ワニ狩り連絡帳 このページをアンテナに追加 RSSフィード

       

■ 2013-09-30(Mon)

 せんじつAさんとBさんと飲んだとき、Aさんが出納帳をつけはじめたという話になり、そこで一ヶ月の食費を計算すると二万四千円ほどになったというので、わたしの場合はふつうに一万二千円ぐらいだったと話すとおどろかれ、「それって、もやししか食べていないのか」みたいにいわれた。それは大きな誤解なわけだけれども、みんななぜ、節約とか貧乏とかいうと「もやし」に結びつけて考えるのだろう。しばらくまえにもTVでやはりそういう「食費をおさえる」みたいなことをやっていて、焼きそばの具に「もやし」しか入れないで調理する学生が紹介されていた。もちろん、もやしだけを惣菜にして食生活をつづけられれば、それは超節約になる。焼きそばの玉が三個で百円だとして、もやしが一袋あればきっと三食分使えるだろうから、三食で百三十円ぐらいですむ。これを連日連夜つづければ、かける三十で、一ヶ月三千九百円ですむわけである。

 ‥‥わたしは、そこまでのことをやっているとはいっていない。だいたい、タマネギだってニンジンだって、一個あたり「もやし」とおなじぐらいの価格で売っているわけだし、鶏肉などはむね肉ならば百グラムで六十円ぐらいのものだろう。さいきんはキャベツもレタスも二百円ぐらいするのがあたりまえになっているけれども、安いときには百円しなかったわけだし、肉類は、よくチェックしていれば賞味期限が近づいて値引きされたものが買える。さかなのたぐいも、干物とかは安いものである。玉子は週にいちど、十個で九十円ぐらいで売られる日がある。
 わたしはいぜんは月にちょうど5キロの米をだいたい消費していたけれども(いまはもうちょっと少なくなっている)、うちのそばの米屋さんでは標準米は5キロで千三百円。朝食はこのあいだまでオートミールだったからこれも経済的だけれども、そのまえだって、トースト二枚にレタスやハムやチーズをはさんだものを朝食にしていた。せいぜい七十円とか八十円ぐらいのもの。これでもって、スーパーでも惣菜類はできるだけ安く売られているときに買うようにして、さらに、そういう賞味期限まぢかのものもチェックしていれば、ふつうに自炊していれば、食費が月に二万円になるなどということは考えられない。ちゃんと、栄養バランスもとれていると思う。

 みんな、ムリして節約しようとすると、そういう「もやし」だけにしてみたり、またはインスタントラーメンとかカップ麺だけにしようとか考えるみたいだけれども、それでは栄養バランスがめっちゃ悪くなる。ふつうにやって、一食二百円以下の経費でおさえるなんて、ものすごくかんたんなことだと思うし、もやしだけの食生活なんて、とんでもないことである。
 ‥‥わたしは貧乏人で、そしてたいていの貧乏人がそうであるように、自由になるじかんはけっこうある。そのじかんを利用して、できるだけ安い買い物をしようとはしている。そして、基本は「自炊」。そうやっていれば、(またいうけれども)食費が二万円を超えることなどないはず、なのだ(基本、外食は「ダメ」だけれども)。ちょっと工夫すれば、「貧食」ということではなくして、いちまんえん以下におさえることもできるだろう(たとえば、「そば」や「そうめん」なら、一食四十円ぐらいですんでしまう)。

 なんだか、「もやし」だけ食べているみたいにいわれて、実のところ、けっこうアタマにきたところもあったもので、長々と書いてしまった。

 きょうは、図書館から借りた「インド美術」の本を、すこし読みはじめた。けっこう分厚い本だから、読み終えられない可能性がつよいけれども、とにかくは読めるところまで。
 ‥‥インドというのは、地理的には「亜大陸」と呼ばれるように、北はヒマラヤ山脈で大陸から分離されているわけで、そうみると、このヒマラヤ山脈から下(南)にとんがった逆三角形の地形というのは面白い。まずはこの「インド美術」の本は「インダス文明」の記述からはじまるのだけれども、このインダス文字というものは、いまだに解読されていないものだということ。さらに、(インダス文明以降も)古代インドの人々は、「記録」ということにまるで頓着していない。美術においても、美術家というものは「観客」という存在のまえではほとんど重要な存在とは考えられていないということもあり、そういうことでも記録が残されていない。「酒の味は、酒の入った壷によるものでも、酒を作った人によるものでもなく、酒を味わう人によって生ずるものである」、ということなのである。これが、インドの美術観。

 ひるすぎから買い物に出て、このところほとんど行かないところの、あたらしいドラッグストアに行ってみた。ニェネントのネコ缶は、どうやらこの店がいちばん安く売っているようである。店のなかをぐるっとまわってみると、酒の売り場に「吉乃川」の720ミリリットル瓶が置いてあるのをみつけた。うわ、「吉乃川」だ。しかも、そんなに高い値段ではなかった。‥‥買って帰った。

 「酒の味は、酒の入った壷によるものでも、酒を作った人によるものでもなく、酒を味わう人によって生ずるものである」。美味、である。すっごい、おいしい。こういう味わいを、どのように「ことば」にすればいいんだろう。変な「例え」だけれども、「きれいな、おねえちゃん」ってな感じがする。‥‥わたしはそんなにすっごい銘酒などあれこれと飲んだことがあるわけではないけれども、「吉乃川」は、ほんとうに美味だと思っていた(上野にある升酒を出す居酒屋にときどき行ったけれど、そのときにはかならず「吉乃川」を頼んでいた)。それがこうやって、自宅で飲めることになるとは思ってもいなかった。わたしがドラッグストアで買ったとき、これが棚のさいごの一本だったけれども、またこんど行けばちゃんと補充されているのだろうか。ヤミツキにならないようにしなければ。


 

[]「ラ・ワン」(2011) アヌバウ・シンハー:脚本・監督 「ラ・ワン」(2011)  アヌバウ・シンハー:脚本・監督を含むブックマーク

 いわゆる「ボリウッド映画」というのをちゃんと観るのは、これがはじめて。本国インドでも2011年に大ヒットして、この日本でもなんと、あの写真美術館のホールでロードショー公開されているらしい。なんだか「SF超大作」ということで、ハリウッド的な仕上がりになっているようなふんいきも。

 ストーリーとしては、ヴァーチャルなゲームの世界の悪役が現実世界にはみ出してきて、ゲームの対戦相手の少年と決着をつけようとするわけで、ゲームの設計者である少年の父がそれを防ごうとして悪役に殺されてしまう。それでも、父は彼自身に模したところの、悪役に対抗するところのキャラクターを遺していたわけで、そのキャラが少年を守ると。

 総二時間半と、いつものボリウッド映画という長さ(ボリウッドとしては短い方?)。舞台はロンドンからはじまり、この部分は特にヒネリもなく、「おっ!」という展開も描写もない。「なあんだ」などと思ってみていると、つまりこの部分は「予告編」というのか、導入部なわけ。これが、いちじかんいじょう、ある。これが、このあとに舞台をインドに移動させると、とにかく俄然おもしろくなってしまう。その「死生観」というのか、そういうものも語られるわけだけれども、ここで「<バガヴァッド・ギーター>に書いてあることだ」などと語られて、さすがはインド、である。ハリウッド映画でいくら<バガヴァッド・ギーター>などと語っても、だいたいの観客は「?????」なわけだろう。

 お約束の群舞というか、「ダンス」のシーンは二回ぐらいしかないんだけれども、やっぱりあとの方、「チャンマクチャーロー」という曲でのダンスシーンこそは、「さすがにインド映画」と、堪能した。「チャンマクチャーロー」とは、「妖艶」という意味らしい。おぼえてしまった。こんどインドへ行く機会があったなら、このコトバはぜひともつかってみたいものである。それに、もうちょっと、別のボリウッド映画も観てみたくなったことはいうまでもない。楽しかった。


 

[]二〇一三年九月のおさらい 二〇一三年九月のおさらいを含むブックマーク

美術:
●「アンドレアス・グルスキー展」@六本木・国立新美術館

映画:
●「風立ちぬ」宮崎駿:脚本・監督
●「黒薔薇の館」(1969) 深作欣二:監督

読書:
●「小津安二郎外伝 ー四人の女と幻想の家」(「文學界」8月号掲載)照井康夫:著
●「失われた時を求めて 1」(第一篇 スワン家の方へ 1)マルセル・プルースト:著 鈴木道彦:訳

DVD/ヴィデオ:
●「つぐみ」(1990) 吉本ばなな:原作 市川準:監督
●「トーキョー × エロティカ」(2001) 瀬々敬久:監督
●「blue」(2002) 安藤尋:監督
●「ラ・ワン」(2011) アヌバウ・シンハー:脚本・監督

 

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■ 2013-09-29(Sun)

 きのうの夜はあれから、終電乗り換えを寝過ごしてタクシーで帰宅したショックと痛手を癒そうと、ニェネントを抱き上げてふとんのなかに連れて入り、ニェネントを顔の上に持ちあげてあやしてやったり、鼻のあたまをなめてやったりして遊んだ。ニェネントもそれほどにはイヤでもなかったのか、ふとんの上が気もちいいことがわかったのか、離してやってからもしばらくは、ふとんの上でゴロゴロしているようだった。

 日曜日のあさ。きょうはしごとは非番にしてあるので安心して朝寝するけれども、目がさめたらすぐに昨夜のことが思い出され、寝ている気分でもなくなった。起きてからも「あ〜あ」という気分で、ぼんやりとすごしてしまう。‥‥とにかくは、財布のなかには十円玉が二枚しかない。なにも正直に持っているだけ払うこともなかったんじゃないのか、三百円ぐらい、残しておいてもよかったんじゃないかとも思うけれども、やはり昨夜は、運転手さんがとちゅうでメーターを止めてくれたこともうれしかったわけだし、そういうことでわたしも誠意を示したかった。あれでよかったと思うけれども、とにかくはこれでは生活ができない。まあいちにちぐらいは何も買わないですごすこともできるけれども、やはりATMに行って、現金を引き下ろしてきた。

 思いがけない計算外の出費はいたかったけれど、あれこれと考えてみても、それほどまでに逼迫するような状況にはならないようだ。いがいと余裕があるんだなあと、ちょっと感心した。でも、あの七千円があればあんなことやこんなことにつかえたのに、などと思ってしまうのもたしか。とにかくこれからは、終電のじかんに電車の乗るときには気をつけなくては(ほんとうだったら、きっと八千円は超えていた)。

f:id:crosstalk:20130928131959j:image:right きのうで「あまちゃん」が終了して、その最終回では第一回とおなじように「北三陸駅」がフィーチャーされていた。このことでまえから思っていたのだけれども、わたしのところの駅のつくりと、北三陸駅とはどこか似ているところがあると思う。まあわたしのところの駅からもディーゼル車の走る第三セクター鉄道もあって、これはわたしはほとんど乗ることもないのだけれども、改札からホームへの階段、そしてホームの感じなど、似ていると思っていた。写真ではぜんぜん伝わらないと思うけれども、ちょっと載せておく。

 このあいだ、焼豚の大きなブロックが賞味期限まぢかというので安くなっていたのを買ってあり、じつはこのところ焼豚ばかり食べている。きょうも、昼食は冷やし中華にして焼豚をプラスして、夕食は手製の焼豚のタレでおかずにして食べた。まだまだけっこうな量が残っている。あしたあたりはチャーハンをやってみよう。

 夕食のあとは読書につとめ、ついに「失われた時を求めて」の、第一巻を読了した。ちょうど九月一日から読みはじめたようなので、まる一ヶ月かかったことになる。この文庫本はいつも枕元に置いてあったので、いつかカヴァーも取れてしまい、クシャクシャの本になってしまった。こんどは第二巻。このペースで行くと、ちょうどあと一年かかるわけだ。きっと。


 

[]「失われた時を求めて 1」(第一篇 スワン家の方へ 1)マルセル・プルースト:著 鈴木道彦:訳 「失われた時を求めて 1」(第一篇 スワン家の方へ 1)マルセル・プルースト:著 鈴木道彦:訳を含むブックマーク

 はたしてプルーストは自分の実体験を書いているのか、それともまったくの創作なのか。‥‥つまりは、「創作」のなかに、自分の実体験をまぜこんでいるわけだろう。それだったら、たいていの作家のやっていることとおんなじなわけだけれども、やはりなぜか、プルーストの場合は読んでいてそのあたりのことを考えさせられてしまう。この作品の語り手の「私」の、そのあり方がどこか特殊なものに感じられる。つまりそのことが「記憶」というもんだいと結びついているようでもあるのだけれども、作品のなかで「私」の「記憶」について語るところで、どうしてもその「記憶」とは作者のプルーストのものであるかのように感じられてしまう。

 しかし、この導入部である「コンブレー」では、なんとなく、作者の作為が気になるようなところもある。たとえば主人公の幼少期の記述には、とてもそのような書かれているようなことは見聞きしていないだろうに、と思われるぶぶんも多いし、ヴァントゥイユ嬢の「ひ・み・つ」を、窓の外から盗み見し、盗み聞きするのなんて、かなり不自然な気はしてしまう。まあいい。まだ導入部なのだ。


 

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■ 2013-09-28(Sat) このエントリーを含むブックマーク

 きょうは新宿に出て、いつものAさんとBさんとの飲み会の予定。だいたい二ヶ月にいちどのペースでの飲み会。きょうは天候もよさそうだし、飲み会にはいい日よりになりそう。

 あさのしごとはやはりけっこう忙しかった。この時期にあまりヒマだったらこまったものだけれども、お米など、重たい荷物が多いので疲れる。
 帰宅して、きのうからまた朝食はトーストパンに戻しているわけで、きょうもトーストを焼いて、レタスやハムをはさんで食べる。胃腸の調子もよくなっているので、まだ残っている胃腸薬の服用はやめてみる。「あまちゃん」の最終回がきょうだったのを思い出した。録画もしてあるわけで、セットして観てみる。第一回の話にもループする、大イヴェント大会だったけれども、観ていてあきちゃんとゆいちゃんとの友情が、せんじつ観た映画「blue」の、市川実日子と小西真奈美にダブってみえてしまった。あきちゃんとゆいちゃんもラストの岸壁で、あのまま夜明かしをしたりして。

 Bさんの都合もあって、飲み会はちょっと早めの四時からスタート。一時半発の電車で新宿へ向かう。いつもなら途中で快速に乗り換えるのだけれども、きょうはじかんがあるので、そのまま各駅停車に乗って行った。車内で「失われた時を求めて」を読む。ずいぶんとかかったけれども、あと、もう少し。

 三時四十分ごろに新宿到着。AさんBさんとも無事に約束の場所でおちあい、いつもの「S」へ行く。「さんま祭り」というのをやっていて、さんまの塩焼きや刺身、寿司などが安い。しごとでもこのところさんまの荷が多く、これが発泡スチロールの容器に氷といっしょにパッケージされていて、やたらと重いのである。そういううらみもあるから、ここでさんまを喰べてやろうと、刺身をたのんでみた。‥‥これが、おいしくなかった。鮮度にももんだいありというか、そもそもこの「S」、いっちゃあいけないけれどもむかしから料理類がまずいので有名ではあった。このところこの店に三人で来るようになり、「そこまでひどくもないじゃないか」などと思っていたのだけれども、ちょっと、この刺身はすごいと思ってしまった。Aさんが「さんまはやはり塩焼きだよ」と塩焼きを注文したのを分けてもらったら、こっちはとてもおいしかった。やはり鮮度の要求されるナマものはアレだけれども、焼いてしまえばOKということ。
 Bさんは町内会の役員で、あしたは運動会だというので早くおひらきにしようといっていたのだけれども、いろいろな話題で盛り上がって、けっきょく九時まで飲んでしまった。

 新宿駅に着いてみると、もう帰宅するには最終の電車のじかんになっていた。その電車に乗り、空いた席に座ったわけだけれども、これでわたしは眠ってしまった。その結果は、たいへんなことになってしまった。‥‥つまり、寝過ごしてしまった。目が覚めたときは、ほんらいわたしがローカル線に乗り換えるべき駅の、その次の駅になっていた。もう、じかん的にローカル線の最終電車は出てしまっている。たいへんだ。タクシーで帰らなくてはならないだろうけれども、ひとつ手まえの乗り換え駅までもどった方がタクシー代も安く済むはずと戻ろうとしたら、すでに上り電車はすべて終わってしまったあとだった。この駅からタクシーに乗らなければならない。財布にはざっと数えて六、七千円残っているけれど、けっこうギリギリなんじゃないかと推測する。駅のまえに停まっていたタクシーに乗り、目的地と事情を話す。つまり、六千円ぐらいしか持ち合わせがない。足りないようならコンビニのキャッシュサービスで引き出すから了解してほしいと。運転手さんも、その乗り換え駅の方からなら六千円ぐらいだろうけれども(わたしの勘はあたっていた)、こっちの駅からだともうちょっとかかるかも知れないと。

 とにかく考えてもしかたがないわけで、もう、ふだんみることのない深夜の風景を楽しむことにした。「ド田舎」だなあと、いまさらのように思う。ただ田んぼのなかの道を進む。田んぼと畑と、そして暗い木々の群れ。ただ、国道と交差するところの立体的な組み立て、そして街灯のオレンジのあかりなど、美しいと思ったりした。しばらく走ってようやく集落のなかを走るようになる。メーターはどんどん上がって、六千円を超えてしまった。ほとんどほかの車とすれ違うこともなく、もちろん人影もないのだけれども、いちどだけ、歩いている若い男の人とすれ違った。わたしの家もずいぶんと近くなってきたようだけれども、メーターはすでに七千円を超えた。運転手さんがサービスで、メーターを止めてくれた。持ち合わせが足りないからうちのそばのコンビニへ寄ってもらい、そこで現金を引き出そうとしたのだけれども、これが出来なかった。深夜には何らかの規制がかかっているみたいだった。「こまったなあ」ともういちど財布のなかをチェックすると、千円札は七枚あった。メーターの金額は七千五百九十円。運転手さんに「引き出せなかった」とわびて、「これだけある」と、七千三百円支払って、承諾してもらった。運転手さんがとちゅうでメーターを止めてくれていなければ、ヤバいことになっていただろう。ちょっと、感謝した。あとは歩いて部屋に帰る。

 ニェネントがお出迎え。ひどいことになってしまった夜だった。まだじかんは十二時になっていないというのに、なんでこんな目に遭わなければならないのか。東京ならば午前二時ぐらいの感覚。

 もう、こっちに転居してきてから何百回も電車で東京に出かけているわけだし、そのほとんどはローカル線の最終電車で帰路についている。こんなヘマは、はじめてのこと。これも老化のあらわれなのかなあ。まあ、財布の中身はカラになったわけだから、財布を落っことしたとでも考えてあきらめよう。財布を落としたけれど、あとになっていろんなカード類だけは戻って来たということにして、「まだ救われた」と考えればいいか。なんとかタクシー代に足りるだけの現金を持っていてよかった、ということもある。


 

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■ 2013-09-27(Fri) このエントリーを含むブックマーク

 しごとのときは、まいあさ4時45分ごろに家を出る。このごろのこのじかんは外はまだまっ暗である。東の空がようやく、少しあかるくなってきている気配はあるけれども、もうちょっと経てば、このじかんはどこもかしこもまっ暗やみになってしまうだろう。けさはちょうど天中にあかるい月がみえた。もう満月をすぎてかげっている。そのまわりに、やはりあかるく光る星がいくつもみえた。星の光をみるのもずいぶんとひさしぶりな気がする。
 台風が北東のかなたへ行ってしまい、日が昇ったあとはまばゆいばかりの晴天になった。空が高い。日射しはまぶしいけれども、もう「暑い」という感覚ではない。秋。

 このあいだ「壊れた」と思い込んでいた古いDVDプレーヤー、捨てるまえにもういちどチェックしてみようと配線し直してみた。どうも、これらのAV機器を置いてある背後あたりで、ニェネントが「おいた」をしていた可能性が捨てきれない。ついこのあいだも、ひかりTVのチューナーの設定がいつの間にか異常になっていた。さわっていないはずの背後のスウィッチがいじられていたようで、犯人はニェネントしか考えられない。ほんとうにニェネントにそんなことが出来るのかどうかわからないけれども、とにかくはそうなっていたわけである。だから、DVDプレーヤーだって何かされていないとはいい切れない。
 DVDプレーヤーの電源を入れてみると、モニターの画面には見慣れないメニューが映し出された。あ、やっぱり壊れていたわけではないんじゃないか。どうもやはり、どこかの初期設定が狂ってしまっているらしい。さいしょっからチェックして設定して行ったら、ちゃんとDVDも観られるような状態に復帰した。‥‥捨てないでよかった。

 それで、せんじつ(こちらは確実に)壊れてしまったDVDレコーダーで録画ダビングしたDVDを観てみようとセットしたのだけれども、これが「不明なディスク」との表示が出て、先に進まない。やはり壊れているのかとほかのDVDをセットしてみると、ちゃんと観ることができた。どういうこと?と思って、そのダメだったDVDを、パソコンの方にセットしてみた。‥‥やはり、ダメだった。ディスプレイに表示されたDVDのアイコンをクリックするとフォルダが表示され、何かが記録されているのはたしかなのだけれども、これを映像として表示させることが出来ない。その、捨ててしまったDVDレコーダーではたしかに再生されたことは確認してあるのに、どういうことなんだろう。つまり、そのDVDレコーダーでしか再生出来ない、ローカルなディスクでしかなかったということだろう。そうとしか考えられない。ほかのダビングしたDVDでもためしてみたけれども、やはり結果はおなじだった。けっこうそうやってダビングしたDVDは何枚もあるのだけれども、つまり、みんなもう再生出来ないということ。なんということだろう。やはりセコハンの機器はおそろしい。いろいろとムダなことをしたものだ。徒労。ちょっと、ショックだった。また捨てなくてはいけないもの(もう観られないDVDディスク)が、たくさん出来た。

 ひるすぎから図書館へ行き、借りていたDVDなどを返し、インド美術の本とボリウッド映画のDVD、そしてまた「脳」に関しての本を借りて来た。とつぜんに「インド」が、これからのマイブームになる気配はある。

 きょうは、これというYouTube 動画も観なかった。そうそう、いよいよついに、あしたで「あまちゃん」が終わる。HDDへの録画予約をしておいた。


 

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■ 2013-09-26(Thu)

 きのう予告されていた通りに、きょうのしごと量は過剰で、約一時間の超過勤務になった。これだけの量のしごとを、たったふたりでやるというのが無茶なはなしで、四人いてもハードな内容だったと思う。まあふだんたいていはふたりいれば充分なしごとだから、こういう日のために増員しておいてほしいというのも無茶な要求になるだろう。「ときにはこういう日もあるから、そういうときはがんばってほしい」といわれれば、「しかたないですね」というしかないだろうか。ミスだとか事故につながることも考えられるのだけれども、そういうことで責任を負わされるようだと、クレームはつけるだろう。

 帰宅して、ちょっと一息ついたらすぐにお昼になってしまう。きょうはシチューがいっぱいあるからだいじょうぶ。ごはんも、きのう炊いたのこりが炊飯器に保温してある。すぐに昼食モードに移行できる。

 きのうまでは南の方の海上に台風があって、これが北東に移動していったらしい。このところの雨空はその台風の影響だったのだろう。きょうも空はどんよりと曇っていて、しごとをやっているときに外ではすこし雨も降っていたみたいだけれど、そのあとはすこしずつ、明るくなっていくみたいだった。
 夕暮れどきに買い物に出ると、ちょうど陽のしずんでいく方角の、地平線のちょっと上のあたりだけ雲が切れていて、そこに太陽が降りてきて、そのオレンジ色の陽光で、わたしの歩いている道路のあたりまでも、まぶしく輝かせていた。ちょうど道路ぎわのコンビニから中学生ぐらいの女の子たちが出てきて、その彼女たちの姿だけがオレンジ色に映えていて、スポットライトを浴びるように彼女たちが歩いて行く。美しい景色だと感じた。

