ワニ狩り連絡帳 このページをアンテナに追加 RSSフィード

       

■ 2017-06-30(Fri)

 Aさんからメールをもらい、「やりたいこともあるのでお話ししましょう」という。それで今日、お会いすることにした。Aさん宅に行くことになるのだけれども、住所を教えてくれたら調べて行けますから、わたしがAさんのウチに行ってもいいですよ、と連絡したのだけれども、Aさんはこっちの方に用があるので四時頃に迎えに行くということ。それで、安いワインとおつまみとを買って、Aさんの来るのをお待ちした。

 四時ちょうどぐらいに「ピンポ〜ン」とチャイムが鳴り、Aさんがいらっした。もちろんニェネントは、チャイムが鳴ったとたんにタンスの上のキャリーの中に逃げ込んでしまう。Aさんは「やっぱり、ネコは逃げちゃったの?」とキャリーをのぞき込み、「今度来るときは何か食べるものを持って来ようか」とおっしゃるけれども、そういうことをやってもダメだと思う。もうニェネントはきっと決して、わたし以外の人間にはなつかないのではないかと思う。悲しいことだけれども。

 Aさんの車に乗せてもらって、ちょっと寄り道をしてからAさん宅へ。まずはAさんのやろうとされているプロジェクトというか、そういう計画の話を聞くのだけれども、ちょっと、その手伝いをしてくれという話なのかと思って、正直、「それはどうもな〜」みたいな感想も浮かぶ。ま、そのことは置いておいて、酒を飲みながらAさんの過去の、アスベスト館時代の話などをいろいろと伺う。Aさんは地方公演のトラックの運転手としても重宝され、それがもう相当にワイルドな世界だったような。そのトラックの荷台に男性メンバーなどが相乗りして旅をした話、舞台に「雨戸」が必要なので、廃屋などから雨戸をかっさらっていた話、廃屋だと思ったらまだ人の住んでいる家だったとか、どうも警察に通報されたようだからと逃走のために山奥へ行く道を選んだら、行き止まりになっていて引き返したらパトカーが待っていた話とか(いちおう拘置されたらしいけど、けっきょく雨戸はいただいて帰って来たらしい)。
 このあたりの逸話はもう「歴史」の事象でもあるみたいで、わたしひとりが聴くのはもったいない話だ。こういうAさんのお話は、もっとパブリックな場で話されるべきことでもあると思う。そういうことをわたしがお膳立てするというのも面白いだろうか。

 それでつまりはAさんのお話というのは、前にも聴いた話ではあるのだけれども、今の時代、特にトランプのアメリカは、もう50年以上も前にFrank Zappaが「Freak Out!」とかで訴えていたことではないかということで、そのFrank Zappaの「Freak Out!」とかをテーマにしてのイヴェントをやったらどうだろうか?というものだった。それでわたしとしては「Freak Out!」もアレだけれども、Frank Zappaの次のアルバム、「Absolutely Free」こそ、まさにトランプのことを歌ってたりするよね、などと話し、いっしょにその「Absolutely Free」を聴いたりした(これは帰宅してあとで調べて知ったのだけれども、その「Absolutely Free」がアメリカでリリースされたのはまさにちょうど50年前、1967年の5月26日のことだったようだ。

 ‥‥ふむ。そういうイヴェントは面白そうだ。しかし、今のわたしにそれだけの力があるかどうか。もちろん「やる」となればかつて「crosstalk」に参加してくれた人たちが助けてくれることも期待出来るかもしれない。とにかく今はわたしも都心へ一時間で出られるところに住むようになっているから、打ち合わせ、その他ミーティングもさほど問題にはならないと思うことができる。しかし、「場所」はどこにするか、どのくらいの規模でやるのか、課題は山積している。経済的な問題ももちろんあるし、いったい今の自分に何ができるのか、しばし考えてしまうのだった。
 Aさんとお別れして家に帰り、考えてみたのだけれども、やはりそういうイヴェントのメインとしてAさんを立てないといけないだろうとは思うわけで、そうすると、今日わたしがAさんから聴いたような、今ではもう貴重な歴史的事象の立会人の証言というようなものを、まずは一般に「トークショー」みたいなかたちでオープンに開くのがいいのではないのか、そういう気もするのだった。それならば「あの場所がいい」みたいなスペースも思いつくわけだし、実現の可能性は高いように思えてしまう。まずはそういうことを仕掛けてみようかな。

 転居して二ヶ月ちょっと。こんなに早く、外から「crosstalk」再始動、みたいな声がかかってくるというのも意外だったけれども、やはりこういうチャンスを何とか生かしたいものだとも思う。どうなるのか。

        

 

[]二〇一七年六月のおさらい 二〇一七年六月のおさらいを含むブックマーク

舞台:
●小林嵯峨舞踏公演「孵化する」小林嵯峨:構成・振付 @日吉・慶應義塾大学 日吉キャンパス 来往舎 イベントテラス
●チェルフィッチュ20周年記念・チェルフィッチュ「部屋に流れる時間の旅」岡田利規:作・演出 @三軒茶屋・シアタートラム

映画:
●「牯嶺街少年殺人事件」(1991) エドワード・ヤン:監督

読書:
●「ロリータ」ウラジーミル・ナボコフ:著 若島正:訳
●「セバスチャン・ナイトの真実の生涯」ウラジーミル・ナボコフ:著 富士川義之:訳
●「カメラ・オブスクーラ」ウラジーミル・ナボコフ:著 貝澤哉:訳
●「キング、クィーンそしてジャック」ウラジーミル・ナボコフ:著 出淵博:訳
●「葛原妙子と齋藤史 『朱霊』と『ひたくれなゐ』」寺島博子:著
●「目白雑録(ひびのあれこれ)」金井美恵子:著
●「目白雑録(ひびのあれこれ)2」金井美恵子:著
●「倫理21」柄谷行人:著
●「裸虫抄」牧野信一:著(昭和文学全集 第7巻より)
●「淡雪」牧野信一:著(昭和文学全集 第7巻より)
●「木乃伊」中島敦:著(昭和文学全集 第7巻より)
●「山月記」中島敦:著(昭和文学全集 第7巻より)
●「文字禍」中島敦:著(昭和文学全集 第7巻より)
●「光と風と夢」中島敦:著(昭和文学全集 第7巻より)
●「名人伝」中島敦:著(昭和文学全集 第7巻より)
●「弟子」中島敦:著(昭和文学全集 第7巻より)
●「李陵」中島敦:著(昭和文学全集 第7巻より)
●「業苦」嘉村礒多:著(昭和文学全集 第7巻より)
●「崖の下」嘉村礒多:著(昭和文学全集 第7巻より)
●「父となる日」嘉村礒多:著(昭和文学全集 第7巻より)
●「生別離」嘉村礒多:著(昭和文学全集 第7巻より)
●「孤独」嘉村礒多:著(昭和文学全集 第7巻より)
●「足相撲」嘉村礒多:著(昭和文学全集 第7巻より)
●「曇り日」嘉村礒多:著(昭和文学全集 第7巻より)
●「途上」嘉村礒多:著(昭和文学全集 第7巻より)
●「神前結婚」嘉村礒多:著(昭和文学全集 第7巻より)
●「昇天 旅順入城式より」内田百痢著(昭和文学全集 第7巻より)
●「旅順入城式 〜旅順入城式より」内田百痢著(昭和文学全集 第7巻より)
●「大宴会 〜旅順入城式より」内田百痢著(昭和文学全集 第7巻より)
●「大尉殺し 〜旅順入城式より」内田百痢著(昭和文学全集 第7巻より)
●「遣唐使 〜旅順入城式より」内田百痢著(昭和文学全集 第7巻より)
●「菊 〜旅順入城式より」内田百痢著(昭和文学全集 第7巻より)
●「鯉 〜旅順入城式より」内田百痢著(昭和文学全集 第7巻より)
●「五位鷺 〜旅順入城式より」内田百痢著(昭和文学全集 第7巻より)
●「猫」内田百痢著(「ノラや」より)
●「梅雨韻」内田百痢著(「ノラや」より)
●「白猫」内田百痢著(「ノラや」より)
●「鵯」内田百痢著(「ノラや」より)
●「立春」内田百痢著(「ノラや」より)
●「竿の音」内田百痢著(「ノラや」より)
●「彼ハ猫デアル」内田百痢著(「ノラや」より)

DVD/ヴィデオ:
●「ロリータ」(1962) ウラジーミル・ナボコフ:原作・脚本 スタンリー・キューブリック:脚本・監督
●「秋津温泉」(1962) 藤原審爾:原作 吉田喜重:脚本・監督 岡田茉莉子:企画・主演

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■ 2017-06-29(Thu)

 今はアラームを早朝(深夜ともいうだろうか)の三時四十分にセットしてあるのだけれども、いつもたいていはその十分ぐらい前には自然に目が覚めてしまい、まずアラームのお世話になることはない。しかし今日はアラームで起こされた。すっかり熟睡していた。昨夜は午睡も三時間ぐらいもとっているし、夜も八時頃には寝ているわけだから睡眠時間は充分にとっていると思うのだけれども、いくら寝ても寝足りない感覚。仕事に出ての帰りもやはり、電車の中でめちゃくちゃ眠くなってしまったし、そのあとも何だか、ずっとぼんやりとしている。

 それでも今日は「買い出し」の日というか、お米などを含めて大量に買い物をすると決めた日。ウチから1キロ以上離れているスーパーの「ストッカー」(これからはスーパーの名前も実名を出すことにした)が、今日の木曜日は全品(酒類は除く)一割引の日。ここへ米も買いに行くので、キャリーを引きずって出かける。キャリーがなければ、5キロの米などを手にぶら下げて、長距離歩いて帰るというのはなかなかに難儀なことで、スーパーが前のように近くにないこの地で、このキャリーには役に立ってもらわなければならない。それでまずは、その空のキャリーを引きずって、「ストッカー」まで歩く。到着して米売り場へ行ってみると、「あきたこまち」の5キロ袋が1370円で売られていた。この価格でもかなり破格の安値だけれども、つまりこの価格からさらに一割、レジで引いてくれるわけ。貧乏人のわたしとしては「それはすごい!」という感じ。「ストッカー」ではその他、ハムやマヨネーズなどを買い、いきおいで、近くのスーパー二軒も帰りがてら巡回してしまう(いくら「ストッカー」が全品一割引きしてるといっても、それでも野菜など、ほかのスーパーの方が安いものもあるのだ)。帰り道はキャリーはぎっしりで、まさに「買い出し」ということになってしまった。

 あと、懸案の求職の件だけれども、けっきょく今日、ネットから近郊の求人、仕事をする日にちも時間も自由という求人に応募してみた。

        

 

[]「菊 〜旅順入城式より」内田百痢著(昭和文学全集 第7巻より) 「菊 〜旅順入城式より」内田百痢著(昭和文学全集 第7巻より)を含むブックマーク

 わたしも時に、菊の花というものを不気味に感じることがある。この掌編では、百里了劼匹發良袖い傍討硫屬結びつくような。

 

[]「鯉 〜旅順入城式より」内田百痢著(昭和文学全集 第7巻より) 「鯉 〜旅順入城式より」内田百痢著(昭和文学全集 第7巻より)を含むブックマーク

 何か恐ろしいものに追われて逃げている「私」は山に入り、その山の穴の中に大きな湖をみつける。その湖に鯉がいて、私の近くに泳いでくる。「こちらに来い」といっているように感じる。私はその鯉をかわいいと感じ、一緒に水の中に飛び込みたくなるのだった。

 

[]「五位鷺 〜旅順入城式より」内田百痢著(昭和文学全集 第7巻より) 「五位鷺 〜旅順入城式より」内田百痢著(昭和文学全集 第7巻より)を含むブックマーク

 「私」が寝ていると、私の頭の上で女の物凄い叫び声が聞こえた。さうして私の喉の奥からそれに答へる様ないやな声が洩(も)れて、私は目がさめた。
 外を見てみると、「私が今まで寝てゐた離れの屋根の上に、大きな鳥が一羽とまってゐた」その鳥をものを投げて追い払うと、その鳥は飛び立っていったが、その飛び立つときに一声「ぎゃっ」と鳴く。するとそれを見送っていた私の喉からも、不意に「ぎゃっ」という声が出て、「私の心に覚えのない涙が、いきなり頬を伝つて流れた」。

 

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■ 2017-06-28(Wed)

 昨日、我孫子駅からの帰りに出会ったネコ。このコは、あの「ネコ屋敷」にいたコかな? おっと、わたしのことを警戒してるな。

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 でもこの頃、ウチの近くではすっかり、ネコの姿を見かけなくなってしまった。ニェッタもしばらく見ない。転居して来たときには、「この辺りはネコだらけだな」と喜んだものだったけど、今ではあれは別世界のことだったみたいだ。

 今日も曇り。空がどんよりしているせいでもないだろうけれども、眠くってしかたがない。特に、仕事が終わっての帰りの電車の中がヤバい。本を読んでいてもズブズブと「眠りの海」にはまり込んでいく感じで、つい持っている本を落としそうにもなってしまう。ちゃんと活字を追っているつもりでいても、いつの間にか頭の中には「あり得ない文章」が混ざり込んで来てしまう(これ、ここにこそ、わたしの頭が正常ではない証拠があるようにも思えてしまうのだが)。
 帰宅して、午前中にはこの日記を書き、昼食を取り、それからは「今日は休養日」とベッドに横になって本を読むのだけれども、いつしか眠くなってそのまま本を横において寝てしまう。それで今日は午睡を三時間ぐらいもやってしまった。それだけ寝てしまったら夜眠れなくなるんじゃないかと思っていたら、夕食のあとにはいつも通りに普通に眠くなり、「やっぱり寝よう」とリヴィングの明かりを消し、和室のベッドへ行っちゃうのだった。

        

 

[]「立春」内田百痢著(「ノラや」より) 「立春」内田百痢著(「ノラや」より)を含むブックマーク

 情景描写の掌編。「寒」から「暖」への季節の変わり目に、書き手の目に猫の姿が目につくのである。

 

[]「竿の音」内田百痢著(「ノラや」より) 「竿の音」内田百痢著(「ノラや」より)を含むブックマーク

 先の「立春」と同じように、季節についての掌編。ここでは夏の暑い盛りに、書き手が寝ていると外の板塀の上を猫が伝っている気配。一匹ではなくて二匹のようで、そのうちにいやな鳴き声がして、「がりがりと板塀を掻く爪の音と同時に、一匹の方が地面に落ちたらしい。」その物音と一緒に、「畜生ッ」と云ったのがはっきり聞こえた、ということ。
 ただ、書き手は今は涼しいというか寒い季節にいるようで、「今年の夏はあんまり暑かったので、そう云う晩もあったのであろう」と思い出しているのである。書き手は今は寒いので起き出して、甘酒を沸かして飲んでいる。そんなときに「さわさわという風の音が通り過ぎ」、隣の家の裏で長い竹竿が倒れた気配がする。語り手は「びっくりして甘酒の茶碗を取り落とすところであった」と。

 

[]「彼ハ猫デアル」内田百痢著(「ノラや」より) 「彼ハ猫デアル」内田百痢著(「ノラや」より)を含むブックマーク

 ここに登場する猫こそが、かの「ノラ」なのである。百里硫箸猟蹐僕茲討い震醂蒜が子供を生んだらしく、その子猫が親猫について来るようになる。そのうちに親猫は来なくなってしまい、子猫は百里硫箸里△燭蠅忙禄いるようになるわけだ。百里留さんがその子猫をかまい、子猫もなついて来るのだけれども、奥さんが子猫がうるさいので払いのけると、子猫は水甕に落っこちてしまう。まさに「吾輩は猫である」というか。それで百里眷┐譴診をかわいそうに思い、「お見舞いに御飯でも」となるのが、そもそもの「ノラ」との馴れ初めみたいだ。

 いやあ、このノラはかわいい! これではメロメロになってしまうというのもわかる。ウチのニェネントとは大違いである。ここで、段々に百里ノラに夢中になっていくさまが語られ、このあとの「悲劇」が余計に悲しみに包まれることになってしまうだね。百里癲△泙気この作品を書いたあと、これが「ノラや」みたいな展開になるとは夢にも思わなかったことだろうに。

 

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■ 2017-06-27(Tue)

 朝、仕事に出ようとしたら雨が降っていた。ついに今の仕事を始めてから初めて、傘をさして駅へと向かった。先週買った折畳み傘にしようとも思ったけれども、今は梅雨。きっと一日ずっと雨が降るだろうからと、普通の傘で出かける。ところが勤務先の駅で降りて外に出ると、雨は降っていなかったし、仕事を終えて帰るときも降ってなかった。こういうことならば折畳み傘にしておけばよかった。電車に乗って、地元に近づいてそのメトロが地上に出てしまっても、やはり外は雨が降っている気配はない。今日は我孫子駅まで乗り越して、図書館に本を返却するつもりだったけれども、雨も降っていないのに傘を持って歩き回るのがイヤで、いちど家に帰ることにした。

 帰宅して、もうちょっとで読み終えるところだったナボコフの「キング、クィーンそしてジャック」を読み終えて、残っている(まずい)ミートソースでパスタの昼食を終え、荷物を軽くして我孫子駅の方へ出かける。図書館へ行くついでにハローワークへも行ってみて、市役所に聞きたいことがある用事もやってしまい、銀行に今後の水道料金の自動引き落としも依頼することにした。意外とやることがいっぱいになってしまった。

 自宅から我孫子駅の方に行くには歩くに限るのだけれども、いつものように国道沿いに歩くのではなく、裏道を歩いて行こうとしたら、またまた道をまちがえてしまい、遠回りになってしまった。この道をなかなか憶えることが出来ないが、次回はもうだいじょうぶだと思うぞ。とにかくは駅の近くまで出て、まずは銀行へ行って手続きをして、それからハローワークへ行ってみる。やはり「これは」と思えるような求人はない。もうハローワークをあてにするのはあきらめようかとも思うけど、どこかで「ハローワーク経由でみつけた求人は安心できる」という迷信がまだわたしのなかに残っていて、「また新しい求人を目当てに来てみようか」と思うことになる。
 次はバスに乗って市役所へ。いつものバスとちがう路線のバスに乗ってしまい、「このバスは市役所に行くのかどうか」、ハラハラしてしまった。とにかくは無事に市役所に着いたけれども、なんだ、別にわざわざ来て聞くようなことがらでもなかったではないか。余計なことを考えてしまっていた。
 市役所からは歩いて図書館へ。借りていた本を返し、また金井美恵子の「目白雑録3」、そして青木淳悟の「匿名芸術家」(この本は二年前に読んでいるはずだけれども、憶えていないのだ)、それからなぜか「不思議の国のアリス」などを借りる。帰りは「もう、今日はいっぱい動いたからいいや!」と、駅前の「日高屋」に入り、中華丼と生ビールなど。金がないというのに‥‥。

        

 

[]「キング、クィーンそしてジャック」ウラジーミル・ナボコフ:著 出淵博:訳 「キング、クィーンそしてジャック」ウラジーミル・ナボコフ:著 出淵博:訳を含むブックマーク

 ナボコフの、「マーシェンカ」に続く長篇第二作。これはドイツ、主にベルリンを舞台とした「姦通小説」である。わたしは「ロリータ」の「あとがき」で某ノーベル賞受賞作家が「これは性愛小説である」みたいなことを書いたことに強く反撥したのだったけれども、それは一般通念での「性愛小説」と「ロリータ」が合致しないこともあって、「えげつない表現だ」と嫌ったのだけれども、「姦通小説」というジャンルは現に脈々と存在しつづけ、この「キング、クィーンそしてジャック」はそのような伝統にのっとって書かれている。まあわたしがすぐに思い浮かべられるのはフローベールの「ボヴァリー夫人」ぐらいのものだけれども、トルストイの「アンナ・カレリーナ」とかもその代表例ということらしい。それで、この「キング、クィーンそしてジャック」、タイトルから暗示されるように、「キング」である夫のドライヤー、その妻の「クィーン」のマルタのカップルがいて、そこに「ジャック」であるフランツが入り込み、つまりマルタとフランツは不倫関係に陥るというわけである。

 実はわたしはこの小説は七年前にも再読していて(そもそもは三十年ぐらい前にさいしょに読んだはずだけれども)、そのときの感想をこの日記に書いている。同じこの日記のことにリンクを貼るのもおかしいし、気恥ずかしくもあるけれども、実はこんかいこの小説の感想を書こうと思ったことと、そのときの感想とはそんなに違いがないわけで、ま、進歩がないというのか「人というのは変わらないものだ」みたいなわけで、リンクを貼ってしまうのである。

「キング、クイーンそしてジャック」

 それでは「感想はコレでおしまい」としてしまうのも、いかにも脳がないし(じっさいに脳がないのだけれども)、少しは何かを書き足しておきたいものである。それでふたつのことを書いておくのだけれども、ひとつには、読んでいくと途中で、未来のフランツのことが書かれていたりする箇所がある。その未来からみて、フランツは当時の自分は「溺れていた」(ちょっと忘れてしまったけれども、そういうニュアンス)というわけで、ま、この小説の時制の中でのフランツはたしかにマルタに溺れてしまっているわけだけれども、この作者による「割り込み」でもって、おそらくはその未来において、フランツはもうマルタとはいっしょではないことが想像され、マルタの主導での夫の暗殺計画はうまく行かなかったのだろうと思うことになる(ま、普通に読んでてもこのマルタの計画がうまく行くとは思わないだろうけれども)。それで読んでいくと、いつしか、フランツはマルタに魅力を感じなくなってしまっていると読める。マルタの顔がひきがえるのように見えたともあり、そういう「溺れている」状態からすでに醒めつつあることがうかがえる。ただ、そのフランツの覚醒がちょっと唐突というか、これはこの作品が登場人物の内面に深く踏み込まないことになっているせいでもあるけれども、「いったいなぜそこで覚醒したのか」という理由がよくわからない(これは再読してみる価値があるかもしれないけれども)。

 それと、奇妙な脇役の問題。これはフランツの下宿部屋の主人であるエンリヒト老人なんだけれども、この人物が「謎」である。フランツの目を通して「変態」のようにも描かれるけれども、妙に気にかかる存在。そのフランツとのさいごの別れのときも、「お前さんはもう存在してはおらんのじゃ、フランツ・ブーベンドルフ」などというのである。この、この小説からはみ出してしまっているような人物、それはまだ若いナボコフの「書き損ね」みたいにも思えたりもするのだけれども、たとえ「書き損ね」としてもやはり、気にかかることに変わりはない。

 

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■ 2017-06-26(Mon)

