ワニ狩り連絡帳 このページをアンテナに追加 RSSフィード

       

■ 2017-07-31(Mon)

 朝、駅へ出るときに、久しぶりにニェッタに出会った。元気そうで何より。その姿を見ることができてうれしい。朝からいい気分になれる。

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 今日は仕事の帰りに池袋へまわって、昨日買おうとしていたチケットを買おうと思っていたのだけれども、そのうちのひとつの公演がすでにチケットを買ってある公演とバッティングするように思い、そのチケットを買ってある公演がいつなのかわからなくて、ちゃんと確かめてからにしようということで、今日も池袋行きは中止した。
 帰宅して、今日は月曜日だから「食品館」は午後一時まで5パーセント引きなので、がんばって暑い中を買い物に出た。インスタントコーヒーとか、カレー/シチュー用の牛肉(半額になっていた)とか異様に安かったニンジン、トマトなどを買い、ここはアルコール類もその5パーセント引きの対象になるので、ちょっと安く売られていたホワイトホースのボトルを買ってしまったり。(実はタマネギとジャガイモの在庫があふれているわけだし、今日はさらにニンジンも増えてしまったわけで)今夜はそろそろまたカレーとかをつくろうかとストックのカレールーの在庫を探ると、賞味期限を一年過ぎてしまっているビーフシチューのルーを見つけてしまい、「それでは今夜はシチューにしよう」ということにした。それならば赤ワインも買っておけばよかったけど、トマトなどもぶち込んで、味付け調味料とかにもちょっと凝ってみた。なかなかに美味なビーフシチューになったと思う。まだルーが半分残っているので、つづけてビーフシチューをやってみようかと思う(次はちゃんと赤ワインも入れて)。

 昨日書こうかと思っていた、金井美恵子の「目白雑録5」の中で岡本太郎について書かれていたことに反応したことを書いておこうかと思うのだけれども、ここでびっくりしたのは、金井美恵子は1981年にNHKの「日曜美術館」で岡本太郎にインタヴューしていたということ。調べてみると意外にも、この放送は「日曜美術館40周年記念」として、二年前にアンコール放映されていたらしい。それで検索してみると、いくつかその放送を見ての感想もあがっていた。「金井美恵子は太郎パワーに圧倒されっぱなし」という感想もあったが、ほかに興味深いブログがあって、その日曜美術館の中で岡本太郎は「まぶたを閉じても自分は眼が見えている」とのたまったらしく、そのことに金井美恵子は苦笑で答えたらしい。このブログを書いた人は「彼女は意味がわからないことがあってもあまり深く考えないらしい。ザックリとしたシンプルな性格なのだろう」という。さらに岡本太郎は金井美恵子に「あんたに言っても難しいだろうけど」といったということなのだけれども。
 とにかくはわたしはその番組を見ていないので、岡本太郎はどういう文脈でそういう発言をしたのかわからないから何ともいえないのだけれども、このあたりのことは金井美恵子の「目白雑録5」では以下のようになる。

 '81年のNHK日曜美術館で岡本太郎にインタヴューをしたのは、このおよそ岡本のイメージと異なるエビソードと母親の岡本かの子に宛ててパリで書いた手紙のことを、テレビのコマーシャルで見ている限り、ボケが疑われもする老画家に訊いておきたかったのだったが、何を質問しても他人の言うことは一つも耳に入らないらしく、部屋の隅に立っている養女で秘書の敏子さんの方を不安そうに見ながら、あらかじめ決めておいたことを虚ろに喋るだけなのには、驚いたのだった。パリからの手紙にあるバシュラールの名はもちろん、岡本かの子は自分の母親だということさえ忘れているような印象を受けたのはショックではあったけれど、やっぱり、というのが本音で、かの子の小説は好きだけれど、もともと一枚の絵のみを評価していただけの存在だったから、ぎくしゃくとしたインタヴューの録画を終えてアトリエを出た瞬間に、岡本太郎というものを忘れてしまったと言ってもいいだろう。

 ここで彼女のいう「およそ岡本のイメージと異なるエピソード」というのは、岡本太郎が自作(代表作)の「傷ましき腕」について、所蔵されている国立近代美術館を何度も訪れて、その細部を何度も手直ししていたというエピソードで、これは金井美恵子が滝口修造から聴いたことらしい。したがって、あとに出てくる、彼女が「もともと一枚の絵だけを評価していただけ」という「一枚の絵」とは、その「傷ましき腕」のことである。

 あまり金井美恵子の著作から引用しすぎてしまったようで恐縮なんだけれども、実はわたしもむかしテレビで、それなりに岡本太郎の出演番組は見ていたのだが、それらの印象もやはり、「岡本太郎はコミュニケーション不全」というようなものだったわけで、金井美恵子の書くことにうなづけるわけではある。
 それでわたしは、YouTubeとかにそんな岡本太郎がテレビ出演した映像が残っているのではないかと探してみたのだけれども、なんと!タモリと対談したものを見つけることが出来た。そしてやはりそこでも、岡本太郎は自分の言いたいことだけを言うだけで、自分の言うことをフォローしてくれる以外の他人のいうことなど、「一つも耳に入らない」ようではある。ここではタモリはあくまで岡本太郎をフォローする役だから勝手にしゃべらせてるわけで、岡本太郎の示すモティヴェーションを超えて質問する、などということは「あきらめている」ようではある。

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 面白いのは、このタモリとの対談でも、岡本太郎は「わたしはまぶたを閉じても眼が見えている」と語っているわけで、それはどうやら当時の彼の得意とするお題目だったようだ。タモリは苦笑するわけでもなく適当に話を合わせるのだけれども、その話をつづける岡本太郎には自己神格化の兆候もみられるだろうし、金井美恵子が書くように、「ある時期からの美術や芸術といった概念についての自己愛的なズレ方」のあらわれ、ということでもあるのだろうか。

 ちょうど2011年、震災と原発事故の年は岡本太郎の生誕百年の年でもあったそうで、そこでの岡本太郎再評価の動きに対して金井美恵子は異議を唱えるわけでもあるのだけれども、例えば椹木野衣は彼を「21世紀の芸術家として位置付け直すべきだ」とも書いているらしい。わたしは金井美恵子よりは年下だけれども、かなり同世代のものとして彼女の言説に共感するところがあるわけで、ここで彼女が「椹木よりずっと以前の私たちの世代にとって岡本は戦後的な前衛啓蒙家の悲惨でもあり滑稽な過誤として印象づけられている」と書くとき、「わたしもその世代です」と名乗りを上げたくなってしまうわけではある。ついでに書いておけば、ここで金井美恵子が指摘するように、あの「太陽の塔」は「原子力の平和利用」というメッセージを含み持ち、それはつまり「原発推進」なのである。

 もうひとつ、「まぶたを閉じても自分は眼が見えている」などという「ことば」に耳を傾ける価値があるかどうか、ということだけれども、それを自分の特権のように語ったのであろう岡本太郎氏のことばなどもちろん聞く必要はなく、そういうことに耳を傾けるのは「グル」を産み出すことでしかないだろう。(晩年の)岡本太郎という人は、つまりは周囲に崇拝されたがっていただけのようだし、金井美恵子氏の文を読めば、それは実質岡本太郎夫人であった岡本敏子氏の仕組んだことであり、当時の岡本太郎は岡本敏子の「あやつり人形」的な存在でしかなかった、と読めるのである。

 

[]「ひさとその女友達」広津和郎:著(昭和文学全集 第7巻より) 「ひさとその女友達」広津和郎:著(昭和文学全集 第7巻より)を含むブックマーク

 戦前の「カフェ(この作品では「カッフェ」と表記)」とはつまりは風俗営業で、そこの女給というのは今ならばバーやキャバレーのホステスというわけなのだけれども、そんな「女給」をスタートに、戦中戦後を生きてきた「ひさ」と「加代子」というふたりの女性の生き方、その運命の対比を描いたような作品。女給としては先輩のひさは、あとから来た加代子に何かと親切にしてやるけれども、貯金もせずに持ち金をいつもバァーっと使ってしまい、将来の計画もない加代子のことを心配して忠告したりも、新しい仕事を紹介してやったりもする。ひさは女給をやめて貯金を元手に下宿屋をはじめたりするが、つまらない男にひっかかったりもしてしまう。加代子はいい男をみつけ、ひさの紹介した貸家にふたりで入居する。ひさの住まいは空襲で焼け出されるが加代子の家は無事である。ひさは疎開した山形から東京に米を売りに通うようになるが、その米を加代子が買ってくれることになり、立場は逆転する。あることから加代子はこれっぽっちもひさのことを心配してなどいないことを思い知る。「パーティー」に行くという加代子と別れたひさは、悔しさと腹立たしさに身を焦がすのだった。

 終戦(敗戦)でたいていのことがリセットされ、地道な努力は報われず、軽薄に世間を渡る連中がいい思いをしてしまう。この作品に「アプレ」ということばは使われないけれども、先日「噂の女」のなかで「アプレ」は出て来たので、ちょっと思い出してしまった。

 

[]二〇一七年七月のおさらい 二〇一七年七月のおさらいを含むブックマーク

美術:
●「クエイ兄弟―ファントム・ミュージアム」@渋谷・松濤美術館

映画:
●「セールスマン」アスガー・ファルハディ:脚本・監督
●「ソングス・フォー・デッド・チルドレン」(2003) ブラザーズ・クエイ:監督
●「ファントム・ミュージアム」(2003) ブラザーズ・クエイ:監督
●「ワンダーウッド」(2010) ブラザーズ・クエイ:監督
●「涙を流すレンズを通して」(2011) ブラザーズ・クエイ:監督
●「正しい手:F.H.への捧げもの」(2013) ブラザーズ・クエイ:監督
●「変身」(2012) フランツ・カフカ:原作 ブラザーズ・クエイ:監督
●「頭山」(2002) 山村浩二:監督
●「カフカ・田舎医者」(2007) 山村浩二:監督

読書:
●「断頭台への招待」ウラジーミル・ナボコフ:著 富士川義之:訳
●「偉業」ウラジーミル・ナボコフ:著 貝澤哉:訳
●「絶望」ウラジーミル・ナボコフ:著 貝澤哉:訳
●「不思議の国のアリス」ルイス・キャロル:著 矢川澄子:訳
●「匿名芸術家」青木淳悟:著
●「学校の近くの家」青木淳悟:著
●「目白雑録(ひびのあれこれ)3」金井美恵子:著
●「目白雑録(ひびのあれこれ)4」金井美恵子:著
●朝日選書「20世紀の自然観革命 量子論・相対論・宇宙論」和田純夫:著
●「銀の匙」中勘助:著
●「ノラや」内田百痢著(「ノラや」より)
●「銀杏 〜旅順入城式より」内田百痢著(昭和文学全集 第7巻より)
●「債鬼」内田百痢著(昭和文学全集 第7巻より)
●「梟林記」内田百痢著(昭和文学全集 第7巻より)
●「掻痒記」内田百痢著(昭和文学全集 第7巻より)
●「竹杖記」内田百痢著(昭和文学全集 第7巻より)
●「長春香」内田百痢著(昭和文学全集 第7巻より)
●「明暗交友録」内田百痢著(昭和文学全集 第7巻より)
●「棗の木」内田百痢著(昭和文学全集 第7巻より)
●「青炎抄」内田百痢著(昭和文学全集 第7巻より)
●「サラサーテの盤」内田百痢著(昭和文学全集 第7巻より)
●「無伴奏」内田百痢著(昭和文学全集 第7巻より)
●「特別阿房列車」内田百痢著(昭和文学全集 第7巻より)
●「日没閉門」内田百痢著(昭和文学全集 第7巻より)
●「菩提樹の蔭」中勘助:著(昭和文学全集 第7巻より)
●「雁の話 〜鳥の話より」中勘助:著(昭和文学全集 第7巻より)
●「鶴の話 〜鳥の話より」中勘助:著(昭和文学全集 第7巻より)
●「母の死」中勘助:著(昭和文学全集 第7巻より)
●「妹の死」中勘助:著(昭和文学全集 第7巻より)
●「ひさとその女友達」広津和郎:著(昭和文学全集 第7巻より)

DVD/ヴィデオ:
●「ヒズ・ガール・フライデー」(1940) ハワード・ホークス:監督
●「さすらいの二人」(1975) ミケランジェロ・アントニオーニ:監督 ルチアーノ・トヴォリ:撮影
●「ゾンビ (ダリオ・アルジェント監修版)」(1978) ジョージ・A・ロメロ:脚本・編集・監督
●「噂の女」(1954) 溝口健二:監督
●「帰って来たヨッパライ」(1968) 大島渚:監督

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■ 2017-07-30(Sun)

 今日もまた昨日の気分をひきずってしまって、何もやる気がしない。ほんとうは池袋に出かけて、八月以降のダンス公演のチケットを買っておこうと思っていたのだけれども(池袋の劇場窓口で直接買うと、シニア割引きがあるのだ)、「何も今日行かなくってもいいや」という気分で、やはり出かけるのはやめてしまった。「今日も何かDVDを観ようか」という気分で、なぜか「ツイン・ピークス」のパイロット版とかを観始めたけれども、観ていたら何か他のを観てみたくなって、途中で中断してしまった。「何を観ようか」とDVDの棚をみていると、何だかかなりの数持っている中国製のDVDが気になってしまい、三〜四枚持っているジャ・ジャンクー作品の中から、「プラットホーム」をちらっと観てみた。中国製だから英語字幕に頼るしかないのだけれども、思ったよりも「わかる」感じだった。「よし、そのうちに全部観よう」とコレも途中で観るのをやめ、けっきょくは大島渚監督の「帰って来たヨッパライ」を観た。

 読んでいる「昭和文学全集」、中勘助も終わって、次は広津和郎という作家。名まえを聞いたことはある気もするけれども、いったいどんな作家なのか、まるで知りはしない。さいしょの「ひさとその女友達」という作品を読み始めたのだけれども、その文体とか、なんというのか「風俗小説」っていうの? そういう気がして、あまり読む気も失せてしまった。この作家のところは飛ばしてしまおうかとも思う。

 金井美恵子の「目白雑録5」も読んでいるのだけれども、このことはあとでまたまとめて書くとしても、この冒頭のあたりの「震災」〜「原発事故」以降の世界、ジャーナリズムにあらわれた言質について書かれた部分は、真摯で貴重なレポートというか、これは金井美恵子の「毒舌」とかそういうものではなく、「理性」を持つものの「正当な」社会批判として、読まれるべき発言だと思う。特にさいしょの<「芸術はバクハツだ!」そして、様々な神話>についてはいろいろと思うところもあり、本の感想とは別に書いておきたいのだけれども、長くなりそうなので今日はやめておきます。

 

[]「帰って来たヨッパライ」(1968) 大島渚:監督 「帰って来たヨッパライ」(1968)   大島渚:監督を含むブックマーク

 レンタル落ちのDVDを安く入手していたもので、ま、普通だったらあまり観たいとは思わないだろう作品。もちろんコレは、当時大ヒットしてしまったフォーク・クルセダーズの「帰って来たヨッパライ」を映画にしたもので、当時はある曲が大ヒットするとその曲をタイトルにして、映画の中のどこかにその曲を歌った歌手を出演させる映画(もちろん、映画の中にそのヒット曲がフューチャーされるわけだ)がつくられたわけで、つまりは安易な観客動員を見込んだ映画会社の既定路線のひとつだったわけだけれども、それだけ映画産業というものが好調だったということでもあるのだろう。それがなぜか、松竹は監督を大島渚としてこの作品を撮らせてしまう。大島渚に撮らせれば「ふつうの娯楽作品」になるはずもないことを、松竹は充分に承知していたのではないのか。そういう「リスク」など、松竹にはどうってことなかったのか。ちなみに、映画界は当時二本立て公開システムだったわけだけれども、この「帰って来たヨッパライ」の併映は「進め!ジャガーズ 敵前上陸」。まあジャガーズとフォークルでもってして、普段の映画ファンとは異なる観客が来てくれるならいいか〜、という感じだったのか。その中で、「監督は好きなことやってもいいよ〜」というスタンスだったのかもしれない(その、「進め!ジャガーズ 敵前上陸」の方も、かなり無茶な映画だったらしい)。

 そもそもが、この「帰って来たヨッパライ」という曲からして無茶な曲なわけで、「これでもって映画を一本撮ってくれ」ということになれば、それこそアヴァンギャルド映画への道まっしぐら、ということになりそう。ところが大島渚、もしくは製作の中島正幸は、いかにも彼ららしくというのか、おそらく当時フォークルの第二弾シングルと予定されていた「イムジン河」の方にこそ興味を示したというか、そこから日本と韓国、そしてヴェトナムまでも視野に入れた当時の「政治情勢」の映画をつくってしまう。脚本は大島渚自身を含め、田村孟、佐々木守、足立正生との共同作業で、おそらくはディスカッションの席で思い付いたことを何でも盛り込んでみたというようなモノで、一本の映画作品としての「一貫性」みたいなものはもう捨ててかかっているという印象にもなる。
 しかし、冒頭から出て来る問題というのが「韓国からの密航者」ということで、わたしはさいしょは「脱北者」?と思ってしまったのだけれども、この今から50年前の韓国は、朴正煕政権による軍事独裁時代で、それ以前から韓国から日本への密航はあとをたたず、この映画に出てくるような「密航者に注意!」みたいな看板も現実にあったわけだし、韓国がヴェトナムへ自国兵を送り出していたこの映画に描かれた時代には、この映画のようにじっさいに兵役忌避のために密航するものもあったらしい。
 この映画で(しつっこく)描かれるのは、衣服を取り替えただけで日本人だか朝鮮人だかわからなくなるような、われわれのアイデンティティーのあいまいさではあって、そのことは(創作)街頭インタヴューというシネマヴェリテ風演出でも示されるわけで、さらに米軍基地のそばをロケ地に選ぶことからも、日本がヴェトナム戦争とは無関係とはいえないことも示されるだろう。

 役者陣は「演技経験ゼロ」のフォークルの三人は置いておいて(でも、北山修はがんばっていたか)、いつもの「大島組」の役者たちが嬉々として、面白がって役を演じているのが楽しい。そんな中に緑魔子の特別出演は眼福、ということだろうか。しかしなぜこの作品、「シネマスコープ」なんだろうか?

 

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■ 2017-07-29(Sat)

 朝目覚めて、昨夜インターネット接続できなかったことを思い出し、すぐにパソコンの電源を入れてみる。昨夜がメンテナンスのせいでの不具合だったなら、もう今は正常に接続できるだろう。ところがやはり、インターネットにはつながらないままだった。いちおう「ひかりTV」の方を見てみると、そちらはちゃんとルーターと接続されていることは確認できたので、ルーターのせいではない。そこでパソコンの無線LANでの接続をやめ、LANケーブルでルーターとつなげてみたけれども、やはりダメだった。パソコンの「ネットワーク環境」をチェックすると、AirMacはきちんとルーターと接続されているようだけれども、ネットワークとの接続はなされていない。‥‥これはもう、わたしには「お手上げ」状態なので、プロバイダーに電話で問い合わせすることにした。

 けっきょく、あれこれと電話で状態を話をしたのだけれども、どうやらどこかでわたしが「ネットワーク環境」を初期化してしまったのか、もういちど接続ID、パスワードを入力して、やり直さなければならなかった。それで何とかネット接続も回復したけれども、そうやってプロバイダー担当者と一時間近くも電話で話をして、それですっかり消耗してしまった。ほんとうは今日はちょっと出かけようかとも思っていたのだけれども、もうとてもそういう気分ではない。一日ずっと、部屋の中でウダウダしていた。

 夜になって、「こんな風に一日を終わらせてはいけない」と、DVDをひとつ観た。それだけの一日。

 

[]「噂の女」(1954) 溝口健二:監督 「噂の女」(1954)   溝口健二:監督を含むブックマーク

 この1954年には溝口監督は「山椒大夫」と「近松物語」を撮っていて、1952年の「西鶴一代女」、53年の「雨月物語」「祇園囃子」と、後期溝口監督のひとつの絶頂期の作品だといっていいのではないかと思う。この作品には原作はなく、依田義賢と成沢昌茂によるオリジナル脚本。撮影は宮川一夫。出演は田中絹代に久我美子、そして大谷友右衛門、新藤英太郎ら。現代モノではあるけれども、溝口監督らしくも、やはり花柳界の話である。

 舞台は京都の遊郭、置屋で、置屋を女手一つで切り盛りする田中絹代には、東京で大学を出た娘の久我美子というひとり娘がいる。久我美子はもう恋人と婚約するばかりになっていたのが別れてしまい、自殺未遂騒ぎを起こして田中絹代が京都に連れて帰る。置屋の太夫らはそのいきさつを皆知っている。つまり、久我美子が「噂の女」なのである。久我美子が彼と別れたのは、母が置屋の女将をやっているということゆえであり、「置屋」という、つまりは売春組織を嫌悪している。しかし、以後そんな置屋の中で太夫らと生活を共にしながら、彼女らの生き方を理解するようになる。
 一方、母は置屋のかかりつけの若い医師の大谷友右衛門にご執心で、彼のために新しい診療所を買ってあげようともしている。ところが大谷友右衛門の方は置屋に来た久我美子に惹かれて行き、久我も徐々に大谷に接近して行く。田中絹代は二人の関係の進展を知りショックを受けるが、置屋を廃業する覚悟で金をつくり、大谷に診療所を贈って身を引こうとする。しかし、久我美子は田中絹代にもいい顔をしていた大谷友右衛門の本性を知り、彼を追い出すのであった。以後、置屋には、病に倒れた田中の代わりに一切を切り盛りする久我美子の姿がみられるのだった。

 映画はその母娘と医師の三角関係をメインに描きながらも、置屋の太夫たち、そこに訪れる男客らの姿も描いて行く。男客らは例によって皆バカっぽいのだけれども、(たしか七人の)太夫たちはどこか生き生きと描かれ、この置屋の空間を動かして行く。さいしょはその存在を嫌っていた久我美子が「ここで生きてもいい」と思わせる空間を描くこと。このあたりがこの作品のひとつの見どころではあると思う。彼女たちは「その他大勢」的な描かれ方ではあるけれども、ちゃんと空間を支配しているのだろうか。ラストの太夫のセリフもまた、社会での「必要悪」としての「置屋」というところに身を置く、そんな太夫の思いをひとことであらわしていただろうか。

 一方で「ドラマ」としての三角関係の描写、母と娘との対決シーンは溝口監督お得意のところだろうし、大谷友右衛門にハサミを持って向かう久我美子というのも、ひとつの見せ場ではあった。黒いロングスカートの久我美子は、そのヘアスタイルからも、これは当然オードリー・ヘップバーンを意識した見せ方をされているのだけれども、わたしには充分に魅力的だった。

 

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■ 2017-07-28(Fri)

 早朝、外に出ると地面が濡れていた。夜のあいだにまた少し雨が降ったみたいだ。昨日は比較的涼しい日だったので、今日も涼しくなるのかと思ったが、勤務先でメトロを降りて外に出ると陽が照っていて、今日はちょっと暑くなりそうだった。