 夕食にもまだシチューは残っていて、ごはんを炊いただけで夕食タイム。これでシチューもおしまい。ちょっとベッドに横になって、なかなかはかどらないプルーストをまた手にとって、ちょっとだけ先に進んだ。ニェネントがなぜか、部屋のなかをかけずり回っていた。


 

[]Mary Margaret O'Hara - Don't be Afraid - September Songs Mary Margaret O'Hara - Don't be Afraid - September Songsを含むブックマーク

 このあいだ、Lana Del Ray というシンガーのどこか頽廃的なライヴ映像を観て、ディヴィッド・リンチとかではなく、こういうライヴ映像を観たことがある気がしていたのだけれども、ふいに思い出した。Mary Margaret O'Hara である。「9月のクルト・ヴァイル」という、1995年に公開された映画のなかでのこと。この映画はもともとがプロデューサーのハル・ウィルナーの製作した「星空に迷い込んだ男/クルト・ワイルの世界」というアルバムを受けての作品で、いってみればそのアルバムの映像版、いっしゅ、ヴィデオクリップ集のようなものだったけれども、撮影場所を廃工場のようなところに限定し、基本はアルバムでのアーティストではないアーティストを起用して製作されたもの。

 このころのハル・ウィルナーという人は製作するアルバムごとに評判をとっていたのだけれども、基本はある人物へのトリビュート・アルバムで、そこにさまざまなジャンルの先鋭的なミュージシャンを集めてやってのけるというのがその姿勢。まずはさいしょのNino Rota へのトリビュートがカウンター・パンチ、というか、ちょっとした衝撃だっただろうか。そのあとにThelonious Monk へのトリビュートがつづき、このKurt Weill へのトリビュートは三枚目で、1985年のリリースだったみたい。このあとも、ディズニー映画へのトリビュートだとか、Charles Mingus へのものがつづいたりする。この映画版「September Songs」でも音楽プロデューサーとしてかかわっていたみたいである。

 わたしも公開当時に映画館で観たのだけれども、そのなかでいちばんの衝撃が、このMary Margaret O'Hara だった。頽廃的、とかいうどころではなく、「不穏」である。「Don't be Afraid」などといわれても、むりである。I'm afraid.
 ‥‥とにかく、映画館から出ても彼女のことが頭からはなれて行かないわけで、帰宅してすぐに彼女のことを調べ、アルバムが一枚だけリリースされていることを知ってすぐにあちこち探しまわり、なんとか見つけ出して聴いたりしたものだった。その「Miss America」というアルバムもよかったけれども、あの映像での不穏さというものは、やはりヴィジュアルあってのものだったのかも知れない。わたしが観たおどろきとは、つまりこの映像のなかにある。YouTube で検索したらちゃんとアップされていたので、うれしくなった。

 その後のMary Margaret O'Hara は、新作をリリースすることにはまるで熱心ではないのだろうか、2001年に「Apartment Hunting」という、映画のサウンドトラックだというアルバムを一枚リリースしているだけ。わたしはこのアルバムもAmazon で取り寄せて聴いたけれども、ほとんど印象に残っていないというのがしょうじきなところではある。しかし、そののちも現在に至るまで、そのアーティストとしての活動は継続されているみたいである。やはりヴィジュアルがあってこそのアーティスト、ということだろうか。Lana Del Ray のライヴとはまるで違うといえばまるで違うだろうけれども、外の世界からはまったく隔離されたようなその世界は、どこか共通しているようなところも感じてしまう。もうちょっと、Mary Margaret O'Hara の画像は、検索して観てみたい。

 

Mary Margaret O'Hara - Don't be Afraid - September Songs


 

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■ 2013-09-25(Wed)

 わたしの三連休も、終わってしまった。けっきょくは、ノートパソコンのまえにすわりっぱなしの三日間だった。あさ起きて出社の準備をするのも「いやいや」だし、職場に歩く足どりも重たい。もうしごとの手順も忘れてしまったような気もしてしまう。胃腸の調子はずいぶんといいのだけれども、まだ完璧ではないと思う。薬は飲みつづけている。

 それなりにしごとはこなせて順調だったのだけれども、どうもあしたは膨大なしごと量になりそうだというような話も聞いた。まちがいであってくれればいいと思う。帰宅して、まだオートミールを食べる気になっていないわけで、朝食はきのう買っておいたテーブルロールパンとミルクコーヒーですませる。またノートパソコンのまえでぼんやりとすごし、昼食はやはりきのう買ってあった豆腐を冷や奴などに仕立ててすませる。そのあとは「あまちゃん」の昼の再放送。きょうはほとんどコレはコーエン兄弟のコメディー映画か!みたいなノリで、声を出して笑ってしまったりした。

 そのあと、またYouTube を閲覧していたら、瀬々敬久監督の「トーキョー×エロティカ」が全篇アップされているのをみつけ、公開当時映画館で観た作品だったけれども、「はたしていま観たらどんな感想になるだろう」などと思って、そんなに長くはない作品なので、一気に観てしまった。感想は下に書くけれども、やはり映画作品はYouTube 経由で観ても[今日のPlay List]なんかに分類しないで、[Video]あつかいにすることにした。

 このところしばらく自炊していないので、「そろそろやってみるか」ってな感じで、シチューをつくってみることにした。いわゆる「クリームシチュー」というものだが、牛乳や小麦粉をつかって自分でルウからつくる。わざわざ金を払って、あんなくどい味の市販のルウを買うなんて、ばかげたことだと思っているわけである。いまはわたしもたいていのものは薄味が好きだし、塩分には気をつかわなければならないので、自家製クリームシチューも「塩」はいっさい使わない。ただコショーだけの味付け。ほんとうにしばらくシチューもつくっていないので、いったいどのくらいずつ材料を使うのかも忘れている。けっこうてきとうにやった。肉は、冷凍庫のなかでほとんど干し肉一歩手まえ状態になっていたラム肉を使った。途中経過で「なんとなくイイ感じで出来てる」とか自賛してたのだけれども、出来たものの味見をしてみたらこれがいままでつくったなかでもトップクラスのいい味に仕上がった。ラム肉の味もマッチした。ちょっといい気分になった。

 さあ、夕食をはじめようかというときに友人からメールがあり、「風立ちぬ」をようやく観てきたという。「気味の悪い、座り心地の悪い」映画でした、と。登場人物もみんなストイックな人ばかりで、せめて「ナウシカ」のクワトロのようなキャラクターがいてくれればということ。面白いなあと思って、クワトロが出るんならクシャナ殿下も登場させて、菜穂子のライヴァルにすりゃあいいじゃないかなどと考える。菜穂子とクシャナ殿下が二郎を奪い合う。菜穂子は「結核」だが、クシャナ殿下も負けてはいない。「わが夫となるものは、さらにおぞましきものを見るであろう」というのが、二郎への口説き文句になるだろう。食事をしながらそんな返事をし、それからあれこれと興に乗ってしまい(きっと友人も乗ってくれたんだろう)、けっこうおそいじかんまでメールのやりとりをしてしまった。「なるほど、そういうことだったのか」とか、あたらしい発見もあったし、わたしのなかにもちゃんと捉えられていなかったことがらがいろいろあることがわかった。


 

[]「トーキョー × エロティカ」(2001) 瀬々敬久:監督 「トーキョー × エロティカ」(2001)  瀬々敬久:監督を含むブックマーク

 もう瀬々監督の作品から足が遠のいてしまってずいぶん経つ。「ヘヴンズ ストーリー」で、わたしなりにこの監督さんのことを見限った感覚だけれども、むかしは好きな監督さんだった。この「トーキョー × エロティカ」も公開当時に映画館で観て、それなりにインスパイアーされた記憶はあるのだけれども。

 ひさしぶりに観て、けっきょくは「なあんだ」という印象でしかない。映画館のスクリーンの大きさと、このノートパソコンのディスプレイの大きさの差は、あるかも知れない。冒頭のトンネル内の映像など、画面が大きければそれだけ迫力もあるだろうし、手持ちカメラのぶれとかの効果も大きくなるだろう。画面がこうやって小さくなれば、作品のスケールも小さくなるというか、ここで大きなスクリーンで再見してみないとたしかなことはいえないのだけれども。‥‥しかし、この脚本にはまるで感応できない。「エロティカ」はあるかもしれないけれども(このあたりもあやしいけれども)、それにかけられるところの「トーキョー」というのが、よくわからない。この作品が公開されて十二年のあいだに、「トーキョー」は映画が示唆したよりもずっと「とんでもない」ところに来てしまったようでもある。「ずいぶんとおとなしいんだなあ」という感覚。そうか、この「おとなしさ」が、「ヘヴンズ ストーリー」ではもっとウエイトを占めるようになるわけか。

 やはり、瀬々監督が良かったのは、脚本の井土紀州氏とのタッグのときだけ、だったということになるのか。‥‥じっさい、井土氏はその後も監督として刺激的なしごとをつづけていらっしゃるわけだと思う。
 って、ここで井土氏のことを検索してみたら、三年ほどまえに、けっこう大きな規模での彼の作品の上映イヴェントが行われていたみたいだった。新作もそのときに複数本公開されていた。そのことをいままで、まるで知らなかったのがショックだった。


 

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■ 2013-09-24(Tue)

 ついにきょうは、雨になった。せんじつの台風いらいの降雨だけれども、風もなくて「秋雨」という空気感。わたしの三連休はきょうまでだけれども、けっきょくそのまま、どこにも出かけないですぎてしまうことになる。

 だいぶ胃腸の調子も回復したとはいっても、まだまだ本調子とはいえないところもあり、またきょうも、出来合いの惣菜で食事をすませてしまう。ほんとうは胃腸のことをかんがえて、じぶんで献立を組み立てて自炊した方が、ずっとからだにはいいわけだけれども。

 あさの連続ドラマ「あまちゃん」も、ついにこの週で終了する。きのうもきょうも、その「大団円」に向けて、めっぽうテンションの上がる展開を楽しんだ。こんしゅうはもう毎日、決して見逃したりすることはできないという気分。

 図書館から借りている雑誌「文學界」の8月号に掲載されている、照井康夫という方の書かれた「小津安二郎外伝 ー四人の女と幻想の家」というのを読んだ。二段組みで七十ページという分量は、これ単独で一冊の単行本にするにはちょっと足りないだろうか。「Book」とするのはおかしいかもしれないけれども、このところしばらくは読了した本もないので、「Book」として、下に感想を書いておく(たいした感想ではない)。

 いっしょに図書館から借りているDVDの「つぐみ」を、うちの古いDVDプレーヤーでみようとしたら、モノクロでしかみられなかったことをまえに書いたけれども、きょう、ほかのDVDをみようとセットしてみたら、もうまるで画面が表示されなくなってしまっていた。「壊れている」と、断定した。せんじつDVDレコーダーが壊れたばかりだし、DVDをみることのできるノートパソコンを買ったせいで、ウチにある旧機器たちは絶望的な思いにとらわれたのだろうか。ノートパソコンで、「iDVD」などではなくDVDのダビングもできることがわかったけれども、そのダビングしたDVDがほかのDVDプレーヤーでもみることができるのかどうか、チェックできなくなった。やはりまた、中古でいいから、DVDレコーダーを買いたいという気もちにはなっている。せっかく画像安定装置を買ったのに、ほとんど役立っていないわけだし。

 きょうも、夕方からはYouTube三昧。けっきょく、この三連休はノートパソコンにへばりついたまま終わってしまうことになる。


 

[]「小津安二郎外伝 ー四人の女と幻想の家」(「文學界」8月号掲載)照井康夫:著 「小津安二郎外伝 ー四人の女と幻想の家」(「文學界」8月号掲載)照井康夫:著を含むブックマーク

 著者の照井康夫という方は、長いこと文藝春秋社の編集者としてやって来られた方、らしいし、映画というものへの造詣も深い方ということ。この「小津安二郎外伝」は、掲載されている「文學界」の表紙や目次には、「評論」、と、そのタイトルのまえに付けられていて、その<序>の章のおわりには次のような文章がある。

 本稿は、小津の「女性へ向かう対幻想」の変遷とその棲処となる<家>とのかかわりを、作品と日記から解こうと試みる、いわば「外伝」である。

 わたしは有名人の<伝記>というのはほとんど読まないし、そもそもが小津安二郎氏の生涯というものについて知ることもほとんどない。おそらくは「正伝」としての記述ということでは、すっとばしているところもあるわけなのだろうけれども、小津の実生活、その女性たちとのかんけいから小津作品を読み解いて行くというのは、面白いといえば面白いことであろう。

 でもわたしは「映画」は「映画」としてだけ(などと書くと誤解されそうだけれども)観たいと考えるところもあり、たとえばこの「外伝」を読んだからといって、それで小津の「晩春」をまた観て、「この作品の背後にはあの女性の存在があるのだ」などと思ったりするのは、好みではないところがある。

 まあ著者は小津の残した「蓼科日記」だとか周辺の人物の証言だとかよく調べるものだなあ、などと感心してしまうわたしはしろうとだけれども、つまりは「名の知られた人」になってしまうと、死後もこんなにまであれこれと詮索されるものなのだと、ちょっとばかりかわいそうになってしまう。そう感じてしまうわたしはやはり、しろうとなんだろう。


 

[]Lana Del Rey - Burning Desire Lana Del Rey - Burning Desireを含むブックマーク

 おそらくはMazzy Star とかHope Sandovall とかをあれこれ探していて、このLana Del Rey という名まえにぶつかったんだと思う。もちろんわたしは彼女のことはまったく知らなかったけれども、きょねんのはじめにファースト・アルバム「Born to Die」をリリースして大ブレイクした、すっごいメジャーなシンガーということ。これがどういう人物なのか検索してみたら、自分のことを「ギャングスタースタイルのナンシー・シナトラ」といっているらしい。ちょうどきのう、わたしなりにそのNancy Sinatra を再発見したところではあるし、彼女はKurt Cobain にも心酔しているらしいということでもあり、それは面白そうだとYouTube であれこれ聴いてみる。なるほど、これはいい。近年のアメリカはもう女性ヴォーカルばかりがもてはやされている状態がずっと続いている印象で、あんまり聴いてみようという気にもならなかったんだけれども、このLana Del Rey はいい。Lady Gaga などとはぜんぜん違ったネガティヴなパワーにあふれているというか。

 そのなかで、このヴィデオクリップがまた興味深い。この雰囲気は、ディヴィッド・リンチの世界なんじゃないのか。かぶさってくる車の映像とかはピンと来ないけれども、とにかくは病的な空気に満ちていてどこかうす気味わるい。こういうライヴの映像をどこかで観たことがある気がするのだけれども、リンチの映画の何かではなかっただろうか。‥‥気になってそのあたりを検索してみると、まさにきょねんの秋に、彼女はあるファッション・ブランドのCMでもって「Blue Velvet」をリンチ風な映像のなかで唄っていたらしい。どうやらその映像はもう観ることが出来ないようだけれども、とにかくはLana Del Rey、注目してみたい。

 

Lana Del Rey - Burning Desire


 

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■ 2013-09-23(Mon)

 わたしの三連休の、二日めのなかび。ついに、空が曇って暗くなった。こういう天候はひさしぶりだと思う。

 ニェネントがまた、部屋のなかで運動会をはじめた。みていると、グシャッとした、かたまりのようなものにまえ足でキックをくらわせて吹っ飛ばし、それで部屋じゅうを駆けめぐって一周して来てから、またその物体にキックを入れているのだった。「運動会」というよりは「サッカー」に近いのかも知れない。いったい何にキックを入れてるんだろうとみてみると、おとといだかにわたしが夕食でつくった「イカのホイル焼き」の、残ったホイルを丸めてゴミ箱に捨ててあったヤツ。‥‥やはり、ネコにとって「イカ」というのは「蠱惑」なのだろうか。ゴミ箱からわざわざほじくり返して来て、こうやって戯れるわけだ。そうやって戯れるニェネントのすがたをみると、しっぽの毛が逆立ってしまって太太として、いかにかのじょが興奮してしまっているのかがよくわかる。ネコにイカはよくないのだけれども、やっぱりそういう「禁忌」というのは「魅惑」なのだろうか。ホイルからイカの香りがしみ出してるからそのにおいで興奮してるんだろうけれども、もうイカの本体はぜんぶわたしが食べちゃってるし、ホイルのなかに閉じ込められている「おつゆ」なんか、たとえニェネントがなめちゃってもイカほどのものでもないだろうから、このままニェネントを遊ばせておいてもだいじょうぶだろう。けっこうながいこと、ニェネントのサッカー遊びはつづいた。

 わたしはようやっと(ほんとうにようやっと)、胃の調子が落ち着いてきたみたい。ほんとうは三連休ではあるし、ちょっと東京に飲みに行こうかなどとも思ったりもしたのだけれども、じつはきのうから、ちょっと人からサジェストを受けて、「プレゼントになるような、何か(ヴィジュアル的に)面白い本を探そう」ということになっていて、そういうものを探すことに熱中した。もしもそういう楽しい本が見つかれば(きっと)けっこうな価格もするだろうから、よけいに、きょうお出かけするなどということはしない。できない。ほんとうは、東京の書店に出て行って、現物にあたって探してみようという気でもあったけれども、ここでわたしは、「ふん、書店の店頭に並んでいる本なんて、ロクなものはないさ!」などと、いきがるわけである。つまりわたしの考えでは、「面白い」というのは、「レア・アイテム」ということでもある。‥‥キーワードもないままにパソコンで検索する。「検索」というよりも「彷徨」というべきだろう。「あ、なんだか面白そうだぞ」みたいな物件がひっかかって来たら、そこからは「検索」モードになったりもする。

 基本として日本の本は選ばない。しかし、もちろんわたしはそんなに外国語に堪能ではないし、贈る相手にしても同じこと。絵本のように図版を楽しめる洋書がいい。これが、わたしの選択基準。しかしいくら探しても買えなければしょうがないのだから、基本はネット通販のサイトのなかをうろちょろする。
 ‥‥そういう、探索のじかんも楽しかったけれども、「これだね」というものを発見したときにはうれしかった。まずはわたしが手元に取り寄せて、中身をみさせていただくことにした(じつは、その本の表紙の絵と、そのタイトルだけで決めてしまったのである)。もちろん趣味がちがえば、わたしがいくらステキな本だと思っても、相手は「なに、これ」ということにもなるだろう。そうならないことを祈る。そして、その本がどんな本かということは、ここには書きません。

 そんなことをやって、きょうはいちにち過ごしてしまった。じつはきのうの夕食はスーパーで出来合いのモノを買ってしまい、そのときにけさの朝食のパンも買っていた。きょうの昼はまたごはんにふりかけですませ、夕食はまたスーパーで買って来た惣菜ですませた。このところ、自炊モードから距離がある。つまり、節約モードでもない。

 夕方からはまたYouTube で古い音楽クリップなんか観てすごした。Nancy Sinatra が、いい。


 

[]Nancy Sinatra - These Boots Are Made for Walkin' (1966) Nancy Sinatra - These Boots Are Made for Walkin' (1966)を含むブックマーク

 1966年2月の、Nancy Sinatra のほぼアメリカでのデビュー曲でもあり、彼女のそれからのキャリアでも最大のヒット曲。‥‥いやあ、この古いTV番組の映像をみて、感心してしまいましたよ。こんなにすっばらしいシンガーだったわけか。あのコンサバの帝王Frank Sinatra の娘が、どうしてこんなことになってしまったのか。なり得たのか。もちろんそれまで彼女もコンサバ路線で売り出そうとされたのだけれどもみごとに失敗。それでLee Hazelwood の手にゆだねられ、その後の大成功の道がひらかれたわけだろうけれども、彼女のそういう資質を見抜いて際立たせたLee Hazelwood はすごい。そしてやはり、Nancy Sinatra はすばらしい資質を持っていたわけだ。

 わたしはそのあたりのポップスの歴史がよくわからないけれども、この曲のように「男を罵倒する」というもの、それまでにはなかったものではないだろうか。とにかく、大ヒットした曲としては、これよりまえにはこのような歌はないようだ(これよりちょっとまえに、Shangri-Las が不良少女ぶったイメージで人気があったわけだけれども、不良少女たちも男には従順だったわけである)。この曲と平行してNancy Sinatra はロジャー・コーマンの映画「ワイルドエンジェル」にも主演するわけだし、どうも時代のなかで突出した女性像を体現していたようではある。このあとの彼女のヒット曲もすばらしいものが多い。ダークなものをダークに唄えるのも彼女のすばらしいところで、「Friday's Child」なんて、いま聴いても「これって、オルタナティブ?」みたいなところもある。そうそう、ほんらいはCher の歌でヒットした「Bang Bang」など、いまではNancy Sinatra の曲と思われているのではないだろうか(「キル・ビル」で印象的な使われ方したし)。

 このTV番組の映像は、すっばらしい。バックの女性ダンサーたちとNancy の衣装、そして(すばらしい)ダンス。ここにまさにひとつの文化がある、という感覚を受けてしまう。
 しかし、このヴィデオでのNancy Sinatra の眼というのが、わたしには「ネコ」の眼にしか見えない。彼女の次のヒット曲、「How Does That Grab You, Darlin'」のなかでは、彼女はネコのなき声をまねて聴かせてくれていたんだった。

 

Nancy Sinatra - These Boots Are Made for Walkin' (1966)


 

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■ 2013-09-22(Sun)

 いっぱんに、世間的にはきのうからが三連休だろうけれども、わたしのばあいは、きょうから火曜日までの三連休で、きょうはその初日。きのうは外出しても早めに帰宅して、そんなに疲れているわけでもないと思うけれども、なんとなくダラダラと、何もしないですごしてしまった。まだ胃腸の調子も思わしくなく、「牛乳はよくない」といわれてもいるので、このところ、朝食のオートミールはひかえている。けさは、「そうめん」なんかを朝食にした。

f:id:crosstalk:20130923162325j:image:right 午前中はまた、ノートパソコンであれこれ検索して遊んだのだけれども、それなりに、「えっ!」とおどろく発見、あたらしいニュースを知ることもいくつかあった。まずは音楽かんけいの情報というか、「Through The Devil Softly」の購入いらい、かなり夢中になっているHope Sandoval のことだけれども、彼女の、Mazzy Star としてのニューアルバムが、まさにあした、リリースされるらしい。前作の「Among My Swan」のリリースからなんと17年ぶり。同一バンドのアルバムリリース間隔としては最長、なのではないだろうか。タイトルは「Seasons Of Your Day」。「Through The Devil Softly」(こちらは「Hope Sandoval & The Warm Inventions」名義)に「For the Rest of Your Life」なんてタイトルの曲があったことを思うと、なんとなくうす気味わるくなるタイトル。データをみると、Bert Jancsh がゲストで参加した曲もあるみたい。Bert Jancsh は二年前に亡くなられているから、レコーディングもずいぶんと以前のものなのだろう。しかしBert Jancsh は、Hope Sandoval & The Warm Inventions 名義での2001年のアルバム、「Bavarian Fruit Bread」にもゲスト参加している。どうもこの、Mazzy Star というバンド(というかユニット)と、Hope Sandoval & The Warm Inventions なるものの「差異」というものが、わからなくなる。Mazzy Star のもうひとりの中心人物、David Roback が参加しないとHope Sandoval & The Warm Inventions になるのだろうか。しかしこのアルバムは買わなくちゃ。
 もうひとつ、ちょっと似たような音楽かんけいのことがあって、これはもう「ニュース」でもなんでもない、わたしが知らなかっただけのことだけれども、むかしよく聴いたDead Can Dance というバンドもまた、きょねんにニューアルバムをリリースしていたとのこと。こちらの前作からのインターヴァルは16年で、これもすごい。Mazzy Star が新作出すまでの、インターヴァル「記録」だったかも知れない。‥‥このDead Can Dance が、さっき書いたMazzy Star とユニットの構成が似ているところがあるというか、こちらはBrendan Perry という男性とLisa Gerrard という女性とが中心となるユニット。そのきょねんリリースされた新作の「Anastasis」というのは、いまはYouTube で全曲聴けたので聴いてみた。かんたんな感想は下に。

