ワニ狩り連絡帳 このページをアンテナに追加 RSSフィード

       

■ 2012-02-29(Wed)

 けっきょくつまりは、風邪だかインフルエンザにかかっているということのようである。咳が出て、関節に痛みがある。わたしはニェネントの抜け毛を吸ってしまって咳が出るのかと思っていたけれど、そうではないのであった。

 きのうよりは状態はいいようだけれども体温調節機構があんまり機能していないようで、ちょっとふとんから出るとすぐに猛烈に寒くなる。それでふとんにまたもぐり込んでも、なかなかからだが温まらない。しかも、外は雪が降っている。しごとは休ませてもらうことにした。

 午後から入浴してみたけれど、たっぷり温まったと思って湯舟から出ようとすると、とたんに寒さにとらわれてしまう。かなり長いじかん湯舟につかっていたけれどもまったくからだの芯まで温まっていないという感じで、まったく健康によろしくないような気になってしまった。

 外ではいつまでも雪が降り続いていて、この土地に来てからいちばんの積雪風景を見ることになった。でも積もった雪は水っぽいようで、これはおそらくはあっという間に溶けてしまうだろう。


 

[] 「日本美術観光団」赤瀬川原平・山下裕二:著  「日本美術観光団」赤瀬川原平・山下裕二:著を含むブックマーク

 いぜん読んで「面白くなかった」と感想を持った本の、同工異曲のシリーズものをまた読んでしまった。やっぱり面白くない。これはひとつにはその現場を訪れたあとにあらためて対談などをおこなうことで、まさに臨場感が失われてしまっていることが大きく影響していると思う。たとえば「ブラタモリ」などかなり似たことをやっているわけだけれども、現場で見たものを語りながら、専門家のうんちくなどをはさんでいく「ブラタモリ」にはやはり相当に負けている、という印象になる。

 これはこのシリーズでの赤瀬川原平氏のパートナー、山下裕二という人物の「面白くなさ」ということもかなり影響しているだろう。妙に訳知り顔でつまらないモラリストの側面ものぞかせるこの人物は、そもそも赤瀬川原平氏の同行者として不釣り合いなんじゃないだろうか。彼の発言がその都度赤瀬川氏の好奇心を封じ込めてしまっている印象になる。

 それともうひとつ、対談形式の書物として、「(笑)」という表記があまりにダサい、という印象もある。不ひつような(笑)表記も多いし、これは編集者のダサさのあらわれ、でもあるだろう。



 

[]二○一二年二月のおさらい 二○一二年二月のおさらいを含むブックマーク

舞台;
●ARICA第20回公演「恋は闇 LOVE IS BLIND」藤田康城:演出 倉石信乃:テクスト・コンセプト 安藤朋子:出演 イトケン/猿山修/高橋永二郎:作曲・演奏
●怠惰にかけては勤勉な黒沢美香のソロダンス『薔薇の人』黒沢美香・上原尚美 編「南国からの書簡〜旅立ち〜」黒沢美香・上原尚美:ダンス @日暮里・d-倉庫

映画:
●「宇宙人ポール」グレッグ・モットーラ:監督 サイモン・ペッグ/ニック・フロスト:脚本・出演
●「果てなき路」モンテ・ヘルマン:監督

読書:
●「天使の手のなかで」ドミニック・フェルナンデス:著 岩崎力:訳
●「タマや」金井美恵子:著
●「『坊っちゃん』の時代 第四部 明治流星雨」関川夏央/谷口ジロー:著
●「戦後史」中村政則:著(岩波新書)
●「日本美術観光団」赤瀬川原平・山下裕二:著

DVD/ヴィデオ:

●「コンチネンタル 離婚協奏曲」(1934) マーク・サンドリッチ:監督
●「黒水仙」(1947) マイケル・パウエル/エメリック・ブレスバーガー:監督
●「ファントマ 危機脱出」(1964) アンドレ・ユヌベル:監督
●「ファントマ 電光石火」(1965) アンドレ・ユヌベル:監督
●「ファントマ ミサイル作戦」(1967) アンドレ・ユヌベル:監督
●「愚か者の船」(1965) スタンリー・クレイマー:監督
●「黄金の七人 レインボー作戦」(1966) マルコ・ヴィカリオ:監督
●「黄金の7人 1+6/エロチカ大作戦」(1971) マルコ・ヴィカリオ:監督
●「ペーパー・ムーン」(1973) ピーター・ボグダノヴィッチ:監督
●「バリー・リンドン」(1975) スタンリー・キューブリック:監督
●「ブラック・サンデー」(1977) ジョン・フランケンハイマー:監督
●「殺しのドレス」(1980) ブライアン・デ・パルマ:監督
●「危険なささやき」(1981) アラン・ドロン:脚本・主演・監督
●「フロム・ヘル」(2001) アルバート・ヒューズ/アレン・ヒューズ:監督
●「JOY DIVISION ジョイ・ディヴィジョン」(2007) グラント・ジー:監督
●「パティ・スミス:ドリーム・オブ・ライフ」(2008) スティーヴン・セブリング:監督
●「月に囚われた男」(2009) ダンカン・ジョーンズ:監督
●「ツーリスト」(2010) フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク:監督
●「女が階段を上る時」(1960) 成瀬巳喜男:監督
●「贖罪 第一話 フランス人形」 黒沢清:脚本・監督
●「贖罪 第二話 PTA臨時総会」 黒沢清:脚本・監督
●「贖罪 第三話 くまの兄妹」 黒沢清:脚本・監督
●「贖罪 第四話 とつきとおか」 黒沢清:脚本・監督
●「贖罪 第五話 償い」 黒沢清:脚本・監督




 

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■ 2012-02-28(Tue)

 きょうは非番でしごとは休みなのだけれども、あさ目覚めるとからだの節々がズキズキと痛い。あたまも重く、とても起き上がって何かをするという気分になどなれない。なんだか病院に行くようになってからとにかく不調で、「やまいは気から」というのをまさに実践しているのではないかという気分。ずっとふとんのなかでじっとしていて、いちにちのほとんどのじかんは眠っていた。なんとか起きて血圧を測るとやはり高い。ひるまの計測ではさらに高くなっていて、耳鳴りもつづいているし、なんだかこのまま終わっちゃうんじゃないだろうか、なんて考えたりする。

 それできょうはつまりわたしの六十歳の誕生日なのだけれども、「ああ、ついにこの日を迎えたわけだ」などと考えていたら、そういえば映画監督の誰かで六十歳の誕生日のその日に亡くなられた方がいたんじゃなかったかと思い出し、それは小津安二郎監督のことだと思いあたった。もちろん小津監督はその六十歳の死までに映画の歴史に残る名作、傑作を数多く残していたわけで、そんな方と、何かを成し遂げたとおおきな声でいえるわけでもない(ちいさな声でならいえるが)じぶんのことをかさねて考えるなんて、不遜のそしりをまぬがれられないことになる。だいいち、きょうのわたしは絶不調ではあるけれども、まあそんなにかんたんに死んでしまうなどというわけでもないのである。

 ふとんのなかでパラパラと、ミラン・クンデラの「不滅」という小説を読みはじめている。古本チェーン店でゴミ扱いコーナーに転がっていたのを買ってあったものだけれども、どうやらこの本を処分したさいしょの持ち主は一ページもめくらないままで処分してしまった気配である。
 図書館などで本を借りても、その本に造本ではさみこまれた紐のしおりの位置関係で、「ああ、わたしが最初の読者だな」とわかることがある。しおりがページからはみ出ないように下の方が折られたままで、そのページに折られたしおりそのままの凹凸が刻まれていると、つまり誰もまだしおりを使っていないということで、基本的に「まだ読まれていない」と考えることができる。この「不滅」も、そういうふうにしおりが折りたたまれたままだった。高く売れることを期待して万引して売ってみたら予想外に買い叩かれてしまったということなのか、そのうち読もうと買ってあったのがいつか「もう読まない」ということになったり、切迫した事情ができて手放してしまったのか。
 しかしこの安値。クンデラのようなちゅうとはんぱにメジャーな作家だとこういうことになってしまうんだろうな、ポール・オースターとかもそういう感じだろうか。ジャン・フィリップ・トゥーサンとかはゴミコーナの常連である。しかしこの古本チェーン店はときにデタラメな評価をすることでもよく知られているわけで、わたしもピンチョンの「重力の虹」を上下巻各105円で入手されたという例など読んではいる(いちばん有名なのは、これはCDだけれども、「裸のラリーズ」が750円で売られていたという話だろう)。

 まあそういうことはともかくとして、その「不滅」。まだとちゅうなのでなんともいえないけれど、これはひょっとしたら、書物などを残して後世に名を残すなんていかほどのもんじゃい、というような内容なのだろうか。だったら面白く読めそうである。家族の写真を焼き捨てる父に共感するヒロインに、わたしもまた共感してしまうのである。


 

[] 「月に囚われた男」(2009) ダンカン・ジョーンズ:監督  「月に囚われた男」(2009)  ダンカン・ジョーンズ:監督を含むブックマーク

 きのう観てあったヴィデオ。監督はデヴィッド・ボウイのご子息ということらしいから、この邦題はデヴィッド・ボウイ主演のあの「地球に落ちて来た男」にひっかけたものではないかと思う。いい邦題ではないだろうか(原題は「Moon」)。

 主人公のサムは月のエネルギー採掘のために、三年契約で月に単身赴任している。彼のパートナーはガーティーというコンピューター(声はケヴィン・スペイシー)だけ。このあたり、「2001年宇宙の旅」でのHAL と乗員の関係をほうふつとさせられるけれど、ガーティーは作業員であるサムの手助けをすることを第一義としてプログラムされているようで、サムがじぶんの正体を知る手助けをすることになる。で、サムの正体はというと、これはちょっと「ブレードランナー」的、ということもできる。

 登場人物はサム役のサム・ロックウェルほぼひとりだけ(あとは映像として登場するサムの家族、会社の人間など)で、これがもうひとりのサムとの二役の演技、それとガーティーの声だけを相手にしたドラマになる。ミステリアスな心理ドラマというような演出が、ストーリーのSF的な新奇さを越えた魅力になっていると思う。




 

唯の一読者唯の一読者 2012/03/02 17:52
お誕生日おめでとうございます。
お体に気を付けて…。

crosstalkcrosstalk 2012/03/02 18:26 ありがとうございます。
これからは健康に留意した生活を送らなきゃならんなと、痛感しております。それが、「還暦」ということなのでしょうか。

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■ 2012-02-27(Mon)

 いつもならもう月末のこの頃には「ひかりTV」のらいげつの番組表が送られて来ているのだけれども、まだ来ない。二月は短いからおそく感じるのだろうけれど、もう三日後には三月である。なにかの手違いとか事故があったとすると、「届かない」と連絡して送ってもらったとしても、到着するのは三月にずれ込んでしまうではないか。きょうの午前中まで待って来なければ、カスタマーセンターに電話しようと決めた。

 ひるまで待ってやはり届かなかったので、カスタマーセンターに電話をする。こういうのはなかなかつながらないことになっていて、音声をスピーカー出力にして放置しておくに限る。かなりじかんがたってからようやくつながり、もういちど送ってもらうことにして電話を切ったら、ほとんどそれと同時にその番組表が到着した。なんてこったいという感じで、もういちどカスタマーセンターに電話して、再発送を取り消してもらう。これでなんだかんだで一時間ぐらいのロス。まあロスといっても生産的なことなどやっているわけでもないから、つまりこれは日常の一部なのだろう。

 あたたかくなってきたせいか、ニェネントの抜け毛が目立って来た。だっこしてやって背なかとかをなでると、手にニェネントの毛がぼそっと残る。そういうニェネントの毛が室内にとびかっているのだろうか、なんだかのどに何かがひっかかっているようで、咳が出てしかたがない。


 

[] 「黒水仙」(1947) マイケル・パウエル/エメリック・ブレスバーガー:監督  「黒水仙」(1947)  マイケル・パウエル/エメリック・ブレスバーガー:監督を含むブックマーク

 「赤い靴」の前年の、おなじ二人の監督による作品。撮影がジャック・カーディフで、礼拝所のなかで祈る修道女たちの映像とかとっても美しいし、マット・ペインティングでここまでやっちゃうんだなあという、おどろきもあった(舞台はインドの高地だけれども、インドでのロケなんかやっていないらしい)。主演がデボラ・カーで、尼僧の姿がよく似合う清楚な魅力にあふれている。

 しかし、修道院でいちばん若い院長としてデボラ・カーを任命してしまうには、あんまりに苛酷な環境のような気もするし、もんだいを抱えた修道女をも同行させるというのは荷が重すぎるのではないかという気もする。まあそれでもって、そのインド高地で暮らすようになった修道女たちが信仰ではないものを見つめることになってしまうという展開は、そういう信仰とか修道院という組織への疑問を呈しているということなのかもしれない。

 フローラ・ロブソンという女優さんの三白眼とか、狂って髪を振り乱した表情とかが強烈に恐ろしくって、その乱心した彼女の登場シーンは、一級のホラー映画だった。




 

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■ 2012-02-26(Sun)

 きょうは日曜で、しごとも休み。例年の六本木でのギャラリーのアート・フェアがきのうきょうとやっているので、行こうかなと思っていたのだけれども、なんだか血圧を測るようになってみると、まいにちまいにちあさから具合がわるい病人になってしまったような感覚で、とっても出かける気分になどなれなくなってしまった。まあ今週は観に行きたい映画もあるし、ポロック展にもそろそろ行っておきたい。木曜にはIさんと会って飲む予定もある。あんまり出歩いてばかりいても経済的にもくるしいことになってしまうから、きょうはこれでいいのだ。

 なんて思っていたら、あさからよるまで、部屋のそとに一歩も出ないですごしてしまった。プチ引きこもり。

 けさもベンナがベランダに来ていたので、またニェネントにキャリーに入っていてもらって、ベンナを室内に招待した。きょうもちょっとだけの滞在でいなくなってしまった。
 それでベランダにネコメシを出しておいたら、昼すぎにそとからききなれない鳥のなきごえがきこえた。いったいどんな鳥なんだろうと窓からそとをみると、ネコメシのそばにおいてあるパイプ椅子の背もたれのところに、ちょっと大きめの(といっても体長二十センチぐらい)、見たことのない鳥がとまっていた。わたしの気配で逃げて行ってしまったけれど、あれは何という鳥だったんだろう。ベランダに鳥のエサをおいておけばバードウォッチングもできるのかなあ、などと思ってみる。

 ゆうがたになると、ベランダからこんどはネコのなきごえらしいのがきこえてきた。窓から見てみると、ジュニアがベランダにいた。なんだ、まだ元気だったのか。ひょっとしたらこいつはどこかでエサをもらっているのかもしれないな、などと思う。わたしが窓を開けるとコソコソと逃げて行った。ベランダのネコメシもめあてだっただろうけど、ニェネントを呼んでいたのかもしれない。ニェネントはまるで気がついていなかったようだけれど。
 ニェネントが外の気配で気にかけているのは、何といっても子どもの声である。上の階の保育園に行っている子どもたちが帰って来て、車からおりてそのはしゃぎ声が駐車場にひびくと、ニェネントは和室の机の上にとびのって、パソコンのうしろで背伸びをして窓のそとをのぞきこむ。同族であるネコたちよりも人の子どもの方がじぶんの仲間だと思っているみたいである。

 夕食にずっと冷凍してあった牛スジ肉を使って、ビーフシチューを大量につくった。これでとうぶんはまいにちビーフシチューになるだろう。


 

[] 「フロム・ヘル」(2001) アルバート・ヒューズ/アレン・ヒューズ:監督  「フロム・ヘル」(2001)  アルバート・ヒューズ/アレン・ヒューズ:監督を含むブックマーク

 ちょっとまえのジョニー・デップ主演映画で、彼は「切り裂きジャック」の真犯人を追う警部役。この警部がアブサン酒を飲み、アヘンを常用するジャンキーであって、そのアヘンによる幻覚で、空間を越えたほかの場所でのじっさいの出来ごとが見えるようである。それで犯人の顔を見ることが出来ればよさそうなものだけれども、そうはいかないらしい。原作はアラン・ムーアという人のコミックで、これは日本でもみすず書房から刊行されている。「へーえ、みすず書房がこんな本を出すんだ」と、書店でおどろいたおぼえがある。

 映像は19世紀末ロンドンの暗い空気を赤茶けた色彩で再現し、これにジョニー・デップの幻覚での黒と緑の配色がうまくからんでいて印象に残る。前半から中盤にかけてはちょっと平板な展開という空気もあったし、ジョニー・デップにからむヘザー・グラハムの役どころがメアリ・ケリーという娼婦で、そりゃあ切り裂きジャックのさいごの犠牲者じゃないの、という予備知識もあったので、ああ、ヘザー・グラハムも殺されちゃうんだよね、などというつもりで観ていた。それが終盤になってジョニー・デップとヘザー・グラハムがからむようになってからはがぜん興味がわきたち、いったいどうなるんだろうと、このあたりから興味しんしんで観た。まあフリーメーソンとか英国王室の恥部とかいう仮説はどうでもいいんだけれども、それまで、ジョニー・デップの幻覚なんて大して役に立っていないじゃないの、なんていう気分だったのが、ラストにちゃんといい役目を果たすわけである。

 そのジョニー・デップの直属の部下をロビー・コルトレーンがやっているんだけれど、彼のジョニー・デップへの友情というのか、信頼関係というのが一貫してジーンとくるわけで、これがラストで一気にのぼりつめ、不覚にもわたしゃ泣いてしまいましたのさ。だから、ロビー・コルトレーンがいちばんすばらしい。そういう作品になった。ジョニー・デップも退廃の香りをはなっていい感じだし、ヘザー・グラハムもよかったけれども。



 

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■ 2012-02-25(Sat)

 きのうはもう春になったようなあたたかさだったのに、きょうはあさから冷たい雨が降っている。起きて血圧を測ったら、すっごい高かった。ヤバいなあ、という感じ。まあ感覚としては平常というか、自覚症状はまるでない。もちろんしごとにもふつうに出勤する。寒い。

f:id:crosstalk:20120226091123j:image:right しごとから帰宅すると、久しぶりにベンナがベランダで待っていた。そうだ、せっかくペットキャリーを買ったんだから、ニェネントくんにはキャリーのなかで待機していただいて、それで室内にベンナちゃんのネコ皿をおいて、ベンナちゃんにこの部屋にはいっていただきましょうか。そうやってちょっとづつベンナになれてもらえば、ニェネントといっしょに飼えるようになるかもしれない。
 もうニェネントはキャリーのことをじぶんの遊び道具のひとつと思っているようだから、抱き上げてキャリーのなかに入れても抵抗しない。いちおう出られないようにチャックの開閉口をしめて、ベランダの窓をあけてベンナのネコ皿を部屋のなかに移し、ネコメシを盛ってあげる。わたしがいると警戒して入って来ないだろうから、和室の方にひっこんで様子をみる。ベンナはしばらくして部屋のなかに入って来て、ちょっとネコメシをかじったけれど、すぐにやめて、またベランダに出て行ってしまった。まあもともと食べられるだけ一気にがっついて食べるというネコではないので、こんなもんなんだろう。開けた窓も寒いので、初日はこのくらいにしてネコ皿を外に出し、窓を閉めてニェネントをキャリーから出してあげる。ニェネントはキャリーのなかでもずっとおとなしくしてくれた。いい子でした。

f:id:crosstalk:20120226091206j:image:left そうそう、ベンナの写真を撮っておこうと、ケータイを持ってベランダの窓を開け、ちょっと一枚。その久しぶりのベンナの写真を上に。ついでに、キャリーのなかのニェネントも一枚。なかなかじっとしていないのでこんな感じ。

 きょうは土曜日で「カーネーション」のまとめ見、のはずなんだけれども、きょうはWOWOWの方でトリュフォーの作品を三つ放映しているのを録画しているので、「カーネーション」は観られなかった(裏番組録画なんて気のきいたシステムなど、わが家にはないのである)。でもこんしゅうは平日にけっこう観ているので、だいたいの展開はわかっている。糸子が店を引退するのである。そろそろ尾野真千子の出番もおしまいで、夏木マリに交替するはず。

 午後からは、しごとに行っているあいだにエアチェックしてあった、ピータ・バラカンの「ウイークエンド・サンシャイン」を聴いてすごす。Paul Brady が来日するそうで、新作アルバムから二曲、、むかし買おうかなと思っていたことのある「Welcome Here Kind Stranger」から二曲オンエアされたけれど、「Welcome Here Kind Stranger」からの二曲がすばらしくって、むかしPaul Brady がAndy Irvine とレコーディングした名曲「Arthur McBride」を思い出してしまった。この「Arthur McBride」はBob Dylan も近年(といってももうずいぶんむかし)レコーディングしているけれど、それはPaul Brady の影響で唄っているのである。「Welcome Here Kind Stranger」は来日記念でさいきんCDが日本でもリリースされたらしい。ちょっと欲しくなった。
 それでなにかフォークっぽいのを聴きたくなって、ウチの在庫を掘り返して、Espers のファーストアルバムを聴いたりした。Espers 、やっぱりいい。


 

[] 「ツーリスト」(2010) フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク:監督  「ツーリスト」(2010)  フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク:監督を含むブックマーク

