ワニ狩り連絡帳 このページをアンテナに追加 RSSフィード

       

■ 2018-05-31(Thu)

 昨日は外は午後から雨になったようだったが、仕事から帰宅すると一歩も外に出ないからわからない。激しい雨ならば窓を通じて雨音が聞えてくるから、「ああ、雨なんだな」と思うが、昨日はそこまでの雨でもなかった。
 今朝起きて外に出ると青空も見える天気なのだけれども、地面が雨のせいで濡れていた。こういう、雨のあとの天気のいい朝は気もちがいい。雨のせいで空気が浄化されたように感じるし、今の「陽春」という季節が心地いいのだろう。

 電車を乗り継いで勤務地の駅で降りて、それで勤務地まで歩くのだけれども、途中まで歩く地下道に貼ってあるポスターに「ドラえもん」の描かれたモノがあり、そのポスターが自分の視界のはじっこに入るとき、「あ、ニェネントだ」と思ってしまう。‥‥うん、ニェネントとドラえもんなんてまるで似ていないわけで、どうしてそう思ってしまうのか考えるのだけれども、ベッドでわたしの上にいるニェネントの真ん丸な眼、それとピンク色の鼻(ドラえもんの鼻はどちらかというと赤いのだが、そのメトロの通路に貼ってあるポスターのドラえもんの鼻は、わたしにはピンク色に見える)とが、そんなポスターの「ドラえもん」からニェネントを連想させてしまうみたいだ(写真を撮ったが、やはり「ドラえもん」に似ているわけもない)。

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 ネコといっしょに暮らしていると、外を歩いていてもいろんなものを「ネコ」と見まちがえてしまう。道路の端に大きなゴミが転がっていても「あ、ネコだ」と思ってしまうし、ブロック塀の上に何か置かれていると、「ネコがひなたぼっこしてる」とみえてしまうのだ。そういうのを見ると、「早く家に帰ってニェネントといっしょにいたいものだ」と思うことになる。いちにちじゅうずっと、家でニェネントといっしょにいたいものである。

 今日は三時ぐらいから、内科クリニックへ行く。めずらしく待合いのロビーにほとんど人もいず、すぐに順番がまわってきた。前回の血液検査の結果が出ていて、ヘモグロビン値は正常になりましたねー、ということ。レバーを積極的に食べたおかげだろう。ただ、蛋白値がいまいち。


 

[](16)ジョー・ボイド(Joe Boyd) (16)ジョー・ボイド(Joe Boyd)を含むブックマーク

 今、インクレディブル・ストリング・バンドのプロデューサー、マネージャーだったジョー・ボイドの自伝を注文していて、おそらくは明日には到着することと思う。以後、このコラムはそのジョー・ボイドの本を中心に進行することになる気もする。それで今日は、そのジョー・ボイドのことを、今知っている範囲で書いておこうと思う。

 ジョーは1942年生まれの生粋のアメリカ人だけれども、60年代にはイギリスに渡り、プロデューサーとして多くのイギリスのアーティストを世に送り出すことになる。こんな若い人がいきなりプロデューサーとして活躍するのはかなり例外的なことだとは思うけれど、そのあたりのことも本が届けばよくわかることだろう。
 彼がプロデュースしたミュージシャンはもちろんインクレディブル・ストリング・バンドをはじめとして(ジョーがイギリスでさいしょに契約したのがISBだったらしいが)、フェアポート・コンヴェンション(Fairport Convention)、ニック・ドレイク(Nick Drake)、ヴァシティ・バニヤン(Vashti Bunyan)、そしてフェアポート・コンヴェンションを抜けたリチャード・トンプソン(Richard Thompson)やサンディ・デニー(Sandy Denny)などなど、イギリスのフォーク・ロック界のそうそうたる名が並ぶのだけれども、もっとオーセンティックな伝承フォークの世界のミュージシャン、例えばシャーリー・コリンズ(Shirley Collins)やマーティン・カーシー(Martin Carthy)らのアルバムのプロデュースも行っている。
 ではそういう<フォーク>の世界を専門に扱っていたのかというとそういうわけでもなく、あのピンク・フロイド(Pink Floyd)やソフト・マシーン(Soft Machine)のデビュー・シングルをも手がけていたというあたりが、ビックリポンである。70年にはニコ(Nico)の「Desertshore」も手がけているし、80年代になるとR.E.M.や10,000 Maniacs、そしてDagmar Krauseのブレヒトソング集アルバムもプロデュースしていて、ま、どこかわたしの音楽の好みとかぶるところで仕事をされているわけで、一時は「プロデュース/ジョー・ボイド」と書かれているだけで「買ってみよう」という気にさせられたりもした。

 もちろんこのコラムではこれ以降、インクレディブル・ストリング・バンドとの関わりを中心に彼のことを書いていきたいけれども、今までにも何度か書いた「ウッドストックの惨劇」の、マネージャーとしての責任者が彼である。スケジュール上の金曜日の夜のステージを「雨」ゆえにキャンセルし、翌土曜日の昼、ブルース・ロックの連中のまっただ中に放り込むことになってしまった彼の判断は、今まで読んだ別の本でも彼自身が「わたしの最大のミステイク」といっているようでもあり、はたして彼の書いた本でそのことをどのように書いているか、やはり興味があるところである。


 

[]二〇一八年五月のおさらい 二〇一八年五月のおさらいを含むブックマーク

ダンス・演劇:
●「Responding to Ko Murobushi #3 Alexandra Rogovska」@北千住・BUoY
●KAAT×サンプル「グッド・デス・バイブレーション考」松井周:作・演出 @横浜・KAAT神奈川芸術劇場 中スタジオ

美術:
●「六本木アートナイト」@六本木周辺(ちょっとだけ、ね)

映画:
●「ハッピーエンド」ミヒャエル・ハネケ:監督・脚本
●「ザ・スクエア 思いやりの聖域」リューベン・オストルンド:監督
●「孤狼の血」柚月裕子:原作 白石和彌:監督

読書:
●「スモール・レイン」トマス・ピンチョン:著 佐藤良明:訳(「スロー・ラーナー」より)
●「ロウ・ランド」トマス・ピンチョン:著 佐藤良明:訳(「スロー・ラーナー」より)
●「エントロピー」トマス・ピンチョン:著 佐藤良明:訳(「スロー・ラーナー」より)
●「アンダー・ザ・ローズ」トマス・ピンチョン:著 佐藤良明:訳(「スロー・ラーナー」より)
●「シークレット・インテグレーション」トマス・ピンチョン:著 佐藤良明:訳(「スロー・ラーナー」より)
●「文学部をめぐる病い 教養主義・ナチス・旧制高校」高田里惠子:著
●「アートにとって価値とは何か」三潴末男:著
●「パーカーの背中(Parker’s Back)」フラナリー・オコナー:著 須山静夫:訳(「オコナー短編集」より)
●「競売ナンバー49の叫び」トマス・ピンチョン:著 佐藤良明:訳

DVD/ヴィデオ:
●「アメリカの影」(1959) ジョン・カサヴェテス:監督
●「ザ・フォール/落下の王国」(2006) ターセム・シン:監督
●「乱れる」(1964) 松山善三:脚本 成瀬巳喜男:監督


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■ 2018-05-30(Wed)

 昼でも夜でも、わたしが和室へ行ってベッドに横になると、ニェネントも和室にやってくる。そしてわたしの寝ているベッドに跳び乗ってくるわけで、そうするとわたしはそんなニェネントを抱き上げて胸の上に乗せ、遊んであげるわけで、ほんとうは寝る前に本を読もうとかいう目論みは、もうまるで遂行出来なくなってしまう。それはもう、仕方のないことである(というか、実はとっても喜んでいる)。

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 わたしの胸の上に乗せられたニェネントは、いつものように「うぇ〜」とか「ひゃ〜」とか、およそネコのなき声とは思えない声で叫び、果たしてうれしがっているのだか嫌がっているのだか、しかとはわからないのだけれども、すぐには逃げて行こうとはしないし、このところの年中行事ではあることだし、ニェネントもイヤではないというか、期待してのことではあるのだろう。
 わたしの胸の上のニェネントを下から見ると、そのあたまのシルエットはまさに真ん丸で、そこからとんがった左右の耳が、きれいに三角のかたちで生えている。あまりにシルエットが幾何学的にすっきりしてるんで、面白味がないではないのか。首のうしろに手を回してニェネントの顔を引き寄せて、その頬のところをつまんで左右に引っぱってやると、おやおや、これはこれは、すっごい美形のネコの顔になるではないか(両手を使ってやらないといけないので、そんな美形のニェネントくんのポートレイトをアップ出来ないのは残念)。‥‥むむむ、もっと肥満して、顔のところ(Especially、頬のところね!)にもぜい肉がついたりすると、「世界一の美猫」ともいわれるのではないかと、同居人としては「夢」をみたりするのであった。

 そんなことをやっていると、ニェネントくんもいいかげんに飽いてくるようで、わたしの胸から跳び降りよう、逃げようとして行ってしまう。それでわたしもようやく、多少は本を読んだりということにもなるのである。

 おとといからナボコフの「アーダ」を読みはじめたのだけれども、読み初めの初日こそ「うわっ! 何これ!」ととまどったけれど、二日目の昨日から、がぜん面白くなった。というか、めっちゃ面白い。「図書室に射し込む読書好きの日の光」とかいうような、ナボコフお得意の楽しい擬人化した比喩も満載だし、「アメリカの大学で文学を教えたこともある」文学の専門家のナボコフ、ロシア語/英語(だけではない)に精通したバイリンガルなナボコフ、そして鱗翅目学者としてのナボコフ、「ロリータ」の作者であるところの、密やかに、そして大っぴろげにエッチなナボコフ、ストーリー展開でも言語の上でも遊んじゃってるナボコフ、そんなのがみんなこの作品に詰まってる感じ(チェスの趣味は入ってないようだけれども、それはわたしもわからないから入ってなくってかまわない)。せいぜい数ページの章が連なり、わたしとしてはこれをぜひ、朝のテレビ小説とかで一章ずつでも、毎朝観たいものだと思ってしまう。あまりに濃厚なので読み進めるのにも難航するけれども、今のところはやはり、「ナボコフの集大成はコレ!」という感じである。まだ読み終わってもいないのにもう、これは何回でも読みたいという感じ。


 

[](15)わたしの好きなISB (15)わたしの好きなISBを含むブックマーク

 今日は、昨日買ったこのバンドの「Earthspan」と「Changing Horses」のCDを聴いているわけだけれども、改めて、わたしがこのバンドに惹かれるところのことを書いておく。

 わたしがいちばん最初に買ったこのバンドのアルバムは、昨日も買った「Changing Horses」だったけれども、「なぜそのアルバムを買ったのか」というと、当時いろいろと紹介されていた各種アルバムの中で、このバンドのことだけをまるで知らなかった、ということが理由だったと思うのだけれども、それでみごとにこのバンドに夢中になってしまい、即、既発のこのバンドのアルバムをぜんぶ買ったのだった。

 当時わたしが夢中になって聴いていたのはフランク・ザッパとかだったのだけれども、1972年ぐらいにマザーズからフロー&エディが脱退したあたりから、わたしにはあまり刺激的な音というわけでもなくなってしまっていた。もちろん、ザッパの影響から、いろいろな<前衛音楽>も聴き漁っていた時期だったけれども、ま、そういうのはいいんだけれどもめんどくさくってね、年がら年中そんなアルバムに浸るということもなかったわけで。

 とにかく、その頃のわたしのモティヴェーションは「聴いたことのない音」ということに尽きるのだけれども、そうすると通常の「ロック」などというものは、どれも既聴感があって、わたしがハマることもない。そんな中で、この「インクレディブル・ストリング・バンド」の音には、思いっきりハマりましたね。ひとつには、「その音楽は何よ」と問いかけても、答えがわからない。それでいて、どこか遠い過去に聴いたことがあるような「懐かしさ」がある。分類しようとしても分類しようがない。「聴いたことのない音」といえばまさに「聴いたことのない音」だろうけれども、心の奥に「知ってるよ」という気もちがある。そこにガンガン惹かれて行き、たいていのアルバムには夢中になってしまったという次第。

 バンドの中心メンバーはロビン・ウィリアムソンとマイク・ヘロンのふたりなのだけれども、このふたりの対比も見事だった。ロビンには世界の民族音楽への広い知識と、それを演ずる力量とがあり、それは単に「民族音楽の再演」ではなく、「西欧的な視点からの再解釈」があった(これは「オリエンタリズム」ともいえることで、今でもそのことは考えなければならないのだけれども)。マイクの原点には「ポップ/ロック」があるのだろうということは、わたしがこのバンドを聴きはじめたときには充分に感じ取れたところがあったけれども、しかし、彼の書く曲には他にない「ポエジー」があり、そこに「魂の純粋(ピュア)さ」を思わせるものもあり、ロビンの書く詩の、どこか叙事的、神話的/宇宙的な文学的世界と、見事な対(つい)を成すように思えた(このことは、これから書いていく上でも大事なテーマになるでしょう)。

 決して通俗的なラヴソングを歌うことのないこのバンドの、その詩の世界にも強く惹かれ、それは今でも、わたしの世代(ジェネレーション)の讃歌だという思いが、わたしの中にはある。
 2018年の5月ももう、明日でおしまいだけれども、今から50年前の世界はつまり、「1968」の年だった。特にフランスの「五月革命」とはまさに、今から50年前のこと。やはり、前にも書いたことだけれども、その「1968」とは何だったのか、(少し遅れてだけれども)このインクレディブル・ストリング・バンドに夢中になっていたわたしが、考えてみたいと思っているわけです。


 

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■ 2018-05-29(Tue)

 今日は仕事のあと、国立へ行く。三月末にお亡くなりになった「首くくり栲象(たくぞう)」さんのご自宅「庭劇場」で、写真家のGさんが追悼の小さな写真展を開かれている。
 わたしはそこまでに栲象さんと親しかったわけでもないけれども、お会いすればあいさつは交わしていた。栲象さんは生前、毎日そのご自宅で「首くくり」のパフォーマンスを行ない、庭の木にぶら下がられるのだった。そんなご自宅を「庭劇場」と名付け、訪れるお客さんにそのパフォーマンスを披露されるのだった。わたしはいちどだけ、その「庭劇場」を訪れ、栲象さんのパフォーマンスを拝見したことがあるのだけれども、じつはその記憶もやはりほとんど消えていて、思い出せることは少ない。ただ、わたしたち観客は、居間のこたつを囲んで庭の「舞台」を観、その首くくりのパフォーマンスのあとは、栲象さんといっしょに、そのこたつ席で栲象さんの手料理、そしてお酒などをふるまわれるのだった。
 「庭劇場」の観客だったのはそのときいちどだけだけれども、栲象さんは黒沢美香さんの舞台で共演されたり(これは観ているはずだけれども、微塵も記憶に残っていない)、安藤朋子さんらのARICAの舞台にも立たれていた(こちらはよく記憶している)。そういう縁もあったことだし、「国立」という、まるで記憶から消えている街、そしてその「庭劇場」のたてものをまた見れば、消えていた記憶が少しでも復活するのではないかという気もちもあって、この日行くことにした。

 中央線にかなり長いこと乗って、国立駅を降りる。南口からはまっすぐで広い並木道がどこまでも通っていて、歩いていても「いい街だなー」と思うが、過去にここに来たことがあったという記憶は、そんなにピンとくるものでもない。

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 道沿いの大学を越え、さらに行くと今度は高校があって、その高校の塀沿いに歩くと、緑生い茂る駐車場の奥に、かつての栲象さんの住まい、「庭劇場」があった。‥‥ああ、この感じは、何か思い出すようなところがある。

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 中へと行くと、居間にGさんがいらして、先客と話をされていた。Gさんにあいさつをして、中をみせていただく。壁には、Gさんの撮られた栲象さんの写真が展示されている(この写真は宮本隆司さん=Gさんが撮られたもの)。

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 思いがけなくも栲象さんのお骨も置かれていて、喪服でもなかったし、そういう作法も知らないままにご冥福をお祈りさせていただいた。
 とてもとても古い一軒家で、Gさんに「床が抜けかかっているところもあるから気をつけて」といわれる。そんな家の中を歩かせてもらうと、その、前に来たときのことが思い出される気がした。ことわってしばらく、そんな部屋の床に横にならせていただいた。横になって天井を見上げ、それでじっとしていると、家の空気に自分が包まれるのがわかる。そこに密やかに、栲象さんの気配をも感じ取れると思った。
 まさに「庭劇場」の舞台であった「庭」には枇杷の木があり、枇杷の実がたわわに実っていた。その枇杷の実がまた、わたしには栲象さんを偲ばせるものだった(わたしが写真が下手でうまく撮れてない)。

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 しばらくGさんとお話ししたりして、Gさんはわたしのことを買いかぶりすぎで恐れ入ってしまうのだけれども、そんなGさんとこうやってじっくりとお話しするというのも、めったになかったことだし、そんな時間を楽しませていただいた。
 Gさんのお話では、栲象さんはこの借家の家賃を5月いっぱい分まで払っていたということで、それでこの展示が実現したのだった。おそらくこの古い家はこのあと、栲象さんの記憶とともに取り壊されてしまうことだろう。でもわたしは今日こうやって国立にきて、たしかに記憶に甦るものがあった。それはGさんと栲象さんとが、わたしへと贈って下さった「ギフト」なのだった。


 

[](14)CDを買った。 (14)CDを買った。を含むブックマーク

 宮澤壯佳さんのライナーノーツのことを書いて、その「Earthspan」というアルバムを探したのだけれども、どうしても見つからない。これ以外のオフィシャルなアルバムは全部在庫が確認出来るのに、しゃくにさわる。昨日Amazonで検索してみると、中古盤が1000円で出されていた。送料は350円になる。見ると出品しているのは吉祥寺のレコードショップで、それだったらこの日は国立に行くのだから、吉祥寺で途中下車してその店にちょくせつ行って買えば、少なくとも送料350円は助かる(JRを途中下車して、多少運賃はよけいにかかるけれども)。

 そう思って、今日は吉祥寺のそのレコード店に立ち寄ってきた。中古盤コーナーのフロアはとても広く、「これだけの広さがあるのなら、<イギリスのフォーク>はきっと独立してセクションを設けられているだろう」と思うのだが、それがなかなか見つからない。店内を二周近くしてようやく、その<イギリスのフォーク>の棚をみつけ、その中にまさに「Earthspan」も置かれていた。意外と価格は650円。これはラッキー。Amazonで買う半額以下で買えてしまった。

 「それじゃあ」というわけでもないが、実はインクレディブル・ストリング・バンドのCDではもう一枚別に欲しいのがあって、それはリマスター版の「Changing Horses」で、そいつはこの吉祥寺店にはないのだけれども、同じ店のお茶の水店に置かれているのを最近見ている。「この際買ってしまおう」と、どうせお茶の水では乗り換えで下車するわけだし、買って帰った。

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 久しぶりに聴く「Earthspan」もやはり、ヴォリュームを上げて聴いてとっても良かったし、リマスターで音が良くなっているはずの「Changing Horses」もまた、楽しめた。そしてその「Changing Horses」のライナーノーツ(もちろん英語)がヴォリュームがあって、このアルバムのリリースされた1969年当時のバンドの動静がいろいろ書かれている。1969年といえば「ウッドストック」の年で、ここでもバンドの「ウッドストック騒動」の顛末が書かれていた。だいたい今手元にある洋書に書かれていた記述と重なるのだけれども、おそらくそんな本には載っていないローズ・シンプソンの回想が載っていて、彼女によれば、「あのとき、ジョー・ボイドが<よし、雨は降ってるけれども、がんばって行ってみよう!>って言えば良かったのよ。そうすれば何もかも違った結果になっていたはずよ」ということ。どうも雨で延期させた金曜の夜はシタールやギンブリなどの民族楽器も用意していて、たしかに、もしも決行していればまるでちがったライヴになっていたのかもしれない。これは近々到着するジョー・ボイドの自伝を早く読んでみたいところ。


 

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■ 2018-05-28(Mon)

 先日、在日コリアンの女性を執拗にTwitterで脅迫し、ついに書類送検されたヤツの、そのTwitterでのアイコンがRobert Johnsonだったということを聞き、ただひたすら驚きあきれている。Robert Johnsonのことを知らない人は以下のリンクを読んでいただくとして、つまり彼は1930年代に活動した伝説のブルーズ・シンガー/ギタリストである。もちろんアフリカ系の人物。

 wikipedia:ロバート・ジョンソン

 わたしなどが書くまでもなく、ブルーズ(ブルース)という音楽には、アメリカで差別され虐げられた、アフリカ系の人たちの「心の叫び」があらわされているだろう。わたしはそんな音楽を愛好する人物ならば、当然そんな、アメリカでいかにアフリカ系の人々が虐げられてきたかということを、概念としても知っているのではないかと思う。それが「ブルーズ」なのだから。それが、今げんざいの日本で、出自の異なる人たちを差別し攻撃しようとする人物が、ブルーズを(それもその先駆者のRobert Johnsonを)愛好していた(そうなのだろう)ということを想像すると、吐き気すらしてくる。‥‥これは今日これから書こうとすることとも深く関係することでもあって、「カルチャー」としての音楽が、まともに伝わっていないということ。それは「音楽批評」なり「音楽評論」というものが、まるで機能していないということではないかと思う。このことはまた書きたいと思う。

 今朝は夢をみていた。それがCD音源についての夢で、変な話なのだけれども、図書館にわたしの好きなFairport Conventionのアルバムの"Nine"が置かれているという夢で、わたしは夢のなかでその"Nine"のジャケットを見ながら、「わたしはこの前の"Rosie"というアルバムは持って聴いていたけれども、この"Nine"は今に至るまで聴いたことがないのだな〜(これはホントのこと)」などと考えているのだ。それで夢のなかではそんなFairport Conventionのアルバムのことがやたらと増殖をはじめ、じっさいのFairport Conventionの歴史から逸脱しはじめ、彼らのリリースしてもいないだろうアルバムのことまで、まさに「夢想」しはじめてしまうのだった。ただ、その夢ではそんなアルバムのジャケットがスライドショーのように現われては消えるような、それを見ながらわたしがいろんなこと考えているという、「物語」でも何でもない夢だった。

 さて、今日からわたしは、ナボコフの「アーダ」を読みはじめるのだ。早朝の電車の中でページをめくりはじめる。‥‥ぎゃっ! 何だコレは! いきなり、わけわかんねーよ。やっぱりナボコフはピンチョンのお師匠さんだったのか!などと思うのだが、とにかくはガマンして読む。いや、ガマンできないですね。「今日は寝よう」と、とちゅうで読むのをやめて睡眠モードになってしまいました。はたして、明日からどうなるのでしょうか?


 

[](13)「ヘタウマ」評について (13)「ヘタウマ」評についてを含むブックマーク

 今日は、わたしがこういうことを続けて書いてみようと思い立つことになったそもそもの原因のひとつ、現在のインクレディブル・ストリング・バンドへの評価、批評への、根本のところでの「違和感」を書いておきます。それで今わたしの手元には、2004年発行の「ストレンジデイズ」刊行の増刊「ブリティッシュ・フォーク&トラッド・ロック」というムックがある。

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 そのなかに、一章を割いて「インクレディブル・ストリング・バンド」のことも取り上げられているのだけれども、その紹介には「ヨタヨタした」とか「ネジの抜けたような弛緩した」とか「脱力した」とかのネガティヴなことばがあふれている。そんな中でも、次の一文が気にかかる。

(‥‥)しかも五作目以降*1はお互い*2の恋人という理由だけでローズ・シンプソンとリコリス・マッケンジー*3というヘタウマのシンガーを正式メンバーに引き入れてしまうという公私混同ぶり*4

 ま、こんなにまでいろいろといい加減な文章が堂々と掲載されてしまうという問題のなかでも、はたして「ヘタウマ」とはいかに?というのが、長年にわたってインクレディブル・ストリング・バンドを聴いてきたわたしの素直な感想。正直、この筆者はちゃんとこのバンドの音楽を聴いていないのではないかと思わざるを得ないわけで、こんな文章が「入門書」的な性格も持つこのムックに掲載されることに、<まさに>あきれてしまうことになる。

 さて、「ヘタウマ」とは何ぞや? どんなのが「ヘタウマ」よ? と、わたしなどがまっ先に思い浮かべるのは、このNew Wave期に活躍したThe Raincoats。演奏も歌も危なっかしいけど、わたしの大好きなバンドではありました。

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 ‥‥それでは、インクレディブル・ストリング・バンドのふたりの女性メンバーは、ほんとうに「ヘタウマ」なのか? そんなわけはない。先にコピーした宮澤壯佳さんのライナーノーツにも、「リッキー*5のけがれない子供のようなソプラノは、較べようもなく純粋である」と書かれるように、中期のこのバンドのカラーを決定するような、重要なヴォーカリストになっていたわけだし、「どこがヘタウマなのよ?」と、執筆者に詰め寄って問いただしたい気分である。この執筆者はこのバンドのことをほんとうに好きなのだろうか? 音楽を愛しているのだろうか? ちゃんと聴いているのだろうか?と、思わざるを得ない。
 もうひとりのローズ・シンプソンに関しても、「ヘタウマ」ではない、というわたしの意見は変わらない。いやむしろ、というところもある。上の執筆者は彼女のこともまた「シンガー」と書くが、じっさいの彼女はほとんどバック・コーラスに徹した存在で、彼女がソロで歌ったのはアルバム「U」での"Walking Along With You"一曲だけで、この曲だって「この曲しか彼女のソロが聴けないのは残念」と思わせられるものだったと、わたしは思う。つまり、「ヘタ」ではないと思う。
 そしてこのことはまた改めて書くこともあるだろうけれども、彼女はプレイヤーとしても卓越した存在ではあった。もともとフィドルを弾くことのできた彼女がバンドでフィドルを演奏したのは残念なことに"Log Cabin Home in the Sky"一曲だけで、ロビン・ウィリアムソンとのみごとなツイン・フィドルを聴かせてくれた(おそらくはロビンのフィドルと競合してしまうことから、他にフィドル演奏の機会もなかったのではないかと想像できる)。この曲はこのバンドのファンを越えて親しまれた曲で、とにかくはグルーヴ感がすばらしく、その重要なパートをローズのフィドルが果たしていると思う。その曲を紹介しておきましょう。

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 そして、何よりも彼女の場合、バンド加入後に習得したという、ベースでの見事なプレイが印象に残る。とにかく、リズムの取りにくいだろうこのバンドの音楽で、「しっかりした」以上のリズムキープを聴かせてくれたリズム感のすばらしさは特筆モノで、彼女は隠れた名ベース・プレイヤーではないかとわたしは思っている。じっさい、Wikipediaをみると、あのスティーヴ・ウィンウッド(Steve Winwood)から、彼女に「レコーディングに参加してくれ」とのオファーもあったらしい(彼女はこれを断るのだけれども)。

