ワニ狩り連絡帳 このページをアンテナに追加 RSSフィード

       

■ 2016-12-31(Sat)

 大みそか。今年も366日、これで終わってしまう。相変わらず脳の調子がよろしくない感覚で、覚えているような忘れてしまっているような、そんな一年の感想ではありまする。この日記を見ると、元旦の日に溝口健二の「元禄忠臣蔵」を観に出かけているみたいだ。そのことは何となく覚えているし、映画のことも何となく覚えている。ただ、この映画はその前にもいちど観ているので、その前に観た時の記憶の方が残っているだけ、かもしれない。

 午後から、南のスーパーへ行ってみた。おせち料理や、海産品を買う人たちでごった返している。皆正月価格というか、「なんでそんなに高いの?」という値段になっているから、買うものなどありはしないのだが、とりあえず、まぐろのぶつ切りの小さなパックだけを買ってみた。これはどちらかというとニェネント用である。ドラッグストアの方にまわって、ちょっといい日本酒、そしておつまみなどを買う。いちど帰宅してからホームセンターへ行き、「昨日売り切れだった猫砂はあるかな?」とみてみると、やはり山のように棚に積まれていた。三つなら持って帰れるかと三つ買い、それとネコ缶も買う。ついでに「正月だから」と、ネコ用のマタタビを買ってみた。ネコドラッグである。しかし、ずっと以前、まだまだニェネントが一歳とか二歳ぐらいのときにマタタビをあげたことがあるけれども、ニェネントはま〜ったく無反応だった。はたして今回はどうだろうか。なんだか今日は、ニェネント用のものばかり買っているみたいだ。

 帰宅して、またまた酢ダコをスライスし、買ったまぐろとで夕食。魚の匂いに敏感なニェネントが寄って来るから、まぐろを分けてあげる。やはりちょっと、かつおの時よりも食いつきが遅いというか、しばしとまどっているみたいに、なかなかに飲み込まないでいる。でもいちど食べてしまうと「おいしい!」と思うのか、次からは与えるとすぐに食べてしまう。

 テレビを見ていると紅白歌合戦が始まるのだけれども、わたしはさいしょのPuffyとオーラスの方の宇多田ヒカルさえ観ればいいので(出来ればPerfumeも観たい)、あとの時間は「レッキング・クルー」のディスク2、特典映像を適時観ながら過ごそうという考え。まずしょっぱなにPuffyが登場して、その歌声を聴いたわたし、不覚にもちょっとウルッとしてしまった。なぜ?
 あとはしばらくはどうでもいいので、DVDに切り替える。特典映像の最初のセクションは「SONGS」。ま、こちらは60年代ポップスの紅白みたいなものかと。皆が知っているブライアン・ウィルソンの「スマイル」レコーディング時の奇行の話から始まり、「夢のカリフォルニア」の成立過程をバリー・マクガイアが語る。この曲、最初はバリーのアルバムに収録され、そのときにバックコーラスをママズ&パパスが担当していたのだと。そして面白いのは、「ふられた気持」のレコーディング時の逸話を、ビル・メドレーらが語るパート。フィル・スペクターがこの曲をスタッフらに聴かせた時、ビルとボビーの当事者以外の全員がこの曲をメチャ気に入ったらしい。しかしビルはテンポが遅すぎトーンも低すぎると思ったし、ボビーは「自分の歌うパートがない」と不満だったらしい。しかも、出来上がった曲は3分50秒もあり、当時の常識からいって、それはあまりに長過ぎた。スタッフが「レコード盤には3分05秒と表記してしまい、指摘されたらミスプリだったといえばいい」といい、じっさいにその通りにされたらしい。それから、ママズ&パパスの「アイ・ソー・ハー・アゲイン」の編集ミスの話。「あ、あの部分のことか」と、合点が行った。
 ここで久々に見るマイク・ネスミスは、何というか、ただのおっさんというか、かつての面影がまるでないのにはびっくりした。これはこれでロマンス・グレイなんだけれども。そして、フランク・シナトラの「夜のストレンジャー」の話。この話は複数のミュージシャン、スタッフらの話で立体的にとらえられ、とても興味深かった。というか、笑えた。この歌のエンディングの「ドゥビドゥビドゥ〜」の謎も解けた感じ?

 さて、このあたりで紅白にチェンジ。ちょうど大竹しのぶが、「愛の讃歌」を歌っていた。なんかビジュアル的に強烈だった。残念ながらPerfumeは見逃してしまった。あとは久々に高橋真梨子なども観て、ついに宇多田ヒカル。ロンドンからの中継での「花束を君に」。う〜ん、やっぱりCocteau Twinsだな〜、というところで、堪能した。やはり彼女のアルバムを買おうかな、などと思ってしまった。そのあとは石川さゆりで「天城越え」。わたしが興味があったのはここまでだから、明日、新年早々にしごともあるし、ベッドにもぐりこんだ。ニェネントがやって来て、ベッドの上に跳び上がって来る。うんうん、こういう感じだね。そう感じながら眠りについてしまったようだ。


 

[]二〇一六年十二月のおさらい 二〇一六年十二月のおさらいを含むブックマーク

舞台:
●岡田智代還暦公演「惑う石」岡田智代・福留麻里:振付・出演 @横浜日ノ出町・CASACO
●Q「毛美子不毛話」市原佐都子:作・演出 @新宿・新宿眼科画廊 スペース地下
●第2回 アジア女性舞台芸術会議 国際共同製作 第1弾 日本×マレーシア「ファミリー」リャオ・プェイティン:原作 高井浩子:脚色・演出 矢内原美邦:振付 @森下・森下スタジオ Cスタジオ

美術:
●「クラーナハ 五百年後の誘惑」@上野・国立西洋美術館

読書:
●「雪」オルハン・パムク:著 和久井路子:訳

DVD/ヴィデオ:
●「ヒッチコックの恐喝(ゆすり)」(1929) アルフレッド・ヒッチコック:監督
●「間諜最後の日」(1936) サマセット・モーム:原作 アルフレッド・ヒッチコック:監督
●「天井桟敷の人々」(1945) マルセル・カルネ:監督
●「素晴らしき哉、人生!」(1946) フランク・キャプラ:監督
●「荒野の決闘」(1946) ジョン・フォード:監督
●「夜と霧」(1955) アラン・レネ:監督
●「現金に体を張れ」(1956) スタンリー・キューブリック:監督
●「サイコ」(1960) アルフレッド・ヒッチコック:監督
●「サムライ」(1967) アンリ・ドカエ:撮影 ジャン=ピエール・メルヴィル:監督
●「暴力脱獄」(1967) スチュアート・ローゼンバーグ:監督
●「ビッグ・トラブル」(1986) ジョン・カサヴェテス:監督
●「バートン・フィンク」(1991) ジョエル・コーエン/イーサン・コーエン:脚本 ジョエル・コーエン:監督
●「パルプ・フィクション」(1994) クエンティン・タランティーノ:監督
●「ブラッド・ワーク」(2002) クリント・イーストウッド:監督
●「トゥルー・グリット」(2010) ジョエル・コーエン/イーサン・コーエン:監督
●「レッキング・クルー 伝説のミュージシャンたち」(2014) デニー・テデスコ:監督
●「王将」(1948) 伊藤大輔:監督
●「大怪獣バラン」(1958) 円谷英二:特撮監督 本多猪四郎:監督
●「妻は告白する」(1961) 増村保造:監督
●「女は二度生まれる」(1961) 川島雄三:監督
●「椿三十郎」(1962) 黒澤明:監督
●「人間蒸発」(1967) 今村昌平:監督
●「日本の悪霊」(1970) 高橋和巳:原作 黒木和雄:監督
●「曽根崎心中」(1978) 近松門左衛門:原作 増村保造:監督

 

 二〇一六年一年間に観たり読んだりしたものの数。

●舞台:25
●伝統芸能(文楽):3
●音楽Live:3
●映画(旧作を含め、映画館などで観たもの):21
●美術・展示:7
●読書:28
●DVD/ヴィデオ:321

 出歩くことが減少し、観た舞台も映画も美術展も減ってしまった。読書量もずいぶんと減った。はたして新しい年はどうなるんだろうか。


 

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■ 2016-12-30(Fri)

 しごとであまりに手が凍えるので、昨日ドラッグストアへ行き、作業に使えるすべり止め付きの手袋を買った。今日さっそくしごとで使い、おかげで手の凍えはそこまでのものではなかった。

 昼食に、余りご飯でチャーハンをつくったのだけれども、昨日買った焼豚を入れ、バターと調味料のシャンタンをたっぷり使い、玉子を二個使ってみたら、「これならば中華の店のチャーハンにも負けないんじゃないか」という、おいしいチャーハンになった。ポイントは玉子の量なのではないかと思った。

 夕方になって、ホームセンターに買い物に出た。たしか年内はネコ缶がかなり安く売られていたはずだし、あと、フライパンを洗うブラシがボロくなったので、買い替えようとも思って。ホームセンターでいろいろみていると、猫砂がものすごく安値で売られていた。これも年内の特価なのだけれども、棚にはもうあと一袋しか残っていなかった。近くにいた店員の人に、「これ、まだ在庫ないんですか」と聞くと、首を横に振っていたけれども、どうもああいう首の振り方は「倉庫から持って来るのがめんどうだ」というような感じで、きっと明日になったらズラッと出てくるんじゃないか、そんな気がした。また明日来てみよう。それでその残りの一袋だけ買い、ネコ缶も明日買うことにした。あとはフライパン洗いのブラシを探したのだけれども、たしか以前置いてあったはずの場所に見当たらない。どう探してみてもないようなので、もう取り扱いをやめてしまったようだ。便利なブラシだったのに、残念だ。東京に行ったときにでも、東急ハンズとかで探してみようか。帰宅して、夕食のおかずは昨日買った酢ダコだけ。やはり酢ダコはおいしい。

 テレビを見ていると、今年はビートルズ来日の五十周年だったということで、その特別番組をやっていた。いったいどのようにして来日公演が実現し、その会場が日本武道館に決まったのか。そして、当時の観客の思い出話など。当時の「ミュージックライフ」の編集長だった星加ルミ子さんが出て来て、まず彼女がイギリスでビートルズに会った時の話から。わたしはこのときの「ミュージックライフ」の、ビートルズ特集号は憶えている。表紙は和装の着物姿の星加さんとビートルズの四人の写真だった。彼女はいちど、1964年に取材の申し込みをしていたらしく、そのときはブライアン・エプスタインから断わりの手紙をもらったらしいのだけれども、そのあと、1965年になって「今の時期ならOKだよ」と、向こうから連絡して来たらしい。それでロンドンへ行き、ビートルズの四人に会って取材できたということらしい。この取材のことはその「ミュージックライフ」で知っていたけれども、彼女はその後またロンドンで四人に会い、それは「マジカル・ミステリー・ツアー」のレコーディングの最中のことだったようで、「フール・オン・ザ・ヒル」のレコーディング風景を見学し、そこでジョンとポールとのディスカッションの様子や、そのディスカッションからリコーダーを持ち出して使うことになった経緯なども目撃されていたらしい。このことはまるで知らなかったけれども、それは貴重な体験というか、単に取材記者とみられていたのなら、そこまでのことは出来なかったのではないかと思うが。あと、ビートルズの来日時に、湯川れい子さんもまた、ホテルに缶詰にされていた彼らと会っていたらしいが、このことも知らなかった。けっこう面白い番組だった。

 さて明日は大みそか。今まで、大みそかとはいっても、紅白歌合戦など見ることもなかったのだけれども、今年はPuffyも出るし、宇多田ヒカルも出るというので、ちょっと見てみようかなと思っている。紅白をちゃんと見ようなどと思うのは、いったい何十年ぶりのことになるだろう。それで明日紅白を見ても明後日の元旦は早朝からしごとだし、寝不足になってしまいそうだ。


 

[]「日本の悪霊」(1970) 高橋和巳:原作 黒木和雄:監督 「日本の悪霊」(1970)   高橋和巳:原作 黒木和雄:監督を含むブックマーク

 佐藤慶が一人二役で主演。当時の早稲田小劇場の人たちや、ちょっとだけ土方巽が出演していたりする。あと、狂言回しというのか、劇展開に関係なく、岡林信康が何度も登場して歌う。

 地方のヤクザの抗争に、外の組から送り込まれたヤクザと、県警から派遣された刑事とがその容貌がそっくりだったわけで、お互いにヤクザ組織や警察に出向く前に知り合ってしまうところから、互いに入れ替わってみてしまう。ヤクザの男は元は山村工作隊のひとりとして活動していた男で、この地の抗争の元となっている過去の事件に、その山村工作隊分裂の事件が絡んでいると読んでいる。刑事もまた、戦時中に特攻機の整備をやっていて、特攻兵を送り出していたという過去がある。

 日共の「六全協」での方針転換で行きどころを失ってしまった男に、戦時中に「国のため」に特攻兵を送り出していた男が共感し、すべてを承知していて闇に葬ろうとしていたヤクザ、警察署長を相手に、さながら「昭和残侠伝」の高倉健と池部良のように、ひとつの傘で共に乗り込んで行く。

 なんというか奇妙な味わいの作品で、60年代の実験的ATG映画の末梢というのか、いま観ると「別に実験でもないじゃないか、ただデタラメなだけ」みたいな印象にもなるのだけれども、そのデタラメさの勢いが、今ひとつ足りなかったようなことも感じる。
 佐藤慶が映画で主演したというのはこの作品だけだと思うけれども、やはりこの作品と、同じ年の大島渚の「儀式」とを合わせて、キネ旬の主演男優賞を受賞されている。わたしも好きな俳優さんではあったし、そんな佐藤慶の魅力は堪能出来る作品ではあったと思う。


 

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■ 2016-12-29(Thu)

 寒い。しごとをしていると手が凍えて、痛みを感じるほどになる。昨日の方が寒かったように思うけれども、今日もほとんど同じぐらいに寒い。しごとに空き時間が出来ると、事務室に飛び込んでエアコンの前に手をかざして暖を取るけれども、なかなか手の凍えは消えない。作業用に手袋をつけないと、もう無理だなあと思う。毎年この時期にはそうやって手袋を買っていたわけだった。

 家でパソコンに向かっていると、ニェネントが飛んで来て「お立ち台」の上に跳び上がり、窓の外をみつめている。こういうときはきっと、ベランダにネコが来ているのだろうと、わたしも窓の外を覗いてみると、来ていた来ていた。どうやらニェネントとじっと見つめ合ってたみたいだ。わたしの顔を見ても逃げて行かないで、しばらくはわたしの顔をみつめている。写真を撮ってやろうとカメラを取りに行き、窓辺に戻ってもまだいた。「クリスマスの骨付きの鶏肉はおいしかったかい?」 ちょっと窓を開けようとしたら、そこで逃げて行ってしまった。

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 ちょっとかわいい顔をしているので、なんとかもっと仲良くなりたいものだと思う。窓を開けておいて、部屋の中に入って来れるようになればいいな、とか思うけれども、この寒さだし、窓を開ければニェネントが出てしまうことにもなるので、やはりそれは無理だろう。また来てくれるといいが。

 今日は木曜日なので、南のスーパーは全品一割引、北のスーパーは玉子の特売日なので、両方のスーパーを巡回する。南のスーパーでは焼豚を買い、「ちょっとこれでお正月らしく」と。北のスーパーでは玉子と、値引きされていた酢ダコなどとを買う。実はわたしは酢ダコが大好物で、これさえあればご飯はいくらでもすすむし、酢ダコはおせち料理の定番でもある。これと焼豚とで、ちょっとはお正月らしい雰囲気を楽しもうではないか、そういう気分。

 北のスーパーからの帰り道、コンビニの横の駐車場のところを歩いてると、ネコのなき声が聞こえて来た。駐車場の中、なき声の聞こえてくる方をみると、ネコがこちらをみてないていた。茶と黒のブチのネコで、この駐車場のところを縄張りにして、かなり以前から見かけるネコである。ネコのそばにはネコ缶の空き缶が置いてあり、誰かがこのネコのために置いてあげているみたいだ。前からこの駐車場の同じ場所にはそうやってネコ缶が置かれていることが多い。この野良がこうやって長くこの場所で暮らしているのも、その誰かのおかげなんだろう。野良に餌付けすることの是非とかよくいわれるし、わたしも自分の家のベランダにいつもネコご飯を出してあげようというにはちょっと抵抗もあるのだけれども、こうやって誰かの世話で生きているネコをみると、そういうことはちっとも悪いことではないじゃないかと思ってしまう。
 わたしがそのネコを見つめても逃げないので、駐車場の中に足を踏み入れて、そのネコに近よってみた。わたしのことをみてニャンニャンとなくけれども、逃げようとはしない。かといって、わたしに媚を売って、かまってもらおうというのでもない。「タッチできるかな?」と、さらに近づいてみると、ゆっくりと、近くの車のかげに逃げて行ってしまった。


 

[]「レッキング・クルー 伝説のミュージシャンたち」(2014) デニー・テデスコ:監督 「レッキング・クルー 伝説のミュージシャンたち」(2014)   デニー・テデスコ:監督を含むブックマーク

 監督のデニー・テデスコという人は、ギタリストのトニー・テデスコの息子さんで、その父のトニーが肺ガンに冒されているとわかり、その父の若き日の活動を記録しておこうと撮り始めたのがこの作品。彼と同時代的に活躍したミュージシャンらを集め、インタビューを試みて編集しているのだけれども、つまりそのトニー・テデスコらは、60年代から70年代初頭にかけてのポップ・ミュージックのレコーディングに参加したセッション・ミュージシャンらであり、プレスリーの時代からカーペンターズの時代まで、信じられないほど多くのヒットソングの裏方ミュージシャンとして演奏していたのだ。彼らの名前は決して表面にあがることもなく、後から聞いて「え? この曲もあの曲も彼らが絡んでいたのか?」とおどろくわけである。総勢二十人とも三十人ともいわれる、「レッキング・クルー(壊し屋)」と呼ばれた彼らの、その全貌とはいわぬまでも、知られることのなかった姿を紹介し、また、ヒット曲レコーディングの裏話満載の、実に興味深いドキュメンタリーである。

 わたしがこのDVDに興味を持ったのは、つい先日、「むかしT-Bonesというバンドがあったよなあ」と思い出したことからはじまり、つまりそのT-Bonesというバンドは裏方ミュージシャンらの演奏で出来た、実体のない幻のバンドだったわけで、調べるとそのミュージシャンらは「レッキング・クルー」と呼ばれていたことがわかり、そういえば、今年だかにその「レッキング・クルー」という映画が公開されていたはず、と思い出したことから、このDVDがすでにリリースされていることを知ったのである。

 そのT-Bonesに限らず、実は当時のビーチボーイズも、バックの演奏はすべて彼らによるものであり、「演奏していない」と誰もが知っていたモンキーズの、差し替え演奏もまた彼らによるものなのだった。さらに、ロネッツの「Be My Baby」、ライチャス・ブラザースの「ふられた気持」など、フィル・スペクターのいわゆる「ウォール・オブ・サウンズ」を構成したのも彼らであり、フランク・シナトラの「夜のストレンジャー」、彼とナンシー・シナトラの「恋のひと言」などもまた。

