ワニ狩り連絡帳 このページをアンテナに追加 RSSフィード

       

■ 2014-09-30(Tue)

 きのうニェネント用に買ったラバーブラシで、きょうはもうちょっと念入りにブラッシングやってみた。ニェネントは「にゃあ〜」とかないて、いやがっているようにも聴こえるけれども、それでも逃げて行こうとはしないでいる。けっこう、このなき声は「気に入っているのよ」というなき声なのかも知れない。それで、肝心の抜け毛の方だけれども、これが面白いほどいっぱい取れた。やっぱりそれだけの効果はあったわけだ。背中だけでなく、横腹とか、おなかの方とか、全身やってあげた。すっごい量の毛玉になった。これでは部屋がネコの毛だらけになるわけだ。これからは毎日でもやってあげよう。やっぱりいい買い物だった。

 南のスーパーで火曜日はいろいろと安売りの日なので、昼まえに買い物に行ってみる。「かつおのたたき」がずいぶんと安かったので買う。ニェネントにもあげよう。わたし用にはギョーザと、そしてイカゲソの天ぷらと。‥‥どうもわたし的にはこのイカゲソの天ぷらが大好物になっていて、このところこの南のスーパーに来るたびに買ってしまっている。おいしい。

 夜は娘と連絡を取り、あさっての待ち合わせの予定などを取り決めておく。行き先が高円寺なので、高円寺のことも少し調べておく。まあもともとあまり高円寺に行ったことはないけれども、古い日記では、高円寺の阿波踊りのときに高円寺に住んでいる友だちと会ったりはしているみたい。あれこれとディープな居酒屋とかのある街、なんだろう。おそらくあさってはわたしは帰って来れないのであっちに泊まることになるけれども、娘は翌日がしごとだからあんましは付き合ってくれないみたい。やっぱりひとりで「G」へ行って、そのあとはカプセルホテルにでも行こうか。あさっては映画を観るとか、展覧会を観るとかしてもいい。


 

[]二〇一四年九月のおさらい 二〇一四年九月のおさらいを含むブックマーク

舞台:
●Asia Butoh Tree Project公演「イワヲカム 〜Inheriting Landing〜」川本裕子・Thomas Tse Kar Ho @明大前・キッド・アイラック・アート・ホール
●第7回 JAZZ ART せんがわ「坂本弘道ディレクション[eyes]」伊藤キム+ホナガヨウコ+スガタイロー+山本達久+坂本弘道 @仙川・せんがわ劇場
●「真夜中の旅人」笠井瑞丈:構成・演出・振付 @神楽坂・セッションハウス

映画:
●「追悼のざわめき」(1988) 松井良彦:監督

読書:
●「決定版 カフカ全集 3 田舎の婚礼準備、父への手紙」飛鷹節:訳
●「決定版 カフカ全集 4 アメリカ」千野栄一:訳
●「辺境の惑星」アーシュラ・K・ル・グィン:著 脇明子:訳
●「第七官界彷徨・琉璃玉の耳輪 他四篇」尾崎翠:著

DVD/ヴィデオ:
●「アリス」(1988) ルイス・キャロル:原作 ヤン・シュヴァンクマイエル:監督
●「グラン・ブルー【完全版】」(1988) リュック・ベッソン:脚本・監督
●「ザ・リング」(2002) 鈴木光司:原作 ゴア・ヴァービンスキー:監督
●「石の微笑」(2004) ルース・レンデル:原作 クロード・シャブロル:監督
●「ザ・リング2」(2005) 中田秀夫:監督
●「パシフィック・リム」(2013) ギレルモ・デル・トロ:監督
●「愛と希望の街」(1959) 大島渚:脚本・監督
●「呪いの館 血を吸う眼」(1971) 山本迪夫:監督

 

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■ 2014-09-29(Mon) このエントリーを含むブックマーク

 録画してある映画を観ることもなく、ぼんやりとした日々がつづいている。きょうは昨夜飲んでのあとだからよけいにぼんやりしているけれども、思考能力も明らかに退化しているようでおそろしい。このままただ、ボケ老人へと突入して行くような気がする。

 涼しくなって来て、ニェネントはベッドの上で寝ていることが多くなった。わたしが寝る時間になってニェネントにどいてもらうと、たしかにニェネントの寝そべっていたところは暖かくなっている。そう、きょうはニェネントのための爪切りと、マッサージと抜け毛取りのラバーブラシというのを買って来た。まずは慎重にニェネントの爪を切ってあげるけれども、途中でいやがって逃げてしまった。そうなるとは思っていたけれどもね。マッサージブラシの方もちょっとやってみたけれども、なんだかあんまし抜け毛も取れない印象。「犬猫兼用」と書いてあったけれど、パッケージには犬の絵が描いてあるし、やっぱり犬用なんじゃないかしらん。買い物に失敗したかな。

 

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■ 2014-09-28(Sun) このエントリーを含むブックマーク

 きょうは上京。久しぶりの森下スタジオで、もちろん道筋は忘れてしまっている。ネットで地図を頭に叩き込み、住所のメモを持って出発する。きょうは十四時から室伏鴻さんのトーク。ほんとうはさいしょは室伏さんのパフォーマンスという告知だったし、入場料も安かったので、ネットでみつけてすぐに予約しておいたのだけれども、実のところはトークなのだということ。でもかまわない。聞き手も桜井さんということだし、桜井さんらのスケジュールが空いていれば、そのあとに飲みに行けるかも知れないし。

 むこうで昼食をとることにして、ちょっと早めに出発。晴天で気持ちがいい。到着しても森下の町並みの記憶があるわけでもなく、すべて新鮮。森下スタジオの場所をまずは確認して、清澄通りというのかな、近くの大きな通りを南の方へ行き、とちゅうの中華の店に入って昼食にする。五目炒飯をたのんだのだけれども、食べながらメニューをみると上海焼きそばなどというものもあり、そっちにすればよかったな、などと思ったりする。上海焼きそばといえば、昔々のその昔、日暮里の駅のそばにあった中華の店でしょっちゅうその上海焼きそばを食べていたのを思い出した。日によってすっごくおいしかったり、「ゲロ」だったりして、落差の大きな中華料理店だった。

 スタート時間が近づいたので、森下スタジオへ。受付で名まえを告げると、わたしの名まえがないという。おかしいな、などとやっていると、すぐそばにEさんがいらっしゃって、「小坂さんのは別のスタジオでしょう」と教えて下さった。いちばん大きなAスタジオでもおなじ時間から公演があるようで、Eさんはそちらのお客さんだったみたい。わたしは間違えてそちらの受付に行ってしまったのだ。

 目的のBスタジオは二階で、開場されてそのスペースに入って行くと、待機していらっしゃった室伏さんにあいさつされたし、桜井さんは「なんだ」と。

 トークの内容は、室伏さんが舞踏を始められたきっかけであるとか、その初期の活動の内容を語られるようなもの。後半には桜井さんを聞き手として「舞踏とは何か」というような方向にシフトして行かれるのだが、そのはじめの方で土方巽の「肉体の叛乱」の話が出て、室伏さんもこれはご覧になられていないとのことだったけれど、そこで客席のわたしの方に「小坂さんは観てるんじゃないの?」とか、振って来られた。いや、わたしまだそのとき十六歳ですし。でも、室伏さんがわたしの名まえもおぼえて下さっていたのがうれしかった。

 トークが終了して、桜井さんが「飲みに行こうよ」と、誘ってくれた。もちろん、ご一緒いたします。まずは喫煙所で桜井さんと一服。たばこを切らしておられた桜井さんに、わたしの「キャメルブラック」を差し上げて一服始めると、そこにアゲハチョウのようなきれいな蝶が飛んで来て、まずは桜井さんの口元あたりにとまろうとし、次にはわたしの方に飛んで来る。手で払うと、タバコを持っている手の指先にその蝶がとまって来たりした。口からオレンジ色の触覚というのか吸引管というのか、そういうのをわたしの指に伸ばしているのが見えた。びっくりしたけれども、どうやらタバコの匂い(香り)を、花のそれと思い込んでしまったんだろう。そういうことってあるんだ。たしかに「キャメル」は他のタバコに比べて甘い香りがするのだけれども。

 室伏さんと、室伏さんのところのスタッフのFさんとの四人が集合。きょうは日曜日なので残念ながら「山利喜」はやっていない。「どこへ行こうか」ということで、あまりあてもなく歩き出し、とにかくはオープンしている店に飛び込んだ。会話はとってもはずんで楽しかったし、そういう過去の話とかを聞いたりしていると、わたしの記憶もいくらかは取り戻されて来るような気にもなる。こういう会話って、今のわたしにはとっても大切。

