ワニ狩り連絡帳 このページをアンテナに追加 RSSフィード

       

■ 2017-09-30(Sat)

 土曜日。今日はまずは池袋で「フェスティバル/トーキョー」のオープニング、ピチェ・クランチェンの野外作品(観覧無料)を観て、そのあと六本木へ移動してこの夜は「六本木アートナイト」。とにかくは康本雅子のダンスを観ようという計画。「六本木アートナイト」はそのあと、十一時半から黒田育世、十二時からは北村明子と、観たいダンスがつづいているのだけれども、これを観ると電車がなくなって帰れなくなってしまう。六本木でそのまま、今夜は夜通しオープンしているという東南アジアの美術展「サンシャワー」を観て夜を明かすという考えも出来るけれども、はたしてわたしに、そこまでの元気があるかどうか。とにかくは出かけてみて決めようか。

 夜が遅くなりそうなのでいちど寝ておこうと、午後からアラームを三時にセットして午睡。おニューのケータイのアラームに初めて起こされて、ばたばたとお出かけの準備をして出発する。池袋には四時半頃に到着し、会場の「南池袋公園」というところへと。

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 ‥‥あら、着いてみると公園の真ん中にけっこう大きな舞台が設えられていて、まわりの芝生にはもうすでにかなり多くの人たちがすわり込んでいる。場所を探して、公園周囲の回廊になっているところにたくさんすわっているので、その空いているところをわたしの席にした。しばらくすると、わたしの前の方にCさんの姿が見えた。手を振ると気がついてくれて、わたしのとなりが空いていたのでCさんもそこで観ることに。Cさんとお会いするのも久しぶりなので、いろいろと話もはずむ。

 知らず知らずのうちに、そのピチェ・クランチェンの「Toky Toki Saru」というのが始まっている模様。カラフルな「サル」らしい着ぐるみのパフォーマーらが、会場のあちこちで観客にからんでいる。Cさんもからまれる。舞台のDJブースにいる(わたしたちのところからはよく見えなかったが)DJが音を流し、白い風船をたくさん持った人物が会場内を練り歩き、観客(特に子ども)に風船を渡しているような。子ども連れのお客さんも多いようで、そんな子どもたちがステージに上がって遊んだりしている。かなりユルい感じである。そのうちにだんだんにサルのパフォーマーらが舞台に集まって来て、まあつまりは音楽に合わせて踊る。音楽がディスコ調の曲になって「あれれ?」とか思ってると、シックの「おしゃれフリーク」とか流れるし、まるっきし「懐かしのディスコ」的な空気。Cさんも「これは‥‥」とあきれる。いったい、ピチェ・クランチェンは何を考えていたのか。会場で受け取ったパンフには<ポップでキッチュ、自由なサルたちとめぐる「トーキョー」>とか書いてある。まあたしかに思い切りポップでキッチュではあるけれども、どこかの間違えた人が演出する「東京オリンピック」の閉会式イヴェントを先に見せていただいた、そういう感じがしないでもない。
 時間も六時を過ぎ、パフォーマンスはまだ続いているけれども、わたしはもう六本木へ行かないと康本さんのダンスに間に合わない。「もう行く」というと、Cさんも行くと(Cさんは西口に用事があるのでそっちへ行くのだ)。駅までいっしょに歩いて、「六本木へ行くのなら今、ミッドタウンにアニッシュ・カプーアのテントが設置されてるから見るといいよ」と教えられる。それはぜひ見ておきたい。

 駅でCさんとお別れして、わたしはメトロで六本木へ。六本木に着くと、なんだかかなりおおぜいの人。この「六本木アートナイト」、人気が高いみたいだ。その会場の「六本木ヒルズアリーナ」の場所がわからなかったけれども、案内の人とかに聞いて駆けつけ、着いたのはまさに康本さんのダンスの始まったときだった。あたりはすごい数の人で、つま先立たないと見えないくらいだったけれども、だいたい見ることができた。三十分の時間を三つに分けた三部構成で、たしかに彼女らしいキレッキレのダンス。さいしょは康本さんは頭に紙袋をかぶっての展開で、つぎは観客の男性をひとり引き入れて、彼にからんで踊る。ラストは水を使ってのソロ。‥‥なんだか、以前康本さんのダンスで観たことがあるようなものばかりだった。そういう意味では「記憶が戻った」みたいなところはあったけれども、新鮮さはなかったかも。

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 さてとにかくは、このまま六本木に居残って夜中の黒田育世さん、北村明子さんのダンスを観るとしても、これから四時間も時間をつぶさなければならない。とにかくはCさんに教わったアニッシュ・カプーアを観に行こうと、六本木ヒルズの外に出る。あたりは土曜の夜のせいか、この「六本木アートナイト」のせいか、ずいぶんと人がごった返している。まずはここでわたしは「東京ミッドタウン」ってどっちよ、と道がわからなくなったのだけれども、ここで新しいケータイに付いているマップが役立ってくれた。「現在地表示」というのを選ぶと、自分のいるあたり一帯のマップと、まさに自分の立っている場所がマーキングされて表示されるのだ。これのおかげで、迷わないで東京ミッドタウンの方へ向かうことができた。新しいケータイ、万歳である。
 そのミッドタウンへの道の途中に「日高屋」があったので、お腹も空いていたので食事タイム。この六本木店の店のコはすっごく背の高い、そしてけっこう美人の、モデルのような女の子だった。さすがに六本木だなあ〜とか思ったりするが、「日高屋」じゃなくても、六本木ならもっといい働き口があるんじゃないの、とかも思った(とってもオヤジな感想)。

 さて、東京ミッドタウンに着いた。その奥の芝生広場にアニッシュ・カプーアの作品があるという。行ってみるとそれは、磯崎新とアニッシュとで設計したという、巨大な「移動式コンサートホール(収容人数は494人だそうな)」だった。大きい。南国の果実が巨大化して地面に横たわっているみたいな。500円で中を見ることができて、その500円は東日本震災の復興にあてられるという。もちろん中に入ってみた。

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 中はもっとすごかった。なんだか、SF映画の宇宙船に乗り込んだみたいな気分だ。中に入って、内側から体験する彫刻作品だ。音の反響もすばらしい。しばらく中にとどまって、ゆっくりとこの「場」に居ることを楽しんだ。

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 食事もしたし、宇宙船には乗り込んだし、もうなんだか満足してしまって、眠くもなってきたし、「とても夜中までは居られない」と、帰路に着くことにした。帰りの電車の中でうつらうつらしながらも、昨日から読んでいたトーマス・マンの「トニオ・クレエゲル」を読み終えた。

     

 

[]「トニオ・クレエゲル」トーマス・マン:著 実吉捷郎:訳 「トニオ・クレエゲル」トーマス・マン:著 実吉捷郎:訳を含むブックマーク

 ふうん。小説家とか、いわゆる「芸術家」という存在が、こういう風にものごとを考え、特に「他者〜パンピー(一般ピープルを指す死語)」にこういう気もちをもつということ、わからないでもないけれども、こういう気もちというか感情というか、そういうのって、「乗り越えなくてはいけない」アレなのではないのかな〜。というか、この小説は誰が読むの?という問題があるじゃない。「わたしも芸術家だ」という人が読んで、「そうそう、そうなんだよなー」と同意してくれるのを期待してるのか(三島由紀夫とかがそのクチだったらしい)。そうでなくってパンピーがこの小説を読んでどう思うのか。「やっぱ、芸術家は思ってることが違うんだなー」と認識すればいいのか。わたしにはわかりません。

 小説のしょっぱなの、トニオが友人のハンスにアプローチする、どことなくBLっぽい展開なんか、要するにそのアプローチがヘタだったというだけのことで、例えば中学の頃に音楽に興味のない友人に「ビートルズってすごいんだよ!」ってすすめて、「ふうん、じゃあ聴いてみるよ」っていわれても「アイツはきっと聴きはしないんだよ」と思うのと大してちがわないというか、そこで「憧憬があり、憂鬱な羨望があり、そしてごくわずかの軽侮と、それからあふれるばかりの貞潔な浄福とがあった」とかいわれても、いよいよBLめいてくるだけじゃないか。だから三島由紀夫はこの作品を愛したんでしょ、と思うだけである。

 わたしは、例えば軍服を着た男がいきなり自作の詩を朗読したいと朗読を始めても、軍服を着ているせいで「あらあら」とは思いませんしね。ケースによっては、「詩人」と名乗る男が自作詩を朗読し始めるということの方が、よっぽど「うんざり」させられてしまう。ま、わたしは自分のことが「芸術家チック」なのか「パンピー」なのか、わからないのですけれども。


 

[]二〇一七年九月のおさらい 二〇一七年九月のおさらいを含むブックマーク

ダンス:
●KAAT Dance Series 2017 ニブロール結成20周年「イマジネーション・レコード」Nibroll 矢内原美邦:振付・演出 高橋啓祐:映像 SKANK:音楽 @KAAT 神奈川芸術劇場 大スタジオ
●<SCOOL パフォーマンスシリーズ 2017 vol.3> 福留麻里ソロダンス公演「抽象的に目を閉じる」@三鷹・SCOOL

演劇:
●Q「妖精の問題」市原佐都子:作・演出 @駒場東大前・こまばアゴラ劇場

美術:
●ヨコハマトリエンナーレ2017「島と星座とガラパゴス
●「NISSAN ART AWARD 日産アートアワード2017」ファイナリスト5名による新作展 @横浜・BankART Studio NYK 2F
●「H・R・ギーガー ポスター&アート展」@渋谷・TOWER RECORD SpaceHACHIKAI
●「ベルギー奇想の系譜 ボスからマグリット、ヤン・ファーブルまで」@渋谷・Bunkamura ザ・ミュージアム

映画:
●「散歩する侵略者」黒沢清:監督

読書:
●筑摩選書「反原発の思想史 冷戦からフクシマへ」絓秀実:著
●ちくま新書「1968」絓秀実:著
●ちくま新書「アナーキズム ―名著でたどる日本思想入門」浅羽通明:著
●岩波新書「ファーブル記」山田吉彦:著
●「戦争画とニッポン」椹木野衣 × 会田誠:著
●「トニオ・クレエゲル」トーマス・マン:著 実吉捷郎:訳
●「プニン」ウラジーミル・ナボコフ:著 大橋吉之輔:訳
●「目」ウラジーミル・ナボコフ:著 小笠原豊樹:訳(「四重奏/目」より)
●「V.」トマス・ピンチョン:著 三宅卓雄/伊藤貞基/中川ゆきこ/広瀬英一/中村紘一:訳
●「スウィングしなけりゃ意味がない」佐藤亜紀:著
●「恋人たちの森」森茉莉:著(昭和文学全集 第7巻より)

DVD/ヴィデオ:
●「モロッコ」(1930) ジョセフ・フォン・スタンバーグ:監督
●「心のともしび」(1954) ダグラス・サーク:監督
●「翼に賭ける命」(1957) ウィリアム・フォークナー:原作 ダグラス・サーク:監督
●「愛する時と死する時」(1958) エーリッヒ・マリア・レマルク:原作 ダグラス・サーク:監督
●「リスボン特急」(1972) ジャン=ピエール・メルヴィル:脚本・監督
●「ストレンジャー・ザン・パラダイス」(1984) ジム・ジャームッシュ:脚本・監督
●「ブルーベルベット」(1986) デヴィッド・リンチ:脚本・監督
●「ガンモ」(1997) ハーモニー・コリン:脚本・監督
●「接吻」(2008) 万田邦敏:監督
●「冷たい熱帯魚」(2010) 園子音:脚本・監督

 あと、竹橋の近代美術館の常設展、それから今日の「フェスティバル/トーキョー」のオープニング、「六本木アートナイト」のほんの一部、「ルツェルン・フェスティバル アーク・ノヴァ 2017in 東京ミッドタウン」(これがアニッシュ・カプーアの作品)なども観た。



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■ 2017-09-29(Fri)

 昨日のニェネントには翻弄された。やはり部屋飼いでなければいけないな、と思うのだけれども、窓際で一心に外に出たがるニェネントをみていると、それがニェネントの本能的な欲求であるなら、わたしがそれを阻む権利はないとも思ってしまうし、「飼いネコ」という制約を考えても、ニェネントの満足する生き方をさせてあげたい。でもやはり、外の世界は危険だ。その、「飼いネコという制限」というのを、わたしはどういう制限と考えているのだろうか。わたしとニェネントとの関係を、ちゃんと考えないといけない。

 クラウドファウンディングで賛同し、協力していた伊藤重夫の「踊るミシン」復刊プロジェクト、ついに復刊がなって昨日ウチにも届けられた。わたしにとって、あらゆるコミックの最高峰であるこの作品、もちろん1986年に刊行されたときにオリジナル版は買って持っているのだけれども(現在は娘のところに行っている)、ネットオークションで一時は二万円とかの値がつけられたらしい。もうずいぶんと以前に「blue」の安藤尋監督が、どこかでこのコミックを映画化したいと語っていたのだが、安藤尋監督の演出でならば、わたしもぜひ観てみたい。とにかくは復刊がなって、わたしの手元にも届いたということをよろこぶ。

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 今日はまず、来年の都響のコンサートの「トゥーランガリラ交響曲」のチケットを取らないといけない。サイトにある残り席の図をみると、A席でもう舞台の前から5番目ぐらいの席のど真ん中という良席(?)と、B席で三階の端の方だけれどもとにかくはいちばん前の席という、この二つの席のどっちかがいいと思う。考えて、あまり前の席だとせっかくのオーケストラの全貌が見渡せないだろうし、やはり「初心者」としては、三階の端っこであってもいちばん前の席、全体が見渡せる席がいいだろう、そっちの方がチケットも安いしと、B席に決めて申し込んだ。チケット代も四千円でお釣りがくる。

 午後からは我孫子の図書館へ行って、別の(新訳の)「V.」を借りてきて、そのついでに今決めた都響のチケットの代金も払ってしまおうという計画。外に出てみると意外と気温が高く、まだまだ残暑。汗ばむ陽気だった。まずATMをみつけて、「ペイジー」という初めて使うシステムでチケットの代金を払い込もうとしたのだけれども、なぜなのか受け付けられなかった。番号を書き写し損ねていたのかもしれない。とにかくは「後日やり直し」である。
 次に図書館のそばの百円ショップへ行き、いろいろ見て、クリアホルダーとかフライパンを洗うブラシ(これは昔、映画「マッチ工場の少女」でヒロインが使っているのを見て、「あれ、いいな」と思ってその後ずっと買っているモノ。以前は東急ハンズとかで何百円も出して買っていたのだけれども、今は百円で買えるのだ!)などを買う。もう来年のスケジュール手帳も売られていたのだけれども、この百円ショップのものはちょっとクオリティが低かったので、毎年買っている別の百円ショップのモノが発売されるのを待つことにする。
 そして図書館。返却しようと持って来たCDを返す前にチェックしてみたら、なんと、ケースだけで中身のCD本体を入れ忘れていた。ドジである。まあまだ返却期間まで日にちがあるから、今日は新しく借りるだけにしよう。それで「V.」を借りようとしたら、なんと、借りようとした上巻は貸し出し中になっていた。もう勝手に、「世の中にピンチョンを借りるヤツなどいない」と思い込んでいたのだけれども、それは大きなまちがいなのであった。けっきょく、何も返却せず、何も借りずに図書館を出た。なんだか、「後日やり直し」ということばかりの「お出かけ」になってしまった。「V.」は、また柏の図書館の方で借りることにしよう。

 帰宅して、夕食をどうしようかと考え、そろそろ「肉じゃが」用に買ってあったしらたきの賞味期限も切れそうなので、気合いを入れて肉じゃがをつくった。なかなかに美味であった。夜は借りているDVDで園子音監督の「冷たい熱帯魚」を観て、げんなりすることになった。寝る前に、ウチの本棚にあった柄谷行人の「トランスクリティーク」をちょっと読んでいたら、やはり異様に面白く、「これを本腰を入れて読もうか」という気もちにもなった。はて、どうなることやら。

     

 

[]「冷たい熱帯魚」(2010) 園子音:脚本・監督 「冷たい熱帯魚」(2010)   園子音:脚本・監督を含むブックマーク

 園子音という人には、映画製作をつらぬく「美意識」というものはあまり持ち合わせはないのではないかと思った。ただ、異様なエネルギーでの「勢い」というものがあり、その「勢い」をキャストらにも伝染させるというか。ストーリー的にも「スキャンダラスな展開」を極めようとしただけ、みたいに思えてしまう。

 どうもこの映画には、トビー・フーパー監督の「悪魔のいけにえ」(この映画をはっきり記憶しているわけではないけれども)に対抗意識があったのではないのかと思えるところがある。特に犯人らが死体の解体を行なうのが山奥の「教会」だというあたりの唐突さに、アメリカ製ホラー映画への「擦り寄り」が感じられる。

 この映画のモデルになったという「埼玉愛犬家連続殺人事件」という事件、わたしはまったく記憶に残っていなかったけれども、Wikipediaでこの項目を読むと、この映画よりもよっぽど不気味で怖かった。


 

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■ 2017-09-28(Thu)

 今日は朝から雨。予報では「強い雨」ともいっていたので、通勤するのに初めて、いつもの小さな折り畳み傘ではない普通の傘をさして家を出た。しかし勤務地駅に着いたときには雨はかなり弱くなっていて、仕事を終えて帰路に着くときにはもうやんでしまっていた。

 今日は仕事中に上司に連絡を取る必要が生じ、はじめて新しいケータイを使うことになった。「なんだ、けっきょく仕事で使うのが使い初めになったか」と、ちょっとがっくり。「少しはいじらないと」と、待ち受け画面をチェンジする方法を調べ、待ち受け画面をニェネントの写真にした。前に待ち受け画面にしていたニェネントのまだ仔猫だった頃の写真(この日記の上のところにある写真)は、古〜いPHSで撮ったものだったから画質も粗く、新しいケータイでは使えるようなものではなかった。ニェネントの仔猫のころの写真はほんとうに少なく、たとえ画質が粗くてももっといっぱい撮っておけばよかったと、いつも思っている。仔猫時代というのは、ほんとうにみじかいのだ。

 いちどはやんでいた雨だけれども、午後になるとまた降ってきて、けっこう激しく降ったり、小やみになったりを繰り返す。風を入れるのに窓を開けていると、またニェネントが「外に出たい」と騒ぐ。今はニェネントが決して出られないように、開けた窓の前にボードを置いてあるわけだけれども、ニェネントはそのボードと窓とのすき間に前足を突っ込んでなんとかしようとしたり、ボードによじ登ろうとしたり、脇のカーテンに爪をかけて上にあがっていこうとする。
 どうせ今は外は雨だし、前に雨の日に窓を開けていても、ニェネントは雨を嫌がって外には出ていかなかったので、今日も外は雨だから外にいくこともないだろうと、雨を見せてやるつもりもあって窓の前からボードをどけてみた。ところが思いがけなくもニェネントは雨の降っている外へ飛び出していき、前の空き地の方へいってしまった。あららら‥‥。

 雨も小やみになってしまい、「これではしばらくもどって来ないかもしれない」と、ちょっと心配になる。それで外を見ていると、ニェネントのそばにクロがやって来て、ニェネントのすぐそばに寄っていったりする。これはニェネントと他のネコとの接近ということで珍しいことで、「まさかクロについていったりしないだろうな」とまた心配になるのだけれども、あいかわらずニェネントはクロにはまったく無関心で、そっぽを向いている。

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 そのうちにまた雨足も強くなり、ニェネントもこれで戻ってくるだろうかと思ったのだけれども、もう部屋からは見えないところへいってしまって、ぜんぜん戻ってこない。「いいかげん戻さないと」と、傘をさして空き地へいってみる。空き地にいっぱい並んでいる廃車の脇にニェネントの姿が見える。ニェネントもわたしに気づいて部屋の方に走っていったので、部屋に戻ったのだろうとわたしも戻ってみたけれども、部屋の中にニェネントの姿はなかった。もう、いったいどこへいってしまったのかまるでわからない。もう外に出て一時間近くになるし、とても心配になった。あいかわらず雨は降りつづいているので、おそらくは雨に濡れるのが嫌なニェネントはどこかで雨宿りしていて、そのまま部屋に戻って来れないのだろうと想像する。
 そろそろニェネントの食事の時間にもなる。窓の上がり口のところにネコ缶を皿に取って置いておく。お腹がすいたら戻ってくるだろう。でもしかし、ニェネントはいつまでも戻ってこない。やっぱりクロについていってしまったのかもしれないとか思ったりする。
 もういちど、空き地を見にいってみる。空き地の脇の道に車が停められていて、「ニェネントは捕えられてしまって、あの車の中にいるのではないか」とか思ってしまったりもする。空き地の中に足を踏み入れ、ニェッタが住まいにしている廃車の中を覗きこんでみたら、ニェッタがいた。ニェッタに、「ウチのネコがいなくなったんだよ。見なかった?」と聞いてみたりする。あたりの車の下とかを覗いてみたりするけれど、やはりいない。
 その空き地のそばに、ニェネントがその庭によく行く一軒家があって、その一軒家の裏側の方、つまり玄関のある側は、道をぐるっとまわっていかないと見えない。今までいったことはない道だったけれども、大回りして見にいってみる。もちろんニェネントの姿はないのだけれども、その一軒家のおばさんに招かれて、家の中に入ってしまっているのでは?などとも考えてしまう。いや、ニェネントは知らない他人を見たら逃げ出してしまうはず。

 部屋に戻って、「飼いネコが行方不明になったときどうするか?」とか調べてみたりする。もうすっかり、「ニェネントは行方不明」なのである。外はすっかり暗くなってしまった。
 調べてもやはり、ニェネントは向かいの空き地、もしくはそのそばの一軒家の庭とかの範囲内にいることだろうと確信し、つまりは雨のせいで帰って来られないのだろうと想像する。もういちど、空き地を見てみることにして傘をさして外に出て、こんどはいちばん端の廃車からぜんぶチェックはじめてみる。すると、さっきニェッタのいたニェッタの住まいの廃車の中に、ニェネントがいた。ニェネントもわたしに気づいて逃げようとする。「ばかも〜ん!」と怒ると、部屋の方へ吹っ飛んでいった。こんどはちゃんと部屋の中に戻っていくのを確認できたので、もうだいじょうぶだろう。「ニェッタといっしょにいたのだろうか?」と、その車の中を覗きこんでみたけれども、ニェッタの姿は見えなかった。

 部屋では戻ってきたわたしの姿を見て、ニェネントは和室のベッドの下に逃げていく。わたしが怒っていることはわかっているようだ。窓を閉め、ようやく一息つく。ニェネントが外に出てから、三時間近く経っていた。こんなに長いアバンチュールは初めてのことになるな。ほんとうに心配した。しかし、ニェネントはニェッタと出会ったのだろうか? わたしの見た感じニェッタも雌だったと思うし、ニェネントも今は発情期ではないから「まちがい」はないと思うが。
 そのうちに、「ほとぼりもさめた」と思ったのか、ニェネントもベッドの下から出てきて、わたしのそばでゴロッとなるのであった。まいったよ。

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[]ちくま新書「アナーキズム ―名著でたどる日本思想入門」浅羽通明:著 ちくま新書「アナーキズム ―名著でたどる日本思想入門」浅羽通明:著を含むブックマーク

 ‥‥ふむ、まったく歯ごたえがないというか、こういう「入門書」的なものとしては仕方がないのかとも思うのだけれども、この本に書かれているのはどこまでも「アナーキズム的精神」のことで、社会の中でのダイナミックな力学の中で、特に現在において、アナーキズムが社会にどのように作用しているのか、わたしにはまったく参考にならなかった。アナルコ・キャピタリズムについての記述はあるけれども、とにかくは著者の「アナーキズム」というものへの視点は「ちがうんじゃないかな」という感想。そのことは、「安保全学連」を「=ブント」と書く「大ざっぱさ」にもあらわれているのかもしれない。


 

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■ 2017-09-27(Wed)

 今朝見た夢。先日のナボコフの夢のように、自分の出てこない、物語のような夢だった。つまりは「ローマの休日」なんだけれども、オードリー・ヘップバーンが抜け出した外の世界は共産主義国家で、王侯貴族というものは否定されている世界。グレゴリー・ペックに出会うこともなくすぐに捕まってしまったオードリー・ヘップバーンは、すぐに処刑されてしまうのでありました。‥‥って、何という夢!

