックスまみれの「移動する治外法権地区」で、そのなかに彼女が呑み込まれてしまうことをおそれていたようなことを語っていた。ではヤン・ウェナーは、カポーティならばそのあたりに距離をおいてちゃんと記事にしてくれると思っていたのだろう、ということになるけれど、結果としてカポーティはかんたんにいえば「あきれてしまって(このあたりはせんじつ読んだ「ローリング・ストーン」インタビュー集による)、記事を書かないということになるけれど、けっきょくツアーに同行したリーボヴィッツは、とにかくは乗り切ってそれなりのしごとを残すのである。このドキュメンタリーでもふれられるように、のちにヤン・ウェナーをふくめて「ローリング・ストーン」誌ぜんたいがドラッグまみれになり、リーボヴィッツもまたドラッグに溺れる時代になるらしいのだけれども、どうやらそのことはこのストーンズのツアーとは別のはなし、ということになるようである。

 コアのはっきりしない、「リーボヴィッツばんざい!」という賛美ドキュメンタリーであることはしかたがないけれど、それなりに60年代からのアメリカ史をもカヴァーしてしまうあたりは興味深かった(演出がどこまでそのあたりに意識的だったかわからないけれども)。



 

 

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■ 2011-12-09(Fri)

 きのうはTVで「ブラタモリ」をみたあと、そのまま起きていて続けて「秘密諜報員エリカさま」をみようと思ったのだけれども、そのじかんになってもいっこうに番組ははじまらない。あれっと思って調べると、この日はなんだかずいぶんと遅れて放映されることになっているらしい。まだ一時間半は待たなければいけないので、そんなことをしていると寝るじかんがなくなってしまう。とにかく四時には起きることにしているので、こんやみることはあきらめて寝ることにした。ちょっとムダなじかんをすごしてしまった。

 あさ起きてしごとへ。しごとはあいかわらずいそがしく、くたびれて帰宅。きょうは大した額ではないけれども待望のボーナスが振り込まれたので、さっそく引き出して買い物に出る。まずはリヴィングの蛍光灯を買い替えなくっちゃいけないのだけど、ホームセンターと線路の向こうのスーパーとでどちらが安いのか、くらべることから。これはターミナル駅にある大規模雑貨店がいちばん安いのはわかっているのだけれども、なかなかターミナル駅まで出かける機会がないのである。まずはホームセンターでついでにいっぱいネコ缶を買う。どうやらホームセンターよりはスーパーの方がちょっと安いようである。スーパーの方はもうちょっとでポイントカードのポイントが500点になり、500円の買い物が出来るようになる。そこでまずは蛍光灯以外のものを買ってポイントを500にして、それからそのポイントを使って蛍光灯を買うことにした。それで、このごろベンナもいるせいで減り方のはげしいネコメシを買い、そのほかのあれこれを買ってポイントを500にした。いちど帰宅して、あとで蛍光灯を買いに行こうと思っていたけれど、そのままになってしまった。というのも、きのう寝不足だったせいもあって、ヴィデオを一本観たあとで長いお昼寝モードになってしまったわけである。目が覚めると窓の外はもうまっくらになっていて、部屋のなかも寒い。おそい夕食を食べ、ふとんにもぐって寝てしまった。

 読んでいる、神谷美恵子の「生きがいについて」のことで。
 第二章の「生きがいを感じる心」に、認識としての生きがい感を問う四つの問いが書かれている。以下の通りである。

一 自分の生存は何かのため、またはだれかのために必要であるか。
二 自分固有の生きて行く目標は何か。あるとすれば、それに忠実に生きているか。
三 以上あるいはその他から判断して自分は生きている資格があるか。
四 一般に人生というものは生きるに値するものであるか。

 ‥‥じつはわたしは、この四つの設問のいずれにも「否」という答えしか見つけられない。まあ「二」だけはその前半の設問は微妙だけれども、「それに忠実に生きているか」ときかれちゃうと、そりゃあ「否」である。でも、すべての問いに「否」と答えるからといって、わたしは絶望して生きているわけではない。そこに、この本に興味をもってしまうわたしがあると思うのである。「人生は生きるに値するものではない、だからこそ希望をもって生きることが出来るのである」と思う気もちの、その裏づけがこの「生きがいについて」という本のなかにあるんじゃないのか、そういう気もちなのである。


  

[] 「ワイオミング」(1980) リチャード・ラング:監督  「ワイオミング」(1980) リチャード・ラング:監督を含むブックマーク

 さいきん洋画系のチャンネルで放映されている西部劇では、劇中であきらかに俳優が「Indian」といっていても、字幕では「先住民」と修正されている。「インディアン」というのはいっしゅの差別用語として、NGワードあつかいされているようだけれども、この映画の字幕ではひさしぶりに「インディアン」という文字がバンバン登場した。っつうのもこの映画自体が、そんな先住民への差別意識満載の映画なもんで、映画のなかでインディアンをバカあつかいしてるのに、字幕だけ気をつかって「先住民」なんて書いてみてもおかしなことになってしまうからだろう。ある意味で正しい選択ではないかと思う。

 しっかしこの映画、舞台は雪も降るアメリカ北西部のワイオミング(「ララミー牧場」はワイオミングが舞台だったけれども)に移しているし、時代もずっと下って、主人公は西部開拓者でもガンマンでもなく、ビーバーを狩るハンターである。主演のヒゲ面のチャールトン・ヘストンもそんなに若くはないし、西部劇としてもそうとうに遅い時期の作品、ひょっとしたら70年代にもなっちゃったころの作品じゃないのかな、などと思って観ていたら、なんとなんと1980年製作の映画ということがわかり、おどろいてしまった。もう「スター・ウォーズ」も公開されてしまっているし、西部劇ということで考えても、「西部劇、終わりだよね」というようなペキンパーの「ケーブル・ホーグのバラード」や、西部開拓時代に先住民が被害者であったことを描いた<西部劇>、「小さな巨人」や「ソルジャーブルー」などが公開されたのも1970年のこと。その「西部劇の終焉」の時代を経てこの作品かよ、というのは、ちょっとした驚きである。おそらく製作者は十年も経てばもう時効で、また観客はインディアンが悪玉であるところのかつての西部劇をなつかしむようになっているだろうと思ったのかもしれない。レーガン大統領登場前夜のアメリカの、アメリカン・スピリットをふたたび、という空気を反映させようとしたのかもしれない。主演が全米ライフル協会会長のチャールトン・ヘストンだというのもポイントだろう。もちろん、ここでヘストンが武器とするのは「ライフル」である。

 映画としてみても、たらたらとした展開で面白いものではない。クライマックスは激流に流されてのヘストンとインディアンとの対決なのかもしれないけれど、ただ激流に流されているだけだから主役は人間ではない。

 ワイオミング州という場所を調べると、たとえば野牛(バッファロー)の殺戮や先住民のリザヴェ—ション追い込みなど、地政的に興味深い地域であることがわかる。そのなかで、まさにはからずしてそのような地政ポイントをあらわにしてしまっているこの脚本、勉強になるものである。

 そう、この映画の音楽はなぜかミシェル・ルグランが担当していて、まったく彼らしくもない、ディミトリ・ティオムキンばりの壮大で勇壮なスコアを聴かせてくれるもまた、なんだかおかしいのである。



 

 

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■ 2011-12-08(Thu)

