ワニ狩り連絡帳 このページをアンテナに追加 RSSフィード

       

■ 2018-07-31(Tue)

 今朝は体調が悪かった。仕事に出るときからお腹の調子も悪く、仕事中も何だか「ヘロヘロ」って感じで、そのうちに気温も上がって来て、なおさらにへばってしまった。仕事を終えて外に出ると暑さが身にこたえ、「きっと<熱中症>というのはこういう感じになるのだろうな」と思わされた。なんとか駅にたどり着き、電車に乗ると冷房が効いていて、ちょっと生き返る気分になる。帰宅して食事をとると、何とか体調も快調になった。

 このところずっと、ニェネントのトイレをもうひとつ買おうと思っていて、ちょっと前に近所のペットショップに行ってみたら店のシャッターが下りていて、「Amazonで買ってしまおうかな〜、きっとAmazonで買う方が安いだろうし」とも思ったりしていたのだけれども、ずるずると今日になってしまった。
 今日は帰宅してから体調も戻ったし、ニェネントの朝食の固形食、カリカリもなくなったので、前に話に聞いていたように、近所のどうぶつ病院に、<胃にやさしい>というネコの食事を買いに行くことにして、そのついでにペットショップまで足を伸ばして、そのニェネント用のトイレもみてみよう、という計画を立てた。ニェネントくん大喜び、ニェネントくんのためのお買い物の日である。

 まずはペットショップへ行ってみると、この日はちゃんとオープンしていたので、店のおじさんに「ネコ用のトイレが欲しいんですけれども」と聞くと、「ああ、ちょうど<アウトレット>のがあるよ〜」ということで、みせてもらうと、これがAmazonとかでみていて「今度買うならこういうのがいいな!」と思っていたシステムトイレで、まさに欲しかったトイレで、しかも千円ぽっきり。消臭シートといっしょに買って、あとはネコ砂をどうしようか、というのがあるのだけれども、今まで買っていたネコ砂だと、つまり<うんち>用の、今あるトイレで使っているヤツなので、これを新しいトイレで使うと、ニェネントは「ん??? また<うんち>用のトイレが増えたのか?」と思ってしまって、肝心の<おしっこ>用には使ってくれない可能性がある。どうもこのところニェネントは、リヴィングにまとめて置いてある紙のところでトイレの失敗をすることが多かったので、まずは新聞紙を細長く切って敷き詰めてみようか、というこころづもり。

 次に、どうぶつ病院へ寄り、ネコご飯を。先生ともお話しする機会があり、「やはり<健康診断>を受けさせたいんですが」と話したのだけれども、「今日のネコご飯と胃薬を飲み終えて、吐くのが治まるようだったら健康診断は大丈夫ですよ」といわれた。えっ、そんなものなのか。心配は残るなあ。
 とにかく出されたネコご飯はネコ缶10日分で、それと胃薬5日分。ま、先生には「吐くことがあります」とは伝えてあるけれども、(たいていのネコは嘔吐するものだし)わたしはそこまでに心配はしていなかったのだけれどもね。ま、これからは「固形食」はやめて、朝夕ともに「ネコ缶」にして下さいということ。まあね、「固形食」は添加物、着色料だらけだし、そもそもの原材料のほとんどはネコにとっては何の栄養でもない穀類ばかりだし、「ネコ缶」なら水分も取れるからその方がいいでしょう。‥‥それで、やはりけっこう高かった! あなた、アレですよ。ひょっとしたら、わたしの食事よりも金がかかってるかもしれないことですよ。毎回このどうぶつ病院で指定の「ネコ缶」を買うのは、ちょっと考えちゃいますね。ま、ニェネントの健康のことと考え合わせて決めましょう(吐くのが治まったら、普通のネコ缶で大丈夫だろう)。

 帰宅して、まずはトイレのセッティング。割いた新聞紙でうまくおしっこしてくれればいいけれども、調べたら<おしっこ>用にはペレットという、ちょっと違う種類のネコ砂があるのだね。ちょっと高い。それにニェネントがうまく慣れて、<うんち>と<おしっこ>とを分けてやってくれればいいんだけれども(無理に分けなくてもいいけど、もう「失敗」はしないでもらいたい)。

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 さて、わたしはわたしで、借りているDVDを観てしまわないといけない。金曜には返却するので、あと火・水・木の三日しかない。ずっと家でDVDを観るという習慣から遠ざかっていたので、ちょっとした、「義務を伴った<お仕事>」という感じである。それでこの日は食事のあと、溝口監督の「赤線地帯」を観はじめたのだけれども、「ハッ!」と思ったらコックリコックリし始めていた。眠い。やっぱり寝よう。

 

 

[](47)中休みで、こんな曲などを。 (47)中休みで、こんな曲などを。を含むブックマーク

 ずっとヘタクソな翻訳を続けているAndy Robertsの批評文は、もう一回分ぐらい残っているのだけれども、ちょっとお休みして、特別にバンドの別の曲を聴きましょう。

 今、火星と地球が大接近していて、この7月31日の夜には最接近するということ。それだけ大きく明るく見えるわけですが、わたしは夜に外に出るということがほとんどないので、そんな火星のすがたも見られないでしょう。それで、インクレディブル・ストリング・バンドがそんな「明るい星」のことが歌詞に出て来る曲を聴きましょうか、ということです。
 曲は「Air」という曲で、今続けて書いている「The Hangman's Beautiful Daughter」に続いて、同じ1968年にリリースされた2枚組アルバム、「Wee Tam and the Big Huge」に収録されていたもの。作詞作曲はマイク・ヘロンで、マイクのギターとオルガン、ロビンのフルート、そしてローズとリコリスの清浄なコーラスが聴かれます。
 曲はいかにもマイク・ヘロンらしくもピュアな感性のあふれる美しい曲で、わたしも大好きな曲。まさに「Air(空気)」のことを歌った曲で、空気というものがわたしたち生命を育むというさまが、美しく歌われます。

      D

Breathing, all creatures are
Brighter than that brightest star
You are by far
You come right inside of me
Close as you can be
You kiss my blood
And my blood kiss me

息をしている、すべての生き物らは
あなたはあの、いちばん輝く星よりも輝いている
さらに遥かに輝いている
あなたはまっすぐにわたしの中に入ってくる
どこまでもわたしのそばに
あなたはわたしの血に口づけをする
そして、わたしの血はわたしに口づける

 むむむ、誰にでもわかる簡単な英語だけに、「詩」っぽく訳そうとすると難しい。わたしは、ロビンの書いた詩の方が訳しやすいと感じることが多い。


 

[]二〇一八年七月のおさらい 二〇一八年七月のおさらいを含むブックマーク

ダンス・演劇:
●少年王者舘「街ノ麦」原作:加藤千晶 天野天街:構成・演出 @上野・上野ストアハウス
●リオフェス2018 プロジェクト・ムー「SORA 私たちはどこから来たの? どこへ行くの?」岸田理生:原案 福田光一:脚本 大橋宏:演出 @新大久保・西戸山野外円形劇場
●「POP HEADS! 的 多目的室 ver.3」M Aria Abe:ディレクション @中野・桃園区民活動センター
●伊藤郁女「私は言葉を信じないので踊る」伊藤郁女:テキスト・演出・振付 伊藤郁女・伊藤博史:出演 @彩の国さいたま芸術劇場小ホール
●ダンスがみたい! 20「お題、土方巽『病める舞姫』伊藤キム」伊藤キム:振付/出演 @日暮里・d-倉庫

読書:
●「バルタザール」ロレンス・ダレル:作 高松雄一:訳
●「マウントオリーヴ」ロレンス・ダレル:著 高松雄一:訳
●「クレア」ロレンス・ダレル:著 高松雄一:訳
●「スタア誕生」金井美恵子:著
●「猫語の教科書」ポール・ギャリコ:著 スザンヌ・サース:写真 灰島かり:訳
●「ダロウェイ夫人」ヴァージニア・ウルフ:著 富田彬:訳


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■ 2018-07-30(Mon)

 このところニェネントのことを心配して、エアコンをつけっぱなしで仕事に出たりしていたのだけれども、どうもそれで帰宅してみると、この家の中でいっちばん冷気の届いていないだろうというスポット、和室の洋服ダンスの上のペットキャリーの中にいてばかり。「ひょっとしたらコイツ、暑さにめっぽう強いのではないのか? というか、暑いのが好きなのではないのか?」という疑惑がわく。それで今日、仕事に出るときはエアコンをつけないで出てみた。今日も暑いといえば暑くなりそうだけれども、先日の「ここはテルアビブか?」というような暑さにまではならないようだし、とにかくはテストである(まさか室内で、熱中症でくたばってしまうようなことはないだろう)。

 ‥‥それで、「いや〜、今日もけっこう暑いな〜」と思いながら12時半ぐらいに帰宅してみると、ニェネントくん、リヴィングの窓の近くで、ごろ〜んと寝そべっていたのであった。‥‥って、いちおう遮光カーテンはしてあるけれども、あなたの寝ていたところってさ、きっとこの室内でいっちばんのホットスポットだよ?! まいったな。どうやら本気で「お暑いのがお好き」なようだ。わかりました。あなたがそういうのが好きならば、もう出かけるときにエアコンをつけっぱなしになどいたしません。
 それで帰宅したわたしが(自分のために)エアコンをつけていると、そのうちにニェネントの姿が見えなくなり、「えっ、どこに行ったのよ?」と探してみると、和室の窓の下の、ベッドとの間のスペースに入りこんでいた。そこも窓の下で直射日光は来ないけど、やはりホットスポットである。このコ、本気で暑いのが好きなようである。

 このところ仕事に出るときにはいつも気になっていた、勤め先の近くのスズメの巣だけれども、今日通りかかってもあたりに親スズメの姿もなく、どうも(気配として)もう、先週のうちにヒナも巣立ちした感じがする。そうならばめでたいことだ。

 先週、ヴァージニア・ウルフの「ダロウェイ夫人」を読んだので、たしかウチには古い文庫本で「灯台へ」があったはずだと、朝仕事に出る前に本棚を眺めてみると、意外とすぐにその文庫本が見つかったので、今日からは通勤時間にはこの本を読む。これまたかなり古い翻訳で、初版は昭和三十一年に出たもので、タイトルも「燈台へ」と、旧字になっている。翻訳は中村佐喜子という人で、調べたらこの人の「赤毛のアン」の翻訳は「名訳」として評判が高かったらしい。この「燈台へ」も、読んでいてさぞかし原文はややっこしかったことだろうと想像もついたのだけれども、文章が美しい。先週の「ダロウェイ夫人」の富田彬訳より、わたしはずっとずっと、この人の訳が好きだ。
 しかしながら内容は、今のところ一筋縄では行かないというか、登場人物は多いし(主人公夫妻には8人も子どもがいるのだ!)、例の「意識の流れ」ですから、明確なストーリー展開があるわけでもない。けっこう難儀だ。

 今日は夕食に、トマトシチューをつくった。冷蔵庫を開けてみたら、タマネギもニンジンもジャガイモも、そこまでにストックがいっぱいあるわけでもなかった。なぜかこういった野菜類はストックがなくなると不安になる。トマトシチューはいつもの<安定した>味。これからしばらくはこのトマトシチューが続くけれども、冷蔵庫で保存して、冷たいままで食べてもきっとおいしいだろう。

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[](46)アルバム「The Hangman's Beautiful Daughter」(7) (46)アルバム「The Hangman's Beautiful Daughter」(7)を含むブックマーク

 その、ずっと続いている(難儀している)Andy Robertsという人のエッセイ、あともう少しあるのだけれども、いい加減疲れたので今日は中休み。考えてみたらこのアルバムを全曲聴いてみましょう、ということをやっていなかったので、今日はYouTubeからアルバム全曲を聴きましょう(途中に広告が入ってウザイのですが)。

      D

 曲目は以下の通り。

1. "Koeeoaddi There" 0:00
2. "The Minotaur's Song" 4:50
3. "Witches Hat" 8:12
4. "A Very Cellular Song" 10:48
5. "Mercy I Cry City" 24:02
6. "Waltz of the New Moon" 26:50
7. "The Water Song" 32:00
8. "Three Is a Green Crown" 34:54
9. "Swift As the Wind" 42:44
10. "Nightfall" 47:38


 

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■ 2018-07-29(Sun)

 パソコンの調子が、またかなり悪くなって来た。マウスカーソルというのか、とにかくマウスの位置の読み込みが止まったり、急に変な場所に飛んだりする。それでマウスを外してタッチパッドでやったりするのだが、これもタッチパッド下段の「読み込み」が効かなかったり、逆に効きっぱなしになってしまったりする。前から「もう限界か」というのをだましだまし使いつづけてきたけれども、もう本当に、買い直さなければならないという気配になってきた。ときどき、「次はiMacにしてみようかな?」などとも思うのだけれども、やはり今と同じMacBookがいいだろうか。パソコンを買うのはかんたんだけれども、やはり「初期設定」がイヤだな〜。いきなりMailの設定ができなかったりしたら、目も当てられない(あ、しばらくはこの古いパソコンと並行して使うようにすればいいのか)。

 台風は、西日本へ行ってしまった。その被害が心配だけれども、今のところ、そこまでの報道はされていない。このまま大きな被害がなければいいと思う。今日は日曜日で、わたしには「休息日」だ。昨日観た伊藤キムのダンスが良かったので、自分の中でその舞台を思い出し、反芻したりしながら、それでもぼんやりと過ごす。

 午後からは、先日借りたDVDの、「めぐりあう時間たち」を観る。家でDVD鑑賞なんてほんとうに久しぶりのことで、この日記でみてみると、何と、ゴールデンウィークの終わりに「乱れる」を観て以来のことになる。下手したら三ヶ月ぶりぐらいのこと。まさかDVDプレイヤーの操作を忘れてしまった、などということもなかったけれども。
 この映画は、やはりこの日記で調べてみるとちょうど十年前にDVDを借りて観ているようだけれども、そのときの感想は書かれていない。どうもその前に、映画館で公開されたときにも観ているような雰囲気もある。そのときは当然、この映画の重要な重要な背景になるヴァージニア・ウルフの「ダロウェイ夫人」を読んでなどいなかったから、今回は観て思うこともまるで異なるものになっているだろう。ああ、わたしの好きな女優さんのトニ・コレットも出演している。それで音楽はフィリップ・グラスなのだな。

 いちど最後まで観たのだけれども、観終えてからどうも、「もういちど観たい」という気もちが強くなり、やはりもういちど観てから、それから感想とかを書いてみようということにした。


 

 

[](45)アルバム「The Hangman's Beautiful Daughter」(6) (45)アルバム「The Hangman's Beautiful Daughter」(6)を含むブックマーク

 まだまだまだ続く、「Andy Roberts introduces The ISB's most influential album "The Hangman's Beautiful Daughter"」からの訳。

 じっさい、賛辞はもっと権威ある大手からも寄せられている。さらに、1968年3月のフェスティヴァル・ホールでのコンサートに触れた論評を続けよう。「The Financial Times」のアンソニー・ソーンクロフト(Anthony Thorncroft)は、そのコンサートとバンドとについて、鋭い考察を書いている。「インクレディブル・ストリング・バンドは、アート・スクール出身の連中の中ではもっとも、敬虔さというものに近いところにいるだろう。ある種の権威の判断で、もっと頑固な人々に持ち上げられた観客にも、その評判はまき散らされた。」(あなたはここで、マークやシド、そしてポール、そしてその他の観客らが、こっそりと、彼らの上着の下でメモを取っているところを想像できるだろう。*1)「ISBの繊細な持ち味が、変化して行くものかどうかはわからない。彼らはその神秘的な曲を、蝶のはかなさと共に、引き潮のように、水の流れのように作曲する。その歌詞は詩歌とナンセンスのとんでもない結合であり、その最も重要な源泉は東洋音楽と中世音楽である。仮に不信感と共にその音楽を聴きはじめても、そのあとには、ISBの魔法の世界は、現代に甦る最上級に無比の作曲家の登場と納得することになるだろう。

 むむ、前半の翻訳は0点ですね。読んでる人にも「意味不明」でしょう。これだけ訳すのに2時間かかってこのありさま、ちょっとイヤになっちゃいました。
 ‥‥しかしね、「蝶のはかなさと共に、引き潮のように、水の流れのように作曲する」って何ですかね。翻訳がヘタなのは承知してますが、原文は「They compose their own mystical songs around melodies which ebb and flow with butterfly brittleness」っすからね。


 

*1:ここで書かれている「マーク」とはマーク・ボラン、「シド」とはシド・バレット、そして「ポール」とはポール・マッカットニーのことだろう。いずれも当時、ISBのファンだった模様。

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■ 2018-07-28(Sat)

 台風が接近している。そのことはニュースで知っていた。朝目覚めると外で雨だれの音が聞えるのだが、ニュースで聞いていたような、いわゆる台風にともなう暴風雨というものではない。外を見ても雨はほぼ垂直に降っていて、つまり風はほとんどないようだし、雨量もそれほどでもないみたいだ。‥‥はたして、これから風雨が強まることになるのだろうか。今日は午前中はいつもの内科医へ行って「健康診断」を受けるし、夜は日暮里へ出かけて伊藤キムのダンス公演を観る予定なので、傘をさすのも困難な事態になると大変だ。その時間にはもう台風も関東から離れていると思うから大丈夫だろうとは思うが、風雨の強いところが台風の中心に近いところだけとも限らないから、ちょっと心配な朝。

 しかしながら「暑さ」とは程遠い気候で、過ごしやすいのはありがたいのだが、健康診断を受けるまでは「絶食」なのがつらい。朝は6時半には目覚めてしまったし、クリニックが開く9時まで、空腹でしょうがない。空腹をまぎらそうと風呂を沸かして入ったりして、何とかクリニックの開く時間になり家を出る。ほとんど傘も不要なぐらいの天候になっていた。
 ‥‥ま、「健康診断」といっても、やるのは身長体重測定、尿検査と血液検査、それと心電図検査ぐらいのもので、身長体重測定、尿検査以外は普段から定期的にやっていることばかりだ。身長も体重もいつもと変化なし!(身長に変化がないのは当たり前だ!) あと、オプションで大腸がん検査とか前立腺がん検査もあるようだったが、やらない(だいじょうぶか?)。

 待ち時間とか入れて一時間ぐらいかかり、ようやく終了して帰宅。腹へった〜、とにかく腹がへった(っていうか、尿検査、血液検査、心電図検査のどこに、<絶食>の必要があったんだろうか?)。絶食明けには何か豪華なものを用意しておけばよかったけれども、何もないのでいつものようにハムトースト。今日はハムトースト×2。

 昼間ベッドでゴロゴロしていると、ドアから誰かの「ピンポ〜ン」という音が。ま、だいたい普段ウチを訪れて来るのは宗教の勧誘とかマンションの売り込みとかロクなのが来ないので、放置しようと思ったけれども、「待てよ? ついに注文してあった<憲法9条Tシャツ>が届いたか?」と思い直してドアに出てみると、まさにその通り。やっと到着しましたか。それでは今夜はコレを着て出かけましょうか。

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 ゴロゴロしているうちに夕方になり、外の様子も落ち着いて「多少の雨」というところ。それでは出かけましょうか。ニェネントくん、お留守番をお願いいたしますね。
 ‥‥日暮里というのはですね、同じ常磐線だから近いのですよ。ちゃっちゃっという間に到着。もうほとんど、傘もいらない感じになっていた。けっこう早くに会場に到着したので、入場順の整理番号も7番。ロビーで待っていたら、えっと、知らないような方からあいさつされてしまった。あいさつを返したけれども、つまりわたしの記憶の欠落しているところでお会いした方なのだろう。こういうのが困るのですね。考えて思い出そうとがんばってみて、たしかにお会いしたことのある方だと、なんとか思い出すことが出来たけれども、お名前とかが思い出せない。なんて思っていたら、また別のわからない方からあいさつされてしまった。むむむむむ。話しかけられたりしたら困ってしまうのだけれども、(いいのか悪いのか)そういう事態には至らなかった。‥‥しかし、もうちょっと知っている方が来られているかと思っていたのだけれども、そういうわけでもなかったな。やはりこういうところにもダンス界のクラスタがはたらいているのだろうか。

 さて、その舞台の感想は下に書くとして(すっごい、良かった!)、あとは帰るだけ。帰りは日暮里からではなく、三河島駅まで歩いてから帰る。むむ、三河島への道はちょっと淋しい。

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 自宅駅まで戻り、この夜は駅前の「日高屋」で夜食をとることにした(しかしこのあたり、常磐線沿線は、どの駅前にも「日高屋」がある感じなのだ。いってみれば「ファミリーマート」か「日高屋」か、というところ)。今夜は前から気になっていた、「エビ辛つけ麺」というのを食べてみた。写真を撮り忘れたのでネットから絵を拾ったけれども、現物には麺の上にむき身のエビなど乗ってはいなかった。

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 ‥‥ま、いいんだけれども、わたしはつまり、こういう「エビ」の風味というのはちっとも好きではないということがわかった。60点。

 帰宅して、「ピンポ〜ン」とチャイムを押してドアを開けると、そこまでニェネントくんがお出迎えしてくれていた。ありがとありがと、お留守番ありがとうね〜。ということでこの日はおしまい。


 

 

[]ダンスがみたい! 20「お題、土方巽『病める舞姫』伊藤キム」伊藤キム:振付/出演 @日暮里・d-倉庫 ダンスがみたい! 20「お題、土方巽『病める舞姫』伊藤キム」伊藤キム:振付/出演 @日暮里・d-倉庫を含むブックマーク

 こうやってしばらくは、全部で7組のダンサー/振付家が、その土方巽の「病める舞姫」をテーマに舞われるという面白そうな企画で、しかしわたしはその「病める舞姫」は読んだこともない。

 いちおうわたしは、伊藤キム氏が立ち上げられた「フィジカルシアターカンパニーGERO」の旗揚げ公演は観ているのだけれども、実はこの記憶はすっかり消えてしまっている。むしろその前の松井周演出の「サンプル」の舞台に出演されていた伊藤キム氏、さらにその前の仙川での「JAZZ ART せんがわ」に出演されていた伊藤キム氏のパフォーマンスの方が、いくらかなりと記憶に残っているところがある。それで今日の公演、おそらくは「ことば」へのこだわりはあるのではないか、という予想みたいなものはあったけれども、それは一面で的中していたといっていいのか。

 客入れの段階で、舞台には黒地に白抜き文字で、おそらくはその「病める舞姫」のテキストが映されている(読んだことないからわからないけど、多分そうだ)。開演すると、下手のドアを模したところから伊藤キムが、「おじゃましま〜す」みたいに忍び込んで来る。ちょっと順番は忘れたけれども、その「部屋」を模した空間にはプリント紙が大量に置かれていて、伊藤キムはそのプリントを手に取って読むのだったか、それともその前から暗誦しはじめているのだったか、とにかくそれは「病める舞姫」のテキストであろう。彼は室内からそんなプリント紙を漁りはじめる。暗誦はどこまでも続く。よくある「三段ボックス」の裏側を頭でぶち破り、そこから顔を出したりもする。順番は忘れたが、いちど舞台は暗転し、そのあと彼は舞台下手に置かれていたギターを手にし、歌いはじめたりもする。置かれていた小型シュレッダーにそんなプリント紙をぶち込み、細断しようともする。そんなシュレッダーが絶妙のタイミングで「紙づまり」でストップしたり。
 暗くなった舞台の奥で彼は着ていたものをすべて脱ぎ、アイパッチまで外して黒いジャケットを着、「いかにも」というかつらをかぶり、素通しのメガネをかけて踊りはじめる。彼の顔をモンタージュした映像も投影される。どこか「狂気」を感じさせる、凄みのあるパフォーマンス。シュレッダーにかけられた紙片を舞台中にぶちまける。その衣裳もメガネもかつらも外して元の出で立ちにもどる。

 ‥‥わたしの読みでは、ここにはしっかりとしたストーリー展開があると思った。「土方巽の部屋」に忍び込んだ主人公が、部屋にある原稿で「病める舞姫」を読む。そのことは主人公に「変身<メタモルフォーシス>」を強いるだろう。それは「狂気」を孕んだものになるだろう。切り刻まれ、もみくちゃにされた土方の原稿は宙を舞い、世界を賛美するだろう。
 「ダンサー/舞踏家」としての経験、「フィジカルシアター」の経験、そして「演劇」への参加を経て、「身体表現」の様々な位相をこの舞台にまとめて提示し、そのことが土方巽へのみごとなオマージュとなっていたのではないのか。

 近年わたしは「ダンス/パフォーマンス」がわからない、という気もちが、どんな公演を観てもついてまわっていたのだけれども、わたしにはこの日の伊藤キムの「ダンス/パフォーマンス」はみごとなものと眼に映り、「これはすばらしい舞台ではないのか」と、久々に舞台から大きな感銘を受けたのだった。マーヴェラス!



