ワニ狩り連絡帳 このページをアンテナに追加 RSSフィード

       

■ 2013-03-31(Sun)

 あさ目がさめたとき、じぶんがいまどこにいるのかわからなかった。しばらくはここがどこなのかわからなかった。いつものベッドでめざめただけなのだとわかったけれども、それでもここはいつもの部屋ではない。きっと夢をみていたのだけれども、その夢の世界こそがほんとうの世界で、いまベッドにおきあがっているじぶんは夢のなかにいるのだろうとおもった。しかし、みていた夢のことはなにひとつおぼえていない。ただ、じぶんの意識がこの世界とずれてしまっているという感覚、その感覚ばかりがわたしにのしかかっていた。電灯のあかりもいつもとちがう光彩としかおもえず、ふと、これは「死後の世界」なんじゃないのか、じぶんはもう死んでしまっているのではないのかとおもった。TVをつけてもきょうは日曜日なのでいつもとちがう番組で、あまり日曜の早朝にはTVをみないので、よけいに「いつものなれしたしんだ世界」とちがう、という意識になる。

 もっとおおきな変化があった。ものごとを受けとめる「受動」という感覚、それは「エモーション」ともいえるものかもしれないけれども、その身体回路がかわってしまっていた。視覚、触覚、聴覚といったものを介して受けとめられる世界のありようは、いままではかなりダイレクトに頭脳に直結して解釈されていたようにおもうのだけれども、このあさは、そういう受けとめられた感覚が、いちど心臓への回路を経由して脳にとどいているように感じられる。もちろんわたしはきょねん「狭心症」という症状をおこしているので、これはまたそういう疾病のあたらしいあらわれなのかもしれない。つまりは黄信号だということもいえるのだろうけれども、わたしはこのあたらしい感覚回路をつうじてわたしのまえにあらわれる「世界」を受け入れることに、新鮮な「歓び」に似た感覚をおぼえている。「世界」がわたしのまえに、いままでとは異なるすがたをみせる。わたしは宗教に帰依しようなどという気もちはもちあわせないし、いつも「そちらにいってはいけない」という原理から世界を解釈しようとしているのだけれども、この体験はそういう世界認識への「恩寵」とかんがえることはできる。けっして「神秘体験」などと位置付けたりせず、たとえそれが「疾病」のあらわれだとしても、この「回路」を解き明かすこと。たんじゅんに、「疾病」イコール「機能不全」ではない。

 きょうはしごともあったので、しごとをしながらもその感覚はだんだんに薄らいではいったけれども、どこかにそういう受動回路はまだ機能しつづけているのはわかる。ずっとよんでいる「2666」もようやく最終章になっているのだけれども、その最終章での主人公の異様な体験をよんでいても、からだのみょうなところを経由してよみとっている気がする。
 たいてい読書というのは頭脳のはたらきでおこなうことなのだけれども、ポルノをよめば男性なら勃起するし、かなしい物語をよめばなみだがこぼれたりもする。読書が身体反応をよびおこすことはきっとだれもが体験することだとおもう。その身体反応はもちろん読書という行為にも影響をおよぼす。そういう身体回路は性的なもの、感情的なものいがいにも存在するわけである。これを人は宗教心、つまり信仰のいしずえにするのだろうか。それはつまらないとおもう。やはりきょうのわたしのこの感覚は、そういうものとはまたちがうものだったのだろうか。継続すればいいものなのかはわからない。

 きょうも曇天で寒く、雨もぱらぱらとしていた。ニェネントもまたベッドの上で寝てばかりいる。ほんとうはきょうは東京へでかける予定だったのだけれども、そういうあさの妙な感覚もあったし、とてもでかける気分にはなれない。いちにち家ですごすことにした。
 午後からヴィデオを一本みて、そのおかげだか感覚もいつもにもどったようだった。映画というのはそういう世界感覚をマヒさせる役割も担っているのかな、などともおもった。


 

[]「アイガー・サンクション」(1975) クリント・イーストウッド:監督 「アイガー・サンクション」(1975)  クリント・イーストウッド:監督を含むブックマーク

 主人公のイーストウッドは、大学の美術の教授でありながら闇組織のメンバーとして「殺し屋」みたいなこともやっている。そこで稼いだ金でかくれて美術品を蒐集したりする。しかも優秀な登山家。しかも女にモテる(イーストウッドなんだからしかたがない)。なんやねん。ありえねえ。などとおもう。しかいつまりはこの映画でイーストウッドがやりたいことをやったのだからしょうがないのだけれども、けっきょくみていても「どうしてこういう映画なのか」というのはいつまでもわからない、というか、分裂している。ただ「よくもまあこんなロケーションで撮影したものだなあ」ということだけでつないでいる。ラストになってようやく、ちょっとだけその「分裂」も解消されたのかなあ、というところはあるのだけれども、それは「これはいったいなんの映画なのか」ということがつながって納得されたぐらいのもので、つまりは「だからこれを映画にできた」という弁明でしかない。倒立しているという印象。


 

[]二○一三年三月のおさらい 二○一三年三月のおさらいを含むブックマーク

舞台:
●ARICA 第24回公演「ネエアンタ」Inspired by Samuel Beckett 藤田康城:演出 @森下スタジオ Cスタジオ
●月蝕歌劇団「聖ミカエラ学園漂流記」J・A・シーザー:音楽 高取英:作・演出
●ダンス企画 おやつテーブル「お葬式」@中野・RAFT

映画:
●「うらぎりひめ」(2012) たむらまさき:撮影 岩名雅記:脚本・監督
●「100年の谺(こだま) 大逆事件は生きている」田中啓:監督

読書:
●「姿なき敵 プロパガンダの研究」里見脩:著

美術:
●清水真理20周年記念個展1993〜2013「St.Freaks 〜聖なる異形〜」@新宿・ギャラリー新宿座

DVD/ヴィデオ:
●「殺し」(1962) ベルナルド・ベルトルッチ:監督
●「いそしぎ」(1965) ヴィンセント・ミネリ:監督
●「遥か群衆を離れて」(1967) トマス・ハーディ:原作 ニコラス・ローグ:撮影 ジョン・シュレシンジャー:監督
●「野性の少年」(1970) フランソワ・トリュフォー:監督
●「アイガー・サンクション」(1975) クリント・イーストウッド:監督
●「地獄の黙示録 特別完全版」(1979・2001) ヴィットリオ・ストラーロ:撮影 フランシス・フォード・コッポラ:監督
●「スカーフェイス」(1983) ブライアン・デ・パルマ:監督
●「菊豆(チュイトウ)」(1990) 張芸謀(チャン・イーモウ):監督
●「セブン SE7EN」(1995) デヴィッド・フィンチャー:監督
●「ロード・オブ・ザ・リング/二つの塔」(2002) ピーター・ジャクソン:監督
●「ロード・オブ・ザ・リング/王の帰還」(2003) ピーター・ジャクソン:監督
●「ライフ・イズ・ミラクル」(2004) エミール・クストリッツァ:監督
●「メタルヘッド」(2010) スペンサー・サッサー:監督
●「NINE」(2009) ロブ・マーシャル:監督
●「忠臣蔵」(1958) 渡辺邦男:監督
●「独立愚連隊」(1959) 岡本喜八:脚本・監督
●「関東無宿」(1963) 鈴木清順:監督
●「眠狂四郎 女妖剣」(1964) 池広一夫:監督
●「『女の小箱』より 夫は見た」(1964) 増村保造:監督
●ノンフィクションW「アカデミー賞に嫌われた男 〜ヒッチコックはなぜ獲れなかったのか〜」(WOWOW)
●「シンディ・ローパー ジャパン・ツアー 2012」(WOWOW)
●ベジャールの「ザ・カブキ」 東京バレエ団 ミラノ・スカラ座公演(WOWOW)
●NODA・MAP 第17回公演「エッグ」椎名林檎:音楽 野田秀樹:作・演出(2007)

 

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■ 2013-03-30(Sat)

 冬にぎゃくもどりした寒さになった。いくら「花冷え」とはいっても、この寒さは桜の花ににあわない。わたしの体調もあんましよろしくないけれども、きょうは内科病院へいってくすりをもらってきて、そのときはとくにもんだいもなかった。血圧もずっと低めで落ちついているようなので、こんかいからくすりが一種類変更になった。くすりが減るわけではないのがいやなところで、いまでもまいにち、五種類のくすりを服用しつづけている。

 病院でじゅんばんをまっているあいだ、図書館から借りている動物行動学の本をひろい読みしていた。「動物が幸せを感じるとき」という本。動物たちがたのしく生きるためにはなにがひつようなのか、そのためにわたしたちはなにがしてあげられるのか、というようなことの書かれた本らしい。この本によると、ネコという動物はまったく人間に飼いならされていないということ。人間とネコとの共生はもう一万年の歴史があるらしいけれど、その人間とのつきあいでネコはまったく変化していない。たとえばイヌだったらペットとしてあたらしい種が登場したりしている。そういうペット犬は人間といっしょでだけ生きていける。たとえばトイプードルなんかはぜったいに野性では生きていけない。ネコには、そういう人間によって変えられたところなんか、けっきょくどこにもないのだということ。‥‥しかしニェネントもいまさら、わたしの部屋から外にでて、ただ一匹で生きぬいていくことは不可能だろうなあとおもう。でもけっきょく、わたしはニェネントを飼ってはいるだろうけれども、けっして飼いならしてなどいないということ。

 f:id:crosstalk:20130331160754j:image:leftきょうのニェネントはベッドにあがって寝てばかりいる。ニェネントがベッドで寝るというのは、それだけ寒いということなのだとわかった。

 あしたはまた東京へでかけようとおもっている。こんげつはこれまでに七回東京へいっているから、あしたもいけば八回目。この地にきてからの新記録なんじゃないだろうか。これでは金がなくなるのも当然だとおもう。


 

[]「『女の小箱』より 夫は見た」(1964) 増村保造:監督 「『女の小箱』より 夫は見た」(1964)  増村保造:監督を含むブックマーク

 きのうみた「スカーフェイス」みたいな、成り上がりもののストーリーだけれども、ここではキッチリと人間ドラマくささが前面にでて、根本のストーリーも演出もちがうものの、この作品の方によりノワールな「かげり」をかんじてしまう。増村保造監督の演出はやはりわたしは好きで、たとえば意識的にうつしたいものをぜったいに画面のまんなかになんかもってこないぞ、というようなところも、せんじつみた岡本喜八監督の「独立愚連隊」の対極にあるというか、映画をあれこれの表現のトータルなものとしてとらえていることがわかる。画面のなかでの人物のならべ方でも、縦の構図というのか奥行きをもたせる映像がおおい。

 冒頭に解説がはいって、この作品に主演した若尾文子は冒頭のヌードのふきかえがイヤだといっていたらしいけれど、そりゃそうだというかんじで、そのふきかえのヌードがぜい肉だらけというか、ぼこぼこでまったく美しくない。そりゃあ若尾文子さんは「アレがわたしだとおもわれたらこまるわ」とおもわれたことだろう。増村保造監督での若尾文子というと「妻は告白する」にきょうれつな印象があったけれども、この作品もいい。それから岸田今日子さんがまたきょうれつで、増村保造監督作品での岸田今日子さんというのも、まいかいすっごいものがある。


 

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■ 2013-03-29(Fri)

 きょうはちょっと寒いかな。この地域の桜はほぼ満開で、あしたあさってがお花見も最高潮になるんじゃないかとおもう。しかしそれでも、南にあるスーパーのまえの道路でまいとしおこなわれている「桜まつり」は、四月の六日だか七日におこなわれるという看板がでていた。その時期にはもうきっと桜はぜんぶ散ってしまっているだろう。いや、こんかいの「桜まつり」は、その開催される道路の反対がわで開店のじゅんびのすすんでいるドラッグストアの開店時にあわせたイヴェント、ということだとおもう。

 「ひかりTV」と「WOWOW」の四月の番組表がおくられてきているけれども、そんなにも観たい映画がいっぱいというわけでもない。契約している視聴料金に見合う映画を観るわけでもない気がする。それでも「イタリア映画の巨匠たち」の特集、ロジャー・コーマンの特集(!)、そして大島渚監督の「日本の夜と霧」の放映はうれしい。

 しごとのあとはくすりも切れたので医者にいこうとおもっていたけれども、いくまえにちょっと酒を飲んでしまっりしたので、きょうはいくのはやめようということにした。医者に「なんか、酒飲んでませんか?」なんていわれたりしたらどうしようもないではないか。

f:id:crosstalk:20130330152346j:image:left パソコンに向かっていたら、うしろのベッドの上にニェネントがあがって寝ていたのだけれども、それが起きだしてきてベッドの毛布をくわえこんで前足でキュッキュッと毛布を押していて、それはつまりは「おしゃぶり」をやっている。もう夏には三歳にもなろうとするニェネントだけれども、まだまだ「こども」なんだなあとおもった。でも、ニェネントにもそういう毛布の毛ざわりのなかにお母さんのミイの記憶がのこっているわけか、などとかんがえると、わたしもミイのことをおもいだして、涙がでてきてしまった。


 

[]「スカーフェイス」(1983) ブライアン・デ・パルマ:監督 「スカーフェイス」(1983)  ブライアン・デ・パルマ:監督を含むブックマーク

 けっこうヒットした作品だとおもうけれども、はじめてみた。ハワード・ホークス監督の「暗黒街の顔役」からの翻案らしく、冒頭にハワード・ホークスと脚本のベン・ヘクトへの賛辞がでてきた。そのオリジナルはわたしはみていない。

 しかしなんかこう、主人公のトニー(アル・パチーノ)のあたまのなかのように「すっからかん」の映画というか、オリジナル作品にはきっとあっただろう「フィルム・ノワール」的な屈折というのか、そういう翳(かげ)りとは無縁な映画という印象。ブライアン・デ・パルマという人、こういうのをみるとただフォルムだけでつっぱしろうとしたわけだったんだなあとおもってしまい、そういうことでは主人公のトニーとあんましかわらないんじゃないかとおもってしまう。そうすると、このオリヴァー・ストーンの脚本の「けっきょくバカは救われない」みたいなたんじゅんなテーマを、映画そのものから輪をかけて立証するようなもの。それはオリヴァー・ストーンは図に乗るわけである。音楽のジョルジオ・モロダーも、いま聴くとまるっきしバカっぽい。

 ただ、ないないづくしの「すっからかん」のおもしろさ、というものはあるとおもった。


 

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■ 2013-03-28(Thu)

 天気もよく、あたたかい日だった。ひさしぶりにあちこちのスーパーに買い物に出た。木曜日はたいていの価格が10パーセントオフになるスーパーもあり、玉子が劇安になるスーパーもある。10パーセントオフのスーパーで買ったのは見切り品のカレールウ、そして年にいちど買うか買わないかという「いちご」など。ウィンナーも買うつもりだったけれど、これはこのあいだドラッグストアの方でもっと安く売っていた記憶があるので、買うのはやめた。べつのスーパーの玉子の安売り、きょうは一パック77円だった。安い。

 不動産屋から四月末の契約更改の案内が来ていた。払わなくてはいけない更改料でひとつ忘れていた項目があった。これとおなじ時期にかさなっているインターネットのプロバイダーへの契約更改料の支払いをあわせると、いまの手もちでけっこうギリギリである。のこった金でパソコンを買おうなどというもくろみは、とんでもない皮算用だったかもしれない。ただ、ちかいうちにDVDやCD、それに音楽かんけいの書籍などを処分してしまおうとおもっていて、これがおもわくどおりにいくと一万円ぐらいにはなるんじゃないかと。まあ三月はめっちゃ支出がおおかったのが来月からはそれほどまでにはならないだろうし、夏までにはパソコンは買い替えたいところ。できるかな?

f:id:crosstalk:20130329174636j:image:left いちごを食べた。とてもおいしかった。しかし、いちごというのはこんなに香りのつよいものだったのか。そばにいたニェネントにいちごをさわった指をさしだしてみると、「なんてにおいなの!」みたいに、わたしの指さきにクンクンと鼻をくっつけてくる。


 

[]「菊豆(チュイトウ)」(1990) 張芸謀(チャン・イーモウ):監督 「菊豆(チュイトウ)」(1990)  張芸謀(チャン・イーモウ):監督を含むブックマーク

 そこはかとなく、大島渚監督の「愛の亡霊」をおもいだしてしまった。くるくるとまわされる滑車の回転が、「愛の亡霊」での車の回転をおもいださせられる。チャン・イーモウ監督は「愛の亡霊」を観ていることだろう。あともうひとつ、このあいだみたチャン・イーモウ監督の近作「女と銃と荒野の麺屋」にこの「菊豆」とどこか近しい表現を感じてしまった。おなじ監督なんだからあたりまえでもあるだろうけれども、作品の骨格が近似している気がした。

 フィルムのせいなのかわからないけれども、せっかくこれだけの素材なのに、もっと色彩はあざやかにだせるんじゃないだろうか、ともおもった。


 

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■ 2013-03-27(Wed)

 しごとがおわるころからぽつぽつと雨が降りだしていて、きょうも肌寒い日だった。

 四月からしごとのうえでもあれこれとシステム運用がかわることになるらしいのだけれども、もういまからかわってきているところもある。これがまるで予告なくしてかわってしまうのでこまる。しごとのメンバー的にも、こんげついっぱいで定年でやめられる方もいらっしゃるし、もうひとり、若いコでしばらく来ていたメンバーもずっと来なくなってしまった。まあおそらくはこのままやめてしまうだろう。人員的にものこっているのはギリギリなところではある。これですくないメンバーのあいだででソリがあわなかったりしたら最悪だけれども、きょうはそういう、ながいことソリがあわなかった人と和解したというか、まあなんとなくうまくいった。ものすごくひさしぶりにあれこれと会話したりもした。とりあえず、不安材料のひとつは消滅したとかんがえていいのか。まちかまえているのはもっとおおきな不安材料。

 南にあるスーパーのちかくに、むかしはパチンコ屋が二軒ならんでいたのだけれども、いまではどちらも営業をやめてしまった。そのうちの一画がむかしの建物も解体されてずっと工事をやっていたのだけれども、みていても「これもどうやら大型店舗らしいなあ」という造りだった。このあいだついに看板も設置され、もうちかいうちに開店しそうである。これがまたもやドラッグストアで、いったいなにをかんがえているんだかわからないけれども、このあたりはドラッグストアの乱立状態になる。おそらくは歩いても五分以内のはんいで、なんと四軒ものドラッグストアが競合する。さらに線路の北がわにちょっといけば、また別のドラッグストアもやっている。こんな集中スポットは、東京都内にだってありえないとおもう。それで価格競争してどんどんあれこれと安くなってくれればいいけれども、ドラッグストアなんだからそういうこともあんまり期待できないんじゃないだろうか。のこる興味は「どれがいちばんに廃業するか」みたいなものだけれども、はたしてどれだろう。

f:id:crosstalk:20130328181011j:image:left きょうはニェネントに卵をあげた。あっというまに食べた。それで、わたしの方をみながら柱に首すじをスリスリしていたんだけれども、なんだか足をふみはずしたのかすべらせたのか、スリスリしながらズコッとずっこけてしまった。みていて笑ってしまった。やっぱ、ちょっとバカなネコなんだなあとおもう。

 夕食には、ひさびさに自家製のホワイトシチューをつくった。市販のシチューの素などはいっさいつかわない。まえにも書いたけれども、ああいう市販のシチューのドロドロさかげんにはうんざりする。それに、健康のために塩分はひかえめにしたいということもある。わたしは塩はまったくつかわないでつくる。‥‥きょうはいつものブロッコリーのかわりにほうれんそうをつかったのがよかったのか、しあげにチーズをいれたのがよかったのか、それともホワイトソースがうまくできたおかげか、わたし的にはいままででいちばんおいしい自家製ホワイトシチューになったとおもう。

 このごろ読書がまったくはかどらないのだけれども、きょうはよんでいる「2666」をなんとか50ページぐらいよみすすんだ。この「犯罪の部」の章は鬼門、だったけれども、あともうちょっと。またへんな夢をみてしまったのはやはり、よんでいる「2666」のせいかもしれない。しかし、夢というものはおもしろいものだとおもう。もしも「神」というものが存在するなら、わたしにこういう夢をみさせてくれる、ということのなかに存在するのではないかとおもったりする。


 

[]「眠狂四郎 女妖剣」(1964) 池広一夫:監督 「眠狂四郎 女妖剣」(1964)  池広一夫:監督を含むブックマーク

 だからやっぱり、きのうみた岡本喜八はきっとおかしいのであって、ほら、映画ってこんなにおもしろいではないかとおもわせてくれる作品、だった。この監督の池広一夫という人は、プログラム・ピクチャーの職人監督というとらえられ方をされているようだけれども、そういう職人監督をかるくみてはいけないとおもう(もちろん、以下に書く項目のようにぎゃくに「職人監督」的なしごとをしているくせに「アーティスト」気取りになられてもこまる)。池広一夫という監督さんは、市川雷蔵がひろいあげた監督だそうである。

 ラストの、クレーンからの歩いていく市川雷蔵の俯瞰ショット、その市川雷蔵を追い抜いていく野良犬のすがたには泣かされてしまう。ここでの市川雷蔵のうしろすがただけのためにも、この作品は記憶しておきたい。