 わたしがパソコンのまえにすわっていると、ニェネントは遊んでほしくってわたしの気をひきたいのか、わたしの目のまえの本棚の、上においてあるオーディオのスピーカーにかけあがり、そのスピーカーの上で首をひょこひょこやる。それでそこからカーテンレールの上によじ登るとか、ぎゃくに下にかけ降りるとかするわけだけれども、きょうはかけ降りようとしてスピーカーの角をひっかけたのか、みごとにスピーカーを棚の上からころがり落とした。すごい音がして同時にそれまで聴いていたCDの音がそのしゅんかんにとだえ、CDプレーヤーをみるとその電源が落ちてしまっていた。あ、こわしたなと思って、まだ落下したスピーカーの上にいたニェネントを「バカッ!」とどなりつけ、背なかをパンとひっぱたいた。ニェネントがキャーとか声を出して逃げていき、ベッドの下のすきまにもぐりこんでしまった。そのまましばらく、まったく出てこようとせず、気配を消してしまった。「おーい、ニェネント」と呼んでも、なんの反応もない。ありゃりゃ、怒られておびえてしまったのだろうかと、ちょっと心配になる。このまま飼い主におびえるようなネコになってしまったらどうしよう、怒りすぎたかしらんと反省する。ちょっとDV飼い主だっただろうか。いっかいペン!とぶっただけだけど。
 CDプレーヤーのほうは、落下の拍子にどういうわけかコンセントが抜けてしまっただけだったようで、スピーカーをもとの位置にもどしてまた電源を入れると、まえと同じようにちゃんと音が出るのだった。「ニェネント、こわれてなかったから出ておいで。怒っていないよ」とベッドの下に声をかけるけれど、まえから思っていたようにニェネントは日本語があまりわからないらしく、まるで返事もない。ちょっと心配である。

 こういうときはわたしがキッチンに行って、水を流したりゴトゴトやりはじめると、その気配で近くに寄ってくるのがニェネントである。じゃあキッチンへ行ってみようと立ち上がり、蛇口をひねったりする。うしろを振り向くとニェネントがいた。バカネコが、心配させやがって、という感じである。ニェネントを抱き上げてすわり、ひざの上にニェネントをおなかを上にして寝かせ、その鼻のあたまを指先でペン、ペンとかるくたたいてやる。これがニェネントは好きなのか、まえ足をわたしの腕にまわしてきて、目を細めてじっとしている。ニェネント、あなたはかわいいですよ。

 よる、TVで「ブラタモリ」をみる。このよるは地下鉄の特集だったけれど、銀座線の浅草から新橋の区間にスポットをあてた内容。神田万世橋にあった地下鉄駅のことは、まるで知らなかった。原形をそのまま保っている駅跡の映像を興味深くみてしまう。上野駅の車両庫、幻の新橋駅なども紹介されたけれど、たしか銀座線には虎の門あたりにも、車両のなかからみえる幻の駅ホームがみえたと思う。そこまでの紹介はなかった。

  

[] 「鬼婆」(1964) 新藤兼人:美術・脚本・監督  「鬼婆」(1964) 新藤兼人:美術・脚本・監督を含むブックマーク

 いぜんWikipedia でビョークについてしらべたとき、彼女がむかしこの「鬼婆」を観てつよいインパクトを受けたということが書かれていた。こうやってこの「鬼婆」を観ると、出演している吉村実子がビョークにとてもよく似ていると思う。幼少時から「日本人に似ている」といわれていたらしいビョークは、誰かに「あなたにそっくりの俳優が出ている映画」とこの映画をすすめられて観てしまったんじゃないかとか、勝手なことを想像してしまった。

 広大な葦原のなかにぽっかり黒くあいた穴の映像から映画ははじまり、そのにんげんの背たけよりも高い葦原と、そのなかを右往左往する落武者の印象的なシーンがつづく。セリフも音楽もない、自然音のみの映像が緊張感を高める。なんだか黒澤明の映画でも観ているような気分になってしまったけれど、この作品は人間の「性」にまつわる、その欲望と嫉妬がテーマにもなっている。つまり、黒澤明監督ならば正面から描かないであろう人間の本性にせまろうとするような作品。

 それでもストーリーはたんじゅんなもので、いっしゅの寓話を創出するような演出。観終って、「だからどうなの?」みたいな気分にならないこともないけれども、林光の音楽も合わせて、映画としての力強さは感じられる。照明が人工的な光を映像に与え、新藤兼人監督作品に多くかかわる撮影の黒田清巳のしごとも印象に残る。役者の佐藤慶に、「こんな演技も見せるんだ」という意外性も感じた。


 

[] 「荷車の歌」(1959) 山本薩夫:監督  「荷車の歌」(1959) 山本薩夫:監督を含むブックマーク

 なんだか、いろいろと感銘を受けた作品だった。まずさいしょに、この作品が当時の全国の農村婦人320万人(!)からのカンパによって製作されたものだということ。企画は全国農村婦人組織協議会で、製作は全国農村映画協会という組織である。配給は新東宝がひきうけて一般の映画館でも公開されたようだけれども、そういうカンパの主であるひとたちのために、地方での上映会がさかんに行われたらしい。製作された1959年というのは六十年安保の前年であり、当時の日本の一般のひとたちの政治意識の一端がうかがわれる気がする。監督の山本薩夫もまた、東宝争議で組合側の指導者として、大手映画界からは追われた存在だった。
 そういう、まさに「政治」を感じさせる製作背景があるし、この作品の原作者の山代巴というひとがまた、戦時中に治安維持法違反で投獄されていた反戦文学者である。さぞやメッセージ色の強い、農民や労働者を啓発する映画なんじゃないだろうかと思うわけである。

 ところが作品は、ほとんどそのような政治への視点を感じさせないまますすんでいく。ヒロインのセキ(望月優子)が夫の茂市(三國連太郎)のしごとのパートナーとして荷車引きになる導入部から、タイトルの「荷車の歌」から想像される荷車引きという労働、社会的もんだいがずっと展開されるのかとも思っていたのだけれども、そうではない。この映画のいちばんのテーマは嫁としゅうとめとの確執といってよく、そういう社会もんだいとしていえば、近代の家族制度での母権のあり方をこそテーマにした作品、という印象になる。

 作品の舞台は、日清戦争後の広島の村。いずれは荷車問屋(いまでいえば運送会社だろうか)を持つことを目標にする夫の茂市は、妻とともに、往復十時間の山道をまいにち、荷車を引いて行き来する。夜なかの十二時に家を出て、午前十一時にもどってくる。ほかの車引きは三日に一度ぐらいに休みをとるけれど、茂市たちはそんなに休まない。おとよと名付けられる女児を出産したセキ、は家をつぐ男児を産まなかったことを暗に非難され、家の留守番をするしゅうとめは子どもに愛情も注がず、ほとんど放置状態である。夫の茂市も、けっきょくはしゅうとめのいいなりなのである。子どもの発育はおくれ、心配したセキは子どもをつれて「お遍路」の巡礼の旅に出る。ここでよく、しゅうとや夫が巡礼をみとめたものだといぶかしくも思うけれど、とにかくおかげでセキの食生活も格段と向上し(家にいるときはセキだけはひえメシしか与えられない)、子どもにもつきっきりで育児できるわけで、子どもは一気に成長の遅れをとりもどしちゃうのである。
 おとよ(成年期以降のおとよを演じる左幸子のいもうと、左時枝が演じている)は活発な明るい女の子に成長する。この子がやはりしゅうとめにあれこれと攻撃されるのだけれども、これが決して負けてはいない。「女とばかにするけれど、おばあちゃんも女じゃないか」などとやり返す。しゅうとめや茂市にせっかんで家の庭の柿の木にしばられたりするけれど、めげないでずっと歌を唄っている。しゅうとめがおとよに学校のお弁当に持たせるのは、周囲への見栄のために米のおにぎりなのだけれども、おとよはこれを残してこっそり持ち帰り、母のセキにあげる。ありえないぐらいめっちゃいい子で、強い子である。うへえ、そんな子はいないだろうと思うけれど、とにかくこの映画のなかではその存在感が清涼剤になるというか、つよい印象である。しかしこのおとよもしゅうとめとはいつまでもなじめず、ついにはいったんは隣家に養子に出されることになる。

