ワニ狩り連絡帳 このページをアンテナに追加 RSSフィード

       

■ 2017-11-30(Thu)

 北朝鮮がまたまた、ロケットというかミサイルというかICBMというかを発射し、日本中がスロースロップ状態になってしまっている、ということはないのだけれども、どこかで誰かが、北朝鮮がロケットを発射するたびに<勃起>してるのかも知れん。‥‥むむ、安倍晋三かな?

 今日はついに、カレーをつくった。オーソドックスに、カレールゥをつかっただけのシンプルなカレー。タマネギをいっぱい使ったのと、肉の量がいつもより多いというのが特色というか。タマネギの量のせいか、肉の量のせいか、なかなかに美味になったと思う。これで四、五日はカレー三昧になるだろう。

 ということで、もう書くこともないのだけれども、無理して何か書いてみよう。
 大相撲の問題はややっこしいことになってしまったけれども、どうも、誰のやっていることもしっくりとこない。いちばん「わかる」のは日馬富士みたいな。それで例えば(というのもおかしいが)貴乃花親方というのがどうもわけがわからなくって、その「わけがわからない」というのは、ああいうバシッと決めた服装でマフラーとかして、「カタギじゃないね」と思うわけではないけれども、「どこかズレてる」と思ってしまうところがある。いや、たしかに「カッコいい」のかもしれないけれども、それはわたしらが生きている社会というか世間というか、そういうのから逸脱しているというか、なんていうのかな、「ダンディズム」ということなのかもしれないけれども、わたしはああいう恰好する人種に「違和感」がある。書いてしまえば、ダンス〜舞踏の世界でも、客席とかでそういうダンディな恰好している大御所とかしょっちゅう見るわけだけれども、その「大御所」はわたしの見るところ「弊害」でしかないゴミだし、それから、わたしのかつての知人にもそういう「ダンディ」なヤツがいたわけだけれども、そいつは単なる「セックス狂」みたいなアホだったわけで、わたしは彼のそんな本性を知って絶交したわけだけれども、つまりアレだ、この季節になると男たちがどんなマフラーをどんなまとい方をするか、そこでその男の「底」までみえてしまう気がする。
 ま、これは簡単にいってしまえば「ちょいワルオヤジ」ということになるのかな?とも思うのだけれども。「ちょいワルオヤジ」というのには、同意出来ないな。


[] 第一部「ビヨンド・ザ・ゼロ」(6)  第一部「ビヨンド・ザ・ゼロ」(6)を含むブックマーク

 第十六セクション。クリスマスが近いのだ。ロジャーとジェシカは雪道の先にある教会で、聖歌隊の歌を聴く。歌詞はドイツ語で、ソロは黒人が歌っている。

 第十七セクション。「ホワイト・ヴィジテーション」にロケットが落下し、スペクトロは爆風に飛び散ってしまった。残ったポインツマンは、スロースロップをリヴィエラに行かせる。この顛末が第二部の主題になりそうだ。

 第十八セクション。「ホワイト・ヴィジテーション」の降霊セクション、キャロル・イヴェンターを中心に話は進む。さまざまな霊媒師の登場、キャロル・イヴェンターの支配霊、ペーター・ザクサの物語。そして、キャロルの恋人のノラ・ドズスン・トラックの物語。いろんな人物が登場してきて、わけがわからなくなりそうだ。

 第十九セクション。ドイツ側、レニ・ペクラーの話。彼女は共産主義者であり、集会などに参加している。イルゼという娘がいる。夫のフランツはロケット工場の技師である。ほかにもいろんな人物が登場し、いろんなストーリーが繰り拡げられるのだが、ちょっと今日は時間がなくって書けないや。

 第二十セクション、ポインツマンと、やはりパヴロフ信奉者のグウェンヒドウィとの対話。

 第二十一セクション、ジェシカとロジャー。

 ダメだなあ。ページ数がはかどったのはいいのだけれども、こうやってノートを取ることが滞ってしまう。341ページまで(というか、第一部は終わったぞ! 次は第二部、「カジノ・ヘルマン・ゲーリングでの休暇」なのだ!)。


[]二〇一七年十一月のおさらい 二〇一七年十一月のおさらいを含むブックマーク

演劇:
●庭劇団ペニノ「地獄谷温泉 無明ノ宿」作・演出:タニノクロウ @横浜・神奈川芸術劇場 大スタジオ

読書:
●「重力の虹」トマス・ピンチョン:著 佐藤良明:訳

DVD/ヴィデオ:
●「レベッカ」(1940) ダフネ・デュ・モーリア:原作 アルフレッド・ヒッチコック:監督
●「あこがれ」(1958) フランソワ・トリュフォー:脚本・監督
●「大人は判ってくれない」(1959) フランソワ・トリュフォー:監督
●「キングコング: 髑髏島の巨神」(2017) ジョーダン・ヴォート=ロバーツ:監督
●「祇園の姉妹」(1936) 依田義賢:脚本 溝口健二:原案・監督


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■ 2017-11-29(Wed)

 今日は忘れてはいけない日。ニェネントのお母さんのミイの、七周忌の命日になる。わたしの愛したネコが、わたしに看取られて旅立っていった日。今わたしはミイとの思い出の場所から移転して、ミイを思い出せる風景もわたしにはみられなくなってしまった。それでもわたしの手元にはミイの形見の遺品はある。ミイのことは決して忘れない。

 今日もまた「小春日和」。ぽかぽかと暖かい日になったが、わたしはこの日記を書くのに忙しい。外の天気のことなどわからないのだ。それでも、夕方から買い物に出かけた。スーパーの「m」が今日は一割引の日。買っておきたいものがあれこれあって、ちょっと「まとめ買い」になった。財政状態がそんなに悪くないとわかると、とたんにこうである。買い物からの帰り道、もう日も暮れかけてトワイライト・タイムという感じなのだけれども、ウチのすぐ目の前のあたりの風景が、なんだか夢の中の風景のように見えた。写真を撮ってみたけれども、ほんとうはもう少し明るい。

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 「そろそろカレーをつくろうか」とは思っているのだけれども、まだ先日買ったもやしが残っていたので、夕食はまた「野菜炒め」。「明日こそはカレーをつくるかね」という感じ。
 夕食のあと、借りているDVDの残り一本、ヒッチコックの「レベッカ」を観た。

     

[] 「レベッカ」(1940) ダフネ・デュ・モーリア:原作 アルフレッド・ヒッチコック:監督  「レベッカ」(1940)   ダフネ・デュ・モーリア:原作 アルフレッド・ヒッチコック:監督を含むブックマーク

 主演はジョーン・フォンティーン。この女優さんはなんだか線が細くって薄幸そうな感じがして、こういう作品にはピッタリの配役に思える。それで、共演はローレンス・オリヴィエ。わたしはもちろん過去にこの作品は観ているはずだけれども、その記憶は(いつものように)まるで残っていなくって、「へぇ〜、ローレンス・オリヴィエが共演していたんだ〜」という感じ。ただ、この作品で怖いのは屋敷の使用人のダンヴァース夫人なんだよね、という程度のことは記憶にあって、彼女が登場すると「出て来た出て来た!」という感じ。この「ダンヴァース夫人」を演じているのはジュディス・アンダーソンという女優さんで、そもそもは舞台女優さん。その「マクベス」でのマクベス夫人役は「当り役」だったらしい。うん、わかる気がする。

 原作は「鳥」の原作者でもあったダフネ・デュ・モーリアで、ヒッチコックはこの「レベッカ」、「鳥」の他にも「岩窟の野獣」でも彼女の原作を映画化している。ファンだったのだろう。この作品はヒッチコックの渡米第一作で、デヴィッド・セルズニックの製作によるものだけれども、その前のイギリス時代に、ヒッチコックはこの「レベッカ」の映画化を考えたことがあったらしい。

 この作品はヒッチコックらしい「スリラー映画」という面よりも、ゴシック・ロマン的な側面の強い作品だけれども、「さすがヒッチコック」というか、見事な仕上がりになっている。そこにはやはり、スリラー的要素としての「ダンヴァース夫人」の扱い方も活かされているわけだけれども、この「マンダレー」という、いかにもゴシック・ロマン的な「屋敷」の造形、描写が成功していると思う。冒頭の導入部、主人公のジョーン・フォンティーンの「夢」で登場するマンダレーの屋敷のムード(カメラが門をすり抜けて庭園に入っていく!)が、観るものにジョーン・フォンティーンがローレンス・オリヴィエと知り合ったあとに、「これからが大変なんだぞ!」と、「予感」を抱かせる。それがうまいのである。
 こういう「ゴシック・ロマン」につきものの「肖像画」もちゃんと登場し、定石をなぞるというか、きっちりと「謎」の描写を深めていく感じ。

 その冒頭に、「もう二度とマンダレーへ行くことはないのだ」とのナレーションが入り、ジョーン・フォンティーンとローレンス・オリヴィエとはその後幸福だったのだろうか?と、余計な心配をしてしまうのだけれども、そのナレーションの主語は「We」だったわけで、つまりは二人はその後幸せに暮らしましたのでしょう。


 

[] 第一部「ビヨンド・ザ・ゼロ」(6)  第一部「ビヨンド・ザ・ゼロ」(6)を含むブックマーク

 第十四セクション。なぞの女性、カッチェ登場。まずはカメラマンとオズビー・フィールと共に、モデルとして写真撮影。オズビーはキノコ(ベニテングダケ)を煮込んで焼き上げて、自家製ドラッグをつくっている。カッチェはしかし、数日前にはドイツ軍内で<かまど>という倒錯グループ(?)に隷属していた。<かまど>の指揮者はブリツェロ大尉という男だが、その名は本名ヴァイスマンのコードネーム。<かまど>に隷属するのはカッチェ、そしてゴットフリート。いやあ、ナチスというのはやっぱりこうだよね、という、女装したブリツェロ大尉による変態プレイ。しかも、その<かまど>の位置するところは、ロケット発射台のそばである。そしてその発射台は位置を移動させてもイギリス軍の攻撃を受ける。ブリツェロはカッチェはスパイなのではないかと疑っているわけだが、実際にカッチェはイギリス軍とも、彼女の祖国のオランダのレジスタンスとも通じているようだ。また、ブリツェロは過去に南西アフリカのヘレロ族の蜂起の鎮圧にあたっていたのか。ブリツェロがアフリカに旅立つ日に、彼の母は彼に、刊行されたばかりのリルケの「ドゥイノの悲歌」を渡している。そして彼はアフリカでひとりのアフリカ少年に出会い、その少年に「エンツィアン(りんどう)」の名を与える。りんどうは、「ドゥイノの悲歌」の第九歌で歌われる花。もちろん、エンツィアンはこのあとの重要なキャラクターとして登場してくる。
 カッチェはオランダのレジスタンスの男と接触するが、それを最後に「見捨てられた」と感じる。以後カッチェはプレンティス大尉にのみ義務を負うと考える。行き場のなくなったカッチェに、プレンティスは「ホワイト・ヴィジテーション」をすすめる。
 ‥‥カッチェの先祖の話。彼は十七世紀のオランダのモーリシャスへの植民の試みに参加し、それはつまりはモーリシャス島のドードー鳥を滅亡させるだけの「植民計画」と終わった。ドードー鳥の絶滅とは何だったのか(これはわたしとしてもよく考えることだ)。
 さて、会話するオズビーとプレンティス。ここでさらに「ホワイト・ヴィジテーション」の奇妙な計画が語られ、タコのグリゴリもちょっと登場する。

 第十五セクション。スロースロップは街角で既知のダーリーンちゃんと巡り会い、ダーリーンちゃんがクォード夫人と同居する家を訪問。そこで、クォード夫人のふるまうワインゼリー、そしてキャンディの数々のその「英国風」の味に悶絶する、という一幕。この小説の中でももっとも笑かせられる場面ではありました。‥‥そんな顛末のあと、スロースロップがダーリーンちゃんとようやくよろしくやろうとするのだけれども、そんなゼリーだとかキャンディのせいでか、スロースロップのナニは役に立たない。そんなときに稲光。ロケットが飛来してくるわけで、そのとたんにスロースロップはパヴロフ的に<勃起>するわけ。そして、そんな様子を「覗き見」している誰かが‥‥。

 もうちょっと先まで読んだけれども、キリのいいところとしてはココまで。232ページ。


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■ 2017-11-28(Tue)

 使っていたキッチンタイマーが壊れたので、仕事の帰りに買い換えにいく。もちろん百円ショップ。百円ショップにはいろいろな便利なものが安く売られているわけだけれども、この「キッチンタイマー」なんか、そんな中でももっともコストパフォーマンスにすぐれたもののひとつだろうと思う。もちろん料理のときも使うし、ゆで卵のゆで時間をはかるのにも、インスタント麺、カップ麺の出来上がりを知るのにも使う。風呂に湯を張る時間をはかるときにも役に立つ。もう今では、キッチンタイマーのない生活は考えられないほど。しかも百円だし、すっごい長持ちもして、電池を取り替えなくても何年も使える(たいていは、電池の寿命が来るより先に本体が壊れる)。
 ショップには、前に使っていたのと同じ型の物も売られていたけれども、「また同じ壊れ方をしてしまうかも」などと思い、ちがうデザインのものにした(帰宅して使ってみると、ちょっと小さすぎたかもしれない。ただ、アラーム音が大きいのがいい)。

 レジに並んでいると、そのレジのすぐそばに調味料などが置いてあり、そこにオイスターソースも置かれていた。けっこう大きな瓶だ。‥‥そうか、オイスターソースも、百円ショップで買えばよかったのか。無理して交通費を出して買いに行く必要などなかったのかもしれない。

 帰宅してこの日記を書き、三時頃から買い物に出た。今日は火曜日なので、「食品館」では玉子が安くなる日。ついでに手持ちの金も残り少なくなってきたので、郵便局に寄って預金をおろす。おっと、わたしが勝手に計算していたよりも預金残高はちょっとばかし多く残っていて、これは助かった。今の窮地から抜け出せるまでに、あと17〜8日辛抱しなければならないのだけれども、どうやらこれで、一日に千円ぐらいの計算でやっていけそうな感じ。思っていたよりもだいぶ楽になる。
 買い物の前にそう思ってしまうと、ついつい買い物バケットの中身がふえてしまうのだけれども、そこは思いとどまって、最低限の買い物にした。しかし帰り道にあるスーパー「m」にも立ち寄ってしまい、安売りコーナーにあった一瓶93円(税込みで百円)のパスタソースを三瓶(残っていたの全部)買ってしまった。前にも買ってあったので、合計五瓶の在庫。これはニェネントくんには食べれませんね。

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 このパスタソースを食パンにのせ、その上にハムとチーズを重ねてトーストするとおいしくて、なかなかの好物である。夕食前につくって食べようとすると、ニェネントが寄ってきて食べようとする。ダメです!

