ワニ狩り連絡帳 このページをアンテナに追加 RSSフィード

       

■ 2012-01-31(Tue)

 きょうはしごとも休み。腰ではない尻の痛みはまったく引かないし、かえって痛みが増したようにも感じられる。まさか骨にひびがはいっているということもないと思うけれど、病院に行くことにした。踏み切りの向こうの、スーパーの近くの外科医院にした。はじめての病院。受付で症状を伝え、初診のための書類を書いて、待合室で待つ。八畳ぐらいの四角い部屋で、中央のテーブルを三方からかこむように長椅子が並べてある。椅子のない一辺にはTVのモニター。七、八人の年輩の方々が談笑したり、それともじっとしていたり。みんなわたしより年輩である。わたしの近くのおばあさんが、しばらくのあいだじっと、わたしの顔をみつめたままである。こまったなあ。そんなに人の顔をみつめちゃいけませんって、小さいころに教わらなかったんだろうか。それとも、わたしの顔に視線を移したところで体内バッテリーが切れてしまったのか。

 しばらくしてわたしの名まえが呼ばれ、ホッとして診察室へ行く。医師の先生はわたしよりちょっと年輩の雰囲気で、テキパキとものごとを処理されるタイプのようで、またホッとする。また尻を打った状況をはなし、ズボンをおろしてそばのベッドに横になる。先生はちょっとわたしのケツをごらんになって、「わあ、すごいねえ」と。「すっごく腫れてるよ」とおっしゃりながら触診され、「骨には異常はないでしょう。そのうちに腿に血がおりてきて、黒くなりますよ」といわれる。ズボンをあげて椅子にもどると、「自分じゃ見れないでしょうから見せてあげましょう」と、デジカメを取り出される。看護婦さんも来られて、またズボンをおろしてパンツをずらすと、看護婦さんも「わあ、すごい」と。「うしろの方だけぢゃなく、まえの方もスゴいんですよ」と看護婦さんにいおうかと思ったけど、もちろんそんなオゲレツなことはいわない。先生がわたしのケツをデジカメで撮られ、起き上がってみせてもらった。自分のケツをまじまじとみるのは、たぶん生まれて以来はじめてのことだと思う。あんまり汚いケツでもないので安心したけれど、たしかに右側にくらべて左側の輪郭、肉付きの感じがまるでちがう。いってみればまったく別人の尻を左右半分ずつ継ぎ合わせた感じで、右が男の尻ならば、左は女の尻というような。まいった。

 治療といっても何ができるわけでもなく、ただ腫れが引くのを待つだけなのだそうである。わたしもそういうものだと思う。痛み止めの飲み薬だけを処方してもらった。しばらくは、このデカいケツをかかえて生活しなくちゃならないわけである。あさっては東京で人と会って飲むんだけど、そのときには痛みがおさまっているといいのだけれども。

 帰宅して、国会中継やヴィデオなどをみて、あとはベッドに横になって読書でいちにちをすごす。昼食は量を減らしたお好み焼、夕食は鶏肉を入れたそばでかんたんにすませた。


 

[] 「コンドル」(1939) ハワード・ホークス:監督  「コンドル」(1939)  ハワード・ホークス:監督を含むブックマーク

 原題は「Only Angels Have Wings」で、監督のハワード・ホークスみずから原案を書いたという映画。主演はケーリー・グラントで、舞台はバナナ運搬船の立ち寄る港町バランガ(エクアドルにあるらしい)。狂言回しっぽく(さいごにはケーリー・グラントの愛を得るけれど)ジーン・アーサーが船から降り、小さな航空便会社のパイロットらと知り合い、その航空会社の内部事情にべったりになってしまうわけで、このあたりからは悪天候のなかで空を飛ぶパイロットら、航空会社の男たちのドラマに移行していく。

 飛行機の飛行シーンがどれもよくって、観ていてもこれはじっさいにかなり危険な飛行の連続だったんだろうと想像される。ドラマの演出もさすがハワード・ホークスというか、ちょっとしたやりとりのあとの後処理というか、余韻を残す演出がいいのね。だけれどもただ、わたしにはこのケーリー・グラントの演じる主人公の造型が、いまいちわからないところがある。ラストも、女性側にウラの心理を読ませるというのが好きでないし、まあ飛行技術抜群のスーパーヒーローだからなかなか飛ばないのかもしれないけれど、労務管理もやっているというあたりで「そりゃあ特定のひとりに仕事やらせすぎだろうが」みたいな感想も出てくる。その特定のひとりがつまり、過去に仲間を見棄てたというワケアリの新参パイロットで、これをサイレント時代の名優リチャード・バーセルメスが演じている(サイレント俳優らしく無口でいい)。彼がニトログリセリンを運ぼうとして、悪天候でとちゅうでニトログリセリンを捨てて引き返すという挿話はほとんどひつようない感じがするけれど、飛行機からニトロを落下させての爆破シーンをみせたかったのだろうし、これが「恐怖の報酬」のヒントになっていた、という可能性もある。そのリチャード・バーセルメスに同行する新妻(ケーリー・グラントの元カノジョという設定でもある)として、リタ・ヘイワースも出演している。美しい。

 わたしが好きなのは、映画のなかで三度ほど出てくる現地ミュージシャンらの演奏シーンで、ここでのカメラのまえでミュージシャンを上下左右、さらに前後に重ねる演出もいいし、ジーン・アーサーが加わってのセッションもじつに楽しい。ジーン・アーサーはじっさいには演奏していないだろうけれど、これだけ一体感をかもし出す演出というのは、いかにもかっこいい。


 

[] 「生きているのはひまつぶし 深沢七郎未発表作品集」深沢七郎:著  「生きているのはひまつぶし 深沢七郎未発表作品集」深沢七郎:著を含むブックマーク

 2005年刊行の、あとがきによれば「実に十八年ぶりの単行本」というもの。しかし原稿用紙に書かれたという「作品」は二点しかなく、それ以外、この本のほとんどは、インタヴューに答えた談話の記録。ああ、彼の考えでは死ぬというのはすばらしいことなんだな、とか、ギョーザが好きでスポーツが嫌いで、三島由起夫や川端康成は嫌いだったんだな、とか、いちどはハンガリーに移住しようと考えておられたのだな、などということがわかった。スポーツ批判はわたしもかんぜんに同意。まあ「反時代」ということをつらぬかれた、ということもあるんだろうけれど、この本を読んだだけで、わかったような気分にはならない方がいいだろう。


 

[] 「日本美術応援団 オトナの社会科見学」赤瀬川原平×山下裕二:著  「日本美術応援団 オトナの社会科見学」赤瀬川原平×山下裕二:著を含むブックマーク

 ‥‥ちぃっとも、面白くなかった。だって、いろいろな見聞をして、この程度の対話って、やはりこういうふざけ方をしながらたいていの人がやっているわけだし、もっと面白いこという人もどこにでもいる。有名人が語っているからということで書籍化されたのかもしれないけれど、紙資源のムダ。がっかりした。



 

[]二○一二年一月のおさらい 二○一二年一月のおさらいを含むブックマーク

舞台;
●1/ 8(日)Performing Arts Company VOGA 第8回本公演 15周年記念公演「Ato-Saki」近藤和見:作・演出・音楽 @池袋・シアターグリーン:BASE THEATER
●1/20(金)INSIDE/OUT「黒沢美香 ソロダンス 鳥日(once a year)」黒沢美香:振付・構成・出演 堂本教子:衣裳 @瀬田四丁目広場 旧小坂家住宅
●1/21(土)平成23年度公共ホール現代ダンス活性化事業「ほうほう堂@栃木」ほうほう堂(新鋪美佳+福留麻里):振付・構成・出演 @栃木市栃木文化会館

展覧会:
●「没後150年 歌川国芳展 幕末の奇才浮世絵師」@六本木・森アーツセンターギャラリー

読書:
●「カメラ・オブスクーラ」ウラジーミル・ナボコフ:著 貝澤哉:訳
●「風にそよぐ草」クリスチャン・ガイイ:著 河野万里子:訳
●「盗賊の日本史」阿部猛:著
●「生きているのはひまつぶし 深沢七郎未発表作品集」深沢七郎:著
●「日本美術応援団 オトナの社会科見学」赤瀬川原平×山下裕二:著

DVD/ヴィデオ:
●「コンドル」(1939) ハワード・ホークス:監督
●「昼下りの情事」(1957) ビリー・ワイルダー:監督
●「黄金の七人」(1965) マルコ・ヴィカリオ:監督
●「午後の曳航」(1976) ルイス・ジョン・カリーノ:監督
●「評決」(1982) シドニー・ルメット:監督
●「モンティ・パイソン 人生狂騒曲」(1983) テリー・ギリアム/テリー・ジョーンズ:監督
●「グローリー」(1989) エドワード・ズウィック:監督
●「キング・アーサー」(2004) アントワーン・フークア:監督
●「クライシス・オブ・アメリカ」(2004) ジョナサン・デミ:監督
●「ホット・ファズ -俺たちスーパーポリスメン!-」(2007) エドガー・ライト:監督
●「ハングオーバー!消えた花ムコと史上最悪の二日酔い」(2009) トッド・フィリップス:監督
●「闇の列車、光の旅」(2009) キャリー・ジョージ・フクナガ:監督
●「ジャーロ」(2009) ダリオ・アルジェント:監督
●「ウッドストックがやってくる!」(2009) アン・リー:監督
●「お家をさがそう」(2009) サム・メンデス:監督
●「シリアスマン」(2009) ジョエル・コーエン/イーサン・コーエン:監督
●「アンストッパブル」(2010) トニー・スコット:監督
●「次郎長三國志第一部 次郎長賣出す」(1952) マキノ雅弘:監督
●「次郎長三國志第二部 次郎長初旅」(1953) マキノ雅弘:監督
●「次郎長三國志第三部 次郎長と石松」(1953) マキノ雅弘:監督
●「次郎長三国志第四部 勢揃い清水港」(1953) マキノ雅弘:監督
●「次郎長三国志第五部 毆込み甲州路」(1953) マキノ雅弘:監督
●「次郎長三国志第六部 旅がらす次郎長一家」(1953) マキノ雅弘:監督
●「次郎長三国志第七部 初祝い清水港」(1954) マキノ雅弘:監督
●「次郎長三国志第八部 海道一の暴れん坊」(1954) マキノ雅弘:監督
●「次郎長三国志第九部 荒神山」(1954) マキノ雅弘:監督
●「暖流」(1957) 増村保造:監督
●「女の歴史」(1963) 成瀬巳喜男:監督
●「座頭市逆手斬り」(1965) 森一生:監督
●「夜の牝 年上の女」(1969) 西河克己:監督
●「黒い牝豹M」(1974) 蔵原惟二:監督
●「その男、凶暴につき」(1989) 北野武:監督
●「HANA-BI」(1998) 北野武:監督
●「トロッコ」(2010) 川口浩史:監督 リー・ピンビン:撮影
●「告白」(2010) 中島哲也:監督


 

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■ 2012-01-30(Mon)

 腰の痛みは消えない。それでもしごとに出た。とにかく立っているぶんにはそれほどの痛みもないので、ほとんど仕事を遂行することへの影響はないのだけれども、たとえば階段を上がるとき、それから支店から分室へ移動するときに車に乗ったりするのがつらかった。椅子にすわるのもよろしくない。帰宅しても、すわろうとすると痛い。すわっても左の尻に重心をかけないように、からだを右にずらしておくのだけれども、それでも鈍痛というのか、痛みを感じないわけではない。ベッドで寝るのも楽ではない。まずからだを横たえるときに痛みが走るし、痛くはないしせいにおちつくまでがまたつらい。それで、起きあがるときにまた痛みをこらえてひと苦労する。とうぜんというか、映画を観に行くという予定は中止する。まあ立っていたり歩き回ったりしているのがいちばん痛くないんだけれども、うちを出るときにたった二段でも階段があるからねー、などということ。やはりいちどベッドに横になって、らくなしせいでいるのがいちばんなので、ずっとベッドで横になってTVをみる。といっても、ベッドからTVまではちょっと距離があるし、角度もよろしくはない。国会中継をみていたけれどいつのまにか寝てしまって、めざめたらもう外は暗くなっていた。つくりおきのカレーで夕食にしたけれど、残っていたご飯をぜんぶ盛ったら量がおおすぎて、ムリしてぜんぶ食べたら苦しくなってしまった。また寝る。ニェネントには遊んであげられなくて申しわけないいちにちだった。

 あまり書くこともないので土曜日のことで書き忘れたこと。あさのピーター・バラカンの「ウイークエンド・サンシャイン」は、せんじつ亡くなられたEtta James の特集だった。とにかく50年代から70年代にわたっての時代にそれぞれ活躍されていたアーティストは、みないい歳になっているので物故ニュースも多い。きょねんはBert Jansch も亡くなられたわけだし。Etta James の音源はたしか、わたしも何かのオムニバス盤のなかの一曲とかで持っていて、そのオムニバスのなかでは彼女がいちばんよかった。
 九時半からは、「カーネーション」の一週間分をまとめてみる。ついに栗山千春も結婚してしまった。もうこれからは出てこないんだろうか。糸子がなんと外泊して、夜明けどきだろうか、その薄暗い外泊先の室内のショットがいっしゅん映る。へえ、朝ドラでもこんな演出するんだ、なんて思ったり。糸子が男と抱き合うシーンもよかった。もちろん渡辺あやの脚本を目当てにみているのだけれども、その脚本にひきづられるのか、演出も見どころがあって楽しめる。


 

[] 「黄金の七人」(1965) マルコ・ヴィカリオ:監督  「黄金の七人」(1965)  マルコ・ヴィカリオ:監督を含むブックマーク

 60年代のヨーロッパ映画はどれも楽しい。それが芸術的な名作というようなものでなくっても、それがどこの国の作品であっても、どこかで通底する楽しさにあふれている。ひとつはこの「ダバダバダ」というスキャットのはいる音楽のせいだろうか。ひとつにはヨーロッパの町並みのロケーションの楽しさだろうか。この「黄金の七人」なんかもいきなり冒頭からその両方が楽しめて、楽しすぎて涙がでてきちゃう。

 何のまえおきもなく、いきなり白昼堂々の銀行からの金塊奪取作戦が進行しはじめる。実労部隊六人と、指示を出す「教授」と呼ばれる男、それと「お色気担当」の美女で、トータル八人いるんだけれども、つまり「教授」は別格ということなんだろうか。その教授役は、わたしがいつもフィリップ・ノワレと名まえをまちがえてしまっていたフィリップ・ルロワ。フィリップ・ノワレは今でもやたらと顔をみる気がするけれど、このフィリップ・ルロワさんはあんまり見かけなくなってしまった。「お色気担当」の美女は、ロバート・ワイズ監督の「トロイのヘレン」でのタイトルロールを演じたロッサナ・ポデスタ。今ではこの人はこの「黄金の七人」だけで記憶されている感じだけど、むかしはつまり「世界一の美女」といわれていたのではなかったかな? 実労部隊では、わたしはガストーネ・モスキンという役者さんの名だけ記憶している。スキンヘッドで、いい顔をしておられる。この人のフィルモグラフィーをみると、「ゴッドファーザーPART II 」にも出演されておられたようである。そりゃあイタリア人だし、すぐ殺されちゃう役だったのだろうかな。もういちど「ゴッドファーザー」観て、確認してみたい。

 ともかくとして、映画の方ではなんだかすっごいウソっぽい金塊掠奪計画が進行するんだけれども、ウソっぽいといいながらも、「へーえ、そういうふうにやるんだあ」と、ちょっとそのアイディアにおどろかされたりもする。こういう、ウソのなかにもビックリさせられるということこそ、映画の楽しみであるし、観客が想像する銀行のセキュリティも、このぐらいのものだったわけである。今ではとてもこうはいかないわけだけれども、この「黄金の七人」の精神を継いでいるのが「ミッション・インポシブル」シリーズ、あたりなんだろう。ただ、こっちは泥棒さん物語というか主人公たちはつまり悪党なわけで、つまりは60年代らしい反権力指向というか、ノワールものの王道というか、主人公が悪党だからこそ観客も喝采を送る。そして、さいごにはその計画が破綻してしまうことがわかっているというか、心待ちにしているのである。この映画がちょっと残念なのは、その計画の破綻の原因がイマイチなこと、だろうか。



 

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■ 2012-01-29(Sun)

 「おおきなかぶ」という童話があるけれど、それをやってしまった。ただひとりで。

 うちの部屋のベランダのまえ、駐車場のアスファルトとベランダのすきまから雑草がのびていて、というか、「そりゃあちょっとした樹木だろうが!」というのものびている。それが冬になって枯れてしまっていて、とにかくベランダのまえに枯れ木枯れ草がぐたーっとしているのは見苦しいので、いつか刈り取って捨ててしまおうと思っていたのを、この日しごとを終えて帰宅してから、実行に移した。
 枯れてるんだからホイホイむしれるだろうと思っていたのが、やってみるととんでもないまちがいで、つまりもんだいは根深いのである。根が深い。かんたんに引き抜こうとしてもダメ。それで、ちからいっぱいひっぱったりすることになる。手に枯れ草の束をにぎり、ぐいっと引いても抜けない。つい「このやろう」という野蛮な気分になって引くと、とつぜんにボコッと抜けてしまった。あおりをくって引いていたちからとの均整が取れなくなり、そのままどーん!っと、あおむけにひっくり返ってしまった。ものすご強く、左の腰のあたりを地面に打ちつけた。いや、だれかに見られていたらみっともないことだ、というのがそのときにまっさきに考えたこと。さいわい、あたりに人影も車の影もなかったのでホッとする。しかし、強く打ちつけた腰のところが痛い。腰というより、尻の左側の下の方。立っているぶんにはそれほどどうってことないのだけれども、すわっていたり、寝たりするときに痛む。かがむのもあんまりよろしくない。

 そういうわけで、きょうは部屋をあれこれと片付けようと思っていたけれど、すべてキャンセル。あしたは映画を観に行こうと思っていたのも、あしたも痛みが取れなければやめることになるだろう。腰はだいじだから、あしたにも医者に診てもらった方がいいかもしれない。

 安いとついつい買ってしまうクセで、冷凍庫の肉類が冷凍庫からあふれそうになってしまっている。なんとか消費しないといけないので、きょうはカレーをつくることにした(腰の痛みは炊事には影響しないのである)。カレーにセロリか何かを入れてみたくなって、スーパーに買い物に行き、「腰が痛いんだから麻酔のつもり」とか理由をつけて、またキンミヤ焼酎もいっしょに買ってしまった。カレーをつくりながらクイクイ飲み、すぐにはんぶんなくなってしまった。こういうのをキッチンドランカーというのだなと、あとになって思いあたった。カレーはうまく出来た。まだ残っている白菜は、どうしよう?

 


 

[] 「シリアスマン」(2009) ジョエル・コーエン/イーサン・コーエン:監督  「シリアスマン」(2009)  ジョエル・コーエン/イーサン・コーエン:監督を含むブックマーク

 ユダヤ人コミュニティを描いているという点では、ウッディ・アレンのことを思い浮かべたりする。わたしはそういう方面にはまるで無知だけれども、そういうアメリカのユダヤ人たちの先祖にあたるだろう人たちの、ポーランドを舞台としたらしい寓話めいた導入部から、ユダヤ人たちの処世訓、生活原理のようなことが前面に押しだされる。日本でいえば、お寺のお坊さんに生活の悩みをきいてもらう檀家の人たち、のような感覚なんだろうか。こういうのってなんか、映像作品としてよりも、小説なんかで読んだ方が面白そうな気がする。

 ちょっと脂性のビル・エヴァンスみたいな容貌の、人のいい主人公がつぎからつぎに生活の難題に直面して、ユダヤコミュニティのラビに教えを乞おうとするけれど、というようなお話。ちょうどきのう観たサム・メンデスの映画の逆、というか、コーエン兄弟の映画は登場人物を断罪しない。どうみても「こいつ、アホじゃないか」と思えるような、自分勝手な要求を突き付ける登場人物のことを、サム・メンデスやウッディ・アレンのように、「こいつらバカ」と描いたりしない。それで主人公は苦しんじゃうわけでもあるけれども、「あんなバカ、相手にしないね」と遠ざけたりはしない。みていてもどかしいぐらいである。
 コーエン兄弟の、たとえば「ファーゴ」なんかでも、アホみたいな人物はいっぱい登場するけれども、そこで描かれているのは「アホ・スパイラル」というか、アホみたいな人物がアホな選択をしでかしてもっとアホになり、もう抜け出すこともできないアホ・ワールドのなかで破滅して行くさまがあって、それを警官役のフランシス・マクドーマンドがながめて、「なんてアホな世界なの」とおどろくわけだけど、それは「あいつはアホだ」という断罪というよりも、「世界はアホである」、という認識に近いものである。彼らのデビュー作の「ブラッド・シンプル」では、観ている観客だけが登場人物の勘ちがいをわかっているわけで、「ああ、アホだなあ」と思って観ているのだけれども、映画のなかの世界はそういう勘違いを原理として動いているから、誰が悪いとかそういう問題ではなくなってしまう。コーエン兄弟の作品の、わたしの好きなところである。サム・メンデス監督よりも、ウッディ・アレンよりも。


 

 

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■ 2012-01-28(Sat)

 きのうは国会中継をずっとみたりしていたんだけれども、まだ各党の代表質問なので真摯な討議はこれから。政権与党のM党はしきりにJ党に「いっしょにやりましょうよ」と誘ってるのを、J党の方は「(つぎに選挙をやればオレたちが勝つんだから)オレひとりでやりたいんだよね」と蹴るばかり。もうここにきて、政策のちがいなどこの二党のあいだのどこにもないようなのに。「政権交代可能な二大政党を」という進路をとらされた結果が、おなじ保守陣営がふたつに割れてトップの座を奪い合うだけ、ということになってしまった。んなことやってるあいだにスーパー保守政党がつくられちゃいそうで、つぎの選挙ではどうせその党が大量票を獲得してキー政党になるんだろう。世のなかは「保守か超保守か」のどちらかの選択肢しかなくなってしまいそう。げんざいのM党J党から多数が抜けて新党に移り、そのうちに第一党になるやも。社会保障は見捨てられ、わたしのような貧民にはつらい時代がつづく。

 きょうはしごとは非番なのだけれども、いつものようにまだ暗いうちから目がさめて、明るくなるまでぼんやりとしている。夢をみたようだけれども、ノートをまくら元におき忘れていて、起き出してノートを探してから書くというのがめんどうでまた寝てしまい、「夢をみたようだ」という記憶だけが残った。

 きょうも、日が昇っても空気はひんやりと冷たい。ベンナのすがたは見えないけれど、ベランダに出したネコメシはいつの間にか減っていた。食べ残し方から、来たのはベンナだと思った。

 このところ古着屋で買った服もふえたし、買い足した録画用のVHSテープもあふれてしまっている。いまごろやたらとVHSテープを買う人などいないだろうに、ばかげていると思う。とにかく部屋がそんなこんなでちらかってしまっている。いいかげん整理整頓させなくっちゃという気もちで、外を歩くのも気もちがいいこともあって、またホームセンターへ行く。園芸用品のコーナーをみると大きめのプランターが安く売っていたので、うちのクレソンをこういうのに引っ越しさせようかと考える。いまは越冬中で弱くなっているだろうから、あたたかくなったら大きなうつわに移しかえ、ことしは大量収穫をめざそう。
 ホームセンターのとなりの同系列会社の家具センターをまわってみる。新しく洋服ダンスを買う余裕も置くスペースもないけれど、組み立て式パイプハンガーというのは思っていたよりもずっと安いので、これでなんとかなるだろうと買うことにした。VHSテープの整理の方は、針金細工みたいな安っぽい組み立て式ワゴンを買ってみることにした。安いからまあいいや、ということだけれども、貧乏人はこうやって役に立たない安ものを買い集めるのである。

