ワニ狩り連絡帳 このページをアンテナに追加 RSSフィード

       

■ 2012-04-30(Mon)

 きのうの夜はあまり眠れなかった。きのうはたしかにたくさん歩いたけれど、きょうになって足腰に疲れがたまっている感じだし、部屋を歩くと足のうらが痛いなあと思って足のうらをみると、マメが出来ちゃっていた。そんなにいっぱい歩いたかなあ、という気はする。そういう疲労からか、さくや寝ていない反動もあって、きょうは寝てばかりのいちにちになってしまった。入院まえに安静につとめるというのでは良いすごし方が出来たのではないだろうか。


 

[] 「ダンテ・クラブ」(上)マシュー・パール:著 鈴木恵:訳  「ダンテ・クラブ」(上)マシュー・パール:著 鈴木恵:訳を含むブックマーク

 入院するときにもっていく本を選んでいて、「ああ、こんな本も買ってあったのだな」とみつけたもの。「こういう軽いのはこういうときにこそ」という感じで、おとといからちょっと読みはじめていたもの。その上巻は読了したので、ここまでの感想。

 ‥‥じつは、もう途中で読むのをやめて捨ててしまおうかと思ったりしたのだけれども、ちょっとがんばってみました。それでも正直、面白い本ではない。
 著者はなんでもハーヴァード大学を首席で卒業され、その後ダンテの研究でアメリカの「ダンテ賞」なるものを受賞されたことがあるらしい。つまりまさにダンテの研究家で、小説家としてのキャリアはこの作品がデビュー作。1865年のアメリカの、まさに「神曲」がロングフェローらによって翻訳出版されようとするときを時代背景とした舞台に、そのロングフェローやオリヴァー・ホームズら実在の人物が多数登場する。で、その「実在の人物」の、まさに伝記的な、つまりは事実だったのであろうことがあれこれと盛り込まれている。で、そのあたりの資料から引っぱってきたのであろう部分が「生硬」で、その引用の組み立て方もお上手ではない。文章自体がちょっと読みにくく、これは翻訳者のせいかもわからない。不自然な展開のところもあるよ。

 かなり話題になった本だったはずで、映画化されていないんだなあ、などと思ったら、この描写では映像化はムリですね。おそらく未来永劫映画化はされない。まあそういうことはどうでもいいけれど、読んでいてあんまり気もちがいいものでもない。とくに読みはじめの冒頭の部分なんか、ほんとうに気分が悪くなってしまったから。

 アメリカでのダンテ受容の一端、それに南北戦争直後のアメリカの空気なども読み取れそうだから、ちょっと読み飛ばすつもりで下巻も早いところ読んでしまおう(こういうの読むと、この本と同じ「神曲」の記述による殺人を書いていたりするトマス・ハリスは、やっぱりうまいなあと思ったりする)。


 

[]二○一二年四月のおさらい 二○一二年四月のおさらいを含むブックマーク

展覧会:
●「生誕100年 ジャクソン・ポロック展」@竹橋・東京国立近代美術館

映画:
●「ナッシュビル」(1975) ロバート・アルトマン:監督
●「BIRD★SHT バード★シット」(1970) ロバート・アルトマン:監督
●「たのしい知識」(1969) ジャン=リュック・ゴダール:監督

読書:
●「黒死館殺人事件」小栗虫太郎:著
●「高慢と偏見」ジェイン・オースティン:著 阿部知二:訳
●「現代美術キュレーターという仕事」難波祐子:著
●「高慢と偏見とゾンビ」ジェイン・オースティン&セス・グレアム=スミス:著 安原和見:訳
●「バリー・リンドン」ウィリアム・メイクピース・サッカレー:著 深町眞理子:訳
●「ダンテ・クラブ」(上)マシュー・パール:著 鈴木恵:訳

DVD/ヴィデオ:
●「断崖」(1941) アルフレッド・ヒッチコック:監督
●「大いなる遺産」(1946) チャールズ・ディケンズ:原作 デヴィッド・リーン:監督
●「ローマ帝国の滅亡」(1964) アンソニー・マン:監督
●「勇気ある追跡」(1969) ヘンリー・ハサウェイ:監督
●「悲しみの青春」(1971) ヴィットリオ・デ・シーカ:監督
●「ランボー」(1982) テッド・コッチェフ:監督
●「ランボー/怒りの脱出」(1985) ジョージ・P・コスマトス:監督
●「ランボー3/怒りのアフガン」(1988) ピーター・マクドナルド:監督
●「ミュージックボックス」(1989) コンスタンティン・コスタ=ガヴラス:監督
●「L.A.コンフィデンシャル」(1997) ジェイムズ・エルロイ:原作 カーティス・ハンソン:脚本・監督
●「ガーゴイル」(2001) クレール・ドニ:監督
●「レイヤー・ケーキ」(2004) マシュー・ヴォーン:監督
●「ぼくのエリ 200才の少女」(2008) トーマス・アルフレッドソン:監督
●「愛する人」(2009) ロドリゴ・ガルシア:監督
●「青髭」(2009) カトリーヌ・ブレイヤ:監督
●「ソルト」(2010) フィリップ・ノイス:監督
●「キラー・インサイド・ミー」(2010) マイケル・ウィンターボトム:監督
●「トゥルー・グリット」(2010) ジョエル・コーエン/イーサン・コーエン:監督
●「果しなき欲望」(1958) 今村昌平:監督
●「にあんちゃん」(1959) 今村昌平:監督
●「人生劇場 飛車角」(1963) 沢島忠:監督
●「人生劇場 続飛車角」(1963) 沢島忠:監督
●「鉄砲伝来記」(1968) 森一生:監督
●「修羅雪姫」(1973) 藤田敏八:監督 梶芽衣子:主演
●「LOFT ロフト」(2005) 黒沢清:監督
●「チーム・バチスタの栄光」(2008) 中村義洋:監督
●「猟銃」フランソワ・ジラール:演出 中谷美紀:主演

 

 

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■ 2012-04-29(Sun)

 入院ふつかまえで、きのうはクスリの副作用からかなんとなくフラフラしていたというのに、きょうは東京へ出かける。「冥途の見納め」とかいうのではないけれど、しばらくは監禁拘束される(というのはオーバーだけれども)ことになるのだから、そのまえに自由を満喫しておこうというつもりはある。きょうは神保町でHさんと待ち合わせ、ランチのあと竹橋まで歩いて「ポロック展」を観ようという計画。

 ゴールデンウイークもはじまって、きょうは晴天で陽気もいいから、電車もいつもより混んでいる。新宿へ出てまずはチケットショップをのぞいて、そのポロック展のチケットをさがしてみる。もう会期もおわりに近いのでとうに売り切れているかもしれない。順にみて歩いたいちばんさいごの店で一枚890円で売っていたのをみつけた。これで600円浮くから大きい。

 都営新宿線に乗って神保町でおりると、まだ約束のじかんよりちょっと早かった。ランチを食べようと思っていた「S」は、日曜で休みだった。そうだ、ここはいちおう学生街というか、古本屋も日曜に休むところが多いのだった。
 Hさんと合流し、それではとべつの店、「K」へ行く。この店はわたしが学生のころからずっとある老舗だけど、入った記憶はない。入り口のせまっ苦しい感じからはあまり想像出来なかったけれども、店のなかはかなりゆったりしていた。料理もシンプルだけれどもおいしくて、店が長くつづいているのはこのシンプルさゆえかもしれない、などと思ったりする。

 店を出て、竹橋まで歩く。新緑若葉のころ、散歩にはもってこいの陽気である。ちょうど近代美術館のまえについたころケータイに着信があり、出てみるとわたしの娘であった。わたしがきょう竹橋に出てくることは知っていたので、そのあと会おうよということである。それはちょうどいいのであったけど、Hさんといっしょなのでちょっと「どうしよう」ということになる。娘の方は電話口では「いっしょでもいいよ」という感じだったけれど、Hさんは「そりゃあ気まずいなあ」という感じで、わたしも「いいじゃないの」といったのだけれども、まあ考えてみれば男であるとか女であるとかかんけいなしに、そりゃあ気まずいことは気まずいだろうと思いあたって、じゃあアフター美術館はHさんとはお別れして、わたしは娘とあって帰りましょうということに。

 ゴールデンウイークで会期終了も近づいた美術館はさすがに混み合っていたけれど、そんな、作品が観られないというほどでもない。ここでも子どもづれの人たちが多かった。小学生ぐらいでポロックの絵なんか観たら、どんな感想持つんだろう。ここで先に「展覧会をやるぐらいの有名な画家なんだ」という意識があって絵を観ると、それはちょっとつまらない気がする。「なんだコレ」みたいに素直に思った方がいい。「あんな、くわえタバコで床に絵の具をまき散らしながら絵をつくるんだ」ってあたりが記憶に残るといいな。

 一階のポロックを観おわって、四階からの「常設展示」を観る。ここの常設はいつも、それこそ「なんだコレ」みたいな作品が並べられていて楽しいのだけれども、きょうの展示もなかなかにすごかった。ぜんぜん名まえも聞いたことのない作家の作品があれこれ並んでいて、そういうのがなんだか歪んでいるというか、どこか「いびつ」な印象があって、そういう「いびつ」ということが、こころに残るのであった。

 五時の閉館で美術館を追い出され、Hさんと東京駅まで歩く。改札口で娘と遭遇し、そこでHさんは娘と対面して、そこでわかれる。わたしは娘と八重洲口へまわり、また「刺身とかのおいしそうな店」を探したりする。地下街の案内に、まさに「魚のおいしい店」とか書かれた店があったので、すなおにそれを信じてその店に行く。またけっこう歩く。きょうはずいぶんと歩いたなと思う。
 店はけっこう混んでいて、わたしたちはカウンター席になってしまう。わたしは禁酒禁煙(禁酒というのはいま服用しているクスリのせいで、そういうのがなければ、こういう症状でも少しぐらいは飲んでもいいのである。タバコはもうダメね。)なので、ノンアルコールのビールを注文する。あとは刺身と焼魚(かれいだったかひらめだったか)のセットとか。わたしはつい、いつものつもりでグラスの液体をごくごく飲んでしまうのだけれども、ふと、これはノンアルコールなのであって、そんなものを何杯もおかわりするのはアホだと気付く。
 カウンターのはじの席でちょっと騒々しく、店員の応対にもイマイチなところがあるような気もしたけれど、料理はおいしかったんじゃないだろうか(せんじつの森下の居酒屋には負ける)。
 いろいろと娘の近況などをきいたり、わたしのことを話したりする。わたしの周囲に親しい知人がいないので、ある組織に加盟しようかと思っていると話すと、そういう根本のところでは信奉していないようなものを選ぶのはよくないと、諭された。「ほんとうだ」と思った。

 ゆっくりとしたいところだったけれど、やはりあまり遅くならないうちに帰ることにして、娘と別れて帰宅した。



 

[] 「生誕100年 ジャクソン・ポロック展」@竹橋・東京国立近代美術館  「生誕100年 ジャクソン・ポロック展」@竹橋・東京国立近代美術館を含むブックマーク

 ひとりで観るのではなく、人といっしょに展覧会を観るということは、またちがった角度からその作品をみつめるいい機会になる。だからわたしは展覧会の会場でもできるだけ、いっしょの人とおしゃべりしながら観ることにしている。とりわけ、きょうごいっしょしたHさんの意見はいつもユニークなところがあり、わたしとしてもそういうところに啓発されるわけである。

 きょうは、ポロックという男の自意識のようなものについて考えたりした。
 会場内では、ポロックの製作情景を捉えた、二本のみじかい映像が放映されているのだけれども、それを観たHさんは「ロックスターのように、自分がどう見られるかということをとても意識している」という。なるほど、あの腰の伸ばし方、くわえタバコすがたとそのくわえタバコの投げ捨て方など、たしかに見られていることを意識している。ポロックの場合、そのことが彼の動きをぎこちなくしているのではなく、逆に彼に自信を与えているようなところがある。「演じている」というわけ、だろうか。

 そういうふうにみると、彼が精神分析医にかかっていたときに、医療行為として描かれたデッサンなどをみると、「こう見られるだろう」と意識して、わざと性的なシンボル(に見えるもの)を描いているようなところもある。

 そうすると、彼の自動車事故死はやっぱりこれは「自殺」だろうな、と思う。ジェームズ・ディーンあたりを意識したんじゃないかと調べたら、ジェームズ・ディーンの事故死はまさにポロックの死の前年のこと、だった。まあこういうことはむかしから何度もいわれて来たことだろうけれども、やはりポロックはジェームズ・ディーンをや(演)ったんじゃないかと思う。



 

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■ 2012-04-28(Sat)

 世間一般では、きょうから大連休のゴールデンウイークのはじまり。わたしもまた大連休だけれども、わたしの場合はまったく「ゴールデン」という感じではない。入院は五月一日なので、きょう、あした、あさっては自宅療養ということだけれども、それでもあしたは遊びに行ったりするのである。せめてものゴールデンウイークというか、いちにちだけだからこれはゴールデンデイ。

 げんざい、みっつの病院から処方されたクスリが手もとにあって、これがぜんぶで七種類ある。胃のクスリが二種類、血圧のクスリが二種類、そしてきのう処方された狭心症を抑えるクスリが三種類である。そもそもがクスリを毎日のむという習慣もないし、こんなにたくさんのクスリを、それぞれの決められたじかんに服用するというのがたいへんである。
 きょうは午後からやはり入院にひつようなものを買いに出たのだけれど、歩いていてなんだかフラフラしてしまった。きっとクスリの副作用なのだと思う。

 「バリー・リンドン」も読み終わったし、これからはしばらく病室のベッドの上での生活になるし、どんな本を持って行こうかと考える。まずはナボコフの古い文庫の「賜物」と、このあいだ買ったディックの短編集あたりにしようかと思う。図書館に借りていた本もちょうど返却期限になっていたので、図書館に返却に行き、ついでに書棚をみてまわる。いつも読みあぐねてしまうカフカの日記にまたトライしてみようという気分になって、これ一冊だけを借りてきた。まあ一週間の入院生活でそんなにたくさんは読めっこないのだけれども。


 

[] 「バリー・リンドン」ウィリアム・メイクピース・サッカレー:著 深町眞理子:訳  「バリー・リンドン」ウィリアム・メイクピース・サッカレー:著 深町眞理子:訳を含むブックマーク

 原題は「The Memoirs of Barry Lyndon, Esq.」で、「バリー・リンドン殿の回想録」というようなところ。1844年の作品である。原題からわかるようにこの本は主人公のバリー・リンドン自身が書いたものという設定で、その記述に対してところどころ、編集者が<注>を挿入している。なんとなく「トム・ジョーンズ」のような波瀾万丈の生涯という雰囲気はあるけれども、主人公のバリー・リンドンはチンケな小悪党であり、とくに後半のレディ・リンドンとの結婚以降のめちゃくちゃな生活は擁護できるものでもないし、また、ここでのバリー・リンドンの記述の自己正当化もあきれたものである。ただ前半の軍隊から賭博師への成り上がりぶりなどはそれなりに喝采をおくりたいようなところもあり、全体にはやはり「ピカレスク・ロマン」という空気が濃厚ではある。

 やはりわたしはどうしてもキューブリックの脚色・演出した映画版の「バリー・リンドン」との比較ばかりしてしまうのだけれども、そういう面では「いやあ、キューブリックも大胆な脚色をやったものだなあ」という印象になる。とくに後半の、賭博師としてヨーロッパの社交界で名をはせ、そののちにイングランドにもどってレディ・リンドンと結婚する過程、また、そのレディ・リンドンとの結婚生活、義子のブリンドン卿とのかんけいなど、これはもう映画と原作ではまるで「別モノ」といいたくなる。このあたり、映画ではマリサ・ベレンソンの演じるレディ・リンドンという造型を、あるいみではただ美しいだけの「お人形」のように仕立てようとしたことから来るものだったのだろう。そういう意味で、映画版では原作でのレディ・リンドンとバリーとのドラマを大幅に割愛し、そのかわりに、原作ではとちゅうで入隊していなくなってしまうブリンドン卿との決闘、ということでドラマに決着を付けることになる。

 まえに映画の「バリー・リンドン」を観たときに、これは視覚的な「絵巻物」のような世界だという感想を書いたけれど、その原作にあったのは、映画版よりももっとチンケで卑劣な主人公の語るピカレスク・ロマンであり、また、もっとドロドロとした夫婦生活の泥沼、などであった。

 なお、映画では赤の他人であったシュヴァリエ・ド・バリバリー男爵だけど、原作では彼は父の兄、つまり伯父という親族関係があったことになっている。



 

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■ 2012-04-27(Fri) このエントリーを含むブックマーク

 きょうで、この日記を千日連続して書いたことになるらしい。ほかのところで継続して書いていた日記をここに引き継いで書いているので、ほんとうはもっとながいこと連続して書いているのだけれども、じつはここで連続して書きはじめたのは、ネコのミイとのさいしょの出会いの日から、というふうに意識してのことである。つまり、いまから千日まえにはじめて、わたしはミイと出会ったのである。それからの三年にも満たないあいだに、ミイはわたしの部屋に出入りするようになり、五匹の子ネコをこの部屋で育てたりもした。そのうちの一匹がニェネントなのである。ミイは子ネコたちをこの部屋から連れ去ろうとしてわたしと衝突し、かろうじてわたしの手もとにはニェネントだけが残された。ニェネントを守るため(野良ネコにしないため)にミイとしばらく絶縁状態がつづいたけれど、おととしの十一月の末に、ミイはこの部屋にやってきて、この部屋で死んだ。ミイとのことを思い出すとあれこれと感慨深いものがある。
 千日というじかんは、たとえばリチャード・バートンがアン・ハザウェイといっしょになってそのあとにエリザベス・テイラーと浮気して、アン・ハザウェイがじゃまになって打ち首にしてしまうまでの期間でもある。ちがうか。とにかく、千日というときの流れのなかにはいろいろなことがある。これからも、つぎの千日、そのまたつぎの千日と、さまざまなことが起き、ときの流れに押し流されて行く。

 しごとのあと、きのうも下車したターミナル駅にある市民病院へ行く。十一時ちょっとすぎに着いてみると、この日の診察は十一時受付までで終了といわれる。症状を話して、つまりはちょっと緊急なのだと告げると、どうやら診てくれることになった。レントゲンを撮り、心電図を取って診察を待つ。心電図がヤバいらしく、いますぐにでも入院した方がいいでしょうといわれる。なにも準備をして来ていないのでいちど帰りたいと告げると、意外にもすんなりと受け入れられて、では五月一日に入院ということで進めましょうと。つまり、あしたから病院も三連休なのだ。

 二ヶ月ほどまえに緊急搬送されたときには心電図などに異常はなく、そのときには無罪放免になってしまったのだけれども、こんかいは有罪判決を受けた。一週間ほどの入院で、点滴治療と「心臓カテーテル治療」というのを行なうらしい。まっさきにニェネントのことが心配になったけれど、入院中に一時帰宅なども出来るらしい。ネコエサをてんこもりにして置いておけば、三、四日で様子を見に戻れそうだから、なんとかなるだろう。

 じつはあさってはHさんと竹橋にポロック展を観に行こうという約束がしてあった。どうしようかと思っていたら、病院から帰宅したあとにちょうどHさんからメールがあった。この際だからと、つまりあさってはHさんと出かけることにした。それで、ちゃんと予定どおりに一週間ほどの入院でおわれば、退院後はまたHさんと六本木で「鉄割」を観るという予定。
 おとといからきのうと、Gさんと痛飲したことと発作との因果関係はわからないけれど、もうこれからはあんまり酒を飲むわけにもいかないだろう。おそらく、喫煙などとんでもないということになる(といいながら、じつはこの日記を書きながらちょっと一服したりするのだが)。

 夕方から、入院のためにひつようなものを買いそろえたりした。

 まえの十二指腸潰瘍での入院が七年まえで、そのまえの肺炎での入院がやはりその七年ほどまえだったと思う。こういう周期というのも不思議なものだけれども、十二指腸潰瘍も肺炎も、死ぬの生きるのとちょっと切迫したものだった。こんかいもなんだか、死の淵をちょっとのぞきこむような体験になるのだろうか。



 

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■ 2012-04-26(Thu) このエントリーを含むブックマーク

 日付けは二十六日になって、「N」で盛り上がったあと、わたしは新宿のカプセルで夜を明かすつもりだったのだけれども、けっきょくGさんの部屋に泊めていただいた。Gさんはしごともいそがしいらしいのにこうやって付き合ってくださり、ただただ感謝である。

 空も明るくなってGさん宅をおいとまし、まっすぐに電車で家に向かう。わたしの乗った電車がローカル線に乗り換えるターミナル駅にすべりこむとき、わたしの乗るローカル線のホームから電車が出発するのがみえた。せめてこの、いまわたしが乗っている電車からの客が乗り換えるまで待っていてくれればいいのに。‥‥つまり、つぎのローカル線はちょうどいちじかん先なのである。この駅の構内にはたしかにカフェが一軒あるのだけれども、ここでいちじかん待てというのはひどすぎると思うし、つまり、こういうケースは途中下車をみとめるべきなのではないかと思うのである。まあわたしはこういうケースを見込んで目的地までの切符は買っていないので、ここでいちど精算下車して駅周辺をぶらぶらする。このターミナル駅のまわりはこのところずっと、規模の大きな改装がつづいていて、この日外に出ると、駅ビルのなかにあたらしい書店がオープンしていた。

 とにかくじかんをつぶしてローカル線に乗り、ようやく家に帰る。ニェネントちゃんただいま。‥‥きのう部屋を出るとき、ニェネントの食事用にいつもよりたくさんネコ缶を開けて、皿に出してあげていたのだけれども、ニェネントはこれをちっとも食べていなかった。やっぱひとりでのお留守番は食欲もわかないんだろうか。

 ‥‥よる、寝ていたらまた狭心症の発作が起きた。いつもより長くつづき、このまま心臓が停止して死んでしまうんじゃないかと思った。というか、「死ぬ」というイメージがはっきりとみえた。知覚は明晰なので、なにもわからないでいつの間にか死んでしまうよりは、こういうふうに「死」をみつめながら死ぬのがいい、と思った。でも、発作がおさまらないままいつの間にかまた眠ってしまったから、これで死んでしまっていたらちっとも「死」と向き合っていたことにはならないな、などと、つぎに目覚めたときに思った。あしたは病院に行こう。



 

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■ 2012-04-25(Wed)