 飛び込んだ店はなんだか豚モツの串焼きみたいな店だったんだけれども、なんだ、みんな、頼んでも食べないじゃない。わたしも、「キク」ってやつは見かけも味もグロでダメだった。で、ホッピー頼んだのだけれども、中身の氷がすっごくこまかく砕いてあって、これでは焼酎の味がしない。こういう店、前にも入ったことあるように思うけれども、ちょっとがっかり。

 七時を過ぎてから「場所を変えましょう」ということで、皆でタクシーに乗って清澄白河の「だるま」という店に行く。この店、わたしは半年ぐらい前に桜井さんに連れられて行ったことがあるらしいけれども、あんまり記憶していない。なさけない。

 わたしは茨城へ帰るタイムリミットもあるので、やはり用事があるというFさんといっしょに、八時半ごろに先においとまさせていただく。残念である。これがなかなかに地元での終電スレスレの時間で、なんとか滑り込みで帰宅出来た。楽しい一日だった。室伏さん、桜井さん、Fさん、どうもありがとうございました。

 

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■ 2014-09-27(Sat) このエントリーを含むブックマーク

 なんだかんだいって、「花子とアン」を、今日のその最終回までみてしまった。終盤は「きれいごと」の連続というか、決してみていて面白かったり興味深かったりするようなものではなかった。やはりいちばん面白かったのは序盤の女学校時代だったか。

 午後からまた川向こうの古着屋に行き、先日買った黒のジャケットに合うような長袖のTシャツを、二着ほど買った。

 道すがら、葛の花が咲いているのを写真に撮ったりした。その葛の花のうしろには金木犀が咲いていて、もう秋だなあと思わせられるのだけれども、同じ道沿いにはまだ朝顔の花も咲いている。

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 この赤い実は何だろう。ミニトマトみたいだけれども、そんなわけがない。白い花と赤い実がいっしょになっているのが、ちょっと不思議だ。

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■ 2014-09-26(Fri)

 なんだかこのところ、建設的なことをぜんぜんやってない気分。きょうも、ダラダラとすごしてしまった感覚がある。

 いちおうきょうやったことは、パソコンで「すいか」を最後まで観たこと。やはり教授(浅丘ルリ子)の名セリフが心に残るわけだけれども、「先生、わたしもっと複雑なことやりたいんですけど」というのが極めつけ、だろうか。あとは「四十、五十はまだつぼみ」というあたりとか。

 そう、夜になってからがんばって、カフカの「アメリカ」を読了した。

 

[]「決定版 カフカ全集 4 アメリカ」千野栄一:訳 「決定版 カフカ全集 4 アメリカ」千野栄一:訳を含むブックマーク

 現在は「失踪者」というタイトルで知られている作品。カフカの長篇三作品(いずれも未完)の中ではいちばん「明るい」作品と、編者のマックス・ブロートも訳者の千野栄一も言っているようだけれども、わたしにはそこまでの「明るさ」は感じ取れなかった。というか、他のカフカの作品と同様に、ここでも不条理感に囚われながら読み進めることになった。いったいなぜ、主人公のカール・ロスマンは、時に自信たっぷりに世渡りして行こうとしているのに、それがいとも簡単に思考を屈折させ、行くべき方向に向かわないでしまうのか。このあたり、おそらくは「城」においても引き継がれる語り口になって行くわけだろう。

 はたしてこの作品が「城」や「審判」に匹敵する優れた作品なのか、それともそれらの作品に先行する「習作」の域を出ないのか、などと問われているらしいけれども、わたしはこれはこれで独自の「傑作」であろうと、そういう読み方をした。


 

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■ 2014-09-25(Thu) このエントリーを含むブックマーク

 きのうレンタルヴィデオ店に行き、「久々にヴィデオでも借りてみようか」と、店内を見て歩いてみた。なんだかTVドラマの複数巻にわたってシリーズになっているものがたくさんあり、「こういうのを観始めるようになるとたいへんだなあ」とか思ったりする。興味があったちょっと古い映画などはなかなか見つけることが出来なくって、特に今回は邦画の「リング」とか、あったら借りてみたかったのだけれども、ホラーコーナーにはBlu-Ray のものしか置いていなかった。残念。

 きょうはまたYouTube で、「すいか」のつづきなどを観て過ごす。しかし、YouTube にはその「すいか」の映像が全篇揃っているわけではない。第一話は見当たらないし、途中で尻切れトンボになってしまっているものもある。仕方がないとは思っていたのだが、ちょうどニュースで、FC2にドラマなどを無許可で投稿したとされる人物らが検挙されたとの報道があったわけで、そうか、FC2で検索したら完全なものが見つかるかも知れないと、検索してみたらみごとにヒットした。これで全部揃って観れる。

 あと、YouTube では、「Deep in Japan」という、フランスとコロンビアの若い女性がふたりで日本の居酒屋などのスポットを紹介するプログラムを見つけ、これにちょっとハマってしまって、見続けてしまった。日本語字幕が関西弁でおもろいねん。

 先日観た「追悼のざわめき」をもういちど観たくって、映画館の上映スケジュールを見ると、あさってからはレイトショーだけになってしまうようだ。行くのなら明日しかない。明日はしごとも休みだからいいのだけれども、どうだろう。行けるだろうか。行きたい。

 

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■ 2014-09-24(Wed) このエントリーを含むブックマーク

 しごとを終えてすぐに帰宅し、急いで朝食をすませ、ギリギリの時間でとなり駅への電車に乗り、市民病院へ行く。きょうの待ち時間は一時間半。カフカの「アメリカ」をたっぷりと読むことが出来た。ちょっと返却を遅らせれば、なんとか読み終えることが出来るだろうか。

 いつものかんたんな診察を終えて帰宅すると、もうお昼すぎ。昼食にはそうめんをゆでて、ごくかんたんにすませた。

 先日、ネコを飼うのであれば時々、その爪を切ってあげなくてはならない、ということを聞き、そのようなことをまったくやっていないわたしとしては、ちょっとした驚きでもあったのだけれども、おととい「G」に行ったときに愛猫家のCさんに聞いてみても、やはりネコの爪は切ってあげるとのことだった。それではやはりわたしもそのようにしなければならないかと、午後からホームセンターに足を運び、ペットコーナーをチェックしてみた。しかしここにはネコ用の爪切りは置いていなくって、やはり東京へ行ったときにでもペットショップを覗いてみなければならないわけだろう、などと思った。

 ホームセンターの先にはレンタルヴィデオの店があって、その店舗のなかの古着屋がまた半額セールをやっているのを思い出して行ってみる。これからの季節用の長袖のTシャツが目当てだったけれども、プリントシャツとスカーフ、そして黒のジャケットも買ってしまった。黒のジャケットはもう同じようなものを山ほど持っているような気もするけれども、「ま、いいか」と買ってしまう。トータル千五百円ほど。ま、いいか。

 これからはいろんなイヴェントの行なわれる季節でもあり、行きたい舞台とかをネットでチェックしてみる。どうやら十月はたいへんなことになりそうだ。特にその第二週あたり、連日のように上京しなければならないし、いちどはあっちに泊まって来なければならないみたい。いくつかの舞台のチケットを予約したけれども、トータルで考えるとけっこうな金額になるみたい。おそらくは預金を大幅に切り崩すことになるだろう。ま、わたしの場合、いくら貯金してもタカが知れてるわけだし、そんなわずかな金を貯めても精神が豊かになるわけではない。使わなくっちゃ損、損。

 

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■ 2014-09-23(Tue) このエントリーを含むブックマーク

 何もしない一日。ただYouTube で「すいか」のつづきを観る。先日読み終えた尾崎翠の「第七官界彷徨」の解説で、執筆された川崎賢子さんは「母親の不在」ということを書かれていたけれども、この「すいか」では、まさに「父親の不在」ということに注目しなければならないだろう。そしてここでも、「第七官界彷徨」のように、奇妙な共同下宿といってもいいような生活が、繰り拡げられるわけだ。「失恋の連鎖」のようなドラマこそ起こりはしないけれども、毎回何らかの事象が連鎖して起こって行く。さっき「父親の不在」ということを書いたけれども、登場人物たちはそれぞれが、「誰かの」不在、という問題を抱えているようにもみえてしまう。

 「すいか」をある程度観たあと、きのうスーパーで半額で買ったかき揚げ天ぷらを使って「そば」をつくる。これはけっこうわたしの好物で、おいしく食べることが出来た。そしてそのあとに、また長い昼寝をしてしまった。どうしたというんだろう。内科医で処方されている薬が変わったので、そのあたらしい薬の副作用が出ているのかも知れない。