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■ 2018-07-27(Fri)

 今朝も涼しい。台風は近づいているし、「酷暑」も終わったのだろうか? そして、今朝はニェネントが元気だ。「にゃ〜ん」となきながらリヴィングを突進し、テレビ台の上に跳び乗ってそこでUターンして台を跳び降り、和室の方へ走って行った。ニェネントの運動会だ。元気があってよろしい。

 今日は仕事の帰りにとなりの柏駅で降りて、ものすごく久しぶりにレンタルDVDの店に寄ってみた。昨日読み終えた「ダロウェイ夫人」のDVDを借りようと思ったのだけれども、残念なことに在庫していなかった(今はかんたんにその店の在庫を調べることが出来て、あれば、どのあたりに置いてあるかということも教えてくれるのだ)。代わりに、ヴァージニア・ウルフをモティーフにした作品で、「ダロウェイ夫人」も作品中で重要なモティーフになっている「めぐりあう時間たち」を借り、「もう一本」と、溝口健二監督の遺作「赤線地帯」と合わせて借りた。しばらくウチでDVDとかで映画を観ていないから、楽しみといえば楽しみだ。

 今日は昼になってもそこまで暑くはなく、過ごしやすい日になった。いや、台風が接近して来ているのだ。どうやらこのあたりの真上を通過するという、(わたしにとって)最悪のコースは取らないようだけれども、伊豆大島あたりで進路をぐ〜んと西に取り、先日の豪雨で被害の大きかったあたりをダイレクトに直撃しそう。大きな被害が出なければいいのだが。って、その台風が関東に接近する明日の夜は、わたしもお出かけする予定になっている。どうかドイヒーなことになりませんように。
 ところでそれで、報道に明朝(未明)には「皆既月食」が見られるよー、とかいってるのだけれども、台風の接近したこの天候で、見られるわけないじゃないかよー、とは思う。

 それで今日はまだ好天。実はちょっと北にあるペットショップ(前にいちど行ったことがある)に、ニェネントのトイレを見に行こうかと思っている。というのも、ニェネントがずっと「あたし専用のトイレが欲しい!」と、人間のトイレを使わなくなってしまっていて(今まではずっと、わたしと共用していたのだが、わたしがそのトイレを使っているのを見て、怒ってしまったのだ)、ときどき変なところでおしっこをしてしまう。ちゃんとペット用トイレはひとつあるのだが、そっちはうんち専用で、そこではおしっこはしない。だからもうひとつ、おしっこ専用のトイレが欲しいのだ。今どうしてるかというと、バケツに水を入れてニェネントが乗ってもひっくり返らないようにして、それをニェネントの「おしっこ用トイレ」にしているのだ。‥‥むむむ、ニェネントはちゃんとこのトイレを使ってくれているけれども、あまり推奨出来るやり方ではない。それでやはり「もうひとつ、ペット用のトイレを」ということである。それで、「この近所にペット用品を扱う店はあるだろうか?」と調べてみると、意外とこの一帯では唯一ともいえるペットショップが、その店だったのだ。夕方から買い物がてら、寄ってみることにした。
 意外と、こうやって近隣に買い物に出かけるのはけっこう久しぶりのことなのだけれども、店内に入って商品を見てまわっても、何を見ても「今は買わなくっていいや」気分でスルーしてしまう。ま、今は冷蔵庫にそれなりに基本野菜類のストックはあるし、冷凍庫には餃子もあるし、肉類もいっぱい凍っている。じっさい、しばらくは今のストックだけでしのいで行けるし、多少はストックを整理したいという気もちもある。好物の「やきとり」とか、ほんのちょっとだけ買い物して外に出る。それで、けっこう近くにあるペットショップに行ってみると、あらあら、シャッターが降りていたのであった。別に閉店してしまったようではないようなので、また出直して来よう。

 

 

[](44)アルバム「The Hangman's Beautiful Daughter」(5) (44)アルバム「The Hangman's Beautiful Daughter」(5)を含むブックマーク

 まだまだ続く、「Andy Roberts introduces The ISB's most influential album "The Hangman's Beautiful Daughter"」からの訳。長いのだ。しかも、この英語がややっこしい。文章は前回から続いています。

 「A Very Cellular Song」が、ここでの適切な例になるだろう。ヘロンはしばしば、この曲がLSD体験と深く結びついていたことをほのめかしている(わたしたちがこの問題を解決していないがごとくに)。‥‥彼は私にこう語った。「あれらすべては、<トリップ>だったんだ。それはわたしが当時聴いていた音楽、ラジオ4で拡散されていた音楽、ちょっとばかりの演劇、人々が互いに話していたことだった。そしてわたしは曲をつくりはじめる前に、偶然Pinder Familyの<Bid You Goodnight>を聴いていたのだった。」
 バハマのPinder Familyは、「A Very Cellular Song」の中の"Bid You Goodnight"のパートのオリジナルを演っていた。それは雑学的な調査では、グレイトフル・デッドのライヴのエンディングでもしばしば演奏されていたということだ。曲の終盤の"long time sunshine"の部分は、「On That Day」という、伝統的なシーク教の霊歌からの引用である。

 現代の批評も、この風変わりなアルバムをほぼ全面的に賞賛している。そして批評家たちはこの音楽について、彼らが望んだとき、説明できるのだということを書こうとする。「Sunday Times」のデレク・ジュエル(Derek Jewell)は、68年の3月にアルバム「Hangman」の製作に感銘を受け、次のように書いている。「見せかけだけの詩、偽の神秘主義が今、ポピュラー・ミュージックの周辺にまとわりついている。しかし、インクレディブル・ストリング・バンドは、そんなまがいものではない。彼らの作品は説得力があり、それぞれの演奏でもたらされた、特異なまでに美しいものである。」
 「The Observer」のロビン・デンセロー(Robin Denselow)は書く:「ビートルズの<Sgt. Pepper>と共に、この数年にイギリスで製作されたもっとも重要なレコードになるだろう。」
 「Melody Maker」はその試聴記事を、次のように始める:「クリーム(Cream)の詩を書いている詩人のピート・ブラウン(Pete Brown)は<Hangman>を聴いて、これはローリング・ストーンズがやろうとしていたことではないのか、と言った」と。
 彼は正しかった。ストーンズの「Satanic Majesties Request」で、あなたはまさに「Hangman」的な音を聴けるだろう。しかし、ストーンズの誇大宣伝的な<邪悪な力>というものは(あなたは、"Satan"というのはもともとは"Stan"で、(キノコによって)頭のおかしくなった写本家が"a"を付け加えたのだ、ということを知っているだろうか?*1)、インクレディブル・ストリング・バンドが「Hangman」にインプットした、より奥深い原典とは比べるべきもないものであろう。
 ふたたびロビン・デンセロー:「その全体を理解しようとすれば、これらの曲は存在することの驚異、その不可思議を訴えるものであり、時に神秘論、時にこの生命にあふれた森羅万象への汎神論であろう。いくつもの見方から、それはワーズワース的ロマン主義であり、原初の自然、原初の想像力であり、そして都市生活に対抗するものである。それはこうして生きていることへの畏怖の表現であり、あらわれるすべてのものと関わる有機体の感覚のことであり、それは時折、宗教的な意見にも近接するだろう。」

 ‥‥ま、ストーンズの「Satanic Majesties Request」と比されてしまうあたりで(たとえその優劣は明らかだと書いても)、いま現在このアルバムが過小評価されているところのアレがあるのかもしれない。前回書かれていたような、「サイケデリック文化」への現在の過小評価というのもあるだろうけれども、ここで書かれている「ワーズワース的ロマン主義」などという評は重要というか、わたしはいつも、このバンドの「詩」にはイギリス詩の伝統、伝承歌の詩からウィリアム・ブレイクの詩、そしてワーズワースへと連なるものがあるだろうと思っているわけで、そういう「詩」としてのすばらしさを、フォークとかロックとかのジャンルで表出し得たミュージシャンとして、やはりこのバンドは(たとえ<宗教>に帰依したとしても)重要なものだと思っている。ということです。まだまだ続きます。


 

*1:‥‥だからどうだというのか。「キノコで頭がおかしくなった」というのと、ストーンズのマッシュルーム・ヘアをリンクさせようとしてるのか、どうでもいいような、意味不明のコメントであります。

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■ 2018-07-26(Thu)

 先日勤め先で「図書カード」をいただいて、「こ、こ、これがこの夏のボーナスなんだろうか‥‥」とは思ったけれどもありがたくちょうだいいたしまして、それで「美術手帖」を買った。今月号は現在形のダンスや演劇も視野に入れた「ポスト・パフォーマンス」の特集で、知人が執筆していたり知人が載っていたり、前から「今月号は買おうかな」とは思っていたもの。

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 しかし、「美術手帖」を(古本とかではなく)買うのはいったいいつ以来のことになるのか、もう前に買ったことを思い出すことも出来ない(まだ「BT」とかだった頃だろう)。パラパラとめくって斜め読みしてみて、パフォーマンスというジャンルは<まったく新しい概念>が出て来たというのでもなく、つまりは「今はこういう新しい作家がこういうことをやって注目されている」みたいに、「現在形」の紹介というところで、わたしの了解している「パフォーマンス」観から逸脱、変化しているわけでもないようで、読んで「それはわからない」ということはないようだ。
 ま、<現代美術>というものはしばらく観ることから遠ざかってしまうと「何がどうなってるのかわからない」状態になるのではないのか、というわたしの中での「思い込み(危惧)」みたいなものがあって、そのことが自分の内部に<現代美術>=<わからない>というような保守的な芯(コア)を形成して行くのだろう。それは「老人」への歩みの一歩、ではないのか(今の現在形のロックとか音楽のことは、それこそ「何がどうなってるのかわからない」のですが)。とにかくはこの「美術手帖」を読もう。

 昨日大崎の美術館で入手した美術展のチラシで、八王子でエドワード・ゴーリーの展覧会をやっていることを知り、行きたいと思うのだった。でも、八王子は遠い。「遠い」のなら、佐倉でやっているブリジット・ライリー展、そして水戸でやっている内藤礼展にも行きたいところ。水戸にはしばらく行っていないし、この常磐線をどこまでも乗って行くと水戸に行っちゃうわけだから、いちど久しぶりに水戸には行ってみたいと思う。しかし、その「水戸芸術館」のサイトをウチのパソコンで見ようとすると、「接続が安全ではありません」とのメッセージが出て、見ることが出来ないのだなー。

 今朝も、曇天で涼しかった(っていうか、これが「平年」の暑さ、なのかもしれないが)。もうこのくらいの気温ならば、ニェネントにエアコンをつけておいてあげる必要もないと思う。出勤する時間になって外に出ると、ぽちぽちと雨も降り出しているみたいだったが、その雨はそれ以上降りつづくこともなかった。
 飯田橋の駅に着くと、このところ毎日のように信号のそばのスズメの巣が気にかかるのだけれども、今朝はその巣のすぐそばに、親スズメがいるのが見られた。<見張り>をしてるのだろうか。‥‥写真を撮ったのだけれども、今回もまたヘタクソな写真になってしまった(親スズメがうしろの電線と重なってわかりにくい)。それで、「巣」の位置もわかるようにキャプションを入れてみたら、こんなになってしまった(ははは‥‥)。

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 仕事を終えて帰宅すると、やはりニェネントは洋服ダンスの上のキャリーの中だった。「わたしがいないあいだは<お休み時間>」としているのだろうけれども、やはりただ、寂しい思いをしていなければいいと思う。とにかくはわたしがリヴィングでくつろぎはじめると洋服ダンスから降りてきて、リヴィングで「ぐたー」っとしている感じ。このところ、ちょっとばかし元気がないようなのが気にかかる。ま、ニェネントが元気に見えるのはつまりは<発情期>のときだから、普段はおとなしくって、こんなものだったかもしれない。

 テレビのニュースで、この週末には台風が関東地方を直撃するみたいなことをいっている。「猛暑」のあとは「台風」。かんにんして下さいよ、という感じである。しかも今度の台風はコースを急旋回させて、先日豪雨に見舞われた西日本の方にも向かってしまいそうだ。これ以上被害が出ないといいのだけれども。

 

 

[]「ダロウェイ夫人」ヴァージニア・ウルフ:著 富田彬:訳 「ダロウェイ夫人」ヴァージニア・ウルフ:著 富田彬:訳を含むブックマーク

     

ダロウェイ夫人 (角川文庫)

ダロウェイ夫人 (角川文庫)

 古書量販チェーン店で108円で買った、角川文庫版。奥付をみると「平成十五年初版発行」となってるけれども、この翻訳はすでに昭和三十年に刊行されていた「おおむかし」のもので、この平成十五年版はつまり、その昭和三十年版の「旧字旧仮名遣い」を新字体、現代仮名遣いに改めたものらしい。これはおそらくその平成十五年だかに映画としてこの「ダロウェイ夫人」が公開されたもので、それに合わせて刊行したという、いかにもカドカワらしい商法だろうと思ったのだが、調べると映画の「ダロウェイ夫人」が日本で公開されたのは平成十年で、あら、ちょっとタイミングが合わなかったのね、という感じ。

 翻訳の富田彬という人は、この時代にジェーン・オースティンとかメルヴィルとかを翻訳されていたらしくて、英文学研究の先駆者の一人であらせられるらしい。
 ‥‥しかしですね。どうも、わたしの読んだ感じではこの文章はあまりに「直訳」すぎるのではないかという印象があり、つまりきっと、ヴァージニア・ウルフの原文はこのように詩的に飛躍のある文章だったのだろうとは思うのだけれども、日本語として意味のつかめないところがいろいろとある。研究書的な性格を持つ翻訳ならばきっと、いろいろと注釈をつけて、ヴァージニア・ウルフの思索のあとを追うような研究〜翻訳があってもいいように思うけれども、これは「文庫本」で、そういう踏み込んだ研究書的な翻訳ではないので、ストレートに訳文を読んで解釈して下さい、というスタンスではある。そうすると読んでいて、つまりこの翻訳はヴァージニア・ウルフの意識の解釈としての訳文ではなく、例えば学生に「この英文を翻訳してみなさい」と翻訳させた、その「模範翻訳」みたいに思えてしまうのである。そこにはつまり、その文章を書いたヴァージニア・ウルフの「意識の流れ」(この小説はそもそも、登場人物の「意識の流れ」を追った小説なのだけれども)が読み取れないような気がした。
 これは最近わたしがものすごく拙い翻訳作業というものをやっているから感じるところもあると思うのだけれども、この原書の翻訳も今は何種類も出ているので、他の翻訳も読んでみなければ何ともいえない。とにかく今は、他の翻訳も読み比べてみたいという気もちでいる。

 さてこの小説、一面平凡な女性であるところの、国会議員の夫人であるダロウェイ夫人が夜にパーティーを開くという一日に、彼女が出会うさまざまな人々、それは彼女の幼なじみであったり、結婚をも考えた元の恋人であったり、彼女の娘やその家庭教師たちだったりするのだけれども、それらの人々と会ったときに彼女の中で沸き起こる意識、その相手側の人々の内面の意識を追い、さらにそんなダロウェイ夫人の「サークル」とは無関係の、第一次世界大戦で心に傷を負って帰還したセプティマスという男と、その妻のルクレチアとの内面を並行させ、ラストにはそのセプティマスとダロウェイ夫人とが微妙なかたちで交差する(セプティマスはそのときは自殺してしまっている)。

 まず読んだ感じで、ヒロインのダロウェイ夫人とそのサークルの人物らは、そこまでに強烈な個性を持っているわけでもなく、「そういうの、あるよね」というような、ある意味平凡な人々でもあるのだけれども(ドイツ人の家庭教師のダロウェイ夫人への「反目」とかがちょっと面白いのだけれども)、やはりその、セプティマスという、今でいえば明らかにPTSDを患っている男と、そんな夫を愛して、どこまでも愛しつづけようとするルクレチアという女性との描写にこそ惹き込まれ、わたしの感想ではこの小説の魅力はまさに、このセプティマスとルクレチアによってこそ、成り立っていると感じられるものだった。
 例えば、次の独白はセプティマスによるものだろうが。

 こんな世界に子供を産み出すわけにはいかない。苦悩を永続させるわけにはいかない、喜怒哀楽がさだまらず、ただ気まぐれと虚栄の煙を、その時その時であちらへこちらへと渦巻かせる、この好色な動物の子孫を、繁殖させるわけにはいかない。

 そして小説の終盤で、その自殺した男(セプティマス)の話を聞いたダロウェイ夫人は、自分の中にもあった「死」への衝動を理解し、反芻するのである。

 やはり、別の翻訳でもういちど読んでみたいし、この「意識の流れ」を書きとめることに腐心した小説を、映画ではどのように演出したのか、その映画版も観てみたいと思うのだった。


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■ 2018-07-25(Wed) このエントリーを含むブックマーク

 あっ! 今日は目覚めると外は曇っていて、暑くない。こんなことは久しぶりのこと! まあどうせそのうちに日が照って、昨日までのように「酷暑」になるのだろうけれども、とにかくはこうやって出勤のときに少しでも涼しいのはうれしい。エアコン効かせてもエアコンから逃れてしまって、「そこって、部屋中でいちばん暑いところでないの?」というところに避難しているニェネントのためにも(?)もうエアコンをつけっぱなしで家を出るのはやめようか、などと思ってしまう(いちおう、エアコンはつけて出たが)。

 それで仕事から帰宅するとやはり、ニェネントは和室の洋服ダンスの上で丸くなっているわけで、まさか「冷房が効きすぎで寒いんですけどー」ということもないと思うのだけれども、わたしが家に帰ると陽射しの強い出窓のところに上がってまどろんだりしてるし、けっこう「暑さ」はそんなに気にしていないのかもしれない。

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 今日は夕方に、(前の日に書いたように)大崎の美術館で開催中の展覧会にDさんが出品しているのを観に行く。夕方に家を出ることにしてそれまではフリータイムで、棚から久しぶりにケイト・ブッシュのアルバムを取り出して聴きはじめると、それまでリヴィングにいたニェネントが和室の方に行ってしまった。またいつもの「避難スポット」の洋服ダンスの上だ。それで、聴いていたケイト・ブッシュが終わると、ニェネントはのそのそとリヴィングへと戻って来るのだった。‥‥むむ、さてはニェネントくん、きみはケイト・ブッシュがきらいなのだな。というかまちがいなくきらいなのだろう。って、ケイト・ブッシュのあの声のことを思うと、その気分がわからないでもないと思うのだった。

 4時ごろに家を出て、5時半ぐらいに大崎駅着。意外とすぐに、美術館の外でDさんと遭遇。美術館へ行き、静かで涼しい快適な環境の中で、ゆっくりといろいろな作家の作品を鑑賞して楽しんだ。
 この展覧会は「日本画」、そして「漆」を表現手法として選ばれた作家の集団による展覧会「座の会」で、今年で7回目になる(おそらくわたしはそのほぼすべてを観ていると思うのだけれども、古いところは記憶にない)。Dさん(隠してもしょうがない、亀井三千代さんである)はもうずっと、「春画」をインスピレーション源として独特の世界を構築されていて、近年いろいろな書籍や雑誌で紹介される機会も多くなっていて、つまりまさに今飛翔されようとしている日本画家。彼女はわたしの「crosstalk」に参加していただいた作家さんで、それ以来の交友ではあります。
 今回のDさんの展示は小品1点を含む3点の新作の展示で、わたしは近年の彼女の作品の中でも特に、今回出品された作品が気に入ってしまった。抑えられた色彩、墨の濃淡の中に奥行きが感じられ、それはどこか奇観をみせる秘境の風景のようにも見えるのだが、しかしそれはまさに「春画」から、そして人体の重なりから生み出された<景色>なのだ。美しく繊細で、そして大胆。

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 あと、漆の作家さんの作品で、とっても気に入ってしまった作品もあったのだけれども、トータルなイメージでは保守的というか、わたし的には「どうかな?」というような印象の展覧会ではあった。

 美術館は6時半に閉館となり、Dさんと近くの居酒屋(去年も来た居酒屋だった)へ行く。この夜はそれほどまでの暑さでもないせいか、とても混み合っている。いろいろと話をして、たとえばこういうオフィス街の中にあるギャラリー(美術館)に立ち寄るサラリーマン客の中に「あぶない」人(つまり、しつっこく連絡を取ってくる男!)がいる話とか、グループ展の困難さとか。わたしはこの2ヶ月ぐらい、かつて「crosstalk」に参加してくれた人たちに連続して会っているわけで、そういう話から、その「crosstalk」の話、参加してくれた作家さんらの(わたしの知らない)話などを聞く。もちろんわたしは当事者だからDさんの知らないような<裏話>はいっぱいあるわけで、そういう話をしたら、「そういうのは、まとめて書き残しておくべきだ」みたいにいわれて、考えたらそういうのも面白そうだな、などという気にはなってしまうのだった。

 けっこう会話は盛り上がったけれども9時過ぎには<お開き>にして、品川まではご一緒して、そこでDさんとお別れした。わたしはお茶の水に出るか西日暮里に出るかして千代田線に乗り換えるつもりだったのだけれども、東京駅に着いたところで、「ここから大手町駅まで歩いて千代田線に乗り換えてもいいよな」と思ってしまい、その、さっぱりわからない道に踏み出してしまったのだ。‥‥むむ、誰もいない。

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 歩いていると、あの「都心型高級スーパーマーケット」というイメージもある「成城石井」の店があったので、ちょっと空腹気味でもあったし、中に入ってみるとお弁当が半額になっていたので、「これはいいや」と、買って帰るのだった。
 なんとか千代田線への乗り換え口も見つかり、あとは電車に乗ってまっすぐ帰るだけ。それで帰宅して、寄って来たニェネントに「帰ったよ〜」とあいさつしてなでてやり、その「成城石井」弁当を食べたのだが、これが意外とまるでおいしくなくって、かなり「がっかり」気分で寝るのだった。

 

 

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■ 2018-07-24(Tue)

 この頃は毎日、飯田橋の信号機のそばで巣作りしているスズメのことが気にかかるのだけれども、今朝は、その巣のすぐそばで<監視>しているらしい親スズメの姿を見ることができた。ヒナのスズメの姿はわからなかったけれども、まだ巣の中にいるのだろう。この暑さ、大丈夫なんだろうか?(写真がヘタなので、スズメの姿がわかりにくいだろうけれども、「飛んで行ってしまわないうちに早く写真撮ろう」と、あせってるもので)

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 今日もやはり「酷暑」。わたしは毎朝6時半から仕事で、その仕事はまずはビルの7階から1階まで巡回するのだけれども、夜のあいだ冷房も切られていて、まだ冷房の入っていない建物の中は熱気にあふれていて、各階でエレヴェーターから降りるたびに「ムッ」とくる空気におそわれて、まだ「早朝」だというのに、ひとり熱中症で倒れ込んでしまいそうになる(この時間帯を過ぎると、冷房が入れられていちおうは快適になるのだが)。

 それでへろへろになって自宅に戻り、ドアを開けると冷房が効いていて、生き返った気分になる。しかしやはりニェネントの「お出迎え」はなく、やはり和室の洋服ダンスの上にいるのだ。別にからだの具合が悪いとかそういうのではないようで、わたしが帰ってリヴィングでくつろいでいると、すぐにリヴィングに姿を見せてくれる。‥‥ひょっとしたら、部屋に誰もいなくなるので寂しい思いをしていたのかもしれない。ま、「睡眠時間」をそこにあててくれるといいのだけれども。

 明日は大崎に出かけてDさんの出品している展覧会を観て、そのあとDさんと飲む予定なのだけれども、実は明日は早稲田の方でも、室伏鴻さんがらみの映像の上映会、そのあとはEさんのトークなどが予定されていることを知り、前からその早稲田のスポットにはいちど行きたいと思っていて、ディレクター(というのか)のFさんにも「きっと行きますから」と言ってあるのにそのままになっていて申しわけないし、ま、こういうバッティングというのはいつもあることだけれども、残念な気もち。

 何だか、自民党の杉田水脈とかいう議員が「LGBTのカップルは生産性がない(つまり子どもをつくらない)から、税金を投入して援助することはない」ということを新潮社の雑誌に書いたらしくて問題になっている。それがその後、あの自民党のあの二階幹事長が杉田氏の発言を、「人それぞれの人生観がある」からと、問題にはならないとしたということ。って、「人それぞれの人生観がある」からこそ、LGBTの人たちも日本国民として、その人生観で「権利」を求めているのではないかと思うのだが。例えば今の日本は、例えば胸に「9」とか書いてあるTシャツ(いわゆる「憲法9条Tシャツ」で、わたしも注文してある)を着て国会を傍受しようとすると排除されるわけで、つまり「人それぞれの人生観」なんて、まるで容認されてはいない。それがまるでナチスまがいの意見を国会議員が述べても容認される。これが今の<日本>という国で、しばらく前に麻生太郎が「ナチスには学ぶべき点がある」と、ついついホンネを語ってしまった<裏の政策>が、着実に遂行されて行こうとしているのである。
 それでそういう「生産性(イヤな言葉だ)」ということから、国民の現状も知らずに「産めよ増やせよ」と、「それっていつの時代の標語だったっけ?」みたいなことを言うのも自民党で、アレだよ、そのうちに年金が支給される年齢になっても未婚だったりとか、夫婦でも子どもがいなかったりしたら、「年金支給しませんよ」なんて言い出すのかもしれない。いわゆる「福祉手当」とかも、「将来の生産性を考えれば意味がない」とかいって、打ち切られるのではないのか。そういう国に、今の日本は成っていこうとしているように思える。

 

 

[](43)アルバム「The Hangman's Beautiful Daughter」(4) (43)アルバム「The Hangman's Beautiful Daughter」(4)を含むブックマーク

 また、「Andy Roberts introduces The ISB's most influential album "The Hangman's Beautiful Daughter"」から続きを訳してみます。

 「Hangman」は、しばしば「アシッド・アルバム」とみなされる。ロビン・ウィリアムソンが、そのときには幻覚剤はもうやめていたと主張してもなお。
 「‥‥あのときまでには、わたしは多分もうドラッグはやめていたんだ。あのときに実際、(自分たちのまわりで)どんなことが進行していたのか、わたしはもうドラッグに興味を失っていたんだ。」
 それでも確かに、あの時期にはいったい(世間では)何が進行していたのかということだろう、そして、事実「ドラッグ」が使われていたかどうかに関わらず、インクレディブル・ストリング・バンドはサイケデリックな、時間を超越したようなライフスタイルを送っていたとみなされていた。
 じっさいのところ、「Hangman」が幻覚剤の影響化で製作されていようがいまいが、それは大した問題ではなく、ただその視点はあなたの「生活視点」、そして「ドラッグ」への見方から導き出されるものであり、大部分はどうでもいいことでもある。それでも、当時の彼らの存在、そして彼らの影響力は無視することは出来ないだろう。
 当時の、そんな「サイケデリック」に基礎を置いたミュージシャンらは、その面をいくらかは軽視しようとし、ちょっときまりの悪い後知恵によってか、そんな自分たちの過去を後の世代から隠そうとした。リスナーであろうがアーティストであろうが、「サイケデリック」というものから与えられる「迷宮」に誘い込まれるということは、「個人的な選択」であったろう。「ユーモア」と「畏怖」はその「鍵」であったろうし、今でもそうだろう。わたしはそう思う。

 ここね、中盤から後半の英語原文がすっごい複雑な構文(ぜったい日常会話では使わない構文)になっていて、まるで試験を受けているみたいな感じ。むっずかし〜、わっかんね〜よ! 多分「誤訳」してますね。
 今日訳したところは、このライターの「サイケデリック」感の説明で終わってますが、興味深い指摘もある。それは当時の「サイケデリック」な空気を「恥ずかしいもの」とする今の価値感への指摘で、例えば前にも書いた、映画「パイレーツ・ロック」の中で、DJがインクレディブル・ストリング・バンドのひとつ前の作品、「5000 Spirits」を、「こんなもの!」とばかりに海に投げ捨てるという、時代背景を無視したシーンにもあらわれているだろうか。


 

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■ 2018-07-23(Mon)

 って、いつまで続くのかこの「猛暑」。飯田橋のスズメが心配にはなるのだけれども、今日はその姿をみることはできなかった。まだ「巣」の奥にいるのか、それともこの週末にめでたく巣立ってくれたのか、どうだろう。このところ、このことがいちばんの心配だ。
 それでそうやって、早朝に飯田橋の道を歩いていると、けっこう舗道にセミの死骸が見受けられたりする。‥‥地上に出たセミの寿命は短い。無事に伴侶をみつけて、子孫を残してくれていればいいが。

 仕事で外に出るのはしょうがないが、この暑さではそれ以外では出来るだけ外出などしたくはない。今日は買い物で「もやし」と「豆腐」とを買っておきたいのだけれども、いちど帰宅したあとに買い物に出るのがイヤだ。それで、「多少高くてもいい」という気もちで、仕事から帰宅する前に、駅の南側の小さなスーパーに寄って買い物することにした。このスーパーは農家直営か何かで、野菜類はすっげえ安かったりするのだけれども、それ以外の品の価格はいまいちお安くないという印象。入ってみて棚を見て、まずは「もやし」を探す。むむ、一袋48円! それは高い。いつも買い物に行くスーパーならば19円、時には10円になったりするというのに、高すぎる。というか、この価格ならコンビニの方が安いではないか。それで、次は「豆腐」。こ、こ、こ、これまた一丁150円という、べらぼうな値段だ。いったいどんな高級豆腐なのか。これもコンビニの方が安い。バナナだけ、一房100円と書かれていたので、これだけ買って帰ることにした。ところが、レジに持って行くと、「129円です」といわれてしまった。「え〜っ! ちがうじゃん!」とは思ったけれども、もう帰り道ですっかり疲れていて、「100円って書いてありましたけど」とクレームをつける元気もなく、そのまま支払って店を出てしまった。ま、大きなバナナだったからいいや、と、自分をごまかす。

 そのまま家への道を歩いて、途中のコンビニに立ち寄る。ほら、もやしは38円じゃないか。ほらほら、豆腐も118円じゃないか。‥‥コンビニよりも高いスーパーなんて、ダメですよ、などとは思うのだった(ま、安い品もあるから利用することもあると思うけれども)。

 家に帰ってドアを開けると涼しい。しかしニェネントの姿が見えない。「いったいどこにいるのよ」と探してみたら、冷房の効いているリヴィングではなく、和室の洋服ダンスの上に置いてあるキャリーの中にいやがった。「なんだよ、せっかく冷房効かしてるのに」とは思うけれども、家中のドアは開けっ放しにしてあるから、和室だって少しは冷えてるだろう。でもしかし、冷たい空気のいちばん行かない、部屋の中でもいちばん高いところでお休みとはね〜。あんた、本当はちっとも「暑い!」なんて感じてないのかね。もう、冷房切っちゃうぞ!