 夕方から渋谷で、ゴダールの「たのしい知識」を観た。平日の、まだふつうの人はしごとをしているじかんだからか、あんまり混んではいなかった。「たのしい」映画、だった。映画を観たあとに渋谷でしごとをしているGさんにメールし、しごとから抜け出してきたGさんと合流、「U」という居酒屋で飲み喰いする。ひとしきり「たのしい」じかんをすごしたあと、駅前のバー「B」への階段を、ほんとうに久しぶりに上る。この店に来るときはいつもGさんといっしょ。「B」のマスターのIさんはわたしたちの知り合いのJさんにそっくりで、話題も豊富というか、お客さんの会話のフォローがとってもうまいのである。わたしもバーのマスターやったことあるけれど、こういう、Iさんみたいなマスターをやりたかったのである。きょうはなぜがGさんとアナーキズムとかの話になったりした。気合いを入れてまたアナーキズムの勉強をしてみたい気分が、このごろ盛り上がっているからか。

 このあとじつはもう一軒、メトロの副都心線で新宿へ移動して、これもわたしには久しぶりのバー「N」のドアをあける。ここでどうやらわたしは、「小説を書きたい」などという話をしてしまったようである。「どうしようもない話なら書ける気がするけれど、それではダメなんだ、やっぱポジティヴなものでなけりゃ」みたいな。

 もうここで日付けは変わってしまっているから、あとはまたあした。


 

[] 「たのしい知識」(1969) ジャン=リュック・ゴダール:監督  「たのしい知識」(1969)  ジャン=リュック・ゴダール:監督を含むブックマーク

 ゴダール+ジガ・ヴェルトフ集団の作品の特集上映の一本で、いままでずっと日本では未公開だった作品。この特集上映では、ほかに「ありきたりの映画」だとか「ウラジミールとローザ」の日本未公開だった作品も公開されているけれど、ゴダール+ジガ・ヴェルトフ集団の全作品を公開しているわけではないし、「ウイークエンド」やこの「たのしい知識」などは、はっきりと「ジガ・ヴェルトフ集団」の作品と認識されているわけでもない。
 で、この「たのしい知識」という作品のことは、「ウイークエンド」がATGで公開されたときのパンフレットでもってその存在は知っていたし、なんか食指にひっかかるタイトルと、ジャン=ピエール・レオとジュリエット・ベルトの主演ということで、「観てみたい」とずっと思っていた。ジュリエット・ベルトはこのころのゴダールの映画にけっこう出ていて、いちばん印象に残っているのは、「ウイークエンド」のなかでスポーツカーに乗ったブルジョワ男が農民のトラクターだかと衝突して死んでしまい、その彼女だというジュリエット・ベルトが農民にさんざん差別的な悪態をつくというシーン。

 「たのしい知識」は、「中国女」とその「ウイークエンド」のあとにつくられた作品で、もともとはTV用に撮られた作品。ジャン=ジャック・ルソーのテクストから書かれたものという話だけれども、ジャン=ピエール・レオが「エミール・ルソー」という名まえなのだという以外、これがルソーだとはあんまり思えない。って、わたしはルソーがどんなものなのか、読んだことがなかったのだ。

 作品はTVスタディオのなかでジャン=ピエール・レオとジュリエット・ベルトが出会い、ふたりで「あたらしい映像と音による作品」について語るというようなもので、スタディオのなかはふたりを照らす照明ひとつだけであとは真っ暗。まあ「大黒」という感じである。ここにさまざまな音と映像のコラージュがはさまってくるわけで、映像はおもに、当時のグラヴィア雑誌の絵や写真にスローガン的なことばが書き加えられたもの。作品として、ダイレクトにゴダールがじぶんの方法論を語ったものという感じであって、その大衆消費的グラヴィアとスローガンとのミックスというのは「中国女」を思い出させられるものであるし、後半に頻出する「ただまっくろな映像」というのはのちの「東風」でまた出てくることになる。

 まあとにかくジャン=ピエール・レオとジュリエット・ベルトのことばとして、いろんなことがしゃべられるわけだけれども、とにかくあたらしい「映像と音」から成り立つ作品をつくるために、さいしょにまず「映像」と「音」を集め、つぎにその映像と音を批判的に再構築するのだなどと、まさにポストモダン的なことが語られたりしている。記録演劇についてだとか、そのほかにもほんとうにいろんなことが語られるのだけれども、ちょっと密度が濃すぎて、わたしのようなぼんやり人間がいちど観ただけではすべてを記憶するのも不可能。

 五月革命の直後ということもあり、そういった五月革命のモノクロ写真、音声などがなんども出てくる(ダニエル・コーン=ベンディットの名まえがなんども聞かれる)。このあたりは「ありきたりの映画」という作品で、まさに「五月革命」を主題として結晶しているはずなので、そっちを観たくなってしまう。
 あと、「ただまっくろな画面」といっても、こうやって日本語字幕付きで観ると、つまりはそのまっくろな画面の下に出てくる日本語字幕を観ているわけで、じつは「ただまっくろな画面」を観ているのではないのであって、ここは日本語吹き替えでやるべきなんじゃないか、などと思ったりした(まえから、ゴダールの映画は日本語吹き替えで観てもいいんじゃないかというのはよく考えていたこと)。



 

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■ 2012-04-24(Tue)

 きょうはほんとうは東京に出て、ゴダールの未公開作品を観るつもりもあったのだけれども、きょう病院に行かずにいると行けるのがらいしゅうになってしまう可能性もあるので、そのあいだ胃の調子がわるいままだったりするとイヤだ。しごとを終えてから、やはり胃腸科の病院へ行くことにした。うちからは南の方にあるその胃腸科の病院、まえを何度か通ったことはあるけれども、なかへ入るのはもちろんはじめて。かなり大きな病院だし、待合室もきれい。診察に入っても閉鎖的に診察室に閉じ込められるというのではなく、どこかオープンな空気のなかで診察を受ける。おそらくは患者の心理も考えての、人間工学的な設計なんだろうと思った。
 とりあえずは問診と血液検査ぐらいで終了するけれども、らいしゅうに胃カメラによる検査を行なうことになった。いぜん十二指腸潰瘍の穿孔をやったことがあるというと、問診の先生もちょっとびっくりされて、「穿孔をやったのですか」と聞き返された。胃薬を二種類もらって帰る。これで四種類のクスリをまいにち飲むことになる。いぜん治療した歯の調子もわるいので、つぎは歯医者だな。そうすると病院も三軒かけもちということになり、いよいよ老人臭くなる。

 せっせと「バリー・リンドン」を読み、夕方から、録画してあったウディ・アレンの「それでも恋するバルセロナ」という作品を観はじめる。‥‥ううう、わたしは彼の「人生万歳!」っていう作品もがまんしながら観て、とってもつらかったのだけれども、こいつもダメである。スノッブ。というか、なんでこんなテーマでこんなふうに映画をつくるのか、わたしにはまるで理解できない。しばらく観つづけたけれども、どんな展開になってもおぞましい気がして、観るのをとちゅうでやめてしまった。さいきんでは、サム・メンデス監督の「お家をさがそう」という映画がやはりこういう感じでイヤ、だった。
 ヴィデオテープを早送りすると、つぎに録画してあったのは「チーム・バチスタの栄光」という作品だった。これを観た。

 


 

[] 「チーム・バチスタの栄光」(2008) 中村義洋:監督  「チーム・バチスタの栄光」(2008)  中村義洋:監督を含むブックマーク

 なんだかすっごくバランスが悪い作品というか、軽いコメディタッチの導入部とかいいんだけれども、患者の「死」というもんだいをあつかうというあたりで、妙にマジメに重たくなったりする。ブラックで押し切れば、コミカルな演出も活きてきただろうに、などと思ったりする。厚生労働省からの役人の造型が薄い。



 

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■ 2012-04-23(Mon) このエントリーを含むブックマーク

 しごとは非番で休み。あさ起きてそのままベッドで本を読んでいて、またそのまま寝てしまう。TVで放映されている映画を録画しようとして失敗し、昼になって起き出して、きのう炊いてあったご飯でかんたんな昼食をとる。またベッドで本を読んでいて、また寝てしまう。よるはWOWOWで溝口健二の珍しい作品を放映するので録画しようと思っていたのだけれども、これもあやうく録画失敗するところだった。あたまの十分ほどは録画出来ず。いいかげん寝てばかりだったのだけれども、よるベッドで本を読んでいるうちにまた寝た。いちにちの半分以上は寝て過ごした。胃腸科で診てもらうつもりが行けなかった。あしたは昼から東京に行って映画を観るつもりだったけれど、あさまだ調子が悪ければ病院へ行こう。

 郵便受けに郵便が来ていて、みたらインターネットのプロバイダへの年間契約料の振込用紙だった。あ、すっかり忘れていた。これでTVなんか買ってしまうと、ちょっと経済的にあやうくなってしまうかもしれない。TVはほしいけれど、あともうちょっと様子をみよう。

 まいとしゴールデンウイークは新宿で行なわれる「イメージフォーラム・フィルム・フェスティヴァル」に行くのだけれども、ことしの上映作品はみてもピンとくるものがないので行かないことにした。こういうふうにいつまでも引きこもってウツウツとしていてもよくない。連絡をとって、今月中にGさん、Hさんとそれぞれ会うことにした。これからはもうちょっと積極的に外に出て、こっちから連絡をとってひとに会ったりしなければなあ、などと思う。いままでは舞台などを観に行けばたいてい知人に会えたから、それで舞台がはねたあとに飲みに行ったり打ち上げにまぜてもらったりしたものだけれども、いまはもう、そういう皆が集るようなイヴェントがなくなったり、そういうのがあってもわたしが行かなかったりするのである。いまやっているチェルフィッチュの新作公演も、いまのところチケットは取っていない。ひょっとしたら当日券めあてで行くかも知れないけれど、それで知人と会う可能性はほとんどないだろう。
 ゴールデンウイークのおわりには、水戸で「唐組」の公演がある。わたしの機嫌がよければ行ってみたい。そのあとは鉄割の公演だな。いまはとにかく、「バリー・リンドン」を読もう。


 

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■ 2012-04-22(Sun)

 きょうはしごとはあるのだけれども、日曜日なのでひじょうにヒマである。気分もすぐれないので、かったるく定時まですごす。帰宅して朝食。またニェネントが寄ってくるのだけれども、このコ、レタスが好きというわけではなく、つまりはマヨラーなのだということがわかった。レタスだけちぎってあげても食べないのでちょっとマヨネーズをつけてあげると、ペロペロとなめながらレタスもいっしょに食べてしまう。ではもうちょっとあげましょうと、マヨネーズをつけたレタスを皿で出してあげる。しかしこんどはマヨネーズをなめるだけで、けっきょくレタスはぜんぶ残してしまった。

 「高慢と偏見」と、そのおまけだけれども分量はおなじだけある「高慢と偏見とゾンビ」を読み終えて、こんどはサッカレーの「バリー・リンドン」を読むことにした。イギリス文学の古典が続く。これで次は「嵐が丘」でも読もうかという気分。しかし、「バリー・リンドン」、キューブリックの映画とまるでちがうではないか。


 

[] 「愛する人」(2009) ロドリゴ・ガルシア:監督  「愛する人」(2009)  ロドリゴ・ガルシア:監督を含むブックマーク

 原題は「Mother and Child」というもので、「養子」というテーマをめぐって、三人の女性の生が交差するドラマ。アネット・ベニングは14歳のときに出産した子どもを養子に出していて、そのゆくえを知らないでいる。ずっと老母の面倒をみてきたけれど、その母の死後に再婚し、養子に出した子のことを知りたくなる。その子どもがナオミ・ワッツで、優秀な弁護士として自立した生活をおくっている。37歳で妊娠し、ひとりで育てようと決意したときに、会ったことのない実母に連絡を取ろうとする。ここに子どもにめぐまれず、養子をもらおうとしている夫婦の話がからんできて、ラストにはこの三つの話がリンクされる。

 ものすごく観念的というか、あたまのなかで作りあげたおはなしという気がして、とってもウザい感じ。わたしが男で、そういう女性の生理的なことがらはわからないし、あんまりわかろうという気もちも持ち合わせていないわけだし、とにかくこういう脚本は好きではない。



 

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■ 2012-04-21(Sat)

 あさ、しごとを終えて帰宅して、まずはニェネントにごはんを出してあげる。それから目玉焼きをつくり、冷凍してある食パンを電子レンジのトースターで焼く。トーストが焼けるとちょうど、目玉焼きもいい具合になっている。トーストにマーガリンをぬり、レタスをしいてその上に焼けた目玉焼きとハムをのせ、マヨネーズをトッピングしてホットサンドにする。インスタントのコーヒーをいれて、これがわたしの朝食になる。
 そうやってけさも電源を入れたパソコンのまえで朝食をとっていると、出してあげた朝食のおいしいところ(つまりネコ缶)だけをサッサと食べ終えたニェネントがふっとんできて、わたしがサンドを持っている左手にまえ足をかけ、サンドにかみついてこようとする。‥‥いままでわたしの食べているものを欲しそうにはしていたけれど、ダイレクトに攻撃をしかけてくるのでおどろいた。しつけの悪い飼いネコである。「ダメです!」とニェネントを追い払うけれど、すぐにまた寄ってくる。「どうせ食べないクセに」と思って、レタスをちょっとちぎってニェネントの口もとに出してやると、これが意外にペロッと食べてしまった。そうだよな、ネコは野菜とかも食べるのであった。それを忘れていて、ほんとうにしばらく青いものはあげていなかったのだ。これからはちょくちょくそういうものをあげなくては。いやしかし、ひとの食べているものにかみついてくる不作法さはまた別もんだいである。寄ってくるからといってすぐに食べさせてあげていると、悪いクセがついてしまう。そういえば、きょうあたりがニェネントの一歳と十ヶ月の誕生日にあたるはずである。もうすぐ二歳だね。

 きょうは土曜日なので、しごとに出ているあいだMDにエアチェックしてあったFM放送をずっと聴く。ゴンチチの番組はコーヒーにちなんだ曲の特集で、コーヒーの曲には名曲が多いな、などと思いながら聴く。「コーヒー・ルンバ」はやはり西田佐知子で聴きたかったけれど。そういえば先日、The Band のLevon Helm 氏がお亡くなりになった。これでThe Band は、Garth Hudson ひとりになってしまったか(?)。追悼特集の多いピータ・バラカン氏の番組は、来週あたり大特集をやるだろう。

 夕方からヴィデオを一本観て、夕食にはカレー。これはきのうキッチンの棚をみて、あまりにたくさんのカレールーがストックされてるのでおそれをなしてのこと。


 

[] 「高慢と偏見とゾンビ」ジェイン・オースティン&セス・グレアム=スミス:著 安原和見:訳  「高慢と偏見とゾンビ」ジェイン・オースティン&セス・グレアム=スミス:著 安原和見:訳を含むブックマーク

 ぜんたいの展開、そしてほとんどの文章は「高慢と偏見」とまるでおなじ。ただ、舞台となる十八世紀のイギリスには感染するとゾンビ化する謎の伝染病がまん延しているという設定で、ヒロインのエリザベスら五人姉妹はゾンビ退治の達人であるし、とくに姉のジェインとエリザベスとは、中国で武術を修得して来た卓越した武道家である。エリザベスと結婚することになるダーシーは、どうやら日本で武術を学んだらしいけれど、やはりゾンビ退治の大家である。つまり、「高慢と偏見」のデティールにそういうゾンビの話が紛れ込まされているというわけ。ストーリーのなかでも、たとえばコリンズとシャーロットのカップル、ウィカムとリディアのカップルの末路に改変がほどこされている。たあいがないといえばたあいがない読み物だけれども、基本(本文の八割がた)はオースティンの「高慢と偏見」なんだから、読みごたえはある。本家本元は読んでいなくても、こっちだけ読んでいて「高慢と偏見」は読んだよ、といえるかどうかは微妙である。で、やはり先に「高慢と偏見」を読んで、そのあとにこちらを連続して読むという、わたしのやった読み方がいちばん楽しめるだろうと思う。エリザベスとダーシーの一騎討ちなどという楽しいシーンもあるけれど、終盤の結婚したリディアの脳天気ぶりは、オリジナルの方がすなおに笑えるだろう。


 

[] 「にあんちゃん」(1959) 今村昌平:監督  「にあんちゃん」(1959)  今村昌平:監督を含むブックマーク

 これはつまり実話というか、当時十才の女の子の書いた日記「にあんちゃん」がベストセラーになり、それを今村昌平と池田一朗が脚色し、今村昌平のメガホンで映画化されたもの。撮影は姫田真佐久で、音楽は黛敏郎。つまり、三年後の「キューポラのある街」に近似したスタッフというか、路線的にも近いものがある。
 しかし「清く正しく美しく」路線の「キューポラのある街」にくらべ、さすがに今村昌平監督というか、このちょっとわい雑さをも含んだ、強烈なエネルギーの発露には、ただもう感服する。すごい。

 まえにも書いたと思うけれど、わたし自身がこういう炭坑住宅のある地域で生まれ育っていて、ここで描かれるような「貧しさ」に近いものは見知っているつもりもある(「キューポラのある街」でもその舞台の近くに住んでいたことがあるから、わたしは日本映画に描かれた、極貧地帯とされるふたつの地域に住んでいたわけである)。しかし、(「キューポラのある街」での貧しさなんかなまぬるいって思ったわけだけれど)この貧しさは強烈である。そうして、(先に書いたけれども)主人公らの四人きょうだいをふくめ、その主な舞台となる炭坑住宅で生活する人々の、その発するエネルギーに圧倒される。人情家の殿山泰治、彼の気もちをよく知る所長の芦田伸介、ごうつくなおばばの北林谷栄、都会から来て炭住の生活衛生環境を改善しようとがんばる吉行和子、きょうだいに同情的な小沢昭一などなど、そういう脇役のひとりひとりがみな、印象に残ってしまう。

 「にあんちゃん」というのはたぶん、「二番めのおにいちゃん」という意味で、いちばん末の次女がまだ小学生の次男を呼ぶ名まえ。長男を演じているのは長門裕之で、長女は松尾嘉代が演じている。映画はその四人きょうだいを男手ひとつで育ててきた父の葬儀からはじまり、彼らの住む佐賀県の炭坑の合理化から閉山の流れのなか、四人きょうだいはばらばらになってしまう。長男と長女は長崎に住み込みで勤めるようになり、次男と次女はあちこちと最悪の環境のなかをたらいまわしにされる。次男は「東京で働く」と決意して、夏休みに稼いだ金で職を求めて上京する。ここで、それまでの佐賀の貧困のすがたと、豊かな東京の街との対比が強烈で、佐賀の土地からみれば次男が「自分で働く」と考えるのも当然に見えるけれど、東京に来てみれば、そこは「小学生が働くなんてとんでもない」という世界なのである。

 わたしはこういう、小学生ぐらいの男の子の出てくるドラマが好きでないのだけれども、この作品ではそんなこと思っているヒマはない。一気に観てしまった。次男が次女と別れて東京へと出発しようとする場面で、走り出す次男を追って、手持ちカメラがいっしょに走り出すシーンで、わたしはもう涙がとまらなくなってしまった。ラストにはもういちど、ボタ山に登っていく次男と次女をカメラが追って、いっしょに登っていくのである。黛敏郎の音楽もいい。

 観たあとでネットで検索すると、その「にあんちゃん」の日記の本文を、ちょっとだけ読むことが出来た。ものすごく聡明な子だという印象。もちろん、貧困と才能、未来の可能性には何の関係もないはずである。しかし貧困ゆえに可能性の多くは閉ざされてしまう。そのことがいちばん悲しいことである。もちろんこの家族が韓国出身の家族であるということも大きなポイントだろうけれど、この作品に描かれるいろいろなもんだいは、もっと普遍的なものとして受けとめることが出来るだろうと思う。



 

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■ 2012-04-20(Fri)

 TVモニターがほしいなあという話だけれども、考えてみたらあれこれの事情があって、どうやらこの六月とか七月までにはあたらしいTVを買わなければならなくなるようである。それで、久々の大きな買い物だなあ、などとちょっと緊張するのはやはり、貧乏人の証拠である(まあブツが大きいのはたしかだろうけれども)。来週にでもネット通販で申し込もうと思う。これで、ひとつのニェネントのお気に入りスポット(TVの上)が消滅する。

 よる、ベッドに入ろうとパジャマで歩いていたら、じゃれついたつもりのニェネントにスネをかじられてしまった。意外に痛かった。「痛いじゃないか!」とつかまえようとすると、ふっ飛んで逃げていった。こういうときはしばらくはニェネントを追いかけ回して遊ぶきまり(ニェネントは「遊び」とは思っていないかもしれないけれども)なので、あっちへ追ったりこっちで待ち伏せしたり、ちょっとした運動になった。スネかじりのニェネントは元気である。

f:id:crosstalk:20120421115606j:image:left きょうは図書館から借りている「ルーヴル美術館」の本をさいしょからさいごまで、ざーっとめくってみた。ルーヴルには三千点からの絵画作品が収蔵されているらしく、この本にはそのすべての図版が掲載されているのである。もちろん大半の作品はマッチ箱ぐらいの大きさでしか載っていないのだけれども、きっと付録のDVD−ROMならばすべて大きく観ることが出来るんだろう。しかし、名まえを聞いたこともない画家、観たこともない作品の数多くあること! ぺらぺらとめくっていて、「いいな」、とページをめくる手がとまったのは、ティエポロの作品群のページ。ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロの名まえは聞いたことはあるけれど、作品をまとめて観た記憶はない。へーえ、十八世紀の絵なのにモダンだなあ、という感じ。あと、生つばをのんでしまったっつうか、いちばん色っぽいと感じた絵は、フランドルの十六世紀の画家、ランベルト・スストリスという人(ぜんぜん知らなかった画家)の「マルスとウェヌスとクピド」という作品かなあ。ネットで画像検索したらみつかったので、ここに掲載しときます。‥‥をいをい、鳩ちゃんに何やらせてるのよ、ッて感じ。
 イギリス美術というのはやっぱりコレクションが少なくて、二十点ぐらいしかないのだけれども、そのなかにフュースリだとかリチャード・ダッドなんていう、ちょっと異端系ではないかというのがまぎれこんでいるのが意外(別に「異端」ということもないか)。で、もちろんフランス美術は膨大なコレクションを持っているんだけれども、意外にもルノワールとか印象派の作品も所蔵しているのね。で、ギュスターヴ・モローが一点もないというのもちょっと意外(シャセリオーの作品は二十点ぐらいある)。あったりまえだけれども、ヨーロッパ以外のところの美術は所蔵されておりまっせん。はたしてそのことを何とみるか。

