ワニ狩り連絡帳 このページをアンテナに追加 RSSフィード

       

■ 2018-04-30(Mon)

 今日月曜日も「振替休日」で仕事は休み。陽射しは暖かく、晴天で気もちがいい。"It's a beautiful day!"という感じ。それでヒッピー全盛時にシスコで人気を博した、バンドの「It's A Beautiful Day」のことを思い出したりするのだけれども、彼らのそのファースト・アルバム「It's A Beautiful Day」のジャケットはことのほか有名で、まさに「何て美しい日でしょう!」というような。というか、このジャケットが当時のヒッピーカルチャーの象徴のようなところもあったわけです。

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 実は先日ちょっと調べものをしていて、このアルバムのことも調べたのだけれども、アルバムのイラストはデザイン・グループの「Glove Propaganda」という連中が担当していたことはわたしも前から知っていて、これはずっと彼らのオリジナル作品だと思っていたのだけれども、調べるとこのジャケットは19世紀末から20世紀初頭に活躍したアメリカの画家、Charles Courtney Curran(チャールズ・コートニー・カラン)の"Woman on the Top of a Mountain"という作品をもとにしたものと知り、その絵を検索するとこういう絵を見つけてしまった。

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 ‥‥いやはや、まさかココまで「同一」だとは思いもしなかったので、かなりびっくりしてしまった。「模写」というか、「トレース」ですね。女性の衣服のひだ、そしてバックの雲の形までまるで同じ。これ、ちゃんと「著作権」が生きていたなら、完璧に「盗作」と認定されるレベルでしょう。あとで調べると、このジャケット製作のさい、当時の家庭雑誌の表紙に載っていたこのコートニー・カランの作品を、ディレクターがイラストレーターにコピーさせたらしい。
 ま、今でもこのジャケットで流通しているアルバムなので、そういう著作権問題はクリアしているのだろうけれども、そのアルバムにはこのジャケットの原画がコートニー・カランによるものだとは書かれていないはず(今はどうだか知らないけれども、むかしわたしがこのアルバムを買ったときには、ぜったいに書かれていなかった)。
 実は二、三十年前の一時期、このアルバムの再発がなされなかった時期があり、どうもそのことはこのジャケットのせいだったという話もあるようだ。とにかくもう、ここまでこのジャケットがコートニー・カランの作品と「同一」であるならば、ちゃんとそのアルバムに、「ジャケット画はチャールズ・コートニー・カランによる」とか印刷すべきではないかと思う。

 ‥‥という話は終わりにして、そんな好天の下、今日は我孫子の図書館に本の返却へ行く。もうこの図書館にあるピンチョンの本はすべて読んでしまったので、今日は何も借りないですませる。ただ、「競売ナンバー49の叫び」の新潮社版はリクエストして来た。帰りはちょっと遠回りして近くのドラッグストアまで行き、そろそろなくなって来たニェネントのごはん、カリカリを買う。以前茨城にいたときは「カリカリ」で何を選ぶかはしっかり決まっていたのだけれども、その同じカリカリがこちらには売っていないので、「何にしようか」と迷う。やはりニェネントが「おいしいね!」と感じて思ってくれるのを選びたい。とりあえず、わたしが勝手に「ニェネントはカツオが好きなはず」と決めてかかっているので、「カツオ味」のモノから選択。「このメーカーはきっとダメだぞ」とか、「これはおいしそうだけれども、いくら何でも高すぎるな」とか思いながら選ぶのだけれども、ちょっと高いのでも買ってあげればよかったな、などとあとになって思ったりする。
 いちど会計をすませて、「待てよ? ドラッグストアなんだから、今気になっているDHAとかEPAとかの配合されたサプリメントも売ってるんじゃないの?」と思いつき、そんなコーナーに行ってみると、あらら! けっこう置いてあるではないですか。‥‥ふむ、とりあえずは「栄養補助食品」ということで、特に記憶に対してどうとかということは書かれていないけれども、ま、OKではあろう。しかも、昨日ネットでチェックしたのよりかなり安い価格。これならば継続して買いつづけてもそんな負担ではないということで、買ってしまうのだった。
 今継続して服用しているクスリが何種類かあるので、それらとの「競合」は考えなければならないのだけれども、どうなんだろう?


 

[]二〇一八年四月のおさらい 二〇一八年四月のおさらいを含むブックマーク

演劇:
●水族館劇場「望郷オルフェ -来るべき追憶の後に-」桃山邑:臺本・監督 @新宿・花園神社/境內特設野外儛臺 星の筏
●Q「地底妖精」市原佐都子:劇作・演出 高田冬彦:美術・演出 @早稲田・早稲田小劇場どらま館

映画:
●「ゆれる人魚」アグニェシュカ・スモチンスカ:監督

読書:
●「啓示(Revelation)」フラナリー・オコナー:著 須山静夫:訳(「オコナー短編集」より)
●「逆光」トマス・ピンチョン:作 木原善彦:訳
●「LAヴァイス」トマス・ピンチョン:著 栩木玲子・佐藤良明:訳  
●「ねじの回転」ヘンリー・ジェイムズ:著 土屋政雄:訳
●岩波科学ライブラリー「記憶をコントロールする 分子脳科学の挑戦」井ノ口馨:著 

DVD/ヴィデオ:
●「回転」(1961) ヘンリー・ジェイムズ:原作 トルーマン・カポーティ:脚本 ジャック・クレイトン:監督
●「過去のない男」(2002) アキ・カウリスマキ:監督
●「街のあかり」(2006) アキ・カウリスマキ:監督
●「インヒアレント・ヴァイス」(2014) トマス・ピンチョン:原作 ポール・トーマス・アンダーソン:脚本・監督
●「明日の記憶」(2006) 荻原浩:原作 堤幸彦:監督


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■ 2018-04-29(Sun)

 昨日書くのを忘れていたこと。まず、昨日の午前中は近くの内科クリニックへ行き、胸部レントゲン、心電図検査、尿と血液検査をやったのでした。胸部レントゲンにはまるで異常なし。心電図には、担当医師さんは過去に狭心症を患った痕跡があるけれども、「異常はないです」ということ。めでたいめでたい。それで午後いちには柏のモバイルショップに行って、「あら?壊れちゃったの?」というケータイをみてもらったのだけれども、「これはSIMカードの挿し方が悪いんでしょう」ということで、「いや、わたしもそのあたりが原因かといじってみたんですけどね〜」、なんだけれども、わたしは「強くいじると壊しちゃいそう」と手加減してたわけで、ショップの人がやり直してくれたら、簡単に復帰したのでした。「おかしくなったらいつでも気軽に持って来て下さい」といわれて、「あら、頼もしいじゃないの」とか思ってしまうわたしは、きっと洗脳され始めているのだ。ま、とにかくはひと安心、というところではありました。

 それで今日は、もう一冊注文していた洋書が到着。これは先日書いたところの、「わたしがこれから究めたいと思っている」ところの、The Incredible String Bandについてのもう一冊。

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 この二冊からとにかくは、このバンドについていろいろと調べて行きたいと思っているわけですね。そのために、このためにこそ先日英和辞典も購入したわけで、ま、しばらくはこのことに集中したいとは思っています。で、(数少ない)読者の皆さんに、とりあえずはこのバンドのことを紹介しておきたいとは思ったのですが、国内版Wikipediaにもこのバンドの項目はないし、やはりこのバンドのことを知ろうとしても、これだけネットとかが普及した今でも(日本語では)ままならない。そんな現状なわけで、だからこのバンドのことを「へなちょこ」だとか「ヘタウマ」だとかのたまうCDの解説文が有効になってしまう。それはほんとうにドイヒーな現状で、誰もマジメにこのバンドの音楽性の豊かさを解明しようとしない。だからわたしがやるぜ!というわけではないのだけれども、少なくともわたしが納得できるようなかたちで、このバンドのことは知りたいと思っているわけです。

 ま、それでペラペラとめくってみるのだけれども、やはりこういう本になると、日常会話で常用する単語ではない、見知らぬ単語が頻出するわけで、先日ちょっと読んだジャック・ケルアックの「On The Road」とかとはまるでわけが違う(「On The Road」は、やっぱり「口語体」なんですね)。予測はしていたことだけれども、やはりこれは大変。ま、なんとか、ぼちぼちとがんばってみましょう。

 それで昨日読んだ「分子脳科学」の本のことが気になって、その「神経新生」を活性化させるという、DHAとかEPAとかいうのは、例えばサプリメントとかで売られていないものかと検索してみたら、いとも簡単にそういうものが見つかって、特に記憶力のサポートとかいうことで売られているのではないようだけれども、「おお、買ってみようかな?」という気にはなるのだった。ま、いかにも「サプリメント」らしい価格にはなっていて「ちょっと高いな〜」とは思うのだけれども、買えない価格ではない。考えなくってはならない。

 夕方から、借りたヴィデオで「インヒアレント・ヴァイス」を観て、夕食はまだまだ残っていた「トマトシチュー」で。まだ明日も「休日」だな、などと思うと、気もちが広くなる。


 

[]「インヒアレント・ヴァイス」(2014) トマス・ピンチョン:原作 ポール・トーマス・アンダーソン:脚本・監督  「インヒアレント・ヴァイス」(2014)   トマス・ピンチョン:原作 ポール・トーマス・アンダーソン:脚本・監督 を含むブックマーク

 原作を読んだ直後にこの映画化作品を観たのだけれども、予想外に面白かった。というか、原作よりも面白かったような(いやいや、これは先に原作を読んでいたから、こそ楽しめたわけだろうが)。

 ま、本編2時間半ほどあるのだけれども、「よくもこの尺で、原作のテイストを活かしてやれたな〜」みたいな<驚き>というか、「ここまで原作をはしょらないでよくドラマ化出来たな〜」と、感心してしまうのでした。しかもその上で、「映画的な効果」としてちゃ〜んと演出している見事さ。いや、わたしは原作を読んで直後にコレを観たので、「なるほど、そういうことだったのか〜」というところもあるし、先に原作を読んでいたおかげで「コレはこういうことなんだよね」と理解できることもあった。自分なりに、なかなか良好な時間の使い方だったとは思う。調べたところでは、この監督のポール・トーマス・アンダーソンは、実はもっと前の「ヴァインランド」を映画化するために四苦八苦されていたらしい。

 とにかくは、「ビッグフット」と主人公の「ドック」との、表沙汰に出来ない「信頼関係」というのが如実にあらわされていて、それで泣けたというのがひとつ。そして、ドックとシャスタとの、「夢」のような関係性に涙するわけで、中盤(ラストに近い?)のシャスタの再来と、永い彼女の独白からの、ふたりのセックスへと至る「長廻し」の素晴らしさ、そして、もちろんラストの、幻想的な車内からの映像(車の外は<霧>に包まれ、これはほとんど黒沢清監督が得意とした「バス」のシーンを思い起こされるもので、いやいや、アンダーソン監督は黒沢清監督のことが念頭にあったにちがいないとは思うのだ)。

 いや、とても泣くような映画ではないはずなのに、終盤では涙がこぼれて止めようもなかった。これ、傑作でないの?

 ‥‥これは別項目だけれども、ビッグフットが日本人オーナーのパンケーキの店で食事するシーン、原作ではビッグフットはオーナーに「モット、パンケーキネ!」と注文出してるんだけれども、この映画版では、ビッグフットはなんと、「モット、<メリケンコ>ネ!」と日本語でいうわけで、いやいや、この脚色がポール・トーマス・アンダーソン監督自身によるものだとしたら、「メリケン粉」を知っているアンダーソン監督は、「とんでもない」日本通だということになりそうではある。

 あと、とってもよかったのが、「ジェイド」役の、ホン・チョウという女優さん。この人の存在が映画をシメていたな〜。彼女はタイ出身の女優さんで、実はけっこういい年になってるらしいんだけれども、可愛らしくて猥雑で、最高だった! And I Love Her!

 

 

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■ 2018-04-28(Sat)

 「平和」への風を感じた昨日から一日経ち、このような風向きを感じ取ることの快適さを、あらためてうれしく思う。いつまでもこのような風を感じ取れるよう願う。そしてこのような「風」というのは、いってみれば憲法九条の精神でもあって、やはり地球規模で「戦争放棄」が実践されることを望むこと、「世界平和」こそ人類の願いなのだと思う。あの「ベルリンの壁」の崩壊のように、こんどは「38度線」が撤廃されるよう。
 皆が、金正恩はゴルバチョフになれるのか、はたまたチャウシェスクの運命が待っているのだろうかといっている。どうなるのだろうか。

 ゴールデンウィークがはじまった。天気も快晴、心地よい陽気。今日は夜に北千住のBUoYというスポット(今まで行ったことはない)で、Cさんのレクチャーというかイヴェントがあるのに行くことにしてある。北千住駅からちょっと離れた、わかりにくいところにあるらしく、それもあって先週ちょっと北千住に行ってみたのだけれども、地図とかで調べても、最短距離で行こうとすると「直進する」というわけにもいかないようで、細い道でわかりにくそう。これはちょっとだけ遠回りして、どこまでもまっすぐ通っている道を選んで、大きな国道にぶちあたったところで左に曲がるとわかりやすいようだ。

 さて、夕方になって出発するのだが、わたしは自宅駅から北千住までは二十分ぐらい電車に乗れば着くものと思い込んでいたのだが、これがじっさいには三十分かかるのだった。もう一年もこの電車に乗りつづけているのに、そんな基本的なこともわかっていなかった。それで、北千住駅に着いたときは、もう開演まで二十分ぐらいの時間しかなかった。ここで下調べしてあったルートがちがっていたり、道に迷ったりしてしまえば開演時間に間に合わなくなりそう。
 しかし道筋は下調べしていた通りで、無事に時間前にたどりつくことができた。駅からは徒歩15分というところ。なかなかギリギリではあった。

 今日のレクチャー(?)は昨年末にCさんが三鷹でやった「ダンスお悩み相談室」の延長というか、いろいろなダンスの映像を観て、コンテンポラリー・ダンスというものの成り立ちを考えるようなもの。Cさんはもっと、今のダンス界の現状に異議申し立てしたかったらしいのだけれども、そういう視点は出すことなく終了し、あとでCさん反省。
 でも、とにかくはいろいろな映像を観ることはわたしの消えた記憶を補完するところ大なわけで、「こういうのがあった」と思い出すことが出来るものもある。CさんはJames BrownとかCab Callowayのステージ・パフォーマンスにダンスの原点をみるようだが、そう考えると、わたしの残っている記憶で考えると、映画の「ウッドストック」でのさまざまなミュージシャンのパフォーマンスのことを考えたくなる。そういうJames Brown的なパフォーマンスをひくものとして、Sly Stoneがいただろうし、もっとショーアップされたものとしては(わたしは全然好きではないけれども)Sha Na Naとかが思い出される。「ショーアップ」ということでいうと、The Whoの、例えばあのRoger Daltreyのマイクのあやつり方、Pete Townshendの、腕を振り回してジャンプするギタープレイとかが思い出されるのだけれども、でも、わたしがまっ先に思い出してしまうのは、Joe Cockerのシンギングのパフォーマンスというか、ま、アレはクスリをキメてるからだよという見方もあるのだけれども、つまり当時は知られてなかった(誰もやらなかった)エアギターというヤツなのだろうと想像できる。しかし、このフラつく足元、見栄えを気にしない自己没入、ココにわたしはショーアップされた舞台にはない魅力を感じたのは確かだし、彼のこのパフォーマンスが、その後わたしが「ダンス」というものを観るときに、いくばくかの影響を与えたというのは否定出来ないことだと思う。

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 終了後、Cさんらと共に北千住で飲む。駅近くの飲屋街の奥にあった、北千住らしい居心地のいい居酒屋。メニューも豊富で安い。この夜もまた、(言い訳をすればわたしの失われた記憶のせいもあって)あまり話の輪に入って行けなかったところがあるけれども、刺激を受けるミーティングではあった。


 

[]岩波科学ライブラリー「記憶をコントロールする 分子脳科学の挑戦」井ノ口馨:著  岩波科学ライブラリー「記憶をコントロールする 分子脳科学の挑戦」井ノ口馨:著 を含むブックマーク

 副題にあるように、「分子脳科学」から記憶という問題にアプローチした書物で、学生や一般向けに行なった講演をもとにした「入門書」的な小冊子。ま、ニューロンとシナプスのことなど、他の記憶に関する書物で読んでいたことがらも多いけれども、「短期記憶」(海馬に記憶される)と「長期記憶」(大脳皮質に焼き付けられる)との違い、その記憶の脳内での移動のメカニズムなどを知り、やはりわたしの場合は、「海馬」に今でも障害があるわけだろうと推測する。

 ここに「神経新生」という脳のメカニズムがあり、この神経新生を促進してやれば、記憶力の低下を抑えられる可能性があるという。
 そんな神経新生を促進させるひとつの方法は「運動」。それはこの本では「身体運動」というわけではないようで、認知症患者が「字を書く」とか「折り紙を折る」などということがその「運動」に結びつくという。もうひとつの神経新生の活性化は、魚油に含まれるDHA(ドコサヘキサエン酸)とEPA(エイコサペンタエン酸)を摂取することだという。
 気になってネットで調べてみたのだけれども、これはサプリメントとして市販されていることがわかった。ま、まさかこの本がそんなサプリメント販促を意図しているとは思えないが、「こんなところに誘導されたか」という気もちはないでもない。サプリメントというのは高価なものが多い印象があり、このサプリメントもそこまでに安いものではない。しかし、「だまされた」と思って買ってみようか、とは思っている。

 あ、この本、この著者についてひとこと書いておきたいのだけれども、本の冒頭の「自己紹介」みたいなところで、「早熟な高校生だった私は、ショーペンハウエルやヘーゲル、カント、ニーチェといったドイツの哲学者たちの著作を貪り読み‥‥」などと書いてあるのだが、えっと、自分のことを「早熟だった」と語る人には初めてお目にかかったというか、しかもそれが(どの程度深く読まれたのかはわからないけれども)高校生のときにショーペンハウエルとかヘーゲル、カント、ニーチェを読んだことが「早熟」だったが故、みたいに書かれているのだけれども、えええ? 高校生でこれらの哲学者の本を読むって、それなりに「よくあること」じゃないですか。これが「中学生」だったら「おお、早熟だね」という感想にもなるけれども、こういうことで自分のことを「早熟だった」というのは、ちょっと現実認識がおかしいのではないかと思うし、この本自体の正当性をも疑わせるものではあったと思う。しかもそのあとにも、自分の奥さんの描いたイラストを掲載し、「あっち(アメリカの科学雑誌の表紙)では受け入れられなかったようです」みたいに書くのだけれども、正直そのイラストはドイヒーで、そういう「身内贔屓」とか、ノーマルな美的感覚の欠如とか、「この著者は大丈夫なんだろうか???」という気にはさせられてしまうのであった(なんか、ノーベル賞がすっごく欲しいみたいようだ)。

 

 

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■ 2018-04-27(Fri)

 今日、北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)労働党委員長が韓国に赴き、韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領との会談の席が設けられた。その模様をテレビでみていたけれども、終始微笑みを絶やさない金正恩と文在寅の様子から感じ取れるのは、「ここに<平和>があるのではないか」という思いだった。まだまだこれから、越えなければならない難関はいろいろあるだろうけれども、どうかこのことが、もう世界にトランプや安倍晋三のような指導者はいらない、というさきがけになりますようにと、祈りたい気もちになるのだ。金正恩は「平壌から苦労しながら平壌冷麺を持ってきました。大統領が気軽に、平壌冷麺を召し上がれるよう遠いところから‥‥遠いと言ったらだめか(笑)。おいしく召し上がってもらえたらいいです」と語ったというが、その場にふさわしい、ウィットに富んだあたたかいセリフだ。こんなセリフはドナルド・トランプや安倍晋三は決して言うことは出来ないだろう。彼が、この今日の空気を裏切るような人物でないことを願う。