 もうひとつ。リミニ・プロトコルが、ことしの「フェスティバル・トーキョー」にやってくる。わたしはリミニ・プロトコルの前回の公演「ブラック・タイ」を観てないし、そのまえの「資本論」は行ってるはずだけれども、「え? どんなんだったっけ?」って、いつもの調子でぜんぜんおぼえていない。それでもやはり、さいしょに観た「ムネモパーク」の鉄道模型とジオラマの世界は、いわゆる「舞台表現」というものを軽くはみ出したその発想、じっさいの舞台の楽しさなどはっきり記憶しているし、つぎの、トラックに乗せられて横浜から東京に走る「カーゴ」もまた、面白い体験だった。
 こんかいやってくるリミニ・プロトコルの作品は、「100%トーキョー」というもの。出演者は百人の東京都民たち、らしい。‥‥どうも調べてみると、リミニ・プロトコルはこの「100%」シリーズを、本拠地であるドイツを中心にしていくつもの都市でやっているみたいで、東京に来るまえの11月にはサン・ディエゴでもやっちゃうようである。これもYouTube で「さわり」の部分だけ観ることが出来たりするけれども、刺激的な舞台になりそうな予感でいっぱいになる。これはかならず行きたい。‥‥ほんとうは、ちょっとわたしが愛読しているブログでも紹介されていた「Best Before」っつうのがものっすごく面白そうで、そっちをぜひ体験してみたいというのはあるのだけれども、まずはわたしには久々のリミニ・プロトコル、ここは「100%トーキョー」から。わたしはオリンピックを東京でやることには興味ないけれども、いろんな表現をやっている人たちの作品を、身近に観たい。TVではやらないんだから。

 そんなニュースを知ったあと、昼食にはご飯を炊いて、賞味期限の来ていた「ふりかけ」で、かんたんにすませた。午後からはまた昼寝してしまい、夜になって目覚めたあと、眠れなくて困った。

[]Dead Can Dance - Anastasis [full album] excellent sound quality! Dead Can Dance - Anastasis [full album] excellent sound quality!を含むブックマーク

 Dead Can Dance が良かったのは、いわゆる「ロック」を含めた近代の西欧音楽から距離を置いた姿勢からのもので、西欧のものでもそれは「古楽」や「ケルト音楽」であり、そしてアジアや世界各地の民族音楽を典拠とした音作りからあらわれる神秘的な音世界には、わたしもただ惚れ込んだものだった。わたしのフェイヴァリットは、1990年の「Aion」。‥‥しかし、90年代のなかごろから、ちょっとばかしその音のなかに、ロック的な「ビート」のようなものが復活して来たようにも思え、「どうなんだろう?」という感覚は持つようになっていた。長く新作もリリースしないから、もう解散してしまったんだろうと思っていたのが、こうやっていつの間にかカムバックしていたと。どうも今年にはライヴ・アルバムもリリースしているらしい。

 その、きょねん発表された「Anastasis」。‥‥がっかりした。そうとうに、がっかりした。これではそこいらの、ちょっと翳った音を出すバンドとの差異はない。バックのシンセっぽい音もまた、ロックというイディオムのなかで使い古された音に聴こえてしまう。ただ、Lisa Gerrard のヴォーカル曲(というか彼女のつくった部分)の音は、「これがDead Can Dance の音だった」と思えるものだった。どうやらつまり、Brendan Perry がふつうのロック・ミュージシャンになってしまった、ということらしい。

 

Dead Can Dance - Anastasis [full album] excellent sound quality!


 

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■ 2013-09-21(Sat)

 台風の去ったあと、まるで雲のない快晴の日々がつづいている。きょうもまた晴天。しごとのあと、水戸へ行くことにしてある。水戸芸術館できょうから始まる「水戸短編映画祭」のオープニング作品が、深作欣二監督の「黒薔薇の館」。これを、観に行く。ちゃんと、予約もしてある。
 水戸は、わたしの住まいからは東京に出るよりもずっと近いのだけれども、ほとんど行くことがない。まえに行ったのは震災以前のことになる。そのときはまずは水戸芸術館で「彼女からの出発」という展覧会を観て、その二週間ほどあとに、チェルフィッチュの「ゾウガメのソニックライフ」を観に行っている。震災は、チェルフィッチュを観た二週間あとに起きた。水戸に来るのは、それいらいのことになる。

 映画の上映開始は午後一時からなので、おそくとも正午までには水戸に着き、あっちで昼食をとろうとかんがえる。電車は十一時半に水戸に到着するのがあって、それに乗ることにした。ランチが安くって、いごこちのいい店はないだろうか。胃腸の調子がよくないから、こってりしたものは敬遠したいなあとネットで検索したら、安い海鮮料理の店が見つかった。海鮮料理はいいな。水戸はそういうものがおいしそうだ。その店の情報をよくみると、海鮮丼などのテイクアウトもできるみたい。しかもワンコイン価格。ココでテイクアウトで買い、水戸芸術館の広場で食べるのがいちばんいいや、などと計画する。

 あれこれと準備をして、十時半の電車に乗る。せっかく準備していたのに、冷やしておいた紅茶を持って出るのを忘れた。駅の構内でペットボトルを買う。むだな出費になった。
 いつも東京方面に出るのとは逆コースの旅。車窓風景がやはりものめずらしいというか、すぐに、もうすっかり明るい茶色に色づいた、広大な田園風景が目のまえに拡がるし、それをすぎるとすぐ、こんどはほとんど森のなかを電車が走って行くことになる。駅に到着しても、その駅前には商店など一軒も見当たらない駅がつづく。東京に出るよりもずっと、「旅をしている」というふんいきになる。‥‥だんだんに眠くなり、みじかい電車の旅の後半はほとんど眠ってしまった。

 ‥‥二年半ぶりの「水戸」。駅前にどことなく起伏があって「立体的」という印象もあるけれども、東京のどこかにも、埼玉にも、こういう駅前風景はあったような記憶がある。駅から北への道をとり、水戸芸術館へと歩く。水戸芸術館のHPでは、水戸駅からはバスを利用しろと書いてある(徒歩でどのくらいじかんがかかるかは書いていない)けれども、このくらいの距離を歩けないというのは、とってもなさけないことだと思う。ゆっくり歩いて、徒歩二十分足らず。北関東の人間はおそらく、「徒歩」という概念は持っていないのだと思う。道のとちゅうで、まさしくネットで検索してあった「海鮮丼」の店をみつけ、テイクアウトで海鮮丼を買う。先に仕込んであるようで、ほとんど待たされなかった。

f:id:crosstalk:20130921115822j:image:right 水戸芸術館に到着。なんだか広場にも人があふれていて「あれ?」と思ったけれども、やはりきょうから「あおぞらクラフトいち」というものが、この水戸芸術館ではじまっているらしい。テント仕立てのブースが並んでいて、それぞれが手作りのクラフト作品を展示即売している。歩いてみていて、おもしろそうなブースもあったけれども、あんまりちゃんと見たわけではない。‥‥そろそろ正午。日ざしも強いので、日陰にちょうど空いていた休憩用のテーブル席にすわり、買った海鮮丼を食べた。これが、さすがに「水戸」というのか、そうとうに美味だった。分量も、さいきんは少食のわたしにもぴったりの量だった。ちょっとばかしその味に感動までして、フォトを撮ってしまったりした。こうやってアウトドアのテーブル席を独占し、天候はすばらしいし、テーブル上のさかなのたぐいも美味。これでワンコインで済んでいる、というのがいい。わたしのような貧乏人にはひさしぶりの、ぜいたくな気分を味わえた、などといえるだろうか(You can laugh!)。

 映画の上映がはじまる。年配のお客さんが多いように思う。さいしょに上映された、この「水戸短編映画祭」のイントロダクション映像が面白いんで、ちょっと笑ってしまった。作品の感想は下に書くけれども、終映後に、ゲストとして千葉真一氏が舞台に登場され、深作欣二監督の思い出などを語られた。深作欣二氏の監督デビュー作が、千葉真一氏の俳優デビュー作でもあられたとのこと。その後も水戸の深作欣二氏宅にはたびたび来訪されていたとのことで、客席にはそういったところでの旧縁の方もお見えになられており、千葉氏も舞台上からあいさつされておられた。彼の話のなかではやはり、「仁義なき戦い 広島死闘篇」の製作ウラ話こそ、めっちゃ興味深かった。この作品にいたる過程で、「仁義なき戦い」とおなじ脚本の笠原和夫氏の関わったところの、中島貞夫監督の「日本暗殺秘録」が深く影響していたということ。‥‥むかし、その「日本暗殺秘録」はDVDでみているはずなんだけれども、まるで記憶から抜け落ちている。このトークを聴いて、やはりもういちど、「日本暗殺秘録」を観てみたくなったことはいうまでもない。そう、ステージに上がって来られた千葉真一氏、もう七十もすぎていらっしゃるわけだけれども、体型もとてもスマートだし足取りも軽快。さすがはアクション・スターと、まさにビジュアル的に目を奪われてしまった。

f:id:crosstalk:20130921121926j:image:left 上映・トークが終わって外に出て、まだ午後三時。きょうはこのままこのあたりでぶらぶらしていれば、六時半からは「レイダース 失われた聖櫃」がここの広場で無料上映されたりもするのだけれども、そこまでやってしまうと帰宅がものすごく遅くなってしまう。そこまでに観たい映画でもないし、体調万全ともいいがたいところもあるわけで、きょうはまっすぐに帰宅することにした。‥‥帰路の電車のなかでまた寝て、まだ明るいうちに帰宅できた。やはり早く帰宅してよかったかな。

 ずいぶんまえに複数買ってあった「麦イカ」(スルメイカの小さいの)のひとつ(まだ、三はいくらい冷凍庫に残っている)をきのうから解凍してあったのを使って、ひさしぶりに「イカのホイル焼き」をつくってみた。シンプルな調理ですませたけれども、このシンプルさが正解だったというか、おいしい夕食になった気がする。きょうは、「海の幸」のお世話になった。

[]「黒薔薇の館」(1969) 深作欣二:監督 「黒薔薇の館」(1969) 深作欣二:監督を含むブックマーク

 この作品のまえの年の8月、おなじ丸山明宏(現:美輪明宏)主演、深作欣二監督という布陣で江戸川乱歩の原作を三島由紀夫が戯曲化した「黒蜥蜴」が製作、公開され、これがヒットする。その好評を受けてつくられたのがこの「黒薔薇の館」ということで、公開されたのは1969年の1月。「黒蜥蜴」の公開から半年も経過していないし、しかも、そのあいだに深作欣二監督の作品というのは二本も公開されている。すっごいペースだなあと、まずはおどろいてしまう。

 この「黒薔薇の館」は原作があるわけではないオリジナル作品で、脚本は深作欣二氏と松田寛夫氏との共同作業。おそらくは、丸山明宏氏の魅力を十全に引き出すためにはまさに「あて書き」、オリジナル脚本で攻めようという判断もあっただろうし、それいじょうに、作品製作にじかんをかけられない、かけたくないという事情もあったんだろう。

 「黒薔薇の館」というのは、ある富豪が趣味でやっている洋館まるごとの秘密クラブ(セックスクラブではなく、会員制高級バーみたいなもの)というわけだけれども、ここに謎の美女が訪れて来るようになり、彼女を追ってくる男たちも次々にあらわれて、「黒薔薇の館」の様相は一変する。謎の美女はいつも「黒い薔薇」を手にしているけれども、それは「消え失せた<永遠の愛>」が復活するときに、赤く色づくのだという。いってみれば、「愛」を求めてやまないおとなのための、妙にロマンチックな「マンガ」というところなんだけれども、ここでヒロインを演じているのがじつは「女性」ではないことは、観客だけが知っている。まあ映画では「謎の女性」で押し通しているから、そこにトリックがあるわけではないけれども、観客の方では、映画全体がまさに「虚構」であることを意識しながら観ることになるだろう。このあたりにこそ、この作品のめっちゃ面白いところがある。
 だからこそ、彼女を追って次々にあらわれる男たちの、それぞれの芝居がかった「純粋さ」がまた、それぞれに楽しいものになるだろうし、やはり「黒い薔薇」と対になってあらわれる富豪の息子、彼と「謎の美女」との末路も、観ていて想像がつくことにもなるし、ここでその富豪の息子を演じる田村正和の「おぼっちゃん」ぶりもまた楽しい。‥‥ただひとり、丸山明宏とかんけいを持ちながらも破滅しない人物がいて、これが「黒薔薇の館」のオーナーの小沢栄太郎なんだけれども、映画のなかでの丸山明宏と小沢栄太郎とのかんけいというのはどこか世俗的なもので、小沢栄太郎が丸山明宏に「今夜は楽しかったよ」というように、ごく一般のかんけいというか、過剰なロマンはそこにはないように読み取れる。小沢栄太郎が生き残れたのはきっと、<永遠の愛>なんて、ハナっから信じてなんかいなかったからだろう。

 でもやっぱり「絵」になるのは<永遠の愛>を求める男女なわけで、とくに海岸で、丸山明宏が「この男よ!」とばかりに、毛皮のジャケットを脱ぎ捨てて(ここで画面がロングに切り替わる)田村正和に抱きつき、すぐに打ち寄せる波しぶきの映像に移行するシーンではじつは大笑いしそうになったけれども、それでもこのシーンは印象に残るわけである。先に書いたように、丸山明宏を追ってくる男たちも楽しい。西村晃の「演説」、川津祐介の「涙」、そして内田良平の、丸山明宏のボディーガード的存在だった男(ぜったいに、のちのジョー山中の若いころ、だと思う)とのナイフでの決闘。

 そしてもちろん、すばらしく「絵」になるのは丸山明宏。冒頭に登場してすぐに、フランス語もサーベルもさばいてみせるし、まさにキャラクターの持つ「虚構性」を全開させる。さいしょの「黒薔薇の館」のなかで歌うシーン、照明とかずいぶんのっぺりしているなあ、などと思っていたら、そのあとに館内は改装され、まさに暗がりのなかでスポットライトを浴びて歌うことになるのだった。なるほど。

 べつに、「芸術映画」というわけでもないだろうけれども、すっごく楽しい作品だった。ちょっと無理をして観に来た甲斐があった。そう、冒頭のタイトル部のデザインは、横尾忠則氏によるものだった。


 

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■ 2013-09-20(Fri) このエントリーを含むブックマーク

 きょうも晴天。まだひるまは気温が高いけれども、「秋」という空気になってきた。しごとに向かう早朝、むしろ深夜というじかんに、西の空にまるい月が大きくかがやいているのがみえた。スーパーで、お団子などがたくさん並べられていたことを思い出した。「中秋の名月」、だったんだ。

 しごとのあとに内科医に行き、このところの胃腸の不調ぶりも訴え、かんたんな診察を受けて、とくに異常はないということ。いつもの飲み薬に加えて、二種類の整腸剤をいっしゅうかん分、処方してもらった。会計はいつもの額とほとんど変わらなかったので、そのように会計の方に話したら、整腸剤というのは安いものなのだと。みょうに薬局で胃腸薬など買わなくてよかった。

 帰宅してすこしは元気も回復したようで、わたしの部屋のベランダのまえに生い茂っている雑草などの始末をやってみた。むかしやったときに無理に引っこ抜こうとしてしりもちをつき、内出血を引き起こしてえらいことになった体験もあるので、きょうはのこぎりを使って茎を断ち切っていくことにした。これが、ものすごく楽に作業が進んだ。ただ、枯れたアザミの始末には難儀した。‥‥いったいなぜ、アザミというのはここまでに自己防御しなくてはならないのか。茎ぜんたいに生えたこの棘は、異常である。ちょっと肌がふれただけで、ものすごい痛みを感じる。足で踏みつけながら茎を切るとかやってみるのだけれども、つい指などがふれてしまうことがある。「孤高の植物」なのか。ハリネズミなどならば、まさに「ハリネズミのジレンマ」もんだいもあるだろうけれども、アザミなどの植物はべつに同類と触れ合うひつようもないわけで、ただ媒介になる昆虫類が、その花にさえ来てくれればいいわけだ。そうすると、植物というものはたいてい、このアザミみたいに自己防御しちゃっていい、した方がいいことにならないだろうか。そこまでにならなかったことを、創造主の温情と感謝すべきだろうか。
 切り取ったあとの茎などはすぐそばの駐輪場のわきの、ゴミ回収指定場所のそばに運ぶのだけれども、やはりアザミの茎だけは足でけっとばしながら動かした。

 午後から、ハードディスクに保存してある映画をひさびさにみた。「CUT」という、イランの監督のアミール・ナデリという方が日本で撮った作品。‥‥しょうじき、わたしにはまったく受け付けられず、みていて当惑するばかり。かなり早送りでみてしまった。だから、この作品を「観た」、とはいえない。

 ちゃんと「観た」といえないのに感想じみたことを書くのはよくないだろうけれども、いくつかの疑問がある。まずは、主人公の「映画は<芸術>である」という信念からの、インデペンデントなシネマテーク活動だけれども、そんな過去の、評価の定まった、観ようと思えばいつでも観られる(ここにはわたしの誤解もあるかも知れないけれども)作品を上映するより、もっと現在形の、<いま>の映像作家、もしくはそういう作家をこころざす人たちの作品をこそ、上映すべきではないのかという疑問。わたしは映画が芸術であっても娯楽であってもどうでもいいんだけれども、表現として「より高い地点」を目指すのはたいていの作家の信念ではあると思う。そういう表現のなかから、主人公が「これこそ」と思えるような、<現在形>の作品をこそ、観客に提示するべきではないのか。

 もうひとつ。どうして映画周辺の人たちは、ベストテンだとかオールタイムベスト100だとか、そういう順位付けが好きなんだろう。美術だとか文学の世界ではそういう順位付けの話などほとんど聞かないし目にしないのだけれども、なぜか映画の世界はそういうことをやる。これは記憶をたどると、ロックの世界でもやっていることではある。そうすると、映画とロックというのには共通する何かがあるということだろうか。‥‥どちらも二十世紀に誕生した<表現>だから? それだったら、二十世紀以降の文学とか美術での順位付けというものも、もっとあふれていてもよさそうな気もする。しかし、それでもってたとえば、プルーストとジョイスとカフカとかでもって、だれがどのあたりの順位になるかなんて考えると、ばかっばかしくなる。マティスとピカソでどっちが上かとか、どうでもいいことではないのか。わたしは映画でも(もちろんロックでも)「どの作品が史上一位か」なんて、やはりどうでもいいと思っている。そういうことを、この映画でもって終盤に延々とやるというのが、まるでわからない。わたしには、こういうことがまさに、「映画」が「芸術」ではないことの例証になりそうな気がする。
 ‥‥ほんとうはもっともっと、いろいろなことを書きかけたのだけれども、わたしの精神衛生によくないし、読んで愉快なものでもないのでやめた。これだけの文でも、不快に感じられる方もいらっしゃるかも知れない。ご容赦ねがいます。


 

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■ 2013-09-19(Thu)

 しごとは非番の休日。それでも五時ごろには目が覚めた。起きたしゅんかんから、やはり体調がおもわしくないことがわかる。おそらくはこれは消化器系統の不調で、ずっと下痢っぽい感じではある。この状態も長くつづいているので、胃腸科の病院へ行ってみようかとも考えるけれども、あしたにはいつもの内科医に行く予定もあるので、そのときに医師に相談してみようということにした。

 きょうもまた、外には青い空が拡がって、おだやかな初秋の天候。発情期も終わったはずのニェネントが、部屋のなかで「秋の運動会」をはじめた。「ニャッ!」と、いかにもネコらしいなきごえをスタートの合図にして、部屋のなかの隅から隅へと突進しながら駆け巡る。めったに上がることもない、冷蔵庫のうえに乗せてある電子レンジのうえにまで駆け上がる。またそこから飛び降りてリヴィングを経由して和室へと駆けこんで来て、キッチンに抜けてリヴィングへ。しばらくはこういう「運動会」をやっていなかったので、いったいどういう風の吹き回しなんだろう、なんて思ってしまう。ふだんはどちらかというとおとなしくて温和なニェネントだけに、こうやって暴れてくれると「やっぱりニェネントもやんちゃなネコなんだなあ」と、かわいらしく思ったりもする。

 そのニェネントの、食事のネコ缶の在庫が底をついた。まえに近所にあたらしいドラッグストアが開店したときに安かったので、けっこうまとめ買いしてあったのだけれども、もうかなり昔のことになるし。
 ‥‥ニェネントは、ゼリー仕立てのネコ缶でないと食べてくれないことはわかっている。「安いから」とゼリータイプでないものを与えても、まさに「ネコまたぎ」である。それでいままで、そういうゼリー仕立てのネコ缶でいちばん安価なものを買っていた。4缶で198円ぐらいというのが標準の価格だった。安売りで買ったときはたしか、168円だったと思う。
 そういうことできょう、あたらしいネコ缶を買いに出かけたのだけれども、これがなんと、大幅な値上げをされていてびっくりした。なんと、248円になっている。25パーセントの値上げかあ。‥‥デフレ脱却が、こういうところからやって来たか、という感じ。「ペットを飼うなんていうのはぜいたくなことだから、まずはそのあたりの値上げからやってやろう」ということなのか。それでこのところめったに行くこともなくなった、まえにそのネコ缶を買ったところの、あたらしいドラッグストアに行ってみた。「しらす」だとか「ささみ」の入ったものはやっぱり248円だったけれども、ただの「かつお」缶は、まだ198円で売っていた。もちろん、コレを買った。

 買い物をしたりして外を歩いていると、そんなにも体調不良は感じないのだけれども、帰宅してリラックスすると、とたんに「具合が悪い」という感覚になる。なにかでまぎらわせていればだいじょうぶ、というていどの体調不良なんだろう。ベッドに横になってからだをなだめようとする。もちろん、そうやってそのままに眠ってしまったりする。


 

[]The Beatles - Magical Mystery Tour - Full Album[HD] The Beatles - Magical Mystery Tour - Full Album[HD]を含むブックマーク

 ああ、このまま寝ちゃうかなあ、というときにセッティングして聴いていた。こんなことをいっちゃアレだけれども、この時期(Brian Epstein がいなくなる)のBeatles というのは、どこかでリーダー然としていたPaul McCartney の、オポチュニズムだとかスノビズムというものが、まったくもってあらわになってしまう季節ではあったと思う。映像のことはもうどうでもいいのだけれども、この「音」の面でも、ひとつの「カッコよかった」ところのBeatles が終わってしまったんだよな、というところもあるし、とにかくはまさに「バロック」な彼らのユニークさを楽しめるところもある。