 きょうも夕食はきのうとおなじ献立。ヴィデオを二本観て、読んでいる本もあとちょっとでおしまい。


 

[] 「ぼくのエリ 200才の少女」(2008) トーマス・アルフレッドソン:監督  「ぼくのエリ 200才の少女」(2008)  トーマス・アルフレッドソン:監督を含むブックマーク

 二年まえに映画館で観た作品。きょねんはこの作品のアメリカ版リメイク「モールス」が公開され、ほんとうはそっちを観たかったんだけれども、まだ放映してくれない。二年経つとけっこう忘れているもので、なんでアメリカ版のタイトルが「モールス」なのか、こんかい再見するまで思い出しもしなかった。

 こんかい観て思ったこと。冒頭からずっと、カメラの被写界深度がすごく浅い。つまりピントの合っている範囲がせまい。もう近年はたいていの映画はずっとパン・フォーカスで、どこからどこまでぜんぶピントが合っている映像ばかりなんだけれども、この作品はかなり意識的に、ピントを合わせる範囲を移動させながら撮っているシーンが多い。で、それがどういう効果があるかというと、登場人物の孤独を浮き彫りにしているような効果があるんじゃないかと思った。
 この映画、そういう「孤独」な登場人物が多い。もちろんエリにしてもオスカーにしてもそうなんだけれども、エリに仕えていた男も、また、エリの犠牲になってしまった女性も、彼女につきそう男性もまた孤独であって、友人も犠牲になってしまうその男の独白なんか、聴いていてつらくなってしまうのである。映画のなかで聞こえてくるTVだかラジオの放送で、「ゴルバチョフ書記長」という名まえが出てくるあたりで、この映画の時制がそういうソヴィエト崩壊前のことだということもわかるのだけれども、どこかそういう当時の情勢にからんだドラマなのかもしれない。

 たんじゅんに新手のヴァンパイア映画というだけでなく、どこかしら「つらい」映画だなあという感覚で、そういうところがこころに「ずしん」と来てしまう。


 

[] 「断崖」(1941) アルフレッド・ヒッチコック:監督  「断崖」(1941)  アルフレッド・ヒッチコック:監督を含むブックマーク

 何年かまえに、レンタルのDVDでヒッチコック作品をずらっと観たことがあるけれど、そのときにはDVDをみつけられなくって観ていない作品。

 ‥‥って、ジョーン・フォンティーンの主演だし、彼女が結婚してみると夢みた結婚生活とはちがっていてとか、みょうちきりんな新郎の友人は登場してくるしと、どうしても「レベッカ」を思い出してしまうところがある。で、ある男のことを(この映画ではそれは結婚した旦那なんだけれども)犯罪者だと思い込んでしまうというのは、このあとの「疑惑の影」とおんなじという感じ(この「断崖」の原題は「Suspicion」で、これは邦題の方がいいんではないか)。

 しかし、こういう、ケーリー・グラントみたいな男って、いるんだよね。しかも、こういうヤツにかぎって女にモテる。っつうか、いちどつかまってしまうと、こういうヤツから逃れるのは至難の業だね。いくらでも平気でウソをつき、それでチラリと相手を安心させるような行為をまぜこんで、愛想つかされないようにする。だからこの映画のラストだって、これで安泰なんだかどうなんだか。

 まあそういうんだったら「なんてひでえ男だ、信用ならねえ」っつう映画で終わるんだけれども、この映画はそういう男への疑惑を、ある意味で女性の方が勝手に想像たくましくしていくドラマ、という面からも観ることができるのが面白いわけ。「わたしの主人は殺人を犯そうとしている」または「わたしの主人は人を殺した」と思い込んでしまうのは、たとえば単語スクラブルゲームで自分が「MURDER」なんて単語を並べてしまうことがきっかけだったりして、つまりそれはきわめて主観的なロジックだというわけである。いってみればこれはせんじつ読んだ「高慢と偏見」で、ヒロインのエリザベスがダーシーのことを「卑劣漢」と思い込んでいるのとおんなじようなもので、だからラストの大団円は「高慢と偏見」と「断崖」はおんなじようなものよ、という感じ。

 しかし、前から思っていたけれど、ジョーン・フォンティーンという人はやはり、おどろくほどに腰の線が細い。顔の左右で表情を変えることが出来るというのが、やはり「名優」なんでしょう。で、この方はもう百歳に近いけれどご存命で、この人のお姉さんのオリヴィア・デ・ハヴィランドもまたご存命。このおふたりは、Kinks のレイとディヴのデイヴィス兄弟みたいに、いやそれ以上に仲が悪いのだそうである。



 

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■ 2012-04-19(Thu)

 あさ起きると、胃の調子がわるかった。このところの不調の原因は胃にあるのだろうかという気もしたが、とにかくはきのうの検査の結果を待ってみようか。

 しごとを終えて帰宅して部屋でまったりとしていて、ふっとベッドの上で寝ているニェネントをみるとニェネントもこっちをみかえしてきて、なんだかその表情が愛らしかったし、赤い首輪がちらっとみえているのにも愛着がわいたというか、「ニェネント、きみはわたしのネコだよ」という気もちがふいにわいてきて、そのいっしゅんに、ニェネントという存在が急にいとおしく感じられた。ニェネントがいてくれて、うれしい。

 昼まえにスーパーに出かけ、「わけあり格安コーナー」にビーフシチューのルゥが転がっていたのを買う。帰宅して、しまっておこうと棚をあけると、カレーのルゥの箱が五箱も並んでいるのが目にはいった。いつのまにこんなにためこんでしまっていたのか、これはストックの置きすぎだろう。
 ほかに鶏肉が安かったのを買って、これは先にこまかくしてから冷凍にしておく。まな板で肉を切っているとその皮の部分だけが分かれてしまうので、そばに寄ってきているニェネントにあげる。ニェネントはクンクンとようすをみているのだけれども、食べないで放置している。なんだ、食べないのかと、ちょっとだけ肉の部分をあげると、こっちはすぐにペロリと食べてしまう。やはり皮だけとかは好きではないのか。それではわたしがいただきましょうと、かなりたくさん残ってしまった皮の部分をあつめて、ちょっと塩をふって網の上で焼く。これはけっこうわたしの好物で(まあつまりヤキトリだし)、なかなかにおいしかった。

 かんたんな昼食をすませ、ベッドに横になって本を読んでいたら、やはり寝てしまった。一時間ぐらいで目覚めたけれど、そのときになにか夢をみていた気配があった。思い出そうとしたけれども思い出せなかった。

 ヴィデオを一本観て、夕食はきのうとおなじく焼豚と納豆ですませる。そのあとまたベッドで本を読んでいて、すぐに眠くなってしまった。睡眠のとりすぎ。


 

[] 「ローマ帝国の滅亡」(1964) アンソニー・マン:監督  「ローマ帝国の滅亡」(1964)  アンソニー・マン:監督を含むブックマーク

 なんか、「またローマものかよ」という感じもするけれど、これはまさにいろんな面で「二番煎じ」だろうが、というような作品ではないか、という気がしてしまう。
 まず監督のアンソニー・マンはこのまえに大作「エル・シド」をヒットさせていて、「それではもう一本」というところもあったようだし、ソフィア・ローレンはその「エル・シド」に続いての出演。その「エル・シド」に(さらには「ベン・ハー」にも)出ていたチャールトン・ヘストンも、この作品の主演にオファーされていたらしい。ヘストンがだめになって、次には「スパルタカス」のカーク・ダグラスも声をかけられる。カーク・ダグラスは脚本を読んでこれをことわり、最終的には「ベン・ハー」でチャールトン・ヘストンのかたき役を演じていたスティーヴン・ボイドが主役に抜てきされた、ということらしい。暴君コモドゥスを演じているのは、さいきんまたがんばっているクリストファー・プラマー。

 で、面白いところもいろいろある作品なんだけれども、三時間を越える尺は長すぎるというか、エキストラの数の多さとかをみせたかったのか、大スクリーンで観れば迫力あるだろうというような場面が、いつもちょっと長いなあという印象になる。だいたいストーリー自体が史実とはかなりちがっているようなので、あんまりマジメに観ようという気でもなかったからわたしも悪いけど、まずは主役のスティーヴン・ボイドという役者に華がないというか、ローマ軍の指揮官というところを越えた人間性がみえにくいところがある。それにクリストファー・プラマーの暴君への演出もとおりいっぺんというか、この作品ならではの強烈さ、というものを感じさせられない。つまり、ステレオタイプな演出という感じ。ソフィア・ローレンもまた、あまり印象に残らない。

 ところが、これら主役陣以外の脇役たちがなかなかにいいのがこの作品で、たとえば奴隷上がりの哲学者を演じるジェームズ・メイソンだとか、剣闘士でじつはコモドゥスの父というアンソニー・クェイルとか、無表情にマルクス・アウレリウス皇帝を毒殺するメル・フェラーなど、なかなかに(主役たちよりも)印象に残ることになる。
 あと、この作品で目を奪われるのはローマの神殿などを再現したセット、その色彩設計などで、特に神殿内部の巨大な代理石彫像、周囲の建築物の白、そこにうまく調和したガウンやどんちょうなどの黒色、そのモノクロな感じに装飾品の金、人物が身にまとう金などとがほんとうに美しい調和をみせていて、これは大画面で観てみたかったかもしれない。そういうローマの豪華なセットとの対比での、北方の森のなかを進む兵士たちを写すショットもまた印象に残る。まえに「スパルタカス」を観たときに、ドイツやフランドルの絵画を思い浮かべたものだったけれど、この「ローマ帝国の滅亡」には、まさにルネッサンス以降のイタリア美術を想起させられるところがあった。

 この作品は、ディミトリ・ティオムキンによるスコアの評価が高いらしい。うちのモニターを通しての鑑賞ではそのあたりの機微はうまく受け取れないけれど、たしかにストリングスとかはきれいな音を聴かせてくれていたかもしれない。

 劇中に北方の蛮族としてババリア人の一団が登場してくるのだけれども、これ、笑ってしまうのである。英語でも彼らのことを「バーバリアン」といっているのがよくわかるけれど、たしかに「野蛮人=Barbarian」と、これはギリシア時代からの異民族への蔑視から生まれた言葉だろうけれど、ここでのあまりに「野蛮人」をそのまま絵にしたようなババリア人たちの姿にはあきれてしまう。この映画、時代考証がでたらめだということもどこかに書いてあった。

 槍が宙を飛んで来て、人間の胸にブスッと刺さるシーンがけっこう何度か出てきて、オマー・シャリフもジェームズ・メイソンも、クリストファー・プラマーもこれで死んじゃうんだけど、よっぽどこの特撮が自慢だったんだろう。たしかに観ていて「どうやって撮ってるんだろう」と思わせられるんだけど、さすがにこれだけ何度もやってしまうと、それこそ「槍すぎ」、ではないだろうか。



 

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■ 2012-04-18(Wed)

 しごと先でわたしたちは「期間雇用社員」ということになるのだけれども、あさ、わたしと同じように早番としてしごとをしている期間雇用社員は、そのまま支店で九時までしごとをするメンバーと、わたしのように六時半ぐらいになると分室に移動して九時までしごとをするメンバーとに分かれる。その支店に居残るメンバーにはふたりの男性がいたのだけれども、ひとりは転職してやめてしまい、もうひとりはほぼおなじ時期に屋根から落ちて腰の骨を折ってしまった。まあ性別はともかくとしても、いっきにふたりいなくなってしまったので、たいへんなのである。それでわたしたち分室組も、いままで以上に支店のしごとを応援することになる。そういうわけで、これまであまりやっていたわけでもないしごとにも取り組むことになる。かなりじかんに追われるしごとが多いので、職場はあわただしい空気につつまれるようになった。それはそれで気分転換になるところもあるし、多少は神経もピシッとするだろう。

 しかししごとを終えて帰宅するとやはり気分はすぐれず、「なに、このウツな気分は?」という感じである。そういうわけできょうは昼まえにクリニックへ行ったので、「食欲がない」などと訴えてみた。すると尿検査とか血液検査とかはじまって、なんだかたいへんなことになってしまった。わたしが急がなければ結果は次回の通院のとき知らせてくれるということで、検査結果になんか異常があればすぐに電話してくれるそうな。血圧のクスリは、まだ下の方の血圧がちょっと高いということで、いま二種類服用しているクスリの一方を別のものに替えた。

 クリニックの帰りにスーパーに寄り、焼豚が値引きされていたのと納豆とを買い、夕食のおかずにした。まあまあおいしかった。昼食には菓子パンみたいなの買って、それですませた。


 

[] 「悲しみの青春」(1971) ヴィットリオ・デ・シーカ:監督  「悲しみの青春」(1971)  ヴィットリオ・デ・シーカ:監督を含むブックマーク

 とっても若いドミニク・サンダ主演。その病弱の弟役でヘルムート・バーガーも。1938年から43年にかけての北イタリアの古い町を舞台として、若いユダヤ人男女らのドラマを描く。

 主人公はジョルジュという名まえで、これはこの映画の原作「フィンツィ・コンティーニ家の庭」という小説を書いたのがジョルジュ・バッサーニという人らしいので、作者みずからのことなんだろう。彼の家族は使用人も雇っているのでかなり裕福なのだろうけれど、そのジョルジュの幼なじみで、成年したジョルジュが恋ごころを抱いているミコル(ドミニク・サンダ)の家はほとんどお城という感じで、広大な庭をぐるりと塀が囲んでいる。この屋敷の書斎の蔵書は町の公立図書館をすべてカヴァーしているだろうと、ミコルの父は軽くいってのける。その広大な庭のテニスコートは解放され、町の若者たちがそのテニスコートを訪れるところから映画ははじまる。

 ‥‥さいきん、古いヨーロッパ映画というのをまるで観ていないのですっごい新鮮、というか、カメラの動きひとつでも意表をつくところもあって、ワンカットのなかでのズームインとかズームアウト、手だとか顔の表情の大きなクローズアップなどにちょっとおどろいてしまった。

 ドラマとしても、そういう若い男女の恋愛ドラマにかぶさって、徐々に強まってくる戦争の影、そしてユダヤ人への迫害が、画面をどんどんと緊迫したものにしていく。ムッソリーニを賛美する町の人々、図書館からユダヤ人を立ち入り禁止にする職員、ついには町中でユダヤ人狩りが行なわれ、ジョルジュの父やミコルの家族らは収容所へと連行されてしまう。ミコルがジョルジュの愛を拒絶して選んだ男は徴兵され戦死、病弱だったミコルの弟は、ユダヤ人への迫害が激しくなるまえに病死する。

 舞台となる町はけっしてじっさいの戦場などではないのだけれども、ファシスト党が勢力を強めるにしたがって、ユダヤ人を迫害する人々、迫害されるユダヤ人たち、そしてそういうユダヤ人を助けようという人たちのあいだでの残酷な摩擦がおきる。
 この「悲しみの青春」は、被害者のユダヤ人たちの視点から描かれているけれど、イタリアの人たちはこういうドラマを観て、こころが痛むだろうな、とくにこの時期にじっさいにイタリアで生活していた人たちは、とうぜんひとごとではなかっただろう。じぶんが収容所へ送られていたかもしれないし、もしくは人を収容所へ送り込む側に立っていたかもしれないだろう。まあそういう、ダイレクトにファシズムの台頭に加担した市民を告発したという映画ではないのだけれども、観ていて、そういう銃後にあっても、じぶんが加害者でありうる(または被害者でありうる)状況の苦さとかを感じた。

 映画のなかで、ドミニク・サンダとヘルムート・バーガーの姉弟が、トミー・ドーシーの「I'm Getting Sentimental Over You」をいっしょに聴く場面があり、そのあともこの曲が印象的な場面でリピートされるのが記憶に残った。



 

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■ 2012-04-17(Tue)

 やはりきょうもウツウツとしているというか、スカッという気分にならない。これはやっぱり、いま服用しているクスリのせいなのかもしれない。食欲もない。あしたはクスリもなくなるのでクリニックへ行くので、ちょっと聞いてみようかしらん。
 ネットショッピングのサイトをみていると、TVの価格がさらに下がっている。この価格なら財政的にもセーフじゃないかという感じで、もうこのあたりで買ってしまおうか、そうすれば気分も転換できるかもしれない、などと考える。TVを買えばしぜん部屋の大掃除もすることになるだろうし。

 外を歩いていると、いぜんネコのミイが住処にしていたあたりの家の庭に、やはり今になって梅の花が咲きはじめていた。ここの木も紅白の花がひとつの木に咲いていて美しい。その梅の木のとなりではむらさき色のモクレンの花も咲いていて、ちょっと視線をずらせば、駅前の通りに桜の花が咲いているのがみえる。花がいっせいに咲き出して、遅れていた春がいっきにやってきたという感じ。そういえばせんじつはモンシロチョウの飛んでいるのもみた。わたしにも春が来ればいいけれど、そりゃあもうないか。

 夕方になって急に空が暗くなり、まだ日没のじかんではないだろうに、とか思って外をみると、いつのまにか厚い雲におおわれてしまっている空から、大粒の雨が落ちはじめたところだった。雨粒が地面のアスファルトにぶっつかって音を立てている。すぐにアスファルトはぬれて、いちめん黒くなってしまった。そのうちに雷鳴がひびきはじめ、稲妻で空がいっしゅん明るくなったりする。これも春雷というやつで、春が来たというしるしなんだろう。

 いまは何を食べてもおいしくないという気分で、夕食をつくるのもめんどうになる。キャベツともやしとレバー肉を炒め、しょう油で味付けしてかんたんにすませる。やっぱおいしいとは感じない。きょうはヴィデオを三本観てしまった。


 

[] 「ランボー/怒りの脱出」(1985) ジョージ・P・コスマトス:監督  「ランボー/怒りの脱出」(1985)  ジョージ・P・コスマトス:監督を含むブックマーク

 きのう観た「ランボー」の続編だけれど、その第一作から受け継いだのは「らんぼう」なところだけ、みたいな。脚本はスタローンと、まだ無名時代のジェームズ・キャメロンとの共同。監督は「カサンドラ・クロス」とかを撮っている人で、撮影はなんとジャック・カーディフがあたっていた。

 アメリカのヴェトナムからの撤退後、カンボジアにまだ残されていたアメリカ兵の捕虜たちを、ランボーが単身救出する。その過程で現地の兵士や旧ソヴィエトの兵士をばんばん殺害してしまうという、これは信じられないようなとんでもない作品になってしまった。アメリカという国がここでもじっさいにヴェトナムで戦った兵士を見捨てようとしていることを告発する、というあたりで第一作の延長という気分もあるだろうけれど、もうここに来るとヴェトナム戦争への反省というものはまるでなく、「オレは愛国者だ。アメリカが勝つまでやりてえんだ」というのがモティヴェーションなのである。脚本がひどくっても、演出面で冴えがあればそういうところを観てしまうだろうけれど、なんかものすごい平板な演出で、いくら火薬をいっぱい使っても、ちっとも「すごい」とか思わない。どこまでもどこまでもジャングルの湿地のなかばかりで、視点がカラッと切り替わることがあまりないから、観ていてあきてしまう。ジャック・カーディフの撮影も、スタローンのボディのクローズアップなどに彼らしさがあるのかも知れないけれど、あんまりピンと来るものでもなかった。このあいだ観た「ソルト」なみにアホらしい映画だった。そういえば、「ソルト」でも、その敵はロシアだったなあ。


 

[] 「ランボー3/怒りのアフガン」(1988) ピーター・マクドナルド:監督  「ランボー3/怒りのアフガン」(1988)  ピーター・マクドナルド:監督を含むブックマーク

 ‥‥こんどは当時ソヴィエトの軍事介入まっさいちゅうだったアフガニスタンまで行って、ソヴィエト軍をけちらかす。アフガニスタンでソヴィエト軍に拉致されてしまったランボーのヴェトナム時代の上官(リチャード・クレンナ)を救出に行くわけで、基本的なプロットはどこまでも第二作のお手軽な焼き直しだけれども、こんかいは明確に、ソヴィエトを敵として戦うべしと、アメリカにけしかけるような展開。ヤバいというのでは前作に劣らないけれど、Wikipedia でこの映画のことを読むと、この映画のアメリカ公開十日前にソ連軍はアフガンからの撤退をはじめたらしい。そういう事情がなければ、アメリカのタカ派保守層はこの映画に焚き付けられて騒いでいたかもしれない。

 そういうあきれた映画ではあるけれど、演出にはメリハリがあって楽しめる。速いテンポで視点を変えながらグイグイと観るものをひきずっていくし、空から見下ろしたり地下にもぐったり、目先の変化も楽しい。監督はクレジットではピーター・マクドナルドという人になっているけれど、Wikipedia での情報ではもとの監督は途中交代させられ、撮影担当だったピーター・マクドナルドが監督をかねたようである。このピーター・マクドナルドという人、前作「怒りの脱出」の撮影監督だったジャック・カーディフがみずから監督した「あの胸にもういちど」で、撮影にあたっていた人物のようである。つまりジャック・カーディフのお弟子さんのようなものなのだろうけれど、そういういきさつでこの作品が初監督作品。この作品のどこまでが彼の責任範囲として観ればいいのかわからないけれど、「怒りの脱出」よりずっといい。


 

[] 「修羅雪姫」(1973) 藤田敏八:監督 梶芽衣子:主演  「修羅雪姫」(1973)  藤田敏八:監督 梶芽衣子:主演を含むブックマーク

 撮影は田村正毅で、商業映画を撮るのはこの作品がさいしょのようである。やはりドキュメンタリー出身らしく、手持ちカメラで移動するシーンが多い。藤田敏八監督の演出は(申し訳ないけれども)あんまりおじょうずという感じがしないのだけれども、なんというのか、この70年代初頭の空気というのは強く感じられる。それはひとつには政治の季節の終わりの挫折感のようなものであり、もうひとつ大きなのは「アングラ演劇」っぽさとでもいうのか、美術や照明では現実味のない虚構性をこそ前面に押し出して、ケレン味たっぷりのオーバーな演出をしかけ、役者からは芝居がかった演技を引き出しているという感覚。カメラの眼はある意味で舞台に上がってしまった観客の眼で、だからこそ手持ちカメラでの撮影ということも活きてくるだろう。

