ワニ狩り連絡帳 このページをアンテナに追加 RSSフィード

       

■ 2012-12-11(Tue)

[]「女と銃と荒野の麺屋」(2009) チャン・イーモウ:監督 「女と銃と荒野の麺屋」(2009)  チャン・イーモウ:監督を含むブックマーク

 ついこないだ観た「アリス・クリードの失踪」は、コーエン兄弟の作品、とりわけ「ミラーズ・クロッシング」へのオマージュからなる作品という印象だったけれども、このチャン・イーモウ監督の作品は、まさにそのコーエン兄弟のデビュー作「ブラッド・シンプル」のリメイクということ。これが舞台を過去の中国にうつし、まばゆい原色とトリッキーな映像の混合したコメディタッチの作品になってしまった。けれども、コメディとしていったいどこがどうおかしいんだかわたしにはさっぱりわからず、まともな神経で観つづけるのはちょっと困難な気がした。わたしには「ブラッド・シンプル」は大傑作と認識していたので、なんというか、ここにある作品はその「ブラッド・シンプル」への侮蔑のように思えてしまう。あそこがダメ、ここがダメと、いくらでも書き連ねることもできそうだけれども、そういう不健全なことはやめておく。ただひとつ、ラストで悪徳警官(「ブラッド・シンプル」では私立探偵)がヒロインを追いつめたとき、ドアに剣をなんども刺して(「ブラッド・シンプル」では銃をなんども発砲するのだが)、弱くなったドア板をこぶしで破るシーンがあって、そのときにそのドア板にあけられた穴から外光が射してくるのだけれども、このシーン、「ブラッド・シンプル」では、そのドア板の穴それぞれから射しこむ光の角度がそれぞれバラバラで、まずはそのような現象はドア板ていどの厚さを通過する光では起こり得ないということと、その映像的な美しさとでもって、演出効果を強く記憶に残さざるを得ないシーンだったわけだけれども、このシークエンスだけはきっかりと「ブラッド・シンプル」の展開に忠実になぞっているというのに、その「光」をやっていないことには不満がある。まあやったらやったで、そこまでマネするか、ということにもなるのかもしれないけれど、いっちばんラストの「落ちてくる水滴のアップ」というのは、この作品の改変されたストーリーのなかでは大した効果もないのに無理してなぞったりしているのだから、やっぱダメである。

 中国の清朝時代の戯画なのかという印象もあるけれども、だからどうだというと、どうともいいようがない。

 

 

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