 それはちょうど、わたしがアメリカン・トップ40などの向こうで流行っている洋楽に夢中になっていた時期の音楽とみごとにかぶっているわけで、じっさい、このドキュメンタリーの中で取り上げられる曲で、知らないものはなかった。それだけこの作品の内容には興味津々で、観ていても「へぇ〜、そんなことがあったのか?」という驚きでいっぱい。これは、ここで紹介される楽曲をご存知ない方には共有できない楽しみではあるだろう。

 このレッキング・クルーの連中が拠点としていたのは西海岸、ロサンゼルスのキャピトル・レコードのスタジオ辺りのことで、「西海岸に行けばいいスタジオ・ミュージシャンがいるらしい」ということで、皆が西海岸へとレコーディングの拠点を移動することになる。いわゆる「ウェストコースト・サウンド」というのは、そういう意味ではこのレッキング・クルーの連中のつくり出したものだろうし、それはつまり、時代が「ロック」へと移行する、その下準備のようなものでもあったのではないのか。しかし皮肉なことに、その「ロック」の時代になってしまうと、演奏はそのロックバンドのメンバーが行なうことがあたりまえになってしまい、彼らの出番はなくなってしまうのである。そのあたり、彼らの70年代の代表的な仕事が、カーペンターズやキャプテン&テニールだったりするあたりに、如実にあらわれているだろうか。

 イーストウッドの映画「バード」で、その当時台頭して来た「ロックンロール」を、ジャズ・ミュージシャンが小馬鹿にするようなシーンがあったけれども、それはやはり事実のようで、このレッキング・クルーのメンバーになったミュージシャンとは、つまりはジャズ・フリークではなかったというか、つまりは「仕事ならば厭わぬ」という考えだったみたいだけれども。そんな彼らも、レコーディングでスリーコードだけをガチャガチャかき鳴らして、それで金をせしめたときにはうんざりもしたらしい。それで、特にトニー・テデスコなどがそうなのだけれども、彼らの多くは譜面の初見演奏が可能で、そのことがレコーディング・スタジオで重宝されたということでもあったらしい。一日に一枚のアルバムをレコーディングしてしまうこともあったとか。

 いろいろな逸話が紹介され、わたしなどはそれらの話が面白くも興味深く、夢中になって観ていたところもある。「へぇ〜」と思ったことをひとつ書いておけば、ナンシー・シナトラのビッグヒットの「にくい貴方」のことだけれども、あの曲はもともとリー・ヘイゼルウッドの歌っていた曲で、それをナンシーが「わたしに歌わせてくれ」とプッシュしたらしい。リーは「あれは男の歌だよ」と答えたそうだけれども、ナンシーは「男が歌って面白い曲じゃない、女が歌ってこそ意味が生まれる曲だ」とせまり、みごと彼女のシングルとしてレコーディングされたということらしい。そうならばナンシーは慧眼だし、自分で自分の運命を切り拓いたということだ。

 とにかくはわたしにはどこまでも面白く観ることの出来たドキュメンタリーだけれども、このあとにまだディスク2の特典映像、390分が控えている。とにかくは、これはお正月の楽しみに取っておこう。


 

komasafarinakomasafarina 2017/01/03 04:39 ご無沙汰しております。ときおり、こっそりと拝見しておりますが、komasafarina 参上です(笑)。この映画、まるで知りませんでしたが、探して観てみようと思いました。本年のcrosstalkさんの日々が猫さんともども平和でありますよう! (どうも平和や平安が何よりという年齢域にさまよい込んできてシマッタァー!たようで、アハハ、願わくば霊域もまたそうあればとw−ishing well.

crosstalkcrosstalk 2017/01/03 10:57 あ! komasafarina さま。実にお久しぶりでございます。komasafarina さまのブログが更新されなくなって久しく、ずいぶんと寂しい思いをしておりましたが、お元気そうで何よりでございます。
そう、この「レッキング・クルー」、komasafarina さまならばきっと、大いに楽しんで観ることが出来るのではないでしょうか。是非是非と、お勧めいたします。
世間は新しい年の幕開けでウキウキしてるようですが、やはりたしかに、日々平安こそ何よりでございます。komasafarina さまもなにとぞ、Everyday Peaceful であられますように。

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■ 2016-12-28(Wed)

 久しぶりに記憶していた夢。珍しく、そんなに古くはない友人知人が登場した夢だった。メモをとっていないので忘れてしまったところも多いけれども、わたしはどうやら誰かのダンス公演だか、何らかの舞台を観ようとしていたようだ。会場は廃墟になった学校のような五階建ての建物で、目覚めてからも、わたしはじっさいにあの建物に行ったことがあったのではないかとか、あそこでイヴェントをやったことがあったのではないかとか、かなり強い既視感のようなものがあった。たしか受け付けが一階にあって、そこにFさんなどがいるのだった。会場は三階のいちばん奥のスペースなのだけれども、わたしはなぜかこの建物が五階まであることを知っている。いろんな人とのやり取りがあったようだけれども、そのあたりはもう忘れてしまった。

 一昨日に、来月のひかりTV〜WOWOWの番組表が送られて来たのだけれども、ざっとみて、来月はそれほどに「この映画が観たい!」というようなものも放映されないみたい。では来月は、買ったまま観ないで棚に放り込んだままになっているDVDを、ちょっと集中して観てみようか、などと考える。そうするとDVDプレーヤーの一台が動かなくなってしまっていることを思い出した。おそらくは完全に壊れているわけでもなく、レンズクリーニングとかやれば復帰するのではないかと思うのだけれども、まずはそういうクリーナーを買わなくっては、などと考える。まあわたしはなぜかDVDプレーヤーは二台持っていて(一台は録画機能付き)、今はその録画機能付きの方を使っているから不便はないのだけれども、その今使っている方はリージョンフリーではないし、立ち上がりも遅いし、ちょっと操作勝手もよろしくない。ウチには輸入盤のDVDもそれなりにあるわけだし、やはりここはもう一台、ちゃんと動くリージョンフリー機器が欲しいのである。

 などと考えていたら、昨日注文したDVD「レッキング・クルー」が、昼すぎにはもう郵便受けに到着していた。超早業。Amazon偉い。これを観るのは新年のお楽しみに取っておこうと思っていたけれども、やっぱりすぐに観たいなあ。


 

[]「サムライ」(1967) アンリ・ドカエ:撮影 ジャン=ピエール・メルヴィル:監督 「サムライ」(1967)   アンリ・ドカエ:撮影 ジャン=ピエール・メルヴィル:監督を含むブックマーク

 これは公開当時、映画館に観に行ったのだと思う。ひょっとしたらまだわたしは中学生か高校に入りたてなんだけれども、ポイントポイントはしっかりと記憶していた。やはり、古い記憶の方がしっかりしている。

 この映画はアレですね。アンリ・ドカエのブルーがかったグレイの映像と、フランソワ・ド・ルーベの音楽、そしてあのドロンの部屋の小鳥の啼き声とでかもし出される、何ともいいようのない空気感(アトモスフィア)に、とにかくはどっぷり浸りましょうという映画ですね。こういう、アトモスフィアを大切にする作品というのはやはり、ストーリーのことを忘れてしまっても心に焼き付いてしまうから、記憶の中でひとつのイメージがくっきりと刻まれているように思う。

 ストーリーはめっちゃシンプルで、ある孤独な殺し屋が、依頼された殺しを実行するけれども顔を見られてしまい、そのことで警察に尾行され、依頼主には命を狙われることにもなる。さいごに依頼主は殺し屋にもうひとつの「殺し」を依頼するのだけれども、その相手は、彼を目撃したナイトクラブの女性ピアニストだった、という話。

 観終わったときに、「なぜ依頼主はそのピアニストを殺すことを依頼したのか?」と疑問に思ったけれども、彼女がアラン・ドロンの顔をしっかり見ているにもかかわらず、警察に「この男ではない」といっていることや、アラン・ドロンが殺したのが彼女のいるナイトクラブの経営者らしかったところなどから、このピアニストは「なぜアラン・ドロンが最初の殺しを依頼されたのか」というような、その背後関係を知っていた可能性が強い。ではなぜ、アラン・ドロンは自分の死を覚悟して行動したのか。それはいちど警察にマークされてしまったということゆえなのか、ドロンもまた、その一連の依頼主の目的、背後事情を知っていたということなのだろうか。このあたりのことは、映画を観てもはっきりとした答えが出るわけではないのだけれども、そういう「わからないところのある映画」というものの魅力、でもあるだろうか。

 映画の中でのメトロでの追跡シーンなどはやはりスリリングで、これ、五十年経った今でも充分に通用する演出だと思う。そしてやはり、ラストの、撃たれて胸を押さえて崩れ落ちて行くアラン・ドロンの姿、その表情のすばらしさ。「撃たれて倒れる男」ということで、ここまでにカッコよく演じられた映画というものを、わたしはほかに知りませんね。


 

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■ 2016-12-27(Tue) このエントリーを含むブックマーク

 今日は年内さいごの、しごと休みの日。明日から、正月の二日まで休みはない。まあゆっくり休みましょうという感じ。朝パソコンをいじってネットをチェックしていたら、Cowboy Junkiesが来年に、というか来月に、27年ぶりの来日公演をやることがわかった。わたしはそんなにCowboy Junkiesを聴き込んでいるわけではないけれども、あの音世界に浸ってみたいという気もちはある。なんだかそのライヴに行きたくなってしまい、チェックするとチケットもそこまでに高額ではない。これから一ヶ月あれば、彼ら彼女らの音楽の復習も出来るだろう。このところまた「No Music, No Life」みたいな生活になってもいるし、このあたりでライヴを体験するというのも悪くないではないか。会場のBillboard Live Tokyoは以前Richard Thompsonのライヴで行ったことがあるし、ゆっくりとすわってくつろげる会場だから、印象としては悪くない。「よし! 行くことに決めよう!」としたら、インターネットからはクレジットカードがないと申し込みできないのだった。「困った」と思ったら、普通に電話を使って予約するのは全然OKなわけで、逆にその方がキャンセルもかんたんにできるし、良さそうであった(って、キャンセルする気はないが)。そういうわけで、来年の予定がひとつ決まった。

 午後にもまたパソコンをいじっていて、「そういえばT-Bonesというグループがあったなあ」と思い出し、これを検索してみると、このT-Bonesというバンドは実体のないバンドで、実のところ、Wrecking Crewと呼ばれたセッション・ミュージシャンらによるものだということだった。それで、その「Wrecking Crew」という文字を読み、「たしかこの春に彼らに関するドキュメンタリー映画が公開されていたんじゃなかったかな?」と思い当たった。ちょっと観たいと思っていたけれども、公開期間が短かったし、モーニング&レイトショーのみの公開だったから観に行くことができなかった映画だった。「もう公開されて半年以上経つし、そろそろDVDとかになっているのではないだろうか?」と思い、Amazonで検索してみると、考えた通り、この十月にすでにソフト化されていた。しかも、その商品案内を読んでみると、映画本編(100分)にプラスして、特典映像がなんと390分もついているという。トータルで八時間を超えるのである。タイトルは「レッキング・クルー 伝説のミュージシャンたち」。わたしはもともと、60年代のロックへと分化していく前のポップ・ミュージックが(ロック以上に)大好きだし、このセッション・ミュージシャンたちは、わたしが大好きだったポップスの時代の、まさにわたしが夢中になって聴いていたヒット曲のバック・ミュージシャンだったのだ。この映画を観ないで何としよう。このDVDを注文して、この年末年始はたっぷりとこの映画にハマるのがいいのではないか。価格も三千円ちょっととお手頃価格だし、これを買わずにすませることはできないと、すぐに注文した。今回も注文はAmazonのギフト券をそばのコンビニで購入し、そのギフト券を使って一発で注文を終えさせた。
 注文を終えたあとになって、そのDVDのユーザーレビューを読んでみると、非常に低評価である(二件しかないけれども)。一方は「これらのミュージシャンはその音楽の作者というわけではなく、与えられた仕事をこなしていただけのことだから、つまらない」という意見。もう一方は、「インタビューばっかりでつまらん」というものだった。ふうむ、どうやら、これらの人たちは観る映画を間違えられたようだ。第一の意見については、じっさいに映画を観てみないとわからないけれども、彼らはその「与えられた仕事」において、確実に大いなる成果をあげているはずで、そこのところでコメントを解釈する想像力が必要なのかもしれない。とにかく、わたしは楽しみにしている。第二の意見は、わたしはまさにその「インタビュー」を聴きたいわけで、たぶん「つまらない」などという感想は出て来ないだろうと思う。逆に、「インタビューばかり」なのであれば、それこそまさにわたしが観たい、聴きたいと思っていることで、そういうことならば期待は高まるばかりである。

 今日はそうやって、音楽のことばかりにかまけているうちに、外は暗くなってしまった。夕食のごはんは炊いてあったのだけれども、「何かお惣菜でも買って来るか」と思って、六時頃に北のスーパーへ行ってみた。適当な惣菜はなかったのだけれども、意外にもにぎり寿司のパックが半額になっていて、「半額なのだったら買いたいな」と、貧乏根性が出てしまった。そういうわけで、夕食は寿司になった。食べているともちろんニェネントが寄ってきて、何か欲しそうにする。ちょうどまぐろたたきの軍艦巻きがあったので、そのまぐろのたたきを削り取り、ニェネントの前においてやる。ニェネントよろこんで食べる。ニェネントはテーブルの上に身を乗り出して、寿司のパックのいちばん端にのっている玉子焼きにぎりに目をつけ、その卵焼きをペロペロと舐め始める。「ああ、ニェネントは卵焼きもやっぱり好きなわけか」と、ちょっとちぎってあげてみたら、あっという間に食べてしまった。まあ卵焼きならネコでもだいじょうぶだろうし、それでまぐろのたたきと卵焼きを交互に、ちょっとずつニェネントにあげるのだった。やはり寿司関係は、南のスーパーよりも、こちら北のスーパーのものの方が美味である。


 

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■ 2016-12-26(Mon)

 朝起きて、ベランダに出しておいた鶏の骨がどうなったか見てみようと。はたして肉の部分だけきれいに舐めとったようになってるんだろうか。それとも、「これは食べられない」と、そっくりそのまま残っているだろうかとか。窓を開けてびっくり! なんと、皿の上には何もない。空っぽである。あの骨ごと全部、くわえてどこかに持って行ってしまったみたいだ。「そのあたりに食べ残しの骨が放ってあるか」と、ベランダの上とか、ベランダから身を乗り出してその外とかを見てみたけれども、どうも見える範囲にはどこにもそういう骨らしいものはない。どこか、自分が安心して食べれるところまでくわえて行ったわけだろう。わたしとしてはまさか、骨ごと全部なくなっているとは思っていなかったので、「さすがは野良ネコ」と、感心してしまった。しかし、あまり骨をかじりすぎて、骨の破片とかが喉にひっかかってしまったりしませんように。

 今日は昼前に「ちょっとだけ昼寝をしよう」という感じでベッドに横になり、そのまま眠ってしまった。わたしとしてはせいぜい一時間とか一時間半ぐらい寝て、それから起き出して昼食にしようとかいうつもりだったのだけれども、かなり熟睡してしまい、目覚めたらもう午後の四時を過ぎていた。外はもう薄暗くなっている。
 こうやってたまに、一日に十二時間とか十四時間とか寝てしまうのだけれども、それがわたしの身体リズムのサイクルなのかもしれない。それで身体の調子が悪くなるとか、生活リズムがおかしくなるというわけでもないので、これはこれでいいのではないかと思う。起き出したあとに一本映画を観た。


 

[]「ヒッチコックの恐喝(ゆすり)」(1929) アルフレッド・ヒッチコック:監督 「ヒッチコックの恐喝(ゆすり)」(1929)   アルフレッド・ヒッチコック:監督を含むブックマーク

 ヒッチコックのイギリス時代の作品。一般には単に「恐喝」とか、「ゆすり」とかいうタイトルで知られているようだ。原題はまさに「Blackmail」。

 観始めて、冒頭からしばらく、十分近くも無声状態で、「あ、これはサイレント映画だったか」と思ったのだったけれども、これが唐突にトーキーになり、ちょっとびっくりしてしまった。これはあとで調べたのだけれども、どうやら当初はサイレント映画として製作され、あとで音声を加えたトーキー版もつくったということらしい。そしてこの作品がイギリスで最初のトーキー映画だったということ。
 しかし、観ていてもこれは明らかにアフレコだし、もともとがセリフなしでも理解できるようにという演出で撮られているのだろう、とにかくは説明的な演出が多すぎる。それでひとつのシークエンスでもあいだを省略することなく、時系列にそって全部映像に収めている感じ。ちょっと観ていてまどろっこしいというか、もっとテキパキと進行させればいいじゃないかと思ってしまう。

 ストーリーは要するに、ヒロインの女性が警官である彼氏とのデートでちょっとしたいさかいがあり、彼氏は帰ってしまう。ヒロインはその場にいた「画家」だという男と遊んじゃおう、って気分になって、その男のアパートまで行ってしまう。ところがその男に襲いかかられてレイプされそうになり、手近にあったナイフで男を刺し殺してしまう。動転した彼女は自宅に戻るのだけれども、彼女の家では誰も彼女の遅い帰宅に気づかない。翌朝、その男がナイフで殺されたとの報道。彼女の殺した男のアパートのそばにある男がいて、これが「犯人はこの女だ」と目星をつけ、彼女につきまとう。一方警官である彼氏は、殺害現場に彼女の手袋が残されていたことから、彼女のことを疑う。彼女を脅す男には前科があり、逆にその男こそが犯人ではないかという憶測も。恐喝男は図々しくも彼女の家を訪れ、朝食をごちそうになったり、なかなか帰らない。けっきょくこの男が犯人と踏み切った警察に追われ、男は大英博物館へと逃げ込むのだが‥‥。

 ひとつには、自分の犯した罪におののき、脅迫におびえるヒロインがいいです。演じてるのはアニー・オンドラという女優さん。彼女はドイツ系で英語は苦手だったらしく、この作品での声は彼女の声ではないそうな。そういう彼女のおびえを、うまく映像化するヒッチコックの手腕の、その片鱗はうかがい知れるでしょうか。あとはやはり、大英博物館に逃げ込んだ男と、それを追う警察との追跡劇。これはどこまで実際に大英博物館を使ったのか、わからないけれども、いかにも以後のヒッチコック作品のサスペンスを思わせる演出でしょうか。


 

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■ 2016-12-25(Sun)

 もう繁忙期も過ぎたはずの職場が、今年はいつまでも仕事量が多い。ちょっといい加減にしてほしいという感じで、もうクリスマスなんだからゆっくりさせてほしいと思うのである。