 ‥‥これのどこが「ヘタウマ」なのか。彼女たちを「ヘタウマ」と伝えることは正直、バンドのイメージを悪くするだけとしか思えない。そもそも、ロックやフォークのミュージシャンなどというのは、クラシックなどとは違って、正規の音楽教育を受けてやっているものなど逆に、ホンの少数の人材に限られるわけで(それもつまりはクラシック音楽の教育)、そういう意味では皆「アマチュア」上がりであり、誰だって「ヘタウマ」みたいなところはあるのではないのか。そういうところで、このムックでの記事には今でも怒りをおぼえる。そもそも、ちゃんとこのバンドの音楽を聴いての感想として「ヘタウマ」といえるのか。わたしにはこのライターがインクレディブル・ストリング・バンドのファンであるなどということ、とても信じられない(その筆者はプロのライターというわけでもないようなので、ここに彼の名前を書いたりということはしませんが)。
 この件は、先に長々と引用した宮澤壯佳氏のライナーノーツにもはっきり書かれていることで、その部分をまたここに引用しておけば、

 インクレディブル・ストリング・バンドの音楽は、表面的な聞き方、類型的なアプローチにたよっていたのでは、その独自性をとらえることはできない。むしろ迷路のようにわからなくなってしまう。

 というところで、この「ヘタウマ」と書くライターは、まさに「表面的な聞き方、類型的なアプローチにたよって」しかいない、と断言することができるだろう。彼は迷路にまよっているのだろう。そんな聴き方はしたくないものだ。

 ‥‥四十年以上前に書かれた、特に音楽批評をなりわいとしてもいなかった人物の書いた、このライナーノーツでの指摘を、今になってまるでクリア出来ていない文章がこうやって大手を振って流通している。これは今現在の音楽批評の衰退といえることだろうし、この「ヘタウマ」どうこうということを越えて、考えてみたいことではある(強くいっておきますが、「だからわたしの方がよっぽど詳しいんだから、わたしにライナーノーツを書かせなさい」とかいいたいのではありません! 「詳しい」などということは、何ら誇れることではありません! まずはその「音楽」を聴くことからはじめましょう!)。


 

*1:間違い。リコリスは三作目から、ローズは四作目から参加している

*2:これは中心メンバーのマイク・ヘロンとロビン・ウィリアムソンのこと

*3:Licorice McKechnie、日本語表記で「マッケンジー」はまちがい。「マッケクニー」であろう

*4:この件は、「そういわれても仕方がない」というか、特にロビンはそのリコリスと別れたあとの恋人ジャネットにも「U」で一曲歌わせているし、その後にも結婚したビーナ(Bina)を再結成インクレディブル・ストリング・バンドのメンバーにしたりしてますからねー

*5:Licorice McKechnieのこと

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■ 2018-05-27(Sun)

 日曜日。昨夜は早めに帰宅して早めに寝たので、朝も早くに目覚めた。今日は何の予定もない。のんびりと過ごしたい。
 テレビをみていると、某お笑いコンビの司会する番組で、そのお笑い芸人が日大のアメフト問題にふれて、「日大監督が<ケガさせろ>と指示出していたとは考えられない」などとのたまっていた。この芸人はいつも大衆迎合が嫌いなのか、表情を変えずにサラッと「面白い意見だろ?」というようなことを語るのが得意(?)で、わたしなどはそんな彼の語ることの半分には「イヤな気分」になるし、残りの半分は「つまらないことを言ってるな」ぐらいのことしか思わない。今回はつまらない上にイヤな気分にさせられた。もうひとり、芸人には今の総理にべったりの太鼓持ちみたいなのがいるらしく、そっちはわたしはめったに彼のことをテレビでみないからいいんだけれど、よくネットをみていると彼の言動が話題になっている。
 ま、芸人というのは体制を揶揄するオルタナティヴな存在と、まさに「幇間」芸人とがいるわけだが、前者のような芸人は、最近はSNSで攻撃されたりもするみたいだ(「幇間」芸人をSNSで攻撃しても、「蚊に刺された」ほどの影響もないようだ)。

 昼には読んでいた川上未映子の「ウィステリアと三人の女たち」を読み終えてあれこれと考え、そのまま午睡モードに入ってしまった。起きてテレビをつけると大相撲も千秋楽。栃ノ心は13勝2敗でこの場所を終え、来場所は「大関」だ。優勝したのは鶴龍だったけれども、彼は琴奨菊にイヤな勝ち方をしているから、「横綱としてどうよ!」という気はする。

 そのあとは「世界遺産」の番組をみながら夕食を食べ、「モヤモヤさまぁ〜ず2」へと。ほんと、さまぁ〜ずは、どこまでも妙な主張をしない、ある意味で「凡人」というスタンスを保ちつづけるので、大好きなのです(「ブラタモリ」よりずっと好き)。
 「モヤモヤさまぁ〜ず2」のあとは、某局の大河ドラマ「西郷どん」とかいうのを見はじめ、「どこかに二階堂ふみが出てるはずだからちゃんと見よう!」とか思うのだが、何だかこの番組、画面構図とか全体の色彩感覚とかがすっごくイヤで、カメラも不必要にゆれるし、「みるのや〜めたっ!」っと、途中で寝ることにした。‥‥なんだかね、テレビばっかりの一日だったみたいな。


 

[]「ウィステリアと三人の女たち」川上未映子:著 「ウィステリアと三人の女たち」川上未映子:著を含むブックマーク

 

ウィステリアと三人の女たち

ウィステリアと三人の女たち

(↑上記のブログはまったく<無内容>なので、クリックしてもしょうがないですよ!)

 川上未映子の作品は過去にいくつか読んでいるはずだけれども、今はどれひとつ思い出すことはできない。この小品集のさいごの表題作は多少長いのだが、四編の短編集といっていいのだろう。すべての作品の主人公は女性というか、基本、どの作品にも女性しか登場しない。四編に共通するのは「孤独」の感情であり、それは「死」に近接してもいるのだと思う。

●「彼女と彼女の記憶について」
 主人公はテレビにも出演する女優で、「単なる好奇心」と時間が空いていたせいで、田舎の中学校の同窓会に出席する。彼女の視線は同級生への優越感、「上から目線」に満ちているわけだけれども、そこで近年死んでしまった同級生についての話を聞き、その同級生との小学校時代の、同性愛めいた関係の記憶がよみがえる。酔いつぶれて帰れなくなってしまった同級生とホテルに泊まり、彼女から、その同級生の死自体が、同年輩の女性と部屋にこもっての「餓死」と聞き、心の平安を失う。
 「わたし」という一人称で語られる主人公の心の動き、その描写が印象的なのだけれども、この短編集のうちの三編までが、そんな「わたし」の一人称で語られていく。<ネタバレ>になってしまうのかもしれないが、この短篇の末尾の部分。

(‥‥)そしてわたしはいったい今、どこにいるんだろう? 届けられた箱を両手でしっかりとつかみ、そこから何が失われ、何が残されているのかを見なければならないのに、どれだけ見つめても、何も現われてはこないのだった。それでも目をつむってしまえば何か本当にとりかえしのつかないことが起きてしまうような気がして、わたしは目を見ひらいたままその暗闇のなかで息をひそめているしかなかった。

 ここでいう「届けられた箱」というのは、この作品の冒頭、「記憶に、もしもかたちというものがあったとしたら、箱、っていうのはひとつ、あるかもしれないなとは思う」というのに対応していて、この感覚はわたしもまた理解しやすいものではあった。
 この作品にある「過去の記憶」、「死」というのは四編すべてに出てくるものでもあり、「暗闇のなかでひとり」ということもまた、この作品集を特徴づけるものではなかったかと思う。
 先に書いたように「わたし」の心の動き、タカビーな視点がいつかくずれ、自分の深淵をのぞきこむラストへの心理の変化を読むことに惹かれた。

●「シャンデリア」
 一日をデパートの店内ですごすという、ある意味「からっぽ」の女性の一日の行動。彼女の母はわずかな金がないために死んだが、主人公は宝くじが当たるような僥倖で、「金」ならいっぱい持っている。さいごの言動はそんな死を迎えた母のことがあるだろうし、今の自分への悔恨もあるのだろうか。ま、他の三編とは趣のちょっとちがう、読みやすいサービス作品かと。

●「マリーの愛の証明」
 これは、蓮實重彦氏が絶賛した作品。それを読んでわたしもこの本を買ったところがあるのだけれども、たしかに、こういう「小説」を書ける作家というのはいない。ただ「エッセンス」だけで成り立っているような作品で、こういう「切り詰め方」をできるというのは、やはりすっごい才能なのだと思う。
 女子寮のマリーとカレンというふたりはかつて愛し合っていて、今はふたりの合意のもとに「別れて」いる。そのふたりが寮のピクニックで、湖のほとりでまたふたりきりで話し合う。ここに、ちょくせつにはふたりには絡まない、看護係のアンナという女性の話がはさまれる。この作品だけは「一人称」ではなく、三人称客観描写で書かれている。たしかに「強烈」な作品で、短い作品でもあることだし、また繰り返し読んでみたいと思う作品だった。

●「ウィステリアと三人の女たち」
 これまた、すっごい作品だと思う。語り手の「わたし」というのはあるのだけれども、その「わたし」はいつしか消滅し、これは小説として過去の「事実」を書いているのか、それともやはり「わたし」の想像したものなのか、わからないままに進行する。
 「わたし」は、計算すると三十八歳。三歳年上の営業職の夫がいて、結婚して三年目の六年前に今の家を買っている。「そろそろ子どもを」と思ったのだがわたしは妊娠せず、それは夫婦で不妊治療すべきだと思うのだが、そういうことに夫は拒絶反応を示す。「わたし」の家のそばには大きな古い家があったのだが、その家の取り壊しが始まっている。その家には老女がひとり住んでいたはずだが、彼女はどうしたのだろうか。近所付き合いもないからわからないが、思い出せば、その家の門には「英語塾」という看板が出ていたはずだ。
 なぜか隣家の解体工事は中断され、そんな隣家のそばにいた「わたし」は、常習的に「空き家のなかに入り込む」ということをやっているという「腕の長い」女性と出会う。そんな彼女の影響から、夫が出張して不在のある夜、「わたし」はそんな隣家のなかに入っていくのだった。
 作品はそこから隣家の老女の物語に移行する(これはやはり、それまでの「わたし」の想像したこととは思えない)。彼女はある英国人女性を講師に雇い、自分とふたりで「英語塾」をやる。ここでも、同性愛的な関係(片思いではあった)が語られ(この作品のなかで、その英語教師の語ることばは「男言葉」としてあらわされている)、他の作品と通底するわけだけれども、ここで彼女の愛した作家として、ヴァージニア・ウルフのことが語られる。
 そしてわたしも、ここではたとひざを打つわけで、わたしはいろんな本を読んだ記憶というものは消えてしまっているけれども、ヴァージニア・ウルフは過去に読んだことがあるし、そんなヴァージニア・ウルフの作品と、この作品には通じ合うところがあるだろう、というか、この作品自体がヴァージニア・ウルフへのパスティーシュなのではないかとも思う。うん、もういちど、ヴァージニア・ウルフの作品を読んでみたくなってしまった。

 さいしょの「彼女と彼女の記憶について」では、その最近になって「餓死」したという同級生がいっしょに死んだという女性のことは、語り手の「わたし」は知ることはできない(それは読み手の側にも同じであるが)。「マリーの愛の証明」では、マリーとカレンのストーリーと、看護のアンナのストーリーとは、決して交わることがない。そして「ウィステリアと三人の女たち」の、「三人の女たち」とはつまり、語り手の「わたし」、それと「空き家に入り込む」という腕の長い女性、それとウィステリアと呼ばれた老女が過去に愛した、英国に帰って行った英語教師との三人のことだろうか。ここでも、「腕の長い女」とはなにものなのか、わからない(彼女の語る「壊される音」というのは、心に残るが)。そして、先の「マリーの愛の証明」でのマリーとカレンとの関係に似たものとして、ウィステリアと英語教師との濃厚な関係はあるのだけれども、このストーリーと語り手の「わたし」のストーリーとの「交差」はない、もしくはイマジナリーなものに思える。そのイマジナリーなものが、小説的な技巧を越えて「わたし」を浸食するからこそ、ラストの「わたし」の夫への言動につながるとしか思えないのだが、そういう、イマジナリーなものが現実を浸食するという、どこまでも「小説的」な展開が、どこまでもすばらしい。そう感じた。


 

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■ 2018-05-26(Sat) このエントリーを含むブックマーク

 朝目覚めてもからだは快調で、いつも通りハムトーストで朝食。食べているとニェネントがやってきて、いっしょにニェネントに分けてあげながら食べる。ニェネントは、「朝はこうでなくっちゃ!」と思っただろうか。
 今日はまずは洗濯をして、それから我孫子の図書館に借りていた本を返却に行く。そのあとは六本木に出かける予定。今日図書館へ行けば、もう当面は図書館から本を借りないで、自宅本を読んで行くつもり。「これでようやく、図書館から解放されるか」と思うと、自分で勝手に図書館に拘束されていたわけだけれども、それで気分が伸び伸びとするし、何だかこれからへの期待感のようなものも湧いてくる。ウチにはまだ読まれていない本が山のようにあるし、とにかくは、例の「洋書」を読み始めることになるだろう。

 図書館の帰りはもう昼になったのでスーパーに寄り、「豚角煮重」なるお弁当などを買って帰る。帰宅して買った弁当を食べていると、ニェネントがまた寄ってくる。「ま、いいか」と、ニェネントくんにも豚角煮を分けてあげる。とてもおいしそうに食べるもんだ。‥‥と、ニェネントのことを見ていたら、今日図書館に行ったついでに、近くの店でネコ缶も買って来るべきだったと思い当たった。ネコ缶はその図書館そばのドラッグストアで買うのがいちばん安いのだし、もうストックも少なくなっている。図書館へは行かなくても、また図書館のそばには行かなくてはならないな、などと思う。

 それで、先日チケットを取れなかった来週のEさんの公演、FaceBookにEさんがその公演のことを書かれていたので、「チケット取れませんでした」とコメントしたら、「大丈夫ですよ!」と、確保して下さったのだった。Thanks!

 夕方から夜は六本木。まずは国立新美術館へ行き、開催中の公募展に出品している娘の作品を観る予定。そのあとはこの夜は「六本木アートナイト」ということで、周辺でいろいろな展示、パフォーマンスが行われる。パフォーマンスを「あれも観たい、これも観たい」と追いかけていると真夜中になり、たいへんなことになってしまう。けっきょく、ごく一部の展示と、ほんのちょっとのパフォーマンスを観るだけで帰るつもり。

 ウチから六本木に出るのは簡単で、千代田線の乃木坂駅までまっすぐ乗っていればいい。ゆっくりと家を出て、車中では前に買った本、川上未映子の「ウィステリアと三人の女たち」を読む。「ああ、ようやく、自分の本を読むのだな」という感じ。

 乃木坂駅から国立新美術館へは直結していて、駅を降りるとダイレクトに美術館の前に出れる。時計は五時。まずは娘の作品を観る。とってもいいところと、ちょっと未整理だな、というところのある作品だったけれども、つまり伸びしろはいっぱいある感じで、今後に期待出来る作品だった。
 あとは館内で開催されている「こいのぼりなう!」という展示を観たり。展示室には横になれるソファーがいっぱい並んでいて、観客はそのソファーに寝っ転がっている。美術館も、いろいろな展示のあり方を考えているわけだ。

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 美術館の外に出て、ミッドタウンではcrosstalkの同窓生、Fさんが作品を展示されているわけなので、まずはミッドタウンへ行く。Fさんは先ごろ海外のコンペティションで受賞されたりして、どんどんビッグになられている。ほんとうに、crosstalk参加者には、今すっごい活躍されている人が多い。crosstalkの企画者はほんと、先見の明があったことよなあ。
 Fさんの作品「鳥の交差点」。ああ、これは夜暗くなると発光するわけだな、って、Fさんの作品はいつも光るのだが。また暗くなったら観に来よう(夜は撮影に失敗)。

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 六時半からは六本木ヒルズで、金氏徹平によるオープニング・パフォーマンスがあるので、それに行くつもりで六本木ヒルズの方向に。土曜の夜で街を歩く人も多いのだけれども、すれちがう若い人たちが皆、「六本木アートナイト」のパンフを持っている。クールだなあ。わたしはまだ時間もあるので先に食事をしておこうと、ちっともクールではない日高屋で食事。それで六本木ヒルズに到着。
 むむむ、ま、予想していたことではあるが、アリーナは満員。これは去年の秋のときの「六本木アートナイト」と相似形。なんとか、ある程度観ることのできる場所に移動出来たけど、始まったパフォーマンスは、全貌を観ることも出来ないなかではちょっとよくわからないでしたね〜。

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 もうひとつ観たいと思っていたのが、ミッドタウンでの崎山莉奈さんという人のダンスで、これが七時二十分開始なわけで、アリーナの方は早めにリタイアして、またミッドタウンへと戻る。Fさんの展示のところに行くと、作品に明かりも灯っていて、人がおおぜい集まっていた。
 すぐに崎山さんのパフォーマンスが始まるので、そちらへ移動。彼女は「カンパニー・デラシネラ」の人ということで、もちろんわたしは観るのは初めて。二本の蛍光灯をうまく使った十分強のダンス。スタイルのいい人で、動きもキレがよくって、始まったときには惹かれたけれども、そのうちにちょっと類型的なところに収まってしまった感じもした。でも、いい試みだったと思う。

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 Fさんとようやくお会いできて、ちょっとお話もできた。彼女と会うのもひょっとしたら二十年ぶりぐらいになるのだろうか(このところ、crosstalk参加者に久しぶりに会うことが多い。来週はそんなEさんの公演にも行くわけだし)。Fさんはいそがしくって、「6月にわたしが国分寺に行ったときに会って飲みましょーか」というのもスケジュールが合わなくなったようだけれども、「会おうと思えばいつだって会えるわけですよね」ということで、ま、そのうちにきっとお会いしましょうということでお別れ。

 あとはもう帰る。また国立新美術館に戻ると、こちらは鬼頭健吾氏による建物全体を使った壮大なインスタレーション、「hanging colors」、「broken flowers」が浮かび上がっていて、美しかった。今日はこれでおしまい。

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■ 2018-05-25(Fri)

 朝、ニェネントが寝ているわたしの肩のところに乗ってきて、それで目が覚めた。別に寝過ごしたわけでもなかったけれども、だいたいアラームが鳴るちょっと前の時間。めったにそんなことやらないのに、どうしたんだろうと思う。でもわたしの肩に乗っても、すぐにどこかに行ってしまったから、深い意味もなかったのかもしれない。

 それで起き出してキッチンへ行くと、‥‥冷凍庫の扉が、開きっぱなしになっていた。昨夜の夕食はトーストにして、冷凍してある食パンを冷凍庫から出しているので、そのときからずっと開きっぱなしになっていたわけだろう。中を見ると、肉など、手前の方の食品はもうすっかり解凍されてしまっている。製氷室の氷も溶けてしまっていた。‥‥これは一大事。解凍されてしまったからといってすぐに食べるわけにもいかないし、つまりまた冷凍させることになるけれども、いちど解凍されてしまったものの味が落ちてしまうのは常識。肉など、解凍されて肉汁も出てしまっているので、その肉汁をいっしょに冷凍させるとやっかいだ。ま、そもそもがわたしがあまり、そういった食物の鮮度とか味とかにうるさい人間ではないからいいのですけど、そんなわたしでも「これはちょっと‥‥」ということになるかもしれない。

 そんな「事件」があったにもかかわらず、今日もまだ眠いし、ちょっとした二日酔いのような気分。だいたいが冷凍庫の食パンも解凍されてしまっているし、この朝もハムトーストなど食べる気にならず、バナナだけですませる。昨日と同じようにニェネントが寄ってきて、「今日もハムトーストはないんですか!」と、わたしに向かって「にゃ〜んにゃ〜ん」となく。ニェネントくん、ごめん!

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 とにかくだるいのだけれども、今日は金曜日。今日さえ何とか乗り切れば、週末の休みになだれ込める。ほんとうは仕事のあと、柏の映画館で今日までやっている王兵(ワン・ビン)の「苦い銭」を観ようかと思っていたのだけれども、今日のわたしには三時間近くある映画はキツいし、きっとまたどこかの名画座で上映するだろうからと、仕事のあとはまっすぐに家に帰るのだった。

 今日もまた、これだけの倦怠感を引きずっているわけだから、さっさと昼寝でもして休息につとめようとは思うのだけれども、これがベッドで横になっていても、どうしても「眠る」というところまではいかない。けっきょく起き出してテレビとかをみたりするのだが。
 この日は日大の学長が記者会見をやるというので、「それは相手の被害に遭われた選手、関学関係者、さらにその、追い込まれて心ならずも加害者になってしまった日大の選手への謝罪、さらには日本アメフト協会への謝罪、そして内田前監督、井上コーチの解雇しかないだろう!」と思ってみていたのだけれども、けっきょく、先日の日大前監督、コーチの記者会見の<失態>をごまかそうとするものでしかなかった。ま、世論はそのようには動いていないし、このままで治まるとは思えないし、この問題に通底するような、安倍政権の「森友〜加計問題」もこのままになってほしくはない。
 そのあとは大相撲。あららら、栃ノ心が負けちゃった。ちょっとがっくり。

 夕食は目玉焼きとトマトのサラダでごくかんたんに。あとはベッドで本を読むわけだけれども、読んでいるとすぐにニェネントがベッドに乗ってくるので、かまってあげなくってはならない。抱き上げて胸の上にのせ、背中とかをなでてあげていると、「ゴロゴロ」とのどを鳴らせ、うれしそうにする。‥‥今年の春のニェネントくんは、今までと何かちがいますね。わたしにもうれしい変化です。


  

[]「ワルツの発明 (三幕のドラマ)」ウラジーミル・ナボコフ:著 沼野充義:訳 「ワルツの発明 (三幕のドラマ)」ウラジーミル・ナボコフ:著 沼野充義:訳を含むブックマーク

 ほとんど「スラップスティック」といっていいような、コメディータッチの作品。おそらくはヨーロッパにある、架空の国が舞台で、その大臣室にある男が面会に訪れる。つまりこの男が「ワルツ」という名前なのだが、この男、どんな離れた場所でも強烈な破壊力で爆破出来るという<秘密兵器>を持っている。それでその<兵器>がどこにあるかも謎で、つまり国家的に、そのワルツという男にすべての権力を譲渡するしかなくなってしまう。ところがこのワルツというヤツが大バカ野郎で、ただ権力を得てでっかい宮殿をつくりたいとか、美女をまわりにはべらせたいとか、そんなことしか頭の中にない。

 ま、世の中にはこういう戯曲もあるだろうけれども、特にナボコフだからとこの作品を読むという気もちではない。せっかく出てきた人形をもっと活用すればいいのに、みたいな気もするし。

 ところで、この解説(翻訳者の沼野充義氏によるもの)には次のような一節がある。

 とはいえ、原爆の開発がまだ進んでいなかったこの時期に、どこでも自在に爆発を起こし、大量殺人を行うことができる遠爆(テレモール)という兵器を考案したことは、ナボコフの先見の明だった(この点は英訳への序文でナボコフ自身も、誇らしげに強調している)。

 このことを「先見の明」と呼んでいいのかどうかわたしにはわからないが、とにかくはこの先に「戯曲執筆から七年後、広島と長崎に原爆が投下されたとき、ナボコフは自分が書いた戯曲のことをはたして思い出さなかっただろうか?」と、続けるのだけれども、これは1966年のその英訳序文への批判なのだろうか。ちなみに、この「ナボコフ・コレクション」の前の巻の二作品でも、この巻の「処刑への誘い」でも、その英訳に寄せられたナボコフ自身の序文は訳されて掲載されているのに、この「ワルツの発明」だけは、その英訳序文は掲載されていない(もう一作の「事件」は、そもそもが英訳されていない)。ここには何らかの理由があるに違いないと考えるのが「常識」というものだけれども、そこに「原爆に先行してそのような兵器を考案した」ことを「誇らしげ」に強調したという、ナボコフの「能天気さ」が読み取れるというわけだろうか? とにかくは何らかの「配慮」によって、その「序文」が掲載されなかったことはまちがいないのだが、ここまでに「解説」でいろいろと書かれてしまっていれば、その「序文」というものをぜひ、読んでみたいものだ、と思うのが普通ではないかと思ったりする。


 

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■ 2018-05-24(Thu)

 ということで、昨夜帰宅したのはほぼ十二時。ニェネントくんのお出迎えをうけて、すぐにベッドに直行して寝た。

 それで、この日ももちろん仕事があるわけで、とにかく朝起きるのがつらかった。どれだけ仕事に行かないですませたいと思ったことか。しかも、まだ昨夜のアルコールが抜け切っていない。やはり、「泡盛の飲み放題」というのは危険だった。せめて普通の焼酎とか、ハイボールとかで突き進めばよかったと、後悔するのだった。
 いちおう、バナナは食べたのだけれども、いつものハムトーストの朝食など、とても食べる気がしない。「う〜、ツラいな〜」と思っていると、ニェネントがそばに寄って来て、「にゃ〜ん、にゃ〜ん」と何かを要求するように啼くのである。「なんやねん」と思ったのだが、つまり、普段はハムトーストの朝食をわたしが食べ、そのご相伴をニェネントも享受していたわけで、今朝はそんなハムトーストを食べないわたしに、「え〜っ! 今朝はハムトーストないの〜っ!」っていうことなんだろう。‥‥そんなに「お気に入り」だったのか。ごめんね、今日は「なし」です。しかし、あなたの「にゃ〜ん、にゃ〜ん」という催促、とってもかわいいです。

 とにかくは出社。通勤電車の中では寝ます。「あ〜、仕事はキツいな〜」と思うのだけれども、そのうちに(動いているうちに)アルコールも抜けて行ったというか、何とか普段の体調に戻った気配である。無事に仕事も終えてまっすぐに帰宅し、「こういう日はいっぱい午睡すべき!」と思ったのに、こういうときに限って眠くはならなかったりして、何もしないで目ばかりさえている。そのうちに今日配達の希望を出してあった書物も配達され、また目がさえてしまう。いよいよ来週、注文した残りの一冊が届けば、思いっきりがんばり始めないといけない。

 リアルタイムには見なかったのだけれども、昨夜は日大の前監督とかコーチとかが記者会見をやって、これまたドイヒーな展開になったらしい。日大の人間が司会をしたらしいが、これがかなり高圧的にとんでもない進行をやらかしたと。‥‥やはり、こういう空気は、ぜったいに戦前〜戦中の空気だと思う。戦後七十年、日本人はそういう(根源のところで戦争を反省する)「引き継ぎ」を、まったくやってのけられなかったわけだ。

 気分転換、大相撲。今日は栃ノ心と白鵬との取組み。力が入った。いや、こういうところは白鵬もさすがに「大横綱」なわけで、「どっちが強いか?」という力くらべ。栃ノ心の寄り切り。これで栃ノ心の大関は確定で、おそらくは優勝するだろう。あとは鶴竜がせんじつのような姑息な作戦で、ブーイングを浴びなければいい。


  

[](12)ISBデビュー前の、イギリスのフォーク・シーンについて (12)ISBデビュー前の、イギリスのフォーク・シーンについてを含むブックマーク

 つまり、インクレディブル・ストリング・バンドがデビュー・アルバムをリリースするのは1966年のことだけれども、もちろん当時のイギリスは、ビートルズ以降の新しいポップス/ロックのムーヴメントがひとつ最高潮を迎える頃。そこにインクレディブル・ストリング・バンドは「フォーク」の分野から乗り込んでいくわけだけれども、では当時のイギリスのフォーク・ミュージックというものはどういう状況だったのか、今回はちょっとかんたんに書いてみよう(そのうちに、同じようなことを何回も書きそう)。