 さて、あんまり書いてもしょうがないことをまた書きますが、先日、病気のネコを放置して死なせた飼い主から妙なコメントが寄せられ、それを読んで「一人暮らしでネコを飼うのはやめた方がいいのかな?」と思われる方もいらっしゃるかも知れないので、そのあたりをフォローしておきます。ぜひ、次のリンク先を読んで下さい。‥‥あんなコメント、消去してしまえばいいのだけれども、コメント主のあまりの「愚かさ」の記念として、残しておくことにいたしました。

 猫を一人暮らしの独身男性が飼う方法は?留守番できる?結婚したら?

 ここにも書かれているように、狭い部屋でも最低限のネコのスペース(トイレ、寝る場所)を確保し、「高さ」の問題を解決することが大事。「キャットタワー」はぜひ入手しましょう。そして、普段仕事で家にいないことが多ければ、休日などは目いっぱいネコと遊んであげること。プライヴェートな時間は少なからず、ネコのために使ってあげるべき。そしてもちろん、ネコが具合が悪くなったら動物病院に連れて行くこと。このために仕事を休むという覚悟はぜったいに必要です(これらのことは、その「病気のネコを放置して死なせた飼い主」が、どれひとつとしてクリア出来なかったことでしょうが)。

 ここからリンクされている、以下のサイトも読んで下さい。

 猫を飼うのは大変?後悔しないために知っておきたい5つのデメリット

簡単に言えば、猫を飼って幸せな人とは、「猫のために自分を犠牲にできる人」なんです。

 ‥‥こんなことは当たり前のことで、だからこそ飼いはじめたネコへの責任を果たさず、口では「オレはネコが好きだ」といいながら、両手でそのネコの首を絞めるような人物のことは許せない。

 ま、わたしもあんまり「爪切り」やってあげないし、「歯磨き」などいちどもやってあげたことはありませんが(こんなことを書くと、またあの方が「恐ろしい虐待だな」とコメントを寄せてくるかもしれませんね。注視しましょう)。

 

 

[](42)アルバム「The Hangman's Beautiful Daughter」(3) (42)アルバム「The Hangman's Beautiful Daughter」(3)を含むブックマーク

 先日初紹介した本「Dream The World Alive ~An Incredible String Band Compendium」の中の「Andy Roberts introduces The ISB's most influential album "The Hangman's Beautiful Daughter"」から、その先を訳してみます。

 ロビンはかつて「Hangman」のことを「冬のアルバム」と説明したことがある。アルバム・ジャケットのオリジナルのフロント面では、ロビンとマイクが分厚い冬の衣服を着て、バルモア近郊の雪積もる荒れ地で、冷たい青空を背景に立っているのが見られる。ジャケット裏面の写真では、雑木林の中の彼らのコミューンの姿が捉えられている。マイクの新しいガールフレンドのローズ・シンプソン、そしてリコリス、ロビンの飼い犬のリーフ、彼らの二人の友だち〜一人は鎖を手にするロジャー・マーシャル、もう一人はニッキー・ウォルトン。そして、風変わりな帽子を被った、当惑したような表情の(マリー・スチュワートのところの)子どもたち。この写真からは強く、当時60年代のカウンター・カルチャーの共同体の価値体系の発露が見てとれる。それまで、ミュージシャンの写真とは、彼らの社会的環境からは完全に切り離されて撮られていたのだが。
 もうひとつ別の、このアルバムのジャケット・デザインで目新しかったことは、曲名リストを含め、そこにまったく何の表記もなかったことだ。*1しかしジャケットの中には「歌詞カード」が封入されていて、それはひょっとしたら世界はまだ「Koeeoaddi There」とか「Three Is a Green Crown」という曲タイトルを迎え入れる準備が出来ていなかったから、とも感じさせる。

 ‥‥まだまだ、その音楽面へのアプローチにはたどり着かないけれども、ま、ぼちぼち行きましょう。ここで書かれている「歌詞カード」の封入の件は、ま、彼らが初めてやったわけではなく、ビートルズが「サージャント・ペッパーズ」とかで先行してやってはいるわけです(このあたり、「歌詞カード」の歴史というものを調べても面白いかも)。
 それで、「Koeeoaddi There」のことはちょっと置いておいて、前に先立って「Three Is a Green Crown」という曲を紹介したときに、「この謎のタイトルのことはちょっと書いておいた方がいいかな?」とは(少し)思っていたわけで、でもわたしもわかんないからいいか!とスルーしたところもありまして。ただまあ、直訳すれば「数字の<3>は緑の王冠」みたいな意味になると思うのだけれども、曲を聴いても、そのタイトルの解釈に結びつくようなことは歌われていないわけ。ただ、確かではないのだけれども、「Green Crown」というのは、当時のヒッピーたちが頭を飾った、木の葉や草で編んだ<頭飾り>のことではないのか、などという、これはわたしの勝手な推測というのはあるわけです(きっと見当外れだな)。


 

*1:のちに再発された盤(わたしの持っている)では、アルバム・タイトルも、曲リストも表記されることになる。

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■ 2018-07-22(Sun)

 今日もまた猛暑。相当に<異常気象>だろう。これはトランプが「<地球温暖化>なんて嘘っぱちだ」と発言したことへの、神の怒りであろうか。いくら日本の安倍がトランプの言うことに何でも「はいはい、あなた様の言うとおりでございます」という態度でいるとしても、とんだとばっちりである、テレビのニュースは、「おまえらよー、今死にたくなかったらな、余計な外出なんかするんじゃねーぞっ!」と繰り返してがなっている。わたしも今死にたくはないので、家でおとなしくしていることにする。
 そもそも、水道の蛇口をひねると、これが何とも生ぬるい水が出てくるわけで、気もち悪いのだけれども、これには利点がひとつあって、風呂を沸かすのが早い! 「おお、いい湯だね!」というところに持ち込むのに、20分もかからないのである。冬なんか一時間近くかかるというのに、これは夢の快適さだ。

 ちょうどロレンス・ダレルの「アレキサンドリア・カルテット」を読み終えたのでWikipediaでちょっと、そのアレキサンドリア(Wikipediaでは「アレクサンドリア」ね!)を調べてみたら、その気候についても書かれていて、アレキサンドリアの5月は最高気温が45度にもなるのだ。「それに比べれば」とも思うが、その5月の最低気温は16度ぐらいで、一日の平均気温は21度にすぎない。夜はぐっと涼しいのだ。いちおう8月は最高気温が39度で、最低が23度。一日の平均は26度だというから、ま、今の東京は、「コレはアレキサンドリアなんだよ!」と思うのがいいのかもしれない(それより最低気温は上なのだけれども)。さて、わたしの「ジェスティーヌ」がどこにいるのか、探してみようか。

 この暑いときに、昨日からDさんの参加する展覧会が始まっていて、もちろん観に行くけれども、「どこかで<暑気払い>で、画廊が閉まったあとに飲みましょうよ(ま、飲むのはいつものことだけれども)」と連絡して、「水曜日にしましょう」ということにした。それと昨日もらったチラシをチェックして、あるユニットの8月の公演も観に行くことにして予約した。けっきょくこれからも、8月の中旬まで、毎週末にはダンスの公演を観に行くことになってしまった(そのあとは、9月末の「ウースター・グループ」まで予定はないが)。

 今日も、午後からは和室に移動してベッドで午睡。その午睡の前に少しでも本を読もうとするのだが、いつものようにニェネントくんがベッドに跳び乗ってきて、「はい、かまってちょうだいね!」とアピールして来るので、本を読むどころではなくなってしまい、ニェネントを抱き上げて「キミはかわいいね〜」と、ニェネントが「サンキュー、もういいよ」というまでせいいっぱいお世辞を振りまき、ようやくニェネントがベッドから降りるときには、もう本を読む気もなくなってしまっていて、そのまま寝てしまうのだった。

 5時過ぎまでたっぷり午睡して目覚め、ニェネントに夕食のネコ缶を出してやり、わたしは本を読んだりテレビを見たり。わたしの夕食は「白菜ともやしと豚肉の鍋」で、これはかんたんでおいしいのである。
 食事のあとはしばらくテレビを見て、「あ〜あ、また明日から仕事か〜」と思いながら、寝ることにする。つまりわたしがベッドに横になるとまた、ニェネントくんが「わたしの時間ね〜」とやって来るのだが、この夜は昼寝もいっぱいしていたし、ニェネントくんが「もういい」といなくなっても目が冴えていて、しばらく読書が出来たのだった。


 

 

[]「猫語の教科書」ポール・ギャリコ:著 スザンヌ・サース:写真 灰島かり:訳 「猫語の教科書」ポール・ギャリコ:著 スザンヌ・サース:写真 灰島かり:訳を含むブックマーク

     

猫語の教科書 (ちくま文庫)

猫語の教科書 (ちくま文庫)

 ネコ好きのポール・ギャリコによるネコ本。原題は「The Silent Miaow」で、これはネコが人間をとりこにする必殺技の、「声なき啼き声」のこと。邦題の「猫語の教科書」というのは、猫語について教えてくれるという意味ではなく、「猫語で書かれた、ネコが人間の家を乗っ取るための秘伝」で、コレを書いたネコが世界のネコたちに、いかに人間たちを自分の「家畜」にするか、その方法を事細かに説いたものじゃ。危険な書物じゃ(人間の尊厳を守るためには、ぜったいに「発禁」にしなくてはいけない!)。

 しばらく前に、「贈与論」の著者のマルセル・モースが「ネコは人間を家畜化するに至った唯一の動物である」と書いていたことを紹介したけれども、この本は「いかにしてネコたちは人間を家畜化するか」ということが、ネコの方法論として、ネコからネコへと教えられているわけである。
 ‥‥次のような文章を読めば、「しまった! わたしはネコにあやつられていたのか!」と思ってしまう人、ネコを飼っているつもりで、実はネコに支配されている人の<嘆き>が聞かれることであろう(最近は「ネコ好き」のフリをしてネコを虐待する非人間もいるので、ネコの側も要注意だろうが)。そもそも、この本の第一章は、「人間の家をのっとる方法」から始まるのですから。

 命あるものの中で、猫こそが最も優美な生き物であることは疑う余地がありません。これをしっかり頭に入れておくこと。寝そべったり、座ったり、歩いたり、からだをなめたり、ふざけたり、獲物を追ったり、つまりどんな姿勢で何をしようと、優美でなくてはいけません。目的はもちろん、家族を魅惑し、うっとりとさせておくため。そうすれば、誰も、一瞬たりとも、猫と人間との関係を真実の光の下で見ようとはしないでしょう。おかげで猫が人間の家を乗っ取ったという事実はおおい隠されるというわけです。

 当面の問題の中から、まず、どんなとき抱きあげられていいか、どんなときひざの上にのるべきか、このふたつについて考えてみましょう。これまできちんと勉強してきた猫なら、気が向かなければひざにのることはない、呼ばれたって家に帰る必要はない、したくなければ何一つすることはない、という理屈がわかるでしょう。これに反すると、私たちが長いことかかって築き上げてきた「猫は独立心が強い」というイメージが壊れてしまいますもの。このイメージこそ猫族の繁栄の鍵だったということを忘れるわけにはいきません。猫が作りあげ、何千年ものあいだ守ってきたこの神話のおかげで、今では、猫ほど自由で高貴な生き物はほかにないと思われるまでになったのですから。

 しかし、このオリジナル本が出版されたのは1964年。金井美恵子が飼っていた「トラー」を書いたネコエッセイでも感じることだけれども、この本を読むと、今ではネコの飼い方もずいぶん変わってしまったものだと思ってしまう。まずはやはりこの時代、「外飼い」が基本だし、ネコはいつでも好きなときに飼われている家から外に跳び出して行ける。それで外の世界で別のネコと出会い「恋」をして、子どもを産むことになる。飼い主はしばらくはそんな「お母さんネコ」と産まれた子ネコをいっしょにしてあげて子ネコを成長させ、自分の知り合いとかから、その子ネコの里親になってくれる人を探すのだな。
 ‥‥わたしもね、ウチのニェネントとか本当はそういう生き方をさせてあげたいと思うところが大きいのだけれども、今はそういうことが出来る世の中ではないのですよね。悲しいといえば悲しいことだとは思います。

 この本のネコのモデルになったツィツァは、きっとネコとして生涯幸せな、そのネコとしての生涯をおくったことだろうと思う。



 

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■ 2018-07-21(Sat)

 土曜日。朝起きてまずはニェネントにご飯を出してあげ、自分ものんびりと朝食をとる。ラジオでエアチェックしている、ピーター・バラカン氏の「ウイークエンド サンシャイン」が始まるので聴く。聴き始めると今日は盛夏真っ盛りなので、例年通りHolger Czukayの、「Dip in The Pool」がかかっていた。聴いていると今日はHolger Czukayの小特集のようで、彼の曲がいろいろかかるのだが、そのうちに彼がプロデュースしたPhewの楽曲がかかったもので、ちょっとびっくりしてしまった(まさかラジオでPhewの曲を聴こうとは!)。

 今日も暑い。「酷暑」が続いているけれども、今日は午後から「与野本町」の「さいたま芸術劇場」での伊藤郁女(いとうかおり)の公演のチケットを買ってあるので、行かなければならない。つらい。でも、伊藤郁女さんのダンスはいちど観ておきたいので、がんばって出かける。自宅駅からちょっと常磐線に乗り、武蔵野線に乗り換えてから、さらに埼京線で与野本町駅へ出る。‥‥むむ、埼玉県は千葉県よりも暑いのではないだろうか。
 駅から必死で歩いて、なんとか「さいたま芸術劇場」に到着する。面白いことに、まるっきしわたしの知っている人の顔姿を見かけることがない。「そうか、やはり伊藤郁女さんは別フィールドだったか」と思う。つまり、一般に「コンテンポラリー・ダンス」とかいわれていても、その中身はいろいろと階層化されていて、いちがいに同一ジャンルのものとして語ることも出来ない空気はある。こういうことはもうちょっと細かく分析していい<もんだい>だとは思うけれども、ま、今日は暑いのでそのあたりは軽くスルーして、感想は下に。

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 ‥‥終演。終演後は「アフタートーク」もあるらしいけれども、それはパスしてわたしは帰路に。しかしまだ時刻もまだ4時ちょっと過ぎで、まだまだ酷暑は続いている。与野本町の駅までの途中でコンビニに寄って、冷たいペットボトルを買って飲むけれども、そういうことではこの酷暑感は克服出来ない気がする。
 自宅駅まで戻って、自宅への道の途中、またコンビニに立ち寄って、アイスキャンディーを買った。コンビニを出て歩きながらアイスキャンディーを食べ、フェリーニの「道」のザンパーノ(アンソニー・クィンが演じてるのね)が、こうやってアイスキャンディーかじってなかったけ? なんて思ったりしたのだけれども、しかし、今のアイスキャンディーは、いろいろとフルーツが入っていたりしてとってもおいしい! その冷たさにまさに「生き返る」心地がして、ラザロの気分を味わえた気がする。
 しかし、「アイスキャンディー」などというものを買って食べるなどということ、いったいいつ以来のことになるのだろう? いや、おいしかったので、また買ってもいいです!

 帰宅してドアベルを「ピンポ〜ン!」と鳴らしてドアを開けると、ニェネントのお出迎え。ニェネントにネコ缶を開けてあげ、わたしも夕食の準備をするのだった、

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 さて今日は、先日バカげたコメントをいただいたもので、(バカバカしい思いもするけれども)そのことについて書かせていただきます。
 ‥‥このところわたしが「ペット擁護」について書きつづけたのは、まさにこのコメント主のように、ペットに対して「消極的虐待」をしてペットを死に至らしめるような行為に対して、「それはダメ(どころではない)!」という気もちもあったわけです。わたしはそのペット虐待者もこのブログを読んでいることも知っていたけれども、彼の性格からして「仕返し」をすることもあるだろう、とは思っていたけれども、まさかこんな<幼稚>な手段でやって来るとは思ってなかった。
 今まで書いてきたように、彼は飼っているネコへの配慮もまるでなく、一年も前からそのネコが具合が悪くなったことを知りながらも病院へも連れて行かずに夜も遊び歩き、その重態のネコを放置して死に至らしめたわけだけれども、「ネコといっしょに暮らす」ということなどこれっぽっちも考えたこともなかったその男はわたしのこのブログを読み、自分の飼っていたネコが死んだ今になって、「そうか、ネコといっしょに暮らすというのはそういうことか!」というのを学び、自分自身がその死に至らしめた飼いネコにしてやれなかったことを、まさに「ブーメラン」としてわたしに投げつけたわけです。

おまえは猫の虐待者 2018/07/19 20:10
単身生活者で外で仕事をしているくせに、猫を狭いアパートに閉じ込めて、去年までエアコンすらかけていなかったって、恐ろしい虐待だな。ひどい家に拉致された猫ちゃんがかわいそう。

 これはすべてもちろん、彼自身が自分の飼いネコに対してやっていたことで、それはひょっとしたら「オレはなんて酷い飼い主だったんだ!」ということのリターンなのかも知れない。しかしこの人物の「ペットを飼う」ということに対する<無知>は、このコメントにもあふれている。
 「単身生活者で外で仕事をして」ペットを飼う人は多いし、それだけで「虐待」とはいえない。しかし、この男のように、そのペットが重態におちいったときにもなお、ペットを部屋に放置して外で遊び歩いているならば、そのことは批難されるだろう。そして、「狭いアパートに閉じ込めて」ということも、それは彼自身のことを言っているわけだろうが、ネコにとっては「広さ」よりも「高低さ」こそが問題で、その住まいがたとえ1Kとかであっても快適に暮らすものなのである。ネコの習性を知らない人物ならではの批判である。「エアコン」については問題外で、この人物は「ペット用のクーラーマット」さえ知らずに、自分の飼いネコへの「暑さ対策」を何もしなかったことが明白になるだけのことである*1
 彼がいったい、自分の飼いネコにどのように対して来たか、次のTwitterをみれば明白である。

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 ‥‥世界に、これほどに酷いコメントを死んだペットに投げつける人物はいない(かわいそうなので、すでに死んでいるネコの姿は塗りつぶした)。飼い主として、自分の庇護下にあるはずのネコに対して、自分の飼い主の責任をすべて放棄して、「いい時に逝ったものだ」などという飼い主がいるだろうか。これはペットへの「消極的ネグレクト」を一歩踏み越え、もう「積極的ネグレクト」ともいえるものである(自分の飼いネコが「暑さが苦手」なら、ペット用クーラーマットを飼ってあげようとか、エアコンをずっとつけていてあげようとか、「何とかしてあげよう」という発想が皆無なのもすごい。具合が悪くなっても病院へも連れて行かないわけだ)。
 ‥‥映画を観、演劇を観て、果たしてこの男はそこからいったい何を学んで得ているのだろうか? 信じられない思いがする。どうよ?


 

[]伊藤郁女「私は言葉を信じないので踊る」伊藤郁女:テキスト・演出・振付 伊藤郁女・伊藤博史:出演 @彩の国さいたま芸術劇場小ホール 伊藤郁女「私は言葉を信じないので踊る」伊藤郁女:テキスト・演出・振付 伊藤郁女・伊藤博史:出演 @彩の国さいたま芸術劇場小ホールを含むブックマーク

 わたし個人としては、もう少しこの伊藤郁女の「自分」をあらわすダンスを観たかった気はする。ずいぶん昔に彼女のダンスを観たような記憶があるだけに、そこから喚起されるものをもっと欲しかった。
 前半とかにちょっと観れた彼女のダンスは、どこか「ネコ」を思わせられるようなところもあり、そこには魅力もあったと思う。

 しかし今回の公演は彼女と、その父親とのインティメートな共演というか、悪いけれども、それは第三者である観客にみせるようなものではないだろうと思った。そして父親は彫刻家で、さらに過去にイヨネスコとかの演劇の演出をしたことがああるという。そういうところで非常に「舞台慣れ」されている方で、それはつまり予定調和的に<面白味のない>舞台だった、ということも出来る。
 もちろん、この父娘にとっては、こうやって舞台の上で観客を前にして<踊る>ということが、いかに<意味>があったのか、ということは充分に理解出来るし(わたしだって人前で娘と踊りたいという願望があったりする)、その舞台を共感を持って見つめる観客が存在することも認める。それでもやはり、今のわたしが観たい種類の舞台ではなかったことはたしかなこと(あくまで。私的な感想ですので)。

 タイトルの、「私は言葉を信じないので踊る」というのはヤバいというかいいかげんというか、そのことは突き詰めて聞いてみたいところがある。「なぜ、<踊る>ことは信じられるのか?」。そこにこそ、さいしょの<疑問>を置くべきではないのか?と、まだまだ「言葉」を信頼するわたしは思うのであった。


 

*1:さて、わたしのブログを読んでいれば、普通に「ネコ愛好家」であればわたしのネコ飼育について、「それはマズいんじゃないの?」と思うことは基本的なところでひとつかふたつはあるはず。彼がそのことを攻撃すればわたしは「言われちゃったな」と思うところもあったのだけれども、あいにくと彼は<ネコを飼うことの基本>など知りもしないので、あくまでもわたしの書いたブログの範囲内であれこれ言うわけです。「ネコを飼う基本」を知らないということが、こういうことからもわかります。

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■ 2018-07-20(Fri)

 Amazonで、「憲法9条Tシャツ」というのをずいぶん前に注文して、先週には「発送完了のお知らせ」も届いているのだけれども、まだ到着しない。どうやら国内からの発送ではないらしく、よくみると「到着予定日」は8月3日になっていた。「船便」か。夏が終わってしまうよ。

     

 少しずつ、日が短くなってきた。早朝に家を出るとき、「あれ? 何だか暗いな?」と思うようになった。家を出ようとするとニェネントが寄って来て、ニャンニャンとなく。あらら、これは「行かないでよ!」というサインだろうか。このところしばらくはそんな「お見送り」もなく、「フン! 行っちゃうのかよ!」みたいに部屋の奥でゴロッとしたままで、わたしもちょっと淋しかったのだけれども、こうやって「行かないで!」コールをやられると、それはそれで申しわけない気分になってしまうのだ。だから今日は金曜日で、仕事のあとに映画でも観ようかとか、買い物して帰ろうかみたいな気もあったのだけれども、「直帰」ですね。

 今日も暑くって、あの飯田橋のスズメはどうしてるだろうかと帰りには気になって、巣を見てみたのだけれども、今日はあたりにスズメの姿は見られなかった。早く巣立った方がいいと思うので、巣立ってくれたのならそれでいいと思う。家に帰り、ウチのドアへ向かうとき、地べたをトカゲがちょろちょろと這い回っていた。トカゲは「暑さ」に強そうだな。あのスベスベの肌で、直射日光を反射してしまうというか。

 

 

[]「クレア」ロレンス・ダレル:著 高松雄一:訳 「クレア」ロレンス・ダレル:著 高松雄一:訳を含むブックマーク

 ついに、「アレキサンドリア・カルテット」四部作読了だが、はっきりいって、この最終巻の「クレア」はかなりの「失速感」。いまだに河出がこの四部作を文庫にしないのは、この最終巻の失速感ゆえなのではないのか?などと思ってしまう。

 さいしょの「ジェスティーヌ」から「バルタザール」を経て、「マウントオリーヴ」への展開はすばらしい。まずは「ジェスティーヌ」で、語り手(書き手)のダーリーによるその後のストーリー展開の基本となるデータというかストーリーが示され、次の「バルタザール」で、その「ジェスティーヌ」でダーリーが見た世界というのは違うのではないのか、という別の視点が示される。そして「マウントオリーヴ」では、語り手のダーリーを離れた三人称描写で、もっと包括的な<物語>が展開する。ここまでの面白さは相当なもので、そのさいしょの二作で示されたパーソナルな<愛>の世界が、「マウントオリーヴ」では中東をめぐる政治的陰謀へと包みこまれてしまう。しかしアレだな、イギリスの作家というのは、イーヴリン・ウォーにせよグレアム・グリーンにせよ、スパイが暗躍するような政治的陰謀を描くのが好きだな(そのことはヒッチコックにもいえることだろうけれども)。この系譜はピンチョンの「V.」にも引き継がれている感じで、そういう「英米文学」の流れとして面白いものだと思ったのだが。

 ‥‥ところが、この「クレア」では、アレクサンドリアという街をめぐる、それら錯綜した展開がほぼすべて<投げ捨て>られ、それまでの「アレはどのように発展するのよ?」という読み手の<興味>は無視され、再びアレキサンドリアに戻り、「語り手」として登場するダーリーと、これまでも「脇役」的に姿をみせていた、画家のクレアとの新たな<恋愛>の話になってしまう。そしてこの「クレア」の巻はほとんど、「芸術家小説」みたいになってしまう。そして、はっきり書いてしまうと、このクレアという画家には、まるで魅力がない。
 ‥‥こういう、脇の立場からいつも全体をみてましたよ、みたいな人物は、さいごまで<脇役>に徹しさせるべきだというのが、まずはわたしの考えであって、それで、この「クレア」の巻の前半半分を占めるダーリーとクレアとの対話、そしてまたまた登場するパースウォーデンの手記など、はっきりいって、うんざりするぐらいにつまらない。
 そして、ここに来て「あれ? おかしいんじゃないの?」というような、辻褄の合わない展開も数多く出現する。そもそも、このクレアという女性、前の「マウントオリーヴ」では、彼女のことをずっと愛していたナルーズの臨終のときにナルーズに「会いたい」みたいに言われ、「いやよ! おぞましい!」と拒否した人物であり、どこか人種差別的、容貌差別的(ナルーズは「ミツクチ」で醜い容貌だった)なところを感じさせる、ちょっとイヤな登場人物だったのだが、この「クレア」では、いきなりそんなナルーズと親密に対話したときもあったのだ、みたいなことになり、「えええ〜!」みたいな感想にはなる。
 それから、ダーリーの友人のフランス領事館のポンパルと、この「クレア」の巻でポンパルの愛人として登場するフォスカなど、「あんた、いつまで妊娠しつづけているんだよ!」みたいな不自然さ。ネシムとメリッサとのあいだに生まれ、ダーリーがずっと養育した子供のことも、ほとんど「どうでもいい」みたいな扱いで、この女の子はさいごまで「子供」としか書かれていなくて、その<名前>すら知らされないのだ。ネシムの<陰謀>の件もうやむやになってしまうし、はっきりいって、「これだけの長篇をさいごまで読んだ<充足感>が、まるで得られなかった!」というところはある。

 とにかくわたしは、<クレア>という女性にまったく感情移入することが出来ないし、小説の終末にほぼすべての登場人物がフランスとかヨーロッパに移ってしまって、それで「めでたし、めでたし」って、「それ、何よ!?」みたいな感想にはなる。<時代>の限界、だったのだろうか?