 そういうわけで今日はクリスマス。クリスマスだからといって何がどうということでもないのだけれども、世の中では皆がケーキだとかおいしいものを食べたりする日。わたしも「何かおいしいもの」を食べたいと、夜になってスーパーが値引きされる時間を見計らって、スーパーに行ってみた。うむ、とにかくは鶏のもも肉が、山積みされて売れ残っている。半額である。まずはこいつを買っておこう。ニェネントにも何か買ってあげようと、海鮮品売り場へ行ってみる。かつおの刺身の小さなパックが、やはり半額になっていて、これがニェネントにちょうどいいだろうと買う。

 帰宅して、わたしは鶏肉にかぶりつき、ニェネントはかつお肉。やはりニェネントはかつおが好きで、先日買ったまぐろの刺身とまるで反応がちがう。すごい勢いで食べてしまうのである。いったい、かつおとまぐろとどういう差異があるのだろうか。たしかに味の差はあるのだけれども、ニェネントにとって、その味の差というのが大きな問題なんだろうか。
 わたしも鶏のもも肉、だいたい食べ終わったけれども、まだ骨のまわりにかなり肉がこびりついている。これをニェネントが食べたりはしないだろうかと、ニェネントの皿に置いてあげてみるけれども、もう満腹になったせいなのか、クンクンと鼻を近づけるだけで、食べようとはしない。「それでは、ベランダに来るあの野良にあげてみようか」と、ベランダの皿の上にのせてやった。今日はそんなクリスマス。いちばん喜ぶのは、ベランダに来るあの野良だろうか。わたしが野良のサンタになれるのだろうか。


 

[]「素晴らしき哉、人生!」(1946) フランク・キャプラ:監督 「素晴らしき哉、人生!」(1946)   フランク・キャプラ:監督を含むブックマーク

 知らなかったけれどもこの映画、クリスマスの定番映画なのらしい。しかも「不朽の名作」と。
 主人公のジョージ・ベイリー(ジェームズ・ステュワート)は良心的な住宅ローンの会社を経営し、悪辣な銀行家ポッター(ライオネル・バリモア)が町民を苦しめようとするのを守っている。しかしクリスマスの夜に不運な出来事が立てつづけに起き、生きる希望を失ってしまい、自殺を考える。それを天上の神がみて、彼を助けるためにまだ翼のない二級天使を使わす。天使はベイリーに、「もしも彼がいなかったら」という世界をみせるわけである。

 ‥‥あっ、すいません。わたし、こういうのダメなんです。先日も「ニュー・シネマ・パラダイス」を観てちっとも感動できなかったばかりか、「何、この映画! つまんねえ!」などとふとどきな感想を持ったわけでして、今回も右に同じ、なのでありました。こういうの、単に極端なペシミズムと、それに対して極端なオプティミズムを並べてみただけの話じゃないですか、って感じ。人生なんて、生きるに値するものではないだろうし、だからといって死ぬに値するものでもない、というのがわたしの考えでありますから、こういうストーリーはわたしのそういう考えに反するものですね。どんなことがあっても極端に落ち込むこともないし、舞い上がって有頂天になるのもあぶないよ。しあわせかふしあわせかというのなら、過去の記憶を失ったわたしなんか、ふしあわせのどん底ですから。わたしは信仰なんか持たないせいで、そんな二級天使も助けに来てはくれないし。でもわたしは、希望とか絶望とか、そういうのとは無縁なところで生きてますから、助けもひつようないです。

 映画として観たら、現実の世界で雪が降っていて、天使の見せる「彼のいない世界」では雪がやんでしまうのとか、いろんなまちなかの描写とか、町の住民たちの描写とか、たしかにいろいろと優れた演出があるようで、そういうのでは「ニュー・シネマ・パラダイス」なんかよりはずっといい映画だろうと。ま、いちいち「ニュー・シネマ・パラダイス」と比べるような映画ではないでしょうが。
 ジェームズ・ステュワートはこういう善人役がぴったりというか、とてもハマり役だし、その奥さん役のドナ・リードがとってもいいんですけど、この女優さん、しばらく前に観た「地上より永遠に」で、モンゴメリー・クリフトの彼女役だった人でした。って、「地上より永遠に」のストーリーとか、もうかなり忘れてしまっている。


 

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■ 2016-12-24(Sat)

 もう今年も、電車に乗って東京方面に出かけたりということもしないんじゃないかと思う。あとは家でゴロゴロするばかり。散らかり放題の部屋を片付ける気力もないし、だんだんにこの住まいもゴミ屋敷っぽくなって来ている。

 今日はしごとを終えて帰宅すると、まだ「ウイークエンド サンシャイン」の放送がつづいていた。年の最後の延長ヴァージョンということらしい。今年は後半に入ってからまた、音楽熱がちょっとぶり返したというか、古いCDを引っぱり出して聴いてみたり、新しくCDを買ってみたりということが多かった。「あのCDがどこかにあるはず」と探しても見つからなかったり、やはりいちど持っているCDの整理をしなければいけないかと思う。そうすると必然的に部屋を片付けることにもつながるかもしれないし、やるべきではないのか。ついでに、もう読むこともないだろう本も処分してしまいたい。

 今日はクリスマスイヴでもあるから、何かおいしいものでも買ってこようかと、いつものスーパーが値引きされる時間を見計らって行ってみたのだけれども、今日はもう、たいていのものが売り切れてなくなってしまっていた。半値になっていたピザを買い、まだ残っていた弁当を買う。ニェネントに何か買ってあげようと思っていたけれども、もうニェネントにちょうどいいものは残っていなかった。ニェネントのクリスマスは明日にしよう。


 

[]「椿三十郎」(1962) 黒澤明:監督 「椿三十郎」(1962)   黒澤明:監督を含むブックマーク

 ちょっとコミカルなタッチの加わった、「用心棒」の続編。敵役は「用心棒」に引き続いて仲代達矢。有名なラストの二人の対決のことは、わたしもよく知っている。この作品での三十郎(三船敏郎)は、義憤に燃えた若侍らの助っ人を買って出るわけで、「正義」とかそういうこととは無縁の行動を取っていた「用心棒」での三十郎とは結びつかないところもある気がするけれども、当時の黒澤明監督の中にも「義憤に燃える」ところがあったわけだろうか。ま、そういう作品もつくっていらっしゃる監督でもあられるし。
 しかし黒澤監督の年譜を見てみると、この翌年に「天国と地獄」、1965年に「赤ひげ」を撮り、そのあとが1970年まで空いて、初のカラー作品「どですかでん」になるわけで、わたしなどは東宝でのモノクロ映画の時代こそ、黒澤監督の全盛期という考えがあって、そういうところではこの作品、「全盛期でも後期の作品」という位置づけになってしまう。それは、わたしの中では、黒澤監督の中にもモダニズム的な表現が目立つようになる時期というか、それ以前の監督作品のどこかギラギラしたところが温和になって来るような、そんな印象がある(このあとの「天国と地獄」ではまた「ギラギラ」とするのだけれども)。そういうところが、この作品ではどこか余裕のあるユーモアを交えた演出、ということになるようにも思える。
 ただ、時代劇としての「殺陣」はまた別のことで、この作品でも、日本映画の歴史に残る、強烈な殺陣をみせてくれる。これはまずは中盤の、三十郎が敵をばったばったと切り捨てていくシーンがあるのだけれども、それまでのちょっとのんびりとした展開に油断していると、いきなりコレである。もうこの次元になると一種の「振付け」を施されたパフォーマンス、というところだけれども、追って行くカメラもすごいし、やはり三船敏郎の鬼気迫る太刀さばきは圧巻。そこに、「バサッ」とか「ブシュッ」という、肉を切る生々しい効果音がはさまれる。この効果音に関しては、この「椿三十郎」以来、日本の時代劇でこういった「効果音」が入れられることが常態化することにもなったらしい。
 そして、ラストの「決闘」ね。「画面から眼が離せない」何十秒かの静止のあと、まさに一瞬でケリがつく。その何十秒かに落としまえをつけるかのような、壮絶な血しぶき。

 もちろん、そういう「ギラギラとした」部分と、ユーモラスな部分とを共存させる三船敏郎の役づくりはすばらしいし、その三船敏郎の放縦さに対しての、体制内にとどまる男のスクエアさと、そこからはみ出るような「ギラつき」とをみせる仲代達矢も魅力的。加山雄三らの生真面目な若侍ら、そしてコミック・リリーフ的な小林桂樹、おっとりとしたおばさんという感じで印象深い入江たか子とか、皆好演だと思った。娯楽作品として、とても楽しめる作品だった。


 

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■ 2016-12-23(Fri)

 前にも書いたけれども、今年はあまり街頭でクリスマスに便乗した宣伝とか、イルミネーションとかをあまり聴いたり見たりしない気がする。今まで毎年毎年、この時期になると「騒々しいな」と思ったところもあるし、イルミネーションもうるさいと感じていた気がするけれども、逆にここまでにクリスマス色がなかったりすると、ちょっと淋しさを感じてしまうのがおかしい。そんな中、わが町の駅前は例年のようにがんばっている。ま、「がんばっている」といえるのか、ちょっと恥ずかしいというか、それでも、わたしがこの年末にみた、いちばんグレートなクリスマス・イルミネーションである。

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 しかしこのイルミネーション、例年クリスマスが終わっても撤去されずに新年の飾りになり、そのまま「もう新年を祝うのもおしまいだろう」という時期までずっと飾られることになる。きっとこの正月も同じことになるだろうけれども、やはりどちらかといえば恥ずかしいオーナメントである。

 大長編小説「雪」を読み終えて、ちょっとした達成感があるのだけれども、その反動でというか、本を読み進めることができなくなってしまった。ベッドの中で1〜2ページも読むと「もういいや」という感じで、枕元に置いてそのまま寝てしまう。読んでいるとニェネントがベッドの上にあがってくるので、そのニェネントをかまうことに神経が行ってしまうのも、本が読めない原因ではあるけれども。


 

[]「サイコ」(1960) アルフレッド・ヒッチコック:監督 「サイコ」(1960)   アルフレッド・ヒッチコック:監督を含むブックマーク

 誰もが知ってる名作、わたしだってこの作品のことは忘れてしまってはいない。しかしそれも大まかなストーリーを憶えているだけで、ディテールだとかいろいろなシーンを記憶しているわけではない。それで、久々にこの作品を観てみた。

 まず、おなじみのソール・バスによるタイトル・デザインだけれども、意外とスタイリッシュというか、バーナード・ハーマンの音楽も相まって、この作品がサイコ・ホラー的要素を持つものとは思いにくい気がする。いや、だからこそ、心の奥に焼き付いてしまうのだろうか。

 前半はジャネット・リーが預かった会社の金を持ち逃げし、彼氏のところへ向かうまでの展開で、ここまではジャネット・リーの行動のみを追って行くわけで、ヒッチコックらしくも、犯罪への一線を越えてしまう女性の心理を、その行動から観るものに伝えるというもの。ここで彼女にどのような惨劇が待ち構えているのか、うかがい知ることはできない。そして彼女はベイツ・モーテルに宿泊することになる。いちどは持ち逃げした会社の金を戻そうと決意する彼女だけれども、もう遅いと。

 あまりに有名なシャワーのシーン、ここはすっごい細かいカット割りがされているわけだけれども、Wikipediaをみると、このカット割りのアイディアは、ソール・バスによるものらしい。このシークエンスのさいごのところ、死んで横たわるジャネット・リーの見開いた瞳とその顔をとらえたショットがあって、観ていて「それは写真だろ」みたいに思っていたのだけれども、そこからカメラがグッと動いて、移動しながらバスルームの中を撮影する。ここのところにはちょっとノックアウトされた。

 あとは捜査する私立探偵が殺害される階段のシーンもまたみごとなもので、ここで探偵を殺害する犯人のすがたもはっきりと写されているのだけれども、この部分を真上から撮影することで、「犯人は誰?」ということをわからなくしていわけだし、このショット全体も緊迫感あふれたすばらしいショットになっている。さいしょのジャネット・リー殺害は、犯人にとってその自らの欲望を否定するために、欲望の対象を消去するという屈折したものだけれども、この私立探偵殺害は、「怒り」によるものだろう。

 そしてその後の展開、こういうサイコ・ホラーものには「地下室」という存在が効果を生むという、その最初の作品だろうか。これ以降のホラーで、このような「地下室(隠された部屋)」というものは、いつも重要な役を果たすわけだ。例えば「羊たちの沈黙」、「セヴン」、そして最近では黒沢清監督の「クリーピー」にしても、この系譜の中に解釈されるものだろうと思う。

 終盤の「真相解明」が、精神科医による説明に頼らざるを得なかったということが、この作品のちょっとした欠点というか、このあたりに当初の低評価の原因があるかもしれないけれども、これはしょ〜がないよね。そしてとにかくはラストのアンソニー・パーキンスの独房内の「独白」というあまりにすばらしいショットがあり、そのアンソニー・パーキンスの笑みに彼の母の死骸がオーバーラップし、沼から引き上げられる車の短いショット。もう、このエンディングにはノックアウトされる。


 

[]「妻は告白する」(1961) 増村保造:監督 「妻は告白する」(1961)   増村保造:監督を含むブックマーク

 原作は円山雅也による小説「遭難・ある夫婦の場合」で、円山雅也といえば昔テレビにしょっちゅう顔を見せていたタレント弁護士だけれども、その弁護士という経歴から生まれたのがこの作品だろうか。Wikipediaをみると、この映画のみならず、今までに三度テレビドラマ化さえてもいるらしい。
 いや、この作品はやはり、「女」の中の「魔性」というものをどう描くかということで、演じる女優のキャパシティを引き出すような作品にはなるんだろう。この映画ではもちろん、若尾文子が圧倒的な演技をみせてくれるのだけれども、そのテレビドラマ版でヒロインを演じたのは、高千穂ひづる、磯野洋子、そして夏目雅子ということだったらしい。

 もうあらすじはWikipediaからのコピペですませるけれども、つまり、滝川彩子(若尾文子)は、夫の亮吉(小沢栄太郎)と若い幸田(川口浩)と登山中に遭難し、夫のザイルを切って死に追いやった。滝川夫婦は不幸な結婚であり、彩子は幸田に好意を寄せていた。彩子がザイルを切ったのはやむを得ない措置だったのかそれとも故意か、裁判である判決が下されるが、意外な結末が訪れる。ということである。ここに幸田の婚約者だった宗方理恵(馬淵晴子)という女性も絡み、はたして幸田が彩子を選ぶのかどうか、ということがひとつの焦点になる。そしてさいごに彩子の「真実」が明かされ、幸田は彩子を見捨てる行動に出るのだけれども、彩子はまだ幸田に執着する。

 これは何かじっさいにあった事件がヒントになっているのか、この彩子という女性の造形がみごとだと思うし、そこに絡む宗方理恵という女性の反応もリアルなものだろうか。「愛ゆえの犯罪」というのか、いろいろと深く思わせられるところもあるし、何よりも、ラストに幸田の会社を訪ねて行く彩子が、雨の中、和服姿で濡れそぼっているという姿が強烈である。これはある意味で、愛をめぐるホラー作品なのかもしれない。そう思った。


 

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■ 2016-12-22(Thu)

 昨日のことだけれども、クリニックの帰りに新宿でいちど下車したとき、西口のパソコンショップにも寄ってみた。実は今使っているノートパソコン、もうかなりボロボロになってしまっているし、CD/DVDプレーヤーが壊れてしまっていたり、イヤフォンジャックもずっと前からダメになっている。それでそろそろ買い替えてみようかとも思い始めているのだけれども、以前このノートパソコン(これも中古である)を買ったパソコンショップで、はたしてMacの中古はいくらぐらいするのか、チェックのつもりであった。

 わたしが初めてパソコンを買ったのは、もう二十年以上前のことになるだろう。わたしはグラフィックに強いパソコンが欲しかったので、当時いちばん売れていたPC-9800シリーズなど、当初からまるで買う気はしなかった。そこはやはりPhotoshopやIllustratorの搭載されたMacしか眼中になく、おそらくはいちばん最初に買ったパソコンは、LC630だったのではないかと記憶している。そしてこのパソコンがあったおかげで、わたしは"crosstalk"というアートイヴェントを主宰することが出来たのだ。まさにわたしの一生を変えたパソコンではあった。
 おそらくそのあとにいちど、別の機種に買い替えたのではないかと思うけれども、このあたりの記憶はしっかりしていない。そしてそのあとに、今でもわたしの机の上でニェネントの「お立ち台」になっている、iMacのG3を買っている。このiMacにはいろいろとお世話になったけれども、このあとに買い替えたG4モデルも、まだわが家の玄関辺りに放置されている。そのG4が、さすがにインターネット全盛時代になっていろいろと古さを感じさせられるようになり、今のMacBook Proを買ったわけです。このノートパソコンを買ったのは2013年の八月。なんとか三年ちょっと使ったわけですか。

 それで、昨日パソコンショップに行ったという話に戻るのだけれども、つまりノートパソコンはちょっと値が張るのだけれども、iMacであれば思っていたよりもずっと安い。以前Amazonでこのあたりの中古の価格をチェックしたこともあったのだけれども、Amazonよりも、この中古ショップの方がぜったいに安い。ちゃんと現物をチェックして買うことも出来るし、買うのならやはりこの店で買うのがいい。わたしは特にノートパソコンでなければならないとか、外に持ち出すわけではないのでちっとも考えないし、逆に画面が大きいのは大歓迎というか、これからはネットにある映画とかをパソコンで観ようかという考えもあるわけで、それならば大画面の方がいい。もう自分の気もちとしては、この店であたらしい(といっても中古だが)iMacを買うつもりになってしまった。来年早々にでもあらためて買いに行こうかと思う。
 わたしは代々、自分の使っているMacに「マキシミリアン◯世」と名付けていて、今のMacBookがその「マキシミリアン5世」と名付けた記憶があるから、次のMacは「マキシミリアン6世」ということになるのだろうか。


 

[]「パルプ・フィクション」(1994) クエンティン・タランティーノ:監督 「パルプ・フィクション」(1994)   クエンティン・タランティーノ:監督を含むブックマーク

 タランティーノ監督の、「レザボア・ドッグス」に続く第二作。もちろん昔観ているのだけれども、もちろんこれっぽっちも記憶していない。さまざまな挿話が一見複雑に交錯し、独特の世界をあらわしている。基調になるのはタランティーノお得意の「バカ話」というか、いつでもどこでもナンセンスな会話が繰り拡げられる。

 基本はジョン・トラボルタのヴィンセントをめぐるストーリーと、ブルース・ウィリスのブッチをめぐるストーリー。これらが時間軸を前後させて描かれて行く。そこにサミュエル・L・ジャクソンの「奇跡」体験や、ティム・ロスとアマンダ・プラマーのチンケな強盗の話、その他モロモロが絡んでくる。「なるほどね」というところでおしまいな作品。ただ、ジョン・トラボルタが読んでいる本が「モデスティ・ブレイズ」なわけで、どこかで「唇からナイフ」へのオマージュが隠されていたのだろうか、そんなことを思ってみたりした。


 

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■ 2016-12-21(Wed)