 梶芽衣子はやはり凄みがあるんだけれども、乱闘シーンで肩口を斬られて振り向いたときの表情、その眼のちからはあまりに強烈だった。



 

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■ 2012-04-16(Mon)

 なんとなく虚脱感につつまれて時がすぎてゆく。やはり食欲がなく、昼食の支度するのもめんどうだけれども何か食べておかなくてはと、カップ焼きそばをちゃっちゃっと食べる。夕食はきのう炊いたご飯が残っているので、これも買い置きのレトルトカレーですませた。さいきんまるで掃除をしないし、あれこれ引っぱり出したものをそのまま放置していたりするので、室内はちらかり放題になっている。受動的に動いてばかりではなく、もっとアクティヴに何かに取りかからなくちゃいけないよな、などと思ったりはするけれど、ヴィデオを観たり本を読んだりしているうちにいつもいちにちは終わってしまう。


 

[] 「ランボー」(1982) テッド・コッチェフ:監督  「ランボー」(1982)  テッド・コッチェフ:監督を含むブックマーク

 はじめて観た。そもそもスタローンの映画というのをほとんど観たことがなかったのだけれども、やはりいままで観たことのなかった石原裕次郎や吉永小百合の出演映画とか、さいきんになって観てしまったりしているし、ぐうぜんこのあいだWOWOWで放映されていたのを「いままで観てなかったし、このあたりで観てみようか」という気分で録画してあったもの。

 って、もっと娯楽に徹したエンターテインメント作品なのかと思っていたのに、これは意外とシリアスな作品だった。娯楽路線になったのは第二作以降のことらしい。

 主人公のランボーが「不審者」としていなかの保安官事務所でさんざんいたぶられ、そのことがヴェトナム体験のフラッシュバックを呼び起こし、ついにプチッとキレてしまうあたり、むかし観た「超人ハルク」(さいきんの映画版は観ていない)を思い出してしまった。まあこのあとはそのアメリカの片田舎の山林/市街地を舞台にして、ひとりでゲリラ戦を再現してしまう。ただ理不尽な攻撃を受けたことに反応してしまう主人公は、「狂気」にとらわれているともいえるけれど、もちろんそれはダイレクトにヴェトナム戦争体験から来たもので、まさにこの時期にもんだいになっていた「ヴェトナム後遺症」、ヴェトナム帰還兵へのアメリカ社会の眼、またアメリカ社会がそもそも抱え持つ暴力的な空気など、「アメリカの狂気」をこそ主題にした作品と思える。

 しかしこの作品はこの一作で幕を閉じるべきもので、これが続編を呼んでまた大ヒットしてしまうというのは、それこそアメリカの抱える大きなパラドックスなんじゃないか、などと思ってしまう。その続編はあしたにでも観るつもり。


 

[] 「現代美術キュレーターという仕事」難波祐子:著  「現代美術キュレーターという仕事」難波祐子:著を含むブックマーク

 著者は東京都現代美術館での学芸員勤務のあと、げんざいでは展覧会やワークショップの企画運営会社を立ち上げている方とのこと。本のタイトルがどこかリクルート本めいているけれど、第二次世界大戦以降の日本の美術館、その学芸員のあゆみを「学芸員/キュレーターのしごと」という視点から簡潔にまとめられた本。企画側からみた戦後日本美術の歩み、という側面もあり、そのあたり、ぎゃくに現代美術の動向へのクリティックを含まないあたりで、小冊子ながら戦後美術史への入門書、資料集として充実している印象もある。

 もちろんこの本は、タイトルどおりに戦後の日本美術で学芸員/キュレーターが果たした役割、そのしごとの内容を書いたものだけれども、これを「戦後美術史」として読んだばあい、「ホワイトキューブ」と呼ばれる作品の容器としての美術館と、そこに展示される作品とのかんけい、変遷の歴史を、学芸員/キュレーターからの視点で描いたものともいえると思う。

 手前味噌になってしまうけれど、かつてわたしもそういうインデペンデント・キュレーターもどきなことをやっていたわけで、わたしがそういう活動をやっていた1990年代という時代が、この本ではちょうど第四章の「キュレーターの時代」にあたり、まさにアートが美術館というハコから外にはみ出ようとした時代でもあり、そういうキュレーターのちからの増大した時代だったということで、そういうわたしの行動もまた時代の流れのなかにすっぽりとおさまってしまうような感覚も持った。しかしちょっと手前味噌をつづければ、わたしがやったような、美術/音楽/身体表現をひとつの場で展開させるようなイヴェントには、まだまだ可能性があるのではないのか、というか、もっと発展してしかるべきなのではないのか、この本を読み終えてもそういう考えにとらわれてしまう。まあ途中挫折した甲斐性なしのわたしが悪いんだが。

 もうひとつこの本を読んで思っていたのは、げんざいの美術ジャーナリズムの衰退ということとの関連。かつてはモニュメンタルな展覧会企画では美術批評家などがリードしてキュレーションをおこなったものだったけれど、美術ジャーナリズムの衰退とともに、展覧会企画は専門のキュレーターによるものとなり、ぎゃくにそのキュレーション行為のなかに批評意識が盛り込まれ、キュレーター自身が「美術批評家」の役割も果たすようになっているのがげんざいだとおもう。
 このことはこの本の巻末に掲載されている著者と中原祐介氏との対談「東京ビエンナーレとその時代」を読むことで、この本全体の記述との比較で、その推移のポイントが浮かび上がってくるのではないかと思う。この対談のなかで、中原氏は当時の状況として「学芸員は展覧会を観ないんだよ」というようなことを語っておられるわけだけれども、げんざいの状況というのは(ちょっとキュレーターに好意的にみれば)展覧会を観ないキュレーターではしごとにならないし、ぎゃくにキュレーターという立場から、海外を含めてより広い視野を持てるようになっているのではないのか。
 むかしは(海外を含めて)美術シーンを特権的により早く観て知ることが出来たのが「美術評論家」だったわけで、とくに海外旅行へのしきいも高かった時代、隆盛していたジャーナリズムの助けもあって批評家はそれこそ「特権的に」海外へ行けたわけだろう。ところが誰でも気楽に海外へ行ける時代になったいま、一般の美術ファンの方がぎゃくに批評家などよりも海外の事情に詳しかったりしてもおかしくない。衰退したジャーナリズムのフォローもなくなり、批評家は自費でドクメンタだとかヴェネツィアに行かなきゃならないかもしれない。中原氏はその「東京ビエンナーレ」のために四ヶ月世界をまわり、キュレーションについやしたというけれど、これはおそらくいまの美術批評家には不可能なことではないのかと思う。そして、いまそれとおなじことが出来るのは、国際交流基金などからも資金の供出される、「キュレーター」という立場の存在だろう。ましてやいまはヨーロッパとアメリカさえおさえておけばことが足りる時代ではなく、アジア/アフリカをふくめて、まさに「世界」を視野にとらえなければならない。また、この本に書かれているようにげんざいの美術館が「開かれた美術館」をめざし、ある種の「エリート主義」を排しようとしているならいっそう、旧的なモティヴェーションの「批評家」の出番はなくなってしまうだろう。このことがいっそうジャーナリズムの衰退に輪をかけるだろう。
 「あたらしい批評」を待望する気もちはわたしにもあるけれど、やはりそれは「キュレーター」というしごとのなかから生まれてくるしかないもの、なのかもしれない。

 その巻末の対談、わたしも当時その「東京ビエンナーレ」(正確には<第十回日本国際美術展 「人間と物質 between man and matter」>)を観ていて、そのときのジャーナリズムの反応もふくめてかなりの記憶も残っているので、なんというか、なつかしい気分で読んだ。「へえ、そんな裏事情があったのか」と、そのときの作品の記憶もまたよみがえるのであった。あれはやっぱ、なかなかに衝撃的な展覧会だった。きょねん亡くなられた中原祐介氏のご冥福をお祈りいたします。



 

難波祐子難波祐子 2012/06/25 15:11 はじめまして。著者の難波です。拙著を丁寧に読み込んで頂いてありがとうございます。なかなか全てをカバーしきれておりませんが、それでもいろいろ伝わったようでとても嬉しいです。東京ビエンナーレもご覧になっているのですね。私も本当に生で観たかったです。

crosstalkcrosstalk 2012/06/25 18:52 こんな、勝手なことを書き散らしているだけのところです。著者の方に読まれてしまったというのはおそろしいことでもありますが、でも、わたしにはいろいろな面であれこれと考えるよすがとさせていただいた、嬉しい本でした。
難波さまにはこんごのご活躍を期待させていただき、つまりは、東京ビエンナーレを引き継いで越えるような企画を実現されますよう、待たせていただきたいと思います。

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■ 2012-04-15(Sun)

 しごとは非番で休み。もう雨は降っていないけれども、あまりあたたかいというわけでもない。きょうもいちにち部屋で引きこもっていようかという感じだったけれど、図書館から借りていたCDをずっと返却しそびれていて、まあ放っておいてもいいんだけれども、つまりしばらく図書館にも行っていないので、あたらしい蔵書のチェックの気分もあって、夕方から出かけてみた。

 桜の花はもう散りはじめている。近所の米屋さんのところの梅の木、これがことしはとにかく異常なほど開花の遅れていたのだけれども、桜の散りはじめた今になってようやく、花が咲きはじめていた。梅が桜より遅く咲き、しかもへたをしたら五月になだれこんでしまうという、これはほんとに異常事態ではなかろうか。
 この梅の木はひとつの木に紅白りょうほうの花が咲き、満開になるととってもみごとなものなのである。きょねんはたしか二月には咲いていた記憶があるのだけれども。

 ここの図書館は、さいきんになってなんだかどんどんと新刊書籍を購入している。いったいどうしたというんだろう。いまリクエストを出したら何でも買ってくれるかもしれない。ピンチョンの全著作が刊行されている時期だったらよかったのに。
 とにかくいまは、何をおいても自宅本を優先させて読むのだと誓っているのだけれども、そういう新所蔵本の棚をみていると、ついついと借りてしまいたくなる本をみつけるものである。きょうは「ルーヴル美術館 収蔵作品のすべて」という、箱のようなでっかい本が棚に並んでいるのを見つけ、「こういうんだったら読むわけじゃないし」と、早い者勝ちよ、という感じで棚から抜き取った。あと、「現代美術キュレーターという仕事」という本があって、このところはそういう現代美術かんけいの本も読んでいないし、わたしなりに「いまは美術批評家などという存在よりもキュレーターの存在こそが美術の潮流に決定的な影響力を持つ時代じゃないのか」などと思ってもきていたので、そういうことを確認したいという気分もある。あまり分厚い本でもないので、ちょっと読んでみようと。もうひとつ、堀江敏幸の書評集「振り子で言葉を探るように」の目次をみて、わたしの読んだことのある本への書評もいくつか載せられているし、それぞれがかなりみじかい文章でもあるし、拾い読みでいいやという気分で、これで合計三冊、借りて帰った。

 帰宅して、その「ルーヴル美術館」の本をパラパラとめくってみるのだけれども、まずさいしょに出てくる14世紀ごろのイタリア絵画に、これはちょっと打ちのめされてしまう。ジョットやチマブーエもいいけれど、作者の名まえもはっきりしない作品にすばらしいものがいっぱいある。これが年代が下がるにつれて、わたしにはインパクトもうすくなってくる。
 本には全作品をおさめたDVD−ROMもついていて、そういうのがあるんなら本体の紙媒体は不要なんじゃないかとか思ってしまうけれど、おそらくわたしのPC環境では、このDVD−ROMを観ることはできないだろうと思う。


 

[] 「L.A.コンフィデンシャル」(1997) ジェイムズ・エルロイ:原作 カーティス・ハンソン:脚本・監督  「L.A.コンフィデンシャル」(1997)  ジェイムズ・エルロイ:原作 カーティス・ハンソン:脚本・監督を含むブックマーク

 公開当時映画館で観ていらいの鑑賞。これは映画を観るまえに原作を読んでいて、その映画での原作からの「換骨奪胎」ぶり、映画の尺のなかにうまく整理しながら原作のテイストもあまりそこなわず、要領よくおさめているあたりに感嘆した記憶がある。原作ではまったくシチュエーションの異なるところで登場する人物を別のところで登場させてストーリー展開を簡素にし、それでもけっきょくその人物のはたす役割はおんなじみたいなところでは「そう来るか」とおどろかされもしたし、原作からの「脚色」ということでは、これは天下一品の作品ではないかと思ったものである。

 いま観返すと、つまりはラッセル・クロウやガイ・ピアース(この前にあの「プリシラ」に出ていたことなんかまるで知らなかった)なんかはこの作品あたりが出世作だったわけか、という感想もあるし、いまでは原作のこともすっかり忘れてしまっているから、本来のこの映画そのものの演出を楽しめたかもしれない。そういうのではやはり、ラストに向けてそのラッセル・クロウとガイ・ピアースがそれまでの確執、わだかまりを越えてタッグを組んでいくあたりの演出がたまらないし、そのタッグへの布石としての、キム・ベイシンガーのふたりへの表情がすばらしいのである。とくに、ラッセル・クロウに殴られたあとにガイ・ピアースと対面してみじかい会話をかわす場面での表情が、泣けてくるほどに最高。ただ、ラストの派手な銃撃戦はオーヴァードゥースぎみな気はする。
 ホモで殺される男優役の俳優、このあいだ観た「キラー・インサイド・ミー」にも出演していた。

 こういう作品なら、ヴィデオをとっておいてまた繰り返して観たくなる。そういえば原作のジェイムズ・エルロイの四部作、「ブラック・ダリア」はデ・パルマの演出で映画化されているけれど、さいごの「ホワイト・ジャズ」もなんだか映画化されるらしい。って、「ホワイト・ジャズ」は、映画はムリなんじゃないの? まだ「ビッグ・ノーウェア」の方が映像化しやすいだろうに。



 

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■ 2012-04-14(Sat)

 きょうは以前からの約束で、旧友のEさんとFさんと、新宿で飲むことになっている。まだ東京にも桜の花は残っているだろうから、花見の宴にしようと思えば出来なくもないだろうけれど、あさからあいにくの雨で、きのうほどのあたたかさもない。これでは外で飲むのはムリだろう。

 待ち合わせは夕方なので、しごとのあとはちょっと部屋でゆっくりとして、午後から出かける。ちょっととなりの駅の古本チェーン店に寄り道して、特価コーナーの棚をみる。P.K.ディックの文庫版短編集が四冊ほど転がっていたのを、一冊は図書館にあるから抜かして、残りの三冊を買う。DVDのコーナーにジェラール・フィリップ主演の「危険な関係」が安く出ていたのも、ついでに買ってしまった。DVDの方はちゃんとした発売元からのものだから、後日売り払っても買ったのとおなじぐらいで売れるだろうというせこい計算でもある。

f:id:crosstalk:20120416114318j:image:right 駅のまえに立っている桜の木も満開で、もう散りはじめている。このあたりはほとんど人通りもないけれど、遊歩道も整備されてちょっとした公園の体裁になっていて、フォトジェニックな景色である。ケータイのカメラで撮ってみたけれど、桜の花はくもり空といっしょになってしまって、まったく識別できない。

 電車に乗り、ほぼ約束のじかんどおりに新宿に到着。こちらもやはり雨。EさんFさんと遭遇し、外は雨だからと地下道だけを通って、地下街にあるいつもの居酒屋へ行く。まえにもましてアルコール類が水っぽくなっている感じで、Eさんと「ひどいよね」などとなげきあう。けっきょくその分たくさん注文してしまう。もともとアルコール類はそれほどに安い店でのないので、わたしやEさんの飲むペースではけっきょく割高感が強くなる(Fさんはあまり飲める人ではないからいいのだ)。もしもこのメンバーでまた飲む機会があるのなら、いいかげんほかの店にした方がいい。
 さて、三人での飲み会のことだけれども、せんげつはEさんとふたりで飲んで、思いがけない共通する読書の趣味をみつけたりして、とても楽しい飲みだったのだけれども、ここで古い友だちをくさしたりするわけではないけれど、どうもFさんとは近年まるで会話が噛み合なくなってしまった感じがする。Eさんとふたりでの共通する話題をやってしまうとFさんを無視することになってしまうから、そういうことは短く切り上げるのだけれども、そうするとFさんとの話題が続かない。EさんとFさんとはすんなりと会話がはずむようだから、これはどうもわたしの側のもんだいである。ちょうどいま読んでいる「自負と偏見」ではないけれど、そういう自意識がわたしのなかで何かのじゃまをしているのだろうか。わたしの世界が狭いのだろうか。それでもわたしはいちおう、たとえば一年なら一年でけっこうな数の人たちと会話したりしてきているけれど、こういうふうに「困ったなあ」と感じることなんて、まるでないんだけれども。何もかもはここには書かないけれども、どうもわからないところがある。

 そういうわけで、ちょと不完全燃焼のまま二人とお別れして帰宅する。電車のなかで、その「自負と偏見」を読み終えた。


 

[] 「高慢と偏見」ジェイン・オースティン:著 阿部知二:訳  「高慢と偏見」ジェイン・オースティン:著 阿部知二:訳を含むブックマーク

 むかしいちど読んだことがあるのか、映画版を観ているのか、だいたいのストーリーは知っていた。婚活にはげむ五人姉妹家族の、婚活ドラマである。すべては「婚活」。登場人物のひとりは次のようにのたまっている。

(‥‥)結婚ということが、つねに自分の目的だったのだ。高い教育を受けた財産の少ない若い女性には、結婚は唯一の光栄ある対策であり、幸福をあたえることがどんなに不確実でも、貧窮からのもっとも気楽な防衛の道である。

 ‥‥これはこの作品の主人公のエリザベスのセリフではない(彼女はここまではあからさまに語ったりはしない)けれど、この小説に登場する未婚の女性たちは皆すべて、この基本概念によって行動している。その母がまたさらにあおりたて、小説はさながら猛禽類のさまざまなハンティングの記録のようでもある。ただしそれでもやはり主導権は狙われた男性側にあるようで、女性たちはいかに男性にプロポーズさせるか、またそのプロポーズをいろいろな判断から受け入れるか拒絶するか、ということである。ある意味で恐ろしい小説ではあるけれど、娘たち以上に「結婚」に期待をかける母親のこっけいな言動や、「こんな男は選ばん方がいい」というような男性(コリンズ牧師)の存在から、この小説は喜劇っぽい外見も持っている。それで主人公は聡明な美女らしいのだけれども、決してその選択や行動をあやまたない完全無欠の存在ではなく、まさにタイトルの「高慢(自負)と偏見」にとらわれて目がくもってしまい、あやまった判断をしてしまったりもする。まあこの「高慢と偏見」というもんだいは、登場人物すべての判断をおおいつくすようなもんだい、なのかもしれない。男性たちを含めて、この小説のなかですべてにおいて明晰な判断をとりえた人物はどこにもいないだろう。しかし、いったい何が「真実のすがた」なのか、そのことをしっかりと見つけようとするのは、主人公のエリザベスだけ、なのかもしれない。この、いったい何が「真実のすがた」なのか、というあたりを求めるということにおいて、現代にも通じるこの小説の普遍性があるということができるんだろう。

 終盤、かなり脳天気な末娘のリディアの結婚式へ向けて、久々にそのリディアが帰郷するあたりからの展開は、これはもう読んでいても爆笑モノで、これだけのコメディーというのもそうざらにはないんじゃないのか、などという感想にもなった。



 

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■ 2012-04-13(Fri)

 きのう出かけた翌日ということで、まったりといちにちをすごす。また、部屋から一歩も出ないでいちにちが終わってしまった。体調は悪くもなく、せんじつのような変調もそのあと起こらないので、とにかくは安泰。血圧の方も薬を替えた効果があったようで、このところはいぜんには考えられないぐらいの数値にまで下がっている。

 ミサイルがどうとかと大騒ぎをしているTVの報道をみたり、ベッドに横になって本を読み、そのまま寝てしまったり、だらだらとヴィデオを観たりしていると、もう外は暗くなる。夕食にはまたお好み焼きをつくる。これはこのごろ値段が下がらないキャベツが、せんじつスーパーで二たまで150円などという安値で売っていたのを買ってしまったため、キャベツをいっぱい食べなけりゃならなくなっているからでもある。


 

[] 「勇気ある追跡」(1969) ヘンリー・ハサウェイ:監督  「勇気ある追跡」(1969)  ヘンリー・ハサウェイ:監督を含むブックマーク

 せんじつ観た「トゥルー・グリッド」のオリジナルの方というか、おなじ原作からの、1969年の作品。こっちも原題は「True Grit」で、向こうではコーエン兄弟のとおなじタイトルだったわけだ。ここでの保安官役はジョン・ウェインで、リメイク版でマット・ディモンがやっていたテキサス・レンジャー役は、カントリー歌手としての方が有名なグレン・キャンベルがやっている。ヒロインの少女は、このあとに「いちご白書」で日本でも人気が出たという記憶があるキム・ダービー。

 おなじ原作なわけだからか、リメイク版とまったく同じセリフ、おなじ展開がいっぱい出てくる。ただ、こちらはどこかのどかな西部の風景がいっぱい出てくる、なんだか家族三人でのピクニックのようなのんびりムードがただよっている。だいたいが1969年の製作というあたりから、もう「西部劇」も終わりだよ、という時代背景も感じとれるような演出で、端役でデニス・ホッパーも出演しているのだけれども、そのデニス・ホッパーが、この作品の製作と同じ年に「イージー・ライダー」を撮っていることを知ると、いったいどうやったらこの「勇気ある追跡」と「イージー・ライダー」とを同一地平で認識すればいいのか、あたまがクラクラしてしまうのである。



 

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■ 2012-04-12(Thu)

 出勤で外に出るときのうの雨はもうやんでいたけれども、かなり濃い霧がたちこめていた。空気もどこかあたたかく、春になったんだという気分になるけれども、霧と春とが結びつくのかどうかなんて知らないのだった。

 霧は明るくなるとともに消えてしまい、まさに春の陽気になった。しごとが終わって帰宅し、ニェネントにごはんを出してあげ、じぶんも朝のパンを食べてから出かける。きのう決めたように、東京に映画を観に行くのである。あしたはまたしごとは休みだから、映画のあとはまたちょっと飲んで帰ってもいい。
 駅に着いてみると、改札口にふたつの貼り紙がしてあった。ひとつには濃霧のために電車が遅れていると書いてあり、もうひとつでは人身事故のため電車が遅れているとなっている。どちらにしても遅れているわけである。へたをすると、映画の上映時間に間に合わなくなる。というか、このローカル線は一時間ぐらいはかんたんに遅れてしまう。やばいなあと思いながら駅員さんにどのくらい遅れているのか聞くと、わたしが乗る上り電車ならそんなに遅れていないということだった。それならとホームで待つけれど、けっきょく十分ちかい遅れになった。ターミナル駅から乗るつもりだった電車には乗れず、ちょっとギリギリの到着になりそうである。