 帰宅して、ハンガーとワゴンを組み立てる。ハンガーは思ったより役に立ちそうで、置く場所もさだまって、これはいい買いものだった。ワゴンの方はさすがに安もので組み立てに苦労するけれど、まあそれなりに整理の役には立ちそうである。こうやって室内を多少でもかたづけるともっと徹底してやりたくなるもので、ちょっとゴミ屋敷に近づきつつある室内をぴっかぴかにしてみたくもなった。いいかげん捨てられるものもたくさんある。あらためて大掃除をやりましょうか。

 夕食は買い置きの白菜がまだ半分残っていて、しばらくはこれを何とかしなければいけないので、きのうにつづいて、冷凍してあった鶏レバーといっしょに削り節としょう油で炒めて、お手軽に。きょうは調味料の分量がよかったのか、手順がよかったのか、いままででいちばん美味に仕上がったと思う。


 

[] 「ウッドストックがやってくる!」(2009) アン・リー:監督  「ウッドストックがやってくる!」(2009)  アン・リー:監督を含むブックマーク

 (しばらくは映画と関係のないことばかし書きます。長文になります。)

 ウッドストック・フェスティヴァルが開催されたのは、1969年の8月のことだった。そのときわたしは高校三年生の夏休みのまっさいちゅうで、それでも美術部の活動という名目でまいにち高校へ通っていた。おなじ美術部のカノジョにまいにち会いたいがためだったし、つまりきっと、その夏にわたしは今につづくドロップアウトへの道をあゆみはじめていた。
 7月にアポロ11号が月面着陸をはたし、そのライヴ映像を家のTVでみた。そんなに興奮はしなかったけれど、学校でカノジョとそのはなしをした記憶はある。
 そのころのわたしは、それまでの洋楽フリークからちょっと脱しはじめていたころでもあって、つまりそれまでヒットチャートさえ追っかけていればアメリカの音楽シーンはどう動いているかわかるという時代をすぎて、アルバムをまるごと聴かなければわからない時代に突入していた。そこでわたしはいきなりFrank Zappa とか、商業主義とはちょっと距離をおいたミュージシャンに興味を持つようになっていて、つまりわたしのマイナー指向のはじまりなんだけれども、わたしのなかで「何でも聴く」という時代から「好きなものだけ聴く」という時代への移行期だった。それでも、ロックぜんたいはまだまだ日本ではマイナーなものだった。アポロ11号のあと、この「ウッドストック・フェスティヴァル」のことが新聞のかたすみに載っていたのを読んだ記憶があるけれど、そんなことはすぐに、甲子園の高校野球の、三沢高校と松山商業の決勝戦の延長18回引き分けという強烈なイヴェントのおかげで忘れてしまった。

 マイケル・ウォドレーが監督した「ウッドストック・フェスティヴァル」の記録映画が日本で公開されたのは翌年1970年のことで、そのときにはわたしはもう高校は卒業していて、お茶の水の出版取次会社で雑誌や書籍の荷造りのアルバイトをしていた。職場にはちょっとばかしヒッピーみたいな連中や、学生運動命がけというようなあつい人たちがいっぱいいた(あとからこのバイトに来た人には、そのときのわたしはかなり変人(Freak?)にみえたといっていた)。それで、有楽町で公開されていたのだっただろうか、この「ウッドストック」の映画を観に行った。観客はそんなに多くはなかった。というか、おそらくは基地から来たんじゃないかと思うけど、アメリカ人の若い観客が多かったと思う。映画のなかで、尼さんが撮影クリューに向けてピース・サインを示すシーンで、観客が「Wow!」と湧いて、ヒューヒューと口笛が鳴った。おなじ客席にいたわたしは、ここはきっと日本じゃないゼ、と思った。これがわたしの、「ウッドストック」の体験である。
 バイト先の連中もみんなこの映画を観に行っていて、「オレはだれそれが良かった」とか、みなが出演したバンドの感想をいいあった。なんてすばらしい職場だったことだろう。

 そのあとずっと経って、このあいだの地震で天井の落ちた九段会館で、その「ウッドストック」の上映会があったのを観に行ったことがある。わたしはそのときには多分結婚してしまっていたと思う。つまらない時代だった。ロックは商業的にメジャーになっていた。映画が上映されて、観客が誰もが自分のひいきのアーティストが登場すると拍手していたのでおどろいた。しかし、誰も尼さんがピース・サインを出したときには反応しなかった。そもそも、しょっぱなのRichie Havens の登場のときに拍手したヤツは誰もいなかった。このときの観客はもう、1970年の観客ではなかった。

 ヴィデオの時代になっても、「ウッドストック」の映画には「あおかん」のシーンがあるせいか、川でくつろぐオールヌードの人物が出てくるためか、日本ではいつまでもソフト化されなかった。わたしはその後ハワイに旅行に行ったときもこのヴィデオを探したんだけど、みつからなかった。DVDの時代になってようやく、この「ウッドストック」のソフトも日本でもリリースされるようになり、わたしはもちろんこれを買って、なんどもこれを観ている。ライヴ音源としての「ウッドストック」(サウンドトラック盤だけど、当時の映画では使用されていない音源が多く含まれていた)は、それ単独ではまるで聴いたことがない。これがわたしの、「ウッドストック」体験である。つまりこれは、マイケル・ウォドレー監督の「ウッドストック」という映像こそが、わたしにとっての「ウッドストック」体験である、ということである。わたしは、なにもかもひっくるめてウッドストック・フェスティヴァルを賛美、礼讃しようとは思わないけれども、わたしのなかのルーツのどこかに、映画で体験した「ウッドストック」のイメージが根付いてしまっていると思う。ふん、わたしは「あのころはよかった」と過去を神聖視するバカなオヤジなのかもしれないけれど、Richie Havens いがいのすべての登場アーティスト、あのSha Na Na にさえ拍手していた観客どものひとりではない。

 ‥‥(長かったけれど)これが、このアン・リー監督の「ウッドストックがやってくる!」という映画を観ることになるわたしの前提になる。

 アン・リー監督はわたしよりは二歳年下で、台湾で生まれ育ち、大学入学のためにアメリカへ移り住んだようである。つまりウッドストック・フェスティヴァルのときは台湾にいたのだろうけれど、アメリカに渡ったのはまだまだそういう「ウッドストック・ジェネレーション」の余韻の残っていたころだっただろう。彼にとっても、「ウッドストック」とは映画版の「ウッドストック」のことだったろうけれど、彼の周辺にはまだ、フェスティヴァルから数年しか経っていないという空気が残っていたと。そんな彼が、2007年に出版された「Taking Woodstock: A True Story of a Riot, a Concert and a Life」を元にして映画化したのが、この「ウッドストックがやってくる!」(原題「Taking Woodstock」)。本を書いたのはElliot Tiber という人で、映画でも主役として登場する人物である(ウッドストックのとき、彼はじっさいには34歳ぐらいになっていたようで、映画ではもっともっと若い青年のように描かれてはいるけれども)。

 この映画、つまりは開催地が決まらずにとん挫しそうだったウッドストック・フェスティヴァルの計画に対し、主人公家族がモーテルを経営する地元であるホワイトレイクの地での開催を主人公が提案することからイヴェントは現実化し、主人公もイヴェント前後にさまざまな体験をし、イヴェントの終わりとともに家を出ようと決意する、というようなもの。

 てってい的に主人公の一人称で描かれる映画には、そのフェスティヴァルのステージの模様など出てはこないし、ミュージシャンが登場するわけでもない。基本的に音楽も流れない。それでも、フェスティヴァル開催まで、そのフェスティヴァルのさいちゅうに、いったい現地がどのようなふんいきだったのか、ということは、とってもていねいに描かれていたと思う。しかもそこで、まずはマイケル・ウォドレー監督の映画「ウッドストック」を「原点」にすえることで、過去の「映画」に対する、すばらしいパスティーシュにもなっている。それはもちろんマルチ・スクリーンの多用というような技法的なことでもあるだろうし、おそらくはフィルムの色調もきっちりと、映画「ウッドストック」に合わせている。そしてもちろん、映画「ウッドストック」で登場した人物、取り上げられていたことがら、場所などへの、リスペクトを込めた再現という演出姿勢に感動を受けるわけである。地元のパブの主人も映画「ウッドストック」に出てきた人物そっくりだったと思うし、なによりも、地元のドラッグストアにマックス・ヤスガー氏が登場するときに、その姿だけで「あ、ヤスガー氏が来た!」とわかるわけである。マイケル・ラングは馬に乗っているし、イヴェントで観客を誘導している白のつなぎに白い帽子の、カカシのような男のすがたがチラリとみえるけれども、ありゃあ映画のなかで「オレはTiny Tim の知り合いだった」みたいなことをいっていた人物だろう。イヴェントに来ているカップルは映画のなかでインタヴューを受けていたカップルに似ている気がしたし、そしてもちろん、いちばんうれしいのは、あの尼さんのピースサインを撮影しているマイケル・ウォドレーのクルー(マーティン・スコセッシかも?)のすがたが出てくるあたり。

 つまりこりゃあ何かというと、その映画「ウッドストック」と合わせて(補完して)、ウッドストック・フェスティヴァルをより立体的に体感する作品なんじゃないかと思う。ステージの模様は映画「ウッドストック」の方で楽しめばいい。そして現地イヴェント会場周辺のヴァーチャル体験は、この「ウッドストックがやってくる!」でどうぞ、という感覚ではないだろうか。
 だから、イヴェントがはじまってからの主人公の会場内の彷徨は、この映画作品単独でみれば冗長に感じられるところもある。しかしこれが、ウッドストック・フェスティヴァルが開催されていたときの、一観客のリアルな体験として受けとめることが出来る気がする。

 この「ウッドストックがやってくる!」を観て、いっしょに「ウッドストック」を観れば完璧だろう。わたしもやってみよう。

 そう、この「ウッドストックがやってくる!」のなかでゆいいつ、ステージからの音としてCanned Heat の「Goin' Up The Country」が聴こえてくるシーンがあるんだけど、この音源はおそらくはまさにウッドストックからのライヴ音源というふんいきがある。これがじつはとってもおもしろいんだけれども、映画「ウッドストック」のなかで、ライヴ音源っぽくみせかけて、やはりこの「Goin' Up The Country」が流れるシーンがあるのだけれども、じつはそこでイメージ映像のバックで使われていた音源はスタジオ録音のもの、という「ウソ」があったわけである。さいしょにステージでのMCをかぶせてまでライヴ音源を装っているけれど、あれはライヴの音ではなかった。それをこの「ウッドストックがやってくる!」では、ここでだけ、その「ウッドストック」で使われなかった、じっさいのライヴ音源を使用しているのではないかと思われる。ちょっとした皮肉、だった。


 

[] 「お家をさがそう」(2009) サム・メンデス:監督  「お家をさがそう」(2009)  サム・メンデス:監督を含むブックマーク

 あんまりちゃんと観ている記憶のない、サム・メンデス監督の作品で、原題は「Away We Go」。さいきんのコマーシャルにさからうわけではないけれど、「田舎は豊かだ」、というようなラストか。

 ただ、わたしはこういうの、あんまり好きくはないのね。いろんな人物が主人公カップルのまえにすがたをあらわして、それが「何、この人」みたいなのが多いわけだけれども、とくにそのなかでインテリぶったというか、独特の生活への理論をもつカップルが映画のなかで槍玉にあげられて、それが観客にも「ひっでえヤツらだね」と思えるように演出されているわけだけれども、まあこういうのはウッディ・アレンの映画でもやられていて、わたしはウッディ・アレンがきらいなんだけれども、おなじように、そういう演出のところでこの映画もきらいなのである。
 いろいろと理由はあるけれど、まずは、映画のなかで「あいつはバカだ」ということをいっしょけんめいにやるようなのは、観たくはないのである。



 

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■ 2012-01-27(Fri)

 異様に寒い。その寒い日の早朝のいちばん寒い時間帯に、吹きっさらし同然の倉庫内でしごとをしているのである。わたしが扱うのは冷蔵された品物かんけいが多いのだけれども、この寒さでは、冷蔵庫に入れておいたり冷蔵処理をして発送にまかせるようにする意味はあまりない。外界の常温と冷蔵庫内の温度に変りがないのである。ハードなしごとという印象をあたえそうだけれども、さいきんはしごと量も少ないので、寒い倉庫でしごとをしているのは一時間にもならない。あとは暖房のきいた事務所のなかでコーヒーを飲んだりしているだけ。ちっともすごくはない。しごとが終わるころには日も昇り、かなりあたたかくはなっているわけだし。しかし、帰宅するとこんどは室内が寒い。あるいみ、こっちの方がハードである。

 きょうも、いつものじかんにベランダにベンナがくる。室内のニェネントと、屋外のベンナにネコメシを出してあげる。ベンナは毎日毎夜、いったいどんなところで寒さをしのいでいるんだろう。まだこの寒さはつづくだろう。

 きのうホームセンターでTVをみてからちょっと欲しくなってしまって、ネットならもっと安いのかもしれないと調べてみたら、ネットショッピングのサイトにホームセンターより千円安く出ていた。なんだ、やはりホームセンターのがとくに安かったというわけでもないんだな、などと納得してしまうと、いつでも買えるという気分になる。まいとし五月にちょっとした出費があるので、その時期になってまだ買う余裕があれば、また考えよう。

 きょうは午後にずっと国会中継をみて、そのあとにひさびさにヴィデオを。本を一冊読み終えた。


 

[] 「ホット・ファズ -俺たちスーパーポリスメン!-」(2007) エドガー・ライト:監督  「ホット・ファズ -俺たちスーパーポリスメン!-」(2007)  エドガー・ライト:監督を含むブックマーク

 いま近くのシネコンで「宇宙人ポール」が公開されていて、らいしゅうでも観に行こうかと思っているわけで、その予習というか復習といういみで、おなじ主演コンビによる作品を観た(むかし映画館で観ているのだけれども)。出演者がおなじでも「宇宙人ポール」の監督は別の人らしいけれど、主役のサイモン・ペグが脚本も書いていること、編集がクリス・ディケンズであることなどは、「宇宙人ポール」もおなじ。このメンバーはそのまえに、ゾンビのパロディ映画の傑作「ショーン・オブ・ザ・デッド」で評判になっていたわけ。それで、「ショーン・オブ・ザ・デッド」があれだけ面白かったのに日本では劇場未公開でスルーされてしまい、それをうらみに思った人たちがネット上で署名運動をおこなって、ついに劇場公開されたのがこの「ホット・ファズ」、ということ。

 「ショーン・オブ・ザ・デッド」がゾンビ映画のパロディだったように、この作品もポリス・アクションもののパロディという空気であり、映画のなかでサイモン・ペグの相棒のニック・フロストが「ハートブルー」のDVDを観たりして、ラスト近くでそのパロディ演技をやったりする。

 うーん、楽しいんだけれども、ひとつにはこの主人公と相棒にいまいち「バディもの」という空気がうすいことと、あまりにいろいろな要素をつめこみすぎて、シリアスともジョークともつかない気分に支配されている感じ。まあジョークをシリアスにやっちゃって、それで笑いをさそうのがイギリスの伝統芸だからしかたないけれど、観ていて気分がおちつかない。

 ストーリー展開を高速でみせる編集は楽しいけれど、演出はもうちょっと工夫した方がいいように感じるところもある。じつはじっさいにシェイクスピア役者であるティモシー・ダルトンが、大根のシェイクスピア役者を「シェイクスピアへの冒涜だ」という理由で殺しちゃうのとか楽しいし、とにかくはじまってすぐの警察署内に、どちらもわたしの好きな俳優、スティーヴ・クーガンとビル・ナイが並ぶシーンは、眺めているだけでうれしくなる。

 音楽も(ぜんぶ聴こえてきたわけではないけれど)わたしの趣味のポップスが多用されていてうれしいし、まあKinks の「Village Green」なんかはまんまだけれど、Troggs の「I Can't Control Myself」やArthur Brown の「Fire」なんか、ただその曲のなかのシャウト一声だけのために使っている感じで、原曲を知っているものからすれば、爆笑ものであった。


 

[] 「盗賊の日本史」阿部猛:著  「盗賊の日本史」阿部猛:著を含むブックマーク

 軽く読める本をというつもりで、あまり内容をたしかめずに図書館から借りた本だけれども、ただ資料原典からの要約引用を並べただけのような本で、その背景へのつっこんだ記述があるわけでもなかった。著者を調べると日本史かんけいの事典類を多く手がけておられる方のようで、まあこういう本になってしまったのもしかたがないとは思う。しかし、編集がいいかげんというか、ちょっとまえのページに書かれていることがほとんどおなじに書かれていたり、難読漢字へのルビが初出のときではなく、ずいぶんと読み進んだところで気まぐれに付されていたりする。やはり事典感覚でかかれているため、書いたあとに通して読みなおしたり、ということはされないのだろう。

 資料は「今昔物語」から「近代庶民生活誌」まで、幅広い。なかには面白い話もいろいろと。



 

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■ 2012-01-26(Thu) このエントリーを含むブックマーク

 あさ、しごとからもどってきてわが部屋のベランダをみると、ベンナがちょこんとすわっていた。おや、ひさしぶりだねえと近よると、「ニャッ」とないて、わたしに近づいてきた。ベンナはちゃんとわたしのことを「食べものをくれるひと」と認識している。だから「早く食べるものをちょうだいよ」といっているわけだけれども、わたしが親愛の情をしめそうとして手を出してなでようとすると、爪むきだしの敵意のこもったネコパンチ攻撃をしかけてくる。「あんたとなんか、なれなれしくしたくないね!」というわけである。「あんたはさっさと食べるものを出してくれればいいんだよ」という感じ。これでぶさいくなネコだったりしたら、わたしだって「フン!」ってことになるのだけれども、あいにくとベンナはじつに愛苦しいネコちゃんなのである。部屋にいるニェネントは「考えようによってはとてもかわいいのかもしれないな」というネコだけれども、ベンナはどう考えても、どう見てもかわいい。なんとかベンナも部屋飼いネコにしたい気もちはあるんだけれども、まず部屋に誘き入れる手順がふめない。つまり、ベランダ側の窓をあけておいても、部屋のなかのニェネントが外へ出てしまわないようにしなくてはいけない。まあ近いうちになんとか考えてみよう。

 午後から買い物に出る。空はピーカン照りなんだけれども、空気はピリリと冷たい。駐車場のかげにある水たまりには氷がはっている。こういう世界が好きなのであちこちと歩いてしまう。また古着屋が半額セールをやっているのに行き、シャツと、試着してサイズがぴったりだったボトムスとを買う。古着屋はメンズコーナーが半分の面積に縮小されていた。いままでのメンズコーナーがいっぱんの古着屋としては広すぎたと思うので、当然だと思う。その古着屋のとなりのスーパーへ行き、このスーパーはこのあたりでいちばん割高な気がしていたのだけれども、ほかのどこでも105円で売っているおつまみが、このスーパーでは98円というのはいちばん安い。ポテトチップスも68円という安値で売っていたのを合わせて買う。
 ぐるっと道をもどって、またホームセンターのなかをのぞいてみる。32インチのTVモニターが三万円でおつりがくる価格でおいてあって、うわあ、ほしいなあ、などと思う。このところちょっと経済的に余裕が出来たので、このくらいの価格ならば買えないこともない。これはネットショッピングで調べればもっと安い可能性があるので、帰ってから調べてみることにした。
 あとはしょう油が切れそうなので、道なりに行った南のスーパーで買う。1リットル98円で、この日は同系列の西のスーパーとおなじく一割引だから、90円でおつりがくる。ミネラルウォーターよりも安いしょう油である。むかしほとんど自炊などしなかったころには、小さなしょう油ビンで買っておいても、あまり使わないので古くなってしまい、ビンのなかに土色のかたまりが浮くようになったりまでしたものだけれども、自炊をするようになってからは、1リットル買っても二、三ヶ月で使い切ってしまう。ちょっとドバドバ使いすぎなのではないかと思う。からだに良くはない。

 帰宅すると「ひかりTV」と「WOWOW」の二月の番組表が届いていたので、じっくりとみる。このごろは録画しておいてもまったく観ない日がつづいていて、こんなんではまったくの契約料のむだになるし、いつもいつもヴィデオ三昧というのもどうだろう、という思いもある。それでもやっぱり、こうやって番組表が送られてくるとチェックして、うわあ、こんなのが放映されると、放映日を楽しみにしてしまうのである。
 二月の「ひかりTV」の方は、大島渚監督の「愛の亡霊」とか、フランス映画の「ファントマ」シリーズ三本放映というあたりが楽しみ。WOWOWはまずはライヴのチャンネルで、John Cale だとかJoy Division、Patti Smith あたりのライヴの放映。それからAmy Winehouse の特集があって、月末にはなんと、Frank Zappa の生前の、フランクフルトでの「Yellow Shark」ツアーの映像。まあ「Yellow Shark」はあんまし面白いものでもなかったのだけれども、映像でみるとどうだろう。バンドではなくってオーケストラだけれども。映画の方はこっちでもトリュフォーの特集があって、これはいま「ひかりTV」の方でやっているところ。作品もまるっきしかぶる。あとはポロポロと、さいきんの映画や古い珍しい映画など。

 そんなチェックをやっているうちに外はすっかり暗くなってしまい、「ああ、きょうも何もしないで終わってしまうな」という感じ。夕食はきのうの残りの肉じゃがですませる。
 気もちが何かもの足りないので、年賀状をもらっていたGさんにメールして、近いうちに会って飲みましょうともちかける。

 夜に夢をみたようだけれども、ノートを取らなかったので、内容はすっかり忘れてしまった。



 

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■ 2012-01-25(Wed) このエントリーを含むブックマーク

 しごとをしていて、指先が冷たさで痛くなる。帰宅したあとも痛みがとれないのがやばい。昼から南にある衣料雑貨店に買い物に出る。日ざしはあたたかで、からだもほかほかとあたたかくなる。店に着き、仕事用の靴と靴下などを買う。この衣料雑貨店はめったに来ることがないのだけれども、あらためて総じての価格の安さに目をみはる。帰りにホームセンターにまわってみると、靴はこちらの方が安いのを売っていた。ネコ缶をまとめ買いし、帰り道の玉子の安売りの日だったスーパーで、玉子などを買う。きょねんまで百円ショップだった店鋪のまえを通ると、周囲がぐるりとシートでおおわれていて、どうやら改装をしているようだった。改装しているというのは、いずれ何らかの店鋪ができるということなんだろう。キャパは大きな建てものだけれども、どんな業種の店がやってくるのだろうか。