 このことに関しては、ちょうどインクレディブル・ストリング・バンドのロビン・ウィリアムソンがうまいことを言っている。彼はエディンバラ生まれのスコットランド人で、そういうスコットランド人のルーツを背負ってのキャリアを持っているのだけれども、「スコットランドは<フォーク・リヴァイヴァル>というものではなく、いつも現在形でトラッドな(伝承的な)フォークが生きていたんだよ」みたいなことを言っている。

 ここでちょっと飛び地して、例えばアメリカのことを考えると、まさに<フォーク・リヴァイヴァル>として、ピート・シーガーらの活動があり、そこからボブ・ディランなどのフォーク・シンガーが台頭してくるわけだけれども、そこでアメリカのフォーク・シンガーの典拠にされたのがイギリスのフォークソングだったりする。

 あ、それで書いておかなくてはいけないのは、「イギリスのフォーク」というあいまいな書き方についてで、実は<イギリス>というのは「連合国」でありまして、その内実は<イングランド>、<ウェールズ>、<スコットランド>という異なる文化圏によって成り立っているわけで、実はここに<アイルランド>も入ってくるからややっこしい。だからかんたんに「イギリスのフォーク」などといっても、その内実はつまり「どこのフォークよ?」というのが大切な問題で、実は「イギリスのフォーク」というのは存在しない、ともいえる。

 そんな中で、たしかに特にスコットランドでは、断絶がなく伝承歌の伝承が行なわれていたようで、いろいろな家族グループなどが活動を続けていた。そんな土壌の中で育ったロビンは、自然にそういった伝承音楽にはなじんでいたようだ。
 それとここに、ロビンのルームメイトでもあったバート・ヤンシュ(Bert Jansch)と、バートの音楽的師匠でもあったデイヴィ・グレアム(Davy Graham)というミュージシャンの存在がある。特にデイヴィ・グレアムこそは、フォークの世界にジャズ、中東音楽、インド音楽の要素を取り入れた最初のミュージシャンで、ロビンの音楽キャリアに大きな影響を与えたものと想像される(というか、ロビンよりも、バート・ヤンシュこそが思いっきりデイヴィからの影響を受けているわけで、その間接的な影響ともいえるのかもしれない)。

 もうひとついえるのが「ビートニク」ということで、当時のロビン・ウィリアムソンの愛読書はやはり、ケルアックの「オン・ザ・ロード」だったようなのだが、アメリカでの「路上」なら「南部」とか「アメリカ横断」ということになるだろうが、これがイギリスでの「ビートニク」ということになると、ここでの「路上」とは、ヨーロッパを飛び越えて中東まで行ってしまうわけになる。
 先に書いたように、デイヴィ・グレアムなどは北アフリカなどを放浪し、中東の音楽に影響を受けるわけだけれども、しかし決して「ギター」という楽器を捨てるわけではなかった。これはやはりモロッコなどを放浪したバート・ヤンシュにしても同様で、そういった異文化の旋律をギター・プレイに活かすことになるけれども、同じように中東を放浪したロビンは、そんな民族楽器自体を持ち帰ってしまったところに、彼の独自性があるのだと思う。書き足りないが、このあたりでまず。


 

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■ 2018-05-23(Wed)

 今日は午後から雨になるという。ちょうど仕事を終えて外に出るとポツポツと降り始めたところで、道を歩く人も傘をさす人が見受けられる。まだそこまでの雨ではないし、駅も近いのでそのまま傘なしで歩いたが、それで電車に乗って自宅駅に降りると、もうかなりの降りになっていて、バッグから折りたたみの傘を出して拡げた。今使ってる折りたたみ傘は、先日100円ショップのDaisoで200円で売られているのを買ったものだけれども、今まで買ったこの種の「三段折りたたみ傘」ではいちばん、使い勝手がいい。前に買ったのなんか500円以上したのに、それこそ「あっという間に」骨が折れてしまったし、その前のもダメだった。今回のは、風にあおられてもしっかりがんばって裏返らないようにふんばるし、さしていても頼もしい。「高ければいい」というわけではないことの、最高の例証ではないのか。

 今日は夜には銀座でDさんの個展を観、そこでCさんともおちあい、また銀座コースの飲み会という予定。いくらか雨も小降りになったようで、四時ごろに傘をささずに家を出る。おっと、家を出る前に、今夜は遅くなると思うので、ニェネントくんのごはんを出してあげてから。

 いつもの通勤コースで大手町まで出て、「さて、ここから東西線〜銀座線と乗り換えて銀座に出るかね」と、そこでいちおうCさんからのメールを確認すると、わたしは時間を一時間まちがえていて、まだまだたっぷり時間があるのだった。「だったら大手町から銀座なんてすぐだよ」と歩くことにして、画廊の近くに着いてもまだ時間があったので、最近「国立映画アーカイブ」と名前を変えた「フィルムセンター」に寄ってみる。「旅する黒澤明」として、海外での黒澤明監督作品のポスターの展示が行われていたのを観る。

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 巨大な、ドイツの「七人の侍」のポスター(これは写真撮影可だった)。弓が西洋の弓になってしまったのはご愛嬌だけど、熱を感じる。あと、チェコの「羅生門」のポスターがとってもよくって、撮影したかった。グレーの地の真ん中に四角く、歯をむき出した人の口が描かれ(これは、登場人物らの語る「嘘」をあらわしているのだろうか)、その上に赤く「RASHOMON」の文字。やはり、チェコのポスターはひとあじ違う。

 ちょうどいい時間になったので画廊へ行き、CさんとDさんに会う。Dさんの花を描いた作品は、その内側から赤い光が漏れ出ているようで、妖しくも美しかった。
 それでこの日は、いつもの居酒屋ではなく、道路を隔てた大きなビルの下にあった沖縄居酒屋に行くことになった。それで「二時間飲み放題」などというコースがあったもので、ついついそのコースで行ってしまい、しかもわたしは泡盛をガンガン飲んでしまい、ちょっとヤバいところだった(いや、つぶれたりなぞいたしません)。お二人との会話も楽しく進行し、いい飲み会ではありました。そう、つまりお二人とも日本画を描いてらっしゃるわけだけれども、「女性で日本画を描く」というと、どうしても松井冬子と比較されてしまうというか、そういう話になってしまうのよ、ということだった。なるほどねー。

 ということで十時頃に散会。居酒屋はメトロの駅に直結してる感じではあったし、雨にも濡れずに帰路に。それで無事に千代田線に乗り換え、車内では寝る。フッと目覚めると、「次は我孫子」などといっていて、「えっ、<我孫子>っていったいどこのことよ?」と一瞬とまどうのだが、惜しいところで自宅駅を乗り過ごしてしまっていたのだった。でもちょうど我孫子駅に到着すると向かいのホームから上り電車の出るところで、そっちにあわてて乗り移り、無事に自宅駅に到着。何とか帰宅したのでありました。


 

[]「事件 (三幕のドラマ的喜劇)」ウラジーミル・ナボコフ:著 毛利公美:訳 「事件 (三幕のドラマ的喜劇)」ウラジーミル・ナボコフ:著 毛利公美:訳を含むブックマーク

 その、<本邦初訳>のナボコフの戯曲。ある若い夫婦と、そのご母堂さま(作家であるらしい)との住まいが舞台で、この日はそのご母堂さまの誕生日らしくって、あれこれと客がやって来る。それと、その若い夫婦の奥さんの元愛人、こいつは過去にいろんな怨みから夫婦を殺そうとまでして逮捕されていたという男なのだが、この男が釈放されて近くの駅に来ているらしいという情報も届く。特に気の小さなダンナは戦々恐々なのだが、奥さんは実はその男に未練もあるのだ(というか、今も別の男〜今日もこの家を訪れている〜と不倫してるわけだ)。わけわからん客があれこれとやって来て、ご母堂さまは自作詩の朗読に夢中になったり。それでさいごに、ある知らせが‥‥、というような作品。

 設定とか演出が「これは<演劇>なのだ」ということを意識した<メタ演劇>というか、「その他大勢」の人々はとつぜんに背景の<絵>にすり替えられたりするわけで、じっさいに舞台を観ればきっと面白いだろうけれども、ま、戯曲としてそこまで時代に先駆けたというわけでもなく、逆に、そういう時代がかった<メタ演劇>的な部分が、この作品の<古さ>を強調してしまうようなところもある。
 ただ、この「解説」を読むとこの作品、2008年に映画化されていて、あのチュルパン・ハマートヴァが出演したらしい。「ほう、そういう作品があるのか」と、ネットでいろいろ調べてみたのだけれども、チュルパン・ハマートヴァのフィルモグラフィをみても、それらしい作品はみつからなかった。というか、このことで、近年いかにロシアの映画というものが日本に紹介されなくなっていることか、ということを改めて認識したのだった。


 

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■ 2018-05-22(Tue) このエントリーを含むブックマーク

 気になっていた「ハクチョウ」のことを、「鳥の博物館」に電話して聞いてみた。つまり、「ハクチョウというのは北方で繁殖してから日本に飛来してくるはずなので、先日手賀沼のほとりでヒナを見たのは解せない」ということなのだけれども、すぐに回答いただいて、何のことはない、わたしが見たハクチョウ、というか手賀沼周辺に棲息するハクチョウとは「コブハクチョウ」という種類で、特に手賀沼にいるコブハクチョウなどは「渡る」ことをせず、年中同じ地に定着しているらしいのである。‥‥なるほど、これで疑問が解けた。つまり、手賀沼周辺では年がら年中ハクチョウが見られるという理由でもあった。

 郵便受けに、「不在連絡票」が入っていた。どうやら注文していた洋書の一冊が来たようだ。もう一冊注文してある方の到着は来週になるようだけれども、さ、そうするといそがしくなる。ちょうど図書館から借りる本も一段落するところだけれども、いろいろとスケジュールを考えないといけなくなる(前に考えたように「時間割り」を組むとか)。そうするとその前に6月に行こうと思っていた公演の予約もしておかなくっちゃと、まずは6月1日には前に新宿で偶然お会いしたEさん(crosstalkにも出演いただいた)の公演がある。前にお会いしたときにいただいたチラシからHPをたどり、チケットを予約しようとしたら、すでにソールドアウトなのであった! ゲッ! なかなかに大きなキャパの公演会場だというに、「売り切れ」ですか! と、かなりびっくり。わたしの知らないところでのDさんの隠れた人気というのは、想像のつかないものがあるようだ。
 それでもうひとつ、6月に観たいと思っていた「唐組」のテント芝居、「吸血姫」の予約をと。こっちももう「満席」とかいわれたらどうしよう、って感じだったけれども、OKだった(ま、こっちは何回も何回も公演がありますし)。
 この「唐組」の公演のあとは、また次の週末には横浜で「地点」の公演に行くし、順調に週末の予定が詰まってきております。

 それで明日は銀座でCさん、Dさんと会う予定だし、週末はまた映画を観たいし、土曜日には「六本木アートナイト」に行くつもり(これまた、crosstalkに参加してくれたFさんのインスタレーション展示がある)。郵便を受け取るのは木曜日しかないですね。

 今日は昼にテレビを見ていると、先日アメフト競技で超危険プレーがなされた問題で、その危険プレーを実行した日大の選手の記者会見が行なわれていた。彼は監督、コーチから「相手のクォーターバックをつぶして来い」といわれていて、「そのクォーターバックが秋まで出て来れなければいい」という言葉からも、単なるスポーツとしての「つぶす」ということ以上の意味なのだと了解し、それまで干されていたこともあって、「やらせて下さい」と志願したという。そしてこのような結果になったあと、「もう自分はアメフトを続けることはできない」と語っていた(プレーのあと、彼が泣き崩れていたところを目撃されてもいたという)。‥‥ひどい。彼が沈黙していれば、すべての責任は彼に負わされてしまっただろう。そして、二十歳そこそこのアスリートに、「もう競技は続けられない」と言わせることが「教育」なのだろうか。彼をこうやって衆目の「記者会見」という場に立たざるを得なくさせた日大のコーチ、何よりも監督はあまりにひどすぎる。見ていて涙が出た。
 しかしこの構造、今の安倍政権での逃げ口とあまりに相似形。「下に責任を負わせてごまかせば、延命出来るさ」ということ。そして、前にテレビで見た「インパール作戦」での牟田口廉也中将の、「帝国軍人であれば乗り越えられる」と、自分は馬の背から兵士らに「やれ!」と叱咤し、何万もの兵士を無駄死にさせた姿も思い起こされる。どうも、日本の権威主義者の脳には、こういう原形が時代を越えて保たれているのではないのかと思ってしまう。それが日本型の「ファシズム」のかたち、なのではないだろうか。

 そんな記者会見を見たあとはお買い物。バナナ、トマト、卵、もやし、焼きそば、などなど。帰宅してテレビをまたつけると、大相撲の中継。栃ノ心はこの日ももんだいなく相手を軽々とつり出し、解説の北の富士も「笑っちゃうぐらい強いね〜」と。それで、横綱の鶴竜は、とうぜん猪突猛進してくるだろうという琴奨菊を相手に、何と<横綱ともあろうものが>立ち合いの変化で「ずるい」勝ち方。もちろん、場内はブーイングの嵐である。これで、彼が優勝してもそのことを讃えることはできないね。


 

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■ 2018-05-21(Mon)

 これは昔みた夢。今日、その夢をメモしていた紙片が見つかったので、書き写しておく。

 父は芥川龍之介にみえる。青黒くて、ピカソの「青の時代」の絵のようだ。
 わたしに「おまえが話をするとき、いつも左手で右の二の腕にさわるのは、愚かに見える」という。わたしが「遺伝ですね」というと、父は笑うのだった。

 先日、図書館から借りている本を、カフェ内でケチャップで汚してしまってあせったのだけれども、その汚れの残る小口の部分を紙ヤスリで慎重にこすりまして、なんとか、見た目にはまったく汚れがないようにまで復旧(?)させることができた。よく見ればヤスリでのこすりあとは確認できるので、それはまだ、返却時に「これはなんですか?」と言われる可能性がないともいえない。ごめんなさいでした。

 昨日気になってしまった「ハクチョウ」の親子のこと、やはり気になるので、「鳥の博物館」に電話してみたのだけれども、今日は月曜日で休館日だった。明日また電話してみよう。

 相撲は今日も栃ノ心の勝ち。今日から大関の豪栄道も休場してしまったので、もうこれ以降、栃ノ心の対戦相手で栃ノ心より上位というのは、両横綱だけである。大きな取りこぼしがなければ大関昇進はまちがいないと思うし、横綱のどちらかにでも勝てば優勝ということになるだろう(いや、横綱両方に勝てるだろうが)。

 夕食は、昨日つくった「まぐろのしぐれ煮」の残りで、そのまぐろの残っていた肉をニェネントにあげる。ニェネントにはいつものネコ缶もいっしょにあげたので、量が多すぎてニェネントくんもいちどには食べ切れず。ちらっとニェネントくんの皿をみるとまぐろ肉が残されていて、「あら、無理だったかな」とか「やっぱ、まぐろよりかつおが好きなのかな」とか思ったけれども、次にみると全部きれ〜いに食べてしまっていた。ニェネントくん、食べすぎです!


 

[]「処刑への誘い」ウラジーミル・ナボコフ:著 小西昌隆:訳 「処刑への誘い」ウラジーミル・ナボコフ:著 小西昌隆:訳を含むブックマーク

 ‥‥ふむ、どうよ? 率直に言って、これはロシア版からの翻訳だということにこだわりすぎている気がする。文体もまさに「直訳文体」という感じだし、文章が入れ子状態になっていて読みにくい。それはナボコフの原文はこういう感じなのかもしれないけれども、とにかくかなり読みにくい。いちいち「これはロシア語でこういう意味」的な注釈もうざったいというか。ナボコフ的な<諧謔>を読み取ってくれ、という気もちはわからないでもないのだけれども、わたしはこの翻訳は、ナボコフの奥行きを狭めることになったのではないかと思う。‥‥研究すれば、その書物への理解が深まり、その翻訳で読者に<理想的な読み方>が提示される、ということでもないと、わたしはこの本を読んで思った。わたしなどは<文学研究者>などではなく、ただナボコフの作品の楽しさを満喫したいと思っているだけ。
 つまりわたしは、この本は英語訳からの富士川義之氏の翻訳、「断頭台への招待」で読む方がいいのではないかと思う。今はとうに絶版の該当書が、復刊されることを希望する。


 

[](11)「プラチナの翳りのように信じがたく美しく」〜宮澤壯佳氏によるライナーノーツ(3) (11)「プラチナの翳りのように信じがたく美しく」〜宮澤壯佳氏によるライナーノーツ(3)を含むブックマーク

 つづき。ここから先は、このライナーノーツの載せられたアルバム「Earthspan(夜明け)」の解説になるので、ちょっと音を聴かないとわからないところもあるかもしれない。それではと、ここで触れられている"Sunday Song"と"Seagull"(かなり音量が小さいが)とを、YouTubeからリンクさせておきます。ちなみに、メンバーのLicoriceはこのアルバムを最後にグループを脱退することになり、これがラストアルバム。そして、この"Sunday Song"の詩は、Licoriceによるもの。

    D

    D

 このアルバムにおさめられた曲には、明るく心はずむようなものと、重苦しい人生そのもののようなメランコリーに彩られたものがあるが、そのいずれもが、アイルランドの落日や田舎の自然にみる、その季節の移り変わりのように陰翳にとんでいる。どの曲を聞いても、心なしかもの悲しく、ペーソスがしのびよってくる。それは人生の重苦しさ、苦々しさにじっと耐え忍ぶ庶民の姿をほうふつとさせ、どこか痛々しく、なにかしら救いを求めるひとの嘆息さえ感じさせるのだ。ぼくは、このアルバムのなかでは、とくにそんな曲が好きで、"Restless Night"や"Sunday Song"や、なかでも"Seagull"は繰返しくりかえし聞いている。これらの曲を聞いていると、重苦しさから救われていくような気分になり、なぜか「希望」という忘れてしまったことばを思い出すのである。
 この世は生きた樹がからみあってできた教会のようなところ。ねずみもおれば、もぐらもいる。自然の恩寵をたっぷりさずかって生きている。だからひとびとは散り散りばらばらだ。選ばれてこの世に生まれていることを知ってほしい。どんなときでも翼をたたんだりしてはいけない。愛は神なのだ、愛すれば、かぎりないよろこびが生まれてくるのだよ。―――"Sunday Song"はそういった愛のすばらしさを歌う。

 "Love is god, is god oh sweet joy"

 このことばはいつまでも心のカテドラルでこだますようではないか。人生の荘重な意味を力強く訴えかけてくる。
 このアルバムの最後の曲"Seagull"でも、重苦しい懐疑と明るい希望のコントラストが見事な心象風景になって歌われている。
 荒海を航海してきた一人の男が、一夜明けた港のなかで、朝日にむかって心の煩悶を訴え、なにものかに救いを求めているが、彼の呼びかけにこたえるのは、カモメのかん高い唄ばかり。そんなとき

 "All right, out on the rolling, rolling, rolling sea…"

 と荒海をのりきろうと決意する。そのさまがたくましく繰返される。それは、まるで波にのみこまれまいとして、決然と荒海にたちむかう水夫の姿であると同時に、そのまま明日にたちむかう人間の緊張感をこめた、航海の前の祈りのようにも聞えてくる。神は自然のきびしい掟によって人間に試練の荒波をたちはだかせるが、それをのりこえさえすれば安らぎをあたえてくれるのだ、という宗教的なテーマが根底に流れている。そう理解すれば、別の歌"Sunday Song"のなかで

 不思議な驚き
 草は緑
 そして
 地上に13の星の群  (松宮英子・対訳)

 と歌われている神の自然の恩寵も身近なものになろう。インクレディブル・ストリング・バンドは、失われた心の率直さをぼくたちによみがえらせる。      <宮澤壯佳


 

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■ 2018-05-20(Sun)

 昨日手賀沼のそばで見た、ハクチョウの親子のことが気にかかる。調べるとハクチョウの繁殖地はシベリアとか北の方で、国内で繁殖するなどということは書かれていない。まさかあのヒナ鳥がシベリアから飛来してきたなんて考えられないし、どういうことなんだろう。気になる。

 今日は20日の日曜日。通勤定期がおとといの18日で切れていて、昨日と今日の分は定期買わないで節約したけど、また明日から定期のお世話にならなくてはならないし、午前中に定期を買いに駅まで出かけた。それで20日というのは、駅の近くのドラッグストアで、例のTポイントとかいうのが1.5倍で使えるわけで、「それはお得だ」とまんまと乗せられて、行ってしまうのだ。いちおうポイントも400ポイントぐらいたまってるから、それが600円に化けるならうれしい。それで店に行き、例のEPA&DHAのサプリメントとバナナなどを買う。そしたらサプリメントはこれ買っただけでボーナスポイントというのか、すぐに250ポイントも付加されてしまったので、また来月の20日に「お買い物」に来ようと、策略にまんまとはまってしまうのだった。

 帰宅して、昼食はツナ缶とかでかんたんにすませ、ベッドで本を読みはじめたらすぐに寝てしまい、そんな午睡から目覚めたらもう五時に近かった。‥‥また、せっかくの休日をムダにしてしまったような気分になる。でもまあ、休日とは休養日ということで、ゆっくり休めればそれでいいのだ、と考えれば、ま、たしかにゆっくり休んだことになるから、それもいいかと。

 さて、夕食は昨日買った「まぐろの血合い肉」を使って何かつくる。ずいぶん昔に煮物にしておいしかった記憶があるので、ネットでレシピを検索。「しぐれ煮」である。しょう油と砂糖と、それとしょうがで味付けし、水は使わずに料理酒だけで煮込んで臭みを消すのだ。とにかく肉はいっぱいあるし、骨や筋の近くからそぎ落とした肉は細かくなりすぎて使わないから、これはニェネントくんへのごちそうであります。もうニェネントくんは、わたしがまな板の上でまぐろ肉を切り落としているときから、「何か、サカナの臭いがするんですけれども?」と、そばに寄って来ている。そぎ落としたのをニェネントくんの皿に取ってあげると、にゃんにゃんなきながら寄ってくる。これは「大喜び」なのだろう。そんなに喜んでくれるのなら、明日の分も少し取っておいてあげようと、「これはニェネント用」と、冷蔵庫に別に保管。それでもまだまだ大量にある肉を煮込む。ただ火をつけて放ったらかし、気楽なお料理である。
 「しぐれ煮」完成。簡単だ。そしておいしい。そしていっぱいある。半分ぐらいしか食べきれず、残りは明日の夕食だ。‥‥こうやって、わたしとニェネントくんの二食分になって、しかもそれでわずか百円。これは経済的でニェネントくんも満足。これからもときどき買おう。

 今日の相撲は、栃ノ心対逸ノ城。すっごい力の入る重量級の取組みだったけれども、栃ノ心が寄り切り、ただひとり勝ち越しである。また優勝するのではないかと思える。


 

[](10)「プラチナの翳りのように信じがたく美しく」〜宮澤壯佳氏によるライナーノーツ(2) (10)「プラチナの翳りのように信じがたく美しく」〜宮澤壯佳氏によるライナーノーツ(2)を含むブックマーク

 昨日の宮澤さんのライナーノーツのコピーは、「このグループは性格のはっきりしない支離滅裂な行き方をしていると思われてしまう。事実、彼らにたいする最大の誤解はそのようなものだった。」というところまでだったのだけれども、悲しいことか、現在のこのバンドへの評価は、まさにこの「誤解」を引きずるものでしかないように、わたしには思える。一見彼らを賛美しているようでも、実はその根底には徹底した「無理解」がある。
 それは単に、データの集積でしか音を聴かず、「想像力」というものを欠如させた結果ではないかと、わたしは思っている。ここで、決して<音楽の専門家>ではない、宮澤壯佳氏のライナーノーツを読むことで、「<音楽>を聴くことから失われたもの」を、取り戻したい、そういう気もちが、わたしにはあるのです。では、つづきを。

 もともと、音楽を類型で聞くことは大きな間違いなのだが、インクレディブル・ストリング・バンドが難解でとらえどころがないものとみなされたのは、すべて類型でものごとを判断しようとするコンサバティヴな聞き方によるものである。いったん類型で判断しようとすると、彼らのヴォーカルはいったいどのような類型のなかに位置づけられたらよいだろう。あまりにも独特で、あまりにも非類型的で、しかも伝統的な唱法からみれば調子っぱずれでしかない。ロビンのヴォーカルは、ときにかん高すぎるし、ゲール人的な特殊な発音の優雅さや音調で彩られていて、不思議な個人的な魅力をもっている。またマイク・ヘロンのヴォーカルは、どこかボブ・ディランを意識しているように聞こえるときもあるが、もっと豊かで肉感的でさえあり、そのしわがれた発声法には、むしろソウルフルな傾向さえある。しかしそれはヘロン自身のものとしかいいようのないものなのだ。さらに、リッキーのけがれない子供のようなソプラノは、較べようもなく純粋である。
 インクレディブル・ストリング・バンドの音楽は、表面的な聞き方、類型的なアプローチにたよっていたのでは、その独自性をとらえることはできない。むしろ迷路のようにわからなくなってしまう。だから、ぼくは、彼らの音楽を「絵として聞く」ことにしている。もちろん絵を聞くことは不可能だが、いったん鼓膜に反応してしまえば、あとは脳裡でどのようなヴィジョナリー・ランドスケイプとしてうけとったってかまわないのだ。インクレディブル・ストリング・バンドの音楽は、そのような聞き方をすれば、先に思いつくまま列挙したさまざまな必要という「絵の具」によって描かれた一枚の、あるいはさまざまな画面であって悪かろうはずはない。
 そういい切ってしまえば、インクレディブル・ストリング・バンドの音楽は、一種の複合音楽――コンバイン・ミュージックだということになる。
 コンバインというコンセプトは、もちろんダダイズムのコラージュやシュルレアリスムのデペイズマンや、戦後芸術が開拓したアサンブラージュといった考え方の一線上にならぶものだが、簡単にいってしまえば、異なった要素を結合する(コンバインする)ことによって、最初の素材のもっていない別の効果を生みだすテクニックとしてみることができる。だから、たとえば日常的で卑俗な既成品をカンバスの上にコンバインすることによって、予測されない聖なる効果をつくりだすこともできる。それは、単にオブジェをコンバインするばかりでなく、抽象的なイメージやコンセプトまでコンバインすることもできる。そして、これらの芸術において特徴的なのは、意外性と意図されざる偶然性が結果を決定するということである。それが過去の類型を拒否する唯一最大の武器となっていた。
 インクレディブル・ストリング・バンドのメンバーが、こうしたコンバインのコンセプトをどの程度理解していたか、それは想像することしかできないが、彼らの音楽がさまざまな要素のコンバインからなりたっている事実だけは疑うことができない。そして、彼らのコンバイン・ミュージックは、方法論的に実験的でありながら、ぼくたちの耳にあたえる効果が意外に率直で素朴である点に注目したい。それは「信じられない」ほどに清純なのである。
 しかし、それは単純であるということではない。方法論的に複雑なテクニックを駆使しながら単純そのもので終るわけがない。彼らの音のテクスチュアは、まるでプラチナのデリケートな陰鬱のように複雑である。微妙でそしてそれがそのまま音の心理的ニュアンスをかもし出しているのは見事というよりほかない。
                            (まだつづく)