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 明日から春の連休、ゴールデンウィークが始まる。茨城での仕事はシフト制でカレンダーなど関係なかったから、わたしが普通の人と同じように連休を享受するのは、十年とかそれ以上の月日を経てのことになる(去年は求職中というか、ようやく仕事が決まって連休明けから勤め始めたのだった)。明日から三連休で、そのあと二日仕事に出れば、また四連休になる。そりゃあ連休はうれしい。今のところスケジュール的には、(これは偶然に)同じ北千住のスポットに二度ほど出かける予定にはなっているけれども、その他にも映画とか観に行ったりもしたい気はある。で、さっそく今夜とか、となりの柏に映画を観に行こうかとも思っている。あとはDVDでも借りてきて、部屋で観ようか。

 ‥‥というわけで、仕事の帰りに途中下車してDVDレンタル店に寄り、まずはピンチョンの原作を読み終えたばかりの「インヒアレント・ヴァイス」を選び、棚をみていて「こんなのもあるんだ」と選んだのがカサヴェテス監督の「アメリカの影」。それで店内に「在庫検索」の端末が置かれているのを今ごろ知り、「それならあの映画を検索してみたい」とすぐに思いついたのが、ターセム・シン監督の「ザ・フォール/落下の王国」だったのだけれども、ちゃんとこの店舗にも在庫が置かれていたのにちょっと驚いた。コレをSFコーナーで探し出して、合計三点を借りた。どの作品も楽しみだ。

 今日、本の方で借りていた「ねじの回転」を読了したので、明後日ぐらいには我孫子の図書館に返却に行く予定。それでは次に借りる本は何にしようかと考えるのだが、我孫子の図書館にある、新潮社から出ているピンチョンのコレクションは、これで全部読んでしまったことになるわけで、あとはウチにある本ではない、その新潮社版の「競売ナンバー49の叫び」と「スロー・ラーナー」とを読めば「ピンチョン制覇」になる。その二冊、柏の図書館で借りることにしようと検索すると、柏には「スロー・ラーナー」の方だけがあるのだった。とにかくはそちらを借りることにして、昼すぎから久しぶりに柏図書館の分館へ行き、リクエストを出した。「競売ナンバー49の叫び」は、我孫子の図書館にリクエストを出すことにした(わたしは我孫子市民なので、柏の図書館を利用するとき、柏市内の図書館にない本をリクエストすることはできないのだ)。

 先に書いたように今夜は柏に映画を観に行くつもりなのだけれども、それが「音感上映」というヤツで、ま、一時期流行った上映形態というか、音声ヴォリュームを上げての上映なのである。音が大きいのは好きである。ちょっと楽しみ。開映時間が九時ぐらいと遅いので、ウチで(まだまだ残っている)トマトシチューで夕食にして、八時をだいぶ過ぎてから出かけた。
 映画はポーランド映画の「ゆれる人魚」という作品で、なんだか陸に上がった金魚の姉妹がクラブ歌手として活躍するらしい。東欧映画は好きである。

 映画館に着くとそれなりの観客数で、ま、若い女性のお客さんが多いですね。その映画上映。このくらいの音量での上映はOK。どんな映画でもこのくらいでやってくれてもいい(老人で耳が遠くなってるのかもしれん)。「むむむ」という感じで映画が終わり、「さあ帰ろう」としたとき、ケータイを床に落としてしまった。ま、せいぜい1メートルぐらいの高さから落としただけで、まさか壊れるとは思いもしなかったのだけれども、駅のホームでケータイをみると、インターネットにつながらない。アンテナ表示の上にバツがついている。おかしい。「いちど電源を落としてみよう」と再起動してみると、表示される日付けが1970年とかの9時00分になっている。あらららら。落っことしたせいで壊れたかね。

 とにかくは帰宅して落ち着いてケータイをチェックしてみたが、どうやらSIMカードが認識されていないようで、発信も受信も出来ない状態だ。裏蓋を開けてSIMカードを入れ直したりしたのだが、このSIMカードの挿入部が何ともデリケートな感じで、力を入れると壊してしまいそうだ。SIMカード自体が壊れてしまったか、この挿入部がおかしくなったのか、自分で処理するのではなく、店に持って行った方が良さそうだ。ネットからこのケータイ販売店の「来店予約」が出来るので、明日の昼に予約を入れておいて、今日はもう寝ることにした。‥‥しかし、朝起きるアラームとかもいつもケータイのお世話になっているので、平日のことだったら大パニックになるところだった。連休前のことで救われた思い。


 

[]「ねじの回転」ヘンリー・ジェイムズ:著 土屋政雄:訳   「ねじの回転」ヘンリー・ジェイムズ:著 土屋政雄:訳  を含むブックマーク

 先日観た映画版は、こうやって原作を読むと「ずいぶんとうまく料理したものだな」と感心してしまうところがある。とにかくこの原作のストーリーは主人公の女教師の「手記」という形式の一人称記述で、彼女の内面の思考軌跡がとにかく非常に明確に書かれている。これを映像化しようとすればナレーションとか使いたくなるところもあるだろうし、俳優の負担はあまりに大きい(特に原作通りに若い女優に演じさせれば)。そこを映画では、ヒロインを演技力のあるベテランのデボラ・カーが演じ、「婚期を逃したオールド・ミス」という設定から、ストーリーをヒロインの性的抑圧と読むことで、この作品の見通しを良くしている側面がある。

 原作ではヒロインの女教師は二十歳という設定で、田舎から初めて家庭教師の職を得て出て来て、この屋敷に赴任する。ここにヒロインの「初めての仕事で失敗してはいけない」という気もちとか、おそらくは彼女の勝ち気な性格から来るのだろうが、「人に負けてはいけない」という意識とかが全編を支配するように思える。屋敷には前から屋敷に仕える女中頭のグロース夫人というのがいて、ヒロインはこのグロース夫人に対し、いつも「優位に立ちたい」ということを考えているような気配。というか、彼女は主人の不在のその屋敷で、主人の代理として屋敷を支配したいとも思っている。それこそが魅力的な主人の期待に答えることであり、そのことを端的にいうと、兄のマイルズを自分の支配下におくこと。‥‥屋敷での彼女の全行動は、すべてそこにあったといっても過言ではない。そのためにラスト近くではグロース夫人と妹のフローラを屋敷から追い出すことに成功する。

 その「屋敷での支配権」を得るために、ヒロインは「亡霊」を利用するわけで、この読み方からすれば「亡霊」はヒロインの「創作」であっておかしくはない。ただ、彼女が「亡霊」を見るのは、彼女がその屋敷での過去の出来事を知る前のことなので、「やはり彼女はほんとうに<亡霊>を見たのか?」ということになるのだが、ま、このあたりもヘンリー・ジェイムズの「罠」でもあるだろう。

 ラスト、ヒロインはマイルズに男の亡霊であるクイントの存在を認めさせようとし、「クイントになどあなたを渡さない」と胸にマイルズを抱きしめる。ついにヒロインはみずからの望んだ結果を得るのだが、その瞬間にヒロインは「正気」に戻ったのか、自分の行為がマイルズに大きな「喪失」を与えたことを知る。そんなマイルズを「正気に戻そう」とするのがヒロインの最後の行為と読める。
 この部分のヒロインの内面の動きというのは、たしかに読むものに心理的恐怖を呼び起こす「驚愕」のラストなのだけれども、映画版を考えて、このヒロインの内面を視覚化することは、まず無理だろう。そこで映画版は、マイルズに亡霊の名「クイント」を必死にいわせようとすることをクライマックスに置いていた。これはひとつの解釈として、「悪魔に取り憑かれたものが、その悪魔の名前を声に出すことで悪魔から逃れ得る」という「悪魔祓い(エクソシスム)」として物語を回収するわけで、この作品に「悪魔祓いの失敗の悲劇」という読み方を与えるもので、原作の「すべてを(マイルズをも)支配したい」というヒロインのオブセッションの悲劇、とはまた違ったテイストになっている。このあたりは映画版の脚色の優れたところで、これはトルーマン・カポーティによるものなのだろうか。

 さて、普通に読めばこのストーリー、ヒロインの女家庭教師は家庭教師として取り返しのつかない失策を犯し、(今の感覚では)この事件の後にさらに「家庭教師」を継続することなど考えられないようにも思うのだが、この本の冒頭に登場するダグラスという人物(ヒロインのことを知っていて、この本の「本文」であるヒロインの手記を「書き写した」人物)は、ヒロインを魅力的な人物として語り、ダグラスの妹の家庭教師をしていたという。これは通常に考えればこの本に書かれた「事件」の後のことで、ヒロインはこの事件で考えられる「挫折」を乗り越えて(?)、家庭教師を継続していたことになる。‥‥はたして、このことは事実なのか? ダグラスは事実を語っているのか? ということが、この作品のもうひとつの「トリック」ということにもなるのかもしれない。

 さいごにこの文庫本の末尾の、訳者ではない松本朗(まつもとほがら)という人の書いた「解説」について書いておきたいのだけれども、この方はこの原作と映画版の脚色とを混同しておられ、ヒロインを映画版のような「嫁ぎ遅れ(スピンスター)」として解説されている。これは大きな、大きなまちがいであるだろう。先に書いたように、この作品は「若い意気盛んな女性が世界を支配しようとして失敗した」ものではないか、というのがわたしの読み方である。このわたしの読み方が正しいかどうかはともかく、解説で書かれた読み方には違和感がある。
 同時に、この解説はヒロインとグロース夫人やフローラとの接触に「同性愛の可能性」を示唆しているのだけれども、むむ、それはわたしが読んだかぎりでは「あり得ない」。ヒロインは屋敷の先任者のグロース夫人を越えて屋敷を支配しようという野望を持っているわけで、グロース夫人はヒロインが自分の下に屈服させるべきライヴァルであり、どこまでも、自分が彼女に対してどのようにして「優位」に立てるか、ということしか考えていないように思う。妹のフローラはおそらく単に「邪魔者」で、ヒロインはマイルズとこそ、「屋敷でふたりっきり」になりたいと思っている。映画版でも、マイルズがいかにヒロインを魅了したかが蠱惑的に描かれていたが、この原作本でも、マイルズの魅力がヒロインを惹き寄せていたことはしっかり読み取れる。

 ある面で「ゴシック・ホラー」のパロディ的な視点も感じさせる作品だけれども、その心理描写の妙で、数多のゴシック・ホラー作品よりも著名となり、逆に「ゴシック・ホラー入門書」的な立ち位置になったであろうこの本、たしかに(いろいろな読み方が出来るということでも)めっちゃ面白い。ウチには探せば別のヘンリー・ジェイムズの本が転がっているはずだ。彼の作品は(時間が許せば)もっと読んでみたい。

 

 

[]「ゆれる人魚」アグニェシュカ・スモチンスカ:監督 「ゆれる人魚」アグニェシュカ・スモチンスカ:監督を含むブックマーク

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 「ポーランド映画」ということだけでも楽しみだった、人魚伝説を題材としたファンタジー映画。観てみると、思ったよりもシンプルなストーリー展開ではあった。どうもアンデルセンの「人魚姫」を下敷きにしているような設定だけれども、アンデルセンでは「人間の足を与えられる代わりに声を失う」というのではなく、ここでは逆にライヴハウスで「歌手」として人気を得る。人魚はひとりではなく、ゴールデンとシルヴァーという姉妹で、彼女らがなぜ人間世界に姿をあらわしたのかなどはまるでわからない。とつぜんにライヴバーの事務室に登場し、すぐにライヴバーの人気者になる。映画はほとんど「ミュージカル」仕立てというか、彼女たち姉妹の歌が大々的にフィーチャーされる。

 実はこの映画の人魚の本性は獰猛で、人間の心臓を食べるのである。どうやら水分が乾燥すると勝手に「人間の足」になるようで、水に浸ると人魚として、下半身が「うなぎ」のような姿に戻る。

 もう想像がつくように、人魚姉妹のひとりが人間の男(バンドのベーシスト)に恋をしてしまい、彼の愛を得たいと思い、下半身をすげかえて人間になろうとする(この手術がすっごいダイレクト!)。彼の愛を得られなければ彼女は「泡」と消えてしまうのだが、その前に彼の心臓を食べれば救われる。もうラストの想像もつくだろう。それで、もう一方の人魚はけっこう「ワイルド」な人魚の本性をあらわすような存在で、この姉妹の対比はいい感じ。

 R15指定という、「大人向け」ファンタジーとしての面白さはあったし、ヴィジュアル的に惹かれるところもあった。この、ヌルヌルした感覚の生臭そうな「人魚」像は、これはこれとして、「シェイプ・オブ・ウォーター」の「半魚人」を補完するものだった?


 

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■ 2018-04-26(Thu) このエントリーを含むブックマーク

 昨日の午前中は、激しい雨だった。わたしが出勤するときにはそんなに風も強くはなかったけれども、普通の人が出勤するような時間、8時とか9時頃には雨も風も強くなっていた。皆さん大変だったことだろうと思う。そんな雨も、わたしが仕事を終えて自宅駅に戻ったときには、もう止んでいた。これからの天気予報をみると、一週間ごとに天候がくずれて雨になったりするみたい。春というのはそういう季節なのだろうと思う。今日はおだやかな晴天だった。

 冷蔵庫の野菜のストックが増えてしまっていて、まずはジャガイモが山ほどある。北極探検も出来そうなぐらいの量(というのはもちろんウソ)。タマネギもこれまたいっぱいあるし、ニンジンのストックも多い(あと、先日買った白菜もいっぱいある)。タマネギは放ったらかしていてもけっこう保存が効くのだけれども、ジャガイモは芽が生えてきてよろしくない。ニンジンも、あんまり放置するとしなびてしまう。これらの食材を一気に消費するには、「肉じゃが」とか「カレー」とか「トマトシチュー」とかあるのだけれども、やはりどんだけ野菜をぶち込んでも味のくずれない「トマトシチュー」がいいよねと、一昨日にトマトシチューをつくろうとしたのだけれども、肉を取り出そうと冷凍庫を開けると、もうずいぶん前に買ったまま、ほとんど霊気の失せてしまった「サバのみりん干し」が「オレもいいかげんに食べてくれよ〜」と主張するわけで、この日はその「サバのみりん干し」を、レンジのトースト機能で二回焼いて食べてやった。‥‥ふむ、なかなかにおいしかった。
 それで昨日は、「今回こそは<トマトシチュー>をつくろう」と、雨もやんで青空の出たスーパーへの道を歩き、中にぶっ込む牛肉を買ったのだが、生まれて初めて、牛肉のでっかい<ブロック>を買ったのである。この日つくるトマトシチューにそのブロックの半分ほど使って、残りはまた冷凍保存したのだけれども、そのトマトシチュー全体で、半分以上のコストはその牛肉のために費やされたわけである。
 つくり慣れた「トマトシチュー」、今日は仕上げに、前に買って使い道もないままに冷蔵庫の中で死にかけていた「サンドライドトマト」もぶち込んでみた。‥‥サンドライドトマトというのは、つまりはトマトのオイル漬けなわけで、そんなトマト味のしみたオイルもシチューに拡がって、かなり極上の味になってしまった。
 「トマトシチュー」、おいしいんだけれどもね、ニェネントくんはトマト味というのが好きではないので食べようとしない。残念だね。

 一昨日書いた(翻訳した)Pentangleの"Lord Franklin"。あとで読むと、コレって「詩」としてはあまり面白いものでもなかったな、と思う。冒頭の語り手の「わたし」とは、つまり「フランクリン夫人」なのか?とかよくわからないし、つまり主語(視点)がふらふらと移動する。「もっと面白い<バラッド>も、Pentangleは取り上げていたのにな」と思い、今日はそのPentangleが彼らのファースト・アルバムで取り上げていた"Bruton Town"という曲を紹介したいと思うのです。その前に、そもそもが<Pentangle>というバンドについて、何も紹介していなかったので、ここにWikipediaからのリンクを掲載しておきます。

 Pentangle

 この"Bruton Town"の収録された"The Pentangle"というアルバムは、1968年にリリースされたもので、おそらくはわたしはこのアルバムで初めて、<バラッド>というものを聴いたのだと思う。この曲は<Child Ballad>ではないけれども、まさに殺人事件を唄った<Murder Ballad>として知られたバラッドで、"Bramble Briar"としても知られている曲。ここではBert JanschとJacqui McSheeとのヴォーカル・デュオ、そしてBertとJohn Renbournとのギター・デュオとの素晴らしいアンサンブルが聴かれます。

  D

In Bruton town there lived a farmer Who had two sons and one daughter dear
By day and night they were contriving To fill their parents' heart with fear

ブルトンの町に農夫が住んでいた。そこには二人の息子と一人の娘とがいた。
日ごと夜ごと、彼らは両親の心配のタネではあった。

He told his secrets to no other But unto her brother this he said:
'I think our servant courts our sister I think they has a great mind to wed
I'll put an end to all their courtship I'll send him silent to his grave.'

彼は誰にも語らなかった秘密を、兄弟に話した。
「オレたちの召使は妹と付き合っているらしい。彼らは結婚するつもりみたいだ
オレはあいつらの交際を終わらせたい。彼を墓に送り込んで黙らせたいのだ」

They asked him to go a-hunting Without any fear or strife
And these two bold and wicked villains They took away this young man's life

兄弟は召使に、恐れも疑惑も起こさせずに狩りに行こうと誘った。
そして彼ら二人の無法で邪悪な悪党は、この若い男の命を奪ったのだった。

And in the ditch there was no water Where only bush and briars grew
They could not hide the blood of slaughter So in the ditch his body they threw

そして薮と茨の生い茂っただけの、水の干上がった溝、
彼らは殺人者の血を隠すことはできず、その溝に死体を捨てたのだった。

When they returned home from hunting She asked for her servant-man
"I ask because I see you whisper So brothers tell me if you can."

彼らが狩りから家に戻ったとき、彼女は召使のことを聴くのだった。
「わたしが聴くのはあなたたちがこっそり話すのを見たからよ。お兄さん、出来るなら話してちょうだい」

"O sister, you do offend me Because you so examine me
We've lost him where we've been a-hunting No more of him we could not see."

「おお、妹よ、お前はわたしを試して怒らせるのか?
オレたちは狩りをしている最中に彼を見失った。そのあとの彼のことは知りはしないのだ」

As she lay dreaming on her pillow She thought she saw her heart's delight;
By her bed side as she lay weeping He was dressed all in his bloody coat

彼女が枕に横たわり夢見ていたとき、彼女は心の喜びの人を見たと思った。
彼女の涙する寝床の横で、彼は血まみれの上着で立っていた。

"Don't weep for me, my dearest jewel Don't weep for me nor care nor pine
For your two brothers killed me so cruel In such a place you may me find."

