ワニ狩り連絡帳 このページをアンテナに追加 RSSフィード

       

■ 2011-12-14(Wed)

[] 「人間の條件 第三部 望郷篇」(1959) 小林正樹:監督  「人間の條件 第三部 望郷篇」(1959) 小林正樹:監督を含むブックマーク

 第二部で憲兵にはむかい、結果として徴兵免除処置を取り消されて入隊することになった梶への、まずは初年兵教育という試練である。ここでちょっとばかし、キューブリックの「フルメタル・ジャケット」でのマシュー・モディーンのすがたが思い出されれたりもする。いや、ぜんぜんちがうか。というより、同期の小原(田中邦衛)という存在の、そのダメダメ新兵ぶりが、どうしてもヴィンセント・ドノフリオにかぶってしまう。ついにはトイレで銃を使って自殺するのもおんなじだし、「フルメタル・ジャケット」の脚本担当のだれかがこの「人間の條件」を観ていて引用流用したということは、じゅうぶんにありえることだと思う。

 第二部まででは中国人捕虜への非人間的あつかいに抵抗した梶だけれども、こんどは自分自身が、軍隊のなかで非人間的あつかいをうける被害者になるわけである。彼ひとりならつらいだろうけれども、自分よりもひどい目にあっている小原はいるし、三年兵の上等兵でどうやら左翼的な思想をもっているらしい新城(佐藤慶)という男もまた、上官から目をつけられている。これで梶は「俺一人ではない」という気分ではいられただろう。新城はとかく暴走しそうになる梶をいさめたりもする。あるとき妻が兵舎に面会にやって来て、ふたりだけのひとばんを持つことができる。このあたりの演出は、これと同時代の上質のヨーロッパ映画をもほうふつとさせられるというか、特にふたりがよくあさに別れるシーンなんか、その映像だけでジーンとさせられてしまう(たぶん、これがふたりの永遠の別れになるんだろう)。兵舎があるのはソ連との国境近くで、新城は「この川を越えれば自由な世界がある」と、ついには脱走していく。梶もまた、その「川向こうの世界」への夢をいだいているらしいことが推測される。このあたり、第二部までの梶は「ヒューマニスト」といわれるだけで、思想的背景は映画からはつかめないのだけれども(憲兵が押しかけた彼の家には大量の蔵書があったけれども)、ここではより左翼的な背景を持っていたわけだと推測できもする。またはそれが、はっきりと左翼であった新城からの感化だったとも解釈はできる。

 新城が脱走するときに、じつは梶もともに脱走しようとしていたようでもあるが、小原を自殺に追い込んだ責任があると梶が思っている上官が追って来て、梶とともに沼に落ちる。梶はその上官を助けるかわりに、小原を自殺に追い込んだことを認めよと取り引きしようとするけれども、ちからつきてその上官とともに沼に沈んでしまう。こういう取り引きをしようとするのはロクな結果を生まないのは想像がつくわけで、わたしなどは上官を溺れさせちゃえ!なんてふらちなこと考えて観ているわけである。このあたりの演出もうまいなあと。梶が気づくとそこは病院で、看護婦から、その上官の方は助からなかったという<幸運な>知らせを聞く。この病院(キョーレツな軍隊的看護婦長もいる)で治療を受けているあいだに、丹下という「さしずめおぬしもヒューマニストじゃな」というような男と知り合う。彼とはすぐにいったんは別れることになるが、これがまた再会することになるのをわたしは知っている。丹下は「会いたいと思う人間にはまた会えるものさ」ということばを残して戦地へ去っていく。これはフィクションなんだから、そりゃあ「会わせたい」と思う人間どうしは、いくらでもまた会わせることができる。わたしには「また会いたい」と念じていて、おそらくはもう決して会うことのないだろう人間があれこれと思い出されるわけである。

 とにかく梶もまた回復し、こんどは戦場へとおもむくことになる。

 佐藤慶はこの作品が映画デビューらしいけれど、眼光鋭く不敵さをたたえ、どこか筋金の入ったような印象的な演技、面構えをみせてくれている。この後、大島渚が気にいって彼を自分の作品に使うようになるのもわかる。


 

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