 リヴィングの窓を開けたまま、和室のベッドに横になって本を読んでいた。ニェネントはリヴィングにいて、また窓の外を眺めている気配だけれども、こんどの網戸はそうかんたんに破れるようなものではないようなので(前の住まいでは網戸を破ってしまったのだ)、ニェネントが爪をかけて破ろうとしてもだいじょうぶだろうと、気にしないで放置していた。そのうちに、リヴィングの方から「ガタッ」という音がした。「どうしたね」とリヴィングへ行ってみると、ニェネントが網戸を開けようとしたのか、網戸が半分レールからはずれてしまって、グラグラになってしまっていた。ニェネントがもうワンプッシュしていたら、完全にはずれて外に落ちてしまっていただろう。困ったネコである。もう目がはなせないというか、リヴィングをなはれるときには窓は閉めておかなくてはならないかな。

 前に、こんどの都議選で「都民ファーストの会」が自民党に勝てばいいとか書いたのだけれども、その都民ファーストの会を率いる小池都知事というのは、やはり「日本会議」のメンバーであって、改憲派なのだった。しょーがないね。でもまあ、とりあえずは安倍が負けるということにいくばくかの意義はあるだろうと思う。とにかくはとりあえず、安倍晋三に消えてほしい。そうすればその後の展開も考え直せるだろうか。

 六月も末になって、払わなければいけない税金とか保険料がたまっている。去年までは払わなくてよかったはずのものが、今年は「払え!」といわれ、計算外のことで困惑している。まず、わたしは収入が少なかったので、去年までは市民税とかは免除になっていたというのに、どうやら去年の収入がちょっとばかし、その「免除」ギリギリのラインを超えてしまったようで、今年は前に住んでいた市から「市民税を払え!」という通知が来た。これが、一年を四期に分け、その第一期の納期が今月末。それが一万円に近い額なんだけれども、これが第二期、第三期とだんだんに額が減っていって、第三期と第四期は四千円でいいのである。いったいなんで、その四期を均等割りしないのか。なんで第一期は第三期や第四期の倍以上の請求になるのか。何かの嫌がらせなのか。困るのである。そして、腹が立つ。
 これとは別に、やはり去年まではなかった「介護保険料」というものの請求も来ている。こちらは月ごとの請求で、この六月末には五千円近く払わなくてはならない(こちらも来月からは四千円ぐらいに減る)。それと、これは承知していたものだけれども、「国民健康保険料」というものがあり、この三つを合わせると、この六月末までに二万円を超える額を支払わなくってはならない。これは、わたしには「大変」なことである。せっかく、今の低収入の労働で、いくらかの蓄えが出来るだろうかと思った額が、すべて吸い取られていってしまうのだ。
 ま、今の低収入の生活を一年つづければ、来年度になればこういう請求はぜんぶ来なくなるわけだろうけれども、とにかくはこの六月末は最大のピンチである。もう米がなくなるので買いに行こうと思っても、「木曜日には北のはずれのスーパーは全品一割引きになるから、それまでガマンしよう」となる。

 それで今日の夕食は、食料品の買い置きストックから缶のミートソースを引っぱり出し、パスタにするのだった。‥‥しかし、どうしてこう、缶の「ミートソース」というものはここまでに不味いのだろうか。こういう代物を、「食料品」として売りに出すという神経が、わたしにはわからない(まだレトルトパックのものはいくらかマシだろうが)。そう、ほとんど、犬とかが食べるペット用の食料ってな感じである。ニェネントの食べるネコ缶の方が、まだ美味しいかもしれないぞ。

        

 

[]「旅順入城式 〜旅順入城式より」内田百痢著(昭和文学全集 第7巻より) 「旅順入城式 〜旅順入城式より」内田百痢著(昭和文学全集 第7巻より)を含むブックマーク

 話者は「銀婚式奉祝」ということで、法政大学の講堂に活動写真を観に行く。銀婚式というのは、大正天皇のソレである。上映されるのは日露戦争での旅順開城のドキュメント映像。話者はスクリーンに映される映像を観ながら、「あれはどこだろう」とか、「これはきっとあそこだろう」とか思っていて、観ている感想をとなりの人に語ったりしている。もちろんサイレントの映像だろうけれども、話者の視点はその映像の中に入り込んでいってしまったり、観ている自分の意識に戻ったりする。そう、映像を観るという体験をそっくり文章化すると、こういうことになるだろうな、などと思いながら読むのだけれども、話者は例えば「どうでもいいから、早く次ぎを打ってくれればいい」と思ったり、「味方の為とも敵の為とも知れない涙が瞼の奥ににじんで来た」りする。もう話者の心はすっかり映像の中に入り込んでいる。「二百日の間に、あちらこちらの山の陰で死んだ人が、今急に起き上がつて来て、かうして列(なら)んで通るのではないかと思はれた。」
 この上映会はもちろん、「国威高揚」のためのものではあるだろうけれども、話者の心はそういうものではない。さいごに話者の目からは「一時に涙が流れ出した」のだけれども、その「涙」の意味を考えることこそ、この掌編を読むということだろうと思う。ただ映像を観るという体験から、当時の日本の情勢から何から、深いところにまで踏み込んだ作品のように思える。

 

[]「大宴会 〜旅順入城式より」内田百痢著(昭和文学全集 第7巻より) 「大宴会 〜旅順入城式より」内田百痢著(昭和文学全集 第7巻より)を含むブックマーク

 この掌編もまた、夢のような形式で大きな宴会に招かれた体験を書きながらも、日本という国の、話者もまた含まれているであろうような階級の進もうとする道への、違和感を語っているだろうと思う。そういうことをむき出しに書かず、はたして夢なのかどうか、という空気として書いていたというのは、ひとつの「時代への抵抗」として素晴らしいのではないかと思った。

 

[]「大尉殺し 〜旅順入城式より」内田百痢著(昭和文学全集 第7巻より) 「大尉殺し 〜旅順入城式より」内田百痢著(昭和文学全集 第7巻より)を含むブックマーク

 「これは何だろう」と、読んだあとでちょっと検索してみた。すると、明治31年の暮れに、この小説で書かれた「山陽鉄道列車強盗殺人事件」という事件が起きていたことがわかった。被害者は大尉。日本に鉄道が開業して以来、初めて列車内で発生した殺人事件だとある。備考として、内田百里、この事件を元に「鴨方の大尉殺し」という芝居が仕組まれていたということを別の作品に書いているということ。すると、この作品はその「芝居」を観ている百里、先の「旅順入城式」のように、観ながらの感想を綴ったもののように思える。しかし、「芝居」だとすると、舞台に動く汽車が登場することなどあり得ないから、これは百里想像の中でその「事件」を「映像」として観ているような感覚だと思う。書き手はその事件の渦中に入り込んでしまうようでもあり、観客(第三者)として外から観ているようでもある。書き手は先にこの事件で大尉が殺されることは知っていて、「あれが殺される大尉だな」などと思いながら観ている。「想像する」ということについての作品、だろうか。

 

[]「遣唐使 〜旅順入城式より」内田百痢著(昭和文学全集 第7巻より) 「遣唐使 〜旅順入城式より」内田百痢著(昭和文学全集 第7巻より)を含むブックマーク

 「私は遣唐使となって支那に来た」、と始まる夢幻譚。まったく様子のわからない町をひとりで歩いて行く。妖怪のような男に会い、部屋に案内される。若くて美しい女ら五、六人が部屋に来るが、けっきょくその女も妖怪っぽい。わたしはいつか逃げ出していた。
 距離感だとか、空気感だとかの描写が印象に残る。「影絵の如く立ち並んだ屋根の辺りから、猫の毛を吹き散らした様な雨が、ふはりふはりと降って来た。」

 

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■ 2017-06-25(Sun)

 久しぶりに「朝寝」をした。といっても、七時ぐらいに目覚めたわけだけれども、七時過ぎまで寝ていたというのは、わたしには画期的なことである。夜中に夢をみて、そのときに起きてメモをしておいたのだけれども、目覚めて読むと「グループ展 日誌を書いている」としか書かれていなくて、もう仔細は思い出せなくなっていた。おそらくはわたしは知人らとのグループ展に参加していて、その日々の当番になったときに日誌を書いていたということではないかと思う。

 二日連続して出かけ、それで疲れて朝寝してしまったということもあるだろうけれども、その朝寝をしたということで、一日がまたダラダラとしてしまう。和室のベッドに横になって本を読んでいて、朝寝をしたというのにまた昼寝になってしまったり、どうもやる気がしない。気分転換に買い物に出てみたら、今日はいろいろと安い買い物ができて、多少は気分も明るくなったりする。単純である。
 雨が降りそうな天候でいつまでも降らなくて、そのうちに「今日は降らないな」という感じになってしまったので、ちょっと遅くなって洗濯をした。洗濯物を干そうとしてリヴィングの窓を開けると、またニェネントが外に飛び出して行ってしまう。見えないところには行ってしまわないだろうから、「ま、いいや」と、洗濯物を干しているあいだは放置していたんだけれど、「そろそろ部屋に戻りな」とわたしも外に出て呼び戻そうとしたら、また向かいの家の敷地の中へ行ってしまった。これは困る。とにかくわたしの目の届かないところに行ってしまうので、ニェネントの身の回りに何が起こることか、予測もできなくなる。ニェネントが見えないところに行ってしまった時間が、とっても長く感じてしまう。前にやってみたように、ニェネントに聞こえるようにネコ缶をカンカンと叩いたりしてみるのだけれども、今日はダメである。しばらくは窓を開けたままにして、ニェネントが戻って来るのを待つ。すると突然に、その敷地の奥から飛ぶようにニェネントが駆けて来て、リヴィングの中に飛び込んで来る。誰か知らない人の姿を見たのかもしれないな。しかしもう、ぜったいに向かいの敷地に行って欲しくはない。つまり、これからは決してニェネントが外に出ないようにしなければならないだろうか。

 外から戻ってきたあとのニェネントは、いやにわたしにまとわりついて来る印象。やっぱり外で何かこわいことがあったのだろうか。ニェネントの顔をよく見ると、なんだか鼻の頭が黒くなっている。濡らした布で拭いても取れなくて、どうも擦りむいたか何かしたようだ。ふむ。よそのネコと遭遇してしまったということも考えられるな。パンチをくらって、逃げて帰ってきたとか。

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[]「猫」内田百痢著(「ノラや」より) 「猫」内田百痢著(「ノラや」より)を含むブックマーク

 そういうことで、チラチラと「ノラや」を読み始めた。この「猫」は、本来「旅順入城式」に収録されている作品(別に読んでいる「昭和文学全集」には収録されていない)。だからやはり、「夢」という雰囲気のただよう作品。彼の宿に岩佐という知人が夜遅くにやって来るのだけれども、細かい気配、物音が積み重なって、「ああ、岩佐が来たのだろうか」との先入観が出来、じっさいに岩佐が来る。岩佐が帰ったあとで、書き手は奇妙な心理を体験し、「ほんとうは岩佐は来なかったんじゃないのか」と思う。宿の女中が隣の部屋にいつの間にか猫が入り込んでいたといい、それで岩佐だとかの来客は誰もなかったという。書き手の体験を主観的なものとすれば、そのことは女中のいう猫の存在という客観的事象と結びつく。ま、誰が考えても猫が化かしたのだと思うわけだろう。

 

[]「梅雨韻」内田百痢著(「ノラや」より) 「梅雨韻」内田百痢著(「ノラや」より)を含むブックマーク

 掌編だけれども、ここでの猫は妖怪である。縁の下にいた三匹の子猫を捨てて来ると、訪れてきた人に「顔が大きくなった」といわれる。捨てた猫の二匹が大きくなってまたやって来るので、蹴飛ばしてやって、また捨てて来る。そのあとの雨の日、雨が上がって風もやみ、「恐ろしい気配」がすると立ち上がり、外に出ようとすると、牛ぐらいの大きさの白い猫にのしかかられる。
 ふむ。内田百里亘榲に猫が好きだったのかいな?と、ちとばかし疑問に思ったのだった。

 

[]「白猫」内田百痢著(「ノラや」より) 「白猫」内田百痢著(「ノラや」より)を含むブックマーク

 これも、最初の「猫」に似た作品。語り手は宿にいて、その隣の部屋に男女のふたり連れが来るわけだけれども、このふたりがどうも不気味なわけである。すると最後に、その部屋に「犬ほどもある」白猫が入って行くという話。

 

[]「鵯」内田百痢著(「ノラや」より) 「鵯」内田百痢著(「ノラや」より)を含むブックマーク

 「鵯」と書いて「ひよどり」と読む。掌編。飼っていたひよどりを猫に襲われ、食い殺されてしまう。書き手は縁の下にいる猫に復讐するために、物干竿の先に包丁をくくりつけ、それを持って縁の下に這い込むのである。オチとして、内田百里呂弔泙赤穂浪士のことが嫌いなわけだけれども、そのことで妻に「お父さんは仇討ちがきらいだといいながら、ひよどりの仇討ちで猫を殺すんですって。おお怖(こわ)、おお怖」といわれてしまう。

 

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■ 2017-06-24(Sat)

 昨日は市川海老蔵の奥さんの小林麻央がお亡くなりになったらしく、わたしも彼女が乳ガンで余命いくばくもないような報道はみていたので、「やはりお亡くなりになられたか」とは思ったのだけれども、昨日代田橋の「N」でFさんに聞いた話で、その「N」の近所の八百屋の奥さんが、「小林麻央が死んじゃったのよ〜」と、赤い目を腫らして涙を流しながらFさんに語ったのだという。昨日帰宅してFacebookとかみると、わたしの友だちなどは「今日のニュースはその小林麻央のニュース一色。もっと今は報道すべきニュースがいろいろあるはずなのに」という意見の方が多いみたいだ。市川海老蔵はわたしが出かけていたあいだに記者会見を開かれたらしいけど、これも殺到する報道陣に個々に対処しきれないとの判断があったらしい。普通に、たしかに日本の芸能関係の報道というのは、トゥーマッチなものではあるだろう。構成員が皆、もう四十台半ばにもなるという「アイドルグループ」が解散するからといって、それが大ニュースになったりするのにはあきれたものだったし(ていうか、わたしはそのアイドルグループに、これっぽっちも、爪の垢ほどにも興味がなかったし)。

 さて今日はまた出かける。まずは松戸へ行き、ここで開催中の「松戸市美術展」というのを観る。これはあまり詳しく書きたくないのだけれども、つまりはわたしの近しい人物が出展し、それで「佳作」及び「新人賞」とを受賞したのである。ま、そんなことでもなければ、斯様な展覧会に足を運ぶわけもないのだが、自分の過去においてそんな「賞」などというモノとは無縁に生きてきたものとしても、やはり「おめでとう」とはいっておきたいし、観ずにすませるわけにもいかない。時間的に合致せずに今日は当人に会うことも叶わないのだけれども、とにかくは会場へ行く。
 会場は松戸の伊勢丹デパートのところなんだけれども、松戸という駅で、伊勢丹というデパートは駅に隣接しているわけではなく、少し歩くのだ。このあたり、常磐線の快速の停車する北千住、松戸、そして柏の駅というのは、どこも駅周辺が大きな商業地帯になっている。こうやって松戸の駅に降り立つのも初めてのことと思うけれども、にぎやかな街だ。これがどうして、柏の次に快速の停車する我孫子駅になると急に寂れてしまうのか。我孫子市民となってしまった今となっては、ちょっとくやしい思いもするというものである。
 会場へ到着し、その作品を探すのに時間もかかるだろうと思っていたけれども、意外と早々に発見してしまい、ま、その作品を観るのはこれが初めてではないけれども、「ふむ、情念を感じさせるいい作品だなあ」などと思ったりする。これからも期待したい。

 会場を出て、ちょっと時間が余ってしまったので、駅前の量販古書店とかへ行ってみる。いろいろとみていて内田百里痢屮離蕕筺廚諒幻砲鮓つけ、もう内容も記憶していないし、「ちょっと手のあいたときに読むにはコレだね!」と買ってしまった。それで駅の近くの店で、今日持って来るのを忘れたハンカチとかを買おうとみていたら、バーゲンで折り畳み傘が安く売られているのを見つけた。今持っている(バッグに入っている)折り畳み傘はもういいかげんガタが来ていて、骨が複雑骨折しているわけで、前から「買い替えなくっちゃ」とは思っていたので、買ってしまった。では古い傘はココで捨ててしまおうかとも思ったけれども、その傘にはもう「物霊」が宿ってしまっている。そういうものは、ちゃんと持ち帰って供養してあげないといけない。かんたんに「ポイ」してしまってはいけないのである。
 その「物霊」のことをちょっと書くと、前に使っていた炊飯器が、あまりにボロボロになってしまっても、ずっとけなげにおいしいごはんを炊き上げてくれていて、ついに新しい炊飯器を買って、その炊飯器を捨てるというとき、そこに「魂」がこもっているような気がしてしまい、ゴミ袋に入れるときに「ああ、この炊飯器はあのときにもごはんを炊いてくれていたのだった」とかいう思い出がよみがえり、涙がこぼれそうになってしまった。そういうのが、わたしのいう「物霊」である。そしてその「物霊」は、バッグの中の古い折り畳み傘にも宿るようになっているのである。おろそかにしてはいけない。

 さて次の予定は、三軒茶屋の「シアタートラム」での、チェルフィッチュの新作「部屋に流れる時間の旅」の観劇。松戸から常磐線〜メトロの千代田線とずっと乗って行って、表参道で乗り換えると三軒茶屋へ行ける。一回乗り換えればいいだけだ。便利なものである。
 三軒茶屋に出てちょうど一時頃。ここはまた日高屋に立ち寄って、とんこつラーメンで腹ごしらえをしてから劇場へ。‥‥しかし、劇場内ではまるで知っている人の姿をみかけない。もう、チェルフィッチュも若い人が観るような演劇になったわけだなあとか思ったりする。席にすわって開演を待っていて、いけない、なんだか眠くなりそうだと思う。前に映画を観たときのようにグミキャンディーとか買っておけばよかったな、などと思う。もう外に出る時間もないから「アウト」である。さて舞台が始まってみると、俳優さんの声が小さくて聴き取れない。そうするとよけいに睡魔に襲われるという感じで、やはりコックリコックリと寝てしまうのだった。まあトータルなところでの舞台の印象は受け止めたけれども、細かいところでのセリフの機微などはわからん。

 舞台が終わり、あとは帰るだけなんだけれども、やはりハンカチを買っておこうとか考えて、近くの西友に寄ってみた。なかなかハンカチを売っている場所がわからなくって店内をうろうろしていて、それでけっきょく「これ、いいじゃん」という安くて好みのデザインのTシャツを見つけて買ってしまい、レジの近くでようやくハンカチも見つけ、買い物はおしまい。なんだか今日は予想外にいろいろと買ってしまった気がする。今日もまた代田橋の「N」に行ってみようかという気もちにもなったけれども、財布の中身も軽くなったので、まっすぐ家に帰ることにした。まだ明るいうちに家に帰ることが出来た。

     

 

[]チェルフィッチュ20周年記念・チェルフィッチュ「部屋に流れる時間の旅」岡田利規:作・演出 @三軒茶屋・シアタートラム チェルフィッチュ20周年記念・チェルフィッチュ「部屋に流れる時間の旅」岡田利規:作・演出 @三軒茶屋・シアタートラムを含むブックマーク

 そういうわけで寝ていたので、こまかいところはわからないのだけれども、こういう舞台では「新しい演劇」というような空気は感じられない。ただ、舞台上のいろいろな意味不明の装置などがこれ見よがしに変で、そういうところの主張というのは近年のチェルフィッチュの舞台に共通して感じるものだけれども、う〜ん、「舞台空間」として、どうなんだろうかとは思う。あれだったらもっと、客席ともフラットな空間にして、舞台と観客席とのヒエラルキーを排したものにした方がいいのではないかと思うのだった。

 

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■ 2017-06-23(Fri) このエントリーを含むブックマーク

 この月の始めに姿をみたキジ茶ネコが、またウチの前の空き地に来ているのが、部屋から見えた。ニェッタ以外のネコの姿を見るのも、久しぶりになる。
 昨日のハローワーク応募の件、いつまでも電話が来ないので、業を煮やしてというか、こちらから電話してみた。するとつまりは「もう決まってしまっている」ということ。「決まった」のであれば、ハローワークに「もう受け付けなくていいよ」と連絡せんかい!って思ったのだけれども、しょうがない。ウチから近くて「チャッチャッチャッ」と出来そうな仕事だったから、やりたい気もあったのだけれども。

 さて今日は、杉並の女子美のギャラリーに展示されているEさんの作品を観に行く。仕事の終わったあとにダイレクトに行こうかとも考えたけれども、夕方に出直して、展示を観たあとは代田橋に出て「N」に寄るというのがいいと思い、いちど帰宅して昼すぎにまた出かけることにした。

 今日も晴天で、外は暑そうだ。女子美などというところは行ったこともないのだけれども、ココから行くには、メトロでいちど乗り換えるだけでいいみたいだ。何だか、都内のいろんなスポットに行くとして、たいていはこの地からメトロに直通になっている電車に乗り、どこかで一度だけ乗り換えれば行けるみたいだ。それで定期券は持ってるし、なかなかに便利ではある。
 今日は「国会議事堂前」の駅まで出て丸ノ内線に乗り換え、「東高円寺」まで行けばいい。乗り換える「国会議事堂前」の駅はとってもきれいだ。わたしが毎朝乗り換えたり乗り降りしたりする駅も、この位きれいだといいんだけど、などと思ったりする。乗り換えて「東高円寺」に到着するけれども、目的地をしっかりと地図で確かめてから家を出たわけでもなかったので、「どっちへ行けばいいのか」と、迷ってしまう。そもそも、駅構内にあった駅近郊のマップ、駅を出たところにあったマップと、マップの向きが逆になっていたので、よけいにわからなくなる。

 なんとか目的地のギャラリーに到着し、そのEさんのインスタレーションを観る。暗室の中に設置されたわずかな照明と、ブラックライトとが、部屋中に吊るされた小さなオブジェを照らす。照明のゆっくりとした点滅によって、十何分の微細な光のショーが繰り拡げられる。展示室が完全に暗室として密閉されていなかったのは残念だったけれども、楽しい展示ではあった。

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 Eさんは、この三月にヴェネチア、アルセナーレ(ヴェネチアの有名な造船所跡地)で行なわれたフェスティヴァル「国際アルテ・ラグーナ賞」で、Biafarin HONOR AWARDを受賞されている。今回はその作品ではないけれども、いずれその受賞された作品も国内で見ることも出来るだろう。楽しみである。