 ちょっと話題になったジョニー・デップとアンジェリーナ・ジョリーの共演作で、監督は「善き人のためのソナタ」が評判になった、フローリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク(ドイツ/オーストリア)があたっているけれど、このキャスト/スタッフに落ち着くまでにはあれこれの紆余曲折があったらしい。映画自体はソフィー・マルソーが主演したフランス映画のリメイク、ということ。

 ‥‥これって、むかしはハリウッドによくあった「ロマンチック・サスペンス・コメディー」ってヤツですね。「シャレード」とか、ああいうヤツ。まあこの作品ではコメディー度はちょっと抑えられているけれども、だいたい観ていれば「真相」は予測がつくようなつくりになっているわけで、そうすると観ているものがその「予測」にもとづいて役者の演技とか注視してみると、かなり楽しい作品になるという感じ。思わぬところに主人公のピンチがあったり(捜査官、あとひと押し、だったのにね)、「ほら、やっぱりね」とか、「え!そうなるの?」とか、ニコニコしながら観てられる。やっぱティモシー・ダルトンはいいところに出てくるし、ラストの「税金払ったから無罪放免」っていうのもまさに「ロマンチック・サスペンス・コメディー」。そうやってみれば、そういう「だささ」を喜々として演じているようなジョニー・デップの(二重の)演技ぶりを楽しんで観るのがいいのかも。
 そのあたりの、いちど観客が自分のなかで展開を消化することでその面白さが引き出されるという演出は、いままでの映画ではなかなかみられなかったタイプの作品かもしれない。わたしはとても楽しく観た。



 

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■ 2012-02-24(Fri)

 そういうわけで、六十歳になると年金がもらえるようになる。これから先「年金」という制度がどう変わって行くのかわからないけれど、とにかくわたしは「滑り込みセーフ」で、ちょうど二ヶ月まえに、なんとか受給できる最低ラインをクリアした。それで、きょうはそういう近所の年金機構事務所に、手続きのしかたとか、いったいいくらぐらい受給できるのかとか、聞きに行くことにした。

 きょうは朝から温暖。ついに春が来たという気候。しごとから戻ってニェネントに朝ご飯を出してあげ、洗濯をしてベランダに干してから出かける。

 それで年金問題。ちょっと個人的にいろいろとややっこしいこともあって、いまのしごとを辞めるか続けるかということにもかんけいして、どうしたらいいのか、またも難問なのである。やはり還暦へのハードルは高い、のである。
 年金事務所のあと、せんじつの病院へ行く。救急搬送されたターミナル駅の総合病院から紹介状をもらっているし、このさいしばらくは医者にかかるのもしかたがない。ニェネントのためにも健康でなくっちゃ。血圧の薬をもらい、これからはまいにち血圧をはかることにした。

 いま、図書館から借りているアルフレッド・ジャリの伝記を読んでいるのだけれども(ノエール・アルノー:著 相磯佳正:訳「アルフレッド・ジャリ 『ユビュ王』から『フォーストロール博士言行録』まで」)、これがさすがジャリの研究家というか、刺戟的な文章でもあってとっても面白いのだろうけれども(変ないい方だけど)、これはあまりに上級書というか、読者には先行してジャリの著作へのかなりの知識が要求されている感覚がある。だいたいわたしははたちぐらいのときに、現代思潮社刊のウンチ色をした「ユビュ王」の本(たしか、赤瀬川原平氏の装丁だった)を読んだっきりで、そりゃあ「クソッタレ!」ぐらいは憶えているけれども、それ以外はもうすっかり記憶から抜け落ちてしまっている。はたして「パタフィジック」とはなんのこっちゃったけね、なんてレベルで読んでいるので、「そんなこと知っていて当然でしょう」というようなこの本のレベルにはついて行けませんわ、という感覚になる。くやしい。とにかくこのところ読書が不調つづきで、この本もこのあたりでリタイアかなあ、という感じなのです。


 

[] 「愚か者の船」(1965) スタンリー・クレイマー:監督  「愚か者の船」(1965)  スタンリー・クレイマー:監督を含むブックマーク

 これはつまり、中世(だったっけ?)ドイツの、セバスティアン・ブラントによる「阿呆船」の現代版でしょう。なんか、さいきんは、スタンリー・クレイマーという監督もいい作品をつくるよね、などと思いはじめていたところだったけれども、これはいただけませんねえ、という感じ。映画化当時に売れた原作があるようだけれども、これではアメリカが「あのころの(この映画の時制は1933年)ドイツはバカだった」と勝手に言っているようなもので、「へえ! そんなこと、アメリカの旦那がこの時代(1965年)にいっていいのかよ!」っていう方が先に来てしまう。アリバイ工作的にアメリカ人のバカ(リー・マーヴィン)を登場させるあたりもこざかしい。

 そもそもが、この作品の根底にあるはずの「グランド・ホテル形式」が、ちっともうまく演出されていない。もうてんでバラバラなまんまというか、いったい何が「Fool」なのか(原題は「Ship Of Fools」)、これじゃあ、先日読んだ岩波新書の「戦後史」とまるでおんなじ。これはつまり、日本で岩波的な知識人がアホなことを書くよりも40年もまえに、アメリカの「知識人」的な監督が、おんなじようなアホな作品をつくっていた、ということだろう。すっごい情けない映画で、がっかりした(オスカー・ウェルナーがせっかく、ちょっと良かったのに)。



 

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■ 2012-02-23(Thu)

 年齢のことは書きたくなくて、つまり自分がそんな年齢であることを自分で認めたくなくているわけなのだけれども、もうじき「還暦」というヤツを迎える。二十代から三十代になったときもイヤだったし、四十代になったときはもっとイヤだった。でも、五十代というのはそれほど抵抗なく迎えることができた記憶がある。「五十代、いいじゃない。でも六十代はイヤだなあ。五十九歳ぐらいでおわりにできたらいいんじゃないの」なんていう気もちを持っていたころもあった。別につきつめて思っていたわけでもなく、要は成り行きまかせに生きてきただけだけれども、その六十歳を目前にしたところで「ええ〜!」っというような健康上のもんだいが持ち上がった感じで、「ありゃりゃ、自分の予言がげんじつになるのかいな」と、ちょっとだけ思った。まあ自分がお亡くなりになってしまうのはたいして怖くもないのだけれども、やっぱりニェネントのことがある。わたしがいなくなってしまったらニェネントはどうなるのだろう。そのことだけは大きな気がかりであって、おいそれと死んでなどいられない。入院するのも困る。

 そんなこと考えていたら、あんまりかんけいないけど、映画「家族ゲーム」で、戸川純が「マンションのエレヴェーターには棺が入らないじゃないですか、もしも葬式になったときにはどうしたらいいんでしょう」と心配していたのを思い出してしまった。

 まあ「ニェネントがいるんだからしっかり生きなきゃな」と思ってしまうということは、ニェネントがわたしを生かしてくれているのかもしれん。まだ生きていてやってみたいこともあるので(なかなかこれを始めようとしないのがいかんのだけれども)、しっかりとニェネントと生きて行こうということである。

 気分的に、しごとを辞めちゃおうかなあ、などとばくぜんと考えたりする。だいたいパート労働の世界では男性は「おばさんパワー」(これが侮蔑語と受けとめられないことを希望するけれども)と衝突して、たんじゅんにいえば「敗北」して辞めることになる。まえ住んでいた住まいのとなりのおじさんが、やはりそうだったという話はきいている。気が短い方が負ける。わたしの場合、あれこれとあって、しごとを辞めてしまっても喰いつないで生きていくことはできる。しごとを続けても、あれこれとやりにくくなることはたしかだろう。悩むところである。

 きょうはおでんの具が安かったので、タコだとかイカ巻きだとかを具の追加で買い、久々の「おでん」にした。かなり大量につくってしまったので、あと三食分ぐらいのおかずになりそうである。食べているとニェネントがおでんの鍋にまえ足を突っ込んでくるので、練り物系をちぎってわけてやった。クイクイと食べてしまった。


 

[] 「危険なささやき」(1981) アラン・ドロン:脚本・主演・監督  「危険なささやき」(1981)  アラン・ドロン:脚本・主演・監督を含むブックマーク

 警官上がりの私立探偵が「行方不明の娘(年ごろで全盲)を探してくれ」と、その母親に依頼を受ける。それからすぐに私立探偵は襲撃を受け、次にその母親に会おうとしたとき、目のまえで母親は狙撃される‥‥。まさにハードボイルドの王道を行くような展開を、いささかなりとマッチョなアラン・ドロンが、あまりにカッコよく解決して行くのだけれども、「なんだかなあ」という印象がどこまでもつきまとう作品。

 とにかくドロンの射撃練習シーンからはじまり、やっつけた敵の持っていた拳銃をいちいち自分のふところにおさめていくとか、「拳銃」へのこだわりがハンパではない。精神分析的にいえばもちろん銃は男性器官の象徴で、ここまで「オレは男だ!」といわれると、逆にじつはそうじゃないことを隠そうとしてるんじゃないかと、勘ぐってしまいたくなる。また、こういう場合、主人公の探偵のまえに、そういう事件がらみの女性があらわれて、主人公を誘惑するとかほんろうしようとするとかいうのがハードボイルドの本流なんじゃないかという気もするんだけれども、そういう意味での展開を期待した「行方不明の娘」というのは、ストーリー上は何の役割もはたしてはいない。主人公は自分の探偵事務所の秘書(これが若き日のアンヌ・パリローであった)と関係しているわけで、作品のひとつのヤマ場はそのさらわれた秘書を救出するというあたりになるけれど、「なんだよ、ステディ(これって死語かな)がいるわけかよ」という感じで、主人公はさいごまでその秘書を守り、愛し続けるのである。「わたしは浮気はいたしません」ってなもので(ほかに女性も登場しないのだけれども)、つまりこりゃあ全編を通して、アラン・ドロンが自分でつくった自分の「コマーシャル」じゃないか、ということになる。まあ「オレはヘテロだ」と声高にいっておきたくなる情勢というのがあったのかな、などと、邪推するしだいである。




 

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■ 2012-02-22(Wed)

 なんともいえない虚脱感につつまれて、いちにちをすごす。しごとの方でも、上司のきげんをそこねないことだけを気にしてしごとをしているんじゃないかと、わたしが勝手に疑念をもっていた人物と、衝突してしまう。あとで考えて、その人に想像以上にダメージを与えてしまったのではないかと、反省する。しかし、上司のいうことに「はい、はい」となんでもしたがって、それでおなじしごとをしている同士のあいだがスムーズに動かなくなるのはこまるわけで、いつかははっきりいわなければならなくなるのだろうか、とは思っていた。いままで、どういえば相手の感情を傷つけないで伝えられるだろう、なかなかむずかしいことだなあと思っていたのが、よくないかたちでおもてに出てしまった。

 せんじつ買ったニェネント用のペットキャリーを、たたまないでそのまま部屋のまんなかに放置してあるのだけれども、ニェネントはときどきそのなかに入ったりしている。いい遊び道具になったかな、とは思うけれど、ちょっと高くついた遊び道具ではある。

 きょうは二月二十二日。「ニャン、ニャン、ニャン」ということで、「ネコの日」なのだそうである。ニェネントもきのうあたりで一歳と八ヶ月になったのだけれども、わたしの病院騒動で、なにもしてあげられなかった。キャリーをプレゼントしてあげた、ということで堪忍してください。


 

[] 「ペーパー・ムーン」(1973) ピーター・ボグダノヴィッチ:監督  「ペーパー・ムーン」(1973)  ピーター・ボグダノヴィッチ:監督を含むブックマーク

 ライアン・オニールと、その娘のテイタム・オニールの親子共演作。監督はピーター・ボグダノヴィッチで、モノクロの撮影はラズロ・コヴァックス。どちらかというとロングとかミドル位置からの撮影が多く、対話シーンでも切り返しはほとんどなく、長回しというのでもないけれどもワンカットはけっこう長い。テイタム・オニールはそのワンカットのなかで感情の変化とかしっかり見せているので、演技賞をとってしまうのも納得がいく。ライアン・オニールのサポートもさすがにお父さんという感じで、目立たないけれどもみごと。チンケな詐欺師だけれども、どこかに心優しさをもっているというふんいきがいい。

 ラストの、「ロング・アンド・ワインディング・ロード」っていえばいいのか、くねっと曲がって地平線の彼方に消える道の、ロケーションがあまりにもすばらしい。このシーンだけでも、記憶には残しておかなければならない。



 

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■ 2012-02-21(Tue)

 きょうは病院へ行かなくっちゃならないなあ、などと思いながら、それでもしごとには出勤するけれど、体調が良くはないと思っていると、なんとなく手の先がつめたく感じられ、これは血流が悪いせいじゃないかとか考えてしまう。病院へ行くのはいいけれど、また救急車で救急搬送されて、そのまま入院なんてことになってしまう可能性がある。というか、その可能性は五割を越えるのではないかと思う。そうするとつまりは、ニェネントの世話のことを本気で考えなければならない。どこか知人のところにニェネントを預ける? そういうことができる知人は、車でも十分ぐらいのところにいないわけでもない。彼もネコを複数匹飼っていていいんだけれども、おそらくはケージのなかに入れっぱなしになるだろう。ケージになど入ったことのないニェネントにはストレスが大きすぎる気がする。「別れるぞ」と決意したところのかのじょも実はネコを飼っていて、またかのじょとよりを戻して、かのじょのところに預けようかとも考える。まあすんなりといけば、この路線の方があれこれと神経を使わないですむ。さもなければ、近辺のお泊まり可能な動物病院に預ける。このうちのどれかにしなければ仕方がないかなあ、とにかくニェネントをどこかに運ばなければならないだろう、などと考えて、しごとを終えてからホームセンターにペットキャリーを買いに行った。いろんなしゅるいのキャリーが並んでいたけれども、布製で骨組みのついたおりたたみ式のキャリーがサイズがいちばん大きかったので、それを選んだ。

 帰宅して組み立てると、ニェネントが「それ、何?」って感じで寄ってくる。「これかい? これはキミの牢屋になるんだよ」とかいって、ちょっとテストに、なかに入ってもらう。ニェネントはなかでモゾモゾやっている。動ける余裕がだいぶあるという感じで、やはり大きなサイズのものをということで選んだのは良かったかなと思う。ニェネントはもともとこういう箱系のものに入ってしまうのは大好きなので、網になった窓からこっちをのぞいたり、興味しんしんでまた目がグンと寄り目になる。これならそんなにいやがらないで入ってくれるだろう。ただもんだいはこれに入れて外に連れ出すとどうなるか、ということだけれども。

 しかし、病院に行って、そのまま即入院ということになれば、もういまから対策を考えなくっちゃいけない。まあきょうは帰宅させてもらってあしたから入院、ということならばいいけれど、やはりニェネントのもんだいをいま解決しなければいけない。考えていてふとひらめいて、つまり、何もニェネントをよそに預けなくっても、もしも入院ということになれば、となりの方に来ていただいて、ニェネントのエサだけその都度出してもらえばいいわけである。となりの方にはごめいわくをかけてしまうけれど、玄関にはカギをかけずにおくことにして、ネコ皿もネコメシも玄関から入ってすぐのところに出して準備しておけば、となりの方にもそれほどの負担にはならないのではないだろうかなどと、虫のイイことを考える。そうだ、そうしよう。それがいちばんいい、ということで、さっそくネコ皿やネコメシを玄関のそばに移動して、最悪の事態にそなえておく。とりあえずはこれで、病院へ行ってもだいじょうぶだろう。

 病院へ出発。しばらく待ってから、診察を受ける。医師に「脳と心臓の不調というのは一刻をあらそう事態なのですから、病院に来るのではなく、ちょくせつ救急車を呼んで下さい」といわれる。そういわれてもなあ、という気もちではあるけれど、とにかくやはり予想どおりに、きょうも救急車での移動になる。行き先は、きょねんの夏に診察していただいたターミナル駅の近くの総合病院。寝かされて搬送される救急車のなかは、がたがたとゆれて乗りごこちがよくない。よけい具合がわるくなってしまう感じもする。総合病院到着。問診と血液検査。狭心症というのは、じっさいに症状が出ているときでなければ判断のつかないものらしい。結果はつまり、無罪放免、というか、容疑は残るけれどもきょうのところは釈放ということ。「カテーテル検査」という道もあるらしいけれど、そういうことにまでならなかったということは、やはりぜんかいの診断のときのように、血圧以外に悪いところがみつからないということだろう。「血圧の治療をちゃんとするように」という条件付きの釈放でもある。

 ‥‥医師という職業に従事する人たちの多くは、「喫煙は身体に悪い」という迷信を持っていて、この妄信はほとんど職業病といえるほどで、とくに血圧に関するもんだいではなおさら、「禁煙するように」といってくることだろう。そういう妄執にとりこまれるのがイヤで、つまりなるべく病院には行きたくなかったのだけれども、これで二度めになるわけだからやはりこれからの通院をさけるわけにもいかないだろう。つまり、断煙の決意をしなければならない。とりあえずは、もう具合が悪くなりませんように。

 病院の帰りはターミナル駅まで歩き、駅前の日用雑貨量販店でニェネントのネコ缶をまとめ買いしてから帰宅。電車のなかで新書を一冊読了。




 

[] 「戦後史」中村政則:著(岩波新書)  「戦後史」中村政則:著(岩波新書)を含むブックマーク

 なんか、この出版社の「新書」って、こんなんばっかなのかなあ。へーえ、これが「戦後」の「歴史」ですって、これでいいんですか。あきれた。これだから年輩のLeft Wing はダメだ、という感想しか出てこない。

 著者は「構造改革」とかの旗印であれこれやってくれたJ党の、あのK元首相(この新書の刊行当時には現首相だった)について、「(‥‥)首相は歴史と哲学に弱いのが最大の弱点であるとかねがね思ってきた」らしいけれど、歴史と哲学に弱いというのは、この著者にこそいえることではないかと思う。

 年表を連続した文章にして、その都度その都度に通底するものもなしに勝手な解釈を書きつらねて行くことが、「歴史」について書くことではないだろう。じぶんがまさにこの本で扱われた「戦後」を生きてきたからといって、同時代人の当事者気分できままな「感想」を書いたり、けっきょくは「いつもわたしの判断は正しかった」というような論旨でつなげていく。政治的姿勢を書くことは歴史を書くこととはちがうだろう。前後で矛盾した論旨や、論旨の飛躍もあちことに散見される。どこにも「哲学」などないではないか。この著者にとって、「歴史」、そして「哲学」とはどのようなものと考えられているのだろうか。

 こういうLeft Wing の方々は、「過去から未来にわたって、つねにわたしは正しい側にある(あった)」と思っていらっしゃるのかもしれないけれど、わたしは「戦後」に生きてきたのだということも書きたいのなら、その「わたし」のなかにあった迷い、錯誤なども書いてみたらどうだろう。こういう「イイ子ちゃん」ぶったところが、わたしが旧的なLeft Wing に大きな違和感をいだく最大のところ、かも知れない。わたしはRight Wing などとうぜん、それいじょうに大っ嫌いだけれども、だからといって既成のLeft Wing に組したくないという理由は、このあたりにあるのかも。とにかく、あほらしい本である。




 

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■ 2012-02-20(Mon)

 このところ、寝ていて胸苦しくなって目覚めることがまた起きるようになり、つまりきょねんの夏に内科で診てもらった症状の再現なわけである。きょねんはそのまま症状が出なくなってしまったし、診察の結果でも悪いところは見つからなかったりして、いままで放置して来た。それで、「さいきんまただなあ」などと思っていたのだけど、じつはきのう帰宅するとき、自宅の駅で降りて改札を抜けたとたん、その症状がまたあらわれはじめた。いままで寝ているときにしかあらわれなかった症状が、起きて動いているときにあらわれたことに不安になった。やはり病院へ行かなければならないかなあと思いはじめていたけれど、きょうになって、夕食の準備を終えて、さあ食べようというときになって、また胸苦しくなった。ヤバいのである。やはりあしたにでも病院へ行くべきだろう。しかし、考えてみて、そのまま入院とかいうふうになってしまうとしたら、ニェネントのことをどうすればいいんだろう。このままにしていても、発症してそのままわたしが死んでしまうかもしれない。そうするとやはりニェネントのことが気にかかる。金井美恵子のネコと立場が逆になるけれど、「ネエ、ネエ、あたしって死ぬんじゃないかしら」って感じ、ではある。


 

[] 「コンチネンタル 離婚協奏曲」(1934) マーク・サンドリッチ:監督  「コンチネンタル 離婚協奏曲」(1934)  マーク・サンドリッチ:監督を含むブックマーク

 フレッド・アステアとジンジャー・ロジャースのコンビによるミュージカル映画で、原題は「The Gay Divorcee」。このふたりが主演としてフィーチャーされたのはこの作品がさいしょ、ということ。もともとはフレッド・アステア主演のブロードウェイ・ミュージカルで、全曲コール・ポーターの曲が使用されていたらしい。そうれがどういういきさつか、映画ではそのオリジナル曲からあの「Night And Day」一曲だけが使用され、映画用に別の作者の楽曲が四曲追加されることになる。ミュージカルとしては楽曲が少ない感じがするけれども、邦題にも使われている終盤の「The Continental」という曲がそうとうに長くって、こちらはアステア/ロジャースだけでない大勢の群舞が圧倒的。「Night And Day」とともに、この映画のクライマックスかな、という感じ。