 あえてCDとかを買うまでもないという認識もあって、きょうのきょうまでほとんど聴かないでいた音源だけれども、やはりこれは「バロック」の面白さ。わたしはBeatles のシングルとしては「Hello, Goodbye」なんかいちばん好きな方だし、「Baby, You're a Rich Man」もまた、すっばらしい「超傑作」だと思っている。そして、これ以降はこういう音処理として「Wired」(?)なことはやめてしまうところの、John Lennon の大傑作(George Martin との「共作」というべきか)「I Am the Walrus」や、「Strawberry Fields Forever」が収録されているのもつまりはこのアルバム。George Harrison の「Blue Jay Way」もあるし、「四人共作」の「Flying」も収録されている。‥‥やはり、ある面では、この作品(あまり「作品」としての統一性はないのだけれども)こそ、Beatles というバンドの、(音としては)いっちばんイイ面を表出している、ともいえる気がしてしまう。

The Beatles - Magical Mystery Tour - Full Album[HD]


 

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■ 2013-09-18(Wed)

 しごとに出るために外を歩いていると、東の空が明るくなって来ている。ピンクからブルーへの階調がうつくしく見え、きょうも晴天が続くのだろうと想像した。

 しごと先の倉庫ではまだ冷蔵庫などの電源が切れたままで、とにかくはやりにくい。やりにくいといってもやってしまうから、根本的なかいけつを先のばしにされてしまうのだろうか。きょうはまた別のトラブルも起き、倉庫から支店へ荷物を運ぶトラック(オートマ車)のバッテリーが落ちてしまい、操行不能になってしまった。せんじつ、この倉庫に集荷に来た車が事故を起こしてしまって以来、まるで呪われたようにトラブルが続いている。かんがえてみれば、わたしの体調不良もこのトラブル連鎖の一環なのではないのかと思ったりもする。
 きょうも、しごとを終えて帰宅したしゅんかんから、身体の調子が悪くなる。きっと、しごとに従事しているときにはそれなりに緊張していたり、神経をそっちへ使っているから、体調の悪さが意識にのぼってこないだけかもしれない。

 YouTube で、東日本大震災の映像を、いろいろと見た。「TSUNAMI」。海外の方の作成した、報道された写真だけで編集した映像が、こころに残った。「鎮魂」というのはこういうものだろう。しかしそこに日本人らしい方からのコメントがあり、「あなたはアップされた写真のなかで泣いている女性の知り合いなのか。彼女のことを知らないのならば、このような映像は削除してほしい」というようなことが書かれていた。このコメンターのいっていることが、よくわからない。このコメントを書かれた方は、その「泣いている女性」の知り合いなのだろうか。‥‥わたしはそうは思わなかった。「報道写真」というものは、たしかにその対象とされた人物を特定出来てしまうこともある。そうでなくても、そのパーソナリティーが想像されてしまうこともある。このことは、ニューヨークでの「9.11」の報道写真でもおなじことがいえる。それらの写真にはやはり、「泣いている人」が写されていたし、わたしはそういう写真をいまでも記憶している。でも、そこで写された「泣いている人」のことを、撮影者、もしくはその写真を報道に使った人たちは、知っているわけではないではないかと批難することが出来るだろうか。
 震災に関してのいろいろな映像をみたけれども、海外のニュースでは被災者らの沈着さ、日本人の落ち着きにおどろいているものも複数あった。しかし、わたしが見たかぎりで、このYouTube にアップされている日本からの震災映像には、先にわたしが書いたような「鎮魂」を感じさせるような映像はなかった。ただ、津波の凄まじさ、報道されなかった部分での「こんな映像もある」みたいなものばかりだと感じた(ちゃんと何もかも見たわけでないから、いいかげんなことはいえないけれども)。
 ‥‥震災の犠牲者を追悼する気もち、わたしはそういうものは海外からの映像の方にこそ、より強く感じ取った。もちろんある面では日本の人たちはみんな「被災者」であり、「よそごと」という気分になれないということもあったんだろう。海外からの視点というのは、ある面で「よそごと」だからこそ、そういう映像をこさえるときに、「鎮魂」、「追悼」ということを意識せざるを得ないのだろう。

 かんけいないだろうけれども、日本の「映画」というのはずっと、とくにメジャーな作品において、「不調」なのだと思っている。その「不調」というのにどこか、このYouTube での映像群もまたかんけいしているように、わたしには思えてしまうところがあった。
 ‥‥このようなことを書いて、もしも被災者の方々に不快感をお与えてしてしまっているようなことがあれば、お詫びいたします。

 わたしは体調が「不調」なので、本も読まずにさっさと寝てしまった。あしたはしごとも非番でやすみだから、のんびりとすごしたい。


 

[]Espers - Dead Queen Espers - Dead Queenを含むブックマーク

 Espers は、近年のわたしがいちばん夢中になっていたバンド。この「Dead Queen」は、Espers の2006年リリースの三枚目のアルバム「II」に収録されていた、そのしょっぱなの曲。Espers はこのあと2009年に「III」をリリースしているけれども、よくは知らないけれども、もうこのユニットとしての活動は終わっているんじゃないだろうか。

 イギリスにおいてFairport Convention とかが、1960年代の末期にあたらしいエレクトリックなフォークのあり方を示して革命を起こしたのだとしたら、それから35年とかの月日を経て、そのようなフォークをリニューアルし、サイケデリックなトラディショナル・フォークとでもいうようなものを打ち出したのではないかと思う。サイケなフォークというと、Fairport Convention と同時代にIncredible String Band などというバンドもあって、これがまたわたしのフェイヴァリットなわけだけれども、ある面でフォームレス(ホームレスではない)だったIncredible String Band の音世界に比べ、このEspers には、みごとなフォームがあると思った。そのことがこの「Dead Queen」という曲によくあらわれていると思う。
 ひとつにはそれは、「トラディショナル・フォーク」の形式を守りながらも「オリジナル」であり、つまりは「サイケ」である、というあたりなのか。Espers にはちゃんと伝承曲のレパートリーもあるし、メンバーのMeg Baird は、もっとそのあたりの「伝承歌」をメインにしたようなアルバムも製作している。
 いま、Wikipedia でこのバンド、そしてMeg Baird のことなどを読んだのだけれども、とくにMeg Baird にかんしては、Fairport Convention のSandy Denny、Pentange のJacqui McShee と並び称されているようなことも書かれていて、わたしもそのあたりのことにはしっかり同意したい。ただしかし、ソロとしてのMeg Baird の音には、こういう、Espers のサイケデリックな面は失せてしまっているということは認めざるを得ない。もうEspers としての新譜は出ないのだろうか。

Espers - Dead Queen


 

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■ 2013-09-17(Tue)

 台風一過。世界の、ほとんどの空気が入れ替えられてしまった。出勤のために早朝の五時まえの戸外を歩くと、肌寒ささえ感じてしまう。東の空がわずかに明るくなってきていて、きょうの空は抜けるような晴天になるとわかる。風はないけれども、空気の粒子がからだのそばを通り抜けて行く。

 しごとを終えて帰宅するときには、すでに空のうえにある太陽が、紫外線を発散していることを実感する。紫外線のことを知っているわけではないけれども、この攻撃的な光を「紫外線」と呼ぶのだろうと、推測したまでのこと。

 部屋に戻り、きょうはこんなにいい天気なのだから、部屋にこもっているのはもったいないのではないのか、なんてことも考える。窓からみえる青空が深く、美しく感じられる。

 午前中は日記を書いたりしてすごし、昼食にはまえに買ってあった味噌味のインスタント・ラーメンをつくってみた。これが、出来てみると、めっちゃくちゃにしょっぱかった。まず気分が悪くなり、医者からも「塩分は控えるように」といわれているわけだけれども、じっさいにその禁忌にふれてみると、ここまでのことになるものかとおどろいた。気分の悪さがその「しょっぱさ加減」から来ているものなのかどうかわからないけれども、食後に血圧を測定してもこのところにない高い値を示していたので、ふたたびおどろいた。

 きのう観た「つぐみ」の延長というわけでもないが、「オレもこうやって病気で死んで行くのか」という気分になる。軽いジョークのような書き方だけれども、本気でそう思っていた。ベッドにのっかって、眼をつぶっていると、「この世ではない」世界が見えてくるような気がする。このままベッドのうえで「この世ではない」世界に行くとしても、なにか「はなむけ」の音楽がほしいと思った。それでGabin Bryars の音を検索したけれども、あんまり長時間なものがない。さきにかけたものがすぐに終わってしまい、そのあとの検索にじかんを取られるようなことになるのはいやだから、なるべく長時間のクリップを選びたい。それで、ひょんなことからWim Mertens だね、とか思って検索したら長いのがみつかった。しかも、これが感涙もののすばらしさだった。やはりYouTube には感謝しなければならないか。‥‥聴きながら眠ってしまったことは、いうまでもない。

 夕刻になって目覚め、そのときには「もう死ぬかも知れない」などと思っていたことは、すっかり忘れていた。忘れていたわけではないけれども、まだ百年ぐらいは生きていられると思えるようになった。こんなときに夕食をつくるなどという発想があるわけもなく、南のスーパーでお弁当を買ってすませようという気になる。午後の七時をすぎればお弁当の値引きもはじまるので、そういうじかんをみはからって行ってみる。予定通りに値引きされていたチラシ弁当を買い、ついでにやはり安くなっていたパンの詰め合わせも買う。帰宅してお弁当を食べ、そのあとはまたベッドに上がって休息をめざす。‥‥昼寝をいっぱいしていたのでなかなかに眠気もやって来ないわけで、まくらもとにあった「失われた時を求めて」を、この夜はけっこう読んだ。幼少期のプルーストは、なんでもかんでも両親にぶちまけてしまう「こまった子ちゃん」で、わたしなどは「ふうん、そんなに両親のことを信頼しているわけか」ということになる。わたしは両親を信頼したくなどないし、そんなことが自分の過去にあったならば恥じるしかない。決して人にはそんなこと(両親を信頼していないこと)は、話さなかったけれども、いまは誰にでも話すようになった。

 いつしか、寝てしまったようだった。


 

[]Wim Mertens - What You See Is What You Hear [Full Concert] Wim Mertens - What You See Is What You Hear [Full Concert]を含むブックマーク

 まえに「Hermine」のことを書いたときにちょっと触れた、クレプスキュール・レーベルのSoft Verdict とはつまりこのWim Mertens で、その後Wim Mertens 名義で長い活動を行っている。かなりの数のアルバムをリリースされていて、わたしはとてもその全部を聴いてなどいないけれども、それでも数枚のアルバムは自分で持って聴いていた。初期の「Maximizing The Audience」は、いまでも愛聴盤である。

 彼の音楽は、「ミニマム・ミュージック」として包括されている。反復性の強い彼の音楽の旋律は耳にここちよく、ときに登場するヴォーカルなど、「これには日本語の歌詞がぴったり合いそうだ」と思うことがよくある。親しみやすい。

 しばらくは彼の音楽を聴いていなかったけれども、きょう、こうやって体調の良くないときに彼の名を思い出し、検索してみつけたのがこの映像。タイトルの「What You See Is What You Hear」というのは曲名ではなく、このコンサートのタイトルとのこと。2005年のベルギー、アントワープでの公演の記録。Wim Mertens はピアノを演奏し指揮をとり、ときに彼自身が歌う。ここに弦楽五重奏と、六人の女性コーラスが加わるという編成。内容をあとで調べたら、つまりは彼の二十五年のキャリアからのベスト的な16曲の選曲。聴いていても、「この曲は知っている」というものがあれこれと出て来た。

 Wim Mertens のファンにはたまらないコンサートでもあるし、はじめてWim Mertens を聴く人にも、彼がどのような音楽をやっているのかわかりやすいものだと思う。入門編でもある。「ミニマム・ミュージック」といいながらも情感に訴えてくるそのメロディに、ときどき涙がこぼれた。またこれからも、再生してみたい、聴いてみたい映像だった。

Wim Mertens - What You See Is What You Hear [Full Concert]


 

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■ 2013-09-16(Mon)

 台風来襲。あさ起きたときから、外で風がつよく吹いているのはわかる。TVをつけてニュースをみると、想定される台風の進路はこのあたりにかなり近いところを抜けて行くような。おそらくはきょうの午後からがあぶない。
 出勤するときにはすこし雨も降りはじめて来たけれども、とにかくは風。これでもっと雨が本降りになれば、とても傘などさして歩いたりできないだろう。とにかくは強風のなかでしごと。じつは、いまはしごと場の倉庫では別のもんだいも発生している。一部の電源が落ちてしまっていて、冷凍庫、冷蔵庫などが機能しなくなっている。ダブルクラッシュという感じでもある。しごと量はそれほどでもなかったけれども、そういう非常事態でのしごと、という感覚ではあった。

 ちょうどしごとが終わって帰宅するころになって雨が降り出し、そこはなんとか職場から自宅も近いので逃げて帰ったけれども、朝食のオートミールを調理しようと思ったら、牛乳がまるでなくなってしまっていた。いま考えると、別にオートミールにこだわるひつようもなかったわけで、そうめんとかですませても良かったはずなんだけれども、なぜかこのあさはオートミールが食べたかったんだろう。「じゃあ近所のコンビニで牛乳を買って来よう」ということになるけれども、外の風雨はさらにきょうれつになってしまっている。ビニール傘をさして、なんとか自宅から歩いて一分ちょっとのコンビニへ行く。「コンビニの牛乳というものは、こんなにも高いのか」と、おどろく。いつも牛乳を買うドラッグストアの、ほとんど、倍の価格。これでもうちょっとがんばって、このコンビニのまえの道路を横断すれば、すぐにその(牛乳の安く買える)ドラッグストアなんだけれども、雨も激しくなっているし、「ま、いいか」と、その高価格の牛乳を買う。帰宅の道もたいへんだった。ビニール傘が風にあおられて、「あと自宅まで20メートル!」というところでおちょこになり、使えなくなってしまった。こんなことではこのあと、この天候はいったいどんな事態になってしまうんだろう。帰宅してニュースをみると、関西の方がたいへんなことになっているみたいだった。アレが数時間後にはこっちへ来るわけだろう。きょうはもう、一歩も外に出ないようにしようと、こころに決めた。きのう借りた「つぐみ」のDVDでも観てすごそう。

 ちょっと高くついてしまったオートミールを食べ、午前中はそういうニュース番組ばかりみてすごした。窓の外をみると、いつのまにか雨はほとんどやんでしまっていた。「嵐のまえの静けさ」というものだろうか、などと、これからの最悪の事態を考えたりする。
 しかしそのあとも雨が降るようでもなく、風もおさまった感覚。ニュースでみると台風はどんどんこのあたりに近づいて来ているわけだけれども、「雨雲の動き」をみると、はげしい雨が降っているのは台風の北西の方角がちゅうしんのようだった。「なんだ、これでこのままこのあたりもセーフということなのか」と、ちょっとホッとして、また安心もする。あとはDVDで「つぐみ」を観ることにした。

 せんじつ、DVDレコーダーが壊れて捨ててしまったので、のこっているのは古くからあるDVDプレーヤーだけ。ひさしぶりに電源を入れて使ってみた。ところが、出てくる映像がモノクロ。「はたして、これってモノクロ映画だったのだろうか」とパッケージをみると、たしかに「カラー作品」と表記されている。あれこれとプレーヤーの設定をいじってみたけれどもカラーにならないので、「パソコンがあるじゃないか」と、パソコンの方で観ることにした。もう、なにもかも、このあたらしいノートパソコンが頼りである。映画の感想は下に。

 きっと、あしたは「台風一過」で、いい天気になるにちがいない。早くに寝ることにして、ベッドにもぐりこんだ。このところ進展のおそい「失われた時を求めて」の読書、ほんのちょっとだけ進めた。こんなペースで、ぜんたいを読み終えるのはいつごろのことになるんだろう。


 

[]「つぐみ」(1990) 吉本ばなな:原作 市川準:監督 「つぐみ」(1990) 吉本ばなな:原作 市川準:監督を含むブックマーク

 ついこのあいだ、ひさしぶりに「blue」を再見し、まだその余韻があたまのなかに響いているときに、この「つぐみ」を観たのがよかったのかどうなのか。しかしまずは、音楽をむかし好きだった板倉文氏が担当していたのがうれしかった。そのことで「blue」での大友良英氏の音と、あたまのなかで並べてみたりする。どっちもいい。「つぐみ」のラストでは、小川美潮ちゃんの歌声も聴けた。このあいだ何かのチラシで、どこかのイヴェントに小川美潮さんが出演されるという情報を知り、すっごいひさしぶりに彼女の生の声を聴きたいなあと思ったものだった。

 ‥‥映画の話。冒頭から、東京の映像とともに中嶋朋子の心象が、過多なぐらいに語られつづける。それが「海」への郷愁の思いというのか、つまりは地方から東京へ出て来た人物の気もち、なのだろうか。こういうところがまた、「海」とはかんけいないけれども、「blue」での、その場所からいずれは東京へ出ることになる市川実日子の、その心象とかさなる気がしてしまう。そこで、この「つぐみ」での饒舌さと、「blue」での、ほとんど「沈黙」といっていいような寡黙さとをくらべてしまう。

 中嶋朋子の郷愁のポイント、この「つぐみ」では、つまりは三人の女性が並んで見た海岸の夜景(だれかが、「あの世みたい」という)へと結びつくものなんじゃないかとは思う。だけれども、そういうことと「病弱だけど思いっきりわがまま」という牧瀬里穂のパーソナリティー、彼女をめぐる物語とが、どうやって絡んでいるのか、つまりは、よくわからない。牧瀬里穂の真田広之への思慕というのもなんだかオーディナリーなもので、「病弱だけど思いっきりわがまま」ということと結びつかない。終盤に牧瀬里穂はゾンビのようなメイクで落とし穴掘りに熱中するわけで、奇妙に弱みをみせる(みせつける)牧瀬里穂の手紙といっしょになって「病弱なのにヤバいんじゃないのか」と思うことになる。それでラストの電話が「良くない知らせ」なんじゃないかと思うのだけれども、とりあえずはそれが「フェイク」だった(んだろう)、というあたりで映画は終わる。「わたしは生涯、この海沿いの町で生き続ける」というメッセージなんだろうか。エンディングの小川美潮の歌が続く。

 このラストの、牧瀬里穂からの手紙が、やはり「blue」でのラストの、東京の市川実日子のところへ届く小西真奈美からのヴィデオレターを思い出させられる。そして、その小西真奈美からのヴィデオレターがまた、海の風景で終わることになる。‥‥あんまりにも、かぶりすぎる気がする。「つぐみ」で三人の女性が見る夜景は、「blue」では、ふたりの女性が夜明かしをするときの夜景になるだろうか。やはりあの、夜明けどきの自動販売機のまえの光景なんだろうか。

 ‥‥くらべる筋合いのものではないのだけれども、やはり同時期に観てしまったこともあるしかぶるところも多いわけだし、そういう見方をしてしまう。しょうじき書いて、やはりわたしには「blue」がいい。‥‥だって、傑作だし。


 

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■ 2013-09-15(Sun)

 というわけで、このところは飲むほどに好調なわたし。きょうはしごとも非番で休みだけれども、あさから好調ではある。‥‥ところが、外の陽気は「好調」というものではなく、接近している台風のせいか、早朝から荒れもよう。わたしもそれなりに、あさの六時ごろには目覚めたのだけれども、窓の外はなんだかすっごいことになっていた。これはあとになってちゃんと目が覚めてからわかったんだけれども、この地域を走るJRのローカル線も、ほとんどいちにちじゅう、不通だったみたいではある。やはりイナカだなあ。

 ‥‥きのうはきのうで、なんだか面白いいちにちだったなあ、とは思う。けっきょくは、わたしなどは、東京とかに出て行くことで、「楽しい」と思っている存在にすぎない。なにが「TOKYO OLYMPIC 2020」なのよ、などと批判できるような、たいそうな存在ではない。でももちろん、わたしの好きな東京というものは、「TOKYO OLYMPIC 2020」などといわれているものとはちがうところにある「東京」だとは思っている。‥‥東京は、好きですよ。だけれども、きのう行った居酒屋だとか、せんしゅう行った「M」だとかが、「TOKYO OLYMPIC 2020」とかと関連していると思えるわけもない。それに、ニェネントも、たとえオリンピックがTVで放映されても楽しんだりすることはないだろう(そもそも、ニェネントはTVを観ないのだった)。

 とにかくは午前中は、「あしたにも台風が来るかも知れない」という荒れた天候だったのだけれども、これがひるすぎからは風も止んで空も晴れ、かなり快適な気候になったようだった。それで図書館まで出かけ、こないだDさんから薦められていた市川準監督の「つぐみ」を借りて来た。ついでに、ちょっとまえの「キネマ旬報」の、「風立ちぬ」のレビューがいっぱい載っているという号、それから、「小津安二郎外伝」というものの掲載された「文學界」とかも借りて来た。帰宅して、ザアッと「風立ちぬ」のレビューを読んだけど、「そんなものか」という印象しかなかった。いや、べつに、わたしの「読み」の方が深い、などということをいっているのではないのはいうまでもないけれども、あんまし面白いレビューはなかったかな、という印象。ちょっと、ひさしぶりに読む北川れい子さんのレビューが、「さすが!」と思わせられるところはあっただろうか(むかしから、北川れい子さんの批評は好き)。

 まあ、きのうはダラダラと遊んだというか、そういう日のよくじつだから、きのうにもましてダラダラとすごしたわけではある。夜になって、「あれ? 忘れてるんじゃないの?」という感じで、「失われた時を求めて」を読んだ。‥‥プルーストって、けっこうインチキだなあ、などと、突っ込まれると窮してしまうようなことを感じた。なんか、「ロード・オブ・ザ・リング」ってプルースト?なんて、また、突っ込まれると窮してしまうことを思ったりした。幼少期のプルーストって、きっとかわいらしかったんだろう。

 

 

[]Steely Dan - Babylon Sister (Live in NY) Steely Dan - Babylon Sister (Live in NY)を含むブックマーク

 まあ、きょうはヒマつぶしで好きな音楽を検索したんだけれども、やっぱ、コレかなあ。わたしはSteely Dan の東京(代々木競技場)公演に行ってるんだけれども、これが調べるとどうやら1994年のことで、彼らの初来日ステージなんかなあ、というところ。

 やはり、この日本公演はきょうれつで、つまり、「目のまえにじっさいに、この曲をレコーディングしたヤツらがいて、こうやって生演奏してるんだよ」というレヴェルをはるかにこえて、「じつはわたしらは自宅のせまい空間であれらこれらの楽曲を聴いたりしているわけだけれども、それがじっさいに広大なライヴ空間になると、ここまでスケールのでっかい<音>になってしまうんだ」ということ。‥‥おそらくわたしのなかでは、このときのSteely Dan の<音>いじょうのものは、もう決してライヴとして聴けることはないだろうと思ったものである。
 そのなかでもとりわけ、この「Babylon Sister」は、すっげかった。ブラスセクションの音、そして女性たちのバックコーラス、それからもちろんDonald Fagen のヴォーカル。‥‥ここに、こうやってゼロ年代のライヴ映像をみつけてリンクしてしまうのだけれども、あのね、1994年の「国立代々木競技場第一体育館」でのライヴ、その、音っつうのはほんとうにすごかったんだから。

 ‥‥わたしは、つまりは、「ライヴ」ということでの<音>の拡がり、クオリティの高さ、いろいろなところで、このときのライヴを超えるものというものを体験したことがないし、このライヴのときに、まさに「いまこそが最高!」と思ったものである。そのあとにそれほどにライヴというものを体験しているわけではないのだけれども、やはり、わたしのなかでは、この1994年の国立代々木競技場第一体育館、そこでの「Babylon Sister」こそが、「せかいさいこう」だっただろうという気もちは、いまでも変わるものではない。このYouTube のよりも、比較にならないぐらい良かったんだから!