 

[]「NINE」(2009) ロブ・マーシャル:監督 「NINE」(2009)  ロブ・マーシャル:監督を含むブックマーク

 なんでこの作品が「NINE」というタイトルなのかまったくしらなくって、きのう「セブン」をみたからねえ、みたいな気分でみはじめたのだけれども、えええ、うそ、フェリーニの「8 1/2」のリメイクなの?っておどろく。‥‥べつにかまわないし、「冒涜」だとかおもわないけれども、「8 1/2」をいちどでもみていると、これでがまんはできないでしょう。だって、「8 1/2」というのは、フェリーニが「じぶん」というものをスクリーンにさらけだした作品、ということでは空前絶後、前代未聞の「個人映画」ではないかとおもうんだけれども、それをさあ、これは「踏みにじる」行為なんではないのか。‥‥やっぱり「冒涜」というべきなのか。まあロブ・マーシャルという監督は「やれ」といわれれば「SAYURI」みたいなひどい脚本でもそのまんまやってしまう、おそらくは職人監督というのか、アイデンティティーなんか興味ありませんという人なんだろうけれども、この脚本を書いたやつの罪は重いでしょう。まあ死んでしまわれた方のことはあんまりいってもしかたないけれど、わたしはこの脚本家(監督もやっている)はむかしから好きじゃない。

 ‥‥だいたい、いまのハリウッドの映画製作のシステムがこういうむかしフェリーニがやったようなこととはまぎゃくの方向をむいていることはわかってるし、つまりはここまですべてをまかされて映画をつくれるような存在はいまのハリウッドには存在しないだろうし、だいたいがまずは、かんぺきにしあげられた(とおもわれる)脚本をプロデューサーがゲットすることから、映画製作ははじまるのではないのか。つまり、この「NINE」でえがかれるような映画製作は、幻影でしかない。それを「これが映画だ」といってしまう恥辱。ハリウッドというのはほんとうにひどいことになっているのだなあ、というのがわかるというか。映画への「冒涜」という意識もないだろう。つまり、「白痴」なんだろうとおもう。白痴なのは監督のロブ・マーシャル(おそらくは「8 1/2」という映画の存在も、フェリーニという人物のこともしらない)はもちろんだけれども、脚本のアンソニー・ミンゲラという存在(いまはもう存在していないらしいけれども)は、かくじつに「8 1/2」という映画の存在も、フェリーニという人物のこともしっていたことだろうから、「有罪」である(書いちゃった)。ああ、ただ「クソ映画」と四文字書けばすんだのに、ながながと書いてしまった。わたしもまた、「クソ」であるけれども、この映画は、わたしのいっちばん、だいきらいな映画になるだろうとおもう。みなけりゃよかった。


 

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■ 2013-03-26(Tue)

 きのうは(わたしは一歩も部屋から外にでなかったのでよくわからないのだけれども)外で雨が降っていたようで、肌寒いいちにちだった。きょうもあたたかくはない。まさに「花冷え」というところで、このあたりの桜が満開のみごろになるのはこの週末ぐらいにずれこむのではないだろうか。

 駅前の再開発工事(といっていいんだろうか)が、ようやくおわったようである。年度末までにきっちり完了してしまうというのも予算の消化作業っぽいのだけれども、完了後のおおきな変化は三つ。
 まずはもとはバスターミナルだったこの駅の南口の、バス発着場、乗客の乗り降りのための段差とその上にあったベンチとがぜんぶ撤去され、すべてまったいらになってしまった。「もうバスの運行は二度と行ないませんよ」ということなのだろうか。まあいまのバスは乗り降りのための段差は不要だろうからかまらないだろうけれども。
 そして、駅をまたぐ歩道橋を利用するためのエレヴェーターも完成した。しかし、この歩道橋の周辺にはそのJRの駅いがいに人が集まるような施設もないし、住宅地もない。そういうスーパーなどの施設に線路をこえていこうとおもえば、駅の東西にすぐに踏み切りはある。ふだん駅のあたりを歩いていても、この歩道橋を利用する人のすがたなどほとんどみたこともない。わたしのかんがえでは、このあたらしくできたエレヴェーター、いちにちにいちどでも稼動すればいいほうなんじゃないだろうか。‥‥まあ、エレヴェーターを設置するというのは階段の昇降に不便をかんじるような人のためなのだろうけれども、それだったらかんじんの駅の改札へ行くのにはいまでも階段をのぼらなくっちゃならない。エスカレーターすら設置されていない。なんだか、ただ駅をのりこえるための歩道橋にエレヴェーターを設置するよりも、駅の改札と外をつなぐエレヴェーターを設置する方が先なんじゃないだろうか。この地だって日本のあらゆるところとおなじく、住民の高齢化はすすんでいる。そういう高齢な方のなかには、鉄道は利用したいけれどもホームに行くために階段をあがったりおりたりしなければならないがつらくてあきらめてしまっている人も複数いるんじゃないだろうか。
 もうひとつあたらしくできたのが、その歩道橋の下のおおきな公衆トイレ。男性用、女性用、そして障害者用とわかれている。‥‥まずは、障害者はこの駅前には来ません。ほぼ駅を利用する人しか来ないところにあるトイレで、しかもその駅は障害者には利用がむずかしいときている。そして、じつは駅の改札をでたところ、つまり新設されたトイレからわずか十メートルぐらいの距離のところに、むかしっからトイレはあるわけだし。もちろん、あたらしいきれいなトイレは気もちいいだろうけれども、なんかものをつくる順番がちがう気がする。ちかいうちに駅の改札に通じるエレヴェーターも設置されるんだろうか。このトイレができていちばんよろこんでいるのは、その駅前で客まちしているタクシーの運転手の方々、だろうけれども。

 きょうはヴィデオを二本みて、夕食にはのこっていたごはんでオムライスをつくった。さきにごはんをレンジにかけてから炒めたら、ごはんがあまりフライパンにこびりつかないでうまくできた。


 

[]「セブン SE7EN」(1995) デヴィッド・フィンチャー:監督 「セブン SE7EN」(1995)  デヴィッド・フィンチャー:監督を含むブックマーク

 劇場公開時に映画館でみていらいになるだろうか。いまみると、映画館でみたときよりもずっとインパクトをかんじる気がする。映像的にものすごく完成度が高いというか、いろいろな仕掛けにしびれてしまうし、いつもかなり真正面から、画面を矩形に区切るように撮っているカメラもすばらしい。ヒッチコック以後の犯罪ものというと、やはり「羊たちの沈黙」がおもいだされるんだろうけれども、そのあとはこの「セブン」こそ、ということになりそう。

 まずはこの犯行現場の絵は、このあとのいろんな作品にも影響をあたえているわけで、きょねんみた園子温の「恋の罪」なんかはいまだにパクリをやっている。それで、あきらかにニューヨークなんだけれども「架空の都会」という設定もきいている。こんなに雨が降りつづくはずがないというぐらいの雨がまた、すばらしい効果をだしている。リアルな演出ではあるけれども、どこかびみょうにアンリアルな。

 犯人の部屋から、250ページぎっしり書かれたノートが2000冊もみつかったという説明があるけれども、常識でかんがえるとまだ中年まえの存在にそんなに書けるわけがない。しかし、これってつまりはヘンリー・ダーガーへのほのめかしなんだなあと気づいた。犯人の部屋のなかもまた、ヘンリー・ダーガーの部屋をモデルにしていることはあきらか。

 ひとつだけ、「甘いな」とおもったのは、金銭的にもじかん的にもよゆうのあって教養のある犯人が、「神曲」や「カンタベリー物語」などをじぶんで買わないで、それらを図書館から借りていたというのは、いくらなんでもありえないだろう、ということ。まあこの線がなければ犯人にたどりつかないからしょうがないところはあるけれども。

 モーガン・フリーマンが犯行現場だったかからタクシーに乗り、運転手に「どちらまで?」ときかれて、「Far away from here.」とこたえるのをきいて、「あ、わたしがこの地に転居したときにもそういうおもいだったんかしら?」などとかんがえてしまった。


 

[]「独立愚連隊」(1959) 岡本喜八:脚本・監督 「独立愚連隊」(1959)  岡本喜八:脚本・監督を含むブックマーク

 ちょっとまえにこの岡本喜八監督の「ああ爆弾」をみて、「これこそ世のなかでいちばん、わたしの肌にあわない作品ではないのか」とおもったわけだけれども、たとえばおなじ東宝の市川崑監督みたいにわたしのにがてな監督なのだろうかとおもっていた。「肉弾」ではそんなにいやなおもいはしなかったし、「日本のいちばん長い日」もおもしろかった。じゃあ「ああ爆弾」がダメだったのはそれこそ「たまたま」だったのだろうかとおもったのだけれども、この「独立愚連隊」をみたら、やっぱりダメだった。‥‥しょうじき、いったいなにがおもしろいんだか、さっぱりわからない。カメラはいっつもメインになる被写体を画面のどまんなかにおさめてばかりだし、脚本のながれに含みもなにもなく、ただ一直線にすすむだけ。セリフもまったくおもしろくかんじられない。それにこの時代の映画にこういうのは多いのかもしれないけれども(まえにちょっとだけみてやめてしまった「戦争と人間」がそうだった)、なんか、中国人をアホあつかいしているとしかおもえないところがいっぱいある。やっぱ、岡本喜八はもうみるのはやめておこうかなあ(まだいくつか録画してあるものがのこっている)。


 

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■ 2013-03-25(Mon)

f:id:crosstalk:20130327110007j:image:right きのうおそくに家にもどると、ニェネントのために皿にだしてあった卵黄がなめられて、きれいになくなっていた。やっぱり好物なんだなあ。あさ起きてパソコンにむかっていると、いつものようにニェネントがパソコンの上にあがってくる。わたしのつかっているパソコンは前世紀の遺物なのでむかしのブラウン管TVのように奥行きがあり、ニェネントの格好のなごみの場になっているわけである。ついでにいっておくと、そういう旧型のパソコンなので、YouTube もTwitter もFacebook もちゃんとみることができない。わたしはほとんど石器時代の人間なのである(さいきんようやっと、Facebook にちょっと書きこみをするようになったけれども、これはケータイをつかってやっている。これも不便で、写真のアップなどやりかたがわからない)。
 それでニェネントがパソコンのうえでわたしに背なかをむけて、窓の外のけしきをながめているんだけれども、わたしの目のまえにはニェネントのしっぽがぶらぶらしている。そのしっぽのつけねのあたりを指でなでてやると、ニェネントの背なかがおもしろいように波をうつ。くねくねっとうごいておもしろいのでなんどでもやる。ニェネントが「いいかげんにしてよ!」ってかんじでふりむいて、わたしの指にかみついてくる。なんかやっぱ、ネコのしっぽのつけねのあたりって、性感帯みたいなもんなのかしらん。

 ‥‥さすがにふつかつづけて宴会モードをやってしまうと体力がつづかないというか、昼からヴィデオをみはじめてもすぐにねむくなってしまい、「これはいけない」と、ベッドにはいって寝た。目がさめると、午後六時をすぎていた。こういう昼寝こそ「これはいけない」である。冷蔵庫にのこっていたポテトサラダでかんたんな夕食をすませ、おととい新宿で買ったCDを聴いた。なんどかリピートして聴いて、「もう寝なくっちゃ」とまたベッドにもぐりこんだけれども、なかなか寝つけなかった。

 

 

[]「Fiddler's Dream」Dransfield 「Fiddler's Dream」Dransfieldを含むブックマーク

 「Dransfield」というのはいちおうバンドの名まえだけれども、実質はRobin とBarry のDransfield 兄弟。もともとこの兄弟はそれまでにデュオでアコースティックでトラディショナルなアルバムを二枚発表しているのだけれども、これにベースとドラムが加わって、バンドとしてエレクトリック仕様にしたというのがこの「Dransfield」。さいしょにリリースされたのは1976年のことで、このわたしの買ったCDは彼らのBBCでのセッションをあわせて2004年にリイシューされたものみたい。バンドとしての「Dransfield」はこの一枚のアルバムを出しただけで消滅してしまい、また「Robin & Barry Dransfield」として活動したり、Barry Dransfield はソロで活動をはじめたりする。

 う〜ん、1976年というのはもう、ちょっとばかし「エレクトリック・トラッド」の時代ではなかったということか。Fairport Convention はいちばんの愚作「Gottle O'Geer」の年だし、Steeleye Span はだれも聴かないこれまた愚作の「Rocket Cottage」、「エレクトリック・トラッド」とはいえないけれども、Pentangle もIncredible String Band も、このときにはすでに解散している。まあAlbion Country Band の「Battle of the Field」はこの年にリリースされているけれども、このアルバムが録音されたのはもっとまえのことである。とにかく時はパンク元年。このCDのライナーノートにも、「it wasn't exactly a zeitgeist moment.」などということが書いてある。

 先に書いたように、Dransfield 兄弟はこの「Fiddler's Dream」のまえに二枚のアルバムをリリースしている。そのうちの、1971年の「Lord of All I Behold」は、ちょっとした傑作だった。すべての曲はトラディショナル(伝承曲)だったけれども、Robin のフィドルとBarry のギター、そしてふたりのシンギングからはかなりIncredible String Band の影響も感じとられ、そのイングランド北部(彼らの出身地はHarrogate で、ほとんどスコットランドに近しい場所)の冷たい風、ヒースの生い茂る荒野をおもわせる音世界は清涼で、わたしの愛聴盤だった。いまだにCD化されていないということが不可解な名盤だった。

 ‥‥ではこのアルバム「Fiddler's Dream」はどうかというと、彼らのオリジナル曲をちゅうしんに、全十曲を四つの組曲にまとめた構成はなんともプログレ風。タイトルのとおりRobin Dransfield のフィドルを前面にフィーチャーした音づくりはわかるのだけれども、「Lord of All I Behold」で聴かれたトラディショナルな味わいのフィドルではなく、なんというのかコンテンポラリーな音をやらかしてやろうという意欲がつよすぎる気がする。そのなかではオープニングの「Up to Now」という曲がイングランドっぽさと彼らのコーラスの魅力をしっかりとつたえていて、「さわやかなIncredible String Band」というところもあって、これがいちばんの佳曲なんじゃないかとおもう。‥‥二曲目はトラディショナル・チューンで、Steeleye Span で有名な「The Blacksmith」なんだけれども、これが崩しすぎというか、原曲のメロディーはなんとなく残っているとはいえ、もうこれは「トラディショナル」ではない。「気取りすぎ」というか、「どうだ、うまいだろ」みたいな自意識ばかりが前面にでているだけという印象で、このあたりから一気に聴いている方もトーンダウンしてしまう(しょうじき書くと、つぎの曲もそのあとの曲もつまらないんだ)。まあそういうところでこのあとはあんまし集中して聴く気分でもなく、「こういうフォークのアルバムってあれこれあったよね」とか、「なんかフィドルがうるさいねえ」みたいにおもっているうちにおわってしまった。う〜ん、やっぱ「Zeitgeist」ではないよね、というあたりの感想でおしまい。ざんねん、でした。


 

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■ 2013-03-24(Sun)

 きょうもまた東京へいく。「おやつテーブル」の公演「お葬式」をみにいく。こんげつは嶋本昭三氏の「お別れ会」にいこうかどうしようかまよって、けっきょくいかなかったりしたので、じゃあこっちの「お葬式」にしよう、みたいな気分でもあった。きょうはマチネ公演なので終演後はまた下北沢にまわって、きのうから地下にもぐったという小田急の駅をウォッチングしてから「G」で飲もうかというつもりではあった。

f:id:crosstalk:20130325115247j:image:right きのうはかなりあたたかだったけれども、けさはちょっと肌寒いかんじ。電気ストーブをつけようかという気分だった。でかけるにもちょっと厚手の服装にする。ニェネントくん、きょうもおでかけしますからおるすばんをよろしくねと、ごはんをてんこ盛りにしてあげて、また卵の黄味を皿にとってあげた。‥‥あれ? いつもならすぐに黄味にとびついてきてあっというまにぜんぶ食べちゃうのに、きょうはちょっと口をつけただけで放置している。もういいかげん飽きたのか、それとも卵がちょっと古くなっていただろうか。

 でかけるまえに古本チェーン店によって、こんげつちゅう有効の200円サービス券をつかっちゃわなくっちゃと、店のもくろみにみごとにはまっているわけだけれども、エドワード・ホッパーの展覧会の図録が500円だったのを買ってしまった。バッグにいれると、バッグにはまた電車のなかで読もうとぶあつい「2666」がはいっているわけで、さらにずっしりと重くなってしまった。‥‥電車に乗り、本をひろげるとすぐにねむくなってしまい、ずっと寝つづけてしまった。

 きょうの公演の会場ははじめてのところだけれども、最寄り駅は東中野みたい。こんげつにはいちど東中野には来ているけれど、もうなんねんも来たことがなかった駅にこうやってあいだをおかずにまた来てしまうというのは、なんだかみょうなかんじ。その東中野の駅をおり、山手通りを南に下る。この道はめっちゃ道はばも広くなっていて、しかも歩道と自転車用の道とが区分されている。ちょっとちがうけれども、地元のたんぼ道や川ぞいの土手を歩くみたいに快適なきもちになる。
 いいかんじの距離を歩いて会場をみつけるけれども、まだ開場までにも四十分ほどじかんはあるし、ほんとは新宿か東中野の駅のちかくでおそい昼食にしようとおもっていたのをスルーしていたので、この近所で食事にしようとおもっている。会場のまえで、ちょうど会場から出てこられた出演者のおふたりに出くわして、あいさつをする。そこにあるパン屋さんがおいしいんだということ。わたしはもうすこし先まで歩き、和食のファミリーレストランみたいな店をみつけて、そこで天丼を食べた。ちょっとつゆがかかりすぎで、しょっぱかった。
 食事をおえて外に出てもまだじかんがちょっとあったので、裏通りを歩いてみると、あちこちに桜の木が満開の花をつけているのがみられた。もう散りはじめている木もある。らいしゅうの末にはもうみんな散ってしまっているんだろう。

 そろそろ開場のじかんだなと会場へもどると、会場のまえで待っていらっしゃるなんにんかのお客さんのなかに、ずいぶんとひさしぶりにお会いするPさんとQさんのご夫妻のすがたがあり、あいさつをした。かんがえてみたらわたしもこういう「ダンス」な舞台に足をはこぶのもひさしぶりのことで、むかしはそういう会場であれこれの知人にお会いしたものだった。きょうはもっといろんな人に会うことになるかもしれないな、などとあらためておもう。‥‥あんのじょう、開場してなかですわっているとRさんやSさんもやってこられ、なんだかわたしの席のまわりは知っている方ばかりになってしまった。RさんとはきょねんRさんのしごとのかんけいでわたしのうちのちかくにいらしたときいらいだし、Sさんなどはもう三年ほどまえに横浜でのなにかのイヴェントですれちがっていらいになるんじゃないだろうか。きょうは舞台のあとでこの人たちといっしょに飲めるとたのしいな、などとかんがえる。

 ‥‥舞台終了。たのしかった。感想は下。しぜんにRさんSさんと「飲みにいく?」という流れになり、やはり東中野までもどらなくては飲み屋もないでしょうというので東中野へ。駅のちかくにはむかしなんどかきたことのある、あのモンゴル料理の「P」があるんだけれども、ちょっとまだじかんが早すぎて営業していない。ではじかんつぶしということで、せんじつ来た映画館の一階にあるカフェの外のオープンテラスなスペースでかるく一杯。桜の花はないけれど、ちょっと「お花見で一杯」きぶんになって会話がはずむ。Rさんはあれから「痛風」などというのが発症したということ。Sさんは胃に不安をかかえておられるらしいし、わたしはわたしだし、「なんだかなー」という会話でもある。「P」の開店じかんにもなり、そちらに移動してまた飲む。むかしダンスのイヴェントのあとなどで飲んだりしたとき、RさんもSさんもわたしもよくごいっしょしたものだったけれども、こうやってそろって飲むのはなんだかなつかしいような気分でもある。顔をあわせる機会がなくなった背景に、「ダンス」というムーブメントの衰退、ということもあるのもたしかだとおもう(いや、たんにわたしがRさんやSさんがみるような公演にでかけなくなった、ということ)。

 しばらくして、「おやつテーブル」の方々も会場の撤収を完了されて合流。この日は「P」もやはりほんとうは予約で満杯だったらしいけれども、ちょうどキャンセルもでて、みなでいっしょに席をかこむことができた。きょうの舞台の感想で、Sさんから辛らつな意見もあった。なんだかそういう空気感も「むかしこういう場をよく体験したものだった」というなつかしさもある。そこにはきっとSさんの包容力みたいなものもあるわけで、そういう打ち上げの「なあなあ」なふんいきをこえて批評しながらも、その場の空気をこわさないという才覚だろうか。いや、わたしだってそういうのを中和させるぐらいの能力はあったつもりだけれども、こういう場がひさしぶりだっただけに、やっぱ鈍ってきてるかなあという気分もある。そういうことがせんじつはみごとに空転してしまったばかりだったけれど、きょうの顔ぶれに助けられて、さいごまでたのしくすごすことができた気がする。‥‥きのうきょうと(こんなうわついた気分でいいのかどうかわからないけれども)、いいお花見の(じっさいに観たのは清水真理さんの作品だったり「おやつテーブル」の舞台だったりするけれども)宴会だっただろうか。きょうの舞台をふくめて、やさしい気分になれた気がする。そういうことがいまのわたしには(心臓のためにも)だいじなんじゃないか、とおもった。「おやつテーブル」の皆さんと、RさんとSさん、そしてちょっとしかおはなしできなかったけれどもPさんとQさんのご夫妻、きのうのNさんOさんにも感謝したい。