 広い店が出来そうだな、と考えていたら、せんじつみたCMの、「都市には広さはなくとも豊かさはある」というヤツを思い出した。どこの会社のだったっけ、などと調べてみる気になって検索したら、なんとこのコマーシャルのナレーションと音楽とは細野晴臣氏によるものなのだということ。まさか文章を書いたのも細野氏ではなかろうけれども、その住宅会社のサイトにはその全文が載っていた。あらためて読んでみても、やはり納得がいかない。というか、文章がおかしいところもある。<広さはなくても豊かさはある。/緑はなくても風は吹く。/そんな知恵や工夫や技術が、/この国にはきっとあるのだから。>‥‥。「そんな」ということばは、いったいどこにかかっているんだろう。それになんか、震災以降、やたら「この国」とか「日本」とかいいたがる風潮も、好きではないんだな。こんなしごとを引き受けられる細野氏にも、ちょっと幻滅するなあ。きょねんは「HoSoNoVa」という、ひさびさのヴォーカル・アルバムをリリースされ評判になっていて、わたしもちょっとそのアルバム収録の「スマイル」など聴いていて、それがとってもよかった記憶もあり、「これからはやはり細野さんかね」などと思いかけていたところだったのに、「なんだあ」という感じである。
 でも、いわゆる「クリエイティヴ」なしごとをなされている方々が「都会」とか「東京」にこだわられているという事実も、了解はしている。都会は大きな消費の窓口だし、情報もあふれ、先端の表現を受け入れてくれるキャパシティの広さもある。じっさいにわたしは、某出版社につとめられている方が「◯◯◯(ここに地方の地名がはいる)に住んでもしかたがない」と発言されるのをきいたこともある。そのことについてわたしなりの感想、感慨もあるけれども、まあマイナー指向の成れの果てであるところのわたしのようなものがあれこれといっても、まるで説得力はないだろう。ぎゃくに、「やはり都市に住むことこそが正解なのだよ」という、いい例証になってしまうだけである。わたしのようなものが見捨てられるのは当然なのである。ふん。

 などと情けないことを考えていると、また何もする気にもならず、呆然とときをすごす。
 夕食には、また肉じゃがをつくってみた。少し調味料の割り合いを変えて、なんとか和風の味を出そうとしたけれど、ちょっとうす味になりすぎてしまったし、じかんをかけすぎてじゃがいもが煮くずれしてしまった。ふん。




 

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■ 2012-01-24(Tue)

 きょうもまたしごとは休み。なんでこんなに寝てばかりいられるのだろうと自分で思うくらいに寝てばかりいる。よなかにフッと目がさめたりもするけれど、トイレに行って「やっぱり寝よう」と、またベッドにもぐりこんでしまう。わたしが寝ているとニェネントもいつもわたしのわきに丸くなって寝ているのだけれども、よなかにトイレなんかに行くと、ニェネントも「あれ? このひと、起きるのかな?」って感じでベッドからおりて、トイレのまえで待っていたり、和室とリヴィングのさかいでじっとしていたりする。それでまたわたしがベッドに入ってしまうと、しばらくしてニェネントもベッドの上にとび上がって来て、グルグルとのどをならしながら、またわたしのわきで丸くなる。

 よなかに目がさめたときに「夢をみていたな」と思い出すことが多く、近ごろはよゆうがあればノートに書きとめておくようにしているのだけれども、「このくらいの夢なら書かなくてもいいや」とか、「書かなくってもおぼえていられるかもしれない」などと思ってまた寝てしまうのだけれども、あさになってちゃんと起きたとき、そういうよなかにみた夢のことは、ほとんどのケースでいっさい忘れてしまっている。ノートに書きとめておいた夢はそのノートを読めば思い出すことはできるけれども、それでも文章に書かれている細部をどうしても思い出せないところもある。ずっとながいこと、「さいきんはぜんぜん夢をみることがないなあ」などと思っていた時期があったのだけれども、じっさいにはきっと夢をみていて、ただすっかり忘れてしまっているだけなのだろうと思う。
 みた夢のことはすっかり忘れてしまっていても、あとになって、そういう夢をみた気配だけでもよみがえってくることがある。ふとした拍子に、思考回路が見知らぬ迷宮の入り口にさしかかるような感覚。わずかに残っていた夢の残滓が、消えて行くまえに意識の表面に浮かんでこようとするような。水中で空気の泡が浮かんでくるように、夢が意識の深いところから表面にポッと浮かんできて、その表面でパチン!と割れて消えてしまう。その割れるしゅんかんに、ほんのいっしゅんだけ夢の内容が意識の表面をかすめるけれど、そのときそれはもう消えてしまっていて、二度と思い出すことはできない。

 起きて窓の外をみると、向かいの家の屋根にうっすらと雪が積もっていた。それでも地面には雪はみえず、地肌がむきだしになっている。TVをつけると、ニュースでは都心でも積雪があったといっている。このあたりはこれではとても積雪といえるようなものではないだろう。空はすっかり晴れていて、じゃあと、たまっていた汚れものを洗濯することにした。ベランダの洗濯機にかぶせてあるカバーを取ろうとすると、雨か雪で濡れてしまっているのが洗濯機の本体に凍りついていて、ベロリとやぶけてしまった。これでは水道も凍っているかもしれないと思ったけれど、そちらはだいじょうぶだった。

 外は日が照ってなんだかあたたかそうだけれども、部屋のなかは寒い。またベッドのなかにもぐりこんで本を読んだりする。このところ寝てばかりいるのは、わたしなりの「冬眠」なのではないのかと思いあたった。ついにわたしも進化して、寒さから身を守る身体にかわってきたのだろう。すごいぞ、と、われながら感心した。

 夕方からひさしぶりに録画してあったヴィデオをみて、また早々に寝てしまった。



 

[] 「黒い牝豹M」(1974) 蔵原惟二:監督  「黒い牝豹M」(1974)  蔵原惟二:監督を含むブックマーク

 もちろん日活映画で、主演のファッショナブルな殺し屋を、当時ブイブイいわせていた池玲子が演じている。そのターゲットが成田三樹夫。
 格闘に空手技がフィーチャーされ、「燃えよドラゴン」の公開・大ヒットが1973年末のことだから、それで大あわてで製作したというふんいき。冒頭の空手道場での稽古シーンで、道場内の神棚に「こぶし」を描いた油絵が祀られていたのに笑った。「黒い牝豹」というタイトルは、1971年の「黒いジャガー」からの借用だろう。

 しっかし悪いけど、こんな脚本、こんな演出で商売しようとする精神がわからない。ただ「わたしは殺し屋よ」というだけのヒロインには感情移入もなにもしようがないし、やたらロングからのズームインを多用する撮影など、高校の学園祭用の映画かよ、という寒い空気がただよう。ただ、遠距離からのぞきみて読唇術ができたり、どうやら視覚が特殊に発達しているようだったり、運動能力がとびぬけているようだったりするヒロインの造型は、「バイオミック・ジェミー」の登場にさきがけている。しっかし、クライマックスのブランコ攻撃のあまりのチープさにはあきれる、というか、笑った。おっかなそうな顔のそろった脇役連中の迫力がいちばんだろう、という映画だった(ヒロインは、あの歳に似合わずにたれ下がった乳房であれだけ走り回るんなら、やっぱりブラジャーはつけたほうがいいだろう、と思った)。




 

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■ 2012-01-23(Mon) このエントリーを含むブックマーク

 きょうもすべてにやる気なし。やはりふつかつづけてのイヴェント観覧のツケは大きいのである。いちおうあさはしごとなので出勤。これがまた、さいきんの有閑状態に輪をかけてヒマだったわけで、さらにやる気をなくす。天気予報は夜から雪になるだろうといっているわけで、さらにさらに、なにかをやろうという気分にはならなくなる。しごとを終えて帰宅しても部屋は寒いし、暖かいのはふとんのなかだから、ふとんにもぐりこんで本を読む。そうするときょうはTVでフェリーニの「魂のジュリエッタ」が放映されるはずだったのを忘れていて、気がついたときはかろうじてまだ、始まって三十分ぐらいのときだった。いちおう録画をスタートさせはしたけれど、さらに気分は落ちこむ。ちょっと遅い昼食はインスタント麺にして、野菜や玉子を入れて食べる。ニェネントもさすがに、麺類にはまったく興味をしめさない。ネコがおつゆにあふれたうつわに首をつっこんで麺類を食べるところを想像しても、気味がわるいだけである。

f:id:crosstalk:20120123132135j:image:right 寒さからかニェネントもいつもよりおとなしい感じで、ずっとふとんの上で丸くなっているばかり。わたしがTVをつけてぼんやりとみていると、そのTVの上にとびあがってきた。こうやっていまは旧式なブラウン管モニターだから上に乗ることもできるけれど、もしもこれを買い換えたらもう上には乗れなくなるだろう。そうするとつまり、いつもの遊びコースのひとつ、カーテンを鯉の滝登りのようにはい上がってカーテンレールの上をつたい、端まで行ってからTVの上にとびおりる、というコースが取れなくなってしまうだろう。あくまでもTV受像機を買い換えたら、のはなし。

 このところ四、五日はベランダにベンナのすがたをみていなくって、なんとなく「ベンナももう来ないかも」などと思ってしまう。ちょっとベランダをのぞくとジュニアがいて、わたしの気配をさっして、あのみっともない走り方で逃げて行った。さいきんはずっと、小鉄のすがたもみない。

 夕食は何にしようかなどと考えながら、ぼんやりと本を読みながらベッドに横になっていると、やはりいつの間にか眠ってしまった。これがいつもならせいぜい二時間ぐらい眠ってしぜんにめざめるのだけれども、きょうは目がさめて時計をみると九時になっていた。あんまりにも眠りすぎである。ご飯は保温して残っていたので、惣菜の保存食の封を切ってかんたんにすませる。あしたはまたしごとは休みだから夜更かししてもかまわないし、もうたっぷり眠っているから睡眠時間に不足もない。それでも本を読んでいるうちにまた眠ってしまった。読書もまったくはかどらないこのごろである。




 

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■ 2012-01-22(Sun) このエントリーを含むブックマーク

 きょうはしごとも休み。ふつかつづけて出かけてしまって、やはりぐったりしているし、きょうも外は冷たい雨が降っていて寒いし、ほんとうになにもしないでいちにちをすごしてしまった。

 ニェネントは、お気に入りの綿棒で遊んでいる。とっても楽しそう。とっても元気そう。わたしがロールパンを食べていると寄ってきて、わたしの左手のロールパンにあたまをつっこんでくる。小さくちぎって手のひらにのせてニェネントの口もとに近づけると、それをくわえ取るのがあんまり上手ではないのだけれども、なんとかくわえて食べてしまう。どうもわたしがどんなものでも箸を使わないで手づかみで食べていると、そういうものは自分でも食べられるだろうというか、自分にも食べる権利があるとばかりにそばに寄ってきて、わたしが持っている食べものに口をよせてくる。スーパーでどら焼きを買ったのがあって、食べていたらやっぱり寄ってきた。どら焼きをちぎってあげてみると、ちょっとなめただけで食べなかった。どら焼き、おいしいのに。

 TVをみていて、住宅かなにかのコマーシャルがなんども流れていて、そのなかで「都市には広さはないけれど豊かさがある」といっている。なるほど。ずいぶんダイレクトな地方差別ぢゃないかと思う。このコマーシャルでいっている「豊かさ」というものはどういうものなんだろう。それが環境として都市にだけあるものだとしたら、「ああ、アレか」とか、思いあたらないこともない。それに、給与水準はたしかに都市地域の方が地方よりも高いだろう。それで「都市には豊かさがある」というのだろうか。それでいいのか。もうこういうことはむかしから何度も語られてきたことだと思うけれど、ひとことで「都市に豊かさがある」といい切ってしまう精神は、つまりは貧しいのではないかと思う。まあわたしも貧しいのだけれど、地方には金銭的な豊かさはなくっても(まあ働き口もないけれど)、あたりまえだけれども、そういうのぢゃない多様な豊かさがあるのよ。ふつう、豊かさというのは後者のことを指すというのが、わたしの知っている世界での常識だった。まずは、ことばの意味が狭められることが情けない。これはつまり、「貧しさ」である。

 寒いし、よるも早くにベッドにもぐりこんで寝てしまった。ケータイへのメールの着信音で目がさめてしまい、ちょうどそのじかんにTVで田中正造とか南方熊楠にかんしての番組をやっていたのを、とちゅうから観た。田中正造の方はほとんど見逃した。南方熊楠、まさに、「豊かさは地方にある」といってもいい内容だった。出てきた人たちも、地方で研究をつづけている人たちが多かったのもいい。
 ちょっとばかしおどろいてしまったのは、その番組中で山本政志監督の未完の映画「熊楠 KUMAGUSU」の、フィルムからの抜粋が放映されたこと。熊楠の反対した神社合祀によって廃棄された神社の周辺で樹木が伐採され、神社の鳥居にむかって倒れてくるようなシーン。いったいこの映画、どうなっているんだろうと調べてみたら、2007年にどこかの映画祭で、三十分弱のパイロット版が公開されたことがあるらしい。しかし山本政志監督はその後にべつの映画をどんどん撮りつづけちゃっているし、製作開始からもう二十年もたっちゃってるし、そもそもが山本政志監督だから、完成はないだろうなあ、と思うのであった。





 

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■ 2012-01-21(Sat)

 きょうはしごとも休み。栃木市の文化会館での「ほうほう堂」のダンスを観に行く予定。ふつかつづいてダンス公演を観に行くなんて、わたしはあたまがどうかしてしまったのだろうか。

 目覚めると外は雪ではなくて、冷たそうな雨が降っている。いぜんから栃木市というところはブラブラと散策してみたいところだったけれど、これはあいにくの天候。あさから出かけてあちらでゆっくり歩いてみようという計画は放棄して、午後になってからの出発にする。FMのピーター・バラカンの番組を聴き、そのあとはTVで「カーネーション」の一週間分放映をみる。戦後の展開もすすんで、明るいふんいきになった。今週はヴィデオで、「トロッコ」という尾野真千子の出演していた映画作品も観たのだけれども、この「カーネーション」の糸子役は、まるで別人に思える。「トロッコ」ではありがちなアートっぽい映画らしい、「抑えた」というか「暗い」というか、地味な印象がまさっていたけれど、よくもまあ「カーネーション」でここまでおお化けしたものだと思う。これからは映画でも、演技の幅の拡がった彼女を観てみたい。

 とにかく部屋にいてもしんしんと冷える。昼にはご飯を炊いて、白菜やえのきだけ、鮭の切り身などで、ちゃっちゃっと鍋をこさえて昼食にした。昼食から白米を食べることはめったにないのだけれども。

f:id:crosstalk:20120123213146j:image:right 一時をまわったころに家を出て、乗換駅で出発時刻がせまっていて走らされ、四十分ぐらいで栃木着。なかなかに近いのである。しっかし雨が冷たい。駅から北にのびる道路を行くと、橋を渡ったあたりから蔵づくりの商店が並んでいるのが目につくようになり、あたりに観光市街というふんいきが拡がる。わたしは観光地っぽいのはあまり好みではないので、すぐに裏道とか路地に入りこみたくなってしまう。大通りから右にせまい道路が延びていて、その景色がちょっといい感じだったのでもぐりこむ。ふつうの民家のような建物に、「スナック」だの「居酒屋」だのの看板が出ている。こういうのが好きである。とても「いちげんさん」で入れるようなところではないけれど、こういう地方のひなびた町に住んで、吉村萬壱の小説のようにこういうスナックなどのなじみになり、そこの店の女の人とかと堕ちて行きたいというような、ネガティヴな夢のとりこになるときもある。
 だいたいわたしが旅行などしたいと思うのは、そういうネガティヴな動機がほとんどである。「みじめになりたい」などという夢。それで、つげ義春のマンガが好きだったりする。つげ義春といえば、二、三日まえにTVのニュースかなにかで新潟の「鳥追い」のようすをやっていて、「ほんやら洞のべんさん」を思い出したりしていたのだった。

f:id:crosstalk:20120123213247j:image:left この栃木の街は観光に力を入れているといっても、商店街には金物屋とか雑貨店とか、駄菓子の問屋みたいな店だとか、あまり観光にはかんけいないような店が並んでいるのはよい。それでもやはり、裏通りのひなびた感じはもっとよい。しかし、雨は冷たく降りしきり、歩いている足が冷たくなってしまう。なんと、靴に穴があいているようで、靴のなかが濡れていく感覚になる。さらに足先が冷たくなり、不快感がつのる。これでは雨のなか歩き回ることもいやなので、喫茶店とか図書館へでもしけこむとか、あれこれと乱立しているらしい美術館か資料館のようなものに入ってしまうことにしようと。

 近くにあった観光マップをみて、それほど離れていないところにあった「蔵の街美術館」というところへ行く。「絵双六と女性のおしゃれ史展」、というものが開催中。江戸時代から昭和の時代までのコレクションが並べられた絵双六の展示は、はからずも木版画技術の衰退の歴史の展示、という印象にもなる。もちろん一方には活版印刷の普及ということがあり、これが並行して木版画の足をひっぱる。その双方が展示の背後からしのばれる。時代とともにだんだんに色彩がきたなくなり、版刻も雑になっていく木版画。興味を持ったのは、巌谷小波の作成になる、婦女子のための情操教育めいた双六だとか、明治末につくられた雑誌「文藝倶楽部」の付録の「人気芸妓双六」とか。「人気芸妓双六」はすでに写真版が使用されている。映画以前の時代にはずっと、映画スターやアイドル歌手のかわりに芸妓がその役割を果たしていたのは江戸時代から変わらないこと。しかしそこに「浮世絵」ではなく「写真」が持ち込まれたというのはちょっと、画期的なことのように思える。そしてその媒体が「文藝倶楽部」だというのも、この雑誌の、文芸誌から娯楽雑誌への変化という事実を裏付けるようである。

f:id:crosstalk:20120123213328j:image:right 美術館を出たところにちょっとした手水鉢があって、そばを通りすぎようとすると、そこに立っている石碑に「水琴窟」の文字が彫られているのに気づいた。「おお、すいきんくつだ!」と近寄ると、たしかにその手水鉢のそばに長い竹の筒が置かれている。じつはわたし、水琴窟の現物をみるのはこれがはじめてである。もちろんじっさいのリアルな音は、いまだ聴いたこともない。わたし、ちょっと興奮している。
 ‥‥立てられた竹筒に、耳を当ててみる。‥‥聴こえる。カリンバをはじいたような、音程も異なる澄んだ美しい音が、不規則な間隔をおいて竹筒を通してひびいてくる。どこか神秘的で、魅力的な響きである。しばらくのあいだ、何度も何度も竹筒に耳を当ててみた。
 満足である。雨が降っていると音やその間隔がちがうのかわからないけれど、こんな雨のなかに足を濡らせて歩き回った疲れもとんでしまう。これだけでも栃木に来たかいがあったというものである。思いがけない遭遇にこころがおどっていた。

 まだもうちょっと公演時間まで間があるのだけれども、ここはすぐそばにあるらしい図書館に行って、じかんをつぶすことにした。けっこう、旅先のその町にある図書館に行くのは好きである。その町の情報や歴史に関する本を集めたコーナーがあったりもするし、蔵書をみているだけでも楽しめる。
 この町の図書館、その建物の大きさはわが町の図書館とあまり変わらないようである。ただ、書棚の大きさ、レイアウトのかんけいもあって、蔵書量はうちの図書館の方がちょっとまさっている印象。それに、この図書館はいわゆる実用書のたぐいが多い。多すぎるんでないの、と思うぐらい多い。その分というか、社会科学関係の書物の蔵書はめっちゃ貧弱。こんなに貧弱でいいのかと思うぐらいに少ない。とくに現代思想かんけいは、これが皆無に近い。わたしの町の周辺の町の図書館に行ったときも、この分野の蔵書は貧弱だなあという感想をもったものだけれども、こうしてみるとわが町の図書館は、地方の図書館としては異様なまでにがんばっているのかもしれない(引越してくるまえに図書館をみて、「この図書館がある町ならOKだ」と決めたわけでもある)。いっぱんに地方の図書館というのはこういうもの、というのが普通なのだろうか。ただ、DVDにかんしては、アンゲロプロスとかヴィクトル・エリセ、エリック・ロメールなどをわずかでも置いてあるのには負けるかも。

 図書館内でブラブラしているうちに外も暗くなり、開演時間もせまってきたので、図書館のとなりの文化会館の方へ行く。とくに文化会館のホール内のステージに場所を限定した公演ではなく、エントランスやロビーもふくめて建てもの全体を使う公演になるので、お客さんもロビーや階段のあたりにたむろしている。おそらくはほぼすべてのお客さんが、この栃木市内から来たお客さんではないか、県ざかいを越境して来ているのはわたしぐらいのものだろう。

 ‥‥んなことしているうちに開演。感想は下に。

 終演後、ほうほう堂のおふたりとちょっと立ち話をしてから外へ。せっかく旅気分で出て来たんだから今夜はひとり居酒屋でもやってみますかと、駅の近くの居酒屋へ行ってみる。ところが、「ひとり」と告げると、仲居さんたちの出入りするような仕事場みたいなところを示される。ふだんはまったくお客用になど使っていないような場所で、ひとり静かに飲むなどとはほど遠い環境。やーめた、と店を出る。歩いてちょっと西に行ったところに「中華居酒屋」という看板をみつけ、「じゃあここか」と入ってみる。ここは厨房のまえにずぃっとカウンター席があって、ひとりでもだいじょうぶそう。カウンターにすわる。しかし、反対側の座敷になっている席では、子どもたちが中華料理を食べている。「あれ? 居酒屋ぢゃないのかいな?」とは思う。って、目のまえに置かれてあったメニューをみると、アルコール類はほとんどがボトルでの価格しか書いてなくって、まあふつうにあるのはビールとか。料理もつまりはふつうに中華料理店のメニューで、酒のつまみとかになりそうなものはなにも書かれていない。なんだ。つまりは団体客だけが酒を飲んで盛り上がり(団体の宴会用の二階席があるらしい、のだった)、ふつうにはただの中華の店ということなのだ。しかたがない、瓶ビールをたのみ、ふつうに肉そばなどを注文して、つまりはただの「お食事」になってしまった。どうもこのあたり、ひとりで飲むという習慣がないのではないかと、いぶかしむしだいである。ふん、ひとりで飲もうとしてどこが悪い。やっぱりこういうところでひとりで飲むには、危険な匂いのする女性が店にはべっているような、吉村萬壱の小説にあるようなスナックで飲むしかないのかもしれない。それがまた、「地方」ということなのか。

 もの足りない思いで駅にもどり、けっこう早い時間に帰宅する。これが自宅の駅で電車を降りて外に出ると、あきらかに栃木周辺よりもずっと寒かった。風も吹いていてそれが冷たい。もう帰宅して早々にベッドにもぐって寝てしまおうと。



 

[] 平成23年度公共ホール現代ダンス活性化事業「ほうほう堂@栃木」ほうほう堂(新鋪美佳+福留麻里):振付・構成・出演 @栃木市栃木文化会館  平成23年度公共ホール現代ダンス活性化事業「ほうほう堂@栃木」ほうほう堂(新鋪美佳+福留麻里):振付・構成・出演 @栃木市栃木文化会館を含むブックマーク

 ほうほう堂の公演を観るというのは、二年ほどまえの吉祥寺シアター以来になる。その吉祥寺シアターのときの公演とおなじように、劇場施設ぜんたいを使ったパフォーマンス。しかしこの栃木文化会館というのは吉祥寺シアターなどもんだいにならないキャパシティをもっているので、しぜんスケールも大きくなる。とくに冒頭の、エントランスから二階ホールのロビーへの階段を使ったダンスの展開などひじょうにぜいたくなものだし、千二百人収容の大ホールを独占してしまう(観客もホールに入れないのを、外からロビー壁面にうつされる映像で観るのだけれども)のなんか、ダンス関係でこれだけのハコで踊れたアーティストなんてそうそうはいないだろう、などと思ってしまったりする。ちょっと展開は吉祥寺シアターでのものとおなじようなところもあるけれど、観ている方も狭っくるしい空間からは解放されているので、より大きな高揚感は得られる気がする。

 ちょっと思い出したりしたのは、ゴダールの「はなればなれに」でだったか、アンナ・カリーナたちがルーヴル美術館のなかをかけ抜けるシーンとか、ロケ撮影されたミュージカルのダンスシーンだったりするわけである。ラストの雨の降るパティオでの傘をさしてのダンスは、もちろん「シェルブールの雨傘」であった。

