■ 2012-01-28(Sat)
きのうは国会中継をずっとみたりしていたんだけれども、まだ各党の代表質問なので真摯な討議はこれから。政権与党のM党はしきりにJ党に「いっしょにやりましょうよ」と誘ってるのを、J党の方は「(つぎに選挙をやればオレたちが勝つんだから)オレひとりでやりたいんだよね」と蹴るばかり。もうここにきて、政策のちがいなどこの二党のあいだのどこにもないようなのに。「政権交代可能な二大政党を」という進路をとらされた結果が、おなじ保守陣営がふたつに割れてトップの座を奪い合うだけ、ということになってしまった。んなことやってるあいだにスーパー保守政党がつくられちゃいそうで、つぎの選挙ではどうせその党が大量票を獲得してキー政党になるんだろう。世のなかは「保守か超保守か」のどちらかの選択肢しかなくなってしまいそう。げんざいのM党J党から多数が抜けて新党に移り、そのうちに第一党になるやも。社会保障は見捨てられ、わたしのような貧民にはつらい時代がつづく。
きょうはしごとは非番なのだけれども、いつものようにまだ暗いうちから目がさめて、明るくなるまでぼんやりとしている。夢をみたようだけれども、ノートをまくら元におき忘れていて、起き出してノートを探してから書くというのがめんどうでまた寝てしまい、「夢をみたようだ」という記憶だけが残った。
きょうも、日が昇っても空気はひんやりと冷たい。ベンナのすがたは見えないけれど、ベランダに出したネコメシはいつの間にか減っていた。食べ残し方から、来たのはベンナだと思った。
このところ古着屋で買った服もふえたし、買い足した録画用のVHSテープもあふれてしまっている。いまごろやたらとVHSテープを買う人などいないだろうに、ばかげていると思う。とにかく部屋がそんなこんなでちらかってしまっている。いいかげん整理整頓させなくっちゃという気もちで、外を歩くのも気もちがいいこともあって、またホームセンターへ行く。園芸用品のコーナーをみると大きめのプランターが安く売っていたので、うちのクレソンをこういうのに引っ越しさせようかと考える。いまは越冬中で弱くなっているだろうから、あたたかくなったら大きなうつわに移しかえ、ことしは大量収穫をめざそう。
ホームセンターのとなりの同系列会社の家具センターをまわってみる。新しく洋服ダンスを買う余裕も置くスペースもないけれど、組み立て式パイプハンガーというのは思っていたよりもずっと安いので、これでなんとかなるだろうと買うことにした。VHSテープの整理の方は、針金細工みたいな安っぽい組み立て式ワゴンを買ってみることにした。安いからまあいいや、ということだけれども、貧乏人はこうやって役に立たない安ものを買い集めるのである。
帰宅して、ハンガーとワゴンを組み立てる。ハンガーは思ったより役に立ちそうで、置く場所もさだまって、これはいい買いものだった。ワゴンの方はさすがに安もので組み立てに苦労するけれど、まあそれなりに整理の役には立ちそうである。こうやって室内を多少でもかたづけるともっと徹底してやりたくなるもので、ちょっとゴミ屋敷に近づきつつある室内をぴっかぴかにしてみたくもなった。いいかげん捨てられるものもたくさんある。あらためて大掃除をやりましょうか。
夕食は買い置きの白菜がまだ半分残っていて、しばらくはこれを何とかしなければいけないので、きのうにつづいて、冷凍してあった鶏レバーといっしょに削り節としょう油で炒めて、お手軽に。きょうは調味料の分量がよかったのか、手順がよかったのか、いままででいちばん美味に仕上がったと思う。
■[Video] 「ウッドストックがやってくる!」(2009) アン・リー:監督 
(しばらくは映画と関係のないことばかし書きます。長文になります。)
ウッドストック・フェスティヴァルが開催されたのは、1969年の8月のことだった。そのときわたしは高校三年生の夏休みのまっさいちゅうで、それでも美術部の活動という名目でまいにち高校へ通っていた。おなじ美術部のカノジョにまいにち会いたいがためだったし、つまりきっと、その夏にわたしは今につづくドロップアウトへの道をあゆみはじめていた。
7月にアポロ11号が月面着陸をはたし、そのライヴ映像を家のTVでみた。そんなに興奮はしなかったけれど、学校でカノジョとそのはなしをした記憶はある。
そのころのわたしは、それまでの洋楽フリークからちょっと脱しはじめていたころでもあって、つまりそれまでヒットチャートさえ追っかけていればアメリカの音楽シーンはどう動いているかわかるという時代をすぎて、アルバムをまるごと聴かなければわからない時代に突入していた。そこでわたしはいきなりFrank Zappa とか、商業主義とはちょっと距離をおいたミュージシャンに興味を持つようになっていて、つまりわたしのマイナー指向のはじまりなんだけれども、わたしのなかで「何でも聴く」という時代から「好きなものだけ聴く」という時代への移行期だった。それでも、ロックぜんたいはまだまだ日本ではマイナーなものだった。アポロ11号のあと、この「ウッドストック・フェスティヴァル」のことが新聞のかたすみに載っていたのを読んだ記憶があるけれど、そんなことはすぐに、甲子園の高校野球の、三沢高校と松山商業の決勝戦の延長18回引き分けという強烈なイヴェントのおかげで忘れてしまった。