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[] 第一部「ビヨンド・ザ・ゼロ」(5)  第一部「ビヨンド・ザ・ゼロ」(5)を含むブックマーク

 第九セクション。ロジャーとジェシカ。統計学者としてのロジャーの仕事。ロジャーとポインツマンとの「差異」について。ロジャーは「反ポインツマン」。彼が信じるのは数(ナンバー)と方法(メソッド)で、0と1、非在と存在とをつなぐ領域の中から、パヴロフ信奉者のポインツマンが把握できるのは0か1に限られるのだけれども、ロジャー・メキシコはその両端のあいだを生きている。はて、今読めばそれは「デジタル」と「アナログ」と読めるのだけれども、その概念がまだ一般的だった時代の作品ではない。ここに、この第一部の標題<Beyond The Zero>が生きてくる。そんなロジャーとジェシカのすぐそばに、ロケットが落ちてくる。

 第十セクション。スロースロップによる、"you never did the Kenosha kid"という句をめぐるジョークの数々。スロースロップはPISCESのドクターに「心の深層」を調査されている。スロースロップの過去? ボストンの「ローズランド・ボールルーム」。ここはマルコムXが少年時代に働いていたというスポットで、スロースロップともすれちがう。そこのトイレで、スロースロップは自分のハーモニカを便器の中へ落としてしまう。ハーモニカを取り戻すために便器にもぐり込んでいくスロースロップ。「トレインスポッティング」ではないが、およそありとあらゆる小説の中でも、おそらくはもっとも「汚くて臭い立つ」描写だろうか。「うへ〜!」って感じ。‥‥いつしか汚物の洪水は消え、クラッチフィールドという人物があらわれる。ここからどうやら、スロースロップのアフリカ系アメリカ人への、アメリカ先住民(インディアン)への意識が調査されてる?

 短い第十一セクション。ラスロ・ヤンフ教授は、精液を付与する(塗る)ことで解読できるようになる、クリプトザムという暗号製作法を開発したらしい。そのクリプトザムが、なぜかV2ロケットの中に入っていて、それがパイレートの手に入っている。暗号文は時間、場所、そして「助け」の依頼なのだったと。これは前半の「大きな謎」なのか。

 第十二セクション。舞台はイック・リージス(架空の土地)にある「ホワイト・ヴィジテーション」(ここは使われなくなった精神病院らしい)。組織を発展させたマイロン・グラントンによる<ブラックウィング作戦>なる計画。ここにはパイレートも絡んでいる。〜パイレートの話では、ドイツには本物のアフリカ人がいる。旧独領南西アフリカ、ヘレロ族の男たちが、秘密兵器プログラムに従事しているという(おお、このあたり、前の「V.」で語られたストーリーのつづきではないか!)。黒の軍団<シュヴァルツコマンド>。そしてここに、第十セクションでのスロースロップの意識調査の結果が役立てられている様子。
 「ホワイト・ヴィジテーション」の中には、さまざまな連中が烏合している。パヴロフ信奉者らと近しいポインツマン、そして<心霊セクション>には降霊師たち霊魂信奉者、そして年老いたアーネスト・プディング准将というのがいる。彼はPISCESの指揮者らしい。いろんな人物が登場してくるけれども、はたして彼らはどこまで「重要」な存在なのかね? ただ、新たにまた、スロースロップに違った種類のテストを実施することが提案されもする。

 第十三セクション。プディングとポインツマンとの対話。スロースロップのことが話題になっている。スロースロップはその前から「タイロン坊や」として知る研究者も少なくなかったし(なぜ?)、ロジャーが撮ってきたスロースロップの「ナンパ地図」が、「V2」の落下位置とピッタリ重なり合うのだ。ここでパヴロフ理論の展開。そしてスロースロップの検査結果の分析。ポインツマンによれば、スロースロップは「強迫観念に囚われた潜在的パラノイア」ということ。その出発点から、彼はスロースロップの脳神経を調べたいとしているが、そのためにロジャー・メキシコの協力を求める。なぜ?

 う〜む、こうやってメモしていても、なんだかよくわかんなくなってきた。181ページまで読んだ。


 

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■ 2017-11-27(Mon)

 夢。わたしのそばに父がいる。父は芥川比呂志にそっくりで、その顔はブロンズ像のように青黒い。痩せていて、ピカソの「青の時代」の絵に出てくる人物のようだ。父がわたしに、「お前は、話をするときに左手で右の二の腕にさわる。それは馬鹿のようにみえるぞ」などというので、わたしは「遺伝ですね」と答えると、父は笑うのだった。
 ‥‥もっともっと、いろいろと続きがあったと思うのだけれども、全部忘れてしまった。

 今日も仕事をしているときは陽射しが暖かそうで、外に出てもいい感じだった。「いいねー」と思っていたのだけれども、仕事を終えて帰宅するときには青空はなくなっていて、気温もグンと下がった感じだった。でも、ジャケットを着ていれば暖房を入れるというほどの寒さではない。
 さて、ニェネントの「発情期」は、早々と過ぎ去ってしまったようだ。それはいいのだけれども、昨日までのようにわたしにすり寄ってこようともしないで、またわたしが抱き上げようとすると逃げるようになってしまったのはちょっと寂しい。そこをなんとかつかまえて、「あなた! わたしのことをどう思ってるんですか! あなたの寝るところを用意して、あなたの食べるものを毎日出してあげてるのはわたし、このわたしですよ! 感謝してないんですか? あなたね、野良ネコの寿命を知ってますか? 三年ですよ、三年! あなたのお母さんもきょうだいたちも、(悲しいことだけれども)今はもうみ〜んないないでしょ。あなたはもう七年も生きてるんですよ! そして、これからも十年以上生きるんですよ! それは誰のおかげですか? 感謝してないんですか?」と詰め寄ったら、なんだか眼を細めて「‥‥わかってますよ」みたいな表情をしたので、笑ってしまった。あなたの(なつかない)性分はもうしょうがないけど、これからもいっしょに生きていきましょう、ということで。‥‥眼が、寄ってるよ!

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 さて、午後はずっと「重力の虹」のメモを取っていて、それだけで過ぎてしまった。ま、普段ロクな時間の使い方をしていないから「それもいいか?」とは思うけれども、どこまで続くことやらと思う。‥‥それで、あっという間に夕食の時間なのだが、はて、何にしようか。金もないし、タマネギ、ジャガイモ、ニンジンがそろっているということは、また「カレーライス」をやりなさい、という声が聞える。そうだなー、やはりカレーだよなーと思うのだが、今日はまだ残っているキャベツと鶏肉とで「水炊き」ということにした。


[] 第一部「ビヨンド・ザ・ゼロ」(4)  第一部「ビヨンド・ザ・ゼロ」(4)を含むブックマーク

 ‥‥ふむ、これはなかなかに大変な作業だ。こうやってメモを書くために、ほとんどもういちど読み直さなければならないではないか。これではわたしの一日は、仕事から帰ったらずっとこのメモを書くことで終わってしまいそうだ。はたして続けられるのか。

 第五セクション。なぜかとつぜん、ウィジャ盤を囲んでの降霊会。そう、この作品にはオカルト的側面もあるのだ。霊媒師はキャロル・イヴェンターという男性で、そばにはその妻のセリーナがいる。他の出席者はケンブリッジ大学を最優秀成績で卒業したというミルトン・グルーミング(統計学者らしい)、ATSのジェシカ・スワンレイク(彼女はロジャー・メキシコの恋人なのだ)(あとで、ギャビン・トレフォイルという人物も出てくる)。呼び出されている霊は、ローランド・フェルズパスという霊と、その支配霊のペーター・ザクサ。ページが進むと、その場にいつの間にか「パイレート」プレンティスとロジャーも来ていて、ふたりで話をしている。
 ここで、パイレート〜メキシコ〜ブロートの経路が、パイレートによって推測される。ブロートがマイクロフィルムに撮影したものは、パイレートを経由してメキシコに渡り、その先は「ホワイト・ヴィジテーション」なるところへ行く。そこにはPISCES(Psychological Intelligence Schemes for Expediting Surrender=降伏促進のための心理学的諜報企画)という何でも屋的な企画組織があると。とにかく、このときのロンドンにはアメリカも参戦し、亡命政府もやって来ているし、わけのわからない諜報活動グループが山ほど存在するのだ。どうもメキシコはそれら諜報グループ間を暗躍している?
 ここでパイレートのこと。彼はもう七、八年前から、スコーピア・モスムーンという重役夫人と恋仲になっている。彼女の旦那クライヴはプラスチック研究の専門家。今でもパイレートはスコーピアを狂おしく想っている。パイレート思うにメキシコも自分と同じような状態にあるわけで、ジェシカにはビーバーという男がいるわけだ。

 第六セクション。ロジャーとジェシカは車に乗ってドライブしている。
 第七セクション。エドワード・W・A・ポインツマン登場。彼は「王立外科医師会会員」であり、パヴロフの「条件反射」を研究するために、犬を捕えようとしている。そこにロジャーとジェシカが来て、ポインツマンを手伝う。犬を捕えそこなったポインツマンは、ケヴィン・スペクトロ博士に会いにいく。彼は「天主の御姿の聖ヴェロニカ大腸肛門科呼吸器科病院(笑)」の神経科医で、「パヴロフ学説の気ままな支持者」であるということ。ふむ、ここに「空に顕現するものに、きわめて得意な感受性をもって反応する」というスロースロップの件を、パヴロフ的に解明しようとする動きがあるの?

 第八セクション。やはり、予想した通りに、ポインツマンとスペクトロはスロースロップのことを話し合っている。ここに、「スロースロップはラスロ・ヤンフの手がけた子」という、謎の言葉が。「音速よりも速く落下し、落ちたあとから爆音がする」というV2ロケットの特性と、スロースロップの特性とは関係があるの?
 もうひとつ、ここでポインツマンがグリゴリという大ダコを飼育している話が出てくる。この大ダコ、のちのちにまた登場するはずである。今日はココまで。106ページまで。

 

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■ 2017-11-26(Sun)

 日曜日。朝から晴天で、窓から差し込む陽射しが気もちいい。これはつまり、やはり「小春日和」というのだろうな。そう心に思うと、日曜日でもあるし、Bert Janschの"Fresh As A Sweet Sunday Morning"という曲を思い出し、その曲が一曲目に収録されたアルバム、"L.A.Turnaround"が聴きたくなった。うまい具合にほとんど探さなくてもすぐに見つかり、CDプレーヤーに放り込んで聴く。いい演奏、いい唄だ。とっても気もちがよくなって、「やはり<音楽>だねー」と思うのだった。

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      D

 しかし、せっかくの好天だというのに、午後から「重力の虹」を読んでいたらけっきょく、またなが〜い午睡に陥ってしまい、目覚めたときには、大事な時間をムダにした気分になってしまった。タバコがなくなりそうなのでコンビニに買いに出かけ、もうその時間には日も暮れかけていて、わたしの「小春日和」は、わずかに窓から差し込んだ陽の光を見ただけのことだったような。
 コンビニで売られている惣菜をみていると、ジャガイモとウィンナにマヨネーズを和えただけみたいなのが売られていて、「そういうんだったら自分でつくれるな」と、帰宅してからトライしてみた。ジャガイモを大きく切ってゆでて、炒めたウィンナといっしょにしてマヨネーズ。ちょっとマヨネーズの味が強すぎて、コンビニで売られていたヤツはどんな味付けだったのかな?と思うけれども、原価50円ぐらいの超安上がり惣菜にはなった(コンビニはバカ儲けだな)。

 日曜なので夜は「モヤモヤさまぁ〜ず2」をみて、そのあとは昼寝しているからまだ寝るには早いので、借りたDVDから溝口健二監督の「祇園の姉妹」を観た。


[] 「祇園の姉妹」(1936) 依田義賢:脚本 溝口健二:原案・監督  「祇園の姉妹」(1936)   依田義賢:脚本 溝口健二:原案・監督を含むブックマーク

 溝口監督38歳のときの作品か。すでにこの頃、彼の「映画」というものへの考えのしっかりと自立していたことがよくわかる。そこに京都出身の依田義賢の脚本を得て、よりリアルな京都ことばによって、まさに「リアル」な映画になっているような。

 冒頭の、倒産した呉服屋の家財の競売シーンの長いドリー撮影から、「ああ、溝口作品が始まった」と思わせられ、多くのシーンを京都で実際にロケをした、路地の縦構図の撮影などをみると、「これは後の<祇園囃子>で再度(こんどは宮川一夫の撮影で)撮られることの原形なのだな」と思わせられる。とにかくは「京都」という<場>の切り取り方が見事で、それがすばらしい演出で描かれる。<絵>としては溝口監督作品でも最もインパクトの強いものかもしれない。

 ストーリーは、「情」に生きようとする古いタイプの姉・梅吉(梅村蓉子)と、男の支配する花柳界で、打算的に生きようとする妹・おもちゃ(山田五十鈴)のふたりの芸妓、その周辺に出入りする男たちとのあいだで繰り広げられる。芸妓ふたりは芸妓の中では格下らしく、座敷に着て出る着物にも不自由している。そこでおもちゃは何とか「のし上がりたい」と思うのである。男たちは基本的に色に目がくらんだ<アホ>で、彼らの行動、セリフなどは笑いを誘わずにはいられない。そんな男を騙してもいいではないかと。しかしけっきょく、花柳界(に限らず、社会)での「強者」というのは男であり、そんな男たちをうまくあしらおうとしたおもちゃはこっぴどい仕返しを受ける。病院のベッドの上でおもちゃは、「芸妓」という職業、そして「男」への呪詛のことばを吐く。

 特典映像で新藤兼人がこの作品について語り、公開当時祇園ではこの映画は不評だったと。それはそうだろう。リアリズムから花柳界というもののあり方を否定するわけだから、その世界で生きる女性にせよ、その世界に遊ぶ男性にせよ、自分たちの存在を否定されるようなものだろう。しかしつまり今観れば、溝口監督の視点はそういうことにはなく、「フェミニズム」という視点があるのだと思う。この作品が古くなることはないだろう。


[] 第一部「ビヨンド・ザ・ゼロ」(2)  第一部「ビヨンド・ザ・ゼロ」(2)を含むブックマーク

 第四セクション。ようやくスロースロップの登場。彼の任務は、<落下>したV爆弾に搭載されていたあれこれのモノを確認すること? どうせACHTUNGには「現物」は手に入らないのだから、「どんなモノが落下してきたか」みておいて、SOEに部局間の要請書を出し、その落下物についての報告を求めること。そして、それは必ず無視されるのである。けっきょく、スロースロップはロンドンの女の子をナンパすることに精を出すわけで、その女の子らと知り合った場所を、ロンドンのマップに星印を付けて自分のデスクの横に貼ってあるわけ。同室のタンティヴィもそのマップに興味津々、彼も女の子を紹介してもらいたがっていると気づいたスロースロップだが、タンティヴィもまた、スロースロップが抱えている孤独の大きさに気づくのだった。ふたりの対話が続く。
 ‥‥ここでスロースロップの秘密。これは彼の調査書類にも書かれているのだが、彼は「空に顕現するものに、きわめて得意な感受性をもって反応する」のである。つまり、<勃起>する。ここから話は過去にさかのぼり、二百年前のアメリカのスロースロップの先祖、それ以降の先祖、幼少期のスロースロップのことが語られる(やっぱり、これらの<過去>も後で関係してくるのかな?)。とりあえず第四セクションおしまい。


 

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■ 2017-11-25(Sat)