 ‥‥こういう調子であれこれの展開がほとんど波瀾万丈といえるぐらいにつづき、こうやってあらましを書いているといつまでも終わらない。とにかくセキはその後に二男二女を産み育て、おとよも十年ほどのちにはもどってくる。茂市はついに借金して新居を建て、念願の車問屋をはじめようとするけれども、時代は馬車による運送が主流になり、さらに自動車運送も出現する。茂市の家をささえるのは、家とともに借りている三反の農地からの収入にうつっていく。おとよは神戸だかの紡績工場にはたらきに出て家計をささえる。ここで紡績工場での労働の一端が紹介されるし、そのまえには米騒動の暴動のようすも描かれたりするあたりに、この作品のモティヴェーションが垣間見える気がする。長男は鉄道の運転士になり、次男も負けじと路面電車の運転士になる。このあたり、運送の移り変わりの近代史を家族で体現しているようである。

 しゅうとめとセキの関係は、老齢で寝たきりになってしまうしゅうとめに、セキが「これからはしゅうとめにこころを開こう」といっしんに看護につとめ、しゅうとめの臨終のときには和解することになる。村のお祭りで家族がせいぞろいして、これで大団円、おしまいですかねえと思っているとまだまだ映画はつづく。時代は太平洋戦争の時代になり、長男は出兵、次男もあれこれあるけれども出兵する。ここで夫の茂市が愛人(これが浦辺粂子である)を家にいれて住わせるという、とんでもない暴挙をうったりする。むかしは旧家とかにこういうことはよくあったのだが。
 戦争は終わり、次男は沖縄で戦死、長男はもどってこない。農地改革で借りていた田畑は茂市の家のものになり、一家は農業に精をだすことになる。その田んぼで、ついに茂市は倒れて死ぬ。ラストにもういちど、家族が勢ぞろいする。そこへ長男も帰ってくるのだよと、そういうお話。

 主演の望月優子というひとが適役というか、これ以降もこの女優さんは「にっぽんのお母さん」みたいな役回りで活躍されたわけだ。社会党の議員として活動されたこともあった。この存在感がすばらしいし、決して見栄えのする美人でもないことがよかった。それで、映画のなかの四十年とかの歳月を風貌にあらわす三國連太郎がまた強烈で、この映画のために歯を抜いたのかどうかよくわからないけれど、とにかくさいごに老齢の茂市を演じる姿は、上の歯はないし、頬はこけ、目もしょぼくれて、へたしたらほんとうに九十代にもなる老人にみえてしまう。とてもメイクだけではここまでの扮装は出来るものではないだろう。驚愕、といっていい(近年の老齢を迎えた三國連太郎とはまるで似ていないのもおもしろい)。その歳月を感じさせるというのでは左幸子もがんばっていて、ラストの場面ではしっかりふっくらして、若いころを演じたときには見せなかった二重あごを披露している。

 テーマのひとつが、書いたように「家のなかの女」というようなものだけに、じっさいにその家のなかで、それぞれの女性がどのような場所にいるのか、どこにすわるのかということが、象徴的な意味合いを持つことになる。いちおうの家長である茂市も、外の社会ではじぶんが家の長としてふるまえても、家のなかではここは母権であることを承知している。妻のセキに「ここにすわれ」という場面があるけれど、そこにセキの権力を認めようとする意志があらわれる。茂市が家に愛人を住わせるときにも、そのすわらせる位置が微妙なのである。ここで茂市が愛人になんとかこの家のなかで権力を与えようとするのがよくわかる。そのことに、セキはつよく反撥するわけである。結果としてセキは、ほとんどその愛人といつも並ぶような位置にすわる。そういうところをこまかく描いた演出がとてもいい。

 くりかえすようになるけれども、社会意識啓発ドラマというより、プラクティカルに嫁しゅうとめもんだいを前面に打ち出したという感じで、この作品を観た農村の婦人たちもあれこれと思うところはあったんじゃないかと思う。映画の終盤で、主人公のセキもまた祖母とおなじようなしゅうとめとしてふるまうような場面もあり、この、いまでも普遍的といっていいようなもんだいの解決って、むっつかしいんだろうな、などとひとごとのように思うのであった。しかしあれこれと、興味深くもおもしろい映画だった。


 

 



 

 

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■ 2011-12-07(Wed)

 午後、ベッドに寝転がって本を読んでいて、ふと目線をあげると部屋が黄色い光につつまれていた。おだやかな、うららかな陽気で空気もあたたかい。これまでにも、ときにこういうひかり、こういう空気、こういうじかんを感じたことがある。そうすると、過去にそういう体験を感じたときと「今」とが連結され、まるでタイムスリップをしたような感覚になる。いつまでも、こういう状態にひたっていたいと思う。

 ベンナにネコメシをあげようと窓を開け、またニェネントがわたしのすきをついてベランダの外に出てしまう。わたしが追うと、柵のあいだから駐車場へ降りる。しょうがないので玄関から靴をはいて駐車場へまわり、ニェネントをつかまえようとすると、またベランダへもどってしまう。おそらくは遊んでいるつもりもあるんだろうけれど、わたしが近づくとその反対側に逃げ、いつまでもらちがあかない。ベンナはとうにどこかへ逃げてしまっている。ようやくなんとか、開けておいた窓からニェネントを部屋のなかに追いもどし、わたしは駐車場から柵をジャンプして乗りこえ、部屋にもどった。しばらく柵越えの技はやっていなかったけれど、まだ余裕で出来るので安心した。ニェネントはなんだかわたしと遊びたい気分全開なのか、わたしが室内で動くといつもついてくる。ときにうしろから、歩いているわたしの足に飛びついてきてわたしをおどろかせようとする。これにはやはり、「おうっ!」とびっくりしてしまうこともあります。そんなニェネント、わたしがパソコンのまえにずっとすわっているとき、TVモニターのまえでヴィデオをみているときなどには、ベッドの上に乗って、丸くなって眠っていることが多い。

 神谷美恵子の「生きがいについて」を読んでいることは書いたけれど、ここにその「はじめに」の、冒頭の部分は書き写しておきたいのである。

 平穏無事なくらしにめぐまれている者にとっては思い浮かべることさえむつかしいかも知れないが、世のなかには、毎朝目がさめるとその目ざめるということがおそろしくてたまらないひとがあちこちにいる。ああ今日もまた一日を生きて行かなければならないのだという考えに打ちのめされ、起き出す力も出て来ないひとたちである。耐えがたい苦しみや悲しみ、身の切られるような孤独とさびしさ、はてしもない虚無と倦怠。そうしたもののなかで、どうして生きて行かねばならないのだろうか、なんのために、と彼らはいくたびも自問せずにいられない。たとえば治りにくい病気にかかっているひと、最愛の者をうしなったひと、自分のすべてを賭けた仕事や理想に挫折したひと、罪を犯した自分をもてあましているひと、ひとり人生の裏通りを歩いているようなひとなど。
 いったい私たちの毎日の生活を生きるかいあるように感じさせているものは何であろうか。ひとたび生きがいをうしなったら、どんなふうにしてまた新しい生きがいを見いだすのだろうか。

 ‥‥この文章を写したのは、べつにわたしが「毎朝目がさめるとその目ざめるということがおそろしくてたまらない」という、生きがいをみうしなった者だから、というわけではない。ただ、だからといってわたしが生きがいをもって生きているわけでもないのだろうか、この文章はわたしにひっかかるのである。だからこの文章を写し、この本を読んでいる。べつに「生きがい」など、ひつようとはしていないと思っているのだけれども。ああ、ニェネントがわたしの「生きがい」だったり、とか。いや、ニェネントの生きがいがわたし、なのである。