 

 

[]ダンス企画 おやつテーブル「お葬式」@中野・RAFT ダンス企画 おやつテーブル「お葬式」@中野・RAFTを含むブックマーク

 もっとこう、お葬式という「儀式」に焦点をおいたような舞台になるのかと勝手に想像していて、「喪服を着ていこうか」とか、「入場料は香典袋に入れて出そうか」とかおもったのだけれども、そういうフォルムからはいるような舞台ではなく、もっとダンサーの個のなかから想起されるような、それぞれの想念をパフォーマンスとしてみせるようなものだった、というのか。

 会場はこじんまりとした横長のスペースで、観客も四十人ぐらいかな。開演まえに出演者がさきに舞台にあらわれ、観客とあれこれと歓談されたりする。とてもファミリアというか、アットホームな感覚。

 冒頭に、四人のダンサーが悲哀の表情をうかべておりかさなるようにならび、ゆっくりとした動きで人のあいだにわりこみながらその位置をかえていくのだけれども、わたしはみていてビル・ヴィオラのヴィデオ作品をおもいうかべていた。あとはそれぞれのダンサーが無言劇的な展開をみせたり、ダンス的な展開をみせたり、舞台としての振幅をかんじさせ、緩急の妙もあってさいごまでたのしんでみることができた。振幅がありながらも散漫な印象にならなかった。ひょっとしたらピアノ伴奏のおかげなのかもしれない。

 わたしはたんじゅんな人間なので、たんにオールディーズが流れてそれに合わせてパフォーマンスやってくれれば、それでなんだかうれしくなってしまうようなところもある。たんじゅんだなあ。


 

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■ 2013-03-23(Sat)

 東京では桜がもう満開になったそうで、きょうあしたがぜっこうの花見日和ということらしい。わたしもきょうは東京へいき、新宿で清水真理さんの個展を観てから、よるはNさんとOさんと飲むことになっている。清水さんの個展をやっているギャラリーが新宿御苑にとてもちかいので、すこしはやいじかんにでて、夕方からの飲み会のまえに御苑の桜をみてもいいな、などとおもう。

 ちょっと早めに昼食をとってからおでかけ。電車のなかで本をひらいたけれども、すぐにまた寝てしまう。新宿で下車し、新宿四丁目というほとんどみしらぬ地域に足をむける。新宿高校に隣接したあたりで、その高校のグラウンドのむこうはもう新宿御苑になっているみたい。商業施設のたちならぶ大通りからひとつうちがわの道にはいりこむと、旅館というかビジネスホテルというか簡易宿泊施設というか、そういうふるい建物がずらりとならんでいる。大阪にも環状線の南の方にこういう地域があったなあ。ただおもてに書かれている宿泊料金は、大阪のそれやカプセルホテルほどには安くはない。だいたい四千円ちょっとぐらい。東京でカプセルではない個室の宿泊施設としては安いだろうけれども、なかはいったいどんなになっているんだろう。一軒だけ、「千八百円から」という看板のでている旅館があった。気になったけれど、きっと「釣り」なんだろう。

 さがしていたギャラリーがみつからず、「この一画のはずなんだけれど」と、きた道をひきかえして、おくまったところにあるのをようやくみつけた。代々木で伊藤篤宏さんがやられていたギャラリー「OFF SIGHT」や、「夜想」のギャラリー「パラボリカ・ビス」をおもいだすような、ユニークな空間だとおもった。ちょっとした感想は下に。

f:id:crosstalk:20130324102057j:image:left ギャラリーを出て、新宿駅とはぎゃくの方向に歩くとしぜんに道は新宿御苑にむかうはず。道の左手にはその新宿御苑の柵がずっとつづいているのだけれども、どこまでいってもその新宿御苑にはいれない。右手には東京大空襲のじだいから焼け残ったような、廃墟のような建物が目についた。まだ人が住んでいるらしい古いアパートや一軒屋。たいていの区画には柵がしてあって「再開発計画」みたいな看板がでていた。ちかいうちにとりこわされてしまうだろう。
 もう千駄ヶ谷の駅がみえるあたりまできて、ようやく御苑への入り口がみつかった。‥‥すごい人の数でおどろく。そして「アルコール持ち込み禁止」の看板、それに入場料200円というのもしらなかったので、かるくおどろく。なかにはいるまえに所持品の検査もされた。

f:id:crosstalk:20130324102143j:image:right ようやく御苑のなか。はじめての新宿御苑。外でみたいじょうにものすごい数の人がいる。わたしの住んでいる市のすべての住民が集合したぐらいの人がいるんじゃないだろうか。そして桜もたしかに「満開」。木によって花の色にちがいがあって、きれいなピンク色の花をつける木もある。上野公園などの往来にある桜とはちがって、その枝が地面すれすれにまでおりている桜もおおい。そういう木ではすぐ目のまえに咲いている桜の花をまぢかにみることができる。芝生の広場ではみなふつうのお花見のようになにかをしいてまるくすわりこんで宴会モードになっている。こどもをつれた家族、そして海外の方がとても目につく。やはり上野や谷中の花見とはちがうんだな。芝生ですわりこんでいる人たちをとおめにみていると、スーラの「グランドジャットの日曜日」だとか、マネの「草上の昼食」みたいだとおもったりする(ざんねんながら「草上の昼食」みたいに、はだかになっている人はいない)。そう、この新宿御苑は桜だけがすばらしいのではなく、いろいろな樹木をみることもできるわけだ。こりゃあ桜の時期とかにかんけいなく、じかんをとってゆっくりと御苑のなかを探索してみたくなる。また機会をつくって来たいとおもった。あたたかい日ざしのした、いろんな樹木にかこまれて、なんだか精神的にも肉体的にも健康になったような気がする。

f:id:crosstalk:20130324102221j:image:left ただ「パッシン・スルー」した、というかんじで新宿門へ抜ける。だいたい四時になっていた。御苑の入園時間は四時半までということで、わたしのように外へでてくる人の数もはんぱではない。こんやの新宿はおおにぎわいになるんだろうか。飲み屋も混雑するかもしれない。NさんとOさんとの待ち合わせも四時半なので、ちょっと三丁目のあたりを歩いてみた。‥‥よなかに、このあたりをバカみたいにしょっちゅう飲み歩いていたのは、もう十五年いじょうまえのことになるだろうか。なじみの店もあちことあったんだけれども、そういう店はいまでもけっこうのこっていて営業をつづけている。もともとマスターがやとわれだった店ではとうぜんマスターはかわってしまっているだろうし、「B」のようにマスターが亡くなられてしまった店もある。それでも「B」はまだ店をひらいているようだから、だれかがひきつがれているんだろう。いつかいってみようかとおもったりする。亡くなられたマスターは人なつっこい、すてきな方だった。かんがえてみたらわたしもあのころはあんだけ飲み歩いていて、いちどもいやなトラブルにまきこまれたり、そういうことをじぶんでおこした記憶もない。「いい客」だったのではないかとおもったりもする。

 いつもの場所でNさんとOさんと遭遇。このおふたりはいつもものすごくじかんに正確で、ちょっとおどろいてしまうほどである。それで、いつもの居酒屋「S」へいく。‥‥やはりこのよるは混んでいた。わたしたちは九時ごろまでいたのだけれども、そのあいだひっきりなしに客がはいってきたりでていったりしていた。店員さんの声もテンションが高かった。このよるは、こんどひょっとしたら三人で「水族館劇場」へいこうか、などというはなしにもなった。Aさんといく約束もあるけれども、それとはべつにわたしは二回いってもいい。

 ‥‥あれこれと、たのしいいちにちだった。

 

[]清水真理20周年記念個展1993〜2013「St.Freaks 〜聖なる異形〜」@新宿・ギャラリー新宿座 清水真理20周年記念個展1993〜2013「St.Freaks 〜聖なる異形〜」@新宿・ギャラリー新宿座を含むブックマーク

 作家活動20周年。わたしはずいぶんと彼女の活動の早い時期に彼女と知り合ったわけだなあとおもう。彼女の作品はどんどんと進化をかさね、球体関節人形の類型からはなれたもうすっかり彼女独自の世界を築くようになっている。自分の美意識をここまでしっかりと造形化できるというのはすばらしいことで、その作品は設置された空間をも変容させるちからにあふれている。こんかいの展示作品はそれほど多くはないけれども、その空間をふくめての彼女の作品の魅力を堪能することができる。会期が四月なかばまで延長されたようで、わたしもじかんがあればまた、この世界にひたりにいってみたいとおもっている。


 

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■ 2013-03-22(Fri)

f:id:crosstalk:20130323121223j:image:left きょうのニェネントはたいへんな食欲。あさひるばんと、わたしがキッチンに立つたびによってきて、「にゃあにゃあ」とおねだりの声をあげる。ネコ皿にはまだキャットフードはのこっている。ネコ缶をだしてあげるととびついてきて、むしゃむしゃとたべる。このところ、おねだりしてくるのはずっとあさだけだったのに、いったいどうしたんだろうとおもってしまう。また成長期になったとでもいうんだろうか。で、たべたあとはまた窓ぎわで寝てばかりいる。これではおそろしいデブネコになってしまうのではないのか。

 DVDレコーダーの件はどうやら、チューナー(HDD)とレコーダーとのあいだに画像安定装置なるものをはさみこめばいいらしいことがわかった。それなりに画質はおちてしまうらしいけれども、とにかく録画はできるみたい。安いものもあるけれども、ユーザーレビューをみるとやはり安いのはだめみたいで、一万円ぐらいのものが売れていて評判もいいみたい。せっかくそれなりに性能のいいみたいなDVDレコーダーを安く買ったのだから、それをむだにしないためにはここでムリをしてみるべきか。五千円で買ったものをただの粗大ゴミにしてしまうか、そこにあと一万円出費して活用できるようにするべきか。これが二万円かかるとかいうのであれば「やーめたぁ」となるだろうけれども、一万円だと「買ってみようか」ということになりそう。ただ、らいげつはあれこれと出費がかさむことになるので、時期がわるいということはいえる。

 図書館へいって、「2666」を延長して借りなおしてきた。いまはまだ第三章にあたる「犯罪の部」をよんでいるのだけれども、その読書のせいか、うすきみわるい夢をみた。きみわるいので内容を書くのはやめておく。

 

 

[]ベジャールの「ザ・カブキ」 東京バレエ団 ミラノ・スカラ座公演(WOWOW) ベジャールの「ザ・カブキ」 東京バレエ団 ミラノ・スカラ座公演(WOWOW)を含むブックマーク

 歌舞伎の「仮名手本忠臣蔵」をかなり忠実に翻案した(という印象)1986年の作品を、2010年にミラノのスカラ座で再演したもの。東京バレエ団の海外公演700回記念の公演でもあったらしい。音楽は黛敏郎。

 進化しつづけてきたヨーロッパの伝統芸能が日本の伝統芸能を取り込もうというのはわかるけれども(日本でも文楽で「テンペスト」をやったりはしているし)、ここまでストーリーをなぞらないでも、もっと抽象的にしちゃっていいんではないのかというのが第一印象。とくにセットも具象的になる「おかる勘平」の場は、ほかのかなり抽象化されている場との落差がはげしい。みていて惹きこまれるシーンもあるけれども、奇怪なジャポニズムをみせられている気分になることもおおいし、日の丸だとか切腹だとかいう意匠がクローズアップされるのにもげんなりする。


 

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■ 2013-03-21(Thu)

 桜の花が、いっせいに咲きはじめた。二週間もまえにはこんなにはやく咲くとはかんがえられなかったものだったけれども、もうらいしゅうの週末には散りはじめているんだろう。桜の木というのは「寒い」ということにはそんなにえいきょうを受けず、ちょっとでもあたたかくなるとびんかんに反応するんだろう。その「びんかんさ」に個別差があるのか、ことしはとくにそれぞれの木によって開花のペースのちがいがめだつような気がする。ラーメン屋のちかくにまいとし一本だけはやくに咲いてしまう木があって、その木はもうほとんど七分咲きぐらいにまでなっている。そのほかの木は、ぼちぼちと二分ぐらい咲いちゃおうかなという木もあれば、いやまだまだとまるで咲いていない木もある。ここの駅前の通りからさいしょの交差点のちょっと先まで、そして左側の道路にそって200メートルほどにかけてはいちおう桜並木になっていて、それでそういう個体差も目についてしまうのだけれども、この桜並木の道は桜の花の開花するときにはライトアップされる。って、道路ぞいにござをしいて「お花見」とかしゃれこめるわけでもなく、ただ通行する車の運転手の目をちょっとのあいだだけたのしませるぐらいの意味しかないとおもう。くるま社会です(歩道をあるく人の数なんてほんとうにたかがしれている)。で、そのライトアップのための準備が、ことしはまるでまにあっていないようす。まあむりしてそんなライトアップなんてやんなくてもいいんじゃないのと、くらくなってのライトアップのじかんにはまるで外出などしないわたしはかんがえる。

 きょうはしごとは非番でやすみだけれども、くせで六時まえには目がさめてしまった。きのうの夜になにか意味真な夢をみていて、夜中にめざめてそれがどんな夢だったかしきりにおもいだそうとしていくらかおもいだし、「なんて夢なんだ」とおもったことはおぼえていたけれども、その夢の内容はもうおもいだせない。その、「なんて夢なんだ」という記憶だけが、魚を釣りそこねて餌だけをとられてしまった釣針が指先につきささるような感覚をよびおこす。痛みと悔恨、なのか。

 まえからやりはじめようとおもっていたことのれんしゅうを、すこしやりはじめた。ちょっとだけ、「こうやればいいのかも」という感触は得たけれども、それで成功するかどうか、やはりむずかしいだろう。

f:id:crosstalk:20130322172829j:image:right ‥‥そうやって、じぶんのことにむちゅうになっていると、ふと、「あれ、ニェネントはどこにいるんだろう」とさがしてしまうことがある。ニェネントはたいていのときはわたしのすぐちかくでゴロゴロしているんだけれども、ときにわたしの目のとどかないところでねむっていたりする。このごろは和室のちいさな衣装箪笥のうえにあがっていることがおおくなったけれども、おもいもかけないところにかくれてしまっていることもある。たいていはわたしがポン、ポンと手をたたくと「なんなのよぉ」とでてくるのだけれども、熟睡しているともちろん無反応。きょうもいちど、どこにいるのかわからなくなった。「ここかな」と、リヴィングにおいてある段ボール箱のなかをのぞいてみたら、どうやってはいりこんだのか、そこにいた。「いま寝てるんだからそっとしといてよ」みたいな顔をしていた。「それじゃあ、はいったのはいいけれども、でてこられないでしょ」とおもって、ふたをあけておいた。

 きょうは、長いヴィデオを二本みたりした。「2666」はようやく3/5ぐらいまですすんだ。あしたにでもいちど図書館へいって延長してもらわなくては。「コモンウェルス」の方はまるでよめなかったから、いちど返却しよう。どうせかりる人もいないだろう。

 

 

[]「地獄の黙示録 特別完全版」(1979・2001) ヴィットリオ・ストラーロ:撮影 フランシス・フォード・コッポラ:監督 「地獄の黙示録 特別完全版」(1979・2001)  ヴィットリオ・ストラーロ:撮影 フランシス・フォード・コッポラ:監督を含むブックマーク

 この混とんとした演出は、ヴィットリオ・ストラーロの美しすぎる映像とともに、やっぱり衝撃的。むかしこういう「特別完全版」ではないのをみているけれども、この「完全版」で追加された部分は、そういう「混とん」というところではちょっとぜんたいの流れに水をさすのではないか、という感覚はある。フランス人入植者たちのことを入れたかったというのはわからないでもないけれど、映像のちからもほとんどなく、たいていは説明でしかないとおもった。あ、バニーガールの登場シーンに、ビル・グレアムが顔をみせていた(そういうのでは、この映画のサントラでシンセを演奏している顔ぶれのなかに、Mothers of Invention のメンバーでもあったDon Preston が参加している。‥‥まあこの人はあらゆるところに顔をだしているけれども)。そう、「Charlie don't Surf!」の名セリフは、この映画でのロバート・デュヴァルのセリフだったわけでもある。

 冒頭から「The End」、だったりして、「少年王者舘」かいな、なんて不粋な感想をもったりもしたけれども、ここでのウィラード(マーティン・シーン)の顔は倒立している。いわゆる「アップサイド・ダウン」というやつなんだけれども、作品の終盤でついにウィラードがカーツ大佐(マーロン・ブランド)の領土に足をふみいれるとき、ウィラードはカーツの王国の住民たちにおそわれて足をもちあげられ、まさに「アップサイド・ダウン」にされる。「ここだね!」とおもった。カーツ大佐の領土で、まずはウィラードは倒立状態になる。これが冒頭のシーンにつながるあたりがすばらしいともおもったけれども、カーツ大佐の領土にはいってからは、これはまったくべつの物語、まさに倒立した物語ではあるだろう。しかし一面でここからは文芸ドラマというわけで、おもしろいわけでもない。生け贄でじっさいに牛を殺すシーンをアジア人だけにやらせているのが、きょうみるととってもイヤだった。


 

[]「忠臣蔵」(1958) 渡辺邦男:監督 「忠臣蔵」(1958)  渡辺邦男:監督を含むブックマーク

 ‥‥あれ、これってむかしみた「忠臣蔵」とおんなじような展開だなあ、なんておもってみていたら、じっさいに二、三年まえにこの映画はみていたのだった。‥‥こんかいみて、討ち入りに喝采する外野の男たちと、悲しみにくれる女たちとの対比が印象にのこった。太平洋戦争の記憶の反映なのかとおもった。


 

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■ 2013-03-20(Wed) このエントリーを含むブックマーク

f:id:crosstalk:20130322100807j:image:left ニェネントには三日にいちどぐらい、卵の黄味をあげることにした。ネコにはあたえないほうがいい食べ物がおおいので慎重になっていたけれども、しらべてみたらもんだいはないというか、百パーセント吸収されて栄養価も高いのでおすすめできるぐらいのものということ。ただし白味はのみこめなかったりするのであたえないほうがいいだろうということで、わたしもニェネントには黄味だけにしてあげていたので、このあたりもOKだった。熱をくわえてからあげたほうがいいという記述もあったけれども、もうニェネントはなまでたべるのがお気に入りになっているし、いまのまま、なまであげつづけようとおもう。

 まいあさニェネントにはドライのキャットフードとネコ缶をそれぞれ、皿にとってだしてあげるのだけれども、これに卵黄をだしてあげるとたべているとちゅうのほかのものはほうりだして、卵黄の皿にとびついてきてペロペロとなめてしまう。まいにちあげてもいいんだけれども、ちょっとだけ不安なところもあるし、あんまり栄養とりすぎてデブネコになってしまってもいやだ。

 きょうは春分の日でいっぱんにお休みの日なのだけれども、わたしたちにはそういうカレンダーにはかんけいなくしごとがある。ただ、祝日に出勤するとちょっとだけ割増し手当てがつく。それで日曜日に出勤しても割増しがつかないのはおかしいような気もするけれども、日曜日と国民の祝日とではその性格がちがうのだということだろう。
 財布のなかみがすくなくなってきて、預金をおろしたいところだけれども、祝日は手数料がとられてしまうのがばかばかしく、がまんする。あさってには給与も支給されるから、そこまでなんとか手持ちのはんいでやりくりしようとおもう。

 DVDレコーダーの件だけれども、どうやらよほど工夫しないといちど外づけのHDDに録画したものはダビングできないみたいである。ダイレクトにDVDレコ−ダ−内蔵のHDDに録画すればDVDに落とせることはわかったけれども、まずは録画予約をふたつの機器で連結してやらなくてはならないから、ひじょうにめんどうである。というか、そんなことやる気がしない。それと、その方法ではさいしょっから画質がかなりダウンしてしまうというのもかなしい。こんな「いやんなっちゃう」気分を味わうために五千円もつかってしまったのかという気もちだけれども、これを「被害」といってしまえば、その被害額が五千円くらいですんだのはラッキー、だったのかもしれない。
 そういうわけで録画してあるヴィデオを観る気にもならず、きょうはいちにちゴロゴロしてすごした。よんでいる「2666」はめちゃおもしろいのだけれども、なぜかよんでいるとねむくなってしまう。きょうのBGMにBrian Eno の「Music for Airports」なんかをえらんだのもよくなかっただろうか。それとも明るいうちからウォッカなんかクイクイ飲んでいるのがいけないのか。とにかくは無為ないちにち、だった。

 

 

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■ 2013-03-19(Tue)

 よる、ぐっすり眠っていたら固定電話からの呼び出し音で目がさめた。すっかり熟睡していたこともあって、早朝のめざましのアラーム音だろうかとおもってしまう。もう出勤のじかんかとおもいながらベッドからでて、それが電話の音だと気づいて電話にでた。女性の声で、NTTからの「ひかりTV」かなにかの勧誘の電話だった。わたしは寝ぼけていて、いまのじかんはいつもアラームをセットしている午前四時くらいだろうとおもっている。‥‥こんなじかんにこんな勧誘の電話をかけてくるとはなんて非常識なんだろうとおもって腹がたつ。開口いちばんに電話口の女性に「あなたね、いったい何時だとおもってるんですか!」なんていってしまう。女性は「‥‥すみませんでした‥‥」とかぼそい声でこたえ、あとの句がつげないでいる。わたしは「まあいいでしょう、つづけてください」と、寛大なところ(?)をみせてあげる。「ひかりTV」ならもう契約してますよということで電話はおわり、受話器をおいて時計をみると八時半ぐらいをさしていた。いっしゅん、「あれ? おれって寝すごしてしまってしごとにいかなかったわけ?」なんておもってしまう。しばらくは事態がのみこめない。八時半のわりに外はまっくらだし、どういうことなんだろう?

