ワニ狩り連絡帳 このページをアンテナに追加 RSSフィード

       

■ 2018-05-03(Thu)

 今日から四連休。朝起きて窓の外を見ると、昨夜から降り始めた雨が強いいきおいで降っている。天気予報のいっていた通りだ。その天気予報では、この雨も夕方にはやむだろうといっている。「なんだ、日中は雨がつづくのか」とがっくりする。そろそろ米びつの米がなくなってきたので、今日は木曜日だから外れのスーパー「S」まで行って、この日は一割引きになる米を買って来ようと思っていたのに。雨の中を重たいカートを引いて歩くのはイヤだなあと思う。

 ところがしばらくすると窓の外からの雨音が聞えなくなった。窓の外を見ると雨はやんでいて、空もいくぶん明るくなってきている。「おお、天気予報ははずれたな!」と、午前中に買い物に出ることにした。
 おとといジャガイモをまた買ってしまったし、白菜もまだまだ残っている。冷凍庫には肉があふれているし、これだけストックがあれば当面は何にも買わなくってもやって行けるというか、そんなストックを整理しなくてもいけないから、お米以外にあまり余計なものは買わない。ただ、この頃ハマっている焼き鳥のレバーを買う。これは血液検査で血液のヘモグロビンの値が低いといわれていて、「レバーとかがいいのよ」ということだから、よく買うようになったもの。ほんとうは「タレ」ではなくって「塩」の方が好みなんだけれども、どこのスーパーも売っているのは「タレ」焼きばかり。しょうがない。そのうち、自分で焼くことを考えてみようか。

 午後は買い揃えた2冊のIncredible String Bandの本、そして彼らのCDの英語ライナーノートなどをパラパラとめくって拾い読みしたりして時間が過ぎて行く。買った2冊の本がどちらも彼らのアルバムごとの解説を中心にしているので、ちょっとダブってしまったなあという感じもあり、実はネット(Amazon)には彼らのことを書いた洋書がもう一冊出ているのだけれども、これが破格に高額。国内のAmazon.co.jpだと八千円ぐらいする。でもAmazon.comでみるともうちょっとは安く買える。Amazon.comで買い物するにはカードが必須なのだけれども、ご承知のようにわたしはカードとは無縁の生活をおくっているわけで、Amazon.comでは買えないな、と思ったりする。カードがなくってもAmazon.comで買い物をする方策もあるらしいが、めんどうでヤル気がしない。その、国内Amazon.co.jpとAmazon.comとの価格差をどう捉えるか。やはりAmazon.co.jpで買ってしまおうかと思っているところではある。

 今日はそんなIncredible String Bandのことをネットで調べていて、面白いニュースを知ったのだけれども、今のこの段階でそんなディープでコアな話題を書いてしまっても誰も興味を持たないと思う。しかし、これからはおそらく、わたしの頼りない頭脳の中はそんな、Incredible String Bandのことで占められてしまうことになるだろう。また、そんな手元にそろえた洋書を読んでいくことがこれからの「日課」にもなるだろう(そうしたい)わけだから、この日記にも、そういったことがらを書き連ねていきたい。これからは、この日記にそういう<コラム>をつくって書いて行こうかとも思っている。おそらくはほとんどの人にはまるで興味のないことがらだろうけれども、ま、これは人気を得るために書いている日記ではなく、あくまでも自分のために書いている日記なので(公開にしているのは自分の中で<緊張感>を維持するためです)、きっとこれからは、そんなIncredible String Bandのことを書くことが多くなると思いますのでよろしく。

 夕方からは楽しみにしている「カーネーション」の再放送をみようと思ったら、今日は野球中継でお休み。がっくりして、「いや、借りているDVDをしっかり観ておかないと、返却期限に間に合わなくなるぞ」と、「落下の王国」を観るのだった。
 夜はベッドで読書タイム、だったのだけれども、この夜はニェネントはわたしのベッドにやってこなかった。ちょっと寂しい。


 

[]「エントロピー」トマス・ピンチョン:著 佐藤良明:訳(「スロー・ラーナー」より)  「エントロピー」トマス・ピンチョン:著 佐藤良明:訳(「スロー・ラーナー」より) を含むブックマーク

 この、3階でパーティーの延々と継続されるアパート、4階では今まさに小鳥が死のうとしていて、気温は「華氏37度(摂氏3〜4度)から変化しない世界が、「エントロピー」というタイトルを付加されて、まるで全宇宙の縮図のようにも感じられてしまう。ここでも、のちのピンチョンの長篇作品に登場するような、どこか怠惰な、世界から離脱しているような登場人物があらわれ、そこに音楽があり、さまざまな人物(大学で哲学を専攻する女性たちとか)が訪れたりする。この短篇をぐ〜ん!と引き伸すと、この後のピンチョンの長篇の作風にそのまま移行するのだろうか。重たい作品。

 

 

[]「ザ・フォール/落下の王国」(2006) ターセム・シン:監督 「ザ・フォール/落下の王国」(2006)   ターセム・シン:監督を含むブックマーク

 この世界は、組み替えればまったく別の様相をあらわす。そんな組み替え可能な世界を、世界に絶望したケガで入院しているスタントマンと、オレンジを取ろうとして木から落ちて腕を折った少女とがいっしょに組み立てていく。語るのはスタントマンの男だが、彼にインスピレーションを与えるのは少女であり、彼と彼女の居るロサンゼルスの病院(撮影は南アフリカだったとか)が、組み替えられた「世界」の基準になる。その背後には、この作品の時代設定の<映画創成期>からの、「映画」への想いがある。

 「世界はいかにも美しい」ということを、ストレートに画面に定着させたこの作品は、やはり愛おしいものであり、ここまでに「映画館の大きなスクリーンで観たかった」と思わせられる作品もない。

 中にかなりアバウト(残念!)な、短いパペット・アニメーションが挿入されているのだけれども、これは誰がみても明らかにクエイ兄弟の「ストリート・オブ・クロコダイル」からの流用というか、このターセム・シンという監督の嗜好をうかがわせるものではあるのだけれども、残念ながらこの監督はその後、このような「アート系」の道をたどることはないようだ(ちゃんと観てはいないけれども、そのうちに時間があったら観てみようと思う)。


 

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