 先週、市民病院へ行くのを忘れてしまっているので、あしたは間違いなく行かなければならない。

 

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■ 2014-09-22(Mon)

 きょうはしごとも非番で休み。きょうこそは、新宿に出て「追悼のざわめき」を観るつもり。ちょっと家を早く出て、地元九時半ぐらいの電車で東京に向かう。このごろいっぱい寝ているので電車のなかでもそんなに眠くならず、持って出たカフカの「アメリカ」を、けっこう読み進めることが出来た。

 ちょうど新宿に着くころにお昼になるわけで、昼食をどうしようかということになるのだけれども、これから先、ちょっとばかり散財の計画も予定されているので、ここは節約。ドン・キホーテで買った安いおにぎりふたつで昼食にする。東口の広場で食事。ふたつ食べただけで、けっこうおなかいっぱいになってしまった。

 そろそろ開映の時間なので、映画館へと向かう。きょうは平日なのでそんなには客数は多くないか。‥‥そして上映開始。そして終映。まことにもって「すばらしい」作品、だった。感想は下に。

 終映後はちょっと本屋などをのぞいてまわって、文庫になっているという木皿泉の「すいか」の脚本を探したのだけれども、みつからなかった。そのかわり、十月になると「昨夜のカレー、明日のパン」がドラマ化されて放映されることがわかった。観なければ。

 いつものようにこのあとは下北沢に足を伸ばして、「G」へ行く。この日はCさんとオーナーのDさんと。いつもの「Habana Club 7年」のロックを頼むと、「このあいだ入れたんだよ」と、バカラのグラスで出していただいた。飲むのもちょっと緊張。こんなの。

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 七時ごろに帰路につき、自宅駅には九時に到着。晩ご飯はつくり置きのシチューにすればかんたんなんだけれども、なんかこの時間ならば安くなっているはずのスーパーのお弁当とかが食べたくなり、南のスーパーまで足を伸ばしてしまった。って、お弁当とかみんな半額になってるんだね。「こりゃいいや」と、寿司の詰め合わせが半額の三百円になってるのを買って帰った。

 帰宅してその寿司を食べていると、そういう匂いがしたのか、ニェネントが寄って来る。人が食べている手先に顔を突っ込んで来る。サーモンとかなら二つあるからひとつあげようかと、取って出してやるのだけれども、「クンクン」とかやりながらもけっきょくは食べなかった。まぐろなら食べるんだろうけれども、ふふ、あげないよ。

 

[]「追悼のざわめき」(1988) 松井良彦:監督 「追悼のざわめき」(1988)  松井良彦:監督を含むブックマーク

  ‥‥例えば、吉増剛造などの(と書きながら吉増剛造の詩は良くは知らないのだけれども)長大な現代詩長篇を映像化したような作品といえばいいのか。まさに全世界を、昭和が終わろうとする大阪に突き立てられた虚のナイフから切り裂くような、そんな作品といえばいいのか。

 わい雑さと崇高な美とが同居して、今までの映画には見たことのない、汚穢のファンタジーがスクリーン上に現前した、という印象。わたしにはとてつもなく素晴らしい作品だったけれども、途中で退席される観客もいらっしゃった。観るのにも覚悟が必要か。わたしはもういちど観たい。


 

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■ 2014-09-21(Sun)

 きょうは東京に出て、「追悼のざわめき」のリヴァイヴァル上映を観るつもりもあったのだけれども、意外としごとがハードな展開になってしまい、もう帰宅したらぐったりしていたわけで、きょうもいちにち部屋でゴロゴロすることにした。きのうおとといと昼寝ばかりして懲りているので、きょうは昼寝に突入しないように気をつけた。尾崎翠の文庫を読了。

 夕方からシチューをつくろうとがんばって、けっこうたくさんつくった。いつもブロッコリーを入れると花の部分というのか、先端のこまかいつぶつぶがバラバラに取れてしまって中にいっぱいひろがり、見た目がよろしくなくなってしまっていたのだけれども、こんかいはブロッコリーだけ別にサッとゆでて、仕上がりの段階でシチューに入れてみた。これが成功で、見た目もすっきりとして、おいしいシチューに仕上がったと思う。

 

[]「第七官界彷徨・琉璃玉の耳輪 他四篇」尾崎翠:著 「第七官界彷徨・琉璃玉の耳輪 他四篇」尾崎翠:著を含むブックマーク

 第七官界彷徨
 歩行
 こおろぎ嬢
 地下室アントンの一夜
 アップルパイの午後
 琉璃玉の耳輪

 この文庫に収録された上記六篇のうち、「こおろぎ嬢」と「琉璃玉の耳輪」以外の四篇は、尾崎翠のさいしょの作品集「アップルパイの午後」(薔薇十字社刊)で読んでいる。おそらくはわたしが二十歳になるかならないかの頃のことだったと思うけれども、読みはじめてみるとどの作品もだいたい、その書き出しの文章が記憶のどこかに残っていた。思い出すのである。「第七官界彷徨」の「よほど遠い過去のこと、‥‥」だとか、「歩行」の「おもかげをわすれかねつつ‥‥」の詩など、読んでいてなつかしい思いを抱きながら読み進めた。最初の四篇は「連作」という趣の、ほとんど同じような登場人物による、「失恋」の連鎖のような展開がつづく。

 このどこか浮世ばなれしたような設定の、皆がその場限りの夢を追っているようなユートピアじみた世界のなかで、たいていの登場人物は失恋の吐息を吐きつづけている。まるでそのことがユートピアを堪能する特権ででもあるかのように。その「吐息」をこそ書き留めようとした作品群、のようにも読めるではないか。そこに、これらの作品群の「永遠性」もまた存しているようにも思える。

 「アップルパイの午後」では、ひねった展開のなかから、成就した二組のカップルの姿が立ち上がる。ここにも、その前提として「吐息」の段階が想定されているような。

 さて、びっくりしてしまうのは【映画脚本草稿】として書かれた「琉璃玉の耳輪」なんだけれども、これは書かれた時期としてはこの六つの作品のなかでももっとも早い、昭和二年のものだそうな。「女探偵」が主人公などという、その他のデティールでもいかにも映画的なモダニズムの洗礼を受けている作品で、<これがこのあと二年もすると「アップルパイの午後」を書くような作家の作品か>などと思ってしまったりする。作者の映画好きがうかがえるところでもあるけれども、まるで「文芸調」というようなものではない。

 面白かったのは、この文庫の巻末の、川崎賢子氏による解説文。まずはその文献調査の深さに感嘆させられるし、各作品の解題、とりわけ「琉璃玉の耳輪」への言及など、ほんとうに興味深く読ませていただいた。この川崎賢子という方、いったいどんな人なんだろうと調べたら、久生十蘭や夢野久作、吉屋信子などの昭和初期モダニズムへの論考が多い方らしいのだけれども、一貫して宝塚歌劇を論じていらっしゃる方、らしい。興味深い。


 

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■ 2014-09-20(Sat) このエントリーを含むブックマーク

 きょうもまた、きのうと同じぐらいに昼寝をしてしまった。いったいどうしたんだろう。ほとんど何もやらないままに一日が終わってしまい、不毛な一日をおくっているような気分になり、不愉快になる。

 きのう引っぱり出した圧力鍋の入っていた段ボール箱、案の定ニェネントのお気に入りになる。中にもぐり込んで、バリバリと爪を立てている。きっとこのあたらしい段ボールに爪を立てる感触がたまらないのだろう。

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 夜は尾崎翠の岩波文庫版の「第七官界彷徨」を読み継ぎ、残すは最後の「琉璃玉の耳輪」だけ。ページ数はあるけれども読みやすそうなので、あしたには読了することも出来そう。図書館から借りているカフカ、今回はまるで進展していない。これはいちど図書館に返さなくっちゃならないだろうな。

 

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■ 2014-09-19(Fri) このエントリーを含むブックマーク

 ‥‥ものすご、昼寝をしてしまった。午後になってすぐに寝てしまい、これなら夜は目がパッチリかな、などとも思っていたのだけれども、暗くなったらまたちゃんと寝てしまった。トータルで14時間ぐらいは眠っただろうか。

 実はきのう、スーパーで地元産の栗が安かったので買ってしまっている。

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 で、この栗をどうしたらいいか?と考えると、「栗ごはん」ぐらいしか思い浮かばない。それでとにかくは午前中に下ごしらえを始め、とにかくはまずは渋皮を剥くこと。ネットで調べると、圧力鍋を使うとかなりかんたんに渋皮も剥けるとのこと。って、実はわが家には、いまだに使ったことのない圧力鍋がしまってあるのである。こいつをいつまでもいつまでも死蔵しておく手はないので、ついに圧力鍋デビュー、である。おそらくは買ってから八年ぐらいは未使用で死蔵してあったもの。