 昨日載せるのを忘れていた、早朝の職場の近くの風景。昨日の朝は不穏な雲が出ていたのだな。

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 土曜日。今朝は昨日予定した通りに、早くに内科クリニックへ行く。八時ちょっと過ぎに行き、九時には診察を受けたから、やはり昨日(おそらくは)長々と待つよりはよかっただろうと思う。前に国分寺のクリニックで受けた血液検査の結果をみせると、「血色素量」の値が低いといわれる。それでというか、次回は「特定検診」というのを受けることになった。前(茨城)の職場では毎年夏に健康診断があったので、いちおう健康チェックできたのだけれども、今はそういうのがなくなってしまったので(市の健康診断があるはずだけれども、今のところそういう通知は来ない)、健康診断は受けておきたい。身体的に特に心配なところもないのだけれども、ただ、このところ体重が落ちているというか、前は一時期体重が増えてしまって、持っているアンダーがキツくてはきにくくなったりしていたのが、今は逆に当時ピッタリだったのが「ゆるゆる」になってしまっている。「もう少し太ってもいいな」と、このところはいっぱい食べるようにしてるのだけれども、今のところその成果はあらわれない。

 クリニックから戻ったあとは、もうそのあとは何もしない一日になった。ま、休日だから「何もしない」というのもいいだろう、とは思う。夕方からはまた相撲を観て、今日も琴奨菊がいい相撲を見せてくれたし、それで白鵬は四十回目の優勝を決めてしまった。しかし、なんだかまともな横綱は白鵬だけだし、大関もダメ。こんな状態でこれからどうなってしまうんだろう(わたしは日馬富士の「問題」にまるで興味がない)。

 夕食は「定番」の、スキレットを使ってピザソースにタマネギ、ウィンナーを炒めた上に卵とチーズを乗っけたヤツ。わたしの「お得意」である。夕食のあとはニュースをみて、そのまま「ブラタモリ」をみた。この日は「室蘭」。面白い回だった。


[] 第一部「ビヨンド・ザ・ゼロ」(1)  第一部「ビヨンド・ザ・ゼロ」(1)を含むブックマーク

 さて、読みはじめます。
 まずこの本はリチャード・ファリーニャに捧げられていて、このリチャード・ファリーニャはつまりピンチョンとは大学の学友で、彼自身作家としてのスタートを切っているけれどもその後ジョーン・バエズの妹のミミと結婚し、ミミと共にフォークシンガーとして活動、二枚のアルバムをリリースするのだけれども、1966年に交通事故で若くして死去されている。

 それで本文に入るとまず、ドイツのロケット開発技術者フォン・ブラウンによるパラグラフが掲載されている。

自然は消滅を知らず、変換を続けるのみ。過去・現在を通じて、科学が私に教えてくれるすべてのことは、霊的な生が死後も継続するという考えを強めるばかりである。

 これははたして、この小説の内容にリンクしてくるのだろうか。いちど読んだ立場からいえば、「自然は消滅を知らず、変換を続けるのみ」というのは、終盤のスロースロップの<変換>を思い起こさせられるし、<霊的>なものというのも、たしかにこの作品のひとつの要素になっているともいえるかも(ま、「何でもあり」の作品だけれども)。

 いよいよ本編。まず空をロケットが飛び、これはロンドン中心部から<疎開>する列車なのだろうか、列車の中の暗い描写になるけれども、これは読者(観客)を案内するためのロンドンの状況描写、そこからの移動のためにあるようで、主要登場人物は出てこない。脚注によるとこれは1944年12月18日のことらしく、この日の描写がしばらく続く。
 まず登場するのはジェフリー・“パイレート(海賊)”・プレンティスで、彼はイギリスのSOE("Special Operations Executive"=特殊作戦執行部)の諜報部員。この由緒ある古いアパートの屋上でバナナを栽培している。彼はいま、ようやく目覚めたところで、同じ部屋にはテディ・ブロートが酔いつぶれている。この人物は今のところ正体不明。外を見ていたプレンティスははるか遠く、北海の方角にロケットが飛ぶのを目撃する。ここまでが第一セクション。

 第二セクション。プレンティスは目撃したロケットがドイツのV2ロケットだと推測し、ブロートにもそう話をして、SOE本拠地スタンモアに電話する。ここで<バナーナ朝食会>のため、同居人らが集合してくるけれども、いったい誰がその後の重要人物か、誰がその場かぎりの人物なのかわからない。書いておけば、オズビー・フィール、バートリー・ゴビッチ、デカヴァリー・ポックス、モーリス・“サクソフォン”・リードという面々(少なくとも、オズビー・フィールはこの後も登場するようだ)。プレンティスにSOEからの呼び出しがかかり、彼は車で出かける。わからないから書いておくけれども、ここで車を運転するのは従卒(バットマン)のウェイン伍長。
 さてここで、なぜプレンティスが「海賊プレンティス」と呼ばれるのかが明かされるのだけれども、つまり彼は「他人の空想に入り込み、当人に代わってその管理をする」という奇異な才能の持ち主。いろいろあってその才能はSOE(ファーム)の知るところとなり、つまりファームの諜報員になるのである。ここでしばらく、プレンティスがブレイザラード・オズモ卿の空想(妄想)の巨大なアデノイド(肥大扁桃腺)をてなずける顛末が語られる。オズモ卿はそのときトルコのノヴィ・パザールという土地担当で、当時ボスニア・ヘルツェゴヴィナとセルビアとは一触即発状態にあったわけで、つまりプレンティスはオズモ卿を仕事に専念させることでヨーロッパの危機を救ったのであった。ここまでが第二セクション。

 第三セクション。昼になった。テディ・ブロートが動き回る。ここからアルファベットの略語だらけになり、こういうのはあとになってまた出てくることもあるので、覚えておかなくてはいけないのもある。メモしておく。
 ・SHAEF("Supreme Headquarters. Allied Expeditionary Forces"=連合国派遣軍最高司令部):実在した組織。ブロートはココに所属しているようだ。ちょっと「重要」。
 ・ATS(Auxiliary Territorial Service"=志願した女子による陸軍の婦人補助部隊):ま、こういうのはあったのでしょう。
 ・ACHTUNG("Allied Cleaning House, Technical Units, Northern Germany"=連合軍情報局技術部、北ドイツ班):架空の部局。スロースロップもタンティヴィもこの部局の中尉という設定。
 ・ETO("European Theatre of Operations"=欧州作戦戦域):組織名ではないが。

 ブロートはそのACHTUNGの本部に顔パスで入り、カレッジの友人だったオリヴァー・“タンティヴィ(速駆け)”・マッカ=マフィック中尉の執務室へ入る。同じ部屋に、アメリカから赴任しているタイロン・スロースロップの机もあるのだが、二人とも昼食で外に出ているようで不在。するとブロートは、「ご愛用」のカメラを取り出し、スロースロップの机のわきに貼られたロンドンの地図を撮影する。ふむ、ブロートは「スパイ」なのか? そのスロースロップの地図にはいくつもの(いろんな色の)星印が貼り付いていて、そこにはそれぞれ女性の名前が書き込まれている。つまりスロースロップはロンドンに落下したロケット爆弾の被害調査に出かけるようになってから、あちこちで女のコと知り合って、「関係」を持ったらしい。その、女のコと知り合った場所がそうやって星印で示されているわけだ。そんなのが「スパイ」するほど重要なのか?(って、まあこのあたりのことは知ってるけどね)。というところで第三セクションはおわり。43ページ。今日はここまで。って、こんなペースで行けるのかな? 毎日毎日、こんなにメモを取れるかな?


 

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■ 2017-11-24(Fri)

 ニェネントはまちがいなく「発情期」で、なきごえをあげながら部屋の中をウロウロし、わたしにすり寄ってきて「何とかしてよー!」と訴えるのである。この日記で検索するとニェネントの前回の発情期がいつだったのかわかるのが便利なところで、検索すると七月のことみたいだ。四ヶ月ぶりの発情期。
 昨日買った肉まんをチンして食べていると、ニェネントが寄ってくる。無遠慮にわたしのひざに前足をかけ、机の上に乗ってきて肉まんにかじりつこうとする。まったくマナーがなっていないのだけれども、ニェネントは肉まんの具が大好きのようだ。おそらくはそのにおいだけで惹き付けられてくるようで、わたしが持っている肉まんをしつっこく狙ってくる。またいつもの悪いクセで「ま、いいか」と、肉まんの具をつまみ取ってニェネントにあげる。ニェネントむしゃぶりつく。これではニェネントの悪癖はおさまらない。

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 今日は晴天だし体調も万全、しかし一昨日のことで懲りているので、寒くならないように服装に気をつけて仕事する。今日の仕事が終わればまた土日の連休になる。うれしい。
 仕事の帰りに柏駅で降り、レンタルDVDの店に寄り、先週借りようと思ったらレンタル中だったヒッチコックの「レベッカ」、それと二度も間違えて借りてしまった溝口健二の「祇園の姉妹」(こんどは間違いない)、それから、まだ「準新作」扱いだけれども、ほんとうは映画館で観たいと思っていた「キングコング: 髑髏島の巨神」とを借りた。

 帰宅して、ちゃっちゃっと昼食をすませ、もう処方された薬がなくなるので内科クリニックへと行く。待合室は満員、超満員。いちどは診察券を受け付けに出して「しょうがない、待とうか」と思ったけれども、この状態では二時間ぐらい待たされそうだし、それなら明日の午前中に出直した方がいいかも?と考え直し、帰ってきた。受け付けの人に、「土曜日も混みますよ」といわれたけれども、明日は予防検診か何かがあるので、特別に八時から受け付けが始まるということ。診察はいつも通りに九時からですよ、といわれたけれども、早くに行って早くに診察が終わる方がいい。明日でOKである。

 帰宅してテレビで相撲とかをみる。三横綱、二大関の不在の場所だけれども、みていればそれなりに面白い。特に今日の琴奨菊の取り組みは熱戦で、みていても力が入ったし、琴奨菊が相手を裏返して投げて勝ったときには「拍手」、という感じ。そして一人横綱の白鵬は何ともアクロバティックな、反射神経のすばらしさをみせる土俵をみせ、やはりその力量を実感させられた。

 夕食は昨日の残りの豆腐と、白菜とを煮込んで卵とじみたいにしてみたけれども、ちょっと味が濃すぎた。
 食事のあとは、楽しみにしていた「キングコング」映画を観る。けっこう、こういうモンスター(怪獣)映画は好きなのだ。感想は下に。


[]「キングコング: 髑髏島の巨神」(2017) ジョーダン・ヴォート=ロバーツ:監督 「キングコング: 髑髏島の巨神」(2017)   ジョーダン・ヴォート=ロバーツ:監督を含むブックマーク

 けっこう、劇場公開時の評判も良かったみたいで、期待していた作品。‥‥なのだけれども、観始めてみたら、これが今までに観たことがないくらいにドイヒーな映画だった。これは演出も脚本も酷い。わたしはこんな絵に喜ぶほどには耄碌してはいない。

 まずは「演出」だけれども、絵のつなぎ方がひどい。そしてすぐに奇をてらったような、下からあおるようなカメラに終始し、さらに、やたらにスローモーションを多用する。はっきりいって「観るに耐えない」レベルだと思う。そして脚本との絡みもあるだろうけれども、とにかくはドラマになっていないではないか。わたしにはそれぞれの登場人物のモティヴェーションというのかな、そういうのがまるでわからなかった。というか、共感できなかった。

 「脚本」、いったい何でコングに立ち向かうヘリが全機やられてしまうのよ。いったい何でコングは「いい人、悪い人」の区別をつけられるのか。根本になる世界観がまるでいいかげんだから、行き当たりばったり、「そういうことだからこうなるのよ」という、理念のない展開。

 「造形」、コングはいいとして、それ以外のクリーチャーが酷すぎる。特にコングの宿敵の奇怪なトカゲみたいなの、あれはないでしょ〜。観ていてシラケてしまった。蜘蛛も、枯れ木に擬態したクリーチャーもあんまりだ。映画のロマンはどこへ行ってしまったのか。

 ただ、さいごのさいごに、「まだまだモンスターはいる」みたいなところで、ラドン、モスラ、キングギドラ、そしてゴジラ(らしきモノ)が登場したのはよろしい(しかし、こういう「エンド・クレジット」のあとに「おまけ」みたいに映像をくっつける「悪癖」もどうかと思うが)。


[] No.2  No.2を含むブックマーク

 まずは<国書刊行会>版で読みはじめて、「あ、コレは読みにくいわ!」という感想になる。いちど<新潮社>版(佐藤良明訳)を読んでしまうと、コレでは読み進められない。「晦渋」というか何というか、脚注も皆無だし、「いったい何のことだかさっぱりわかりませんわ!」という感じ。佐藤良明氏は、国書刊行会版を全文データベース化し、そこに校了していくかたちでも翻訳を進めたという。それはかなわないというか、これは新潮社版が出て絶版になってしまったのも「宜なるかな」、という感じ。

 というわけで、うまいこと我孫子の図書館で(参考、補助的に)借りていた新潮社版を再び読み継ぐことにした。
 ただ、さいしょの方を読み比べてみると(いつまでもこういうことをやるつもりはないが)、国書刊行会版の方がわかりやすいところがあるのもたしか。たとえば冒頭の二節目、新潮社版では「今さら手遅れだ。<疎開>は続くが、ただの見てくれ(シアター)でしかない。」とあるのが、国書刊行会版では「もう手遅れだ。<疎開>は今も行なわれているが、すべては映画のようだ。」となり、この作品全体が「映画作品」を模しているということが、よりはっきりと(冒頭から)わかる気がする。

 ‥‥さて、これからは一日50ページは読むことを目標に、読みながらこんなノートを書き継いでいくわけか。はたしてどうなることやら。


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■ 2017-11-23(Thu)

 心配していた体調だけれども、やはり一晩過ぎるとどうってことないというか、まるで快調である。いったいアレはどういうことなのか、理解に苦しむけれども、とにかくはこれからもっと寒くなるわけだから、「寒!」とカラダが感じないように、気をつけなければいけない。

 今日は祭日で仕事も休み。明日出勤すればそのあとはまた土日で連休である。こういうのは気分的にいい。でも、休みだからといって特別に何もしないうちにお昼になってしまう。なまけものの休日だ。それでも、エアコンの風向きをいろいろとテストしてみて、ちゃんと自分の居るところまで暖まる風向きをみつけた。これでひと安心だけれども、はたしてこのエアコン、暖房で一ヶ月フル稼働させるとどのくらいの電気代になるだろう?
 おかげでニェネントには電気ストーブの恩恵がなくなるだろうから、わたしのそばで丸くなったりしなくなるかな?と思っていたけれども、やはりわたしのそばから離れない。「珍しく、ずいぶんとわたしになつくんだなあ」と考えると、つまりはニェネントくん、久々の「発情期」になってしまった、ということらしい。そう思ってニェネントをみていると、たしかになきながら部屋を彷徨したりとかやりはじめている。これはまちがいなく「発情期」だ。

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 今日は午前中はずっと「雨」で、「こんな日に仕事が休みでよかった」と思っていた。それでも午後からは雨もやんで、部屋の窓からも陽の光がまぶしく差し込んでくるようになる。そんなときに図書館(分室)から、「リクエストされていた本が届きました」との電話があったので、「では買い物がてら、本を受け取って来ましょうか」と外出する。外は気もちのいい空が拡がっていた。