 ポカポカとあたたかい電車のなかではとうぜん眠ってすごし、池袋で乗り換えて高田馬場駅で下車。ちょっと早足で映画館へ向かって到着すると、ちょうどまえの回の上映が終わったところで、ロビーで待っていた人たちがなかへ進んでいた。まあグッドタイミングではあった。それほど混んではいなかったけれども、とにかくじぶんの好きな席を選んですわることが出来た。

 きょう観た映画は、ロバート・アルトマン監督の旧作二本。「BIRD★SHT バード・シット」と、せんじつリヴァイヴァル公開されていた「ナッシュビル」とである。二本のテイストはちがうけれど、どちらもアルトマン映画の楽しさを満喫させられるすばらしい作品だった。感想は下に。

 映画館を出るとだいたい六時。まだ外は明るい。駅まで歩いていると、いままでこの道を歩いていても気づかなかった喫茶店(カフェ)がある。道路ぎわはオープンテラスの席で、なかも奥行きのある、天井の高いレトロ調の店。きっと最近できた店なんだろう。ちょっとこの店で休んでみたくなった。つぎに来たときは寄ってみようか。

 せっかく東京に来たのだから、ちょっと電車を乗り足しても「G」まで行くというのが最近のパターン。駅を降りてもう暗くなって来た商店街を抜け、バス通りをわたって坂道をのぼり、「G」へ。入り口のところに店のAさんとオーナーのBさんが出て来ていて、ふたりで何か話しているところだった。Bさんが「入り口にあたらしいライトをつけたんだ」という。Aさんは「あたらしいライトだなんて誰も気がつかないよ」といっている。わたしはAさんの意見に同意する。
 店内のカウンターにはいつものお客さんのCさんがいて、しばらくすると店長のDさんも来て、いつものメンバーという感じになる。

 会話のなかで、「誰もいない苛酷な自然のなかにひとり放り出され、しかもケガをしていたりして、死と直面した状況」などという話題になり、「運命を分けたザイル」という映画で、「もうダメだ」という絶望的な状況に追い込まれた男が、そのとき好きでもないABBA か誰かの曲があたまのなかで百遍返しにリピートされていたという話が印象に残ったということをわたしが話すと、Dさんがそういうことで、じぶんが小さいころに聴いた曲が、それがなんだかわからないんだけれどもときどきあたまのなかで百遍返しにリピートされるという話になり、その曲が「あめの〜(なんとかなんとか)」と聴こえるのだという。歌謡曲なのかと聴くと、そうではないという。ちょっとじっさいに唄ってくれるのだが、わたしにはわからない。となりで聴いていたAさんが、「あ〜、それ、知っている」といって、彼女もまた唄ってくれた。やはり「あめの〜」、である。Aさんの家にはそのレコードもあるらしいけれど、タイトルとかは思い出せないという。‥‥おっと、Aさんの歌でようやくわたし、その曲がノーランズの「ダンシング・シスター」だということに思いあたった。なるほど、歌い出しは「あめの〜」に近いものがある。AさんもDさんも、ノーランズのことはまるで知らないようであったが、あとはちょっとノーランズのことで盛り上がったりした。‥‥ノーランズ、なんだかまだ活動していそうである。


 

[] 「BIRD★SHT バード★シット」(1970) ロバート・アルトマン:監督  「BIRD★SHT バード★シット」(1970)  ロバート・アルトマン:監督を含むブックマーク

 原題は「Brewster McCloud」という地味なもので、これは主人公の少年だか青年だかの名まえ、ブルースター・マクラウドである。これをこういう邦題にしたのはけっこうイケてる気もするけれど、「SHT」に「I」が抜けているのはやっぱこう、忌諱があったんだろうか。★が入ってるのは、アルトマンの前作「M★A★S★H マッシュ」にあやかってのものだろう、と思う。オープニングのキャストやスタッフ名のクレジットをみていると、プロデューサー名がルー・アドラーと出てきたので、ちょっとおどろいてしまった。ルー・アドラー(Lou Adler)という人、このころはもう世界をブイブイいわせた音楽界の名プロデューサーで、ポピュラー・ミュージックの中心をアメリカ西海岸に持ってきた張本人、といってしまっても過言ではないと思う。Mamas & Papas やScott McKenzie、そしてCarole King をプロデュースし、最初の大規模なロック・フェスティヴァル、モントレー・ポップ・フェスティヴァルの仕掛人でもある。そういう人物がアルトマン監督の作品のプロデュースをやっていたというのも興味深いけど、そのクレジットをつづけてみていると挿入歌のタイトルがあれこれと出てきて、それらの曲を自作自演しているのが、そのMamas & Papas のJohn Phillips なのであった。なるほど(ただ、クレジットであらわれる挿入曲のタイトルは十曲をこえるぐらいあったように思うんだけれども、本編のなかで聴かれる曲は「そんなにたくさんあったっけ?」って感じではあった)。
 あとで調べるとこのルー・アドラー、まずはモントレー・ポップ・フェスティヴァルの映画版のプロデューサーをやっていて、この「バード★シット」がプロデュースの二作目、らしい。そのあとも何本か映画のプロデューサーをやっているようだけれども、そのなかでいちばん有名なのは、これは「ロッキー・ホラー・ショー」じゃろう。

 それで映画のこと。とってもステキで、ちょっとせつなくも、それでも「夢」をみさせてくれるような、すばらしい作品だった。そう、主人公のことを「少年だか青年だか」と書いたけれど、そのあたりがポイントというか、なんつうのか、翼による人力飛行を研究している少年が童貞を捨てて「あたらしい人間」となって飛翔しようとするような、そういう映画なんだけれども、主人公はイカロスのように空から落ちてしまう。その主人公のかげには、背中に翼を切り落としたような傷あとのある女性がいつも存在していて、どうやらまるで母親のように主人公の生き方をコントロールしているのである。そのコントロールのしかたがかなりゆがんでいるというか、おかげでつまりは「連続殺人事件」が起きてしまう。セックスのこともウソを主人公に教えているので、主人公はある女性と出会うまではほんとうのセックスを知らない。

 映画はその華麗なラストまで、主人公の周辺で起きている「連続殺人事件」をめぐって、奇怪な登場人物のあれこれ登場する、ブラックなテイストのコメディーが繰り拡げられる。ここに、その飛翔の研究をフォローするように、教授めいた男が鳥類にかんしての講義の映像が随所にインサートされてもくる。これがそのラストに、翼を背負った主人公が巨大なドーム球場のなかではばたき、しばらくの飛翔をみせてくれるわけで、観ていても思いがけない感動を味わうことになる。それでもそこは鳥かごのようなドームのなかで、つまり主人公は大空へはばたき出るわけでもなく、力つきて墜落してしまう。
 ここからドーム球場はサーカスショーのフィナーレの演出になり、それまでの登場人物が皆、サーカス団の一員の扮装をして登場してきて紹介を受けるのである。なんというのか、「墜ちることは宿命ではあったけれども、とにかくも飛翔を夢みてはばたいた行為を賞賛しよう」というのか、「新しい人類はやはり生まれなかったけれども、残った我々はこの世界を楽しもうではないか」というか、まあこのあたりは観た人たちそれぞれが、それぞれのいろんな思いがじぶんの胸のなかに沸き立つのを感じるんじゃないだろうか。

 主人公を演じているのはバッド・コートという役者さんで、わたしはこの人のことを知らないのだけれども、少年っぽさを残したルックスがこの役にぴったりだと思った。その主人公がさいごに出会う女性がシェリー・デュヴァルで、この作品がデビュー作なのであった。主人公のかげにいる謎の女性が、「M★A★S★H マッシュ」の「熱い唇」で強烈な印象を残したサリー・ケラーマン。ここでその「熱い唇」のことを書いておきたいんだけれど、わたしが「マッシュ」をはじめて観たのはTVで放映されたときで、字幕ではなく吹き替え版だった。それでこのサリー・ケラーマンは、あーゆーことがあって、ドナルド・サザーランドたちから「熱い唇」というあだ名で呼ばれるようになるのだけれども、後日DVDかなにかでこの「マッシュ」を再見すると、つまりそのときは字幕版だったけれど、吹き替えの「熱い唇」は字幕ではそのまんま「ホット・リップス」になっていて、え〜、それじゃあ色気もなんにもねえじゃないかと、ガッカリしたものである。やっぱり、サリー・ケラーマンといえば、それは「熱い唇」なのである。わたしも、誰かのことを「熱い唇」と、呼んでみたいものである。


[] 「ナッシュビル」(1975) ロバート・アルトマン:監督  「ナッシュビル」(1975)  ロバート・アルトマン:監督を含むブックマーク

  うーん、わたしにとってはあまりにすばらしい作品だったんで、もう何を書いたらいいのやらさっぱりわからない。たぶん、アルトマンの映画のなかでも、コレがいちばん、なんじゃないだろうか(って、彼の映画をすべて観ているわけでもないのにこういうことを書いている)。観終わったあともしばし呆然として、ラストに唄われている歌の歌詞、「You may say that I ain't free, But it don't worry me.」っつうのが、映画館の外に出てもしばらく、あたまのなかでぐるぐるリピートされていた。

 この作品のつくられた1975年というのは、ロックやディスコ・ミュージック全盛の時代ではあったけれど、あとでこの年のアメリカのヒットチャートを眺めてみると、思いのほか保守的な年だったのかな?などという感想も出てくる。この年最大のヒット曲はCaptain & Tennille の「Love Will Keep Us Together」だったみたいだし、Barry Manilow だとかFrankie Valli、Neil Sedaka なんていうところも流行っている。この映画で大きくフィーチャーされているカントリー・ミュージックの世界からも、Glen Campbell やJohn Denver、B. J. Thomas なんてシンガーがヒットを飛ばしている年である。

 だいたいカントリー・ミュージックというのは、日本でいえば演歌に相当するような保守的な空気をもった音楽ジャンルで、家族を守り、なにごとかを制覇するような強い男たちの歌であったり、そんな強い男たちが女々しくも離れた女性を思慕するような歌であったり、女たちがそんな男たちを陰からささえるような歌であったりするわけだ。このごろはアメリカも保守化しているのでまたカントリーの人気も盛り返しているようだけれども、まあ60年代以降は、日本での90年代の演歌のように衰退の時期だったと認識している。わたしのことでいえば、それでもそんなカントリーをルーツに持つロックのミュージシャンも少なくなかったことから、いちおうのカントリー・ミュージックの基礎知識みたいなものはあったというか、たとえばLovin' Spoonful が「Nashville Cats」なんていうヒット曲を出したりもしていることから、ナッシュビルという都市がどういうところかはおおまかに知っていたし、この映画にも出てくる「Grand Ole Opry」という(有名な)ラジオ番組のことも知ってはいた。そういうバックグラウンドのもと、この映画がそういうカントリー・ミュージックを愛する人たちのすがたから、アメリカという国のすがたをも浮き彫りにしているようだということを了解する。それはやはり保守的な空気に支配されたアメリカのすがたで、60年代後期からの、「Love, Peace」とかいうことばに象徴されるような反戦運動やヒッピーの台頭の時代も終息し、そのゆりもどしからか、きわめて保守化した時代なのだろう。映画のなかではいつも大統領選に向けた候補者の宣伝カーが登場し、ミュージシャンたちはその応援集会に駆り出されることになり、演出としてもそういう政治とのかかわりを前面に打ち出している印象になる。

 そういうバックグラウンドはともかくとしても、とくに主役といえるような人物を配置し、そういう人物を中心にドラマを組み立てるような演出ではなく、じつにおおぜいの、そのナッシュビルにいる人々、ナッシュビルに来た人々の、さまざまなエピソードを積み重ねながら、大きなドラマを構築していく演出はほんとうにすばらしい。アルトマンはのちに「ザ・プレイヤー」や「ショート・カッツ」など、おなじような群像劇をくりかえし撮るようになるけれど、おそらくその原点はこの「ナッシュビル」にあるわけで、わるくいえばのちの作品はこの「ナッシュビル」の焼き直しなんじゃないかといいたい気分もある。アルトマンの後期の群像劇もどれもすばらしく、楽しめる作品ばかりであることはたしかだけれども、この「ナッシュビル」は、あんまりにすばらしい。

 あとひとつだけ書いておけば、この作品のなかで、カントリー界の歌姫のような、バーバラ・ジーンという歌手が登場するけれど、彼女を演じているのはロニー・ブレイクリーだった。ある意味で映画のなかでいちばんおいしい役ともいえるこの役で、またひさしぶりにロニー・ブレイクリーのすがたをみ、また歌声を聴くことが出来たのは(彼女のソロで唄う歌声ははじめて聴いたことになる)、とってもうれしかった。
 「ザ・ドライバー」という映画(これもまたカントリー・ミュージックがちょっとした役割を与えられる映画だったけれども)での端役で、わたしは彼女の名まえをなぜか記憶していて、のちにボブ・ディランの「ローリング・サンダー・レビュー・ツアー」のライヴ・アルバムを友だちに聴かせてもらったとき、そのブックレットに書いてあるバック・ミュージシャンのなかにロニー・ブレイクリーの名まえをみつけ、「ミュージシャンだったのか」と、ちょっとおどろいた記憶がある。しかもそのブックレットには彼女の経歴も書かれていて、のちにヴィム・ヴェンダースと結婚されていたことも知り、さらにおどろいてしまったわけである。そんな彼女のすがたをこうやって大きなスクリーンで観ることができて、彼女の歌声を聴くことができて、べつに彼女のことをそれ以上によく知っているわけでもないけれど、なんだかとてもなつかしい気分になってしまった。



 



 

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■ 2012-04-11(Wed)

 きょうはまたしごとは休み。それであした出勤すればまたあさっては休みである。春らしい陽気になってきたし、しばらくお出かけもしていないので、ちょっと東京にでも出かけたくなってきた。高田馬場の映画館でロバート・アルトマンの「バード★シット」と「ナッシュビル」をやっていて、まえからスケジュールは知っていたので観に行きたいと思っていたのが、もうこんしゅういっぱいで終わってしまう。やはりきょう行っておこうかな、などと思うのだけれども、天気予報ではきょうは雨。とくによるには雨足が強くなるようなことをいっている。それにあしたはしごとだからなるべく早く帰って来たい。上映初回にまにあうよう、できるだけ早く家を出ようと計画する。七時半の電車に乗るつもりでいたけれど、なんだか「雨も降り始めているしなー」と、ぐずぐずしてしまう。あしたしごとのあとに出かけてもいいじゃないか、そのほうが向こうでもゆっくりできるじゃないか、なんて考える。それでもギリギリのじかんになって「やっぱり行こう」と家を出る。ところが駅のホームがみえるところまでくると、もうホームには電車が到着していてドアも開いている。「あ、こりゃムリだ。まにあわないや。やっぱりあしたにしよう」と、家に引き返そうとしたときに、電車のドアがガッシャンと閉まったのがみえた。きょうもまた、ウチでまったりとすごそう。

 「黒死館殺人事件」を読みおえたあと、いまはジェイン・オースティンの「自負と偏見」なんか読みはじめている。この本でもって、せんじつTVでみた速読のやり方を実践してみようというつもりだったのだけれども(さすがに「黒死館殺人事件」ではそんな試みはできんかった)、やっぱりちょっとTVでみただけではかんたんに習得できるわけもなく、ふつうの読書スピードなのである。これを読みおえたあと、きょねんついつい買ってしまった「自負と偏見とゾンビ」というキワモノ本をつづけて読むつもり。

 夕食はスーパーで買ったコロッケにキャベツをそえて、かんたんにすませる。よる、寝ようとしてまた胸苦しくなってしまい、「そういうときには救急車を呼ぶように」と医師にいわれていたのだけれども、またすぐにおさまってしまうだろうし、呼んだ救急車が到着して、こっちがもう症状もおさまってしまっていてピンピンしていたら説明するのがめんどいし、ぜんかいもけっきょく、そういう発作がおさまったあとに病院に行って検査してもなんの異状もみとめられなかったことだし、放置した。そのうちにこんなことをやっていて死んでしまうんだろうな、などと不吉なことを思ったりした。そのうちにちゃんと大きな病院にまた行こう。


 

[] 「ソルト」(2010) フィリップ・ノイス:監督  「ソルト」(2010)  フィリップ・ノイス:監督を含むブックマーク

 アンジェリーナ・ジョリー主演のスパイ・サスペンス映画なんだけれども、この十年だか二十年だか三十年だか百年だかに観た映画のなかでも、きわだってアホらしい映画だった。ロシアのスパイがCIAに「内部にロシアのスパイがいる」と謀略の密告する発端からしてまったくナンセンスきわまりなくって、まあマンガだと思って気にせずにみようと思っても、ヒロインの活躍の外で起こることがらがあまりにもアホらしいことの連続だし、アメリカの大統領もロシアの大統領もそのあたりのブルーカラーの中年労働者にしかみえないし(これをみると、あのブッシュなんかでも威厳があったわけだと、変な感心をすることになる)、まあつまりはヒロイン以外はみんなアホ、という映画なのであった。続編を観てみたい。




 

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■ 2012-04-10(Tue)

 春分の日もすぎて、日がながくなってきた。わたしが出勤するじかんも、今ではもう東の空が明るくなりはじめている。きょうはあさからなまあたたかい陽気で、もうこれからすぐに、しごとをしていて汗をかくようになるだろうなどと思って、あまりいい気もしないのである。きのうもあたたかかったし、おかげでこのあたりの桜の花も一気に満開状態になってしまった。ことしの桜のクライマックスはちょっと短かめ、という感じ。

 帰宅してTVをつけると大リーグの中継をやっていて、それほど興味はないんだけれども(というか、野球のことは知らないし、わからないのだ)、ずるずるとみてしまった。日本からことし大リーグに鳴り物入りで移籍したピッチャーの初登板のゲームだったわけで、序盤に球すじが定まらずにぼこぼこにされたけど、味方チームが反撃して逆転、けっきょくリードを守って途中降板した。降板するときに観客がスタンディング・オベーションをおくったのだけれど、彼は帽子を取ってこたえるわけでもなく、そのままベンチに下がっていった。あれ?と思ったけれど、あの投球内容で喚声にこたえたら「アホか」という感じだろう。

 ネットでいろいろとイヴェントや映画上映スケジュールなんか調べてみると、この二十日ごろから渋谷で、ジガ・ヴェルトフ集団時代のゴダールの旧作を一挙上映するイヴェントがある。いつも気になっていた「たのしい知識」もついに公開されるようで、これは未公開作をめあてに何度か通いたいと思った。

f:id:crosstalk:20120411150108j:image:right ニェネントはあいかわらず和室の箱のなかにすっぽり収まって、まったりとしていることが多い。ときどき、わたしが移動するときとかに、わたしのまえでゴロリと横になっておなかをみせ、「ねえ、遊んでよ」とやるのだけれども、そのおなかをみせて転がったときに、赤い首輪がくっきりとみえて、このときに「ニェネントはやっぱり飼いネコで、その飼い主はわたしなんだ」と感じられ、ペットの首輪もいいもんだ、などと勝手に思う。

        f:id:crosstalk:20120411150155j:image

 スーパーに行っても、このごろは白菜が高くなったので買わないし、ずっと適当な献立ですませている。ちょっとこのあたりで料理らしいものを、などと思って、きょうは久々の「レバニラ炒め」に挑戦した。いぜんはよくつくったメニューだけれども、もうすっかりごぶさたしていてつくり方も忘れている。ネットでレシピを検索してやってみたけれど、あんまりいい出来ではなかった。むかし自分でつくったのはもっといい味だった記憶がある。


 

[] 「キラー・インサイド・ミー」(2010) マイケル・ウィンターボトム:監督  「キラー・インサイド・ミー」(2010)  マイケル・ウィンターボトム:監督を含むブックマーク

 って、映画館で観てからまだ一年もたっていないところでの再見なので、ちゃんと内容も記憶していたし、映画館で観たときの感想からあまり変わるものでもなかった。

 ただ、映画館で観てからあとになって、この映画のなかで何度か流される「Shame On You」という曲をやっているSpade Cooley という人物、まさにこの作品の主人公の行動にかぶるように、自分の妻を娘の目のまえで撲殺し、終身刑に服したという人物なのであった。そういう意味もあってのこの選曲だったのか、などと納得するのだけれども、このSpade Cooley、あの「L.A.コンフィデンシャル」の原作に登場してくるらしい(映画の方ではどうだったか、もちろん記憶はないけれども)。さらに、デニス・クエイドがみずから監督して主演をはるという、まさにSpade Cooley を主役にした「Shame On You」という映画作品の企画があったようだけれども、この企画はどうやらとん挫してしまったようである。

 きょねん、映画館で観たときの感想は、こちらに。 



 

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■ 2012-04-09(Mon)

 きょうはしごとは非番で休み。これから一週間ぐらいは、いちにち出てはまた休みという、飛び石連休が続く。楽なようなめんどくさいような、微妙なところである。考えてみればここのところしばらく、連休というのをやっていない。やっぱり連休がいいな。朝から晴天で、外はあたたかそうだけれども、一歩も外に出ないで、引きこもり生活のいちにちになってしまった。

f:id:crosstalk:20120410182451j:image:left ニェネントはやはりちょっとは首輪がうざったいのか、ときどきすわりこんで、うしろ足で首元をカリカリとやっている。そのたびに、首輪の鈴の音がチリチリと鳴る。このごろは和室にあった段ボールの空き箱がお気に入りになっていて、ちょうどニェネントのからだがすっぽりと入る大きさの箱のなかで、まったりとすわりこんでいることが多い。なんでネコは、きゅうくつなぐらいの箱に入るのが好きなんだろう。

 原発再稼働へ向けての報道が気になる。せんじつ何かの文芸誌で読んだ椹木野衣のエッセイで、彼は今の日本は「活断層時代」とでも呼べる時代になったのだ、というようなことを書いていた。それはわたしの気もちにも強くはたらきかけるエッセイで、これからの時代はいままでの常識が通用しなくなる時代なのだ、ということでもある。いままでの基準での「安全性」など踏襲することが出来ない時代になるのだと、覚悟しなければならないのではないのか。それなのに、という思いが強くなる。震災前は、「こういう施設が破壊されてしまうような大地震は、千年に一度しかこない計算です」と説明すれば「ああ、それなら安心だ」という論理も成立したらしいけれど(じっさいにこういう説明はどこかでなされていたらしい)、いまではそんな説明はまったく通用しなくなった、ということである。

 大陸にある日本からは北西にある独裁国家が、人工衛星という名目でミサイルを打ち上げようとしていることもまた、ニュースであれこれと取り上げられている。このためにミサイル迎撃部隊が沖縄などに配置されるらしい。まああの独裁国家も困ったもので、おかげでアジアの安全保障という名目で好きなことやられてしまい、沖縄という「場所」の地政的意味あいがまた強調され、「沖縄には基地やむなし」という空気も助長される。現政権のもと、いつのまにか武器輸出の規制も緩和されているし、これって、どっちを向いてもJ党政権時代よりもあぶないのではないか。


 

[] 「トゥルー・グリット」(2010) ジョエル・コーエン/イーサン・コーエン:監督  「トゥルー・グリット」(2010)  ジョエル・コーエン/イーサン・コーエン:監督を含むブックマーク

 1969年にヘンリー・ハサウェイ監督がジョン・ウェイン主演で撮った、「勇気ある追跡」のリメイク。わたしはこの旧作は観ていないけれど、原題はどちらも「True Grit」で、これはつまり「ほんとうの勇者」みたいな意味?