 しまってあった圧力鍋、取り出してみると、もう蓋のあたりにシミみたいなものが浮いていたりする。まさに中古品という見かけ。取説を取り出して読み、ちょっと切れ目を入れた栗と水を入れ、レンジにかけてみる。約七分。‥‥これで、蓋を開けるときに気をつけないと、中身が暴発したりする、というか、コレで大やけどを負った女性がいたではないか。ほら、あの子。

 ということで、慎重に慎重をかさねて蓋を開ける。‥‥何とか成功し、中の栗を取り出す。まだ熱いのを手に取って鬼皮を剥き、ついでに渋皮をはがして行く。たしかに剥きやすい。ぶじに剥きおえた栗を白米といっしょに炊き上げて(味付けに、酒とみりんもちょっとプラス)、完成。なかなかにおいしかった。これであしたも栗ごはん。

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■ 2014-09-18(Thu)

 きょうも、過去の日記を読みながらの「自分年表」づくり。その過去の日記のなかに「La La La Human Steps」などという記載があったので、「そうだ、そういえばそんなダンス・カンパニーがあったのだ」と、思い出せたりした。エドゥアール・ロックとか、ルイーズ・ルカヴァリエ‥‥。YouTube で探してみると、いっぱい画像もみつかった。‥‥けっきょく、「ヴェラスケスの小さな美術館」というのを、全部観てしまったけれども、わたしはおそらくはこの作品のヴィデオとか持っていたんじゃないだろうか。まだcrosstalk をやっていた頃、杉並でのパーティーで皆にこのヴィデオをみせた記憶がある。

 こういうふうに、過去の日記からまさに過去の記憶がよみがえって来るのがいちばんうれしいが、けっきょく以前懸念したように、記憶をよみがえらせるためにはそれだけの「リアルタイム」がかかってしまう。それだとつまり、十年の記憶を復活させるには十年かかってしまう、ということ。「復活」ではないのではないか。全部観て「これは観たことがある」とようやく思い出すのなら、新しく体験するのと変わらないではないか。理想的なのは、その断片によって「すべて」を思い出すことだけれども、ただ、「これは観たことがある」と思い出すことのなかに、その「周辺事情」が含まれていることが貴重。

 あと、YouTube ではむかしのTVドラマの「すいか」を観ている。これも過去に観ているのだけれども、自分のなかでの市川実日子やともさかりえへの思い入れは、まさにこの「すいか」から始まっているわけだ。

 

[]「パシフィック・リム」(2013) ギレルモ・デル・トロ:監督 「パシフィック・リム」(2013)  ギレルモ・デル・トロ:監督を含むブックマーク

 人類を代表するロボットvs.怪獣、という感覚から、日本の後期〜近年の怪獣モノの作品へのオマージュがあるのだろうけれども、わたしなどはせいぜい「ウルトラマン」での対怪獣戦を思い浮かべる程度。あとで調べて、「新世紀エヴァンゲリオン」などとのシンクロニシティもあることを知り、そこでエヴァンゲリオンのことを少しなりと思い出したりもする。

 ゴテゴテとしたストーリーとか、怪獣たちの容姿やイェーガーらのデザイン、すべて日本のそういう映像へのオマージュなんだろう。わたしはそのあたりに暗いわけだから、そこまでに楽しんで観れたわけでもない。けっこう、音楽が良かったかもしれない。


 

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■ 2014-09-17(Wed) このエントリーを含むブックマーク

 おとといから聴いているSteely Dan の「Show Biz Kids」があたまのなかで永遠にリフレインし、その「Lost Wages」という言葉が、まさにわたしのことだよとばかりに迫って来る。現実に今月はまさにその通りの展開で、預金をどんどん切り崩してしまっている。これからもそういうパターンは継続しそうで、抜け出し方がわからない。‥‥って、上京して舞台や映画を観なければいいだけの話なのはわかっているのだけれども、「乗りかかった船からは降りられない」。

 きょうは一日、部屋でごろごろしていたのだけれども、夜になってから、きょうは市民病院への通院日にあたっていたことを思い出した。‥‥わたしが通っている脳神経外科は毎週水曜日の午前中しか担当医が来ないので、つまりはきょうすっぽかしてしまったということは、一週間通院が遅れることになる。特にそのことでもんだいはないのだけども、つまりは服用している薬の、その処方箋のもんだい。まだ薬が先の一週間分あればいいのだけれどもと、薬を入れてあるケースをみてみると、ちょうど一週間分残っていた。来週の水曜日に通院すればいい。

 書き忘れていたのだけれども、このところ、過去のブログをもとにして、2005年以降の自分年表を記述しはじめている。きょうもこの作業を継続して、2006年の7月まで。‥‥おそらくはこの2006年という年が、わたしの最高潮の年というのか、週末ごとに上京しては舞台や映画を観、そのあとは飲み会などに参加してさんざん飲んでいる。今あらためて読んで「何をやってるんだろうね」という気もちもあるけれども、ま、それよりは、「よ〜やるよ」という感じだろうか。


 

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■ 2014-09-16(Tue) このエントリーを含むブックマーク

 けっきょく、きのうはBさんの展示を観に行けなかったので、きょう行くことにして準備する。一時の電車で行けば、四時ごろにあちらに着けるだろうからちょうどいいだろうと考えていたところ、十二時半ごろに大きな地震があった。ゆっくりとゆっさゆっさと揺れる感覚で、十秒ぐらいもつづいただろうか。わたしの感覚ではあの三月十一日以来の大きな揺れ。テレビをみるとまさにこの近辺が震源地で、関東の広範囲で震度四を観測しているみたい。大きいところでは震度五弱。このあたりは震度四、だった。東京なども震度四ということだけれども、このあたりの方が大きいことだっただろう。

 心配なのは電車の運行で、そのあたりのことはすぐにはニュースで流されないし、特にこのあたりのローカル線のことは無視されたりもする。ネットでみてもそのあたりの情報は得られず、まあどっちにせよ駅は目の前なわけだから、時刻表どおりに一時に合わせて駅に行ってみた。駅員に聞くと、「三十分遅れ」ということだった。それならその時間、部屋に戻っていた方がいい。いちど家に戻り、二十分ぐらいじかんをみて、また駅に行ってみた。

 十分ぐらいしたら電車は来たけれども、このローカル線は単線なので、下り電車とすれ違うためには駅をつかわないといけない。そのためにまた二十分ぐらい待たされ、けっきょくは五十分ぐらいの遅れになった。それで乗り換え駅の小山に着いてみると、やはりこちらでも宇都宮線は遅れているわけで、新宿などへ行く「湘南新宿ライン」の方は運休になっているみたいだった。ここでも駅で三十分ぐらい待たされ、ようやく、二時四十分ぐらいに上野行きの電車に乗れた。そのあとは順調に電車も動き、けっきょくは上野に着いたのは四時ぐらい。そうか、いつも小山の駅での乗り合わせが悪くて待たされているわけだから、こうやって電車が遅延してもそんなには変わらないわけだ。

 しかし、ほんとうに久しぶりの上野駅。京橋のギャラリーは六時までだし、うまくBさんと会えたら飲みに行ったりもしたいし、そんなに急いで行くこともないのでしばらくは駅の周りをぶらぶらしたり、Bさんへのおみやげ(GODIVAのちっちゃい箱のチョコ)を買ったりする。あとはメトロの銀座線で京橋に行くのだが、京橋に出るのも何十年ぶりというか‥‥。

 わたしもかつてはこの京橋の二丁目のギャラリーで個展をやったこともあり、ちょっとなつかしい思いもあり、あたりを歩いてみた。もう、その画廊があった場所もわからない。横丁に小さな飲み屋が並んでいて、そこの一角が喫煙所になっていた。そこのベンチのそばにネコのごはんが出してあり、野良ネコっぽい三毛が一匹、ごはんの前でうずくまっていた。人が近よっても逃げないので近よって写メールしてみたけれども、なぜかうまく撮れなかった(ピンボケ)。

        f:id:crosstalk:20140916165013j:image:w200

 時間も五時ぐらいになっていたので、ギャラリーへ行く。Bさんと、二科会の年配の方との二人展。Bさんの作品は120号の大きな作品と、小品となどをまぜて七、八点。以前からの人体解剖のイメージからの発展に、江戸の春画のイメージ、そこに今回は鳥のイメージが加わっていた。わたしは「木菟」の小品が、いたく気に入ってしまった。