 というわけで、今日はまた東京へ。国分寺のクリニックである。二時四十五分の予約だけれども、新宿ででも昼食をとることを考えて、また現地十時半の電車に乗る。この電車だと乗り換えがスムースということもあり、このところ、上京するときには毎回、この十時半の電車を使っている。新宿には十二時十五分着。今日はもう日高屋で昼食というのはやめにして、十月にEさんといっしょに飲みに行った、三丁目の香港屋台の店がランチもやっているはずなので、そこへ行ってみることにした。

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 店頭にランチメニューのサンプルが並べられ、食欲がそそられる。なんだかチャーハンがメインのメニューが多いようなので、店に入ってそのチャーハンの日替わりセットを注文。店内はそれほどに混み合っているというわけではないけれども、何となく、常連客が多そうな雰囲気。
 出てきたチャーハンのセットは、チャーハンのほかに玉子スープ、そして茄子の中華風炒めみたいなのが一皿、それともやしの小皿と。どれもやはりおいしい。「こういうチャーハンを、いつも家でつくってみたいと思っているんだけれども」と、どんな具材が使われているのか探求。おっと、これはネギと、そして玉子だけ。いちばん上にエビのトッピングがあるだけ。おいしいけれどもとってもシンプルな味わいで、いかにも自宅でもつくれそうな感じがする。こんどトライしてみよう。

 食事を終えてもずいぶん時間があるので、CDショップを覗いてみたり、量販中古本の店を覗いてみたりしているうちに、もう行かなければいけない時間になってしまった。国分寺の駅に着いて、駅のそばの喫煙所で一服していると、足元に未使用の切符が落ちているのが目に入った。拾い上げてみると、これが今日発行の、ちょうど新宿までの金額の切符だった。もちろんこの切符で乗車出来ることだろう。これで自宅方面までそのまま乗り越ししてもいいのだけれども、また新宿で下車するというのもいい。CDショップに「買おうかな?」と思ったCDもあったので、これは「そのCDを買え!」というメッセージなのかもしれない。

 クリニックでは、小平の「国立精神・神経医療研究センター病院」というところに来月の予約を入れていただき、MRI検査、そしてPET―CT検査というのをやってもらうことになった。これでようやく、わたしの脳がどうなってしまっているのか、その全貌があらわになるというか、これからの診察〜治療の基本データとして役立つことになるのではないかと思う。それでようやく、わたしの治療もほんとうにスタートすることになるだろうと、期待するところが大きい。こういう展開を求めて、わざわざこんな遠方のクリニックを選んだわけだから。

 帰りはその拾った切符でまた新宿で降りてCDショップへ行き、まずは買おうかどうしようか迷っていた、Shirley collinsの何十年ぶりかの新譜、「Lodestar」を買う。ついでに中古売り場にも寄ってみて、三枚組なのに安かった「Begginer's Guide to English Folk」などというものも買ってしまった。知っている曲、持っている曲も多く入っているのだけれども、持っていたけれども処分してしまったアルバムに収録されていた曲、興味があるけれども聴いたことがなかったミュージシャンの曲などが多く収録されている。

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 新宿からの帰りの電車の中で、ついに先月から読み継いで来たオルハン・パムクの「雪」を読了した。今回は先に読んでいた内容を忘れてしまって読み継ぐのに苦労するようなこともあまりなく、久々に「本を読む楽しみ」を満喫した思いがする。わたしの脳の調子が良くなって来ている、ということだろうか。

 帰宅して、まずは買ってきたCDの「Lodestar」を聴く。わたしはこのShirley Collinsのむかしのアルバムとかは、彼女のちょっと喉に痰がからんだような声が苦手で、そこまでに愛聴してはいなかったのだけれども、もう80歳になるという彼女、その年輪を重ねた深みのある声はわたしの好みだし(彼女はなんだか声が出なくなって長いことレコーディングから遠ざかっていたらしいけれども)、バックのミュージシャンの演奏もすばらしい。これは愛聴盤になるだろう。
 寝るときには、買ったもう一枚の方、「Begginer's Guide to English Folk」の一枚目を、プレーヤーをオートスリープにして聴きながら寝た。


 

[]「雪」オルハン・パムク:著 和久井路子:訳 「雪」オルハン・パムク:著 和久井路子:訳を含むブックマーク

 著者はノーベル賞も受賞したトルコの作家。もちろんわたしはこの作家の作品を読むのも初めてだけれども、著者によればこの作品、著者の「最初で最後の政治小説」なのだそうだ。非常に入り組んだ構成のこの小説の、一方の主題はまさにトルコという国の政治的立ち位置を探ることにあり、読みながらもこのトルコという国の置かれた複雑な情勢に、「こりゃあ大変だ」などと、単純な反応をしてしまうことも確か。一方で渋い恋愛小説という側面もあり、この双方が分離出来ないほどに一体となっている印象でもある。

 トルコという国のことを、それほどまでに興味を持って知ろうとしたこともなかったのだけれども、かつてのオスマン帝国の解体後、「トルコ共和国」としての独立への道へ導いたアタチュルクという人物は、この小説の中で描かれるように、「建国の父」のようにとらえられているみたいだ。そのアタチュルクの選んだのは「西欧化路線」らしいけれども、この国の国民の99パーセントはイスラム教徒であり、その「西欧化」ということとイスラム文化というものは対立するところのものである。この小説でも「大きな問題」として取り上げられる「女性はその髪を覆って隠すべきか、覆いを取るべきか」ということに象徴的にあらわされる、「西欧」対「イスラム」という問題になるわけである。さらに、スターリンのソヴィエト連邦が世界に勢力を伸ばす中で、このトルコは、西欧の共産主義への防波堤としての地政学的な位置づけもされるわけで、そんな中で、共産主義へのシンパシーを持っていた人々も、いまだに反体制勢力としての力を持っているようなことが、この作品の中でもあらわされる。たんじゅんにいえばここには西欧と東洋との衝突ということがあるのだけれども、その「西欧」ということには「共産主義」というものも入ってくるから、話はややっこしい。たんじゅんに「保守」、「革新」などという色分けができないのである。

 この小説で主人公とされるKaという詩人は、トルコ人だけれども、いちどはドイツで亡命生活をしていたらしい。それが新聞社の取材という名目で、「自殺する女子学生」についての取材としてトルコ東部のカルスという町にやってくる。実はそのカルスとは、Kaがむかし学生運動を共に闘った同志、美貌のイペッキが住む町であり、Kaは彼女との再会こそを楽しみにしている。Ka自身が高名であることや、取材目的ということもあり、過去の知人をふくめて彼は多くの人々と出会うことになる。イスラム原理主義者のリーダー的存在の「紺青」や、宗教学校の若い学生らとも会う。雪の降りしきる季節、カルスの町から外への道は交通不能となり、そんなときに町ではクーデターが勃発する。一方で「革命」と呼ばれるこのクーデター、わたしなどの感覚ではこれは左派によるものとか右派によるものとか、かんたんに割り切れるものではない。ある意味でイスラム原理主義者こそが革命勢力、反体制の先頭を切る過激派であり、西欧主義が保守ということでもある。ここに古いマルクス主義者みたいなのがからむから、情勢は日本人の常識でははかりがたいところがある。そう、これが中東の不可解さなのだろうか。
 先に書いたように、この作品は一面で娯楽小説(恋愛小説)的なところもあり、そういうところでは、そんなトルコの情勢を深く理解し得なくても楽しめるところもあるし、それでも、「そういうこともあるのか」と、何とはなしに了解してしまうところもある。

 小説の構成が面白く、ずっとKaを主人公として三人称で書かれていく作品なのだけれども、とちゅうで突然に「わたし」として作者のオルハン・パムクが登場し、パムクはこのKaのことを知る友人という設定になる。実はKaはすでに死んでいて、パムクはそのKaがトルコのそのカルスという町でどのような体験をしたのか、ということを追体験しに来ているようである。詩人であるKaは、そのカルスの町で詩人としての霊感を得、19篇の詩を書いているはずなのである。パムクはその詩の書かれているはずの、緑色のノートを探す。

 読んだ感じ、いろいろな読み方が出来るのだろうけれども、このKaという男は「卑劣漢」である、というのがわたしの感想である。彼の「どっちつかず」の行動はとても弁護され得るものではなく、彼の行動のせいで死ななくてもよかった人物も死ぬことになる。彼はまさに、西欧とイスラムとの間で卑怯な動き方をしたと思うが、どうなのだろうか。一方で彼の「恋愛」がどうなるか、ということもこの作品のメインではあるけれども、その結末までここで書いてしまっては「勇み足」になるだろう。

 オルハン・パムクには、ほかに「わたしの名は紅」という非常に売れた「歴史ミステリー」があり、歴史ミステリーというとそれは「薔薇の名前」みたいなのかな?という感じで、なんだかとっても面白そうだ。地元の図書館にあるようなので、こんどぜひ、読んでみたいと思っている。


 

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■ 2016-12-20(Tue)

 このところ、夢をみていることが多いのだけれども、目覚めてすぐにメモを取ったりしていないので、みんな忘れ去られてしまう。今年もあと十日あまりになってしまった。忘れ去られることは忘れ去られるがいい。それがこの年ということだろう。

 昨日につづいて今日も休息日。何だかこの頃、理由のない悔悟感というようなものがついてまわる気がする。別に何を失敗したとか、イヤなことをやってしまったとか、そういうことはまるでないのだけれども、感覚として常に何かを悔やむ気もちになる。これはどういうことなんだろう。はたして、無意識に自分の人生全体を悔やんでいるのだろうか。わからない。


[]「曽根崎心中」(1978) 近松門左衛門:原作 増村保造:監督 「曽根崎心中」(1978)   近松門左衛門:原作 増村保造:監督を含むブックマーク

 お初を梶芽衣子、徳兵衛を宇崎竜童が演じている。お初を演じる梶芽衣子は堂々としたもので、これは「さすが」というところであろうか。一方の宇崎竜童はやはり、俳優としてはしろうとと見えてしまうのだけれども、その朴訥さというものが、徳兵衛という男の善人ぶり、一途さをあらわすようでもあり、いちがいにミスキャストともいい切れないと思った。一方で、この作品いちばんの悪役、九平次を演じる橋本功、この人はもうほんっとうに憎たらしく、おまけに容貌も文楽の悪役のかしらにそっくりなわけで、この人の存在がこの映画をみごとに成り立たせている思いがする。まさに、「助演男優賞」クラスの名演でしょうか。

 その展開の中で九平次の悪事、企みが露見してしまうというのは、文楽の公演では描かれない点で(文楽のこの作品、いたってシンプルにふたりの心中へと直進するだけといっていい)、それは歌舞伎版で書き加えられて上演されるものらしい。そのあたり、このあらゆる演劇の登場人物でも希代の悪役ともみえるこの九平次という存在、こらしめずに終わらせてなるものかというような、いわば観客の要望のようなものを盛り込んだ展開ということもできるだろうけれども、わたしとしては、お初、徳兵衛のふたりの、死へと向かう意志というようなものさえ強固に描かれていれば、なければないで大丈夫だと思うところのもの。

 そういう意味でこの映画、お初、徳兵衛のふたりの情念の結びつきがちょっと弱いような気がする。これは梶芽衣子のお初の劇中での印象的な心情吐露はあって、増村監督らしくも、女性であるお初の側の情念というものはしっかり描かれているように思うのだけれども、やはりここは徳兵衛。どうもただ情況にひきずられ、成り行きのままに死へと向かって行かざるを得なかったようにみえてしまう。これはやはり演じた宇崎竜童の力不足、ということがあるのかもしれない。
 それとやはり、気になるのは、いわゆる「濡れ場」というものがなかったことで、そういうシーンがあったならばもっとしっかりと、ふたりの結び付きを描けたのではないかと思う。いや、ここも宇崎竜童の演技力ゆえに、そういう濡れ場シーンを撮るということを、あえてしなかったのではないか。そういう邪推をしてしまう。

 観終わって考えると、わたしとしてはやはり、これは文楽の様式美の方にこそ一日の長があったようには感じてしまうのだった。


 

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■ 2016-12-19(Mon)

 昨日一昨日と東京に出かけたけれども、明後日はまた国分寺のクリニックへ行く。今日はその間にはさまれた休息日というか、家で一日ニェネントと過ごした。昼前に、そのニェネントが和室の机の上のお立ち台から急にリヴィングへ走り出し、窓の前でジャンプしたりし始めた。みていて、「あ、外にネコが来ているのかも」と、ニェネントのそばへ行ってそっと外をのぞいてみると、黒白のブチのあまり大きくないネコがいた。「写真を撮れるかな」とカメラを取りに行って、戻ってもまだベランダに居たので、ついに写真におさめることが出来た。

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 大きさからして、まだ六ヶ月ぐらいだろうか。眼の色が黄色なのが印象的で、これはニェネントのお母さんのミイと同じ眼の色だ。黒白のブチというのもミイと同じだし、野良ネコの中にまだ、ミイの系譜が脈々と残っているのだろうか。そうだとすると、この外のネコとニェネントとは血がつながっていることにもなる。いや、ひょっとしたら、ニェネントがウチで育てた四匹のネコがそのまま成長して大きくなり、その子孫がこのネコだということもありうる。このネコ、なんとか部屋に招き入れることが出来るといいと思うけれども、そのためには窓を開けたままにしておかなければならないだろうし、そうするとニェネントが外に出るのも自由になってしまう。以前、一時期はニェネントが外に出てもいいか、と思っていたこともあったけれども、今はそう考えるのはむずかしい。それに寒いし。ただ、ベランダに皿を出し、ネコエサを出してあげておいた。
 このあたりには少なくとももう一匹、茶色の野良がいることはわかっているし、こうやって辺りの野良ネコ皆に餌付けしてあげるつもりもないのだけれども、今日みたネコはやはり、ちょっとかわいいのである。


 

[]「夜と霧」(1955) アラン・レネ:監督 「夜と霧」(1955)   アラン・レネ:監督を含むブックマーク

 地元の図書館のおかげで、ついに「夜と霧」を観ることができた。大戦が終結して十年後の、廃墟となったユダヤ人強制収容所の跡地をとらえたカラー映像と、大戦中のモノクロ記録フィルムとを交互に編集し、そこにナレーションが流されるという作品。もちろん当然、ナチスのホロコーストを弾劾する作品なのだけれども、その語り口は静かである。その静かさは、カラー映像の、緑の草の生い茂る廃墟の、人の姿もない静かさに対応するものに思える。
 その廃墟はつまり、人類の<負>のモニュメントなわけで、映画はそのような<負>の歴史を、「人類が忘れてはいけない忌まわしい遺産」として描いていると思う。そこに生える緑の草は、ユダヤの人々の血を糧にして育ったものではないのか。この映画作成の時点でまだ残っている収容所の残骸は、おそらくはその後、このような形では残っていないのではないか。これを調べてみると、現在ではナチスの残虐行為をしらしめる博物館として残され、「世界遺産」として登録されているらしい。つまりおそらくは土地も整備され、博物館として誰もが訪れることができるかたちに改修されているのだろう。そういう意味では、まるで「廃墟」という外観を示す、この映像の記録はまた貴重なものであるのではないのか。まさに「廃墟」という外観を示すカラー映像に対比されるように、モノクロの残虐な記録映像が挿入される。
 おそらく、この廃墟を撮影したスタッフが体験したことがらというものは、まさに魂がふるえるような体験ではなかっただろうか。そのスタッフの「体験」とは何か。そのことを観客に伝えるためにこそ、このカラー映像はあるのだと思う。その映像の奥に、観るものの魂がふるえてしまうような、恐ろしい事実が横たわっている。そのことを伝えるために、戦時中のモノクロ映像が補足的に挿入されている。このカメラの移動の仕方、その移動速度、そのようなことがらの中に、観るものが受け止めなければならないものが横たわっている。

 その、カラー映像の部分の撮影は、なんと、サッシャ・ヴィエルニと、ギスラン・クロケという、その後のフランス映画の傑作にかかわり続けた撮影監督なのだった。二人とも、この「夜と霧」の撮影が、彼らのその後のキャリアのスタート地点にあるようで、ここでもう一人、この作品からスタートしたともいえるのが、監督のアラン・レネでもあるだろう。このカメラマン二人、そして監督と、彼らがこのユダヤ人強制収容所の跡地を訪れたことから得たものがいかほどのものであったか、わたしなどは想像する以上のことはできないのだけれども、それは想像以上に大きな体験ではあったのではないのか。
 そう、ここでの音楽はハンス・アイスラーが担当している。彼はナチスの台頭でアメリカに亡命し、生き残ることのできたユダヤ人であり、この映像に思うところは並ならぬものがあっただろう。しかし、この作品での彼の音楽は、意外なまでにオーソドックスな音楽との印象を受ける。まあわたしの知っているアイスラーの音楽は、戦前のブレヒトとの共同作業時代のものにすぎないから、ここでわたしが音楽についてどうこういうことなど出来ないのだけれども。


 

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■ 2016-12-18(Sun)

 昨日に連続して、今日もまた東京に演劇を観に行く。それで実はわたしはこの日の公演、午後三時から始まるのだとばかり思い込んでいた。それでもいちおう、昨日と同じ時間に家を出てもいいな、早く到着したら到着したでまた本屋でも覗いて時間をつぶせばいいと思っていた。昨日買ったセーターを着て、「あ、これは暖かそうだ」とか思いながら、「やっぱりのんびりと出発することにしようか」と考えたのだけれども、「いちおう」と思って、ネットで今日の公演のことを調べてみた。するとなんと、開演は午後一時なのだった。今すぐに出かければなんとか開演時間には間に合うようだけれども、昼食の時間とかは取れない。それはそれで仕方がないかと、とにかくは大急ぎで身支度をして出発した。先週のダンス公演でも道に迷って遅刻するし、なんだかこのところ、こういう考えられないミステイクばかりやらかしている。新宿には十二時十五分に到着し、急いで都営新宿線に乗り換え、十二時四十五分ぐらいに森下に到着した。なんとか間に合ってほっとする。

 スタジオ前に貼り出されていたこの日のスケジュールをみると、本チャンの演劇は一時間十分ぐらいのもので、二時十分にはもう終わるみたい。そしてそのあと、三時半から六時までの予定で、主催する「アジア女性舞台芸術会議」のシンポジウムが行なわれるみたいだ。わたしは実はそのシンポジウムをちょっと聴いてみようかとも思っていたのだけれども、二時十分に劇が終わって、そのあとシンポジウムのはじまる三時半まで時間をつぶすのがかったるいし、そのシンポジウム自体が二時間半もつづくというのも疲れそう。これはパスさせていただこうか、という考えになった。「それならばまだ、劇の終わった時点でどこかよそに移動して、映画を観るとか何とか出来そうだ」などと考える。そう、たしか上野の西洋美術館で「クラーナハ展」がまだやっているはずで、森下から上野までは近いものだし、先日Facebookでの知人の書き込みで、そんなに混み合ってはいないという情報も得ている。そうだ、「クラーナハ」を観に行こう!と、決定する。

