ワニ狩り連絡帳 このページをアンテナに追加 RSSフィード

       

■ 2018-05-09(Wed)

 昨日の夜から、雨が降っている。早朝に目覚めても、外に降っている雨の音がする。通勤の行き帰りもずっと、雨だった。気温もけっこう低いようだ。Tシャツの上にシャツを着て、それでジャケットを引っかけて外を歩いても、肌寒い思いがする。

 今夜は、阿佐ヶ谷のライヴハウスに行く。かつてわたしの"crosstalk"に参加してくれた、藤掛正隆さん(Ds)と、坂本弘道さん(Cello)とのデュオ。今のわたしは多少は夜遅くっても平気だから、音楽ライヴだって行けるよ! って、この二人、行かないわけにはいかない。
 ま、お二人とも、当時からビッグだったわけだけれども、藤掛さんはホントにその後いろんな人と共演されて、分類されることを拒否するような、ノンジャンルの音世界のキーパーソンになられている。坂本さんは自己の世界をさらに深められ、"crosstalk"以降にリリースされたソロアルバム「零式」は、わたしの愛聴盤なのだ。そんな二人の音を、久しぶりに「ナマ」で聴ける! 楽しみである。

 一度帰宅して、夕方に出かけるときには雨は上がっていた。目当てのライヴハウスは駅のそばで、ちょっと早めに出たので、まだはオープンしていなかった。近いところで缶コーヒーを飲んでいたら、目の前に「迷いネコ探してます」の貼り紙があった。

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 うわっ、懸賞金10万円! たしかにかわいいネコで、飼い主さんは可愛がっていたのだろうな。「迷子札」を着けているというのは、外飼いしていたのだろうか。やっぱり外飼いはリスクが大きすぎるな。「人懐っこい」というから、事故にあったというより、「新しい飼い主」に連れ去られてしまったかもしれない。

 それでライヴ。ライヴハウスは小さなスペースだったけれども、音とかに気を遣っている店なのだろうな、ということはわかる。ライヴ開始前にお二人とちょっと話ができた。二人でのデュオというのは、"crosstalk"以来だということ。二人とも再会を喜んでくれて、もちろんわたしがいちばん喜んでいたのだけれども、とにかくはうれしい共演だった。

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 音は、たった二人の音なんだけれども「コスミック」というか、広い世界を聴かせてくれた。わたしは前半が圧倒的に好きだったけれども、休憩をはさんでの後半では坂本さんお得意のグラインダー火花。‥‥おっと、席が近かったので引火するかと心配してしまった。鉛筆や鉛筆削りまで「音」の材料にされる、さすがに坂本さん。
 休憩から後半に入るとき、客席のわたしのことを紹介していただいて、いやいや、相当にテレてしまいました。終演後にそれぞれとお話しして、ほんとうはもっと居座って、いつまでも酒とか飲んでいたかったけれども、明日は早朝に仕事で起きなければならないし、「ごめんね」とさようならをした。藤掛さんに「酒、飲めるんでしょ」と言われ、「うん、次にね」と別れた。次回はいっぱい、夜明かしするぐらいの気もちで、いっしょにいっぱい飲みたいですよ。藤掛さんのソロアルバム(坂本さんも共演)を買わせていただいた。聴くのが楽しみだ。

 阿佐ヶ谷から帰路に着き、家にたどり着いたのはほぼ12時。もう寝ます。ニェネントがベッドの上に来てくれた気配はあったけれども、今日はゴメン、もう寝ます。。。


 

[](2)発端 (2)発端を含むブックマーク

 わたしがなぜ、今ではほとんど忘れられたバンド、Incredible String Bandについて洋書まで取り寄せて調べようと思い立ったのか、もういちど書いておきます。

 もちろんそもそもはわたしがこのバンドのことが大好きで、リリースされたすべてのアルバムを買い集めて聴きまくっていたことがあるわけだけれども、ひとつには去年になって久しぶりに彼らの音楽を聴き直した際、それまでの解釈がまちがっていたと思うようになったことがある。そして、近年になってネットで検索していていろいろな情報も得るようになり、興味深い事柄があれこれとわかってきたことにもよる。

 Incredible String Bandは1960年代末に人気を博したバンドで、その音楽性、メンバーの共同生活のあり方などからも、「ヒッピー・カルチャー」を代表するバンドとされてきた。それが1969年の「ウッドストック・フェスティヴァル」に出演した際にはまったく注目されず、そのウッドストック以降は人気も急激に下降線をたどる。例えばSantana、Joe Cocker、Sly & Family Stoneらのように、ウッドストック出演を契機としてブレイクしたミュージシャンが多くあった中で、これは異例なことではあった。調べるとバンドはその時期に宗教にハマっていたことも知り、そうすると「ヒッピー」から「宗教」へという、まるでマンソン・ファミリーのような図式が見えてくる。
 先日読んだピンチョンの「LAヴァイス」でも、裏ストーリーとして、マンソン・ファミリーによるシャロン・テート虐殺事件*1以降のヒッピー・カルチャーの衰退ということがあったのだけれども、このIncredible String Bandの「没落」もまた、もうひとつの「ヒッピー・カルチャーの衰退」とみることが出来るのではないのか。

 もうひとつあるのが、Incredible String Bandに在籍した二人の女性メンバーの「その後」で、ひとりはヒッピー的生き方を捨て、その後イギリスの地方で「市長」になるのだが、もうひとりはアメリカに渡り、ヒッピー〜宗教的生き方を継続し、その後行方不明になる*2。この二人の女性の、バンド以後の生き方もとても興味深い。

 そしてやはり、わたしが気になるのは、現在の日本でのこのバンドの紹介のされ方の「乱雑さ」で、それは今の音楽批評の問題でもあるかもしれないけれども、「文学的」といいたくなる秀でた歌詞と*3、イギリスのトラディショナル音楽をベースとして、世界の様々な民族音楽をコンバインさせたそのユニークな楽曲は、もっとまともに解明されるべきだと思うのだった*4

 このIncredible String Bandの音楽性を解き明かし(音楽的知識の乏しいわたしには困難な作業だが)、さらにバンドの「栄光と衰退」とを見つめていくことは、ヒッピー・カルチャーというものを見つめ直すことにもなるだろうし、「政治的」に語られる「1968年」という事象、問題を、こういった文化的な側面から見つめ直すことにもなるだろうと考えるのである。これが、このIncredible String Bandのことをいろいろと調べていこうとするところの、わたしなりの目的であり、若輩者だったとはいえ、60年代、70年代を同時代的に生きたものとして、そのことが自己認識にも繋がるのではないかと思っている。もちろん「わたしはわかっている」と「ひとりよがり」に書くのではなく、Incredible String Bandのことをまるで知らない人たち(ほぼすべての人がそうだろう)にも、多少は面白がって読んでいただけるような文章を書きたい。‥‥はてさて、わたしに出来るかな?


 

*1:この虐殺事件は偶然、ウッドストックの一週間前に起きている

*2:最後に彼女の姿がみられたのはアリゾナの砂漠でヒッチハイクしている姿で、噂では彼女はもう生きてはいないだろうという。

*3:過去に出ていた「ロックの優れた詩」のアンソロジーにも、このバンドの曲が取り上げられていたし、いろんなところで引き合いに出されていたものだった。

*4:とにかく、このバンドのCDのライナーノートからして、「ヘナチョコ音楽」だの「ヘタウマ」などと書いている情けなさ。

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