 昨日入手した新しいケータイ、マニュアルも見ないで放置状態。いちおう朝のアラームはセットしたのだけれども、アラームの鳴る前に目覚めてしまったので、役立ったわけではない。ちょっとアラームの音量が小さい気がするけれども、どこでヴォリュームをいじるものやら、「ま、いいや」と放置。そもそもこのところずっと、PHSを持っていても、朝の目覚し以外にはまるで役立っていなかったわけで、そういうことはケータイにしたからといって急に変わるわけもない。とりあえずは待ち受け画面をニェネントの写真にしておきたいのだが。

 注文した靴が早くも届いた。見た目は悪くなくて、「二千円でお釣りがきた」靴とは思えない。「それではさっそく履き心地をみてみよう」と、新しい靴を履いて買い物に出てみた。すぐに家の近くで、久しぶりにニェッタの姿を見た。道路脇をノコノコ歩いていて、わたしが近づいても逃げない。しばらくわたしの顔を見ていて、「あれ? わたしの顔をおぼえてくれたかな?」と、わたしが一歩近づくと逃げて行った。しばらく姿を見ないので気になっていたのだけれども、元気にしていたようだ。ニェッタの姿を見るとほっとする。
 靴は全体に生地が硬い感じで、「かかとが痛いかも」と思っていたら、買い物をして帰るときにはしっかり「靴ずれ」になった。一歩歩くたびに痛い。帰って靴を脱いでかかとを見てみると、しっかり皮がむけてしまっていた。これはしばらく履いて生地がやわらかくなるのを期待するしかないか。まあ安かったですからねー。

 ピンチョンの「V.」を、いちおう読み終えた。で、どうだったかと聞かれると困ってしまうなあ。やはり、次は「重力の虹」を読もうと思っていたけれども、間髪を置かずにもういちど、こんどは新訳の方で、同じ「V.」を読むことにしようか。


 

[]「V.」トマス・ピンチョン:著 三宅卓雄/伊藤貞基/中川ゆきこ/広瀬英一/中村紘一:訳 「V.」トマス・ピンチョン:著 三宅卓雄/伊藤貞基/中川ゆきこ/広瀬英一/中村紘一:訳を含むブックマーク

 ‥‥こういうところが、この作品の「核心」かな、というようなところ。

「状況」というものがどんなものであれ、いかなる客観的実態(オブジェクティブ・リアリティ)も持ち合わせはしないということを彼はとっくの昔に心得ていた。「状況」というものはある特定の時点でそれと関わり合った人々の心の中に存在するだけなのだ。そういった人達が何人か寄り集まって作り出した、同質的というよりはむしろ雑多なものからなる一つの総和、あるいは複合体が、いわゆる「状況」というものである以上、それは一人の観察者の眼には必然的に、三次元の世界を見慣れた眼に四次元の世界の形象が映った時と同じように見えるに違いない。だから、どんな外交上の問題もその成否は、チームを組んでその問題に当った人々がどの程度の一致を生みだすかによって直接左右されるのだ。


 

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■ 2017-09-26(Tue)

 そういうわけで今日は、もう限界になったPHSをケータイに換えに、となり駅にいく。ついでにDVDレンタルの会員になってDVDを借りて帰ろう。そういう計画。
 いちど仕事から家に戻り、昼食を終えてとなりの柏駅へ。ケータイの店に行き、「機種交換、こんどはケータイで(っていうか、もうPHSなんていうものは滅びてしまっている)」と申し込む。こちらの意向ははっきりしてるから手続きもスムースに進み、今のPHSから電話帳などを新しい機種にコピーして、一時間ぐらいですべて終了。ま、契約料/通話料も安くなるわけで、OKである。
 次にすぐ近くのレンタルDVDの店に行き、新しく会員になって、クーポンを使って旧作三本を無料で借りてきた。借りたのは「ブルーベルベット」と「ブルジョワジーの密かな愉しみ」、それと「冷たい熱帯魚」と(いずれも過去に観てはいるのだけれども、もうまるで記憶に残っていない作品ばかり)。もちろんこの店は今は、店に置いていないモノでも在庫があればリクエストすれば取り寄せてくれるのだけれども、店内をみて歩くと、それなりに大きな店でもあるので、「こんなモノも置いてあるのか」というようなDVDがあれこれと置いてあり、すでに「次はコレを借りたいな」などと、店の思惑にみごとにハマってしまっているのである。

 帰宅してかんたんに夕食をとり、さっそくいちばん観たかった「ブルーベルベット」を観る。観終わって、特典映像のドキュメント「ミステリーズ・オブ・ラブ」まで観てしまったら、けっこう遅い時間になってしまった。


 

[]「ブルーベルベット」(1986) デヴィッド・リンチ:脚本・監督 「ブルーベルベット」(1986)   デヴィッド・リンチ:脚本・監督を含むブックマーク

 映画はボビー・ヴィントンの唄う「ブルー・ベルベット」で始まるのだけれども、そのとき映像は深い蒼空をバックに、白い垣根の手前の赤いバラを映す。その映像を観たときにわたしの頭の中で何かが氷解する感覚で、「ああ、このシーンはおぼえている!」と、深く思うのである。そして赤い消防車(乗っている消防団員が手を振っている)が画面を通り過ぎ、次に庭で撒水する男性の姿になる。わたしは観ていて、「この人は卒中か何かで倒れるのではなかっただろうか?」と思っているのだが、まさにその通りに、男性は倒れる。持っている水を吹き出しつづけるホースに犬がじゃれつく。「失った」と思っていた記憶は完全に失われていたわけではなく、こうやって思い出すことができる。そのことに喜びをおぼえた。しかし、記憶に残っていたのはそこまでのようで、そこから先の展開はまるで思い出せるものではなかった。「初めて観る映画」という感覚。

 かなり「ツイン・ピークス」にかぶるような作品で、昼間の幸福な日常の裏側に、夜の異様な、悪魔的な世界が隠されているわけだ。主人公のジェフリー(カイル・マクラクリン)は、そんな夜の世界を覗き見し、そこで陵辱される人妻の女性歌手ドロシー(イザベラ・ロッセリーニ)に魅了されて行く。

 思ったのだけれども、デヴィッド・リンチという人は、アメリカのビート・ジェネレーション、そして60年代のカウンター・カルチャー、ロック文化というものにまるで興味がないようだ。というか、この「ブルーベルベット」では作品の「負」を象徴するような男、フランク(デニス・ホッパー)に、そんなカウンター・カルチャーにどっぷりの姿を体現させ、彼に代表されるものを否定してかかっているとしか見えない。もちろんデニス・ホッパーといえば「イージー・ライダー」を思い浮かべもするわけだし、「イージー・ライダー」といえばアメリカン・ニューシネマの先駆けともいえる作品なわけで、リンチはもちろんそのあたりのことも重ねあわせてのキャスティングなのだろうと思う。リンチはまた、アメリカン・ニューシネマなどというものにも、これっぽっちも興味はないだろう*1

 これは同じDVDに収録されていた「ミステリーズ・オブ・ラブ」というドキュメントを観て知ったのだけれども、この映画でリンチは、This Mortal Coilの「Song To The Siren」を使いたがったのだそうだ。低予算映画だったので権利を得ることができず、断念したらしいけれども、それで音楽担当のアンジェロ・バダラメンティにリンチが話を持ちかけ、バダラメンティはジュリー・クルーズを起用してThis Mortal Coilっぽいサウンドを再現、それで唄われたのが、この映画のラストに流れる「Mysteries of Love」だったということらしい。
 ‥‥そうか、それはいかにもありそうなことというか、This Mortal Coilの音というのは、ロックの時代のただ中で、まさに「非」ロック(「反」ロック?)な音だったわけで、やはりリンチはロックが好きではないのだ。そうやって思い返してみると、たしかにリンチの映画で「ロック」が流れる、というのはなかっただろう(記憶のなくなった映画も多いので確かではないけれども)。
 そういうわけでわたしもリンチにならって、アメリカ文化の中でのビート・ジェネレーション、そしてウォーホルのポップ・アート、ロック文化〜カウンター・カルチャーを、まとめて「負の遺産」として俯瞰してみる練習をしようかと思っている。


 

*1:こういうのでは、7月に観たジョージ・A・ロメロ監督の「ゾンビ」でも、せっかくの主人公たちのショッピングモール立てこもりをブチこわすのは、「イージー・ライダー」風のバイク族だった(リーダーはいかにもデニス・ホッパー風)。ロメロ監督もやはり、カウンター・カルチャーとかロック文化のことがお嫌いだったのだろう。

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■ 2017-09-25(Mon)

 ケータイというかPHSが、いよいよダメになった気配。もうバッテリーが寿命にきていて、毎晩充電しないと使えなくなっていたのだけれども、今朝みてみるとまるで充電されていなくて「赤信号」なのである。「ついに寿命か」ということで、新しい機種にしないといけない。しばらく前は「次はやはりスマホにしようか」とも思っていたのだけれども、わたしのようなケータイの使い方では、スマホにすることでメリットがあるとは思えない。わずかに「peatex」とかでチケットを買わなければならないとき、「スマホでなければ」となるぐらいのことである。おそらく今のケータイは月の使用料は二〜三千円ぐらいのものではないかと想像されるけれども、スマホだと五〜六千円になるだろう。つまり、月に三千円とかよけいに払ってスマホにして、それで「よかったね」となるとは思えない。だから次はガラケーにしよう。今のPHSを引き継いでいるところで買えば番号もメアドもそのまま同じものが使えるだろうし、考えてみたら逆に、今よりも毎月の契約料金は安くなりそうだ。そうか、じっくり考えてみたら、もっと早くに機種交換をしておけばよかったかもしれない。
 それで今日、仕事の帰りにとなり駅で降りてそのケータイ屋へ行き、さっさと機種交換してしまおうと思ったのだけれども、今手元にあるPHSがバッテリー切れになってしまっていて、メールアドレスに登録してあるデータを新しいケータイに移植できないではないかと思いあたり、いちど帰宅して「充電がうまくいくかどうか」、もういちど試してからのことにした。

 そういうわけでいちど帰宅して、PHSに充電させてみたのだけれども、どうやらうまく充電できているみたいだった。どうも、いつまでも充電しっぱなしにしておくと、逆に放電してしまうのかどうか、よろしくないみたいだ。午後からとなり駅に行こうかと思ったけれども、なんだかめんどうになって、「明日にしよう」ということにした。明日はついでに、レンタルDVDの店の会員になって、もらってあるクーポンを使って旧作3本を無料で借りて来よう、ということにした。

 もう今履いている靴もすっかりボロになっていて、このあいだ三鷹の靴屋で欲しいような靴もあって、「やはり靴を買わなくっちゃなあ」と思うわけで、昨日我孫子のショッピングプラザでも靴屋に立ち寄ってみたりしたけれど、どうもピンと来るものがない。ふと、「こういうときはAmazonも役に立つんじゃないか」と思い、検索してみたらすっごい安いのが見つかったりした。靴とかいうものはやはり「試し履き」してみないとよくないんじゃないかな?とか思いながらも、ユーザーレビューもそこまでひどいことは書かれていないし、二千円ぐらいのモノだから失敗してもあきらめもつくかと、注文してしまった。もしもイケるような靴だったら、今後はずっと同じものを注文してもいい。

 読んでいる「V.」は順調で、あさってにも読み終えられそうだけれども、第1巻の方で読んだ内容が、かなりのところでもう記憶されていないし、トータルな全体での連関がわからなくなってしまっている。「V.」を読み終わったら次は「重力の虹」を読もうと思っていたんだけれども、ここはもういちど「V.」を、あとから出た新訳の方で読んでみるべきだろうかと思うようになった。あ〜あ、また読書スケジュールの遅延である。でも、ただ流して読んで、それで<オレは「V.」を読んだぞ!>とはいえないし、やはりきっちりと自分の中で咀嚼しておきたい。
 きのう借りた「アナーキズム」もけっこう読んだけれども、やはりちょっともの足りないというか、絓秀実とか柄谷行人の著作を読むというようなものではない。ただ、章ごとにまとめられた参考文献というか、そういうものは役に立つだろう。


 

[]「翼に賭ける命」(1957) ウィリアム・フォークナー:原作 ダグラス・サーク:監督 「翼に賭ける命」(1957)   ウィリアム・フォークナー:原作 ダグラス・サーク:監督を含むブックマーク

 前に観た「心のともしび」とか「天はすべて許し給う」よりもあとの作品なんだけれども、モノクロだった。このあたり、カラー作品とモノクロ作品との表現の差異を考えている、ダグラス・サークの意志を感じてしまう。しかもこの作品はワイドスクリーンのシネスコ。ここでも、監督の卓越した「絵のつくり方」を感じ取ってしまう。とにかく見入ってしまう。すばらしい。

 原作はなんとウィリアム・フォークナーで、描かれるのは1920年代の「大不況」のちょっと前の世界。第一次世界大戦で「撃墜王」だったロジャー・シューマン(ロバート・スタック)は見世物的な「曲芸飛行」の世界で生きている。そこに彼の妻のラヴァーン(ドロシー・マローン)とまだ9歳とかの息子がいて、長いつきあいである整備士のジッグス(ジャック・カーソン)もいつも、いっしょに行動している。まずここで、ロジャーとジッグスとラヴァーンとの微妙な「三角関係」というものがあり、そこに新聞記者のバーク(ロック・ハドソン)が絡んでラヴァーンに興味を示し、三角関係どころではない、四角関係みたいなことになる。ロジャーはどこかでまだ「撃墜王」というロマンを追っているところがあり、周囲のすべてに自分への犠牲を求める。ジッグスはそんなロジャーの期待にいつも答える、良きパートナーである。しかしロジャーの愛機が破損して使えなくなったとき、別の使っていない機を持っているマットという存在が出て来る。彼もまた、ずっとラヴァーンにご執心だったのである。なんと、五角関係かよ!という展開。ロジャーはあたらしい機を使えるようになるために、ラヴァーンにマットのところへ行けともいう。ドイヒーである。そんな関係の中で、ラヴァーンに理解を示すバークに、ラヴァーンはだんだんに心を開いていく。そしてそんな「航空ショー」で、予想された通りに「事故」が起き、ラヴァーンを中心とした男たちの関係に、いやおうもなく「変化」が訪れる。

 う〜ん、さいしょのうちは、これまで観た「心のともしび」や「天はすべて許し給う」とはあまりにタッチがちがうので、「どうなんだろう」と思って観ていたのだけれども、中盤からはどんどんと惹き込まれていく。こういう「五角関係」みたいな状況を、しっかりとした「ドラマ」として描いてしまう映画作家としての技術、やはりダグラス・サークという監督、ただものではないのである。それでラヴァーンという女性のことを、すべての男を夢中にさせる「魔性の女」=「ファム・ファタール」みたいに描くのではなく、「ひとりの女性」として、短い描写でしっかりとその内面を描いてみせる。

 終盤の、バークによる長い「新聞記者魂」を語るような「まくし立て」、その前の、「すべてを失うかにみえる」ジッグスの孤独、そしてラストにバークがラヴァーンに本をわたし、ラヴァーンは旅客機で去って行く。すっばらしい作品である。やっぱり、ダグラス・サークは「すごい」のである!


 

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■ 2017-09-24(Sun)

 昨日三鷹の靴屋で見た靴が、安くて見栄えもするようで、今日になっても買っておけばよかったかなあ、などと思ったりした。

 今日は日曜日。めずらしく八時過ぎまでたっぷり寝て、昼前に我孫子の図書館へ本を返しにいった。今日も国道沿いではない裏道を歩いたのだけれども、この裏道、どこまでもくねくねと曲がっているわけで、考えてみると、遠回りのようでも、直線で突っ切っていく国道沿いの道の方が近道なのではないのか?と気がついた。まあ「どっこいどっこい」というところだろうけれども。
 今日は図書館には本を返却し、そのまま帰って来ようかとも思っていたのだけれども、先日渋谷のTOWER RECORDに行ったときに気になっていたメシアンの「トゥーランガリラ交響曲」、小沢征爾指揮のCDを借りることにした。ついでに同じくCDでイギリス古楽のウィリアム・バードのものも借り、「では本も何か軽いものを借りようか」と、ちくま新書の「アナーキズム」(浅羽通明著)を借りてみた。

 図書館の帰りはまた手賀沼のほとりに立ち寄って、「ハクチョウの身繕いってなんだかネコっぽいなあ」などと思ったりして、ショッピングプラザに寄り道して国道沿いの道を使って帰った。その国道沿いの道で、歩道の真ん中でイモムシがからだをクネクネともがいているのをみた。「こういうのって踏みつぶされちゃうんだよな」などと思いながら、いちどは通り過ぎたのだけれども、ちょっと気になって後戻りし、バッグの中にあったチラシとかを使って、そのイモムシを道路脇の草むらに移動させてやった。まだそれだけの生命力を持っているなら、草むらの中で元気を取り戻して、蛾だかなんだかに成長するかもしれない。それで蛾になったそのイモムシが命の恩人であるわたしのところに飛んできて、「あのときはありがとう。おかげでわたしの命は救われました。何のお礼もできないけれどもせめてコレでも。」と、鱗粉をわたしの頭にふりそそいでいったりするのだ。ちっともうれしくない恩返しだが。
 道すがら、前に野良をよく見たあたりに来てみると、やはりいた。写真を撮ろうとするとわたしのことを振り向いて、しばらく見つめられた。きっと前に会ったことはあるだろうけど、わたしのことをおぼえているのだろうか?

     f:id:crosstalk:20170924135550j:image

 帰宅して「トゥーランガリラ交響曲」をプレーヤーに仕込んで聴き、「やっぱりこの曲はすごいな〜」と、だんだんにヴォリュームも上げてしまって、「いけない、これでは近所から苦情が来るではないか」みたいな大音量になってしまった。「そうだな、もしも機会があれば、誰の指揮でどこの演奏でもいいから、ぜひともナマ演奏を聴いてみたいものだなあ」と思い、「いったい日本ではどのくらいの頻度で演奏される機会とかあるんだろう」と調べるつもりでググってみたら、なんと来年早々に都響のプログラムにこの「トゥーランガリラ交響曲」が出ていて、しかもそのチケットの一般発売日がこの29日なのだった。偶然とはいえ、何だか呼ばれてしまったような感じで、「よし、このコンサートにはぜったいに行くぞ!」と、決めてしまった。

 夜はずっと放置してあった「昭和文学全集」を久々に拡げ、森茉莉の作品(彼女の代表作?)をひとつ読んだ。


 

[]「恋人たちの森」森茉莉:著(昭和文学全集 第7巻より) 「恋人たちの森」森茉莉:著(昭和文学全集 第7巻より)を含むブックマーク

 早くに結婚し、自分の息子に「爵(ジャク=Jacques)」などと名付けたりした森茉莉。そのフランス趣味はどこから来たのかわからないけれども、この小説でも、「美」の規範はフランスにありき。それでゲイ小説。特に面白いものでもないけれども、登場人物の中の「老いを感じはじめる」女性の意識に、「美」を失いたくない、という作者の、真摯な思いを受け止めるというか。


 

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■ 2017-09-23(Sat)

 今日は夕方から三鷹へ、福留麻里さんのダンスを観に行く。実は予約してあったのは今日だというのに、スケジュール帳にはまちがえて明日に書き込んでしまっていて、あやうくスルーして明日出かけるところだった。だいたいわたしは日曜の夜というのは翌日早朝から仕事があるから基本はあまり出かけたくはないわけで、日にちが迫ってきてから「おかしいなあ」と思って確認してみたら、今日だったというわけ。どうもカレンダー式になっているスケジュール帳の、いちばん右端というのは土曜日だと思ってしまって、確かめもせずに書き込んでしまっていたみたい。あぶないあぶない。

 電車の中では本が読めるから、お出かけするのは大歓迎である。昨日でナボコフの「プニン」を読み終えたので、今日からはふたたび「V.」に挑戦である。‥‥おっと、突然急展開というか、俄然面白くなってきた。って、全体の流れはわかっていないのだが。

 三鷹に到着して、まだ開演まで一時間あるので、道沿いにあった日高屋で「とんこつラーメン」を食べ、食べながら「V.」を読みつづける。「もういいか」と会場に行ってみると、お客さんは若い人ばかりで、わたしの知っているような人はまるでいなかった。これはちょっと意外な。

 っつうことで、「誰かと会えば飲んだりするかも」という予定もなくなり、終演後はまっすぐ帰路に。自宅駅には九時頃には到着。またお腹も空いていたので、家の近くの中華の店にまた寄った。今夜は満員で騒々しい。店の人たちも皆、忙しそうだった。わたしは瓶ビールと、お気に入りの「台湾焼きそば」とを注文。この味はクセになりそうな。
 ゆっくり食べて飲んで、帰宅したらもう十時になっていた。ニェネントくんの食事が、すっかり遅くなってしまった。ごめんごめん。
 寝るときに、ベッドでふとんをポン、ポンとたたいて、「ニェネント、おいで!」と呼ぶと、しっかりとふとんの上に跳び上がってきて、しばらくはわたしのそばでくつろいでいく。からだをなでまわしてもいやがらない。おや、まるで慣れた飼いネコみたいだねぇ(なんて思ってると、すぐにベッドの上から跳び去っていってしまうのだけれども)。


 

[]<SCOOL パフォーマンスシリーズ 2017 vol.3> 福留麻里ソロダンス公演「抽象的に目を閉じる」@三鷹・SCOOL <SCOOL パフォーマンスシリーズ 2017 vol.3> 福留麻里ソロダンス公演「抽象的に目を閉じる」@三鷹・SCOOLを含むブックマーク

 ‥‥さいしょのあいさつから、知人に借りたという舞台の照明装置というかオブジェっぽい器具を説明され、それから自分が住んでいるところの説明。腕で宙に東京の地図を書き示し、そのなかの「このあたり」とか示されて、それがふっと、ダンスっぽい動きに移行していったりする。そういうのは「ダンス」というよりも「パフォーマンス」じみたところもあり、前に例えばあの人だとかかの人だとか、観た記憶があるように思い出したりもする。

 それは発せられる「ことば」と、身体の動き、というものとの関係で興味深いものはあったわけだけれども、せっかく用意したその照明装置とのからみとか、空間の認識とかで、ちょっともの足りないところも感じてしまったのはたしか。


 

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■ 2017-09-22(Fri)