 作品を観終わって、大学の構内で缶コーヒーを飲んでいると、そこに「注意」みたいな掲示がしてあり、大学周辺に変質者が横行しているので気をつけるように、ということ。その変質者は身長170〜175センチで、上下とも黒い服を着ているという。それはまるでわたしと同じなので、ちょっとあせって缶コーヒーを飲み干し、大学のキャンパスを飛び出たのであった。

 さて、まだ陽も高いので、このあとは久々に代田橋の「N」へ行ってみようかと考えるのだが、今居るところは杉並区の和田というところ。これはきっと、代田橋辺りまでなら歩いて行けるのではないかと思い、歩き始める。どっちへ行けばたどり着くのかなどまるでわからないけれども、歩いていると「中野区」の表示もあるので、その「中野区」からは離れるように歩けばいいのだろうと、勝手に歩く。
 黒沢清的な風景にも出会う。

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 そのうちに「立正佼成会」の大きな建物のそばを通り、環七の通りに出会った。環七沿いに歩くとコンビニがあったので中に入り、東京の地図を探す。見つけた小さな地図を見てみると、もう代田橋は近いみたいだ。私の歩いた道は正しかった。ただ、危ないことに、そのコンビニに入るまでは道を逆方向に歩いていたのだった。
 コンビニを出て道を逆に辿ると、わたしが昔住んでいたあたりに近くなった。神田川が流れていて、その神田川に沿って西に行けば、わたしの住んでいた家もあるはず。ちょっと行ってみたかったけれども、もうずいぶんと歩いているので疲れていて、「また今度にしよう」と。

 ようやく、「N」に到着。時間は四時半になっていて、一時間近く歩いたことになる。店にはFさんひとりで、何だか新しい夏向きメニュー、「かき氷」の開発実験中だった。電動の「かき氷機」を買ったのだということ。とりあえず二階ギャラリーの作品を拝見して、また一階に下り、ここは「立ち飲み」バーなんだけれども、他に客はいないし、疲れたし、そばにあった椅子に座って、ビールを注文してまったりする。
 店ではちょうど、Lambert & Nuttycombeというカリフォルニアのフォーク・デュオの、"At Home"というアルバムがかかっていた。これはわたしのまるで知らないレコードだったけれども、繊細でセンシティヴで、とってもいいアルバムだった。"Mr. Bojangles"のカヴァーから「それって、Big Starの"Holocaust"じゃないの?」みたいなメランコリックな曲まで、相当に気に入ってしまった。帰宅して調べたら、かつて国内盤CDもリリースされたこともあったらしい。そこまでに価格も高騰していなかったので、「買ってもいいな」と思ってしまった。

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 そのうちにGさんも出勤(?)されて来たけれども、相変わらず客はわたしひとりだ。でも、もうこの通りの常連の人たちや近所の人たちともうまくやってるみたいで、行き交う人たちといろいろと雑談とかされている。この通りはやはりどこかノスタルジックな雰囲気もあるし、店の中で飲んでいても外の通りのことが見渡せて、気もちがいい。

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 「ラム酒ってある?」って聴いてみると、前の東北沢で置いてあったハバナクラブはないけれど、Mount Gayというのを置いてみたという。これはバルバドス島産のラムで、18世紀の初めからつくられはじめたものらしい。ロックで頼んでみると、これがとても美味だった。

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 ついつい、そのラム酒のおかわりまで注文して、店でまったりとのんびりして、七時ぐらいに帰路についた。杉並区べったりの一日だっただろうか。

     

 

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■ 2017-06-22(Thu)

 昨日はハローワークでただ情報を得てきただけだったので、今日はちゃんと窓口へ行って紹介を依頼した。とにかく勤務先は自宅から歩いても5〜6分のところみたいだし、30〜40分の作業で1時間分の稼ぎになるらしい。大した稼ぎになるわけでもないけれども、それでも今のわたしにはありがたい収入になる。うまく採用されるといいのだけれども、ハローワーク窓口からの電話では担当者不在ということで、あとでわたし宛てに電話がくるということ。

 ハローワークのあとはケータイのショップへ行き、「スマホにしたらどのくらいかかるの?」と。とにかくは今の電話番号はもちろん継続して使えるようだし、「ダメかな」と思っていたメールアドレスも引き継げるみたいだ。これは助かる。しかし、見積もりを出してもらうと、月に5400円ぐらいかかるみたいだ。ふむ。このショップをネットで検索すると、もっと安く、4300円ぐらいで(つまり今と同じぐらいで)行ける機種もあるみたいなのだけれども。こういうのが、どうもよくわからないところ。
 でもどちらにせよ、もう今のケータイ(PHS)も限界に来ているみたいだから、早急に機種チェンジしなければならない。それでやはり、先日もアルバイトの募集で「スマホ」を持っている必要があるみたいな求人もあったことだし、今日連絡を取った案件がどうなろうとも、やはりこの際スマホにしておけば安心、だとは思う。そういう世の中になってるのだから仕方がないというか。

 しかしその後いくら待っても、そのハローワークで紹介された会社からの連絡はない。ちょっと「なんだかな〜」という感じになり、「やっぱりダメなのかな〜」と思ったりもする。気分的にはその電話を待っていたので、本を読んだりとかあまり集中することもできず、何だか中途半端な一日になってしまった。

 夕方からテレビのニュースをみていると、自民党の女性議員が自分の秘書にパワーハラスメントしている録音音声が流され、これがかなり強烈なので、笑ったり怒ったりと大変だった。こういうネタはNHKは取り上げないだろうと思っていたら、七時からのニュースで大きく取り上げていた。明日は都議会選挙の告示という日でもあり、まずはここで自民党は都民ファーストの会に敗北することだろう。その後押しになるような騒動だ。
 しかし都議会選で自民党が敗北したとしても、国政レベルでは自民党に対抗する野党(民進党)はあまりに無力ではないのか。わたしは今の民進党に期待することは出来ない。もうこうなったら民進党の保守傾向のヤツは民進党を割って出て、それで自民党内部にもいるはずの、安倍のやり方に同調しないようなヤツらも自民党を出て、いっしょになってもういっちょ保守政党をつくったらどうやねん、と思ったりする。とにかくは今の極右安倍政権の暴走は、どうやってもストップをかけないと。そのストップ役が別の保守であっても、今はかまわないと思う(本来の意味は違うらしいけれども、「白猫であれ黒猫であれ、ネズミを捕る猫は良い猫」である)。それで残った民進党の左派は社民党といっしょになるとか。ま、どちらにせよ共産党はしばらくは勢力を伸ばすことだろう(それを恐れている公明党は「反共産党キャンペーン」を始めたようで、公明党の根っこにある反共精神をあらわにするつもりらしい)。わたしは都民ではない傍観者になるけれども、どうなることやら注視している。

     

 

[]「目白雑録(ひびのあれこれ)2」金井美恵子:著 「目白雑録(ひびのあれこれ)2」金井美恵子:著を含むブックマーク

 読んでいると、金井美恵子は当時「春の惑い」の公開にあわせて来日していた田壮壮監督と、対談をしたらしい。そういわれてみると、むかしの「文學界」か何かに、このふたりの対談が掲載されていたような気もしてくる。
 とにかくはこの本の書かれた時代のことというのは、まさにわたしの記憶が消えてしまっている時期のことが多いわけで、読んでいても「そんなことがあったのか!」とか、「そんな映画があったのか!」みたいな感想ばかりが出て来てしまう。それで、読んでもすぐに忘れてしまうという感じ。しかし読んでいるときは極上に楽しいわけで、当分はこのシリーズを読んでいくことになるだろう。

 そう、この巻だったか、前の巻だったかに、ディズニーの「くまのプーさん」の絵(キャラクター)があまりに酷いという話が出ていて、それはやはり、岩波の石井桃子訳の、アーネスト・H・シェパードの挿画の載っていた本でさいしょに「くまのプーさん」に出合ったわたしとしてもまったくの同感であって、「ディズニー許せない!」という感覚はずっと持ちつづけていた。そんなキャラクターの中でも特に酷いのが「ラビット」で、これはもうまったくの「別キャラクター」になってしまっているし、まずはディズニーのは「まったくかわいくない!」のである(今あらためて見ると、「コブタ」も相当に酷いが)。
 そういうところで、幼少期にアーネスト・H・シェパードの挿画をみるより、先にディズニーのアニメを見てしまう子どもたちのことがかわいそうで、これは世間のお父さんお母さん方は、ディズニーアニメで「くまのプーさん」を子どもにみせてしまうより前に、まずはこのアーネスト・H・シェパードの挿画の載った、石井桃子訳の「くまのプーさん」を子どもに与えるべきだと思うのである。

 

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■ 2017-06-21(Wed)

 わたしは普段はリヴィングで生活しているわけで、テレビもミニコンポもリヴィングに置いてあるし、本棚もリヴィングにある。もちろんそれはそれで何の問題もないのだけれども、和室のベッドに寝っ転がって本を読みたいとかいうとき、「音」がないというのがちょっと寂しくも感じる。だから安いラジカセとかを買って、和室に置ければいいようにも思うのだけれども、そういうお買い物はまだまだ先のお話。それで考えてみたら、今はパソコンはWi-Fiでつながってるんだから、パソコンをそっくりそのまま和室に持って行けば、今のノートパソコンのDVD〜CDプレーヤーは壊れてしまっていて使えないけれども、iTunesだとかYouTubeでもって音楽を聴くことはできるじゃないかと思いあたった。それでこのあいだ、パソコンを和室に移動させてiTunesとかを聴いていたんだけれども、これはまったくOKだった。「なんだ、ラジカセなど買わなくってもいいかな」と思ったわけである。
 ところが、そのノートパソコンをまたリヴィングに移動して使おうと思ったら、電源を入れたときに「使用するネットワークを指定して下さい」とかいわれて、わけのわからないリストが出てくるのである。「こんなのはスキップしちゃえば何とかなるだろう」と、次へ行こうとしたのだけれども、ダメ。しょうがないから「これだろう」というのを指定すると、こんどは「パスワードを入力してね♡」などといってくる。これがわからない。いつも自分があちこちで兼用しているパスワードを入れてみてもダメで、つまりネット接続できなくなってしまった。「これは困った、どうしよう」と思い、もういちど和室に持って行って電源を入れると、ちゃんと接続はできている。ここで「ネットワーク環境設定」というのをみてみると、「変更出来ないようにするにはカギをクリックしてね♡」ということ。「コレだな」と思ってカギをクリックし、それでまたリヴィングに移動して電源を入れてみたら、こんどは無事に接続できた。よかった。
 ちょっとね、こういう作業は普段はまったくやらないから、「わかんないよー」と、ドキドキしてしまった。

 今日は雨。わたしが出勤する早朝にはまだほとんど降っていなくって、傘をさすこともなかったけれども、帰りにはそれなりに降っていた。それで午後には相当の雨になった。梅雨入り後いちばんの雨だろうか。ニェネントが窓際ですわり込んで、ずっと外に降っている雨をみていた。何を思いながら雨をみているのか。

 その仕事の帰りに、我孫子駅まで乗り越してみて、ハローワークに立ち寄ってみた。毎日の仕事ではなく、しかも一日に四時間とか五時間ぐらいの仕事があるといいのだが、そういうのはなかなかない。たまにあっても、そこで働いている人の内訳をみると全員女性だったりして、「そうか、男が働くような所ではないか」ということ。でもみていると、この自宅近郊でちょっとした短時間の、なかなかに都合のいい求人が出ていたのを見つけた。ただ、条件として勤怠情況把握のためにスマホアプリを使うということで、つまりスマホを持っていないとダメということ。どちらにせよ今持っているケータイ(PHS)ももう限界なので、買い替えなければと思っていたところだったし、その求人で見通しが立つようならばスマホにしましょう、ということになるみたいだ。

     

 

[]「ベンドシニスター」ウラジーミル・ナボコフ:著 加藤光也:訳 「ベンドシニスター」ウラジーミル・ナボコフ:著 加藤光也:訳を含むブックマーク

 1947年に発表された、ナボコフがアメリカで書いたさいしょの作品ということ(もちろん英語で書かれた)。ナボコフ自身が1964年に書いた序文によると、「親切な友人エドマンド・ウィルソンがタイプ原稿を読んで」、出版社に推薦してくれたことにより出版されたらしいのだけれども、別の本のナボコフの年譜をみると、この作品はエドマンド・ウィルソンの不興を買ったということになっている。エドマンド・ウィルソンは、タイプ原稿を読んだ時点では「これはいい」と思ったのが、じっさいに出版されてみると気に入らなかった、ということか。それは、タイプ原稿から大きく改稿されていたということなんだろうか。

 これはナボコフには珍しいディストピアものというか、ヨーロッパの架空の独裁・全体主義国家を舞台として、そこで翻弄される知識人主人公の物語。この主題から「ナボコフも社会批評的な小説を書いたのか」というような反応に対して、ナボコフはその序文で「わたしは<誠実>でもなければ<挑発的>でもないし、<風刺的>でもない。教訓作家でも寓意作家でもない」としている。しかしここには間違いなく、ナボコフ自身の、ロシアからの亡命体験というものは反映されてはいるだろう。ナボコフ自身が何といおうとも、ここで描かれる<国家>はソヴィエトやナチスドイツを思わせるもので、その形態はバカげたものではあり、「個人の尊厳」を脅かすものとして描かれていることは確かだと思う。その中で主人公のクルーク周辺の人物をきっちり描くことで、友情、そして家族愛というようなものが浮き彫りになる。さいごに残るのは、「失うことの悲しみ」なのだろうか。

 そしてこの作品で興味深いのは、そうやって「個」が迫害される情況を描きながらも、そこに書き手であるナボコフ自身の介入によって、この作品自体の「自由さ」とでもいうものが守られている、とでもいうようなことだろうか。主人公のアダム・クルークがまさに「絶望」しか残らぬ情況におちいったとき、ナボコフ自身である「わたし」が、作品のなかにまるで「神」のように登場する。

ちょうどその瞬間、わたしはアダムに深い憐れみを感じて、斜めに射す青白い光線にそってそっと彼に近づき――即座に彼を狂わせ、そのかわり、すくなくとも必然的な運命がもたらす無意味な苦痛からは、彼を救ってやったのだ。

 このユニークな、作者による作品へのアプローチに、この作品の本質があるだろうか。まさにこれが「書かれた本」であることをあらわにするような、そもそもの「本を書く」という行為と、その書かれた「作品」との関係こそ、ここで読み取らなければならないのではないか。そう考えると、この小説の中には主人公のクルークが友人と語る「ハムレット」の解釈についての記述がつづく場面もあり、これは「読むことの意味を考える」ことから逆算し、「読まれる本を書くという意味」について書かれた、という側面もあるのではないか。そんな気がした。

 

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■ 2017-06-20(Tue)

 ついに今日は、ニェネントの七回目の誕生日。ニェネントは七歳である。七年間、生きてきた。そのあいだずっと、わたしといっしょだった。なんだか、考えると不思議なことだと思う。今でもわたしは、ニェネントの思っていることがまるでわからない。ただそのときそのときの瞬間の積み重ねで生き、そんな中で習慣的行為も生まれてくる。そんな存在。わたし以外の人間のことはずっと恐れてばかりだし、わたしのことだってどこまで信頼していることやら。ただの「ごはんをくれる存在」でしかないような。
 だからというわけでもないけれども、今日はニェネントの好きそうな食べものをいっぱいあげた。「カツオのたたき」、そして「クリスピーキッス」という、ちょっと高級なドライフーズ(「ネコ用スナック」ということ)。さすがに「高級」なだけのことはあって、わたしの手のひらに乗せたそのドライフーズに、むさぼるように食らいつくニェネント。食べ終えるとわたしの手のひらをペロペロなめ、包装袋を捨てたゴミ箱をひっくり返して包装袋を引っぱり出してくる。

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 保険料や税金の請求、払い込み用紙がまとまってあれこれと送られてきて、これがたいへん。特にこの六月末までに払わなければならないモノを合算すると、完全に今の収入ではアウト。持ち出しになってしまうようだ。「やはりWワークでもうひとつ」もしくは「完全にあたらしい仕事を探す」とかしなくっちゃいけないか、などと思って、スーパーに置いてあったフリーペーパーの求人誌を持って帰ってペラペラとめくってみたのだけれども、どうも若い人向けの求人情報ばかりのようで、これは役に立ちそうにない。もういちどハローワークとかに行ってみようか、などと考える。

 そう、スーパーから帰るとき、久しぶりに「ニェッタ」の姿を見た。元気な姿を見ることができてうれしい。

     

 

[]「神前結婚」嘉村礒多:著(昭和文学全集 第7巻より) 「神前結婚」嘉村礒多:著(昭和文学全集 第7巻より)を含むブックマーク

 昨日読んだ「途上」が、当時の「中央公論」に掲載されるとなってからの騒動を書いたもの。「中央公論」の誌名こそ書かれてはいないけれども、「これで<日本一>になった!」と、たいへんなはしゃぎようである。それで両親と、同棲相手でいっしょに帰郷しているユキらと、近郊の神社へ行く。そこで父親がユキに酒の杯を勧め、主人公にも「お前もユキさんに上げえ」というわけで、「これはユキを息子の嫁と認めての親子杯なのか」と気づくというような話。

 Wikipediaで「嘉村礒多」の項目を見たのだけれども、この「神前結婚」は嘉村礒多が35歳で亡くなる1933年の、一月に発表された作品。読んでいる「昭和文学全集」巻末の年譜によると、この晩年に彼はユイスマンスに傾倒していたという。まあわたしなどの知るユイスマンスは、その後期の「象徴主義」というか「神秘主義」にどっぷりのユイスマンスだけれども、それ以前のユイスマンスはエミール・ゾラの影響を受けた自然主義作家だったというから、そのあたりに傾倒したのだろう。まさか「さかしま」を読んだわけでもあるまい。

 しかしこの嘉村礒多という作家、郷里の山口では地元出身の大作家扱いというか、彼の生家は山口県の観光スポットになっているし、「礒多が餅」という、嘉村にちなんだお菓子も販売されているという(Wikipediaによる)。‥‥なんか、わたしにはこういう感覚は理解出来ないというか、DVでもって自虐感あふれるこんな人物を、「郷土の誇り」みたいにするものなのか。きっと、こういう「自分のこと」だけにかまけたような作家というのは、振幅が少ないから逆にわかりやすいというか、その作品に具体的にどこそこの場所が書かれているということもあるだろうし、つまり「土地」との結びつきが強いのだろうか。これが例えば先に読んだ中島敦なんかだと、とてもこうはいかないではあろうよ。あ、中島敦の実家は日本橋だから、そりゃありえないか。

 嘉村礒多といえば、車谷長吉が「影響を受けた作家」として語っているし、この「昭和文学全集」でも、巻末の「嘉村礒多・人と作品」は秋山駿が書いている。まあ「みずからの<業>というものを徹底して書いた作家」という見方が出来るようだけれども、嘉村礒多がそのあたりにじっさいどのくらい自覚的だったのか、わたしはかなり疑問に思うところがある。

 

[]「昇天 旅順入城式より」内田百痢著(昭和文学全集 第7巻より) 「昇天 旅順入城式より」内田百痢著(昭和文学全集 第7巻より)を含むブックマーク

 ‥‥ああ、ようやく嘉村礒多地獄から脱却した。そう、「コレよ! コレが小説ってものですよ!」って感じで、夢中になって読んだ感じ。
 内田百里藁磴痢岼に捨鷦屐廚箸「ノラや」とか、後期の名随筆はいろいろと読んだものだったけれども、その小説を読むのはこれが初めてだと思う。そして、この「昇天」はすばらしい。どこか「この世」のことでないような、夢のような世界が拡がるのだけれども、その中で語り手の「私」のいる位置がしっかりしているというか、リアリティの生まれる所存である。「私」と、その病院に入院している「おれいさん」との会話に惹き込まれる。そんな中で、舞台になる病院が「耶蘇の病院」だということ、「おれいさん」が病院の廊下で見たという「奉安室」のことなどが、まさに「昇天」に向けて収束して行く。こころに残る小品だった。

 

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■ 2017-06-19(Mon)

 お気に入りの野良に「ニェッタ」と名前をつけたら、とたんにその姿を見かけなくなってしまった。う〜ん、ニェッタの住まいを何度ものぞき込んだりしたもんだから、「もうココには住めない」とか思われてしまったのかしらん。そうだとしたら悪いことをしてしまった。どこか別のところに引っ越ししてしまったのだろうか。心配になってしまう。

 使っているケータイの、バッテリーがそろそろいい加減、寿命になってきたみたいだ。一日充電しないで放っておくと、もう「アウト」になってしまう。だから今は、朝に仕事にケータイを持って行き、帰宅したらすぐに充電器に差し込んでおかなくてはならない。そもそもケータイというのは電車に持ち込んだりして高速で移動すると、それだけバッテリーの消耗もはげしいものだと聞いたことがある。今は往復二時間近くも電車にケータイを持ち込んでいるわけだから、消耗の加減もかなりのものだろう。前からの懸案ではあったけれども、さすがにいい加減機種交換とかしなくてはならないだろう。「新しくするんならやっぱり<スマホ>にしようかなー」なんて考えてもいたけれども、出来れば電話番号は変更したくないということもあり、今の契約会社で引き継ごうかなと思うし、何も時流に乗って無理にスマホにしなくってもいいじゃないか、とも考える。とにかくは金がかからないのがいちばん!ではある(本当はケータイの方のメールアドレスも変更したくないけれども、これは先日聞いたところでは継続は不可能らしい)。

 今日は昼から、先日図書館からもらってきた本のうち、「不気味な建築」というのを読み始めたのだけれども、この本、ネットで検索してみると、「原書は画期的名著、邦訳は画期的悪訳」などという評価が出てきた。う〜ん、内容はポオやユーゴーとかの文学にあらわれる「ホーンテッド・ハウス」みたいなものから説き始める、とっても面白そうな本なんだけれども、たしかに「序文」のところの文章は読みにくかった。二十年ぐらい前の翻訳書だけれども、今でもそういう「悪訳」というのは存在するのだなあ(あたりまえか)。わたしの若い頃なんかは、そういう誤訳、悪訳の本は巷(ちまた)にあふれかえっていたような印象もあり(特にシュルレアリスム関係の翻訳とか)、読んでても「わけわかんないよ〜」てなモノがいっぱいあって、はたしてそれがわたしの読解力の欠如によるものか、翻訳の悪さによるものか不明なことはよくあった。そういう意味では、今は読みたいとは思わないけれども、澁澤龍彦氏の翻訳なんかは読みやすかったことはたしかだったかな。

     

 