 しかしやっぱり、「Night And Day」でのアステア/ロジャースのデュオはため息の出るすばらしさで、これは「有頂天時代」の「Never Gonna Dance」でのふたりのダンスを思い出してしまうけれど、アステアの誘いに応じて、ロジャースがふっと身を反らせてアステアの腕のなかに落ち、そのままデュオのダンスになだれこむしゅんかんの、その色っぽさというか、すばらしさに観ていて涙がこぼれる思いである。

 ミュージカル映画の演出として、これはいかにも舞台からの映画化なのだなあというタイプの演出なのだけれども、舞台版の楽曲シーンと、おそらくは映画オリジナルのドラマシーンとの演出の乖離が、逆に面白く感じられた。



 

[] 「黄金の七人 レインボー作戦」(1966) マルコ・ヴィカリオ:監督  「黄金の七人 レインボー作戦」(1966)  マルコ・ヴィカリオ:監督を含むブックマーク

 これはまさに「黄金の七人」の続編で、主演の八人は第一作とおなじ。第一作とまったくおなじような手口で銀行の金庫を盗み出そうとする冒頭が楽しい。ここでは「教授」のフィリップ・ルロワが女装して、第一作でロッサナ・ポデスタがやった役目を果たしてくれたりするけれど、「うまくいった」と思ったしゅんかんに、軍服の連中に包囲されてしまう。それがつまりアメリカのCIAとか秘密軍からなる南米反革命戦略軍で、つまり八人はカリブ海のどこかの島の反米共産圏国家の、カストロみたいな将軍を誘拐するという役割を押しつけられるというわけ。教授は戦略に加担する見返りに、あるていど勝手なことやってもいいという言質を取っているようで、その島に停泊しているソヴィエト艦に積まれている「革命資金」としての七千トン(!)の金塊をいただこうとしているわけである。将軍誘拐のメインはアメリカの記者に扮したロッサナ・ポデスタが受け持ち、つまりは取材にかこつけて色仕掛けで将軍を誘おうというもの。邦題の「レインボー作戦」というのは、かのじょがカラー・コンタクトをとっかえひっかえして、瞳の色が虹の七色のように変化するところからのタイトル、だったはず。

 だいたいバックにアメリカのCIAや軍がついているからそりゃあやりたい放題だし、しょうじき観ていてもほとんど緊迫感も感じない。将軍誘拐と金塊強奪とが同時進行するのも、視点が散乱してしまう感覚があるし、なによりも、そんなアメリカに協力して「コントラ」まがいのことをやっちゃっていいのかよ、ということはあたまから離れない。まあこのあたりは終盤にいろいろと皮肉まじりの展開にはなるけれど、とにかく第一作にくらべると、かなりものたりなかったことはたしか。




 


 

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■ 2012-02-19(Sun)

 ようやくニェネントも、平常にもどったようである。わたしの尻の痛みも、もうほとんど消えてなくなった。しかし、ももの裏がわのどす黒い変色はまったく消えない。いつかきれいに消えてくれる日が来るのだろうか、気になることもある。
 きょうとあしたはまた連休。それでまた出かける。これで週末は連続三回目のお出かけで、先週、先々週はつづけて東京で夜を明かしてしまった。きょうは夜明かしすることなくちゃんと帰宅するようにしないと、春が迎えられなくなる。きょうはまず渋谷に出て、まえにチケットだけ買ってあったモンテ・ヘルマンの「果てなき路」を鑑賞予定。そのあとは日暮里に移動して、黒沢美香さんと上原尚美さんの「南国からの書簡〜旅立ち〜」を観るつもり。夜の舞台は六時開演だから、そんなに遅くならないで帰って来れるだろう、と思う。

f:id:crosstalk:20120220201221j:image:right 外はやはり快晴。となりの駅まで出て駅の前の広場で電車を待ち、空を見上げると、近くの葉の落ちた木の枝に鳥がとまっていた。胸の羽毛をふくらませ、まんまるになっている。ひざしは暖かいからそうやって暖をとり、体温を保持しているんだろう。おそらくはヤマバト。

 電車に乗り、また電車のなかで眠る。いつもターミナル駅で乗り換えてから、だいたい次の駅を出るあたりで眠りはじめ、大宮か赤羽に着くあたりで目がさめる。きっと、おおぜいの乗降があるから目がさめるんだろう。

 渋谷に着き、映画を観る。映画の終りに近づいたころ、なんだか座席が揺れているような気がした。地震かなあ、などと思ったけれど、映画館でときどきあるように、後ろの人が足で座席の背を押しているせいかもしれないとも思った。

 映画は予想以上に楽しめた作品で、映画館を出てひと気のない道を歩きながら、「面白かったなあ」と、なんどもひとりごとをいっていた。あぶない老人である。日暮里に移動するにはまだじかんがあるので、ほんとうにひさしぶりに渋谷駅の近くの大型CDショップに行ってみた。むかしAvant コーナーだったところが落語コーナーになっていて、あれあれ、という感じ。Avant コーナーはそのとなりの通路にそったところにちゃんとあったけれど。ロックの売場とかみてまわって、そういうことをやるととうぜん欲しいものがあれこれとみつかる。迷ったけれど、やはり買わなかった。

 そろそろ外は暗くなってきていて、日暮里へ移動しての舞台鑑賞。こんかいの舞台は「ふうん」というか、ちょっと肩すかしをくらわされたような気がした。

 帰りはじかん的に余裕もあったので、食事でもして帰ろうというつもりで、はたして日暮里の駅の向こう側の、むかしこのあたりに住んでいたころによく行った中華の店か、それとも駅に近い中華にするか、ちょっと迷う。早く帰れる方がいいだろうと、近い方の中華料理屋で「肉そば」と、瓶ビール。やはり肉そばを食べるなら、圧倒的に駅の向こうにある中華の方がよかった、と思った。上野始発の電車で、ゆっくりとすわって帰宅した。


 

[] 「果てなき路」モンテ・ヘルマン:監督  「果てなき路」モンテ・ヘルマン:監督を含むブックマーク

 だいたいわたしは映画を観るとき、その作品の監督の名まえで観るか、それプラス俳優の名まえで観るか、そうでなければ話題性で観るかのいずれかで、あ、そりゃあ優先順位がちがうだけで、たいていの人はそういう選び方か、という気もするけれども、そういうきっかけ以外は予備知識としてはほとんどなにも持たないでスクリーンに向かうことが多い。あんまり先にあれこれの予備知識は仕入れないようにしている、というか、そういう作業がめんどうなだけだったりするけれども、とくにこの「果てなき路」については、監督がモンテ・ヘルマンだということ以外、ほとんどまるで内容を知らないでいた。ただわずかに、フィルム・ノワールをつくろうとしている監督の話らしい、というくらいの知識はあったわけだけれども、そういう予備知識の少なさがプラスにはたらいて、いちいちその展開に驚きながら、とにかくさいごまで、「映画」を観ることの楽しさを、たっぷりと堪能させていただいた。

 さいしょのシーンで、ノートパソコンのディスプレイのなかの映像にゆっくりとカメラが近接して行き、ついにはそのディスプレイ画面イコール映画のスクリーンになるあたりから、「面白いことやるなあ」と、わくわくしてしまう。そうか、これは「映画のなかの映画」という入れ子構造なんだな、などと想像するわけで、それはたしかにその通りだったのだけれども、そのあたりの演出はもっともっと複雑というか、ほとんど「いたずら」なんじゃないの、というくらいに楽しませてくれる。

 そういうわけで「パソコンのディスプレイ上の」映画がはじまるわけで、まさにフィルム・ノワール的な展開からタイトル・クレジットが画面にあらわれるわけだけれども、そこでの監督名がモンテ・ヘルマンではなくって、「そんなヤツ、知らんで!」みたいな名まえが出てくるんで、またびっくりする。いっしゅん、「わたしはモンテ・ヘルマンが監督した映画を観に来たつもりだったけれど、ちゃんと調べてなくって、まちがえてしまったんじゃなかろうか」などと思ってしまい、それが「映画内映画」のクレジットだと気がつくのに、ちょっとじかんがかかってしまった(バカである)。そのあとのみあれこれの仕掛けがあるのだけれども、さいごにはダメ出しのように「これは映画である」とのプッシュもある。このあたりの演出はあんまり説明したくないけれど、さいごのクレジットのおしまいには「This is a true story」みたいな文句が出て来て、つい笑ってしまった。そりゃあそうだ。これはまさに「真実の物語」にちがいない。

 その「映画内映画」の、つまりはフィルム・ノワール的な展開もおもしろくって、まあほとんどのことはそのまま置きっぱなしにされてしまうけれど、時制を前後させて描かれる「すり替え殺人」のデティールもまた、「あの銃声は誰が誰を撃ったのか?」とか、あれこれの興味を抱かされ、そういうデティールには「そういうことか」という、ある程度の答えはちゃんと用意されている。映画のなかで「アルトマンならどうする?」というセリフも出てくるけれど、そういう、映画人の犯罪という、ひとつ外側の構造は、アルトマンの「ザ・プレイヤー」を思わせるところもある。

 フィルム・ノワールにはつまり「ファム・ファタール(運命の女)」の存在がつきものであるけれども、この作品ではその「ファム・ファタール」が、まさに主役女優という存在なのだというあたりにも、この「映画についての映画」という、ハリウッドの映画の歴史を縦断するような作品にはぴったりの展開だったと思うし、その「女優」を演じたシャニン・ソサモンという女優さんがまたよかった。ラストの、かのじょの「ピンナップ写真」へとじりじりと寄って行くカメラもまた、「映画についての映画」というこの作品の構造を示しているんだろう。

 わたしはいくつかのモンテ・ヘルマンの作品はDVDで観ていて、それなりにその面白さは体験していたつもりだったけれど、ここまでに楽しい作品に出会わせてくれるとは、まるで思っていなかった。



[] 怠惰にかけては勤勉な黒沢美香のソロダンス『薔薇の人』黒沢美香・上原尚美 編「南国からの書簡〜旅立ち〜」黒沢美香・上原尚美:ダンス @日暮里・d-倉庫  怠惰にかけては勤勉な黒沢美香のソロダンス『薔薇の人』黒沢美香・上原尚美 編「南国からの書簡〜旅立ち〜」黒沢美香・上原尚美:ダンス @日暮里・d-倉庫を含むブックマーク

 二年前の「南国からの書簡」がとても楽しめる作品だったので、その続編には期待していたのだけれども、なんというか「ミニマム」というか、そういう娯楽性をきたいしたむきには「おあずけ」をくらってしまったような舞台だった。前作での「ふたりでひとり」なのよ、というところで使った、片腕がつながった衣裳がとちゅうで引っぱり出されて、「さあ、これからまたはじまるのだ」と思っていたら、その衣裳はただ見せられただけでサッサとまたしまわれてしまう。こんかいは、ふたりが南国の島をめざすボートでの航海がいつまでもいつまでも終わらない。ヤシの木の生えた島は前回よりもとおく、小さいままである。

 音楽はこの「薔薇の人」シリーズでは「よくこういうの見つけてくるなあ」というような、舞台にピタリというか、きいたこともないようなものが流されたりして、それは椎啓さんの手腕なんだろうけれども、今回も楽しませていただいた。とちゅう、オリジナルはフランク・シナトラとナンシー・シナトラになる「恋のひとこと(Something Stupid)」の知らない歌手ヴァージョンが流れるけれども、これはつまり、「デュオ作品」ということだから、なんだろうか。ラストがまたオリジナルはシルヴィ・バルタンになる「あなたのとりこ」(これも知らない歌手によるもの)だったりしたのは、これは「ウォーターボーイズ」の連想から、「シンクロナイズド・スイミング」、っていうことなんだろうか?




 

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■ 2012-02-18(Sat)

 あさは快晴。きのう降った雪が、どこの家の屋根にも白く残っている。空気が冷たい。サラサラとした雪が風で飛ばされて舞い、それがまた雪が降っているように見えたりする。

 しごとからの帰りにコンビニでタバコを買い、それであとは一歩も外に出ないで、なにも買わずにいちにちをすごした。

 土曜日なので、きょうも「カーネーション」のまとめ見。娘たちが大きくなるまではとうぜん、主人公の糸子にスポットがあてられていたのが、ここにきて三姉妹を中心におおぜいの入り乱れる群像劇という空気が強くなり、これが上方喜劇というテイストもあって、がぜん面白くなった気がする。麻生祐未のボケっぷりにも拍車がかかって楽しいし、尾野真千子もまたはつらつとした印象でまたすばらしい。まえにも書いたけれど、これまでのかのじょのキャリアの、どこか純文学的な辛気くささからまさに「ひと皮むけた」印象だけれども、このひと、コメディアンヌとしてすばらしいんじゃないかと、これからの活躍を期待したくなる。この週は北村がにせのサンローランをさばいて詐欺で逮捕されるけれど、糸子がその知らせを受けて、北村がつくったサンローランのにせのタグがなさけなかったことが許せないと怒るあたり、わたしもそういう気もちに同意してしまう。

 きょうも昼食はきのうつくったミートソースでスパゲッティ、夕食はお好み焼きですませた。ニェネントはまだ平常にもどらない。

 少し集中して本を読もうとまいにち思っていて、寒いのでベッドにもぐりこんで読むのだけれども、いつもそのまますぐに眠ってしまう。こまったクセがついてしまった。もう少し暖かくなれば、机に向かって読書も出来るようになるだろうに。

 きのう図書館から借りた本は、アルフレッド・ジャリの分厚い伝記本と、関川夏央/谷口ジローの「『坊っちゃん』の時代」第四部の、大逆事件をあつかった巻と。「『坊っちゃん』の時代」はさすがにマンガなので、きょう読み終えた。少し読みはじめたジャリの伝記はとっても面白いのだけれども、こういうふうにすぐに寝てしまうクセがつくと、なかなか先に進まないだろう。



 

[] 「『坊っちゃん』の時代 第四部 明治流星雨」関川夏央/谷口ジロー:著  「『坊っちゃん』の時代 第四部 明治流星雨」関川夏央/谷口ジロー:著を含むブックマーク

 この五部作のさいしょの巻だけはずいぶんとむかしに読んでいたけれど、そういえば「大逆事件」についても書いているはずだと思い出して、まさにその「大逆事件」について独立した一巻になっていたのを借りてきた。

 わたしは幸徳秋水というひとがどのような思想を持っていたのか、よく知らない。「無政府主義者」というカテゴライズをされているけれど、あの時代の社会主義はマルクス主義または無政府主義のどちらか、というようなあいまい(大ざっぱ)な区分けだったわけである(幸徳秋水は「共産党宣言」の翻訳者でもある)。これが大杉栄になると、はっきりとアナルコ・サンディカリズムを信奉して行動しているのだろうということになり、「アナーキスト」という呼称にまったく違和感はないけれど、やはり幸徳秋水を「アナーキスト」と呼ぶことにはどこか抵抗がある。つまり、日本では「無政府主義者」と呼ばれた人、イコール「アナーキスト」ということは出来ないんじゃないか、という疑問のようなものがある。さらに、十九世紀末にヨーロッパを中心に爆弾テロを企てたテロリストたちのことを、日本では「アナーキスト」ではなく「無政府主義者」と翻訳する<伝統>がある(げんざい読みはじめたアルフレッド・ジャリの伝記でも、フランスで爆弾テロを企てた男が「無政府主義者」と書かれている〜ちなみに、フランスではこのテロリストを擁護する運動が知識人を中心に盛り上がったとの記述がある〜)。つまり、「無政府主義者」イコール「テロリスト」という、暗黙の了解がこの日本にはあるのではないか。もしかしたらそのことは、この「大逆事件」によってもたらされた観念なのではないだろうかと思ったりもする。

 そういうわけで、この本でも、主人公である幸徳秋水の思想まで読み取れるというわけでもない。「絵」をつけなくてはならないということから、どうしても通り一遍の記述になってしまうのもしかたがないだろう。どのようにして「大逆事件」の渦に巻き込まれて行ったかは読み取れるけれども、そのあたりも「基本知識」を越えるものでもないし、管野スガの人物描写には、どこか不必要な「悪意」が読み取れる気もしてしまう。ただ、この<事件>が、その後の日中戦争〜太平洋戦争にいたる「大日本帝国」の進路を決定した「国策」だった、ということを明確に打ち出しているあたり、あたりまえだけれども共感する。

 それと、わたしもむかし読んだことのある、クロポトキンの「麺麭の略取」の翻訳のいきさつが、ちょっとでもわかったのは収穫だっただろうか。むかし岩波文庫で出ていたこの幸徳秋水訳の「麺麭の略取」という本は、ルビとして三角だとか黒丸、白丸などがあれこれ使い分けられていて、ヴィジュアル的にまるで萩原恭次郎(この人も「無政府主義者」だった)の前衛詩を思わせる、ある意味で<美しい>本だった。

 そもそもが病いにからだをおかされていた幸徳秋水が、「事件」に巻き込まれなかったとしても、いったいいかほどの余命が残されていたのかということもあるけれども、もう少し長生きして、著述を残してくれていればよかったのに、とは思う。彼の著作「廿世紀之怪物帝国主義」の評価は近年ますます高まってきているらしいけれど、まあこれがネグリ/ハートの「<帝国>」に相当する書物だとすれば、やはり幸徳秋水版の「マルチチュード」を読みたかったのである。

 本の末尾の解題で、著者の関川夏央氏は「明治末期の人と社会は、時間節約のために発明開発された大量生産品をきれいにとり払えば、八十余年後の現代となんら差はない」と書かれている。いったいどういう背景からそういうことを書かれるのか読み取れないけれども、そんなことがあるはずがない、というところからスタートすること、そこから過去をまた読み解かなければ、パターンの変化したトラップに囚われ、もっとひどい過ちをおかすことになるのではないのか、というのがわたしの思うところではある(もちろん変わらない部分もあるからこそ、過去の思想などもまた現代でも有効ではあるのだけれども)。あと、描かれた人物の「顔」など、わたしが写真などで知っている該当人物とのギャップが大きい気がして、なんか、「えっ?」という感じを、あれこれの登場人物の絵に対して抱いた。




 

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■ 2012-02-17(Fri) このエントリーを含むブックマーク

 いまのわたしのパソコン環境ではFacebook は基本、使えない(なさけない)のだけれども、そういうことがわからないでいたときに、Facebook にエントリー(登録)だけはしてしまってある。そうすると友だちリクエストなどが来るようになって、そのまま放置してしまうのも申しわけなく、ケータイからはなんとかアクセス、操作ができたので、そういうお友だちの、遅ればせながらも「承認」ボタンを押して、仲間に入れてもらったりしている。それで先日「お知らせ」をみると、むかし絶交したはずの存在からも「友だちリクエスト」が来ている。どういうつもりなんだろう。こういうことはいぜんにmixi でもあったことで、「ええー! あんたとはあのときに仲違いしたでしょうが!」と、わたしとしてはあきれるのである。とうぜん、その仲違いしたとき以降は何の連絡も取っていないわけだけれども、それがとつぜんに「お友だち」といってくる。なんやねん。

 わたしはこれでも、そういう、いいかげんな気もちで生きてはいないわけで、かつてそういう事態になったあとに、「やっぱりお友だちでしょ」と一方的にいってくるのなら、「あのときはああいうことになったけれど、いまはこう考えています」とか、なんらかの言質をお願いいたします。mixi のときにもリクエストは無視したけれども、こんかいも無視するつもりでいる。
 まあどっちの人物に対しても、わたしがまずは「あなたの考え/行動はわたしには容認できない」といい出してこじらせたわけだから、「もう許してくれてもいいでしょう」というつもりもあるのだろうけれど、だからまずは「言質」を下さい、ということである。わたしはこれでも、あるていどのリスクをおかして、「あなたとはもう、一生かかわりを持ちたくない」という宣言みたいなことをやってるんだから(わたしの周辺の、多くの人が知っていることなのでもある)、原則としてそういう気もちはいつまでも変わらない。変えるわけにもいかないことなのである。わるいけど、「フン!」である。勝手にわたしの悪口をいっていて下さい。わたしはそういうこと、ぜんっぜん、気にしません。

 もうひとつ。この日記では(あれこれごまかして)まったく書かないでいて(まあそんなにひんぱんに会っていたわけではないけれど)つきあっていた女性と、もういいかげんめんどくさくなって、別れることにした。というか、もう連絡しないことに決めた(わたしは情のうすい人間ですから)。「いいのかよ」という、後ろ髪をひかれる思いがないわけではない。かのじょがこのブログを読んでいる可能性はほとんどないから、もうこうやって書いてしまう。というか、まだ未練に思う気もちを、ここにこうやって書くことで断ち切りたい。「さらば」である。

 ‥‥失礼いたしました。ちょっと腹が立ったり、いろいろとあって、個人的なことをくどくどと書いてしまいました(きっとあとで、こんなことを書いたことを後悔するだろう)。忘れて下さい。