 

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■ 2018-05-19(Sat)

 土曜日。昨夜遅くから雨が降り始めたようで、目覚めたとき、窓の外ではまだ雨が降っていた。テレビの天気予報では、この雨は午後にはあがるといっている。今日は手賀沼のところで午後から、Bさんがパフォーマンスをやられることになっている。雨がやむようならば、やはり行ってみようかと思う。

 まずは洗濯をして、とりあえず室内干し。雨がやんだら外に出そうと思っていたら、意外と早くに雨もやみ、窓の外は日の光が明るくなった。洗濯物を外に出し、「ではBさんのパフォーマンスに行こうかな」と思った。それで、かんたんな昼食をとって、そのあとにベッドで本を読んでいたら、案の定、眠ってしまった。
 目覚めたら一時を過ぎていて、わたしの記憶ではパフォーマンスは一時半からだと思い込んでいて、「まだギリギリ間に合うか」と、大急ぎで出かける。我孫子の駅前まで歩き、駅前にちょうど出発を待っていたバスに乗る。もう時間はほとんど二時。そこでBさんからのメールを確認すると、パフォーマンスは一時開始の予定だということ。「あららら、もう終わってるかな」と、その場所付近のバス停で降りて、手賀沼の方に行ってみる。それなりに散策している人の姿は多いのだけれども、そういうパフォーマンスめいたことが行なわれている、行なわれていた雰囲気はなく、Bさんはもちろん、知っている人の姿も見えなかった。「もう全部終わってしまって、撤収も完了したあとだったか」というところだろう。

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 しょうがない、せっかく出てきたことだし、雨上がりの天気も快適だし、散歩いたしましょうか、などと手賀沼のほとりを歩いてみる。新緑が気もちいい。そんな茂みのなかに、おや、ハクチョウの姿をみつけた。木立ちのあいだの草むらで、つがいでくつろいでいる。よく見ると、そのおとなのハクチョウ二羽のあいだに、まだグレーっぽい羽毛の残っているヒナが二羽、親に守られるようにして、コロコロと動いていた。

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 ‥‥これは、めったに見られない、いいものを見た。さすがにハクチョウは大きいから、そのヒナといってもけっこう大きい。わたしはハクチョウの繁殖するのは日本ではないと思っていたのだけれども、このヒナはどうみても、この地で生まれたもののように思う。

 せっかくだからこのあと、目の前にある「鳥の博物館」に、久しぶりに行ってみた。

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 もう死んで、はく製にされた鳥たちの姿は、いくら羽根を拡げて飛ぶ姿勢を見せていても、どこか悲しい。それでもやはり、美しい。

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 帰りは我孫子駅までゆっくりと歩き、ショッピングプラザに寄り、激安の「まぐろの血合い肉」とか豆腐とかを買う。ニェネントにあげると喜ぶんじゃないかと思う。
 ウチに帰って、まずはニェネントにネコ缶。そのあとに買った「まぐろの血合い肉」から肉をほぐして(けっこう骨がごっつい)、ニェネントの皿に盛ってあげる。ニェネント喜ぶ(多分)。明日はわたしが、この「血合い肉」を調理して食べよう。


 

[](9)「プラチナの翳りのように信じがたく美しく」〜宮澤壯佳氏によるライナーノーツ(1) (9)「プラチナの翳りのように信じがたく美しく」〜宮澤壯佳氏によるライナーノーツ(1)を含むブックマーク

 わたしは昔のLPレコード時代から、このバンドのLPはすべて買っていたのだけれども、当時はバンドが新譜をリリースするごとに、間髪を入れずに国内盤もリリースされていた。当時は、このバンドのことを知るには、そんな国内盤LPのライナーノーツだけがたよりだったし、どのライナーノーツも優れたものだったと記憶している。
 そんなLPコレクションも今では皆処分してしまったのだけれども、その中で、バンドの1972年リリースのアルバム「Earthspan」(邦題「夜明け」)のライナーノーツは、当時の美術手帖の編集長、宮澤壯佳氏によって書かれたもので、わたしはこれは「名文」と思っていて、処分する前にコピーを取っておいた。そのライナーノーツを、ここに再録させていただきたい(著作権とかの問題が発生するだろうか?)。いちどに全文を載せるには長文過ぎるので、3回ぐらいに分割して掲載したいと思っています。
 宮澤壯佳氏はもちろん「ロック批評家」などというものではなく、だからこそ、このライナーノーツには<クロスオーヴァー>の魅力にあふれていると思う。わたしは当時ずっと「美術手帖」も購読しつづけていたわけで、その編集長がISBのアルバムのライナーノーツを書かれたということは、意外なよろこびをわたしにもたらせてくれたものでした。なお、宮澤壯佳氏は、たしかこのほかに、ルー・リードのアルバムのライナーノーツを書かれたこともあったはずだと思いますが、それ以外での彼の書いたライナーノーツの存在は知りません。

 ま、いちどぐらい、その「美術手帖」でIncredible String Bandのことを取り上げて下さればうれしかったのですが。以下、よろしくです。

 「ぼくは音楽のなかに絵を描きたい‥‥」、このロビン・ウィリアムスンのことばをどう解釈すべきだろう。ごく単純にいえば、絵を描くためには絵具と画布がいる。だが、音楽は絵具や画布などではない。もともと音楽と絵画は素材と形式を異にするものであることぐらいだれにでもわかっている。にもかかわらず、「音楽のなかに絵を描く」ということは、それほど不自然には聞えない。案外、あたりまえのこととして聞いてしまう。
 「見るとは、眼を閉じることだ」といったのは、異色画家ヴォルスだった。また、「絵画とは、見えないものを見させるものだ」といったのは、かの有名なパウル・クレーである。この矛盾した文脈が、今日ぼくたちには矛盾などではなく、ごくあたりまえのことになっている。
 「想像力は、知られざるものに見えるかたちをあたえる」とシェークスピアがいったとき、すでにぼくたちの眼の前に実際見えている現実は信ずるに足るものではなく、人間の想像力によって見たものこそ真実なのだという発見があった。だから「眼を閉じる」ことによって、瞼の裏側でものの姿を見ることは、もうひとつの現実を発見することであったはずである。別ないい方をすれば、ものの形や外観によって認識される世界のイメージのほかに、非合理な想像力の眼によってとらえられる世界のイメージがあるということである。だからこそ「音楽のなかに絵を描く」ことが可能になってくる。そうしてみると、インクレディブル・ストリング・バンドは、その名前のように、“信じがたいことを実現する夢の楽士”ということなのかもしれない。
 ところが、はじめて、このグループの名前をきいたとき、自分たちの名前を「信じられない」とか「どえらい」とかいった形容詞でよぶこと自体、ちょっと変わった連中だなと思ったものである。よく薬の名前に「不思議膏」だとか「健脳丸」とか、なにか売らんかなの意図まる見えのものがあるけど、つい口上商人めいた手口を連想したものである。だが、薬の効き目が効能通りならば、だれも文句をいわない。詐欺、ペテンも、口上に反するからそういわれるのであって、内容がその通りならば額面通りうけとって不思議はない。
 しかし、こと芸術的ニュアンスが加味されてくると、その判定基準ははっきりしないものだ。インクレディブル・ストリング・バンドが本当に「インクレディブル」なのかどうかは聞き手の耳にかかっているところが、実はやっかいなのだ。ぼくは彼らの音楽をはじめて聞いたとき、正直なところ、グループの名前はちょっとオーバーだと思ったものだが、長い間、折にふれ度重ねて聞いてくると、はじめの反応がだんだん変わってきた。時間とともに、ぼくの耳は修正作業をはじめ、いまでは、このバンドは、やはり名前通り、正真正銘いつわりない個性をもっていると思うようになっているのだ。そして、ロビン・ウィリアムスンのことばを借りれば、ぼくはインクレディブル・ストリング・バンドの音楽を聞きながら、鼓膜の裏側に絵を描くことをたのしみにしている。
 そういういい方は、たしかにこのグループの音楽を聞くひとつの方法にはちがいないが、はたして多くのひとにとって納得できるとは思われない。その最大の理由は、このグループの音楽が、聞き手によって実にさまざまな反応をよびおこすからなのである。ということは、その音楽がさまざまな要素をもっているからだといえよう。
 表面的にとらえれば、彼らの音楽はかなり雑多な性格をもっている。スコットランドの伝統的なバラードからアメリカのカントリー・ミュージックにいたる民族音楽的要素に、考えられるかぎりのポップ・ミュージックの断片がさまざまなアクセントを附加し、さらに、中近東、インドの雰囲気をのぞかせたり、まことに捉えどころがない。いろいろな曲を聞いて、思い付くままに記すと、カリプソ、ワルツ、ロックン・ロール、ボサノバ、ブギウギ、アメリカン・フォーク・ソング(とりわけ、ボブ・ディラン)、アメリカン・オールド・タイマー・ミュージック、ブルーグラス・ミュージック、ジャグ・バンド的スタイル……ときりもなく思いつくしまつである。さらに、最近の曲では教会音楽的な雰囲気もでてきた。
 そういえば、このグループは性格のはっきりしない支離滅裂な行き方をしていると思われてしまう。事実、彼らにたいする最大の誤解はそのようなものだった。
                                   (つづく)


 

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■ 2018-05-18(Fri)

 金曜日になった。"Thank God! It's Friday!"である。明日のことを気にせずに遊び歩ける金曜日、やはり出来るだけ好きなことをして過ごしたい。先週は「ザ・スクエア」という映画を観たけれども、今週もまた映画を観ようかと思う。今日は東映のヤクザ映画、「孤狼の血」を観てみたい。もちろんわたしも、「仁義なき戦い」も「アウトレイジ」も全部観て、それは楽しんだものだけれども、そこまでに「ヤクザ映画」大好き!というわけでもない。ただ、この作品の評価はかなり高いようなので、「やはり観ておこう」という感じ。
 それで、「どこの映画館で観ようか?」と調べたら、前にも行った亀有のシネコンで上映しているのがわかり、上映も二時十五分からと、ま、ちょうどいいスケジュールでもあり、また亀有行き決定。

 仕事を終えて、また飯田橋の駅前の「B」のバーガーセットで、ゆっくりと昼食。わたしの仕事は十一時半までなので、昼休みで混雑する前に店に入れるのが助かる。で、図書館で借りたナボコフを読みながらバーガーを食べていたら、本にケチャップをこぼしてしまった! ぎゃーっ! 大変! あの我孫子の図書館は本を汚されることに怒りまくる図書館だし、このナボコフの本はわたしがリクエストで買ってもらった本だから「まっさら」。汚したらそれはまちがいなく「わたし」のせいなのだ。すぐにナプキンで拭き取ったけれども、小口にしっかりとケチャップの赤いシミが残ってしまっている。ううう、図書館に返却するときに、担当のおばさんが本をチェックして、「このシミは何ですか!」とわたしを責めつけるさまが想像される。しつっこくシミを拭き取ってだいぶ薄れたし、ウチに帰ったら紙ヤスリでこすり取ってやろう。そう思うのだった。

 悲しい思いで食事を終え、店を出て亀有へ。亀有の駅で下車してシネコンのあるショッピング・モールへ歩いていて、急にニェネントのことが思い出され、「いや、映画なんか観るのではなくって、早くウチに帰って、ニェネントといっしょにいる方がいいんじゃないのか?」と思い、いちどは引き返そうかと思ったのだけれども、ぜったいあとで映画を観たくなるだろうと思い、けっきょくモールへと行くのだった。

 まずはシネコンで席を決めてチケットを買い、まだ時間が一時間ぐらいあるので、モールのなかをいろいろと歩いてまわった。「なんかいいTシャツがあれば買いたいな」という気分だったのだけれども、いまいちピンと来るものもなく、もう季節が終わって価格の下げられている、長袖のボタンダウンシャツを買った。うむ、あんまり堅気のオヤジが着るようなプリントのシャツではないのだが、これからヤクザ映画観るんだからいいか、という気分(あとになって、「こんなの買っちゃって‥‥」と後悔するかもしれない)。

 さて、開映時間になる。映写室にはやはり、ヤクザ映画が好きそうなオッサンたちの姿が多くみられる。‥‥It's alright!
 映画が始まり、そして終わる。むむむ、面白かった!(感想は下に)

        f:id:crosstalk:20180519093200j:image

 スーパーに寄り道したりして駅に着くともう時計は五時近くを指していて、帰りの千代田線もかなり混み合っていた。でも亀有を過ぎると車内は駅ごとに空いて行き、けっこう早くに座席にすわることもできた。ウチに帰り着いて五時半。ドアを開けると、待ちかねていたニェネントくんのお出迎え。「ごめんごめん、遅くなってしまったね」と、ネコ缶をニェネントに出してあげ、テレビをつけると大相撲。この日は白鵬に黒星がついてしまい、ついに栃ノ心がただひとり全勝。

 夕食はまた近くの中華の店に行くことにして、今日は金曜日だからドリンクはみんな半額。「レバニラ炒めライス」と瓶ビールにしたが、やはり、いつもの「台湾焼きそば」の方が、ボリュームがあってよかったか。


 

[]「孤狼の血」柚月裕子:原作 白石和彌:監督 「孤狼の血」柚月裕子:原作 白石和彌:監督を含むブックマーク

 「仁義なき戦い」とか「アウトレイジ」とかの名作ヤクザ映画を彷彿とさせられる、ヤクザ抗争劇。「ヤクザ映画」といえば「東映」という、そんな東映映画。「仁義なき戦い」の「指つめシーン」を踏襲してなのか、そんなドイヒーな「指つめ」から始まる。「仁義なき戦い」ではニワトリ小屋だったけど、ここでは豚小屋。

 昭和六十三年。広島の架空の市、「呉原」(って、思いっきり「呉」だ!)が舞台にされ、その呉原東署の役所広司がヤクザと癒着した「悪徳警官」なのでは?という疑惑から、県警から役所の部下として松坂桃李が配属される。彼はつまり県警から「役所の<悪徳>の証拠を探り出せ!」との使命を受けた<スパイ>なのだけれども、これは映画が始まってしばらくしてからわかること。その呉原市ではふたつの暴力団が抗争をつづけていて、一方の暴力団がらみの金融会社の社員(暴力団員ではない)が失踪する。もちろん彼は対立する組に消されているのだけれども、役所と松坂がその捜査を始める。一方の組から「付け届け」を受領し、強引というか、それは「犯罪」ではないかという捜査をやってのける役所に、松坂はあきれ果てるのだけれども、その中で重要な手がかりも得ることにはなる。ここで描かれる「ヤクザ抗争」の非情さ、非人間性は、やはり「仁義なき戦い」や「アウトレイジ」で見知った世界ではあるけれども、この作品ではそこに真木よう子や阿部純子という女性を配し、ま、一面的ではあるけれども、「女性」のドラマも絡めて行くし、そんな非情の世界のなかに、「やはり<情>というものはあるのだ」という世界観を示したことに特色があるのだろうか。もちろん、そのことがある面で<通俗>な感情描写になっていることも否めなくて、このあたりでこの作品への評価も分かれるかもしれない。しかし、やはりわたしには、めっちゃ面白い作品だった!(もう一回観に行きたいぐらいだ)

 ま、石橋蓮司などは「また<アウトレイジ>かよ!」というところもみせてくれるわけだけれども、このあたりは「アウトレイジ」からはるかにグレードアップしてるだろう! 「ビックリ、ドッキリ、クリ×××」である。

 演出も卓越した作品で、ここに撮影のみごとさ、そして(特に夜のシーン、そして室内シーンでの)照明の技、「こりゃすごい!」という美術と、しばらく観ないで知らなかった「日本映画の底力」をみせつけられた気分にもなった。
 もちろん、この演出の白石和彌という監督がすごいのだけれども、わたしは彼の名は何かで聞いたような気がするけれども、彼の作品を観るのはコレが初めて、なのだろうか。若松孝二や犬童一心の下で仕事をしていた人ということで、去年の映画で気になっていた「彼女がその名を知らない鳥たち」の監督も、この人なのだった。「彼女がその名を知らない鳥たち」はやはり、観てみたい。


 

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■ 2018-05-17(Thu)

 日曜の夜に強い雨が降ったあと、晴れがつづいている。昨日は相当に気温も上がって、ほぼ「真夏日」になったとか。今日もやはり、かなり暑い。ピンチョンをひととおり読み終わり、こんどはまたナボコフを読む。今日からは、図書館から借りた「ナボコフ・コレクション」を読みはじめ、この本を読み終えれば、もうとりあえずは図書館の本を借りる必要もなくなり、ようやく、自宅本の読破にかかれることになる。まさに「ようやく」という感じ。

 駅から自宅へ帰る道に、「この花は知っている」という、よく見かける野の花がいっぱい咲いていた。よく見かける花だけれども、何という名なんだろう。

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 撮った写真から画像検索してみると、この花は「ヒメジョオン」、もしくは「ハルジオン」という雑草らしい。多分「ヒメジョオン」だと思うけれども、「ハルジオン」とはとても似ていて、混同されることが多いらしい。でもこれだけの花が集中して咲いているのが「ヒメジョオン」の特徴で、ま、「ヒメジョオン」の方だろう。
 この雑草は「貧乏草」と呼ばれ、この花を折ったり摘んだりすると貧乏になるといわれていたらしい。わたしも小さい頃からよく見かけた花だけれども、「貧乏草」という呼び方は知らなかった(それできっと、知らずに折ったり摘んだりしてしまって、結果として今のわたしがあるのだろう)。

 Cさんから連絡があり、来週のDさんの個展にいっしょに行くことになった。前にCさんのグループ展のときにはじめてお会いしたDさん、その作品の現物を観るのははじめてのこと。とっても楽しみだし、前回CさんDさんと三人での居酒屋でのおしゃべりはとっても楽しかった。って、やっぱり飲みたいのか、わたしは。
 娘からもメールをもらい、新作が某公募展に入選したということで、その新作のフォトも添付されていた。それがなかなかにイイ感じというか、花の絵なのだけれども「妖しさ」に満ちていて、ま、親族のことを褒めても「うちわ褒め」と思われてしまうだろうけれども、才能は感じる。いろいろとアドヴァイスしたいこともあるけれども、今後が楽しみなのであります。

 相撲中継。今日の遠藤と逸ノ城との取組みは、見ごたえがあった。逸ノ城は図体デカイから、重戦車みたいに前に出る圧力は相当のものだろうけれども、横への動きの敏捷さがないかな。なぜか古いキングコング映画の、キングコングとティラノザウルスとの決戦を思い出したよ。それで栃ノ心は危なげなく今日も勝ち、もう優勝候補だ。おそらく大関に昇進するだろう(だって、今いちばん強いのは、ぜったい栃ノ心だもの)。

 まとめてつくったカレーを、意外と早くにぜんぶ食べ終えた。「8〜10皿分」のルーを使って、いっぱいつくったつもりだったけれども、6皿ぐらいしか食べてないんじゃないか。たしかに味が濃かったから、入れる水の分量が少なすぎたのか。これから毎日、また「今夜は何にしようか」と、考えなければならない。


 

[](8)48年の時を経て、"U"の映像上映! (8)48年の時を経て、"U"の映像上映!を含むブックマーク

 これは、このコラムを始めてすぐにも伝えなければならなかったニュースだったけれども、つまりIncredible String Bandの1970年の<問題の>ライヴの、秘蔵映像が、48年の時を経て、先週12日にロンドンの劇場で公開されたのだというニュース。‥‥いや、もう、これは、かつてのファンにとってはたいへんなことでござりまする!

 1969年のウッドストックへの出演がひとつの「汚点」となってしまった感のあるISBには、さらに翌1970年にさらなる「問題公演」が待ち受けておりました(って、こっちはバンドが自分たちで企画したわけだけれども)。

 この"U"と名付けられた連続公演は、Stone Monkeyというダンス集団とのコラボレーションとして企画され、それはロビンによって"A Surreal Parable in Dance and Song"とされた企画で、70年の4月にロンドンの劇場でスタートします。しかしその公演はそれまでバンドに好意的だった批評家らからも酷評され、アメリカでのいくつかの公演はキャンセルされ、フィルモア・イーストでの公演はバンドが自腹を切ってなんとか実現。プロデューサーでマネージャーのジョー・ボイドは、この窮地を救うために、バンドに48時間で二枚組アルバムの"U"をレコーディングさせることになる。英語版Wikipediaによれば、ジョー・ボイドはこのショーのことを"a disaster"(「大惨事」?)と語っていたようで(このあたり、注文してあるジョーの自伝の到着を待ちましょう!)、長年のバンドとの関係を解消するに至るわけです。

 おそらくはそのショーの構成に従ってレコーディングされたであろう、その"U"というアルバム、実はわたしは長年愛聴したアルバムでもあったけれども、先日久しぶりに聴くと、たしかにこの時点でのバンドの問題点がいろいろと聴き取れるわけで、これはのちに改めて書こうと思っているのだけれども、ひとつには、おそらくはこのプロジェクトを牽引したロビン・ウィリアムソンの「暴走」ぶりであって、そして、「そこを何とか」というか、バンドの存続のために尽力するマイク・ヘロンの努力のあとがうかがえる作品ではないかと。

 しかし、その問題の公演のライヴ映像が観ることが出来るのならぜひ観たい!と思うのは当然だけれども、これを観たマイクもロビンも、「これはとてもDVDとかでリリース出来る画質ではない(もともとがモノクロ映像らしいし)」と語っているらしい(画質ではなく、その内容が「観るに耐えない」ということだったりして)。‥‥でも、ひょっとしたらそのうちにYouTubeとかにアップされる可能性も、なきにしもあらずか。ま、長年のファンとしては、どんなものであれ、バンドのその後の命運を左右した問題の公演、やはり観てみたい代物ではあります。


 

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■ 2018-05-16(Wed)

 朝、夢を見ていた。その夢に人物は登場せず、ただ図形が出てくるだけの「幾何学」の夢だった。長方形があり、その長方形の長辺と短辺、そして対角線との比率とが、夢の中で「図」として思考されていく。これはきっとピンチョンを読んだ影響ではないかと思うけれども、「奇妙な夢を見たものだ」と思いながら目覚め、そういう奇妙な夢だったもので、起きたあとも忘れ去られることもなかった。

 五月になってずっと、EPAとDHAを含有するサプリメントを飲みつづけているのだけれども、それ以降は今のところ、「あらら、観たばかりの映画の筋をもう忘れちゃったよ」とか、「読んだ本の内容忘れた」とか、そういうことがなくなったような気がする。効いてるのかしらね? それで、けっこう考え方も何だかポジティヴになったというか、「やりたいこと」がいろいろと出てきたような(例えば、先週とかから、この日記で始めた"Incredible String Band"についての散策だとか)。今朝見た夢も、ひょっとしたらそんなサプリメントの影響だったかもしれない、などと思ってもみる(これでは、そのサプリメントの宣伝だ!)。とにかくは、「いい変化」が起こっている。

 ニェネントくんの「悪い変化」、おトイレのしくじりは、今日はやらかしてないみたいだ。昨日の処置がうまくいってるのかどうかは、まだはっきりとはわからないし、どこかわたしの見えないところで「粗相」をしているのかもしれない。しばらくは様子をみるしかありません。

 去年わたしがこの我孫子に転居してくる少し前、我孫子で幼い女の子が殺されて死体が川辺に遺棄された事件があったけれども、そんな事件が新潟でも起きて、23歳の青年が逮捕された。殺されたのは小学2年の女の子だった。報道をみると、逮捕された男は先月にも女子中学生を連れ回して書類送検されていたらしい。幼い子と遊ぶのが好きだったようで、「今にして思えば不気味だ」という同僚の話もある。
 ‥‥わたしは勝手に想像するだけだが、先月の中学生の件でも「わいせつ行為」に及んだわけでもないようだし、この男はほんとうに幼い子と仲良くなりたかったのではないだろうか。‥‥毎夜毎夜、彼はそんな幼い女の子と仲良く過ごす自分を夢想する。彼はたぶん、女の子といっしょにドライヴし、それで仲良くなって、「友だちだね!」となることを<夢想>していたのだろうか。「そんな<夢想>も、こうすれば実現出来るのではないだろうか?」と、何度も何度もシュミレートする。そのうちに、自分のシュミレーションに錯誤はない、ぜったいうまく行くと思い込む。それはシュミレートを繰り返す過程で、「ぜったいに考えから除外してはならないこと」を、いつしか除外してしまうのだろう。「ボクは女の子に<ボクの車に乗らないか?>と誘う。女の子は<うん、いいよ>と答え、ボクの車の助手席に乗ってくれる。そしていっしょに、幸せなドライヴに出発するのだ。きっと、そうなる」と。
 その<夢想>が、いともかんたんに壊れたとき、男が幾夜も幾夜もかけて組み立ててシュミレーションを繰り返した<夢の世界>が、一気に崩壊する。その<崩壊>の心象風景は、わたしなどの想像を超えるものだろう。それが<暴力>というかたちをとる。あまりに不幸だ。(誤解しないでいただきたいが、わたしは、犯人を擁護しようなどとは、これっぽっちも思ってはいない。ただ、おそらく「わいせつ行為」目的だった我孫子の事件との差異を考えただけのこと。まっ先に、こんな不幸なかたちで殺された女の子のご冥福をお祈りいたします。そして、変な反響があれば削除します。)


 

[]「競売ナンバー49の叫び」トマス・ピンチョン:著 佐藤良明:訳 「競売ナンバー49の叫び」トマス・ピンチョン:著 佐藤良明:訳を含むブックマーク

 読んだ。読んだピンチョンの作品の中では、いちばん重苦しい空気を感じたりもする。それは結末が不明確なまま終わるせいもあるだろうし、作品全体が、どんどんと「世界」の深みにはまって行くエディパの一人称で書かれているせいもあるのだろうか。

 この作品が発表されたのは1966年。あらためて読んだ感じ、ピンチョンの作品で「同時代性」をいちばん感じさせられたのがこの作品だろうか。

(‥‥)エディパは覗き役、聴き役を続けた。デフォルメされた顔の溶接工が、彷徨うのを見た――宿無しの男が、自分を見捨てた社会の、静かな日常の空虚(ブランク)を愛おしむかのように。片方の頬の膨らみに大理石のような模様の傷を持つ黒人女にも会った。毎年一度、異なる原因で流産を繰り返す彼女は、その流産の儀式を、出産のそれに劣らぬ真剣さで、社会ではなく、社会の空隙(インテレグラム)に向けて捧げていた。年老いた夜警がアイボリー石鹸を齧っているのも見た。鍛え上げた胃袋に、ローションもエア・フレッシュナーも、布きれも煙草もワックスも、何から何まで詰め込もうとしている。この老人はそうやって、すべてを、それらが約束するものを、生産性も裏切りも腫瘍も、なにからなにまで摂取しなければ手遅れになるとでも思っているのだろうか。

 これは例えば、ボブ・ディランの"A Hard Rain's a-Gonna Fall"を想起させられるというか、わたしはこのところいつも、ボブ・ディランはピンチョンの代理でノーベル文学賞を授与されたのだと思っているのだが、この「競売ナンバー49の叫び」はとりわけ、ディランの掘り下げた「アメリカの恥部、暗部」に、もっともっと、(文学的に?)肉薄していると思う。
 ピンチョンは基本的に執筆時の同時代のことは書かない作家で、後の「ヴァインランド」や「LAヴァイス」で70年代のことを書いたのも、執筆時点からさかのぼって俎上に上げているわけで、そういうところからも、まさに「今起こっていること」を書いたこの作品、その時代へのピンチョンの「ナマ」の声、ということを強く感じる(だからこそ、この結末になったのだろう)。

 今見えている、目の前の「現実」と思い込んでいるところの背後に、実は「見えない何か」が動いているのではないのか、このようなピンチョンの世界への視線は、それが過去の問題にさかのぼっても、常にピンチョンが書きつづけてきていること、そのことがこの作品ではダイレクトに読むものに突きつけられるようで、「むむむむ」と思いながら読むのであった。

 そういえば、この作品の中でも当時流布しはじめたLSDのことも書かれていたのだけれども、わたしたちがさいしょに「LSDって何?その幻覚効果は?」などということを知ることになった「クール・クール LSD交感テスト」の著者であるトム・ウルフが、昨日亡くなられたらしい。彼の著書「現代美術コテンパン!」はわたしも読んだことがあるけれど、この人はけっきょく共和党支持者になってしまったのだったな。


 

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■ 2018-05-15(Tue)

 Bさんが、この週末に某所でパフォーマンスを行なうという知らせを、FBの紹介で知った。その「某所」はウチからそんなに離れたところではないし、やはり近郊に住むBさんとは、以前はよくお会いしていた。普通に考えれば行くべきだろうけれども、わたしにはいろいろと「わだかまり」がある。書くと長くなることだし、書いても詮無いことでもあるだろう。
 夜になって、そのBさん本人からも案内のメールをいただいた。観に行くだけでも行くべきだろうか、とは思う。気は重い。

 ‥‥さてさて、わたしの部屋では、たいへんなことが起こっていた。ニェネントくんがやはり、ちゃんとトイレでおしっこをしていなかったようだ。今朝、リヴィングに放置していたチラシの束を手に取ろうとしたら、ニェネントのおしっこでぐっしょり濡れていた。あああ、今設置してあるネコトイレでは、どうやら、うんちしかしてくれていないようだ。幸いにも、このところのニェネントくんのおしっこは、そこまでも匂いがキツいということもないようだけれども、これはそんな部屋の中でわたしの鼻がバカになっているだけで、仮によそから人がこの部屋を訪ねてきたら、「クサい!」となるのかもしれない。
 しかし、これからどうしたらいいのか。おそらくは、ニェネントもまた、「どこでおしっこすればいいのよ!」と迷っているところもあるのだろうか。とにかくはふたつぐらいの対策法はあるのだけれども、まずはかんたんにできる対策でやってみよう。ニェネントくん、お願いします!