 さて、舞台も終了し、大江戸線で御徒町に行き、そこから上野公園まで歩く。年の瀬には大混雑する御徒町周辺だけれども、まだそんなに人があふれているという感じでもなかった。上野公園も同じく、日曜日にしては人出の少ない方ではないかと思ったし、その「クラーナハ展」の西洋美術館に着いても行列が出来ているわけでもなく、たしかにこれなら館内もそんなに混んではいないだろうと思った。

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 入場券を買うときこそ若干の行列があったけれども、館内に入るとたしかにそれほどの人ではない。あまりに人がいなくって寂しいというようなことはないけれども、それなりに人がいて、そんな中で自分のペースで作品を観て歩ける、快適な美術鑑賞になるようだ。それとですね、ひとりで観てらっしゃるような若い女性客の方々が皆美しく、ついついそっちの方にも気を取られてしまうという、たしかに「誘惑」されてしまうような、素敵な展覧会ではありました。
 展示を観終えてミュージアムショップをのぞいてみると、今回の目玉の作品「ホロフェルネスの首を持つユディト」のTシャツ、そしてトートバッグが売られていた。う〜ん、このTシャツを着て、このトートバッグを持ってお出かけするには、並ならぬ勇気が必要だろうと思う。

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 時間はもう五時。美術館から外に出ると空は夕暮れをすぎた薄明。雲ひとつない深い青の空に、ちょうど正面の東京文化会館の真上に、ひとつだけ明るい星が輝いているのがみえた。「宵の明星」であろう。持っていたデジカメで撮ってみたら、うまい具合に撮影することが出来た。このクリスマスシーズンでわたしの見た、いちばん美しいイルミネーションだった。

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 今日もまた、ターミナル駅で下車して、値引きされた弁当を買って帰ったのだけれども、ローカル線の出発時刻が迫っていたので、あまりよく見ないで「こんなのでいいや」と急いで買ってしまい、帰宅して出してみると「こんなのを買ってしまったのか」という感じで、あまり食べたい種類のものではなかった。急いだので、今日はニェネントくんへのごほうびはなし。でも、お留守番ありがとう。


 

[]第2回 アジア女性舞台芸術会議 国際共同製作 第1弾 日本×マレーシア「ファミリー」リャオ・プェイティン:原作 高井浩子:脚色・演出 矢内原美邦:振付 @森下・森下スタジオ Cスタジオ 第2回 アジア女性舞台芸術会議 国際共同製作 第1弾 日本×マレーシア「ファミリー」リャオ・プェイティン:原作 高井浩子:脚色・演出 矢内原美邦:振付 @森下・森下スタジオ Cスタジオを含むブックマーク

 中国福建省出身の女性がシンガポールへ移住して、極貧から抜け出そうと屋台の店から始め、ついには大企業を経営するに到るという話を、死の床にあるその女性の姿から回想し、そこに日本のごく普通(磯野さんという)の家庭の日常風景がはさみこまれる。舞台転換には矢内原さん振付のダンスorパフォーマンスが。

 実のところ、演劇として既視感があるというか、「こういうものだろう」という想像を越えるものではなかった気がする。つまり、観ていて刺激を受けなかったということでもある。矢内原さんの振付にしてもだいたいが「きっとこうやるだろう」という通りのものだったし、つまりはオリジナルの作品をリスペクトするあまり、それを壊してしまおうというような演出姿勢がみられなかったというか。こういうあたり、「国際共同製作」というものの陥る「罠」があったのでは、と思うのであった。


 

[]「クラーナハ 五百年後の誘惑」@上野・国立西洋美術館 「クラーナハ 五百年後の誘惑」@上野・国立西洋美術館を含むブックマーク

 全体が六部で構成された展示で、その構成がとてもうまくいっていた展覧会だと思った。その六部の表題は以下の通り。

  1.蛇の紋章とともに―宮廷画家としてのクラーナハ
  2.時代の相貌―肖像画家としてのクラーナハ
  3.グラフィズムの実験―版画家としてのクラーナハ
  4.時を超えるアンビヴァレンス―裸体表現の諸相
  5.誘惑する絵―「女のちから」というテーマ系
  6.宗教改革の「顔」たち―ルターを超えて

 さいしょ、展示を観始めて、とにかくはクラーナハの作品はそれほどまでに多くは来ていないようでもあったし、解説を読むと、クラーナハはとにかく早描きで有名だったらしい。大規模な工房を持ち、その生涯に何千点もの作品を残しているらしいのである。それはつまり、こってりと描き込んだ作品というのではなく、ちゃっちゃっと構図を決めて、顔の部分とか、まさに「作家の顔」になる部分だけクラーナハが描いて、あとは工房の連中にまかせるという感じのことを想像して、「これはあんまり期待しない方がいいかな」と思ってしまったのは確か。特にさいしょのセクションに展示されていた「聖カタリナの殉教」など、まさにそんな工房製作絵画の欠点ばかりが目立つような作品で、「う〜む」という感じになってしまったのだけれども、これが、先を観て行くにつれて、だんだんにクラーナハの世界に引き込まれて行くことになってしまった。まさに「五百年後の誘惑」である。

 まずは、肖像画のセクションがよかった。これはこれ以降のリアリズム描写とはたしかに違うのだけれども、光と影の中にモデル像を際立たせるというのではなく、まさにそのモデルになった人物の個性をこそ際立たせようとする、素晴らしい観察眼を感じさせられる。特にその肖像のバックに配された、セルリアン・ブルーの色彩の美しさに惹かれ、このあたりから、わたしはクラーナハのファンになり始めていた。

 「版画作品」はまあアレとして(それでも興味深かったけれども)、やはり次の「裸体表現」セクションが圧巻だった。クラーナハといえば「裸婦」、というぐらいのものなわけだけれども、ここでの解説をあわせて作品を観ると、これが西欧美術で初めて、「ヌード」ということこそを主題とした、いわば「ピンナップ」的な作品として登場したことを知ると、美術の中での「エロティシズム」表現の歴史の中で、このクラーナハという作家が無視することの出来ない重要性を持つことになるように思える。小さな作品しか来ていなかったのが残念だけれども(どれもこのくらいの大きさなのだろうか)、クラーナハの魅力を伺い知ることに不足はなかったと思う。
 そしてこのセクションには近代〜現代の作家がクラーナハにインスピレーションを受けて制作した作品も展示されていて、これがとても興味深かった。ピカソがまさにクラーナハの影響で描いた作品とかは「むべなるかな」というところなのだけれども、こんなところでデュシャンの「花嫁」のエッチングにお目にかかるとは思ってもみなかった。そして、レイラ・パズーキという現代作家による、「クラーナハの<正義の寓意>によるコンペティション」という作品がとってもユニークな問題定義で、興味深かった。これは現在世界の複製絵画制作の半数以上のシェアを持つという、中国の大芬油画村というところの工房の画家(画工)に、そのクラーナハの「正義の寓意」の複製を、「6時間」という制限の上で描かせたもの。ぜんぶで95点の作品が美術館の一室の壁面いっぱいに展示されているのだけれども、クラーナハ自身が工房を率いて同じ構図の作品を大量に生産していたことと合わせて、「絵画のオリジナル性」、「複製制作の意味」など、考えさせられることはいろいろ。めっちゃへたくそな複製もあるし、「お、うまいじゃん」というようなのもあって、じっくり観てみても面白そうであった。
 次のセクションに、まさにこの展覧会の白眉といえるだろう作品、「ホロフェルネスの首を持つユディト」が展示されていた。やはりこの作品はすばらしい。観終える頃には、わたしはすっかりクラーナハの作品に魅せられてしまっていた。まだ来年、一月中頃まで展覧会はつづくので、機会があればもういちど観てもいいと思っている。

 さて、この展覧会を主催するTBSは、今回多くの作品を借り受けた「ウィーン美術史美術館」と十年のパートナーシップを締結していて、このクラーナハ展がそのさいしょの成果。これから十年のあいだに、さらに二回の展覧会を行なうという。さてさて、はたして誰の展覧会になるのだろうか。楽しみである。ちょっとその「ウィーン美術史美術館」を検索してみたら、この美術館、ブリューゲルのコレクションで有名みたいだった。いやしかし、フェルメール並に残された作品の数の少ないブリューゲル、その「ウィーン美術史美術館」といえども、12点所蔵しているだけらしい。それは可能ならば「ブリューゲル展」というものが実現すれば最高だけれども、やはり無理だろうな。


 

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■ 2016-12-17(Sat)

 今日はそういうわけで、久々に「演劇」を観に行く。場所は新宿の「新宿眼科画廊」というところ。前からその名まえは聞いたことがあったけれども、じっさいに行くのはこれがはじめてのことになる。二時の開演に合わせてちょっと早めに家を出て、新宿に到着したのは十二時十五分ぐらい。食事をしてもけっこうまだ時間があるだろうから、ユニクロにでも寄ってみて、いいセーターがあれば買おうかと考える。

 食事はまた日高屋に入り、前に食べておいしかった「肉そば」を、と注文したら、あれは期間限定でもう終了してしまったとのこと。期間限定といっても、いかにも冬らしいメニューだったのに、これから寒くなる今になってなんで終了なんだろうと、ちょっといぶかしく思う。でもないものは仕方がないから、今日はとんこつラーメンを頼んでみた。けっこうおいしかった。
 食事を終えて近くのユニクロへ行き、店内をいろいろと見て歩いたら、ちょうどタートルネックのセーターが安く売られていたので、ベージュ色のを買った。これでわが家のセーターの在庫は一気に二枚も増えたので、もう悩むことなく冬を越せることだろう。

 開演時間も近くなったので、その新宿眼科画廊へと移動。場所はゴールデン街の裏側というか、かつてはわたしもうろちょろしていた一角である。場所もすぐに見つかり、まさに「画廊」として機能しているのであろう地下スペースへ入った。
 狭いスペースにぎっしりと三十席ぐらいの座席が設置されていて、とにかくは狭い。いちど座るともう身動きもできない感じ。前に座る人の背中にひざがあたってしまいそうである。これだけぎっしり詰めての観劇というのも久々というか、ひょっとしたら今までで最高の詰め込み状態かもしれない。おかげで眠くなることもなく、さいごまでしっかりと観ることができたけれども。

 舞台は一時間半弱で終了し、外に出てもまだ三時半。冬の日は短いとはいっても、まだまだ昼間の明るさ。ゆっくりとゴールデン街の中などを歩いてみたりする。もうあんまり記憶にある店もなくなってしまっていて、それはわたしの記憶が薄れてしまったせいなのか、昔の店が閉店してしまったせいなのか、どちらなのかわからない。「しらむれん」という店の前を通り、「そうそう、こういう店があったのだった」と思い出すけれども、はたしてわたしはこの店に入ったことがあるのかどうか、そういうことはまるでわからない。ゴールデン街は今年の春だったか、大きな火事があったけれども、それがどのあたりのことだったのか、わたしにはまるでわからない。

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 帰りにCDでも見てみようと、disk unionとかに立ち寄ってみる。こういう店に寄ってみようと思うようになったのも、わたしの最近の変化だろうか。棚をみていると、「このCD、欲しいな」などというもの当然あるわけで、「どうしようか」と、ちょっと迷ったりもするのだった。

 しかし、もうクリスマスも近いというのに、新宿の街はあまりクリスマスのオーナメントにあふれているわけでもないし、クリスマス・ソングが耳につくわけでもない。ちょっと意外な感じがした。駅のそばの映画館(シネマカリテ)では今はどんな映画をやっているのかな?と映画館の前に行ってみると、ちょうど今、「ヒッチコック/トリュフォー」というドキュメント映画がかかっていて、「これは観たいな」と思った。タイムテーブルをみるとちょうど四時からの回が始まってしまっていて、今はもう四時十五分ぐらい。もうちょっと早くに通りかかっていたら、「おお、ちょうどいい時間だ」と観てしまっていただろうに、ちょっと惜しいことをした。今日はもう帰ろうと、駅の改札をくぐるのだった。帰りはまたターミナル駅で降り、駅ビルのスーパーで値引きされた弁当を買った。店内をぐるっと回ってみると、日本酒の四合瓶(というのだっけ?)で山田錦が半額になって売られていたので、これもいっしょに買って帰った。そう、ニェネントの留守番のごほうびに、まぐろの中落ち(やはり半額)も買って帰った。

 帰宅して、わたしは買ってきた弁当を食べ、ニェネントにはまぐろの中落ちを皿に取ってあげたのだけれども、せっかくの「まぐろ」だというのに、ニェネントはそんなにがっつかないのである。皿に残したままにしたりして、「おいおい」と思うのだけれども、やはりニェネントのいちばん好きなのは「かつお」なのだろうと、あらためて認定した。


 

[]Q「毛美子不毛話」市原佐都子:作・演出 @新宿・新宿眼科画廊 スペース地下 Q「毛美子不毛話」市原佐都子:作・演出 @新宿・新宿眼科画廊 スペース地下を含むブックマーク

 男女ふたりだけが出演の、コントじみた二人芝居。つまりは女性の方は「毛美子」なのだろうけれども、寄り目とか変顔みせてくれたりするし、男性の方は女装もするし、何役もこなす感じ。ふたりとも、いわゆる「怪演」というか、ま、コメディなテイストなのだけれども、つまりはやはり、「不毛話」なのではある。
 夜の路地裏で、「本革のパンプス」が売られていると聞き、その「本革のパンプス」を求める女性の話。その「本革のパンプス」とはつまり、「本当のわたし」ということなのだろうかね。町で売られているのは合皮のパンプスばかりで、そんなパンプスを履くと、かかとから血を流しながら歩くことになる。「今のわたしは、ほんとうの<わたし>ではないのではないのか」ということから、別人格の「わたし」があらわれる。そこからなんというのか、女性の意識の深層にある<性>意識とか、そういうものが、かなりエグいかたちで男性役者に投影されていく。「不毛話」というよりも、その毛美子の「妄想話」という方が適切な気もするけれども、なんというんでしょうか、そういう、女性の抱く<妄想>とはこういうものですよ、というものを覗き見させていただいた感じもする。
 <世界>とは、見た通りの素直なものではなく、見る人の内面で幾層ものレイヤーを構成しているものだろう。そういう、幾層ものレイヤーを垣間見せてくれた舞台として、面白くみることが出来た。Qの次回作は来年九月、こんどは女優さんひとりでの一人芝居ということらしい。やはり観に行きたいと思う。


 

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■ 2016-12-16(Fri) このエントリーを含むブックマーク

 昨日「しまむら」で買ったセーターはいい感じで、防寒に役立ってくれそう。900円で安い買い物だったと思う。明日はまた東京に行く予定なので、「ユニクロ」にでも寄って、また冬用のセーターをみてみたいと思っている。それで、この冬は万全ということになるだろう。

 今日はいくつかやることがある。メインは内科医への通院なのだけれども、そのついでに市役所に寄り、「自立支援医療」について確認しておくことがある。それと、図書館に寄って、前に読んで「これはわたしの症状と同じだ」と思ったことの書かれていた「奪われた記憶」という本をまた借りて、その部分をコピーして今のクリニックに提出したいと思っているのである。

 気温は低いようだけれども、昨日買ったセーターで防寒はばっちり。まずは内科医へ。先日国分寺のクリニックで受けた血液検査の結果を持って行ったのだけれども、γーGDPだかの値が高すぎるといわれ(このことは国分寺のクリニックでもいわれた)、「お酒は控えましょう」ということだった。いわれてしまっては仕方がない。
 病院の帰り、まずは図書館へ行き、その「奪われた記憶」をふたたび借りる。同じ棚にあった「物忘れの心理学」という本も借りてみた。新しく入荷したDVDとかないだろうかと、DVDの棚をみてみると、しばらく来なかったあいだに新しいものがいろいろと入っているようだった。ここでアラン・レネの「夜と霧」をみつけ、「これは観なければ」と、喜んでいっしょに借りた。地元図書館、グッドジョブである。
 次の行き先は市役所。実はこんど、通っている国分寺のクリニックの紹介で、小平にある「国立精神・神経医療研究センター病院」というところに、MRI検査などを受けに行くことになるのだけれども、そのときに、今はその国分寺のクリニックを「自立支援医療」の指定病院にしてあるのを、その一回限り「国立精神・神経医療研究センター病院」の方に書き換えることが可能かどうかということを確かめておくのである。窓口の人にそういうことで聞いてみると、「可能だ」という返事をもらい、もんだいはかんたんに解決した。


 

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■ 2016-12-15(Thu)

 沖縄で、例のオスプレイ機が海辺に墜落して大破するという事故が起きたのだけれども、日本での報道が「墜落」ではなくて「不時着」と表現し、まともな人たちはおどろきあきれている。日本の「報道の自由」度が急降下しているわけである。

 ニェネントのネコ缶が残り少なくなったし、自分のセーターも買おうと思って、ホームセンターと「しまむら」へと出かけた。
 「しまむら」のすぐ裏手には川が流れていて、その川辺にときどき思いがけない渡り鳥が来ているのだけれども、今日はシラサギが七、八羽、右岸と左岸に別れて岸辺で羽根を休めていた。こういうこともあろうかとデジカメを持ってきていたので、写真を撮ろうとしたのだけれども、ちょっと距離が遠すぎる。歩道から川べりまで降りてみたけれども、まだ遠い。目の前の川は砂利と泥の浅瀬になっていて、そこに足を踏み入れることも出来そうにみえた。「近くからシラサギを見たいな」という気もちが勝り、泥の中に足を踏み入れてみた。‥‥ちょっと予測していたのだけれども、わたしの足はどんどんと泥の中に沈み始めた。最悪の事態。とにかく、靴の半分は泥の中。よくぞそこで沈下がストップしてくれたものだと思う。あわてて、足元を落ち着かせながら岸辺に戻った。あやうく、ヒドい事態に陥りそうだった。こんなバカなことはもうしないようにしよう。

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 それでまずは「しまむら」でセーターを物色。ちょっといいセーターは2900円もする。たしかにいいのだけれども、2900円も出すのなら、ユニクロとかに行けばもっとおしゃれなのが買えそうだと思う。ここは「とりあえず」ということにしようと、900円のセーターを買った。価格差は大きいが、そんなに悪くない。単に素材のアクリルの割合の問題である。
 つぎにホームセンターへ。ネコ缶売り場へ行くと、ちょうどいい具合に、いつも買っているネコ缶が特価割引中だった。ニェネント喜べ。わたしの財布の負担も軽かったぞ。


 

[]「トゥルー・グリット」(2010) ジョエル・コーエン/イーサン・コーエン:監督 「トゥルー・グリット」(2010)   ジョエル・コーエン/イーサン・コーエン:監督を含むブックマーク

 この映画もかつて観ている。原作はアメリカでずいぶんと読まれているものらしく、ジョン・ウェイン主演の「勇気ある追跡」も同じ原作。この「勇気ある追跡」で、ジョン・ウェインはついについに、アカデミー主演男優賞をゲットしたわけである(わたしはこの映画は観ていないだろうと思っていたら、四年前ぐらいにちゃんと観ていたようである)。このコーエン兄弟版もまた大ヒットしたらしく、コーエン兄弟作品ではいちばんのヒット作、歴代西部劇としても「ダンス・ウィズ・ウルブス」に次いで歴代二位ということらしい(wikipediaによる)。