「泣かないでくれ、我が最愛の宝石よ。わたしのために泣かないでくれ。
あなたの二人の兄弟がわたしを残酷に殺したのだ。あなたはきっとあの場所でわたしを見つけるだろう」

As she rose early the very next morning With heavy sigh and bitter groan
The only love that she admired She found in the ditch where he was thrown

翌日、彼女は重いため息と苦い哀しみとともに目覚め、
彼女の崇拝するただひとりの恋人を、彼の捨てられた溝に見つけたのだった。

Three days and nights she did sit by him And her poor heart was filled with woe
Till cruel hunger crept upon her And home she was obliged to go

三つの昼とと三つの夜のあいだ、彼女は彼の遺体のそばにすわり、彼女の哀れな心は悲嘆に包まれた。
しかし残酷な餓えが彼女に忍び寄り、やむをえず彼女を帰路に着かせるのだった。

 

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■ 2018-04-25(Wed)

 森友学園加計学園問題もまったく解決しないまま、「無視して突っ走ろう」としている安倍政権だけれども、今は財務省の事務次官が、取材の女性記者にとんでもないセクハラ発言を繰り返していたことが問題になっている。ここであの「マフィア」な麻生財務大臣が、「はめられたのではないのか」などと言い出し、「いったいこの国はどうなっているんだ」という感覚が、いっそう増している。この国でいかに女性の地位が貶められていることか、これは「世界最低レベル」なわけであって、自分が「日本」という国に住んでいるということが、ほんとうにほんとうに恥ずかしくなってしまう。安倍政権としてはもう、「女性の地位の向上」などということは、ハナっから問題にしてはいないのだ。それが21世紀の日本なのだ。先日もテレビで、「さまざまな分野で、いかに日本の女性の地位が低いことか」ということをレポートしていた。たしかにその通りなのだろう。

 ‥‥しかし、わたしの周囲を見回してみると、それはつまり「美術」であったり「演劇」であったり「ダンス」であったり、さらに「音楽」であったりするのだけれども、女の人はとっても活躍してくれていると思う。それでそういう人たちはほぼすべて、今の日本のそんな「政策」の恩恵をこうむってのことではなく、むしろ皆、今の(というか、ずっと長く続いている)自民党政権に"No!"といっている人たちである。
 わたしは、こういうことを"Alternative"というのだと思う。そしてわたしはずっと永く、そんな"Alternative"な世界を目指してきたものだった。そもそも、わたしの催した"crosstalk"は、そのスタート時点では"Alternative Unity"などとネーミングしていたのだ。今でもなお、"Alternative"という概念は有効ではあるだろう。わたしもそんな精神を忘れないように、これからもいろんなことを乗り切って行きたい。そう思っている。

 そんな"Alternative"な精神のよりどころでもあるだろう、ピンチョンの「LAヴァイス」を読み終えた。感想を今日書けるかどうかわからないけれども、正直言ってピンチョンの作品ではいちばんつまらなかった。

 その「LAヴァイス」では、1970年という時制での「ヒッピー文化」の終焉ということもバックにあるのだけれども、そういうことに関連して今わたしがやりたいこと、そのために「英和辞典」まで買ったのだ、というのが、そんなヒッピー文化の中で活動したイギリスのバンド、Incredible String Bandのことを徹底して調べてみたい、ということがある。そのために注文していた洋書、"The Music of The Incredible String Band"という本が、今日到着した。

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 ‥‥むむ、思っていたよりチンケな本で、100ページほどの「小冊子」という体裁。あくまでも彼らの「音楽」をメインとして書かれた本で、彼らの12枚(数え方によっては13枚)のアルバムごとに書かれた本。パラパラとめくってみて、「おお、そうだったのか!」みたいな記述もあったのだけれども、そういうことはもうちょっとあとになって書こうかと思う。というか、実は別にもう一冊彼らについて書かれた洋書も注文していて、それが来週ぐらいに到着する予定で、合わせて読んでみたい(まだ、Amazon.comで検索するとそれ以外の本も見つかって、それらを買おうかどうしようか迷っているところ)。

 とにかくは、このIncredible String Bandというバンド、おそらくはわたしがいちばん夢中になったバンドでもあり、そんな彼ら、彼女らについて改めて考察し、書いてみようとすることは、ある意味でわたしの「ライフワーク」というような言い方をしてもいいと思う。彼ら、彼女らもまた、"Alternative"だったのではないだろうか? I think so.


 

[]「LAヴァイス」トマス・ピンチョン:著 栩木玲子・佐藤良明:訳   「LAヴァイス」トマス・ピンチョン:著 栩木玲子・佐藤良明:訳  を含むブックマーク

 時は1970年のロサンゼルス。ヒッピー崩れで私立探偵をやっているドックのところに、元彼女のシャスタがやって来て、今の彼氏を救ってほしいという。ドックのイメージの中ではシャスタはCountry Joe & The FishのTシャツにビキニのボトムというスタイルなのだけれども、目の前の彼女はスクエアないでたちだ。‥‥フム、Country Joe & The FishのTシャツとな? こんなのか? いや、コレは色気がないな。

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 とにかくは、この書き出しはサイコーだ! 別の女のコはFrank ZappaのTシャツだ。こういうのだといいが、こういうフルカラープリントのTシャツは1970年当時にはあり得ない。

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 では主人公のドックは何を着るのよ?っていうと、わたしの好きだったPearls Before SwineのTシャツだという。これもこういうのをリクエストしたいが、やはりあり得ない。

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 ‥‥っちゅうか、そういうサブカルチャーネタでは山ほど楽しめて、特に音楽ネタは「み〜んな知ってるよ!」って感じはあったのだけれども、でもでも、一編の小説としては、今までのピンチョンの作品の面白さはかなり希薄だというしかない。
 ひとつには、その小説の視点が、主人公のドックからまったく動かないということもあるだろうか? すべての出来事がすべてドックの視点から通して見られて語られるわけで、そういう行き方は既存のハードボイルド探偵小説をなぞるものだろう。

 もちろん、1970年のさまざまなムーヴメントの背後に体制の動きがあり、そこに人々が利用され翻弄される構造というのはわかるのだけれども、チャールズ・マンソンのファミリーによる「ヒッピー共同体幻想」の終焉という背景など、もうそれから50年も経ってしまうと、さすがに「知らないわけじゃない」ということになる。

 これまでの作品にあった「めくるめく展開」というか、「いったい誰が主人公なんだっけ?」みたいな、読んでいての「あらら、わからなくなっちゃった」的な「Dazed and Hypnotized」感が薄いのが悲しい。とりあえず。

 

 

 

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■ 2018-04-24(Tue) このエントリーを含むブックマーク

 ピンチョンの「LAヴァイス」はあとひと息。明日には読み終わるだろう。それで急に、ピンチョンの本のことで思い出したのだけれども、前に読んだ「逆光」だったと思うけれども、中に「フランクリン遠征隊」のことがちょっと書かれていて、そのときに「フランクリン遠征隊って、Pentangleが"Lord Franklin"という曲で歌っていたのではないか?」と思い当たり、その「フランクリン遠征」のことをネットで調べたら「まさに!」というわけだった。
 先日Fairport Conventionの"Matty Groves"という曲のことを書いたわけだけれども、このPentangleもまた、イギリスのフォーク・ユニット(ジャズ的要素も強い)として、多くの伝承曲、バラッドを取り上げたバンドだった。この"Lord Franklin"は、Pentangleの4枚目のアルバム"Cruel Sister"(1970)に収録されていた曲で、このアルバムはそのFairport Conventionの"Liege & Lief"に触発されてつくられたアルバムということで、収録された5曲がすべてトラディショナル・ナンバーなのだった。
 それでわたしもしばらくはこの"Lord Franklin"も、トラディショナル楽曲として古い歴史を持つものと思っていたのだけれども、実のところ、この曲は先に書いた「フランクリン遠征」を受けてつくられた比較的新しい曲で、1850年ぐらいの曲なのだろうか。そもそもは"Lady Franklin's Lament"として知られた曲で、そのフランクリン夫人は当時北極海で行方知れずになった夫を捜索するため、多額の出資をしたわけだった。

 人の「冒険心」というものには限りないものがあり、どうやらこの19世紀には「北極点到達」ということも大きな「冒険」に数えられていたようだけれども、特にこのフランクリン遠征隊は「北極点到達」を目指したわけではなく、あくまでも「北極海探検」ということで、ヨーロッパとアジアを結ぶ最短航路を探索しようとしたもの。じっさいに人が北極点に到達したのは20世紀に入ってからのことのようで、これは意外にも、1911年のアムンセンの「南極点到達」よりもあとのことになる。

 「冒険」というものは、成功すれば「英雄」扱いされるのだけれども、失敗したときの「悲惨さ」というものは、「人間の営み」ということを考えるとき、貴重な考察資料になるようだ。そんな中で、この「フランクリン遠征」の遭難、そして、のちの「スコット隊南極遠征」の遭難の悲惨さというものには、まさにことばを失うものがある。これらの「事件」については、(ちょっと長いけれども)Wikipediaに詳しく書かれているので、興味のある方はこちらを参照していただきたい。ちなみに、ロンドンには、このフランクリン卿とロバート・スコットの銅像が並んで立っているらしいのだが。

 フランクリン遠征
 スコットのテラノバ遠征

 実は、その「フランクリン遠征」を英語で"Franklin's expedition"と画像検索してみると、1980年代の探索で発見された遠征隊員の「遺体」の写真をみることができる。極寒地に葬られていた遺体はまるで腐敗しておらず、その眼の「瞳」までしっかりと残されている。「グロテスク」と感じる人もいるだろうが、わたしにはとてつもなく「美しい」死体だと思えた。‥‥リンクは差し控えておきますが。

 話題をもどして、そのPentangleによる"Lord Franklin"の歌のことだけれども、この歌はSinéad O'Connor、そしてMartin Carthyなどによっても歌われている。

 また<英語の勉強>で翻訳してみるけれども(すいません、わたしの英語の勉強ばかりが続いて)、実は途中で、ちょっとわからないところもありますです。

It was homeward bound one night on the deep. Swinging in my hammock I fell asleep.
I dreamed a dream and I thought it true. Concerning Franklin and his gallant crew.

それは帰路へのある深い夜のこと。わたしのハンモックに揺られながらわたしは眠っていた。
わたしは夢をみたが、それは事実だと思えた。フランクリンと彼の勇猛な乗組員の夢。

With one hundred seamen he sailed away. To the frozen ocean in the month of May.
To seek that passage around the pole. Where we poor seamen do sometimes go.

百人の船乗りと共に、五月に彼は凍りついた海へと船出した。
我ら哀れな船乗りも行こうとした、極地をめぐる航路をさぐるため。

Through cruel hardships they mainly strove. Their ship on mountains of ice was drove.
Only the Eskimo in his skin canoe. Was the only one who ever came thr.

彼らは厳しい苦難に立ち向かい、彼らの船は氷山を分けて進む。
ただ、革張りのカヌーに乗るエスキモーだけが通る航路を。

In Baffin’s bay where the whale fish blow. The fate of Franklin no ma may know.
The fate of Franklin no tongue can tell. Lord Franklin along with his sailors do dwell.

鯨が潮を吹くバフィン・ベイ。フランクリンの運命を知るものはない。
フランクリンの末路を語ることを出来るものはない。フランクリン卿は彼の船乗りと共にある。

And now my burden it gives me pain. For my long lost Franklin I’d cross the main.
Ten thousand pounds I would freely give. To say on earth that my Franklin do live.

そして今、つらい責務がわたしにはある。永く行方のわからないフランクリンのため、わたしは大海原も越えるだろう。
一万ポンドでもわたしは与えよう。わたしのフランクリンがこの地上に生きていると言えるなら。

 ‥‥あ、忘れてた! その、Pentangleによる"Lord Franklin"を。当時の「フランクリン遠征」の絵画などもフィーチャーされてます。

  D

 

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■ 2018-04-23(Mon) このエントリーを含むブックマーク

 昨夜テレビを漠然と見ていて、チャンネルを「Eテレ」に合わせていたら、「クラシック音楽館」という番組になり、武満徹の「ノスタルジア〜アンドレイ・タルコフスキーの追憶に」と「遠い呼び声の彼方に!」を演っていた。NHK交響楽団の定期演奏会の録画で、指揮はパーヴォ・ヤルヴィという人(まるで知らない)で、諏訪内晶子のヴァイオリンがフィーチャーされていた。
 わたしは特に武満徹のファンというわけでもなく、彼の曲をマジメに聴いた記憶もないのだけれども、この夜聴いた彼の音楽はとてもよかった。そしてとりわけ、諏訪内晶子さんのヴァイオリンの音色に魅せられてしまった。しばらくは聴き惚れ、そして諏訪内さんの美貌にも見とれ、またクラシックのコンサートを聴きに行きたくもなってしまった。‥‥でもやはり、聴くのは二十世紀の音楽がいいな。

 今日は朝から、春らしい陽気のいい天候だった。仕事を終えて家の近くに来たとき、前にニェッタが住処にしていた廃車に、ニェッタではない別のネコが入り込んでいるのが目にとまった。

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 この茶色のネコはこのあたりに同じ柄で何匹か居て、どれがどれだかよくわからないのだけれども、以前からこのあたりにいたネコだと思う。ネコたちにだって縄張りはあるだろうから、この廃車がニェッタの住処だということはネコの世界でも知られていたんじゃないかとは思うのだが、こうやって別のネコがそのニェッタの住処に入り込んでいるというのは、ネコたちも「もうニェッタはいない」と認識したからではないだろうか。
 わたしも、今日こうやって別のネコがニェッタの住まいにいるのを見て、「ああ、やっぱりニェッタはダメだったんだ」と思ってしまった。ニェッタのことは、さいしょは「不細工なネコだな」と思ってしまったのだけれども、それからだんだんと、だんだんとニェッタのことが好きになってきたところだっただけに、とっても残念だし、とっても悲しい。

 ニェネントは発情期で、わたしのそばに寄ってくる。「もう暖かくなってきたから下毛もいっぱい抜けるだろうね」とブラシをかけてやると、抜けること抜けること、まったくキリがない。ニェネントはブラッシングが気もちいいのだろう。わたしのなすがままにおとなしく横になっている。っていうか、こうやって写真を撮ってみると、何だか前足と首、そして頭との関係が何だか変だ。妖怪というか「化け猫」みたいなんじゃないかい?

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 今日はいろんなことは「お休み」の日にした。やりたいことがいろいろと出来てきたところだけれども、明日からにしよう。


 

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■ 2018-04-22(Sun) このエントリーを含むブックマーク

 今日になってこの日記で調べてみると、昨日行った「早稲田小劇場どらま館」というスポット、三年前の十月に行ったことがあるのだった。そのとき観た、伊藤キムも出演した劇のことはいくらか記憶にあるのだけれども、この劇場のことはすっかり記憶から抜け落ちている。ま、今のわたしにはひんぱんにあることですけれどもね。

 さて、昨日のことになるけれども、その昨日4月21日は、イギリスのフォークの歌姫、Sandy Dennyの40回忌の日だった。こういう音楽ネタを書くこともあまりないことだと思うけれども、ちょっと書いておきたいこと、思い出すことなどがいろいろとある。
 (まずは、サンディ・デニーのことはこちらを参照。英語版はこちら。)

 実は昨日の朝のピーター・バラカン氏の「ウイークエンド サンシャイン」は、そのSandy Dennyの特集で、その特集のことを前に知っていたわたしはリクエストを出していたのだけれども、それが昨日取り上げてもらい、リクエストを読んでリクエスト曲をかけてもらった。わたしのリクエストを取り上げていただくのは今回が初めてなわけではなく、前にもそのことで書いたりしているのだけれども、今回はわたしのむかしむかしの思い出もからんでいることだし、ここに書いておきたいという気になった。だって、いつ、このときの記憶まで消えてしまうことになるか、わからないではないか。

 そのリクエストで出した文面は残念ながら残っていないのだけれども、思い出して、ちょっとはしょりながらもういちど書いてみよう。

 しばらく前に友人らと音楽の話をしていたとき、わたしが「Sandy Dennyが来日したとき‥‥」と話をすると、「えっ? Sandy Dennyって来日していたの?」とおどろいた友人がいた。そう、1974年のこと、Fairport Conventionがただ一度来日公演をしたとき、Sandyはゲストとしてステージに上がったのだった。わたしはしっかりと体験をした。水色のドレスに白い羽根飾りでステージに登場したSandyは、その思いがけぬフォーマルな装い、そして思いがけずボリュームのある身体でわたしをおどろかせてくれた。その頃まだFairport Conventionを聴き始めたばかりだったわたしには知らない曲も多かったけれども、Sandyが「これはとっても悲しい曲なのよ」と語って歌ってくれた「Matty Groves」のことはしっかり憶えている。
 そのコンサートのエンディングで、舞台裏に引っ込もうとしたSandyが、まとった羽根飾りから外れて宙に舞っていた一枚の羽根を手のひらに受けて、息を吹きかけて客席の方に「ふっ」と飛ばしてからステージを去ったこと、いまでもよく憶えている。

 ここで、その「Matty Groves」という曲について書こうと思うのだけれども、これはイギリスの古い伝承歌で「Ballad(バラッド)」と呼ばれる物語歌で、17世紀から歌われているこの曲には多くのヴァリエーションがあるのだが、19世紀に入ってアメリカ人のFrancis James Child(フランシス・ジェイムズ・チャイルド)という学者が「The English and Scottish Popular Ballads」として多くのイギリス、スコットランドのバラッドを収集して出版し、ここの収められたバラッドは「チャイルド・バラッド」として有名になる。もちろんFairport Convention以外にも多くのミュージシャンがレコーディングしていて、Martin Carthyも「Little Musgrave and Lady Barnard」というタイトルで歌っている。
 その曲の内容だけれども、Balladには「Murder Ballad」と呼ばれる、犯罪がらみの血なまぐさいものも多くあり、わたしはこの「Matty Groves」も人の血が流されるわけだから「Murder Ballad」のひとつなのかと思っていたのだけれども、どうも今調べてみるとそうではないらしい。きっとこの曲で歌われる「殺人」は、正当な理由があるわけで、「犯罪」にはあたらないから「Murder Ballad」には含まない、ということなのだろうか。

 はたして、この曲で歌われるのはどんな内容なのだろう。せっかく手元に英和辞典もあることだし、今日はこの曲(ちょっと長い)の下手な翻訳をやっておしまいにしましょう。

 その「Matty Groves」の曲はこちら。

      D

A holiday, a holiday, and the first one of the year
Lord Donald's wife came into the church, the gospel for to hear
And when the meeting it was done, she cast her eyes about
And there she saw little Matty Groves, walking in the crowd

祭り、祭り、年でさいしょの祭りの日。ドナルド卿の妻は教会に教えを聴きに行った。
集会が終わったとき、彼女はまわりを見渡して、そこに若いマティ・グローヴスが人々の中を歩いているのを見た。

"Come home with me, little Matty Groves, come home with me tonight
Come home with me, little Matty Groves, and sleep with me till light"
"Oh, I can't come home, I won't come home and sleep with you tonight
By the rings on your fingers I can tell you are Lord Donald's wife"
"But if I am Lord Donald's wife, Lord Donald's not at home
He is out in the far cornfields bringing the yearlings home"

「わたしといっしょにうちにおいで、かわいいマティ・グローヴス。今夜わたしといっしょに。わたしといっしょにうちにおいで、かわいいマティ・グローヴス、明るくなるまでわたしと寝ておくれ」
「おお、わたしはおうちへ行けません。おうちへ行ってあなたと寝たりいたしません。あなたの指の指輪から、あなたはドナルド卿の奥さんだとわかりますから」
「でも、わたしがドナルド卿の妻だとしても、ドナルド卿はうちにはいないわ。彼は遠い領地に行っていて、年貢を取り集めて来るのよ」

And a servant who was standing by and hearing what was said
He swore Lord Donald he would know before the sun would set
And in his hurry to carry the news, he bent his breast and ran
And when he came to the broad millstream, he took off his shoes and he swam

しかしそのそばには召使がいて、何が話されたのか聞いていた。彼はドナルド卿にこのことを、日の暮れるまでに知らせることを誓うのだ。
そしてその知らせを急いで届ける。胸を低くして走るのだ。広い水車の流れに来たときは、靴を脱いで泳ぎもした。

Little Matty Groves, he lay down and took a little sleep
When he awoke, Lord Donald was standing at his feet
Saying "How do you like my feather bed and how do you like my sheets
How do you like my lady who lies in your arms asleep? "
"Oh, well I like your feather bed and well I like your sheets
But better I like your lady gay who lies in my arms asleep"
"Well, get up, get up," Lord Donald cried, "get up as quick as you can
It'll never be said in fair England that I slew a naked man"

若いマティ・グローヴスは、横たわって少し眠った。彼が目覚めたとき、ドナルド卿が彼の足元に立っていた。
「わしの羽根のベッドは気に入ったかな? わしのシーツは気に入ったかな? おまえの腕で眠るわしの妻が気に入ったかな?」と。
「おお、わたしはあなたの羽根ベッドがとても気に入りました。そしてあなたのシーツもとても気に入りました。でもそれ以上に、わたしの腕で眠る、あなたのきらびやかな奥さんこそが気に入りました」
「むむ、起きろ! 起きろ!」ドナルド卿は叫んだ。「早く、すぐさま起きるのだ! この公正な英国で、わたしが裸の男を殺したとは、決して人に言わせんぞ」

