ワニ狩り連絡帳 このページをアンテナに追加 RSSフィード

       

■ 2016-07-26(Tue)

 朝、しごとを終えて家に帰り、ウチのドアの方へ回りこむと、ドアの前から一匹のネコが走り去って行った。もちろん野良ネコである。はじめて見るネコだと思ったけれども、やはりまだこの辺りにはいろんな野良が棲息しているわけだろう。おそらくはニェネントの匂いに引き寄せられたのか、とにかくはニェネントというネコを目当てに来ていたのではないのか。
 これは一大事である。今までのようにニェネントが外に出ることを許していたら、その野良ネコと遭遇することになる。もしもその野良がオスだったりしたら、ニェネントの貞操は奪われ、妊娠までしてしまうことであろう。ましてや今のニェネントは発情期なのである。もしもその野良がメスだとしても、ニェネントがその野良について行って、自分のテリトリー(このアパートの敷地内)を越えて外に出てしまい、家に戻れなくなってしまうことにもなりかねない。交通事故に遭うおそれもあるし。
 これはもう、当面はニェネントの外出は絶対に禁止である。せっかくニェネントも外の世界に興味を持ち、わたしも「少しぐらいならいいだろう」とは思っていたのだけれども、そういう野良ネコの存在があるのなら、仮にニェネントが外に出てしまったとしたら、もう片時もニェネントから目が離せない。そして、野良ネコが出現したらすぐにニェネントを部屋に戻すか、それとも野良ネコを追い払わなければならない。そのためにはわたしはニェネントとつきっきりでいなくてはならないし、ニェネントがどこかに走って行ってしまったり、人がすぐには入って行けないところに行ってしまったりしたら、わたしはニェネントを守りつづけることができなくなってしまう。その野良ネコがもうぜったいに来ないという確信が持てなければ、ニェネントを外に出してやることはできない。ちょっとショックな事態にはなってしまった。

 今日は早朝にショッキングな事件があった。相模原の障害者施設に男が侵入し、障害者十九人を殺害したのである。犯人は「障害者は生きていてもしょうがない」という考えを持っていたようで、いわゆるネトウヨ的なところから影響を受けていたのではないかという説もある。たしかにこれはヘイトスピーチから一歩踏み出した「ヘイトクライム」である。世界にまん延するテロリズムもこの事件の引き金になっているのだろうけれども、この世界は何という殺伐とした世界であることだろう。


 

[]「インソムニア」(2002) クリストファー・ノーラン:監督 「インソムニア」(2002)   クリストファー・ノーラン:監督を含むブックマーク

 ヴェテラン刑事のドーマー(アル・パチーノ)は、アラスカでの17歳の女性の殺人事件の捜査応援のため、同僚のエッカートと共にアラスカに赴任してくる。しかしドーマーは過去に犯人を逮捕するために、あるでっちあげによる証拠ねつ造をしたことがある。この件で内務調査が行われることになっていて、経緯を知っているエッカートは、その内務調査でドーマーに不利な真実の証言をするつもりでいるという事情がある。アラスカの方の展開は、ドーマーのアイディアでうまく犯人をおびき出すことに成功するのだけれども、濃霧の中でドーマーはあやまってエッカートを射殺してしまう。内務調査でエッカートと利害関係のあるドーマーは、犯人がエッカートを撃ったとウソの証言をする。夏のアラスカは白夜。そんな事件の展開と明るい夜とで、ドーマーは不眠症(インソムニア)に悩まされる。そんなとき、犯人からドーマーに電話がかかってくる‥‥。

 クリストファー・ノーランという監督は、ほんとうに絵づくりがむごいというか、カット割りとか画面構成とかが下手だと思う。彼自身はもう有名な監督だけれども、こういう絵づくりは、もっとどうでもいい二流の映画でもずっと見ごたえのある絵を見せてくれると思う。まずはわたしは、この監督のそういうところがどうも好きになれない。
 タイトルにもなっている「不眠症」ということも、絵として見せるのではなく、アル・パチーノのだんだんに焦燥して行くメイクと演技とだけに頼っている感じなのもマイナスか。


 

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