  

[] 「原爆の子」(1952) 新藤兼人:脚本・監督  「原爆の子」(1952) 新藤兼人:脚本・監督を含むブックマーク

 冒頭などに、この1952年というときの広島のようすが映され、ちょっと貴重なドキュメンタリーという感覚をおぼえる。作品は一九四五年に広島で幼稚園で園児を教えていた乙羽信子が、七年のときを経て、生き残った三人の園児をたずねて広島を訪れるというもの。原爆症で死んでいく少女、そしてさいごの滝沢修演じる老人とその孫との挿話がつらいけれど、演出には明るさと希望を前面に打ち出そうとする意志が強く感じられる。乙羽信子が連絡船で広島に向かうとき、船の甲板には東野英治郎が牛を連れてしゃがんでいて、乙羽信子にしゃべりかける。それでその連絡船の船長は殿山泰治である。なんて楽しい連絡船だろう。

 冒頭の原爆投下の惨状の描き方は、がれきなどではなく、これを若い女性を主にした人体のショットの蓄積で描いていて、おそらくは丸木位里・俊夫妻による「原爆の図」に大きくインスパイアされた演出なのではないかと想像する。短いけれども、映画表現として強烈なインパクトだった。

 この時代にまさに並行して、広島は「仁義なき戦い」の舞台にもなっていたと思うと、なんとも複雑な気分にはなってしまうのである。


 

[] 「第五福竜丸」(1959) 新藤兼人:脚本・監督  「第五福竜丸」(1959) 新藤兼人:脚本・監督を含むブックマーク

 げんざいでも、都内の木場駅の近くにある夢の島公園というところに、この「第五福竜丸」の展示施設はあるはずである。わたしも十年ほどまえにここに行ったことがある。そのときの印象では、世界でさいしょに水爆実験の犠牲者を出した、その犠牲者とともに被爆したモニュメンタルな建造物の展示としては、これはちょっともの足りない施設だと感じたものだった。はたしていま、この映画を観たあとでこの施設に行ったなら、わたしはどんな感想を持つだろう。

 わたしは、この作品はとてもいい作品だと思う。当時ジャーナリスティックに大大的に報道された、アメリカによるビキニ環礁での水爆実験で被爆した「第五福竜丸」とその乗組員のすがたを、その家族、地元焼津のひとびと、取材する報道陣、乗組員を治療する医師たちとともに、乗組員だった久保山愛吉さん(演じたのは宇野重吉)の死までを描いている。人間ドラマというよりも、事件とその影響をトータルに社会的側面から描いた作品というべきで、ドキュメンタリーというに近いものがある。声高に事件の悲劇性を訴えるのではない演出姿勢がここではとても効果的で、「放射能」の恐ろしさをより強く印象づける作品。

 乗組員だけでなく、「第五福竜丸」という船そのものについても、ちゃんと描いているのが印象的で、取り外しのきく外装をすべて外して廃船にする作業とか、えい航されて焼津港を出て行く船のすがたなども出てきて、観ていても感慨にとらわれてしまう。ラストに、乙羽信子ら遺族が久保山さんの遺骨、遺影とともに、東海道線で東京から焼津まで帰ってくるのだけれども、その列車のなかのひとたちは遺族に黙礼をささげるし、途中の駅からはやはり弔問で列車に乗ってくる人がたえない。これはじっさいにあったことなんだろうなあと、ジーンとくる。原爆被災についでこんな事件の被害者を出したこの国は、ぜったい原子力発電なんかやっちゃあいかんぜよと、あらためて思うのである。



 

 

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■ 2011-12-06(Tue)

 また忙しい日々がはじまった。デスクワークの社員の方々も集結し、しごと場も人であふれてにぎやかな感じになる。ほかのメンバーとは持ち場のちがうわたしはわき目もふらずにフル稼働しなくてはしごとが終わらない。終わってみるとこの日はどこもかしこも大いそがしだったような。あと十日ぐらいはこういう日がつづくのだろう。

 帰宅して、いぜん録画したまま消化していなかったヴィデオを観はじめる。また年末にはあれこれ録画することもあるし、これ以上ヴィデオテープを買い足すことは避けたいのである。きょうは新藤兼人監督の特集を録画したテープを観る。さいしょに一時間ぐらい、ベニチオ・デル・トロと新藤監督との対談。わたしは新藤兼人という監督の作品をほとんど観ていないので、「ふうん」などと思いながら話を聴く。さいごにベニチオ・デル・トロから溝口健二監督について聞かれた新藤監督が、「溝口監督はぜんぶで86本ほどの作品を撮っているけれども、そのなかでほんとうにいいものは五、六本だけで、あとの作品はつまらないものである」みたいなことをいっていた。「86本も撮って、そのうち五、六本がいい、そういうことがすごい」みたいなことも。「つまらない」といういい方を新藤監督はあとで訂正しようとしたけれど、「いってしまったからいいや」と、けっきょく訂正はしなかった。なにをいいたいのかよくわからない誤解を招きそうな発言だったけれども、それだけ「いい作品」というのが映画総体のなかで希有なものだということをふくんで、五、六本もそういう「いい作品」を撮ってしまったことがすごいのか、大監督といわれているけれども愚作も多いのだということなのか。
 この話を聴いて、わたしなりにわからないでもないというところもある。それはわたしの感覚では、溝口監督は基本的にすべての作品に全力をそそいで撮っているのだろうけれども、トータルにみて「傑作」と呼べる作品はそれほど多いわけではないのである。しかし、そういう「つまらない作品」にもまた、すばらしい伎倆を発揮している部分もあるのだ、という感じだろうか。
 こういうことをわたしはいぜんにも書いたかもしれないけれど、つまり溝口健二監督のベスト作品は何か、と考えれば、たとえば「雨月物語」だろうというのが妥当なところかもしれない。しかし、あるていど(1939年以降の)彼の作品を通して観た感覚では、「元禄忠臣蔵」のなかのある場面だとか、「お遊さま」での強烈な長回し、そして「山椒大夫」のラスト・ショットとかの方が、映画として観る側がうける感銘は大きいのではないか、という感想になる。そしてその、映画のなかの一場面だけでいうならば、それら「元禄忠臣蔵」、「お遊さま」、「山椒大夫」などの映画のなかのある特定の場面は、世界中のどんな映画のどんな場面よりも、わたしには強烈にすばらしいものなのである。しかし、一本の映画トータルで考えると、「元禄忠臣蔵」も「お遊さま」もこれを「傑作」というにはためらいを感じてしまう(「山椒大夫」は評価も高い作品だけれども)。これがつまりわたしの感じている、溝口健二監督の「すばらしさ」の伝わりにくさ、でもある。そのことが新藤兼人監督のように、「何十本ものつまらない作品のなかに数本のすばらしい作品がある」といういい方になるかどうか、ちょっとムリがあるようだけれども、つまり「つまらない作品」のなかにも強烈なすばらしい箇所がある、それが溝口監督のすごいところだ。わたしならばそういういい方になるだろう。

 ヴィデオでつづいて新藤兼人監督の作品をふたつ観て、夕食にビーフシチューをつくった。ちゃんと牛肉をつかった。さいきんにないぜいたくな献立、といいたいところだけれども、安売りでかなり安い牛肉だった。

 よる寝るまえに、神谷美恵子の「生きがいについて」をつづけて読む。こころに残る部分もあれこれとあるので、メモを取りながら読みすすめようか、とも思う。

  