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 まずコンビニで公共料金というか税金というか「あまり支払いたくはない」金を支払って、いつもとは違う道を歩いて、スーパーの「S」まで行く。とちゅう、柿のたわわに実った木をみつけた。秋は柿の木が季節を感じさせてくれる。

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 今日は木曜だから「S」は全品一割引き。マーガリンと豚肉、そして賞味期限が迫っていて値引きされていた肉まんとかを買う。
 「S」からぐるっと西の方へ行くと、図書館の分室。リクエストしていた「重力の虹」の旧訳版の上巻と、「重力の虹」にしきりに引用されていて気になったリルケの「ドゥイノの悲歌」の岩波文庫版と。「ドゥイノの悲歌」みたいな長詩を読むのは苦手というか、考えてみたら今までちゃんと読んだことはないのではないかな。エリオットの「荒地」は読んだかもしれんけど、もちろん記憶からは消えてしまっているし。
 図書館の分室へ行くと、帰り道にはスーパーの「食品館」も「m」も道沿いにあるわけで、両方寄ると「買い物しすぎ」になってしまうけれども、とりあえずは「食品館」に行ってみる。タマネギがすっごく安かったので、そろそろウチのタマネギのストックも残り少なくなっているので買ってしまう。それと、ついついビールの缶を一缶。ま、いいや、という気分で。

 借りてあるDVDのもう一枚、溝口健二の「祇園の姉妹」を観ようとしたら、これがまた先日借りてしくじった戦後のリメイク作の方だった。店の棚に同じ「祇園の姉妹」が二枚並んでいて、微妙にジャケットが違うな〜とは思ったのだけれども、先月それでまちがえて借りてしまったことをすっかり忘れていたのだ。やはりわたしの「記憶」はまだ危ういのか、それとも単にわたしがバカなのか。ガックリである。

 帰宅してビールを飲み、夕食は買ってあった豆腐を使っての「麻婆豆腐」。インスタントだから手間はかからない。まだ豆腐は半分残っているので、明日も豆腐を使った料理を考えよう。
 借りて来た「重力の虹」をパラパラとめくり、「おっ! こっちの方が<登場人物>の索引は充実しているんじゃないかね」などと思う。しかし、これで二回目の挑戦。実は「こんどはノートでも取りながら読みますかね」と、先日百円ショップでノートも買ってしまっていて、気合いだけはたっぷりなわけだけれども、やはり「え〜、ノートとか取りながら読むなんてめんどうだな〜」と思っているわけで、きっと挫折するにちがいない。しかし、読みながらメモぐらいは取っていきたいとは思っていて、「それだったらこの<日記>を活用すればいいではないか」とも思う。‥‥実は過去に、この日記で「アレキサンドリア四重奏」とか「失われた時を求めて」とかを読みながらあれこれと書いていたこともあったわけで、どっちも途中で挫折中断、投げ出してしまっているわけだけれども、「もう一回、そういうことをやってみてもいいな」とは思う。今のわたしには文字を紙に書くよりも、こうやってパソコンとかに書き付けて行く方がずっと楽。‥‥ふむ、そういうことをやってみようかしらん。よその人が読んでもちぃっとも面白くもないだろうけれども、あくまでも「わたし自身のため」に、そういうことをやってみようかと、考えはじめたところです。


[]No.1 No.1を含むブックマーク

 テスト、です。

 

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■ 2017-11-22(Wed)

 季節は「秋」を早々とすっ飛ばして、「冬」になってしまったみたいだ、と思ったけれども、もう十一月も下旬、そりゃあ「冬」なんだな。でも今年は「秋」が短かったみたいだ。
 今日も晴天だけれども寒い。仕事をしていて、ときどき外にも出ることがあるのだけれども、そのときに「さむっ!」と思ったらまたそれから体調がおかしくなり、くしゃみを連発して鼻水が出るようになった。またかよ! いったい自分の体調はどういうことになっているのか。ちょっとでも「寒い」と感じるとそれで体調が狂ってしまう。わたしのからだはそんな精密機器だったのか。
 さいわい、仕事をしているときにはそんなに症状は悪化しなかったのだけれども、帰宅してからまたひどくなった。明日は「勤労感謝の日」で仕事が休みなのはよかった。
 そうそう、今日は職場の外で、「夏の名残り」の拾いモノをした。きれいなかたちで残っていた。外殻を残してあとは空っぽになっている。すっかりこのまま「標本」状態だけれども、これは「クマゼミ」だと思う。

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 今日は仕事のあとに我孫子の図書館まで本(「重力の虹」)を返しにいったので、それも体調の悪化に関係したのかもしれない。二回目の「重力の虹」は柏の図書館分室にリクエストを出してあるので、もう我孫子の図書館には用はないのだけれども、「重力の虹」の上巻をまた借りておいて、これから読もうと思っている国書刊行会の版と比べてみようかと思い立ち、借りることにした。それと、フラッと時間の空いたときに軽く読める本も借りるといいな、などと思い、「現代詩手帖」の今年の三月号、「ダダ・シュルレアリスムの可能性」という特集号を借りる。これは対談とか鼎談をちゃっちゃっと読むつもり。‥‥しかし、「現代詩手帖」なんて読むのは何十年ぶりになるだろう。

 図書館を出て、目の前の手賀沼の方へ行ってみる。「憩いのひととき」。今日もハクチョウがいる。誰かが鳥たちにエサをあげているようで、その周囲にカモメ(だと思う)がいっぱい集まっている。見ていたら、そんなカモメらの何羽かが、とつぜんに近くの水面にいたカモを追いかけはじめた。カモは必死に逃げるけれども、カモメらはしつっこく追いかける。「いじめ」かよ、みたいに思って見ていたけれども、そのカモがわたしの近くに逃げてきたのをみると、口に何か大きな食べものをくわえているのがみえた。ははぁ、カモメたちはその食べものを奪おうと追いかけていたのか。「おまえ〜! そんな大きなエサをひとりじめするんじゃないよ〜!」と怒っていたのだろう。カモはそのエサをわたしの前で呑み込んでしまったので、カモメらはあきらめて行ってしまった。カモの「逃げ勝ち」である。
 帰り道に銀行へ寄って預金をおろし、帰宅していろいろと計算してみたのだけれども、どうやら思っていたよりも残金は多いようで、「これならば普通に生活しても何とか大丈夫かな?」と思える。とにかくは「危機」を脱するのにあと三週間ちょっと。早くこの「危機」は過ぎ去ってほしい。


 

[]「重力の虹」トマス・ピンチョン:著 佐藤良明:訳 「重力の虹」トマス・ピンチョン:著 佐藤良明:訳を含むブックマーク

 ‥‥まず、一読目の感想。ふむ、困った。主人公だと思っていたスロースロップはいったいどうなってしまったのか? どうもよくわからないまま、彼は消えてしまった。そして、一回読んだだけでは「誰が重要人物で誰が<その場だけ>の人物なのか、まるでわからなかった。第一部で登場していた人物が第四部で(忘れた頃に)また登場してきて、「ふん! 実はわたしは<重要人物>なんだよ〜ン!」みたいな顔をする。困った。
 読んでいての、めまぐるしい文体の変化にも足をすくわれるというか、シリアスな文章とほとんどギャグみたいな文章と、読みつづけているとわたし自身がパラノイア状態になってしまいそうな。

 しかしこれはきっと、「システム」とそれに対抗する個人らのストーリーというか、今でも(今こそ)わたしらを取り囲むシステムへの、カウンターカルチャーからのねじれた「Non!」なのではないのか。そのストーリーにいくつものサブストーリーがからみつき、蔦の絡んだ大木のような様相になっているのだろうか。

 ちょっと下巻から引用。

(‥‥)言うまでもないが、いわゆる“妄想”は常に、権力によって定義される。何が現実で何が非現実かを、われわれが思いなやむ必要はない、<かれら>の便宜で決められるのだよ。意味があるのはシステムだからな。データがシステム内でいかに収まり合うかが重要だ。全体として一貫性があればいい。そうでないとシステムが支えきれない。

 ‥‥このあたりに、この作品の極意があらわされているのではないだろうか。


 

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■ 2017-11-21(Tue) このエントリーを含むブックマーク

 今日も朝は寒いけれども、日が昇ると気温は上がる。昨日よりは過ごしやすいだろうか。昨日考えたように、仕事のあとに勤務先の飯田橋からメトロで麹町まで行き、酒量販ショップの「Y」へ行ってオイスターソースを買おうと。
 この財政逼迫のとき、わざわざ電車に乗って「お買い物」というのもどうかと思うけれども、オイスターソースは必須というか、「なくてはならない調味料」である。そして、昨日書いたように、この「Y」で売られているオイスターソース(タイ製なのだ)は、どこのどんなオイスターソースよりも格段に安く、多少の交通費をペイしてもやはり、買いに行くだけの価値がある。それにこの「Y」の店はいろいろと「お買い得」なモノの売られている店で、この麹町店をいちどチェックしておきたいという気もちもある。

 メトロで「有楽町線」に乗り、「麹町駅」で降りる。ここから通りをひとつ隔てたところに半蔵門線の「半蔵門駅」があるのだけれども、この「麹町駅」と「半蔵門駅」間の距離なんて、例えば飯田橋駅の有楽町線と東西線間の距離、大手町駅の千代田線と東西線間の距離よりもよっぽど近い。つまり地下道でつながっていないから別の駅になってるわけだろうけれども、ここに地下道があればつまり、「同じ駅」として乗り換えもできることだろう。東京のメトロの「不可解さ」のひとつだな。
 その「半蔵門駅」のある交差点へ行くと、そのそばに「Y」の店があった。本来は輸入酒の店なんだけれども、同時に輸入食品も豊富に取り扱っていて、例えばチーズなんかずらりと並んでいるし、わたしが買おうとするオイスターソースなどのようなアジア系の食材も豊富。もちろん酒類もずら〜っと並んでいるし、店の中を歩いていて楽しくなるお店。
 ‥‥調味料コーナーで、無事にそのオイスターソースを発見。870グラム入りで297円。一般にスーパーで売られているものの四分の一以下の価格である。これでまた、二年ぐらいはこのオイスターソースでOKだろう。

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 いっしょに、これもそろそろなくなってきた紅茶のパックも買う。スリランカ製の100パック500円というヤツで、これもいつもこの「Y」で買っているもの。‥‥これでもう、しばらくはこの「Y」に買い物にくる用事もなくなってしまったな。

 帰りは半蔵門線から乗って、大手町で千代田線に乗り換えたのだけれども、帰宅してみるといつもより三十分ぐらい遅くなっただけ。時間的なロスもほとんどなかった。

 そして今日ついに、「重力の虹」を読み終えた。まだ巻末の「解説」は残っているけれども、それは明日のお楽しみ。考えたように、「二回目」は旧訳の国書刊行会版で読むことにして、午後から買い物がてら柏の図書館分室まで足を伸ばし、リクエストしてきた。とりあえずの一回目の感想はまた明日。

 

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■ 2017-11-20(Mon)

 新しい一週間が始まる。今日はいちだんと寒い。週末の風邪っぽい症状が消えてくれたからよかったけれども、まだ調子が悪ければ「出勤したくない〜」となるところだ。なんとか回復したことを感謝する。‥‥しかし、昨日あたりから「歯」が痛い。過去に治療した虫歯が崩壊してしまって、そのまま放置してあるのだけれども、それがかなり痛みはじめた。それがその過去の虫歯の箇所だけでなく、右側の歯の上下がいっせいに痛みはじめている感じなのである。「これはもう、歯科医にかからないといけませんね〜」というところなのだけれども、とにかくは今は非常財政状態なので、今歯医者に行くのはちょっと見送っておきたいところである。しかし、痛い。

 この頃は仕事を終えて帰宅するのも午後になるので、「午睡」という習慣も、すっかりなくなってしまった。それはそれで「いいこと」なのかもしれない。だいたい一時頃に帰宅して、遅い昼食とかを取ってのんびりしていると、すぐに二時とか二時半とかになってしまう。それでも今はそれ以降の時間を有益に使えていないのだけれども、「ピシッ!」と気分を切り替えて、何か頭脳が有益に運動出来るようなことをやれればいい。そういう「時間割り」をみつけるのが、今の課題かな?と思う。

 しかし、あまりに寒いので、ついにエアコンの暖房をつけてみた。この住まいに来てはじめての「暖房」。‥‥ふむ。ちっとも暖かくならないんですけど? これはどうも、エアコンの「羽根」というか、風向きを決めるフィルターがいい位置に向いてくれないわけだ。つまり「暖かい風」というのは上の方に行くわけで、その風を下の方に向けることが必要なんだけれども、どうもうまく行かない。暖房をつけていても「暖かくならないな〜」と立ち上がると、部屋の上の空間には「暖かい風」がたまっているのである。しょ〜がないな〜。「それでは」と、やはり前の住まいでも活躍してもらった「電気ストーブ」を引っぱり出し、こいつをつけてみた。
 ‥‥うん、やっぱり「電気ストーブ」がいいね! とたんに部屋があったかになり、ニェネントまでわたしとストーブのあいだに割って入って来る。たぶん、電気代も「電気ストーブ」フル稼働の方が「エアコン」よりも安いはずで、やっぱり今年も電気ストーブで行きますか、という感じである。

 夕食にまた、鶏肉を使った「肉野菜炒め」をつくったけれども、永年使ってきたオイスターソースがなくなってしまった。オイスターソースがないといろいろと不便。わたしが使っていたオイスターソースは、輸入酒とかの量販チェーン店の「Y」で買いつづけているものだけれども、コレがこの店で売っているものはタイ製のモノで、一般にスーパーで売られているものよりも相当に(段違いに)安い。‥‥さて、このあたりに「Y」の店舗はないしなー、と調べてみたら、今のわたしの勤め先から二駅ぐらいのところにその店舗があるのを知った。もちろん交通費はかかるけれども、その交通費を考えても、「Y」で売られているオイスターソースはダントツに安いのである。ふむ、明日仕事が終わったあとに行ってみようかな?と考えるのだった。

 夕食のあとは、借りているDVDで、トリュフォーの「大人は判ってくれない」を観た。

 

[]「大人は判ってくれない」(1959) フランソワ・トリュフォー:監督 「大人は判ってくれない」(1959)   フランソワ・トリュフォー:監督を含むブックマーク

 主人公の「アントワーヌ・ドワネル」とは、トリュフォーの分身だという。かなり彼の自伝的要素の盛り込まれた作品らしいけれども、親が自分の子を「少年鑑別所」へ送る、ということが「信じられない」というか、「何ということだ」とは思ってしまう。でも、そんな信じられない体験の奥に、こういうローティーンの男の子のリアルな「感性」が表現されている。それがすばらしい。表面的な「生き方」ではなく、「感性」こそが表現されている。‥‥傑作だと思う。やはりラストのストップモーションの力、だろうか。

 撮影が名手アンリ・ドカエで、彼の「手持ちカメラ」の味わいをこんなに味わえる作品もないのではないか。これはアンリ・ドカエだけのてがらというわけではないけれども、家出したアントワーヌが夜中(早朝)に配達された牛乳を盗むシーンの「影」、同じくそのミルクを飲むシーンとか、その照明と共に、つまりは「フィルム・ノワール」的なところもあるのだけれども、とってもうまく活かしていたと思う。


 

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■ 2017-11-19(Sun) このエントリーを含むブックマーク