 ‥‥ようやく、つまりはまだ午後の八時半でしかないのだと気がついた。よほど熟睡していたのか、じかん感覚がまったく麻痺していた。するとさっきの電話でのわたしの「何時だとおもってやがるんだよ!」って態度は異常ではないかとおもいあたるのだけれども、まあ午後の八時半にそういう勧誘の電話をかけてくるというのは「おそい」、といえなくもないのではないかという気分にはなる。電話してきた女性だって残業勤務でやっていて、「こんなおそくまで営業電話かけるのイヤだわ」なんておもってたかもしれない。上司に、「お客さんにどやされてしまいました」と報告してくれるといいとおもう(けっしてどやしたりはしていませんが)。そうすれば寝ぼけていたわたしも多少は世のなかのためになったことになるのではないのか。

 きょうはめっちゃ、暑いくらいのいちにちだった。しごと場にある気温計は、早朝だというのに二十度をさしていた。しごとをおえて帰るときにすれちがったお父さんと子どもの連れの、そのお父さんは半そですがただった。これからは食べ物を外にだしっぱなしにはしておけないなとおもった。

f:id:crosstalk:20130320123039j:image:right あたたかくなるとネコというものはねむくなってしまうのか、ニェネントは窓ぎわで寝てばかりいる。日ざしがあたたかいので、窓ぎわで横になっていると気もちいいんだろう。

 TVではこのところもずっと、震災から二周年の特集のようなものをやっていて、当時の映像とかをふりかえって「いかにして助かったか」のような体験談がかたられたりする。それはほとんどが「運」のようなもので、みていても「運がよかったねえ」みたいな感想になるのだけれども、きょうやっていたのは、漁船にのっていてその操縦技術で津波をのりこえた漁師の方のはなしだった。その漁船が津波をのりこえる映像ものこっていた。これは「運」などというものではなく、スキル、漁船の操縦技術ゆえに生き延びた方のおはなしだった。「生き延びるためのスキル」ということをおもい、感銘をうけた。

 

 

[]「遥か群衆を離れて」(1967) トマス・ハーディ:原作 ニコラス・ローグ:撮影 ジョン・シュレシンジャー:監督 「遥か群衆を離れて」(1967)  トマス・ハーディ:原作 ニコラス・ローグ:撮影 ジョン・シュレシンジャー:監督を含むブックマーク

 Kinks の名曲「Waterloo Sunset」のなかで唄われているTerry とJulie というのは、この「遥か群衆を離れて」に主演するテレンス・スタンプとジュリー・クリスティのことだという「伝説」があった。この映画の公開時期と「Waterloo Sunset」がリリースされたときとのタイミングもぴったりみたいなので、ずいぶんといいふらされていたことではある。わたしもけっこう(映画をみてもいないのに)「そうなのか」とおもっていたのだけれども、せんじつRay Davies の書いた半自伝的な作品「エックス・レイ」をよんで、このTerry というのは、オーストラリアに移住したというRay Davies のいとこのことなんじゃないかとおもうようになった。でも、この映画をみてみなくっちゃわからない。Terry とJulie とがいっしょに川を渡ったりするんなら(「Terry and Julie cross over the river」という歌詞がある)、やはりこの「遥か群衆を離れて」と「Waterloo Sunset」にはかんけいがあるのかもしれない。そんな不純な動機もあってこの映画をみた。いや、そういう不純な動機だけでなく、わたしはトマス・ハーディの作品が好きでもあるし、ジョン・シュレシンジャーの演出にも、ニコラス・ローグの撮影にもきょうみがある。

 ‥‥いい作品、だとおもった。まずは演出面で、ニコラス・ローグの自己主張のつよい映像があり、ジョン・シュレシンジャーはその「自己主張」を否定するのではなく、最大限に活かそうとする演出をみせている。そういう面ではこれ以降「監督」としてはばたこうとするニコラス・ローグの意志をジョン・シュレシンジャーが尊重し、ある面ではこのふたりの共作というところも感じとれる気がする。‥‥このあとにニコラス・ローグはミック・ジャガーをむかえて「パフォーマンス 青春の罠」で(共同監督だけれども)監督デビューをしているし、ジョン・シュレシンジャーは「真夜中のカーボーイ」を撮っている。

 ドラマとしても、たいていの登場人物がとてもアンビヴァレントな存在として描かれているのがいい。一面的な解釈では、その登場人物の内面のなにかを見落としてしまう。たいていの登場人物は、じぶんの存在にどこか限界があることを承知しているようにみえる。そのそれぞれのもっている「限界」を、どうやって克服するのか。いや、克服できないのか。‥‥そこにこの映画の(というか、トマス・ハーディの原作の)魅力があるのではないのか。

 主要な登場人物はみな、先にすすむために「条件」をだす。または「条件」をつきつけられる。そこですべてをかきまわすのが、テレンス・スタンプのかかえている「空虚」なのではないのか。ジュリー・クリスティはその「空虚」に惹かれてしまうような、じぶんでコントロールできないような自己をかかえている。さいごに勝ったようにみえるアラン・ベイツと、まさに「敗北」してしまうピーター・フィンチとは、ほとんどおなじ人格の「おもて」と「うら」みたいなところがある。ここに、提示された「条件」をどう処理するのかという解釈のもんだいがありそう。アラン・ベイツはぎゃくに自分から「条件」をだすことで未来をひらくようにみえるけれど、ピーター・フィンチはたんじゅんに「条件」をのめないという回答しかだせずに自滅する。しかし、映画ではジュリー・クリスティがはたしてアラン・ベイツの「条件」をのめるのかどうかということまでは描いていない。ジュリー・クリスティのかかええもっている「自己」は、テレンス・スタンプのとつぜんの「不在」ではたして解決がつくのだろうか。ある意味で登場人物のなかでいちばんコンサバなアラン・ベイツが、その「不在」を埋められる存在だとはおもえないところがある。みなを混乱させてしまうテレンス・スタンプの「空虚」にしても、彼が婚約者に提示した「条件」が履行されなかったところからくるものがおおきい。この作品はけっして、「風と共に去りぬ」のイギリス版ではない。そこにトマス・ハーディの魅力もあるわけだろう。

 イングランドの伝承歌があれこれと劇中に活かされて使われているところなどもわたしにはうれしいところで、宴会で唄われる「The Seeds of Love」から「Bushes and Briars」への流れも、この作品のストーリー展開と並行して「聴かせられる」ものだったし、テレンス・スタンプが海に入っていくときのバックに流れる「The Bold Grenadier」もまた、この映画の主題をかたるものだろう。トマス・ハーディの作品の魅力のひとつに、こういうトラディショナル・ソングに唄われる主題をまさに小説化しているところもある。「イギリスだねえ」ということころである。
 ラストのクレジットをみていると、登場人物のなかに、どこかの宴会でのフィドラーとして「David Swarbrick」の名まえが読みとれた。これはぜったいにFairport Convention のDave Swarbrick のことだろう。‥‥もういっかい、彼のすがたを探してさいしょっから見直してみなければ。あと、この映画のサントラCDをチェックしてみたら、その「The Bold Grenadier」をこの映画で唄っているのは、Trevor Lucas らしい。Trevor Lucas もまた、もうちょっとあとでFairport Convention のメンバーになる人物である。そういうことでも、ちょっとばかしおどろいてしまった。

 ‥‥しかしけっきょく、Kinks の「Waterloo Sunset」とこの映画、やはりいわれていたようなかんけいはないのではないかというのが、わたしのかんがえではある。


 

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■ 2013-03-18(Mon)

 しごとにでると、倉庫にいくメンバーがわたしひとりだけだった。わたしは免許をもっていないから倉庫へ車で移動できないし、そもそもがひとりで倉庫にいっても、会社として管理上のもんだいもあるだろう。「どうするのよ」とおもったら、上司から「きょうはこっちでしごとをやってくれ」といわれた。それはそれであれこれとめんどいなあとおもうし、なんだかんだいっても処理するのはわたしひとりである。「やばい!」というところだったけれども、この日は奇跡的にしごとがすくなかった。いつもなら出勤したときにもうとどいている荷物を仕分け、そのあとに六時と六時半にまたトラックで荷物が到着する。それを倉庫で仕分けたりするわけだけれども、つまりあさいちばんのしごととそのあとに到着するものとがごっちゃにならないように倉庫へ移動するという側面もある。ぜんぶ支店でやってしまうということは、あとからあとから到着する荷物を区分してしごとをすすめるのがむずかしい。「どうしようか」とおもい、それなりに工夫してまずはさいしょのしごとをおえたのだけれども、つぎにきた六時の便のトラックはほとんど空だったので苦労せずに仕分けをおえた。そしてさらに、六時半の便はまったくの空だった。ありゃりゃというところでやるしごともなくなってしまい、七時からはべつのしごとの手伝いをした。それも八時にはぜんぶおわってしまった。上司から「休憩してていいよ」といわれ、二階の休憩室でのこりのいちじかんをぼんやりとすごした。とちゅうで上司が休憩にあがってきて、「これからはひとりでもだいじょうぶじゃん」なんていわれる。「そういわれるとおもってましたよ」とこたえたけれども、上司もきょうがとくべつにしごとのすくない日だったことはちゃんとわかっていた。さいしょはどうなることかとおもっていたけれど、ひとりで勝手にやれてあるいみで気楽だった。

 桜の花が、いっきに咲くらしい。わたしの職場は桜並木のある駅前通りに面していて、休憩室の窓からみえる桜の木のつぼみも、もういくらかピンクに色づいている。この週末にはけっこう咲いちゃってるんだろう。

f:id:crosstalk:20130319104102j:image:left ニェネントもあたたかくなって元気。このごろはまた、カーテンレールの上にのぼってしまうことがおおくなった。上の方の棚においてあるものにちょっかいをだし、つまりは落下させてしまう。ものを落としてしまうと「わるいことをした」という意識はあるのか、それでわたしがちかづくとあわててとびおりて逃げていく。ひょっとしたらわたしをからかってあそんでいるのかもしれないとおもう。

 しごとから帰宅して、買ったDVDレコーダーをあれこれとためしてみる。BSや「ひかりTV」からHDDに録画したものは、どうやらたんじゅんにはDVDに焼けないらしいことがわかった。ひょっとしたらDVDレコーダーに内蔵されているHDDにいちど録画して、それをDVDにコピーすることは可能なのかもしれないけれども、いちどBSや「ひかりTV」に直結させたHDDに録画したものは、もうどうしようもないようである。なんということだ、というかんじ。HDDからVHSに録画はできるけれども、そのVHSからDVDへのコピーは不可。これではいったいわたしはなんのためにこのDVDレコーダーを買ったんだろうと、ほとんど使いみちのないDVDレコーダーをまえにして嘆くのである。しかし、むかしもっていたDVDレコーダーはBSから録画したVHSテープからかんたんにコピーできていたのになあ。‥‥おそらくは、放映時にHDDなどに録画せず、ダイレクトにDVDにコピーすればだいじょうぶなのかもしれない。しかしそうすると画質は落ちるよなあ。

 

 

[]「いそしぎ」(1965) ヴィンセント・ミネリ:監督 「いそしぎ」(1965)  ヴィンセント・ミネリ:監督を含むブックマーク

 エリザベス・テイラーとリチャード・バートンの夫婦共演。しかし、眉も描いて化粧もケバケバしいエリザベス・テイラーが自然を愛する「ナチュラリスト」というのが爆笑モノだし、ヘンリー八世みたいなのがお似合いのリチャード・バートンが敬けんな神父というのもまたおかしい。すべての設定が狂っているという印象。脚本にダルトン・トランボもからんでいるけれど、この「まさかの」配役にはがっくりしたんじゃなかろうか。まあビートニクの時代からヒッピー登場までの過度期のアメリカの、あるしゅの精神状態はわからないではないけれど、このふたりの共演はやはりつぎの年の「ヴァージニア・ウルフなんかこわくない」が、まさに狂っていていちばんいいとおもう。

 せっかくなかなかにすてきなロケーションなのに、そういうのをまったく活かせていない撮影にがっくりもする。人がいない空撮の絵なんかはけっこうきれいなのに、ドラマになるとぐちゃぐちゃになってしまう。なんなのよ、という感想になる(エリザベス・テイラーとわかれるさいごに海岸にやってくるリチャード・バートンを下からあおる撮影なんて、「なんか勘違いしてませんか?」って感じ!)。


 

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■ 2013-03-17(Sun) このエントリーを含むブックマーク

 きょうもしごとは非番でおやすみ。まずは買ってあったDVDレコーダーのチェックをあさからやる。HDDに録画してあったNODA・MAPの公演をまずはDVDに録画しようとおもい、セッティングして録画をはじめた。ところがこれがすぐに「コピー・プロテクションを検知しました」とかのメッセージがでて、録画がストップされてしまった。「えええー、なんでだよお」という感覚になるけれども、「これって、ひょっとしたらまずはVHSのテープに録画して、そこからDVDに焼けばOKなんじゃない?」などというあさはかなかんがえをいだき、まずはHDDからVHSヴィデオに録画する。これはもんだいなく録画できるようであったけれども、とにかくは倍速だとかそういう録画はできないわけで、ひたすらリアルタイムで録画のおわるのをまつ。もし仮にこのVHSテープからDVDにコピーできるとしても、またリアルタイムを消費するわけになるけれどもしょうがない。

 ようやくVHSへの録画が正常に終了し、さて、これをDVDに焼こうとしたら、すぐにまた「コピー・プロテクションを検知しました」とのメッセージがでた。‥‥そうか、そういうものなのか。わたしが無知だからしょうがないけれども、じゃあいったいなぜVHSには録画できてしまうんだよ、というのがしょうじきな感想であります。とにかくはすっごいじかんをロスしたことだけはたしか。

 きのうおでかけしていっぱいチラシを仕入れてきたので、ゆっくりとチェックしてみる。「うわっ!」とおどろいたのが五月に予定されている水族館劇場の三年ぶりの東京公演の仮チラシで、こんかいは場所を変えて三軒茶屋近くの太子堂八幡の境内での公演ということ。こりゃあいつも水族館劇場をいっしょに観にいっていたAさんに知らせなくっちゃあとおもって、すぐにメールする。即返信がきて、「いきましょう!いきましょう!」と。まあかんがえてみれば水族館劇場もきのう観た月蝕歌劇団のようなところがあって、役者さんたちが演劇的な修練をつんでおられるわけではない(水族館劇場のばあいはかなり意識的にそのあたりのことを避けておられる)。そのあたりをうまくコントロールされているということでは、水族館劇場の演出に一日の長があるのかもしれない。Aさんが水族館劇場を気に入ってしまったのも、わたしが彼女をさいしょに水族館劇場にさそったときの公演がなかなかにすばらしかったことにも起因していることだろう。そのあとには「はてなマーク」な作品もあれこれとあったのはたしかではある。Aさんとは震災ちょくごに月蝕歌劇団の公演もいっしょに観たけれども、あのときの公演は彼女もちょっとがっかりしたようだった。しかしあれが「聖ミカエラ学園漂流記」だったとしたら、Aさんだって月蝕歌劇団にむちゅうになっていた可能性もある。そんなもんである。

 あとは、神保町の名画座での女優特集みたいなイヴェントで、ホウ・シャオシェンの「フラワーズ・オブ.シャンハイ」が上映されるのも観たい気もするけれども(もうなんかいも観た映画だし、中国版のDVDももっている)、ここで五社英雄監督の「吉原炎上」が上映されるのも観たくなった。ほかにもこの特集上映では観たい作品もあるのだけれども、まえにそのAさんに「吉原炎上」はすっごいよー、というはなしもしていたし、そんなはなしをしたわたしじたいがその「吉原炎上」をすっかり忘れてしまっているので、ここでまたAさんをさそっていっしょに観たくなった。またAさんにメールして、これもすぐに快諾を得たので、いっしょにいくことになった。たのしみである。

 しかしこのところ、月蝕歌劇団の舞台をおもしろがったり、水族館劇場の公演をたのしみにしたり、さらには五社英雄監督の映画を観たがるなど、もういわゆる「時代の最先端を切る」みたいな表現から遠ざかってしまっているような気がする。さいきんいちばんたのしみな舞台もまた少年王者舘だったりもするし、「なんだろう」という気分になったりもする。やっぱわたしが退化してるんだろうか。

 ということで、きょうはなにもしないでおわったいちにち、ではあった。


 

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■ 2013-03-16(Sat)

 きょうとあしたはしごとは非番でやすみ。「月蝕歌劇団」の公演を予約してあるのでそれにいく予定だけれども、ちょっと観てみようかとおもっていた「大逆事件」についてのドキュメンタリー映画がきょうからモーニングショーで公開されるのである。このモーニングショーを観てから月蝕歌劇団を観にいくとじかんのロスがないので、ちょっとがんばって映画も観にいくことにした。家をでるのは八時まえになる。こんなにはやいじかんに東京にでるのもはじめてだろう。

 電車のなかでは読書にはげみ、予定どおりに東京(東中野)に到着して映画を観た。アフタートークでちょっとおもしろいこともあったけれども、感想は下に。
 つぎの予定地の阿佐ヶ谷へ移動して、まずは受付をすませる。受付にならんでいた人たちの顔ぶれ、わたしよりも年上なんじゃないかというおじさんが多かったのがちょっとショックだった。受付をすませて開場のじかんまでに昼食をして、ちょうどいいぐらいのじかんにまた会場へいく。けっこういい席をゲットできたとおもう。あとからいらっしゃったお客さんで、「この方は養老院から抜けだしてこられたのだろうか」(失礼!)というような方がいらっして、わたしのとなりにすわられた。ケータイをとりだされてあれこれといじっていらっしゃるので、「なにをやられているのか」とおもったら、どうやら電源を切ろうとされているらしいのだけれども、そのやり方がおわかりではないらしい。しばらくいじりまわされていて、ようやく電源オフされた。「よかった」とおもっていたら、こんどは手もちのバッグからなにかの瓶をとりだされて、その封を切ろうとされている。ちらっとみたら、それはウィスキーのボトルだった。‥‥あれこれやられてようやくその封を切られ、まずはひとくち「ぐぐっ」と飲まれるのであった。なんか、きょうれつだった。

 ‥‥開演。‥‥とてもたのしい舞台だった。感想は下。

 終演後は電車でいちど新宿へもどり、パソコンショップなどをみてまわって中古パソコンの価格をチェックしたりした。わたしは四月にはいまの住居の契約更改があるし、ネットのプロバイダーとの契約料金を一年分払わなくっちゃいけなかったりして出費がおおいのだけれども、そこで残った預金であたらしいパソコンを買いたいとおもっている。それで、はたしていままでどおりにApple のMac に買いかえてやるべきか、それともいいかげんWindows のパソコンにのりかえるべきか、ちょっと思案ちゅうではある。‥‥ちょっとまえに、TVでみたのか雑誌でよんだのかわすれたけれども、いまげんざいの日本でのマックユーザーはぜんたいの2パーセントぐらいだということだった。そうするとマイノリティのすきなわたしは「じゃあマックをつづけよう」とかおもうのだけれども、Word だとかExcel などの搭載されていない機器でメールのやりとりなどやっていると、このあいだあったようにとんだ不都合もおこってしまうのもたしかである。‥‥いちおう、きょうみてまわった範囲では、Windows のパソコンの方が安価なことはたしかだけれども、Mac だってそんなに高いわけでもなかった。もしも四月以降によゆうがあれば、Windows のノートパソコンもiMac もりょうほう買ってしまってもいいかな(もちろんどちらも中古でだけれども)なんて、「だいたんふてき」なことをおもったりした。

 とにかくはきょうのスケジュールの〆で、また下北沢の「G」に移動する。きょうはまたIさんとJさんで、カウンターのお客さんにKさん。あとからオーナーのHさんもいらっしゃって、このあいだとまるでおなじ布陣である。きょうはKさんに「なにわ天閣」さんのことをご存知かときいてみた。やはりご存知だった。彼の近作のはなしなどをおききして、大笑いした。‥‥またIさんとネコのはなしをして、Iさんのところのネコちゃんは牛肉も好きだということがわかったと。わたしはニェネントに牛肉をあげるぐらいなら、まずはじぶんで牛肉を食べちゃいますね、などとおもった。