 少女マティ・ロス(ヘイリー・スタインフェルド)が、親のかたきを討つという「復讐」のために、飲んだくれの連邦保安官ルースター・コグバーン(ジェフ・ブリッジス)に金を払ってつまりは雇い、二人して先住民居住地に逃げ込んだという犯人のトム・チェイニー(ジョシュ・ブローリン)を追う。ここに同じくチェイニーを追うテキサス・レンジャーのラビーフ(マット・ディモン)も加わるのだが。

 とにかくは「復讐」に向けて、14歳の少女がアル中オヤジを雇い、直進して行くという展開、どうもコーエン兄弟っぽくないというか、ジェフ・ブリッジスのキャラに頼りすぎているようにも思えた。西部劇らしくもなく雪も降る、その寒々とした空気感はコーエン兄弟っぽいのかなとも思うけれども、物語の展開がまっすぐすぎる気がする。それが、もう映画も終盤になって、少女が復讐を果たすと同時に深い穴に墜落するところから、突然に映画はそれまでとまるで異なる表情をみせるというか、非現実世界への入り口をのぞかせてくれる気がした。ここから映画が終わるまではもうあと一息なのだけれども、この部分があまりにも面白いというか、まさにここにコーエン兄弟の映画があるという感じがした。ここに到るまでの長い長い序章、そしてこの異次元への飛躍、そういうところにこの作品のとてつもない魅力があると、わたしは感じた。


 

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■ 2016-12-14(Wed)

 今週末は寒くなるという。今、厳冬期に着ているセーターは一枚だけ。シャツの上に重ね着してしのいでいるけれども、そのセーターがもうボロボロになっている。脇の下に大きな穴が明いてしまっていて、ふだんはそのセーターの上からジャケットとか羽織るから見られることはないけれども、何かあると人前にそんなボロボロ状態をさらしてしまわないとも限らない。以前重宝していた古着屋がまだあれば、安くていいセーターを調達出来たんだろうけれども、あの古着屋がなくなってからは不便している。しかし、もう新しいセーターはいいかげん調達しなければならないだろう。このあたりだと「しまむら」に買いに行くのがいちばん、みたいだ。近いうちに行ってみようと思う。

 先日買った「かつおのたたき」、昨夜ニェネントに出してあげるのを忘れてしまっていたので、まだ冷蔵庫に残っていた。いいかげん鮮度は落ちてしまったけれども、ニェネントはあんまし気にしないだろう。出してあげるとすぐに食べてしまった。
 出してあげるとき、まずはテーブルの上のニェネントの届くところに置いてあげるのだけれども、するとニェネントは前足を出してきて爪先でかつおをひっかき、その爪先をなめて味見をする。それで「これはおいしい」と確認するのだろうか、次にかつおを爪にひっかけて、床に引きずり落とす。そうやって床に落ちたかつおにかぶりつくのだけれども、かぶりつくときに顔を横にして、口の横の部分でかつおにかぶりつく。決して口の正面で、まっすぐにかぶりついたりはしない。これはかつおが柔らかいので、牙を立てて噛み切る必要がないからだろうか。横の歯だけでじゅうぶんに肉を噛み切ることができるのだろうし、その分いちどにたくさん口にふくむこともできるからではないかと思う。


 

[]「天井桟敷の人々」(1945) マルセル・カルネ:監督 「天井桟敷の人々」(1945)   マルセル・カルネ:監督を含むブックマーク

 この日記で検索すると、少なくとも二回は自宅で観ているし、わたしのおぼろげな記憶ではどこかの映画館のオールナイト上映でも観ているように思うのだけれども、とにかくは、たいていのことは忘れてしまっていることに変わりはない。

 さて、初めて観るような気もちで観始めて‥‥。つまりは十九世紀末の、パリの芸人たちをめぐる物語。ガランス(アルレッティ)という芸人あがりの魅力的な女性をめぐって、フレデリック・ルメートル(ピエール・ブラッスール)という女たらしの役者と、バチスト(ジャン=ルイ・バロー)という純情なパントマイム役者との三角関係だけれども、ガランスの心はバチストにある。さいしょの一夜にうまく心を伝えられなかったバチストの悲しみ。さらにガランスの魅力にとらえられたモントレー伯爵という存在が登場し、財力でガランスをわがものにする。ここに、すべてをぶちこわしてしまうようなピエール・ラスネールという悪党もからんで、まさにすべては崩壊して行く。

 脚本はジャック・プレヴェール。この人はシュルレアリスム勃興時にパリでシュルレアリストらと親交を持ち、シュルレアリスムにも接近した人だけれども、その心はもっと大衆に接近したものだったようだ。この「天井桟敷の人々」でも、「金はないけれども心は自由だ」という芸人へのシンパシーを見せ、モントレー伯に囚われるガランスの姿に、当時のヴィシー政権下のフランスを重ねてみているようではある。そこで、みていると、ピエール・ラスネールという存在のことが気にかかってしまうのだけれども、この人物は実在の人物でもあり、じっさいにこの映画で描かれるように偽悪人というのか、そういう存在だったようだ。

 なぜバチストの愛は実ることがなかったのか。バチストのせいでもなく、ガランスのせいでもなく、その情況の中で押しつぶされて行く「愛」というものを描いたことに、この作品の普遍性があるのではないかと思う。
 あらためて書くまでもないが、ジャン=ルイ・バローのパントマイムのすばらしさもまた、特筆されるべきものだと思う。


 

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■ 2016-12-13(Tue)

 おとといBさんCさんと話をしていて、おふたりから「あんたなら、<Q>という劇団が好きそうだ」といわれた。最近の劇団のことなどまったく疎くなってしまったわたしだし、このところは「もう演劇というのも観てもわからないし、これから観る機会も減って行くだろうな」などと思っていたわけだけれども、「そんなに薦められるのならちょっと観てみようかな」などと思ってしまうわけで、とにかくは「どんな劇団なんだろう」と検索してみた。するとわかったのは、主宰者の市原佐都子という人は小説も書き始めていて、「すばる」にその作品が掲載されたりしているらしい。そうするとどうも本谷有希子のこととかを思い出してしまうのだけれども、やはり何となく面白そうである。そして、まさに今週末から、その「Q」の公演が新宿で行なわれるということもわかった。今度の日曜日はやはり東京に出て、日本とマレーシアとの国際共同製作の演劇を観ることにしているのだけれども(これはDさんのお誘い)、土曜日は空いているので、土曜日にその「Q」を観て、二日連続の「演劇鑑賞」ということにしてみようか、と思う。この週末で、「はたしてわたしはもう演劇について行けなくなってしまっているのかどうか?」ということが、はっきりするのかもしれない。

 今日は朝から、天気予報どおりに雨が降っていた。そんなに強い雨ではなく、雨のおかげであまり寒さも強くない気がした。しごとをしていて、手の空いたときに外に出て、水たまりに降る雨をぼんやり見たりしていた。水たまりに落ちてきた雨粒はそこで小さな水滴になって水面にはねあがり、その水滴は水面に落ちたあともしばらくは白い水玉のままで、風に乗って水面をすべって行くのが見えた。同じ水同士なのに、そうやって表面張力のせいなのか、ひとつにならずにしばらくは分離しているというのが面白く、しばらく水たまりの水面を見ていた。

 雨は午前中でやんで、日が射す天気になった。「かつおのたたき」がまだ残っているのを思い出し、ニェネントに切って皿に出してあげた。まだ残っているので、夕食のときにまたあげよう。今回のかつおのたたきは、ほとんど全部ニェネントにあげることになる。


 

[]「荒野の決闘」(1946) ジョン・フォード:監督 「荒野の決闘」(1946)   ジョン・フォード:監督を含むブックマーク

 これはずいぶん昔に観た作品だと思うので、逆に最近観た作品などよりも記憶が残っていた。ドク・ホリデーを演じるヴィクター・マチュアが咳き込んで、白いハンカチを口にあてるシーン、ヘンリー・フォンダが町の集会でダンスを踊るシーン、そしてラストにヘンリー・フォンダが、クレメンタインに「クレメンタイン、いい名前です」というシーン(この記憶はちょっと間違っていたけれども)など、ストーリーではなくって視覚的なイメージとしての記憶。ストーリー的なところではまるで記憶していない。

 この映画、「やっぱり、ジョン・フォードって偉大な監督なんだなあ」と、あらためて再認識させられた。どの場面も絵になる美しさだし、アープ兄弟とクラントン一家との対決というメイン・ストーリーに、ドク・ホリデーをめぐっての二人の女性との展開をからめ、さらにトゥームストーンという町の空気感というものもしっかりと描き出す。みごとなものだと思った。

 原題は「My Darling Clementine」だけれども、そのクレメンタイン嬢は、ワイアット・アープ(ヘンリー・フォンダ)にとっては「好きだけれども、自分とは決していっしょにはなれない女性だろう」というか、ちょっと初心(うぶ)な恋心を抱かせる女性で、ドラマの中ではワイアット・アープと微妙な距離がある。それはクレメンタイン嬢がドク・ホリデーを追ってきた女性、ということにもよるけれども、そういう人間ドラマとしてはそのドクとクレメンタイン、そして酒場の歌手のチワワ(リンダ・ダーネル)との三角関係めいた関係の方が濃厚である。というか、映画としてはチワワという女性の方がずっと印象に残るわけである。
 当初のドクの登場の仕方が悪役めいたところもあって、「これはワイアット・アープとドクとの決闘という展開?」などと思ってしまったのだけれども、ドクは撃たれたチワワを手術で救おうとすることなどで、人間性を取り戻すようである。それでもちゃんと、ドクとワイアット・アープとが撃ち合いをするシーンも用意されていたりするし、そのドクが駅馬車の護衛として駅馬車を全速で走らせる、いかにもジョン・フォードらしいシーンもある。

 いかにも西部劇という撃ち合いも描きながらも、人間劇としてのドラマをたっぷりとみせ、西部ののどかな一面もきっちり描いたこの作品、わたしは大好きな作品である。


 

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■ 2016-12-12(Mon) このエントリーを含むブックマーク

 昨日は久々に終電で帰宅。
 ニェネントにせっかく買ってあげていた「かつおのたたき」をあげるのを忘れていたので、今朝になって出してあげた。やはりニェネントはかつおが好きなのだろう。ほかの食べものとはがっつき方がちがう。出してあげた分をあっという間に食べてしまったので、あとの残りはまた明日。
 いいかげん遅い時間になったので、わたしも早く寝ようと、着替えをしてベッドに横になると、すぐにニェネントが跳び上がってきて、わたしの腹の上に乗っかってきた。普段はベッドに上がってきても、わたしの脇にすり寄るようにしていっしょに寝るのが普通で、こうやってわたしのからだの上に乗ってくるなどというのは、とっても珍しいことである。うれしいことでもあるのだけれども、さすがにちょっと重たいというか、眠ろうとする妨げではある。ニェネントを払いのけるのは簡単だけれども、こんなことはめったにないことなので、ニェネントの好きにさせてあげたい。なんとかニェネントが上に乗っていることを気にしないで眠れるようにつとめるのだけれども、しばらくは眠れなかった。いつの間にか眠ってしまったようだけれども。

 実は一昨日までは胃の調子が悪く、「あまり酒とか飲まない方がいいだろう」と思っていたのだけれども、昨日横浜でけっこう酒を飲んで、今朝目覚めてみると、すっかり胃の調子が良くなっているのでおどろいた。これはひょっとしたら、昨夜ニェネントがわたしの腹の上に乗っかってきて、なおしてくれたのではないのかと思う。きっとそうだ。そうにちがいない。

 昨日は遅くまで寝られなかったので、今日しごとにちゃんと出られるか心配だった。明日はしごとも非番の休みなので、今日さえちょっとがんばればいい。そう思っていたけれども、問題なくいつも通りに仕事をこなすことができた。ただ、帰宅したあとはやはりダメで、午前中から昼食もとらずに寝てしまい、夕方暗くなるまでずっと寝ていた。それからも食事をすませるとすぐに寝てしまい、今日は15〜6時間は寝ていたのではないかと思う。ニェネントとあまりかわらない。


 

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■ 2016-12-11(Sun)

 今日は久しぶりに舞台を観る。横浜での岡田智代さんのダンス公演で、福留麻里さんも共演。昼公演なので、時間のことを気にせずに観ることができる。公演場所はまるで知らないところで、たどり着けないのではないかという不安もあったけど、行ってみればなんとかなるだろうと、簡単に地図を書き写して出発する。
 昼食はとちゅう横浜駅で下車したときに食べようと思っていたのだけれども、じっさいに横浜に到着し、ジョイナスの地下の食堂街へ行ってみると、どの店の前でも順番待ちの列が出来ていた。「前に横浜に来たときもこんな体験をしたんじゃなかったか」という気がしたけれども、記憶力がおとろえると、こういうところでも困ったことになってしまう。けっきょく外に出て、吉野家で牛丼ということにしてしまった。

 乗ったことのない(と思う)京浜急行で日ノ出町へ移動。もうそろそろ開場時間になるという時間。降りた日ノ出町の駅に地図が掲示されていたのをあまり確かめもせず、「きっとこの道」という道を進むのだけれども、どうも地図でみていた道と違うように思えてきた。道の途中でネコに出会ったり。

    f:id:crosstalk:20161211143806j:image:w360

 先に確かめた地図では近くになかったはずの学校にぶちあたってしまい、そこで「やはり道を間違えてしまったか」ということになり、駅へと引き返すことにした。もう時間はほとんど開演時間になっていて、会場の電話番号も何も控えて来なかったこと悔やむ。気分的には「もう間に合わない」という感じで、行くのはやめて、近くにあるらしい野毛山動物園に行ってしまおうか、などと考える。
 駅に戻り、そこであらためて掲示されている地図をよくみると、かんたんに正しい道がわかった。「なんでさいしょに来たときによく確かめなかったんだろう」と、また悔やむことになる。時計をみると、もうほぼ開演時間である。おそらく会場では「まだお見えになっていない方がいるので」とかいうことで、開演が遅らされることになるんだろう。申し訳ない。
 とにかくは正しい道がわかったので、急いでその道を行く。駅からそんなに離れているわけではないので、遅れるといってもそこまで大幅な遅れにはならないみたい。とにかくは北西に進み、とちゅうで北東の方角に直角に曲がればすぐなのだけれども、その北東への道が大きな傾斜の上り坂、ずっと階段道になっていて、これがキツい。まるで先日の筑波山登山みたいであった。とちゅうで足が痛くなり、心臓はバッコンバッコンである。ようやく会場に到着。会場前にスタッフの方が出ていて、わたしのことを待っていて下さったようだ。申し訳ないことをした。とにかくは「チケット代は終演後で」ということで、入ってすぐの席に案内される。もう岡田さんが踊り始めていらっしゃった。

 終演後に、後ろの方にいらっしたAさんに声をかけられ、「迷いましたね」といわれてしまった。ハイ、迷いました。久しぶりにBさんとCさんとにお会いして、おふたりは岡田さん、福留さんらとこのあと飲むことになり、わたしも同行することになった。外で飲むの久しぶり。日ノ出町駅のちょっと先に、モンゴル料理というか羊料理の店があるそうで、岡田さんらはそこに予約してあるという。「ではそこに行ってみよう」と、わたしとBさんとCさんとで行ってみるが、まだ時間が早すぎるのか、その店はしっかりと閉まっていた。「とりあえず待とう」と、まずはとなりにあった餃子の店に入って飲む。Bさん、Cさんと話をするのも久々のことだったし、楽しかった。
 羊の店は六時半頃にオープンしたようで、わたしたち三人は先にその店に移動。すぐに岡田さん福留さんそしてスタッフの方々もいらっしゃって、総勢八人ぐらいのプチ打ち上げ。羊肉はなかなかにおいしかったし、皆が親しく接してくれたのはうれしかった。これがわたしの2016年の忘年会になるのかな?


 

[]岡田智代還暦公演「惑う石」岡田智代・福留麻里:振付・出演 @横浜日ノ出町・CASACO 岡田智代還暦公演「惑う石」岡田智代・福留麻里:振付・出演 @横浜日ノ出町・CASACOを含むブックマーク

 古いアパートを改造し、内部の壁を取っ払ってしまったような建物で、今は海外の方のレジデンス施設として活用されているということを、あとから聞いた。中央に二階への階段があり、その階段のまわりに何もないので、「蒲田行進曲」の階段落ちのあの階段みたいである(観客はその階段を正面から見るわけではないが)。階段で分断された、左右それぞれ八畳から十畳ぐらいのスペースの、一方の側に客席が用意され、舞台とされるスペースの奥は外の道路に向かった窓がある。ただ窓の外は向かいの家の塀が見えるだけで、「借景」というものでもない。

 まずは岡田さんのソロから始まり(というか、わたしが到着したときにはもう始まっていたけれども)、日常の動作から「ダンス」という非日常への移行をスムースにみせてくれる。二階から声がして福留さんがあらわれ、ふたりでのかけあいに移行。ここでもふたりの女性の日常的なふれあいがフッとダンスへと移行して行ったり、ふいにユニゾンの動きになって行ったりする。なんだか、古いホームドラマをみているような気分でもある(サザエさんとワカメちゃんみたいな?)。福留さんが二階からこんぺいとうをばらまき、下で岡田さんが受けとめたり、ふたりでテントを組み立ててその中で会話、テントの外にはふたりの映像が映されたりもする。奥の窓を開け、外に飛び出るふたり。この家庭的な雰囲気の建物だからこその表現でもあっただろう。いいものを観させていただいた。


 

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■ 2016-12-10(Sat)

 昨日はほとんど寝ていたのだけれども、昼間テレビをつけていたら、東日本大震災の証言記録として、仙台市の八木山動物園での震災時の記録が放映されていて、ついついずっと見てしまった。温度調整の必要な動物、大量の水が生きるのに必須の動物、特殊な食料が大量に必要な動物などなどの震災時の危機。必死に動物らの生命を守ろうとする職員らの努力と、そんな危機を救おうと、近隣のスーパーも協力するし、全国の動物園もトラックで食料を輸送する。体温調整がきかずに死んでしまった鳥が一羽あったようだけれども、それ以外の被害はなかったみたいだった。わたしは動物園という存在には疑問もあるのだけれども、こうやって動物園で生きるようになってしまっている動物たちが、災害で命を失うようなことが起きるのは悲しい。そのような事態を防ぐために尽力された動物園の人々のドキュメントにはやはり、こころ動かされるものがあった。