 身体を動かす楽しさにあふれた好パフォーマンスではあったけれど、ただ音楽がずっと既成のダンス音楽ばかりがつづいてしまっていたというあたりからも、身体としての冒険性には欠けていた印象はある。まあそういうエンターテインメント性を前面に打ち出した公演ではあっただろうけれど、もっと身体面でも冒険の出来るふたりだと思っているから、「こういうのもダンスなんだ」とか、「そういうこともやるんだ」みたいなことも盛り込んでかまわないんじゃないかと思ったりした。



 

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■ 2012-01-20(Fri)

 けっきょく、さくやの予報ではこの日は関東地方は雪になりそうということだった。目が覚めて外をみると、雨が降っていた。TVをつけると、東京で雪が降っている映像が流れていた。きょうはしごとのあと出かけて、黒沢美香さんの公演をGさんと観る予定。ここを走っているローカル線は雨風雪に弱くって、すぐに止まってしまったりするのでしんぱいである。

 しごとをしているとき、降っていた雨はほとんどみぞれに変わってしまった。このまま雪になってしまうのだろうかと心配だったけれど、しごとを終えて帰宅するころには、そのみぞれもほとんどやんでしまっていた。朝食をとりながらTVをみていると、東京で降り続いている雪はもう積もりはじめているようでもあった。こんどは東京の交通事情がしんぱいになる。

 きょうの公演は劇場などではなく、二子玉川園近くの公園内に保存された古い邸宅での公演なので、おそらくは暖房もなくて寒いだろう。ふだんより一枚多く着込み、オーバーを着てマフラーをして、ニェネントにおるすばんをたのんで出かける。Gさんとは双方の距離をかんがえて神保町でまちあわせして、久々にこの地の老舗喫茶店「S」でランチでも食べてから行きましょうということにしてある。池袋でメトロに乗りかえ、さらに後楽園駅で都営地下鉄に乗りつげば、待ち合わせ時間ぎりぎりに神保町に到着できる、というふうにネットの乗りかえ案内では表示されていたのだけれども、後楽園駅からそのそばにあるらしい春日町駅への乗りかえというのが初体験だったのでちょっと迷ってしまい、十分ほど遅刻。たしかに東京ではちょっと湿っぽい雪が降っている。Gさんと会ってすぐに、「S」に入って食事をする。
 この「S」に来るのももう十何年ぶりにもなるだろうか。まえに来たのもGさんとで、そのときも昼にここでランチを食べた記憶がある。店のふんいきはまるで変わっていなくって、まあ改装なんかしてしまったらこの店の「売り」が消滅してしまうわけになる。わたしはべつに、こういうふんいきが好きなわけでもない。Gさんの趣味にあわせたわけでもないけれど、駅に近いし喫煙できるし、シニセだからと気取っているわけでもないから、まあ気のおけない空気はある。わたしはピラフをたのんで、ふつうの店なら二倍の量はありそうに盛られて運ばれてきたピラフをみて、まえに来たときもおなじピラフを食べたのではなかったかと、記憶がもどってきた。食べてみるとたしかにこの味だったと思い出すことになるけれど、それは独特のおいしさがあったとかいうのではなく、「なにか味がたりない」という記憶であって、その「たりないなにか」という感覚が、まるでプルーストの紅茶マドレーヌのように、わたしの脳裏に立ち上がってくるのであった。十何年のときを経て、おなじこの味の不足感が維持されているというのはさすがに老舗の味わいであると、あらためて納得するのであった。

 メトロの半蔵門線神保町駅から、東急田園都市線の二子玉川園までは乗りかえなしの直通。考えていたよりもずっとはやいじかんに到着してしまった。このあたりでは都心から離れた分だけ、降る雪の量も多くなっているような気もする。
 しかしここもやはり、二十年ぶりぐらいになる再訪。もちろん駅はまったくつくりかえられている。なんと高島屋などという大手デパートは進出しているし、駅周辺にはむかしのおもかげはまるで残っていない。たしかむかしわたしが来たころには、ナムコのワンダーエッグという巨大なゲーセンみたいな施設が駅のそばにあったと思う。ずいぶんと変わってしまったものだと思いながら歩くけれど、それでも五分も歩くとむかしの古い商店街のなかに踏みこんでしまう。商店街とちがって住宅はどこもあたらしく、そしてなんだかリッチそうで、わたしのようなビンボー人がウロウロしていてはいけない地域のようであった。
 そのせいで意識せずにはや足になっていたのか、雪のぼちぼちと降る寒さのせいで足がはやくなっていたのか、要は駅に到着したじかんもはやかったし、ずいぶんとはやく目的地についてしまった。

f:id:crosstalk:20120122132624j:image:right 場所は「旧小坂邸」という、うっそうとした木立にかこまれた高台にある古い住宅で、わたしの姓とおなじ方の住居というわけだけれども、このリッチなお屋敷を別邸として住っておられたリッチな一族は、もちろんわたしとの血縁関係はまるでない。こちらは長野の銀行の頭取をやられていた方の別邸だったということで、むかし外務大臣などをやられていた政治家、小坂善太郎氏などの一族であろう。建てられたのは日本が太平洋戦争に突入したころのようで、おそらく60年代までは住居として現役だったようである。つまりそういう歴史的に重要な価値のある建築物というわけでもないようだけれども、内倉やマントルピースつきの書斎、サンルームつきのホテルの部屋のような寝室と、それは豪華といえば豪華な建物ではある。この周辺の木立に守られた敷地の西側は斜面になっていて、この斜面は「国分寺崖線」にあたるらしい。ぐうぜん昨夜の「ブラタモリ」でこの国分寺崖線のことを知ったばかりで、グッドタイミングであった。

 しばらく邸内をみてまわったりして開演を待ち、午後三時にスタート。公演については下に。

 終演後はつまり帰るわけだけれども、まあここはやはりGさんと一献傾けてといきたいわけで、ようすもわからないこの二子玉川で店を探しても失敗しそうだし、帰路がながくなるからとはやくおひらきにすることになるのもつまらない。ここは起点にした神保町までもどってから、ということにした。

 きょうはあれこれと久々に訪れる店や場所がつづいたので、ではまたそういう店にしようと、神保町の交差点の裏にある「Y」という大きな居酒屋へ行く。ずいぶんむかしに来た記憶のある店である。
 この店はホッピーもカウンター内で仕込んで、つまり一杯ごとにジョッキで出来上がったものを注文するというシステムだった。まあいいか、というところだけれども、かなり豊富なおつまみ食事類はどれもおいしく、量もリーズナブルだった。神保町にきたときには、またこの店にしよう。

 雪で電車が遅れていたりしてもこまるので、ちょっとばかし早めにおひらきに。外に出るともう雪はすっかりやんでいた。電車で家にもどると、やはりこちらでは雪の降ったようすはみられなかった。


 

[] INSIDE/OUT「黒沢美香 ソロダンス 鳥日(once a year)」黒沢美香:振付・構成・出演 堂本教子:衣裳 @瀬田四丁目広場 旧小坂家住宅  INSIDE/OUT「黒沢美香 ソロダンス 鳥日(once a year)」黒沢美香:振付・構成・出演 堂本教子:衣裳 @瀬田四丁目広場 旧小坂家住宅を含むブックマーク

 世田谷美術館の企画する、「建築と身体」をテーマにするパフォーマンスのシリーズ。ぜんかいはその世田谷美術館で「ほうほう堂」の公演がおこなわれたはずで、その公演、わたしは予約までしていたのだけれどもちょくぜんに用事ができてしまったかなにかでキャンセルしてしまった。まあその「ほうほう堂」の栃木での公演にあした行くのだから、キャンセルして申しわけなかったけれども帳消しにしてもらいたい。そういう「INSIDE/OUT」という企画の、こんかいは黒沢美香さんのソロ。一般住宅を舞台とする性質上、観客は各回定員二十五人とされている。

 客入れのあと、あるていど自由に邸宅内をみてまわることができるのだけれども、その居間にあたる部屋には、大きな布のかたまりがよこたわっている。茶褐色系を主体としたさまざまな布のよせあつめからなるかたまりは、たしかに「鳥」を思わせられるところがあり、つまりこれが「鳥」であるところの黒沢美香さんであって、開演のアナウンスとともに、ゆっくりと動きはじめる。あたまから伸びた黒い羽根で顔はほぼかくされているけれど、その顔は黒く塗られているみたい。きょうの外の曇天によく似合う(居間や廊下、寝室には外光が入りこみ、とくに寝室のサンルームでは、大きなガラス窓から外の景色をみることができる)。茶系の鳥の羽毛のような衣裳の下は赤系の極彩色っぽいタイツの黒沢さん。そのじかんを引き伸ばしたようなゆったりとしたダンスは、舞踏を思わせるところもある。とにかく、ダンスというよりも、「動き」といういい方でいいではないか、という気もちもいだく。しかし、なんという動きだろう。

 居間から茶室、書斎と移動をつづけ、観客もそれにつれて移動する。まずひとつのハイライトが書斎の間での動きで、マントルピースの上の丸くくり抜かれた空間、かつてはなぜか仏像がおかれていたという場所にあがり、その空間にはいりこんで、またおりてくる。鳥というよりも見知らぬ小動物、もしくは家に憑(つ)くという妖怪のたぐいが蠢(うごめ)くさまをみてしまったような。

 さらに移動をつづける黒沢さん。書斎と反対側にある寝室へとむかう。その手前の内倉のあたりでは、どこかからわらべうたのような唄がきこえ、このあたりホラームードである。寝室内では古いステレオ装置から「ク・ク・ル・ク・ク・パロマ」の唄が流れてくる。まさに「鳥」の唄。この部屋もまた強く印象に残った。サンルームでしばし動きをとめられた黒沢さんの向こう、窓の外の木々のあいだから、たしかに一羽の鳥が空へむかってななめに飛び立つのがみえた。そのあとも、窓の外からは鳥のさえずる声がきこえていた。あれは例えば庭でスタッフがタイミングをみて鳥を放ったとか、さえずりのテープを再生したとかの「演出」だったのだろうか。あまりにうまくいきすぎているように思ってしまうほど。

f:id:crosstalk:20120123103844j:image:left このあと、オレンジの長靴をはかれた黒沢さんは、庭に出られての動きをつづける。庭にはこの日の雪でうっすらと積雪している(このじかんには雪は小雨に変わっていた)。これもすばらしい舞台セッティングで、もうここだけでも、ほかの日にこの公演に来られるお客さんに、「わたしのときには庭に雪が積もっていたんだよ」と、自慢できるのである。

 約一時間の公演。きょうの天候とともに(もちろん晴天の日であればまた異なる印象のものになっただろう)、胸にズシリとこたえるすばらしい公演だった。2012年の1月、東京にうっすらと雪の降った日に、この場所で黒沢美香さんの「鳥日」という公演を観たこと、このことをもう、わたしは忘れることはないことになる。




 

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■ 2012-01-19(Thu)

 「雨が降らないねー」などと書いたら、あしたかあさってには関東は雪が降るようだとの予報。あしたは東京へ出かけるので、電車の運行に影響が出なければいいと思う。
 しごとはあいかわらずヒマで、もうこれからはとうぶんこういう状態がつづくと思うしかなさそう。しごとから帰ったあとはずっと、ニェネントをかまって遊ぶ。

 ニェネントのことを「ブスだねえ」とか「かわいいね」とか、周期的にわたしのなかで気もちが変化するのだけれども、いまの時期は、やっぱりニェネントはかわいいネコであるという感覚。それでもやっぱり、お母さんのミイとはくらべられない。ニェネントの目は丸くって大きくて、それはそれでかわいいけれども、ミイの切れ長というのか、和風美人(ネコ)というか、東洋の神秘をただよわせたような美しかった目には、まったく似てはいない。ニェネントももう一歳七ヶ月になるけれど、これからまだ成長をつづけて、その容姿や表情に変化があらわれたりするのだろうか。なんだかもう、七、八ヶ月あたりからは変化もないようにも思えるけれども、これでもちょっとずつ変わっているんだろうか。それで、ある段階ではブスに見えたり、あるときにはかわいく思えたり、わたしの感覚が変化するんだろうか。

 シチューの残りで夕食をすませ、ふとんのなかで図書館から借りた赤瀬川原平×山下裕二の「日本美術応援団 オトナの社会科見学」をちょろちょろと読み、そのまま寝てしまう。そのあとで目が覚めて、「もう真夜なかか」と思うと、まだ十時をちょっとすぎたところだった。このじかんはTVで「ブラタモリ」をやっていることを思い出して、ちょうどいいやとTVをつけてみる。ニュース速報で地震のことを知らせていて、つまりわたしはその地震の揺れで目覚めたのかもしれない。

 「ブラタモリ」は国分寺。みていて、このあいだの「歌川国芳展」で、わたしのそばでずっと楽しい音声解説をやってくれていたおふたりのことを思い出したり、寝るまえに読んでいた「オトナの社会科見学」のこととかも思い出していた。みんなふたり組で、あるところや作品をまえにして、専門的なポイントからはちょっとずれたところで「あーでもない、こーでもない」と、勝手なことをいうわけである。もちろん、専門的なポイントをかんぜんに外してしまうとただの「戯れ言」になってしまうから(これならわたしにもできるし、いつもやっている)、そことの距離の取り方のたくみさこそが勝負である。
 ただ「臨場感」というのはたいせつというか、そこでその「見学」のあとで場をあらためて対談している「オトナの社会科見学」は、(いちじるしく)臨場感に欠けるという印象になる。やっぱりその、現場でリアルタイムで放談する、ということのなかにこそ、おもしろさが生まれる。


 

[]「告白」(2010) 中島哲也:監督 「告白」(2010)  中島哲也:監督を含むブックマーク

 演出に興味深いところ、美しいところもあると思ったけれども、まあなんともえげつないストーリーで、演出の展開もつまりはえげつない。「悪」ということへの考察が、掘り下げられていないのだろう。表面だけの映画という印象になる。


 

[]「夜の牝 年上の女」(1969) 西河克己:監督 「夜の牝 年上の女」(1969)  西河克己:監督を含むブックマーク

 主演は野川由美子。主題歌は当時大ヒットした森進一の曲で、映画にはその森進一も、挿話のひとつの中心人物として出演している。あとで調べるまでぜんぜんわからんかったけれど、ホステスのひとりを演じていた太田雅子という女優さん、つまりのちの梶芽衣子なのであった。この人、このころからやっぱりどっぷりと暗かった。あとは当時のグラビア・アイドルでブイブイいわせていた杉本エマの姿も。

 北九州のヤクザの女親分だった野川由美子が、大阪のクラブでナンバーワン・ホステスをめざす話に、高橋英樹とその太田雅子のきょうだいの悲話、歌手をめざす森進一と和泉雅子の悲恋とかとかがかさねられる。まあめちゃくちゃな映画やけれど、めちゃくちゃな野川由美子はすばらしいし、高橋英樹きょうだいが住んでいた貧民街の美術とか、街なかの夜の世界の描写とか、しっかりした作品だという印象。こういうと語弊があるけれど、当時のプログラム・ピクチャー、いいかげんな脚本でも現場のスタッフはいい仕事をしていた、ということだろうか。この時代ならもうフィルムの保存状態がいいのか、きれいな映像だった。




 

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■ 2012-01-18(Wed)

 関東ではもう、一ヶ月以上雨が降っていない。すっかり乾燥しきっている。お正月には、しごとの同僚の方の家の、目のまえで火事が起きたらしい。でも、気温が低くっても、天気がよければ洗濯物のかわきがはやい、ということ。しごと先ではみながしごとをしていてビチビチと静電気を発して、大さわぎしているのだけれども、どうもわたしはそういうのと無縁。「乾いていません!」ということなのか。

 図書館へ行って、深沢七郎の未発表作品集というやつ、それから「盗賊の日本史」と、「オトナの社会科見学」という本を借りてくる。もうこれからは出来るだけ自宅本だけを読んでいたいのだけれども、息抜きに読めるような軽い本というのが家にはないので、そういうのを選んで借りた。読まなかったら読まなかったでかまわない。

 図書館に、地元の美術館で今週末から開催される、地元作家の水彩画展のチラシがあったのをひろった。「いいな」と思って(この地元美術館で開催される展覧会では、いちばん興味を惹かれた)、これは観に行きたいし、なんだか自分でも水彩画を描いてみたくなった。とにかくことしは、いいかげんにインプットだけでなくって、アウトプットもやんなくっちゃ先も短いぜ、などと考えているのである。べつに何かを残したいとかいうのではなくて(そういう意識は好きではない)、ただ自分の思考回路のもんだい、である。作品をつくって、それを発表したいとか考えているわけではない。ただ、作品をつくるんなら自分なりに最上のものをつくりたい。それだけ。まえにも書いたことがあるけれど、保坂和志みたいに「オレはすぐれた作品を残したから不滅だぜ」みたいな考え方は嫌悪する。だから、荒川修作もきらいだ。フン、やっぱ、深沢七郎だねー、という感じ。
 じゃあなんでこんな日記を公開してるのか、っていわれそうだけれども、べつにたくさんの人に読んでほしいなんて、これっぽっちも思っていない。おおかたは自分のためだし、あとはわたしのことを知っているという人に、近況報告のつもり。観たヴィデオとか読んだ本の感想とか、書かなくてもいいんだけれども、人の目にさらす文章を書くということが、わたしには大きな刺激になるというか、ものごとをいいかげんなままでスルーしないでおこうという、わたしなりの殊勝なこころがけ、なのである。あとは、何日もここを更新していなければもう死んじゃってるのかもしれないよー、という、安否確認であります。勝手にわたしが死んじゃうと遺体は腐るし、ニェネントも飢え死にするし、あんまりよろしいことはありません。って、じゃあ何日も更新がなくって「あのひと死んでるかも」ということを、どこに連絡すればいいのか、ちゃんとしておかないといけませんね。そのうちにちゃんと確認して、トップページからわかるようにしておきます。

 

 

[]「クライシス・オブ・アメリカ」(2004) ジョナサン・デミ:監督 「クライシス・オブ・アメリカ」(2004)  ジョナサン・デミ:監督を含むブックマーク

 「羊たちの沈黙」までのジョナサン・デミ監督の作品は、どれも印象に残るものばかり。でも、「羊たちの沈黙」以降はよくわからない。ぜんぜん知らなかったのだけれども、このあいだ途中まで読んで放棄したトニ・モリスンの「ビラヴド」も、彼の監督で映画化されているらしい。そのあと、最新作「レイチェルの結婚」は評判がいいみたいだけれども、わたしはまだ観ていない。そういうジョナサン・デミ監督の、その「レイチェルの結婚」のまえの作品。このまえが「シャレード」のリメイク作品ということで、この「クライシス・オブ・アメリカ」も、1962年の「影なき狙撃者」という作品のリメイク、らしい。主演はデンゼル・ワシントン。製作のティナ・シナトラという人は、フランク・シナトラの血縁なのだろうか(その「影なき狙撃者」の主演はフランク・シナトラだったようだけれども)。

 とにかく最初にキャストのクレジットをみていて、「Simon McBurney」だとか、「Robyn Hitchcock」の名まえが出てくるのでおどろく。「Simon McBurney」なんていう同姓同名はそんなにないだろうし、音楽に造けいの深いジョナサン・デミだから、「Robyn Hitchcock」はそりゃあロビン・ヒッチコックだろう、ということになる。って、映画が始まるとすぐに出てきましたね、「Robyn Hitchcock」。いきなりデンゼル・ワシントンと対話していて、そのあとになってコイツは悪党側のスパイというか、悪いヤツだと写真が何度も登場する。いってみればおいしい役。「Simon McBurney」の方は、もちろんサイモン・マクバーニーの顔なんか知らないので確認のしようもなかったけど、英語版のWikipedia でみると、演出家で俳優として映画出演もしているということで、あの「コンプリシテ」のサイモン・マクバーニー当人にまちがいないようである。これがまたこの映画のなかでは最悪の科学者というか、いい役である。調べてみるとこの人、これ以外にも「ハリー・ポッター」だとか、けっこうメジャーな作品に俳優として出演されているようである。おかしいのは日本語検索で出てくる彼の情報が、みごとなまでに、演出家としてのサイモン・マクバーニーと、そういう俳優としてのサイモン・マクバーニーとの情報が完全に分離してしまっていて、これがまったくリンクしていないことで、なんかねえ、日本って国は、そういう映画と舞台がぜんぜんリンクしないのですよね。どうしてでしょう。

 あ、肝心の映画そのものについて。とにかく2001年以降であれば、奇妙にSFチックでリアルさが感じられないこの映画での「洗脳」よりも、もっとリアルな「洗脳」が現実にはあるんじゃないの、ということをずっと考えてみていて、なんだか演出としてもあれこれと整理がついていない印象を受けた。60年代の「空想科学」が「現実」に通底する部分と、ゼロ年代のそれとは、根本から違うんじゃないのか、という感じ。この作品はそういう60年代の「謎」と、ゼロ年代とを通底させようとしている気配があるのだけれども、こういう脚本、演出では、「違うんでないの」という気がしてしまう。


 

[]「トロッコ」(2010) 川口浩史:監督 リー・ピンビン:撮影 「トロッコ」(2010)  川口浩史:監督 リー・ピンビン:撮影を含むブックマーク

 撮影がリー・ピンビンで、主演に尾野真千子の名があったので観てみたけれど、リー・ピンビンの撮影を堪能できた、という以外は、まるで観るところのない作品だった。

 そもそもすべての登場人物がモノローグをくり拡げるだけで、いわゆる「展開」というものがなにもない。それに、舞台を親日的な「台湾」に置くことで、日中戦争からのもんだいを、なにもかも「いいかげん」にスルーしてしまっている。登場人物は演出の都合上勝手に動かされているだけで、「物語」として考えれば、なにひとつ解決もしていないまま、いつのまにか「いいかげん」に終わってしまっている。まあ珍しいぐらいに「いいかげん」な作品、だと思った。




 

ステディベアステディベア 2012/03/06 21:38 こんにちは。私もつい最近見たところで、実は大変感動してしまいました。
というのも、DVDで3回見たので、細かいところまで確かめることができ、この作品の狙いと奥深さが理解できたからです。「洗脳」はCIAの得意技なのです。

>奇妙にSFチックでリアルさが感じられないこの映画での「洗脳」よりも、もっとリアルな「洗脳」が現実にはあるんじゃないの

いえいえ、あれはあれでリアルなのです。作家の立花 隆が当時最新のUSA見聞録を書き残しています。サルの脳神経の一部(快楽中枢)に細工を施し、例えば右に進むと不快な信号を、左に進むと心地よい信号をリモートで送り込む、というものでした。これによりサルはあたかも自分の意思で自分が満足する行動を取り、結果的に操られていることにさえ気がつかないという実験でした。原理的には人間にも十分応用が利くもので、これを施した兵士はどんな危険な任務や行動でも、自ら喜んで向かう・・・。今回のリーヴ・シュライバーが正にそれでした。
また、デンゼル・ワシントンのほうは、72時間程度の不眠状態に置けば、人間は大抵洗脳できる、という理論的確率から施されています。

>なんだか演出としてもあれこれと整理がついていない印象を受けた。

演出は実によく計算されており、観客への最後の救いとして、ショーンがエレノア(母)との間の近親相姦の嫌悪感に覚醒し、自らの兵士たちへの償いも併せ、敢えて狙撃直前に母と一緒に立ち位置を変えたのでした。マルコもショーンの表情から直前に洗脳から覚醒し、二人まとめて射殺したのです。
因みに、大統領が死んだ場合には、自動的に副大統領のショーンが繰り上がって大統領になるというエレノアとマンチュリアン・グローバル社の狙いをマルコが忌避したのは言うまでもありません。