 Dさんが大崎の美術館での展覧会に出品していて、今日観に行くことにしている。今日はその前に国分寺のクリニックへの通院予約がしてあって、そのあとに大崎にまわればちょうどいいという考え。国分寺の予約は二時四十五分なので、仕事を終えていちど帰宅し、昼食を取ってから出かけるのがいいみたいだ。もちろん仕事のあとそのまま都心のあたりにとどまって、昼食も外ですませて国分寺へ行くということも考えられるけれども、今は定期を持っているから運賃を気にしないでいくらでも電車に乗れるし、電車の中というのはわたしにはゆっくりと本を読める「読書室」ではあるし、自宅駅は始発駅の次だから座れないということはまずない(帰りに座れるか?ということはあるけれども)。だから時間のあるときはいくら電車に乗ってもかまわない。

 ウチから国分寺までは、定期を出来るだけ活かして乗るとなると二時間弱かかるわけで、ちょっと早めに昼食をすませて十二時二十分ぐらいに家を出る。晴れてはいるけれども、先週のような強い陽射しでもなく、そこまでの暑さでもないと思った。
 クリニック到着。今日はロビーで順番を待っている人の数が多かった。しばらく待たされてわたしの順になる。今はもうわたしも発作を起こすわけでもなく、薬の副作用をみるぐらいの診察で、先生とは半分雑談みたいなやりとり。先生はもう八十歳になられるようだけれども、日本のてんかん学のオーソリティーというにとどまらず、どこか「人格者」という風貌、雰囲気の方である。わざわざこんな遠くのクリニックにわたしが通う理由でもある。今日は、来年にまた「検査」をやりましょうか、ということ。次の通院は三ヶ月後になる。

 大崎には五時頃に行きますとDさんには伝えてあって、「ひょっとしたら時間が余ってしまって、どこかで時間をつぶさないといけなくなるかな」と思っていたのだけれども、国分寺からまっすぐ大崎へ向かい、着いたのはジャスト五時だった。
 展覧会はさまざまな年齢の主に「日本画」作家によるグループ展で、そのアプローチもさまざまだけれども、「旧的な日本画表現から抜け出す」というような姿勢は共通しているのだろうか。Dさんの作品は小品二点と大きな作品と。すべて正方形の作品で、また新しいアプローチをみせていただいた。
 会場にいらっしゃったDさんとしばらく作品のことなどをお話しし、美術館を出て近くの居酒屋へ。正直、わたしとしてはあまり入りたくないようなタイプの居酒屋ではあったのだけれども、Dさんが「狙いをつけていた」とおっしゃったので、それは仕方がない。けっきょくやはり、わたしはあんまり食べないで、飲んでばかりいた。でも、Dさんとの話は楽しいものだった。

 九時頃に店を出て品川駅でDさんとお別れし、わたしは西日暮里まで出て千代田線に乗り換える。金曜日のこの時間、電車はけっこう混み合っていた。駅からの帰り、お腹が空いていたのでコンビニで巻寿司(とビール)を買い、帰宅してから食べて飲んだ。
 それでパソコンの電源を入れてみると、なぜかインターネットへの接続が出来なかった。そういえばプロバイダーからのメールで、この日はメンテナンスのためにこの地域でのサービスが一時停止されるということだった。「それではしょうがないな」と、明日になればつながることだろうと寝ることにした。

 

[]「銀の匙」中勘助:著 「銀の匙」中勘助:著を含むブックマーク

 ああ、こういう素晴らしい作品があったわけだ。これはもう最高。

 中勘助は本来詩人の素質を持つ人で、若い頃は詩作を試みていたらしいのだけれども、日本語による長詩の創作の可能性に絶望的な思いを持ち、散文に転じた人ということ。二十七歳のときに前編を書き、夏目漱石にみてもらい、その漱石の推薦で朝日新聞に発表された。のちに後編が書かれ、「銀の匙」として一冊の本になった。

 これは中勘助がその子供時代を回想して綴った「回想記」ではあるだろうけれども、その確かな記憶力による豊富なディテール、成長した「大人」の視点から子供時代を振り返るのではなく、まさに「子どもの眼」からの世界の構築として、おそらく類作のない孤高の作品といえるのかもしれない。
 特にこの前編で書かれる「私」は虚弱で、極端な人見知り。母の姉の伯母さんに猫っ可愛がりに可愛がられ、女の子とばかり遊ぶような男の子で、読んでいてもその「虚弱」ぶりには笑ってしまうことも多いのだけれども、その「子どもの世界」にそのままスリップしたような見事な視点、そして美しい文章にとにかく惹き込まれてしまう。たとえば次の文章のような美しさを、なんとたとえたらいいだろう。

 夕がたになれば寐間のまえのこんもりした珊瑚樹(さんごじゅ)のしげみに大勢の雀(すずめ)がねぐらをもとめにきて首をふって嘴(くちばし)をといだり、枝をあらそってつつきあったりして騒ぐ。おてんと様がかくれてやがて残りのうすい光も消えてゆけばひとつふたつ ちゅく、ちゅく と寐おくれてたのまでが黙って静(しずか)になってしまう。その雀たちをお友だちのようにおもって、三番烏が鳴いてもまだ起きずにいるとねぐらをたってゆく彼らがちゅうちゅういいだすのを自分の寐坊を笑ってるような気がして大急ぎで床(とこ)をでる。珊瑚樹はその名にそむかぬ真紅(しんく)の実をむすぶ。柔(やわらか)な苔(こけ)のうえに落ちてるのを拾うのもうれしい。

 前編で描かれる、友だちだったお国さん、お惠ちゃんらとの交友も楽しいのだけれども、兄との決定的な不和もまた、後編になると描かれている。中勘助の兄(十四歳ぐらい歳がはなれている)は後に帝大の医学科を卒業し、九州帝国大学の医科教授にまでなった人なのだけれども、つまりは勘助とは正反対の人というか、その虚弱ぶりを嫌ったのだろう。幼い頃から勘助を嫌悪、侮蔑して衝突、ある意味で中勘助の生涯を狂わせもした人物だったろうか(兄は勘助二十四歳のときに脳溢血で倒れて失語症となり、以降ほとんど廃人のような生涯をおくり、そのことは勘助を含む中家を苦しめることになったらしい。勘助はこれもいろいろあって五十七歳になって結婚するのだけれども、その結婚式の日に兄は自殺したらしい)。この「銀の匙」でも兄は「私」の好きではない釣りに付き合わせ、「私」が磯辺の白い石などを拾っていると、兄は怒るのである。「私」はそういうことは毎度のことなので、そこで「兄さんは魚をとるのに僕はなぜ石をひろっちゃわるいんです」といい返す。「私」は兄を置いてびとりで家に帰り、「それからは私たちは決していっしょに出かけなかった」ということ。
 後編は「私」が成長し、中学から大学へと通うころのことになるけれども、そこでもまた、「視点」のスリップということはきっちりとつづくわけで、この希有な美しい書物には、その終わりまで一点のくもりもないのである。泣くような内容ではないのだけれども、わたしは読んでいて涙がこぼれてしょうがなくなってしまうのだった。

 

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■ 2017-07-27(Thu)

 雨こそは降らないけれども、今日も曇り空でそこまでには気温も上がらない。気象庁は梅雨明け宣言を間違えたのではないかという気がする。

 このところ、ネコたちの姿を見かけない。一時期は「この辺りにはこ〜んなにネコがいるのか!」と毎日のようにネコたちを見かけたものだったけれども、「シロ」がいなくなった頃から、だんだんにネコたち全体がいなくなっていくみたいだ。以前ネコたちが密集していたあの「ネコ屋敷」の前を通りかかっても、今では一匹のネコの姿を見ることもない(これは近所から、「ネコにエサを上げないでくれ」と苦情が出たことが考えられる)。野良ネコの生活は決して幸せなものでもないだろうか。野良ネコは飼いネコにくらべてその寿命は極端に短い。それはやはり不幸なことだろうし、そういう「不幸なネコ」の姿を見ないというのは、それはそれで「いいこと」なのかもしれない。でも普段、「野良ネコ」=「不幸なネコ」という見方などはしていないわけだし、「しっかり生きていってほしい」とは思って、そんなネコの姿を見ている。はたして野良ネコのいる世界よりも野良ネコのいない世界の方が「いい世界」なのか。いつも考えてしまうことだ。じっさい、(その理由はあるらしいが)イギリスには基本的に野良ネコはいないらしい。でも、「このあいだまでネコを見かけていた」のに、フッと、その姿をまったく見かけなくなってしまうと、やはり寂しい思いがする。ニェネントも今日はずっと自分の世界に引きこもっていて、よけいに寂しい。

 今日は、本ばかり読んでいた。

 

[]「絶望」ウラジーミル・ナボコフ:著 貝澤哉:訳 「絶望」ウラジーミル・ナボコフ:著 貝澤哉:訳を含むブックマーク

 主人公のゲルマンは、偶然に「自分に瓜二つ」だというホームレスのような男と出会い、彼を自分の替え玉にして殺害し、自分はしばらく雲隠れしてつまりは「保険金詐欺」を行なおうとしている。

 この小説は、そのゲルマンが逃走中に書いた「小説」(つまりは「告白小説」とでもいうようなものか)という形をとっていて、すべて主人公ゲルマンからの視点で書かれている。つまりそれは、あの「ロリータ」が、ハンバート・ハンバートが独房で書いた手記という形式だったということと同じである。そして「ロリータ」でハンバートがいつもクィルティの存在を見落としていたように、この「絶望」でも、読んでいるとゲルマンが見落としてしまっていること、見間違えしていることがいろいろとあるようだ。というか、いちばんのトピックは、ゲルマンが「こいつはオレと瓜二つだ」と見ている男は、現実にはゲルマンにちっとも似てはいないわけである。そして読んでいればしぜん、ゲルマンの妻のリーダと従兄のアルダリオンとはばっちり不倫関係にあるとわかるのだけれども、ゲルマンはそのことにまるで気づいていない。「書いている本人の世界認識が狂っている」ということでは、「ロリータ」、そして「青白い炎」の先駆を成す作品ともいえると思うし、「現実が見えていない」というところでは、「カメラ・オブスクーラ」でじっさいに盲目になってしまった主人公が、マグダとホーンの関係を見ることが出来ない、というあたりにも共通しているだろう。
 ゲルマンには誇大妄想的なところもいっぱいあり、そしてこの小説はかなり躁的なものなのだけれども、その裏には自己評価の甘さがあり、他者のその本質を見抜けないということがあるだろう。彼は自らを「芸術家」と思っているわけで、その詐欺行為こそ「芸術」的行為ともいう(「どんなものであれ芸術作品てやつは偽装なわけだから」みたいなこともいう)。このあたりにもやはり、そこに「ロリータ」のハンバート・ハンバート、「青白い炎」のキンボードの「原型」を読み取ることができると思う。
 しかしただ、この作品でのゲルマンはやはり「からっぽ」であり、彼の語る独白は無意味〜ナンセンスなことばの連続である。そこにゲルマンの「空虚」は読み取れるとしても、そこはやはり、ハンバート・ハンバートやキンボードの、「知」を経た上での「狂気」の面白さには及ばないようには思う。

[]「雁の話 〜鳥の話より」中勘助:著(昭和文学全集 第7巻より) 「雁の話 〜鳥の話より」中勘助:著(昭和文学全集 第7巻より)を含むブックマーク

 先に読んだ「菩提樹の蔭」がとても面白かったので期待して読んだのだけれども、これもまた「大人のための童話」を目指して書かれたものらしい。漢の時代の中国を舞台とし、李陵も登場する。雁が人のことばを話し、使者の役を果たすという内容は、やはり「童話」っぽいというか、「菩提樹の蔭」の奥深さはちょっと読み取れなかった。

[]「鶴の話 〜鳥の話より」中勘助:著(昭和文学全集 第7巻より) 「鶴の話 〜鳥の話より」中勘助:著(昭和文学全集 第7巻より)を含むブックマーク

 「鳥の話」という標題でいくつかの短編がまとめられたらしいのだけれども、ここでは日本の奈良時代が舞台で、山部赤人が登場する。

[]「母の死」中勘助:著(昭和文学全集 第7巻より) 「母の死」中勘助:著(昭和文学全集 第7巻より)を含むブックマーク

 中勘助の母が重態におちいり、みまかうまで著者が書いていた「断片」をそのまま集めたもの。

[]「妹の死」中勘助:著(昭和文学全集 第7巻より) 「妹の死」中勘助:著(昭和文学全集 第7巻より)を含むブックマーク

 福岡に嫁いでいた妹が病に倒れ、「兄に会いたがっている」ということを聞いて会いに行き、彼女の死をみとるまで。妹はそのとき二十三歳。それから十七年のときを経て、当時書いた断片と記憶で書かれたもの。「母の死」が「断片」の集積だったのにくらべ、ひとつの作品としての体裁はしっかりしている。

 ただ、こうやって「菩提樹の蔭」以降に書かれた中勘助の作品を読んでも、わたしには「菩提樹の蔭」の強烈さを超えるものはないように思えた。昨日借りた「銀の匙」に期待したいし、解説に書かれていた「提婆達多(でーばだった)」、「犬」などという作品は、読んでみたいと思っている。

 

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■ 2017-07-26(Wed)

 あまり気にはしていなかったのだけれども、朝目覚めたときから外でザラザラと雑音がしていた。「さあ、仕事に出よう」と準備してドアを開けると、激しい雨が降っていた。それで「そうか、雑音がしていたのは雨音だったのか」と、ようやく気づいた。「梅雨明したばかりではないか」と思いながら、ほんとうに久しぶりに傘をさして家を出た。外を歩いてみると相当に激しい雨で、これはこの地に転居して以来いちばんの雨であろう。駅まで歩く十分ほどのあいだに、傘をさしていてもずいぶんと濡れてしまった。今日は仕事の帰りに我孫子まで行って、図書館に借りていた本を返却するつもりでいたけれども、帰りの時間にもまだ雨が降っているようなら、図書館行きはやめて家に直帰しようと思う。

 さて、何といっても、わたしの住む地域と勤め先とには30キロの距離差があるわけで、こちらが雨が降っていてもあちらは降っていず、というようなことはひんぱんに起こり得るわけで、じっさいにこの日も、勤め先に着いてみると曇天ではあったけれども、雨は降っていなかった。どうもこのあとになって勤め先周辺も大雨になった気配だったけれども、九時半になってわたしが仕事を終えて外に出たとき、まだまだ雨が降っているのだった。とにかくは車中から自宅駅あたりの様子をみて、それでどうするのか決めようと、帰路に着く。
 わたしの乗るメトロは北千住駅を過ぎ、綾瀬駅に向かうとちゅうで地上に出るのだけれども、その時点では雨が降っているのかどうかはわからない。しかし柏駅に近づいたところで「雨は降っていない」ことが確認できたので、我孫子の図書館へ行くことにした。

 図書館では借りていた本を返却し、新しく金井美恵子の「目白雑録」の5、ナボコフの「ディフェンス」を借り、「もう一冊何か借りよう」と、先日読んで興味を持った中勘助の「銀の匙」にしようかと探してみた。これが文庫本の日本文学コーナーに見つからず、「どういうこと?」と館内検索システムでみてみると、中勘助は「地元にゆかりの作家」ということで、「郷土コーナー」に置かれているのだった。この人が我孫子に居たのは二年ほどのことに過ぎないようだけれども、そのあいだに「沼のほとり」という日記を書いている。どんな日記なのか。

 帰りに近くの100円ショップに立ち寄り、「冷水筒」とか「らくがきちょう」、そしてA5サイズのブックカバーなどを買った。帰宅してそのブックカバーの封を切り、ちょうど借りて来た「ディフェンス」にかぶせてみたけれども、これはダメ。本の大きさ、厚さに合わせて調節することはできないし、ただのビニールカバーの中に紙を入れただけのもので、これは原価10円もしないんじゃないかと。文庫本のブックカバーは持っていて重宝しているので、文庫以外のサイズでもと思ったわけだけれども、100円ショップではなくちゃんとしたものを買わないとダメみたいだ。

          

 

[]朝日選書「20世紀の自然観革命 量子論・相対論・宇宙論」和田純夫:著 朝日選書「20世紀の自然観革命 量子論・相対論・宇宙論」和田純夫:著を含むブックマーク

 刊行されたのは1997年の5月で、かれこれ二十年もむかしの本なわけで、今げんざいではもっと新しい理論も誕生しているのだろうとは思うけれども、どちらにせよわたしはその基本も知らないわけだから、こういう入門書のようなものから入るしかない。目次は以下のようなもの。

第1章 二十世紀の自然観革命――原子論を出発点として
 補足 二十世紀の自然観革命の位置付けについて
第2章 原子の構造から原子核の構造へ
第3章 究極の理論を求めて
第4章 新しい粒子像――量子論という見方
第5章 量子論の解釈問題
第6章 特殊相対論と一般相対論
第7章 ビッグバン理論の登場
第8章 宇宙の起源

 寝る前の時間にちょっとずつ読み進めた本なので、「熟読した」とはとてもいえないし、特に第5章あたりまではイメージすることも難しく、その内容をちゃんと理解したとはいえないのだけれども、第6章あたりから俄然面白くなってしまった。もちろん、そういったことがらもわたしが正しく理解していたとはいえないにしても、宇宙論の中にそれまでの原子論〜粒子論の流れも取り込まれているわけで、「ミクロコスモス」が「マクロコスモス」と等価になるというか、そういう世界観にはとにかくも興味を持った。

 ただ、前にも読んでいてちょっと書いたのだけれども、この著者がその「あとがき」で、カントやヘーゲルなどの哲学を「攻撃」しているところには疑問を抱かざるを得ない。その部分を引用すると、

 カントやヘーゲルの個人攻撃をしようとしているわけではないが、たとえば化学変化がどのようにして起こるかを知らない人、あるいはそれがどのようにして明らかになったかを知らない人の認識論が、二十一世紀になろうとしている現代に何の意味があるのだろうか。

 と、この和田純夫氏は書くわけだけれども、だったらプラトンやアリストテレスなどはもう、とっくの昔にゴミ箱行きではないのか。おそらくは、カントやヘーゲルの哲学の中に「自然科学認識」があるからこそ、彼はこのようなことを書くのだろう。そういうところで彼はカントやヘーゲルの全著作を否定するわけではないのかも知れない。
 しかし、この「あとがき」ではその前に当時ベストセラーになった「ソフィーの世界」のことにも触れ、そのことを「哲学ブーム」とし、それがこの「20世紀の自然観革命」と乖離していると書くわけである。ここで和田氏が書くことは、もうほとんど「哲学無用論」に近いものを感じるわけで、わたしは当時じっさいにその「ソフィーの世界」も読んでいるわけで、今も持っている。その本を今開いてみると、その最終章は「ビッグバン」に関することがらが書かれていて、ちょっと読んでみるとたしかに「乱暴な要約かな?」と感じる部分はあるかも知れない。そこで和田氏は「ソフィーの世界」が売れたことを「哲学ブーム」として、ま、つまりはあまり賛成しないわけだ。
 わたしは「ソフィーの世界」がベストセラーになったことが「哲学ブーム」などとは思わないけれども、その本が人が哲学に目を向けることにつながるならばむげに否定することもないだろうとは思う。前にも書いたのだが、和田氏がすでに故人であるカントやヘーゲルを批判するのならば、そのカントやヘーゲルの哲学を現代に継承する思想家のことをこそ、批判すべきだろうと思う。それは例えばデリダであり、ドゥルーズであり、日本でいえば柄谷公人らであろうか。

 和田純夫という人は、こんな科学啓蒙書の「あとがき」でこちょこちょと哲学批判を書いて、理系学生らの「哲学離れ」を画策するのではなく、どこかで正々堂々とカント批判なりを書けばいいのである。さもなければ、自らカントやヘーゲルを超える新しい「世界認識」の書物を書くべきである。

 

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■ 2017-07-25(Tue)

 昨日は一日寝てばかりだったので、今日は睡眠時間の面では問題はないだろう。ただ、かなりの倦怠感はつづいていて、つまりは「かったるい」。ただ、喫うタバコの本数はこのところ減っていて、昨日などは寝てばかりいたこともあるけれども、五本ぐらいしか喫っていないと思う。今日も喫ったのは七〜八本のもので、もうあと一歩でタバコはやめられるのではないかと思うぐらいである。普通禁煙というものは「よし、今日からやめるぞ!」と決意して、それできっぱりとやめてしまうというのが通例なのだろうけど、こうやって段々に喫う本数を減らしていって、それで最終的にタバコをやめる、などという禁煙法というのはあるものだろうか。とりあえず、朝起きたときの「快便」のための一本、そして仕事先で時間を持て余したときに喫煙コーナーで時間をつぶすための一本、これはちょっと欲しいなあというところもあるけれども、こうやって一日七〜八本まで減らしたのだったら、次の目標は一日五本。それが達成出来たら次は一日三本とかかな。

 毎朝出勤で降りる駅に、いまだに「草間彌生展」の掲示がされつづけている。展覧会はもう二ヶ月以上前に終わってしまっているというのに、どうしたというんだろう。おかげで毎朝、わたしは電車から降りるときにいつも、草間彌生にガンつけられるのである。「いつまでこのまま放置しておくつもりだろう」とも思うけれども、この頃はそんな彌生さんの顔にも愛着がわいてきた。

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[]「ヒズ・ガール・フライデー」(1940) ハワード・ホークス:監督 「ヒズ・ガール・フライデー」(1940)   ハワード・ホークス:監督を含むブックマーク

 これは以前、DVDが安かったので買ってしまっていたもの。買ったのはもう二年以上前だろうか。そんな時間をおいて、ようやっと観ることになった。
 ハワード・ホークス監督による有名なスクリューボール・コメディで、原作はベン・ヘクトとチャールズ・マッカーサーによる戯曲「フロント・ページ」。この原作は何度も映画化されている。特にベン・ヘクトはハリウッドでは著名で、さまざまな文芸作品の脚色を担当していて、「風と共に去りぬ」とかもこの人の脚色。この作品で組んでいるチャールズ・マッカーサーと共に、「嵐が丘」も担当していたみたい。

 このタイトルの「His Girl Friday」だけれども、辞書でみると

(《複数形》 girls Friday(s)) [通例 one's girl Friday] (なんでもやってくれる重宝な)女子事務員,女性秘書,女性アシスタント