[] 「落葉樹」(1986) 新藤兼人:原作・脚本・監督  「落葉樹」(1986) 新藤兼人:原作・脚本・監督を含むブックマーク

 じつは新藤兼人監督というのは先入観であまり好きではない監督さんなのだけれども、この「落葉樹」なんか観ると、やっぱりきらいだね、と思ってしまう。

 まずはこの作者の自意識が露骨に出てるあたりがイヤ。登場する小林桂樹はまさに監督の分身だし、本として出版したわけでもなさそうな「原作」を、クレジットとして「脚本」と「監督」に並べてじぶんの肩書きにしてしまうのもイヤ(これは映画中の小林桂樹が小説を執筆したとの設定になっているわけで、その小説がこの「原作」になっているという、ちょっとしたレトリックなのだろう)。そして、映画のなかでその小林桂樹の愛人みたいな感じで梶芽衣子なんかが出てくるのも、とってもイヤである。そしてなによりも、臆面もなく、こういう母への追慕をこういうかたちで作品にする神経が、とにかくイヤなのである。

 ただ演出面では面白いと思った部分もあって、冒頭の、サーカスのジンタで登場人物が回転木馬に乗って回転している場面、そのあとの子供時代のはきものを投げてコウモリを呼び寄せるシーンの、いかにも作りものくさい感じ、リアリティを離れた、妙に演劇舞台っぽい部分の演出とかも、好きではある。まあそうすると、わたしの気に入った部分は「フェリーニのアマルコルド」みたいなものかな、という気分にはなる。


 

[] 「竹山ひとり旅」(1977) 新藤兼人:脚本・監督  「竹山ひとり旅」(1977) 新藤兼人:脚本・監督を含むブックマーク

 この映画は好き、である。イイ。ちっとも「ひとり旅」ではないけれども、イイ。北日本ロード・ムーヴィーである。若き日の高橋竹山を演じているのが林隆三で、この役者さんがイイ。「オレは若いんだから、脱線しちゃうこともあるさ」みたいなというか、演技でやっていることの裏付けみたいなことをやらないのがいい。これに、飄々としたヴェテラン脇役陣がとっかえひっかえ登場して来て、とにかく観るものを楽しませてくれる。

 まずはボサマ(盲目の門づけ芸人)の観世栄夫と、その妻の根岸明美についての修行の旅があって、観世栄夫の吝嗇ぶりに大笑いさせられる。ひとり立ちして自称「泥棒」の川谷拓三といっしょに北海道にわたり、飴売りの戸浦六宏や浪曲師の小松方正らとも知り合う。さらりと童貞も捨て、母親(もちろん乙羽信子)のすすめもあって妻(やはり盲目)をめとりいっしょに門づけの旅をするけれど、ビターな別れになったりもする。のちにやはり離婚歴のある盲目の倍賞美津子と再婚するけれど、竹山が旅に出ているあいだに連れ子の娘が病死する。ここでいちどは三味線を捨てて安定した生活のため鍼灸師の資格を取ろうと、盲学校へ通うことになるけれど、そこの教師に女性関係のことで相談に乗られ、けっきょく手ひどくだまされることになる。ここでほんとうに三味線を捨て、独習した尺八だけを手にまた放浪の旅に出るけれど、母と妻が彼をあちこちと探し歩いてついに自暴自棄になっていた竹山を発見し、連れ戻す。ラストは竹山の家に成田雲竹が訪れ、彼に歌の伴奏をたのまれるところでエンド。成田雲竹は津軽民謡の大家であり、映画には描かれないけれども彼に「竹山」という号を与えられる。ここでセリフひとつだけれども成田雲竹を演じていたのが佐藤慶

 盲学校の教師にウソをつかれたぐらいで三味線を捨てるというのが、この映画でよくわからない力点で、そのあとも尺八は手放さないんだから「どうして三味線を?」とよけいに思ってしまう。ここはラストへのひとつのヤマをつくっておきたかったんだろうという雰囲気で、いたしかたのないところだったかもしれない。

 とうじ(というか1970年代)竹山は、渋谷にあった小ライヴハウス(劇場)のジァン・ジァンでの定期公演がすごい評判になっていて、津軽三味線の知名度が一気に全国区にまで拡がるブームになっていたのね。わたしはけっきょくいちども行かなかったけれど、せんじついっしょに飲んだBさんなどは感化されて、じぶんでも三味線をはじめたくらいだった。映画はそのジァン・ジァンでのライヴ映像からはじまり、そこで竹山自身の語るじぶんの生い立ちからドラマに入って行く。ラストはその成田雲竹の訪問のあと、スタジオでの竹山の演奏シーンとなって終わる。

 誰でもが、こういう「漂白の旅」へのあこがれを、こころの奥にひそかに持っているんじゃないかと思うけれども、そういう「あこがれ」に呼応して、これはもっとも成功した作品なんじゃないか、などとは思う。おそらくわたしには、新藤兼人監督の作品ではこれがいちばん、ということになるだろう(まだこれからいっぱい観るんだけれども)。



 

 

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■ 2011-12-05(Mon)

 しごとは非番で休み。午前中にヴィデオを一本観て午後からは買い物、そのあとはまたながい昼寝をしてしまった。

 十二月の収入のもう一方が振り込まれたのだけれども、また予想より少なかった。まあ十二月はあまり支出の予定もないし、また今週末にはほんの少々ながらボーナスも支給されるので、そんなに苦労せずにこの年の瀬は乗り切れるだろう。ただやはり手持ちに余裕が出るというにはほど遠い状態はまだまだつづくようで、「せめてあれがほしい、これがほしい」などというささやかな夢は、まだなかなか叶えることはできないだろう。

 おととい仕込んだイカの塩辛を食べる。ちょっといつもよりしょっぱくなってしまった気もするけれど、やはり自家製はおいしい。わたしはこの、仕込んでから二日とか三日めあたりの、まだ味がしみわたっていないくらいのものが好きである。安い酒を飲みながら、塩辛をつまんでいい気分になる。
 夕食はまた白菜やえのきだけ、ほうれんそうなどをレバーと炒め、削り節としょう油で味付けするおなじみのもの。安い酒でもかなり注ぎ込んでつくったのでおいしく出来た。これからは白菜の季節で、ついついなくなるたびに買ってしまうのだけれども、シチューをつくるつもりで買ってある材料の鮮度がどんどん落ちていってしまう。もうあしたぐらいにはシチューをつくろう。

 寝るまえに惰性で読んでいたトニ・モリスンの「ビラヴド」の上巻をようやく読み終わり、下巻をちょっとだけ読んであとは神谷美恵子の「生きがいについて」を読みはじめた。


  

[] 「大魔神」(1966) 安田公義:著  「大魔神」(1966) 安田公義:著を含むブックマーク

 「座頭市」シリーズでちょっとファンになってしまった、安田公義監督の作品だった。撮影も「座頭市」シリーズでなじみになった森田富士郎で、ここではすてきにダイナミックな映像をのこしている。冒頭から重厚な音楽が鳴り響き、こりゃあ伊福部昭だな、と見当がつく。

 安田公義監督の演出はソツがなくってやはりいいんだけれども、あまりに脚本がストレートというか、物語をどこかでふくらませたりずらせたりする工夫がないままの、時系列にそった展開になってしまったのが残念。なかなか大魔神が登場しないので、焦れてしまう。あまりにティピカルなストーリー展開ではある。ただ、かんじんの大魔神登場からの、特撮を駆使したスペクタクルは上質のもので、これが1966年の製作と考えるともう功労賞ものではないかと思う。大魔神に破壊されるミニチュアセットのクオリティの高さは、東宝の「ラドン」にも比せられるすばらしさである。大映の意地ここにあり、という感じである。


 