 大相撲の中継が始まってしまったので、どうやら「カーネーション」の再放送はしばらくお休みになるみたいだ。それは残念だけれども、ま、相撲も好きですから、いいです。今場所はやはり栃ノ心! そして久々に上位にもどってきた勢も、それこそいきおいがあるみたいだ。別に見ている方は「国技」だなんて思っていないし、エンターテインメント興行として、妙な因習とかに囚われずに、すっきりしたスポーツの姿を見せてほしいだけ。

 

[](7)「賛辞」 (7)「賛辞」を含むブックマーク

 バンドのウッドストックでの「失敗」をつづけて書いてしまって、このバンドのネガティヴな面ばかりを強調してしまった気もするので、今回は褒めちぎりましょう。昨日までは「惨事」だったけれども、今日は「賛辞」。

 まずは、今まで紹介の遅れていた、バンドの持ち味の十二分に発揮された曲を紹介しましょう。これはIncredible String Bandのセカンド・アルバムの"The 5000 Spirits or the Layers of the Onion"のオープニング・チューンの"Chinese White"という曲。この曲はマイク・ヘロンの書いた曲。

      D

 曲の中でギターの他に、何か聞き慣れない妙な弦楽器の音が聴かれると思いますが、これが前にバンドの紹介のところでも書かれていた"Gimbri"という北アフリカの楽器で、メンバーのロビンがモロッコ周辺を放浪したときに持ち帰ったモノらしい。それで本来はこのGimbriという楽器、ギターと同じように弦をはじいて音を出す「撥弦楽器」のところを、ここではヴァイオリンのように弓を使っての「ボウイング」でプレイしているわけです。こういう、「本来の演奏法を逸脱して演奏する」というのも、このバンドの持ち味でもありました(いろいろ詳しいことはまたいずれ)。

 このアルバムはポール・マッカートニーによっても賞賛され、このアルバムの中のロビンの曲"First Girl I Loved"は後にジュディ・コリンズやジャクソン・ブラウン、その他多くのミュージシャンによってカヴァーされました。また、土曜日の朝にピーター・バラカン氏がナヴィゲーターをつとめるFM番組「ウィークエンド サンシャイン」でも、先々月だったか、バラカン氏が思いがけずも、この"5000 Spirits"のアルバムが大好きだったというお話をされていました。

 次のアルバム"The Hangman's Beautiful Daughter"はバンドのキャリアでも最大のヒットアルバムとなり、前にも書かれていたように、ロバート・プラントによってレッド・ツェッペリンのアルバムにも影響を与えたということ。これにより、このバンドのロビン・ウィリアムソンとマイク・ヘロンとの二人のソングライターは、レノン/マッカートニーのコンビに比されるようなことにもなりまして(ま、ロビンとマイクは基本的に「共作」という形態は取らなかったのだけれども)。

 今日はもう一曲、バンドのデビュー・アルバム"The Incredible String Band"から、ボブ・ディランも賞賛したという、こちらはロビン・ウィリアムソンの曲、"October Song"を、拙訳と共にお送りいたします(この頃はまだ、普通のフォークっぽい曲調ではあります)。

      D

I'll sing you this October song, Oh, there is no song before it.
The words and tune are none of my own, For my joys and sorrows bore it.

あなたにこの、十月の歌を歌って聞かせよう。この歌の前には、歌などはなかった。
歌詞も旋律も、わたしのものではない。わたしの喜びも哀しみも、退屈なものにすぎないから。

Beside the sea, The brambly briars, in the still of evening,
Birds fly out behind the sun, And with them I'll be leaving.

夕暮れの静けさの中、海のそばの茂みから、
鳥たちが陽の後ろへと飛び立って行く。それと共に、わたしもここを去るだろう。

The fallen leaves that jewel the ground, They know the art of dying,
And leave with joy their glad gold hearts, In the scarlet shadows lying.

落ち葉たちが地を飾る。彼らは死ぬことの技を知ってる。
緋色の影の横たわるなか、その黄金の心を喜びと共に委ねる。

When hunger calls my footsteps home, The morning follows after,
I swim the seas within my mind, And the pine-trees laugh green laughter.

空腹がわたしの足を家へと呼び、朝がその後につづく。
わたしは心の中の海を泳ぎ、松の木は緑の笑い声で笑うだろう。

I used to search for happiness, And I used to follow pleasure,
But I found a door behind my mind, And that's the greatest treasure.

わたしは幸せを探し、喜びを追っていた。
しかし、わたしの心の後ろに扉をみつけた。そしてそれこそが、最大の宝だった。

For rulers like to lay down laws, And rebels like to break them,
And the poor priests like to walk in chains, And God likes to forsake them.

支配者は法をつくろうとし、反逆者はそれを破ろうとする。
貧しい僧侶は鎖につながれて歩こうとする。そして神は彼らを許そうとする。

I met a man whose name was Time, And he said, "I must be going,"
But just how long ago that was, I have no way of knowing.

わたしは「時間」という名の男と出会った。彼は「わたしは行かなければ」と言った。
あれはどれだけ昔のことだっただろう。もう知ることもできない。

Sometimes I want to murder time, Sometimes when my heart's aching,
But mostly I just stroll along, The path that he is taking.

時にわたしは「時間」を殺したくなる。時にわたしの心が痛むとき。
でもつまりたいていは、わたしは彼がたどった道を彷徨うだけなのだ。


 

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■ 2018-05-14(Mon)

 昨日の夜は、部屋の中にいても、外で雨が激しく降っているのがわかった。ベッドの中で外のバサバサという音を聴いていると、自分が「外の本当の世界」を知りもしないで生きているような気になった。屋根と壁に守られて、外がどんなになっているのか、今わたしはまるで知らないで生きている。それは、ほんとうに「生きている」ということとは違うんじゃないのか、などとぼんやりと思いながら、ベッドのそばのキャットタワーの上で丸くなって寝ているニェネントを見て、「あなたなんか、生まれて一度だって、雨でずぶ濡れになったこともないんだよね」とか思い、そのうちにいつの間にか寝てしまった。

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 朝起きたときは外はまだ暗いのだけれども、今はすぐに陽が昇り、明るくなってくる。「今日は晴れだな」という明るさで、昨夜の強い雨は夜のうちにすっかりやんでしまった。

 今日からは、昨日図書館で借りた「競売ナンバー49の叫び」を読みはじめた。これを少なくとも水曜日までに(出来れば今日明日の二日で)読み終え、そのあとはナボコフを読んで、返却期限までにぜんぶ読んでしまいたい。
 さて、その「競売ナンバー49」を読みはじめてみると、意外にも「訳注」というものがほとんどない。「それではわからないものがわからないではないか」とか変な感想を持つのだけれども、後ろの方をめくってみると、巻末にどっさりと「49の手引き」とかいうのが載っていて、「これではいちど読み終えてこの<手引き>を読めば、もういちど読みたくなってしまうのではないか」とか思ってしまった。とにかくは今日は百ページぐらいまで読んだ。やはり明日読み終えるのはムリっぽい。

 仕事から帰宅してテレビをみていると「国会中継」をやっていて、見るでもなくつけっぱなしにしていたら、自民党議員が首相に(どこそこで)「英語でスピーチしたいたのがえらい!」みたいな、口先三寸の「よいしょ」というか「ごますり」おべんちゃらをしゃべっていた。
 こういうのはずっと思ってることだけれども、戦後70年以上、日本はアメリカの属国というか、そういう言い方がまずければ「同盟国」なわけだけれども、日本人って、いつまで経っても英語が出来ない。わたしもこうやって、英語の本を読もうとして四苦八苦してもいるわけで、ま、わたしは高校までの教育しか受けてないからアレだけれども(それでも日常英会話はこなせたし、海外から来てたアーティストに同行して通訳をしたこともあったのだ〜もう英語使う機会もなくなって、そういう英会話も今は出来ないだろうけれども)、トータルにいって、いつまでも日本人の英語力って低すぎると思う。首相が英語スピーチしたのが「えらい!」とか、逆に情けない話だと思うが。

 今日の夕食は久々にカレーをつくることにした。このところ、同じ材料で手軽につくれて、しかもおいしい「トマトシチュー」ばかりつくっていて、買い置きのカレールーの賞味期限が迫ってきてたのよ。とにかくジャガイモもタマネギも相当量のストックがあり、タマネギは放っておいてもいいのだけれども、ジャガイモはどんどん芽が伸びてくる。芽の部分は食べられないし(毒分もあるのだ)、芽に栄養を取られてしまって、ジャガイモの本体はしょぼってしまう。
 とりあえずルーの半分を使って、4〜5皿分をつくろうと思っていたのだけれども、「できるだけジャガイモをたくさん使おう」と思ってやっていたら、けっきょく8〜10皿分をつくってしまった。これで今週いっぱいはずっとカレーライスになるだろう。何も考えないでつくったわりには、けっこうおいしくできた(あ、レトルトの「レッド・カレー」を一袋と、トマトを一個入れたのがよかったのかな)。もう気温が高くなったので、保存は冷蔵庫に入れなくてはいけないね。


 

[](6)「惨事」〜Woodstock FestivalのIncredible String Band(2) (6)「惨事」〜Woodstock FestivalのIncredible String Band(2)を含むブックマーク

 今まで、そのIncredible String Bandの音とか映像とか、まるっきし紹介して来なかったのだけれども、今日はそのIncredible String Bandの、ウッドストック・フェスティヴァルでの映像を紹介しましょう。

 この日のバンドのセットリストは以下の通り。

Invocation (Spoken Word)
The Letter
Gather 'Round
This Moment
Come with Me
When You Find Out Who You Are

 この中から、YouTubeにアップされている、"The Letter"と、"When You Find Out Who You Are"とのプレイの映像をアップしましょう。

  D

 と思ったら、"When You Find Out Who You Are"の方はアップ出来ませんでした!

 ‥‥はたして、この映像をご覧になるあなたが、もしもこれで初めてIncredible String Bandの演奏をお聴きになったとして、ここに魅力を感じられるだろうか? 前にこのバンドのことを紹介したときに書いた「ワールド・ミュージック」的な魅力、エキゾティックな楽器の使用の魅力があるだろうか? しかもこのときにここで演奏された六曲はすべてこの時点で未発表曲でもあって、たとえ聴衆がバンドのファンだったとしても、はたしてこれらの新曲に魅力を感じただろうか? ということになる。
 わたし自身、このバンドのファンということではたいていのよそのお方に引けを取らないファンだという自負はあるのだけれども、はっきりいって、このステージにはまるで魅力がないと思う。それはまず、先に書いたように、このバンド本来の持ち味であったはずの、英国の伝承音楽をベースにして世界の民族音楽をコンバインするような「エキゾシティズム(異国情緒)」が、まるで感じられない(そのうちに、このバンドのもっともっといい曲を紹介いたしますので、お待ち下さい)。

 ここで映像を紹介した"The Letter"と、"When You Find Out Who You Are"(ごめんなさい、映像ナシ)とは、翌1970年にリリースされるアルバム"I Looked Up"に収録されることになるのだけれども、たしかにこのアルバム、そういった「エキゾシティズム」は全体に希薄で(それでも力作も収められてはいるが)、わたしもあまり聴くことはないのだけれども、それでも(おそらく日本の)一部では好評のアルバムらしい。つまりそれはまさに、そういうアクの強いバンドの特徴が希薄だからというところにあったようで、そういう人たちは、このウッドストックのステージも「いいじゃない」と思われるのかもしれない。

 で、もしもバンドが雨のせいでキャンセルせず、15日に出演していたら、「惨事」は避けられただろうか? ‥‥それは、わたしは「ない」と思う。この楽曲、この演奏では、惨事は挽回できない。たとえ聴衆がもっとマジメにバンドの音楽を聴いたとしても、評判を呼ぶことにはならなかっただろうし、映画に取り上げられることもなかっただろう。
 たしかに、夜のステージの方がこういうアコースティック系のミュージシャンには有利だろう。それは例えば映画でのCrosby, Stills & Nashの場面を見ても想像がつく。このことを評論家のグリール・マーカスは、映画「ウッドストック」のことを「想像力豊かなカメラ・ワークと編集でもって興奮をもりあげる」と書き、「そのままであれば聴くに耐えられなかったテン・イアズ・アフターの9分間の曲<アイム・ゴーイング・ホーム>をすばらしいものにしてみせていた」(グリール・マーカス<ロックの「新しい波」>三井徹訳より)と。そういう意味では、このときのISBのステージも、映像化されると「すばらしいものにして」くれたかもしれない。
 しかし、このことはいずれまた書くつもりだけれども、"When You Find Out Who You Are"の方はどうも「サイエントロジー教会」の教義と連動した「自己啓発ソング」的な側面が強く、映画版「ウッドストック」の監督マイク・ウォドリーは、確実にこの曲を映画には取り上げなかったことと想像できる。すると、もしも仮に映画に取り上げられるとすれば、"The Letter"の方になるかとは思う("This Moment"も"Come With Me"も佳曲で、フィドルも使われたはずの"Come With Me"はかなりISB的な曲なので、わたしはセットリストの中ではコレがいちばんいいと思うのだが)。しかししかし、仮に15日夜にステージが行なわれ、仮にその映像が映画版にも取り上げられたとしても、まずはぜったいにCrosby, Stills & Nashのステージにかなわないし、フォーク系として、Joan BaezやArlo Guthrieらのインパクトにも及ばなかったことと思う。

 このことはいずれ、注文した本(特にジョー・ボイドの自伝)を読んでみて、また書きたいと思っていますので。

 

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■ 2018-05-13(Sun)

 今日は日曜日。つまり明日からまた仕事の日々なのだけれども、天気予報では「今日の午後からは雨になるよー」といっている。‥‥それは大変だ。まずは洗濯をしなければならないし、柏の図書館に借りていた本を返却し、我孫子の図書館ではリクエストしていた本がそろったというので、借りに行かなければならない。できるだけ早く洗濯して、雨の降らないうちにちょっとでも外に干して、そして雨の降らないうちに、あっちとこっちの図書館に行くのだ。午前中は大忙し。

 目が覚めたときは六時で、また気にかかる夢を見ていた記憶がそのときにはあったのだけれども、今こうして日記を書いているとき、そんな夢の記憶はぷっつりと消えてしまっている。
 インスタントのコーヒーを淹れ、トーストにハムをのっけて朝食にしていると、そんなハムトーストの大好きなニェネントがテーブルに乗ってきて、ハムトーストを分けてくれるのを待っている。それでハムとトーストとをちぎってニェネントの前に置いてあげると、ニェネントはせっせと食べるのである。ハムもトーストもマーガリンも、ニェネントにはあんまりよろしくない<塩分>がいっぱいなんだけれども。

 それで洗濯をして、ちょっとのあいだでも洗濯物を外に干しながらテレビとかをみて、十時頃になって、まずは我孫子の図書館へ出かける。外に出ると、もうぽちぽちと雨粒が落ちてきている。Hurry Up!

 我孫子の図書館で待っていたのは、ピンチョンの「競売ナンバー49の叫び」の新潮社版と、ナボコフの「処刑への誘い/事件/ワルツの発明」とだった。‥‥そんなに読めるかな? いや、ピンチョンはついに、これを読めばすべてひととおり読んだことになる。読みはじめてちょうど一年か。この本はよその図書館から取り寄せてもらったから、返却期日厳守なのである! ナボコフの方はわたしのリクエストで、我孫子図書館が新たに購入してくれたようだから、仮に今回読み終えないで返却しても、これからはいつ行っても我孫子図書館にはこの本は置いてあるのだ。‥‥ま、がんばれば、二週間で両方読めるかとも思うけれども。‥‥帰り道に我孫子駅反対側のスーパーに寄り、バナナとかハムとかを買って帰る。

 いちど帰宅して、こんどはすぐに柏図書館の分館に。こっちは借りていた本を返すだけで、すぐに館を出て、やはり帰りにスーパーに寄り道し、恒例の「焼き鳥」のレバーとか、ひと玉98円と、かなり安かった大きなキャベツ、そして安売りされていた(すっごい安い!)スペインのチョコレートとかを買って帰る。焼き鳥とチョコレートを食べ、酒を飲んで栄養をつけよう!


 

[]「パーカーの背中(Parker's Back)」フラナリー・オコナー:著 須山静夫:訳(「オコナー短編集」より) 「パーカーの背中(Parker's Back)」フラナリー・オコナー:著 須山静夫:訳(「オコナー短編集」より)を含むブックマーク

 

 ついに、読んでいる新潮文庫の「オコナー短編集」も、この一作でおしまい。巻末の「解説」を読むと、オコナーがその死の数週間前に、自分の枕の下にしまっていたノートに書いていたのがこの「パーカーの背中」だというから、これが遺作、絶筆ということになるのだろうか。
 しかし、ここまで読んできたオコナーの作品はどこか「重苦しい」というか、何か鋭いものを突きつけられるような思いをともないながら読んできたのだけれども(もちろん、そこに大きな<惹き付けられる>魅力があったのだけれども)、この「パーカーの背中」は、これは「ユーモア」とかいうのではなく、「諧謔」と呼ぶことがぴったりなような、そんな思いがけない<楽しさ>にあふれていて、読んでいて何度も笑いそうになった。そしてしかも、さいごにはちゃんと、オコナーらしくも「信仰」のもんだいにも着地してみせる。

 こういう比べ方はまるで見当外れだろうけれども、この読んでいての面白さ、楽しさは、先日読んだピンチョンの「シークレット・インテグレーション」に、どこか似た感触だとも思った。わたしはこれは、「傑作」だと思った。すばらしい作品だ。


 

[](5)「惨事」〜Woodstock FestivalのIncredible String Band(1) (5)「惨事」〜Woodstock FestivalのIncredible String Band(1)を含むブックマーク

 いろんな参考資料にあたる前に、今わかる範囲で、1969年にウッドストック・フェスティヴァルに出演したISBのことを書いておこうかと思う。この件はある面でISBにとって最重要案件だったというか、あまりに大きなターニング・ポイントだったと思う。これからいろいろな資料を読めばまた別の側面も知ることができるだろうけれども、そのときにまたこの件は書き足すことにして、まずはいちど、この「大事件」のことは書いておきたいと思うのです。

 先日、バンドのプロデューサーでマネージャーだったジョー・ボイドが、このウッドストックとISBのことを書いた記事をネットで見つけていたのだけれども、今もういちど探しても見つからない。これはそのうちに届くだろう彼の「自伝」を読めば書いてあることだろうけれども、今、そのときに読んだ記憶で書いておけば(一部しか憶えていないのだが)、「ウッドストックに出演した数多くのミュージシャンらの中で、彼らほどウッドストック出演後に人気の凋落したバンドは他にない」というようなものだった。じっさい、その後にマイク・ヘロンが来日して、東京の小さなライヴハウスでライヴを行なったとき、それを見ていたわたしは、「彼は、あの<ウッドストック>にも出演して、何十万もの観客の前で歌ったミュージシャンだというのに、今こうやって日本のライヴハウスで、百人に満たない聴衆の前で歌っている。これって、ある意味で<信じられない>(それこそIncredibleな)ことだ」と思いながら聴いた憶えがある。

 ‥‥その「ウッドストック」で、ISBは本来ならば8月15日の金曜日の夜にステージに立つはずだった。しかしその夜は激しい雨に見舞われ、ステージで演奏していたラヴィ・シャンカールも、演奏を途中でやめたらしい。ISBはその夜の出演をキャンセルし、翌16日の昼にステージに立つのだった。それはSantana、Keef Hartley Bandの演奏の後で、続くのはCanned Heatという進行。15日はアコースティック・ナイトというようなラインアップで、フォーク系のミュージシャンばかりだったのだが、この16日は思いっきりロック。「紛れ込んでしまった」という感じのISBは、そもそもじっくりと聴衆に聴かれるようなシチュエーションにはなかったといえる。そして、映画版の「ウッドストック」でも、バンドの演奏シーンは取り上げられることはなかった。

 この事態を、「The Music of The Incredible String Band」の著者のクリス・ウェイド(Chris Wade)は、「マネージャーだったジョー・ボイドの最大のミステイクだった」と伝えていて、それはジョー・ボイド自身の発言だったと書いている。つまりそれはジョー・ボイドが15日のステージ予定を16日に延期させたことなのだが、クリス・ウェイドは「もしもISBが15日に出演していたら、15日に出演したMelanieぐらいのインパクトは得ていただろう」といい、「その後のバンドの歴史も変わっていたのではないか」ともいう。一方、今わたしの手元にあるもう一冊の本、「Smiling Men With Bad Reputations」では、「もうそんなことはなかったことにしよう」とばかりに、ただ「ウッドストックに出演した」との短い記述があるだけである。

 実は、映画版の「ウッドストック」には、ほんの一瞬だけISBのメンバーが映される場面があり、それは会場に着陸するヘリコプターからメンバー四人が降りてくる場面。このことは「The Music of The Incredible String Band」にも書かれていて、この前日にニューヨークで公演を行っていたISBに、オルガナイザーがバンドのウッドストック出演にこだわり、ヘリコプターを手配したらしい。バンドのメンバー(マイク・ヘロン)はジョー・ボイドからは「ちょっとした、北の方でのライヴさ」ぐらいしか聴いてなく、ヘリコプターからの眺めに驚き(同じヘリコプターにラヴィ・シャンカールも同乗していたらしいが、彼はほんとうに下の光景にビビっていたらしい)、自分たちが何をやっているのかもわからないままステージをやり、そして会場から去ったのだという(ただ、マイクは最終日のJimi Hendrixまでしっかりと観たようなことも書かれているのだが)。

 さて、わたしが書きたいのは、「はたしてバンドが雨の中、15日に出演していたならば、本当にバンドの歴史は変わっていたのだろうか」ということだけれども、いや、わたしはそうは思わない。これはちょっと長くなるので、そのわたしの考えは明日以降に書きましょう。


 

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■ 2018-05-12(Sat)

 昨日、銀座の書店である本を見つけてしまったせいで、またやりたいことが増えてしまった。その本に関することは長期計画というか、すぐには始められそうもないのだけれども、もう準備はしておかないといけないだろう。今はその、Incredible String Bandのことを、洋書を読みながらいろいろと書いていきたいということも始めようとしているわけで、すっごい大変だ。ま、今まで何年も何年も怠惰をむさぼってきたわけだから、そのツケが一気にまわってきたというか、わたしのまわりがすべて「やれよ!」と脅迫してくるみたい。
 しかし時間というものは限られていて、たとえば一日のことを考えてみても、仕事のある平日ならば、仕事から帰宅して昼食を食べ、落ち着くのは午後一時半ぐらいの時間になる。そこからは自由時間として、六時を過ぎたら「そろそろ夕食の準備だな」となるし、それで夕食を終えて「もう寝ます」というのは遅く見積もって八時で、つまり朝が早いから寝るのも普通の人よりずっと早い。すると、一時半からあと、自分が使える時間は、せいぜい六時半までの五時間だな。日によってはお買い物にも出かけたりするし、この日記も書くし(これが意外と時間を取られる)、今は四時過ぎには「カーネーション」見てるしな(ふふふ)。

 それで考えたのだけれども、これからは、平日の午後のその「自由な五時間」を、週単位にでも、学校のように「時間割り」をつくってやっていかないといけないんじゃないかな。‥‥ま、まだ今はIncredible String Bandのことに集中していてもいいんだけれども、こっちもまだ注文してある本が揃わないし、本格的にスタート、という段階ではない。さ、六月になったら大変だ。

 ‥‥それで、そういうめんどうなことをちゃんと考えるのは先送りして(笑)、今日は横浜へ出かける。KAATでの「サンプル」の公演を観る。公演は午後二時からで、それに間に合うようにするには、ウチを十一時ぐらいには出なければならない。もうちょっと早く出ようと思っていたのに、けっきょく家を出たのは十一時を過ぎてしまった。
 横浜方面に出るには、千代田線をどこまでも乗って行って、明治神宮前駅で副都心線に乗り換えれば、そのまま直通で「みなとみらい線」に乗り入れてくれる。一回の乗り換えで済むのはすばらしい。ということで、電車の中では思いっきり寝た。水曜日の寝不足がココに来て帳尻を合わせようとしたようだ。
 「日本大通り駅」で降り、「こっちがKAATよ」という案内のある出口から外に出たのだが、また、迷ってしまった。前に来たときもココで道がわからなくなったことを思い出し、やっぱり記憶力に問題があるな、などと思う。

 ようやく劇場にたどり着き、客席で、途中のコンビニで買ったサンドイッチと缶コーヒーで昼食しようとしてたら、「ダメです」と怒られた。いや、注意された。わたしも「ここで食べちゃいけないんじゃないか」とはわかってたんだけれども、出入り口では入場者がまだ列をつくっていて、外に出るのがたいへんそうだったのですよ。お腹空いてたし、ゴメンナサイ。もうしません。
 さて、舞台が開演したら、また眠気におそわれてしまい、こっくりこっくりやってしまった。感想とかは下に書くけれども、ま、「ちゃんと観た」とはいえない。