 さいしょにギャラリーに入ったときにはBさんもいらっしゃらなかったのだけれども、そのうちに戻って来られ、ギャラリーのなかで長い立ち話をしてしまった。それで閉廊の六時も近づいたので、Bさんの案内でちょっと歩いたところの居酒屋に移動した。

 どうもこのところ、Bさんとがいちばん話がしやすいというか、七月の「G」でもずいぶんと話し込んだものだったけれども、この夜も話に興が乗り、わたしは「そんなことまで」というようなことも話してしまった。Bさんからも、けっこう面白い話がいろいろ聴けた。Bさんはまた十一月には個展を(こんどは新宿で)やられるので、また飲みましょうということになった。

 で、わたしはまた上野から帰路についたのだけれども、小山から水戸線に乗り換えて自宅駅に着く前に眠ってしまっていて、ハッと目が覚めたら、車窓の外はわたしが降りなければいけない駅。しかもドアはもう閉まっていて、電車の動き出すところだった。‥‥これが最終電車だったら、もちろん次の駅からタクシーを使って帰って来なくっちゃならないのだけれども、なんとか電車は終電の一本前。かろうじて、逆コースを行く終電車に乗り換えることが出来た。って、けっきょくは終電車で帰宅するのと同じ時間になってしまった。あしたがしごとが休みでよかった。

 

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■ 2014-09-15(Mon)

 実は今日からは三連休になっている。特に予定もないのでどうすごせばいいのかわからないし、今は財布が軽いということもあるのだけれども、京橋でのBさんの展覧会には行っておこうと思っている。それを今日にしようか明日にしようか、ちょっと考えているうちに今日も遅い時間になってしまった。明日にしよう。

 前に書いたように、このところYouTube でSteely Dan ばかり聴いてすごしている。曲としては特に「Show Biz Kids」がお気に入りで、この曲ばかりをリピートして聴いたりするのだが、この曲で女性コーラスがずっと繰り返して唄っているヴァースが、いったい何と唄っているのか聴き取れない。歌詞を検索してみても、このバックコーラスまでは載っていないわけである。そうするとよけいに気になってしまい、あれこれと調べてようやっと探り当てた(実はそれほどの労力でもなかったのだけれども)。これはずっと"Lost Wages"と唄ってるわけで、つまりは「(You got to) Lost Wages」。「稼いだ金をなくしちゃうよ」みたいな意味かいな。で、この"Lost Wages"ということば、あのレニー・ブルースが言ったジョークらしくって、つまりは「ラス・ヴェガス」とかけた駄洒落。Donald Fagen はそこからこの曲にこの歌詞を取り入れたわけ、らしい。ほかの歌詞をみても「貧乏人には無縁の世界」みたいなニュアンスもあるわけで、ラス・ヴェガス=ショウビズという世界の歌、なわけだろう。とにかくはわかってスッキリしたし、面白いオチ、だった。

 

[]「愛と希望の街」(1959) 大島渚:脚本・監督 「愛と希望の街」(1959)  大島渚:脚本・監督を含むブックマーク

 大島渚の、監督デビュー作を観た。本来の脚本タイトルは「鳩を売る少年」というものだったらしいが、松竹が反対し、あげくにこのタイトルになってしまったらしい。大島渚は「愛と怒りの街」とかを考えていたとか。

 主人公の少年の妹が描く鳩の絵のように、どこかファンタジックな空気もにじませる作品というか、寓話的な作品ではあるだろう。作品に出て来る少年と少女はいってみれば「階級対立」の狭間に立っているわけではあるし、女性教師はその対立をなんとか和解させようとする。しかしそれは、貧しい少年の「不合理を犯しても生きて行かねばならない」という道徳を、少女側が容認出来ないことでくずれてしまうわけ。「生きる」ということの根底から、溝はあったわけだろう。

 撮影がいいな、と思ってあとから調べたら、この撮影監督の楠田浩之という人、木下恵介の作品をずっと撮りつづけていた人物だった。「カルメン故郷に帰る」も、1958年の「楢山節考」も、撮影はこの楠田浩之氏。いい。


 

[]「グラン・ブルー【完全版】」(1988) リュック・ベッソン:脚本・監督 「グラン・ブルー【完全版】」(1988)  リュック・ベッソン:脚本・監督を含むブックマーク

 当時評判になった作品で、わたしもヴィデオか何かで観ているはず。イルカとの水中撮影で「海」、「水中」の魅力を存分に伝えているわけだけれども、映画としてはどこかゴタゴタした印象がある。


 

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■ 2014-09-14(Sun) このエントリーを含むブックマーク

 わたしの家から線路の向こうのスーパーへ行く道の、その踏み切りを越えたところに、街路樹として「ヤマボウシ」の木が並んで植わっている。そのヤマボウシが、今年も赤く実をつけるようになった。

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 この日記で検索すると、五年ほど前にも、このヤマボウシの実を取って帰って、食べたことが書いてある。なんだかその五年前にはもっといっぱい取って帰ったようだけれども、きょうも少しだけ、その実をもぎ取って来た。手の届くところにはほとんど実っていないわけで、おそらくはほかの誰かが取ってしまったのだろう。

 帰宅して、その二つほど、皮をむいて食べてみた。甘い。おいしいではないか。‥‥ただ、中には種が含まれていて、一個の実でそんなに食べられる果肉はないみたいな。

 スーパーでまた「かつおのたたき」を買って、ニェネントと分けて食べた。どうもニェネントはきのうからちょっとおかしくって、わたしにうんと甘える素振りをみせたり、かと思うとわたしをひっかいて来たりする。わたしがニェネントに差し伸べた右手首に爪を立てて、それでかなり強い力でかみついて来た。かなり痛かったし、出血した。「なんてことをするんだ!」と追いかけたけど、どこまでも逃げられてしまった。‥‥それでも、夜中に目を覚ましてみると、わたしの足元のふとんの上で、ニェネントは丸くなって寝ていた。ふふ、かわいいヤツ、とか思ってしまう。

 あしたからは予期せぬ三連休。特に予定もないのだけれどもどうしよう。京橋でBさんが二人展を開催されている。これには行くつもりだけれども、いつにしようか。


 

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■ 2014-09-13(Sat)

 CDプレイヤーがこわれてしまったので、きょうはYouTube で音楽を聴いて過ごす。あれこれと聴きながら、夜になってからはSteely Dan がいいねと、彼らのFull Album を集めたメニューを選んで聴いていたのだが、これがいつまで経っても終わらない。夜中に何度か目が覚めても、いつもSteely Dan がかかっているわけだ。おそらくは二十四時間以上かかりつづけるんじゃないだろうか。

 夜になってニェネントが暴走している。リヴィングから和室へと駆け抜け、「フニャ!」とかなんとか、なきつづけている。どうしたんだろう。

 

[]「呪いの館 血を吸う眼」(1971) 山本迪夫:監督 「呪いの館 血を吸う眼」(1971)  山本迪夫:監督を含むブックマーク

 ちょっと前にイギリスのハマー・プロダクションの作品「妖女ゴーゴン」を観ているので、この作品がいかにそんなハマー・プロの作品を手本にし、しかもそのことに成功しているかがよくわかる。まずは設定として古びた洋館があり、独特の色彩感覚と陰影のつけ方がムードを高める。

 吸血鬼の父親役の大滝秀治のキャスティングはよろしくないだろうけれども、あとのキャスティングはうまくいっていると思う。しかし、吸血鬼役の岸田森、そしてヒロインの江美早苗と、ほとんど「夭折」というかたちで早死にされているのは、これはこの作品の因縁なのか、などとよけいなことを思ってしまったりする。


 

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■ 2014-09-12(Fri)

 きのうの続きのような一日。まずは食事量を増やすことにつとめていて、朝食のトーストにもトマトやきゅうりをはさんで食べている。そのトマトやきゅうりは昼食の冷やし中華にも使い回しされ、夕食にはカレーライス。きのうとまるで同じである。今度は肥満してしまったりして。

 短歌のためにきのう買ったノートを手もとに置くようにし、思いついたりひっかかったりしたフレーズや単語を書き留めるようにしている。始めたばかりということもあり、きょうは6ページの「ことば」を書き留めた。夜にはそうやって、ひとつかふたつの「短歌」らしいものをつくり上げるところまで行った。まだ作品としては稚拙なものだろうけれども、それでも、つくり上げるところまで来たというのがうれしい。これからはいつも、出かけるときにもこのノートを手放さないようにしたい。

 MD/CDプレイヤーがやはり壊れてしまっていて、チューナーとしてなんとか役に立つだけ。MDやCDが聴けないのはやはり寂しく、なんとかしなくてはいけないと考えるのだが、Amazon でみると、同じ型のプレイヤーが新品で十万もする。わたしはこのプレイヤーを買うときにそんな金を払っていたんだろうか。信じられない。