"Oh, I can't get up, I won't get up, I can't get up for my life
For you have two long beaten swords and I not a pocket knife"
"Well it's true I have two beaten swords and they cost me deep in the purse
But you will have the better of them and I will have the worse
And you will strike the very first blow and strike it like a man
I will strike the very next blow and I'll kill you if I can"

「おお、わたしは起きられません! 起きません! 命に賭けて起きられません! だってあなたは二本の長い、鍛えられた剣を持っていらっしゃり、わたしはポケットにナイフすら持っていません」
「むむ、たしかにわしは二本の鍛えた剣を持っていて、それは高価なものだったわ。だがお前はその、いい方の剣を取れ。わしは悪い方にする」
「おまえが先に一振りをせよ。男らしく打つのだ。わしはそのあとに振ろう。そして出来ればおまえを殺すだろう」

So Matty struck the very first blow and he hurt Lord Donald sore
Lord Donald struck the very next blow and Matty struck no more
And then Lord Donald, he took his wife and he sat her on his knee
Saying "Who do you like the best of us, Matty Groves or me?"
And then up spoke his own dear wife, never heard to speak so free
"I'd rather a kiss from dead Matty's lips than you or your finery"

それでマティが最初に剣を振り、ドナルド卿を痛く傷つけた。ドナルド卿が次に剣を振り、そしてマティはもう剣を振ることはなかった。
そのあとにドナルド卿は妻の手を取り、自分のひざに座らせた。言うには「おまえはわしとマティ・グローヴスと、どちらがいちばん好きなのだ?」
そして彼の愛する妻は立ち、それまで決してなかったごとくに解き放たれて「わたしはあなたやあなたの虚飾より、死んだマティのくちびるにこそキスをします」と。

Lord Donald he jumped up and loudly he did bawl
He struck his wife right through the heart and pinned her against the wall
"A grave, a grave," Lord Donald cried, "to put these lovers in
But bury my lady at the top for she was of noble kin"

ドナルド卿、彼は飛び上がりどなり、彼の妻の心臓に剣を突き立て、うしろの壁に突き留めたのだった。
「墓だ、墓だ」ドナルド卿が叫んだ。「この恋人たちを葬るのだ」
「だが、わが妻を上に埋めるのだぞ。彼女は貴族だったから」


 

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■ 2018-04-21(Sat)

 土曜日。今日はまた<演劇>を観に行く。ま、先日の「水族館劇場」は<演劇>というより、(卑下するのではなく)<芝居>といったほうがいいような雰囲気だったけれども、今日は<小劇場演劇>。場所も「早稲田小劇場どらま館」というところで、過去に行った記憶はないのだけれども、いかにも小さな劇場という感じ。演るのは前に何度か観た「Q」という劇団というかユニットというか、作・演出の市原佐都子という人のプロジェクト。
 開演は午後三時からで、家で昼食にまた「焼きそば」をつくって(今日は「塩焼きそば」にした)食べてから出発。早稲田への経路はいつもの勤務先へ行くのと同じなわけで、「あららら、今日も出勤かいな」という雰囲気。ただ、今日もやはり「本を読もう」と読んでいるピンチョンを持って出たのだけれども、電車の中ですぐに眠くなってしまい、車内ではほとんど寝てしまった。

 地下鉄早稲田駅到着。やはり周囲の風景にまるで見覚えはない。ちょっと早く着いたので、劇場へ行く道沿いにあった古本屋を覗いてみたけれども、文庫以外は本の配列も乱雑だし、店内にはそれこそ山となって古本が横積みにされていて、「なんだかな〜」という気になってしまうのだった。いっちゃアレだけれども、よくある量販古書販売チェーン店の方が、本への愛情があるみたいに感じた。

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 劇場に到着。入場してみるとやはり相当に小さな劇場で、五十人も入れば満員という感じ。ただ、舞台ステージは高くなっていて、どこの客席からも「観にくい」ということはないだろう(逆に、演者の足元は見えないから、ダンス公演とかには向いてないだろうか)。まわりのお客さんらは若い人がほとんどで、おじさんとしてはちょっと居心地が悪かったりして。

 終演後にアフタートークがあるということで、聴いてもよかったのだけれども、何だか終わったあとにいきおいでそのまま外に出てしまって、「じゃあ帰りましょうか」ということで帰路に(あとで考えたら、同じ早稲田には先日お会いしたAさんのやっていらっしゃる、室伏鴻さんのアーカイヴのカフェがあったわけで、そっちに寄ってみればよかったと、悔やむのだった)。

 しかしまだ時間も早く外も明るいし、陽気も暖かい(実は相当に暑い一日になったらしいのだけれども)。まっすぐ帰宅しても炊き置きのご飯もないし、「ちょっと寄り道して帰ろう」という気分。早稲田のあたりは学生街で、「おぢさんがひとりで一杯」というのも様にならないようで、「ここは、せっかく常磐線を利用していながらもいちども降りたことのない北千住に行ってみよう」という気になって、北千住駅で途中下車。

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 わたしは中学、高校と足立区に住んでいたので、レコードとかを買うのはいつも北千住だったし、そのあと学校を卒業してからも、駅前の北千住でいちばん大きかった本屋でアルバイトしていたこともある。さらにそのあと、二十年近く前には、ちょっとだけこの北千住で暮らしたこともあったのよ。その二十年前の記憶はまるで失せてしまって、いったいどのあたりに住んでいたのかも思い出せないくらい。逆に本屋でバイトしていた頃の記憶の方が鮮明なのだけれども、今の北千住でも、その頃の面影も多少は残っている。もうわたしのバイトしていた本屋などとっくになくなっているけれども、駅から西に伸びる大通りのアーケード、そしてその大通りから左右に分岐する通りなど、記憶が呼び戻される思いがした。
 それで今日は、「北千住ならココよ」という、居酒屋の「O」に行ってみることにした。前にも「O」には行ってみたいなと思っていて、地図で場所を確かめたこともあったので、迷わずに行くことができた。‥‥しかし、店にはシャッターが下りていて、今日と明日とは「お休み」との貼り紙がしてあった。

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 「しょうがないな〜、別の店にしようか」と、その「O」への道への途中に良さげな居酒屋もあったのだけれども、「ま、いいか」と、スーパーに立ち寄って「天ぷらの盛り合わせ」、「チャーハン」、「サラダ」のパックと焼酎とを買い、おウチでひとり晩酌することにした。
 帰宅してニェネントにネコ缶を出してあげ、わたしは買って来た「ごちそう」で夕食。ネコ缶を食べ終えたニェネントが「おっ、ダンナ、ひとりでおいしそうなの食べてんじゃないですか?」と寄って来るので、昨日の「かつおのたたき」の残りを出してあげ、天ぷらのカニの中身をほぐして、ちょっとだけ分けてあげた。しかしひとりで食べるには分量がいささか多すぎて、食べ終えるとおなかが苦しくなってしまったのだった。


 

[]Q「地底妖精」市原佐都子:劇作・演出 高田冬彦:美術・演出 @早稲田・早稲田小劇場どらま館 Q「地底妖精」市原佐都子:劇作・演出 高田冬彦:美術・演出 @早稲田・早稲田小劇場どらま館を含むブックマーク

 前に観たQの「妖精の問題」もほとんど「ひとり芝居」だったけれども、この「地底妖精」も、だいたいのところは永山由里恵(青年団)という女優さんの「ひとり芝居」。それはもう、「熱演」ではありました。

 その「妖精の問題」でも、舞台壁面一面に「紙おむつ」を貼り詰めた「美術」が印象に残ったのだけれども、今回は高田冬彦という、この人は主に映像作品をつくられてきた作家らしいのだけれども、彼が美術(実は地底に生える「芋」を舞台一面に吊るしたもの)を担当され、さらに演出にも参加されている。

 いちおうストーリーというか「設定」がありまして、ヒロインは都会の雑居ビルの地下に住む「妖精」なんだけれども、妖精とはいっても母の妖精が人間の男と交尾して生まれた妖精なので、「混血」というか、純粋の妖精ではない。だから妖精たちを自宅に招いてパーティーやっても、皆に「妖精」として認められない自分を意識してしまう。そんな彼女は、少女マンガ「マーマレード・ボーイ」の美少年、松浦遊に恋していて、「何とか彼と添い遂げられますように」と「おまじない」などを勉強してる。しかし彼の地下の住まいには、モグラ(客演)がたびたび訪れても来るわけで、このモグラくんはすぐれたマッサージ師でもあると。‥‥そして彼女の地底住居は崩壊し‥‥、みたいな?

 前に観た市原佐都子さんの作品と同じく、今回も男としては観ていて居心地の悪くなるような「女性の<性>(というよりは<生理>」の問題が前面に押し出されているわけで、もちろん大きな鼻を持つモグラは男性の性的象徴でもあって、かなりヤバいシーンも演じられながら、子供じみた「お人形遊び」(笑える)とか、お客さんをステージに上げての「客いじり」とか、まあエネルギッシュな舞台にはなるわけである。

 ストレートにわかりやすい<オブセッション>を取り上げながらも、<毒>を感じさせながらも混沌とした時間/空間を現出させるこの舞台、やはりこれは「蠱惑的」ともいえるのではないか、とは思うのでした。これからも、「ああ、Qの新作か〜、何か観たくないな〜、でも、やっぱり観に行っちゃうんだよね〜」みたいなことにはなりそうです。

 

 

 

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■ 2018-04-20(Fri)

 夜寝るとき、ニェネントがわたしの枕元にやって来るのが日課になっている。わたしの記憶ではこういうことは今までなかったことで、ちょっとわたしとニェネントとの関係が、ニェネントの中で変わってきたのだろうか。それとも、ニェネントが発情期のせいでの一時的なことなのだろうか。
 夜、「もう寝ようか」となって、わたしといっしょにリヴィングにいるかキッチンにいるかしているニェネントに「もう寝るよ」といって、和室のベッドに行き、ベッドに入ってしばらくは本を読もうとする。すると、いつもの「ングッ!」といううなり声とともに、ニェネントがわたしの頭の横にドサッと乗ってくる。「しょうがない、もう本は読めないな」と本を置き、ニェネントを「よく来たね〜」と胸の上に抱き上げ、背中や頭をなでてあげる。ニェネントはのどをゴロゴロとならすのだけれども、そのときのなき声は「うぇ〜ん」とか「ぐにゃ〜」とかって感じで、いわゆるネコたち一般の、「にゃんにゃん」というようなかわいらしいなき声ではないのである。それでしばらくニェネントはわたしの胸の上でまどろんで、フッとそばのキャットタワーに行ってしまう。ふん、こういうニェネントとの関係はいつまでつづくのだろう。きっと、もっと暑くなると、もうこんなことはしてくれなくなってしまうのだろうか。

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 気候はだんだんに暖かくなり、「暑い」というぐらい。今日は西日本では「真夏日(最高気温が30度を超える)」になったらしく、関東もそれで、半袖で外を歩けるぐらいの陽気になった。部屋にいても、「もうそろそろ扇風機とかエアコンの冷房とかに頼りたい」という気分になる。だらだらしながら「カーネーション」の再放送をみて、「夕食をどうしようか」と考え、炊き置きのご飯もないから近くの中華の店で食べようかとも思ったのだけれども、「いや、ここは節約モードで」と白米を一合炊くセットをして、スーパーで出来合いの惣菜(出来れば「お刺身」とか)を買おうと外に出た。北の方のスーパーは「m」は惣菜関係はあまりおいしくないし、「O」は今の時間だともうたいてい売り切れてしまっているかもしれないと、我孫子駅の方のスーパー「I」に行ってみた。でも、こっちの店も大したものは置いてなく、しょうがなく「かつおのたたき」とレバーの焼き鳥、それとおつまみと缶ビールとを買う。すると、「これでは中華の店で食事した方がずっと安上がりだったではないか」というレジ会計になってしまった。喜ぶのは「かつおのたたき」のおみやげのあるニェネントばかり。これは失敗だったな。

 先日届いた英和辞典だけれども、手元にしてみるとすぐに活用してみたくもなって、まだこの辞書を役立てようと思ってる本は届いてないのだけれども、ウチの本棚には、前から「原書で読んでみたい」と思っていたジャック・ケルアックの「On The Road」のペーパーバック版が収まっていて、「この際だからこの本を読み始めてみようか」という気もちにもなり、本棚から取り出してページをくくってみた。

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 「On The Road」の文章は、どちらかというと口語体に近いというか、ロックとかポピュラー音楽で英語を学んだといっていいわたしには、そこまでに辞書に頼らなければわからないという英語ではない。でも、たとえ辞書は使わなくっても、せっかくの機会だから読んでみよう(翻訳してみよう)という気になり、その冒頭の部分を少し訳してみた。
 わたしは以前から、この「On The Road」の主人公は自分のことを「オレ」として語るべきなのではないかと思っていたわけで、十年ほど前に青山南氏が新しく訳した「オン・ザ・ロード」でも、主人公は「ぼく」とされていたことに、ちょっとばかし不満はあった。それで、ロックの始源たるこの古典的名著を、まさにロック的文体(?)で訳してみたい気分にもなり、「やってみようか」ということになった。まずは冒頭の半ページほどを訳してみたけれども、ま、こんなペースでこの本を全部訳そうとすると一年はかかってしまうだろう。はたして、そんなことをやり通すなどとはあまり思えないのだけれども、「やってみようか」という気はあるのだ。

 オレがディーンにはじめて会ったのは、女房とオレが離婚したそんなにあとのことじゃない。オレはちょうどマジにビョーキってのを乗り越えたところで、そのことはあんまりしゃべりたくはないな。ただ、そんなミジメでうんざりする離婚騒ぎのせいで、オレはもう何もかもオシマイって感じだった。ディーン・モリアーティがやって来て、それで彼はオレの生活の一部になったというか、それをオレの「路上(オン・ザ・ロード)」といってもいいけれども、そういうことが始まったんだ。その前だって、オレはもっと西に行ってこの国を見てみたいとは思ってたよ。それはいつも漠然とした計画で、出発したこともないけれども。
 ディーンは「放浪」ということでは完璧なヤツで、なぜなら彼はじっさいに道の上で産まれたんだ。彼の両親が1926年にロスに行こうとして、ソルトレイクシティをおんぼろ車で通り抜けようとしたときのことだ。

 彼についての最初の情報はチャド・キングからのもので、チャドはニューメキシコの少年感化院から出された何通かの彼の手紙を見せてくれた。オレはその手紙にとてつもなく興味を持ったね。だってその手紙は、素朴にそしてかわいい感じで、チャドに、ニーチェについてとか、チャドの知ってるだろういろんなカッコいい知的なことがらについて教えてくれよ、と書いてあったんだ。そんなことでカーロとオレはその手紙について語り合い、その見知らぬディーン・モリアーティというヤツに会うことについて語り合ったものだ。


 

[]「啓示(Revelation)」フラナリー・オコナー:著 須山静夫:訳(「オコナー短編集」より) 「啓示(Revelation)」フラナリー・オコナー:著 須山静夫:訳(「オコナー短編集」より)を含むブックマーク

 この頃のオコナーの作品は登場人物ひとりの視点に立ち、その人物の内面も語りながらストーリーを進めて行くのだけれども、その人物の行動、思考には誤謬が含まれているわけで、そこに人間というものの「不完全さ」が書き表されることが多い。この短編集に収められた「黒んぼの人形」以降の作品は、皆そういう系統の作品かと思う。この「啓示」という作品でも、主人公のターピン夫人の視点からストーリーが進むけれども、この前半〜中盤の展開は納得しやすい。

 主人公のターピン夫人は夫と共に黒人を使って農園を経営しているのだけれども、夫のケガで病院を訪れてその狭い待合室にすわり、同じ待合室にいる人々を「値踏み」するのである。「この人は上品で好感を与える」とか、「この白人女性は屑だ」とか思い、そのような気もちは彼女の発言にあらわになっている(その背後には各自の黒人たちへの気もちがある)。待合室にはラジオから賛美歌が流れている。そこには「上品な婦人」の娘がいて、彼女は「醜い」とターピン夫人は感じているのだが、そんなターピン夫人の視点を嫌い、あからさまに反感を示す。娘はターピン夫人に読んでいた本を投げつけ、ターピン夫人につかみかかって「もといた地獄へ帰りなさい、老いぼれのイボイノシシ!」とターピン夫人の首を絞めようとする。

 これだけならば、ターピン夫人の偽善性を告発するストーリーと単純に納得も出来るのだけれども(ターピン夫人を攻撃する娘は、外見的にもフラナリー・オコナーの分身とも受け取れる)、このストーリーは、終盤に敬虔なクリスチャンであったターピン夫人の「幻視」で終わることになる。けっきょく、その幻視でターピン夫人は救われたのか、キリスト教について知ることのないわたしには、わからないのである。

 

 

 

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■ 2018-04-19(Thu) このエントリーを含むブックマーク

 先日買った白菜を、冷蔵庫には入らないのでスーパーのレジ袋に入れたまま外に出してあるのだけれども、そうするとその白菜の葉っぱを、ニェネントがかじるのである。「ネコ草」のつもりなのかしらんと放置してるのだけれども、そうすると白菜の葉が嘔吐を誘発するらしく、ゲロを吐く。そもそもネコ草というのはそういうところもあるし、体調を崩すわけでもないからそういうことではあまり気にしないのだけれども、あちこちでゲロするのが始末にたいへん。トイレのように、決めたところでゲロしてくれればいいのにと思う。

 昨日の雨も昨日の昼にはやみ、今日はおだやかな「春」らしい陽気。昨日の風邪っぽい体調もやはり回復し、いろいろと快適な一日になった。仕事から帰っての昼食はまた「あんかけ焼きそば」をつくり、今日は「アレ? ひと味足りないかな?」と思ったら、冷凍イカを入れ忘れていた。
 今日も夕方からの「カーネーション」再放送を楽しみにしていたのだけれども、九州の霧島連山で火山噴火が起き、そのニュースで「カーネーション」は放送されなかった。ま、しょうがないか。

 今日も「世界名詩集大成」のシュルレアリスム詩を読み、「ことばというものは面白いなあ」とあらためて思う。シュルレアリスムの生んだひとつの有名な概念「デペイズマン」について、よく引き合いに出されるのがロートレアモンの詩句「解剖台の上でのミシンとコーモリ傘との邂逅のように美しい」というのがあるけれども、たしかにシュルレアリスム詩にはそういう「思いがけない」ことばの接合があり、そういう接合(「溶接」とも呼んでみたくなる)がどこか、わたしの脳回路(特に記憶回路)にはたらきかけるようで、それが今のわたしの疾病(?)というか、記憶力の悪さに対しての刺激になるような気がしてならない。
 おとといも、「シュルレアリスム詩とシュルレアリスム美術というのはちがう」みたいなことを書いたわけだけれども、そう、思い出してみればわたしがティーンエイジャーだった頃、日本でも「シュルレアリスム」のブームがあり、多くのシュルレアリスム関係の書物が出版されたものだった。けっこうわたしもそのあたりに夢中になったわけで、そういう本をたくさん買い集めた。熟読した本もあり、「わかんないや」と、「積ん読」された本もいっぱいある。思い返してみると、やはり熟読したのは美術関係の本で、並行していっぱい刊行されていたシュルレアリスム詩関係の本の多くは、「積ん読」部門行きになってしまったのが多い。
 自己弁護ではないがこれはわたしに限ったことではなく、全体に日本でのシュルレアリスムの受容というものは「美術」がメインとなり、「詩」のことはだんだんに忘れられていったようには思う。
 しかし、今ちょっと調べてみても、日本でのシュルレアリスム紹介のスタートは詩人たちからだった側面もあり、まさに「シュルレアリスト」であった滝口修造氏もお元気だったし、西脇順三郎も「シュルレアリスト」みたいに語られていた時期もあった。大岡信や飯島耕一らは「シュルレアリスム研究会」をつくり、「詩」という地平からシュルレアリスムの紹介、研究をされていた。おそらくは「現代詩手帖」や、当時復刊されたばかりの「ユリイカ」など、さかんにシュルレアリスム関係の特集を組んでいたのではないかと思うのだが。
 でも、いつしか「シュルレアリスム」というのは「美術運動」として捉えられるようになってしまったし、さらに通俗化して、「シュール」ということばで、そういうシュルレアリスム美術の特徴が語られるようにもなってしまった(わたしの好きだったTV番組「ウゴウゴルーガ」には、「シュールくん」というキャラクターが登場した)。