 ということ、らしい。この映画ではロザリンド・ラッセルがその「Girl Friday」で、つまりはケーリー・グラントの有能なアシスタントというか。このあたりは原作とは設定がちがうらしいのだけれども、つまり映画ではロザリンド・ラッセルはケーリー・グラントの元妻で元記者。保険屋のラルフ・ベラミーと再婚して郊外で静かに暮らそうとしていて、記者クラブにかつての同僚とかにお別れのあいさつに来るわけだけれども、そこに「事件」が‥‥。
 ‥‥っつうか、元夫のケーリー・グラントが未練タラタラというのか、記者クラブならではの「地の利」を活かして、またふたたびロザリンド・ラッセルの「記者魂」を復活させようとするわけ。ということはつまり、彼女の結婚話をぶちこわし、再び自分と再婚させようとの目論みがあるのである。(わたしには)ストーリー展開として観ていてとにかく不愉快だし、これから結婚するんだぞというラルフ・ベラミーなど、何も悪いこともしてないのに踏んだり蹴ったりの扱い。はたして、今の価値感からして、この作品で描かれるような人間関係が肯定されるようなものかどうか。ところがネットで映画レヴューの投稿サイトなどみてみると、この今の世の中でもこの映画を賛美するようなレヴューにあふれている。「いいのかよ?」と思ってしまうのだけれども、普段は演出などに無関心にそのストーリーばかりをみようとする人たちも、きっとここでは逆にストーリーのことは無視して、この演出ばかりを賛美しました、ということなんだろうか。

 元が戯曲だけあって、舞台になる場所はとても限られているし(三〜四ヶ所?)、どれも室内である。展開の基本はセリフによるところのもので、つまりそのセリフ量(特にケーリー・グラントとロザリンド・ラッセル)が異様に多い。スクリューボール・コメディとはいっても、ケーリー・グラントは元妻の「記者魂」に火をつけて、それでヨリをもどそうとしているわけで、そういう「恋のかけひき」というようなやり取りは皆無で、どっちかというと「この女性、ワーカホリック?」みたいな成り行きである。

 ロザリンド・ラッセルという女優さんのことはまるで知らないけれども、ケーリー・グラントはヒッチコック作品とかでおなじみの俳優さん。なんかこの人の、相手の眼を見ないで、一方的に一本調子にセリフをぶっつけるというのは、普通のリアルな演技とはちがうわけで、「ふむ」とは思うのだけれども、それがひとつの持ち味なのだと納得させられる「うまさ」はあるのだろう。しかし、冒頭に登場するロザリンド・ラッセルのマッチ箱みたいなけったいな衣裳、そこに出てくるケーリー・グラントの着ている、まるで似合っているとはいいがたいダブルのスーツとか、そういうところでも「この作品はコメディです」という空気を盛り上げているわけだろうか。

 

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■ 2017-07-24(Mon) このエントリーを含むブックマーク

 というわけで、日付けの変わったのは電車の中。まだまだ終電には間があるだろうと思っていたのだけれども、どうも乗った電車は終電の一本だけ前の電車だったみたい。「明日がつらい」というか、もう「今日」になってしまっているのだけれども、あと五時間もしたらまた電車に乗らなければならない。
 車中で寝てしまうと乗り越して取手とかまで行ってしまうので、「眠らないように」がんばったのだけれども、やはりウトウトしてしまい、駅に着いた気配で目覚めたら柏駅だった。いっしゅん降りようとして、「いや、このまま乗ってれば次が北柏駅だ」と思って留まったのだけれども、電車が動き出してよく考えたら、わたしの乗っている電車は快速電車で、次は「我孫子駅」なのだった。「ま、いいか」とは思ったけれども、我孫子駅から帰るのにいつも道を迷っているので、「今日も迷ってしまうだろうか」と、かなり心配になってしまう。
 我孫子駅で降り、この時点で十二時四十分ぐらいだっただろうか。道をまちがえないように、今までまちがえた方角に行かないように気をつけて歩く。それでもやはり、途中でちょっと道がループしてしまうというか、逆戻りしなければならなかったりしてしまう。とにかくこのあたりの道は「碁盤の目」のようにはなっていないので、「この方角に行けば」という感覚は役に立たない。「ああ、やはり今日も迷ってしまったか」と思いながら歩いていると、まわりの風景が見たことのある家並みのように思える。ふっと振り返ってみると、すぐ自分の後ろがわたしの住まいだった。気づかずに通り過ぎるところだった。
 部屋に戻ると時間は午前一時。家を出るときにニェネントに夕食を出してあげるのを忘れていたので(なんという飼い主!)、ニェネントにネコ缶を出してあげる。「三時間ぐらいしか眠れないな」と思いながら、ベッドにもぐりこむ。普段アラームは四時にセットしてあるのだけれども、「今日は少しでもたくさん寝よう」と、アラームを四時十五分にセットし直してから寝た。

 アラームが鳴る前に目覚めて、時計を見ると四時十分だった。「もっと寝ていたい」と、アラームを四時二十五分にまたセットし直してから、また目を閉じる。
 アラームの音で目覚め、あたふたと出勤の準備をするけれども、時間は三十分たっぷりあるので、そんなにあわてる必要もないのだった。ちゃんとインスタントコーヒーを入れ、トーストを焼いて、いつも通りの朝食を抜かさずに食べ、いつも通りの時間に家を出た。
 電車の中で眠くなってどうしようもなくなるかと思ったけれども、そういうこともなく、意外と読書を進めながらちゃんと出勤。ただ「だるい」という気分は相当に強い。

 とにかくは仕事も無事にこなし、帰りの電車の中で寝てしまうこともなく無事帰宅。今日はそのまま寝てしまおうかと思ったけれども、今日は月曜日で、スーパーの「食品館」では一時までは全品5パーセント引きということなので、インスタントコーヒーとかを買っておこうかと、ちょっと無理をして買い物に出かける。インスタントコーヒー、納豆、もともと99円と激安だった白砂糖、そして韓国ビールなどを買う。5パーセント引きで30円ほど安くなった。うーん、無理して買い物に出て、けっきょく得したのは30円かよ、とか思うけれども、こういう節約、倹約の積み重ねが大切ですね。

 帰宅して、買って来た納豆で昼食にして、そのあとはベッドに直行して睡眠。五時頃まで寝て、夕食(今夜は水炊き)の準備をして、テレビのニュースとかを見て、夕食にして、そのあとはまた寝てしまうのだった。
 そう、先日のTポイントの件だけれども、けっきょくヤフオクに出ていた「噂の女」のDVDを買うことにして、その支払いに使うことにした。こういうことでうまく「乗せられている」わけではあるだろうけれども、欲しいものだったから「ま、いいか」と。今までネットでの買い物はAmazonを使うことが多かったけれども、中古に関してはヤフオクの方が安い。これからはもう少しヤフオクを使おうかと思う。次に欲しいのはナボコフの「全短編」とかではある(ちょっと値が張る)。

     

 

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■ 2017-07-23(Sun) このエントリーを含むブックマーク

 今夜は中野で、Aさん(六月のAさんではない)らの開催するイヴェントがある。Aさんと前に会ったときにも、「次にはぜひ飲みましょう」と話していたわけだし、こうやってわたしも転居してほとんど終電を気にせずに飲めるようになったわけだし、ま、飲むことが目的ではないけれども、そのAさんのイヴェントに行くことにしてある。

 イヴェントは午後七時半からで、ゆっくりと五時頃に家を出る。中野へ出るにはいちど乗り換えるだけで行けるので楽である。六時半頃には中野へ着き、まずは開催場所を確認する。「区民活動センター」ということで、ちょっと場所としてはわかりにくいところにあったけれども、すぐに見つけることはできた。六時過ぎになって行けばいいだろうと考え、近所のコンビニでサンドイッチなどを買って軽く腹ごしらえをしておく。六時を過ぎて会場へ行ってみるけれども、特に案内もなく、ちょっと「どうすればいい?」と、とまどってしまった。先に来ている人たちが一階のソファにすわっておられたので、「とにかくは一階で待っていればいいんだろう」と、わたしもソファにすわって待つことにした。

 七時半を十分ぐらい過ぎて、ようやく会場のB1の「多目的室」に案内され、パフォーマンスが始まった。全体の構成はAさん、出演者はAさんら五人、それに簡易照明というか、フロアの真ん中でBさんが手持ちの照明を振り回しておられる。雰囲気は「アングラ」というか、「オルタナティヴ」などという懐かしいことばを思い出したりもしたのだけれども、リンチの「ツイン・ピークス」の赤い部屋に迷い込んだような(Aさんはリンチのファンだということで、あとでこんな感想を語ったらとっても喜んでもらえた)、全盛期のマリリン・マンソン的雰囲気というか(こちらも、出演者のひとりはマリリン・マンソンのファンだということで)、時制が二十年ぐらいさかのぼってしまったようにも思えたのだけれども、しかしパワフルで、スッコーンと抜けてしまっている感じ。ふむ、「オルタナティヴ」というもの、まだまだ捨て去られるようなものではないではないか。とにかくはとても楽しませてもらった。

 一時間弱で終演で、その後あとかたづけをちょっと(ちょっとだけ)手伝って、Aさんら出演者、スタッフの皆さんと、近所の飲み屋で打ち上げということになった。わたしはAさんとも長いつきあいになるけれども、こうやっていっしょに飲むというのは記憶に残っていないな(もちろん、私の記憶が消えてしまっているせいもあるだろうが)。はたしてわたしはどうしてAさんと知り合うようになったのかも思い出せないのだけれども、そのあたりをAさんに聞くと、「crosstalk」のときにCさんのパフォーマンスにいっしょに出演したのが最初、らしい。そうか、Cさんが大仏のマスクをかぶってギターを弾いたときのことか。このあたりの記憶がちょっとよみがえったけれども、AさんとCさんという取り合わせは意外なことだった。
 Aさんとはイヴェントの開き方みたいなことをいろいろお話ししたり、楽しい会話もつづいて、「ま、十一時を過ぎても大丈夫だろう」みたいな気もちで遅くまでお付き合いしてしまい、皆さんとお別れしたのはやはり十一時を過ぎてしまった。きっと帰宅すると一時近い時間になってしまうのではないだろうか。明日は仕事もあるし、四時には起きなければならない。「これはキビシいな〜」と思いながら、電車に乗るのだった。

     

 

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■ 2017-07-22(Sat)

 ニェネントとわたしとは、いっしょに同じトイレを使っているので、ふだんトイレのドアは開けっ放しにしてある(ニェネントにはトイレのドアは開けられないから)。この写真は今日のものではないのだけれども、ついにトイレでニェネントとかち合ってしまった。かち合ってしまうだけでも「失礼」と場を外すべきなのに、写真まで撮ってしまった。本当に「失礼」である。

     f:id:crosstalk:20170719052347j:image

 ニェネントがわたしと共有するトイレは「おしっこ」だけで、「うんち」は別のネコ用トイレでネコ砂の中にやるわけだけれども、とにかくは「おしっこ」の方をネコ用トイレでしないでくれるというのは掃除が大助かりで、ものっすごく楽だし、ネコ砂もけっこういつまでもきれいなままで、新しく取り替えるということもあまりやらなくてもいい。わたしは失礼だけれどもニェネントくんのことは「あまりかしこくないネコかな?」と思ってるんだけれども、このトイレの件だけは「お利口なコだね」と誉めてあげたいとは思っている。

 今日は土曜で仕事も休みだからちょっと朝寝をして、午前中は昨日観た「さすらいの二人」のもうひとつの音声解説で、脚本のマーク・ペプローと誰だかジャーナリストの女性(ほとんどしゃべらないし、しゃべるとかなりバカっぽいことをいい、さすがに「アメリカのジャーナリスト」だな、と思わされる)とのものをまた観る。マーク・ペプローは映画の中のマリア・シュナイダーのことをほんとうに「偶然に出会った女性」として語っていて、もちろんストレートに観ればそういう風に観られるわけだけれども、一本の映画というものがそのようにいろいろな解釈を産む「面白さ」のようなものを感じる(あたりまえのことだけれども)。

 金井美恵子の「目白雑録」を読み終え、図書館から借りている本でまだ読んでないのは、雑誌「ユリイカ」の鈴木清順の特集号だけになったのだけれども、わたしは鈴木清順の作品を何もかも記憶しているわけでもないので、読んでも解らないものが多い。彼の作品はいちどはほとんど観ているわけなので、やはり改めて記憶の失せたことをうらめしく感じる。

     

 

[]「目白雑録(ひびのあれこれ)4」金井美恵子:著 「目白雑録(ひびのあれこれ)4」金井美恵子:著を含むブックマーク

     

 この巻には2009年の四月から、2011年の四月までに発表されたエッセイ(いつもは「一冊の本」に連載されたエッセイだけなのだけれども、この巻には「附録」としてほかの雑誌に掲載されたものも載せられている)によって成っているわけだけれども、東日本大震災と原発事故については「あとがき」で触れられているだけ。そのあたりの本格的な記述は次巻を待たなければならないだろう。この図書館本にも内側ページに貼り付けられている「帯」の文句に「あれから、世界は変わった。というけれど‥‥ ―小さな神話が泡のように弾ける世界で―」とあり、これはたしかにこの書物の「いい案内」なのではないかと思う。
 この本のことはその都度この日記の中に書いてもきたのだけれども、ラストの方で興味深かったのはミッフィーちゃんのディック・ブルーナ(この二月に亡くなられたけれども)が、サンリオを提訴していたという件で、わたしはそういうのはまったく記憶になかったのだけれども、つまりは国内で報道されることがそんなになかったのではないかと思うわけだけれども、サンリオのキティちゃんのお友だちキャラに「キャシーちゃん」というのがあり、これがミッフィーちゃんとそっくりだというわけ。金井美恵子は、そもそもが「キティちゃん」自体が「ミッフィーちゃん」の盗作ではないかというのだけれども、たしかにこの「キャシーちゃん」、「ミッフィーちゃん」に酷似しているとはいえると思う。日本のメディアは中国のパクリキャラクターのことばかり報道するけれども、この日本はどうなのよ、という感じである。よく知られた訴訟なのかも知れないけれども、わたしの記憶には残っていなかった(下の左が「ミッフィー」で、右が「キャシー」)。

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 で、この訴訟がどうなったかというと、東日本大震災をうけて、ディック・ブルーナ側とサンリオは「訴訟を行うことにより費やす両社の諸費用をむしろ日本の復旧・復興のために寄付すべきである」という結論を出し、和解に合意したと。両社はお互いのキャラクターを相互に尊重する立場を堅持、係争中のすべての訴訟を取り下げたわけである。で、これ以降、サンリオは「キャシーちゃん」を使った新しい製品の企画は行なっていないということ。

 

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■ 2017-07-21(Fri)

 朝、ウチのすぐそばにネコがいた。えーっと、このコはときどき、部屋の中からウチの窓の外に見かけることのあるネコだな。振り返ってわたしのことをみて、「敵か味方か」判じようとしてるようだ。

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 七月も下旬になって梅雨も明け、学校なんかは夏休みに突入するわけで、さあ夏本番というところなんだけれども、考えてみたらこの家で、「夏の風物詩」ゴキブリの姿をまだいちども見かけていない。これはもちろん喜ばしいことで、「ゴキブリのいない夏」などというのは、絶えて久しく経験したことがなかったのではないかと思う。引っ越しの荷造りのときにはけっこうゴキブリの卵も発見し、この新居にも引越し荷物といっしょに移住して来てしまうのかと心配したのだったけれども、繁殖期といわれる春から今の夏までその姿を見ないということは、この部屋にはゴキブリはいないと考えていいのだろうか。そうであってほしい。

 読んでいる金井美恵子の「目白雑録」もそろそろ終盤なのだけれども、ここで書かれている2010年というのはサッカーのワールドカップの開催されていた年らしく、そういう内容の記述がつづく。わたしはこの頃の記憶が失せている上にサッカー(フットボール)というものに興味がなく、読んでいてもわからない(どうでもいい)のだけれども、たしかにこの頃は日本代表は「岡田ジャパン」とかいわれ、あの南こうせつみたいな顔の人物が日本チームの監督をやっていて、あれこれと批判にさらされていたものだということは、ちょっとだけ思い出した。金井美恵子はここでtwitterのことも書いているので、この頃からtwitterというものはそれなりにのさばっていたのだろうけど、パソコンに向かってtwitterのチェックをしている金井美恵子の姿を想像すると、何というか笑ってしまうというか。。。

 今日は炊いてあったごはんも食べてしまったので、また炊くのもめんどうで、スーパーの弁当ですませようという気になった。五時半を過ぎれば弁当類も値引きされるだろうとそんな時間に買い物に出て、この時間になれば暑さもやわらいで、外を歩いても汗ばむということもないのがいい。「食品館」まで行ってみると、弁当類は半額になっていたので喜ぶ。トマト、卵(十個88円!)、そして韓国製のビール(350ml88円!)というものなども合わせて買い、ビールを飲んで温めた弁当を食べた。このスーパーの弁当はけっこう美味しい(昨日買った寿司もおいしかった)。

 明日は仕事も休みだし、ちょっと夜更かししようかと、DVDでアントニオーニの「さすらいの二人」をいちど観て、観終わったあとに今度は、ジャック・ニコルソンの音声解説でもういちど観た。まだもうひとつ、脚本のマーク・ペプローの音声解説もあるのだけれども。

     

 

[]「学校の近くの家」青木淳悟:著 「学校の近くの家」青木淳悟:著を含むブックマーク

     

 何年か前の「私のいない高校」に次いでの「学校モノ」というか、今回は小学五年生の杉田一善君が主人公。青木淳吾氏自身の出身地である狭山市、そこにある入曽小学校、その小学校のすぐそばにある杉田家を舞台に、またまた何というのか、理系の小説的な世界が繰り広げられる。小学生たちが「自分たちの住む町」を知るため、狭山市内とかを探検したりするのだけれども、そのあたりの記述はやはり「四十日と四十夜のメルヘン」的な文体になっていて、「やはり青木淳吾は青木淳吾なのだな」と、妙な感想を持ったりする。そしてときどき、「それって何よ?」的な奇々怪々としたセリフが飛び出したり、謎が生まれたりもする。そもそも、舞台になっているのは狭山市だということはバレバレで、中に「狭山茶」や「狭山丘陵」とかの名は出てくるのに、なぜか狭山だけは「S山」という記述になるあたりもちょっとおかしいのだが。

 全体に七つの章からなるこの作品、いつまでたっても杉田一善君は小学五年生のままで、それ以前のことも回想されるとはいえ、描かれることは1992年(この時制で杉田君は小五なのである)から先に進むことはない。宮粼勤事件のことも書かれていて、そうか、この事件のさいしょの被害者は狭山市のとなりの入間市の女の子だったわけか。おそらくは同時代にこの狭山市、ましてこの入曽小学校に在籍していた人たちにとって、思い出されることの多い記述だらけの作品なのではないだろうか。

 杉田君に歳の離れた妹が産まれるとき、父親(平凡な父親のようでちょっと変?)の奇怪な性教育というか陰部処理のことが語られ、そこの部分で「恥垢山公園」などがあらわれてずっこけるし、その直後には「ハイドパーク」も登場する。ところで、お父さんが「ちょっと変」という以上にお母さんは「謎」であり、これは小学生男児が母親に感じる「謎」を越えて、たしかにどこか異常なのではないかというところもある。

 「私のいない高校」ではたしか、修学旅行というものがひとつのクライマックスだったように思うけれども、この「学校の近くの家」では、<九月十五日の敬老の日に五年生がクラスごとに発表する演(だ)し物>で、杉田君のクラスが「戦国武将にテーマを絞った劇」をやる、というあたりにクライマックスがあるともいえるけれども、特に確固としたストーリーラインがあるわけでもないこの本、ときどき棚から取り出して適当なところを読んで、小学生気分にひたってみる、という読み方が楽しいかもしれない。

 

[]「さすらいの二人」(1975) ミケランジェロ・アントニオーニ:監督 ルチアーノ・トヴォリ:撮影 「さすらいの二人」(1975)   ミケランジェロ・アントニオーニ:監督 ルチアーノ・トヴォリ:撮影を含むブックマーク

 著名なイギリスのジャーナリストのデヴィッド・ロック(ジャック・ニコルソン)が北アフリカで取材中に、となりの部屋に宿泊していたアメリカ人ロバートソンが突然死しているのを見つける。彼が死ぬ前に話していたところでは、男は「つまらない商売人」で、世界中を駈けまわっていたという。いろいろなことに行き詰まりを感じていたロックは、死んだロバートソンの容貌が自分に似ているのではないかと思い、ふたりのパスポートの写真を貼り替えてロバートソンの死体を自分の部屋に運び、自分はロバートソンとしてホテルのフロントに「隣室の男が死んでいる」と伝える。フロントの男はロックがロバートソンに入れ替わったことに気づかない。こうしてデヴィッド・ロックは死んだことにされ、ロックはロバートソンのパスポート、手帳などを手に、ロバートソンに成り済ます。ロバートソンがメモしたミュンヘンのコインロッカーへ行き、中の物を取り出すとそれは武器のカタログで、その場にいた二人の男がロックに話しかけ、武器密売の契約が成立してしまう。男たちはロックに大金を手渡し、「次はバルセロナで」といって去っていく。一方、死んだものとされているロックの、その妻は友人と、ロックが死んだホテルで隣室にいてロックの死体を発見したロバートソンという男と接触しようとする。ロックはバルセロナへ行き、ロバートソンの書き残した待ち合わせ場所である女性(マリア・シュナイダー)と出会う。ロックは女性との出会いは「偶然」と思っているのだが‥‥。

 ちょっとした世界の「ずれ」、「偶然」。その「ずれ」を利用して異なる「生」を手に入れようとする主人公の話というと、例えばパトリシア・ハイスミスがそういう話はお得意だったのではないか(とりわけ「太陽がいっぱい」)と思うし、これから読もうと思っているナボコフの「絶望」も、昔読んだ記憶ではそういう話ではなかったかと思う。この話の主人公のデヴィッド・ロックは、とにかく「自分ではない誰か」になろうとしたのだけれども、その「誰か」というのが、とんでもない「ワケあり」の人物だったわけで、彼はその深みにズブズブとはまっていくし、「元の自分」を探す妻らの探索の手も迫ってくる。ちょっとした「サスペンス・ミステリー」という感じなのだけれども、そこはアントニオーニ。その演出で映画としてのとてつもない深淵をみせてくれるわけである。
 ジャック・ニコルソンはこのDVDの音声解説(おそらくはこの映画の撮影から三十年ぐらい経っての解説)を、「かつて<芸術映画>というものがあった」と始めるわけだけれども、まさにそういうことで、この題材なら今のハリウッド映画でも娯楽作品を仕上げることも出来そうだけれども、とにかく、そのディテールがちがうというか、つまり「演出」がちがう。
 もちろん、このラストの驚異の<長廻し>ということもあるわけだけれども(もう、この場面では画面の上では「何も起こらない」というのに、画面から目がはなせなくなってしまうのである)、それ以外にも、それぞれのディテールに娯楽映画にはない「深み」をみせつけてくれる。

 もちろん、デヴィッド・ロックは、自分が化けた存在が「激ヤバ」だとわかったとき、もっと別の行動も取れたのではないかとも思うし、バルセロナで出会った女性が「偶然」出会った存在と思うのは読みが浅すぎる気もする。彼が語ったように「カイロで小説家になる」というような逃げ道もあったのではないかと思うのだが、彼はどこかで、そんな自分の運命に身を委ねることにしたのではないのか。おそらく待ち受けるのは「死」ということは承知していたような。‥‥そう思わせるところに、この作品の「深さ」があるのかも知れない。

 

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■ 2017-07-20(Thu)

 昨日、関東地方も「梅雨明け宣言」というのが出されたらしい。今どき、「宣言」などという持って回ったような言い方というのも、ほかではあまり聞かないような気もするけれども、ちょっと前にイラクの首相が、「イスラム国(IS)」掃討を目指したモスルでの戦闘に勝利したとの「勝利宣言」をしたというニュースがあったばかり。ふむ。あとは「宣言」といえば「シュルレアリスム宣言」か、「共産党宣言」か。百年前のものか。
 しかし今年の梅雨はどう考えても「空梅雨」で、ニュースでも貯水池の水量が少ない、取水制限が行なわれる、などと語っている。

 今日はなんだかものっすごく眠くって、これは今週から朝起きる時間を二十分遅くして、つまり単純に考えて今までより二十分多く寝ているわけで、それでこんなに昼間に眠くなるというのも解せないのだが、まあ二十分ぐらいの睡眠は「睡眠時間」の中にカウントされないというか、考えてみれば、前の日に就寝するのが今までより二十分は遅くなっているわけだろうか。
 それで今日は午後からの昼寝が長くなり、目覚めたらもう五時に近い時間になっていた。三時間から四時間の午睡で、これはちょっと睡眠の取りすぎというか、その睡眠時間を読書とか他のことに使えたのにと思うと無念である。

 今日は北のスーパー「ストッカー」で全品一割引の日で、この頃消費量の多くなったマーガリンのストックがなくなり、買っておかなくてはと、昼寝から目覚めたあと、買い物に出かけた。ついでに「食品館」にも立ち寄ると、にぎり寿司のパックが半額になっていたので、「おつまみ」のつもりで買って帰り、夕食の前につまんでみた。これがなかなかに美味で、スーパーの寿司としては今までに食べたなかでもいちばん美味しかったような印象。玉子焼きがあったので、「ノラや」のなかでノラが寿司の玉子焼きが好物だったことを思い出し、ニェネントに声をかけて、玉子焼きをちぎって分けてあげた。ふん、ほかのネタはあげませんよ!