>60年代の「空想科学」が「現実」に通底する部分と、ゼロ年代のそれとは、根本から違うんじゃないのか、という感じ。この作品はそういう60年代の「謎」と、ゼロ年代とを通底させようとしている気配があるのだけれども、こういう脚本、演出では、「違うんでないの」という気がしてしまう。

シナトラが演じた60年代は国家の脅威が共産主義でしたから原題がマンチュリアン・キャンディディト(共産主義候補者)だったのですが、リメーク版でそれはなかろうということから、マンチュリアン・グローバル社(巨大産軍複合体、本物でいえばハリバートン社)に置き換えたのでした。
十分にありうるストーリー・プロットだと思いますよ。

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■ 2012-01-17(Tue)

 きのう職場でいわれた作業ミスについては、わたしはノータッチだったことはわかった。まあミスゆえに解雇されるなどということもないけれど、とりあえずは安堵する。思い出しても「わたしはそんなことはぜったいにやらないだろう」とはいい切れないところもあり、多少の不安はいだいていた。ヒマにかこつけて、だらけないようにしなければ、などと殊勝なことを思う。

 ニェネントがわたしの目のまえで、置いてあった本の表紙をくわえてふりまわし、ボロボロにした。「なにするねん」と追いかけて、また鬼ごっこに突入する。ニェネントは面白がっているのだろう。ニェネントを追い回してつかれたわけではないけれど、また昼寝をする。ニェネントもいっしょにベッドに上がって来て、わたしの足もとで丸くなって眠っている。このところすっかり昼寝が習慣になってしまい、だからといってよるに寝る時間が遅くなるわけでもなく、いちにちに十時間ぐらい寝ている。

 ゆうがたパソコンであれこれとチェックしていると、この月末に「指輪ホテル」の公演があることがわかった。このところ舞台関係の情報があつめられなくて、見逃してしまうものも多いし、情報を得ても公演があまりにまぢかにせまっていて、断念することもある。指輪ホテルも行きたいけれど、こんしゅう末にはお出かけがふたつ予定されているし、らいげつもまた予定がある。どうなるだろう。経済状態はすこし改善されてきたのだけれども、それで舞台をいくつも観て、また苦しくなるのもつまらない気もする。五月をすぎて余裕があれば、パソコンかTVモニターを買い替えたいという「夢」があるのだけれども。

 そういえばきょう、「フレッツひかり」加入者あてらしい電話があって、インターネットのプロバイダーはどこと契約されているのかと聴かれた。どこそこだと答えると、「あ、お得なところを選ばれているのですね」といわれて、「ではまたお得な情報がありましたらお知らせいたしますので、よろしくお願いいたします」と、切られてしまった。どういうプロバイダーを紹介しようとしていたのだろう。きっとそのプロバイダーよりも、わたしの契約しているプロバイダーの方が契約料が安かったんだろう。べつにあれこれ比較検討して決めたプロバイダーではないのだけれども。

 

 

[]「アンストッパブル」(2010) トニー・スコット:監督 「アンストッパブル」(2010)  トニー・スコット:監督を含むブックマーク

 やっぱ、トニー・スコットは面白い。いちばんいいのは、尺を100分ぐらいできっちりとおさめているということだろうか。とにかくよけいな背景の描写は最低限におさめ、現場、そして操車室、本社との映像で、暴走する列車を追って行く。映画の画面をTVモニターと同じくして、TVニュース映像を大きくフィーチャーした演出がいい。現場のひっ迫した映像とリンクさせて、操車室内の映像でもスピーディーな演出をみせてくれる。別に目新しい演出手法でもないけれど、場面転換に「ビュッ」というような効果音が入るのが、これもある面でTV的というか、この作品では効果的だったと思う。

 欲をいえばもうちょっと、ラストに車で列車に追いつくネッドの途中の過程があればよかった気がしないでもない。よくある映画ラストの「登場人物のその後」の、ちょっと軽い感じだとか、「パニック大作」というのでもない、ある面でプログラム・ピクチャー的な、そんなに重々しくもない作劇がとっても楽しめる作品だった。



 

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■ 2012-01-16(Mon)

 きょうはしごと。しごとを終えるときにミーティングで、ちょっと大きなミスがあったことが告げられた。わたしがやってしまった可能性はないとはいいきれないところもあって、戦々兢々である。正月以降しごと量が減り、気分的にだらけたというか、わたしも小さなミスはやらかしたし、ほかの人たちもやらかしている。タラタラしていてはいけないのである。

 近くの米屋の前を通ると、しばらく置かれていなかった1300円の標準米が店頭に置かれていた。おしい、もうちょっと早く出してあれば、よそで米を買ったりしなかったのに。らいげつからまたこの米屋で買うか、こんかい買ったスーパーで買うか、ちょっと悩ましいところである。

 防水のパテを買ってきて、水もれしているキッチンの排水管を修繕する。せまいところの、ちょうど死角になる箇所なのでやりにくい。寄ってきたニェネントが、かわりにちゃっちゃっとやってくれるといいのだけれども。ニェネントがパテを手に、排水管の穴を埋めているところを想像したら笑ってしまった。
 なんとか穴はふさいだと思うのだけれども、ここで水をじゃあじゃあ流して「はたして穴はふさがっているか」とためしてみるというのも、ちょっと勇気がいる。まあふつうに使っていて、以降水もれはしていないようなので、とりあえずは「よし」としよう。

 夕食にはビーフシチューをつくる。こんかいはスジ肉ではなくてふつうにオージービーフ。冷凍したのが失敗だったブロッコリーがまだ冷凍庫をふさいでいたのを解凍し、茎の部分はぶよぶよだからもったいないけれども捨てちゃって、花(蕾)の部分だけ使う。まあこんなもんでしょ、という味。これでしばらくはビーフシチューがつづくことになる。

 ベッドで寝ころんで、ニェネントを抱き上げて顔の上にもってきてそのまえ足にかみついて、ニェネントを「シャーッ!」と怒らせて遊ぶ。下から見上げるニェネントの歯をむいて怒る顔は、最高にかわいい。ニェネントにはいいめいわくであろう。こんなことやってるとそのうちに、ニェネントから大きな反逆行為を受けるかもしれない。

 

 

[]「キング・アーサー」(2004) アントワーン・フークア:監督 「キング・アーサー」(2004)  アントワーン・フークア:監督を含むブックマーク

 ジェリー・ブラッカイマー製作のハリウッド映画。いつまでもモンティ・パイソンの映画に「時代考証はいちばん」といわせておくものか、というような「リアル」な作品なのか、と思ったらトンデモで、「かなりいいかげんぢゃないの」と思わせられる映画、だった。

 わたしのウチには、古本チェーン店で105円で買った、たしかリチャード・バーバーという人の書いた「アーサー王 その歴史と伝説」という面白そうな本がどこかに転がっているはずなのだけれども、まだぜんぜん読んでいない。せめてこの本を先に読んでいれば、あれこれと比較感想も出てきただろうけれども。たとえば映画では舞台がイギリスということで、登場人物がケルトっぽい民謡を唄うシーンがあるんだけれども、そのメロディもシンギングももっともっと後世のもので、この映画の舞台である五世紀とか六世紀の音楽、こういうものではないはずである。たとえばPentangle がレコーディングしている「Lyke Wake Dirge」などを聴くと、中世以前の歌曲とは、もっともっとシンプルなものだっただろうという想像はつくのである。

 そもそもこの映画の脚本、あんまりに説明不足というか、「なんで? なんで?」という疑問が汎出する。どうやらアーサー王にかんする何らかの仮説からの映画化らしいけれど、何がどう仮説なのか、わたしにはわかりません。

 で、とにかく観ていて、あ、こういう映像って、きのう観た大河ドラマとそっくりだなあと、思いあたる。そうするととってもわかりやすくなるというか、つまりは日本の大河ドラマがどういうところを規範に置きたいのかというと、こういうハリウッド映画の、とくにブラッカイマー製作の映画みたいなところをめざしているわけだなあと、合点が行く。やったら手もちで動き回るカメラとか、すぐ空に上がって俯瞰撮影になったり、紋切り型のセリフのやりとりとか。それで、ラストにはそのアーサーが「自由のための戦い」なんてほざき出すから、映画というものがこうやってプロパガンダに使われているわけだと、また納得することになる。

 ‥‥しっかし、つまんない映画だった。



 

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■ 2012-01-15(Sun)

 きのう出かけそこねたので、きょうこそはと昼まえに家を出る。六本木の森美術館へ「歌川国芳展」を観に行くつもり。ニェネントはお留守番である。

 さきに古本チェーン店に寄り道し、あれこれと物色する。なんと池澤夏樹編集「世界文学全集」の、ボフミル・フラバル作「わたしは英国王に給仕した」が105円コーナーに転がっていた。もちろん超美本である。これでよろこんでしまって、「おなじ105円の本をあと一冊買えば、5円玉をふやさずにすむ」と、さらになにかないかと探す。わたしは5円玉というのがきらいで、サイフのなかにこれが二個以上はいっているとそれだけで気分が重くなる。一枚でも愉快ではない。もちろん、こういう性癖も貧乏性のひとつのあらわれである。金がたまるわけがない(「福澤諭吉」は好きで、サイフのなかに何枚あってもかまわないのだけれども、ほとんどサイフのなかにおさまっていることはない)。
 棚をみてまわって、とうに絶版になっている金井美恵子の「タマや」の文庫をみつけ、あわせて買ってバッグのなかにしまう。バッグのなかには読みさしの「天使の手のなかで」と、気分が変わったときに読むつもりで神谷美恵子の「生きがいについて」もはいっている。すべて、このチェーン店で105円で買った本ばかりである。

 その「天使の手のなかで」を読みながら、電車に乗って恵比寿まで。ここからメトロに乗り換えて六本木。展覧会の感想は下に。森美術館の次回展はイー・ブル(いまは「イ・ブル」という表記になっているみたい)のワンマン・エキシビジションみたい。また来なくっては。

 外に出て、「そういえば手もとに図書カードがあるんだった」と思い出し、本屋(ABC)に行って、あれこれみてまわる。「ほしい本はいっぱいあるけれども、買ってもすぐに読みそうもないなあ」とか思っている。柄谷行人の「トランスクリティーク」の文庫版をみつけ、「これならすぐに読みたくなりそうだ」と、これを買う。図書カードはいっしゅんに消えてしまった。

 ちょっと早めに帰路につく。駅を降りてスーパーに寄り、安くなっていた刺身などを買って、晩ご飯のおかずにするつもり。帰宅してドアを開け、リヴィングにはいると、なんと、また床に水があふれていた。いったいどうしてこんな事態になったのか、まったくわからない。出かけるまえには異常はなかったし、そのとき大量に水を使ったというわけでもない。上の階からの排水が逆流してきたということなんだろうか。わからない。とにかく床の水をふきとって、ちょっと水道を使ってようすをみたけれど、水があふれたりの現象は起きたりはしない。寝たあともトイレに起きたときリヴィングをチェックするけれど、水があふれたりはしていなかった。とにかく、はやく修繕しなければ。
 そう、食事をしながらTVのあたらしい大河ドラマをちょっと見てみたけれど、ちっともおもしろそうじゃなかった。というか、まるで見る気が起きなくなるような絵がつづいていた。

 

 

[]「没後150年 歌川国芳展 幕末の奇才浮世絵師」@六本木・森アーツセンターギャラリー 「没後150年 歌川国芳展 幕末の奇才浮世絵師」@六本木・森アーツセンターギャラリーを含むブックマーク

 ‥‥チケット売り場に足を踏み入れて、「ええ〜!」っとおどろく。とにかく人の行列。チケットを買うのに20分待ち、という表示も出ている。まあわたしは招待券を持っているのでチケットを買う行列に並ぶひつようはなかったけれど、そうか、きょうは日曜日なのであった。やっぱ平日にすればよかったなあ、などと後悔しながらエレヴェーターに乗る。もちろんギャラリー内もおそろしい人混みで、作品自体が大きいわけでもないから、一点の作品のまえに、近接してたくさんの人たちが顔をよせ合うようにして作品を観ている。とくに順路からしてさいしょの部分にはうしろに二十人ぐらいの人が並んでいて、作品を観ている人が先に進むのを待っている。「こりゃちゃんと観るのはムリだな」と思って、順番は気にしないで空いていそうなところのうしろについて作品を観ることにした。さきに行けばそれほど混んでいるわけでもなく、なんとか至近距離で作品を観ることもできた。わたしの場合視力のもんだいがあって、メガネをかけていても中途半端な距離からだと細部はまるで見えはしない。どうしても最前列で観ないと、こういう版画作品なんかはさっぱりダメである。なんとか、展示作品の三分の二ぐらいは最前列で観ることができただろうか。

 しかし、混んでいれば混んでいるでおもしろいこともあって、観ている人たちが作品のまえであれこれとおしゃべりをしているその内容を、盗み聞きして楽しむことができるのである。とくに最初のセクションの「武者絵」や、次の「説話」のところなど、わたしの日本史の知識にはこころもとないところがあって、観ていてもよくわからないところもある。それを、ほかのお客さんが解説してくれるという感じである。ちょうどそういう部分を観ていたとき、わたしのそばにそういう日本史にくわしそうなふたり連れの方がいて、ふたりであれこれとしゃべっておられる。これで作品を観る楽しみがずっと大きくなった。感謝である。まあわたしなども人といっしょに展覧会を観に行くと「ほかの人に迷惑かも」というくらいにおしゃべりしてしまうクチだけれども、人のおしゃべりをきいているのも楽しい。映画のオーディオ・コメンタリーみたいな感覚で、かしこまった「作品解説」ではない、もっとくだけたトークがあってもいいように思った。

 さて、その作品のことをまるで書いていないけれど、やはり目を惹かれるのは「武者絵」と「説話」の部分。この、ほとんど空間恐怖症みたいにギッシリと何かしら画面を描き埋めて行くというのが、ものすごく面白い。ほとんどオーヴァーオールの、抽象表現主義かよ、という感覚である。画面を縦横に走る稲妻の線など、ほとんどトゥーマッチ、やりすぎだよという感じなのだけれども、国芳の良さはそこにある。ほんとうは国芳には血みどろの残虐絵も多数あるはずなのだけれども、そういうものがほとんど展示されていなかったのはちと残念。あとはもちろん猫の絵が楽しいのだけれども、意外とこの人、魚もまた図鑑なみに正確に描いているようで、まあ江戸の文化というのは魚と猫の文化だねえというか。そう、わたしは「セミクジラ」という鯨の種類の名称が、なぜ「セミ」なのか、どこが蝉に似ているのかと、わからないでいたのだけれども、これは「背美鯨」なのだ、ということをはじめて知った。

 前期と後期ではほとんどの作品が入れ替えて展示されるらしい。もういちど、平日にゆっくりと観に来たい。



 

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■ 2012-01-14(Sat)

 きょうあしたと、久しぶりの連休になる。あしたのことは気にしないできょういちにち、あさから勝手にすごすことができる。やはり連休は気分がのびのびする。午後からでも出かけようかと考えるけれど、じかんはいつでもかまわないだろうとのんびりする。FMでピーター・バラカンの番組を聴き、そのあとはBSの「カーネーション」一週間分放映をまとめて観る。

 「カーネーション」も、年末年始の放映は戦争末期から敗戦後のつらい時期にさしかかっていたけれども、この番組独特のユーモア感覚は健在だった。空襲で足がすくんで逃げられない店の若い子と「家といっしょに死ぬ」というおばあちゃんとのふたりを残して、全員で避難するけれど、店の子はすぐにおばあちゃんをおぶって避難してくる。「おばあちゃんを燃やすわけにはいきません!」というセリフに笑った。栗山千明は小料理屋が破たんして夜逃げして、黒メガネの復員兵らしいあやしい男にひろわれる。食料を盗んだ栗山千明をかくまった男は彼女の顔をみて、「ごっついべっぴんやないか」という。こういう脚本も好き。尾野真千子らが荒廃した東京へパーマの器具を買いに行き、宿で少年少女らのどろぼうに金を奪われる場面もいい場面だった。いちどは見つかって逃げた少年たちだけど、少女ひとりが尾野真千子のふとんのなかにかくれている。尾野真千子がその少女の手をさわり、そのままふとんのなかにかくまう。しかしあさになると少女は尾野真千子の金をうばって消えていた。
 こんしゅうはいろいろと希望の芽生える展開。ヤミ市で手に入れた水玉の生地でつくった服がおおいに売れる。さいしょにその水玉の服を着た次女は嫁入りしてしまい、ちょっとこの女優さんはかわいくて、わたしのお気に入りだっただけに、これからはあまり出て来なくなるのかと残念。いつもむらさきの衣裳が似合っていた。次女が嫁に行ってすぐにおばあちゃんも亡くなってしまった。正司照枝もよかった。
 尾野真千子の演じる「糸子」という女性は、ちょっと強引すぎるというか、えげつないというか、げんじつにはあんまりそばにいてほしくないような、いっしょにしごとをやるなんてお断わりしたいような存在なんだけれども、これに店の昌子という現実的な存在が、ずっとこの作品でのいい緩衝剤になっている。今週もこのふたりのやりとりは絶好調。いったいこの女優さん、玄覺悠子ってどんな人?と調べてみたら、なんと四、五年前までは「ポツドール」に在籍されていたようである。近年はもう出ておられないようなので、わたしが彼女を舞台で観たことはないけれど、安藤玉恵などと同期ということだろう。へ〜え、と、ちょっとおどろいてしまった。

 総集編が終わって、ちょっと早くに昼食をとり、「まだ出かけるのはもうちょっとあとでいいや」と思って、ふとんのなかで本を読んでいたら、あんのじょうまた寝てしまった。目覚めたらもう三時に近くなっていて、これはもう出かけるには遅すぎるじかん。きょうはもう家にいることにした。
 ヴィデオをみてから、夕食の準備をしようと、近ごろ洗いものを放置しっぱなしの台所をかたづける。どうやら排水管がつまったようで、シンクが汚水であふれてしまう。排水孔をボコボコやって開通させる。ところが、しばらくすると足もとに水があふれてきた。台所の下から床の上に、大量の水が流れてくる。‥‥大事故である。ニェネントがやってきて、「ありゃりゃ」って顔をして床にあふれた水をながめている。あわててバスタオルや新聞紙を拡げ、びしょ濡れになったバスタオルをなんども風呂に運んでしぼって、また床をふき、なんとかあふれた水を処理する。水が流れて行くさきにニェネントが行って、「ほら、ここまで水が来てるよ」と、教えてくれている感じ。

 なんとか片付いたので、キッチンの下の収納をあけ、排水管が床にもぐっていくところのフタのネジを取ってあけてみる。懐中電灯で照らして探っていると、ニェネントが「おもしろいことやってるねー」と、わたしの手もとに顔を突っ込んでくる。そんなノンキな気分ではないのだけれどもね。‥‥わかった。排水管が床の排水孔に合わさっている部分のパテにひびが入っていて、そこから水があふれているようで、つまりは床の下の排水管もかなりつまっていて、流れが悪くなっているのが、そのひびから逆流して床にもれているようである。
 まえに風呂の排水がつまったときに買ってあったパイプクリーンをぶちこみ、ひびのはいった部分には古いハンカチを巻きつけて応急処置。水はあふれなくなったけれども、そのうちにパテを補修してちゃんと直さなくっちゃいけないだろう。濡れた新聞紙をゴミ袋につめると、すぐに満杯になった。


 

[]「女の歴史」(1963) 成瀬巳喜男:監督 「女の歴史」(1963)  成瀬巳喜男:監督を含むブックマーク

 戦争をはさんだ、三代にわたる女性たちの「女は強いね」という物語。脚本は笠原良三。ちょっと放映中の「カーネーション」と重なってしまうところもあって、面白く観た。主人公は高峰秀子で、その継母が賀原夏子。基本はちょっとキツい高峰と、「ま、いいじゃないの」という感じの賀原夏子のやりとりのおかしさ、というのが前面に感じられる。男たちはみーんなだらしなくって、賀原夏子の夫、つまり高峰秀子の継父は、事業に行き詰まって愛人の芸者と心中する。高峰秀子の夫、宝田明(「カーネーション」にも出てる)はつまりは戦死だけれども、別に女がいて、当人は妻にそのことを否定して出征するけれど、出征まえにもその女と会っていたことが戦後になってわかる。その夫婦の一粒種が山崎努だけれども、家をとび出してキャバレーのホステスの星由里子と結婚し、生活維持のために会社の金の使い込み、あげくに交通事故死する。仲代達矢は宝田明の親友で、じつは高峰秀子を慕っていて、戦後の困窮期になにかと高峰を助ける。しかし、高峰が「もうわたし、あの人といっしょになるわん」と決めたときに消えてしまう。まあそのまえに仲代達矢が高峰に「あなたがほしい」と求めたときに、ちょうど子どもが病気でもって、「いまは子どもの方が」と仲代を置き去りにするわけで、いっしゅ「すれ違い」ということではある。事故死した山崎努の妻の星由里子は妊娠していて、さいしょは冷たくつっぱねた高峰秀子だけど、賀原夏子のことばもあって後悔して星由里子の住まいを訪れる。ラストでは賀原夏子、高峰秀子、星由里子が同居して星由里子の子どもをいっしょに育てている。ああ、この幼い男の子もまた、アホな男に育つんだろうなあと思っちゃう。

 まあさすが成瀬巳喜男というか、随所に演出のきらめきをみせてくれる。やはり高峰秀子と賀原夏子との微妙な関係の演出はおみごとで、どっちも我を通すけれども、どっちにも理(ことわり)を感じさせるさじかげんがいい。ちゃっちゃっと撮っている下町の空襲シーンとか、短いショットでも迫力もあって、うまいなぁ〜と、うならされてしまう。
 わたしは最近になって、高峰秀子の演技っていうのはいかにも「演技してます」と見えることがあって、あれこれと疑問もあるのだけれども、この作品でもちょっと気になるところもある。でもやはり、このドラマの真ん中に立ってけん引していくちからには、感服してしまうところはある。


  

[]「ジャーロ」(2009) ダリオ・アルジェント:監督 「ジャーロ」(2009)  ダリオ・アルジェント:監督を含むブックマーク

 こういう作品があったこと、まるで知らなかった。もう、久々に観るダリオ・アルジェント。しかも主演がエイドリアン・ブロディとエマニュエル・セニエというんだから、観るまえから楽しみであった。

 まるでその現場に観客も立ち会っているみたいな、ゆらぐ手持ちカメラによる映像(カメラがとめられた車に近づいて行くとき、「ほら、ここで車の窓におそわれた女性の手がはりつくぞ」と期待すると、その通りの展開になる)。いつものどこかメランコリックな音楽。極彩色の画面。画面を赤く染める血。「鮮血の美学」である。もう、ストーリーなんかどうだっていいではないか。エイドリアン・ブロディ(犯人役との二役を楽しんだだろう)も、エマニュエル・セニエも、ちょっと期待したほどでもなかったけれど、「羊たちの沈黙」以降のサイコメトリストものの影響をたっぷり受けながら、「それがどうした」みたいな演出になっているあたりが、さすがダリオ・アルジェント、である。ある意味で、「捜査」と「人命」とどちらが大切なのかという、「サイコメトリスト」否定という文脈で観られなければならないのかもしれない。唐突なエンディングには「えっ!」と、思わず笑ってしまったけれども、みごとなエンディングだと思った。やはりダリオ・アルジェント、偉大なり。