[] 「ビラヴド<愛されし者>(上)」トニ・モリスン:著 吉田廸子:訳  「ビラヴド<愛されし者>(上)」トニ・モリスン:著 吉田廸子:訳を含むブックマーク

 ななかこんなの読んだことあるよなあ、という既読感にずっとつきまとわれながら読んでいて、それはたとえばラテン・アメリカ文学の「マジック・リアリズム」っぽくもあるわけだし、イザベル・アジェンデの「精霊たちの家」ってこんなんじゃなかったっけ、などと思うわけである。で、ラテン・アメリカ文学のようにデティールをびっちり書き込んでリアリティを出すような文章でもないし、虐げられたアフリカ系住民の悲劇としても、どことなくもの足りない感覚を持ってしまう。読んでいてどんどん「どうでもいい」モードになってしまい、はたしてこのままぜんぶ読んでしまうべきかどうか、迷っている。わたしには時間がない。



 

 

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■ 2011-12-04(Sun)

 快晴。あたたかいいちにちになった。しごとから帰るときわが部屋のベランダをみると、ベンナが窓のそばにすわっているのがみえた。ネコメシを出してくれるのを待っているふうで、なんともいじらしく感じてしまう。それならもっとなついてくれればいいのに。部屋にもどり、そんなベンナにネコメシを出してあげて、たまっていた洗濯物を一気に洗って干す。洗濯機はベランダにあるので、ベンナにはしばらくどいていてもらう。

 きょうは新宿で、AさんBさんと三人で飲み会。飲み会はゆうがたからなので、昼食をゆっくりたべて、はやくも乾いてしまった洗濯物を取り入れてから出かける。
 ローカル線に乗ってすわっていると、暖房をガンガンにきかせた座席があまりに熱い。これではヤカンを座席に乗せておけば終点に着くまでに熱いお茶が入れられそうである。とてもすわっていられなくてとちゅうで席を立つ。ほかのお客さんたちは平気な顔をしてすわっているけれども、よく平気なものだと感心する。このローカル線の暖房はいつも過剰で、しかも暖かくなったゴールデンウイークのころにもまだ暖房を入れている。なんねんかまえのゴールデンウイークのとき、やはりあまりに熱いので車掌さんに暖房を止めてくれとお願いしたこともある。止めてくれなかったが。

 新宿に着き、集合時間までじかんがあるので、DISK UNION のプログレ館を久しぶりにのぞいてみる。イギリスのトラッド関係の新品在庫はずいぶん棚が減ってしまっている。そのかわり、中古コーナーがあれこれと豊富な在庫ぶりになっている。まあいぜんからここの中古コーナーは充実していたけれど、きょうはそのなかのMartin Carthy の二枚組ベスト盤に食指が動いてしまった。Incredible String Band のTV出演映像のDVDなんかもあったけれど、短い曲が四曲だけで十分あまり、それに十分ほどのインタヴュー映像だけではもの足りない。

 いつものようにAさんBさんと合流し、またまた「T」に行く。わたしもAさんもいいかげんこの店にも飽いてきたところもあるけれど、Bさんは「T」がいいと。フローズン・ホッピーなどというものがメニューにあったのを注文してみる。つまり、ナカミの方がシャーベット状態になっている。これにホッピーを注いで、ゆるいフローズンダイキリみたいになったのを飲む。いいけれど、ちょっと夏向きな気がする。
 AさんBさんとはもうながい交流だけれども、ほんとうはちょっと会話が合わないと感じることが多くなってきた。べつに思い上がっているつもりはないけれど、会話の進む方向にほんとうはまるで興味がなかったりする。申し訳ないと思うべきなのか、ムリして会話を合わせることがイヤになるしゅんかんがある。

 Bさんが早く帰るというので、ちょっと早めにおひらき。Aさんが勘定をかなり持ってくれたのですごくありがたかった。感謝。なんとか年末の危機も乗り切ったということになる。ローカル線の終電に間に合うまでにまだちょっとじかんがあったし、サイフに思いがけない余裕もできたので、本屋に立ち寄ってナボコフの新訳「カメラ・オブスクーラ」を買ってから駅に向かった。電車のなかで「日本美術の再検討」読了。


  

[] 「日本美術の再検討」(2)矢代幸雄:著  「日本美術の再検討」(2)矢代幸雄:著を含むブックマーク

 ようやく読了。著者の考える日本美術史の問題点を標題ごとに要領よくまとめた書物で、まえにも書いたように、そもそも日本美術史に暗いわたしにはとても啓発される本だった。

●神像の問題
 そもそもわたしはこの「神像」というものの存在についてまるで知らなかった。著者は大陸の様式を引き継ぐ仏像美術の系譜より、この神像の方にこそ日本独自の人体美表現の可能生をみている。しかし神像のつくられた歴史は短く、そのほとんどはつまりは「ご神体」として非公開になっているだろうし、この本に写真で紹介されている神像をみても、わたしはあまりこころ動かされるものでもなかった。

●絵巻物について
 日本の絵巻と中国の絵巻の差異から、日本の絵巻物の「運動を含む」独自性を説く。紙芝居のような中国絵巻きにくらべ、つまり日本のそれはロールプレイングゲームのようなものよ、ということだろう。

●雪舟
 雪舟の訪明時代の作品などから、とうじの明の水墨画と雪舟とのずれを解き明かし、雪舟の作家としての自己形成史を究明する。この書物のなかでも印象的な一章だった。

●人体美の芸術と浮世絵
 いわゆる庶民生活を描く風俗画の誕生によってはじめて、日本人は「人体」というものを描くことを主題とすることが出来るようになった。ここでは肉筆浮世絵の時代までで、まだまだ浮世絵版画の洒脱な表現は生まれていない印象もあるので、浮世絵版画にかんして著者がほとんど書かれていないのは残念である(著者は北斎をいっしゅの「グロテスク」として、あまり評価をされていないようである)。

●世界の光琳
 日本美術を世界に代表する作家は誰か。著者は雪舟か光琳だろうとする。ここではその光琳の創造の基軸を、海外に所蔵されている作品を中心にして、海外での光琳の受け入れられ方とともに解明する。とくに「中国的筆法」と「日本的筆法」との差として、書道にまでもどって「線」のもんだいを追求する。これも興味深い章だったけれど、著者はちょっと光琳をひいきしすぎている気がしないでもない。著者はメトロポリタン美術館の「波の屏風」をレンブラント、エル・グレコ、さらにセザンヌやピカソの作品にも拮抗しうるものとして紹介するけれど、「波の屏風」の写真をみるかぎりでは、これは「寝言」だろうと思ってしまう。

●無限の宝庫・日本美術史
 「茶の本」的な日本美術の特性の規定に疑問を呈されたり、柳宗悦の「民芸」もまた「これだけですべて、とはいい得ないだろう」という。もっともである。
 あとは、日本美術と自然とのかんけいを問い直されて、「実際に画作の作業の方から言って、画家が自然に直接に触れ、それから受けた感激が、直接に画面に伝わり、それがそのまま観者にまで伝わる、というような場合は、日本美術には案外少ないのではなかろうか」と問いかけられる。ここから著者は雪舟の「天橋立図」を絶賛され、西欧の近代美術の流れから、その自然へのダイレクトな視点を礼讃される。しかし、著者はここであまりに美術作品をその「技術」と「対象への感激」との二元論としてのみとらえすぎる印象があって、まあこれはこの著書が書かれた時代の空気の反映でもあるのだろうけれども、つまり、その「技術」と「感激」とを調和させる役も担うであろう「イデア」にかんして、あまりに無自覚であるといいたくなるのである。日本美術が自然に直接触れることで生まれたのではないことが「ものたりない」というのはほとんど「誤り」で、そこに「イデア」を介在させているからこそ、そういう過去の日本美術は今なお脈々とその力を維持しているのではないだろうか。明治以降のつまらない「印象派」絵画の模倣がどのような成果を生んでいるか考えれば、たんじゅんに「自然に直接触れる」ということが、「思考の放棄」にもつながっていることが了解されるのではないだろうか。


