ワニ狩り連絡帳 このページをアンテナに追加 RSSフィード

       

■ 2012-01-18(Wed)

[]「クライシス・オブ・アメリカ」(2004) ジョナサン・デミ:監督 「クライシス・オブ・アメリカ」(2004)  ジョナサン・デミ:監督を含むブックマーク

 「羊たちの沈黙」までのジョナサン・デミ監督の作品は、どれも印象に残るものばかり。でも、「羊たちの沈黙」以降はよくわからない。ぜんぜん知らなかったのだけれども、このあいだ途中まで読んで放棄したトニ・モリスンの「ビラヴド」も、彼の監督で映画化されているらしい。そのあと、最新作「レイチェルの結婚」は評判がいいみたいだけれども、わたしはまだ観ていない。そういうジョナサン・デミ監督の、その「レイチェルの結婚」のまえの作品。このまえが「シャレード」のリメイク作品ということで、この「クライシス・オブ・アメリカ」も、1962年の「影なき狙撃者」という作品のリメイク、らしい。主演はデンゼル・ワシントン。製作のティナ・シナトラという人は、フランク・シナトラの血縁なのだろうか(その「影なき狙撃者」の主演はフランク・シナトラだったようだけれども)。

 とにかく最初にキャストのクレジットをみていて、「Simon McBurney」だとか、「Robyn Hitchcock」の名まえが出てくるのでおどろく。「Simon McBurney」なんていう同姓同名はそんなにないだろうし、音楽に造けいの深いジョナサン・デミだから、「Robyn Hitchcock」はそりゃあロビン・ヒッチコックだろう、ということになる。って、映画が始まるとすぐに出てきましたね、「Robyn Hitchcock」。いきなりデンゼル・ワシントンと対話していて、そのあとになってコイツは悪党側のスパイというか、悪いヤツだと写真が何度も登場する。いってみればおいしい役。「Simon McBurney」の方は、もちろんサイモン・マクバーニーの顔なんか知らないので確認のしようもなかったけど、英語版のWikipedia でみると、演出家で俳優として映画出演もしているということで、あの「コンプリシテ」のサイモン・マクバーニー当人にまちがいないようである。これがまたこの映画のなかでは最悪の科学者というか、いい役である。調べてみるとこの人、これ以外にも「ハリー・ポッター」だとか、けっこうメジャーな作品に俳優として出演されているようである。おかしいのは日本語検索で出てくる彼の情報が、みごとなまでに、演出家としてのサイモン・マクバーニーと、そういう俳優としてのサイモン・マクバーニーとの情報が完全に分離してしまっていて、これがまったくリンクしていないことで、なんかねえ、日本って国は、そういう映画と舞台がぜんぜんリンクしないのですよね。どうしてでしょう。

 あ、肝心の映画そのものについて。とにかく2001年以降であれば、奇妙にSFチックでリアルさが感じられないこの映画での「洗脳」よりも、もっとリアルな「洗脳」が現実にはあるんじゃないの、ということをずっと考えてみていて、なんだか演出としてもあれこれと整理がついていない印象を受けた。60年代の「空想科学」が「現実」に通底する部分と、ゼロ年代のそれとは、根本から違うんじゃないのか、という感じ。この作品はそういう60年代の「謎」と、ゼロ年代とを通底させようとしている気配があるのだけれども、こういう脚本、演出では、「違うんでないの」という気がしてしまう。


 

ステディベアステディベア 2012/03/06 21:38 こんにちは。私もつい最近見たところで、実は大変感動してしまいました。
というのも、DVDで3回見たので、細かいところまで確かめることができ、この作品の狙いと奥深さが理解できたからです。「洗脳」はCIAの得意技なのです。

>奇妙にSFチックでリアルさが感じられないこの映画での「洗脳」よりも、もっとリアルな「洗脳」が現実にはあるんじゃないの

いえいえ、あれはあれでリアルなのです。作家の立花 隆が当時最新のUSA見聞録を書き残しています。サルの脳神経の一部(快楽中枢)に細工を施し、例えば右に進むと不快な信号を、左に進むと心地よい信号をリモートで送り込む、というものでした。これによりサルはあたかも自分の意思で自分が満足する行動を取り、結果的に操られていることにさえ気がつかないという実験でした。原理的には人間にも十分応用が利くもので、これを施した兵士はどんな危険な任務や行動でも、自ら喜んで向かう・・・。今回のリーヴ・シュライバーが正にそれでした。
また、デンゼル・ワシントンのほうは、72時間程度の不眠状態に置けば、人間は大抵洗脳できる、という理論的確率から施されています。

>なんだか演出としてもあれこれと整理がついていない印象を受けた。

演出は実によく計算されており、観客への最後の救いとして、ショーンがエレノア(母)との間の近親相姦の嫌悪感に覚醒し、自らの兵士たちへの償いも併せ、敢えて狙撃直前に母と一緒に立ち位置を変えたのでした。マルコもショーンの表情から直前に洗脳から覚醒し、二人まとめて射殺したのです。
因みに、大統領が死んだ場合には、自動的に副大統領のショーンが繰り上がって大統領になるというエレノアとマンチュリアン・グローバル社の狙いをマルコが忌避したのは言うまでもありません。

>60年代の「空想科学」が「現実」に通底する部分と、ゼロ年代のそれとは、根本から違うんじゃないのか、という感じ。この作品はそういう60年代の「謎」と、ゼロ年代とを通底させようとしている気配があるのだけれども、こういう脚本、演出では、「違うんでないの」という気がしてしまう。

シナトラが演じた60年代は国家の脅威が共産主義でしたから原題がマンチュリアン・キャンディディト(共産主義候補者)だったのですが、リメーク版でそれはなかろうということから、マンチュリアン・グローバル社(巨大産軍複合体、本物でいえばハリバートン社)に置き換えたのでした。
十分にありうるストーリー・プロットだと思いますよ。

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