 ‥‥それともうひとつ、この巻では前に自殺したパースウォーデンの伝記をある新聞記者が書こうとしていて、その(おそらくは真実を伝えないだろうと想像される*1)伝記の執筆をやめさせようと、パースウォーデンの妹がダーリーに依頼するという挿話があり、「あれ? それって、ナボコフの<セバスチャン・ナイト>みたいじゃん?」って思ってしまったりしたんだけれども、このあたりも意外とちゃっちゃっと、あっさりと「はい、この話はこれでおしまい」みたいな処理だった。どうもこの巻は、どこまでもそういう「ちゃっちゃっ」感がつきまとう。



 

*1:もしくはスキャンダラスな「真実」が暴露されることを怖れて

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■ 2018-07-19(Thu)

 飯田橋のスズメは、まだ巣立っていないようで、今日も仕事の帰りに例の「巣」の前に通りかかると、親スズメがさかんに巣の中に入ったり出たりしていた。今日も気温はすっごく高く、巣の中でヒナが「焼き鳥」になってしまわないかと心配してしまう。

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 今日は、テントウムシにも出会った。黒いボディと、二つの赤い斑点が美しい。すっごい小さなミニチュアカーみたいだ。どこかの国ではテントウムシには「神様の小さな生き物」という意味の名がつけられているという。英語では「Ladybird」という愛らしい名前がつけられている。「願いごと」を叶えてくれるという生き物でもあって、今わたしがしつっこく書いている、インクレディブル・ストリング・バンドにも、そんな願いごとを叶えてくれる「テントウムシ」を歌った曲がある(そのうちに紹介いたしましょう)。

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 このテントウムシは「ナミテントウ」というコで、「ナミ」というのは「並み」ということで、「ごく普通の」ということらしい。なんか、もうちょっとスペシャルな名前をつけてあげたい気がする。

 仕事の帰りに、昨日の買い物で買い忘れたものを思い出し、家に帰ってからまた買い物に出るのもこの暑さではたいへんだなと思い、自宅二つ前の駅のすぐ前にはスーパーがあるので、そこで途中下車して買い物してから帰った。これからもこうやって、帰路の途中で下車して買い物するのが効率的かな、などと思うのだった(暑いし)。

 ところで、先日買ったフランシス・ベーコンのインタヴューの文庫本が、いったいどこに失せてしまったのか、見あたらない。どこにやってしまったのだろうか? で、今読んでいる「アレクサンドリア・カルテット」も明日には読み終えてしまうのだけれども、このあと急に、例えばトルストイの「アンナ・カレーニナ」とか、ドストイエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」とか、ロシア文学の大長編を読んでみたくもなってしまった。‥‥ま、図書館に行くのがめんどいので、秋になってからにしようかな。

 先日つくった「肉じゃが」が大量に残っていて、今日の夕食までまだ「肉じゃが」。ようやく食べ尽くしたけれども、やはりつくりたてのおいしさはどうやっても持続できるものではない(といってもおいしかったけれども)。さて、明日は何をつくろうか?

 

 

[](41)アルバム「The Hangman's Beautiful Daughter」(2) (41)アルバム「The Hangman's Beautiful Daughter」(2)を含むブックマーク

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 今日は、今まで一度も紹介しなかった本、「Dream The World Alive ~An Incredible String Band Compendium」という、衝撃的に高値だった本から、その「The Hangman's Beautiful Daughter」を紹介した部分を、がんばって訳してみましょう。この本は一人の著者によるものではなく、多くのエッセイ、コミック、その他から成るアンソロジーっぽい本なのですが、今日訳してみるのはその中の「Andy Roberts introduces The ISB's most influential album "The Hangman's Beautiful Daughter"」から、一部省略して紹介してみます。

 「Hangman」は、ISB(インクレディブル・ストリング・バンド)をそれまでのディラン以後の奇怪なフォーク・グループという位置から、ついにサイケデリックのスターダムに、その売り上げでも、ライヴ公演でも、批評面においても、押し上げたアルバムだった。このアルバムのリリースされる前、ISBはいくつかのロンドンのクラブとか、国内の北から南へと、小さなコンサートを開催する程度のバンドだった。それまでのバンドのいちばん大きなライヴは、1967年10月のサヴィル・シアターにおける、ピンク・フロイドとフェアポート・コンヴェンションをサポートしたもの、そして同じ月の少しあとにクィーン・エリザベス・ホールで行われた、シャーリー&ドリー・コリンズ(Shirley & Dolly Collins)との共演だった。
 マネージャーのジョー・ボイドには、そんな情況を変えたいという計画があり、バンドの初めての大きなホールでの単独ツアーを行いたいという目論みもあった。
 ジョー:「わたしはその計画が上々に進んでいると知ったね。ツアーのチケットは売り切れたし、アルバムが発売されて次の週にはそれは第3位になったんだ!」

 アルバムのタイトル? カール・ダラスはアルバムが発売される前にバンドにインタヴューして、そのタイトルのこともたずねていた。「あのインタヴューは、突然の、深い思慮が生むような沈黙に覆われてしまった。それはわたしの質問が深い清らかな水面に投げ込まれた岩のようなもので、水面の静けさを破ってしまったように感じられたものだった」
 ロビン:「ある意味では、あなたはこのタイトルがわたしたちの考えを示していると言うことが出来るだろう。それは何を意味しているか? あなたはそれをいくつかのレベルで説明出来るだろう」
 マイク:「首つり役人(Hangman)は<死>であり、彼の美しい娘(His Beautiful Daughter)とは、その<死>のあとに来るものだ。それともあなたは、首つり役人とはわたしたちの生の過去の20年間であり、その美しい娘とは<現在>、つまりそれらのすべての年月のあとに、わたしたちに出来ること、ともいえるだろうか。またあなたは、あなた自身の意味づけもすることが出来るだろう。あなたの解釈は多分、わたしたちの解釈と同様に<良きもの>だろう」

 ディラン・トーマスの伝記の中の挿話は、別の情報源をもたらしてくれる。若き日のディラン・トーマスは、子供時代の休暇を田舎のおばさんの古い家で過ごしていた。その地方の言い伝えでは、その家はかつて、その地域の首つり役人の住まいだったと言われていた。彼の娘はそれは美しく、首つり役人は娘がよその男に見られて互いに恋に落ち、彼を見捨てて出て行ってしまわないように、彼女を男たちの目から隠しつづけた。彼女は、自ら首を吊って命を絶つまで絶望しつづけたということだ。
 しかし、ディラン・トーマスの大ファンであったロビンは、そのことは知らなかったということだ。

 ‥‥どうもわたしは、スコットランドあたりのトラディショナル・ソングに、そんな「首つり役人とその美しい娘」についての歌があるのでは、などと思っていたのだけれども、とりあえずはそういうことではないらしい。
 ディラン・トーマスの伝記の話はいかにも蠱惑的だけれども、たしかに一枚のアルバムのタイトルにするには悲劇的すぎるかも知れない。もちろん、マイクが語るように、「首つり役人」が「死」をあらわすことは確かなことに思えるが、インタヴューの答えを読むとじっさいに深く考えてつけたタイトルではないのか、それともとぼけてミスティフィケーションしているのか、「これが解答だ」というようなことは言わなかったのは、けっきょくは「正解」だったろうと思う。

 今日はけっきょく、まったくその音楽面に関しての記述まで紹介は出来なかったけれども、このアルバムの「音楽評」は、それこそ山のようにある。ま、ぼちぼちと行きましょう。


 

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■ 2018-07-18(Wed) このエントリーを含むブックマーク

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 今日はまた、飼いネコ、飼いイヌのことを書きたい。こうやって何度もそういうペットのことを書くのは、あまりにかわいそうな死に方をした、ある飼いネコのことを知ったからでもあります(わたしはこのネコを死なせた飼い主は、法的に裁かれるべきだと思っている)。

 今日は基本命題、「動物福祉」ということを書きたいです。これは「日本動物福祉協会」のサイトに書かれている、「動物福祉について」を基本とします。

 公益社団法人 日本動物福祉協会 〜動物福祉について〜

 ここにまず、「動物福祉とは」ということが書かれています。

【動物福祉】とは一言でいえば、「動物が精神的・肉体的に充分健康で、幸福であり、環境とも調和していること」です。

自分の気持ちの思うままに、気の向いたときだけかわいがることは、動物福祉が満たされているとは言えず、「かわいがっている=福祉に配慮している」とは言い切れないのです。

動物も人間も命あるものであり、感覚があります。人間以外の動物の基本的ニーズ(生理的、環境的、行動的、心理的、社会的)は人間と共有しています。飼育下あるいは人間によって制限された環境にいる動物たちは、これらのニーズを自身で充たすことは出来ません。ですから、人間にはそのような動物ができる限り快適に、できる限り苦痛をうけずに生活できるようにする義務と責任があります。

 それで、動物たちの「5つの自由」という概念が1960年代のイギリスで提唱され、そのことがようやく今、日本でも「ペットの5つの自由」として流布されることになっている。pdfファイルだけど、わかりやすいものをリンクしておきます。

 ペットの「5つの自由」のこと

 ここにあるように、<自分の気持ちの思うままに、気の向いたときだけかわいがることは、動物福祉が満たされているとは言えず、「かわいがっている=福祉に配慮している」とは言い切れないのです>ということがいかに重要か。

 つい先日、やはりネコ好きのCさんと話をしたとき、ネコの譲渡会などでは基本、単身生活者はそんなネコの「里親」にはなれないのだという話を聞いた。それはわたしでも理解出来るところはある。ネコでもイヌでも同じだけれども、そういうペットの飼い主になるということは、例えば動物園の飼育係と同等の責任を負わなければならないことだと思う。
 まず本来、単身者で仕事を持っていて、自分が仕事に出るときに、そんなペットをつまりは「放置」して家を出るということは、「やってはいけないこと」であろう。(言い訳じみているけれども)わたしもそのような「負い目」は充分に自覚していて、前に仕事を探したときに面接で「もっと長い時間の勤務(普通に8時間勤務)は出来ないですか?」と聞かれ、「いや、ネコを飼っているので、ネコといっしょにいる時間が欲しいんです」と答えたときに、ほとんど嘲笑じみた反応をされたことは、これからも忘れることはないだろう。

 もちろんわたしも「単身生活者」だから、ニェネントの最上のパートーナーではあり得ないことは百も承知している。そのことをただ、ニェネントを強く愛すればクリアできる、などと甘く考えているわけではないけれども、とにかくはニェネントを「強く」愛していたい。ニェネントの求める「自由」はすべて、ニェネントの命を守る範囲ですべて叶えてあげたいと、強く思っている。「餓え、渇き、不快、恐怖、抑圧、痛み、負傷、そして病気」からの自由に関しては、全力で守ってあげよう。「本来の行動がとれる自由」を、どこまで叶えてあげられているのかは、わからないところがある。本当はニェネントは、いつまでも野原を駆け巡るような、陽の光の下で生きるような生き方をしたいのではないかと思ったりする。でもわたしは、それではあなたは早くに「死」の危険に晒されることになるのではと思い、あなたをこの住処に閉じ込めている。あなたにはいつまでも、長生きをしてもらいたいのだ。そして、いっしょに「死」のときを迎えられたら最高だね! ニェネントくん!

 さて、今日はめっちゃくちゃ暑かった。まだ7月の中旬だというのに、世界は狂っているような気がする。しかも仕事の帰りにまた千代田線が遅延していたもので、「早く帰るには北千住から快速に乗った方がいいだろう」と快速に乗り、けっきょくまた我孫子駅まで乗って、我孫子駅から歩いて帰った。しかし暑い。わかったのだが、北柏の駅から自宅までは歩いて10分強だけれども、我孫子駅から自宅までは歩いて20分弱なのだ。道はずっとアスファルトで照り返しというかアスファルトの保持する熱量も大きく、「これは熱中症一歩手前だな」みたいで、死にそうな空気。エアコン入った部屋の中で快適に過ごしているであろうニェネントのことを、ほんとうにうらやましく思ってしまった。

 

 

おまえは猫の虐待者おまえは猫の虐待者 2018/07/19 20:10 単身生活者で外で仕事をしているくせに、猫を狭いアパートに閉じ込めて、去年までエアコンすらかけていなかったって、恐ろしい虐待だな。ひどい家に拉致された猫ちゃんがかわいそう。

crosstalkcrosstalk 2018/07/20 17:50 (よく読んでね! 的外れもはなはだしい!) おや、飼いネコが具合が悪いのに一年以上病院にも連れて行かず、ネコを部屋に置いてきぼりでほぼ毎日夜遅くまで外出し、ネコの臨終のときもそばにいてやらなかった方が、よくそんなことを言えますね。あなたの飼いネコは寿命にはるかに及ばずに亡くなられたのではないですか。「自分の気持ちの思うままに、気の向いたときだけかわいがることは、動物福祉が満たされているとは言えず、「かわいがっている=福祉に配慮している」とは言い切れないのです」ということばは、あなたのことが書かれているのですよ!

crosstalkcrosstalk 2018/07/20 18:16 これ、あなたの最近のTwitterですよね。「暑さが苦手な◯◯◯は、本当にいい時に逝ったものだな… 下手にあれ以上生きていてもツラかっただけだろう。」‥‥残酷な(それこそエアコンとかつけてあげなかったのかな〜)。。。って、アイコンにいつまで自分の殺したネコを使ってるんですか。悪趣味を通り越している(いちおう、ペットの名前は伏せておきました〜よけいな配慮〜)。
もうあなたもこれ以後新たにネコを飼おうとはしないものと思いますが、また飼おう(ペットショップで買おう)とするようでしたら、(消極的ネグレクトの常習者として)調布市の動物愛護協会に通報いたしますので、そのつもりでいて下さい。

crosstalkcrosstalk 2018/07/21 10:00 書き加えておくと、この「おまえは猫の虐待者」と名乗る人物は、自らもネコを飼っていたというのに、ネコの夏場の過ごさせ方も知らず、すべてこのわたしのブログだけで学習して書いているようである。ペットが夏場を快適に過ごすためには「クーラーマット」というものがあり、これを使って夏場をしのぐ人も多い。そんな「クーラーマット」の存在も知らないというのは驚きで、彼の飼いネコが早逝してしまったというのも当然のことだろう。かわいそうなネコ。
ところで、わたしの住まいは「おまえは猫の虐待者」が飼いネコを飼い殺しにしたスペースより広い。ネコと暮らすには充分な広さである。

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■ 2018-07-17(Tue)

 夜中に夢をみていたらしい。夢をみて目覚めて、その夢のことをメモしておいたのだけれども、「イラストを描く 字を消す 白い絵の具を探す」と書いてあったメモからは、その夢のことを何一つ思い出せないのだった。

 連休も終わり、今日からまた仕事がはじまる。連休のおかげで、4日出勤すればもう週末の休みになるから、少し気分は楽だ。しかし今日も暑い。天気予報ではこれから当分はカンカン照りの晴天がつづき、しかも気温は連日35度を越えるのだ、みたいなことをいっている。夏は残酷な季節だ。
 でも、勤務先の近くで、「これから毎日楽しみにできるかな?」というのをみつけた。先日の分電ボックスの中で営巣しているスズメのことなんだけれども、まだヒナは巣立っていないようで、今日も親スズメがボックスの中に入り込んで、しばらくいろいろやっているところが見れた(写真はうまく撮れなかった)。自宅のあたりにはあまりスズメの姿を見ることもできないのだけれども、勤め先の、こんな都心の方にかえってたくさんのスズメの姿をみることができる。最近のわたしは、スズメのファンなのである。毎朝仕事場に行くまでのあいだ、「スズメはいないだろうか?」ときょろきょろしているし(不審者だ)、仕事が終わったあとは、その分電ボックスのスズメの巣を見るのが楽しみだ(出勤のときはいつもスズメがいる気配はなく、仕事が終わってその前を通るときだけ、親スズメの姿が見られる)。

 さて今日は、しばらくクッキングしてないので「何かおいしいものをつくるぞ〜!」と意気込んでいて、冷蔵庫の中には必需品のタマネギ、ニンジン、ジャガイモはそろっているし、先日糸こんにゃくも買ってあるので、「今度こそ納得の行く<肉じゃが>をつくろうではないか!」というつもり。あれだね、ごま油をいっぱい使うといいらしい。もう冷蔵庫の中で芽がいっぱい出てしまって、芽を取って皮をむくとふにゃふにゃのジャガイモの味が心配だけれども、こういうのは煮込めば何とかなるものだと、わたしの経験がささやいてくれる。タマネギと豚肉を炒めてニンジンとジャガイモを加え、水とだしの素を入れて糸こんにゃくを足し、しょう油とか味醂とか砂糖とか料理酒とか入れて煮込む。さいごにダメ押しでしょう油を入れて、もうちょっと煮込んで完成。むむ、いい色つやである。うまくいったかな?

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 ‥‥いや、これは大成功だった。おいしい。涙が出そうにおいしい。自分の自炊歴でもトップクラスのおいしさだった。これから毎回、「肉じゃが」をつくるならば<この味>を基本にしなければいけない。やはりポイントは「ごま油」なのだろうか。
 いっぱいつくったので、明日、明後日ぐらいはこの「肉じゃが」で行くことになるだろうか。

 

 

[](40)アルバム「The Hangman's Beautiful Daughter」(1) (40)アルバム「The Hangman's Beautiful Daughter」(1)を含むブックマーク

 さて、先日から取り上げた曲の「A Very Cellular Song」と「Three is a Green Crown」とは、共にこのバンドの<最高傑作>と目されるアルバム「The Hangman's Beautiful Daughter」に収録された曲で、これからしばらくはこのアルバムについて書いてみようかと思っている。

 ‥‥いや、これがけっこう面倒で、今ウチにある本から、このアルバムについて書かれているところを抜粋して翻訳してみようと思っているのだけれども、アレですね、<音楽評>というのは文章自体がちょっと硬くなるというのか、普段使わないような英語がい〜っぱい出てきて、翻訳するのが大変なんです。
 ま、ぼちぼちとやって行こうと思ってるけど、このアルバムはわたしにとっても思い入れの強い一枚で、実は今、わたしが所有しているヴィニール盤というかアナログ盤というのはコレ1枚っきりで、額に入れて壁に飾っております。もうすっかり<日焼け>して褪色してしまったが。

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 このレコードは1976年の再発盤で、このときはこの子供たちといっしょの側が<表>になってますが、本来リリースされた当初は、下の(わたしの持ってる盤では<裏側>扱いの)方が<表>なのでした。

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 ‥‥ということで、その内容に関してはまた明日以降から。


 

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■ 2018-07-16(Mon) このエントリーを含むブックマーク

 今読んでいるロレンス・ダレルではないけれども、今ではほとんど忘れられた感のあるイギリスの小説家にジョン・ファウルズという人がいて、それでも彼の「コレクター」という作品は、ウィリアム・ワイラー監督の映画によってまだいくらかは記憶されているのではないかと思う。主人公の若い男は映画ではテレンス・スタンプが演じていて、その、歪んだ屈折した心理をうまく演じていて印象に残ったのだけれども、つまり「昆虫(蝶)採集」だけが趣味だった男が大金を手に入れ、女性を愛し愛されようと望むことになり、ミランダという女子大生を誘拐し、得た大金で買った古い屋敷の地下室に監禁するという話である。それでふたりのあいだにあれこれとあるのだが(この小説にはこのふたりしか登場しない)、けっきょくミランダは肺炎か何かで死んでしまう。男は彼女の死んだあと、「あの女は自分にふさわしくなかったのだ。もっと別の女性を探そう」となるところでこの小説は終わる。
 主人公の趣味が「昆虫採集」であること、ひとりの女性を彼女の意志に関係なく自分に従わせようとするのが「ロリータ」を思わせるところからも、この作品は当時、ナボコフを意識した作品ではないかともいわれたものであった。

 ‥‥それで何がいいたいかというと、世間にはこの「コレクター」の主人公のように、いっしゅ歪んだ一方的な「愛」でペット(とりわけネコ)を飼う人物がいる、ということ。つまり、「ペットといっしょに暮らす」のではなく、「コレクター」の主人公のように、「ペットを部屋に幽閉する」飼い主がいる。
 今年の夏もまた「酷暑」になりそうで、もう部屋にいても冷房装置なしにはへばってしまうのだけれども、それは部屋飼いされているネコなどのペットにしても同じことだろう。それで単身でペットを飼っている人には、自分が仕事とかで外出するときに、ペットへの暑さ対策など考えないでいる人もいるようだ。ヘタをしたら温室のようになってしまう部屋の中に置いていかれるペットは、はたしてその飼い主に「愛されている」といえるのか。
 わたしも実は、今までそのあたりのことに無頓着だったわけだけれども、それは去年の夏までの勤務時間も短く、暑さが最高潮になる前に帰宅していたもので意識しなかったということもある。しかし、この夏はわたしの勤務時間も長くなり、帰宅するのは昼の12時半ぐらいになってしまった。それで帰宅してドアを開けると、室内もけっこう暑い。特に先週からは35度を越えるような気温の日がつづき、「これは部屋にいるニェネントにも酷だろう」と、先週からは出かけるときもエアコンをつけっぱなしにすることにした。いちおう、ニェネントくん、不充分ながら愛してますから。
 それで先日読んだTwitterでは、ある人物が「うちのネコは暑さに弱かった(そのネコはこの6月に亡くなったらしい)、この酷暑になる前に死んでしまったのはよかったかもしれない」などということを書いていて、ただひたすらあきれてしまうのだった。これはどこか、「コレクター」の主人公が、「あの女は自分にはふさわしくなかったのだ」と思うのと同程度に自分勝手な理屈で、その主人公がその女性のことを理解出来なかった(理解しようとしなかった)ように、ネコのことをまるで理解しようとしていないことにおどろくのである(ネコが具合悪くなっても病院にも診せなかったらしい!)。

 前に「ネコはパートナーの愛情に答える動物だと思う」と書いたけれども、いくらそのネコがパートナー(飼い主)の愛情に答えようとしても、そのパートナーが自分の愛情をネコに伝える努力をしなければ、いくら「わたしはネコが好きだ」といってみても、それは「わたしは女性が好きだ!」と女性を誘拐して監禁することと変わるものではないだろう。そんなネコが早死にするのも当然だろう。あれだな、やはり人を愛せない人はペットも愛せないか。

 ‥‥と、前にも書いたようなことをまた書いてしまったが、昨日Cさんとネコの話をして、今日はそんなネコのこと、ニェネントのことをいろいろ考えていたのだった(今日のニェネント。「わたしは<凶暴>ぢゃないわよ!」と言っております)。

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 それで今日は三連休のさいごの日。今日もまた暑い。昨夜は遅くに帰宅して、テレビをつけたらちょうどサッカーのワールドカップの決勝、クロアチアvs.フランスの一戦がはじまったばかりで、しばらく見てしまった。フランスが2点リードしてしまったところで、「ここまでか」と寝た(けっきょくやはり、フランスが優勝したのであった)。
 それで今朝はそれでも7時すぎには目覚める。ニェネントは和室ではなく、ドアを開け放して和室の中も見渡せるようにしてあるキッチンの、その和室との境目あたりのフローリングのところでべたーっと寝ていた。やはり和室のカーペットとかは暑くて寝苦しく、フローリング床の方がひんやりして気もちがいいのだろうか。それでも、わたしが寝ているのが見れるところで寝ていてくれるのがいじらしいというか。

 今日は、我孫子の図書館に借りていた本を返さなければならない。外は紫外線直射のジリジリと焼け付くような陽射しが、世界をゆっくりと焼き上げようとしている。「出かけるのはイヤだな〜」と思いながらも、気もちを奮い立たせて外に出た(もちろん、お留守番のニェネントくんのためにエアコンはつけたまま)。図書館への道は長く、風景は強い陽射しでハレーションを起こしている。
 ようやく図書館へ到着してさっさと本を返却し、帰りはちょこっとすぐそばの手賀沼に寄ってみる。

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 これは先日見たコブハクチョウの家族だろうか。ヒナもずいぶんと大きく育ったようだ。水鳥は「あっついな〜」と思ったら水の中に入って、水浴びとかするだろうからこの暑さもしのげるのだろうか。って、今日は実は「海の日」だ。先日のネット記事で書いてあったけれども、今は「海水浴」に出かける人の数も、めっきり少なくなったそうだ。海水浴なんて、何百年も行っていないな〜。

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 これは、そんな手賀沼で優雅に泳いでいたコブハクチョウ。美しい。

 帰りにまた我孫子駅のそばのスーパーに寄り、「もう、今夜の食事はコレね!」と、「当店自慢の彩り五目チラシ」というのを買って帰った。なんと、これで金曜日から4日連続して「自炊」していない。こんなことは近年絶えてなかったことではないかと思う。

 帰宅してダラダラしてテレビの相撲などを見るのだが、今場所は横綱3人全員休場なのに加えて、新大関の栃ノ心までケガをして休場してしまった。もう何の魅力もない感じなのだが、見ていれば「好取り組み」というものはあるもので、この日はさいごの豪栄道は根性をみせた見事な粘りだった。拍手をおくりたい。
 それで夕食に、買って来たその「当店自慢の彩り五目チラシ」を食べたのだが、忘れていた。このスーパーのこの「五目チラシ」は、ちぃっともおいしくないのだった。「<自慢>するようなものぢゃないぞ!」とは思いながら食べ終えて、さっさと寝るのだった。

 

 

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■ 2018-07-15(Sun)