Babylon Sister (Live in NY)


 

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■ 2013-09-14(Sat)

 Cさんと、六本木で会う予定。Cさんの知人の個展をいっしょに拝見し、そのあとはまた飲みましょうという予定である。

 きょうもまた晴天。そして、きょうもまた、しごとがめっちゃいそがしかったわけでもある。‥‥わたしは人のしごとぶりなどについてあれこれ書くような身分ではないし、賞賛するのではなければそういうことは書かないようにしているのだけれども、わるいけれども、きょうのしごとのパートナーのKさんのしごとぶりにはちょっとイライラした。近くでケータイのコール(支店からの連絡に決まっている)が鳴っていても出ようとしないし、わたしひとりで奮闘しているときに外でタバコをすっている。そのまえの段階から彼の手順の悪さで倉庫への出発は遅れたわけでもある。彼はまえから「オレは給料以上のしごとはしない」といってはいたわけで、では彼が「やらない」とはじき飛ばした分は、すべてわたしのところへまわってくるわけだ。たしかにしごと量も多く、あれこれともんだいの起きた日ではあったけれども、けっきょく彼はすべてそういうことは放置しようとする。わたしはストレスをためてはいけないことになっているのに、ものっすごくストレスがたまってしまって、こうやってウサばらしみたいなことも書いてしまう。こういうことをここに書くのもわたしの「精神の健康」に役立っているんかもしれないし、まあ、スルーしていただきたい。

 さて、そういうことは忘れて、帰宅してまたオートミールで朝食にして、平静になったニェネントをかまって遊んだりもする。CDプレイヤーのFMで、ゴンチチの「世界の快適音楽セレクション」を聴いていたら、まだCDデビューしたばかりという「おおたえみり」というシンガーの「月のレヴェル」という曲がかかり、ちょっとそのアナーキーぶりに聴き入ってしまったりした。この曲は面白いのだが、YouTube でこのシンガーのほかの曲などを検索してみて、「それほどでもないだろうか」という印象になる。わからないけれども。

 昼食はインスタントの冷やし中華なんかにして、自宅駅を十二時半に出る電車に乗り、東京へ向かう。渋谷でメトロに乗り換え、乃木坂駅下車。せんしゅうもおなじ道程で新国立美術館に来たわけだ。きょうは、六本木のまちなかにあるギャラリーへ行く。ちょっとじかんもあったので、さきに、ギャラリーのあとで寄ってみたいと思っている居酒屋の場所を確認しておく。ネットで探し出したスポットで、まえから知っているところではない。六本木というまちのなかでは気安くリーズナブルな会計で飲める居酒屋ということ。さがしてみると、ものすごく細い路地の奥にかろうじて看板が出ているのがみえるだけ。ぜったいに、「ここ、良さそうだ」などとフラッと寄ってみたくなるような店構えではない。エントランスなど、「ひょっとしたら<高級料亭>なんじゃないか」と思ってしまうようなところがある。まあ、ネットの評価を信頼して行ってみるしかないかな。

 そんなにはなれた場所ではないギャラリーへ移動して、Cさんとも無事に遭遇。その、Cさんの知人の作品を拝見する。旧的な具象絵画などではないのだけれども、わたしにはよくわからないところのある作品、だった。Cさんとギャラリーを出て、居酒屋のオープンまでちょっとじかんがあるので、新国立美術館のロビーの席に座ってじかんをつぶした。居酒屋に行くと、やはりCさんは「こんな店、高いんじゃないの?」と警戒心を示される。まあ入ってみて「これはヤバい」と感じたら出ればいいんだからと、とにかくは入ってみる。なんと中は思ったよりもずっと広くて奥行きがあり、まさに「大衆居酒屋」というふんいき。生ビールの中ジョッキは190円だった。安心して飲むことにした。
 ‥‥どうもついつい、Cさんにはわたしのことをしゃべりすぎてしまったようで、あとになって後悔もしたのだけれども、まあこういうふうに「自分語り」をしてしまうということも、わたしの精神衛生のうえでひつような時期だったのかもしれない。Cさんにはめいわくなことだっただろうか。

 いつの間にか店内はお客さんであふれ、こんなわかりにくいところにあるのにこれだけのお客さんが来るというのは、そういうところで名の知れた店なんだろう。やはり六本木だからけっこう若いお客さんが多いようだし、いかにも「六本木」といういでたちの女性客も目を惹く。会計もたしかにリーズナブルだし、また来てみたくなる店だった(ひとりで来てもいい)。わたしの終電に遅れないように店を出て、六本木駅でCさんとお別れする。ちょっとよゆうをもって帰途についたつもりだったけれども、けっきょくはローカル線の終電車になったしまった。あしたはしごとも休みだからいい。

 

 

[]おおたえみり / 月のレヴェル(from mini AL「ルネッサンス」) おおたえみり / 月のレヴェル(from mini AL「ルネッサンス」)を含むブックマーク

 まだ、はたちぐらいのアーティストさん、らしい。誰もがいっているけれども、ルックスがBjork に似てるんだろうと思う。おそらくはこの路線はちょっと無理してやっているのかと、思えなくもない。

おおたえみり / 月のレヴェル(from mini AL「ルネッサンス」)


 

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■ 2013-09-13(Fri)

 ニェネントの、こんかいの発情期が早々と終息したみたい。あさから、いつものニェネントにもどっていて、わたしにすり寄ってきたりしないし、なきごえをあげて彷徨するようなこともない。こんかいは発情期自体の症状が軽かった印象もあるし、期間もずいぶんとみじかくすんだ。これからも、こういう程度の発情期であってくれるといい。次回は、十月末になるんかな。

 このところ晴天の日がつづくのだけれども、また八月のように暑くなっている。きょうのしごとがまた、大きな荷物は多いし、そのうえに冷蔵の荷物が山のように来た。冷蔵品は作業ちゅうは涼しくなるからいいけれども、あれこれと手間もかかるし気もつかう。めんどうである。きのうに引き続いて、しごとでもって疲れてしまった。

 きょうもまたYouTube なんだけれども、きょうはあれこれとアップされている映画作品をチェックしてみた。日本映画であれば、言語や字幕のもんだいなどありえないけれども(ただ、外国語の字幕がじゃまだというケースはある)、海外の作品のばあいでは、そのあたりのことで困ってしまうこともある。まあ字幕なしの海外作品を観たことがないわけでもないから、観たら観たでなんとかなってしまうんだろうけれども。
 ‥‥しかし、こんな作品がアップされているわけかと、おどろいてしまうものはいろいろとある。むかし、ひょんなことからぐうぜん観て感銘を受けた作品「恐怖の足跡」などが、日本語字幕付きで全編アップされているのをみつけたのはうれしかったし、きのうも書いたことだけれども、たとえば溝口健二監督の戦前の作品がいっぱいアップされているのも驚異。

 きょうはそんななかでぐうぜんみつけた、比較的あたらしい日本の映画のことを。

 

 

[]【Adult Movie】Blue (2001) (2003) - Japanese movie. English Subtitles. Full Movie. 【Adult Movie】Blue (2001) (2003) - Japanese movie. English Subtitles. Full Movie.を含むブックマーク

 なぜか、アタマに【Adult Movie】などと付けられているのだけれども、この映画、わたしがむかし映画館で観たものではなかっただろうかと、クリックして観はじめた。‥‥やはり、そうだった。原作は魚喃キリコで、主演は市川実日子と小西真奈美。監督は安藤尋という人で、わたしはこの作品ではじめてこの監督さんのことを知り、先に書いておくと「これからはこの監督さんの作品をチェックしよう」と決め、しばらくあとに公開された「僕は妹に恋をする」を劇場に観に行ったのだけれども、じつはしんそこ、ガッカリしてしまったものだった‥‥。ま、安藤尋という監督には「Blue」という傑作があるからいいやと、そのほかのことはもう忘れることにした。

 というわけで、わたしには「傑作」のこの作品、十年ぶりぐらいに再見したことになるだろうか。地方ロケの成果を最大に引き出し、都会ではない、地方に住む少女の、そういう地方に暮らすことも彼女たちの葛藤の原因になることも、静かに伝えていると思う。いつもワンテンポずらせたような、その独特の間合いの演出、美しい映像、そしてこの作品のムードを決定づけるような、リコーダーをメインとした大友良英の音楽。そう、いまでこそ大友良英氏は有名になってしまったけれども、わたしはこのころ、何度か彼の生演奏を聴いたり、音楽雑誌に寄稿される彼のエッセイを読んだりして、けっこうファンではあった。
 いま調べてみると、おそらくはこの「Blue」が公開されるまえに、奥秀太郎監督の傑作「壊音 KAI-ON」の音楽を、やはり大友良英氏が担当していたわけで、このあたりのインパクトはわたしにはきょうれつなものがあった。‥‥そういうあたりで、この「Blue」でも大友良英氏が音楽を担当されていたというあたりも、まるで知らない安藤尋という監督さんの作品をいきなり観ることの、あとおしにはなっていたんじゃないだろうか。

 しかし、【Adult Movie】として紹介されていたとは‥‥。たしかに主演のふたりには同性愛的なふんいきはあるし、じっさいにそういうことを告白するシーンもあるのだけれども、濡れ場などというものはいっさい、ない。【Adult Movie】を期待して観られた海外の方々は失望されたのではないかと思ったけれども、コメント欄にはたしかに、「boring」という書き込みもあったと記憶する。英語のサブタイトルがついているわけだけれども、その字幕がじっさいにそのセリフが語られるよりもワンテンポ早く出てくるもので、観ていてちょっと調子が狂ってしまったところはある。

 しかしやっぱりすばらしい作品で、きょうこうやって、またこの作品にめぐりあえたことは、うれしいことだったと思う。

【Adult Movie】Blue (2001) (2003) - Japanese movie. English Subtitles. Full Movie.


 

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■ 2013-09-12(Thu)

 きょうは、しごとのうえで大きな荷物が多かった。疲れてしまった。しごとを終えて部屋にもどると、ニェネントがお出迎えしてくれた。わたしが部屋のドアへと歩いて行くところで、わたしの足音に気がついてくれるわけだろう。わたしの顔をみあげて、「にゃあお」となく。愛らしい。きょうもニェネントは発情期が続いているのだけれども、やはりこんかいはそれほどまでに「まいったなあ」という印象でもない気がする。

f:id:crosstalk:20130913110352j:image:left ニェネントのお父さんはまちがいなくラグドール種なわけで、ふつうに黒白ぶちの野良ネコだったお母さんのミイよりはずっと、かんぜんにお父さん似なわけである。わたしは、うちの近くの公園でひなたぼっこしていたそのお父さんのすがたを二、三度みたこともあるし、お母さんのミイがそのお父さんラグドールを誘惑している「決定的瞬間」も目にしているわけである。その公園での「昼下がりの情事」の結果として生まれたのがニェネント、なのである。しかしはたしていまでもニェネントを<ラグドール>といい切れるものなのかどうか、YouTube で「ラグドール」を検索して、くらべてみたりした。まえに画像(写真)でチェックして、成猫としてもまだ、いまのニェネントとそっくりなラグドール猫もいるじゃないかと確認しているけれども、はたして、「動いている映像」として、みくらべてみてどうなんだろう、というところ。
 ‥‥わかったこと。たしかに、その顔とかだけをみていると、ニェネントも「ラグドール」だよな、と思ってしまっていいところもあるのだけれども、ニェネントのばあい、体型がどうしてもお母さんから引き継がれているもののようで、YouTube でみることのできるラグドール種の、ふっくらとした感じとはちょっとちがう。それに、ほんらいラグドール種は長毛種というか、毛並みふさふさとちょっと長めなんだけえども、このあたりでもニェネントの体毛はみじかすぎるみたい。やはり、「ふんわか感」というのか「でっぷり感」というものに、欠けるところがある。
 ニェネントの体毛のパターンは「バイカラー」というヤツなのだけれども、YouTube に出てくるそういうバイカラーのラグドールなら、そういう体型とか毛の長さとかを見なければ、「あ、ニェネントによく似てる!」といいたくなる個体もいる。これからはニェネントにいっぱいいっぱい食べさせて、でっぷり肥らせてやれば、「ニェネントはラグドールなんです」と、人をだますこともできるようになるのではないだろうか。「どうだろう」というところで、お休み中のニェネントのフォトを撮ってみた。せっかく寝ているところを起こしてしまったけれども、あんまりさわがないでおとなしくしていてくれた。

 YouTube というのは音楽クリップや音楽ライヴをみて楽しむ、またはネコの動画をみて楽しむだけではなく、いろんな種類の動画がアップされている。たとえば著作権の切れた古い映画などは全編YouTube で鑑賞できるものがいっぱいあるわけで、戦前の小津安二郎や成瀬巳喜男、そして溝口健二監督らの作品、いまDVDではリリースされていないものがいっぱいアップされているわけで、このあたりの作品は、わたしもこれから観ていこうと思っている。って、こういうのがあれば、もう「ひかりTV」とか観なくってもいいや、という気分にもなるわけで、このあたりの契約をやめてしまうかどうか、考えるひつようもありそう。
 きょうは、ちょっと思い立って、コンテンポラリー・ダンスの映像をあれこれと検索してみた。‥‥これには興味深いことがあって、YouTube でダイレクトに「コンテンポラリー・ダンス」で検索すると、「え????」というものがいっぱい出てくる。まあこういう書き方にも語弊があるんだろうけれども、こういうところにもまた、この日本での「コンテンポラリー・ダンスの衰退」という事象を(わたしとしては)感じてしまう。それではやはり個々のアーティスト名で検索するべきかと、しばらく波乗りをやってみた。かつて知っていた古い作品を観てみたり、もうしばらく観ていないアーティストのそれ以降のあたらしい作品を観たりした。そんなかのひとつ、アッ!とおどろいてしまったダンス作品の映像のことを、下に書いておこうと思う。

 

 

[]William Forsythe - One flat thing reproduced William Forsythe - One flat thing reproducedを含むブックマーク

 いまこの映像を観て、「フォーサイスもこんなになっちゃっていたのか」などと書いてしまうのもヤボなことで、だいたいこの作品が初演されてからけっこうな日にちは経っているような。しかし、冒頭にこの映像のディレクターがティエリー・ド・メイなどとクレジットされているのをみると、「えぇぇぇぇー!」っとばかりにびっくりしてしまったのはたしかで、このあたりでも、外野席のはるか彼方からダンスの世界をながめているわたしの立ち位置はバレバレになってしまう。

 まさに、ティエリー・ド・メイがあの「ダンス・ローザス・ダンス」を映像におさめたような、廃工場のような舞台で、フォーサイスの振り付け作品が展開する。YouTube にアップされているパートを合計しても三十分に満たないけれども、ヴィデオ化されているらしいこの作品のデータをみると、一時間弱の尺はあるみたい。‥‥どこかで、ふっとばされているんだろう。

 しかし、かんたんにいえばまさにフォーサイスとローザスが合体してしまったというか、単純なアイ・コンタクトまでもが作品の重要なファクターになる一方で、そこはやはり関節がはずれてしまうような、わたしの言語感覚では<非常識>ということになる、フォーサイスの振り付けもまた健在。「すっげーなぁ」と、驚嘆しながら観ていた。

 ‥‥この日本で、いわゆる「コンテンポラリー・ダンス」というものが見る影もないものになってしまってから久しいけれども、一方ではこういう「超絶技巧」チックなものに対応しきれなくなったという面もあるのではないのか、などと思いながらも、ここで名まえをあげたりするとアレかなあとは思いながらも、このところずっと、大橋可也氏のやられていることは、けっこう「王道」なのかなあ? などとも思ったりもするところもある。

 この、「One flat thing reproduced」という作品から見渡せる地平は、けっこう広域なのかなあ。地平の広いドラマティックに美しい作品で、やっぱり、現代のダンス作品にはすばらしいものもあると、再確認した次第ではある(ほんとうはもっと長々と書いていたんだけれども、やめちゃって簡略化した)。

William Forsythe - One flat thing reproduced 01/03

William Forsythe - One flat thing reproduced 02/03

William Forsythe - One flat thing reproduced 03/03


 

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■ 2013-09-11(Wed)

 きょうはしごと。このところ取り扱う荷物に、「新米」、「梨」、そして「ぶどう」などというものが多くなった。秋が近い。取り扱う側としてはぶどうがいちばん楽で、それから梨。新米はとにかくたいていは30キロで来るので、イヤだ。

 きょうは、月にいちどの「燃えないゴミ」の収集日、でもあった。しごとから帰宅して、やはり、壊れた(としか思えない)DVDレコーダーを、捨てることにした。ゴミとしてはちょっと粗大なのだけれども、たしかこの市では、スーパーなどで売っているゴミ袋に入るものであればとにかくは回収してくれることになっている、という記憶がある。そのDVDレコーダーが、燃えないゴミを入れるポリ袋に入るかどうか。‥‥ちょうど、ぴったり入る大きさだった。このDVDレコーダーのHDDには、エアチェックしたきりでわたしの観ることのできなかった映画作品とかもけっこう入ってるんだけれども、もうどうしようもないだろう。部屋のまえのゴミ収集場所へ運んだ。そのうちに収集車がやってきて、持って行ってしまったようだ。収集場所にはもちろん、なんにも残っていなかった。
 こういうことがあるとふんぎりがつくというか、所有していてももうこれから先読むこともないだろう雑誌だとか本、そしてただ持っているだけのVHSテープ、やはり持っているひつようもないだろうと思えるCDとか、まとめてゴミ袋にぶっこんでしまうことができるようになる。まあ「わたし」そのものが、もう使われることのない「粗大ゴミ」ではあるのだけれども、ひとつには大きすぎるし、ひとつにはまだニェネントが生きつづけていくために役に立っているところもあるから、捨ててしまうことはしない。あと、わたしにまだいてほしいという友人もいるらしいので。

 ニェネントは、わたしのそばに来て、「もっとかまってよ!」と、わたしのスネをなめてきたり、肘のあたりを甘噛みしてきたりする。もちろん発情期だから、吠えながら部屋のなかを徘徊しつづけたりもするけれども、そのことを受けとめるわたしの側の「慣れ」も大きくなったのか、それともじっさいにニェネントの「発情」が軽くなってきているのか、いぜんのようなスケールで「まいったなあ」とは、あまり感じなくなってきている、と思う。そのことが、これ以降のわたしとニェネントとの生活に、どんな意味合いを持ってくるんだろうか。

 そう、ニェネントに卵黄をあげるようになったのは、この日記を検索するとちょうどはんとしぐらいまえからのことなんだけれども、YouTube をみていると「ネコに生卵をあげてはいけない!」みたいなクリップもある。そういうのをみてみると、白身もいっしょにあげているわけだったりして、それはわたしだって忌避していることである。わたしはこれでもていねいに黄身だけ分離して、カラザもはじき飛ばしてからニェネントにあげている。白身がよくないことは、知っている。YouTube のクリップでは「サルモレラ菌」がこわい、などということも書かれているけれども、人間だって生卵をたべるケースの多いこの日本で、そのあたりのことがクリアされていないはずはないと、勝手に思っている(もちろん、ネコにとってヤバいところの保菌率と、人間にとってヤバいところとはレベルがちがうかも知れんけど)。わたしはぎゃくに、市販されているキャットフードというものをいまいち信頼していないところもあり(だって、ぜったいに合成保存料とか添付されてるだろうし)、そういうところでは卵黄などをあげる方が心配は少ない気もしている。ただ、卵黄は栄養価が高すぎるところもあるみたいで、なにも毎食あげなくってもいいだろうというところもあり、このところは四日にいちど、ぐらいの頻度にはなっている。‥‥ニェネントには、わたしが生きているかぎり、いや、それ以上に、長いこと生きてもらいたいと思っている。

 きょうはまだ、おとといのアルコールの影響でか、元気だったけれども、本も読まないでさっさと寝てしまった。そろそろ、いつまでもYouTube べったり、ということでもなくなってきた気配はある。それはそうでなくっちゃ。

 

 

[]The One AM Radio - The Harvest (with lyrics) The One AM Radio - The Harvest (with lyrics)を含むブックマーク

 きょうは、「なんだ、つまりは古い音源ばかりを検索して楽しんでるオヤジではないか」という批判を回避するためにも、あまり古くない音源を選んでみた。っていっても、もう2007年の音源なわけだから、じゅうぶんにオールディーズか。

 この曲の収録されていたアルバム、「This Too Will Pass」は持っていた。いったいどういういきさつでこのアーティストのことを知り、このアルバムを買ってしまったのか、じつはまるで記憶していない(ヤバい)。しかも、すぐにこのアルバムがどこに行ってしまったのかわからなくなってしまい、そのあとも「あのアルバムにはすっごいイイ曲があったよなあ」と思い出すこともひんぱんにあったのだけれども、まずはアーティスト名を思い出せないし(ヤバい)、この曲のタイトルも忘れていた(さらにヤバい)。なんとなく、「Gift」というタイトルだったんじゃないか、などといういいかげんな記憶から、この日記にもそういう「Gift」という美しい曲があったのに、などというデタラメを書いてもいる(ヤバすぎる)。

 ‥‥それで、「Gift」なんて曲を探してもみつからないわけで、「これはヤバい」と、本腰を入れて検索した結果、ついに発見したわけである。「The Harvest」、だった。ちょっと、季節感は合わないけれども(それでも、このきょうの日記の冒頭の書き出しには対応しているか)、これはやはり名曲だと思った。わたしはこのThe One AM Radio というアーティストについて知らないのだから、ここで付け焼き刃的に、どこかで調べてきたことを書いて「こういうアーティスト」みたいなことをいおうとは思わない。でも、この曲はすばらしい。詞がまたすばらしい。よく覚えていないけれども、イェイツの詩を思い出させられるような気がしてしまう。この映像はwith lyrics なので、よろしければ(もしも観ていただけるならば)そういうあたりのことも堪能していただきたい。

The One AM Radio - The Harvest (with lyrics)


 

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■ 2013-09-10(Tue)

 きょうもしごとは非番で休み。だからこそきのうは遅くまで外で飲んだのだけれども、やっぱり、それでもって元気になってしまったのだからおそろしい。

 精神的には「はつらつ(漢字で書けといわれても書けない)」としていて、きのう帰宅してからもなかなか眠れないでいてしまった。おそらくは午前二時ごろまで、ベッドのなかであれこれと夢想したり、妄想をはたらかせたりしていたのではないだろうか。妄想といってもそれなりに、いま思い返してもおもしろいことを考えていたように思う。今朝になって目覚めても好調だったけれども、さすがにそれでは寝不足というのか、午後からは長い昼寝モードになってしまった。おそらくは外も晴天で、きょうはきょうでお出かけ日和だったにちがいない。

 きのう、堀辰雄の「風立ちぬ」について、「病妻もの」という書き方をしたのだけれども、やはり日本の近代文学にはたしかに、「病妻もの」とカテゴライズしてもよさそうな作品がいろいろある。しかしどうも、そういう系譜のなかで堀辰雄の「風立ちぬ」にはどこか例外的なところがあるらしい。堀辰雄はロマンティストとして「死を越える愛の力」というものをうったえてもいるわけだけれども、どうもこれ以外のいわゆる「病妻もの」というような作品は、もっとリアリズム指向ではあるらしい。それでわたしの記憶のおもてに出てくるのが、島尾敏雄の「死の棘」、だったりする。‥‥ここでの妻の病気とは、「狂気」である。「死を越える愛の力」などとは真逆に、妻はつねに夫の浮気をうたがいつづける。たしかに夫にはそういう前科もあったのだけれども、妻はそんな夫を決して許そうとしないわけである。まったく先のみえない、最悪の夫婦仲。これもまた、「病妻もの」なわけである。そういうことで考えてみれば、森鴎外の「舞姫」にも似たところはあるように思えるし、先年ちょっとだけ読んだ上林暁の作品にしても、その妻が精神科に入院しているという展開だったはず。けっこう、こういう方向にこそ、日本文学の「病妻もの」というものが存在しているのではないかという気もしてしまう。