マイケル・ウォドレーが監督した「ウッドストック・フェスティヴァル」の記録映画が日本で公開されたのは翌年1970年のことで、そのときにはわたしはもう高校は卒業していて、お茶の水の出版取次会社で雑誌や書籍の荷造りのアルバイトをしていた。職場にはちょっとばかしヒッピーみたいな連中や、学生運動命がけというようなあつい人たちがいっぱいいた(あとからこのバイトに来た人には、そのときのわたしはかなり変人(Freak?)にみえたといっていた)。それで、有楽町で公開されていたのだっただろうか、この「ウッドストック」の映画を観に行った。観客はそんなに多くはなかった。というか、おそらくは基地から来たんじゃないかと思うけど、アメリカ人の若い観客が多かったと思う。映画のなかで、尼さんが撮影クリューに向けてピース・サインを示すシーンで、観客が「Wow!」と湧いて、ヒューヒューと口笛が鳴った。おなじ客席にいたわたしは、ここはきっと日本じゃないゼ、と思った。これがわたしの、「ウッドストック」の体験である。
バイト先の連中もみんなこの映画を観に行っていて、「オレはだれそれが良かった」とか、みなが出演したバンドの感想をいいあった。なんてすばらしい職場だったことだろう。
そのあとずっと経って、このあいだの地震で天井の落ちた九段会館で、その「ウッドストック」の上映会があったのを観に行ったことがある。わたしはそのときには多分結婚してしまっていたと思う。つまらない時代だった。ロックは商業的にメジャーになっていた。映画が上映されて、観客が誰もが自分のひいきのアーティストが登場すると拍手していたのでおどろいた。しかし、誰も尼さんがピース・サインを出したときには反応しなかった。そもそも、しょっぱなのRichie Havens の登場のときに拍手したヤツは誰もいなかった。このときの観客はもう、1970年の観客ではなかった。
ヴィデオの時代になっても、「ウッドストック」の映画には「あおかん」のシーンがあるせいか、川でくつろぐオールヌードの人物が出てくるためか、日本ではいつまでもソフト化されなかった。わたしはその後ハワイに旅行に行ったときもこのヴィデオを探したんだけど、みつからなかった。DVDの時代になってようやく、この「ウッドストック」のソフトも日本でもリリースされるようになり、わたしはもちろんこれを買って、なんどもこれを観ている。ライヴ音源としての「ウッドストック」(サウンドトラック盤だけど、当時の映画では使用されていない音源が多く含まれていた)は、それ単独ではまるで聴いたことがない。これがわたしの、「ウッドストック」体験である。つまりこれは、マイケル・ウォドレー監督の「ウッドストック」という映像こそが、わたしにとっての「ウッドストック」体験である、ということである。わたしは、なにもかもひっくるめてウッドストック・フェスティヴァルを賛美、礼讃しようとは思わないけれども、わたしのなかのルーツのどこかに、映画で体験した「ウッドストック」のイメージが根付いてしまっていると思う。ふん、わたしは「あのころはよかった」と過去を神聖視するバカなオヤジなのかもしれないけれど、Richie Havens いがいのすべての登場アーティスト、あのSha Na Na にさえ拍手していた観客どものひとりではない。
‥‥(長かったけれど)これが、このアン・リー監督の「ウッドストックがやってくる!」という映画を観ることになるわたしの前提になる。
アン・リー監督はわたしよりは二歳年下で、台湾で生まれ育ち、大学入学のためにアメリカへ移り住んだようである。つまりウッドストック・フェスティヴァルのときは台湾にいたのだろうけれど、アメリカに渡ったのはまだまだそういう「ウッドストック・ジェネレーション」の余韻の残っていたころだっただろう。彼にとっても、「ウッドストック」とは映画版の「ウッドストック」のことだったろうけれど、彼の周辺にはまだ、フェスティヴァルから数年しか経っていないという空気が残っていたと。そんな彼が、2007年に出版された「Taking Woodstock: A True Story of a Riot, a Concert and a Life」を元にして映画化したのが、この「ウッドストックがやってくる!」(原題「Taking Woodstock」)。本を書いたのはElliot Tiber という人で、映画でも主役として登場する人物である(ウッドストックのとき、彼はじっさいには34歳ぐらいになっていたようで、映画ではもっともっと若い青年のように描かれてはいるけれども)。
