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■ 2018-06-04(Mon)

[](19)クライヴ・パーマー(Clive Palmer)の"I Hear You Calling Me"、オンエアー。 (19)クライヴ・パーマー(Clive Palmer)の"I Hear You Calling Me"、オンエアー。を含むブックマーク

 一昨日の土曜日のFM番組、ゴンチチの「世界の快適音楽セレクション」で、思いがけずもインクレディブル・ストリング・バンドの創設メンバー、クライヴ・パーマーの曲がオンエアされた。曲はトラディショナル・ナンバーの"I Hear You Calling Me"で、ゴンチチはこの曲を彼のソロアルバム「Banjoland」からの曲と紹介していた。
 この「Banjoland」というアルバムは、クライヴ・パーマーがインクレディブル・ストリング・バンドのファースト・アルバムのあとにバンドを抜け、そのあと1967年に録音されたものらしいのだが、これがちゃんと発売されるのは2005年まで待たなければならない。‥‥この曲がYouTubeにでもアップされていたら、それを聴いてもらえば手っ取り早いのだが、これはとても24歳の青年が歌っているとは思えない「滋味あふれる」歌唱とバンジョー演奏で、ゴンチチのおふたりも、これをジョアン・ジルベルトと比較されて讃えられるわけではある(ちなみに、クライヴ・パーマーは2014年に他界されている)。

 それはいいのだけれども、わたしがいつも考えること、それはなぜ、「クライヴ・パーマーはファースト・アルバムのあとにバンドを抜けてしまうのか」ということなのだけれども、わたしはそのことはずっと、抜けてしまったクライヴと残ったロビンとマイクとの音楽的志向の違い、そしてそれぞれのミュージシャンとしてのキャパシティの問題とも考えていたわけで、もっと端的にいうと、例えばロビン・ウィリアムソンは、イギリスのトラディショナル音楽と世界各地の民族音楽とを融合させようとしていたといえるだろうし、マイク・ヘロンは当時のドノヴァンと非常に近しい感じで、フォークとポップス、そしてロックとを融合させる才能を持っていたわけだし、ロビンもマイクも複数の楽器を演奏出来るマルチ・プレイヤーであり、作曲の才に恵まれていた。そこに対比して、クライヴ・パーマーはバンジョーによるフォーク・ブルースのスタイルで、インクレディブル・ストリング・バンドのファースト・アルバムを聴いても、彼の持ち味はその「素朴さ」みたいなところもあり、そのファースト・アルバムの全16曲で、クライヴ・パーマーの参加した曲は5曲にすぎない(作曲したのは1曲)、ということもあった(このアルバムでロビンの参加曲は12曲、マイクは9曲で、三人揃ってプレイした曲は3曲にすぎない)。

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 (これはその、インクレディブル・ストリング・バンドのファースト・アルバムのジャケット写真から。いちばん左側がクライヴ・パーマーで、中央はロビン・ウィリアムソン、右がマイク・ヘロン)

 いちおう彼らの伝記的なことを読むと、そのファースト・アルバムのリリースのあと、つまり「クライヴがアフガニスタンへ行き、しばらくのあいだ行方不明になっていたあいだにロビンはモロッコへ行き、それからはマイクとロビンがチームを組み、ISBの中心になった」ということで、わたしなどは、これはひょっとしたらプロデューサーのジョー・ボイドが、つまりは音楽性の合わないクライヴ・パーマーを追い出したのではないのか?とも思ったりもしていたわけではある。じっさい、その後のバンドの活動をみたときに、例えばセカンド・アルバムやサード・アルバムでクライヴが在籍していたとして、いったいどんなことが出来ただろう?という疑問はあるわけで、例えば「<彼なしでのその後>など想像出来ない」ということはいろいろなユニットでいわれることではあるだろうけれども、ここでは逆に「<彼と共のその後>など想像出来ない」というのが、このバンドのさいしょの大きな<パラドックス>ではないのか。
 このことも、ジョー・ボイドの"white bicycles"を読むことで、「そうだったのか!」という驚きを今感じているところだけれども、この「インクレディブル・ストリング・バンド」、予想外にそういう<パラドックス>に満ちたバンドではあった。まさに「60年代の<パラドックス>」というべきか。まだまだ書きたいことが山ほどにある。


 

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