 いいかげんなじかんに帰路につく。電車のなかで「2666」をよみつぐ。でっかい本なので電車のなかでこんな本を拡げるのはちょっとこっぱずかしいけれど、よみはじめたらそんなことは忘れてしまう。きょうは第三章みたいなところをよみおえたけれど、作品のなかにほのめかされているように、これはディヴィッド・リンチの「ツイン・ピークス」ではないかとおもった。すっごいきょうれつで、まだとちゅうだけれども、これは「傑作」だと確信した。

 

[]「100年の谺(こだま) 大逆事件は生きている」田中啓:監督 「100年の谺(こだま) 大逆事件は生きている」田中啓:監督を含むブックマーク

 百年前の事件であるから、すでに関係者はすべてなくなられている。アプローチのむずかしい題材ではあったことだろうけれども、ひじょうにオーソドックスなノンフィクションという印象となった。冒頭に「近年発見された」という、菅野須賀子が朝日新聞記者に獄中から出した、白紙に針で穴をあけて書いた手紙が紹介され、この手紙の存在はわたしもしらなかったのでこころをうたれたけれども、じつはそれ以降の「事件」の全貌にせまる展開に、わたしなりのあたらしい発見はなかった。もういちど大逆事件のことを世にしらしめる、啓蒙としてのドキュメントなのだからこのあたりでしかたがないのだろうけれども、たとえば検察側の裁判の構図だとかへのアプローチがしりたいところでもあった。

 終盤に、裁かれた人たちそれぞれの墓が紹介される。事件当時はもちろん大逆罪なのだから墓をたてることもはばかられたのがいまはすべて個人としては復権され、おおくの墓に墓碑が建立され、碑文をきざんだ慰霊碑の並立されたところもおおかった。このように個人としてはそれぞれが復権されたとはいえ、この国家はいまだにこの裁判を有効なものとしたままである。ここにまた、げんざいのこの国の正体もみえるということだろう。

 終映後のトークで、観客の方からの発言があったのだけれども、そのご高齢のご婦人の父はむかしの司法大臣だかをつとめられていたということで、「わたしの父もきっといろいろとわるいことをやっていたのだとおもいます。この映画をみていっそうそのおもいをつよくしました」というようなことをかたられた。そのことばがとても印象にのこった。

 

[]月蝕歌劇団「聖ミカエラ学園漂流記」J・A・シーザー:音楽 高取英:作・演出 月蝕歌劇団「聖ミカエラ学園漂流記」J・A・シーザー:音楽 高取英:作・演出を含むブックマーク

 十四年ぶりの再演ということだけれども、じつはわたしはその十四年前の公演をみている。そのときには最前列の座席はオタクっぽい若い男性たちが占領していた記憶があるんだけれども、こんかいはなんだか、わたしよりもご年輩なのではないかとおもえるような熟年諸氏が、おおぜいつめかけていらっしゃったような印象。

 震災ちょくごにも、ほんとうにひさしぶりにこの月蝕歌劇団の公演を、放射能雨の降りしきるなかかけつけて観劇したものだったけれども、そのときの新作ははっきりいって感心するようなものではなかった。だって、月蝕歌劇団のメンバーたちはつまりは演劇的な修練をつんでいるわけでもなく、かなり展開としてまともだったその作品(竹久夢二にかんしての作品だったとおもう)を演じ切るだけの素養にとぼしいことだけがあらわになるような舞台だった。ああざんねん、がっかりだなあという感想ではあった。‥‥わたしのなかのそういうイメージをふきとばそうと「この作品ならだいじょーぶ」とおもって、この「聖ミカエラ学園漂流記」の再演に足をはこんだわけである。

 全寮制の女子校「聖ミカエラ学園」は、卒業するとそのまま宝塚への道がひらけているという芸能学校らしい。校名からもわかるようにクリスチャン系の学校で、シスターが経営して校長もつとめている。どうやら時代は戦時中の1942年か3年ぐらいなのだろうか。学校の警備は軍人がつとめている。そこへ転校生が編入されてくるのだけれども、はたしてその転校生とは?という展開。
 冒頭の、旅芸人一座らの登場シーンがやはり演技的にあぶなっかしくって、また不安をいだきながらみることになったけれども、聖ミカエラ学園の生徒らが登場してくるあたりから、舞台は精気にあふれたものになった印象。おそらくここでの彼女たちはほとんど素のままというか、役を演じているというよりもあるがままの自分を放出してるんじゃないだろうか。これは差別的なかんがえかもしれないけれども、女性という存在には「旬」というものがあり、彼女たちはその「旬」を放出するだけでかがやいてしまう。そういうときがあるのではないだろうか。男性はこうはいかないだろうと、わたしはおもう。この演出がまた、すばらしい。その「旬」をこそ、最大限にひきだすための装置、小道具、照明などなど、まばゆいばかりであった。マッチでつける蝋燭の灯、スモークがたかれたなかでの手もちの懐中電灯によるあかりなど、まさに「月蝕歌劇団」のトレードマークではないかともかんじられる。そう、みていても、この舞台はAKB48なんかにも通底するものがあるんじゃないかとおもったりもした。らんぼうなかんがえだけれども、月蝕歌劇団はこの「聖ミカエラ学園漂流記」をずっと定期的に公演しつづければいいんじゃないのか。そうすれば往年のようにオタクたちのファンが激増することも夢ではないとおもう。

 展開としても、時代も場所も越えた要素があれこれとパラレルに展開してゆき、まさにパラレルワールドを現出させてくれる。娯楽作品としてしんそこたのしめる作品でもあるし、この結末ならば続編だってかんがえられるだろう(あとでしらべたら、やはりちゃんと続編は存在した)。高取先生にはまだがんばっていただきたいものである。


 

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■ 2013-03-15(Fri)

 きょうはしごとにいく。四時にアラームでめざめ、リヴィングにいくと窓の外に赤い光がみえた。窓の外をみると、うちのアパートのまえに救急車がとまっていた。だれかこのアパートの住人で急病人がでたのだろうか。とくに救急車のなかで人がうごくようなけはいはみえないけれど、しばらくはアパートのまえにとまっていた。救急車がくるときにサイレンの音をきいたおぼえはないけれども、深夜早朝なのでサイレンは鳴らさないのかもしれない。むかしわたしが十二指腸潰瘍で救急車を呼んだとき、「できればサイレンは鳴らさないできてください」とたのんだのだけれども、「そういうことはできない」と却下されたことをおもいだした。

 出勤でアパートをでたときにはもう救急車のすがたはなかった。アパートをふりかえると、二階の部屋がひとつと、わたしのとなりの部屋とのあかりがついていた。このどちらかで急病人がでたのだろうか。‥‥となりの奥さんがこのところ調子がわるいようで、そのすがたをみかけることがなくなっている。ひょっとしたらとなりの奥さんかなあとおもったりする。いぜんは夫婦で犬をつれて散歩にでるすがたをよくみていたのだけれども、このごろは旦那さんひとりで犬をつれているすがたしかみない。ちょっとしんぱいになったけれども、顔をあわせればあいさつをするぐらいのおつきあいでしかないので、わたしがそれでなにかができるというわけでもない。

 きのうは「ズル休み」をしてしまったわけだけれども、きょう出勤して「すみませんでした」というと、「きのうはたいへんだった」といわれた。それはわたしが出勤していたとしても、たいへんだったことにかわりはなかったはずである。倉庫に移動したあと、いがいと早くに期待していた反応をきいた。運送の人がわたしにちょくせつ、「あんたがいないとダメだなあ、といっていた人がいたよ」といわれた。そう告げた人も同意したからこそわたしにそういったわけだろうから、いってみればダブルスコアだったかなあと、ちょっとばかしこころのなかでほくそえんでしまった。すこししごとがやりやすくなったかなあとはおもうけれども、これでいい気にならないようにしなければ。

 午後からおもいたって、いぜんヴィデオデッキやTVを買った中古ショップへいってみた。いま録画につかっているHDDがまた満杯になりそうで、これで三台めのHDDを買うというのもいかにも不毛なことで、HDDの中身をなんとかしなければとおもうのである。いちばん手軽なのは録画したものをDVDに焼いてしまうということで、そのためにDVDレコーダーが中古品で安くでていないかをチェックするつもりである。いぜんからこの店のジャンク品コーナーにはそういう保証のない中古のDVDレコーダーなどが置かれているのだけれども、たいていはマニュアルもリモコンもついていなくて「DVD録画はNG」なんて書いてある。かなりまえにわたしがもっていた安いDVDレコーダーもまっさきに録画機能がだめになってしまったし、DVDの録画機能というのは故障しやすいのかもしれない。しかしここで買ったVHSヴィデオのレコーダーは千円ほどで買ったにもかかわらずどこにも不具合がなく、いまでも重宝している。世間はいまはもうDVDではなくBDのじだいになっているし、ちゃんと故障していないDVDレコーダーも安くでることもあるだろうとおもったのである。

 その店にいってみてチェックしてみると、ジャンク品コーナーにDVDレコーダーは数台置かれていたけれど、やはりみな「録画NG」。しかし、ちょっとはなれたところにHDD搭載のDVDレコーダーが置かれていて、これはマニュアルもリモコンもついていて、「HDD、DVDともに録画再生OK」と書かれていた。じっさいにOKかどうかの保証はないのだけれども「これだね」という感じ。価格が五千円。自分なりに「三千円ぐらいだったら」とおもっていたわけで、ちょっと予算オーバーだけれども、「ま、いいか」とだいたんな気分になって、買ってしまった。これもまた「関西にいったつもりになって」ということなんだけれども、その関西にいこうかとかんがえていたときには、「あれをやったつもりになって」とか、「あれを観にいったつもりになって」とかかんがえていたわけで、つまりは思考回路がどこかおかしいのである。

 とにかくは買ったDVDレコーダーをもって帰り、セッティングする。よくチェックするとマニュアルの「接続・設定の手引き」というのが欠けているけれども、そんなにややこしいものでもないだろうと、いままでのVHSのレコーダーのかわりに接続してみる。リモコンに電池を入れ、電源を入れてみる。ちゃんと画面は出る。‥‥ところが、外部入力の画面にどうやっても移行しない。マニュアルのとおりにやるのだけれどもダメである。かなり試行錯誤して、なんとか外部入力をみられるやり方がわかった。DVD−Rをいれてみたらちゃんと認識したし、HDDへの録画もできるようなので、とりあえずひとあんしん。まだ不安はあれこれとあるけれども、おそくなるのできょうはここまでにしよう。


 

[]「ライフ・イズ・ミラクル」(2004) エミール・クストリッツァ:監督 「ライフ・イズ・ミラクル」(2004)  エミール・クストリッツァ:監督を含むブックマーク

 背景にあるのはボスニア・ヘルツェゴビナ紛争なのだろうけれども、あの紛争で伝えられた悲惨さはこの作品にはない。そのことで外から「現実はもっと苛酷だったはず」というのはたやすいだろうけれども、ぎゃくにそんな状況のなかでも「生き延びる」ということのすばらしさをこそ、というメッセージを感じた。この映画自体がめちゃエネルギッシュであり、そういった演出をふくめた、トータルな「生」への讃歌のようなものをよみとれる気がした。いい。すごく好きである。

 いつものこの監督の作品らしく、動物たちがいっぱい登場する。パンをかじるネコも、そのネコと仲がわるそうな犬、そしてガチョウや熊。なによりも、失恋して自殺したがって線路の上にたたずむロバがすばらしい好演。「バルタザール」のロバよりもいいくらいだとおもった。

 「ツィゴイネルワイゼン」ではないけれども、トンネルが「生と死」との境界として(紛争の境界でもあるようだけれども)シンボリックな描かれ方をする。「アリゾナ・ドリーム」いらいのファンタジックな、ベッドが空を飛ぶというシーンもある。クストリッツァ監督の作品を観るのはひさしぶりだったけれど、やはりわたしは好きである。


 

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■ 2013-03-14(Thu)

 きょうはしごとのメンバーがわるい。まずは倉庫へいく人員がふたりしかいないから、作業がおくれるのは目にみえている。そのパートナーとの相性がよければなんでも乗り切ってやろうという気にもなるのだけれども、きょうはそうではない。一ヶ月ほどまえにもこういうことがあったけれども、しごとがおくれればまずはこのわたしにたいして「なにやってるんだ」という声がとどいてくる。できてあたりまえの世界。はたしてそういう状況でほかの現場の人たちのやおもてに立つのが得策なのか。ここは「からだのぐあいがわるい」ということにして欠勤したほうが、わたしの立場にはぜったい有利になる。つまり、わたしが出勤しようがすまいがかならずしごとはクラッシュする。そこにわたしがいれば作業のつぎの段階に待機する人たちは「おまえのせいではないのか」ということになる。しかし、そこにわたしがいなければ、「あいつがいないとこんなことになってしまう」という声にはなりうる。というか、わたしのかんがえではその可能性がたかい。つまりきょうはわたしは出勤しない方が得をするというみこみがたつのである。苦労していくばくかの賃金をかせいでその結果じぶんのひょうばんをおとすより、ちょっとはたらかないでしまって損をするなとおもっても、「あいつがいないと」という評判をつくった方がいいとおもう。これはいやらしいかんがえかただろうか? 正直に勤勉にやってもしょうがないこともあるのだよ。とにかくは休むことにした。結果はあした以降にみえてくることだろうとおもう。

 あさ起きて、就労じかんになるころに職場に電話して「すいません、‥‥そういうことで、休みます」とつたえて、「ふふっ」なんておもって、またベッドにもぐりこんで寝る。きょうは「悪人」でいよう。
 外があかるくなったころに目がさめて、窓の外をみたら雨がふっていた。こんな日に出勤しなくってよかった、なんておもったりする。せっかくのとつぜんの休日なんだから有意義にすごそうかとおもうけれども、ふらふらと外に出歩いたりすると、職場がちかいのでふいに職場のだれかに会ってしまうこともある。「あれ、どうしたの」なんてことになるとぶちこわしなので、あんまり出歩かないようにしようと。

f:id:crosstalk:20130315203515j:image:right ヴィデオでもみることにして、ヒッチコックとアカデミー賞をテーマにしたドキュメンタリーをみて、そのあとはきょねんの三月十一日のシンディ・ローパーの来日公演をみる。昼食はインスタントラーメンをつくり、ウォッカをのんで、またヴィデオでクストリッツァ監督の「ライフ・イズ・ミラクル」という作品をみはじめる。ウォッカとクストリッツァは似合っているようにおもってウォッカをのみすぎ、眠くなってしまってヴィデオをみるのをやめてベッドで寝る。とても悪人のいちにちではない。

 目がさめるともちろん外はくらくなっているのだけれども、なにか夢をみていた記憶があって、その断片が視覚のどこかにまだのこっている感じ。そのわずかな断片をたよりにして、なんとかその夢をおもいだそうとした。のこっている記憶というのが、なにかのオブジェにたいして引かれたラインの、それがしめす角度でしかない。こんな記憶ではとてもその夢をおもいだせるものではないとあきらめてまた寝ようとすると、その「角度」というものが視覚化されて、突風のようにその夢の全体があたまを吹きすぎていく。やはりどうやってもこの夢はとりもどさなくてはいけないとおもった。いろいろなアプローチをやってみて、ひょっとしたことからその断片がよみがえってきたときにはうれしかった。

 ‥‥わたしはある男と、長家のようなスペースで同居しようとしている。六畳のたたみ部屋がふたつあり、障子で仕切られている。それぞれの部屋に縁側があり、わたしが占拠するスペースの方がその縁側の外の庭のようなスペースが広い。そのことが不公平だというか、彼にわるいなあとおもっているわたし。‥‥どうやら、このあいだ再会したGと同居していたころの思い出が夢になったような気配もある。しかし、夢で同居している男はGではなかった。わたしは潜在的には同性愛者なのかしらんとおもった。


 

[]ノンフィクションW「アカデミー賞に嫌われた男 〜ヒッチコックはなぜ獲れなかったのか〜」(WOWOW) ノンフィクションW「アカデミー賞に嫌われた男 〜ヒッチコックはなぜ獲れなかったのか〜」(WOWOW) を含むブックマーク

 ヒッチコックはついにアカデミー監督賞を受賞しないままだったという導入部とは裏腹に、ほとんどの内容は製作のデヴィッド・セルズニックとのかんけいを描いたもの。セルズニックについてはあまりしらなかったので、彼の映画製作への姿勢というものをあらためてしり、また興味をもった。ヒッチコックがアカデミーの監督賞をとれなかったことはラストになってちゃっちゃっとかたられるけど、とくにセルズニックのせいというわけでもない。

 どうやらこのドキュメントの製作はWOWOWがやっているのか、エンド・クレジットは日本製。それがソール・バス風というか、ヒッチコック作品でのクレジットをおもわせるもので、たのしませてもらった。


 

[]「シンディ・ローパー ジャパン・ツアー 2012」(WOWOW) 「シンディ・ローパー ジャパン・ツアー 2012」(WOWOW)を含むブックマーク

 シンディ・ローパーのことはせっきょくてきに聴いたりするわけではないけれども、好きである。いちおう彼女のベスト盤はもっていたりもする。そのシンディ・ローパーがきょねんの3月11日に東京でおこなったライヴ。コンサートの模様は各地の映画館に同時中継され、震災被災地では無料で公開されたらしい。‥‥よくしられているように、彼女は東日本の震災の直後の来日コンサートのスケジュールをキャンセルせず、さらにコンサート会場で被災地への募金もよびかけてもいる。あのときにはリチャード・トンプソンなどおおくのアーティストが来日公演を中止していたし、シンディがいくら日本びいきとはいえ、たんじゅんに「えらいなあ」とおもったものである。そんな彼女が、ちょうど震災から一周年の日に日本でライヴをおこなった。

 バックバンドはほぼ最小限のメンバーというか、そのなかでブルース・ハープのプレイが印象にのこった。このあたりは2011年のアルバム「Memphis Blues」あたりからのメンバーなんだろうか。
 ライヴがはじまってすぐに観客席にとびこんで唄う。日本の古いポップス「忘れないわ」を唄う。やっぱりたのしいいライヴ。わたしが聴き惚れたのは、彼女が手もとにおいたダルシマーを弾きながら唄う「All Through The Night」と「Time After Time」、だった。やはりCyndi Lauper はいい。


 

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■ 2013-03-13(Wed)

 このところ風のつよい日がつづく。きょうもTVで強風のせいで電車がとまっているといっている。午後から外にでると、目にみえる地平線から上のあたりがぐるりと褐色にそまっている。あんなに高いところまで土ぼこりが空に舞っているんだろう。歩いていてもいろんなものが風にとばされているのがみえる。紙袋、スーパーのレジ袋なんかが多い。

f:id:crosstalk:20130315125727j:image:left ニェネントはパソコンの裏のところでものすごく無防備なかっこうで寝ている。おなかを上にして四肢をひろげ、つまりはおなかをまるだしで寝ている。天敵のいる野外で生きているんなら、とてもこんなかっこうで寝たりしていられないだろう。ずっと部屋飼いされている身分だからおそわれる心配もなく、安心して無防備な生き方をえらんでいる。写真を撮ってやろうとおもって写真のじゃまになる周囲の障害物をどけていたら、目をさまして逃げていってしまった。ニェネントにとってゆいいつ危険な存在とは、つまりはわたしなんだろう。

 「2666」をよみついでいるのだけれども、なかなかよみすすまない。読書のペースがおちているとおもう。きょねんはピンチョンの「逆光」上下巻を二週間で読了したこともあるというのに、「2666」はようやく1/4ぐらいよみおえたところ。たしかにこの本も大書だけれども、ちょっとよむペースがおそすぎるとおもう。

 夕食はまたのこっていたごはんを炒めて、オムライスみたいにしてすませた。ごはんの量はすくなくっても、野菜だとかウィンナーだとかいろいろまぜこんで炒めると、けっこうなヴォリュームになる。満腹。

 

[]「ロード・オブ・ザ・リング/王の帰還」(2003) ピーター・ジャクソン:監督 「ロード・オブ・ザ・リング/王の帰還」(2003)  ピーター・ジャクソン:監督 を含むブックマーク

 第二部まででけっこうおおきなヤマ場もあり、あとで「やっぱりクライマックスは第二部での戦闘かなあ」ということになるのかとおもっていたら、ここでそれをこえるようなきょうれつなたたかいがまっていた。しかもここにきて、ホビット族のサム、ピピン、そしてメリーのすばらしい勇気がしめされる(めだたないけれども、もちろんフロドも)。

 平和な世界を現出させるため、それでもこれだけのたたかいとかずおおくの犠牲をださなければならないというのはやはりかなしい。敵をたおすことのみが「英雄的行為」なのではないというメッセージはあるのだけれども。


 

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■ 2013-03-12(Tue)

f:id:crosstalk:20130314081428j:image:right このところずいぶんとあたたかくなってきて、ニェネントもひるまは窓ぎわでひなたぼっこすることがおおくなった。まえはベッドの上でねてばかりいたものだけれども、わたしだってこのごろは窓からのひざしがあたたかく感じる。わたしも窓のそばで横になってひるねをしてみようかな。