 コーエン兄弟の作品なんだけれども、「こういうストレートな作品も撮るんだ」という、これはほんとうに正統な西部劇ではないかという印象と、やっぱりどこか「ファーゴ」みたいな、奇妙にずれてねじれた感覚もあるか、という印象とがわたしのなかでせめぎあう感じ。演出のはじはじにただよう微妙なユーモア感覚はやはりコーエン兄弟の持ち味だろうし、とつぜん、あたまからすっぽりとクマの(おかしら付きの)毛皮をかぶった男が馬に乗って登場するところなんか、びっくりしてしまった。そのクマの歯がなんだか気になって観ていると、この作品、やたらと歯の話が出てくる。悪役のひとりを下からあおって撮影している場面でも、その悪党の歯並びが気になってしかたがないし、観ていても知らずに歯のことばかり考えていたりする。やっぱり、そんな変なことを考えてしまうのはコーエン兄弟の作品だからこそのことかもしれない。

 主演の保安官はジェフ・ブリッジスで、また飲んだくれの役であった。彼とつかずはなれずに犯人を追跡するテキサスレンジャーの男をマット・ディモンが演じていたのだけれども、そういうデータを知らずに観ていたわたしは、さいごにキャストの文字で「マット・ディモン」の名が出てくるまで、まったくわかっていなかった。「え? びっくり!」という感じ。
 犯人の捜索を依頼する十四歳の少女を、ヘイリー・スタインフェルドという役者が演じているけれど、ちょっとだけ蒼井優をも思わせる容貌で馬を乗りこなし、精悍な印象だった。そうそう、馬がかわいそうだったね。

 ラストで(というか、冒頭もそうなんだけれども)、成人したヒロインが「ワイルド・ウエスト・ショウ」にジェフ・ブリッジスをたずねて行くシーンがあり、ひとあし違いでジェフ・ブリッジスはもう他界しているのだけれども、そこにコール・ヤンガーとフランク・ジェイムズがいて、ヒロインがフランクを「クズ」呼ばわりするあたり、ちょっと楽しいラストではあった。



 

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■ 2012-04-08(Sun)

 日曜日。きょうは南のスーパーのまえの道で「桜まつり」をやる、という告知が出ていた。もうこの街には「商店街」と呼べるようなものはない、といっていいだろうから、これは市の商工会とか観光協会の主催なんだろう。道路を歩行者天国にして屋台やテントの出店が並ぶらしい。べつにことしが初めての企画というのではなく、もう何年もやっているイヴェントらしいんだけれど、わたしはちっとも知らなかった。それで、ちょっと午後から出かけてみた。

 歩行者天国といっても、範囲はそのスーパーのまえの車道せいぜい百メートルぐらいのものだった。桜の開花は遅れていて、その歩行者天国の道路の両サイドの桜もまだ平均してみてもせいぜい三分咲き、といったところ。それでもきょうは春らしいあたたかな陽気なので、ずいぶんとおおぜいの人が来ていて、屋台や出店をのぞいたり、道路に並べられたテーブルのイスにすわって、屋台で買った焼きそばとかを食べていたりする。歩行者天国の入り口のところにはトラックが道路に対して直角に停められていて、このトラックの荷台があけられて即席の舞台になっている。ジャ・ジャンクーの映画みたいである。その舞台のまえの道路にドラムセットやマイクスタンドが設置され、せっかくのトラック舞台は使わずに、そっちのマイクのまえで地元の人たちの音楽演奏だとかやっているけれど、その周辺に集ってこれをみている人はあんまりいない。こういうふんいきは好き、である。テントの出店には古着を並べたフリー・マーケットの空気もある。まるで桜の花なんか関係ないじゃないかと、こういうイヴェントや「お花見」を批判されるむきもあるようだけれども、寒い季節がようやく終わって、アウトドアでくつろいだり、飲食したり出来るようになったという、そういうことなんだと思う。桜の花はそういうイヴェントの、刺身のつまでもいいじゃない。

 すこしあたりをぶらぶらしてからホームセンターへ行き、残り少なくなってしまったニェネントのネコ缶をまとめ買いする。ちょっと財布に余裕がある感じでもあったし、思いついてニェネントに首輪を買った。ずっと家にいて外に出ないから首輪なんかいらないんだけれども、首輪をしてあげると、「うちのネコ」という愛着が、もっと感じられるかもしれないと思ったのだ。それで、どういう色のが似合うだろうかと考えたとき、わたしが思い浮かべたニェネントのすがたは、茶と白のブチのじっさいのニェネントではなく、黒白のブチの、ニェネントのお母さんのミイのイメージだった。きっと赤いのが似合うだろうと買ったあとで、ありゃ、ニェネントは茶と白だったと、ようやく思い出したしだいである。なんかじぶんのニェネントへの愛情が足りないんじゃないかと、ちょっと悲しくなった。

f:id:crosstalk:20120409191412j:image:right 帰宅して、ニェネントにその赤い首輪をしてあげた。飼い主はそれをかわいいと思うかもしれないけれど、ネコの側からしたらいい迷惑だろう。それで、ちょっとゆるめにつけてやる。すると、その首輪にあけられていた留め穴の、いちばん外側の穴になってしまった。ニェネント、やっぱりデカいのか、首まわりが太いのか。
 それでも、赤い首輪をしたニェネントは思いのほか愛らしく、「あら、ニェネントちゃん、かわいいわねー」と、なぜか女ことばになってしまう。そんなに首輪をいやがるようでもなく、首輪の鈴をチリリンと鳴らしながらも、いつもと変わらずにしているようである。

          f:id:crosstalk:20120409191503j:image


 きょうは昼食も夕食も、きのうつくったカレー、なのであった。


 

[] 「人生劇場 続飛車角」(1963) 沢島忠:監督  「人生劇場 続飛車角」(1963)  沢島忠:監督を含むブックマーク

 きのう観た第一作のヒットを受けて、おなじスタッフ/キャストで製作された第二作。この沢島忠監督は、翌年にまた鶴田浩二や佐久間良子とともに「新・飛車角」というのをつくっているようだけれども、これはこの第二作で死んでしまう飛車角、そしておとよとは異なる登場人物による、「似て非なる」ものらしい。そういうわけで月形龍之介の吉良常と鶴田浩二の飛車角、佐久間良子のおとよが出てくる作品は、きのう観たのと、この「続」との二本だけ。佐久間良子は二役でべつの女性も演じてて、この別の方が飛車角と結ばれてしまう。

 大きく三つのパートに分けられる作品という感じで、さいしょのパートは第一作のあと、また刑務所に入っていた飛車角が出所して、長門裕之の演じる「エントツの坂田」というのと知り合い、いっしょにテキ屋稼業をやりながら、また行方不明のおとよを探す。そこで長門裕之の属する組の手助けをして、その組長のむすめお澄(これがまた佐久間良子)と、なんというか、ねんごろになる。次のパートでは、飛車角は吉良常からそのおとよが満州に渡って娼婦をやっていることを聞かされる。飛車角も満州に渡って、大陸浪人だとか満州馬賊らと渡り合う。ようやくおとよとめぐりあうけれど、なんかけっきょく、おとよは満州に残して別れてしまうのね。さいごのパートはまた日本で、特務機関と癒着したヤクザらとの闘争もあるし、お澄とのあいだに子どもも生まれている。でもついには子分の裏切りにあって命を落としてしまうのである。チャンチャン。

 のちの「仁侠映画」ではあんまりみられない、主人公がテキ屋稼業にせいを出しているような展開もあるし、わたし的にはやはり、満州に行ってからの、馬賊だの大陸浪人らとのやりとりが気に入った。唐十郎の「少女と右翼」なんかを、また読みたくなってしまった。ラストに飛車角は背中から撃ち殺されるんだけど、そのときに子どもへのみやげの「ガラガラ」というんだったか、おもちゃを手に持っている。こういうあたり、やはりおもちゃ屋に子どもへのプレゼントを買いに寄り、そこで射殺されるという展開の、「仁義なき戦い」での松方弘樹を思い出してしまう。


 

[] 「黒死館殺人事件」小栗虫太郎:著  「黒死館殺人事件」小栗虫太郎:著を含むブックマーク

 ただひたすら、膨大な量の情報、そして詩句の引用があふれかえる文章の連続で、しかもそれらの情報、引用がストーリー展開(推理小説としての「謎」の究明)にはほとんど寄与していない。作中、ある登場人物のことについて、主人公の法水麟太郎に次のように語らせる場面がある。

「勿論久我鎮子は博識無比さ。しかし、あれは索引(インデックス)みたいな女なんだ。記憶の凝(かたま)りが将棋盤の格みたいに、正確な配列をしているにすぎない。そうだ、まさに正確無類だよ。だから独創も発展性も糞もない。第一、ああいう文学に感覚を持てない女に、どうして、非凡な犯罪を計画するような空想力が生れよう」
       現代教養文庫版90〜91ページ

 ‥‥って、この文章、まさにこの小栗虫太郎の作品への批判としても有効なように思えてしまって、これはひょっとしたら小栗虫太郎じしんが当時の批評家にいわれた言葉なんじゃないか、そんな気がしてしまう。
 で、主人公にそんなセリフをいわせちゃうんなら、この作品は「独創」や「発展性」にあふれ、そこには「非凡な犯罪を計画するような空想力」がある、ということになるんだけれども、え〜、どうだろうねえ。この作品、それこそペダンティックなデティールには恐れ入ってしまうけれど、そういう部分をとっぱらったときに見えてくる作品の実像は、「そんなにすごいか?」って感じはしてしまうのである。だいたい引っ張り方からしても、早い段階で出てくる写真乾板の、その全貌が明かになれば、いちばんの謎は解決するだろうと予測出来てしまうし、そもそもが、消去法でもって早い段階で犯人はだいたいわかってしまうのである。いろいろ出てくる殺人の手口もやっぱり「不自然」なところが多いし、読んでいて失笑を禁じえないようなところもある。あと、ちょっと気になるのがこの作品のなかでのユダヤ人へのかなり強烈な差別意識で、これはこの作品が書かれたころの社会の空気を反映しているのかも知れないけれど、やはり、「そこまで書くか」という気はしてしまう。これがヨーロッパならば「禁書」レベル、だろう。

 なーんて批判めいたことを書いてみても、それでもやっぱりこの作品は奇妙な魅力にあふれていることはたしか。それはやはり、その衒学趣味にあふれた文章のなかから、なんというか、観念の結晶体のようなものの、そのきらめきを感じとれるからだろうか。そしてそのきらめきとは、まさにこの作品の欠点がうらがえしにされたところにあるというか、観念がその観念のままで、実体を持たずに宙に浮いているせいではないか、などと思うのである。そういう意味で、せんじつ読んだ「虚無への供物」はまさに、この「黒死館殺人事件」の正統な後継作、ということができるのではないかと思う。主人公の法水の繰り出す、わけのわからない、飛躍する論法は、まさに正統なオカルティズムへと作品をみちびくものであって、ここでわたしはついつい、「ツインピークス」で、捜査の過程でいきなりチベットを持ち出したりするクーパー捜査官のことを思い浮かべたりもしてしまうのである。

 わたしが読んだのは、松山俊太郎の編集になる現代教養文庫版であって、巻末のその松山氏による「解題」が面白い。ここで、原典のなかのあるドイツ語の単語のまちがいから、小栗氏が執筆中に「神経衰弱」であったと判断せざるを得なくなり、「虫太郎の知識が、背後に体系を有する深遠なものではなく、蚕の蝕む桑の葉のように薄いものであった」とまで書いているのである。その結果、この教養文庫版は、本文中でダイレクトに原典を訂正して「補正」を行なうという、異例の処置が行なわれている。たんじゅんに「原典」をこそ第一として尊重するやり方から一歩踏み出した編集方針、ここでは有効かつ正しい方法なのではないかと思う。





 

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■ 2012-04-07(Sat)

 わたしのしごとはあさの五時始業で、しごと場は家から近いから、四時五十分ぐらいに家を出る。あさ起きてからしごとに出るまで、たいていはTVをみているのだけれども、土曜日だけはいつもFMを聴いて過ごす。これはしごとに行っているあいだにはじまる番組をエアチェックするためでもあるけれども、TVの方でみる番組がないということでもある。いつもみているチャンネルでは土曜日のこのじかん、落語を放映しているわけで、落語がきらいなどというのではないけれど、五時までつづくその落語の、「落ち」まで視聴することができない。だからみないだけである。「落ち」のまえでストップして、そのどこが「落語」か、ということになる。それでほかの局はたいていTVショッピングとかばかりなわけで、しぜんFM放送を聴くことになってしまう。

 このじかんFM放送では「明日へのことば」という番組をやっているわけで、この番組を聴いた感想は、まえに「大逆事件」に関してフランスのクリスティーヌ・レヴィさんという方の語られたことを書いた記憶があるけれど、きょうの放送もまたこころに残るものだったので、ここにちょっと書いておく。きょうは霊長類学者の山極寿一さんとおっしゃる方の、「心やさしい隣人、ゴリラ」と題された語りだった。
 わたしが起きてこれを聴きはじめたときには、もう番組ははじまっていたのだけれども、ちょうどゴリラの生態についての話から、よく知られているゴリラがじぶんの胸をたたく行為、いわゆる「ドラミング」について、これは決して相手を威嚇する行為ではなく、ぎゃくにコミュニケーションをはかろうとする行為だということを話されていた。つまり、相手の存在を認知して尊重し、おたがいに円満にことを運ぼうではないかという「呼びかけ」だという。これをあとでWikipedia で「ゴリラ」と検索してみると、そこにはまだ「ドラミング」は威嚇行為だと書かれている。しかし、きょうの放送を聴いていると、これは山極氏の語ることに一理あるという思いがする。それはわたしでも「けっして闘争的な性格ではない」と認識している、ゴリラという生物の性格に合致する。放送でも話されていたけれども、映画の「キングコング」は、そのような間違えられたゴリラ像の産物なのである。
 山極氏の語りはさらに、人間社会とゴリラ社会との比較にもおよび、ゴリラもとうぜん自分の属する集団を守ろうと行動するわけで、それは「同胞愛」とも呼べるものだけれども、人間は自分の属する集団の範囲を拡げ、その結果、自分がじっさいには会ったこともない人々をも守ろうという意識を持つようになったという。これは「愛」という概念が変節したことを意味する。山極氏ははっきりとはいわないけれど、つまりこれは「愛国心」への批判と聞くことも出来る。じっさいに山極氏は「国家」というものをまさに「幻想」と語られてもいた。しかし人間には、このあいだの震災でもあらわになったように、そういう見知らぬ他人を助けようと行動することも出来る。山極氏はこの行為をおそらくは「愛国心」とは別次元のものととらえ、そこに人間の未来の可能性をみている。

 ‥‥これは、アナーキズムである。とりわけ、クロポトキンの「相互扶助論」に通じる思想だろう(といってもわたしは「相互扶助論」の内容などとうに忘れてしまっているけれども)。そう、クロポトキンはたしか、ダーウィン流の進化論の含みもつ「生存競争」という概念を否定していたのではなかったのか、たしかそのことは青年期の生物学研究の体験から導かれたものではなかったか、などと思い出すことになる(この記憶は正しかったようである)。
 わたしももうずいぶんとながいこと、アナーキズムの古典/基本著作から遠ざかっているけれども、きょうの山極寿一氏の話は目からウロコが落ちるようなおどろきで、わたしももういちど基本文献を読み、ゴリラの生活/生態をもまた学びながら、やはりアナーキズムの基本を考えなおしてみたい、などと、あさっぱらから思ってしまったりするのであった。

 きのうニェネントの反撃で受けた手のひらの傷は、午前中には少し痛んだけれども、午後にはほとんど気にならなくなった。夕食にひさしぶりにカレーをつくったけれど、あんまりたくさんつくると途中であきてしまう(カレー自体もいたんでしまう)ので、カレールーのパックの半分だけを使って、いつものように大量につくってしまうことはよした。


 

[] 「LOFT ロフト」(2005) 黒沢清:監督  「LOFT ロフト」(2005)  黒沢清:監督を含むブックマーク

 中谷美紀に呪縛されたわけでもないけれど、公開時に映画館で観ていた作品を久々に観た。映画館で観たときから「へんな映画〜」とは思っていたけれど、やっぱり「変」である。

 前半は中谷美紀を主役に、千年まえのミイラに憑依される小説家のすがたが描かれるけれども、ここにまたミイラに魅せられてしまった豊川悦司という大学教授が出てきて、中谷美紀のもんだいがいつのまにか解決した(らしい)あとは、この豊川悦司こそが主役になる。奇怪なオブセッションを持つ豊川悦司の造型には、どこかヒッチコック作品の主人公を思わせられるところがあり、そう考えるとこの作品は千年規模の「めまい」なのではないか、などと思ってしまう。‥‥しっかし、このラスト、どうしても笑ってしまうのである。

 演出のデティールはなかなかに強烈で、中谷美紀の住まいの二階からながめられる豊川悦司の行動の俯瞰だとか、停電した室内の階段をのぼる中谷美紀を下から照らす照明、それによって壁に映る彼女の腕の影、登場する安達祐実の亡霊の描写など、ゾクゾクとさせられる。泥を吐いても美しい中谷美紀はさすがであるし、彼女の花柄のワンピースもどこか印象に残る。


 

[] 「人生劇場 飛車角」(1963) 沢島忠:監督  「人生劇場 飛車角」(1963)  沢島忠:監督を含むブックマーク

 この作品こそが、のちの東映仁侠映画の嚆矢となった作品らしい。尾崎士郎原作の「人生劇場」では脇役にすぎない飛車角を主人公にした、ほとんどオリジナル作品で、この企画は岡田茂、脚本は直居欽哉という人。監督の沢島忠は、それまでは東映のスター主演時代劇や美空ひばりの映画などを撮っていた人物らしいけれど、このころは映画衰退の流れのなかで低迷していたらしい。その低迷は企画の岡田茂、主演の鶴田浩二、佐久間良子もこの時期に同じく抱え持っていたもんだいだったらしい。

 ‥‥とっても面白かった。この映画のためにつくられたと思っていた、村田英雄の唄う「人生劇場」という曲、じつは戦前につくられた古い曲だったということをはじめて知ったのだけれども、この歌の歌詞の精神をうまく取り込んでいるというか、この曲こそ「原作」なんじゃないか、などと思えるほどである。
 沢島忠監督の演出としては、いかにも娯楽映画の出自らしいくどいところもあるし、全体にカメラが被写体に寄りすぎているきらいもあるけれど、前半に何度か出てくる、監獄の窓とその外に降る雪とのショットがうまく監獄の外の世界とつながって印象に残るし、その飛車角(鶴田浩二)が出所して、刑務所の外で吉良常の月形龍之介と会う場面はロングになり、その会話の内容を観客には聴かせないという演出が、そのロングの絵もよかったし、ちょっとすばらしかった。
 そう、その吉良常を演じる月形龍之介がとってもよくって、特に、彼が飛車角の鶴田浩二をかくまっているところに警官が捜索に来たときのタンカ。ここで国定忠治の名まえを出すあたりで、いったいこの映画がどのあたりをめざした映画なのかということを、観客にしっかりと認知させてるんじゃないかと思う。

 製作サイドは「人生劇場」の文字をタイトルから外したかったらしいけれど、まだ存命中の尾崎士郎はそれを許さなかったらしいし、小説の主役の青成瓢吉(これは尾崎士郎の分身である)もまた、映画のなかに登場させることにこだわったらしい。それで物語展開にはほとんど寄与しないけれども、梅宮辰夫が瓢吉役で登場する。あとは、佐久間良子演じるおとよを飛車角の想う人と知らずに愛してしまう、宮川という男を高倉健が演じている。この映画はほとんど、この飛車角と宮川と、おとよとをめぐるメロドラマというふんいきで、やはりその後の「仁侠映画」とは少しテイストがちがう。この映画では高倉健はめった切りにされ血まみれで死んでしまうけれど、そんな健さんの死んじゃう映画って、もうこれ以降はほとんどないんじゃないだろうか。
 ラストは「道行き」を思わせる主人公の歩く姿から、さいごの決戦(決闘)がはじまるところでふいに終わる。このラストは、その後の「仁侠映画」の規範にはなったことだろう。

 


 

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■ 2012-04-06(Fri)

 きのうはアホみたいな夢をみてしまったのだけれども、きょうもまた目覚めたときに、みていた夢を思い出した。かなりストーリー性を持った夢で、ひさしぶりにノートにつけた。また見知らぬ町が出てきた。これには昨夜みた「ブラタモリ」の反映もあったようだけれども、ある女性の出てくる、ちょっと切ない夢だった。目覚めてもしばらくはその切なさだけが胸に残っていて、「いったいこれはどういうことなのか」と考えて、夢のことをだんだんに思い出すことになった。いやらしい夢ではないけれど、まだこういう夢をみるのだったら枯れちゃったわけでもないかと、ちょっと安心もする。でも、老人というのはそういう執着がいつまでもあるらしいので、別にそんな夢をみたからといって、それが若いということでもないだろう。どんな夢かって、まあいいじゃないの。人との出会いを愛おしむような夢でしたけど。