この映画、つまりは開催地が決まらずにとん挫しそうだったウッドストック・フェスティヴァルの計画に対し、主人公家族がモーテルを経営する地元であるホワイトレイクの地での開催を主人公が提案することからイヴェントは現実化し、主人公もイヴェント前後にさまざまな体験をし、イヴェントの終わりとともに家を出ようと決意する、というようなもの。
てってい的に主人公の一人称で描かれる映画には、そのフェスティヴァルのステージの模様など出てはこないし、ミュージシャンが登場するわけでもない。基本的に音楽も流れない。それでも、フェスティヴァル開催まで、そのフェスティヴァルのさいちゅうに、いったい現地がどのようなふんいきだったのか、ということは、とってもていねいに描かれていたと思う。しかもそこで、まずはマイケル・ウォドレー監督の映画「ウッドストック」を「原点」にすえることで、過去の「映画」に対する、すばらしいパスティーシュにもなっている。それはもちろんマルチ・スクリーンの多用というような技法的なことでもあるだろうし、おそらくはフィルムの色調もきっちりと、映画「ウッドストック」に合わせている。そしてもちろん、映画「ウッドストック」で登場した人物、取り上げられていたことがら、場所などへの、リスペクトを込めた再現という演出姿勢に感動を受けるわけである。地元のパブの主人も映画「ウッドストック」に出てきた人物そっくりだったと思うし、なによりも、地元のドラッグストアにマックス・ヤスガー氏が登場するときに、その姿だけで「あ、ヤスガー氏が来た!」とわかるわけである。マイケル・ラングは馬に乗っているし、イヴェントで観客を誘導している白のつなぎに白い帽子の、カカシのような男のすがたがチラリとみえるけれども、ありゃあ映画のなかで「オレはTiny Tim の知り合いだった」みたいなことをいっていた人物だろう。イヴェントに来ているカップルは映画のなかでインタヴューを受けていたカップルに似ている気がしたし、そしてもちろん、いちばんうれしいのは、あの尼さんのピースサインを撮影しているマイケル・ウォドレーのクルー(マーティン・スコセッシかも?)のすがたが出てくるあたり。
つまりこりゃあ何かというと、その映画「ウッドストック」と合わせて(補完して)、ウッドストック・フェスティヴァルをより立体的に体感する作品なんじゃないかと思う。ステージの模様は映画「ウッドストック」の方で楽しめばいい。そして現地イヴェント会場周辺のヴァーチャル体験は、この「ウッドストックがやってくる!」でどうぞ、という感覚ではないだろうか。
だから、イヴェントがはじまってからの主人公の会場内の彷徨は、この映画作品単独でみれば冗長に感じられるところもある。しかしこれが、ウッドストック・フェスティヴァルが開催されていたときの、一観客のリアルな体験として受けとめることが出来る気がする。
この「ウッドストックがやってくる!」を観て、いっしょに「ウッドストック」を観れば完璧だろう。わたしもやってみよう。
そう、この「ウッドストックがやってくる!」のなかでゆいいつ、ステージからの音としてCanned Heat の「Goin' Up The Country」が聴こえてくるシーンがあるんだけど、この音源はおそらくはまさにウッドストックからのライヴ音源というふんいきがある。これがじつはとってもおもしろいんだけれども、映画「ウッドストック」のなかで、ライヴ音源っぽくみせかけて、やはりこの「Goin' Up The Country」が流れるシーンがあるのだけれども、じつはそこでイメージ映像のバックで使われていた音源はスタジオ録音のもの、という「ウソ」があったわけである。さいしょにステージでのMCをかぶせてまでライヴ音源を装っているけれど、あれはライヴの音ではなかった。それをこの「ウッドストックがやってくる!」では、ここでだけ、その「ウッドストック」で使われなかった、じっさいのライヴ音源を使用しているのではないかと思われる。ちょっとした皮肉、だった。
■[Video] 「お家をさがそう」(2009) サム・メンデス:監督 
あんまりちゃんと観ている記憶のない、サム・メンデス監督の作品で、原題は「Away We Go」。さいきんのコマーシャルにさからうわけではないけれど、「田舎は豊かだ」、というようなラストか。
ただ、わたしはこういうの、あんまり好きくはないのね。いろんな人物が主人公カップルのまえにすがたをあらわして、それが「何、この人」みたいなのが多いわけだけれども、とくにそのなかでインテリぶったというか、独特の生活への理論をもつカップルが映画のなかで槍玉にあげられて、それが観客にも「ひっでえヤツらだね」と思えるように演出されているわけだけれども、まあこういうのはウッディ・アレンの映画でもやられていて、わたしはウッディ・アレンがきらいなんだけれども、おなじように、そういう演出のところでこの映画もきらいなのである。
いろいろと理由はあるけれど、まずは、映画のなかで「あいつはバカだ」ということをいっしょけんめいにやるようなのは、観たくはないのである。