 終演して外に出ると四時ちょっと過ぎ。会場で、来月の「地点」の新作公演のチケットを五百円引きで前売りしていたので、「これはぜったい観るぞ!」と思ったし、そのチケットを買ってしまったので、財布がさらに軽くなってしまった。今月はここに来ていろんな出費がかさみ、「預金を少し残せるかな」という思惑が吹っ飛んでしまいそうだ。この日は夕食は外で食べようかと思っていたけれども、これはまっすぐ家に帰って自炊しなければ。こういうときに劇場で知った人に会わなかったのは、逆にありがたい。

 まっすぐ家に帰ることにして、車中で三潴さんの「アートにとって価値とは何か」を読み終え、昨日買った川上未映子の「ウィステリアと三人の女たち」を読みはじめた。六時半ぐらいに帰宅し、まずはニェネントの食事を出してあげ(遅くなってゴメン)、冷凍庫の餃子を解凍し、それとトマトとでかんたんな夕食にした。テレビでニュースをみて、そのあとは「ブラタモリ」も見た。アシスタントの女性アナが変わったんですね。
 「ブラタモリ」も終わり、さあ、寝ましょうかとそばにいるニェネントにいって、着替えてベッドにもぐりこむ。ニェネントもわたしについてきて、しばらくするとドサッと、ベッドに跳び乗ってくる。就寝前の、わたしの大好きな時間だ。ニェネントを抱き上げて撫でたりしているといちどベッドから逃げて行ってしまうが、ニェネントはそれでもまた、ちょっとするとベッドにやってくるのだった。


 

[]KAAT×サンプル「グッド・デス・バイブレーション考」松井周:作・演出 @横浜・KAAT神奈川芸術劇場 中スタジオ KAAT×サンプル「グッド・デス・バイブレーション考」松井周:作・演出 @横浜・KAAT神奈川芸術劇場 中スタジオを含むブックマーク

 「サンプル」は、松井周氏の率いるユニットで、わたしの記憶にはあまり残っていないけれども、この日記で調べると過去に二、三度は観ていることになっている。そのさいごに観た、伊藤キムも出演していた「離陸」はとっても良かった印象があり、ラストシーンはちょっと憶えている。それで今日の公演は楽しみでもあったのだけれども(よく知らないけれども、今回は「再生」サンプルなのだということ)。

 ‥‥かんたんにいうと、わたしはもっと、従来の演劇から逸脱するような舞台を期待していたわけで、ま、わたしはとちゅう何度もこっくりこっくりしてしまったから、とても「ちゃんと観た」などとはいえないのだけれども、とにかくは「わたしの観たい、わたしの期待する」演劇公演ではなかった、と思う。

 もちろん、深沢七郎の「楢山節考」からインスパイアされたという、そのストーリーには読み取るべき面白さはあったのだろうが、とにかくわたしが今、「演劇」というものに期待するものは、こういう舞台ではなかったです。それはわたしの観る姿勢のもんだいで、この舞台に客観的に否定的な見方を示すものではありませんのでよろしく。


 

[]「アートにとって価値とは何か」三潴末男:著 「アートにとって価値とは何か」三潴末男:著を含むブックマーク

 

 「ミヅマ・アート・ギャラリー」のオーナーの三潴さんの書いた、日本現代美術活性化への方策論というか。もちろん「我田引水」ではあるのだけれども、じっさいに会田誠や鴻池朋子、その他のアーティストを売り出した三潴さんの言うことには説得力があるかと(鴻池朋子さんに何年も手に取っていなかった絵筆を取らせたのは、三潴さんだったというのは、おどろいた)。

 (こういう言い方はよくないかもしれないけれども)ペラペラと軽く読めるような側面もある本なので、手近に置いておいて、ときどき開いてみたくなる本だと思った。

 それで、実は書かれていることの中にわたしも関係したことがらもあって、それは三潴さんが1995年あたりから青山地域で開催していた「Morphe」というイヴェントのことで、実はこのイヴェントに、わたしが個人として参加していたことは確かである。"crosstalk"としても参加したのではないかと思うけれども、それがどこでどのようにやったのかの記憶はない(押し入れをひっくり返してみれば、当時の「Morphe」のパンフレットが一束保管してあるはずなので、それを見ればわかるだろうけれども)。そのときのわたしは、青山界隈の美容室かどこかに、自作の「天使」の立体作品を展示させてもらったのだった。
 一時期は「造形作家」でもあろうとしたわたしは、それこそ「凡庸」「二流以下」の存在でしかなく、そんな夢は早々に捨てることになるのだけれども、このときの「天使」のオブジェは、(ま、「現代アート」とかいうものではなかったが)自分でも「よく出来たな」という思いはあった。それで、「Morphe」の会期も終了して、その作品を搬出しに行ったとき、そのときに店の人に「評判よかったですよ」ということばをいただいた。このことは今まで忘れていて、この三潴さんの本を読んでとつぜんに思い出したことだけれども、つまりそれは今まででいちどだけ、「誉められてうれしかった」という体験だったのだ(ちょっと「自賛」として付け加えさせていただけば、わたしの主宰したイヴェント"crosstalk"への「賛辞」は、山ほどいただいている)。思い出せてよかった。
 その「作品」は、スペースを取ることもあり、茨城に転居するときに廃棄してしまったわけだけれども、探せばその写真はどこかに保管されていることだろう。


 

[](4)参考文献 (4)参考文献を含むブックマーク

 まだまだ本格的スタートに至らないけれども、これから書いていく上で参考にするWeb Site、書籍のリストをあげておきましょう(まだ手元に届いていない書籍もあります)。

Web Site:
 "Making Time Presents <Be Glad For The Song Has No Ending> -Incredible String Band"
 http://www.makingtime.co.uk/beglad/
 "Joe Boyd | Record Producer / Writer"
 http://www.joeboyd.co.uk/

‥‥あと、適宜にWikipediaとかも参照いたします。

Books:
 "The Music of The Incredible String Band" by Chris Wade
 "Smiling Men With Bad Reputations" by Paul Norbury
 "Be Glad: An Incredible String Band Compendium : Dream the World Alive" by Adrian Whittaker
 "White Bicycles: Making Music in the 1960s" by Joe Boyd


 

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■ 2018-05-11(Fri)

 金曜日。明日明後日は仕事は休み。昨日までの鬱陶しい暗い雲も消え、朝から久しぶりの晴天になった。青空、そして陽のひかりというのは、こんなにもこころまで明るくするものかと、あらためて感じ入ってしまった。ちょっとこれからは、できるだけ金曜日の仕事の終わったあと、映画を観に行くとか美術展を観に行くとかしたいものだと思っていて、それで今日は映画を観に行くことにした。現代アートの美術館のキュレーターが主人公というスウェーデン映画、「ザ・スクエア 思いやりの聖域」という映画を観たい。けっこう辛辣なコメディー・タッチの作品と聞いている。楽しみ。それで、通勤の電車内ではしばらく前に買った、「ミヅマ・アート・ギャラリー」のオーナー、三潴末男さんの「アートにとって価値とは何か」を読む。なかなかぴったりの選択ではないかと思う。

 映画の上映は、有楽町の映画館。わたしが観られる回は14時15分からなので、それまでけっこう時間がある。まずは仕事を終えてから、飯田橋の駅前のカフェ「B」で、ワンコインのバーガーセットの昼食。この店はゆっくりくつろげるし、バーガーセットもおいしいからお気に入りの店。毎日、昼食をこの店で食べてもいいのですけど(それではニェネントが、「まだアイツは帰って来ない!」とむくれる)。

 食事のあとは、今日は千代田線の日比谷駅から歩くのではなく、東西線で日本橋まで出て、銀座線で銀座駅へ。有楽町駅に出るにはこっちの方が近いかもしれない。で、その映画館を探すのだけれども、これが見つからない。‥‥わたしはてっきり、その映画館はシネコンみたいなもので、当然歩いていればその映画館の看板とか出ているものだと思い込んでいたのだけれども、そうではなくて、雑居ビル(といっていいのか)の四階の映画館で、その映画館のことを知らなければとてもたどり着くことができないような、ひっそりとした映画館だった。とにかくはケータイで調べたりしてようやくたどり着き、チケットを買い、席を確保する(通路際の、好きな場所の席)。

 映画が始まるまでまだ一時間ちょっと時間があるので、書店にでも行って時間をつぶそうと考える。ちょうど目の前には三省堂書店があるではないか。‥‥ま、それほどに店舗面積の広い店でもなく、在庫もイマイチという印象もあるのだけれども、もうちょっと大きい教文館は遠いので、「ココでいいや」と入ってみる。それでまずは、「近年の大傑作!」との呼び声も高い川上未映子の「ウィステリアと三人の女たち」を見つけ、そんなに高くもないし、図書館で借りようとすると順番待ちになるだろうしと考え、「買っちゃおうかな!」と思うのだった。で、「海外文学コーナー」へ行き、これはお話にならないほど狭いコーナーで、「やっぱりこの本屋はダメか」と思ったりするのだけれども、そこに「おお、何!この本!」というモノを見つけ、強烈に欲しくなってしまうのだった(何の本かは内緒!)。4500円。この本は図書館から借りて読むのではなく、ぜったいに自分で持っていたい! というか、この本を見つけたおかげで、「これから何をやりたいか」ということまで、パースペクティヴが拓けた気がする。‥‥そんな一気に何もかも買ってしまうとわけがわからなくなりそうなので、この本は来月買うことにして、今日は「ウィステリアと三人の女たち」を買った。
 あとは、これから翻訳の作業を本格的に始めるのに、やはりシャーペンが欲しいなと思い、そんな文具コーナーもみてみたのだけれども、「ま、今あわてて買わなくてもいいだろう」と、これも次回。

 本屋の中でぶらぶらしているうちに時間が近づいたので、映画館に戻り、席に着く。二時間半になるちょっと長い映画だったけれども、楽しんであっという間だったかな。トイレに行くと、トイレは映画のつづきなのだった。

     f:id:crosstalk:20180512100422j:image

 帰りは千代田線の日比谷駅から乗り換えなしの一直線。ねらい通りに大手町駅から座れたので、ゆっくりと本を読みながら自宅駅へ。「ニェネントくん、ごはんを待たせたねー」とネコ缶を出してあげ、わたしは残っていたごはんでチャーハンをつくる。明日はまた横浜まで出かけるので、早くに寝るのだった。


 

[]「ザ・スクエア 思いやりの聖域」リューベン・オストルンド:監督 「ザ・スクエア 思いやりの聖域」リューベン・オストルンド:監督を含むブックマーク

 いつものように、あんまり内容を知らないで観て、「そういう落としどころなのか」というのはちょっと意外だったけれども、シニカルな視点の楽しめる作品だった。

 主人公はスウェーデンの「O-ロイヤル」とかいう、架空の現代美術の美術館のキュレーター。次の美術館のメインの展示がその「スクエア」という作品で、その方形の中に入った観客は、そこで「他者への思いやり」を考えましょうというコンセプチュアルな作品(アート作品として「どうよ?」っつう作品ではあるけれども)。それで、集客のためにどうしようか?ってことで広告代理店だかの二人組にアイディアを出してもらうのだが、それが「他者への思いやり」を逆手にとったドイヒーな映像で、「炎上」してしまうという、アレじゃん、去年の年末の「世界一のクリスマスツリー」みたいな話がメインにあって(いや、こっちがサブか)、それと主人公が街角で財布とスマホを掏られてしまい、それを部下とアイディアを出し合ってある作戦で取り戻すのだけれども、思わぬことになってしまうという話がからむ。そこに主人公(この人、離婚して娘が二人あるのだ)と女性記者とのコメディータッチの関係とかがあり、プラスして美術館ネタの「笑っていいのかどうなのよ」というのがいろいろと挿み込まれる。

 トータルにみると、現代アートだって根底には「ヒューマニズム」という視点があるはずなのに、そのことを忘れてしまっていた主人公が、さいごに(このときはキュレーターを辞任しているのだが)ヒューマンな視点を取り戻す、みたいな話かとは思った。そんな中に、スウェーデンでの貧富の差だとか移民問題だとかが描かれ、そういうところでは先週観たハネケ監督の「ハッピーエンド」だとか(この映画の監督リューベン・オストルンドは、ミヒャエル・ハネケ監督のファンらしい)、去年の暮れに観たカウリスマキ監督の「希望のかなた」にも通底していて、ヨーロッパで(北欧でも)移民問題が深刻なものであることがうかがえる。まさにここに、この映画の訴えるところがあるものだろうと思う。

 そしてアートに関する小ネタの数々。展示中の、ギャラリー内に砂利の山をいくつもこさえた作品を、掃除員が壊してしまい、その砂利をゴミ捨て場に捨ててしまった話とかいかにも実際にありそうだし、コンセプトを無視すれば「アート」といってもただのゴミ、みたいなことは昔っからあることだ。それで、観客からの質疑応答に答えるトーク・イヴェントで、ちょっとビョーキの観客が卑猥なことをいつまでも言いつづけるのを止めることができないというのも、じっさいに起きてもおかしくないというか、これはそういうシステムの「誰でも発言できる」という民主主義(?)への皮肉か。
 「うわっ!」と思ったのが、そんな美術館への出資者を集めてのディナー・パーティーでのパフォーマンスで、そんな観客に本気で襲いかかる「ゴリラ」だか「類人猿」を演じるパフォーマーの逸話。こういうステージのないパフォーマンスで、観客がいじられるということはよくあることだけれども、「度」が過ぎて、「いたたまれない」どころではなくなってしまう。ここでは、出資者の富裕層に対する、「貧乏な」アーティストによる反逆というか、この映画のひとつのテーマである「貧富の差」という問題を<過激に>取り上げたものだろうか。

 それで、場をなごませる主人公と女性記者との関係が、どこまでも笑わせてくれる。まずその女性記者が主人公に質問をするところから映画は始まるのだけれども、(ちょっと忘れたけれども)その主人公の「答え」というものは、当然「それはどういうことですか」とか次の質問を誘発するものなのだけれども、記者は唐突に「質問を終わります」と終わらせてしまい、「え? 何なのよ?」というか、女性記者が現代アートにまるで無知であることを露呈させる。ま、そのあと、主人公の意に反して(?)ふたりはベッドインするのだけれども、その事後の「使用済み避妊具」をめぐってのお笑いのやりとり、そして再会したふたりの、なぜか雑音(ノイズ)だらけのギャラリー内での大笑いの「痴話喧嘩」と、このふたりはとにかく楽しませてくれた。

 主人公がある貧民街のアパートを訪ねての展開がひとつ、この作品の白眉ではあるのだけれども、その中央の「らせん階段」を上り下りする主人公を上から捉えた映像が、まさに「スクエア」になっているわけで、タイトルの指し示す「ザ・スクエア」とは、まさにこのアパートなのだ、ということを、明確に示していたのだった。

 アートを提示することのさまざまな問題を示したり、その「アート」と「社会」との関係性を主人公の行動から提示したりと、いろいろと楽しめる作品だった。


 

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■ 2018-05-10(Thu)

 今日も、空は暗い雲におおわれている。少し雨も降っていて、気温も高くない。もう何日も青空を見ていない気がする。「そろそろ梅雨入りかね」という感じ。昨夜が遅くまで起きていたので、通勤のときや仕事中に眠くなってしまうのかと思っていたけれども、そこまで眠いということもなかった。それでも、帰宅してからは「今日はお休みの日にして寝ておこう」と、午睡をとった。そう、昼食は「白菜を使い切ってしまおう」と、インスタントのちゃんぽんをつくり、残っていた白菜を全部使い切った。ムダにせずによかった。

 けっきょく、先日見つけて気になっていた、Joe Boydの自伝を注文してしまった。それで本棚を見ていたら、隅の方に、もうとっくになくしてしまったと思っていた、"The Penguin Book of English Folk Songs"が本のあいだに挟まっているのを見つけた。薄い小冊子で、七十曲ほどのイギリスのトラディショナル・ソングの、歌詞と楽譜とが載っている。今読もうとしていることがらと直接に関係はないけれども、これはこれで面白い読みものというか、また英語の本が増えてしまった。


 

[]「文学部をめぐる病い 教養主義・ナチス・旧制高校」高田里惠子:著 「文学部をめぐる病い 教養主義・ナチス・旧制高校」高田里惠子:著を含むブックマーク

 十二年前に読んだ本の再読。その十二年前にこの日記に書いた感想は今回読んでもそれほど変わったわけでもなく、「むしろ」というか「やはり」というか、十二年前の方がわたしもしっかりと読んで、しっかりと感想を書いていたのではないのかなどと思ってしまい、「凡庸」どころか「愚鈍」なわたしはさらに落ち込むのである。

 ただ、今回読んで「そうだったのか」と思ったのは、最終章の中野孝次に関してのことだけれども、当時戦後間もない時期、ドイツ文学といえばトーマス・マン、ヘッセ、リルケ、カロッサの四大家の翻訳、研究に集中していたところを、中野(と、萩原芳昭という人物)は、「四大家とは違う文学」を探し、そこでフランツ・カフカを見つけるのであったと。中野と萩原は共にそのカフカの「城」を翻訳し、出版してくれるところを探すのである。ここにやはりドイツ文学者の筧明という人物があって彼らの相談に乗り、高橋義孝に相談すれば新潮社から出せるのではないか、ということになり、この筧明という人物がなぜか「城」の翻訳チームに加わる(どうも、この「筧明」とされている人物は、辻瑆という人物のようである)。そして高橋義孝に話を持って行くと、これがつまりはわたしも持っているところの、さいしょの「カフカ全集」ということになるのである。とにかくは「城」の出版を目指していた中野は、思いがけずに話が大きくなってしまい、高橋義孝にいいところを持って行かれてしまった気分になったようだ。いやとにかくは、この中野孝次という人物は「ひがみ根性〜怨念」の名人というところもあるのだけれども、しかもしかも、その全集刊行前に、共同翻訳者の萩原芳昭という人物は失踪してしまう。まさに「カフカ的」展開なのだけれども、そのあとに中野孝次の残した文章から(彼は萩原のことを「地上に誤って生れてきてしまった天使かなんぞのようにいまは思われるのだった」と書いている)、著者は中野の同性愛的感情を読み取り、そこから中野の「無償の行為」を思い、「怨念」にこころをめぐらすのである。ふうん、そんな事情(こと)があったのか。わたしはまだその全集版の「城」は読んでいないが、読むときにはそんな事情が気になってしまうことだろう。

 しかし、一般によく、「読書は人を豊かにする」などといわれるのだけれども、こうやってこの本を読むと、それが文学研究者であっても、これはとても「豊かな人」ではないではないか、という感想になるわけで、いくら本を読んでも「精神的にも卓越した人物」になれるわけでもない(あたりまえのことではある)。あの連続強姦殺人の大久保清も、埴谷雄高を読み、リルケの詩を暗唱するような男ではあった。では、「本を読む」とはどういうことなのか。映画を観、舞台を観、音楽を聴き、美術館やギャラリーへ行くということはどういうことなのか、それは、わたしの書いているこの日記が、つねに問われていることではあると思っている。


 

[](3)Discography (3)Discographyを含むブックマーク

 今日は、彼らのディスコグラフィーを載せておきます。

( 1)・The Incredible String Band (June 1966)
( 2)・The 5000 Spirits or the Layers of the Onion (July 1967)
( 3)・The Hangman's Beautiful Daughter (March 1968)
( 4)・Wee Tam and the Big Huge (Double album, November 1968)
( 5)・Changing Horses (November 1969)
( 6)・I Looked Up (April 1970)
( 7)・U (Double album, October 1970)
( 8)・Be Glad for the Song Has No Ending (March 1971)
( 9)・Liquid Acrobat as Regards the Air (October 1971)
(10)・Earthspan (October 1972)
(11)・No Ruinous Feud (February 1973)
(12)・Hard Rope & Silken Twine (March 1974)

Solo Albums (Until disbanded 1974):

Mike Heron・Smiling Men with Bad Reputations (April 1971)

Robin Williamson・Myrrh (April 1972)


 

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■ 2018-05-09(Wed)

 昨日の夜から、雨が降っている。早朝に目覚めても、外に降っている雨の音がする。通勤の行き帰りもずっと、雨だった。気温もけっこう低いようだ。Tシャツの上にシャツを着て、それでジャケットを引っかけて外を歩いても、肌寒い思いがする。

 今夜は、阿佐ヶ谷のライヴハウスに行く。かつてわたしの"crosstalk"に参加してくれた、藤掛正隆さん(Ds)と、坂本弘道さん(Cello)とのデュオ。今のわたしは多少は夜遅くっても平気だから、音楽ライヴだって行けるよ! って、この二人、行かないわけにはいかない。
 ま、お二人とも、当時からビッグだったわけだけれども、藤掛さんはホントにその後いろんな人と共演されて、分類されることを拒否するような、ノンジャンルの音世界のキーパーソンになられている。坂本さんは自己の世界をさらに深められ、"crosstalk"以降にリリースされたソロアルバム「零式」は、わたしの愛聴盤なのだ。そんな二人の音を、久しぶりに「ナマ」で聴ける! 楽しみである。

 一度帰宅して、夕方に出かけるときには雨は上がっていた。目当てのライヴハウスは駅のそばで、ちょっと早めに出たので、まだはオープンしていなかった。近いところで缶コーヒーを飲んでいたら、目の前に「迷いネコ探してます」の貼り紙があった。

        f:id:crosstalk:20180510182444j:image

 うわっ、懸賞金10万円! たしかにかわいいネコで、飼い主さんは可愛がっていたのだろうな。「迷子札」を着けているというのは、外飼いしていたのだろうか。やっぱり外飼いはリスクが大きすぎるな。「人懐っこい」というから、事故にあったというより、「新しい飼い主」に連れ去られてしまったかもしれない。

 それでライヴ。ライヴハウスは小さなスペースだったけれども、音とかに気を遣っている店なのだろうな、ということはわかる。ライヴ開始前にお二人とちょっと話ができた。二人でのデュオというのは、"crosstalk"以来だということ。二人とも再会を喜んでくれて、もちろんわたしがいちばん喜んでいたのだけれども、とにかくはうれしい共演だった。

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 音は、たった二人の音なんだけれども「コスミック」というか、広い世界を聴かせてくれた。わたしは前半が圧倒的に好きだったけれども、休憩をはさんでの後半では坂本さんお得意のグラインダー火花。‥‥おっと、席が近かったので引火するかと心配してしまった。鉛筆や鉛筆削りまで「音」の材料にされる、さすがに坂本さん。
 休憩から後半に入るとき、客席のわたしのことを紹介していただいて、いやいや、相当にテレてしまいました。終演後にそれぞれとお話しして、ほんとうはもっと居座って、いつまでも酒とか飲んでいたかったけれども、明日は早朝に仕事で起きなければならないし、「ごめんね」とさようならをした。藤掛さんに「酒、飲めるんでしょ」と言われ、「うん、次にね」と別れた。次回はいっぱい、夜明かしするぐらいの気もちで、いっしょにいっぱい飲みたいですよ。藤掛さんのソロアルバム(坂本さんも共演)を買わせていただいた。聴くのが楽しみだ。

 阿佐ヶ谷から帰路に着き、家にたどり着いたのはほぼ12時。もう寝ます。ニェネントがベッドの上に来てくれた気配はあったけれども、今日はゴメン、もう寝ます。。。


 

[](2)発端 (2)発端を含むブックマーク

 わたしがなぜ、今ではほとんど忘れられたバンド、Incredible String Bandについて洋書まで取り寄せて調べようと思い立ったのか、もういちど書いておきます。

 もちろんそもそもはわたしがこのバンドのことが大好きで、リリースされたすべてのアルバムを買い集めて聴きまくっていたことがあるわけだけれども、ひとつには去年になって久しぶりに彼らの音楽を聴き直した際、それまでの解釈がまちがっていたと思うようになったことがある。そして、近年になってネットで検索していていろいろな情報も得るようになり、興味深い事柄があれこれとわかってきたことにもよる。

 Incredible String Bandは1960年代末に人気を博したバンドで、その音楽性、メンバーの共同生活のあり方などからも、「ヒッピー・カルチャー」を代表するバンドとされてきた。それが1969年の「ウッドストック・フェスティヴァル」に出演した際にはまったく注目されず、そのウッドストック以降は人気も急激に下降線をたどる。例えばSantana、Joe Cocker、Sly & Family Stoneらのように、ウッドストック出演を契機としてブレイクしたミュージシャンが多くあった中で、これは異例なことではあった。調べるとバンドはその時期に宗教にハマっていたことも知り、そうすると「ヒッピー」から「宗教」へという、まるでマンソン・ファミリーのような図式が見えてくる。
 先日読んだピンチョンの「LAヴァイス」でも、裏ストーリーとして、マンソン・ファミリーによるシャロン・テート虐殺事件*1以降のヒッピー・カルチャーの衰退ということがあったのだけれども、このIncredible String Bandの「没落」もまた、もうひとつの「ヒッピー・カルチャーの衰退」とみることが出来るのではないのか。

 もうひとつあるのが、Incredible String Bandに在籍した二人の女性メンバーの「その後」で、ひとりはヒッピー的生き方を捨て、その後イギリスの地方で「市長」になるのだが、もうひとりはアメリカに渡り、ヒッピー〜宗教的生き方を継続し、その後行方不明になる*2。この二人の女性の、バンド以後の生き方もとても興味深い。

 そしてやはり、わたしが気になるのは、現在の日本でのこのバンドの紹介のされ方の「乱雑さ」で、それは今の音楽批評の問題でもあるかもしれないけれども、「文学的」といいたくなる秀でた歌詞と*3、イギリスのトラディショナル音楽をベースとして、世界の様々な民族音楽をコンバインさせたそのユニークな楽曲は、もっとまともに解明されるべきだと思うのだった*4

 このIncredible String Bandの音楽性を解き明かし(音楽的知識の乏しいわたしには困難な作業だが)、さらにバンドの「栄光と衰退」とを見つめていくことは、ヒッピー・カルチャーというものを見つめ直すことにもなるだろうし、「政治的」に語られる「1968年」という事象、問題を、こういった文化的な側面から見つめ直すことにもなるだろうと考えるのである。これが、このIncredible String Bandのことをいろいろと調べていこうとするところの、わたしなりの目的であり、若輩者だったとはいえ、60年代、70年代を同時代的に生きたものとして、そのことが自己認識にも繋がるのではないかと思っている。もちろん「わたしはわかっている」と「ひとりよがり」に書くのではなく、Incredible String Bandのことをまるで知らない人たち(ほぼすべての人がそうだろう)にも、多少は面白がって読んでいただけるような文章を書きたい。‥‥はてさて、わたしに出来るかな?