 

 

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■ 2011-12-03(Sat)

 きょうも寒く、きょうもしごとはいそがしい。また定時ギリギリまでみっちりしごとをして帰り、疲れてしまった。

 帰宅してから、BSで「カーネーション」の一週間分をまとめて観る。日本は日中戦争に突入し、「ぜいたくは敵だ」の時代になるのだけれども、糸子はそこをまた逆手に取って商売を拡張するいきおい。次女の出産まぎわになっても商売のことが心配で静養先のおばの家を抜け出し、けっきょく自宅で出産する。「こんなしごと人間、イヤだ!」という感じなんだけれども、この脚本や演出からはとてもそんな糸子を憎めない。洋裁店に勤める縫い子ひとりだけが彼女に苦言を呈するあたりで、いいガス抜きになっているのか。金糸がひとすじ入っているだけのために販売禁止になった反物を安く買い、その金糸をうまくかくして洋服に仕立てる。その服を妹が着て町を歩き、「歩く広告塔」になって注文が殺到する。おもしろい。町ではまだ戦争の影は色濃くはないようだけれども、そのうちに糸子の夫も徴集されるのだろう。

 ニェネントがベッドのふとんの上で丸くなって眠っている。わたしも眠くなってベッドにあがり、ふとんをめくってもぐりこむと、ニェネントのおかげでふとんのなかまで温まっていた。こいつ、これからはいい湯たんぽがわりになりそうである。

 そういうわけでまた昼寝をして、目覚めたらもう外は薄暗くなっていた。そうだ、早くイカの塩辛を仕込んでおかなくてはと思い出した。もうきのうのうちにイカは解体してワタだけは塩漬けにしてあるから、あとは本体にしばらく酒をしませて、ちょっと干してから切り刻んでワタにまぜればいい。酒をしませているあいだにヴィデオを観て、ヴィデオが終了してから干す。かんたんに夕食をすませ、寝るまえにワタとまぜて仕込んでおく。保存用の空きビンにイカ二はい分は入りきれず、入らない分はあしたの夕食にしょうが焼きにでもして食べよう、ということにした。


  

[] 「ロミオとジュリエット」(1968) フランコ・ゼフィレッリ:監督  「ロミオとジュリエット」(1968) フランコ・ゼフィレッリ:監督を含むブックマーク

 ニーノ・ロータの音楽、そしてオリヴィア・ハッセーのデビュー作として有名。フランコ・ゼフィレッリはまだ映画の分野に参入して日が浅いのだろう、演出にどこか舞台臭さが残るけれども、マキューシオが殺されるまえに広場の噴水のなかに入っちゃうという、なんだかわけのわからん演出もある。これなんか「こういうことは舞台じゃ出来ないからね」みたいなことで、ただかたちだけやっちゃった気配である。これいがいにも、やたらに出演者の顔の大きなアップ映像になるのにはちょっと閉口するし、それよりもカットとカットとのつなぎでの、その運動の方向性が一致してつながっていないというか、観ていて「あれっ?」と何度も思ってしまった。

 出演者がみんな若いからか、なんか青春アイドル総出演のヴァラエティ映画という雰囲気もあって、そりゃあそういう「若さ」をこそ映像にとどめたかったんだろうけれど、映画自体がガキンチョっぽい感じがして、わたしはあまり楽しめなかった。


 

 

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■ 2011-12-02(Fri)

 きのうは真夜中に起き出してTVをつけ、まえから観たかった栗山千明主演の「秘密諜報員エリカ」をやっと観た。これはやたら面白かった。ゴーゴーユウバリ、ふたたびという感じ。これを観て興奮してしまったのか、そのあとなかなか寝付けない。ひるまずいぶんと寝てしまっているから、ムリもないところである。ふとんにもぐり込んでしばらくすると、ニェネントもまたふとんの上にとび上がってきて、ゴロゴロとのどをならす。毛布のはじをかじっておしゃぶりをはじめるのが、ふとんが押される感覚でつたわってくる。寝られなくて、ふとんから出て一服するとニェネントもふとんからおりてくる。なんとか寝ようとまたふとんのなかにもぐると、またニェネントがとび乗ってくる。わたしの上を乗りこえていくときにニェネントの重みが感じられる。わたしはまた起きる。そんなことをやっているうちに、ほとんど眠った記憶もないままに目覚しが鳴る。もうしごとに行くじかんも近い。

 外はさくや雨が降ったようで、道路がぬれている。天気予報では雪になるところもあるといっていたけれど、職場に行くと見える筑波山はうっすらと白くなっていた。ほんとうに雪が降ったんだとおどろく。

 十二月になって、いきなりしごとがべらぼうに忙しくなった。せんげつまでの暇さかげんが信じられない、何十倍も忙しい感じである。まったく休むヒマもなく、定時ギリギリまでみっちりはたらいた。これからしばらくはこういう日が続くことになるのだろう。

 帰宅してニェネントにネコメシを出してあげ、ベランダのベンナにも出してあげようと窓を開けると、ニェネントが寄ってきて外にいるベンナに興味をしめし、しきりに外に出たがるようすをみせる。まえにもいちど二匹を「ご対面」させているけれど、ニェネントがちょっとベンナにちょっかい出しても無視され、ニェネントもどうでもよくなったようだった。きょうはどうだろうかと、ニェネントをベランダに出してあげる。
 ニェネントはベンナにタッチしたりしてあいさつするけれど、ベンナは無視している。ニェネントがベンナのおしりにさわったとき、サッとベンナが振り向いて、ニェネントの顔面にネコパンチを連続五、六発お見舞いした。うわ、っと思ってみていたけれど、ニェネントはいがいとへいきな顔をしている。そんな遊びはわたしともやっているもんな。でもやはりニェネントは愛想の悪いベンナをかまうのはよして、ベランダの探索モードになってしまった。また外へ出てしまうとめんどいので、ニェネントを回収する。きょうのランデヴーはこれでおしまい。


  

[] 「ボー・ジェスト」(1939) ウィリアム・A・ウェルマン:監督  「ボー・ジェスト」(1939) ウィリアム・A・ウェルマン:監督を含むブックマーク

 この原作は三度ばかし映画化されているらしいけど、これはその二番目の作品。ゲーリー・クーパーや若いレイ・ミランドなどが出演している。スーザン・ヘイワードもちょこっと。

 三度も映画にされるというのはそれだけ人気のある、面白いお話ということだろうけれど、イギリスの作家P・C・レンという人の原作の、その邦訳はげんざいでは出ていないようである。映画はミステリー仕立ての「誰が宝石を盗んだのか」という謎が十五年の歳月を経て北アフリカの外人部隊の砦内部に持ち込まれ、さらに砦をめぐるベルベル人との攻防戦という展開で、重層構造の物語はたしかに面白い。これは原作がそうなっているのかどうかわからないけれど、まずは砦での死体の発見から砦の火災という謎の導入部からはじまり、そこから過去にさかのぼる展開が、「謎」をひきずるかたちで興味をつなぐ。ただ、この脚本はバカていねいというか、ひとつのシークエンスごとが長すぎる印象がある。そのシークエンス内は時系列にしたがって、省略せずにぜんぶやっているみたいだけれども、もうちょっと刈り込んでテキパキと進行してもいいんじゃないかと。演出も律儀にそういう脚本にしたがってしまっている。ただ、このウィリアム・A・ウェルマンという監督の演出はそういう脚本でもみどころをきっちりとおさえて、画面をひきしまったものにしている。