 そういうわたしの気もちも知らずに、ニェネントはきょうもさかりがついている。ニェネントをつかまえて抱き上げ、寝ころがってニェネントをわたしの顔の上にあげ、ニェネントのまえ足にかみついてやる。まあこれはじつは毎日やっていることである。ニェネントは怒って「シャーッ!」と歯をむく。きょうはその「シャーッ!」がちょっと鼻にかかって「P」音がはいり、ちょっとゴジラの咆哮みたいになった。すばらしい。
 「いいですか、ネコは決して<怒り>の気もちを忘れてはいけません。たとえこうやって飼いネコとして安穏とした生活をしていても、どこかで野性の気もちを保ちつづけるように。それがネコのアイデンティティーなのですよ」と、ニェネントにいいきかせる。わかってくれなくっても、からだでおぼえてくれればいい。

 きょうはほんとうにひさしぶりの洗濯日和。しごとから帰って、たまっていた洗濯物を一気に洗濯した。夕方にはすっかり乾いて、部屋に取り込む。陽気もいいので昼から図書館に出かけ、ちょっと本を借りてきたりする。線路の向こうのスーパーのとなりの民家に、トラックやユンボがはいりこんで作業をしている。その家は(わたしはまったく知らなかったけれども)せんげつ火事を出したらしく、屋根こそ落ちたりしていなかったけれども、家のなかは丸焼けになっていたようである。ちょっと大きな屋敷だけれども、あわれである。
 外が暗くなってきたあと、なんとなく窓の外のようすが変なので見てみると、雪がどんどんと降っているところだった。ついさっきまで晴天だったのにと思ってびっくりする。もうあっという間に、日陰の温度の低いあたりの地面は白くなりはじめる。このいきおいでひとばん降りつづいたらすっごい積雪になってしまうだろう。見ているうちに、向かいの家の屋根瓦が白くなってきた。それでも、暗くなってから外を見ると、もう雪はやんでしまったようだった。どこの家の屋根も白くなっているけれど、地面は土の部分だけがわずかに白くなっただけのようである。

 きょうはまたスパゲッティのミートソースを大量につくり、昼食も夕食もおなじメニューにした。本を読みはじめたら、いつものようにすぐに眠くなってしまった。ヴィデオも見ないできょうはおしまい。




 

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■ 2012-02-16(Thu)

 ニェネントはきょうもすっかり「サカリノさん」というか、「かまってちゃん」状態である。パソコンに向かって和室ですわっているわたしのとなりでずっと丸くなっていて、ときどきわたしのことを見上げてくる。それでわたしと目が合ってしまうと、「にゃあにゃあ」とないて、おねだりをする。つまり、腰のところをペンペンとやってちょうだいよ、というわけである。「しょうがないなあ」と、ちょっとだけやってあげて(空のペットボトル容器で軽くポン、ポンとやってあげるのがいいようである)、それですぐにやめてしまうと、わたしの左手にかみついてくる。「もっとやってよー!」ということなんだけれども、いつもの甘がみよりはかなりちからが入っていて、「いてててて!」っという感じである。それでしょうがないからまたペン、ペンとやってあげる。いいかげん放置するとリヴィングへかけだしていって、すっごい声でうめきまわるのである。

 きょうは木曜日で、西のスーパーで一割引の買い物。かつおのクズの部分というか、ほとんど骨だけのパックが50円とかで売っていたので、「たまにはニェネントにこういうのを買ってあげようか。まあ50円だからなあ」と、買って帰った。包丁で肉の部分を骨からそげ落とすと、これはたしかに50円だなあというぐらいの肉しかとれない。ニェネントにあげるともちろん食べるけれども、そんなに夢中になって食べるふうでもなかった。火を通した方がいいのかもしれない。

 昼食は、きのう刻んであった白菜と鳥レバーを炒めて。夕方からベッドで本を読んでいたらまたいつのまにか眠ってしまい、目が覚めたらすっかり暗くなっていた。夕食をつくる気力もなく、「このじかんならスーパーのお弁当などが値引きされるころだろう」とスーパーへ行って、値引きされた助六寿司を買って帰り、これを夕食にした。

 ニュースをみていると、淡島千景さんがお亡くなりになられたとの報。好きな女優さんだったので、感慨深いものがある。追悼。


 

[] 「タマや」金井美恵子:著  「タマや」金井美恵子:著を含むブックマーク

 さいきんの読書の不調からは、ついに脱した思いのするおもしろさ、だった。

 男たちが、懐妊したという女性の、「じぶんがその父かもしれない」という思いで結集するというか、さらにその男たちの父親は誰だったのか、めっちゃその存在感は薄い。人間たちのドラマとしてはほぼ、そういう「男性」たちだけの展開だけれども(金井美恵子の、いまにつらなる連作に登場する女性たちも、ちょっと登場する)、つまりはそういう人間たちは五匹の子ネコを産む「タマ」というネコの子とおなじことで、自分の父親もわかんないし、自分が父親であるかどうかもわかんない。まるでネコの生き方を人間がなぞらえるようなものである。そこに、「おみごと」とも思える手腕で、主人公のカメラマンが興味を持つアマンダ・アンダーソンの写真(このアマンダ・アンダーソンという写真家は小説中の虚構的存在だと思うけれど、ネットで検索するとちゃんとそういう名まえの女性がじぶんの写真をアップしているサイトが存在する)とか、この本の表紙にも使われているアンナ・カリーナの写真のはなしがはめこまれる。

 しかしやっぱり金井美恵子の小説の魅力はその文体で、ここではまだ近作での異様に長いセンテンスは出てこないようだけれども(それでも充分に長いけれど)、文中からセリフをしめすカッコ(「、」、のこと)をはぶき、連続したセンテンスにしているあたりの効果はすばらしい。こころに刺さるいい文章がいっぱいの作品だけれども、わたしは、次に引用する文のところで、読みすすめる手、読みすすめる目線がとまった。ここで、「こりゃあ傑作だね」と思ってしまった。

 飲んでいるうちに、なんとなく何もかも面倒くさい気分になってきて、アマンダ・アンダーソンの写真についても、冬彦が論文とやらに仕立てあげればいいんじゃないか、という気がして、三杯目のコップ酒を飲みほして、口腔と舌にチクチクつきささる沢ガニのカラあげを、齧っていると、何日か前、暗室で映画評論家が二十年前にパリで撮影したアンナ・カリーナのフィルムを引き伸ばしていた時の、定着液のなかで、ゆらゆらと微妙な灰色の影を浮かびあがらせるアンナの微笑を思い出し、灰色の水のなかに浮ぶもやもやとした影だったものが、しだいに形を持って来る瞬間の、自分で撮ったわけでもないフィルムであるにもかかわらず、溜息の出るような快楽を味わったことが、はっきりとよみがえり、ぼくは、ようするに、あのまだプリントされていないアマンダ・アンダーソンの何百枚もの写真を、そうやって、暗室の定着液のなかで見たい、と思っているだけなのだ、と、気がついた。

 ‥‥やはり、詩人ですね。

 しっかし、ネコのタマについての描写を読んでいると、金井美恵子はじっさいにはネコを飼っていた体験はなく、その生態の記憶から書いているわけでもないんじゃないか、と思いながら読んでいた。でも、そのタマのなきごえが「ネエ、ネエ、あたしって死ぬんじゃないかしら」ときこえる、というあたりでは、ミイのことを思い出して、わたしはついつい、小説の内容にかんけいなく涙をこぼしてしまうのであった。



 

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■ 2012-02-15(Wed)

 きのうおとといと書いたように、このブログが多少なりとも宣伝のお役にも立てるのではないかと思うのは、それなりにこのブログを読んで下さる方が増加しているという認識があるからである。文章が下手なことは自覚しているから、多くの人の目にふれる文章をこうやっておおやけにするのはほんとうに恥ずかしい。いまはまいにち千を越えるページヴューがあって、それがダイレクトにアクセス数とはいえないにしても、おそらくはわたしの知らない人がかなりおおぜい、このブログを読んで下さっているのだろうと思う。

 むかしは某巨大掲示板にさらされていないかどうかチェックするためにカウンターをつけたり、このブログに付加されているかんたんなアクセス解析をみていたりしたけれども、まあわたしのような小物が大きな掲示板でそんなに大きな話題になるようなこともなく(ときどき小さな話題にはなるけど)、いまは書くことにもそれなりに配慮はしているつもりなので、さいきんはそういう心配もあんまりしなくなった(しかし、どんなことが「炎上」を呼ぶのかわからないから、いちおうチェックはつづけている)。いちにち千を越えるページヴューというのはたいしたこともないのだろうけれども、やっぱり書いていてまずは、おおぜいの人の目にふれる文章になるんだからという緊張感になる。そういうプレッシャーはわたしにはプラスになっていると思うけれども、このブログをあとで読み返してみて、基本的な文法的あやまりや、小学生レベルの拙い文章に赤面することが多い。わたしが愛読しているよその方のブログの文章にくらべ、自分の文章にはずかしくなることしきりである。

 カウンターをみると、ついに先日累計ページヴュー数が百万を越えた。「継続は力なり」ということばも嫌いなので、だからどうということでもないのだけれども、やはりひとつの節目かなあ、などとは思う。ただわたしのどうということのない日常を書きつらねるだけのブログで、いったいどういうところを楽しんでいただけているのかはしゃんとはわかっていないけれど(ネコのこと?)、ご愛読、ありがとうございます。<拍手!>とか、<このブログがいいと思ったらここをクリックして下さい>なんていうことは死んでもやりたくないけれど、読んで下さることには感謝しております。基本的には読者を増やしたいなんて思っているわけではありませんが、以上、ページヴュー百万突破のお礼。

 きのうのことで書き忘れていたけれど、ひるからのBSの映画放映で、家城巳代治という監督の「姉妹」という1955年の映画を観ていた。すっごくみじかいエピソードの積み重ねで、いま観るとそういう戦後十年という時点での日本のようすがちょっとわかる気はしたけれど、ヒロインのふたりの姉妹(野添ひとみと中原ひとみ)がまずはわたしの近く半径二メートル以内に立ち入ってほしくはないようなきもちわるい存在で、彼女たちをとりまく人たちも「いやあ、これはおじさんが一本やられたな」というようなセリフを真顔で語るような感じで、わたしはこういう「明るくくじけない、お上品な<大衆>」っつうのも苦手なので、さぶいぼが出来て風邪なんかひくことにならないうちに、観るのをやめてしまった。
 いまのBSはずっと、「◯◯監督が選んだ日本の名作100本〜家続編〜」っつうのをやっているんだけれども、なんでそういう「◯◯監督の選んだ作品」というのを、そういうサブタイトル付きでみせられなければならないのか、わからない。こういう背後には、「◯◯監督は巨匠なのですよ」というメッセージが込められているわけだろう。この◯◯監督というのはほんとうに「巨匠」と呼ばれたいらしく、ここのところはずっと、海外の映画祭で何かの賞を受賞することが期待されるような作品ばかりつくっている。しばらく時代劇でトライして、海外で評価されている舞踏家に出演してもらったりしていたけれども、受賞できなかった(わたしの感覚では、「ざまあみろ」である)。これがいまは、海外での評価も高い小津安二郎監督へのオマージュ作品を撮っているらしい。また「みえみえ」な、という感じで、これをまた海外の映画祭に出品するらしいけれども、日本にはもう「巨匠」なんかいらないんだから、ぜったいに賞なんかとらないことを期待する。

 きょうはまだせんじつのお出かけの後遺症で何もする気がせず、それでもニェネントは「サカリノさん」でいて、わたしにかまってほしくってわたしのまわりでウロウロしている。あさしごとに行こうとすると、玄関のドアのところに先回りしてゴロリと横になり、「ねえ、行かないでよ」というメッセージ。ごめんね、という感じである。昼食もなにかをつくる気もおきず、コンビニでお弁当を買ってすませた。
 よるはさすがに「なにかつくらなきゃ」という気分で、また鳥レバーと白菜でも炒めようかと白菜をきざみはじめたところで、きのう冷凍してあったイカを冷蔵室にうつして解凍してあったのを思い出した。「イカのホイル焼き」をやるつもりだったのだ。解凍してあったイカを出してみるともうぐったりしていて、あしたになるともうとろけてしまっているようなグニャグニャぶりだったので、きざんだ白菜はあしたの食材にすることにして冷蔵庫にしまい、ちゃっちゃっと「イカのホイル焼き」をつくった。味噌をちょっと入れるのがそれこそ「ミソ」で、ぜんかい「イカのホイル焼き」をやったときには味噌を入れすぎて失敗したけれど、きょうはすっごくうまくいった。活力も出た気がする。


 

[] 「黄金の7人 1+6/エロチカ大作戦」(1971) マルコ・ヴィカリオ:監督  「黄金の7人 1+6/エロチカ大作戦」(1971)  マルコ・ヴィカリオ:監督を含むブックマーク

 さすが「デカメロン」の国、というか、こういう艶笑譚をかるーく料理されるのが得意というのはやっぱりお国柄、なのだろうか。っつうか、「デカメロン」のなかでゆいいつ(いちおう、おおむかしに全巻読んだことあるんだけれども)、わたしがおぼろげながら記憶している挿話、園丁の活躍する物語がかなりこの映画に近いというか、とにかく「デカメロン」の園丁のはなしを思い出した。

 「黄金の七人」という邦題だけれども、これは監督がおなじでロッサナ・ポデスタが主演していることが共通しているだけ。金塊を盗む話ではなく、男性の股間の「ゴールデンボール」のおはなしである。原題は「ホモ・エロティクス」だったかな(澁澤龍彦の著作におなじタイトルのがあったような)。観ていて、「あれ、この俳優さん、フェリーニの「サテリコン」に出ていたじゃん」みたいなこともあって、まあそういう時代の映画ですね。

 とにかくわたしはこういう軽快なテンポの演出は大好きで、イタリアらしいきれいな女優さんたちがずらりと並んでいるところではちょっとヨダレがこぼれそうになるし、いろんな大道具小道具の使い方も、うまいというんじゃないだろうけれども、視点をあちこちと移動させてくれるし、はなしのスケールを拡げてくれている。さまざまな演出の工夫も楽しくて、主人公と16歳処女の女の子との野原でのデートのシーン、女の子のそういう異性/性への夢とかあこがれみたいなのを、スローモーションとか、いろんな動物のクローズアップとかをまじえて見せてくれるところとか、やはりこれはこれで楽しかった。ベタなコメディでみせるところはちゃんとそのような演出で、ぜんたいにバランスのとれた、とっても完成度の高い作品だと思った。



 

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■ 2012-02-14(Tue)

 わたしがイヴェントをやっていたころは、まだそれほどネットが普及していたわけでもなく、mixi もFacebook もTwitter もとうぜん存在していなかった。だからもっぱら折り込みのチラシや置きチラシ、DMなどにたよることになり、「どこにチラシを置けば効果的か」というような、いっしゅのノウハウが有効だったりした。それで、もしもいま、わたしがイヴェントをやろうとするならば、どういうふうにネットを効率的に使えばいいんだろうとか、考えることもある。それでたとえば、じぶんの気に入っているアーティストの宣伝とかで、ちからになれることがあるだろうかということもある。

 手前みそになるけれども、わたしのイヴェントはそもそもがいろいろなジャンルの表現を横断していたというか、参加者も多岐にわたったジャンルの人たちだったわけで、そういう意味では宣伝がしやすかった面もある。まあなんちゅうか、「現代の先端的表現」の集合というか、それまでの既存の表現にあき足らない人たちにアピールできた部分もあるだろうし、参加しているアーティストにひとりでも知っている人があれば、「行ってみようかな」と、気もちも動きやすかったかもしれない。チラシなどでも、「よくわからないけれども、なんか面白いことをやっているのかもしれない」という雰囲気をだいじにしたつもりである。

 ちょっと話が飛ぶけれども、そもそもわたしが自力でイヴェントを立ち上げようという気になったのは、Mac のフォトショップなどを使えば自力で安くチラシを作成できることがわかったからで、そうでなければ専門のデザイナーやちゃんとした印刷所に発注せねばならず、そのために膨大な費用がかかったことだろうと思うし、発注の専門知識もないわたしに可能なこととも思えなかった。
 だからつまりはパソコン上で自分でデザインし、データとして印刷所に入稿してチラシをつくった。さいしょはそれこそおっかなびっくりだったし、デザインもひどいものだった。それでも回をかさねるごとにだんだんになれてきて、チラシを置かせてもらいに行っても、「おもしろいチラシですね」とかいわれるようにもなった。渋谷で開催していたさいごのイヴェントのあとには、もうイヴェントは終わっていたのに見知らぬ人から電話があり、きいてみたら「○○でひろったチラシのデザインがカッコよかったから、興味を持った」ということだった。もうイヴェントは終わっていたけれどもわざわざ電話してきてくれたわけで、これが、わたしがイヴェントをやっていていちばんうれしく思った体験である。次のイヴェントにはかならず案内を差し上げますと、連絡先をきいておいたけれど、じつは次のイヴェントはもう開催されなかった。

 でも、そういうことも、イヴェントじたいが既成の枠から外れていたからこそ可能だったことかもしれない。だからやっぱり、ダンスならダンス、演劇なら演劇という枠のなかで、宣伝するのはむっつかしいだろうなあと思ったりする。いまはみんなTwitter とかやっているみたいだけれども、いまのわたしの環境ではじぶんから発信できないし、人のTwitter 発言に目を通しているわけでもない。そもそも140文字だとかそういう制限のなかでいえることって限られてるし、「いい」とか「すごい」とか「必見」とか書かれていても、「なにが?」っていう感じだし、たとえ環境がかわってTwitter を使えるようになっても、あんまりやろうとは思わない。やっぱこういうブログで、じぶんなりに「備忘録」的にどういうイヴェントだったのか、ということをこまめに書いて、それが読む人になにかを伝えられればいいのではないかというあたりに落ち着いてしまう。
 まえに会った知人には、このブログは文章が長すぎるといわれ、つまりは「読む気がおきない」ということなんだろうけれども、基本はじぶんのためのこのブログのやり方を変えようとは思わないし、読者の数が増えることなどまったく求めていないから、それはやっぱり宣伝のお役にはまったく立ちませんねえ、ということになるだろう。

 でもまあこれからは、観たイヴェントの感想をあとで書くのではなく、先に「これは期待できる」というイヴェントの宣伝みたいなことを、きのうやったみたいにやってみようかなあ、とは思うのである(たぶん、めったにやらないと思うけれども)。

 閑話休題。ということで、お出かけのあとの虚脱感がきょうもつづく。朝にはベランダにベンナが来ていた。ベンナは見た感じも健康そうで、まんとなく丸々としている。まあ丸々としているのは冬の季節のネコの仕様なのかもしれないけれど、とりあえずは元気そう。きょうはまじまじとベンナを観察して、こいつもやっぱりメスなんじゃないかと、確証はないけれども推測する。
 それにしても、ジュニアも小鉄も、そのすがたをまったく見なくなった。ダメだったのかなあ、と思ったりする。

 夕食に冷凍してあったほっけを焼いて食べ、「そうだ、骨のところをニェネントにあげよう」と、ニェネントのネコ皿に、はがしたほっけの骨の部分をのせてあげた。ニェネントが気配を察してとんできて、「ああ、食べているなあ」と思っていたら、急に「ゲッ、ゲッ」と妙なこえをあげはじめた。どうしたんだろうとみると、それまで食べていたものといっしょに、はげしくおう吐していた。ありゃびっくり。ほっけそのものがおう吐の原因なのか、それとも骨がひっかかったとかいうことなのかわからないけれども、かなりの量をおう吐して床にまき散らしてしまった。「おお、ニェネント、だいじょーぶか?」と、背なかをなでてあげたりする。これだけおう吐するのもはじめてのことなので、ちょっとわたしも動揺してしまった。心配したけれど、しばらくするとケロッとした顔で部屋のなかをうろちょろしはじめた。まだまだ「サカリノさん」はつづいている。


 

[] 「殺しのドレス」(1980) ブライアン・デ・パルマ:監督  「殺しのドレス」(1980)  ブライアン・デ・パルマ:監督を含むブックマーク

 むかし、公開当時にロードショーで観た映画。その後、わたし的にも世のなか的にもちょっとしたデ・パルマのブームになって、オールナイトでデ・パルマの特集上映があったときにまたこれを観た。それ以来になると思う。やっぱり、ヒッチコックに傾倒したところのデ・パルマでは、このあたりが最高じゃないのかなと思う。演出の多くの部分は「サイコ」から持ってきた感じで、犯人が被害者に魅力を感じることが殺人への引き金になる、つまり自らのなかにもうひとりの自我をかかえているという根本の部分はまさに「サイコ」であり、殺人犯が殺人をおかすときには女装するというアイディアもまたおなじである。終幕には医師が犯人の精神を分析してきかせてくれるし、ごていねいに映画はシャワーシーンからはじまり、またシャワーシーンでおわる。
 ただ、ヒッチコックにはなしえなかったエロティックな描写は抜きん出ているし、さいごの、「夢落ち」だろうとわかっていてもドキドキさせられる演出とか、そのファナティックさではヒッチコックの作品を凌駕している印象になる。とくにとちゅうの美術館での、まさに「彷徨」というべきシーンの演出がすばらしく、これはヒッチコックでいえば「めまい」からの発展でもあるだろうけれど、とにかくこの美術館のシークエンスはもう、映画という表現でのひとつの頂点といってしまってもいいくらいのもので、このシーンだけでも、わたしのなかでけっして忘れられない作品の地位を占めることになる。



 