 嶋本昭三さんの「お別れ会」にはいかないことにしたので、関西にいったつもりでと月蝕歌劇団の「聖ミカエラ学園漂流記」を観にいくことにして、電話予約した。よくある音声ガイドにしたがって番号をうちこんでいくやり方ではなく、ちゃんと受付の方が電話口にでて予約をうけてくれた。こういうシステムはもうめずらしいけれど、ナマの人の声をきいたせいか、なんだか気もちがあたたかくなった。

 きょうはまえに録画してあった野田秀樹の舞台をみて、そのあとに「2666」をよむ。なかなかはかどらない。きょうよんでいたところで、登場人物がデュシャンの「レディメイド」をまねて、本を拡げて物干しのロープに洗濯ばさみでぶらさげるという描写があった。あまりふかくかんがえないで「わたしもやってみよう」とおもって、本棚でてきとうな本をさがした。ガストン・バシュラールの本があったので「これがいいや」とベランダの物干しにぶらさげた。洗濯ばさみでは保持できっこないから、針金でふたつの輪をつくって開いた本をつっこんでぶらさげた。「空間の詩学」という本だった。なにもない空間にぶらさげるにはお似合いの本だろうか。
 ついでにCDもぶらさげようという気になり、「Irish Folk」のオムニバスアルバムを吊るした。CDをぶらさげるというのは鳥よけの目的でやる人がいるなあとおもった。

 ベッドで「2666」をつづけてよんでいると、そのCDが風にゆらいで日の光を部屋のなかに反射するのに気づいた。壁やふすまにCDからのまるい光の反射がきらめいて、あっちこっちにゆれている。


 

[]NODA・MAP 第17回公演「エッグ」椎名林檎:音楽 野田秀樹:作・演出 NODA・MAP 第17回公演「エッグ」椎名林檎:音楽 野田秀樹:作・演出を含むブックマーク

 はじまってからしばらく、「これって唐十郎の戯曲っぽいな」なんておもっていた。妻夫木聡と仲村トオルが根津甚八と小林薫で(どっちがどっちかわからないけれども)、深津絵里がもちろん李礼仙。橋爪功は大久保鷹とかいうあたりで、野田秀樹も役者として登場してまさにいかにも唐十郎。しかもというかところがというか、舞台は寺山修司の幻の遺稿「エッグ」なる作品をめぐって展開する。

 まずは、舞台が広すぎるとおもった。中継カメラの位置のせいもあるだろうけれども、前半のロッカーをあれこれと移動させてのうごきがせせこましくみえてしまう。舞台装置としての意図はわかるけれども、この装置ならもっともっと小規模の舞台でないと効果は半減するとおもった。深津絵里の歌唱シーンも寂しかった気がする。

 それで、後半は舞台は満州へとうつる。いよいよ唐十郎っぽいなとおもって、みていながら本棚にあるはずの唐十郎の文庫本「少女と右翼」や「少女都市」をさがしたりした。物語は1940年の開催されなかった東京オリンピックから満州での731部隊の細菌兵器開発へとながれていく。そう、仲村トオルの演じた役のモデルは円谷幸吉だったりもするし、妻夫木聡の役名はアベベを想起させる「アベ」だったりもする。ああ、戦争やナショナリズムのもんだい、ナショナリズムとむすびついたスポーツのもんだいなどをいっているのだなあということはだれでもわかるだろう。しかし、舞台はそういうメッセージをふくんでいるだけのことで、いっこうにおもしろくないのである。‥‥いつまでも唐十郎と比較しつづけてもしかたないのだけれども、唐十郎の戯曲に感じられた終盤のめくるめく陶酔感(というのはほめすぎ?)、物語の飛翔、昇華というものがいつまでもやってこないし、ラストにはじっさいには深津絵里の居場所などどこにもなくなってしまう(この脚本のいちばんへたなところ)。それでも舞台にいるけどね。

 ラストに「望遠鏡をさかさにもって、遠くに遠くに逃げましょう!」というセリフがあるけれども、せめて、そのさかさからみた望遠鏡からみえるものを描いてほしかった。妻夫木聡は「満州にはあまりにたくさんの絶望があったから満州の夕陽はあんなに紅い」という(かなりチンケな)決めゼリフみたいなのを二回も口にするけれども、その、「あまりにたくさんの絶望」というものがちっともみえない舞台だった。

 ‥‥どうしても唐十郎の戯曲とばかり比較してしまったけれど、寺山修司をたくさんみてこられた方だったら、「なんでこれが寺山修司???」と怒られたのではないかと想像する。

 とにかく、また唐十郎の舞台(紅テント)をみたくなるような、ただそういう作品だったとおもう。書くのを忘れていたけれども、この舞台での振付は黒田育世さん、映像は奥秀太郎さんだった。


 

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■ 2013-03-11(Mon)

f:id:crosstalk:20130312111122j:image:left あさからニェネントが部屋のなかで運動会をやっている。リヴィングをかけぬけて障害物をひらりととびこえ、キッチンから和室にかけこんでくる。またリヴィングの方へスタートし、キッチンをぬけてこんどは玄関の電話台のうえにジャンプする。電話機にちょっかいをだし、まただれかに電話しようとして受話器をはずしてしまう。いったいだれに? ‥‥受話器をはずしてしまうのがいけないことだというのはわかっているのか、受話器をもどそうとわたしがちかづいていくと人のかおをみてさっとにげていく。しかし、わたしが外出して部屋をあけ、もどってきたときに受話器がはずれていたことはこれまでいちどもないから、電話機であそぶのはわたしがいるときだけなんだろう。電話機にいたずらすることでわたしの反応をみて、わたしをからかってあそんでいるのかもしれない。

 三月になって生活がみだれているせいもあって、食事の量がへっている。あさはトースト二枚たべていたのが一枚になり、昼食はもともといつも軽くすませていたのでかわらないけれども、夕食もごはんの量がへった。まえは二合いじょう炊いても二食でたべてしまったけれども、このところは二合炊いて三食分になる。医者にもウェイトコントロールの指示をうけていることだし、食事量をへらしても空腹をかんじなければそれでいいということなんだろう。すこしウェストのきついボトムスもあるので、あれが楽にはけるようになればいい(ゆるいボトムスもあるけれども)。

 きのうGがいまでもがんがん制作にはげんでいるらしいのをみて、「わたしもやらんといけんなあ」などとおもったし、その準備もあたまのなかでかんがえていてすこしづつまとまりつつもあるし、そのための用具もちょっとだけ買ってあるのだけれども、まだ開始するまでにならない。とにかくははじめてしまうのがいいんだろうけれども。

 きょうは午前中からヴィデオを二本みて、昼食のあとは買ってあるスミノフのウォッカを飲んで、ベッドで「2666」のつづきをよんだ。本をよむにはベッドのなかがいちばんなんだけれども、そのまま寝てしまうのがいけない。きょうもあんのじょう眠くなってそのまま寝てしまった。
 ‥‥目がさめるともう外はくらくなりかけていた。こういうくせをつけてしまうとよくないとおもう。冷蔵してあった残りごはんでピラフというかチャーハンというかをつくってたべ、パソコンのゲームをやりながら土曜日にエアチェックしてあったFM放送をきく。Richard Thompson の新譜「Electric」から何曲かやっていて、これがとってもよかった。もうかつてのトラッド色などほとんどなくなってしまったようだけれども、彼の新譜としてはものすごくひさしぶりにうっとりしながら聴いてしまった。国内盤CDもリリースされるらしい。買おうかな。いや、きっと買おう。


 

[]「殺し」(1962) ベルナルド・ベルトルッチ:監督 「殺し」(1962)  ベルナルド・ベルトルッチ:監督を含むブックマーク

 ベルトルッチ監督の21歳監督デビュー作で、原案はパゾリーニ。公園で殺された娼婦を捜査する警察によって、その日に公園あたりをうろついていたあれこれの人物が取り調べをうけ、彼らのその日の行動がそれぞれ描かれるという構成。黒澤明っぽいな、などとおもいながらみていたけれど、さすが監督デビュー作というか、冒頭からしばらくは奇々怪々な演出がつづく。21歳なんだなあ、と。

 それでも、若者たちがいったいどうやって、どういうことで道をふみはずしていくのか、そのあたりの行き場のない彼らの生態のようなものが、どこまでもなまなましく描かれているように感じた。映画的修辞への慣れから描いていないだけに、よけいになまなましさを感じた。


 

[]「野性の少年」(1970) フランソワ・トリュフォー:監督 「野性の少年」(1970)  フランソワ・トリュフォー:監督を含むブックマーク

 「アヴェロンの野生児」のはなし。この原作になった本はうちのどこかにあるはずで、この映画をみてからよんでみようとおもっていた。いまどこにあるのかわからなくなってしまった。

 トリュフォー自身にこの映画のヴィクトールのように(もちろんそのレベルはちがうけれども)まともな教育をうけないで成長したという経歴があったようで、監督としてヴィクトールへの思い入れもつよかったらしい。ヴィクトールという存在への、その「可能性」を信じようとする視点に感銘をうけ、みていてなんども涙した。わたし自身もまた、まったく常識から逸脱した両親からまるで非常識な育て方をされたわけで、この作品でのイタール博士(トリュフォー自身が演じている)とその家政婦のゲラン夫人(フランソワーズ・セニエという女優さん、すばらしい!)とがヴィクトールにそそぐ愛情がまばゆく感ぜられた。モノクロームの映像もすばらしいとおもったら、撮影はネストール・アルメンドロスだった。

 この映画では描かれないけれども、イタール博士はけっきょくヴィクトールの教育に限界をかんじて彼の養育をやめ、そののちはゲラン夫人がヴィクトールをひきとって、ヴィクトールの死までいっしょに暮らしたらしい。ヴィクトールがその死までに、なんらかの「幸福感」を、意識できていればいいとおもった。トリュフォーの作品ではぜったいにこれがいちばん好きで、まだみていないほかのトリュフォーの作品をこれ以降みても、その気もちが変わることはないだろう。


 

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■ 2013-03-10(Sun) このエントリーを含むブックマーク

 午後から電車に乗って、Gの住まいの田無までいく。これがいきも帰りもたいへんなことになってしまった。まずは往路だけれども、ターミナル駅から東京ほうめんいきの電車に乗りかえて、これが駅を三つぐらいきたところで「強風のため」ということでストップしてしまった。たしかに家を出るときに風がつよい気はしたけれども、そこまでの風だっただろうか。JRはいぜん青森の方で突風で列車が転覆して死傷者がでていらい、このあたりに神経質になっている気がする。とくに河川にかかる鉄橋をわたるときがあぶないとかいうので、うちからのローカル線もときどき「風のため」にストップすることがある。きょうのばあいは車内放送では北関東のひろい地域で電車の運行をストップしているという。まいったなあとおもいながら、持参していた「2666」をよむ。しばらくして車両がぐらぐらと揺れ、地震なのかとおもってしまったけれども、どうやらこれは風のせいだったみたい。やはり外ではすごい風が吹いているようである。

 こういうときによむ本とかないとほんとうにじかんをもてあましてしまうんだろうけれども、きょうはよみごたえのある本をもっていたのでよかった。Gに「いつつけるかわからない」と電話して、あとは本をよむ。‥‥ようやく電車がうごきだしたのは四時をすぎてからのことで、ターミナル駅でこの電車に乗りかえたのは一時半ぐらいのことだったから、三時間ちかくうごかなかったことになる。そのわりには読書ははかどっていなかったけれども。

 高田馬場で西部新宿線に乗りかえて、Gに電話してむかえにきてもらう。田無の駅についたときにはもう空はうすぐらくなってしまっていた。改札の外にいたGのことはすぐにわかった。彼もわたしのことがすぐわかったようす。何年ぶりになるだろうか。八年かなあ。そのぐらいは会っていない。Gはむかしはこの田無の駅の南側にあった、ほんらいは店舗用のスペースに住んでいて、わたしはしょっちゅう彼の家に遊びにいっていたし、そのクライマックスでわたしが足立で不法占拠(スクワッティング)していた住まいから追いだされたときに、Gの家にころがりこんだことがある。彼のような友人がいなかったら、あのときのわたしはどうしようもなかった。‥‥そうやって彼の住まいに半月ほど居候して、そのあとに谷中に転居したわけだった。そのあとがこの茨城になる。

 Gは元気そうだったけれども、アルコールはドクター・ストップがかかっているという。肝臓。まあわたしと遊んでいたころのGだったらそれもむりもない。わたしもめちゃ飲んだ。いつだったかGのところで三日ほどすごしたあいだ、わたしたちは寝ているときいがいはずっと、ただひたすら飲みつづけていた。夜は新宿とかに飲みにいってあかるくなるまで(電車がうごきだすまで)飲み、田無にもどって寝る。目がさめたら部屋でまた飲んで、中華屋だとか寿司屋におそい昼食をとりにいってまたついでに飲む。帰りに酒を買ってまた部屋で飲む。そのうちに暗くなってきて、また新宿だとかにいって飲む。で、わたしとGとが親密になかよく飲んでいるのかというとそういうわけでもなく、たいてい飲みながら口論ばかりしていた。いっしょに飲んでわれわれの口論を目撃した人は、「ありゃあ夫婦ゲンカだね」といっていたけれども。

 いまはそのおなじ田無の北側に転居しているGの住まいにむかう。酒屋でわたし用の酒を買ってからいく。Gはノンアルコールのビールもどきを飲む。かわいそうに。Gは絵描きである。むかしはわたしも美術の世界のにんげんだった。そういうところでわたしたちは故・嶋本昭三さんとつながりがあったわけだけれども、このはなしはあまりに長くなるのでいまはやめておく。とにかくこんどの「お別れ会」、わたしのかんがえでまとめてみれば、関西に本部をおく組織に関東支部があったのだけれども、その関東支部の人物が関西に叛旗をひるがえし、つまりは本部と絶縁したと。わたしたちも関東でやっていたわけだから、そこでしぜんと関西本部との縁もきれたわけだ。そういういきさつから関西では関東のことはまるでわすれられているはずだし、ここでのこのことあちらに出ていって歓迎されるものでもないだろう。‥‥夜行バスというのもキツいだろうし、やはり「お別れ会」への参加はパスすることにした。

 いまもずっと、Gは作品をつくりつづけていた。近作をみせてもらったわけではないけれども、例の調子の作品の路線をけいぞくされているようだった。そういうところでは啓発された。‥‥わたしはなにをやっているのか。
 あしたはしごとも非番なので、このままGのうちに泊まってしまってもいいのだけれども、やはりきょうは帰ることにした。道がわからないのでまた駅までおくってもらい、「また会おうね」と握手をしてGとわかれた。そのうちにまたゆっくりとあそびにいこう。

 さて、帰宅するにはよゆうのあるじかんで帰路についたつもりだったのだけれども、いつも乗るその電車がホームの掲示板に掲示されない。なんとまたあっちの方の線はストップしているらしい。こんどは「人身事故」とかいうこと。とにかくは赤羽までいって駅員にきくと、とりあえず大宮までいった方がいいらしい。ここで田無にとってかえしてG宅におせわになってもよかったし、その方がよほどたのしいことだろうけれど、がんばって帰ってみようということで。大宮駅に着くとすぐに、不通だったラインも復旧したようでちょうどうごきはじめたところだった。ラッキーだったとおもって電車にとび乗る。このままいけばローカル線の最終電車のじかんには十分ほどは遅れるけれど、こういうときなんだからローカル線の方も運行を遅らせてこの電車の到着をまって出発するのではないかと期待する。いままでもこういうかたちで終電の出発が遅れたケースにはなんどか遭遇しているし。

 ‥‥ところが、ターミナル駅に到着してみると、すでにローカル線のホームに電車のかげはみえなかった。‥‥ショック、だった。この駅のそばには宿泊施設はあるけれどもそんなに安いわけでもなく、タクシーで帰るのとあんましかわらないだろう(わたしのかんがえでは八千円ぐらいかかるんじゃないかな)。とにかくは改札口に直行し、ひょっとしたら鉄道会社がタクシーを手配するんじゃないかときいてみる。改札口にはわたしとおなじようにローカル線に乗りそこねた人たちがあつまってきた。どうやらタクシーを手配してくれるらしい。駅員とのやりとりをきいていると、わたしの駅までいきたい人は八人ほどはいらっしゃるようだった。

 なかなか事態は進展せず、ようやく駅員の案内でわたしたちがタクシー乗り場にむかったころには十二時をすぎていた。きょうはいちにち、駅員さんたちもたいへんだったことだろう、などとふだんはおもったりもしないことをおもう。いっしょのタクシーに乗る人がその駅員に、「おつかれさま」とねぎらいのことばをかけた。わたしはタクシーのなかで「ローカル線がもうちょっと待っていてくれればいいだけのはなしなのに」と、ほかの方にぐちをいう。自宅駅についたとき、タクシーのメーターは七千円でおつりがくるぐらいの数字をだしていた。‥‥さんざんないちにちだった。Gのところでもなにも食べなかったし、帰宅してなにかつくるのも「じょうだんじゃない」というところだったので、コンビニに寄っておべんとうを買ってから帰宅した。ニェネントに「ただいま」をいってからべんとうを食べていると、ニェネントがよってきてちょっかいをだしてくるのだった。きょうはそういうニェネントがかわいい、とおもった。


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■ 2013-03-09(Sat)

 あしたはまた東京にでてひさびさにG氏にあうつもりにしていて、しごとも休んでしまうことにした。嶋本さんの「お別れ会」に出席するかどうか、まだわからない。むこうへいってもそれほどに知っている方がいらっしゃるわけでもない。ただ、ふたりほどの方にはおあいしたいという気もちはある。そのあたりのことはGとあって、彼とはなしをしてから決めようか。

 きょうもだらだらとすごした。ドラッグストアでスミノフのウォッカを買った。グレープフルーツジュースをいっしょに買い、割って飲んでいる。さすがにスミノフはこのあいだのウィルキンソンにくらべてはるかにまろやかな味で、正規のメーカー酒と密造酒ぐらいの差異があるようにおもう。これなら胃がおかしくなったりはしないとおもう。

 CD棚をながめていて、Steve Ashley の「Stroll On Revisited」なんていうのがあったので取り出してきて聴いた。すっかりもっているのも忘れていたCDで、いぜんもっているCDを大量に処分したとき、このCDはジャケットの表紙がやぶけているので処分しなかったのだった。
 むかしむかし、このオリジナルのヴィニール盤ももっていて愛聴したものだったけれども、このCDはボーナストラックを追加して1999年にリリースされたもの。Steve Ashley はつまりはイギリスのシンガー・ソングライターなわけで、げんざいもまだ活動されているみたい。じっさいのところ彼のその後の活動を追いかけたこともないけれど、ただこの「Stroll On」はセッションに参加したミュージシャンが豪華だし、そんなあれこれのゲスト陣参加曲のなかでも一曲だけ、Albion Country Band 名義での長大なバラッド曲「Lord Bateman」が収録されていて、やっぱこの曲に興奮する。この曲でのAlbion Country Band のメンツは以下のとおり。

Steve Ashley : vocal
Sue Draheim : fiddle
Ashley Hutchings : bass guitar
Dave Mattacks : drums, harmonium
Simon Nicol : lead guitar
Royston Wood : tambourine

 この曲は約九分の長篇。エレクトリック・トラッドで唄われたバラッドとしてはFairport Convention の名曲「Matty Groves」との双へきだろうし、これにPentangle の「Bruton Town」だとか、Shirley Collins とのAlbion Country Band の「Murder of Maria Marten」あたりが、イギリスでのフォーク・リヴァイヴァルでのバラッドの新解釈の成果なんじゃないかとおもう。
 やはりこの曲ではまずは、Albion Country Band のメンバーとしてはほとんどこの曲でしか聴けないSue Draheim のフィドルが印象的というか、その力強さ、荒々しさがすばらしいし、Simon Nicol のギターもまたいい味をだしているとおもう。
 そもそもがこの「Lord Bateman」という曲、その内容がおもしろくって、「なんかめちゃくちゃだよなあ」とわらってしまうところがある。しかしまあ、こういうところにこそトラディショナル・バラッドの魅力があるのもたしかだろう。そう、この曲はChild Ballad にも収録されていて、タイトルも異なるいろいろなヴァリアントが存在するらしい。バラッドだからつまりは「物語唄」なんだけれども、こういう唄である。