 ニェネントの「発情期」は今回は軽く終わってしまったようで(まだ続いているのかもわからないけれども)、二日ほど「夜啼き」をし、ちょっとわたしにベタベタして来ただけだった。今日はもう、わたしに甘えて来ようとかいう考えもないようで、こうやってわたしがリヴィングで机に向かっていても、いったいどこでどうしているんだかわからない。多分、和室のタンスの上のカートの中にいるんだろう。

     

 

[]「菩提樹の蔭」中勘助:著(昭和文学全集 第7巻より) 「菩提樹の蔭」中勘助:著(昭和文学全集 第7巻より)を含むブックマーク

     

 この、今読んでいる昭和文学全集の第7巻というのは、かなり雑多な選集になっているというか、収録されている作家に共通点とかいうものは見つけにくい気がする。まだ最初の梶井基次郎、牧野信一、中島敦、嘉村礒多あたりは「夭折」の作家としての共通項をみてもいいのだろうけれども、そのあとは内田百里箸てこの中勘助になる。まあ内田百里箸海涼羇助は夏目漱石との関係があるともいえるのだろうか。どちらにせよ、わたしはまるで知ることのなかった作家である(一時期、この我孫子を仮寓の地としていたらしいけど)。

 それで、この「菩提樹の蔭」を読んでみた。友人の娘のために書いた童話を、その十数年後に書き改めたものということ。これは古代インドを舞台とした愛の物語で、愛のエゴイズムが生む悲劇というか、「子どものための童話」とは思えない、「大人のためのメルヒェン」という読後感になる。
 主人公はプールナという彫刻を学ぶもので、その師の彫刻師ナラダにはチューラナンダという娘があり、プールナとチューラナンダとは恋仲になり、師のナラダも二人を添い遂げさせようと考えるのだけれども、チューラナンダは熱病で死んでしまう。嘆いた父のナラダはその思い出に娘の大理石像を刻み、プールナはその仕上げに石像を磨き上げる。プールナはその石像に恋痴れ、密かに神に、死せるチューラナンダの魂を彫像に還して欲しいと願う。神はその願いに怒るのだが、プールナにこう答える。「愚な者よ 汝チューラナンダの魂を還さんとならば命をもって命を購(あがな)えよ」。プールナは迷わず己の命をささげると答え、そのうえ、二人の寿命をおなじにまでと願った。神は「厚かましい祈願者をして自ら褻瀆の報いを知らしめんがため乞われるままにその願いをききいれた。」
 朝になり、石像は命を得て動き始める。プールナはもちろんいのちを得た石像(生前のチューラナンダとしての記憶はないようだ)と愛し合うようになり、(実は凡庸な石彫師だった)ナラダは「石にいのちを吹き込んだ」として名声が上がり、裕福になり、ナラダは慢心する。プールナが石像のチューラナンダと恋愛関係にあると知ると、「身分不相応」とプールナを放逐するのである。そのときにはチューラナンダはプールナの子を宿していたのだけれども、来るべき身分の高い男との婚礼のため、その子は誕生とともに捨てられてしまう。そして、運命のいたずらからか、そのチューラナンダの子は放浪するプールナに拾われることになる。

 ふむ。ここにストーリーを全部書いてしまうのはもったいないのでやめておくけれども、これはすばらしい作品だと思った。「悲劇」のポイントをしっかり押さえているというか、神が出てくるからといって宗教的になるわけでもないのがいい。プールナと、いのちを得たチューラナンダの石像と、その二人の寿命を同じにするということが叶えられれば、ふつうに考えればそれは「幸福な愛」なのかも知れない。しかしこの作品ではそのポイントに「悲劇」がある。プールナのエゴ、ナラダの慢心、「恋」をさまたげるものは多々ある。過去の記憶を持たず、「無垢」の象徴でもあるかのような石像のチューラナンダ、そしてその乳飲み子の悲劇が哀しい。

 この作品を読むと、中勘助の代表作である「銀の匙」というのが読みたくなってしまうのだけれども、どうしてこの全集にその「銀の匙」を収録しなかったのかと残念に思うことになる。どうも、「銀の匙」が発表されたのが大正時代だったせい、ということのようだけれども。とにかくは「銀の匙」も読みたいね、そういう「菩提樹の蔭」を読んでの感想だった。

 

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■ 2017-07-19(Wed)

 今横浜の方で、<溝口健二&増村保造映画祭>というのをやっていて、前から観たいと思っていた溝口監督の「噂の女」も上映される。この映画祭はこの冬にも新宿の映画館でやっていたのだけれども、観ることが出来ないで終わってしまった。今回は是非とも観たいものだと思うのだけれども、その「噂の女」はつい最近新しいDVDがリリースされたようで、Amazonでみると2000円ぐらいで買えるみたいだ。そうすると、横浜までの交通費、映画館入場料とかを考えると、DVDを買った方が安くつくではないかと思ってしまうことになった。もちろん映画というものは映画館の大きいスクリーン、あの音響(これは映画館にもよるけれども)で観るのがいちばんなんだけれども、調子が悪いと観ている途中で眠くなってしまったりとか、観ることに集中できないような情況もいろいろと起きたりもする(例えばわたしのとなりでイビキをかいて寝てしまう客とか、わたしのとなりでモゾモゾ動く客とか、わたしのとなりでひとりごとをブツブツいう客とか)。そうすると一回限りの鑑賞にベストの状態で観られなかったりもするわけで、そういうことになるとDVDを所有した方が何度も観ることもできるし、途中で巻き戻してもういちど観直すとか、自分勝手な見方もできていいではないか、ということにもなる。それでやはり、遠方の映画館へ観に行くよりも、DVDを買ってしまう方がいいかな、などという気もちにも傾くのである。DVDの収納した棚をみると、わたしは意外と溝口健二監督作品のDVDは持っているわけで(一枚五百円とかいう廉価版が多いけど)、数えてみると6枚あった。ここにもう一枚増やそうか?

 DVDといえば、読んでいる金井美恵子の「目白雑録」のなかで、彼女が新しく買った液晶テレビの初期設定を電気屋に任せっきりにしていたら、その画面設定が16:9ではなくって4:3になっていたとかで、つまりは少しばかり横にひしゃげた絵になってしまうのだけれども、金井美恵子はそれをそのままにしてサッカー番組などをみていたらしいのである。‥‥ふむ、あれだけ映画にうるさい人が、そういう不自然な絵に気づかなかったのかよ?と、ちょっとばかし意外に思ったりした。
 この件はわたしも先日買った安価なDVDプレーヤーで苦労してしまったことで、そのDVDプレーヤーでDVDを見ると、どう設定を変えても、その「ちょっと横長」の絵になってしまうのだった。これはけっきょく、テレビの方の「画面サイズ設定」というところで切り替えて正常に見られるようになった。しかし、正常にはなったのだけれども、画面がひとまわり小さくなり、画面左右にも黒い部分が出来てしまうようになった。まあこのDVDプレーヤーはリージョンの制約でもう一台のDVDプレーヤーでは見られない、輸入盤のDVDを見るために買ったものだから、ふつうのDVDを見るにはそのもう一台の方を使うようにしている。

 それで、昨日「ゾンビ」のジョージ・A・ロメロ監督が亡くなられたとのニュースを聞き(NHKのニュースでも報道していた)、なんとなく棚の録画したDVDをみていたら、その「ゾンビ」があったので、観てみた。自分でコピーしたDVDだけれども、意外と絵がクリアできれいなのにはびっくりした。

 夜は寝る前に「昭和文学全集」。遅々としてはかどらず、もう読み始めて二ヶ月半になるのに、ようやくこの巻の半分に達したところ。こんなペースでは一巻読み終えるのに半年かかってしまい、ウチにある十何冊全部読むには十年近くかかってしまうことになる。もうちょっとペースをあげるとか、考えなくっては。今日からは中勘助である。

     

 

[]「ゾンビ (ダリオ・アルジェント監修版)」(1978) ジョージ・A・ロメロ:脚本・編集・監督 「ゾンビ (ダリオ・アルジェント監修版)」(1978)   ジョージ・A・ロメロ:脚本・編集・監督を含むブックマーク

     

 観始めてすぐ、「この登場人物の顔には見覚えがあるぞ!」と思うわけで、この日記でチェックすると、わたしはこのジョージ・A・ロメロ監督の「ゾンビ」は、いろんなヴァージョンで何度も観ていることがわかる。街にあふれるゾンビの群れから逃れて、四人の男女がショッピングモールに立てこもる、という大まかなストーリーラインもけっこう記憶している。そんな過去に書いた感想を今読んでみると、だいたいの感想は今回もそんなに変わらないんだけれども、ちょっと書き足しておこうかと思うこともある。

 主に描かれる四人は、テレビ局に勤めるフランとその恋人のスティーヴン、スティーブンの友人でSWAT隊員のロジャー、それとロジャーが誘った同僚のピーターと、なのだけれども、この四人では、ピーターがリーダーシップをつかさどるに最適任の人物というところで、スティーヴンとロジャーとの抱え持つ欠点をうまくフォローしようとする。ショッピングモールに到着してすぐに、スティーヴンがかなり自分勝手な行動を取ってハラハラさせられるのだけれども、ピーターはそんなスティーヴンに怒りをぶつけるでもなく、あたりまえのようにスティーヴンを助ける。ロジャーにも「調子に乗って舞い上がるな」と何度も忠告するわけではある(残念なことにロジャーの耳には届かなかったようだが)。フランもまた良い情況判断の出来る人物というか、時間のあるときにスティーヴンにヘリコプターの操縦を習い、これがいちおうラストの「脱出」につながる。
 とりあえずはショッピングモールである意味平和な生活をする四人だけれども、そこにならず者バイク集団がやってくるわけで、このバイク集団、何となく「イージー・ライダー」みたいなところもあり、リーダー格の男なんか、かなりデニス・ホッパーに似ている。おそらくは「イージー・ライダー」で虐殺された仕返しをココでやってやろうという気なのだろうか。ここでショッピング・モールの金目のものをかっさらって行こうとするバイク集団に、スティーヴンが「オレのものだ!」みたいに所有欲丸出しに立ち向かってしまい、「やり過ごせば何とかなる」と考えるピーターの目論みをぶちこわしてしまうわけでもある。「人は自ら破滅の道を選ぶ」というところか。

 さて、この日記でこの映画のリメイクの「ドーン・オブ・ザ・デッド」を観た感想を書いてあるところに、「地獄が満員になったのでゾンビがあらわれたのさ」みたいなセリフがあり、それが黒沢清の「回路」の「ゴーストが、あの世が満員になってあふれて来た」というセリフに対応し、やはり「回路」はゾンビ映画の影響を受けているのだと書いているのだけれども、その、「地獄が満員になってゾンビがあらわれた」というセリフは、この本家本元の作品の中でいわれてるのだった。

 

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■ 2017-07-18(Tue)

 夢をみた。わたしは高校生かそのくらいの年代で、父母と弟といっしょに暮らしている。その弟は小学校の高学年か中学生ぐらいなのだけれども、その夢の中で、弟はその前の夜に外に出たきりで、家に帰って来ないのだった。わたしは「警察に届けて探してもらわなくては」といい、父母といっしょに警察に行こうとしている。「交番ではだめだから、N警察署へ行こう」とわたしはいう。現実には車の免許は持っていなかった父が車を運転し、助手席に母とわたしが並んですわっている。わたしは「弟はもう帰って来ないだろうか」と考え、涙がこぼれる思いでいる。これは現実の、わたしが家族らに持つ感情とはまるでちがう、正反対のような夢である。このわたしでも無意識のうちに、家族らに絆を感じているのだとでもいうのだろうか。

 今日から、仕事はばっちり九時半までやって下さいよ!ということになってしまい、これまで九時前にはもう帰路に着いていたわけだから、帰宅時間が四十分とか五十分とか遅くなってしまった。まあこれが本来の姿だったということもできるのだけれども、やはり「ガックリ」である。今までは早く終われば早く帰れるから多少早く出勤していたわけだけれども、もう明日からはゆっくり出勤することに決めた。早朝は電車の本数も少なく、二十分に一本という感じなわけだけれども、その電車を二十分遅い電車に鞍替えする。これで今までよりも二十分朝寝ができるだろう。
 そういうわけで仕事から家に戻るともう十時半も過ぎているわけで、まずは冷たい飲み物を飲んでリラックスして、パソコンの電源を入れていろいろとチェックしたりしていると、すぐにお昼になってしまうのである。やっぱり「なんだかなー」という気分にはなってしまう。午後はまた二時間ほど昼寝をしてしまうし、三時間だけの労働のつもりだったのが、これがけっこうヘヴィーなのではないかと、あらためて感じてしまったりする。

 ニェネントはあいかわらず発情期で、いつもわたしのそばに居たがるのだけれども、以前のようにニャンニャン啼いて「何とかしてよー」とわたしに訴えてくるようなことはない。それだけ、「歳をとった」ということなのかもしれない。わたしのそばに居るのも「ひっそりと」という感じで、振り向くとわたしの後ろにぴったり寄り添っていたり、ベッドで寝ているときにベッドの下を見ると、いつの間にかリヴィングから移動して来ていてそこで横になっていたりと、逆に以前よりもけなげな、というかいじらしい感じがしてしまう。つまり、「あなたのじゃまはしないからそばに居させて」という、年増女の深情け(ちがうか)みたいな?

 外はこのところ毎日のようにギラギラと焼き付くような晴天がつづいていて、「外に出たくはないなー」という気分にさせられる。自然、窓を閉め切ってエアコンをつけっぱなしにしてしまうのだけれども、Facebookをみていると、東京の方ではすっごい雹が降ったりしたらしい。おそらくこのあたりではそんな天候の急変はなかったと思うけれども、窓の外はまったく見ていないので、外の世界で何が起きていたのかは、実はわからない。

     

 

[]「偉業」ウラジーミル・ナボコフ:著 貝澤哉:訳 「偉業」ウラジーミル・ナボコフ:著 貝澤哉:訳を含むブックマーク

     

 ナボコフ33歳のときに出版された、ロシア語による長篇第四作。このあと、同じ年に「カメラ・オブスクーラ」が出されている。かつては「青春」のタイトルで英訳本からの翻訳が出版されたこともあるけれど、わたしはその「青春」の現物を見た記憶はない。

 これはロシアに生まれた主人公マルティン(ナボコフよりちょっと年下の設定)の、土地を変えながらの成長記というような体裁で、そこにはナボコフ自身の亡命以降の体験も盛り込まれているように読める。今まで読んだナボコフの作品はどれも、メインの主人公といえる人物は皆、大きな「躓き」を体験するように思えるのだが(その「躓き」はたいていは女性なわけだけれども)、この作品にはそういう「躓き」はない。というか、主人公が躓かないということこそがこの作品の主題なのだ、ともいえるような。
 ロシアからギリシアへの船旅で、若いマルティンはある人妻との逢瀬を楽しみ、その女性はたしかにナボコフの造形した女性らしくコケットリーな魅力に富んでいるのだけれども、その出会いでマルティンが躓くというわけではなく、つまりは彼女はマルティンが大人になるための試金石であり、その後の展開でマルティンが彼女のことを思い出すわけでもない。マルティンの周辺にはその母のソフィア、母と再婚したハインリヒおじさん、友人のダーウィン、恋人というかどうか微妙な関係のつづくソーニャなどの人物がいて、こういう人たちとの交流というのは、たしかに「青春」というタイトルをつけたくもなるようなものだろう。

 ではいったい何が「偉業」なんだろう? マルティンがさいごに決断する「冒険」は、ある意味で突拍子もないものであり、何の生産性も持たないというか、人生の「浪費」とも思えるところがある。しかし、そこにはひとつ、「亡命者」という境遇から来るところのものもあり、彼は自分が「国を追われた身」であり、「故郷から引き離されたまま暮らすしかないのだ」と考えている。そして、自分の生きる「二十世紀」という時代を、「今よりいい時代など、はなから想像もつかない」と思っている。このあたりを引用すれば、次のようになる。

これほどに輝き、これほどに豪胆で、これほど企画や構想に満ちあふれた時代なんて、どんな時期にだってありはしなかった。過去の時代にあってまだほんの一瞬のきらめきでしかなかった多くのもの――未知の大陸を探索しようとする情熱、大胆不敵な実験、好奇心旺盛な人たちが目を潰したり身体をばらばらに吹き飛ばされたりしながらなしとげた偉業、勇猛果敢な陰謀事件、大勢を敵に回した孤軍奮闘――こういうこと一切が今日では、かつてないほどの力強さで実現されつつあったのだ。

 ここに、マルティンの冒険心の来るところがあるようにわたしには思えたのだけれども、それは1932年という時代のいわせるところのものであり、また、当時33歳のナボコフの抱いた気もちでもあったのだろうか。ナボコフにもまた、マルティンのように冒険に身をまかせてみたいという「青春」があったのかも知れない。訳者による巻末の「解説」によると、ナボコフ自身が1966年のインタヴューで、マルティンは最初から「冒険のための冒険」しか目指しておらず、「だれにも必要のない頂上を取りに行こうとしている」だけだと語っているそうである。

 作品中何度も出て来る列車の描写も印象的だけれども、その冒頭で「マルティンのベッドの上に掛けられている」とされる、「鬱蒼(うっそう)とした森林と、曲がりくねりながらその奥へと消えていく小径」の水彩画のその「森」は作品中何度もあらわれ、特にこの小説の末尾、マルティンの親友のダーウィンがマルティンと別れてから目にするのは、そんな森の景色である。「黒々とした針葉の房がときおり肩に触れ、黒い小径は木々の幹が立ち並ぶあいまを縫ってうねり、それは絵のなかの景色のように謎めいて見えた。」

 

[]「ノラや」内田百痢著(「ノラや」より) 「ノラや」内田百痢著(「ノラや」より)を含むブックマーク

 ちょっとずつ読み継いで、ようやく読み終えた。この作品のことはよく「ペットロス」の症例として引き合いに出されるようだけれども、愛猫が「死んだ」というのではなく、「行方不明になった」というのは、なんだか引きずってしまうものが大きいようにも思う。死んでしまったものはもう決して戻って来ないから、あとはただ「忘れる」ことを待つのみになるだろうけれども(それだって充分につらいことは理解するが)、「いなくなってしまった」、「いつか、帰って来るかもしれない」というのは、気もちとしてかんたんに収まりがつくものではない。その心理の「つらさ」が、この日記体の作品にはあふれている。
 ノラはいつも風呂のふたの上で横になっていたから、それを思い出すので風呂に入れなくなるとか、寿司屋の寿司を食べたく思ったけれども、その中の玉子焼をノラが大好きだったことを思って寿司をやめるとか、そういう気もちはよくわかる。あんまり考えると、わたしの場合ニェネントがいなくなってしまうと自分がどうなってしまうか想像してしまったりするので、このあたりでストップ。

 

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■ 2017-07-17(Mon) このエントリーを含むブックマーク

 今日はいちおう、三連休の最終日。わたしの場合は三日半ぐらいの連休だったわけだから、やはりこのくらい連続して休めるのは気もちいい。しかし、明日からまた始まる仕事では、終業時間が大幅に遅くなるという悲しい事態が待っている。

 ニェネントはやはり「発情期」になってしまったようで、しきりにわたしにすり寄ってくるし、夜には啼き声をあげることもあった。でもその啼き声は「うるさい」というものでもなく、このくらいなら近隣の家に迷惑になるということもないだろうと思う。あと、ニェネントはここに転居してきてからというもの、水をよく飲むようになった。ニェネントのための水はニェネント専用の器に入れておいてあげているのだけれども、以前のようなつもりで「そろそろ」と思って器をみると、きれいに水がなくなってしまっていることがけっこうある。「ごめん、ごめん、喉が渇いてたんだろう」とすぐに水を満たしてあげるのだけれども、以前の倍ぐらいのペースで水がなくなってるんじゃないかな?