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■ 2012-02-13(Mon) このエントリーを含むブックマーク

 打ち上げの中華料理屋で飲んでいるうちに日づけもかわり、みなさんの終電の時刻にもなって会はおひらきになる。わたしは新宿に出て、カプセルホテルにでももぐりこもうかと。飯田橋駅からのJRはARICA のHさんと新宿までいっしょで、短いじかんおはなしして、観客の立場のものにはとてもうれしいことばをいただいた。じぶんのもんだいとして、打ち上げの席でただハッピーにはしゃいでいたわけでもないので、ほんとうにうれしくなった。
 もうじぶんのなかでは、この2012年の舞台で記憶に残さざるを得なくなるものとして、せんじつの黒沢美香さんの「鳥日」、そしてこんかいのARICA の「恋は闇」が入ってくることはまちがいない。というか、2000年以降の舞台でも、このふたつは突出してすばらしいものだった。「鳥日」の観客は、場所の制約もあったのでトータルで二百人にもならない。ARICA の「恋は闇」も、打ち上げの討論の主題は「いかにして観客を増やすか」ということでもあった。(ふだんの黒沢さんの公演を考えても)黒沢美香さんにとっても、ARICA にとっても、観客数のもんだいはやはり切実なものだろうと考える。ARICA のこんかいの公演はきのう書いたように、まさにふだん演劇だとかにあまりふれる機会のない人にこそ面白がってもらえるんじゃないかと思える公演だった。わたしはいまはもう何もやっていなくって、ただの瘋癲老人になりつつあるけれども、なんだか、こういうところで集客のお役に立つことができればいいなあ、と思ったりはする。そういうことをこのブログでやってもいいかな、という気もちになった。

 そういうわけで、ちょっと試みに、今週末の黒沢美香さんの公演の宣伝を、遅きに逸したかもしれないけれど、やってみます。

 まずは、黒沢美香さんからの公演案内のメールを引用します。

いよいよ来週、17(金)〜20日(日) 黒沢美香ソロダンス『薔薇の人』黒沢美香・上原尚美 編「南国からの書簡」を迎えることとなりました。本日、新ためましてご案内をお送りいたします。

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初演は2010年でした。あれから尚美さんが再婚されて名字が変わっています。再演したいと言いだしたのは私で、再演よりも続編をやろうと言ったのは尚美さで、果敢に2作品並べることにしました。

d-倉庫の舞台奥はドアで、開けると駐車場です。初演のラストシーンはその駐車場に出て行って終わったのですが、新作の「旅立ち」は駐車場に出て行った、その先から始まります。

私達は真面目過ぎて二人合わさると異常なマンガです。

この先の「薔薇の人」は、もんもんとした私のソロに戻ります。

このデュエット作業は残念でもここで最後になるので、この贅沢を皆さまに目撃していただきたい気持ちでいっぱいです。

黒沢美香

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『薔薇の人』黒沢美香・上原尚美 編
「南国からの書簡」
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Aプロ:「南国からの書簡」
2月17日(金) 19:30/18日(土) 15:00

Bプロ:「南国からの書簡〜旅立ち〜」
2月19日(日) 18:00/20日(月) 19:30
★Bプロは残席少なくなってきております。

会場:日暮里 d-倉庫
[日暮里駅下車 南口徒歩7分]
http://www.geocities.jp/kagurara2000/map_d.html

料金:前売:3,500円 (学生 2,500円)
*当日 各500円増

★お席数に限りがございますのでご予約をお勧めいたします。
JCDNダンスリザーブ http://dance.jcdn.org/
Dance in Deed! E-mail: danceindeed@gmail.com
        TEL & FAX: 03-3227-0279

【お問合せ】Dance in Deed!
TEL: 090-4429-5747
E-mail: danceindeed@gmail.com

 ‥‥黒沢さんのダンスのすばらしさは、あらためてわたしがどうこういえるようなものでない、ことばにつくせないすばらしさにあふれているのですが、このブログをお読みになられている方がもし興味を持って下さるならば、決してその気もちを裏切るような舞台にはなりっこないのです。

 まだ予約は間に合いますので、ぜひぜひと、プッシュさせていただきます。ちなみにわたしは、金銭的なこともあって、まえにいちど観たAプロはパスさせていただいて(ほんとうはもういちど観たいけれども)、Bプロの2月19日の回に行く予定でおります。

 ‥‥以上、はじめての試みはおしまい。とにかく新宿のカプセルホテルへ足を向け、ちょっとばかしとちゅうで(むかし通ったロック・バーとかに)寄り道してみようかなんて思ったけれど、やっぱりカプセルにおちついて朝を迎えた。

 電車で帰宅して、おとなしく留守番をしてくれていたニェネントをねぎらって、ネコメシをいっぱい出してあげる。寝不足のわたしはまたベッドにもぐりこんで足りなかった睡眠をむさぼるけれど、ニェネントはやはり発情期で、リヴィングをかけずりまわるドタドタという足音と、のどから絞り出すようななきごえがきこえてくる。ネコの発情期って、やっぱりつらいのかなあ、などと考えたりする。わたしはわたしで、やはりお出かけしたあとの虚脱感に囚われたまま、いちにちが過ぎてしまった。




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■ 2012-02-12(Sun)

 きのう、ニェネントの発情期がしばらくこないなんて考えていたら、それで呼んでしまったのか、ニェネントの発情期がはじまった。でもね、きょうはわたしは出かけるのですよ。それで、こんやは帰ってこないかもしれない。だからニェネントちゃん、悪いけれどもあなたの発情期につきあってはいられないんですよ。そういうつもりもこめて、出るときに久しぶりにししゃもを焼いて、ニェネントのネコ皿に置いて家を出る。

 きょうはGさんと、ARICA の新作「恋は闇」を観に行くのである。外に出るとまだまだ空気は冷たいけれど、日ざしはもう春が近いと感じさせられる。電車に乗って新宿に出て、Gさんと会うとGさんはマスクをしていて、風邪をひいたということ。それじゃあこんやはあんまり飲んだり出来ませんねえと、ちょっと残念である。
 公演会場は神楽坂なので、食事は現地に行ってしましょうということになって、JRで飯田橋へ出て、駅から神楽坂への道を歩く。日曜日なので歩行者天国。ふだんの夜とかだったらちょっとした小料理屋として、それなりのメニューになりそうな店も、ランチタイムにはお手ごろな予算で食事ができる。そういう店に入って、おいしい和食ランチを食べる。神楽坂はこういうところがいい。食べながらもわたしはGさんへのおしゃべりもいそがしい。せんじつみた「贖罪」のはなしを全部して、はなしながら食べ終えたあとは、Gさんもファンである朝ドラ「カーネーション」のはなしであれこれともりあがる。

 開場時間も近づいて、店を出て劇場めざして歩く。歩道のわきにタバコをすっている人たちがたむろしている一角があって、そのあたりの空気がタバコのけむりで霧がかかったように白っぽく、近づくとタバコのにおいがあたりにまん延しているデンジャラス・ゾーン。つまりそこがきょうの公演の劇場なんだけれども、「ああ、きっとあそこだろう」と、ぴったりの目印なのである。で、舞台ははじまる。

 レヴューというか感想は下に書いて、終演後、きょうはアルコールはやめときましょうのGさんとしばらくお茶をする。つぎはイ・ブルの展覧会にでも行きましょうということにして、Gさんとはお別れする。わたしはひとりで打ち上げの会場に足を向け、スタッフのみなさんにまじって、アルコールと中華料理を楽しませていただいた。けっきょく、その日のうちに家に帰れるじかんをすぎてもいつまでも居座って、残っているのはもうスタッフだけになっても、図々しくあれこれと会話に加わったりしている。なんだろねこのおやじは、という感じである。ちょっと気になったのは、みなさん宇野常寛を読まれていてそれなりに感化されておられる様子で、やはり若い世代の人にはそれなりの影響力を与えておられるのかと思ったわけだけれども、わたしもアルコールが入っていたのであんまりちゃんと語ることができなかった。このブログに書いた、「リトル・ピープルの時代」という本へのわたしなりの感想は こちら に。

 

[] ARICA第20回公演「恋は闇 LOVE IS BLIND」藤田康城:演出 倉石信乃:テクスト・コンセプト 安藤朋子:出演 イトケン/猿山修/高橋永二郎:作曲・演奏  ARICA第20回公演「恋は闇 LOVE IS BLIND」藤田康城:演出 倉石信乃:テクスト・コンセプト 安藤朋子:出演 イトケン/猿山修/高橋永二郎:作曲・演奏を含むブックマーク

 こんかいの上演にさきだって、ARICA からいただいた案内のメールの文面は以下の通り。

ARICAの新作『恋は闇/LOVE IS BLIND』がいよいよ来週9日(木)より始まります。
今回は、自らのバンドの他にトクマルシューゴ、相対性理論など先鋭的なポップシーンのドラマーとしての活躍も華々しいイトケン氏をゲストに迎え、ARICAのメンバーたちと正真正銘のロックバンドとして演奏を繰り広げる、まさにロック音楽劇です。
もちろん、ARICAらしい奇妙な仕掛けと奇想も冴え、真摯にして滑稽な舞台になりつつあります。
いつにもまして「POP」なARICAの新作公演を是非ご覧くださいますようお願い申し上げます。

 ‥‥ほんとうに「いつにもまして<POP>なARICAの新作」で、「演劇」というジャンルから軽々と越境するすばらしいステージ。おそらくはふだん演劇だとかの舞台にあんまりふれる機会のないような人たちにこそアピールしそうな作品で、こんなんだったらじぶんの知り合いとかに事前にもっと宣伝して、知り合いおおぜいで押しかければよかったと、後悔した(まあわたしが事前に宣伝してもそんな「おおぜい」どころか、だれも来ないという可能性の方が強いのだけれども)。じっさいに、打ち上げの席できいたはなしでは、演劇関係の人たちからは「音楽のことはわからない」とか、否定的な意見も寄せられたらしい。なんでだろう。わたしだって「音楽のことはわからない」けれど、こんなに面白かったのに。

 倉石信乃さんのテクストは近松の「曽根崎心中」からインスパイアされたもので、舞台中央に奥から観客席まで走る幅30センチほどの通路が、つまりは花道というか、道行きの舞台になり、さらにその中央部には左右にのびるおなじような通路がクロスしている。開演すると、その前後の通路の奥から、天井の滑車でつるされた安藤朋子さんがあらわれる。滑車の反対側はおもりを乗せられた椅子でバランスがとられていて、安藤さんはほぼ宙吊り、からだの自由のきかせにくい体勢で、題材が「曽根崎心中」だし、文楽の人形を思わせられるところがある。さらにその衣裳が奇抜というか、真っ赤な寝袋のような(って、じっさいに素材は寝袋だったそうである)、アジアのどこかの国の見知らぬ伝統芸能の衣裳みたい。これがそろそろと、観客に向かってゆっくりと進んでくる。

 舞台奥の下手にはドラムセット、上手にはギターとヴィオラ・ダ・ガンバ(あとでエレクトリックのコントラバスに持ちかえられる)。上手の観客席に近いあたりに上から木製の大きな「オウム」が降りて来て、テープの早回しの声が再生される。安藤さんもセリフを語っているけれども、オウムのことばも、安藤さんのことばも、わたしにはほとんど聴き取れなかった。でもそういうことはわたしには、もんだいにはならないと感じられる。安藤さんは椅子のおもりとのバランスで宙にも舞われ、ここはまるでスーパー歌舞伎。

 ドラムがロックのリズムを刻みはじめ、ギターもベースも一気にロック化し、安藤さんがふところから「ハエたたき」を取り出して、振り回しはじめる。アレである。Frank Zappa の「Man From Utopia」のジャケットのイラスト。あの「ハエ、ハエ、カカカ、ザッパッパ」っつうヤツをわたしは連想してしまうけれど、これはわたしの勝手な連想ではある。圧巻はそのあと、安藤さんがこの舞台用につくられた40センチ角ぐらいのスピーカーボックスをかぶられて、まるでロックバンドのヴォーカルのように、高い声でセリフを朗唱される場面。あとでGさんはこのシーンを「デスメタルバンドのライヴみたいだった」といわれていたけれど、ヴォーカルが男性の低音で、もっともっとテンポを落とせば、そりゃあデスメタルかもしれん。ここはスピーカーの黒丸が眼のようにも見えて、「こりゃあResidents かもね!」なんて、わたしの勝手な連想はまだまだつづく。

 とにかくわたしには異様なまでに楽しくも刺戟的な舞台だったのだけれども、それが難解な前衛っぽいものというわけではなく、たしかにあくまでもポップであり、しかしそれでも冒険ごころに満ちた、すばらしい舞台だった。安藤さんが宙に舞われて椅子に足をかけ、ほとんど宙吊り状態でバランスをとられて静止して「見得を切る」場面では、思わず拍手をおくりたくもなった(わたしの並びの席の観客の方で、小さく拍手をおくっておられた方はいた)。再演される機会があればぜひまた観たいし、そのときには、あちこちの知人にも「すっばらしいんだから!」と誘いたいと思う。




 

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■ 2012-02-11(Sat)

 ニェネントの食事は、あさにわたしがしごとから戻ってからになる。ネコメシをネコ皿に盛ってあげる段階ではニェネントもそばでおとなしくわたしのやることを見ているけれど、ネコ缶を出してくるとそれを見て、とたんにニャアニャアとないてわたしの足もとにすり寄ってくる。あんまりなくことのないおとなしいニェネントが、いちにちにいちど、かならずニャンニャンなくのがこのときである。ネコ皿のネコメシの上にそのネコ缶のなかみを盛ってあげると、まだわたしが手をどけないうちからネコ皿に首をつっこんできて、ゴロゴロとのどをならしながら食べはじめる。そのあいだにわたしはじぶんの朝食の準備をする。これがわたしの欠かすことのない、まいにちの日課である。

 ネコメシを無心に食べているニェネントをみていて、「そういえば、さいきんはぜんぜん発情期にならないな」と思いあたる。たしかお正月のころにやったっきりで、もう一ヶ月以上はさわぎを起こさないでいる。お正月の発情期もあんまりしつっこくは続かなかった気がするし、ニェネントも成長して来て、そういうところも落ち着いてきたのかもしれない。わたしには楽なことである。

 わたしの朝食を食べ終えて、TVで「カーネーション」の一週間分をみる。糸子とその周辺とのやりとりが上方漫才っぽくなってきて、みていても笑ってばかりいる。三人の娘たちの話もそれぞれの性格がきわだってきて、面白くなってきた。長女と次女との対立は深刻そうだけれども、そういう深刻さは過度におもてには出されないのがいい。次女の描いたデッサンの上に割れた生卵が落とされるショットなど、おもしろい。晩年の糸子は夏木マリが演じるらしい。楽しみである。


 

[] 「天使の手のなかで」ドミニック・フェルナンデス:著 岩崎力:訳  「天使の手のなかで」ドミニック・フェルナンデス:著 岩崎力:訳を含むブックマーク

 パゾリーニの生涯をなぞっているとはいえ、この<小説>は伝記ではなく、つまりは<創作伝記>ともいえるもの、らしい。おおやけになっているパゾリーニの生涯、資料などはもちろん典拠にはされているのだろうけれど、わたしはパゾリーニの生涯については何も知らないので、この作品が<創作>だからどう、という読み方はできない。ただ、ここで読んだことはパゾリーニのことではなく、あくまでもこれは著者のドミニック・フェルナンデスの<作品>だということは留意しなければならない。しかし読んでいてついつい、「へえ、パゾリーニにはこんなことがあったのか」などと思ってしまう。

 そういうことは抜きにして、第二次世界大戦の末期から1970年代にかけてのイタリアの歴史、その一部はヴィヴィッドに読み取ることができたのはたしか。とくに68年以降の「政治の季節」あたりの描写、パゾリーニを次々と訪れてくる人物たちとパゾリーニとの対話などには興味をひかれる。わたしはパゾリーニの映画作品は三、四本しか観ていないけれど、それでもじぶんの若いころの記憶力というのは妙なところに発揮されて、この小説中でパゾリーニのお稚児さんとして登場する青年が、彼の映画によく登場したニネット・ダヴォリという俳優(というか、パン屋の配達人だったらしいけれど)だということ、ふわっと思いあたったりして、映画での彼の容貌も思い出すのだった。

 しかしぜんたいとして、決してわたしがインスパイアされた作品というわけでもなく、つまり、(すごい大ざっぱに書けば)否定の否定はそれは肯定だろう、みたいな感想になるし、どちらかというとオーソドックスな文章からは、刺激を受けるということにもならなかった。



 

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■ 2012-02-10(Fri)

 しごと量はあいかわらず少ない。二月なのだから、こういうことでしかたがないのだろうか。しごと場でテレテレとすごす。もうちょっとピリッとしないと、ミスを生んでしまうことになりかねない。

 きのうきょうと国会中継をときどきみているけれど、せんじつに続いて生活保護のもんだいが議論されていた。M党は以前には党の代表もやっていた議員が質問に立ち、生活保護受給者のみを受診する病院が、全国にかなりのかず存在することをもんだいにする。これは、せんじつのM党議員による、医療費全額負担を見直すべきというような発言に対する「修正」なのか、「フォロー」なのか、とにかくは生活保護受給者にたいする医療費全額負担ということを、もんだいにしたいようである。それできょうは、J党の幹事長をつとめる議員が質問に立ち、げんざいの政権の生活保護受給者への更生支援プログラムへの予算カットをもんだいにする。これだけ聴いたかぎりでは、J党の主張の方にこそ妥当性があると思わざるを得ないというか、M党の保守化はすでに、J党を凌駕するまでになったというか。

 わたしが幼かったころ(つまり、おおむかし)には、未来というのはバラ色に発展を続け、科学技術の進歩によってたいていのひとびとはもうはたらくひつようがなくなり、すべてのひとが富をわかちあう世界になるだろうと、マンガなどで描かれていた。それはまさにユートピアだったわけだけれども、科学技術の進歩はもちろん現実に進行している。そのおかげで労働のひつようがなくなったわけではないけれども、労働の性格は大きく変わった。つまり、十人がかりで十日間かかっていたしごとが、ひとりで一日でかたづいてしまうようになった。それでさいしょに存在した十人のひとがそのままにしごとを続けるためには、千倍(ひとりあたり百倍)のしごと量がひつようになる。もしくは、千分の一(おなじく、ひとりあたり百分の一)のしごと量でいぜんとおなじ効率をあげることができる。しごと量が千倍になればたんじゅんには収入も千倍になる。もしくは、千分の一のしごと量でいぜんの収入は維持されることになる。しかし、そうはならなかった。しごとはひとりだけのものになり、残りの九人はしごとを失うことになる(もちろんこなせるしごと量も変化するからこの通りになるわけではないけれども)。しごとに残ったひとの収入はとつぜん百倍にはならないだろうけれど、かなりの増収になるだろう。しごとを失った九人は、つまりは失業者になる。これがつまり「現在」の世のなか、というふうに思える。「しごと」に残れた側の存在はどんどん収入がアップして、いまでは百倍どころではない、何万倍ものところに上昇しつづけている。「しごと」を失った側は、まだまだオートメーション化されないでいる職種の肉体労働とか、オートメーション化されていてもそのオペレーションなどの、低賃金の単純作業に従事する。もしくは失業者のままである。「すべてのひとが富をわかちあう」というのはそれこそ「夢の夢」、だったわけである。しかしそれはただの「夢」で、どこかがまちがっていたのだろうか?
 「すべてのひとが富をわかちあう」というのはつまり「富の再分配」、福祉の原点である。それが「働かざるもの喰うべからず」という原則や、福祉にたよるものを「おねだり」連中と批判するような言説で切り捨てられる。バラ色の未来なんか、なかったんだよ、という時代が進行する。

 きょうから東京での展覧会のはじまったジャクソン・ポロックは、ニューディール政策の恩恵をこうむってキャリアのスタートを切ることができた、ということもできるだろう。まあ現在の美術界もまた大企業的なプロジェクトから作品が産み出されるようになっているし、手づくりの中小企業的な作家の出てくる幕もないかもしれないが、いまの大阪の市長がこのポロックの作品をみたらどんなことを語るのか、きいてみたい気がする。


 

[] 「ブラック・サンデー」(1977) ジョン・フランケンハイマー:監督  「ブラック・サンデー」(1977)  ジョン・フランケンハイマー:監督を含むブックマーク

 ジョン・フランケンハイマー監督の作品というのは、この「ブラック・サンデー」のひとつまえの「フレンチ・コネクション2」を観た記憶は残っている。それはそのプロットからも、まるでアメリカ映画がもはやヨーロッパ映画と決別することを宣言するような映画だったことをおぼえている。それでこの作品。なるほど、アメリカン・ニュー・シネマ以降の、アメリカ娯楽映画の路線を示したような作品、ということはいえるように思う。これはたしかにヨーロッパ映画ではない。原作はこれがデビュー作になるトマス・ハリス。