[]「途上」嘉村礒多:著(昭和文学全集 第7巻より) 「途上」嘉村礒多:著(昭和文学全集 第7巻より)を含むブックマーク

 もう嘉村礒多もあまり読みつづける気もないのだけれども、この「途上」は嘉村礒多の出世作だということで、ふたつぐらいすっ飛ばして、この作品にワープした。
 これもまた自分のことというか、今回は寄宿舎の中学時代までさかのぼってからの自伝的作品。結婚〜駆け落ちという流れは何度も何度も読まされた話だけれども、今回は初恋の話だとかもプラス(かなりめちゃくちゃな初恋ではある)。「自伝」にしたかったわけだろうか、いろんな話が詰め込まれて一貫性がないわけで、その初恋の話はいいのだから、そこいらでもっと求心的に構成をまとめれば、読みがいのある作品になったような。

 

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■ 2017-06-18(Sun)

 今日は午前中から買い物に出た。奥の「スーパーマーケット」では、今日が「父の日」だというので、スコッチウィスキーを安く売っているらしい。それが目当てだったのだけれども、「今日の夕食はレバニラ炒めにしようか」とか考えて(レバーは冷凍庫にいっぱい在庫がある)、ニラとかも買う。帰りに手前のスーパーにも寄り、「あさってはニェネントの誕生日だし」と、わたしが勝手に<ニェネントの好物>だと思っている「カツオのたたき」を買い、それと、「手からあげる“しあわせ”」だというネコ用のおやつも買ってみた。「今週は<水炊き>もやろう」と、豆腐や長ネギとかも買い、しかも千円以上の買い物をすると玉子が98円になるというのにつられてしまって、チーズだとかインスタント・コーヒーとかも買ってしまった。すっかり店の思惑にはめられて、思ってた以上の買い物である。ま、これで今週はもう何も買わなくっていいかもしれない。

 帰宅してのんびりしていると、なんと、ニェネントが窓の外にいて、こっちを見ている。「いったいどうして外にいるんだ」とあせり、網戸を開けて家に入れるようにするけれども、ニェネントは戻って来ようとしない。逆に向かいのウチの敷地の奥に行ってしまい、姿が見えなくなってしまった。これはあせった。その敷地の中にはわたしが入って行くわけにはいかないし、裏側にまわってさらに見知らぬところまで行ってしまったら大変である。「ニェネント〜っ!」と呼んでみるけれども、そもそもが、自分の名前を呼ばれても反応しないバカネコである。こういうときにはアレである。ネコ缶を持ち出して、その缶の蓋をカチャカチャいわせてやるのがいいに決まってる。食欲しかないネコなのだから。カチャカチャカチャ、ほら! 出てきたぞ! しかし、何て単純なネコなんだ。部屋の中にニェネントが飛び込んで来たのを待ち受けて、窓を閉める。騒動はおしまい。
 しかし、なんでニェネントは外にいたんだろうか。わたしが買い物に行く前にもう出ていたのだろうか。出かける前に窓を閉めようとして、そのときにまちがえて網戸を開けてしまい、そのわずかなスキに飛び出してしまったんだろうか。ちょっと考えられないことだ。
 ニェネントが外に出たがるのは、ネコ草を食むためということがあって、外に出るといつもそこいらの草をかじっているのだけれども、この頃はもうウチのまわりの草はぜんぶかじってしまって、それで向かいの家の敷地にいっぱい生えている草にひかれたのだろう。これからも、外に出るチャンスがあればきっと、向かいの家まで行ってしまうことになるんだろうな。

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 さてそれで、しばらくわたしがリヴィングでパソコンとかみていると、なんと、またしてもニェネントは外に出ているのである。今回はかんたんに部屋に戻すことが出来たけれども、これはつまり、和室の窓から外に出ているとしか考えられない。和室に行ってみると、今日はこちらの窓も開けて網戸だけにしてあったのを、ニェネントはその網戸を自力で開け、そのすき間から外に飛び出していたのだった。‥‥そうか、いくらバカでも、そのくらいの知恵は持っていたのか。これからは気をつけないといけないな。

 買って来たスコッチウィスキーを飲んでみるのだけれども、それほどには美味い酒でもなかった。しかし、この位がちょうどいいというか、あまり美味しいとどんどん飲んでしまうことになる。せっかくこのところ、アルコール摂取量を大幅に減らせたというのに。
 酒を飲んだせいもあるだろうけれども、昼すぎから長い午睡になってしまった。目が醒めたらもう五時を過ぎている。三時間以上は寝てしまっただろう。それで夜はその分遅くまで起きているかというとそういうこともなく、八時過ぎにはもう寝てしまうのだった。

     

 

[]「曇り日」嘉村礒多:著(昭和文学全集 第7巻より) 「曇り日」嘉村礒多:著(昭和文学全集 第7巻より)を含むブックマーク

 もういいかげん、嘉村礒多を読むのはやめにしたい。この作品では、前からそういうところはあったのだけれども、DVの発露、炸裂である。彼は相変わらすオイオイ泣くし、読んでいて「ば〜か!」としか思わなくなってしまった。

 

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■ 2017-06-17(Sat)

 実は今日は、前の住まいのある町へ行くことにしてある。ひとつはその町の図書館で、不要になった図書を一般に譲渡する「リサイクルフェア」というのをやっているので、交通費をかけてでも行って、本をゲットして来たいという考えでのこと。それとやはり、わたしの住んでいた住まいが今はどうなってしまっているのかを見たいという好奇心もある。今日は土曜日なので、週末はその町(下館)へ行く関東鉄道は「一日フリーきっぷ」というものを発行しているので、普段の半額の運賃で利用出来るわけでもあるし。

 朝の八時頃に家を出て、取手駅へ行って関東鉄道の常総線に乗る。そんなとき、Dさんからケータイに電話がかかってきた。「どうしたんだろう、珍しいな」と思って電話に出ると、「さっき、電話くれた?」という。どうやらバッグの中のケータイが何かに触れたかわたしが触ったかして、Dさんに電話してしまったみたいだ。「ごめん」ということで電話を切ったけれども、ケータイのアドレス帳を引っぱり出して、その中からDさんを選んで電話をかけるというのはなかなかに複雑なプロセスで、そういうことが<ケータイがぐちゃぐちゃいじくられた>ということで実行されてしまうというのは、とにもかくにも不思議なことだなあ、とは思うのだった。
 常総線のちっちゃな車両で北上し、だんだんに筑波山が大きくなり、いつの間にか電車の右側に見えるようになる。もう下館だ。一時間半ほどの旅程だっただろうか。

 まずは駅を出て、元の住まいのアパートへ行ってみた。まだ取り壊しは始まっていないけれども、立ち入り禁止のチェーンが張られている。中は夏草が伸びている。その他は二ヶ月前、わたしが出て行ったときと変わりはない。ひょっとしたらこのままいつまでも、<廃墟>として放置されるのだろうか。
 しかしなぜか、わたしが過去に住んでいた住まいはどこもかしこも、今はもうなくなってしまっている(杉並の家はまだあるらしいけれども、前に行ったときには見つけることは出来なかった)。
  わたしが生きていたという痕跡はしだいに消えて行く。ついにはわたしが死ぬことで、すべては忘却の海に沈んでしまう。そして、今では消去法もわからず、誰も見ることもなくなったまま残っているわたしのホームページが、それこそゴーストとして、いつまでもサイバー空間にただようことになるだろう。

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 廃墟に別れを告げ、図書館へと向かう。もう時間は十時半を過ぎていて、熱心な人はきっと、開館時間の十時にはもう、図書館に駆けつけていたのだろう。見た感じ、置かれているリサイクル本も少なく感じた。もうめぼしい本は皆、持って行かれたあとなのか。ざっと見て歩いて、海外文学図書が一冊も見あたらなくってちょっとがっかり。でも普段意識しない科学書とかに面白そうなものがいろいろとあり、なんだかんだと、かなりもらって来てしまった。こんな感じ。って、こんなに読めるのかな?

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 大きな荷物をかかえて帰りの電車に乗り、「どこかで昼飯を食べて帰ろうか」とも思ったけれども、そこは節約節約。「もうちょっと我慢して」と自分を奮い立たせ(というほどのものでもないが)ようやく、一時頃に家に戻った。
 かんたんに昼食をすませ、もらってきた本にあれこれ目を通したり、パソコンでネットを見たりしているうちに時間が過ぎていく。ネットで注文してあったナボコフの文庫本、「絶望」と「偉業」もようやっと届き、「これからもますます、本に埋もれた日々になるなあ」などと思う。

     

 

[]「孤独」嘉村礒多:著(昭和文学全集 第7巻より) 「孤独」嘉村礒多:著(昭和文学全集 第7巻より)を含むブックマーク

 嘉村礒多、こんどは子どもが生まれたときの話である。生まれたばかりの赤子をみて、獅子鼻だけは自分に似ているけれども、あとは全体に妻に似ているようだから、「これならば成長の後、自分の容貌に悲観する程のことはあるまい」と、ホッとする。そして「嬰児が生れた暁には屹度(きっと)彼女の自分への愛は根こそぎ嬰児に奪われてしまうに違いないと始終恐怖を抱いていたのだが」、妻の態度はまさにそのように感じられるわけで、「私はわなわな顫(ふる)えながら嬰児を憎い奴だと思った」のである。さらに産後の妻が醜くなったと感じたり、妻に「産婆さんにお礼に行ってくれ」といわれてプッツン切れてしまったりする。困った人である。ただそれだけ。

 

[]「足相撲」嘉村礒多:著(昭和文学全集 第7巻より) 「足相撲」嘉村礒多:著(昭和文学全集 第7巻より)を含むブックマーク

 これは嘉村礒多が出版社に勤めていたとき、Z・K氏の小説口述の筆記役をしていた頃の話。Z・K氏とはつまり、これまた私小説作家の葛西善蔵のこと。「Z・K」では読む方でも「ああ、こりゃあ<葛西善蔵>のことだ」とたいていはわかっちゃうわけで、プライヴァシーとかそういう問題はもう、どうでもいいらしい。とにかく嘉村礒多という人物、じっさいに自分の身の回りに起きたことしか書かないのではあるのだろう。

 

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■ 2017-06-16(Fri)

 朝、トロワの住処の廃車の中をのぞいてみた。いたいた。わたしのことをみても逃げないのは、やはりわたしのことを認知してくれているのだろうか。いちばんさいしょにトロワを見たときは、「なんて変な顔なんだ」と思ったものだったけれども、今はもう、とても愛らしく思えてきた。やはり世界のすべてのネコは、生まれついて「かわいい」という宿命を負っているのだ。わたしはトロワのことが大好きになっている。それで、トロワにも、ニェネントと同じように西アフリカのウォロフ語の名前をつけてあげようと思った。勝手なものだけれども、さいしょは「サード」と呼び、次に「トロワ」と呼んだりしたけれども、つまり「3」という意味。つまりこのコは、わたしがここに転居してきてから、三匹目に出会ったネコだったわけだ。ウォロフ語で「3」は「ニェッタ」である(わたしは今では、ウォロフ語の数の数え方は完全に暗記している)。「ニェッタ」、ネコにぴったりの、いい名前ではないか(ウォロフ語の数はみな、ネコの名前にぴったりなんだけれども)。ちなみにまた書いておくと、「ニェネント」とはウォロフ語の「4」のこと。5匹のきょうだいの4番目としてニェネントと名付けたわけだった。そのときのきょうだいには皆、ウォロフ語の1から5までの数の呼び方で名付けていたわけだけれども、残ったのはニェネントだけになってしまった。だから「ニェッタ」にも、ずっと前に同じ呼び名のネコがいたわけだけれども、あなたは二代目、これからはニェッタと(勝手に)呼びます。

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 夕方から雲行きがあやしくなり、遠くで雷鳴も聞こえてくる。夕立ちになりそうだ。買い物をしておきたかったので、「降られてしまうかな」と思いながらも、傘を持って外に出た。もう、少し降り始めていたけれども、あまり強い降りにはならないうちに買い物をすませ、部屋に戻った。それから三十分ぐらいしてから、窓の外から雨の落ちる音がひびいてきた。外を見るとあたり中、落ちてくる雨粒ではげしい水しぶきがあがっている。空き地にある廃車の屋根、ウチの前の駐車スペースとか、しぶきが白く跳ね上がりつづける。離れた家の雨樋から、水が滝のように落ちて行く。爽快な気分で、しばらく窓から外をながめていた。「ニェネント、みてごらん! いっしょに見ようよ!」と思っても、ニェネントはどこか見えないところに行ってしまっていた。

     

 

[]「秋津温泉」(1962) 藤原審爾:原作 吉田喜重:脚本・監督 岡田茉莉子:企画・主演 「秋津温泉」(1962)   藤原審爾:原作 吉田喜重:脚本・監督 岡田茉莉子:企画・主演を含むブックマーク

 自分でDVDにコピーしたものが出て来た。わたしには吉田喜重といえばこの作品で、久しぶりに観てみた。
 この作品は岡田茉莉子の出演100本記念として企画され、藤原審爾の原作を読んだ岡田茉莉子がその原作を推し、監督に吉田喜重を指名するという、プロデューサー的なことをやっている。作品の中での彼女の衣裳も自分で選んだそうな。当時年間十本以上の作品に出演していた岡田茉莉子だけれども、やはりこの作品に賭けるところは大きかったのだろう。ほぼオールロケの撮影も、じっくりと秋津温泉(じっさいには奥津温泉)の四季をとらえているから、撮影期間もかなり長期にわたるものだったころだろう。岡田茉莉子の相手役も、さいしょは芥川比呂志でスタートしたものの病気降板、急きょ長門裕之で撮り直したらしい。

 これは全篇、新子(岡田茉莉子)と周作(長門裕之)とのふたりの物語。終戦まぎわに、胸を患う周作は岡山の秋津温泉を死に場所にと訪れ、そこで倒れて旅館の新子の看護を受ける。周作は健康を回復するが、新子を心中に誘う。もちろん新子に彼と死ぬ気などない。戦争が終わり、玉音放送に涙する新子に、周作は生きる気力を取り戻す。ふたりは互いに惹かれるものを感じる。戦後の混乱の中で周作は、都会で堕落した文学青年になって行く。数年後に秋津を訪れる周作のそんな姿をみても、それでもやはり新子は彼に惹かれるのだった。結婚し文芸記者になる周作もまた新子への思いは断ち切れないのか、東京へ出る前にまた秋津に姿をあらわす。「これが最後」と別れるふたりだが、新子は周作のあとを追い、駅前の旅館にふたり泊まり、次の朝に駅で別れる。しかし、周作はまたひとたび秋津を訪れるのだった。温泉は零落し、旅館をまかなうようになっていた新子は、旅館を廃業しようとしている。

 原作が発表されたのは1947年というけれども、この作品では戦中から1960年ぐらいまでのことが描かれているわけで、それは原作によるものとは考えにくい気がする。やはりこれは吉田喜重の脚本によるアレンジなのだろうか。しかし、この作品の成立する大きなポイントはやはり、戦中戦後の日本という国の動向が、周作と新子の戦中戦後に深くからんでいるということにもあるだろう。そのことが、この作品のつくられた1962年という時代の「日本」への、ひとつの疑問符にもなっているように思うのは、わたしの考えすぎなのだろうか。
 ここでは、周作という男のダメダメさ加減、情けなさというものもインパクトがあり、それは安保闘争の敗北感につつまれた当時の日本にどこか、リンクしてくるものがあるのではないだろうか。いやしかし、このような「ダメ男」というのは、この日本での小説、映画、テレビドラマとかでひとつの伝統的表現になっているというか、ちょうど今読んでいる嘉村礒多の小説の「ダメ男」ぶりであるとか、映画でいえば例えば「吉原炎上」の根津甚八の「ダメ男」みたいな、きっと探せばもっとあることと思うけれども、それは「私小説」という表現から出てきたものかとも思うところがあるけれども、ひとつの伝統みたいなものがあるのではないのか。

 いやしかし、この作品、わたしには「映画的」な美にあふれているのではないかと思う。特にこの構図とカメラワーク、カット割りのすばらしさには瞠目してしまうわけではある。撮影は成島東一郎。秋津温泉の四季(といっても「雪」と「桜」で季節を知るだけかもしれないけれども)の美しさもあるけれども、わたしには、まるでヨーロッパ映画みたいにみえた、駅での新子と周作の別れのシーン。これはもう、たとえそれがそういうヨーロッパ映画を規範としていたとしても、「名画」の風格があると思った。すばらしい。林光の音楽も切なくこのメロドラマを支えるのだけれども、ちょっと不要なところもあったような。

 あとはやはり岡田茉莉子の演技のすばらしさというか、ワンカットの中のフッとした表情の変化の中にも、「ここに<女優>が存在する」ということを強く感じさせられてしまう。そして長門裕之も、「ダメ男」というものをみごとに演じていたのではないのか。ラストの、おろおろするしかない彼の姿に、哀れさをも感じさせられた。

 

[]「生別離」嘉村礒多:著(昭和文学全集 第7巻より) 「生別離」嘉村礒多:著(昭和文学全集 第7巻より)を含むブックマーク

 これまた、今まで「業苦」や「崖の下」で書かれた駆け落ち話をまた繰り返し、今回はもうちょっと先のことまで書かれているけれども、いったいこの人はいつまでも、この自分のことを何度でも書きつづけた人なのか(「私小説作家」なんだからしょーがないか)。相変わらず、「オレはダメ男だ」ということをクドクドと書き、そしてすぐに涙を流す。困ったな。
 どうも、この嘉村礒多という人には、「オレはダメ男だ」ということ以外に、原理とするものがないのではないのか。観察眼は秀でたものがあるのだと思うけれども、すっごく生意気なことをいってしまえば、「思想がない」という感想になる。これは当時の文壇の左翼的傾向への反動として読まれたのかもしれないけれども(嘉村礒多自身も、作品の中でマルクス主義文学なんてつまらないみたいなことを書いていたような)、どうも読む価値はないのではないかという気はする。まあもうちょっと読んでみようか。

 

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■ 2017-06-15(Thu)

 今日は「共謀罪」法案などという、とんでもないモノが国会で成立してしまった。わたしが早朝に仕事に出るときにはまだ審議中だったけれども、仕事の終わった九時にはもう、成立してしまっていたわけだ。ここは「そんな法案の成立は認めるわけにはいかない!」という意思表示はしておきたい。そうでなければ、「生きている」などということは、意味を持たなくなってしまうことでもあるのだ。わたしの勤務先は都心で、国会議事堂前も近いので、仕事の終わったあと、「集会をやっているかもしれない」と、メトロで国会議事堂前に行ってきた。
 「国会議事堂前」という駅はじっさいには議事堂の横になるわけで、ぐるっとまわって議事堂の正面に出る。議事堂内には修学旅行らしい制服の少年少女らが集っていた。って、こんな日に議事堂に来るわけか。引率の教師は何て説明するんだよ。「ここは国民に選ばれた代表者(国会議員)が、国民のために国の大事な法律を決めるところです」とかいうのかね。よりによって「共謀罪」の成立する今日という日に。この今日という日、日本は国民の大切な人権を放棄し、民主主義を捨て去ったのだと記憶してほしい。
 そしてまた、この今日という日、6月15日というのは、今から57年前に、樺美智子さんという若い女性が、この議事堂の前で国家によって抹殺された日でもあるのだ。その57年前の日本の首相は岸信介という、これは戦犯であった人物であり、実は今の首相の安倍晋三はその孫なのだということを知ってほしい。‥‥しかし何ということだ。同じ血をひく一族が日本の専制政治を支配している。これでは北朝鮮と同じではないか!

