ワニ狩り連絡帳 このページをアンテナに追加 RSSフィード

       

■ 2011-12-31(Sat)

[]「六つの心」(2006) アラン・レネ:監督 「六つの心」(2006)  アラン・レネ:監督を含むブックマーク

 このあいだ買ったDVDを、ことしさいごに観る作品に選んだ。このDVDのパッケージにも「ハートウォーミングドラマ」と書いてあるし、わたしも前回この作品を観たときに「ハリウッド製のハートウォーミングなラヴコメに近似している」などと書いたのだけれども、こうやって観なおしてみると、「どこがハートウォーミングやねん」などという感想になる。ものすごくシヴィア、というか、ひたすらこころが痛くなる作品だと思った。みながじぶんのなかに「地獄」をかかえていて、それを克服するではなく、ただそれぞれの「地獄」をみつめることに終わるラスト。この「地獄」を「孤独」といいかえてもいいのだろうけれども、つまり、そういう「孤独地獄」ということがより切々と感じられるようになってしまった、この2011年、ということなのだろうか。

 さいごにわたしのことを書いて、わたしは別に他者に何かを期待するわけでもないし、ひとりで生活する方がわたしには性格的にあっていると思っている。他者の「孤独地獄」などということは理解できても、わたしはあまりそういうことでどうこう、という考えはない。ひとを愛するようなことがあっても「共に生きよう」という思いもない、そのていどのものだし(「薄情」といわれたことがあるけれども、その通りなのだろうと思う)、死ぬときはひとりでいいじゃないかと思っている。不十分ではあるけれどもやることはやったし、「I'm not like everybody else」という自尊心も「わたしならまあこんなとこだろう」ていどには満足させている(これ以上はわたしのキャラではムリだな、と思ったわけである)。思い残すことがないというわけではなく、これからのいまの生活でやりとげてみたいこともある。もちろんこの生活は模範的な生活にはほど遠く、そういうことで批判されることもあるだろう。しかたがないとも思う。まあ「枯れちゃってる」のかもしれないけれども、こうやっていま生きていることへのうっぷんも屈折もない。もちろん、そう思うことのなかに「屈折」がひそんでいるのかもしれないけれど、そういう「屈折」なら、どのような生き方を選んでもついてまわるものだろう。ただ、いまやりとげたいと考えていることを、やりとげるちから(とじかん)はほしい。そんなことを、このDVDを観終わって考えていた。

 さいしょに「六つの心」を観たときの感想はこちらに(このとき、「登場する六人の一人はその声と足でしか登場しない」などと書いているけれど、人数をひとりカウントしそこなっている。七人登場して、そのうちのひとりが声と足だけ、なのである)。



 

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