ワニ狩り連絡帳 このページをアンテナに追加 RSSフィード

       

■ 2018-07-07(Sat)

 今日はついに、ニェネントの健康診断で、ニェネントを近所(ウチから歩いて5分)のどうぶつ病院へ連れて行く。「はたしてニェネントは診察のあいだ、おとなしくしてくれるだろうか」と、ちょっと心配し、わたしも緊張する。ニェネントが病院に行くのはこれがはじめてではなく、2年ほど前に皮膚病でいちど行ったこともあるけれども、そのときもニェネントにさわろうとする先生に「シャーッ!」と歯向ったのだった。今日はどうだろう?

 朝からニェネントは洋服ダンスの上のペットキャリーの中でまどろんでいるので、それをそのまま降ろして、荷物のように病院まで運べばいい。でも、ニェネントを外に連れ出すのはココに転居してから初めてのこと、道すがら、キャリーの中でニェネントは「どこへ連れて行くのよ!」って感じでにゃーにゃーとないている。「大丈夫だからね! 心配しなくっていいんだよ!」と声をかけながら病院へ。‥‥おっと、意外に診察を待つ先客でロビーはあふれていて、「これはしばらく待たなくっちゃいけないな、ニェネントは大丈夫かな?」と気にかかる。ちなみにこの「どうぶつ病院」、ネットで調べたかぎりではこの近郊でもいちばん評判の高い病院だ(そういうのがどこまで信頼出来るかはわからないが)。
 やはり順番を待っている人のキャリーの中のネコが、ものすごくものすごくニェネントに似ていて、ほとんどまるで双子のきょうだいみたいで、よっぽど声をかけようとも思ったのだけれども、その人の順番が先に来てしまったり、機会を逃してしまった。それでも、「はちわれ」の模様とか毛の色、ピンクの鼻の色、そしてその顔つきとかあまりにニェネントにそっくりで、何かで取り違えられてこのネコを「はい、ニェネントちゃんですよ〜」と手渡されたら、疑いも抱かずにウチに連れて帰っちゃうんじゃないかと思ってしまった。

 一時間以上待たされて、「よくニェネントも我慢してるな」と思っていてようやく順番が廻ってきて、診察室に。若いけれども、なかなかに経験豊富そうな男の先生だ。ちょっとばかりニェネントの状態の問診があって、「では血液検査をしましょう」ということになり、「どうぞ待合いでお待ちになって下さい」といわれる。
 わたしはこのときに、「このネコはわたし以外の人間がダメなので、いっしょに付き添います」とか言えば良かったのかもしれない。待合いに引っ込んで待っていると、診察室でニェネントの「吠える」声が聴こえてきた。あららら。
 ‥‥診察室のドアが開き、「ちょっと‥‥」と呼ばれ、「あのですね、興奮しているようでとっても<凶暴>になっていて、診察出来ないですね!」といわれてしまった。「あ、わたしがそばにいてアシストしてやれば大丈夫だと思いますけど」と言ってみたけれども、「いや、ムリでしょうね」と言われてしまった。ニェネントはキャリーの中におさまって、その時はおとなしくしているのだった。

 いちおう先生とニェネントの健康状態で話をして、「最近吐くことが多くなった気がします」と話をすると、この病院の方でそういう、ネコの胃にやさしい固形食料(カリカリ)も用意しているそうで、わたしもちょうどそういう、ニェネントに向いた固形食を探していたところなので、「次回からはこの病院で買おう」と思うのだった。

 しかしアレだな、せっかく「健康診断」やろうと思ったのに、「無」になってしまったではないですか! ニェネントくん! ま、良心的な病院というか、会計はほとんどタダみたいなものだったけれども。それでもどこかでいつか、ちゃんとした「健康診断」は、受けさせたいところではあります。

 ニェネントを連れて帰って、「何か<ストレス>になるような体験をさせたのだったら可哀想だったな」などと考えていたのだけれども、帰宅してキャリーからニェネントを引っぱり出してやると、なんだか「ケロッ!」としている感じで、「<心的外傷>? <トラウマ>? あなた、そんなものはありませんよ! わたしは<ネコ>、<トラ>や<ウマ>ではありませんことよ!」みたいには見えたのでホッとした。ま、あなたの<人間嫌い>は再確認させていただきましたよ。

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 思い出してみれば、ウチの娘がはじめてニェネントに対面したときも、ニェネントは「シャーッ!」って娘を威嚇しまくって娘はニェネントを怖がって、次に娘がウチに来たときも、ニェネントに近づこうとはしなかったのだった。娘はニェネントのことを「獣(けもの)みたいだ」って言っていたっけ。

 これはね、ニェネントのお母さんのミイのDNAというか、産まれたときの教育の成果というか、おそらくミイは子どもたちに、「いいこと? ぜったいに<人間>には心を許してはいけないのよ! あいつらはわたしたちの最大の<敵>なのよ!」と教育していたというか、そういう思考を遺伝させていたにちがいなく、わたしはニェネントの前に、ミイの子の「ユウ」をなんとかわたしに慣れさせようと努力して、飼おうと試みたこともあったのだけれども、まったくわたしに心を開くこともなく、部屋に閉じ込められることを嫌がり、わたしはユウを飼うことをあきらめて外に出し、本来の「野良」に戻してやることしか出来なかったし、ニェネントのきょうだいのジュロームも、産まれてさいしょの二週間はわたしの部屋でニェネントといっしょに育てて暮らしたというのに、そのあとお母さんのミイに外に連れ出されてしまい、しばらくしてわたしの部屋に戻って来たときにはもう、まったくわたしに懐くこともなかったのだった。あのときの体験が、わたしに「ネコを愛する」ということがどういうことか、考えさせられたということは確かなこと(でも、ミイはその臨終のときに、わたしの部屋を<死に場所>に選んでくれたのだった)。