 となりの家のうるさい子犬、もういなくなってしまったのかと思っていたら、今日の午前中は庭に出てキャンキャン啼いていた。ひょっとしたら庭に出しておくとうるさいので、部屋の中においておく時間が長くなったということかもしれない。先日みた首輪をしたネコは、その後姿をみることはない。

 さて、「いったいコレは何?」「いや、実は密かに世界征服の野望があるのでは?」というTポイントカードのことだけれども、まあわたしも持ってしまっているわけで、「実は個人情報が吸い取られているのではないか」と思いながらも使っているわけだけれども、Yahoo!のサイトをみると、今自分がTポイントを何ポイント保持しているかがわかることになっている。それが昨日だか一昨日だか、急に300ポイントぐらい増えていたわけで、「これはどうしたこと?」と思っていたら、Yahoo!の方でプレゼントしてくれたらしいのであった。「それでは使ってしまおう」と、午後からそのTポイントの使えるmマートへ買い物に行き、レジで「ポイント全部使います」と申し出てみた。ところがそのプレゼントされた300ポイントは使うことが出来ず、「あれれ」という気分で帰宅。「どういうこと」と調べてみると、そのプレゼントされたポイントはつまり、ネット上でのお買い物にしか使えないものだったようだ。なんだ、がっかりである。そのポイントは「七月のうちに使わないと消滅しますよ」ということらしいが、それに釣られてネットショッピングしてもしょうがない。ただ、ヤフオクなどには使えることもあるらしいので、よほど欲しいものが見つかれば使うこともあり得る。

 このところ自宅での読書もあまり進まず、昼寝の前に金井美恵子の「目白雑録」の4をペラペラと読むぐらいのものになってしまっている。まあ「目白雑録」は相変わらず楽しいのだけれども、今回は眼の手術の影響からなのか、あまり文芸誌について書くのではなく、テレビを見てのあれこれの「感想」が多いという感じ。それで読んでいると、日本人がやたらと「マスク」を着用しはじめたのがこの2009年ぐらいのことのようで、そのことに金井美恵子は彼女らしい「違和感」を書いているのだけれども、わたしなども思い出してみて、昔は今ほどに、風邪の季節に皆が皆マスクを着用するということもなかったはずで、それはつまりこの時期から始まったこと、といえるのだろうか。金井美恵子は自分のトーク・ショーに来た客五、六十人の中に、ふたりの男性がマスクをしていたことに驚くのである。今ならば「たったふたりで驚くか?」と、わたしらの感覚はすっかりずらされてしまっている。面白いことだと思う。

     

 

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■ 2017-07-16(Sun)

 「行こうか行くまいか」迷ったけれども、今の(今週の)わたしにはブラザーズ・クエイの表現に惹かれるところも大きく、そのことは究めてみたいところもあるので、やはり今やっているブラザーズ・クエイの特集上映は観に行くことにした。上映しているシアター・イメージフォーラムは渋谷と表参道の間にあるスポットなのだけれども、表参道の駅だと、わたしの住まいの最寄駅からまるで乗換もなく、まっすぐに行くことが出来るのだった。定期もあるから片道200円ぐらいで行けるわけだし、「そんなに便利だったのか」という感じ。だいたいそもそも、渋谷駅周辺のあのごちゃごちゃした感じはもちろん好きではないし、渋谷駅に立ち寄らずに行けるとはステキなことである。
 いちおう、わたしはブラザーズ・クエイの2003年のその「ファントム・ミュージアム」までを収録したDVD(輸入盤)は持っているわけだけれども、つまりそれ以降の彼らの作品はきちんと観ていないわけだし、特にカフカの「変身」を映像化したものは是非とも観ておきたいわけで、この日上映されるFプログラムの「21世紀のクエイ兄弟」、それとGプログラムの「カフカの世界―クエイ兄弟×山村浩二」とを観たい。Fプログラムは午後四時開映だから、午後からゆっくりと出かければいいわけである。

 昼までは家でゆっくりし、昼前に「肉じゃが」をつくったりして、半分は昼食で食べて、残った分は帰宅してから食べようと計画。とにかくは今は「外食」などはもってのほか。二時頃に家を出る。駅までの道のりは暑いけど、電車に乗ってしまえば冷房が快適。それに、この時間帯だと電車はそんなに混み合ってもいなくって、楽にすわれるのであった(って、ウチの駅は始発駅の次の駅だから、どんな時間帯でも楽にすわれるのかも知れないが)。
 車中ではゆっくり本を読み、目的の表参道駅下車。イメージフォーラムまでちょっと歩く距離はあるけれども、まっすぐな一本道でわかりやすい。これからは渋谷に出かけるにはこうやって、表参道から歩くというのもいいだろう。

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 まずFプログラムを観て、次のGプログラムまでにはちょうど一時間ぐらいの時間がある。わたしの思惑ではコンビニでサンドイッチ類を買って軽く腹ごしらえをして、そのあとは近くの青山ブックセンターに寄って時間をつぶそうと。まずはコンビニに寄ってサンドイッチと冷たいドリンクを買い、近くの植え込みのあたりに腰掛けて食事。この青山辺りはこういうすわれる空間が多いからいい。サンドイッチを食べていたら、「おこぼれ」を目当てにしたスズメが、すぐ近くに寄って来たりする。

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 サンドイッチを食べ終えて青山ブックセンターの方へ行ってみると、なんと今日は、ブックセンターのあるビル全体が何かのメンテナンスのために休業しているのだった。これはちょっと計算外のことで、しょうがないのでちょっと早めにイメージフォーラムへ戻って待つことにした。

 映写室はFプログラムのときもGプログラムのときもかなりのお客さんの数で、やっぱりブラザーズ・クエイというのは今になっても人気があるわけだと思った。けっこう若いお客さんも多かったけど、つまりはファン層も「代替わり」しつつあるということでもあるのだろう。ちゃんと新しいファンが生まれてくるというのがうれしいところ。

 Gプログラムが終わって時間はまだ八時過ぎで、表参道駅まで歩いて電車で帰宅しても、家に着いたのは十時前だった。ニェネントに遅くなってしまったごはんをあげ、わたしもつくり置いてあった「肉じゃが」をあたためて、遅い食事にした。

     

  

[]「ソングス・フォー・デッド・チルドレン」(2003) ブラザーズ・クエイ:監督 「ソングス・フォー・デッド・チルドレン」(2003)   ブラザーズ・クエイ:監督を含むブックマーク

 暗い部屋の中、ろうそくの灯をともしたベッドに横たわる子ども。白いチョークが飛び跳ね、遠くに縄跳びをしている少女の姿がみえる。映像はもうろうとしていて、はっきりと確認出来るものはあまりない。イギリスの作曲家スティーヴ・マートランドの音楽に合わせて製作されたものらしい。中に一部、「ファントム・ミュージアム」の解剖人形のパートの映像が使用されていた。

 

[]「ファントム・ミュージアム」(2003) ブラザーズ・クエイ:監督 「ファントム・ミュージアム」(2003)   ブラザーズ・クエイ:監督を含むブックマーク

 副題が「ヘンリー・ウェルカム卿の医学コレクション保管庫への気儘な侵入」というもので、この19世紀から20世紀にかけて生きたヘンリー・ウェルカムという人は「世界最大の」医学コレクションを築き上げた人だそうで、この作品はロンドンの科学博物館に所有されるそのウェルカム・コレクション資料を映像化したもの。クエイ兄弟お得意の「ストップモーション・アニメ」というのではなく、ナレーションなく「いかにそれら資料を見せるか」ということに腐心したような作品。

 

[]「ワンダーウッド」(2010) ブラザーズ・クエイ:監督 「ワンダーウッド」(2010)   ブラザーズ・クエイ:監督を含むブックマーク

 3分ぐらいの短い作品だけれども、松かさのようなものをフォトショップ的に加工して撮影したような部分の印象的な作品で、画面の「歪み」から、その松かさが生命を持って動くように見える。「言葉で言えないほど木を愛した人」というキャプションが入る。人形の「眼」、そして「鳥」がそんな木にからむ。

 

[]「涙を流すレンズを通して」(2011) ブラザーズ・クエイ:監督 「涙を流すレンズを通して」(2011)   ブラザーズ・クエイ:監督を含むブックマーク

 原題は「Through The Weeping Glass」だから、「鏡の国のアリス」を意識したのだろう。副題は「永遠に続く命の慰めについて(ムッター博物館の忘却の淵と残された微風)」というもの。先の「ファントム・ミュージアム」につづいて、これはフィラデルフィア医科大学のムッター博物館の所蔵される医学標本などのコレクションを撮ったもの。そのコレクションはかなり強烈なものではあるが、意外にもこの作品がクエイ兄弟がアメリカで撮った最初の作品なのだそうだ。

 

[]「正しい手:F.H.への捧げもの」(2013) ブラザーズ・クエイ:監督 「正しい手:F.H.への捧げもの」(2013)   ブラザーズ・クエイ:監督を含むブックマーク

 原題は「Unmistaken Hands」だから、「正しい」というよりも「間違えることのない」というニュアンスか。F.H.というのは、ウルグアイの作家フェリスベルト・エルナンデスのことで、彼の著作の四つの断片で構成したものらしい。語られることばはウルグアイ語なのか、英語字幕が出るのだけれども、それが消え去るのが早くって、とても内容は把握出来なかった。いちおうパペット(人形)は使われているけれども、「アニメーション」というのではなく、背後で誰かが動かしている「人形劇」的なもの。光のとらえ方などに彼ららしいものを感じたりもした。

 

[]「頭山」(2002) 山村浩二:監督 「頭山」(2002)   山村浩二:監督を含むブックマーク

(あまり興味ありませんでした。)

 

[]「カフカ・田舎医者」(2007) 山村浩二:監督 「カフカ・田舎医者」(2007)   山村浩二:監督を含むブックマーク

(同じく、あまり興味ありませんでした。)

 

[]「変身」(2012) フランツ・カフカ:原作 ブラザーズ・クエイ:監督 「変身」(2012)   フランツ・カフカ:原作 ブラザーズ・クエイ:監督を含むブックマーク

 楽しみにしていたクエイ兄弟によるカフカの「変身」。音楽はヤナーチェクで、意外と原作通りの展開。「パペット」ではなく、人間の役者が大きな風船のようなマスクをかぶっての「仮面劇」みたいなところも(妹だけは素顔で登場する)。わたしとしてはもっと、クエイ兄弟の抽出する「カフカ」なるもののエッセンス(つまり「カフケスク」みたいな?)の表出を期待していたのだけれども、すんなりとまっとうな「劇」になっていたことに、ちょっと肩すかしをくわされた感じ。ただ、蟲に変身したグレゴール・ザムザの、その「眼」に魅入られるものはあった。

 総じて、21世紀に入ってからのクエイ兄弟の作品は、手法として明らかに「ストリート・オブ・クロコダイル」などとは異なった次元になっていて、観る側としても、そのような「異なる次元」を探るような眼を持たなくてはならない。

 

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■ 2017-07-15(Sat) このエントリーを含むブックマーク

 目覚めたときに夢をみていた記憶があったのだけれども、その目覚めたときには「この夢は何度もみている夢で、その内容もすっかり憶えている」という思いで、特に夢の内容をくわしくメモしておくこともしなかった。しかし、目覚めてしばらくしてみると、当然、その夢の内容はこれっぽっちも思い出すことはできなかった。どうやら、「この夢は何度もみている」という部分もまた「夢」だったのではないかと思う。かんたんなメモは残しておいたのだけれども、そのメモには「空襲で死ぬ市議会議員」とだけ書いてある。これでは何も思い出せない。こういう「自分がやったこと、書いたことをもう思い出せない」という感覚は、かつての「側頭葉てんかん」で記憶が消えてしまったときの感覚を思い出させられるもので、いっしゅん、また側頭葉てんかんの発作が起きたのかと思ってしまった。

 月曜が祭日で休みなので、今日から三連休になる。(金もないので)特に外出する予定もないのだけれども、昨日行ったクエイ兄弟展で知った、イメージフォーラムでの特集上映「ブラザーズ・クエイの世界」で、観てみたい作品もあることはある。特に明日の上映作品に興味あるものが多く、どうせ明後日は仕事も休みだから行ってみようかとも思う。

 土曜の朝はFMでピーター・バラカンの「ウイークエンド サンシャイン」を聴くのだが、今日は冒頭にホルガー・シューカイの「Cool in the Pool」がオンエアされた。この番組は毎年、夏がやって来るとこの曲をかけるのが恒例になっている。「もうそういう時期になったか」という思いもあるし、はたして、今までに何度ぐらいこの番組でこの「Cool in the Pool」を聴いたことだろうなどと思ってしまった。
 正直、この番組では最近はわたしにフィットしないような曲ばかりがかけられていたような印象で、毎週「こういうの苦手だなあ」と思ってばかりいたのだけれども、今日はけっこう、わたしの好きな曲が多くかけられた。そうすると朝からいい気分になれる。

 昨日、前の住まいの消防局の人から電話があり、「調書ができたので印鑑をもらいに伺う」ということだったのだけれども、午前中の早い時間にみえられた。「遠路はるばる」というところなので、部屋に上がっていただいて冷たい飲み物でも一杯と、おもてなししようとも思い、来られる前に近くの自販機で何か飲み物を買っておこうかとしていたら、その前に来られてしまった。
 同じ内容の、複写されたものと二通の調書を受け取り、「内容に相違がなければ署名いただき、一方に印鑑を押して下さい」ということ。A4の紙に横書きされたその文章は、原稿用紙でいえば二枚にも満たないぐらいの長さのもので、内容はまさにわたしがその消防署員の方に話したことそのままではある。まあいろいろと事情はあるのだろうけれども、正直、これだけのものをつくるのに五ヶ月近くもかかってしまうものかと、多少はあきれてしまうのだった。
 おそらくはあの火災の件も「一件落着」なのだろうけれども、「で、どうだったんですか?」という質問には答えてくれないことになっているわけだから、聴きもしなかった。可能性としては「二階住人の火の不始末」、「二階住人の放火自殺」、「外からの人物による放火殺人」と三つのことが考えられるだろうけど、一階で聞いていた物音からして、わたしは三番目の「放火殺人」はありえないと思う。わたしはあれは「放火自殺」だったにちがいないと思っているけれども、今となってはなんだか、「どうでもいい」ことに思えてしまう。ただ、すでに東日本震災で住めなくなっている部屋だらけになっていたらしいあのアパート、あの火事で「火災保険」が適用されることになって、それは家主さんには「僥倖」だったろうといってしまっていいと思うし、わたしにとっても、「退出時の現状回復」ということが不問に付されたということで、それもまた「僥倖」ではあったような。また、当時わたしはどちらかというと「セルフ・ネグレクト」に近い心的状態にもあったのではないかとも思うわけで、そこからも救出されたわけだ。
 こんなことをいっては本当に不謹慎なのだけれども、あの火災では、関係者(家主さんとわたしとだけだけれども)はいずれも「助かった」という気分になったわけだった(家主さんの心情については<想像>だけれども)。‥‥などと、あの「火災」のことを、あらためて思い出したりもしてしまった。

 今日はニェネントがやたらにわたしにすり寄ってくるので、ひょっとしたら「発情期」になったのかも知れないと思う。

     

 

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■ 2017-07-14(Fri)

 そういうわけで、今日は仕事のあとに渋谷へ出て、松濤美術館でクエイ兄弟の「ファントム・ミュージアム」を観る。今日もまた快晴で、もう梅雨などとっくにどこかへ行ってしまったみたいだ(まだ「梅雨明け宣言」は出ていないはず)。その松濤美術館というところ、行ったことがないということもないだろうと思ったけれども、どちらにせよ記憶は消えてしまっている。この日記で検索すると、九年前の2008年、五月に中西夏之の新作展というのを松濤美術館で観ているようだ。その時期はいちばん記憶の消えてしまっている時期でもあり、これっぽっちも憶えてはいない。とにかく渋谷駅からBunkamuraの方へ歩き、そのまま松濤の住宅地域の中を進んで行く。ちょっと距離があるので、例によって(道をまちがえてしまったかも?)と不安になる。歩いているそばに、その「ファントム・ミュージアム」展のポスターが貼ってあるのを見つける。「会場への地図が載っているのではないか?」と見てみるけれども、そういうマップは掲載されてなかった。ただ、その松濤美術館の住所は書いてあったので、あたりの住居表示を見てみると、どうやらすぐ近くまで来ているみたいだ。近くにバス停があり、それが「松濤美術館前」だった。探してみると、表通りからちょっと奥まったところで見つけることができた。

 エントランスから見た美術館の雰囲気とか、よくある私立の美術館のような感じなのだけれども、ここは渋谷区立の、公営の美術館なんだな。美術作品の展示に向いた空間かどうかはさておいて、落ち着いた、静かな空間で、外のギラギラした太陽、その暑さを忘れることができるだろうか。
 ゆっくりと見てまわっても、一時間ぐらいで観終わってしまう。おそらくは去年葉山でやったときよりは、展示作品もかなり少なくなっているのではないかと思う。売店でポストカードを2枚買い、この展覧会のポスターも200円と安かったので、いっしょに買ってしまった。ほんとうは渋谷ででも昼食をとって帰ろうかと思ったけれども、今はやはり無駄遣いは厳禁。がまんして帰路に着いた。

 一時すぎに帰宅。それで買って来たポスターを拡げてみてよくみると、60歳以上は入場料が半額(500円)と書いてあるではないか。なんだ。わたしは一般料金で千円払ってしまった。チケットを売る人もいってくれればいいのに。つまりわたしは60歳以下に見えたということなのか?

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 しかし、映画館はどこでも<シニア料金>というものがあることは知っているけれども、一般に美術展や博物館の展示というものに<シニア料金>はない、という認識だった。ちょっと調べてみたけれども、やはり、今西洋美術館でやっている「アルチンボルド展」や、科学博物館の「深海展」なども、<シニア料金>の設定はない。ふむ。しかし、施設によっては<シニア料金>が設定されているということは、これからはしっかり認識しておかなくてはいけないな。
 それでちょっと、どういう施設で<シニア料金>の設定がされているのか調べてみると、映画のように60歳からではなくて65歳からというのが多いのだけれども、かなりの施設で<シニア割引き>の制度があるのがわかった。国立近代美術館の常設展示や、科学博物館の常設展示などは、無料なのである! 上野動物園も半額になるのだった(同じ上野の国立博物館は、70歳以上が無料になる)。これはうっかり、まるで知らないことだった。やはり入場料というものはちゃんとチェックして行かないと、(今日のように)チケット売り場では教えてくれないこともあるわけだ。

 午後は電話が二件あった。一件は昨日の面接の件で、やはり「ダメ〜」ということだった。もう一件は前の住まいの消防署からで、例の火災の調書が出来たのだということ。それをわたしが確認して、印鑑を押す必要があるという。郵送すりゃあいいじゃないかと思ったのだけれども、なんか、その担当の方がわざわざこの転居先まで、明日やって来られるという。事情はわからないけれども、消防署員も大変だね、という感じでしょうか。

     

 

[]「クエイ兄弟―ファントム・ミュージアム」@渋谷・松濤美術館 「クエイ兄弟―ファントム・ミュージアム」@渋谷・松濤美術館を含むブックマーク

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 先に書いたように、去年葉山の神奈川近代美術館で開催された展覧会の巡回展。春には福岡でもやっていたらしい。まあ会場が圧倒的に狭くなっていることもあり、葉山で展示された作品が皆展示されていたわけではない。しかし、この新しい環境で観る彼らの作品、平面作品や「デコール」というアニメ撮影用のセットなどの作品は、また違った魅力をわたしにみせてくれるようであり、先に観て一年近くも経っているともう忘れてしまっていることもあるわけだし、いろいろと刺激を受けたのだった。忘れたくはない「刺激」ではある。

 

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■ 2017-07-13(Thu) このエントリーを含むブックマーク

 連日快晴続きで、毎日が暑い。午後からは隣駅近くで面接を受ける。その面接地へ行ってみると、つまりは健康食品の販売業者だった。全国から注文を受けた健康食品のパッケージング、在庫管理などの仕事のような。面接にあたってくれたのはまだ三十代前半ぐらいの若い男性で、途中からもうちょっと年配の女性も加わる。募集要項では勤務日は週に一日から六日まで選べるようだったので、それなら週三日ぐらいの勤務に出来ればいいなと思っていたのだけれども、年配の人は週五日出て欲しいということ。ちょっと拍子抜けではある。面接の後半は雑談みたいになり、それはそれで楽しくもあったけれども、これは「空振り」という印象。面接の結果は後日電話連絡するということだったけれども、期待しないで待つことにしよう。

 去年に神奈川の近代美術館葉山別館で観た「クエイ兄弟・ファントム・ミュージアム」展が、今は渋谷の松濤美術館でやっていることを、すっかり忘れていた。もう会期はあと十日ぐらいしかない。明日にでも行くことにしようか。

 今、寝る前の時間に、「20世紀の自然観革命」という本を読んでいるのだけれども、これはつまり20世紀に発展した「量子論」「相対論」「宇宙論」について書かれた本で、まずは「原子論」から始まるわけである。これがどうも、読んで一晩経つともう昨晩読んだことはすっかり忘れてしまっているという感じで、そうすると前提条件がわからないまま読んでいる、という状態でもあり、尚のことわからなくなってしまう。
 この本はもともと「科学朝日」に連載されたものがもとになっているようだけれども、このあとがきで著者の和田純夫という人は、「カントやヘーゲルの個人攻撃をしようとしているわけではないが、たとえば化学変化がどのようにして起こるのかを知らない人、あるいはそれがどのようにして明らかになったかを知らない人の認識論が、二十一世紀になろうとしている現代に何の意味があるだろうか?」と書いている。これはたとえば、カントが「時間や空間という概念は、人間の意識の特性である」と主張したことなどをあげていっているようだけれども、しかし、そういう旧的な自然観から出発しているからといって、そこから「現代に何の意味があるだろうか?」ということは、それは傲慢というものではないだろうか。それは「哲学とは何か」という問題を孕んでいるだろうし、そこで批判をするのならばカントやヘーゲルではなく、同時代のポストモダンや構造主義にこそ、その批判を向けるべきではないだろうか?