 

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■ 2012-01-13(Fri)

 まよなかに夢をみて目が覚めた。その夢を書き留めておこうかと思ったら、ノートをまくら元においていなかった。どうせまた寝るし、ふとんから出るのもおっくうで、そのみた夢の内容をなんどもあたまのなかで反すうして、キーワードと結びつけたりしておぼえておこうとし、あさ起きてもそのいくつかのキーワードを思い出せば、夢の内容もまたよみがえってくるだろうということにして、また寝た。あさ起きて、そのキーワードは思い出したのだけれども、夢の内容はまるっきしよみがえってこなかった。「引っ越し」に関する夢だった、らしいのだけれども。

 きょうもまた、きのうに輪をかけてさむいあさ。しごとの作業量は少なくても、ほとんど屋外という環境での早朝のしごとはつらい。配送の運転手の方のはなしでは、このあたりが近郊一帯のなかでもとびぬけて気温が低いというデータがけさ出ていたそうな。

 しごとを終えて帰宅したあと、日がのぼってからはずいぶんとあたたかくなったけれども、冷たい指先がなかなかもとにもどらない。これは血流が悪いということで、医者に行けばすぐに禁煙を申し渡されることになるらしい。わたしの循環器系統は矛盾にみちみちている気がする。血液検査では健康すぎるほどの結果なのに、血圧は高めである。ほんらい低血圧とセットであるはずの、血流がわるいことによる症状も出ている。こうやって書いてしまうと、やばいかな、という気になってしまうけれど、じつはほとんど気にしていない。

 午後からがずっとヴィデオを観つづけて、よるは「天使の手のなかで」を読む。なかなかはかどらないけれど、本はとっても面白い。


 

[]「闇の列車、光の旅」(2009) キャリー・ジョージ・フクナガ:監督 「闇の列車、光の旅」(2009)  キャリー・ジョージ・フクナガ:監督を含むブックマーク

 アメリカとメキシコの合作映画で、日系の監督のキャリー・ジョージ・フクナガのデビュー作。脚本も彼が手がけている。中米のホンジュラスから、メキシコを横断してアメリカへ密入国をくわだてる家族と、メキシコのストリートギャングとが交錯するロードムーヴィー。希望の持てない土地から、アメリカへ向かう列車の屋根に乗っての苛酷な旅。わたしはホンジュラスという国の位置がわかっていなかった。中米の地図を拡げながらのヴィデオ鑑賞。

 組織(もしくは警察)から追われるチンピラと、彼と同行する女性との逃避行を描いた作品というのは、それでもってほとんどひとつのジャンルになりそうなほどあれこれとありそうだけれども、中米の救いのない現実とともに進んで行く列車、いや映画からは、ヒリヒリとする痛みが伝わってくる気がした。女性には、記憶した電話番号に託された明日への希望がある。その希望を守るために残りの生を賭けた男性の助け。はたしてそのアメリカという土地に希望があるかどうかはわからないけれど、その真摯な「賭け」を描いた映像には、ちからがある。

 冒頭の、男がまるで絵のなかにはいっていくような印象的なシーンから、列車の屋根からの印象に残る風景。全編、きばった演出に魅せられる。


 

[]「HANA-BI」(1998) 北野武:監督 「HANA-BI」(1998)  北野武:監督を含むブックマーク

 その「闇の列車、光の旅」のなかに、寺島進みたいなチンピラが出てきたせいではないけれど、「HANA-BI」を観た。なんだか、「その男、凶暴につき」のヴァリエーションのような映画だと思った(ついでに「ソナチネ」のヴァリエーションってな空気も)。いろんなシーンで北野武監督らしいきらめきを感じとれるけれど、おなじように、「まえにもやってたじゃないか。またおなじことをやっている」という感覚にもなる。なんだかこの作品では、監督の自己陶酔みたいな雰囲気がつよく出ている気もする。わたしは彼の絵なんかちっともいいって思わないし、そういう自分の絵をいっぱいいっぱい観客に見せようとする気もちがよくわからない。ジエームズ・キャメロンが「タイタニック」のなかでディカプリオが描いているということにして自分の「ひどい」絵を披露したこともあったけど、思い出してしまった。

 わたしがいちばんイヤなのは、ラストに岸本加世子に「ごめんなさい」といわせたこと。なんのつもりなんだか、ほとんど怒りに近い感情がわきあがる。


 

[]「午後の曳航」(1976) ルイス・ジョン・カリーノ:監督 「午後の曳航」(1976)  ルイス・ジョン・カリーノ:監督を含むブックマーク

 その「HANA-BI」のなかに出てきた北野武の絵に、「自死」なんて書いてあったりしたのでついつい三島由起夫のことを思い浮かべ、この映画になった。いや、ただぐうぜんのことなのだけれども。

 映画は1976年の日本とイギリスの共同製作で、監督のルイス・ジョン・カリーノという人が脚色もこなしている。英語タイトルは「The Sailor Who Fell From Grace With The Sea」という、ずいぶんと説明的なものになっている。撮影は、のちにスピルバーグ作品を多く手掛けることになるダグラス・スローカム。

 ‥‥とにかく、原作を読んでいないのでなんともいえないのだけれども、主人公の少年の心境がよくわからないところもある。なぜ英雄視している船員に「帰って来てほしくない」という感情を持つのかとか、母とのセックスの現場を覗き見してどうだったのかとか、どうもわからない。主人公がメンバーのひとりである五人組の、その「首領」の少年が、自宅から性交写真集を持ち出してメンバーに見せるのとかいいんだけれど、演出がいまいち興をそぐ。首領の少年がひとり紅顔の美少年で、あとはブスっぽいあたりはわかりやすい。観ていて、この首領の少年が澁澤龍彦に見えて来てしまったりした。母親役のサラ・マイルズの激情はすばらしく、ただ突っ立ているだけみたいなクリス・クリストファーソンも、これはこれでいい。

 「完全」を求めた少年たちの行為、彼らの「完全」への意志は、守られるのだろうか。三島由起夫なんて毛嫌いしてまるで読んでいないわたしだけれども、ちょっと原作を読んでみたくなった。




 

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■ 2012-01-12(Thu)

 さむい。というとつい、「ラヂオの時間」の細川俊之のセリフを思い出してしまうけれど、さむい。防寒対策というものをまるでとっていないわが家、テーブルに置いてあるコップの水も凍ってしまいそうである。フローリング施工のリヴィングやキッチンは歩くのも冷たく、冬眠中のクマやリスのように、喰いだめしてふとんのなかでじっとしていたくなる。ニェネントもきょうは座布団やパイプ椅子、それともベッドの上でじっとしていることが多い。

 米がなくなったので買わなくてはならない。ここに越してきてからずっと、家のすぐそばの米屋でいちばん安い標準米、5キロで1300円というのを買いつづけていて、すっかり店の人にも「いちばん安い米を買いつづけている人」と、おぼえられてしまっている様子。ところがさいきん、店頭にこの標準米を置いていない。せんげつも店頭になくって、いちおう店に入って「ありますか」というと、「いまつくりますから」と、奥ですぐに5キロの袋詰めにして持ってきてくれたのだけれども、また「ありますか」ときくのが、いやなのである。まいつきいちばん安い米を5キロ買う人が(すくなくともひとりは)いることはわかっているはずなのに、店頭に置いておかないというのがいやである。そういうわけでこんかいは、多少高くっても別のところで買ってやるぞ、ということにした。店鋪というのはこういうふうにして客を失う。まあいちばん安い米を買いつづける客など、どうでもいいのかもしれないけれども。
 きょうは木曜日で西のスーパーが一割引の日だし、あのスーパーなら安い米も置いていそうだと考えて、いってみた。もくろみどおり5キロで1490円という「パールライス」が置いてあって、一割引で1341円である。これを買った。夕食でこれを炊くと、とうぜんというか、いままでの標準米よりもずっとおいしく感じられたので、これからはもうこっちにしようと思うのであった。こうしてあの米屋は、客をひとり失うことになった。

 よる、ベッドで本を読んでいると、パソコンの前のわたしの座布団の上で、ニェネントがじっと上を見上げていた。なにかいるのだろうかと思ったけれど、そういうのではなく、ただ物思いにふけるように、上を見上げてじっとしている。ちょっと哀愁。思春期なんだろうか。

 

[]「暖流」(1957) 増村保造:監督 「暖流」(1957)  増村保造:監督を含むブックマーク

 この岸田國士による原作、なんどか映画化されているらしいけれど、増村保造監督としては「くちづけ」「青空娘」につづく、監督第三作になるらしい。脚本は白坂依志夫。

 冒頭の、屋上のベンチで死んでいる看護婦が、カメラに向かってゴロンと倒れてくるシーンからドギモを抜かれるというか、それ以降もギミックな(個性的な)演出に注目させられる。唐突とも感じられる場面転換、感情移入を廃して棒読みのようなせりふのスピーディーなやりとり、ユニークなカメラ位置やカメラの移動。そのなかで、情念などに支配されるのではない、もっとクールな世界観が示されているように受けとめられる。なんだか、これはもうヌーヴェルヴァーグにもあと一歩、という感じである。主人公の日疋(根上淳)も、自分の使命に律儀なようでいて、さっさと方向転換をするし、べとべとした人間関係に足をすくわれはしない。ユニークなキャラの持ち主の看護婦の石渡(左幸子)は、とにかく声に出してしまえば結果はあとからついてくるというか、一直線である。ある意味で悲劇の主人公にもなりうる志摩啓子(野添ひとみ)も、さばさばとした転身ぶりはみごとである。この背後でおバカぶりをみせつける志摩泰彦(船越英二)と志摩滝子(?)のやりとりも楽しい。

 いままでばくぜんと増村保造監督の作品は観てきたけれど、なんだかはじめて、増村保造監督の個性を受けとめられた気がする(もちろん、いままではわたしがただぼんやりと観ていたせいである)。


 

[]「風にそよぐ草」クリスチャン・ガイイ:著 河野万里子:訳 「風にそよぐ草」クリスチャン・ガイイ:著 河野万里子:訳を含むブックマーク

 もちろん、アラン・レネのロードショー公開中作品の原作で、映画公開に合わせて文庫版で刊行されたもの。著者のクリスチャン・ガイイの作品はほかに二点ほど邦訳されていて、わたしはそのうちの「さいごの恋」というのはきょねん読んだ。とっても映像的な、ストーリー展開も楽しい作品だった記憶があり、その「さいごの恋」の方も(別にアラン・レネ監督でなくても)映画化に向いているように思った。そういうわけで、こんかいは映画を観たあとにこの原作を読んだ。

 って、まるっきし映画とおんなし、なんですけど。っつうか、あんまりにも映画と同じなので、はじめて読む本という気がまるでしないし、先の展開もわかっているせいもあるのか、さいしょのうちは、この原作なりの面白さがまるで理解できなかった。あーあ、映画を観るまえに読んでいればずいぶん印象もちがっただろうに。
 しかし、ぜんたいの三分の二もすぎたあたり、マルグリットが映画館から出てくるジョルジュに会うあたりで、読んでいてもがぜん面白くなった。まあこのあたりは映画では説明されなかったような背景も書かれていたせいかも知れない。とはいっても映画で説明されないことはこの小説でもまるで同じく説明されていないことがほとんどで、ひょっとしたら書かれているのかと思っていたジョルジュの暴力的衝動を説明する過去や、マルグリットとスピットファイア、メカの四人組にまつわるはなしなどが映画以上に語られるわけでもない。しかし、映画の演出でおどろかされた部分、トイレの前でのジョルジュとマルグリットの抱擁も、ちゃんと「映画のように」というト書き付きになっているから、映画でのこの部分の人をくった演出もまた、原作通りなのだということもできる。さらに、あの映画のある意味で驚愕のラストが、まったくおどろいたことに、この原作にもちゃんと出てくるのである。しかし、ここは映画では原作の文の前後を入れ替えていて、ノーマルな感覚ではこの部分の原作での意味は通じなくなってしまっているし、映画のラストの、飛行機の墜落を暗示するような森の中の滑空シーンは、これは映画のオリジナルということもできる。

 わたしははっきりいって、この小説は、おなじ著者の「さいごの恋」にくらべるとそれほどまでに面白い作品だとは思えない。ただ、こうやってアラン・レネの演出と比較してしまうと、ぎゃくに映画でアラン・レネがなにをやったのかということがあらわになるというか、映画の面白さがさらに際立つ感じになる。つまり、これは小説というものを、その文章全体からそっくり、映画のシノプシスとして処理しているのではないかという印象で、つまりこの方法論はアラン・レネ監督がかつて「去年マリエンバートで」でやった方法とおなじ、なのではないだろうか。もちろん、一面でアヴァンギャルドだったロブ=グリエの作品と、通俗小説といってしまっていいこのクリスチャン・ガイイの作品とは、同列で語りにくいところはあるだろうけれど、「テクストから映像へ」というメソッドはそれほどちがっていないのではないのか。そういうことがはっきりとあらわれているのが、つまりはあの映画のラストシーンの意味ではないのか、などと考えるわけである。まだまだあれこれとあたまのなかでかけめぐるものはあるけれど、このあたりで。

 ちょっと書いておけば、この文庫の「訳者あとがき」で、訳者はこの映画版にふれて、「光と闇のコントラストが美しく」などと書いているけれど、わたしにはそんなシーンはまったく思い出せない。
 それと、これは映画館で買ったこの映画のパンフレットについてなんだけれども、そのパンフレットに、八木忠栄とおっしゃる(詩人)のお方が一文をよせられているのだけれども、その末尾に「最後に、この作品についてのジル・ドゥルーズの言葉をあげておこう」と、「宇野邦一訳」として引用文をのせられている。ドゥルーズは、死後の世界でこの映画を観ているのだろうか。つまりこれは、天国からのメッセージ、なのだろうか。(正確な年は記憶になくても、ドゥルーズが90年代に他界されたことは、ドゥルーズを引用しようと考えるような人ならば記憶にあるはずで、2009年製作のこの作品をドゥルーズが観たはずもないことは、考えるまでもなく思いあたるはずで、これは校正レベルで気がついてやってもよさそうなくらいである。)




 

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■ 2012-01-11(Wed)

 きょうはしごとは休み。年末からずっと、最高でも三日れんぞくして出勤するとつぎは公休日になるという流れで、勤務形態としては理想的なペースという気がする。いつもこうだといいのだけれども、基本的にすべてはシフトを組む社員まかせである。もちろん「この日とこの日は休みたい」と前月に申請しておけば、そのようなシフトを組んでくれる。でも、「今月のようなシフトをこれからもつづけてくれ」と要求して、それがかなえられるかはわからない。そもそも、そういう要求を出したりはしない。

 夜なかにまた、夢をみて目が覚めた。地震の夢だった。起きてすぐに、まくら元のノートに書き留めておく。そのまままた寝て、あさになって起きたときにはもう、夢のことなどすっかり忘れてしまっている。ノートに書かれたことを読むと、夢のなかの情景がみるみるあたまのなかでよみがえってくる。もしもノートをとっていなかったなら、これらの夢の情景はおそらく二度と思い出されることもなかっただろう。わたしのあたまのなかで起きたことが、そのままわたし本人に忘れさられてしまうよりも、こうやって記憶されることになるならば、それはよりよい行為に思える。それに、夢というものは、あとになって思い出されるものよりもずっと豊富で、複雑な内容をもっているものなのだ。もっと早くから、こういうノートをとることを始めておけばよかった。

 ニェネントがわたしにまとわりつく頻度が、高くなった気がする。とにかくわたしが何かを食べはじめると、かならずわたしの手もとによってくる。「何ひとりで食べてんのさ、わたしにもちょうだいよ!」という感じ。わたしがトイレに立つと、トイレのドアの前でわたしが出てくるのをまっている。キッチンで炊事をはじめると、下からのび上がってわたしの手もとをのぞきこんでくる。ベッドのふとんにもぐりこむと、ふとんの上にのぼって、わたしの足もとで丸くなる。わたしがベッドからおりると、ニェネントもベッドからとびおりてくる。ただ、わたしがパソコンに向かっているときと、リヴィングでTVを観ているときだけは、「つまんないの」という感じで、それでもわたしの近くで丸くなっている。このごろはずっと、そういうニェネントのことがいとおしくなって、いろいろとニェネントにはなしかけることになる。はやく日本語を修得してほしいと思う。

 読んでいた本を読み終えて、つぎに何を読もうかと悩む。ロブ=グリエの「去年マリエンバートで」を読もうかと思っていたけれど、以前古本チェーン店で捨て値で転がっていたのを買った、ドミニック・フェルナンデスがパゾリーニのことを書いた「天使の手のなかで」を読みはじめた。二段組みで500ページ近くあるので、とうぶんはこの本だけになるだろう。きょう読み終えた「風にそよぐ草」の感想は、あしたにまわします。

 

[]「昼下りの情事」(1957) ビリー・ワイルダー:監督 「昼下りの情事」(1957)  ビリー・ワイルダー:監督を含むブックマーク

 映画のタイトルは知っていたし、オードリー・ヘップバーンの主演だということも知ってはいたけれど、監督がビリー・ワイルダーで、共演がゲーリー・クーパーだなどということは、ちっとも知らんかった。原題は「Love in the Afternoon」だから、ほぼ直訳。まずは、パリの恋愛事情はニューヨークなんかより進んでるんだよ、という感じのすてきなスケッチから。だから舞台はパリ。世界をまたにかけてプレイボーイぶりを発揮しているのがゲーリー・クーパーで、探偵である父(モーリス・シュヴァリエ)の捜査対象が彼であったことなどから、その娘のオードリー・ヘップバーンはゲーリー・クーパーに近づくことになるわけ。ここでじつは恋愛体験のまるでないオードリーが、父の捜査対象だった世界じゅうの男性のデータをもとに、「わたし、すっごいプレイガールなのよん」とゲーリー・クーパーを挑発する、と。まあ彼を愛してしまって、彼の気をひきたいからなんだけど。

 はい、ここで、いくら「Love in the Afternoon」といっても、いくら映画でダイレクトな描写がないといっても、このふたりがセックスレスな交際とは考えられないわけで、じっさいにオードリーが「終わったわん」とばかりにゲーリー・クーパーの部屋で髪にブラシしてるシーンもあるんだけど、つまり、いくらなんでも百戦錬磨のプレイボーイが床入りして、オードリーが処女だったと気がつかないはずがないのであって、ここで、「性的な描写はオミット」というアメリカ映画のコードが、その脚本にまで影響しちゃってまんがな、という感じである。まさにそういう規制があるからこそ成り立っている作品という感じで、「スクリーンのなかの世界は別モノ」という絶好の見本だろう、と思う。まあこれも50年代だからこそ成立した映画で、今ならぜったいに、リメイクも不可能だろう。古き良き時代の、古き良き映画ということである。「スクリーンのなかの世界は別モノ」なんて、なんてすてきな世界がこの世には存在したことか。そこで、脱いだりしなくってもベッドシーンを演じたりしなくっても輝くことができたオードリー・ヘップバーンって、なんて幸せな女優さん、だったことだろう。

 ヘップバーンとモーリス・シュヴァリエの家の、倉庫みたいな仕切りのドアとか、その家の間取り、ゲーリー・クーパーの滞在するホテル・リッツの間取りとか、こころ憎いほどにうまく演出するビリー・ワイルダー節も絶好調。「セルロイド・ヒーローズ」の世界であります。


 

[]「座頭市逆手斬り」(1965) 森一生:監督 「座頭市逆手斬り」(1965)  森一生:監督を含むブックマーク

 きょねんの「座頭市シリーズ」連続放映のとき、見逃していた作品の再放送。監督はシリーズ第二作「続・座頭市物語」以来の森一生。‥‥うーん、楽しい。久しぶりに観るシリーズのせいか、とっても楽しめた。森一生監督の映像は、どこか重くて奥行きがある。ストーリーに粗(あら)があるのは、このシリーズで毎度のことだから、そんなには気にならない。それよりも、そういうストーリーからはみだした、シリーズでは珍しい海岸の風景などが新鮮だった(捨てショットでなんども出てくる砂浜の波打ち際が印象にのこる)。クライマックスの殺陣もちからが入っている気がしたし、演出も撮影もすばらしい。風景の中にひとりたたずむ座頭市、というのもステキなものである。



 

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■ 2012-01-10(Tue)

 きょうのしごとは、また格別に「ヒマ」であった。これからとうぶんは、こういう感じが続くんだろうか。それとも、これはまだ皆がしごとを本格的に開始していないためか、はたまた三連休明けの影響なのだろうか。

 しごと先の人たちと雑談をするのだけれども、そのなかで、わたしがいつからこの土地にいるのか、とか、この土地で生まれ育ったのが戻って来たのか、とか聴かれる。わたしはこの土地には何のかかわりのない生活をずっとして来て、七年まえにふいに、この土地に越して来たわけである。そう話していてふっと、つまりわたしは何かから逃れて逃亡隠とん生活をしているのではないのか、という気分になってしまった。まあ指名手配されているカルト教団の幹部とか暴力団員とかいうのではなくても、借金のがれで都会から夜逃げして来たとか。いまになってみると、この「夜逃げ」ということばには、「当らずとも遠からず」みたいな感慨も持つけれど、とうじは日ごとに高まる「生活をリセットしたい」という欲求に、ある求人情報が合致した結果の行動だったわけである。
 そのもくろみどおりに、生活はみごとにリセットされたわけである。まあいろいろと思惑からはずれたひでえこともあったけれど、この土地の地理的、自然的、猫的、そのほかの環境はわたしをいつも助けてくれたと思う。誇りにするわけではないけれども、わたしはいままでいちどたりとも、この土地に移ってきたことを後悔したことはない。でも、この土地への執着はない。また引越すことのできる機会があれば、またどこか知らない土地へ移ってみたい、という欲求はある。こんどはいちど、海の見えるところで暮らしてみたいものだなどと、勝手なことを空想したりする。

 そういえばしばらく海をみていない。この県の東にずっと行けば海なのだけれども、いままで行ってみたことがないのだった。そのうちにふらりと出かけてみたい。

 しごとから家に帰ると、きまってニェネントが爪をとぎはじめる。まえは玄関とキッチンのさかいのしきいの木の部分で爪をといでいて、しきい付近はすっかり塗装もはげてしまってひどいことになってしまっているけれど、さいきんは段ボールなどに爪をたてるのがお気に入りのようである。いまは、せんじつAmazon で買ったDVDを梱包してあった段ボールがいちばんいいようで、いつもわたしが外から帰ってくると、この段ボールをボリボリやっている。勝手な想像で、わたしが帰ってきたのがうれしくってボリボリやっているように思える。「You'd be so nice to come home」、という感じなのである。わたしが出かけるときには、玄関のドアのまえに転がって、わたしに「行かないでよ」と訴えるようでもある。愛いヤツ、である。

 この週末のお出かけは相手の都合でキャンセルになりそうなので、かわりに歌川国芳展を観に行こうかと考える。


 

[]「評決」(1982) シドニー・ルメット:監督 「評決」(1982)  シドニー・ルメット:監督を含むブックマーク

 またも、シドニー・ルメットの法廷モノ。主題は法廷で争われた医療過誤をめぐるものをはみ出て、法廷(とそれをとりまく環境)もまた腐敗しているというところにある。「あなたが法廷なのだ」と説くラストのポール・ニューマンの弁論の真意を読み取れないと、観客もまた「長いものには巻かれてしまう」という自らの本性を露呈してしまうだろう。試されているのは観客でもある。
 しかし、このドラマを成立させるために、主役を落ちぶれたアルコール依存の弁護士とするあたりは、あんまり合理的ではない気もする。まあドラマというものは、合理精神からはずれるところに生まれるものだろうけれど。