 よるは、プルーストを読んだ。このあいだまで読んでいたつづきに、すぐに「マドレーヌ」は登場してくるわけだった。それまでの、主人公の幼少期の断片的な記憶をつみかさねていた展開が、一気に「物語」モードになる。つまり主人公の記憶がひとつの時の流れのなかによみがえるわけだけれども、その最初の方に出てくる、主人公の母と女中のフランソワーズとの対話なんか、いくらなんでもその会話の場に主人公(まだガキだった)がいて、彼女たちの会話を記憶していたなんていうことは考えられないわけで、つまりは「マドレーヌ」とともに、プルーストの「創作」もまたはじまるわけだろう、などとは思った。このよるは、ほとんど読みすすめられなかった。

 さて、こんどは、この週末にはCさんと、Cさんの知り合いの個展を観に行き、そのあとはいっしょに飲みましょうね、ということになっている。また六本木である。

 

 

[]Hermine - Valley Of The Dolls Hermine - Valley Of The Dollsを含むブックマーク

f:id:crosstalk:20130912133627j:image:left Hermine は80年代にちょっと、その筋で評判になったアーティスト。ベルギー出身というから、「エルミーネ」と発音するのだろうか。こうやって歌手として登場するまえにはジャーナリストとして活躍されていたらしい。ちょうどこの時期、ベルギーには「クレプスキュール」というNew Wave っぽい音を紹介するレーヴェルが活動していて、わたしもそのレーヴェルにTuxedomoon やSoft Verdict などのお気に入りアーティストが存在したことから、この「the world on my plates」というミニ・アルバムには興味を持ち、けっきょく買ってみたわけだった。

 ‥‥いかにもNew Wave らしく、そしてクレプスキュールらしくも、歌唱のうまさで聴かせるようなものではなく、その世紀末的なアンニュイさでせまってくる音、だった。そのときリリースされていたのは6曲入りのミニ・アルバムで、このきょう紹介する「Valley Of The Dolls」は収録されていなかった。それをこんかい、YouTube で検索してこの曲を発見した。日本では「哀愁の花びら」として知られる、1967年の映画の主題歌で、けっこういろいろな人がこの曲を唄ってもいる、いっしゅのスタンダード・ナンバー。

 しかし、このHermine のヴォーカル、聴く人の耳元で囁きながらも、その聴く人の平衡感覚を崩そうというたくらみがあるかのようなシンギング。この、ピアノとの「ずれ」が、聴くものに恐怖心すら惹き起こすのではないだろうか。‥‥おそろしい。

 このHermine に関してはひとつ思い出があって、じつは十数年まえにわたしが東ヨーロッパに行ったとき、しばらくのあいだ、ケルンからちょっと離れたところの町にあるギャラリーに滞在させていただいた。いろいろとややっこしい滞在ではあったのだけれども、あるとき、そのギャラリーのファイルを見させていただくと、そのなかに、そのギャラリーでHermine がライヴをおこなったとのデータがあった。写真は残ってなかったように記憶しているけれども、その告知のチラシなどがファイルされていた。「あららら」とは思ったんだけれども、どうもそのころ、そこのギャラリーのオーナーさんとはうまくいっていなかったというか、「こんな話題を持ち出して、そのときのことを聞いてみるわけにもいかないな」とは思って、そのままにしてしまった記憶がある。なんか、ほろ苦い記憶ではある。

Hermine - Valley Of The Dolls


 

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■ 2013-09-09(Mon)

 きょうは非番でしごとは休み。あさ、もう日が昇ってからのんびりと起き出した。窓からの光が明るい。窓の外をみると、青い空が拡がっていた。こんな空はすごく久しぶりにみるような気がする。これだけで気分も爽快になり、やはりきょうは出かけようと決める。
 しばらく映画館で映画も観ていないし、観たい映画もいくつかある。きょうは映画を観ることにして、そのあとはまた「G」へ行って飲んでこようかという計画。せっかくの好天だというのに、まったくそういうことを活かした計画ではない。野外でのバーベキューも敬遠するぐらいにアンチ・アウトドア派なものだから、こうなってしまう。

 さて、なにを観ようかと考えて、やはりいちど話題の「風立ちぬ」を観ておこうか、もう夏休みも終わったことだし、もうそんなに混雑していないだろう、ということになる。ネットで検索して、上映している映画館と上映時間をしらべる。やはり映画のあとで「G」に行くつもりもあるから、新宿か渋谷がいい。上映時間の面では、新宿の映画館の方がわたしの行動予定に合う。もしも「風立ちぬ」がまだ満員で観られなかったら、おなじ映画館でちょっと待てば青山真治監督の新作「共喰い」を観ることもできる。新宿に出ることにした。

 オートミールの朝食を終え、そのうつわをしばらくテーブルのうえに置きっぱなしにしていたら、ニェネントがテーブルのうえに上がってきて、のこっていたオートミールというか牛乳というかを、ぺろぺろとなめていた。ニェネントはきのうから発情期になっているわけだけれども、きょうはそれほどにさわがしくないし、あんまりしつっこくわたしにすり寄って来たりもしない。発情期のときに家にニェネントをのこしておるすばんをさせるのは、いつも気がひけるのだけれども、じつはきょうは、そういうこと考えないでおるすばんをさせてしまった。

 ちょっと部屋でのんびりとして、またYouTube とか閲覧したりして、十一時半に地元駅を出る電車に乗る。新宿に着くのは、一時十五分ぐらい。映画がはじまるのは一時四十分。
 新宿に着いて映画館に直行し、まずはチケットを買う。‥‥余裕で買えた。開場まですこしじかんがあるので、外に出てみた。映画館のまえの靖国通りをわたると、すぐにゴールデン街がある。ちょっと昼間のゴールデン街をみてみようと、行ってみた。昼間の方が「そうか、こういう店もあるのか」とか、「まだこの店はのこっていたのか」とか、よくわかる気もした。‥‥あたりをぐるっとひとまわりして、映画館へもどる道へ行く。向かいから四人ぐらいの外国人観光客のグループが来て、その先頭の男が歩きながら本を拡げて熱心に見入っているので、「何を読んでるんだろう」と、すれちがうときに覗きこんでしまった。東京の観光ガイドブックだったと思う。うしろから来たそのグループの男性がわたしを見て、笑顔で手をあげてあいさつしてくれた。わたしもほほえんで、目であいさつをした。

 映画がはじまる。わたしははじっこの方の席を選んだけれども、そういう両サイドの席だとか前の方の席には、けっこう空席もあった。わたしの座った列にはほかに人もいなかったので気が楽だった。‥‥わたしは、上映スケジュールでみた次の回の上映開始時間などから、せいぜい一時間三十分か四十分ぐらいの作品かと思っていたのだけれども、二時間を超える長さだった。上映スクリーンは移動することもできるわけだ。

 上映が終わって外に出ると、もう四時になっていた。まあ、(これから飲みにいくという人間には)ちょうどいいじかんではある。小田急線で下北沢に移動して、「G」の階段を降りてドアをあける。カウンターのなかの店番はGさんだった。Gさんに会うのもずいぶんと久しぶりのこと。Gさんも、「あら、久しぶり」というあいさつ。‥‥やはりネコを飼っていらっしゃるGさんとは、どうしてもネコの話になってしまう。おたがいの家のネコの近況を語り合っているだけで、すぐにじかんも経ってしまう。わたしの飲むペースも早くなってしまい、まだ外は明るいのに「おかわり」とかしてしまう。「これではいけない」と、あいだにブレイクを入れて、「スィーツセット」なるものをたのむことにした。変な飲み方。名まえは忘れたけれども、ケーキみたいな洋菓子と、それとカフェオレ。そんなスィーツを食べていたら、店のHさんとIさんもやって来られた。あとからJさんも来られたけど、客はずっとわたしひとり。まあわたしが来るまえに十人を超えるグループ客が来られていたらしいから、「客が少ないねえ」としんぱいしてあげることもない。ふたたびアルコールに切り替えて、きょうはまた飲むほどに元気がもどって来る感覚があり、八月に夜明かして飲んで元気を回復したことを思い出しもして、「はたしてこういうことでいいのだろうか」とは思う。きょうも、いくらでも飲めてしまうような気がしてしまうし、あたまのなかも快活になっているみたいではある。ひょっとしたら、「あぶない人」に一歩近づいているんか。あまりいつまでも飲むわけにもいかないと決め、八時過ぎ、まだ余裕で帰宅できるじかんに店を出た。

 電車のなかでねむってしまうこともなく、十時半ごろに自宅駅に到着した。駅のそばのスーパーの閉店時間が十一時で、この閉店まぎわのじかんというのはまた生鮮品の値引きもあるのだったと、ちょっと足を延ばしてみた。‥‥ちょうど、あれこれの売れ残り品の値札を貼りかえているところでもあったけれども、寿司のパックで元値が498円のが150円、トンカツのパックで350円のものが100円とかになっていた。トンカツはあしたのおかずにすることにして、両方買って帰った。帰宅して、寿司を食べる。こっちのスーパーは南のスーパーにくらべてちょっと味が落ちるのだけれども、150円だから文句はいわない。ニェネントはもともと寿司類にはきょうみはないようで、寄って来たりはしない。わたしが帰宅したあとも、なんだかニェネントはおとなしかった。まだ本格的な発情期ではないのかしらん。

 

 

[]「風立ちぬ」宮崎駿:脚本・監督 「風立ちぬ」宮崎駿:脚本・監督を含むブックマーク

 映画を観たあとに乗った電車の車内で、ちょうどわたしを囲むように立っていた三人の若い男性のグループ(みんな二十歳ぐらい?)のひとりが、やおら「このあいだ『風立ちぬ』をみた」などと話しはじめた。ほかの二人が観ていたかどうかわからないけれど、その話しはじめた男の子は「あの菜穂子がいいなあ、オレの理想だね!」などといっていた。‥‥男の子の話はそのあたりで終わってしまったけれども、「そうかあ、そういう感想も出てくるんだ」などと、ついつい興味深く聴いてしまった。それで映画館内のことを思い出して、けっこう年配のお客さんが目立ったあたりのことも印象にあったわけだけれども、その男の子のいったこととかと思い合わせて、わたしはこの「風立ちぬ」って、つまりは「病妻もの」なわけじゃん!とは思ってもいるわけで、そこのところで、若い子たちにはそういう「病妻もの」への免疫がないというところで増幅された感動体験になり、また年配の方々は「病妻もの」へのノスタルジーで、映画館へ足を運ぶんじゃないのかと思ったのである。

 もちろんこの宮崎駿監督の「風立ちぬ」は単に堀辰雄の「風立ちぬ」の映画化ではないのはいうまでもないけれども、そのことはまた別のややっこしさにもなる。とりあえずは主人公の二郎とその菜穂子とのドラマでみていって、さらっと、うまいこと流しているなあという印象はある。わたしはちょうどひとつきまえに、1954年に映画化された「風立ちぬ」をみているのだけれども、まあそのままに比べることはできないとはわかっていても、圧倒的にこの宮崎駿ヴァージョンの方がいいではないか、とはいいたくなる。というか、1954年版の「風立ちぬ」がひどすぎた、ということでもあるのだけれども。

 で、そこのところは「よかったね」と、とりあえずはいっておいても、それではすまされないのがこの作品で、そのことがそういう堀辰雄の「風立ちぬ」のぶぶんにも、よろしくない影を落としてもいる。つまりそれは、実在の人物堀越二郎を主人公とした、航空機エンジニアの成長を描いたドラマのことになるのだけれども、そこで彼の生きた時代、太平洋戦争へとなだれこんでいく日本(そして世界)という背景をどう描くかというもんだいが浮上する。宮崎駿は、基本的には「(できるだけ)描かない」ということで突き進んではいる。しかし爆弾を搭載した航空機は登場するし、そういう説明がなくても主人公がその後半で設計しているのは「戦闘機」であることは、そのことを知らないでみていてもわかってくる。つまりわたしの考えでは、ここのところで、「はたして自分のやっているしごとは、世のなかでどのようなことに使われているのか」という、つきつめればモラルのもんだいをはらんでいると思う。この日本という国は、そこのところのはたらく人のモラルのことが、いままでずっと、ないがしろにされてきたわけで、そのことが、戦争の終結したあとにもまた公害のもんだいを引き起こすことになる。いまはまた、東日本大震災での電力会社のやり方のなかにまた、こういうことがちっとも解決されていないことが示されることになった。それがこの国のあり方だということを、この映画はスルーすることに決めている。映画の終盤で、設計している戦闘機の機体をもっと軽くしなければならないということになったとき、主人公は「では機銃を搭載しなければいい」というわけだけれども、そういうことをいったことにして「この主人公は好戦主義者ではない」とするわけにはいかないのではないのか。そのことで救われるものなどない。げんじつには機体を軽くするためにパイロットの防備をなくしたわけで、そのために死者が増えたことはよく知られている事実である。

 そういうところで、日本の<一流>企業に勤める人の、企業の姿勢とどう向き合っているのかというもんだいが、この作品での(「妻」といってしまっていいんだろう)菜穂子とのかんけいにもあらわれていると思う。「ただそばにいれればいい」というこの妻の姿勢は、はっきりいえば、「夫への従属」である。これがまさに、日本の「昭和」という時代の、コンサバな夫婦関係ではあったかも知れない。でも、こういう関係性はいまは変化してきているんじゃないだろうか。それを、ここにきて、「この関係は<美しい>」などと描いてしまうのは、まさに<反動>ではないのか。というか、ここのところにこそ、日本文学のなかにあった、そういう「病妻もの」の、その立脚点が示されているようにも思えてしまう。電車のなかでわたしが聴いた男の子のトークにしても、つまりは「従属してくれる人こそが理想」といっているのだと解釈してしまえるところがある。映画館に来ていた年配の方々もまた、そういうことを確認されに来ていたようにも思えてしまう。

 そして、いちばんわけのわからないのが、開戦直前の軽井沢にあらわれるドイツ人の存在。いったい彼は、何のために登場してきたのか。これがどうも映画のアリバイ工作のためっぽい。開戦を回避しようとする動きがあったということで、そこに主人公も近いところにいたということでの工作だろうけれども、どうみても、まったく彼の存在理由はない。「会議は踊る」の「ただ一度」を唄うシーンなど、わたしはしょうじき、あきれてしまった(また、このドイツ人の顔がグロテスクに描かれていて、わたしの近ごろの<グロテスク忌避>神経を刺激したこともたしか)。

 映画の中盤で主人公はドイツを訪れ、その帰途に彼だけが<西周り>で帰国することになるのだけれども、ここでイタリアでのカプローニとの夢だか現実だかわからない邂逅が描かれるんだけれども、じっさいには彼はアメリカとかにも行っているはずだし、そのあたりで何か描くことは出来なかったんだろうかと思うところはある。登場する外国人がイタリア人にドイツ人だけというのもまさに日独伊三国同盟っぽいし、映画としてもっと視野を拡げることは出来なかったのだろうかと思ってしまう(まあ、そこでアメリカを出してきたとしても、それはそれでげんざいの世界情勢のなかで、またイヤなことを思わせられてもしまうだろうけれども)。

 作画は思っていたよりも雑で、はっきりいってスクリーンで観るまでの作品ではなかったかな、という印象はある。背景画とセル画がはっきりと分離してしまっているシーンが多いし、特に前半での「屋外風景」の背景画に、クオリティの低いものが目立った気がする。ただ、だんだんに屋内の背景画を目をみはるような描画が占めるようになるし、前半でも、列車の車窓風景でこころにのこる美しいシーンもところどころにあった。ちょっとだけのシーンだったけど、その車窓からの水田シーンは「おぉ!」と声をあげそうになるほどに美しかった。あとはやはり、ヒロインの菜穂子が草原で絵を描いていた場面の美しさ。赤い花が咲き乱れていたシーンも、短かったけれども「すばらしい」と思った。‥‥このシーンこそが、この作品の「ロマン」を支えているわけだった。納得する。‥‥しかし、終盤の、結納以降に菜穂子の着ている着物の柄は、あれはなんとかならなかったのだろうか。ちょっとひどかった。

 つまりはどうも分裂した作品という印象なんだけれども、「ロマン」として観たときには、いまの日本映画では(いや、世界中の映画でも)ここまでのロマンは演出できないかもなあと、トータルな印象とは別なところでいってみたくもなる。そのあたりに、この作品の大ヒットの要因もあるような気もする。しかし、いいきってしまえば、わたしの感想としては、この映画は「反動」である。そのような作品が大ヒットしてしまっている現状は、わたしにはあまり好ましいものではない、という。

 長くなったけれどももうひとこと。たとえ「ロマン」としてよかったとはいっても、トータルな作品としては「中途半端」だっただろう、ということとおなじように、主人公のエンジニアとしてのドラマでも、もっとこう、「紙ヒコーキ」レベルではない、まさに「飛行機ヲタク」なところをこそ観たかった、という気もちでもある。‥‥それでは、もっともっと、子ども向けの映画ではなくなってしまうか(いまのままでもじゅうぶん、いつもの宮崎駿作品のように、「子ども向け」映画ではないのだけれども)。


 

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■ 2013-09-08(Sun)

 このところ、しごとの非番の日が多くなっていて、別に解雇される前ぶれとかではないのだけれども、きょう出勤するとまた、あしたあさってと連休になる。このところまた気分が落ちこんでもいるので、気晴らしに出かけてみたいところではある。しかし、きょうもあさから空はどんよりと曇っていて、いまにも雨が降り出しそう。じっさいに、ちょうどしごとの終わるころからポツポツと雨が落ちて来て、そのあとはずっと雨の降るいちにちになってしまった。このところずっとこういう天気ばかり。もう一週間いじょう続いているのではないか。気分もうっとうしくなるわけでもある。

 パソコンに向かっていると、ニェネントがわたしのそばに寄ってくるのだけれども、「どうも寄り付き方があやしいな」と思ったら、やはりまた発情期のはじまりだった。この日記でみると前回の発情期のはじまりが七月十六日みたいなので、約八週間の間隔。「そろそろ発情期になるはず」とは、覚悟していた。
 いつものように、わたしにお尻を向けてあとずさりしてきながら、ピンと上げたしっぽでわたしを押してくる。そのうちに、なきごえをあげて家のなかを彷徨することになる。こんかいはどうも、電話台のうえに上がって、固定電話の受話器を外して電話台のしたに落っことしちゃうということを、何回もくりかえす。そのたびにわたしは電話台のところへ行き、受話器をもとにもどすことになる。そうやって、わたしの気を惹こうとしているのかもしれない。ニェネントが発情期で苦しむことにわたしは何もやってあげられていないので、この時期になるたびに、ニェネントにすまないという気分になる。

 このところまったく、「ひかりTV」やWOWOWなど、そしてエアチェックした映画など観なくなってしまい、そのかわりにほとんどYouTube 上で波乗りばかりやっているわけで、きょうも外の天候も悪いことだし、そうやって時がすぎていった。わたしがむかしYouTube を閲覧できていたころにはたいていのひとつのピースの収録時間は十分ぐらいのもので、つまりは一曲ごとのデータになっていたのだけれども、今では「Full Album」収録だとか、ライヴまるごと全編収録などというものはざらになっている。Grateful Dead のライヴなんかもフルで収録されていて、なかには三時間を超えるものまである。もう、CDプレイヤーだとかDVDプレイヤーなんか、ほんとうにいらなくなってしまう。きょうもYouTube 上であれこれと検索しているうちに、あっとおどろくようなライヴ映像を発見してしまった。こういうことがあると、よけいに中毒症状は悪化していくばかりであろう。やはりあしたあたりには外出してみたい。天気が回復しますように。

 

 

[]Shelagh McDonald & The Razorbills Shelagh McDonald & The Razorbillsを含むブックマーク

 (きょうは、長くなります)
f:id:crosstalk:20130910122909j:image:left いつごろのことだったか、四、五年まえだと思うけれども、「もう所持しているアナログ盤を聴くこともないだろうから」と、まとめて東京で売却した。だいたいが何百円という買取値だったのだけれども、そのなかで一枚だけ、「九千八百円」で買い取ってもらえた盤があった。それがShelagh McDonald のファースト・アルバム(イギリス盤)で、1970年にリリースされたもの。たしかにわたしにも愛着のある、好きなアルバムだったけれども、そこまで高く買ってもらえるとは思ってもいなかったのでびっくりした。おそらくはあまりたくさん輸入されたわけでもなかったものだろうし、このShelagh McDonald というシンガーが妙に有名になったりせずにマイナーなままだったのも、高値で買い取られた理由かも知れない。でもいま思い出すのだけれども、このアルバムがリリースされたころ、渋谷にあった「ブリティッシュ・フォークの牙城」の「Black Hawk」の店内には、このアルバムジャケットの写真が額縁に入れられて飾られていた。‥‥もう一枚、この店内に掛けられていた写真は、Shirley Collins & Albion Country Band の「No Roses」のジャケット内側の、Shirley Collins とAshley Hutchings とが広い草原を肩をくんで歩いている写真だったことをおぼえている。

 でも、Albion Country Band はわたしたちのあいだでメジャーな存在になったけれども、Shelagh McDonald はそうはいかず、セカンドアルバムの「Stargazer」をリリースしたあとはいつのまにか消えてしまった。こっちの「Stargazer」には当時のFairport Convention のRichard Thompson やDave Mattacks などもバックに参加していたのだけれども、ほとんど話題にならなかった。
 そういうことでいえば、ファースト・アルバムの「Album」には、なんとKeith Tippett が参加したトラックも存在した。このアルバムを買った当時はわたしもKeith Tippett のことなど知らなかったけれども、のちに彼のことを注目するようになったあと、このアルバムに彼もまた参加しているのに気づいた。その「Waiting For The Wind To Rise」はたしかShelagh McDonald の自作曲だったと記憶しているけれども(基本的に彼女のアルバムは何曲かのトラディショナル・ソング、そして同時代のフォーク・シンガーの曲以外は、すべて彼女のオリジナルだったはず)、ここでのKeith Tippett の、自己主張は強いけれども、これ以降の彼の音では聴けないリリカルな側面を聴けることもあり、わたしのフェイヴァリットではあった。

 脱線してしまったけれども、じつは七、八年まえに彼女の二枚のアルバムは三十年以上の時を経てCD化され、これは日本盤もリリースされた。わたしはもちろんこれを買っているはずなんだけれども、じつは今、いくら探してもみつからない。ただ、そのCDのライナーノートから、どうやら彼女は二枚のアルバムをリリースしたあとにドラッグに溺れて音楽界から姿を消し、行方不明になっているらしいようなことが書かれていたのは記憶している。