     

 

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■ 2017-07-12(Wed)

 仕事の帰りに、道端にいたニェッタに会った。やっぱり下腹部が垂れているのだけれども、その「垂れ」があまり大きくはないので、妊娠というのではないようにも思える。気になって調べてみたのだけれども、どうもこれは「ルーズスキン」というヤツで、ある種のネコに多く見られる特徴なのだと書かれているのを見つけた。見た感じでは、ニェッタもまた、この「ルーズスキン」なのではないかという気もする。
 まあ、子どもを産むとかいうことでなければいいけれども、やはり「野良ネコ」の生態には、ただ「かわいいね」だけでは済まされない問題をいつも抱えているということ、改めて知らされた思いである。まだまだ「妊娠」という可能性が消えたわけでもなく、そのルーズスキンでなければ、何かしらの病気ということも考えられるみたいだ。どうなのかね、ニェッタちゃん(この写真ではわからないけれども)。

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 先日見たニュースで、まだ三十代の男性が自宅アパートで「熱中症」で亡くなられたという。その人はエアコンを使っていなかったということで、「これは人ごとではない」というか、わたしも電気代を惜しんでエアコンを使わないとかしていると、熱中症になってしまうということもある。今の部屋は最初のうちは「風通しがいいかも」とも思っていたのだけれども、この「夏間近」という気候になると、窓を開けてもまるで風など入ってこなくって、前に住んでいた茨城の部屋よりも確実に暑い。幸いにも備え付けのエアコンはかなり強力というか、スイッチを入れると瞬時に冷風が吹いて来る。しっかりとエアコンのお世話になるべきだと思った。

 明日はハローワーク紹介の面接を受けるので、久々に履歴書を書いた。もうあまりごちゃごちゃ書かないで、スッキリと簡略化してかんたんなものにした。こんどはあまりにスッキリしすぎたかという感じにもなったけれども、足りない部分は面接の席上で語ることが出来ればいいか、とも考える。

     

 

[]「特別阿房列車」内田百痢著(昭和文学全集 第7巻より) 「特別阿房列車」内田百痢著(昭和文学全集 第7巻より)を含むブックマーク

 「なんにも用事がないけれど、汽車に乗つて大阪へ行つて来ようと思ふ」

 これはその後につづく「阿房列車」シリーズの第一作。列車に乗るのが好きだから、まずは列車に乗るということをメインの旅を考える。乗るのなら「一等車」である。それで大阪まで行くことにして、大阪に着いたらそのまま東京に戻る列車に乗ってもいいと考えるのだけれども、帰りの寝台列車の料金が高いので、しょうがないから大阪で一泊しようかと。ひとり旅もつまらないから、知り合いの国鉄職員の「ヒマラヤ山系」こと平山氏に同行してもらうことにする。で、その肝心の旅費がないのだけれども、そこはいつもの「錬金術」、借金でやりくりする。金を借りるというのは、普通考える「生活費」として借りるより、こういう無意味なような借金の方が借りやすいのだという。なるほど。で、「用事がないけれどもどこかへ行く」というのは百里遼召爐箸海蹇△箸いΔ海箸世韻譴匹癲△修譴「帰り」の旅は「家に帰る」という目的が生じてしまうので、これは「つまらない」らしい。
 で、先に切符を手配しておくなどということはやりたくないらしいから、当日出たとこ勝負みたいに東京駅へ行く。それで切符を買おうとすると「すべて売り切れ」ということで、駅長室へ行って「なんとかならんか」と。ま、そういう「行き当たりばったり」の旅、という面白さも求めているのかな。そういう気もち、わからないこともないけれども、やっぱりどこかわがままな、子どもっぽい行動ではあるよなー、とは思う。ま、そういうところが、この内田百里箸い人の魅力でもあるんだろう(それが逆に出ると、わたしには「???」となってしまうけれども)。それをまた、快適な(まさに心地よい列車にゆられて行くような)文章で綴っていくわけである。楽しい。

 

[]「日没閉門」内田百痢著(昭和文学全集 第7巻より) 「日没閉門」内田百痢著(昭和文学全集 第7巻より)を含むブックマーク

 これは内田百里痢岼篋遏廚砲覆襪里世蹐Δ。わたしには、あまり興味の持てる作品ではなかった。

 

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■ 2017-07-11(Tue)

 今朝は駅への道で別のネコに出会った。このコは多分、あの「ネコ屋敷」周辺にいたネコだと思う。というか、わたしがこの地でさいしょに見かけた野良、「イチ」(今ならウォロフ語で「ベンナ」と呼ぶところ)だろうか。

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 昨日、今のわたしの仕事は「仕事が終わったらその時点で帰ってしまってもいいのだ」と書いたのだけれども、今日、話があって、クライアントだか何だかが来週から替わるらしく、そうすると九時半までバッチリ労働しなくってはならなくなるような。「えええ〜っ」という感じなのだけれども、それならば今のようにちょっと早出をするのはもうやめにして、ふつうに六時半に間に合うように出勤しようと思う。そうすれば、今までよりも二十分はゆっくりできることになる。

 仕事の帰りに我孫子まで乗り越し、まずはハローワークへ行っていろいろと求人を検索し、「これならば可能かも」というのを見つけて、明後日に面接を受ける段取りにした。そのあとは図書館へ行って借りていた本を返却し、「目白雑録」の4、それから青木淳悟の「学校の近くの家」、それと「ユリイカ」の鈴木清順の特集号とを借りた。その帰りに図書館そばのドラッグストアへ行き、ニェネントのネコ缶を買う。とにかくこのドラッグストアで買えば、ウチの近くで売っている同じネコ缶が一パックで70円、三割ぐらいも安いのである。「この価格差は何なんだ」みたいな。

 帰宅して、和室の方をふと見ると、なんと、押し入れのふすま紙の下の方が破かれてしまっている。もちろんニェネントくんの仕業である。前の家でふすまをニェネントにボロボロにされた記憶もあり、この新居でのことも心配だったのだけれども、和室のドアの方を段ボールで防御しただけで、押し入れのふすまはそのままにしていた。ニェネントもしばらく「悪さ」はしないでいたので油断してしまったが、やっぱり「やるときはやる」のである。まいった。後手になってしまうが、今からでもやはり段ボールで防御しておくべきだろう。

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 午後も遅くなって、少し涼しくなった頃合いをみて、買い物に出た。「mマート」でいろいろと、在庫の少なくなったもの(コンソメスープとか「とろけるチーズ」とか)を買って帰ったのだけれども、帰宅してから、もらって来たその「mマート」のチラシをみると、明日の水曜日は「全品一割引き」の日になっているのだった。なんだ、そういうことなら今日買ったものはそこまで緊急というわけでもなかったので、明日買うことにすればよかった。「mマート」は水曜日が「一割引き」、ちゃんと憶えておこう。

 それで夕食の準備をしていたら、左の小指を包丁で切ってしまった。そんなに痛みはないけれども、出血量はかなりのもので、床にもぽたぽたと血がたれる。こういうときにバンドエイド(地域によっては「カットバン」とか「リバテープ」とか、その他いろいろな呼び名があるらしいのだが)が欲しい。茨城にいたときにやはりケガをして、そのときにバンドエイドを一箱買っておいたわけで、それは引っ越しの荷造りをするときに「こんなところにバンドエイドがある。これはわかりやすいところに置いておくべきだな」と思っていたわけだけれども、そういうときの常(つね)として、いざ必要だというときには、どこに置いたのかわからなくなっているわけである。とにかくどーしょーもないので、キッチンペーパーを折って小指に巻き、そのまわりにセロテープをぐるぐる巻きにして固定した。もう寝る時間だからそんなやり方で不便もないけれども、こういうケガをもっと早い時間にやらかしたりしていたら、いろいろと不便なことが起きていたことと思う。しかし、バンドエイドはどこにしまってあるのだろう。

     

 

[]「サラサーテの盤」内田百痢著(昭和文学全集 第7巻より) 「サラサーテの盤」内田百痢著(昭和文学全集 第7巻より)を含むブックマーク

 もちろんこの作品が、あの鈴木清順監督の傑作「ツィゴイネルワイゼン」のもとになっているわけだけれども、この原作もたしかにすばらしい作品だけれども、ここから脚色して、あの「ツィゴイネルワイゼン」へと持っていった田中陽造の手腕もまた、すっばらしいものだと思う。
 まずはちょっと、その「ツィゴイネルワイゼン」とこの「サラサーテの盤」との共通項を書いておこうかと思うけど(普通わたしは過去に観た映画の記憶をたいてい失ってるのだけれども、この映画は2年前に再見していてまだ記憶もかなり残っているのである)、小説冒頭の「瓦に小石が降って来る」という描写は、映画でも取り入れられている。あとは中砂の前妻の「ちぎり蒟蒻」の話、話者と中砂とが「うなぎ」を食べる話などは映画にも出て来るわけだけれども、やはりこの「サラサーテの盤」の主題は、中砂の後妻の「おふささん」(映画では「小稲」)の、尋常ではない様子にあるだろう。そういうところももちろん「ツィゴイネルワイゼン」にも取り入れられてはいるけれども、「ツィゴイネルワイゼン」はそこからさらに越えて、「彼岸」、「此岸」、その境目、みたいな際どい世界観もあらわされる。それはつまりこの「サラサーテの盤」でも、「おふささん」は「彼岸」と「此岸」を行き来しているようではあるのだけれども。
 この「おふささん」の不気味さは、「サラサーテの盤」の最終部ではほんとうに恐い。死んだ中砂が丹精した「睡蓮」を引っ越し先まで持って来て花咲かせ、「睡蓮って、花びらが光るんですわ、ぎらぎらしたような色で」と語るおふささん。さらに、中砂が飲み残したビールをも話者にすすめて飲ませる。そこでサラサーテの「ツィゴイネルワイゼン」を蓄音機でかけるのだけれども、例のサラサーテの声のところで、「いえ、いえ、違います」と中腰になっていい、「きみちゃん、お出で。早く。ああ、幼稚園に行って、ゐないんですわ」と、このセリフだけは映画でも使われていたセリフを語る。ここでまさに、そのツィゴイネルワイゼンのSP盤もまた、「彼岸」と「此岸」との境界に置かれるわけである。まあ傑作ではありますね。

 

[]「無伴奏」内田百痢著(昭和文学全集 第7巻より) 「無伴奏」内田百痢著(昭和文学全集 第7巻より)を含むブックマーク

 これは例の、還暦を過ぎた百里魄呂燹嵋牋ぢ法覆泙△澄鵬顱廚陵融劼鮟颪い燭發痢う〜ん、わたしは、こういう世界はまったくわからない。それはひとつには黒澤明監督の遺作「まあだだよ」の予告映像とかで見る、(特に扇子を拡げて音頭を取る所ジョージとかの)いい歳こいたオヤジらの乱痴気騒ぎみたいなものに持つ違和感のせいかもしれない。わたしはこういう酒の飲み方というものがわからない、それだけのことかもしれないけれども、内田百里砲呂箸どき、こういうわたしには「わからない」一面を見せつけられる気がする。

 

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■ 2017-07-10(Mon)

 朝、仕事に出かけるのに家を出たら、家の前の空き地にニェッタがすわっていた。空き地に出てきてるのを見かけるのは久しぶりのことで、ニェッタに「行って来まーす」と手を振って先を歩いた。やはり朝いちばんに知り合いのネコに出会うのは気分がいい。

 わたしが今やっている仕事は、いちおう九時半までの契約だけれども、終わったらそこで帰っていいことになっていて、最近は九時前にはもう帰ってしまっている。ただ、そのためにというか、朝は少し早く出ていて、ほんとうは六時半からでいいところを、六時十分ぐらいから仕事を始めている。これはいちど電車が遅延してしまったこともあったし、そういう突発事態を考えたら少し早く出ておきたいな、という計算もあって、「少し早めに出て、その分早く帰れた方がいい」という考え。しかしこの頃、仕事にも慣れてしまったというか、ずいぶんと早く終わりそうになってしまうことが多い。「今仕事を終えて上がってしまうのは、それはいくら何でも早すぎるんじゃないか」となるわけで、あんまりに早く終わってしまわないように仕事のスピードとかを調整する。これがけっこう大変なのである。

 というわけで、今日も九時前には仕事を終えて帰路に着き、ちょうど一時間かかって十時前に自宅駅に着く。おっと、帰りにもまたニェッタに会ってしまった。で、ニェッタの歩く姿をみると、なんだか下腹部がふっくらと垂れている感じ。って何ですか、ニェッタさん、ひょっとしたらあなたは女の子で、つまりこれからご出産なされるご予定があるのですか? うわあ、それはヤバいですなあ。
 どうもこう、わたしなどは、そういうネコたちは皆、どこかそういう「誕生」とか「成長」とかとは無縁のところで、つまり「歴史」のないところでいつの間にか生きてしまっているみたいに思ってしまっているわけなんだけれども、こうやってニェッタが子どもを産むのかもしれない、みたいなのを見てしまうと、突然にそんな野良ネコの中に「歴史」が創成され、そこに、周りに住む人類たちの歴史との相克を感じざるを得なくなってしまう。かんたんにいえばつまり、確実に「野良ネコ」の数が増えるということでもあり、それはあまり幸福なことではないように思える。
 そうするとやはり、ニェッタのことを見てきているわたしのやるべきことは、ニェッタに不妊手術を施してあげ、そういう不幸な「歴史」から解放してあげることではないかと思う。それが「いちばん」とはわかっているのだけれども、雌ネコの不妊手術というのはけっこうお金がかかるのである。とにかく今回は今となっては、ほんとうにニェッタは出産してしまうのか、見届けることしか出来ないわけだけれども(実は妊娠ではないということもあり得る)、もんだいはそれから先のことになるか。

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[]「目白雑録(ひびのあれこれ)3」金井美恵子:著 「目白雑録(ひびのあれこれ)3」金井美恵子:著を含むブックマーク

 今回はそういうわけで、金井美恵子が網膜剥離の手術を受け、そのことから喫煙をやめ、そして彼女の愛猫のトラーが亡くなられてしまうのである。そういうわけで、いつもの「目白雑録」よりもそういう彼女の身辺に関する記述が多いのだけれども、それでもいつもの弁舌が衰えたわけではなく、そのあたりを楽しみにしているわたしなども、充分に堪能できたわけではある。

 しかしこのシリーズを読み継いでいて感じるのは、金井美恵子とその姉の金井久美子との仲の良さというか一心同体ぶりというか、いっちゃ悪いけれども、もうおふたりとも「老境」といわれてもしょうがない年齢にもなられているわけで、そのあたりで「老姉妹」という言葉も似合うようにはなっていると思うのだけれども、そういうおふたりが目白のマンションの一室で雑誌を読んだりテレビを見たりしながら、「しょうがないわねー」みたいに世間の「困ったちゃん」に物申したくなっている姿というのが、何というのか、グリム童話とかに出て来るような、うらぶれた古城に二人っきりで住む魔女の姉妹みたいに思えてきたりもする。まあこのふたりの住むその古城には近寄ってはいけない、みたいな禁忌というか伝説というか、そういうものもありそうだ。いや、じっさいにあるだろう(この第3巻に金井美恵子自身がそのような「禁忌」について書いてもいる)。ま、このシリーズの面白さにはそういうポイントもあることと思う。

 ただ、彼女の「毒舌」というものが決して「悪口」のレベルに堕したものではなく、「そう、そう、そうなんだよな」とわたしなどが共感するところで、このシリーズを全部読んでしまいたくもなるわけで、つまり金井美恵子がここで批判するというかクソミソにいうというかすることがら、そのたいていのことにわたしも同意できるからこそ面白いともいえる。それはつまり「悪口」ではなく、ちゃんと基準のある批評性を持っているということ。そこを読み取る面白さなのだと思う。

 

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■ 2017-07-09(Sun)

 今日もまた真夏を思わせられる快晴で、エアコンに大活躍してもらう。昨日書いた隣家のかしましい犬コロ、いや、ワンちゃんのことだけれども、こうやって窓を閉め切っているから気にならないのかとも思ったけれども、やはりいなくなってしまったのだと思う。可能性として、あの啼き声に近所から苦情が来て飼いつづけられなくなったということは、充分に考えられると思う。それとも外に出すのをやめて、完全に室内飼いに切り替えたのか。でも昨日見たネコが隣家の新しいペットなのだとしたら、やはりイヌからネコにチェンジしたというところだろうか。

 それで、いつもの出窓でくつろいでいたニェネントが、急に外に気を取られ、伸び上がって出窓の網戸に爪をかけている。「昨日のネコがいるのかな」と思ってわたしも外を見たら、昨日のネコではなく、見たことのない黒ネコがいて、隣家の塀のところにすわり込んでニェネントとお見合いをやっていた。「見たことのない」と書いたけれども、このあたりではずいぶんと前にいちど、黒ネコの姿は見かけたことはある。でも黒ネコというのは個体差を見分けにくいし、前に見たのもずいぶんと離れたところからチラッと見ただけだったから、はたしてあのときの黒ネコと同じネコなのかどうか、わかることではない。

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 このところどうも気分がぴりっとしないというか、気分的にだらだらとしていると思う。これはつまり、今の収入と支出がトントンというか、むしろ支出の方が若干上回るようなところからきているのだと思う。今は働いた給与は週給にしてもらっているのだけれども、つい毎週、「これだけ収入があったから支出はこれだけに抑えたい」とかいうことばかり考えてしまい、それで結果としてたいていは、その目算は外れてしまうのである。思いがけなく病院に行くことになったりもしたし、月末になると税金関係の払い込みが待っているし、今はとにかくは食費を抑えることとがんばっているのだが、「貧すれば鈍する」というか、「腹が減っては戦はできぬ」というのか。いや、特に食事の分量を減らしたりはしていないのだけれども、時にはバ〜ッと外食するとか、「ちょっと奮発して」みたいなことはやってみたい。つまりそれでの結論としては、やはりもうひとつ何か、働き口を探したいということではある。明後日には図書館に本を返却に行くので、ついでにまたハローワークに寄ってみようと思う。

     

 

[]「青炎抄」内田百痢著(昭和文学全集 第7巻より) 「青炎抄」内田百痢著(昭和文学全集 第7巻より)を含むブックマーク

 五つの、つながりのない短編をひとつにした作品。どれもちょっと幻想的な、「悪夢」のような趣のある作品群。

 一 夕月
 語り手のところに蝶ネクタイの、五十代ぐらいの男が訪ねてくる。「御伺ひ出来た義理では御座いませんが、あれが是非にと申しますので」という。どうも、以前語り手のところで働いていた下女か何かが今病気で具合が悪く、その語り手にお目にかかりたいということなのだろう。夜中に、脱ぎ捨てた着物が勝手に立ち上がり、帯を締め直して出かけて行くのが、語り手にはっきり感じられる。語り手の視点はその「動き出した着物である自分」に移行し、外に出て行く。夢をみているのであろう。蝶ネクタイの男があちこちにいて、合図をしてくるようである。そのうちにある家の玄関にたどり着き、中へ入って行く。その座敷の中に女が寝ていて語り手を迎える。「目を覚まさなければいけない」と思っているところに、また男がやって来て、「早くして貰はなければ間に合はぬ。君のところに写真がある筈だ」という。もう女は助からないから、ここにあるはずの女が病気になる前に撮った写真が必要だと。ようやく目が覚めると、また男がやって来る。「一目でもお目にかかつて、お別れがしたいと、あれが申しますので」という。
 いったいどこまでが夢なのか。目覚めてもまだ夢の中にいるのか。

 二 桑屋敷
 「何分昔の事なので、辺りの景色も判然とは思ひ浮かばない。又その恐ろしい女先生に就いては、自分でその当時に知つた事や、人から聞いた事や、後から想像した事などが一緒に縺(もつ)れて、永年の間に、自分の追想の中の不気味な固まりとなつた儘(まま)に、段段ぼやけて曖昧(あいまい)になりかかつてゐるが、ただその女先生の面長な俤(おもかげ)ばかりは、何十年後の今でも夢の中に出て来る事がある」という書き出しで、じっさいに伝聞と想像とが入り交じった、「伝奇」のような興味深い文体の物語になっている。一種の「狂気」の物語ではあるのだけれども、誰も知り得ないはずの先生の見たもののことも書かれている。ただわからないのは、その女先生の「内面」であろう。誰もいない学校を、後ろに手を組んで歩く女先生の姿が不気味である。

 三 二本榎
 「私」は、上京して友人宅に泊めてもらっているようだけれども、寝ている私にその友人が話すことがそのまま、この作品になっている。友人は、「私」が寝ているあいだに、家人の老夫婦とその娘を殺害したらしいのである。友人はその家の養子になるはずというか、娘と夫婦になる予定でもあったようである。友人の話すのはほとんど、「なぜ、君が来ている今日にこのことを実行しなければならなかったか」ということで、その中に部屋で暴れたという猫の話が出てくるのが、前に読んだ「白猫」とかの話を思い出させられる。

 四 花柘榴
 話者はしばらく前から若い下女を雇っているのだが、その下女を訪ねて、綛(かすり)の着物を着た若い男が家に来る。下女は外に出ていてそう伝えると、「それでは表で待っている」という。下女が帰って来て、話者が男が訪ねて来たことを話すと、「それは国の者だろう」という(男とは会わなかったようだ)。このとき話者の妻子は田舎へ戻っていて、家には話者しかいない。話者はその下女を「美しい」と思っていて、食事のあとに「どうだ一杯飲まないか」とか声をかける。‥‥そうか、こうやって旦那と女中というのは出来てしまうわけだな、などと思いながら読む。
 夜中、話者が庭を見ると、その下女が寝巻のまま庭を歩いているのだった。次の日に綛の男がやって来て、下女と話をして帰って行く。その夜、下女は話者に「私はこれから先、ずつと置いて戴けますでしょうか」と聞く。つまり、訪ねて来た男はやはり国の者で、「国に帰るように」というらしいのである。話者は「今日はその男の事を話すのがいやな様な気がしたので、それつきり話を打ち切つた」。その夜も、下女は庭を歩き回っていた。
 翌朝、話者は綛の男が庭の柘榴の木で首をくくっているのを見つける。下女は自分の部屋もお勝手もきちんと片付け、家の中には影も形もなかった。
 ふむ。下世話な読み方をすると、その下女を酒に誘った夜、話者は下女と関係を持ったのであろう。それで下女が「ずっと置いてくれ」といったのに返事しなかったこともあって、下女は出て行ってしまったと。‥‥いやいや、そういう小説ではないか。

 五 橙色の灯火
 話者の息子が病死した時期、手が足りなくて雇っていた派出婦が訪ねて来て、「お招きしたいから伺った」という。話者は付いて行くのだけれども、屋敷町の奥の大きな門の家にたどり着く。その応接間に通されると、「目くらの主人」が出て来る。
 わたしにはあまりに荒唐無稽だったし、他の四編とくらべて「悪夢」の質がちょっとちがう感じがして、(わたしには)あまり面白く読めた作品ではなかった。

 

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■ 2017-07-08(Sat)

 九州の方では記録的な豪雨で、かなりの人的な被害も出ているのだけれども、このあたりはずっと晴天。「もう夏だねー」という日がつづき、このまま梅雨明けしてしまうことだろう。これは「空梅雨」だったと思う。ま、傘をささずに出かけられるのは楽でいいけれども、あとになっていろんな影響が出て来なければいい。

 わたしのウチの北側はちょっと高台になっていて、ウチから見ると一階半ぐらいのところに、隣の家の庭があるのだけれども、そこの庭にはふだんは小型犬がうろちょろしていることが多くて、それでその犬コロが、とにかくキャンキャンと啼いてうるさいのである。ウチの窓から見るとちょうどその犬がウチの方を見下ろすかたちで、「自分の方が上にいる」という優位感でもあるのか、人の姿をみるとまたキャンキャンと啼くのである。まあこういううるさい犬が近所にいるならば、もしもニェネントが発情期になって夜啼きとかするようになっても、そんなに苦情が来ることもないかもなどと、楽観的になったりもするわけだ。しかしじっさいには、昼間啼く犬と夜中に啼くネコとでは人の神経への障り方もちがうわけだろうとも思う。引っ越しのあと少しして、ニェネントの発情期というのがちょっとだけあったのだけれども、あまりうるさく啼かないうちにおさまってしまったし、ニェネントはその後まだ、発情期というものを迎えてはいない。
 さてそれで、その隣の家のうるさい犬の啼き声をこの頃聞かない感じなんだけれども、今日になって、その隣の庭にネコがいるのを見た。ちょっとサビネコという感じで、前に見た「サビーヌ」なのかな?と思ったのだけれども、よくみると首輪をしていた。飼いネコである。ひょっとしたら何かの事情で前の犬コロはいなくなり、代わりにネコを飼いはじめたということなんだろうか? わたしとしては歓迎である。

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 夕方から買い物に出て、また「食品館」と「mマート」とをはしごして、肉とかを買って帰った。暑いのでたまらず発泡酒の缶なども買ってしまい、帰宅してから「クーッ!」と飲んだ。今週は火曜日から昨日までまるでアルコールを摂取しない日がつづいたけれども(画期的なこと!)、禁酒は四日間で終わってしまった。