 東京では、桜の満開宣言が出されたといっている。このあたりはまだ二分も咲いていない、ようやく花が開きはじめたという段階なので、東京とは一週間ぐらいの差があるのではないのか。これはいままででいちばん大きなギャップだと思う。

 ニェネントと遊んでいて、いや、ニェネントで遊んでいて、いやがって爪を出したニェネントのその爪が、思いっきり手のひらに刺さって、切り裂かれてしまった。思いっきりといっても、せいぜい五ミリぐらいの傷だけれども、ちょっと深く刺さってしまって痛みが強い。ニェネントでの遊び方には気をつけないといけない。傷口の消毒だけはしておいた。


 

[] 「大いなる遺産」(1946) チャールズ・ディケンズ:原作 デヴィッド・リーン:監督  「大いなる遺産」(1946)  チャールズ・ディケンズ:原作 デヴィッド・リーン:監督を含むブックマーク

 デヴィッド・リーンの、「戦場にかける橋」以前の作品というのを観た記憶がない。「逢びき」はひょっとしたら観ているのではないかという気もするけれど、この日記で検索しても引っかかってこないし(この日記はじぶんのためにそういうことにも利用できる)、観ているとしても、そうとう以前のようで、とにかくは何も記憶に残っていない。チャールズ・ディケンズの小説というのもまるで読んでいなくて、ひとつだけ、文庫本で「ピックウィック・クラブ」というのは読んだことはあるけれど、これはまあユーモア小説というか、もっとシリアスなものらしい後期の作品群とはちょいとちゃうかな、というか、その一冊を読んだだけでディケンズがどうのこうのということができるわけもない。

 それでこの映画作品だけれども、観終わったあとにネットで原作のあらすじを検索して読んでみると、プロットの大きな流れではあまり異動はないようだけれども、とくに終盤の展開は脚色され、時の経過が短縮されているようではあった。登場人物のうち、主人公のピップの義理の兄である鍛冶屋のジョーは、映画ではビディという女性と再婚するのだけれども、原作のあらすじを読んだかぎりではこのビディという女性、さいしょはジョーの手伝いで奉公にあがっているだけのようで、終盤で主人公のピップが結婚したいと望む女性だったようである。

 あらすじを書いたりはしないけれど、つまりは人との出会いを大切にし、その相手に親身に接する生き方と、こころを閉ざして人に悪意をぶつけるような生き方との対比というか、もちろん作品は前者の生き方を肯定するけれど、そこまでに思いがけない偶然の出会い、またその背後の意外な必然、そして予測を裏切る運命が主人公を翻弄する。おそらくはこういう、運命に翻弄される「生」を描くということこそ、ディケンズのやろうとしたことだろうし、この映画化の目的でもあったことだろうと思う。そのあたりの前提になるストーリーテリングのたくみさというのはもちろんすばらしいのだけれども、それ以上に、このモノクロ撮影の美しさに、とくに前半では感じ入ってしまった。冒頭のロングショットでの、荒野のなかのシルエットとして登場する主人公。その主人公が道を進んでいくと、その道のわきに絞首台のような黒い柱がたてられていたりして、それがこの物語の行方を暗示したりもするのだけれども、そのあとの霧深い墓地でのシーンの撮影もまた、ほんとうに美しかった。
 これは演出面のことだけれども、主人公たちがボートで定期旅客船に近づくとき、画面がその旅客船のアップに切り替えられるとき、不意に音楽が流される。待ち望んだものがここに来た。しかもとつぜんに。そういう印象を与えられる気がしたけれども、この効果にもすばらしいものがあった。




 

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■ 2012-04-05(Thu)

 このごろはすっかり夢をみることがなくなってしまった。というか、目覚めてもみていた夢をまるで思い出せないというべきなのかもしれないけれど、けさはひさしぶりにみた夢を記憶していた。これがなんとも変な夢で、まちがいなくきのう中谷美紀の舞台のヴィデオと映画「青髭」を観た影響なんだけれども、あまりにアホらしいのでやはりわたしは退化しつつあると認識するしかない。
 夢のなかでわたしは中谷美紀といっしょに舞台に立っている。ずいぶんと図々しいことだけれども、夢なんだからしかたがない。ほかにも(なぜか)妻夫木聡などもおなじ舞台に出演しているようだけれども、中谷美紀とからむのはわたしなのである。これがふたりが舞台上でしっかりと抱き合うようなことになるのだけれども、夢なんだからしかたがない。ところが、その中谷美紀の鼻の下だとかあごに、まばらにヒゲが伸びていて、これが抱き合ってほおとほおをぴったりつけると、チクチクと痛いのである。そんなアホらしい夢だった。まあみてしまった夢なんだからしかたがないことではある(書かなきゃいいのに)。

 もう四月で、例年ならばもうとっくに桜の花も満開をすぎて散ってしまっているころなんだけれども、ずっと寒かったことしは桜の開花が遅れている。東京ではたしか三月三十一日に開花宣言が出されていたと思うけれど、このあたりはそれからずいぶん遅れて、おそらくはきのうかおとといあたりにようやく咲きはじめた木もあるという感じ。つぼみはふくらんでいるけれど、まだまだ花が咲いているという感覚ではない。いつもだいたい、このあたりと東京との開花の時差はこのくらいのものだったかもしれない。
 きょうは晴天で、あさから暖かい。桜の花も一気に開花モードになるかもしれない。しごとから帰って洗濯をして、干した洗濯物も昼すぎにはすっかり乾いてしまった。ことしはじめて、「もう春だなあ」と思える日だった。

 いろいろと計算すると、今月は先月よりも財政的に余裕があるようで、ひょっとしたらもうTVぐらいなら買えるふんいきである。これだけ余裕があるのなら、二週間ぐらい先のRichard Thompson の東京公演を予約しておけばよかったなあ、などと思ったりする。当日券があるようなら行ってみたい。

 よるになって、ちょっと遅くまで(といっても十時ぐらいなんだけれども)起きていてしまって、TVをみていると今夜は「ブラタモリ」の放映の日だったことを思い出し、チャンネルをかえると、もうはじまったところだった。きょうは「江戸の食」の特集。神田のあたりを中心に、江戸の食文化のなごりをたずね歩く企画。(これは「江戸」ではないが)現代の民家の地下に残された「バナナ室(むろ)」だとか、神田明神まえの甘酒屋の地下の糀むろ、江戸時代の豆腐料理のレシピ本などの紹介。江戸時代の食べくらべ、飲みくらべ大会の記録など楽しい。三升×三ということは、一斗ちかく飲んだ輩がいるという記録も。わたしもビールなら瓶で十本ぐらい飲んだ記憶はあるけれど、これは比較にならない、おそろしいことである。


 

[] 「果しなき欲望」(1958) 今村昌平:監督  「果しなき欲望」(1958)  今村昌平:監督を含むブックマーク

 おもしろいわー。終戦時のドサクサにまぎれてドラム缶に入れて埋められた、時価六千万円になるだろうというモルヒネを掘り出すために、十年以上の時を経て五人の男女が集結する。首謀者の軍医はすでに死亡したということで、集結したメンバーも知らない、その妻だったという渡辺美佐子が登場するけれど、それにしても仲間の数がひとり多い。もうみんなたがいの顔も忘れているので、いったい誰が部外者なのかわからないけれども、教師だというたよりなさそうな小沢昭一がちょっと怪しまれてはいる。あとは中華料理屋の殿山泰司、薬剤師の西村晃、やくざの加藤武と、そりゃあクセのありそうな役者がずらりと並ぶ。またストーリーをそのオチまで書いてしまうので、まだ観ていない方はご用心。

 で、モルヒネを埋めた防空壕のあった場所はげんざいでは商店街のなか、肉屋の真下にあたるようで、これはおいそれとは掘り出せない。それで五人は「不動産屋」をはじめるという名目ではすかいにある空き家を借りて、その地下から肉屋の下までトンネルを掘る計画を立てる。家主には足もとをみられ、家主の息子で無職でぶらぶらしている長門裕之を社員に雇わされたりする。あれこれのごたごたはあるけれど、トンネルは順調に掘り進められる。ところがなんと、その商店街自体が区画整理で街ごと立ち退きさせられることがわかったり、やくざの加藤武が警察に手配されたりと、ゆっくりと掘ってはいられない。四人の男の渡辺美佐子への欲望もあるし、部外者は誰かという疑問もある。長門裕之はそんなことまるで知らないで、不動産屋の外回りのしごとをやりながら、肉屋の娘の中原早苗とデートしたり。

 商店街の連中が立ち退きで大さわぎしているなか、反目し合った加藤武と小沢昭一が大ゲンカのあげく、小沢昭一は加藤武を殺してしまう。加藤武の死体は掘っているトンネルのなかに横穴をつくって放り込むけれど、その足がトンネルに突き出されたまま。‥‥ついに、モルヒネの入ったドラム缶を掘り出すけれど、転がり落ちたドラム缶の下敷きになって小沢昭一も死んじゃうのね。さあ残った三人でどうするのよ、って感じだけど、ここで殿山泰司が興信所にたのんで調査してあった渡辺美佐子のことが明かされる。たしかに死んだ首謀者の軍医の内縁の妻だったらしいけれど、西村晃と共謀してその軍医を殺害し、その後は西村晃と同棲していたらしい。つまり、部外者は西村晃だったのである。秘密を知られた渡辺美佐子は殿山泰司に毒を盛って殺し、さらに西村晃を刺し殺してしまう。すごいねー、女性のちから。すでにほぼ移転も完了し、もう取り壊しもはじまっている商店街は、台風の来襲でもうれつな暴風雨に見舞われている。渡辺美佐子は長門裕之を誘惑していっしょに逃げようとするけれど、長門裕之はやっぱ中原早苗がいいからいっしょに行かない。おまけに西村晃の死体が発見され、警察が渡辺美佐子を容疑者として追跡する。暴風雨のなかひとりモルヒネを持って逃げようとする渡辺美佐子は、崩壊した橋を渡ろうとして、川の濁流のなかに落下してしまうのであった。

 よくあさ、台風一過の晴天となった川にはモルヒネで死んだ魚が浮き上がり、川辺では長門裕之と中原早苗が未来を語っているのであった。

 ‥‥なんかこういう、人々の泥くさいぐらいのバイタリティーというのは、このころの日本映画が描くのが得意だった世界というか、この今村昌平監督だとか、川島雄三監督(今村昌平監督はみずからを川島雄三の弟子であると公言していたはず)、それにちょっとヒネたかたちで増村安造監督の作品とかで、いっぱい出てくる世界なんじゃないかと思う。お上品な小津映画、アメリカナイズされた黒澤映画、女の世界の成瀬映画、映画技術の粋をつくした溝口映画もそりゃあいいけれど、この作品を観ていて、この時代の日本映画の魅力はこういうところにこそあったんじゃないかなどと思ってしまう。
 登場人物は皆(長門裕之と中原早苗いがい)、とても擁護できるようなものではない、ナマな欲望原理にしたがって行動するわけだけれども、だからこそそのパワーは強烈でもあり、また滑稽でもある。そういうエネルギーをフィルムに定着するパワーこそ、この時代の日本映画が世界に誇れたところのものではないかと思ったりする。黒澤監督のバックボーンにもこういうところはあって、ただそういう世界をアメリカナイズされたスタイリッシュな演出でみせたわけだろうし、小津監督はこういう世界の正統な裏返しの世界。また、成瀬監督はこの世界の裏にある「哀しさ」のようなものを描いたのではないのか、そういう気がしてくるのである。なんか、こういうところに現在に通じる日本人の原点があるんじゃないだろうか。

 原作は藤原審爾で、この人は同じ今村昌平監督の傑作「赤い殺意」や、吉田喜重監督の名作「秋津温泉」、そのほかおどろくべき数のこの時代の映画の原作を書いていて、これはちょっとした日本映画の「キー・マン」なんじゃないかと思ってしまう。撮影は「キューポラのある街」の姫田真佐久で、ここでも地下のトンネルとその上の地上世界とを行き来するような、上下を通底させる絵をみせてくれている。音楽は黛敏郎で、ここでは、それってストラヴィンスキーの「春の祭典」のパクリぢゃないの? というスコアを聴かせてくれるのである。



 

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■ 2012-04-04(Wed)

 きのうはあれこれと、あちこちで風の被害があったようで、あさからTVではそういう報道をやっていた。昨夜のベランダでの物音は何だったんだろうとベランダに出てみると、枯れてしまったクレソンのプランターが転倒していたのと、前から置いてあるアウトドア用の丸テーブルも倒れていた。

 きょうはしごとは休みの日。あさからずっとTVをみている。どこかの局で、映画のなかでみごとな芸をみせた犬のことから、芸をする犬の特集をやっていた。犬は芸をおぼえるからいい。ネコはダメである。それはネコの生き方にかかわるもんだいだろうけれども、うちのニェネントの場合はそういうこと以前にあたまが悪いので、芸をおぼえるなんてとんでもないことである。ニェネントにはいつもあれこれと話しかけていて、いつの日にかわたしがしゃべっていることを理解してくれて反応してくれるのではないかと、ひそかに期待しているのだけれども、まったくダメである。ニェネントの知っているニェネント以外の生き物はつまりわたしだけである。そのあたりにもんだいがあるのではないのか(飼われているペットは飼い主に似る)。

 昼間から、「カーネーション」のつぎにはじまった連続TV小説をみてしまう。「よくもまあ、そんあクサいセリフをいわせられるもんだなあ」というセリフ多数。それでも敗戦後の、これは東京なのか、セットなんかすっごいリアルにつくってあって、しかもそこで夜景になったりする。オープンセットも壮大だけれども、カメラの性能もいいんだろうな、などと思う。しかしそこで家々に電灯の明かりが灯り、そのことに登場人物が感動するというのは、「電気が供給されるのはありがたい」という、電力会社へのエールなんだろうかねえ。

 夕食に再度、もやしとタマネギの炒めものにチャレンジする。こんかいは仕上げの味噌ダレの分量を少なくして、希望していた味におさめることができた。


 

[] 「猟銃」フランソワ・ジラール:演出 中谷美紀:主演  「猟銃」フランソワ・ジラール:演出 中谷美紀:主演を含むブックマーク

 きょねんの舞台公演の録画。ほぼひとり舞台の中谷美紀の初舞台で、評判は良かったようである。中谷美紀がこれまで舞台に立たなかったのは、彼女の両足のそれぞれの長さにかなりの差があって、舞台で歩く姿に自信を持てないという理由があったらしい。そういうわけでほぼひとり芝居のこの舞台、歩いたりするシーンがないのはそういう理由もあったのかも知れない。

 演出しているのはカナダの映画監督、フランソワ・ジラールという人で、この人は「レッド・バイオリン」という作品で評判をとったらしく、また、近年はこの中谷美紀出演の「シルク」という作品も撮っている。そこで中谷美紀に惚れ込んでしまったようだけれども、わたしは彼の映画はどれも観ていない。
 原作は井上靖の短編小説で、井上靖などまるで読んだことのないわたしだけれども、五所平之助によって映画化されたものは何ヶ月かまえに観ている。佐分利信、山本富士子、そして岡田茉莉子らの出演した映画だった。原作は三通(男の書いた手紙を入れれば四通)の手紙だけで構成されたもので、映画はそこから脚色してストーリー性を持たせたものになっていた。この舞台は原作どおりというか、三人の女性がその手紙をそれぞれ読むという構成で、その三人の女性を中谷美紀がひとりで演じているわけである。がらんとした大黒の舞台の奥にはひとことも語ることのない男性がいて、ゆっくりとした動きでその猟銃をかまえたりの動きをみせている。舞台美術らしいものはみられないけれども、舞台の床に、さいしょの女性では水たまりがあり(ここでは舞台に雨が降っていたような)、次にはちいさな玉砂利が敷き詰められることになる。これがさいごの女性になるとき、床の板が一枚一枚順番にぐるりと裏返しになっていき、上に乗っていた玉砂利を舞台の下にかくしてしまい、舞台は板張りのすがたをみせる。バックの男のいるあたりには、映像として小説のテクストらしい文字が映されることもあるようである。

 どうもこういうがらんとした大黒の舞台をみていると、何年かまえにサイモン・マクバーニーが演出し、深津絵里が主演していた「春琴」(もちろん原作は谷崎の「春琴抄」である)の舞台を思い出してしまうわけで、この演出家はきっと「春琴」は観ていて、サイモン・マクバーニーの演出は意識しているんじゃなかろうかと想像してしまう。

 さて、その肝心の舞台なんだけれども、つまりは中谷美紀の「ケイジさん(ケイジというのはわたしのことだけれども)、わたしを見て!」という演技を堪能するしかないというか、まあそういう舞台という印象。これが録画中継しているWOWOWのスタッフもこまるんだけれども、「いったい何台のカメラを使ってるのよ」という感じで、いろんな角度から中谷美紀のアップをつぎつぎに写し出す。舞台の大きさもわからないし、うしろにいる男との位置関係も判然としない。もっともっとカメラを引いて、舞台全体がみわたせる映像を基本にしてもらいたかった。これではよけいに「わたしを見て!」モードだけが全開になってしまう。まあ美しかったわけですけれどもね。
 それと、わたしの場合、先に映画版を観ていることで、その展開を知っちゃっていたこともじゃまになってしまった。ここはやはり、何も知らないで観てみたかった(原作を読んでいれば、原作との差異からまた楽しみをみつけることも出来たかもしれないが)。

 感心した点をいえば、中谷美紀という女優さんの、発音がほんとうにクリアに響いていたことで、特にさいしょの若い女性を演じるときの性急ともとれる早口での展開でも、きっちりとことばが聴き取れた。二人めの女性での絶叫モードでもしかり。でもこのワンウーマンショーでは、彼女の舞台女優としての魅力については、それ以上の感想を持つことも出来ない。


 

[] 「青髭」(2009) カトリーヌ・ブレイヤ:監督  「青髭」(2009)  カトリーヌ・ブレイヤ:監督を含むブックマーク

 カトリーヌ・ブレイヤという監督さんのことはまるで知らなかったのだけれども、小説家でもある彼女の映画は、ちょっと過激なものとして知られているらしい。この作品ではそういう過激さはみられないように思うけれど、耽美趣味ともいえる画面の美しさを堪能できる。この作品はもちろんシャルル・ぺローの有名なおとぎ話をもとに、そのぺローの本を読むおさない姉妹のストーリーをはさみこんだもの。この映画のなかで描かれるその「青ひげ」の物語は、それを読んでいる姉妹の成長した姿のようにみえる。

 おさない姉妹が、おそらくは「入ってはいけない」といわれている二階の物置のなかに忍び込み、そこでこの「青ひげ」の本をみつけて、いっしょに読みはじめる。姉はそのうちにその物語から耳をふさごうとするけれど、妹はかまわずに姉を挑発しながらも読みつづける。妹の読む物語はすすみ、ついに物語のなかの妹は、青ひげに「入ってはならぬ」といわれていた部屋のドアをあける。物語の展開を聞きたくない姉は耳をふさいであとずさりし、床にあけられた穴から下に転落死する。ラストには物語のなかで間一髪助かった妹が、皿の上に切断された青ひげの首をのせて自分のまえに置いている、「サロメ」をも思わせるとても美しい場面で終わる。

 ぺローの原作では、この「青ひげ」は次のように結ばれている。

 ものめずらしがり、それはいつでも心をひく、かるいたのしみですが、いちど、それがみたされると、もうすぐ後悔(こうかい)が、代ってやってきて、そのため高い代価(だいか)を払わなくてはなりません。

   青空文庫「青ひげ」/ぺロー(Perrault)/楠山正雄訳より

 しかし、妹は青ひげの犠牲になるわけではなく、ぎゃくに好奇心を殺し、耳をふさごうとした姉の方がいのちを失ってしまう。やはり「知ろう」とすることは大切ではないか。この映画からはそういうメッセージが聞こえてくるようである。この作品、女性から「知りたい」という好奇心の芽を摘み取ろうとした、「保守」としてのぺロー童話への批判なのではないのか。



 

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■ 2012-04-03(Tue)

 きょうもまた、土曜日のようなはげしい南風が吹くといっている。土曜日どころではなく、もっともっと強い風が予想されると。わたしらのしごとは早朝なので、午後から強くなるというその春の嵐の影響は受けないだろう。あとは帰宅したら家のなかでずっと、じっとしていればいい。ただ、血圧の薬が切れたので、午前中にでも病院へ行かなければならない。

 しごとを終えて、十一時をまわったころに病院へ行く。空は晴天だけれども、もう風がずいぶん強くなっていた。
 血圧の状態はなかなか改善されないので、また薬をチェンジすることになった。

 帰宅して、ベランダで風に飛ばされてしまうようなものがないかどうか確認し、かたづける。三月になってからベランダに出してあったクレソンのプランター、外に出すのが早すぎたのか、この冬が寒かったせいか、どうやら全滅してしまったようである。きょねんおととしと、なんとか生きながらえさせてきたのだけれども、残念なことをした。まだ古いタネが残っているはずなので、また捲いてみよう。

 ニェネントの発情期はおさまり、マイペースでまったりしている。リヴィングを行ったり来たり、ベッドの上で丸くなって寝ていたりするけれど、わたしが台所へ立つと、どこで何をしていても、かならずわたしのところへふっ飛んでくる。わたしがまな板の上で何かを調理したりすると、のび上がってわたしの手もとを覗きこもうとするんだけれども、残念なことにちょっと体長が足りないので、わたしが何をやっているのか、わたしの手もとにどんなおいしそうなものがあるのか(まあたいていのものはニェネントの食べられるものではないのだけれども)、ニェネントにはわからないのだ。

 午後をすぎて空が暗くなり、夕方には雨が降りだした。風は強くなったり凪いだりしているようだけれども、夜になって窓の外からはげしい風の音が聴こえてくるようになった。強い風が吹くたびに窓枠がガタガタと音をたて、この家じたいが風でゆらいでいるような気分になる。ベッドに入ってもう寝ようとしていると、ベランダで何かがぶつかるような、何かが倒れたような、大きな音がした。気にしないでそのまま寝た。

 きょうの夕食は、きのうのもやしとタマネギを炒めたのがわたしに好評だったので、おんなじメニューにしたのだけれども、きょうはその味噌味の焼き肉のタレをかけすぎてしまい、味が濃くなってしまった。失敗である。


 

[] 「レイヤー・ケーキ」(2004) マシュー・ヴォーン:監督  「レイヤー・ケーキ」(2004)  マシュー・ヴォーン:監督を含むブックマーク

 「キック・アス」がとっても楽しかった、マシュー・ヴォーン監督の監督第一作。主演はこのあとジェームズ・ボンド役に抜てきされることになるダニエル・クレイグ。マシュー・ヴォーンという人はこの「レイヤー・ケーキ」の前はガイ・リッチー作品のプロデューサーでならした人らしい。この「レイヤー・ケーキ」も、当初はそのガイ・リッチーが監督するはずだったらしいんだけど降板し、それでじぶんで監督を引き受けたらしい。この作品がそれなりに好評だったので、それ以降も監督業を続けるようになったということ。

 先にヒットした原作小説があったらしく、日本でも文庫で出ていたことがあるらしい(今は絶版)。観ているとその原作にかなり忠実に演出しているんじゃないかという印象で、これがガイ・リッチーなら、もっと映画的なお遊びにあふれた演出になっていただろうと思う。ただ、ガイ・リッチーという監督はちょっとそういう遊びがすぎるというか、才気走りすぎるところがイヤミになるところがあり、わたしはあんまり好きでないのね。そういうあたりで適度なシリアスさと演出、編集の妙をみせてくれるこの作品、楽しんで観た。いってみれば「レザボア・ドッグス」あたりのハードなヴァイオレンス性とストーリー展開の先の読めなさをねらった作品のようにもみえ、そのあたりがイギリス的な空気といいマッチングをみせているのではないかと。ただ、全体がちょっとスイスイと流れてしまった感じがあって、あんまりガーンと印象に残るようなものではないかもしれない。ストーリーはそれなりにふくざつなもんで、ここには書かない(書ききれない)。

 しかし、「映画的なお遊び」という点では、「キック・アス」ではそのガイ・リッチーをはるかに凌駕する演出の冴えをみせてくれたと思うのであって、これからのマシュー・ヴォーン監督には注目しておきたいと思っている。


 

[] 「ミュージックボックス」(1989) コンスタンティン・コスタ=ガヴラス:監督  「ミュージックボックス」(1989)  コンスタンティン・コスタ=ガヴラス:監督を含むブックマーク

 コスタ=ガヴラス監督の手になる、「Z」や「戒厳令」などの政治陰謀ものに連なるような法廷もの、といえばいいのか、この、まだソヴィエトや東欧の社会主義体勢が崩壊する以前の東西対立、そしてまだくすぶっていた戦争犯罪の告発というもんだいが、ひとつの裁判の過程のなかで屈折した姿をみせる。もうこれは脚本の段階で勝利というか、なんとも巧妙なすばらしい脚本であることよ、という印象になる。以下、どんでん返しの結末まで書きますので、これから観る人はご注意を!