 ノーサンバーランドの領主である主人公のベイトマン卿は船で西へと航海に出るが、トルコだかどこかの領主に捕らえられ、牢に長く幽閉される。そのトルコの領主にはひとりの娘がいて、彼女は牢のベイトマン卿に「あなたは金持ちなのか、広い領地をもっているのか、城をもっているのか」ときく。ベイトマンは「もちろんすべてもっている。わたしを自由にしてくれたらそのすべてをあなたに捧げよう」と誓う。娘は父に酒を飲ませて酔わせ、そのあいだに牢からベイトマンを逃がしてやった。
 ベイトマン卿は国にかえり、七年の歳月が流れた。ベイトマン卿の城にひとりのめっちゃうつくしい女性がやってきて、城の召使に「ここはベイトマン卿の城か?」とたずねた。召使は「そうです。ベイトマン卿はいまちょうど、あたらしい妃と結婚されるところです」と答える。女性は召使に「すぐにわたしが来たことをベイトマン卿に伝えよ」と。召使はすぐに、ベイトマン卿の部屋ヘとってかえし、彼のまえにひざまづいて報告する。‥‥ここからの召使のことばがおもしろい。「主よ、わたしはあなたの召使として三十と三年のつきひを仕えてまいりましたが、いままでにあれほどの女性を目にしたことはありません。彼女のすべての手の指には指輪がきらめいていて、三つの指輪をはめている指もあります。あの指輪でこのノーサンバーランドの半分を買うこともできましょう」と。
 これをきいたベイトマン卿は気を高ぶらせ、じぶんの剣を抜いてこれを三つに叩き割った。「わたしを救ったあの方が海を渡ってきたのなら、わたしは父から引き継いだ財産の半分をささげなければならない」。ベイトマン卿は十五段ある階段を三跳びで駈け降り、七年前に彼を自由にしてくれた女性を、しかと自分の腕で抱くのであった。

 これは歌詞カードからわたしがいいかげんに訳したものだからあてにならないけれど、やっぱ、すべての指に指輪をはめた女性というのはすっごいなあとおもう(なんなんだよ)。このAlbion Country Band のプレイがまたパッションにあふれたものというか、聴くものにそういう大仰さを納得させるものだとおもう。なんだか長々と書いてしまったけれども、わたしはAlbion Country Band のプレイとしては、そのすべてのなかでこの曲がいちばんだとおもう。聴いているわたしのなかにもすこし活力がでてきたみたい。

f:id:crosstalk:20130310092320j:image:right きょうはひさびさにヴィデオも二本観た。ニェネントはわたしがちっともかまってやらないので、パソコンの上から窓の外ばかりをみている。


 

[]「関東無宿」(1963) 鈴木清順:監督 「関東無宿」(1963)  鈴木清順:監督を含むブックマーク

 原作は平林たい子ということなんだけれども、この脚色はとてもうすっぺらいというか、けっこうたいていのだいじなものをすっぽかしているんじゃないかという印象はうける。そもそものタイトルの「関東無宿」からして、いったいどこが「無宿」なんよ、ということにはなる(原作は「地底の歌」というタイトルらしいけれど、どうしてそれが「関東無宿」になってしまったんだろう?)。せっかく松原智恵子と小林旭の共演なのにあんまりふたりの絡みもないし。

 しかしそこは鈴木清順。おもしろいっていえばこれはやはりぶっとんだおもしろさがあることはある。なによこのオープニングの三人の女子高生の会話の演出。ほとんどカット割りというもので遊びまくっているような。それでやはりクライマックスの賭場での乱闘シーンでの、障子がばっさりたおれると背景が真っ赤っ赤という名場面になるわけだけれども、これはたしかのちの高橋英樹主演の鈴木清順映画で、もっともっとみごとな展開をみせてくれたんじゃないかしらん。ちょっと過度期的な作品という印象。

 わたしが中学のころに、小林旭と松原智恵子の共演したすっごくおもしろい映画をスクリーンでみた記憶があって、しらべてみたらそれは「俺にさわると危ないぜ」という1966年の長谷部安春監督作品だったらしい。そっちが観たくなってしまった。


 

[]「メタルヘッド」(2010) スペンサー・サッサー:監督 「メタルヘッド」(2010)  スペンサー・サッサー:監督を含むブックマーク

 原題は「HESHER」で、これはジョセフ・ゴードン=レーヴィットの演じる主人公の名まえ。けっこうさいしょの方でジョセフ・ゴードン=レーヴィットがブリーフいっちょうになるあたりで、こりゃあキリストのメタファーだろうとおもうわけになる。これはエンディングのクレジットでもガイコツあいての「最後の晩餐」のイラストもでてきたからかなり意識的。そうすると、この結末はあまりにちっちゃい。まあこのちっちゃさこそが現代の「奇蹟」なんだろう。しかし、これってなんだか「卒業」みたいだとおもったけど、「卒業」での結婚式がここでは葬式にシフトしたということ。

 ジョセフ・ゴードン=レーヴィットは、好きである。ナタリー・ポートマンがプロデュースにからんでいるというのもよくわかる気がする。


 

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■ 2013-03-08(Fri) このエントリーを含むブックマーク

 きょうはしごとは非番でやすみ。外で人にあったよくじつにはよく「うつ」になってしまうけれども、きょうもずっと「うつ」。これがいつもの常習癖なのか、こんかいの特殊事情なのか、まだよくわからない。つけているTVではきょうは四月下旬から五月上旬の陽気だといっているけれども、わたしは部屋でストーブをつけている。

 午後から図書館にリクエストして購入してもらった本を借りにいく。たしかに部屋の外はあたたかく、歩いていて汗ばむようなここちがする。こんかい購入してもらった本は三冊あって、それをいちどに借りることになってしまった。ネグリ/ハートの「コモンウェルス」の上下巻と、ロベルト・ボラーニョの「2666」。「2666」だけで900ページちかい大書だし、「コモンウェルス」もそうかんたんによみとばせるような本ではないだろう。きっと読みおわらないでいちど返却することになるかな。それとDVDで「ロード・オブ・ザ・リング」の最終巻を借りる。
 図書館の帰りに駅の北側に足をむけて、これからやろうとしていることの準備の買い物をした。お稲荷さんのそばを通ったら、そこの桜の木が一本だけ花咲きはじめていた。

 帰宅して「コモンウェルス」をちょっとよみはじめ、その書き出しから「マルチチュード」で気になったあいまい路線がもうちょっとクリアになって、よりアナーキズムに接近しているんだろうかという印象はうけた。期待していいのかもしれない。それでもついついひるねモードになってしまい、くらくなるまでねた。

 起きたあとのきぶんがまた「うつ」で、なにもする気がせず、夕食もトーストですませる。FMをききながらまたベッドにもぐりこみ、こんどは「2666」をよみはじめる。‥‥まさに「語り」として、どこまでもナラティヴに展開していくのだけれども、これが異様におもしろい。こういう「語り」で進行する小説って、さいきんなにかよんだなあとおもい、かんがえてみたらそれはミラン・クンデラの「不滅」だったかもしれない。「不滅」はわたしにはつまらない作品だったけれども、この「2666」はまるでちがう。それはきっと、物語の「層」ということなんじゃないかとおもう。けっこう夢中になってよんだけれど、まだ50ページぐらいまでしかすすまない。

 わたしがベッドのなかにいるのにニェネントがよってこないなあ、などとおもっていたんだけれども、本をよむのをやめてトイレにいき、まくらもとのライトを消してまたベッドにはいると、とたんにわたしのうえにかけあがってきた。どうやらまくらもとのライトがついているときにはベッドにこないようである。「読書のじゃましちゃわるい」とおもってくれているのか。


 

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■ 2013-03-07(Thu)

 胃のぐあいはよくなっていた。まるで不具合はかんじない。よかった。やはりウィルキンソンのウォッカが元凶だったか。ああいうのは「酒」とか「スピリッツ」とかいわないよな。「悪魔の水」というのがふさわしいというか。とにかく、外出もできそうなのでよかった。

 きょうはもういちど岩名さんの「うらぎりひめ」を観にいって、そのあとにヤボ用をすませちょっと飲んでから帰ってくる予定。

 東京へいく電車のなかで、らいしゅうおこなわれる嶋本昭三さんの「お別れの会」のことがおもいだされて気にかかり、やはりいくべきだろうかとかんがえる。新幹線をつかっていくとなると往復で三万円ぐらいはかかってしまうだろう。それはいまのわたしにはあまりに負担がおおきい。さいきん増えてきた格安航空券ならもっと安いだろうかとケータイで検索してみたけれども、まだまだ新幹線をつかうのとほとんどかわらないチケット代。夜行バスならばもうちょっと安いかとしらべてみたら、なんといまでは関西まで片道三千円ぐらいでいけるようになっているらしい。わたしの記憶にあるところでは以前はまだ一万円ちかくしていたようにおもうけれども、いつのまにか三分の一とかになってしまったのか。それは「デフレ」といわれるはずである。しかし、それならばしごとで二日ほどやすみをとってでかけても、なんとかやっていけそうではある。チケット代が八千円ということで「どうしよう」とおもっていた松本雄吉さん演出の「レミング」をみたつもりになって、それとやはり、ちょっと観たいとおもっていた月蝕歌劇団の「聖ミカエラ学園漂流記」の再演もまた観たつもりになれば、そのくらいの予算はねん出できるわけだなあ。どうしよう。迷う。

 そんなことかんがえているうちに渋谷までいってしまい(うちのあたりからは新宿で降りようが渋谷までいこうが同一運賃である)、渋谷から井の頭線でまた「明大前」へいく。「うらぎりひめ」を観る。会場にいらっしゃった岩名さんがわたしのことをおぼえていてくださって、ほんとうにうれしかった。まえにわたしの書いた「うらぎりひめ」の感想をパンフレットに掲載してくださったそうで、そのパンフレットをいただいた。開映まで、そのパンフレットに掲載されたわたしの文章をよんでみた。‥‥まずは、文章が下手だねえ。それでいいたりてないこともいっぱいあるけれども、でも、ちょっといいことも書いてあるぞ。なんていい気になる。

 もういちど観た映画の感想は下に書くけれど、終映後、岩名さんのおさそいをうけて、主演女優の大澤さんと三人でちょっとお茶をした。いったコーヒーショップの受付の女性のしゃべることばがわたしにはまったく聴き取れないで、「このひとフランス人だろうか」なんておもってしまったけれども、岩名さんもわからなかったと。フランス人なら岩名さんはわかるだろうから、とにかくはあの女性は日本人ではなかったんだろう。‥‥つぎの回の上映があるので一じかんほどのみじかいじかんだったけれど、「うらぎりひめ」の評判や、撮影秘話みたいなこともおききすることができた。とりあえずはこんかいの上映の目標達成にはあと一歩、というところまではお客さんも来られているらしい。映画館上映からは一歩ふみだしたインディペンデント映画の本格的上映形態としても、先駆になるといいとおもう。

 つまらない用事がなければつぎの「朱霊たち」をもういちど観たかったのだけれども、そのつまらない用事のために新宿にでて、あっというまに用事をすませ、このところひとりで東京にでてきたときの恒例として、また「G」まで足をはこぶ。もうすぐ小田急線が地下にもぐってしまう下北沢は、「イカ祭り」という垂幕がいっぱいだった。わたしはイカが好物だけれども、いったいどんな祭りなのか。

 きょうの「G」はオーナーのHさん、そしてIさんJさんという布陣。お客さんにKさんがいらっして、ちょうどきょうからKさんがやってらっしゃるちかくの「GG」という店の、これまでのチラシの展示もはじまったところ。「GG」では自主製作映画の上映もやっていらっしゃるそうだけれども、岩名さんの映画のようなものではなく、もっと「なにわ天閣」みたいなものが主流らしい。そう、Kさんになにわ天閣のことをご存知かきくのをわすれてしまった。
 あとからLさんなども来店し、LさんのDVD「We Are The World」なんていうのを皆でちらちらとみたりする。Iさんとはいつもネコのはなしをするのだけれども、かのじょもネコが卵黄が好きということはご存知ではなかった。いがいと知られていないことなんだろう。

 飲んでいてはなしていたIさんから、わたしにかつては上海へ移住する計画があったじゃない、なんてはなしをきりだされ、そういうことをすっかり忘れていたのでちょっとじぶんのことなのにおどろいた。ひるまに岩名さんからも、わたしがいま茨城に移住したことについて「たんじゅんな<世捨て人>でもないみたい」などということばもいただいていたし、そういうあれやこれやで、いろんなことをおもいだしてしまった。いぜんこの「G」にいたMさんは、わたしのような存在があることで「生きる勇気を得る」みたいなことものたまっていたらしい。わたしがそういうとんでもないことになるまえにも、仲間と飲んでいてわたしのことをはなしたとき「波乱万丈の生涯だねえ」なんていわれた記憶があるけれど、あのときなんかまだまだ序の口だったわけで、そのあとはいまじぶんでおもいだしてもそれいじょうに「とんでもないこと」をいっぱい通過してきたなあとおもう。じぶんのなかでは「そんなこともあったなあ」という淡々とした気もちだったりするし、きょうおもいだした「上海行き計画」みたいな、忘れかけてしまっていることもあれこれとある。バカなうえに人にいわれたことにしたがうのがきらいな人間だったところがあるから、こういうことになってしまうのもしょうがないか。まあいまおもいだせば、「がんばったところもあったねえ」というところかな。


 

[]「うらぎりひめ」岩名雅記:監督 「うらぎりひめ」岩名雅記:監督を含むブックマーク

 二度めの観賞。やはり、ちからづよくもうつくしい作品だったし、とくに冒頭でかたられる「つよさとしての孤独」というのは、ラストまでうらぎられないメッセージとしてこころにつよくひびいた。

 わたしも孤独を恐れるものではないつもりだけれども、「つよさ」ということでははなはだこころもとないものしかもっていない。いままで、こころならずも自分をうらぎったり、自暴自棄的に自分をうらぎってきたことはなんどもあるけれども、みずからをうらぎる意志をもって行動するということについても、かんがえてみよう。


 

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■ 2013-03-06(Wed)

 あさ起きたときから胃のぐあいがおかしく、いちにちじゅう胃の鈍痛がつづいた。きょうはようすをみるけれども、あしたにまでつづくようなら病院へいった方がいいようにおもう。原因をかんがえたのだけれども、このところまったく生活が不規則になってしまっているせいもあるだろう。それよりも、せんじつまとめ買いしたウィルキンソンのウォッカのせいなんじゃないかとおもった。そのウォッカのおかげでこのところふえていたアルコール摂取量がへったというか、酒代がずいぶん節約されるようになったのはたしかだけれども、どうもこのらんぼうなスピリッツは体内であばれまわるのが本領なのではないのか。とにかくきょうはウォッカを摂取するのはやめておいた。あしたはまたでかける予定もあるし、おとなしくしていよう。

 ずいぶんと気候はあたたかくなってきたようだけれども、ついくせで電気ストーブをつけてしまう。それでパソコンに向かっていると、わたしとストーブとのあいだにニェネントがわりこんできてすわりこみ、まるくなってうずくまる。ひるをすぎて外からのひざしが窓からあたたかくさしこむようになると、窓のそばのあたたかいスポットに移動してしまうけれども。


 

[]「ロード・オブ・ザ・リング/二つの塔」(2002) ピーター・ジャクソン:監督 「ロード・オブ・ザ・リング/二つの塔」(2002)  ピーター・ジャクソン:監督を含むブックマーク

 エクステンデッド・ヴァージョンというやつで、劇場公開されたものよりもさらに四十分以上長くなっていて、ぜんたいで四じかんにちかい尺。これにオーディオ・コメンタリーが三種類ぐらいついていて、ぜんぶ通して観ると十五じかんとかになる。‥‥いまはとてもそこまでつきあっていられないので、本編だけの観賞。おおきく三組のグループの移動が並行して描かれて(あとで描かれる対象はもっと増えるけれども)、それぞれが目的地への旅をするもの、拉致されての移動とそこからの脱出をはかるもの、そして追跡するものたちと。それぞれに不安感、ユーモア感覚、そしてスピーディーな演出などと差異をつけての演出が長い尺をかんじさせず、終盤にはおおきな戦いの描写になる。ぜんたいに3D映画っぽい奥行きのある(画面からとびだしてくるような)絵がおおく、いまだったらぜったいに3D映画として撮っていたことだろうとおもう。

 おおくの存在が手にしたいと追い求める「指輪」をだれかがわがものにするという物語ではなく、そういう「権力」の象徴のようなものを「廃棄」するという展開こそが、このファンタジーの「ちから」ではあるとおもう。ロケ地の風景の広大さを空撮を多用した演出がひきたてていて、そういう「映画」の魅力をつくりだしているだろう。やはりおおきなスクリーンで観たかった作品だった。


 

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■ 2013-03-05(Tue)

 ずっと、生活リズムが乱れっぱなしである。食事もありあわせのものですませてばかりだし、午後になると昼寝をして目がさめると外はもう暗くなっている。それから夕食もとらずにまた寝てしまったり、ぎゃくにいつまでも起きていたりする。ヴィデオとかもぜんぜんみなくなった。

 ‥‥ことしはもっと能動的にやっていこうとおもっていた、これがその潮時(しおどき)なんだろうかとおもう。いよいよはじめようか。そうすると、こうやって日記などを書いているじかんはもっと切り詰めなくてはならないだろう。そうやってみようか。


 

[]「姿なき敵 プロパガンダの研究」里見脩:著 「姿なき敵 プロパガンダの研究」里見脩:著を含むブックマーク

 ふと、プロパガンダというもののことをしりたくなって借りた本。表紙、そして冒頭の口絵で多数紹介されている第二次世界大戦中に日本が戦地などにばらまいたという「宣伝ビラ(伝単とよばれたらしい)」がとってもたのしい。戦地の兵士に「あんたがたたかっているあいだにあんたの奥さんや恋人はほかの男とできてるよ」とたきつけるたぐいのものがおおく、春画まがいのものもあるんだけれども、まあ効果のほどはしれている。ただ、英軍に徴用されたインド兵向けのビラでは英国の搾取を攻撃し、インドの独立をうったえていてこれは効果があったらしい。

 よくみるとこの書はもともと西部邁事務所の編集する月刊誌に連載されたものらしく、つまり「用心して読まなくっちゃいけませんよ」というたぐいの本なわけで、2005年に刊行された本ではあるけれども最終章では隣国などのプロパガンダについてふれられている。

 用心して読まなくっちゃという本ではあったけれども、つまりはすべての思想伝達行為はプロパガンダといえるのだということ、あらためて認識できた。どうしても「プロパガンダ」というと事実のわい曲や情報操作をおもいうかべて忌諱してしまいたくなるわけだけれども、そういうネガティヴなだけのものではない。ただ、この本を読んだあとにWikipedia で「プロパガンダ」と検索してみたら、そちらの方が要領よくあれこれのもんだいにふれながら的確に要約してあるではないかという印象になった。まあ、附随資料がおもしろいですね、という本ではあった。


 

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■ 2013-03-04(Mon) このエントリーを含むブックマーク

 三月にはいってから、ずっと非日常なじかんがつづいている気がする。きょうはしごとに出勤したのだけれども、これこそ究極の「ひま」というか、倉庫に移動してからはまったくやることがなかった。帰宅してからもぼんやりとすごした。

 嶋本昭三先生のことをしらべてみたら、ほんとうにこの一月の末にお亡くなりになられていた。お別れの会がらいしゅうだかに兵庫で催されるらしいこともわかった。きのうFさんから情報をきいてよかった。‥‥ほんとうは、じぶんじしんが兵庫のその「お別れの会」に出席すべきなんだけれども、どうだろう。いけるだろうか?

 ここで「あいつに連絡をとってみよう」と、G(Gには「さんづけ」してやるひつようもない。ごめんね)に電話してみることにした。Gとはわたしが茨城にきてからはいちども会っていない。Gこそもう死んじゃってるかもしれん。アドレス帳の電話番号に電話してみたら「げんざい使われておりません」とのメッセージが流れてきた。やばい。しかしGはたしかホームページなんか運営していたはずなので、検索してみたらちゃんとでてきた。そこに書かれている番号に電話すると、Gの声が電話口からきこえてきた。ふふ、生きていたか。
 ‥‥とりあえず、こんどの日曜日にGの住まいにいくことにした。わたしも「これからはちょっと積極的に動こう」と決めたところだったけれど、こういう、ちょっと「うしろむき」の積極さになるとは。

 きのう書いた嶋本先生と「AU」の思い出、そしてGとのめちゃくちゃな交友というのも、ちゃんと書いておきたい気もちはある。Gとはけんかばかりしていたけれども、あるときGはぼそっと、「おまえがいちばんいい」とわたしに語ったことがあった。わたしのなかにもそういうところはある。とにかく、会いにいってみよう。

 Fさんにメールして、やはり嶋本昭三さんがお亡くなりになっていたことを確認したこと、おかげで旧友とまた連絡をとったことなどを書いた。返信がきて、きのうはとってもたのしかったということだった。そういわれてうれしかった。おせじでもいいけれど、Cさんもきのう会ったときに「たのしかった」といってくださった。Aさんからもそういうメールをもらった。うれしいことである。
 そう、きのうはAさんの誕生日でもあった。あれこれと思いおこして、Aさんとさいしょに遭遇してからもう二十年ぐらいになるだろうかとおもったのだけれども、わたしがかのじょにさいしょにあった記念すべき日は、十九年前の三月十七日のことだったと再認識した。らいねんこそは二十周年。わたしはかのじょの人生のはんぶんいじょうつきあってきているわけである。「ロード・オブ・ザ・リング」ではないけれども、まさに「My Precious」ではある(そういうおつきあいはしていないけれども)。Cさん、Fさんにしても、Gにしても、みんな「My Precious」であることにかわりはない。まだまだほかにも「My Precious」な方々はいるけれども、かれら、かのじょらが、みんなでわたしの生を救ってくれている。ニェネントもな。Thank You All!