 

*1:この虐殺事件は偶然、ウッドストックの一週間前に起きている

*2:最後に彼女の姿がみられたのはアリゾナの砂漠でヒッチハイクしている姿で、噂では彼女はもう生きてはいないだろうという。

*3:過去に出ていた「ロックの優れた詩」のアンソロジーにも、このバンドの曲が取り上げられていたし、いろんなところで引き合いに出されていたものだった。

*4:とにかく、このバンドのCDのライナーノートからして、「ヘナチョコ音楽」だの「ヘタウマ」などと書いている情けなさ。

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■ 2018-05-08(Tue)

 ニェッタがいた!!! この日、三時過ぎに買い物に行こうと家を出たとき、すぐ近くの道を黒白のネコが走って渡り、道を渡ったところですわり込んで身繕いをはじめた。あっ! ニェッタではないか! わたしもびっくりして、そのニェッタの姿を写真に撮らなくってはと、いちど家にカメラを取りに戻った。そのあいだに道を車が通ったりして、戻ってみるともうニェッタはいなかった。
 この日記で調べると、さいごにニェッタの姿を見てからもう二ヶ月近く経つ。ニェッタが住処にしていた廃車からもいなくなり、先日はよそのネコがその廃車のところに居たりしたので、「ああ、野良ネコの寿命は短いものだし、やはりニェッタももうダメだったんだな」と考えていたのだった。しかし、ニェッタは強い!
 ニェッタは変な顔の(黒白の具合が変な)ブサイクなネコだけれども、わたしがココに転居して来てからずっと近所に徘徊している、わたしの愛する野良である。まだ居てくれてよかった! 買い物への道を歩きながら、うれしくって涙が流れた。そして、買い物を終えてウチの近くに戻ってきたら、やはりニェッタがいつもの駐車場のところに居座っていたのだった。近づくと逃げてしまったが、まちがいなくニェッタだった。こんなにうれしいことはない。I love you so much. and I want to see you again and again and again.(下の写真は、そのニェッタを前にさいごに見た二ヶ月前のもの。野生だね〜!)

        f:id:crosstalk:20180509163613j:image

 今日もまた、「翻訳」のお仕事。ふむ、こういう作業が、わたしの傷ついた脳に効果的であってくれるといいがのう、という気もちである。それでいろいろと調べていて、「Joe Boyd」という人物もキー・パーソンだよな、と思って検索していると、やはりこれだけの人物だから、「自伝」を向こうで出版しているのだった。それを見つけると(Amazon.co.jpで出ていた)、またその本が欲しくなってしまい(こっちはそんなに高価ではなかったし)、また昔っからのクセ、「ひとつのことに夢中になると、先に、そのことに関連することがらを全部買い揃えてしまう」ということに走ってしまいそうな自分がいる。
 ‥‥こうやって、ひとつのプロジェクトというものは、「個人」の力では収まらないところにふくらんでしまうのだな、というのは過去に体験したことだ、ということを思い出したぞ。そういうことを「個人」でねじふせる、ということこそが面白いのだ。やりがいを感じる。

 しかし、「白菜」の傷みは早い。「それって、もうダメでしょ!」という浸食が時速30キロで進行する。今日は昼は「皿うどん」(つまり「かた焼きそば」)で白菜をいっぱい使い、夕食には「白菜」+「もやし」+「豚肉」という「鍋」で、エコノミカルでおいしい惣菜をやってのけるのだった。むむ、まだ明日もまだ「白菜」だな。


 

[]「シークレット・インテグレーション」トマス・ピンチョン:著 佐藤良明:訳(「スロー・ラーナー」より) 「シークレット・インテグレーション」トマス・ピンチョン:著 佐藤良明:訳(「スロー・ラーナー」より)を含むブックマーク

 この日記の過去を検索すると、前にこの別訳の「秘密のインテグレーション(ちくま文庫版の邦題ね)」を読んだことが書いてあるのだけれども、「奥行きが希薄かな?」なんて書いているバカがいる。おっと、わたしだ! これを「ジュブナイル小説」とか呼んでしまっていいのかどうかわからないけれども、この作品を読んで「ピンチョン、わからない」とかはもう言えない。あまりにも面白い、大傑作だと思う。
 すべての小道具が、この作品が書かれたであろう時代(1950年代終盤か?)を想起させ、少年たちの行動の中に時代背景を感じさせるとともに、小説的な「面白さ」を満喫させてくれる。愛おしいデブのエティエンヌ。少年なのにアル中克服したホーガン、やっぱり出て来た理数系のグローヴァ、わけわからんおじさん(ビバップの時代を引き継ぐ)のマカフィーさん、そしてカール。‥‥なんか、こんな面白い本ってあっただろうかってくらい、夢中になって読んだ。

 どこか、「逆光」の飛行船「不都号」の、年齢不詳の「ボーイズ」たち乗組員のことを思い浮かべながら読んだ。大好きな作品だ。まだ、この作品のことをあれこれ書きたいが、いそがしいのでこのあたりで。


 

[](1)The Incredible String Band Story (1)The Incredible String Band Storyを含むブックマーク

(以下、Incredible String Bandのサイト、"Be Glad"の"ISB Story"からの翻訳)

 1960年代にイギリスからいろいろと登場した非凡なグループのひとつ、The Incredibre String Band(以後「ISB」と省略)は、その全盛期に大きな影響力を持ち、ロバート・プラント*1やローリング・ストーンズ*2らも影響を受けたという。ISBは非常にジャンル分けの難しいグループのひとつで、時には<サイケデリック・フォーク・ミュージック>などと分類されるが、彼らは英国における、もっとも初期のワールド・ミュージックの主唱者だった。
 グループは1960年代半ばに結成された。クライヴ(Clive Palmer)とロビン(Robin Williamson)は、グラスゴーのソーキーホール・ストリートにあった、クライヴの経営する小さなフォーク・クラブ、「Incredible Folk Club」でいっしょにプレイし、確かな支持者を得ていた。その中には、ビリー・コロニー*3や、後にギターでバンドに加わることになるマイク・ヘロン(Mike Heron)らがいた。ジョー・ボイド(Joe Boyd)*4がバンドの評判を聞いてクラブを訪れたとき、グループはトリオだった。ジョーは彼らをエレクトラ・レコードと契約させ、彼らの最初のアルバムを完成させた。これは三人の素晴らしい才能を示し、彼らが従来のフォークのスタイルから進化しつつあることを示していた。このアルバムのロビンの「October Song」は代表作となり、ボブ・ディランの高い評価を受けた*5

 しかし、バンドの成功への重大な局面で、バンドは分裂した。クライヴがアフガニスタンへ行き、しばらくのあいだ行方不明になっていたあいだにロビンはモロッコへ行き、それからはマイクとロビンがチームを組み、ISBの中心になった。二枚目のアルバムは大きな転回点となり、今日でも最高水準の作品と位置づけられている。その「5000 Spirits or the Layers of the Onion」は1967年にリリースされ、当時の周囲の音楽とはまったく異なったものだったに関わらず、この年の精神をあらわしたものと捉えられている。このジャケットも眼を惹くもので、当時のアップル・ブティックの壁画を描いた「The Fool」によるものだった。このアルバムはアンダーグラウンドでのバンドの地位を確立させ、同時に無理なく、もっとメインストリームの聴衆にもワールド・ミュージックを届けたのだった。ロビンは彼の旅の間にGimbriという弦楽器のような、さまざまな楽器を収集していたし、マイクはとりわけシタールの演奏を憶えた。「5000 Spirits」の音はエキゾチックなものといってよく、それは珍しい楽器の使用と、マイクとロビンによる創造的な歌詞、その独特のヴォーカル・スタイルとの一体化によるものだった。

 彼らのいちばん売れたアルバム、イギリスでチャートの5位まで上昇したのが*6、「The Hangman's Beautiful Daughter」だった。前のアルバムから引き継がれて、種々雑多なフォーク・ソングのブレンドされたものが収録された。マイク・ヘロンの「A Very Cellular Song」という曲はいちばん長尺で、アメーバの話を歌うあいだに異なる種類のサウンドを織り上げたものだった。

 次に出たのは二枚組アルバム「Wee Tam & The Big Huge」(のちにCD化されて再発されたときには、二枚別々のシングル・アルバムとされたのだが)。この段階で、マイクとロビンのガールフレンドのローズ(Rose Simpson)とリコリス(Licorice McKechnie)が、バンドに加わった。この作品がISBの創造性のピークで、このあとは間歇的に輝きをみせるだけになるということは、広く主張されていることである。マイクとロビンはサイエントロジー教会*7に入信し、このことは、彼らの傑出した音楽を創り出すのに必要不可欠だった要素を失う、という影響を生んだのかもしれない*8。非常に単純に、彼らふたりは互いの仕事を批評し合うことに困難さを感じるようになったが、依然彼らは多作だった。

 「Be Glad for the Song has No Ending」はアルバムとしてリリースされたが*9、これは映像作品でもあり、今ではヴィデオやDVDで入手出来る。1969年、彼らは「ウッドストック」で演奏したのだが、それは彼らの最低のパフォーマンスのひとつと言われており、このフェスティヴァルのオリジナル・フィルムにも収録されなかった*10。(一部省略)

 60年代の終わりに、彼らは「U」を制作した。これは単に音楽アルバムにとどまらず、ダンスやマイムを包含するマルチメディアの試みで、ロンドンのラウンドハウス劇場で初演された。1970年代の初期に、バンドはさらに何枚かのアルバムを制作したけれども、それらは以前の作品に及ぶものではなかった。1974年までにローズとリコリスはバンドを脱退し、何人かの他のミュージシャンらがバンドに加わった。ダンス・グループの「ストーン・モンキー」からこのバンドに加わったマルコム・リメイスター(Malcolm LeMaistre)*11はいくつかの曲を書いてバンドに寄与し、その中にはバンドの最後のシングル「At The Lighthouse Dance」も含まれた。バンドはどんどんロック・サウンドの方へと移行し、そのことは気もちはフォークの分野にあったロビンを孤立させることになっただろう。バンドの最後のライヴは1974年に行なわれた。

 ロビン・ウィリアムソンは最初のうちは彼の「メリー・バンド」と共に、のちにはソロとして、多作の作曲家/レコーディング・アーティストとして活動を続けている。マイク・ヘロンは「ヘロン」*12というバンドをつくり、時折アルバムを発表したが、概して活発な活動はないようだ。クライヴ・パーマーは「クライヴズ・オリジナル・バンド(COB)」と、「フェイマス・ジャグ・バンド」を立ち上げた。1997年にロビンとマイクは共にふたつのコンサートを行い、「彼らはもう会話もしない間柄である」とのうわさを払拭した。このことは1999年、オリジナルの三人のメンバーによる再結成へと引き継がれた。(以下略)


 

*1:よく知らないが、Led Zeppelinの代表曲「Stairway to Heaven」のイントロ部分のフルートとかはISBのモロな影響で、これはロバート・プラントの嗜好だったということだ。

*2:よく知らないが、彼らの「Their Satanic Majesties Request」は、思いっきりISBの影響を受けてのモノだったという。これはやはり、ブライアン・ジョーンズの好みによるものだろうか。

*3:イギリスでは今でも有名な歌手/俳優/司会者ということ。

*4:アメリカからイギリスに渡り、ピンク・フロイドを見出したり、フェアポート・コンヴェンションをプロデュースしたりした名プロデューサー。彼のことはそのうちに詳しく書きます。

*5:これは初期のディランがインタヴューで「最近好きな曲はありますか?」という質問に、「October Songという曲だね」と答えたもので、彼のインタヴュー集の本に載っている。

*6:ま、アングラのフォークのアルバムが全英5位までになったというのは、コレは大事件!

*7:L・ロン・ハバードが1950年代にアメリカで興した新興宗教で、トム・クルーズがココの信者である(あった?)。調べるといろいろとヤバい。

*8:このせいもあって、ジョー・ボイドは彼らとの契約を解除するのだ。そのうちにこのことは詳しく書くよ。

*9:アルバムのリリースは、次に書かれる「U」よりも後のこと。ジョー・ボイドがプロデュースした最後の作品。

*10:このことも、いっぱい書くことがある。そのうち。

*11:英語ではどう発音するのかよくわからん!

*12:別に「Heron」というもっと有名なバンドがあるので要注意! って、マイク・ヘロンの「ヘロン」名義のアルバムは一、二枚しかないのでは?

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■ 2018-05-07(Mon)

 ああ、今日からまた、仕事へと通う毎日が始まる。それはもう、仕事になど出ないで一日中家に居る方がいいと、だいたいは決まっている(ただ、仕事に出て、それでいっぱい歩いて、からだを動かして、というのはわたしの健康にはとってもいいことなのだろうとは思うが)。「この夜も何か夢を見ていたな」と思いながら早朝に起きて、この頃は早い時間はなかなか食欲もないのでバナナだけを食べて、もう出かける頃には外もずいぶんと明るくなっているわけで、玄関で暗闇の中で靴を探す苦労もない。玄関近くの椅子の上にあがってこっちを見ている(見送りしてくれているのか)ニェネントに「行ってきます」と手を振ってドアの外に出て、鍵を閉めて駅への道を歩く。駅への道はすぐに国道沿いの道になるのだが、その国道を走る定期便のトラックも、連休明けのせいか、いつもよりスピードを上げているように感ずる。

 通勤の電車の中はほぼいつもの顔ぶれなのだけれども、「あの人の姿がないな」などと気づくと、「連休を延長して有給を取っているのかな?」と思ったりする。電車の中ではいつものように本を読む。今読んでる図書館の本を読み終えたら、少しは自分の持っている本を読まなくっちゃな、などと思っている。

 仕事先では「連休はどこか行かれたんですか?」とか声をかけられる。いえ、ネコがいるんで旅行とか行かないんですよ。お金もないし。それで連休明けなので、今日は少し丁寧に仕事をしたりして。仕事の帰りに昨日Amazonで注文した洋書の代金を支払い、帰宅してしばらくすると「お支払いの確認」のメールといっしょに、出品者(海外)からの日本語メッセージで、「商品が問題なく到着することを確認するため、商品がちゃんと届いたらメールを下さい」ということ。日本語で連絡出来そうだということでひと安心。やはり向こうのAmazon.comで注文してしまっていて、それで何かトラブルがあったら英語でやりとりしなくっちゃいけないし(ま、出来なくはないのだけれども)、いろいろとめんどうなことになりそうだから、ここは多少高くってもAmazon.co.jpを利用して正解だったかと、無理に納得することにした。

 その注文した洋書とも関連して、前にも書いたように、これからはIncredible String Bandという、1960年代に活躍したバンドのことをいろいろと書いて行きたいと思っている。新しいコラムとして、<インクレディブル・ストリング・バンド(ISB)をめぐる、長くてとりとめもない散策>とでもいうものを始めたい。それで今日からまずは手始めとして、ネット上にあるこのバンドのサイトから、彼らの簡単な<ストーリー>を翻訳してみようということにした。
 ‥‥むむ、書かれていることの大意はわかるのだが、細かいところの英熟語の使い方とか、知らない英単語(綴りで大体意味はわかるのだけれども)とか、ちゃんと訳そうとすると大変。前にちょっとやったKerouacの「On the Road」を訳すのとわけがちがう(「On the Road」はほんと、口語体の文章なのだよね)。コレはアレだなと考えて、いちど全文を間隔をあけてノートに書き写し、その余白に訳文を書いて行くことにした。‥‥なかなかにはかどらない。短い文章なのに、やっと三分の一ぐらい進んだか。「アバウトに英会話が出来る(それも今ではほとんど忘れてしまっているが)」ということと、「ちゃんと英文を日本語に翻訳する」ということはまるでちがう。とにかく、効率的な作業の進め方とか、いろいろと考えるのだった。

 これは昨日書いたことにつながるのだけれども、今ピンチョンの「スロー・ラーナー」と並行して読んでいる高田里惠子の「文学部をめぐる病い」という本、「創作者」ではなく「翻訳者」もしくは「評伝ライター」でしかなかった「二流」の文人の戦時中、戦後の軌跡を(皮肉たっぷりに)たどった本でもあるのだけれども、まさにわたしはこれから、そんな<「翻訳者」もしくは「評伝ライター」>ということをやってみようと思っているわけだ。ま、自分勝手にやることだからこれは「二流」以下の「三流」かいな、とか思うのだけれども、いや、いろいろと思うところはあるのです(またそのうちに書きますが)。

 夕方からは連休中はやってなかった「カーネーション」の再放送を見て、もうずっと笑いっぱなし。このところ登場してきた國村隼がやはりすばらしいし、この「カーネーション」での小林薫は、わたしの知っている小林薫の中でもいちばんいいように思う。それはもちろん尾野真千子がいいのだけれども、演出とか美術も最高だ。これからも楽しみ。

 夕食はまだいっぱい残っている白菜を何とかしてしまおうと、いつもの鶏肉とネギとの水炊きにした。白菜は冷蔵庫にしまっておかなかったので、そろそろ傷みはじめていた。これからは当面、毎日白菜でいきますか。


 

[]「アンダー・ザ・ローズ」トマス・ピンチョン:著 佐藤良明:訳(「スロー・ラーナー」より) 「アンダー・ザ・ローズ」トマス・ピンチョン:著 佐藤良明:訳(「スロー・ラーナー」より)を含むブックマーク

 この作品はほぼこのままの形で、後の長篇「V.」の中に活かされることになる。まさに20世紀を迎えようとする時点での、エジプトを舞台とした複雑なスパイらの攻防戦。映画的な、視角を喚起するような文章と、実のところ主人公のポーペンタインの「失敗」を描いた、ひとすじなわではいかないストーリー展開なのである。‥‥ということで、今のわたしには手ごわすぎた一品だったかな???


 

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■ 2018-05-06(Sun)

 これで二回訪れた北千住の「BUoY」というスポットの空間は、確かに「面白い」空間だ。古い建物の地下スペースと二階スペースだけが「取り残された」かたちで、都市の「余剰空間」になっている。一階は倉庫か何かになっていて、三階から上はマンションだという。たいていのイヴェントは地下スペースで行なわれるようだけれども、ここは大きな共同浴場だったのか。昨日覗いてみたら、浴槽とか流しの蛇口とかそのまま残っていた。前に「"crosstalk"をやるんだったらここでやればいい」とはいわれていたけれども、確かに魅力はあるなあ。でも、どこまで「音」を出せるのかとか、額装された美術作品の展示をどうするかとか、地下と二階に別れたスペースの観客の移動をどうするかとか、いろいろとクリアしなければいけないもんだいがあるようで、「じゃあどんな<もんだい>があるのよ」ということをキチンと把握してないわたしには、怖いところがある。そういうところではやり慣れた前のスポットの方がやりやすいのだけれども。〜って、ホントにまた"crosstalk"をやる気があるのか、それが<もんだい>だ。

 今日は「四連休」の最終日。「また明日から仕事かぁ〜」と考えると、うんざりしてしまう。やっぱりず〜っと、いつまでもウチでニェネントとゴロゴロしていたいものだ。でも、そんな連休の最終日をウダウダとすごしてしまうと、「もっと充実した時間をすごすべきだった」と後悔するわけだから、がんばって本を読んだりしたのだが、やはり昼すぎから午睡してしまった。四時ごろに目覚め、「うむ、何か<今日はコレをやった>ということをやらなければ」と考え、ま、大したことやったわけではないけれども、DVDで成瀬巳喜男監督の「乱れる」を観て、これがとってもよかったので、とにかくは充実感を得た。

 ニェネントのトイレだけれども、ネコトイレのネコ砂を入れ替え、場所を変えてみて、「これでどうよ?」とやってみた。あとでみると、おしっこをしたあとがあったので、とりあえずはひと安心、かな。夜、寝るとき、ニェネントがまたベッドに飛び乗ってきたので、抱き上げて胸の上に乗っけて「キミはかわいいよ〜」となでまわしてやって、そのままの姿勢でわたしは本を読んだりしたのだけれども、今までになく、いつまでもニェネントはわたしの胸の上でまどろんで(?)いたのだった。「ああ、今日は長く居座ってくれるね〜」と、かなりうれしかった。


 

[]「乱れる」(1964) 松山善三:脚本 成瀬巳喜男:監督 「乱れる」(1964)   松山善三:脚本 成瀬巳喜男:監督を含むブックマーク

 この映画の公開された1964年はもちろん、東京オリンピックの年。高度経済成長へと進みはじめたこの国だけれども、人々はまだまだ戦争の傷も引きずっている、「近代化」とはどういうこと? ということを合わせて描いた松山善三の脚本がいい。主演は高峰秀子で、これは東宝映画だから、加山雄三が相手役になっている。

 戦争中に静岡県清水の酒店に嫁いだ高峰秀子は、嫁いで半年で夫が戦死、清水の街も空襲で焼け野原になったところをひとりで尽力して酒店を再建、以後18年その店を切り盛りしている。しかし清水の街にもスーパーマーケットが進出してきて、個人経営の小規模店舗はその先行きを脅かされることになる。母の三益愛子にはふたりの娘(草笛光子、白川由美)とひとりの息子(加山雄三)がいるけれども、加山雄三は大学を出たあとは就職した仕事もすぐに辞め、フラフラと何をやりたいのかわからない。そんな加山にも、今の酒店をスーパーマーケットにして切り抜けようという計画、抱負はある。加山は酒店をスーパーにしたあと、高峰秀子を重役の地位に置きたいというのだが、母や娘らはその提案に(高峰の尽力は認めるが)積極的にはならない。実は、加山はずっとずっと、高峰のことが好きだったのだ(ちなみに、ふたりの年齢差は12歳になるのか)。ついに加山は、その長年の想いを高峰に告白してしまうのだが‥‥。

 けっきょく、その加山の告白は、高峰を家に居づらくさせる方向に作用する。高峰は加山に「話したいことがあるからお寺に来て」と書いて渡して(このシーンでドキドキ!)、高台の寺の境内でふたりで会う。ここでは高峰は加山を拒絶し、家に母と義理の姉らを呼んで、自分は家を出て行くことを告げる。

 高峰の実家は東北。その夜行列車に、「見送るよ」と、加山が同乗してくるのである。‥‥もう、ここからは、涙、涙。その列車の中で、ショットごとに加山の位置が変化して、だんだんに高峰のすわる席に近づいてくる(このシークエンスは最高!)。列車を乗り換えて向かい合わせにすわるふたり。それで、高峰が「次の駅で降りましょう」といって、その駅からバスで山中の温泉旅館へ行くのだね‥‥。

 高峰秀子も、「わたしだって女ですもの、<好き>といわれてうれしかったわ」というところから、「おお、ついに、ふたりは(たとえ一夜だけでも)結ばれるのか!」と思うのだけれども、同じ成瀬監督の「浮雲」では男(森雅之だったね)に「連れてってよ」といった高峰秀子だったけれども、ここでは「堪忍して!」と、男を拒絶してしまう。それは、亡き夫への忠誠だったのか、それともこの時代の制約ゆえだったのか、ここにこの映画のすべてのポイントがあったといってもいい。

 (いちおうモラル心を発揮して)結末はどうだったのかは書かないけれども、そのラストに走る高峰秀子のショットとその表情のアップ、その髪の乱れ方に、成瀬監督の美意識、意志を見る思いがした。

 加山雄三は朴訥な演技といってもいいと思うのだけれど、そのぶっきらぼうさが活かされていたと思う。そして、さいごの、その温泉旅館の近くの飲み屋をやっている浦辺粂子が、出番は少ないけれども、めっちゃよかった。
 もう、成瀬巳喜男監督の作品で記憶に残っているのは先に書いた「浮雲」(これも完全に記憶しているわけではない)ぐらいしかないけれども、やはりもっと、成瀬監督の作品を観てみたいものだと思った。


 

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■ 2018-05-05(Sat)

 ニェネントくんが、トイレに失敗している。この家に越してきてからずっと、人間のトイレでニェネントもおしっこをしていたのだけれども、リヴィングに置いてあった新聞紙のところでおしっこをしていたのだった。やはりこのところ、わたしがトイレを使っているときにニェネントが覗き込んできて「にゃあにゃあ」とないていたのは、「そこはわたしのトイレなのに、何であんたが使ってるのよ!」という意思表示だったのだろう。それで、「もういい! あんたの使うトイレなんか使わないわよ!」ということになったんだろう。考えてみて、わたしがトイレを使うときにドアを閉めなかったのは失敗だった。
 でも、トイレが使えないならば、うんちをしている「ネコトイレ」でおしっこもすればいいのに、おしっこにはネコトイレを使ってくれない。うんちはちゃんとネコトイレでやってくれているのに。‥‥これは、今後なかなかたいへんなことで、住まいの中でトイレに使われそうなところは片付けなくてはならないし、消臭もしないといけないのかな。せっかく、わたしとトイレを共有していた「おりこうさん」のネコだったのに、共有してくれなくなるのは残念だし、そして大変だ。

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 少し今月は預金も残りそうな気配を感じたので、前に書いていた洋書、Incredible String Bandの本(8500円!)を、いきおいで注文してしまった。この本が届いたら、いよいよ本格的に、翻訳とか始めることになる。この日記にもそういう記述が挿み込まれることになると思う。「彼らの音楽とかに興味のない人にも楽しんで読んでもらえるにはどうしたらいいか」などということも、考えているのですよ。

 今はピンチョンの「スロー・ラーナー」を読むのはお休みしていて、柏の図書館から借りた、高田里惠子という人の書いた「文学部をめぐる病い」という本を読んでいる。この本はこの日記で検索すると12年前にいちど読んでいるわけで、わたしも「この本は昔読んだことがあるけど、もういちど読んでみたい」と思って借りたのだけれども、読み始めるとやはり面白い。それはひとつには著者の高田里惠子さんの辛辣な、「毒舌」といってもいいエクリチュールの面白さもあるのだけれども、あくまでも「文学」ではなく「文学部」、しかも「ドイツ文学部」の人々の、戦中、戦後の「迷走」を暴き出すものというのだろうか。それは「創作者」ではなく「翻訳者」(もしくは「評伝ライター」)として状況にフォローする道を選んだ(その道しかなかった?)、ある意味で「二流」の人々の精神の軌跡を暴くものというか。ま、感想は読み終えてから。

 今日はまた、先週も訪れた北千住の「BUoY」というスポットへ行き、室伏鴻さんのマネージャーだったAさんの企画した(?)、「Responding to Ko Murobushi」という、室伏さんに教えを受けた海外アーティストによる連続公演のひとつに出かけるのだった。それで今日はようやく、北千住駅から「BUoY」への最短経路というか、「この道だね」というのがわかった。

 帰りは北千住でどこか居酒屋に入って、ちょっと飲んで食べてから帰ろうかとも思ったけれども、連休中でも北千住の飲屋街はどこも混んでいるようだし、「やっぱりコンビニででもお弁当を買って帰ろうか」と思う。でもコンビニに入って置かれているお弁当をみても何だかわびしく、「やっぱり外で食べて帰ろう」と、いつものウチのそばの中華の店に行き、いつもの台湾焼きそばとかを注文するのだった。
 帰宅してベッドに入り、「しょうがないね、ちょっとだけ遊んでやるよ」とベッドにやってくるニェネントにかまっていただき、そのまま寝るのだった。


 

[]「Responding to Ko Murobushi #3 Alexandra Rogovska」@北千住・BUoY 「Responding to Ko Murobushi #3 Alexandra Rogovska」@北千住・BUoYを含むブックマーク

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 室伏鴻さん没後の、マネージャーのAさんの尽力というものには驚異的なものがある。この「Responding to Ko Murobushi」のシリーズも、これから八月末まで十人以上の海外ダンサーを招いて公演を実施されるし、早稲田には「shy」という、室伏さんアーカイヴのカフェを立ち上げられている。そして何よりも、河出書房新社からの「室伏鴻集成」の刊行。じっさいにどういう経緯でこのようなプロジェクトが実現されたのかわからないけれども(こんどお会いしたらそのあたり、いろいろとお聞きしてみたい)、今回のチラシをよくみると、このイヴェントの主催は「一般社団法人 Ko&Edge」となっていて、つまり社団法人も立ち上げられたわけなのか。社団法人申請というのは役所との煩雑なやり取りもあり、めったやたらな気分で取りかかれるものではないと承知している。すごいな〜。もう、「偉大なマネージャー」と呼ばせていただきたくなる。

