ワニ狩り連絡帳 このページをアンテナに追加 RSSフィード

       

 | 

■ 2017-10-20(Fri)

[]「カストロの尻」金井美恵子:著 「カストロの尻」金井美恵子:著を含むブックマーク

目次。

 「この人を見よ」あるいは、ボヴァリー夫人も私だ/破船
 昇天
 呼び声、もしくはサンザシ
 シテール島への、
 「胡同(フートン)の素馨(ジャスミン)」
 廃墟の旋律
 雷鳴の湾――王女、あるいはMiscellany
 雷鳴の湾――Incident
 「孤独の讃歌」あるいは、カストロの尻
 カストロの尻――Miscellany
 小さな女の子のいっぱいになった膀胱について
 本を燃やす、(あとがきにかえて 1)
 パナマ・ドンパチ・ゲイシャ(あとがきにかえて 2)

 面白かった。冒頭のエッセイ「「この人を見よ」あるいは、ボヴァリー夫人も私だ」はいつの間にか小説の「破船」になだれ込み、それは次の「昇天」、「呼び声、もしくはサンザシ」へと引き継がれて行く。「うわぁ〜!よくわかんないよ!」という「シテール島への、」をはさみ、だいたい二つずつの作品が対になって進んで行く。金井美恵子の幼少期の記憶、そして映画。いつもの彼女ならではの世界が、より深化して繰り拡げられる。
 終盤の「カストロの尻」は「金粉ダンサー」だった男が過去を回想するような内容だけど、中に日本青年館での笠井叡の公演だろう、という話も出て来て、そこでの金井美恵子の「悪意(???)」に同意したりもする。
 もっとキーボードが自在に使えたら、もっといろいろ書きたいのだけれども、さいごのエッセイに心に残る文があったので、書き写しておく。この本は自分で買って、持っていたいな。

 むろん、本を読むということは、一冊のある「本」を読みはじめ読みおえることではなく、こちらの興味や、ある本の一部からゆり動かされる記憶を元に、次々と別の本のページをめくったり、本のページをめくる前に、埃が薄く溜った本棚からその目的の本を探し出し、本の本体を保護している紙箱から、きつすぎてなかなか外せなかったり、反対にゆるすぎて隙間があったりする製本によって違いのある本を取り出したりする手続きを経て、自分の記憶が間違っていたことに気づくと同時に、いつも、まだ読んではいなかった無数のページの中から、何かを、新鮮というわけではないにしても、はじめて知る何かを読みはじめて、こちらの別の本についての記憶が目ざめ、奇妙に錯誤する「読む」という時間の肌理(きめ)の凹凸にはまり込んで出口を失いそうになってしまうことだ。


 

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/crosstalk/20171020/p1
 | 
   3135407