 夢をみた。夢の中でもわたしは、今日が三連休の真ん中の日だということを認識している。そしてわたしはどうやら高校生のようだ(夢の中でそういう若い日の自分になってしまうことはよくあることだけれども、自分の近年の記憶が消えてしまったことと関係があるのだろうか?などと思ったりする)。夢でわたしは、その日が三連休の中の日だというのに、学校に登校してしまう。もちろん学校に人影はないのだけれども、野球部員のBがやって来る。彼はこの日は野球部と相撲部との試合をやるので登校したのだという。野球部と相撲部の試合? それは野球をやるのか相撲をやるのか、わたしにはまるでわからない。‥‥せっかく登校してしまったのだから、学校で朝食を食べてから帰ろうと食堂へ行くのだが、そこに教師がいて、わたしはその教師に学校に来た事情を説明しなければならなかった。教師は白髪頭で眼鏡をかけた品のある人だったが、わたしが事情を話す前とそのあとでは、その教師は別の人物に変わってしまっていた。

 今日も暑い。わたしが起き出してリヴィングに行くとニェネントもついてくるのだけれども、床にべた〜っと寝そべって、「暑いんですけど?」といっている感じだ。エアコンを入れると少し元気になるのか、出窓の上に跳び上がって「ひなたぼっこ」というか、それでもべた〜っと寝転がって「避暑」。
 昼食のことを考えるのもめんどうで、冷蔵庫の中で死にかけているレタスとトマトを救済しようと、ハムとチーズを添えてドレッシングとマヨネーズで味付けして、「サラダ」なだけの昼食にした。それでしばらく食べた器をそのままにしていたら、いつの間にかニェネントが、器に残っていたマヨネーズというかドレッシングを舐めてしまった。ニェネントくんはマヨネーズがけっこう好きなのだ。

 今夜はまた、イヴェントに出かける。今夜は中野で、パンキッシュなダンサーのCさん(彼女も、過去にわたしのイヴェント"crosstalk"に出演していただいた方ではある)が立ち上げた「POP HEADS」というイヴェント。暑いなー、出かけたくないなー、という気分だけれども、Facebookでの交流も楽しませていただいている、ネコ好きのCさん。彼女のダンスは魅力的だし、やはり欠席することは出来ない。また昨日のように昼寝をして、夕方のちょうどいい時間に目覚め、支度をしてニェネントに「ごめんね〜」といって出かける。

 昨日と同じように、ウチから中野までは1時間。今日はちょっと早く出発してしまって、中野に到着したときはまだ開演まで45分ぐらい時間があった。「昼食もサラダだけだったし、軽く食事をしておこうか」とあたりを歩いて、この日は「なか卯」で牛丼を食べてみた。‥‥え〜っと、わたしの中では牛丼は、「松屋」>「吉野家」>「なか卯」でしょうかね。「おつゆ」がね‥‥。まだ「すき家」の牛丼は未体験だけれども。

 それでちょうどいい時間になり、その「POP HEADS」の会場の「区民活動センター」へ行く。‥‥ま、普通はこういうところでイヴェントをやるというのはあんまり考えられない場所で、それで昨日につづいて、自分のやっていたイヴェントのことを思い出したりしてしまう。

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 終演後、打ち上げにまぜてもらい、近所の居酒屋でいっぱい食べて飲んだ。そうそう、Cさんの地元群馬のおみやげ、「群馬のひと」というスナックをいただいた。いや、群馬はね、わたしが前に住んでいた「茨城」よりもずっとずっと、観光地で人気ですよ。

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 おひらきになって帰りには、Cさんと新宿までご一緒して、ネコのこととかいろいろ話しをした。「ニェネントが飼い主(わたし)以外の人間に懐かないのは大変だねー」とか、自分でも「どうしようか」と思っている。どうぶつ病院に連れて行くには、「洗濯ネット」に入れて連れて行けばいいんだよ、といういいアドヴァイスもいただいた。今度トライしてみよう。
 Cさんの前に飼っていたネコが臨終のとき、Cさんは何度も病院に連れて行って点滴とか受けさせたのだけれども、そのネコはさいごにCさんに、「もういいよ、このまま死なせて」というメッセージを送ってくれた、という話をおしまいに聞いて、ひとりになった帰りの電車の中でそのことを思い出して、涙が止まらなくなって困ってしまった。みっともない。

 

 

[]「POP HEADS! 的 多目的室 ver.3」M Aria Abe:ディレクション @中野・桃園区民活動センター 「POP HEADS! 的 多目的室 ver.3」M Aria Abe:ディレクション @中野・桃園区民活動センターを含むブックマーク

 いろんなダンサー/パフォーマー(6人だったか、7人だったか?)が交互に、いかにもアングラ空気にあふれたパフォーマンスをみせてくれ、ノイジーな音と共に「ここよりほかの場所」というか、「どこかにあるはずの」世界の多様性を見せてもらったような気になる。世界はまだまだ「豊かさを保っている」、と思わされるのだった。時にこういうストレートな舞台はいかにも心地よく、一見ネガティヴな表現のようでも、見終わったあとに活力をいただいたのだった。

 さいごにちょっと書いておけば、さいごに登場したAbeさんはやはり、「日本の今の時代のルイーズ・ルカヴァリエ」と呼ぶべき、異才のダンサーだということを再確認。単にわたしの知り合いだからというのではなく、もっともっと注目されてしかるべき方だとは強く思う。


 

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■ 2018-07-14(Sat)

 よく知らないけれども、今日から月曜日まで「三連休」になる。月曜の16日は「海の日」なのだという。「海」の何を祝うのか、よくわからないが、とにかくは「休日」は歓迎してしまう。

 それで今日は土曜日で休みだから、朝寝してのんびりと起き(といっても7時には起きるのだが)、ニェネントにいつもより遅い朝食を出し、自分もリヴィングへ行ってテレビをつけてパソコンをつけ、自分の朝食(インスタント・コーヒーと、いつものハムトースト)の準備をする。パソコンに向かいながらコーヒーを飲み、トーストを食べていると、自分の食事を食べ終えたニェネントが、しっぽをピ〜ンと上に伸ばして、リヴィングにやって来る。みていると、そのピ〜ンと伸ばしたしっぽをときどきくねらせて、クエスチョン・マーク(「?」)のかたちにしたりする。そもそも、このクエスチョン・マーク(「?」)のかたちというのは、ネコのしっぽのかたちから生み出されたものだという説もある。ネコはいつも、世界に「?」を投げかけているのだ。
 それでニェネントはわたしがハムトーストを食べているのをみつけ、「わたしにもちょうだいよ!」と、わたしが向かっているパソコンの机に上ってくる。‥‥むむ、このハムトーストは、ハムにしてもトーストにしても、トーストに塗ってあるマーガリンにしても、ネコには塩分が多すぎる「よろしくない」食べもの。寄ってきても「あげないよ」と思うのだが、「にゃ〜ん」と寄ってくるニェネントの魅力(かわいさ)に抗することはむずかしく、ついつい、ハムの乗ったトーストを(ちょっと)ちぎって、ニェネントにあげてしまうのだった。

 外は晴天で、部屋に居ても暑い。まだ7月の中旬というのにこの暑さ。ニェネントもすぐに、エアコンを入れていても暑さで融けかけてしまったように、グタ〜と横になって寝てしまう。わたしは夜にはお出かけする予定なので、それまでは寝ておこうと、昼からは和室のベッドで横になる。フッと目が覚めて時計をみると、そろそろ起き出して出かける準備をしてもいい時間なのだけれども、「もうちょっと」と寝つづける。次に目覚めると時計は5時に近く、もうぜったいにすぐ起きて出かけないと間に合わない時間になっていた。バタバタと起き出して着替えをして、ニェネントくんにご飯を出し、「ごめん、出かけちゃうけれどもお留守番よろしくね〜」と出かける。

 今日は新大久保、東京グローブ座の近くの、野外劇場というかパティオというか、そういう場所での野外演劇公演。この暑い夏の夕暮れどき、野外劇というのはよろしいではないか。今日の芝居は例年の<岸田理生を偲ぶ会>による「リオフェス2018」のひとつで、友人のAさんが岸田理生の原案から脚本を書いた作品。前回、そのAさん脚本の作品(出演もされていた)を観に行けなかったので、今回は行かないと申しわけない、という気もちもありまして。

 開演は6時半だから、まだまだ今の季節、外は日暮れ前で明るい。6時15分ぐらいに会場に到着。会場に入る前にそのAさんにもお会いしてあいさつした。会場に入って、「誰か知っている人は来ているだろうか?」という気分で座席を探していると、最前列に座っていた人物に声をかけられた。ほら、わたしは記憶が消えているからその人物のことが思い出せなくて、「どこでお会いしたのでしたっけ?」と聞くのだが、その人物のとなりの席が空いていて、「どうぞ」とかいわれたので、ま、最前列の良席だし、そこに座ってしまう。どうもその方と話していると、下北沢の店で会ったことのある方のようで、その方が話すには以前「流山児☆事務所」の公演のときにもお会いしたことがあるらしい。話していると何となく、その方のことも思い出せるような気がした。
 しかし、舞台がはじまってみるとその方、すでにかなり酩酊されていたというか、くわしくは書かないけれども「ちょっと変」というところがあって、正直、「わたしはこの人の知り合いではありません」と、まわりにアピールしたいところもあった(失礼)。

 残念ながら今日は他に見知った方の姿もみられず、終演後はAさんにちょっとあいさつして、さっさと帰るのだった。
 しかし場所は新大久保、帰っても食事の準備もしていないし、ここで食べて帰ろうということにした。

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 それでけっきょく、入ったのは「中華食堂 一番館」。生ビールが安いのが決め手! ま、入った印象は「日高屋」みたいの。生ビールと「唐揚げチャーハン」を頼んだが、おいしかったとはいえ、チャーハンにマヨネーズというのはわたしの趣味ではなかった。冷えた水がとってもおいしかった(lol)。

 

 

[]リオフェス2018 プロジェクト・ムー「SORA 私たちはどこから来たの? どこへ行くの?」岸田理生:原案 福田光一:脚本 大橋宏:演出 @新大久保・西戸山野外円形劇場 リオフェス2018 プロジェクト・ムー「SORA 私たちはどこから来たの? どこへ行くの?」岸田理生:原案 福田光一:脚本 大橋宏:演出 @新大久保・西戸山野外円形劇場を含むブックマーク

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 場所はマンションの前の広いパティオのようなところで、こういう場所に来ると、自分でやっていたイヴェントのことを思い出したりもする。やはり「劇場」から外に出た空間はいい。音の響きのとてもいい空間で、生演奏のトランペットの音、テープ演奏の楽曲、そして冒頭でばらまかれる空ペットボトルのちらばる音、そしてドラム缶で炊かれるたき火の木が焼けてはぜる音など、気もちに響く音だった。


 

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■ 2018-07-13(Fri)

 いろいろな生き物たち。もう時は7月の中旬で、そろそろ日本全体は「夏」に突入する。「夏」を代表する生き物というと、「セミ」というのがあげられるのではないだろうか。そんな「セミ」に、今朝出勤するときに出会った。今年初めてのセミとの出会いというか、こうやって間近にセミを見るというのも何年ぶりになるだろう。

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 これは「ミンミンゼミ」ですね。おそらくは羽化してまだ間もない成虫で、頭のところの緑色の模様がとても美しい。でも、こんな舗道の上にいて、ここから飛び立ったり出来るのだろうか。ちょっと心配にはなる。

 仕事を終えて帰るとき、たしかに駅への道を歩いていてかすかにセミの鳴き声が聞える。あの鳴き声が今朝見たセミだったらいいのだが。

 それで電車に乗り自宅駅から自宅へ歩く途中、民家の塀というか壁に、セミの抜け殻「空蝉」がへばりついているのを見た。やはり「セミ」の季節なのだ。

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 普通はセミは樹の幹に登って羽化するのだと思うけれども、そういう樹がないと、こういうところによじ登って羽化するのか。やはり今の世の中は、なかなかにセミが生きていくのも大変そうだ(人間もね)。

 家に帰ってドアを開けると、昨日今日とニェネントがお出迎えをしてくれている。「おや、いったいどういう心境の変化なのですか?」と、多少はいぶかしく思ったりもする。

 今日も、昨日書いた続きで「映画」というか「映画館」の思い出を書いてみようかと思うのだけれども、昨日書いたのは、家族が北九州の直方(のうがた)というところに住んでいたときの思い出。それでわたしが小学四年生のときに家族は東京は足立区、西新井大師というのがあるあたりに転居することになり、そこでわたしは成人することになる。もうテレビというものが普及して、両親は映画館へ行くこともなくなったし、仮に行っていたとしてもわたしはもう留守番出来るわけで、「家族で映画を観に行く」ということはなくなってしまった。
 それでウチの近くにはいくつかの映画館があり、その中で洋画上映の専門館は北千住にあった「千住ミリオン座」で、もうこの映画館はとっくになくなってしまったけれども、北千住駅の近くには「ミリオン通り」という、その映画館があったことを偲ばせる名前の通りが残っている。わたしは「ひとりで」映画を観に行くということは、さすがに中学生になるまではやらなかったけれども、おそらくはビートルズの「A Hard Day's Night(邦題は「ビートルズがやって来る ヤア!ヤア!ヤア!」だった)を観に行ったのが「ひとり映画」の初体験ではなかったかと思う。「おそらく」だが、併映はシルヴィ・バルタンの出ていた「アイドルを探せ」だったように思い、これで意外にわたしはシャルル・アズナブールが「いいな」と思ってしまうことになる。
 そのミリオン座にはけっこう通ったように思うけれども、もっとウチの近く(歩いて行ける距離)には「西新井観光」という邦画専門館があり、ここには中学の同級生と何か観に行ったような気もする。それと、「関原映劇」という、普段は「成人映画」ばかりを上映していた映画館があったのだけれども、この映画館があるとき突然に、新聞に折り込み広告を入れ、それが新聞紙全面版ぐらいの大きな広告で黄色と黒の二色刷りだったので「びっくり!」だったのだが、それはつまり「ベン・ハー」の当地独占上映というようなわけで、アレは映画館としては雌雄を決するような、「勝負!」みたいなつもりもあったのだろうけれども、けっきょく、「ゲゲ!関原映劇で<ベン・ハー>かよ!」みたいな感じで、わたしも観に行ったのではなかったかと思う。

 ここで、当時の観客の「過激な」映画鑑賞方法について書いておきたいのだけれども、映画館は映画上映中のいつ、どこからでも勝手に入って観ることが出来るわけで、それでもう一回その映画が上映されて、自分が入場したときに観はじめたところになったら、「ここから先はもう観たから出ようか」と、退出するわけである。どんなストーリーだったのかは、自分でおぎなって組み立てるのである。というか、そもそも映画のストーリーなんか「どうでもいい」というか、その映画の中で「この映画を観るならココよ!」というポイントを引き立てるための<おまけ>みたいなもので、何というのか「視覚第一主義」と申しましょうか、「Don't Think! Just Feel!」みたいな見方をするのが一般的だった。ま、こんな見方をしたらヒッチコックの映画なんか、まことにかわいそうなことになってしまうのだけれども。

 あと、もうちょっと成長して高校生になったあたりで通った「上野東急」とかの話もあるけれども、それはまた明日にでも。

 

 

[]「スタア誕生」金井美恵子:著 「スタア誕生」金井美恵子:著を含むブックマーク

 登場人物は女性ばかり。昭和30年代、1950年代の女子会、ガールズトークを再現、再構築したような「記憶」の書ではあるだろうけれども、まずわたしはガールズトークは苦手だし、「それって、<潤色>でしょう?」みたいなところが気になって、あまり楽しくは読めなかったというのが正直なところ。もっともっと、ミーハーなところをうまく書き表してくれれば、もっと笑いながら読むことも出来た気がする。

 この本は「噂の娘」の続編的な位置づけだということだけれども、わたしは「噂の娘」を読んでいないので、とにかくはそっちを読んでみようかな。



 

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■ 2018-07-12(Thu)

 今朝も、月曜日のように早朝に雨が降っていた。今朝は出勤時間に雨が重なってしまい、地下鉄駅からは傘をさして仕事場へと歩く。歩いていて、かたつむりがこの天候にご機嫌で散歩しているのに出くわしてしまった。彼(彼女?)がのんびりと進んで行く舗道はけっこう滑らかそうな石の張られた舗道で、かたつむりも「これはバリアフリーだね」と思ったかどうか知らないけれども、なんだか見ていても快適そうだった(こういうのは、ずっと眺めていたくなる)。しかし、こうやって「かたつむり」なんかに遭遇するのは、ずいぶんと久しぶりのことだ。

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 雨はじきにやみ、仕事を終えて帰宅するときにはもう、空も晴れていた。家の近くでは2羽のアゲハチョウがいっしょに飛んでいるのをみて、写真に撮ろうとしたのだがうまくいかなかった。昨日は、職場の近くでアオスジアゲハが飛んでいるのもみた。意外と、こうやって都市近郊とかで生活して都心に勤めていても、いろいろな生物に出会うことが出来るものだ(職場の近くには例によってハクビシンも出没するらしいが)。楽しみはバードウォッチングだけではない。

 昨日から金井美恵子の「スタア誕生」を読んでいて、明日には読み終わるだろうから感想は明日書くとして、ま、この本は1950年代とかの映画とかファッションとかの受容のされ方を、女性の視点から書いた風俗史みたいな側面もあるわけだけれども、金井美恵子はわたしなどよりは年上とはいっても、読みながら「そうそう、そういうこともあったかも」などと思ったりもする。
 それで思い出すのは自分の<映画体験>のことなどで、わたしの両親は育児よりも映画を観るのが好き!という<育児放棄>夫婦で、そういう映画を観るということでさいしょに思い出されるのは、「今治水」という、虫歯の痛み止めの瓶詰めの液体(薬?)のことで、両親はわたしが虫歯になっても歯医者になど連れて行かないわけで、それで夫婦で夜に映画を観に行ったりするのだが、さすがにわたしを家に残して行くわけにはいかずに映画館に連れて行くのだが、幼いわたしには映画を観ても理解出来るわけもなくて時間を持て余し、そうすると虫歯が痛み出すというのが「年中行事」で、わたしが「歯が痛い〜!」と騒ぎ出すと、その虫歯になっているところに「今治水」というヤツをたらし込んで、つまり神経をマヒさせて痛みを忘れさせる液体ですね。そういう<荒療治>をやる。だから、「映画」というものでさいしょに思い出すのは、その「今治水」というヤツのこと(幼児に理解出来そうもないその「今治水」とやらのことをなぜ記憶しているのか、それはもはや<永遠の謎>ではある)。
 それでも、断片的にでも記憶している映画というのはあるもので、そのひとつはジョン・ヒューストンが監督してグレゴリー・ペックが「エイハブ船長」を演じた「白鯨」で、これはでっかい鯨が登場しますしね、子供心にも「うわっ!すごい!」というところがあって、それで映画を観た帰り道に母が父に、「(鯨にロープでがんじがらめにされて海に沈もうとするエイハブ船長が)おいで、おいでしてるみたいに見えたわね」というような話をしていたことをよく覚えていて、その、鯨にしばられたグレゴリー・ペックの姿も、何となく記憶しているような気もする(これは後年、成長してからこの「白鯨」を観た記憶がフィードバックされているのではないかとも思うのだが)。
 もうひとつ、同じように映画を観終わったあとの母の言葉で覚えている映画があって、それは今では知る人も少ない作品だろうけれども、ロバート・ワイズ監督の「トロイのヘレン」という映画で、つまりトロイア戦争を描いた活劇なわけだけれども、これが調べるとその戦争の原因ともなったヘレン(ヘレネー)を演じていたのが(あの「黄金の七人」の)ロッサナ・ポデスタだったりもしたのだけれども、これは映画の中でパリスがメネラーオスと戦って倒されるわけだけれども、母はあとで、「(パリスは)勝った、と思って油断してしまったのよね」と話していたわけで、それでわたしは「そうか、勝った、と思って油断してはいけないのだ」という重要な教訓を学んだのでした(映画の方は実は覚えていないのだけれども)。
 「育児」ということにはまるで無頓着だった両親だったけれども、それでも自分たちの好きな「映画」というもので、この子(わたし)も気に入るようなものを見せてあげよう、という気もちはあったようで、それでディズニー映画の「わんわん物語」を観に、映画館に連れて行ってくれた。‥‥これはもう、わたしの「映像」への「原体験」といってもいいようなもので、このことでは両親に感謝するしかない。わたしは以後レイシストのディズニーのことは大っ嫌いになるけれども、この「わんわん物語」のことはぜったいに悪く言えない。今でも、そのとき映画館で観た映像をあれこれと覚えている。意地悪なシャム猫たち、野犬狩りの馬車、そして、今観ても泣いてしまう「ベラ・ノッテ」の歌とミートボール・スパゲッティのシーンとか(しかし、今観ると、さいごにレディがトランプの子を産んじゃってるところを見て、「そうか、やっぱりトランプはレディに後背位でヤッたわけか」などと、純真さのカケラもないことを思ってしまうので、ダメですね、ホント)。

 そういう、自分の「映画体験」のことは、思い出すと面白いので、明日も書いてみようかと思います。

 

 

[](39)Three is a Green Crown(2) (39)Three is a Green Crown(2)を含むブックマーク

 ロビン・ウィリアムソンは、前作の「5000 Spirits」ではまだ、既存の西欧音楽的なフォークとかブルーズの形態から脱することが出来なかった印象があるのだけれども(それでも優れたソングライターだったわけだけれども、このことはまたそのうちに書く予定)、この第3作でまさに<飛躍的>に成長、これは前のモロッコ旅行の成果なのだろうけれども、自作曲において、その使用楽器のみならず、シンギングにおいても<非西欧圏(とりわけアラビア圏)>の旋律を活かした歌唱を披露することになった(このことは、もっともっと評価されていいことだと思うのだが、日本ではこれを「ヘナヘナ歌唱」などという、バカげた批評がまかり通ることになる)。ある面で、その最大の成果がこの曲ではないかと思う。

 それは単に楽曲面に限ってのことではなく、この「詩」がまた、すばらしいのではないのか。ここにロビンの文学的な素養も感じ取ることも出来るし、また、当時のヒッピー・カルチャーの(文学的)代弁者としての力量を読み取りたくもなる。
 このことを書こうとすると、自分の文学的な教養のなさを痛感せざるを得ないのだけれども、この曲で歌われているのは<この世ならざる世界>への憧憬であり、それは<世界を纏める真理>への憧憬、言ってみれば「ロマン主義」ということではないだろうか。それは「秘蹟」を求める「神秘主義」の発露でもあって、ウィリアム・ブレイクからドイツ・ロマン派、そしてフランス象徴詩へと連なるルートではないのか。そしてそのルートは、この一瞬、ヒッピー・カルチャーへと飛び火しようとしていたと考えられるのではないだろうか。特にこの曲の最終節、

Vibrating light forever one the sun
The book of life is open to us
There'll be no secrets left between us

 の一節は強烈である(ここで歌われる"Vibrating"="Vibration"という言葉は、同じアルバム中の先にふれた「A Very Cellular Song」でも重要なキーワードであり、当時のヒッピー・カルチャー解釈の上でも重要ワードではないかと思う)。

 まだまだ書き足りない思いはするが、ここで「音」的な面で語っておけば、ロビンのギターと、この時期に彼がはまっていたギンブリの弓での奏法、そしてシタールをマスターした*1マイクによるシタールのサポート(見事!)、そしてロビンのパーカッション、二人の絶妙のコーラスワークと、マルチトラック録音とはいえ、とても二人だけでの演奏とは思えない重厚さを感じさせられる。


 

*1:前作「5000 Spirits」ではマイクはまだシタールの練習中で、このアルバム「5000 Spirits」でのシタール演奏は、ゲスト・ミュージシャンによるものだった。

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■ 2018-07-11(Wed)

 ニェネントは、人間の言葉が、おそらくは最低ふたつだけはわかるようだ(どちらかというと頭の悪いネコだから、ふたつだけでもしょーがない)。ひとつは自分の名前の「ニェネント」で、「ニェネント!」と呼ぶと振り向く。「おい!」と呼んでも振り向くこともあるけれども、コレは単にわたしが何か声を出したから振り向いてみました、みたいなところがあるから信用出来ない。もうひとつは「ごはん!」で、これはぜったいにわかっていて、そんな時間になってわたしの近くでゴロゴロしているニェネントに「ごはん!」というと、とたんにシャン!となって、わたしの顔をみてにゃんにゃん啼き、わたしのまわりをグルグル廻りはじめるのである。それで「ごはん」を出してあげると、がっつく。ニェネントの日常である。

     f:id:crosstalk:20180712155448j:image

 それでニェネントは昼間わたしがウチにいて、リヴィングでパソコンに向かっているときなど、たいていはわたしのそばでゴロッと寝転がっているのだけれども、たまに気が向くとムクッと起き上がって、そばの出窓の上に跳び乗り、それからしばらくは出窓の上でくつろぐことになる。その、リヴィングの床でゴロッとなっているニェネントが起き上がると、わたしも「おっ、そろそろ出窓の上に跳び上がるのかな?」と思ってニェネントのことを見つめるのだけれども、「これから跳び上がりますよ」みたいな感じで身をもぞもぞさせてから着地地点を定め、「ふわっ」と跳び上がる。そのジャンプが見事で、いつも見惚れてしまうのだけれども、ジャンプしてある程度の高さまで上がると、そのあとは重力の法則とか慣性の法則に身を任せるわけで、よけいな動きもみせず、それは無重力状態の世界で浮き上がったようにみえる。優美だ。この上なく美しい。やはりネコはサバンナで暮らすヒョウとかの同類なのだなと、感心しながら思うのだ。

 昨日まで読んでいた「アレキサンドリア・カルテット」の3冊目、「マウントオリーヴ」を読み終えたので、さあ、最終巻の「クレア」に行こう!というところなのだけれども、先週図書館で金井美恵子の「スタア誕生」を借りてしまったのを読まなくてはならないし、「お楽しみは先延ばし」という感じで、今日からはその「スタア誕生」を読むのだった。

 

 

[](38)Three is a Green Crown(1) (38)Three is a Green Crown(1)を含むブックマーク

 先日の、バンドの3枚目のアルバム「Hangman's Beautiful Daughter」からの「A Very Celluler Song」については、まだまだ書きたいこともあるのだけれども、今日は同じアルバムに収録されている、一方のロビン・ウィリアムソンの作品「Three is a Green Crown」について書きましょうか。これはアルバム中でその「A Very Celluler Song」に次ぐ長尺の曲で、このアルバムでのロビンの代表曲と言ってもいいのではないかと思え、その内容もまさに、マイク・ヘロンの「A Very Celluler Song」との好対照を成しているといえるでしょう。そしてこの二つの曲の「対照」こそがどこまでも、このバンドでのロビンとマイクとのどこまでもつづく「相違点」ということにもなるわけでしょう。この曲です。

      D

 今日はその「詩」を紹介し、またまた拙い訳を試みます。詳しい分析は明日以降にいたします。

Not with the lips of skin nor yet with the lips of dark snow
But let the white dove sing
Of the body of life of the lover whose love is complete
Hold hands out to greet, let not the swan be brought low

人肌の唇ではなく、ましてや暗い雪の唇でもなく。
しかし、その白い鳩に歌わせようではないか。
完全な愛を成し遂げた恋人の、その生命の本体を。
迎え入れるために手を差し伸べよう。決して、あの白鳥を落ちぶれさせてはならない。