 仕事から帰ってしばらくしたら、外からぼた、ぼた、と、雨だれのような音が聴こえてくる。窓の外をみてみると、「こりゃあスゴいや」といいたくなるような大雨になっていた。おお、ぎりぎり降られずに帰り着いたな、というところ。そのあとも今日はずっと、雨が降ったりやんだりがつづいた。降り出すとかなりの大雨になるので、買い物もやめて外に出ないようにした。
 しかしいくら外は雨でも、窓を閉め切っているとやはり暑苦しくなってくる。それで今日になってようやく、「窓を開けていてもニェネントが容易には外に出られない」という方法をみつけた。何のことはない、窓を開けておいて、その網戸の前に別に持っていた白いボード板を立てかけて置くだけのこと。それでもニェネントはボードと網戸のあいだに入り込もうとするわけだけれども、うまくボードを置けばニェネントは決して入り込めない。窓が開いている部分は上の方だけになってしまうけれども、充分に涼しい。

 先日ファミリーマートで買い物をしたら、「TSUTAYAで旧作三本無料」というクーポンをもらってしまい、この何もない駅周辺にはもちろんTSUTAYAなどないのだけれども、となりの柏駅なら駅の近くにちょっと大きな店舗があるし、調べると今は店に置いてないDVDでも、取り寄せて借りることができるようになっているらしい。今はわたしも「ひかりTV」も契約やめているし、最近の映画を観る機会もなくなっている。昔使っていたTSUTAYAのDISCASのように、古い作品を取り寄せできるのならそれも申し分ないし、久々にレンタルの会員になろうかと考えている。そうすると「あれも観たい、これも観たい」と、また時間がなくなってしまいそうだけれども。

 今はとりあえず、もっと本が読みたい。ほんとうはそのことに集中したい(そういうことでは、この「日記」を書くのも大きな負担なんですよ!)。それで、「いったいなぜ、本を読むというのはこんなに時間がかかってしまうのだろう」と、うんざりしてしまうのだけれども、映画を一本観てせいぜい二時間前後。そのくらいのペースで本を一冊読めないものかのう、などと思うし、軽い小説とかなら誰かが朗読してくれるというのもいい(じっさい、そういう朗読CDとかいうのは昔っからあるわけだけれども)。しかし、ピンチョンの作品とかを「朗読」されても困ってしまうわけで、それはやはり本を拡げて活字を追うという作業は必須だろう、とは思う。
 今はピンチョンとナボコフの小説作品を読んでいるわけだけれども(ナボコフの「プニン」は今日読了した)、ほんとうは社会科学書とか思想書とか、そういうジャンルのものをたくさん読みたい。わたしの「空っぽの脳」が、それを欲しているような気がする。ただ、そういう書物でも、今は「わたしがスラッと理解できるもの」がいい。このあいだドゥールズ/ガタリの文庫とか持ってるので読み始めようとしたら、わからないというのではないのだけれども、読んでいて「いったいどこに連れていかれるのか」わからないし、並外れた神経の集中が要求される。いずれは読みたい本ではあるけれども、優先順位としては「後回し」である。とにかく来週「V.」を読み終えたら、次はやはり「重力の虹」になるかなー。そうしたらやはり、並行して他の本は読めないということになるんだろうか。


 

[]「プニン」ウラジーミル・ナボコフ:著 大橋吉之輔:訳 「プニン」ウラジーミル・ナボコフ:著 大橋吉之輔:訳を含むブックマーク

 主人公のプニン氏は、1898年生まれ。ロシアから亡命していろいろ経由してアメリカへ渡り、今(1954〜6年?)はそれなりの大学の助教授としてロシア語を教えている(これは作者のナボコフ自身のことが相当反映されているのだと思う)。小説は全七章からなり、それぞれの章は非連続になっているというか、それぞれを独立した短編小説と読むこともできるんじゃないかと思う。でも、そんなプニン氏を主人公とした連作の中から、プニン氏の人間像がくっきりと浮き上がるわけで、そのプニン氏、ナボコフの作品の主人公としては異例なことに、(特にその序盤では)ちょっとドジで、愛すべき人物として描かれている。

 まず第一章で、プニン氏はとある婦人会読書クラブに招かれ、公演をおこなう予定で列車に乗っているのだけれども、実はその列車は目的地には停まらない。プニン氏が古い時刻表にたよったせいである。車掌に指摘されてまちがいに気づいたプニン氏は、次の駅で降りれば目的地へ行くバスがあることを教えられて下車するのだけれども、しばらく待ってよくやくバスがきたとき、荷物一時預かりに預けた荷物を取り戻せず、バスに乗り遅れてしまう。ちょうど目的地に行くというトラックに乗せてもらったプニン氏だけれども、着いてみると、その日の公演のための原稿がポケットにないことに気づくのである。

 ‥‥こういう筆致は、たしかにユーモア小説の王道のようなところもあって、その後もプニン氏の勘違い、失敗はいろいろとつづくのだけれども、例えばその第一章では、「乗せてもらったトラックでもっと面白いことが起きたんではないか」とか、「原稿を忘れたプニン氏はそれでどうしたんだ」とか思うわけだけれども、ナボコフはそういうところはすっ飛ばしてしまう。そういうことはあとでまた効果的に語られもするのだけれども、この時系列の飛ばされたところをいかに想像するか、ということもこの小説の面白さのひとつ。

 しかし、読み進むうちに、そんなプニン氏の滑稽さには、だんだんに哀しさが付加されるようになってくる。例えばプニン氏は過去に結婚していたのだが、ナボコフ作品におなじみの「ファム・ファタール」ともいえそうなその元妻は、さんざんにプニン氏を翻弄しつづけるわけだし、その息子がプニン氏を訪れる挿話の「サッカーボール」とか、ぐっときてしまう。そして実は彼のかつての恋人がユダヤ人収容所で亡くなっていたという回想では、プニン氏の次のような心情が語られる。

マイラの思い出が彼の心をかき乱すのは、真に自己に対して誠実であれば、マイラの死のような事態を可能ならしめる世界に、とうてい良心と正気をもって生き続けられるはずがないからである。

 このように、くすっと可笑しくも愛おしく、そして哀しみをも感じさせる作品ではあるのだけれども、そんな中で読んでいくと、この作品を書いていると思われる「小生」という人物があちこちにあらわれてくる。この人物は終盤にはプニン氏の知るところの人物であることも明確になり、プニン氏の運命に決定的な役割も果たすことになる。
 ‥‥はたして、この「小生」とは何者なのか。ここにこの「プニン」という作品の、もうひとつのナボコフ作品らしい側面がすがたをあらわす。もちろんこの「小生」は、「この作品を実際に書いているナボコフ自身」ではなく、彼もまたナボコフの創造物である。そしてある意味でこの作品(プニン氏の運命)をかき乱す、この「小生」という人物は、のちの「青白い炎」でのあの注釈者、チャールズ・キンボードを思い出させられるところがあるのではないだろうか。

 もうひとつ思ったことを書いておくと、この、章ごとに新しい登場人物が登場し(リスやアリも登場する)、文体も変化しながら進行していくこの作品、読んでいて、今読みさしになっているピンチョンの「V.」のことを思い出してしまった。さすがにナボコフに学んだピンチョン、この「プニン」から何らかの影響を受けたりしていたのだろうかなどと思ってしまった。それで気になってこの二作の発表された年を調べてみると、この「プニン」は1957年で、*1ピンチョンの「V.」は1963年。意外と「同時代」というか、こういうところではナボコフとピンチョンとは同時代の作家ではないか、などとも思うことになった。

 やはりナボコフの作品らしくも「再読」をうながすような作品。また読んでみたい。


 

*1:ついでに書いておくと、この「プニン」はあのセンセーションを巻き起こした「ロリータ」の次に書かれた作品で、そういうナボコフなりの「気遣い」を感じとることもできる気がする。

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■ 2017-09-21(Thu)

 昨夜ナボコフを読んで寝たせいで、ナボコフの夢をみた。夢の中でそれは「ナボコフ」というわけではないのだけれども、そのある著名な小説家の息子が、父の生まれ故郷であるロシアに行く。しかしロシアでは、その小説家の作品は今でも禁書になっている。息子はロシアでは友好的に迎え入れられ、大きな書店に招かれる。その書店の書棚には表紙が見えるようにその父の小説が置かれている。しかし息子は、「今でも父の本は禁書になっているはず」といぶかしく思う。そういう夢だった。
 その読んでいるナボコフの「プニン」はサクサクと読み進み、明日には読み終えられることだろう。

 心配した仕事の方だけれども、たしかに今までよりはいろいろとハードなのだけれども、なんとか慣れてきたというか、「これならやっていけるだろうか」と思えるようになった。いちじは「別の仕事を探すべきか?」などとも思ったけれども、とりあえずはだいじょうぶみたいだ。

 前に「ダグラス・サーク」とラベルに書かれたVHSテープで「天はすべて許したもう」と「愛する時と死する時」とを観て、他にどこかに「心のともしび」も録画してあるはず、と思っていたのだけれども、もう一本、表に「ダグラス・サーク」と書いてあるテープが見つかり、観てみるとさいしょにまた「天はすべて許したもう」が録画されていたのだけれども、二番目に「やはりあった」という「心のともしび」が録画されていた。夜はこれを観た。観終わると次にもう一本ダグラス・サークの作品が録画されていて、それは「翼に賭ける命」だった。それも早く観てみたい。


 

[]「心のともしび」(1954) ダグラス・サーク:監督 「心のともしび」(1954)   ダグラス・サーク:監督を含むブックマーク

 原題は「Magnificent Obsession」というちょっと大仰なもので、これは、邦題の方がずっと「ステキ」なのではないかと思う。この作品は前に観た「天はすべて許したもう」の前年に撮られた作品だけれども、出演者もジェーン・ワイマン、ロック・ハドソンの主役二人に、アグネス・ムーアヘッドも出ていて、「天はすべて許したもう」に引き継がれている。ちょっと展開にも似たところがあって、「天はすべて許したもう」ではジェーン・ワイマンがロック・ハドソンに惹かれ、その生き方に自分を合わせようと生き方を変えていくわけだけれども、この「心のともしび」では立場は逆で、(大雑把にいうと)ロック・ハドソンがジェーン・ワイマンに対し自分を受け入れてもらおうと、自分の生き方を変えていくのである。

 つまり「若いうちに遊びたいだけ遊んでおく」と思っていた大金持ちの遊び人ボブ(ロック・ハドソン)は、モーターボートの事故を起こし、人工呼吸器のおかげで九死に一生を得るのだが、その人工呼吸器を所有していたフィリップス医師が同じときに心臓発作を起こし、つまりボブと引き換えのように命を失う。残された妻のヘレン(ジェーン・ワイマン)はそのことを理不尽に思い、ボブの日頃の遊び人ぶりも知っているからボブを許せない。ボブは「自分の代わりにフィリップス医師が亡くなった」ということを知ってショックを受け、自責の念に駆られてヘレンに自分の気もちを伝えようとする。しかしヘレンはボブを避けようとし、そのため交通事故に遭い、なんと失明してしまうのである。
 ボブはそれまでの放埒な生活を捨て、「ヘレンのために何ができるか」を求めるのである。ぐうぜん湖のほとりで静養していたヘレンと出会ったボブは、誰何されてとっさに偽名を使ってヘレンと話をする。それから毎日のようにボブとヘレンとは会うようになり、ヘレンはそれがボブと知らずに彼に好感を持ち、ボブはヘレンに恋をしていく。ボブは自分の財力を使ってヘレンのヨーロッパでの目の検査〜手術という計画を立て、自分の名は出さずに実行に移すのだが‥‥。

 実は亡くなったフィリップス医師は多くの人を救っていた慈善家で、そんな彼の慈善家としての姿を知る人は少なかった。ボブは贖罪の行動の過程でフィリップス医師の友人だった画家のエドワードに出会い、慈善家としてのフィリップス医師のことを知り、自分も彼のように慈善に生きようと決心し、そのことをエドワードも支援する。ここに「人の理想の生き方とは」という求道精神も主題となり、「天はすべて許したもう」に引き継がれることになるだろうか。その道を求める人が、ここではロック・ハドソンであり、「天はすべて許したもう」ではジェーン・ワイマンになる。

 とにかくはドラマ〜人間関係がきちっと出来ていて、ヘレンの義理の娘のジョイス、その夫のトム、フィリップス医師もサポートしたヘレンの友人の看護師のナンシー、そして画家のエドワードらが、ボブとヘレンを中心にして円を描くように進行していく。登場人物のすべてが「善人」のドラマではあるけれども、素直に進行していかない。そのもどかしさが観るものを惹きつけるような。

 演出はもう「すばらしい!」の一語につきるというか、あまりに的確な絵コンテ、カット割り、カメラ移動と、もう動かしようのない映像の完成形が進んでいく感じで、そこに音楽(フランク・スキナー)が「これぞメロドラマ」という絡みを展開する。わたし的には、ヘレンが治療のためにスイスのホテルに宿泊していた夜、ボブがその部屋を訪れるというシーンの、室内の明かりのない中でのふたりのシーンが、とてつもなく美しかったのだ。


 

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■ 2017-09-20(Wed) このエントリーを含むブックマーク

 まだまだ残暑というか、昼間はけっこう暑い。ウチの部屋がまた温室のような部屋で、外が暑いとそれ以上に室温がどんどん上がる。わたしが仕事から戻ってくるのは(午前)十時半ぐらいなんだけれども、ドアを開けて部屋に入ると、もうムッと来る。エアコンをつければいいのだけれども、その前に窓を開け放てばずいぶんと涼しくはなるのでそうしたいのだけれども、窓を開けておくとニェネントがやってきて、網戸なんかは自分で開けて外に出てしまうので、要注意なのである。
 今日もそうやって窓を開けていると、窓際にニェネントがやってくる。そのうちに網戸に爪をひっかけて網戸を開けようとする(もうすっかり、開け方はマスターしてしまっているのだ)。それで「ダメです!」と怒って窓際から追い払うのだけれども、またすぐに窓際に戻ってきて、網戸を開けようとするのである。いたちごっこ。「これはちょっと本気で怒らないといけないかな」と、窓際にきたニェネントをつかまえようと追う。ニェネントは逃げて、しばらくするとまた窓際に戻ってくる。また追うと、こんどはしっかりつかまえた。するとニェネントは「シャーッ!」と怒り、わたしの手を噛んでくるのである。おお、ニェネントが怒るのはずいぶんと久しぶりにみたな。ニェネントにとっては「わたしが外に出たいというのはわたしの本能で、わたしの権利。なんであなたはそんなわたしの権利を妨害するのか。」ということなんだろう。ふむ、むずかしいところではあるけれども、やはり外に出てしまって、わたしの目のとどかないところに行ってしまわれるのは困るのである。しょうがないので窓を閉め、エアコンをつけることにした。これで買い物とかをしに外に出ると、室内よりもずっと涼しいのがわかるので、「なんだかな〜」という感じにはなる。

 読んでいるピンチョンの「V.」も巻の2になって、「これで返却期限までには読み終えられるな」と思えるようになったのだけれども、考えてみたらまだ「V.」の返却期限は来週の木曜日までで、それだけ日にちがあるならばいちど「V.」は中断して、我孫子の図書館から借りていて、今度の日曜が返却期限になっているナボコフの「プニン」をこれから読めば、今週中に読み終えられるではないかと気づいた。来週になってまた「V.」を読み始めても、なんとか期限までに読了できるだろう(二、三日は遅れてもいいのだ)。ということで、「V.」の方はキリのいいところで一旦お休みし、夜には「プニン」を読み始めた。

 ニェネントは怒って機嫌を損ねているのかとも思ったけれども、そのあとはいつものように、わたしのそばにすわりこんだり、わたしの顔を見て「にゃ〜ん」とないたりもするので、安心した。夜はベッドで寝ようとしたら、わたしの寝るベッドの上にかけ上がってきたりもした。つい怒ってしまったことを反省しているのだろうか。


 

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■ 2017-09-19(Tue) このエントリーを含むブックマーク

 「V.」を読んでいると、思いっきり「ワニ狩り」ということが出てくるわけで、はたして、わたしはこのブログを開設するときに、この「V.」の「ワニ狩り」からブログタイトルの想を得たのだろうか?と思ってしまうわけだけれども、このブログ、ブログにする前はしばらくは手書きのノートでつづけていた日記があって、そのときから「ワニ狩り連絡帳」のタイトルは使っている。それはもう二十年以上も前のことで、もちろん記憶も確かではないのだけれども、別に「V.」からいただいたものではなかったようには思う。もちろんそのときはすでに「V.」の翻訳は出ていたわけで、「いや、このタイトルはわたしのオリジナルだったのだ」と主張しても勝ち目はないようではあるのだが、自分ではここは都合よくも、これはピンチョンとわたしとのシンクロニシティーだと思っている。
 その「V.」は、昨日がんばって読んでようやく300ページぐらいまで進んだ。しかし話は章が変わるたびにガラガラと音をたてて変わって行くし、新しい登場人物もまだまだドンドンと登場してきて、まるで「頭脳テスト」を受けているみたいである。

 そして今日は、仕事の受け持ちが大きく変化する初日。正直、不安で一杯であった。そしてやはり、「これはなかなかに大変なことであるなあ」という感想になった。とにかくは今までのように余裕かまして、頭では別のことを考えながら作業する、ということなどできるもんではない。とにかくは「慣れ」がいちばんだろうとは思うのだが、その「慣れ」までにしばらくは「時」が必要なことだろう。

 今日はそれでも「V.」の巻の「1」を読了し、明日からは「2」だぞ、というところまできた。


 

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■ 2017-09-18(Mon)

 夜中に目が覚めると、外から、木が風に吹かれてざわつくような音が聴こえてくる。このあたりで台風の影響がいちばん大きな時間帯になったのだろうと思った。ベッドの上で半分は眠りながら、「明日の朝は台風も過ぎていい天気になるだろう」などと考えていて、またそのまま眠ってしまった。朝になって目覚めて窓の外をみると、まさに快晴だった。

 今日は敬老の日の祝日で、三連休のさいごの日。渋谷のアップリンクに、12月の黒沢美香さん一周忌にあわせたイヴェントの、武藤さんのトークの日のチケットをちょくせつ買いに行こうかという計画。まずはネットで「まだチケットは売り切れていないか」をたしかめる。まだ十席近くの空席があるようなので、早くに出かければだいじょうぶではないかと判断し、出かけることにした。ただチケットを買いに出かけるだけというのもバカげているので、同じ渋谷のTOWER RECORDでやっている「H・R・ギーガー ポスター&アート展」を観てこよう。それと、Bunkamuraの「ベルギー奇想の系譜」展も観られるだろう。電車読書室で「V.」を読み進められるというメリットもある。

 駅までの道を歩いてもかなり暑いという感覚だったけれども、渋谷に着いてみると陽射しも強く、まだ時間も早いのに真夏のようだった。さて、まずはアップリンクへ行くのだけれども、これがしばらく訪れていないのでまた記憶からとんでしまっていて、場所がわからなくなっている。いちおうネットで場所は調べてあったのだけれども、「はたしてほんとうにこの道でいいのか?」と不安になってしまったり。
 なんとか到着し、チケットも入手。まあクレジットカードを持っていればこんな苦労はしなくってもいいんだけれども、仕方がないことである。っていうか、発券してもらったチケットがコンビニのレシートのような、感熱紙にプリントされたものだったので、「これを12月まで保存しておいたら文字も消えてしまうのではないのか?」という不安に囚われてしまったり。発券されたときに思わず「これ?」って声を出したら、担当の方も苦笑されていたが。

 それでは次は久々に訪れる(十年ぶり、いや、それ以上になるのではないか)TOWER RECORDで、ギーガー展を観ることにする。ところが行ってみると、TOWER RECORDはオープンしているのだけれども、8階の展覧会会場は11時オープンということで、まだしばらく時間があるのだった。それで当然、売られているCDのチェックとかすることになる。‥‥ふむぅ。いろいろとリリースされているんだなあと、ジャケットをみて目を楽しませる。Hacoの新譜とか「買おうかな」と思ったりしたが、いちばん欲しくなったのはクラシック売り場でみたメシアンの「トゥーランガーリラ交響曲」の、1960年代に小沢征爾が指揮をした盤。これが千円だったので、よほど買ってしまおうかと思ったのだが。

 ようやく8階もオープンしたようなので行ってみると、なんと、入場料を800円も取るのである。奥の会場をみてもそんなに広いスペースでもないし、そもそも展示されている作品はポスターだとか複製だとかが中心で「オリジナル」ではないわけだし、わたしは当然入場無料だろうと思ったので、ちょっとおどろいてしまった。まあここまで来て引き返すのもアレなので入場料を払って中へ入ったが、展示作品も20〜30点ぐらいで、「有料展覧会」としては不満も出る展示だった。

 会場から出てちょうど昼どきにもなったので、日高屋(渋谷でいつも行く店はなくなっていて、かなり歩いて宮益坂の方の店まで行った)で「とんこつラーメン」と「生ビール」とを。ドリンクをつけて750円だから安い。次に「ベルギー奇想の系譜」展を観に行くことにし、これはきっと近くのチケットショップでチケットが安く売られているはずと、そんなチケットショップに飛び込んでみる。予想通り、1000円で売られていたではないか。当日窓口でチケットを買えば1500円だから、500円得をした。これでギーガー展のガックリ感も、多少は緩和されたか。

 祝日の午後とあって、入った会場はかなり混み合っていた。とちゅうルーベンスのコーナーは好きじゃないのですっとばして(笑)、それでも思いがけずフェリシアン・ロップスやアンソールの作品も観れたし、何よりもクノップフの作品が数点展示されていたのがうれしかった。

 展覧会の会場は作品保護のために室温を低くされていて涼しかったけど、外に出るとやはりギラギラと陽射しも強くて暑く、落差が大きかった。さっさと家に帰ろうと地下にもぐってメトロに乗り、三時半ぐらいには帰宅できた。


 

[]「H・R・ギーガー ポスター&アート展」@渋谷・TOWER RECORD SpaceHACHIKAI 「H・R・ギーガー ポスター&アート展」@渋谷・TOWER RECORD SpaceHACHIKAIを含むブックマーク

 ‥‥それほどまでに、ギーガーの作品に興味があるというわけでもなかったのだけれども、てっきり「入場無料」だと思っていたもので行ってしまった展覧会。

 わたしの中でのギーガー像というと、世紀末の象徴主義の影響を受けて、ジャン・デルヴィル流の悪魔主義的なものへの嗜好をゴシック的に表現したのだろうかという思いだったが、落ち着いたモノトーンを基調とした平面作品は、思っていたよりも魅力的だった。この人は立体作品になるとどこか重心の定まらない、落ち着きの悪い印象を受けることが多いのだけれども、平面作品はそういう欠点が払拭されている。
 ただ、やはりこの二十点かそこらの作品でギーガーという人の「あり方」を見定めよ、というのは乱暴な話で、まあ「おまけ」みたいな展覧会という印象を持ってしまうことは否めない。それでも会場では今公開中だというドキュメンタリー映画、「DARK STAR H・R・ギーガーの世界」からの特別編集のトレイラーみたいなものが放映されていて、これがけっこう見ごたえがあったというか、そのドキュメンタリーを見たいものだと思わせられるものではあった。そこで紹介されたギーガーの作品で、ベックリンの「死の島」からのパスティーシュ作品、というか「死の島」そのまんま、みたいな作品も出て来て、そういうことであればやはり、ちゃんとヨーロッパ美術史の中できちんと、ギーガーを位置づけるような視点が欲しいと思った。今はあまりに、ギーガーを正統に「美術作家」とする視点が欠けすぎていると思う*1。70年代の彼のシルクスクリーン作品が2点だけ並んでいたけれども、それだけでは彼の創作の歴史の中でそれを「どう解釈していいのか」わからない。解説ではその作品(ゴミ収集車のうしろ側を描いた作品だったかな?)にあらわれる「円形」に縦線があるからそれは「女性器」だ、などといっているのだが、そういう(フロイト的な?)ものでもないだろうとは思う。