 今日は西日本は豪雨で、テレビを見ていると多くの犠牲者が出ていることが伝えられた。わたしは今の住居を決めるとき、ポイントのひとつに「水害の心配のないこと」ということも考えていた。この地は高台を走る国道からのスロープのとちゅうにあって、ノアの方舟が出動しなければならなくなるような事態にならないかぎり、水害の心配はないだろうと思ってはいる(多分ね)。とにかく、被災された方々にはお見舞いを申し上げ、これ以上被害が拡がりませんよう、祈る思いです。

 

 

[](37)宗教について。 (37)宗教について。を含むブックマーク

 わたしがこうやって、「インクレディブル・ストリング・バンド」の歴史を辿ろうとする試みの、その根源には「ヒッピー・カルチャー」から「宗教」へとの移行があるということは、幾度か書いていることだけれども、昨日、「日本でいえば<コレよね!>」という、「オウム真理教」の教祖ほか、7名のメンバーに死刑が執行された。ショックである。

 わたしもまた、そのインクレディブル・ストリング・バンドが帰依した「サイエントロジー」について、肯定的な気分で書いているわけではないわけだし、前にも書いたように、そんなヒッピー・カルチャーが、例えばアメリカではチャールズ・マンソンの「マンソン・ファミリー」的な事象で壊滅したといえることに興味もあり、このインクレディブル・ストリング・バンドという、才能あった音楽集団の<衰退>と共に考えてみたい(それをすべて「サイエントロジー教会」ゆえ、と捉えることは出来ないのだが)、という気もちがあった。

 では、「マンソン・ファミリー」や「オウム真理教」(このふたつを並列するのはいかにも<乱暴>なのだが)の<錯誤>は、どこにあったのか。そして、わたしは「サイエントロジー教会」についてほとんど知ることもないまま、こうやってあれこれと書いているのだが、それもまた<乱暴>ではないのか。‥‥しかし、<乱暴>なのはわたしだけなのか。

 わたしは今の日本の人々の、「宗教」への不寛容のことを言いたい。これはこのコラムの趣向とは離れるかもしれないが、いや、そうでもないだろう。これは、「わたしたちはどう生きるのか」という問題だろう。
 そういうことで、わたしは某ニュースサイトへの「コメント」とかを読み、日本の人たちがいかにムスリムを誤解しているか、ということを知る。そういう狭量な日本人(その数は今では多数派なのだろう)は、イスラム教を不寛容な宗教と排除しようとする。‥‥そうか? そうなのだろうか? わたしはオルハン・パルクの「雪」を読み、そしてイスタンブールに住む野良ネコのドキュメンタリー、「猫が教えてくれたこと」を観て、イスラム文化の豊かさ、その寛容さというものを思い知った思いがする。特に「猫が教えてくれたこと」は、イスタンブールの人々がそのイスラムの「隣人愛」の延長で街に住む野良ネコらを愛するさまを見て、感銘を受けたものだった。
 多くの日本人は、そんなイスラム過激主義者の行動からムスリムを排除しようとするようだが(すぐに記憶に甦るのは、あの<舞踏の大御所>と目される某人物が、「彼らは生まれたときから洗脳されている」と語った<暴言>で、わたしはその文を読んだときに、「もう二度とこの男の舞台は見ないようにしよう」と思ったものだったし、先日読んだ金井美恵子の「カストロの尻」の中で、彼の若き日の日本青年館での公演を(おそらくは)揶揄して書かれていたことに、喝采したものだった)、今の世界で危険なのはむしろ、キリスト原理主義者であり、そこにフォローしようとするドナルド・トランプらの存在であることは明白だ。しかしそれでも、キリスト教文化は世界の歴史をリードして来たところがあり、そんなキリスト教文化を抜きにして「絵画」「文学」「音楽」の歴史を語ることはできない。そして、インクレディブル・ストリング・バンドの音楽に触れるならば、やはりそのようなキリスト教文化の伝統の中から生まれた音楽であることを否定することはできない。
 つまり、キリスト教だって<負>の歴史を抱えていることは誰でも知っていることで、そこから派生した「サイエントロジー」のどこが<負>なのか、ということにもなる。

 これは「オウム真理教」でも問わなくてはならないことで、もちろんわたしは、どの一点でも「オウム真理教」のことが擁護出来るとは思わないわけだが、それでも全盛期には一万人を越える信者を獲得し、かなりのインテリジェンスを持つ人物が、地下鉄サリン事件のような「無差別殺人」を実行しようとした、このことは犯罪実行者をさっさと処刑すればいいことではなく、そんな彼らの心理、精神構造をどこまでも究明することが必要だったと思う。ほぼ終身刑だったチャールズ・マンソンも昨年死去し、麻原彰晃らオウム真理教の幹部も処刑されてしまった。これでは、「宗教の謎」はわからないままに葬られてしまったことになる。

 わたしは、インクレディブル・ストリング・バンドが、そんな「悪の宗教」に染まってしまった、などとは、ぜったいにいいたいわけではないのですが、とりあえず、これだけのことは書いておきたいと思いました。


 

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