For all that is moving, is moved by her hands
She is mirrored for ever in the life of the lands
In the building of thoughts in the shifting of sands

それら動くものすべて、すべては彼女の手の中で動いている。
彼女は永遠に、この地の生あるものの鏡。
移動する砂漠の中の、思考の建造物の中の地。

Life, life remembering

生命よ、生命は思い出すだろう。

Well here you are now, O now you are here
Well how has it been so far?
The hair and the fur
Lemons, frankincenses and myrrh

さて、貴方は今ここにいる。おお、今貴方はここに。
さて、これまではどうだったのだったか。
その毛髪、そしてその毛皮。
檸檬、乳香、そして没薬。

For all that is moving is moved by her hands
She is mirrored for ever in the life of the lands
In the building of thoughts in the shifting of sands

それら動くものすべて、すべては彼女の手の中で動いている。
彼女は永遠に、この地の生あるものの鏡。
移動する砂漠の中の、思考の建造物の中の地。

Let the cracked crystal raindrop be merged in the sea
Silent shining thoughtless free
But close your eyes to find the golden flower
And open them to see the sunshine shower
Where the flowers are free and the fishes ask ah, what can water be

割れた水晶の雨粒を、海に溶け合わせよう。
沈黙は思いやりもなく、自由に輝くだろう。
しかし、黄金の花を見出すために眼を閉じよ。
そして、降り注ぐ陽光を見るために眼を開けよ。
そこでは花々は自由であり、魚たちは「ああ、水に何が出来るのか」と尋ねるだろう。

She beareth thought, she beareth visions
Speaking truth in contradictions
Dreams of pain, dreams of laughter
And every action follows after

彼女は思考力を産み出し、彼女は洞察力を産み出す。
矛盾の中に真実を語るであろう。
痛みの夢、笑いの夢。
そして、すべての行動はそのあとに続くことになるだろう。

O second self, O gate of the soft mystery
I'll love you if you'll love me, O guide me
With the gold of Gabriel's wing grant me the tongue
That all the earth does sing

おお、もうひとつの自我よ、おお、優しき神秘の門よ。
貴方がわたしを愛するのなら、わたしも貴方を愛しよう。
おお、わたしをガブリエルの翼の黄金で導きたまえ。
わたしにすべての大地が歌うたう舌を与えたまえ。

Vibrating light forever one the sun
The book of life is open to us
There'll be no secrets left between us

振動する光は永遠に、ただひとつ太陽。
あの生命の書物がわたしたちのために開かる。
もはや、どのような秘密もなにひとつ、わたしたちの間に残されることはない。

 むむむ、こういう詩は、訳していて楽しいですね。訳文は酷いだろうけれども。


 

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■ 2018-07-10(Tue)

 西日本一帯は、先日の大雨で未曾有(この「みぞう」という言葉を書くと、どうしてもあの「ナチス大好き」の麻生副総理のことを思い出してしまうのだが)の被害を受けて、まだ日ごとに被害規模は拡大しているみたいだ。土曜日曜に何とか被害を免れたと思っても、これからどうなるかわからないような地域も多いみたいだ。早くすべてが終息するように。
 あまりに被害を受けた範囲が広いようなので、報道もその被害のすべてを知らせることが出来ないみたいだ。これは報道の怠慢のせいでもないと思うが、助けの手を待つ人は各地に拡がっている。どのように救済援助の手を差し伸べられるか、こういうときにこそオルタナティヴな動きが求められるように思い、そのような動きを支援したいと思っている。というか、自分自身がそういうオルタナティヴなオルガナイゼイションを立ち上げることを考えたいとも、本気で思う(今の政府がアレだから)。

 それで話変わってこれは、勤め先の近くで、仕事を終えたあとに駅に向かう途中で撮った写真。引き延ばしたので粒子が粗くて申し訳ないですが。

     f:id:crosstalk:20180711170217j:image

 ちょっと左側(茶色の柱の影)にスズメがいるのがわかるかと思うけど、このスズメは親鳥で、実はこのスズメの向っている、前の配電ボックスのようなところの丸い穴の中に、そのスズメのヒナがいる。うまくそのヒナが顔を出しているところを撮れなかったので残念だけれども、つまりこの丸い穴の中を巣にしているようで、親のスズメがエサを運んでやっているみたいだ。ヒナも見た感じはずいぶん大きくなっている感じで、もうそろそろ巣立ちの日も近いのだろう。
 この配電ボックスはまさに車道と歩道のあいだ、信号のすぐそばにあって、「よくこんなところに巣作りをするもんだな」と思ったけれども、家に帰って調べてみると(またWikipedia頼り)、スズメもまたツバメのように人間の生活に密着した生き方をしているそうで、まさに「電話線の分配ボックス、電柱トランス下のスペース、交通標識の横に伸びたパイプ等でも営巣する」と書かれていた。こういうことはまるで知らなかった無知なわたし。
 スズメの数はずっと減少傾向にあるそうで、わたしの家の周囲でもそんなにスズメを見かけることもないのだけれども、逆にわたしの勤め先、東京のど真ん中あたりにはかなりの数のスズメの姿を見ることができる。

 ‥‥スズメは、かわいい。チュンチュンと鳴きながら、歩道や歩道沿いの植え込みのあたりをちょんちょんと跳び回っている。そんな小さなスズメたちの姿を見ていると心がなごむ。「高尚な趣味」の「バードウォッチング」をなされるような方々はスズメなど見向きもされないのだろうが、わたしはスズメを見ているのが好きだ(同じ都会にいるハトは、あんまり好きではない)。一時間でも二時間でも(いや、もっと!)、スズメがぴょこぴょこ跳ねている姿を見つづけていたいとも思う。

 

 

[]「マウントオリーヴ」ロレンス・ダレル:著 高松雄一:訳 「マウントオリーヴ」ロレンス・ダレル:著 高松雄一:訳を含むブックマーク

 さいしょの「ジェスティーヌ」、そして次の「バルタザール」が共に語り手としてダーリーという人物を置き、このアレキサンドリアという都市での複雑な人間関係を語って来たわけで、そこではジェスティーヌという<ブラックホール>的な魅惑的な女性を中心に、まずは「ジェスティーヌ」で、彼女に誘惑される語り手のダーリーの視点から、ジェスティーヌとその夫のネシムとの関係は何なのか? という疑問が呈される。「バルタザール」ではダーリーは単に利用された「捨て石」で、イギリスの外交官パースウォーデンが本命で、それでジェスティーヌは行方不明になった彼女の娘を捜してくれるという条件でネシムといっしょになったのではないかと語られていたわけだけれども、この「マウントオリーヴ」ではダーリーの視点を離れた記述になり、後にイギリスの駐エジプト大使になるマウントオリーヴを中心に、少し時代をさかのぼってこの錯綜した人物関係が語られる。
 ‥‥なんだ、なんということだ。ぜんぜんちがうではないか。ここにあるのは第二次世界大戦後のエジプト周辺の政治的駆け引き、民族紛争でもあって、今まで語られていたジェスティーヌの存在は、まるで、まるっきし違う容貌を帯びてくることになる。‥‥ここではこれはある面で、ピンチョンの「V.」の後日談というか、「アラビアのロレンス」のその後というか、そういう様相を帯びてくる。これは、エジプトという地を舞台とした、地政学的な闘争に巻き込まれた人々のストーリーではないか。

 この巻では、その大きなストーリーとは外れるのだけれども、医師のアマリルと、彼と仮装謝肉祭で出会った恋人との話に泣かされるのだった。しかし、このあといったいどうなるのか? とりあえずはちょっとお休み。


 

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■ 2018-07-09(Mon)

 月曜日で、今日からまた一週間の仕事が始まり、それで今週末はいろいろと予定もあるね、というのに、そんな月曜日からわたしは舞台を観に行ったりする。場所が上野で我が家から近いからとかいうつもりもあるのだが、ま、いろいろあってこういうことになってしまった。

 「今日もまた暑い一日かな?」とは思っていたのだけれども、7時半ぐらいからすごい勢いの雨が降り出したりして、この雨が午後まで続くとイヤだな、などとは思っていたのだけれども、そんな雨も一時間ぐらいでやんでしまい、あとはだんだんに青空が拡がりはじめるのだった。
 仕事を終えて、今日はダイレクトに家に帰るわけではないからどこかで昼食にするのだが、これから行こうとする上野の劇場が、しばらく前に上野に行ったときにランチを食べたスポットのけっこう近くなので、またあの店に行こうかという気もちはあったのだけれども、上野に着く頃にはまさに「ランチ・タイム」になって混み合いそうな気がして、やはり飯田橋周辺でランチ。今日はいつものカフェではなく、日高屋にして、「ニラレバ炒め定食」などにした。わたしは普通はこういうのは「レバニラ炒め」と呼んでいて、「レバニラ炒め」と「ニラレバ炒め」とはどう違うのかわからない。「肉野菜炒め」とはいうが、「野菜肉炒め」などとはぜったいにいわないと思うのだが、どうしてこの「レバ」さんと「ニラ」さんだけ、順列があいまいなのだろうか。というか、これは日高屋がおかしいのだ。こういうネーミングはまず「蛋白系」が先に来て、それから「野菜系」がつづくのが<正統>だろう。だからこそ「肉野菜炒め」が一般に流通しているわけで、この場合も「レバニラ炒め」でなくてはいけない、そう思う。‥‥それでまさにそんなネーミングの通りに、わたしは自分の家でつくる「レバニラ炒め」の方が、日高屋の「ニラレバ炒め」よりも好きである。

 ‥‥などと考えながら満腹になって店を出て、芝居が始まるまでは時間がいっぱいあるので、駅のそばの量販古書店に行ってみる。今日は108円の文庫本のコーナーをみていて、ヴァージニア・ウルフの「ダロウェイ夫人」が108円というのがかわいそうになり、「助けてあげようか」と思う。本を手に取ってさいしょのページをめくると、

 ダロウェイ夫人は、お花は自分で買いに行こう、と言った。
 なにしろ、ルーシーは、あれもこれもで手いっぱいなんだから。

 という調子で、「あららら、これは<古典名作>の風格のない訳文だな」みたいな気分になってしまったけれども、「ま、いいか!」と買うことにする。それで「もう一冊買いますか」と棚をみて、ポール・ギャリコの「猫語の教科書」なんかもあわせて、二冊を買うのだった。

 メトロでいつもの帰り道の湯島駅まで出て、そこで下車して上野方面まで歩く。暑い。それにやはり、上野駅の反対側、北上野までは距離がある。‥‥おっと、山手線を越えて山手線の輪の外に出て、上野駅を通り過ぎると、目の前にでっかいスカイツリーの姿がみえた。こんなにでっかいスカイツリーをみたのは、はじめてかもしれない(これ以上でっかいスカイツリーをみることはないかも)。

        f:id:crosstalk:20180711152016j:image

 今日の劇場、「上野ストアハウス」に到着。少年王者舘の公演、「街ノ麦」の、この日がラストの公演、千穐楽。この劇場には前にも少年王者舘がらみの公演で観に来ているはずだけれども、やはり憶えてはいない。しかし、この春の桜の花の満開のときに上野に来て、ランチを食べる店を探してさまよい歩き、上野公園から反対側まで出て来てそれでみつけたエスニックな店があったのだけれども、その店が劇場のすぐそばだった。

        f:id:crosstalk:20180711152043j:image

 早く到着したので余裕で良席に座れたけれども、平日の昼だというのにこれが超満員で、あとから真ん中通路に座席を追加で置いたりするのだった。これは今回の公演がミュージシャンとのコラボで、そのミュージシャン人気ということもあるんだろうか(チケットがいつもより高めで、これもミュージシャンのギャラが上乗せされたせいぢゃろうとは思った)。

 そういうわけで楽しい舞台が始まり、そして終わる。帰りは上野駅から常磐線の快速を使う。‥‥これは便利だ! そして早い! 30分ぐらいで柏駅に着いてしまう。ウチの最寄駅は快速は停まらないので、乗り換えなければならないのが難だが、帰宅しておかずをつくるのも面倒なので(米は炊いてある)柏駅で外に出てみて、近くのスーパーで値引きされていた肉団子を買って帰るのだった(これはニェネントくんには食べられないな)。
 帰宅してドアを開けると、今日はさすがに待ちくたびれていただろうニェネントくんがお出迎えしてくれた。遅くなってゴメン。おみやげがないけど許してね、などといいながら、ネコ缶を開けて出してあげる。ニェネント、がっつく。わたしはひと休みしてから買って来た肉団子にレタス、トマトを添えての夕食。肉団子はボリュームがあり、半分食べて満腹。残りの半分は明日の夕食にしよう。

 

 

[]少年王者舘「街ノ麦」原作:加藤千晶 天野天街:構成・演出 @上野・上野ストアハウス 少年王者舘「街ノ麦」原作:加藤千晶 天野天街:構成・演出 @上野・上野ストアハウスを含むブックマーク

 いつもの、舞台空間を異次元化するような、メタ舞台的な演出ではなく、意外にストレートなお芝居だった。舞台美術もそっけないというか、ただ赤レンガ塀が並ぶだけみたいな(これは奥にミュージシャンらが生演奏するためもあるのかな?)。「ことば遊び」もほとんどないが、いつものセリフのしりとり、暗転して明るくなると情況が一変、というような演出は健在。
 原作は天野天街氏ではないのだが(ミュージシャンで参加の加藤千晶によるもの)、喜劇調、ジュブナイルSF風ノスタルジックなテイストもある少女コミックというような感じで、観ているうちに「こういうのって、過去の<少年王者舘>の持ち味だったんじゃなかったかな?」という気になり、かなり懐かしい気もちで観た(小学生が考えそうな、くっだらなくって下品な(ケナしているのではありません)ウン◯ネタの連続とかも、かつての<少年王者舘>の定番というか懐かしくもうれしく、このあたりは天野さんのサシガネだっただろう)。しかも、途中で珠水さん登場のとたん、わたしの頭の中では「<遊星ミンツ>だ! <遊星ミンツ>だ!」と記憶がよみがえり、超絶うれしくなってしまった。

 バックバンドは基本<街々ソックス>という6人編成のユニットで、キーボードとヴォーカルがその加藤千晶という方*1。わたしはまったく存じ上げていなかったのだが、子ども向け番組への楽曲の提供、CMソングの製作などですっごい活躍されている方らしい。今日の音楽も、そんなジュブナイル風ノスタルジックな舞台世界を音の面からサポートされていて、すっかり舞台に溶け込んでいたと思う(ヴァイオリンの方はあの<カトラ・トゥラーナ>のメンバーだという。<カトラ・トゥラーナ>がまだ現役で活動しているということにもおどろいた)。珠水さんも一曲歌うのだった。

 今回の舞台の主役は山本亜手子で、やっぱり役者としての力量でいえば、今の<少年王者舘>では抜きん出た印象はある。全体のコミカルな雰囲気の中で、「すっ」とシリアスな空気を流入させる見事さ。そして雪港のコメディアンヌ的な存在と、岩本苑子の<少年王者舘>の女優の伝統を引き継ぐような存在感に惹かれた。

 来年はいよいよ、<少年王者舘>の新国立劇場への進出になるわけだけれども、今回はそんな来年の公演に向けての「原点回帰」みたいな意識もあったのだろうか、観たあとに考えて、そんな印象を持った。この日の公演も楽しかったし、やはり来年が楽しみになるのだった。


 

*1:あとで調べると、この加藤千晶という方はかつて<少年王者舘>にいらっしゃった方で、しかもこの「街ノ麦」は1993年に初演されていたものとの記述がある。少年王者舘の公演記録では、その1993年版の「街ノ麦」は見つからないのだけれども。

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■ 2018-07-08(Sun) このエントリーを含むブックマーク

 朝起きたときから涼しい。というか、半袖Tシャツ一枚では寒いという感じもする。西日本ではとても広い地域での豪雨でたいへんなことになっていて、その雨がこっちに移って来るのかと思ったが、そういうことにはならないみたいだ。しかしわたしはもう、昨日までの暑さで早々と「夏バテ」気味なのか、いろいろとヤル気がしない。いちばんヤル気がしないのが食事をつくることで、次が掃除。食事をつくる気がしないというか、食欲がない。何を食べても「おいしくない」気がして、アレをつくろう、コレをつくろうと思っても、出来上がりの「味」を想像すると、「食べたくないな」という気分になってしまう。ニェネントはいつも食欲があってうらやましいというか、今日も昨日の「どうぶつ病院」での(悲惨な?)体験もケロッと忘れて、元気である。これからはキミのことは「Nyenent The Brute」(凶暴なニェネント)と呼ぼうか?

     f:id:crosstalk:20180710143901j:image

 それで、掃除をするのも面倒なので部屋の中がいろいろと大変なことになりつつもあり、こういうのも実は、ニェネントの喜んでしまうところなのではないのかと思ったりする。わたしの脳は、どんどんとニェネントに喰い尽くされていっているのかもしれない。今日から大相撲が始まったというのに、それも見るのを忘れていてしまった。ま、明日は月曜日だけれどもいろいろと動いたりするので、今日はゆっくりと「休養日」じゃ。

 

 

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■ 2018-07-07(Sat)

 今日はついに、ニェネントの健康診断で、ニェネントを近所(ウチから歩いて5分)のどうぶつ病院へ連れて行く。「はたしてニェネントは診察のあいだ、おとなしくしてくれるだろうか」と、ちょっと心配し、わたしも緊張する。ニェネントが病院に行くのはこれがはじめてではなく、2年ほど前に皮膚病でいちど行ったこともあるけれども、そのときもニェネントにさわろうとする先生に「シャーッ!」と歯向ったのだった。今日はどうだろう?

 朝からニェネントは洋服ダンスの上のペットキャリーの中でまどろんでいるので、それをそのまま降ろして、荷物のように病院まで運べばいい。でも、ニェネントを外に連れ出すのはココに転居してから初めてのこと、道すがら、キャリーの中でニェネントは「どこへ連れて行くのよ!」って感じでにゃーにゃーとないている。「大丈夫だからね! 心配しなくっていいんだよ!」と声をかけながら病院へ。‥‥おっと、意外に診察を待つ先客でロビーはあふれていて、「これはしばらく待たなくっちゃいけないな、ニェネントは大丈夫かな?」と気にかかる。ちなみにこの「どうぶつ病院」、ネットで調べたかぎりではこの近郊でもいちばん評判の高い病院だ(そういうのがどこまで信頼出来るかはわからないが)。
 やはり順番を待っている人のキャリーの中のネコが、ものすごくものすごくニェネントに似ていて、ほとんどまるで双子のきょうだいみたいで、よっぽど声をかけようとも思ったのだけれども、その人の順番が先に来てしまったり、機会を逃してしまった。それでも、「はちわれ」の模様とか毛の色、ピンクの鼻の色、そしてその顔つきとかあまりにニェネントにそっくりで、何かで取り違えられてこのネコを「はい、ニェネントちゃんですよ〜」と手渡されたら、疑いも抱かずにウチに連れて帰っちゃうんじゃないかと思ってしまった。

 一時間以上待たされて、「よくニェネントも我慢してるな」と思っていてようやく順番が廻ってきて、診察室に。若いけれども、なかなかに経験豊富そうな男の先生だ。ちょっとばかりニェネントの状態の問診があって、「では血液検査をしましょう」ということになり、「どうぞ待合いでお待ちになって下さい」といわれる。
 わたしはこのときに、「このネコはわたし以外の人間がダメなので、いっしょに付き添います」とか言えば良かったのかもしれない。待合いに引っ込んで待っていると、診察室でニェネントの「吠える」声が聴こえてきた。あららら。
 ‥‥診察室のドアが開き、「ちょっと‥‥」と呼ばれ、「あのですね、興奮しているようでとっても<凶暴>になっていて、診察出来ないですね!」といわれてしまった。「あ、わたしがそばにいてアシストしてやれば大丈夫だと思いますけど」と言ってみたけれども、「いや、ムリでしょうね」と言われてしまった。ニェネントはキャリーの中におさまって、その時はおとなしくしているのだった。

 いちおう先生とニェネントの健康状態で話をして、「最近吐くことが多くなった気がします」と話をすると、この病院の方でそういう、ネコの胃にやさしい固形食料(カリカリ)も用意しているそうで、わたしもちょうどそういう、ニェネントに向いた固形食を探していたところなので、「次回からはこの病院で買おう」と思うのだった。

 しかしアレだな、せっかく「健康診断」やろうと思ったのに、「無」になってしまったではないですか! ニェネントくん! ま、良心的な病院というか、会計はほとんどタダみたいなものだったけれども。それでもどこかでいつか、ちゃんとした「健康診断」は、受けさせたいところではあります。

 ニェネントを連れて帰って、「何か<ストレス>になるような体験をさせたのだったら可哀想だったな」などと考えていたのだけれども、帰宅してキャリーからニェネントを引っぱり出してやると、なんだか「ケロッ!」としている感じで、「<心的外傷>? <トラウマ>? あなた、そんなものはありませんよ! わたしは<ネコ>、<トラ>や<ウマ>ではありませんことよ!」みたいには見えたのでホッとした。ま、あなたの<人間嫌い>は再確認させていただきましたよ。

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 思い出してみれば、ウチの娘がはじめてニェネントに対面したときも、ニェネントは「シャーッ!」って娘を威嚇しまくって娘はニェネントを怖がって、次に娘がウチに来たときも、ニェネントに近づこうとはしなかったのだった。娘はニェネントのことを「獣(けもの)みたいだ」って言っていたっけ。

 これはね、ニェネントのお母さんのミイのDNAというか、産まれたときの教育の成果というか、おそらくミイは子どもたちに、「いいこと? ぜったいに<人間>には心を許してはいけないのよ! あいつらはわたしたちの最大の<敵>なのよ!」と教育していたというか、そういう思考を遺伝させていたにちがいなく、わたしはニェネントの前に、ミイの子の「ユウ」をなんとかわたしに慣れさせようと努力して、飼おうと試みたこともあったのだけれども、まったくわたしに心を開くこともなく、部屋に閉じ込められることを嫌がり、わたしはユウを飼うことをあきらめて外に出し、本来の「野良」に戻してやることしか出来なかったし、ニェネントのきょうだいのジュロームも、産まれてさいしょの二週間はわたしの部屋でニェネントといっしょに育てて暮らしたというのに、そのあとお母さんのミイに外に連れ出されてしまい、しばらくしてわたしの部屋に戻って来たときにはもう、まったくわたしに懐くこともなかったのだった。あのときの体験が、わたしに「ネコを愛する」ということがどういうことか、考えさせられたということは確かなこと(でも、ミイはその臨終のときに、わたしの部屋を<死に場所>に選んでくれたのだった)。

 今日は西日本は豪雨で、テレビを見ていると多くの犠牲者が出ていることが伝えられた。わたしは今の住居を決めるとき、ポイントのひとつに「水害の心配のないこと」ということも考えていた。この地は高台を走る国道からのスロープのとちゅうにあって、ノアの方舟が出動しなければならなくなるような事態にならないかぎり、水害の心配はないだろうと思ってはいる(多分ね)。とにかく、被災された方々にはお見舞いを申し上げ、これ以上被害が拡がりませんよう、祈る思いです。

 

 

[](37)宗教について。 (37)宗教について。を含むブックマーク

 わたしがこうやって、「インクレディブル・ストリング・バンド」の歴史を辿ろうとする試みの、その根源には「ヒッピー・カルチャー」から「宗教」へとの移行があるということは、幾度か書いていることだけれども、昨日、「日本でいえば<コレよね!>」という、「オウム真理教」の教祖ほか、7名のメンバーに死刑が執行された。ショックである。

 わたしもまた、そのインクレディブル・ストリング・バンドが帰依した「サイエントロジー」について、肯定的な気分で書いているわけではないわけだし、前にも書いたように、そんなヒッピー・カルチャーが、例えばアメリカではチャールズ・マンソンの「マンソン・ファミリー」的な事象で壊滅したといえることに興味もあり、このインクレディブル・ストリング・バンドという、才能あった音楽集団の<衰退>と共に考えてみたい(それをすべて「サイエントロジー教会」ゆえ、と捉えることは出来ないのだが)、という気もちがあった。

 では、「マンソン・ファミリー」や「オウム真理教」(このふたつを並列するのはいかにも<乱暴>なのだが)の<錯誤>は、どこにあったのか。そして、わたしは「サイエントロジー教会」についてほとんど知ることもないまま、こうやってあれこれと書いているのだが、それもまた<乱暴>ではないのか。‥‥しかし、<乱暴>なのはわたしだけなのか。

 わたしは今の日本の人々の、「宗教」への不寛容のことを言いたい。これはこのコラムの趣向とは離れるかもしれないが、いや、そうでもないだろう。これは、「わたしたちはどう生きるのか」という問題だろう。
 そういうことで、わたしは某ニュースサイトへの「コメント」とかを読み、日本の人たちがいかにムスリムを誤解しているか、ということを知る。そういう狭量な日本人(その数は今では多数派なのだろう)は、イスラム教を不寛容な宗教と排除しようとする。‥‥そうか? そうなのだろうか? わたしはオルハン・パルクの「雪」を読み、そしてイスタンブールに住む野良ネコのドキュメンタリー、「猫が教えてくれたこと」を観て、イスラム文化の豊かさ、その寛容さというものを思い知った思いがする。特に「猫が教えてくれたこと」は、イスタンブールの人々がそのイスラムの「隣人愛」の延長で街に住む野良ネコらを愛するさまを見て、感銘を受けたものだった。
 多くの日本人は、そんなイスラム過激主義者の行動からムスリムを排除しようとするようだが(すぐに記憶に甦るのは、あの<舞踏の大御所>と目される某人物が、「彼らは生まれたときから洗脳されている」と語った<暴言>で、わたしはその文を読んだときに、「もう二度とこの男の舞台は見ないようにしよう」と思ったものだったし、先日読んだ金井美恵子の「カストロの尻」の中で、彼の若き日の日本青年館での公演を(おそらくは)揶揄して書かれていたことに、喝采したものだった)、今の世界で危険なのはむしろ、キリスト原理主義者であり、そこにフォローしようとするドナルド・トランプらの存在であることは明白だ。しかしそれでも、キリスト教文化は世界の歴史をリードして来たところがあり、そんなキリスト教文化を抜きにして「絵画」「文学」「音楽」の歴史を語ることはできない。そして、インクレディブル・ストリング・バンドの音楽に触れるならば、やはりそのようなキリスト教文化の伝統の中から生まれた音楽であることを否定することはできない。
 つまり、キリスト教だって<負>の歴史を抱えていることは誰でも知っていることで、そこから派生した「サイエントロジー」のどこが<負>なのか、ということにもなる。

 これは「オウム真理教」でも問わなくてはならないことで、もちろんわたしは、どの一点でも「オウム真理教」のことが擁護出来るとは思わないわけだが、それでも全盛期には一万人を越える信者を獲得し、かなりのインテリジェンスを持つ人物が、地下鉄サリン事件のような「無差別殺人」を実行しようとした、このことは犯罪実行者をさっさと処刑すればいいことではなく、そんな彼らの心理、精神構造をどこまでも究明することが必要だったと思う。ほぼ終身刑だったチャールズ・マンソンも昨年死去し、麻原彰晃らオウム真理教の幹部も処刑されてしまった。これでは、「宗教の謎」はわからないままに葬られてしまったことになる。