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 しかし、どこにも「共謀罪」に反対するような抗議集会は行われていないようだ。でも、歩いていると「共謀罪NO!」というプラカードを持っている人が三人ほど並んでおられたので、そちらへ行ってみた。話しかけてみると、「共謀罪」は六時頃に成立してしまったらしい。それまで抗議集会は行われていたらしいけど、それはいちど解散して、また昼から集会が開かれるらしい。

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 少しその三人の方と話をしたけれども、野党の戦術を批判される三人の話を聞きながら、「批判されるべきは<わたし>ではないのか」という気もちになり、「わたしはなぜここにいるのか」と、いたたまれない気分にとらわれてしまってその場を離れた。

 帰りの電車の中でナボコフの「カメラ・オブスクーラ」を読み終わり、次は「キング、クィーンそしてジャック」を読むつもりで持ってきていて、まずはナボコフの書いた序文を読んだりしたのだが、ナボコフには彼には珍しい全体国家の恐怖を描いたカフカ的な小説、「ベンドシニスター」というのがあったことを思い出し、どうせこのあと我孫子図書館に行くつもりでいるから、次はそれを借りて読むことにした。リアルな気分で読むことが出来るだろうか。

 そういうわけで我孫子駅まで乗り越し、手賀沼公園の方へと歩き、その際にある我孫子市立図書館(「アビスタ」という)へ入った。「ベンドシニスター」は開架に並んでいてすぐに見つけることが出来たが、もう一冊借りようと思っていた「目白雑録2」は見あたらない。設置されている検索パソコンで検索すると、「受付にある」というような表示がされる。つまりその探す本の情報をプリントアウトし、受付に持って行けば、閉架から持って来てくれるわけだ。これはまさに「こうあるべき」というシステムなのだけれども、今までの図書館では、その本の情報を紙に自分で書き写して、それで提出しなければならなかった。とにかくはプリントアウトもかんたんで瞬時にできるし、とっても快適である。
 この図書館はウチからちょっと遠いというのが難だと思っていたけれども、こうやって、仕事の帰りに電車を乗り越して来ればいいわけだ。やはりこれからは我孫子の図書館を活用しよう。

 図書館の帰りにちょっと手賀沼公園に足を向け、また白鳥の姿を見たりした。ここには今の季節、複数羽の白鳥がいるようだ。今日も、見えるところだけでも四羽の白鳥がいた。共謀していたのだろうか。

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[]「カメラ・オブスクーラ」ウラジーミル・ナボコフ:著 貝澤哉:訳 「カメラ・オブスクーラ」ウラジーミル・ナボコフ:著 貝澤哉:訳を含むブックマーク

 この作品は1932年、ナボコフ33歳のときにロシア語で執筆された作品で、1938年になってナボコフ自身が英訳し、「Laughter in the dark(闇のなかの笑い)」のタイトルで刊行されている。わたしはむかし、このナボコフ自身の英訳から翻訳されたものを読んでいる。この「カメラ・オブスクーラ」は、そのロシア語版からの本邦初訳。英訳版とはかなりの異同もあるらしい。

 さて、この作品、どう読んだって「ロリータ」の原形というか、「ロリータ」にダブる展開になっている。こちらの舞台はベルリンを中心としたヨーロッパで、主人公のブルーノ・クレッチマーは裕福な美術鑑定人で、妻子のある身である。実のところこれまでの彼の恋愛体験は貧弱なものというか相手に恵まれなかったというか、いい思い出がない。妻と結婚したのも成り行きだった。彼は妻を愛していると感じ、妻に忠実だったけれども、「その辺のすてきなうら若い娘たちを自分のものにしたい」という、「ひそかな、しかしどのみち無理な、意味のない渇望」は妻には隠していた。そんなクレッチマーはあるとき、映画館の案内係をしていたマグダという十六歳の少女を見染める。それで何とかクレッチマーはマグダとの「交際」をはじめるのだけれども、マグダは思ったよりもしたたかで、クレッチマーは妻子を捨ててマグダとの逃避行に出ざるを得なくなる。しかもそこにマグダが以前付き合っていた男(クレッチマーの知り合いでもあった)が現われ‥‥。クレッチマーはつまりは小心者で、妻と別れることなど出来ないと思っているのだけれども、マグダに「奥さんと別れてちょうだい」といわれると「そうするよ」と答え、ずるずると深みにはまっていく。

 タイトルの「カメラ・オブスクーラ」というのは写真機創成期の「暗箱」のことで、これはこの作品の終盤にクレッチマーが自動車事故で盲目になってしまうことをも思わせるけれども、いろいろと暗示的なタイトルではある。そもそものクレッチマーとマグダとの出会いの場である「映画館」というものも巨大な「暗箱」のようなものだし、実はクレッチマーは盲目にならなくってもずっと、マグダを知ってからは「暗箱」の中にいたのだ、ということもできるだろう。ここで彼の職業が「美術鑑定人」という、「見ることを生業とする人」だということも面白く、それが終盤の「悲喜劇(?)」を際立たせるかもしれない。
 とにかくはこのクレッチマーという男、滑稽なほどに情けなさを感じさせる男で、いったいこの先どうするつもりなのか、マグダと別れないのならもう破滅するしかないではないかという感じで、計画性を持って行動していた「ロリータ」のハンバート・ハンバートとはかなりの差異がある。というか、ちょうどこの本を読んでいたときに、並行して嘉村礒多の「業苦」とか「崖の下」とかを読んでいたわけだけれども、その「業苦」とかの主人公もまた、妻子を捨てて別の女性と駆け落ちをし、妻とは別れようとしないわけだし、その「情けなさ」を含めて、この「カメラ・オブスクーラ」のクレッチマーとダブってしまって困った。

 この本もまた、もういちど読めば新しい発見があることだろう。例えば作中のいろいろと印象的な色彩描写などに仕掛けもありそうだし、そういう「目に見えるこの世界」について、あれこれと思わせるところがあるみたいだ。

 書き忘れていたけれども、この作品は1969年にトニー・リチャードソン監督によって映画化されていて、日本でも「悪魔のような恋人」の邦題で一般公開されている(わたしは観た記憶はない)。もちろん英語版からの映画化で、マグダはマーゴットとなっているようで、これを演じたのはなんとアンナ・カリーナ。それでクレッチマーを演じているのは知らない役者さんなんだけれども、彼が後半に失明してサングラスをかけて登場してくると、これがつまりゴダールにクリソツだったらしく、当時の批評でも「トニー・リチャードソンはこの映画でぜったいに、アンナ・カリーナに狂っていたゴダールを揶揄しているに違いない!」という評が出ていたことを、わたしは意外としっかりと記憶している。まあ1969年ならば、ゴダールはアンナ・カリーナと別れてずいぶん経っているけれども。

 

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■ 2017-06-14(Wed)

 ウチのすぐそばには国道が通っているのだけれども、ウチからその国道に出たところに路線表示とかの青い看板があり、そこに「東京まで32キロ」と書かれている。人の歩くスピードが時速4キロとして、8時間の距離か。まあこの表示は首都高とかを利用しての数字だろうから、歩いて行くともっとかかることだろう。でもふと、わたしが東京で仕事してるときに地震とかがあって交通機関がぜんぶストップしてしまったら、その仕事先からウチまで歩いて帰らないといけなくなるな、などと考えて、マップでもってそのルートを調べてみた。するとつまりは浅草まで出て、浅草寺の裏の言問橋まで出れば、その言問橋の道がウチの前を通る国道なのだということがわかった。まあそんな道を歩くような事態にはならないことを祈るけれども、万が一のときの行動規範はわかった。

 今日も、ウチのそばの空き地にトロワがいた。奥のボロ車のそばに、ちょこんとすわっている。わたしが近づいていっても逃げなくって、わたしは勝手に「わたしの顔を憶えてくれたのか」と思いたいのだけれども、もっと近づくと、そばの廃車の運転席の中に飛び込んだ。その車をのぞきこんでみると、ああ、たしかにその場所は絶好の住処なわけだ。トロワはのぞきこむわたしにそんなに警戒感は示していないようだ。ひょっとしたら、「ココにわたしは住んでるんだよ」とわたしに教えてくれたのかもしれない。むかし、ニェネントのお母さんのミイもそういう風にして、わたしに自分の住処を教えてくれたことがある。ちょっと、トロワというネコへの愛着が強まった。「ココに住んでるんなら安全かもしれないね。」

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 でも、やはりシロの姿はみえない。もうさいごにシロの姿を見てから一ヶ月になる。それまではひんぱんにこのあたりでその姿を見かけていたし、ウチの窓の前に来たこともある。もういなくなってしまったのだろうか。シロはかわいいネコだったから、誰かが見染めて「ウチで飼おう」と連れて帰ったとか、そういうことならばまだいいんだけれども、野良ネコたちの生活は危険に満ちているからなあ。せめてトロワがあのウチに住むことで、少しでもそんな危険から逃れられているといい。

 夕方から、柏の図書館の分室に本(「目白雑録」)を返却に行った。ここにはつづけて読もうと思っている「目白雑録」の2は置いてないから、明日我孫子の図書館へ行って借りたいと思っている。だから今回はもう、この図書館分室では本を借りないでおこうと思っていたのだけれども、棚を見ていると気軽に読めそうな、読みたいような本もあったので「やっぱり借りようか」と思ったのだけれども、図書館利用カードをウチに置いてきてしまっていた。
 そのあとはスーパー二軒をまわってお買い物。やっぱりその図書館分館に近い「スーパーマーケット」は野菜とかが圧倒的に安くって、今日はトマトの四個入りのパックが百円とか。ちょっと感動してしまいますね。今は新じゃがも一袋百円ぐらいだし、白菜も相変わらず安い。あとこのスーパーは牛肉が安いというか、いつも半額に値引きしたものが売られている。時には半額以下になっているものも。買い物のメインはやはりこのスーパーにしたいところだな。ただ、乾物類などは安いわけでもなく、そういうのは別のスーパーで買うのがいい。だいたい「どこで何を買えばいいか」わかったので、うまく使い分ければとっても経済的なんですよ、奥さん!

 

[]「父となる日」嘉村礒多:著(昭和文学全集 第7巻より) 「父となる日」嘉村礒多:著(昭和文学全集 第7巻より)を含むブックマーク

 って、ちょっと困ってしまった嘉村礒多さんなんだけれども、「もう少し読んでみよう」と、次の作品「父となる日」。おっと、これはかなり面白かった。主人公の奥さんが出産間近で、いやまだ「臨月」というほどでもないようなのだけれども、いろいろと体に不具合も出る。奥さんは実家の方に帰って加療したいといい、けっきょく実家へ送り出すことにする。それで無事に男の子が産まれるまでの一部始終というか。

 おかしいのは、この語り手(イコール作者なんだろう)がコンプレックスのかたまりのような人物で、「自分は背が低い」とか「醜男だ」とか思ってるわけで、「生まれてくる子が自分に似たらどうしよう。それが女の子だったりしたら最悪だ! どうか男の子であってくれ」とか思うわけ。それでいろんな悪夢にも襲われるし、それに自分の両親と妻方の両親との調整役をとらなくっちゃならなくもあり、つまり自分の両親は子どもを妻側の実家で産むということが面白くないだろうと。そして妻側の実家に行くと、その夫の両親から贈られた、生まれてくる赤子のための衣服があまりに粗末だなどともいわれる。なんかたいへんだねー。語り手はやはりどこか気が弱いというか、コンプレックスがいろいろとあるわけだし、ほかの人間はみんな悪意を持っているみたいにみえる。そういうところでの、作者の人間観察の面白さというか、やっぱりしっかりした(ユニークな)作家だねえと思うわけでもある。どうということのない生活の一コマのような作品だけれども、こういうのはいいな。

 

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■ 2017-06-13(Tue)

 今日は外で雨にこそ降られなかったけれども、一日曇天で、気温の低い一日だった。部屋にいても寒いので長袖シャツを引っぱり出して羽織る。夕方から買い物に出ようかとドアを開けて外をみると、雨が降っていたので外出はやめにした。

 わからなかった電話料金について、ネットで問い合わせ先を調べて電話してみた。それでわかったのは、この五月末に引き落とされたのは、三月分の料金だということ。二ヶ月前のものが今になって引き落とされるのかと、ちょっとあきれてしまったけれども、そういうことならばしょうがない。「ひかりTV」を休止した分安くなるのは、つまりは来月分からになるのだ。
 転居であれこれと、旧住所での料金と新住所での料金とがダブルで請求されるのがつづいたけれども、もうこのあたりで旧住所での請求も終わりだろうか。ようやく、この新しい住まいでの生活も落ち着く気がする。

 ニェネントに夕ごはんのネコ缶をあげていて気づいたのだけれども、今ニェネントにあげているネコ缶は、「ゼリータイプ」というものではないのだった。わたしはてっきり、ずっと「ゼリータイプ」のものをニェネントには買ってあげていると思い込んでいた。ただ、これよりもランクが下の、価格の安いネコ缶は、開けてみるとすぐにちがいがわかる。汁気の多さとかいうことかもしれないけれども、安物はもっとばさばさしているというか、つまりニェネントにあげているネコ缶は、こう、もっとジューシーなのである。きっとニェネントにもおいしいはずだと、そう思う。

 読み始めたナボコフの「カメラ・オブスクーラ」も快調に読み進み、毎日の読書の習慣も定着したみたいだ。そのかわり、DVDとか録画した映画とかまるで観なくなってしまったけれども、今はあまりそうやって映画を観たいとも思わなくなった。

 

[]「業苦」嘉村礒多:著(昭和文学全集 第7巻より) 「業苦」嘉村礒多:著(昭和文学全集 第7巻より)を含むブックマーク

 ついに、昭和文学全集も「嘉村礒多」に突入。まるで作風とか知らない人だけど、これまでの牧野信一とか中島敦とかが良かったので、「どんなかな」と期待する。
 ‥‥って、これは‥‥。今まで何というか、お茶飲みながらジャズとかワールド・ミュージックとか聴いて「いいね!」とかいう気分だったとして、それが急に「演歌」が聴こえてきた、という感じ。もう、ずぶずぶの「私小説」の世界である。

 主人公は圭一郎で、これは作者の分身であろう。妻子がある身ながら、別の女性と駆け落ちして東京に出てきている。嘉村礒多という人物も、そうやって妻子を置いて駆け落ちした人物らしく、自分の実体験を書いているわけだろう。それが何というか、あまりに典型的なアレというかソレというか、わたくしといたしましては、「もう勝手にやって下さい!」という気もちにもなってしまうのですね。

 まあそんな中で読んでいておかしかったというか気になったのは、この主人公の、相手への処女願望の強さというもので、つまり妻を捨てて駆け落ちしたというのも、妻が処女ではなかった、しかも自分の知っている男と交際してたということで、まあそりゃあ自分の知っている男と交際していたというのはイヤだけれども、この男はそのことよりも処女、処女。異性を見ても「処女だろうか?どうだろうか」みたいなことばかり思うし、とにかくは「処女」を求めて町を彷徨う。処女であれば相手が乞食でもいいと思うし、その結果牢獄につながれることになっても、処女をレイプしてやろうかとも考える。もう病的というか。
 こういう気もちはそういう恋愛体験のあまりないわたしなどは「どうでもいい」ことなんだけれども、「処女がいい」というのはどういうことなんだろう。まさかその最初の夜に「あああ〜っ! やっぱり処女は最高だぜ〜っ!」みたいな快感が得られるわけでもなかろうし、そんなのは一度かぎりのことだろうし。そうするとそれって、アラン・レネが昔のオペレッタを映画化した「巴里の恋愛協奏曲」で語られるようなもので、その映画では「最初のキッス」ということになっているけれども、それはもちろんセックスの婉曲表現で、つまり最初のキッス(セックス)で、女性にはその相手の男性の刻印が押されるようなものというか、その刻印がその後忘れられなくなるだろうという、「あ〜た、そりゃあ幻想だよ」という、勝手な思い込みなわけだろう。その「巴里の恋愛協奏曲」でも、そんな男の勝手な思い込みこそが「笑いもの」にされていたわけで、そりゃあそのあたり、おフランスのムッシューは、そんな幻想には惑わされませんよ、みたいなものだったわけだろう。しかし、ここでの嘉村礒多はそういう処女の女性と添い遂げたいというわけでもなく(レイプしてでもとかいうわけだし)、ほとんど物心崇拝(という言い方が合っているかどうか)みたいになってしまっている。それでそういう思いを自分の小説に書くというのはどういうんだろう。やはり私小説作家というのは自己露出に徹するわけなのか。
 まあそういう処女願望はこの昭和初期の男性にはそれなりに考察に値いするもんだいだったのかもしれないけれども、こういうこと、今でも気にする男性は多いらしい。わたしにはどうでもいいことだけれども、男というのは変わらないものだということでしょうかね。

 

[]「崖の下」嘉村礒多:著(昭和文学全集 第7巻より) 「崖の下」嘉村礒多:著(昭和文学全集 第7巻より)を含むブックマーク

 って、これは先の「業苦」の続編。駆け落ちしたふたりは、住んでいたアパートに住みつづけられなくなり、何とか探したのが崖の下のボロ家。‥‥そうか、読んでいて思い当たるのは、どこまでも堕ちて行って、あげくには「崖の下」で暮らすようになる、そうなってもいい、みたいな言い草があって、わたしが以前付き合っていた女性も、「崖の下で暮らすようになっても‥‥」みたいな言い方をしていたのを記憶しているけれども、それってつまり、その原点はこの嘉村礒多の「崖の下」だったのだろうか。ふむ、やっぱり「演歌」の世界というか。
 ここでも主人公はなんだかコンプレックスのかたまりみたいな人物で、「悪いのは全部オレ」みたいな意識でずっとやってるわけで、やはり「自虐の人」なわけだ。なんだかね、文章は上手い作家さんなのだろうけれども、こういうの読んで何が面白いんだか、よくわかりません。

 

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■ 2017-06-12(Mon)

 「梅雨入り」したというあと、雨が降ることもなく、気温もあまり上がらずに過ごしやすい日がつづく。はたらきはじめてから一ヶ月ちょっと過ぎたけれども、やはり休み明けの月曜日はブルー、憂鬱ではある。「あと五日辛抱すれば連休だ」と思い、これが火曜日になれば「あと四日」、水曜日には「あと三日」と、カウントダウンをしていく。
 一ヶ月過ぎての収支決算としては、マイナスにはならないものの、ほとんどプラスはない。計算すると来月になれば多少はプラス幅も増えそうだけれども、まあやはり貧民であることには変わりないだろう。やはり平日の午後はフリーなのだから、週に一日でも二日でもダブルワークやればずいぶんと楽になることはわかっていて、そういう求人情報をネットで検索したおかげで、今はパソコンをつけるとそういうアルバイト情報が自然と表示されていたりする。「年齢不問、履歴書不要、日払い、時間自由」みたいな求人情報もあるんだけれどもねー。

 このところニェネントはすぐに、和室の洋服ダンスの上のカートの中に入りっきりになってしまい、つまりいちどカートの中に収まってしまうともう、何時間もそこから出て来ない。いるんだかいないんだかわからないような状態で、飼い主としては「ネコを飼っている」という実感も湧かず、はなはだ面白くないのである。しかし今日のニェネントは機嫌がいいのかどうなのか、けっこうわたしのそばとかにたむろしている時間が長い。ニェネントももう、来週には七歳の誕生日を迎えるわけだ。こうやっていっしょに、七年間も暮らしてきたわけかと思うと、いろいろと感慨深いものがあるけれども、そういうことを考えるのはじっさいの誕生日まで「おあずけ」にしておいた方がいいだろう。出窓に上がったニェネントの写真を撮ったら、「もうじきあたしも七歳になるのよ」みたいな、大人びた表情をみせてくれたかな。

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 今日はかなり読書に集中出来、「セバスチャン・ナイト」も読み終わったし、金井美恵子の「目白雑録」も一気に読了した。明日からのナボコフは「カメラ・オブスクーラ」だな。「目白雑録」はやはり楽しくサッサと読めるので、明日柏の図書館に返却したら、こんどは我孫子図書館から「目白雑録2」とか「目白雑録3」とか借りて来ようか(柏の図書館分館には「目白雑録」はさいしょの一冊しか置いてないので)。なかなか進まない「昭和文学全集」はようやく中島敦も終わり、次は嘉村礒多である。どういう作品を書く人なのか。

 

[]「セバスチャン・ナイトの真実の生涯」ウラジーミル・ナボコフ:著 富士川義之:訳 「セバスチャン・ナイトの真実の生涯」ウラジーミル・ナボコフ:著 富士川義之:訳を含むブックマーク

 1936年、37歳で夭折した作家セバスチャン・ナイトの伝記を、その弟(その名前は「V」としかわからない)が書くというもの。しかし弟はセバスチャンら家族がロシアから亡命するまでいっしょに暮らしてはいたけれども、その後イギリス〜フランスを行き来して作家活動を始める兄のセバスチャンとは離れていて、彼の生活の詳細を知るわけではない。というか「どのような行動をしていたのか」不明の期間が多くあり、弟はその「空白」を埋めるべく、兄の死後に調査を始める。その調査の過程こそがこの本の大半を占めるわけでもある。それで、まずはひとつの「謎」ともいえるのがこのタイトルではないのか。語り手である弟が書こうとしているのが「セバスチャン・ナイトの真実の生涯」という本で、この本はそこに至るための調査過程を記録したものなのか、つまり、「セバスチャン・ナイトの真実の生涯」という書物は、この本のあとに書かれるべく、弟によって執筆されるのを待っている書物のことなのか、それとも、この本自体がつまり、弟の書こうとする「セバスチャン・ナイトの真実の生涯」そのものなのか、という問題。つまり、これは「メイキング」なのか「本編」なのか。

 そこで出てくるのが、生前のセバスチャンの秘書をつとめていたグッドマンという人物の書いた「セバスチャン・ナイトの悲劇」という伝記本で、この本はすでに出版されて好評を博していて、これは語り手の弟によって痛烈に否定されることになる本である。弟はそのグッドマンの伝記を否定しながら、短く自分の方法論を述べている。それは次のようなものである。

 ぼくは科学的に精確でありたいと思う。ぼくの探究のある点において、くだらない作り事がぼくを憤慨させ、それが原因で、真実のほんのひとかけらでさえも逸してしまうのがぼくは厭なのだ‥‥

 ここに、「真実」ということばが現われる。それはつまり、「科学的に精確である」ということと結びついている。グッドマン氏の書いた伝記は「くだらない作り事」だということだろう。そもそもグッドマン氏はセバスチャンの弟のVの存在すら知らず、ただセバスチャンの生涯を「現代の犠牲者」の「悲劇」とするわけである。そこに反撥するVは、セバスチャンの著作の中に彼の精神を読み取ろうとし、そのじっさいの行動を追って行く。
 セバスチャンはなぜ、秘書でもあった最初の恋人、クレアと別れたのか。Vはその影にもうひとりの女性、ロシア語の手紙をセバスチャンに書いていた女性の存在を知り、彼女を探すことになる。
 セバスチャンの行動のあとを追うVの追跡は、自然と探偵のようになっていくのだけれども、それはVによって要約されるセバスチャンの第一作「プリズムの刃先」の展開と酷似してくる。そして終盤には、そのセバスチャンのさいごの恋人であっただろう女性にたどりつくことになる。ミッシング・リンクはここに発見され、間隙は埋められる。するとそこから見てとれるセバスチャンの生は、他のセバスチャンの遺した作品ともリンクしてくるようである。

 ラストには、Vがセバスチャンの臨終に間に合わなかった体験が語られるけれども、それでもVは、セバスチャンが打ち明けなかった秘密がどのようなものかはわからなくても、ひとつの秘密を知ることになる。

それはつまりこういうことなのだ。魂は存在の様態にほかならない――しかも、一定不変の状態ではない――ということおよび、いかなる魂でも、その魂が描く波動を見出し、それを追究して行けば、自分のものになるということである。そうすればそれから先は、それらの魂自体はみずからが交換可能であることに気づいていないのだが、いかなる魂のなかにあっても、また、いかに多くの魂のなかにあっても、そのなかで意識的に生きるという能力を十二分に発揮していくことになるであろう。従って――ぼくはセバスチャン・ナイトなのだ。それはまるで、彼の知人たち――彼のごく少数の友人であった学者や詩人や画家のぼんやりした姿――が、よどみなくしかもひっそりと、しとやかな賛辞を呈しつつ出入りしている照明に照らされた舞台上で、ぼくが彼に扮しているような感じなのだ。

 この認識で、ある意味この小説は円環を閉じて完結する。それまでのVの行動すべてに意味が与えられ、そのことは「セバスチャン・ナイトの真実の生」と結びつくのである。みごとな結末だと思った。

 ナボコフの小説にたいてい登場する「運命の女(ファム・ファタール)」として、この小説にもみごとなまでのそんな女性が登場し、Vを翻弄する。はたしてセバスチャン・ナイトとその女性とはどんな関係をとっていたのだろうか。しかし、ある意味ではセバスチャンの生を奪ったのは彼女、ではあったのだろう。ナボコフの小説では、たいていの男性はそんな女性に躓いてしまうのである。

 