     

 

[]「匿名芸術家」青木淳悟:著 「匿名芸術家」青木淳悟:著を含むブックマーク

 二年前にも読んだ本だけれども、今のわたしの「記憶力」の状態では当然のように忘却されているわけで、「初めて読む本」のような感覚で読んだ。ただ、先日読んだばかりの「四十日と四十夜のメルヘン」の記憶はまだまだ残っていて、この「匿名芸術家」に併録されている、リライトされた「四十日と四十夜のメルヘン」というものが、いったいどのようにリライトされているのか、そのあたりのことは多少はわかるわけである。

 さて、その「匿名芸術家」の方は、つまりこの書き手(女性、筆名「田中南」)がどのように、その「四十日と四十夜のメルヘン」を書いたか、というような内容といえばいいのか。主人公はM市の「大学公開講座」というかそういうものに参加し、「近現代美術史」を学ぶわけで、そこでこの小説には若き日の「印象派」の画家たちの挿話などが語られ、どうやらそのことが小説を書こうとしている主人公、また、主人公の彼氏である画家志望の男性との暮らしとにダブってくるわけだろうか。そして、「四十日と四十夜のメルヘン」で語られる「チラシ配り」の日常、彼女の大学時代の師であったM・H氏のこと、その師から教わった「MH式カード」、師の書いた「跣(はだし)の修道士たち」などのことが語られ、さらに主人公のスーパーマーケット通いのことなど、つまりは「四十日と四十夜のメルヘン」で書かれていたことがらの背後事情というか、そういうものが書かれるわけである。というか、これらのことがらが一体になって、この「匿名芸術家」〜「四十日と四十夜のメルヘン」という作品になっているような。

 そして、リライトされた「四十日と四十夜のメルヘン」は、タイトルからして「第三十五回S新人賞受賞作 四十日と四十夜のメルヘン 田中南」とされ、この作品自体が小説の中の虚構の世界にはめ込まれてしまう感覚でもある。内容的にも改変されているところは多数あると思うのだけれども、後半の「クロエとクロード」のメルヘンの部分でのマルクの出番が少なくなっているように思ったし、何より、そのメルヘンでのパリスのクロードの部屋の中に、「シモイグサ・イオギ」として作者(?)が姿をみせているようだ。

 この「四十日と四十夜のメルヘン」、さいしょに「新潮新人賞」を受賞して雑誌「新潮」に発表されたあと、単行本されたとき、文庫化されたときと、それぞれに「書き換え」というかリライトされているわけで、これで三度目のリライトになるわけだろう。そういう、「進化する(?)」作品のありかたというのもとても面白いわけで、これからもこの作品のリライトをつづけていけばまた読みますよ、という感じである。

 そう、この「四十日と四十夜のメルヘン」がなぜ「「四十日と四十夜」かというと、七月四日から七月七日までの四日間の日記というか日付けのついた記述が何度も何度も繰り返されるわけで、それが十回繰り返されるのかどうか知らないけれども(もっと繰り返されていると思う)、そのことからこのタイトルがきているとおもう。奇しくも、わたしが今回この本を読んだのも、だいたいのところ七月の四日から七日にかけて、ということになってしまった。「だから何だ?」と聞かれると答えようもない、ただの偶然でありますが。
 あと、この単行本のカヴァーは、マネの「草上の昼食」の色鉛筆かマーカーを使っての模写なんだけれども、よくみるとスーパーのチラシの裏側を使っているわけで、みごとにちゃんと、本の内容とシンクロしているわけだった。

 

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■ 2017-07-07(Fri)

 今日は金曜日だから、仕事のあとは出かけてみたい。お金がないからせいぜい映画を観るくらいだけれども、ちょうど今日まで柏の映画館で、観たいと思っていたイラン映画「セールスマン」をやっているので、これを観に行くことにした。
 この日は十二時ぐらいからの上映と十七時からの上映と二回の上映で、真っ昼間出かけるのは暑そうなので、十七時からの回で観ることにした。仕事からいちど家に帰り、ゆっくりのんびりとしてから午後四時ぐらいになって出かける。少し早めに着いてしまったので、映画館へ行く前にちょっと、近くのデパートの別館に最近オープンしたらしい本屋を見に行ってみた。わたしの本屋のチェックポイントは、海外文学の売り場にどんな本が置いてあるか、それと岩波文庫をどれだけ置いてあるかというあたりなのだけれども、この本屋には狭い海外文学コーナーに「みすず書房」の本が何冊か置いてあったので、ちょっとポイントは高い。岩波文庫は申し訳程度の在庫で、ま、売り場面積からも「こんなものだろう」という感じ。わたしは今では新刊書店で本を買うなどということもほとんどないのだけれども、そういう新刊書店というものはしっかりと存続してほしいとは、買いもしないのに勝手に思っている。

 四時半ぐらいになったので映画館へ行き、ロビーで椅子に座って本を読んで開映を待つ。この映画館はロビーがそこいらの喫茶店みたいなゆったりした雰囲気で、椅子、テーブルがあり、飲み物を注文することも(もちろん注文しないことも)できる。これはどんな映画館よりもポイントの高いところで、同じ映画ならわざわざ東京の映画館に観に行くより、この映画館で観る方がいい。スクリーンはそこまで大きくはないけれども、わたしはそういうことあまり気にしないし、音もいいから問題はない(前に茨城にいたときによく通った映画館も、いいラインアップの上映で気に入っていたけれども、とにかく音が小さくって不満だった)。

 映画が終わり映画館を出て、ちょっと駅とは反対の方向に行ってみると、そこにいい感じ(?)のオープンテラスの焼き鳥屋があった(ネコがひよこを狙っているみたいな看板絵のシルエットが好き)。映画を観たあとに、こういう店でビールとか飲んで焼き鳥とか食べるのもいいな、と思うのだが、とにかくは今日は財布があまりに軽いので帰路に着く。

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[]「セールスマン」アスガー・ファルハディ:脚本・監督 「セールスマン」アスガー・ファルハディ:脚本・監督を含むブックマーク

 今年のアカデミー賞で外国語映画賞を受賞し(そういうことはわたしにはどうでもいいのだけれども)、監督がトランプ大統領の移民政策を批判してアカデミーの授賞式に出席せず、代理人がトランプ抗議のメッセージを読み上げたというニュースは記憶に残っている。
 このところ、現在進行形での新しい映画でどういうのが面白いのか、わたしはよくわからない状態で、どんな映画をチェックしておけばいいのかわからない。そんな中で、このアスガー・ファルハディ(Wikipediaでは「アスガル・ファルハーディー」と表記)のことは気になっていたわけで、イランという国の映画の伝統というものもあり、やはりこの監督の作品はいちどは観ておきたいと思っていた。それで、この「セールスマン」を観てみた。ちなみに、わたしはこの映画がどういう映画だかはまるっきり知らないで観た。ただ、アーサー・ミラーの「セールスマンの死」とは関係があるのだということだけは聞いていたが、わたしはその「セールスマンの死」のことはほとんど知らない。

 映画は非常に複雑な、その演出手腕の確かさを感じさせられる長廻しから始まる。主人公夫婦の住むアパートの建物が、突然に崩壊の危機にさらされるのだけれども、その原因は隣接地での新築工事にあるみたいな。それで主人公夫婦は、早急に引っ越ししなくってはならなくなる。夫のエマッドは学校の教師をしていて、妻のラナと共に劇団にも所属し、その劇団の次の公演が「セールスマンの死」なのである。劇団仲間の紹介で転居先も見つかり、夫婦はすぐに転居するのだけれども、そのアパートは「わけあり」というか、前の住人は娼婦で、そのアパートで客を取っていたらしいのである。それで、その娼婦の客が彼女の転居を知らずにアパートに来てしまい、ひとり夫の帰りを待っていた妻のラナは、その男に暴行を受けてしまう。夫のエマッドは警察に訴えようとするが、ラナは事件を表沙汰にしたくはない。そこでエマッドは、部屋に残されていた犯人の遺留品をたよりに、自力で犯人を探し出そうとする。
 それで要するに、エマッドは「こいつが犯人ではないか」と思える男をおびき出し、二人で対峙することに成功するのだけれども、事態は思わぬ方向にずれ込んで行く。ひとつ、心理サスペンスとしてみて、このあたりの緊迫感、単に「犯人探し」だけではなく、そこに夫婦間の信頼関係をも盛り込んでたたみかけるように進行していく演出には引き込まれてしまい、それだけでも見ごたえのあるドラマになっている。
 ここに、では劇中劇の「セールスマンの死」はどう絡んでくるのか、ということがあるだろうけれども、わたしは先に書いたように戯曲「セールスマンの死」について知ることは少ないので何ともいえないのだけれども、そこまでにシンクロするようなものではないだろうと考えている。もちろん、「夫婦の信頼関係」ということで考え合わせられることはあるだろうけれども、そのことよりも、「舞台空間」のなかでの俳優同士の関係性、そういったものの表現にこそ見どころはあったのではないかと思う。もちろん、舞台の上でも夫婦を演じるエマッドとラナとの、台本を離れたところでの舞台上での心理的やり取りということがあるし、エマッドに「わけあり」と知りながらアパートを紹介した劇団員(実はその娼婦の客でもあった)とエマッドとの舞台上のやり取りにも、バシバシとしたものがあるわけである。
 そういうところで、すべてをあいまいなままにして終わらせたようなラストを含め、重層的なドラマを楽しめる作品だったと思う。イランという国がどうとか、ムスリムがどうとかいうのではなく、これは国境を超えた普遍的な「人と人」との問題ではあるだろう。この監督の前作「別離」も評判はいいようだし、機会があれば観てみたいものだと思う。

 

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■ 2017-07-06(Thu)

 そういうわけで、今日は仕事の帰りに眼科医に行く。仕事の帰りといっても、柏駅に着いたのはまだ十時ちょっと前。駅前のデパートはまだ開店前で、世の中はこれから始まろうとしているところ。昨日見たマップの記憶で道をたどり、途中のビルの二階に「眼科医」の看板も見たけれども、「これは昨日チェックした医者ではない」と、あくまでもその「評判のいい」クリニックを目指すのだった。

 駅から数分歩いたところで、その眼科医を発見。入り口も小さなこじんまりとしたクリニックだったけれども、中に入ってみると、縦に長い待合室にすでに十人ぐらいの人がすわって、順番を待っていた。渡された問診票に症状を書き込んで、本を読みながら順番を待つ。約四十分ぐらい待たされて、まずは視力検査などを行ない、そのあと眼の状態を外からチェック。主治医の先生(女医先生)のところに通されて症状を確認され、「では眼底検査を行ないましょう」ということ。そのためには瞳孔を開きっぱなしにしないと全体の検査が行なえない(ライトで照らすと瞳孔が閉じてしまって検査が出来なくなる)ということで、まずはその「瞳孔を開きっぱなし」にしておくという目薬(「散瞳薬」という)をさす。「散瞳薬の効果は三、四時間つづくので、そのあいだ車の運転などは出来ません」との説明を受け、散瞳薬の効果のあらわれるまでまた三十分ぐらい待つ。最初の五分ぐらいは眼を閉じていなければならないけれども、そのあとは本を読んでもかまわないということ。
 時間が経過して呼び出され、カメラで眼底部を撮影。十分ほど待つともう結果が出て、その眼底部の写真もみせてもらった。赤い円形の中に、さらに濃い赤の血管らしいものが走っていて、なんだか卵巣とかそういうものの写真みたいにみえる。先生の説明で、つまりは「網膜剥離」の心配はありません、ということ。‥‥よかった。やはりホッとする。ついでにこの検査では「緑内障」のチェックも出来るそうで、そちらの方の心配もありませんね、ということだった。初診〜検査費用がちょっと心配だったけれども、トータルで三千円ぐらいのものだった。貧乏人なのでイタいことはイタい支出だけれども、これが入院などという事態になっていたら一大事だったわけで、「ラッキーだった」と喜ぶべきだろう。

 さて、外に出ようとすると、さっそくにその「散瞳薬」の影響を感じることになる。とにかくは陽射しがまぶしく、日の光がハレーションを起こすような感覚。特に今日はピーカン照りの晴天なので、余計に日の光も強烈だったことだろう。そしてさらに、原色が強調されて見える。空の青はまさに「まっさお」だし、行き交う車のボディの赤や青の色が強烈な原色に感じられる。その車のフロントガラスに反射する日光がまたハレーション気味に真っ白で、そう、この感覚はアレだな、もう大昔にちょっと流行した「スーパーリアリズム」の絵画を見るような感覚だろうか。なんだかトロピカル・ビーチを歩いているみたいな気分でもある。さらに視力調整が出来ないのか、視力が確実に低下していて、これは0.1以下の視力になっているだろう。よほど大きな看板の文字でないとまるで読めないし、すれちがう人の顔はまるで識別できない、というか顔がわからない感じ。‥‥なんというか、これはドラッグを一発キメたみたいな感じではある(むかしアムステルダムのコーヒーショップでマリファナをやったことがあるけれども、そのときの感覚がとっても似ている感じ)。おそらくドラッグなどでみる幻覚のその原因のひとつに、ドラッグのせいで瞳孔の調節が出来なくなってしまう、そういうこともあるのではないかと思った。
 時間は十二時二十分ぐらい。とにかくは電車に乗って家に帰り、昼食をとっておとなしくしていたら、二時頃には眼の調子もすっかり元に戻ったようだった。なんだか、ちょっと面白い体験だった。

 今日はもうひとつ通院でいつもの内科医へ行き、薬を処方してもらう。これで眼科医と合わせて七、八千円の出費である。つらい。内科医のあとはそのまま買い物にまわり、「食品館」で白菜が安かったのとか、パスタソースや麻婆豆腐の素とかを買ってしまう。パスタソースなんかは何も今買わなくてもいいものだったのに、ちょっと無駄遣いっぽい。そういうことで夕食は、ずっとストックしてあって賞味期限も過ぎてしまっている麻婆豆腐にした。

 

[]「竹杖記」内田百痢著(昭和文学全集 第7巻より) 「竹杖記」内田百痢著(昭和文学全集 第7巻より)を含むブックマーク

 これは百里芥川龍之介との交友を回想するエッセイ。まず、百里漏川の紹介で、横須賀の海軍機関学校でドイツ語の教鞭を取ることになる。百里呂修里箸はすでに陸軍士官学校の教官で、週にいちどだけ横須賀へ行くことにする。その海軍機関学校赴任の初日に、百里六病の結滞(不整脈)の発作を起こしたりもする。また、陸軍学校と海軍学校での習慣、作法のちがいにもとまどうことになる。例えば陸軍士官学校では生徒の喫煙は厳禁、しかし酒は許していたのだけれども、海軍機関学校は逆で、酒が厳禁で煙草はかまわないのである。そんな横須賀での思い出が、芥川の思い出とともに語られる。さいごにはつまり芥川の訃報を聞くことになる。

谷中の葬場から、ぼんやり起ち上がつて、帰つてから気がついて見ると、細い竹のステツキを忘れて来た。「芥川さんがついて行かれるでせう」と家の者が云つたので、急に気持がはつきりして来て、堪えられなかつた。

 

[]「長春香」内田百痢著(昭和文学全集 第7巻より) 「長春香」内田百痢著(昭和文学全集 第7巻より)を含むブックマーク

 百里ドイツ語を教えたという、長野初という女性の思い出を綴ったエッセイ。彼女は帝大が初めて設けた女子聴講制度の最初の聴講生のひとりで、英文科の出だったけれども、ドイツ語を知らないと講義を聴くのに困るというので、百里里發箸剖気錣蠅僕茲襪茲Δ砲覆襦つまりは自宅に彼女を招いての個人教授なわけである。「勉強家で、素質もよく、私の方で意外に思ふ位進歩が早かった」ということであるが、過去に不幸な結婚をしたとも、子供を幼くして亡くしたこともあったという。百里發いいげんだから、日曜に彼女に朝から来るようにいっておきながら、そのまま自分が寝坊して彼女をいつまでも待たせたりもしたと。
 二、三年して彼女は結婚し、じきに赤ちゃんも産まれるだろうというときに関東大震災になり、彼女の行方は不明になる。百里枠鑄廠跡に近い彼女の住まいの辺りを訪れる。ちょっと長いけれども引用。

 焼野原の中に、見当をつけて、長野の家の焼跡に起つた。暑い日が真上から、かんかん照りつけて、汗が両頬をたらたらと流れた。目がくらむ様な気がして、辺りがぼやけて来た時、焼けた灰の上に、瑕(きず)もつかずに突つ立つてゐる一輪挿を見つけて、家に持ち帰って以来、もう十一年過ぎたのである。その時は花瓶の底の上薬の塗つてないところは真黒焦げで、胴を握ると、手の平が熱い程、天日に焼かれたのか、火事の灰に蒸されたのか知らないが、あつくて、小石川雑司ヶ谷の家に帰つても、まだ温かかつた。私は、薄暗くなりかけた自分の机の上にその花瓶を置き、温かい胴を撫でて、涙が止まらなかつた。

 ‥‥百里蓮長野初にこころを動かすものがあったのだろう。けっきょく長野初の行方は知れず、遺体も発見されなかった。
 しばらくして百里蓮長野初を知る学生や知人を集め、追悼会を催した。白木の位牌に百里「南無長野初の霊」と書き、大鍋に何でもかんでもぶち込む「闇鍋」のようなものがつくられた。お供えの饅頭などまで鍋に入れてしまう。誰かが「お初さん一人だけお行儀がよくて気の毒だ。食わせてやろう」などといい、位牌の表を蒟蒻で撫でてやったりするものもいる。百里「お位牌を煮て食おうか」といい、「それがいい」と位牌を二つに折って鍋に入れてしまう。やはり、百里呂初さんのことを好きだったのだろう。

 

[]「明暗交友録」内田百痢著(昭和文学全集 第7巻より) 「明暗交友録」内田百痢著(昭和文学全集 第7巻より)を含むブックマーク

 これは百里反童鬚里△辰慎楙詁四困箸慮鰺Г了廚そ弌I期里宮城道雄にしかけた「いたずら」の数々がここで披露されるが、わたしなどが読むと「それは<やりすぎ>では(ましてや相手は盲目だというのに)」と思ってしまうような、強烈ないたずらばかりである。

 

[]「棗の木」内田百痢著(昭和文学全集 第7巻より) 「棗の木」内田百痢著(昭和文学全集 第7巻より)を含むブックマーク

 「古賀」という、高利貸しの男とのさまざまな交渉を書いたもの。百里浪真佑發旅睛貸しと「付き合い」があったわけだけれども、その中で、借金取り立ての仕方のいちばん恐ろしくもひどいと思えるのがこの古賀という男だったらしいのだが、百里涼罎任聾轍譴里笋衒に陰険さはなく、いちばんさっぱりと感じられもし、好意さえ感じていたようである。百里聾轍譴凌場にまで及ぶ督促のため、いちどは教官の職を辞めざるを得なくもなるし、調停裁判を起こしたりもする。しかしそんな古賀も、百里法屬修里Δ舛瓦い辰靴腓飽貲娑みましょうか」とか、「翻訳などおやりになられたらいいんじゃないですか?」とかの話もしてくるわけである。まあプロの高利貸し、取り立て人というところなんだろう。前に読んだ「債鬼」など、この古賀のことを思い出しながら書いたものにちがいないだろう。

 

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■ 2017-07-05(Wed)

 関東地方に接近していた台風は、夜中に西から東の太平洋まで抜けて行ったようで、朝目覚めたときには雨も風もなく、雲のあいだから青空も見えていた。駅へと出るときに、「このごろニェッタの姿を見ないけれども元気にしてるんだろうか」と気になり、空き地の廃車の中のニェッタの住処を覗いてみた。いたいた。久しぶりに見るニェッタ。わたしの顔を見て「覗かないでよ」みたいに、にゃ〜となく。ごめんごめん、あまり住処を覗くのはプライヴァシーの侵害、住みにくくなってしまうよね。だから出来るだけ住処を覗き込まないようにしてるんだけど、しばらくニェッタの姿を見なかったからね。

 昨日から気になり出した「眼の中のクラゲ」、これは調べると「飛蚊症(ひぶんしょう)」というもので、まさに網膜剥離によって起こることかもしれないと書かれている。ちょうど読んでいる金井美恵子の「目白雑録」に、そのあたりの金井美恵子の手術体験みたいなことも書かれているわけだし、放置すれば失明する場合もあるということで、やはりこれは眼科医に行ってちゃんと検査してもらった方がいいだろうと考えた。近所の眼科医を調べると、柏駅の近くに評判のいいような眼科医があるようで、明日仕事の帰りに寄ってみることにした。しかし、「これは手術が必要ですね」なんていわれたらどうしようか。わたしはこのところちょうど七年置きに入院を繰り返していて、つまり「肺炎」〜「十二指腸潰瘍」〜「狭心症」と、すべて(といっても二回だけか)七年間隔になっているのだけれども、前に「狭心症」で入院してからまだ五年しか経っていないので、「いや、まだ入院するようなことにはならないだろう」と、勝手に決めてしまう(逆に再来年が要注意になるのだけれども)。

 今日も暑いので窓を開けて、扇風機を廻しっぱなしにしてあったのだけれども、夕方になって、外から「ザーッ」という音が聞こえて来た。「おや、夕立かな」と外を見てみる。そんなに空は暗くなってもいず、南の方には青空ものぞいているのだけれども、激しい勢いで雨粒が天から降り注いでくる。立って外を見ているわたしの足元ではニェネントも外を見ていて、わたしはニェネントに「ニェネント、すっごい雨だねー」と、声に出してしゃべりかける。「こういうのを<驟雨>というんだろうな」と思い、<驟雨>という字はどういう字を書くのだろうなどと考えたけれども、とても何も見ないで書けるような漢字ではないよな、という結論になった。

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[]「不思議の国のアリス」ルイス・キャロル:著 矢川澄子:訳 「不思議の国のアリス」ルイス・キャロル:著 矢川澄子:訳を含むブックマーク

 もう何十年も読んでなくって、知ってるようで知らない「アリス」の話。ほんとうは高橋康也の翻訳で読もうと思っていたのだけれども、図書館には置いてなかったので、ここは「永遠の少女」矢口澄子の翻訳の新潮文庫版で読んだ。挿画は金子國義が描いているのだけれども、文庫本サイズにされてしまうと小さすぎて、何ともいいようがありません(もともと、金子國義氏の絵というものがあまり好きなわけでもないし)。「〜だ」口調の、ちょっと投げ出す感じの訳文はいい感じで、さすが矢川澄子。「ことば遊び」の翻訳もがんばっておられますが、このあたりは本来「翻訳不可能」というか、もう英語の縛りから解き放たれて、勝手な日本語で「日本語のことば遊び」にしてしまった方が、児童書としてはいいのだろうけれども、そういうところも奮闘されていますね。
 そうそう、関係ないけれども、若き日のナボコフがこの「不思議の国のアリス」をロシア語に翻訳していて、これはのちのちにナボコフ自身が「最高のロシア語訳だ!」と自画自賛してるわけだけれども、いったいどんな訳文になっていたのだろう。興味津々。