 ニェネントがパソコンの上にあがって、窓の外をじっとみているふうだった。「なにかみえるのかな」とニェネントの上から窓の外をみると、ベランダにネコがいた。ああ、このあいだきていたのはこいつだ。キジネコだけれども、まえにきていたベンナのように足のところは白くない。まったくちがうヤツだ。まだ成長しきっていないかんじはする。わたしがのぞきこんでもじっとこっちをみて、逃げようともせずにニェネントとみつめあっている。
 ニェネントはこうやってベランダにいるよそのネコをみて、いったいどんなことを感じているんだろう。まるで友だちもいないニェネントに、せめておなじネコ族の友だちがいてもいいんだろうとおもうし、ニェネントもまたこうやって窓の外にいるネコをみて、「あれはわたしとおなじ仲間」とおもっているんだろう。窓をぱっと解放して、そのネコとニェネントが自由におともだちになれるようにセッティングしてあげたくなる。もちろんそういうことはわたしにはできはしない。

 CDの在庫をひっくりかえしていて、Fairport Convention の「The Bonny Bunch Of Roses」などというのをひさしぶりにプレーヤーにぶちこんで聴いた。1977年の作品。このあとの「Tipplers Tales」もいいところはあるけれども、このあたりがFairport Convention の「さいごの輝き」なんだろうとおもう。アルバムのタイトル曲の「The Bonny Bunch Of Roses」の、あまりに深いヒースの荒野をおもわせる「暗さ」は、名曲「Sloth」を彷佛させられる。しかもこちらはトラディショナル曲。泣ける。つぎのRichard Thompson の「The Poor Ditching Boy」もまたすばらしい。「あらあら」という曲もあることはたしかだけれども、もうこのあとのFairport Convention は「からっぽ」になってしまう。さいごの、ルビー、そしてサファイアの輝きのようなもの。「白鳥の歌」というのがあるけれども、勝手をいわせてもらえれば、Fairport Convention、そしてDave Swarbrick の「白鳥の歌」というのはこの「The Bonny Bunch Of Roses」だろうとおもう(まだその後もキャリアをつみかさねられておられるのに、ごめんなさい)。Fairport Convention の曲のなかではおそらく最長のこの曲、テーマはぜったいに「追憶」である。ある面でのDave Swarbrick の「絶唱」でもあるとおもう。なんどもリピートして聴いた。そして泣いた。


 

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■ 2013-03-03(Sun)

 きのうきょうとしごとはやすみをとってあったので、安心していっぱい寝た。ひるまえに家をでてARICAの昼公演をみて、おわってすぐに上野へむかえば、Fさんの展覧会の閉館までにまにあうだろうとおもう。ところがのんびりとしていたら余裕をもって乗るつもりにしていた電車にまにあわなくなってしまい、つまりはつぎの電車はいちじかん先なので、しらべるとなんとかARICAの開演じかんにまにあうことはまにあいそうだけれども、かなりハードな旅程になるのだった。そのあともハードそうなので、きょうはそういういちにちになるんだろう。

 きょうもニェネントにはおそくまでおるすばんをやってもらうので、ネコごはんといっしょに「ひょっとしたら好物なのかも」とおもった卵の黄味を皿にだしてあげた。ニェネント、すぐにとびついてあっというまに食べてしまった。やはり好物なのかしらん。

 おとといのように渋谷経由でいくとおそくなってしまうようなので、きょうは池袋でJRをおりてメトロの丸の内線から大江戸線と乗りついで森下へいき、開演十分ぐらいまえに会場にとうちゃくすることができた。すぐにCさんに会えたので、「お金払わないまま帰っちゃった。ごめんね」と。Cさんも「そうなんだよね、アレ?っておもっちゃった」ということ。やっぱこのことだけでも再来してよかった。利子がついてもおかしくないんだけれども、安くしてもらっちゃった。Cさんに感謝。「たのしかった」といってくださったので、うれしかった。

 開演。せんじつは舞台のかみて側からの観劇だったけれども、きょうはしもての席から観た。それだけでもずいぶんとみえかたがちがった。もちろんきょうは、「ことば」に気をくばって舞台をみたつもり。それですっきりわかったつもりになったわけではないけれども、感想は下に。

 終演して、こんどはすぐに上野に移動。のりかえ案内で検索すると大江戸線の御徒町で山手線にのりかえるのがいちばんみたいにでてくるのだけれども、もう御徒町に到着したらあとは歩いて美術館までいくのがぜったいにはやいだろうとおもった。
 上野公園のいりぐちのところでケータイを上にかざして写メールしているような方がおられたので、「なにを撮っているんだろう」とみてみると、そこの桜の木にはもうつぼみがいっぱいで、そのうちのいくつかのつぼみがピンク色にそまっていて、「あしたにも咲きましょうか」というところになっていた。きのうおとといとあたたかかったから、それでいっきに色づいてふくらんだような。‥‥そのあと公園のおくまで歩いたわけだけれども、つぼみがふくらんでいたのはその一本の木だけだったとおもう。

 なんとか美術館の最終入場じかんにまにあって、会場にいらっしたFさんともぶじ遭遇できた。
 Fさんはわたしがイヴェントをやっていたとき、なんども参加していただいた。とくにさいしょのときの、不定形なプレートを組み合わせたようなFさんの作品はほかのパフォーマンスの方の格好の背景でもあったし、いまでも鮮明に記憶にのこっている。いまでは日本画の顔料をつかわれての作品の展開になられているけれども、ひとところに安住されない、実験精神に富んだこころみをつづけられておられるとおもう。いまかのじょが所属されてこうやって作品を発表されている団体は、かつて日本画の異端児といわれた方のはじめられた団体で、わたしもむかしからその団体名ぐらいは記憶していた。会場には自己主張のつよい「オレがオレが」というような作品がたちならび、しょうじきわたしにはわからない(わかりたくない?)世界も拡がっていた。ちょっとこまったなあ、というところもなきにしもあらず。

 すぐに閉館じかんにもなり、Fさんや別の作家の方、観客の方などと広小路の画廊の「第二会場」へ移動する。わたしはひきつづき、「なんかこまったなあ」というモードだったんだけれども、まえにすわっていらっした方から「なにかやられていらっしゃるんですか?」などとたずねられ、Fさんのヘルプもあって、ついついべらべらとおしゃべりはじめてしまった。‥‥わたしはほんとうにお調子ものだなあと、実感した。こういうイヤなおやじって、あちこちによくいるよなあ。って、わたしだよ。

 画廊をでて、Fさんとそのお知り合いの方と三人で、ちかくの中華の店で食べて飲んだ。わたしもむかしは都美術館に作品をならべていたこともあったんだよというと、Fさんもおどろいていた。かんがえてみればここにもそういうことはいっさい書いていないけれども、わたしも二十年ぐらいまえにはしがない美術作家だったのだ。そのとき所属していたのが嶋本昭三さんの率いていた「AU」という団体で、これはほんらいは「アーティスト・ユニオン」の略の「AU」だったけれども、つまりは嶋本さんのそういう活動にクレームをつけられる方もいらっして、わたしが参加したころには「Art Undefined」の略としての「AU」ということにしていたんじゃないかとおもう。嶋本さんたちの本部、拠点はつまりは関西の方だったので、都美術館での東京展のときにはわたしとかGというわたしの悪友などが美術館に常駐したものだった。ひさしぶりにこんなことをおもいだしてしまったけれど、そのうちに(わたしがいなくなってしまうまえに)まとめて書いておきたい気もちはある。
 まあそういうはなしをFさんとかにはなしていたら、Fさんが「嶋本昭三さんはさいきんお亡くなりになられたのではないか」ということを語られた。もう嶋本先生(わたしは嶋本さんのことだけは「先生」とお呼びしてしまいたいところがある)もすっごい高齢になられているはずで、そうか、そういうことになっているかもしれないとおもった。帰宅したらチェックしてみよう。

 例によってさんざんわたしばっかりしゃべりまくって、もう電車のじかんになって皆さんとお別れして帰路についた。じつは終電よりも一本早い電車に乗るつもりだったのだけれども、御徒町の駅でタッチの差でその電車にまにあわないことになってしまい、けっきょく終電になってしまった。こんなことならもう三十分ぐらい皆といっしょに飲んでいればよかった。


 

[]ARICA 第24回公演「ネエアンタ」Inspired by Samuel Beckett 藤田康城:演出 @森下スタジオ Cスタジオ ARICA 第24回公演「ネエアンタ」Inspired by Samuel Beckett  藤田康城:演出 @森下スタジオ Cスタジオを含むブックマーク

  二回目の観劇。ベケットの原作(オリジナル)はTVドラマとして放映され、その映像はYouTubeでいまでもみることができるらしい。

 ‥‥じつは一回目をみたとき、これがどうしてもせんじつ観た映画の「さらば愛しき大地」からのれんぞくとしか観ることができない自分がいて、山崎広太さんはつまりは根津甚八で、安藤朋子さんはその根津甚八に刺し殺された秋吉久美子であって、舞台は根津甚八が収監された刑務所の独房ではないかとしかみられなかった。その思い入れがつよすぎたこともあったし、ちょっと書いたけれども、このところパフォーマンス系の舞台ばかりみていたせいか、かたられることばにあまりに無頓着にみてしまった。「エンタテインメント」などとおもってしまったのも、そういう舞台でかたられる「ことば」とのことでわたしのなかで組み立てられた観念の産み出したものだとおもう。

 二回みておもったこと。わたしのみかたは、もしも観劇するなかで「正解」というものがあるとしたら、その「正解」からはほど遠いものであるだろうし、まずはわたしはベケットの作品にあかるくはない。ただ、この舞台がそういう語られる「ことば」と、「身体」とのせめぎあいとでもいうのか、やはりこれは藤田さんの演出(オブジェとしての舞台上の部屋のつくり。閉空間ではなくて、じつは外に開かれている! というのが二回みてわかった!)、安藤さんの声、山崎さんの身体とのおそろしい競合なのだという印象になる。わたしのなかではとてもしっくりとわたしへとしみこんできた舞台だったのだけれども、それをこうやってことばにしようとするのはむづかしい。まあわたしは招待されるような客ではないだろうというのがこんかいの結論。もっといいお客さんをお招きする方がいいでしょう。


 

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■ 2013-03-02(Sat) このエントリーを含むブックマーク

 「N」で、Cさんと飲む。Cさんとふたりで飲むのは、これがはじめてじゃないかしらん。もちろんこんやのテーマはさくやの舞台なんだけれども、職場のかわられたCさんの、あたらしい環境のこともあれこれとおはなしをきいた。わたしはまたさくやの舞台が「さらば愛しき大地」の延長でしか観られなかったというはなしをして、「N」のスタッフの方々はそのあたり詳しいこともあって、いろいろとはなしもはずみ、日本の映画監督がいかにその妻である女優さんにたすけられているか、なんてはなしにもなった。さくやの舞台のことで、Cさんから「緑の女」のことについてきかれ、そこでわたしのなかでそのあたりをまるっきしスルーして観ていたことに気がついた。Cさんは「それじゃ観たことにならないじゃん」と意見され、そのとおりだとおもった。ほかにも、わたしがさくやの舞台を「エンタテインメントだとおもった」といったことを、「エンタテインメントなわけないじゃない」といわれた。まえにも書いたけれども、このところずっと、舞台としては身体的なパフォーマンスを前面に押し出したものばかりを観ていたというか、ながいことそういうものの観方しかしていなかった気もする。わたしはこのところずっと、「ことば」なんて無視して舞台を観てきたんである。ボケである。ああ、ダメだなあ。もういちどきのうの舞台は観かえさなくっちゃいけないな、などとおもった。

 きのうAさんとはなしていて、話題の「会田誠展」にふれて、Aさんがその近しいところにいた人が自殺されているというはなしをされた。それって、Eさんのことじゃないのかとおもったら、やっぱりそうだった。このはなしをここでCさんとの話題にしてはいけないかなとはおもったけれども、ぜったいにEさんのことを知っているCさんにそういうはなしもしてしまった。

 ほんとうは二時がかんばんだという「N」で、二時半ぐらいまで飲みつづけてしまった。店を出てCさんとお別れし、まだ電車はうごいていないじかんだし、ここでカプセルホテルとかにチェックインしてもしょうがないので、ちょっとだけひとりで居酒屋によって、電車がうごきだすまでひとりで飲んだ。あ、いけない、「N」での勘定をぜんぶCさんにまかせたままだった。まえにもこういうことをやってしまっていて、「ひどいやつだ」という評判を広めているにちがいないこともあって、「ありゃりゃりゃ」という気分になった。

f:id:crosstalk:20130305113446j:image:right 電車がうごきだすじかんになり、ぐるりと上野まで移動して、あさいちばんの電車で帰路についた。ニェネントがたまごの黄味をもどしたりしていないか、しんぱいもあったけれど、鍵をあけて部屋にもどると、元気そうなニェネントが「にゃあお」と出迎えてくれた。ひとあんしん。

 メールをチェックすると、「木曜日に会いましょう」としていたFさんから、木曜がダメになったというメールがきていた。‥‥それだったら、あしたもういちどARICAの舞台を観にいって、そのあとに上野にまわってFさんと会えばいいかな、などとおもってメールした。それでOKというFさんからのメールをもらったので、安心してそのあとはひたすら寝た。


 

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■ 2013-03-01(Fri)

 きょうは東京にいく。森下での「ARICA」の新作公演をAさんと観るのがメイン。月がかわったのでイニシャルはまた「A」からリセットするけれども、Aさんは二月にはEさんとしてこの日記に登場している。「ARICA」の公演は夜だけれども、ちょっと早めにまちあわせして、清澄のギャラリーでやっている三田村光土里さんの個展を観にいくつもり。

 きょうはふつうにしごとにでたので、しごとを終えて帰宅してからあれこれ準備するのでバタバタする。おるすばんのニェネントにごはんをてんこもりでだしてあげていて、きのう読んだ「ネコ飼育図鑑」にネコは卵黄も食べると書いてあったのをおもいだし、皿にだしてあげた。ニェネントはしばらくクンクンやったりしてさぐっていたけれども、ほかのネコメシに手をつけるまえにまっさきに卵黄をペロリとなめてしまった。あ、好きなんだ。これからときどきだしてあげよう(まいにちだとたいへんだ)。

 きのうあたりからずいぶんとあたたかくなっていて、きょうも雨が降るかもしれないけれどもあたたかいだろうとの天気予報だったので、セーターとジャケットだけで家をでる。きょうも帰ってこないかもしれないけれど、ニェネントちゃん、おるすばんをよろしく。

 電車でまずは渋谷に出て、きょうはAさんとランチの約束はしていないので、ひとりでさびしくかんたんな昼食をとってからメトロの半蔵門線で清澄白河へ。待ち合わせの二時どんぴしゃに駅に到着し、改札を出るとすぐにAさんのすがたがみつかった。かのじょもちょうど到着したところだったようだけれども、なんというのか、女の人にはめずらしく(これは偏見?)いつもじかんに正確な人なので、わたしはとてもうれしい。

 それでまずはギャラリーに足を向けたのだけれども、これがまずはたいへんだった。むかし別の倉庫にギャラリーが集結していたときにはいったこともあったけれど、そういうギャラリーがみんな移転したあたらしい倉庫に、まだわたしはいったことがなかった。それで目的地の倉庫にはすぐにたどりついたのだけれども、いったいどうやって上の階のギャラリーに行けばいいのか、まるでわからないのである。倉庫のまわりを一周してみたけれども、どこにもギャラリーへの掲示もない。まあね、そういう閾(しきい)をのりこえてくる観客しか相手にしねえよ、というのか。うまいぐあいにそのギャラリーの電話番号をメモしてあったので電話してみるけれども、これがまたどうもいっていることがよくわからない。中央にある階段を昇ってきてくれみたいなことをいっているけれども、近くにあった階段は柵に鍵がかかっていて入れない。‥‥すると、近くにいた方が、みかねてなのかどうなのか、倉庫のなかを指さして入り方を教えてくださった。そこから入ると上に行くエレヴェーターがあり、ようやくギャラリーに到着できた。‥‥しかし、ざんねんながら三田村さんは不在だったし、展示作品もわたしがまえに水戸芸術館で観た作品だった。ちょっとこの作品は三田村さんの作品をはじめて観るAさんにはきびしいところもあり、「ごねんね」ってかんじでさっさと通り抜けてしまった。‥‥ちょっと、ほかのギャラリーをのぞいてみたりしたけれども、こんかいはどこもあんまりインパクトのある作品展示はなかったかな、という印象。それでもまあ、このギャラリーへの闖入のしかたがわかっただけでもよしということにする。

 まえにもAさんとはこの清澄白河から森下にかけて散策したというか道にまよったことがあるけれど、きょうもそのギャラリーのあとはまよって遊ぶ。とにかくは森下方面へいきたいのだけれども、このあたりはどこもおなじような格子状の道路ばかりだし、なにを目印にすればいいのかわからないで歩いていればしぜんにまよってしまう。ずいぶんむかしにも、錦糸町の駅をめざして歩いていたつもりが、いつのまにか日本橋にでてしまったこともあった。きょうもやはりどこを歩いているのかよくわからなくなった。まあとりあえずはじかんもいっぱいあるし、お茶でもということで、目にとまった下町らしい古めかしい喫茶店のドアをあけた。
 品格をかんじさせる年輩のご婦人がカウンターのなかにおられ、店のなかにはネコにかんする本があれこれおいてあった。Aさんとネコのはなしなどをしていると、奥からすばらしくうつくしいネコが登場してきた。アメリカン・ショートヘア。もう十七歳になるのだとカウンターのご婦人がおしえてくれた。さいきん耳のちょうしがおかしくなったらしく、動物医につれていったらそれがヤブだったというか、三半規管がなおらないままで、いまはからだのバランスをとれなくなってしまっているという。ほんとうだ。まっすぐに歩こうとしてもからだが右側にかたむいていってしまう。それでもわたしたちの席にちかづいてきて、Aさんの足もとにうずくまったりする。ほんとうにきれいなネコで、ニェネントもこのくらいうつくしいネコだったらなあ、などとおもったりする。店のかたはわたしが話していた「ネコは卵黄も食べる」という話を聴かれていたようで、「ほんとうですか」と問いかけてこられる。「けさうちのネコもぺろっと食べちゃったんですよ」と話すと、「知らなかった」みたいなかんじで、そのネコちゃんにも卵黄をだしてあげていた。「あ、食べた」。‥‥でも、しばらくしたら、食べた卵黄を吐いてしまった。ちょっとびっくりした。なんだかよけいなことを聴かせてしまったようでちょっと申しわけないきぶんになった。って、うちのニェネントはだいじょうぶだろうか、わたしがいなくなったあとでゲロゲロやってるんじゃないかと、ちょっとだけ心配になった。
 でもなんだか、こういうところで店の人とお客さんとがコミュニケイトするんだなあとかんじて、それが下町で古くからやっている店の良さなんだろうなあ、などとおもった。いいお店にきたなあともおもった。あのネコがまた元気になってくれるといい。

 店をでてなんとか森下にたどりつき、まだまだじかんがあるのでドトゥールとかでまたお茶をする。Aさんとの会話のネタはつきない。わたしはかのじょとならば何十じかんでもたのしい会話をつづけられるとおもう。‥‥いつのまにか開場のじかんをすぎてしまい、森下スタジオへ行く。

 開演。‥‥わたしはこの舞台がどうしてもこのあいだ観た「さらば愛しき大地」の延長としか観られないところがあって、そういう意味では終始「ぼんやりと」観てしまった。パフォーマンス的な「身体」と、語られる「ことば」というところを、みそこなってしまったところもある(これはこのところのわたしの「課題」でもあるというのに)。

 舞台がおわって、外は雨が降りはじめていた。きょうは帰るというAさんを駅までおくり、わたしはとって返してうちあげの飲み会にまぜてもらった。ほんとうにひさしぶりにお会いするBさんのとなりの席になり、ちょっとおはなしできた。あとはわたしがあんまりにも「ぼんやりと」観てしまったことばかりが意識され、ちょっとつらいところがあった。

 どうせきょうは帰れない。スタッフのCさんがまだ飲むというか、ちょっと意気投合したところもあって、うちあげのあとはCさんと新宿に移動して、「N」で飲もうということになった。移動するメトロで出演者のDさんなどともいっしょの電車にもなった。その人たちのなかから「むかしお会いしましたね」という声をかけられ、記憶がよみがえってなつかしい気分になった。新宿で下車するときにまたあいさつしようとおもったけれど、もうその人はさきに下車されていたようですがたがみえなくなっていた。このあとは日付けがかわるのできょうはここまで。

 

[]ARICA 第24回公演「ネエアンタ」Inspired by Samuel Beckett 藤田康城:演出 @森下スタジオ Cスタジオ ARICA 第24回公演「ネエアンタ」Inspired by Samuel Beckett  藤田康城:演出 @森下スタジオ Cスタジオを含むブックマーク

 ‥‥いろいろとあって、この日のわたしの観劇ではどうしようもないことしか書けないとおもう。いろいろとあって、また別の日に観に来ることにした。感想はまたそのときに。


 

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