 法廷での弁論などはさすがポール・ニューマン、という感じがするけれど、飲んだくれの落ちぶれた弁護士という役柄は、観ていて「これをクリント・イーストウッドの演技で観てみたかった」なんていう感想になった。憎たらしい判事を演じている役者さんの顔、この眉はどこかで観たことがあると思っていたら、「バーバレラ」でデュラン・デュラン博士を演じていたミロ・オーシャだった。この人はこのあいだ観た「ロミオとジュリエット」にも出演していたらしいけれど、そのときはまるで気づかなかった。


 

[]「その男、凶暴につき」(1989) 北野武:監督 「その男、凶暴につき」(1989)  北野武:監督を含むブックマーク

 いままで未見だった、北野武の監督デビュー作。え、エリック・サティかよ、と。
 監督交代劇の末に主演の北野武のところにお鉢がまわってきたわけだけれども、野沢尚による既存の脚本が「たたき台」として存在したことが、北野武にとってものすごいプラスに作用したことだろう。そういう「足かせ」としての既存の脚本を、いかに「自分のもの」にするかという奮闘ぶりがこの映像からうかがえる気がする。意表をつくカメラワーク、唐突な展開に、のちの北野武監督作品のテイストがいっぱいあふれている。

 特に前半のコミカルな演出には笑いの連続で、これはモンティ・パイソンよりも笑えたかもしれない。「暴力」と「笑い」とを、親族として結びつける視点を、ここまで徹底してみせた演出は、やはり感動モノである。
 後半の、「とにかく説明や理由付けなんかいらないんだよ」というような、映像優先の演出もまたすばらしく、これがタランティーノの「レザボア・ドッグス」に三年も先行した作品だということにもおどろいてしまうのだった。



 

 

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■ 2012-01-09(Mon)

 目が覚めたら七時半になっていて、もう外は明るい。こんなじかんまで寝ていたのはずいぶんと久しぶりな気がする。夢をみたようだけれども、起きたときには夢をみたという気配だけ残っていて、その内容はもう何も思い出せなかった。
 朝ご飯を食べているとニェネントが寄ってきて、わたしの食べているものにちょっかいを出そうとする。なんだかこのところ、わたしが食べているものをその場でわけてニェネントにもあげることが多いので、いやなクセがついてしまったようである。別にとっておいたバターロールをちぎってあげると、ちゃっちゃっ、と食べてしまった。

 冷たい風が吹くわけでもなく、起きたのがおそかったせいか、おだやかな天候に感じられる。昼まえに西のスーパーまで買い物に行く。
 踏み切りを越えたところにある一軒家の窓がおおきく開けられていて、その窓の奥の、部屋の反対側の窓も開けられている。窓をとおしてその家の反対側にさしている陽光がまぶしく、こういう演出がマキノ監督の「次郎長三国志」にあったなあ、などと思い出す。自転車に乗った太ったおばさんがわたしを追い抜いて行く。そのペダルをこぐ足のふとももがパンパンにふくらんでいて、ラグビーのボールみたいにみえる。はいているソックスがひかりかがやく紫色で、その後ろ姿をみながら、「スターウォーズ」に出てくる宇宙人みたいだな、なんて思っていた。失礼なことである。
 スーパーで、賞味期限の近づいて安くなったおつまみ類や、なぜか分量たっぷりなのに一パック百円で置いてあった「かつおのたたき」などを買う。

 帰宅してまた昼寝をして、ヴィデオを観て夕食にする。買った「かつおのたたき」をあけてみて、これは形のくずれたところやはじっこの部分とかをまとめたものだと想像がついた。皿にとって準備していると、あんのじょうニェネントが寄ってきて、わたしの皿にあたまをつっこもうとする。「ダメ! いけません!」と追っ払うけれど、そりゃあニェネントもこういうのは食べたかろうと思って、ニェネント用にちょっと皿に分けてあげた。今夜はニェネントといっしょの食事になった。
 ニェネントはめったにないナマのさかなに大喜びで、いっしょけんめいに食べている。皿からくわえ出して、自分だけのお気に入りスポットまで運んで、そこで食べている。よっぽどおいしいんだろう。ではもう少しあげましょうと、わたしはあなたの(すばらしい)飼い主なのですよと、大盤振る舞いをやってあげてしまった。


 

[]「グローリー」(1989) エドワード・ズウィック:監督 「グローリー」(1989)  エドワード・ズウィック:監督を含むブックマーク

 アメリカ南北戦争時に、はじめて組軍されたアフリカ系アメリカ人による軍隊と、その指揮にあたったショー大佐(マシュー・ブロデリック)を描いた、史実にもとづく作品。監督は「ラスト サムライ」を撮った人だということだけど、あるやりとりのあと、セリフなしに人の表情をしばらく捉え、その表情が変わって行くさまをじっくりとみせる、そのような演出が好きな監督なのだろう、という印象。もちろんその効果はあるのだけれども、ただ、ショー大佐の心境、その変化だとかいうことはあまり感じとることができない。やはりこの作品でいちばん得をしているのはその兵士の一人を演じたデンゼル・ワシントンで、いちど脱走兵として捕らえられ、むち打ちの刑に服するときの大佐をみつめる表情、そして決戦の前の夜に皆の前で不器用に自らを語るシーンなど、圧巻である。「戦争絵巻」という感じの撮影もみごと、という印象はあるけれど、「またこんなのかよ」というジェームズ・ホーナーの音楽は、うるせえ。



 

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■ 2012-01-08(Sun)

 きょうは、2012年の初お出かけ。しごとを終えてネコたちの食事を出し、ことしはじめて電車に乗る。車内は暖房で暖かいこともあって、このごろのクセで電車に乗るとすぐに眠ってしまう。乗り換えの駅に着いても眠っていて、ハッと目覚めてあわてて降りる。乗り換えてもまた睡眠。目覚めると目的の池袋駅だった。

 やはり池袋あたりに来ると、人の多さに圧倒される。年始の日曜日ということで、ふだんよりも人が多いのか、それとも少ないのかはわからない。あんまり行ったことのない劇場へ、それでも迷わずにたどりついての、ことしの観劇始め。なかなかに濃い舞台だった。感想は下に。

 とにかく休憩を入れて三時間に近い舞台だったので、二時の開演でも終わって外に出るともう薄暗く、時計は五時に近くなっている。年初めということで、ここから下北沢に足を運び、「G」へ行く。

 「G」のカウンターはほぼ満席で、そのなかに、むかしカウンターのなかにいたBさんの姿もあった。マタニティ姿である。新年早々に未来のお母さんに会うというのもうれしいこと。カウンターには年末にお会いしたCさんが入っていて、これが日曜にずっとカウンターに入っていたBさんのピンチヒッターとのこと。あとはDさんEさんなどいつものお店のメンバーに、お客さんでわたしの知っているのはFさんなど。わたしはいつものようにハバナを二杯飲んで、黒板メニューに「シャブリ」の名が書かれていたのをみて、たのんでみた。久しぶりのシャブリは、想像以上においしかった。

 八時ごろに店を出て帰宅。帰りの電車は信じられないほどに空いていた。

 

 

[]Performing Arts Company VOGA 第8回本公演 15周年記念公演「Ato-Saki」近藤和見:作・演出・音楽 @池袋・シアターグリーン:BASE THEATER Performing Arts Company VOGA 第8回本公演 15周年記念公演「Ato-Saki」近藤和見:作・演出・音楽 @池袋・シアターグリーン:BASE THEATERを含むブックマーク

 タイトルは昭和二十年八月十五日をはさんだ「あと、さき」ということだと思うけれど、おなじ列車のなかに、昭和十九年、これから出征する青年と、昭和二十二年、復員して来た男などがいっしょに乗っている場面なども。

 けっこうヘヴィーな、ちからのこもった力作で、さいしょの東京公演で自信作を持ってきたのだろう。ちょっと打ちのめされた。冒頭からの映像の使い方がまず印象に残り、西の方の劇団は東京の劇団よりどこも映像の使い方が上手だなあ、などと思ったのだけれども、考えてみたらわたしは東京の劇団ってあんまり観ているわけでもないのだな、などと気づく。

 思いのほか「維新派」テイストは濃厚で、ここでは演出の近藤和見という人が音楽もやっているようで、これは維新派の内橋さんのようにガムランな音楽というのではなく、ドラム音基本のリズムの提示がメインで、これにのせて役者たちがセリフを唱和していく。身体の演出にも維新派と通底する演出も見られるけれど、こういう通常の舞台で、人数も維新派ほどではなく、しかも観客からの距離が近いと、よりエモーショナルな情動がダイレクトに感じられる気がする。前半での女性たちによる「雨」の展開(ここがいちばん好き)、そのあとの男性たちの「行軍」の展開のあたりには、わたしもつよくこころを動かされてしまった。
 維新派もこのところ、二年前までの「三部作」あたりからは「おとなの世界」というか、重厚なドラマ性も舞台であらわされるように変化して来た感じもあるけれど、基本的にはやはり維新派は「少年少女」の世界、ノスタルジーの世界、というイメージはあるし、その舞台もどちらかというとナラティヴなものにたよらない抽象的なものだったという印象はある。そこがこの「VOGA」では、やはり抽象性は高いものの、構築された物語性をつよく感じるし、ノスタルジックな視点を越えたリアルさ、状況にかかわろうとする意志を感じることになる。ただ、後半になってちょっとばかしメッセージ色がつよくなりすぎたというか、ナマな主張がわたしにはきつかったという印象もある。それでもラストは熱くなる。

 役者陣もみな熱演で、それぞれきっちりと演出されているようでもあったけれど、やはり主演の草壁カゲロヲ氏、そしてその妻役の谷弘恵さんの身体がこころに残った。その谷弘恵さん、どこかで観たことがある人だと思ったら、きょねんまでは京都の「地点」に在籍されていた方なのだった。

 終幕後の草壁氏のあいさつは、これからは東京でも公演やるよ、というニュアンスだと思ったけれど、やっぱりこれからももっと観てみたい集団である。次回もまた期待したい。わたしの2012年の年明けのさいしょがこの「VOGA」だった、ということは、記憶しておこう。




 

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■ 2012-01-07(Sat)

 また夢をみて目を覚ました。みた夢を記録しておこうと枕元にノートを置くようにしてから、脳の方も「そういうことなら」とはりきって、夢をみることに精を出してがんばっているみたいである。きょうみた夢はとちゅうでシチュエーションもがらがら変わっていくし、いろいろな人物も登場してくる。プロットも複雑というか、その要点だけをまとめて書いているつもりでも、ぎっしりとノート二ページぐらいになってしまった。まえにも夜なかに目覚めて「複雑な夢をみたなあ」と思ってそのまままた寝ると、つぎに目覚めたときにはもうすっかり忘れてしまっていることもあった。あのときの夢もきょうの夢みたいにながくて複雑なものだったのだろう。きょうの夢も、記録していなければ、もう今ごろは何の記憶も残っていないようなことになっていたのだろう。夢の内容はともかくとしても、夢をみてすぐに記録しておいて、その夢の記憶をとだえさせないでおくことだけでも、なにか有益なことのようにも思える。
 そういうわけでいままではみた夢の内容もここに書いたりしていたけれど、とにかく長くなるし、いちどノートに記録してあれば、自分的にはここに再録する意味もあまりなくなってしまう。ただ、きょうみた夢などは奇想に富んでいたというか、壁の絵の中にはいっていくような場面もあり、やはり「インセプション」などで描かれた「夢」というのは、あまりに平板で陳腐ではないかと、あらためて思うことになる。夢のさいごの記憶のところでは「人面鳥」とでもいうものが登場して、コンドルのようなグレーの羽の色と長い白い首の先に人のあたまがのっかっているのだけれども、近づいてみるといつのまにか首は短くなって、胴の上はすぐに頭になってしまっているのだけれども、その頭が桂 歌丸そっくりの顔をしていて、それが浪曲のようなものをうなっているのである。アホか。幼稚園児のみる夢みたいではないかと、じぶんの脳の状態が心配になってしまう。まあ、わたしのみた夢などよりは、「インセプション」の夢の方がはるかに理知的、ということはいえるだろう(面白いのはだんぜんわたしの夢の方、だと思うが)。

 しごとから帰って、朝食代わりというのでもないけれどもロールパンをかじっていると、ニェネントがよってきて、さかんにわたしの手もとのロールパンに首をのばしてくる。「あれ? ほしいの?」と、ちょっとちぎってニェネントの口もとにおいてやると、あっという間に食べてしまった。おやおや、と、またちぎってあげるとまた食べる。一年半もニェネントといっしょにいても、ニェネントがロールパンが好きだなんてまったく知らなかった。って、ロールパンを買うこともなかったからしかたがない。これからはロールパンをもっと買って、ニェネントといっしょに食べよう。

 

 

[]「次郎長三国志第七部 初祝い清水港」(1954) マキノ雅弘:監督 「次郎長三国志第七部 初祝い清水港」(1954)  マキノ雅弘:監督を含むブックマーク

 第六部であれだけつらい旅をしてきた次郎長一家、いったいあれはなんだったのかというような、いきなりの明るい新年ではじまるし、ほとんど第四部の「勢揃い清水港」の空気、テイストに近い明るさ。ここでは喜代蔵(長門裕之)が新しく一家のメンバーになり、喜代蔵は喜代蔵で、丁稚姿みたいなほとんどガキンチョな若い衆をあつめて若親分づらをする。母親代わりを求める喜代蔵。

 後半は前作の仇久六が清水におそってくるのを、奇策で返り討ちにする展開。ここは観客もいっしょにだまされるのだけれども、ネット上の「goo 映画」というサイトに書かれている「あらすじ」は、まるで本編とちがうあらすじになっている。「goo 映画」というのは、いぜん観た「黒いチューリップ」でもある意味デタラメなあらすじを載せているけれど、どういうことだろう。


 

[]「次郎長三国志第八部 海道一の暴れん坊」(1954) マキノ雅弘:監督 「次郎長三国志第八部 海道一の暴れん坊」(1954)  マキノ雅弘:監督を含むブックマーク

 お蝶と豚松の盛大な法事が幕開き。法事に身受山鎌太郎(志村喬)が登場。石松は、次郎長の刀の金比羅さまへの奉納の旅に出て、その道中に小政と知り合う。金比羅さまに刀を無事納め、遊廓に足を運んだ石松は、そこで夕顔という女性と運命の出会い。しかし石松を待ち受けるのは‥‥、ってな内容。

 この作品はむかし単独で観たことがあり、そのときに、この森繁久弥の演じる「石松」というキャラクターが、のちの「寅さん」の造型に影響を与えているように思ったのだけれども、こんかい観ても、そもそも森繁久弥のルックスからして、どこか渥美清を思い出させられるところがある。あとは志村喬の硬派と軟派を同居させた演技が強烈で、やはり見惚れてしまうし、こういう演技は志村喬でもめずらしいものではないかと思う。


 

[]「次郎長三国志第九部 荒神山」(1954) マキノ雅弘:監督 「次郎長三国志第九部 荒神山」(1954)  マキノ雅弘:監督を含むブックマーク

 ‥‥どうして急に、こうなってしまうのか。とつぜん、お上やヤクザの犠牲になる農民がクローズアップされ、農民役で土屋嘉男は出てくるし、農民ではないけれども高堂国典も登場するし、まるで「七人の侍」である。おなじ年におなじ東宝で製作された作品だし。調べると、この作品の脚本はじつは橋本忍によるものだという記述がネット上のあちこちにある。しかし、映画冒頭のクレジットでは、脚本は「マキノ雅弘」と書かれていた。どちらにしてもこのシリーズの流れからは異例という感じはするけれども、橋本忍の脚本に対してマキノ雅弘監督が大幅なリライトをくわえたという情報もある。このあたりが真相に近いのではないかという気がしないでもない。おそらくは「農民対ヤクザ」みたいな、このシリーズにそぐわない感覚の、社会問題的な視点を導入しようとしたのは橋本忍の方ではないかと思う。そういうのはクロサワ監督とかにまかせておけばいいという感じで、正統派活動写真の伝統をひくマキノ雅弘に似合ったものとはとても思えない。じゃあ監督自身がリライトしたのならもっとどうにかならんかったんだろうか、という疑問もあるけれど、リライトはしたけれどどうにもならんかった、という感じだったのだろうか。このあたりのことはわからない。

 とにかく、「いままでのシリーズはいったい何だったのか?」というような違和感満載。これまでの「力対力」という設定のなかにストレートな正義感や人情を盛り込んできたシリーズの世界が、一気にこわされる思いがする。いちおう全編観たけれど、じつはとちゅうでもう、どうでもよくなってしまった。だいたい、冒頭でなぜ大政を中心に次郎長一家が孤立し、しかも次郎長親分が別のところにいることになっているのか、まったくわからない。第八部とこの第九部とのあいだに、もう一本あってしかるべきなのではないかと思ったりする。まあこのシリーズにはそういう「とつぜんの飛躍」というのはしょっちゅうなので、ここだけのもんだいというわけではないけれど。

 わたしのなかでは、このシリーズは第八作まで、という感じではある。

 しかし、映画の世界では多くの作品が「三部作」として名を残し、きょねんの暮れに観た「人間の條件」は六部作、そしてこの「次郎長三国志」は九部作。すべて「三の倍数!」というのはやはり、世界のナベアツの影響なのだろうか。って、ナベアツって、いつのはなしやねん。



 

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■ 2012-01-06(Fri)

 きのうみた夢のこと。何もかもぶっこわし、空を紙幣が舞いさかう景気のいい夢だった。これはおそらく、いま観ている次郎長映画の影響のようである。
 豪華なホテルのような建物に、客人が宿泊している。中年にさしかかるような夫婦と、まだ成年ちょっとまえぐらいの子どもたち三人とのあわせて五人。その客人が皆に「珍獣(?)」を見せてくれるらしいのだけれども、それを聞いたわたしは、ふたりの仲間といっしょに先回りして、その珍獣を捕えに行くようである。わたしはカメラを仲間に持たせて、飛ぶようにかけていき、その珍獣を発見する。体長10センチぐらいの、ミニサイズの「ゴジラ」型の恐竜、なのである。ほとんどブリキ製のおもちゃにしかみえない。これが口を開けて火を吹くのだけれども、その口のなかをのぞきこむと、発火装置の機械が仕込まれているのが見えたりする。わたしたちはその珍獣の写真を撮る。
 主人は客人たちのことが気に入らないらしく、どうもわたしはその主人の息子の友人らしいのだけれども、いっしょになってそのほかの手助けと共に、派手にその客人を追い出すのである。ここが破壊と紙幣乱舞のシーンになる。客人は出て行き、手柄のあった男が主人に呼ばれて、わたしなどといっしょに食事をする。その男は某フリー・ジャズのミュージシャンらしいのだけれども、その顔はまるで別人である。とにかく、なんかよおわからん夢やった。

 きょうはしごとはなし。それでも早くに目覚め、朝から「キンミヤ」を飲んでいるとついつい飲みすぎて、やっぱり眠くなってしまう。午前中からまた寝てしまった。目覚めるともう昼すぎで、アルコールのせいでぼんやりしているというか、何もする気がしない。キンミヤ、ダメである。これはわたしのなかで「キンミヤ禁止令」を発令しないと、まいにちまいにち寝てばかりになってしまう。もうこれからは「キンミヤ焼酎」は買わないこと。

 昼食にスパゲッティ。夕食はきのう炊いたごはんの残りと、きのうの鍋の残りと。ほとんど何もしないで、いちにちがすぎて行く。ニェネントだけが部屋じゅうかけまわって叫びごえをあげ、活発というのか、うるさいのである。
 たっぷりと睡眠をとっているので、なかなか寝つけない。ヴィデオを一本観て、読みさしのナボコフの小説を読み終えた。

 

 

[]「次郎長三国志第六部 旅がらす次郎長一家」(1953) マキノ雅弘:監督 「次郎長三国志第六部 旅がらす次郎長一家」(1953)  マキノ雅弘:監督を含むブックマーク

 

 これまでのように広沢虎造の浪曲がバックに流れるのではなく、子どもの唄うもの悲しい曲が、テロップで歌詞が表示されながら流される。「旅がらす」とはいっても、兇状旅であって、隠れながらの逃避行である。おまけに次郎長の妻のお蝶は病をこじらせている。金も食べるものもない。めっちゃダークな、悲劇的展開。三五郎も「やくざになってこんなにつらい旅はない」と、泣き言をいう。かつて相撲興行で助けてやったことのある久六のもとにやっかいになろうとするけれど、裏切りにあう。けっきょく、あたらしい仲間の七五郎の留守宅に世話になり、七五郎の妻のお園(越路吹雪)が登場する。酒はいけるし槍の使い手の女偉丈夫である。金子を用意して追ってきたお仲も合流するけれど、お蝶はついに力つきる。久六らの追っ手が来ることを喜代蔵(長門裕之)というチンピラが知らせてくれ、久六らを返り討ちにし、一行は清水への道を向かう。

 薄暗い部屋のなかから外にひらけた外光にカメラを向け、室内でドラマが進行する印象的なシーンがいくどもあらわれる。木立深い森のなかの、霧のただようドラマの場面も美しい。ちょっと暗い展開を、この演出が際立たせる印象である。


 

[]「カメラ・オブスクーラ」ウラジーミル・ナボコフ:著 貝澤哉:訳 「カメラ・オブスクーラ」ウラジーミル・ナボコフ:著 貝澤哉:訳を含むブックマーク


 ナボコフ三十三歳のときの、長篇第五作。まずはロシア語で書かれたものが、のちに著者によって英語訳されて「Laughter In The Dark」(邦題は「マルゴ」)となるけれど、たんじゅんな英語訳ではなく、人物名をはじめ、内容にかんしてもずいぶんと改変がなされているらしい。その原典ロシア語版からの本邦初訳がこれ。若きナボコフの、気取ったレトリックが鼻につく時代の作品である。

 中年男が家族を捨てて少女のような女性にのめり込み、破滅して行くというプロットは、もちろんのちの「ロリータ」を想起させられるわけだけれども、「ロリータ」の狂気をはらんだ一人称文体ではなく、書き手は「神の視点」からの描写にたよる。つまり、読み手は、主人公が見えていないところでいったい何が進行しているのか如実に知ることになるわけで、これが読者にも見えないようにされると、より「ロリータ」に近接してくる。

 光と闇との対比、そして登場するさまざまな色彩の描写(意味の持たせ方)など、楽しめるところはいろいろとあるけれど、わたしが面白かったのは、登場人物のひとり、主人公が「真実」を知るきっかけを書いてしまう小説家の存在で、ここでどうやらナボコフは、いわゆる「リアリズム小説」の批判をこころみているように思えてしまう。たとえば、その小説家に独白させる次のような文章がある。

(‥‥)たとえば、若い娘に半年もつきまとったあげく、饒舌(じょうぜつ)な短編小説のなかで彼女のことを微に入り細を穿って精緻に描いてみせたにもかかわらず、その娘の父親が、彼を叩きのめしに来たことがいまだにない、ということのほうがはるかに驚くべきことなのだ、ということは彼にもわかっていた。

 ‥‥ほんとだよねって感じで、このことでいえば、日本の近代から現代の小説家で生傷のたえなかった作家は、いっぱいいっぱいいてもおかしくはないだろう。

 ラストの、死者のほか誰もいなくなった室内にあるものを、順ぐりに描写して行く文章がちょっと良くって、若いころのナボコフもやっぱりいいじゃないか、という気分にもなった。