 今日のダンサーのAlexandra Rogovskaさんは、ウクライナ生まれのギリシャ国籍。サシャ・ヴァルツの作品などに出演し、室伏さんのさいごのプロジェクト、「真夜中のニジンスキー」に参加されていた方ということ。
 舞台は、床に足を縮めて横たわるダンサーが、からだの上に銀のヴィニールをかぶってじっとしているところから始まる。このダンサーの姿勢は室伏さんの「意匠」といってもいい姿勢だし、そして「銀」は室伏さんのカラーだ。思いっきり、室伏さんへのオマージュから始まった感じ。少しずつ動き始めるダンサーはその銀のヴィニールから抜け出し、舞台を這いながらも次第に跳躍をも始めるようになる。この導入部は、繭(もしくは蛹)から抜け出した昆虫が脱皮を繰り返し、飛翔するまでをあらわしたようにも思えた。‥‥動きはたしかに「舞踏」的なものからの影響が強いのだろうけれども、やはり、こういってはアレだけれども、西欧のダンサーの身体性は抜けられないのだな、とも思いながら観ていた。
 彼女の長い茶髪を使っての、その顔を覆うような振付けもあったのだけれども、あれが日本人の黒髪ならばそれこそ「貞子」というか、舞踏的に観られることにもなるのだろうけれども、「茶髪」というのはやはり違うんだな、という感想も。
 別の、床に拡げられていた銀のヴィニールを使っての、そのヴィニールの表面に由る「しわ」の印象に残るシーンなどもあったが、わたしはバックに流れるノイズ音〜ノイズ音楽に惹かれるところがあり、やはり海外のアーティストは、こういう「選曲の妙」というのを心得ておられるな、などと思うのだった。


 

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■ 2018-05-04(Fri)

 今日は外も晴天で、暑くもなく、快適な日のようだ。柏の映画館でミヒャエル・ハネケの新作映画が上映されているので、今日には観に行きたい。そして、柏のDVDレンタルの店から借りているDVDは今日返却しなくてはならない。それでまだひとつ、観終わっていないDVDがある。映画の上映時間は午前中に一回と、夜の6時20分からと。午前中にはとても間に合わないので、夜の回に行くことにする。

 昼までにDVDを観終わって、スパゲッティをゆでて簡単な昼食。ベッドで本を読んでいるといつものようにそのまま午睡になってしまい、4時頃まで寝てしまった。映画を観に行くのに5時半ぐらいには出かけたいけれども、それまで時間があるので買い物に行くことにした。もう、卵のストックがあんまりないのだ。今日は金曜日で、スーパーの「O」へ行けば卵の安売りをしているはず。

 外に出ると、家のそばのマンホールの上でハクセキレイがうろちょろしている。ずっと前の、まだ寒い頃から、このマンホールのところではハクセキレイがいつもちょん、ちょんとしていて、それが同じハクセキレイなのかどうかはわからないけれども、どうもこの鳥はマンホールの上というのが大好きなようで、それがマンホールの鉄の触感とか温度が好きなのか、それともマンホールに刻まれている模様のデコボコが上にいて気持いいのかわからないけれども、いつもこのマンホールのところにはハクセキレイがいる。わたしはいつもその写真を撮ろうとはしているのだけれども、やはり近づくと逃げてしまうのでうまくいかない。でもいつも、わたしの目を楽しませてくれる鳥ではある。

 スーパーに行くと、目当ての卵は1ケース(10個)で69円という破格値だった(ただし、卵以外のものを500円以上買わないといけないのよ〜)。しかもわたしはこのゴールデンウィーク中は5パーセント引きの割引券を持っているし、消費税を入れても70円ぐらいで買えてしまう。「そんなに安くていいのか」という感じもする。トマトとか、あとは保存の効くようなものを買い足して買い物はおしまい。帰宅して映画を観に柏へ出かけた。

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 連休中のせいか、客の数は少なく、数人しかいなかったと思う。わたしもこの映画館にそんなに来ているわけではないけれども、いつもマイナーな作品を上映するこの映画館でも、この観客数の少なさは珍しいことだったと思う。

 映画を観たあと、また「この時間なら値引きされているお弁当を買って帰ろう」とスーパーへ行き、「これならニェネントにも分けてあげられるぞ」と、半値になっていたにぎり寿司と、海鮮ちらし寿司とのパックを買って帰宅。テーブルにのせた寿司の匂いに引き寄せられてきたニェネントに、にぎり寿司の刺身のところを(わさびを避けながら)分けてあげ、いっしょに食べるのだった。ちらしも食べるとかなり満腹で満足したのだけれども、しばらくするとニェネントくんは「ゲッ!ゲッ!」とゲロを吐く前兆。「あらら」と思っていると、さっき食べたばかりの寿司ネタを全部もどしてしまった。‥‥う〜ん、ちょっと、ネコの体に合わない食べ物も混ざっていたのかもしれない。「わさび」を落としきれなかったのかもしれないし、「えび」がよくなかったのかな?
 とにかくは、そんなあともニェネントはケロッとしてるからひと安心だけれども、残念なことをしました。寝るときも、ニェネントはベッドに飛び乗ってきて、「かまってよ!」とわたしに寄ってきたので、うれしい夜にはなりました。


 

[]「アメリカの影」(1959) ジョン・カサヴェテス:監督 「アメリカの影」(1959)   ジョン・カサヴェテス:監督を含むブックマーク

 ジョン・カサヴェテスの監督としてのデビュー作。ニューヨークを舞台として、チャーリー・ミンガスの音楽をバックにして、まさにケルアックの「オン・ザ・ロード」的な世界が繰り広げられる。ここでの映画の主題になるのは「公民権運動」最中の人種差別の問題でもあるのだけれども、カサヴェテスはしっかりと被差別側の人々に寄り添った作品に仕上げている。

 しかし、わたしが注目したのはやはり、(特に前半での)当時のニューヨークの夜の背景で、いつも、登場人物よりも、どうしてもその背後の夜景にこそ心を奪われてしまうのだった。


 

[]「ハッピーエンド」ミヒャエル・ハネケ:監督・脚本 「ハッピーエンド」ミヒャエル・ハネケ:監督・脚本を含むブックマーク

 意外にもこの作品はハネケ監督の5年ぶりの新作で、その2012年の前作は「愛、アムール」。しかもこの新作にはその「愛、アムール」に主演したジャン=ルイ・トランティニャンも出演していて、(ネタバレになるけれども)その「愛、アムール」から引きずる設定の人物を演じている。

 舞台は北フランスのカレーで、その地で企業を経営するブルジョワ家族の物語。ジョルジュ(ジャン=ルイ・トランティニャン)は元の経営者で今は引退し、経営は娘のアンヌ(イザベル・ユペール)が引き継いでいる。彼女は自分の息子に経営を継がせたいとは考えているのだが、その息子には荷が重いようだ。ジョルジュの息子のトマ(マチュー・カソヴィッツ)は医師をやっていて一度の離婚のあと再婚していて、その子が産まれるところ。マチューには先妻との間に13歳になる娘エヴ(ファンティーヌ・アルドゥアン)がいて、この娘がこの作品を牽引する。

 映画は縦長の粒子の粗い画面から始まり、それはスマホの動画なのだとわかる。洗面所での就寝前の女性の姿が写され、コメントがかぶさる(これはエヴの母親で、コメントはエヴによるものだとわかる)。そのあと、やはりスマホの画面でケージの中のモルモットが写され、エヴが母親から盗んだ抗うつ剤をモルモットに与えたということで、そのモルモットが動かなくなるまでを写す。エヴは「これでうまく行く」と、母親に大量の抗うつ剤をいちどに与えたことが示唆される。この導入部はいかにもハネケの作品らしくも、不穏で残虐でもある。次の場面は監視カメラからの工事現場の映像で、とつぜんにその工事現場の壁面が崩壊する。これは今はイザベルの経営する会社の作業現場で、従業員が負傷し、以後イザベルは事後処理に奔走し、自分の息子に手伝わせようとするが、彼は無能さを露呈する。
 そしてつまりはエヴの所作(犯行)によってエヴの母は入院し、エヴは父のトマのもと、つまりはジョルジュ〜アンヌの家庭に引き取られることになる。しかし、エヴの父のトマは別の女性と不倫関係にあり、交わされたメールやチャットを、エヴは盗み見てしまう。
 長老のジョルジュは自殺未遂で救出されるが、自殺願望は捨てていない。エヴの母は死ぬが、ジョルジュはエヴの「秘密」を知っており、エヴに自分の「秘密」を語るのだった。

 ‥‥むむむ。今までのハネケ監督作品にあった「いや〜な感じ」は希薄というか、観ていて、自分の心にある「澱み」をスクリーンに投げつけて転嫁し、そういう「カタルシス」を得ることのできる映画だったかな、という感想はある。
 「後継ぎ」の息子とかが無能で、それがパーティーの席などで反逆してみせるという展開も既視感があるというか、きっと何かの映画でこういうのを観たことがあるような気がする。先に書いた、冒頭のスマホ動画だとか、トマが愛人と交わすポルノグラフィックなやりとりとかが、いかにもハネケ監督っぽくって、「うへ〜っ」という感じはするのだけれども、インパクトはそれほどのものでのなかった。
 「ハネケ監督の作品だから」と、ドイヒーな展開を期待してしまうこっちもイカンのだけれども、そういう妙な期待を抜かしてみれば、なかなかにインパクトのある作品だったとは思うのだけれども。


 

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■ 2018-05-03(Thu)

 今日から四連休。朝起きて窓の外を見ると、昨夜から降り始めた雨が強いいきおいで降っている。天気予報のいっていた通りだ。その天気予報では、この雨も夕方にはやむだろうといっている。「なんだ、日中は雨がつづくのか」とがっくりする。そろそろ米びつの米がなくなってきたので、今日は木曜日だから外れのスーパー「S」まで行って、この日は一割引きになる米を買って来ようと思っていたのに。雨の中を重たいカートを引いて歩くのはイヤだなあと思う。

 ところがしばらくすると窓の外からの雨音が聞えなくなった。窓の外を見ると雨はやんでいて、空もいくぶん明るくなってきている。「おお、天気予報ははずれたな!」と、午前中に買い物に出ることにした。
 おとといジャガイモをまた買ってしまったし、白菜もまだまだ残っている。冷凍庫には肉があふれているし、これだけストックがあれば当面は何にも買わなくってもやって行けるというか、そんなストックを整理しなくてもいけないから、お米以外にあまり余計なものは買わない。ただ、この頃ハマっている焼き鳥のレバーを買う。これは血液検査で血液のヘモグロビンの値が低いといわれていて、「レバーとかがいいのよ」ということだから、よく買うようになったもの。ほんとうは「タレ」ではなくって「塩」の方が好みなんだけれども、どこのスーパーも売っているのは「タレ」焼きばかり。しょうがない。そのうち、自分で焼くことを考えてみようか。

 午後は買い揃えた2冊のIncredible String Bandの本、そして彼らのCDの英語ライナーノートなどをパラパラとめくって拾い読みしたりして時間が過ぎて行く。買った2冊の本がどちらも彼らのアルバムごとの解説を中心にしているので、ちょっとダブってしまったなあという感じもあり、実はネット(Amazon)には彼らのことを書いた洋書がもう一冊出ているのだけれども、これが破格に高額。国内のAmazon.co.jpだと八千円ぐらいする。でもAmazon.comでみるともうちょっとは安く買える。Amazon.comで買い物するにはカードが必須なのだけれども、ご承知のようにわたしはカードとは無縁の生活をおくっているわけで、Amazon.comでは買えないな、と思ったりする。カードがなくってもAmazon.comで買い物をする方策もあるらしいが、めんどうでヤル気がしない。その、国内Amazon.co.jpとAmazon.comとの価格差をどう捉えるか。やはりAmazon.co.jpで買ってしまおうかと思っているところではある。

 今日はそんなIncredible String Bandのことをネットで調べていて、面白いニュースを知ったのだけれども、今のこの段階でそんなディープでコアな話題を書いてしまっても誰も興味を持たないと思う。しかし、これからはおそらく、わたしの頼りない頭脳の中はそんな、Incredible String Bandのことで占められてしまうことになるだろう。また、そんな手元にそろえた洋書を読んでいくことがこれからの「日課」にもなるだろう(そうしたい)わけだから、この日記にも、そういったことがらを書き連ねていきたい。これからは、この日記にそういう<コラム>をつくって書いて行こうかとも思っている。おそらくはほとんどの人にはまるで興味のないことがらだろうけれども、ま、これは人気を得るために書いている日記ではなく、あくまでも自分のために書いている日記なので(公開にしているのは自分の中で<緊張感>を維持するためです)、きっとこれからは、そんなIncredible String Bandのことを書くことが多くなると思いますのでよろしく。

 夕方からは楽しみにしている「カーネーション」の再放送をみようと思ったら、今日は野球中継でお休み。がっくりして、「いや、借りているDVDをしっかり観ておかないと、返却期限に間に合わなくなるぞ」と、「落下の王国」を観るのだった。
 夜はベッドで読書タイム、だったのだけれども、この夜はニェネントはわたしのベッドにやってこなかった。ちょっと寂しい。


 

[]「エントロピー」トマス・ピンチョン:著 佐藤良明:訳(「スロー・ラーナー」より)  「エントロピー」トマス・ピンチョン:著 佐藤良明:訳(「スロー・ラーナー」より) を含むブックマーク

 この、3階でパーティーの延々と継続されるアパート、4階では今まさに小鳥が死のうとしていて、気温は「華氏37度(摂氏3〜4度)から変化しない世界が、「エントロピー」というタイトルを付加されて、まるで全宇宙の縮図のようにも感じられてしまう。ここでも、のちのピンチョンの長篇作品に登場するような、どこか怠惰な、世界から離脱しているような登場人物があらわれ、そこに音楽があり、さまざまな人物(大学で哲学を専攻する女性たちとか)が訪れたりする。この短篇をぐ〜ん!と引き伸すと、この後のピンチョンの長篇の作風にそのまま移行するのだろうか。重たい作品。

 

 

[]「ザ・フォール/落下の王国」(2006) ターセム・シン:監督 「ザ・フォール/落下の王国」(2006)   ターセム・シン:監督を含むブックマーク

 この世界は、組み替えればまったく別の様相をあらわす。そんな組み替え可能な世界を、世界に絶望したケガで入院しているスタントマンと、オレンジを取ろうとして木から落ちて腕を折った少女とがいっしょに組み立てていく。語るのはスタントマンの男だが、彼にインスピレーションを与えるのは少女であり、彼と彼女の居るロサンゼルスの病院(撮影は南アフリカだったとか)が、組み替えられた「世界」の基準になる。その背後には、この作品の時代設定の<映画創成期>からの、「映画」への想いがある。

 「世界はいかにも美しい」ということを、ストレートに画面に定着させたこの作品は、やはり愛おしいものであり、ここまでに「映画館の大きなスクリーンで観たかった」と思わせられる作品もない。

 中にかなりアバウト(残念!)な、短いパペット・アニメーションが挿入されているのだけれども、これは誰がみても明らかにクエイ兄弟の「ストリート・オブ・クロコダイル」からの流用というか、このターセム・シンという監督の嗜好をうかがわせるものではあるのだけれども、残念ながらこの監督はその後、このような「アート系」の道をたどることはないようだ(ちゃんと観てはいないけれども、そのうちに時間があったら観てみようと思う)。


 

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■ 2018-05-02(Wed)

 仕事を終えての帰路、ウチのそばの駐車場にネコがいた。この駐車場は以前よく、ニェッタがのんびりしていたスポットだった。やはりニェッタがいなくなったので、ほかのネコが進出してきたということか。

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 このネコは、以前にも見たことのあるコかもしれない。空き地にいたこのコだっただろうか。きれいなネコだ。これからも、わたしの目をときどき楽しませてくれるといい。

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 夜に面白い夢をみたのだけれども、「面白い夢だったな」ということ以外は、もうなにも記憶していない。先日読んだ「分子脳科学」の本には、人の脳の「海馬」に電極を当てると(つまり、手術して脳を露出させておかないといけないようだけれども)、思い出したこともない過去の記憶を鮮明に思い出したりするらしい(脳を露出させても、痛みは感じないので麻酔は必要ないらしいのだ)。もしも、人がみた夢がすべて脳のどこかに記憶蓄積されているのなら、そういう処置を行なうと、こおうやって忘却の海に沈んでしまった「夢」を、鮮明に思い出すこともできるのだろうか。
 「夢」とは、果てしない宇宙のように思える。そんな夢の世界を鮮明にたどり直すことができるなら、それは宇宙旅行みたいな体験ではないのかと思える。脳の中には、わたし自身の知らない「宇宙」がある。

 今日は仕事のあとに映画でも観て帰ろうかと思っていたのだけれども、連休の間にはさまれたこの日、いつもに比べてやる仕事も少なく、のんびりやっても早くに終わってしまい、いつもよりちょっと早くに仕事をあがることができた(せいぜい10分ぐらいのことだけれども)。こういう日は、せっかく家に早く帰れるのだから、お出かけなんかするよりも早く帰宅して、部屋でのんびりした方がいいと思い、まっすぐ帰宅することにした。

 けっきょく、一日ダラダラとレイドバックして、CDなど聴いて日も暮れてしまい、夕食もインスタント・ラーメンですませてしまう。「さあ、寝ようか!」とベッドに入り、読みさしのピンチョンの「スロー・ラーナー」の本を拡げると、すぐにニェネントが「ドサッ!」と、ベッドの上に飛び乗ってくる。「ああ、これは本を読んでいるどころではないな」とニェネントを抱き上げて胸の上に乗せ、ニェネントを撫でまわす。いちおうニェネントはのどをゴロゴロとならせて、うれしいのか。でも、なき声はやはり「あにゃ〜」とか「ふにゃ〜」とか、ちっとも喜んでいるようななき声ではない。悲しいことである。胸の上からニェネントを降ろし、わたしの横に並んで寝かしてやると、すぐにどこかへ行ってしまうのであった。


 

[]「ロウ・ランド」トマス・ピンチョン:著 佐藤良明:訳(「スロー・ラーナー」より)  「ロウ・ランド」トマス・ピンチョン:著 佐藤良明:訳(「スロー・ラーナー」より) を含むブックマーク

 解説に書かれていたけれども、この作品の原題は「Low-Lands」で、もちろんひとつにはT・S・エリオットの「荒地(The Waste-Land)」へのリファレンスもあるだろうけれども、ここにはスコットランドの低地地方という本来の意味があるだろう。こういうのはスコットランドのトラディショナル・ソングにいろいろと残っているように思うのだけれども、わたしが思い出したのは、Steeleye Spanがそのファースト・アルバムで演っていた「Lowlands of Holland」という曲だけで、これはもちろんオランダのことを歌った曲で、若い寡婦がオランダの海戦で死んだ夫のことを歌ったもので、この作品での「Low-Lands」とはあまり関係はなさそうだ。
 この短篇の中には、まさにこのタイトルの典拠として「The Golden Vanity」という曲のことが書かれているわけで、ちょっと調べてみると、このスコットランド起源のはずの曲、イギリスよりもアメリカの方で多くのフォーク・シンガーに歌われていたようだ。別タイトルの「The Sweet Trinity」としてよりよく知られているようで、著名なところでは、Bob Dylanもライヴで歌ったことがあるみたいだ。Pete Seegerの歌ったのがYouTubeに上がっていたので、ここにリンクさせておく。

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 それでもうちょっと検索してみると、まさに昨日も紹介したAnne Briggsが「Lowlands」という曲を唄っていた。

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 ‥‥これはちょっと歌詞に異同があるけれども、この曲の歌詞。どうやら「Lowlands of Holland」とはまるで逆で、船乗りの男が恋人のことを夢に見て、彼女が死んだことを知るという内容のようだ。

I dreamed a dream the other night. (Lowlands, lowlands, away my John)
I saw my love dressed all in white. (My lowlands, away)

先日の夜、わたしは夢をみた。(ロウランズ、ロウランズから離れて、わたしのジョン)
わたしの恋人が、白に身を包んでいた。(わたしのロウランズから離れて)

She came to me at my bedside,
Dressed all in white like some fair bride.

彼女はわたしのベッドのそばで、わたしのそばに来た。
彼女は美しい花嫁のように、白に着飾っていた。

And nestled in her bosom there,
A red, red rose my love did wear.

そして彼女の胸に寄り添うように、
赤い、赤いバラが飾られていた。

She made no sign, no word she said,
And then I knew my love was dead.

彼女は息つぎもせず、ことばも話さなかった。
それでわたしは恋人は死んだことを知った。

She waved her hand, she said goodbye,
I wiped the tear from out my eye.

彼女は手を振り、「さようなら」といった。
わたしは目から涙をぬぐった。

And then awoke to hear the cry,
"Oh watch on deck! Oh watch ahoy"

そしてわたしは叫び声を聴いて目覚めた。
「おお、甲板に気をつけろ!おお、進路に気をつけろ!」

 この歌も、ピンチョンの「ロウ・ランド」とはほぼ関係はないだろう。しかし、「Low-Lands」ということで、もしもピンチョンがこの伝承歌を知っていた(聴いたことがあった)と想像すると、この短篇の奥行きが増すことは確かではあると思う。

 この短篇は、その後のピンチョンの長篇にも登場する(昨日読んだ「スモール・レイン」にも登場する)どこか怠惰でいながら、世界の大きな流れに反抗するような、そんな主人公のデニス・フランジが登場する。彼はこの後ピンチョンの作品に毎回登場することになる船乗りのピッグ・ボーディーンらと共に愛妻シンディに家を追い出され、広大なゴミ捨て場に行く。そこでまるで「不思議の国のアリス」のように、小さなジプシーの女性(まるで妖精のような)のネリッサに誘われ、捨てられた冷蔵庫の扉の中の「地下世界」へと導かれる。

 その後のピンチョンの長篇でも、ファンタジックな挿話というのが挿み込まれることもあったと思うけれども、そういうピンチョンの一面の読み取れる作品。「愛らしい」と、思ってしまう。

 

 

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■ 2018-05-01(Tue)

 5月になった。この頃この日記では音楽ネタを多く書くようになっていて、「それもいいだろう」と、5月を歌った曲を探してみた。みつかったのは、イギリスのトラディショナル・シンガーのAnne Briggsが、そのイギリスのトラディショナル曲リリースの老舗、Topicレーベルのコンピレーション盤"The Bird in the Bush"のために吹き込んだ、"Gethering Rushes in the Month of May"という曲。

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 このアルバム、副題に"Traditional Erotic Songs"とあるように、春歌でもないけれども「性」のことを歌った曲を集めた盤。なかなかの名作アルバムなのですが、このAnne Briggsの歌った"Gethering Rushes in the Month of May"、まだ未婚の女性が野良仕事に出てそこで赤ちゃんを産んでしまい、それを隠して家に連れ帰るけれども、父親が聴こえてくるその赤ちゃんの泣き声をあやしんで、「あれは何の泣き声だ」と聴くのですが、娘は「いえ、あれは鳥が鳴いているのです」とごまかす。でもさいごにはごまかしきれなくなって、その赤ちゃんのこと、父親のことを話すことになるという、実際にどこででもあったであろうようなリアルな出来事を歌ったもの。ま、あまり「春歌」というのでもありませんが。
 Anne Briggsはその歌声の清楚さ、さらにその「美少女」ぶりで日本の(ごく)一部でも人気があったのですが、早くにレコーディング・アーティストとしてはリタイアしてしまったようです(現地でステージに立って歌うようなことは継続していたようですが)。その彼女の歌をやはり、ここにリンクしておきましょう。

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 昨日のことだけれども、柏の図書館からピンチョンの「スロー・ラーナー」が来ていると連絡があったので、受け取って来た。ちくま文庫版を読んだのはほぼ一年前のことで、つまりちょうど一年かけて、ピンチョンをひと通り読み通したことになる。しかしこの短編集の作品で、記憶しているものはひとつもない。ま、どうしようもないですね。

 今日と明日は連休の中休みの出勤日で、通勤電車の中でその「スロー・ラーナー」を読む。連休の合間なので、毎朝いっしょになる「通勤仲間」の人たちもあまりいないんじゃないかな?などと思っていたのだけれども、今日もほとんどの人の顔が、車中にみることができた。今日と明日とも有休を取って休みにしてしまえば九連休になるのだけれども、そこまでやってのける人もあまりいなかったようだ。電車の混み方もあまりいつもと変わらない。わたしも明日出勤すればそのあと四連休。明日は仕事のあとに映画でも観に行こうかと考える。

 帰宅してダラダラと過ごし、夕方から買い物に出かけた。ときどき超安値の「お買い得」品の置かれる「O」の店頭に、激安のジャガイモが売られていた。何でも、芽が出てしまっているのでこの価格だと書かれている。そんなことはちっとも気にならないのだけれども、家にはジャガイモのストックは山ほどある。「これ以上ジャガイモを買ってどうするんだ」とも思ったけれども、ジャガイモはけっこう保存も効くし、この安さには抗しがたい。買ってしまった。

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 帰宅してさっそく、夕食にジャガイモをメインに使った料理をつくる。‥‥しかし、ジャガイモはボリュームがあるというか、とにかく満腹になってしまうのが難。今度はフライドポテトとか、「おつまみ」になるようなものをつくることを考えよう。おっと、「カーネーション」を見るのを忘れてしまった。


 

[]「スモール・レイン」トマス・ピンチョン:著 佐藤良明:訳(「スロー・ラーナー」より) 「スモール・レイン」トマス・ピンチョン:著 佐藤良明:訳(「スロー・ラーナー」より)を含むブックマーク

 主人公のレヴィーンは陸軍の中隊に所属して、ルイジアナに配属されている。時は1957年7月。巨大なハリケーンが南部を襲い、膨大な被害を与える。レヴィーンはその「現地」に派遣されることになる。

 レヴィーンには、その後のピンチョンの作品に登場する人物のように、どこか怠惰な空気がある。被災地に行っても、彼がそこで見るものはちょっと違うというか、夜には「リトル・バターカップ」と名乗る女子大生とよろしくやり、昼も単独行動で被災地に行ったりする。レヴィーンはちょうど休暇申請を出していたところで、その被災地で申請が認められ、休暇を取るために基地に帰還する。弱い雨が降っている。

 あの「ハリケーン・カトリーナ」の来襲まではアメリカで最大の被害をもたらしたハリケーンを背景にして、レヴィーンと仲間たちは何というか、緊張感のない会話を続ける。日本で例えていえば、伊勢湾台風(もう知る人も少ない)の被災地救済のために派遣された自衛隊員らの話、みたいな感じだろうか。そう思ってみると、この作品のそういう、「実存主義」的な背景というのも見えて来るような気もする。そして、この作品のディテールが、後の「V.」や「重力の虹」に活かされるのか。

 レヴィーンに「そんなに、懸命にならなくても大丈夫かもよ」といい、「除隊になったら会いにきて」というリトル・バターカップが、この短篇の中で女神のように輝いて感じられてしまう。レヴィーンはその後、彼女に会いに行くのだろうか?

 

 

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