 まったく説明を排した、まさしくドキュメンタリー・タッチでどこまでも映画は進行して行く。テロを遂行しようとする側、阻止しようとする側との動向がほとんど均等に描かれてサスペンスをもりあげるし、もちろん何万人ものひとをテロの犠牲者にしようとするのは卑劣な行為だろうけれども、そのテロリスト側をたんじゅんに「悪」と決めつける描写はない。むしろ、テロを阻止しようとするイスラエルのカバコフ少佐(ロバート・ショウ)も、パレスチナのテロ組織「黒い九月」のメンバーも、共に中東戦争(およびヴェトナム戦争)の犠牲者であるという視点がとられている。とくに「黒い九月」のアメリカ人メンバーであるブルース・ダーンはヴェトナム戦争での捕虜体験から精神を病んでいるらしい描写がみられ、これは「戦争後遺症」ということがアメリカの映画で取り上げられるひじょうに早い例だろうと思う。

 中盤までのそういうシリアスな展開は、終盤になって一気に、アクション大作という演出に変ぼうしてしまう。このあたりはまさに「アメリカ映画」だけれども、クライマックスのスーパーボウルのスタジアムでの場面は、さまざまな視点からの撮影、演出、編集がすばらしく、これは見ごたえがあったけれど、ここでのジョン・ウィリアムズの音楽のセンス、音楽の入れ方は、わたしにはたえがたいものだった。



 

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■ 2012-02-09(Thu)

 よるのニュースで、あんまりニュースネタがなかったいちにちだったのか、あしたから東京での「ジャクソン・ポロック展」がはじまることを伝えていた。で、そのポロック展のチラシにも大きく扱われている「インディアンレッドの地の壁画」が紹介され、評価額が二億五千万ドルなんだよねー、などといっている。やはり、評価額が高いからスゴイ、みたいな伝え方である。このニュースをみて展覧会に来て、「ほら、これが二億五千万ドルの絵なんだよ」というような観方になって、それでいいんだろうかね。ニュースの映像のその作品をみると、どうもポロックの作品としてはそれほどの大きさではないと感じた。輸送を考えるとこのあたりが限界なのか、ほんとうはポロックの作品は、もっと巨大な作品に<傑作>がそろっているのではないかと思う。というか、そういうポロックの<巨大>な作品をじかに観ないと、ポロックの真の体験ということにはならない気がする。わたしはずいぶんまえに、みじかいじかんだったけれども、ニューヨークのMOMAで「ブルー・ポールズ」を観て、とにかくも<圧倒>された。ああいうのを日本に運ぶのは、やっぱりムリだよね。

 しごと先の駐車スペースのアスファルトに浅い水たまりができていて、その表面に氷がはっていた。靴を氷の上におくと、氷とアスファルトにはさまれた水が動いて、視覚的に地面がゆがんでいくような印象を受けた。氷の上の靴を動かすと、氷ごしに地面がズルッ、ズルッとずれてしまうみたいである。足に力を入れると白いヒビがはいって、氷の表面に蜘蛛の巣のような模様を描いた。その蜘蛛の巣もようの真ん中を蹴ると、氷が割れて水が吹き出してきた。むかし持っていたCDで、そのアーティスト名も忘れてしまったけれど、一曲目にたしか「Gift」という美しい曲が入っていて、その曲を思い出した。あのCDはどこへ行ってしまったんだろう。また聴きたくなったのに。

 ずっと読書が不調で、おもしろいと思える本を読んでいない。いま読んでいるドミニック・フェルナンデスの小説もそんなに感心するものでもなく、もうちょっとで読み終えるけれども読みあぐねている。次はまたナボコフを読んで、調子を取り戻したい。ヴィデオで、「贖罪」をぜんぶ見終わった。



 

[] 「贖罪 第三話 くまの兄妹」 黒沢清:脚本・監督  「贖罪 第三話 くまの兄妹」 黒沢清:脚本・監督を含むブックマーク

 安藤サクラ、主演である。「愛のむきだし」での安藤サクラは強烈だったし、「愛のむきだし」を観たあと、朝のTVでの姉(映像作家)と父(俳優)との鼎談も、記憶に残っている。つぎの黒沢清作品ではぜひとも主演級で出てほしい女優さんでもある。そういうわけで、楽しみにしていた回。

 「事件」のとき、安藤サクラは母親の小泉今日子に知らせに行く役だった。それで、小泉今日子にその存在も無視されて突き飛ばされて倒れてしまうのが、少女時代の安藤サクラ、だった。かのじょは、ちょっとばかし第一回の蒼井優に似ているかもしれない。事件以後その内側にひきこもり、女性として媚を売るような所為から距離を取る生活をえらぶ。そのことはかのじょの母も「この子はこういう子だから」と、是認している。かのじょには兄(加瀬亮)がいて、これがどうもマトモではない。しばらく東京で暮らしていたのが、とつぜんに子連れの女性と結婚して実家に戻ってくる。実家の近くの廃工場に住んで、ネットショッピングのしごとをやることになる。「事件」当時のじぶんに近接した年齢のその連れ子と安藤サクラが仲良くなるけれど、仲良くなればなるほど、兄がその娘を狙っているという疑いから逃れられなくなる。

 廃工場などというシチュエーションは、黒沢清監督にはなじみの場所というか、独壇場というか、とにかく演出がさえる。描かれているのが安藤サクラの妄想なのか、それとも現実なのか、まるで不明のままに進行して行く。夜なかに安藤サクラが眼にする、エキスパンダーで鍛える兄のすがたが、強烈なまでに不穏である。そして、二本足で走るクマのような安藤サクラの走行シーンに、またまた奇怪なライトがあてられる。狂気に駆られた人物からながめられた世界は、やはり狂気にみちている。

 ‥‥ちょっとばかし、その演出のなかに、中島哲也監督の「嫌われ松子の一生」へのパスティーシュが感じられる気もした。


 

[] 「贖罪 第四話 とつきとおか」 黒沢清:脚本・監督  「贖罪 第四話 とつきとおか」 黒沢清:脚本・監督を含むブックマーク

 池脇千鶴主演。かのじょは「事件」のときに、警察への連絡の役を引き受けていた。そのせいかどうか、「警官」という男性への、あこがれに似た気もちを抱くことになる。小泉今日子に「事件の手がかりをつかむか、何らかの<贖罪>をしなさい」とせまられたあとも、「そんなこと関係なく、好きに生きましょうよ」と、残りの三人に語ったりしている。かのじょには、自分のほしいものをいつもいつも、「病弱」だからと親に甘やかされる姉に先に取られてしまうという、「うらみ」に似た気もちがあった。だから、「事件」にかんけいなく、充全たる自己充足をめざすことになる。

 十五年たって、かのじょは自力でフラワー・ショップを開店する。そのチェーン店のオーナーだか何だかと不倫関係にあるけれど、結婚した姉(伊藤歩)の夫が「警察官」だと知り、それで猛チャージをかけて、つまりは姉の夫の子を宿す。姉は自殺をこころみ、じつは池脇千鶴は、じぶんの子の父である姉の夫を、階段から突き落として殺す。そんなかのじょは十五年前の「事件」の犯人の手がかりをつかみ、小泉今日子にそれを知らせる。

 うーん、おっそろしいというのでは、この第四話がいちばんおっそろしいというか、このモラルなき世界は、強烈である。妙にソフィスケイトされた姉の家の室内とか、池脇千鶴のフラワーショップの店内の、どこか寒々とした空気が「トウキョウソナタ」を思い出させられる気もする。まずは「みどり」という色の使い方が、とても印象に残ったのだけれども、産婦人科医のなかの、ピンクの椅子の奇妙なパースペクティヴのみじかいショット、これにはとにかくびっくりさせられた。まるで「2001年宇宙の旅」。

 エンディングのテロップで、さくねん鉄割アルバトロスケットを退団されてしまった内倉憲二氏の名まえを見つけ、「はて、どこに出演されていたのか」と考えたけれど、これは少女時代の池脇千鶴が「事件」を知らせに行った交番にいた警官の役だったのだろう、と思う。


 

[] 「贖罪 第五話 償い」 黒沢清:脚本・監督  「贖罪 第五話 償い」 黒沢清:脚本・監督を含むブックマーク

 最終話。第四話の池脇千鶴からの情報で、ここで小泉今日子を主人公としたドラマになる。犯人は誰か?というと、予告などの番宣にはいちども登場していない、シークレット・キャストなのだった。で、ドラマとしてはもうどうでもいいというか、ほんとうにつまらないストーリー展開になるけれど(べつに黒沢清のせいではないだろう)、この展開との対比で、第四話の池脇千鶴の生き方が、小泉今日子の生き方とシンクロ(というか、真逆なのだけれども)してくることになるあたりが、面白い。ラストに霧のなかで迷った小泉今日子は、「わたしはどこへ行けばいいの」と絶望するけれど、自分の欲望にどこまでも迷わずに忠実に生きた池脇千鶴に、そういう「迷い」はないだろう。

 なぜか改装中かなにかで、窓には白いビニールが張られ、あちこちにイントレが組まれている、取り調べが行われる警察署らしき建物の内部が、おもしろい。冒頭の、街角におかれた黄色いゴミ袋、ラストの霧など、観るものを「どこでもない場所」に連れて行く演出を堪した。小泉今日子さん、いつもいつも、「超」を接辞したくなる高いヒールの靴をはいて、ごくろうさまでした。書き忘れていることがあるかもしれないけれど、このあたりで。

 さあ次は、映画館で、黒沢清監督の新作を観たい!



 

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■ 2012-02-08(Wed)

 きのうの風邪っぽい感じがウソのように、すっかり体調がいい。もちろん尻の痛みはまだまだだけれども、あの鼻水や悪寒はどこへいってしまったのか。しごとへいってもきょうは外の空気もあたたかく、もう春も近いという気がする。久しぶりに洗濯日和のようなので、しごとから帰ってから洗濯をする。洗濯機はベランダにあるので、だいたい終わったかなというころあいで見に行くのだけれども、きょうはなんととちゅうで電源が落ちてしまったようで、洗濯物は水に浸かったままだった。コンセントが抜けかけていた。またセットし直して、さいしょから。

 終わったころにベランダに出ようとすると、ベンナがベランダに来ていた。しばらくすがたを見せないのでしんぱいしていたけれど、元気そうである。きのうのネコメシがまだ皿に残っていたのを食べていたところだった。しゃがんで「おいで、おいで」と手招きすると、ベランダから外の駐車場へとびおりてしまい、そこからこちらを見上げて「ニャッ、ニャッ」とないている。しばらく見ないあいだに、いぜんよりも逃げ方がオーバーになった。なんだかまた手なずけるのがむつかしくなったように思った。

 ネットのニュースをみていると「文楽の危機」とかいう文字が目にはいった。なんだろうと思って読んでみると、大阪の新しい市長が文楽協会への助成を見直す意向だということ。彼は文楽を観たけれどもこれがちっとも面白くなかったらしく、「二度と観たいとは思わない」ということらしい。って、これからは為政者が「面白くない」と感じたものはみんないらないよ、ということになるのだろうか(この大阪市長はあれこれの文化事業をそのような言説で切り捨てようとしているようだけれども)。それでは旧ソ連でフルシチョフが抽象画を「ロバがしっぽで描いたようなもの」と否定したのとかわらない。ポイントは助成を見直すということを、それを決定する立場のものがその内容を理解できないがゆえに決定していいのかよ、ということになる。もしも文楽協会の内情に改革の余地があるとしても、それはそれで別問題として存在する。「二度と観たいと思わない」という<主観>が「助成のカット」につながるとしたら、そりゃあ暴君だね。だったらもう学校で古文とかやんなきゃいいし、美術や音楽の授業もカットすればいい。

 ところで、もうながいこと文楽の舞台を観ていない。東京の文楽のチケットを買うのはなかなかたいへんだし、ついついチケット売り出しの時期を忘れてしまう。大阪の文楽劇場はいつも当日券が楽に買える、というはなしをきいたことがあるけれど、もうちょっと楽に観ることができればいいのになあと思う。それでもわたしは(そんなにたくさん観ているわけではないけれども)故吉田玉男の強烈な「菅原伝授手習鑑」を観たし(たしか五段目)、蓑助の八重垣姫(奥庭狐火)も観た。「二度と観たいとは思わない」どころか、かなえばまた何度でも観たい舞台だった。また文楽を観たくなった。

 よるは風邪の用心で鍋にした。またしばらくは白菜にキッチンで活躍してもらわなくてはならない。



 

[] 「ファントマ ミサイル作戦」(1967) アンドレ・ユヌベル:監督  「ファントマ ミサイル作戦」(1967)   アンドレ・ユヌベル:監督を含むブックマーク

 いままでとおなじキャスト、おなじスタッフによるシリーズ第三作で、まだまだ続きそうなエンディングだけれども、このシリーズはこれでおしまい。第二作はローマを舞台にしていたけれど、こんどはイギリスへ。せっかくいままでの二作の副題が四文字熟語だったんだから、ここもそういうことで、たとえば「神出鬼没」とかで揃えていただきかったところである。原題は「Fantomas Contre Scotland Yard」で、このくらいのフランス語ならわたしにもわかる(だって、フランス語の単語はひとつだから)。だけれども別にロンドン警視庁ってえのはほとんど出てこなくて、ラストにはロンドン警視庁のあたまごしに、いきなりイギリス軍の戦闘機が登場してしまう(まあ、だからミサイルが登場してしまうからね)。

 こんかいはファントマが人類を滅亡させることのできる「新兵器」を開発したということなんだけれど、それでもって世界の富豪たちを脅迫して「生命保証税」みたいなのをまきあげようとするのね。それで世界の富豪がイギリスの富豪の城屋敷にあつまって「どうしようか」と相談する。ルイ・ド・フィネスもジャン・マレーも、ミレーヌ・ドモンジョもおなじ屋敷に集結して、もちろんファントマもあらわれる。ちょっと、「人類を滅亡させることができる」といっているわりには、ここでのファントマの行動はスケールがちっちゃい気がする。ルイ・ド・フィネスを幽霊騒ぎでおどかしたり、狐狩りで策略をめぐらしてとか、そういうせせっこましい悪事という印象。まあこのあたりはイギリス人の幽霊好きとかをからかっているようなところもあるけれど、ずっとのちの「ゴスフォード・パーク」でも堪能させてもらえるイギリス貴族の伝統的な遊び、「狐狩り(Foxhunting)」のシーンがかなりしっかりと描かれているのは、観ていてうれしい。こんかいはジャン・マレーのなかなかの馬術がみどころのひとつで、転倒している馬の背に足を差し入れ、そのまますっくと馬を立たせて走り出すシーンなんか、「へぇ〜!」って感心して観てしまった。

 ルイ・ド・フィネスは、ちょっとここでは幽霊騒動がくどい感じもして、やっぱり(全体の印象も)前作の「電光石火」がよかったかなあ、という感想。ああ、ルイ・ド・フィネスの、「大混戦」とか「大進撃」などを観たい。どこかで放映してくれないものか。


 

[] 「贖罪 第一話 フランス人形」 黒沢清:脚本・監督  「贖罪 第一話 フランス人形」 黒沢清:脚本・監督を含むブックマーク

 「トウキョウソナタ」以来の黒沢清監督の新作は、WOWOW放映の連続ドラマ。一月に放映されて録画してあったのを、きょうあしたで一気に観ることにした。原作は中島哲也監督の「告白」とおなじく、湊かなえのもの。まずその「第一話」は、そもそもの「事件」と、さいしょの女性の物語が描かれる。撮影はこのところの黒沢監督のパートナー、芦澤明子が担当している。

 「事件」というのは、放課後の学校校庭で遊んでいた五人の少女が、ある男に呼びとめられ、そのうちのエミリという、つまりは小泉今日子の娘が「手伝ってくれ」と名指しされ、体育館に連れて行かれる。残された四人が、待っていてもエミリが戻ってこないので体育館に行くと、エミリは惨殺されていたというわけ。四人は犯人の男に会っているわけだけれども、警察の調べにも「何も思い出せない」。犯人は捕まらず、小泉今日子は亡きエミリの次の誕生日に、その四人の少女を招待する。そこで小泉今日子は四人に、「エミリを殺した犯人が捕まらないのはあなたがたのせいだ。今後はエミリ殺しの犯人の手がかりをつかむか、さもなくば何らかの<贖罪>をなさい。わたしはこれからずっと、あなたがたのことを、一分一秒たりと忘れはしない」と語ることになる。それからその四人の、それからの物語がはじまるわけである。

 第一話の主人公は蒼井優。かのじょはエミリの死体を見つけたとき、ほかの三人が通報に出たあいだ、エミリの死体の見張りをやっていた子である。かのじょはその後も、おとなになることを<身体的に>拒否していた。十五年たって、彼女のまえに「人形」としての妻を求める男性があらわれる。かのじょはそれを受け入れて嫁ぐけれども‥‥、というおはなし。

 やはりまずは、冒頭の「事件」を描く演出が、これはやっぱり黒沢清監督、という感じですばらしい。唐突、とも思えるぐらいの意表をつく場面転換の連続に、何度も「息を飲む」感覚を味わったし、たとえば四人の少女のまえで小泉今日子があたまをうなだれている場面など、そういう驚きの感覚とともに、「いったい何が起ろうとしているのか」という好奇心、興味にひきづられていく。さらに、「トウキョウソナタ」でも印象に残った、奇妙な(といっていいだろう)ライティングに、強い印象を受ける。特に、エミリの死体の横たわる体育館のなかで、せせらぎのようにゆれる外からの光は、不穏さと美しさとがせめぎあって記憶に残ることになる。

 それで、蒼井優のストーリーになだれこむわけだけれども、ここでも無機的な室内の色彩にも乏しいなかでの、白色光のスポットに照らされる、「フランス人形」である蒼井優のすがたが奇妙な情感を誘う。何よりもその後半、決定的な展開をむかえる場面での蒼井優の黒い衣裳、その黒いシルエットが強烈であり、じつはここでわたしは勝手に、「ブラック・スワン」のナタリー・ポートマンを思い浮かべてしまっていた。そう考えると蒼井優にもバレエの素養はあり、そりゃあ「ブラック・スワン」の日本版リメイクをこの蒼井優の主演でやってもいいではないか、などと、あんまり関係がありそうもないことを思ってしまうのであった。

 もちろん、ここで、横浜あたりだろうか、都市の沿岸の海の見える場所での蒼井優と小泉今日子との対面のシーンもすばらしく、ふたりのバックでたゆたうように動いている海面の絵が、やはり不穏というか、不思議な感慨に導かれることになる。

 わたしは別に湊かなえの原作なんかに期待しているものはなんにもなくって、ただそういう素材をもとにして、黒沢監督がどんな絵を演出してくれるのか、そういうことにしか興味はない。そういう意味では期待以上にすばらしい第一話、ではあった。次回が楽しみである。


 

[] 「贖罪 第二話 PTA臨時総会」 黒沢清:脚本・監督  「贖罪 第二話 PTA臨時総会」 黒沢清:脚本・監督を含むブックマーク

 蒼井優につづいて、ふたりめの女の子のはなし。主役を演じるのは小池栄子で、映画「接吻」でのかのじょを思わせる、ファナティックな役柄を演じている。かのじょは「しっかりした」優等生であり、「事件」のあと、教師を探して知らせに行く役をうけもった子で、その事件のときの役目を反映して、十五年後には教師になっている。児童たちをエミリのような目にあわせないことを使命とし、女の子が不ひつように着飾り、おしゃれをして異性の眼をひくことにも反対し、父兄の反発もまねいている。みずから武術(剣道)にも打ち込み、そのおかげで学校のプールに刃物をもって乱入した男を撃退する。いちどは賞賛された行為は、すぐに「やりすぎ」という批判はあびるし、プールでまっ先に逃げた<熱血>男性教師のうらみを買うことにもなる。

 第一話で蒼井優が美しいだけの「<女>として成長せず、性的な対象とならない」女性となることで「事件」の影響を深く受けているわけだったけれど、ここで小池栄子は「女の子をそういう<事件>から守る存在」になることを選んだようである。かのじょの私生活はまったく描かれず、すべて小学校のなかだけの描写。そういうなかで、たとえば剣道の乱打ちのシーンなどが目を惹くけれども、やはりまずは男の乱入するプールのシーンがいい。室内プールという設定は「ぼくのエリ 200歳の少女」を思い出したりするけれども、ここでは水面上と水中という分け方ではなく、プールのなかと、その周囲の回廊が分かれる。避難するのがプールのなかであり、避難した児童や教師は、そのプールのなかから、まるで舞台を観るように、回廊での男と小池栄子との対決をながめることになる。このシーンのラストは、プールに浮いた男の真上からの俯瞰ショット。

 そしてやはり強烈なのはラストシーンで、カメラもいいんだけれども、ここでやはり壁に反射する不穏な光、いっしゅんのカラスの群れの映像など、ガーン、やられたあ、という感じであった。





 

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■ 2012-02-07(Tue)

 あさ起きると寒い。きょうはしごとは休みだけれども、じっと部屋のなかにいると異様に寒い。悪寒がしてきて、鼻水があふれてきた。「またかよ」という感じで、どうやら多少は熱もあるようである。しかしやはりのどが痛んだりはしないので、ながびくこともないだろうと自己診断できる。きょねんの暮れから何回ぐらいこんな症状が出ていることか。しかし油断をするとこじらせて寝込んでしまうことにもなりかねないので、リヴィングでも寝袋にもぐりこんで体温保持につとめる。外は曇天で、ベランダをのぞいてもベンナのすがたは見えない。いつもならネコメシを出してやるとどこかからベンナのすがたがあらわれるのだけれども、ベランダのネコ皿にネコメシを出していてもベンナはやってこない。午後になってベランダをのぞいても、ネコメシは手つかずのままだった。やっぱりもうベンナはいなくなってしまったのかと、漠然と思う。かわいいネコだったのに。