 

[]「ベルギー奇想の系譜 ボスからマグリット、ヤン・ファーブルまで」@渋谷・Bunkamura ザ・ミュージアム 「ベルギー奇想の系譜 ボスからマグリット、ヤン・ファーブルまで」@渋谷・Bunkamura ザ・ミュージアムを含むブックマーク

 展示は全体に三つの「章」に分けられていて、「第1章」は「15-17世紀のフランドル美術|ボスの世界|ブリューゲルの世界|ルーベンスの世界」、「第2章」は「19世紀末から20世紀初頭のベルギー象徴派・表現主義|ロップスの世界|ベルギー象徴派|アンソールの世界」、そして「第3章」が「20世紀のシュルレアリスムから現代まで|マグリットとデルヴォー|ヤン・ファーブルと現代美術」という仕分け。順に観て行きましょう。

 「第1章」。すべての始まりはヒエロニムス・ボスなのである。彼の工房の作品「トゥヌグダルスの幻視」をこの展覧会のメインに据え、ボスの死後十数年であらわれた彼のフォロワーらの作品などの展示が第一セクション。つづく第二セクションがこれがブリューゲルのセクションで、ここに一点だけ、ブリューゲルの小さな油彩画が出品されている。この細密描写がすっばらしい。見ごたえがあるということでは、この作品がこの展覧会でいちばんではないのか。こ〜んな小さい画面にこ〜んなにぎっしりと! 次のセクションはなぜかルーベンスだったので、ルーベンスが死ぬほどきらいなわたしは、「そっちを見ないように見ないように」とすっ飛ばします。

 「第2章」。いきなり、フェリシアン・ロップス。画集ではよく目にした「娼婦政治家」、そして「踊る死神」などが思いがけずに展示されている。ロップスの作品がこうやって、十点も展示されるなんて、なかなかに画期的なことではないのか。そして次に並んでいたのが、思いがけずもクノップフの作品群。これはわたし的にはいちばんうれしかった。久しぶりのクノップフとの出会いを、たっぷりと堪能した。いい展覧会ではないか。そのあとに、さっきのギーガー展でも思い浮かべていたジャン・デルヴィルの作品が三点。うち一点の油彩の大作は、姫路市立美術館の所蔵品だった。先にあったクノップフの作品にも姫路市立美術館所蔵品が含まれていたし、なんだか気になる美術館である。
 このあとに、やはりわたしの大好きなウィリアム・ドグーヴ・ド・ヌンクの作品が二点並び、そしてそのあとに、同時代のヴァレリウス・ド・サードレールという作家の作品を初めて観た。まるで知らない作家だったけれども、しっかり気に入ってしまった。このあとにアンソールの作品が十点ほど。アンソールの作品を観るのなんて、何十年ぶりにもなるのだけれども、「面白いね」と、楽しんで観ることができた(ここにも姫路美術館の所蔵作品が)。

 「第3章」はシュルレアリスムから。ポール・デルヴォーの蠱惑的な作品たちから、マグリットの、「裏側のない」謎の世界へ。マグリットは「前兆」と「大家族」という彼の代表作。そしてパナマレンコの「手づくりマシーン」作品、ヤン・ファーブルの作品へと。

 ま、あまりに総括的といえば総括的なわけだけれども、「奇想」というキーワードがうまく機能してもいて、楽しい展覧会ではあったと思う。


 

*1:Wikipediaの「H・R・ギーガー」の項目の、その記述の稚拙さにあきれる。

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■ 2017-09-17(Sun) このエントリーを含むブックマーク

 昨日九州に上陸した台風が、その後四国、本州と縦断し、今日は新潟のあたりの日本海を通過するようで、このあたりも朝からずっと雨。「この雨なら窓を開けてもニェネントは外に出て行かないんじゃないかな?」と思って窓を開けてみたら、やっぱりニェネントは外に出ないでいる。前の住まいは窓の外はベランダで、雨が降り込むことはなかったから、ニェネントが外に出ても雨に会うことはなかったと思う。だからニェネントには「雨」の初体験、という感じなのだろうか。

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 ‥‥空から水が降っていて、とても外には出られないな〜、という感じ。

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 そのうちに、外にクロがやってきた。雨宿りなのかニェネントへの「あいさつ」なのか。しかしニェネントは前からクロにはまるで関心はないようで、今日も完全に「無視」。

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 そういうわけで、わたしも今日は一歩も外に出ないで過ごした。読んでいる「V.」は、昨日150ページぐらいまでしか読み進めなかった。今日もがんばったけれど、なんとか200ページぐらいまで。この三連休で一巻目は読み終えようかと思ってもいたけれども、ちょっと無理っぽくなってきた。

 十二月に黒沢美香さんの一周忌に合わせていろいろとイヴェントが予定されているようで、一日にはアップリンクで武藤さんのトークがある。これは行きたいなと思っていて、もうチケットの発売が始まっているはずとネットでみてみると、会場も狭くってもうほとんどの席が埋まってしまっていた。「これは押さえておかなければ」と思って、ネットでチケット購入の手続きを進めてみると、けっきょくクレジットカードがないと買えないことがわかった。
 最近はこういうケースが多くて、スマホを持っていないとダメだとか、クレジットカードがないとダメだとか、わたしには住みづらい世界になってきた。ひょっとしたらわたしもスマホにはしようかと思ってもいるけれども、逆にこういう「スマホ優先」の社会になるなら、意地でスマホにするのはやめようかとも思う。クレジットカードはそれは持っていればいろいろと便利だけれども、なければないで何とかなる余地も残っている。今回の黒沢美香さんのイヴェントのチケットにしても、ちょくせつアップリンクの窓口へ行けば買えるわけだ。もう残り席も少ないので、今日中に完売してしまうことも考えられるけれども、明日渋谷に出かけてチケットをゲットする、ということを考える。明日はもう台風も行ってしまって、きっと好天だろうし。明日の朝またネットで残り席をチェックして、まだ出かけて行って買えるぐらい席が残っていれば、渋谷まで出かけよう。

★昨日観た「ヨコハマトリエンナーレ」の作品で、印象に残ったものを備忘録的に書いておきたい。
 ●アイ・ウェイウェイ:じっさいに難民たちに使われた救命胴衣、そして救命ボートを横浜美術館正面にディスプレイしたインスタレーション。まずド〜ンと、今の世界が抱える問題をアート作品として提示して、この「ヨコトリ」の基調精神をあらわしたような。インパクト大。
 ●ロブ・プルイット:毎日描かれた絵日記カレンダー。「そうか、こういうやり方もあったか」という感じで、実に楽しく観た。
 ●畠山直哉:部屋一面に展示された陸前高田の360°フォトの中に身を置き、視線を移動させて行くと、ふいにあの震災の痕跡が姿をみせる。なんだかリアルな体験で、部屋の真ん中に立っていて、涙がこぼれそうになった。
 ●クリスチャン・ヤンコフスキー:重量挙げのポーランド代表選手らが、歴史的モニュメントの銅像を持ち上げようとする。TVレポーターがその様子を中継する。ただ観ていて笑えるのだけれども、その奥にアイロニカルな歴史意識がみてとれる。
 ●ラグナル・キャルタンソン:ヘッドフォンから聴こえる他の人の演奏をたよりに、異なる部屋にいる九人のミュージシャンが即興で、「ひとつの曲」を成り立たせようとする。展示室には九つのスクリーンそれぞれにミュージシャンひとりずつの演奏が(もちろん同期させて)再生される。音楽も美しかったし、わたしはこの作品がいちばんだった(ちょっと泣きそうになった)。もういちどゆっくりと、この作品を体験したい。

 その他にも、ザオ・ザオ、マーク・フスティニアーニ、パオラ・ピヴィ、キャシー・プレンターガストらの作品も心に残った。そして、青山悟の次の「メモ」に、いろいろとヒントをもらった。

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■ 2017-09-16(Sat)

 台風が接近しているので、午後からは雨になるだろうという予報が出ている。今日は横浜に出て、アート三昧をやるつもりでいる。観たいのは「ヨコハマトリエンナーレ」と「NISSAN ART AWARD」、そして水族館劇場がその公演地の寿町でやっている「アウトオブトリエンナーレ」、「盗賊たちのるなぱあく」というのとを観ようと思っているのだけれども、どういう順番で観ようかと考えてしまう。やはり「ヨコハマトリエンナーレ」と「NISSAN ART AWARD」を順に観て、少し薄暗くなる頃に(雨になっていても)「盗賊たちのるなぱあく」を観るという順番が、歩く経路としてもいいだろうと思う。

 朝早く(わたしにとってはそんなに早い時間ではないが)、九時頃に家を出て横浜に向かう。大手町で東京駅まで歩き、そこからはJRで横浜は桜木町へ行く。桜木町に着いたのは十一時ぐらいだったろう(ケータイを家に置いてきたので、時間がまるでわからない一日になってしまった)。

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 まずはトリエンナーレの第一会場の横浜美術館へ行き、ほんとうはもっとサッサと観て歩くつもりだったのが、やはり観ていると面白いのでけっこう時間がかかってしまい、横浜美術館を出たのは(多分)一時になっていた。ちょうど第二会場の赤レンガ倉庫へ行く無料バス(ボディにジェニー・ホルツァーの「作品」が描かれている)が待っていてくれたので、それに乗って赤レンガ倉庫へ。

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 先に腹減ったので食事にしようと、食事のできるところを探したのだけれども、これがなんだか「ここにしよう」というところがなかなか見つからなくって、けっこう歩きまわってしまった。けっきょくは「大戸屋」とかで食事にして、少し食べ過ぎてしまった感じ。
 そろそろ外は、雨が降り始めてきた。順路的に、赤レンガでトリエンナーレの続きを観る前に、BankART Studio NYKで「NISSAN ART AWARD」を先に観るつもりで歩いたのだけれども、その途中にある「横浜税関資料展示室」というところに寄り道してしまった。ここには「密輸品を持ち込む密輸の手口」のディスプレイだとか、ワシントン条約による「輸入禁止品」の展示などがある。「そうか! そんなことをやって密輸するのか!」とか、「ドラッグって、そんなケースに入ってるのか!」とかあるけど、ちょっと、「ワシントン条約」で輸入禁止されているものの展示での、「ワニ革のハンドバッグ」というのが強烈だった。あまりにすごいので、受付の人に「ココって、撮影してもいいんですか?」と確認して、撮影させてもらった。って、いったいどんな女性が、こんなハンドバッグを肩にさげて街を闊歩するというのか。ダミアン・ハーストの作品よりスゴいんじゃないのか。

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 意外なことに、「二胡」も禁制品として展示されていた。共鳴部に張ってある動物の革がいけないのだろう。蛇革?

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 次はようやくBankART Studio NYK。昨日知ったニュースでもって、このスポットも閉められるのかという気もちもあって、展示された作品よりも建物の中をじっくりとみてまわった感じ。外のスペースにはゾウやカバもいた。閉鎖されてしまったら、このゾウやカバはどこへ行くんだろうか。

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 せっかくだから、1階のPubでウォッカトニックとかを飲む。となりのテーブルで盛り上がっているおじさんたちは、ホッピーを飲んでいる。そう、ここのホッピーは、追加の「なか」が激安というか、目一杯注いでくれるのである。どこの居酒屋よりもぜったいに安い! 空のグラスを戻すとき、カウンターのコ(かわいいコだった)に、「ここも閉めちゃんですね、残念ですね」とか話しかけようとしたのだけれども、タイミングを逃してしまった。

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 そんなBankARTを出て、トリエンナーレの第二会場の赤レンガ倉庫へ行く。ここでもじっくり観てしまって、外に出るともうすっかり、薄暗くなってしまっていた。トリエンナーレの第三会場、「横浜市開港記念会館」へ行くと、もうこの日の展示は終了しまったところだった。ここでの展示は柳幸典の作品だけではあったけれども、観られなくて残念だった。
 それで最後の予定は「盗賊たちのるなぱあく」。関内の駅に出て、その反対側にまわって行く。けっこう雨も強くなっていた。その「水族館劇場」のイントレが見え、区切られた区画に入ってみると、そろそろ水族館劇場のその夜の公演が始まろうとしている時間だった。周辺はもう照明も落ちてしまっていたので、ほとんどの展示は観ることができなかったけれども、鬼頭弘雄の「人間の海」という肖像写真集(たいていは寿町の住民?)、「焼け落ちた追憶のお化け屋敷」、などなどは観ることができ、まさに「ヨコハマトリエンナーレ」を「寿町」から補完する視点を読み取ることはできた。写真はボケてしまったけれども、「ドラえもん」ならぬ「ドザえもん」。

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[]ヨコハマトリエンナーレ2017「島と星座とガラパゴスヨコハマトリエンナーレ2017「島と星座とガラパゴス」を含むブックマーク

ディレクターズメッセージ

「接続性」と「孤立」から
世界のいまをどう考えるか?

いま、世界は、これまでの枠組みを超えてネットワークが急速に拡大する一方で、紛争や難民・移民の問題、英国のEU離脱やポピュリズムの台頭などで大きく揺れています。
また、人間の処理能力を大幅に超える量の情報が氾濫し、高度に複雑化する環境の中、SNS等のコミュニケーションツールの急速な発達により、ネット上の小さなコミュニティやグループの中だけに身を置くような、世界の島宇宙化が進んでいるようにも見受けられます。
さらには、これまでの大国や中央集権の論理に抗うかのような、さまざまな小規模共同体の動きも活発化しています。
このような状況を踏まえ、ヨコハマトリエンナーレ2017では、「島と星座とガラパゴス」というタイトルのもと、「接続性」と「孤立」をテーマに、約40組のアーティストを厳選して展覧会を開催します。あわせて幅広い分野の専門家が参加する公開対話シリーズ「ヨコハマラウンド」で討論を重ねます。こうして、視覚と対話の両面からテーマを掘り下げることで、「共有と共生」の多様な機会となることを目指します。
参加アーティストたちが扱うテーマは、個人と社会、私と他者の関係、国家や境界の問題について、あるいは異なる歴史観や人類の営み・文明への問いから、日本社会における孤立の問題まで多岐にわたります。それぞれが異なる小さな個展の集合体のような展示は、星が緩やかに繋がる星座や島が点在する多島海をイメージしています。鑑賞者の皆さんには、それらを自由に巡りながら、世界の複雑さや流動性について、複眼的な視点で思考を深めていただければ幸いです。

先行きの見えないこの時代に、人間の勇気と想像力・創造力がどのようなヴィジョンや可能性を拓くことができるのか。多くの人々とともに考え、開港の地・横浜から新たな視点を発信します。

                       ヨコハマトリエンナーレ2017 ディレクターズ
                            三木あき子、逢坂恵理子、柏木智雄

 ‥‥「接続性」と「孤立」というのは、つまり1960年代に谷川雁がいった「連帯を求めて孤立を恐れず」なんじゃないか、などと思ってしまうわけで、それは最近読んでいる絓秀実の戦後社会運動史とも繋がるものではないかと思ったし、じっさいにわたしは、そこからの連続の中で今回のトリエンナーレを観てまわったところがある。しかもこの展示には世界的な視点があり、そんな日本国内の動きが世界的視点の中でどうあらわされるのか、などというところにも興味は持っていた。そこでまだ分断を感じる部分もあったし、まさに「世界問題」として連なるところも感じる部分もあった。

 今はまさに「政治」の時代であって、世界は21世紀に突入したとたんに「ありうべき世界」から急旋回し、ディストピアな世界へ向かっているように思える。そんな中でいったいどこに「希望」があるのか、そういうことを感じさせられる作品がいくつかあったこと、そんな作品に出会えたことをうれしく思った。また、自分の思考の中での「よりどころ」となる思想への、より確かな親和性を感じ、その路線で考えを深めて行きたいとは思った。時間があればもういちど、ゆっくりと観てまわりたいという気もちはある。そして、分けては書かなかったけれども、水族館劇場一派による「盗賊たちのるなぱあく」を合わせて観たことで、触発されることも大きかった。


 

[]「NISSAN ART AWARD 日産アートアワード2017」ファイナリスト5名による新作展 @横浜・BankART Studio NYK 2F 「NISSAN ART AWARD 日産アートアワード2017」ファイナリスト5名による新作展 @横浜・BankART Studio NYK 2Fを含むブックマーク

 「ヨコハマトリエンナーレ」を観たあとでは、やはりどうしても「予備軍」的なというか、トリエンナーレ参加作家に比べると力量の差は感じてしまう。そんな中では、田村友一郎の作品がひとつ抜きん出ていたようには思った。



 

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■ 2017-09-15(Fri)

 というわけで、今日から仕事の担当区画が変わってしまった。区画が変わるだけではなくて仕事内容もガラリと変わってしまい、これは慣れるまでなかなか大変そう。今までは仕事をしながら手を動かしていても、頭ではそんな手の動きとはまるで関係のないことを考えることができ、それが「脳の運動」にいい働きをしていたように思うのだけれども、しばらくは目の前の作業に追われて、余計なことは考えることはできないだろうと思う。そういう「脳の運動」をいつ取り戻せるだろうか。今日の感覚では、ちょっとうんざり。

 昨日借りた「V.」を、今日から「通勤電車読書室」で読み始めた。行き帰りでなんとか50ページぐらい。「このペースではとても二週間では読み終えられないぞ」と、帰宅してからも読みつづけるのだけれども、やはり家で読むといろいろと他のことをやりたくなったり、電車の中でのように読書に集中することができない。なんとか80ページぐらいまで。明日は横浜まで出て、ヨコハマトリエンナーレとかを観てこようかと考えているので、横浜までの車内で読み進められることを期待したい。

 そんな、「明日は横浜へ行こう」と考えていたときに、横浜のBankART Studio NYKが来年四月で閉鎖されるというニュースをみた。古い記憶は消えてしまっているけれども、何度も何度も訪れたスポットで、いちおう脳がものごとをちゃんと記憶してくれるようになってからも複数回行っているので、どんなところだかはキチンとわかっている。元倉庫だったから真ん中に柱があったりして、それがじゃまになっているともいえるのだけれども、それを転化して考えれば面白い空間で、たとえばわたしがcrosstalkをやったSPACE EDGEに似たところもあった。1階にあるPubも採算を度外視した会計だったし、そうやって考えれば「ああいうところでcrosstalkをやりたい」とも思えてしまう。もう遅い。明日はちょうど、そのBankARTで始まる「NISSAN ART AWARD」というのも観に行こうと思っていたので、明日行くのを最後にしたくはないけれども、「ここも閉鎖されるんだな」と思いながら観てこよう。


 

[]「スウィングしなけりゃ意味がない」佐藤亜紀:著 「スウィングしなけりゃ意味がない」佐藤亜紀:著を含むブックマーク

 わたしの周辺でとても評判の高かったこの本を、ようやく読んだ。ナチス政権下のドイツはハンブルクで、「敵性音楽」であるジャズに酔い痴れた「スウィング・ユーゲント」と呼ばれた若者たちの、終戦に至るまでの歩みを描いた小説。全十章のタイトルがいずれもその章を象徴する曲名になっていて、それがある意味、一枚の(サウンドトラック)アルバムとも取れるようになっている(著者による「サウンドトラック」は別に、著者自身のブログに載っているのだけれども)。

 まずは秘密バーでレコードをかけ、生演奏で踊り楽しんでいたメンバーらは、BBC放送をチェック出来る高性能ラジオを手に入れ、ジャズレコードが廃棄されたあとには、当時最新の録音機材とアセテート盤へダイレクトにカッティングできる機材を入手し(ブルジョワだったのだ)、ラジオからレコード盤をカッティングして密売するようになる(つまり、「ブートレグ」ではないか!)。戦況は悪化して、ハンブルクは大空襲を受け、彼らの状況も切迫したものになる。

 同時代アメリカ音楽への憧れ、その延長から「自分たちは何者なのか」という問いかけも読み取れるようなこの作品、後半のハンブルク空襲の悲惨でリアルな描写もあって、読み終わると「生き残ったのは何だったのか?」という思いにも捉えられる。それは同時代のこの日本とも比べてみたくもなるだろうか。

 章のタイトルになっている十曲、わたしにはわからない曲が二曲ほどあった。「赤い帆に黒いマストの船」というのは、調べたらワグナーのオペラの曲みたいだ。読めば、いったいなぜ第四章のタイトルが「奇妙な果実」なのかとか、いかに第五章の中に「Night and Day」の歌詞が活かされて挿入されているかなど、多少は「クイズ」感覚もあるのかな?