 きょうは、録画した映画を二本観た。

 

[]「ザ・リング2」(2005) 中田秀夫:監督 「ザ・リング2」(2005)  中田秀夫:監督を含むブックマーク

 あくまでもハリウッド版の「2」ということで、国内版の「リング2」とは別物らしい。監督は中田秀夫なのだけれども、これがどうしたことか、まったくの不調なのではないのか。あまりに盛り上げようという意識が強すぎたのか、それと「ハリウッド」の空気にのまれてしまったか。先日の「ザ・リング」に比べると、面白さは比べられない。


 

[]「アリス」(1988) ルイス・キャロル:原作 ヤン・シュヴァンクマイエル:監督 「アリス」(1988)   ルイス・キャロル:原作 ヤン・シュヴァンクマイエル:監督を含むブックマーク

 シュヴァンクマイエルの作品の記憶も、すべて消えてしまっている。なんて悲しいことだろう。この「アリス」、観ていると「そうそう、こういうウサギだった」とか、トランプの王と女王とか、思い出すビジュアルイメージもいろいろとあるのだが。まずはすばらしい、まさに「シュヴァンクマイエルの」アリス。堪能した。


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■ 2014-09-11(Thu) このエントリーを含むブックマーク

 八月の末からいろいろと出歩くようになったのはいいんだけれども、やはり財布が軽くなってしまう。これでも今までちょっとずつでも毎月貯金が出来ていたんだけれども、今月はそんな貯金を大幅に切り崩してしまうこと確定。十月は十月でまた観に行きたい舞台があれこれ控えているし、そのチケットもそろそろ買っておかなくっちゃいけない。これではすぐに普段の生活にも困るようなことになりかねない。昔とはちがうんだから、やっぱりどこかでセーブしないとね。

 そう、やはりちょっと、「短歌」というものを試みてみようかと思うことになった。そのためのノートブックを買って来たりもした。思っているようなものが書けるかどうかはわからないが、いわゆる「短歌」というものから思い浮かべられる、老人の趣味のような、情緒たっぷりの作品を書くつもりは毛頭ない。やはり目標は葛原妙子さん。そこにしかない。

 少し食事量を増やすことにもして、夕方からスーパーで買ったイカゲソの天ぷらを全部たいらげ、カレーライスもごはんの量としては一合以上食べた。そう、今までのわたしはいつも、白米を二合炊いて、それで三食分にしていたわけで、一食一合も食べていなかったわけだ。やせてしまうはずだろうか。

 図書館から借り続けているカフカ、ついに第四巻の「アメリカ」まで来た。これからは第五巻が「審判」、そして第六巻が「城」、第七巻は「日記」と、佳境にさしかかる。楽しみである。あと、短歌関係の書物が二冊、一冊は葛原妙子の選集なのだけれども、この本には塚本邦雄の作家評、「幻視の女王」が掲載されているので借りたもの。

 

 

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■ 2014-09-10(Wed) このエントリーを含むブックマーク

 きょうは娘と東京駅で待ち合わせ、銀座に出て清水真理さんの人形の展示を観てからお茶をして、そのあと居酒屋へでも行くつもり。とにかくは東京駅のあたりだとか銀座などに出かけるのはものすごく久しぶりのことだし、記憶も飛んでしまっているから、東京駅に到着するとまるではじめて東京にやって来た「お上りさん」気分。東京駅の建物はすごい。

 約束の三時よりもちょっと早くに到着して待っていると、ものすごく首が長くて、しかもすっごいなで肩の女性がやって来た。それがわたしの娘。「どれだけ首が長いんだ」というようなシルエットだけれども、あとで話を聴くと、学校時代からあだ名が「ダチョウ」だとか「キリン」だとかつけられていたそうな。こういうこともわかっていたはずなのに、なんだか記憶から抜けている。

 新橋まで移動して、清水真理さんの作品を観る。娘は清水真理さんの作品のファンだったし、この会場の「銀座人形館」という場所も知っていた。清水さんはいなくって残念だったけれども、いずれ清水さんにはちょくせつ娘を紹介してやりたい。

 銀座のど真ん中へ移動して、セレブなカフェでお茶をする。こんなにコーヒーとかの高い店に入るのはわたしははじめてだ。ケーキ類とのセットにすると「お得感」があるのでそっちにするが、さすがにレアチーズケーキとか、相当に美味だった。ドラクロアの弟子の描いたというステンドグラスが売りのこのカフェ、店の名前をみたらわたしでも知っている有名な店だった。

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 しばらく会話して、なかなか切り出せなかったわたしの病気のことなども話せた。なんだか肩の荷がおりた思い。外では雨が降り出していて、ときどきはげしく降っているようだ。大きなウィンドウからの外の眺めが気もちいい。

 もう秋で、日が落ちて薄暗くなってしまう時間も早くなった。まだ五時にならないのに、あたりではネオンが光りはじめた。そろそろ河岸を替えようかと外に出て、娘の知っている居酒屋に行く。わたしも病気のことを話してしまって気が楽になっているので、けっこう楽しい会話をつづけることが出来たかな? 「人形」の話から、娘が宇野亞喜良のファンでもあること、その宇野亞喜良の人形を使った舞台が十月にあるので、もう予約してあるという話を聞く。その舞台はまさに、わたしも行こうと思っていた「結城座」の公演であり、わたしも娘の日に合わせてチケットを取って、いっしょに行くことに決まった。って、そろそろその公演のチケットを予約しておこうかとは思っていたわけで、もしもわたしなりに予約していたら、娘とはちがう日のチケットを取っていた。この公演に関してはわたしなりにいろいろな偶然が重なって「観に行こう」と決めていたところもあり、またそこに偶然の符合がかさなったわけだなあ、と思う。こういうことってあるわけだ。

 ものすごく食べて飲んでしたわりにはリーズナブルな会計で、さすが娘の推薦の居酒屋、というところだった。八時前には店を出て娘と別れ、きょうはゆったりとした気分で帰路についた。

 

 

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■ 2014-09-09(Tue)

 あしたは東京で、娘と会う約束が出来ている。とにかくはわたしの病気の件を話しておかなくてはいけないということがあるし、もうこのところしばらく、彼女とは会っていない。記憶に残っていないのだからわからないのだけれども、過去のブログをみると約二年前に青山のロック・カフェで会ったことが書いてあり、それ以来ということになるみたいだ。楽しみなような気が重いような(こんなことを思ってはいけないのだが)、妙な感覚ではある。

 相変わらず疲労感は抜けず、なんだかぐったりと過ごす一日。こんなことであした大丈夫なんだろうか。夕方はがんばってカレーをつくり、これからしばらくはカレーライスが続くだろう。

 

[]「辺境の惑星」アーシュラ・K・ル・グィン:著 脇明子:訳 「辺境の惑星」アーシュラ・K・ル・グィン:著 脇明子:訳を含むブックマーク

 ル・グィンの初期の作品ということ。異星人と異星人との交流を描くことで、この地球世界での人種差別への言及を匂わせるような作品。ちょっとストレートすぎるというか、深みに欠ける印象もある。「初期作品」なる由縁か。


 

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■ 2014-09-08(Mon)

 体の調子が悪い。やはりきのう歩き過ぎたということがあるんだろうか。とにかく何もする気が起きず、昼食はスーパーで買った弁当にした。これは一般に考えられる「一食分」にあたるわけだから、食の細ったげんざいのわたしには適しているだろう。けっこうおいしく食べることが出来、少しは元気になった気がした。しかしやっぱり、夕食の準備をしなくてはならない時間になっても何もする気にならず、けっきょくまたスーパーで弁当を買った。行った時間が遅かったので値引きされているものが多く、「まぐろの中落ち」なども半額になっていたので、「これはニェネントのきのうのご褒美にいいや」と思って、弁当といっしょに買った。

 まぐろをニェネントに出してあげるのだけれども、しばらくは手をつけようとしない。ニェネントにはまぐろははじめてなので、「おいしい食べもの」だということがわからなかったのかもしれない。それでもしばらくしたらがっついて、皿から引きずり出して食べていた。皿から引きずり出すのは、きっとニェネントが「おいしい」と思っている証拠、だと思っている。

 わたしもそんなまぐろを半分ほど食べて、お弁当を全部食べると、苦しくなってしまった。これくらいの食で「食べ過ぎた」と感じるのは、やっぱりどうかしていると思う。

 このところちょっと、「短歌」という表現に興味を持ち、つまり、自分には何もなくなってしまったので、そこから始められることとして「短歌」なんかどうだろうと、気楽なことを考えたわけである。過去の記憶がなくても理詰めで作品をつくれるのでは、などと思ってしまったのだ。
 それで、本棚にある葛原妙子の歌集を取り出し、適当なページを開いてみる。「こんなの、わたしには出来っこない」という絶望感。

心臓の標本一つある窓にぶだうの蔓の影ある時間

齒のごとき鍵盤ありき冬となるピアノの蓋のひらかれしかば

 ‥‥でも、ちょっとがんばってみようか???