 そういうわけで風邪っぽいことにくわえて、尻の痛みもなかなか取れない。もう左の尻からももにかけては変色してすごいことになっていて、まさにからだの一部が死んでしまっているという感じで、そういう「死」をぶら下げて生活している、という感覚にもなる。いったいいつになったら治癒するのだろう。感覚でいうとこれは「全治一カ月の重傷」というところだろうか。部屋のかたづけとかがおっくうになる。

 米がなくなって、またいぜんのように、すぐそばの米屋で1300円の米を買った。こんかいはちゃんと店頭にその米がおいてあったのだ。



 

[] 「ファントマ 危機脱出」(1964) アンドレ・ユヌベル:監督  「ファントマ 危機脱出」(1964)   アンドレ・ユヌベル:監督を含むブックマーク

 二十世紀初頭、つまりいまから百年ほどまえにフランスで人気のあった読み物、「セリ・ノワール」。そのなかでも「ジゴマ」とともに人気があったのがこの「ファントマ」シリーズで、当時のフランスでは32本もの映画が連続して作成されたらしい。その元祖ファントマがどういうものだったのか、ちとわからないのだけれども、五十年のときをおいて、ふたたび新たに映画化されたっつうのがこれ。主演はなんとジャン・マレーで、ファントマを追う新聞記者と、変装したときのいく通りもの容貌のファントマと、ひとりで何役もこなしている。その新聞記者の恋人をミレーヌ・ドモンジョが演じていて、ファントマを追うパリ警視庁の警視がルイ・ド・フィネス。じつはこのシリーズでいちばん楽しみにしていたのが、このルイ・ド・フィネスという役者さん。まあフランス人というのはコメディ映画が大好きな人たちだけれども、そんなフランスの人たちがもっとも愛したコメディアンが、このルイ・ド・フィネス。むかしは日本でも彼の出演した映画はかなり公開されていたものだったけれど、このDVDの時代になって、まるで彼の出演した映画は見つからなくなってしまった。この「ファントマ」シリーズ、わたしにはそういう意味で貴重な作品かと。

 さてさて、映画の方だけれども、これは時代に合わせて原作を大幅にリライトしているわけだろう。ファントマがTVを使って人々に挑戦状をつきつけたり、かなり迫力あるカーチェイス、飛行機、ヘリコプター、機関車、潜水艦を使った追っかけっこなどなど、原作の古さなどまるで感じさせない絵づくりになっている(「原作の古さ」っていっても、読んだことはないけれども)。フランス映画によくある、パリの屋根をつたっての追っかけっこも登場するけれど、建築クレーンなんか使ってくるあたりがなんか新鮮。で、そういうアクションシーンをジャン・マレーみずから演じているんだけれども、もうこの映画のころにはジャン・マレーも五十をすぎてるから、ちょっとばかし動きがもどかしい気がしないでもない場面もある。しっかしよくぞまあ、ここまでがんばっておられることよと、感心しながら観てしまう。まあとにかくはストーリーとかはわたしにはどうでもいいのである。

 ファントマは変装していないと青いマスク姿で、ユル・ブリンナーが顔を青く塗って出てるのかいなと思ったけれど、ちゃんとマスクつくってあって、そのマスク、とってもよく出来てると思う。ちゃんとまばたきもするし、目の周囲とかどうやってるんだろう。

 さて、それでお目当てのルイ・ド・フィネスなんだけれども、じつは連続して次作の「ファントマ 電光石火」まで観てしまって、そっちの方のルイ・ド・フィネスが圧倒的に面白くも楽しいので、ちょっとこちらの方の印象は薄くなってしまった。


 

[] 「ファントマ 電光石火」(1965) アンドレ・ユヌベル:監督  「ファントマ 電光石火」(1965)   アンドレ・ユヌベル:監督を含むブックマーク

 主演級は前作とおなじ顔ぶれでの第二作。こんどは舞台をローマに移して、そのローマへの列車内での活劇もアクセントになる。前作よりさらにコミカルな要素がふえ、ルイ・ド・フィネスのコメディアンとしての楽しさもより堪能できる。ボンド映画の影響からか、彼があれこれの「ガジェット」を駆使して活躍する。なかでもほんとうの手をかくして敵の不意をつくための「義手」、これを使ったやりとりがおかしくも楽しい。相棒(部下)のレイモンドとのコミカルなやりとりもいい。

 ルイ・ド・フィネスだけでなく、この作品はぜんたいにグレードアップされたという印象で、たとえばジャン・マレーのアクションも、あれこれと小道具を駆使してスピーディーに楽しませてくれる。ファントマが誘拐しようとする科学者、その科学者に扮した新聞記者、そしてその科学者本人というおなじ容姿の三人(もちろんすべてジャン・マレー)が入り乱れるシーンは文句なく楽しい。ミレーヌ・ドモンジョも衣裳がよりゴージャスに、よりセクシーになってすばらしい。

 あと、わたしがこの作品でいちばん気に入っているのは、地下の海底火山のそばにつくられているというファントマのアジトの造型で、こういう怪しくもファンタジックな造型というのはやはりフランス人のものというか、美しさを感じる。映画で描かれる悪役の巣窟としては、誰が何といってもこれが最高なんじゃないかと。

 前回は潜水艦で海中へ逃れたファントマだけれども、今回はファントマが乗って逃走するシトロエンがそのまま飛行場の滑走路に侵入すると、そのサイドからつばさがとび出して、そのまま空へと舞い上がるのである。これをジャン・マレーとルイ・ド・フィネスが飛行機で追うけれど、パラシュートを装備しないルイ・ド・フィネスが空中で飛行機から転落する。彼を救うためにジャン・マレー(こちらはもちろんパラシュートをつけている)が追ってとびおりる。一部スクリーン・プロセスだけれども、スタントマンとはいえども実写。ちょっと気合いの入った演出というか、楽しませていただいた。




 

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■ 2012-02-06(Mon)

 きのう職場で、しごとも一段落したので久々にラジオをつけてみると、ちょうどクラシック音楽の時間かなにかで、フォーレの特集をやっていた。わたしの好きな歌曲ばかりかかるので、ちょっとうれしくなった。フォーレの曲が流れると、それがどんなところであっても空気がいれかわる。
 そのきのうの午後から、冷たい雨が降っている。きょうはしごとは非番だからいいけれど、ターミナル駅のシネコンへ映画を観に行こうと思っている。雨はイヤだ。
 きのうおとといと、ベンナのすがたをみない。けさベランダの窓を開けても、ベンナはいなかった。雨だから来ないのかもしれないけれども、いちおうネコ皿にネコメシを出しておく。

 ちょっと厚着をして、ひるまえに家を出る。うまいぐあいに雨はやんでいるので、このままもう降らないことを期待して、傘は持たない。折りたたみ傘はバッグに入っている。
 電車に乗ると、わたしのまえにヘアスタイルのカッコいい女子高生がすわっていた。ぜんたいにフワッと持ち上がったような、開いたパラシュートのような髪。いい感じだった。このあたりの女の子たちは、都会の同世代の子たちよりもオシャレな子が多い気がする。校則がユルいのかもしれない。いちじきは休日になると電車でロリータ・ファッションの女の子をよくみかけたけれど、さいきんはもう、そういうファッションの子の姿はみない。流行もついに終わったのだろうか。

 ターミナル駅に着き、シネコンのあるショッピングモールまでの無料送迎バスに乗る。駅まえのビルにもシネコンはあるけれど、きょうはショッピングモールの方。経営はおなじなので、ポイントカードも共用できる。シネコンへ行って先にチケットを買うと、二月の平日はポイントが倍ということで、いっきに一回分無料までポイントがたまった。
 きんじょの100円ショップが撤退してしまったので、そこでまえから買っていたチリソースが買えなくなった。ここのショッピングモールには同系列の100円ショップがあるので、そのチリソースを買っておこうと行ってみると、置いていなかった。また雨も降りはじめた。映画をみて、さっさと帰宅した。

 帰宅してTVをつけると、国会中継をやっていた。質問者は与党M党の議員で、生活保護受給者への医療費全額免除ということを考え直すべきだといっている。その議員の案では、のちに還付するにしてもいちど窓口で医療費を払うようにするべきだという。彼がいうには、生活保護受給者には不必要に通院するものがあるからだと。たしかに、生活保護受給者が無料で入手した薬品などを買い取る業者が存在することなどを、ニュースできいた記憶はある。しかし、だからといっていちどは現金で払わせようというのは、わけがわからない。「なんじゃそれ」という感じだけど、質問議員はほんとうは医療費全額免除ということに反対したいのだろう。つまり、福祉の切り捨てをもくろんでいるわけである。
 これはたとえば定期券を不正に使用してキセルをするヤツがいるから、定期券というものを廃止すべきだというに近いものがある。いや、ぜんぜんちがうか。生活保護受給者というのはつまり「働けない」、「働いても収入が少ない」という人たちへのセーフティ・ネットなんだけれども、その「働けない」ということの理由に、「病気を抱えている」ため、ということも多く含まれているわけである。まずは病気を治癒させ、健康な身体を回復してもらって、また就職への道をひらくことになる。もちろん不必要に通院したり、仮病をつかっていたりする人物もあるかもしれない。しかし、そういう不正受給者の存在ゆえに給付自体をストップしようとするのがいかにバカげた思考であるかは、だれにでもわかることである。不正受給者の摘発ということはまったく別もんだいに存在するし、この議員の発言は、生活保護受給者はすべて不正受給者といっているのとおなじである。

 この議員のいうように、とにかく生活保護受給者もいちどは窓口で受診料を払うとしたならば、その受給者のその月の生活費は、支払った受診料によってとうぜん圧迫される。仮にあとになれば還付されることになるとしても、その還付されるまでのあいだ、きょくたんなことをいえば何も食べないでがまんしろ、ということになる。これは「死になさい」というにひとしい場合もある。めちゃくちゃである。
 こんなウルトラ福祉切り捨て論は、まえのJ党が政権にあったときにもきいたおぼえがないぞ、などと思っていたら、その質問議員はさいごに野党に向かって、「だから(消費税増税への)協議に参加してくれ」というようなことをいっていた。ほら、もうわたしたちM党も、あなた方J党やK党と同じく、福祉は切り捨てようと思ってるのですよ、いっしょじゃあないですか、ということ。なにが「国民の生活が第一」なんだろう。M党のくっだらなさにはもう慣れたつもりだったけれど、あらためてあきれさせてもらった。

 M党とJ党とで国会の超過半数の議席を占め、その他の連中も、ほとんどがおなじような政策の保守連中、そしてわずかな、いまだに脱皮できないでいる旧的サヨクな連中だけである。革新はどこにもない。これからは新興のスーパー保守政党がのしてくることは目にみえている。もうなんの希望もない。



 

[] 「宇宙人ポール」グレッグ・モットーラ:監督 サイモン・ペッグ/ニック・フロスト:脚本・出演  「宇宙人ポール」グレッグ・モットーラ:監督 サイモン・ペッグ/ニック・フロスト:脚本・出演を含むブックマーク

 「ショーン・オブ・ザ・デッド」、「ホット・ファズ」からは監督が変わった、サイモン・ペッグとニック・フロストのコンビの作品。主人公二人はイギリスからアメリカに来たSFオタクということで、コミコンに行くという冒頭あたりからは、こりゃあ「ジェイとサイレント・ボブ」かいな、という空気になるけれど、この監督さんの演出にはああいう軽妙さはないのね。きっと3Dアニメの宇宙人を動かすのにいっしょけんめいだったんだろう。

 この映画、お下劣きわまりないセリフを楽しんでこその映画だと思うけれど、そのあたりの日本語字幕がそうとうにもの足りない。さいきんブイブイいわせている映画評論家の方が「字幕監修」ということで名まえが出ていたけれど、まだまだですね。まあこのお下劣さをほんとうに日本語に置き換えたらR−18指定ぐらいにもなってしまいそうだからしかたないだろうけれど、やっぱ「Cocksucker」が「おシャブリ」ぢゃあもの足りない。そう考えると、アメリカなんかの隠語っつうのはほんとうにお下劣で、「Mother Fucker」なんて直訳したら、まだ日本ではこりゃあタブーが入ってるのかもしれない。字幕で「おまんこ!」なんて氾濫したら、まだまだ親子じゃ観られないのが日本か。あとはやっぱ、くっだらない英語のダジャレをどう日本語にするかっているのも、苦労されてたみたい。ニック・フロストが過去にイウォークの着ぐるみの女の子とつきあっていたといって、「どうだった?」ときかれて、「She was fur-ly good!」なんつーのは、訳せないだろう。日本語でもわかるのは「ロレンツォのゾイル」あたりだけど、あんまりにもくっだらなすぎて、つい笑ってしまった。

 音楽がELOとかで、わたしはELOってぜんぜん興味ないので、まえの「ホット・ファズ」みたいな音楽の使い方を期待していたのは、裏切られた。まあうれしかったのは、例によってのスティーヴ・クーガンのカメオ出演あたり、かな。




 

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■ 2012-02-05(Sun)

 書くのを忘れていたこと。このあいだ、WOWOWのライブチャンネルをつけて録画予約をしていて、予約したのでチャンネルをかえようとして画面をみると、女の人が赤い花びらの散ったステージの、スポットライトの下で踊っている画面だった。あれ、この人は康本さんではなかろうかと、その日本のニュージシャンのクリップをぜんぶ観てしまった。エンディングにやはり康本さんの名のクレジットが出た。じつはそのバンドの音がちょっとニューウェーブっぽくってそんなに嫌いでもなくって、ふうん、日本のバンドもこういう音を出すんだ、などと思って聴いていた。ときどき挿入されるバンドの映像が(つまりは音もだけれども)なんだかBauhaus っぽいというか、ヴォーカルはあきらかにPeter Murphy を意識している感じだった。聴いたことはあるようなそのバンド名で検索してみると、80年代から活動している老舗バンドとして有名らしく、その後の日本のヴィジュアル系のバンドの、そのヴィジュアルにも大きな影響を与えたらしい。そうか、日本のヴィジュアル系の原点は、つまりはBauhaus だったのかと、今さらながら納得したのであった。おそい。

 よるのTVで、再放送だったけれども、山本作兵衛氏に関する番組をやっていたのを観た。
 わたしが山本作兵衛氏の作品にふれたのは、ずいぶんとむかしのことである。「まっくら」というその本のタイトルと、版元が現代思潮社であったという記憶で調べると、これは1970年に出版された「まっくら 女坑夫からの聞書き」という書籍で、著者は森崎和江氏。山本作兵衛氏の絵は、その書物の内容を補完する資料として、モノクロ図版で掲載されていたものらしい。
 山本作兵衛氏は筑豊の生まれで、生涯を筑豊炭田の隆盛と衰退とともに生き抜かれた方。やはり筑豊に生まれたわたしは、この山本作兵衛氏という人の名まえと作品を、その「まっくら」という本を<立ち読み>することで、こころに刻んでいた。その山本作兵衛氏の作品に、つまりは四十年ぶりにまためぐりあった。彼の作品は炭坑労働(坑内作業)と炭坑地域での労働者の生活を描いたものだけれども、その絵に描かれたこと以上に、その驚異的な記憶力と、その記憶力を定着する描画技術がすごい。六十歳を過ぎてからはじめて絵筆を取りはじめたということだから、もちろん絵を学んだということはその生涯でいちどもなかったことだろうと想像される。人体を描くというのはそれだけでとってもむずかしいのだけれども、それがまた労働中の、ひねったような姿勢となるといっそうむずかしいだろう。この山本作兵衛氏の絵では、いったいどのような姿勢なのか、どこに重心がかかっているのかとか、見てとることが出来る。モデルもなしに記憶だけで描いたのだろうと想像すると、まさに驚異である。人々が着ている服の柄、作業用具のデティールなどの記憶、描写にも、なんだか信じられないものがある。そういうことが、山本作兵衛氏の作品に迫真のドキュメント性をもたせている。いくら文章で書いても伝えられないようなことが、一枚の絵ではっきりと伝わってくる。

 周知のように、山本作兵衛氏の作品は昨年になって世界記憶遺産登録されたわけで、この番組もまたそのいきさつを経て製作されたものだろう。ほんとうは地元では筑豊の炭坑遺産そのものを「世界遺産」への登録をめざしていて、山本作兵衛氏の作品はその補足資料的な意味合いで紹介したらしい。それが海外の担当者の方ではその絵画作品の方をこそ高く評価したということ。文化的、精神的なものをまるで評価しない、いかにも日本らしいいきさつである。で、世界記憶遺産登録されたからといって、地元田川では「石炭・歴史博物館」での登録記念展示は行われているようだけれども(三月十一日まで)、それ以外のところでの展示という計画は、調べてもでてこない。その三月以降の計画に期待したいけれども、まあ日本というのはこういう国であろう。



 

[] 「パティ・スミス:ドリーム・オブ・ライフ」(2008) スティーヴン・セブリング:監督  「パティ・スミス:ドリーム・オブ・ライフ」(2008)  スティーヴン・セブリング:監督を含むブックマーク

 ‥‥他人のプライヴェート・フィルムを延々と観させられるだけという思いで、たとえパティ・スミスというアーティストに興味はあっても、いったいどこが面白いのか、まるでわからない(サム・シェパードがギターを弾きながらパティとデュエットするシーンだけ、記憶に残った)。監督の製作姿勢は、著名アーティストへのお追従でしかないように思える。




 

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■ 2012-02-04(Sat)

 腰、いや、尻の痛みはいくらかおさまったけれど、まだまだ痛みは消えない。医者がいったように、もものあたりに内出血していた血がさがってきて、まだらに黒い色が外からもわかるようになった。崖から転げ落ちて死んだ人の遺体、みたいである。あたりまえだけれども、きれいなものではない。これを「ドドメ色」というのだろう。

 土曜日でしごとのあるときには、出勤までのじかん、FM放送をきいている。出勤の五時までのじかんは「ラジオ深夜便」という番組の、「明日へのことば」というコーナーのじかんである。これはまいにちやっているらしくって、日がわりでいろいろな分野からのゲストへのインタヴューを放送している。わたしは土曜日のしごとがあるときしか聴かないし、もう番組も半分はすぎてから聴きはじめることになる。しょうじき、どうでもいいような話のときもあるし、内容によっては反感をおぼえ、早朝から腹立たしい気分になることもある。でもけさはフランスからのゲストで、「大逆事件」についてのトークだった。おもに海外での大逆事件への反響についてだったけれど、ゲスト(クリスティーヌ・レヴィさん)の流ちょうな日本語もあって、ちょっと聴きこんでしまった。当時のフランスでは、大逆事件に抗議して何千人規模のデモもおこされたらしい。もちろん当の日本ではそんな抗議運動は起こり得たはずもなく、事件から101年になるいまげんざいに至っても、当時の被告たちの人権回復、名誉回復はなされてはいない。わたしも三、四年まえに、地元の図書館にあるかぎりの大逆事件関連本を読んだりはしたけれども、まずはそういう資料、研究書からしてひじょうに少ないのである。きょねんは大逆事件から百年の節目の年だったけれど、メディアのなかでそれほどに大逆事件のことが盛り上がったという気配はなかったと思う(演劇・パフォーマンスの分野で、高円寺の方で関連イヴェントはあったと思うけれども)。

 ほんらい裁かれるはずのない人たちが、ただ国家による社会主義者の弾圧を目的とした「でっちあげ」によって処刑され、その国家はいまだに「あのときの裁判はまちがっていた」と認めることを拒否している。そりゃあどういう国だ、ということになる。せんじつ指導者の交代した隣国を、日本のメディアは「人権の認められない民主主義不在の独裁国家」と攻撃するけれど、民主主義不在はこの国もおなじだろう。もしもそういう隣国の国民を「洗脳されている」というならば、この日本の国民たちもまた、「大逆事件のことなど知るひつようはないし、今さらむしかえすことでもない」と、洗脳されているわけだろう。これはまた、「日本は民主主義国家だから、権力にダイレクトに反抗するような行為、たとえばデモなどを起こすひつようはない」という考えにも結びつく。これもまた、洗脳ではないだろうか。

 しごとから戻って、こんどは「カーネーション」の一週間分をみる。どうやらこのあたりから、糸子の三人の娘たちに焦点が移るようである。三姉妹は成長し、役者も交代した。次女が、モデルである著名なファッションデザイナーにまるでそっくりなのが笑えたし、長女の東京でのファッションスクールの先生役で塚本晋也が登場し(「すばらしい!」を連発する)、それだけで、また笑ってしまった。

 午後からはとくに何をするでもなく、だらだらと過ごした。


 

[] 「バリー・リンドン」(1975) スタンリー・キューブリック:監督  「バリー・リンドン」(1975)  スタンリー・キューブリック:監督を含むブックマーク