 物語の基本は「うさぎ穴」通過での異次元(不思議の国)への闖入と、アリスの身長がことあるごとに伸び縮みしてしまうことによる騒動があり、あとはその不思議の国の奇々怪々な住民らとのこっけいなやりとりを楽しむという本。特に帽子屋と三月ウサギらとの「Mad Tea Party」、そしてウミガメモドキとグリフォン、そしてアリスとのトリオでの、ミュージカルめいた「レッツゴー三匹」(古い!)的なコントの応酬なんかがやっぱり楽しい(しかし、矢川澄子は「March Hare」を一般に知られる「三月ウサギ」と訳さず、「ウカレウサギ」と訳しているわけだけれども、これはやはり「三月ウサギ」がよかったんじゃないかと思う)。

 あとは細かい感想だけれども、アリスは自宅に「ダイナ」というネコを飼っているわけで、導入部ではそのダイナの名まえが何度も出てくる。「不思議の国のアリス」のネコといえば、あの「チュシャネコ」になるわけだけれども、物語の背後には(アリスの頭の中には)家で待っているネコのダイナのことがあるんじゃないかと。そのダイナはけっきょく、一度も登場しないわけだけれども(不思議の国の住民ではないから)。
 それと、意外と普通なことにおどろく「イヌ」の存在。小さくなってしまったアリスは犬ころに遭遇し、危うく攻撃されるというかじゃれ付かれそうになるのだけれども、このイヌはまるでノーマルな普通のイヌで、ほかの不思議の国の住民のようにことばをしゃべるわけでもなく、妙な行動をするわけでもなく、どこまでもただの「イヌ」なのである。これはこの物語に登場する動物たちのなかで、例外的な存在である。

 ところで、ちょっと前にも書いたけれども、A・A・ミルンの「くまのプーさん」はディズニーアニメにすっかり浸食され、原作の挿画、E・H・シェパードのキャラクターはすっかり忘れ去られてしまったようでもあり、悲しいことこの上ない。それで、この「不思議の国のアリス」もまたディズニーによるアニメ作品が存在するわけだけれども、こちらはどこまでのさばってしまっているのだろうか。わたしはそのあたり良くは知らないのだけれども、もともと子ども向けの「童話」というよりも確固とした「文学」であり、興味ある人はある程度成人してから再読、その世界にどっぷりはまることになるわけだろうから、ディズニーのアニメはさほどまで、原作の世界観に影響を与えてはいないのではないだろうか。だから今もなお、テニエルによる挿画は「アリス」のオーソリティーでありつづけているわけだろう。

 ついでに書いておけば、わたしはディズニーの「ふしぎの国のアリス」を見たという記憶はないのだけれども、どうも調べてみると「ウミガメモドキとグリフォン」との絡みのシーンは割愛されているらしい。それで「アリス」の映画といえばシュワンクマイエルのそれがあるわけだけれども、わたしは今ではその内容をまるで記憶していないので、チャンスがあればもういちど観てみたいと思っている(自分で焼いたDVDがたしかどこかにあるはず)。

 

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■ 2017-07-04(Tue)

 金井美恵子の本を読んでいるせいで、金井美恵子と久美子姉妹の出てくる夢をみた。「出てくる」といっても、夢の中でじっさいに姿を見せたのかどうかは記憶にないけれども、夢の中で、住宅地の坂の上にふたりが住んでいることになっていた。それ以上どんな夢だったのかは、もう思い出せない。
 読んでいる「目白雑録」の3では、とうとう愛猫のトラーも亡くなってしまった。金井美恵子も網膜剥離を患って手術を受け、たばこをやめてしまう。「眼」に関しては、実はわたしも先週右目を思いっきり棒(みたいなもの)にぶっつけてしまい、そのときは眼の中で壮大な花火が炸裂した。あとはそのまま何ともなかったのだけれども、今日、右眼の視界の中の右側の方で、半透明なクラゲのようなものがただようようになった。ものを見ているとふっと視界の中に泳ぎ込み、目線を移動するとそのクラゲも移動していく。どう考えても先週に眼を殴打したことが原因だと思うのだけれども、これがだんだんに悪化していくものなのかどうか、しばらくは様子見である(などとのんきに構えていてひどいことになってしまうこともあるのだが)。

 今朝、仕事に出て、いつものように仕事先に到着してからそこの喫煙スペースで一服し、そばのベンチに移動してひといきつくのだけれども、するとなんと、わたしの目の前をネコっぽい灰色の動物が横切って行くのである。大きさはちょうどネコと同じぐらいで、しっぽがやはりネコのように長い。全身が薄茶っぽい灰色なんだけれども、しっぽの先や足先はその色が濃くなっている。顔がよく見えないのだけれども、わたしのいるところから見えるその後ろ姿はすっかり「ネコ」で、「こんなところにネコが!」と、ちょっとあとを追ってみた。それでその顔が横から見えるようになると、これはどう見てもネコではない。鼻が長すぎる。‥‥そうすると、これはつまり「ハクビシン」ということだろう。追って行くと、すき間からどこかへ消えて行ってしまったけれども、つまりはどう考えてもハクビシンで、わたしは初めてハクビシンという動物を間近で見たことになる。

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 しかし、こんな都心の、民家などまるでないところでハクビシンは棲息しているのか。って、その場所はすぐ近くに皇居があるわけだし、こんな緑の多いところなら隠れ場所にも困らないだろうし、雑食性の彼らにとっての食物もそれなりにいろいろとあるんだろう。ハクビシンを都会で見かけることも多くなったとは聞いていたけれども、こんな東京のど真ん中でその姿を見てしまうとは!
 皇居のあたりというのはいろいろと野生動物もいるようで、わたしは先日は飛んできたカラスに後ろから超接近され、つまりはおそわれたみたいなものだったけれども、あれは近くで子育てをしてるから「近づくな!」という威嚇なのだということらしい。あと、皇居のお堀には普通に白鳥が泳いでいたりするわけだし、わたしは今のところに転居して、近くの手賀沼で白鳥を目にしているからあまりおどろかないけれども、そんな「手賀沼体験」がなければ「うわっ!白鳥がいるんですけど!」と、もっとおどろいていたことと思う。

 今夜は台風が関東地方に接近し、夜中にはこのあたりでも暴風雨になるみたいな予報が出ているけれども、昼間は雨ということもなく、やはり昨日のように暑い。いちど扇風機に活動してもらうと「今日もまたがんばってね」という感じで、また扇風機をつけっぱなしにしてしまう。

 前にスーパー「食品館」で新じゃがが安く売られていたのでかなり買ってあり、夕食はそんな新じゃがを使って、かんたんな煮料理にした。って、肉じゃがみたいなものだけれども、材料は豚肉とじゃがいもだけ。いちおうネットで見たレシピにしたがって、肉には片栗粉をまぶしてとろ味をつけたのだけれども、出来上がってみれば、そんなとろ味なんてまるで不要。不可解なレシピだった。

        

 

[]「断頭台への招待」ウラジーミル・ナボコフ:著 富士川義之:訳 「断頭台への招待」ウラジーミル・ナボコフ:著 富士川義之:訳を含むブックマーク

 「ベンドシニスター」に先行するディストピアものというか、カフカの「審判」を思わせられるような作品。主人公のシンシナトゥスは読者には不明の罪によって、作品の冒頭で死刑を宣告される。そのあとはいつ行なわれるかわからない刑の執行(公開処刑だという)を、シンシナトゥスは独房で待つことになる。しかし、この監獄のいい加減さ、アバウトさから、この小説はどんどんと笑劇(ファルス)に近づいて行く。シンシナトゥスはもちろん監獄に幽閉されているのだけれども、なんだかずいぶんと勝手に外に出ることもできるみたいだ。しかしけっきょく、彼は独房に戻ってくる。監獄内では看守と監獄長、そして同じく囚人だとして監獄内を勝手に動き回っているムッシュー・ピエールという人物がシンシナトゥスの身辺をうろちょろとする。この三人はまさに喜劇的なふるまいをみせるのだけれど、やはり監獄内に姿をあらわす監獄長の娘のエミーの存在は、シンシナトゥスに希望のよすがを与えるものなのだろうか? それには彼女(十二歳だという)はまだ、あまりに自分の存在に無自覚なようだ。
 シンシナトゥスのいちばんの希望は、面会で妻のマルテと会うこと(そして、自分の処刑の日を知ること)なのだけれども、その日どりはいつも延期され、なかなかに実現しない。と思うと、マルテを含めたシンシナトゥスの親族一同が、家具調度などといっしょに監獄にやって来たりもする。

 基本的に監獄以外の場は出て来ないわけで、読んでいると、これは舞台で演じられる演劇として読む方がいいのではないか、という気にもさせられるのだけれども、ここでちょっとナボコフの年譜を読んでみると、この「断頭台への招待」を発表した1938年というのは、ナボコフが唯一の戯曲「ワルツの発明」を発表した年でもあり、つまりこの頃、ナボコフはそういう舞台空間的な表現というものに興味を持っていたのではないだろうか、と思うわけである。先に書いた監獄長、看守、ムッシュー・ピエールとシンシナトゥスとのやりとり、親族一同のシンシナトゥスとの面会など、設定としてあまりに演劇的すぎるというか、この作品は舞台空間としてその面白味を充分に発揮させられるのではないだろうか。そういうところが、ほかのナボコフの作品にはみられない面白さでもある気がする。

 さて、シンシナトゥスが逮捕され、処刑されるというその罪状は、この作品の中のどこにも書かれてはいないのだけれども、そんな彼を監獄で拘束している監獄長、看守、そしてムッシュー・ピエールらの人物が、この小説で描かれる架空の国家を代表する人物とするならば、シンシナトゥスがそんな彼らを告発する「ことば」も書かれているわけで、つまり、この小説でのシンシナトゥスの有罪性は、そのことばに裏書きされているともいえると思う。以下に引用する。

「どう転んでも、あなたはぼくの質問に答えてくれそうにもないという感じがしますね。それはそれで筋が通っています。無責任な態度ですら、結局のところそれ自体の筋道を展開させることになるからですよ。三十年間、ぼくは一見確かな手応えのありそうに見える亡霊たちに囲まれて生活し、自分が生きていて実体のある人間だという事実を、彼らから隠していたのですよ――しかし、もう捕えられたからには、あなたがたに束縛される理由なんぞありゃしない。少なくともぼくはこのあなたがたの世界の非実体性のすべてを、独力で探ってみるつもりですよ」

 つまりこのことばこそ、この作品でナボコフが訴えようとしたことでもあり(まあナボコフが「自作で何かを訴えたい」などと書くことは大きな誤解の要素を含むだろうけれども)、このことばゆえに、この小説の世界ではシンシナトゥスはまさに「有罪」なのであろう。

 

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■ 2017-07-03(Mon)

 夜中に目が覚め、「はたして開票結果はどうなったのか」と知りたくて、起き出してテレビをつけてみる。ちょうど開票の最終段階だったようで、残り議席は二とか三とか。なんと、この時点で自民党は19議席でしかなく、共産党と同じ数。公明党の22議席にも及ばない。大敗も大敗、ボロ負けであろう。このあと残った議席はぜんぶ自民党に行ってしまい、最終的に自民党は22議席。公明党と同じ数である。もちろんひとり勝ちしたのは「都民ファーストの会」なるものだけれども、ここまでに選挙で自民党が惨敗したというのも久しぶり。あの民主党が政権を取ったとき以来のことではないのか。
 その民主党は民進党と名を変え、凋落著しいわけで、この都議会選挙でも5議席しか獲得していない。じっさいのところ、わたしだって今の民進党にはまるで期待していない。これは前の都知事選挙に某ジャーナリストのT氏を担ぎ出したあたりからのことで、それ以降は混乱の日々。すでに国会での「野党第一党」とはいえない勢力だし、党内には原発賛成議員や改憲支持議員などもいるわけで、「これをどうして<野党>と呼べるのか」というものである。これでは国会で安倍自民党が<ひとり勝ち>、好き放題やらかしているのも無理ないわけで、この民進党に代わるまともな野党が登場するまで、あと数年は<暗黒>の時代がつづくことだろう。
 今回ひとり勝ちした「都民ファーストの会」というのもまた、実のところはかなり反動的な勢力であることはわかっているのだけれども、「都政」という区切りの中でならば、「豊洲市場問題」のように、旧弊に陥らない政策が期待できるとも考えられる。共産党も小池都知事の政策には「是々非々」の立場でのぞむとしているわけで、そのあたりはすぐに国政と直結しそうな自民党都議会議員らよりはマシなのではないかと。とにかくは都議会では実質「リベラル野党第一党」となった共産党に期待したい。とりあえずは開票結果を知って、また眠りにつく。

 出勤時間になって目覚め、いろいろとニュースを読んだりするけれども、安倍総理はどんな反応を示すのか。自分が秋葉原で「こんな人たちに負けるわけにはいかない!」と言ったことがどれだけ人々を怒らせたことか。安倍総理のこの「応援演説」のおかげで、みごとに千代田区の自民党候補は落選したわけだし、ま、全体でもこの発言で自民党候補の十人ぐらいは落選させられたのではないだろうかね。もちろんこの他に「森友学園」「加計学園」の問題、稲田防衛大臣の「自衛隊として応援したい」発言、埼玉の自民党女性議員の秘書への暴言、暴行と、「オウンゴールのハットトリック(これは誰かがtwitterでいっていたことで、わたし的にかなり受けた)」状態だったわけだけれども。

 今日は晴天。この夏(もう夏といっていいんだろう)いちばん暑い日になった。窓を開けてもぜんぜん風も入って来ず、汗がこぼれ落ちる。ついに、扇風機を引っぱり出して来た(まだエアコンは使わない)。暑くなるといいのは風呂に湯を張るのに時間がかからなくなることで、今日も二十分ぐらいで湯をためることができた。もちろん、多少ぬるくってもOKなわけでもある。

 夕方に、ニェネントがリヴィングの開けた窓から外を見て、網戸に爪をたてて身体を大きく伸び上がらせて外を見ている。「またネコが来てるのかな」とわたしも外を見てみると、前の空き地に、ちょうど一ヶ月ぐらい前に来ていたキジネコが来ていた。

        

 

[]「梟林記」内田百痢著(昭和文学全集 第7巻より) 「梟林記」内田百痢著(昭和文学全集 第7巻より)を含むブックマーク

 「去年の秋九月十二日」に見た月のことが記憶に残っている、ということから書き始められる。一度見た月はそのあと細長い蛇のような雲に隠れ、姿が見えなくなる。そのあと十一月十日に、隣の家で殺人事件が起きたという記述に移る。老夫婦がその家に寄宿する大学生に殺され、その大学生は二階で自ら縊死したらしい。その知らせを聞いた百輭は、その去年の九月十二日の月を思い出す。また、百輭はその十一月十日には横須賀の学校へ行っていて、その学校につづく海岸で恐ろしく大きな鳥を見ている。隣家の殺人事件をきっかけに、いろいろな不吉な記憶が交錯するような作品。

 その事件の翌日、小学校から帰った女の子が大きなハサミを持って、毛糸の切れ端のようなものをしきりに摘み切っている。それでふわふわした毛むくじゃらの球のようなものをいくつもこさえている。

「何だい」と私がきいて見た。
「これは殺された人の魂よ」と彼女が云った。さうしてその中の一つを手に取って、ふはりと投げて見せた。

 

[]「掻痒記」内田百痢著(昭和文学全集 第7巻より) 「掻痒記」内田百痢著(昭和文学全集 第7巻より)を含むブックマーク

 大学を出た百里蓮△垢任忘併劼發△蠅覆ら、一年半ばかり「遊食」する。つまり仕事に就かずにブラブラしたのだろう。そんなとき、頭に強いかゆみをおぼえるようになり、それが頭一面のかさぶたにもなってしまう。「遊食」の暮らしぶり、出入りする女中の話や運送屋との会話などと、その頭のかゆみの話とがクロスする。病院へ通うなどしてようやく完治し、百里呂弔い任貌をまるめて坊主にする。その坊主姿で夏目漱石の家をうかがい、来ていた皆にあいさつする。

 ふむ。頭がかゆくてたまらんというのも大変なことだろう。男なら若い頃に「いんきん」とかでもって、「たまらなくかゆい」ということは体験していることも多いだろうけれども(わたしにも覚えはあるのだ)、頭一面にかさぶたが出来たり、頭を包帯でぐるぐる巻きにするなどということは、そうは体験しないだろう。あまり想像したくはないが。
 このあたりの作品は、「百鬼園随筆」に掲載されていたもののようだ。

 

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■ 2017-07-02(Sun)

 久々に、記憶していた夢。わたしは娘といっしょに、閉店まぎわの喫茶店にお茶を飲みに入る。夢の中で、娘は五、六歳の幼女である。ゆったりしたソファーの席のある店だったけれども、わたしと娘とは別々の席になってしまう。しばらくすると別の客らがやって来て、娘のすわる席をその連中が取り囲み、テーブルに書類を出したりしている。もちろん娘は窮屈そうで、お茶も飲めないようだ。わたしは娘に「だいじょうぶ?」と聞くが、だいじょうぶなわけもなく、その娘を囲んだ連中に「なぜこんな小さい子の迷惑になるようなことをするのか」とクレームを入れる。わたしは「娘はまだ二歳なのだし」などともいっているが、二歳の子がひとりでテーブルにすわってお茶を飲むわけがない。それはいくら何でもおかしい。

 右手の腱鞘炎だけれども、まだまだ直っていない。というか、だんだんに痛みの箇所が移動している感じで、今は薬指の第一関節のところに痛みが集中するようになった。前に痛んだ手のひらの方は、もうまるで痛みはない。この薬指の痛みはかなりのもので、特に目覚めた直後などは指を曲げることもできないほどに痛む。これは目覚めたあとは時間の経過とともに少しずつ痛みも和らいでくるのだけれども、それでもやはり、指を曲げるとそれなりの痛みはある。かんたんに直るものだとも思わなかったけれども、やはり長引いてしまっている。でもこんどは薬指だけ、ということで、湿布とか巻きやすくなった。もういちどクリニックへ行って、湿布をもらって来ようかと思う。

 さて、今日は都議会選挙の投票日。ここは千葉県だからもちろんわたしは投票とかしてないけれども、前予想として「自民党は負けるだろう」と思えるわけで、開票結果を楽しみにしている。特に昨日は、安倍首相みずからが秋葉原での自民党候補への応援演説に出て来て、群衆からの「安倍帰れ!」コールに対して「こんな人たちに負けるわけにはいかない!」と演説。目の前にいる有権者らにケンカを売ったというか、「自民党に投票しなくていいよ〜」とのダメ出しを行なってくれたわけだし。
 そういうわけで、昼間はちょっと長めに午睡時間も取り、「今夜は開票速報を見て夜更かししようかな」という感じ。八時ちょっと前から、NHKとテレビ東京とで開票速報というか、特別番組が始まる。そういう選挙番組をやっているのはこの2局だけみたい。そうか、コレは地方選挙だからね、という見方もできるか。で、始まったとたんに、「自民、歴史的敗退も」みたいな文字が浮かぶ。どうも過去の都議会選挙最低の議席数になるみたいだ。なかなかに気もちがいい。例え代わりに勝つのがやはり保守の「都民ファーストの会」だとはいえ、とにかくは安倍が負けることこそが大切なのである。
 しかし、開票結果はなかなかに進展せず、各党の獲得議席数はいつまでも変化しない(自民党はいつまでもゼロのままだったりする)。そのうちにNHKの選挙特番は終わってしまい、テレビ東京も前に取材したヴィデオ映像に代わってしまう。テレビ番組表をみると、ほかにTOKYOMXというチャンネルが選挙報道をやっているようなので、そちらにチャンネルを合わせた。これが思いのほかしっかりと突っ込む番組で、あとはTOKYOMXを見つづけた。
 それでも、いくら見つづけても各党の議席数はなかなか変化せず、「これはもう、明日の朝のニュースで見ることにしよう」と、もう寝ることに決めた。

        

 

[]「債鬼」内田百痢著(昭和文学全集 第7巻より) 「債鬼」内田百痢著(昭和文学全集 第7巻より)を含むブックマーク

 現実に「借金」の名人だったという百里、その借金の経験をふまえてか(?)、高利貸しの生態を描いた小品。高利貸しにも苦労はあるのよ、みたいな作品で、これは現実に百里そういう生業の人物に聞いた話を書いたのではないかと思う。ま、だいたいそんなもんだろうという想像はつくところのモノだけれども。

 

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■ 2017-07-01(Sat)

(キャリーにエスケープしたニェネント)

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 昨日のことは昨日のこととして、また普段の生活が始まる。木曜日に、近郊のアルバイト募集に関してネットで申込みしてあったのだけれども、その派遣会社から「登録するように」とのメールが届いた。「では登録しておこうか」と、書式にしたがってデータを書き込んで行くと、「身分証明」として、写真のついた免許証なりの証明書の写真を貼付せよとのことだったけど、これがマイナンバーカードは不可で、住基カードならOKという。住基カードというのはマイナンバーカードに切り替えると不要というか、つまり手元に残るものではないので、当然わたしは持っていない。それでは登録ができないのだけれども、それはどうも不自然というか、納得しにくいシステムではないかと思うわけで、「この派遣会社はどんな会社なのか」と検索してみると、これがすこぶる評判の悪い派遣会社だということがわかった。当然、そこで登録するのは中止した。なんだかなー、という感じではある。

 今日は仕事も休みで、昨日飲んだせいもあって、一日中部屋にこもりっ切りの日になった。読みさしのあれこれの本を読み継ぐばかりの日である。今読んでいる本はいつまでも終わらない「昭和文学全集」の、内田百里離僉璽函同じ内田百里痢屮離蕕筺廖△修靴謄淵椒灰佞痢崔覇台への招待」、金井美恵子の「目白雑録3」、それから「20世紀の自然観革命」などなど。ナボコフは通勤電車の中で読むので今日はお休みだけれども、あとはちょっと読んでは休止して別のを読み始め、という繰り返しで、読んでいるとそのまま眠ってしまったりもするし、つまりいちど途中で眠ってしまうと、あとでどこまで読んだか、どんな内容だったか思い出せなくなるわけで、どれもなかなかに進行しない。
 まあやはり面白いのは金井美恵子の「目白雑録」で、今回は「芥川賞」というものについて、雑誌に掲載された芥川賞選考ドキュメントを評したり。そういえば当時は「文学賞メッタ斬り!」などという書物が毎回話題になったりしたものだった。

        

 

[]「銀杏 〜旅順入城式より」内田百痢著(昭和文学全集 第7巻より) 「銀杏 〜旅順入城式より」内田百痢著(昭和文学全集 第7巻より)を含むブックマーク

 また舞台空間を書き手が見ているというような設定で書き始められるのだけれども、いつしか「学校の体操場のような所」に出てしまう。妖怪のような盲目の人物が登場し、雨の中にその数を増やしていく。「夢」の記述のような、やはりその記述の仕方が気になる一編。

 

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