 はっきりいって、「シュルレアリスム美術」というものは、おそらく今ではその力を失っているのではないかと思う(このことは、数年前に開催された「シュルレアリスム展」の図録を見て確認したいのだけれども、その図録がどこかへ行ってしまって行方不明)。逆に、その1960年代のシュルレアリスムのブーム当時に「置いてけぼり」にされた感のある「シュルレアリスム詩」、まだまだその魅力は色あせていないようにも思えるのだが。

 今日は、アンドレ・ブルトンとポール・エリュアールの共書「処女懐胎」から、アフォリズム風の断片をひとつ引用(大岡信:訳)。

 読むな。本の多くの行から語を切り離す間合いが描く白い形象を見つめ、そこに霊感を得よ。


 

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■ 2018-04-18(Wed) このエントリーを含むブックマーク

 昨夜から雨が降り始め、今朝も降りつづいている。気温が低く肌寒い。「もうしまおう」と思っていたコットンのセーターを着て出勤。また鼻水が出て、また風邪っぽい。ニェネントは発情期で、仕事を終えて帰宅したわたしのそばに来て丸くなっている。背中をなでてやるとふにゃふにゃとないて、それでも逃げて行かない。ブラシをかけてやるといくらでも毛が抜ける。ニェネントの毛は白と茶のツートーンなんで、抜けた毛を丸めて毛玉をつくっても、あまりきれいでもない「薄茶色」になるだけ。抱き上げて、鼻をなめてやったりして遊ぶ。

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 Amazonで買い物をするとつづけて買ってしまうというか、前から買いたいと思っていたある洋書を注文し、「洋書を読むんなら、いい英和辞典が欲しい」と思って、いっしょに「これは良さそうだ」というのとを注文したのだけれども、洋書の到着は海外からの発送なのでしばらく先、その前に早々と英和辞典が到着した。「ADVANCED」ですからね。二千ページを超えるボリュームだ。

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 「今はパソコンがあるから辞書なんかいらないじゃないか」といわれるかもしれないけれども、それはちがうと思う。パソコンにアルファベットを打ち込んでいくよりも、辞書でちゃっちゃっと引く方がわたしはぜったいに早いと思っているし、寝っ転がりながら引くことだってできる。ちょっとサイズが大きいけど、外にいっしょに持って出ることもできるだろう。そして、この辞書のページをくくり、英単語のずらっと並んだ感じが、視覚的に「英語の勉強してる」という感じがして、いいのである。早く、洋書の方も到着しないかなと思う。

 今日の昼食は、昨日買った「焼きそば」の麺をつかって、白菜やもやしを入れた「あんかけ焼きそば」をつくった。麺はフライパンで焦げ目がつくぐらい加熱しておくのだけれども、その焦げ具合もうまくいって、「こりゃあうまいじゃないか!」と、つくった当人がおどろく美味に仕上がった。そんじょそこらの中華の店の焼きそばよりも、ぜったいにうまい。来生は「焼きそば屋」をやろうかと思った。

 夕方は「カーネーション」。もうほとんどのシーンでげらげら笑いながら見てしまう。すべてが何かおかしい。見ていると、ナレーションこそは多少使うのだけれども、決して説明的な展開というものがなく、すべてドラマ的な面白さの中で物語が進んで行くんだな。照明、採光など画面も美しいし、セットの造りもみごと。たしかにこれ以降の、近年の朝ドラなんかかすんでしまう出来だと思う。


 

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■ 2018-04-17(Tue) このエントリーを含むブックマーク

 とつぜんのシュルレアリスムへの熱中。しかも、シュルレアリスム絵画ではなくシュルレアリスム詩。自分でも意外なことだけれども、今日も昨日届いた「世界名詩集大成」に掲載されたシュルレアリストたちの詩の翻訳を読み、心うごかされる。

 詩にはそもそも「翻訳の不可能性」という問題がついてまわり、「翻訳によって原語、原文の韻律や音感を再現することはできないから、翻訳詩を読むことはその詩をじっさいに読んだことにはならない」わけだ。そのことは百も承知しているし、絵画のようにダイレクトに了解されるような表現ではなく、「詩」としてのシュルレアリスムがまるで知られないままである理由も、まさにそれが「詩」であるからともいえるだろう。それでさっき、Wikipediaで「シュルレアリスム」を検索してみたら、ほぼすべて「絵画」について書かれたもので、「詩」についてなどひとっことも書かれていないのだ。アンドレ・ブルトンの興した芸術運動、思想形態として、ブルトン自身も詩人であるわけだし、彼の周囲で運動を盛り上げた人物は皆「詩人」なのに。
 そういう意味では、「絵画」としてのシュルレアリスムというものは、本来の「詩」としてのシュルレアリスムとは別モノ、と捉えるべきでないのか。シュルレアリスム絵画というとたいていの人が思い浮かべるサルバトール・ダリの作品と、ブルトンやアラゴンらの詩作品にどんな共通項があるだろうか。ブルトンも、詩作品と絵画作品とでは「これはシュルレアリスム作品である」とする基準をひとつの共有出来るものとして提示していないのではないだろうか(このあたり不勉強で確認していないけれども)。

 そういう「絵画作品」のことは置いておいて、はたしてわたしは昨日今日と、シュルレアリスム詩のどのようなところに惹かれるのだろうか。ちょっと考えてみた。

 「詩」としてのシュルレアリスムに先行するのはサンボリズムというか、「象徴詩」の時代なわけだけれども、わたしはそういう象徴詩を特に読みたいとは思わない。つまりそういう詩は詩人の内面吐露というか、ゆるがない詩人の自己同一性の下に書かれたものであり、それはやはり十九世紀的な文学だろうと思う(わたしは文学を研究するものではないから<いいかげんな>ことを書いているおそれもあるけれども)。自己に耽溺するそれらの詩は、時にいっしゅのセンチメンタリズムを表出してもいるだろう(ちゃんと読んでないのにいえないけれども)。

 それで、今読んでいるシュルレアリスム詩だけれども、シュルレアリスムというのはダダイズムのあとをうけて、1924年のブルトンの「シュルレアリスム宣言」から始まった運動で、この時代というのは第一次世界大戦、ロシア革命を体験し、それまでに人の体験したことのない大きな「不安」の生まれた時代じゃないかと思う。それは、わたしの感覚では、フランツ・カフカが文学に定着したような世界観ではないかと思ったりする。
 それで、そんなシュルレアリスム詩のなかに、カフカ的な「不安」を読み取ってしまうのは、わたしの読み間違いだろうか?
 例えば次のピエール・ルヴェルディの詩の中に、わたしはまさにカフカ的な精神を読み取ってしまうのだ。それはやはり、時代への「不安」という精神ではないのだろうか?

   行 列

 先頭には、くらい小径で時をすごすヤスリ。天使の翼。死せる眼差しのうつろな気配が行列のあとを追ってゆく。そして通行人たちは、光線が終末の方へとはこんでゆく、あのはるかな旅びとをじっと見つめている。
 かなしみが、二つの顔のうえに身をかがめて、ついてゆくのだった。天気はあたたかかった。往来はねむっているかのようにみえた。ひとびとは、われわれから離れたところにある村へゆくのだった。墓地は谷間のすみの棺台のなかだ。そして空の静けさは、われわれの手と頭と道とをささえている力をくじくのであった。

                       (高村智:訳)

 今日は、テレビで「カーネーション」をみて、ご飯を炊くセットをして、そのあと夕方から買い物にでかけた。久しぶりに白菜が例年の価格(ひと玉丸ごとで126円)で売られていたので、「安い!」と、ついつい買ってしまった。買い物に出る前は「このところジャガイモがたまりすぎていて、そろそろ芽が出て来たから何とかしなくっちゃ」などと思っていたのに、これでまたジャガイモ料理は先の先のことになるだろう。それで今夜は「白菜ともやしと豚肉の鍋物」にしようと思い、豚肉ともやしとを買う。あと、この頃ちょっとハマっている、串で売っている焼き鳥のレバーを買う。レバーはわたしの健康に不可欠なのだ。あとはバナナ、そして急に食べたくなった焼きそばの麺など。

 帰宅してまた本を読んだりしていたらいつの間にか時間が経ってしまって、考えていた「白菜ともやしと豚肉の鍋物」をつくるのが面倒になってしまい、目玉焼きを焼いて炊きたてのご飯にふりかけという、何ともイージーな夕食になってしまった。


 

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■ 2018-04-16(Mon) このエントリーを含むブックマーク

 今は「断捨離」といって、不要なもの、ムダなものを処分して、できるだけ身軽になろうとする風潮もあるらしい。わたしもここに転居して来るときにずいぶんといろいろ処分した。「売れるものは売る」というのが、経済面でもリサイクルという観点からも望ましいことはわかっていたのだけれども、ステレオアンプとか、売却したものはほんとうにわずかだった(そのステレオアンプは、壊れていたので500円で売却。でも、値をつけて引き取ってくれたのはありがたかった)。
 服や食器、家具電気製品から布団まで、それはいろいろなものを「ゴミの日」に出したり「粗大ゴミ」としてお金を払って引き取ってもらったりした。CDもいくらか捨てたけれども、そもそもわたしの持っていたCDはほぼすべて、CDRにコピーしてオリジナルは売ってしまっているので、そんなCDRはだいたい全部持って来た(次はデジタルコピーしたいと思っているわけだ)。
 そんな中で、「本」の始末には困ってしまった。「もう読まない」という本は山のようにあったわけで、古本屋に持って行けばいくばくかの金になることはわかっていたのだけれども、そのために東京とかの古本屋に持っていけば、その交通費で「足」が出てしまうぐらいのものでしかない。もう汚れてしまっている本は捨てることにして、「きれいな本だけでも捨てないで売ることにしよう」と、となり駅の古書量販チェーン店に持って行ったのだが、一冊十円にしかならず、これまたほとんど「足」が出てしまった。でもやはり、本を捨てるのは「ばちあたり」だと思ってしまうところがわたしの中にあり、あんな「古本屋」ともいえないようなところにでも引き取ってもらって、まだまだ「本」として誰かに読まれるのがいいと、そう思うのだった。

 それで今日は、そんな処分してしまった本の話だけれども、引っ越しを終えて片付けもすんで、ひと息つけるようになったとき、「しまった! あの本はやはり処分しなければよかった!」と思った本があって、それは50年以上も前に平凡社から刊行されていた「世界名詩集大成」という全集モノで、たぶん全12〜3巻刊行されていたと思うのだけれども、わたしはそのうちの5〜6冊は持っていた。
 いい本なのだけれどもただ、この全集は造本がやわで、湿気を吸いやすい段ボールの表紙基底材に防水処理もしていない布を貼っただけのつくりで、ちょっとでも湿気を吸うともうボコボコになってしまったわけだし、表紙に押された白のタイトル文字も、すぐにはげ落ちてしまう。つまり、わたしが持っていたのはもう「ボロボロ」の本で、まさか古本屋が買い取ってくれるような代物ではなく、つまり「燃えるゴミ」にしか見えないものだった。
 ‥‥それでわたしも、「せっかくきれいな部屋に転居するのに、こ〜んな汚い本を持って行くのもアレだよな」と思ってしまい、ついついゴミの日に出してしまった。

 つまりその本をあとで「捨てなければよかった」と思うことになったのだけれども、持っていた5〜6冊全部を惜しんだというのではなく(いや、もちろん全部あればそれに越したこともないのだけれども)、そのうちの「フランス4」という巻が、つまりヴァレリー以降ぐらいというか、いや、つまりはシュルレアリストたちの詩編の翻訳を中心に編まれた巻であって、この巻に収められたような詩編は、その後現在に至るまでほとんど刊行されないままになっているものが多いのである。「シュルレアリスムの帝王」アンドレ・ブルトンの詩編も多く収録されていたわけで、つまり捨ててしまったあとになって、そんなシュルレアリスム詩を読んでみたいという気もちが強くなったのである。「あ〜、持っているときは気づかなかったけれども、あの本は本当にいい本だったなあ」と。
 そういうときには、「図書館」を活用しましょう、というのが近年のわたしの考え方でもあって、我孫子の図書館とか柏の図書館とかでこの本を所蔵しているか検索したのだけれども、まるでヒットしない。つまり所蔵していない。ガックリ来て、そのままあきらめていたのだけれども、それが先日ふとした機会にAmazonのマーケットプレイスに出品されていることを知り、価格も送料込みで千円ほどなので、すぐに注文してしまった、その本が今日、ウチに到着したのだ。

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 もちろんのことだけれども、わたしが持っていた本よりもずっとずっと美本である。まるで読まれた気配もなく、「月報」もはさみ込まれている。ページをめくり、その目次をみると、まずはピエール・ルヴェルディからはじまり、フィリップ・スーポー、そしてアンドレ・ブルトン、ポール・エリュアール、ルイ・アラゴンとシュルレアリストの大御所の名がつづき、そのあともアントナン・アルトー、ロベール・デスノス、トリスタン・ツァラと続く。壮観である。

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 その内容も、詩人単位ではなく、その詩人の刊行した「詩集」単位の翻訳掲載になっていて、もちろん抄訳も多いけれども、「これは」という詩集はちゃんと「全訳」されている。そしてその翻訳者の豪華さ、というのもあるだろう。当時のフランス文学者総動員というか、これまた壮観である。

 ‥‥というか、その翻訳された「詩」自体が、すばらしい。ま、今さら叙情詩とか恋愛詩とか読みませんよ、というのはあるけれども、ランボー以降の詩の大きな流れというのか、思索的、「ことば」によるイマジネーションの発展みたいな、読んでいて「脳」の使う場所がちがう気がしてしまう(それはわたしにはより好ましいことではないのか?)。

 ペラッとページをめくって読んだ、ブルトンの詩にさっそく持って行かれた。

むしろ生を
         (フィリップ・スーポーに)

たとえ七つのその色が より清らかなものであろうとも 厚みのないプリズムなどより
 はむしろ生を
常におおわれている あの時間よりも また つめたい炎の あのおそるべき車よりも
 むしろ生を
熟れすぎて腐りかけた あの石よりも
むしろ すべりどめのついた この心をこそ
さざ波の 囁きたえぬ あの沼よりも
空中で また大地のなかで 同時に歌う あの純白の布よりも
そして又 私の額を まったき空虚のそれと 対峙させる あの華燭の典よりも
         むしろ生を

むしろ悪魔祓いのシーツと
脱出の傷あとをもった生をこそ
むしろ生を そしてむしろ 私の墓のうえの 花飾りをこそ
現存そのものである この現存の生をこそ
そこで ひとつの生が尋ねる 「お前はそこにいるのか」と すると他の声が答える
 「お前はそこにいるのか」と
だが ああ 私はもう そこにいないのだ
しかし又 われわれが死においやろうとするものと 利害をともにしようなどと思い
 たつとき
         むしろ生を

むしろ生を むしろ生をこそ 年ふりた幼少年時代よ
バラモン教の托鉢僧から出た この細紐は
宇宙が走るレールのようだ
太陽は いくら一片の漂着物になろうとしても
女の肉体が すこしでも太陽に似ているかぎり
   太陽であることを やめることはできまい
お前は その軌道を 端から端まで眺めながら
あるいは又 お前の手という名前をもつ 見事な嵐のうえに ちょっと目を閉ざす
 だけで夢想にふけるのだ
         むしろ生を

自分がそこに入ることは 決してあるまい と悟ったとき 人生のさまざまな待合
 室とともに むしろ生を
そこでは 首飾りたちがサービスをしてくれる
あの温泉旅館などよりは むしろ生を
むしろ冷淡で 時間のかかる生をこそ
ここ 書物のページが 冷たい光線のうえで閉ざされようとするとき
はた又 かなた 自由なる承諾の言葉が よりよく より見事に言われようとする
 とき
         むしろ生を

むしろ 申しぶんなく美しい あの頭にたいする 軽蔑の本質としての生を
生がもとめ また恐れもする あの完成されたものとは 正反対なものとしての生
神の虚飾としての生
まだ使っていないパスポートとしての生
ポン・タ・ムーソンのように 小さな街としての生
そしてもう すべてが言われたかのように
         むしろ生をこそ

                           (稲田三吉:訳)


 

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■ 2018-04-15(Sun) このエントリーを含むブックマーク

 日曜日。夜中に何度か目が覚めるのだが、「もう少し寝ていよう」とふとんの中で目を閉じている。何度目かに目覚めたとき、窓の外はもう明るくなっている気配で、そして、雨が降る「パタパタ」という音が聴こえてくる。ふとんが何となく「重い」感触で、それは、わたしの寝ているふとんの上で、ニェネントが寝ているせいなのだ。「もう起きよう」とからだを起こすと、おどろいてニェネントがふとんの上から逃れて行く。時計を見ると七時を過ぎていた。ベッドから起き上がり、まずはニェネントのごはん(カリカリ)を出してあげる。

 バナナが健康にいいと改めて認識し、このところ毎日、朝にはバナナを食べている。そのあとはいつもの「ハムトースト」の朝食。レンジでトーストが焼き上がり、「チン」と鳴って取り出してマーガリンを塗り、その上にハムを乗っけていると、ニェネントが気配を感じて寄ってくる。食べているとそばの机の上にニェネントが乗って来て、「おねだり」をする。ハムと食パンをちぎって、ニェネントに分けてあげる。ニェネント、かぶりつく。何度か分けてあげて、わたしも食べ終えると、ニェネントの前で「もうないよ」と両手をひろげてみせる。ニェネントは「もうおしまいなんだね」と納得し、机の上から降りて、とりあえずはどこかへ行ってしまう。

 それでも、ニェネントはけっこうわたしにつきまとって来るので、ひょっとしたらまた「発情期」になったのではないかと思う。発情期のニェネントは、きっとつらいのだ。見ていても、そのつらさはわかるような気もする。

 「そういえば、夢を見ていたな」ということを思うのだけれども、散消してしまった夢の記憶は戻って来ない。窓の外では雨とともに強い風が吹いているようで、「ああ、昨日のうちに図書館に行っておいて良かったな」などと、ぼんやりと思うのだった。ニェネントの隠してしまっていた「泣き虫ちゃん」は、物陰に落とされていたところが見つかった。「家族」がそろった。

 考えていることが、いくつかある。その「考え」の媒介になるものも必要というか、揃えないといけないのだけれども、この新しい週には揃えられるのではないかと思う。そうすると何かスタート出来ることもあると思う。‥‥しかし、週末は怠惰だ。今日も、昼すぎから午睡に浸り、考えれば一日の10時間以上は寝ていることになるように思う。午睡から目覚めた夕方は気だるく物憂く、「何かつくろう」と思っていた夕食も、ふりかけの「お茶漬け」ですませてしまう。

 夜、「もう寝よう」とベッドに入るとニェネントがやって来て、ベッドのそばのキャットタワーから「ングッ!」と声を出してわたしの寝ているベッドに飛び移り、わたしの枕元でのどをゴロゴロと鳴らすのだった。だからわたしはニェネントを抱き上げ、胸の上でただニェネントのことを愛おしむだけである。


 

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■ 2018-04-14(Sat)