[]「目白雑録(ひびのあれこれ)」金井美恵子:著 「目白雑録(ひびのあれこれ)」金井美恵子:著を含むブックマーク

 いきなり金井美恵子は、テレビに出演してしまったある小説家、「日々のなにげない生活の時間に思索の時間が重層して移ろう静かに波立つ空間を描いた」ような作品を書く小説家のことを揶揄することから始める。ははあ、その小説家はつまりは、あのH氏のことだな。わたしはこの人の小説は好きだったけれども、彼の書いたエッセイを読んだとき、その中で「金持ちが自分の屋敷の中とかにその家の祖先の胸像とかを飾ってあったら笑っちゃう」みたいなことを書いてあって、そういう意識って、つまりは「お高くとまってる」ってことじゃないの?と思い(そりゃあ家の外とか他人の見れるところにそういうものを飾れば恥ずかしいだろうけど、自分の家の中に飾る分には人がとやかくいうことではないだろうと思う)、それ以降その作家の作品を読む気もしなくなっているので、ちょっと「やっぱりね」と溜飲が下がった。
 つまり金井美恵子のこういうエッセイって、読んでいてそういう溜飲を下げるために読むようなところがあって、金井美恵子が揶揄するような人物は基本、わたしの好きでない人物であることがほとんどなので、「やっぱり金井美恵子もそう思ってるのか」とよろこぶ、というわけでもある。それで、次から次へと読んでみたくなるというものです。

 そして次は目白あたりのスーパーマーケット事情。こういうの、わたしもこの日記に書いたりしてるから親近感が湧くというか(金井美恵子の方は「勝手に親近感を抱くな」と怒るだろうが)。しかし読んでいると、この本の発行は2004年なんだけれども、その頃から「オレオレ詐欺」があったり、間接喫煙が問題になっていたりと、意外とこの頃からずっと引き継いでいることがらの多いことよ、などと思ってしまう。

 あと、わたしの勘違いしていたことをひとつ。この本の中で、金井美恵子が「成瀬巳喜男の<噂の娘>」などと書いてあるのをみて、「え? <噂の娘>は成瀬ではなくって溝口健二だろうが」などと思ってしまったのだけれども、これが調べてみたら<噂の娘>というのはたしかに1935年の成瀬巳喜男監督作品で、溝口監督のは<噂の女>なのだった。わたしはずっと、金井美恵子の小説「噂の娘」というのは、溝口健二の映画からタイトルをとっているとばかり思い込んでいた。

 

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■ 2017-06-11(Sun)

 夢を見た。うろ憶えの夢だけれども、CさんとDさんとが出てくる。四コマ漫画のようなものを、描き手の都合がつかなくなり、Cさんの依頼でわたしが描くことになる。わたしが引き受けたことでCさんは喜んでいるのだけれども、わたしがなかなか描かないということでDさんがわたしのことを怒り、面と向かって詰問するのである。しかし、まだ原稿締め切りを過ぎたわけではないことがわかり、Dさんはもう、作品が描き上がったかのようにはしゃぐのである。他愛のない夢だったけれども、わたしに怒りを向けるDさんは、ちょっとこわかったな。

 右手の腱鞘炎の痛みがまた増してきて、なかなか良くならない。まだ湿布は四、五枚残っていて、寝る前には忘れずに右手のひらに貼ってから寝るようにしているのだけれども、やはり寝ているときだけではなく、始終湿布を貼っておかなくては効果も半減するのだろう。それは当然想像のつくことだけれども、すぐにはがれてしまう湿布をいつもひんぱんに使う右手のひらに貼ったままにしておくことはむずかしい。上から包帯でも巻いておかないとならないか、などとも考える。

 ところで、今日もウチの前の空き地でトロワの姿を見かけたのだけれども、この頃ずっと、シロの姿を見ることがない。シロに限らず他の野良の姿も(例のネコ屋敷の前以外のところでは)見かけなくなったのだけれども、特にシロはウチのすぐ前まで来ていたこともあるし、わたしがみた感じでとってもかわいいネコだったので、姿を見なくなると寂しい気がする。そのかわり、この頃はトロワのことがかわいく思えるようになったぞ。

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 今日はそれほどに本も読まず、テレビを見て、昼寝をして、そしてテレビを見て、みたいな一日になった。日曜日の朝は報道番組みたいなのをいろいろやっていて、いちおう見ることにしているのだけれども、こういうのを見ると、普段NHKのニュースばかり見ていると「実際に何が起きているのか」なんてことは何にもわからなくなってしまうな、と痛感する。というか、この頃のNHKは今までに増して、政府寄り立場を崩さなくなってしまったようにも思う。おそらくチェックしている人物なり組織があるのだろう。そういうのでは先日Aさん宅でそのNHKのニュースを見ていて、「安倍首相を支持する保守層」という言い方がされていて、Aさんと「それって何よ?」「日本会議のことだよ」などと話して笑ってしまったことがある。NHKは「日本会議」の名は出せないわけなのか。
 夕食は賞味期限をとうに過ぎたボルシチのレトルトパック。レトルトパックといっても、入れる肉や野菜は別に用意しなければならない。単にスープだけのパックなのだけれども、本来はけっこういい値段のもの。これはむかし賞味期限が迫っていると半額で売られていたもので、そうでもなければこういうものは買うことはない。とにかくは肉と野菜を入れて煮込むだけなのだけれども、あまり美味くはなかったし、こんなの、要するにビーツさえあれば自分で簡単につくれるんじゃないかと思ったり。

 

[]「李陵」中島敦:著(昭和文学全集 第7巻より) 「李陵」中島敦:著(昭和文学全集 第7巻より)を含むブックマーク

 これまた中国の古い時代の物語。「弟子」と同じく、歴史的に知られる逸話をもとに物語をふくらませたもの。ここに登場するのは李陵、そして司馬遷、蘇武という三人。枯れた文体でそれぞれの生き方を並列させ、中島敦らしい世界を垣間見せてくれる。この作品が中島敦の遺作ということらしい。

 

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■ 2017-06-10(Sat)

 このところ酒を飲んでいなかったので、昨日Aさん宅で飲んだのは、ちょっとこたえた感じがする。土曜日で仕事も休みということもあり、何もしないでゴロゴロとしていた一日になった。ただ図書館から借りている金井美恵子の「目白雑録」を読み、昭和文学全集の中島敦を読み進め、ナボコフの「セバスチャン・ナイト」を読み返す。

 今、気になっているのは、電話料金のことで、金曜日に銀行で通帳記入してみたら、五月末に二回に分けて合計二万円近く取られてしまっている。「引っ越しのあとでいろいろと、普段よりも多くかかるかもしれないな」と、先日プラスで預金しておいたから良かったけれども、あぶなく預金額が足りなくなるところだった。
 その二回に分けられた電話料金のうち、八千七百円とかいうのは転居の際の工事費だということはわかるのだけれども、それとは別に引かれている一万一千円というのが、どうも解せない。つまりわたしはこの月の分から「ひかりTV」の契約を休止しているはずで、これまでよりも電話料金はかなり安くなっているはずなのに、逆にこれまでよりもわずかだけれども、高くなってしまっている。これはこの建物が今までのような「マンションタイプ」ではないから、ということなんだろうか。それにしてもそんな金額になることは考えられないのだが、考えてみるとNTTというところは、料金明細というものをまるで通知もせず、ただ口座から引き落として行くだけである。検索してみるとそのあたりの通知を得る「WEB明細サービス」というものはあるらしい。とにかくはそのサービスに申し込んではおいたけれども、五月分の明細については、週明けに電話して聞かなければならないだろう。

 もうひとつ同じようなことで、金曜日に前の住まいの市役所から水道について電話がかかってきた。何だろうと思うと、「もう転居されてるんですよね」という話から始まり、その旧住居の水道栓が開けられているのだという。それはわたしはもう何月何日に転居すると通知してあったわけだし、その時点で水道栓は閉められたはずで、そのあとのことなど知るわけもない。そもそもそのわたしの旧住居はもう、立ち入りも出来ない状態になっていると、その電話口の職員の方も確認されているようだ。いったいなぜわたしに、そんなことの確認の電話をして来られるのかわからない。「その後のことはわたしの知るところではない」という応対をすると、「では四月分として、四月四日から転居された十二日までの分、三千何百円とかの請求をさせていただきます」という。「ちょ、ちょっと待って下さいよ。わずか八日とか九日ぐらいで、三千何百円もになるんですか?」と聞き返すと、毎月の基本料金が三千いくらかになるのだということ。それは高い。
 ちょうどその電話を受けていたわたしの机の上には、転居後のこの市での水道料金の検針票が置かれていて、それはつまり転居した四月十二日から五月六日までの分なのだけれども、そこには「上水道料金1144円、下水道使用料972円」とあり、合計2116円なのである。前の住まいの水道料金との差異に、ちょっとばかしおどろいてしまったわけではある。

 

[]「名人伝」中島敦:著(昭和文学全集 第7巻より) 「名人伝」中島敦:著(昭和文学全集 第7巻より)を含むブックマーク

 天下一の弓の名人になろうとした紀昌という男が、飛衛という、当代一の弓の名手に弟子入りをする。飛衛は紀昌に「まずは瞬きしないことを学べ」ということで二年間修行させる。紀昌は夜眠るときにもまぶたは閉じなくなり、彼の眼のまつげとまつげとに蜘蛛が巣をかけるまでになる(笑)。次に飛衛は「視ることを学べ」と。三年が経ち、彼の眼にはシラミも馬のような大きさに見えるようになった。すべての標的はもう、彼の眼には射はずすことなど考えられぬ巨大さである。こうなると、弓で標的を射るなどということは児戯に等しい。紀昌は飛衛と互角の腕を持つ「弓の名人」になった。
 そこで紀昌は「天下一」となるためには、師匠の飛衛の存在がじゃまだということになる。紀昌は飛衛を倒そうとし、そのことを畏れた飛衛は紀昌に、「わしがそなたに教えることはもう何もない。しかし、西方の山頂に甘蠅(かんよう)法師という大家がいる。もしもそなたが今以上に弓道を極めたいと思うなら、その甘蠅師のところへ行くべし」と。
 苦労してその甘蠅師のもとへたどり着いた紀昌は、まずは自分の弓の腕を披露する。それを見た甘蠅師は、「それは所詮<射之射>というもの。あなたはまだ<不射之射>というものを知らない」という。<不射之射>とは何か。もうその極意に達すれば、弓も矢も必要としない。ただ見えざる矢を無形の弓につがえ、引き絞って放てば、獲物は射られるのである。ここに芸道の深淵を見た紀昌は、甘蠅師のもとに九年間とどまり修行する。
 九年の後に山を下りた紀昌は、「天下一の名人」と賞せられるのだが、彼は弓矢も持たず、人前でその腕前を披露することもなかった。そのわけを聞かれた紀昌はものうげに、「至為は為す無く、至言は言を去り、至射は射ることなし」と答えたという。弓を執らざる弓の名人はその後も広まり、幾多の伝説も伝えられることになる。その中でたしかな話とされていることでは、彼の死の一、二年前のこと、知人宅に招かれた紀昌はその家でひとつの器具を見ることになる。紀昌はその道具にたしかに見憶えがあるのだけれども、どうしてもその名前も用途も思い出せない。紀昌は家の主人にそのことを聞くのだけれども、主人はその問いに驚愕する。つまり、その器具とは「弓」だったのだから。

 この話も、前の「文字禍」みたいに、そのものの実体を超えて、「概念」こそが有効になってしまう世界のことだろうか。<不射之射>という概念、それは文学の世界でこそ、「そのもの」を超えて読者に訴え出るものではないだろうか。どこかマルセル・デュシャン的な、とでもいおうか。

 

[]「弟子」中島敦:著(昭和文学全集 第7巻より) 「弟子」中島敦:著(昭和文学全集 第7巻より)を含むブックマーク

 「弟子」と書いて「ていし」と読む。これは孔子とその弟子の子路との長い関係を、子路の死に到るまで、主に子路の視点から描いたもの。これまでの中島敦の短編の観念性から離れて、かなり物語性が強い作品だと思う。子路は孔子を「この方こそ我が師」と仰ぐのだけれども、彼のまっすぐな性格には孔子の儒学的思想は理解しがたいところもあり、悩むわけである。一方の孔子は子路のことを、まあいってみれば「かわいいやつよのう」という感じで取り立てている。それまでの(というほどの数を読んだわけではないが)中島敦の作品では抑えられていたような、というか「光と風と夢」では否定されていた感もある「性格描写」や「心理描写」といったものも見受けられるように思える作品。そのあたりをどう解釈するか。

 

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■ 2017-06-09(Fri)

 柏駅の近くにある映画館で、先週末からエドワード・ヤン監督の「牯嶺街少年殺人事件」の上映が始まっている。四時間の大長編だから、観に行くのは週末がいいだろう、やはり金曜日かな?と、今日観に行くことにした。しかし観ていてとちゅうで眠くなり、こっくり、こっくりとなってしまうことは充分に考えられるので、なんとか眠くならない方策を考える。飴をなめるのがいいかと思ったけれども、コンビニに寄っていろいろと見ていると、ソーダ系の味の「弾力のあるグミ」というのが売られていて、「これがいいんじゃないか」と買ってみた。あとはペットボトルの水とでもって、眠気をしのげればいいのだが。

 朝の仕事を終えて、柏駅に到着したのが十時十分ぐらい。その映画館へ行ってみると、上映は十時五十五分からということ。とにかく終映が午後三時ぐらいになってしまうわけだから、腹も空くことだろう。またコンビニへ行ってサンドイッチとドリンクを買い、食べてからまた映画館へ行った。
 柏駅近郊唯一の映画館、その名前はかなりイヤだけれども、上映する作品はロードショーの終わった非ハリウッド系の文芸・アート系の作品からのセレクトという感じでもあり、前の住まいのターミナル駅にあった映画館を思い出すところもある。先日観た「マンチェスター・バイ・ザ・シー」もそのうちにココで上映されるようだし、今観たいと思っている「セールスマン」という映画もやるみたいだ。とにかくはチケットを買って中に入ると、ロビーも広くてゆったりしていて、椅子席が並んでいる。いい環境ではないかと、これからもこの映画館には通うことになりそうだ。

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 さて、いよいよ映画が始まって、とにかく心配だったのは「眠気」との戦いになるかどうか、ということだったのだけれども、まずは買って行ったグミがかなり効き目があったというか、この「食べにくさ」みたいなもので眠気もブロックされたみたいで、快調。とちゅう少しだけ眠気に襲われたけれども、そこまでに深刻なものでもなく、無事に四時間を乗り切ることが出来た。

 映画館の外に出ると、もうすっかり真っ昼間も過ぎるような時間にもなっていて、真夏を思わせられる陽射し。暑い。とにかくは家にまっすぐに帰る。

 今日は五時半ぐらいに、Aさんが先日ヤフオクで落としたSP盤を引き取りに来られ、それでわたしもいっしょにAさんの住まわれる天王台へ行き、ちょっとした「宴」という予定になっている。家に帰ってちょっとブラブラしていたら、ちょうど五時半にAさんがいらっしゃった。
 Aさんの車に乗って、国道を東に進む。そのあたりの風景を見るのは初めてだけれども、進んで行くと急に視界がひらけて、北には田んぼが拡がり、遠く筑波山まで見渡せる。「あの山の向こう側に十年間も住んでいたわけだなあ」、などと思ってしまう。
 十分も走るとAさんの住まいに到着し、まずは蓄音機をセットして、そのSP盤を聴く。中身は童話「狼と子豚」の朗読。つまりこれを朗読されているのがAさんのご母堂さまなわけである。おそらくはSP盤収録時間の関係だろうけれども、三匹いるはずの子豚は二匹しか出て来ず、さいしょのわらの家の子豚は狼に食べられてしまう(これは当初はそういう話だったわけで、ラストには狼も食べられてしまうのだ)。狼の吠え声(ゴジラの咆哮みたいな声)など、いろんな擬音が盛り込まれていて、もちろん当時(1930年代の録音である)はすべて同時録音なわけだから、その録音風景を思い浮かべるとめっちゃ楽しい。

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 聴き終えたあと、Aさんが蓄音機を分解して中の構造をみせてくれたけれども、まさに大きなゼンマイと歯車だけのシンプルな構造だけれども、その歯車の形状の精密さとか、メカニックな美しさが感じられた。

 あとはビールをごちそうになりながら雑談とか。Aさんの持っているCDとかも拝見したけれども、その内容とか保存の仕方とかいろいろ、わたしのコレクションに近いものがあったような。テレビを見ているとイギリスの総選挙で与党(保守党)が過半数割れしたという報道も。イギリスのEU離脱はどうなるのか。Aさんと話していて、今のトランプ政権下のアメリカは、まるでフランク・ザッパ(Mothers of Invention)の「Freak Out!」に逆戻りだね、みたいな話になり、Aさんの持っている「Freak Out!」を聴いたりした。かなりの爆笑ものだし、久しぶりに聴く「Freak Out!」には、音的に惹きつけられるところも多々あった。このあとの「Absolutely Free」もまた聴いてみたくなった。

 

[]「牯嶺街少年殺人事件」(1991) エドワード・ヤン:監督 「牯嶺街少年殺人事件」(1991)   エドワード・ヤン:監督を含むブックマーク

 日本では1992年に公開されたあとDVD化もされず、長いこと「幻の作品」ともいわれた作品が、ようやく著作権の問題もクリアされ、デジタルリマスター版として再公開されたわけである。わたしはその1992年公開のときのパンフレット(シナリオ付き)もまだ持っているし、なんと、当時のレンタルVHSからDVDにコピーしたものまで持っている。それだけ愛した作品でもあるけれども、そのDVDも長く観ていないし、例によって観た記憶もほとんど消えてしまっている。そんな再公開版を観るまえに、予習ではないけれども、いちど家のDVDを観ておこうかとも思ったのだけれども、やはりこの作品を観る感激は、まず映画館の大きなスクリーンの前で味わいたい。そう思って映画館の映写室に入った。

 まずやはり、長廻しを基調とした撮影が印象に残るし、室内と屋外、昼と夜、そういう光の描かれ方も美しい。映像自体としての力強さを感じる映画だった。そして、1960年代初頭の台湾の政治的情況、そんな中におかれた少年らの心情が、説明的にならない描写の中で印象的に描かれて行く。

 小四(チャン・チェン〜この作品でデビューした〜)は中学の夜間部に在籍しているけれども、父母はその環境が良くないと、小四の昼間部への編入を考えている。じっさいに夜間部はやはり、ちょっと不良じみた少年らが多いのだけれども、彼らは映画冒頭の字幕で示されるように、台湾の社会の不安を反映し、「アイデンティティーを求めグループを結成して団結を求めた」という情況ではある。一方に「217」というグループがあり、一方に「小公園」というグループがあり、反目し合うグループ間の抗争のただ中に小四もいる。彼は「小公園」グループで洋楽の好きな小猫王の友だちであり、小猫王の持つレコードを英語の得意な姉に歌詞の聴き取りをやってもらったりしているし、ふたりは共に行動することが多い。小四はある日、今は所在のわからない「小公園」グループのリーダー、ハニーの彼女だという、小明と知り合うことになる。
 ハニーがふたたび皆の前に姿をあらわすことで情況は逼迫するけれども、「217」のリーダーはハニーと話し合うフリをして車道へハニーを突き飛ばし、轢死させる。このことで小明を狙う男たちも出てくるわけで、小四はそんな小明を守ると誓うのだけれども‥‥。

 映画の冒頭がいきなり、小四らの通う中学の近くにあるという映画スタジオ内部の映像で、つまりそんな映画撮影風景を、小四と小猫王とが覗き見している。この映画の登場人物が、虚構としての「映画」の撮影を覗くというこのシーンが、この映画の現実への関わり方を知らしめるというのか、この「映画」というもののあり方を示しているようでもあり、インパクトがある。そしてその映画スタジオから小四は大きな懐中電灯を盗み、夜の時間はいつもその懐中電灯を持ち歩くことになる。それはつまり、「映画」としての小四のドラマを照らす「照明」の役割を果たしているようではある。

 中盤にいちばんわたしの印象に残ったのは、しばらく学校を休んでいた小明の姿を校庭に見つけた小四が、彼女を追いかけて会うまでの長廻しの映像、そしてそのシーンに続いて、吹奏楽部の練習の音にかぶさって、小四が小明に「一生友だちだよ 守ってあげる」と語るシーンだな。このシーンが、ラストの悲劇的なシーンに重なるわけで、このふたつのシーンを思い出すと、やはり胸が痛くなってしまう。
 それと、ラストに向けて歩いて行くふたりの横を、戦車だか装甲車だかがつづいて走って行くというシーンも、ちょっとした衝撃だった。主人公の小四の家族(六人家族)は、中国本土から共産党との内戦で台湾に渡った「外省人」なわけだけれども、知識人である父親は台湾(中華民国)の防共政策により拷問に近い取調べを受けることにもなる。そういうところでふっと、当時の世界情勢の中での台湾(中華民国)の位置、国内情勢が垣間みられることにもなる。

 自分も中学のときには不良じみた連中がいろいろいたわけだし、そんな中でわたしが好きになった女の子だとかもそういう不良仲間の彼女みたいになったりもしたし、思い出してしまうことも多い。わたしも当時は洋楽に夢中になっていて、それはこの映画のようにプレスリーではなくってビートルズとかだったりしたわけだけれども、わたしもまた、「ビートルズを唄いたい」という級友のために、英語歌詞をカタカナにして書いてあげたりしたこともある。その頃に使っていたのも、この映画と同じようなオープンリールのカセットデッキだったわけだ。そしてその時代のちょっと前は、日本は安保闘争で大きくゆらいでいた時代でもあった。
 自分のことを思い出してみても、そういう年頃の少年少女の不安定さはやはり、どこかちょっとしたことで道を踏み外してしまうようなこともあるだろうけれども、そういう事柄をひとつの実際の「事件」を取材し、社会情況もみごとにからめ、「映画」として描いたこの作品、やはり傑作、それも「大傑作」だとは思うわけである。

 

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■ 2017-06-08(Thu) このエントリーを含むブックマーク

 昨夜は寝る前に、忘れずに右手のひらに腱鞘炎治療のための湿布を貼ってから寝た。おかげで今朝目覚めたとき、痛みはそれほどでもなかったみたい。しかしまだ痛みは残っている。早く完治してほしい。
 寝るときの話。わたしが「もう寝よう」と和室に行ってベッドにもぐり込むと、ニェネントもすぐにやってきて、わたしの足元のあたりに跳び乗ってそこで丸くなる。こういうときばかりはわたしがニェネントの「飼い主」だという気分にさせられて、まんざらではないのだけれども、ただ、足を動かしてその足がニェネントにぶちあたったりすると、ニェネントは容赦なく「ガブッ!」と、わたしの足に噛み付いてくるのである。これがちょっと「甘噛み」という度合いを通り過ぎていて、かなり痛い。昨夜もそうやって噛み付かれ、「イテテテ!」と、反射的にニェネントのことを蹴飛ばしてしまった。それでニェネントはベッドから飛び降りて逃げて行ってしまったのだけれども、夜中になってニェネントが「ゲッ!ゲッ!」とゲロを吐いている声がした。もう夜中だから起き出して「どこにゲロ吐いたんだよー」と探して後始末する気力もなく、そのまま寝つづけたのだけれども、それで寝ながら足を動かすとなんだか、その足がヌメッと濡れた冷たいものに触れるのである。「うわっ!」と思って飛び起き、ふとんの足元のあたりをみると、つまりはちょうどわたしが寝ていた足元のあたりにゲロを吐いていたのだった。‥‥そうか、これはわたしに蹴飛ばされた「復讐」というわけなのだな。そんなニェネントの吐いたゲロの後始末を深夜にやらされて、すっかり目が覚めてしまった。