 わたしは、インクレディブル・ストリング・バンドが、そんな「悪の宗教」に染まってしまった、などとは、ぜったいにいいたいわけではないのですが、とりあえず、これだけのことは書いておきたいと思いました。


 

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■ 2018-07-06(Fri) このエントリーを含むブックマーク

 またネコの話。先日、目黒で5歳の女の子が親から虐待されて悲惨すぎる死に方をして、報道を見る人は皆涙したわけだけれども、あの女の子は「犬や猫のように虐待され」という言い方も成り立つ。そう、犬や猫への虐待は数多い。「狭い部屋に押し込められ、食事も与えられずに医者にも連れて行かれず放置され、そのまま死んでしまう」犬や猫たちは、実はとんでもない数にのぼる。まだ犬はそんな目にあってもいかにも悲しい声で泣き叫んだりもするから周囲の関心をひき、それで助けられるケースもあるようだけれども(それでわたしもそんな飼われ方をしている犬のことを保健所に通報したこともあるが)、ネコはむずかしいところがあると思う。そもそも今はネコというのは「室内飼い」が基本だし、「毎日散歩に連れて行く」のが基本の犬とはちょっとちがう。ネコは、正直、室内で啼いても外からはわからないところがあるし、「あのウチでネコを飼っていたの?」と知られないままのケースは実に多いだろう。
 それで問題は、ネコのことなどちっとも愛していない人たちが、「ネコブーム」とかに乗っかってペットショップからネコを買って来たりするときに起こりがちで、まずはそんな飼い主はネコに室内を荒らさせないために、室内でさらに小さなケージの中にネコを閉じ込め、ずっとその中で飼育する。アリバイ工作のようにたまにケージからネコを外に出して写真を撮り、SNSにそんな写真を投稿し、「ウチのネコ、かわいいでしょ〜!」とやるが、じっさいにはこれっぽっちもネコに愛情を注いではいない。たとえば飼い主が独り暮らしの場合(ウチもそうだが)、自分の部屋でネコがひとりでいることも眼中になく、毎夜のように飲み歩くとか映画を観にいったりとかデートするとか、とにかく飼っているネコとの時間を取ろうとはしない(言い訳のように書いておくと、わたしだってそうやって夜遅くに帰宅することはあるが、いつもいつもニェネントに申し訳ないと思い「ゴメン!今夜は遅くなってしまうからね!」と言って家を出るわけで、なんとかそのあとに<埋め合わせ>をしなければ、とはいつも思っている)。それで病気だかでネコの具合が悪くなっても、決して動物病院に連れて行ったりすることもない。いちおうごはんはあげるらしいが、それをネコが食べなくなっても「しょうがないな、もうこのネコもおしまいか」ぐらいの認識で、それまでのほとんど家に帰らない生活様式を改めるわけでもなく、具合の悪くなったネコのめんどうをみてあげよう、などという発想も浮かばないらしい。どうやら「ああ、もうこのネコも死ぬらしいな」と思っても、そばにいてあげるわけでもなく、これはおそらく「帰ってみたらネコは死んでいた」みたいな情況を望んでいるのかもしれない。
 ‥‥世の中に、同居する自分の家族が<危篤>とか<重態>とかいかないまでも、とっても具合が悪そうなとき、仕事を休むとまではいかなくても、「今日は早く帰ってあげなくっては!」と考えない人はいないだろう(いや、ほんとうに「危篤」のときには仕事など休むのが普通だろう)。ところがそういうことをやらない。そもそも医者にもかからせていないのだから。
 それで当然、あるとき帰ってみたらネコは死んでいる。そうするとその人物はその死んだネコの屍体をいっぱい写真に撮り、SNSに投稿する。「愛猫が死んだ」というわけだが、世の中に自分の家族が死んだとき、その死せる姿を写真に撮り、ひとさまに公表するヤツはいない。これはそんな、ネコのことを愛してもいないからこそできる行為だろう。当然、こういう人は「ネコが好き」というポーズから入るから、ネコを入手するにもペットショップで買うわけで、人気のあるスコティッシュフォールドとかアメリカンショートヘアとかマンチカンとかを大枚をはたいて買うわけで、ニェネントのように「雑種」なんていうのは、ハナっからバカにされてしまうのである。わたしはせめて、そういう「ネコが好き!」というポーズから入ってもかまわないから、せめてペットショップなど経由しないで、「譲渡会」などに足を運び、そこにいるネコの「里親」になり、「ネコを飼うことの<すばらしさ!>」を認識してから、ネコを飼いはじめてほしいと思う。

 わたしは、ニェネントと暮らした短い(といっても8年だ)体験からも、ネコはパートナーの愛情に答える動物だと思う。もしもパートナー(というか、パートナー意識がなければただの「飼い主」だが)がネコを愛しなければ、ネコは「愛されない」不幸に沈む。それはネコの「生きる希望」をも奪うもので、「ここで生きるよりも早く死にたい」と思うかもしれない。今は動物の医学も発達し、たいていのネコは適切に生きれば15年とか20年、いや、25年でも生きるだろう。これはキツい言い方だが、そんな飼っているネコが寿命に満たずに死を迎えたとしたら、よほどの理由がなければ、その飼い主の責任というのはあるのではないのか。「はたして、わたしはあのネコをどこまで愛してあげただろうか」「わたしの愛情は足りなかったのだろうか」「足りなかったとしたらそれはどこで?」と、大きな反省をしなければならないと思う。それが、長い時をいっしょに暮らしたネコへの責任でもあると思う。

 このことではいろいろ書きたいことがあるのだけれども、ネコはその臨終のとき、「静かさ」を求めるという言い方もある。そこから、「だったら飼い主のわたしが臨終のときにいない方がいいだろう」という、詭弁めいた考えもある。それはない。それは飼い主として飼いネコとのリレーションシップの否定であり、「看取ってあげる」ことこそ、飼い主、パートナーのつとめではないのか。「死んだネコはあの世であなたのことを待っているよ」という慰めもあるらしいが、それは虐待で死んだ5歳の女の子が、来生でまた虐待した父親とめぐり会ってしまうぐらいに残酷なことだろう。ネコはあなたから逃れたくて死を選ぶのだ(わたしが書いたのはひとつの抽象的モデルのことだが、このようなネコの飼い方をしている人は現実にいる。しかも、このようにして3匹ものネコを重態のときに介護せずに放置し、死に至らしめていた人物が現実にいることには驚くしかない。普通に生活し、普通にネコを飼育して、その死に3回も遭遇するということは、かなり相当に異常なことである。この人物はもう二度とネコを飼う(買う)べきではないということを、さいごに書いておきたい)。

 今日は朝から雨が降っている。仕事先でニュースをみると、西日本ではかつてない豪雨になっていて、被害も甚大らしい。そんなニュースで、あの「オウム真理教」の主宰の麻原彰晃ら、幹部7人の「死刑」がこの日執行されたというのを読んだ。仕事を終えての帰りの電車の中では、わたしの前で「きっとこの子たちはあの<地下鉄サリン事件>のときにはまだ生まれていなかっただろう」と思える中学生ぐらいの女の子らふたりが、「号外」として出されたらしい死刑執行のニュース紙面を手にして、何か話していた(きっと、麻原の顔がおかしいという話をしてたんだと思う)。わたしは「死刑」という制度には何があろうとぜったいに反対の立場なので、たとえ「オウム真理教」の犯罪を憎む気もちはあっても、複雑である。そんなニュースに対してコメントを投稿出来るニュースサイトの記事は、「死刑、万歳!」みたいなコメントであふれている。わたしはいつからこんな国に生きるようになったのだろう。いっそわたしをこそ殺してほしい。

 今日もまた帰りの電車が遅れた。神奈川の方で大雨で、千代田戦は小田急線との相互接続を取りやめているらしい。そしたら常磐線も千代田線との接続をやめたということで、すべての電車が綾瀬どまりになっているという。綾瀬まで行けばそこから、ダイヤ通りに常磐線各駅停車の電車が出てますよー、とかいわれて綾瀬駅まで行き、それでしばらく待って我孫子まで行く各駅停車が来てみたら、すでに大勢の客が乗っている電車で、つまりそれは「千代田線」からの直通電車なのだった。「うそ、<直通>はストップしていると聞いたから綾瀬まで来たのに、話が違うではないですか〜」という感じ。ま、人生はこうやって、「騙されて」の連続なのだ。

 

 

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■ 2018-07-05(Thu)

 いつも思うのは、「はたしてわたしはニェネントの<良き>飼い主なのだろうか?」ということで、いや、わたしの中ではわたしはニェネントの「飼い主」というつもりはまるでなく、「<良き>パートナー足り得ているのだろうか?」ということ。
 先日図書館から借りて来た、ロベール・ドロールという人の書いた「動物の歴史」という本には「ネコ」の章があり、その章の書き出しは、あの「贈与論」を書いたマルセル・モースの、「ネコは人間を家畜化するに至った唯一の動物である。」ということばから書き始められている。著者のロベール・ドロールはそのあとに「そのくせ、ネコの方はちっとも家畜化されないんだよな〜」みたいにぼやいているのだが、ネコが家畜化されないからこそ、人間の側が家畜と化してネコにしたがっているのである。ネコはこちらがいくら金を積んでもぜったいに思い通りにならない、「夢の女」「魔性の女」のようなところがある。どんなにご機嫌をとっても意のままにならない「つれない」存在だが、とつぜんにその魅力を厭味のようにこちらに見せつけ、「やはりあなたのことを忘れることはできない」と、男心を引きずりまわすのである。しかも、隙があればこっちが食べられちゃうようなトラとかのような猛獣ではなく、こちらがあれこれと面倒をみてあげないと生きていけない弱い存在なのだから、「守ってあげなければ」という保護本能が刺激される。そして、「このネコには生きているあいだに最高の幸せをあじあわせてあげたい!」と決意させられるのだ。

 だからつまり、「ネコのしあわせ」、「ニェネントのしあわせ」とは何だろうかと、いつも考えることになる。それがつまり、「<良き>パートナー足り得ているのだろうか?」ということなのだけれども、どうだろうか? ま、たとえば去年転居しなければならなくなったとき、そういう物件をいくつかみて、今の住まいには「出窓」があったもので、「うん、コレはきっとニェネントも気に入るだろう!」と決めたのでした。家の前は空き地で見晴らしもよかったし。それで思惑通り、いつもニェネントはそんな出窓のところに跳び上がって、じっと外を眺めていたりするので、「いい選択だったかな?」とは思ってる。
 わたしのダメなところ。まずは、どうしても決断がつかなくて、いまだにニェネントの不妊手術をやっていないこと。手術は女の子の場合全身麻酔で、病院に泊まらなくてはならないみたいだし、100パーセント「安全」とはいえないらしい。それに、やはりニェネントから「子どもを産むという権利」を取り上げてしまうのに、抵抗がある。わたしはどこかで、ニェネントのお母さんのミイ、そしてニェネントへとつづいてきた血筋というものを、たとえわずかな可能性でも残しておきたい。これから先、いったい何がどう変化して、「ニェネントが子どもを産んでも対処出来ますよ!」という情況になるかもわからない。まあ、そんな事態になってニェネントが子どもを産んでもわたしがずっと面倒を見られるわけもなく、どこかに里子に出さなければならないし、そんな里親が見つからなければ殺処分されることになり、現実にはよほどの<幸運>に恵まれないかぎり、「ニェネントが子どもを産んでしあわせになる」ということは考えにくいのだけれども。

 「ネコのしあわせ」のことをネットで検索すると、次のサイトをみつけた。

 猫を飼う前に考えよう!21の猫の幸せチェック!

 これをみると、やはりその「不妊手術」のことはネックなのはたしかだけれども、はたしてこれだけのことでネコはしあわせになるのかと、ちょっと疑問にも思うのだった。それはもちろん、パートナー(飼い主ともいう)のネコへの接し方ではないかと思うのだけれども。つまり、この21のリストさえクリアできればネコがしあわせ、などというのなら、飼い主が毎日ネコを虐待してもネコはしあわせ、みたいなことになってしまうではないか。
 わたしはやはり、ネコのしあわせは、パートナー(飼い主)のネコとの接し方にかかっているのではないかと思う。ネコは「動くぬいぐるみ」ではなく、繊細な感覚も感情も持っている。だからわたしはニェネントの感じていることを知りたいと思い、そこからニェネントのしあわせにつながることを、ニェネントが生きているあいだずっと、叶えてあげたいと思っている。別に「わたしはいい人間だ」などといいたいのではない。ネコといっしょに暮らすならば、当たり前に誰でもが考えることにすぎない。

 ニェネントはきっと、わたしのことを好いてくれていると思う。わたしのひざに乗ってきたり、肩によじ上るような、「そうか、そんなにわたしのことが好きか?」というようなことはやってくれないけれども、朝わたしが起きてリヴィングに移動するといっしょにリヴィングにきてわたしの近くでゴロゴロしているし、夜になって「もう寝ようか」とベッドに行くとやはりついてきて、しばらくするとわたしの横に跳び上がってくる。それでわたしはニェネントを抱き上げて胸の上に乗せてニェネントのからだじゅうをなでてやって、それはわたしがニェネントに「愛してますよ!」ということなのだけれども、ニェネントはそれをいやがるわけではなく、わたしの胸の上でじっとしている(こういうところはちょっと、わたしの「おのろけ」)。
 一時期は、わたしが朝に仕事に出ようとすると毎日のように先回りして玄関ドアの手前でうずくまって丸くなり、わたしを見上げてにゃあにゃあと啼いたりしたわけで、それはどうみてもわたしに「行かないでよ!」といってるとしか思えなかった。「ごめんね」といってニェネントを抱き上げて、ドアを開けたときに外に出られないようにして、それでニェネントに手を振ってドアを出るときは、毎朝せつなくって、悲しかった。
 だからニェネントとの生活の理想とは、わたしが一日ずっと家にいて、ニェネントといっしょにいることである。それが出来ないということは、ほんとうはとっても悲しい。ニェネントもそのうちあきらめて、そういう「行かないで!」アピールをすることもなくなってしまった。それでもわたしが仕事からとか帰宅すると、まずはわたしのそばにきて、それから段ボールの「ツメ研ぎ」でバリバリとツメを研ぎはじめ、それが見ているとうれしがっているようにもみえるのだけれども、先日読んだ記事では、じっさいネコがツメを研ぐのは「うれしい」という気もちのあらわれ、だったりもするらしい。それはわたしもうれしい。

 今日は出勤するときにパラパラと雨が降っていたけれども、そのあと降ることはなかったようだ。予報では明日は西日本の方で大雨になりそうだといっている。

 

 

[](36)A Very Cellular Song(3) (36)A Very Cellular Song(3)を含むブックマーク

 今日は、この「A Very Cellular Song」への、わたしの感想を書いてみます。
 このバンドの音楽はよく「サイケデリック・フォーク」などとも呼ばれ、この曲もまた、メンバー(作者のマイク・ヘロン)のドラッグ体験から生まれた曲ではないかと言われているみたいだ。じっさい、マイク自身がこの曲について「それはすべて<トリップ>だった」などと語ってもいるわけだけれども、世間(特にポピュラー音楽の批評の世界)では一面で、「理解出来ないものは<サイケ>とか<シュール>とか呼んでやりすごそう」という風潮があるようだ。ま、「ぶっ飛んでいてよくわからない」ということの言い換えでもあるのだけれども、ちゃんと考えてみよう。

 まずこの歌詞の世界だけれども(それは楽曲と共にトータルに捉えなければならないものでもあるけれども)、象徴詩的な技法から、まずは牧歌的な生活から葬儀を通じての宗教への接近、世界を理解して自分を高めたいという希望が歌われていると思う。そこから「アメーバ」へと視点が移り、アメーバの「生」のありようが歌われ、すべての生きとし生ける生き物への祝福が繰り返されてこの長い曲は終わる。
 冒頭の「Winter was cold and the clothing was thin」のあたりは、それこそスコットランド辺りの風土を思わせられるところがあるのだけれども、それはバハマの葬礼歌「Bid you goodnight」に引き継がれる。ここでバンドの音世界だけでなく、その歌われる歌詞としても「世界」を横断した感覚になる。ちなみに、この原曲のピンダー・ファミリーによる録音は1959年になされていたようで、これはYouTubeで聴くことができる。

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 なお、この曲はGrateful Deadもどこかで演っているらしい。それでこの葬礼の霊歌がエンディングの「May the long time sun shine upon you All love surround you And the pure light within you Guide you all the way on」へとリンクして、曲全体がみごとな「生命」への讃歌としてのスピリチュアル・ソングになっていると思う。もちろん、ここにバンドののちの「サイエントロジー教会」への萌芽を読み取る人もいるだろうが、例えば当時のヒッピー・カルチャーの「自然讃歌」の、最良の成果のひとつではないかと思う。そのカルチャーが「どのように変化していくか」こそが、こうやってISBについて書き続けるところの、ひとつの理由ではあるが、その「頂点」がここにあった、といってもいいのではないかと思う。

 音楽的にも、聴くことのできるこの曲の持つ情報はあまりに豊穣で、それはプロデューサーのジョー・ボイドの導入したマルチトラックの録音の成果でもあり、基本マイクとロビンのふたりだけでの多重録音による、限りなく繊細で複雑な、「誰も聴いたことのない」音世界は、わたしの考えでは50年経った今でも、比較出来るような音の展開はどこにも聴くことのできないものではないかと思う。
 イントロは、ゲスト参加のドリー・コリンズ(Dolly Collins)*1によるフルート・オルガンという印象的な音色の楽器と、ロビンのギンブリのボウイングとの、みごとなアンサンブルから始まる。マイクのヴォーカルを経て、曲はその「Bid you goodnight」へとなだれ込む。引きつづくオルガンの音と絶妙なハンドクラッピング、そしてロビンのバックコーラスがあまりに見事で、わたしはこの原曲のスピリチュアルな魅力をここまでに翻案したアレンジに惚れ込む。
 曲はマイクのハープシコードとロビンのパーカッション、パンパイプの演奏へと移行して「世界の謎」を歌う。マイクとロビンのコーラスワークが素晴らしい。またロビンのギンブリのボウイングを交え、さらにロビンのマンドリンらしき音、ジューズ・ハープっぽい音による間奏になる。このあたりの多重録音のマイクとロビンのコンビネーションは実にみごと。この先はマイクのハモンド・オルガンをバックにして、またマイクとロビンの絶妙のコーラスになる。こういう二人のコンビネーションがもっと続いてくれればよかったのだけれどもね。それでラスト・パートへとなだれこむ。

 この曲は特にインプロヴィゼーションの妙とかいうものでもないけれども、特徴的なのはその予想外な楽器の取り合わせというか、いわゆる西欧音楽の範疇を越えて、「コンバイン」ということが心をとらえるかたちで実践されているのだと思う。それがパフォーマーのマイクにせよロビンにせよ、「アヴァンギャルド」という意識でもないところで形象化されているところにこの曲の魅力があり、同時に、意外に発展性を持たないままに終わってしまったところのものではなかったかとは思う。彼らの限界も、この曲の中に明示されているのではないのか、今日はそのように思いながら聴いたりしたのだった。


 

*1:彼女はあのシャーリー・コリンズ(Shirley Collins)の姉で、オルガン奏者としてシャーリーをサポート、彼女の音楽的知識はシャーリーの音楽をより豊かなものにしたと思われる。ジョー・ボイドは前年1967年にそんなシャーリーとドリーのアルバム「The Power of True Love's Knot」のプロデュースをしており、その縁でこの曲の録音にドリーを招聘したものと思われる。

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■ 2018-07-04(Wed)

 今日も、帰りの電車でトラブルがあった。飯田橋から東西線に乗って、九段下に着いたところで停まってしまい、車内アナウンスで「人身事故が起きたので運行をストップします」などという。もうちょっと早く、わたしが飯田橋の駅にいるときだったらすぐにJRに乗ることにして、お茶の水で千代田線に乗り換えればなんていうこともなかったというのに、いっしゅん「どうしよう?」と思ってしまった。でも、九段下の駅は半蔵門線にも都営新宿線にも乗り換え出来るので、「そうだ、では都営新宿線で小川町駅に出て、そこから千代田線の新御茶ノ水駅に乗り換えよう」と、さっさと都営新宿線に乗り換えた。これが意外とスムースに行ったけれども、新御茶ノ水駅で、惜しいところで普段帰路に使っている電車に乗り遅れてしまった。
 でも、ストップしたのがそういう乗り換えの融通の効く九段下駅だったからまだよかったわけで、これが次の竹橋駅とかでストップしてしまったのだったら、乗り換えのできる駅ではないから、そこから大手町か新御茶ノ水まで歩かなければならないところだった。

 電車の中では「アレクサンドリア・カルテット」の3冊目、「マウントオリーヴ」を読むのだけれども、その中である登場人物が水中で使う武器をちょこっと取り出す場面があったのだけれども、そこを読んだときに、「あっ! この武器がたしかきっと最終巻で、ある事故を起こすことになるのだな!」ということを思い出したというか、そういうことを思い出した自分にびっくりした。だって、わたしがこの本をとりあえず読んだのはわたしが二十歳ぐらいの頃で、とにかく恋愛体験とかもなかったわたしにこの本の「濃厚な愛の世界(というだけではない本だが)」がわかるわけもなく、とりあえず読み終えても「わかんなかった!」みたいな感想しかなかったはずの本なのに、それから何十年も(<一世紀>ではありません!)経ってから再読して、「まさかそんなことを憶えていたとは」ということに驚いたのだった。やはり十代〜二十代の頃の記憶というのは脳の奥にキチンとしまい込まれていて、というか、わたしの場合は近年の記憶が「てんかん」で消えてしまっているからよけいに(?)思い出されるのだろうか、などと思ったりしてしまった。

 というわけで、普段よりも10分遅れで帰宅。今日も暑いので、すぐにエアコンをつけ、ズボンとか脱いでパンツ一丁で部屋をウロウロする。すると、いつもの洋服ダンスの上から降りて来てキッチンにたむろしていたニェネントが、わたしのすねをペロッとなめてくるのだった。おお、そういうの、いちばんうれしいですね。あと、部屋の中を歩いているとうしろから不意に跳び出してきて、わたしの足をうしろから抱え込むという「どう? びっくりした?」みたいな遊びをやってくれるのが、超うれしい。これもこの間やってくれたな。

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 夕方から買い物に出て、その帰りに道沿いの「どうぶつ病院」に寄ってみて、ネコの健康診断について聞いてみた。たとえば新しい便とかおしっことか(ま、コレを採取するのはムリっぽいが)を持って行った方がいいのかとか思ったのだけれども、そういう必要もないようで、予約もいらないということ。本当はニェネントが8歳になってすぐに健康診断受けさせようと思っていたのがちょっと遅くなってしまったけれども、今度の土曜日あたりに、ほんとうにちゃんと健康診断を受けさせたい。

 

 

[](35)A Very Cellular Song(2) (35)A Very Cellular Song(2)を含むブックマーク

 さて、この曲こそまさに「エポックメイキング」と呼ぶにふさわしい名曲で、英語版Wikipediaにはこの曲単独の項目もある。そしてまた、LSDなどのドラッグ体験をもとにしているのだろうと思われてもいるわけで、この曲中でリコリスによって囁かれる「Amoebas are very small」というフレーズは、のちに60年代ヒッピー世代を揶揄するときに引用されたりもしたらしい。

 マイク・ヘロンはこの曲について回想して、「それはすべて<トリップ>だった。それは当時わたしが聴いていた音楽のすべてだったし、BBCの<ラジオ4>でオンエアーされたものでもあり、ちょっとばかりの演劇、そして人々が互いに話し合っていたこととかの総和だった。そしてわたしはこの曲の録音を始める前に、偶然ピンダー・ファミリーを聴いたんだった」と語っている。

 Wikipediaにはさらに、後の世代のカナダはトロント在住のアヴァンギャルド・ジャズのミュージシャン、ダン・ランダー(Dan Lander)の<評>を掲載している。

 バハマの葬儀音楽、東インドの呪文、古代ケルトの神秘主義などのスタイルの織り物で、この「A Very Cellular Song」はバンドの創造性の最高到達点であり、確実にLed Zeppelin、the Who、そしてLou Reedらに影響を与えただろう。手拍子、カズー、ハープシコードやパイプが混ざり合って変換され、もしもこのサウンドが不協和音やカオスとして聴こえるとしても、とにかくはそれは終いには、痛みや喜び、復活を通しての人間の感情の力強い振幅を伝えるものだろう。


 

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■ 2018-07-03(Tue)

 それで今朝は、ワールドカップの決勝リーグで日本がベルギーと対戦する。試合開始は午前3時だけれども、わたしは普段から4時には起床するわけで、昨日とか一昨日に書いたように、4時50分ぐらいに家を出る。そうするとちょうどゲームの後半をそっくり見ることができるわけで、ま、またまた「ベルギー相手じゃあ勝てそうもないしな、後半だけ見ればいいや」というつもりで、特に普段の予定を変更することもなく、いつも通りに4時に起きるのだった。それで4時に起き出して、リヴィングへ移動してテレビをつけるとちょうど後半の始まったところで、スコアは0−0。「あ、がんばってるんだ!」と見始めたら、なんと、すぐに日本チームが1点先取する。しかもそれから何分も経たないうちに怒濤のカウンター攻撃で2点目。たいへんだ。勝っちゃうよ。目が覚めてまだ20分も経たないのに、わたしはいきなりドーパミン全開状態になってしまった。「もう2点もリードしてるんだから、あと30分、先日のポーランド戦みたいにパス回しでしのげばいいじゃん!」みたいに、何もわかってない感想を抱くのだったけれども、やっぱりベルギーの荒波の攻撃でまず1点、そしてすぐにもう1点と、あっという間に同点にされてしまった。「あー、このベルギーの勢いを阻むのは難しいかなー」と思っているうちにアディショナルタイム4分間。わたしはもうそろそろ家を出なければならない時間で、このままならば「延長戦」、残念だけれどもそれはわたしは見られないな、などと思っていると、ガーンと1点取られてしまい、ゲームオーバー。ま、ゲームの結末まで見ることができたのはアレ(よかった)だけれども、「残念」。「勝てるかも!」というところまで行っていただけに「残念!」。でも、もうこれで、ポーランド戦終盤のパス回し作戦をあれこれいう人もいなくなるのではないのか。

 会社に行って、わたしとしては珍しく、あとから出勤して来た設備の人に「サッカー、見ました?」とか声をかけ、「残念でしたね〜!」なんてしゃべってしまった。ほんと、わたしらしくもない。