 この地に転居して一年が過ぎたわけだけれども、「住めば都」というのか、今の環境にさほど不満はない。前の茨城に比べれば人口密度ははるかに高いだろうし、マンションやアパートの集合住宅がぎっしり並んでいるのだけれども(そういうところでは、茨城のゆったりした暮らしの方がよかったようにも思う)、わたしの部屋の東向きの窓の外は廃車の放置された空き地が拡がっていて、陽当たりがいい。このポイントはけっこう高い。そして、まったくの平地ではなくて高低差、つまり坂道があるのもいい。以前は野良ネコが多かったのもポイントだったけれども、たった一年でほとんどネコを見かけなくなったのは残念だ。
 でも、このあたりは子どもが多い。お母さんが赤ちゃんを抱いて歩く姿もよく見かけるし、ウチの住まいのまわりで子どもたちが遊んでいたりもする(それでニェネントを怒らせるのだ)。茨城はなぜか子どもが少なく、赤ちゃんを抱いたお母さんも、子どもの遊ぶ姿もまるで見ることがなかった。ここにはわたしに話しかけてきた人懐っこい子もいたし、心をなごませてくれる。
 ‥‥おとなたちはどうだろう。今までの体験だと、歩いていてすれちがうときにも気遣いを示してくれるような人たちと、逆にギスギスしたような人たちとに二分されるような気がする。車を運転する人も同じで、信号のない横断歩道を渡ろうとして、気を遣って横断歩道の前で車を停めてくれる人もあるし、充分に余裕を持って横断しているのにクラクションを鳴らされたこともある。それだけここは東京に近いということなのかな〜、などと思ったりする(ま、茨城にも変な人はいたから、あまり変わりはないともいえるけど)。
 茨城にいたときのように、コンビニまで歩いて2分、などということはないけれども、歩いて行ける範囲内に4軒のスーパーがあるから、その中で「アレを買うならあの店、コレを買うならあっち」とか選択できる。とにかく通勤定期があるから、途中下車していくらでもお買い物出来るのだ。いやいや、とにかく前のように<一時間に一本>の電車、というわけではない。前は出かけるときには<時刻表>をチェックすることはかかせなかったけれども、今はそんなこと気にせず、「そろそろ出かけるか〜」と家を出るのである。
 ウチから駅に行くには国道沿いの道を歩くのだけれども、国道の交通量は多く、大型トラックが行き来している。ちょっと心が荒び、「Strolling down the highway」という気分になるのはたしか。

 ‥‥ま、とりあえずは、東京で夜遊び出来るようになった、というのが「いちばん」かもしれないね(茨城のときは、夜も9時を過ぎると「そろそろ帰らなければ電車がなくなるんだよね〜」と、いつも考えるのだった。今は、12時近くなっても平気だもんね!)。

 ニェネントは、この新しい環境をどう思ってるのだろう? 前の住まいよりもちょっとだけ狭くなったけれども(前はリヴィングが9畳あったからね)、窓は前よりたくさんあるし、高い位置に「出窓」があって、ニェネントの恰好の「お立ち台」になっている(ネコは高低差のある環境が好きなのだ)。けっこう、その出窓のところでまどろんでいることも多い。かえって前よりもくつろいでくれているのではないかとも思う(そう期待したからこの物件に決めたのだけれども)。

 さてさて、ピンチョンの「逆光」を、ついに読み終わった。これで、じっさいのところ、翻訳されたピンチョンの作品は全部読んだことにはなるのだが、「LAヴァイス」を読んだのはずいぶん昔のことですっかり忘れてしまっているし、「競売ナンバー49」と「スロー・ラーナー」も、ちがう訳者で読み直してみたい。あとひと息、ピンチョンを読みつづけたい。
 それで、図書館へ行くのは明日にしようと思っていたのだけれども、天気予報では明日は雨だといっているので、午後から図書館に行った。たしかに空は暗い雲に覆われ、今にも雨が降り出しそうだった。新しくその「LAヴァイス」を借り、いっしょに先日映画を観たヘンリー・ジェイムズの「ねじの回転」、それと脳の記憶のメカニズムを説いた薄い本とを借りた。
 帰りに我孫子駅反対側のショッピングプラザに寄り、「もう夕食つくるの面倒だね」という気分だったので、ちらし寿司、巻き寿司のパックを買い、それと値引きされていた「まぐろの血合い肉」を買った。「まぐろの血合い肉」はむかしいちど買って煮物にして、とってもおいしかった記憶はあるのだけれども、とにかくキッチンが生臭くなってしまって大変だった。‥‥ま、モノが安いのだから、そのくらいの覚悟はしよう。


 

[]「逆光」トマス・ピンチョン:作 木原善彦:訳 「逆光」トマス・ピンチョン:作 木原善彦:訳を含むブックマーク

 ‥‥面白かった。とっても面白かった! 一種の伝奇物語風の体裁の、スチームパンク的な味わいもある大長編。1893年のシカゴ万博から、1917年ロシア革命、そして第一次世界大戦までの四半世紀を、アメリカ、ヨーロッパ各地、シベリアまでも舞台に描いた、波瀾万丈の物語だよ。

 いくつかのストーリーが並行し、交差しながら展開して行くわけだけれども、まずは飛行船「不都号」の話があって、この飛行船と乗組員「偶然の仲間」らの行動は、この作品全体の中でいっしゅ狂言回し的な役割なのか(ここに、ニコラ・テスラの話も絡んで来るのだ)。それと、アメリカから始まるところの、当時勢力を持っていたアナーキストらの話。彼らはテロリズムに命をかけていて、ま、「ダイナマイトをいかに扱えるか」ところから、伝説の爆弾魔みたいな存在がいて、これがどうもトラヴァース一家の父(ウェブ・トラヴァース)らしい。これが資本家のスカールデール・ヴァイブが雇った殺し屋に暗殺され、トラヴァース家の三男一女の、ヴァイブ一族への一大復讐譚、というのが基本的な大きな流れ。トラヴァース家の三男のキットというのがかなり物語中での比重も高いのだけれども、これが数学の研究にのめりこみ、「四元数主義」などというものの中に迷い込む。さらによくわからんオカルト集団のTWITのメンバーらが絡み、「聖地シャンバラはどこにあるのよ〜」みたいな話もあり、そのTWITのヤシュミーンという女性、同性愛者のシプリアン、そしてリーフという男との濃厚な三角関係。‥‥うわっ! 面白かったんだけれども、どんな話だったのか思い出せない!

 とにかくは読んでいて、「これは思いっきり<純文学>じゃん!」というような、読んでいても惚れ惚れするような美しい文章があるかと思えば、「よくこんなく〜だらない話を書けたな!」みたいなしょ〜もない話、そして「ヤバッ!」と、電車の中で読んでいて周囲の眼を気にしてしまうようなポルノチックな展開と、ネコの目のように変化をみせる。

 上下巻合わせて1600ページを軽く越えるボリューム、「やっぱり面白いから買って自宅に置いておこうかな〜」とは思っても、おいそれと「拾い読み」を禁ずるような濃厚さ。‥‥ふむ、まだこれから、わたしの余生に「あまり」があるようならば、是非とももういちど読んでみたい本ではある。

 

 

 

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■ 2018-04-13(Fri)

 今日は、新宿花園神社境内・特設テントでの「水族館劇場」の公演を観に行く。毎回観に行っている水族館劇場だけれども、去年、彼らが初めて花園神社に進出した公演のとき、わたしが観に行った日は大雨だった。今日はさいわい天候も良く、「去年は整理券ゲットで失敗したから(それでも良席に座れたけれども)、今年はちゃんと考えて早めに出かけよう」と考える。チラシをみると「午後五時から整理券を配布」ということなので、五時には新宿に行くようにして、そのあと七時の開演までの時間のつぶし方は、新宿ならいくらでも考えられる。それで行こうということにした。

 仕事からいちど帰宅して、明日明後日は天気が崩れるとの予報も出ているので、「今日のうちにお洗濯」。三時を過ぎたところで出かけることにして、「あっ! ニェネントくんの夕食を出しておかなくっては!」と気づき、ニェネントのお皿にネコ缶を開けてあげてからお出かけ。ちなみに、今朝から新しい<カリカリ>を出してあげたのだけれども、今朝は食後に吐いたりはしなかったのでひと安心。今まで、お口に合わない食事を出しつづけてゴメンナサイ。

 花園神社に行くには新宿三丁目駅が近いので、また新御茶ノ水駅から都営新宿線に乗り換えるルートを取る。五時十分前ぐらいに到着したけれども、それほどには並んでいる人もいなかった。わたしの整理券番号は十番台。楽勝で好みの席が選べるだろう。

        f:id:crosstalk:20180415110445j:image

 整理券をゲットして、開演まであと二時間、とりあえずは駅近くの中古本量販チェーン店へ行ってみることにした。もう新刊書店の棚から消えた、思いがけない本と出会える可能性があるのが、このチェーン店のいいところ。グルッとみていたら、美術書コーナーにMIZUMA ART GALLERYの三潴さんの著書「アートにとって価値とは何か」という本をみつけた。わたしは世事に疎く、こういう本がリリースされていることもまるで知らなかった。四年前に出版された本のようだけれども、今も内容は古びてはいないだろう。表紙に三潴さんが堂々と写っていてびっくり! これがゾッキ本寸前の価格になっていて、「それはひどい」と救出することにした。三潴のおじさんにも長くお会いしていないけれども、今も精力的に活動されているようだ。こんどギャラリーに行こう。

        f:id:crosstalk:20180415110610j:image

 店を出て、「軽く腹ごしらえをしておこう」と、コンビニでおにぎりとお茶の小さなペットボトルを買い、そのそばの道路にあったフリースペースの椅子に座って食べる。そうすると、わたしのそばの道路を小さな茶色の動物が移動して行くのだ。「何よ?」と思ったら、これがネズミなのだった。けっこう肥満体で動きも遅く、まるで太りすぎのモルモットのようにみえる。歩いている人にもこのネズミに気がつく人もいて、びっくりしている。どうしてそのネズミが人ごみあふれる新宿の通路に出て来たのかわからないけれども、ネズミもまた人ごみにビックリしたようで、ちょこちょこと近くの植え込みの影に隠れて行った。
 しかしあの肥満体! やはり新宿あたりだと食べるものには困らないのだろうし、天敵のネコもこのあたりにはいない。太りたいだけ太るであろう。

 花園神社に戻り、まずは好例、幕開けの「顔見せ」の導入部が始まる。なんだかまた若い役者さんも増えたようだし、今回は原発問題も絡めたオリジナルなストーリーのようで楽しみ。

     f:id:crosstalk:20180415110538j:image

 それから「客入れ」になるのだが、わたしは楽勝で最前列にも座れたのだが、「待てよ、最前列は水をかぶってしまう可能性が大ではないか」と二列目に移り、「ここもヤバいか」と三列目に下がることにした。すると、あとから入場してくるお客さんに、Aさんの姿がみえた。そのあとからはいっしょに、(わたしは会話したことがないのだが名前は存じ上げている)ダンス批評のBさんの姿も。わたしのとなりの席もずっと空いていたので、Aさん、Bさんと並んで観ることになった。「今日も誰か知人に出会えるといいな」と思っていたので、うれしい邂逅。

 芝居の感想は下に書くとして、AさんBさんと終演後に客席に残り、しばらく「打ち上げ」に参加した。Aさんは去年の水族館劇場の公演を横浜でご覧になっていたそうだし、スタッフに知人もいらっしゃるとのこと。わたしはBさんのお顔は昔からあちこちの劇場で存じ上げていたわけだけれども、こうやってお話をするのはこの夜が初めてのことになった。あとから来られたというBさんの奥さんもいっしょになっていろいろと話をしたけれども、Bさんは水族館劇場のことは浅草の「曲馬館」時代にご覧になられたことがあるという。それはすごい。それで、わたしは意識していなかったのだけれども、わたしはBさんとはFacebookですでに「友だち」になっているようで、なんとBさんは「ニェネント」のことも、その名前もご存知なのだった。これにはちょっと<感動>というか、うれしくなってしまった。

 しばらく歓談をして花園神社を出てお別れ。わたしはまた新宿三丁目から帰路に着く。思いがけない出会いの、楽しい一日になった。


 

[]水族館劇場「望郷オルフェ -来るべき追憶の後に-」桃山邑:臺本・監督 @新宿・花園神社/境內特設野外儛臺 星の筏 水族館劇場「望郷オルフェ -来るべき追憶の後に-」桃山邑:臺本・監督 @新宿・花園神社/境內特設野外儛臺 星の筏を含むブックマーク

 座長の桃山さんも客入れのときに語っていたけれども、客が少ない。週末の金曜の夜だというのに、去年のあの「満員」状態とはほど遠い入りだということは、わたしも感じていた。‥‥う〜ん、これは、去年の公演の内容がちょっと寂しかったせいもあるのではないのかとも思ったけれども、ここまでに客数が減少するというのは、どこかプロモーションに失敗しているところもあったのでは?とは思ってしまう。

 去年の公演はたしかに、「演劇」として分裂しているところがあったというか、江戸川乱歩の「パノラマ島奇談」そのままだったというか、問題はいろいろとあったとは思うのだけれども、今回(今日)の出だしは好調。原発誘致の問題を絡め、いつもの「弱者」へのシンパシーも明確で、千代次、風兄宇内ら看板役者さんらもしっかりとストーリーに絡んできて、新しい若い役者さんたちの活躍も楽しい。期待してその後の展開を待ったのだけれども‥‥。

 まずは、今回は「芝居」としての楽しさは、かなり満喫させていただいた。かつてのアングラの精神がココにたしかにまだ息づいている、そう思わせられる楽しさ、魅力はあったと思う。舞台美術のノスタルジックな感覚、役者さんたちの醸し出す、商業演劇にはない親近感とでもいったもの、それが今日の舞台にはたしかにあったと思う。幕間の「空中ブランコ」を含め、そういう、ディテールとしての楽しさはいっぱいあった。

 しかし、やはり「脚本」のユルさのことはいわなければならないが、「それはないだろ〜」という閉め方は残念。それまでの展開から、「果たして、これはどのような展開をみせるのか?」と思ったところでの「終幕」。‥‥むむ、そういう幕の引き方はあってもいいとは思うのだけれども、これではせっかくの「アングラ〜反体制」らしい「異議申し立て」が、中途半端すぎる気がする。もう三十分でも一時間でも延長させ、この世界に「Non!」というメッセージを、明確に打ち出していただきたかった。

 そして、(悲しいことだけれども)「売り物」の「水」が、今までのような「迫力」を生み出せていなかったのではないか?というのが、長くこの劇団を観続けて来た観客としての感想。落下する水の量は明らかに減少しているし、去年の「竜」のようなすばらしいヴィジュアルが見られたわけでもない。こういうところにこそ、「水族館劇場」のアイデンティティーがあったのではないか、と思うだけに、残念なことではある。たしかに「空中ブランコ」は楽しかったが、それは「余興」としてそこまでに劇に絡むわけでもなく、そう思うと、去年の「戦闘機」みたいな見せ場が欲しかったな〜、というようなことは思う。

 ‥‥まあ、そういう「水族館劇場」に対する「不満」というのは毎回毎回抱くわけで、それでもやはり、毎年こうやって観に来て、「ま、アレだけれども、楽しいよね〜」と思ってしまうのが、ファンたる由縁なのだろうか。

 

 

 

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■ 2018-04-12(Thu)

 今日この日で、この地に移って来てちょうど一周年となった。やはり一年前のことをいろいろと思い出すのだが、一年前はこのあたりは桜が満開、前の住まいの茨城あたりは「桜はまだまだこれから」という感じだった。今年はもう、桜の木には緑の葉が満開になっている。引っ越しのことでいつも思い出すのはニェネントのことで、わたしは引っ越しで業者さんが部屋に入って来ることをまるで考えていなくって、「人間嫌い」のニェネントをそのまま部屋に放置していた。業者の方が来たとき、もちろんびっくりしたニェネントは部屋の外に飛び出して行って、わたしはそこで「事の重大さ」にはじめて気づき、ニェネントを追って部屋の外に出た。それまでのニェネントならば、なかなか部屋には戻って来ないでわたしを手こずらせたわけで、この日は特に「部屋に知らない人が来てる」というわけで、ニェネントはしばらく部屋に戻って来なくってあたりまえ、という展開だったと思う。それが、部屋の外に出たニェネントは、ちょっと逡巡した様子は見せたけれども、すぐに部屋に走り戻ってくれた。これは今でも「あれは奇蹟だった」と思うような出来事で、おかげであとの「引っ越し作業」は何ごともなかったようにスムースに進行したのだけれども、あのときにニェネントがすぐには部屋に戻らなければ、わたしはかなりパニック状態に陥ってしまったことだろう。ニェネントが部屋に戻るまで(それがいつになるかはわからない)わたしは出発を遅らせなければならなかっただろうし、すべてがメチャクチャになってしまった可能性もある。思い出すたびに、「あのときのニェネントはなんと<おりこうさん>だったことだろう」と、ニェネントに感謝するのである。

 そのニェネントが、二日続けて、朝食を吐いてもどしてしまった。ニェネントはよく吐くコで、吐いたあともいつもケロッとしているので特に心配してはいないのだけれども、食後すぐに続けて二日も、食べたものを全部吐いてしまうというのは初めてのことで、それは気を配ってあげなくてはならない。‥‥実は今ニェネントにあげている朝食のカリカリ(固形食)は人にいただいたもので、わたしの選んだものではないし、賞味期限の面であやういところもある。「やっぱり、ニェネントの食べるものはわたしが選んであげなくっては!」と思うことになり、仕事の帰りに途中下車して南柏のスーパーに寄り(この日は木曜日で全品一割引きだったし)、わたしが選んだ「ニェネントの好きそうな」カリカリを買って帰った。気に入ってくれればいいというか、もうゲロ吐かないでね。いつまでも元気で、健康でいて下さい。そのためならいくらでも奉仕いたします(いいかげん、「どうぶつ病院」で健康診断を受けなくってはね!)。

     f:id:crosstalk:20180412175142j:image

 今日は気温も上がり、風も強かった。先週にも風の強い日があり、ウチのベランダに置いてあったポリバケツが風で飛ばされて、変なところまで動いてしまっていたのだけれども、今日も帰宅する前に「きっと今日もあのポリバケツは飛ばされてるだろうな」と思った通り、ウチの住宅をぐるりと180度回転して移動して、ベランダの反対側の玄関ドアの前に転がっていた。
 バケツを拾い上げてドアを開けると、ニェネントが三和土で丸くなっていて、「お帰りなさい」とお出迎えしてくれる。今朝食べたものをもどしたけれど、しっかりと元気そうなので安心する。先日買ったSandy DennyのCDを聴きながらハムトーストの昼食にして、寄って来たニェネントにハムトーストをわけてあげる。夕方からは「カーネーション」をみて、夕食のあとはまたカウリスマキのDVDを観て、この日もおしまい。今夜は暑いのでニェネントは寄って来ないのだった。


 

[]「街のあかり」(2006) アキ・カウリスマキ:監督 「街のあかり」(2006)   アキ・カウリスマキ:監督を含むブックマーク

 あとで調べたら、この「街のあかり」と、前に観た「浮き雲」、「過去のない男」とで、カウリスマキ監督の「敗者三部作」なのだということ。その最終章。
 つづけて観た印象でいうと、まずは意外とセリフが多いというか、今までのようにギリギリ削ぎ落としたというのでもない「すきま」を感じさせるところもあったようには思う。でも、映像はやはり禁欲的。そんな中で、小津的ともいえるような「捨てショット」が気にかかるところはあった。カウリスマキ監督としてはどこか、「踏み出した」ような感覚は受けた。

 ストーリーはつらい。これまでの作品ではさいごに「希望」というか「救い」が見てとれたのだけれども、この作品では、どこまでも蹂躙されつづけた主人公が「ここでは死なない」と語ることで終わる。そのときにそばにいたグリルの女性との未来にこそ「希望」を感じさせるとはいえ、今までのように明確に「この先に<希望>がある」という描き方ではない。
 この作品では、その主人公の「ここでは死なない」という言葉に観客を感情移入させ、「その後の主人公の生き方」に観客それぞれの<想い>を導くことにこそ、この映画の裏側に込められた「希望」というものを感じ取れるようではあった。

 先に観た「過去のない男」でも出演していたあの犬が、ここにも出演していた。

 

 

 

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■ 2018-04-11(Wed)