 

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■ 2017-09-14(Thu)

 仕事で担当している区画が、急に変更されることになってしまった。つまり新しく入った人がわたしの区画を引き継ぎ、わたしは明日からは別の区画にまわされるのだ。それで今日はその引き継ぎで、その新しい人といっしょに今までの区画をまわる。けっこう気に入っていた区画なので変更されたくはなかったのだけれども、逆らいようはない。その区画をふたりでまわっていると、そこの顔見知りの方が「あれ?」というような顔をされるので、「今日で別の区画へ行くんです」と説明、「それはそれは」と、「今までお世話さまでした」とあいさつをされた。別にわたしの仕事はそうやって区画の人と親しくなる仕事というわけでもなく、「見えない存在」として無視されるのが普通だと思うのだけれども、そうやっていつの間にかあいさつをされるようになり、軽い会話も交わされるようになったというのはやはりうれしかったことで、それはわたしが、外から見た外見だけでも、忌避すべき存在に見えなかったというか、親しみをおぼえて下さった方がいた、ということでもうれしいことだった。やはりこの区画を離れるのは残念なことだ。

 今日は仕事のあとに銀座の方に出て、黒沢清の新作「散歩する侵略者」を観ようという計画。大手町から丸ノ内線で銀座へ出て、その映画館を探すのだけれども、なかなか見つからない。上映開始まで時間の余裕があったからよかったけれども、見つけてみるとさいしょに遠くから見た東映系の映画館だった。わたしはまさか「東映」とは思っていなかったので意外。映画が始まってみても、配給は松竹と日活になっているわけで、なぜ東映系の映画館で公開されているのか、よくわからない。ちょっと長い映画だったけれども、いつもの黒沢清らしい映画というか「新境地」というか、楽しい映画ではあった。

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 来たときのように大手町経由で帰ろうかと思っていたら、歩いていたら日比谷駅が意外と近いことがわかり、その日比谷駅から乗り換えなしでまっすぐ帰宅できた。
 帰宅したあと遅い昼食を取り、そのあとは、柏の図書館の分室にリクエストしてあったピンチョンの「V.」が来ているとの連絡を受けていたので、それを借りに行く。我孫子の図書館から借りている、読みさしの「スウィングしなけりゃ意味がない」を早く読み終えないと、「V.」に移行できないので、集中して「スウィングしなけりゃ意味がない」を読み、なんとか読了。感想は明日にでも。


 

[]「散歩する侵略者」黒沢清:監督 「散歩する侵略者」黒沢清:監督を含むブックマーク

 原作は「イキウメ」の前川知大による舞台作品ということ。「イキウメ」の名前は知っていたけれども、彼らの舞台は観たことはない。脚本は黒沢清監督自身と、「トウキョウソナタ」でも脚本を分担していた田中幸子。撮影はいつもの黒沢清作品のように、芦澤明子である。

 ストーリーはフリーライターの桜井(長谷川博己)が出会うふたりの「宇宙人」(恒松祐里と高杉真宙)のパートと、行方不明になって戻って来たときには侵略されて「宇宙人」化していた加瀬真治(松田龍平)と、その妻(長澤まさみ)のパートとで分かれて進行する。この三人の「宇宙人」は、本格的な地球侵略の先行部隊で、人間の持つ「概念」というものを奪って調査している。長谷川博己と長澤まさみとは、そんな宇宙人の「ガイド」役とされ、彼、彼女は「概念」を奪われることはない。

 これは「宇宙からの地球侵略」という、1950年代ぐらいのアメリカのB級SF映画からのパロディ、というかパスティーシュという要素が大きいと思う。たしか「光る眼」という映画があったなー、とか思っていたら、どこかで黒沢清監督もその「光る眼」のことを語っていた。しかしこの作品、これまでの黒沢清作品から引き継いでのスクリーンプロセスによる「浮遊する車内」や「風になびくビニールカーテン」、そして唐突な暴力シーンなどが数えられるのだけれども、意外なコメディータッチというか、笑ってしまう笹野高史だとか「あらら」という光石研だとか、ちょっと「新境地」めいたところもあるだろうか。いろいろと観たあとに気になるところもあり、もういちど観てみたいという気にもなっているのだけれども、恒松祐里の「ゴーゴー夕張」的な暴力女子高生は、ステキだった。


 

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■ 2017-09-13(Wed)

 空はすっかり秋空だけれども、今日は気温はちょっと高め。

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 仕事から帰宅してまったりしているとニェネントが和室から這い出て来て、窓のところへ行ってニャンニャンとなく。伸び上がって窓ガラスに爪を立てようとする。どうみても、「外に出たい〜!」と、訴えているようだ。外に出してやってもそのうちに戻って来ることは予測できるし、窓を開けて外に行かせてあげてもいいとも思うのだけれども、そのことが習慣化してしまっても困る。ひとつにはココの賃貸条件に「ペット(ネコ)は部屋飼い」という一項があるわけだし、わたしもそのことは「もっともだ」と思う。そして、この部屋からニェネントが外に出ると、わたしには見えないところへ行ってしまうことになり、わたしの見えないところで何が起こるのか予測もつかないし、「それは出来ない」と思うのである。でも今日はついつい、いつまでもニェネントが窓際でなくので、「部屋の中での生活にストレスがたまってるのかな? 今日だけは行かせてあげようか」と、窓を開けてニェネントが外に出れるようにしてやった。もちろん、窓を開ければとたんにニェネントは外に飛び出して行く。たしかに、外に出たニェネントはのびのびとしているようには見える。あたりに生えた雑草を食み、ウチの前の空き地にある捨てられた自動車の下にもぐったりしている。「探検!」という気分なんだろうか。

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 わたしの考えでは、臆病なニェネントは人の姿を見たらすぐに部屋に逃げ戻って来ることだろうと思っていたのだけれども、ウチの前の家の人らしいおばさんが庭に出て、洗濯物を干しはじめた。「さて、ニェネントは?」と見ていると、距離は保っているんだけれども、そんな洗濯物を干すおばさんのことをじっと見ている。おばさんもニェネントのことに気づいて、ニェネントに手招きしている。って、ニェネント、逃げ戻ってこないじゃん。たしかに上品でやさしそうなおばさんだったから、ニェネントも恐れなかったのだろうか。でもそんなことでは、「誘われてそのままついて行って、そのおばさんちの<飼いネコ>になってしまうのかよ?!」と心配になってしまうではないか。首輪もつけてないから「野良ネコ」と思われてるだろうし。

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 ちょっとそんな展開にハラハラドキドキしていたのだけれども、ニェネントはそれからしばらくして部屋にふっとんで戻って来た。何かニェネントには「びっくり!」ということがあったのかもしれない。おばさんはもう洗濯物を干すのを終えていたから、おばさんが原因ではなかったようだ。「ほ〜ら、外の世界は怖いだろ!」と窓を閉めて、ニェネントの今日のアバンチュールはおしまい。やはりニェネントを外に出してはいけないなあ。
 ニェネントはそのあと、なんだかわたしにまとわりつくような感じで、「かわいい飼いネコ」を演じてくれているような感じではある。ときどき、食事の時間でもないのにわたしの顔をみてニャ〜ニャ〜となく。何を訴えたいんだろう。遊んでほしいのかと、抱き上げて喉の裏をなでてあげたり、「ぶら〜んぶら〜ん」してあげたりする。それで満足したのか「そうじゃないんだよ」と嫌がったのか、そのあとはおとなしくなった。


 

[]「モロッコ」(1930) ジョセフ・フォン・スタンバーグ:監督 「モロッコ」(1930)   ジョセフ・フォン・スタンバーグ:監督を含むブックマーク

 マレーネ・ディートリッヒ主演作として有名。わたしもマレーネ・ディートリッヒが靴を脱ぎ、砂漠の中をゲイリー・クーパーを追って行くショットのことは記憶にあるような気もする。映画ではこのマレーネ・ディートリッヒとゲイリー・クーパーのふたりともうひとり、アドルフ・マンジューという役者が印象的な役割を果たすのだけれども、わたしはなぜか、このアドルフ・マンジューのことを、その顔もしっかり記憶していた。しかし彼のことを調べてそのフィルモグラフィーをみても、彼の出演した映画をわたしは観たおぼえがない。観ているとしたらこの「モロッコ」だけなので(ひょっとしたら「オーケストラの少女」?)、古い古い記憶の中でこの映画のことは忘れてしまっていても、「アドルフ・マンジュー」のことだけ憶えていたのかもしれない。

 物語はめっちゃ直線的というか、登場人物は「わが道をまっすぐに」というわけなのだけれども、そんな中でゲイリー・クーパーがマレーネ・ディートリッヒの部屋を去ること、そのことで一度はアドルフ・マンジューとの結婚を決めるマレーネ・ディートリッヒが、部隊の帰還する太鼓の音を聴いてまた心変わりをするあたりが大きなドラマとなる。その、ディートリッヒの部屋に来たアドルフ・マンジューとディートリッヒの前の鏡に、ゲイリー・クーパーの書き置きが書かれていて、そこでゲイリー・クーパーはいないけれども「三角関係」な展開になるあたりもポイント。
 ディートリッヒの前のめりな気もちが乗り移ったような、ぐんぐんとディートリッヒに付き添って移動するカメラがいい。ディートリッヒに去られたアドルフ・マンジューとしては、財力にモノをいわせてディートリッヒをフォローして、彼女が砂漠でのたれ死にするのを防ぐしかないし、じっさいにそうするのだろうな。


 

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■ 2017-09-12(Tue)

 夢をみた。ストーリーを記憶しているわけではなく、その原風景のようなものなのだけれども、それは「映画」についての夢だった。映画のタイトルは「連続射殺魔」とか、そういうもので。監督は勅使河原ナントカというから、勅使河原宏のつもりだったのだろうか。その映画に出演した女優さんのイメージ。あとは弟についての不快な夢もみたようだ。

 朝、わたしが家を出る時間、九月も中旬になり外はだんだんに暗くなる。今日はもう、出かけようと室内の明かりを消してしまうと真っ暗になってしまう。それでドアを開けるとドアの外はいくらか明るいので、玄関の靴の位置などがわかる。まだ外を歩くときはけっこう明るいのだけれども、もうじきに駅までの道は真っ暗になってしまうだろう。
 今日は、わずかに雨が降っていた。駅まで歩くのに、折畳み傘を拡げてさした。傘をさして歩く国道を大型トラックが走り抜け、そのときに起きる風が傘をあおる。電車の中では佐藤亜紀の「スウィングしなけりゃ意味がない」を読む。面白い。あさってには読み終えたいのだが。

 仕事を終えて帰宅するときも、やはり雨だった。今日は内科医に通院する。一度帰宅してすぐに着替えをして、傘をさして内科クリニックに行った。特に問題はなし。ロビーでわたしの前に来ていて先に診察を受けた若い女性が、診察のあとも暗い顔でロビーですわっていた。看護の女性が何か話しをされていて、その人が行ってしまったあとも暗い顔で、下の方に視線を這わせたままだった。美しい人だっただけに、その暗さがよけいにわたしの印象に残ってしまった。

 クリニックから帰るとちょうど昼で、お茶漬けでかんたんな昼食にし、そのあとはしばらくテレビを見てから午睡。起きたあとは日記を書き、テレビで相撲中継を見る。横綱三人が休場のドイヒーな場所になったけれども、「優勝のチャンス」とも思えた高安も、多彩な技で楽しませてくれた宇良も今日から休場になり、なおさらドイヒーである。大関の豪栄道は「そりゃないだろー」という変化(変わり身)をみせての(ずるい)勝ち星だし、ただひとりの横綱、日馬富士も「あらららら」という変な負け方をした。見ていて全然、まったく爽快な気分にならない相撲の連続である。

 夕食は、前から「しらたき」は買ってあるし、ニンジンもたくさんあるので、「肉じゃが」をつくることにした。いつも思うのだけれども、「肉じゃが」と「カレー」とは、材料もつくり方も似かよっている。ただ、出来上がる量的には、カレーの方が「ルー」の威力もあって「倍増」という感じにはなる。でもこれは「カレールー」を別に買っておかなければならないから、コストパフォーマンス的にはあまり変わらないのだろうか。いや、そう考えると「肉じゃが」は「しらたきも入れてね!」という(正統なレシピを要求する)アピールはあるし、「カレー」は意外なもの(冷蔵庫の残り物)を入れてもOKという「掟破り」な側面もあるから、「冷蔵庫内の在庫整理」ということでは、「カレー」の方に分があるかもしれない。しかしまあ、「正統な和食献立」としての「肉じゃが」の魅力はある。今日はなかなかに美味に仕上がった。明日はさらに味のしみた残り半分も楽しみである。ただ思ったのだけれども、「タマネギ」を炒めるのを早い段階にしてしまうと、「カレー」と同じようにクタクタになってしまう。ここは「肉じゃが」としてはもう少し、「タマネギ」としてのシャキッとしたところを出させてもいいように思えた。次回「肉じゃが」をつくるときは、「タマネギ」を加えるのはもっとさいごの方にしてみようかと思う。
 夕食のあとは、VHSに録画してあったメルヴィル監督の遺作、「リスボン特急」を観た。


 

[]「リスボン特急」(1972) ジャン=ピエール・メルヴィル:脚本・監督 「リスボン特急」(1972)   ジャン=ピエール・メルヴィル:脚本・監督を含むブックマーク

 アラン・ドロンとカトリーヌ・ドヌーヴ、そしてリチャード・クレンナの三人がメイン。アラン・ドロンとリチャード・クレンナは配役交換可というか、わたし的にはアラン・ドロンが悪役で、リチャード・クレンナが警視とかの方がしっくり来るような気がした(これはあとで読んだのだが、ドロンはメルヴィルから脚本を提示されて「どっちの役を選んでもいい」といわれ、それで警視の方を選んだらしい)。リチャード・クレンナという役者さんのことは知らないわけではなかったのだけれども、「はたして何の映画で?」と調べたら、スティーヴ・マックイーンの主演した「砲艦サンパブロ」にも出演されていて、それでわたしの記憶に残っていたわけだ(その「砲艦サンパブロ」の記憶もほとんど残ってないわけで、何だか一般には彼は「ランボー」シリーズへの出演で知られているらしい)。そしてカトリーヌ・ドヌーヴ。彼女の出番はあんまりなかったのだけれども、わたしがこれまで観た記憶の中で、この作品での彼女が、いっちばん美しかった。いやとにかく、うっとりしてしまうほどに美しい。

 冒頭に、そのリチャード・クレンナの一党四人が、銀行を襲って現金を強奪するのだけれども、このシークエンスがとってもすばらしかった。「いったいなぜこんなところに銀行が?」という、海べりの潮騒の聴こえるような、浜辺のそばに建つマンション風の建物の一階にある銀行。その周囲は砂だらけのようにも見え、銀行のある建物以外にどんな人工の建造物もみられない。まるでクヌップフとかヌンクの絵画の世界のなかに、突然に銀行が営業所をオープンさせたみたいだ。青を基調とした画面のなかで、ほぼセリフも説明もなく「銀行強盗」が遂行されていく。ただ、目線と目線との交差の中で、計画が進行していくことが伝わってくる。
 そしてあと、邦題の来るところともなる「リスボン特急」での、ヘリコプターも繰り出しての「麻薬強奪作戦」のリアルタイム20分間のち密な描写もやはり、見ごたえはあった。

 しかしただ、それ以外のドラマでは記号的に、概念として映像を置いて行くような演出で(そういう演出はきらいではないのだが)、せっかくのドロン〜ドヌーヴ〜クレンナの三角関係も、そこまでに観て際立つようなものでもなかった気もする(ラストのドヌーヴの距離感はグッと来たけれども)。そんな中では、クレンナの一味でラストには露見してピストル自殺する男の、その妻との関係が短く描かれていて、一種「哀れさ」を感じさせられる。そういう風にみれば、ラストのリチャード・クレンナは、同じメルヴィル監督の「サムライ」をなぞっていたのだろうとは思うが。


 

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■ 2017-09-11(Mon)

 昨日、予定外に遅くまで起きていたせいだろうか、朝起きても眠い。しかも下痢気味である。何が悪かったのか、賞味期限を若干過ぎたウインナが悪かったのだろうか。通勤電車の中でトイレに行きたくなったら困るな、休みたいなとか思いながら家を出た。しかしその後腹の調子は持ち直し、なんとか職場に到着して仕事も遂行できたけれども、やはり今日は「月曜日」ということもあって、やる気はない。

 とにかくは仕事も終えて帰宅して、「さあ昼寝だ!」と、昼食のあとはぐっすりと寝る。夕方に起き出してかんたんに夕食をすませ、もうちょっとで読み終わるところだった「1968」を読了した。

 今日はなぜか、ニェネントがわたしに絡んでくる。リヴィングで机に向かってすわっていると、わたしのまわりを彷徨してニャンニャンとなく。もう食事の時間は終わっているし、「どうしたんだよ!」とニェネントの顔をみて聞いてみても、ニェネントはネコ語でしゃべるので意味がわからない。「こまったね」と放置していると、とつぜんわたしの左ひじをペロッとなめてきたりする。そんな、とつぜんかわいい飼いネコみたいなマネをされてもビックリなんですけど。別に「発情期」というわけでもないようだけれども、それからも夜はずっと、机に向かうわたしのそばで横になっている。それでそろそろわたしも寝る時間になって、「さあ、寝ようか」と立ち上がると、ニェネントもやはり起き上がり、わたしに率先して和室の方へちょこちょこと走って行くのである。わたしは今、かわいい飼いネコを飼っているのだ。


 

[]「1968」絓秀実:著 「1968」絓秀実:著を含むブックマーク

 これは、先日読んだ「反原発の思想史」の前に書かれた本で、わたしは持っていた本(もちろんのこと、内容は一切記憶していない)。この二冊は連続しており、これともう一冊、「革命的な、あまりに革命的な」との三冊とで、1960年代を中心に据えた日本の反体制思想史連作となるようだ。そして「反原発の思想史」が刺激的だったように、この「1968」も刺激に満ちている。
 まずは日本の反体制運動の(内部的)転換点を1970年7月7日の「華青闘告発」に置き(このことは「反原発の思想史」でも問題にされていた)、ここからマイノリティー運動が始まったとする。同時に既存の運動のナショナリズムもまた批判にさらされることになる。この問題はまだまだ継続して考えねばならないというのが絓秀実氏の見方だろう。さかのぼると、戦中の<転向>問題ということもここで再検証されるのだけれども、戦前から共産党員として活動し、戦後の共産党を牽引した宮本顕治の戦時中の「非転向」ということが、戦後に左翼運動に復帰した者らへのコンプレックスを生んでいたという意見も興味深い。そのことはソヴィエトの日本への影響というかたちをも取る。また、吉本隆明の「共同幻想論」(わたしも若い頃読んだ)が「オカルティック」という視点、とっても面白かった。

 この本で教えられることは多いのだけれども、やはり日本ならず世界で活動(暗躍)した、「アナキスト」山口健二という人物の存在を知ったこと、このことはある意味で「ショック」でもあった。この人は「アナキスト」という枠にもとらわれず、世界のあらゆる革命党に参加して活動、日本では「べ平連」が米軍脱走兵をスウェーデンへ亡命させる際にソヴィエトへの口利き役をつとめていたのだろうと絓秀実は推測しているし、1969年の東大安田講堂闘争の軍事指導をしたらしいし、さらには中国の「文化大革命」にも加担し、その晩年にはポーランドの革命運動にも参加したらしい。
 わたしは「個人」による活動ということには懐疑的ではあったのだけれども、ひとりの人物が「世界を股にかけて」これだけの活動が出来た、出来得たということには、(「ロマンティシズム」ということを越えて)いささかなりとも驚かされた。

 読んで「衝撃」を受けても、やはりこういう本の記憶は、読み終えたとたんに「アバウト」なものになってしまう。もういちど、ノートを取りながらでも読みたいところもあるし、ネグリ/ハートの「帝国」や「マルチチュード」(どちらも過去に読んで、例外に漏れず忘れられているわけだが)を、もういちど読みたくなった。


 

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■ 2017-09-10(Sun) このエントリーを含むブックマーク

 今日は、借りていた本を返却しなけりゃならないので、我孫子と柏の図書館の両方へ行く予定。なかなかに面倒である。まずは(暑くならないうちに)我孫子の図書館に、午前中に出かける。外はけっこう日射しもあって、「残暑」ですね。また裏道を使って我孫子駅へ行き、駅から図書館まではまっすぐの道。歩いて軽く二十分は越える。図書館が近づくと手賀沼の湖面がみえてきて、天気もいいので「帰りに寄ってみよう」と思う。

 今週は柏の図書館の方でピンチョンの「V.」を借りるつもりでもあるので、こっちではもう何も借りないで帰ろうかと思っていたのだけれども、棚をみていると佐藤亜紀の「スウィングしなきゃ意味がない」がしらっと置かれていたので、借りることにした。とにかくは知人らに評判の高かったこの本、今までは図書館でもリクエストが集まっていて順番待ち状態だったわけで、「おお、ようやく順番待ちも終わったか」というわけ。それで一冊だけ借りるのもアレなので、ナボコフの「プニン」をいっしょに借りることにした。読めるかな?

 図書館を出て手賀沼の方に足を伸ばし、湖畔を歩いてみる。今日もハクチョウがいる。岸辺から人がカモにエサをあげているところにハクチョウが寄って行く。見ていると、次々にハクチョウが岸辺に寄ってきて、カモを追い払ってしまった。ハクチョウはカラダがでかいからなー、そりゃあカモごときではかないっこない。しかしこんなにたくさんのハクチョウを見たのは初めてだ。

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 ニェネントのネコ缶もなくなってきたので、また近くのドラッグストアでネコ缶を買う。ついでに2階の百円ショップにも寄り、掃除道具を買った(このところまた、掃除ということをしなくなった)。
 さて、帰り道は国道を使わず、来たときと同じ裏道で帰ろうと思うのだが、はたして今まで、我孫子から自宅へと「裏道」を使って、迷わずに帰り着いたためしがない。今日はそのことを念頭において、来るときも「目印」を頭に入れながら歩いたわけで、今日こそは何とか迷わずに家に帰り着きたい。しかし、やはりこのくねくねと曲がった道で、「目印」といっても、逆方向から歩くとまるで認識出来ない。何度か迷いそうになりながら「たしかこっちだと思う」と進み、ついに自宅に、迷わずにたどり着くことができた。やはり逆方向から来ると、まるで風景が違って見える。これでそんなことも認識出来たから、これからは迷わずに行けるだろうか。

 帰宅してみるとちょうど十二時。かんたんに昼食をセットしてすませ、また午睡をして、四時頃になってこんどは柏の図書館の分館に、買い物がてら出かける。こっちでは借りていた本を返して、「V.」のリクエストをするだけ。「この本は新潮社と国書刊行会と二種類ありますから間違えないで下さいね。<国書刊行会>の方です!」と念を押す。帰り道は道沿いのスーパー二軒に寄り、「食品館」では激安だった殻つき落花生を買い、「mマート」ではトマトなどを買う。
 帰宅してテレビをつけると、今日から大相撲が始まったところだった。しかし今場所は横綱三人が休場で、いささか寂しい。逆に「誰にでも優勝のチャンスがある!」ということかな。夕食は買ったばかりのトマト、そしてタマネギとウインナとパスタソースとを炒め、お手軽惣菜。そのうちに「モヤモヤさまぁ〜ず」の時間になるのだが、今夜の「モヤモヤさまぁ〜ず」は「調布」なのだったけど、異様に面白かった。「街のアトリエ」探訪、99歳で将棋倶楽部をオープンされたおじいさんのコメント、95歳のラッパー、そして有名な「高津装飾美術」探訪など。今まででいちばん面白かった気がする。やはりタモリの知識人的気取りが鼻につく「ブラタモリ」などより、この「モヤモヤさまぁ〜ず」の方がずっと面白いのである。
 そのあとはしばらく間をおいて、NHKでの<スクープ・ドキュメント>「沖縄と核」。先日の「インパール作戦」にひきつづき、NHKはあの会長がいなくなっていい番組をつくってくれるものだと、感心することになる。そのままニュースをみていると、カーリングで「LS北見」がオリンピックの代表に決まったというのがトップニュースで、今日のその代表決定になったゲームをかなりくわしくみせてくれた。うれしいことである。「Most Adorable Team In The World」、がんばっていただきたい。


 

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■ 2017-09-09(Sat)

 今日は、午後三時から演劇(「Q」による「妖精の問題」という公演)を観に行く予約をしてあって、昼すぎには出かけなければならない。実は「家でのんびり本を読んだりヴィデオを観たりしたい!」という感じで、直前まで出かけるのがイヤでイヤでしょうがなかった。よっぽど予約をキャンセルする電話を入れて、出かけるのはよそうかと思っていたのだけれども、ま、チケット代も安いし(シニア料金の設定があるのだ)、劇場へ行く電車の中は「読書室」だよ、という気もちもあったし、舞台のはねたあとは代田橋に足を伸ばして「N」に行くのもいいだろうと思い、早めに昼食にして、無理をしても出かけることにした。