 

[]「決定版 カフカ全集 3 田舎の婚礼準備、父への手紙」飛鷹節:訳 「決定版 カフカ全集 3 田舎の婚礼準備、父への手紙」飛鷹節:訳を含むブックマーク

 この巻はちょっと難儀した。たいていのところは「うわの空」で読んでしまった気配。あとで「何をおぼえていますか」と聴かれたら、ロクな返事が出来るものではない。

田舎の婚礼準備
罪、苦悩、希望、真実の道についての考察
八つ折り判ノート・八冊(短編小説、断章、スケッチ等)
父への手紙
断片ーノートおよびルース・リーフから
《補遺》
『彼』の系列への補遺
イディッシュ語についての講演
ある祝辞
『リヒァルトとザームエル』の草稿
某官庁への請願書
仮死について


 

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■ 2014-09-07(Sun)

 きょうはしごとは非番で休み。またきょうも、東京へ舞台を観に出かける。開演が午後の二時からなので、やはりきのうのように十時半の電車で家を出る。ニェネントにはまた「お留守番」をしてもらう。ごめんね。何か「おみやげ」は考えておくからね。

 一時前には神楽坂の駅に着き、やはりどこにあるのかまるでわからなくなっている「セッションハウス」の建物をいちど探しておき、近所のカフェで軽い昼食にした。

 開演時間になって会場へ行き、「そうか、こういう舞台(設え)だったのか」と思いながら席に着く。先日、少年王者舘の舞台でお目にかかったAさんがわたしのうしろの席だったので、そういうダンスのことなど、ちょっとお話をした。Aさんとお話しするのもずいぶんと久しぶりのこと。‥‥きょうも、いい舞台を観ることが出来たと思う。

 終演後、まだ三時をまわったばかり。このまままた「G」まで行って歓談してもいいのだけれども、きょうはそういう路線はやめることにした。渋谷にまわり、このあいだ医師に「体重を落とさないように」といわれてもいたので、外で何か麺類でも食べようと。

 「どこがいいかなあ」とちょっと散策し、「担々麺」とかが食べたいかな、などと思っていたのだけれども、通りかかった建物の地下に「蒙古タンメン」なる店があるのを見つけ、そこに行くことにして、店に入った。‥‥普通の一人前はちょっと荷が重い気がしたので、麺の少ない「ビールセット」というのにした(ビールも飲みたかったし)。それでも小振りの器を空にすると、ちょっとおなかが苦しくなった。ビールのせいだろうか。でも、おいしい麺だった。

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 そのまま帰宅のみちを取り、八時前には部屋に戻った。あ、ニェネントへの「おみやげ」を、すっかり忘れていた。ごめん、あした、ね。

 

[]「真夜中の旅人」笠井瑞丈:構成・演出・振付 @神楽坂・セッションハウス 「真夜中の旅人」笠井瑞丈:構成・演出・振付 @神楽坂・セッションハウスを含むブックマーク

 笠井瑞丈さんを観るのは、おそらくはこれが初めて。ピアノをバックに、笠井さん、そして三人の女性ダンサーでのパフォーマンス。いわば「八方破れのダンス」みたいなところもあるのだと思ったけれども、前半での笠井さんのソロのパート、ソフィスティケイトれた舞踏という趣の、その語り(ボキャブラリー)の豊富さ、多彩さには、観ていても酔いしれた思いがする。


 

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■ 2014-09-06(Sat)

 きょうは二つの舞台を観に出かける。さいしょのは仙川で開かれる「JAZZ ART せんがわ」というイヴェント。おそらく仙川というところに行くのははじめてなんだけれども、この「JAZZ ART せんがわ」、駅を降りるともう、駅前から一帯はこのイヴェント一色のお祭りという感じになってるし、会場のせんがわ劇場というところも駅から近く、しかも大きな建物で、迷わずにたどり着くことが出来た。会場になったスペースはそんなに広くはなかったけれども、この広さがイヴェントにはぴたりだったような。

 久々に楽しい舞台を満喫して、終演時でジャスト午後三時。このあとの明大前でのイヴェントは六時からだから、三時間もじかんをつぶさなくっちゃならない。そう、明大前といえばずいぶんむかしにわたしが住んでいたところの近くでもあるし、あのあたりを散策してみることにした。

 わたしが住んでいたところの最寄駅は永福町だったのだけれども、たしか、明大前からも代田橋からも、ムリすれば歩けない距離ではなかったはず。ただ、とにかくはもう記憶もあやふやになってしまっているから、永福町の駅で下車してみることにした。永福町の駅はなんだかちょっとした「駅ビル」みたいになっていて、「発展したんだなあ」とか思うけれども、駅前の通りはおそらくは当時(十五年ほど前、かな)とほとんど変わってはいない。駅のすぐ前にはラーメンの「大勝軒」がある。むかしは、いつこの前を通っても順番待ちの行列ができていたものだけれども、きょうはさすがにそういう時間でもないせいか、行列は出来ていなかった。

 その大勝軒の前を奥に進むのだけれども、なかなか記憶が戻って来なくって、どこかで道を曲がらなければならないのだけれども、それがわからない。あげくに右に曲がるべきなのを左へ曲がってしまい、しばらく歩いてから「これはぜったいにちがう」と引き返したりする。わたしの古い住まいは、すぐそばを川が流れていたんだった。‥‥ようやくその川、神田川にぶちあたり、あたりを探してみる。川の向かいの建物などに既視感があり、「ぜったいにこのあたり」だったとわかるのだけれども、いくら辺りを行き来しても、「ここ!」という場所を特定出来なかった。もうとっくに、あの建物はなくなってしまっているのかもしれない。

 旧居を探すのはあきらめて駅前の通りに戻り、なんだかどうでもいいような店構えの寿司屋で「ちらし寿司」を食べた。量が少ないので、わたしにはちょうどよかった。

 明大前に移動して、もう場所を忘れてしまっているキッド・アイラック・アートホールを探す。って、これも駅のすぐそばにあるのだった。‥‥むかしは何度も来たことのあるスポットだけれども、例によって何もかも忘れてしまっている。あらためて、情けないものだと思う。

 はじめて拝見する川本裕子さんのパフォーマンス(舞踏)を堪能し、きょう観た二つの公演はどちらもすばらしかったと思う。先週観たシェルカウイの舞台が、どれだけコンセプトにおいて優れたものだったとしても、あれは今わたしが求めていた舞台ではなかった。それに比べると、今日の舞台はどちらもまさに「今のわたしが欲していた」舞台だったと思う。無理をして(いや、それほどの無理ではないけれども)ブッキングして、良かったと思う。

 さて、帰りの電車。これが途中で人身事故の影響で長いことストップしてしまった。余裕でローカル線の終電一本前の電車に乗れる、いや、それよりも早い電車に乗れるかもと踏んでいたのに、どうやら終電車ギリギリになってしまいそうだ。もしももっと遅い電車に乗っていたら、確実に終電に間に合わなかったことだろう。大宮駅で一時間近く待たされ、ようやく電車が動き出し、なんとか終電車で帰ることが出来た。‥‥こういうことも、過去の日記には何度も記載されていたなあ。こんなことまで過去に戻ることもないのに。

 

[]第7回 JAZZ ART せんがわ「坂本弘道ディレクション[eyes]」伊藤キム+ホナガヨウコ+スガタイロー+山本達久+坂本弘道 @仙川・せんがわ劇場 第7回 JAZZ ART せんがわ「坂本弘道ディレクション[eyes]」伊藤キム+ホナガヨウコ+スガタイロー+山本達久+坂本弘道 @仙川・せんがわ劇場を含むブックマーク

 とっても感銘を受けたのだけれども、簡潔に。

 ほんとうに久しぶりに体験する伊藤キムさんのパフォーマンス(こういうこと、やってらしたのか)に爆笑し、ホナガヨウコさんのしなやかなダンスに見惚れる。スガタイロー+山本達久+坂本弘道の音も極上、だった。至福のひととき。


 

[]Asia Butoh Tree Project公演「イワヲカム 〜Inheriting Landing〜」川本裕子・Thomas Tse Kar Ho @明大前・キッド・アイラック・アート・ホール Asia Butoh Tree Project公演「イワヲカム 〜Inheriting Landing〜」川本裕子・Thomas Tse Kar Ho @明大前・キッド・アイラック・アート・ホールを含むブックマーク