 日曜日。今日も寒いけれども、外は晴天みたいだ。昨日風邪っぽくて体調を心配したのだけれども、すっかり回復したというか、唯一の症状だった「鼻水ドバドバ」は、ピタリととまった。こういうところも、先々週の症状とまるでそっくりだ。「これはいったい何なんだろう」と、いぶかしく思う。本格的な「風邪」になりそうなところを、わたしの養生がよかったので回復しました、ということなのかな。

 先週は娘に「合い鍵」を渡してもらって、それで助かったわけだけれども、また合い鍵はつくって娘のところへ届けておかなくてはいけない。午後から、その合い鍵をつくりに我孫子の方のショッピングプラザ(合い鍵屋があるのだ)に出かけた。空は晴れて寒くもなく、外を歩いても快適だ。こういう日は何だか、どこまでも歩いて行けそうな気分になる。
 ショッピングプラザの前の店で合い鍵をつくってもらい、つくるのに一分もかからないので「いい商売だな〜」とか思うのだけれども、いやいや、設備投資がたいへんなのだ。ついでにもうひとつお買い物。もう「年の瀬」で、来年の準備をしなければならない時期。わたしが毎年この時期に買うのは、来年のスケジュール帳。文具店でちゃんとした「手帳」を買うと何百円も、場合によっては千円とかするのだけれども、今は百円ショップでいいスケジュール帳が売られている。かつて百円ショップで売られていたスケジュール帳は、ただ手帳に罫線が引かれただけの、「そんなの<スケジュール帳>ではない」という情けないものだったけれども、今はちゃんとカレンダーもついているし、文具店で売られている手帳にひけを取らないモノである。いや、百円ショップといっても「C」とか「D」とか「S」とかいろいろあって、それぞれがこの時期になると来年の「スケジュール帳」を売り出すのだけれども、わたしには「S」で売られているスケジュール帳がいちばん使いやすく、このところ何年もつづけて「S」のスケジュール帳を使っている。その「S」の店舗がこの我孫子のショッピングプラザにあるわけで、そこに「スケジュール帳」を買いに立ち寄る。‥‥例年の、スケジュール帳を見つけて買い、これでめでたしめでたし、無事に来年を迎えることができるのである。

 夕食は久しぶりにお米を炊いたのだけれども、おかずをつくるのがめんどうになり、「目玉焼き」と缶詰とかでかんたんにすませた。
 相撲の世界は土俵の外でもたいへんなことになっているみたいだけれども、わたしゃ知らん。ただ、稀勢の里の相撲はひどい。今日も負けたけれども、アレは横綱の相撲どころか、十両、いや、幕下の相撲ではないのか。負傷以降のリハビリを、みごとに失敗したという感じだ。このままでは今場所も休場、そしてずるずると引退ということになりそうだ。
 今日はいつもみる「モヤモヤさまぁ〜ず」を途中で切り上げ、「ダーウィンが来た!」の、先週につづいてのネコ特集を見た。ネコの雄は、雌に自分の子を産ませるために、先に産まれている子ネコを殺すこともあるという。ネコの個体数が増えたとき、雄ネコは自分の子のことを認識していて、そんな母子を守るような行動をするということ。また、出産した母ネコ同士は協力し合い、「共同保育」のようなことをするらしい。‥‥そういうのを「本能」というのだろうけれども、つまりはDNAに織り込まれた「種保存」行動というものにはおどろく。人間の「種保存」という本能、DNAはどこへ行ってしまったのか。そんなことを思った。

 

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■ 2017-11-18(Sat)

 朝、雨は降っていないけれども曇天で寒い。天気予報では「雨」なので、そのうちに雨になるのだろう。寒いのでこのところ着ている薄いセーターではなく、厚手のシャツを着たのだけれども、このシャツが何だか肌ざわりが冷たい感じで、しばらく着ていたあとで着替えた。しかしどうも手遅れだったようで、午後からはくしゃみを連発し、鼻水がとまらなくなった。先々週の風邪とまるで同じ症状。ただ「熱っぽい」ということもないので、これ以上悪化させないようにおとなしくしている。

 午後になって、玄関のチャイムが「ピンポ〜ン」と鳴った。わたしは宅急便が来るとかわかっているとき以外、もう訪問客にはドアを開けないようにしている。どうせセールスとか勧誘とかばかりなのだから。知らんぷりしていたら、ドアをドンドンと叩く。たしかに室内に電気がついているのは外からわかるから、「在宅のはず」と思ったのかも知れないけれども、セールスや勧誘でそこまでやるヤツはいない。とつぜんの宅急便とか郵便物だったら「不在通知」を置いていくから、放置してもかまわない。
 しかし、考えてみたらアレはわたしの知人だったのだろうか。その線は大いに考えられるところだ。‥‥だとしたら、やはり非常識な人間ではないのか。もう(とうのむかしに)学生ではないのだから、ヒトのウチを訪問するのならば事前に連絡するのが「常識」というものだろう。電話番号とかメアドとかはそういうことのためにも伝えてあるのだ。ま、確証はないから決めつけることはできないけれども、そうだったとしたらあきれてしまうな。

 夕方から、久しぶりにレンタルしてきたDVD、トリュフォーの短篇「あこがれ」と「大人は判ってくれない」とのカップリングの、「あこがれ」の方を観た。助監督の音声解説も聴き、「大人は判ってくれない」のジャン=ピエール・レオのスクリーン・テストの映像(とても印象的)とかまで観て、「大人は判ってくれない」も観ようかと思ったけれども、それは明日以降に取って置くことにした。

 夕食は「焼きそば」三連続の最終日で、「塩焼きそば」にした。今日はけっこううまくいったかな、と思う。けっきょくこの三日間で、いちども焼きそば麺についていた「粉末ソース」を使わなかった。取ってあるけど、何か使い道はあるだろうか。

 さて、体調が悪いという感じでもないのだけれども、とにかくは前のときと同じで鼻水ばかりがドバドバと出る。「ま、早く寝ましょう」と布団に入り、「重力の虹」を読み継ぐ。ほんとうは今日で二週間経つので「返却日」なのだけれども、けっきょく読み終えることはできなかった。でも、残りはあと百ページを切った。あと二、三日だ。‥‥しっかしなあ、あと百ページのうちに、「おおお! そういうことだったのか!」みたいな急展開というか、「まとめ」に入るとか、そういうことがあるのだろうか。ないだろうな〜。次は柏の図書館を利用して、旧訳の国書刊行会版で「二回目のトライ」をやってみようかと思っている。この国書刊行会版は当時、「日本翻訳大賞」を受賞している。もちろん今読んでいる新潮社版(佐藤良明訳)はその国書刊行会版よりあとの翻訳だから、「前の訳を超えよう」との野心と共に訳されたものだろうから、「より優れている」とも考えられるけれども、「読みやすさ」とかいう問題はまた別のことだし、別の訳で読めば「ちがう気分」で読めるだろう。


 

[]「あこがれ」(1958) フランソワ・トリュフォー:脚本・監督 「あこがれ」(1958)   フランソワ・トリュフォー:脚本・監督を含むブックマーク

 「悪ガキ」というほどでもない、普通のガキたち(小学校高学年ぐらい?)五人は、いつも自転車に乗り、スカートを翻しながら颯爽と過ぎ去っていくベルナデット(ベルナデット・ラフォン)にあこがれているわけだ。しかしベルナデットには「いいなずけ」っぽい彼氏(ジェラール・ブラン)がいる。ガキたちはジェラールにいやがらせしようとするけれども無力。ふたりがテニスをするのを遠巻きに見ているしかない。つまりベルナデットの足を見てるのだし、たまにテニスボールが飛んで来るとベルナデットに渡してあげたりできるではないか。それがジェラールは旅行に出(徴兵に取られる?)、しばらくベルナデットと別れてしまう。ガキたちはいたずらを考えるのだが‥‥。

 原作になる短編小説があるらしいけれども、トリュフォーはこの実質的「処女作」からすでに、ナレーションを多用している。「突然炎のごとく」で示されたように、ナレーションを使うことで表現を簡素化できるとかいろいろあると思うのだけれども、やはりわたしなどは「映像の力」でみせてもらいたい、と思うところは大きい。

 いや、でも、そういう「映像の力」もまたいろいろとみせてもらえる作品なのはたしかで、自転車に乗るベルナデットを前から捉えて移動していくファースト・ショットから、ガキどもがジェラールをからかおうとする円形競技場での俯瞰ショット、ラストの黒服で歩くベルナデットのショットなど、印象に残る映像は多い。ガキどもを捉えてのスローモーション、コマ落とし、そして逆戻しとかの遊び心も楽しくもあり、観ていて自分の中に瑞々しい感覚を覚える作品だった。

 

 

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■ 2017-11-17(Fri) このエントリーを含むブックマーク

 昨日、上海焼きそばをつくったので書いておくけれども、以前スーパーでインスタント袋麺の「上海焼きそば」が新発売されたのを見つけて買った。お手軽で、しかもそれなりにおいしいので「また買おうかな」と思っていたのだけれども、その後スーパーの店頭から消えてなくなってしまった。どこのスーパーにも見あたらない。「これは<発売中止>になったのではないか」と思って調べてみたら、案の定だった。ずいぶんと寿命が短かかったな。おそらくはいろいろと社内調査とかやった上で発売されたわけだろうに、発売してみたら思惑が外れていることがわかったのか。

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 思うに、このインスタント麺って、きっとそれなりに麺以外の具材を用意しなくてはおいしくないだろうし、それだともう、「インスタント」という範疇を逸脱してしまう、そういうところがあるのではないか。そうすると、昨日わたしがつくったように、「全部自分でつくっちゃうよ〜」という感じになり、こんな(ちょっと割高な)インスタント麺など買う必要はなくなってしまうだろう。というか、一般の「インスタント食品愛好家」には、「めんどくせ〜」と敬遠されてしまうだろう。そのあたりが「失敗」だったのだろうか。

 ところで、ネットをみているとときどき、「自炊するのと全部外食ですませるのとどっちが得か」という議論をみかける。そんなの、自炊の方がはるかに安上がりなのはわかりきったことだと思うのだが、意外と外食派は反論する。もちろんいちばん説得力のある反論は「準備、あと片付けが手間だ」ということだろうけれども、「まずは什器、食器などをそろえるのに金がかかる」、「水道光熱費がかかる」などという。
 ‥‥ふむ、什器類食器類をそろえても倹約すれば一万以内でだいたいそろえられるだろうし、そのくらいの出費は自炊をせいぜい二、三ヶ月もつづければペイ出来るものだろう。水道光熱費に関してはまったくナンセンスで、そもそもが誰もが水道光熱費の基本料金を支払っていることを考えれば、どんなに手の込んだ料理をしてもそんな基本料金を何千円も超えることなどありえない。毎日何時間も煮込むロシア料理みたいなのばかりつくるとしたら別だろうけれども。わたしの場合、水道料金もガス料金もだいたい毎月基本料金を超えないというか、超えても何百円のものである。

 たとえば昨日つくった「上海焼きそば」で考えても、麺は三十円ぐらいのもの。それで野菜や肉などの具材もトータルで何十円のものだろう。つまり合計して百円になるかならないか、というところ。ちょっと具材に贅沢して合計二〜三百円(相当に贅沢だ)をかけてつくったとしても、これを外の中華料理屋で注文すれば、安くても六百円ぐらい取られるのだ。
 わたしは毎月、月の食費はいろんなスナック類を入れても二万円以内でおさまっていると思うけれども、これはつまり一日せいぜい七百円。これをもしもすべて外食でやって、昼食、夕食をワンコインの店で安くすませても、それだけで千円かかってしまうのだ。ま、考えるまでもないことだけれども、経済的なことを考えるなら、圧倒的に「自炊」である。

 ただ、自炊で困るのは、食材ひとつ買うと、その食材を消費するのにしばらくは同じ食材を使いつづけなければならないこと。たとえば昨日は「焼きそば」だったのだけれども、これはスーパーで三玉百円ぐらいで売られている焼きそば麺を買うわけで、そうするとあまり消費期限をオーバーしないうちに、「焼きそば」という献立を三回つづけなければいけない。「もやし」を一袋買えば、ひとりではいちどに一袋分食べられないし、もやしは傷むのも早いから、連続してもやしを使った献立をつくらないといけない。
 そういうので便利なのは、ほとんど「賞味期限」など考えなくていいパスタ麺の存在で、これはほんとうに便利。おまけに安いし、レシピのヴァリエーションも豊富である。シンプルにやろうと思えば、一食五十円もかけずに腹一杯食べられるのが「パスタ」である。

 そういうわけで今日の昼食は、先日スーパーで安く売られていた「ほぐしたらこ」なるものの瓶詰めを使った「たらこスパゲッティ」。具材はタマネギとスライスしたカルパス(スパゲッティに相性がいい)だけ。材料費は五十円にもならないだろう。まあまあの味。夜は「焼きそば」の第二弾で「あんかけ焼きそば」をつくる。あら、ちょっと失敗の味。

 とにかくは今日は金曜日。あたらしい仕事も二週間(十日間)が終わった。もう今では仕事での不安というものもほとんどなく、「ルーチンワーク」としてやっていける。今日は帰りに柏駅で途中下車し、DVDのレンタル屋で溝口健二とトリュフォーのDVDとを借りた。とりあえずは「仕事の終わったあとの時間にDVDを観て」、というあたりから、日常を組み立て直してみたい。


 

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■ 2017-11-16(Thu) このエントリーを含むブックマーク

 夢。わたしの父はビートたけし、なのである(笑)。父は母と別れてから映画を撮るようになり、それで有名になってしまった。父の最新作の舞台になった廃校になった学校、そのそばに父は住んでいるのだが、わたしも遊びに来ている。しかし、わたしが見ていないときにその学校は火事で全焼してしまい、今は土台と周囲のコンクリート壁の一部しか残っていない。見た感じは空襲のあとのようだ。その焼け跡のそばで、わたしは父と話をしている。父は「全部焼けちゃったな」と、ちょっと寂しそうである。「でも、今度の映画は今まででいちばん公開映画館も多いし、大ヒット確実じゃないか?」とわたしがいう。「オヤジが映画をつくりはじめたのはいくつのときだっけ?」と聴き、わたしは「オレも、今からでも何か出来るのかな?」と聴きたくている。
 父は「そうだ」といい、焼けた学校のそばの地面の覆いを取ると、そこに防空壕のような倉庫のような空間がある。中には布団がみえる。「ほら、布団はあるから、これで寝るといいよ」と父はいう。「あれ? 薬とかも火が回る前に持ち出したと思ったけれども、全部燃えちゃったかな〜」と、奥のガラス棚を見ながらいっている。「また、薬は買わなくちゃな」と。夢のどこかの部分で、その父が上半身裸でグラウンドを走っているのをわたしが見ている。父の腹筋が隆々としているのを見て、わたしはおどろいている。
 ‥‥ここからは、夢はつづいているのだけれども別の話になる。近所の女の子がカモの赤ちゃんを飼っているというので、それを見に行く。女の子はまだ三歳ぐらいで、ピンクのひらひらのスカートをはいていて、水たまりのそばをこちらに歩いてくる。そのあとを、焦げ茶色をしたぬいぐるみのような可愛いカモがついてくる。近づいてそのカモをみるとそれは「カモ」ではなく「カメ」で、しかも何匹も何匹もつながっている。そのつながり方が、前のカメのしっぽを次のカメが自分の身体に巻きつけて連結しているのだけれども、見ているうちにそれは白いヘビに姿を変えてしまう。ヘビの頭部はほとんど骨のように見え、その骨の目の部分に前のヘビのしっぽがからんで、眼孔から飛び出ているのがみえた。奇妙な、そして記憶しておきたいような夢だった。

 せっかく、財政状況が切迫しているなか、ニェネント用の「爪研ぎ」を買ってあげたというのに、ニェネントはまるで使ってくれない。今日も、その「爪研ぎ」の上にちょこんと乗っていたりするだけ。それ、違いますよ。あなたの「お立ち台」ではありません! あなたの「爪研ぎ」なんですよ!