 最近見たテレビのことで書き忘れていたけれども、月曜日の「鶴瓶の家族に乾杯」、ゲストは哀川翔で、ロケ地は奈良の宇陀市だった。その地名に聞き憶えがあったわけだけれども、そこはかつて維新派が「さかしま」の公演を行った地で、つまりそこはわたしが初めて維新派を体験するために、泊まりがけで出かけた土地だった。もちろんテレビにうつる風景を見て何かを思い出すということもないのだけれども、あらためて、「もう維新派をじっさいに観ることは出来ないのだな」と、ちょっと悲しくなってしまった。「さかしま」のDVDはどこかにしまってあると思う。また引っぱり出して観てみたい。


 

[]「王将」(1948) 伊藤大輔:監督 「王将」(1948)   伊藤大輔:監督を含むブックマーク

 伊藤大輔という監督さんのことはまるで知らなかったのだけれども、大正時代から戦後にかけて映画を撮りつづけ、時代劇映画の父といわれた名監督なのだそうである。多くの作品を監督されたが、戦前の作品のほとんどは散逸し、ただその名声だけが残っているような方らしい。この「王将」は時代劇ではなく、希代の将棋棋士、坂田三吉の半生とその夫婦愛を描く人情ドラマである。坂田三吉を演じるのは阪東妻三郎で、その妻の小春は水戸光子。坂田の生涯のライヴァルであった関根名人を滝沢修が演じている。

 前半は天王寺の長屋住まいの三吉が、妻子も家業のわらじづくりも放ったらかして、家の仏壇まで質に入れて将棋大会の出場料を捻出する「将棋狂い」のさま、妻の小春の心労が描かれ、鉄道自殺まで決意する小春に三吉は「将棋をやめる」というのだけれども、小春は逆に「いっそなるなら日本一の将棋差しになってくれ」と励ます夫婦愛。三吉はライヴァルの関根七段との勝負にも勝ち、棋士としての大きな一歩を踏み出す。
 後半は関根と三吉とのライヴァル関係に焦点があてられ、棋士としての自信も身につけた三吉の成長ぶりが描かれるけれども、「関西から名人を」という周囲の期待むなしく、先に名人位を取得するのは関根の方であった。祝いの言葉を述べに上京し、関根名人と対面する三吉のもとにそのとき、しばらく病床に臥せっていた小春危篤との電話がかかってくる。

 わたしは前半のリアリズムテイストというか、貧乏長屋での坂田家族の生活ぶりの描写がとってもいいと思った。両側に長屋のつづく路地を縦にとらえたショットの、その奥は低いところに鉄道が通っているようで、その蒸気機関車の白い蒸気だけがもくもくと遠景を通り過ぎて行くのだけれども、その鉄道でのちに妻の小春が自殺しようとしたこともあり、いっそうその描写が心に残った。ポイントポイントで妻の小春や娘の玉恵が三吉をしかりつけるように叱咤激励するけれども、そのことばによって三吉は成長して行く。そういうところではこの映画はやはり、「家族愛」の映画なのだと思う。小春の自殺未遂の報を受けて、町中をすっ飛んで走って家に向かう三吉を追うカメラ、いっしょに疾走している感じで、このあたりのスピード感はすごい。古い映画のわりには音声は聴き取りやすく、映像もかなり鮮明だった。


 

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■ 2016-12-09(Fri)

 今日は久々にしごとは非番で休み。朝起きて洗濯をしただけで、そのあとはただ寝てばかりの一日になってしまった。睡眠時間は16時間ぐらいになったのではないかと思う。午後の明るい時間はほとんど寝て過ごし、目覚めたらもう七時を過ぎていたので、食事の準備をするのもめんどうで、また南のスーパーに弁当を買いに行ってすませた。
 あさっては横浜に出かける予定もあり、ニェネントには留守番をしてもらうことになるので、そのごほうびにまた「かつおのたたき」を買った。


 

[]「ビッグ・トラブル」(1986) ジョン・カサヴェテス:監督 「ビッグ・トラブル」(1986)   ジョン・カサヴェテス:監督を含むブックマーク

 この作品がカサヴェテスの遺作になるのだという。いつものピーター・フォークが怪演を見せ、アラン・アーキン、そしてベヴァリー・ダンジェロの演技も楽しめるコメディ作品だけれども、カサヴェテスは作品の出来に不満だったらしい。


 

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■ 2016-12-08(Thu)

 昨日ほどの寒さはない。空は晴れてセルリアンブルー。宇宙まで空がつづいている。北の地平線近くに白い雲が浮かんでいるけれども、日の影になったグレーの部分の濃淡がのっぺりしていて、なんだか舞台の書き割りに描かれた雲のようにみえる。洗濯物がたまっているので洗濯をしようかと思ったけれども、あしたはしごとが休みなので、あしたやればいいかと、今日も放置する。


 

[]「バートン・フィンク」(1991) ジョエル・コーエン/イーサン・コーエン:脚本 ジョエル・コーエン:監督 「バートン・フィンク」(1991)   ジョエル・コーエン/イーサン・コーエン:脚本 ジョエル・コーエン:監督を含むブックマーク

 もちろん、この映画のこともすっかり忘れている。しかし観てみて、これは「コーエン兄弟、狙ってるな」という作品だと思った。それでじっさいにカンヌで三冠を獲得するのだから、「してやったり」、というところだっただろうか。とにかくはいろいろと深読みが出来るストーリーになっていて、細部にわたって「これはそういうことか」と考えたくなるディテールに満ちている感じ。

 まずは時代設定がこれは1941年なのだろう、ラストに日本との開戦が語られるわけで、ドイツ、イタリアのファシズム国家はすでにヨーロッパを制圧している時代。主人公の心理はそういう時代精神の影響を受けているということなのだろうか。
 主人公のバートン・フィンク(ジョン・タトゥーロ)はまずニューヨークで成功を収める新進の劇作家で、これがハリウッドのB級映画会社のオーナーに認められ、ハリウッドに移ってホテルにこもり、映画用の脚本を書くことになる。バートンの書く芝居はシリアスな人間ドラマなのだけれども、映画会社の要求するのはボクシング映画の脚本。観てても「そりゃあ無理だろう」と思うのだけれども、バートンはこれを引き受け、ホテルの部屋で執筆に没頭する。ホテルは古く、湿気に満ちていて、バートンは蚊にも悩まされる。しかしひょんなことから隣室に滞在する保険外交員のチャーリー・メドウズ(ジョン・グッドマン)と知り合い、意気投合、チャーリーはバートンを励ますのである。
 アイディアに詰まったバートンだけれども、偶然に彼も尊敬する小説家/脚本家のW・P・メイヒューに出会い、脚本のアドヴァイスを求めて彼の邸宅を訪問する。しかしメイヒューはただの飲んだくれだとわかり、バートンは失望する。その場にメイヒューの秘書というオードリー(ジュディ・デイヴィス)も同席していて、バートンにアドヴァイスを与える。オードリーに惹かれたバートンなのではあるが‥‥。

 少なくとも作品の後半はどこかから、主人公バートンの妄想になっているわけで、それを考えて行くともう、バートンのハリウッド行きからすでに妄想の世界に突入しているのではないかと思えもするし、そもそも、隣室のチャーリーはバートンの分身ではないのかとも思える。
 どうも、「ハリウッド」、「脚本家」というと、ダルトン・トランボとか「ハリウッド・テン」のことを思い浮かべてしまうのだけれども、ここでは「コミュニズム」という問題はきれいさっぱり排除されているようで、劇作家としてのバートン・フィンクの指向性も、そういうコミュニズム的なものとは考えられないようである。ただ、世界を席巻するファシズムというものの影響はあるようで、ホテルで狂気の様をみせるチャーリーは、「ハイル・ヒトラー!」などと絶叫してみせたりする。

 とにかくは「こういう読み方が正しい」という作品ではなく、ミステリアスな雰囲気の中で、人の妄想が暴走して行く作品ということを楽しめば、それでいいのではないかとも思える。


 

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■ 2016-12-07(Wed)

 今日もまた寒い。天気は悪くないのだけれども、気温が上がらない感じ。日が照り出すとニェネントはリヴィングの窓際でうずくまり、ひなたぼっこをはじめる。わたしはどてらを着込んでパソコンの前から動かない。今日は買い物にも行かず、しごとから戻ったあとは部屋にこもりっきり。世界はわたしとニェネントとがいれば、それはつまり「幸福」ということではないだろうか。記憶に障害があってすぐにものごとを忘れてしまっても、ただ生活する分には支障があるわけでもない。それでもいいじゃないかと思ったりする。


 

[]「現金に体を張れ」(1956) スタンリー・キューブリック:監督 「現金に体を張れ」(1956)   スタンリー・キューブリック:監督を含むブックマーク

 キューブリックのハリウッドでの第一作ということ。原題は「The Killing」だけれども、そんなに内容にマッチしたタイトルという気はしない。邦題の方が多少マシなような気もする。原作はライオネル・ホワイトのノワール小説で、脚本はキューブリック自身と、あのジム・トンプソンによるもの。ジム・トンプソンはダイアローグ担当とクレジットに出ていたけれども、それがつまりはどういうことなのか、わたしにはよくわからない。セリフの部分を担当したということなんだろうか。撮影はルシエン・バラードで、この人はのちにサム・ペキンパーの多くの作品の撮影を手がけている人。出演俳優でわたしが名前を知っているのはスターリング・ヘイドンだけ、かな。

 出所したばかりのジョニー(スターリング・ヘイドン)は、競馬場で働く男ら三人と、競馬場の売上金を強奪する計画をたてる。さらに競馬場を混乱させるため、レスラーと射撃の名手とを雇い入れる。一味のひとりひとりが順に紹介され、時系列もその都度さかのぼったりする演出で、「こりゃあ<レザボア・ドッグス>とか、ああいう系統の作品なわけか」と見当がつくけれど、実際に「レザボア・ドッグス」に影響を与えているらしい。それで一味のひとりが自分の妻に「デカイことをやる」ともらしてしまい、その妻には愛人がいて、その愛人らが企んで強奪金を横取りしようと考える。あとはどういう手順で強奪を実行するかが要領よく丁寧に描かれ、かなり完全犯罪っぽい流れである。「あの男が妻に計画を漏らしさえしなければ」というところだけれども、もうしょうがない。一味が集まったところに横取りしようとする奴らが乗り込んで来て、大乱射戦となる。
 ラストはただひとり生き残ったジョニーが、愛人とともに現金を持って飛行機に乗って逃走しようとするのだけれども、現金を入れたカバンが大きすぎて、機内持ち込み手荷物として認められない。仕方なく貨物室に運び込んでもらうのだけれども、ここで変なおばさんの抱いていた犬が暴れて滑走路に走り込み、運搬車の運転を狂わせてしまう。いちばん上に乗せられていた現金入りカバンが落下して蓋が開き、現金が風に舞って行く。愛人とジョニーはタクシーで逃げようとするのだけれども、タクシーが捕まらない。ジョニーは「もはやこれまで」と観念し、空港のドアからふたりの警備員が向かってくるショットで映画は終わる。

 風に舞う札束がとにかくみごとに舞い散って行く感じで、こういうところの演出にキューブリックらしさを感じることが出来るだろうか。左右ふたつのドアから同時に警備員が出てくるというラストのショットもみごと、という感じだった。
 横取りしようとする奴らのひとりの顔に見覚えがあると思ったのだけれども、彼はテレビの「ベン・ケーシー」の主役を演じていたヴィンス・エドワーズだった。


 

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■ 2016-12-06(Tue)

 寒い。冬到来という感じ。まだウチは完全に冬支度しているわけではないのだけれども、こういう天候だともう、冬眠の準備をしなくてはならない。

 ニェネントがいやにわたしになついてくる感じがする。これも寒さのせいなのかもしれないけれども、こんなことが今までにあっただろうか。今までは「ほかに行くところもないから、しょうがないからいっしょに暮らしてやってる」という態度だったのだけれども、このごろは「あんたがわたしの飼い主だからね」と、飼い主としてのわたしを認めてくれ、その上でネコらしい甘え方をときおり見せてくれるように思う。もちろんうれしいことだし、「なんてかわいいネコなんだ」と、ニェネントへの愛情も強まるというものである。もちろん、ニェネントは世界一かわいいネコなのである。


 

[]「女は二度生まれる」(1961) 川島雄三:監督 「女は二度生まれる」(1961)   川島雄三:監督を含むブックマーク

 前に観た映画で、内容をまるで思い出せなくなったので再見。この日記でみると、その前に観たというのが今年の三月のことで、わずか八〜九ヶ月で記憶から失せてしまうというのは、やはりわたしの今の状態はおかしなものだと思う。
 で、やっぱりこの作品はかなりの傑作だと思う。こういう傑作のことを思い出せなくなってしまうなんて、なんて情けないことだろう。

 この映画の時代設定って、いったいいつ頃のことなんだろう。売春防止法というのが施行されたのは昭和三十一年、1956年のことだというから、そのちょっと前から数年のあいだのことが描かれているんだろうか。その間に、若尾文子の演じる主人公の小えんは、さらさらと生き方を変えて行く。もともとは芸があるわけでもない枕芸者で、いろんな客と知り合うことを面白がっているというか、それは営業的なものでもあるだろうけれども、客の人間的な面もちゃんと見抜いているみたいではある。「この客は単に目をかけてくれるお客さん」「この客はわたしが困ったら助けてくれそう」「この客との将来を考えてもいいな」「ときどきすれ違う学生さん、素敵やわ〜」とか。それで売春防止法で芸者をやってられなくなって、元同僚の誘いでバーのホステスになり、そこで芸者時代の客と再会し、その男の二号さんになってしまう。そんなに裕福でもないようだけれどもいい男で、小えんに「何か芸を身につけなさい」と、小唄の教室に通わせてあげたりする。ところがその旦那が急死してしまい、また芸者稼業に舞い戻り。「でも今度は売春やらないから」と考えてたのに、昔「素敵やわ〜」と思っていた学生さんが商社マンになって、外人客を連れてきて、小えんに「あの外人と寝てくれ」なんていうので幻滅してしまう。「この人と所帯持てたらいいな」と思っていたらしい板前の男は結婚して長野に引っ込んでしまうし。

 そういう、このヒロインには人生の岐路みたいなことはいっぱい連続していたと思うのだけれども、この作品、そのあたりを実にさら〜っと流している。小えんが「あたし、これからどうしようかしら」みたいに思い悩むようなシーンは皆無。そういうさら〜っとした描写の奥に、ヒロインの決断とかを読み取りましょうね、というのがこの作品なんだろうか。それで、この映画として実にカッコいいラストのショットになるわけだと思う。

 しかし、こういう役をすらっと演じられる女優さんというのもそうはいないだろうし、若尾文子、偉大なり!という感じである。この作品は彼女の代表作の一本に数えていいのではないかと思う。


 

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■ 2016-12-05(Mon)

 今日は晴天で暖かい。つい先日には雪が降ったなんて、ウソのような気がする。しかし、このところの寒さでニェネントはすっかり下毛も生えそろったみたいで、丸くなって香箱座りをしているところをみると、「おまえ、太った?」って感じである。わたしが起き出したあともたいていはベッドの毛布の上で寝ていて、たまに起き出してきたかと思うと、こんどはキャットタワーのてっぺんで丸くなって寝ている。ニェネントの一日の睡眠時間は16時間ぐらいはあるんじゃないかと思う。

 このところ音楽を聴くことが多くなったと昨日書いたけれども、先日買ったHope Sandoval & Warm Inventionsの新譜、一曲目こそは最高にすばらしいのだけれども、それ以降の曲がどうも、どれもあまりフィットしない。彼女たちの前のアルバム、"Through The Devil Softly"が傑作だと思っていただけに、残念なことである。


 

[]「大怪獣バラン」(1958) 円谷英二:特撮監督 本多猪四郎:監督 「大怪獣バラン」(1958)   円谷英二:特撮監督 本多猪四郎:監督を含むブックマーク

 先日観た「空の大怪獣 ラドン」につづいて撮られた、東宝の特撮怪獣映画なのだけれども、またモノクロにもどってしまった。このあたり、Wikipediaでみると、そもそもはアメリカからの発注で、全4部のテレビドラマとして計画されていたらしいのだけれども、途中から劇場公開することになったらしい。つまりテレビドラマの話はなくなり、けっきょくアメリカでも独自に編集されたヴァージョンが劇場公開されたらしい。

 導入部は、あの「キングコング」にかなり似通っている印象を受ける。ただ、「地図にもない南海の孤島」ではなく、「日本のチベット」と呼ばれる、東北の山奥にバランは棲息していたわけである。まあ東北の山間部が「日本のチベット」なんて失礼な話だし、戦後十何年も経ってまだ、本土の中に地籍調査もされていない地域があったなんて、ちょっとあり得ないだろうと思う。それでその地域にシベリア地方にしかいないはずのチョウが発見され、生物学研究所のふたりが調査に行くのだけれども、謎の死を遂げることになる。真相解明、調査のためにふたたび、生物学研究所の男と亡くなったメンバーの妹の新聞記者、カメラマンとの三人で現地へ行く。その現地の周囲から隔絶された集落では「バラダギさま」という神が崇められ、皆が祈祷しているのだけれども、このあたりの描写、「キングコング」の髑髏島の原住民のコング崇拝に似た描写である。「バラダギさま」のいるという湖への道には村人によって柵がつくられているのだけれども、調査に来た三人は柵を越えて奥地へ向かう。このあたりも「キングコング」的な展開。メンバーに女性がひとりいる、というあたりも。
 さて、三人がその、地図にもない山間の湖に到着してみると、まさに大怪獣バランが眠りから覚め、彼らを襲ってくるのである。怪獣に追われる探検隊。集落になだれ込んで集落を破壊する怪獣。これも「キングコング」っぽい。
 ここからは自衛隊が出動して怪獣を迎え撃つという、東宝特撮お得意の展開になるけれど、「どう大怪獣を抑え込むか」「東京侵入を防ぐにはどうしたらいいか」などとの討議がつづき、「怪獣対自衛隊」という構図がはっきりとする。こういうところは今年公開の「シン・ゴジラ」を思わせるものだし、「シン・ゴジラ」もこの作品を参考にしたところはあったんじゃないだろうか。
 けっきょく、例によってというか、科学者平田昭彦の開発した超強力爆薬を使用し、バランの習性を利用して、バラン東京侵入の一歩手前、羽田空港においてバランを倒すのである。

 探検隊三人はその後まるで物語には絡んで来なくなるし、人間側のドラマはものすごく希薄。いちばん出番の多いのは生物学研究所の所長役の千田是也だけれども、この人物、オールマイティに何でも知っているって感じで、バラン討伐会議の中心人物にもなってしまう。そもそも、この生物研究所は「チョウ」を追おうとしていたはずなのに、「生物のことなら何でもござれ」なのである。この怪獣が中生代の「バラノポーダ」の生き残りだとすぐに同定しちゃうし、その生態にも詳しい。
 ま、「バラノポーダ」だから「バラン」なのだけれども、山奥の集落ではなぜに「バラダギさま」と呼ばれ、微妙に「バラン」と呼応していたのか、ちょっと都合のいい話である。それで、さいしょに問題になった「シベリアにしかいないはずのチョウ」はいったい何だったのか、けっきょくわからずじまい。