 外の気候は「もう秋」という感じで、駅までの道も爽快といえば爽快。上演される「こまばアゴラ劇場」というところ、もちろん行ったことはあるのだけれども、それは皆記憶の消えている時期のことで、気もちとしてはまるで初めて行くところである。まずは千代田線に表参道まで乗り、そこで渋谷線に乗り換えて渋谷駅。そこから井の頭線に乗る。渋谷駅でいちど外に出るわけで、タバコでも一服しようと思ったら、あのハチ公の脇の、のろし火(煙)をあげるスポットのごとく煙モウモウだった喫煙所がなくなっていた(これは帰宅して調べたら去年の十一月に撤去されたらしく、わたしはそんなに長いこと渋谷に行っていなかったのだろうかと、ちょっとびっくりだった)。「別のところに残っているか」と、渋谷駅のまわりを半周してみたけれどもやはり喫煙所はなく、横断歩道を渡って井の頭線の下あたりの裏通りに灰皿をみつけ、そこで一服する。だんだんに喫煙者というものは、日陰へ日陰へと追いやられて行くのだ(もう都内では、店の中も「完全禁煙」にしてしまうといっているが)。

 一服終えて井の頭線に乗り、「駒場東大前」下車。下調べはしておいたので、劇場には迷わずに行けた。って、わたしはちょっと早めに、開演時間の三十分ほど前に到着したのだけれども、もうすでに劇場内には三分の一ぐらいのお客さんが入っていた。「みんな早いんだなー」と感心する。とにかくはまだ(わたしにとって)見やすい席は残っていたので、無事に確保。

 ‥‥「そうか、そういう舞台だったのか」ということで終了。時間はそろそろ五時である。電車で同じ京王線の代田橋駅へ移動し、「N」へと足を向ける。どうやらこのあたりは今日と明日とが祭りらしく、道路に椅子を持ち出して「一杯」という人がけっこういる。この通りに車が入って来ることはないから。

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 おっと、ネコちゃんがいた。

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 「N」へ行くと、そこではBeatlesの「BEATLES NO.5」がかけられていた。実はこのLP、わたしが中学生のとき、生まれて初めて買ったLPなのではある。なつかしい。このアルバム、当時日本で独自の編集でリリースされていたビートルズのアルバムで、それまでイギリス盤には入っていたけれども国内盤ではあぶれていた曲だとか、イギリスでもLPには入ってなかったEPの四曲、それから「抱きしめたい」と「シー・ラブス・ユー」のドイツ語版なんていうのも収録されている、やはり日本独自の内容のアルバムである。聴くのはもう何十年ぶりのことになるのだけれども、「この曲の次はあの曲」と、曲順はしっかり記憶していた。

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 「BEATLES NO.5」のあとは、「何にしようか」と、店のBさんと話しして、Fairport Conventionの「Liege & Lief」にしてもらった。うれしい。わたしが来る前から飲んでいた、わたしのとなりのカップルがフェアポートを知っているような話をしているのが聴こえてきたもので、つい話しかけてしまう。実はご夫婦で、奥さんの方はあのレコード店でアルバイトをされていて、だんなさんはプログレ、それもイタリアのプログレがお好きなのだという。おふたりとも音楽の知識も豊富なので、ついつい調子に乗って話しこんでしまった。じっさい、楽しい時間ではありました。おふたりに感謝。

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[]Q「妖精の問題」市原佐都子:作・演出 @駒場東大前・こまばアゴラ劇場 Q「妖精の問題」市原佐都子:作・演出 @駒場東大前・こまばアゴラ劇場を含むブックマーク

 「Q」というユニットは、市原佐都子の作品を上演するユニットで、どうやら固定メンバーのいる「劇団」というのではないらしい。今回は、フランスで活動されているという竹中香子という女優さんの、ほぼ一人舞台。舞台は一辺の壁面に大人用の紙おむつがずらっと連ねられていて、それが舞台の床まで伸びているわけで、ちょっと現代美術のインスタレーションっぽい(これがバックから照明をあてられるとまた味わいがある)。タイトルの「妖精の問題」について、作者のコメントによると次のようになる。

この小さなきゅっとした東京という街に住み、私は知らず知らず生き延びるため街にあわせて私のかたちを変えてどうにか息をしています。そんな生息をしていると、見ないようにしているもの、見えないようにされているもの、があります。それらを見たい、違う角度から肯定する道をみつけたい、私たちのいまのかたちを問いたい、と、『妖精の問題』は、妖精=見えないものの、問題集です。

 舞台は3部構成で、1部は新作落語「ブス」、2部はピアノ・リサイタル風の「ゴキブリ」、そして3部はスピリチュアル系への勧誘風の食品紹介(?)「マングルト」。そのそれぞれで、竹中香子さんがかなりぶっ飛んだ演技をみせてくれるわけで、どれも役者魂をみせつけられるみたいなところがある。
 「ブス」はつまりは「差別主義」につながり、「自分の口で食事の出来ない人は生きる資格はない」と、恐ろしい論が語られるのだが、このあたりは竹中さんの語り(演技)、そして映像との絡みで、微妙なところで演劇空間化されたという感じ。「ゴキブリ」は語りと録音のピアノに合わせての(メロディーは即興的な?)歌。つまりゴキブリを忌避するというよくある話だけれども、話のふくらませ方、そしてやはり「歌」が面白かった。「マングルト」は、まあ、そういうことだろうとは思って見るわけだけれども、男としては身体的に「わかりません」といいたいところかな。これも映像が絡んで、奇妙なところに世界がスリップしていくのが興味深かった。


 

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■ 2017-09-08(Fri)

 火曜日に開いてみたVHSテープの段ボール箱、その中身をあらためてチェックしてみた。もちろん自分の主宰したイヴェントの記録も多くあるのだけれども、今では脳の障害のために自分の記憶から消えてしまっている映画の山である。なんだかそこに自分の脳の分室があるような感覚で、今ならば自分の脳本体も調子がいいようなので、その「分室」というか「外付けHD」というか、その中身を一刻も早く、自分の脳本体に移植してしまいたい。
 脳の調子がいいとは最近実感していることで、外からの刺激に対してバンバン反応して、自分でもおどろくところがある。まさに「脳」というものも人間の「器官」のひとつであることを実感し、例えば人が「今日は胃の調子が悪い」とかいうように、慢性的に脳の調子が悪いというのがわたしの状態だったと思う。
 脳の仕事、「思考」というのは、蓄積された記憶にその都度レファレンスを取り、そこに回路をつくりだすことだと思う。そういう作業がずっと苦手だったわけだけれども、このところ「あ、出来てる」という感覚がある。それはどうも、記憶を蓄積するという仕事が前よりもしっかりとできているせいかもしれない。‥‥この状態がつづいてくれると「頭」を使うのも楽しいのだけれども、はたしてこの状態が維持できるかな(もともとのスペックが低いから、脳が働いているといっても大したものではないけれども)。
 つまりだから、映画を観たり本を読んだりということが、今は楽しくて楽しくて仕方がない。神経がザワザワする感覚が喜ばしく、もう家から一歩も外に出ないで本を読み、そして映画を観るだけの生活に浸りたくもなってしまう。

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 昨夜ちょっと遅くまで飲んでいたりしたので、今日はたっぷりと午睡の時間をとった。夜になって、そんなVHSテープの山の中から、今日は「ストレンジャー・ザン・パラダイス」を観た。この映画もそうだけれども、「誰でも観ているだろう」ような、映画のことを人と語るときの「基本」のようなたいていの映画を、わたしは今は記憶していない。だから映画のことが話題になる席ではいつも、わたしは困ってしまうんですね。


 

[]「ストレンジャー・ザン・パラダイス」(1984) ジム・ジャームッシュ:脚本・監督 「ストレンジャー・ザン・パラダイス」(1984)   ジム・ジャームッシュ:脚本・監督を含むブックマーク

 タイトルはポピュラー音楽の古典、「ストレンジャー・イン・パラダイス」をもじったものなのだろうな。「The New World」「One Year Later」「Paradise」の三部になっている。黒い画面にはさまれたすべてのカットはワンシーンワンカットで、ショットによってカメラはフィックスされていたり、かなり動き回ったりもする。この、あいだにはさまれた黒い画面と、その暗転する前の余韻というのか、「どのように黒い画面へ移行するか」というのがこの作品の演出のひとつのキモのようで、独特の奇妙なユーモア感覚を感じたりする。

 登場人物はだいたいのところ三人で、ハンガリー出身のウィリー(ジョン・ルーリー)とその友だちのエディ(リチャード・エドソン)、ウィリーの従妹でブダペストからウィリーの住まいへやって来るエヴァ(エスター・バリント)と。これに、第二部ではクリーブランドに住む叔母も登場してくる。ウィリーとエディはどうみてもカタギではなく、競馬とか賭博とかで食ってるような。
 ウィリーは本名は「ベラ」なのだけれどもその本名を隠し、叔母やエヴァからハンガリー語で話しかけられるのを嫌う。つまりハンガリー出身だということは隠しておきたいようだ。エヴァはアメリカに来てクリーブランドの叔母のところへ行くはずだったのが、叔母が入院するか何かでニューヨークに住むウィリーのところにしばらくやっかいになることになる。ウィリーはさいしょはエヴァのことを迷惑に思うのだけれども、だんだんに気に入ってしまうのかな。エディはエヴァに出会ってウキウキモードではある。それでエヴァはクリーブランドへと行ってしまう。ここまでが「The New World」。そう、エヴァにとってアメリカはあこがれの地だったのか、それはつまり、歩きながらも聴きつづけるスクリーミング・ジェイ・ホーキングの「I Put A Spell On You」の世界なのだ。
 「One Year Later」はまさに一年後。ウィリーはエディを誘ってクリーブランドへエヴァに会いに行く。なんだ、エヴァのこと気にかかってたんだ。エヴァはホットドッグ店でアルバイトやっていて、ビリーというボーイフレンドもいるみたい。そのビリーとエヴァが映画(カンフー映画?)を観に行くのに、ウィリーとエディもくっついて行く。ビリーとエヴァとのあいだにエディが割ってすわっている。おかしい。しかしクリーブランドは雪ばかりの世界。
 第三部「Paradise」、ウィリーとエディはいかさま賭博でかなりの大金をせしめ、それで「エヴァを連れてフロリダへ行こう!」ということになり、クリーブランドからエヴァを連れ出し、フロリダのモーテルに三人で泊まる。ウィリーとエディはモーテルにエヴァを置いてドッグレースに行き、持ち金をほとんどスッてしまう。エヴァあきれる。予測のつく展開である。ウィリーとエディは「競馬なら」と、残りのわずかな金を持って競馬に行ってしまう。またもエヴァは置いてけぼりで、ひとりで帽子を買ってあたりをブラブラする。ところがその帽子はヤクの売人の目印と同じで、道端にいた男から大金を受け取ってしまうのである。エヴァは「だったらひとりでヨーロッパに行く!」と置き手紙を書いて空港へ行く。ウィリーとエディは実は競馬で勝ちまくってしまい、金を持ってモーテルへ帰って来るが、エヴァの置き手紙をみて空港へ急ぐのである‥‥。

 のっぽで無愛想なウィリーと、背の低くて愛嬌のあるエディ、それと何となく美人っぽくもみえるエヴァのトリオがなかなかにいい感じで、クリーブランドの叔母やビリーとのからみも楽しい。(ラストは別にして)ドラマチックな展開があるわけでもないのだけれども、そのゆるい空気がこの作品のテイストでもあるだろうし、いくらでも増殖して行けそうなストーリーを切り詰めて、ミニマムに押さえてるあたりもいい。

 ラストだけれども、つまりエヴァはもうハンガリーにはぜったい戻りたくないと思っていて、それで空港でヨーロッパへ行く便がブダペスト行きだったのでやめちゃうんだろう。それでウィリーは「ハンガリー出身」ということを隠してはいるのだけれども、じつはハンガリーへのノスタルジー、郷愁は持っていて、無意識に「ハンガリーへ帰りたい」という願望があったんじゃないかと。「パラダイスよりも奇妙」。ちょっと考えてしまうタイトルだ。


 

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■ 2017-09-07(Thu)

 今夜は半蔵門へ行き、そこで二人展をやっているAさんの新作をみて、Aさんともお会いして飲んで歓談する予定。まだ木曜日なので明日も早朝から仕事はあるし、おそらく今夜は遅くなってしまうことだろうから、仕事から帰宅したあとは出かける時間までできるだけ寝ておこうと思ったのだけれども、二時間も眠れなかった。

 とにかくは五時前に家を出て、いつもの通勤コースで大手町まで出て、半蔵門線で半蔵門駅へ行く。天気予報では今日は午後からずっと雨だといっていたと思うのだけれども、空模様は「今にも降りそうだけれどもかろうじて雨ではない」というところ。半蔵門という駅で降りた記憶はないのだけれども、どこか永田町のような官庁街のような雰囲気もある(じっさい、永田町はかなり近い)。歩いていると坂道を上ったり下りたり、高低差のある通りだった。「袖摺坂」というのがあり、これはきっと道幅が狭くって、人がすれちがうときに袖をすりあわせちゃう感じだったのだろう。その坂の名前は聞いたことがあるような気もする。
 思っていたよりもちょっと歩いて、そのギャラリーに到着。そんなに広くはないギャラリーの中に二〜三人の先客がいらっしゃって、そこにAさんの姿もあれば、もうギャラリーは人でいっぱい、という感じにもなっている。Aさんの作品は今回も正方形のものが多かったのだけれども、小品などで複数の「手」をクロースアップして組み合わせたような作品が多く、ちょっと宗教(仏教)的なものを感じ取った。これはあとでAさんに聴くと、そういう意図とはちがう意図があったようだけれども。

 七時にギャラリーをクローズして、来たときとは反対の方角、市ヶ谷駅の方へと歩く。半蔵門から市ヶ谷の方に北に行くと大きな通りにつき当たり、その向かいには延々とつづく土塀がある。古い屋敷が今も残っているのだろうかと思ったら、それが「靖国神社」なのだということだった。つまりその前の通りは靖国通りなわけだ。このあたりに来るというのもまるで初めてのことだと思う。
 その市ヶ谷駅へのとちゅうにある居酒屋へ入り、飲んで食べておしゃべりをする。わたしたちのすわった席の並びの奥、道路側の席に若い男性ふたりが飲んでおられたのだが、そのひとりがかなり強烈なタトゥーを施されておられ、「すごいなー」と思ってしまった。短パンからのぞく足、そして腕、首筋と、びっしりと藍色のタトゥーに埋め尽くされている。あんまりじろじろ見るのもアレなので、どんな柄だったかよくわからないけれども、つまりは今風の幾何学模様っぽいものだったと思う。しかし、あれだけのタトゥーだと決して「堅気衆」ではありえない。あとでAさんと話したのでは、Aさんは解剖関係の縁で、そういう全身タトゥーの皮膚だけをはいで標本にしたものを見たことがあるという。今日の若者は店員との応対が異様にていねいなことにもおどろいたと(ああいう人は堅気衆にはていねいな応対をするものだ)。

 ま、いろいろと話をして時間も十時になり、Aさんはメトロで、わたしはJRでお茶の水まで出て千代田線に乗り換えるというコースを選んでお別れする。さすが千代田線も新御茶ノ水からだと満員で、ずっとすわることは出来なかった。帰宅するともう時間はとうに十一時を過ぎていて、「やはりそこまでガンガンに都心に近いというわけでもないのだな」とあらためて思ったりし、明日の仕事のためにさっさと寝るのであった。


 

[]「戦争画とニッポン」椹木野衣 × 会田誠:著 「戦争画とニッポン」椹木野衣 × 会田誠:著を含むブックマーク

 昨日、竹橋の国立近代美術館で藤田嗣治の戦争画、「サイパン島同胞臣節を全うす」を見て来たわけだけれども、その近代美術館の常設展示全体として、近代日本美術の歴史のなかで戦争画というものを相対的に受けとめてもらいたいというような、学芸員の意図を感じさせられるところがあったように思う。しかしネットでこの藤田の絵のタイトルで検索すると、美術館でこの藤田の絵一作のみを見て、そこにある皇国史観から民主主義の否定を賛美するようなブログ群に出会うことになり、うんざりもするわけである。
 それでこの美術批評家と美術家との対談本だけれども、椹木氏は次のようにいう。

二十年で戦争画をめぐる局面は大きく変わったと考えなければならない。今まではとにかく少しでも戦争画を見ることができる環境を整え、それについて論ずる足掛かりを作らなければならないという状況だった。この二十年でとにもかくにもそれは達成された。これからは、戦争画の持つ意味について、今ある準戦時下から別の見方を作り出していかなければならない。この本の役割はその端緒を開くことでもあると感じています。

 また、会田誠氏の発言では、

(‥‥)現代美術で何かがあると、なんでこう最初から組み込まれたものとして、平和とか自由とか平等とか‥‥今の言葉で言えばリベラルな価値観ばかりなんだろう、金科玉条のように疑われないんだろう、と疑問に思ったんです。椹木さんがおっしゃるように、当時*1、美術以外の世界なら、右と左のぶつかり合いはあったと記憶していますが、美術だけはどうして他に選択肢がなく、最初からパッケージ化されたものとして左翼なんだろうか、と。しかし、実際には僕自身、右翼というイデオロギーを持っているわけではない。けれど、もうちょっと業界全体が複雑になってしかるべきじゃないかな、と思っていたんです。

 ということになる。はっきりいって、何ともナイーヴな発言だなとは思うのだけれども、けっきょくこの「戦争画とニッポン」という本は、そういうナイーヴさが全体を支配しているのではないのか。そう思う。

 椹木氏が「戦争画の持つ意味」について、「別の見方を作り出していかなければならない」というのがこの本の役割だとしたら、ある程度の「慎重さ」というものは必要だと思うのだけれども、はたしてこのお二人に、その「慎重さ」の持ち合わせがあったのかどうか、はっきりいってかなり疑問である。

 つまり、これらの「戦争画」というものが描かれるに至る精神的なバックボーンには、藤田嗣治に特に顕著なように、「皇国史観」というものがある。だからこそ藤田は自分の戦争画に「臣節を全うす」ということばを選ぶわけだけれども、これはドイツにおける「ナチス」と同じように、よみがえらせてはならないものではあるだろう。そういう視点が抜けてしまえば、わたしが検索したブログのようにこの作を賛美し、まるで戦時中のように作品に「お賽銭」でも投げ与えるような人々があらわれることになる(まあこういう人たちに「日本近代美術史」などという視点はハナっから持ち合わせがないだろうけれども)。
 まずそのことでは、わたしが先に読んだ金井美恵子の「目白雑録5」で<いみじくも>指摘されていたように、椹木氏の「近代の超克」解釈の<トンデモなさ>ということがある。その部分を引用したい。

もう少し大きな枠でいうと、そもそも大本営自体が、「近代の超克」という考えで戦争をしていたから、戦争画を描くにあたっても、洋行体験が重視されたんだと思います。ここでいう近代とは、「ヨーロッパ発の文明そのもの」ですね。日本も今や近代兵器で戦争ができるようになったのだから、同じ近代の軍備で欧米を打ち負かし、同じ近代化の力で西洋を追い抜くのだ、という発想です。打ち負かせたとき、初めて日本の近代化は借りものではない本当のものになる。こちらが「東亜」という「本場」になる。だから、絵画についても「ヨーロッパの絵描きよりも上手く描ける」ことが最重要だったと思うんです。油絵はヨーロッパで発達したものだけれども、今や極東の日本の画家の方がその技術をずっと習得していて、例えばレンブラントやドラクロワより上手い画家が登場し、彼らに代わって、われら日本人こそが歴史の重大な局面を油絵にして残すのだ、ということです。

 ‥‥ま、楽しいんですけれども(前半は、「これは今の北朝鮮のことか」って感じでもありますが)、ここには、幾重にもすっごい過誤が含まれているのではないかと。果たして椹木氏はこの対談に先立ってどんな下調べをしたのだろうか。
 まず、この「近代の超克」という概念だけれども、これは大本営の思うところなどではなく、調べればすぐにわかるように、1942年に文芸誌「文學界」に発表された特集記事のことで、のちに竹内好によってまとめられて単行本として1943年に刊行されたもののこと。つまり日本の近代化にともなう思想上の問題を「欧米文化の克服」として、知識人13人が論じた座談会のことである。で、そこでは「美術」のことはまるで語られていないはずで、ここで椹木氏が書かれていることは「まるっきりの空想」ではあるだろう。まずこのことを「近代の超克」として紹介することはこの書物の大きな、大きすぎる「欠陥」ではないのか。
 そしてそれ以降も、「こちらが「東亜」という「本場」になる。だから、絵画についても「ヨーロッパの絵描きよりも上手く描ける」ことが最重要だったと思うんです」という、「空想」にしても<トンデモ>な飛躍が語られている。もしも「東亜」こそが「本場」になるのであれば、日本画こそが「近代の超克」にふさわしいのではないかと思うのだが、そうではないらしい(このことはあとでまた問題に)。こういう、「日本人は欧米の方法論で欧米を越えなければならない」などということは、わたしの見たかぎりで、その「近代の超克」論議のなかでまるで語られてはいないと思うのだが。なぜ「近代の超克」が「レンブラントやドラクロワより上手い画家」の出現を待望するのか、それでは単に「近代の発展」ではないのか(しかもなぜレンブラント、ドラクロワなのか?)。

 椹木氏がこんなこと言いだすものだから会田氏も引きずられたのか、「頭蓋骨が描けないと」などと、ほとんど19世紀アカデミズム的なことを言いだしてしまう。はっきりいって、これはまともな対談ではないではないか。先の日本画の件についても椹木氏は「日本画と洋画との覇権争いで(日本画は油絵よりも劣ると)決着が着いた」などと語るのだが、その典拠を示してほしいものである。

 さいしょに書いたように、昨日訪れた東京国立近代美術館の藤田嗣治の戦争画の展示では、同時代的に美術史の中で相対的に見てほしいというような美術館の「意志」のようなものを感じたのだけれども、この本にはそのような視点はまるでない。例えば当時、軍部の美術への干渉に抵抗したといわれる松本竣介のことは書かれないし(なぜか無関係なところにちょっとだけ、その「松本竣介」の名前が出てくることに強烈な違和感を抱くのは、わたしだけのことだろうか。「戦争画のことを本にするなら松本竣介のことも書くべきだ」という外からの声への「アリバイ工作」みたいに感じてしまうのだ)、戦争画は描かなかったけれども戦地で病死した靉光のことも触れられない。
 会田氏は、多くの戦争画を見た感想として、日本人のことを「世界でも一番、戦争画に向いていない民族」などというのだけれども、わたしはこの本を読んで世界の戦争画というものをネットで検索して見てみたのだけれども、それで思ったのは、日本の戦争画には決定的にヒューマニズムに欠けている、という感想になった。このことはもうちょっと考えてみなければならないけれども。

 この本としてのねらいは、後半に語られる「国家による国策としての文化(美術)への干渉」に「ノン!」をいうこと、そこで美術家に節操を求めることのように思えるけれども、けっきょく藤田嗣治みたいなやり方に「ノン!」をいっているわけではなく、その主張は、どこか中途半端なまま宙に浮いているように感じてしまう。けっきょく、「皇国史観」を持つものこそが読んで喜びそうな、そんな危険を孕んだ書物ではないか、とも思うのだけれども。


 

*1:ここでいう「当時」とは、椹木氏が東近美に戦争画の一括公開を申し入れた2000年前後のことと思われる。

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■ 2017-09-06(Wed) このエントリーを含むブックマーク