 今日は午後から我孫子市役所へ行く。申請していたマイナンバーカードというヤツができたというのだ。わたしはその「マイナンバーカード」などというものは欲しくもない、むしろいらないのだけれども、今度の勤め先の方で「マイナンバーカードのコピーを送れ」といわれているし、車の免許など持たないわたしには、写真付きの身分証明書というものがない。けっこうそういう、「身分証明で写真のついているもの」を要求されることもあるし、こうやって嫌いな「マイナンバーカード」などというものをこさえるのも、仕方のないことである。

 我孫子駅まで歩いて駅前から市役所へ行くバスに乗り、市役所の市民課で受け取りの手続きをする。パスワードとかの設定をさせられて、やはりめんどい。交付のときに説明を受け、「十年経ったら再交付ということになり、そのときに八百円かかります」とか。それを聞いて、「大丈夫です。十年経ったらわたし、死んでますから」と答えたら、担当のメガネをかけた、ちょっと陽気そうな女性が、笑いながら「ええ」などと答えられる。いや、そこは「ええ」ではなく、「いや、そんな‥‥」とか返してほしかったのだけれども、残念。

 さて、用事が済んで、あとは帰るだけなのだけれども、「この辺りでニェネントのネコ缶を探してみようか」というつもりで、市役所から駅までの道沿いにはそれなりにスーパーやドラッグストアが並んでいるので、距離はあるけれども歩きながら立ち寄ってみることにした。
 で、さいしょに立ち寄ったのは前に住んでいた町にも店のあったスーパーのチェーン店だったけれども、この店に置いてあったネコ缶はすべてが、ゼリータイプではないもので占められていた。これはゼリータイプのものに比べると確実に相当安いのだけれども、ぼそぼそと不味そうな感じがするヤツで、ずっと以前にいちどニェネントにも安いのを買ってみたことがあるんだけれども、みごとに食べ残してしまい、「やっぱり見た目と同じでマズいんだ」と思ったわけで、それ以降「ネコ缶は<ゼリータイプ>で!」と決めている。しかし、置かれたネコ缶がすべてゼリータイプではないというようなスーパーは、はじめて見た気がする。問題外なので外に出た。
 次に行ったのは、これも前に住んでいた町にもあったドラッグストアのチェーン店。ここは我孫子の図書館にもかなり近い。キャットフードの売り場を見てみると、いつも買っているネコ缶が3缶238円とかで売られていた。ウチのあたりのスーパーなどではどこも268円とかになっているので、「ま、安いんでないの」と、2パックを買った。いちおう歩いてみた成果はあったというところ。それで駅の方へ歩いていると、また別のドラッグストアがあったので、「いちおう覗いてみよう」と入ってみた。するとすると、この店では同じネコ缶が186円という値札で売られていた。さっき買った店より50円安いし、自宅周辺より80円も安い。「しまった、ココで買えばよかったのに」と思ったが、もう遅い。しかしあまりに安いので、ここでも2パック買っておいた。「この辺りのドラッグストアでは皆このくらい安いのだろうか」と、さらに駅に近いドラッグストアもみてみると、そこでは198円だった。安い。
 ふむ。これで、これからはネコ缶を買うのは我孫子駅周辺、というか我孫子の図書館の近くで買うのがいいということがわかった。これからは我孫子の図書館も少し活用しようと考えているから、図書館に来たときにでもいっしょにネコ缶も買えばいいわけだ。ひとつ、大きな問題が解決した感じである。

 我孫子駅に出て、そこから北口にまわってまたショッピングプラザに寄り、「今日は夕食の準備もめんどいから」と、コロッケとか、それからまた「イナゴの佃煮」とかを買って帰った。

 

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■ 2017-06-07(Wed)

 先日の腱鞘炎がまだ良くならず、痛みがある。これはわたしが処方された湿布をほとんどやらないせいでもあるのだろうけれども、この湿布を右手のひらに貼り付けても、すぐにはがれそうになってしまう。というか、はがれてしまう。出かけるときには出来ないし、家でも炊事をするとかいうときにはダメである。だから畢竟、眠るときだけしか出来ない感じになるのだけれども、その寝るときに湿布を貼るということを、ついつい忘れてしまう。貼ったり貼らなかったりだから、効用もあまりないわけだろう。

 昨夕は都心の方ではずいぶんと雨が降ったそうだけれども、この辺りは晴れていた。ニュースでは関東地方も梅雨入りしたといっている。今日は曇っているけれども、雨が降りそうでもない。朝家を出たところで、サード(トロワ)を見かけた。この頃シロの姿を見かけないけれども、元気にしているのだろうか。

 仕事の帰りに、ウチの近くで、郵便局の制服を着た人の運転する車が駐車していた。ゆうパックの配達のようだ。注文してあった「モロー展」の図録などが、おそらくは今日あたり届くはずなので、「ひょっとしたらあの車に積んであったりして」などと思い、すれちがうときに車の中をのぞき込んだりしてみるけれども、わかるわけもない。それで帰宅すると、郵便受けにまさに「ゆうパック不在連絡票」が入っていて、配達に来たのはせいぜい十五分ぐらい前のことだった。「やはりさっきの車だったのか」と、連絡票に書かれていたドライバーへの直通電話をかける。「あ、これから二番目に伺いますので」ということで、十分ぐらいで、先ほど見かけた運転手の人がやってきた。もちろん、さいしょの配達のときにわたしが家に居ればノープロブレムだったわけだけれども、ロスの少ない再配達になったではないか。

 さっそく荷物の封を切って図録を出して見るけれども、う〜ん、このモロー展はそこまでの展覧会でもなかったというか、図録のクオリティは「いまいち」という感じだった。これだったら、すでに持っている、Bunkamuraミュージアムでの展覧会図録の方が充実している印象ではある。
 でもなんだか、この図録を買ったことで自分の中で何かに火がついたというか、今度は「フェルナン・クノップフ展」の図録が欲しくなってしまった。これはAmazonで二千円ぐらいで出ている。

 今日は午後からは「読書の日」になった。読み継いでいる昭和文学全集の中島敦のところ、次が「光と風と夢」という、長篇とまではいかないだろうけれどもかなり長い作品で、午後いっぱいかけて読み終えた。そのあとは図書館から借りた金井美恵子の「目白雑録」を読んで声を出して笑ったりとか、ナボコフの「セバスチャン・ナイト」を少し読み返したりと、「本・本・本」の日になった。

 夕方になって、Aさんの代理でヤフオクから買ったAさんのご母堂さまのSP盤も無事に到着した。これで家を空けてもよくなるので、明日は我孫子の市役所へ行くことになるだろうか。

 

[]「光と風と夢」中島敦:著(昭和文学全集 第7巻より) 「光と風と夢」中島敦:著(昭和文学全集 第7巻より)を含むブックマーク

 これはあのロバート・ルイス・スティーヴンソンの晩年のサモア移住後の生活を、散文と日記形式で書いた、ノンフィクション風のフィクションという体裁の作品。サモアの政情やスティーヴンソンの作品執筆の進行状況など、これは事実を元にしているのだろう。Wikipediaでみるスティーヴンソンの項目の、その死の状況などもこの作品と合致している。スティーヴンソンの伝記というのはあのチェスタトンが書いているようなので、中島敦はひょっとしたらそのあたりを参考にしていたのかもしれない。そういった資料から中島敦は、「これって実際にスティーヴンソンの書いた日記の翻訳なのでは?」と思ってしまうような作品を練り上げられた、ということだろう。

 スティーヴンソンといえばボルヘスが賛辞を惜しまなかった作家の一人ではあるし、ここでもまた、中島敦とボルヘスとの親和性を再確認することになる(ついでに書けば、そのスティーヴンソンの伝記を書いたチェスタトンもまた、ボルヘスの愛した作家であった)。

 ではなぜ中島敦はスティーヴンソンを取り上げたのか?というと、つまりはスティーヴンソンも若い頃から肺を病み、病苦の中に執筆をつづけたスティーヴンソンの中に、中島も自らと重なるところをみていたのである。じっさい1941年、中島は南洋庁(というものがこの時代にはあったのだ!)の国語編修書記として、七月にパラオに赴任している。この「光と風と夢」が書かれたのは、その赴任前のことになるようで、そのスティーヴンソンに自分の未来を仮託していたわけでもあるのだろう。でもスティーヴンソンのサモア移住は彼の健康に良い影響を与えたようなのだが、中島の場合はそうは行かず、赤痢やデング熱に苦しみ、南の地での健康恢復の望みも消え、年末には「内地勤務」の希望を申告することになってしまう。

 しかし、この作品を書いていた時点では中島敦は南方の地に希望を持ち、スティーヴンソンに中島敦自身を投影してこの作品を書いているわけだろう。そのことがこの作品に「力」を与え、読みごたえのある作品にしているのだと思う。そして、この作品の中には、スティーヴンソンの発言に託して中島敦自らの文学感を述べている箇所も多くあり、そのこともこの作品の面白さのひとつ、なのかもしれない。以下にちょっと、そういう箇所を抜粋。

 性格的乃至(ないし)心理的小説と誇称する作品がある。何とうるさいことだ、と私は思う。何の為にこんなに、ごたごたと性格説明や心理説明をやって見せるのだ。性格や心理は、表面に現れた行動によってのみ描くべきではないのか? 少くとも、嗜(たしな)みを知る作家なら、そうするだろう。吃水(きっすい)の浅い船はぐらつく。氷山だって水面下に隠れた部分の方が遥かに大きいのだ。楽屋裏迄見通しの舞台のような、足場を取払わない建物のような、そんな作品は真平だ。精巧な機械程、一見して単純に見えるものではないか。

 さて、又一方、ゾラ先生の煩瑣(はんさ)なる写実主義、西欧の文壇に横行すと聞く。目にうつる事物を細大洩(も)らさず列記して、以て、自然の真実を写し得たりとなすとか。その陋(ろう)や、嗤(わら)うべし。文学とは選択だ。作家の眼とは、選択する眼だ。絶対に現実を描くべしとや? 誰か全き現実を捉え得べき。現実は革。作品は靴。靴は革より成ると雖(いえど)も、しかも単なる革ではないのだ。

 ここには、「これからのオレはこのように書いて行くのだ!」という、作家としての将来への自負が感じられるだろう。その、スティーヴンソンを活気づけた「南」の地への期待が、この「光と風と夢」という作品を活気づけていることだろう。この作品にある、中島敦がまだ見ぬはずの南国の風景の美しさの描写は、尋常のものではないだろう。その描写には中島敦の「願望」もまた、込められていたということだろう。その願望が裏切られるという、残酷な現実が彼を待ち受けているわけだけれども‥‥。

 

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■ 2017-06-06(Tue)

 昨日の日記を書くのに、二時頃までかかってしまった。今日に限らず、この頃この日記を書くのに時間がかかってしょうがない。まあ、ずっとパソコンに向かって書きつづけているわけでもなく、ほかのことをやりながらだったり、テレビをチラチラ見ながらだったりするわけだけれども、ほんとうはその時間を、本を読んだりとか映画を観たりとかいうことに集中させたいという気もちはある。しかし、やはり日記を書くというのもわたしには大事な作業だとは思う。
 とはいいながら、その日記の内容はあまりに空疎なんじゃないかという気もする。実は今日は内科医へ行くので、そのことに関連して「前に狭心症で入院したいきさつとはどのようなものだったのか」と、この日記で当時のことを読み返してみて、その頃はもっともっと内容のあることを書いていたように読めてしまう。それはやはり「側頭葉てんかん」の発作を起こす前のことだし、わたしは側頭葉てんかんで思考力も失せ、退化してしまっているのではないのかと、あらためて本気で思うことにもなる。
 ただ、こうして転居して二ヶ月近くが過ぎ、以前のような状態(それは何といえばいいのか、無気力状態ともセルフ・ネグレクト状態ともいえるのかもしれないけれども)からはいくらか脱しつつあるようには思う。はっきりした変化としては、読書量が確実に増えたこと(代わりに映画はほとんど観なくなったけれども)。そのことが、わたしのものの考え方にも変化をおよぼしてくれるようになればいいのだけれども、その端緒のようなものを感じないわけではない。

 前に柏の図書館の分室で借りた本が返却期限になったので、日記を書き終えたあと、内科医の検診〜図書館〜スーパーへお買い物と、まとめてやってしまう。
 内科医のドクターは、わたしの側頭葉てんかんのことへの質問の方が多い。「血圧ももうちょっと低くなるといいですね」と。「でも、下の方は低くなってるんじゃないですか?」と聞くと、歳をとると下の血圧は低くなるものだということで、上の方が低くならないといけませんね〜、ということ。

 図書館では、その分室に置いてある本を見てもそれほどに借りたいという本もないし、今は自宅本をいっぱい読まなくてはいけないとも考えているから、借りるのはやめようかとも思ったのだけれども、ナボコフの「ディフェンス」が置いてあることが気にかかる。でもナボコフはまず自宅にあるものを読んでしまいたいし、借りるのならもうちょっと軽い本がいいな、などと思い、金井美恵子の「目白雑録(ひびのあれこれ)」を借りてしまった。この本、前にも読んでるはずだけれども。

 それで今日は、スーパーのとなりのドラッグストアで、ニェネントのネコ缶を買うつもりでいたのだけれども、行って見てみると、このあいだ見たときよりも四十円とか五十円ぐらい高い値段になってしまっていた。これではどこで買っても同じことだ。やはり十円でも安く買いたいので、今日はパス。また前の価格にしてくれるのを待とうか。

 そう、ネコごはんのカリカリ(固形食)の方だけれども、いよいよ前のがなくなってしまったので、先日買った新しいカリカリを出してあげた。「どうだろう?」とちょっと心配したけれども、ニェネントはまるで前と変わらずにガッツガッツと食べるのである。とりあえずはほっとしたけれども、「はたしてニェネントに<味覚>というものはあるんかいな?」と、ちょっと不信感を持ってしまった。

 

[]「セバスチャン・ナイトの真実の生涯」ウラジーミル・ナボコフ:著 富士川義之:訳 「セバスチャン・ナイトの真実の生涯」ウラジーミル・ナボコフ:著 富士川義之:訳を含むブックマーク

 とにかくは読了したのだけれども、読み終えたしゅんかんに、「あっ、コレはもういちど読みなおさないといけないな」という考えになった。そういう意味ではぼんやりと読んでいたというところもあるのだけれども、わたしには通読してはじめて、この書物の主題というものがはっきりと見えてきたような次第である。これはすごい小説だと思う。

 一回読んで思ったのは、この「セバスチャン・ナイト」と書き手の「V」という兄弟には、戦時中に亡くなった弟のセルゲイと、ナボコフ自身とが投影されていて、それはセバスチャン・ナイトがナボコフだとか、Vがセルゲイだとかいうことではなくて、兄弟の関係というものとしての投影でもあるし、現実にはセルゲイはすでに亡くなられているわけだから、関係が逆転しているともとらえられるだろうと思う。それと、謎の女性「ニーナ」のことは、読んでいて「この女性のことだな」というのはわかった。ほかにも読んでいろいろと思うところはあったのだけれども、とりあえずはもういちど読んでみようと思う。

 

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■ 2017-06-05(Mon)

 一日の日に見かけたネコがまた来て、ウチの窓の外を通って行った。「おっ」と思って窓から外に出て、ネコのあとを追ってみた。ウチの前の廃車だらけの空き地に入り、そこですわり込んでわたしの方を見返してくる。このネコもまた、わたしが近づいても逃げようとはしない。このあたりのネコはみな、人のことをそんなに恐れていないのか。いちばん人を恐れているのはウチのニェネントではないのかと思ってしまう。

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 今日は仕事の帰りにとなりの柏駅で下車し、シャツや靴下の買い物をした。ちょっと仕事が早めに片付いたので、柏駅に着いたのはまだ十時になっていない時間で、どこの店もオープンしていない状態。「これから一日が始まる」というところなのに、わたしはもう一日の仕事を終えてしまっている。奇妙な感じがする。

 先日ヤフオクに出品されていたAさんのご母堂さまの吹き込んだSP盤、けっきょくわたしが購入権を得て、今日は出品者とやりとりをしたりAさんに連絡を取ったり。品物自体は500円なのに、送料が1080円もかかる。SP盤一枚送るのにそんなにかかるだろうかとも思うのだけれども、そこは出品者に裁量権があるだろうから仕方がない。

 

[]「倫理21」柄谷行人:著 「倫理21」柄谷行人:著を含むブックマーク

 むかし読んだ本だけれども、もちろん内容を記憶しているわけもない。平易な言葉で説くカント哲学の復権というか、そんなカント哲学から照らし出した現代の問題。出版されたのはちょうど14年前の本なのだけれども、今の世界や日本の情勢は、まさにこの本で書かれていることから照射されるようなことばかり。まさに「自由であれ」という義務と、「他者を手段としてのみならず、同時に目的として扱え」という命題とは、真摯に受け止められるべき。

 わたしは前にこの本を読んだとき、啓発されて「わたしもカントを読もう」と、「純粋理性批判」を買い揃えたのだけれども、やはり現物のカントは難物で、何十ページか読んだあたりで挫折してしまった過去がある。

 でも、先日読んだ柄谷行人と岩井克人との対談、「終りなき世界」と合わせて考えると、マルクス=レーニン主義の誤謬というのもがいっそうよくわかるだろうか。どうもマルクスはきちんとカントの理念を理解して、そこから自論を発展させているのだけれども、そのマルクスをエンゲルスは理解していなかったし、レーニンは誤解して行動したと。「終りなき世界」でも、マルクスはシュティルナーの「唯一者」のことを考えていたようで、そう考えるとマルクスの考えというのはバクーニンらとはまた別の、アナーキズムなのではないかということになる。そしてこの「倫理21」でも、柄谷氏がさいごに述べることがらは、まさに現代のアナーキズムではないかとも思える。
 プルードンの無政府主義から150年、世界の経済情勢は大きく変化し、マルクス=レーニン主義も崩壊し、今まさに、もういちどアナーキズムというものをとらえなおす機会ではないのか。そこにまた、カントの「自由であれ」という命題も活かされることではあろう。

 

[]「木乃伊」中島敦:著(昭和文学全集 第7巻より) 「木乃伊」中島敦:著(昭和文学全集 第7巻より)を含むブックマーク

 「昭和文学全集」第7巻、牧野信一も終わり、ついに中島敦に突入。中島敦を読むのは、高校の教科書で「山月記」を読んで以来のこと。その「山月記」一作のみの体験で、もうほとんどわたしの記憶にはない。そしてその中島敦のしょっぱなが、この「木乃伊」。

 ‥‥なにこれ? めっちゃ面白いんですけど。というか、これってボルヘスじゃないですか。
 ペルシャがエジプトに攻め込んだとき、ペルシャの武将のパリスカスは異様な感覚におそわれる。彼にはエジプト人捕虜の語ることばが理解出来るように思えるのだ。パリスカスの主人、ペルシャの王は征服したエジプト人を辱めるために、半年前に崩じた先王の墓を暴き、その屍体を持って来るように部下らに命ずる。墓所を捜索するパリスカスは、ある木乃伊を見つけたとき、ずっと彼に付きまとっていた異様な感覚のわけを見出す。その木乃伊は、パリスカスの「前世」だったのである。木乃伊を抱いたパリスカスは遠い過去の記憶に身をゆだねるのだが、その過去の記憶の中で、またふたたび木乃伊に出会う。その木乃伊もまた、彼の前世の前世だった。その前世の前世の記憶の中で、またその前世に出会う。倒れているところを別の隊員に発見されたパリスカスは、すでに狂気の兆候をみせており、あらぬうわごとをしゃべっていた。そのうわごとはすべて、エジプト語ではあったと。

 ほんとうに、こういうのボルヘスになかっただろうか? 例えば「不死の人」なんかにも、同じようなテイストを見出せないだろうか。この削ぎ落としたような文体にもまた、ボルへスに似通ったものを感じてしまう。
 調べてみると、ボルヘスが生まれたのは1899年。中島敦は1909年で十歳年下。中島敦がこの「木乃伊」を書いたのはおそらくは1941年か1942年で、31歳か32歳のこと(中島敦は1942年の12月にはもう亡くなられてしまうが)。ボルヘスが「エル・アレフ」を出すのは1949年になるから、ある意味(いや、どういう意味でも)中島敦はボルヘスに先行している。とにかくはこの作品にはおどろいてしまった。中島敦というのはものすごい作家だったのではないのか?