 主人公はジェシカ・ラング演じる弁護士で、その父親(アーミン・ミューラー・スタール)は戦後ハンガリーから移民して来た男である。その父親がハンガリー政府から、新しく見つかった資料によって戦争末期にユダヤ人を虐殺していた戦犯として引き渡しを要求される。アメリカ政府は父に対して移民を取り消し、ハンガリーへの強制送還を求める訴訟を起こす。娘のジェシカ・ラングはその父の弁護を買って出るわけである。父が戦犯であるという証拠があれこれと提出される。娘は、その父が何年か前に訪米したハンガリーの舞踊団の公演を「共産主義者の工作」として妨害していることから、ハンガリー政府のブラックリストに載せられ、それゆえのハンガリー政府による陰謀であるとの論点から反ばくする。父の周辺にはユダヤ人たちからの抗議の声と、ぎゃくに「ユダヤ人虐殺などなかった」と語るような反動的人物の声とが交錯する。ジェシカ・ラングは父の無罪を信じているけれど、じぶんの息子、父のでき愛する孫である長男への影響を心配する。父のアメリカでの過去を調査してもらうと、ある男へ定期的にかなりの額を送金していて、その送金のストップした時期に男が事故死していることを知る。

 裁判の過程で病床にある男への尋問のため、裁判官と検事と弁護士はハンガリーへ行くことになるのだが、そのときに父の過去を調査した同僚から、その事故死した男はハンガリー人で、その姉がブダペストに存命しているから会ってくるようにといわれる。ブダペストに到着するとジェシカのもとに見知らぬ男がたずねて来て、この地で尋問する予定の男の証言をくつがえすような資料を手渡される。その資料のおかげで裁判は圧倒的に弁護側有利にかたむき、検察側は裁判の続行を断念する。しかしジェシカはその事故死した男の姉をたずね(父がハンガリー出身だからか、不自由ながらハンガリー語を使えるのである)、その事故死した男が、裁判でつねに父ではないかと疑われたところの虐殺犯の、同僚として虐殺に加担した男だと知る。姉からその男の遺品のひとつである質札をあずかり、その品を請け出して姉のもとに送ることを約束して別れる。帰国してその質店から預けてあったものを受け取ると、それはオルゴールというか、ハンガリーの伝統工芸品らしいミュージックボックスだった。そのミュージック・ボックスを動かしてみると、オルゴールのメロディにのせて、箱のなかでハンガリーの伝統美術らしい絵がぐるぐると持ち上がってくるのだけれども、そこに挟み込まれていた写真がつぎつぎにおもてにあらわれてくるわけである。その写真にはどれにも、処刑されたユダヤ人たちといっしょに、銃をかまえた制服の父の姿が写っているのであった。

 裁判はほとんど打ち切られれようとしていたけれど、ジェシカは検察へその写真を送付する。父になついていた息子を父から引き離し、父を告発する。新聞にはその父がユダヤ人を虐殺する証拠写真が掲載されることになる。

 もう、こういう脚本なら、演出がどうのこうのという気にもならない。それでもやはり、赤く濁ったドナウ川の川面の映像、そしてミュージックボックスから写真が出て来るところへの盛り上げ方など、ゾクゾクするものがある。結末がわかっていてもまた観たくなるのは、あれこれの背景を詰め込んだ脚本の妙もあるだろうけれど、やはり、演出に込められた「ちから」のせいでもあるだろう。アーミン・ミューラー・スタールの、つまりは「二重の生」をうかがわせる演技が、やはりおそろしい。


 

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■ 2012-04-02(Mon)

 いぜん、岩波新書の「大震災のなかで 私たちは何をすべきか」という本を読んだとき、そのなかの佐藤学氏という教育学者の書いた文章に猛反発したことがあった。

 「放射能被害に対する防災教育は、地震の防災教育と同様、十全に行われるべきであった。原発事故と放射能災害に対する基礎知識の教育、外部被曝と内部被曝から身を守る方法など、どのような事態が起っても冷静かつ迅速に対応できるよう、科学的知識と防御の行動について、すべての子どもを対象に教育することが必要である。」という一節について、原発事故が起きてしまったら「身を守る方法」なんて「逃げる」しかないじゃないか、と思ったわけだし、原発操業を前提としなければ成り立たない「放射能被害に対する防災教育」を十全に行なうということは、「危険があっても原発は必要なものである」という認識につながるものであってつまりは原発操業を容認することではないかというつもりだった。

 いまでも「どのような事態が起っても冷静かつ迅速に対応できるよう」というサジェストはおかしいのではないか(原発などにたよらなければ、基本的に「どのような事態」も起こらないことははっきりしているのに、なぜ原発を稼働させながらそんな危険を想定した生活をおくらなければならないのか)という気もちはあるけれども、いまでは、ひつようなのはやはり「原発事故と放射能災害に対する基礎知識」なのではないか、という考えになっているじぶんがいる。それはつまり、こうして原発事故が起きてしまっているからであって、いま、わたしを含む多くの人々は、放射性物質に汚染された大気と食材にかこまれ、つねに外部被ばくと内部被ばくへのおそれのなかで生活している。いままで知ることのなかった「何」を学び、どのようにその知識を生活に活かしていくのか、という取り組みがひつようだと思う。これは「防災教育」ではない。災害はすでに起こってしまっている。これは「サヴァイヴァル教育」ということになるだろう。また、そのサヴァイヴァルということにあまりに過敏になると、被災地域の産業(漁業/農業など)に打撃を加えることにもなる。

 震災/原発事故から一年以上のときが過ぎてしまった。いまさらではあるけれども、これからもわたしは学びつづけていきたいと思う。
 ‥‥いまさらこんなことを書いているわたしはアホや、と思う。

 きょうはしごとを休んでしまった。あさ職場へ電話すると、「いいです、大丈夫ですよ」みたいな返事で、つまりはヒマなのである。出勤していても「何をやったらいいのか」みたいな感じだっただろう。

 「虚無への供物」を読み終えたあと、小栗虫太郎の「黒死館殺人事件」を読みはじめた。おおむかしにいちど読んでいるはずだけれども、なにひとつ記憶には残っていない。読みはじめてみると「なんじゃ、これ!」って感じで、これじゃあ記憶に残っていないのも無理はない。それでもここには奇妙な倒錯した面白さがある。早く読み進められないのが難点か。

 食欲がないのはあいかわらずで、夕食も適当にしようと、冷蔵庫にたくさんあったタマネギをもやしと鶏肉といっしょに何の味付けもしないで炒め、さいごにやはり冷蔵庫の奥で死にかけていた、味噌味の「焼き肉のタレ」をかけてみた。これが思いのほかおいしかった。


 

[] 「鉄砲伝来記」(1968) 森一生:監督  「鉄砲伝来記」(1968)  森一生:監督を含むブックマーク

 原案が高野悦子という大映映画。東野英治郎演じる刀鍛冶の、職人らしい一徹さと倫理観を軸に、その娘の若尾文子とポルトガル船の船長リック・ジェイソンとの悲恋がうまくからんでくる。通り一遍なもの足りなさを感じるところもあるけれど、こういう職人気質の男を主人公に、そのしごとへの打ち込みようと、苦労の末につくったものが殺戮兵器として使われるということへの絶望(ここに娘の悲劇も重なる)っつうのがきっちりと描かれて、わたしはこういうの好き。

 つまり東野英治郎は仕えていた種子島の領主から、島の近くで座礁したポルトガル船の船長からゆずり受けた火縄銃をあずかり、「おなじものをつくってみよ」ということになる。日本と西洋の文化のちがいは技術のちがいでもある。東野英治郎は二人の弟子とともに苦労、苦心をかさね、射撃実験で大ケガを負ったりもしながらもついに完成させる。このあたりの赤く熱せられた鉄を叩き延べていく鍛冶工房の描写、分解され並べられた銃のパーツの絵だとか、職人の意地を感じさせられる。ここに欲づくめの関西商人(これが小池朝雄)がからんできて、いちどはその見本の火縄銃を盗んで地元職人につくらせようとするも失敗、東野英治郎がうまく銃を完成させると、こんどは東野英治郎を関西に呼んで銃の大量生産を指揮させる。そのうちに東野英治郎も、その銃というものが刀など比にならない殺傷兵器であることに気づき、工房の火薬爆発事故で二人の愛弟子を失い、同時に小池朝雄の陰謀も知ることになり、「もう銃はつくらない」という決意で種子島に戻るわけである。ここで小池朝雄が、「いくさに加担する兵器をつくるのはイヤだ」という東野英治郎に対して、「いくさはいつの世もなくならない 銃があればいくさに早くケリをつけることができるのだ」とうそぶくわけだけれども、「早くケリをつけられる」というのはいうまでもなく、アメリカが日本に原爆を使ったいいわけとして語られることの多いことばでもあり、ここで大量破壊兵器の開発にいそしむ現代への批判もあり、武器商人という存在への告発もこめられているのだろう。

 若尾文子とリック・ジェイソンとの悲恋の方は、まあどうってことないんだけれども、たしか大の親日家であったと記憶するリック・ジェイソンの誠実な演技が、その役柄のポルトガル船長の誠実さとかさなって、とってもさわやかな印象を残していた。

 ロングの画面でのいかにも映画らしい構図の決め方だとか、これは森一生監督の演出意向だろうと思うのだけれども、堪能することができた。とくに、種子島領主のまえで東野英治郎が「もう銃はつくらない」と語るシーンの、ななめ上から俯瞰されたショットは、ステキだった。


 

[] 「ガーゴイル」(2001) クレール・ドニ:監督  「ガーゴイル」(2001)  クレール・ドニ:監督を含むブックマーク

 これは好きな作品。クレール・ドニという監督の作品はほとんど観ていないけれど、オムニバス映画「10ミニッツ・オールダー」のなかでの、列車内でのジャン=リュック・ナンシーとの対話という、ゴダールの「中国女」へのパスティーシュを含んだ作品が記憶に残っている。

 この「ガーゴイル」の原題は「Trouble Every Day」と、ちょっとばかし即物的なもので、これは邦題がなかなかに良かったかな、なんて思ってしまう。
 ちょっとばかし、主演のヴィンセント・ギャロとベアトリス・ダルの強烈なキャラクターに依存している演出という気がしないでもないけれど、わたしはこれはヴァンパイア映画の系譜を引く作品として、斬新な解釈の鮮烈な映画だと思う。

 新薬の開発研究の過程で、アフリカのなんらかの植物から未知の奇病に感染しているらしいのがヴィンセント・ギャロで、その奇病というのはセックスにからんでいて、「血に飢えたセックス」というのか、その絶頂で相手の血を求めずにいられないというものらしい。ところがこのヴィンセント・ギャロは愛する人をみつけて結婚したらしく、そのハネムーンでフランスを訪れるところから映画ははじまる。彼のあたまのなかには、ベッド上で新妻を血まみれにしてしまう妄想がうずまいている。彼のフランス訪問は新婚旅行以外に目的があり、かつての同僚の妻(これがベアトリス・ダル)がじぶんとおなじ病に感染しているわけで、その同僚が治療薬を開発しているのではないかと期待しているようである。ベアトリス・ダルはその夫によって屋敷のような家に幽閉されているのだけれども、その屋敷から抜け出して男を誘い、これを殺害してしまう。夫は彼女を探し出し、死体の始末をする。こういうことはもう何度もやっているのかもしれない。ベアトリス・ダルは「わたしは不治の病だから、もう死なせてほしい」と夫に訴えている。一方のヴィンセント・ギャロの方は妻への欲望を抑えながら一見幸せな新婚旅行を続け、一方で妻に知らせずに、だれも行方を教えてくれないその同僚を探している。ようやく手がかりをつかんでベアトリス・ダルの幽閉されている屋敷へ行くが、ちょうどその前に二人の男がその屋敷に忍び入ってしまい、ベアトリス・ダルの犠牲になる。ベアトリス・ダルは絶望して屋敷に火を放ち、みずからを滅ぼそうとする。ちょうどそこへヴィンセント・ギャロが訪れてくるけれども、もうどうすることもできずに妻の待つホテルに帰る。ギャロは欲望をホテルのメイドで満たし、妻とともにアメリカへ帰っていく。そういう映画。

 説明的な描写もほとんどなく、セリフも少なく、娯楽的な要素はあまりない。それでもひとつひとつのショットにきらめく美意識は鮮烈で、とりわけ血の「赤」の美しさはこころに残る。まあいってみれば「血塗られた映像詩」というところである。壁一面に塗りたくられた赤い血のまえを、ベアトリス・ダルがゆっくりと歩んでくるシーンなど、どんなホラー映画にもなかった美しさに満ちている。

 音楽は日本ではほとんど知られていないだろう、イギリスのTindersticks というバンドが担当していて、そのストリングスをまじえた退廃的な音が印象に残る。このTindersticks は、ほかのクレール・ドニの二、三本の作品でも音楽を担当していて、つまり監督のお気に入り、なんだろう。


 

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■ 2012-04-01(Sun) このエントリーを含むブックマーク

 茨城県の「反原発集会」に行った。東海村の東海第二原発にほど近い運動公園で行われたイヴェントで、その東海第二原発の廃炉を求めるという、具体的なテーマを持った集会だった。こういうイヴェントに行くことになったのは、この地に来てからあれこれとお世話になった方からのお誘いということがあったのだけれど、東京などで開催されている反原発デモへの疑問がつのってきていただけに、まずはそういう住民の視点からのイヴェントということ、そして「デモ行進」主体ではなく、あくまでも「集会」ということ、そういうなかに都市でのデモ集会との差異がみつけられないか、などと思って、きょう行くことに決めたわけである。

 交通手段は貸し切りバス。この市周辺からの参加者が集合場所にあつまり、そこから皆でバス旅行である。会費(交通費)は千円で、昼のお弁当付きである。集合場所は市役所前の駐車場で、わたしの家から徒歩五分。あさの九時半に出発する。六十人乗りの座席がちょうど満席。男女半々ぐらいの比率だけれども、ほとんどがわたしよりも年輩の方のようである。バスとは別に自分の車で現地へ直接行かれた方も多いらしく、しぜん年輩組がバスを利用するというかたちになっているのかもしれない。だいたいどういう組織、団体の人たちなのかは想像にかたくはないけれど、勧誘されたりするのでなければかまわない。

 やっと訪れてきた春の陽気にふさわしいような快晴の空の下、バスはわたしの知らない道を東へと進む。もうこのあたりの風景はかんぜんに東京文化圏から外にあって、田園風景やようやく咲きはじめた梅林、起伏のある山林のあいだを走って行く。まだ屋根にブルーシートをのせたままの瓦屋根の家がずいぶんとたくさん残っている。やはり震災の被害は東に行くにつれて大きなものだったわけだろう。

f:id:crosstalk:20120403121820j:image:right 十一時ちょっとすぎに現地到着する。会場はつまりは運動公園の駐車場で、公園の方は借りれなかったということだろう。その駐車場の一角にイントレでかなり大きな舞台が組んであり、ちょうどわたしたちが着いたじかんにフォークソングなどのステージがはじまったようだった。これが一時ごろからはその舞台のまま「いばらき大集会」になだれこみ、報告やトークが三時ごろまでつづくらしい。とりあえずは同行の方たちがブルーシートを敷いて場所を取り、そこにまぜていただいて受け取ったコンビニ弁当を食べる。
 駐車場の周囲には舞台をはさんでぐるりとテントが設置され、茨城各地からの屋台が出されている。沖縄そばとかの店もあるし、手作りのお弁当もあちこちのテントで売られている。これなら味気ないコンビニ弁当をいただくよりこっちで調達した方がよかったのではないかと思う。そういう屋台っぽいテント以外にも「交流テント」と名づけられたものが並んでいて、ここに放射能測定の実際もんだい、原発技術のぜい弱さをみせる実験コーナー、原発損害賠償の無料相談コーナー、脱原発のポスター展など、十をこえるコーナーが設けられていた。

 ‥‥そう、わたしはたんじゅんにデモをおこなうというのではなく、こういうものを求めていた気がする。むかしわたしもイラク戦争反対のデモにも参加したけれども、あのときには「とにかくイラクへのアメリカの介入は悪である」ということははっきりしていてのデモ行進で、お祭りさわぎでいっこうにかまわなかった気がする。もちろんつきつめて考えれば、そのイラクへのアメリカの軍事介入の背後にあれこれの隠された真実もあったことだろうけれど、とりあえずは「反対する」という意思表示さえあればよかった。思い返してみれば、そういう気もちで参加したのだった。でも、こんかいの大震災につづいての福島の原発事故の流れを受けての反原発運動というのは、もちろんそういう反原発という意思表示はひつようだろうけれども、じぶんのなかで、じっさいもんだいとしての現在の状況をほんとうにわかっていないのではないかという疑問があるわけで、そういうことはただたんじゅんにメディア報道を見聞きしていてもわからないし、ネットをみていても「ほんとうはいったい何が起こっていて、どのような状況なのか」ということが、検索して対立し合うような論旨をいろいろ読んでみてもわからなかったりするし、「そうだろう」と思っていることも、真相はまるで別のところにあったりする。たとえばきょねんの原発事故直後にはわたしなども「節電しなくっちゃ」などと踊らされていたわけだし、つい最近でも、被災地のがれきは各地の自治体が受け入れてやればいいじゃないかなどと思ってしまっていたこともある。

 それらのもんだいはストレートにいまのわたしの生活に結びついていることがらで、メディア報道にたよることなく学習していかなければならない。でも、いっぱんにそういう学習の機会は少ない。そのような、メディア報道で伝わらないことを伝えあうような機会を、わたしは求めていたのではないかと思った。デモに参加して「原発反対」と訴えるだけでなく、では原発に反対する生活のしかたとはどのようなものなのか、そこがともなわなければ、ほんとうの「反原発」にはならないのではないのか。わたしのなかのどこかにそういう疑問があり、そのことが東京などでげんざい行われているデモ集会にたいして批判的な気もちになっていた原因だったのではないのか。

f:id:crosstalk:20120403121918j:image:left ここでこまかくそういった「交流テント」で見聞したことを書かないけれども、そのあとにはじまった舞台での「集会」で語られたことがら、そのなかには福島の被災地から茨城に避難して来られている方々の貴重な発言もあったのだけれども、そういうことと合わせて、じぶんには貴重な体験になったいちにちだった。集会のさいごの特別報告で、脱原発弁護団の方が「廃炉に向けた全国の運動」と題されて、たんに「反対」というのではない、訴訟問題をふくめての現実的な廃炉への動きを語られたのが印象に残った。会場が茨城ということで、まずはこの会場のそばにある東海第二原発の廃炉へとターゲットをしぼった点もよかったと思う。茨城県知事は「もしも東海で福島クラスの原発事故が起きた場合、周辺住民を避難させる手立てがない」と語っているそうである。東海原発から30キロ圏内には、水戸市、ひたちなか市、日立市などの人口集中地もふくまれ、全体で約百万の人が住んでいる。いまの日本が活断層期にはいっているとして、これからの大地震発生も予想されるなかで、まずはすべての原子力発電所は廃炉されなければならないだろう。とりわけ「老朽化」しているといえる東海原発は、まっさきに廃炉されなければならないものである。

 集会のはじで喫煙していて、うしろから見渡せる会場の参加者のすがたをみて、「こりゃあ三千人ぐらいだな」などと概算する。ちょうどそばで喫煙していた方が取材関係の方だったようなので、「この参加者は何人ぐらいでしょう?」と聞いたらやはり「三千人、でしょうね」という返事だった。わたしの概算のカンはまだおとろえていなかったけれど、ちょっと少ないなあ。こういう集会がこれからも開かれて、なんとか、もっと多くの人が参加するようになればいい、そういうことを思っていた。

 集会は三時に終わり、またバスに乗って地元に帰ってきた。そのあとは、あれこれと考えることの多い夜になった。



 

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