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 パソコンの「暴走」はつづいているけれども、その原因は、何となくみえてきた。こうやってテキストファイルを開いて、そのまま何もしないで放置していると、パソコンにはまるで手を触れていないというのに、とつぜんに「Return」の連続になってしまう。これはキーボードのキーの部分がおかしいのではなく、もっと内部的なものだと思う。とりあえず、「Enter」キーを押せば暴走をストップさせることはできるけれども、別に「Enter」キーのところがおかしくなっている、というわけではないみたいだ。まあ、だましだましこの状態でしばらくは使っていくしかない。経済状態が良くなればいちばんにパソコン購入!

 夕食は、昨日買ってあった「焼きそば」を使って、オイスターソースで味付けして「上海焼きそば」風にしてみた。なかなかにおいしかった。明日は「あんかけ焼きそば」をやってみようかと思う。


 

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■ 2017-11-15(Wed) このエントリーを含むブックマーク

 新しい仕事の、そのペースはだいたいつかめた。ルーチンに従って、まずこの仕事をやれば一時間、次の仕事で三十分ぐらい、それから次でまた三十分。そうすると残りはあと三時間で、そのうちの一時間が過ぎると三十分の休憩になる。休憩が終わるともうあと一時間半残すだけで、意外とすんなりと五時間が終わってしまう。はっきりいって、けっこう「楽」である。
 ただ、考えてみるとその仕事をする五時間に、片道一時間半の通勤時間を足すと、つまり一日に八時間は仕事のために取られているわけだ。なんだか、普通に「一日八時間は睡眠して八時間は仕事、そして残りの八時間は自分のものよ」というものズバリそのものではないか。意外と働き者になってしまったわたしである。でもまあ、通勤時間は自分のものですからね。

 帰宅して、三時頃から買い物に出かけた。今日は「mマート」が全品一割引きの日なのだ。家を出て、国道を渡る信号のところへ出たところで、向かいから来た車がクラクションを鳴らす。「何?」と思ってその車をみると、運転席にいるのはBさんで、わたしに手を振っているのだ。Bさんの車は信号のところでわたしの方へカーブして、わたしもそっちへ行く。っていうか、偶然にしても万分の一の確率というか、わたしが信号のところへ行くタイミングと、Bさんの車がそこを通りかかるタイミングがみごとに合致したわけだ。そう、わたしもBさんにはそのうちに連絡を取らないといけないなとは思っていたわけで、そういうのでもグッドタイミングだった。その場は「またそのうちに」みたいな感じで別れたけれども、とにかくはこうやってBさんとお会い出来たのはよかった。

 お買い物。金がないなりにいろいろと安いものを買い、これで当面は節約生活を継続できるんじゃないかと思う。今日の夕食は昨日のおでんの残り。今日焼きそばを買ったので、しばらく(三食〜三日分)は焼きそば生活。野菜の買いおきはまだまだある。

 大相撲、横綱日馬富士の暴行問題でたいへんなことになっている。わたしは日馬富士って、取り組みで勝負がついたあとも相手力士が土俵から転落しないように手を差し伸べたりサポートしたりする姿が記憶にあって、「気もちのいい力士だなあ」と思っていたのに残念。稀勢の里はもうダメかも知れんし、「なんだかな〜」という空気になってしまった。
 そういうニュースで、座間の「自殺志願者連続殺人事件」みたいなの、あれは報道を見たり聞いたりするのがいやで、そういう報道になるとチャンネルを変える。報道がなくっても、どういう事件だったのかは想像できるし、そういう想像以上の報道というのはどこもやらない。ただ「いや」なだけである。


 

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■ 2017-11-14(Tue) このエントリーを含むブックマーク

 ‥‥せっかく今週から、新しい時間割りでの生活になじむような過ごし方を考えようと思っていたのに、昨日とてつもない「非日常」な「事件」が起きてしまったので、ぜんぶご破算というか、調子が狂ってしまった。寝不足でもあったので電車の中では寝てしまうし、なかなか「新生活スタート」とならない。おまけに、「ひょっとしたら自然治癒してしまったか?」と期待したパソコンの「暴走」もやはりなおっていなかったし。しかし、「どうやらこのあたりに原因がありそうだ」というのは、だいたいわかった。どうも古い(壊れてしまった)キーボードの、「Enter」キーが絡んでいるようで、暴走をはじめたらその「Enter」キーを押せば暴走は止まる。ただ、いったいどういうきっかけで暴走がはじまるのかはわからない。その「Enter」キーを取っ払ってしまったらどうだろうか、とも思うのだけれども、それでも暴走がつづき、それで暴走を止める手段がなくなってしまうのがいちばん困る。とりあえずは「暴走ストップ」の手段がみつかったというだけでも「善し」と考えるか。

 読んでいる「重力の虹」は、ついに最終の第四部に突入した。って、これまで忘れていた第一部の登場人物がまた登場して来るし、「あなたのこと、憶えてないんですけど」という感じでまたまた困惑。これはいったいどんな結末になるのだろう(ま、つまり主人公のスロースロップはなぜ監視されているのか、みたいなことが明かされて、スロースロップのさいごの行動とかで全体の意味が明らかになるのだろうかね)。

 今日の夕食は、前に買ってあったパックの「おでんセット」。ほんとうはこれにプラスしてわたし好みの食材を入れて豪華にやろうかとも考えていたのだけれども、昨日ほんとうに余計な支出をたくさんしてしまったので、もう有り合わせの材料で、ただジャガイモをプラスするだけにした。ま、それでもおでんは美味しいのだ。


 

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■ 2017-11-13(Mon) このエントリーを含むブックマーク

 今日は、大変な事件が起きてしまった。部屋の鍵を外でなくしてしまった。‥‥前の職場のときにいちど、職場で鍵を落としそうになり、それ以来バッグの中に鍵を入れておくことにしたのだけれども、ただ放り込んでおくだけなので、「管理法を考えないといけないな」とは思っていたところだった。思い返せば今朝、鍵をバッグにしまうときにかなり無意識にバッグに突っ込んだような。それで仕事を終えて帰宅して、鍵を探したらなかったわけだ。
 ‥‥もちろんあせった。バッグの中を隅から隅まで探したけれども、みつからない。どこかで落としてしまったのだろう。さてどうするか。まずは、錠前屋に連絡して開けてもらうという選択。ケータイで検索すると最速5分で駆けつけ、費用も5800円とか書いてある。ふむ。この金難の時期に5800円は「痛い」どころではないのだが、とにかくは電話してみた。わたしの住所を告げると、「今混み合っているので、四時間ぐらいかかる」という。それはアカンな。「ちなみに、費用はいかほどですか?」と聞いてみると、14000円だという。錠前屋さん、ご冗談を。即却下である。
 少し冷静になって考えてみて、つまりはどこかで鍵を落としたわけだから、それは「路上」、「電車の中」、「勤め先」のいずれかである。「路上」といっても、落としたのなら鍵をかけてバッグにしまう動作の、そのあたりのことだろうから、ドアの周辺に落ちている可能性もある。それ以外の路上で落とすということはあまり考えられないだろう。それで、ドアの周辺、そして自宅周辺を見回してみる。やはりない。とにかくまずは駅に行き、遺失物として届けられているかどうか聞いてみよう。おなかもすいたことだし、駅前で昼食もしようと。
 駅へ行き、駅員さんに聞いてみると、電話して調べてくれた。でもやはりそんな鍵の届けはないという。ただ、この駅はJRの管轄なので、メトロの方は別に問い合わせてみてほしいと、電話番号を教えてもらった。そっちにも電話したけれども、やはりないようだった。これはアレだな。勤め先に置き忘れた/落としたと考えるのがいちばん妥当なところ。とにかくは腹ごしらえをして、また勤め先へ戻ることにした。駅前の「日高屋」で昼食である。

 しかし、ついてないというか、今は定期が切れてしまっていて、自分の計算でしばらくは日払いでチケットを買い、もうちょっと先にまた定期を買おうと思っていたところで、つまり、勤め先に戻るにはまた運賃を払わなければならないのだ。しょうがない。
 とりあえずはまた電車に乗り、また勤め先へと行ってみる。鍵を置き忘れた、または落としたとすれば朝に着替えをする「休憩室」以外に考えられないので、直行して探してみたのだけれども、やっぱり見つからなかった。わたしとしては十中八九はココで見つかると思っていたので、かなりのショックだった。

 さて、どうするか。ここで頼りになるのがまた、そんなに離れてない駅を利用している娘である。娘には転居したときに合い鍵を渡してあるわけで、それに頼ろう。先日娘と会ったときの話で、今は六時には仕事は終わるということだったから、それで戻って来て、娘の部屋から鍵を取って戻ってもらっても、八時ぐらいまでにはなんとかなるだろう。そうするしかない。
 まだ時間は四時ぐらいなので、これから時間をつぶさなければならない。まずはまだ仕事中の娘に事情をメールして、それから近所のBOOK-OFFへ行って、本棚を見たりしてすごす。そのあとはまた電車に乗り、とにかくは地元近くまで戻ることにした。その電車の中で娘から連絡があり、七時には娘の利用駅で会えることになった。合い鍵はいつも持っていてくれたらしいので問題ないというか、助かった。ここでようやく気もちも落ち着いた。

 気が落ち着くと、「そういえば、我孫子の駅の構内に評判の<立ち食い蕎麦>の店があったはず」と思い出し、ギリギリそこに行ってみる時間もあるようなので、行ってみた。
 ここはかつて、あの山下清も店を手伝っていたらしいのだけれども、今この店が知られているのは、「唐揚げ」によるものだとは聴いていた。
 その店に入り、食券販売機のメニューをみると、「唐揚げそば/うどん(一個)400円」、同じく「唐揚げそば/うどん(二個)540円」とある。‥‥へっ? 唐揚げ一個とか二個とかいうのは寂しいなあ。どうなんだろ?って気もちで、時間もあまりないので唐揚げ一個のそばを注文した。

 すぐに出来てきたそばを見てビックリ! 唐揚げが、あまりに「巨大」なのである。おそらくは一個で100グラムは越えていて、コレは150グラムぐらいはあるんじゃないだろうか。いや〜、二個なんて注文しなくってよかった。
 それで、食べてみると、この唐揚げ、ものすごくおいしい! これは評判になるのもわかる。って、わたしのあとからきたお客さんらは、「唐揚げだけ」という注文をされる方が多い。そうか、そういう注文ができるのか。どんぶりにおつゆを入れ、そこにその巨大な唐揚げが入れてあるだけ。一個なら140円、二個で280円である。わたしも次に来たときは、ぜひその「唐揚げだけ」を注文してみようと思った。

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 とにかくは唐揚げのおかげで満腹になって、娘との待ち合わせ時間も近くなったので移動する。無事に娘と会うことが出来、鍵を受け取って帰路に着いた。また娘のお世話になってしまったけれども、やはり娘の近くに転居してきてよかった、ということでもあるだろう。
 部屋に戻って、もう時間は七時四十分になっていた。「鍵がない」と気づいてから、六時間以上も彷徨いつづけていたわけか。何ともとんだ一日になってしまった。


 

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■ 2017-11-12(Sun) このエントリーを含むブックマーク

 夢をみた。わたしは昔住んでいたT団地のような雰囲気の建物の、おそらくは四階に家族としばらく住んでいるのだけれども、来週にはわたしだけ引っ越すことになっている。建物の階下の階段口のところで、となりの階段の四階に住んでらっしゃる奥さんが、やはり引っ越しの準備をしているので、話をする。その家族も今月中で引っ越しをされるらしい。「わたしも来週引っ越すんですよ」と話すのだけれども、その奥さんの話では、いろいろと何度も階段の上がり下りをするので、小うるさい一階の奥さんに気をつかってしまうこと、受験生のいる建物はたいへんだとか。なぜか「シャンパンにはチェーンをつけておかないと」という言葉が出て、イメージとしてシャンパンの瓶にチェーンがついている映像が浮かぶ。わたしは来週からはあたらしい仕事にも就くのだけれども、その同僚と休憩室のようなところで話している光景に移行する。そんな夢だった。

 昨日ニェネント用に買った「爪研ぎの段ボール」をニェネントのそばに置いてあげるのだけれども、ニェネントは見向きもしないでいる。やはり、永年の習慣をここで急に替えさせるのはムリか。とにかく部屋に置いておけば、そのうちに使ってくれるということを期待するしかないかな。

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 昨日横浜に出かけたのがいい気分転換になったようで、精神的に健康な感じがするし、あたらしい仕事をしながらのペースもつかめそうな気になった。‥‥いや、単に今日は午睡をしたから、というだけのことなのかもしれないが。
 夕食の惣菜を何にしようかと考えて、買ってあるもやしの残りは早く使ってしまわないといけないし、また「肉野菜炒め」にしようかと思うのだけれども、冷凍庫をみると鶏肉ばかりがいっぱいストックされてるので、普通「肉野菜炒め」というと豚肉とか牛肉だろうと思うけれども、今日は鶏肉を使ってみることにした。白菜とキャベツ、それにタマネギともやしを使い、オイスターソースで炒め、仕上げにちょっと「焼肉のタレ」を使ってみたのだけれども、これがすこぶる美味だった。鶏肉(ムネ肉)も相性がよく、「この献立はこれからもときどきやってみよう」と思うのだった。

 今日は午睡のあとはテレビばかり。大相撲が始まったし、相撲のあとは「モヤモヤさまぁ〜ず2」。今日の回もなかなかに楽しい回だった。「モヤモヤさまぁ〜ず2」が終わったあと、NHKにチャンネルを変えると、「ダーウィンが来た!」が残り5分。今日は「ネコ」だった。気性の荒いネコが他のネコを挑発するところで、そのネコの声におどろいたニェネントがしばらくテレビのネコに見入っていた。ニェネントがテレビをみるなんて、なかなかに珍しいことである。

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 そうそう、今日はいちにち、パソコンの暴走がまるで起きなかった。いつの間にか直ってしまったのだろうか。直ってしまったことを期待したい。


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■ 2017-11-11(Sat)