 ひっさしぶりに再見。脚本もキューブリックひとりで手がけた作品というのは、どうも「時計じかけのオレンジ」と、この作品だけみたい。もちろん原作はサッカレーで、この翻訳は、さいしょにこの「バリー・リンドン」が公開されたときに合わせて、角川文庫から刊行されている。これはわたしもしばらくまえに入手していて、読んだ記憶はあるのだけれども、内容はもうすっかり忘れてしまっている。それで、久しぶりにこの映画を観てから、これも久しぶりにその文庫本を引っぱり出してきたのだけれども、パラパラとめくってみると、原作本の方は主人公のバリー・リンドンが晩年にみずから書いた「回想録」という体裁になっているようである。そうすると、客観描写に徹したナレーションのはいる映画版とはまるでちがうことになる。つまりこの映画、サッカレーの原作からのキューブリックによる「リライト」、という性格こそが、前面に感じられる気がする。
 なぜキューブリックは原作を客観描写に切り替えたのか。それは映画という手法がそもそも客観描写によって成り立つものだから、ということもできるだろう。しかしそのあたりのことは、キューブリックはまずは「ロリータ」で「映画での主観描写」というもんだいを追求しているようにも感じられるし、「2001年宇宙の旅」でも「時計じかけのオレンジ」でも、「映画のなかでの主観」ということはちゃんと前面に出している。だから(ちゃんと読みなおしたわけではないけれども)この原作の、主人公による回想録という形式を踏襲することが、むずかしかったというわけではないだろう。そう思いなおすと、やっぱりここでは、キューブリック監督は「これは客観描写なのだ」ということを前面に打ち出すひつようがあったのだろうと想像できるのである。つまりそれは、この「バリー・リンドン」という作品が、一面で十八世紀の「絵巻物」的な作品をめざしていただろう、ということとかんけいしてくる。「絵巻物」、「絵物語」というのは、どこまでも「外」から見る眼という存在が不可欠である。というか、外から見る眼がなければ「絵巻物」というものは成立しないだろう。そういうことが、この作品の「リライト」演出に大きくかかわっていることだろう。

 だから作品は、どこまでもナラティヴな展開のみを原理として進行する。登場人物の内面などは「どーでもいーこと」で、つまりは観ている方では、どんなことが起きてもただニコニコして画面を観ていればいい。その「絵巻物」の描写のみごとさに、うっとりしていればいい、そしてそこから読み取れる「物語」を楽しめばいい、という感じでもある。冒頭の、十八世紀風景画のようなビタッときまったロケーション、構図からして、まずは監督が絵づくりに熱中しているさまがビンビンと感じとられる。これ以降も、そういう「ひゃあ」というロケーション、構図の連続である。登場人物はたとえばマリサ・ベレンソンのように、ただ美しければよく、たとえばリンドン家の牧師やシュヴァリエ伯爵、どこかの公爵のように、十八世紀の肖像画に出てくるような「変な顔」をしていればいいのである。つまり、「絵」になっていればいい、という演出。しかしまあ、みごとな「絵」、ではある。

 ところがこの映画、終盤の「決闘」あたりで、妙にきばってしまう。それまで「絵巻物」だったのが、なんでここで急にシリアスな「ドラマ」になっちゃうんだろう、という感じである。パラパラと原作文庫本をめくって確認すると、どうもこのあたりの展開は、すっかりキューブリックの「創作」のようである。まずは原作にはこの「決闘」という場面はないようだし、主人公がその決闘で片足をうしなうという展開もない。

 サッカレーという作家について詳しいわけではないけれども、ディケンズと同時代の十八世紀のイギリスの作家で、有名なのは「虚栄の市」とかだろう。その「虚栄の市」というタイトルからも、当時の上流階級を戯画化した作品だろうと想像できるけど、そういう面はこの「バリー・リンドン」にも感じられる。そしておそらくは、十九世紀以降の近代の小説のように、主人公の内面や心理にまで筆をつくす、というものでもないだろうと想像できる。そうすると、このキューブリック版の「バリー・リンドン」、その終盤の展開、たとえばリンドンはその決闘の場でなぜ自分の弾を外して撃ったのか、などということは、ちょっとばかし十九世紀的というか、サッカレーらしくはない気がする。

 もちろん、キューブリックがこの「バリー・リンドン」を映画化するにあたって、つまりはただ「絵巻物」をしつらえればいい、ということにはならなかっただろう。そもそもが映画という表現が二十世紀的表現であって、それは十九世紀的な近代小説のもつナラティヴな構造から多くを負っているだろう。これはただ「絵巻物」というだけでは作品にならない、ということになるだろう。だからキューブリックはこの作品の終盤に、原作を逸脱した十九世紀的な展開をもたせることにした、ということだろう。ここからあれこれと想起させられることはあるけれど、とりあえずこの「バリー・リンドン」という映画での問題点は、ここにあると思う。そしてまた、こういうキューブリックの演出姿勢は、「2001年宇宙の旅」でもみられるのではないか、という考えが浮かぶ。そしてその演出は「2001年宇宙の旅」では大成功していると思うけれど(ここでは、「客観」から「主観」へのドラスティックな展開という意味で、この「バリー・リンドン」に近接した演出姿勢が感じられる)、「バリー・リンドン」では、そのあたりのことがみきわめにくい。



 



 

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■ 2012-02-03(Fri)

 なんてことだろう。あさまで飲んでしまい、信じられない浪費である。もうあたらしいTVも買えないし、パソコンを買い替えることもまた夢の夢。「十年ぶり」ということばに呪縛され、そんなむかし通った店のドアを、あやしい時間にそっとあける。きのう「S」のEさんがわたしをおぼえてくれていたのはやはりいっしゅの「例外」というか、あとはカウンターのなかのひとにわたしも見覚えがあるわけでもないし、なんか、いちげんの客がとびこんできたという感覚である。「B」にも行ってみたかった。でも、「B」のFさんはもうこの世界にはいないことは知っている。あとはどんな方があとを引きついでやっておられるのか、行ってみておはなしをきいてみてもよかったかもしれない。

 十年にいちどはそんなこともある、そう映画のなかでテロップが出ていたのは、ゴダールの「男性・女性」だったかもしれない。なにかが十年にいちどは輝くのだ、そういうテクストだっただろうか。「Once in a Lifetime」というと、これは生きているあいだにいちどだけ、ということになる。でも、十年にいちど、とかそういうのだと、「こういうの、まえにもあった」と思い出せる。「Once in a Lifetime」だと、それが「生きているあいだにいちどだけ」なのだということもわからないで、そのままになってしまうんじゃないだろうか。二十年にいちど、三十年にいちど。さらに‥‥。人は死ぬときに、「ああ、これは生まれてきたときとおんなじだ」と、思い出すのかもしれない。

 朝の電車に乗って帰宅した。わたしの住まいの駅のまえで、映画のロケをやっていた。人は死ぬときに、それまでの体験はすべて、映画をみているようなヴァーチャルなことがらだったと気づくのかもしれない。なにもかも虚構だったと。

 家のドアを開けると、ニェネントがふっとんできた。わたしが外泊していちにち帰ってこないなんてほんとうに久しぶりのことだから、ちょっとはしんぱいしてくれたのかもしれん。ただ腹がへっただけかもしれん。ネコメシをネコ皿に出してあげる。わたしが部屋を移動すると、わたしの後ろからしのびよって、わたしの足の後ろ、ふくらはぎのあたりをポン!っとタッチして、サッと逃げて行った。わたしと遊んでる。

 呆然と、いちにちの残りのじかんをすごした。


 

[] 「JOY DIVISION ジョイ・ディヴィジョン」(2007) グラント・ジー:監督  「JOY DIVISION ジョイ・ディヴィジョン」(2007)  グラント・ジー:監督を含むブックマーク

 お出かけしていたあいだに録画しておいたのを観た。この作品はきっと、映画館で観ていたはずなんだけれども、ほとんど記憶から外れてしまっていた。

 Joy Division は、わたしにはほんとうに「衝撃」、だった。彼らのマキシ・シングル「She's Lost Control」をほとんどジャケ買いみたいにして買って帰って、ターンテーブルにのっけたとき、スピーカーからとび出してきた音に、「あ、これだ!」って思った。病的に、苦しい音。暗い。いま思えば、わたしの離婚へのあと押しをした音だった、といえるかもしれない。「生活を変えなければいけない、それも決して<明るい>方向へ、ではなくして」というメッセージ、だっただろうか。それからちょっと彼らの音にのめりこみ、ついには「Love Will Tear Us Apart」にいたる。<明るい>観点からすれば、これは「Love Will Keep Us Together」になるのだけれども、そうではない。わたしは共感した。わたしはいまでも、John Lennon の「Love」なんて、バッカじゃないの、と思っている。わたしのなかの根っ子にあるダークな部分が共振する。それが、そういう音がJoy Division だった。

 このドキュメントはいい、と思う。バンドの歴史のなかで、すべて一回きりの階段を上って、そして下ったバンドというのもそう数多くもないだろうけれども、Joy Division は意識せずに反復を拒否したバンド、でもあったのだろう(わたしはNew Order はほとんど聴いていない)。その経路を、マンチェスターの、今はないスポットと共に、過去へ回帰するような視点からは距離をおいて描いている。

 そしてやはり、Ian Curtis という存在へのシンパシー、ということになるけれども、少年っぽいルックスから、Herman's Hermits みたいな高音ヴォーカルのポップスを唄っても違和感のなさそうなこのIan Curtis という青年が、その容貌からは思いもかけない低音で、絶望的な暗い歌詞を唄う。それを聴いたときに、わたしのなかでの「ロック」というものへの概念がガラリと変わった。そのことが、このドキュメンタリー映画を観て、よくわかる。希有な、今でも通用している「ロック」の概念とはまったく異なる、180度方向のちがう、そこにIan Curtis は立っていたのだと思う。このドキュメンタリーのなかの、BBC2 の「Something Else」という番組で放映されたという、その「She's Lost Control」のIan Curtis のパフォーマンス、シンギングには、涙を流すしかない。音楽とはどこかで「負」であり、聴衆に夢や希望を与えるものではない。それをまさに具現化したのが、Joy Division であり、Ian Curtis だった。そのことを、あらためて再確認した。




 

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■ 2012-02-02(Thu) このエントリーを含むブックマーク

 きょうは東京に出て、夜は新宿でAさんと飲む予定。そのじかんまで余裕があるし、映画でも観ようかと上映作品をしらべる。モンテ・ヘルマンの「果しなき路」の上映時間があれこれと都合がいいし、それよりやはりその映画じたいが観たかったので、まずは渋谷に出ることにする。しごとを終え、昼食をとってから出発。
 とにかくきょうはこの冬いちばんの冷え込みではないか、などとTVでもいっているわけで、いつもより一枚よけいに着込んで、マフラーをして出かける。駅のホームは冷たい風が吹き、たしかに寒い。いつもは熱すぎると感じるローカル線の暖房も、きょうは気にならなかった。ターミナル駅で湘南新宿ラインに乗り換え、いつものように寝る。

 渋谷に着いて、チケットショップで映画のチケットを買おうとしていると、メールの着信音がポケットからきこえた。メールをみてみるとAさんからで、しごとがはやく終わるので17時ぐらいからでOKだという。それはわたしもかまわなくて、まあはやく飲みはじめてはやく帰れればいいや、という感じで、この日の映画鑑賞は中止。それでも映画はいずれ観ておきたいので、チケットは買っておいた。
 17時にはまだ時間があるので、あれこれと店をみて歩く。外はやはり寒いのだけれども、建てもののなかに入ると暖房がきいていて、これだけ厚着をしていると汗ばんでしまう。外に出ると、また寒い。

 新宿で無事Aさんと合流。Aさんは「十年ぶりぐらいですかねー」なんていうので、いや、四、五年まえに川口で会っているじゃないかと訂正する。というか、そういって考えたら、きょねんだかおととしに秋葉原でのAさんの個展で会っているではないか。記憶なんてあいまいなもの。あとでBさんも来るということで、Bさんとはそれこそ十年ぶりぐらいになるかもしれない。
 きょうはわたしの発案で三丁目の居酒屋「E」で飲むことにしている。店に行くとまだ客はまるでいなかったけれども、これが一時間もすると満員になってしまった。さいしょの予定のままだと席が取れなかったかも、である。

 客席がうまってしまってしばらくして、Bさんもやって来た。AさんもBさんも、わたしが主宰していたイヴェントへの参加出品者、という縁である。ふたりともおそらくは1996年の暮れのイヴェントから参加してもらっていたと思うのだけれども、いったいどのようにしてこのおふたりとわたしが知り合ったのか、もう記憶もさだかではない。Aさんはたぶん、ほかの参加者のCさんとかの知り合いという縁だったと思う。Bさんと知り合ったのは、彼のはなしでは銀座でのわたしの知り合いのオープニング・パーティーの席で、そのときにBさんは近くの画廊でDさんとの二人展をやっていて、ふらりとそのオープニング・パーティーに来ていたのだという。それでわたしも思い出してきた。わたしは「ではあなたたちの展覧会を観に行くよ」と、彼らの画廊に足を伸ばし、それがとてもよかったので、その場でふたりをわたしのイヴェントに誘ったのだった。むかしはそういうことをよくやっていた。人には「一本釣り」とかいわれたものである。まあこういう展開になるとは思っていたけれど、つまりは「昔話に花が咲く」ということになる。わたしのイヴェントが一段落してしまったあとの、高円寺のカフェで行われたイヴェントで(わたしは企画にもからんでいなかったけれど)、Aさんの知り合いの若い観客が合法ドラッグにはまってしまったこととか、新宿でわたしが一時期マスターをやっていたバーのはなしなど。Aさんはまたわたしが店をやるといいのにと、くりかえす。あのころのわたしにはヤケクソというか捨て鉢なところもあって、それがお客さんには面白かっただろうけれど、長続きするものではなかっただろう(あと半年ぐらいはやってもよかったけれども)。

 そのうちにイヴェントのころのわたしの心境もまとめておきたいけれど、離婚後の再スタートという意味もあって、不毛な結婚生活中にたまっていたものを一気に外に出した時期だった。じぶんも作品をつくってじぶんのイヴェントに出したりもしたけれど、それよりもいろいろな作家の人たちをあつめて、まずはクォリティの高いイヴェントをめざしたのは正解だった。じぶんが作家になることをめざしただけではどうにもならなかっただろうし、それよりもいろんな分野の質の高い作家の方々を集めて、参加してもらったことにわたしの才能があった。ついつい自画自賛になってしまうけれども、たんじゅんにサブカルチャーとかアンダーグラウンドを標榜するんじゃなくて、もうちょっとシリアスなものを求めていた。イヴェントに参加していただいた方々にいまなお絶好調で活躍されている方がおおぜいいるのが、「あれでよかった」という感慨にもなる。それに、こうやってそのころの方々とまたお会いして談笑できるというのがうれしいのである。それが、「わたしは終わってしまったわけではない」という活力になる。

 飲んだりしゃべったりしているうちにどんどんじかんが過ぎて、帰らなければならないじかんになった。Bさんも今は成田の方に住われているということで、彼も帰るじかんが早い。それでも店を出ると、わたしが帰れるかどうかは微妙なじかんになってしまっていた。Bさんはともかくも帰られて、Aさんと「もうちょっと飲もうか」ということになってしまい、なんだかここは新宿三丁目、わたしもイヴェントをやっていたころのことを思い出してしまっていたし、さっきまで飲んでいた「E」のまえにあるバーの「S」にむかしよく通ったことを思い出し、まさに十年ぶりにその「S」に行ってみることにした。

 ビルの地下への階段を降り、バーのドアを開けると、十年まえとおなじインテリアの店内と、カウンターのなかにはまったくかわらないEさんのすがたがあった。カウンターにすわると、Eさんから「久しぶりですね、十年ぶりぐらいになりますか」と声をかけられた。ひょっとしたらもうおぼえてくれてはいないだろうな、などと思っていただけに、うれしかった。「ますます怪しくなられましたね」などといわれた。そうっすかね。まったりと飲んで、そのうちに日付けも変わるのであった。きょうのキーワードは「十年ぶり」、だっただろうか。



 

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■ 2012-02-01(Wed)

 毛布の肌ざわりがちょっといやで、かけぶとんの上に毛布をかけて寝るようになった。そうするとニェネントが、またさかんに「おしゃぶり」をする。わたしがベッドで寝ているとベッドにとび上がってきて、ゴロゴロとのどをならしながら毛布のはじをくわえ、まえ足でキュッキュッと毛布を押している。毛布の感覚が、お母さんを思い出させるんだろうか。おしゃぶりのくせのあるネコは発達不順だとかいうことを読んだ気がする。でも、生まれてすぐに母ネコから離されてしまったネコよりも、ちゃんと母ネコから母乳をもらって育ったネコの方が「おしゃぶり」のくせが抜けないんじゃないだろうか、なんて考える。どうなんだろう。

f:id:crosstalk:20120204110320j:image:left そんな、おしゃぶりをしているニェネントの顔をみていると、やっぱり目が寄っている。ネコは人間のように白目の部分は外に見えないのだから、「寄り目」という現象は起きないんじゃないかと思ったのだけれども、その虹彩の部分に対して、瞳孔が同心円から内側にずれていれば、「寄り目」になる。ニェネントを抱き上げて目をよくみてみると、その通り、瞳孔が内側に寄っているのである。ネットで「猫の寄り目」で検索すると、シャムネコ系統には寄り目のネコが多いらしい。ラグドール種にはシャムネコ系の遺伝子も入ってるらしいので、その具現化ということなのか。ニェネントくん、そりゃあ高貴な血筋のあらわれなのかも知れんぞよ。
 そういうわけでニェネントの写真を撮ってみたけれど、一月二十三日に撮った写真の方が、寄り目ということははっきりわかる。でも、きょうの写真はかわいく撮れた気がする。年ごろのお嬢さん、って感じね。

 それで、きょうも尻が痛い。横になってTVの国会中継とかをみていて、またいつものように寝てしまう。国会中継で、文部科学大臣が「これからは科学技術を日本のメシのタネにしたい」みたいな答弁をしたら、議長が「<メシのタネ>といういい方はちょっと記録に残すには好ましくないじゃろう。なんか考えてくれ」みたいなことをいって、大臣が、じゃあという感じで「科学技術を礎(いしずえ)にしたい」といいなおした。ちょっと笑った。
 それで思ったんだけど、これからは超高齢化社会になるということを、マスコミなども「たいへんだ」などと報道していて、それだったら、「科学技術」なんかより、「アート」っつうか、「芸術」を国家の<メシのタネ>に据えることを目標としたらどうやねん、などと思うのである。「芸術」なんつーのはそれこそ定年はないし、ぎゃくに歳をかさねるほどに熟成するというか、つまりは「年輪をかさねる」のである。六十とかをすぎて表現活動をはじめて、大家になったような人物もいる。だいたいこの国の芸術活動に対しての助成というのはほんまに情けないかぎりで、やっている方も国家の手助けなど期待しないところではじめるしかないのだけれども、戦闘機を買ったり、川をせきとめて土を掘り返したりばかりにカネ使うんじゃなくて、日本といえば「芸術国家」、と世界的に認知されるような国をめざしたらどないやねん、などと思うのである。たとえばお隣の韓国なんか、映画の分野に国家的な助成をつづけた結果、そうとうな成果を産み出しているのではないだろうか。「税と社会保障の一体化」なんてことも、産み出された芸術が日本の経済をうるおすことになれば、そういうクローズドな回路を選ばなくてもよくなりそうなものである。まあこういうことはむかしから漠然と思っていることではあるけれども。


 

[] 「女が階段を上る時」(1960) 成瀬巳喜男:監督  「女が階段を上る時」(1960)  成瀬巳喜男:監督を含むブックマーク

 すっごいオールスター・キャストだし、これから高度経済成長へと昇りはじめる日本の、とりわけ東京という都市のその夜の世界を、女性の視点からゴージャスに描いたステキな作品。どこか溝口健二監督の「祇園囃子」っぽさを感じさせられるけれど、やはりここは1960年の東京が舞台、というのが効いている。脚本は菊島隆三で、この人は黒澤明監督の作品を多く手がけているので、こういう、まったく女性の視点からのホンも書けるんだ、というのはちょっとおどろき。音楽が黛敏郎で、この人も、わたしがこれまで観た彼が音楽を手がけた作品ではいつも、どこか奇怪な印象の音楽だったけれど、この作品の音楽はいいのだね。撮影は玉井正夫で、夜のネオン街や、バーのなかのきらびやかさ、また、うらぶれた感覚、そして昼の世界の描写との対比などがすばらしい。

 まえに、高峰秀子の演技ってどうも、ってことを書いたのだけれども、ここではある意味いつも演技している女性を演じる、という感じでもあるので、イヤミに感じることもないし、ぎゃくに後半にどんどんその素顔をみせてしまうあたりの演技はやっぱりおみごと、と思ってしまう。ちょっとしたところの演技で、オヨヨ、と思わせられてしまう。

 男性のドラマでは、色恋相手の女性というのはつまりは<傾城>というか、つまずきの石なわけだったりするけれど、ここではすっかり立場が変わってしまう。店の客としては「ステキなお客さま」な男たちも、ついつい一線を越えてしまうと馬脚をあらわすというか、なんらみずからをかけるに足るような存在ではない、ということがわかる。
 わたしとしてはやはり、そういう高峰秀子の客との一線の引き方を信頼し、惚れていながらもじぶんも距離を取ろうとしていたマネージャーの仲代達矢の造型に、グッとくるところがある。ラストの乱れようが切ない。




 

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