 そういうことがあって、つまりはきょう、YouTube で彼女の音楽をもういちど聴いてみようと思ったわけだけれども、彼女の名を入力して検索すると、けっこうクオリティの高い映像のライヴクリップがみつかったわけである。「え? これってどういうこと?」と思って閲覧するのだけれども、どうみてもその七十年代の彼女の現役時代の映像とは思えない。しかし、すっばらしいシンギングだった。
 それでYouTube を抜けて、Wikipedia で彼女のことを検索してみたらびっくりした。‥‥その記述によると、つまりはイギリスで彼女のアルバムがCDに復刻されたとき、やはりわたしが日本盤で読んだのと同じ記述、「ドラッグに溺れて引退、現在は行方不明」と書かれてあったらしいのだけれども、それを本人である彼女が読むわけで、彼女は新聞社だかそういうメディアに自分から姿を現して、たしかにドラッグのせいで声も壊してしまい、公の場から姿を消したこと、いまは夫と共に北イングランドで生活していること、声も回復して、また音楽活動に興味をもっているなどということを語ったらしい。これが2005年の11月のこと。これがそののちに夫が亡くなったらしく、それからあれこれのミュージシャンとの接触を開始しはじめ、ついにおそらくはことし、2013年にカムバックしてきたらしいのである。

 ‥‥ものすごくびっくりした。それで、どうやら収録されてそんなに日にちも経っていないらしい、このYouTube の映像を観て、彼女の唄を聴くのである。まずは、おどろくべき彼女の容貌の美しさ。彼女はもうことしは六十五歳になるわけだけれども、とてもそうは見えない。そして、この声のすばらしさ! 観ていても全力の注意をはらって唄っていることが伝わってくるけれども、ここで唄われている「Dowie Dens Of Yarrow」というのは彼女のセカンド・アルバムにも収録されているスコットランドの古謡で、いわゆる「チャイルド・バラッド」の一曲でもあるけれども、彼女はその硬質なシンギングで、スコットランドの過酷な風土をさえ、その歌声で表出しているかに聴こえる。‥‥これ、これこそが、わたしが当時のイギリスのフォークに夢中になったところのもので、もう長いこと、こういう音を聴いていなかった気がする。しかもこの音は今年収録されたもの、この映像は今年収録されたもの。‥‥なんども、なんどもリピートして、観て、そして聴いて、ちょっと泣いた。

 バックをつとめているのはThe Razorbills というバンドらしいけれども、わたしは知らない。どうもこの空気は、そのRazorbills のライヴに一曲だけ、Shelagh McDonald がゲスト参加しているという雰囲気はある。う〜ん、こんなこといっちゃアレだけれども、フィドルの女の人はいいとしても、ちょっとあとの音は凡庸といってしまっていいか。とくにパーカッション氏には退場してほしいところはある。

 Shelagh McDonald 、どうやら現在はニュー・アルバムをレコーディング中らしい。ちょっと以前に、やはりブリティッシュ・フォークの世界からvashti bunyan という人が、ちょっと似たようなかたちで「三十年ぶり」のニューアルバムを発表して、あたらしいファンをつかんで名が知られたこともあったけれども、このShelagh McDonald の場合は「四十年ぶり」のアルバム、ということになる。今から予約しておきたいものである。

 このクリップとの出会いは、わたしがこのノートパソコンを買ってからの、最高の「出会い」ではあったと思う。ただただ、うれしい。


Shelagh McDonald & The Razorbills


 

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■ 2013-09-07(Sat)

 しごとの連休もおわり、きょうは出勤。きのうまで二日間、部屋でニェネントとふたりっきりでゴロゴロしていたので、しごとに出るのがうれしくもある。‥‥ところが、職場へ行ってみると、皆はある事件の話でもちきり。その「事件」というのはきのうのことなんだけれども、わたしなどの職場の倉庫に集荷にきた車が、その帰りに子どもをはねてしまったのだということ。幸いにも被害者の命に別状はないらしいけれども、かなりの重傷ということ。わたしなども、その車を運転していらした方のことはよく知っているわけで、「あの人がねえ」ということにはなってしまう。社員ではなくて個人での請負いという立場であられたから、(事件の責任がどこにあるのかはわからないけれども)もうこれで契約も打ち切られてしまうのだろう。わたしたちはそれでもいつものように倉庫の方でしごとをすすめていたのだけれども、集配部長がやってきて、倉庫に集荷に来られる運転手の方々に事故のあらましや注意事項などを個別に語られていた。運転手の方々はみな、事故を起こした方がそのときに会社の車に乗っていたのか、それとも個人の車だったのかということを気にされる。会社の車だったらば、目撃者は「ああ、あの会社だ」と、誰もが思ってしまうわけだ。しごとはいそがしくなかったけれども、そういう話題で神経の疲れてしまうところはあった。

 帰宅してネットでニュースを検索してみると、なんときのうのTVのニュースで報道されていたようで、そのニュース映像をみることができた。事故現場の映像が流され、運転者の事故のときの回想が語られていた。って、事故が起きたのが会社の支社の駐車場なわけであって、こうなると事故を起こした彼が会社の車に乗っていたのか、それとも自分の車だったのかなんて、まるでかんけいがない。支社の建物が映っていて看板もみえるし、「ああ、あの会社だ」ということになる。あんまりくわしく書くとあれこれとバレてしまう。‥‥もうこの時点で書きすぎてしまっただろうか。そうではないように願う。

 そういう事件とかんけいなく、このところずっと天候が不順で、だいたい午前中には雨になることが多い。部屋にいても窓の外はいつもうすぐらく、気分もすっきりとしなくなる。朝食のオートミールにもいささかなりと飽いたところもあるけれども、まだまだ山のように在庫はあるし、健康のことを考えるとやっぱり、オートミールをつづけるのがいいだろうと思ったりもする。昼食はまだ残っている「ひやむぎ」にして、あさ、ひるとあっさりモード。

 夕食はちょっとスタミナがつくものにしようかと、南のスーパーに買い物に行ってみた。キャベツ(ちょっとキズもの)がひとたま60円とかで置いてあって、このところずっとキャベツの値も下がらないままでいることだし、じつはこのあいだキャベツは買ったばかりなんだけれども、「60円ならムダになってもいい」てな気もちで(いえいえ、ムダにはいたしません)、もやしなどといっしょに買って帰った。これからはキャベツの消費につとめよう。

 ‥‥というわけで、夕食には買ったキャベツともやし、それと冷蔵庫にあったタマネギとかニンジンとを鶏レバー(これは冷凍庫にあった)と炒めた。味付けは市販の「焼き肉のタレ」。いかにも「独身者の自炊」だけれども、まあまあのモノになったかと思う。夜は読書もしないで寝てしまった。そう、ベッドの下にニェネントがいたのを手招きしたら寄って来たので、ベッドの上に抱き上げていっしょに寝てみたけれども、すぐに逃げていってしまった。きょうもひたすら、YouTube のいちにち、だった。

 

 

[]Fiddler's Dram - Day trip to Bangor 1980 Fiddler's Dram - Day trip to Bangor 1980を含むブックマーク

 きょうは、わたしのもうひとつの「大好きジャンル」であるところのイギリスのフォークから。このFiddler's Dram のアナログ盤も所有していたし、この「Day trip to Bangor」という曲も、ちょっと「お気に入り」だった。わたしはほんらいは「British Traditional Music」をコンテンポラリーにアレンジしたモノが大好きだったわけで、それはたとえばFairport Convention であったり、Steeleye Span であったり、またPentangle などであったりしたわけで、そういうところからはこのオリジナル曲中心のFiddler's Dram というバンドへはなかなか興味も行かないはずだったけれども、おそらくきっと、このバンドのヴォーカルのCathy Lesurf の、おおらかなシンギングに惹かれたんだと思う。

 この「Day trip to Bangor」はイギリスではかなりのヒットになったらしいけれども、けっきょくこの曲いがいにヒット曲も生み出せず、二枚のアルバムを残して解散してしまうのだけれども、やはりこのCathy Lesurf のヴォーカルには忘れがたいものがあったということか、彼女はこのあとにAshley Hutchings の主宰するAlbion Band のゲスト・ヴォーカルもつとめているし、Fairport Convention の旧メンバーらが毎年開催していた「Cropredy Festival」にも参加して、すっばらしい歌声を聴かせてくれている。

 この「Day trip to Bangor」のライヴ映像もなかなかに楽しくって、なんか、会社の同僚たちがしごとのあとでビアホールでのアルバイトで演奏しているような雰囲気もあるというか、とにかく親しめる感覚。そこにこそ、このCathy Lesurf というシンガーの魅力があるようにも思えてしまうし、「ああ、イギリスだなあ」という気もしてしまう(まあそういう曲だし)。

Fiddler's Dram - Day trip to Bangor 1980


 

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■ 2013-09-06(Fri)

 いちおうわたしもこうやってブログとかいうものをやっていると、むかしはいろんなところで曝されたりした経験もあるわけで、ときどきはエゴチェックみたいなことはやっている。‥‥このところどうも、「ワニ狩り」というキーワードでここを訪問されて来る方が多いようで、いったいどういうこと? と調べてみると、さいきんのニュースでもって、ミシシッピーで巨大なワニ(アリゲーター)が穫れたというニュースが、いちぶで花盛りだった。なるほど。まあわたしは前世で「ワニ狩り」をやっていたらしいので、このブログのタイトルもそんなふうなことにしているけれども、右のフォトを見ていただければわかるように、わたしがワニ狩りをやっていたのはナイル川の流域でのこと。もちろん相手はクロコダイルというか、ナイルワニ。アリゲーターとは桁がちがうのです。ほら、かるく6メートルはあるんだから。で、この右の写真でわたしがどこにいるのかというと、これもむかし書いたことだけれども、吊り下げられたワニの、そのおなかの中にいるんです!
 ついでだから、こんかいそのミシシッピーで穫れたというワニの写真も、ここにアップしておきましょう。だって、ココは「ワニ狩り連絡帳」なんだから(元のフォトは生々しいんで、グルスキーじゃないけれども、セピア色加工しておきました)。

     f:id:crosstalk:20130907153454j:image

 さて、きょうもしごとは非番で休み。なかなか元気も出なくって、きのう考えていたように病院へも行ったんだけれども、そこでも「ちょっと元気がない」みたいな話もして、はかった血圧も、近ごろになくちょっと高めだった。ただきょうは心電図も採ったのだけれども、そこでは特に異常もなかったようなので、「もう少しようすをみましょう」ということで、いつもと同じ薬をもらって来た。
 ひるまえに近所のドラッグストアに行ってみたら、インスタントの冷やし中華と、「最高級品」みたいに書かれているやはりインスタントの味噌ラーメンとが、並んで半額コーナーに置かれていたので、りょうほうとも買って帰った。昼食はその「冷やし中華」にした。インスタントの冷やし中華は、こういう味である。不満はない。

 昼食のあとはベッドに横になって、YouTube からとかの音楽を聴いていたら、そのまま寝てしまった。目が覚めたらもう八時もすぎていて、外はまっくらだった。‥‥こういう生活をしてはいけない。そう考えながらも、夕食(すでに「夜食」レベルだが)を考えるのもめんどうで、収納にあったカップ麺ですませてしまう。‥‥おいしくないし、部屋にカップ麺のスープのにおいがあふれてしまう。こういう生活をしてはいけない。

 このあいだ、これからはいよいよプルーストを読もう、なんて思ったりしていたのがそのままになってしまっていたのだけれども、「それは良くない」と、この夜からまたプルースト再開。‥‥わたしはてっきり、小説がはじまったらすぐに主人公はマドレーヌを食べちゃったりして、それでもって「うわぁぁわん」とばかりに過去のことを思い出してしまい、そのまま「スワンの恋」になだれ込んでしまうような、勝手な思い込み(いちど通読してるし)があったんだけれども、そうではないのだ。ある意味で、この文庫での第一巻の第一部「コンブレー」というのは、まさに「記憶」ということこそがテーマ。そこでその「記憶」ということにアテンションしてしまいたいわたしは、反応するのである。

 まだ小説の感想は書かないけれども、わたしは近ごろそういう別の「マドレーヌ」効果みたいなものに、おそわれている。「悩まされている」とまでは書かないし、このことはちょっとまえにも書いたような記憶もあるけれども、たとえば、ちょっとしたキーワードが引き金になって、ずいぶんと過去のことがあたまのなかによみがえってくる。それはまさにプルーストの「マドレーヌ」的な体験というか、そういう、ふとしたしゅんかんから、あたまのなかが何かに満たされてしまう。しかもそういうときには、なにかしらの「嗅覚」のようなものがともなって来る。つまり、その場にはありえないところの「におい」が、過去の記憶とともにわたしのあたまのなかを占めてしまう感覚。‥‥ひょっとしたら、ちょっとまえにやった「一過性脳虚血発作」とかんけいがあるのかとも思ったりもするのだけれども(こういうことが起きるようになったのは、その「発作」以降のこと)、どうもこのあたりのことを医師とかに説明するのがむずかしい気がして(いちどやろうとして、「わたしは何をしゃべってるんだ」と思って、すぐにやめた)、やらないでいる。
 プルーストを読めばそういうあたりのことの「答え」がみつかる、なんて思っているわけもないけれども、こうやってこの夜とかに「失われた時を求めて」の冒頭の部分を読んでいると、たしかに、たしかに、癒されていくような感覚は得られる。‥‥まあ、さいごまで読むことだね(みんな年老いて出て来て幻滅するんだけれどもね)。

 

 

[]THAT'S A NO NO! - Cool Jerk / The Capitols THAT'S A NO NO! - Cool Jerk / The Capitolsを含むブックマーク

 YouTube の楽しみのひとつは、やっぱりむかし聴いたオールディーズを検索してみつけて聴くことなんだろう。このあたりの奥深さもまた、たいていのものではない。きょうはそういうわたしの記憶から、1966年だかのヒット曲、Capitols の「Cool Jerk」という曲を検索してみた。Capitols はモータウン系のヴォーカル・グループなのかどうか、とにかく彼らのヒット曲というのはこの「Cool Jerk」一曲だけ、みたいなことになっているので、よくわからない。おそらくはこの日本で彼らのレコードがリリースされたことはないだろうけれども、この「Cool Jerk」という曲、めっちゃかっこいい曲ではあったのである。

 それで、この曲をYouTube で検索してみるとなんと、日本の女の子たちがこの曲をカヴァーしているのをみつけてしまった。しかも、これがクールでかっこいい。わたしがみた映像ではバンドはスリーピースで、ドラムスは男の子だけれども、このヴォーカル/ギターのコのシンギングとか足のひらき方、そしてベースのコのクールさ、ベースラインのたのもしさとか、いっぺんで気に入ってしまった。「THAT'S A NO NO!」というバンド。どうやら今はこの三人にリードギターが加わっての四人編成になってるみたいだけれども、すっばらしい。

 この「Cool Jerk」という曲、YouTube をみると、あのTodd Rundgren も、あのGo-Go'sもカヴァーしているみたいなんだけれども、どちらも良くない。Go-Go's なんか、「Go-Go」と「No-No」とで、ここまでちがうか、というゆるさかげんである。まったくダメ。それでこの「THAT'S A NO NO!」ちゃんたち、検索すると「The Clapping Song」などというものまで演っている。‥‥まあアレですよ。まだCapitols の「Cool Jerk」という曲を日本で知っている方は何千人、ひょっとしたら何万人といらっしゃるかも知れないけれども、この、Shirley Ellis というシンガーが唄った「The Clapping Song」という曲を聴いたことのある方は、おそらくは何百人程度のものだと思う。だいたいがShirley Ellis というシンガーを知っている人がそんなにいるわけがない。って、つまりは「わたしはShirley Ellis を知っていた」という自慢話になってしまうのだけれども、しかしいったい彼女たちはどうやって、こういう、「Cool Jerk」だとか「The Clapping Song」なんて曲を知ることになったのか、しかもなぜ、こういった曲をここまでクールにアレンジする才覚に恵まれているのか。う〜ん、出来たら、この彼女たちのライヴ、行ってみたいものである。はたして実現するのかどうか。

THAT'S A NO NO! - Cool Jerk / The Capitols


 

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■ 2013-09-05(Thu)

f:id:crosstalk:20130905000617j:image:right おとといはDVDレコーダーが壊れて、分解してバラバラにしたものを部屋に置きっぱなしできのう出かけたりして、きょうになってみるとやはり気分は暗くなる。気のおけない人たちとの楽しい集まりのあとも、やはり一人になると寂しく感じたりもするわけだし、まあ二日酔いということもあって食欲もない。うれしいのはニェネントがけっこうわたしのことをかまってくれることで、たとえばわたしがトイレに立って和室に戻って来たときとか、ものかげにかくれていたニェネントが「わっ!」とばかりに飛び出して来て、わたしの足にじゃれついて来たりする。むかしはときどきこの遊びをやってくれていたのが、このところさっぱりやらないなあと思っていたけれど、こうやってわたしをびっくりさせてくれて、とってもうれしい。もちろん抱き上げて、熱いキッスをしてあげた。「いやん」といって、逃げて行ったけれども。

 きょうも天候がまた不調で、あさ起きるとかなりの大雨。きのうもあさこそはいっしゅん大雨になったけれども、そのあとは天気予報も外れてくれたので助かった。まえもって東京とかで人と会う翌日は「休み」を申請してあるので、きょうはしごともお休み。じつは、あしたも休みをとってあるんだけれども、なんだか部屋で一人でいても暗くなるばかりの気もして、「ほんとうはあしたなんか出勤にしておいてもよかったな」などと思ったりもする。

 きょうは医師から処方してもらっている薬も切れたので、ほんとうは通院する日でもあるのだけれども、どうも二日酔い気味なわけでもあるし、きょうは部屋でずっとすごすことにした。昼食はインスタントラーメンで、夕食は南のスーパーでちらし寿司を買って来てすませた。ちらし寿司は、おいしかった。あとはずっと、やはりYouTube ばかり観てすごした。‥‥たいていの音源は検索するとみごとに見つかるわけだし、べつに「音」というものにそんなに強いこだわりがあるわけでもない。このあいだ買ったスピーカーからの音でいいじゃないか、という気分でもあり、それこそ、ウチにいっぱいあるCDとか、そのCDのコピーとかも、捨てちゃってもいいんじゃないかと思う。そしたらたとえば古い雑誌とか「ああいうもの」も捨ててしまっていいだろうし、古い本とかの「そういうもの」も捨ててしまっていいだろう。着なくなってしまった服もあれこれとある。捨ててしまっていいだろう。わたしの「こころ」のなかにも、捨ててしまっていいものはいっぱいあるみたいだけれども、どこにゴミ箱があるのかわからない。かわりに、捨てなくっていいものを、知らないうちに捨ててしまっていたりして。

 

 

[]Lol Coxhill - Frog Dance Lol Coxhill - Frog Danceを含むブックマーク

 Lol Coxhillさんは、イギリスのサックス・プレイヤー、だった。彼は、きょねんの七月の九日にお亡くなりになられている。わたしが彼のことがどんなに好きだったかは、 きょねんのこの日記のこっち に書いてあるし、いまでもまるでおんなじ気もちだから、もういちどおんなじことは書かない。そこに、「わたしがいちばん好きなのは<Frog Dance>です」と、ちょっと書き方はちがうけれど、書いてある。わたしはこのアナログ盤は処分してしまっていて、調べてもCD化されていないようなので、「もう聴けない」とあきらめていた。YouTube で検索したら、なんとこの曲が出て来た。わたしはたんじゅんなことですぐに歓喜するにんげんだけれども、この曲をみつけてまた聴いたときのよろこびを、いったいどう表現したらいいのか。思っていたとおりの「わたしの好きな音楽」だったし、やはり、この曲がわたしのナンバー・ワン・フェイヴァリット・ソングなのかもしれん。

 むかし、「もしもわたしの葬儀とかやるんだったら<仏式>とかやめて、音楽葬にしてもらいたい(その方が安上がり)、そのときはGabin Bryars の<The Sinking of The Titanic>をやってくれるといいかな」なんて書いた記憶があるけれど、こっちの方がいい。<Frog Dance>。二分八秒。これでわたしの葬儀のじかんも終了。どうせ誰が来るわけでもないし、手っ取り早いから葬儀屋もよろこぶ。もしも死んだあともわたしの<魂>かなんかが葬儀場のあたりでぶらぶらしていたとしても、この曲がかけられたのならばよろこんでこの世とおさらばできる、というものでしょう。っつうことは、この曲をどうにかして葬儀用にダウンロードしておかなくてはならないのか。‥‥やっておきましょうか。やっぱり、(どうしようか迷ったけれども)リンクもつけておきます。

Lol Coxhill - Frog Dance


 

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■ 2013-09-04(Wed)

 きょうは東京に出て、昼は六本木でDさんと会い、「アンドレアス・グルスキー展」を観る。そのあとは神田へ移動してEさんFさんご夫妻と合流し、このあいだの老舗居酒屋「M」で飲んだり食べたりしゃべったりするつもり。

 いちおうあさはしごともあって、いつも通りに出勤するのだけれども、しごと場の倉庫に移動して到着したとたん、強烈な豪雨になった。まずは倉庫のシャッターを開けて、集荷の車が入れるようにするのだけれども、そのシャッターの上の雨どいが十全に機能しているわけでないようで、つまりはその雨どいのあたりから、相当な量の雨水が外に漏れ落ちていることになる。倉庫内の床に、その雨水がおそろしい勢いでたまって行く。「これは大変だ」とか考えながら、「こんなに降ってしまうと、ここを通るローカル線がストップしてしまうんじゃないのか」と心配になってしまう。‥‥しかし、雨がはげしいのはほんの五分とか十分とかのあいだのことで、あとはほとんど小降りといってしまえるほどになった。

 しごとを終えて帰宅するとき、電車が止まってるんじゃないかとしんぱいして駅の方に立ち寄ってみたけれども、とくに掲示もなく、普段通りに運行してるようだった。そう、わたしの部屋から職場までは徒歩三分ぐらい。職場から駅までも徒歩二分で、駅から自宅までもまた徒歩三分ほどのもの。とってもコンビニエンスな環境である。きょうは乃木坂の駅に午後一時にDさんと会う予定なので、こっちは十時半に出ればいい。帰宅して朝食をとり、TVなどをみていると、こんどは床がゆっくりと揺れはじめた。地震。揺れが大きい。小刻みな揺れではなく、部屋全体がゆらーりゆらりと横に揺れている。「大きな地震だなあ」と思っていると、ニェネントもびっくりしたのか、ちょっと呆然とたたずんでいる。TVもすぐに地震速報になり、このあたりは震度4ということだった。三日前は関東大震災の日だったし、「あまちゃん」も東日本震災の展開に入ったところではあったし、「来たなあ」という気もちもした。地震はすぐにおさまったけれども、これも電車をストップさせる原因にはなる。‥‥どうも、そういう速報も流れないので、だいじょうぶだろうと、ちゃっちゃっと準備して電車に乗る。電車はちっとも遅れたりしていなかった。雨もすっかりやんでいて、すこし晴れ間もみえるようになっている。折りたたみの傘をバッグに入れただけで、手ぶらでのお出かけ。

 渋谷駅でメトロに乗り換え、だいたいじかんどおりに乃木坂駅に到着し、すぐにDさんと遭遇できた。ではまずはランチにしようと、二人でいちどは目的地の国立新美術館のなかに入り、そのまま突っ切って外に出て、食事のできるところを探す。‥‥看板においしそうなオムライスとかの書かれている地下の店をみつけ、そこに行こうと地下にもぐると、その店ではない奥の店からおばさんが顔を出し、「こっちでもオムライスをやってます」なんていうものだから、ついついそっちへ入ってしまった。手作りの、木目を活かしたようなインテリアなんだけれども、「いつでも空いてます」とか「ひとりでつくってます」とか、どっちかというとネガティブなことばかり店内に書き連ねられている。さっきのおばさんがひとりで給仕をやっていて、なんだかたいていのことは忘れてしまって、客にあやまってばかりいる。わたしたちのところにも水を持って来たりするわけでもなく、「そういう店なんだろう」と思っていたら、注文した品を持ってくるときに、「あ、忘れてました、ごめんなさい」と、麦茶を差し出された。客に「ごめんなさい」ということがサーヴィスだと思っているような店。しょうじき、わたしのたのんだオムライスは、びちゃびちゃでおいしいものではなかった。「おいしくなくってごめんなさい」とはいわれなかった。