 おそらく、過去にも川本裕子さんの舞台は観たことはなかったと思う。計算された舞台と、鬼気迫る表現に圧倒された。「舞踏」というもの、男なら男の、そして女なら女の無意識下の「欲望」というものを顕然化させるというドラマなんだろうか。そんなことを思ってしまっていた。やはりすばらしい舞台だったと思う。


 

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■ 2014-09-05(Fri) このエントリーを含むブックマーク

 きょうは自宅近くの内科医、そして心療内科への通院の日。内科医へ行くとき、持って行かなくちゃいけないふだんつけている「血圧手帳」を持って出るのを忘れていた。内科医の入り口まで到着したところで思い出し、家までとって返した。どうも最近はこうやって、持って出るものを忘れてしまうことが多い。東京などへ行くときにはよくPHSを忘れそうになる。老化現象なんだろうか。

 内科医で、担当の先生がわたしを見ながら「う〜ん」とうなり、「今、体重はどのくらいあるのですか?」と聞かれる。いちおう、先日の健康診断で「身長に対してはいちばんいい体重ですね」といわれたことを伝えたけれども、「今以上に体重を落とさないようにして下さい」といわれた。やせすぎに見えたのか、やつれて見えたのか、自分でもこのところあまり食事の量を食べられなくなっているのは気になるところ。もうちょっと食べるようにした方がいいんだろう。

 あした出勤すればあさっては非番の休みなのだけれども、久しぶりに小劇場系のダンス公演に予約を入れ、あしたはふたつ、あさってにひとつの公演を観に行くことにした。こんなに動き回るのはほんとうに久しぶりだし、なんだか楽しみではある。

 

 

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■ 2014-09-04(Thu)

 記憶を失うということは、「世界」への想像力、「他者」への想像力を失うことでもある。世界はすべて「自分」中心になり、自分を主人公としたストーリーをばく進してしまう。おそらくこれは最悪の展開なのだけれども、わたしもそういうところに足を踏み入れているのではないだろうか。わたしの「リセット」ストーリーはどこまでもセルフィッシュなものであり、自分勝手に紡ぎ出したものでしかないのだろう。では、「世界」と、そして「他者」と共生するとはどういうことなのか。ちょうど、そういうことをカフカはやってもいるのではないのか(ちょっとちがうけれども、参考にはならないだろうか)。

 午後から、録画してあった映画で「ザ・リング」を観た。怖かった。

 きょうは胃の調子が悪く、夕食はトーストですませた。寝るときにはまた、ニェネントもいっしょにベッドにあがって来て、わたしの足元のところで丸くなって寝てくれるようになった。それはうれしいのだけれども、わたしがちょっと足を動かしてニェネントにあたると、ニェネントはわたしの足にかみついてくるのだ。それがちょっと、「甘噛み」よりもちょっと痛い。やめてほしいところではある。

 

[]「ザ・リング」(2002) 鈴木光司:原作 ゴア・ヴァービンスキー:監督 「ザ・リング」(2002)  鈴木光司:原作 ゴア・ヴァービンスキー:監督を含むブックマーク

 もちろん、まるで記憶にはない映画。ただ、テレビのブラウン管から「アレ」が抜け出して来ることはなんとなくわかっていた。

 導入部が性急というか、そんなに急がなくってもいいんじゃないかとも思ったのだけれども、伝えるデータはたっぷりあったわけだ。‥‥やっぱり、観ていてけっこう怖くって、そうか、これが<貞子>なのか、とか思ったりするし、オリジナルの日本版も観てみたくなった。そう期待出来る分、記憶喪失のわたしのお得?


 

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■ 2014-09-03(Wed)

 きょうはとなり駅の市民病院へ通院。いつもより早く出たので、その分早く診察も終えて、早く帰って来ることが出来た。‥‥げんざいわたしはテグレトールという内服薬を服用しているのだけれども、この薬を服用していれば発作はもう起きないわけではないのか?と聞いてみた。そこまでの万能薬というわけではなく、約二割の患者には効力がないのだという。その場合にはまた別の処方があるらしい。もう、発作はゴメンだなあ。

 このところ、YouTube でもって、Vic Godard ばかり聴いている。たいていの曲はYouTube にアップされているのだけれども、Full Album で聴けるようにはアップされていないのが残念。なぜ今になってVic Godard か?っていうと、「Same Mistakes」が聴きたかったから。うん、わたしが「Same Mistakes」をやってしまったようだからね。

 午後からは「石の微笑」という映画を観た。クロード・シャブロルの監督作品だった。

 

[]「石の微笑」(2004) ルース・レンデル:原作 クロード・シャブロル:監督 「石の微笑」(2004)  ルース・レンデル:原作 クロード・シャブロル:監督を含むブックマーク

 世間の常識とは一線を画した愛を求める女性を愛した男。ブノワ・マジメルが演じる。男もなんとか彼女の愛にこたえたいと思う、というか、そのナイーヴさが印象に残る。観ている方は「あ、この女、ヤバいぞ」と気づくような演出なのだけれども、夢中になっている男には見えない。このあたりの演出がいい。ラストにはだめ押しもあり、さすがに観客もおどろかされてしまうわけだ。

 彼女の住む荒涼とした屋敷の、その地下室のとっちらかり方、ドアのすき間の向こうでタンゴを踊る義母の姿、そして三階。この建物の捉え方がすばらしい。


 

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■ 2014-09-02(Tue) このエントリーを含むブックマーク

 陽気はだいぶ涼しくなって来たけれども、きょうは久しぶりの晴天。昼前に買い物に出ると、ちょっとばかし暑かった。あしたは通院もあるのでまた非番で休みである。どこか出かけてもいんだけれども、むだづかいはやめておこう。 

 この週末には、いくつか舞台を観に行こうと計画を立てた。ちょっとハードなスケジュールになりそうだけれども、五、六年前には毎週のようにそんなことをやっていたわけではないか。もっと、何かを蓄積させるような行動をとらなくては。

 読んでいるカフカ全集、この第三巻がなかなか読み進まない。過去の日記を読むといま考えるとすごいペースで読書していたのがわかり、ちょっと情けなくもなる。‥‥その「カフカ全集」から。

 あわれな廃屋よ! おまえのなかに、かつて人が住んだことがあるのだろうか。そういういいつたえはなく、おまえの歴史をしらべる者はいない。おまえの内部は、なんと寒く、おまえの灰色の廊下をぬけて、なんと風が吹きぬけることか。なにひとつ遮るものとてないのだ。かつてここに人が住んでいたとすれば、その痕跡は、考えられないほど見事に消されている。

 ‥‥これは、わたしのことなのではないだろうか。

 夕方に茨城で地震があり、このあたりは震度2、ということだった。わたしのそばにいたニェネントもびっくりして、顔を見合わせて「ゆれたね〜!」ってやったんだけれども、おそらくはその地震のせいで、聴いていたMDプレーヤーの調子がおかしくなった。「えー、あんな揺れで壊れるのー!」って感じだが、いいかげんポンコツだったしなあ。


 

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■ 2014-09-01(Mon) このエントリーを含むブックマーク

 きょうも、過去の日記を読む。ニェネントのおかあさんのミイと出会うまで。こうやって読み継いで来ると、いったいなぜミイがわたしの前に姿をあらわしたのかがわかる。意味があることがわかる。そこに、わたしの生きる意味もあるのだろうと思考する。そのミイが、わたしにニェネントを遺してくれた意味も。そしてミイの死はわたしの中の「ある事柄」の死、でもあった。わたしは父母の命日さえおぼえていないのだが、ミイの死んだ2010年の11月29日という日付けは、決して忘れないだろう。

 しかしそれにしても、その過去の日記を読むと、舞台や映画の感想にしても、読書感想にしても、ずいぶんとことばを紡いで語っているのだなあと、自分のことながら感心してしまう。今のわたしにはそんな知能はない。まずは、「知」というものが空白になってしまったのだから。「能」があったとしても、活用するフィールドを見つけられない。わたしの「知」の蓄積は、せいぜい高校一年生ぐらいのものでしかないだろう。悲しいことではあるけれども。‥‥では、いったいどうやって生きようか?

 昼からは、録画したモンティ・パイソンの復活ライヴの後編を観た。前編には舞台ならではのショーアップがみられて楽しめたのだけれども、この後編ではそういうところはあまり感じられなかった。ただ過去の作品の再演、というニュアンスが強かっただろうか。想像した通り、大団円は「Always Look on the Bright Side of Life」の合唱、だった。


 

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