 ちなみに、この英語訳はトニー・リチャードソン監督によって「悪魔のような恋人」の邦題で製作、公開されていて、ヒロインをアンナ・カリーナが演じていた。主人公はさいごには失明して黒メガネをかけるようになるんだけど、その黒メガネ姿の主人公はそりゃあどうしたってゴダールにしか見えないという、イタズラな映画だった。残念なことにこの映画、著作権の関係で再リリースは不可能なようである。もういちど観たいけれどもね。




 

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■ 2012-01-05(Thu)

 こんどの日曜には池袋に出かける予定だけど、金曜日も約束ができた。そのつぎの週もまた金曜日、土曜日とお出かけする。歌川国芳の展覧会も行くだろうし、二月にはまた予定もある。「新年も何もやることもないなあ」などと思っていたけれど、意外とタイトなスケジュールになりそうである。

 いくらかしごと量も増えたけれども、やっぱりヒマでじかんをもてあます。帰宅しても、ベンナのすがたがみえない。ネコメシをベランダに出してもあらわれない。ベランダの反対側、玄関の方からネコのなきごえがきこえたので、ベンナか小鉄がいるのだろうかと思ってようすをみにいく。向かいの家の庭でベンナとジュニアが向き合っていた。ジュニアはわたしのすがたをみると逃げていくけれども、ベンナはそのままじっとしていた。「おーい」とか呼んでみるけれども無反応で、つまらないので部屋にもどった。ベランダのネコメシはしばらく手つかずのままになっていたけれど、夕方にはすっかり食べられてしまっていた。食べたのがベンナなのか、それともジュニアなのか小鉄なのか、まるでわからない。

 昼食用にまた大量のミートソースをこさえ、これからまた昼食は当分、スパゲッティばっかりになるだろう。夕食にはまた鍋。

 いちどふとんに入って寝て、夢をみて十時ごろに目が覚めた。また複雑な変な夢で、記憶しているその夢の内容を、さっそく枕もとのメモ帳に書きとめる。夢のことはあした。
 ちょうどTVで「ブラタモリ」がはじまったところだったので、その「両国編」をぜんぶみてから、また寝る。回向院の「仏塔ネコ」がかわいかったのと、はじめてみる両国花火大会の浮世絵の、その誇張ぶりがなかなか強烈だった。

 「ブラタモリ」のことではないけれども、TVをみていると新年になってまた、やたらに「きずな(絆)」ということばが耳につく。「絆」というのはヤクザ用語だと思っているわたしは、聴くたびにうんざりする。まあ、日本全体が「日本組」というヤクザ組織になろうとしているみたいである。わたしはバックレますね。

 

 

[]「次郎長三国志第四部 勢揃い清水港」(1953) マキノ雅弘:監督 「次郎長三国志第四部 勢揃い清水港」(1953)  マキノ雅弘:監督を含むブックマーク

 「絆」ということばを「ヤクザ用語」とかいって嫌うクセに、こうやってヤクザ映画の原点みたいなのを楽しんで観ているわたし。
 いよいよ清水の町に本拠地をかまえ、「次郎長一家」の本格的スタート。ここに地元漁師の豚松(加東大介)が子分になりたい攻勢をかけてくる。やってきた石松と三五郎が、道中で知り合った路銭に困窮した力士たちを次郎長に紹介し、次郎長一家は相撲興行をうつことになる。ついでに花会も催し、大いに世間にアピールするわけである。
 ここでも追分三五郎の口八丁がわざわいをまねき、やっぱり三五郎は信頼のできない悪人なんじゃないのかと、観客をはらはらさせられる。そんなこんなで、ラストには夜半の黒駒一家との出入りとなる。

 トン、トン、トンとテンポのいい展開で、一家のある意味旗揚げ興行の盛会、そして一家を待ち受けるトラブルのはじまりと、一気にみせられる。ラストの殺陣まわりで、それぞれにスポットをあてながら転がしていく演出はさすが、なのである。投げ節のお仲も、なかなかの剣さばきをみせてくれるし。


 

[]「次郎長三国志第五部 毆込み甲州路」(1953) マキノ雅弘:監督 「次郎長三国志第五部 毆込み甲州路」(1953)  マキノ雅弘:監督を含むブックマーク

 うーん、こりゃあちょっと困ったなあという第五部。冒頭から清水の町の祭りになるけれど、「そこまで引っぱるか」という引き伸ばし演出で、なかなか先にすすまない。けっきょくはお仲が、甲州の賭場にスパイみたいなかたちで単独行するけれど、まあ敵陣にとらわれてしまうわけである。ワナと知りながら次郎長一家は甲州路を進む。
 もう観ている人も「次郎長一家」のことはじゅうぶんにご存じでしょうというような、ほとんど「環境ヴィデオ」みたいなストーリー展開のない映像がつづく。次郎長とお蝶の馴れ初めが聴ける、という興味はあるかもしれないけれど、「なんだ、そんなことか」みたいな感想も。子分連中もほとんど「その他大勢」あつかいというか、これまでの作品のような、強烈な個性の発露というものもない気がする。いったいお仲は何のために甲州まで忍び込んだのかもよくわからないままに殴り込みに突入。ちょっと、わたしにはこの「第五部」の面白さはわからなかった。




 

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■ 2012-01-04(Wed)

 きょうもまた、じかんをもてあますしごとがつづく。ひたすらかったるい。帰宅してニェネントとベンナにネコメシを出してあげ、じぶんはおそい朝食をとる。日記を書いたりしているとすぐ昼になり、即席麺のチャンポンをつくって食べる。もう正月気分はどこにもない。これはまだ正月気分じゃないかと思って「キンミヤ焼酎」をクイクイ飲んでいると、さすがにアルコールがまわってしまってねむくなる。それで、また昼寝をすることになる。目が覚めるとまた、もう薄暗い。ヴィデオをちょっとみて、夕食は白菜とレバー肉などをちゃっちゃっと炒めたものですませる。これできょうもおしまいである。

 きのう夜なかに夢をみて目覚めたことを思い出し、どんな夢だったのかけんめいに思い出そうとしたのだけれども、もう思い出せなくなっている。夜なかに目覚めたとき、夢の内容をメモしておこうかと思っていた記憶はある。そのときは夢の内容をなんどもあたまのなかで反芻して、「これならもう忘れないだろう」という気分でまた寝てしまったわけだけれども、やっぱり忘れてしまった。かなり混み入った内容の夢で、ふたつのストーリーが合体したようなものだった記憶はある。
 わたしは「夢」というもの自体には重きをおきたいという気もちでもないのだけれども、忘れてしまうということがなんともしゃくである。というか、わたしのなかに何かへの「恐れ」があるとしたら、まず第一に存在するのが、認知症への恐れである。わたしの父母が晩年そうなってしまったことをずっとみてきただけに、恐れの気もちはいっそう強い。わたしはあるときからずっと、自分は決して父や母のような生き方はしないと、強く決めている。おそらくはそのさいごに来る課題はまさに、生き方というよりも死に方ということになる。わたしにはまだやることは多いからまだそんなこと考えてもしょうがないけれど、先にそんな、死んだとおなじような生き方に突入するのはごめんである。この日記をつづけることにもまた、そういう理由があるということもできる。そういうわけで、これからはまくらもとに筆記道具をおいて、夜なかに夢をみて目覚めたときには、その夢の内容を記録するようにする。「記夢誌」である。



 

[]「次郎長三國志第三部 次郎長と石松」(1953) マキノ雅弘:監督 「次郎長三國志第三部 次郎長と石松」(1953)  マキノ雅弘:監督を含むブックマーク

 ぜんかいのラストで次郎長一家と知り合った石松は、この第三部の冒頭では次郎長一家と別れ、すぐに追分の三五郎(小泉博)と知り合うことになる。若き日の小泉博がこんな役をやっていたというのも意外というか、渋い二枚目というイメージの強かった彼が、こんないいかげんで薄情な役をやっていたというのにおどろく。とにかく石松はこの追分三五郎にほんろうされる。これにプラスして、投げ節のお仲(久慈あさみ)が登場して、さらに石松をほんろうする。なかなか派手な賭場シーンをみせてくれるし、温泉入浴シーンもある。このあたり、石松もいいようにだまされてバカだねぇ、という定番の演出が楽しい。
 次郎長の方はなかなか出番が来ないけれど、賭場で「御用」になって、牢屋にぶち込まれてからの牢名主とのやりとりで楽しませてくれる。広沢虎造演じる張子の虎三もがんばって牢屋入りしてくれて、さあ、みんなで清水港へ帰るのだ!



 

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■ 2012-01-03(Tue)

 きょうからまたしごと。そのしごと、まったくもってヒマである。五時からはじめて三十分で、だいたいすべて終わってしまう。そのあと六時半ごろに分室に移動、支店からの荷物をトラックからおろすとそれでおしまい。あとは荷物の引き渡しの確認だけ。上司からも「まあ、お茶でも飲んでまったりしていて下さい」ということで、ひたすらコーヒーを飲んでむだ話をして、それでもじかんをもてあましておしまい。おそらくこんしゅういっぱいはこういう感じがつづくだろう。あまりヒマなのも、つらいものである。

 ようやくしごとも終わって帰宅。駐車場から家へのはいりぐちをすすむと、うちのベランダでベンナがまっている。ベランダの外からちかづくと、ベンナもこれがいつも食べるものをくれているヤツだとわかるのだろう、ちかよってきて、ニャッ、ニャッ、とちょっと愛らしくなく。それでもある程度いじょうちかづくと、「シャーッ」っとわたしを威嚇する。食べるものはほしいけれど、おまえはきらいだ、ということ。

 部屋にもどって、まずはニェネントにネコメシを出してあげ、それからベランダの窓をあけてベンナにネコメシ。ベンナ、がっつく。

 しばらくしてスーパーに買い物に出てみる。踏み切りの手前の歩道の奥に、ネコが死んでいた。トラネコで、体長もベンナに近いので、いっしゅん、ベンナではないかとドッキリした。しかしベンナよりほっそりしているし、まえ足がベンナの白靴下足ではないので、ああ、ベンナではなかったと、ちょっとほっとする。でもこのネコ、きっとベンナのきょうだいではないかと推測される。こういうトラネコ系統の野良はこのあたりにはいなかったはずなので、ベンナとこの死んでしまったネコとは、捨てられたネコではないのかという気がする。
 死んだネコはとくに出血しているわけでもなかったけれども、この場所で死んでいるというのはやはり車にはねられてしまったんじゃないかと思う。このまま道路のわきでくちていくのもかわいそうとは思ったけれども、じゃあどうしてあげようといっても思いつかない。もしもこれがベンナだったら、あわれに思ってきっと何とかしてやったかもしれない。わたしは薄情である。

 ニェネントは「サカリノさん」まっさいちゅうで、うるさい。わたしのそばにきて、「腰をペンペンやってよー」と、うわめづかいでわたしをみる。いいかげんにペンペンやっていて、手をやすめると、「何さぼってんのよー」と、がぶりとわたしの手にかみついてくる。あまがみではない。痛いのである。このとき、わたしはニェネントの召使である。

 スーパーに「キンミヤ焼酎」がおいてあったので、「こりゃいいや」と買ってきたのを飲んでいたら、いい気分で眠くなってしまった。また昼寝である。目が覚めたらもう外はうす暗くなっていた。ちょっと寝すぎ。また生活のリズムがおかしくなる。夕食にはきのうの鍋の残りをがっつき、ヴィデオをみてから寝る。

 新年の一発目のおでかけは何になるだろうか、とかばくぜんと思っていたのだけれども、きょうネットをチェックしていたら、こんしゅう末から池袋で、あの「ロヲ=タァル=ヴォガ」の公演があることを知った。名まえを「VOGA」と変えたらしいけれど、とにかく、はじめての東京公演である。これを行かずに何としよう、という感じ。スケジュールを照らし合わせて、八日の日曜日のマチネの予約を入れた。これがことしのさいしょの観劇になる。
 「ロヲ=タァル=ヴォガ」は、かつて維新派のメンバーであった草壁カゲロウ氏の主宰するカンパニーで、ことしが結成十五周年になるらしい。わたしもその名まえだけは聞き知っていたけれども、もちろんじっさいに観たことはない。す、す、す、すっごい楽しみである。



 

[]「次郎長三國志第一部 次郎長賣出す」(1952) マキノ雅弘:監督 「次郎長三國志第一部 次郎長賣出す」(1952)  マキノ雅弘:監督を含むブックマーク

 いちど、まんなかあたりのを観たことはあるけれど、こんかいは全九作を通して観るつもり。まずはその第一作から。

 ‥‥カラッとして明るい! まさに正月向けと申しましょうか、けっこう笑わせていただきました。わたしなどはおそらくギリギリ、浪曲師の広沢虎造の名まえを記憶しているさいごの世代だと思うけれど、その「馬鹿は死ななきゃ治らない〜〜ぃ」というフレーズも、次郎長一家の登場人物の名も、その広沢虎造の浪曲によって記憶にあるのかもしれない。いきなり、その広沢虎造自身が顔をみせて映画ははじまる。広沢虎造はその次郎長の子分というか盟友、張子の虎三役。次郎長は小堀明男という役者さんが演じているけれど、ツルッとした、むいたゆでたまごのような顔をされている。この好青年を、いろんな取り巻き子分が盛り立てたり、足を引っぱったりする。とりあえずのこの「第一話」では、彼の周囲にそういう子分連中があつまってくる。さいしょは田崎潤の演じる「桶屋の鬼吉」が登場。この直情型のキャラが気もちいい。それからちょっとC調な「関東の綱五郎」とか、風格ある「大政」などなどが登場してくる。

 当時はこういうロケも可能だったんだなあ、という風景にみとれてしまうことしばし。テキパキと進行する演出もじつに気もちがいい。日本の時代劇、すばらし!という一本。


[]「次郎長三國志第二部 次郎長初旅」(1953) マキノ雅弘:監督 「次郎長三國志第二部 次郎長初旅」(1953)  マキノ雅弘:監督を含むブックマーク

 次郎長一家としての初旅、ですね。まあそんなに遠方まで旅するわけでなく、いつも富士山の雄姿がバックを飾る。沼津で、次郎長のかつての盟友のいとなむ小料理屋に一家がお世話になるあたりで、まずは盛り上がる。こういう、どんなにひっ迫した生活をしていても、友きたりなば質屋に着ているものを質入れしてでももてなす、というのはもう、ワールドワイドスタンダードな友情の基本で、そこに糟糠の妻がまた心づくしをするというのが、泣かされます。

 ここでは第一作のラストにちょっと姿を見せた法印大五郎、それからまだガキンチョな増川仙右衛門などが身内にくわわり、さいごには森繁久彌の演じる森の石松が登場。さあ、次が楽しみだ。



 

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■ 2012-01-02(Mon)

 きょうもまたしごとは非番。いつものクセで目覚しが鳴らなくても暗いうちに目が覚める。パソコンを起動させ、早朝のTV番組などをぼんやりみていると、だんだんに外が明るくなってくる。すこし早めにニェネントの食事を準備して、ベランダの窓をあけて、ベンナの食事も出してあげる。さすがにベンナのすがたは見あたらなかった。

 十時ごろに、外でネコのなきごえが聴こえた気がしたので窓から外をみると、ちょうど小鉄がうちのまえを通りすぎようとしているところだった。覗いているわたしの気配を察した小鉄がこっちをみて、目と目が合ってしまった。やはり小鉄はからだも大きく、キリッと精悍な印象で、グレーの毛並みからも美しさを感じさせられる。もっと小鉄となかよくなりたいと思うけれど、なんとなくわたしには手に負えない感じがする。しばらくわたしのことをみていた小鉄、じきに道路の方に消えて行ってしまった。きょうはベンナの姿はみえずじまい。

 ニェネントはまたさかってしまったようで、部屋じゅう行ったり来たりして、ほえまくっている。それでわたしのわきをすり抜けようとしたので、胴のあたりをタッチしてやった。あれ? なんだか、ぐっしょりぬれている。いったいどうしたんだと思ってリヴィングの床をみると、いくつも小さな水たまりができている。どこでどうやったらこんなにぬれるんだろうと考えてみたら、きのうきょうとバスルームのドアを開けっぱなしにしておいたことに思いあたった。おおみそかに風呂を使って、湿気を散らすのにドアを開けておいたのがそのままにしてあった。地震以降、湯舟の湯は流さないでつぎに風呂を使うまでそのままにしてある。湯舟のふたもしていなかったので、バスルームを覗いてみた。湯舟のなかの水が、だれかが今風呂からあがったばかりのように、ぴちゃぴちゃとゆれていた。ああ、ニェネントくん、風呂のへりにはいあがって、湯舟のなかに落っこちたのですね。そりゃああぶなく、「吾輩は猫である」のラストになるところでしたねえ、バカネコちゃん。
 湯舟の水も、もうすっかり冷水になっちゃっているだろうから冷たかろう。そのままにしておくと風邪ひくよ、と追っかけてつかまえて、すっかりずぶぬれの下半身をふいてやる。上半身はまるでぬれていないので、下半身だけ湯舟のなかに落っことして、それで必死ではいあがったんだろう。ふいていてもこっちの手も冷たくなってくるし、タオルもぐっしょりになってしまった。ふかれているあいだじゅう、ニェネントは「ひゃあぁ、ひゃあぁ」となきつづけていた。バカネコが。だいたいニェネントはふだんから、いろんなところで足をすべらせてずっこけることが多い。わたしに似て、運動神経がにぶいんじゃないかと思う。

 ひるすぎからまた昼寝をしてしまい、ケータイの着信音で目を覚ます。一時間ちょっと寝てしまった。電話はAさんからで、きょねんのクリスマスの日に歩道橋から転げ落ち、肋骨を四本骨折し、ひたいを十針いじょう縫ったということ。「うへぇ! では、入院しているの?」ときいたら、もう自宅療養だという。そんなにはやく退院できるんだろうか。すわ、病院にお見舞いに行かなくっちゃ!って思ったのに。
 わたしもいつまでも部屋でゴロゴロしていてもいけないよな、などと考えて、交通事故の危険もかえりみずにちょっと外に出てみよう、ということにした。線路の向こうの神社へでも、初詣に行ってみよう。

 着替えて外に出て、なんだか寒いじゃないですか。それにあたまもぼんやりしているし、しゃんとしないといけません。
 踏み切りを越えて、古い商店街の方の道をてくてくと歩いて約十分、神社に到着。ほとんど人もいなくって閑散としている。これもこのスポットの味わいのひとつ。おさいせんを投げておまいりして、ついでにおみくじを引いてみた。「吉」、である。「玉ちはう かみのめぐみの 風うけて もえ出でにけり のべの若草」。はい、わたしにぴったりであります。「特に男女の間をつつしめ」ということ。そのあたりはいわれなくっても得意。ことしはどうやらわたしの年のようである。

 帰宅してヴィデオを観、夕食はまたなべものですませる。TVをみながら九時ごろに眠くなって、ベッドに入った。正月のふつかめもおしまい。

 

 

[]「モンティ・パイソン 人生狂騒曲」(1983) テリー・ギリアム/テリー・ジョーンズ:監督 「モンティ・パイソン 人生狂騒曲」(1983)  テリー・ギリアム/テリー・ジョーンズ:監督を含むブックマーク

 きのうあんまり笑えなかったので、「きょうこそは大笑いしてやるぞ」と、自宅秘蔵のDVDを観た。ところが不覚にも、「すべての精子は神聖なり」のミュージカルシーンで、泣いてしまった。とにかくこのシーンは(どんなミュージカルのどんなシーンよりも)すっばらしい。きのう観た映画の「下品は下品」という直情的な演出ではなく、下品なことを最上のエンタテインメントとして観せる精神は、唯一無比のものなのかもしれない。このシーンがプロテスタント老夫婦の対話に移行するところとか、最高である。

 あとわたしの好きなのは、戦場での上官へのプレゼントのおはなしとか、「映画の折り返し点」、「臓器移植」などなど。さいしょの「クリムゾン」なんか、グローバリゼーションへのたたかい、というか、いま観ると「9.11」を想起してしまう。

 おまけのDVDをいままでちゃんと観ていなくって、「よみがえる名作」などはDVD会社の宣伝、だと思っていた。ちがうのね。

 いっぱい大笑いできたので、目標達成、であります。モンティ・パイソン、偉大なり!



 

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■ 2012-01-01(Sun)

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 2012年、あけましておめでとうございます。本年もよろしくおねがいいたします。


 きのう寝たのは十時ごろだったけれども、それからいちど目覚め、時計をみたら十二時の二、三分まえだった記憶がある。それからのあいだに夢をみたんだけれども、これを「初夢」といっていいんだろうか。夢は、わたしがそば屋にそばの出前の注文をしているという、なんだかどうでもいいような夢。ひとつだけの注文で、場所がへんなところの二階なので、ふつうだったら出前はしてくれないんじゃないかとわたしは思っている。場所の説明とかしていると、電話口の相手から「もうすこし誠実に、人間味をもってください」みたいなことをいわれた。そんな夢。そばの出前注文を電話するというのは、きのう観た「現代インチキ物語 騙し屋」の内容からの反映、だろう。出前してもらう場所が二階のへんなところ、というのは同じくきのう観た「じゃじゃ馬ならし」のなかに出てきた納屋の雰囲気、かな。わたしには誠実さや人間味が欠けているという意味の夢、なのかなあ。いえてるかも。

 まだ暗いうちに目覚め、ニェネントに「あけましておめでとう」と、新年のあいさつをする。きょうはさっそくしごとなので、ニェネントを残して職場へでかける。さすがに新年になってしごと量はグンと減った。七時ごろにはだいたいのしごとは終わってしまい、あとは職場のひとたちと事務室でコーヒーなど飲んで、おしゃべりをしておしまい。

 この土地に来ていらい、なぜかずっと近所に「初日の出」を見に出て、写真を撮る習慣が出来ていたのだけれども、ことしはここに来てはじめての曇天だったし、日の出の時刻にはしごとをやっていた。日の出をすぎて薄日がさしてきたので、しごとがいちだんらくしてから上の写真を撮ってみた。

 帰宅してから、部屋のなかのニェネントと、ベランダにやってくるベンナにネコメシを出してあげる。ベンナはあいかわらずわたしの手さきにネコパンチをくり出してくるけれども、もう爪を出すのはやめたのか、あたっても痛くはなかった。多少はわたしへのこころがまえを変化させているのだろうか。

 昼食は抜いてチーズケーキですませ、住所のわからなかったひとたちへの年賀状(きょうメールで問い合わせて、ご返事をいただいたのである)を書いたりしていると、もう夕方。ヴィデオを一本観て、夕食には、きのうから解凍しておいたイカを解体し、タマネギと味噌といっしょにホイルにくるんで、かんたんなワタ焼きにして食べた。ちょっと味噌が多すぎた。

 何をするでもなく、きょねんの日記から「おさらい」を集計したり、あれこれと思い出したりしているうちに眠くなった。

 

 

 

[]「ハングオーバー!消えた花ムコと史上最悪の二日酔い」(2009) トッド・フィリップス:監督 「ハングオーバー!消えた花ムコと史上最悪の二日酔い」(2009)  トッド・フィリップス:監督を含むブックマーク

 新年の一発目はなんかおバカな映画をみたいなあ、などと思ってこの作品を選んだのだけれども、思いのほかマジメなものだった。ただ、ひたすらに下品ではある。ヒトのいい登場人物ばかりいっぱい出てくるわけで、ストーリー展開をマジメに考えれば主人公たちは五、六回は殺されているだろうし、三、四回は事故死していて、十回ぐらいは留置所入りだろう。そういう事態が回避される展開に、ヒネリがないような気はした。もっとバカ笑いしたかったなあ。



 

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