 朝の通勤電車で、大手町駅で東西線に乗り換えたとき、今まではかならず席に座れたのだけれども、この頃満席で座れない。「どうしたの」と考えたら、つまりは四月で新年度が始まり、新しくこの時間で通勤する人が増えたということだろうか。千代田線の方もたしかに、乗っている人の顔ぶれが違う。このところいつも、途中駅からずっとわたしの前に立つ人はかならず同じ人で、たしかにその人は真新しいスーツに新品のバッグを下げていて、ちょうどわたしの目の前にいつも来るその新しいバッグの、ブランドロゴマークがぴかぴかとまぶしいのだった。

 しばらく気温もそこまで上がらず、ま、この季節らしい陽気がつづいていたのだけれども、今日あたりからまた気温が上がってきていて、明日はまた「夏日」になるようなことをいっている。そうするとまたニェネントが寄ってこなくなるのか、残念だと思っていたけれども、昨夜のニェネントは今まで通りにベッドに寄ってきて、わたしの顔のすぐ横でわたしを見下ろしている。「よく来たね」と抱き上げてわたしの胸の上にのせ、「かわいいかわいい」と撫でてあげる。いや、ごきげんを伺って撫でさせていただく。って、「泣き虫ちゃん」をどこに連れて行ってしまったのよ。

 「森友問題」が何一つ解決しないままの安倍首相だけれども、ここに来て「加計学園問題」がふたたび浮上して来たし、「ない」とされてきた自衛隊南スーダンPKO派遣のときの「日報」も、問題になったあとに「データ消去」されていたこともわかった。それで、今日はテレビで国会中継をやっていて、わたしも帰宅後はずっと見つづけた。何度も答弁に立つ安倍首相は同じ答弁ばかりをくりかえす。立憲民主党の枝野氏もかなり攻めたけれども、そのあとの希望の党の玉木氏の追究は安倍フォロワーの自民党議員を怒らせてヤジを飛ばさせ(あとでわかったのだけれども、このヤジを飛ばした人物は議員ではなくて「秘書官」だったらしい)、安倍首相を苦しめた。「あなたは嘘つきだ」という追究に、「わたしが嘘つきというなら、その証拠を示してほしい」と語気を荒げる安倍首相だが、それは逆で、これだけ疑念が噴出している中、当然安倍首相の方こそが「わたしは嘘つきではない」という証拠を出さなければならない。玉木氏は「安倍首相こそ次に証人喚問を受けなければならない」とした。
 ‥‥いちど「森友問題」が沈静化しそうな気配だったけど、こんどこそ本当に「安倍退陣」への道が開けたのではないかと思う。そうでなくってはならない。

 というわけで、昨日から始まった「カーネーション」の再放送は、さっそく休止だった。今日は借りたDVDの残り、カウリスマキ監督の作品2本の入ったDVDから、「過去のない男」を観た。見終わったあとの食事はご飯とトマトを炒め合わせ、ケチャップで味付けしての「オムライス」。今日のは成功した。


 

[]「過去のない男」(2002) アキ・カウリスマキ:監督 「過去のない男」(2002)   アキ・カウリスマキ:監督を含むブックマーク

 簡潔な、削ぎ落としたセリフと、無表情な演技、カウリスマキらしいショットの積み重ね。
 主人公の男は列車から降りたところで暴漢に襲われ、ひん死の重傷を負う。奇跡的に意識を取り戻すけれども、過去の記憶を失っていた。身元を証明するものもすべて奪い去られていて、「自分が何者なのか、どこに住んでいたのか」など、いっさいわからない。病院を抜け出してしまった男は、自分の名前もわからぬままに貧民街のトレーラーに住むことになり、救世軍の世話になる。そしてその救世軍の女性(これが、いつものカティ・オウティネン)と惹かれ合い‥‥、みたいな展開になる。

 仕事を探しに職業安定所へ行くのだけれども、身分証明がないから仕事の紹介を受けられないというのは、このあいだ映画館で観た「希望のかなた」でも、難民の少年が難民申請所へ行くところで似たような展開があったと思うし、「コントラクト・キラー」の主人公も職安へ行ったような(彼は「外国人だから」ということで仕事が見つからない)。そういうところで、順風満帆には行かない主人公が社会での底辺の人たちと(もちろん、女性とも)出会うことで、新しい人生を歩み始める、というのがカウリスマキ監督の「お好み」のテーマではないか、とも思う。

 やはりバンドの「生演奏」ライヴシーンも挿入され、今回は救世軍の楽士隊たちが主人公のアドヴァイスで「ロック」を演奏してみたり、そしてレストランではバンドと女性歌手がタンゴを歌っていたりする。あとは、「ハンニバル」という名前の、かわいい犬。

 しばらくカウリスマキ監督の旧作を観つづけているけれども、どの映画も柔らかい感触がわたしを包んでくれるようで、どれもステキな映画ばかり。この映画もやはり、わたしのお気に入りだ。

 

 

 

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■ 2018-04-10(Tue)

 またしばらく、ニェッタの姿を見ない。最後にその姿を見てから、もうそろそろ四週間になるだろうか。その最後に見たときのニェッタがどこかやつれていて、「大丈夫なのかな」とは思ったわけで、そのときも心配はしていたのだった。ニェッタが自分の住まいにしていた廃車の中を、あれからときどき覗いてはみるのだけれども、その姿はない。「もうニェッタの姿を見ることもないかもしれないな」とも思うけれども、前もそう思っていたらひょっこりと姿をあらわしたこともあった。そういうことがまた起きることを期待したい。

 さて、昨日ウチの新しい家族になった「泣き虫ちゃん」だけれども、昨日棚の上に置いておいたのに、今朝になるとその姿が見えなくなった。どうやらニェネントくんがどこかに隠してしまったようである。「泣き虫ちゃん」のことが気に入って、もっと<お友だち>になりたいと思ったのだろうか。「ニェネントくん、泣き虫ちゃんをどこに連れてったんですか?」とニェネントに聞くが、もちろん答えてくれるわけもないのだった。

 夕方、今日から、昔の朝ドラの「カーネーション」の再放送が始まった。脚本が渡辺あやで、とにかくは「傑作」だったという記憶がある。また観られるのは幸福だ。これからは夕方は「カーネーション」を観るために時間をあけておかなくっては。今日はその第一回と第二回。意外なことに、わたしのなかでかなりの部分の記憶が残っていた。特に、主人公小原糸子の幼なじみ、料亭「吉田屋」の娘の吉田奈津の子役の、日傘をさした表情を下からとらえたショットなど、「絵」として思い出せるところがあった。
 わたしは2011年の最初の放送も観ていたのだと思うけれども、それよりも2014年にBSで再放送されたのを観ていて、その記憶が残っているのでないかと思った。しかし、この最初の二回をみるだけでも、そのエネルギッシュな演出、スピーディーな展開をたっぷり楽しんだ。
 先週から始まった「半分、青い」はあんまりマジメに観ていないけれども(ちょうど昼の再放送がみれるのだけれども、仕事を終えて帰宅する時間にかぶるので、気分が落ち着いていない)、やはりこの「カーネーション」、そしてもちろん「あまちゃん」は、朝ドラのいちばん面白いところ、だった。

 夕食は昨日の残りの「ナシ ブリヤニ」。とにかくマレーシアとタイとインドの合体した、わけのわからないアジア系料理になってしまい、味も「濃い口」。おいしいといえばおいしいのだけれども、味を調和させるために、今夜はトマトサラダにフレンチドレッシングをあえて、いっしょに食べてみた。‥‥食後は、先日借りたDVDで、「回転」という作品を観た。


 

[]「回転」(1961) ヘンリー・ジェイムズ:原作 トルーマン・カポーティ:脚本 ジャック・クレイトン:監督 「回転」(1961)   ヘンリー・ジェイムズ:原作 トルーマン・カポーティ:脚本 ジャック・クレイトン:監督を含むブックマーク

 ヘンリー・ジェイムズの小説には一時期ハマった記憶はあるけれども、どれひとつとして記憶しているわけではない。ただ、彼の小説は「心理小説」というのか、ストーリー展開の面白さ、波瀾万丈の展開で面白がらせるのではなく、その見せかけの世界の裏側でどんな駆け引きが行なわれていて、どんなさりげないセリフで勝敗が決まったりしてしまうのか、みたいなところを精緻な文章で定着させたような作品だっただろうか、という漠然とした概念は、彼の小説に対して持っている。「ある婦人の肖像」とか「鳩の翼」などの作品は読んだことがあると思う。そんな彼の作品で、おそらくいちばん知られているのが中編「ねじの回転」で、この「回転」はその映画化。ずいぶん昔に観ていることは観ている作品。

 主演の家庭教師のミス・ギデンスを演じているのはデボラ・カーで、「適役」というか、孤独なオールドミスで妄想を膨らませてしまうような中年女性の危ない心理状態をみごとに演じていると思う。
 ストーリーは詳しく書かないけれども、人里離れたような、まさに「ホーンテッド・ハウス」というような屋敷に、ミス・ギデンスはマイルスとフロラという兄妹の家庭教師として赴任する。そこでギデンスは「亡霊?」という姿を目にし、兄妹をその亡霊から守ろうとするわけである。

 ミス・ギデンスが屋敷に足を踏み入れたとき、カメラは彼女が目にした大きな樹木を彼女の視点から映し、それを見上げるミス・ギデンスの表情に切り替わる。これは以後、「この映画にはミス・ギデンスの主観的視点の映像も描かれるのですぞ」という<宣言>みたいなもので、この映画のポイントになるのではないかと思う。
 だからこれ以降、屋敷内の描写では「ミス・ギデンスの妄想」とも「現実」ともさだかではないショットがつづくわけで、その肝心の「亡霊」がミス・ギデンスの「妄想」なのか、いや、やはりそういう「亡霊」がこの屋敷には存在するのかと、どうともいえないことになる。‥‥この映画の見どころはまさにこの点、そのアンビヴァレンツな描写にあるだろうと思う。

 そんな中で、兄のマイルス(まだ十歳そこそこ)の存在がクセもので、まるでミス・ギデンスをたぶらかすかのように、どこか大人じみたふるまいをみせたりもする。「おやすみのキッス」のシーンなど、ほとんど禁断の映像であるし、その「亡霊」とされる死者の過去と、このマイケルとは深い関わりもあったようでもある(マイケルだけではなく、妹のフローラも)。

 だからこの映画、「ホラー映画?」みたいに見られるわけだけれども、「いや、ちがう。その<恐怖>とは、心の中にあるものなのだ」ということを描いたということで、画期的だったとは思う(今回観て、「シャイニング」との近接点も感じた)。

 主演のデボラ・カーの渾身の演技はすばらしいのだけれども、この映画から50年以上の時を経た今、こういう役を演じられる女優というと、わたしの感覚ではナオミ・ワッツとかあたりで観てみたい気がする。そして、妹のフローラは(もうちょっと幼かったときの)エル・ファニングがいい。そういう組み合わせでのリメイクを観てみたかったなあ。

 

 

 

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■ 2018-04-09(Mon) このエントリーを含むブックマーク

 久しぶりの夢。はっきりと記憶しているわけではないけれども、三人の人物が登場する。それぞれがイギリス人、フランス人、ドイツ人で、ひとりは女性だったと思うが誰が女性だったかは思い出せない。三人はそれぞれの出身三国のなかで、自分の出身国がいちばんすぐれていると、主張し合うのである。夢の中にわたしが登場していたのかどうか、そのことはわからない。
 ‥‥こんな夢をみたのは、きっとおそらくはピンチョンの「逆光」を読んでいるせいで、さまざまな国籍の人物が登場し、世界を股にかけて移動しまくる巨大なスケールの物語の中で、わたしの睡眠時思考はピンチョン的ヨーロッパ世界に飛んでいたのだろう。よくやく4/5近くまで読んだ「逆光」、今週中にはついに読了!の予定なのだ(もうすでに、忘却の彼方に消えてしまったディテールの数々よ‥‥)。

 先週末、ウチの近くの道角で道に迷った様子だった「泣き虫ちゃん」。今日も仕事の帰りに、同じところで泣いているのを見つけた。「それではわたしのウチに連れて帰ってあげるよ」と、自宅に連れ帰った。何かのキャラクターかと思うのだけれども、写真を撮ってGoogleで類似画像検索しても同じものは出て来なかった。

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 きっとニェネントくんが気に入ってくれて、仲良くしてくれるんじゃないかと期待したのだが、むむむ、ニェネントくん! いぢめちゃあダメです!

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 先日、エスニックな「料理の素」みたいなパックをもらってあったので、今日はコレを使ってクッキングすることにした。

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 タイかどこか、東南アジア系の食材みたいだけれども、裏側に英語でつくり方が書いてあって、つまりは白米(ライス)と鶏肉とこの食材をいっしょにして炊き込む、エスニック系炊き込みご飯のようだ。ただ、スプーン2杯の"ghee"を入れろと書いてあり、"ghee"というのは調べると「バターオイル」とかそういうものらしく、だったらバターでも入れてやれば済むものかと思ったのだけれども、「せっかくだからここはゴージャスに」と、前からウチにあった固形調味料(どうも「トムヤンクン」らしい)をぶち込み、カレー粉も入れてみることにした。

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 書かれている通り、米と鶏肉と調味料などを炊飯器に入れて炊飯。‥‥ふむ、「炊き込みご飯」というのは手間がかからず簡単なものなんだな。これで野菜とか入れるというとちょっと面倒な気もするけれども、こういう鶏肉だけでOKというエスニックなものなら、今日のパックみたいなのを使わなくってもつくれそうな気がする。これからレシピを調べて、たまにやってみてもいい。
 それで出来上がり。むむむ、やはりあれこれ調味料を混ぜ混ぜにしたので、味が濃厚。カレー味も強い。ちょっと「ドライカレー」っぽくもある。鶏肉がいい味になっていて、もうちょっと薄味であればこれは相当においしいだろう。二合炊いたので、まだまだ二食分ぐらい残っている。

 食べ終わったあとになって調べたら(遅いんだよ!)、これはマレーシアの食材で、「ナシ ブリヤニ」という料理なのだそうだ。またいつか、トライしてみたいものだと思った。


 

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■ 2018-04-08(Sun)

 朝、「むむむ?」という気配で目が覚めると、ニェネントがベッドに上がってきていて、目を開けたわたしの視界いっぱいにニェネントの胴体がうごめいていた。窓の外はもう明るくなっている。「ああ、また今日も涼しいもんだからベッドに上がってきたか」と思って、「もうちょっと寝るわ」とまた眠る。すると、「ツン!」と頭のてっぺんを叩かれ、髪を引っぱられて痛い。ニェネントがベッドの下からわたしを引っ叩いたのである。あ、そうか、<あんた、いつまで寝てるんだよ! わたしの朝ごはんを早く出せよ!>と要求しているのである。「いや〜、ワルいワルい」と起き出して、ニェネントくんの朝ごはんを出してあげる。

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 自分も朝食(ハムを乗っけたトースト)を食べながら、「休みも今日でオシマイか、また明日から仕事なのだな」と、あまり明るくない気分になる。そうすると「せっかくの休みだ。今日もゆっくりと休もう」という気分になり、またダラダラと一日を過ごしてしまうのだった。「これではいけない」と、またかんたんな夕食を取ったあと、一昨日借りたDVDを観るのだった。


 

[]「明日の記憶」(2006) 荻原浩:原作 堤幸彦:監督 「明日の記憶」(2006)   荻原浩:原作 堤幸彦:監督を含むブックマーク

 若年性アルツハイマー病に侵された主人公の話。「記憶を失う」ということで、わたしにも他人事ではない話でもあって、前から気にはなっていた映画。前知識として渡辺謙と樋口可南子とが夫婦を演じるとあって、「泣かせる夫婦愛」の話に落ち着くのではないかとの予感はあったのだが。

 主人公の渡辺謙は49歳。広告代理店の有能な営業課長で、クライアントとの大きな契約も取り付け、娘の結婚も決まるという順風満帆の状況から映画は始まる(その前に「6年後」の姿として、介護施設に入所している主人公の短い描写があるのだけれども)。それがフッと物忘れがはげしくなり、大事な会議の時間を忘れてしまったりする。心配した妻の樋口可南子と共に病院を訪れ、記憶力テスト、MRI検査を経て、「若年性アルツハイマー」と診断される。その診断を受け入れられない主人公は病院ビルの屋上へ飛び出し、飛び降り自殺を考えもするのだが‥‥。
 病気と立ち向かうことにした主人公だが、ついには渋谷駅で目的地への道がわからなくなり会社に電話して道を教わるようなこともあり、仕事をこれ以上続けることは出来ないだろうという判断になる。娘の結婚式をなんとか終えて主人公は退職し、妻は働き始めることにして家庭を支えようとするのだが、病状はだんだんに悪化する一方。
 そんな主人公はあるとき、妻が保管していた介護施設案内のパンフレットを見つけ、電車を乗り継いでその介護施設に行く。その近くの山の中には、主人公が妻と知り合うことになった陶芸の焼き窯があるのだった。その焼き窯にたどり着いた主人公は、そのときの窯主に会うのだった。

 ‥‥意外と、クサい夫婦愛で救いを描くようなモノではなく、ある意味「ダメなものはダメ」というシビアな内容。同じような疾病で悩む人が(わたしも似たようなものだが)がこの映画に「救い」を求めようとしても、そのあたりの主人公の病状の進行も含めて「その状態を受け入れるしかない」というような展開。これはたしかに「そうとしかいいようがない」という現実を描いたものとして、かなりリアルなものだろうと思った。
 そういうことで書いておけば、主人公が受ける「記憶力テスト」、医師がいう三つのことばを記憶し、あとで思い出させるというのは、その三つのことばも含めてわたしが一年半前に受けた「記憶力テスト」とまったく同じもので、実はその三つの単語、わたしは今でもしっかりと記憶していた。そういうことではわたしは、「アルツハイマー」であるとか「認知症」ではないだろう、といえるのではないだろうか。‥‥ただ、主人公が渋谷で迷うシーンはわたしにも痛切なものがあって、わたしが発作で記憶が失せたあとに渋谷に行ったとき、まるで右も左もわからずに迷ったことがあり、これは主人公とわたしとはまるで同じであった。

 映画の終盤、主人公が窯元を訪れるシーンは、現実とも幻想ともつかないファンタジー・タッチで、わたしはもうちょっと幻想性を強くしてもよかったようにも思うのだけれども、このシビアな物語を締めくくるには納得の行く展開ではあったと思う。あそこで主人公は「もういちど過去を取り戻した」ともいえ、「別の世界へ行ってしまった」ともいえるし、それは深い意味では「死」を意味するものでもあったかもしれない。

 ‥‥わたしも、今後記憶障害がもっとはげしくなり、このような「アルツハイマー症」(または「認知症」)と同じような状態になってしまうのかもしれない。この映画で出て来た「記憶力テスト」を今でも記憶していたからといって、「安泰だ」と思い続けることは出来ない。もしも先日のように、「昨日やったことをまるで記憶していない」という<発作>がひんぱんに起きるようになれば、仕事を続けることはおろか、日常生活の遂行も出来なくなり、「介護施設」に入所しなければ生活を維持出来なくなってしまうこともある(というか、そのときにはわたしはもう<死者>と同じになってしまっているわけだ)。この映画の主人公が「陶芸」を続けていたように、わたしもそういう<何か>をやらなければ、とも思っている。

 映画の演出のことでちょっと書けば、オープニングシーンのSFXとか、「なんかムダなところにお金使ってるな〜」って感じがして、それはあまり効果を生み出してもいないのにカメラをグングンと移動させたりすることにもいえるのだけれども、別にカメラを固定していても(逆にその方が)しっかりと映像で伝えられるようにも思う。特に夫婦がパニックに陥ったときの、わざとらしい手持ちカメラでの「ぶれ」とかは、演出をカメラにまかせているようで、わたし的にはペケ。
 あとは劇構成として、ちょっと妻の樋口可南子が出来過ぎというか、彼女なりの「葛藤」とか「悩み」とかはもっと大きかったはずで、そういうのをもうちょっと描いてはほしかった。あれだと「現実にこの世にいそうもない、パーフェクトな妻」って感じで、「あ〜、何でわたしには樋口可南子がいないんだ!」ってなってしまうではないか。
 ま、わたしの「妻」は、ニェネントくんだな。