 わたしはいぜんからこのゲーリー・クーパーという役者さんがいつも、無表情に見えて何を考えているのかわからないという印象を持っていたわけだけれども、この作品もまさに「何を考えているのかわからない」。そしてそのことがストーリー展開のなかで絶妙の効果になっている、という印象。


 

[] 「シノーラ」(1972) ジョン・スタージェス:監督  「シノーラ」(1972) ジョン・スタージェス:監督を含むブックマーク

 クリント・イーストウッドの「マルパソ・プロダクション」製作。原作はエルモア・レナードで、監督はなんとジョン・スタージェス。撮影はなじみのブルース・サーティーズではある。音楽はラロ・シフリン。

 この1972年の段階で、クリント・イーストウッドはアメリカでは1968年の「奴らを高く吊るせ!」しか「西部劇」を製作していないわけで、この「シノーラ」の翌年にはイーストウッドみずから監督して、「荒野のストレンジャー」を撮っている。そうするとどうもこの作品、西部劇映画の大御所ジョン・スタージェスに監督を依頼することで、彼なりにアメリカ製の「純正西部劇」というものを勉強させていただいた、という側面があるように思えてしまう。ただし、イーストウッドにとって、イタリアのセルジオ・レオーネの演出スタイルはあまりに強烈だったのではないのか。ここで映画化の原作として選ばれたのが、ちょっとばかし「荒野の用心棒」テイストを持ったエルモア・レナードのアウトローものだった、というあたりにそういうイーストウッドのこだわりを感じてしまう。まさにこの作品の主人公のジョー・キッドという造型、「善」とも「悪」ともつかない存在だけれども、法にはしたがわないアウトローっぽい男になっている。それがジョン・スタージェスの演出ではどうなるのか、観客としての興味もそのあたりに落ち着くことになる。

 ‥‥スタージェス御大、この作品、投げちゃってますね。
 たぶん、スタージェス監督はもっと、善悪などのはっきりした二元論の成立するところでしか仕事できないんじゃないのかな。これはラストにイーストウッドが裁判所の裁判官の席にすわっていて「最後の一撃」をぶっぱなす、というあたりに如実にあらわれている感じだけれども、これは同時にまるでイーストウッドっぽくはない、またはセルジオ・レオーネのマカロニ・ウエスタンっぽくはない、ということになる。それでそれいがいの、イーストウッドの「ニュートラル」な行動というか、その心変わりからの行動を、フォローするような演出になっていない。ただただ、スタージェスらしい風景の雄大さ、いくらかは出てくる大仕掛けなアクションだけを、「おお、スタージェスだ!」と楽しめるぐらいのものだろう。これではイーストウッドも、あんまりお勉強にはならなかったんじゃないだろうか。


 

 

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■ 2011-12-01(Thu)

 十二月になって、とたんに寒くなった。きょうのわたしはしごとは非番。きのうの支出がいがいと少なかったのに気をよくして、また半額セール中の古着屋へ行く。店のマネキンがわたしのほしいタイプのセーターを着ていたので、これを自分で脱がせて買う。営業中の店内で客の身でありながら直立するマネキンから服を脱がせるというのは、気分がワイルドになる。250円。あとはプリントシャツ350円なども買う。

 ホームセンターの近くにあった100円ショップが閉店してしまった。ここは店の規模も大きく、食料品調味料関係もたくさん置いていたので重宝していた。ソース類、豆板醤などはいつもここで買っていたのだけれども、これでこのあたりの100円ショップは踏み切りの向こうのスーパーのとなりの店だけになってしまった。そこはとなりのスーパーの商品と競合しないように食品類はほとんど置いていないので、あまり使えないのである。

 きょうは木曜日で西のスーパーは10パーセントオフの日。踏み切りの向こうのスーパーでは玉子の安売りの日である。西のスーパーへ行くと、するめいかが一ぱい100円で売っていて、つまりは一割引で90円。しかもこれが太い胴をしていたのでよろこんで、なかでもさらに胴の太いのを選んで二はい買う。また塩辛をつくろう。スーパーをはしごして、10個で98円の玉子を買って帰る。

 外出した日のよくじつのつねとして、昼寝をいっぱいしてしまった。起きてから夕食し、またすぐに寝る。


  

[] 「座頭市」(2003) 北野武:監督  「座頭市」(2003) 北野武:監督を含むブックマーク

 ラストに大楠道代が、「悪いヤツはみんないなくなったね」と語る。かつての「座頭市」シリーズでいえば、山本薩夫の監督したモノとか、勝新自ら監督した1989年の座頭市に近い、まさに「ヒーロー」としての座頭市、という感じである。ラストの話題になった祭りでのタップダンスはだから、山本薩夫版のラストの農民たちの喝采に匹敵するものだろうか。ぐうぜん出会った人物(この作品では仇討をしようと旅をする姉弟)への肩入れ、賭場でのイカサマを暴く行為、用心棒との一騎討ちなど、じゅうらいのシリーズからあれこれと引き継いだなかで、二十一世紀版の「座頭市」をめざす。そこに、たとえばハリウッド映画のエイリアン的な要素を、ラストで匂わせているというか、ある意味で一気にSF的になるというか。でもそのエイリアン的存在がさいごにけつまづいて転んじゃうというのが、いかにも北野武らしい。

 北野武はいつも自作の編集もすべて手がけているけれど、まさかラストのタップダンスシーンの編集まで彼がやっているのではないだろう。スタッフロールをみると、たしかに北野武いがいにも「編集」担当の名がみえた。音楽が鈴木慶一だったけれど、それまでの久石譲音楽と同じぐらいにうるさい。でもわたしはここでの鈴木慶一氏の音楽は好きである。


 

[] 「おかしなおかしなおかしな世界」(1963) スタンリー・クレイマー:監督  「おかしなおかしなおかしな世界」(1963) スタンリー・クレイマー:監督を含むブックマーク

 序曲、インターミッション、終曲のある超大作。まるで歴史スペクタクル大作とかミュージカル大作みたいだけれど、これがどこまでもスラップスティック・コメディである。どこかのサイトではこれを「スペクタクル喜劇」と紹介していた。なるほど。

 ひょんなことから強盗犯の隠した35万ドルのありかのヒントを知った五人の男とその周辺の人たち、そして事件を捜査している警部。皆が欲のかたまりになって、ハイウエイや空を舞台に追いつ追われつの「現地いちばん乗り競争」をくりひろげる。まさにサイレント時代のコメディへのオマージュ(バスター・キートンやジョー・E・ブラウンなど、往年のサイレント時代のコメディアンもゲスト出演している)を含みながらも、カー・チェイスや飛行シーンという、時代の変化、映画技術の発展を経てのあたらしい表現もいっぱい見せてくれる。なんだか、じつに「上品」な作品という感じで観ていた。すっごい楽しい。

 かつてのサイレント時代のコメディアンというのは、この作品などの役者たちよりもずっとずっとからだを張って演じていたことはたしか。そういう意味ではこの作品の役者さんたちは「小粒」という印象をもってしまうことは否めない。でも、映画技術でそういうことはおぎなえるんじゃないだろうかという挑戦意識を、このスタンリー・クレイマー演出に感じとることができる。その後のアクション映画でもまっさおになりそうなカー・チェイスや、「こりゃあ実写だよね」という飛行アクロバット、密室脱出作戦、階段を上下するみごとな追っかけっこ、そしてもう、あっけにとられてしまう終盤の「はしご車」のアクロバット。わたしはこういうの、大好き。病院で包帯でぐるぐる巻の主役たちが勢ぞろいして皆で大笑いするラストも、けっきょくみんななんにも得られなかったんだけれども、観ていてなんだかハッピーになるのである。


 

 

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