 早朝(夜中)、目が覚めた。腹の調子がおかしい。どうも下痢みたいだ。トイレに行ってまた寝たけれども、しばらくしてまた目が覚める。こんどは腹痛も始まっていた。いったい何がいけなかったのだろうか。昨日食べたのは、昼食が職場でもらってきた「ドライカレー」、夕食は野菜炒めだった。ドライカレーはたしかに賞味期限が切れていて「黄信号」ではあるかもしれないけれども、食べてからずいぶん時間が経っているし、その前にも食べているからドライカレーのせいとは考えにくい。では野菜炒めだろうか? 特にヤバい食材は使っていないと思うので下痢の原因とは考えにくい。わからない。とにかく下痢のときには「正露丸」がいいのだけれども、ウチに常備してあった正露丸、引っ越しのときにチェックしたら、乾燥してカチカチになってしまっているみたいだったので、捨ててしまった。まあ常備しておいても(普段のわたしはとっても健康だから)ほとんど使うこともなく、「いざ」というときにはダメになってしまっていたりする。それでもちゃんと「常備」しておかなくてはいけないな。ダメになったら買い換えるとかして、いつも置いておかなくてはいけない。
 それで思い当たったのだけれども、きっと、悪かったのは昨日買って食べた中国産の殻つきピーナッツだ。そうにちがいない。

 明るくなって目覚めたら、腹痛、下痢は治まっていた。よかった。‥‥今日は、横浜に演劇公演を観に行く予定になっている。財政状態も良くないし、やはり「出かけたくないな」という気分が強い。ずっと「どうしようか」と思っていたけれども、外は天気もいいみたいだし、思い切って出かけることにした。
 昨日で持っていた定期も切れてしまったので、しばらくはその都度チケットを買わなければならない(残っている「使えるお金」との関係で、次に定期を買うのはしばらく先。Suicaを使うけどね)。今日も横浜まで行くので交通費の出費はたいへんだけれども、いろいろ考えて「いいや!」ということにした。行きは渋谷経由で、東横線〜みなとみらい線を使おう。帰りは早く帰りたいから、横浜から「上野東京ライン」だな。

 ちょっと早めに家を出て、渋谷駅で降りて東横線に乗り換えようとする。また悪癖で「ちょっと一服したいな〜」などと思い、信号を渡ってマークシティの方へ行くと、そこに「Flying Tiger Copenhagen」の文字が。これは雑貨店らしいのだけれども、ちょうど昨日、FacebookでのAさんの投稿で、この店に格安でネコのおもちゃが売られていることを知り、「それ、ニェネントに買ってあげたいかも」と思っていたところだったので、その店に行ってみる。店内は、あの「ドン・キホーテ」をちょっとオシャレにしたような感じか。Aさんの教えてくれた「ネコおもちゃ」も見つかったのだけれども、見ていると「いやいや、ニェネントはすぐに飽きちゃうんじゃないかな」と思ってしまい、それよりもその隣に置いてあった「爪研ぎ段ボール」の方が欲しくなってしまった。
 ‥‥ニェネントは、いちおう段ボールで「爪研ぎ」をしているのだけれども、その段ボールの使うのは「平面」で、ニェネントが爪研ぎをしたおかげで出る段ボールの破片というか「紙くず」というか、そういうものが部屋をちらかすのは困るわけで、いつかこういう「段ボールの断面」を使った「爪研ぎ」を使わせたいという気もちはあったので、安いし、かわいいし、ちょうどいいのではないかと、この爪研ぎを買ってしまった。ニェネントが気に入ってくれればいいが。

 さて、ほぼ開場時間ジャストに、横浜馬車道駅に到着。ここで駅から外に出たらまた目的地の「神奈川芸術劇場」への道がまったくわからなくなり、またまたケータイのマップ機能のお世話になりました。この機能がなければ、わたしはもっと「錯乱」していたことでしょう。

 劇場に到着。わたしのお気に入りの通路際の座席もゲットできて、いろいろとうまくいったという感じ。

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 舞台の感想は下に書くとして、終演後はまっすぐに帰宅。それでも十時を軽く過ぎてしまった。ほんとうはまたウチの近くの中華の店で遅い食事にしようかとも思ったけれども、今日はいろいろと出費もかさんだことだし、自粛しようと帰宅して、また例の「ドライカレー」で遅い食事にした。今日はこれでおしまい。

[]庭劇団ペニノ「地獄谷温泉 無明ノ宿」作・演出:タニノクロウ @横浜・神奈川芸術劇場 大スタジオ 庭劇団ペニノ「地獄谷温泉 無明ノ宿」作・演出:タニノクロウ @横浜・神奈川芸術劇場 大スタジオを含むブックマーク

 「庭劇団ペニノ」の作品は、複数観ているのではないかと思う。しかしながら(わたしの常套句だけれども)例によって、まるで記憶には残っていない。それで今回の公演。再演を重ねた舞台で、この作品によってタニノクロウは「岸田國士戯曲賞」を受賞している。とにかくは「観て面白いのではないか」と、前売チケットも買っていたので参上。どんなんだろうか。

 舞台は豪雪地帯の山里にある「地獄谷温泉」のひなびた「宿」兼「湯治場」らしい建物。まずはその宿の入り口から始まるのだけれども、このセットの舞台美術がすばらしい出来。そして、見ると想像もつくのだけれども、おそらくは(水族館劇場みたいに)その舞台が回転して、別の場になるのだろう。その宿に客がやって来る。父のマメ山田と、息子の村上聡一(中野成樹+フランケンズ)とである。宿にはタキコという老婆しかいない。父子は人形遣いを生業としていて、この宿から仕事の依頼の手紙をもらってやって来たのだという。しかし宿に経営者などいないのだ。タキコもここに宿泊する常連客にすぎない。父子はしょうがないので明日には帰京しようということになり、一晩だけこの宿に宿泊することにする。
 がらっと舞台転換して、予想通りに回転した舞台は「客室」というか、宿泊部屋になる。なんと二階建て。一階は男用で二階は女用。この宿にはあとひとり、松尾というほぼ盲目の男が湯治のために宿泊している。そして、近郊のふたりの芸妓も近くの旅館での座敷のあと、この宿に泊まったりする。そしてただひとりの従業員というのか、三助をやっていてただ「三助」と呼ばれる無口な男がいる。この七人が全出演者。これでさらに場面転換で舞台は回転し、湯殿への更衣室、そして湯殿、はたまた別角度からの「宿」入り口へと変遷していく。いややはり、この舞台美術のクオリティは相当なものだというしかない。

 ストーリーはちょっと「そうくるだろう」と思ったのだけれども、父子の登場によって、登場人物それぞれの孤独だとか欲望とかが露(あらわ)になっていくみたいな展開。そこに世間から遊離してしまっているような息子の存在がからんで、そんな孤独だとか欲望だとかがあぶり出されるというか。
 ま、三助の男がその宿にとどまっているのは性的なことがあるわけだろうとは思えるから、そのあたりの展開は読めるところもあるのだけれども、やはりこの展開での面白いところは、盲目の松尾という男のことかな。実は欲望まみれの松尾に、父が「あんたの欲しがっているものはどこにもないんだよ」と語るあたりに、この劇の核心があったのだろうか。

 じつのところ観ていて「純文学小説」を読んでいるような気分ではあったし、演劇として「新しい演出」とかが見られるわけでもない。むしろ、ナレーションに頼るような進行は「古い」のでは、という感想も生まれてしまう。そういう、「自分ははたしてこういう舞台を観に来たかったのだろうか?」と考えると、「???」てな感じにはなってしまうわけだけれども、そういうストーリー展開として面白い舞台だったことはたしかで、観たあとにいろいろと考えてしまうところはあった。

     

 

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■ 2017-11-10(Fri) このエントリーを含むブックマーク

 ようやく、新しい仕事でのさいしょの一週間が終わった。前の仕事なら、金曜日の仕事が終わるとほとんど「これから3連休」という気分だったのだけれども、やはり家に帰り着くのが午後になってしまった今、「今日ももう休みだね」みたいな気分にはなれない。いろいろと「新しい生活リズム」もまだ出来てなくて、帰宅してからも時間の過ごし方がわからずにとまどったりする。気分的にはもう、「午睡」の習慣とはおさらばかな、という気がする。まだ録画した映画を観るような気分にもなれないし、帰宅してからはあまり本も読めない。そのかわり、昨日今日と、CDプレーヤーがフル稼働。音楽を聴くことが多くなった。これはこれでいいこと。しばらく「音楽を聴く生活」から遠ざかっていたわけだけれども、これからはまた「No Music, No Life」というのもいいかもしれない。昨日はGoran Bregovicの映画音楽集「Ederlezi」を聴き、その中でもScott Walkerの歌唱に聴き惚れていた。今日はSteeleye Spanの「Parcel Of Rogues」などを聴く。
 読んでいる「重力の虹」は、この生活の変化があって停滞気味。なかなか読み進められなくなっているし、内容も「???」みたいになってきた。やはり「難物」で、もういちど読むつもりでいるとはいえ、はたしてもういちど読んだくらいで把握できるものかどうか、あやしくもなってきた。

 夕方になって久々に買い物に出かけ、「食品館」の方で「おでん」のパックが安かったのを買う。そろそろ「おでん」の季節だな〜、とは思っていたところ。それからやはりこの店は安い白菜の二分の一カット、卵、半額になっていた鶏肉、中国産の殻つきピーナッツなどを買う。帰り道に「mマート」にも立ち寄って、半額になっていた肉まん、それとやはり値引きされていたハロウィーン仕様のポテトチップスなど。「ミートパイ味」というポテトチップスは、帰宅して食べてみたけれどもあまりおいしいものではなかった。肉まんをチンして食べていると、ニェネントが寄ってきて図々しくも人のひざの上に乗ってきて、わたしが手に持っている肉まんにかじりつこうとする。ぜんぜん躾がなってないのだけれども、「わたしにとっても慣れているネコ」という幻想を持たせてくれるので、ちょっとうれしい気分で肉まんの具を手に取って、分けてあげる。

     

 

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■ 2017-11-09(Thu) このエントリーを含むブックマーク

 目が覚めて時計を見たら、4時20分になっていた。ケータイのアラームは毎日4時ちょうどにセットしてあるのに、どうしたことだろう。ケータイを見ると、ちゃんとアラームは鳴ったことになっている。わたしが気づかずにそのまま寝ていたのだろうか。そんなことはないだろうと、ケータイをチェックしてみるのだけれども、なんだか「音」が出なくなってしまっているみたいだ。試しに固定電話からケータイに電話してみるけれども、やはりコール音などいっさい聴こえない。‥‥これはヤバい。たしかに昨日、ケータイを落としてしまったことはあったのだけれども、そのときに故障してしまったのだろうか。いやおそらくそうだろう。仕事の帰りに販売店に寄って、見てもらわなくっちゃいけないな。なんだかトラブルがつづく。

 仕事の要領はだいたいのみこめた。「楽」といえば「楽」なんじゃないだろうか。9時半になれば30分間の休憩があるので、それがひとつの目安になって「やりやすい」ともいえる。
 そうやって仕事をやっていてふと、「まてよ、ケータイの音が出なくなったのは<マナーモード>になっているからじゃないのか」と思いつき、ケータイをチェックしてみると、まさにマナーモードになってしまっていたわけで、それを解除するとちゃんと音は出るのだった。ディスプレイをよく見ると、たしかに<マナーモード>になっているという表示も出ていたわけで、自分には新しいケータイで使い慣れないからまるで気がつかなかった。この機種はあるキーを押し続けていればマナーモードになってしまうわけで、自分で意図しないうちにマナーモードに設定してしまうこともあるのだ。とにかくは販売店に持って行って、「これは<マナーモード>になってるんですよ」などということにならずによかった。

 今日は仕事場で、「持って帰っていいよ」と、非常時の保存食のドライカレー、それと乾パンの缶詰などをいただいた。賞味期限が過ぎているので<廃棄処分>なのだという。もちろんわたしはそんなこと気にしないから、いっぱいいただいてきた。帰宅して試しに(昼食を兼ねて)ドライカレーをつくって食べてみたら、予想していたよりもずっとおいしかった。これは助かる。今のわたしはまさに「非常時」。これから毎日<ドライカレー>という献立でもいいか。乾パンも、<おやつ>代わりにちょうどよく、ベッドに横になって本を読みながら、乾パンをつまむ。妙な味付けをされていない、シンプルな風味がいい。

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■ 2017-11-08(Wed) このエントリーを含むブックマーク

 新しい仕事のために作業靴を買ったのだけれども、サイズが小さかった。ふつうにわたしにはOKのサイズを選んだのだけれども、メーカーによって違うからね。わたしの場合、(特に左足が)足の親指が長くって、第二指に比べて1センチ近くも長い。それでサイズの合わない靴を履くと、親指(第一指というのか?)が靴にあたって強烈に痛くなる。むかしはこれでよく第一指の爪が死んでしまったり変形してしまったり、いろいろと苦労した。このところようやく、その第一指の爪も正常になってきたというのに、これではまたおかしくなってしまう。というか、歩くのが苦痛なぐらいに指先が痛い。「これは買い直さなければいけないな」と、仕事の終わったあとに前にその作業靴を買った柏の店に立ち寄った。
 今はその指先が痛んで敏感になっているので、サイズが上の27センチとか試しに履いてみても、痛くてしょうがない。「コレは慣れればいいのかもしれないけれども、今は使えないな、<大は小を兼ねる>だね」とその上のサイズを探したけれども、27.5などというサイズは置いてなくて、28センチのを選んだ。これなら痛みは感じない。‥‥激安の店なのだけれども、けっきょく二足も買ってしまい、そんなに安いものでもなくなってしまった(いや、それでも普通の店で買う一足の価格より安かっただろうか)。

 けっきょくこの新しい仕事、仕事を終えて家に帰るとどうしても午後になっているわけで、それから遅い昼食をしてのんびりして、気分的に落ち着くのは二時半ぐらいの時間になってしまうようだ。以前だったら昼寝をしている時間だけれども、なんだか「昼寝」という気分にもなれずに、そのままずっと起きている。ある意味では「あたりまえの生活」で、これからはこういう生活になるのだろうかと思う。

 最近は気温も下がってきたせいか、それとも掛け布団を「冬用」にしたせいか、夜に寝ているとニェネントがわたしの寝ている布団の上に乗っかってくる。わたしが読書用の電気をつけて本を読んでいるときにはキャットタワーの上で「待ち」状態なのだけれども、「もう寝よう」と電気を消して眠る体勢に入ると、布団の上に飛び乗ってくるのである。重たいぞ! 冬の間しかやってくれないのが残念だけれども、これからが「楽しい」季節である。朝目覚めると、わたしの足元のところにはニェネントが丸くなっている。これこそ、ネコと暮らすよろこびのひとつであろうか。


 

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■ 2017-11-07(Tue) このエントリーを含むブックマーク

 昨日、松戸に住む娘から「あした時間はとれる?」とのメールがあり、久々に、平日に休みが取れたという娘と会うことになった。娘は上野に「怖い絵」展を観に行くのだという。わたしも以前だったら仕事のあとに十時ぐらいには上野に行けたのだけれども、今の仕事では会えるのは昼すぎになってしまう。それに、その「怖い絵」展というのは現在バカ混みで、平日でも入場するのに長時間待たされるのだという。それでわたしが仕事を終えたあと、柏で会うことにした。