 この日は仕事を終えて帰るとき、駅で「千代田線のダイヤが乱れている」という知らせが。実はこういう「ダイヤの乱れ」のときには、タイミングによっては普段よりも早く帰れたりもするので、「どうだろう?」と大手町で千代田線に乗り換える。すると、すぐに綾瀬どまりの電車がやって来たので、普段は綾瀬どまりの電車には乗らないのだけれども、次の電車がいつ来るかわからないから、跳び乗ってしまった。こうやって綾瀬行きの電車に乗ったときには、北千住駅で降りて上の方のホームへと上っていって、快速電車に乗り換えることになる。その快速電車のホームにあがってみると、これもすぐに快速電車がホームにすべり込んできたので、これに乗る。わたしが普段使っている北柏の駅は千代田線の各駅停車しか止まらないので、普通はその前の柏駅で乗り換えるのだけれども、ダイヤが乱れているのではその各駅停車がいつ来るかわからない。ま、快速に乗っていると、車窓から向かいの各駅の走る線路を見ていれば、各駅の電車はどのあたりを走っているのかはだいたいわかる。そう思って外を見ていたのだけれども、どうも各駅停車の電車が柏駅の近くを走っている雰囲気もなかったので、そのまま快速に乗って我孫子駅まで行ってしまった。ふむ、通勤で我孫子駅まで乗り越してしまうのは初めてのことだけれども、徒歩でウチまでせいぜい15分の距離で、つまり北柏駅からの距離とそんなに違うわけでもない。しかも乗り継ぎがスムースにいったから、このまままっすぐ帰れば、普段よりも5分ほど早くウチに着けそうだ。こういうのはなぜか、ちょっとうれしいですね。

 その我孫子駅からの帰路の途中に、「Lawson Store 100」の店が半年ぐらい前にオープンしていて、今まで入ってみたことはないのだけれども、今日は「どんな店か見てみよう」と入ってみた。ま、店名通りにたいていの品が100円で、しかも野菜とか生鮮食料品も豊富に取り揃えられている印象。その野菜も100円均一で、これが量的には、わたしのようにひとり分の食材しか必要としないモノには便利というか、たくさん買わされてけっきょく傷んでしまってムダになってしまうことがない。多少高くても、けっきょくは「お得」だったりもするのだ。おつまみ類も安い。ココはウチから歩いても10分ぐらいのもので、他のスーパーと距離的に変わらないし、これからはもっとこの店を活用しようではないか、などと思うのだった。「柿の種」とか「ポテトチップス」とかを買ってしまった。

 けっきょく、帰宅したのは普段とまったくおんなじ時間。「ニェネントく〜ん、帰ったよ〜」と声をかけ(あいかわらず、出迎えてはくれない)、ニェネントはいつもの洋服ダンスの上から降りてくる。そんなニェネントの「避暑」について、気になっているので調べてみたのだけれども(場合によってはずっとエアコンをつけっぱなしにして家を出た方がいいのか?)、「ネコは自分で涼しいところを見つけて対処しているので、そんなに心配することはない」と書いてあるのをみつけた。「‥‥でも、部屋の中にそんな<涼しいところ>がなかったらどうするんねん?」という疑念はあるのだが、ま、今日のところは、「だいじょ〜ぶなのだろう」というとにした。

 今日は内科医の検診日。こちらも最近はてんかんのクリニックと同じく、ただクスリを処方してもらうだけに行くようなものになっている。すっごい順番を待たされて、おかげさまで持参した本でずいぶんと読書がはかどったではありませんか。
 帰りにスーパーの方にぐるっとまわってみて、店内をみてまわると、なんと、「かつおのたたき」のブロックが激安で売られていたので、「これはニェネントくんが喜ぶぞ」と、買って帰るのだった。

 

 

[](34)A Very Cellular Song (34)A Very Cellular Songを含むブックマーク

 さて今日は、今ごろになってようやく、このインクレディブル・ストリング・バンドの<代表曲>といってもいい、「A Very Cellular Song」を詳しく紹介いたしましょう(今日は長いです!)。これはバンドの3枚目の名作アルバム「The Hangman's Beautiful Daughter」(1968年、‥‥ちょうど50年前にリリース)に収録されていたマイク・ヘロンの作になる曲で、13分を越える大作。まずはその曲を聴いていただきましょう。

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 タイトルの「A Very Cellular Song」は、このアルバムが日本で最初にリリースされたときには「すきまだらけの歌」という邦題がつけられましたが、それ、全然意味が違いますねん。今でこそ<Cellular>というと、「それって、<Cellular Phone>(携帯電話)のことじゃん」と多くの方が了解するだろうけれども、おそらくここでは「細胞の、細胞でできた」とかいう意味合いなのでしょう。そのことは、曲の中に出てくる「Amoebas」(アメーバ)とも深く関わるのかもしれない。

 ISBはこのような長尺曲をよく創るけれども、たいていはその長い一曲の中にいくつかの独立した楽曲の要素を入れ、巧みにそれらを連続して構成するわけで、それは例えばのちのちの「プログレッシヴ・ロック」などでよく使われることになる手法だとは思うのだけれども、ま、この曲をそういう「プログレッシヴ・ロック」の潮流で捉えた批評は、まだ読んだことはないですね(今ウチに転がっている、まだ読んでいないISB本の中に、そういう視点からの批評も書かれているかも)。

 それでこの「A Very Cellular Song」は、少なくとも六つの部分から成り立っているだろうと聴き取れるわけで、それはそんなに長くはない導入部、次の「Bid You Goodnight」のパートへとつなぐイントロ(ゲストのドリー・コリンズのフルート・オルガンが印象的)から始まり、その「Bid You Goodnight」の部分は実はISBのオリジナルではなく、ピンダー・ファミリー(Pinder Family)によるバハマの「霊歌」をアレンジしたもの。このことはあとで書くけれども、このアレンジがあまりに<見事>なわけではある(もう、ここだけで大傑作!)。それがマイクのすばらしいハープシコードとロビンのホイッスルとパーカッションの絶妙のコンビネーションへと移行し、ロビンの瞑想的なギンブリ演奏を伴った夢見るような間奏的なパート、そしてこれはよくわからないがロビンのウード演奏なのか?をはさみ、またマイクのハープシコードのパートに戻る。そして例のリコリスの「アメーバはとっても小さいのよ」のことばをはさみ、「もう争いごとは何もない」という夢幻的なパートに移行する。そしてさいごに、「太陽の光がいつまでも長くあなたの上にあり、すべての愛があなたを包みこみ、そしてあなたの中のけがれのない明かりが、ずっとどこまでもあなたを導きますように」という限りないリフレインで、この曲は終わる。さて、訳詩はたいへんだぞ。

Winter was cold and the clothing was thin
But the gentle shepherd calls the tune

冬は寒く、着る衣服は薄っぺらでした。でも、優しい羊飼いはその曲を呼び寄せるのです。

Oh, dear mother what shall I do?
First please your eyes and then your ears, Jenny
Exchanging love tokens say goodnight

おお、愛おしいお母さん、わたしはどういたしましょう?
さいしょにはあなたの目を楽しませ、それから次にあなたの耳を、ジェニー。
愛のしるしを交換して、「おやすみ」をいいましょう。

Lay down my dear sister
Won't you lay and take your rest?

わたしの愛する姉妹よ、横になって下さい。どうかお休みになって下さい。

Won't you lay your head upon your saviors breast?
And I love you, but Jesus loves you the best

救世主の胸に、あなたの頭をおあずけになって下さい。
そして、わたしはあなたを愛しています。でも、イエスさまがいちばんにあなたを愛していらっしゃるのです。

And I bid you goodnight, goodnight, goodnight
Lord, I bid you goodnight, goodnight, goodnight

わたしはあなたに「おやすみ」を述べましょう。おやすみなさい。おやすみなさい。

One of these mornings bright and early and fine Goodnight, goodnight
Not a cricket, not a spirit going to shout me on Goodnight, goodnight

そんな朝のあるときは明るく、そして心地よいでしょう。おやすみなさい。おやすみなさい。
コオロギも精霊も、わたしに叫ぶこともないでしょう。おやすみなさい。おやすみなさい。

I go walking in the valley of the shadow of death Goodnight, goodnight
And his rod and his staff shall comfort me Goodnight, goodnight

わたしは死の影の谷を歩くでしょう。おやすみなさい。おやすみなさい。
そして彼のさおと彼のつえが、わたしを慰めてくれるのでしょう。おやすみなさい。おやすみなさい。

Oh John, the wine he saw the sign Goodnight, goodnight
Oh, John say, "I seen a number of signs" Goodnight, goodnight

おお、ヨハネはワインにしるしを見たのです。おやすみなさい。おやすみなさい。
おお、ヨハネは「わたしはたくさんのしるしを見ました」というのです。おやすみなさい。おやすみなさい。

Tell A for the ark that wonderful boat Goodnight, goodnight
You know they built it on the land getting water to float Goodnight, goodnight

Aに、箱船はすばらしい船だと語りましょう。おやすみなさい。おやすみなさい。
そう、彼らは水に浮かべるために、陸地でそれをつくったのです。おやすみなさい。おやすみなさい。

Oh, tell B for the beast at the ending of the wood Goodnight, goodnight
You know it ate all the children when they wouldn't be good Goodnight, goodnight

おお、Bに、森の端にいるけもののことを語りましょう。
そう、彼らはおりこうでない子どもたちをみんな食べちゃうのです。おやすみなさい。おやすみなさい。

I remember quite well, I remember quite well Goodnight, goodnight
And I was walking in Jerusalem just like John Goodnight, goodnight, goodnight

わたしはよく憶えています、とてもよく憶えています。おやすみなさい。おやすみなさい。
わたしはヨハネのようにエルサレムを歩いたのです。おやすみなさい。おやすみなさい。

Who would lose and who would bruise Or who would live quite prettily?
And who would love what comes along And fill the air with joyous song

誰が負け、誰が傷ついたのでしょう? そして、誰が美しい暮らしをおくっているのでしょう?
誰が来たるものを愛し、大気をよろこびに満ちた歌で満たすのでしょうか。

Who would go and who would come Or who would simply linger?
And who would hide behind your chair And steal your crystallized ginger?

誰が去り、誰が来るのでしょう。そして誰が居残るのでしょう。
誰があなたの椅子の影に隠れ、誰があなたの砂糖漬けのショウガを盗むのでしょう?

Nebulous nearnesses cry to me
At this timeless moment someone dear to me
Wants me near, makes me high

時を越えたその瞬間に、ぼんやりと、すぐ近くで、わたしに近しい人が叫びます。
わたしをそばに欲しいと、わたしを高めてほしいと。

I can hear vibrations fly Through mangoes, pomegranates and planes All the same
When it reaches me and teaches me To sigh

わたしは振動が飛ぶのを聞くことができます。マンゴー、ザクロ、そしてプラタナスを通じて。
それがため息としてわたしに届くとき、わたしに教えるとき、すべては同じでしょう。

Who would mouse and who would lion Or who would be the tamer?
And who would hear directions clear From the unnameable namer?

誰がネズミで、誰がライオンになるの? そして、誰が名付けられぬ名付け人から行き先を聞くのでしょう?

Who would skip and who would plot Or who would lie quite stilly?
And who would ride backwards on a giraffe? Stopping every so often to laugh

誰がさぼり、誰が企むのでしょう? それとも、誰が静かに横たわっているのでしょう?
そして、誰がキリンの背に乗っているのでしょう? 笑うためにたびたび立ち止まりながら。

Amoebas are very small

「アメーバたちは、とっても小さいのよ」

Oh ah ee oo There's absolutely no strife Living the timeless life, I don't need a wife Living the timeless life

おお、あー、いー、おー。そこには不和などないのです。時のない暮らしを暮らします。妻などはいりません。時のない暮らしを暮らします。

If I need a friend I just give a wriggle Split right down the middle
And when I look there's two of me Both as handsome as can be

もしも友だちが欲しくなれば、わたしは体をくねらせて、まんなかから体を裂くのでしょう。
そこにふたつに分かれたわたしを見るならば、それはどちらも見栄えがすることでしょう。

Oh, here we go slithering, here we go Slithering and squelching on
Oh, here we go slithering, here we go Slithering and squelching on

さあ行きましょう、ずるずると滑るように、さあ行きましょう。ずるずると、ぬるぬると。
さあ行きましょう、ずるずると滑るように、さあ行きましょう。ずるずると、ぬるぬると

Oh ah ee oo There's absolutely no strife Living the timeless life

おお、あー、いー、おー。 そこには不和などないのです。時のない暮らしを暮らします。

Black hair, brown hair feather and scale Seed and stamen and all unnamed lives that live

黒い髪、茶色の髪、羽根とうろこ。種子とおしべ、そして生きているすべての名もなき生き物たち。

Turn your quivering nerves in my direction Turn your quivering nerves in my direction
Feel the energy projection of my cells wishes you well

あなたの震える神経を、わたしの方に向けて下さい。あなたの震える神経を、わたしの方に向けて下さい。わたしの細胞のエネルギーの投影が、あなたの健康を祈ることでしょう。

May the long time sun shine upon you All love surround you
And the pure light within you Guide you all the way on

太陽の光がいつまでも長くあなたの上にあり、すべての愛があなたを包みこみ、そしてあなたの中のけがれのない明かりが、ずっとどこまでも、あなたを導きますように

May the long time sun shine upon you All love surround you And the pure light within you Guide you all the way on

太陽の光がいつまでも長くあなたの上にあり、すべての愛があなたを包みこみ、そしてあなたの中のけがれのない明かりが、ずっとどこまでも、あなたを導きますように

 ‥‥むむむ、たいへんな作業じゃ。疲れた。もう4時間もかけてしまって、今日の予定はめちゃくちゃになってしまった。ニェネントくんのことも放ったらかしですよ! いつまでもやっていられない。まだこの曲に関して書きたいことはいっぱいあるけれども、今日はここまで!

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■ 2018-07-02(Mon)

 昨日の日記に、「今のわたしは朝の5時50分ぐらいに家を出る」などと書いたけれども、それでは一時間遅刻! 正解は「4時50分ぐらいに家を出る」でした(訂正済み)。
 それで今朝、その4時50分ぐらいに家を出て駅へと歩いていると、わたしの歩く道からちょっと離れたところにある立派な立派な家の玄関というか門のところに、黄色くって真ん丸な、何か柑橘類がチョンと置かれているのが目に入った。その立派なお家にはそんな実の成りそうな柑橘類の木はないようなので、誰かが落としていったか、それともわざと置いていったのだろう(梶井基次郎か?)。いきさつは知らないけれども、「こういうのが一個転がっているだけで、廻りの空気が違って感じられてしまうなあ」と、つい写真を撮ってしまった。

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 それでさらに歩いて行くと、先週見たツバメの巣から、またツバメのヒナが顔を出していた。3羽いた。先週よりも巣の外に身を乗り出してはっきりとその姿が見えたので、これもまた写真を撮ってしまった。撮ろうとしたときに1羽引っ込んでしまい、2羽しか写らなかった(先週の写真とあまり代わり映えしない)。

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 今日は月曜日なので、仕事は基本コースを手抜きせずにみっちりとやる。別に月曜日以外はサボるというわけではなく、他の変則コースをこなしていくわけだ。で、これは毎日のことだけれども、仕事をしながら、さいしょのうちは何かしらの音楽が頭の中で鳴っていて、それが何度も何度もリピートしている。やっぱりこの頃はインクレディブル・ストリング・バンドのことを連続して書いていることもあり、彼らの音楽が鳴っていることが多いのだけれども、今日は、週末に聴いていたドナルド・フェイゲンの「Morph The Cat」が、いつまでも流れているのだった。そんな頭の中のBGMに合わせて、いろんなことを考えてみたりもするのだ。
 それで、仕事も終わりに近づいてくると、今度は「今日の昼食は何にしよう? 夕食は何にしよう?」ってなことばかり考えている。冷蔵庫の中にどんな食材が残っているか思い出して、それに合わせた献立を考えもするし、その時の気分で「今日はアレが食べたい!」とかなったりもする。それがこの頃は、そういうことを考えても何か調理するというのがめんどうな気分もあり、「前に買ってある<イナゴの佃煮>でいいか!」みたいに安易にすませてしまう。
 ついでに(ついでに、というのは申し訳ないのだが)ニェネントのことを思い出し、「今日も暑いけれども部屋の中で暑がってはいないだろうか?」とか思うのである。それで、「何で去年とかは、<ニェネントが暑い思いをしてるんじゃないだろうか?>とか考えなかったんだろう?」って思ってしまったけれど、茨城にいたときは仕事は9時には終わってしまって、仕事場はウチから歩いて3分のところだったから、そんなこと考える必要もなかったし、去年の夏も10時半ぐらいには家に帰っていたから、気にならなかったのだな。

 仕事が終わり、家に帰ると12時半を過ぎている。ドアを開けるとやはり、ニェネントは和室の洋服ダンスの上のペットキャリーの中にうずくまっているのだった。ちょっとばかり、「仕事に出るときに、ニェネントのためにエアコンをつけっぱなしにしておいた方がいいのかな?」などとは考える。
 とにかく今は、仕事から帰宅するとすぐにエアコンのスイッチを入れる。そのぐらい毎日暑いし、窓を開けるとニェネントくんが外に脱走してしまう。それでパソコンの電源を入れてパソコンに向かっているとニェネントも洋服ダンスの上から降りて来て、わたしのそばでわたしのやっていることをじっと見ているのだった。

 

 

[]「バルタザール」ロレンス・ダレル:作 高松雄一:訳 「バルタザール」ロレンス・ダレル:作 高松雄一:訳を含むブックマーク

 やはり面白い本だな〜、というのが、ここまでの印象。ところがこの連作、今では絶版というか、十年ほど前に単行本で出ているだけで、版元はあの河出だというのに、いまだに「河出文庫」になっていないというのはちょっと驚き。ま、河出としては「いやいや、もうちょっと待って」というところなのかもしれないけれども、早く文庫にしろよ!とはいいたい。また買ってもいいぞ!

 この巻、語り手であるダーリーが書いた、前の「ジェスティーヌ」の原稿をバルタザールという男に渡してあって、その原稿にバルタザールが膨大な書き込みをして語り手にもどし、それで再構成したというのがこの「バルタザール」。基本的にバルタザールはダーリーに、「おまえはバカだな、何も見てないじゃないか」といっているようなものだけれども、語り手ひとりの視点から書かれた「ジェスティーヌ」の展開が、とんでもないふくらみをもって語られ直すことになる。
 「ジェスティーヌ」のクライマックスがさいごの「鴨猟」だったように、この「バルタザール」のクライマックスは謝肉祭の仮装パーティー。さすがに肝心の「取り違え殺人」は取ってつけたような<無理>を感じないでもないけれども、この経緯だって、残る二冊の本でがっくりとくつがえされてしまうかもしれない。

 それまで、「僕」としか書かれていなかった「語り手」の名前が、この「バルタザール」の中盤で登場人物が「僕」に呼びかけることで、「僕」の名前が「ダーリー」だとわかるとかいうところ、かなりプルーストの「失われた時を求めて」を意識してるのではないかと思える。さて、次は「マウントオリーヴ」だ。どうやらストーリーは「僕」を離れるようだ。楽しみ、楽しみ。


 

[](33)さらにさらにジョー・ボイドは語る。サイエントロジーの「秘蹟」。 (33)さらにさらにジョー・ボイドは語る。サイエントロジーの「秘蹟」。を含むブックマーク

 不思議な体験が、アムステルダムでのある夜に起きた。コンセルトヘボウでのフェアポート・コンヴェンションとの深夜のショーでのことで、会場は花で飾り立てた女の子たちや、ケバケバしい服の男たちで満員だった。彼ら、彼女らはレモン・イエローのリネンのスーツを着たジーモン・ヴィンケノーグ(Simon Vinkenoog)*1に導かれ、カウンター・カルチャーはオランダでも充電状態にあったようだ。
 ステージ上には、オランダの放送局の不格好なクロームマイクが最新のマイクといっしょにPAの横に並んでいて、マイク・ヘロンが最初の曲のあとに彼のエレキギターをセットしたとき、彼の足が接地されていないマイクに触れてしまった。パチパチという音がして彼は宙に浮き、ステージの上数フィートをただよい、彼の寿命もこれまでかと思えた。それからドサッと彼は舞台に落ち、彼のギターとマイクスタンドは彼の胸に貼り付いていて、「ブーン」と音を立てていた。わたしはステージに駆け上がり、マイクスタンドをオーケストラピットに投げ落とした。マイクの顔色はすっかり青ざめていた。

 彼ら(バンドのメンバーら)はマイクを控え室に運び込み、専属の医師も入れずにドアを閉めてしまった。彼らはサイエントロジーの方法で彼を治療したのだろう。フェアポートの演奏が終わってあわただしく呼び出され、ISBは舞台に大勝利の帰還をしたのだった。マイクはまだ青ざめていたが、わたしがそれまで聴いたことがないほどに素晴らしい演奏と歌を聴かせ、聴衆はどよめいた。リコリスはわたしに、彼らはマイクに「タッチ・アシスト」という治療を行ったのだと語ってくれた。

 むむむ、ジョー・ボイドの目撃した情況がリアルなものだったらば、そのときマイク・ヘロンは、あのキース・レルフみたいに「感電死」ということで<おしまい>だったように思える。いったい「控え室」の中で何が行われたのか知る由はないが、この出来事がバンドのメンバーの「信仰心」を強めたことは、確かなことだろう(というかこの事件、バンドのエレクトリック化にもの申す<神>の警告ではなかったのか?)。
 このあと、ジョー・ボイドの話はいよいよ、あの「ウッドストック」のことへと進んで行くのだけれども、ま、そのことはもうちょっと後回しにして、しばらくはまた、バンドの音楽を振り返る路線にいたしましょう。


 

*1:彼はどうやらオランダのカウンターカルチャーを牽引した詩人で、まずは50年代の詩壇をリードし、60年代にはヒッピー世代のリーダーであり、その後もオランダを代表する詩人として活動した人らしい。

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■ 2018-07-01(Sun)

 七月になった。つまり、2018年も半分が終わってしまった。というか「夏至」も過ぎて、これからはどんどんと日が短くなって行く。‥‥今、わたしは朝の4時50分ぐらいに、出勤のために家を出るのだけれども、もちろん今はその時間は<日の出>の時間も過ぎていて外は思いっきり明るいのだけれども、これはせいぜい4月末からのことで、2ヶ月ぐらいのこと。また今から2ヶ月経って9月になれば、また夜の闇の中を駅まで歩くことになる。今思えばあの「闇」もちょっとなつかしいが、そんな「闇」の中を歩いているときには当然、明るい頃を恋しく思っている。

 昨夜は遅くまで映画を観たので、帰宅したのは深夜12時ちょうどぐらいだった。ニェネントはどうせ寝てばっかりのヤツだから、わたしの帰りが遅いことをどこまで気にしてるかわからないけれども(ま、昼間はずっといっしょにいたしね)、ま、こういうときは「素っ気ない」といえば素っ気なく、わたしもすぐに寝ちゃうからアレだけれども、わたしが帰宅したあとは、あんまり「いっしょに遊んだね」という感覚もないまま、わたしも眠ってしまうのだった。

 それで目覚めると日曜日。何の予定もない<至福>の日。でもニェネントの「ネコ缶」もなくなってきたし、そんなネコ缶のいちばん安いのは我孫子の図書館の近くのドラッグストアだし、ちょっと我孫子の図書館で借りてみたい本もあるなあということで、いちおう「ニェネントのネコ缶を買う」、という名目で、昼前に家を出た。
 このところ、風の強い日がつづいているのだけれども、この日はいくらかおだやかだとはいってもやはり風が舞う。家を出て歩いて行くと、道の先でスーパーのレジ袋が風をうけて膨らんで、ゆっくりと飛んで行くのがみえた。その、袋が飛んでいくさまが、まるで海中を泳ぐクラゲのようにみえて、それを見ていると、実は<大気>というのはもっと大きな視点からみると地球を取り囲む<海>で、わたしたちは、そんな海の中で泳ぎながら暮らしているのだ、という見方ができるのではないだろうか、などと思ってしまうのだった。つまりじつは空気というのは液体で、それは「Liquid acrobat as regards the air」ということだ。

 図書館へ着いて、借りようと思っていた「動物の歴史」という本を見つけ、それでいろいろ棚を見ていると、「買おうかな」と思っていた金井美恵子の新作(というか二月刊)の「スタア誕生」が「ぼそっ」と棚に置かれていたので、わたしとしては「ああ、また金井美恵子の本は買わずに図書館で借りてしまうのだな」と思いながら、先に手元に抱えた「動物の歴史」といっしょに借りるのだった。
 図書館を出ると目の前は手賀沼なわけで、久しぶりに行ってみると、そんな沼のほとりにコブハクチョウが一羽、身繕いをしているのだった。

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 手賀沼から帰路に着き、とちゅうドラッグストアでネコ缶を買い、「ふむ、ネコ缶の他にニェネントが喜びそうなものを買うかね?」とか「ペットコーナー」をみていると、やはり「猫ちゃんの栄養補給に!! 健康を保ちたい愛猫に」とか書いてあるおやつに目がいってしまい、「むむ、ニェネントももう、<8歳>の壮年だからな‥‥」と、買ってしまうのだった。

 帰宅して、「もう<午睡>タイムだな」とベッドに行って本を読もうとすると、いつものようにニェネントがベッドに跳び乗ってくる。そんなニェネントを抱き上げて胸の上に乗せ、背中を撫でてやると「グルグル」とのどをならして、きっと喜んでいるのだろう。そのままちょっと昼寝して、起きてからニェネントにネコ缶を開けてあげ、そのあとはさっき買った「猫ちゃんの栄養補給に!!」というおやつを出してあげる。‥‥ま、そこまでに夢中になってかぶりつくわけでもなく、それでもぜんぶ食べてはくれたわけだが、「コレって、卵黄をあげた方がよっぽどいいんじゃないのかな?」なんて思ってしまう。

 夜はわたしも適当に夕食をとり、そのあといつもの日曜日のように「モヤモヤさまぁ〜ず2」を見る。今日は品川界隈で、ことのほか面白く、楽しんでしまった。

 

 

[](32)さらにジョー・ボイドは語る。「魔力」が失せた? (32)さらにジョー・ボイドは語る。「魔力」が失せた?を含むブックマーク

 でも、すぐに彼らの新しい作品は、その熱狂的な旋律の美しさを失った。スタジオでも、そんな驚きとひらめきの瞬間は稀なことになった。それは年を経ての彼らの独創的な創作の自然な衰退なのか、それともサイエントロジーのゆえなのか、わたしはそんな、創造性がノイローゼとか不運とかに結びつけられて考えることに抵抗した。

 ‥‥これはおそらくは、バンドの6枚目のアルバム、「I Looked Up」のことを言っているのではないかとは思う。このアルバムは、バンドの「エレクトラ」時代の作品では、最も評価の低い作品だろう。前作の「Changing Horses」を評価する人は多く、わたしも「Changing Horses」は一種の<傑作>だろうとは思うのだけれども、この「I Looked Up」は、やっぱり「困ったな‥‥。」というところがあるのは確かなことではある。いや、それなりに意欲的なアプローチのある作品だということは否定しがたく、そのことはいずれまた(精緻に)書きたいと思っておりますが。


 

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