 今日は仕事の終わったあと、勤め先の目の前にある、東京国立近代美術館へ行く。実は今読んでいる椹木野衣と会田誠との対談本「戦争画とニッポン」との関連で、この近代美術館の常設展に展示されている、藤田嗣治の「戦争画」を見てみようと思うのだ。それにわたしは「シニア」ということで、常設展であれば無料で観覧できるのである。
 仕事が終わるのが九時半で、美術館のオープンするのは十時。ちょっとだけ時間をつぶさなければならないが、ほぼ一番乗りで美術館入りできるだろう。きっと他の客もいなくってゆっくりと鑑賞できるだろうと思っていたのだが、ちょうど中学生の課外授業(?)か何かにぶっつかってしまい、見てまわるあちこちで、この中学生らの一団と出くわしてしまうのだった。「あらら」というところだけれども、他の観客のじゃまにならぬよう、学芸員(?)の解説などもとても静かにやられていたので、見る場所のバッティング以外にはもんだいはなかった。
 かなり久しぶりに来た近代美術館だけれども、調べると五年前のポロック展がこの美術館での開催で、それ以来のことになるみたいだ。ちなみに五年前というのはわたしの記憶の損失のいちばん大きな時期で、その展覧会のことはなにひとつ記憶に残っていない。

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 まずは4階へエレヴェーターで上がり、そこからだんだんに下りてくるわけだけれども、4階は主に明治から戦前〜戦中にかけての日本画と洋画が展示されている。ここではまず、ある意味「怪作」といいたくなる、原田直次郎の「騎龍観音」が目を惹いた。発表されたときから評判が芳しくなく、展示するところがなくて護国寺に奉納されたという経緯があるそうだが、「和洋折衷」というのか、そういう美術史的、資料的な意味合いの強い所蔵作品だと思う(意外にもこの作品は国の重要文化財に指定されている)。見ていても「何だこりゃ」みたいな感想は避けられない。気分転換に岸田劉生の「切通之写生」を見る。この作品も重要文化財だけれども、やはり岸田劉生らしい「奇妙な絵」という感想は浮かぶ。じっと見ていると「これはシュルレアリスム絵画なのか?」などと思ってしまう。このフロアには松本竣介の作品もあるし、戦病死した靉光の自画像もあり、そのあたりで戦時中の「従軍画家」以外の画家のあり方を、美術館として示しているのではないのかと思えた(これが「戦争画とニッポン」にはまるで欠けている視点ではある)。

 3階にはなぜか海外作家の作品のコーナーが一室あり、思いがけずセザンヌのセザンヌらしい作品、そしてアンリ・ルソーの大作にめぐり会ったりする。ゆっくりと見なかったけれども、カンディンスキーの作品はよかった。そしてこのフロアに藤田嗣治の一室と、それに対になるように国吉康雄の一室があった。ここに藤田の「戦争画」2点、「武漢進撃」という、海を行く軍艦を描いたつまらない絵と、問題作「サイパン島同胞臣節を全うす」とが展示されている。この「サイパン島同胞臣節を全うす」はつまり、女性や子どもまでもが迫り来るアメリカ軍を前にして崖から身投げをするさまを描いたもの。タイトルに「臣節を全うす」とあるように、「よくぞ天皇の臣下として節操を守って死んでくれた」というものであり、強烈ではあるがそこには「ヒューマニズム」というものが感じられない。「ヒューマニズムが感じられない」というのでは、このフロアには1914年に描かれた今村紫紅の「印度旅行スケッチ帳」からの作品と、1934年に描かれた川端龍子の「パラオ島スケッチ」とが並んで展示されているのだけれども、今村紫紅の作品には現地の人々の姿も描かれ、どこかのどかな空気をかもし出してるのだけれども、これが川端龍子の作品になると人の姿というものは皆無になってしまう。今村紫紅にあった「こんな異国の地に、自分と異なる文化のもとに暮らす人がいる」という親近感のようなものが、川端龍子には消えてしまうようだ。そこにこそ、日本のアジア侵略の精神が見えるような気になってしまうのはさけられない。「ヒューマニズム」がないのである。そして、別の部屋にまとめて展示される国吉康雄の作品群にこそ、ちゃんとヒューマニズムが息づいているではないかと思わされる。わたしは国吉康雄はけっこう好きなので、ここで藤田の悪夢のような絵を忘れることが出来ただろうか。

 そして2階に戦後から現代までの作品が展示されている。やはりこのフロアが興味深くも面白かった。ここでまずは中村宏の「基地」という作品が目を惹き、これもまた近代美術館としての、藤田の「戦争画」とのバランスを考えた展示ではないかと思わされた。このところ思うのだけれども、戦後の日本の美術で、この中村宏という画家(ある意味で「画家」というのを越えた存在)は、もっともっと評価されるべきではないのかと思う。あの岡本太郎などよりは(ちなみに、この常設展示には岡本太郎の作品は一点も展示されてはいなかった)。並んで展示されていた山下菊二の作品もインパクトが強かったし、このあたり、「戦後美術」ということで認識を新たにするところがあった。
 60年代以降の作品として、赤瀬川原平、中西夏之、そして高松次郎の「ハイ・レッド・センター」の三人の作品がまとめて展示されているのがいい。特に赤瀬川原平の「模造千円札裁判」関連の作品群に惹き込まれ、やはりこの人も「巨人」だったと思うのだった。河原温、中平卓馬と、皆近年他界されたわたしにはなつかしい作家の作品がつづき、わたし的にはかなり早足で駆け抜けて鑑賞したつもりだったのに、軽く一時間以上の時間が経ってしまっていた。2階のレストルームのようなところには、ジュリアン・オピーが日本をテーマにして製作した作品が展示されていた。またそのうちに、ゆっくりと時間をとって来てみたい。

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 帰宅して、この日はそのあと本を読むだけで終わってしまった。読み終わった「戦争画とニッポン」については、明日書くことにしよう。


 

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■ 2017-09-05(Tue)

 昨夜の天気予報で「明日はお洗濯日和! 明後日以降は雨ですよ〜!」といっていたので、仕事から帰ってすぐに洗濯をした。たしかに外は快晴である。洗濯し終わった洗濯物を干そうと窓を開けていたら、そのスキにニェネントが外に飛び出して行った。「ま、いつものようにすぐに戻って来るさ」と思っていたら、向かいの家の庭の方へ行ってしまって、姿がみえなくなってしまった。これが、困るのである。とにかく姿がみえないのだからどこまで行ってしまってるのかわからないし、いつもならわたしが外に出て行くと部屋に戻るわけだけれども、みえないところにいるのだからわたしが外に出てみても何の効果もない。困った。「食事だよ〜」と知らせれば戻って来るかもと、ネコ缶を持って窓のところへ行って、ネコ缶をスプーンでカンカンと叩いてみる。‥‥おっと、向かいの家の庭に、ニェネントのしっぽがみえた。

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 これで戻って来るかもと、ウッドストックで大雨にたたられた聴衆らが缶カラを叩いて「No Rain! No Rain!」とやったように、ネコ缶を叩きつづける(ウッドストックのように踊ることははしない)。ちょっと新興宗教っぽいぞ。‥‥効果があったのか、その向かいの庭にニェネントがすっかり姿をあらわした。

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 「もうちょっとだぞ」と思ったのだが、そのあとにまたニェネントは庭の奥に行ってしまい、姿がみえなくなってしまった。
 ‥‥困った。まさか見えないところでよその見知らぬネコと遭遇し、ニェネントが生まれて七年間守り通してきた貞操を失ってしまい、腹ボテになってしまうのではと、外泊した娘を心配する父親のような心境になる。しかし、姿もみえないのだから手のほどこしようもない。ただ窓を開けたままニェネントの帰りを待つしかないのである。
 そうやって窓を開けたまましばらくしたら、ニェネントがいきおいよく部屋の中に飛び込んで戻ってきた。外で何かおびえるようなことでもあったのだろうか。人の姿を見たのかもしれない。とにかくはニェネントの、「30分間のアバンチュール」ではあった。まあ「まちがい」があったとは思えないが(発情期ではなかったし)、「ばかネコが!」という感じである。

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 先日、VHSテープの詰め込まれた段ボール箱を開けて、「これはすごいや!」と感嘆したのだけれども、実はそういうVHSテープの段ボール箱があと二箱あって、今日はそれを引っぱり出して開けてみて、さらに感嘆することになってしまった。「おお!」、「おおおおお!」の連続というか、今では記憶から消えてしまっている「わたしの好きなはずの映画」が次から次へと出てくる。「こ、こ、こんなモノまでも録画してあったのか!」という感じで、引っ越しするために荷造りしていたときのわたしが、そういうことにまるで無感動だったというのが解せない。とにかく「いったいどういう順番で観ていこうか?」と、頭を悩ませるぐらいである。
 とりあえず今日はハーモニー・コリンの「ガンモ」を観て、そのあとに少年王者舘のむかしの公演「パウダア」が衛星放送で放映されたときの録画映像をちょっと観る。天野天街さんが今は亡き扇田昭彦さんと話されている貴重な映像から始まり、本編になる。舞台公演の録画にありがちだけれども、ほとんど何を言っているのか聴き取れない。しかし、「ああ、昔の<少年王者舘>はこうだったんだよなー!」と、懐かしい思いで胸がいっぱいになった。学生服姿の女の子(松宮陽子の姿も!)、そして巫女さんのような衣裳をまとった女の子。これが昔の<少年王者舘>だったのだ。あまりにもったいないので、今日はあんまり観ないで後日の楽しみに取って置く。


 

[]「ガンモ」(1997) ハーモニー・コリン:脚本・監督 「ガンモ」(1997)   ハーモニー・コリン:脚本・監督を含むブックマーク

 「大竜巻が襲った」というオハイオの田舎町の、その大竜巻の記録映像から始まる。民家の屋根の上の、TVアンテナに引っかかっている犬の死体が強烈な印象を残す。本編は大竜巻以後のその町(コミュニティ)の若者たちの生活を、ドキュメンタリー的にコラージュして映し出す。ドキュメンタリー的といっても、そこはしっかりと演出していることは目に見えるわけで、たいていのシーンは二台のカメラでの撮影から編集されたものだし、例えば「腕相撲」のシーンなど、カットごとにテーブルの上の酒瓶の本数や位置がちがっていたりして、何度もテイクを重ねていることがわかる。また、他の登場人物とからむことのない、ウサギ耳で上半身裸の「バニーボーイ」のうろつく姿が幾度もあらわれ、シュルレアルな効果も出している。

 ソロモンという少年が映画の中心的に多く登場し、登場人物の名前もそのソロモン以外わたしにはわからなかった。彼は年上の友人といっしょになって野良ネコを殺し、その肉を肉屋に売って小遣い稼ぎしている。しかし別のヤツらがやはり野良ネコを殺して売っているらしく、二人はそつらを探し出そうとする。その他、こまかく書いても意味もなさそうな挿話がいくつも描かれるが、寒々とした日常がつづく。‥‥はたして、その「寒々とした日常」とは、大竜巻による町(コミュニティ)の破壊によってもたらされたものなのか、それともこれが「アメリカの日常」として描かれているのか。登場人物らの多くはみていて「情緒障害」というか、何かが欠けている人間のようにみえ、それは「絶望」の果てにやってくるディストピア世界の出来事のようにみえる。

 ラストの、降りしきる雨の中、びしょ濡れになりながら野原に転がるネコの死体におもちゃの銃で発砲しつづけるソロモンと友人の姿に、「救いのなさ」を感じながらも、それでも、そんなびしょ濡れの二人は、どこか彼らの奥の方で助けを求めているようにみえてしまった。


 

[]「目」ウラジーミル・ナボコフ:著 小笠原豊樹:訳(「四重奏/目」より) 「目」ウラジーミル・ナボコフ:著 小笠原豊樹:訳(「四重奏/目」より)を含むブックマーク

 翻訳は小笠原豊樹氏(つまり詩人の岩田宏)で、文章が美しいというかとっても読みやすい(誤訳もあるらしいけれども)。

 1930年というから、ナボコフが31歳のときにベルリンで書かれた作品ということだから、前に読んだ「ディフェンス」と同じ頃に書かれた作品か。小説の中の舞台もベルリンになっている。この本で百ページちょっとの長さで、短篇というには長いし、長篇とはいえないだろう(「中篇」というのだろうか)。ナボコフの作品でこのくらいの長さの作品というのは、この「目」だけではないかと思う。
 この作品の英語題は「Eye」だけれども、もともとのロシア語のタイトルは「スパイ」または「見張り」を意味する古い軍隊用語だという。「目」「スパイ」「見張り」、なるほど、この三つのことばの中に、この作品の本質はみえてくるようだ。

 この物語の登場人物は皆が皆、ロシアからベルリンに亡命してきた人々である。そしてそんな亡命者たちのあれこれのコミュニティが、この作品の舞台となる。
 「私」としてしか語られない、名前のわからないこの物語の語り手はある人妻と不倫していたのだが、それが主人にばれてこっぴどく叩きのめされ、死を決意して自分の胸にピストルをあてて引き金を引く。これは小説のかなり早い段階で起こる事件なのだけれども、その「自殺」のあとに「私」は意識を取り戻し、はたして自分が死んでしまったのか、それとも一命をとりとめたのか不明のまま物語を語りつづける。ま、読んでいれば「一命をとりとめたわけだな」と了解するしかないわけだけれども、ここで語り手がはっきりとそうは語らないことはポイントだと思う(その後の展開で、霊媒師なる人物も登場するわけだし)。そこで「私」は、その後自分の加わったコミュニティに出入りしているスムーロフという男に興味を持ち、スムーロフは何者なのか、というより、コミュニティの中で(とりわけある女性に)スムーロフはどう思われているのかを探る「目」となるのである。

 ナボコフも「作者解説」で書いているように、「この物語の構造は探偵小説のそれを真似ている」ということで、つまり「スムーロフとは何者なのか」ということなのだけれども、わたしは読んでいてかなり早いところで「おかしいなあ」とは思ったのだけれども「まあいいや」とそのまま読みつづけ、けっきょく「手紙を奪う」というあたりまで、しかとはわからなかった。かなりわかったのは遅い方だろうけれども、わかりはじめたときの「快感」というか、「あれ? やっぱりひょっとしたら?」と思いはじめたあたりから、「そうだったのか!」と確信を持つところまでのあいだ、ちょっとドキドキしてしまった。

 そういうこととは別に、ナボコフの作品の系譜としてはこの作品、「絶望」からはじまって「ロリータ」、そして「青白い炎」へといたる、「主人公がちょっと狂っている」という系譜の中に放り込むことが出来る作品だろう。わたしはこの系譜の作品は大好きだし、だからこの作品でもそのあたり、題名の「目」「スパイ」「見張り」ということと合わせていろいろと、この主人公のことを考えてみたいのだけれども、それはこれから寝る前にたっぷり考えることにしよう。



 

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■ 2017-09-04(Mon)

 朝の通勤電車に乗っていたら、わたしの向かいに立っている人のワイシャツの胸元に、カマキリが這い上ろうとしていた。「えっ!」と思ったらわたしのとなりの人も気づいて、いっしゅん顔を見合わせていっしょに笑ってしまった。向かいの人が気づかないうちにカマキリは別のところに移動してしまった。今度は窓ぎわに行ったようで、そこにいた人は別の場所に避難した。特に車内はおおさわぎにもならず、どうやらカマキリはものかげに隠れてしまったようだ。はて、あのカマキリには、このあとどんな運命が待ちかまえていることだろう?
 1. のこのこ歩き出て、乗客に踏みつぶされてしまう。もしくは乗客に発見されて叩きつぶされてしまう。
 2. どこか途中駅、もしくは終点駅(代々木上原駅)でなんとか駅のホームに降り立つが、線路に転落して後続の電車に轢かれてしまう。もしくは食べるものもなく飢え死にしてしまう。
 3. 終点駅(代々木上原駅)でさらに先に行く電車に乗り換え、神奈川県の緑豊かな地に新天地を見出し、そこで理想の伴侶に出会い、子孫を繁栄させて天寿を全うする。

 ま、かわいそうだけれども現実の結末は1.か2.のどちらかで、3.のような結末は、これからわたしがルーニー・マーラと結ばれて、その後幸せな余生をおくるぐらいに「ありえない」ことではある。

 ‥‥というか、こうやって電車の中にカマキリがやってきたというのも、わたしがちょうどファーブルの本を読んでいたもので呼び寄せられて来てしまったのではないか、などとも考えたりする。つまり、わたしが救出すべきだったのかな?

 今日の夕食は残っていたビーフシチューのルーの半分を使い、トマトを一個入れたり赤ワインを入れたり、ごちゃごちゃとごった煮のシチューをつくってみた(前回は赤ワインは使わなかったけど、今回は計画して用意しておいた)。トマトとワインのせいか、ちょっとすっぱいシチューになってしまったけれども、けっこう美味であった(入れる順番とかちゃんと考えてつくれば、もっとおいしいものになったのではないかと思う)。材料費はけっこうかかっている。


 

[]「接吻」(2008) 万田邦敏:監督 「接吻」(2008)   万田邦敏:監督を含むブックマーク

 何も書いてないVHSテープに録画されていたもの。万田邦敏監督の作品なんだよねー、ということで観てみた。小池栄子、豊川悦司、仲村トオルのほぼ三人だけで進行する、異常状況下のラヴストーリー(?)。

 坂口秋生(豊川悦司)はまったく無作為無差別に、住宅に押し入って家族三人を撲殺する。坂口は警察と報道に「自分が犯人だ、逮捕に来い」と伝え、彼の逮捕の一部始終はテレビに中継される。テレビでその坂口のカメラに向かっての笑顔を見た遠藤京子(小池栄子)は、「彼は自分と同じ種類の人間だ」と直感し、ひとり彼のことを調べ、仕事を辞めて公判も欠かさず傍聴するようになる。坂口の弁護は国選弁護人の長谷川(仲村トオル)が担当するが、取調べに始終無言で通す坂口は長谷川に対しても無言をつらぬく。遠藤は長谷川とコンタクトを取り、坂口に手紙や差し入れを届けようとする。長谷川と遠藤は共に群馬の坂口の実兄(篠田三郎)に会いに行き、話を聞いた遠藤はより坂口に惹かれ、彼との結婚を望む‥‥。

 坂口の犯行がつまりは「異常心理」であれば、そこに惹かれる遠藤もまた「異常心理」ではあるだろう。そこに「どこまでもノーマル」な(であるべき)長谷川が遠藤のことを心配するという構造、関係性で、「三角関係」のようなことになるのである。
 坂口は抗弁(控訴)せずに自分が死刑になることを望んでいるわけで、そのことを遠藤も理解、支援している。そこで坂口が遠藤に心を開くようになり、結婚に同意する。しかし坂口には人に語り得ない「心の闇」もかかえているだろうか。「もっと早く(遠藤に)出会えばよかった」と語る坂口は、長谷川の望む「控訴」に無言の同意を与える。しかし、そのことは遠藤の気もちを裏切ることになったのだろうか。「控訴せず死刑を受け入れて欲しかった」という遠藤は、長谷川の意見を容れた坂口に失望する。

 「三すくみ」というのでもないが、この三人の関係性、特に坂口と遠藤との「こうありたい」「こうあってほしい」ということの背反関係というのかな、それが興味深いというか、深い。で、タイトルは「接吻」だし、ラストのしきいのない面会で、わたしは当然遠藤が坂口に「接吻」するものと思っていたのだが。
 結末を書いてしまえば、遠藤が坂口を刺し殺すだろうことは想像がついたのだが、そのあとに長谷川を押し倒して接吻するという展開は、意外も意外だった。遠藤が長谷川を愛するということはあり得ないと思ったし、ストーリーの中では長谷川が遠藤のことを気にかけているということこそが読み取れる。では、「誰からも気にかけてもらえなかった」ということで坂口に強い共感をおぼえていた遠藤は、長谷川から「気にかけてもらった」ということに対し、「愛のない接吻」でお返しをしたのだろうか、などと考えた。坂口の「ニヒリズム」は、そこでみごとに吸血鬼のように伝播して、遠藤に引き継がれたのだろうか。そういう風に観れば、これはみごとなオカルト映画でもあるのだろうか。

 音楽は長蔦寛幸という人で、特に向島ゆり子によるヴァイオリンのパートがすばらしかった。演出のカット割りも見事で、斜め上から俯瞰するようなカメラ位置の活かされた絵が多かったし、階段の使い方も効果的。ずずんと来る面白い映画だった。


 

[]岩波新書「ファーブル記」山田吉彦:著 岩波新書「ファーブル記」山田吉彦:著を含むブックマーク

 前にも書いたけれども、この著者の「山田吉彦」というのは、「きだみのる」の本名。この人はパリに留学して、ソルボンヌでマルセル・モースに文化人類学を学んでるんですね。それで1948年には「気違い部落周遊紀行」という、今ならば差別用語とされることばが二つもタイトルに入ってる本を出すわけ(こんなタイトルだけれども、どうやら今でも刊行されているみたい)。で、この「ファーブル記」はその翌年の1949年に出されたもの。

 ま、本としてはアレですね、タネ本のファーブルの伝記があって、それを平易に読みやすくリライトしたという感じの本。著者としてはアルバイト感覚だったんじゃないかと想像されるところがある。だからこれはつまりはファーブルの伝記なのだけれども、今だったら誰もこんな書き方はしないだろうというような、物語仕立ての「見てきたようなウソ」を書く。ま、読みながら「そんなこと証拠づけられるのかよ」みたいな、ファーブルの夢想だとかいうことが勝手に書かれている。そういう時代だったんだなあという、時代を感じさせられる本というか。
 それでもわたしはファーブルの生涯なんかこれっぽっちも知ることはなかったわけだから、すべて独学で、学校の化学の教師にもなっていたなどという話には「やはり才能ある人だったんだ」と感慨。

 ちなみに、これは余談だけれども、日本でさいしょにファーブルの「昆虫記」を翻訳して紹介したのは、大杉栄だったのであ〜る。


 

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■ 2017-09-03(Sun)

 日曜日。仕事が休みとはいえ、珍しく朝八時近くまで寝ていた。起き出してリヴィングへ移動して、テレビを見ようとリモコンの電源ボタンを押すけれどもテレビはつかない。ついにリモコンの電池が切れたのかと入れ替えてまたトライして、それでもテレビはリモコンのいうことを聞かない。こういうことは最近ときどき起きていたわけで、何度かやっているうちにテレビもそのうち(いやいやながら?)リモコンの命令に従っていたのだけれども、今日はどこまでも反抗的である。考えられるのはリモコンが壊れてしまったということで、そうなると今のテレビというのはリモコンなしでは電源を入れることさえできないのである。
 ふむ、困った。テレビのない生活、考えられない。DVDもVHSも見られないではないか。わたしはそこまでに近代文明に支配されていたのか(よく考えれば、ここぞとばかりに読書にはげめばいいわけだけれども)。とにかくはパソコンをつけ、ネットで「リモコンが壊れたときの対処法」を調べることにする。ふむふむ。まずはほんとうにリモコンが故障しているかどうかのチェック。リモコンからは赤外線によってテレビに指令が送られるわけだけれども、この赤外線というヤツ、人の目には感知されないのだが、カメラのレンズを通すと可視化されるらしい。まずはちゃんと赤外線が出ているかどうか、デジカメを通してみてチェックできるのである。ということでデジカメをリモコンの先っちょの丸いランプのようなところに向け、それでリモコンを作動させてみる。‥‥なるほど、デジカメの画面ではたしかに、そのランプの部分が赤く点滅するのがわかる。ということは、リモコンは故障していないということか‥‥。などと思っていたら、そこで予想外に、テレビの電源が入ってしまった。どういうことなのか、リモコンをテレビに向ける角度にもんだいがあったのか。つまり、あまりまっすぐにテレビにリモコンを向けたときに不具合があるみたいだ。ま、リモコンだかテレビだかどっちかがあまり調子はよくないようだけれども、とにかくはOKである。そのあとはだいたい、テレビはリモコンの命令を素直に聞くようになっていた。「今日の叛乱はこんなところで」みたいなものだったのか。