 今日は仕事の二日目だったけれども、順調といえば順調というか、今のところ特に問題はないと思う。とにかくは仕事を終えて帰りの電車に乗り、無事に柏駅で娘と合流。わたしは「おなかペコペコ」状態なので、まずはランチ。今柏で人気だというカレーの専門店へ案内してもらった。おいしい。ランチのあとは喫茶店へ行き、しばらく話をした。彼女が午前中に観てきた「怖い絵」展の図録とかを見せてもらったけれども、「そんな絵も展示されてるのか」という感じで、自分も観てみたくなった。
 わたしは新しい仕事の話とか、先週酷い風邪をひいた話などをしたのだが、そういう「出勤で家を出るときは寒くて、仕事を終えたときには気温も上がっている」わけで、体温調節がむずかしいという話をしたからか、喫茶店を出たあとに、「転職祝い」ということか、軽いダウンジャケットを買ってもらった。保温効果は抜群のようだし、気温が上がれば寝袋のように小さく袋の中にしまっておける。うれしい。

 帰宅して、「なかなか昨日からの新生活に対応出来ないな」と思うのだが、まだ二日目だし、今日はそんな「いつものこと」ではないことでもあったし、しょうがない。「夕食をつくるのもめんどうだなあ」と思い、けっきょく「お気に入り」のウチの近くの中華の店に行き、いつもの「台湾焼きそば」と「瓶ビール」。パソコンの調子は悪いし、金銭的にも「非常事態」なんだけれども、ま、なんとかなるだろう。

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■ 2017-11-06(Mon) このエントリーを含むブックマーク

 ついに今日から、新しい仕事が始まる。「うまく勤まるだろうか?」、「仕事はハードなのだろうか?」、「同僚とうまくやって行けるだろうか?」など、いろいろと不安もある。就労時間も今までより長くなり、仕事が終わるのは十一時半になる。そうするとウチに帰り着くのは午後一時ぐらいになってしまうだろうな。生活時間がガラリと変わってしまうことになりそうだ。ただ、始業時間は今までと同じ六時半で、場所も今までの勤務地から二つ先の駅のところなので、家を出る時間とか経路とか、今までとまるで同じでやっていけるのはいい。また、朝の通勤電車でなじみになったあの人、この人と顔を合わせることになる。

 今日は「初日」になるので、ひとつ早い電車で出かけて、あたふたしないようにする。上司の方に作業指示を受けて作業をやってみるけれども、基本の基本は前の仕事と同じなわけで、そんなにとまどったりすることはない。途中、休憩時間があるのはうれしいが、それでもやはり五時間働くのは「長い」という印象だ。でも、初日の印象としては、「コレは、前の仕事よりも<楽>なのではないか?」てな感じ。ただその「勤務時間の長さ」に慣れればいいのか。

 仕事を終えて帰路に着き、やはり自宅に着くのは一時ぐらいになるみたいだった。今日はそのウチのそばで、このあいだ見かけた三毛の仔ネコをまた見た。道の真ん中の日だまりで、悠然と毛づくろいをしている。自分の「野良」という境遇も知らず、つまり「怖いもの知らず」だな。今日はバッチリ写真を撮れた。しっぽの長いコだね〜。

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 うしろから車が来たりしたので、わたしの前から逃げて行ったけれども、その逃げた先に「ニェッタ」がいた。ニェッタと新顔の仔ネコとはいっしゅんすれ違ったけれども、どちらも相手には無関心だったみたいに見えた。これからどうなるんだろうね。

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 帰宅して遅い昼食にして、パソコンをいじっていると、またまた調子がおかしくなった。どうもコレは、キーボードの中でまだ生きている「カーソル読み込みキー」というのかな、肝心かなめのキーが、しばらく使っていると「暴走」をし始めるのである。つまり例えば、テキストを入力しているととつぜんに、延々と「スペース」だか「リターン」だかが無限に動作してしまい、制御出来なくなってしまう。しょうがないから電源を切って強制終了させるけれども、それまで入力したテキストはもう使えなくなってしまう。ネットを閲覧していても、ある種の作業をするともうダメになってしまうのだ。やはりこのパソコンはもうダメなのかもしれないな。‥‥ガックリである。


 

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■ 2017-11-05(Sun) このエントリーを含むブックマーク

 「5連休」も、ついに今日まで。「何もしないうちに過ぎてしまったな〜」って感じだけど、そもそも何もしないつもりだったんだから、OKなのである。そろそろ、明日からの新しい仕事の準備とかも始める。ま、提出する書類とかを書いたりするぐらいのことだけど。
 このところは、「12月のさいしょの給料までどうやって持ちこたえるか?」てなことばかり考えているのだけれども、今日また計算してみると、アレ? 家賃とか公共料金とかの計算が間違えていたみたい? ひょっとしたらまだ三万円、ことによったら前の計算よりもまだ五万円ぐらいが余計に残るのではないのか、ということになってしまった。コレは大きい、というか、急に気分が明るくなってしまった。ははは、人間なんてこんなモノなんだなあ(いや、「人間」などと普遍化して考えてはいけないか。あくまでも「わたし」の場合だ)。

 夕方、ちょっとした地震があったけれども、やはりこのあたりの地震は(今までのところ)横揺れでゆっさゆっさと揺れる。そういう地震というのはまるで恐怖感もともなわないのだけれども、前に住んでいたところとは地盤のあり方が違うのだろうか。ま、大きい地震というのはココでは体験していないのでわからないが。

 夜になってパソコンをいじっていたら、これがめっちゃ調子がおかしくなった。パソコンのキーボードでまだ生きていた、カーソルのポインターキー、そして「決定」キーというのかな、これが入りっぱなしになってしまっているみたいで、テキスト入力していると永遠に「リターン」が継続してしまうし、ウェブを閲覧していてもほとんど「暴走」という感じ。こうなるとどうしようもないので電源を遮断して強制終了させ、また電源を入れるのだが、しばらくは順調に操作出来ていても、とつぜんにおかしくなってしまう。こんなことの繰り返しである。‥‥ヤバい。だましだまし使ってきたけれども、ついにアカンようになってしまったか!という感じ。やはり「新しいパソコン」を買わなければダメだろうか。そう考えてしまうというのも、昼間に計算して、何万円かまだ自由に使えるという「思い込み」もあるからだろう。しかし、この状態は非常にヤバい。いったいどうなってしまうことだろう。


 

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■ 2017-11-04(Sat) このエントリーを含むブックマーク

 「今日は『重力の虹』を読み終えて、図書館に返しに行くぞ!」とはりきって読み、午後には無事に読み終え、三時ごろになって図書館に出かけた。ふむ。外に出るのは実に久しぶりのことであろうか。何となく雲行きが怪しいというか、黒い雲が風でうごめいている。気温は「お出かけ」にちょうどいいというか、風邪のあとの(病み上がりの)わたしにも、外の空気が快適に感じられる。

 今日はなんだか手賀沼のところでイヴェントかなにかやっていたようで、ずいぶんとおおぜいの人がちょうど、手賀沼の方から我孫子駅の方へ帰って来るところだった。
 図書館に到着。もう「重力の虹」に下巻を借りたら、ほかの本を読む余裕などぜったいにないから、本を返却し、そのあとは直に「重力の虹」下巻だけを手にして貸し出し手続きをして、すぐに図書館を出る。

 それで、前に買ったまま放置してあるMac用のキーボードもCDプレーヤーも、なんとか使えるようにしたいわけだから、図書館の近くにある量販家電店まで足を延ばしてみた。店に入って気づいたのは、そのキーボード、CDプレーヤーとも、マニュアルもろくすっぽ読んでいなかったわけで、特にCDプレーヤーをまずは動かしたいのだけれども、そのためにいったい何を買えばいいのか、わたしはわかっていないのである。つまり欲しかったのはUSBのハブなんだろうと思うのだけれども、どんなハブを買えばいいのかわからないのである。ダメじゃん。ま、いまのところ「変則的な入力」にもすっかり慣れてしまって、新しいキーボードの緊急の必要性を感じていないというあたりに、この悠長な態度が生まれた原因もあるのだろう。ま、また次回に考えましょう。

 「そうだ! ニェネントくんのカリカリ(ネコ用固形食糧)も残り少ないから買わなくちゃいけないんだった!」と思い出し、駅の反対側のショッピングセンターへ行く。ショッピングセンターの前は、もうクリスマスのオーナメントが飾られていた。そうか、ハロウィーンが終わったらクリスマス、というのが今の日本だったなあ。

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 ニェネントのごはんを買い、ついでに夕食も買って帰りたいな、とも思ったけれども、今はとにかく財政難。ガマンしよう。ちょっと店の中を見てまわって外に出ると、少し雨が降り始めていた。
 帰宅して、この夜は缶詰でのわびしい食事であった。食事のあと、さっそく「重力の虹」の続きを読みはじめた。「あれ? 返却した上巻のおしまいのところはどんなんだっけ?」とかいっしゅん思ってしまったけれども、だいたいのところは憶えてもいたし、どうせひととおり読み終えたらもういちど読むことになるんだからと、かまわずに読み進めるのであった。


 

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■ 2017-11-03(Fri) このエントリーを含むブックマーク

 このところ、外は晴天のいい天気がつづいているみたいだ(まったく外に出ないからほんとうにそうなのか、確証はないのだけれども)。もう十一月になっているから、これは「小春日和」と呼べるのだろう。今日もわたしは何もしない。朝は六時頃に目覚めるのだけれども、テレビのニュースをみたりネットをチェックしていると昼になってしまう。それで昼食をつくるのだけれども、今日もまたパスタ。今回は買ってあるパスタソースを使ってウィンナなどを入れ、ナポリタン風に。
 昼食を終え、ベッドに寝転がって本(「重力の虹」)を読み、そのまま眠くなったら寝てしまう。それで目覚めると四時ぐらいになっている。

 もうそろそろ夕食のことを考えないといけないのだけれども、何かつくるのはめんどうだ。また近所のあの中華の店に行って「台湾焼きそば」を食べようかとも思うのだけれども、今はとにかく「倹約」しなければいけない。けっきょく米をといで炊き、いっぱいあるジャガイモをゆでてポテトサラダというかそういうのにして、炒めたソーセージと混ぜておかずにした。前にも失敗したのだけれども、ジャガイモをゆでるときに入れる塩は、「ほんのちょっと」でいいのだ。今日も塩を入れすぎて、ずいぶんの塩気の多いポテトになってしまった。

 夜、寝る前はまた「重力の虹」を読む。おとといからまるで同じような時間の過ごし方がつづく。今日も「重力の虹」は読み進んで、残りは50ページぐらいになった。これなら明日中に読み終えられて、明日図書館に返しに行って、次の巻を借りてくることができそうだ。


 

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■ 2017-11-02(Thu) このエントリーを含むブックマーク

 風邪は何だかすっかり良くなってしまった。一昨日の状態を考えるとウソみたいだけれども、昨日ゆっくりと何もしないで休んだのがよかったのだろう。ムリして仕事に出たりしていたらこじらせて、ヒドいことになっていた可能性が高い。というわけで今日も休む。これで明日からの3連休を合わせて5連休確定である。ゆっくりと休むことにしよう(出かける金もないし)。
 明日から3連休だと、新しい勤め先と連絡が取れなくなるのを夕方になって思い出し、あわてて電話する。「月曜日から出勤しますのでヨロシク」と。

 そういうわけで、今日も午後からベッドに横になって本を読み、そのまま長〜い午睡をする。もう、こういうのがわたしの日課になってしまった。決してわたしにじゃれついてこないクセにいつもわたしのそばにいたがるニェネントは、わたしがずっとベッドに横になっているので、ベッドのそばのキャットタワーのいちばん上で丸くなって寝ている。かわいい。

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 夕方の暗くなる時間に目覚め、「夕食は何にしようか」と考える。もう時間的にも米を炊くのはめんどうだ。ここは先日テレビでみた超カンタンなスパゲッティ・カルボナーラをつくってみようと、トライしてみる。材料はベーコンと卵一個、それとパスタだけ。ウチにはレンジ台がひとつしかないので先にベーコンを炒めて胡椒を振っておき、それは置いておいてパスタをゆでる。ゆであがる前に卵をボウルに取り、思いっきり、泡立つぐらいにまぜておくのだ。それでゆであがったパスタにその卵をからめ、ベーコンをまぜるだけである。猿でもできるクッキングだ。‥‥ふむ、これがなかなかにおいしくって、経済的でもあるし(ベーコンがいちばん高いから、トータルで百円ちょっと超えるクッキングだな)、これからもときどきやってみようと思うのだった。まあパスタ料理というのは「お金をかけないでつくるぞ!」と思えば、いくらでも低予算でクッキング出来るからいい(ペペロンチーノならもっと安上がりにつくれる)。

 夜は昼寝のせいで目もパッチリなので、眠気におそわれることなしに読書がはかどる。その「重力の虹」だが、第3部に入って、やはり読みやすくなったと思うぞ。ネットでみたのでは「第3部が難関」とかいうことだったのだが、ただ目の前の文章を読むということでは「読みやすい」。ただ、今まで読んできたところとの連関とか、そういうことはもう、すっかりわからなくなってしまった。そもそも、スロースロップがロンドンで女の子と会うとその場所が爆撃されるという話はどうなってしまったのか。とにかく読んでいると次から次に新しい登場人物が現われ、その登場人物視点の展開になってしまったり、とつぜん元の話にもどったり、たいへん。おもしろいといえばとってもおもしろい。ま、どっちにせよ、いちど通読し終えたら、またもういちど読まなきゃならないけれども。

 

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■ 2017-11-01(Wed) このエントリーを含むブックマーク

 書くのを忘れていた。昨日仕事から自宅に戻るとき、ウチのすぐそばの道で三毛の子ネコが毛づくろいしていた。もちろん、初めてみるコである。しばらく、わたしの目の前で毛づくろいをつづけている。デジカメを持っていたので写真を撮ろうと、カメラを出そうとしたあいだに逃げ出してしまった。そのネコの駆けて行く方にカメラを向けてシャッターを切ったのだけど、かすかに写っているのがわかるだろうか? これでは「ネコの写真」とはいえない。

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 久しぶりに見る「新顔」だけど、「野良」の暮らしはきびしいよ。なんとか無事に大きく成長してほしいと思うけど、誰か飼い主になってくれる人がこのコを見つけ、飼いネコにしてあげるということが、このコにとっては「いちばんの幸せ」なのだ。

 今日も引きつづいて風邪。それでも、昨日よりはずっと快方に向かっているのがわかる。もう熱もないようだし、昨日悩まされた鼻水もピタリととまった。今回はわたしの素人治療がとてもうまくいったみたい。ただ、こじらせないように気をつけないと。それでそういうわけで、やっぱり明日も仕事は休む。昼すぎにその担当の方から電話があったので、そのように伝える。そもそもが今日明日と休めばしぜんと五連休になるわけだし、そのチャンスは活かしたいではないか。もちろんその分給料は減るわけだけど、どうせさいしょの給与をもらえるのは12月の20日。11月末日までの分になるから、それほどの「痛手」には(今は)感じない。とにかくは「何もしない」一日。午前中はゴロゴロして、午後は長い長い午睡。夜になってベッドに寝転がって「重力の虹」を読む。
 「重力の虹」は、返却期限の今週中には読み終えられないか?と思ったのだけど(ま、返却期限を律儀に守らなくていいのだけれども)、ついに第3部に突入した今日は意外とサクサクと読み進められ、ちゃんとこの日曜日までに読み終えて返却できそうな気配ではある。

 

 

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