 バランは実は「ムササビ怪獣」で、前足から後ろ足にかけて薄い膜を隠し持っていて、それを拡げると飛ぶことが出来る。それでもって東北の山奥から東京湾へひとっとび、なんだけれども、これはいくら何でもリアリティはないと思うぞ。東北の山奥から山を下って、関東平野を北から南へ東京に向けて、まわりを破壊しながら南下したりしたらすごかったろうと思うけれども。そういう意味ではバランの活躍シーンは少なく、もっぱら自衛隊の攻撃を受ける一方、というのも、観ていてあまり盛り上がらない。バランの造形は「鬼面」というのか、顔にいろいろな突起がついていてカッコいい。目の感じとかがどことなくネコっぽいのも、かわいい感じである。みていて四足歩行なのか二足歩行なのかよくわからない動物だけれども、人間の着ぐるみだと四足歩行で後ろ足が不自然になるわけで、そのあたりを隠すために二足歩行をさせたような気配もある。

 オープニングの、伊福部昭によるフル・オーケストラの音楽こそカッコよくって、その後の展開に期待を持たされたのだけれども、これは怪獣映画としてはちょっと残念な作品だった、といわざるを得ない。


 

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■ 2016-12-04(Sun)

 このところ、Facebookの音楽コミュニティ的なものに参加して、そのせいで自分で持っていた古い音楽を聴くことが多くなった。わたしはアナログ盤は過去にすべて処分してしまったし、CDもたいていのものはCDRにコピーして処分してしまった。コピーしたCDRは、そういうCDを保管するアルバムに、もちろんジャケットなどなしにランダムに詰め込んであるのだけれども、それが何百枚もある。そんな中から今聴きたいという一枚を探し出すのは実に困難な作業であり、また、無駄な時間でもある。きちんと整理して、探したい音源がすぐに見つかるようにしておけば、もっとわたしの今の音楽ライフは豊かなものになるものと思う。そんなことがそれだけわかっていれば、すぐに整理をはじめればいいものだけれども、「やらない」というのが、ひとつの人間のタイプなのだろうと思う。そして、自分がそういう「人間のタイプ」なのだと納得して思い込んで、そのまま何もしないでいるというのがまた、ひとつの人間のタイプなのだろう。以下、堂々めぐりの思いがつづくことになる。


 

[]「ブラッド・ワーク」(2002) クリント・イーストウッド:監督 「ブラッド・ワーク」(2002)   クリント・イーストウッド:監督を含むブックマーク

 イーストウッド監督作品としては、2000年の「スペース・カウボーイ」と2003年の「ミスティック・リバー」とのあいだに位置する作品。エンターテインメントに徹した作品としては、このあたりが最後になるんだろうか。見ていて、「こりゃあ<ダーティハリー6>だね」みたいな感想をずっと持っていた。

 マイクル・コナリーという人気ミステリー作家の原作で、脚色は「L.A.コンフィデンシャル」の脚本も手がけたブライアン・ヘルゲランド。このブライアン・ヘルゲランドはこのあと、「ミスティック・リバー」の脚本も手がけている。そういうふうにみると、「L.A.コンフィデンシャル」にせよ「ミスティック・リバー」にせよ、シリアスなドラマというイメージが強いのだけれども、この「ブラッド・ワーク」、そこまでにシリアスなもの、という感じではない。やはりここではイーストウッドの演じるテリー・マッケーレブという主人公の活躍に重点がおかれているようで、そういうところで「ダーティハリー」の主人公のその後、みたいな感じでみてしまう。
 この作品では「犯人は誰か?どこにいるのか?」という謎もひとつのポイントなのだけれども、みているとその犯人の予測はついてしまったし、その犯人像もまた、「ダーティハリー」シリーズに出て来てもいいみたいな、屈折した犯人だった。主人公のテリー・マッケーレブは心臓を患って心臓移植手術を受けている、ということがストーリーの骨幹でもあるけれども、そのテリーの主治医役で、アンジェリカ・ヒューストンが出演していた。やっぱ、アンジェリカ・ヒューストンという女優さん、登場するだけで場をさらってしまうようなパワーを持った、強烈な女優さんだと思った。
 撮影はトム・スターンで、この作品で初めてイーストウッドと組み、以降イーストウッドのすべての作品の撮影を担当している。


 

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■ 2016-12-03(Sat)

 ダンサーの、黒沢美香さんが、お亡くなりになったという。12月1日の早朝のことだったらしい。わたしはその時間は職場に到着していて、ごちゃごちゃと動きまわっていた。それと同じときに黒沢さんがお亡くなりになられたということを、あとから考えると、なぜか自分がこうして今日も生きていて、黒沢さんが亡くなられてしまったということが、ありえないことのように思えてしまう。
 この秋に、黒沢さんと彼女の率いる「ダンサーズ」が、横浜の彼女のスタジオで「家内工業」と題した連続公演を行なっているのを、観に行ってみようかと思っていたりしたのだけれども、けっきょく、わたしの黒沢さん体験は、去年の八月の三軒茶屋、シアタートラムでの公演を観たのがさいごになってしまった。そして、わたしの失せてしまった記憶では、もう彼女のダンスをしかとは思い出すことも出来ない。
 八月の初めに彼女からいただいた公演案内のメールのラストは、次のようなことばだった。

ここまでは一生懸命踊りますが、その先は気ままなご隠居生活を描いています。それは踊るよりも刺激的に惹かれています。

 そのメールに掲載されていた彼女のさいごの公演は、10月15日。これを当面の締めくくりとして、そのあとはしばらく休養を取られるつもりだったのだろう。‥‥そういう、「今はお休み」という気もちが、「死」を忍び込ませてしまう「スキ」になってしまった、ということはないだろうか。

 去年急逝された室伏さんにつづいて、ダンス界は貴重な人材を失ってしまうことになった。しかし、思うのだけれども、いったいわたしは、黒沢さんとどのくらい親しかったのだろうか? もちろん、互いに顔を見て「元気ですか」とか声をかけるような親しさはなかったと思うけれども、つまりは黒沢さんがわたしを見て、「あ、◯◯さんだ」と認識されるようなお付き合いだったのだろうか。彼女の公演の打ち上げに参加させていただいた記憶はあるけれども。

 とにかくは、悲しいことであり、淋しいことである。


 

[]「暴力脱獄」(1967) スチュアート・ローゼンバーグ:監督 「暴力脱獄」(1967)   スチュアート・ローゼンバーグ:監督を含むブックマーク

 原題は「Cool Hand Luke」で、この邦題はちょっとどうかと思う。これでは主演のポール・ニューマンが、無理矢理に暴力的な手段で脱獄するように思えてしまうではないか。

 いろいろと、ものごとを象徴的にとらえていることがわかる映画なんだけれども、基本的には主人公をキリストに近しいものとして描いている感じ。そこに、この映画のつくられた60年代後半のアメリカの空気が盛り込まれて、つまりはアメリカン・ニューシネマのひとつと数えられる作品になっているのだろう。そもそもがこの主人公のルークが刑務所に入る原因というのがパーキングメーターを壊した、というもので、それってアレじゃん、ボブ・ディランの「Subterranean Homesick Blues」の一節、「Don't follow leaders. Watch the parkin' meters.」から来てるんじゃないの?って思ってしまう。「Subterranean Homesick Blues」の収録されたアルバム「Bringing It All Back Home」のリリースが1965年だから、時期的にも符合すると思う。この映画もある意味で「Don't follow leaders」という作品でもあるし。

 刑務所に入れられたルークは、何も「反抗的人間」というわけでもない。看守をおどろかしてやろうと、課せられた仕事にめっちゃ熱中して取り組み、予定時間よりずっと早く終わらせたりもする。彼はただ自由にやりたいだけなのである。面会に来た母親に心情吐露して、「自由に生きようと思ったけれども、なんか窮屈でね」と語るけれども、ここに彼の行動原理があるんだと思う。窮屈なのがイヤだと。
 こういうアウトサイダー的な人物が紛れ込んで来た場合、特に囚人のコミュニティでは、それを排除するように動くように思え、じっさいにそういう映画もあったように思うのだけれども、この作品でもさいしょは囚人らのボス的なドラグライン(ジョージ・ケネディ)に目をつけられ、ボクシングの試合で決闘、ということになるのだけれども、そこでルークがドラグラインに勝つわけではない。ただ、殴られて倒れても倒れても、また起き上がって向かって行く。その不屈ぶりに、ドラグラインも一目置くわけである。邦題とは裏腹に、ルークは一度だって暴力的にふるまうことはなかった。そういうところこそがこの作品のポイントでもあり、日本でこの邦題をつけた担当者は、この映画のことを何にもわかっちゃいないんじゃないかと思う。この作品のポイントは「非暴力」ということではないか、とすら思えるのだが。

 ラストにルークは夜の教会に忍び込み、神に問いかけるのだけれども、これはまさにキリストが十字架上で、「神よ、わたしを見捨てられるのですか?」と神に問いかけたことに呼応するものではないかと思う。


 

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■ 2016-12-02(Fri)

 この日記の「十一月のおさらい」をつくってみると、このところ、まるで外での体験がなくなってしまっていることがわかる。十一月の一日に映画館で映画を観て以来、舞台も美術展も観ていない(知人の個展には行ったのだけれども)。観てみたい舞台がないというせいもあるのかもしれないけれども、観たい美術展もあるというのに、ぜんぜん行こうという気にならないでいる。いちおう十二月には舞台の予約を入れてあるのだけれども、本心をいうと、まるで行きたくない。それはその舞台に魅力を感じていないということではなく、そういう意味では「是非観たい」舞台ではあるのだけれども、「観たい」という気もちと、「出かけたくない」という気もちとが争っている感じである。まあ外が寒いせいもあるのかもしれないけれども、ずっと家で過ごしたい。家でニェネントといっしょにいるのがいちばん幸せである。そう感じるこの頃である。


 

[]「間諜最後の日」(1936) サマセット・モーム:原作 アルフレッド・ヒッチコック:監督 「間諜最後の日」(1936)   サマセット・モーム:原作 アルフレッド・ヒッチコック:監督を含むブックマーク

 ヒッチコックのイギリス時代の作品で、原題は「Secret Agent」。原作がサマセット・モームということで、ちょっと意外な気がしたのだけれども、それはわたしが無知だっただけで、モームはロシア革命時にイギリス情報局秘密情報部に所属し、まさに彼自身が「Secret Agent」だったのである。モームの「アシェンデン」という作品名は聞いたことがあったけれども、それは彼のロシア革命時の実体験によって書かれた作品集だったということ。まるで知らなかった。それでこの「間諜最後の日」も、その「アシェンデン」のふたつの作品からつくられたものらしい。しかしこの「間諜最後の日」の背景になるのはロシア革命ではなく、オスマントルコをめぐるドイツとイギリスとのかけ引きであって、そういうところでは先日観た「アラビアのロレンス」にかぶるところも見えてくる。ただ、この作品の舞台はスイスで、ここからオスマントルコへ連絡を取ろうとするドイツの諜報員を抹殺せよ、という指令を受けた主人公らの行動を追う作品。

 主演が若き日のジョン・ギールグッドで、彼のもっとも初期の映画出演作品らしい。そして偽装夫婦として彼の妻を演じる女性諜報員を、マデリーン・キャロルという女優さん。この女優さんはヒッチコックの「三十九夜」にも主演しているらしいけれども、いかにも1930年代らしい容貌の、美しい女優さんである。ここにもうひとり、ジョン・ギールグッドをサポートする助手として「将軍」と呼ばれる男が登場するけれど、これをペーター・ローレが怪演してみせている。

 実は映画として、サスペンス極まる「スパイ映画」を期待して観ると、大いに肩すかしをくらってしまう。そのあたり、この作品ではジョン・ギールグッドとマデリーン・キャロルの仲の進展、そしてペーター・ローレの怪優ぶりをみて楽しむ作品なんだろうか。脚色はアルマ・レヴィルという人で、この人はさっきの「三十九夜」やのちの「断崖」、「疑惑の影」など、ヒッチコック作品の脚本を多く手がけているようだけれども、どうもこの「間諜最後の日」では何を狙って脚色したのか、よくわからない。原作を読んでみれば、この作品のことはもっとよくわかるだろうけれども。


 

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■ 2016-12-01(Thu)

 そういうわけで、昨日みつけた激安のいわし缶を買い占めて来た。買い占めたといってもタカが知れた量だけれども、あまりいちどに大量に買い込むのも、まわりの目が気になって踏み切れない。ほんとうはもっといっぱい買ってしまってもいいと思ってたのだけれども、とりあえず二十缶。これで、計算でいくと五千円お得ということになる。まあ五千円札が財布の中で増えたというわけではなく、ふつうにモノを買っただけのことである。こういうところが貧乏性とかいうのかもしれないと思う。しかしとりあえずこれで、災害に見舞われても非常食はだいじょ〜ぶ。

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 先月は「さあ、これからは読書にはげむぞ!」と意気込んだのだけれども、やはりその後読書ペースは遅くなってしまった。今読んでいるオルハン・パムクの「雪」が読み進めにくいというわけではなく、じっさい、読んでいてとっても面白いのだけれども、けっきょくベッドに入ってから横になって読んでいると、十ページも読むと眠くなってしまい、そのまま寝てしまう。やはり本を読むのにベッドの中で横になってしまってはいけないと、わかっているのだけれども、どうもいけない。

 そうやってベッドで本を読んでいると、このところずっと、ニェネントがやってきてベッドの上に飛び上がってくる。この二、三日は、わたしがベッドに入って、布団をポン、ポンと叩くと、「あ、お呼びだ!」と、どこにいてもベッドのところにふっとんで来るようになった。これは画期的なことというか、今まで「ニェネント、おいで!」とか呼んでもぜったいに寄って来たりしなかったニェネントなのに、「おいで!」というしるしに布団を叩くと寄ってくる。わたしのいうことをきくニェネントというのはこれまでに記憶にない。すばらしいことである。
 それでベッドの上にあがってきたニェネントをなでたり、ポン、ポンとニェネントのボディをタッチしてやると、ゴロゴロとのどをならしている。そんな、のどをならしているニェネントののどのところを触ってみると、たしかにのどが振動しているのがわかる。「のどをならす」というのは本当のことなんだと実感。しかし、ここであまりしつっこくニェネントにかまいすぎると、逃げて行ってしまうのはやっぱりニェネントである。


 

[]「人間蒸発」(1967) 今村昌平:監督 「人間蒸発」(1967)   今村昌平:監督を含むブックマーク

 観はじめてみると、俳優の露口茂をレポーターにしてのドキュメンタリーなのだろう、という作品だったのだけれども、映画の半分をすぎたあたりから妙な展開になってしまう。つまりは、「ドキュメンタリー」のフィクション性を追求したドキュメンタリー映画、というようなメタな作品だったという印象。

 この作品がつくられた当時は、その「人間蒸発」という事象が問題になっていたところもあったと思う。それは社会問題のひとつで、わたしはこの作品もそういう、社会問題としての「人間蒸発」ということを、ここで取り上げた、失踪から二年という歳月が経過しようという、大島裁(おおしまただし)という三十二歳の「蒸発人物」を追うことによって、その社会的背景とかに迫っていくような作品なのかと思っていた。作品はレポーター役の露口茂といっしょに、大島という男の婚約者であったという早川佳江という女性が共に行動し、その失踪に到る謎を解こうとするのだが、なぜかその早川佳江は「ネズミ」と呼ばれることになる。ここがまず奇妙なところで、そもそも人を呼ぶときに、「ネズミ」などと呼ぶのは大変に失礼なことではないだろうか。なぜ、このようにドキュメンタリーとして出発する作品で、そのスタッフが、素人の出演者(協力者といってもいいだろう)を、作品の中で「ネズミ」などという、蔑称に近い呼称で呼ぶのか。とにかくは奇妙である。

 作品はしばらくは、「大島裁はなぜ失踪したのか」という背後の事情を求め、彼の勤務先の上司や、両親や友人にインタビュー取材する。どうも失踪の二年ほど前に会社の金を着服したことがあり、その金は二年かけて返済したこととか、仕事の上ではそれほど有能といえる人物ではなかったとか、通っていたバーのママさんといい仲だったのではないか、みたいな証言が得られる。さらにそのあと、過去に愛人がいてその愛人を妊娠させ、堕胎させたということもあったようだ、などという疑惑も持ち上がる。いつの間にか、作品はその大島の過去の女性関係を追求するような展開になり、つまりは実にパーソナルな展開である。もう「社会問題」の追求という姿勢の作品ではない、ということがわかる。そして、佳江の姉のサヨが登場するあたりから、俄然この作品の焦点は「早川佳江」という人物に当てられていくように思える。まずは、芸者として育ち、のちに二号さんになったという過去のある姉に対して、佳江は露骨に嫌悪感を語るのだが、このあとに監督と露口茂とのミーティングが映され、「映画の視点がズレてきたようだ」というような会話がなされ、「ネズミは露口を愛し始めているのではないのか?」みたいな話になる。するとそれからは、冬の海岸で露口と佳江が親密な会話を交わすシーンがロングで撮られたりする。いったいどうなってしまったのか。もう大島裁を追うことなどどうでもよくなってしまったような。

 しかしこのあと、作品は急展開というか、佳江の姉のサヨが、佳江に隠れて大島と逢っていたのではないのかという疑惑が持ち上がる。サヨと大島がふたりで歩いていたところを見たと証言する人物もあらわれるし、大島の会社の社員は、どうもサヨらしい女性から大島への電話がかなりの頻度でかかってきたのを取り次いだという。ここで、佳江とサヨとが部屋の中で向き合って対決するというか、「どうなのよ」と責める佳江に、サヨはどこまでも「そんなことがあるはずもない」といい続ける。そこに今村監督が割って入り、「これはフィクションなんだから」と語り、彼の「セット撤収!」の声で周囲の壁が取っ払われ、そこが実は撮影スタジオであったことがわかる。こういうのは寺山修司の映画にあったような記憶があるけれども、映画表現の可能性を追って行くと、この時代にはこのような結実になったということなのか。

 しかしフィクションということは、出てくる人物は虚構を演じているということになるだろうけれども、佳江にしてもサヨにしても、何かを演じているようにはみえないから困る。映画はさらにつづき、先の佳江とサヨとの衝突がかつてのサヨの住まいの近く、じっさいにサヨと大島がふたりで歩くのが目撃された、という場所で再開される。呼ばれて来た証人も加わって、かなり血気を孕んだ展開にもなるのだけれども、その周囲には野次馬も群がり、カチンコを持って走るスタッフや、台の上に乗って撮影するカメラの姿も写される。これが今村監督のいう「フィクション」ということだろうか。

 「人間蒸発」という主題はどこへ行ってしまったのかよくわからないけれども、とにかくは大島裁という「蒸発」してしまった男の、その不在が、佳江とサヨとのふたりの女性に大きな影を投げかけてしまったことは確かである。他にもこの映画から考えることはあるけれども、とりあえずはこのあたりで。


 

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