 

[]「山月記」中島敦:著(昭和文学全集 第7巻より) 「山月記」中島敦:著(昭和文学全集 第7巻より)を含むブックマーク

 その、高校のときに読んだ「山月記」。やはりここでも、きりっと研ぎすまされた文体に感銘を受けるし、ここでもテーマは「知的鍛錬」というか、そんな知的作業についてのことがらではないのか。「乏しい才能の持ち主でありながら、それを専一に磨いたがために、堂々たる詩家となった者が幾らでもいる」というのに、李徴は「才能の不足を暴露するかも」という卑怯な危惧と、刻苦を厭う怠惰から、大成できずに虎になってしまう。人情話など入り込む余地のない、知的な中にも硬質で骨太なストーリーテリングで、やはり「中島敦、すごい!」という作品だろう。

 まあ高校の教科書に採用されたというのも、中に漢文詩は挿入されているし、「ひとつの道を究めようというときに、畏れてはならない」というわかりやすい教訓も含まれているからではあるだろう。

 

[]「文字禍」中島敦:著(昭和文学全集 第7巻より) 「文字禍」中島敦:著(昭和文学全集 第7巻より)を含むブックマーク

 これもまたボルヘス的というか、「書かれたテキスト(文字の精霊)とは何か」というような、哲学的命題も含まれたような作品。
 これは古代アッシリアの話である。「図書館の闇の中でひそひそと怪しい話し声がする」という噂が拡がり、国王は老博士ナブ・アヘ・エリバにその「文字の霊」の調査を命ずる。当時の書物は粘土板に彫りつけられた「瓦」である。その「霊」を過去の書物から知ろうとした博士は得ることなく、そんな書物を凝視、静観することから真実を見出そうとする。そのうち、ひとつの文字を見つめているうちに文字は解体し、意味のないひとつひとつの線の交錯としか見えなくなり始めた。なぜ、そういう線の交錯がひとつの音を持ち、意味を持つことになるのか。エリバ博士はそこから思索を始める。そこでエリバ博士は町を歩いて、最近に文字を憶えた人たちに、文字を憶えて以降に何か変化はないか聞いて行く。「文字の霊」の力を知ろうと。そこでわかったことは、職人は腕が鈍り、戦士は臆病になり、猟師は獅子を射損うようになった。女を抱いてもいっこうに楽しめなくなったというものも。エリバはこれこそ文字のせいではないかと考える。文字とはその実体の影であり、影はそのものの魂の一部である。例えば、「獅子」という字は、本物の獅子の影ではないのか。それで、獅子という字を憶えた猟師は、本物の獅子の代わりに獅子の影を追い、女という字を憶えた男は、本物の女の代わりに女の影を抱くようになるのではないのか。文字のなかった昔には、歓びも智慧もみんな直接に人間の中にはいって来たが、今は文字の薄被(ヴェイル)をかぶった歓びの影と智慧の影しか我々は知らない。近ごろ人々は物憶えが悪くなった。これも文字の精の悪戯である。人々はもはや、書きとめておかなければ何一つ憶えることが出来ないのではないか。
 ここに、すべての書物に通じ、諳んじる能力を持つ老博士がいた。この老博士に若い歴史家が聞いた。「歴史とは、昔在った事柄をいうのであろうか? それとも、粘土板の文字をいうのであろうか?」と。老博士は「歴史とは、昔在った事柄で、且つ粘土板に記されたものである」と。「書き洩らしは?」と歴史家が聞くと、「書き洩らし? 冗談ではない、書かれなかった事は、無かった事じゃ」。「君やわしらが、文字を使って書きものをしとると思ったら大間違い。わしらこそ彼ら文字の精霊にこき使われる下僕(しもべ)じゃ」。老博士は、文字の精霊の害毒がその若い歴史家を害(そこな)おうとしていると、悲しむのだった。
 これらの話を聞いたエリバ博士は、わからなくなる。文字が線の集積にしか見えなくなったのと同じように、一軒の家を見てもまた、木材と石と煉瓦と漆喰との、意味のない集合に化けてしまう。人間の身体を見ても、それが意味のない奇怪な形をした部分部分に分析されてしまう。エリバ博士は狂いそうになり、「これ以上文字の霊の研究をつづければその霊のために命をとられてしまう」と、早々と調査報告を国王に提出した。「アッシリアの国は見えざる文字の精霊のために、まったく蝕まれてしまった。文字への盲目的崇拝を改めなければ、後に後悔することになるだろう」と。この報告は大王の機嫌をいたく損ね、エリバ博士は謹慎を命ぜられる。その数日後に大地震が起き、たまたま自家の書庫にいたナブ・アヘ・エリバ博士は、おびただしい書誌〜粘土板の下敷きとなり、圧死してしまうのだった。

 ちょっと構成に飛躍があるとはいえ、これはボルヘスの作品だといっても通用しそうな気配もある。「書かれた事こそが歴史であり、書かれなかった事はなかった事だ」などというのは、これはつまりはエクリチュール論へと発展して行きそうな話ではないのか。読む人をさらなる思索へと誘う、興味深い短編ではあった。

 

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■ 2017-06-04(Sun)

 昨日はAさんが来て、遅くまで飲んだりして起きていたので、今日はお疲れの一日。一歩も外に出ないで過ごしてしまった。先日「ロリータ」を読んだので、昼前からキューブリックの監督した映画版を観て、午後は長い午睡になってしまった。

 実は先日、和室の方に硬質ゴム製の楕円形をした長さ4センチほどの、肌色をした奇妙なモノをみつけたのだけれども、それがいったい何なのかわからず、しばらく置いておいたのだけれども、「どうせ必要ないものだろう」と、ついこの間ゴミ袋の中に放り込んでしまった(つもり)。それが今日になって、それはトイレの便座の裏側についていたクッションというか、四辺についていたもののひとつだとわかった。つまり、ひとつが欠けていた。おそらくはニェネントがトイレを使っているときに爪でもかけて取っちゃって、それで和室に持ち込んで遊んでいたんだろうと思う。
 あの物体がいったい何なのかわかったので、「まだゴミ袋の中にあるだろう」と、ゴミ袋の中をぜんぶひっくり返して調べてみたけれども、みつからなかった。「もうちょっとだけ、保存しておけばよかった」と後悔した。まあアレがなくなって困るというものでもないけれども。

 

[]「ロリータ」(1962) ウラジーミル・ナボコフ:原作・脚本 スタンリー・キューブリック:脚本・監督 「ロリータ」(1962)   ウラジーミル・ナボコフ:原作・脚本 スタンリー・キューブリック:脚本・監督を含むブックマーク

 映画だと、いきなりハンバートのクィルティ殺しの場面から始まるのだね。クィルティを演じているのはピーター・セラーズで、同じキューブリック監督の次の作品「博士の異常な愛情」みたいな怪演をみせてくれる。しかも変装して登場するあたりとかも、「博士の異常な愛情」での一人三役を思わせられるもので、キューブリック監督にとっての、この「ロリータ」から「博士の異常な愛情」へと至るルートをみる思いがする。
 そういうわけで、この映画版では、クィルティはあちらこちら、随所にその姿をみせることになる。しかも別人に変装してハンバートと対話したりもしているわけで、「そうか、原作のあの人物はクィルティだったという読み方ができるのか!」と、驚いちゃったりもする。

 どうやら最初の段階では、映画版の脚本はナボコフひとりで全部書いていたらしいのだけれども、それをそのまま映像化すると七時間とかになってしまうということで、たいていの部分はキューブリックが書き直し、ナボコフの書いた部分でじっさいに使われたのは二割ぐらいのものだったとか。あとでそのことを知ったナボコフはご立腹されたらしいのだが、まあキューブリック氏とかかわるとたいていの人は不快な思いをするらしいのだから、これはしょーがないことである(しかし、そのナボコフによる七時間版の「ロリータ」、観てみたかった。というか、せめて読んでみたい。脚本は残っていないのだろうか。)。

 映画版はその時系列を崩したところ以外、原作にかなり忠実なものになっているのだけれども、とにかくはエロいシーンの描けない時代だったから、そういうハンバートのロリータへの「想い」(強烈な)というものはちょっと伝わりにくくなっていると思う。そのかわり、原作のコミカルな部分がより強調されているようにみえる。そのピーター・セラーズの「怪演」というのもあるし、シャーロット(シェリー・ウィンタース)が事故死をしたあとの「ルンルン」な音楽とか、笑えた。

 ここでロリータを演じたのは、この映画でデビューしたスー・リオンなのだけれども、彼女はその後、まさに「ロリータ」を生き直すがごとくの転落の人生を送ることになったようだ(Wikipediaによる)。そして彼女はのちに、「私の人格崩壊はこの映画から始まった」と語ることになるらしい。
 ハンバート・ハンバートを演じたのは演技派のジェームズ・メイソンで、もうこの映画撮影のとき五十歳を越えていて、「ちょっと老けすぎ?」という気がしないでもないけれども、コミカルなところは軽妙に、重たさが必要なところでは重厚に、しっかりと演じられていたと思う。もっともっと、ロリータにべったり、という場面が設定出来なかったのは残念なところ。

 全篇イギリスで撮影されたということで、原作の「アメリカ大陸縦断の旅」とかモーテル群のネオンとかのアメリカらしさがないのが残念だけれども、これも検閲を避けるためだったらしい。
 この映画版でもやはり、クィルティ殺しの場面はかなり非現実的な描写になっていて、「やっぱりクィルティ殺しはハンバートの妄想ではないのか」という気にもさせられてしまった。

 

[]「裸虫抄」牧野信一:著(昭和文学全集 第7巻より) 「裸虫抄」牧野信一:著(昭和文学全集 第7巻より)を含むブックマーク

 今までの「笑劇」風の作品から一変して、ちょっと重苦しい空気の作品になる。これは牧野信一の短い生涯でも最晩年の作品で、ノイローゼというのか神経衰弱の雰囲気がただよう。文章もちょっとわかりにくく、人物関係、行動の動機など、なかなかわからないところがある。とにかくは母のところから転居してしまおうとする語り手とその妻の行動を中心に、その友人、母の知人などが登場してくるわけで、このシチュエーションは、この全集本で牧野信一の作品としてさいしょに出てきた「村のストア派」に似ている。実母やその母を取り巻く人物への嫌悪感というのか、そういう「母のいる世界」から逃げたいと思っているのだろうか。

 

[]「淡雪」牧野信一:著(昭和文学全集 第7巻より) 「淡雪」牧野信一:著(昭和文学全集 第7巻より)を含むブックマーク

 この作品もまた重たいのだけれども、ここは「創作」として、ある家族とその周辺の人物らの三代にわたる変遷が語られる。中頃まで読むととつぜんに「藤吉」という人物が出てくるのだけれども、この「藤吉」というのが、どういう経緯で生まれた子なのか、まったく説明がなくってわからない。ただ、母親が誰かということはわかるのだけれども、父親のことなど書かれていない。
 ここでも、母方の人物らへの辛辣な筆が目立つようで、牧野信一にとっての「母親」という存在への意識の、その病根ともいえそうな部分がみえてくるようである。

 

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■ 2017-06-03(Sat)

 今日は夕方から、Aさんがウチに遊びに来てくれた。そもそも、茨城時代からずっと、知人がウチを訪れてくれるということはほとんどなかったわけで、思い返せばニェネントが産まれたあとにBさんがいらっしゃった記憶はあるので、六年とか七年ぶりのことになるだろう。
 どういう風にお迎えすればいいのか、とにかくは酒とかつまみとかいろいろと買い揃えてお待ちしたのだけれども、Aさんもビールやつまみをお持ちになられて来て、わたしが用意したものにはほとんど手をつけられなかった。気をつかっていただいてありがたいけれども、これから先わたしは残った酒類を消費していき、またアルコール依存になってしまうようで恐ろしい。

 先日はAさんのご母堂さまのお宅におじゃまして、そのご母堂さまの古いSP盤をCDに焼くお手伝いとかしたわけだけれども、それを聴かれたご母堂さまはとっても元気になられたらしい。逆に元気になりすぎて一騒動とも。Aさんはそのご母堂さまが吹き込まれたSP盤がネットで売りに出されているとか聞いたそうで、検索してみるとたしかに、ヤフオクに出品されていた。Aさん宅にもないSP盤で、もちろんAさんは「欲しい」ということで、価格も問題のないものだったので、わたしが代わって注文することになった。まだヤフオクというものはやったことがないので、多少の不安はあるけれども。

 わたしが昨日観た小林嵯峨さんの公演の話から、ウチにあった「吾妻橋ダンスクロッシング」のDVDなどを観たりする。Aさんは舞踏の歴史などにもじっさいにその渦中にあられて、たいへんに詳しいのだけれども、その昨日の公演のチラシに掲載された写真、土方巽と小林嵯峨さんとがいっしょに写っているのをみて、「これは京大西部講堂のそばで撮影されたものだ」とか即座に答えられる。昨日出演されていた谷川俊之氏のことも、「大駱駝艦」の創立メンバーとしてご存知だった。
 そのあと、YouTubeにAさんのパフォーマンス映像がアップされているのを教えてもらい、いっしょに観させていただいた。‥‥強烈。ただひたすら強烈。ここにひとつ紹介しておくけれども、後半のAさんの頭が炎につつまれるところ、じっさいにものすごく熱かったということ。

      D

 つまりAさんとは花上直人さんのことだけれども、Aさんにはこれから先も壮大なパフォーマンス計画があるようで、期待して待ちたい。
 十時も過ぎて、帰られるAさんを我孫子駅まで送って行った。帰宅してみると、それまで隠れていたニェネントは、わたしたちが食べ残したまぐろの切り落としをしっかり全部食べてしまっていた。

 

[]「葛原妙子と齋藤史 『朱霊』と『ひたくれなゐ』」寺島博子:著 「葛原妙子と齋藤史 『朱霊』と『ひたくれなゐ』」寺島博子:著を含むブックマーク

 ちょっと期待して読み始めた本だったけれども、内容はそれぞれ二、三百文字の短歌評をずらっと並べただけのもの、という感じ。それを葛原妙子の「朱霊」と齋藤史の「ひたくれなゐ」という二つの歌集から、例えば「廃墟」だとか「人と空間」だとかいうキーワードで歌を選んで、評していくような内容。けっきょく二人の歌人の短歌の本質を語るような本でもなく、通底するものを探るようなものでもなかった。ちょっと落胆。

 

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■ 2017-06-02(Fri)

 やはり「ロリータ」がとても面白かったので、しばらくはナボコフを読みつづけようかと思う。やはりナボコフはいいのだ。本棚をみると、短編集など持っていたはずの本が見あたらなくなっているけれども、今では入手困難(ではないかと思う)な絶版本はそれなりに手元に残っていた。「まずは文庫本から読んでいこう」と、今日からは「セバスチャン・ナイトの真実の生涯」を読むことにした。

 今夜ははるばる日吉まで出かけ、小林嵯峨さんの舞踏公演を観る予定。「日吉にはどうやって行けばいいんだろう」と乗換案内で調べると、千代田線をどこまでも乗って行って、明治神宮前でメトロの副都心線に乗り換えるのがいちばんらしい。定期もあるので、運賃も往復で八百円ぐらいですむ。ありがたいことである。

 しかし、千代田線ですべての駅に停車しながら進んで行くのは、やはり乗っていても疲れるというか、「遠いな」という印象。以前茨城に住んでいた頃には遠出してもそんなに苦にならなかったのに、どうしたことだろう。
 おそらくは初めて訪れる日吉。駅の片側は普通に商店街だけれども、その反対側はかんぜんに大学キャンパス。緑が拡がり、真ん中の広い道には車も通らない。その中の建物のエントランスのようなところで行なわれた小林嵯峨さんの公演。観ながらいろいろなことを考えるのだった。

 舞台が終えて時間は八時。商店街のある駅の反対側に出て、また日高屋があったので軽く一杯&軽く食事。食べ終えて横浜市営地下鉄の入り口へ行き、下に降りようとしたら、そこでカメラを構えて何かを撮影している方がいた。「何だろう」と思ったら、天井から下がった案内板か何かの上にツバメがいて、そばにはそのツバメのものらしい巣があった。巣の中には赤ちゃんツバメが複数いるようで、その親ツバメがえさをあげているところだった。意外と夜更かしなツバメだ。「おおっ!」と思って、わたしもちょっと撮影した。うまく赤ちゃんツバメの撮影は出来なかったけれども。

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 帰りの電車がまた時間がかかる。自宅駅に着いたらもう十時を過ぎていた。もう眠くて眠くて仕方がないのだけれども、なぜかふとんにもぐり込んでもなかなかに眠れなかった。

 

[]小林嵯峨舞踏公演「孵化する」小林嵯峨:構成・振付 @日吉・慶應義塾大学 日吉キャンパス 来往舎 イベントテラス 小林嵯峨舞踏公演「孵化する」小林嵯峨:構成・振付 @日吉・慶應義塾大学 日吉キャンパス 来往舎 イベントテラスを含むブックマーク

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 小林嵯峨さんのことはちょくせつに存じ上げてもいるので書きにくいのだけれども、いろいろと微妙な公演だったという印象がある。ひとつ思ったのは、嵯峨さんはその演出でいつも、物語的なものをつくりあげられるのだなということ。今回も「孵化」ということをテーマに、その「状況」というのではない、ストーリーを紡ぎ出されていた。そして嵯峨さんの動きは、いわゆる「舞踏」というものからは距離があると思う。それは言葉に語弊があるかもしれないけれども、「動きが無造作」ということでもあるだろうか。いわゆる「身体の強度」で見せられる舞台ではない。それは決定的な欠点というのではなく、嵯峨さんの舞台のひとつの「特徴」なのだと思う。その視点から読み解かれるべきものなのだろう。

 今回の舞台には谷川俊之さんとおっしゃる方も客演されていて、この方は60年代に状況劇場、天井桟敷などに参加され、若松孝二監督の「処女ゲバゲバ」には主演されてもいたという方。彼が全身に毛皮をまとい、三本指の爪の鋭い腕でもって、頭から縄の束をかぶったメデューサのような嵯峨さんとからまれる。もう、60年代のアングラ演劇の再来のような様相ではあった。そんな「とんでもない」ありさまを観ることができたということだけでも、この日の収穫だっただろうか。

 

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■ 2017-06-01(Thu)

 夕方になって買い物に行こうと外に出たら、ウチのすぐ前に、また見たことのないネコがいた。いったいこのあたりにはどんだけネコがいるのか、もうわからなくなってしまう。

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 そのネコの写真を撮っていたら、そばに赤いTシャツを着た男の子がきて、わたしに話しかけてきた。ネコは近くの車の下にもぐり込んでしまった。
 「ネコがいるんだよ」とその男の子に話すと、地面に這いつくばって車の下をのぞき込んで、「ほんとだ、いた」という。
 「ねえ、いくつ?」とわたしに聞いてくる。この男の子はわたしにどういう興味を持ったのだろう。初対面でいきなり歳を聞くのも失礼じゃないかと、わたしは答えないでいる。
 「(キミは)いくつなの?」と聞き返したら、「ななつ!」と、左手の五本の指を拡げ、そこに右手の人差し指と中指を足す。「小学生か」というと、「うん、二年生」と。
 そばの空き地の廃車を見て、「みんな壊れてるね!」といっている。「そうだね、捨てられてるみたいだね」
 歩きながら、「どこからきたの?」と聞かれたので、「そこの、ネコのいたところだよ」と答え、「どこへ行くの?」と聞いてみる。「雨が降ってきたからウチに帰るの」という。「ウチはどっち?」「あっち」と、方角でいうと南の方を指さす。
 「どこへ行くの?」と逆に聞かれたので、「買い物に行くんだよ」と答えると、「へぇ〜、ひとりで行くんだ」と。
 曲がり角まで来て、そこでその男の子と別れた。「バイバイ」と手を振って、しばらく行って振り返ったら、男の子もこっちを振り返ってめいっぱい手を振っている。わたしも手を振った。なんだか、面白い体験だった。

 買い物は土曜日に来るAさんのため、ビールとワインとを買うつもり。あれ? ビールがちょっと高くなっている? そうか、ニュースで六月からビールが値上げされるみたいなことをいっていたな。おっと、ワインも、このあいだ299円だった「王様の涙」が、今日は398円になってしまっていた。いつもいつも299円というわけではなかったのだな。

 

[]「ロリータ」ウラジーミル・ナボコフ:著 若島正:訳 「ロリータ」ウラジーミル・ナボコフ:著 若島正:訳を含むブックマーク

 このあたりは、最初に読んだのがずいぶんと昔だったので、近年読んだ本よりは記憶に残っているところが多い。いけない。注釈はさいしょに読むときにはスルーして、ぜんぶ読み終わってから読んで下さいというのを無視してしまった。でもわたしは意外と西欧文学の基礎知識はあるので(自慢!)、注釈なしでもわかるところはけっこうあった。ウィリアム・ブレイクとかメーテルリンクとかね。

 語り手であるハンバート・ハンバートはほとんどナボコフの分身という感じで、その文学的知識からのパロディー、諧謔、アイロニー、そしてペダンティックな表現に言葉遊びと、ナボコフの独壇場ともいえるような展開がつづくのだけれども、そんな中から、通読すれば確実に、これはひとつの豊穣な読書体験だったと思わせられることになる。
 これはある少女を熱狂的に愛し、「愛されたい」と願った四十男の挫折の記録といえばいいのか、いちどは「手に入れた」と思いながらも、それでも彼の手からすり抜けて行ってしまったロリータへの、魂の告白ではないか。その思いを語り手のハンバートは、(つばさを持つ)陪審員に向けて書くようなかたちを取りながら、もちろん、この「ロリータ」という本を読む読者に語りかけてくる。
 しかしハンバートは、ほんとうにロリータを奪って行ったクィルティのことを、殺したいほどに恨み、憎んだのだろうか。ラストの錯乱した舞台のようなクィルティ殺害の場面はほとんど現実のものとも思えないところもあり、巻末に訳者の若島正さんが書かれている「修正派」の人たちのように、これはハンバートの妄想なのではないかとも思うのだけれども、そうだとするとハンバートが拘留される理由というものがあやふやになってしまう。
 そもそも、こうやって思い出してみると、ナボコフの作品の主題のひとつに「焦がれるほどに愛した人に裏切られる」というものもあるのではなかったのか。どの作品がそうということもあまり出来ないけれども、わたしがナボコフに惹かれたのもそういうところだったような記憶もある。そうするとだから、「ロリータ」でもクィルティ殺しは番外編というか、ハンバートがロリータを心底愛し、そして逃げられるということこそがメインなのではないかとも思う。

 もうひとつ、この「ロリータ」には、まるでケルアックの「オン・ザ・ロード」のように、「アメリカ縦断の記録」のような側面もあって、それはハンバートがロリータを連れて宿泊するモーテルの、夜のネオンとかの記憶として読後によみがえる。それは作品中で登場人物(ハンバートではない)が語るように、「わたくしたちが住んでいるのは、思考の世界だけではなく、物質の世界でもあるのです」ということの具現化のようでもあり、それはロリータと共に「思考の世界」に生きようとしたハンバートが、「物質の世界」で迷って行く記録、とも取れるようにも思う。

 後半、ロリータが逃げたあとに、ハンバートはリタという女性と出会うのだけれども、このリタとの短い挿話がなんだかとってもいい。リタがかわいい。まさに「Lovely Rita」という感じで、ハンバートとリタとの物語をもっと読みたくもなってしまった。語られた言葉よりも、あくまでも書かれた言葉を信じるハンバートが、リタへ「やさしい」別れの言葉をメモに書き、寝ているリタのへそにセロテープで貼っていくなんて、いい場面だ。

 わたしが読んだのは新潮社の文庫本で、この文庫本には巻末に某ノーベル賞作家のO氏の解説がついている。わたしはこのO氏がきらいだし、O氏がナボコフと結びつくということ自体が気もち悪くって仕方がない。しかも彼はその解説の中で「性愛の小説」だとか「性交」だとかいう、わたしからすれば非ナボコフ的な、ゾワッとする言葉を多用される。なんか、せっかくいい気もちで読書を楽しんだというのに、さいごのさいごにきて、路上の犬のうんちを踏みつけてしまったような気分になってしまった。

 

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