 思っていたよりも財布が軽くなってしまっていたので、今日は質素に過ごす。けっきょく一歩も外に出ないで一日が過ぎてしまった。朝食はいつものトースト(休みの日はピザソースを塗って、ハムとチーズをのせてトーストする)。昼食はインスタント・ラーメン(mマートで買った、5個で190円ぐらいのとんこつラーメンだけれども、これが意外とうまいのである)。夕食はごはんを炊き、目玉焼きに魚肉ハムをいっしょに焼いた質素なおかず。一日トータルで食費は二百円のはるかとどかなかったことだろう。というか、昨日劇場でもらったフライヤーの束をチェックしていると、これからも観たい舞台とかいろいろとあるわけで、こういう倹約生活はまだまだつづけないとならないことだろう。

 今読みさしで放置してあるピンチョンの「V.」だけれども、とちゅうまで読んだ感じで「これはぜったいに、もっともっと訳注とかつけてくれないとわからないよな」という感じで、読んでいても「この言葉にはいわくがありそうだ」という連続で、とにかくは訳注はまるでついていないし、巻末の解説もずいぶんと素っ気ない。これは新潮社から出ている「トマス・ピンチョン全小説」の中のものだけれども、昨日東京駅の丸善でちょっと他の巻をチェックすると、やはりそれなりに訳注、脚注が付加されているわけである。どうもこの「V.」だけは、翻訳者らが読者に「いじわる」しているみたいに感じてしまう。それで、「V.」というのはこうやって新潮社から出される前に国書刊行会からさいしょに刊行されていたはずで、そっちの方はきっとそういう「注」とか「解説」もそれなりに盛り込まれてるんじゃないかと思うわけで(おそらく、そのときがピンチョンの本邦初紹介だったわけだろうし)、我孫子か柏の図書館のどっちかにあるんじゃないかと調べていると、通販の古本屋から1と2の二冊合わせて二千円ちょっとで(安い!)売りに出ているのを見つけてしまい、「やはりピンチョンは自分で持っていたいな」と、急速にその古本屋から買いたくなってしまったのである。そうすると例え二千円ぐらいとはいえ、わたしにはやはりキビシいわけではある。ま、やはり何というか、「本にハマる」ということも、金がかかるわけではあるだろう(今まで、金かけなすぎだったけど)。


 

[]筑摩選書「反原発の思想史 冷戦からフクシマへ」絓秀実:著 筑摩選書「反原発の思想史 冷戦からフクシマへ」絓秀実:著を含むブックマーク

第1章 中ソ論争に始まる── 一九五〇年代〜六〇年代
 1 「戦後」という神話
 2 『死の灰詩集』から和合亮一へ
 3 「平和共存論」と毛沢東
第2章 毛沢東主義から科学批判へ──「一九六八年」
 1 武谷三男の技術論と新左翼
 2 科学批判と「一九六八年」
第3章 津村喬と「安全」=「終末」論批判── 一九七〇年代
 1 毛沢東を「誤読」する
 2 「統治」テクノロジー批判とエコロジー
第4章 ニューエイジ・宮澤賢治・アナキズム── 一九七〇年代〜八〇年代
 1 ヒッピーとラディカルズ
 2 宮澤賢治のロハス的「国民化」
 3 アナキズムと「社稷」主義
第5章 反原発としての「宝島文化」とその背景── 一九八〇年代後期
 1 反核運動から反原発運動へ
 2 野草社「80年代」と別冊宝島
 3 雑誌「遊」と松岡正剛
第6章 「マルチチュード」は誕生したか?── 一九九〇年代〜現在
 1 反原発「ニューウェーブ」とフェミニズム
 2 ヒッピーたちの反原発運動
 3 「ドブネズミ」たちの反原発
 4 オウム真理教事件からポスト冷戦へ
暫定的な、おわりに──素人の乱と「福島」以後
あとがき

 とにかく、大きな刺激を受けた一冊で、この本もやはり自分で買って持っていようかと思うぐらいなのだけれども*1、ただ残念に思うのはこの後半はちょっとまとめきれていない印象もある。特に第6章、目次には「マルチチュード」ということばがあって楽しみに読み始めたのに、本文にはたしかまるで出て来なかったのではなかったかな(わたしの記憶違い?)。2012年の2月には刊行されているこの本、やはり執筆時間が限られていたのだろう。そしてやはり、2011年以降のことが書かれていないのが悲しい。いったい絓秀実からみれば、SEALDsの運動はどのように位置づけられたのだろうか、そういうのは読んでみたかった(この本のことを検索してみると、多くの人が、この本でネトウヨも反原発ではないかと書かれていることを、「誤謬」とあげつらっているわけだけれども、そんなことはどうでもよろしいのである)。

 とにかくわたしにとっては、前にもちょっと書いたことだけれども、ここで書かれる「アナキズム」の復権、というのは心強い論ではあり、これからそんなアナキズム、アナーキズムの現在型についての本を読んでみたいものだと思った次第である。

 この本で論じられているのは「反原発」運動のことばかりではなく、戦後(第五福竜丸)以降の反体制運動全般が論じられているわけでもある。それらはいずれ「反核」「反原発」へと結びつけられる事柄なわけだから、「全般」とはいっても、日本共産党の六全協だとか連合赤軍事件だとかいう(大きな)事項でもまるで書かれてはいないし、場合によっては宮沢賢治についてや「アナキズム」についてなど、戦前までさかのぼって書かれている事柄もある。
 わたしがこの本を読んでのいちばんの<衝撃>は、<反原発「ニューウェーブ」>として書かれている別府のパン屋の主婦、Oさんの活動のことで、わたしは彼女のことなどこれっぽっちも知ることはなかったけれども(今でもネットで彼女の名前で検索してもほとんど何も出て来ない)、「ひとりの無名の人物がこ〜んなことを実現し、運動を大きくしたのか」というおどろきは、「驚愕」に近かった。「ひとりで出来ることなんてタカが知れている」などということはないのだという実証例が、ここにある。それは、ただテレビのニュースを見、ネットを閲覧しているだけでは知り得ないこともある、という「当然のこと」をあらためて認識した、ということでもある。
 そしてもうひとつ、<運動>の源泉としての「核マル派」的な潮流と、「ヒッピー」的な潮流とがあるということ。それは絓秀実によれば「誤読」された毛沢東、「ニューエイジ」「エコロジー」的な運動でもあり、実はわたしなど知らぬところで、日本ではほとんど影響もなかったろうと思っていた毛沢東主義というものの影響というものが、たしかにあるのだということ。そしてわたしなどその名も知らなかった「ヒッピー」らの活動を、ここまでにまとめて記述した本というのをわたしは知らなかった。

 ウチの本棚をみると、絓秀実の「1968年」も置いてあった。いちど読んでもちろん忘れ去られているわけだけれども、次に読んでみようかと思う。


 

*1:ひとこと書いておけば、前に読んで「これはすばらしい!」と書いた金井美恵子の「目白雑録5」だけれども、特にその前半部分は、あまりにこの「反原発の思想史」を典拠にしすぎていると思う。岡本太郎から和合亮一、宮沢賢治その他などなど、みんなこの本の引き写しみたいなところがある。

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■ 2017-09-02(Sat)

 今日は横浜へ、Nibrollの「イマジネーション・レコード」を観に行く。開演は14時とけっこう早いので、横浜に着いてから昼食にしようかと、ちょっと早めに十一時ごろに家を出た。今日も朝から涼しい気候で、「九月になったらいきなり秋かよ!」という感じ。ジャケットをはおって出かけた。しかし横浜(関内駅)に着いた頃には日も照っていてけっこう気温も上がっていて、「九月だけれども残暑かよ!」というところである。

 関内駅で降りると、駅前に「ヨコハマトリエンナーレ」の看板が立てられていた。「そうか、ハマトリはこのあたりでやってるんだったな」と思うのだったが、これはあとで調べると「ヨコハマトリエンナーレ」の略称は「ハマトリ」ではなくって「ヨコドリ」、いや「ヨコトリ」というのらしい。なんで「ハマトリ」でないのかわからないけれども(そういう名の企業でもあったのか)、どっちにせよ「ヨコハマトリエンナーレ」というモノ、あんまし積極的に「観たい」とは思わないのだな。「なぜか」ということも考えてみたいけれども、けっきょくわたしが現代美術とかコンテンポラリー・アートというものに疎くなっているということだろうか。
 それで思い出したのは、今やはり横浜で水族館劇場がまた公演をやっていて、そのテント小屋周辺が「ルナパーク」(帰って調べたら「盗賊たちのるなぱあく」という名称)としてオープンされているはずで、そっちには行ってみたいという気があって(舞台が終わったあとに観に行く時間は十分にあるだろう)、たしか関内駅の反対側の方だったと思うのだが、わからない。家を出るときについでにフライヤーを持ってくればよかったと後悔する。とにかくは今日はあきらめるしかないだろう。駅から港の方へ歩き、「昼食はまた日高屋で」と思っていたのだけれども、日高屋への道がわからなくなり、けっきょくはコンビニでサンドイッチとドリンクを買って、劇場ロビーで食べるのだった。

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 意外と時間の余裕もなく、もう開場の時間もせまっているのでロビーへ移動する。劇場の同じフロアでは別にファミリー向けの商業演劇もやっているようで、エレヴェーターで降りたところで案内の女性に「この人はこっちだな」と振り分けられたのだろう、「ニブロールをご覧になるのでしたら右側の方へ」と案内される。その左の方はなんというか、ちょっとリッチそうなおばさんたちであふれていた。ちょうど読み終わった「反原発の思想史」の印象から、「こういうおばさんたちがフッと振れると、反原発運動で主導的立場に立ったりすることもあるのかもな」などと思ったりした。
 開場されてスタジオ内に入り、前の方の通路際の好みの席を得る。どうもこの日は、わたしの知っている人の顔もまるで見あたらない。スタッフの、というか音楽のスカンク氏とトイレではちあわせして「こんなところで‥‥」とあいさつをしたが。

 舞台がはじまって、これがかなりノイジーな大音量というか、そういう環境というのは逆に眠気を誘われるもので、後半にはちょっとうつらうつらしそうになってしまう。しかしこれはすばらしい舞台だったと思う。感想は下に。

 舞台がはねて、けっこう陽射しのまぶしい外の世界へ。横浜スタジアムの敷地の植え込みの中を歩いたりして駅へ戻る。この日はAさんが東京の方で二人展をやるその初日で、オープニング祝いのメールを出し、「今日時間が取れそうなら画廊へ行けます」と書き添えるけれども、初日だし客はおおぜいのことだろう。

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 横浜からの帰り道はいろいろな経路が考えられるのだけれども、やはり来たときと同じく東京駅まで出て、東京駅からメトロの大手町駅へ歩くことにした。もしかしたらAさんからのメールの返信があるかもしれないし、そうしたらそれからギャラリーの方へ移動することも考えられるからどこかで時間をつぶそうと、たしか大手町駅の近くに書店の丸善があったから、寄り道してみようと考える。
 来たときには大手町〜東京駅の乗り換えは地下道を使って移動したのだけれども、帰りは地上から東京駅(丸の内側)の外を歩いてみた。ふむ。このあたりは「クリーン」な世界だのう、という感想。どこか管理社会のディストピアっぽい空気感もある。グレーな世界だけれども、人息を感じさせる工夫はされているのだな。ちょっと歩いて「丸善」を無事にみつける。広い売り場面積で4階まである大きな書店だ。嫌韓本とかはまるで置かれていなくて店内を歩いても気もちがいい。「こんな本があったのか」とか、「これは昔読んだ本だ(内容は忘却されている)」とかいろいろあって、こんど図書館で借りようかと思う本(自分では買わない)もいろいろとあった。

 けっきょくAさんからの連絡もなかったので帰ることにして、あまり金も使わなかったから、今夜も家の近くの中華で夜食にしようと考えた。自宅駅に着き、八時頃に入った店はけっこう満員。この店はメニューをよくみると台湾料理の店のようで、「台湾ラーメン」380円というのが安くて気になる。この夜は瓶ビールに「台湾焼きそば」を注文。ボリュームもあり、ピリッと辛いおいしい焼きそばだった。

 読んでいた「反原発の思想史」も読み終えて、岩波新書の「ファーブル記」もほとんど読んだのだけれども、今日は「イマジネーション・レコード」の感想で目いっぱいになると思うので、そっちはまた明日にしようかと。


 

[]KAAT Dance Series 2017 ニブロール結成20周年「イマジネーション・レコード」Nibroll 矢内原美邦:振付・演出 高橋啓祐:映像 SKANK:音楽 @KAAT 神奈川芸術劇場 大スタジオ KAAT Dance Series 2017 ニブロール結成20周年「イマジネーション・レコード」Nibroll 矢内原美邦:振付・演出 高橋啓祐:映像 SKANK:音楽 @KAAT 神奈川芸術劇場 大スタジオを含むブックマーク

私たちはなにもかも留めておきたくて簡単にシャッターを切っては、どうでもいいことを記録する。
でもそこに私たちが探している本当の風景はあるのだろうか?
記録した風景は何十億にも重なり、やがては曖昧なただの残像になっていくだろう。
失われた時間をつなぎとめてくれるのは私たちのイマジネーションだけかもしれない。
そこには、楽しいことも悲しいことも理性も暴力も現実も、またその逆もある。理想では描ききれない明確な線がある。
私たちは、いま目のまえにある風景をレコードしなければと思う。このなんでもない日々を。いまそこを流れていく時間を。
そして、記録しても記録しても消えてしまうものについて考えなければと思う。
手を伸ばしても届かない時間について。距離について。風景について。

 暗闇の中、「ドン!ドン!」とダンサー(パフォーマー)たちの足踏みをする音で始まる。ライトがつき、舞台には七人のダンサー。足踏みはどこまでもつづき、ダンサーらはセリフを語りはじめる。「風景」について、だっただろうか。そしてダンサーらは疾走はじめる。
 矢内原さんは演劇では「ミクニヤナイハラプロジェクト」として活動、ダンス/パフォーマンスとしてはこの「ニブロール」として分けて活動をされていると思うのだが、この「ニブロール」の舞台ではダンサーらはセリフを語る(叫ぶ?)わけで、そもそも演劇とダンス、パフォーマンスとのジャンル分けのあいまいな(無意味な?)ところでの活動をつづけられているのだと思う。というか、わたしは記憶に障害があるので「ミクニヤナイハラプロジェクト」での仕事というのが思い出せないから、その「ミクニヤナイハラプロジェクト」と「ニブロール」との差異というものを語ることもできないわけで、わたしはこの日の「イマジネーション・レコード」はそういう風に、「これはニブロールだからダンスなのだ」などと仕分けして観ていたわけではない。ただ、いくらか「ミクニヤナイハラプロジェクト」としての「桜の園」公演の記憶は残っていて、そこでも役者たちは舞台をどこまでも走り回り、その疲労困憊ぶりを観客にみせつけるような舞台だったように思い、それはこの日の「イマジネーション・レコード」の印象にも結びつく。
 その一種混沌とした舞台から、「記憶とイマジネーション」について垣間みてみようと舞台に目を向けていたのだけれども、わたしには目の前に繰り拡げられる舞台はまさに、「現在」そのもののようには思えるのだった。しかしそこには終末論的な未来も見通せるようにも感じ取られ、そこから(読んでいた本のせいがあって)3.11まで過去に遡及するようにも受け止めてしまう自分がいる。そこに響く「狼が来る!」というリフレインも、過去から未来への警鐘のようにわたしの耳には聞えてしまう。それはもちろん演出の意図とはまるで異なるものではあるだろうけれども、つまりそれがわたしの「イマジネーション」だった、ということだろうか。

 ラストの映像と音の洪水、その中で溺れいくかのようなダンサーたちの姿は強烈で、舞台が終わったあともしばらくは圧倒されたままだった。外に出たわたしは早く帰って、Velvet Undergroundの「Sister Ray」を聴き浸りたいと思っていた。ちょっと書いておけば、かなり印象に残ったダンサーの方がいたのだけれども、何という方なのか、どうもわからない。ちょっと彼女は凄かった。


 

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■ 2017-09-01(Fri)

 九月。今朝は曇天で昨日よりさらに涼しい。ジャケットをはおって出勤したけれども、仕事を終えるときには晴れていて、けっこう気温も上がっていた。今日は金曜日なのでどこか寄り道して帰ろうかとも思ったけれども、特に行きたいところもなく、いつものようにまっすぐ帰路に着くことにした。自宅駅に着いたときにはもう、「残暑」という気配だった。

 わたしは電車の中でずっと本を読んでいるのだけれども、以前知り合いがFBに「電車の中では皆スマホをみているばかりで、読書しているのはわたし一人だけだった」みたいに書いていたのを思い出し、車内を見回してみると、本を読んでいる人はけっこういるわけである。目に入った範囲で六、七人。一列の座席(七人ぐらい座れるのか)でだいたい一人は本を読んでおられる。前にわたしの目の前で「夜と霧」を読んでおられた方もいたし、「なんだ、まだ<書籍文化>(というのか?)は健在じゃないか」と思うのである。ま、これは毎日のルーチンの「通勤時間」という中での習慣だろうから、通勤時間帯を外れた昼間とかは電車に乗る人も「お出かけ」モードなわけで、読書する人は減るだろうということは想像できるけれども。関係ないけれども、先日わたしのとなりで文庫本を読んでいたおじさん、ふっと読んでいる本の表紙が見えてしまったのだけれども、それは村上春樹の「騎士団長殺し」なのだった。

 本のことでもう少し書くと、これはガチガチに調べたわけではないのだけれども、我孫子の図書館は柏の図書館に比べて蔵書数もかなり多いのだけれども、それなのにどうもリベラル系の書物の蔵書が少ないのではないかと思えはじめた。今読んでいる「反原発の思想史」も柏の方で借りたものだし、もう一冊借りている「戦争画とニッポン」(この本がリベラル系かどうか知らないけれども)もまた、柏の方にしかなかった。それで両図書館のホームページで「脱原発」というキーワードで検索してみて、我孫子は55冊、柏は71冊という結果になる。ま、我孫子がそこまでガチガチに保守を基盤とする市とも思えないのだけれども(白樺派って当時はリベラルだったんじゃないのか)、図書館長の方策なのか、図書館の蔵書では今のところ「あれ?」という検索結果になっている。

 今日はそういうわけで、電車の中でも帰宅してからも、ずっとその「反原発の思想史」を読みつづけていた。読みながらいろいろと、あれこれと考えたりもしてしまったので、あと少しを残して今日中の読了ということにはならなかった。夜はVHSの「愛する時と死する時」の残りを観たのだけれども、そのテープにはもう一作ダグラス・サークの作品が録画されているものと思っていたのだけれども、そうではなかった。「心のともしび」が観たかった(この日記で「心のともしび」と検索すると2012年に観ていることになっているので、どこかに録画されているのではないかと思うのだが)。


 

[]「愛する時と死する時」(1958) エーリッヒ・マリア・レマルク:原作 ダグラス・サーク:監督 「愛する時と死する時」(1958)   エーリッヒ・マリア・レマルク:原作 ダグラス・サーク:監督を含むブックマーク

 原作者のレマルク(ドイツ人である)は、つまりは「西部戦線異常なし」の作者。「西部戦線異常なし」は第一次世界大戦を背景とした作品だったけれども、この「愛する時と死する時」は第二次世界大戦。レマルクはナチス台頭後に当然「反戦的」との批判を受けてスイスに亡命したそうで、さらにその後ドイツ国籍を剥奪されてアメリカへ渡ったとのこと。「愛する時と死する時」が発表されたのは1954年のことで、(これはもちろん批判ではないが)彼はヨーロッパでの大戦末期をじっさいに目撃したわけではない。関係ないけれどもアメリカでの彼はなかなかのプレイボーイ(死語?)だったようで、Wikipediaによると「マレーネ・ディートリヒ、グレタ・ガルボなどとも浮名を流した」ということだし、ポーレット・ゴダードと結婚もしていたと(複数回の結婚歴があるそうで)。

 あまり映画自体とは関係ないことを書きつづけてしまったけれども、「西部戦線異常なし」がそうであったように、この「愛する時と死する時」も「反戦」を声高に叫ぶような作品ではなかった。
 映画は大戦末期、独ソ戦前線戦場の描写から始まる。ドイツ兵は次々に戦死して行き、捕えられたロシア人ゲリラ(兵士ではない)は「連れて行けない」からと、その場で銃殺されたりもする。その連隊に所属する主人公エルンスト・グレーバー(ジョン・ギャビン)は、二週間の休暇を得て故郷の町へ帰る。しかし連日の空襲で破壊された町に我が家の面影もなく、両親も行方不明である。家族のかかりつけの医師を訪ねたエルンストは医師の娘のエリザベス(リゼロッテ・プルファー)と出会う。医師はすでに強制収容所へ送られていた。またも町を空襲が襲い、エルンストはエリザベスとともに避難し、ふたりは親しくなっていく。エルンストは今はナチスに協力する学友に出会って歓待を受けたり、秘密裡に営業するレストランにエリザベスと出かけたりする。どうやら両親はどこかで無事にいることも確認でき、エルンストはエリザベスと結婚する。そして二週間の休暇が終わり、エルンストは前線へと戻るのだが‥‥。

 タイトルも「愛する時と死する時」なわけだから、「ああ、主人公は死んじゃうんだよな」と、観る前から想像がつくわけだけれども、その「死」は映画導入部で描かれた最前線の出来事とリンクしていて、それは「西部戦線異常なし」と同じように戦闘による死ではなく、捕えられたロシア人捕虜の命を救おうとしての、非常に「理不尽」な死である。
 この作品の描く力点はそんな戦場よりも、その主人公の「二週間の休暇」の体験を描くことにこそあり、それは空襲からの避難という「日常を寸断する」出来事がはさみ込まれ、「強制収容所」という恐怖が背後にあるとはいえ、幸せな生活にはみえる。それはどこか、日本のアニメ「この世界の片隅に」を思い出させられるようなところもあった。

 エルンストはなぜ、人の命を救おうとしたのに死ぬことになってしまったんだろう。それはもちろん、彼がドイツ軍の軍人とみられたからにほかならない。そのときの彼の心は決してドイツ軍人としてのものではなく、一個の人間としてのヒューマニズムによったものだったわけだけれども(そのヒューマニズムの発露に、「二週間の休暇」体験が大いに影響していたことだろう)、エルンストはドイツ軍軍服を着ていたから、そのヒューマニズムは通じなかった。このことは、その休暇中にエルンストが宿舎で知り合った男からドイツ軍高官の制服を借り、そのおかげで秘密営業のレストランで優遇されることと対になっているように思えた。

 映画は先に観た「天はすべて許したもう」のように色彩の美しさ、その対比の妙をみせてくれるものではないのだけれども、その画面構成のすばらしさ、照明(影)の効果など、やはりダグラス・サークという監督は突出した監督ではあったのだと、あらためて思わされるのだった。やはり「心のともしび」が観たい。


 

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