 

 

 

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■ 2018-04-07(Sat) このエントリーを含むブックマーク

 正月から三ヶ月、マメに「家計簿」をつけてきたのだけれども、先週〜先々週と友だちらと飲みに行く機会も増え、そういうのって「割り勘」になったりいろいろと、あとになって「はたしていくら払ったのか」わからなくなるわけで、家計簿をつけつづける気分が失せてしまった。まあアバウトなところで書いてつづけてもいいのだけれども、この三ヶ月間家計簿をつけて、だいたいの傾向はわかったわけだし、そもそもがギリギリなところでやっているわけだから、「先月はこんなところで出費が多すぎたから、今月はそのあたりを気をつけよう」などという反省が生まれるわけでもない(そもそも、出費のすべてにわたって気をつけているのがわたしの日常である)。

 昨日帰宅するとき、ウチの近くの道角で、小さなマスコット人形が道路脇のコンクリート囲いの上に座って泣いていた。きっと迷子になってしまったのだろうか。この子のお家はどこなのか。この子のお家を探してあげたくなった。

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 昨日からまた気温も下がり、肌寒い夜になった。ふとんを一枚よけいにかぶって寝ると、ニェネントがふとんの上にあがってきた。ひょっとしたら、ニェネントはこの夜よけいにかぶったふとんのことがお気に入りなのかもしれない。なでてあげると、のどをゴロゴロとならしていて、しばらくはまるで逃げて行こうともしない。それでもフッと、「今日のサーヴィスはココまで」みたいに、ベッドから飛び降りて行ってしまう。

 今日は土曜日。「あ〜、今日は一日休みで、明日もまた休みなんだなあ」と思うと、気分がいい。それでゴロゴロと時間をムダにつかい、一日一歩も外に出ないで終わってしまった。午後からはまた長い午睡。
 夕方に目覚めて、「さあ、夕食は何にしようか」と悩む。とにかくはごはんを炊き、「缶詰でも開けようか」と思ったのだが、前に安く買ってあった「エスニックごはんの具」というパック(缶詰みたいなもの)を開け、その三分の一ほどをごはんにまぜ、目玉焼きをつくって「無精者」の夕食にした。「エスニックごはんの具」は、「まあ、こんなもんだろう」みたいな味だった。


 

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■ 2018-04-06(Fri) このエントリーを含むブックマーク

 今日は仕事のあと、国分寺のクリニックへ通院する。予約時間は二時十五分で、多少早く行ってロビーで待つとしても、昼食をすませて行っても早く着きすぎる。それで、昨日も昼食をとったカフェで昼食をとったあと、すぐそばの量販中古本販売チェーン店に行ってみた。もうこのチェーン店には面白い掘り出し物も見つけにくいのだけれども、洋書コーナーを見ていると、「タイのこの100年」をヴィジュアル中心にまとめた画集っぽい本があり、内容は「この100年」からはみ出して古美術の写真も掲載されている。インド美術の影響の細密画とかも多く掲載されているし、いろんな分野のコラムが満載。記述は英語だし、面白そうなのでこの本を買った。510円。

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 「そろそろいいか」とJRに乗る。飯田橋からしばらくは、車窓から「お堀(お濠)」が見える。この日は風が強く、風でさざ波立つ水面には鴨があちこちに浮いているのだけれども、ただ波に身をまかせて上がったり下がったりしている様子は、それが生き物なのだとは見えないところがある。無理に波にあらがうよりは、波に身をまかせる方が楽なのだろう。
 席が空いたのですわって、国分寺まで本を読む。わたしの前にすわっていた婦人の読んでいる本の表紙がちらっと見えて、それは「ウィリアム・フォークナーの詩学」という本だった。おお、何か、ちょっと「同胞意識」。

 国分寺駅に到着し、改札を出てみると、今までと何だか様子がちがう。北口と南口との区別がつかなくなったというか、今までは狭くてさびれていた感じの北口への通路が広々として、つまり駅に直結した駅ビルが出来たようだ。

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 まだ時間があるので、「それではその駅ビルに寄ってみようか」とも思ったのだが、行こうとしてみると今開店しているのは2階通路に隣接する店舗だけで、それ以外は明日の土曜日に新規開店するようだった。それは残念。

 クリニックへ行き、しばらく待たされて担当医先生の診察というか面談。‥‥わかったのは、担当医先生はわたしのこのところの記憶障害は、たんじゅんに「加齢」によるものと判断している気配があること。わたしは「そうではない」ということを訴えたいわけで、次回の診察にもまた、この日記からのレポートを提出することになった。
 しかし、考えてみれば、いくら今の「記憶障害」の原因が究明されたとしても、その記憶障害自体が治癒されるわけでもない。これから先、どんなことがあってもぜったいに記憶力が回復するということもないのだろう。わたしは「原因」が特定出来れば何か状況が変わると思い込んでいたところがあったのだけれども、そんなことはない。ある意味、原因なんてどうでもいいのだ。診察を終え、クリニックのそばの調剤薬局へ処方箋を持って行った。

 わたしは自分の病状というか状態を考えてあまり明るい気分ではなかったのだけれども、呼び出されて薬を受け取ろうとするとき、担当の男性が「その後変化とかおありですか?」などと聞いて来るので、悪いけどカチーンとキレてしまった。「変化」とかあればクリニックで担当医にちゃんと話しているわけだから、そういうめんどうな話をなぜ調剤薬局でもういちどしなければならないのか?
 そう担当者に言うと、「いや、何かあればと思って‥‥」というので、「そういうことを含めて担当医に診てもらい、結果として処方箋を出してもらっているのだ。それともあなたがわたしの話を聞いて診断し、治療方法を考えてくれるのか?」と詰め寄ってしまった。男は顔を赤くしてうつむいてしまい、わたしも「言いすぎたかな?」とは思ったけれども、いや、ぜったいにその男が悪い。
 帰りの電車の中でも、「その調剤薬局に電話して、詫びようか」とも思ったが、しばらく考えてやはりやめた。
 調剤薬局も、患者のメンタリティーを考えれば、言っていいことと悪いことを判断すべきだろう(特に「心療内科」系の病院のそばであれば)。彼らはルーチンでそういう会話を推奨されてるのだろうが、いちど考え直してほしい。

 乗り換えのお茶の水駅で下車し、まだ帰宅ラッシュには早いと思ったので、近くの中古CDショップに寄ってみた。外に出ると風がとっても強く、雨も混じっている。店に入ってザァ〜ッと棚を見て歩いて、Sandy Dennyの2枚組ベスト盤が気にかかった。今月は彼女の没後40年にあたるわけだし、考えてみればわたしは彼女のアルバムを1枚も買ったことがなかったのだった。「入門」するつもりで、いちど改めて聴いてみようと、このCDを買うことにした。

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 千代田線のホームに降りて電車を待つ。まだ5時前で、帰宅ラッシュ前だと思ったのだけれども、電車は意外と混み合っていた。それでも早くに座席に座ることが出来、こういうのは「ラッキー」と思ってしまう。
 ダイレクトに帰らずに柏駅で下車し、レンタルDVDの店に寄って、久しぶりにDVDを借りた。外はこのあたりではあまり風は吹いていないようだけれども、けっこう雨が降っていて、帰り道が心配になる。
 でも、自宅最寄駅に着いてみるとまるで雨は降っていなくって、傘の必要もなかった。帰宅して、今日もニェネントに食事を待たせてしまったのですぐに食事を出してあげて、わたしもひと息入れるのだった。


 

   2018/04/12 11:37 自分の病気を勲章に周りの人を傷つけて自慢する害虫。

crosstalkcrosstalk 2018/04/12 13:57 ‥‥わたしは彼に感情をぶつけたのではなく、彼がわたしに論理的に疑問のある問いかけをしたことを問うたわけで、そこで彼が答えられないような言葉を、顧客にかけるべきではないと思います。わたしが疾病を抱えているからというのは二義的な問題です。

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■ 2018-04-05(Thu) このエントリーを含むブックマーク

 今日は仕事のあと、銀座のギャラリーに行くことにした。観たいのは田端麻子という人の個展。この人の作品は上野の都美術館での「人人展」で観て、去年から気になっていて、ちょうど個展の案内も今年の都美術館の展示で出ていたので、チェックして行くことにしたもの。

 仕事のあと、飯田橋のカフェでワンコインのバーガーセットで昼食をとり、JRで有楽町の駅へ出た。目的地の画廊は有楽町の駅に近いようだけれども、まるで知らない画廊。「迷うかな?」と思ったのだけれども、そんな予想を裏切って、有楽町駅からは最短経路で画廊を見つけることが出来た。

 画廊はビルの8階との表示があったけれども、エレヴェーターで上がってみると、7階、8階と連なった展示スペースで、その中間には「屋上カフェ」みたいなオープンスペースもあって、面白い空間だった。

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 田端さんの作品は、立体と油彩平面とが展示されていた。立体は油彩がそのまま平面から抜け出してきたようで、油彩との違和感はない。油彩画にはどこか絶望的な悪夢が描かれているようでもあるのだけれども、そこに絶望を突き抜けたユーモア感覚が感じられて、わたしの心が惹かれる。ムンクを思わせるような波打つような空間描写、記号のように簡略化された人物たちの描写。そこには孤独に打ち沈むような精神(魂)が感じられるのだけれども、でもそれでも、どっぷりとそんな状況にハマってしまっているわけでもないような。立体作品も壁に頭を打ちつけた人の像とか、首を吊った人とかがあって、やはり明るくはない。それでもやはり、そんな中からすっとぼけたようなユーモアを感じる。
 どこか、昔読んだつげ義春のマンガ、「夜が掴む」などという作品を思い出されたりもするのだが、つげ義春作品のように読んでいて(観ていて)「あぶない、あぶない」という感覚でもない。田端さんはそんな「危うい」精神空間に身を置きながらも、そういう状況をユーモアを込めて客観視しているように思えた。

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 そういう田端さんの作品は、ともすれば「悪いところ」へ行ってしまいがちなわたしの精神にとって、ある種の「救い」ではあったと思う。そして、いろいろなことを考える。これからも、彼女の作品は観続けたいとは思うのだった。


 

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■ 2018-04-04(Wed) このエントリーを含むブックマーク

 暖かい。というか暑いぐらいで、東京都心では26度を越えて、「夏日」になってしまったという。暖かいのはいいのだけれども、悲しいのはニェネントがわたしに寄りつかなくなってしまうこと。わたしは暖房器具かよ?と思うのだが、夜ベッドに上がって、わたしの上に乗っかってくることもなくなるし、昼にわたしがパソコンに向かっていても、わたしのそばで丸くなったりもしなくなる。いちおう、パソコンに向かっていて「あれ?」と横を見ると、ニェネントがわたしに近いところでじっとこっちを見ていたりする。その距離感が絶妙というか、いつも、わたしが手を伸ばしてニェネントに届くかどうか、微妙なところにすわっている。「では」とわたしが立ち上がってニェネントに近づくと、ニェネントはやっぱりわたしから逃げて行くのである。‥‥つまらない! どうしてそんなネコなのか。

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 そんなニェネントは、トイレをわたしと共有することもやめたい雰囲気もあって、このところネコトイレのネコ砂の消耗が激しい。ニェネントは今まではネコトイレではうんちしかしなかったから、ネコ砂はほとんど汚れることもなく、うんちだけ始末していればネコ砂はかなり長いこと使えたのだけれども、この頃はネコトイレでおしっこするようになったので、ネコ砂も前よりも頻繁に掃除して補充しなければならなくなった。今までけっこう買い置きのネコ砂があったのだけれども、そろそろなくなってきたので、近所のスーパーで買うことにした。
 「ネコ砂」は、ひょっとしたら我孫子の方まで行ってスーパーの「I」で買うのがいちばん安いのかもしれないけれども、「えい、めんどうだ!」と、近場で買う。最近はバナナが健康によろしいということも聞いたので(前から知ってたはずだけれども)、「よし、これからは毎朝バナナだ!」と、しばらく買うことのなかったバナナなども買う。

 帰宅して、あさって行くことになっている国分寺のクリニックでの診察のため、担当先生にいわれていた「ティピカルな記憶障害の例」とか、「現在の状況」、「先月の発作の件」などをちゃっちゃっとレポートに書く。こういうことは細かく書いているとキリがないのだけれども、短くまとめることが出来たかと思う。診察の手助けになってくれればいい。

 夕食は昨夜の残りの肉じゃが。もう、寒い時期のように残った料理を出しっぱなしにしておくと(この暖かさでは)いたんでしまうので、昨夜、鍋ごと冷蔵庫にぶちこんで保持しておいた。出してみると意外とまだまだ大量に残っていて、とても食べきれない。「明日も肉じゃがですね」と、残りをまた冷蔵庫にぶち込むのであった。

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■ 2018-04-03(Tue) このエントリーを含むブックマーク

 わたしは仕事のあるときは毎朝四時に起きる。今朝も四時にアラームで目覚め、テレビをつけると意外なことに、動物番組「ダーウィンが来た!」の再放送が始まるところだった。今までこの時間にこの番組の再放送などやっていなかったので意外だったが、この回はおとといの日曜日の夜に放映されていたモンゴルの「マヌルネコ」の特集で、「見たい」と思っていたのに(よくあることだが)その時間になるとすっかり忘れてしまっていて、見逃してしまったものだったのでありがたい。
 モンゴルの平原で暮らすマヌルネコは、今までその生態もよくは知られていなかったらしい。夏はわずかな岩場以外天敵から身を隠す場所もない。そして冬は厳しい雪の中で春を待たなければならない。そんなマヌルネコの天敵からの身の隠し方、同じ草原に棲むネズミを狩る狩りの様子、そして子どもマヌルネコの成長するさまなどが紹介された。耳の位置が低く、丸々とした容姿は普通のネコとはちょっとちがうけれども、独特の愛らしさがある。でも、夏に生まれる子どもたちは、30パーセントぐらいしか冬を越せないのだという。自然は厳しい。

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 今日はウチの地域の燃えないゴミの収集日だったのだけれども、わたしが仕事から戻るとまだ収集車は来ていなかったのか、大きい不燃ゴミは残されていた。その中にカッコいい電気ストーブが置かれていて、わたしの持っている電気ストーブよりも、よほどイイもののようだった。まるで汚れてもいないし、わたしとしては「これはただ<いらなくなった>から捨てられたモノで、きっと壊れていないな」と踏むわけで、ま、壊れているのならまたゴミの収集場に戻せばいいだけだから、とりあえず部屋に持ち帰り、電源を入れてみた。‥‥予想通り壊れていたわけではなく、立派に使えるようだ。
 この「燃えないゴミの収集日」というのは、なぜかウチの辺りでは「まだ使えそうなもの」がいろいろと出される。今日もほかにパソコンに接続するフォト画質のプリンターらしきものも出されていたわけだけれども、それはわたしもきっと使わないだろうから拾わない。でも以前、「電動鉛筆削り」が出されたときには「別に場所を取るわけでもないから」といただいて、ときどき役に立っている。それで今でも残念に思っているのは、小型のラジカセが出されていたときにいただかなかったこと。今かなり、和室で聴くために小型のラジカセが欲しくなっていて、「あのときゲットしておけばよかったのに」と悔やむのである。

 テレビをつけてそのままにしていると、この日は高校野球の準決勝の二試合が行なわれていたのだけれども、どちらの試合もガンガン点が入って逆転劇もつづき、なかなかに面白かった。やはり準決勝ぐらいになると「凡プレー」とかいうものもなくなるし、高校野球も面白いではないか、などと思うのだった。

 このところ外食がつづいてしまって、ごはんを炊くことがなかったのだけれども、昨日久々にごはんを炊いたのが残っているわけで、「では今日は<肉じゃが>をつくろう」ということにした。今はジャガイモとタマネギのストックが山のように残ってもいるわけで、早く消化してしまわないと、もうジャガイモなんか芽が伸び始めている。ニンジンもいっぱいある。豚肉をかなりの量ぶっ込んで、買ってあったシラタキを一袋ぜんぶ使うと、かなりの量の肉じゃがが出来た。ふむ、ちょっと薄味だったけれども、味が濃すぎるよりはよろしい。これで二、三日は肉じゃがが続きそうだ。


 

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■ 2018-04-02(Mon) このエントリーを含むブックマーク

 月曜日。また仕事が始まる。今までは通勤時間も外はまっ暗だったけれども、駅に着くと東の空がうっすらと青く、明るくなってきているのがわかるようになった。じきに自宅から駅まで歩くときにも、すっかり明るくなることだろう。
 勤め先のそばの桜並木もかなり花が散ってしまっていて、「今年の桜ももうおしまい」というところだ。まだもうちょっと残ってはいるけれども。

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 仕事を終えて自宅駅に戻り、自宅へと歩く途中の桜も、もうずいぶんと散ってしまい、地面は散った桜の花びらに埋もれている。一年前にわたしがこの土地に転居したときがちょうどこういう感じだったけれども、あれは4月12日のことだった。今年は十日ほど早く、「春」がやって来たのだ。

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 この日記を書くのをずいぶんと怠っていたので、帰宅してからは一所懸命日記を書く。それで「今夜の夕食はどうしようか?」とか考え、冷蔵庫にはずいぶん前に買ったトマトがまだ残っているし、先週に卵もまた一ケース買ってあるので、「何か<トマトと卵>を使ったメニューを探ってみよう」と検索し、「中華風トマトと玉子の炒めもの」をつくることにした。めっちゃかんたんだ。‥‥ふむ、「もうちょっとあっさりした味」がよかったかな?とは思うけれども、「中華」としてなかなかお手軽で満足もできるメニューではあっただろうか? とにかく安上がりだから、自分のレパートリーに加えようと思う。


 

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■ 2018-04-01(Sun) このエントリーを含むブックマーク

 日曜日。今日からもう4月になった。いつもの年よりも早く、桜の花ももうそろそろ散り始め、気温もこのところ二十度を越える日がつづく。「陽春」という感じ。

 金曜日に仕事のあとに出かけると、そのあと翌日の土曜日が休みで、さらに翌々日曜日もまだ休みなので、「ゆっくり休めるな〜、出かけるのは金曜日にするのがいいかもね」などと思ったりするのだけれども、こうやって日曜日を迎えると、「あ〜、もう明日から仕事になるのか」と、もっともっと休んでいたい気になってしまう。それで、今日もまた、昼間はたっぷりと昼寝してしまうのだった。
 寝ているとニェネントが室内を徘徊していて、どこかで「ゲッ!ゲッ!」と吐いている声が聞えてくる。ニェネントが吐くのは毎度のことで、そのあともケロッとしているから別に心配したりしないけれども(吐瀉物にもよるけれども)、その、「いったいどこで吐いたのよ!」ということが気にはなってしまう。すぐわかるところで吐いてくれていれば始末もつけやすいけれども、ちょっとわからない物陰とかにゲロってくれていると困る。「今日はどこにゲロったのよ?」などと思いながら寝つづけて、それで夕方に「いいかげん起きなくっては!」とベッドから起き上がり、和室から出ようとしたら、思いっきりニェネントのゲロを踏んづけてしまった。‥‥いっぺんで目が覚めた。

 ニェネントのゲロをお片付けして、「今夜はまた、夕食はそばの中華に行こう」ということにして、7時半頃に出かけた。店はもう満員の盛況。ま、ひとりがけの席は空いているのでそこに陣取って、おなじみの台湾焼きそばと瓶ビールとで満腹になる(そういえば、この4月から瓶ビールも値上げになるというニュースを見たばかりだったが、まだ値上げされていなかった)。

 夜は半藤一利の「昭和史」の戦後篇を読みはじめ、読みつつ寝るのだったが、この戦後篇を読むと、前の戦時下の記述で、いかに国民が虐げられたかという記述がほとんどなかったことに思い当たった。「特高」のことなど何も書かれていなかったし、当時の思想統制や左翼の弾圧(当然、小林多喜二の虐殺など)について、ひとこともふれられていなかったではないかと。ま、そのあたりがこの著者の限界なのかとも思うのだった。


 

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