 ‥‥食事を終えて、美術館へ。Dさんは作品解説のオーディオガイドを借り、わたしもやはり同じものを借りることにした。すっごく面白い、刺激的な作品群だった。くわしくは下に。
 わたしは美術展の会場では連れの人とおしゃべりしながら観てまわることにしていて、そういうことではほかのお客さんには迷惑な存在なんだろうけれども、そのおかげでいつも、美術展というものを楽しめているような気はしている。いまのところは「しー!」とかいわれたことはないけれども、そのうちどこかでいわれるかも。

 会場を一周し終えてだいたい四時になっていて、このあとの神田での待ち合わせが五時だから、まずは現地に移動してから、じかんまでお茶でものんでいよう、ということにする。‥‥けっこうその居酒屋に近いカフェでお茶していると、Eさんから電話があり、「M」のまえに到着したということだったので、わたしたちもカフェを出て、店のまえで無事におふたりに遭遇。いっしょに店に入った。

 Eさんの奥さんのFさんとは、とってもひさしぶりの会合。もちろんDさんにははじめての出会い。それでもいかにも楽しく、ときの経つのも忘れてしまう楽しい夜、だった。その会合を盛り立ててくれたのが、この「M」という店の存在だっただろう。例によってどじょうからはじめて、馬刺へといたるすてきなコース。メニューのなかに「カレーライス」や「ざるそば」が書かれているという謎を、みなで推測したりもする。会話もいろいろとはずんで、またこの顔ぶれで集まれることがあるといいな、などと思った。そうそう、わたしがDさんと出会ってから、だいたい十九年と半年の月日が経ったことにもなる。たいていの人たちよりも、ずっと古いともだちなのである。これからも、わたしがこの世からいなくなるまで、ともだちであってほしい存在ではある。そしてもちろん、EさんとFさんのご夫妻とも、機会があればもっともっと、お会いしてあれこれの会話を楽しませていただきたい。

 いいかげんわたしが帰宅するギリギリのじかんまで飲み、Eさんのはからいもあって、わたしはタクシーで上野駅に向かった。変に最寄りの駅(神田駅?)まで歩いたりしていたら、けっこうこれが帰宅できる最終電車に乗れなかったおそれもあった。電車のなかでは寝てしまって乗り換え駅をやりすごしてしまうしんぱいがあったけれども、無事にローカル線に乗り換え、帰宅することができた。とっても楽しいいちにち、だった。

 

 

[]「アンドレアス・グルスキー展」@六本木・国立新美術館 「アンドレアス・グルスキー展」@六本木・国立新美術館を含むブックマーク

 じつはわたし、ついこのあいだまで、このアンドレアス・グルスキーという作家のことはなんにも知らなかった。それが前回Dさんとお会いしたとき「つぎにEさんやFさんとお会いするとき、昼間は展覧会でも行きましょう」ということになり、Dさんとお別れしたメトロのホームで「では何にしようか」と考えていたら、そのメトロのホームのわたしの目のまえに、この「アンドレアス・グルスキー展」の大きなバックライトの広告があったわけで、「これって、なんかすごいよね」と思うことになり、帰宅してこの作家のことを調べたりして、Dさんにも連絡してこの展覧会に決めたもの。
 感想を先に書くと、いままでの自分の視覚で体験したことのない、びっくりするような作品群でもあったし、とにかく観ていても興味をそそられっぱなしのすばらしい展示だったのだけれども、それもこれも、おそらくはあのメトロのホームで観たところの、かなり大きな広告のおかげだったのだと思う。これ、ふつうの大きさのチラシや、ネットなどで目にすることが出来るグルスキーの作品のコピーからは、この作家の作品の持つ「驚異」というのはほとんど伝わってこない気がする。

 展覧会場でグルスキーの作品のまえに立つと、まずはその大きさから、自分の視野というものはほとんどその作品に占められてしまうのだけれども、まずはその見え方がおかしいというのか奇妙というのか、それはたとえばその作品で撮られているような風景、光景を現実に目のまえにしても、決してこのグルスキーの作品のようには見えるはずがない。ひとつにはここまで広範囲の視野を持ち、しかも細部にまでしっかりとピントの合った「眼」というものは存在しないだろう。砂漠で生活する人たちはその視力が5.0だとか6.0だとかだったりするという話を聞いたことはあるけれども、つまり、これはそういう、視力6.0で見える世界なんだろうか。‥‥そしてもうひとつ。人の視覚で「こうは見えないだろう」といういじょうに、どんなカメラでもこんな撮影は出来ないだろう。レンズというものはかならず、ゆがみを持っているものなわけで、たとえば平行する何本もの直線がどこまでもつづくさまを、ちゃんと細部に照準を合わせながらもすっごく遠方から撮影したとすると、かならずなんらかのゆがみ、湾曲が出てくるものだと思う。超望遠レンズを使って撮影し、しかもそういう超遠距離にあるものにまでぴったりピントをあわせられれば、このグルスキーのような作品も撮れるかも知れない。

 観ていればわかるのだけれども、彼の作品は「写真」をもとにしているのだけれども、基本はあれこれの合成などを含んだ「デジタル加工」でつくられた作品なわけで、ひとつの作品でも、観ていると「ああ、このラインのところでちがう写真を合成しているわけだろう」とか、想像がつくようになる。‥‥しかしまあ、気の遠くなるような「デジタル加工」。そうやって観るようになると、一見何気ないような風景写真でもやはりどこか「奇妙」なわけで、いったい何がこの「奇妙さ」を生み出すこととなっているのか、知りたくなってしまう(観ていて、「何が奇妙なんだか」わからないところがまた「奇妙」なのでもある)。

 「バンコック」と題された連作がかなりの数展示されていて、基本は黒い水面、そこに白い帯のように、おそらくはどこかのすき間から射す空の光が波打って反射しているのだけれども、水面にはいろいろなものが浮いているし、その白い反射の部分のなかに、緑色の模様のようなものが、やはり何かの反射のように写って(描かれて)いる。この作品群をよくみていると、作者がこの画面に何を取り込んで、何をいじっているのか、ほかの作品などよりは明快にわかるように思えた。抽象絵画であり、コラージュ作品でもある。

 なんと、ポロックの作品をでーんと正面から捉えた作品もあったのだけれども、「オールオーヴァー」と呼ばれたりするポロック作品の、その画面のなかの均一性と、このアンドレアス・グルスキーの作品の「中心のなさ」とでもいうものには、かなり共通しているものがある。

 古い教会のステンドグラスを撮った作品があったけれども、その下の方に映画製作の撮影クルーの姿が入れられていた。なんとそれはヴィム・ヴェンダースの撮影クルーで、彼の近作「パレルモ・シューティング」の主人公は、このアンドレアス・グルスキーがモデルだったそうなのだ。わたし、「パレルモ・シューティング」は観てるけど、カラヴァッジョのことばっかり考えていたころだったから、観ながらも「きっとこれはカラヴァッジョのことだ」なんて、おそらくは勘違いしながら観ていたわけで、そもそもこの展覧会までアンドレアス・グルスキーという作家のことなんかまるで知らなかったわけである。また「パレルモ・シューティング」も見返さなくっちゃ。そして、もうあと十日ぐらいの会期しかないけれども、この展覧会、もういちど観に来てみたいなあ。


 

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■ 2013-09-03(Tue)

 きのう「竜巻注意情報」がこのあたりに出たことは書いたのだけれども、だいたいその時間に、もっと南の方ではほんとうに竜巻が発生していたらしい。このあたりに雨を降らせた雲は、こっちへ移動してくるまえにきっとその竜巻を発生させていた連中だったんだろう。きょねんの竜巻もここに近いところで発生していたわけだし、そのうちにこのあたりで竜巻が発生するのはじゅうぶんに考えられること。うちは雨戸もないから対策も何も立てようがないのだけれども、やはりそういう警報が出たようなときには、ぜったいに外には出ないこと。このことだけは守らなければならない。
 きょうも、空模様には不穏なところがあった。一方では抜けるような青空が拡がっていても、そのすぐそばには黒い雲がいて早いスピードで動いている。ニュースでみた竜巻発生時のヴィデオ映像の空の感じとそっくりだと思った。

 きょうもまた、ほとんどのじかんをパソコンでYouTube を閲覧してすごしてしまう。わたしはべつにYouTube 初体験というわけではなく、古いパソコンでもYouTube をみることが出来た時期もあった。この日記でも、四年ぐらいまえのところには毎日、YouTube の画像をはりつけていたこともあるぐらいである。でも、こんかいこうやってまたYouTube を閲覧してみると、その当時よりもずいぶんと進化したものだなあという感想もある。むかしはせいぜい一本の動画は十分ぐらいのものばかりで、たとえば古い映画などもアップされていたこともあったけれども、そういうものはその十分きざみぐらいに分割されてアップされていたものだった。ところがいまでは、映画一本まるごとひとつのデータにおさめられてもいるわけだし、音楽なんかでもアルバムひとつそっくりそのまま収録されているというのもいっぱいある。こうなるとCDなんか聴くよりもYouTube で検索して聴く方がずっとかんたんなわけで、もうCDを探してひっぱり出してきて、CDプレーヤーにぶちこんで聴くという行為がばかばかしくなってしまったりもする。それに、自分で持っていない音源も検索すればほぼすべて出てくるわけだし、そういうところで「こんなライヴ映像もあったわけ?」というおどろきもある。どうも、これからはYouTube 一辺倒になりそうな気配はある。

 そういうことからも、このところ録画してある映画などまるっきし観なくなってしまってもいるのだけれども、きょうは録画データをDVDにダビングしようかなどと考えて、DVDレコーダーの電源を入れようとしたら、これが電源が入らない。リモコンで電源ボタンを押すと、いちおうDVDレコーダー側では電源ONの準備に入り、それまでの表示の電源OFF状態の赤色からONの緑色に変わり、「WAIT」のサイン表示も出るのだけれども、その「WAIT」表示が消えたとたんに、また表示は電源OFFの赤色にもどってしまう。何度こころみてもダメで、これはおそらくは電源スイッチ部分だけのもんだいだろうと推測できるわけで、いちど本体カヴァーとかをぜんぶはがしてみて、いじれるところはいじってみた。しかしながら、こういうものはもうむかしの電気製品とは根本的にちがうわけで、たとえば基板のなかでショートしていたりとか、基板上の部品が劣化していたりすると、つまりはもう「お手上げ」である。‥‥ちょっとさわってみて、それでダメだったとしたらもう修理できる見込みは立たない。結論として「これはダメ」と、見捨てることにした。

 おそらくはこのところ、わたしがノートパソコンにかじりついてばかりいるので、嫉妬したのかそのせいでヤル気を失ってしまったのか、そういうところなんだろう。せっかく画像安定装置なんて買って、これからは古いデータはみいんなDVDにダビングしてしまおうなどと目論んでいたのに、かんたんに頓挫してしまった。まずは、DVDレコーダーに内蔵されたHDDにもそれなりに録画した映画なども残っていたわけだけれども、これはもう回収不可能。ハード本体といっしょに捨てるしかない。まあこのところずっと、そういう「映画ばかり観て」というのも行き過ぎな面もあったのだろうから、これもまた不可思議な「運命」の配慮によること、なんだろう。「所有しているつもりでも、じぶんのものに出来ないものもたくさんある。そういうものはおもいきって捨ててしまおう」と考えるようになったばかりだし、その考えの延長として起きた「事件」、なんだろう。

 これからはつまり、YouTube に夢中になっていることもあり、その日に観たもので印象に残ったデータについて、かんたんに[今日のPlay List]として書いてみようかと思っている。むかしやったような、そのYouTube 画像そのものをココにはりつけるようなことは、もうやらないつもり。

 

 

[]AFTER DINNER 2 夜明けのシンバルCymbals at Dawn .wmv AFTER DINNER 2 夜明けのシンバルCymbals at Dawn .wmvを含むブックマーク

 After Dinner は、すばらしいバンドだった。一枚のシングルと二枚のアルバム、そして「Souvenir Cassette」とタイトルされたカセットだけが、手にはいる音源のすべてだったし、(これはわたしの情報チェックが「ザル」だったせいで、わたしが知らなかっただけだろうけれども)おそらくはめったなことでライヴなどもやらなかったはず。まさかそのライヴ映像が残っていて、こうやってネット上でいつでもみられることになっているとは想像していなかった。

 このライヴ映像はいくつか(四つ?)のパートに分割されてアップされていて、そのどこかでHaco さんが「スモールユニットでのライヴです。このスモールユニットでのライヴはしばらく継続し、そのうちにバンドでのライヴもやろうと思っています」みたいなことをおっしゃっている。わたしは、別の場所で行われたその「スモールユニットでのライヴ」をかろうじて体験している。わたしの唯一の「After Dinner 体験」だったけれども、そのときには宇都宮泰さんは参加していなかった記憶がある。

 さて、この映像だけれども、「夜明けのシンバル」という曲は、彼女たちのデビューシングル「After Dinner」のフリップサイドの曲。とにかく、このライヴでのアレンジがそのスタジオ版と異なっていて、しかもそれがすばらしい。まずはこの映像ではほとんどその姿の見えない宇都宮泰さんの、スウィング感あふれる、といっていいんだろうか、躍動するピアノがあり、そしてHaco さんのはつらつとしたシンギングとリコーダー。Haco さんのうしろで野球のユニフォーム姿で立ち、Haco さんのリコーダーにマンドリンで和しているのが横川理彦さん。コメントをみるとここに一色洋輔さんも加わっておられることになっているけれども、ちょっとわからない。

 Haco さんのかわいらしい颯爽としたいでたちもまた視覚的な魅力になっているけれども、まずはこのライヴ版「夜明けのシンバル」の魅力にやられてしまう。とくに後半は別の曲に変化してしまうところもあり、未発表音源に映像とともにふれてしまった感覚で、興奮してしまった。

 ‥‥YouTube には、こういう映像がもっともっと散乱しているのだろうか。ちょっとばかし、そういう世界に足を踏み入れるのもこわくなってしまう。


 

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■ 2013-09-02(Mon) このエントリーを含むブックマーク

 九月になったので、このブログに登場する人たちのイニシャルも、Aからリセットする。あらためて書いておくけれども、八月のAさんと、この九月のAさんとは、けっして同一人物ではない。ただ月ごとに登場いただいた順に「Aさん」からはじめさせていただいているだけなのだけれども、その、こんげつはじめての登場人物になるAさんから電話をもらった。またこんげつの下旬にBさんを交えて飲みましょう、というお誘いだった。スケジュール的にバッティングしているわけでもなく、「それはぜひ」とお答えする。‥‥らいしゅうの金曜日にも別の友人のCさんの知り合いのアーティストの個展を観て、そのあとに飲みましょうという約束もできているし、そもそもあさってはDさんと、そしてEさん、Fさんご夫妻といっしょに、せんじつ行った神田の「M」での宴も計画されている。
 九月もはじまったばかりだというのに、すでにこの上旬、中旬、そして下旬それぞれの宴が予定されているというのも、僥倖のいたりというのか、うれしいことではある。そういうことで、この九月が、ハッピーな月になるといい。

 連続ドラマの「あまちゃん」が、ついに震災を迎えた。いきなりのシリアスモードへの転換におどろいたけれども、たとえば津波被害を表現するのに、町の観光協会のジオラマを使うあたりが巧みだと思ったし、トンネル内での描写で外の世界を代替させるあたりにも感心した。まだあの震災から二年半しか経っていないわけで、わたしなどでもけっこう、当時のことを生々しく思い出したりもした。

 ‥‥そうはいいながらもきょうもノートパソコンに夢中、なんだけれども、つまりはiTunes かYouTube ばかりに滞在しつづけているわけで、けっきょくは、このあたらしいノートパソコンというものはオーディオ再生装置でしかないんじゃないかというところ。しかし、そう考えてみるとやっぱり、この「音」はあんまりにも貧弱で、とにかくは低音がまるで聴こえてこない。やっぱり外付けのスピーカーが欲しくなってしまい、午後から西の中古ハードの店に行こうかと考えた。
 では出かけようかと外をみると、空は黒い雲におおわれはじめたところで、このまま大雨になりそうなふんいきでもあった。「まだ降りはじめないだろう」などと勝手に考えて部屋を出てみた。ところが、駅前通りを越えて児童公園のまえあたりに来たとき、その公園内に設置されたスピーカーがしゃべりはじめ、「この地域に<竜巻注意情報>が発令されました」ということ。その放送と同時に、あたりには雨が落ちはじめた。
 雨は降りはじめるし、竜巻は来るというし、こんなときに外を出歩くなんて、なんて無謀なことだろうと、いちど家に帰ることにした。帰宅してからしばらくしたら、外は大雨になった。雷の音も聴こえてきた。出かけなくてよかった。

 それでも、小いちじかんもすると雨もやんでしまったみたい。雲のあいだから明るい太陽の光がかがやいて、北の方へ行ってしまった黒い雲のあとからは、まっ青な空が拡がる。「それではやっぱり出かけよう」と、けっきょくはスピーカーを買いに出た。雨のあとだけれどもそれほど湿度を感じることもなく、雨のまえよりは気温もさがっているので、快適だった。
 行ってみた中古ハードの店には中古スピーカーはかなりの数おいてあったのだけれども、すべてアンプに接続するかたちのもの。ノートパソコンからの音声出力はヘッドフォンのためのものだけだし、そういうところにかんたんにつなげるスピーカーがほしい。スピーカーにも電源接続ができて、スピーカー側でヴォリューム調整ができることも望みたい。どうやらこの中古店にはそういうものはないようなので、道路をはさんだ向かいにある量販家電店にいってみた。‥‥望むかたちのスピーカーがみつかった。価格もてごろというか、安いのは680円から、いちばん高いもので4980円まで、かなりの種類が並べられていた。ヘッドフォンとかで有名なメーカーの品もあったけれども、あまりに薄型でちょっと重量感に欠けるというか、小さくってもスピーカーっぽいヤツ、センターに置くウーファースピーカー付きのヤツを買った。

 帰宅してすぐにノートパソコンにつなぎ、YouTube とかで音楽ものを再生してみた。結果は満足である。かなりの音量まであげることもできるし、もちろん低音の迫力もある。ちょっと高音部がシャカシャカ聴こえるような気もするけれども、不満というほどでもない。‥‥寝るまでずっと、YouTube で知っている音源を検索して聴きつづけた。あとはあした。

 

 

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■ 2013-09-01(Sun) このエントリーを含むブックマーク

 きのうのあさは、雲のあいだからさす夜明けの日の光が美しかった。絵に描いたように放射状になった光の帯が、どこか「神の遍在」を思わせるような気もしてしまうし、ミケランジェロの描いたシスティーナ礼拝堂の天井画なんか思い出してしまうのであった。

 そのきのうのよるになって、ようやっと「夢遊の人々」という難物を読みおわったので、「これから何を読もうか」なんて思ったりしたら、枕元にプルーストの「失われた時を求めて」の文庫の、その第一巻がころがっていた。「そうか、これを読めってか、そういうことか」と、すでにプルーストよりもずっと長生きしてしまっているわたしは思う。‥‥ちらっと読みはじめると、これがやっぱり面白いことこの上ない。いちおうことわっておくけれども、わたしは十年ぐらいまえに、筑摩の井上究一郎訳でいちどは通読している。こんどは邦訳決定版ともいわれる鈴木道彦訳になるわけだけれども、冒頭から「なるほどねー」という感覚にはなる。‥‥いまのわたしにとっても、「記憶」というもんだいは重要なことでもあるし、そういうところで冒頭の、眠るまえの半覚醒状態の分析などに惹かれるのである。そうか、そうですか。それではこれから、「失われた時を求めて」を読むことにいたしましょう。

 きょうの午前中は暑かった。しごとちゅうにも汗をかいたし、しごとを終えて帰宅してからも部屋のなかで汗にまみれていた。わたしの印象では、きょうこそがこの夏でいちばん暑い気もしてしまった。あんまり暑いからというのではないけれども、午後からは昼寝をした。

 きのうおとといと、川向こうの古着屋の半額セールで買い物をしたのだけれども、じつはもう一点、これから着られるようなジャケットで気になるものが残っていて、昼寝からさめたあと、半額セールもきょうまでだからやっぱり買っておこうかなあ、などと思うのである。‥‥じつはこのところのわたしは、衣類にかんしてはこの古着屋にたよりきっているところがあって、靴だってこの古着屋でわたしにピタリのサイズのものをつづけて買っているし、バッグもまたしかり。たいていのときでもって、下着と靴下以外はすべて、この古着屋で買ったものばかりを着ているケースが多い。だいたいぜんぶ合わせても二千円かかっていない。へたしたら、わたしが身につけているものでパンツがいちばん高価だったりもする。それできょうはやはりジャケットを買いに行こうと。

 どうも、外がうすぐらいと思ったら、激しい雨が降っているし、TVをみてみると、このあたりで落雷のために停電している区域もあるとかいっている。‥‥なにも、そんなときにわざわざ外出しなくってもいいじゃないか、という気分にもなったけれども、ネットで天気概況をみてみると、このあとはこの近辺の雨もやんで、おだやかな天気になるみたいなことをいっている。外をみると、たしかに雨も小やみになってきたようだし、「ちょっと行ってみますか」という気分で、ビニール傘を持って外に出た。‥‥空気がひんやりとして、ものすごく気もちがよかった。部屋にこもっていたよりもずっといい。すぐに雨もやんでしまい、その、雨のあとの雲の流れの移り変わりがまた美しかった。古着屋に到着して、目当てのジャケットも買った。帰り道もまた空を眺めながら歩いて、「わたしはこういう体験をしたくってこの茨城県なんかに越してきたわけなんだ」なんて、勝手なことを思ったりもした。

f:id:crosstalk:20130901181931j:image:left ‥‥空が、広い。この「空」なんだと思う。帰宅してからケータイを持ってもういちど外に出て、この空のフォトを撮ってみた。きょうはちょっとだけ、また「さらば愛しき大地」の冒頭の部分だけとかを観てしまったりしたけれども、この、「悪い場所」としての茨城、そういうところをわたしはなぜ選択したのかとか、あらためて思考反省するところもあった。

 このところずっと、ニェネントをあんまり楽しませてあげていない気がしている。きょうは、そういうものがあるのを忘れていた「猫がひとりで遊べるおもちゃ」のことを思い出し、セッティングしてみた。丸いボールのなかに重心をきょくたんにずらせてセットされたモーターが仕込んであり、電池を入れて電源を入れてやると、そのボールのなかで重心がぐるぐると移動して行くので、しぜんと転がりはじめて、しかも勝手な動きをやってくれるのである。
 電源を入れてリヴィングの床に置くと、モーター音をひびかせながら床をころがりはじめる。「あれ? なによ?」みたいにニェネントが寄って来て、まずは転がるボールのそばで観察をはじめ、つぎにボールをまたいでジャンプしたりする。和室の方まで駆けて行って、また和室からリヴィングのそのボールのところまで突進してくる。ボールのそばでうずくまって、ボールの動きをじっと観察したりもする。ボールは隅の方に入り込んでしまっても、重心が移動するので自力でまたリヴィングの中央に戻って来たりする。玄関の方まで移動して、三和土とかに落ちてしまうともう戻って来れなくなるので、そうなるとわたしがまたリヴィングに戻してやったりする。しばらくは動かしつづけてやった。きっとニェネントも楽しんでくれたことと思う。

 

 

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